クーデター後の市井のスケジュールは殺人的だ。
内政の再編。国民に対する連日の演説。外交政策の建て直し・・・。
本来なら、まず戒厳令をひいた国内の沈静に集中したいところだが、国際情勢、
とりわけアメリカがそれを許さない。当然だろう。横田基地の制圧及び米兵の
捕虜化、寄港中の空母ミッドウェイの乗っ取り等、クーデターと同時にアメリカ
にも喧嘩を売っていたのだから。
迫り来るアメリカの脅威に晒されながら、市井は苦悩していた。
「この国の国民はバカばっかりなのか?!!!」
市井の持つカリスマ性は、国民の7割を掌握していたが、やはり、思い通りになら
ない連中は居るのだ。
どうする?力で抑えこむか?いや待て、今はそれは得策ではない・・・。
「閣下、安倍上級大将の回復は順調だそうです」
軍人らしい言葉遣いに馴れ始めた後藤の報告に、市井は名案を浮かべた。
「真希、マスコミを使って病室の安倍を世間に流せ」
アイドル時代、市井に次ぐカリスマ性を誇った安倍の痛々しい姿を見せる
ことで、一般層の好感度のアップは確実にできる。不支持層の残りのカヴァー
もしてもらおう。なっち、悪いけど利用させてもらうよ。
一刻も早く理想国家を築き上げるためには、手段は選んでいられない。
「カミカゼアタックの悪夢再び?!」ニューヨークタイムス
「東洋の魔女・サヤカ・イチイの狂気」ワシントンポスト
アメリカのマスコミは、日本のクーデター騒ぎをセンセーションに伝えていた。
ペンタゴンやホワイトハウスでは怒声が飛び交い、軍部の高官達は、歯軋りを
して悔しがった。
「日本人の奴らは不意打ちが得意なゲス野郎ばかりだ!!」
「21の小娘などに何が出来る?!ジャンヌダルクにでもなったつもりか?!」
一気に日本との本格的な開戦を望む合衆国の世論に、大統領の決断が迫られていた。
国連の同意など、あとからどうにでも可能だ。
「第七艦隊は?」
「既にハワイに集結が終り、補給も終りつつあります」
「よし、将軍達を集めろ!!!」
国際正義の盟主が本気になろうとしていた。
多くの血が流れる、第4次世界大戦の序章が始まる。
アメリカが日本との開戦に向けて動き出していた頃、市井とて、ただ手をこまねいて
いたわけでは無い。既にクーデター開始前から旧ソ連の兵器(主に空母、原潜、ミサイル等)
を闇のルートから買い漁っていたし、駐日米兵の洗脳による戦力の増強、北朝鮮やイランの
最右翼派との提携と、着々と準備を行っていたのである。
まずは、初戦が大切だ。恐らくアメリカは第七艦隊の全戦力を投入してくるはず。
こちらとしては、一気に叩いて勢いに乗りたいところだ。
市井は、太平洋艦隊総司令官に堅実派の信田を任命した。失敗が許されない戦いなのだ。
戦略、戦術の研究に熱心で、慎重にことを運ぶ信田なら、悪くとも互角にやれるに違いない。
合衆国大統領による、捕虜および駐日大使の即時釈放の訴えを退け、市井は日本武道館で、
演説を行っていた。その模様は全国に中継されている。
「我が市井帝国の選ばれし国民よ。これより帝国は、神の命を受け、賊国であるアメリカ
合衆国との戦いを行う!だが、私は約束する。戦いの先に、飢えも貧困も差別もない、
真のユートピア、理想国家を実現することを!神は負けはしない!国民よ、神である
私を崇めなさい。真の幸福を約束しよう!」
親衛隊長・中澤が民衆を煽る。
「紗耶香総統閣下万歳!!!!市井帝国万歳!!!!!」
熱狂する群集。武道館で、TVの前で、それぞれの職場、学校で、老いも若気もみな
心を熱くしながら開戦を受け入れていた。
――――その頃、第七艦隊の旗艦のブリッジで、参謀達は、困惑と不安の表情を
浮かべていた。
大統領は、どういうつもりでこの方を司令官に任命されたのだ?まだ、年端もいかない
少女ではないか?!!しかも言ってる事が、わけが解らん!!
