我ら最強キュン期です
- 1 名前:誉ヲタ ◆K1GCRkrc 投稿日:2011/07/30(土) 20:16
- 短編でーす。
登場人物は、いつもの愉快な仲間たちです。
辛口なネタも混ざっていますが、ネタと割り切って楽しんで頂けると嬉しいです。
一部、読者の皆様が不愉快に感じると予想される文字は「●●●」で伏字としました。
ご理解の程をよろしくお願いいたします。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:16
- * * *
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:17
- 第一話 白い天使が舞い降りた。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:17
- 時は2011年の1月。
そんなに昔の話ではない。つい最近のことだと思うのだが、
「全国の児童施設にタイガーマスクからランドセルが送られていた頃」
というような言い方をすると、ものすごく昔の話のように感じるのはなぜだろうか。
とにかく2011年の年明け早々の話である。
ハロープロジェクトは混迷の2010年を終えて、新たな年を迎えていた。
ちなみにハロープロジェクトは2009年も混迷を極めてきた。
その前の2008年も混迷を極めていた。
そして2007年も。
当然ながら2006年も。
よく考えれば2005年も。
安倍なつみが謹慎していた2004年も。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:17
- ハロプロの低空飛行は、V字回復を遂げることもなくダラダラと続いていた。
2003年あたりからずっと続く低迷。
いつまでたっても見えてこない。それがハロプロの人気の底。
ハロプロの暗黒時代はまだまだまだまだまだやで。
売上低迷もTV露出激減もまだまだまだまだまだやで。
あきらめるなハッハッハッハッハ。ビヨーン。誰もがそう思っていた。
だがそんな不毛の大地に、純白の羽根を背負った天使たちが舞い降りる。
このお話はそんな天使たちの熱い戦いの記録である。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:17
- 新春恒例のハロコンは独特の緊張感をはらみながら進行していた。
なぜなら、ここでモーニング娘。の9期メンバーが発表されるからである。
およそ4年振りに発表される新メンバー。
コンサート会場に集まったファンの期待は、否が応でも高まっていた。
ステージ上では
歌の方が一段落し、司会の吉澤とまことだけが壇上に残っていた。
久しぶりにハロプロ関係の現場に現れた吉澤ひとみは、
「新メン登場のインパクトなど消し去ってやるぜ!」と言わんばかりの美人オーラを炸裂させていた。
吉澤さんには先輩のまことの仕事ぶりをを見習ってもらいたいものである。
淡々と場を進めるまことには、吉澤の耳にぶらさがっているイヤリング以下の存在感しかなかった。
そして舞台の袖から邪悪なオーラをまとったやさぐれプロデューサーが姿を現す。
沸く観客。
時は満ち、舞台は整った。
整い前田!
・・・・・・・
とにかく整った。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:17
- お気楽プロデューサーがしゃがれた声で新メンを呼ぶ。
「おーい、みんなー、こっち出てこーい」
舞台袖から登場してくるかと思いきや、小柄な少女達は会場の後ろから登場した。
歓喜。困惑。興奮。不安。そして希望。
様々な思いを乗せた観客の拍手は一際大きくなる。
少女達はプロレスの入場のように観客の間を通ってステージへと向かう。
興奮のるつぼと化す会場。ファンの好奇の視線は全て、新メンとなる少女達に注がれていた。
もしまことが舞台上で全裸となって●●●●をしていても、誰も気付かなかったことだろう。
とにかくファンはいつも以上に盛り上がっていた。
そんなファンと時にハイタッチを交えながら、少女達は舞台にたどり着く。
舞台に上がった少女達が観客に向けて頭を下げると、歓声はさらに大きいものとなった。
歴史の扉は開かれた。
まだ完全にではなかったが。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:17
- 「おっしゃ。モーニングの先輩メンバーも出てこいやー」
ご機嫌プロデューサーに呼ばれてモーニング娘。の現メンバーもステージに登場する。
亀井、ジュンジュン、リンリンの3人が抜けたモーニング娘。は、どこかこじんまりとして見えた。
ここに新メンが加われば間違いなく娘。の雰囲気は変わる。
まるで初体験を済ませる前と済ませた後の夏焼雅のように変わるはずだ。
ファンの誰もがそう感じていた。
酔いどれプロデューサーに促されて、新メンバーが自己紹介を行う。
「広島県出身の鞘師里保、小学六年生、12歳です」
「福岡県出身の生田衣梨奈、えっと中学一年生の、13歳です」
「愛知県出身の鈴木香音です。小学校六年生の12歳です」
「東京都出身の譜久村聖、中学二年生の14歳です」
新メンバーの初々しい挨拶に場が和む。
「可愛いー」という黄色い声は観客だけではなく現メンバーからも出る。
本当に久しぶりに加入する後輩メンバー。可愛くて仕方ないのも無理はないだろう。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:18
- だがお披露目の演出はこれで終わりではなかった。
幾度となくファンの期待を裏切ってきたマッド・プロデューサーが、厳かな口調で告げる。
(さあ、みんなもマッド【mad】の意味を英和辞典で調べてみよう!)
「あと一名・・・・モーニング娘。に参加させたいメンバー・・・・決心しました」
新メンバーをさらにもう一名追加する???
何も聞いていなかったらしい現メンバーは大きな驚きを見せる。
観客からも戸惑いの声が沸き上がる。
またか。またこの展開なのか。会場のざわつきはなかなか収まらない。
いつもの補欠合格か。いわゆる一つの劣等生枠? つんく枠?
あるいはアジアからの刺客か。
もしくは藤本美貴パターンで真野恵里菜が。
そんな風に観客や現メンバーは生々しい想像を膨らませるわけだが、
そういう時に限ってこのポンコツプロデューサーは、いたって真面目な発表をするのであった。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:18
- 「最終選考に残っていた子から一名、さらに加えたいと思いまーす」
安堵とも落胆とも、どちらともとれるため息をもらす現メンバー。
とにかく真野恵里菜加入でマノフレがモニフレになる事態は回避された。
モニフレ参入で娘。ヲタの平均年齢が急上昇する事態も回避された。
もっとも平均値を押し上げるほどの人数がいるかどうかは怪しいものだが。
そんな現メンバーの大人の思惑をよそに、舞台袖から一名の少女がステージに登場した。
小さい。新メンの中で一番小さい鞘師里保よりも、さらに一回り小柄だった。
少女は、フランス人形のような愛らしさを醸し出していた。
そして圧倒的に美しかった。暴力的な美を放つ吉澤の隣にいても、まったく見劣りしていない。
吉澤のオーラを弾き飛ばすような鋭い美しさをまとった少女であった。
異様に整った少女の顔がスクリーンにアップになると、観客からも大きなどよめきが起こった。
満足気な表情でド腐れプロデューサーが告げる。
「じゃ、自己紹介して」
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:18
-
「山口県出身の道重さゆみ。小学校五年生の11歳ですっ」
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:18
- 「かわいい〜」
リーダーの高橋愛とサブリーダーの新垣里沙の5期メンコンビが、両脇から少女に抱きつく。
亀井卒業でたった一人の6期メンバーとなっていた田中れいなも、とろけるような笑顔を見せる。
そしてついに後輩が加入した8期メンバーの光井愛佳は、飛び跳ねながら喜んでいる。
4人の現メンバーは感情を抑えることなく、全身で歓喜を表現していた。
最後の9期メンバー道重さゆみの自己紹介で会場の興奮は頂点に達する。
こうして約4年振りの新メンバーお披露目は大成功に終わった。
だが当の道重さゆみは、どことなく不満気な表情をにじませていた。
会場を埋める大観衆の姿も、道重の目にはほとんど入っていなかった。
道重の視線は、真っ直ぐに一人の少女だけに向けられていたのだ。
そして道重の視線を察していたのは、見つめられていた少女本人だけだった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:19
- 9期メンバーの5人は舞台袖に退く。
初めて大観衆の前で挨拶した少女達は、興奮に頬を染めていた。
だがその中でも冷静さを保っていた少女が一人。
道重は、その子の前につかつかと歩みを進め、山口訛りのイントネーションで話しかけた。
「ねえねえ」
「うん?」
「あなたリーダーポジションを目指すとか言ってたけど」
「はあ」
自己紹介の後に、新メンバーは全員、簡単な所信表明を行っていた。
その時、リーダーを目指すと堂々と宣言した子が一人いた。
道重登場の瞬間を除けば、会場が最も沸いた瞬間だったかもしれない。
その子は今、道重の前で澄ました顔をしている。
その名は鞘師里保。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:19
- 「鞘師ちゃん」
「はい」
「次のリーダーはさゆだから」
「へ?」
「高橋さんの次のリーダーは、いっちばん実力がある子が相応しいの。だからさゆが」
「あのう、5期の次は6期とか8期の人がリーダーになるんじゃ・・・・」
「う」
熱く猛る道重とは対照的に、意外と冷静さを見せる鞘師。
現実的な言葉を投げかけられて、道重は思わずうろたえる。
それでも自分の弱い部分は、絶対に見せないようにするのが道重さゆみなのであった。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:19
- 「なによあなた。広島出身だと思って威張って」
「えー、そんなことー」
「さゆのこと見下してるでしょ」
どうも道重さんは広島県に対して含むところがあるようです。
念のために言っておきますが、作者調べでは山口県は広島県の植民地ではありません。
もう一つ念のために言っておきます。この物語はフィクションです。
最後にもう一つ。作者は田中れいな推しです。そういう設定です。
「わたしがリーダーっていったのはもう少し先の話で」
「うっ・・・・うるさい! そんなの関係ないの! 今日からさゆが娘。を仕切るの!」
「・・・・・道重さんって小五だっけ」
「学年は関係ないの。ここは実力の世界なの」
「道重さんって」
「がるるるるる」
「可愛いね」
「!」
鞘師里保
は「ふふふん」と鼻を鳴らしながら笑顔で道重の前から姿を消した。
道重さゆみはその眩しい後姿を、いつまでもいつまでも、いつまでも見つめていた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:19
- 今まさに扉が完全に開かれた。
この物語はモーニング娘。という不毛の大地に舞い降りた、新たな天使たちの物語である。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/30(土) 20:20
- * * *
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:11
- 第二話 女の子には秘密の地雷のボタンがあるのよ。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:11
- オワコン・・・・もとい、ハロコン2011新春は無事終了した。
なぜ「三百六十五歩のマーチ」なんて歌が歌われたのかは謎だが、
永遠に明らかにされない謎が多いのはUFAのデフォなので、ファンは特に気にしなかった。
この小説の中でも明らかにされない謎は多数登場するが、同様に気にしないでもらいたい。
先に言い訳しておくのが(しかも本文中で)この作者のデフォである。
着替える出演者。撤収の準備を始めるスタッフ。
そしてどこへ行って何をすればいいのかわからず戸惑う新メン。
舞台裏では、多くの人間が入り乱れて、混沌とした雰囲気が形成されていた。
「おーい、新メンはこっちこっち」
マネージャーに呼ばれて5人の新メンは別室に向かう。
会場にある控室の中でも一番大きな部屋だった。
部屋の中には、4人の先輩メンと半人前のプロデューサーが座っていた。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:12
- 「ほな、最終意志確認ということで。お前らみんなモーニングに入るわけや。それでええな?」
大観衆の前で挨拶しておきながら、今更否も応もない。
ここまで来たら、流星ボーイではなくても引き返せないだろうし、
雄叫びボーイであれば思い通りいかないことばかりでもみんなガマンだろう。
そんなわけで5人は、名目上のプロデューサーの言葉に、無言で頷いた。
その時、新垣里沙の目がキラリと光った。
「返事は『はい!』だよ。大きな声でね。黙ってちゃダメ」
新垣に促されて、5人は慌てて大声で「はい!!」と返事する。
早速、新人に教育を始めた新垣の姿を見て、仮面プロデューサーも負けずに新メンに説教を始める。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:12
- 「そうやそうや。芸能界では挨拶が大事なんやで。何か言われたら返事は大きな声で『はい!』や。
廊下ですれ違ったら『おはようございます』やな。簡単なようやけどわかってないやつは多い。
お前らは今日からモーニングの一員になったわけやからそこのところはきっちりやらなアカン。
お前らが挨拶せんかったら、お前らだけやなくてモーニング全体のイメージが悪くなるんやで?
その他にも芸能界には独特のルールやしきたりがたくさんある。それも全部覚えてもらうからな。
そういったルールを守ることって、歌やダンスが上手いってことよりもずっと大事なことなんや。
できひんヤツには辞めてもらうしかない。これ脅しとちゃうねんで。実際辞めさせたやつもおる。
まあ、誰とは言わへんけどなー。なんや訳わからん理由で辞めたやつとかおるやろ。あれやあれ。
(中略)
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:13
- 辞めた後で他の事務所から再デビューする芸能人とかって結構おるやろ。あれ、アカンでホンマ。
ファンも薄々わかってるはずやのにTV局とかはおかまいなしにバンバン使うやろ。感じ悪いわ。
大体、普通に真面目に芸能活動しとったら事務所を移籍する必要なんか出てこーへんのとちゃう?
なんや移籍したら一年間は活動自粛って紳士協定があるらしいけど、そんなん全然紳士ちゃうで。
ホンマに紳士やっちゅうんなら矢口や藤本みたいに辞めてからも事務所に金入れろっちゅう話で
(中略)
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:13
- そもそも飲食店で利益を上げるって、そうとう厳しいんや。単価が安いから利益率も低いねん。
ホンマにええ素材で作ろうと思ったらな、信じられへんくらいコストがかかってしまうんやで。
客はそれをわかってへんからなあ。「安っぽい安っぽい」って文句言うヤツってホンマ最悪。
そういう奴らが高級料理に高い金を使うかっていったら絶対使わへん。結局選ぶのは安い店や。
それに比べたら生写真なんてアホみたいなもんやで。あれってお札を刷ってるようなもんやで。
あれってめっちゃ利益率が高いんやで。あれ、話逸れたな。飲食店の経営の方に話を戻すけど
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:13
- 「つんくさん、すみません、話逸れてます」
新垣の一言で道重は目を覚ました。
すやすや眠っていた道重と違い、他の4人の新メンは真面目に話を聞いていたようだ。
その証拠に、4人とも目がうつろで首も座らず、失神寸前だった。
真面目に話を聞いていた新垣を除く先輩メン3人は、みんな目を開けたまま寝ていた。
見習いたい。勿論3人の方を。道重は強くそう思った。
「とにかくや、挨拶はしっかりな」
『はい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
この話はとっとと終わらせたい。
その思いからか、5人の新メンは親の仇のような挨拶を返した。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:13
- 「そんでや。最初はわからんことも多いやろから、全部先輩に訊いたらええ」
4人の先輩はニコリと頷いて新メンの方を向いた。
先輩の笑顔には、さすがにどっしりとした貫禄があった。
TVで見た時はあんなに頼りなさそうに見えたリーダーですら、頼もしそうに見えるのだ。
明るい笑顔と人間的な貫禄には、そんな不思議な引力があるのだろうか。
「わたしを信用してください。間違いはありませんから」
投資関係の詐欺に引っ掛かる人の気持ちも今ならわかる。道重はそう思った。
ハロプロエッグに加入した子もきっとそういう感じだったのだろう。
「これまでもモーニングでは新人の子に教育係をつけてたんや。知っとるか?」
教育係。そんなものは道重は初耳だったが、他の4人は知っているようだった。
新メン一人につき先輩メンが一人ついて、マンツーマンで指導する。
それがモーニング娘。の教育係制度だという説明だった。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:13
- 「ほな、今ここでぱぱっと決めていくで。たまには直感即決で決めるのもええやろ」
たまには?
お前が直感以外で決めたことがあったのかよ。
高橋と新垣と田中と光井は全員一致でそう思った。きっと全てのOGメンもそう思うことだろう。
誰かが言わない限り、この耄碌プロデューサーは永遠に気付かないのかもしれない。
言っちゃいな言っちゃいな言いたいことは言っちゃいな
だが残念ながら今のモーニング娘。にはそういった素直な発言ができる人間はいなかった。
娘。のメンバーだけではなく、UFAのスタッフの中にも一人もいなかった。
もしあの時、不条理やしがらみをパンチでぶっ飛ばせていたのなら・・・・・
もしあの時、矛盾やため息をパンチでぶっ飛ばせていたのなら・・・・・
もしかしたら今でも小春や亀井はモーニング娘。のメンバーとして活動していたかもしれない。
世の中は、なかなか「元気者で行こう!」のようには行かないのであった。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:13
- 「ほな、譜久村の教育係は高橋な」
「はい」「・・・・あ、はい。高橋さん、よろしくお願いします」
「で、生田の教育係は新垣や」
「はい。生田の係ですね」
「係って略すな。お前が言うと生々しいねん」
「え、あれはもう昔の話じゃ」
「あー、それもそうか」
「とにかく了解しました。よろしく生田」「はい??? よろしくお願いします」
「鞘師の教育係は田中な」
「やっぴー、田中れいなだよー、ヤッシーよろしくぅー」
「普通に挨拶できひんか」
「よろしくお願いします」「こちらこそよろしくお願いします」
「そんで鈴木の教育係は光井」
「うわ。あたしもですか」
「何言うてんねん。お前ももう立派な先輩やろ」
「はあ、わかりました」「よろしくお願いしまーす!」
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:14
- 道重はドキドキしながら自分の番を待っていた。
高橋さんは優しそうだな。新垣さんは厳しそうだな。
田中さんはちょろそうだな。光井さんは琵琶湖っぽいな。
誰かな誰かな。誰もいいけど、教育係になった先輩と一番最初に仲良くなろう!
道重は、物心がついた頃からずっと憧れていた先輩の顔を、代わる代わる見つめる。
ご飯とか一緒に食べてくれるかな。買い物とか付き合ってくれるかな。
休日遊んでくれるかな。ラブandベリーのカードとか買ってくれるかな。
だが道重のささやかな期待は、鬼畜プロデューサーの一言によって切り裂かれるのであった。
「で、最後、道重。道重の教育係は・・・・うーん。よし、譜久村!」
「えええええええ!」「ええええええええ!」
道重と譜久村が同時に大きな声を出した。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:14
- 「なんでさゆだけ教育係がいないのー!」
「おるやろ。だから譜久村って言うたやんけ」
「無理です私。そんな。入ったばかりなのにいきなり教育係なんて」
「大丈夫大丈夫。お前はエッグでずっとやってたから」
「でもー・・・・・」
譜久村はさりげなく先輩の方に視線を送り、目で助けを求めた。
だが先輩メンは一斉に視線を逸らした。
こういう理不尽な決定は過去にも何度もあったのだろう。そして覆らなかったのだろう。
だがそんな過去の出来事など、道重さゆみは知る由もない。
「ずるい! みんな先輩なのに。さゆの係だけ先輩じゃない!」
「そんなん言うたって4人とももう決まったやろ。もうおらへんがな」
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:14
- 「さゆの係も先輩にしてよ! そうじゃなけりゃー不公平すぎるー!」
「知らんがな。別に譜久村でもええやろ」
「ダメダメダメダメ! そんなのダメ! さゆの係は高橋さんがいい!」
「じゃあ、あたしがフクちゃんとさゆちゃんの二人の面倒を見ましょうか?」
「アホか。お前はもうすぐ・・・・・・まあ、それはまた別の話やけど」
「え? 何の話ですか?」
「なんでもない。とにかく高橋は譜久村の係! 譜久村は道重の係! これで決定! 大決定や!」
「うえええええええん。ずるいよぉぉぉぉ」
「泣きたかったら泣け。おい、お前らは次の仕事行くぞ。移動や移動」
無責任プロデューサーは、先輩メン4人を引きつれて逃げるように部屋から去っていった。
その場には5人の新メンだけが残された。ものすごーく気まずい空気が流れる。
道重はぐずぐずと泣き続けていた。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:15
- 「道重さーん。もうそろそろ泣きやんでよー」
「えっぐ。ひっぐ。だって、だって」
「ほらー、道重さんがずっと泣いてるから譜久村さんも困ってるよ」
「困っ、たら、高橋さんに、助けてもらえば、いいじゃん。教育、係、なんだから」
「・・・・・ごめんなさい」
「そんな意地悪言わないであげてよー」
「決めたのは譜久村さんじゃなくて、●●●●なつんくさんなんだからさー」
生田と鈴木が代わる代わる道重の機嫌を直そうと試みる。
この二人は人見知りしない性格をしているのか、
道重や譜久村に対して、もう完全に親友であるかのようにふるまっていた。
譜久村はうるんだ瞳で道重のことを見つめている。
何の責任もないはずなのに、譜久村は一切言い訳せずにひたすら道重に謝り続けている。
正直言って、道重はそんな譜久村に対してかなり好感を抱いていた。
でもどうやって仲直りしたらいいのかわからない。振り上げた拳をどこに下ろせばいいかわからない。
悪いのはあたしなの? あたしがいじめてるの? あたしは悪くないよね?
道重の涙はなかなか止まらなかった。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:15
- 「モーニング娘。の未来のリーダーとして言わせてもらっていいですか」
鞘師の口調は穏やかだった。偉そうでもなく、皮肉っぽくもなかった。
「私達はこれから長い付き合いになるんだから、ここはきちんと喧嘩したほうがいいと思う。
上辺の付き合いはよくないよ。だから道重さんと譜久村さんも徹底的に喧嘩すればいい。
それが私たち、そしてハロープロジェクト全体の未来のためにもなると思うんだけどな」
これが本当に小学六年生の12歳の言葉だろうか。
提案というか説教というか。そんな言葉も不思議と鞘師が言うと理屈っぽく聞こえなかった。
だが上から目線で言われているような気がして、道重は大いに気に入らない。
思わず道重は泣きやんで、思いっ切り鞘師を睨みつけた。殺し屋の目で睨みつけた。
「ちょっと何勝手なこと言ってんのよ」
同様に譜久村も泣きやんで、思いっ切り睨みつけた。殺し屋の目で睨みつけた。道重の方を。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:15
- 「わかりました」
「え?」
「私が愛するハロプロのためになるのなら」
「えっ? えっ?」
譜久村聖は、極端に人の意見に左右されやすい性格をしていた。
「道重ちゃんのバカァァァァ!!!」
譜久村は大声をあげて道重が座っていた椅子をひっくり返した。
当然ながら椅子に座っていた道重もひっくり返った。
ものすごい勢いで譜久村は叫び出した。見ていた生田と鈴木がドン引きするほどの声の大きさだった。
クールを気取っていた鞘師の表情も曇るほどの怒りっぷりだった。
「道重ちゃんばっかり文句言ってるけど、あたしだって、あたしだって」
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:16
- 譜久村が突然号泣した。目から滝の涙が溢れた。
あまりにも突然だったので皆、驚く暇もなかった。
どうやら「ハロプロのため」というのが譜久村がキレるスイッチのようである。
・・・・・ということを後に4人は知ることになるのだが、今はまだそんなことは知る由もない。
「高橋さんだって言われたけど、高橋さんだって好きだけど」
一度そのスイッチを押すともう止まらない。
鞘師の言葉でも、道重の涙でも、譜久村を止められない。
譜久村は道重の胸倉をつかみ、強引に立ちあがらせると、至近距離で雄叫びを上げた。
この人だけは絶対に怒らせてはいけない。
キレた譜久村の言葉はあまりにも理不尽すぎる。逆らえない。
道重は自分の教育係に決まったこの美少女の性格をしっかりと心に刻んだ。
「本当は亀井さんが良かったわよ!!!!」
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/31(日) 20:16
- * * *
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:07
- 第三話 昆虫のモノマネって誰が元祖か知っていますか。
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:08
- とりあえず道重は譜久村と仲直りの握手をした。
「ごめんねフクちゃん」「うん、さゆちゃん」
わだかまりは残らなかった。お互い愛称で呼び合うことにも抵抗はなかった。
元々、道重には譜久村を嫌いになる理由もないし、譜久村にも道重を嫌いになる理由はなかった。
ただ二人はその日が初対面だったため、上手くコミュニケーションが取れなかったのかもしれない。
「嘘ですあれはコミュニケーションです」
そんな見え透いた嘘をつかなかっただけ、道重と譜久村は素直な性格だったと言えるだろう。
もっとも、不機嫌な藤本美貴の前から逃げるためだったら、どんな嘘でもついただろうが。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:08
- 落ち着きを取り戻した5人はリラックスして自分達のことを話し出す。
まだ知り合ったばかりだったので、共通の話題はオーディションのことくらいしかなかった。
「そっかー、他の4人はみんな最終選考まで残ってたんだもんね」
「うん。そのときに結構話したりした」
「最後に残ってた人数、少なかったもんね」
「あたしー、さゆちゃんのことも鞘師ちゃんのことも香音ちゃんのことも覚えてるよ」
「あたしもみんなのこと覚えてたー」
「さゆもさゆも」
「いいなー、あたしも合宿行きたかったなー」
譜久村も一応、エッグの立場でオーディションは受けていたが、三次選考で落選していた。
最終オーディションの舞台となる合宿には行っていない。
そういうわけで、他の4人と話らしい話をするのはその時が初めてだった。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:08
- 「えええええっ。合宿に行きたいってー、ありえなーい」
「あれしんどいだけだったよ」
「もう二度と行きたくない・・・・・」
「でもさあ。4人はその思い出話で盛り上がれるわけじゃん。あたしはその話についていけない・・・」
「しないしない!」
「合宿の話なんて絶対しないから!!」
「うんうん。亀井さんってホント可愛いよね」
「ハロプロ最高!」
「え? え?」
4人はまだ譜久村のスイッチがどこにあるのかわかっていなかった。
ただひたすら譜久村をキレさせないようにと慎重に会話を進める。
だが譜久村は「合宿の話題についていけないよー」と言いつつも話を聞きたがっているようだった。
それを言うなら譜久村だって「ハロプロエッグでの経験」という、
他の4人にはないアドバンテージを持っていたのだが。隣の芝生は青く見えるものだ。
ハロヲタだって、AKB48とかアイドリングとかももクロちゃんとかを羨んだりするものだ。
あーりん可愛いよあーりん。しおりん可愛いよしおりん。
それにしても逆にハロヲタが羨まれるケースがほとんどないのはどうしてなのだろうか?
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:08
- どうも譜久村は、本気で合宿の話を聞きたがっているようだった。
これ以上話を逸らせるのも、逆に不自然ではと感じるような空気になっていく。
それならばと、生田は隣にいた鞘師と視線を合わせた。
「それだったら・・・・」
「ねー」
「なによ鞘師ちゃん。なにが『ねー』よ」
道重が唇を尖らせる。
分かり合っているような雰囲気を出している二人がちょっと羨ましい。
鞘師はニコニコしながら生田との会話を続けた。
「いや、合宿で一番元気だったのは・・・・・」
「そこのちびっ子二人組だよねえって話よ」
生田が道重と香音の二人を指差した。
香音は「えへへへへ」と笑って特に否定しようとはしない。
道重は反論しようとしたが、それより先に頭に浮かんだのは、初対面のときの香音のことだった。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:09
- 道重はどちらかというと人見知りする方だった。
だから合宿所に着いた時も、他の候補者とはほとんど目を合さなかった。
そんな道重の視界の中に強引に割り込んでくる人影があった。
「ねえ、道重ちゃんって小五? 小五? 山口県の子?」
ちょっとアクの強い中東系の顔をした女の子だった。
イブラヒム・ミルザプールとかジャヴァド・ネコーナムとかそんな名前が似合いそうだ。
ルックスも押し出しが強いが、性格の方もアクが強そうな感じだった。
最終候補者は合宿所で顔を合わせた時に、最初に軽い自己紹介をし合ったのだが、
そのとき道重が「この子は一番合いそうにないなあ」と思ったのがその少女だった。
道重は比較的真っ直ぐな性格をしたお嬢さんだったので、心の中で思った。
「この子、落ちればいいなー」
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:09
- 勿論、鈴木香音はそんな道重の思いなど知る由もない。
気安い口調でどんどん話しかけてくる。
「あたし鈴木香音。オーディションのとき一人コントやったんだけどさー」
「えー? コント?」
「うん。つんくさんに笑ってもらおうと思って」
「そんなのアリなの?」
「どうなんだろうね」
「は?」
確かオーディションでは歌とダンスを見せるんじゃなかったっけ。
それなのに一人コントって。そんな勝手なことをしていいのかなあ?
失格になったりしないのかな? でもこの子、最終合宿まで残ってるし。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:09
- だが鈴木香音は道重が尋ねるよりも早く、勝手に一人でコントを始めた。
なぜ自分に話しかけてきたのか。なぜコントなのか。なぜいきなり始めるのか。
道重は訳が分からず、ただポカンと鈴木香音の一人コントを見つめていた。
コントは意外と長く、5分くらいしてようやく終わった。
「どう?」
「面白い」
「やったぁー!! このコントは実はね」
「いや、コントじゃなくて」
「え?」
「あなたが面白い。顔とか、雰囲気とか、そのノリとか。面白過ぎ」
「うっわ。ありがとう。で、このコントなんだけど」
「コントはつまんない」
「うっ・・・・・」
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:10
- 道重の辛辣な一言を受けても、香音は全くへこたれた様子は見せなかった。
むしろそういった厳しい評価を期待していたように見えた。
「はあ、でもやっぱり道重ちゃんに見てもらって良かったよー」
「なんで?」
「いや、TVで見てたんだけどさ、みんなのオーディションの様子を」
「あ、それあたしも見てた」
「道重さんもやっぱりライバルのこと気になる?」
「うーん。気にはならない。だってライバルは後ろ向きで弱気なわたしだから」
「それを言うなら弱気で後ろ向きな私」
「かっちーん」
「とにかく見たんだよね」
「うん」
TVの深夜放送では、少しではあるが9期メンバーオーディションの様子が流されていた。
一人、ずば抜けてダンスの上手い子がいたことを道重は覚えている。年齢は一つ上だった。
ということはこの鈴木香音と同じ歳なのだろうか。
その子も勿論、この合宿に来ていた。
密かに道重がライバル視している子だった。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:12
- 香音の話では、香音のコントもばっちリンリン放送されたということだった。
だが道重にはそんな記憶は全くなかった。
ちなみに過去にリンリンがTVに映っていた記憶も全くない。
全国ネットとかゴールデンとか、そういうので見た記憶が全くないのである。
彼女は本当に実在したのだろうか。もしかして藤沢みのり的な存在だったのでは?
山口県在住でバリバリの在宅派モーヲタの道重にはそれを確かめる術はなかった。
「オーディションでコントやってたのってあたしと道重ちゃんだけだったじゃん」
「えー! あたしそんなのやってなーい!!」
「だから道重ちゃん、コントとか詳しいのかなって。アドバイスもらえるかなーって」
「だからやってないって。勘違いしてない?」
「まさかあたし以外にコントやってる子がいたとはねー。しかも小五。年下じゃん」
「年は関係ないでしょ」
この合宿に来たメンバーの中では道重が最年少だった。
年下だからってなめられてはいけない。道重はずっと気を張っていた。
「とにかくそれが面白くて」
「だからあたしコントなんてやってないって!」
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:13
- 「でもさ、道重ちゃんって『涙が止まらない放課後』歌ってた子でしょ?」
「うん。よく覚えてるね」
あらいやだ。そんなに印象に残ってたの? あたしが飛び抜けて可愛いから?
