ホーム/シアター/
第1部 / 第2部 / 第3部その1 / 第3部その2 / 第3部その3 / 第4部その1 / 第4部その2

シアター

第3部

第2節

なんだかものたりない‥。
最近外出できないし。辻とも部屋違っちゃったし。
あの2人もどっか行っちゃって、矢口も全然会いに来てきてくれない。
なんだよ、みんな。どうしたんだよ!?
‥ふう。カオリ、ヒマ。

<証言> 飯田圭織

1日目

えっとー、あの2人に会ったのはぁー‥、そだ。矢口にバーに連れてってもらった
トキだ。あの時は、ガイハクキョカが出てたんだよたしか。あの頃はさー、結構
しょっちゅう外に出さしてもらってたんだよねー。週1くらいで。で、その時に
矢口がナイショで連れてってくれたんだよね。
え?ああ、だからそのバーに。
カオリのお父さんとかお母さんとかもぉー、矢口が一緒だとけっこうオオメに見て
くれんだよね。普段。
ホラ、カオリ矢口とー、ずっと一緒じゃん?ヨウチ園のトキから。

矢口ってさ、結構シッカリしてんじゃん。だからウチのオヤとかも頼っちゃってー。
ママなんてさあ、
「カオリの事ヨロシクね、マリちゃん。」
なんつってー、超ムカツク。カオリだってシッカリしてるっちゅーの。
いい加減コドモ扱いすんなよ?ってかんじ?

ん。なんだっけ?ああ、アノ2人の話だ。
えっとね。
だからー、その、矢口と行ったバーでー。ああ矢口は常連みたいだったケドね、ソコの。
で、そこでー、あの2人を紹介されたワケよ。矢口に。
ん?イシカワとヨシザワ?っつったっけ?
やー。あの2人ー、なんかワケアリってかんじだったけどー、なんつうか、
超ガンバッテるってゆうかー。すんごい、なんてゆうの?青春?てかんじ?したからー、
カオリけっこう気に入ってー。いろいろハナシも弾んだワケよ。

で、その時、ヨシザワがね。クルマ買うとかなんとか言っててー。
まあ、あのトキはまだ。そんな、本決まりってわけじゃなかったんだけどね。ケドなんか、
車のセールスしてるヒトと知り合ったみたいで。
つーかあのコってさ、まだ15かそこらじゃん?だからカオリ超ウケてー。
「ナニ言ってんの?アンタらまだ免許取れないっしょー。」
とか笑いながら言ってたんだー。
したらそのセールスの人ってゆうのが、なんかオンナノヒトみたいなんだけどー。
も、ワケわかんなくて。
そこらへんの事?書類とか免許のコトとか?
なんか、ゴマかしてくれる?みたいなんだー。
てゆうか、超ウケない?フツー売るかよ、子供に?ねえ。

ナンダソリャ?とかって思ったんだけどー、矢口も平気なカオしてっからー。
だから。カオリも。なんか。そういうモンなのかなー、って。

で、さあ。ホラ、カオリって免許持ってんじゃん。
うん。取ったんだよ。入院する前に。
クルマの運転とかって、なんかめっちゃ興味あったからー。
18になった時ソッコー取った。気持ちよさそー!とか思って。
ああ、好きですよ。運転。今度教えてやろっか?いい?
ちょ待って、上手いんだって、こう見えて。ほんとにいいの?
そ。残念。

はい。続きね。そう、なんだかんだ言ってあの時ハナシが進んでー。
で、カオリ運転上手いからー、カオリが教えてあげるよ。って事になったんだよ。
矢口は免許持ってないしさあ。
アイツ誕生日遅いから。
それに、あのコたち、なんだか教習所みたいなトコ行きたくないみたいでー。
ん?‥つうか、なんで?
ナニモノ?あの2人?なにやったの?
矢口も。
あれ?カオリって、矢口の何なんだっけ?
矢口って、カオリの知ってるヤグチなんだっけ‥?

2日目。

こないだは、すみませんでした。なんだか取り乱しちゃって。最後の方。
暴走しちゃう癖、自分でもわかってるんです。けど、なんか。
なんかダメなんですワタシ。止まんないんです。
今日はがんばります。
ハイ。ちゃんと話します。

次に会ったのは、3週間後です。ピッタリ3週間。
その週は、えっと。ちょっと大きな検査があったんで、ちゃんと覚えてるんです。
矢口の家で会いました。外出日でした。
えーと、前、同室だった、辻希美っていう子がいるんですけど、その子も一緒に。

カオリは、その日、矢口たちと会うコトになってたんで、午前中から支度とかして
たんですけど。ふと、隣のベッド見たら、辻がボーっとしてて。その日、外出日だった
から、他のコとかもけっこう楽しそうに準備とかしてたんですけど、辻だけ、ひとりで
ボーっとして、ベッドに座って、窓の外見てたんです、ひとりで。

で、カオリ不思議に思って、辻に聞いたんですよ。
「今日予定ないの?」って。
そしたら、辻は、振り返って首を振るんです。醒めた目で。
「ない」って。
あ、もちろん声には出しませんけどね。

知ってるかもしれないですけどー、辻って、失語症なんです。鬱とかも、かるーく
入ってんのかな? ま、何があったのかは良く知らないですけど。
なんか、甘いモノとか好きみたいで、グミとかアメとか、よく食べてました。窓の外
見ながらね。
時々、機嫌がいい時があるみたいで、そういう時はカオリにもお菓子くれました。
少しだけ、本当に少しだけ笑いながら。もちろん何も言わないですよ。フラフラ−
って立ち上がって、カオリのとこまで来るんですよ。で、黙って差し出すの。アメ。
2、3粒。

愛想のない子なんですけど、カオリはまあ、可愛がってたんですよ。だってかわいく
なっちゃうじゃないですか。そんなんされたら。

考えてみたら、辻に誰かがお見舞いに来てるところって、ほとんど見た事ないんです
よ、カオリ。いっつもひとりでポカーンとしてるんですよねー、辻って。
あ、だからって辻が悲しそうな表情してるってことじゃなくて。いたって、普通なん
ですよ。辻本人は、別にそんなのどうでもいいみたいで。同じ部屋の誰かにお見舞い
の人が来て、楽しそうに喋ってる時も、べつに羨ましそうなかんじじゃなくて、ただ
ずーっと外見てる。グミとかくちゃくちゃしながらね。

ケド、カオリ思うんですけど。そういうのって良くないじゃないですか。辻なんて、
ただでさえ失語症なのにー。そうやって、誰とも話さないってゆうか、誰も話しか
けなかったら、治るどころか、どんどん悪くなっちゃうじゃないですか。言葉なんて
忘れちゃうじゃないスか。