参謀達の視線の先の少女、ダニエォは何故か自身タップリの笑顔であった。
「ノープロブレム!OK!OK!」
・・・・本当に大丈夫なのか?ダニエォ・・・。
市井帝国海軍太平洋艦隊の旗艦は、米軍より没収した空母ミッドウェイである。
そのブリッジで戦況を見守る最高司令官・信田美帆の顔は青ざめていた。
「私が負ける・・?」
傷つき帰還する艦載機。炎に包まれる護衛艦。
次々と報告が入る戦況は、明らかな劣勢を物語っていた。
思えば、かつての日本海軍が行った真珠湾攻撃をトレースするかのように
奇襲を仕掛けた帝国軍であったが、真珠湾には既に第七艦隊の姿はなかった。
ただ、そこまでは予測できた展開である。諜報部の小湊との連携も、上手く
行っていた。 だが・・・・。
それからは、予測不能な事態の連続だった。普通なら、危険を避けるための
海域に敵艦がいる。常識を覆すような戦術を駆使する敵の戦い方に、信田の
頭脳は翻弄されるばかりであった。
「指令、無念ですが、ここは撤退するのが正解かと」
ベテラン格の参謀が進言する。
苦渋の選択を強いられる信田のプライドは、今やズタズタに引き裂かれていた。
会議室に集められた帝国軍元帥達には、異様な緊張感が漂っていた。
無理もない。万全を期して挑んだ戦いに、惨敗したのだ。
中でも、その引責を受けるであろう信田の姿は、哀れなほど平静を失っていた。
「まずは責任を問う前に、お前からの報告を聞こう」
感情を込めない市井の声に慄きながらも、信田は振り絞るような声で喋り始めた。
「全て、裏をかかれました。私の力が及ばなかったということです。」
戦術の解説と惨めな戦果を報告すると、最後にそう締めくくり、市井の裁定を
仰ごうとした。その沈痛な信田の様子に、助け舟を出すかのように、平家が手を挙げる。
「何か解ったのか?」
先ほどから作戦結果の報告書を、熱心に解析していた平家に、市井が興味を示す。
「ええ。それが、妙なんです。確かにこの報告を見ると、一見、敵将は非常に優秀だと
言えるかも知れません。なのに、一方でミスも異常なくらい多いんです。」
「ミス?」
「そうです。敵の損害の内訳を見ると、相討ち、自爆、自沈、座礁といった、事故が
多すぎるんです。これは、通常考えられる範囲の3倍以上にあたる数です。」
「で、そこから言えるのは?」
「敵将は天才か、もしくは・・・ド素人です」
平家の言葉に、どよめきが起きる。
「それ以外、考えられません。こんな戦術、滅茶苦茶もいいとこです。敵が信田に
勝てたのは、とてつもなく運が良かったからです。」
「敵の司令官の情報は?」
「ダニエォという名前しか解りません。データにない人物です。」
「ダニエル・・・」
「いえ、閣下。ダニエォです。」
「滅茶苦茶ねえ・・・。」
「滅茶苦茶です!わけが解りませんよ、このダニエォっての。電波が悪いんじゃないですか。」
・・・わけが解らない・・電波が悪い・・・滅茶苦茶・・・。
そうか・・・我が軍にも一人、同じようなのが居るな。
全員の視線がぼんやりしていた飯田に集中する。
「圭織、あんた、さっきから何で黙ってるねん?」
隣の席の中澤が、飯田の肘をつつく。
「だってね。この間ぁ、裕ちゃんが、かおりんにぃ、『お前、黙ってろ』って言った
からあ・・・・、センチメンタルな気持ちなの・・」
やはり、毒を持って毒を制すか・・・。
市井は腹を固めた。やはり、それしか有るまい。
「圭織、あんた暫くハワイで遊んでおいで」
「えっ?ハワイ?!いいのおお?わ〜〜い!」
対ダニエォ秘密兵器・飯田圭織、太平洋艦隊司令長官に就任。
燦燦と太陽の降り注ぐワイキキビーチ。モデルかと見まがうほど、見事なプロポーションの
東洋人の女性が、サングラスをかけて寝転がっている。
・・・やっぱり、ハワイは最高!
