ホーム /

萌えろ!朝焼け


第五話「反撃!」

「小林、練習通りのピッチングが出来れば、十分勝てる相手だ。
しかし油断してはいけない。練習試合とはいえお前にとっては
初試合だから、気を引き締めて行け。」久保が言う。
「はい。わかりました。」小林、と呼ばれた娘が答える。

この娘、小林幸恵は言わば小室の秘蔵っ子であった。
その素質は小室をして「今まで(見て来た中)でトップかも知れない」
と言わしめたほどであった。だが、小林は不運にも試合に出るタイミングが無く、
その力を発揮する場所には恵まれてはいなかった。
そして、今回の練習試合。朝焼け高校からの試合の申し出に、
小室が真っ先に考えたのは小林の事であった。
素質は十分ありながらも経験が全くない小林に、自信をつけさせてやろう。
それが、試合を引き受けた最大の理由であった。

マウンドに立った小林は、軽い感慨にふけっていた。
TM学園野球部の入部オーディションを受けた時のこと。
小室によって海外練習を命じられたときのこと。
独りの海外生活の孤独。突然の帰国命令。そして今日の試合。
小林にとって全ては目まぐるしく、怒濤の急展開であった。
(とうとう試合だー。相手の事は良くわからないけど、とにかくガンバロウ!)

小林は投球練習を始めた。振りかぶってキャッチャーめがけて投げる。
『バシュッ!』(ワクワクするな...。)
『バシュッ!』(相手のピッチャー、結構凄かったな...。)
『バシュッ!』(でも、負けたくない...。)

「結構いい球投げるなー。」バッターボックスに向かいながら、信田はつぶやいた。
右バッターボックスに入り、小林をにらむ信田。信田をにらみ返す小林。
1球目、小林は振りかぶって投げた!

「ストライーク!」1球目、信田は様子を見た。
(カーブか...。1球目を変化球で入ってくるということは、ルルに近いタイプかな?
低めのきわどいところに投げてくるなー。コントロールは良いみたいだな...。)

2球目、小林は振りかぶって投げた!
(同じコース!いや、微妙に低いか?)信田は見逃した。
「ボール」
(危うく振るところだったよ...。)信田は冷や汗をかいた。
(あれを振らないなんて、なかなかのバッターね。)小林は思った。

続いて、小林は振りかぶって投げた!
(ど真ん中だ!もらった!)信田はフルスイングする。
「ストライーク!」信田は空振りしていた。
(フォークか...。ちくしょう、やられたよ...。)悔しがる信田。
(フフフ。追い込んだわ。)小林はほくそ笑む。

小林は振りかぶって、投げた!
ボールは信田の胸元を襲った!(うわっ!)信田はのけぞる。
「ボール」
(ちきしょう危ねーなー!もうちょっとで当たるところだよ!)信田は小林をにらみつける。
(よしよし。次の球で決めるよ。)小林は思った。

小林は振りかぶって、投げた!
(外角低め、ギリギリストライクか?)信田は思案した。
「ボール」
(内角のボール玉で腰を引かせて、外角低めで仕留める。良くあるパターンだね。)
信田は小林を挑発するような目で見据えた。
(あれを見逃せるなんて...。なんて選球眼をしているの?)小林は驚きを隠せない。

「あのバッター、なかなかの選球眼だな...。」久保はつぶやいた。
「さすがや、信田。俺の見込んだ通りや。」つんくがつぶやいた。
信田はチーム内でも随一の運動神経、動体視力を持っていた。
つんくが信田をトップバッターに起用したのは、それが故であった。

「ファアボール!」小林は信田の粘りに根負けした。
(ボール球は絶対に振ってこない、嫌なバッターね...。)小林は思った。

(よーし!美帆ちゃんが塁に出た!何とかつなぐぞー!)矢口は左バッターボックスに入った。
(ちっちゃいな...。ストライクゾーンが狭い...。)小林は思った。

矢口への1球目、小林は振りかぶって投げた!
(よーし!)大きくスイングする矢口。誰が見ても、明らかにタイミングが合っていない。
(なんなの?このバッター。素人?)小林は思った。
「ストライーク!」空振りである。
ボールを受けたキャッチャーは、すぐさま立ち上がった。
なんと、信田が2塁へスタートを切っていたのである。
だが矢口の空振りスイングが邪魔をして、2塁へのスローイングが遅れた。信田は悠々セーフである。
(やられた!)悔しがる小林。
(フフフ。予定通り!試合前から、美帆ちゃんが塁に出たらこうするって
二人で決めてたんだもんね。うまくいった!フフ。)ほくそ笑む矢口。
(もう好きなようにはさせない...。)小林は思った。