カオリ、常日頃そういうふうに思ってたんですけどー。なんか、その日はもうムラムラ
来ちゃって。辻も一緒に連れてったんですよ。
「辻。カオリと一緒に遊びに行こうよ。」
そう思って後ろ姿に声をかけたら、聞こえてるんだかないんだか、なんか、無視なん
ですよ、初め。で、もう一回
「辻!」
つって、肩掴んで振り向かせたらー、すっごい不思議そうにヒトの顔見んの。目、ぱち
ぱちさせて。
「でかけるよ。」
ってムリヤリ立たせたんですけど、まだボーっと突っ立ってるからー、カオリ、辻の
荷物開けて勝手に服とか選びだしたんですよ。

したら、まあ、けっこう普段から可愛いパジャマとか着てたしー、なんとなくわかって
たんですけど。めっちゃいっぱい持ってるんですよ。服とか小物とか。
しかもすっごいカワイイのばっか。
いいウチの子なんですかね。けっこう高そうなのばっかだったしね。
親とか見たことないけど。

辻は、ずっと、服の詰まった箱を、つまんなそうに見下ろしてたんですけどー、そんなの
無視してカオリは勝手に取り出しましたよ。スカートとTシャツと靴。
あ、そんなコトはどうでもいっか。で
も、けっこうかわいいカンジに選んだんですよー。カオリは。

で、その間辻はー、カオリのことじっと見てたんですけど。ただ見てるだけでなんにも
言わないから。拒否とかもしないし。だからべつに、イヤじゃないんだなー。って思って。
てゆうか、意思表示しないってコトは、イコール嫌じゃないって事ですよね?
あれ?そう思うのってカオリだけ?

ま、そんなこんなでー、辻、着替え始めたんですよ。ノロノロとだけど。
辻が、相変わらず無表情で着替えてる間、カオリは前髪つくりながら待ってたんですけど。あ、
カオリけっこう前髪とか気にするんですよー。前、もっと前髪ソロってたんですけど、
あん時は超タイヘンだった。キマらない日は、学校とか休んでました。
あ、そんなのもどーでもいいですね。えへへ。

約束の時間、てゆうか、いつも矢口が迎えに来てくれるんですけど。
それまでにまだちょびっと時間があったんで、カオリ、辻の髪、おだんごにしてあげました。
普段は辻、髪、おろしてるコトが多いんですけど、絶対、辻は、2つ結びが似合うってカオリ
思ってて。
耳の上でおだんご2つ作ってあげたら、案の定、超似合ってやんの。
やっぱね。って思った。

その後、すぐに矢口が来て。
ドアんところに現われた矢口は、髪の毛おだんごにしてた。もっとも、辻と違ってぜんぜん
茶髪なんだけど、矢口は。
「今日、辻も一緒に連れてくけど。イイ?」
ってゆったら、矢口。何回もカオリんとこ遊びに、ってゆうかお見舞いに来てくれたり
してたから、辻のコトも知ってて。
「いいよ。」
って言った。ちょっとだけ唇ゆがめて、いつもみたく笑いながら。ま、ダメって言われ
ても連れてくけどね。つか、矢口は言わないか、そんな事。ぜったいに。
知ってますよカオリは。

「おそろいだね、今日。」
辻の頭を見て矢口は言ったんだけど。
その時辻が少ーしだけはにかんだのを、カオリは見逃さなかったよ。いつも無愛想なのにね。
それでも少しはウレシイのかね。矢口はその日もニヒルで、気がついてたのかどうかは知ら
ないけど。

タクシーにのって、カオリ達は矢口の家まで行ったんだよ。まあ、矢口家はいつ見ても
立派で大きいやね。門の前でタクシー降りてさ、そっから広い庭を歩いたんだけど。
ガレージのとこに見慣れないクルマが置いてあったわけよ。赤い、4駆?
「アレ?矢口の家、また新しいクルマ買ったの?」
矢口のオヤジが税金対策とかでクルマとかしょっちゅう買ってるの知ってたから、そう
聞いたんですけど。
「あ、あれ。よっすぃー達のだよ。」
普通にそう答えやがった。
辻はそれより広い庭が珍しいみたいで。でっかい松の木とかその下の池とかめっちゃ見てた。
けどカオリ超ウケてー。
「ヤダ。ほんとに買っちゃったんだー。アハハ。」
とか言ってー、すっごい笑ってたんですよ。
2人は、もう来てたよ。そんなかんじのコトをー、矢口は応接間の窓を指差して
言ったんだけどー。指差しながら、矢口もめっちゃ笑ってたよ。
「あの2人はどう?」
ってカオリが言ったらー、
「イヤ、今日もめっちゃ仲いい。」
とか言って。
またまた笑ってるんですよ。

えっと。

その日はそれからー。そう、運転教えたんですよ。前に約束してたとおり。
場所は、遊園地です。てゆうか遊園地のウラ。矢口の家からー、クルマで
25分くらい行ったとこにー、あるんですよ遊園地が。けっこう大きいヤツ。
カオリとかも元気だった頃よく行きました、そこ。プールとかがかなり充実
しててー。なんか、その遊園地、中学校のトキになぜか流行ったんですよねー。
なにかっつーと行ってたな、みんな。近いし。でも最近はみんなもオトナに
なって。そんな。皆の関心とかが薄れちゃってるんですけどー。

で。そこの裏っ側が、なんか。ちょっと雑木林みたくなってるんですけど。
一応、道とかもちゃんとあってー。そこら辺通るクルマってー、みんなその
遊園地入っちゃうからー、その奥の林になんて誰も来ないんですよね。

矢口ん家の応接間でー、
「ドコにする?」
とかいって、みんなで話してたんですけどー。その時に矢口がそこのコト
思い出したんですよ。
カオリもー、なんか超なつかしくなってー。
「いいねそうしよう。」
みたいなカンジで。
ま、他の3人は地元違うし、どこでもいいみたいなカオしてましたけど。

あ。そこまでの道ノリは、もちろんカオリが運転したんですよ。つーか入院
以来カオリ運転止められてたからー。ほんとはいけないんだけど、ひさびさに
ハンドル握ったら、なんか超たのしかった!
カオリ、クルマとか自転車とか、すごい好きなんですよー。だってドコにだって
行けるじゃないですか!楽しいよね、ホント。自由ってカンジです。

「ぶーん」
とか言って、ちょっと調子のって運転してましたけどー。でも、カオリ、
ちゃんと安全運転ですよ?スピードとかきっちり守りますもん。
基本ですよ。安全第一。

クルマの中ではー。えっと。矢口が助手席に座って、カオリに道教えててくれ
たんですけどー、後ろはイシカワが真ん中でー、で、辻とヨシザワが挟んで
座ってました。
なんかね、あの2人、めっちゃ面倒見いいってカンジ。イシカワとかなんて、
きっと、クラス委員とかやってたんじゃないかなぁ。
辻ってさ、ホラ、あんま笑わないじゃん。人見知りとかもめっちゃ激しいし。
喋んないから、普通のコだったら多分、敬遠しちゃうと思うんですよ。実際、
病院の他のコとかもそうなノデ。

ケド、あの2人は違うの。特にイシカワなんて、すんごいアレコレ話しかけて
るんですよね。
「いくつなの?」
とか、
「頭、かわいいね。」
とか。ニコって微笑みながらね。あー、なんか、「保健係」ってかんじです
かね。どっちかって言うと。クラス委員とかよりも、もうちょっと気さくな
カンジしたなあ。違いますか?