早速有名人ねあたしって。もう既に「道重さゆみファンクラブ」とか出来てたりして。
でも「道重さゆみファンクラブ」とかいう名前じゃちょっと芸がないわね。
「道重興産」とか「道重一筋 〜わたくしは若い子には流れません〜」とかにしようかしら。
まだ小学校五年生の道重さんは、そんなおませなことを考えておりました。
その道重もTVは見ていたが、他の候補者が何を歌っていたかまでは覚えていない。
あの鞘師とかいう子が踊っていた曲も思い出せない。
ダンスの印象が強過ぎたからだろうか。もっとよく見ておけば良かった。
その点、この鈴木香音という子は侮れない。
他の候補者のことをしっかりと研究してきたのだろう。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:13
- 「あれ凄いね。感動した」
「ありがとう」
とにかく香音が道重の映像を見ていたことは間違いないようだった。
道重の歌に感動したのも嘘ではないようだった。
意外と純で優しい子?と思った道重だったが、それは完全な思い違いだった。
「あんな音楽コントやられたら、普通のコントじゃ勝てないって」
「音楽コント?」
「あたし、学校で道重ちゃんの持ちネタを真似して遊んだりしたよ。友達にもバカ受け」
「持ちネタ?」
「なみだあーーーーーーーーーー〜とーまらなーいわぁぁぁぁぁ〜ん」
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:13
- 「コラそこ! 何やってる! これから収録だぞ!」
「おーい、ちょっとみんな来て来て!」
「止めろって止めろって」
「とにかくその二人を引き離せよ!!」
凍りつく明細書ならぬ凍りついたスタッフがやってくる。
まだ素人とはいえ、立派なモーニング娘。候補生である道重と香音。
彼女達の身体は、スタッフ達にとっては既に「商品」であるという認識だった。
怪我なんかされた日には、それこそ凍りつく明細書がやってくることだろう。
男のスタッフが4人がかりで道重と香音を引きはがす。
離される間際に、道重は長い脚を伸ばして鋭い前蹴りを繰り出す。
つま先の尖った靴が香音の鼻にめり込んだ。飛び散る鼻血。
「コラ! 道重ェ!!」
「がるるるるるる」
「鈴木も! 二人ともこっち来い!」
そして二人は、夜遅くまでスタッフにきつい説教をくらったのであった。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:13
- 「仲直りしないなら合宿には参加させない」
夜の21時。スタッフにそう言われて道重は渋々香音と握手を交わした。晩御飯は抜きの刑だった。
気に入らなかった。大いに気に入らなかった。
何が気に入らなかったと言って、道重の歌を侮辱した当の鈴木香音が
「これで二人は親友だね!」と本気で仲直りした気になっているのが一番気に入らなかった。
道重は根に持つタイプだった。香音は根に持たないタイプだった。正反対の性格だった。
道重は合宿が始まる前に、まずこの鈴木香音から潰すことに決めた。
勿論、これ以上喧嘩することはできない。スタッフにばれたら道重も強制送還になってしまう。
道重は極めて正攻法で香音を潰すことにした。
すなわち、アイドルとしての実力を見せつける。圧倒的な実力差を見せつけて香音を自信喪失に追い込む。
香音が最も得意とする分野で勝負して、圧勝する。
それが小学校五年生アイドル道重さゆみが考えた、可愛らしいシナリオだった。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:14
- 「香音ちゃん」
「ありえないよ・・・・・・」
さっきまで元気だった鈴木香音は、今はなぜか完全に落ち込んでいた。
スタッフに叱られたのがそんなにこたえたのだろうか。
そんな精神的な弱さでは今後芸能界でやっていけないだろう。
これは潰すまでもないかな?と思った道重だったが、香音は予想以上にタフだった。
「晩御飯抜きとかありえないよ・・・・・」
「そっち? そっちで落ち込んでたの?」
「だって、人生で晩御飯より大事なものなんてないよ!」
「いや、もっと他のことで落ち込むべきじゃ・・・・・」
「明日からレッスンだよ? オーディションだよ? 腹が減っては色気も半減っすよ・・・・」
「いや、ゼロは半分になってもゼロだから」
この子はバカだ。それも予想以上のバカだ。
それでもなお、道重さんはこの機会にこの子を完全に潰しておこうと思うのであった。
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:14
- 「あのね、香音ちゃん」
「なに、道重ちゃん」
「さゆちゃん、でいいよ。友達はみんなそう呼んでるから」
「うん! もう友達だもんね。これからはさゆちゃんって呼ぶよ」
香音はうきうきだった。骨が折れた鼻は真横に曲がっていて、すごい顔になっていた。
辻希美ブログなら完全にスタンプで隠されるレベルの顔だったが、香音は全く気にする素振りがない。
思っている以上にこいつは根性入っているのかな。道重はちょっと香音のことを見直した。
だが手を緩める気はない。こいつもライバルなのだ。
蹴落とすのだ。本当の蹴りではなく、アイドルとしての力で蹴落としてみせるのだ。
「仲直りのしるしに、あたしの持ちネタを一つ見せてあげる」
「えー! 本当に!? また音楽コント?」
道重は、くるりと振り返って壁の方を向き、握り拳を固めてドンドンと二発壁を殴った。
そして香音に聞こえないくらいの小さな舌打ちをした。
それでも再びくるりと振り返ると、道重は天真爛漫な笑顔を見せた。
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:14
- 「ううん。モノマネ」
「モノマネ? すごーい。さゆちゃんってそんなこともできるんだー」
道重はそこで厳しい表情を作った。
ここで一発、ガツンと香音のことを脅しておかなければならない。
本物の「芸」の前では香音のコントなど素人のお遊びに過ぎないのだと。
そんな屈辱を香音の心に刻んでやらねばなるまい。
「香音ちゃんもこれくらいできないとダメね」
「おおー」
「これくらいできなかったら受からないよ。諦めて愛知に帰った方がいい」
「ホント!? 見せて見せて! 絶対見せて!」
「じゃあやるよ、さゆのことをよく見ててね」
「うん!」
「ではいきます、道重さゆみで・・・・・・ダンゴムシのモノマネ!」
道重はそう言って体育座りの姿勢を取ると、床にゴロリと転がった。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:14
- 「お前はこの中じゃ最年長なんだから、ちょっと行って様子見てこい」
スタッフにそう言われて、生田衣梨奈は渋々ながら道重と香音の様子を見に行くことにした。
密かに期待していたのだが、カメラはついてこない。
「美味しい仕事にはなりそうにないなあ」と計算高い生田は思った。
仕事でないのなら、本当はあの二人には近づきたくなかった。
女の子同士の●●●●なら何度か見たことはあるが、頭突きや噛みつきのある喧嘩なんて初めて見た。
人間って獣なんだなと、忘れていた何かを思い出させるような喧嘩だった。
生田も比較的単純な人間だったので「あの二人は間違いなく落ちる」と素直にそう思っていた。
ガラっと引き戸を引くと、板張りの床の上には二匹のダンゴムシがゴロゴロと転がっていた。
目が点になった。次の瞬間に生田は爆笑した。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:15
- 「それから結局、レッスンが始まるまでごろごろしてたよねー」
「うん。ずっと転がってた。3人で」
「えー、それじゃ、えりちゃんも一緒に転がってたの?」
「だって面白そうだったんだもーん」
「でもえりちゃんのダンゴムシは全然なってないよね」
「え、そうなの?」「無駄にキビキビし過ぎ」「奥が深いねー」
「さゆはね、宇部ではダンゴムシ研究で定評のある子だったの。宇部日報でも・・・」
「それで鞘師ちゃんは?」
「いや、あの、その・・・・わたしはその場にいなかったので」
「嘘だあ。あたしたちを見た瞬間に、びっくりして逃げてったじゃん! さゆ見たもん!」
「逃げてないです」
「嘘だ嘘だ」「絶対見てたよね」「絶対あたしたちのことバカにしてたよね」
「してませんしてません!」
なおも道重と生田と香音は、鞘師を取り囲んでギャアギャアと責め立てた。
娘。の活動とは全く関係ない、低俗でくだらないことで罵り合う4人を見て、
譜久村聖は「やっぱり合宿に行きたかったなあ」と本気で羨ましく思うのであった。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 20:15
- * * *
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/01(月) 21:50
- この設定絶妙でいいですね
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 20:59
- 第四話 涙出るほどの癒しの調べ。YEAH!
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 20:59
- CDが売れなくなったと言われて久しい。
1996年〜2000年の間にミリオンヒットを達成したシングルはおよそ80枚程度。
それが2001年〜2005年の間となると、およそ10枚程度に激減。
さらに2006年〜2010年の間にいたっては、たった2枚しかない。
揺らいでいる消費社会。
それでもモーニング娘。はシングルをリリースしていかなければならない。
CDが売れていないことは事実だが、だからといって立ち止まってはいられない。
過去の事実は変えられぬが、来る未来だって予期できぬものなのだ。
そんなわけで今日も純白の天使たちは勇気をもって立ち上がるのである。
期待されると燃える彼女達のために、拍手喝采しようではないか!
とか言ったりして。
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 20:59
- 「まじですかスカ」
記念すべき9期メンバーデビューシングルのタイトルを見た時、道重はスタッフに尋ねた。
「まじですか?」
これは実話である・・・・・というと嘘になるが実話であってほしいなあ。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 20:59
- とにかく9期メンバーにとっての初めてのレコーディングが始まった。
道重は、てっきり最初から歌のパート割りが決まっているものだと思っていた。
だから各メンバーは、自分のパートだけを歌って録音するものだと思っていたのだ。
だが歌に異常な情熱を燃やす敏腕プロデューサーの手法は違っていた。
とりあえず全員に全パートを歌わせて、良さそうな部分をつなげていく。
時間と手間暇を惜しまずに、歌にありったけの情熱を注ぐという方法をとっていた。
彼は本当に敏腕なのだろうか。単に腕が過敏なだけではないのだろうか。それは誰にもわからない。
とにかく、9人全員が最初から最後まで歌うので、録音には結構な時間がかかってしまう。
そんなわけで4人の先輩メンは既に前日にレコーディングを終わらせており、
今日は5人の新メンだけがレコーディングを行う予定となっていた。
「よっしゃ。ほな譜久村から始めようか。あとの4人は前室で待っとれや」
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:00
- 待っている間、鞘師は香音と一緒に歌詞を読んでいる。
どうも最近この二人は仲が良い。そして中学生組の譜久村と生田も気が合うみたいだ。
そんなわけでちびっ子道重は、しばしばはぶられいな状態となっていた。
はぶられいな状態。なんたる屈辱であろうか。まさに筆舌に尽くし難い屈辱である。
だが今は譜久村聖はレコーディング中であり、この場にはいない。
ただ一人で、順番を待ってたんじゃつらい。
そんなわけで道重は、嫌々ながらも生田の方へと擦り寄って行くのであった。
友人の評価がイマイチな田中れいな状態を避けるためだったら、泥水でもすする覚悟だった。
何を考えているのか底を見せない鞘師。何をし出すかわからない底なし沼の香音。
それに比べれば水溜りみたいに底の浅い生田は扱いやすいだろうと道重は思っていた。
「ねー、えりぽん。さゆと一緒に歌のれん・・・・」
生田は楽譜を手に、はらはらと大粒の涙を流していた。ニヤニヤ笑いながら泣いていた。
道重は生田から30cm離れた。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:00
- 「ねえ、えりぽん、どうしたの? どこか痛いの?」
「この歌詞・・・・この歌詞・・・・・」
「まじですかスカの歌詞? もう読み終わったの? これがなに?」
「この歌詞は私のことを歌ってる」
道重は思わず自分で持っていた楽譜の歌詞を読み返した。
どこをどう読んでもパッパラパーの能天気な歌詞のようにしか思えない。
久住小春じゃなくても「全く理解できない。意味わかんない(笑)」と言いたくなるような歌詞なのだ。
生田が一体何を言わんとしているのか、道重には全く理解不能であった。
「あたし・・・・・今年のブームが何なのか気になって仕方ないし」
「え」
「この星には誘惑が多過ぎると思うし」
「はあ」
「どんなときだってポジティブなのよ!」
今はめっちゃ泣いてるやん。ポジティブちゃうやん。
道重は、なぜかインチキ関西弁を使って、心の中で生田に突っ込んでいた。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:00
- 「アハハハハ。やばい。これヤバイ」
ヤバイのはえりぽんの精神なの。道重はその一言を飲み込んだ。
もしかしたらこの生田という女は、怒らせたら譜久村よりも怖いのかもしれない。
「なにがヤバイの」
「もしかしたらこの曲・・・・・えりのソロ曲になっちゃうかも」
「なんでそうなるの?」
「だってあまりにもあたしにピッタリの歌詞だし」
「はいはい。わかったわかった。それはわかったから、ここでちょっと歌の練習しよ」
道重は生田の性格を素早く分析した。
大雑把に言うなら、生田衣梨奈っていう子はお姉ちゃんみたいな子なんだな。
お姉ちゃんみたいに●●●が●●で、時々●●●●になったり●●●●になったりで、
●●の●●●がちょっとだけ●●●だから、だからきっといつも●●●●●●●なんだな。
そう割り切ってしまえば、生田も扱いやすい子のように思えた。
道重の姉の性格については割愛するが、簡単に言うなら「精神年齢7歳の大学生」である。
適当に話を合わせておだてながら、強引に道重は話を進めた。
「さ、練習しよしよ」
「うん! えり、歌う!」
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:01
- 生田が元気よく歌い出すと、鞘師と香音が怪訝な顔をして部屋から出ていった。
道重もその場から離れたくなったが、かろうじて我慢した。
とにもかくにも・・・・・
生田は歌が下手だった。
「ちょっとちょっと。えりぽんストップ」
「あ・な・た・を知りたーい いえええええええええええええええええい!」
「爆発的すぎ・・・・・」
「えー? いいところだったのにー」
「いいから。ちょっとさゆの歌を聴いて。良いお手本になると思うから」
「うん」
今度は道重が歌い出した。
十秒も経たないうちに生田は部屋の外へと出ていこうとドアノブに手を伸ばした。
道重もまた、生田と同じかそれ以上に歌が下手だったのだ。
マイナスにマイナスをかければプラス。だが音痴に音痴をかけても音痴が二人残るだけだった。
むしろより一層状況が悪化するだけである。
生田も道重も、相手の歌を聞いて同じことを思ったのであった。
(これ以上長く一緒に居ると私もダメになりそう・・・・・)
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:01
- 部屋から逃げようとする生田。
だが道重はがっちりと腰をつかんで逃がさない。
逃げたいけど逃げられたくない。その思いは生田も道重も同じだった。
「ちょっとえりぽん! どこ行くのよ!」
「え、ちょ、ちょっとトイレに」
「さっきも行ってたじゃん」
「あー、あのー、言いにくいんだけどー、こういうのはー、はっきり言った方がお互いにー」
「なによ。はっきり言ってよ」
「さゆちゃんって音痴だね」
「がびーん」
道重は小さくないショックを受けた。
自分の歌について、これまで全く気にしていなかったといえば嘘になる。
歌が微妙だと言われたことは、これまでにも何度かあった。
自分の歌が、聴く人によって好みの分かれる、極めてスペシャリティの高い歌だという自覚はあった。
だが自分より歌が下手な人間にはっきりと「音痴だ」と言われたことは初めてだった。
(飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのことね・・・・)
道重は心の中で誤った慣用句の使い方をしていた。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:01
- 「下手なのはえりぽんの方だよ!」
「いや、絶対えりの方が上手いから」
「あたしの方が上手い」
「あたしの歌の方が上手いから」
道重も頑固だが、生田もかなり頑固な性格だった。
こんな歌をしておきながら、どうしてこんな自信満々でいられるんだろう?
自分のことを差し置いて、道重はそう思った。
「自分のことを差し置いて」
それは飯田や安倍や矢口や辻や石川や高橋や藤本や久住や光井やジュンジュンや光井や・・・・・
とにかく多くのハロメンに引き継がれている気質の一つだった。
そんな部分だけは、道重さゆみも既に立派なハロプロメンバーの一員であった。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:05
- 「絶対あたしのソロパートの方が多いよ。だってあたしの方が歌上手いし」
「この歌はあたしの歌なの。全部あたしのソロパート!」
「じゃあ、つんくさんに決めてもらおう」
「いいわ。同時にレコーディングやってもらおうよ」
「わかった。さゆね、歌じゃ一回も負けたことないんだから」
「ほほほほほほ。じゃあ、あたしが初めての敗北を教えてあげる」
二人はレコーディング室へとなだれこむ。
丁度譜久村のレコーディングが終了したところだった。
歌で勝負したいという二人の提案を、敏腕Pはあっさりと了承した。
「ええでええでー、そのライバル意識。それを待ってたんや」
「あたしの方が上手かったら、ソロパートいっぱいください」
「そらそうや。歌が上手い子にいっぱいパート当てるで。当然や」
「この歌詞ってあたしをイメージして書いたんですよね? あたしの歌ですよね?」
「え? まあな。生田みたいな若い子に向けて書いた歌やな」
「ほらやっぱり! さゆちゃんよりあたしに相応しい歌なのよ!」
「まだそんなこと言ってるの?」
「ええなあお前ら。若いってええわあ・・・・・」
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:05
- 道重と生田の勢いに押されて、敏腕プロデューサーはかなり熱くなっているようだった。
だがその一方で道重さゆみの頭の中は氷のように冷静だった。
「じゃ、レコーディング始めてください」
「あたしの勝ちね。絶対勝ったわ。そうでしょう、さゆちゃん」
「始めてください」
「あたしに相応しい歌詞だし、あたしの方が歌が上手い。勝負はもう終わってるのよ」
「えりぽん」
「なによ」
「弱い犬ほどなんとかだって昔からよく言うよ」
「!」
「道重ええこと言うなあ。その台詞、俺の素敵ノートに書いとくわあ」
「いいわ。わかった。さゆちゃんの言う通り、歌で勝負よ!」
「さゆ、負けない!」
こうして道重と生田のレコーディング勝負は異様な熱気をはらんだまま進行した。
そして翌月、『まじですかスカ!』は無事に発売された。
ちなみ9期のソロパートは下記の部分が全てであった。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:06
- 大好き すぎちゃ 嫌でスカ(鞘師)
日本の 元気は どうなりまスカ(生田)
スカスカ ビートは 好きでスカ(鈴木)
あなた を 知りたい(譜久村)
YEAH!(道重)
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/02(火) 21:06
- * * *
- 71 名前:homare 投稿日:2011/08/02(火) 21:07
- >>56
ありがとうございまーす。
この小説はその設定が全てですので、そこを気に入ってもらえると嬉しいです。
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:28
- 第五話 ブラックバスって煮ても焼いても食えないらしいよ。
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:28
- 「フクちゃん、髪結って髪結って」
「はいはい」
道重さゆみの髪は長い。
長く黒く艶々した髪を綺麗にまとめるのは、道重の教育係である譜久村聖。
道重本人がまとめるよりも遥かに手際よく、そして美しくまとめあげる。
いまや立派な髪結い係となっているフクちゃんであった。
「フクちゃん、ボタン留めてボタン」
「はいはい」
道重のレッスン着にはなぜか首の後ろにボタンがある。
それを留めるのも譜久村さんのお仕事だったりする。
「フクちゃん、フクちゃん」
「はいはい」
今や道重は、完全に譜久村聖を教育係(雑用係?)として使いこなしていた。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:28
- その譜久村の教育係である高橋愛は今日のレッスンは欠席だった。
数日前に「高橋愛、秋ツアーをもってモーニング娘。から卒業」のニュースが流れていた。
そのニュースに対する街ゆく人の反応は、おおむね●●●だった。
高橋さんがいなくなるんだから、その前に一人立ちしなくちゃいけない。
高橋の卒業発表を受けて、譜久村の意識は大きく変わっていた。
自分のことだけじゃなくてさゆちゃんのことも見てあげないとダメなんだ。
高橋さんがいなくなるんだから、一人で二人分がんばらなくちゃいけないんだ。
譜久村は自分のキャパ以上の役割をこなそうと必死だった。
その一方で道重さんのモチベーションも急上昇していた。
高橋さんの次のリーダーはあたしがなるんだ!
「新垣里沙が次のリーダー」という事務所の発表を完全に無視して、道重は勝手にそう思っていた。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:28
- 「フクちゃんフクちゃん。ダンス教えて!」
「はいはい」
9期加入後の初シングルである「まじですかスカ!」。
レコーディングの次に待っているのはダンスレッスンである。
世界一美しい小学校五年生アイドル道重さゆみは、歌と同じくらいダンスが下手だった。
それでも譜久村は嫌な顔一つせずにさゆちゃんにダンスを教え、
さゆちゃんの髪が乱れれば髪を結い、靴ひもがほどけたら結んであげ、
さゆちゃんのパートのステップを一緒になって踊ってあげるのであった。
「フクちゃん、フクちゃん」
「はいはい」
「フクちゃん、できないー」
「そこはこんな感じで」
「できないー」
「最初はゆっくりやってみようか」
いつのまにか道重さんは、大好きな高橋や新垣よりも、フクちゃんになつくようになっていた。
フクちゃんはスポーツ万能ではなかったが、そんなことは道重には関係なかった。
なぜなら道重の理想のタイプは「かっこよくて話しやすくてスポーツ万能な人」、
などという非常識なものではなかったからである。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:28
- エッグ時代から練習を積んでいるだけあって、譜久村のダンスは上手かった。
そんなわけでさゆちゃんは、遠慮なくフクちゃんに甘えて、
レッスン前の自主練習でも付きっきりでダンスを教えてもらうのであった。
本当ならば、もっと自分のパートを練習しなければならない譜久村だったが、
自分のパートは放ったらかしにしてさゆちゃんベッタリで指導していた。
あまりにも熱心にさゆちゃんに指導するあまり、自分のパートをおろそかにしていた譜久村。
その譜久村の背後から一人の刺客がひたひたと迫り来る。
かなり駆け足で階段を登ってくる靴音。気付けさゆちゃん。逃げろフクちゃん。
こんなときほど冴えてほしいヒトの第六感ってヤツですが、二人は全く気付かないのであった。
「おー、フクちゃんとさゆちゃんはここにおったんや。もうちょいしたら先生も来るで」
バイト先・・・・・もとい練習先にサプライズ出現したのは、
優しい6期ではなく、ふんわり食パンの7期でもなく、鬼の8期の光井愛佳であった。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:28
- 「鞘師とズッキはあっちで練習しとったけど」
「あの2人は別の曲をやりたいからって、向こうに行っちゃったんです」
「結構できとったであの二人は。めっちゃ頑張ってるわ。で、生田は?」
「今日は学校です」
その頃まさに国語の授業中だった生田衣梨奈は、
教科書の影に隠れて早弁をかき込みながらうとうとと居眠りをしつつ突然クシャミをするという、
器用な合体技を披露して、国語教師から出席簿の角でハードヒットされているところであった。
「ふーん、で、どう? ダンスの方は?」
「え、あの、まだ準備というか練習中で」
おどおどするフクちゃんをよそに、
さゆちゃんは、女が目立ってなぜイケナイ!とばかりに元気よく返事するのであった。
「いつでも準備OK!」
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:29
- 「道重は元気ええなあ」
「はい! 今日も可愛い!」
「あははははは。ホンマに? めっちゃ嬉しいわ。ありがとーう」
てめえのことじゃねえよ。
頭をなでてくる光井に、さゆちゃんは心の中で毒づいた。
だが実はさゆちゃんは光井のことがそんなに嫌いではなかった。
むしろモーニング娘。というグループには必要不可欠な人材だと認識していた。
もしもあたしみたいな美人ばっかの世の中じゃみんな平凡なの。
もしもあたしみたいな有名人ばっかの世の中じゃニュースがつまらないの。
だから娘。の中にも光井さんみたいな人が必要だよね。
さゆちゃんは清らかな心でそう思っていたのであった。
「じゃ、まずは道重の方から。ちょっと踊ってみて」
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:29
- さゆちゃんのダンスの出来は惨憺たるものだった。いわゆる一つのフルボッコ。
ボクシングで言えばワンパンチKOではなく、フルラウンド殴られ続けるようなものだった。
それでも折れない心を持つ道重は、光井さんを軽く睨みつる。
どう? どう? あたしの出来はどうですか? 日本の元気はどうなりまスカ?
そんなさゆちゃんを光井は無言でスルー。そしてフクちゃんに一言。
「じゃ、次はフクちゃん踊ってみて」
「え、でも」
「はよせな先生来るで。レッスンの前に確認しておきたいねん」
ハロプロは思いっ切りヤクザ・・・もとい体育会系の組織である。先輩の命令には逆らえない。
フクちゃんは音楽をかけ、ダンスを始めるが、思うようには踊れなかった。
さゆちゃんにかかりっきりになりすぎて、自分の練習がおろそかになっていたからだろうか。
とにかくフクちゃんの出来も、さゆちゃん同様に惨憺たるものだった。
琵琶湖の鳥人間コンテストの飛行距離測定で鍛えた光井の目がキラリと光り輝く。
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:29
- 「出来なさすぎるよね、練習してきたん?」
悲しみのリゾナントがさゆちゃんの真ん中で鳴り響く。
練習ならいっぱいした。思いっ切りした。何時間もやったのだ。
だが「練習した」と言えば言うほどみじめになるのは自分である。
むしろさゆちゃんは「全然練習してないでーす」と言いたかった。
練習してないならできなくて当然だが、練習したのにできないというのでは格好悪すぎる。
「すみませ・・・・ん」
フクちゃんはさゆちゃんほど心が強くなかった。
光井の正論を真に受けて、今にも泣き出しそうだった。
そして同時に、あまりにも踊れていない自分自身に不甲斐なさを感じているようであった。
フクちゃんは悪くないの。
フクちゃんに甘え過ぎていたさゆが悪いの。
さゆちゃんはそう言いたかったのだが、どうしても言いだせなかった。
あれほど練習したのにできなかったということが、死ぬほど恥ずかしかったから。
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:29
- 「あたしが新人の頃はもっと必死でやっとったで」
もっと大きなはずの自分を探す光井さんの終わりなき説教は続く。
だがさゆちゃんの耳には、光井さんの言葉は入ってこなかった。
さゆちゃんはただひたすらフクちゃんに対して申し訳ないと思っていた。
ごめんねフクちゃん。ごめんねフクちゃん。
「あたしだって入った頃はさゆちゃんと同じくらい下手やったけど」
さゆちゃんはちょっとだけ光井さんのことが嫌いになった。苦手になった。
モーニング娘。に加入してから数ヶ月。
それでもまださゆちゃんは同期と話してばかりで、先輩とは上手く話せなかった。
今もまだ先輩と後輩との壁を破れないでいた。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:29
- 「で、どうすんのよ、フクちゃん」
「すみません・・・・・次からは・・・意識を変えて」
「ちゃんとしーや。自分のことは自分でせな」
「はい・・・」
フクちゃんへの説教は一段落したようである。
光井さんの鋭い眼光は、次はさゆちゃんに向けられた。
「おい、道重」
「ふぁい」
「こっち見ろや」
「へい」
さゆちゃんは思いっ切り口を尖らせる。不機嫌な表情を隠そうともしない。
とても説教をしている先輩に向ける顔ではなかった。
さゆちゃんはまだ小五。まだまだお子様意識が抜けていないのであった。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:29
- 「お前、なんか言うことないんかい」
「すみません。次から真面目に自主練します」
「そういうことやなくて」
「今日から意識を変えて真面目に練習・・・・」
「そうやなくて!」
光井さんは何を言わせたいのだろうか。さゆちゃんには全くわからなかった。
「お前なあ、いつまでその他人行儀な喋り方するねん。いい加減、先輩にも慣れろや」
「そんな喋り方してません」
「壁があるねん。仲間になりきれてないねんお前は。遠慮すんなよ」
「遠慮してません」
「してるっちゅーねん」
どうも説教が違う方向へと進んでいるようである。
光井さんはぐいっと迫ると、両手でさゆちゃんの両頬をつねった。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:29
- 「道重。お前、あたしのこと嫌ってるやろ」
「ひらっへません」
「別にええで。嫌ってもええし文句言ってもええんやで。でも遠慮はすんなよ。同じ娘。のメンバーやん」
「ひてまへん」
光井は力を加減することなく思いっ切り頬をつねる。
新垣さんのように「ほっぺたをつねられても痛くないんです」という特技を持たない道重には、
光井の攻撃はかなり堪えた。必死で我慢しても自然と目が潤んでくる。
それでも光井は力を抜かない。全く遠慮がなかった。
「だから遠慮すんなって。文句でも愚痴でも何でも言いたいことは全部言うたらええやん」
「いいまひた」
「言ってへんなあ」
「あにを?」
「あのなあ。あたしなあ、実はずーっと見てたんやで、お前らが長々と練習してたの」
「!」
「これでもまだ、言うことはないって言うんか?」
「ありまへん」
「嘘つけコラァ!! フクちゃんの練習の邪魔してまで、ずーっと練習してたんは誰やねん!」
「がびーん」
さゆちゃんの意地汚い思惑は、全て光井に見抜かれていたのであった。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:30
- 「あたしもなあ、入った時はズブの素人やったからよくわかるねん」
光井はそう言って道重の頬から手を離した。
さゆちゃんの頬は真っ赤だった。目には大粒の涙が浮かび、今にもこぼれ落ちそうだった。
「山ほど練習したけどできひんって格好悪いって思ってるやろ? アホやなお前」
「どーせ、あたしはできない子ですよーだ」
「そんなに卑下せんでええんやで。これから上手くなったらええんや」
「でも練習したって」
「絶対できるようになるって。あたしが保障する。さゆちゃん、入った頃のあたしより上手いで」
さゆちゃんはついにぼろぼろと泣き出してしまった。
なぜかフクちゃんも一緒になってすすり泣いていた。
「できひんならできひんって素直に言おうや。あたしだって教えたるで。遠慮すんなってことや」
まろやかなドヤ顔でそう申す光井さん。
号泣していたさゆちゃんの涙も止まるくらい生理的にむかつく顔である。
眠っていたさゆちゃんの闘志にファイアーがついた。がんばれよ、道重さゆみ。バーニング!
