「ここが東京か〜すっげーな...」
ドスン!!
「いてて...もう、道の真ん中でぼーっとしないでよ!」
「す、すみません!」
「あら、同じ制服じゃない。もしかして同じ学校かな?」
「そ、そーみたい、ですね。」
(この子かなり訛りがきついわね。どこの田舎モノかしら)
「あんた、どこから来たの?」
「ほ、北海道です。」
「ふ〜ん。もしかして、新入生?」
「は、はい...。」
「そうなんだ、実はあたしも!この際だから、一緒に学校行こ!」
「あ、ありがとうございます。実は道が良くわかんなくて...。」
「もう、おんなじ新入生なんだから敬語はやめてよ!あ、あたしさやか。
よろしくね!あんたは?」
「な、なつみ。」
「ふ〜ん、なつみっていうんだ。かわいい名前ジャン!
あ、やばー!もう時間ないよ!走んなきゃ間に合わないよ!急げー!」
「それでは、ただいまより入部テストを行う!今回、入部希望者が
大変多いため、推薦入学者以外で合格するのは3名とする。合格者以外は
マネージャ希望なら入部を許可する!」
(厳しそうな監督だな〜...あ、さやかちゃんだ。あの子も入部希望なんだ。
一緒に合格できたらいいな〜。)
「こら!ボーっとするな!お前!名前と希望ポジションを言え!」
(あ〜、またやっちゃった!)
「あ、安倍なつみです!希望ポジションはピッチャーです!」
「クスクス...」なつみの訛りに周囲は眉をひそめる。
「おい!何がおかしいんだよ!」なんとさやかが周りをにらみつけながら
言い放った。不思議と笑い声はぴたりと止んだ。
さやかには、どこか威厳、のようなものがあった。
(すげ−!さやかちゃん、かっこいー!なんか別世界の人って感じ。)
「...それでは、今から10分後にテストを始める!
各自、十分に体をほぐしておくように!」
(ふふふ、体力には自信あるんだもんね!スキーで鍛えたこの足腰!
誰にも負けないぞー!)
10数人の入部希望者の中で、なつみの体力は群を抜いていた。
見た目こそ華奢だったが、瞬発力、持久力、申し分ないものがあった。
(あれーおかしいな。さやかちゃんなんでテストしないんだろう。
もしかしてマネージャー希望なのかな?)
「よーし。それでは合格者を発表する!安倍!矢口!後藤!以上!それ以外は解散!」
「すいません!」「なんだ、きみは不合格だ。」「でも、入部したいんです。」
「じゃあ、まずマネージャーから始めなさい。自己練習して体力をつけたら、
もう一度テストしてやろう。名前は?」「保田 圭です。よろしくお願いします。」
「それでは、今年の新入部員は選手7名、マネージャー1名。それぞれ
競い合って技術を磨くこと。今日のところは、上級生の見学をしているように!」
「へぇ〜、さやかちゃんって推薦にゅうぶだったんだ。すっごいねー!」
「あんた、ばか?さやかさんって言ったらあの闘争中学の4番打者だよ!
みんな知ってるよ!」
「そ、そうなんだ...。みんな知ってるんだ?」
さやかとなつみ以外の全員が、大きくうなずく。
「もう、やめてよ。おんなじ新入部員なんだから、さやか、でいいよ。」
「そんな〜。もう、さやかさんと同じ学校なんて、嬉しすぎます〜!
あ、わたし、矢口っていいます。まりっぺって呼んでください!」
「わたしは後藤 真希です。よろしくお願いします。」
「もう、かたいよ〜。あたし飯田。飯田圭織。たぶんみんな知ってるとおもうけど、
毒電波中でキャプテンやってたの。よろしくね!」
飯田は朗らかにそう言ったものの、さやかとは目を合わせようとはしない。
「わたし、ルルです。中国から来ました。」
「へーすごいね。留学生なんだ。あたしは信田美帆。よろしく。」
「私は保田圭です。今はマネージャーだけど、がんばって選手になって
みんなと一緒に野球をやりたいです。よろしくお願いします。」
「すごいですよねー。闘争中学のさやかさんと毒電波中学の圭織さんが
おんなじチームだなんて。私も頑張らなきゃ!」矢口が浮かれ気味に言う。
「あのねえ。この際だからはっきりしとくけど、あんたには貸しがあるんだから。
その辺分かってる?」飯田がさやかをにらみつける。
一気に緊張感が辺りを包んだ。
飯田はさやかをキッとにらみつけている。
さやかも引かない。無表情で飯田をにらみかえす。
「ケンカはよくないです〜...」矢口が消え入りそうな声でつぶやく。
心配そうに二人をうかがうルル、後藤、保田。
付き合ってらんない、とばかりにあくびする信田。
「あれはあたしの知らないことだ。あたしに言うのは筋違いだ。」
さやかは静かに、しかしはっきりした口調で言った。
「後からでは何とでも言えるわよね。口のうまいこと!」
さらに挑発する飯田。さやかの表情が変わった。
「ちょ、ちょ、ちょーっと!すとーっぷ!