まあ、なんていうか、辻はね、やっぱ。初め、初対面のひとたちだから相当
緊張しててー、ずいぶん、警戒?とかしてるカンジだったんですけどー。でも、
なんだかんだあの2人が話し掛けるうちに、少しココロを開いたみたいで。
ま、やっぱり固くはなってはいるんですけど、辻なりに、一生懸命、イシカワの
言うコトに答えてるんですよ。首を振ったり、指つかったり。時々、声の出ない
口とかも、動かしたりして。真剣なかんじでねー。

でね、そんな2人を、ヨシザワがめっちゃ優しいカオとかして見てんの。
ヨシザワ自体は、あんまり何かを話す、ってかんじでもないんだけど。辻の
返事にいちいち目を丸くしたり、ニコニコ頷いたりして、すっごいちゃんと
聞いてるんだよねー。うーん。

そーいうのが、ミラー越しに見えてさぁ。カオリ、なんか嬉しくなったよ。
辻が、いっつも窓見てる辻がさ。ほっぺたとか赤くしちゃって、ちょっと
興奮気味なカオしてるんだもん。
ああ連れてきてよかった。ってホント思った。
矢口?矢口はその間、ずっと景色見てたよ。口数少なかったけど、時々見えた
横顔が穏やかなかんじで笑ってたよ。たぶん、同じような事を考えてたんだと
カオリは思うけど。

そー、途中さー。コンビニ寄ったんだー。飲み物とか欲しくて。したら、ほんと。
チョ−仲いいの。ヨシザワとイシカワ。イシカワの飲みたいモノが、棚の、
ちょっと上の方にあったのね?で、イシカワが、手、届かなくてー。そしたら、
ヨシザワが、ほらヨシザワって背高いじゃん。ま、カオリの方が高いけど。
カオリ168cm。ちっちゃい時はー、そうでもなかったんだけどー。いつの間に
すくすく育ったんだよねー。背の順とかなんて、まんず一番ウシロでした。
なにげに自慢なんだけどー。

あ、すみません。それはいいんです。
でね、えーと。
そう、で、そしたらー、ヨシザワがー、背伸びしてるイシカワの横からー、
スッと手ェ伸ばしてー。てゆうか、取ってあげてるんですよー。
で、なんかその雰囲気がー、‥めっちゃ甘いの。
「ありがとう‥。」
とかってイシカワが、例の、あのアニメっぽい声でー、言っちゃったりしてー。
ヨシザワもヨシザワでー、なんだか嬉しそうにしてるしー。
なんかカオリ照れた。

そうそうカオリと辻が矢口ん家に着いたトキもね、なんか。ウチらが応接間に
入ったら、2人は同じソファに、ちょっと間隔あけて座ってたんだけど。
「こんにちは。」
なんつって、すっごい自然なワケですよ。2人の様子は。きちんと座ってるんだ
けど、ちゃんとそれなりにくつろいでるっぽくね。
ケドその自然なカンジがさー、コレまたなーんか甘いんですよ。わかるかな。
カオリが言ってるコト。その、いかにも自然な2人の位置が、やけにハマってる
距離の取り方ってゆーかー。なんてゆうか、ビミョ−にエロいってゆうか。
よくわかんないですけど。なんか2人は2人っきりでいるコトにー、慣れて
るってかんじだったんですよー。モロ付き合ってます、ってかんじで。
ハレンチですよねー。なんっか超ラブ×2。やってらんない。

あー。でね。その日は、夕方、カオリ達の戻んなきゃいけない時間まで運転教えて、
またタクシーで病院に戻りました。矢口に送ってもらって7時半頃だったかな?
はじめはー、ちょっと広いとこで基本的なコト教えてたんですけどー。なんか、
やっぱヨシザワは、そういうの、スジがいいみたいで、けっこうすぐ、コツとか
掴んでましたよ?
んー、イシカワはね。ちょっと苦労してたけど。
オートマなんだけどさあ、やっぱ梨華ちゃんオンナノコですよ。感覚つかむまで
にちょっと時間かかりましたね。

はじめ、みんなしてクルマに乗ってたんですけど。途中から辻と矢口は降りちゃ
いました。酔っちゃって、青い顔して。カオリはー、真剣に指導してたからー
全然平気だったんですけど。ヨシザワも、なんか平気なカオして、ずっと乗って
ましたよ。それで、イシカワが失敗した時とか、
「りかっち、ダッサーい。」
とか言って、超からかってるの。で、イシカワは
「もう。ウルサイ。」
とか言って、ちょっと目に涙とか浮かべそうになってるんだけどさー。
それもまた甘いんだよね〜。なんだかんだ言ってるヨシザワは、もうホント、
『萌え〜。』ってかんじでイシカワ見てるし。
まあ、カオリから見ても、一生懸命なイシカワはちょっとかわいかったです。
真面目なお嬢さん、てかんじで。

そんなこんなで、クルマの中、窓とか開けてるのに温度が1〜2度高かったんです
けど。あてられながらも、カオリがしきりに奮闘してるのを、矢口は石に腰掛けて
ぼんやり見てました。で、辻はその間、しゃがみこんで花を摘んでた。もくもくと
首飾りとか作ってました。
あの日は、梅雨に入る前の、最後の土曜日でしたよ。よく晴れてました。

3日目

ヤグチって、交友関係とか広いじゃないですか。カオリも時々、
「なんでこういヒトまで知り合いなの!?」
とかツッコミたい時もある程、そりゃもうスバラシく広いんですけど。
ヤグチってほんと、誰に対しても愛想いいからー。
偉いですよジッサイ。だってカオリにはできないもん。
カオリ的にはー、あんま。全然知らないヒトとか、あと気が合わないヒト
とかって、ほんと、一緒にいたくないんですよ。カオリ、そういうのガマン
できないから。