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:30
- 「じゃあ、遠慮なく言わせてもらいますけど」
「なんでも言えや」
「あたし、他の先輩には遠慮してません。光井さんにだけ遠慮してるの!」
「なんやそれ」
「光井さんなんて大嫌い! 光井さんだけ嫌いなの!」
「あははは。嘘つけ。お前まだ誰とも上手く話せてないやん」
「嫌い嫌い嫌い! 滋賀県民ってみんな嫌い!」
「ほれみろ。会話が成立してへんやん」
どれだけ悪口を言っても光井さんのまろやかなドヤ顔は変わらない。
さゆちゃんの心の中で鳴り響いていた悲しみのリゾナントが、怒りのリゾナントに変化する。
コンサートで歌う曲ではない。練習した曲でもない。
それでもたくさん練習したどの曲よりもすんなりと、道重はその歌詞を口にした。
「年上と会話するのー、そんなに苦じゃないけれどー」
「歌も下手やなあ」
「琵琶湖とか比叡山とかそんなの自慢はもういいから」
「殺すぞ」
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:30
- モーニング娘。のレッスンというのは、いつの時代も概ねこのような雰囲気の下で行われるのであった。
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/03(水) 20:30
- * * *
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:29
- 第六話 遠足とか卒業式に欠席して集合写真で別枠になってる子っているよね。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:29
- 用意された衣装を見た時の9期メンバーの反応は、真っ二つに分かれた。
「やーん、可愛い!!」
「面白そー!」
「着てみたい着てみたい!」
「・・・え」
「・・・なにこれ」
モーニング娘。に加入してからおよそ4ヶ月。
道重さゆみと鞘師里保の意見が一致したのは、その時が初めてのことであった。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:29
- ハロープロジェクト公式ムック本であるハロー!チャンネル。
9期メンバーの5人と高橋愛は、その写真撮影のためにロケに出ていた。
ちなみに「ハロプロ公式(オフィシャル)〜」というものが正式にいくつあるかご存じだろうか。
ハロプロオフィシャルサイト。
ハロプロオフィシャルファンクラブ。
ハロプロオフィシャルショップ。
調査の結果、どうやら事務所公式のものは以上で全てのようである。
ということは寺田氏はオフィシャルプロデューサーではないし、
矢口真里や藤本美貴はオフィシャル卒業メンバーではないし、
フットボールアワー岩尾や柳原可奈子はオフィシャルファンではないということになる。
そしてBerryz工房の大黒柱の鴨居ちゃんの身長は、176cmであるというのが本人の公式な見解である。
覚えておいて損はない知識だろう。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:29
- ロケ地は普通の公園だった。
高橋愛に用意された撮影用の衣装はニワトリのかぶりもの。
そして9期の5人に用意された衣装はヒヨコのかぶりものだった。
平日の昼間というのに、その大きな公園は結構人通りが多かった。
こんな衣装で外を歩いたりすれば、たちまち周囲の注目を集めてしまうことだろう。
そんなことを意識しているのかいないのか、
喜んでロケバスの中でひよこに着替える譜久村と生田と鈴木。
その一方で、無言でうつむく鞘師と道重。二人は結構シャイな性格だった。
早くもアイドルとしての一つの壁にぶち当たった二人に、リーダー高橋は優しく言葉をかける。
「コケコケコケコー!」
「あのー、高橋さん」
「コケ―!!!!!!!」
「この衣装って・・・・・・」
「クルップー!!」
テンションの上がりきった高橋は、そのまま後部座席の鈴木と生田のところへと傾れ込む。
バスの中は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:29
- 「・・・・・」
「・・・・・」
「高橋さんってあんな人だったっけ?」
「ねえ・・・」
高橋と他の三人は狭いバスの中で大はしゃぎしている。とにかくうるさい。
たとえ「うるさくっても許して」と言われたとしても、道重は許さなかっただろう。
高橋はニワトリの衣装を中途半端に羽織ったまま跳ねまわっていた。
横チャック全開どころではない。ほとんど半裸だった。「ドジ」と突っ込む以前の問題だ。
それでも一向に構わずに後輩とじゃれる高橋愛。
道重と鞘師は、まさに「もうひとつの愛」を目の当たりにした思いだった。
二人の口から重いため息が漏れるのも無理はない。
道重と鞘師は、生気の抜けた表情でお互い見つめ合う
この時、計らずも二人の心は完全に通じ合っていたのであった。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:30
- 外の天気は快晴。絶好の撮影日和。
快晴とあって人通りもかなり多く、ニワトリ御一行は大いに注目を集めた。
アイドルだってなめてんじゃねーぞ!と言い返すことなどできない道重と鞘師であった。
「はい、もっと笑って!」
カメラマンの何気ない要求が無理難題に思えて仕方なかった。
とにかくこのヒヨコの衣装が恥ずかしい。芸能人といっても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
腹をすえて、青空にド根性見せつけてやれ!とはいかない道重と鞘師であった。
しかしながらもっと無理難題を要求するやつは同期の身内にいたのである。
「よーしさゆちゃん、ここでみんなでダンゴムシのモノマネやろう!」
鈴木香音。こいつ虫。マジで虫。こいつはまさに獅子身中の虫。
虫のモノマネなんて教えるんじゃなかった。
公園の坂をごろごろと転がっていく香音を見ながら道重はそう思った。
香音を追って転がっていく生田と譜久村。
爆笑しながら三匹のダンゴムシをがしがし蹴る高橋。それでいいのか先輩。
公園を行く一般人は、そんな奇怪な光景を白い目で見ていた。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:30
- 道重と鞘師はもう一度顔を見合わせた。
お互い、息を合わせるようにして同時に深いため息をつく。
普段は口もきかないライバル同士だけど、今だったら話が合うかも。
もしかしたら今日はこの子と仲良くなれる記念の日かも。
それが記念日。思い立ったらはじめようって言うし。
だがそこで道重の脳裏によぎったのは、鞘師と仲良くなる方法ではなかった。
(あらいやだ。●●●記念日なんて縁起でもない言葉ね・・・)
まったくもってテンションの下がる道重さんなのであった。
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:30
- 先に話しかけてきたのは鞘師の方だった。
「さゆちゃーん。この衣装ちょっと恥ずかしくない?」
「え。・・・恥ずかしくないもん。アイドルだし」
道重はいつものように強気で押し通す。
鞘師にだけは負けたくない。その気持ちは人一倍強かった。
その一方でいつもクールな鞘師は、今日はかなり弱気な態度を見せるのであった。
「あたし・・・・・ちょっと恥ずかしい・・・・・」
「あーら、鞘師さん、そんなんじゃアイドル失格でやっていけないでございますよ。ほほほほ」
「さゆちゃん、日本語おかしいよ」
「そんなことで娘。のリーダーになれるのかしら?」
「さゆちゃんって本当に強いよね。心が強い。人間的に強いよ」
「うん!」
「羨ましい。本当に恥知らずだよね・・・・・」
「その日本語はおかしいと思う」
「だって見てよあたしのこの格好・・・・・」
「!」
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:30
- 道重の心に稲妻が走る。
擬音語で表すなら、まさにズキュンLOVE。
ひよこのかぶりものをかぶってうつむく鞘師里保。
赤らんだ頬。憂いを含んだ瞳。軽くへの字に曲がった小さな唇。小柄な体型。
あまりにも愛らしいその姿に、道重の心は撃ち抜かれてしまった。
(か・・・・・かわいいー!)
しょんなバカな。
可愛いと思われることは山ほどあっても、可愛いと思うことなんて一度もなかった。
これってあたしの負けなの? それともこれが愛? ああ、胸が苦しい。
愛ゆえに人は苦しまねばならぬの? ならば・・・・! ならば!
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:30
- 「どうしたの、さゆちゃん? そんな深刻な顔をして」
鞘師は人差し指を自分の顎にあてて、可愛く小首を傾げる。
ああ、ダメ。そんなの卑怯よ。そんな大人技使わないで。
動揺でメロメロになる道重をよそに、鞘師は天使のようにニッコリと微笑む。
一番好きになりたくない相手を、一番好きになってしまうというジレンマ。
鞘師の微笑みは、ますます道重を動揺させてしまうのであった。
「さ・・・・鞘師ちゃん」
声も震える道重。鞘師の表情を食い付くように見つめる。
それなのに鞘師は、転詩のように甘く危険な微笑みを見せるのであった。
「なあに?」
そんな鞘師の笑顔を見て、パニックに陥る道重。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:30
- 鞘師ちゃんが笑った。鞘師ちゃんが笑った。もしかして。
パニックに陥った道重さんは勘違いをしてしまうのであった。
普段ならあり得ない勘違いだが、今の道重の頭は完全にバカになってしまってたのだ。
まさに好きすぎてバカみたい状態。
「鞘師ちゃん、あたしのこのヒヨコ、似合ってる?」
「似合ってるよー。超可愛い」
(ああ、笑った顔をして返事した。あなたがウソをつく合図だね)
「さやしちゃんのー」
「?」
「うそつき!!」
「え? え? なんで?」
そんなこと道重以外の人間にわかるわけがなかった。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:31
- 「さやしちゃんのうわきもの!」
「は?」
道重は、自分の恋がフラれパターンに入ってしまったと、勝手にそう思い込んでしまった。
すれ違って行く二人の心。まさに不毛な、女と女のララバイゲーム。
「だいきらいだいきらいだいきらい」
「さゆちゃん、ちょっと、どうしたの?」
「すべてのこいはしゃぼんだまー!!」
道重は炎のダンゴムシとなって公園を爆走していく。
高橋をやり過ごし、香音をかわし、譜久村を追い抜き、生田を蹴散らし、
最後はカメラマンをも吹き飛ばして、道重は突進していった。突進していったのだ。
公園の中央にある池に向かって。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:31
- そして落ちた。恋に落ちた上に池に落ちた。
涙に濡れた上に衣装も濡れた。恋に破れた上に衣装も破れた。
鞘師里保の替えとなる存在などいないように、ヒヨコの衣装にも替えはなかった。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:31
- こうしてニワトリの衣装を着た高橋愛と、ヒヨコの衣装を着た4人の9期メンバーは、
仲良くハローチャンネルVol.4の表紙に笑顔で収まったのであった。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/04(木) 21:31
- * * *
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:38
- 第七話 一寸の虫にも五分の魂。一寸のズッキには五百トンの魂。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:38
- 君はモーニング娘。のDVDマガジンというものを知っているか。いないのか。どっちだ。答えろ。
家で見るしかないDVDは、在宅派の命綱となるべき存在であるにも関わらず、
現場派のホームグラウンドであるコンサート会場でしか購入できないという、おおなんという矛盾。
そんな高度な矛盾をはらんだ哲学的存在であるグッズがDVDマガジンというわけだ。
以上、説明終わり。
今日のモーニング娘。は、9期メン加入後、初めてのDVDマガジン撮影の仕事だった。
スタジオには椅子とボードだけを並べた簡素なセットが置かれていた。
中央には司会者用のボード。。向かって右には三つの椅子。左には五つの椅子。
今日は光井の司会の下、3人の先輩メンと5人の9期メンに分かれて、クイズ大会が行われるのだ。
まずは9期メンが代わる代わる出題して、3人の先輩メンが早押しで答えていく。
問題は全て出題者である9期メン本人にまつわるもの。
以上、説明口調終わり。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:38
- 司会の光井はさくさくと場を進行させていく。
9期メンバーもその流れに乗って、テンポよく問題を出題していく。
「私、譜久村の下の名前は何?」
ピンポーン
「みずきちゃん!!」
「せいかいでーす!」
「私、生田衣梨奈の星座は何座でしょう?」
ピンポーン
「かに座!」
「せいかいでーす!」
「私、鞘師里保の血液型はなにがたですか」
ピンポーン
「AB型」
「せいかいです」
なんという簡単な問題。なんというゆるい雰囲気。
ハロモニ打ち切り以来忘れられていた、のんびりとした時間がそこにあった。
だがそれは、まさにユアマソーソー。いつもすぐそばにある嵐の前の静けさでしかなかったのだ。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:38
- 9期メンは皆、自分のキャラにまつわるクイズを出題していく。
だが我らがヒロイン道重さゆみは自分にまつわるクイズなど出さない。
愛するモーニング娘。を猛プッシュするために、娘。にまつわるクイズを出していくのであった。
「最近流れるモーニング娘。の過去のVTRには後藤さんと加護さんが映っていないのはなぜ?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「先日のMステでのモーニング娘。特集で、過去Vに現メンが一度も映らなかったのはなぜ?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「モーニング娘。ベストヒット集的な過去Vが流れる時に、ザ・ピース以降の曲がないのはなぜ?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
さすが道重さゆみ。
先輩メンバーが絶対に答えられない難問を、ビシバシぶつけていく。
スタジオの雰囲気は、まるで飯●●織さんがゲストで登場したかのようにどんよりと重く沈んだ。
だがこれでさえ、本格的な嵐の前の序章に過ぎなかった。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:38
- 嵐の発端となったのは、なんていうことはない香音さんの問題からだった。
「私の特技は大食いですが、もう一つの特技は何でしょう?」
この問題に答えるのは三人の先輩メンバーだが、
出題者の側にいる道重も、このクイズの答をぼんやりと考えていた。
(香音ちゃんの特技・・・・・なんだろう? 二本足歩行できることかな?)
道重はまだこの珍しい生き物のことをしっかりと把握できていなかったようである。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:39
- そんな道重の夢想をよそに、先輩メンはビシバシ答えていく。
「コント?」
「ちがいます」
「モノマネ?」
「あー、ちかいです」
「昆虫のモノマネ!」
「正解です!」
(え!?)
道重は驚きのあまり飛び上がった。
そんなバカな。香音ちゃんのの特技なわけがなーい!!
昆虫のモノマネと言えば、ダンゴムシのモノマネで鳴らしたさゆちゃんの特技中の特技。
それなのに香音は、涙目でハンカチを噛む道重を完全に無視して、
先輩メンバーの前でカマキリのモノマネを披露した。
大いに盛り上がる先輩メンバー。バカ受けだった。
調子に乗った香音は、それに続いてゴキブリの真似まで披露する。
スタジオは大爆笑に包まれたのであった。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:39
- (鈴木香音・・・・・なんて恐ろしい子!)
ダンゴムシのモノマネを教えたのはさゆなのに。
カマキリとか五期ブリのモノマネを教えたのもさゆなのに。さゆなのにいいいいい。
さゆちゃんは心の中で泣きました。ちょっぴり人生に挫けそうになりました。
いや、挫けている場合ではない! なぜなら道重さゆみはアイドル。
嗣永桃子が歌で人生に挫けている人の気持ちを明るくするというのなら、
道重さゆみは実力行使によって自分の気持ちを明るくするのだ!
やはりこの脊椎動物はオーディションのときに潰しておくべきだった。
あの時の甘さが今の屈辱を生んだのだ。
もう後悔なんてしたくない。今こそこの子を潰そう。全力で叩き潰す!
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:39
- 「さゆちゃん、終了みたいだよ」
菅谷梨沙子終了のお知らせ・・・ではなく鞘師里保からの撮影終了のお知らせだった。
今日は二本分のDVDマガジンの収録が行われる予定だった。
TV局の底辺・・・ではなくて縁の下の力持ち的なスタッフ達は二本目の準備に取り掛かる。
その間、しばし休息を取るメンバー達。
だが休憩に誘う鞘師さんの言葉は、今の道重の耳には届かない。
花より団子。鞘よりズッキ。今は花を見る時ではなく団子を食らうべき時なのだ。
「ねえ、あっちで休憩しない? さゆちゃん、聞いてる?」
ぴんぴろぴーん、と意味不明な言葉を発しながらさゆちゃんのほっぺたを引っ張る鞘師さん。
ばばーん、と効果音を口にしながらさゆちゃんを両手で抱っこして持ち上げる鞘師さん。
それでも道重は驚くほどに無反応だった。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:39
- 二回目の撮影の準備が整い前田。
今度は立場を変えて、3人の先輩メンがクイズを出題し、
5人の9期メンが答えていくという形式。道重は心に誓った。
(絶対優勝するの。香音ちゃんに勝って、あの子を地獄のどん底にたたき落としてやるの)
アイドルとしての力の差を見せつけて相手を自信喪失に追い込む。
道重の戦略は、基本的にはオーディションの時と同じだった。
成長してないぜさゆちゃん。
ちなみにその時点では、道重は歌とダンスの方も全く成長していなかった。
高橋愛はイケメンが相手のときは裏声で話すとか、
新垣里沙はブログの一部を定型文コピペで埋めているとか、
田中れいなが鞘師に相手されないから香音を田中軍団に勧誘しているとか、
光井愛佳が佐藤すみれを通じて転職活動を進めているとか。
歌やダンスのスキルは身に付かないくせに、そんな無駄な知識ばかりを身につけていた。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:39
- だがそんな無駄な知識を生かすのは今だ。
今度は先輩のキャラクターに関する問題が出されるのだから、
早押しで解答権を得ることさえできれば、思う存分答えることができるはず。
道重さんは早押しボタンの前で素振りをする。
連打! 連打! 連打! おつか連打!
まさにれいなヲタがれいなブログをリロードするが如くの鬼の連打であった。
もし道重がれいなヲタだったら(そんなことは究極絶対あり得ないが)、
きっと狼には「梨華ちゃんのおかげでれいなブログがアクセス数世界一を達成」
というスレが立てられていたことだろう。やったね梨華ちゃん。
撮影開始と同時に、道重の怒涛の早押しが始まる。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:39
- 「田中れいなが最近はまっているものは?」
ピンポーン
「道重」
「どつぼ!」
「れいなの、クセはなに?」
ピンポーン
「道重」
「新垣さんが視界に入ると舌打ちしちゃうこと!」
「れいなのポリシーはなんでしょうか?」
ピンポーン
「道重」
「嫌いな先輩の悪口は、相手が卒業して落ち目になってから言う!」
「あの・・・・・さゆちゃん。れいなに何か恨みでもあると?」
きっと前世でなんらかの因縁があったのだろう。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:40
- 実は結構空気が読める香音は、すぐに道重の意図を察した。
優勝は譲らない。負けるものかと激しくやり返す鈴木香音。
バラエティ要員の座は渡さない。道重さゆみをぶっ潰して、ナイスポジションをGETさ!
「私、新垣の自慢は何でしょう?」
ピンポーン
「鈴木」
「男と付き合ったことがまだ一度もないこと?」
「光井の特技は何?」
ピンポーン
「鈴木」
「自分より先輩の菅谷さんや岡井さんに対して、さりげなくタメ口で話すこと?」
「私、高橋の口癖は何?」
ピンポーン
「鈴木」
「親子丼、おいどん、西郷どん!」
こうして二人の一騎打ちは、いつ果てるともなく延々と続くのだった。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:40
- なお、クイズ大会は鞘師さんの優勝で幕を閉じたそうな。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/05(金) 20:40
- * * *
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:08
- 第八話 朱に交われば赤くなるって赤信号みんなで染まれば怖くない
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:08
- 芸能界という場所は道重さんが想像していたよりもずっと地味な世界でした。
華やか世界の裏側では、なんと多くの人達が多くの雑務をこなしていることでしょうか。
そして雑務をこなさなければならないのは、新入りである9期メンバーも同じこと。
そんなわけで今日も9期メンの5人は、ぬかりなく、ありがたく、段取り的な仕事をコツコツと続けるのです。
モーニング娘。のマネージャーさんは、優しく諭すように、
4人の中学生と1人の小学生に今日の仕事の内容を説明していきます。
そこには懐かしのASAYANのようにTVカメラが回っていたりはしません。なぜでしょうか?
節電中だからです。
今の日本はこの一言でほとんどの問題が片付くのではないでしょうか。
モーニング娘。がTV局で仕事をしないのはなぜ?
東京ドームでコンサートをしないのはなぜ?
CDを何十万枚もプレスしないのはなぜ?
節電中だからです。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:08
- そんな「人志松本のすべらない話」で語られるエピソードトークみたいな見え透いた嘘はさておき、
9期メンバー達の今日のお仕事の話です。こじんまりとした会議室で5人は額を突き合わせています。
マネージャーさんのお話は、特に難しくありませんでした。
「だからね、コンサートまでにお前達のイメージカラーを決めないといけないわけ」
高橋愛は黄色。発展途上国で目にする合成着色料のような黄色。
新垣里沙は黄緑。B級ホラー映画に出てくる怪物の血の色のような黄緑。
田中れいなは水色。古いオフィスのLANケーブルのような水色。
光井愛佳は紫。つぼ八よりもメニューがずっと貧相な村さ来。
娘。のメンバーにイメージカラーがあるということは、
現場系のヲタならずとも広く知られているところです。
ちなみにOGの石川梨華さんのイメージカラーは「貧乏臭い」でした。
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:08
- マネージャーは鮮やかな色をしたカードを四枚並べます。黄、黄緑、水、紫。
「これが今のメンバーの色ね。こうやって並べてみると意外と偏ってるでしょ?」
確かに偏っています。バランスが良くありません。まるで辻さんの作る夕食のようです。
もっともウインナーのない辻希美の料理なんて、つんくコーラスのない娘。の曲のようなものですが。
あれ? 冷静に考えるとそっちの方が素晴らしいような気がしてくるから不思議です。
でも「冷静に」とか「我に返る」とか「常識で考えて」という言葉はアイドルヲタには禁句なのです。
ということで我に返らずに小説に戻りましょう。
マネージャーは名刺ほどのサイズのカラーカードを、さらに四枚並べます。
テーブルに身を乗り出す5人。いつになく真剣な表情です。
赤、桃、緑、青
「上から言われてきたのはこの4色。この中からあなた達のカラーを決めていくから」
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:09
- 赤。
それは代々、エース的な存在のメンバーが着ていた伝統のカラー。
過去に赤を身にまとってきたメンバーは藤本美貴、久住小春。その他では真野恵里菜も赤だ。
前言撤回。エースではない。飛び道具的あるいは特攻隊長的なキャラのメンバーの色のようである。
(ここで言う「飛び道具」とは、実弾の入った散弾銃のことだと思ってもらいたい)
桃。
それはまさに女性アイドルにおける王道中の王道のお姫様カラー。
過去に身にまとってきたメンバーは石川梨華、紺野あさ美。
ちなみにベリでは嗣永桃子。℃では鈴木愛理。スマでは前田憂佳。ソロでは松浦亜弥。
メロン記念日で「ほこりが飛ぶから近づかないで柴ちゃん」が付けていたことを除けば、納得の人選だ。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:09
- 緑。
実はモーニング娘。では長く空席となっていた謎のカラー。
新垣が黄緑でリンリンがエメラルドグリーンだったが、純粋な緑とは微妙に色が違う。
リンリンはいつも常に何かが微妙に違うキャラだったような気がするが気のせいだろうか。
熊井友理奈も緑だが、緑とか赤とか黄とかそんなことがどうでもよくなるくらい彼女はスカイツリー。
青。
実はハロプロにおいては緑以上に謎なカラーなのがこの色だ。
小川麻琴、ジュンジュン、須藤茉麻、中島早貴、和田彩花、大谷雅恵、三好絵梨香。共通点は皆無。
懐かしの番組「TVチャンピオン」で「ハロプロおたく王選手権」なんてものがあったら、
「このメンバーの共通点は?」とかいう問題が作られていてもおかしくなかっただろう。良い問題だ。
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:09
- さゆちゃんはいの一番にピンクのカードを取ります。
「さゆはピンクがいい!」
そのカードを横から奪う生田さん。
「えりもピンク! これ取った!」
「がるるるるる」
譜久村さんはちょっぴり寂しい目をして机の上の4枚のカードを見つめます。
「あのー、オレンジはないんですか?」
「私も詳しくは知らないんだけど、オレンジは今回は見送りってことになったの」
「あーあ・・・」
「あたしもオレンジがよかったなー」
「えー、香音ちゃんも?」
「だってまじスカの衣装もオレンジだったし。フクちゃんは緑だっけ」
「うん。ごめんね、あの」
「ううん。あの衣装もあたしが緑でフクちゃんがオレンジの方がよかったかもねー」
鞘師さんは真っ赤なカードをつんつんと指でつつきました。
「この中だったら赤がいいかなあ・・・」
「じゃあ、さゆも赤にする!」
「えりも赤!」
「がるるるるる」
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:09
- 同じ色を欲しがる鞘師と道重と生田。
だがマウントポジションを取り合う二人をよそに、鞘師さんは冷静にマネージャーに言うのです。
「オレンジないんですか。でも4色しかないですよね。5人いるのに」
マネージャーは渋い顔になります。
「上が決めたことだからねえ。こっちは微調整くらいしかできないのよ」
「でも5人で4色じゃ」
「色の濃淡をつけるとか中間色にするとか。いつも最後はそうやって調整してるのよ」
こういう時だけ推しの強さ・・・もとい押しの強さを発揮するのが譜久村聖なのです。
「中間色がいいならオレンジもありにしましょう! わたしオレンジにします!」
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:09
- フクちゃんが、亀井絵里さん(イメージカラーはオレンジ)の
現在進行形(恋愛進行形?)のヲタであるというのは有名な話です。
ゆえにここまで必死でオレンジに執着しているのですよ。ヲタ活動ご苦労様です。
それを知ってか知らずか、マネージャーはますます渋い顔になります。
「うーん。オレンジねえ。中間色にしては強引かな。上はダメって言うと思うけど?」
「ダメでもともとでいいですから」
亀井さんを思うその純真な気持ち、大人にはわっかんねぇだろうなぁ。
そういう部分、言うとおり無くしていけば、フクちゃんのいいとこ無くなるよ?
さゆちゃんの心の声が通じたのか、マネージャーは渋々納得しました。
「じゃあ、とりあえず譜久村はオレンジで仮決定としようか」
「フクちゃんがオレンジだったら私は逆に緑がいいです!」
「鈴木は緑か。他に緑がいいって子は? いないなら緑は鈴木で仮決定にするけど」
花咲か爺さんのコスプレをした光井愛佳の生写真が欲しい人など誰もいないように、
香音さんが選んだ濃い緑のカードを欲しがる人は誰もいませんでした。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:09
- そして生田さんはさゆちゃんのくすぐり攻撃に音を上げました。
心変わりが早いのは生田さんの特徴です。「千の推しを持つ女」という異名は伊達ではありません。
ちなみに「推しは変わるものではない。増えるものだ」とは
矢口●ねで有名な顎さんの言葉ですが、けだし名言というべきでしょう(お世辞です)。
「さゆちゃんギブギブ! あたし、青でいいから!」
「本当にそんなんで青にしていいの? ちゃんと真面目に話し合って決めなさいよ」
マネージャーは二人の喧嘩を止めもせずに、さらっとそんなことを言います。
「青でいいです! 田中さんも水色だし、博多っ子コンビで同系色で」
「ホントにいいの? 逆に言うとかぶるところが多くなるけど」
「えへへへへ。うふふふ」
「気持ち悪いよ生田。コラ道重、もうそれくらいにしときなさい」
生田さんが気持ち悪い理由は、笑い声とはあまり関係ない気がするのですが・・・。
とにかく生田さんは、紫っぽい濃い青をしたカードを手に取りました。
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:09
- 「じゃあ、後は鞘師が赤で道重がピンクでいい? そうすれば全部綺麗に決まるけど」
「やだ! さゆは赤にするの!」
「え? あなた普段からピンクが好きって言ってるじゃない」
「・・・・・でも赤がいいの」
さゆちゃんはね。ピンクが好きなのホントはね。
だけど小っちゃいから、鞘師ちゃんと同じ色がいいって言うんだよ。
おかしいな、さゆちゃん。
「鞘師も赤がいいんでしょ?」
「上の人が決めるなら・・・・・別に何色でもいいですけど」
「でも自分で好きな色を選ぶなら?」
「赤です」
「ピンクじゃなくて?」
「赤です」
「道重と一緒ね」
「人と一緒は嫌ですけど」
「がびーん」
媚びたりできないお姫の諸事情があるわけではないのですが、
鞘師さんもこういうところは結構頑固な性格をしていました。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:10
- さゆちゃんは特撮ヒーローが変身する時のように雄々しく立ち上がりました。
「よーし、じゃあどっちが真の赤に相応しいか、プライドを賭けて勝負よ鞘師ちゃん!」
自分の決めポーズに酔う道重さゆみ。
そんな道重を見て「この子は『可愛い』の無駄遣いをしてるなあ」と思う譜久村聖。
「その決めポーズは微妙に間違ってる」と細かいことを思う生田衣梨奈。
もはや色には興味を失い「お腹すいた」としか考えていない鈴木香音。
携帯電話で上司と相談するマネージャー。
事務所のスタッフ間で決定されるであろう事項が、うっすらと予測できてしまう鞘師里保。
皆が皆、バラバラなことを考えていました。
そして神妙な顔をして電話を切るマネージャー。
「上の判断よ。鞘師は赤に決定。他のメンバーは残りの色から適当に決めていいって」
その言葉を聞いて、さすがにさゆちゃんだけではなく他のメンバーの顔色も変わりました。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:10
- 「なんで! なんで鞘師ちゃんだけ特別扱いなの!」
さゆちゃんの目に涙がにじみます。特別扱いの理由がわからないから泣いているのではありません。
鞘師さんが特別扱いされる理由が、痛いくらいよくわかってしまうから涙が出てくるのです。
他のメンバーもそれはわかっています。
そして当の本人である鞘師さんもわかっています。自分が特別扱いされていることに。その理由に。
だから鞘師さんは他のメンバーとは目を合さずに、ただ黙ってうつむいているだけなのです。
「ずるいよ! さゆも赤がいいの! だから鞘師ちゃんと勝負する! 勝った方が赤!」
「だからそういうのはないんだって。もう決まった。終わったから」
「まだ始まってもいな」
「うるさい! いつまでもグダグダ言ってんじゃないの! 仕事を何だと思ってるの!」
「うえーん。だって、やだもーん」
とうとう泣き出してしまったさゆちゃん。
それでも仕事の鬼のマネージャーさんは表情一つ変えません。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:10
- 「すぐ泣くなお前は。とにかく道重はピンク。あなたもピンク好きでしょ」
「ピンクなんて嫌いだもん。世界で一番嫌いだもん」
「鞘師、お前赤。決定」
「わかりました」
「うえーん。ずるいよー」
さゆちゃんは鞘師さんの肩につかみかかります。
でも鞘師さんは生田さんのようにさゆちゃんとじゃれ合おうとはしません。
軽くいなして道重さんを押しのけます。目も合さずに。
鞘師さんだってロボットではありません。まだ中学一年生になったばかりの12歳なのです。
そんな簡単に気持ちが整理できるわけありません。
「うわーん。鞘師ちゃんなんてだいきらーい! 世界で一番きらーい!」
「何言ってんの。さっきはピンクが世界で一番嫌いって言ってたじゃんか」
「ひどい! 一番嫌いなのはマネージャーさんだもん!」
「じゃあ、それに比べればピンクは好きなわけね」
「ピンクは宇宙で一番嫌い! ピンクだけは絶対嫌! そんな色、一生身につけないもん!」
癇癪を起したさゆちゃんは、いよいよ引っ込みがつかなくなってしまいました。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:10
- 「ううううう。鞘師ちゃんなんて、鞘師ちゃんなんて」
「あんたねえ、いい加減にしないと本当に」
「あのー、すみません。ちょっといいですか」
おずおずと言葉を切り出したのは、フクちゃんでした。
虚をつかれたさゆちゃんは、しゃくりあげながらフクちゃんの顔を見つめます。
フクちゃんの次の言葉には、その場にいた全員が驚きました。
「やっぱりあたし、オレンジやめます」
目を伏せていた鞘師さんも顔を上げます。
鉄面皮のマネージャーさんの顔色も大きく変わりました。
「え? 何言い出すのよ。あなたも絶対オレンジがいいとか言ってたじゃない」
「でもやっぱり、事務所の人が準備した色から選ばないとまずいと思いますし」
「あなたまで面倒なこと言わないでよ。そんなこと言って何色にすんのよ?」
「色の濃い薄いはあってもいいんですよね」
「まあねえ。もともと4色しかないし。あなた達は5人いるし。仕方ないわよねえ」
「じゃあ、私、濃いピンクがいいです」
「え」
さゆちゃんの口から思わず小さい声が漏れました。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:11
- ぽかんと口を開けて立ちすくむさゆちゃん。
そんなさゆちゃんのことを、フクちゃんはいつもの柔らかい笑顔で見つめるのです。
「それで、さゆちゃんは薄いピンクにしない?」
薄いピンク。それは本当はさゆちゃんが一番好きな色なのです。一番似合う色なのです。
フクちゃんの言葉を受けて、さゆちゃんは完全に泣きやみました。
ここでまた泣いたりわめいたり我儘を言ったりするようならば、女がすたるというものです。
「うーん。フクちゃんと一緒の色なら我慢してもいいよ」
「ふふふふふ。私は濃いピンクね。赤とピンクの中間の色だよ」
「?」
「鞘師ちゃんとさゆちゃんの間の色」
「えっ」
「えっ」
「はい、赤と薄ピンクが合わさってー、濃いピンクの出来上がりー」
フクちゃんは右手で鞘師さんの手を握り、左手でさゆちゃんの手を握ります。
そして自分の胸の上で、二人の手をぴたっとくっつけました。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:11
- フクちゃんの心臓はドキドキいっています。
二人の手にその鼓動が伝わります。譜久村さんの思いが伝わります。
さゆちゃんの頬が薄ピンクに染まります。それ以上に鞘師さんの顔は真っ赤です。
百の言葉で語り合うよりも早く、二人は仲直りをしました。
「あ、ごめんね、鞘師ちゃん」
「ううん。いいよ。気にしてない」
「あのね、さゆね、本当はね」
「鞘師ちゃんのことが好きなんでしょー?」
「え!?」
「ちょっとフクちゃん!!」
「あのー・・・・」
「バレバレだよ、さゆちゃん。全部顔に書いてあるもん」
「違うもん! 違うもん!」
「はあ・・・・・」
「うふふふ。あははは。さゆちゃん、顔、真っ赤!」
フクちゃんの言う通り、さゆちゃんの顔は真っ赤です。
怒るさゆちゃん。そしてこういう時だけ妙に逃げ足の速いフクちゃんは部屋の外へと猛ダッシュ。
この世界一優しくて意地悪な教育係の姿を追ってか、あるいは鞘師さんの視線から逃れるためか、
真っ赤な顔をしたさゆちゃんもまた、一陣の風となって部屋の外へと駆け出していくのでした。
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/06(土) 20:11
- * * *
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:52
- 第九話 仲が良い子には本気になった自分を見せたくないってあるよね
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:52
- 道重さんは生田さんとダンスの振り付けの確認をしています。
本番と同じように照明が点けられているステージの上は、目もくらむほど明るいのですが、
二人が打ち合わせをしているステージの裏は、照明も届かずかなり暗いので、
二人は顔と顔を突き合わせるようにして言葉をかけ合うのです。
「さゆちゃんってちっこいね」
「うっさいの。えりぽんちゃんと手を上げて」
「あたしより頭一つ以上小さい」
「これから伸びるのー」
「鞘師ちゃんよりちっこいね」
「関係ないでしょ」
「だって好きなんでしょ、鞘師ちゃんのこと」
「関係ないもーん。ねー、もっとちゃんと手を合わせてよー」
「だから、さゆちゃんがちっこいから」
「えりぽんが手を下げてよ!!」
いつものような他愛もない喧嘩のように見えてそうではありません。
二人の心臓はバックバクです。合わせた手にもじっとりと汗がにじみます。
あと数時間したら彼女達のモーニング娘。としての初めてのコンサートが開幕するのです。
もう後はありませんでした。
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:52
- 「とーってもやさしいのでー、だいす・・・」
「ダメ! えりぽん、また声が裏返ってる!」
「これはこれでいいの」
「全然ダメじゃん」
二人が歌うのは「レインボーピンク」。この曲を二人だけで歌うのです。
このコンサートで、彼女達の見せ場と言えるのはこの曲くらいです。
それゆえに、さゆちゃんとえりぽんの気合いの入りようは尋常ではありませんでした。
「だからあ! 足の高さもあわせてよお!」
「だってさゆちゃんの足短いんだもん。ハロプロTIMEの放送時間より短いよ」
そんなに短かったら歩けないと作者は思う。
「短くないもん」
「背、低いし。ハロプロTIMEの視聴率より低いよ」
そんなに低かったら目に見えないと作者は思う。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:53
- 「とにかく! さゆの身長は来年あたりからぐんぐん伸びるの!」
「コンサートは来年まで待ってくれないよー」
「うっさいの。弱音吐くなら辞めちゃえばいいの」
「辞めないもん。だってこの歌、あたしのために作られたような歌だもん」
「えりぽんっていつもそれ言ってるよね・・・・・」
道重さんも生田さんも歌のレベルは決して高くありません。
ピンチださゆちゃん。どうするえりぽん。
だがモーニング娘。の長い歴史には人類の知恵があるはず。
そうです。そんな二人にピッタリなのがこの「レインボーピンク」なのです。
決して歌が上手くない子でも「可愛さ」の力で押し切ることができる曲。
天下のハロープロジェクトはそういった曲をいくつも抱えているのでした。
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:53
- 歌が下手でも見栄えのする曲。それがレインボーピンク。
しかしながら道重さんと生田さんはもう一つ問題を抱えていたのです。
歌の難点を隠すために絶対必要な、ダンススキルにも欠けていたのです彼女達は。
個人としても下手でしたが、コンビとしてもダメダメでした。
とにかく道重さんと生田さんのダンスのスタイルは、絶望的に合わないのです。
ぎこちなさの中にも女の子らしさを醸し出そうとする道重さん。
不器用さをパワーと勢いで押し切ってしまおうとする生田さん。
水と油のように。磁石のS極とN極のように。電気のプラスとマイナスのように。
あるいは真野恵里菜のシングルとスマッシュヒットシングルのように。
二人のダンスは、絶対に、それはもう絶対に一致することがない二つの要素なのでした。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:53
- 「全然ダメじゃん!」
「さゆちゃんのダンスがダメなんだよ」
「このKY!」
「今は関係ないでしょ。そっちがちゃんと踊ってよ」
ちなみにKYとは、生田さんのキャラである「空気」が「読めない」の略です。
「九州から来た」「汚れキャラ」の略ではありません。
「結婚したら引退しそうなハロメンNo.1は」「吉澤ひとみ」の略でもなく、
「この娘。小説の内容を一言で簡単に表すとすれば」「矢口氏ね」の略でもなく、
「昆虫のモノマネが寒いって言うけど」「Y字バランスが得意っていう人の方が寒いよね」の略でもありません。
とにかくリハーサルはどんどん進行していきます。
道重さんと生田さんによるレインボーピンクの番が回ってきました。
二人の出来は酷いものでした。
矢島さんの私服のセンスくらい酷かったのです。
もう見てらんない・・・・・。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:53
- それでも二人にやり直しの機会は与えられません。
本番直前のリハーサルは、まさに待ったなしという感じでした。
それにしてもコンサートのリハーサルとはなんと非情なのでしょうか。
あの加護亜依ですら、一度はやり直しのチャンスが与えられたというのに!