とりあえず、あたしは事情は良くわかんないんだけど、
すんだこと、なんだよね?だったら、今日はクラブ初日だし、
いきなりケンカも良くないから、その話はまた今度にしようよ!ねっ?
あ、あたし、安倍なつみっていいます!よろしく!」
早口でなつみがまくし立てながら、二人の間に割って入った。
「ふふふ、あんた面白いね。それ、どこの言葉?」信田が笑いながらたずねる。
「どこって、日本の言葉だよー!」
なんかばかにされたような気がして、なつみはムッとした。
「あ、ゴメンゴメン。そうじゃなくて、出身地はどこってこと。」
「北海道!」(なにがおかしいんだろう。このひと。あ、もしかして...)
「あの〜、あたし、訛ってる?」なつみはおそるおそるたずねた。
全員が爆笑した。「なまってるよ〜!アハハ」信田が笑いながらこたえる。
みんなも笑っている。きゅうになつみは恥ずかしくなった。
「あ、ゴメンゴメン。訛ってるのが可笑しいんじゃないんだ。なんつーか、
あんた、いいキャラしてるよ。」信田がフォローする。
「あたし、訛ってちゃだめかな?発音直したほうがいい?」
「全然。そのままでいいよ。気にしなくていいって。」
「ぐぅ〜」なつみのお腹が鳴った。
「ぎゃはははもうだめだー!お腹いたいよー」全員再び爆笑した。
なつみも再び赤面した。
「こらー!!1年!!何ふざけとる!私語は慎め!そんな態度では、
この朝焼け高校野球部ではやっていけないぞ!気を引き締めろ!」
全員、一気に静かになった。しかし、なつみはまだ赤面していた。
(う〜、なんであんなタイミング良くおなかがなるんだよ〜!もうやだー!)
「あなた、イイこだね。」ルルが小声でなつみに話し掛ける。
「もうやだよ〜。」「ダイジョブ、ダイジョブ。わたしもニホンゴおかしいから。」
「...。」なつみは、励まされたようなバカにされたような、複雑な気持ちになった。
「...よーし。今日はここまで!明日からは1年生が準備と後片付けをすること!解散!」
早朝の町を大きな鞄を持って走るなつみ。とそこへ...
「おーい、もしかしてなっち?」
「あ、さやか。どうしたの?こんな朝早く。」
「日課のロードワーク。なっちは?」
「なっちはね、独り暮らしだから、アルバイトして家賃かせいでんだ。」
「なるほどね。新聞配達か。」
「それにね、中学ん時、いつも片道3時間の山道を通ってたから、
どっちみち朝早く目が覚めちゃうんだ。」
「そうなんだ〜。あ、そうだ。私のロードワーク、なっちと同じ道にする。
毎朝一緒にはしろ!それで一緒に学校いって朝練しようよ!」
「さんせーい!一緒だと走るのも楽しいもんね。」
「うん!」
「さやかってゆーめーじんなんだねー。」
「うーん、自分では良くわかんないなー。」
「あ、そうそう。昨日のあれ、いったい何があったの?かおりんホントに
怒ってたみたいだけれど。」
「ははは、なんでもないよ。たいしたことないって。」
「ふ〜ん。あ、もう学校だ。おしゃべりしてるとすぐだね。」
2人は正門を抜け、校舎を迂回しグラウンドに向かって歩いた。
グラウンド脇の部室に入ろうとして、なつみは窓の中に人影をみつけた。
(あ、監督だ。)「監督、おはようございまーす!」
「うん?」男は顔を上げた。
「ああ、安倍と市井か。おはよう。だけど、おれは監督じゃないぞ。」
「ええ〜?違うんですか?てっきり...」
「ははは。そう言えば名前も言ってなかったな。俺は和田。コーチの和田だ。」
「コーチだったんですか...」
「ところで、おまえらこんな朝早くにどうしたんだ?」
「朝練しようと思って。ね。」「うん。」
「ほーう、練習熱心だな。そうだ。実はちょっとお前らに
言わなきゃならんことがある。」
「なんですか?」
「実は、お前らの上級生はみんな3年生なんだ。」
「ということは...」さやかが反応した。
「そう。もう彼らは引退だ。つまり、これからの大会は全部おまえら
1年生でやっていくことになる。」
「え!そうなんですか?やったね!さやか!私たちいきなりレギュラーだよ!」
よろこぶなつみとは対照的に、さやかはむしろ表情が硬い。
「どうしたの、さやか。うれしくないの?」
「いや、そうじゃなくて...コーチ、でも1年生に選手は7人しかいません。
メンバーが足りないですよ。」さやかは指摘した。
「それなら心配ない。監督が今日連れてくるそうだ。」
「ああ、それなら大丈夫ですね。ところで、監督はどんな人なんですか?」
「あ、なっちも気になるー。」
「ははは、俺も知らないんだ。」
「えーどーして?」
「今年から、新監督なんだ。今日、初めて学校にくる。」
「そうなんだー。たのしみー。」
笑顔のなつみとは対照的に、さやかは何か考え込むような表情をしている。
「コーチ、ちょっと聞きたいんですけど、どうして2年生の部員はいないんですか?
