いしよしメイン
1 名前:つかさ 投稿日:2012/03/17(土) 20:54
いしよしは初挑戦です。

ドリムス。でいしよしにやられました。
まだまだいしよしに関しては新参ですが、よろしくお願いします。
2 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 20:56
 あーったくもう。

 居酒屋の喧騒もそろそろ終わりに近づいているかというのに。

「で。あんたら、どーなってんの?」

 目の前にはまだ完全には酔っ払ってはいないけれど。
 少し酔った目付き。

 まぁおもしろがってる眼、ともいう。

 それとも。
 おもしろい酒の肴を手に入れた、といったとこか。

 吉澤は大きくため息をつく。

「何やねん」

 もうちょっとおもしろい返し期待しとったのに。

 勝手にそうのたまうお姉さんは置いといて。
 まぁ圭ちゃんよりは……ましか。

 そうさりげにひどいことを考えつつ。

 苦笑いしながら目の前のグラスに口をつける。

 ドリームモーニング娘。なんて。
 冗談のようで冗談じゃない、そんなユニット。

 先輩たちのかける意気込みの熱さに。
 違和感なんて感じるはずもなく。

 先日、春ツアーの千秋楽も無事に終わり。
 いろいろイレギュラーがあったりもしたが。

「同じのでいいん?」

「あー、はい」
3 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 20:57
 こーゆーとこ、さすがだなぁ。
 グラスにはまだ3分の1ほど残っている…焼酎。
 なくなる前にすっと注文されるそのタイミングは、絶妙で。
 取り分けなどはしないと断言してるから、余計に。
 優しさを感じたり、する。

「すいませーん」

 酔っ払い過ぎんといてやーなんて言いながら。

 んじゃ、飲ませすぎないでくださいね。

 そんな返しも普通にできるようになった。

 十年を超える付き合いもダテじゃないってか。
 でも、まぁ。
 二人で飲みにいくことがあるなんて。
 昔はそんなこと、思いもしなかったけれど。

 吉澤は目元を和らげる。

「んで。何笑っとんねん」

「いやぁ。何か」

 うまく、言葉にできず。
 ただ笑うと。

「ったく。あんまり溜め込みすぎなや」

 収録なんかじゃあんまり出てこない柔らかい関西弁。
 一時期、関西弁が嫌いになりかけたこともあったのは。
 今は、いい思い出……なんだろうか。

「中澤さんこそ、最近どうなんですか?」
4 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 20:58
「んーー」

「体、大丈夫ですか?」

 それでも、最年長。
 しんどくないはずもないのに。
 一番先頭になって。
 さすがに怒ることは少ないけれど。
 昔と同じように、自分たちを引っ張っていこうとする背中。

「まぁ、何とかな」

 ふわり、と微笑まれて。

 昔とは、違う安心感。
 年寄り扱いすんな、と。
 むきになっていたようにみえた時期があった。
 今は。
 単純に、背中をあずけてくれるような。
 しんどいときは、しんどいと。
 助けて欲しいときは助けて欲しいと。

「なるようにしかならんやろ」

 信頼、されている気がする。

「っちゅーか、つまみ、こんなんで良かったんか?」

 目の前に並べられているのは、きゅうり、春雨、豆腐といった、ヘルシーな料理ばかり。

「いやー、また秋のツアーも始まりますしねぇ」

 夏は夏でまた、いろいろある。
5 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 20:59
 それに、前よりは食べれるようになったけれど。
 肉が苦手なのは目の前の人もわかっているはずで。

「よっさんがええんやったらこっちはそれで助かるねんけど」

「楽でいいでしょ?」

「でも、あんたはもうちょっと食べてOKやと思うけどな」

「太りやすいのわかってて言ってます?」

「節制してるのはいいことやけど、アタシはもうちょっとふっくらしたよっさんでも全然OKやで」

「中澤さんにOK出されても……」

「何やと?」

 軽口の応酬。
 軽く睨まれても、怖くない。

「んじゃ、そろそろチェックでいいんか?」

 テーブルに置かれた伝票。
 ひょいと中澤はそれを持ち上げ、ひらひらと振る。

 ?

 普段しない言動。

 吉澤は軽く首をかしげる。
6 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 20:59
 今日は珍しく、中澤からの誘いだった。
 軽く、2,3杯飲んで。 
 軽く食べて。
 中澤がダイエット中なのはわかっているし。
 重い話がなくても、軽く飲みに行ったりはできるようになったから。
 いつもと変わらない誘いだと思っていたが。

「……えーと」

 すっと細められた真剣な眼差しに。
 思わず吉澤は口ごもる。

 ……怒られるようなこと何かしたっけ?

 思考回路ははなはだ情けないものであったりするが。

「ったく」

 そんな吉澤の表情を見て、中澤は苦笑い。

「何もないよ。ただ、何となくしんどそうやったから。大丈夫やねんな?」

「……」

 思わず。
 言葉に詰まった。

「…あ」

 何か言わなきゃ。
 そう思った。

「……」
7 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 21:00
 でも。
 言葉は出てこない。

 そんな吉澤を見て。
 中澤は困ったように、苦笑い。

「大丈夫、なんて。アタシも聴き方悪いなぁ」

 大丈夫か、なんて聞いても。
 アンタは大丈夫、しか答えれんよなぁ。

 独りごとのようにそう呟いて。

「何かあったんか?……石川と」

 今の呼び名の梨華ちゃん、ではなく。
 敢えてそうしたのか、昔の呼び方に。
 吉澤は、視線を落とした。

 どう答えても、何かが嘘になるような気がして。

「まぁ、どうでもいいねんけどな」

 苦笑いを含んだ、優しい声。

「ま、まだまだこれからやねんから、あんまり無理はしたらあかんで」

 決して無理強いはしない、距離感。
 踏み込んでこないのは。
 踏み込まれたくない、吉澤の気持ちをおもんばかってなのか。
 中澤のそんな優しさに気づいたのは、いつからだったのか。
 踏み込むのが優しさなら。
 踏み込まないのもまた、優しさで。

「あ、あのっ」
8 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 21:01
 伝票を持って立ち上がりかけている中澤に。

「このままじゃいけないってわかってるんです」

 何故か必死になってる自分。

 吉澤は拳を握り締めた。

「甘えてるんです。それじゃ駄目だって思うけど。何をどうしたらいいのかわかんなくて」

 違う。
 何をどうしたらいいのか、なんて。
 わかっているけれど。
 決断できないのは。
 自分の弱さで。

「アタシが駄目だから、だから」

 きっと傷つけてる気がする。

 ……誰よりも。誰よりも大事で。
 守りたい存在なのに。

「大事にします宣言なんかしとったから、もう吹っ切れたんかなぁ、と思ってたんやで」

 あ、あれはその。
 何というか。
 ステージの勢いというか。
 いや。
 思ってなかったら言えないセリフだけれども。

 あたふたとする吉澤を見て、中澤は笑う。

「それにしては、何か二人の空気が変な気がしてな」
9 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 21:01
 見られている。
 気遣われている。

「どうすんのかはアンタ次第や……もうわかっとるみたいやけど」

 捉えようによっては厳しい言葉。

「……ヘタレやからなぁ」

「……中澤さんに言われたくないです」

 ぼかっ。

 言葉が降ってくるより先に、一発こづかれた。

「暴力反対」

「うっさいわ」

 中澤との軽いやりとり。
 やっと吉澤は小さく笑った。

「ん」

 満足気な笑みを見て。

 敵わないな。

 吉澤の肩から力が抜ける。

「ま、あんまり無茶はせんときな」

 別れ際、言われた言葉。

 無茶、なのかなぁ。
10 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/17(土) 21:02
 夜の明かりの中。
 吉澤は目を細めて、空を見上げた。
 何を、どうしたらいいのか、なんて。
 何を、どうしたいかなんて。
 わかってるのかな。
 わかってないのかな。

 ただ。
 守りたい。

 それだけ、なんだけどなぁ。
11 名前:つかさ 投稿日:2012/03/17(土) 21:04
勢いだけで上げました。

まぁ、きりよく更新していければな、と思ってます。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/18(日) 01:33
期待してますよ
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/18(日) 07:36
読みやすいので今後が楽しみです
14 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/18(日) 17:13
―――――――

 ドリームモーニング娘。春のツアーが終わって。
 石川と会うことも少なくなった。
 連絡は……ごくたまに。
 夏のハングリーアングリーの仕事の絡みもあるので、全く連絡を取っていないわけでもない。

 それでも。

「んー」

 筋トレも兼ねたサイクリング。
 中澤と会った日から、吉澤はサイクリングコースを変えた。

 石川のマンションが、ゴール地点で、折り返す。

 早朝、夕方、夜。

 適当に時間を変えながら。

 会えればいい、と思っているわけでもない。
 あえて。
 石川が仕事の時間帯を狙っている自分。

『ヘタレ』

 その言葉を思い出し。
 吉澤は小さく自嘲する。

 言葉に出さなくても。
 わかってくれていると思っていた。
 言葉に出さなくても。
 わかってくれていたんだ、と思った。
15 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/18(日) 17:15
 もちろんチェックしていた、石川の携帯連載。
 3週続いた自分のところで。
 そんなふうに思われてたんだ、とか。
 ある意味新鮮で。
 おもしろがっていたけれど。

『お互いに、この形が心地いい。今よりくっついちゃうと、くっつきすぎて離れちゃうこともあるかもしれないって
 考えてたら、今の距離感がベストなんだと思う』

 ……。

 石川にとって。
 正直な気持ちなんだろう、と思った。

『でも、ふと思うんです。私、結婚できんのかなって。だって基準としてはよっすぃを越える人じゃないと』

 ……なら。
 最後のあの文面はなんだったんだろう。

 自転車のサドルにまたがったまま。
 吉澤は石川のマンションを見上げる。
 水分補給のペットボトルの水。
 飲みすぎないように気を付けながら。

 きっと、意識しすぎているのは、自分だけ。
 わかっている。
 石川の態度は何も、変わらない。

「……ったく」

 吉澤は、ヘルメットを取った頭をくしゃっとかく。

 好きは、好きだ。
16 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/18(日) 17:16
 誰よりも大事に思っている。
 守りたい。
 そう思っている。

 でも、それは恋愛感情なのか。

 あの文面は。
 どんな意図で紡がれた言葉だったのか。
 そもそも。
 ファンに対するリップサービスなのか?まで、最後思ってしまって。

 この1週間。
 主のいないマンション前。

 何やってるんだろう、と思わなくもないが。

「よっすぃ??」

 ぐぇ。
 吉澤の喉が妙な音を立てる。

「り、り、梨華ちゃんっ?」

「何やってんの?」

 夕焼けをバックに。
 帽子にマスク姿。
 変装してるのか、逆に目立とうとしているのか。
 いろいろツッコミたいことはあったが。

「……今日、仕事じゃなかったっけ?」

「収録早く終わったから……もしかして待っててくれた?」

 石川は、ごく普通の反応。
17 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/18(日) 17:16
 だから、普通に返せ。

 ……普通って何だっけ?

「あ……うん」

「ケータイに連絡くれれば良かったのに」

 あくまでもマイペース。
 石川はいつもどおりで。

「いや、天気も良かったしさぁ。何となく、ぶらぶらと」

「……ふーん」

 少し首を傾げた石川の反応に。

「……いや、あの、その」

 ……普通って何だっけ。

 吉澤は空を見上げる。
 何だか、もーいいや。
 そんな気分になった。

「とりあえず、こんなところでも何だし、あがっていきなよ」 

 挙動不審な吉澤の態度。
 そんな様子にしょうがないな、と。
 微苦笑を浮かべて。
 石川は吉澤の背中を軽く押す。
18 名前:つかさ 投稿日:2012/03/18(日) 17:24
>>12 名無飼育さん
>>13 名無飼育さん

レス、ありがとうございます(ぺこり)
飼育のいしよし小説は見事にレベル高い人ばっかりなんで、不安ばっかですが(苦笑)
楽しんでいただければ幸いです。
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/18(日) 18:44
おっと何か始まってる!
良いです楽しみにしています。
20 名前:名無飼育 投稿日:2012/03/18(日) 21:11
姉さんとの会話が優しくて素敵な始まりですね。
これからがすごく楽しみです。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/19(月) 00:43
なんかドキドキしてきたぞ
22 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/19(月) 23:28
―――――――――

 何やってんだろうな、アタシ……。

「ちょっと買い物行ってくるから、お風呂で汗流してきなよ」

 そう言われて。
 吉澤用の着替えは、もちろん完備されている勝手知ったる石川の部屋。

 買い物から帰ってきた石川は。

「アタシも簡単にシャワー浴びてくるから、下ごしらえよろしく」

 なんて。

「え?晩飯なんて、悪いから……」

「それ以上痩せる気じゃないでしょうね?」

 真剣に怖かった眼力。

「……何作んの?」

「トマトと茄子の冷製パスタなんてどぉ?」

「……はい」

 勝手知ったるキッチン。
 吉澤の手つきは慣れたものだ。

「ありがと」

 習慣とは怖いもので。
 ぼんやりしながらも、指を切る、なんてヘマもせず。
 パスタのソースを作っていた吉澤の後ろから、聞こえてきた声。
23 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/19(月) 23:28
「サラダも作っといた」

「んじゃ、私スープ作るね」

「うん」

 後ろを通ったときにふわり。
 石川の匂いが、した。

 ドキッ。

 風呂上がりの匂いなんて、いつだって気にしたことがなかったのに。

 ちらっと。
 吉澤は横に並んだ石川の横顔を盗み見る。

「オニオンスープでいいよね?」

 ……いきなり、見ないで欲しい。

「…おっ、おぅっ!」

「……何よ?」

「や、別に」

「すっぴん怖いとか思ってるんじゃないでしょうね?」

「……思ってても言わないから大丈夫」

「何ですって?」

「梨華ちゃん、包丁、包丁危ないってっ!」

 よっすぃが悪いんじゃない。
24 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/19(月) 23:29
 ぶつくさ言ってる石川はほっといて。
 なんとなく、普段通りになったような空気に。
 吉澤はほっと息をついた。

 気にしすぎてるのは、きっと自分だけ。

 だから。
 こんないつもどおりの空気でいれば。

 元に戻れるはず。

 ……元に戻れるはず?

 元って何だ?

「ちょ、よっすぃ、ほら、ふきこぼれてるじゃん」

「え?あぁ」

「もー。後は私やるから。よっすぃ、ビールでいいよね?」

「え?いや……」

「泊まっていくんでしょ?」

 石川が帰ってきたときは、夕暮れだった空は。
 もう十分すぎるほど、暮れていて。

「あーー」

「どっちにしても、夜は自転車危ないから駄目だからね」

 石川の部屋。
 玄関先に置かれた吉澤の自転車には。
 ちゃんと専用のスペースがあったりして。
25 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/19(月) 23:30
 少しだけ、きつい視線を向けられて。

「うん、わかってる」

 一度、夜、石川の家からの帰り際。
 車と接触しかけたことがあった。

 笑い話で危なかったんだよーという話が。

 めちゃくちゃキレられたのはそんな古い話ではない。

 それから、用意されている吉澤の自転車の専用スペース。
 ……片付けとか、苦手なはずなのに。
 そこだけはきっちりといつも綺麗で。

「でも、今日は水でいいや」

「そう?美味しい焼酎貰ったんだよ?」

「え?マジ?」

「どーする?ビールから?それとも焼酎いっちゃう?」

 キッチンの食器棚の中。

「うわ、これ、めちゃ珍しい焼酎じゃんっ!!」

「そうなの?私わかんないんだけど」

「んーでも、今はいいや。後で一緒に飲も?」

 先程の石川の問いかけに対する、遠まわしな答え。
 吉澤らしい言葉に。
 石川はふっと微笑みを浮かべた。
26 名前:つかさ 投稿日:2012/03/19(月) 23:34
>>19 名無飼育さん
>>20 名無飼育
>>21 名無飼育さん

いや〜始まっちゃいました。
まぁ、後はいしよしさんが何とかしてくれるだろうと(笑)

突っ走る石川さんとヘタレな吉澤さんが好きなんです(笑)

レス、ありがとうございます。
励みに頑張ります(ぺこり)
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/20(火) 00:57
こうゆう二人がけっこう好き
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/20(火) 11:22
更新ありがとうございます。
ここを覗くのが楽しみになっています。
やはり二人の物語はいいですね。
29 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:35
――――――――

「でも、梨華ちゃん、料理上手くなったよねぇ」

 食事後。
 ソファーでまったり。

 隣同士でくつろぐ石川と吉澤の前にはもちろん、焼酎の瓶。

 ワイン派の石川のために。
 最初の一杯ぐらいでいいと思った吉澤だったが。
 珍しく。
 いいよ、私も飲みたいから。
 そんなセリフに。

 吉澤は至極上機嫌だった。

「もー、よっすぃ、さっきからそればっかじゃん」

「えーだってさ、美味しい料理に、美味しい酒にーー」

 指折り挙げていこうとした吉澤がふと、止まる。

 美味しい酒に……。

 目線はそのまま石川にロックオン。

 ん?
 なんでこんなに近いんだ?

 それは、石川の肩に。
 吉澤が手を回してたりするからだが。

「……あ。ご、ごめん」

「?何が?」
30 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:36
 えーと。
 ふっと、酔いかけていた吉澤の思考回路がクリアになる。

 ……普通ってどんなだっけ?

「よっすぃ?」

 吉澤の肩に頭をあずけながら。
 見上げてくる石川の視線。

 いや、アナタ。
 そーゆー目付きは……。
 やばいでしょ。

 一瞬。
 戸惑ったような表情を浮かべた吉澤に。
 石川は、ため息をついて。
 ぎゅっと吉澤に抱きつく。

「……あのー」

「もうちょっとこーしてて」

「……はい」

 石川の背中をぽんぽん、と。
 あやすようにたたく吉澤の手。

 しばらく、石川は吉澤の腕の中。
 じっと動かなかった。

「よし、終わり」

 はい?
31 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:37
 すっと石川は吉澤の腕の中から離れ。
 立ち上がる。

「……何なのさ?」

「んーー、充電?」

「いや、充電ってアナタ……」

「最近、来てくれてなかったじゃん」

「……それだけ?」

「……そーだよ」

 ………。

 絡まり合う二人の視線。
 断ち切るように。

 やっぱり焼酎はきついなぁ、水飲も、水、なんて。

 独り言のように呟いて。
 石川はキッチンに向かう。

「ちょ、待ってよっ!!」

 何か言わなきゃいけない気がした。

 ぐっと引き寄せると。
 簡単に、石川は吉澤の腕の中。

「「…………」」
32 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:37
 しばらくの沈黙。

 何か言わなきゃいけない気はしつつ。
 言葉が、出てこない。

 無言の吉澤に、腕の中。
 石川が小さく笑ったのがわかる。

「……気に、してるんでしょ?」

「…………」

 何を、だなんて。

 二人きりになっても。
 何となく、出せなかった話題。

『でも、ふと思うんです。私、結婚できんのかなって。だって基準としてはよっすぃを越える人じゃないと』

 どーしてこんな時に思い出すかな。

 何度もリフレインされた文章が吉澤の中、蘇る。

「言葉通りだよ」

 腕の中。
 石川の表情は、わからない。

「梨華ちゃん………」

 ぐっと。

 抱きしめる腕に力がこもった。

「え………と。あの」
33 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:38
 何て言えばいいんだろう。

 というか。
 何を伝えたかったのか。

「アタシにとって梨華ちゃんは、大事な存在で、守りたい存在で」

 友達以上に近くて。
 家族と言っても過言ではなくて。

 この感情は。
 どう伝えればいいのか。

「で?」

「……え?」

 くるっと腕の中。
 器用に石川は一回転。
 見つめてくる瞳は。

「………怒ってる?」

「……怒ってない」

「怒ってんじゃん」

「あのねぇ…………」

 深いため息一つ。
 石川は何かを考えるように少しだけうつむいた。

 こーゆーときは。
 黙ってるに限る。

 長い経験。
 吉澤は神妙に石川を見つめる。
34 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:38
「好きなの。わかってるんでしょ?」

 見上げられて。
 吉澤は思わずドキッっと。
 胸が高まるのがわかって。

 いつもなら。

 眼を、逸らす。

 冗談に紛らわせて。

「優しいのはわかってるけど」

 残酷だったりするんだよ、結構そういう態度って。

 石川が、先に眼を逸らせた。
 こつん。
 肩に当てられた石川の額。
 ぎゅっと握り締められたシャツ。

 小さな、小さな声。

「よっすぃがさ。女の子好きじゃないってわかってるし、よっすぃの方が女の子だってのもわかってる。よっすぃが私のこと、大事に思ってくれてるのもわかってる。
 だから、それでいいんだって。そう思ってる」

 少しだけ、震えた手。
 一瞬。
 見逃してしまいそうな。

「このままでいたいんでしょ?」

 もう一度。
 見上げてきた視線は。
35 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:39
「…………」

「私が望んだら、そうしなきゃって。そう思っちゃうでしょ」

 ふっと、緩む腕の拘束。

「気持ち、押し付けたいわけじゃないから。だから、気にしないで。私が勝手に思ってるだけだから。それくらいはいいでしょ」

 疑問形ではなく、宣言。
 そう言った風にきっぱりと吉澤に言い放つ石川の強気な視線。

 …………。

 結局。
 吉澤は何も言えず。

 長年の付き合い。
 ぎくしゃくした吉澤の態度にも石川は変わらず。

「私、今日はこっちで寝るから。よっすぃ、まだ飲むんなら、後片付けはしといてね」

「あ………」

 そんな吉澤にふっと石川は笑った。

「あのね、明日よっすぃ仕事でしょ?」

 事実なのでこくりと頷く。

「私、隣にいて寝れるほど神経太くないのなんてわかってるんだから。
 気にしないでって言ったら余計に気にしちゃうだろうし、気にしてって言ったら余計に気にしそうだし」

 ふわ。

 不意に頭を撫でられた。

「でも、謝らないよ」
36 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:40
 真っ直ぐな瞳が吉澤を射抜く。

「私の正直な気持ち。よっしぃにはわかってて欲しかったから」

 強く、なったんだね。

 不意に湧き上がった気持ちに吉澤は一瞬戸惑う。

 泣き出しそうな、困ったようなそんな表情が多かった。
 そんな時期もあった。

 そんな表情が見たくない、なんて。

 そんな風に思った時期があった。

 泣き出しそうな、困った表情をしても、俯いて、顔を上げると笑顔になっている。

 そんな風に変わっていく石川を、隣で見てきた。

 もしかしたら、自分がいてるから、なんて自惚れもあったりした。

 自分の弱さを見せれなかったとき。
 しょうがないなぁ、もう、よっすぃは、なんて。
 いつまでだって、隣にいてくれたことがあった。

「…………あのさ」

 ん?