もっとも、あの件でUFAが「バカには何度チャンスを与えても無意味」と学習した可能性はありますが。
とにかく二人は、曲が終わるとほうほうの体で舞台の袖にはけていきます。
何が何だかわからないうちに終わったのですが、自分達の出来が酷かったことは理解できました。
でもさゆちゃんとえりぽんの心は折れません。
強い心。それこそが愛らしさにも勝る、アイドルの最大の武器。
今がダメなら次に頑張ればいい。道重さんは既に心を切り替えていました。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:53
- 「えりぽん。裏でもう一回やろう。合わせようよ」
生田さんは生田さんで全く別のことを考えていました。
「さゆちゃん。次の曲見ていこうよ」
「はあ? そんな余裕はないの」
「ほら、次は高橋さん達のMoonlight nightだよ」
「バカ! 先輩に見惚れてる暇なんてないの!」
「そんなんじゃないよ。ほら」
貪欲なまでの向上心の強さ。好きなものを好きで終わらせない強さ。
好きなものを自分の内側に取り込んで同化させる意志。
キモイと言われようが、自分のやり方を貫く強さ。
それが生田さんの最大の長所なのです。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:53
- 生田さんが指し示す先には、まばゆい光が噴水のように溢れていました。
あそここそがスーパーアイドルが輝くステージなのです。
皆が憧れる夢の舞台なのです。
その上に三人の天使が舞い降りました。
着ている服はただのレッスン着でしたが、そんなことは全く関係ありません。
天使です。女神です。とても同じ人間だとは思えませんでした。
躍動的に踊る高橋愛。官能的に踊る新垣里沙。そして爆発的に踊る鞘師里保。
三人の肉体から繰り出される造影の数々は、いずれも強い意志によって支えられていました。
揺るぎなき美意識。その意識を形として表現するために鍛え上げられた無駄のない肉体。
一個の肉体を無限の美へと変貌させるために蓄積された知識と経験と技術。そして感性。
あの動きを身につけるために、三人はいったいどれほどの時間を費やしたのでしょうか?
生田さんも新垣さんも言葉を忘れて、ただ茫然とその場に立ちつくしていました。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:53
- 特に道重さんの目を奪ったのは鞘師さんのパフォーマンスでした。
なにあのダンス。なにあの髪の動き。なによあのオーラ。
オーラ? だってオーラとしか言えないじゃん、あの雰囲気!
あそこにいるのだあれ? どこのだれなのあの女の子?
あたし、あたし、あんな子、見たことない!!
一緒に「まじですかスカ!」のダンスの練習をしていたときには見せなかった表情。
一度たりとも表に出されなかった力強さと切れ味、そしてスピード。
道重さんはそのとき初めて鞘師さんの「本気」を知りました。
たった一つだけ年上の女の子があそこまで踊る。
自分は一年後にあの場所にたどり着くことができるのだろうか?
そもそも、自分は一年前の鞘師里保と同じレベルに達しているのだろうか?
「キャキャキャしちゃう」とか歌ってる場合なの?
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:54
- 「すごいねー、鞘師ちゃん。超ダンス上手い!」
「・・・・・・・・・」
「ん? どうしたのさゆちゃん? 黙り込んじゃって」
いつの間にか曲は終わっていました。
れいな先輩のソロが始まっていましたが、道重さんの目には入りません。
ブサイクだからではありません。鞘師さんのダンスの残像が焼きついて離れなかったのです。
「さ、あたしたちも裏で練習しよ」
「あたし・・・・鞘師ちゃんみたいには・・・」
「あの子はあの子、あたしはあたし、でしょ?」
「そんな綺麗事言わないで!」
「言うよー。えりは綺麗な自分が大好きだもん。キャハハ!」
生田さんは鞘師さんのダンスを見ても、別に動じた様子はありません。
彼女はいつも自信満々でした。
道重さんや香音さんだっていつも自信満々ですが、それは裏付けとなるものがあってこそです。
でも生田さんは自分が何の武器を持っていなくとも、勢いだけで巨大な怪物に立ち向かうのです。
鞘師さんが完全武装の熾天使なら、生田さんは徒手空拳のペテン師。
そんな向こう見ずな生田さんのことを、道重さんは少し羨ましく思いました。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:54
- 道重さんがシリアスになってる一方で、生田さんは楽しそうでした。
鞘師さんのダンスを見て動揺している道重さんのことが、面白くて仕方ないようです。
「あれ? さゆちゃんって娘。のリーダーになるって言ってなかった?」
「なるよ! さゆが娘。を仕切るの!」
「鞘師ちゃんもリーダーになりたいってー」
「さゆ負けないもん。絶対負けない」
「今は余裕で負けてるけどー。とか言って。キャハハ!」
「負けてるなんて言わないでよ! えりぽんは負けたままでいいの!?」
「え? なにそれ。だって勝ってるしあたし。さゆちゃんにも、鞘師ちゃんにも」
「うそつき」
「さゆちゃん。アイドルの勝ち負けはね、ダンスの上手い下手なんかじゃ決まらないのよ」
生田さんはバレリーナのようにつま先立ちでターンしました。
体操をやっていただけあって、体のラインの見せ方は綺麗です。
「ふふふ。ふしぎー。さゆちゃんと話してると緊張がほどけてきたー」
「えー。えりぽんって緊張とかしないタイプでしょ」
「するわよ。失礼ね」
「●●●もするの?」
「しないよ。ビューティーを紡ぐよ」
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:54
- アニメキャラみたいにわざとらしい表情を作る生田さんは、
道重さんの目にはちっとも緊張しているようには見えませんでした。
頑張り過ぎずに超リラックス。そうとしか見えません。
もしかしたらこの女は思っていた以上に大物なのかも。
同期で一番頼りない子だと思っていたけど、実は一番頼りになる子なのかも。
生田さんに対して少し気を許そうとした道重さんに対して、
生田さんもまた、打ち解けたような表情で話しかけてくるのでした。
「じゃあ、さゆちゃん。練習再開しよっか」
「うん。次は本気でね」
「あたしはいつも本気で踊ってるわよ」
「うーん、でもね、次は本番のつもりでやろ。本番のコンサートのつもりで」
「あたしは毎日が勝負パンツだから」
「いいから。レバレッジとか利かさなくていいから」
「えー」
「もう・・・・・とにかく本気でぇ」
「わかった、じゃあ、本番同様に気合いを入れるよ。さゆちゃん手を出して」
「え?」
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:54
- 生田さんは道重さんの手を強引に握って、ぐいっと下に引っ張りました。
二人は上半身だけ屈んだような中腰の姿勢になります。
「がんばっていきまっ・・・」
「え?」
「・・・っしょーい!!」
「それ高橋さんが言うことでしょ!」
「キャハハハハ!」
「ていうかさゆが言うの! その台詞はさゆが言うんだから!」
「重ピンク! 頑張って!」
「このKY!]
明日は明日の風よ吹け。
遠い将来、モーニング娘。のリーダーが鞘師になるのか、道重になるのか、それとも生田になるのか。
未来は誰にもわからない。
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/07(日) 19:54
- * * *
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:25
- 第十話 どれだけ時が流れてもまゆ毛ビームは振り返らない。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:26
- 殺風景な撮影現場。部屋の中には机が一つ。
机の前には新メンの数だけ椅子が置かれていた。
新メンはスタッフの指示に従い、順番に椅子に腰かけていく。
「この椅子の順番にも意味があるのかな?」などと浅い深読みをしながら。
新メンの横にいるのは、先輩の新垣里沙ただ一人。他の先輩はいなかった。
そしてカメラが回り出す。
新たに始まったモーニング娘。の番組。今日はその収録なのだ。
新番組の司会を務めるのは、誰よりもモーニング娘。を愛する新垣里沙!
そして出演するメンバーは、加入したばかりの新メンバー!
つまり出演は新垣+新メンのみという、いたってシンプルな構成!
新メンバーのトークをじっくり聞きたいというファンにとっては、まさに待望の新番組!
その名も・・・・・・
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:26
-
魁! 新垣塾!!
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:26
- 「今週から始まりましたー、さきがけ、にいがきじゅくー」
「よろしくおねがいしまーす」
新垣の笑顔にはまだ、幾分か照れが混じっていた。なにしろ初めての後輩なのだ。
どこまで威張ればいいのかよくわからない。全てが手探り状態だった。
それ以上に手探りなのが新メンである。
亀井絵里も道重さゆみも田中れいなも、愛らしい笑顔を浮かべていたが、心は引きつっていた。
人並み以上に空回りし続けるこの先輩に対してどう接すればいいのか。
世界中の百科辞典をひっくり返しても、おそらく答はどこにも書いていないだろう。
だが新垣の空回りなど、ほんの序章にすぎなかった。前座にすぎなかった。
ハロコンにおける前田有紀程度でしかなかったのである。きっりぎりっすー。
新垣の後には本物の悪魔が控えていた。
「今日は、助っ人として、私が最も尊敬する先輩に、ちょっとね、来てもらってるのでね」
6期メンバーの顔から表情というものが完全に消失した。
「この方でーす!」
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:26
- 失礼しました。
どうやら作者の下書きファイルに2003年の小説が混入していたようです。
しかしこの頃の新垣さんって本当にアベ●でしたよね。
気を取り直して・・・・・
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:26
- 「本日から始まりました、ゆーすとりーむすめえええええ!」
「いええええええい!!」
新垣里沙司会。そして9期メン5人が総出演という夢の番組、
「ユーストリー娘。」の初めての収録が始まった。
収録といっても生放送である。撮り直しも編集もできない。
一応台本はあったのだが(台本がなかったらリニューアル当初のハロモニ@みたいになるよ)、
それでもやっぱり生放送である。
出演者の5人は、数ヶ月前までは一般人だった女の子である。
しかもそれを仕切るのは、新垣里沙である。
ついにハロモニの史上最年少司会者にはなれずに終わった、あの新垣である。
USTREAM番組を見ていたファンの多くは、ハプニング的なものを期待していたのかもしれない。
新垣さんが番組の説明をしているうちに、視聴者数は4000人を超えた。
4000人。つまり、いつも娘。のシングルを購入している人は、
老いも若きもお子ちゃまも、ほぼ全員視聴していた計算になる。
現在の娘。ヲタの忠誠心の高さをこれほど如実に示した数字もないだろう。
ちなみに娘。の最新シングルの売上はおよそ4万枚である。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:26
- 番組は9期メンバーの人物紹介を中心に進行していく。
この番組を通じて、9期の魅力に気付かない鈍感な人に9期メンの魅力を知ってもらう。
それがこの番組の最大の目的だった。
「それではここで、ファンの方からのメールを読んでみましょう」
司会の新垣はファンから送られてきたメールを読む。台本通りである。
台本はあっても、このメールは断じて「ファンからのメールを装ったスタッフの原稿」ではない。
あまりにも説明口調で、痒いところに手が届き過ぎて、そのくせ無邪気過ぎる文面だが、
それでもなお、スタッフの原稿ではないと信じたい。作者はそう信じたい。
もしUFAのスタッフがそんなに優秀であるのなら、
アップフロントなんかに就職しないで九州電力に就職していただろう。とか言ってみたりして。
しかし、非ハロプロの時事ネタって、時期遅れになった時の寒さは半端ないっすね。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:27
- 「新垣さんには『まゆ毛ビーム』という必殺技がありますが、9期メンにはないのでしょうか?」
「あー、えりもそういうのほしいです!」
「あたしもあたしも!」
「作ろう作ろう!」
にわかにテンションが上がる9期メン。確かにそういう持ちネタがあると楽である。
コンサートやイベントにおいてそういうネタが一つあると、それだけで場が暖まったりする。
まあ、昔の●●さんのように「完璧です!」だけで全て押し通そうとするのもどうかと思いますが。
それはさておき、新垣は司会らしく譜久村に軽く話を振る。これも勿論台本通り。
「でもフクちゃんはそういうの持ってるんだよね」
「あ、高橋さんと一緒に開発しました」
「やってやって!!」
「見たーい!」
譜久村はおもむろに立ち上がり、カメラに向かってシャープな前蹴りを繰り出す。
「みずキーック!」
妙に完成度の高いキックだった。大いに盛り上がる同期メンバー達。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:27
- 「それいい! あたしもやりたい! すずキーック!」
信じられない。この子、また人のネタをパクったわ。
この子危ないわ。そのうち「山口県宇部市出身です!」とかもパクるんじゃないかしら。
道重は、モノマネをパクられたことを、まだ根に持っていた。
「あたしもあたしも! えりナックルパート!!」
そのカイザーナックルはどこに仕込んでいたの。
全然可愛くないの。ギャップ萌えを狙うなんて100年早いの。
打ち合わせを無視して勝手に好きなことをやってる生田に、道重は大いに呆れた。
「・・・・・・・・・・」
乗らないのかよ! ていうか鞘師ちゃんが乗らないとあたしも乗れないじゃん!
そこは乗っかかっていくところでしょ! 照れちゃダメ! 自分を捨てて!
鞘師の隣に座っていた道重は、うずうずしながら鞘師を見ていた。
「まゆ毛ビーーーーーーム!!!!」
お前が乗るのかよ! ていうかまゆ毛ビームとか流れに関係ないし! やったもん勝ちなの?
そんな黒い罵りを胸に秘め、道重は「さゆ、そんなのできなーい」と体をくねくねさせるのであった。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:27
- 「道重! アイドルが照れちゃダメ。そこは自分を捨てて!」
「えー、できなーい」
「あんただけだよ、そんなこと言ってるのは」
「でも鞘師ちゃんだって」
「鞘師は鞘師で必殺技があるんだよね」
「え、そんなのないです」
「愛ちゃんとのMCでやってたじゃん。あれやってよ。ジャンプしながら」
そんなのあったかしら。
コンサート中の他人のMCなど全く聞いていない道重にとって、それは初めて知る情報だった。
しかしながら宿命のライバルである鞘師里保の必殺技とあれば見過ごすことはできない。
道重は前のめりになりながら、目を皿のようにして鞘師の姿を見つめる。
鞘師は、両手を胸の前で伸ばし、ぴょこんと小さくジャンプした。
「しゅわしゅわー・・・ぽーん!」
可愛いポーズをつけながらそう叫ぶ鞘師。
言い終わった後は、自分で自分のポーズを恥ずかしがって、両手で顔を隠してしまうのであった。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:27
- 「がびーん」
またも道重は衝撃を受けた。
可愛い。可愛い過ぎる。負けたくない。でも可愛い。
反則的に可愛い。すなわち販促的に可愛い。
もし今、鞘師里保の写真集が発売されたら、道重は20冊くらい買ってしまいそうな勢いであった。
「可愛い!」
「すごーい!」
「それいいよ鞘師ちゃん!!」
「はいぃ・・・・・」
「やるじゃん鞘師ー。いーかんじだよー」
一人照れる鞘師をよそに、他のメンバーは鞘師を大絶賛。
勿論、道重も心の中では鞘師さんを絶賛している。だがそれを表に出すわけにはいかない。
負けない。負けちゃダメなのだ。そして好きになったら負けなのである。
この運命の子に打ち勝ってこそ、宇宙一のアイドルへの道が開けるのだ。
立ち上がれ道重さゆみ。
勇気振り絞って、運命信じて、戦う時間だよ!
「ううん。全然大したことない。さゆみの方が可愛いから」
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:27
- 「お、道重も言うねー。あんたもなんかやる?」
「やる。すんごい可愛いのがあるの」
「なんだ、あるのかよー、最初っからやればいいじゃーん」
ヒーローは一番最後にやってくる。
最後の見せ場で決めて見せるのが真のヒーロー・ヒロインなのだ。
この展開は台本ではない。道重が自力で作った舞台なのだ。
どんなに小さな舞台であっても、その場に花咲かせてみせてこそのアイドルだろう。
道重は両こぶしを頭の上に乗せ、中指と人差し指を開いた。
「うさちゃーん、ピース!」
場が凍りついた。
うさちゃんって何? とりあえずWピース? あ、だからうさぎの耳なんだ。
うさぎの真似をしたピースサインってこと? へー。ふーん。なるほどー。
皆がそうやって少し考えてしまい、妙な間が空いてしまったのだ。
沈黙を破ったのは、意外や意外、鞘師里保だった。
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:28
- 「可愛い!! ちょーかわいいよ!」
「え」
「もー、可愛くて可愛くて!」
鞘師は道重の肩をつかんでぶるぶると揺する。
あまりの激しいリアクションに、生田や譜久村が軽く引くほどだった。
なおも鞘師は道重に抱きつき、頭をなでなでするのであった。
鞘師にそういう人懐っこい部分があるのは知っていたし、
香音や譜久村とじゃれているところは何度も見ていた道重だったが、
そうやって自分が鞘師にじゃれつかれるのは、初めての経験だった。
もしかして・・・・たった今、ここから、特別な領域?
「さゆちゃんのがいちばん可愛いかったと思います!」
「う・・・え、あ・・・・」
「よーし。じゃあ一番は道重でけってーい!」
「わーわー!」
「いえーい!」
「じゃ、次のコーナーですが・・・・」
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:28
- さらっと流して次のコーナーに進める新垣。新垣さんのテキトースルー力は異常。
だが道重には鞘師のリアクションをスルーすることなどできなかった。
心臓はずっとドラムみたいにズンタカタッタとリズムを刻んだままだった。
さやしちゃんがかわいいっていった。かわいいって。あたしのことをかわいいって。
あーゆーのがすきなのかな? なんかちょっといがい。
もっとさやしちゃんってくーるびゅーてぃーで、えれがんとで、そんで、そんで
火照った頬に手を当てる道重。その道重の耳に、鞘師はすっと唇を寄せるのだった。
「ホントに可愛かったよ」
鞘師は力のこもった声で言う。本当に道重に夢中になっている感じだった。
もしかしたらこの子と熱い関係になれるかもしれない。
しかしながら、そう思うことができたのは、ほんの一瞬だけだった。
嘘のない鞘師の次の一言を受けて、道重は美しく整った顔を大きく歪めるのであった。
「かのんちゃんのカマキリと同じくらいよかったよ!」
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/08(月) 20:28
- * * *
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:32
- 第十一話 顔のせいか軽い子によく見られるっちゃけど。
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:32
- リハーサルをしたり、有原栞菜のエロDVDの発売が発表されたり、ユーストリー娘。の収録をしたり。
そんな色々な出来事が起こったり終わったりしていくうちに、
2011年のモーニング娘。の春ツアーも中盤戦を迎えようとしていました。
最初は緊張で、石川さんの財布の紐くらいガチガチになっていたさゆちゃんですが、
今ではすっかり高橋さんの財布の紐くらいにゆるゆるになっていたのでした。
完全に温泉気分だったわけです。いい湯だな、パラピプルルルラララン〜。
調子に乗りやすい。喉元を過ぎれば熱さを忘れる。自分の実力を過大評価する。
さゆちゃんには数多くの欠点があったのですが、まだ11歳の少女なのですから仕方ないでしょう。
もっとも42歳になる●●●プロデューサーもほぼ同様の欠点を抱えているのですから、
年齢はあまり関係ないかもしれません。生まれもった資質なのでしょう。
とにかく今のさゆちゃんは、心さわやかに時代を引っ張りあげちゃおうとするくらい、
EVERYDAY絶好調状態でした。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:32
- 「さゆちゃん、ダンスの練習しよっか」
「えー、いいよー。さゆもうちゃんとできるもん」
大名気分のさゆちゃんは、フクちゃんの誘いも軽くあしらいます。
しゅんとなってうつむいてしまうフクちゃんですが、
「アイドル界のブラックバス」の異名をとる光井さんは違います。
生意気な態度を取るさゆちゃんの頭を、容赦なく思いっ切りタライで叩くのです。
「いったーい!」
「お前なあ、調子に乗っとらんとちゃんとやれや」
「え? え? なんでタライ?」
「ふふふ。お前らをしばくために持ってきたんや」
「完全にヤクザの発想じゃないですか」
いいえ。タライで叩くのはドリフの発想です。昭和50年代の発想です。
ヤクザは灰皿で叩くと思います。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:33
- 「ていうか光井さんは香音ちゃんの教育係でしょ」
「話逸らすなや」
「さゆにかまってないで、香音ちゃんの相手すればいいじゃないですかー」
そうです。光井さんはズッキこと鈴木香音ちゃんの教育係という設定でした。
作者も素で忘れてました。
香音さんが「ズッキ」と呼ばれているという設定も忘れていました。
ズルい女がバイバイありがとうさよならだったことも忘れていました。
最近忘れっぽいんです。婚約発表してた矢口さんって、もうできちゃった結婚したんでしたっけ?
「アホ。あの子は今日は死に物狂いでやってるがな」
「えー、うそー、いっつも遊んでるよー」
「まあなぁ。でも今日は言わんでもやるがな。なんでかわかる?」
「さゆみが可愛いから?」
それは今日に限ったことではないと思います(赤面)。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:33
- 「アホか! お前はホンマにアホやのう」
「アホだけど光井さんより可愛いもん」
「ここはどこやねん。今日は名古屋でコンサートやろ? ズッキの地元!」
「あ」
「だから神経質になってるんやんけ。気付かへんの?」
そうです。今日は名古屋市でコンサートがあるのです。
鈴木香音は愛知県出身。つまり今日は鈴木香音の凱旋コンサートというわけです。
いつもは遊んでいるか食べているかどちらかの香音さんも、必死にならざるを得ないわけです。
「香音ちゃん、真剣やったで。ちょっと声かけられる雰囲気やなかったわ」
道重さんは思い出します。そういえば滋賀での光井凱旋コンでこんなことがありました。
地元に戻ってきてやけに神経質になっていた光井さん。その光井さんに気安く話しかける生田衣梨奈。
「わー、琵琶湖ってのっぺりしてますねー。意外と地味ー。ねーねー、光井さん」
「知らんがな。琵琶湖は琵琶湖や」
「どっちが琵琶湖でどっちが光井さんか、全然見分けつかないですよー」
控室にあったパイプ椅子で、生田衣梨奈は血祭りにあげられたのでした。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:33
- そんなことを思い出していたさゆちゃんの後ろを、田中さんが通りかかりました。
「なにしとー、みっつぃー! 後輩に説教?」
「あ、田中さん」
「いらんいらん、そんなんいらんって。言わんでもできるよ、この子らは」
「そりゃそっちの鞘師ちゃんはそうかもしれないですけど」
そうです。言われなくてもきちんと練習するのが鞘師さん。
そして「鞘師ちゃん」という言葉を聞くと俄然やる気を出すのが道重さんです。
「さゆだって言われなくてもできるもん」
「やってへんがな」
「もう死ぬほどやったんだもーん」
「うそつけ。まだ生きとるやんけ」
「関西人のそういうとこキライ!」
ちなみに作者は関西人ですが、道重さんの意見にいたく同意します。
「アホなこと言うとらんと練習せーや」
「さゆみは練習してもできない子なの。それでいいって光井さん言ったじゃん」
「そんなことは言うてへん! 勝手に解釈すんな!」
えーっと。第五話を参照してください。どう解釈するかは読者のみなさんにお任せします。
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:33
- 熱心に後輩を指導しようとする光井さん。
これまでの娘。メンバーには、なかなかいなかったキャラです。
一方の田中さんは自分から教えようとはしません。これまでの娘。メンと同じスタイルです。
二人の先輩の意見はなかなか噛み合いません。
「練習なんてさー、自分が納得できればいいんよ」
「田中さーん。甘いですよ。全然甘いです」
「練習でできても、本番でできなかったら意味ないじゃん。練習のための練習なんて意味ないと」
「練習でできなければ、本番でも絶対できません」
「本番で失敗してもさー、その場でなんとかするのがプロよ。わかる?」
「お客さんが見てるんですよ! 本番で失敗したら最悪じゃないですか。取り返しつかないですよ」
「本番の怖さを練習量で紛らすってさ、それ限界あるって。それこそ練習のための練習やん」
「それはちゃんと練習してる人が言う台詞です」
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:33
- さゆちゃんは光井さんと田中さんの話をじっと聞いています。
言ってる意味はよくわかりませんでしたが、彼女達が言う「練習」とか「本番」という言葉が、
普段自分が使っている言葉よりももっと重いんだということは実感できました。
「練習量を自慢するんじゃなくってさ、本番で何ができるかを自慢したいよね」
「だからそれもちゃんと練習している人が言う台詞です」
「れいな、ちゃんと練習しとるもんねー」
「だから! さゆちゃんもちゃんと練習しないとダメなんです!」
「おお怖。おお怖。さゆちゃん、みっつぃーに負けんようにちゃんと練習し。凱旋コンだもんね」
「凱旋コン? 今日は香音ちゃんの凱旋コンですよ」
「何言うとー。その次は山口でコンサートやん」
「あ」
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:34
- 鈴木香音の凱旋コンサートは大成功に終わりました。
普段はどこか頼りない香音さんのダンスも、地元で見るとキレキレに見えるから不思議です。
そして観客の声援も尋常なものではありません。とにかく愛知では香音さんは輝けるスターでした。
そういった諸々のことが全部、道重さんにプレッシャーとなってのしかかります。
今日は山口県での道重さんの凱旋コンの日でした。
言われなくても一人で必死で練習していた香音さんを、
「地元でコンサートがあるときだけ頑張るのね」と冷ややかな目で見ていた道重さんですが、
いざ自分の凱旋コンとなってみると、暢気に椅子に座っている余裕など全くありません。
譜久村さんだけではなく、生田さんや鈴木さんにまで手伝ってもらいながら、
道重さんもまた、死に物狂いで自分のパートの内容を確認するのでした。
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:34
- 「さゆちゃん、ダメ。全然合ってないよ」
「えりぽん合わせてよぅ!」
「違う違う。さゆちゃんの方がずれてるんだよ」
「そうそう」
「えりぽんは合ってる」
「がびーん」
前日からほぼ徹夜状態でダンスの練習を続ける道重さんですが、ダンスはちっとも上手くなりません。
悩んでも一時間。楽しんでも一時間。
というのは嘘で、同じ一時間でも焦っている時ほど速く過ぎていくように感じられるのです。
実力足りない時間も足りない深刻すぎるわ人生。どうする道重。
そして開演時間は容赦なくやってくるのです。
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:34
- 開演まであと数分。娘。メンバー全員が円陣を組みます。
「うえーん。全然できなかったよー」
「だからやっとけって言うたやん」
「大丈夫大丈夫」
「なんとかなるって」
「地元だもんね。山口のお客さんには変なとこ見せられないよねー」
「がびーん」
「ちょっとれいな。変なプレッシャーかけないでよ」
「あははははははは」
「大丈夫。さゆちゃんならできるよ」
「そうだよ。これまでだって全然問題なかったし」
「うひひ。失敗したら、次は山口でのコンサートなくなるかもね」
「がびーん」
「ちょっと田中さーん」
「なに面白がってるんですか」
「さゆちゃんに恨みでもあるんですか?」
「うーん。前世でなにか因縁があったのかもしれんね」
「真顔でそんなこと言わないでくださいよ」
「田中さんきらーい」
「あたしもさゆちゃんきらーい」
「田中っち大人げないよ」
「もう時間じゃん」
「さゆちゃんも泣かないで」
「それでは、いきまっ・・・」
「しょーい!!」
そんなこんなで山口公演の幕が開きました。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:34
- 意外や意外にも昼公演は大成功に終わりました。
道重さんは明るく元気よく歌い、踊り、観客を沸かせました。
アンコール後には一人で出てきて、地元の観客にお礼を言ったりもしました。
何の問題もなかったのです。いつも以上に素晴らしいコンサートだったのです。
控室に戻った道重さんのテンションも上がるというものでしょう。
「さゆはね! やればできる子なの。本番に強い子なの!」
調子に乗りやすい。喉元を過ぎれば熱さを忘れる。自分の実力を過大評価する。
道重さんの欠点は一つも直っていませんでした。
でも無理もないでしょう。齢11歳にして地元でのコンサートを成功させたのです。
周りにいた先輩メンバーも、調子に乗る道重さんをとりたてて諭そうとはしませんでした。
「あともう一本、夜公演があるで」
「大丈夫! 今日も可愛い!」
「会話になってへんがな」
「極度に可愛い!」
「もうわかったから」
「夜公演も飛ばしていくよ! みんな付いてきてね!」
メンバー達は苦味のない苦笑いをしながら、声を揃えて「おー!!」と気勢を上げるのでした。
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:34
- されど人生、好事魔多し。
異変は夜公演の序盤に起こりました。
ダンスをしている最中の道重さんの太腿にピリリと電気が走ります。
昨晩からほぼ徹夜で練習し続けていた
道重さんの足は、とっくに限界を超えていたのです。
(やだ。どうなってるのよ。さゆみの足、動いてよ!)
