ホーム / 「我が闘争」 /

我が闘争-明日香編

ホテルの部屋に戻った市井は、シャワーも浴びず、そのままベッドに倒れこんだ。
明日香・・・この10年、お前のことは忘れたことが無かった。

11歳の市井が明日香に出会ったのは、まさに偶然以外の何物でもなかった。
その日、市井は小学校の校長と理事を脅し、地元の財界人の集まるパーティーに
紛れ込んでいた。広大な屋敷で行われる宴を、暫くは覚めた目で眺めていた市井
であったが、やがて、敷地内の探索を始めた。
けっ。やっぱり大人ってアホ。くだらねえ・・・。
敷地内には大きな屋敷が2つあるほか、大きな倉庫やマンションのようなもの
まであった。そのうちの一つに目を留める。
警備みたいなのが3人も立ってるじゃん。一見ただの簡素な建物なのに、何故?
市井は好奇心を刺激され、潜入してみることにした。
「おじさん、なにやってんの?」
「おや、お嬢ちゃん。迷子になったのかな?こっちには入れないよ。オジさんが
 お母さん達のところへ・・・う?!」
射精しながら気絶した男を隅に転がすと、残りの二人の目を盗み、建物に入る。
面白い!!ここ、いっぱいトラップがあるじゃん!既に世界中の兵器、殺人技、
軍事知識を勉強していた市井は、ゲームをクリアするように、トラップを抜けて行く。
凄い!!凄いよ!こんなスリル、久しぶり!!
しかし、その通路が開いていたのは全くの偶然だったのだ。たまたま制御装置の不調が
あったからに過ぎない。
うっすら明かりが漏れてる・・・。部屋があるんだ。半開きになった巨大な扉は、通常の
2倍は厚みがあるだろう。体重をかけて、扉を開き、中を覗きこむ。
天窓からの月明かりに照らされ、少女らしい人影が床に座っている。
「誰かいるの?」
薄明かりのもとで、ゆっくりと少女がこちらを向いた。
明日香との、初めての出会いであった。そう。明日香はTOYだったのだ。

小奇麗にまとめられた部屋をきょろきょろ見まわしながら、その少女に近づく。
「あたし紗耶香。あんたは?」
「明日香」
「あっちじゃ、パーティーやってるのに、あんたはここで何を・・・」
こちらをジッと見つめるその少女の姿の異様さに初めて気付き、ぎょっとする。
明日香の首と両手には鎖が繋がれていたのだ。
「・・・・お前、誘拐されたのか?」
「わかんない。ちっちゃい時からここに居るから・・・。紗耶香には、どうして
 鎖がないの?」
明日香の異常な言動に、市井の頭の中は混乱していた。
「パパとママは?」
「わかんない。ずっと前には居たような気がする。」
間違いない。明日香は小さい頃誘拐されて以来、ここに監禁されているのだ。
「お前、誘拐されたのに何で笑ってるんだ?」
「お友達」
「は?」
明日香が紗耶香を指差す。
「お友達って言うんでしょ。本で読んだよ。お友達と遊ぶと楽しいんだよ。
 知ってる?紗耶香は私のお友達だね。」
無邪気に笑う明日香。
「その通りだよ・・・・・」
紗耶香はそっと明日香を抱きしめた。

それから暫く、二人は壁に凭れて話をした。
市井の身の回りの、他愛のない内容ばかりだったが、明日香は興味深そうに
聞き入ってた。
にこにこ笑う明日香。その首と腕につけられた鎖に、どうしても目が行ってしまう。
ん?注射の跡?思わず明日香の腕をつかみ、その青痣になった部分を凝視する。
「時々ね、『先生』が注射するの。そしたらね、明日香、ふわあって、とっても
 気持ち良くなるの」
・・・・ドラッグの一種か?
「でも、いつもその後のことは、あんまり覚えてないの。ただ、気付いたら、いつも
 身体のあちこちが痛いの。おしりとか、・・・・あそ・・こ・・とか・・」
恥ずかしげに俯く明日香に、市井の胸は激しい痛みを感じていた。
・・・・ゲスども!!
「明日香、必ずお前をここから出してやる!!」
語気を強張らせる市井に、気圧され、戸惑う明日香。
「どうしたの?怒ってるの?明日香、悪いことしたの?」
「そうじゃない。いいかい、明日香。お前はここに居ちゃあいけない」
真っ直ぐに向ける市井の瞳に、明日香は小さく頷いた。