でも、ヤグチは違うの。本当にどんなヒトとでも仲良くできるんですよねー。
ん。どんなヒトにでも合わせられる、って言った方がいいのかな。
誰とでもうまくやれるんです。
そういうトコロ、カオリすごく尊敬するな。すごいコトですよそれは。だって
普通、できなくないですか?てゆうかカオリはできない。

昔はー。小学校くらいまでかな。ヤグチってめっちゃワンパクでー。
今でも小さいですけど、あの頃から、ひときわちっちゃかったんですよ。
もうまれに見る小ささってカンジで。学校中でも話題になる程の小ささ
でした。でもヤグチ、ほんっときかん気つよくってー。嫌いな女の子は
もちろん、男の子までも、めちゃくちゃ泣かしてましたね。またその理由
とかがひどくてー。おまえの弁当よこせ。とかそんなレベルです。

もう、その暴れっぷりたるやすごくて、とにかくやんちゃだったんですけど。
今思えばホント、仲良くしてて良かったなってカンジです。
けど、根っからのガキ大将肌っていうんですかね?不思議と人を惹き付ける
んですよ。逆らったり、気に入らないコに対しては、思いっきりそういうの
カオに出すし、めっちゃイジワルとかするんですけどー。差別とかヒイキとか
も激しいのに。それでもヤグチのまわりには、いっつも大勢のコが集まってる
んですよ。ヤグチと遊びたくて。

なんってゆーか、遊びの天才みたいな?そういうところがヤグチにはありました。
鬼ごっこにしてもかくれんぼにしても、それこそおままごとにしたって、ヤグチ
が入ると2、3倍楽しくなるんですよね。なんでなのかよくわからないですけど。
そういうカリスマチチックな子って、周りにいませんでした、小さい頃?

そういうかんじで、すごく傍若無人だったヤグチなんですけど。今みたいに
なったのって、うーん、中学校ぐらいかなー?ウチってほら私立だし、エス
カレーターだから、中3になっても受験勉強とかってほとんどないんですよ
ね。ちょっぴりテストの勉強するくらいで。
ケド、まあ、いちおカタチだけは進路相談みたいなのがあったんですよ。
親も呼んで。担任と自分と3人でやるヤツ。そういうの一番最初にやったの
って、中2のはじめぐらいだったような気がするなー。。そのくらいから、
ヤグチがだんだん変わり始めたんですよ。なんか落ち着いたってゆうか。
オトナになったってゆうのかなー。うん。

相変わらずおもしろくて、みんなのリーダーなんですけどー。その中から、
キョーボー性ってゆうか、好戦的な部分がなくなったんです。あ、ワガママ
じゃなくなったってかんじです。それまでだったら気に入らないコとかを
完膚なきまで叩き続けて来てたんですけどー。その、中2くらいから、誰に
対しても、平等に明るく振舞うようになって来たんですよね。
どっちにしてもおもしろいし人気者なトコなんかは変わってないんですけどね。

うーん多分ねー、カオリの推理では。
ヤグチの家って大金持ちだし、それに、子供、ヤグチとお姉ちゃんしかいない
じゃないですか。男子の跡取りがいないってやつ?だからー、多分、親から
いろいろ言われ出したんじゃないのかなー。しっかりするように、って。
カオリ思うんだけどー、それって結構プレッシャーですよねー。年頃の女子には。
もしかしたらヤグチが跡目を継ぐコトになるかも知れないし。結婚なんて、それこそ
好きな人となんて絶対できないだろうしねー。
まあカオリにしてみれば、がんばれよ、ってかんじです。

えーと、ヨシザワ達にはその後も何回か運転教えたんですよ。外出日のたびに。
辻はねー、喋らないコトにかわりはないんですけど、それでも一緒について来る
んですよね。やっぱ楽しいのかしら?ね。
辻、その頃ちょっとだけ顔色とか良くなってたし、なんか、前よりも表情とか
少し増えたみたいでした。

ヤグチはね、最初の一回は来たんですけど、その後はなんか、来たり来なかっ
たりってかんじでした。いろいろ予定がつまってたみたいで。ま、友達多いし、
ヤグチにもいろいろあるんですよ。昔も今も、ヤグチって人気者なんです。

一回、ドライブに行ったことがあるんですけどー。てゆうかそれが、最後です。
2人に会ったのは。
えっと、その日はね。海に行ったんですよ。その頃はもう、ヨシザワ、だいぶ
運転うまくなってたんで。ヨユウで、公道とかするする走れるようになって。
だから、今度はヨシザワの運転で、どっか行きましょうよってことになってたん
です。

前の回、運転教えた時に、あ、その時はたまたまヤグチも来てたんですけど。
ヨシザワが
「今度どっか行きましょうよ。私が運転しますよ。」
ってカオリに言ったんです。お礼にって。で、
「遠くでもいいですよ?」
ってヨシザワが付け足したら。そしたら、辻。
なんかー、超嬉しそうなカオしてんのー!
辻が!カオリ見たことないよ、あんな辻。
パーッって顔輝かしてさー、すっごいハシャぎながらカオリの腕、掴んでー。
ぶんぶん揺らすのー!

だからカオリ驚いてー。
「おお!」
とか思って、しばらく辻のコト見ちゃいましたよー。そしたらヤグチにー、カオリ
が固まってたからー。
「てゆうかカオリ見過ぎ。気持ち悪いとかまた言われちゃうから。」
とかって笑いながら突っ込まれて。で、我に帰ったんですけど。てゆうかカオリ的
には、そんなに気持ち悪いかなー。ってかんじなんですけど。ヨシザワたちに聞いたら、
2人ともちょっと笑ってました。

そんなことはともかく、辻に聞いたんです。やっぱカオリお姉さんですから。
カオリはー、お花畑とか行きたかったんですけどー。でもホラ、辻が超喜んでる
から。やっぱここは辻の行きたいとこ、連れてってやるべきでしょー。
とか思ってー。
「辻、どっか行きたいとこあるの?」
ってゆったらー、辻。ちょっと上目づかいにカオリのコト見てー。
顔、めっちゃ赤くして、

 う み

ってゆったんです。きゃーカオリ感動ー!!
あ、言ったってゆーか、口をそうやって動かしただけですけど。その時、そこにいた
全員が、辻のコト見てたからー。多分、辻、緊張してたんですよね。カオリの腕、
掴んでる手が、ちょっとだけ汗かいてた。力はいってたし。
でね、カオリを見上げる目が、すごいなんか、
「あ、ドキドキしてるんだなコイツ」
ってかんじで真剣なんですけど、でも、けっこう積極的なんですよねー。