少し不自然な気がするんですけど。」さやかが尋ねる。
「うむ。それはだな...」
「おまえら、小室監督は知ってるか?」
「知ってる知ってる!なっちでもそれぐらいは知ってるよ。」
「そう、あの有名な小室監督が、数年前までうちの野球部の監督だったんだ。」
「それは知らなかった...」和田とさやかが同時にこけた。
「...そ、それでだな、当時は監督人気もあって、部員数もかなりのものだった。
ちょうどうちの学校が甲子園に出たとき、まさに部員数もピークだった。」
さやかは話の一つ一つにうなずいている。どうやら、だいたい知っているらしい。
「ところがだ。数年前、突然小室監督は古巣のTM学園に戻りたい、と言って、
突然うちの学校を去ってしまったんだ。それからというもの、
入部希望者は極端に減ってしまい、現在の3年生でようやく9人ギリギリ、
2年生の学年では最初は2,3人いたんだがすぐに止めてしまったんだ。」
「小室監督の次は、誰が監督だったんですか?」さやかはさらに質問する。
「じつは、その年その年の3年生のキャプテンが監督を兼任していたんだ。」
「和田さん監督になったら良かったのに。」なつみが言う。
「いや、俺はただのコーチだ。しかも毎日本校に来れるわけじゃない。
他の学校でもコーチをしているからな。」
「ふーん...」さやかが何か納得したようにうなずいている。
「あと、やはり監督がいないのも入部者が減った理由でもある。
結構うちの野球部は伝統的に縦の関係が厳しいから、キャプテンが監督に
なってしまうと、ちょっと下のもの達はつらかったようだな。
まあでも、今年からはちゃんとした監督がくる。理事長に、
念入りに頼んでおいたからな。きっといい監督が来るに違いない。」
「あー、やっと授業終わった!もう監督来てるかな〜。」
教室を出て、校舎の裏のグラウンドへ出たなつみは、奇妙な人物を見つけた。
その人物は校舎に背を向け、グラウンドの中にいた。
髪の毛はほとんど金髪に近い、いわゆる茶髪。ジャケットは、真っ赤の上下。
しかも背中には「愛!」と大きく刺繍がしてある。
靴は白のエナメル。手首には金のアクセサリー。
高校のグラウンドに、その人物のかもし出す違和感は凄まじいものがあった。
「なっち。どうしたの?...うわっ!」
あっけに取られて立ち尽くすなつみの背後から、矢口が話しかけた。
矢口もかなりの衝撃を覚えている。
「みんなー、どうしたの?早くグラウンドに...ゲッ!何あれ...ヤクザ?」
飯田も少なからず驚いている。
なつみが振りかえると、既にルル、信田、保田もそこにいた。
全員呆然としている。誰一人、グラウンドに行こうとはしない。
「なっち。もう監督来てる?」さやかが現れた。
「さやか、あれ...」なつみがグラウンドを指差す。
「うわっ!なにあの人...」さすがのさやかも言葉を失っている。
「なっち、ちょっと話しかけてきなよー」飯田が無責任に言い放つ。
「そ、そーだよ。なっちが最初に来たんだから。」矢口も便乗する。
「そ、そーゆう問題じゃ...!」
ふとまわりを見ると、なつみ以外は数歩後ろに下がっており、
なつみがひとり前に出ていた。「ちょ、ちょっと!みんなずるいよー!」
「ファイト!なっち!」「がんばれ!あとでおごるからー」「早く早く!」
「...いつもこうだよー。もう、後で絶対にマックおごってもらうからね!」
なつみは覚悟を決めた。
「あのー、すいません。今から野球部の練習なんで、グラウンド使うんですけど...」
なつみは後ろから話しかけた。
その男はゆっくりと振りかえった。
前から見ても、その男は凄まじいインパクトがあった。
真っ赤なジャケットには金色の竜の刺繍があり、顔には超特大サングラス。
そのサングラスのレンズはうす茶色で、フレームは金色。
また、近くに立つとよりいっそうその男の足の短さが見て取れる。
「なんや。人のことジロジロ見てからに。うん?全員おるんかいな。
はよアイサツせんかいな。この世界はアイサツが基本やでぇ。」
「あ、あのー、もしかして...」
「なんや、もしかしてももしかせんでも俺が監督や。」
「えぇーっ!!」
「つんく監督ー!お待ちしてました!コーチの和田です!」
和田が駆け寄る。
和田の言葉によって、全員が、その男が監督である事を把握した。
「なんや和田ちゃん、この娘(こ)らみんなおとなしーなー。
アイサツくらいでけへんかったらあかんで。それぐらい教えといてーな。」
「あ、すいません。ほら!みんな!今日からこの野球部で監督を務められる、