 無言だった吉澤を待ってる間。
 吉澤の髪の毛をぐしゃぐしゃにして遊んでいた石川。

「ってか梨華ちゃん……何してんだよ」

「だって、暇だったんだもん」
37 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:41
「暇って……それより、この距離、なんなのさ」

 お互い立ったままの状態が。
 もちろん、吉澤より背の低い石川。
 吉澤の髪の毛で遊ぶというより、吉澤に抱きついているようにしか見えない二人の立ち位置。

「んー、だから、ね?」

「何が、『ね?』だよ」

 ったく。

 吉澤はとりあえず、石川をべりっと体から引きはがす。

「油断も隙もない」

「隙はなくても油断があったんじゃないの?」

「ねぇよ」

「それより、ほら、言葉遣いっ!」

「だから、こんな時に小姑はいいからっ」

 むぅっと少し拗ねた表情。

 吉澤は頭をがしがしと掻く。

「傷んじゃうよ?」

「人の髪の毛で遊んでた奴に言われたくない」

 さらにむぅっとする表情。

「だから、話そらすなってば」

「そらしてるのはよっすぃじゃん」
38 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:41
「………だーかーら」

 何でこんなやりとりになってんだよ。

 思わず吉澤は中空を睨む。

 一応、ワタクシ、その、同僚というか、親友というか、なんというか。
 まぁ、大事な存在の人に告白なんぞをされたんじゃないかという気ではいるんですが。

 ……本当に告白だったんだろうか。

 悩む吉澤に、石川はクスっと笑みを漏らす。

「それじゃ、私、寝るからね」

 2DK。

 一応ある、客間。

 向かおうとする石川の腕を咄嗟に吉澤はつかむ。

「だから、何よ?」

 あ、これはマジ怒りする手前だな。
 不機嫌そうな瞳。

「何でアタシが梨華ちゃんのベッドに寝て、梨華ちゃんが客用の布団に寝るのかってのも言いたいんだけど」

 一つ、大きく息を吸う。

「………傍に、いてよ」

 え?

 何を言われたのかわからない、といった表情に。
39 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:42
「梨華ちゃんいなくても、どっちにしろ寝れそうにないから。
 ……だから、傍にいて」

「……えっと、それって襲っていい許可だったりする?」

「うぇ?」

 真顔でそんなことを聞かないでくれってか。

「だ、駄目。駄目。駄目。ぜってーそれは駄目っ!!!」

「何だ」

 何ですか、アナタ。
 その残念そうな表情と残念そうな声。
 と、とりあえず。
 何も見なかったことにしよう、聞かなかったことにしよう、うん、そうしよう。

「とにかくさっ」

 吉澤は掴んだ腕に力を入れる。

「どうせアタシ寝れないから、そっちで寝る必要ないじゃんってこと。
 いいじゃん、一緒に寝てくれたって」

 照れくささと恥ずかしさと。
 そっぽを向きながらの吉澤は。
 石川の少しだけ困った表情なんて見えていなかったけれど。

「もう、しょうがないなぁ」

 ふわっと抱きしめられて。
 もう一度頭を撫でられる。

 優しい感触。
40 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/20(火) 15:43
 安堵感。

 それでもふっと吉澤に沸き上がる一抹の不安。

「あ、でも襲うのはなしだよ?」

「頑張る」

 …………………………。

 これ以上何か言うと、本当に寝る時間がなくなると思った吉澤の判断は実に懸命なものだった。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/20(火) 15:47
>>27 名無飼育さん
二人のやりとりは・・・勝手に生まれてくる部分が大半なんですが。
そう言ってもらえると、嬉しいです。

>>28 名無飼育さん
リアルの二人の話が読みたくて(笑)
そうやって話ができていくんだよなぁ、と。
何年かぶりに実感してます。

今日の更新は以上です。
42 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/03/20(火) 21:45
やばいこのかんじ好きすぎる!
更新楽しみにしています。
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/21(水) 00:13
この関係性好き?
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/21(水) 00:14
43ですがハートにしたのに文字化けして?になってしまいました^^;
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/21(水) 00:58
もどかしくて.....すごく好き!
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/21(水) 08:56
リアル物好きとしては鼻血が出そうな展開です。
47 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/21(水) 20:05
――――――――

「それで、ヤラれちゃったの?」

 ぶほっ。

 盛大に吉澤は口に含んだ紅茶を吹き出す。

「きったねぇなー」

「矢口さん………」

 が悪いんじゃないですか、という言葉は何とか胸の奥に逆戻し。

 吉澤は情けない瞳で目の前にいる先輩を見つめる。

「なんだよ、いきなり相談があるって呼び出されてみれば恋愛相談とはねぇーーー」

 ニヤニヤニヤ。
 多分、人選は間違えてないはず……だと思いたい。

 吉澤はがくっと肩を落とす。

 頼りになるはずの元、教育係。
 ついでに、恋愛経験も豊富……なはず。

「裕ちゃんと話、したんじゃなかったの?」

 え?

 いきなりの話題に。
 吉澤は首をかしげる。

「『アタシがちゃんと話しとくわ』っつってた割に……まーったく」

 目の前の矢口は少し苦笑い。
48 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/21(水) 20:06
「ま、よっすぃと裕ちゃんじゃしょうがないか」

 一人で納得しないで欲しい。

「一応これでも心配してるんだよって話」

 …………何と反応すればいいのか。

「え?っと、あの」

 目の前で少しだけバツの悪そうな顔をしている吉澤を見て。
 矢口は少し、笑う。

「っていうか矢口的にはまだ何もしてなかったの?って話だったりするんだけどさぁ」

「……………」

 吉澤は俯く。

「よっすぃはどうしたいのさ?」

 直球の質問。

 いつだって、そう。
 真っ直ぐで。
 ガチンコ勝負。
 それなのに、人一倍気遣いはすごくて。

 何度も助けられた。

 いろいろあったけれど。

 最終的に、こうやって笑っていられるのは。
 一緒に闘ってきた期間があったから。
49 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/21(水) 20:07
 今は、そう思える。

「だーかーらー、そこで黙るなって」

 ぱこ。

 軽く頭を叩かれる。

「大事な存在だって思ってますよ、勿論」

「梨華ちゃんはそれで納得してないんでしょ?」

「納得っていうか………」

『気持ち、押し付けたいわけじゃないから。だから、気にしないで。私が勝手に思ってるだけだから。それくらいはいいでしょ』

 思い出される、前、逢った時の石川の瞳。

『私が望んだら、そうしなきゃって。そう思っちゃうでしょ』

 怒ってるわけでも、哀しんでるわけでもなかった。

「……………わかんないです…………」

 がっくりと項垂れてる吉澤。

 ったく、本当にしょうがないなぁ。
 一応、先輩メンバーの中。
 勿論、石川の連載の話は出ていた。

『どーすんの?』

 真面目に心配していたのは保田だったりして。
50 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/21(水) 20:07
『こんなん書くってよっぽどやな。溜まってるんちゃうんかぁ?』

 爆笑していた元リーダー。

『注意しなくていいの?』

 至極まっとうなことを言っていた安倍に。

『カオは自由でいいと思うの』

 よくわからない飯田。

 とりあえず。
『フォローできるとこはしよう』
 なんて。

 結論になってるのか、なってないのか。

「うちらってさ」

 何をどう伝えればいいのか。
 矢口はふっと視線を飛ばす。

「仲間じゃん」

「……はい」

「仲間って言葉、便利だよね」

 え?
 少し、不安げな視線を受け。
 矢口は優しく笑った。

「要するにさぁ、身体の関係があるかないかなんてどーでもいいじゃんってこと」
51 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/21(水) 20:08
 はい?

 そんな優しく笑って言うことじゃない気がするんですけど、先輩………。

 吉澤は一抹の不安を覚えながら矢口の言葉を待つ。

「好きは好きなんでしょ?」

「はい」

 即答。
 瞬時に答える吉澤に、矢口は満足そうに頷く。

「恋愛感情なのかどうかがわからなくて悩んでるんでしょ?」

「はい」

 うんうん。
 矢口はさらに満足げに頷いて。

「んじゃ、やっちゃえ」

 ……………はい?

「あ、やられちゃえ、でもいーけど」

 良くない気がするんですけど…………。

「試してみればいいじゃん」

 すっと真面目な顔。

「大丈夫だよ」
52 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/21(水) 20:08

「………経験談ですか?」

 バコ。

 頭をはたかれて。

「好きって気持ちだけじゃ駄目なんですかね?」

 不意にこぼれる、本音。

「エッチってそんなに大事ですか?」

 ふっと。
 矢口が視線を飛ばす。

「よっすぃはさ、駄目なんだ?」

 矢口にしては珍しい、問いかけの問いかけ返し。

「駄目っつーか。女同士ってのは気になりますよね」

「……そっか」

 矢口はそう言って黙り込む。

「えーと。矢口さん?」

「どうこうしろ、とか。そういうのが聞きたいわけじゃないでしょ?」

 不意に見つめられる、真っ直ぐな視線。

「抱きしめたい、抱きしめられたいって思わない?」

 今度は吉澤が黙る。
53 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/21(水) 20:09
「女同士とか。そういうの抜きで。抱いて欲しい、抱きたいって、触れたい、触れられたいって」

 すっとそらされる視線。

「後悔、してないよ。だから。後悔すんな」

 アドバイスになってるのか、なってないのか。

 答えは自分で出すしかない。
54 名前:つかさ 投稿日:2012/03/21(水) 20:17
>>42 名無し飼育さん
喜んでもらえて何よりです^^


>>43 :名無飼育さん
 44 :名無飼育さん
いや〜、この関係性・・・微妙ですよねぇ。
そ〜ゆ〜二人も好きなんですが。

>>45  名無飼育さん
吉澤さんには少し、悩んでもらいます(笑)

>>46  名無飼育さん
これがあったから自分はいしよしにはまりました。

たくさんのレス、めっちゃありがたいです。
とりあえず、今日は石川さんは出てこないですが・・・・

濃いメンバーたちの愛に包まれてる感も好きなんです。

今日の更新はここまで。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/21(水) 23:56
最終的にはそうなんです!だから苦しいのです。
56 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/22(木) 20:06
――――――――

「えーと、とりあえず、ただいまでいいの?」

「いいんじゃない?おかえり。お疲れ様。ご飯出来てるよ」

「……………」

 石川は少しだけ、眉間にシワを寄せ。

 何かを考える仕草。

 どうせ、ろくな結論でないんだから、あんま気にしないくていいよ、は。
 吉澤の勿論心の声。

「ほら、自転車取りに来たかったし」

 合鍵は渡してる関係性。
 ただ。
 こんなことはなかった。

 というか。
 石川の頭。
 思い浮かぶのは。

『好きなの。わかってるんでしょ?』

 思い出す、セリフ。

 普段の吉澤なら、しばらくは石川の近くには寄り付かないはずで。

 それを望んでいたわけでもなかったけれど。
 これ以上、吉澤の傍にいたら、何だか吉澤を傷つけてしまう、そんな行動に自分が出てしまいそうで。

「……………」
57 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/22(木) 20:07
 逆ギレでもして、追い返してしまおうか。
 
 平静を保てる自信が、ない。
 
 それでも。

「話、したかったんだ」

 真っ直ぐなその瞳からは。
 逃げられそうも、ない。
58 名前:つかさ 投稿日:2012/03/22(木) 20:11
>>55 名無飼育さん
最終的に・・どうなんでしょう。

それでも、自分は二人が笑っててくれれば、それでいい、と思います。

明日は更新できるかわかりません。飲み会なもんで(汗)
短いですが、今日の更新はここまで。
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/22(木) 23:57
素直になるんだ!
60 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/23(金) 23:59
――――――――

「それで?」

 とりあえず、キッチンで水を一杯。

 飲み干して、吉澤の方を見る石川の表情は至極真面目だ。

「まぁ、とりあえず食べながら話そっか」

 結構、自信作だぜぇー。
 新作チャレンジ。

 ふっとおどけたように吉澤は笑ってみせる。

「あ、先にシャワー浴びたかったらそれでも構わないけど。ちゃんと準備しといたよ?」

 石川の肩から力が抜ける。

「準備してくれるのはありがたいけどさぁ。私がどっか寄って帰ってくるとか思わなかったわけ?」

 最もな石川の疑問。

「んー、だって明日は朝一仕事でしょ?」

「何で知ってるのよ」

「……ハングリーアングリーの仕事なんだけど………」

 おや?

 石川は首をかしげる。

「細かいくせにそーゆーおーざっぱなとこ、直した方がいいんじゃないかと思うよ」

 吉澤は苦笑い。
61 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 00:00
「もー。ちゃんとわかってたわよ」

「時間しか覚えてなかったとみた」

 吉澤は笑う。

 次の日が朝一仕事のときは、できる限り早く家に帰る石川の癖。
 だから、今日だ、と思ったのだ。

「ってか、あんまり寝れてなかったりする?」

 吉澤はいまだキッチンから動こうとしない石川のもとに歩み寄る。
 そのまま。
 そっと目の下。
 ファンデーションで上手く隠されているクマ。

 帰ってきた石川を見たときから気になっていた。

「よっすぃもなんじゃないの?」

 すっと見上げてきた視線は少し、かなしげで。

 そんな顔、させたいわけじゃない。

「………とりあえず、飯食おうよ、飯。お腹すいてるっしょ?」
62 名前:つかさ 投稿日:2012/03/24(土) 00:02
>>59 名無飼育さん
レス、ありがとうございます。

とりあえず、よっぱです(苦笑)

ってことで今日の更新はここまで
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/24(土) 01:19
どうなるの?気になる!
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/24(土) 08:38
更新ありがとうございます。
毎日帯ドラマを見ているようで楽しいです。この展開ドキドキしてきました。
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/24(土) 09:33
連日の更新嬉しいです。
どきどきしちゃいます!
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/24(土) 09:47
あぁぁぁ…気になるー
67 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:28
――――――――

 ご飯の後のバスタイム。

 石川の好みの入浴剤まで用意されている、準備の良さ。

 ………サービス良すぎて、何か怖い。

 石川がバスルームから出てくると、聞こえてくる吉澤の声。

「はい、んじゃ明日は石川の家に車回してもらっていーんで。お願いします」

 久々に聴く、石川、の言葉が何だかくすぐったく。
 石川は笑みを漏らす。

「えー?夜ふかしなんてしませんって。そっちも一緒の方が助かるんじゃないですかー。あーハイ、わかってます。六時でいいんですよね」

 そこからしばらくあーだこーだ。
 きっと仕事の話なのだろう。
 通話終了のボタンを押して。
 んーと大きな伸びをする吉澤。

「泊まってくの?」

 カチャ。
 半開きだったリビングのドア。

 吉澤は驚きもせずに振り返る。

「今から帰れって?ひどくね?」

 ご飯作って、風呂も入れといたし、サービスしたじゃんよ。

「サービスっていうか………よっちゃんがサービス良かったら何か怖い」
68 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:29
「それがひどいってんだよ」

 リビングの入口。
 石川は何故か入ってこようとしない。

「梨華ちゃん?」

「あーうん」

 少しだけ躊躇って。
 石川はリビング。
 テーブルを挟んでソファーに座る吉澤の向かい。
 フローリングにペタンと腰を下ろす。

「そっち、冷えるんじゃない?」

「お風呂上がりで暖いから」

 んーと吉澤は頭をガシガシと掻く。

 そのまま立ち上がって。
 きょとんと座り込んで吉澤を見上げる石川の後ろ。

 同じように座り込むと、ぎゅっと石川を抱きしめた。

「…………よ、よっすぃ?」

「体、やっぱ冷えてんじゃん。ちゃんとあったまらなかったろ」

「いや、そーゆーことじゃなくて………」

 腕の中で身じろぎする石川の耳元。

「あーだから、このままで聞いてよ。こっちも結構恥ずい」

 恥ずかしいならこんな体制とることないのに、など。
69 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:30
 色々ツッコミたいところはあったが。
 とりあえず、石川は黙る。

 後ろからの暖かい温もり。

「あれからさ、考えたんだ、いろいろ」

「………このままの関係でいたいんでしょ?」

「ってかさ。梨華ちゃんのいうこのままの関係って何?」

 すっと石川の手のひら。
 吉澤の手が包み込む。

「吉澤的にはですね」

 広島のコンサート。
 石川の不在。
 感じた、石川の存在感。
 不在による不安感。
 いつもいるべき人がいない、居心地の悪さ。

「先輩、ファンの前で大事にします宣言したわけですよ」

 昨年の一緒の仕事。

「ほっとけない存在って言ったじゃん」

 梨華ちゃんをよろしくっていっぱい言われて。
 その後のコメント取り。

『みんな任せて、梨華ちゃんを』
70 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:30
 そりゃ、仕事だし。
 全面には出せないし。

『末永くね』

 そんな風に思えるのは、この腕の中のコイツだけ。

「好かれてるなってすげーわかってるし」

 いつだって、まっすぐに感情をぶつけてきて。
 怒ったり、泣いたり。
 いつだって直球勝負。

 傷つくときも。

 もっと、うまく立ち回ればいいのに、とか。

 そんなふうに感じたりも、するけど。

 それがいいとこだ、なんて。

 そんな風に思ってるのは完璧にはまってる証拠だったりするかもしれない。

「アタシなりに気持ち、伝えてきたんだけど」

 伝わってなかったり、する?

 少しだけ、不安げな声に。
 石川は振り向こうとして。

「ちょ、待った。まだ。まだ駄目。すげー恥ずい。もーちょっと待って。話聞いて」

 後ろから抱きしめられていると。
 背中から感じる、吉澤の心臓の音。
71 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:31
 凄く、早い。

「梨華ちゃんのいう関係って、要するにさ、その……エッチしたいってこと?」

 …………そりゃ、恥ずかしいわ。

 思わず。
 石川は妙にこの体制に納得したりする。

 究極に照れ屋でぶっきらぼうで、石川とは違う意味で細かいのに、変なところおおざっぱで。
 そして。
 繊細な、人。

 悩ませたいわけではなかったけれど。

 今の関係が心地よくて。
 そのままでいいじゃないか、と。
 何度も思った。

 言葉が足りないところがあったけれど。
 ここ数年。
 一緒の仕事が増えるにつれ。

 視線で。
 言葉で。

 大切に思ってる。

 伝えてくれた。

 それ以上を求めてしまうのは、自分のワガママなんじゃないだろうか、と。

 不安に思っていた。

「…………このままじゃ駄目なのかって凄く考えた」
72 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:32
 一歩を踏み出せば。
 もう、戻れない。

 お互いに、信頼し合って。
 今のままで。

「私は………よっすぃに………触れたいの。…………変な意味で」

 この体制に石川は感謝する。

 そして吉澤の気持ちが少しだけ、わかったりする。
 こんなの、絶対顔見てなんて、言えない。

 そう思ってたというのに。

「ちょ、よっすぃ………」

 真顔。
 珍しく……と言っては失礼か。

 そのまま。
 目線を合わせて。

「……好きだよ」

「…………え?」

「え?ってひどくね?一応、ちゃんとした答えのつもりなんだけど」

「一応って何よ?」

 可愛げのない返答。

 少しだけ、むっとした吉澤の表情。
73 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:32
 ただし、それも一瞬で。

「え……ちょ、泣かないでよ」

 石川の、溢れる涙に。
 一瞬で、陥落、吉澤。

「…………だって。馬鹿。馬鹿。馬鹿よっすぃ」

 何なのよ、今更。

 吉澤の胸。
 顔をうずめて石川は呟く。

 包まれる吉澤の匂い。
 何よりも落ち着ける場所。

「…………付き合ってくれるって思っていいの?」

「…………傍にいてよ」

 色々考えた。
 その末にあったのは。

 石川が他の誰かのものになるのは、嫌だ。

 そんな子供じみた独占欲。

「アタシのもんになってよ」

 他の誰にも、触らせたくない。

 吉澤はぐっと石川を抱きしめる腕に力を込める。
 首筋。
 顔を埋める。
74 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:33
 風呂上がりのいい匂い。

「アタシさ、結構めんどくせぇよ?それでもいいなら、さ」

「知ってる」

 おや?

 泣いたカラスがもう笑った。

 いつの間にか向き合う体制。
 吉澤の膝の間。
 楽な体制になろうと石川がもぞもぞと身体を動かす。

「適度な距離感がないとダメで」

 うんうん。
 吉澤は大きく頷く。

「それにしては寂しがりやで。構ってもらえないと拗ねちゃうし」

 吉澤の腕の中。
 見上げてくる視線。

「人見知りの甘えんぼ」

「………………」

「もう、そこで拗ねないでよ」

 すっと。
 かすめるように。
 唇が触れ合う。

「…………何だよ」
75 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:33
「したくなったから」

 不敵に笑う石川に。
 吉澤はしょうがないな、と。

 コツン。

 おデコ同士を合わせる。

「んじゃ、ま、お手柔らかによろしく」

「……何よそれ」

 小さく石川が笑う。

 吉澤が一番好きな、顔。

 照れくさそうな、もう、しょうがないな、なんて。

 今にもそんな風に言いそうな。

「ま、んじゃ話も終わったことだし、アタシ、風呂入ってくるわ」

 急にすっと石川から視線を外し。

 吉澤は石川の身体から腕を外す。

 …………この雰囲気で、こういうこと言う人だってわかってるけどさ………。

「……………明日の朝でいいんじゃん?」

 そっと。
 石川は吉澤の腕を掴む。

 強すぎず、弱すぎず。
76 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:34
「一緒に寝てくれるんでしょ?」

 少しだけ戸惑ったように石川を見る吉澤の瞳。
 石川のセリフの真意を測っているような。

「大丈夫、今日は襲わないから」

「…………今日はって……」

「んーー、明日も早いしさ。最近、睡眠不足だったんだよね。誰かさんがもったいぶるから」

 色々とツッコミたいところは満載な石川のセリフ。

「アタシのせい?」

「他に誰がいるのよ」

 小悪魔的な微笑みに。

 吉澤は天井を見上げて。

「しょうがねぇなぁ」

 ひょい。
 石川の手を握り。
 一緒に立ち上がる。

 吉澤もここ最近。
 あまりゆっくり眠れてなかったのも事実で。

「明日、6時に迎えに来るって言ってたからさ」

「大丈夫、5時に起こすわよ」

「…寝込み襲うのは……」

「そんなに襲って欲しいの?」
77 名前:きっかけ 投稿日:2012/03/24(土) 15:35
 石川に、少しだけ、呆れたような視線を向けられて、吉澤は小さく笑う。

「襲いたいくせに」

「あー、そんなこと言っちゃうんだ」

 むっと尖らされた唇。

「ぜってー大事にするから」

 軽く。
 触れ合うだけの、キス。

 合間に囁かれた言葉。

 こんな風に。
 ずっと過ごしていければいい。

 そんな風に。
 二人が、変化した日、だった――――――。

END
78 名前:つかさ 投稿日:2012/03/24(土) 15:41
>>63 名無飼育さん
こうなっちゃいました(笑)
基本、目指せ甘甘、です。

>>64 名無飼育さん
ドキドキ・・・ワクワクをひっぱるのもいいかな、とも思ったんですが。
自分の文章力ではこれが限界で。

>>65 名無飼育さん
目指せ毎日更新、ってことで(笑)
まぁ、短編は短編なんで、そんなにひっぱるのもどうかなぁって感じで。

>>66 名無飼育さん
とりあえず、完結です。

ENDマークの位置、失敗した(苦笑)

ん〜、ってことで、まぁ。
自分書くのってこんな感じですが。
楽しんでいただければ幸いです。

今日の更新は以上です。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/25(日) 01:30
よかった!もう一度最初から読んでさらにまた感動!