小林は振りかぶって、投げた!
(よーし、ここはこうして...。)矢口はバントの構えである。
(やっぱり!そうきたわね!)小林は前にダッシュした。
バントした球を即座にキャッチする為である。
「ストライーク!」ボールはバットには当たらなかった。
(バント失敗?フフ。マヌケなバッターね。)小林はほくそ笑む。

(もうツーストライク。追い込んだわよ。もうバントは出来ないわね。
ファールでもアウトだからね。)小林は矢口を見下ろす。
(よーし。次がホントの勝負だよ...。)矢口は小林をにらむ。

小林は振りかぶって、投げた!
信田が2塁からスタートを切る!矢口は突然バントの構えになった!
(なんですって?まさかツーストライクからバントで来るとは!)
小林は予想を裏切られて反応が遅れた。
(なんとしても当てなきゃ!)矢口は球筋を見る。
ボールのコースは外角やや低め。特別当てにくい事はない。(よーし!)矢口がバットをのばす。
突然、ボールは沈み始めた。フォークボールである!(うわー!聞いてないよー!)
あわてそうになる気持ちを必死に押さえ、矢口は精一杯バットをのばした。(当たれー!!!)
『キンッ』(当たった!)
打球はサードに転がっていった。中途半端な当たり方をしたのが功を奏し、
ちょうどセーフティバントのような形になった。
バットを捨て、矢口は1塁に走った。
「サード!!!」小林は叫ぶ。それと同時に信田は悠々3塁を落とした。
せめて矢口はアウトにしなければならない。それは決して無理ではない打球である。
「うわっ」なんと、三塁手がボールを落とした。矢口が1塁に駆け込む。
ノーアウト1、3塁である。

「チッ!何やってるんだ...。」久保が吐き捨てるように言った。
「さすがのTM学園も、控えの選手はまだまだやなあ。
はよレギュラー出して来いっちゅうねん。」つんくがつぶやく。

(あのバッターは、最初からスリーバントするつもりで空振りを...?
い、いや、そんなはずはないわ。偶然よ、偶然。とにかく次を押さえなきゃ。)
小林はネクストバッターズサークルに立つ娘を見た。

ネクストバッターズサークルには、長身の娘が立っていた。
その表情からは、やる気があるのかどうか全く読みとれない。
(不気味だわ...。)小林は思った。
後藤がバッターボックスに入った。後藤の表情にはまるで緊張感が無い。
それは無表情でもなく、無我の境地に達した落ち着き払った表情でもない、
不思議な表情であった。
(全く読めない...。)小林は攻め手に迷った。

(取りあえず外角へ逃げる球{カーブ}で様子を見よう。)
小林は振りかぶって、投げた!
後藤は微動だにしない。「ストライーク!」

(じゃあ、次は内角へのボール球{ストレート}で誘ってみよう...。)
小林は振りかぶって、投げた!
『カッ』後藤は目を見開いた。後藤はフルスイングした。
『キンッ!』打球は、小林の真正面に飛んだ。ピッチャー返しである。
(うわっ!)小林は、間一髪打球を胸元でキャッチした。
(ランナーが飛び出してるはずだわ!早く投げないと!)
そう思った小林だったが、打球の強さゆえに体勢を崩してしまった。
信田、矢口はそれぞれ塁に戻った。ワンアウト1、3塁である。

「おっしいなー!あと30センチ横にずれてりゃあセンター前ヒットやったのになあ〜。」
つんくが声をあげる。
「でもさすがやなー。あんなくそボール球、後藤にしか打たれへんで。
さすが後藤、直球にはめちゃ強いな。」感心するつんく。

(やっとワンアウトね。次で何とかダブルプレーを取りたいものだわ。)小林は思った。
左バッターボックスに、さやかが入った。冷たい視線で小林を見据える。
(こ、このバッター、かなりの実力ね...。)小林は、さやかから何かオーラのようなものを感じ取った。

小林は、さやかに下手な小細工が通用しないであろう事は肌で感じ取っていた。
(あの球しかない...)
さやかへの第一球、小林は振りかぶって、投げた!