道重さんの動きが明らかに衰えていきます。
ダンスのフォーメーションが崩れます。客席からはざわめきが起こり始めました。
(ダメ! さゆの凱旋コンなの。地元のお客さんなの。変なところは見せられないの!)
道重さんは切実に念じましたが、その思いは足へと伝わりません。
ついに崩れ落ちる道重さん。その衝撃で手にしていたマイクも落としてしまいました。
他のメンバーの間にも動揺が走ります。この後は数少ない道重さんの歌パートがあるところ。
道重さんのそばに駆け寄ろうとする譜久村さん。さらに大きく崩れるフォーメーション。
そしてやってくる道重さんの歌パート。
(ああ・・・終わった。さゆの凱旋コンは終わったのね・・・・・・)
その時でした。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:34
- 「しばらくは元気なキャラでー」
ごく自然な感じで道重さんのパートを歌い出したのは光井さんでした。
パッと見たところ特に問題もないまま歌は進んでいきます。
そして光井さんはソロパートを歌い終えると、道重さんのもとに駆け寄りました。
光井さんはさり気なくマイクをオフにしながら、譜久村さんと二人で道重さんを抱え上げます。
「足、つったん?」
「大丈夫です」
「アホ。全然大丈夫ちゃうやろ」
「さゆは平気。だから歌の方を・・・・・」
「そっちは大丈夫やろ」
「大丈夫じゃ・・・」
道重さんは顔を上げました。
ステージ上では田中さんが何食わぬ顔で道重さんのソロパートを歌っています。
道重光井譜久村の三人が抜けた隊列も、今はなぜか綺麗に整っているように見えました。
一人歌う田中さん。両脇を固める高橋さんと新垣さん。
その後ろでは鈴木・生田・鞘師が並び、1−2−3の隊列を組んでいました。
まるで最初からそう決められていたかのような美しい並びでした。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:35
- 道重さんはその後も何度も足を痙攣させて転びました。
その度に光井さんや譜久村さんが助け起こしてくれました。
観客席からは「さゆー!」「がんばれー」と悲鳴のような声援が飛びます。
そんな声援に支えられながら、道重さんはなんとか最後までステージの上に立っていました。
「あ、あ、ありがとうございましたー」
最後に観客に挨拶する時には道重さんは号泣していました。
ヘロヘロになって、まともなパフォーマンスができなかった自分。
でも地元のお客さんは、そんな自分を見捨てずに最後まで応援してくれたのです。
どうやってその厚意に応えたらいいのか、今の道重さんにはわかりません。
ただただ、機械的にぴょこんぴょこんと頭を下げるだけでした。
いつの間にか足の痛みも忘れていました。ただただ体が熱くて火照ってたまりませんでした。
(これがコンサート・・・・これが「本番」っていう意味?)
道重さんは初めてコンサートの怖さと奥深さを知ったのです。
この山口でのコンサートは、彼女にとって一生忘れられないコンサートになりました。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:35
- 控室ではメンバー達が手ぐすねを引いて、挨拶を終えた道重さんの帰りを待っていました。
「うしししし。さゆちゃん今日は何回転んだと?」
「・・・・・・」
「れいな途中まで数えとったけどー。数えきらんかったと」
いつもは田中さんの軽口など簡単に切り返す道重さんですが、
さすがに今日は適当なことは言えませんでした。
ですがそうやって深刻になっていたのは道重さんだけです。
他のメンバーは皆、今回のアクシデントを単純に楽しんでいるようでした。
「ホント、さゆちゃんバテバテだったよねー」
「フクちゃんもさあ、さゆちゃん助ける振りして密かに休んでたし」
「休んでないですよぉ!」
「二人でサボってたんかあ。極悪師弟コンビだねこの二人は」
「違いますぅ」
「フクちゃんは悪くないの。さゆを助けてくれたの」
「あたしかって助けたやん」
「しーらない」
「お前なあ」
呆れていた光井さんですが、さすがに今は「もっと練習しろ」とは言いませんでした。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:35
- わいわいと騒いでいるメンバーから離れて、道重さんは、
部屋の隅(別名はぶられいなゾーン)で着替えていた田中さんのところに近づきます。
「あのー」
「ん? どうしたん。まだ足痛いの?」
「大丈夫です。それより、あの、ありがとうございました」
「は?」
「あの、さゆの歌のところ」
道重さんが倒れたあと、道重さんのソロパートをほぼ全部歌ったのは田中さんでした。
何の打ち合わせもしていなかったのに、さも当然のように歌う。
この先輩こそ「本番に強い人」なんだと道重さんは思いました。
「あー、あれね。にひひひひ。面白かったねー」
「いや、あの、おもしろいとかそういうのはちょっと」
「なんね。真面目なこと言うてからに。アクシデントも楽しまんと」
「でもー」
「ええよええよ。何回でも転んだらええんよ。あたしも歌パートが増えて嬉しいし」
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:35
- たとえお世話になった先輩とはいえ、このままでは引き下がれません。
さゆちゃんの負けず嫌いの心に火がつきました。
「次は田中さんの凱旋コンですね」
「うん! さゆちゃんみたいに張り切り過ぎてこけんようにせんとね」
「ううう・・・」
「まー、れいなはそのへんベテランやから大丈夫やけど」
「田中さんがこけたら、田中さんのパートは私が歌ってあげます!」
「自分のパートもよう歌わんのに?」
「う・・・練習するもん!」
いつもだったら簡単に口喧嘩で勝てるはずの相手なのですが、
今日はやけに手こずる道重さんなのでした。
「ははははは。おもしろい! さゆちゃんおもしろーい」
「なにがですか」
「にひひひひ。れいなはねー、愛ちゃんの次に歌パート多いんよ」
「知ってます」
「じゃあ、福岡ではわざと倒れようっと。れいなパート、全部練習しとってね」
「がびーん」
「れいなはえりぽんパートの練習しよっと。さゆちゃんみたいに緊張でこけるかもしれんしー。にひひひひ」
意地の悪い笑い声を上げながら、頼もしい先輩は部屋を後にするのでした。
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/09(火) 23:36
- * * *
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:21
- 第十二話 ピコーン
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:21
- 山口での道重さゆみ凱旋コンサートの後も、モーニング娘。の春ツアーは順調に進みました。
福岡では田中れいな凱旋コンが行われました。
いや、田中さんだけではありません。生田衣梨奈の凱旋コンでもあったのです。
いまや福岡名物といえば生田衣梨奈かとんこつラーメンかというくらいの人気です。
福岡市民会館でのコンサートでは、一蘭の本店の前の行列と同じくらいの観客が集まったそうです。
そして福井。
秋ツアーでの卒業が発表されている高橋愛さんの地元です。
こちらもヨーロッパ軒本店の前の行列と同じくらいの観客が集まりました。
「娘。コンが福井に来るのも今年が最後だろうなあ」
道重さんはそんなことを思いながら貴重な福井でのコンサートを楽しんだのでした。
ついでに娘。コンとは何の関係もない話をもう一つ。
鞘師さんの持ちネタである「しゅわしゅわー、ぽん!」って、言葉としておかしくないですか?
「ぽん」と開いてからサイダーが「しゅわしゅわ」と出てくるわけじゃないですか。
順番からいえば「ぽん!しゅわしゅわー」が正しいと思うのですが、いかがでしょうか?
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:21
- とにかく、止まることなく娘。コンツアーは進みます。
地方をぐるっと回ってきたモーニング娘。は久々に関東に戻ってきました。
山あり谷ありの今回のツアー。次の舞台はサンプラザ中野くんです。
娘。メンバー達も、普段活動している東京での公演とあってリラックスした雰囲気です。
9期メンの中では、特に譜久村さんがまったりと落ち着いているようでした。
「やっぱり東京に帰ってくると落ち着くー」
「え、なんで?」
「なんでって・・・・・ホームタウンだから」
「それフクちゃんだけだよ」
「そうそう! 博多がよかー」
「山口が一番なの」「いやいや愛知が」「ひろしまー」
そうです。9期メンバーで東京出身は譜久村さんだけなのです。
といっても石原慎太郎が再選したことに関しては、譜久村さんに責任はありません。
14歳の彼女は、まだ選挙権を持っていませんからね。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:21
- 「そっかー。じゃあみんなは『帰ってきた』っていう気がしないんだ」
「東京っていう実感がないというか」
「うんうん。実家と全然違うんだよねー」
「まだ東京のこともよく知らないもん」
譜久村さんを除く4人の9期メンバーは、まだ東京に慣れていない様子です。
上京してから半年弱。我が家に帰ってきたという実感を持てないのも無理はないでしょう。
その中でも比較的東京に馴染んでいるのは香音さんでした。
「あ! でもあたしはちょっと『帰ってきたなー』って感じしたよ!」
彼女だったらアフリカでも火星でもももいろクローバーでも、どこでもすぐ馴染むことでしょう。
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:21
- 「うっそ。香音ちゃんだって愛知愛知言ってたじゃん」
「そうなんだけどさー、さっき奥の控室をこっそり覗いたらさー」
「覗いたの?」「奥の部屋?」「あそこ入っちゃダメって言われてたじゃん」
「東京に来たんだー!って気持ちになれたよ」
そう喋りながらグリコの看板のようなポーズをする香音さん。
意味は全くわかりませんが、なんだかとっても嬉しそうです。
「なにがあったの?」
「つんくさんが来てたー!!」
「ええええええ!?」
「ほんとぉぉぉぉ!」
「うっそお! マジ?」
「いかにも東京って感じでしょ?」
「いや、それはよくわかんないけど」
「あの人思いっ切り関西人じゃん」
「でもなんだろう? サプライズゲストかな?」
「ゲストって人でもないでしょ」
「一曲歌いにきたとか」
「ないない」
「愛は勝つとか」
「チャリティーなんて一番参加しそうにない人じゃん」
こいつは酷い発言ですが、武士の情けで発言者の名前は伏せることにします。
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:22
- 「まあ、嫌なことは忘れてコンサートを楽しもうよ!」
「そうだね。香音ちゃんの言うとおりだね」
「香音ちゃんとフクちゃんって結構言うよね・・・・」
「言うよねー」
「キャハハハハハ」
コンサート本番直前だというのに、9期メンバーの5人はこの余裕です。
公演をこなしていくうちに本番前の独特の雰囲気にも慣れたのでしょう。
今となっては、東京や福岡や広島や愛知や山口よりも、
ステージの上こそが彼女達のホームグラウンドなのかもしれません。
まさに余裕のよっちゃん。4期のよっちゃん。
慣れてしまえばコンサート本番ほど楽しいものはありません。
期待を胸に待ち構えている観客。自分達のアクション一つ一つに返ってくる歓声。
適度に残った緊張感さえも、ピリリと辛いスパイスとなって彼女達のスリルを高めるのです。
5人は楽しい気持ちを抑えきれないままに、力一杯ステージへと飛び出しました。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:22
- 天才は忘れた頃にやってくる。
大型スクリーンに酔いどれプロデューサーの姿が映るまで、
鈴木香音や他の9期メンバーは、彼が会場に来ていたことなど完全に忘れていました。
彼が天才かどうかは、1対1億2000万くらいで意見の分かれるところでしょうが、
とにかく彼がモーニング娘。のプロデューサーであることは動かし難い事実です。
彼が舞台に姿を現すと、娘。ヲタ(つまり観客と新垣と譜久村)から罵声が飛びます。
この腐れプロデューサーはいつだってファンの心を逆撫でする人事を発表していました。
だからそれをよく知る娘。ヲタは、その時点における最悪の想像をするのです。
「まさか、高橋に続いて新垣と田中が同時卒業とか?」
「いやもっと悪いこと、つまりモーニング娘。が解散するとか?」
「いやもっと最悪の事態、もしや高橋愛のモーニング娘。卒業が中止とか?」
しかしながら、ファンの暗い想像は、今回は奇跡的に杞憂に終わりました。
「モーニング娘。10期オーディションを開催したいと思いまーす!」
9期メンの5人は昭和のコントのようにずっこけました。
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:22
- コンサートが終了した後も、9期メンの嘆きはなかなか収まりません。
「なんで10期なの? 信じらんない」
「あたしたちだってまだ入ったばっかりなのにぃー」
「どうしようどうしよう。年上の人とか入ってきたらどうしよう」
「新しい子の方が人気が出たりしたら・・・・・」
愚痴ばっかり言ってるさゆちゃん達とは対照的に、明るい表情をしているのは香音さんです。
彼女はもう、ステージ上で見せた動揺からは立ち直っていました。
面白くなりそうなことに関しては、動物的な嗅覚を働かせるのが香音さんです。
「いいじゃんいいじゃん。入ってもいいじゃん!」
「えー、香音ちゃんどうしたのよ」
「さっきまではめっちゃ焦ってたじゃん」
「ネガティブ、言ぃーててもー、良いことなんて、ないし」
「なに歌ってんのよ」
「さゆちゃん」
「なに」
「後輩ができるって素敵じゃない?」
「わかんない」
「さゆちゃんだって教育係になれるかもよ」
「!」
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:22
- 香音ちゃんはさゆちゃんを目一杯おだてあげます。
お世辞ではありません。香音さんは純粋に他人を誉めるのが上手いのです。
細かい計算などしない彼女は、素直な目で他人を見ることができました。
誉めるときも貶すときも、素直な心で発言してしまうのが鈴木香音なのです。
「さゆちゃんってさ、絶対教育係に向いてると思う」
「そ、そうかな?」
「だってさゆちゃんってすっごいお姉さん的な性格してるじゃん」
「あ、うん。それはさゆも思う」
「絶対良い先輩になれるって」
「うん! なるなる! 良い先輩になる!」
最年少キャラとして子供扱いされるのが大嫌いな道重さん。
逆に大人として扱われると嬉しくて舞い上がってしまう道重さん。
そう、道重さんはこう見えて、結構おだてに弱い普通の良い子だったのです。
「後輩が入ったとするじゃん。その子らを、あたしとかさゆちゃんが率いるわけよ」
「いい! それいい!」
「おい後輩! 生田のパンかっぱらってこい!とかさ」
「おい後輩! 鞘師のトゥーシューズに画鋲入れてこい!とか?」
それのどこが良い先輩だ。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:22
- その時、道重さんと香音さんの背後から「良い先輩」ならぬ「良いビル」がやってきました。
あ、逆か。まあいいや。とにかく良いビルがやってきたのです。
「盛り上がってるねー」
「あ、良いビルさん」
「新垣だよ。なに言ってんだよズッキは」
「良いビル」と「新垣」は「ナポリタン」と「タモリさん」ほどは近くなかったみたいです。
はっきり言って「カツカレー」と「大塚寧々」よりも遠いですよね。
その良いビルさんは、香音さんの頭をポンと叩きます。
「あんたらも後輩入るんだからさあ、負けないようにしないとね」
「大丈夫です。新垣さん、10期の教育係は香音にまかせてください!」
「言うねー」
「あたしだってもう立派なプロですから」
「あんた何年目?」
「え? 1年目ですけど・・・・・」
「あたし10年目」
知らんがな。心の中で突っ込む道重さんなのでした。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:22
- 「10年かあ・・・・・」
颯爽と去っていった良いビルさんの後姿を香音さんはじっと眺めていました。
自分は10年経ったらどんなビルになっているんだろう?
そもそも10年後も娘。に在籍しているんだろうか? 芸能界にも残っているのかどうか?
丸の内ビル。森タワー。エンパイア・ステート・ビル。ビル・ゲイツ。
オリコンチャート。10期メン。しるこサンド。妖精。今日の晩御飯。肉。
様々な思いが香音さんの胸に去来しました。
「さゆちゃん、新垣さんみたいな良い先輩になろうね」
「うん」
「10期には優しくしてあげよね」
「うん。『ジャケットが黄色い』という無茶なヒントだけで
CDを探しに行かせるような先輩にだけは絶対にならないでおこうね」
「うんうん!」
そんな稲中卓球部の岩下京子みたいなことをする先輩は誰だ。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:23
- 「オーディションってTVでやるかな」
「絶対やるよ。こまめにチェックしないとね」
もはや娘。のオーディションがゴールデンで放送される時代ではありませんが、
きっと深夜のハロプロ枠では放送されることでしょう。9期のときのように。
「見よう見よう!」
「同年代の子が受けるんだよね」
「いっぱいくるよまた」
「すんごい可愛い子とかくるんだろうなあ」
「めちゃくちゃダンスの上手い子とか」
「鞘師ちゃんみたいな?」
「えー、そうかなー」
「あら。自分みたいに上手い子はいないって?」
「そんなこと言ってないけど」
そんなことを言っておきながら、鞘師さんもまたちょっぴり興奮しているのでした。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:23
- 自分達のオーディションのことを思い出す9期メンバー達。
これまでの人生で一番燃えた舞台だったかもしれません。あの頃の興奮が蘇ります。
そして彼女達が通った道をまた、新たな子たちが通ってやってくるのです。
それを考えるだけで、なぜか興奮が収まらないのです。
これはもう、燃えるなという方が無理でしょう。
自分達が合格したとき、なぜあんなにも先輩達がキャーキャー騒いでいたのか。
今の彼女達であれば、きっとすんなりと理解できたことでしょう。
「今度はダンスより歌が上手い子が来るかもね」
「そうかな」
「あーら。自分みたいに上手い子はいないって?」
「だから言ってないって」
「さゆより上手い子だって来ないよね!」
「どうなんだろうね。さゆちゃんは音痴で運痴だからなあ」
「ちょっと●●ちゃん!」
これまた酷い発言ですが、武士の情けで発言者の名前は伏せることにします。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/10(水) 20:23
- * * *
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:33
- 第十三話 性格云々よりもフクちゃんのプロ根性を誉めてあげようではないか。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:33
- 「いいなー、さゆちゃんいいなー」
9期メンの中では比較的しっかりものであると見られている譜久村さん。
「いいなー、えりぽんいいなー」
ですが実際のところ、9期の中では彼女が一番の甘えん坊さんだったりします。
「いいなー、香音ちゃんはいいなー、2回もあって」
そして結構すぐにすねたり、いじけたりする性格だったりするのです。
「あたしだけそういうのないんだもんなー」
そんなフクちゃんは、今日はご機嫌ななめのご様子です。
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:33
- 「中野ではフクちゃんが一番声援大きかったよ」
「東京ではフクちゃんが主役だし」
「でもみんな、10期募集のことしか覚えてないと思う」
「あ」
「とても凱旋コンっていう雰囲気じゃなかった・・・」
どうやらフクちゃんは他のメンバーの凱旋コンが羨ましいようです。
確かに首都圏出身のメンバーにはそういった扱いはありません。
たった一人、自分だけが主役であり、観客の声援を一人占めできる。
フクちゃんはそんな舞台に強く憧れているようでした。
「やっぱり羨ましいよね。あたしも凱旋コンしたかったなー」
「鞘師ちゃんは広島じゃん。きっと次のツアーではあるよ」
「あるかなあ。お客さん来てくれないかもしれないし・・・・」
「鞘師ちゃんだったらマツダスタジアムだって満員にできるよ!」
「いや、あそこ三万人くらい入るから」
「大丈夫。鞘師ちゃんは万能だから」
「万能じゃないよ!」
「スタジアムだって満員にできるし、レコ大・紅白・ノーベル賞の三冠も達成できるよ!」
三つ目は無理。
道重さんは冷静に心の中でフクちゃんに突っ込みを入れるのでした。
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:33
- 「まー、でもそのうち広島でもコンサートやるよね」
「そうかなー」
「やるやる」
「だよね」
「ほら! やっぱりあたしだけじゃん・・・・・」
「うーん・・・・・」
フクちゃんはうつむいてうじうじしてしまいます。いじけています。
これがえりぽんだったら「AKB48にでも移籍すれば?」の一言で済むし、
香音ちゃんだったら「蝉の幼虫のモノマネでもしてるの?」で終わりですし、
れいな先輩だったら鼻で笑って完全にスルーする道重さんですが、
相手はフクちゃんです。教育係としてさんざんお世話になっているフクちゃんなのです。
なんとかしてあげたい。なんとかフクちゃんを元気づけてあげたい。
今日この瞬間だけは譜久村聖がたった一人の主役。
そんな舞台をセッティングしてあげたい。小さくてもいいから。
道重さんは一つの小さなアイデアを思いつきました。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:34
- 「ピコーン!」
「さゆちゃん」
「良いアイデアが思いついた!」
「それはいいけど・・・『ピコーン』っていうのは止めて。耳が腐るから」
「ごめんなさい」
目がマジになっている譜久村さんに対して、道重さんは即座に謝罪しました。
これは完全に道重さんの失態です。
ピコーン。これは人事異動を思いついたときに出てくる、あの腐れプロデューサーの口癖でした。
「フクちゃんってカラオケ行ったことないんだよね?」
「うん。お母さんにダメって言われてるから」
「今日くらいはいいじゃん! みんなでカラオケ行こうよ!」
「えぇぇぇぇぇ」
「うわー、それいい!」
「行こう行こう!」
「そういえばみんなで行ったことってないよね」
大はしゃぎする同期メンを道重さんはクールに諭します。
「ちょっとみんな。勘違いしないでよ」
「え? なに?」
「ただのカラオケじゃないんだから」
「なにそれ?」
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:34
- 「今日はね、ツアーから東京に帰ってきた日じゃん」
「今日っていうか昨日ね」
「だから今日はみんなでフクちゃんの凱旋コンしようよ」
「おお!」「フクちゃんが主役なんだ!」
いじいじしていたフクちゃんは、今度は急におどおどし始めます。
おどおどする。それもフクちゃんの特徴の一つでした。
キックが得意。いじいじする。おどおどする。色白でもち肌。食いしん坊。
まるで初期紺野あさ美のようなスペックのフクちゃんですが、顔の大きさは常識的なサイズです。
「えー、やばいです。あたしホントに行ったことないんだよ」
「だからいいんじゃん!」
「やばいやばい」
「よっしゃー! 5人で行こう!」
「フクちゃんのカラオケデビューだー!」
「お母さんに怒られるぅ・・・・・」
「えりぽん、フクちゃん家に電話して」
「おっけー」
「ああああああ。そんなぁ」
携帯電話でフクちゃんのお母さんと話し、難なく承諾の言葉をもらった生田さん。
みんなに向かって世界で一番気持ち悪いガッツポーズを決めるのでした。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:34
- 「うああああああ。うわあああああ」
「フクちゃん、テンションあがり過ぎ」
「可愛いー」
「マジで初めてなんだ」
「ホント初めてなの。やばいです。やばいー、やばいよー」
「フクちゃんのリアクションの方がヤバイよ」
都内某所のカラオケボックスに入った5人。
ごく普通のカラオケボックスですが、譜久村さんには全てが新鮮に映ります。
「じゃあフクちゃん。注文してよ」
「注文?」
「飲み物とか食べ物とか」
「えー!! そんなの注文するの? うんわかった」
部屋を飛び出して受付まで戻ろうとする譜久村さん。
香音さんが慌てて譜久村さんのシャツを引っ張って引きとめます。
「フクちゃんフクちゃん。そこにある電話で注文できるから」
「うわ!」
そんなことも知らない譜久村さんなのでした。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:34
- 「じゃあ、歌おうか。まずはフクちゃんからね」
「えー、やばーい、なに歌おうかな」
「好きなの歌っていいよ!」
真野恵里菜の「世界はサマー・パーティ」を選曲する譜久村さん。マイクを持って立ち上がります。
他の4人は譜久村さんを囲むように座り、手拍子しながら場を盛り上げます。
今日は譜久村さんが主役です。彼女のためのリトル凱旋コンサート。
舞台は小さいですが、そんなことはどうでもいいことなのです。
イントロが流れ、大画面に真野さんの映像が映ると、譜久村さんの興奮は頂点に達します。
本物のコンサートの時と同じくらいはしゃいで歌い出す譜久村さん。
そんな譜久村さんの笑顔を見ていると、4人も幸せな気持ちになるのです。
「すなはーまにいまー、ぴあのーおきーいまー」
4人が同時に突っ込みました。
「フクちゃん、マイク入ってないよ」
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:34
- 譜久村さんは歌いに歌いました。
普段から「ハロプロを愛する気持ちは誰にも負けない」と豪語するだけのことはあります。
モーニング娘。は勿論、ベリキューに真野ちゃんにスマイレージ。
マイナーなシャッフルの曲まで、ハロコンで歌われるような曲はほぼ全て網羅しています。
あれも歌いたいし、これも歌いたい。ベリは外せないしキュートの曲も歌いたい。
そして一心不乱に曲名リストとにらめっこをしている譜久村さんの隙をついて、
勝手にAKB48の歌を入れてしまう外道がいたりするのです。
「ちょっとえりぽん! なに勝手に歌おうとしてるのよ!」
「えー、あたし知らなーい。誰? こんな曲入れたの?」
「えりぽんしかいないでしょ!」
「バレバレじゃん!」
「えー、いいじゃーん。歌おうよー」
「ダメダメ!」
「えりぽんってホントなってないよね・・・・・」
「なってないって何がよ」
「人間が」
「なんでよ!」
「なってないなってない」
「なってないよね」
作者もそう思います。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:35
- 無言でAKB48の曲を消す譜久村さん。ハロプロ愛炸裂です。一瞬シーンとしてしまった室内。
でもハロプロを愛する一方で、他のみんなにも楽しんでほしいと気を遣えるのも、譜久村聖なのでした。
「ね、わたしだけじゃなくてみんなも歌おうよ」
「いいの? 今日はフクちゃんのコンサートだよ」
「いいよいいよ。そんなのいいの。みんなで来たんだしみんなで歌おーよー」
「よーし、じゃあみんなで歌ってさ、そんで採点して勝負しようよ」
「えー、なにそれ!? そんなのもあるの?」
「やろうやろう!」
「一番点数が低かった人は罰ゲームってことで」
「えええええええ」
「じゃあ、一番点数が低かった人以外の4人でプリクラを取ろう!」
「おっけー」
「じゃあ、あたしから曲入れる!」
「ハロプロの曲限定ね」
「わかりました」
勝負と聞くと血潮が騒ぐのが道重さんです。
このカラオケが譜久村さんの凱旋コンということも頭の中から消えました。
勢いよく立ち上がると、宿命のライバルに向かってビシッと指を差すのです。
「鞘師ちゃん、歌で勝負よ! さゆ絶対負けない!」
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:35
- それでも鞘師は強かった。
最近のオリコンチャートにおけるAKB48勢と同じくらい強かった。
作者自身、この喩えは正直どうかと思いますけど。
優勝はダントツの点数を叩きだした鞘師里保。二位には本日の主役の譜久村聖。
ドングリの背比べの三位争いを制したのは、人間的になっていない生田衣梨奈。要領の良さは天下一品です。
そして香音が歌っているときに●●●をくすぐり攻撃するという反則技を使った道重さゆみが四位。
ギャハギャハ笑いながらシャボン玉を熱唱した鈴木香音が最下位に沈むという結果となりました。
「さゆちゃんずるいよ!」
「別にいいじゃん。最下位って美味しいんじゃないの?」
「ユーストリー娘。じゃないんだからさあ。別に美味しくないよー」
「とにかく反則をしようが何をしようが、勝った者が偉いの」
「そんなあ」
そうだそうだ。勝った者が偉いのだ。AKB48勢だって反則技みたいなことして勝っているじゃないか。
反則技みたいなのを使って負けたももクロちゃんは誰も誉めてくれないじゃないか。
まあ、作者自身、この喩えは正直どうかと思いますけど。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:35
- 「いいなー、あたしもプリクラとりたーい」
カラオケ店を出てゲームセンターに移動した5人。
負けた鈴木香音さんを除け者にして、仲良く4人でプリクラ撮影です。
こういう時だけ一致団結するのは、古くから続く娘。メンバーの伝統の一つでしょう。
「強引に入っちゃおうかなー」
後ろから入ろうとする香音さんをビシビシと容赦なく蹴り出す道重さん。
勝負事にはやけに厳しい道重さんなのでした。
そんな香音さんを見て大声で笑ったり、撮ったプリクラを見てはしゃいだりする譜久村さん。
そこにはもう、他メンの凱旋コンを羨んでいじけていた譜久村聖はいませんでした。
こうして小さな小さな譜久村聖凱旋コンは大成功に終わったのでした。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:35
- それから数週間後。事務所でうろうろとしていた道重さん。
生田さんから「昨日のハロプロタイム見た? 見た? これ見てみて!」と言われました。
道重さんの返事もろくに聞かないまま、強引にDVDを押し付けて生田さんは去っていきました。
詐欺師のようにやってきて、泥棒のように去っていく。それが生田衣梨奈です。
訳がわかりませんが、どうやらそのDVDに問題の番組が録画されているみたいです。
「なにこれ。鞘師ちゃん知ってる?」
「あたしもまだ見てない」
「じゃあ、奥の部屋にレコーダーあるから二人で見よっか」
「うん」
事務所の奥にある小会議室の一角に腰かける道重さんと鞘師さん。
DVDレコーダーのスイッチを入れるとハロプロタイムが始まります。
どうやら今回は田中れいな、譜久村聖、鈴木香音の三人でのロケのようでした。
「あ、渋谷だ」
「そういえば香音ちゃん、ロケの予定があるって。三日くらい前かな。そんなこと言ってた」
「あ」
「あ」
「うわ」
「うわ」
道重さんと鞘師さんは、これ以上ないくらい苦い表情で、顔を見合わせました。
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:35
- 『譜久村聖、カラオケ初体験!』
画面にはそういったテロップが大々的に出ていました。
「これって・・・・・・」
「あの後だよねきっと・・・・・」
「絶対あの後だよ」
「でもこれって・・・・」
画面の中では「初めてのカラオケに大はしゃぎする自分」を演じる譜久村さんの姿がありました。
いつも一緒にいる道重さんの目から見ても、それは普段の譜久村聖そのまんまでした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「フクちゃんって・・・・・・」
「すごいね・・・・・・・」
「この演技力・・・・・」
「半端ない・・・・・・」
もしかしたらハロプロの中で最も芸能人特性が高いのはフクちゃんではないか。
TVの中で自然な演技を続ける譜久村さんを見ながら、道重さんはそう思うのでした。
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/15(月) 20:35
- * * *
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:37
- 第十四話 まずはこちらのきょくをおききゅください。
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:37
- 「モーニング娘。鞘師里保の Riho-deli」
ほんの少しエコーのかかった声が流れ出す。
それは9期メンの正式加入からたった三ヶ月後のことでした。
鞘師さんは9期の先頭を切って、ソロラジオ番組をスタートさせたのです。
「みなさん、こんにちは。始まりました。えへーむふじ、りほでり」
番組のパーソナリティを務めるのは鞘師里保その人です。
マイナーな局とはいえ、早くもソロでの活動を始めた鞘師さん。
やはり他の同期のメンバーよりも、一歩も二歩も先を進んでいるようです。
「パーソナリティーのもーにんぐむすめ、さやしりほです」
若干12歳にしてラジオのパーソナリティとなった鞘師さん。
まだ喋りは固く、台本を棒読みしてしまうところもあります。
それでも彼女が前進し続けていることは間違いありません。
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:37
- 「にちようのゆうがたよじはん、いかがおすごしですか」
愛らしいルックスで早くもファンの心をがっちりとつかんだ鞘師さん。
ファンだけではなく他のハロプロメンからも愛されているようです。
そして歌とダンス。これはもう立派なプロのレベルです。
特にダンススキルは、既にハロプロの中でも高いレベルに到達していました。
「それではえへーむふじ、りほでり、さいごまでおちゅきあいください」
そんなパーフェクトアイドル鞘師さんの唯一の弱点がトークでした。滑舌でした。
その弱点を克服するべく果敢にもソロラジオに挑む鞘師さん。
立ち止まることなく、進化を続けていくのです。
ライバルの道重さんとの差はどんどん開いていくばかりです。
では道重さんは指をくわえて見ているだけだったのでしょうか?