でその後はどうなるの?
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/25(日) 08:14
良いラストでした!ほっこりしました。
しかし楽しみが終わってしまったのは残念です。
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/25(日) 09:50
お疲れさまでした。すごく良かったです!
でも続きが気になるなあ。。。
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/25(日) 23:47
リアルの2人になぞらえてすごくドキドキしました。
ラストなんでしょうけど正直、この2人の続きが気になりますw
更新ありがとうございました!
83 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:24
 喉の乾きとだるさで目が覚めた。

 ……………。

 何時の間に寝たのか。

 それすらあまり記憶がなくて。

 身体を起こすのも億劫で。

 それでも、無理やり起き上がる。

 べっとりとした身体。
 不快さが募る。

 髪の毛をかきあげようとして。
 おでこに貼られた冷えピタに気づく。

 ……………。

 隣の部屋から漏れる明かり。

 吉澤はドアを開ける。

「あ、起きた?」

 ちらっと時計に眼をやると、深夜1時を指していて。

「………何してんの?」

 少しだけ、掠れた声。

「お粥、作ってた。食べれそう?」

 あ、それより前に、これ飲んでね。
 手際よく渡されるペットボトルは吉澤の好きなスポーツ飲料水の銘柄。

「………食欲ねぇ………」
84 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:25
 とりあえず、口に含み。
 急激に喉の乾きを覚える。
 ごくごくごく。

「とりあえず、ちょっとだけでもいいから食べなよ。あ、その前に着替え用意してるから」

 汗で不快なのも了解済み。
 手渡された新しいジャージは洗濯石鹸の香り。

「………うぃ」

 今日はたまたま夕方で仕事が終わりで。

『飯でも一緒に食おうよ』

『アタシ、今日遅いよ?』

『いーよ、何か作って待ってるからさ』

 朝にしたメールのやりとりを思い出す。
 調子が悪いはずじゃなかったけれど。
 仕事が終わって、何だかものすごく怠くて。

 主はいないけれど、勝手知ったる他人の家。

 とりあえず、着替えるだけ着替えて。
 そのままベッドに倒れ込んだんだった。

「ちゃんと汗、拭くんだよ?」

 バスルームの外から聞こえてきた声に、吉澤はふっと我にかえる。

「聞いてんの?」
85 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:26
「………おーー」

「まさかシャワー浴びようなんて考えてないでしょうね?」

「まさか」

 苦笑いを浮かべて。
 汗で濡れたTシャツを脱ぎ捨てる。

――――――――――――――

 着替え終わって、バスルームから出ると。

 茶碗に控えめによそわれたお粥。

「ほら、とりあえず食べる。それから薬ね。どうせ何も食べてないし、薬も飲んでないんでしょ?」

「よくわかったね」

 着替えただけで、少しは気分が良くなった気がした。
 少しだけ、笑みも溢れる。
 そんな吉澤を見て、少し安心したように。

「食べれるだけでいいから。ね?」

「………うん。ありがと、梨華ちゃん」

 何とかお粥を茶碗一杯分完食して。

 吉澤は再びベッドに横たわる。

 …………新しい、シーツの感触。

「…………え?」

「汗でびしょびしょだったから。こっちの方がいいでしょ?」
86 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:26
 そっと額を撫でられて。
 吉澤は眼を閉じる。

「………怒らないの?」

 いつもなら。
 体調管理も仕事のうち。

 そんな風に、言われるのが常で。

「………一番悔しいの、よっすぃでしょ」

 優しい、手のひらに。
 吉澤はぐっと唇を噛み締めた。

「大丈夫、傍にいてるから。ね?」

 でも、梨華ちゃん、明日早いのに。

 薬のせいか。
 襲ってくる、睡魔。

 ありがと、が言えたのか。
 それとも、心配かけてごめんね、が先だったのか。

 吉澤が寝息を立て始めるのはあっというまだった。

――――――――――――――

「さて、と」

 薬が少しは効いたのか。
 先程までとは違う、穏やかな寝息を確認して。

 石川はベッドの脇から立ち上がる。
87 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:27
 そろそろやばそうな気は、していた。

 立て続けの仕事は、嬉しいけれど。
 慣れない環境で、慣れない人たちの中。

 人一倍、気を使う吉澤は。
 今までも、よくこんなことがあった。

『行っていい?』

 そんな風なメールを送ってくるときは。
 吉澤なりのSOS。

 寂しがりやの、気使い。

「あ、冷えピタ忘れてた」

 そっと額に手をやると。
 普段より、まだまだ熱い。

 何となく、嫌な予感がして。

『ご飯でも作って待ってるよ』

 メールに返信しても、返事はなく。
 何度かコールしても、全て留守電で。

「んーーーー」

 壁にかかった時計は、2時をさしている。

「寝なきゃ、なんだけどな」

 明日、というかもう、今日になるが、6時にはマンションに迎えが来る石川。
88 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:27
 ただ。

「洗濯、しとかなきゃ」

 当然というか、意外というか。
 気使い200%なこの人は。

 きっと、起きて。

 自分の情けなさに、へこんでしまう、そんな人だから。

 それより先に、石川に迷惑をかけた、とか。

 そんなことを気に病んでしまう人だから。

「あー、後、洗い物、洗い物」

 明日は昼からでいいんだよね。

 自分のスケジュールより、吉澤のスケジュールの方が、把握してたり、する。

「えーと、マネージャーにも連絡しとこう」

 それは、勿論吉澤のマネージャーの方で。

「……早く良くなってね」

 シーツも洗って、乾燥させて。

 穏やかに眠る吉澤の傍ら。
 ちゃんと冷えピタを吉澤の額に貼るのが最優先。

 明日の自分の仕事は。

「ま、移動多いから大丈夫でしょ」
89 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:28
 ………意外と大雑把な石川なのだった。

――――――――――――――

 聞きなれた、目覚ましの音に。
 吉澤は、ベッドの中。
 大きく伸びをする。

 …………ん?

 少しだけ、違和感。

 あー、そっか。
 梨華ちゃん、今日早いって…………。

「うわっ!!」

 慌てて、飛び起きる。

 額に貼られていたもう、用済みになってしまっている冷えピタが、落ちる。

 寝倒したせいか、少しだけ軽い、身体と。

「うわ、やっちゃったよーーー」

 石川への申し訳なさ。

「……こんなはずじゃなかったんだけどな……」

 ぽつり、とこぼれ落ちる言葉は本音で。

 枕元。
 ちゃんと充電中の携帯を手に取る。

『もうちょっとで終わるから』
90 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:28
『どーしたの?寝てる?』

『今、終わったよー』

 未読のメールは全部石川で。
 ついでに、着信3件。

「あーーーー」

 蘇る、昨夜の会話。

 少しだけ、ふらつく身体に、まだ残るダルさ。

「………」

 吉澤は立ち上がり、そのままリビングへ。

『どうせ、シャワー浴びたいだろうから、少し早めに目覚ましかけとくね。
 熱は下がってると思うけど、無理しちゃ駄目だよ?

 後、お粥、お鍋に入ってるから、あっためて食べて出かけること』

 メモと一緒に置かれている風邪薬。

 吉澤はガシガシと頭を掻く。

 自分のスケジュールより、頭に入っている石川のスケジュール。
 しばらく、すれ違いが続く。

「あーーー、ったく」

 何でこんな時に熱でるかな。

 不意に。
 優しい、手のひらを思い出す。

 うーーーー。
91 名前:風邪ひき 投稿日:2012/03/26(月) 20:29
 とりあえず、ガスレンジ。
 2,3日不在の家主。
 腐ったらどうすんだよ。
 お粥を温めなおしながら開けた冷蔵庫には、吉澤の好きなスポーツ飲料水に、りんご。

「りんごって冷蔵庫に入れるもんかぁ?」

 ぼやきながら、何だか、笑みが溢れるのはしょうがない。

 乾燥機に突っ込まれっぱなしのシーツと、吉澤が着ていたジャージ。

 とりあえず。

 送るメールは。

『愛してるよ』

 それだけでいいかなぁ。
92 名前:つかさ 投稿日:2012/03/26(月) 20:37
>>79 名無飼育さん
>>でその後はどうなるの?
・・・・どうなるんでしょう(汗)
ってか、まぁ、いちゃいちゃらぶらぶの現在に至る、と(笑)

>>80  名無飼育さん
>>良いラストでした!ほっこりしました。
ありがとうございます。
あんま痛いの書くの苦手なんで、そう言ってもらえると嬉しいです。

>>81  名無飼育さん
>>でも続きが気になるなあ。。。
続き・・・・あるような、ないような(苦笑)
あんまり何も考えてなかったんですが。

>>82  名無飼育さん
>>ラストなんでしょうけど正直、この2人の続きが気になりますw
ん〜〜。もうちょっと待っていただけるなら、善処したいなぁ、とは思います。
ただ、予定は未定ってことで、とりあえず、すいません(汗)

とりあえず、今、書きかけのが一個あるんですが、まだ完成してないんで。
ちょっと更新期間開きます、すいません(ぺこり)

こんな感じで短編あげていければなぁ、と思っています。
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/26(月) 23:48
キュンとしました。この関係がうらやましいです。
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/27(火) 15:18
新作キテルーー!!!
最高です!!!
95 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:37
 ん?

 ポケットに入れた携帯が、震える感触。

『今日、これる?』

 簡単な、一文。

 吉澤はふっと笑みを浮かべた。

『何?アタシに会いたくてしょうがないって?』

『誰もそんなこと書いてないじゃん』

『んーーどうしてもって言うなら行ってあげてもいい』

 上から目線過ぎたかな?

 しばらくの間。
 手の中。
 携帯の動きが、止まる。

 ごめん。

 あーー、別に怒らせたかったわけではなくて。

 そんな風に。
 いつからか、弱くなった吉澤の、立場。

 変わった、気持ち。

 打ち込んで。
 送信、する前に。

 先に、携帯が、震えた。

『もー。どうしても、会いたいから、来て』
96 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:37
 …………………。

「吉澤ぁ?どーした?」

「すいません、急用できたんで。帰りますっ!!」

 はい?

 仕事先。
 仕事は、終わった。

 打ち上げもかねて、ご飯でも。

 そんな雰囲気をぶち壊すのは百も承知だけれど。

 普段、こんなことしないんだから、たまには許して欲しい。

「ちょ、吉澤?」

 マネージャーの少し困った顔。

「埋め合わせは絶対するんで。とにかく、今日は駄目です、ごめんなさい」

 吉澤の言葉に、マネージャーは苦笑い。

「あー、すいませんね。ワガママで」

 周りに謝ってる言葉も右から左へスルーされる。

「んじゃ、すいません、失礼しますっ!!」

 挨拶は、はっきりと相手に聞こえるように。
 散々叩き込まれた教育は、今も健在で。

「あ、明日は」
97 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:38
「9時集合ですよね。それじゃ、また来週もよろしくお願いしますっ!!」

 マネージャーの声を途中で遮り。
 きっちりと部屋を出る前に、再度、挨拶。
 ぴしり、と頭を下げる吉澤に、もう引き止める声は聞こえなかった。

―――――――

「………きゃ」

「………きゃ、じゃねぇよ」

 メールをもらって、きっちり30分。

 吉澤は、石川のマンションのエントランスにいた。

「………どーしたの?」

「………それはこっちのセリフ」

「え?仕事じゃなかったっけ」

「終わった」

「え?もしかして終わって速攻で来てくれたの?」

「別に……ってか、とりあえず開けてよ」

 当たり前のように把握されてる自分のスケジュール。
 それが結構嬉しかったりする。

 合鍵は勿論持っているが。
 インターホン越しのやり取り。
 吉澤は嫌いじゃない。
98 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:38
「あ、ごめんね。すぐ開ける」

 カチャ。

 自動ドア。
 足を踏み入れながら、吉澤は少し、首を傾げる。

 何かあったと思ったのは勘違いだったのだろうか。

 普段の石川ならきっと送ってこないだろう、メールの内容に。
 何となく、居ても経ってもいられなくなったのは事実だが。

 石川の住むフロア。
 吉澤がエレベーターを降りるとともに、開かれる、石川の部屋のドア。

 そーゆーことをされるから、インターホンを鳴らして入る、その行為が嫌いになれないのかもしれない。

 迎え入れられてる、という安心感。

「うぃーーっす」

「だから、いい加減その言葉遣い………」

「いいじゃん、梨華ちゃんしかいないんだしさ」

 来慣れた石川の部屋。
 玄関先に一歩足を踏み入れると。

「お……いー匂い」

「うん。………よっすぃ、ご飯はまだだよね?」

「うん」

 玄関から廊下のさき。
 リビングには。
 家族が良く訪れるからだろうか。
 一人暮らしにしては大きい食卓。
99 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:39
「…………」

 食卓の上を見て。
 一瞬、吉澤は黙り込む。

「作りすぎちゃって。良かった、よっすぃ来てくれて」

 二人分でも多いだろう、というような分量のご飯。

 何か言うべきなんだろうか。
 ちらっと吉澤が石川を見ると。

 石川は少しだけ、苦笑い。

「ほら、よっすぃ、コート脱いで。かけとくから」

 ………これも、普段の石川の行動とは違う。

「んーーーー」

 思わず、生返事。

「………あのね。これでも、ちょっとは悪いと思ってるんだよ?」

 ちょっと?
 悪い?

 それで、吉澤は思い出す。

「………喧嘩してたんだっけ、そーいや」

「………あのね」

 バレンタイン。

 一緒に過ごしてくれると期待してた訳じゃない。
100 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:39
 お互い、仕事だってあるし、忙しい。
 時間が合わないことは、わかっていたはずで。

 それでも。

『何で柴ちゃんなんだよ?』

『ご飯食べにいっただけでしょ?』

『あてつけみたいに、ブログに書くことないんじゃない?こっちに先に一言あっても良かったんじゃない?』

『真琴に膝枕されて嬉しそうにしてたの誰だっけ?』

 電話での、ささいな口喧嘩。

 思い出して、吉澤は頭を掻く。

「………そんなの、気にすんなよ」

「…………そっから朝のメールも夜のメールも来なくなっちゃった」

 あ。

 吉澤は、黙り込む。
 忙しかった、というのは。
 きっと言い訳になってしまうんだろう。

 吉澤のコートをハンガーにかけに。
 隣室に行こうとした、石川の身体。
 咄嗟に吉澤は手を伸ばした。

「…………ごめん」

 逃れようと思えば、逃れれる腕の強さ。
 それでも。
 しばらく、石川は吉澤の腕の中、動かなくて。
101 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:40
 不安に思わせたんだろうなぁ。

 ぎゅっ。

 吉澤は石川を抱きしめる腕に力を入れる。

「悪かった」

「…………バカ」

 小さな声。

 少しだけ、震え始めた、石川の身体。

「………………泣くなよ」

 泣かれると、弱い。

 後ろから抱きしめたまま。
 吉澤は石川の耳元、囁く。

「好きだから。変わんないから。不安にさせちゃって、ごめん」

 ドリムス。の新曲発売や、その他いろいろな仕事。
 結構、石川と被っていることは、多くて。
 顔は合わせていた。

 石川は普段通りの態度だったから。

 気付かなかった。

「………楽屋で、眼も合わせてくれないし」

 嗚咽まじりの、声。

「え?」

「何か、避けられてるのかなぁ、とか」
102 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:40
 ぎゅっと。
 石川の前でクロスさせていた吉澤の腕。
 やっと、石川は強く、握る。

「話しかけても、そっけないし」

 吉澤の腕に、落ちる、水滴。

「………そんなに、怒らせちゃったかなって思って。謝ろうと思っても、そんなタイミングないし」

 あーーーー。

 心当たりは、ある。

 吉澤は少しだけ、中空を睨む。

「もしかして、嫌われたんじゃないかって」

 あーーーったくもう。

 くるっ。

 吉澤は石川を振り向かせ。
 噛み付くような、キス。

「…………え?」

「そんなの気にしてたなんて思ってなかった。ごめん」

 再度、今度は眼をちゃんと合わせて。

 吉澤は石川に謝る。

「妬いてたんだよ」

「……………え?」
103 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:41
 少しだけ、ムスっとしたような、吉澤の表情。

「新曲の衣装、すげー梨華ちゃんだけ、さ」

 胸元が強調された、衣装。
 これでもか、というくらい入ったスリット。

 目のやり場に困るというのは結構本音で。

「中澤さんとかに、何か、触られたりしてるし」

「………あれは………」

「梨華ちゃんが、悪いんじゃないってわかってても。メンバーだし、冗談なのもわかってるけど、アタシのもんでしょ?」

 吉澤は、石川の胸元に大事そうに抱えられた、自分のコートごと。
 石川を強く抱きしめた。

「梨華ちゃんは梨華ちゃんで、イジられて楽しそうにしてるし、何かムカついた」

 でも、大事なメンバー。
 それも、わかっている。

「……よっすぃ……」

「何か、アタシなんかいなくてもいーんじゃん、とか思ったりして」

 こつん。

 吉澤は石川の肩。
 頭を落とした。

「ヤキモチは梨華ちゃんの専売特許のはずなのにさぁ。それに、最近忙しくて、全然二人っきりにもなれないし」
104 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:42
 変に石川に近づくと。
 ついつい、視線は、露出された部分にいってしまうのも事実で。

「そんなときに限って生放送、とかさ」

 一応、吉澤なりに自粛、していたのだ。

「だから、梨華ちゃん悪くないし、泣くこともないし、避けてるの、気づかれてるなんて思ってもなかったから。
 不安にさせた。ごめん、悪かった」

 精一杯の、吉澤の謝罪。

 吉澤の腕の中。
 驚いたような表情を浮かべていた石川だったが。

 そっと吉澤の頭を、撫でた。

「ありがと」

 縮まった、距離。
 それは、決して付き合い始めたから、というわけでもなく。

 吉澤が。

 自分の気持ちを言葉にするようになってから、だった。

「あーーーもう。言うつもりじゃなかったのに」

 頭を撫でられる優しい感触に。

 やっと吉澤は頭をあげる。

「よっすぃがヤキモチ、なんてちょっと嬉しかった」

「気づかれないって思ってた」
105 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:42
 些細な、態度の変化。

「………好き、だから」

 そっと。
 今度は石川から。
 触れ合うだけの。
 柔らかい、キス。

「………メンバーは、許す。でも、舞台の共演者は絶対だめだかんな」

 少しだけ、拗ねた吉澤の口調。

 触れさせんなよ。
 隠された、言葉。

「まだ、先だよ?」

「駄目。心配」

 吉澤は、石川の手のコート。
 適当に放り出して。

「……ちょ………」

「演技でも、何か、ムカつくし。やだやだ」

 吉澤は、石川の首筋。
 ぺろり、と舐め上げる。

 独占欲、とか。
 嫉妬心、とか。

 お互いに、こんな仕事をしていれば。
 しょうがない、と頭ではわかっていても。
106 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:43
 仕事でも、恋愛絡み、とか嫌だし。
 いくらプロデューサーといえど。
 他の誰だって。
 演技だとわかってていても、剥き出しの肩に、手を置かれたときは。

 真剣にぶっ飛ばしたくなった。

『仕事だよ?』

 それだけは、いくら言われても譲らない。

 石川の、頑固な瞳。

 吉澤だって、それは勿論わかっている。

 だからこそ、押さえ込んだ、気持ち。

「責任、取ってよ」

 少しだけ、情けない吉澤の瞳に。

「当たり前でしょ」

 もう、石川の眼に、涙はない。

「惚れてるから」

 もう一度。
 お互いを感じるような、キスが。
 深いものに変わっていくのに時間はかからなかった。
107 名前:ハッピーナイト 投稿日:2012/03/31(土) 13:43
―――――――

 バレンタインからは、遅れていたが。
 石川から吉澤へ送られた、ペアのプレゼント。

 そして。

『こいつ、アタシのもんだから』

 そんな、二人のツーショット。
 見せびらかすように、上げられた、ブログ。

 ささいなすれ違いがあったとしても。
 お互いが、お互いを想う気持ちは変わらないーーーーー。

                                       END
108 名前:つかさ 投稿日:2012/03/31(土) 13:48
>>93  名無飼育さん
>>この関係がうらやましいです。
確かに。付き合ってようが、付き合ってなかろうが、お互いがお互いを信頼できる。
そんな雰囲気を醸し出す二人が、凄く良いと思うし、大好きです。


>>94 名無飼育さん
>>最高です!!!
ありがとうございます。

本気で、勢いだけで上げます(苦笑)
いや、あの吉澤さん発言で妄想しない方がおかしいだろ、と。
バレンタイン系統で、もっと別の奴書いてたんですが・・・・・見事にぶっ飛ばされました(笑)

妄想の斜め前を行く現実、万歳(笑)
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/31(土) 20:37
ウキャー!超スキです
バレンタインやツーショットネタでニヤニヤが止まりません
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/31(土) 21:05
なるほどそうゆうことだったのか
111 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/15(日) 12:32


 収録を終え。
 楽屋に戻ってきた中澤が眼にしたものは。

「だーかーらー、ごめんって」

「別に謝って欲しいわけじゃないもん」

「何、そんなにキレてんのよ?」

「怒ってないって言ってるでしょ?」

「それが怒ってるって言うんじゃん」

 楽屋の隅っこ。
 三々五々戻ってくるメンバーを気遣ってか、声のトーンは抑えられているものの。

「あれ、何やってんの?」

「んー痴話喧嘩」

 興味津々。
 にもかかわらず、とりあえず、自分の化粧前。
 片付けを始めている矢口が答える。

「………外でやればいいんやないの?」

「あー、よっすぃもそれ思ったみたいだけど」

「『触らないで!!』だって。梨華ちゃん」

「盤若みたいで怖かったです」

「………………へぇ………………」

 一人、遅れて帰ってきた中澤に。
 口々にメンバーが状況を教えてくれる。
112 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/15(日) 12:33
 9人用、として与えられた控え室はそれなりに広くて。

 各自、巻き込まれないようにと、石川と吉澤を遠巻きにして。
 メイク道具を引越しさせ。
 片付けをしながら………ん?