もーカオリびっくりしちゃってー。何回も使っちゃって恐縮ですけど。
なんか、クララが立ったー!ってかんじでした。
ほんっとカオリもう、じーんと来ちゃってー。またじーっと見てたら、また言われ
ちゃったんですよー。
「飯田さん、見過ぎ。」
って。今度はヨシザワに。

どっちか忘れましたけど、イシカワか、ヨシザワか、ヤグチに聞いたんですよ。
「矢口さんも、海でいいですか?」
って。カオリ達のコト、ニコニコ顔でヤグチは見てたんですけど、ゆっくり振り
返ってうなずいてました。
「いいよ。ヤグチ、海、だいすっきだもん。」
いつもの通りですよ。優しくていいヤツです。カオリほんと、ヤグチとはずっと
一緒に遊んでたかったけどな。

で、次回、てゆーかその、海行った日です。その日もガイハク許可とってあった
んですけど。ヤグチとイシカワとヨシザワが、迎えに来てくれることになって
たんです。もちろん、ヨシザワの運転です。もうめっちゃワクワクしててー。
カオリどころか、辻もけっこうテンション高めにスタンばってたんですよ。
ほんとに。
実はカオリその日ー、前髪ちょっとイケてなかったんですけどー、も、そんなの
全然いいんですよ。関係なくって。

辻のおだんごは、なにげにかなりカワイくてー。
いつもだったらマジ、クヤシイしいから負けてらんないってかんじなんですけどー。
その日はほんと。前髪なんて、ヘッ。ってかんじでした。辻の頭、逆に誉め
ちゃったりして。で、今か今かと待ってたんですけどー。その週はもう、とっくに
梅雨入りしてたんで、雨がずーっと続いてたんですけど。でも別に気にしません
でした。そんな強く降ってるわけじゃないし、関係ないっすよ。ってかんじで。

それが、ビックリです。来てみてビックリ!めっちゃ雰囲気悪くなってんの。
誰って、あの2人ですよ!イシとヨシですよ!ヤグチがー、病室まで迎えに来て
くれてー。で、カオリたちも外に出てクルマ乗ったんですけどー。
ヤグチも居づらかったんですかね。3人で。いつもだったら、もちろん誰かひとり
がクルマに残ってて、それでももう一人は必ず一緒に病室まで上がってくるって
かんじなのにー。
その日はヤグチがひとりでした。クルマに向かう病棟の途中、ヤグチは何も言い
ませんでしたけど。

クルマには、助手席にイシカワが座ってて、運転席にヨシザワ。ウチら3人は
後ろに座りました。なんつーかもう、ドア開けた瞬間から、雰囲気重いの。
いつもだったら絶対、なんか楽しそうに、2人して喋ってるハズなのにー。
2人とも、黙って窓の外とか見ながら待っててー。

なんかー、それまでなんてー。めっちゃ仲良かったじゃんあの2人?
ムカツくくらい甘ったるかったのに。それなのにいきなりー、超空気冷たくてー。
「ナニがあったの?一体?」
ってかんじでした。もちろん声に出しませんけど。だって、聞ける雰囲気じゃ
ないんですもん。辻も、なんか、ヤバい空気を敏感に感じ取ったみたいで、軽く
眉しかめてカオリのコト見てきました。カオリもわかんないから、ヤグチの方を
見たら、ヤグチは知ってるのかどうか、カオリにはわかんなかったですけど、
無言で肩すくめてから、首をちょっと、ヒネリました。

でも、なんだかんだ言って、ヨシザワも、イシカワも、ウチらには気を使って、
いろいろ話しかけてくるんですけよ。でももうねー、それがウチらには余計
ツラいの。だって、ヨシザワもイシカワも、カオリ達には普通に話しかけてくる
のに。それにウチらの話にも普通に入ってくるのに。ケドお互いには何も会話とか
交わさないんですよ?

例えばー、カオリがー、
「ヨシザワほんと運転上手くなったよね。」
とかって振るとするじゃないですか。そうすると、ヨシザワ、
「そうですかー?飯田さんのおかげですよー。」
とかって、ふつーに答えるんですよ。笑ったりして。

ああ、免許のコトはね、なんか、そのクルマのセールスしてる人?ヤスダさん
とかって聞いたような‥?が、偽造してくれたみたいですよ。きっともう、
それもわかってますよね。だってカオリのことまで調べてるんですもんね。

で、それで、その、ヨシザワの言った事に対して、カオリが、
「いやー、これでイシカワも、いろんなところに連れてってもらえるね。
いいなー。」
とかってイシカワに返すと、イシカワも、
「そうですねー。」
なんて言って、ニコヤカに笑うんですけど、そのあと、しーん。とか。

会話がプッツリ途切れちゃうのー!続かないんです、それ以上。
辻は辻でいろいろ気を揉んで、なにかとカオリの言う事とかに、珍しく頷いたりし
て、いろいろ応援とかしてくれてるんですけど、いかんせん辻、喋れないし。
あんまり、戦力とかにならないんですよ。

ヤグチはヤグチで、知、ら、なーい、みたいなカオして、あんまり絡んで来てくれな
いし。もう、カオリ辛っ。ってかんじでした。
まあ本当は、ヤグチみたいにして関わらないのが一番いいのかも知れないですけど。
でもカオリそういうの苦手なんですよ。なんかできないの。耐えられなくて、
そういう空気に。これでもカオリ、けっこう気つかってるんですよ。ヤグチは、
そういうの慣れてたりするのかな。元、ガキ大将ですし。知ってるんですかねー。
そんな場合の身の振り方を。
くやしいがオトナってかんじです。

クルマの中の空気をー、ほんっと強調するみたいにー、小雨は、ずっと。続いて
たんですけどー。梅雨の、雨が、しとしと降る中をー、カオリたちのクルマが
ザーッて走っててー。で、その中は、重ーい空気が。たまたまかけてたステレオ
の曲だけ、なんか。
あーとうさんかーあさーん
とかいっててー。皮肉な事にやけに明るいんですよ。かなり浮いてました。

あ、途中高速使ったんですけど。ヨシザワはー、初めてだったんでー、けっこう、
緊張、してるみたいでしたけど。重い空気の中でさらに。でも、ちゃんと上手か
ったですよ?ハイウェイ、ちっとも混んでなかったし。2時間弱くらいで、目的の
海岸に着きました。時間的にもう夕方に近かったんですけど、雨なんで、明るさ
とかは別に変わりませんね。ずっと薄暗いまんま。太陽出てないから。

