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我が闘争-激闘編

都心を離れた別荘の一室で、市井をとりまく主要メンバーが、極秘裏に集められていた。
クーデターを起こすに当たって市井が心を砕いたのは、人材の配置であった。
米軍キャンプを押さえるには、それ相応の手腕が必要だ。
「沖縄には平家の部隊に行ってもらう。横須賀は飯田。安倍は北海道の自衛隊基地。
 舞鶴は中澤。国会議事堂と防衛庁は私と後藤が行く。それから・・・」
てきぱきと指示を出しながら、市井は昂揚感を抑えられずにいた。
暴力と計略に満ちた市井の半生だったが、直接人間を殺めるのは、これが初めて
なのだ。今回ばかりは確実に死者が出る。敵は勿論、恐らくは味方にも。
仕方が無いのだ。理想の国家建設のためには、何時の世も犠牲はつきものなのだ。
冷徹さを自負する市井も、さすがに今回は自分自身の心に折り合いをつけるのに
苦労を強いられていた。芸能界を支配するのとはケタ違いなのだ。
いつになく早口でまくし立てる市井の異常な様子に、中澤が声をかける。
「あんたの思うようにやったらええ。うちらみんな、覚悟は出来てる。
 私は私の責任で行動する。あんたを恨んだりせえへんよ。」
「私もです。紗耶香様。ご自身を信じてください。」
「かおりん的には〜、もっと〜、心の声って言うのかな・・・。あ、そうじゃ
 なくってええ・・・う〜〜ん・・・」
「はいはい。あんたはもう喋らんとき」
一瞬、懐かしい空気が流れた。誰からとも無く笑い声が起きる。
「解った。あんたたちの命は私が預かる。私、市井紗耶香は、ここに理想国家
 建設を成し遂げることを誓います。」
全員がお互いの目を見詰め合い、血判を重ねあった。
もう後戻りは出来ない。前に進むだけだ。
奇しくも決行日は、2月26日。雪の降る朝だった。

無線機を手にした市井が、合図となる暗号を叫ぶ。
「只今より、作戦を遂行する!マル!マル!マル!!!」
黒い特殊スーツに身を包んだ一団が、各地で一斉に行動を開始した。
そして・・・・・・。

クーデターは、拍子抜けするほどあっけなく成功した。オウムの前例があったとはいえ、
日本人の平和ボケは相当なものだ。自衛隊の駐屯地では、事態が呑み込めずに食事を摂り
ながら、ぼんやりと成り行きを眺める隊員の姿も見られたほどだ。
死者の数は敵34名。味方5名。まずは最小限に抑えることが出来たと言えよう。
ただ、北海道の演習中の部隊に対した安倍は、爆風を受け、内臓破裂の重症を負ってしまった。
今回、特筆すべき活躍をしたのは飯田である。最も攻略が困難と思われた横須賀基地を、僅か
1時間で陥落。しかも、そのやり方が凄い。とにかく、のべつ幕無しに手榴弾を投げつけるのである。
その方向に敵がいようが味方がいようが、おかまいなし。
「なんで、みんな、かおりんを苛めるのよおお??!!」
支離滅裂なことを叫び、周囲を破壊しまくる滅茶苦茶振りに、兵士達は完全に戦意を喪失していた。
驚いたのは、これだけ出鱈目なことをしながら、一人も死者が出なかったことだろう。
本人は計算ずくだったと主張するが、怪しいものである。いずれにせよ、飯田圭織・・・恐るべし。
飯田らしいな・・・。くくくく・・・。
各地からの報告を議事堂内の迎賓室で受けながら、市井はついつい笑ってしまった。
心配なのは安倍か・・・。命には別状なさそうだが、一区切りついたら行ってやらねば。
新宿アルタの大画面に、市井の姿が映し出された。道行く人々が見つめる。
「国民のみなさん、こんにちは。たった今、この国の元首となった市井紗耶香です。
 只今より、国名は市井帝国とし、軍事政権による統治を行います。」
悪魔の支配の始まりだった。

北海道の実家にほど近い病院の一室で、あどけない顔をした女が眠っていた。
「容態は?」
「安定していますが、意識が戻るのは、もう少し先でしょう。」
「そうか・・・。」
現在、東京では後藤と中澤が中心になり、旧政府の後始末、及び新政府の陣容を
固めるため、不眠不休で任務に当たっている。
ベッドの横の椅子に腰掛けた市井は、マルボロを咥えかけて止める。
こいつの顔、こんなにじっくり見るの、いつ以来だろう?
(・・なっち)
囁くように呼びかけてみた。微かに安倍の頬が動く。
「なっち?」
今度は少し大きな声で呼びかける。
「んんん・・・あたし・・」
ぼんやりとした視界に市井の顔が浮かぶ。
「・・・そうか、あたし、吹き飛ばされて・・」
「し!  喋らないで」
1週間ぶりに目覚めた安倍の頬に、うっすらと赤みが差す。
「ここに居てあげるから、安心してお休み」
小さく頷いた安倍は、ほどなく寝息を立て始めた。
その横顔を、市井はいつまでも見つめていた。
つかの間の平穏・・・。
しかし、その3時間後、東京の後藤から受けた報告に驚愕することになるのである。