「んで、まこっちゃんは何であの二人の後ろでおろおろしとんや?」

「麻琴が食べていいって言ったプリンが梨華ちゃんのだったみたいだよ?」

 はぁ。
 あまりのくだらない理由に。
 中澤は一瞬、唖然とした表情を浮かべかけて。
 そのまま苦笑いを浮かべる。

「何かすごい有名店の奴だったらしいよ」

 メイク場所。
 中澤の隣の安倍が、笑う。

「麻琴は自分が入れてたプリンだと思ってたらしいんだけど。ところがよっすぃはどう見ても超高級店のプリンを食べちゃった、と」

 メンバーが多いと自然、多くなる冷蔵庫の中の私物。

「どのプリンか確認せずに『いいですよぉ』って麻琴言っちゃったもんだから。そっから梨華ちゃんに口聞いてもらってないんだ」

 片付けを終わらせたのか、矢口が口を挟んでくる。

「「アホだよねぇーー」」
113 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/15(日) 12:35
「「アホだよねぇーー」」

 異口同音で揃う声に。

「アンタらに言われたくないと思うで、あの二人も」

 ニシシと笑う安倍と矢口に中澤はツッコミを入れる。

「だから、謝ってるじゃん」

「だから、怒ってないって言ってるでしょ?もういい、私、帰る」

 どうも、楽屋の隅っこも佳境に入ってきたようで。

「もう、二人とも止めてくださいよーー」

 小川の声が哀れに響く。

「んじゃ、ゴメンね、裕ちゃん。矢口、今日は早く帰らなきゃなんだーー」

「アタシもこの後予定入ってて。後はよろしくっ」

「カオも帰ってご飯作るんだ」

「小春もこのあと用事あるんでーー」

 ドライなのか、本当に用事があるのか。
 後ろ髪をひかれるように残念そうに帰っていく人間、さっさとカバンを手にした人間………。
 ま、どちらにしろ、成り行きを面白がっているのは一目瞭然なメンバーたちであったーーーー。
114 名前:つかさ 投稿日:2012/04/15(日) 12:40
>>109 名無飼育さん
>バレンタインやツーショットネタでニヤニヤが止まりません
たった一言のラジオ発言がこう広がるとは・・・さすがいしよしw

>>110 名無飼育さん
>なるほどそうゆうことだったのか
石川さんからのプレゼントってのがまた・・・妄想力をかきたてましたw

さて、吉澤さん、誕生日おめでとうございます(遅)
いしよしだけじゃなくて、他のメンバーも好きなんです(笑)
今日の誕生日イベントでいしよしネタが出ることを願って。

今日の更新はここまで。
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/16(月) 00:06
メンバーにとっては日常茶飯事?
すっごく面白いです!
116 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:07


「なっちは帰らんくて良かったん?」

「ここで裕ちゃん一人残してくほど薄情じゃないよ、なっちは」

 それに予定もないし、面白そうだし。

 毒を吐いてても毒に聞こえないところが安倍の強みだなぁ、と。
 中澤は一瞬感心して。

「だから、ほっといてって言ってるでしょっ?!」

「こっちは、ほっとけねぇっつってんだろーが」

 大きな声になってるのが石川で。
 落ちついた声の分、迫力が増す吉澤に。

(………中澤さん、安倍さんーーーー)

 声にならない視線。

「「…………」」

 思わず、中澤は安倍と視線を交わす。

「どっちにする?」

「んーーーーんじゃ、なっちは梨華ちゃん預かっとく」

「んじゃ、アタシはよっさんな。あ、まこっちゃんも引き受けた」

「いいの?」

「どうせ梨華ちゃん、後輩の前だと愚痴も言えんやろ?」
117 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:07
 呆れた眼をしながら。
 それでも、中澤の眼は、優しい光をたたえている。

「了解」

 短い会話のアイコンタクト。
 ま、長年の付き合いがなせる技、ということで。

 中澤が先に立ち上がった。

「いーかげんにしときや、二人とも」

「「……………っ!!」」

 ぐっと睨まれるはずの中澤だが。
 勿論、体育会出身の二人。
 声をかけてきたのが中澤だとわかった瞬間。
 文句が出るはずの言葉は飲みこまれ。

 ……それでも雄弁に物語る、二人分の恨みがましい視線。

「別に、アタシはどーでもいいけど、そろそろ楽屋でなマズイやろ?ほら、準備しぃ」

 鶴の一声に近い、その毅然とした態度に。
 安倍は思わず、ふっと笑みを漏らす。

『ドリムス。にリーダーはいない』

 そんな風に言われているけれど。
 絶対的な存在感。
 安心感。

 中澤がいるからこその、空気感。

「あ、すいません、すぐ片付けますんでっ」
118 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:08
 わたわたと片付けを始める小川の傍ら。
 吉澤と石川の二人は無言だ。

 ちらっ。

 中澤からの視線。
 安倍は、肩をすくめてみせて。

「梨ー華ちゃん」

 意外と大雑把な性格。
 適当にぽんぽんとカバンの中にものを放り込んでいく石川に、安倍は近づく。

「…………ハイ」

 むすっとひそめられた眉の間のしわ。

 思わず、誰かさんと一緒だと思ったのは内緒で。

「ご飯、いこ?」

 安倍はにっこりと笑う。

「え……………あの」

「んーとね、今すぐよっちゃんと仲直りするのとなっちとご飯食べに行くの、どっち選ぶ?」

 ………妙な安倍の迫力。

 裏なっち炸裂やな。

 ちらっとその様子を伺いながら、中澤は笑いを噛み殺す。
 ドリムス。の裏番長。
 いいえて妙なその名称。
 本人はかなり嫌がっていたが。
 ま、あの調子なら大丈夫そうやな。
119 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:08
「よっさんもどっちにする?」

「……何がですか?」

「気になって聞いてたんやろ、どうせ」

 無言のポーカーフェイス。
 大雑把に見えてそうじゃない。
 ほぼ片付けが終わったカバンの中はきっちり整理されていて。

「んじゃ、とりあえず飲めて軽くご飯食べれるとこな」

「……だから」

「楽屋に喧嘩持ち込んだあんたらが悪い。ほら、行くで」

 何でこうなるんだ?
 確かに楽屋で喧嘩したのは悪かったかもしれないが。
 吉澤も、石川の態度に結構カチンときてしまったのは事実で。

「たまには憂さ晴らししてもえーやろ。ほら、まこっちゃんもおいで」

 ちらっ。
 中澤の肩越し。
 吉澤が石川を伺うと。

 ふいっ。

 露骨に逸らされた視線。

「…………そーですね、いきましょーか」

 いらっ。
 さすがにむかついた。

 ガタン。
120 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:09
 椅子を引いた音がやけに大きく響く。

 普段の吉澤らしくない、荒っぽい態度。

 乱暴にカバンを肩にかけ。
 吉澤は楽屋の出口に向かう。

「裕ちゃん、早く追いかけた方がいいんでないかい?」

「そやね。そっちも大変そうやけど、とりあえず、行くわ」

 安倍の横。
 先ほどとは明らかにテンションが違う、石川。

 中澤は大きく一つ頷くと。
 机の上に置いてあったカバンを手に取る。

「あのー中澤さん、アタシも行くんですか………??」

「……二人の喧嘩の原因作ったの、誰かわかってるやろうな?」

 鋭い中澤の眼力。

「ハイ、すみません…………」

 うなだれる小川の肩を中澤は軽く叩いた。

「まぁ、そんなへこまんでもいいって。………おもろくしたるから」

 ………??

 ニヤリ、と笑う中澤の顔を見て。
 小川は何となく、嫌な予感を覚え。

「あのー、安倍さん………」
121 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:09
「大丈夫だよ」

 こちらはこちらで安倍はにっこりとなっちスマイル。

「まこっちゃん、置いてくでーーーー」

 何だか激しく嫌な予感を覚えつつ。
 先輩、後輩がいるのがドリームモーニング娘。
 うん、部活のようなもの。
 そう思っていた小川だったが。
 ドリームモーニング娘。のこの二人だけは、云いつけに従っていると大変な目に合うということを体感することになる―――。

―――――――

 一方、楽屋に残された二人。

「んで、どーするさ?梨華ちゃん、何食べたい?」

 安倍はにこっと笑って石川の顔をのぞき込む。

「え?あの、安倍さん?」

「あれ?さっきのなっちの話、聞いてなかった?」

「いえ、聞いてましたけど………」

「よっちゃんと仲直りしなかったから、なっちとご飯。決定でしょ?」

 ………………えーと。

 にこにこと笑う安倍は特段、何も考えてなさそうだが。

 え?もしかして、私、二人で安倍さんとご飯???

 石川の頭の中は半ばパニック状態である。
122 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:10
 先程の、吉澤の態度に微妙にへこんでしまったのも吹っ飛び。

「え?え?」

「どうせあの三人もどっかで飲むんだろうからさぁ。あ、でもなっちたちはご飯ね」

 ほら、なっちも色々あったからさぁ。

 話す安倍のセリフも石川の耳を右から左へスルーされていく。
 いや、確かにこの前、ドリームモーニング娘。の裏イベントで二人っきりではあったが。
 そこでだいぶ話せたような気もしたけど。

 え?

 どうしてこうなってるの???

「ほら、そろそろ行かないとスタッフさん困っちゃうっしょー?カバン持った持った」

 もともと人を誘うのは苦手で。
 人付き合いもそんなに得意な方ではない石川。

「あー、梨華ちゃん、そういえば海外から戻ってきたばっかりだったよね。そしたらやっぱり和食がいい?」

「あ、ハイ………」

 何でこうなるの???

 安倍の質問に答えているものの。

 安倍のペースに巻き込まれ。
 行くとも行かないとも返事もしないうちに、石川の手にはカバンが握り締められ。
123 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/16(月) 21:11
「んじゃ、なっちおすすめの和食屋さんでいいかい?」

「あ、ハイ………」

 何でこうなるの?

 石川の疑問はもっともだが。

 裏なっち炸裂の安倍に、誰も勝てるはずが、ない―――。
124 名前:つかさ 投稿日:2012/04/16(月) 21:15
>>115 名無飼育さん
>メンバーにとっては日常茶飯事?
面白がりそうなメンツは揃ってますよねw

さすがに年度始め。
超忙しいです。

っつーことで今日の更新はここまで。
125 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/04/16(月) 22:35
ヤバい!
次はどう転ぶのでしょうか。楽しみです!
126 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/17(火) 00:05
ナチロベエ様!お手柔らかに。
127 名前:?1/4?3 投稿日:2012/04/17(火) 14:51
んお!
超〜面白くなりそうな予感!
期待してマース☆
128 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/17(火) 22:24


「だからね、吉澤は悪かったって謝ってるわけじゃないですかぁーーーー」

 そして中澤の方といえば。安倍の予想通りの居酒屋。
 まぁ、さすがに芸能人、ということもあり。
 隔離された、和室。

「何であそこまで怒るんだと思います?」

「何でやろなぁ。あんたも大変やなぁ。ほら、飲み」

 こぽこぽこぽ。

 次々と吉澤のグラスは空になり。
 次々と、注がれる、酒ーーーーーー。

「あのー、吉澤さん、飲みすぎじゃないですか………」

「これが飲まずにやってられるかっつーのっ!!」

 小川の言葉に威勢良くタンカを切る吉澤だが。
 そのロレツはすでに少し怪しくて。

「な、中澤さんーーーー」

「まぁまぁ。よっさんも飲みたい時はあるやろうしな。ほら、まこっちゃんはちゃんと食べや」

「は、はい……………」

 飲むときはあまり食べない吉澤。
 武道館に向けて、最近節制してると公言していた中澤。

 小川の前にどんどん運ばれる、料理ーーーーーー。
129 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/17(火) 22:24
「それでも、好きなんやろ?」

「………好きじゃなかったら、謝りませんよっ!! なのに梨華ちゃん…………」

 めったに見れない、というか。
 こーゆーシーンが貴重なのはわかっては、いるが。

「よ、吉澤さん…………」

「なぁ、真琴ー。アタシの何が悪いんだと思う?」

 いや、そんなのアタシに聞かれてもっ!!!

 困り顔の小川に、救いの手………なのだろうか。

「なぁなぁよっさん。ずっと聞いてみたかってんけどな。梨華ちゃんのどこがいいん?」

 中澤はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

「えーーーー?」

「やっぱ、身体?」

「なーに言ってんですか、それだけじゃないんですよぉーーーーー」

「吉澤さん、声、声大きいですってば」

「そうなんかぁ?まぁ、飲みや。ほら、グラス空いてるし」

 コポコポコポ。

 更に注がれる酒ーーーーー。

 おろおろしているのは小川一人。
130 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/17(火) 22:25
 歴戦練磨の元、リーダーに。
 最近、ことあるごとに酒癖が悪いと言われている男前な元、リーダー。
 小川一人で止めることは、やはり、不可能だったようだ。

―――――――

「…………………」

 私はいったいどうしてここにいるのだろう…………。

 安倍のお薦めの和食屋さんは。
 こじんまりとした、静かないい雰囲気で。

 普段なら、わーいと無邪気に喜ぶ石川だが。

 さすがに、慣れない先輩と二人っきり、というシュチュエーション。

「そんなに固くならなくてもいいんでないかい?」

 カッチーンと音がしそうなほど、緊張してしまっている石川に気づいて。
 安倍が苦笑いを浮かべている。

「え、いや、でも…………」

「いい加減、慣れるっしょ?」

 注文した料理。
 手際よく安倍が取り分け始めて。

「あ、あの、私がっ………」

「あー大丈夫大丈夫。今日はなっちが無理に誘ったみたいなもんだし。なっちに任せとく」
131 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/17(火) 22:27
 ………あれは無理に誘ったというより、強引に拉致られた気がするんですけど………。

 勿論、上下関係に厳しい体育会で育った石川にそんな言葉が言えるはずもなく。

「梨華ちゃん、もっとなっちにいっぱい言っていいんだよー?なっち裕ちゃんみたく怒んないよ?」

 怒らないから怖いんじゃないんです。

 そんなセリフも無論、石川の口からはこぼれない。

 そんな石川を見ながら安倍はうーんと、首を傾げて。

「そーいえば、梨華ちゃんとこうやって二人でご飯食べるのって初めてだね」

「そーですね」

「なっちも結構付き合い悪かった方だけど、梨華ちゃんもそーとーだって聞いたよ?」

「だ、誰からですか」

 ニシシ、と笑う安倍の笑顔を見て。

「…………何となく、わかる気がしますけど」

 ようやく、石川の顔に苦笑いが浮かぶ。

「最近、よっちゃんと一緒だったら、梨華ちゃんも来てくれるって喜んでたよー」

 否定できないところが、困るところで。
132 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/17(火) 22:27
「ほら、そこでへこまない。なっちそんなつもりで言ったんじゃないし。ほら、もっと食べる」

 食べなきゃセクシーになれないぞー。

 なんて。
 まるで、小川、久住に言うように。

 ニコニコと笑う安倍。

「セクシー隊長は矢口さんじゃないですか」

「んー?矢口は梨華ちゃんに譲ったって言ってたよ?」

「………そうなんですか?」

「うん、いつかどっかで」

「……安倍さん」

「可愛い冗談だよ……ほら、ねぇ、笑って」

 なんちゃって、と。

 いつになく、多弁な安倍を見て、ようやく石川も、気づく。
 あぁ。
 安倍さんも緊張してるんだ、と。

 メンバー同士で行くようになったご飯。
 吉澤と一緒だったら、石川が来る、と安倍が言ったのと同じように。
 安倍も、中澤と一緒なら、安心したように参加する。

「………安倍さん」

「ん?」

「ありがとうございます」
133 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/17(火) 22:28
へ?

 きょとん、とした顔を見て。

 やっと石川は素直に笑えた、気がした。
134 名前:つかさ 投稿日:2012/04/17(火) 22:32
>>125 名無し飼育さん
>次はどう転ぶのでしょうか。
こう転びました、そして次は結です、みたいな。


>>126 名無飼育さん
>ナチロベエ様!お手柔らかに。
やっぱり一番すごいのは・・・リーダーだったりw

>>127 ?1/4?3
>超〜面白くなりそうな予感!
あんまハードルあげないでください(汗)

ってことで。
明日は結で。
自分的には多い更新量になりそうなんで、今日はここまで。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/17(火) 22:53
どう結ばれるのか!?
明日も楽しみに待ってます!
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/18(水) 00:11
連日の更新お疲れ様です&ありがとうございます^^
次回も楽しみにしてます。
137 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/04/18(水) 00:19
思わずカミスンのいしよし劇場を思い出しましたw
最終話も楽しみに待ってます。
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/18(水) 07:40
更新ありがとうございます。
面白い!続きが気になります。
139 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:42


 一時はどうなることかと思われた、安倍と石川のご飯会も。
 和やかに、終わり。

 お礼を述べて。
 さて、帰ろうと足を踏み出したが。
 ニコニコ笑いながら、石川の後を付いてくる安倍………。

「あの……安倍さん?」

「送ってく」

「………ハイ?」

「ほら、帰る途中に何かあったら、なっち、心配じゃん?」

「安倍さんの方が危ない気がするんですけど………」

「なっちは大丈夫なのさ」

 その自信はどっから来るんですか……。

 あーだこーだと言いつつ。

 石川のマンションの近くの公園。

「えーい、うりゃっ!!」

「おーーーやったなーーーー」

「二人とも、やめてくださいよーーーー」

 騒がしい声が、聞こえる………。

 ふっと石川は足を止める。
 普段なら、足早に通り過ぎるところだが。
140 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:42
 …………聞き覚えのある声の気がするのは、気のせいだろうか………。

 ちらっと。
 傍ら。
 石川が安倍の方を伺うと。

 思いっきり逸らされた、視線。

「………………」

 そういえば。
 店を出る前。
 携帯をちょこちょこといじっていた、安倍。

 特に何も気にしてはいなかったが。

 いなかったがーーーーー。

「でも、あの二人、おっそいなぁーー」

「えーー?もうすぐ来るっつってなかったですかぁ?」

「だから、その格好で走り回らないでくださいよーーー」

 ………………。

 石川は、黙って、公園に足を向ける。

「………………」

 予想通り、というか何というか。
 
 見慣れた、顔ぶれ。

「ちょっと何してーーーーー」
141 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:43
 声を上げて。
 石川は思わずそのまま黙り込む。

「お、遅かったやん」

 ニコニコとご機嫌な先輩。
 とても疲れきった顔をしている後輩。

 そして。

「梨華ちゃん」

 ご機嫌な顔で石川のもとに走りよってくる同期ーーーーー吉澤。

 真っ直ぐ走れてないし。

 おぼつかない足取りの吉澤。
 ため息とともにさすがに、倒れそうな吉澤をほっておけず。
 慌てて、石川は吉澤の傍に駆け寄る。

「あのー、中澤さん?」

 何でこんなになるまで飲ませるんですか。

 そのセリフは。
 がばっと石川を抱きしめて。
 そのまま動きを止めた吉澤に遮られる形となったが。

「よっちゃん、また凄い格好だねぇ」

 のんびりとした安倍のセリフが、石川の思考回路を動かす。

「そーですよ」

 そう。
 思わず、足元おぼつかない吉澤の様子に気がいってしまったが。
142 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:43
 吉澤の格好。

 先ほど別れた時とは異なり。

 一体どこで買ったんだ?

 ピンクのフリフリのワンピース。
 とても似合ってるとは思えない………いや、本人が好んで着るとは思えないその格好。

「…………梨華ちゃん」

 耳元。

 がし。

 石川にしがみつくように立っていた吉澤が。
 言葉を発す。

「…………何?」

「…………喜んでくれないの?」

 ……………。

 はい?