いえ、それは違います。チャンスは自分でつかむもの。他人から与えられるものではない。
道重さんは知っていました。そして実行していました。
彼女もまた、自力で、強引に、ラジオの仕事をゲットしていたのです。
『こんにちは、ばんぐみのペット、デリでーす』
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:37
- 番組が開始してから2ヶ月弱が経過していました。
今日は7回目の放送です。さすがに鞘師さんもかなり慣れてきたようです。
共に番組を進めるパートナーの「デリくん」に軽口を飛ばしながら番組を進めます。
「こんばんは、デリくん。今日もブサイクですね」
『うっさいの。さゆは今日も極度に可愛いの』
思わず素の自分を出してしまう道重さん。収録は一端止められます。
デリくんはボイスチェンジャーで声を変えて喋っているのです。
番組を聴いている人はデリくんが道重さゆみということには気付いていないでしょう。
スマイレージが追加メンバーを募集してることに一般人が気付いていないように。
とにかく道重さんは正体を隠してトークしなければなりません。
デリくんはあくまでも番組のペットであり、人間ではないマスコット的な存在という設定なのです。
2ヶ月弱が経過しても、いまだにその設定に慣れない道重さんです。
スタッフのきつい説教が終わり、道重さんが泣きやんだところで、番組の収録が再開されます。
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:38
- 正体を隠すために、仕方なく道重さんはおっさん口調で喋ります。
『で、鞘師ちゃん。どうなのよ最近?』
「最近ですか。最近はずっとツアーに出てます。コンサートをやらせてもらってるんですよ」
『どーせヘロヘロなんだろ? 先輩に頼りっきりなんだろ?』
「そーんなことないですよぉ」
『そんなちっこい身体で無理だろぉ。最後にはふらふらになってるんじゃないの』
「そんなぁ。さゆちゃんじゃあるまいし」
『同期の道重ちゃんね。あの子はすっごい頑張ってるんじゃないの』
「番組にいっぱいメールが来てまして」
『急に話変えるね』
当然ながら、番組ではリスナーからのメールを募集していた。
リスナーからの相談に乗るのは勿論、鞘師さんです。
12歳の中学一年生だからといってなめてはいけません。
どんな質問や要望に対しても、精一杯答えるのが鞘師さんの良いところでした。
少なくとも「ガソリンが高すぎて困っている」という質問に対して
「ハイブリッドカー買えばいいと思う」などという回答を返したりはしません。
意外と経済感覚はしっかりしている鞘師さんです。
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:38
- 「いいですか?」
『どうぞどうぞ』
「デリくんは道重さゆみちゃんの話をし過ぎだってメールがいっぱいきてまして」
『ファンだからそこはしょうがないじゃん。俺は鞘師ちゃんよりもさゆみちゃん推しだからさ』
「ひどーい。里保のことも応援してくださいよー」
『しょうがないなー。じゃあ二番目に推してやるよ。二推しってことで』
ちなみに作者は「二推し」とか「三推し」という言葉が嫌いです。
一推しじゃなかったら「推し」の意味がないと思います。
まあ、一番嫌いなのは「神推し」みたいな無駄に過剰な言葉なんですけど。
しかし鞘師さんはそんな細かいことは気にしません。
「やったぁ。じゃあこれからは里保のことを応援してくださいね」
『いつも応援してるじゃん』
「だから里保のことを支えてくださいね、ということで」
『どういう意味だよ?』
「では次のメールです」
ここで鞘師さんが言っている「応援」とか「支えて」というのは
「里保のグッズとかにもお金を落としてね!」という意味だと思われます。
意外と経済感覚はしっかりしている鞘師さんです。
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:38
- 「私もダンスをやっているのですがなかなか上達しません。
上手になるコツがあったら教えてください・・・・っていうメールなんですけど」
『なるほど。答えてやってよ』
「そうですねー。一番良いのは上手い人のダンスをよく見ることです」
『ほう。里保ちゃんは誰のダンスを見てるの』
「高橋愛さんのダンスはすごいです。いつもチェックしてます」
『それで真似すると』
「それは一番やっちゃいけないことです」
『がびーん』
「うふふ。まあ、デリくんはダンスの素人だからしょうがないけど」
『がるるるる』
「真似をするんじゃなくて、表現力を学ぶんです」
『意味わかんないよ。たぶんメール出した人もわかんないと思うよ』
「単に身体を動かすんじゃなくって、表現するんです」
『それで上手くなるの?』
「下手でもいいんです。表現していれば伝わるものがあるんです」
『なるほどね。すっげーわかるよ俺も。ダンスって』
「では次のメールです」
『さりげなく俺の言葉無視してない?』
テンポよく番組を進めていく鞘師さん。しかーし!
ここで番組からのサプライズ演出が!
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:38
- 「えっと、次のメールは・・・」
「里保ちゃん! 誕生日おめでとう!!!」
「おめでとーう!!」「おめでとおおおお!」
「えええええ!?」
「ハッピバースデーツーユー♪」「ハッピバースデーツーユー♪」
収録現場に突然現れた譜久村さんと生田さんと香音さん。
ラジオを聴いている人には見えませんが、香音さんの手にはバースデーケーキが。
そうです。今日は鞘師さんの13回目の誕生日だったのです。
香音さんはケーキを机の上に置くと、鞘師さんに抱きつきました。
スタッフから何も聞いていなかった鞘師さんは軽くパニックに陥ります。
「び、びっくりしたー」
「あはははははは」
「なにもきいてなかったの?」
「たんじょうびおめでとー」
「ホントびっくりした」
声まで素に戻る鞘師さん。
いつもラジオで喋っているような余所行きの可愛らしい声ではなく、
普段、楽屋でお喋りしている時のような、ちょっと低い声に戻っています。
本当に嬉しかったのでしょう。素に戻って同期とお喋りしようとする鞘師さん。
でも同期の三人はあっさりと帰ってしまうのでした。
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:38
- 「じゃあねー」
「ラジオ頑張ってねー」
「え、もう帰っちゃうの?」
「また遊びにくるから」
『どうもありがとうねー』
このラジオはあくまでも鞘師里保のソロラジオです。9期のラジオではありません。
スタッフはそう考えたのか、本当に「おめでとう」だけを言わせて、9期を帰してしまいました。
鞘師さんは不満です。もっと同期と喋りたかったのに。楽しく喋りたかったのに。
珍しく不満な顔を隠そうとしない鞘師さん。いたくご機嫌を損ねた様子です。
本当に腹を立てていたのでしょう。鞘師さんは一つ、とびきりのいたずらを考えつきました。
『さ、ラジオに戻りましょうか』
「同期の三人は帰っちゃいましたけど」
『そうだね。みんな忙しいからね』
「でも、道重さゆみちゃんだけ残ってくれましたー!!」
『えー!?』
ビックリして思わず裏声になってしまうデリ君。
勿論、その中身は道重さゆみその人です。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:38
- 「それでは皆さん、改めて紹介します。わたしの同期の道重さゆみちゃんでーす」
『おいおい』
「さぁ、さゆちゃん、自己紹介して」
ニヤリ。古い少女漫画の敵役のような顔で笑う鞘師さん。
道重さんも瞬時にその意図を察しました。
喧嘩を売られて黙っているほど道重さゆみは人間ができていません。
このガキが。般若のような顔をしながら道重さんはボイスチェンジャーを外しました。
「うさちゃんピース! どうも初めまして! モーニング娘。9期メンバーの極度に可愛い道重さゆみでーす!」
よく考えれば、これで「デリ君」ではなく「道重さゆみ」として自由に喋れるの。
ふふふ。もしかしたらこれって大きなチャンスかも。墓穴を掘ったわね鞘師里保!
あたしは、いつまでもあなたのマスコットのままじゃいないわよ!
いつかあなたにも「私はいつもさゆちゃんのバーターなんだもん」って言わせてみせる!
そう思っていた道重さんですが、次なる鞘師さんの攻撃を受けて顔色を失くしました。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:38
- 「デリくん、よかったね。大好きな道重ちゃんが来てくれたよ」
鞘師さんのネタ振りを受けて道重さんの表情が固まります。
その一方で鞘師さんは声に出さずに顔だけで爆笑しています。本当に楽しそうでした。
やるわねこの女。やってくれるわね。今日はとことんやる気なのね。いいわ。受けてやるわよ。
道重さんは一度は外したボイスチェンジャーを、再び唇に寄せます。
『うわーうれしいなー。俺本当にファンなんだよー』
「うふふふ。ありがとうデリ君。どうも初めまして」
『はじめましてー。道重ちゃんって本当に可愛いねー』
「あ、デリくん」
「なんだよ里保ちゃん」
「いや、今はさゆちゃんには話しかけてないけど?」
『ごめんごめん』
「なんでデリくんが謝るの?」
『うー』
「鞘師ちゃん! デリくんをいじめないで!」
「いじめてないけどなあ」
『いじめてるじゃんかよ!!』
ケラケラと笑う鞘師さん。照れ屋で引っ込み思案で人見知りするというのは、あくまでも表の顔。
鞘師さんは、親しい人間に対してはちょっぴりサディスティックな女の子だったのです。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:39
- 「そうそう、さゆちゃん」
「なによ」
「デリくんがね、さっき『わかんない』って言ってたの」
「え?」
「ダンスが上手くなりたいっていうメールが来てたんだよね、デリくん」
『きてたよ。でもそれはもう里保ちゃんが答えたじゃん』
「でもわたしの説明をね、デリくんはわかんないっていうの」
『いや、わかったから。十分わかったから』
「だからー、さゆちゃんの方からも説明してあげてほしいの」
「なにを?」
「どうすればダンスが上手くなるかを」
「がびーん」
デリくんとの一人二役をこなすだけでもアップアップガール状態の道重さんです。
どんな状態かというと、いつ芸能界から消えてもおかしくない状態、みたいな。
その上で「ダンスが上手くなる方法を語る」とは!
これはもう、道重さんにとってはアカペラで歌いながらブレイクダンスをしろというようなものです。
鞘師さんはそれっきり澄ました顔で黙りこんでしまいました。
ラジオに沈黙は厳禁です。それを防ぐためにパートナーのデリくんがいるのです。
焦った道重さんは、何も考えないで本能のままに話しだしました。
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:39
- 「さゆはね、ダンスはパッションだと思うの!」
「パッションって沖縄の芸人さんのこと?」
『そうだねプロテインだね』
「ってちがーう。情熱なの! 情熱があればいいと思うの」
「デリくんとさゆちゃんって漫才コンビみたいだね」
『ホンマにね。頑張っていかなアカンと思うとるんですけど』
「ってちがーう。さゆはダンスの話をしているの!」
「上達のコツを教えて欲しいっていうメールだよ」
「コツ・・・そんなのあったらさゆが教えてほしいの」
「でもさゆちゃんもプロじゃん。死ぬほど練習してるじゃん」
「うん。最近は気が付いたら練習してる」
「身体が勝手に動き始めるの?」
『セクシーでごめんね』
「ってちがーう。練習しても上手くなるとは限らないの。だからメールした人も悩んでるんでしょ?」
「うん。その通りだと思う。デリくん、いいこと言うね」
『言うよ。俺だってたまにはビシッと言うよ』
「ってちがーう! 今、良いことを言ったのはさゆなの!」
「ホントに漫才コンビみたいだよねー」
『ホンマに頑張っていかなアカンなあと』
「って、それはさっき言ったー!」
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:39
- 「ではそろそろお時間でーす」
「まだなんにも答えてなーい!」
『君とはもう』
「やってられへんわ」
「ありがとうございましたー」
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:39
- ちなみに、道重さんからの誕生日プレゼントは、アホほど大きなおもちゃのダイヤの指輪だったとか。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 19:39
- * * *
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/16(火) 20:06
- さゆちゃんがこの立ち位置になるとは
そのおかげで他の4人が話がどんどん転がってますね〜(^_^
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:01
- 第十五話 フクちゃんは香音ちゃんのDVDだけ自腹で購入したのだーの巻。
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:01
- 9期メンバーがモーニング娘。に加入してから半年弱。
今日も今日とて厳しいレッスンに明け暮れる新メンバー達。
いつもなら先輩にしごかれているところですが、今日はたまたま別の仕事で先輩達がいません。
レッスンの合間の休憩時間も、どことなく弛緩した空気が漂います。
「なんかさー、先輩がいないって変な感じだよねー」
「仕事してる感じがしない」
「うんうん。ホントそんな感じ」
「合宿の続きみたーい」
「あたし合宿行ってない・・・・・」
「まだ引っ張ってるの?」
のんびりとおしゃべりしている5人でしたが、
何気ない生田さんの言葉に、鞘師さんと道重さんが凍りつきました。
「そういえばさー、鞘師ちゃんにさゆちゃん」
「はい?」「うん?」
「フクちゃんのDVD見た?」
「え」
「げ」
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:01
- フクちゃんのDVD。
そう言われて思い当るものは一つしかありません。
ハロプロタイムで放送されていた「譜久村聖のはじめてのカラオケ」。
あれ以来、5人の間では「カラオケ」は禁句になっているのです。
それなのに当の本人のフクちゃんを前にしてそんなことを言うなんて。
なんというKYなのよこの子。やっぱりとことん人間ができていないわこの子は。
さゆちゃんは生田さんを、錆びついたマシンガンで今撃ち抜こうと思いました。
でも違いました。違ったのです。命拾いした生田さん。人生とはわからないものですね。
生田さんの言っているDVDとは、ハロプロタイムを録画した例のDVDのことではなかったのです。
「なんだー、まだ見てないの?」
「えーっと・・・」
「そのう・・・」
「『Greeting 〜譜久村聖〜』! 最高に良かったよ!」
「え?」
「ああ、そっちのこと?」
「やだー、えりぽん、見てくれたのー」
「えへへへへ。スタッフさんに言って、ちょっとだけ見せてもらったの」
生田さんが言っているのは譜久村さんのソロDVDのことでした。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:01
- 基本的に他人の話を聞かない道重さん。
フクちゃんがソロDVDを出したということも、なんとその時が初耳でした。
「ええええええ! ソロDVDなんてあるの!」
「さゆちゃん、そんなことも知らないの?」
「ソロDVDってなに? ずっと一人で歌うの?」
「えー、違うよー。さゆちゃんはホントに何にも知らないんだなあ」
「どゆこと?」
「アイドルのソロDVDっていうのはね・・・・・・」
道重さんに訊かれるままに「アイドルにとってのソロDVDとは」というテーマで熱く語り出す生田さん。
「千の推しを持つ女」の異名は伊達ではありません。
そうです。
「人間ができていない」ということと「アイドルに詳しい」ということは、
決して相反する要素ではないのです。いや、相反するというよりはむしろ(以下略
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:02
- ハロプロは勿論、他の事務所のアイドルやグラビア系のアイドル、
果ては心交社の●●●●●●●●まで。
広範なジャンルのDVDを随時チェックしている生田さん。
女性アイドルに対する生田さんの知識と見識と理論と哲学は非常にレベルの高いものでした。
CDの売上が確定してから後付けで屁理屈をこねる凡百の地下アイドル評論家など、足元にも及びません。
在りし日のサスペンダー山中氏を彷彿とさせるような、生田さんのキモクールな語りっぷりでした。
そんな生田さんを、他の4人は尊敬の眼差しで見つめるのでした。
「えりぽんすごーい! なんでそんな詳しいの? めちゃくちゃ知ってるじゃん」
「ていうか香音ちゃんも結構知らないよねー」
「あたし普通だって。えりぽんが詳し過ぎなんだよ!」
「あたしもそこまでは知らなかった・・・・・」
「でもフクちゃんのDVDは良かったよ!」
「うー。えりぽんに誉められるとすごい照れる・・・・・」
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:02
- 「さゆも! さゆも!」
「は?」
「さゆもソロDVD撮る!」
「はあ? なに言ってんの?」
「フクちゃんだけ撮るなんてずるいー」
「さゆちゃんってさあ、本当にスタッフさんの話を聞いてないよねー」
「?」
9期メンの先頭を切ってソロDVDの撮影を行った譜久村さん。
だがそれは第一弾に過ぎなかったのです。
譜久村さんに続いて、順に生田さん、香音さん、道重さん、そして最後は鞘師さん。
(注:これは「老けて見えるメンバー順」ではありません)
9期メンバー全員がソロDVDをリリースすることが既に発表されていたのでした。
「さゆもDVD出すの?」
「当り前じゃん」
「すごーい」
「他人事みたいなこと言ってるけどー、さゆちゃんホント大丈夫?」
「なにが?」
「ふつーに映ってるだけじゃ売れないよ、ソロDVDは」
「!」
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:02
- 天上天下唯我独尊を地で行く道重さん。
その一方で「売れる」とか「売れない」という言葉に非常に敏感な道重さん。
生まれて初めて生田さんに頭を下げるのでした。
「えりぽん! お願い、教えて!」
「あたしもあたしも! 売れるDVDってどんなのか教えて!」
「しょーがないなー。じゃあ特別に皆に教えてあげようか?」
「おねがーい」「おねがーい」
すりすりと生田さんにすがりつく二匹の小さな哺乳類。
これが子犬や子猫だったら心温まる映像ですが、残念ながら実際はさゆと香音です。
そして盛り上がる二人とは対照的に、鞘師さんは全く興味なさそうな表情。
気になった譜久村さんは声をかけました。
「鞘師ちゃんはいいの?」
「んー、あたしはフクちゃんみたいのでいい」
「あ、鞘師ちゃんも見てくれたんだ」
「すっごいよかったー。あたしもフクちゃんみたいなの撮りたいなー」
譜久村さんと親しげに話す鞘師さんを見て「かっちーん」とくる道重さん。
鬼の首を取ったような顔で、鞘師さんの全てを否定します。
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:02
- 「フクちゃんみたいなのがいい? それは一番やっちゃいけないことです!」
「え?」
「うふふ。まあ、鞘師ちゃんは素人だからわからないかもしれないけどー」
「・・・・・はい?」
「真似をするんじゃなくて、表現力を学ぶんでぇす!」
「あ!」
「鞘師ちゃんのバーカ、バーカ! もみじまんじゅう!」
「ううううう」
「二人とも何の話してるの?」
それは鞘師さんとデリくん・・・・もとい道重さんにしかわからない会話でした。
珍しく道重さんにやり込められて顔をしかめる鞘師さん。
それでも彼女は、やいのやいのと、汚い言葉を言い返したりはしません。
なぜならば「喧嘩とは同レベルの人間同士でしか成立しない」からです。
それを考えると安倍さんと飯田さんが喧嘩するのも当然ですし、
石川さんと藤本さんがいがみ合っていたというのも、非常によくわかる話です。
その一方で愛理さんと℃メンがリアルで大変仲が良いのも、実際に本当のことなのでしょう。
そしてつんくPとモーヲタは(以下略)
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:02
- 「いいわ。じゃあフクちゃん派とえりぽん派に分かれて勝負よ!」
「えりぽんってさー、最近さゆちゃんに似てきたよね」
「ひどいこと言わないで」
「なんで酷いの!」
「もう、そんなこといいからさあ、早く教えてよー」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
いそいそと更衣室まで戻っていく生田さん。
すぐさま戻ってきた彼女の両手には、色々なグッズが抱えられていました。
どうやら写真集撮影の時に使おうと思っていた小物類のようです。
というか、なぜこんなものをロッカーに入れていたのでしょうか彼女は?
それは作者も訊きたい。謎が多い女だぜ生田。
「じゃあ、撮影のシミュレーションしてみようか。どれからいく?」
「さゆ、そのバナナが食べたい」
「いきなり? 随分あなたも大らか大胆ね」
「?」
「まあ、こういう過激なのは最後にやるのがセオリーだよ」
「そうなの?」
「Bad Medicineみたいなモンだよ」
違うと思います。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:03
- 大きなものから小さなものまで、生田さんが持ってきたグッズは本当に色々ありました。
こういうところだけは妙に研究熱心な生田さんです。
山と積まれたグッズの中から、香音さんは目についた一つをつかみ上げました。
「このぬいぐるみは?」
「うーんとね。本当は本物のネコがいいんだけどー」
「えっ。もしかしてネコと撮るの?」
「じゃあ、香音ちゃん、ネコとじゃれるシーンを撮ってみよー」
「えええええ。やだよー! 恥ずかしいよ!」
「アイドルとストリッパーに『恥ずかしい』は禁句よ!!」
その喩えはどうかと思うが。とにかく照れに照れる香音ちゃん。
そしてそんな香音ちゃんを見て誰よりも盛り上がるのは、外野の譜久村鞘師コンビなのでした。
「香音ちゃん、可愛いよ!」
「可愛い可愛いー!」
「他人事だと思ってぇ・・・・・」
そうそう。他人事だから楽しいんですよね。
あくまで他人事だから、見物人の立場だから楽しいのです。
作者だってもし自分が「モーニング娘。に加入!」なんていう事態になったら、舌を噛み切って死にます。
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:03
- 「そんなキャラじゃないよ・・・」と言いながらも、こういう時は徹底的にやりきるのが鈴木香音です。
いつものふざけた顔は封印し、お嬢様のような仕草を交えてぬいぐるみと本気でじゃれ合います。
それを見て大盛り上がりの4人。生田先生も満足気な表情です。
「香音ちゃん、ごうかーく!」
「ホントに!?」
「完璧だよ。微妙に照れてるところとか、もうたまんなかったもん」
「うわー、えりぽんに言われるとホンット嬉しい」
「じゃあ、次はさゆちゃんの番ね」
「よっしゃー」
やる気みなぎる道重さん。香音ちゃんの様子を見て、写真集撮影のイメージがつかめたようです。
だがそんな道重さんの想定の遥か斜め上を行くのが生田衣梨奈です。
生田さんはガラクタの山をごそごそと探ると、粗末な布を道重さんに渡しました。
「この水着とかどう?」
「水着なんてあるの!?」
「もちろん。水着のない写真集では愛し合えないだろう?」
「意味わかんない」
「要するにマイクロビキニです」
「がびーん」
さすがに道重さんは「舌を噛み切って死にます」とは言えませんでした。
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:03
- 生田さんが持っていた水着は、異常に布面積の少ない過激なものでした。
誰がこんなものを着るのでしょうか? これぞまさに試合の予定ない勝負服です。
ちらりと横目でフクちゃんを見る道重さん。
いつだって、困った道重さんを助けるのはフクちゃんの役割なのです。
「ちょっとえりぽん。さゆちゃんはまだ小学生だし水着は・・・・」
「儀式だから、こんなのは!」
「おとなになる為の、儀式なの?」
何の儀式だ。
「でもサイズとかもあるでしょ?」
「うーん。さゆちゃん小さいしなあ」
「他に何かないの?」
「じゃあ、この三輪車とか」
「あ! それって『恋愛ライダー』のPVの!!」
「フクちゃん鋭過ぎ」
「すごーい!! レアアイテムじゃん! なんでそれがえりぽんのロッカーに!?」
それは作者も訊きたい。盗んだのか生田。盗んだ三輪車で走り出すのか。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:03
- 「じゃあ、さゆちゃん。この三輪車にセクシーに乗ってみようか」
「えー、そんなのDVDに収録されるの?」
「されるよ」
されないと思います。
「やだよこんなのー、さゆもネコちゃんがいい!」
「香音ちゃんと同じじゃ売れないよ。オリジナリティが大事なの」
「でもなんで三輪車?」
「『なんで三輪車?』っていう意外性がぐっとくるのよ」
「でも三輪車に乗ってるアイドルなんているの?」
「いるよ」
矢口氏ね。
「でもセクシーになんて無理だよう」
「無理じゃないって。こういうのにもセオリーがあるの」
「じゃあ、えりぽんが見本みせてよ」
「わかった・・・・・・ってあれ?」
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:04
- ついさっきまでその場にあったはずの三輪車が見当たりません。
きょろきょろと周囲を見回す生田さんと道重さん。
その二人に向かって、鞘師さんは廊下の方を指し示しました。
「乗って行っちゃったよ。超ご機嫌で」
慌てて廊下に駆け出す生田さん。後に続く道重さん。そして鈴木さんに鞘師さん。
(注:この並びは「空気が読めない順」ではありません)
だがその時すでに譜久村聖は、妄想の中でBuono!の一員となって、
地平線の果てまで走りだしていたのでした。
「ばきゅーーーーーん!!」
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 20:04
- * * *
- 246 名前:homare 投稿日:2011/08/17(水) 20:05
- >>230
感想ありがとうございます。
きっとさゆちゃんはガチでリーダーの座を狙っているのですよ。
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/17(水) 23:24
- フクちゃんww
実際も一番意外性があるのはフクちゃんなのかもですねw
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:56
- 第十六話 ファイト!