球はさやかの内角をえぐる。内角やや低めの直球。
「よっしゃ!もらった!」つんくがベンチで叫ぶ。
並の打者なら打ってもつまるコースだが、さやかにとって内角は絶好球である。
(いただきっ!)さやかはフルスイングする。

「ストライーク!」

ボールはキャッチャーミットに吸い込まれていた。
「なんや、あの球...。あんだけ落ちるとは...。」つんくがベンチでつぶやく。
1塁ランナーの矢口もため息をもらす。
(さっき私に投げたフォークと全然違う...。フォークを2種類持ってたのね...。
あれじゃあ、いくら さやりんでも反応できる落差じゃないな...。)

(フッ。まんまとしてやられたってわけか。なかなかやるね。そう来なくちゃね。)
さやかは空振りさせられたにもかかわらず、なぜか笑顔がこぼれていた。
(久しぶりに楽しめそうだ...。)さやかは小林を冷たい笑顔で見据えた。

(よし。取りあえず1ストライク。次の球は...)
さやかへの2球目、小林は振りかぶって、投げた!

またも内角への直球。
(ストレートかフォークか、ふたつにひとつ!ここは...!)
さやかはフルスイングした!

「ストライーク!」

球は、落ちなかった。フォークへヤマをはっていたさやかは空振りである。
「あのピッチャー、根性あるなー。あのコース、下手したらホームランやで。」
つんくは素直に感心した。
「監督!相手ほめてどうするんですか!もう2ストライク、追い込まれちゃいましたよ!
さすがTM学園、控えのピッチャーも凄いですね...。」オロオロする和田。
「あほ!お前もほめとるやないか!」つんくが和田につっこむ。

(よしよし。そうだ。ようやくお前らしいピッチングが出来ている。
ランナーを背負って、それを押さえられたらいい経験になる。
内角、外角、攻め手はいくらでもある。お前にかなり有利な状況だ。)
久保はベンチからマウンドの小林を見つめる。

(ふぅ。追い込まれちゃったよ。さぁて、どうするか...。)
さやかはバッターボックスから出て、素振りをした。
(ストレート、フォーク、内角、外角、どこに来るか...。)
素振りをしながらも、無表情で小林を見据えるさやか。
小林も、無表情でさやかを見ている。お互い、目線を離さない。
いわゆる、『ガンとばし』状態である。
(よし決めた!)決心がつき、バッターボックスに入るさやか。
(さあ来い!)さやかはバットを構え、小林をにらみつける。

(打たせないよ...)
さやかへの3球目、小林は振りかぶって、投げた!

またしても内角!しかし今回の球はさっきまでとはスピードが違う。
目の覚めるような速球である。しかも、高めのボール気味の球である。
(た、高め?)
さやかは内角にはヤマをはっていたが、高めの速球には驚きを隠せない。
(ボール?ストライク?どっちだ!?...ええい!)
さやかはスイングした!

『キーン』
打球はセンター方向へ飛んだ。が、打球音は明らかにつまっている。
(打ち取った!センター浅めのフライ!)小林は確信して振り返った。
「えっ!?」振り返った小林は思わずため息をもらした。
つまっているはずの打球は予想以上に伸びている。
「入るか!?」つんくは思わず立ち上がる。
センターのトーコが必死で追いかけるが、球はグングン伸びる。
「むぅぅ、ギリギリ入ってしまうか...。」久保がうめき声を上げる。
と、その時!