 一瞬、石川の思考回路はフリーズする。

「梨華ちゃんが喜ぶって聞いたのに」

 酔っ払い特有の潤んだ瞳。

 可愛い…………じゃなくて。

「…………中澤さん?んで、麻琴っ!!何やってんのよ?」

 ぱしゃぱしゃと。
143 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:44
 デジカメでないことがまだ救いか。
 携帯のカメラで石川に抱きつく吉澤を激写しているのは、小川。

「え。いや、中澤さんが………」

「………中澤さん?」

 石川は何となく、激しく嫌な予感を覚えつつ、中澤を見ると。

 うんうん。

 満足そうな、中澤の表情。

「裕ちゃん、これ、どーゆーことだい?」

 状況が飲み込めないのはきっと、石川と一緒にいた安倍も同じなのだろう。

 ただ、その声音は。
 非常に呆れ返ってるように聞こえるのは石川の気のせいか。

「梨華ちゃんのプリンを食べたのはよっさんやろ?なら、梨華ちゃんによっさんっつーデザートをプレゼントやっ!!」

「「………………………」」

 無言は二人分。

 無邪気な拍手がそこに響く。

「ナイスアイデアですよねぇーー」

「………麻琴っ!!!」

 石川の拳がふるふると握り締められる。

「ほら、こんなんもちゃんとあるねんで」

 中澤が取り出したのは…………最近、中澤のお気に入りのタブレット。
144 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:44
 ちょいちょいちょい、と中澤が慣れた様子でそれを操作すると。

『梨華ちゃんの可愛いところはねぇーーー』

 大音量で流れてくる声と内容に、石川の顔は真っ赤になる。

『えーーやっぱ、全部ですよ、全部』

「………中澤さんっ!!!」

「ん?大丈夫、ちゃんとメールで送ったる」

「………音声ってメールで送れた?」

 安倍の最もな質問。

「んー?大丈夫、圭ちゃんに教えてもらう」

「ちょっと待ってくださいっ!!」

『えー、だって一個ってむつかしいじゃないですか、やっぱ』

 とりあえず。
 このとてつもなく恥ずかしい音声を何とかしてくれ、というのは。
 非常にごく当然の要求のはずだが。

『すぐ怒るところ?いやー吉澤的にはわかりやすくていいなーと』

 石川は、抱きついて離れてくれない吉澤をまさか放り出すわけにもいかず。
 どうやって録音したんだ?と言いたくなるほど。
 吉澤の声だけがはっきりと、人気のない公園に響く。

『えーーーー?ベッドの中?そんなとこまで聞くんですかぁ?』
145 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:45
 ちょっと待て。
 石川がさすがに吉澤の腕を振りほどこうと動くが。

「まぁ、こんな感じで延々とノロケが続くねんけどな」

 さすがにこれ以上はなぁーー。

 なんて。
 にこやかな中澤。

「…………三人で何話してるんだか」

 安倍が、呆れたように中澤と小川を見る。

「え、でもアタシちゃんとドン○でナース服とセーラー服は止めましたよ?」

 小川のセリフに。

 ドン○で買ったんだ、この服………。

 石川は思わず頭痛を感じて、こめかみを押さえる。

「………梨華ちゃん?」

 耳元。
 囁かれる声。
 聞きなれた声は、いつもは安心するものだけれど。

「あのね、よっすぃ」

「………何で、ひとみちゃんって呼んでくれないの?まだ、怒ってる?」

 情けなさそうに寄っている吉澤の、眉。

 それはそれでいいのだが。

「あ、あのね…………」
146 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:45

「よっさん、二人っきりのときは『ひとみちゃん』って呼んで欲しいらしいなぁ」

「吉澤さん、意外と甘えたなんですねぇ」

 石川の拳が。
 再びふるふると震える。

 それを見たのか見てなかったのか。

 ゴツン、と。
 音がしそうなほど。

 中澤の頭と、小川の頭。

 げんこつを降らせたのは。

「「…………」」

「また二人を喧嘩させたいわけじゃないっしょ?まったく」

 苦笑いを浮かべながら。
 決して眼は笑っていない、安倍。

「あーーーー」

「いや、あの」

 意味不明な二人の言い訳の前に。
 ぴしり、と安倍は二人に言う。

「なっちに謝るより、ちゃんと梨華ちゃんに謝ること。じゃなきゃ、しばらく口きかないからね?」

 効果てきめん。

「「ごめんなさいっ!!」」
147 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:46
 深々と。
 二人。
 頭を下げられて。

 思わず石川は中空を見つめる。

 えーと、私はどうすれば良いのでしょうか。

 さすが、ドリムス。の裏番長と言ったらいいのか、何なのか。

「梨華ちゃん、ごめんね。裕ちゃん、すぐ悪乗りしちゃうからさ」

 ぴょこん、と。
 安倍にまで頭を下げられて。

「いや、そんなことないです、元はといえば………」

 そうだ。
 元はといえば。

「…………よっすぃ?」

 まさか、寝ちゃったなんてことはないよね?

 石川を抱きしめたまま。
 ぴくりとも動かない吉澤。

 石川からその表情は伺うことはできなくて。

「…………んーーーー」

 どうやら、起きてはいるようだが。

 そして。
148 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:46
「ごめんね」

 今、それを耳元で言うのは反則じゃないだろうか。

 怒るに怒れない。

 石川は吉澤の背中。
 軽く叩く。

「…………怒ってない?」

「………もう、いいよ。だから、ね?」

 いい加減、離して?

 先輩と後輩の目の前。
 さすがに。
 完全にシラフの石川には羞恥心というものがあるのだが。

「ん」

 石川の身体。
 回っていた吉澤の手が離れる。

 少しだけ残念な気持ちも入り交じりながら。

 石川はほっと息をつくが。

 え?

 再び、近づいてくる、吉澤の顔に。

「ちょ、よ、よっすぃ………」

 さしたる抵抗もなく。
 重なった、唇。
149 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:47
「……………ん」

 思わず、漏れた、自分の声に。
 石川は我に返る。

 そして。
 二人っきりじゃない、というのは。

「よっさん。そーゆーのは外でやったらあかんやろ………」

 ぼそっと聞こえてきた声。

「んーーでも、やっぱり二人、お似合いですよね」

「でもピンクの衣装は似合ってないねぇ。それより裕ちゃん、飲ませすぎたんじゃないかい?」

「いやー、本人がガンガン飲むからつい」

「ついじゃないさぁ。写真、撮られたらまずいんじゃないの?」

「なっちもあったもんなぁ」

「なっちの話はいいのっ!!!」

「まぁあの二人やったら何とでも言い訳できるやろ?」

「あの、アタシ、記念撮影しときます?」

「お、それいいな」

 そして、何とも能天気なやり取り。

「よっすぃ、もう駄目っ!!」

 こんな外野の声が聞こえてきて。
 集中できるはずがない、というか。
 そもそも人前でやるなよ、というか。
150 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:47
 石川は吉澤を押しのけるように。
 肩を押す。

「ーーーーーーー」

 不満そうな吉澤の瞳。

「だから、ここ外だから、ね?」

 必死な石川の訴え。

「外じゃなかったらええんかな?」

「石川さん、たまに大胆だから」

「大胆でもやっぱり外は控えるっしょ?」

「なっちも控えなあかんで?」

「だから、もうその話は………」

 とりあえず。
 どう収拾をつければいのか。

 石川の頭はパニック状態に陥る。

「まぁ、とりあえず、楽屋で喧嘩したらあかんでってことや」

 はい?

 いきなりの中澤の言葉。
 石川の頭はついていかないが。

「あーそうだったね、確か」

「あ、石川さん、機嫌は治りました?」
151 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:48
 ………………。

 え、と、あの。

 何も言えず。
 とりあえず、吉澤はまだ石川の身体に腕を回したままで。

「まぁ、あんまり頑張り過ぎたらあかんで」

「明日もあるしね」

「まぁ、明日は昼からやから」

「あの、とりあえず、石川さんへのプレゼントなんで、ちゃんと連れて帰ってあげてください」

 最後に、石川に向かって言われた小川のセリフ。
 プレゼントという言葉。
 石川の視界に入る吉澤が着ているピンクのワンピース。

 …………いったい私にどうしろと。

「まぁ、そういうことで」

 まったく反応を返せない石川に。
 中澤はニヤリ、と笑う。

「明日は仲良く出勤してくるねんでーー」

「あ、もしかしてよっすぃ、明日は梨華ちゃんの服で出勤かい?」

「えーー、シラフで吉澤さんが石川さんの服、着るはずないですよ」

「まぁ、それもそうか」

「どうせ、吉澤さんの替えの服なんて山ほど石川さんの部屋にはあるでしょうし」
152 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:49
 ふむふむ。
 三人三様に、それぞれ納得した模様で。

「「「んじゃ、また明日ーーー」」」

「タクシー捕まるかな?」

「え、もうそんな時間か?」

「もう十二時まわってますよぉ」

「やばいやん」

 もうちょっと声、抑えた方がいいんじゃないだろうか、と思うくらいに。
 騒々しい三人の声が離れていき。

 とりあえず。
 非常な脱力感。

 いったい何がどうなったのか。

 ただ。
 ピンクのフリフリのワンピース姿の吉澤がいる、ということは事実で。

 そういえば、着ていた吉澤の服はどこにいったんだろう?

 そんな風に石川が思ったのはまた後の話。

―――――――
 
 そして、次の日。
 メンバーの元に各々送り付けられた、吉澤のピンクのフリフリのワンピース姿の写真と。
 二人のラブシーンの写真。
153 名前:楽屋の日常 ―ドリムス。の場合― 投稿日:2012/04/18(水) 20:49
 散々メンバーにからかわれた二人は。
 もう、楽屋で絶対に喧嘩はしない、と。
 固く心に誓ったのだったーーーーーーー。

                                           END
154 名前:つかさ 投稿日:2012/04/18(水) 20:57
>>135 名無飼育さん
>どう結ばれるのか!?
いやー、なかなかオチつけるのが難しくて^^;;

>>136 名無飼育さん
>次回も楽しみにしてます。
期待に応えることができたかはわかりませんが。
書いてる自分は楽しかったです(笑)

>>137 名無し飼育さん
>思わずカミスンのいしよし劇場を思い出しましたw
カミスンは最後の手繋ぎにやられましたねぇw

>>138 名無飼育さん
>面白い!続きが気になります。
楽しんでもらえれば幸いです^^

ってことで、吉澤さん誕生日記念といいつつ。
石川さんと吉澤さんの絡みが少ないな・・・とゆーことで。
おまけ編を考えていますが、まだ完成してません^^;;
ってことで、週末くらいには何とか。

そっちはいちゃいちゃ甘甘でいきたいなぁーー。
予定は未定w

今日の更新はここまで。
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/18(水) 21:27
おもしろかったーーーーー
156 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/18(水) 23:42
いや面白かったです
ていうか、中澤さんひどいw
シラフに戻った時のよっすぃの反応が楽しみです
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/19(木) 00:04
甘えたさん.....最高です!
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/19(木) 02:34
酔った吉澤さんがかわいすぎる
作者様の描くいしよしが素敵で大好きです
159 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:17
おまけ

「まーーったく。どうしてこんなになるまで飲むかなぁ」

 石川の部屋。
 ソファーにはマグロ状態の吉澤が倒れ込んでいる。

「ほら、お水。飲める?」

「んーーーー」

 思っていたよりは、比較的しっかりした手つき。
 身体を起こして吉澤がグラスを受け取ってくれたことに少しだけ、石川は安心する。

 グラスの半分以上を一気に飲み干した吉澤。

「まだ、飲む?」

「んーー」

 グラスを片手に。
 吉澤は空いたソファーのスペースをぽんぽん、と叩く。

 無言で石川がそこに腰掛けると。

 こつん。

 肩にあずけられた、頭の重み。

「…………お酒臭い」

「……………知ってる」

 そっと。
 石川が隣。
 吉澤の表情を伺うと。
160 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:18
 気持ちよさそうに。
 安心しきった表情。

 もう、飲む気はなさそうな、吉澤の手のグラスをテーブルの上に移すことは忘れずに。
 黙って。
 石川はそっと、吉澤の頭。
 髪の毛にそっと手を通す。

 安倍は。
 似合ってない、なんて失礼なことを言っていたが。

 黙っていれば。
 吉澤のピンクのフリフリのワンピース。

 そんなに似合わないこともないと思う。

 華奢な、肩。
 いつだって大雑把なふりして、強がって。

『大丈夫、大丈夫』

 なんて言いながら。
 誰よりも、繊細な心を持っている。

 石川よりもディズニーなど、キャラクター物だって好きで。
 妙なところ、ロマンチストで。
 あまり、人に頼らずに。
 全部自分で抱え込もうとする。

「私はそのままのひとみちゃんが好きだよ」

 石川にとって大事な存在。

 たった一人の、かけがえのない、存在ーーーーー。

 石川はそっと吉澤の頭にキスをする。
161 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:18
「少しは頼りにしてくれてる?」

 寝入ってしまったのか。
 ぴくりとも動かない吉澤からは。
 規則正しい、呼吸音。

「ごめんね。ホントはそんなに怒るようなことじゃないってわかってたんだけど」

 石川から溢れる、ため息。

 こんなとき。
 自分が、嫌になる。

 確かに、一瞬、腹がたったのは事実だけれど。
 名前も書かずに冷蔵庫に入れていた自分も悪い。
 そう、思ったはずなのに。

 引っ込みがつかなくなったというか。

「私の方がお姉さんのはずなんだけどなぁ」

 柔らかい、髪。
 石川は何度も吉澤の髪の毛。
 そっと撫でる。

「……………」

 大好き。

 そう囁くかわりに。
 もう一度、石川は吉澤の頭にキスを落とし。
 立ち上がろうとした。

 …………が。

 がしっと掴まれた、腕。
162 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:18
「…………え?」

「なーにへこんでんのよ」

 意外としっかりとした、吉澤の声。

「…………」

「うーーー、飲まされた」

 吉澤は、右腕。
 石川の腕をしっかりホールドしたまま。

 先ほど、石川が置いたテーブルの上のグラスを手に取る。

 そのまま。
 残りの水を一気に飲み干し。

 どさ。
 ソファーの背もたれに豪快に背をあずけ。

 天井を見上げる。

「………起きてたんだ」

 少しだけ、バツの悪い気持ち。

 石川は、そっと吉澤に向き直り。
 掴まれた腕をそっと外す。

 今度は吉澤もそれに素直に従い。
 そのまま、石川の目線。
 まっすぐに見つめてくる。

「……………何よ?」
163 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:19
 沈黙に耐え切れなかったのは、石川の方だったが。

「何か不安にさせた?」

 ふわり。
 優しく、抱き寄せられて。
 その腕の中。

 石川は大きく息を吐く。

 久しぶりの、感覚。

「…………お酒臭い」

「………知ってるって。だから、話そらすなよ」

 こつん。

 石川は吉澤の肩口。
 頭をあてる。

「ごめんね」

「………謝って欲しいわけじゃなくて」

 少し。
 ためらう吉澤に。
 石川はこっそり。
 吉澤の肩口。
 苦笑する。

「ってか、自分の格好わかってる?」

 まぁ。
 普通の。
 ツッコミのつもりだった石川のセリフ。
164 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:19
 しばらくの沈黙。

 そして。

「……………何、この服?」

「……………覚えてないの?」

「…………梨華ちゃんの服…………じゃないよねぇ」

「当たり前でしょ?」

 妙に落ち着いている、吉澤の声。
 と思ったら。

「え?何で?何でアタシこんな服着てるの?」

「私に聞かないでよ…………」

 先程の、中澤のセリフ。

『梨華ちゃんのプリンを食べたのはよっさんやろ?なら、梨華ちゃんによっさんっつーデザートをプレゼントやっ!!』

 とてもじゃないが、本人に伝えれるはずもなく。

 石川は軽くため息をつくが。

「アタシの着てた服………」

 眼の前にいる、情けない表情の吉澤。

「知らないわよ、そんなの………」

 そういえば。
 今日の服は。
 おニューなんだーと、石川のところに見せびらかせに来てたっけ。
165 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:20
「もう。えっと、ひとみちゃんの鞄は、と」

 今度こそ、ソファーから立ち上がり。
 石川は玄関先。
 とりあえず、適当に放り出した吉澤のカバンを手にとり。

「ほら。中に入ってるんじゃない?」

 吉澤に手渡す。

「ん」

 綺麗に整理された鞄の一番上。
 ドン○の袋。

 ………………。

 確かに。
 中には吉澤が、今日着ていた服。

 そして。

 カード???

「何それ?」

「え?わかんない」

 とりあえず、そのカードを開いて黙読していた吉澤だったが。
 急に吉澤の顔が真っ赤になる。

「ちょ、トイレ貸してっ!!」

 はい?

 カードと。
 着ていた服が入った袋を抱え。
 立ち上がった吉澤。
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 12:20
 …………ホントにトイレに行きたいわけじゃないよね?

 首を傾げた石川のとった行動は素早かった。

「ちょーーーっと待って」

 ぐい。
 まだ、酔いは完全に醒めていないのか。
 あっさりと吉澤はソファーに逆戻り。

 そして。
 石川も再び、吉澤の隣に座って。

「それ、見せて?」

 返事も聞かず、吉澤の手の中の、カードを取り上げる。

『Dear梨華ちゃん』

 書き出しの文章。
 宛名を見て。

「何、私宛じゃん。何で…………」

 と言いかけて、石川の言葉が止まる。

『よっさんの格好気にいってくれた?
 デザートっつーからには外だけじゃないでーーーー
 ちゃんと、中も梨華ちゃん好みのやらしーのに変えといたから、感想聞かせてなーーーー 中澤 裕子』

『りっちゃん、親分も結構女の子なんですねーー
 やっぱりりっちゃんは中もピンクが好みですかぁ?
 あ、ちゃんとどの下着にするかは親分、自分でノリノリで選んでましたよーーーー 小川 麻琴』

 …………………。
167 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:21
 石川が文字を理解するのに、数秒かかった。

 そして。

「………………ひとみちゃん?」

 その呼び方に。
 ものすごく吉澤は嫌な予感を覚える。

「あのさ、梨華ちゃん…………」

 吉澤に向けられた極上の石川の笑顔。

「アタシ、着替えてきたいなぁ、なんて…………」

「うん、いいよ」

 そんな言葉とは裏腹に。

 トサ。

 そのまま。

 ソファーに押し倒される吉澤。

「え?あの、さ」

「大丈夫。私が着替えさせてあ・げ・る」

 いや、ちょっと待て。
 だいぶ待て。

 ソファーに押し倒された吉澤。
 必死になって思考回路をフル回転させるが。

「ねぇ、ひとみちゃん?」
168 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:21
 眼の前。
 にっこりと笑っているはずの石川だが。
 眼は至って真剣で。
 笑っていない、というか。

 ………怖い。

「あの二人に着替えさせられたとか、言わないよね?」

 ……………はい?

 吉澤の頭にクエスチョンマークが飛び。

 そして。
 石川の眼力。
 なんだか、今日の昼ともまた違い。
 マジ怒りしてそうな、声音。

「え???いや、そんなの」

 覚えてるはずねーじゃんよ、とは。
 とても言えるはずもない雰囲気。

「もしかして、あの二人に見せたの?ひとみちゃんの身体」

 えーーーーーと。

 石川には申し訳ないが。
 完全に、飛んでいる吉澤の記憶。

「え、いや、あの、その」

 コンサートとか、色々着替えとかはみんなでしてるじゃん。

 そんな言葉もきっと石川には火に油を注ぐ返答になることは間違いなく。
 しどろもどろになる吉澤の返答。
169 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:22
「まぁ、どっちでもいいけど」

 ひとみちゃんが誰のモノかって。
 わからせてあげる。

 そんなセリフが聞こえたような聞こえなかったような。

 石川からにしては珍しい、荒っぽい。
 貪るような口づけ。

 何でこーなってんだ?

 最初こそ。
 頭の中でそう思った吉澤が。
 快楽の海に溺れていくのにそう時間はかからなかったーーーーー。

―――――――

「あーーーー」

 不意に、眼が、覚めた。
 暗がり。
 いや。
 朝方なのか、窓の外は少しだけ明るい。

「うーーーー」

 とりあえず。
 隣。
 くーくーと気持ちよさそうな、寝顔。

 とりあえず、水飲も、水。

 そっと。
 吉澤は隣、眠る石川を起こさないようにベッドから下りて。
170 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:22
 薄明かりの中でも、電気をつける必要もない。
 吉澤の動きはなめらかで。
 ベッドルーム。
 椅子にかけられているシャツを無造作に羽織る。

 素足にフローリングの床が少しだけ、冷たく感じる。

「ったく。少しは手加減してよね………」

 腰に残る、怠さ。

 自業自得と言ってしまえばそれまでなのだろうが。

 吉澤は冷蔵庫。
 常備されているミネラルウォーター。
 ラッパ飲みする。

「シャワーでも浴びるかなぁ………」

 普段。
 朝に強いのは石川の方だったりするが。
 妙に、冴えている頭。

 昨夜の酒のせいか、頭痛が残るのはご愛嬌ってことで。

『好き。好きなの』

 不意に、思い出される、声。

 うーーーーん。

 吉澤はがしがしと頭を掻いて。

 ベッドルームへと足を戻す。
171 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:22
 寝てればそのままシャワーを浴びるつもりだったけれど。

「…………ひとみちゃん?」

 掛けられた、声。

「アタシ以外の誰がいるっつーの?」

 手にしたままだったペットボトル。
 ベッド脇。
 サイドボードに置いて。

「どした?」

 まだ、布団にくるまったまま。
 石川を布団ごと、吉澤は抱きしめる。

 負けず嫌いで、頑固で。
 一度こうと決めたらテコでも動かない。
 それでも、昔よりは少しは丸くなったか。

 黙って立ってりゃ、そりゃ、選り取りみどりになるだろう、顔の造作。
 年齢とともにますます、増す色気。

 それでも。

 そんなものに惚れたわけじゃない。

 ……………いや、ないよりはあったほうがいいけれど、勿論。

 何事にも全力投球。
 真っ向勝負。
 それは、人に対してでも一緒で。

 自分とは真逆のタイプだと、思っていた。
172 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:23
 吉澤はそっと、石川の髪の毛を撫でる。

 腕の中には石川。

 石川の匂い。

 安心する、匂い。

「私のいないとこで、あんまり飲まないでよ」

 少しだけ、拗ねた声に。
 吉澤は苦笑いを浮かべる。

「梨華ちゃんが、怒るからじゃん」

「そこで私のせいにする?だいたいもとはといえば…………」

「麻琴じゃん?」

「なんでよ、確認しないひとみちゃんも………」

 喧嘩を繰り返したいわけでもなくて。
 単に、軽口の叩き合い。

 雰囲気で、わかる。

 まだ何か言いたそうな石川の唇。
 吉澤は、そっと塞ぐ。

「昨日の夜、サービスしたじゃんよ。ね?」

 これで終わりにしませんか?

 ふっと。
 石川の肩の力が抜ける。
173 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:23
「もー。私の扱い方、うますぎ」

「なんせ、愛があるからね」

 石川は布団の中から腕をだして。

 抱きしめられている腕。
 そっと撫でる。

 それが、妙に色っぽく見えて。
 吉澤は思わず。 
 つばを飲む。

 自分では、淡白な方だと思っていた。
 というか。
 自分の中の熱いところ。
 見せるのは何故か、かっこ悪いような気もして。

 それを変えたのは、この腕の中。

 絶対に仲良くなれないんじゃないだろうか、と昔は思った。

「……………梨華ちゃん」

 声が、掠れたのが、わかる。

「ん?」

 見上げてくる視線。
 
 あー、もう、たまんね。

 ゆっくりと吉澤は石川に覆い被さろうとして。

「あ、でも、次に私いないところであんなに酔っ払ったら、次はもう、手加減しないよ?」
174 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:23
 …………ん?

 ぴたっと吉澤は動きを止める。

 手加減しないって…………昨日のは、手加減してくれたつもりですか、おねーさん?