つんくさんだ。さあ、あいさつして!」
「よろしくお願いしまーす...」
「なんや、元気無いなー。これでは先が思いやられるで。
うん?えらい人数少ないなー。和田ちゃん、何でこんな選手少ないねん?」
「あのー、監督が数名連れてこられると聞いていたもので...」
「え?んなわけあるかいな。俺今日はじめてこのガッコー来るねんで。
誰も知らんのに誰も連れて来れるわけあらへんがな。」
「いや、先日電話でそのように...」
「ん?あぁ、こないだの電話、なんや、あれ選手の事ゆうとったんかいな。
女の子が何人、とかゆうから合コンでもするんか、思うて適当にゆうたんや。
ほんでもう電話無いから合コンなくなったんか思ってたんや。」
「なんや、ほならこれで全員かいな。」
「1名(後藤)今日は生理痛で休んでおりますが...。これでは試合は出来ません...。」
「えーっと、何人おるねん...休んでる奴入れて、1、2、...8人か。
なんや、後ひとり入れたらいいだけや。」
「いや、1名はマネージャーでして...」
「かまへんかまへん。何とでも成る。どんな奴でも俺がなんとかする。
ほんで後ひとり入れたらいいねんな。オーディションしたらええがな。」
「いや、実はもう新入部員募集はしてしまったんですよ。」
「うーん、そうか、どないしたらええかな...和田ちゃん、選手するか?」
「ご、ご冗談を...。」
二人のやりとりに、全員呆然としていた。
「やったね!圭ちゃん!一緒に野球できるよ!」
なつみが小声で保田に話しかける。
「うん。ありがと...。」
保田は一応返事したものの、なにか考え込んでいる様子だ。
「どうしたの?圭ちゃん?」
「...あのー、すいません!」突然保田が、つんくと和田に話しかけた。
「何だ、今監督と大事な話をしてるんだ。何かあるなら後にしなさい。」
和田が軽くあしらおうとする。
「いえ、今おっしゃってた、選手が足りない、と言う事なんですけど、」
「これはこちらで考えることだ。君たちが心配しなくていい。」
「まあまあ、とりあえず聞いてみたらええがな。和田ちゃん。自分、名前は?」
「はい、保田圭といいます。実は、わたし中学校のときも野球部だったんですが、
この高校に、その時のチームメイトも来てるんです。その娘は、わたしよりもすごく
野球が上手なんで、もし彼女が入ったらチームにとっても良いと思います。」
「ふーん。そうか。ほなら、その娘のこと、自分に任せてええか。」
「はい。絶対にこの野球部に入るよう、頼んできます。」
おとなしい保田が、なぜか強い口調である。
「監督、選手にそのような事を任せても良いのでしょうか...」
和田は不安を隠し切れない。
「かまへんがな。監督が選手を信じれんでどーするんや。この娘の目を見たら
わかるやろ。なんとかなる。」
(この人、見た目は凄いけど、いい人かも...。)なつみは思った。
「よし。ほならメンバーのことは一件落着や。とりあえず、メンバーがそろうまで、
毎日基礎練や。ビシバシいくでー!全員、着替えて来い!」
(やっぱりいい人じゃない!!!)
「圭ちゃん、圭ちゃん、体育の授業、一緒なんだね!」
なつみが保田に話しかける。
「あ、なっち。そうなんだー。」
「私もいるよー!」
「!!まりっぺー、他には野球部の子はいるのかなー?」
「いないみたい。なっちが1組で私が2組、圭ちゃんが3組だから、
これだけだよ。体育は3クラスずつの合同授業だからね。」
「まりっぺってなんでも知ってるんだねー。」
「っていうか、さっき先生が言ってたじゃん。先生の言うことはちゃんと
聞いとかなきゃだめだよ。」
「はーい。」
「もう。返事だけはいいんだから。」
「あ、そうそう。昨日圭ちゃんが言ってた、チームメイトってどんな人?」
「あ、私も気になる。ねえねえ、どんな人なの?」
「実は、この授業一緒なんだ。」
「えっ、どこどこ?」なつみ、矢口があたりを見回す。
「あの、グラウンドの端で3人で座ってる、真ん中の娘だよ。」
「え〜っと...ゲッ!ヤンキーだ...。」矢口は絶句した。
「え〜?どこどこ?」なつみはまだ見つけられずに、キョロキョロしている。
「だから、あそこの金髪で厚化粧の3人組がいるでしょ。その真ん中。」
矢口がなつみにささやく。
「あー、わかった。凄いねー。すごい白い顔。歌舞伎役者みたいだね。ヨォ〜...!」
なつみが歌舞伎の振りまねをする。
「...。」矢口、保田は絶句した。
「...うけると思ったんだけど...。」
「...と、取りあえず圭ちゃん、あの娘ホントに野球できるの?