それからの市井は、情報の収拾にやっきになっていた。制御室の人間の一人を手なずける
ことにも成功し、週に2、3回は明日香の部屋を訪れていた。
そして、明日香と時間を共にし、情報が集まるほど、市井の焦りは増して行った。
明日香がTOYと呼ばれる性の玩具人形にされていること。12歳の誕生日に『加工』
されてしまうこと。なにより、その誕生日がもうすぐなのだ。
それなのに、肝心の鎖を解く方法が見つからないのだ。壁に繋がれたその鎖は、通常の
鋸や刃物では、びくともしない。鍵穴は無く、電子ロックで制御されているらしいのだが、
制御室の人間さえ、その方法を知らないのだ。
腕の立つハッカーの力が必要だ。早くなんとかしないと・・・・。
そんなある日のこと、突然明日香が切り出した。
「紗耶香、あのね。私、もうあなたに会えない気がするの。」
「何言ってるんだよ!絶対ここから出してやるって・・・」
「ほんとはね。知ってるんだ。注射打たれた後、何をされてるのかも。
 今度の誕生日にどうなるのかも・・・」
市井は言葉を失った。
「私ね。TOYって言われてるんだって。私みたいなコ、世界中にいっぱい
 いるんだって・・・。お願い、紗耶香。あなたが大人になったら、二度と
 私みたいなコを作らない世の中にして・・・。」
明日香の頬を涙がつたう。
「3日後だ!それまでの我慢だ。なんとかお前をここから出す方法が、見つかり
 そうなんだ。3日たてば、お前は自由だ。どこにでも私が連れて行ってやる!
 何でも欲しいものはくれてやる!!」
ようやくハッカーの腕利きにメドが立ったのだ。このまま明日香を死なせてたまるか!
「なあ、明日香。一番欲しいものは何だ?何が欲しい?」
明日香は天窓から見える星空を指差した。
「あのお星様がいい」
涙に濡れる彼女の横顔は、月光に照らされ、この世のものとは思えない美しさだった。

その日の屋敷は、いつになくひっそりと静まり返っていた。
通りに停めたワンボックスカーの中で、大学生風の男がパソコンと向き合っている。
「よし、いいぜ!うまく行ってるはずだ」
「ご苦労だったな。恩に着る」
「へへへ。こっちは、報酬さえ貰えりゃァ、いいのさ」
男の言葉を聞き終わらないうちに、屋敷に侵入を始める。
明日香!今行くぞ!!今夜からお前は自由だ!!
走りながら、市井は、敷地内の様子がいつもと違うことに気付いていた。
おかしい!!人の気配が全く無いじゃないか?!!
不吉な予感を振り払うように廊下を全速で走りぬけ、扉を開ける。
「明日香!!!」
闇の中を、静寂だけが支配していた。居ない??!!そんな?!
足元の妙な感触に、思い切って明かりをつけてみる。
「?!!」
その瞬間、絶望と喪失感が市井を襲った。
「なんでだよう・・・。なんで間に合わなかったんだよう・・・。誕生日まで、
 まだ1週間あるのに・・。明日香ああああああ」
そこには明日香の姿は無く、床には一面に血が飛び散っていた。

大規模な汚職に関与した屋敷の持ち主が、失踪したことを告げるニュースが流れたのは
その2日後のことだった。

市井は己の無力さを憎んだ。小学校を支配し、給食のプリンを一人占めにして
得意になっていた自分の、なんと幼稚だったこと。
大人達の醜い欲望に憎悪した。そして、それを容認する民主主義と称する嘘っぱち
の社会を憎んだ。
もっと力が欲しい。私に力があれば、明日香は助けられた!!
「私みたいなコが居なくなる世の中にして」
明日香・・・。明日香はもう、この世に居ない。市井の胸には、明日香との「約束」
だけが残った。  市井紗耶香、11歳の秋だった。

いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
クーデター以来、殆ど睡眠をとっていなかったのだから、当然かも知れない。
気がつくと、ベッドの傍らに全裸の後藤が立っいた。
「真希・・・」
後藤と明日香は、厳密にはそれほど似て居いないはずだ。似ているとすれば、言葉で
交わさなくても、直感で市井の心を汲み取ろうとするところか・・・。
「ん・・真希?」
後藤は一言も喋らずベッドに入り、貪るように市井を求めてきた。後藤が自分から
これほど積極的になるのは、初めてのことだった。それに応える市井の唇も、いつになく
熱いものだった。
激しく求め合う二人の営みは、いつ果てることなく続いて行った。

激闘編へ / 激闘編2へ