人かげとか、予想以上にまばらでした。そりゃー雨降ってはいるけどー、もっと、
サーファーとかいるかな?って思ってました。あ、午前中じゃないから?あれ?
サーファーって、もっぱら朝から活動してるっていうイメージが、カオリの中には
あるんですけど。違うんですか?
ま、いいや。ほんとね、人、ほとんどいなくて。時々、向こうの方を、犬つれた人
が通るくらいでした。

ケドうちらやっぱ、海ってゆーか、港とかじゃなくて、ビーチに来たのなんて久し
ぶりだしー。そりゃ雨降ってっけど。でも波打ち際とかー、ほんと今年初だった
んでー、それなりにはしゃぎましたよ。
特に、辻。
辻はたぶん、海自体、初めてだったんじゃないかなー。あ、もちろん入院して
以来ですけど。クルマの中の、かなり居心地の悪い空気から開放されて、なんか、
波追い掛けて、パシャパシャやってました。空なんて超どんよりしてたし、海も、
向こうの方とかかなり荒れてるんですけど。ほんと楽しそうにしてましたよ。
もう、いかにも、
「キャーッ」
っていう声が聞こえてきそうなカンジでした。ゆってませんけど。

カオリ達も、なんか、ね。やっぱ密室出たからー。なんか、空気、抜けたって
ゆうか。2人のモメゴトとか、ちょっと、どうでも良くなりました。あー、ま、
どーでもいーってゆうか、気にならなくなった?まあそういう時もあるか。って
かんじで。
やー、改めて見るとねー、どうも、イシカワの方が、ヨシザワを避けてるような
カンジなんです。ヨシザワの方はー、けっこうそれなりに、イシカワのコト、
気つかってて。チラチラ見たりしてるんですけど。クルマ降りる時とかも、傘とか
渡してあげたりしてて。
はーん。どうやら、イシカワが、意地はってるのねー。
ってかんじでした。その時とか、傘、一応受け取るんですけどー、視線、ぜったい
合わせないんですよ。
ケンカ?って始めは思ってましたけどー、なーんだ。
イシカワがー、一方的にヨシザワ避けてるだけなんじゃーん。みたいな。
つーかその避け方もさー、無理してるってゆうのが見え見えなんだけど。
どースかコレ、ってかんじで。

でも、ヨシザワも、多分、アレだね。躊躇しちゃってるんですよー。もう一歩
つっこめば、さーあー?カオリ、思ったけどー。イシカワも、上手く素直になれそ
うなカンジなのに。ヨシザワ、普段わりとオトナなくせに、今回、テンパりすぎ。
見えてないんだよねー、そこら辺。
なによー、どうしたのよー。冷静なんじゃなかったのー?ってカオリ思いました
けど。よっぽど、一大事なんでしょうかね。
どうしていいかわかんなくて、よけいギクシャクしちゃってんの。
だからよけいぶっきらぼうっぽくなっちゃって。

そう思ったら、カオリ、なんかヨユウになっちゃってー。やっぱコドモだねー。
とかなんとか、その時は思ってたんですけど。あとで人から理由聞いたら、
めっちゃビックリしましたよ!
まーじーでー!!!ってカンジ。聞いた日、一晩眠れませんでした。

まあ結局、その日カオリがとった行動は、我ながらナイスだったんですけど。
あ、いかんせん仲直りさせたんで、カオリ的にはそう思うんですけど。

辻は、相変わらず波とたわむれてて。ヤグチとヨシザワは、なんか、しゃがみ
こんで、棒倒しとか始めちゃったんで。あ、もちろん雨の中で。
それも、かなり熱中した様子ですよ。今さら入っていける雰囲気でもなかったんで、
それに、ヨシとイシは今ヤなかんじになってるから、カオリなりに気を遣って
貝殻、拾いに行きました。イシを誘って。

えーと、そうは言ってもー。そんな、きれいな海とかじゃないし。そうそうたい
した貝殻とか、落ちてなんてないんですけど。けどカオリ、浜辺とかによく落ち
てる、ガラスが丸くなったヤツとか好きなんですよ。だからそういうのも拾い
ました。なんか、パステルみたいな色になってて、キレイじゃないですか?

で。カオリ、
「ヨシザワと、なんかあったの?」
って、イシカワに聞いたんですよ。2人して歩く途中。あ、もちろん目は、めぼしい
モノ物色してたんで、地面に向けたままだったですけど。
ケド、イシカワ。しばらく何も答えないからー。カオリ、
「言いたくないんなら、べつに。いいけど。」
って言ったんですよ。なんか、ウチらまで気まずい雰囲気になるの、ヤだったんで。
なにげにキョドっちゃったかも。傘とかクルクル回しちゃったり。あー、あの
せき払いとか、今考えてもすっごい不自然だった。もうカオリったら。

けど、カオリがまた歩き出したら、イシカワがなんか、後ろから、言うんですよ。
「ケンカ、した、ってわけじゃ‥、ないんです‥。」
これ。ネガティブな声でまた。カオリが振り返ったら、イシカワは言葉を続けて。
「ひとみちゃんが悪いとか‥、そういうのじゃ‥、ないんです。誰が悪いとか、
そういうかんじじゃなくて‥。ただ、私、どうしていいかわからない‥!」
それだけ言うと、突然辻のいる方へ走ってっちゃいました。カオリを残して。
も、カオリ、呆然としちゃった。
「?」
ってカンジでしたよ。けどなんか、悩んでいるんだなー、ってことだけは薄々
解りました。
「ちょっと待てよー!」
つって、慌てて追い掛けたんですけど。あ、ひとりでそこに取り残されたまんま
でいるのが、なんか恥ずかしかったんで。でも、思わず出遅れました。だって
イシカワのダッシュが、めっちゃ速かったんです。

いやー。なんか。なんだかんだ、7時過ぎまで遊んじゃってー、結局。海岸には
とうとうヒトッコヒトリいなくなっちゃってて。民家とか近くにないし。マジで
ウチら以外誰もいなかったです。穴場ですよ、ここ。コイビト同士は行った方が
いいってかんじです。
6月だったし、全然寒くはないんですけどー、けっこう皆、つかれ気味だったんで
クルマに入ってまったりしてたんですよ。カオリ的には、
「そろそろ帰んべ。」
ってかんじで。