市井から与えられた、ハワイ占領のご褒美の休暇を、満喫する飯田であった。
やはり、飯田とダニエォでは格が違い過ぎた。ネジの外れ方が半端ではないのだ。
なにしろハワイ進軍の前日に、中澤のところに行き、「かおりん。パスポート
用意するの忘れちゃった」などと、本気で心配するのだ。
ダニエォ如きが、勝てるはずが無いのである。
ついでに記すと、両者の戦いは、歴史上最低の決戦といえる。両軍の損害は、殆どが
自滅によるものであり、結果的に、自滅のを最小限に抑えた飯田が勝利したのである。
なんにせよ、市井はこの戦果に満足していた。ハワイに拠点を作れば、アメリカ本土
に与える脅威は大変なものなのだ。建国以来、他国との戦争で、本土を荒らされた経験
が無い国。そんなアメリカが受けるプレッシャーが、どれほど大きなものか?!
考えるほどに愉快な市井であった。
「このアロハシャツ可愛い〜〜!いくらなのお?え?10ドル?10ドルっていくら?
それって高くない?えええ!!7ドルにしてよお」
飯田圭織、恐るべき女である。
【番外編 中澤の憂鬱】
2ヶ月ぶりにマンションの自室に帰り、軍服を脱ぐ。中澤が、親衛隊長から一人の女に
戻る瞬間である。
明日から3日間の休暇。さて、どう過ごそうか・・・・。
バスタブにゆっくり身を沈めながら、思いを巡らす。
デートしたいけど、相手もおらへんしなあ。はあ・・。
「・・・お嫁に行きたいな・・。」
つい、言葉に出してしまう。
なんで結婚できへんのかなあ・・・・。自分で言うのもなんやけど、けっこうええスタイル
保ってると思うんやけど・・・。
確かに彼女の身体は、32歳という年齢を感じさせないツヤとハリを感じさせる。
指先が、自然と下腹部の敏感な部分に伸びる。そこは温かくぬめっている。
最後にエッチしたん、いつやったっけ?
「・・っんん」
身をのけぞらせ、上気した唇から思わず声が漏れる・・・
最後のキスは、なっちやったなあ・・。
いつものように、じゃれあったキスだったが、柔らかな感触を思い出し、中澤の指の動きが
激しくなる。
「んっはああ・・」
なっち・・・・。
病室の安倍を思い浮かべ、中澤は突然我に帰った。
・・・・あたし、何やってんねん。なっちのこと考えながら、こんなこと・・。
情けない気分になりながら、バスタブから立ちあがる。
決めた。明日は北海道のなっちの御見舞いに行こう。
一旦火がついてしまった身体の疼きを持て余しながら、ぽつりとボヤキが出る。
「誰か何とかしてえな・・・」
病院の玄関には、中澤の到着を待ちわびた様子の安倍が、松葉杖を突きながらニコニコして
立っていた。心底嬉しそうな表情である。
「裕ちゃん!!!!」
こちらに向かおうとした安倍が転ぶ・・・
慌てて駆け寄る中澤。
「ああ、もう!なにやってんねんな」