- 249 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:57
- 今日は新曲の初回レッスンの日でした。
9期メンバーが加入してから三枚目のシングルとなる「この地球の平和を本気で願ってるんだよ!」
平和を願う前に娘。の再ブレイクを願ってくれよ。などと考えるのは作者だけでしょうか。やれやれ。
この言い回しは娘。への屈折した愛情表現ではありません。単なる嫌味です。
とにかくメンバー達はレッスン着に着替えて準備運動を始めます。
これからのダンスレッスンを通じて、ダンスのフォーメーションが決まっていくのです。
ちんたら踊っていては美味しいパートがもらえません。
レッスンを繰り返すうちに、ダンスが下手なメンバーは自然と端のほうへと追いやられていくのです。
ダンス歴半年の道重さんは、相変わらず素人に毛の生えた程度のダンスを踊っていました。
それも田中れいな程度の生えっぷりだったのです。つまり生えていなかったのです。ド素人でした。
この言い回しは嫌味ではありません。娘。への屈折した愛情表現です。てへてへ。
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:57
- 色々なフォーメーションを交えながら、新曲のダンスレッスンは続きます。
センターに立つのは鞘師里保。両端に追いやられているのは鈴木香音と道重さゆみ。
とても同期デビューとは思えないくらい、三人の差は大きく開いていました。
ナルシスト帝国のプリンセス道重の機嫌が悪くなっていくのも当然のことです。
ですがその一方で、なんちゃってシンデレラの生まれ変わり香音は鷹揚に構えています。
そんな二人ですから、休憩時間に必然的に互いの人生観が激突するのです。
ちなみに作者は生まれ変わるならシンデレラより鞘師里保がいいです。
「ああ、ダメ。こんなんじゃダメ」
「さゆちゃん、お菓子食べに行こう、お菓子」
「ちょっと香音ちゃん、そんなことしてる暇ないでしょ!」
「えー。休憩時間だよー」
「さゆたちは人の倍練習しないとダメなの。そうしないと追いつけないの」
さゆちゃんはいつになくシリアスだった。マジだった。阿修羅だった。鬼神だった。
それはもう、面白可笑しいハロプロワールドの雰囲気からかけ離れたシリアスさでした。
つまり騎馬戦のときの石川梨華だったのです。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:57
- それでも鈴木香音はニコニコと笑いながらさゆちゃんにチョコレートを渡します。
「はい、さゆちゃん。イライラしてるときは甘いもの食べて栄養補給」
「そんなもの食べてる暇はないの!」
さゆちゃんは差しだされた板チョコを二口で食べ終わると1.5Lのコーラを一気飲みしました。
「タイムイズマネーなの。さ、自主練自主練」
「さゆちゃんすごい飲みっぷり。それでTV出れるよ」
「さゆは歌とダンスでテレビに出るの! 真ん中で歌うの!」
「んー。次も真ん中は鞘師ちゃんじゃないかなー」
「バカ! だから練習するの!」
それでも鈴木香音はニコニコと笑いながらさゆちゃんにチョコレートを渡します。
「はい、さゆちゃん。イライラしてるときは甘いもの食べて栄養補給」
「そんなもの食べてる暇はないの!」
さゆちゃんは差しだされた板チョコを二口で食べ終わると1.5Lのコーラを一気飲みしました。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:57
- 「タイムイズマネーなの。さ、自主練自主練」
「なんかこの文章って思いっ切りコピペのような気が」
登場人物がそんなことを言ってはいけません。
メタ小説的な文章を嫌う人は意外と多いのですから(じゃあ書くなよ)。
「とにかく! 時間がもったいないの!」
「そうだけどさ。さゆちゃんも話す時くらい耳から外したら?」
「やーだもん」
道重さんは香音さんと話している間もずっと耳にイヤホンを突っ込んでいました。
そこからは微かに音楽が音漏れしてきます。
香音さんはイヤホンの片方に手を伸ばして自分の耳にあてます。
「あ、なにするの」
「いいじゃん。あたしにもちょっと聴かせてよ」
二人の頭がほんの少しぶつかった。まさにキャンパスライフ状態ですが、
香音さんは「生まれてきてよかった!」とは思いませんでした。
まあきっと萩原さんや中島さんも、そんなことは思わないでしょうが。
内心ではきっと「なんで私だけが●●●●●●●ばかりやらされて」とか思っていることでしょう。
格差社会の嫌な一面を見る思いです。
「あれ? なにこの変な曲?」
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:57
- 「中島みゆき・・・」
「えー、なにそれー。なんでそんなの聴くの?」
「イメージトレーニング・・・」
「うっわ。さゆちゃんに全然似合わないー」
「似合うとか似合わないとかじゃないの! 勝つために必要なことは全部やるの!」
さゆちゃんは勝ちたかった。ただひたすら勝ちたかった。
娘。の中で一番になりたかった。娘。のセンターに立ちたかった。
自分の力で何かを勝ちとり、それを誰かに認めてもらいたかった。誉めてほしかった。
自分が認める誰かに、自分のことを認めてもらいたかった。
その「誰か」というのはつまり、鞘師里保のことであり、鈴木香音のことではない。
香音さんは勿論、そういったことはよくわかっていました。
さゆちゃんは隠さなかったから。自分が好きなものに対して、あまりにも一直線だったから。
でもだからこそ、香音さんはより一層、気安くさゆちゃんと話をすることができるのでした。
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:57
- 「すごいねー。その曲を聴いて気持ちを盛り上げてるんだ?」
「ああ、もう。そんなこと言わないで。恥ずかしくなるから・・・」
「うんうん。それで鞘師ちゃんと一緒にセンターに立ちたいと」
「一緒なんて嫌。あの子キライだもん。センターはあたし一人でいいの」
「その服で言われても説得力ないんだけど・・・」
真っ赤な生地に強烈な黄色で書かれた丸い文字。
さゆちゃんは7月に入った今でも鞘師里保生誕Tシャツをずっと着ていました。
その生誕Tシャツも、今は大量の汗を吸って、まるで鋼鉄の鎧のように重そうに見えます。
「がるるるる」
「ねー、さゆちゃん、ちょっと休んだ方がいいんじゃ・・・」
「なんでよ」
「さゆちゃん、すんごい汗だくだし、一回着替えた方が」
そうやって二人が言い合いをしている間にも、
あっちでは高橋さんと鞘師さんがダンスの練習をしていたり、
そっちでは生田さんと譜久村さんが新垣さんに振り付けを教えてもらったりしています。
「早く早く! 着替えてる暇なんてないの。さゆたちも早く自主練しよ」
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:58
- 「ちょっと待って。あのパン食べてから」
「さっき食べたばっかりじゃん!」
「腹ペコペコでござる〜」
隙を見ては何かを食べている鈴木香音。
あれだけ激しいレッスンをしても痩せないのも無理はない。
「香音ちゃん、ちょっと最近太ってきたんじゃないの・・・・・」
「太る太る言うんじゃねーよ」
「だってほら。あたしの腕と比べてみてよ」
「ほっそいほっそいなあ・・・・」
どこかで聞いたことのある受け答えをする香音さんであった。
「もう食べるの止しなよ。それとも晩御飯抜く?」
「冗談! あたしの人生に晩御飯よりも大事なものはなーい!」
「おやつは?」
「おやつは別腹。不景気とは別腹」
「食べる以外に考えることないの?」
「おなかが満ちたらハートも満ちてくんだよ」
「・・・・・・・・」
「わかったよぉ。じゃ、最初からやる?」
香音さんはデビュー当時から変わらずマイペースです。
昔からお気楽なタイプです。大人の相談なんてムリムリ。そんな顔です。
変わらなきゃプロではやっていけないのに。さゆちゃんは強くそう思いました。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:58
- ようやく自主練を開始したさゆちゃんと香音さん。
しかしながら二人のダンスはどうも上手くいきません。
激しく身体を動かしていても、なぜか動きに鈍さが残る香音さん。
どうも彼女の肉体はシャープさに欠けるのです。
そしてリズムに乗ろうとすればするほどリズムから外れていくさゆちゃん。
彼女はダンスまでもが「音痴」という稀有な素質の持ち主だったのです。
その素敵な素質が彼女のダンスにプラスになることはありません。
さゆちゃんはもがき苦しんでいました。
何が苦しいといって、その「下手さ」や「他人との差」を、
誰よりも自分自身が理解できてしまうということ。これが一番苦しかったのです。
誰が悪いわけでもない。自分の力が足りないだけ。
努力はしている。誰よりも努力しているのに成果が出ない。
自分が前進しているという手応えが全く感じられない。
全く光の差さない暗闇を、手探りで進んでいるような感覚。
暗闇の先に何があるのか全くわからないし、もしかしたら何もないのかもしれない。
もしそこに何もないとしたら、手を伸ばし続けることに意味はあるの?
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:58
- 「さゆちゃん、やっぱりちょっと休もうよ」
「そんなんじゃ鞘師ちゃんには勝てない!!」
あまりにも大きな声で叫んだので、同じフロアにいた鞘師さんも思わず振り返りました。
それでもさゆちゃんは周りの目など全く気にしません。
笑いたいなら笑えばいい。バカにしたいなら勝手にすればいい。
それでもなお、今の道重さんには進みたい一本の道があったのです。
今のさゆちゃんなら、愛の弾丸の衣装で新宿を歩くことだってできたでしょう(いや、それは無理か)。
「あのね、さゆちゃん。前にえりぽんも同じようなこと言ってたけどさあ」
「話を逸らさないで」
「逸らしてないよ」
「今はモーニング娘。と関係ない話はしないで」
「ちょっとちょっと。えりぽんは同期じゃん。同じ娘。じゃん」
「あっ、そうか」
「もー。誰と間違えたの?」
「えりりん」
それもどうかと思いますが。
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:58
- 「さゆちゃんはね。鞘師ちゃんに勝ってる部分もいっぱいあると思うよ」
「えりぽん、そんなこと言ってたっけ」
「あの子はあの子、あたしはあたし、でしょ?」
「・・・確かに言ってた」
私の敵は私です。そんな言葉を思い出すさゆちゃん。
でもなんかむかつく。上から目線がなんかむかつく。子供扱いがなんかむかつく。
同期に説教されると、無性にむかついてしまうさゆちゃんなのでした。
「そんなことわかってるもん」
「でもさゆちゃんって『まじスカ』のときも『Only you』の時も同じこと言ってたし」
「同じことなんて言ってないもん」
「鞘師ちゃんには負けない。鞘師ちゃんには負けないって」
「だからなに? それがなによ? 進歩がないって言いたいの?」
「うん。進歩がないと思う」
「がびーん」
軽く言い負かされると同時に、さゆちゃんは一つのことに気付きました。
そういえば香音ちゃんの愚痴ってあまり聞いたことがない。
いつも端っこに追いやられて不満はないの?
マイダーリン隊以下の扱いに甘んじていて悔しくないの?
劣等感を抱え込んだりはしないの?
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:58
- 「香音ちゃんはもっと歌とかダンスとか上手くなりたくないの?」
「上手くなりたいよ」
「だったらもっと練習して・・・」
「うん。上手くなってるよ。ちょっとずつだけど」
「えー。そういうの自分で言っちゃう?」
「えへへへへ。いつもね、レッスンの度にわかるの。上手くなっていってる自分が」
香音さんは照れもせずにそんなことを言うのでした。
彼女の目指すものと、自分の目指すものはそんなにも違うのだろうか。
自分はどんな困難があっても上っていきたい。冷たい水の中であっても震えながら上っていきたい。
でもこの子は違うの? 違う夢を持っている子が同じグループにいてもいいの?
さゆちゃんの疑問は尽きませんが、香音さんがその疑問に綺麗に答えてくれることはないのでした。
1を訊かれたら適切な1を答えようとするのが鞘師。
1を訊かれたら余計なことまで10くらい答える生田。
10まで聞いてから、ようやくやっと1を答えようと動き出す譜久村。
そして1を訊かれたらαを答える謎の生き物が鈴木香音だったのです。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:58
- 「香音ちゃんの目標ってレベル低いんじゃないの。もっと高い目標を」
「ダンスはね、ちょっとずつ。そのかわりコントとかモノマネとかトークで目立てれば」
「ええええええ」
「そんな驚くこと?」
「だって、そんなのイロモノじゃん」
「違うよ!」
「まあ、『持久走負けたくない』ってよりはずっとマシだと思うけど・・・」
「色物っていうかバラエティ方面? さゆちゃんもこっち方面でしょ?」
「ちがうもおおおおおおおん!!」
大声でわめくさゆちゃんの声は、他のメンバーにも丸聞こえでした。
部屋の隅では高橋と新垣が抱き合って笑っています。
フクちゃんとえりぽんは、お母さんみたいな温かい目で二人を見守っています。
そして鞘師さんは、なぜか少し羨ましそうな目で二人のことを見つめているのでした。
「そうかなー。さゆちゃんのトークって相当面白いよ。今とかだって」
「ないないない。さゆみ、お嬢さんだもん」
「えー。そういうの自分で言っちゃう?」
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:59
- 「だってさゆはギャグとか言えないし」
「うさちゃんピース!」
「それはギャグじゃない!」
「極度に可愛い!」
「それも違う!」
え。てっきりギャグだと思っていたのですが。
およそ2000万人のハロプロヲタは、おそらくほぼ全員がギャグだと思っていたことでしょう。
少なくとも作者の中では、ダンディ坂野の「ゲッツ!」と同カテゴリーの言葉です。
「他にも面白いところいっぱいあるし」
「だからどこが?」
「ものすごーい自信家で負けん気強いところが。見ててすっごい面白い」
「それのどこが面白いのよ?」
「自信に実力が伴っていないってところ」
「がびーん」
もう香音さんは完全に言いたい放題モードに突入です。
こうなったら誰にも鈴木香音を止めることはできません。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:59
- 「だからさ、もっと自信満々で行こうよ。『負けたくない』じゃなくて『勝ってるもん』で」
「それって単なるバカじゃないの?」
「違うよー。さゆちゃんだったら、そういうナルシストキャラでいけるよ多分」
「そんなキャラないわよ!」
「ないからさゆちゃんが作るんだよ」
「やーよ。そんなの嫌。絶対みんなから嫌われるわ」
「嫌われたらこっちのもんじゃん!」
「はあ?」
香音さんはニコニコと笑いながら持論を語り続けます。
どうやら冗談を言って道重さんをからかっているのではないようです。
歌やダンスから逃げるために言っているようにも見えません。
だからこそさゆちゃんは、香音さんの言葉の真意が読めず、大きく戸惑うのでした。
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:59
- 「そんで『ムカツク有名人ランキング』とかに入ったりして」
「やだー、ありえなーい」
「絶対そういうのに向いてると思うけどなあ」
「香音ちゃんと一緒にしないでよ」
「あたしは無理。さゆちゃんみたいに心が強くないもん」
「よく言うよ!」
あたしがガラスの心臓なら、この子はタワシの心臓してるじゃないの。
だいたい名前ばかりの「バラエティエース」なんていう矢口さんみたいなピエロになるくらいなら、
後藤さんみたいに・・・いや、市井さんみたいに・・・・いや、村上愛・・・・有原栞菜・・・うーん。
とにかく、芸能界から華々しく引退して伝説になるわ。
道重さんはしみじみとそう思うのでした。
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:59
- 数年後、大きく成長したさゆちゃんは、ソロで頻繁にゴールデンのTV番組に出るようになり、
周囲の皆から「娘。のバラエティエース」として一目置かれる存在になるのですが・・・・・
それはまた、別のお話。
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/18(木) 19:59
- * * *
- 266 名前:homare 投稿日:2011/08/18(木) 20:02
- >>247
フクちゃん良いですね。ネタでもマジでもどっちでもいける感じです。
どっちでいってもフクちゃんらしい気がします
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 08:26
- 子供っぽい笑顔とうらはらに意外と大人な香音ちゃんですね(^_^
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:45
- 第十七話 シャイニングウィザード 〜愛しき貴方〜
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:45
- 日本の夏の風物詩と言って思い浮かべるのは何でしょうか。
グーグル先生でぐぐっとググってみましょう(前田憂佳)。
こういう時に何でも検索にかけるのは、ゆっとりしているゆとり世代の特徴ですね(前田憂佳)。
検索って便利です。世の中が便利になるのはいいこと。いい子の私はそう思います(前田憂佳)。
「夏」で画像検索にかけると、花火、すいか、浴衣姿、ひまわり、かき氷などがヒットします。
ここで一句。浴衣着て、金魚すくい、君が三匹で。(前田憂佳)
ついでにもう一つハロプロと関係ない話をしてもいいですか?
「夏の季語」で調べてみたら夏の季語の中に「夏の日」ってあるんですが・・・・・
そのままじゃん!!!
こんなの答えたら国語の先生に出欠簿の角で頭を殴られそうな気がするんですが。
いや、タンスの角かな。これがホントのタンスでバコーン!
とにかく夏と言えばハロコンです。
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:45
- 今日はハロコンの第一回目のリハの日です。
さゆちゃんはいつものようにフクちゃんと一緒にリハ会場に向かいます。
「ねーねー、フクちゃん。ハロコンのリハってどんな感じ?」
「楽しいよ。結構他のグループの人とも話す時間あるし」
「ゆうかりんとも話せるかな?」
「ゆうかりんじゃなくて前田さん、だよ」
上下関係には意外と厳しいフクちゃんなのでした。
しかしそれを言うならスマイレージよりもモーニング娘。の方が格上なのですが、
そこはフクちゃんの中でどう処理されているのでしょうか。謎です。
「えー。『前田さん』なんて演歌歌手みたいでやだ」
「さゆちゃーん。そんなこと言っちゃダメ。演歌歌手の人が聞いたら怒るよ」
「KANさんとか?」
「あの人は演歌じゃないと思う・・・・・」
「じゃあ、いっつも高橋さんがご機嫌取ってる人?」
「それ誰のこと?」
福井県出身のあの人のことだと思われます。残念ながらハロコンには出演しませんが。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:45
- 「あ!」
「どうしたのさゆちゃん」
部屋に入るなりさゆちゃんはすっと指差しました。
その先にはスマイレージの4人に囲まれている鈴木香音さんの姿が!
他に人はいないようです。さゆちゃんはダッシュで5人のもとへと駆け寄ります。
「香音ちゃんをいじめないで!」
「え?」
「は?」
「服で隠れて見えないところにタバコの火を押し付けるのはやめて!!」
さゆちゃんはスマイレージの4人とは初対面でした。
本来なら人見知りするさゆちゃんですが、香音ちゃんのピンチにそんなことは言っていられません。
4人の悪ガキッどもは思いっ切りイカ臭かったのですが、この際それは我慢です。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:46
- 「あはははは。さゆちゃん、あたしそんなことされてないよ」
「さゆちゃん? この子が?」
「ズッキより面白い子ってこの子のこと?」
「可愛いー」
「『おつかのん』をパクったからといって足が折れたゴキブリの真似をパクるのはやめて!」
「盛り上がってるねー、この子」
「はじめまして、さゆちゃん」
「会うの初めてだよね?」
「香音ちゃんがブサイクだからって『いつまでパンストかぶってるの?』とか言うのはやめて!」
「それ、さゆちゃんが思ってることじゃないの?」
「えっ」
図星だったようです。
「さゆちゃん、あたし別にいじめられてなんかないよ」
「あははははは」
「いじめてないよー」
「じゃ、あたしたち時間だから」
「またねー」
そう言って、日本一パンツの大きい・・・もとい日本一スカートの短いアイドルは去って行きました。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:46
- さゆちゃんと譜久村さんの前には、性格が良い方の「かのんちゃん」一人だけが残りました。
より正確に言うなら「いきがってるくせにヘタレで、計算高いクセに計算間違いが多い」
・・・・方ではない「かのんちゃん」です。
しかし同じ名前のハロメンが二人いるってややこしいですね。
しかも名字の「鈴木」の方も、鈴木愛理とかぶっているというのが余計にややこしい。
区別するためにも、ハロプロには実在しない芸名に改名すればいいと思うのですが。
田中麗奈が田中れいなに改名したように、
鈴木香音も鈴木紗耶香とか鈴木真希とかに改名すればいいのにね。
いっそ名字も変えて市井紗耶香とか後藤真希とかいう芸名にしてしまえば、
花音さんとも愛理さんともかぶらなくていいんじゃないでしょうか。
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:46
- とにかく香音さんはスマイレージの4人にいじめられていたわけではないようです。
「スマイレージの人に色々話を聞いてたの。いじめられてなんかいないよ」
「なーんだ。つまんないの」
ちょっぴり残念そうな表情を見せるさゆちゃん。
きっと「knnちゃんをいじめていいのはあたしだけなんだよ!」とか言ってみたかったのでしょう。
体は小さいですが、男気はスカイツリー並に高いさゆちゃんです。
それはさておき、人見知りせずに誰とでも即座に仲良くなれてしまう香音さん。
スマイレージのメンバーとも初対面でしたが、いきなり突っ込んだ話をしていたようでした。
「なに話してたの?」
「フクちゃんのエッグ時代の話とか」
「聞きたい!!」
「うわあ。ちょっと。やめてやめてやめて!」
譜久村さんは顔を真っ赤にして、心優しい方のかのんちゃんに抱きつくのでした。
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:46
- 「フクちゃんってね、エッグ時代はすっごい」
「やめてー! 言わないでー!」
「いててて」
「ちょっとちょっと。フクちゃんちょっと」
さゆちゃんはフクちゃんを羽交い絞めにします。
プロレス用語的に言うならフルネルソン。
こういう時だけは、全盛期のザ・マシンガンズ(喩えが古いなおい)並に
ばっちり息があってるさゆちゃんと香音ちゃんコンビなのでした。
「さあ、香音ちゃん、言って言って」
「フクちゃんはエッグ時代はすっごい」
「うんうん」
「のんびり屋さんだったって」
「今もじゃん」
「どん臭かったって」
「今もじゃん」
「ボーっとしてたって」
「今もじゃん」
「●●●だったって」
「それは意外」
「頼りなかったって」
「今もじゃん」
「バカだったんだって」
「今もじゃん」
「泣き虫だったって」
「今もじゃん」
泣き虫フクちゃんは、今もさゆちゃんの腕の中でしくしくと泣いているのでした。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:46
- 「うわ、フクちゃん、ちょっとちょっと」
「ごごごごごめんねフクちゃん」
「冗談だから。スマイレージの人達もそんなこと言ってなかったから」
香音ちゃんは優しい言葉をかけてくれましたが、
譜久村さんはその言葉が嘘であることに気付いていました。
スマイレージの4人とはエッグ時代から仲良くしていたのです。
お互い遠慮なく思ったことを言い合う間柄でした。
だからそれくらいのことは普通に言われていたのだろうと思いました。
「言ってたのはサキちゃんかな。かのんちゃんかな」
「かのんです。ごめんなさい」
「そうそう。かのんちゃんが悪いんだよ。全部かのんちゃんが悪い」
「ちがうの。福田花音ちゃんが言ってたのかなあって」
「つんくさんが禿げたのも、高橋さんの金髪が変なのも、光井さん怪我したのも、全部かのんちゃんが悪い」
「福田さんは高橋さんと光井さんのことは言ってないよ!」
「昔からズバズバ言われてたから。悪気がないのはわかってるよ」
いや、この場合、誰よりも悪気があるのはさゆちゃんではないだろうか。
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:46
- 「でもあたしって、その頃から全然成長してないんだなあ・・・・・・」
フクちゃんはもう泣きやんでいました。
昔のことを思い出して、遠い目をするフクちゃん。
エッグでの研修時代を知らない二人には、その頃のことを想像することもできません。
勿論、ハロプロのライトヲタである作者だって、そんなことは全く想像できないのである。
あ、ちなみに「ライトヲタ」って右派(保守本流)っていう意味じゃないですよ。
私はそこまでハロプロに対して保守的ではなです。もっとも革新派でもないですけど。
しかし熱心なハロヲタの中にも、左派(革新派)的な立場を取るヲタっているんでしょうか。
佐保ちゃんヲタなら知ってますけど左派ちゃんヲタってあまり聞かないです。
そんな佐保ちゃんとGAMの曲を歌っていた譜久村さんも、今や立派な娘。メンです。
ですが本人にはまだその自覚は薄いようでした。
「私って・・・・いつになったら立派なプロになれるんだろう?」
「え! フクちゃんは立派なアイドルだよ! プロだよ!」
「そうだよそうだよ。うちら同期の中で一番仕事できるじゃん!」
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:47
- 確かに、9期の中で一番仕事ができるのは譜久村さんでした。
やはりエッグ時代の経験が大きなアドバンテージになっているのでしょう。
どんな仕事であっても、最初に理解して消化していくのは、いつも譜久村さんでした。
彼女が「プロ」ではないとしたら、さゆちゃんや香音さんは何なのでしょうか?
「スマイレージさんに比べたらまだ全然だよ。完全に負けてる」
「えー、そんなこと気にしてるの?」
「気にするよ」
「気にしてもしょうがないじゃん。あの子はあの子、あたしはあたし、だよ」
「さゆちゃん、それあたしが言う台詞」
「ちがうもーん。香音ちゃんの台詞なんかじゃないもーん」
いや、生田さんの台詞だと思われます。
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:47
- 「偉そうなこと言ってるけどね、ついこないだもさゆちゃん、同じようなこと愚痴ってたんだよ」
「そんなこと愚痴ってないもーん」
「鞘師ちゃんには勝てないって泣きそうになってた」
「ふふふ。それは知ってる」
「フクちゃん!」
そうこうしているうちにも、控室にはリハを行うハロメン達がぞろぞろと入ってきます。
それぞれ自分の歌を確認したり、柔軟体操をしたり、愛理さんのために焼き肉を焼いてあげたりしています。
そこにいるのは皆、愚痴も言わずに自分の仕事に真摯に打ちこむ、立派なプロフェッショナル達でした。
「負けてられないよね」
「さゆちゃんはホント負けず嫌いだよね。感心する」
「香音ちゃんがのんびりし過ぎなの!」
「のんびり屋さんはフクちゃんでしょ」
「ふふふ。負けたくないなあって思うよ。それにね」
「え?」
「ライバルはここにいる人達だけじゃないしね」
譜久村さんは部屋に戻ってきたスマイレージの4人にちらりと視線を送ります。
でもあえて話しに行こうとはしませんでした。
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:47
- 「あたしたちよりも新しい子もどんどん来るってこと」
「10期メン!」
「あ、そっちか」
「そっちかってなによ。10期じゃないの?」
「ネットで実況中継してたじゃん。スマイレージのオーディションの」
「あー、そっちか」
「見た見た!」
「すっごい可愛い子がいっぱいいて。もうなんかキラキラしてて」
丁度スマイレージの追加メンバーのオーディションをしている時期でした。
面接の様子はインターネットで実況中継されていました。
新たにデビューしようと果敢に試練に挑む参加者。
その姿がエッグ時代の譜久村さんとオーバーラップするのかもしれません。
「あの中に入ったら、あたし合格できるかなあ・・・・って」
「フクちゃんそれ完全に研修生の考え方だよ」
「娘。のメンバーの考えることじゃないって」
「えー!? そうかなー? そういうこと考えない?」
「考えない考えない」
「あたしすっごい考える。入ったらどうしよう?とか、先輩と何話そう?とか」
「フクちゃん・・・・それは研修生というよりファンの発想だよ・・・・」
「ホント、そういう想像好きだよねえ」
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:47
- いつもは教育係として道重さんのことをフォローしてくれる譜久村さん。
そんな譜久村さんに頼りっきりな道重さん。
でもここはガツンと言っておかなければなりません。
娘。の次期リーダー候補生筆頭としてビシッとメンバーを締めておかなければならないのです。
「フクちゃん! もうちょっとしっかりしなきゃダメだよ!」
「うーん。やっぱりダメかな?」
「ダメだよ! フクちゃんはモーニング娘。のメンバーなの!」
「それはわかってるんだけど・・・・・」
「いつまでも素人気分では困るの。ハロプロのファン気分でいてもらっては困るの」
「うううう」
さすがに思い当ることがありすぎるのか、譜久村さんは反論できませんでした。
うつむいてさゆちゃんの説教をじっと聞いている譜久村さん。
それは香音さんにとっても非常に新鮮な絵でありました。
- 282 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:47
- 「さゆちゃん言うねー」
「フクちゃんにはね、もっと娘。メンバーだという自覚を持ってもらわないと」
「おおー。フクちゃんにそれを言いますか。さゆちゃん厳しーい」
「だからこそ! フクちゃんには娘。への愛情だけじゃなくてプロの自覚を持ってほしいの」
「はーい・・・・・・」
「嫌ならスマイレージに行ってもいいんだよ? スマイレージに移籍する?」
「そんな! ちゃんとやります! ちゃんとやるから!」
ついさっきまでは必死で譜久村さんを持ち上げていたさゆちゃん。
それが今はこの説教っぷりです。あの香音さんも必死でフォローするというものです。
「さゆちゃーん。フクちゃんほど娘。を愛してる人はいないと思うよ?」
「そうね。どうやらスマイレージのファン気分も抜けたみたいね」
「はーい。自覚を持って頑張りまーす」
「じゃあ、説教はお終い! あたしたちも準備しよ」
「うん」
「フクちゃん、背中押してー」
「はいはい」
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:47
- 柔軟運動を始める道重さん。
譜久村さんはフロアに座り込んだ道重さんの後ろに回り、背中をぐいぐい押します。
その時、扉が開いて、新たに数人のメンバーが入ってきました。
先頭に立っているマネージャーさんが事務的な口調で挨拶します。
「Berryz工房のメンバー、入りまーす」
その言葉を聞いた瞬間に、譜久村さんのスイッチON!(さよなら舞波・・・・)。
譜久村さんは隣に座っていた香音さんを踏み台にして、ひらりとジャンプします。
飛び上がった譜久村さんの膝が道重さんの後頭部をハードヒットしますが、
譜久村さんは全く気にする素振りを見せずに、一直線にドアに駆け寄ります。
ファン気分どころではありません。譜久村さんの目は完全にハート型になっていました。
「おはようございます、嗣永さん! きゃああああ! 今日も可愛いですね!」
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/19(金) 19:47
- * * *
- 285 名前:homare 投稿日:2011/08/19(金) 19:49
- >>267
素の香音さんは良い意味で普通の女の子なんじゃないでしょうか。
素じゃないときはすごいですけど。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:15
- 第十八話 踏まれても踏まれても真っ直ぐ伸びる麦になれ
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:15
- 2011年秋。
読書の秋。スポーツの秋。食欲の秋。天高くさゆ肥ゆる秋です。
でも「冬さゆ」っていう言葉はあっても「秋さゆ」っていう言葉はないですよね。
どうしてなんでしょうか?