どう見てもスポーツなんて嫌いな人っぽいんだけど。」
矢口が保田に疑問をぶつける。
「うん...。あの娘、ホントはあんなじゃないんだ。
ちょっと色々あって...。」
「え?色々って、何かあったの?」なつみが聞く。
「それはね、」
「はい!みんな、喋らない!今からグループ分けをします。
テニス、バスケットボール、バレーボール、卓球の中で、
やりたい物を選ぶこと。テニスの人は第一グラウンド、
バスケット、バレーの人は第二グラウンド、卓球の人は体育館へ
行きなさい。」保田が答えようとしたとたん、教師が話し始めた。
「どうする?まりっぺ。」なつみが矢口に話しかける。
「う〜ん、私たち身長無いからバスケとバレーは止めとこうよ。
卓球とテニス、どっちにする?」
「それじゃあテニスがいい!テニスの方が面白そう!」なつみは即答する。
「圭ちゃん、テニスでもいい?」矢口が聞く。
「うん。いいよ。実はテニス少しやったことあるんだ。」保田が答える。
「あ、そうだ。あの娘何選ぶんだろう。」
なつみが保田の元チームメイトの方を見る。
「...体育館に行くみたい。卓球か。テニスの方が楽しいのに!」
なつみは変なところで負けず嫌いである。
「テニス、バスケット、バレーを選んだ人。先生は体育館にいるので、
先生に用事のある人は体育館に来るように!」
教師がこういったとたん、かの保田の元チームメイトら3人はグラウンドに
引き返してきた。どうやら、最も楽できる物を選んだだけだったようだ。
しかし教師と一緒の場所はゴメンのようだ。
「わー。貸し切りだー!」なつみが声を上げる。
テニスを希望する生徒はなつみらを含め10数名しかいないのだが、
テニスコートは5つもあった。どうやら卓球が1番人気のようだ。
「よーし!それじゃあ3人の中で1番になった人は、他の2人から
今日マックおごってもらえること!」なつみが勝手に宣言する。
「ちょっとー。なっち、テニス得意なんじゃないのー?」
矢口がなつみに言う。
「ぜーんぜん。やったこと無い。普通にやってもおもしろくないからね。
食べ物かけたらなっちは強いよー!」なつみは自信満々だ。
「くー!なかなかやるねーまりっぺ!」
「なっちも良くそれだけ走りまわれるね。」
なつみは負けまくっていた。目が血走っている。
「ちっきしょー!また負けた!ふぅ〜。ちょっと休憩しよ!」
「...なんだよー。まりっぺも圭ちゃんも強いじゃないかー。」
なつみがぼやく。
「ふふふ。実は私もちょっとやったことあるんだ。テニス。」
矢口は得意げに言う。
「なんだよー。そういうことは早く言ってよー。
あっ、そうそう。圭ちゃん。さっきの話。その娘、何があったの?」
なつみが保田に聞く。
「うん。その娘、中澤裕子っていうの。実は幼なじみなんだ。
裕ちゃん、中学の時はすごく熱心に野球やってたんだ。
でも、三年生になる直前に、国会議員の娘が転校してきたの。
その子が野球部に入ったとき、理事長や校長の指図で
その子が主将になっちゃったの。みんな怒ってたけど、
監督に『我慢してくれ...』って頼まれて、しぶしぶ納得したの。
でも裕ちゃんだけは『納得できない!』って言って、
クラブをやめちゃったの。本当は裕ちゃんが主将になるはずだったから、
悔しかったんじゃないかな。」
「なるほどねー。でもその娘、もう野球に興味ないんじゃないの?」
矢口が言う。
「そんなはずない!小さな頃からあれだけ野球に打ち込んできた裕ちゃんが
やめちゃうはずがない!本当は今すぐにでも野球がしたいはずだよ。」
「あ、その娘あそこにいるよ。」なつみが指さす。
テニスコートの端に、かの三人組が座り込んで談笑していた。
真面目にテニスをやる気は毛頭無いらしい。
「なんか、かんじわるーい。」矢口が軽蔑した顔で言う。
なんと三人は、教師がいないのをいいことに、タバコを取り出し火をつけた。
「うわっ!いっけないんだー...」なつみがつぶやく。
その時、保田がその三人に向かって走った!