「着替えたことも覚えてないなんて、酔っ払いすぎ」

 軽くおでこを叩かれる。

「絶対今日、からかわれるよぉ?」

 そう言いながら、スルリ、と吉澤の腕の中から抜け出す石川。

 あー、続きは無理そうだな、と思いながら。

 どうもひっかかるのは。

「ひとみちゃん、先にシャワー浴びる?」

「あ、うん」

 石川の問いかけに無意識に答えていて。

 そのままバスルームに向かった吉澤。

 そして。

「……………………りーかーちゃーん……………」

 ぎりぎりのところとはいえ。
 身体中の紅いマーク。

 怠さの残る、腰。

『次は手加減しないからね?』
175 名前:おまけ 投稿日:2012/04/30(月) 12:24
 有言実行。

 猪突猛進。

 欲しいモノには貪欲に。

 ………………………もう絶対に、石川のいないところで深酒はしないと吉澤は心に誓ったのだったーーーーーー。

                                                 END
176 名前:つかさ 投稿日:2012/04/30(月) 12:30
>>155 名無飼育さん
>おもしろかったーーーーー
ありがとうございます。

>>156 名無飼育さん
>シラフに戻った時のよっすぃの反応が楽しみです
その一言でおまけ編が妙に長くなりました(笑)

>>157  名無飼育さん
>甘えたさん.....最高です!
あんまり甘えたな吉澤さんを書いた気はなかったんですが・・・
読み返してみてなるほど、と思いました(笑)

>>158 名無飼育さん
>作者様の描くいしよしが素敵で大好きです
素直に嬉しいです。

さて、妙に長くなってしまったおまけ編・・・・書いてて、おや?みたいなw

とりあえず、何とか終わってくれて良かった。
次はまぁ、また何か妄想ネタができたときにでも。

ちょい、仕事忙しすぎて、書く暇ないんで、期間はあくかもしれません(ぺこり)
アブチョイベントも行かなあかんし(笑)
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/01(火) 00:14
いしよし相思相愛これにかぎる!
178 名前:目をとじて、ぎゅっとして 投稿日:2012/05/03(木) 22:02
 仕事は仕事。

 ずっとそう思ってきた。

 それなのに。

「ひとみちゃん、もう反則だよ、あれは」

「んーーー?」

 生返事をしながら、ニヤニヤ顔。

「あんな顔、されたらさ…………」

「プロデューサーさんも褒めてくれてたじゃん」

「そーだけど」

 ひょい。
 吉澤は、テーブルの上。
 グラスを手に取る。

「いーじゃん、アタシだって、結構どっこいどっこいだったと思うよ?」

 ほら、乾杯、だなんて。
 そんな風に言われて。

 石川も机の上。
 グラスを手に取る。

「何か………でも、ホント存在が反則だよ」

 少しだけ、恨めしげな石川の視線。

 吉澤のニヤケが大きくなる。

 石川のあんな表情。
 本当は誰にも見せたくなかったというのが結構本音だったりするけど。

「アタシの知ってる梨華ちゃんをちょっとだけ、みんなにおすそわけ」
179 名前:目をとじて、ぎゅっとして 投稿日:2012/05/03(木) 22:03
「何よ、それーーーー」

 カチン。

 お互いのグラスがいい音を立てて。

 吉澤は至極上機嫌にそれを飲み干す。

「いい出来になったって。アタシもそう思うし」

 久しぶりの、二人っきりの仕事。

 そりゃー、嬉しくもなるし。

 石川に負けず劣らず。
 吉澤の石川に向ける視線も。
 甘かった、と自負するくらいの出来ではある。

「………ばれたらどーするのよ?」

 少しだけ、伏せられた石川の、眼。

「別にばれたって構わないって」

 そっと。
 吉澤は石川の手を取る。

「アタシ、結構あの時、真剣に歌ってたんだよ」

 石川に届けばいいと思いながら。

 自分とは違う。
 一回り小さな、手。

『絶対幸せにするから』

 そんな風に言った夜。

『一緒に幸せになろ?』
180 名前:目をとじて、ぎゅっとして 投稿日:2012/05/03(木) 22:03
 そんな風に。
 吉澤の肩に入った力をわかっているかのように。

『私だけがよっすぃーに幸せにしてもらうのなんて、嫌だかんね。私も、よっすぃーを幸せにしたいから』

 その時に触れられた手の温もり。
 吉澤は、一生忘れないだろう、と思う。

『………なら、さ。二人のときは、違う名前で呼んでよ』

 きょとん、とした石川の表情。
 それも、一生忘れないだろう、と思う。

『ひとみちゃん』

 そんな風に呼ばれたい、と思ったのも。
 そんな風に呼ばせたい、と思ったのも。

「ばれたら、堂々と交際宣言、すればいいじゃん。アタシは構わないよ」

「私だって……!!」

 きっと。
 真っ直ぐに見つめられて。
 吉澤は、破顔する。

「アタシはさ、いつだって、梨華ちゃんのお父さんに殴られる覚悟はできてるから」

「そんなこと………させないもん」

 ぎゅっと握りしめられた、手。

 そっと握り返して。

 あーーー抱きしめたいなぁ、なんて。

 思ったら即実行。
181 名前:目をとじて、ぎゅっとして 投稿日:2012/05/03(木) 22:04
「ちょ………こぼれるじゃない」

「いーよ、後で拭くから」

「そーゆー問題じゃ……もう」

 しょうがないな、なんて。
 少しだけ、お姉さんぶった表情。

 嫌いじゃない。

 寧ろ、安心する。

「好き、だから………」

 耳元でそっと。
 囁かれた石川の声。
 吉澤はぎゅっと。
 石川を抱きしめる腕に力を込める。

 ポンポンと。
 宥めるように吉澤の頭を撫でて。
 石川はそっと微苦笑を浮かべる。

 仕事だから、なんて。

 それは言い訳にしかすぎなくて。

 ずっと、見てきた。

 ずっと、好きだった。

 石川を見る吉澤の瞳。

 仕事だから、なんて。
 そんな言い訳、すっ飛ばして。

 撮影なのがわかっていても。
182 名前:目をとじて、ぎゅっとして 投稿日:2012/05/03(木) 22:05
『好き』

 そんな風に言いたくなる、気持ち。

「私だって、あんな風に笑うひとみちゃん、見せたくなかったよ?」

 甘えるように。
 石川の胸。
 顔をうずめて動かない吉澤。

 さっきとは逆で今度は石川が吉澤を抱きしめる。

『梨華ちゃん』

 甘えるのが下手で。
 自分を出すのが苦手で。
 それを隠すのが上手で。

 それでも。

 ずっと、見てきた。

 だから、わかった。

 照れ隠しの憎まれ口。
 照れ隠しのそっけない仕草。

 傷つかなかったかと言われれば、嘘になる時もあったけれど。

「私、今、凄く幸せだよ」

 だから、顔を上げて。

 自信たっぷりな顔で。
 笑っていて欲しい。

「ねぇ、ひとみちゃん」

 吉澤が石川の胸にうずめていた顔を上げる。
183 名前:目をとじて、ぎゅっとして 投稿日:2012/05/03(木) 22:05
「ずっと、ぎゅっとしててね」

 ふわっと。
 石川の一番好きな、吉澤の笑顔。

 これだけは。
 誰にも見せない。

「「かわいい」」

 揃う、二人の声。

 頼られるのでも。
 頼るのでもなく。

 一緒に歩いていこう。

 一緒に歩いていこうと思える。
 そんな人に、出会えた。

 だから。
 そんな風に幸せな二人だから。

 ちょっとだけ、幸せ気分をMVでお裾わけ。

『みんな、いしよし好きでしょ?』

 誕生日ライブで、堂々とファンにそう聞いた吉澤
 勿論、その時に、MVが出来上がっていたことは言うまでも、ないーーーーー。

                                      END
184 名前:つかさ 投稿日:2012/05/03(木) 22:07
>>177 名無飼育さん
>いしよし相思相愛これにかぎる!
いや〜もう。相思相愛すぎてwww

予定にはなかった短編アップ。
やられました。
本当に、もう。
いしよし最強です(笑)
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/03(木) 22:54
リアルタイムでリアルストーリー最高
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/04(金) 01:00
うわぉ、書こうと思ってたら先越されたっw
でも悔しさよりも嬉しさのほうが断然勝るニヤニヤぶりです。
いつも更新楽しみにしてます。忙しそうですが、無理なさらず頑張って下さい。
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/04(金) 01:02
鼻血が止まらんがな!
これからも予定外の予想外の更新お願いしますよ!
188 名前:つかさ 投稿日:2012/09/10(月) 06:51
テスト
189 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 06:54
 久々の三人仕事。
 現場につき、打ち合わせもひと段落。
 控え室でのんびりまったり過ごしていた保田のところに。

「けーちゃん」

 語尾にハートマークがつきそうな、そんな声。

 ん?

 保田が振り向くと。

 にこやかな笑顔と。
 控え室。
 奥のテーブル。
 どっかと腰掛けている様子はいつも通りに見えるけれど。
 少しだけ、憮然とした、表情?
 吉澤の顔が見える。
190 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 06:56
「………何よ?」

「お願いがあるんですぅ」

 わざとなのか、天然なのか。
 長い付き合いで、どうやら天然らしい、とはわかっているが。
 少しだけ語尾が伸びる、特徴のある、甘ったるい声。

「…………ものによるわね」

「えーーーーー」

「だから、何よ?」

 私にそんな声出したって効かないってわかってるでしょーに。

 軽く保田が石川の頭をこづくと。

 笑う石川と。
 奥のテーブルの吉澤の表情が微妙に先ほどとは違う、不機嫌顔。
191 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 06:57
 …………ったく。

 誰もあんたのに手なんて出さないっつーの。

 保田が自分を気にしているのがわかったのか。
 むっとした表情を消し。
 そっぽを向く吉澤に。

「あのねぇ…………」

「遊園地、行きません?」

 はい?

 慣れてるとはいえ。
 さすがに唐突すぎるセリフ。

 きょとん、とする保田に。
 石川が畳み掛ける。

「時間、あるって」

「別に遊園地じゃなくてもいいじゃん」

 奥からすかさず飛んでくる、声。
192 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 06:58
「だって、こんな機会、めったにないんですよ?」

 奥からの声を完全に無視して。
 石川はあくまでも、にこやかで。

「よっすぃーも保田さんがいいって言うなら行くって」

 …………これは、私にどう答えろと言うんだ?
 思案顔の保田を無視して。

「だって、よっすぃー、いつも一緒に行ってくれないじゃん」

「梨華ちゃんだって、知ってるでしょ?アタシ、苦手なんだって」

「わかってるわよ。でも、ディズニーは行けたじゃん」

「ディズニーは別だから。それも言ったはずだけど?」

「だから、よっすぃー乗らなくていいよ。私と保田さんで乗るから」

「…………じゃ、アタシ行かなくてもいー…………」
193 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 06:59
「何でそーゆーこと言う訳?」

 …………あのーーーー。

 これはいわゆる。

 痴話喧嘩って奴ですか?

 いつの間にか。
 考え中の、黙り込む保田をまったく無視して、始まる二人のやり取り。

「どうせ、乗り物乗れないアタシのことからかうつもりなんでしょ?」

「違うもん、だって、ひとみちゃん、最近かっこつけたとこしか私に見せてくれないじゃん」

「…………何よそれ」

「私はひとみちゃんの全部が知りたいのっ!!」

「見せてるじゃんっ!!」

「違うもんっ!!」

「何がよ?」

「カッコ悪くても私はひとみちゃんが好きなのっ!!」
194 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 07:01
 …………とりあえず。
 保田は控え室内。
 スタッフがいないことを確認して。
 大きくため息をつく。

「ABCHOの時だって、駄目だって…………」

「あんな東京ドームのファンがウロウロしてるとこで行けるわけないでしょーがっ」

「次は絶対だよって言ったら『そーだね』って言ったっ!!」

「そんなの…………」

「私はひとみちゃんと遊園地に行きたいのっ!!」

 …………アタシはどーでも良いのね…………。

 いつの間にか、保田は完全放置で。
 楽屋奥。
 一応、声のトーンは抑えてはいるようだが。

 だが。
195 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 07:03
「アンタら、いい加減に……………………」

「ぜってー乗らないよ?」

「うん」

「絶対に絶対だよ?」

「いいもん。よっすぃーと一緒に遊園地行ければそれで」

「ったく、しょうがねぇなぁ」

「だから、よっすぃ、好き」

 いつの間にか、吉澤の瞳は穏やかで。
 ちゃっかり石川は吉澤の手、なんて握ったりしていて。
 楽屋奥。
 甘い雰囲気になりそうな感じ。

 石川の吉澤への呼びかけも。
 『ひとみちゃん』から『よっすぃ』に戻っている。

「あのさ……………………」

 何とか体制を立て直し。
 二人に声をかけようとする保田に。
196 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 07:04
 くるっと二人が保田の方を振り向く。

「「けーちゃん」」

「………………………………」

「「遊園地、行こう?」」

 えーと、あの。

『よっすぃーも保田さんがいいって言うなら行くって』

 先ほどそんなセリフをおっしゃったのは何処の誰だったでしょうか。

 あぁ、バカップル、バカップル。

 保田は肩を落とし。
 盛大なため息をついた。
197 名前:つかさ 投稿日:2012/09/10(月) 07:08
お久しぶりです。

あっという間の九月……二人の暴走っぷりにやられました(笑)

短編ですが、ちょっとプロクシかけてないのに規制入ってPCから
更新できません(⌒-⌒; )

携帯からのUPになるので、続きは晩か明日の朝にでもm(_ _)m
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/10(月) 11:18
おもしろいです!続き楽しみに待ってます。
199 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:14
――――――――――――――

「アンタたちさぁ、いっつもあぁなわけ?」

 さすがに先程の保田への放置プレイっぷりがひどかったかと反省しているのか。
 保田の横を歩く石川に、保田はそっと話しかける。

 昨年。
 一緒にツアーを回ったとはいえ。
 メンバー一同、薄々感じていなかったとは嘘になるが。
 比較的、メンバーの前では二人とも素っ気無かったような気がする。

「え?何がですか?」

 頭上には青空が広がり。

『私だけだったら、何か天気、いつも悪いんですよねぇ』

『アタシもそーだよ。でも、二人一緒なら、何かわかんないけど天気、良いんだよねぇ』

『不思議だよね』
200 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:15
 周りにスタッフもいる状況。
 思わず、二人の愛のパワーだよね、なんてことを言い出さないかヒヤヒヤした保田の心配など気にする風もなく。
 二人とも、あっさりしたもので。

『ね、遊園地日和でしょ?』

『まぁ、ね』

 控え室でのやり取りなど微塵も感じさせない、雰囲気。
 ただ、まぁ。
 保田から見ると。
 目線のやりとりが、おーい、という感じでもあり。
 また、同様に。

 ……………アタシ、いるのアンタら忘れてない?

 微妙な距離を保ちながら。
 何かあったらお互いがすぐにお互いのもとへ駆け寄れる。
 そんな、距離。
 無意識なのか、どうなのか。
201 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:17
 手を洗った石川に。
 石川がハンカチを出そうとするまでもなく。

『ほら』

『あ、ありがと』

 すっと歩み寄る吉澤。

 何時の間に???

 保田の疑問はもっともだ。

 同様に。

『よっちゃん』

『お。サンキュ』

 ちょうど欲しかったんだ、も何もなく。
 当たり前のように。
 吉澤に石川から手渡されたペットボトル。

 思わず、保田がそれを凝視していると。

『私、さっき時間あったから』

『頼まれてたの?』

『ううん、そろそろ欲しいかなって』
202 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:19
 石川の答えは、保田の疑問を解決するものではなかったが。
 まぁ、とりあえず。

『……………アンタ、アタシの分は?』

 聞いてみると。

『……………え?……………えへへへ』

『笑って誤魔化すんじゃないわよ』

 いい加減、ツッコム気力もなく。
 何だかなぁ、と保田は肩をすくめたわけだが。

「けーちゃん、けーちゃんってば」

 ふと、気づけば。
 横から石川の呆れ顔。

「どっかいっちゃってたよ?」

「……………悪かったわね」

 何となく。
 それ以上答える気もなく。
 ふっと眼に入ってきたのは。
203 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:20
「あ、梨華ちゃん、あれ……………」

「ほい、どーぞ」

 遊園地の中のフードコート。
 かき氷の涼しげな旗が揺らめく中。

 保田の言葉が終わるまでもなく。

 ふっと差し出されたのは。

 後ろを歩いていたはずの吉澤の腕と。
 その手の中にある、かき氷。

「ん?二つ?」

 意外と体育会系の気遣いな吉澤は。
 当然のように、保田に先にかき氷を手渡し。
 石川も。
 保田がかき氷を受け取ったのを確認して、吉澤からかき氷を受け取る。

「あの、さ」

 ありがたいけど、よっすぃーは?

「よっちゃん、一個丸々食べれないんだよね」

「うるせぇ」

「拗ねないの。ほら」
204 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:21
 そのまま。
 石川はサクサクと、氷を崩し。

「美味しい?」

「うん」

 眼の前。
 さらっと。
 何事もないように。

 はい、あーんの光景を見せつけられ。

 保田は、かき氷片手に固まる。

「圭ちゃん?食べないの?あ、いちご、もしかして駄目だっけ?」

 固まる保田を見て、石川ははなはだ見当違いのセリフを言うが。

「そんなわけねーじゃん」

 石川の手から吉澤はスプーンを取り上げると。
 保田のかき氷。
 了承も得ずにぱくっと一口。
205 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:22
「食べないんなら、食っちゃうよ?」

 ニヤリ、と眼の前。
 笑う吉澤を見て保田はやっとフリーズ状態から解消される。

「一個丸々食べれないくせによく言うわよ」

 慌てて自分の持っているスプーンでガシガシと氷を崩す。

「もー、よっすぃ、私のスプーン返してよぉ」

「はいはい。ちょっと借りただけじゃんよ。あ、もう一口もーらい」

「あ、私まだ食べてないのにぃ」

 まさか。

 逆バージョン、はい、あーんがあったりするのか?

 再び。
 保田はスプーン片手に固まるが。
206 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:23
「ほら。こぼしちゃ駄目だよ?」

「わかってるわよ」

「えー、そう言っても、前、ほら、さ」

 吉澤が笑う。

「あ、けーちゃんにばらしちゃ駄目っ!!」

 今日の石川は白いワンピース。
 普段、プライベートの保田と二人の時にはあまり着てこない、スカート姿。

『よっちゃん、意外とヤキモチ焼きなんですよぉ』

 石川が幸せそうに笑っていたっけ。

「何だよ、別に何も言ってねぇじゃん」

「何か、言いそうだもん。よっすぃーが言うんだったら、私も言うからねっ」

「アタシ、何も言われるようなこと、してねぇもーん」
207 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:25
 きゃっきゃっきゃっきゃとじゃれあう二人。
 少し離れて二人を取り巻くスタッフの視線も、にこやかなもので。

 ……………とりあえず、アタシもかき氷、食べよう。

 九月とは言え、まだまだ残暑厳しい暑さ。
 保田の口の中に冷たい甘味が広がる…………………………。

「けーちゃん、よっすぃーが写真撮ってくれるって」

 いつの間にか横に来ていた石川の声と。

「え?」

 ポーズを付ける暇もなく。

 カシャ。

「よーしーざーわー」

「大丈夫、けーちゃん、ポーズつけなくても綺麗だから」
208 名前:あぁ、バカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:26
 ひゃっひゃっひゃっと。
 少し離れた位置。
 吉澤が笑っている。

 そんな吉澤に慣れているのか。

「けめちゃん、食べ終わったら、あれ、乗ろうよ」

 石川は自分もポーズをつけてないのは一緒だというのに。
 特に吉澤に文句を言うわけでもなく。

「それはいーけど、半分以上残ってるわよ?それ」

「いーの、よっすぃーが食べてくれるから」

「………………………………………」

 アンタ、まさかいつも残ったらよっすぃーに食べさせてるわけ?

 口にはしなかったが。

「しゃーねぇな」

 石川から、かき氷の器を受け取る吉澤の姿は自然なもので。
209 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:27
「あ、ちょっといーですか?」

 何か用事を思い出したのか。
 マネージャーに駆け寄る石川の後ろ姿を眺める視線は柔らかい。

「よっすぃーも大変ね」

「一個食べきれないのは一緒のくせに、ね」

 少々オーバーリアクション気味に吉澤は、肩をすくめてみせる。

「はいはい、ご馳走様」

「別にそんなんじゃねーし」

 ぱく。
 吉澤は石川の残りのかき氷を口にし。

「しっかし甘い」

 アンタたちほどじゃないんじゃない?

 勿論。
 保田の口からはそんなセリフはでなかったが。
210 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:28
 バイキングを乗り終わって。

「もー、隠し撮りしてって言ったのにぃ」

「アタシを隠し撮りしようなんて、百万年早い」

 どうやら。
 石川は、マネージャーに、吉澤がかき氷を食べているところの隠し撮りを頼んでいたみたいだが。
 吉澤の方が上手だったらしく。

「もー、でも、ちゃんと写メ送っといてくださいね」

 怒ってるようで怒ってない。

 至極上機嫌の石川と。
 してやったり、の吉澤に。

 こっそりと保田は心の中でつぶやく。

 あぁ、バカップル、バカップル。
211 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:29
――――――――――――――

「けめちゃん、先にブログアップするなんて、ひどいよーー」

 その日の晩。
 石川からかかってきた電話。

「何言ってんの。梨華ちゃんが遅いからでしょーー?」

「えーだってさ」

「ずっと悩んでんだよ。どの写真あげるかって」

 石川の後ろから急に、笑い混じりの吉澤の声が聞こえてきて。
 思わず保田は受話器を落としそうになる。

「…………………よっすぃー、一緒なんだ?」

「えー?あ、うん。ひめちゃんの相手したいからって、来てるよ」
212 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:30
「違うじゃん、梨華ちゃんが寂しいよぉっつーからだろぉ」

 少しだけ、甘えたような。
 普段と違う、吉澤の声を聞いた気がして。

「ほどほどにして、さっさと寝なさいよ」

「ほどほどって何よーー」

「あ、何かけーちゃん意味深ーー」

 騒ぐ声は無視して。
 通話終了。

 はぁーーーーー。

 保田は大きくため息をつく。

 昼間。

『だから、乗らないっつったじゃんよ』

『えーー、でもさぁ』
213 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:31
 よっぽど、石川にカッコ悪いところを見せたくないのか。
 絶叫系を頑なに拒否る吉澤と。
 楽しそうに、吉澤の袖を引く石川。

 吉澤も何だかんだ言いながら、楽しそうにしており。
 特に喧嘩をしそうな雰囲気でもなかったのだが。

『よっすぃー、ちょっとは男前なとこ見せといた方が梨華ちゃん、ぐっと来るかもよ?』

 こっそり吉澤に耳打ちした保田に悪気はなく。

『…………………これなら乗れそうかも』

 渋々吉澤が選んだ一応、絶叫系。
 水系なら大丈夫、と思ったのかどうなのか。

『あ、でも梨華ちゃんの隣はヤダ』

『何でよーー』
214 名前:あぁバカップル。バカップル 投稿日:2012/09/10(月) 19:31
 何だかんだと。
 一日、石川と吉澤に当てられっぱなしだった保田。

 ブログでくらい良いだろう、と。
 メリーゴーランド写真をアップしてみたはいいが。

 次の日。
 石川のブログを見て。

 何でアタシの名前が少ないんだろう、と思ったかどうかは。
 保田自身が知っている――――――――――――。

                                     END
215 名前:つかさ 投稿日:2012/09/10(月) 19:41
〉〉198 名無飼育さん おもしろいです!続き楽しみに待ってます。
楽しんでいただければ幸いです(^_^)

まぁ、色々と妄想力はかきたてられてはいたんですが。
もう、あの写真は……やばすぎでした(笑)

保田さん……セリフ少なくてごめんなさい……
あの二人が保田さんがしゃべろうとすると邪魔をするんです(笑)

っつ〜ことで、今日の更新はここまで。
次回更新は未定ですm(_ _)m
楽しんでいただければ、幸いです。
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/09/11(火) 01:17
ケメコさんがかわいい.....と思えてきました。
これからもいしよしをよろしくお願いします。
217 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:10
 カチャ。

 玄関のドアを開けて。

 ん?