『パシッ!』
なんと、トーコがフェンス際でジャンピングキャッチをした。
トーコはボールをキャッチしたものの、大きくジャンプをしたため、
着地と同時にうずくまった。
「信田!タッチアップや!走れ!」ベンチから叫ぶつんく。
信田はゆうゆうホームを落とした。
<1−1>。

「キャー!やったー!えらーい!さやりん!」喜ぶなつみ。
なつみだけでは無い。娘達はそれぞれ喜びの声をあげている。
娘達のベンチは一気に活気づいた。

(まさかああ来るとは...。)
さやかは自分の読みが完全ではなかったことに少し反省をしながら、
バッターボックスからベンチへ歩いていた。
「ねえ、ちょっと。」突然呼び止められて振り返るさやか。
呼び止めたのはネクストバッターズサークルに立つ飯田である。
「なに?どうしたの?」さやかが答える。
「あたし、あんたが4番なんて認めてないから。今日の試合で、それをはっきりさせる。
あたし、あんたには絶対負けたくないの!」
飯田は一方的にさやかに言い放つと、バッターボックスへ向かった。
(...何なんだ、いったい!)
突然の飯田の一方的な宣言に、返事もできないまま取り残されたさやかは、
軽く地面を蹴り上げこぶしを握りしめた。(だけど、4番はゆずらない。)

(さすが市井や。読み違いの球であっても内角ならあそこまで持っていきよる。)
べンチに戻ってきたさやかを見つめながら、つんくは思った。

(打ち取ったはずの球だったが、当たり所が良かったようだ...。
取りあえず気持ちを切り替えて臨めばいい。小林。)
マウンドの小林を見つめながら、久保は思った。

(絶対にさやかにだけは負けない!)
飯田は右バッターボックスで闘志を燃やしていた。

(.....。)
小林は無表情で飯田への1球目、振りかぶって投げた!

時間は少々さかのぼる。
場所は都内某所。
一台のベンツがある高級料亭の前にとまった。
ベンツの後部座席には男と少女が座っていた。
「着きました。コムロさん。」運転席から声がする。
「オーケー、マーク。さぁ、行こうか。」そう、この男こそがかの小室哲哉である。
「はい。」少女は軽くうなずくとコムロと握っていた手を離し、バッグを手に取った。

「2時には戻るよ。」
小室は運転席のマーク・パンサーに告げると車を降りた。少女も後に続く。

料亭の門から入り口へ歩きながら、小室は少女に耳打ちした。
「今日の人は結構ビッグだから、失礼の無いように。」
「ハイ。わかってます。」少女は答える。

料亭のとある一室。
中年、というには歳を取った、やや太った男が座っていた。
テーブルには様々な高級料理が並べられており、軽く湯気が立っている。
しかし男はそれらの料理には一切箸をつけず、熱燗のみを口にしていた。

不意に障子が開く。
「どうもお待たせしましてすいません。」
「おお、小室さん。よく来て下さいました。ささ、どうぞ。」
中年の男は小室を部屋に招き入れた。
小室と少女は、男の向かい側に座った。
「どうもお久しぶりです、堤さん。」小室が挨拶をする。
そう、この男の名前は堤義明。西部グループの総帥である。
当然プロ野球球団、西武ライオンズのオーナーでもある。
「どうも、小室さん。おや、そちらのお嬢さんが噂の...。」

「はい。うちの新エース、鈴木あみです。」 小室が答える。
「ほぉーう。かわいらしいですなぁ〜。ちょっとあみちゃん。
ワシのとなりに来て、酒をついでくれんか。」
堤が酒臭い息を発しながら、あみに話しかけた。
「はい。」あみは嫌な顔ひとつせず、むしろ笑顔で堤のとなりに座った。
「おぉ〜う。近くで見るとますます別嬪だね〜。ささ、ついでくれ。」
堤はそう言いながら、小室には見えないように
テーブルの下であみの両足の太ももの間に手を滑り込ませた。
「(!)は、はい...。」
一瞬表情が引きつりそうになるのを必死で押さえ、笑顔で酌をするあみ。
「う〜ん。別嬪についでもらった酒は格別に美味い!」
そう言いながらも堤はあみの太ももをまさぐっている。
「...。」あみは涙が出そうになるのを必死でこらえ、笑顔を作り続けた。

(小室さんに心配をかけたくない。こんな人にこんな事をされてるなんて、小室さんに知られたくない。)
あみはとにかく笑顔を絶やすまい、と思った。
「あみ、もうこちらに戻りなさい。あまりそちらに座っていては、
堤さんと話がしにくい。さあ。」小室があみに言った。
「はい。(助かった!)」あみは表情を崩さず、笑顔で立ち上がり小室の脇に戻った。
「ワシは別にかまわないんだけどなぁ。」堤が言う。
「いえいえ。最近はどういった状況ですか?」小室が堤に話しかける。
「そうだな...。」

