「よろしくお願いします」新メンバーとして紹介された少女を見て動揺
する市井。まだ純粋さが残っていた幼き日「約束」を交わした相手に
うりふたつのその少女こそ、市井と最後まで運命を共にすることになる
「紗耶香の愛人」後藤真希であった。
「さやちゃん、タンポポ入れなかったけど頑張ろうね」「うん。いつかは私達もユニット組もう」年上ぶって自分
を慰めようとする不細工な女に表面的な相槌を打ちながら、「落選」という屈辱を噛み締め、次の策略を巡らす市井
だった。とりあえず、このブスも下僕にしておくか・・・。
しかし、この狛犬女が将来自分を追い詰めることになろうとは、この時は知る由も無かったのである。
まだ幼い後藤にとって、市井の存在感は強烈なものに映っていた。
レコーディングやダンスレッスンで、年上の中澤や飯田を物凄い形相で
罵倒する姿は、TVで彼女が見せる明るい笑顔からは、想像もできない
ものだった。
「ごめんねえ。びっくりさせちゃった?」
あまりの場の雰囲気に萎縮する後藤の姿に気付いた市井が話しかけた。
「あたし、妥協できないタチなんだよ。例え憎まれ役になってもね」
汗を拭きながら爽やかに笑って見せる市井。しかし、後藤は見逃さな
かった。彼女が時折浮かべる大人びた表情を・・・。どこか翳りを帯
びた瞳に潜むものを、後藤は直感的に受け止めていた。
・・・この人は、何かを背負っている・・・・。
「明日香・・・何が欲しい?」
「あのお星様がいい」
明日香・・・お前が望むなら、私はこの銀河さえ手中にできた。
なのに、何故・・?あの時の自分に、もっと力があったら・・・。
明日香のような少女が幸せに生きて行ける世の中にするためなら、私は
喜んで修羅になろう。生涯を賭けて、約束を果たそう。
なのに、何故お前はそんな目で私を見るのだ?何故、私を哀れむ?
何故なんだ?・・・何故??
「・・いさん、市井さん」
「・・・あすか・・?」
いや、明日香ではない。急に現実に返り、体を起こす。目の前には心配
そうな顔で覗きこむ後藤がいた。
そうか・・・。プッチモニの合宿に来てたんだっけ・・・。
隣では保田が熟睡している。
「大丈夫ですか?凄く魘されてましたよ。」
まだ、あんな昔の夢を見るとは・・・。どうやら、自分で自覚している
以上に後藤を「だぶらせて」いるらしいことに気付き、思わず笑みを
浮かべる。
「市井さん、ちょっと外の空気を吸いに行きませんか?」
「悪い!起こしちゃったんだね」
「いえ、もともと緊張して寝つけなかったんです。保田さん寝てるし、
二人でもうちょっと、振りつけ練習しませんか」
「うん。そうしよっか?」
この時、市井のほうも後藤が自分に向ける感情に、興味以上のものがある
ことを感じ取っていた。
プッチモニ合宿二日目。その日、市井は朝から不機嫌な顔をしていた。
ジョギング、フラフープ等、昨日決めたメニューをこなし、部屋に
戻って振り付けの練習を始めた時だった。
「圭、ビデオ止めな」
ASAYANのスタッフが部屋に残したカメラのスイッチをオフにした
瞬間、市井の蹴りが保田の下腹部を直撃した。
「うぐっ」
「後藤、あんたもここに並ぶんだよ!!」
前夜、後藤に見せた笑顔が嘘だったように、市井の目にはサデステック
な光りが宿っていた。
「圭!!あんた、あの時の屈辱を忘れたの?!タンポポを見返したいん
じゃあ無かったのか??!!おらあァ!!」
容赦のない制裁は30分にも及んだ。怯えて立ちすくむ後藤に市井の
視線が向けられる。後藤の顔は涙と鼻水で、すでにグシャグシャである。
だが、しかし、「・・なんで、ここに・・?」
わけの判らない言葉を発して倒れたのは、市井のほうであった。
39度を超える高熱。無理もない。既にメンバー、事務所、テレビ東京
など、持ち前の知略と性技を駆使して着々と配下を広げつつある市井
であったが、肉体は15歳の少女なのである。寝るひまも惜しんでの活動
のツケが回って来たのだ。
「すぐタクシー呼んでくるね」
保田が部屋を飛び出して行く。
あれ?後藤はこの時、保田が意外に軽傷なことに気付いた。
それに・・・、保田さん、顔は殴られていない・・・。市井さん、ちゃんと
気を遣っていたんだ・・。ぐったりした市井を抱きかかえる後藤の胸が
熱くなる。 市井さん・・・・。
「・・○○か」
まただ・・・。よく聞き取れないけど、市井さん、昨夜と同じ人の名前
血トんでる。あたしと間違えてるのかな・・・・。
切ない気持ちに襲われ、後藤は自分から市井と唇を重ねた。熱のせいか、
柔らかく暖かな感触だった。
朦朧とする意識の彼方で、市井は理解した。何故、入ったばかりの後藤
が、いきなりメインをやることに反対しなかったのか。自分をメインに
することだって出来たのに。
そうか・・。 自分の中に、失ったはずの感情が残っているのに驚き
ながら、何時の間にか深い眠りに落ちて行く市井であった。