ヤグチとヨシザワは、あれから3時間くらい、ずーっと棒倒しやってたんですけど。
最終的に勝ったのは、ヨシザワみたいでした。
「ヨッスィーの本気加減、マジすごいよ。見せたいホント。もうヤグチ、負けで
イイ。」
とか、苦笑しながら言ってるのを、みんなで聞いてました。イシカワも、ひそかに
笑ってた。ちょっとだけだから、みんな気付いてないんだけど。
てゆーか、相変わらずイシとヨシは口きいてないんだけどー。ウチらもほんと、その
頃になると慣れてきちゃってー。辻も、ヤグチの話を、にやにや笑って聞いてまし
たよ。

「で、どうする?帰る?てゆかゴハン食べよーよー。カオリハラ減った。」
って言ったら、辻と、あとイシカワもうんうん頷いたんですけど。
そしたら、ヨシザワが、ちょっと黙り込んで、で、ヤグチのコト、チラって見てから
ポケットから何か取り出したんですよ。
「コレ‥。」
そう言ったヨシザワの手にのっかってるのは、拳銃でした。
ヤグチは、知ってたみたいで、驚いてなかったです。
ああ、イシカワは、今日持ってきてるってコト、知らなかったみたいで、ウチら、
カオリと辻?と同じくらい、本当にびっくりしてました。

辻が、唾を呑み込む音が、ゴクって聞こえて、カオリははじめ、びっくりしてた
ケド、けどおもちゃだと思って、手を伸ばそうとしましたんですよ。
「良くできてるねコレ。改造ガンってとこが、それっぽいよね。」
とか言って。ピストルには、銃身?に同じ黒い色のテープが、ぐるぐるまきになって
ました。

そしたらヤグチがカオリの手を止めて、
「本物。」
って静かに言うんです。で、ヨシザワも続けて言った。
「たぶん、そう。ある人から、貰ったんです。」
クルマの中を、さっきとは違った緊張が流れて、しばらく、誰も、喋りません
でした。車内灯は消していたので、メーターとか、オーディオの、緑色のライト
が、多少ぼんやり、光っているだけ。みんなのカオは、それに照らされて、
ぼーっと浮かんでるんですけど、少しだけ、粉っぽいような、ざらざらした
かんじに、カオリには見えました。

ヨシザワが、体を、少しだけ動かして、そしたら、手の上の銃が、ギラって
光って、その瞬間、ヤグチが、口を開いて、そのあと、ヨシザワも頷いた。
「弾はいっぱいあるの。」
「撃って、みたいんです。」
一瞬、カオリは、カオリ達が撃たれると思って、超コワかった。辻も、同じこと
思ってたみたいで、カオリの腕に、強くしがみついてきた、けどー。

「ちょ、誤解しないで、ってば。別にカオリ達を撃つワケないじゃん!
しーないっつーのマジで。ただー、カンとか撃って、ちょっと練習したいだけ。」
「えー!?しませんよ、そんなこと!なんでですか!」
ウチらの動揺にヤグチがすぐに気付いて思いっきり否定したんだけど、そしたら、
ヨシザワも、ウチらがそう思ったコトがそうとう意外だったらしくて、超首振っ
てた。

「なーんだよ、カオリ、アセったー。ビビらせないでよね。」
とか言って、カオリのみ込んでた息吐き出して、シートに座り直したら、辻も
やっと手を離した。
そしたらさ、ヤグチが、ちょっと真剣なカオして、カオリに言うのよ。
「ねえ、カオリはどう思う?ウチら、撃っちゃっていいかなあ。」
ちょっと、震えてるのがわかった。ヤグチには珍しかった。
「カオリを撃つの?」
念のため、もう一回聞いたけど、
「じゃなくて!銃を撃つっていう行為を、カオリはどう思う?ウチら、やっても
平気?カオリ的にアリ?ナシ?」
だって。ヨシザワも、
「飯田さんて、その辺りの判断、正しそうじゃないですか。真実、知ってますよね。」
とか言って。
カオリ、そんなコト言われても困る。
だってカオリだよ?病院入ってるし、ちょっとおかしいコですよ?はっきり言って。
なんでカオリに聞くの?

‥て思ったけどー。真実知ってそう、とかそういう言葉にー、カオリちょっとくすぐ
られてー。その時、真剣に考えましたよ。

なんつーか。カオリ、ボウリョクとか許せないしー。ピストルとかも、ほんとは
嫌いなんですけどー。けど、イシカワとヨシザワは気まずくなっちゃってるしー、
ヤグチも現実けっこう大変そうだしー、辻なんて言葉喋れないしー、カオリはもう、
気が狂っちゃってるしー。

そんなかんじで。なんかみんな、息が詰まっちゃいそうなカンジだったんで。

決めました。
「撃つか、みんなで。」
ってコトで。

そうと決まったら、早速みんなで外に出ました。
ちょうど近くに手ごろな岩があったんでー。ヤグチとヨシザワに、空き缶集めて来て
もらって、上にそれらを並べました。一列に。慎重に。
カオリは現場を指揮してて、で準備してる間、イシカワと辻は、近くに座って、見学
させてました。だってあの2人、なんかあぶなっかしいんですよ。夜の海岸とかで
放っといたら、どっか行っちゃいそうじゃないですか?わるい悪魔とかにそそのかさ
れそう。

で、準備かんりょうして、辻と、イシカワが、ヤグチ・ヨシザワよりも後ろにいる
ことを確認して、カオリは、声をかけました。
「いいよー。」
って。あ、もちろん、自分の安全も、しっかりカクホしてますよ?位置とか、ちゃん
と考えて。カオリ、狂ってますけど、さすがにまだ死にたくないもん。

ピシュッ。とか、そんなかんじの音がして、で、カンッ、つって20mくらい先の缶が
弾き飛んでました。なんか、サイレンサー?とかいうヤツがついてるみたいで、銃声は
あんまりしませんでしたよ。思ったよりかは。
暗いし、それにけっこう距離あるのに。初めて撃ったヨシザワがイキナリ当てたからー。
カオリ、なんか超楽しくなってー。
「カオリにもちょっと撃たしてみ?」
つってー、ヨシザワから銃、受け取りました。

もー、みんなシツレイなことにー。そうっとうカオリから離れててー。しかも。固まる
と危ないとか言ってー。ひとりひとり、5mくらいずつ間隔空けて立っちゃってー。
なんだよアイツラ。当ててやるからしっかり見てな。ってかんじでした。

で、指に力入れたらー、また、空気が抜けたみたいな音がしてー。
「キャッ。」
って、カオリ、あまりの衝撃に、しりもちついちゃいました。カオリの予想に反して、
缶は倒れなかったんですけどー。でも、あの時の自分の声、今思うと、けっこう
かわいかったと思います。男の子がいたら、たぶん好きになられてたな。
マジあぶねぇ、ってかんじです。