二人の話は、あみにはあまりよくわからない。
しかし、こういった席はあみは慣れていた。
既に読売グループの総帥、ナベツネとも会食をした。
その時に比べれば、堤のした行為はかわいいものである。

(よくわからないけど、小室さんは私のためにいろんな人に話をしにきてるんだ。)
あみは小室に、全幅の信頼を寄せていた。
そしてそれは、監督と選手、といった関係を越えた感情を持つものであった。

<番外編>
<ナベツネとの会食のエピソード>
『ムギュ!』
「う〜ん、あんたはええかたちのオッパイしとる。200勝は固いな。」
いきなりあみの胸を鷲掴みにしてもっともな口調で語るナベツネ。
これにはあみもさすがに泣き出してしまった。
「なんや。ほめてるんや。何で泣くんや。」
まるで解っていないナベツネ。
「まだまだ精神面は鍛えなあきませんな。ガハハハハ。」
精神面図太すぎのナベツネ。
結局、後でさらに尻も触られた。
「ええかたちのお尻しとる!打者でもいけるな。ガハハハハ!」
ここまで堂々とされると、あみは悲しいと言うより逆にあきれかえってしまった。
だが後で小室に愚痴りまくり、後日1日デートにつき合わせたあみ。
常に多忙の小室を、1日つき合わせてご満悦のあみであった。

小室には、ある噂があった。
『監督の立場を利用して、選手に手を出してる』
あみも、そのうわさを聞いていた。
そのため、TM学園野球部に入ったときにはむしろ小室のことを警戒していた。
しかし、実際内部に入ってみて、それはデマであることが解った。
『小室が手を出しているのではない。選手達が小室に心酔しているのだ。』
寝ることも食べることもいとわない小室の指導。選手達への熱意。
しかし表面上はあくまでもクール。優しさもある。
まさにカリスマとは小室のことである。
しかしあみすらも知らない小室の凄さは、
『お前との関係は秘密だ。チームの士気に関わるから。』
と言っておいて、ほぼ全員と関係していることである。
それぞれの選手に『私だけが小室さんと...』と思わせているのである。
小室が多忙な理由の半分は、それぞれの選手と会っているためなのである。

「何で俺ばっかりが...」
久保はベンチで力無くつぶやいていた。
「あいつのせいだ...。」
久保はある人物の顔を思い浮かべ、しかめっ面をした。
その人物とは、マークパンサー。現在の小室の右腕である。
「昔から俺がNO.2だったのに...。急に横から現れて...。」
独りでつぶやき続ける久保。
グラウンドでは、飯田が歓声をあげていた。
「きゃーーーー!マジで?きゃーーーーーー!やったーーーー!」
飯田は無理矢理なハイテンションで飛び跳ねている。
「き、君、早くグラウンドを回りなさい!」
主審もさすがに見ていられなくなって飯田に話しかける。
なんと、飯田はホームランを放ったのである。
さやかに犠牲フライを打たれて1点を失った小林は、既に平常心を失っていた。
自分が今どこにいるのかも解らないまま投げたボールは、ど真ん中であった。
ホームランを打たれても、表情ひとつ変えず呆然と立ちつくす小林。
もはやどんな素質を持とうとも、それを発揮するのには困難な状態である。

「あいつのせいだ...!」『ドカッ!』
目の前のイスを殴りつける久保。
<3−1>。朝焼け高校勝ち越し。

この試合、久保には大きなテーマがあった。
控え選手のみで勝つ。しかもそれは自分が発掘した選手達で。
そうして、小室に自分の手腕をアピールしようと考えていたのである。
(小室さん、もう一度僕を運転手にして下さい!)