「わっ!待ってよ圭ちゃん!」なつみが後を追う。
「ちょ、ちょっと、2人ともー...」
矢口は関わりたく無さそうだが、しぶしぶついていく。
「裕ちゃん!」保田が三人の前に立つ。
「あ?何だよお前。馴れ馴れしいんだよ!」
右端の娘が保田に向かって言い放つ。
「裕ちゃん!ホントは裕ちゃん、そんな娘じゃない!
早く素直になって!一緒に野球やろうよ!」
保田はめげずに一気にまくし立てた。
「誰が素直じゃないって?」真ん中の娘がタバコを投げ捨て立ち上がった。
「裕ちゃん!そんなに簡単に夢をあきらめてもいいの!?
いつか言ってくれたじゃない!一緒に甲子園行こうな...って!」
「フッ、忘れたよ。もう私にかまうな。」
「だめ!私知ってる!こないだの野球部新入部員テストの時だって、
裕ちゃん遠くから見てた!」
「...しつこいね...」中澤は保田の胸ぐらをつかんだ。
「もうほっときなよー圭ちゃん。どうせもう運動不足で野球なんて
出来ないって。」なつみが言った。
「なに?もう一度言ってみな。野球なんて興味は無いけど、
お前らよりはましだ!」中澤は逆上した。
「ふーん。じゃあ、私たちより運動神経あるって言うんだね。
それじゃあ試してみる?テニスで勝った者が負けた者を好きに出来る
っていうのはどう?」なつみはさらに言った。
「フッ、面白いじゃない。それじゃあ今すぐやってやるよ。」
中澤は不敵な笑みを浮かべた。
「あの〜、もしかして、その『私たち』っての中に私も含まれてる?」
矢口が恐る恐るなつみに尋ねる。
「当然じゃない!三人で、力を合わせてガンバロー!」
なつみはなぜかうれしそうに言った。
「なんでこうなるの...」矢口はひとりつぶやいた。
「もしあたし達が負けたら野球部でも将棋部でも、なんでも入部してやるよ。
しかしもし勝ったら、お前ら三人、三年間パシリだからね...。」
中澤は言い放った。
「ちょっと待ってよー!なんであたしまでー!」
矢口は抗議するが誰も聞いていない。
保田:「順番どうする?」 なつみ:「なっちいっちばーん!」
矢口:「それはまずいよ。みすみす相手に一勝あげちゃうだけだよ。」
なつみ:「あ!まりっぺもやる気になったね!って、なんでだよー!
まさかなっちが負けるとでも...」
矢口&保田「負ける」 なつみ:「もーいい!じゃあ、2人で決めたら!」
なつみはふてくされた。
「この勝負、負けるわけにはいかないからね。圭ちゃん、
二人で相手三人片づけちゃおう。圭ちゃんの方がテニスは上手だから、
あとにひかえてて。私が先に行く。」矢口が言う。
「うん。わかった。」保田が答える。
「なっち三番?フフフ。大将みたいだね。よーし!絶対勝とーね!」
「がんばれー!まりっぺー!」なつみが声援を送る。
最初に出てきたのは中澤ではなく、さっき保田を怒鳴った娘である。
「稲葉ー!負けたら承知しないよー!」中澤が怒鳴る。
二人の実力はほぼ互角であった。稲葉の、身体のバネを利した速いストロークを、
矢口は瞬発力でコートをカバーし一つ一つ返していく。
「ふぅ、なかなかやるねー。あなたの集中力か、私の体力か、
どちらが持つか勝負だよ。」矢口は自分に言い聞かせるように言った。
「なにやってんだ稲葉ー!早く決めちまいな!」中澤の檄が飛ぶ。
「ちょこまかと...。これでどうだ!」
稲葉は渾身の一打を放った。それを追う矢口。
「だめだ!追いつけないよ!」なつみが悲鳴を上げる。
ボールはコートギリギリ...をわずかにそれていった。
「やった!勝った!」喜ぶ矢口。うなだれる稲葉。
「畜生!小湊、さっさと片づけてきな!」
中澤に言われ、おかっぱ頭の娘がコートに入った。
「稲葉の仇を取らせてもらうよ。」小湊は無表情で言った。
矢口は稲葉に勝ったものの、かなりの体力を消費していた。
「はぁ、はぁ、」矢口は息が荒い。
小湊のサーブから二試合目が始まった。
「な、何?あの球は...」なつみが驚嘆の声を上げる。
小湊のサーブは、コートにバウンドした後、大きく跳ねたかのように見えた。
「ボールに回転を与えてるのね...。」保田がつぶやく。
「なっちだったら絶対あんなの打ち返せないよ。」
稲葉との激闘で体力を使い果たしていた矢口に、