抱き起こした安倍の目には、うっすらと涙が滲んでいる。・・・・なっち・・。
「だって、裕ちゃんに会えるの、凄く嬉しくて・・・だから・・」
「アホ・・・」
このコのこんな顔を見たら、何も言えなくなってしまう。
二人は病院の中庭のベンチに腰掛た。5月の陽射しが心地よい。
「今日は暑いくらいだな。」
「そう?・・・ああ、北海道だとそうなんかな」
こうしていると、戦争中というのが、嘘のようだ。
「どう?リハビリは順調なん?」
「うん。抜糸もとっくに終ったし、骨も繋がってるけど、筋肉が弱ってて、まだ杖無しで
歩けないんだべ。どう?なっち痩せたっしょ?」
確かに少し頬がコケ気味であるが、美少女ぶりはそのままだ。
中澤は昨夜の自分の行為を思いだし、ドギマギして目をそらしてしまう。
・・・えっと・・・。なんか話題を・・。
「な、なあ、あんた今、彼氏居るん?」
「なっちけ?居ないさ。もう、別れて半年になるべ。裕ちゃんもそうなんだ?あの年下の彼、
あれからずっと?」
「うん、まあ・・・・・」
自分から話題をふっといて、気まずい気持ちになってしまう。
中澤がかつて不倫に溺れていた頃、彼女を救ってくれた4つ下の男・・。
でも、悪いのは自分だ。不倫相手との縁をなかなか切れず、彼の気持ちに応えられなかった。
ようやく気持ちの整理をつけたとき、彼は既に中澤の許を去ったあとだった。
「何で待たれへんねん。ヘタレな男には私の相手は無理や!」
人前では強がり、悪態をつく中澤だったが、独りになると胸が痛んだ。
・・・・アホやなあ、私。いっつもタイミング逃すねん・・。
「裕ちゃん・・・?淋しいんだべ?」
安倍のつぶらな瞳が、中澤の心内まで見透かすようだ。
「なっち、何かできる?裕ちゃんが淋しいと、なっちも辛いよ。こんな時は、どうすれば
いいんだべか?」
心粕zする顔に、また涙を浮かべている。
安倍はいつもそうだった。不器用で、口下手で、人見知りで、淋しがりやで・・・なのに、
いつも周りに気を遣っていた。いつも自分より周りを心配していた。自分だって強くないくせに・・・。
私はほんまにアホや・・・。御見舞いに来てんのに、逆になっちに励まされてるやん。
中澤は解っていた。なっちを見舞いに来たのは口実で、本当はなっちに癒してもらいたかった
のだ・・・。甘えてるのは私のほうだ。
「ありがとう、なっち。なっちの顔見てたら、力が湧いてきたわ。」
安倍の顔に笑顔が戻る。
「そや、明日、ドライブにいかへん?」
「え?」
「先生には私が許可取ったげる。病院の中ばっかりじゃ、退屈やろ?」
「ほんとに??」
春風が優しく舞う。木漏れ日を眩しそうに見上げながら、中澤は大きく伸びをした。
・・・私達は、どこに行くんだろう?私達は、どこまで行けるんだろう?