小室の運転手、それは小室のNO.2を意味する。
小室は信用のおける者だけを身近におく。
まさに、今小室のNO.2はマークパンサーなのである。

(畜生、こんなはずじゃあ...。)いらだつ久保。
ふと、久保は小室のある一言を思い出した。
(『何か不測の事態があればすぐに連絡してくるように。
ん?不測の事態?そうですね...、予想以上に相手が手強い場合とか、
まさかリードされてしまったとかかな?まぁ、そんなことはあり得ないでしょうけど。』)
「あ、電話しなきゃあ...。」うつろな目でつぶやく久保。
久保は携帯電話を取り出し、電話をかける。

『ガラッ』
小室、堤、あみの部屋の障子が突然開いた。
そこに立っていたのはマークパンサーであった。
「ご歓談の所を失礼いたします。小室さん。久保さんより電話です。」
「COZYから?」そう言ってマークから携帯電話を受け取る小室。
「......うん。うん。解った。すぐに行く。」
小室は携帯電話をマークに返し、堤の方に向き直った。
「堤さん。ちょっとチームの方に緊急の事態があったようなので、
突然ですが失礼させて下さい。どうもすいません。さあ、あみ。行こうか。」
そう言うと小室は立ち上がり、堤に一礼して、部屋を出た。あみも続く。

ひとり残された堤。
「相変わらず忙しい人だ...。」

車は料亭を出、かなりのスピードで飛ばしている。
「何があったんですか?」小室に聞くあみ。
「今日の練習試合、今のところ負けているらしい。」答える小室。
「.....!keikoさんも安室さんもいてどうして...。」
驚きを隠せないあみ。
「わからない。取りあえず急がないと。」小室は無表情で言った。

「久保さん、お疲れさまでした。TKが来るまで、ここからは私が指揮をとります。」
久保の背後から、声がした。振り返る久保。
「ke、keiko.....」
そこには微笑むkeikoがいた。
「い、いや、ちょっと待ってくれ。これぐらいの点差、これからなんとかして...」
うろたえながら言う久保をkeikoはさえぎって、
「いえ、TKから言われてますので。お疲れさまです。」
「くっ.....。」久保は言葉に詰まった。小室の名を出されてはどうしようもない。
keikoはベンチの前に進み出て、選手達を見回しながら指示する。
「麻美ちゃんはライト。アムロちゃんはサード。朋ちゃんはファースト。
涼子ちゃんはレフト。yuki(trf)さんはセカンド。
hitomiちゃんはショート。私はピッチャーで入ります。さあ、行こう!」
それぞれ、そうそうたる顔ぶれである。それぞれはグラブを持ち、立ち上がる。
『ドスン!』久保に誰かがぶつかった。よろけて倒れ込む久保。
「だ、だれだ...」先ほどの監督ぶりとは一転して、弱々しく言いながら振り返る久保。
「あーごめんなさーいくぼさんいたんだーきづかなかったー」
華原(朋ちゃん)は句読点を使わず、どこを見ているのかわからない目線で言った。
「ふっ、どうせ俺は存在感ないよ!」吐き捨てる久保。
「そんざいかんってなーにー?」華原は久保に聞く。
「.....。」絶句する久保。
「ほら!つまんないこと言ってないで、早くグラウンド行かなきゃ!」
keikoが華原の腕を引っ張る。
「そんざいかんってつまんないのー?」
keikoに引っ張られながらも、うつろな目をしながら華原は続ける。
keikoは無視してファーストまで引っ張っていった。

「とうとう来よったで...。」
ニヤリ、としながらつんくはつぶやいた。
「やっと出てきましたね。」
矢口も反応する。

バッターボックスは中澤。ピッチャーは、小林からkeikoに代わっている。
(どうして鈴木あみを出さないんだろう。ナメてんじゃあないよ...)
keikoをにらみつける中澤。

「矢口、keikoってキャッチャーやったよなあ?何でピッチャーなんやろ。」
つんくが矢口に話しかける。
我が意を得たり!の表情で矢口は語りだした。
「いいえ、つんくさん。keikoは基本的にはキャッチャーですけど、
ピッチャーとしても結構やりますよ。やっぱ鈴木あみがいるからあくまで2番手ですけど。
それに、TM学園にkeiko以上のキャッチャーがいないのが彼女がピッチャーにならない理由です。
鈴木あみがエースになる以前、keikoは少しだけピッチャーやってました。
ほんの3ヶ月ほどですけど。7試合に投げて、負けはありません。
と言っても公式戦ではなくて、あくまでも練習試合ですが。その時の対戦相手は...」
「わかったわかった。もうええもうええ。そうかそうか、わりとヤリよるねんな。」
話し出すと止まらない矢口をつんくは制した。