「首相官邸の近くの小さなビルなんですけど。それが、妙なんです。建物の中に
 もう一つ建物があるって言えばいいのか・・。とにかく二重構造になってて、
 隠し部屋とか・・・そう、日光の忍者屋敷がイメージに近いかなあ」
報告とは、政府の高官や財界人のごく一部が出入りしていた建物のことだった。
・・・二重構造・・・・?まさか?!
「真希、いいかい?その建物の最上階の隠し部屋に、小学生くらいの女の子が
 幽閉されているはずだ!ただし、トラップがいっぱい在るから、3階の制御室
 のコンピューターを先にチェックするんだ。私も今からすぐにそっちに向かう!」
「ドクター!!安倍を頼みます。」
迎えのヘリに乗り込む市井の胸が、早鐘のように鳴る。
・・・・いよいよ始まるよ・・明日香・・・。

市井は到着するなり、出迎えの後藤と共に3階の制御室に急いだ。
「どうなってる?」
「はい。トラップの解除は終りました。現在、隠し部屋に中澤さんが向かってます。」
「よし、私もそっちに行く。平家に電子ロックも解除させておけ。」
迷路のように入り組んだ廊下を、市井は何のためらいも無く足早に歩く。
思ったとおり、同じ作りだ・・・。
後藤は急いで制御室の平家に指示を伝えると、自分も市井の後を追った。
何もかも知っていたかのような市井の態度に、後藤は困惑していた。
どうして紗耶香様はここを知っているの?連絡を受けた時の紗耶香様の反応は
只事ではなかった。胸騒ぎがする・・。
廊下にあいた穴に出現した階段を降り、薄暗く、細い廊下に出ると、再び階段を
あがる。3階と4階の間のような場所に、その部屋はあった。
市井に続いて後藤も部屋に足を踏み入れる。
・・・・なに・・ここ・・?
大理石の壁に囲まれた10畳ほどの部屋には、トイレ、バス、ヌイグルミでいっぱいのベッド、
本棚、机、沢山のおもちゃ・・・。ちょっと贅沢な子供部屋といった感じだ。
但し、トイレやバスに仕切りは無く、壁からは3本の長い鎖が伸びていたが・・・。
その鎖に、さっきまで繋がれていたと思われる半裸の少女が、中澤の腕の中で
ぐったりしている。
「大丈夫。衰弱してるけど、まだ生きてるわ。すぐに救護班が来るはずです。」
市井は少女の前に膝をつくと、頬を優しく撫でながら呼びかけた。
「安心しろ。もうお前は自由なんだよ。」
「紗耶香様・・・一体この子は・・・?」
後藤の質問に、市井は静かに呟いた。
「この子はね、TOYなんだよ」

「TOY・・?おもちゃ?」
救護班が少女をタンカに載せて運ぶのを、無言で見送る市井に、再び後藤が問いかけた。
「どういうことなんですか?」
「読んで字のごとく、変態オヤジのオモチャってこと。。あの子はね、ずっとここで飼育されてきたのさ。」
足もとの鎖を踏みつけながら、マロボロに火をつける。
「中澤、この階にもう一つ部屋があるはずだから、調べて。」
「了解」
部屋を出て行く中澤を目で追いながら、市井はゆっくりと話しを続けた。
「幼い子供を飼いたがるオヤジどもは、大勢居るんだ。売買された子供は、こうしたTOYBOXで
 飼われ、ありとあらゆる変態プレイの道具にされるのさ。ここの持ち主は、世界中に沢山居る
 TOYコレクターの一人ってわけ。」
噂で聞いたことはあったものの、あまりの現実に後藤は大きなショックを受けていた。
「もう一つ訊いていいですか?」
「なんだい?」
「紗耶香様はどうして最初から『小学生位の少女』って解ったんですか?」
「TOYには寿命がある」
一瞬だが、市井の表情が険しくなる。
「5、6歳で連れてこられ、12歳になると、『加工』されるんだよ。」
「え?」
その時、後藤の声は、凄まじい悲鳴にかき消された。
中澤さん?
「どうやら、もう一つの部屋を見つけたらしい。」
煙草を投げ捨てて出て行く市井についていこうとした後藤を、鋭い言葉が遮る。
「お前は来るな!あの部屋にあるものは、見ないほうがいい」
どういう意味なの?
中澤の絶叫は、まだ続いていた。

薄暗い廊下の柱に見える部分に、小さな入り口があいている。背をかがめて細い通路
の先にある小部屋に入ると、そこにはグロテスクな地獄図絵が並んでいた。
中澤は床に四つん這いになったまま、嘔吐を繰り返していた。
見るも無残に『加工』された少女達・・・。
身体のパーツが収められた小ビン。皮を剥がれたホルマリン漬け。剥製。塩漬けの生首・・・。
欲望のはけ口にされたTOYの末路は、酸鼻を極めた部屋にコレクションされていた。
もしかすると・・・。
緊張した面持ちで、彼女達の顔を一つ一つ確認する市井。しかし、みな見知らぬ顔ばかり
のようだ。
・・・ここには無いか・・・。
思わず、ほっと安堵の溜息が出る。
・・・でも、もう生きていないのは確かだな・・・。単にここには無かったという
だけに過ぎない。何しろもう10年になるのだから。
震えて身体の動けなくなっている中澤を担ぎ起こし、腐臭の漂う部屋を出た。
「後藤、中澤を頼む。私はホテルに戻る。悪いが、暫く一人になりたいんだ。」
「紗耶香様・・・。」
「心配するな。ちょっと疲れてるだけだ。少し休めば大丈夫だ。」
虚ろな目をした中澤を、平家と後藤が支える。
市井が発した「加工」という単語と中澤の今の状態が、あの部屋にあるものを
後藤に理解させた。そして、市井が背負っているものの正体も、おぼろげながら
解ったような気がした。

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