小湊のトップスピンを返す力は残されていなかった。
矢口はストレートで敗退した。
「おつかれ!まりっぺ!よくがんばったよ!」なつみが介抱する。
「はぁはぁ、圭ちゃん、あと頼むよ...。」矢口は息も絶え絶えだ。
「まかせといて。」保田は微笑んだ。
「誰が来ても同じ事...。」小湊は無表情でつぶやく。
「それはどうかしら。」保田が言う。
保田のサーブ。
「え?圭ちゃんも...。」なつみは驚きを隠せない。
なんと保田も、トップスピンを放ったのである。
「なにっ...」小湊がうろたえた表情を見せる。
勝負はあっけなく決まった。
保田の勝因は、勝負に賭ける意気込みそのものであった。
「さあ裕ちゃん。もう裕ちゃんだけよ。」保田が微笑みながら言う。
「...。」中澤は無言で立ち上がる。
「すいません...。」小湊が中澤にわびる。
「下がっていな...」中澤はゆっくりとコートに入った。
4試合目。中澤のサーブからスタートである。
『...ビュンッ!』
動けなかった。保田は一歩として動けなかった。
剛球一閃!中澤のサーブのスピードはケタ違いであった。
「圭ちゃん!大丈夫!速いだけ!難しいところには打って来てないよ!」
矢口がアドバイスする。
(速いだけって言っても、それが一番の問題なんだけど...)
保田は冷や汗を流す。
「くっ、しぶとい奴だ!」
中澤の剛腕ストロークを、保田は必死で打ち返していく。
(も、もうダメ...。手がしびれて来ちゃった...)
保田はもう限界だった。
「け、圭ちゃん!」なつみが叫ぶ。
保田はラケットを落としてしまった。中澤のストロークを打ち返しているうち、
握力が無くなってしまったのだ。さらに中澤のストロークが来る。
「危ない!圭ちゃんよけて!」矢口が悲鳴を上げる。
中澤のストロークは、なんと保田の顔面を直撃した。
保田はコートに倒れ込んだ。
「圭ちゃーん!!」なつみが保田に駆け寄る。
「圭ちゃん!しっかり!」なつみが保田を抱きかかえる。
「ご、め、ん...なっち。棄権して。私ひとりだけが裕ちゃんの家来ですむよう
頼んでみる、か、ら...」保田は気を失った。
「...。」なつみは保田を抱えたまま中澤をにらみつけた。
「...狙ったんじゃない。傷つけるつもりはなかった。すまない。」
意外にも中澤はわびた。しかしなつみはさらににらみつける。
「わたし、絶対に負けない!圭ちゃんのために、負けない!」
なつみは中澤に言い放った。
いよいよ最終試合。なつみからのサーブである。
(あの保田の後に控えてたやつだ...。油断できない。)
中澤は身構えた。ところが...「なんやそれ!」中澤はコケた。
『ぽわ〜ン』
なつみは下打ちサーブを放った。山なりの打球が中澤を襲う!?
『ぽこン』
(し、しまった!つい油断して棒玉を打ってしまった!これがあいつの狙いか!)
中澤は次に来るであろうスマッシュのため、ダッシュする体勢をとった。
『ぺこン』
(こ、こいつ、ただの下手...?)
中澤は今度は集中してストロークを放った。なつみは追いつけない。
「うーん。なかなかやるねー。」なつみは言った。
...試合は、アッという間に40/0(フォーティラブ)
なつみは追い込まれてしまった。
「うう、なんとかしなきゃ...」なつみは身もだえる。
(フフフ。このままじゃあつまらないね...。)
中澤はあることを思いついた。
なつみが打つ。中澤はそれを打たずに立ちつくす。当然、なつみの得点である。
「やったー!はいったー!」なつみは素直に喜ぶ。
(フフフ。せいぜい喜んでおきな。)中澤はニヤリとする。
「あの人、なんで返さなかったんだろう...。」矢口は腑に落ちない。
さらに次も、その次の球も、中澤は見送るのみ。
スコアは、40/40のデュースである。
しかしさらに次の球までも中澤は打ち返さない。とうとうマッチポイント。
後一打で、なつみの勝ちである。さすがになつみもおかしいと感じてきた。
「ちょっとー。真面目にやってる?そんな人に勝っても、
なっちうれしくない。」なつみが言う。
「フフフ。じゃあそろそろ本気でいこうか。」中澤の目が冷たく光った。
『ビュン!』中澤が剛腕ストロークを放つ。
「うわー!」なつみが叫ぶ!