傍らで佇む安倍は、少女の頃と変わらぬ微笑を浮かべていた。
ハワイの占領に成功した後も、市井は帝国拡大の手を緩めなかった。いや、むしろ、戦いは
激しさを増していた。市井は国連加盟国全てに対し、服従か戦争かを迫った。
圧力を賭けるだけではない。全世界に向け、理想国家建設による人類の統治を訴えた。
その熱い語りは、はからずも多くの人の心を揺さぶった。その結果、共鳴した国々が市井帝国
の一部になることを進み出たのだ。
ただ、アメリカやヨーロッパ諸国の大半は、そんな市井を懐疑的に見ていた。
当然ながら、戦線は拡大して行った。
しかし、勢力範囲が広がり、組織が肥大して行くと、どうしても市井一人では全てに目が
届かなくなる。市井は人心の掌握に、戦列に復帰した安倍を使った。
彼女の持つ愛らしさ、庶民性、それらは、占領地の人々に安らぎを与えた。
アメリカはしぶといな・・・。国連のリーダーという自負と、「強いアメリカ」「正義の砦」
という国民のプライドが、帝国に対する服従を許さないのだ。
やはり、何か決定的なダメージを与え、戦意を喪失させる必要があるな・・・。
建造されたばかりの総統府の一室に戻る時、親衛隊の一人が声をかける。
「閣下、部屋で客人がお待ちです」
「客人?」
今日は、そんな予定はなかったはずだが・・・。
応接室に入ると、よく知った男が、葉巻を咥えてくつろいでいた。
「久しぶりやなあ。市井・・・いや、総統閣下とお呼びすればええんかな?」
「つんく・・さん??」
暫く見ない間に随分恰幅が良くなったようだが、紛れも無くそれは、つんくだった。
「つんくかあ・・。その名前で呼んでくれる人間も少ななったな。」
「どうしたんです?何かご依頼でも?あなたには義理があるし、優遇しますよ。」
「いや、今日は商談に来たんや。」
灰皿に押しつけられた葉巻が、小さな音をたてる。
「商談?なんです?私の演説のCDでも発売したいんですか?」
「そうやない」
つんくの顔から笑いが消える。
「核ミサイル、10基ほど買わへんか?」
「核?!」
つんくの口から出た意外な言葉に、市井は戸惑いを隠せない。
「このご時世、CDなんか売ってるより、もっと儲かる方法がある。」
つんくはゆっくりと立ちあがった。
「それは兵器や。戦争が起こって一番儲かるんは、兵器産業なんや。」
「じゃあ、つんくさんは・・・。」
「そう。早い話、武器商人やってるねん。今。」
つんくの話によると、レコード会社は1年前にたたみ、既に市井帝国にも兵器の搬入
を行っているのだという。
「プロデュ―スするもんが、歌から戦争に替わっただけや。」
座っている市井の後ろにまわり、その肩に両手をかけて耳元で囁く。
「お前は権力を欲しがる。俺は金を欲しがる。似たもの同士なんや。」
つんくの口から低い笑いが漏れる。
「持ちつもたれつ、これからも、仲良くしようや。な?」
戦争は、人の心を変えて行く・・・。いや、眠っていた欲望が目覚めただけなのかも知れない。
市井は既にビジネスライクに徹するよう、気持ちを切り替えていた。
やはり、核を使うべきか・・・。既にアメリカ本土の軍事施設に対する攻撃、軍事衛星の
破壊などに成功してはいたが、アメリカの抵抗は続いていた。
アジア、中東、南米、豪州・・・開戦から2年近くでその大部分を掌中に収めた市井帝国
であったが、ヨーロッパ、北米、アフリカでは苦戦を強いられていた。
何としても、アメリカを屈服させたい。アメリカさえ落とせば、残る国々の士気は、一気に
低下するに違いない。
何故、解ろうとしないのだ?私は私利私欲のために戦っているのではない。全ては理想国家
を築くためなのだ。民主主義?悪い奴らが善人から搾取して肥え太り、己の欲望を満たす事
しか考えない政治家が横行する社会のどこに、真の幸福があるというのだ?