 石川は首を傾げる。
 リビングから漏れてくる、光。

 今日、来るって言ってたっけ?

 合鍵は渡してある。

 ……勿論。
218 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:12
 いつ来ても構わない。
 そんな意味合いの、合鍵。

 ………なんだけれども。

 石川は、数瞬、玄関。
 少し、困った顔をして立ち尽くす。

 えーと。
 もしかしなくても、バレたりしたのかな?

 玄関。
 開いた音に気づいてないはずもないのだろうが。
 リビングからは、声は聞こえない。

 んー。

 さすがに。
 玄関。
 そのまま立ち尽くしているわけにもいかず。
219 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:12
 石川はノロノロと靴を脱ぐ。

「ただいまー」

 そっとリビングのドア。
 カチャっとあけると。

 ダンダンダン、と聞こえてくる、包丁を使う、音。

 あー、この音だったら、玄関入ってきたのわからなかったかな?

 石川はキッチン。

 視線を飛ばすと。

「………………………………」

 むすっとした視線とぶつかり。
220 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:13
「………………………………」

 そのまま笑顔を作ったまま、固まる。

 バレてる。

 これは、バレてる。

 そして。

 …………本気で怒ってる…………。

「あの…………」

「ご飯、まだだよね?」

「あ、…………うん」

「先、風呂でも入ってくれば?」

「あ…………うん、ありがと…………」
221 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:14
 パタン。
 シャワールームに入り。

 石川は、固まったままの頬をとりあえず、ぺちぺちと叩く。

 不機嫌極まりない、といったキッチンの吉澤の表情だった。

「……………………はぁーーーー」

 石川は深々とため息をつく。

 吉澤は。
 基本的に、あまり怒らない。
 石川ですら、本気で怒った吉澤を見たことは、数える程で。

「やっぱり、まずかったよねぇ…………」

 いや、言おうと思ったのだ。
222 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:15
 ダイビングの仕事。
 宮古島。
 一人仕事。

 きっと、吉澤はいろいろ教えてくれる。

 それはわかっていたけれど。

 だから、何回も話そうとした。

 何回も。
 でも。

 でも。

 でも。

「……………………はぁーーーーー」

 やっぱり溢れるのは、ため息。

「謝るしか、ないよねぇ」
223 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:16
 自分がされたときのことを考えたら、本当に嫌だから。

「よし」

 先ほどとは違う。
 気合い入れ。
 石川は頬をぺちぺちと叩いた。

――――――――――――――

「ごめんなさいっ」

 土下座でもせんばかりの勢い。
 キッチン。
 吉澤の顔を見る前に。
 石川はリビングに入ったと同時に。
 頭を下げた。
 
「………………………………とりあえず、悪いとは思ってんだ?」
224 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:18
 何か言ってくれるまで、頭はあげないぞ。
 そんな勢いにおされたのか。
 まぁ。

 下を向いたままの石川の視界に。
 ペタペタペタ。
 足音とともに。

 吉澤の足が映る。

「言えなかったの」

 石川の言葉に。
 ふぅーと、大きなため息で吉澤は答える。

「だから黙ってたって?」

 数日前、事務所でのやりとり。

『ごめんね、よっすぃ。私、打ち合わせ入っちゃって……………フットサル、やっぱり無理だって言われちゃった』
225 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:19
『あぁ……………仙台は一緒だよね?』

『うん。でも、次の日から撮影でしばらく東京離れるんだって』

『そうなの?』

『うん……………お土産、期待してて』

『次は何処行くの?』

『うーん、内緒』

 そう言って少しだけ困ったように笑った石川。
 お互いがお互いの動向を完全に把握する、なんて無理だけれど。
 普段とは多少違う石川の返事に、一瞬違和感は感じたけれど。

 お互いに、打合せ前。
 事務所の喧騒の中の、簡単なやりとりだった。
226 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:20
 けれど。

「その時、言えば良かったんじゃないの?」

「………………………………」

 石川は、俯いたままだ。

 吉澤はその姿を見てむっとした表情を少しだけ緩めて。
 しかし、石川に伸ばしかけた手を引っ込める。

「ハングリーアングリーのさ、ロサンゼルスのとき、覚えてる?」

 ハングリーアングリーの仕事だったけれど。
 石川の仕事の調整はつかず。
 吉澤一人でのロサンゼルス。
 行けない石川は駄々をこねるだろう。
 そんなのも含め。
 石川にロサンゼルス行きを黙っていた吉澤。
227 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:20
 あの時の、石川の怒り方は半端なかった。

『もう、別れるっ!!!』

『ハァ????何でそーなるのさ』

『信頼されてないってわかったから!!!』

『信頼ってか、こーなるのわかってたから黙ってただけだろ?』

『バカっ!!!』

 あの時。
 初めて思いっきりひっぱたかれた。

 あれは、ほんとーに大変だった。

 まだ、付き合い始めで。
 お互いの距離感も良くわからず。
228 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:21
 好きだから、わかってもらえるだろう、なんて。

 好きだから、話して欲しかった、なんて。

 いろんな感情がぐちゃぐちゃになってしまって。

『いー加減にしなさいよ、このアホアホコンビっ!!!』

 結局。
 お互いが泣きついたのが、保田で。

 果てしなく迷惑を、かけたなぁ、と。
 今だから、思うコト。

「けーちゃんに、泣きつこうとかなぁとか思ったんだけど」

 少しだけ。
 吉澤の声に笑いが混じる。
229 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:22
 そっと。
 石川が顔をあげて。
 吉澤の顔を見ると。

 思いっきり苦笑いを浮かべていて。

「あんとき、めっちゃ怒られたじゃん?」

 ふっと。
 石川の顔にも笑みが溢れる。

「うん、怖かったね」

『吉澤、あんたは言葉、少なすぎっ!!石川も吉澤の態度に不安になりすぎっ!!』

 何だかんだと。
 ラストはわけもわからず延々と説教をくらった。

 リビングの入口から。
 ソファーに移動。
230 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:22
 吉澤はソファーの横をぽんぽん、と叩く。

「あんときの梨華ちゃんとアタシ、同じ気持ちなのかなぁ、とか。じゃ、梨華ちゃんはあんときのアタシと同じ気持ちだから言えなかったのかなぁ、とか」

「…………よっすぃ?」

 隣にちょこん、と座った石川に。
 吉澤はふっと笑みを漏らす。

「あの時は、ゴメンね」

 今更だけど。
 昔を思い出したとき。

 石川に、ちゃんと謝ってなかった気がして。

 言わなくてもわかってもらえる、なんて。

 そんな甘えがあったことは事実だから。
231 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:23
「違うよ、だって、よっすぃ悪くない…………………!!」

「うん、今回は悪くない」

 うぐ。

 石川が言葉に詰まるのを見て。
 吉澤は笑みを大きくする。

 見ていて飽きない表情。

『ごめんなさい』

 あの時。
 素直に今の石川みたいに。
 素直に謝れていれば、人に色々迷惑をかけることもなかっただろう、と。
 今は、思うから。

 すっと。
 吉澤は石川の髪の毛。
 キスを落とす。
232 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:24
「…………何で黙ってたの?」

「…………だって、よっすぃー、楽しみにしてたじゃん」

 え?

 予想外の言葉。

「一緒に潜れたらいいねって。今度のお仕事、アドバンスド・オープンウォーターダイバーの資格を取る奴なの…………」

 再び。
 俯いてしまった石川。

 ダイビングを本格的に始めた吉澤が。
 ことあるごとに、石川に勧めていたこともあり。
 やっと今年、石川がライセンスを取得して。

『でしょ?ほら、アタシ、言ったじゃん、楽しいって』
233 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:25
 嬉しそうに。
 饒舌に。
 海の良さを語っていた、吉澤。

『ほんとさ、一緒に潜ろうよ。東京の近くの海でこのライセンス取れるのってどこだっけ』

 普段でも。
 石川と一緒にいるときですら。
 比較的、饒舌に話し続ける、なんてない吉澤が。

 嬉しそうに、いろいろこれがどーでさ、あ、アタシの撮った写真、見る?ほら、さいっこー笑えるのあるんだ。

 だから。
 言えなかった。

 あ、そーなんだ。

 きっと、吉澤はそう言うと思ったから。
234 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:25
 怒る、とかじゃなくて。

 何だか、がっかりされそうで。

「いっぱい色々調べてくれてたのに…………」

 俯いたままの石川に。
 あーーと。
 どさっとソファーの背もたれにもたれかかり。
 吉澤は天井を見上げる。

「…………良かった」

「…………え?」

 顔をあげたきょとんとした表情の石川と、吉澤の視線が絡み合う。

「何か、めんどくさがられたのかなぁって思ったから」

「…………っ何でっ!!そんなことっ!!」
235 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:26
「うん、だから、良かった」

 笑いかけると。
 石川もやっと。
 ほっとしたように笑い返してくれて。

「…………まだ、やっぱり怒ってる?」

 そして、少し小さな声。

「何で?」

「…………何で、抱きしめてくれないの?」

 そう。
 さっきから、気になっていた、こと。

 石川が帰ってきてから。
 吉澤は石川に触れようと、していない。

「…………んー、抱きしめたいのはやまやまなんだけど」
236 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:27
 気づかねぇ?

 吉澤は自分の手を石川の鼻先につき出す。

「え?何、この匂い」

「普通気づくっしょ。ネギ、切ってた」

「…………はぁ?」

 少しだけ、呆れた視線。

「しばらく、青ネギ切らなくていいよ」

 台所。
 ざるいっぱいのネギ。

「…………どれくらい切ってたの?」

「ん??1時間ぐらい?」

 あ、だから、別にアタシ、晩御飯の支度とかしてたわけじゃないからって、え?
237 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:28
 胸元。
 抱きつかれて。
 吉澤の言葉は止まる。

「…………ごめんね…………」

 呟かれた言葉に。
 今更ながらに、石川のシャンプーの匂いなんて、感じて。

 吉澤の腕はうろうろと、石川の背中。
 空中をさまよう。

「いや、だから」

「いーよ、別に。だから、ちゃんと抱きしめて」

 ぎゅっと。
 背中に回された腕。

 石川の胸の中。
 愛しさがこみ上げる。
238 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:28
「…………大好き」

 そっと触れ合うだけのキスが。
 深くなるのに時間はかからないけれど。

 さすがに。

「…………続きは、シャワー浴びてきてからね」

「…………ほいよ」

 さすがに自分の手の匂い。
 自覚している吉澤は苦笑い。

「あ。ひめちゃんは?」

「ん?ご飯あげて…………アタシ、相手しなかったら寝ちゃった」

「そっか…………」

 いつの間にか。
 ソファーの上。
 吉澤が押し倒されている構図で。
 石川は、吉澤の上。
 動こうとしない。
239 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:29
「えーと、あの。アタシ、シャワー……」

「もーちょっとだけ」

「あのー、石川さん?寝ようとしてねぇ?」

「んー最近、睡眠不足だったの」

「そりゃ良かった…………って違うっしょ?そーいや話し、まだ終わってない」

 …………ん?

 ずりずりと。
 石川は頭を移動させ。
 吉澤と視線を合わせる。

「…………土産、期待してるから」

 …………パチクリ、とした眼。
 きょとん、とした石川の表情に。
240 名前:隠し事 投稿日:2012/10/21(日) 22:30
「アタシがさ、ロサンゼルスから買ってきたお土産ほど、とまでは期待しないけど」

 吉澤はにやっと笑う。

「あんとき、アタシ、結構奮発したんだよ?」

「…………あ」

 何か言いたげに口をパクパクさせる石川に。

 軽く吉澤はキスを落とし。

「あと、寝る前に台所の片付けもよろしく?」

 なんて。
 軽やかに言ってのける。

 こんなふうに。
 過ごしていける幸せ。
 ささいな食い違い。
 掛け違いがあっても。
 二人で歩んできた、歴史。
 そして。
 これから二人で歩んでいく
 二人の軌跡――――――――――――――。

                                             END
241 名前:つかさ 投稿日:2012/10/21(日) 22:38
〉216 名無飼育さん
〉ケメコさんがかわいい.....と思えてきました。
なんとなく、保田さんは……貧乏くじひいてるイメージがあります(笑)

さて、白くてもちもちしてるネタより、自分的にツボったのは
こっちでした(笑)

一気書きの勢いだけの一気あげなんで、何か矛盾点あるかもですが、
そこは笑ってスルーしてください(^^;;

書く時間確保できればおまけ編があるかもです。
ちょい時間あくと思いますが。
本当はそっちが最初に思いついたシーンだったんです(笑)

今日の更新は以上です。
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/22(月) 00:42
更新待っておりました!おまけ編 ですか?鼻の下を長くして待ちますよ!
二人そろってのダイビング が実現しますように.........
243 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:45
―――――――――

 いつのことだか 思い出してごらん
 あんなこと こんなこと あったでしょう

――――――――――――――

 隣にいなくても。
 わかってくれてる、なんて。
 そんな甘えた考え。

 伝えなくても。
 理解してくれてる、なんて。

 いなくなるなんて、そんなこと、考えもしなかった。
 矛盾しているけれど。
 傍にいなくても。
 ずっと、傍にいてくれると思っていた。
 そんな風に思っていたあの頃。

 ん?

 机の上に放り出していた、携帯。
 ランプが点滅しているのに気づいて、手にとる。

『石川梨華』

 珍しい。

 最初に頭に浮かんだのは、そんなこと。

 最近は、めったに連絡を取るなんてことはなかった。

「もっしもーし」

「あ、よっちゃん?」

「おー、そーよ。どしたぁ?」

「………今、大丈夫?」
244 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:46
 いつもの声と違う。
 少し硬い石川の声に、吉澤は眉根を寄せた。

「何、気取った声出してんだよぉ」

 茶化すようにそう言ったのは。
 何か、嫌な第六感が働いたのだろうか。
 何となく。
 続きを聞きたくない、気がして。

 一瞬の、沈黙。
 そして。

「………真面目な話だから」

 今度は。
 吉澤が黙り込んだ。

 それから、何分がたったのか。

 吉澤は切れた電話を握り締めたまま。

 自分の部屋。
 立ち尽くしていた。

―――――――――

 次の日。
 ほとんど眠れなかった吉澤は。
 収録現場の楽屋。
 2時間前には到着していた。

『卒業するの』

 昨日の石川の言葉。

 もう、何百回と頭の中でリフレイン、された言葉。
245 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:46
『同期だし、よっすぃーには先に言っておきたくて』

『明日、発表するから』

 静かに、告げられた、言葉たち。

 吉澤はちらっと腕時計に眼をやる。

 集合時間まで、後、10分…………。

 楽屋に置いてきた、鞄。
 その中に、あえて、置いてきた携帯電話。

 今、楽屋に戻れば。
 何もなかったように振舞えば。
 知らないふりができれば。

 吉澤は拳をぎゅっと握り締めた。

 石川の卒業。
 それも勿論、ショックだったけれど。

『同期だし』

 胸に突き刺さった、言葉。

 そうだよな、なんて。

 冷静に受け止めようとする気持ちと。

「……………ったく」

 吉澤は。
 非常階段の最上階。
 施錠された屋上へ続く階段の踊り場。
 ずるずると座り込む。

『キショい、キモイ』
246 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:47
 ずっと。
 そんな風にしか言えなかった自分。

 一緒に。
 支えていくんだ、と。
 信じて疑わなかった。

 だからこそ、甘えていた。

 今なら、思う。

 でも。

「もう、遅いっつーの」

 自嘲が漏れる。

『同期だし、先によっすぃーには言っておきたくて』

 そんな風に言わせたのは、自分だ。

 腕時計は、もう集合時間の五分前を指している。

 行かなきゃ、と思う気持ち。

「………よっすぃー」

 聞こえてきた声。
 吉澤は、顔をあげる。

「…………何?」

 驚きは、なかった。
 当然、という気持ちと。
 何でくるんだよ、という気持ち。

 そんな吉澤から出てきた言葉は、いつもどおり素っ気なく響く。

「…………うん」
247 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:48
 少しだけ、困った顔?

 石川は。
 地べた、座り込んだままの吉澤の前、しゃがみこむ。

「……………ごめんね」

「…………謝ることじゃないじゃん」

「そーだけど」

 いつから。
 こんな風になってしまったんだろう。

 触れれそうで、触れれない距離。

 吉澤はぐっと唇を噛み締めた。

「ごめん」

 そっと抱きしめられた、石川の腕の中。
 吉澤はふっと。
 やっと息をつく。

「謝んの、アタシの方でしょ………」

 拗ねて。
 楽屋から逃げたのは、吉澤のはずだ。

「もっと言い方あったんじゃないかって。昨日、ずっとそう思ってたの」

「……………」

「よっすぃー気にするってわかってたのに。嫌な言い方しちゃった。大事なことなのに」

 石川の腕の中。
 吉澤はそっと身じろぎする。
 聞かなければいけない、とわかっている。
 理解している。
248 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:48
 それでも。

「あのさ、時間……………」

「みんなには言ってきた。30分時間くださいって」

 弱いように見えて。
 いざとなると。

 誰よりも。

 真っ直ぐな視線で。

「聞いて、よっすぃー」

 いつか。
 自分のそばから離れていくって。

 わかっていたのに。

「卒業って言われて、本当は嫌だった」

 え?

 思いもかけない言葉に。
 吉澤は視線をあげる。

「よっすぃーにまで、綺麗事言う気、ないよ。私、そんなに強くないし」

 苦笑いを浮かべる石川に。

 あぁ。

 一抹の安心感。

「いつもいきなりだもんね」

 やっとまともな言葉を発した吉澤に。
 少しだけ、ほっとしたように、石川は笑う。
249 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:48
「うん。自信、ないしさ」

「だいじょーぶ……………」

「よっすぃー」

 強い石川の瞳に見据えられて。
 吉澤の言葉は遮られる。

「私、よっしぃーの本音、聞きたい」

 ぐっと。

 吉澤は唇を噛み締める。

「そーゆーの、嫌いだってわかってるけど」

 そうじゃない。

 そうじゃない。

 ただ。

「そしたら、私、頑張れる。だから」

 ぐっと。
 吉澤は石川を引き寄せた。

「さみしいよ。さみしいに決まってるじゃん」

 感じる、石川の温もり。

「いなくなるなんて、思ってもなかった。いつだっていてくれるって思ってた」

 こらえきれない。
 溢れてくる想い。

「ひどいこと言ってごめん。謝るの、アタシのほうだから。可愛いって思ってるから」
250 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:49
 いつかの収録。
 いつだって。
 石川の様子は伺っているが。

 一瞬。

 本気で傷ついた表情。

 後で保田に怒られた。

 でも。

 素直になれなくて。
 謝れなくて。

「甘えてたんだ。……………り、梨華ちゃんなら許してくれるって」

 噛むのくらい許して欲しい。

「いっぱいごめん。んで」

 ぐっと。
 痛いかな、って思うくらい。
 強くなってしまう、腕の力。

「これからも、よろしく」

 腕の中。
 反応がない……………。

 え?駄目?

 何か、駄目だった?