「っと、えいっ!」しかしそう厳しいコースでは無かったため、何とか打ち返す。
さらに中澤のストローク。さっきのストロークとは反対へ打つ。
なつみは走る。「はぁはぁ、えい!」寸前で追いつくなつみ。
中澤のストロークはさらに逆へ。さらに走るなつみ。
「これは...」矢口が青ざめる。
「あの人、なっちを走らせて楽しんでる。
こ、このままじゃあなっち、倒れちゃう!」
矢口は叫ぶ。
「あ、まりっぺ...。私...気を失ってたの?」保田が目を覚ました。
矢口は泣いている。「うう、圭ちゃん...、なっちが、なっちが、」
「え?なっちがどうしたの?」保田は起きあがる。「な、なんてこと!」
試合は依然続いていた。中澤はほぼ定位置で左右にストロークを打ち分け、
なつみが走ってそれを打ち返す。なつみは全身紅潮して、すごい汗である。
「まりっぺ、どれぐらいあれは続いてるの!?」保田が矢口に聞く。
「うぅ、うぅ、もぅ、十分以上もずぅ〜っと...
このままじゃなっち死んじゃうよ...。」矢口は泣きじゃくっている。
「裕ちゃん!もうやめて!もともとなっちとまりっぺは関係ない!
もうやめて!なっちももう降参して!」保田が叫ぶ。
「いやだーっ!」なつみが走りながら叫ぶ。
「絶対に絶対に、降参なんかしない!こんな自分から逃げてる人なんかに、
まいった言いたくない!」さらになつみは叫ぶ。
「誰が自分から逃げてるって!?よーし。絶対に『まいった』って
言わせてやる!」中澤も叫ぶ。
「フフフ。よくがんばるよ。ま、でも時間の問題だね。」
稲葉は微笑みながら言った。
「いや。よく見てみな。あいつ、だんだん動きがコンパクトになってきている。
さらに、打ち返す球も、鋭くなっている。スイングに無駄がなくなってきているんだ。」
小湊は無表情で言った。
「そ、そう言えば...。」稲葉は顔をしかめる。
「中澤さん!そろそろ仕留めましょう!」稲葉は叫んだ。
「いいや!こいつに絶対『まいった』って言わせる!」
中澤は同意しない。なかなかなつみが参ったしないのでいらだっている。
矢口はもう泣きやんでいた。驚いていたのである。
「なっち、すごい...。」
なつみのストロークは、中澤のそれに匹敵するものになっていた。
「ちょうど、裕ちゃんがなっちに特訓したみたいになっちゃったのね。
でも、こんな短い時間ですごい吸収力ね、なっち。」保田が言う。
(なんかわかってきたぞー。よーし!反撃だー!)なつみは決意した。
「えいっ!」なつみは全身の力を込めて打った。
「な、何っ!?」中澤は突然の鋭い球にうろたえた。
『ぽこン』棒玉がなつみの目の前に来る。
「いっただきー!えーい!」
『バシュッ!』なつみのストロークは中澤のわきを駆け抜けた。
「こ、この私が負けたなんて...。」中澤はうなだれる。
「自分を見失ってたんだよ。」なつみが声をかける。
「中澤さん。本当に自分のやりたいこと、やったらいいと思う。
それが野球じゃないなら、それでいいよ。自分を見失って、
嫌な結果にならないようにしなきゃね。」なつみはさらに続ける。
「...。」中澤は押し黙っている。
「裕ちゃん!」保田が駆け寄る。「あたし、なんて言ったらいいか...」
保田は涙を流している。
「ありがとう、圭ちゃん。」中澤が言った。「えっ?」保田は驚く。
「うち、その子が言うとおり、ホントの自分を見失ってた。
すねてただけだった。でも、ホントはわかってた。自分のやりたいこと。
圭ちゃん。うち、もう一回野球やる。一緒にやろう、圭ちゃん。」
中澤は笑顔で保田を抱き寄せた。「うぅ、うぅ、裕ちゃん...。」
保田は大泣きしている。
「ところで、稲葉、小湊。あんた達も野球部に入るんだよ。」
中澤は言い放った。「えっ!私たち野球なんてやったこと...」
「つべこべ言うんじゃないよ。今日から練習だからね。」中澤はスゴむ。
「はい...。」二人は渋々同意した。「...中澤さんっていつも強引だよねー」
「なんか言った?」「い、いえ、何も...」
「フフフ。何とか無事にすんだよ。これも結局なっちのおかげだ!
ありがとう、なっち...あれ?なっち?なっちー!」矢口が叫ぶ。
一気に緊張の糸がゆるんだなつみはコートの真ん中で気を失ってぶっ倒れていた。
「...そりゃあれだけ走ったら倒れるよね...。
今日はなっち、クラブは見学だな。当分筋肉痛で動けないね。」
−−−朝焼け高校野球部、さらに新入部員(三名)を加え、総員十一名となる。−−−