『キンッ!』
中澤のスイングはボールの下にかすった。ボールは後方に飛んでいく。
ファールである。

(うっ、なんて重い球なんだ...。)
中澤の手には、軽いしびれのような感覚が残っている。
(でも、決して当てられない球じゃないな...。よしっ!)
中澤はバットを短く持った。そしてkeikoをにらみつける。

(ふふふ。良い心がけだね。なかざわさんだっけ?でも、無駄だよ。)
中澤の視線に、ほほえみを返すkeiko。しかしその目は冷たく光っている。
keikoは、サードを守るアムロにウインクをした。アムロもウインクを返す。

「なんや。何しよるンや。」つんくはいぶかしげにつぶやく。

keikoは振りかぶって、投げた!

ボールは、真ん中のやや高め。特にスピードがあるわけではない。
明らかに失投に見える。
(いただき!引きつけて...)
中澤はほくそ笑んだ。
ボールのコースは変化し始める。中澤(左打ち)から見て、外角にそれ始めた。
(.....ん?おっと!変化球か!でも見えてるよ!)
『キンッ!』
中澤は引きつけて打った!流し打ちである。

「出た!裕ちゃんの流し打ち!」保田が声をあげる。
「これはサード越えたね。やるねー裕ちゃん。」なつみも続ける。
しかし、次の瞬間娘達は硬直した。

『パシッ!』「アウト!」
なんと、サードのアムロがボールをキャッチしていた。
レフト前に落ちる寸前のスライディングキャッチである。
アムロはまっすぐレフト方向にスライディングしていた。普通なら届かない位置である。

「さすがレギュラー、一筋縄じゃあいかないみたいね。」
娘達は声のする方を見た。さやかである。さやかは続ける。
「keikoとアムロがサインを送った後、アムロは浅めに守ってた。
多分裕ちゃんもそれを見て流し打ちしようと決めたんだと思う。
でも、keikoが投げたとたん、アムロは後ろに位置を変えた。
それもかなり深く、ほとんど外野の方まで。打つコースを完全に読んでた。
いや、そこに打たされた、と言うべきかもね。」
「むぅ。さすがやな。そうでなかったらオモロない。楽しくなってきたな〜。」
つんくはニヤリとしながらつぶやいた。
「もう!つんくさん!アウトになったのに、何喜んでるんですか?
真面目にして下さい!」飯田がつんくに詰め寄る。
「俺はいつでもまじめやで。強い奴とやらなお前らも強くなれん。
ホントの勝負はこれからや。」飯田の肩をポンポン叩きながら、つんくは言った。

1回の裏、娘達の攻撃は終わった。
つんくを中心に、ベンチ前で円陣を組む娘達。
「ようやった!TM学園相手に、よう逆転した!
でも、やっこさんもいよいよ本気でやってくる。さっきも言ったが、勝負はこれからや。
今の得点リードはいったん忘れろ。0対0、いちからの勝負や。
お前らにたらんのは、経験だけや。気合いで負けへんかったら、何とでもなる。
気持ちで負けン奴が、ホンマに強い奴や。結局、強いもんが勝つ。それだけや...。
よーしいくぞー!市井!」
一気にまくし立てるつんく。その場は凄いテンションである。
さやかが円陣の中心に右手を差し出す。他の娘達も次々に手を重ねる。
全員が手を重ねた後、さやかが空いている左手をのせ、叫んだ。
「やるときゃー!!!」
「やるのさー!!!!」全員が答えた。
「よーし!いって来ーい!!!」つんくが叫んだ。
グラウンドに散らばる娘達。

「凄い盛り上がってるね。」アムロがkeikoにささやく。
「ふふふ。楽しい試合になりそうだね。」答えるkeiko。
「小室さん、早く来ないかな〜。」つぶやくアムロ。
「TKが来る前には逆転しないとね。」keikoは微笑みながら言った。
「じゃあ、行って来る。」アムロは立ち上がり、ベンチを出た。

「おっ!いきなりアムロか。安倍大丈夫やろか。」つんくがつぶやいた。

(早く打ちたかったんだ、この子の球。)
アムロはなつみを見つめながら、バッターボックスに向かった。