憎むべき民主主義の象徴であるアメリカ・・・。
一般人を巻き添えにすることは、決して本意ではない。しかし、やむを得まい。これは大事
の前の小事なのだ。それに、これ以上長引かせては、犠牲者が増えるばかりだ。
早く戦争を集結させるためなのだ。
そして・・・・・・・。市井は核のスイッチを押した。
「明日香、私は正しいのか?」
核の威力は絶大であった。この禁断の兵器の前に、合衆国大統領は条件付の降伏文書に
調印した。「合衆国市民の幸せを約束すること」それが唯一の降伏条件であった。
何故、アメリカは核による報復措置を取らなかったのか?アメリカにとっての核兵器は、
使用することより、所有することに意義があったのだ。核は外交の駆け引きを有利にする
ための、見えざる脅威であることが全てだったのだ。報復は核戦争による滅亡への引き金
になりかねない。まさか、本当に核を使う国があるとは、思っていなかったのである。
確かにアメリカの降伏は、市井帝国の進撃に大きな影響を与え、多くの地域では、帝国の
統治下における平和と繁栄を実現しつつあった。しかし、一方で抵抗を続けるヨーロッパ
やアフリカの局地戦においては、ゲリラ戦が泥沼状態に陥りつつあったことも事実である。
「紗耶香様。何を見ておられるのですか?」
二人きりの時だけ、後藤は「閣下」ではなく「紗耶香様」と呼ぶことが許される。
「この星空の下に何十億という人類が暮らしている。私は民を幸せにしているか?」
「勿論です。紗耶香様。」
総統府の寝室の窓辺から、空を見つめる市井の目には一体何が映っていただろうか?
野望の実現は、目前であるかのように見えた。
【番外編 飯田圭織の華麗なる戦争】
私は帝国軍広報部の記者である。総統閣下の許可を頂き、この太平洋艦隊旗艦ミッドウェイ
の乗り込み、伝説の司令官・飯田圭織元帥を取材して、若き天才軍師の横顔をお伝えする。
2月某日 飯田様は朝から「寒い寒い」を連呼しておられる。
「ねえ、艦長。グアムに行こ!グアム!・・・・あ、やっぱりグレートバリアリーフにしよ!」
「・・・オーストラリアまで行かれるのですか?!」
「だって、かおりん、まだ行ったことないもん」
「・・・承知しました」
気のせいか、初老の艦長に疲れの表情が見える。
しかしその3日後、我が太平洋艦隊は、国連軍の潜水艦基地を発見。敵に壊滅的ダメージを負わせ
ることに成功した。さすが飯田様である。全てお見通しだったのだ。
「スキューバ最高!!」
帝国軍艦隊をバックに一人、スキューバを楽しむ飯田様。スケールの大きなお方である。
「凄いよお!魚が!魚が!魚が!魚が!」
4月某日 飯田様はデッキから釣りを楽しんでおられたので、思い切って声をかけてみた。
「どうです?釣果のほうは?」
「は?チョ―カって?超カワイイの略?かおりん、いきなりそういう事言う男の人って、
おかしいと思う。」
「ははは・・・・」
ジョークの好きな方だ。もう一度訊いてみる。
「たくさん釣れますか?」
言葉では答えず、飯田様は上のほうを指差した。そこには、ひらきにされた魚が何十匹も
干されている。
「あれは・・?」
「自給自足実行中なの。余ったら裕ちゃんにあげるつもりだけど。」
「自給自足?」
「そうだよ。かおりんが総理大臣になったら、ちゃんと自給自足できるようにするの。」
「・・・・・・」
ジョークの好きなお方である。
5月某日 飛行甲板に全乗組員を集合させ、なにやら体操の指導をされているようだ。
スピーカーから楽しげな曲が、大音響で流れ始める。 う!!は!!う!!は!!
ハンドマイクを持った飯田様が、ポーズをとりながら説明する。
「正拳突きはもっと腰を落として!」
さすが飯田様である。兵士達の戦場での緊張をほぐすために、自らこのようなことを。
なんと御優しい方であろうか。
・・・更新するわ♪セクシービームで・・・♪
「ミュージックストップ!!艦長、セクスィビームはもっと大胆にしないと効果ないよ。」
「・・・せ・・せくしいび〜〜〜む!」
「違〜〜う!!セクスィビ〜〜〜〜ム!!よ。せっかく美味しいパートふってあげてんだから。」
艦長は泣き笑いのような表情を浮かべている。きっと、飯田様のことが、大好きなんだろう。
いや、艦長だけではない。乗組員全員。そして、この私も・・・。
「行くよお!ミュージックスタート!!」