 思わず。
 弱気になるが。

 そっと。
 吉澤が石川の顔をのぞきこむと。
251 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:49
 ぐっと、唇を噛み締め。

 眼にたまった大粒の雫。

「……………言ってくれないと、不安になること、多いんだからね」

 こくり。

 吉澤は殊勝に頷く。

 どこまでわかってるんだか。

 目元。
 涙を拭いながら、石川は少しだけ、笑みを浮かべる。

「変わらないよね?」

「あったりまえじゃん」

 久々に触れた、吉澤の温もり。

『さみしいよ』

 やっと言ってくれた、本音。

『梨華ちゃん』

 大切な、存在なのに。
 距離が空いてしまったような気がして。
 こんな状態で、卒業、だなんて。

 残された時間は。
 きっと長いようで短いのだろう。

「ご飯、行こうよ」

 え?
252 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:49
 吉澤の言葉に。
 石川は不思議顔。

「いろんな話、しよう」

 いつの間にか。
 すれ違っていた気がする。
 かけちがいかけたボタン。

『言ってくれないと不安になること、多いんだからね』

 言葉が足らなかったことは、百も承知だから。

「うん」

 泣き顔よりも。
 石川には笑顔が似合うと思うから――――。

―――――――――

 春のことです 思い出してごらん。
 あんなこと こんなこと あったでしょう

――――――――――――――


「いよいよだねぇ」

「早かったよね」

「……………後、一週間、かぁ」

 何気ない吉澤の一言に。
 ご飯を食べる石川の手が、止まる。

「何て顔してんのさ?」

「……………よっちゃんの意地悪」
253 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:50
「……………」

 そこで拗ねた顔、されても。
 吉澤は黙って目の前の料理。
 片付けることに専念する。

「さみしい?」

「んなわけねーじゃん。それよか、冷める。食え」

 クスリ。

 石川は笑うと。

 再び食事を再開して。

「……………身体、大丈夫なのかよ?」

「ここまで来たらやるしかないでしょ」

「そりゃそーだ」

 決して多くない、二人で交わされる、言葉。

 それでも。

「武道館、だもんな」

「……………うん」

 共通する想いは、変わらない。
 言葉がなくても。
 伝わっている、と。
 そんな感覚。

 それは二人にしかわかりえないものだろうけれど。

「……………いろいろあったね」
254 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:50
「ありすぎだろー」

 ぼやく、吉澤は何も言わない。

 だから、何も聞かない、というのは言い訳だろうけれど。

「ちょっとは頼ってくれていいのに」

「ん?」

 きっと。
 聞こえないフリをするのが吉澤の優しさなら。

「べっつにー」

 何も言わないフリをするのが石川の優しさで。

「まぁ、さ」

 カラン。

 完食。

 皿にフォークを転がした吉澤。
 行儀悪いよ、と言いたくなるが。

 吉澤の横顔。
 妙に真面目な顔。

「さいっこーの卒業式にするから」

 宣言、というのが相応しいのだろうか。
 その横顔からは。
 吉澤の本音は見えてこない。

「あのね」

 ん?
255 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:51
 柔らかい瞳が、石川の方を向く。

「私の卒業式なんだよ?」

「……………ん」

「私が最高の卒業式にするんだから。よっすぃーたちは黙ってついてくればいーの」

 ぷはっ。

 吉澤が破顔する。

「言うようになったね、おねーさん」

「そりゃ、ね。何たって一番年上なんだから」

「……………ん」

 細められた目線。

 後はよろしくね、なんて。

 きっと言わなくても。
 吉澤は。
 吉澤なりに頑張るだろうから。

「泣いてね」

「……………げ」

「何よぉ」

「だってさぁ」

「いーじゃん、たまには」

「嫌だよ」
256 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:52
 ひそめられた眉。

「笑って終わろうよ。武道館だよ?」

「見たい」

「……………ステージじゃなかったら」

 見つめ合い。
 吹き出す二人。

「何よそれ」

「えーだってさ」

 ファンの子が見たいのは笑顔だろうから。

 そんな風に言われるのは百も承知だけれど。

 そんな風に答えを返さない吉澤。

 きっと。
 正直なところは、泣き顔を見られるのが恥ずかしい、とか。
 そんなことなんだろう。

「まぁ、いーけど」

「いーの?」

「よっすぃーの泣き顔、独占させてくれるってことでしょ?」

「……………何かやだなぁ、それ」

「同期なんだし、いーじゃん」

 ふっと。
 吉澤の表情が変わる。

「……………違う」
257 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:52
「え?」

「同期だからじゃない。梨華ちゃんだから」

「……………あ」

 少しだけ、むっとしたような表情に、既視感。

「……………ひとみちゃん」

「……………うん」

 少し、さがる目元に。

『梨華ちゃんだから』

 そっか。
 そーゆーことだったんだ。

 なんて。
 石川は今更ながらに納得する。

「わかった?」

「うん」

「ほんとにわかってんのかよー」

「えーだってよっすぃー、言葉足んないよ?」

「恥ずいじゃん」

「それでもさー」

「んじゃ、梨華ちゃんから言ってよ」

 少しだけ、おもしろがってる目付き。
258 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:52
「……………ひとみちゃん」

「何だよそれ」

 吉澤が笑う。

「何よー、よっすぃーがもったいぶるのがいけないんじゃん」

「何をもったいぶってんだよ」

「ふーんだ」

 今はまだ。
 この距離でいい。

 少しづつ、近づいている距離。

 今は、まだ。

「とりあえず、がんばりましょっか」

「そーだね」

 立ち上がる二人。

 同期だけれど。
 それをも越えて。

 目指す場所は変わっていくのかもしれないけれど。
 きっと。
 二人の関係は変わらない――――。

―――――――――

 嬉しかったこと おもしろかったこと
 いつになっても 忘れない

―――――――――
259 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:53
「何やってんの?」

「んー、昔の写真、見てる」

 ……………その様子をしばらく吉澤は眺め。
 うーんと腕を組む。

「アタシの思い違いじゃなければさ、おねーさん」

「うん、誕生日だよ」

 さらっと流され。
 吉澤はさらにうーん、と首を傾げる。

「ひめが寝てるときじゃないと落ち着いてこーゆーの、見れないじゃない。
 あ、ひとみちゃんも見る?」

 ほら、麻琴、おっかしーんだよ。

 それはいーんだけど。

 吉澤はどすん。
 存在をアピールするように石川の隣。
 腰をかける。

「あのね」

 もーしょうがないなぁ、なんて。

 パタン。

 アルバムを閉じて。

 石川はそっと吉澤の顔をのぞき込む。

「あんだよ」

 少しだけ、むくれ顔。
260 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:53
「来てくれて、ありがと」

「……………ん」

 そっと。
 石川は吉澤の頬に触れる。

「真っ先に『誕生日おめでとう』って言ってくれてありがと」

「あったりまえじゃん……………柴ちゃんよりは遅れたけど」

「そこで拗ねないでよ。ちゃんとブログには親友のって書いたでしょ」

「そーだけどさ」

「傍にいてくれて、ありがと」

 そっと。

 軽く。
 触れるだけのキス。

「プレゼント、ありがと」

「なーんか、ありきたりのばっかだけど」

「私のこと考えて選んでくれたって思うだけで嬉しい」

「……………っば」

 赤くなる頬に。
 石川が笑う。

「好き」

「なーらーさ」

 さっきの態度は何よ?
261 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:53
 もう一度。
 むっとしかける吉澤に。
 石川は、しょうがないな、と呆れ顔。

「ここにいちゃいけないんじゃなかったっけ?」

「だって」

「仕事でしょ?」

「大丈夫じゃん」

「あのねぇ……………」

「会いたかったんだよ」

 ぐっと。
 強く引き寄せられて。
 腕の中。

 石川は眼を閉じる。

「いつだって、さ」

 同じ風景を見て。
 同じように感じなくてもいい。

 一緒にいてくれれば、いい。

「好きだから、さ」

「ん」

 こつん。

 吉澤の腕の中。
 俯く石川の表情は見えないけれど。

「ありがとう、はアタシのセリフだよ。産まれてきてくれて、ありがとう」
262 名前:おもいでのアルバム 投稿日:2013/01/20(日) 17:54
 そっと。
 今度は吉澤から。

 俯いたままの石川の顎をあげる。

「誕生日、おめでと」

 そっと。
 触れるだけのキス。

 優しく。
 宝物を扱うような。

「「好きだよ」」

 その気持ちがあれば。

 一年じゅうを思い出してごらん
 あんなこと こんなこと あったでしょう

 一年中じゃなくても。

 一生忘れれない、気持ちになる。


                                 END
263 名前:つかさ 投稿日:2013/01/20(日) 17:57
一日遅れ、申し訳ありません(汗)

>>242 名無飼育さん
おまけ編ではまったくないんですが(苦笑)

とにもかくにも。

石川さん、誕生日おめでとうございます。

年末から怒涛のいしよしでしたが。
今年もできるだけいしよしで突っ走ってくれることを期待します(笑)
264 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/01/21(月) 00:41
あの頃のことを思い返して胸が熱くなりました。そして二人は今もずっと進行形なんですね。
この二人の物語をもっともっと読みたいです。
265 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:19
「んーーーーーー」

 リビング。
 ソファーの前に陣取って。
 テレビはついているものの、お笑い番組。
 とてもお笑い番組を見ているとは思えないむつかしい顔をして、腕を組んでいる人。

「………………」

 一瞬。
 声をかけるか悩んで。

 石川は、そっとキッチンに引き返す。

 だいたいにおいて。
 吉澤がこんな表情をしているときは、ろくなことがない。

 過去の経験から十分にそれを学んでいる石川だが。

「ねーー梨華ちゃん」

 対面式のカウンターキッチン。
 ひょい、と石川の顔を覗き込んでくる吉澤の表情に。

「なに?」

 答える声は、甘い。

 久しぶり、というわけではないが。

 落ち着く空気感は、やはり、吉澤がいるからで。

 吉澤じゃないと駄目なのだ。

「あのさぁ、最近、アタシとの写真、ブログにあげてくれる回数少なくない?」

 はい?

 脈絡のない吉澤の問いかけに、石川はきょとん、とした表情を見せ。
 次の瞬間には、苦笑いを漏らす。
266 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:19
「一緒にいるじゃん」

「だからだよーー。前は結構いろいろあげてたよね?」

 少しだけ、不満顔?

 そんな吉澤の頬を石川は指でつつく。

「何言ってんの。ほら、できたから持って行って」

 ことり、と置かれる皿からは湯気が立つ。

「お、うまそーーー」

「でしょ?自信作よ」

 吉澤好みの味付け。
 いつの間にか、覚えていた。
 いつの間にか、増えていた吉澤の好む、酒の肴。
 石川自身もそれが美味しい、なんて思うようになって。
 もう、長い時間が経つ。

「ねぇ、早く食べよーよ」

 石川の部屋なのに。
 妙に馴染んでいる、風景。

「はいはい、お待たせ」

「待った」

「………誰が作ったんだっけ?」

「えー?だって梨華ちゃん、最近アタシが台所入ったら怒るじゃん」

「いつもひとみちゃんが作ってくれてたら、私の料理の腕、あがんないじゃん」

「もー十分上達したと思うけど?」

「そーなんだけどね」
267 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:20
 クスリ。

 石川は微笑む。

 一瞬、吉澤は眩しそうにそんな石川の表情を見つめ。

「冷めちゃう前にさっさと食べよ」

 ふっと笑う。

 そんな吉澤の表情は石川にとってたまらなく愛おしくて。
 料理を作るきっかけなんて、そんなもの。
 大事な人が自分の作った料理を前に、嬉しそうにしてくれる。
 そんなささいな幸せ。

 何だかんだと食事中の話のネタは尽きなくて。

「ほら、手止まってる。さっさと食べる」

「………だから、誰が作ったと………」

「いや、ほら、すげー美味いからさ」

 少しだけ、不機嫌に寄せられた眉に、吉澤は慌ててフォロー。

 そのあたりの阿吽の呼吸も、わかった上でのじゃれあい。

 ひめは先ほどから吉澤に遊んでもらい、石川からご飯をもらい、すっかりご機嫌で眠ってしまっている。

「もー」

 ほら。
 少し拗ねた口調だけれど。
 石川の眼は笑っていて。

「なんか、久しぶりだね」

 そっと。
 石川が吉澤に触れる。
268 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:20
「ん」

 柔らかく。
 吉澤が眼を細める。

「沖縄、楽しかったけど」

「一ヶ月たつ?」

「んー、あっという間だよね」

「クリスマスもあったけど」

「忙しいのは良いことだっていうけど」

「年々、早いよねぇ」

「梨華ちゃん、何かおばちゃんくさいよ」

「何よ。ひとみちゃんだってもうすぐ同い年じゃない」

「そーだけど、さ」

 ちょいちょい、と吉澤は石川を手招きする。

「何よ?」

 立ち上がって石川は吉澤の傍に近づいて。

「ちょっとだけ」

 そのまま吉澤の腕に抱きしめられる。

「………急すぎ」

「駄目?」

 吉澤の上目遣い。
 めったに見れない、そんな表情。

「片付け、しないと」
269 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:21
「後でアタシ、やるよ」

 もう、しょうがないなぁ、なんて。
 そんな風に言いながら。
 石川は柔らかく笑った。

―――――――

「凄かった。誘ってくれてありがと」

 ダイビングを終え。
 撮影も終わって。
 夕食後のひと時。

 石川は吉澤のベッドの上。
 ちょこんと腰掛ける。

「でしょー?」

 自慢気に。
 吉澤が胸をはる。

「この部屋もすげーけど」

 コテージのクィーンサイズのベッド。

 吉澤はごろごろと転がる。

「奮発してくれちゃった?」

「………何?」

「ホントは撮影用だけのための部屋だったって」

 クスリ、と石川は笑う。

「スタッフさんが言ってるの聞いちゃった」

「……………知らねぇ」

 少しだけ、ぷい、と横を向いて。
270 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:21
 その耳がほんのりと赤い。

 石川はそっと。
 吉澤の髪の毛に手を伸ばす。

「ありがと」

「……………別に。アタシも泊まってみたかったし」

 柔らかい、髪質。
 さらさらと石川の手から溢れる。

「今年はクリスマス、一緒だね」

「ん。何、くれる?」

「何よそれ」

「別に何でもいーけどさ」

 うつぶせの状態から。
 コロン。
 吉澤は転がる。
 そのまま石川の顔を見上げて。

「ディナーショー終わったらどこ行きたい?」

「……………打ち上げなんじゃない?」

「みんなの邪魔しちゃ駄目っしょ」

「そう?愛ちゃん、楽しみにしてたよ?」

「……………ふーーん」

 少しだけ、不満気な視線が。
 石川の嬉しそうな笑顔に。

「その後は?」

 尋ねる。
271 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:22
「んーーーどーしよっかな」

 もったいぶった石川の返答。
 それでも石川は笑顔で。

 ちぇっと。
 吉澤は後ろ手。
 ベッドにつき。
 身体を起こす。

「アタシじゃご不満ですか、お姫様?」

「私もたまには王子様、やらせてよ」

「んーーー?」

「打ち上げの後、空けといてね」

 不意打ちの、軽いキス。

「え?」

「たまには私だって」

 拳を握りしめる石川をきょとん、と吉澤は見つめる。

「梨華ちゃん?」

「最高のクリスマスにしてあげる」

 こーゆーときの石川に。
 何を言っても無駄だとはわかってるが。

 吉澤は少しだけ、困ったように笑った。

「……………頼むから、気合入れすぎないでね……………」

―――――――

 ベッドの上。
 吉澤はそっと石川の髪の毛を撫でた。
272 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:22
「んーーーー?」

「起きた?」

「あれ?」

 まだ、少しだけ。
 潤んだ瞳。
 見つめられて。

 吉澤はそっと視線を外す。

「だいじょーぶ?」

「……………ん」

 もぞもぞと。
 石川は吉澤の腕の中。
 そっと吉澤の顔に手を伸ばした。

「……………ごめん、手加減できなかった」

 率直な吉澤のセリフに。
 少しだけ、石川の顔が紅くなる。

「……………年末、風邪なんてひくから……………」

「何よ、私のせい?」

「心配してたんだよ」

 ぼそっと呟いて。

 吉澤は石川の横。
 ゴロン、と横になる。

「……………圭ちゃんに言わないでくれてありがと」

 クリスマスから。
 少し、調子を崩してそうな様子が気になっていた。
273 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:23
 普段なら。
 フォロー入れようとするのだが。

「後で圭ちゃんに怒られたんですけど、アタシ」

『梨華ちゃんの体調悪いこと、アンタ知ってたんでしょっ!?
 何で教えないのよっ!!!』

 すごい剣幕だった。

 けれど。
 この季節の新島。
 海。
 どれだけ寒いか、なんて。
 調子を崩しかけているのはわかっていたけれど。
 それを伝えると。
 何だかんだといいながら。

 石川の体調を最優先に考えてしまう、そんな優しい先輩だから。

 だから、伝えなかった。
 だから、伝えれなかった。

 まぁ、最大級の負けず嫌い。

 伝えた瞬間に、保田からは怒られなくとも。
 石川から怒られるのも火を見るより明らかで。

「……………だと思った」

 意外と、と言っては失礼か。
 厳しいようで、後輩に甘い先輩。

 石川は微笑む。

「まぁでも、自業自得っていえば自業自得だしねぇ」

「……………………うーーー」

「拗ねない拗ねない」
274 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:23
 吉澤はクスリ、と笑う。

「一緒に行きたかったんだ」

 ぼそっと。
 石川は呟いて。
 吉澤の首筋。
 顔を埋めた。

「梨華ちゃん?」

「圭ちゃんと行くのわかってたから。
 だから、その前にひとみちゃんと行きたかったの」

 両親との思い出の場所。

 どうしても保田と行く前に。

 自分の大事な人と。

―――――――

「り、梨華ちゃん…………」

 確かにプロデュースは任せる、とは言ったが。

 真っ暗な海。
 街灯もなく。
 吹きすさぶ海風……………………。

 吉澤の言葉は。
 梨華ちゃん、をこえ。
 りがちゃん、になりかけている。

「何でそんな軽装なのよ?!」

「海に来るって教えてくれりゃ、それなりの格好してきたよっ!!」

 それくらいは言わせて欲しい。

『何処行くの?』
275 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:24
 聞いても。

『内緒』

 だなんて。
 超ゴキゲン。

 それはそれで楽しかったのだが。

 この寒さは…………。

 さすがに限界を超えている。

「……………………もーーー」

 少しだけ、困った表情を見せた石川だったが。

 確かに。
 海へ行く、と伝えなかったのは、自分で。

「ほら」

 スルリ。
 少し大きめのベンチコート。
 腕から抜くと、そのまま吉澤をくるむ。

「暖かい?」

「…………梨華ちゃんが寒いじゃん」

「大丈夫だよ。だから」

 もーちょっといよ?

 吉澤は考え込み。
 くるまれたベンチコートを腕に通し。
 そのままぎゅっと石川を抱きしめて。

 ベンチコートで石川をくるむ。

「これで、二人、暖い」
276 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:24
 石川の耳元。
 囁かれた声。

「海、見えないじゃーん」

「アタシとここに来たかったんでしょ?なら、いーじゃん。間違ってない」

「そーだけど」

 石川を抱きしめる吉澤の身体はまだ冷たくて。

 石川はそっと吉澤の身体。
 腕を回す。

 耳に届く、波の音。

 二人とも、寒がりで。
 こんな風に。
 夜の海、なんて。
 来たことなかったなぁ、なんて。

 改めて、思う。

「ホントはね。ひとみちゃんに撮って欲しいなぁ、なんて思ったりもしたんだけど」

 エッセイ集発売が決まって。

 真っ先に思ったのはそのことだった。

 けれど。

「私だけが満足するだけじゃ、駄目だって思ったから」

「圭ちゃん、喜んでたよ」

「あれ?知ってたの?」

「『アンタ、勝手に誤解して、落ち込んでんじゃないわよっ!!』って電話きた」

 トクン、トクン。
277 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:24
 ぎゅっと。
 抱きしめ合う二人には。
 お互いの胸の鼓動が聞こえている。

 何よりも、落ち着く音。

「なーんだ。そういえば、私も麻琴に言われちゃった」

「ん?」

「『吉澤さんのフォローちゃんとしといたほーがいーよ』って」

「何だよそれ」

 アタシ、どー思われてんだ?

 そう思わなくもないけれど。

「そこまでガキじゃねぇって」

「そう?」

 見上げてくる石川のいたずらっぽい瞳に。

「んーガキかも?」

「何よそれ」

「アタシとここに来たいって思ってくれたの、すげー嬉しいもん」

「……………………ん」

 優しい言葉。
 暖い言葉。

 この人で良かった。

 石川はそっと吉澤の胸に顔をうずめた。
278 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:25
―――――――

「あれで体調崩すんなら、アタシだと思ったんだけどなぁ」

「何よー。何とかは風邪ひかないって言うからでしょっ」

「基礎体力、無くなってんじゃねぇ?ほら、だからそこで拗ねんな」

 少しだけ。
 吉澤の身体から、身をひく石川の身体。

 剥き出しの肩が、布団の外にでそうで。
 吉澤は石川を引き寄せる。

 暖いぬくもりと。
 馴染んだ、互の匂い。

「…………気持ちいー」

 思わず溢れ出た石川の言葉。

「さっきの思い出しちゃった?」

「バカ」

 憎まれ口の叩き合い。

 居心地のいい、空間。

「セブ島、どーだった?」

「何回聞くのよ?」

「えー、何回でも聞きたい」

「ひとみちゃんだって、今度麻琴と沖縄でしょ?」

「うーーー」
279 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:25
 梨華ちゃんとが良かった、なんて。

 言ったらきっと。
 腕の中のこの人は。
 嬉しそうに、麻琴に伝えてしまったりなんて、するのだろうから。

 懸命な吉澤は言葉を濁すが。

「麻琴に言っとこ」

 クスクスと笑う石川には敵わない。

「たまに本気でムカツクんだってアイツ。加減しらねぇから」

「兄弟みたいだよね」

「……………………どうせなら、姉妹っつってよ……………………」

「悪ガキコンビ」

「…………麻琴に伝えとくよ」

「多分、喜ぶんじゃない?」

 そーだった。

 吉澤は苦笑いを浮かべる。

 りっちゃん、りっちゃん、と。
 何だかんだで石川になついている小川は。

 吉澤を兄貴と慕い。
 石川を一応守ってあげなければいけない姉ちゃんだと思っている節がある。

 小さく石川は欠伸をする。

「……………………眠い?」

「んーーーーちょっとだけ」
280 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:26
「寝ちゃう?」

「ううん」

 3月からの舞台。
 その前の稽古。
 しばらく、すれ違いの生活が続きそうで。

「寝ない」

 言いながら。
 石川の眼は半分閉じかけで。

「いいよ。寝ちゃいな」

 優しい声が。
 眠りの世界の扉を開こうとするが。

「……………………だって」

「また、来るし。どうせなら、いりびたっちゃうよ?」

「んーーー」

 そっと。
 石川の手が。
 無意識。
 吉澤の腰を撫でる。

「沖縄からもメールするよ。麻琴にもメールさせるし」

「……………………麻琴はいーー。返事、めんどくさい」

 半分眠りかけで。
 石川は、自分が何を言ったかあまり覚えてないだろうが。

 ピコン。

 吉澤の目がニヤリ、と。
 光ったのも見えなかったが。
281 名前:何でもない日の何でもない話 投稿日:2013/02/03(日) 08:26
『悪ガキコンビ』

 その二人が揃って。
 沖縄から送った石川へのメッセージ。

 石川が激怒するのは、また別のお話―――――――。


                                 END
282 名前:つかさ 投稿日:2013/02/03(日) 08:29
>>264 名無飼育さん
>そして二人は今もずっと進行形なんですね。
これからも進行形であって欲しい。ってか進行形でいてくれるだろう、と。
本気で好きですねぇ、この二人。

ってことで。
前回の誕生日更新があまりにもやっつけになってしまったもんで(汗)

反省と自戒を込めて。

楽しんでいただければ嬉しいです。
283 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/04(月) 00:34
進行形のいしよし最高です!次の更新のタイトルは「梨華ちゃん大激怒!」ですか?
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/04(月) 01:24
タイムリーなネタ来ましたね!!
次回も(勝手に)期待してますw
285 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/02/04(月) 06:30
浮気中なう(笑)を見てからこっそりお待ちしてました(すみませんw)
今回もおもしろかったです。ありがとうございました!

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