「よーし、もう一回。次こそ当てる!」
っていきごんでー、もう一回撃ったんですけどー、やっぱり弾は当たりません
でした。なんでー?とか思ってたらー、ヤグチの声が聞こえてー。
「もう近付いていいー?」
とか言うからー、振り返ったらー。なんか、みんな。身を低く伏せてた。いい加減
にして欲しかったです。

で、ヤグチの命令でー、おそるおそる近くに来たヨシザワに、ピストル渡したらー。
やっとみんな、近寄ってきてー。
「どうだった?」
ってヤグチに聞かれたんで、
「いや、楽しいよ、コレ。」
って答えました。
「なんか。撃った瞬間、ガンって体に衝撃が来て、で、脳が揺さぶられて、いろんな
コトが、吹っ飛ぶカンジ。カオリは、その瞬間、花が見えた。いっぱ咲いてる。」

みんなはちょっと、「え!?」ってカオしてー、ヨシザワを見たんですけど。
そしたら、ヨシザワ、
「ま、でも、だいたいそんなカンジ。間違ってはないです。」
って言った。つうかカオリには花が見えたんだってばー。こんなコト言ったら、
また退院とか遅くなるかなー。なんつって。
べつにどうでもいいです。

いやー、でもカオリ、こりゃ是非辻に撃たせなきゃいかん。て思ったんですよ。
その衝撃?てゆうか、頭、つき抜けてくかんじ?めったにないと思ったんで。
いや、辻はやるべきだ、って。
「撃ってみな、辻。」
てゆったら、案の定、辻は興味しんしんなかんじでした。

ヨシザワが、構え方とか、辻に教えてるあいだー。カオリ達、談笑しながら
見てたんですけどー。でもカオリ、ふと思いついてー。イシカワにも言った
んです。
「いやー、イシカワは、いいです。」
ってー、彼女イヤがってたんですけどー。
「撃っとけばいいのに。」
とか
「ないよ?なかなか。」
とかヤグチとカオリに言われてて。ケド、まだためらってました。
そしたら、なんか。向こうからヨシザワが、それ見てたっぽくてー。辻に教えながら。
「撃ちなよ。」
って声をかけました。一言。つよい口調で。
で、イシカワ。ちょっとカチンときたみたいでー。ちょっと息すって、ヨシザワの事
チラって見て、で、またすぐに下向いたんですけど。

そうこうしてる間に、辻は撃ち終わってー。ヨシザワは、挑発するみたいなカンジで、
イシカワを見てました。なんか、火花散ってました。
辻は、撃ったばっかで、なんかぼーっとしてるしー。ヤグチとカオリは、2人の視線
の間に挟まれちゃって、カオリなんて、オロオロしながらなりゆき見守ってたんです
よ。そしたら、ヨシザワが、
「怖いの?」
って。で、イシカワは
「じゃあ撃つ。」
って、ヨシザワの言葉にかぶせるようにして言ったんですよ。

カオリ、緊迫した空気をかんじてー。イシカワが、ヨシザワの方に、ずんずん向かって
行くのを、呼び止めようとこころみたんですけどー。そのカオリを、ヤグチが止めました。
「ま、見てなよ。」
つって。
も、カオリー。ハラハラしながらー2人のコト見てたんですけどー。ヨシザワは、
ゆっくり、静かな口調で、撃ち方、教えてんのね。イシカワは、なんか。口ちょっと
とがらして、たまに頷いてんだー。ヨシザワはイシカワの目みて、しっかり確認
するみたいに話してんだけどー。イシカワは、ぜーったい目合わせないの。

イシカワが、ピストル構えたときー、ヨシザワ、両手で、イシカワの肩、後ろから
押さえてあげてて。で、なんかカオリ、その辺りからまた、も、どーでも良くなって。
なーんだよ。こりゃ仲直りするよあの2人。ばっかみたい。気つかってソンした。
ってかんじでした。そんなカオリを見て、ヤグチは笑ってたけどね。

「目、つぶると危ないよ。」
ヨシザワがそう言った後、イシカワは一度頷いて、引き金をひいた。

はい。それだけ。これで終わりですよ。その後、会ってないもん。その帰り、
ゴハン食べて帰って以来。あの2人のコトが、テレビとかで騒がれるように
なって、カオリと辻、そっこー部屋べつにされちゃったけど。
カオリなんて、一人部屋だよ。超つまんねー。

あ、ヤグチだけはその後、一回会いに来てくれました。一回だけ。それも夜中。
カオリはその時、寝てたんだけど。なんか人のケハイがして、目開けたら、ヤグチ
が立ってました。一人部屋の、カオリのベッドの横に。

で、カオリ。ヤグチだー。久しぶりじゃーん。とか思って。
ケド起きたばっかで声、でなかったんですよ。だから、カオリはただ、へらへら
笑ってたんですけど。
ヤグチは、ずっと黙ってたんだけど、少し経ってから

しばらく、会えないと思う。

って、そう言いました。
ちょっと淋しそうにしてたから、カオリ、気になったんだけど。
ケド、眠くて眠くて。
気がついたら、朝で、ヤグチはいなくなってました。
せんせいとか、かんごふさんとか、みんな夢だよって言うんですけど。
カオリは見たんだけどなー。
みんな信じてくれないんですよ。まーた退院遠のいたってかんじです。

ま、いいですけどね。も、ほんと、どうでもいいんですよ。
狂ってるとか、電波とか、そーゆーコト言われても、べつにいいや。
まーじで。それがカオリの生まれてきた宿命かなー。なんつって。
ほんっと。昔、テストでー、学校行ってる間にー、メイン奪われたことも、
もう忘れる事にします。ねえ笑って。

あ、そう言えばね、辻にも。その日は会ったんだけど。
廊下で、なんか移動中っぽかった。その時、辻、なんか暴れてて。
介護のおねえさん達に、両側から抑えられちゃってたんですけど。
「ののちゃん、落ち着きましょうね。」
とか言われちゃって。
ケドそのわりには、けっこう手荒な扱いとか受けちゃってて。
で、介護の2人、カオリが廊下の反対側から見てるのに気がついて。
ハッとして、なんか動揺して、手元が弛んだみたいで。

その拍子に、辻、するって抜け出して、カオリの方まで走ってきました。
正確には、その途中でタックルされてたけど。すごいカオのおねえさん達に。

はは。なんかウケた。
辻、廊下に転びながら、両手結んで、ピストルのカタチつくって、カオリの方
向けんの。
「バーンッ!」
つって。ま、ジッサイは声を出してませんけど。
でも、聞こえたような気がした。片目つぶってそう言うから。
八重歯がのぞいて、すごく強く見えたよ。