とにかくあっという間に季節は流れて秋のお話です。
9期メンが加入してから二度目の全国ツアーが始まりました。
一度目のツアーである春ツアーは、まさに9期メンのためのツアーでした。
トラブルもあったし、未熟な部分を晒したりもしたのですが、
どちらにしても観客の注目を最も集めたのは、間違いなく9期のパフォーマンスでした。
でも今回のツアーは違います。決定的に違うのです。
この秋ツアーにおいて最もファンが注目しているのは、
ユーストリー娘。の1コーナーである「Let's スピーキング娘。」において
「F●●● YOU」的な言葉を出した生田さんの次なる放送禁止用語発言ではなく・・・・
このツアーを持って卒業する高橋愛でした。
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:16
- 高橋愛が娘。のセンターで歌うようになったのは、いつ頃からでしょうか。
少なくとも安倍なつみが卒業した後くらいには
石川・藤本・高橋の3トップ体制が出来上がっていたような気がします。
それから時は流れました。
石川梨華は美勇伝に沈められ、藤本美貴は岩盤浴に溺れていきました。
その間、田中れいなの台頭があったり、新垣里沙の躍進があったり、
久住小春の一瞬の輝きがあったり、リンリンが毎日オリジン弁当状態だったりと
色々あったのですが、モーニング娘。の歌の中心にはいつも高橋愛の姿がありました。
今のモーニング娘。を引っ張っていたのは間違いなく高橋愛なのです。
彼女あってのモーニング娘。と言っても過言ではないでしょう。
その偉大な功績を思えば、彼女がリーダーになってから紅白に出場できなくなったことや、
ハロモニが打ち切られたことや、MステやFNS歌謡祭に出演できなくなったことや、
ハロショ原宿店が潰れたことなど、取るに足らない些細なことではありませんか。
その高橋愛がモーニング娘。を去るのです。子牛を乗せて荷馬車がゆれるのです。
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:16
- ですがその最大のピンチを最大のチャンスととらえる人間がここにいました。
我らがファンキーヒロイン道重さゆみちゃんです。
高橋さんの次のリーダーの座を虎視眈々と狙いつつ、さゆちゃんは今日もまたレッスンに励むのでした。
隣でさゆちゃんのダンスをじっと見ているのは、さゆちゃんの宿命のライバル鞘師里保ちゃんです。
彼女もまた、高橋愛卒業を受けて、強い思いを心に秘めている一人でした。
「さゆちゃんってさあ、すっごいダンス上手くなったよね」
「!」
「いいなあ。ぐんぐん上手くなってるよ」
「ふふん。やっと鞘師ちゃんもあたしの実力に気付いたようね」
「それくらいの頃が一番伸びるんだよねー」
「え?」
「あたしはちょっとスランプかも・・・・・・」
さゆちゃんは本格的にダンスを始めてからまだ半年強。覚えることは山ほどあります。
ですが逆に言えば、覚えれば覚えた分だけ技術レベルが上がる時期なのです。
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:16
- その一方で鞘師さんは、ダンスを始めてから、かれこれ7、8年くらいは経っていました。
一言で「7年」と言いますが、これは長い。かなり長い期間です。
だって加護さんがデビューしてから契約解除されるまでの期間くらいですからね。
ですからダンスに関しては一通りのことはできる鞘師さんですが、その先の段階で躓いていました。
ここから先は誰も教えてくれないのです。
自分で考えて、自分で自分なりの表現スタイルを作り上げなければならないのです。
さゆちゃんとは全く別次元のところで、鞘師さんは高度な悩みを抱えて苦しんでいたのです。
「スランプ? なにそれ。意味わかんない」
「うん。今のさゆちゃんにはわかんなくていいと思う」
「かっちーん」
さすがに半年以上も顔を合わせていると言葉も気安くなります。
人見知りするタイプの鞘師さんでしたが、今では道重さんに対しては
ほとんど遠慮することなく、自分の内側にあるものをさらけ出すのでした。
「さゆちゃんってっさあ。今すっごいダンス楽しいでしょ」
「楽しいよ。当り前じゃん」
「だからそれが羨ましいの」
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:16
- 「鞘師ちゃんは楽しくないの?」
「踊るのは楽しいよ。でも苦しいの。嫌になって、叫び出して、逃げ出したくなる時があるの」
「はあ? さゆだって練習はしんどいよ。みんなそうじゃないの?」
「そういうレベルの話じゃないの」
「かっちーん」
遠慮することなく自分の思いを語る。鞘師さんがさゆちゃんに気を許している証拠でした。
でも今のさゆちゃんには、難解過ぎて鞘師さんの真意が理解できません。
「もっと、もっと上手くなりたいの」
「さゆだってそう思ってるって!」
「でもダンスが好きってだけじゃ、これ以上は上手くなれない気がするの」
「これ以上って何よ! 自分がもう限界まで上手くなったとでも思ってるの?」
「思ってないよ」
「思ってるんだ」
「だから思ってないって」
「だから上から目線でさゆのこと見てるんでしょ」
「あ、ゴメン。それは若干あるかも・・・・」
「かっちーん」
宿命のライバルにそこまで言われては我慢なりません。
こうしてまた二人は、トムとジェリーのように、
あるいは小春とジュンジュンのように仲良く喧嘩するのです。
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:16
- 「そんなことはさゆに勝ってから言ってよね!」
「勝つとか負けるとか・・・・そんなことじゃ・・・・・」
「ダンスは勝負なの! 勝つか負けるかなの!」
「まぁ・・・頑張っていただいて。一緒に楽しめたらいいな。私としては」
「かっちーん」
「ふー。夢に向かって交差点を渡っている、途中の人はいいよね・・・・・」
この言葉にはさすがに温厚篤実な(え? 誰が?)道重さんもキレました。
「途中ってなによ! 自分はもう夢を達成したとでも言うの!」
「そんなこと言ってない」
「もう隠居したら? やる気なくなったんでしょ」
「やる気?」
切れ長な鞘師さんの目が光ります。それでもさゆちゃんの言葉は止まりません。
「レッスンがきついから辞めたいんだ。自分はもうレッスンなんて必要ないって思って逃げようと」
「やる気がどうとか言われたくない。ダンスが好きっていう気持ちは誰にも負けない」
「ちょっと上手いからって勘違いしないで!」
「あたしは誰にも負けない。気持ちでは負けない。さゆちゃんなんかと一緒にしないで」
「がるるるるるる」
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:16
- ついに手が出た道重さん。馬乗りになって鞘師さんにつかみかかります。
ところがどっこい、なかなかどうして喧嘩慣れしている鞘師さん。
さゆちゃんの髪をつかむと、ビシバシと容赦なく張り手を繰り出します。
もはやじゃれ合っているとかそういうレベルではありません。
わらわらと他のメンバーが集まってきて、さゆちゃんと鞘師ちゃんを引きはがします。
この辺りの「はがし」の迅速さは、握手会の時のスタッフ並です。
むしろ事務的な作業でした。興奮しているのは喧嘩している当の二人だけだったのです。
他のメンバーは「またか」「何度同じことを」「恒例行事だね」といった感じで呆れているだけでした。
確かに二人がこうやって喧嘩するのはいつものことです。
娘。の新曲のタイトルを聞いて、みんなががっかりするのと同じくらい、いつもの恒例行事です。
でもその原因となっている精神的な不安定さがどこからきているのか。何が遠因なのか。
それに気付いたメンバーが果たして何人いたでしょうか?
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:17
- 鞘師さんは他のメンバーに囲まれて別室に連れていかれました。
道重さんにとって頼みの綱となる譜久村さんは、学校行事で不在でした。
どうでもいいですけど、フクちゃんと修学旅行に行ける中学生って羨ましいですね。
これが二泊三日のファンクラブツアーだったら30万くらいは取られそうです。
とにかく、さゆちゃんにかまってくれる人は誰もいませんでした。
部屋から出ていく時に、新垣さんが面倒臭そうに
「愛ちゃーん。そっちはお願いね」と言っただけでした。
そうして道重さんは高橋さんと二人、ぽつんと部屋に残されたのでした。
鞘師ちゃんは皆にあんなに大切にされているのに、こっちは高橋さん一人だけ。
まさに力ある者たちにだけ都合よくできてる世のシステム。
そういった思いがまた、さゆちゃんを悲しませるのでした。
そんなデリケートな思いを斟酌できるほど、高橋さんは繊細なハートを持ち合わせていません。
下品な笑顔で笑うだけです。
「がははははは。みーんな鞘師ちゃんの方にいっちゃったね、さゆちゃん」
この人はどうしてこんなにもデリカシーがないのでしょうか。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:17
- 「ふん。鞘師ちゃんは弱い子だからみんなの慰めが必要なのよ」
「さゆちゃんは強いんだ」
「うん。だから愛ちゃん一人で十分だもん」
「がはははははは」
高橋さんはパイプ椅子を引き寄せると、背もたれを両手で抱えて逆向きに腰かけました。
片手でもう一つのパイプ椅子をつかむと、自分の右隣に引き寄せます。
さゆちゃんはその椅子にすとんと腰かけました。
小さいさゆちゃんが腰かけると、普通のパイプ椅子も大きく見えます。
そんな光景を、高橋さんは少し眩しそうに眺めるのでした。
「さゆちゃん、やっぱりよくわかってるね」
「なにが?」
「鞘師ちゃんが弱いってこと」
「えー?」
ほんの冗談のつもりで言った一言でした。
でも高橋さんはその言葉を本気で受け取ったようです。さゆちゃんは戸惑いました。
鞘師ちゃんはとっても強い子。本心ではそう思っていたからです。
沈黙する道重さんに、高橋さんは優しく語りかけます。
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:17
- 「そういえばさゆちゃんはちゃんと『愛ちゃん』って呼んでくれるよね」
「えー。だって愛ちゃんが自分で言ったんだよ。『愛ちゃんって呼んで』って」
「そうだけどさあ」
高橋さんは後輩に対して「私のことは『愛ちゃん』って呼んで」と言っていました。
付き合いの長い田中さんや光井さんは「愛ちゃん」と呼んでいましたが、
それでもまだ入ったばかりの9期メンバーは、気安く「愛ちゃん」とは呼べないままでした。
ただ一人、例外だったのが道重さんです。
彼女だけは全く遠慮することなく「愛ちゃん!」と元気よく呼んでおりました。
高橋さんはそんなさゆちゃんのことが可愛くてたまらない様子でした。
勿論、さゆちゃんと同じように鞘師さんのことも可愛がっていたのですが。
「他の9期の子は全然呼んでくれないんだよー」
「みんな遠慮してるの。愛ちゃんは偉大な先輩だから」
「そういう風に言われるのってさー、けっこう微妙なんだよ」
「なにが微妙なの?」
「なんか遠慮されるのって悲しい。もっと仲良くなりたいのにね」
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:17
- 「愛ちゃんこそ遠慮しなくていいの」
「遠慮? さゆちゃんに?」
「説教しないの? 喧嘩したのに」
「がはははは。そんなんはええんよ。仲良いもんじゃん」
「別に仲良くないもーん」
「あたしとガキさんだって、昔はあんな感じやったし」
「嘘だあ。いっつも仲良しでしょ」
「ふふふ。今はそんな風に見えるのかなあ」
高橋さんは手を伸ばすと、さゆちゃんの頭を軽く撫でました。
さゆちゃんは、この先輩には一度も怒られたことがありませんでした。
「愛ちゃんって、何でさゆにそんなに優しいの?」
「なんかさあ、さゆちゃんと鞘師ちゃんを見てると、昔のあたしとガキさんみたいで」
「えー! うっそー!」
「鞘師ちゃんがあたしで、さゆちゃんがガキさん。ふふふ」
「あたし新垣さんみたいにしっかりしてない・・・・・」
「え? あっひゃっひゃっ。ガキさんかて昔は頼りなかったんやで」
「えー。想像できなーい」
「後輩から見たらそんなもんなんかなあ」
もはや鞘師さんとの喧嘩のことは完全に忘れているさゆちゃん。
でもさすがに高橋さんは忘れていませんでした。
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:17
- 「だからさゆちゃんも鞘師ちゃんに優しくしてあげてほしいんよ」
「・・・・・」
「さゆちゃんが守ってあげなアカンと思うで」
「えー! それはない!」
「ううん。鞘師ちゃんのことはさゆちゃんが守ってあげないとダメ」
「ないない」
「そうじゃないと鞘師ちゃんはダメになっちゃうかもよ」
「えー・・・・・」
さゆちゃんには高橋さんの言葉が理解できません。
いつも自分のことを上から目線で見てるのは鞘師ちゃんの方。
そういう思いが消えないのです。
「鞘師ちゃん、スランプなんやろ」
「うん。自分でそう言ってた」
「焦ってるんやろなー。可哀相に」
「焦ってる?」
「周りからプレッシャーかかること色々言われてるし。知ってるでしょ?」
「うん・・・」
「はよ結果出さなって思い込んでるんかもな」
高橋愛卒業後のモーニング娘。を引っ張るのは鞘師里保。
娘。の未来は鞘師里保の双肩にかかっている。鞘師こそが次の娘。のエース。
鞘師さんが、そんな過剰な期待をかけられていることは、さゆちゃんもよく知っていました。
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:18
- 「あたしね、ずっとリーダーやってたんやけど」
「はい」
「あたしよりガキさんの方がリーダーに相応しいと思うんよ」
「私もそう思います」
「がははは。だからね。9期だったら鞘師ちゃんよりさゆちゃんがリーダーの方がいいと思うよ」
「!」
自分がリーダーに相応しい。そんなことを言われたのは初めてでした。
でも高橋さんがお世辞や慰めで言っているようには見えません。
そんな細かい心遣いができる人ではないのです。
高橋さんは本気で道重さんの能力を高く買っているようでした。
「鞘師ちゃんはね、今は必死なんだ。だから今はきっと見えてないものがいっぱいあると思うんよ」
「見えてないもの・・・・・」
「でもさゆちゃんにはそれが見えると思うんよ」
「あたしも必死です」
「がはははは。上手いこと言おうとしたけど失敗したかな?」
「もーう。愛ちゃーん」
「でもね、本当にあたしはガキさんにいっぱい助けられたから、ここまでやってこれたんよ」
「それはすっごいよくわかります」
「でしょ? きっと鞘師ちゃんもさゆちゃんの助けを必要としてると思うで?」
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:18
- 「でも鞘師ちゃんはあたしのライバルなんです!」
「ライバルでいいじゃん」
「ライバルを助けたりとか、そんなのできないです」
「できるって」
「愛ちゃんと新垣さんみたいに仲良くするのって無理です」
その時、初めて高橋さんの表情に険しさが走りました。
いつになく真剣な表情でさゆちゃんのことを見つめるのです。
さゆちゃんはごくりと唾を飲み込みました。
「勘違いしないで。あたしとガキさんかってライバルやで」
「え」
「ただ仲良くしてるだけやないで。気を抜いたら負けるっていつも思ってる」
「・・・・・」
「ガキさんくらい、あたしにライバル意識燃やしてる人もおらんし」
「・・・・・」
「あたしだって、あの子にだけは絶対負けたくない」
「・・・・・」
「10年間、ずっとそうやってお互い意地張ってきたんよ」
「・・・・・」
「でもね、ときどきあたしかって」
そこで扉が開き、新垣さんが鞘師さんを連れて部屋に戻ってきました。
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:18
- 気まずい顔をする高橋さんとさゆちゃんのことなど気にせずに、
次期リーダーの新垣さんは仰々しく告げました。
「はい、鞘師と道重はちゃんと仲直りする。いいね!」
「はい・・・・・」
「はーい・・・・・」
あんなことを言われた後では、さゆちゃんも頷くしかありません。
「ごめんね」と言って差しだされた鞘師さんの右手を、さゆちゃんは優しく握り返します。
その手は、さゆちゃんと同じくらい小さくてか弱い手でした。
そのとき不意に、さゆちゃんの心の中に、
「この子とは10年、いやそれ以上ずっと戦い続けていくんだ」という思いが走りました。
優しくなれるかもしれない。今までよりもずっと。
「愛ちゃん。そっちの説教は済んだ?」
「Oh, Yes! ばっちりだね」
「ホントに? ちゃんとしてくれないと、またこの二人喧嘩するよ?」
「喧嘩したらええやん」
「ちょっとぉ! ちゃんとしてよ、もぉ!!」
「がははははは」
そうだ。優しくなるんだ。今までよりもずっと。
夫婦喧嘩のようなやり取りを続ける二人の先輩を見つめながら、さゆちゃんはそう思うのでした。
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/20(土) 20:18
- * * *
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:09
- 第十九話 一番輝いている瞬間に
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:10
- 高橋愛卒業コンサートは無事終了しました。
さゆちゃんの歌声で鼓膜を破るファンもなく、
生田さんが放送禁止用語を連発することもなく、
香音ちゃんが新しいギャグを開発してだだ滑りすることもなく、
鞘師さんが足を怪我して椅子の上で上半身だけ踊ることもありませんでした。
フクちゃんのポロリもありませんでした。
とにかく卒業コンサートは無事に終了したのです。
高橋さんのパフォーマンスは最後まで見事なものでした。
彼女の卒業時期に関してとやかく言う人がいたことも事実ですが、
とにかく「一番輝いている瞬間に卒業する」というモーニング娘。の伝統は守られました。
その点に関しては、異論を挟む余地がないほど、卒コンの高橋さんは輝いていたのでした。
そして大黒柱を失ったモーニング娘。ではありましたが、
後藤真希や安倍なつみが卒業したときのように、
今回もまた、何事もなかったかのように活動を続けていくのです。
鞘師さんも道重さんも、特に取り乱すことなく自分の居場所を探し始めました。
そして2011年も終わりを告げようとしていました。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:10
- 「さゆちゃん! 昨日のテレビ見た!?」
「見た見た。まさか稀勢の里があの体勢から把瑠都に勝つとはねー」
「は?」
「ここんところずっと伸び悩んでたけどやっぱり素材的には」
「ごめんさゆちゃん。なに言ってるかわかんないんだけど」
それはデーモン小暮閣下でなければわからないかもしれません。
作者的にはそんなマニアックな会話だとは思わないのですが。
軍艦ランチ5氏にならわかってもらえるはずですが、きっと今の飼育は見てないだろうなあ。
「とにかく! 10期の最終合宿の放送よ!」
「そっちか。えりぽんも見てたんだ」
「見るわよ! 見逃すわけないじゃん。もう最終局面よ!」
「えりぽん、すっごい興奮してるね」
また話の流れと関係ないことを語らせてもらって恐縮ですが、
キーボードで「eripon」と打とうとしたときに、
しきりに「eropon」と打ってしまうのは私だけでしょうか。
これがフロイトの言うところの「無意識的な願望を秘めた失錯行為」というやつでしょうか。
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:10
- 「さゆちゃんはどの候補者がくると思う?」
「うーん。6期のときのように全員合格とかはやめてほしい」
「最終候補、●人もいるもんね」
ちなみに2002年のキッズオーディションの時も最終候補者全員合格でしたね。
不合格にするのは忍びないという気持ちもわかるのですが、なんかぬるいですよね。
落ちる人もいるのがオーディションですから、そこは冷酷に徹して欲しかった。
どうでもいいですけど、もうキッズオーディションから10年近く経つんですね。
そりゃマイマイさんも茶髪にするわ。熊井さんの背も伸びるわ。夏焼さんの顎も伸びるわ。
「顎が伸びるのは時間の流れとは関係ないと思う」
「何の話?」
「一人、めちゃくちゃ歌の上手い子がいたね」
「いたいた! あれ絶対受かるよ」
「やばいよえりぽん。歌パート取られるとしたら、真っ先にえりぽんのパートがやばい」
「なんでよ。さゆちゃんの方が歌下手じゃん」
「えりぽん。アイドルの勝ち負けはね、歌の上手い下手なんかじゃ決まらないのよ」
「それ、どこかで聞いたことがある台詞なんだけど」
第九話であなたが言った台詞です。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:10
- テレビで放送されていたのは最終オーディションとなる合宿の様子でした。
当然録画放送ですから、実際の最終オーディションはもう終わっているのでしょう。
そしてこの次のお正月のハロコンで新メンバーのお披露目が行われるのです。
一年前の9期メンバーがそうであったように。
「一年経つのって早いね」
「あっという間だったね」
道重さんと生田さんは柄にもなくしんみりと沈黙。
一年前の自分がもう、昔のことに思えて少し寂しかったのです。
「もう後輩が入るんだよ・・・・」
「何人後輩が入っても、さゆのポジションは変わらないの」
「ちんちくりんポジション?」
「それは香音ちゃんのポジション」
「じゃあ、みそっかすポジション?」
「それはえりぽんでしょ!」
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:10
- いつの間にやらしんみりも消えて、いつものようにわいわいと騒いでいる二人。
その横をすっと鞘師さんが通り過ぎていこうとします。
もうすぐレッスンが始まるので、さゆちゃんとえりぽんは既に
レッスン着に着替えていましたが、鞘師さんはまだ私服のままでした。
「あ、鞘師ちゃんだ。あれ? まだ着替えてないの?」
「うん。今日はちょっと別の用事が・・・・」
「えー、レッスンには出ないの?」
「そんなことしてたら後輩に抜かれちゃうよ」
「うん・・・・」
「そんな暗い顔をしてたら暗いことを呼ぶよ?」
「じゃあ・・・・またね」
鞘師さんは幽霊のようにふわふわと姿を消しました。
「なにあれ。変なのー」
「えりぽん、そんなこと言っちゃダメだよ」
「え?」
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:11
- 「きっと鞘師ちゃんはまだスランプなの。苦しんでいるの。だから今は優しく見守るの」
「へー! さゆちゃん変わったねー」
そうです。あの日以来さゆちゃんは変わりました。
これまでのように過剰に鞘師さんと張り合うこともなく、
自分のペースでレッスンを続け、そして陰に陽に鞘師さんをサポートするようになりました。
勿論、高橋さんから言われたからということもあります。
でもそれだけではなく、新しく後輩が入ってくるのだという事実が、
さゆちゃんの意識をさらに高めていたのでした。
もういつでも後輩が入ってきても大丈夫。あたしはきっと大丈夫。
あたしは誰も通っていないあたしの道を行く。この道歩いていくよ。何があろうとも。
何が起こったとしても、この強い思いは揺らがない。そう信じていました。
そしてその日がやってきました。
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:11
- ぴこーん
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:11
- 「以上の●名が、モーニング娘。の10期メンバーに決定いたしましたー」
フクちゃんとえりぽんは舞台の袖から背伸びしてステージを覗きこみます。
さゆちゃんと香音ちゃんは二人の下に潜り込んで、同じくステージを凝視します。
一歩でも近くで見ようと押し合いへし合い状態になっていました。
落ち着けという方が無理でしょう。期待するなと言う方が無理でしょう。
あそこにいる面々が、初めての後輩になるのです。
「うわー、かわいいー」
「すっごい緊張してるー」
「そりゃそうだよ。緊張するって」
「さゆはどの子の教育係になるのかなあ?」
「さゆちゃん気が早いね」
9期の後ろでは、同じように新垣と田中と光井が背伸びして覗きこんでいます。
三人もまた、9期と同じような会話をしているのでしょう。
何年経っても変わらない景色がそこにありました。
そしてハロコンの司会が現メンバーの登場を促します。
さゆちゃん達は観客の大声援を受けながらステージ上に登場しました。
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:11
- ぴこーん ぴこーん
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:11
- 決定した新メンバーと初対面を果たした現メンバー。
9期メンバーが初めてステージに立った時のように、
10期メンバーもまた、自分がどう振舞ったらいいのかわからず、
もじもじとした様子で先輩達からの一方的なスキンシップに耐えていました。
さあ、これからこのメンバーで新生モーニング娘。がスタートするんだ。
会場にいた誰もがそう思っていました。
たった一人、尋常ではない精神の持ち主を除いて、ですが。
そんな精神を持った人間は、今のハロプロには一人しかいません(加護亜衣はハロプロを去った)。
新メンを歓迎する歓声の中、その男は厳かにステージ上に登場しました。
腐れプロデューサーの登場に、会場は水を打ったように静まり返りました。
そして次の瞬間には何とも言えないざわめきが広がります。
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:11
- ぴこーん ぴこーん ぴこーん
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:11
- 歴史は繰り返す。
そう。あの時と同じようにまた。
ステージ上に現れた酔いどれプロデューサーは、
いつものように観客の気持ちを逆なでするようなことをさらっと言うのです。
「えー、みなさんにご報告することがあります」
会場のざわめきは頂点に達します。
そしてそれに負けないくらい、さゆちゃんの心臓もどきどきし出します。
うわあ。もしかしたら新垣さんが卒業するのかな。
だったら次のリーダーは誰? やっぱり田中さんが。いや田中さんは頼りないからダメ。
ひょっとしたら9期からの大抜擢もある? そうなったら娘。史上初?
史上初って素敵な響き! さゆみによく似合う言葉だわ!
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:12
- いやいやいや。落ち着くのよ道重さゆみ。
つんくさんの言うことは、いつも私達の予想の斜め上を行くじゃないの。
いや、斜め上なんていうもんじゃないわ。
突き抜けている。突き抜け過ぎているのがつんくさんの決断なのよ。
もしかしたら新垣さん卒業じゃなくて。新垣田中光井の一挙卒業とか。
あるいはもしかして、また11期メンバーの募集とか? 新加入? もしかしてきっかけはYOU?
いや、まだ甘いわ。一番あり得ないことをするのがつんくさんなんだから。
もしかして! もしかしてつんくさん自身が娘。に加入するとか!
やっと気付いた「モーニング娘。につんくが絡んでる」ではなく「つんくの正体がモーニング娘。」な件?
あり得ないわ。あり得ない。でもつんくさんなら。いやでもそれはあまりにも・・・・
道重さんの常識的な予想はばっさりと裏切られました。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:12
- 「今年の秋ツアーをもって、鞘師里保はモーニング娘。から卒業します」
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 20:12
- * * *
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 00:06
- なんと!そうきましたか〜(゚Д゚)!
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:19
- 最終話 さよならは別れの言葉じゃなくて
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:20
- 鞘師里保の卒業発表は大きな驚きをもって迎えらましたが、
この14年を生き延びてきた百戦錬磨のハロプロヲタ達は、やがてその決定も受け入れました。
「ソロ歌手として芸能活動を続ける」という発表があったことも大きかったかもしれません。
おそらく今の鞘師ならば、幻の7期メンバーのように
芸能界からスローフェードアウトしていくこともないのではないか。
ハロヲタの中にそんな楽観的な予測があったことも否定できないでしょう。
もっとも芸能界の未来なんて、誰にも予測できませんが。
それでも打たれ強いことでは定評のあるハロプロヲタ達は、事務所の決定を受け入れます。
UFAのプロデュース能力を信じているからではありません。
事務所の描く未来図が実現することを信じているからでもありません。
上手に騙されるも賢い方法。ハロプロヲタはそういう意味では非常に賢かったのです。
それでもただ一人、この卒業発表を受け入れることができない、賢くないハロプロヲタが一人いました。
道重さゆみその人です。
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:20
- 卒業コンサートの直前になっても、道重さんの気持ちは割り切れないままでした。
「同期での思い出作りに」と譜久村が企画した全員でのお泊り会の時も、
道重さんは鞘師さんと深い言葉を交わすことはありませんでした。
「道重さんと鞘師さんって、実は仲が悪いんじゃないの?」
加入して間もない新メン達がそんなことを噂するほどでした。
勿論、同期の三人は知っています。道重さんが鞘師さんに対してどんな思いを抱えていたのかを。
だからこそ、ハラハラしたりヤキモキしたりしていたのですが、
「今はそっとしておいた方がいい」という譜久村さんの意見もあって、じっと見守るだけでした。
実際、道重さんは言葉にしたくてもできない思いを山ほど抱えていました。
口にしたい。でもできない。鞘師さんのことを見つめているだけで胸が苦しい。
卒業していなくなるから、その分今日はたっぷりと里保をウォッチング、
などという気分にはとてもなれなかったのです。
だから鞘師さんのことを目で追うことはもうやめました。
それでもなお、口にしたい言葉は道重さんの中に積り続けていくのです。
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:20
- (ねえ、なんで卒業しちゃうの?)
(このままあたしの前から消えちゃうの?)
(センターに立ったまま、勝ち逃げする気なの?)
(さゆとの決着はどうするの?)
(鞘師ちゃんは娘。から卒業したいの?)
(一人で歌っている方が楽しいの?)
(同期のみんなを見捨ててソロになっちゃうの?)
(もうモーニング娘。でやり残したことはないの?)
(『リーダーを目指す』っていう言葉は嘘だったの?)
(あたしに負けるのが嫌だから勝ち逃げするの?)
(もう決着はついたと思っているの?)
(鞘師ちゃんは、鞘師ちゃんは、鞘師ちゃんは)
(あたしのことをどう思っているの?)
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:20
- でも道重さんがそんな言葉を鞘師さんにぶつけることはありません。
「優しくなる」
高橋さんと約束したのです。
それは高橋さんとの約束であり、道重さん自身の決意でもありました。
高橋さんとの約束を破ることには何の抵抗もありませんでしたが、
自分で決めたことを破ることは道重さんのプライドが許しませんでした。
だからテレビの収録などでも、鞘師卒業についてコメントを求められた道重さんは、
引きつった笑顔で「鞘師ちゃんはハロプロからも卒業するけど、私はハロプロに残るんで」などと、
自分の立場も忘れて見当違いなことを言ったりしてしまうのでした。
インタビューでそんな形式ばった発言をすることは仕方ない。
でも鞘師さん本人に向かってそんな嘘の言葉を言うわけにはいきませんでした。
こうして負のサイクルにはまりこんでしまった道重さんの思いは、
鞘師さんへと向かうことなく、道重さんの心の中でグルグルと回り続けるのです。
それでもなぜか譜久村さんはちっとも焦っていないようでした。
- 325 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:21
- 「ねえ、フクちゃん。さすがにこのままじゃまずいんじゃないの」
「そうだよそうだよ。もう明日だよ卒コン。今晩中になんとかしないと」
「なんとかってなあに?」
「さゆちゃんと鞘師ちゃんのことに決まってるじゃん」
「卒業しちゃったら、そんなに会えなくなるよ?」
生田さんと香音ちゃんはホテルの譜久村さんの部屋に押し掛けていました。
譜久村さんと同室のはずの道重さんはその場にはいません。
二人は期待を込めて「鞘師ちゃんの部屋に行ったの!?」といきり立ちましたが、
譜久村さんの答は「鞘師ちゃんは別のホテルで取材だよ」という素っ気ないものでした。
道重さんはどうやら、単に一人でぶらぶらと散歩に行っているだけのようでした。
「ていうかさあ、さゆちゃんのテンションが低いとぶっちゃけつまんないんだよね」
「香音ちゃんぶっちゃけすぎ」
「えりぽんもそう思うでしょ」
「まあ、そうだけどさあ・・・・・・」
- 326 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:21
- 「フクちゃんは本当にこのままでいいと思ってるの? こんなの不自然じゃん」
「不自然かなあ」
「こんなサヨナラの仕方って不自然だと思う」
「やっぱり二人で語り合って、殴り合って、号泣して、抱き合って、分かり合ってお別れしたいでしょ?」
「そうかなあ」
必死に盛り上がろうとする生田さんと香音ちゃんをよそに、
譜久村さんは一人、なぜかのんびりとした構えを崩さないのでした。
「ていうか意外。フクちゃんってそういうドラマチックなのが好きなのかと思ってた」
「ドラマチックな展開は大好きだよ。えりぽんほどじゃないけど」
「えー。だったらさゆちゃんと鞘師ちゃんも」
「うん。だから今の二人にはあんまり近づかない方がいいんじゃないかな」
「なんでー」
「つまんなーい」
二人の意見をさらっと流して、譜久村さんはニコニコ笑いながら自分のハロプロ観を語り出すのです。
そうです。譜久村さんほどハロプロ愛に満ちた人もいません。
彼女は誰に何と言われても揺らぐことのない、自分なりのハロプロ観というものを持っていたのです。
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:22
- 「だって、卒業ってその人の人生最大の大舞台でしょ」
「うん」
「鞘師ちゃんが主役だよね」
「だから、卒業の瞬間に向けて、全てはその人を中心にして回っていくと思うんだ」
「そうだよ。だからこそあたしたちが」
「鞘師ちゃんのために」
「そういうのはいらないと思うの。鞘師ちゃんのための舞台なんだから」
「でも主役だからこそ、鞘師ちゃんにはできないことってあるんじゃないの?」
「そうだよ! だからあたしたちが助けてあげるんじゃん!」
「そういうドラマは舞台の上にしかないんじゃないかなあ」
「舞台って明日の卒コンのこと?」
「卒コンの最後の挨拶のところ? あれを最後の二人の対面にしたいの?」
「そうそう。舞台はもう整っているんだから、あたしたちは変に邪魔しちゃダメだよ」
譜久村さんの中ではもう、卒コンの最後の舞台の上で
言葉を交わし合う鞘師さんと道重さんの姿が想像できていたのかもしれません。
この手の妄想をさせれば譜久村さんほどリアルな妄想が出来る人もいません。
ですが生田さんも香音ちゃんも、今回に限っては、明らかに納得できないようでした。
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:22
- 「そんなのダメだよ。鞘師ちゃんはアイドルである前に一人の人間なんだよ?」
「そうだよ。絶対さゆちゃんとちゃんと話したいって思ってるはずだよ」
「あたしは鞘師ちゃんの運命を信じてる」
譜久村さんの瞳はキラキラと輝いています。一点の曇りもない瞳でした。
もしかしたら彼女がさゆちゃんや鞘師ちゃんに期待しているものは、
香音さんや生田さんが期待しているものよりも、遥かにスケールが大きかったのかもしれません。
「えー、なにそれ」
「運命って?」
「さゆちゃんに出会っていても、出会っていなくても、鞘師ちゃんは鞘師ちゃんだよ」
「そんなあ。さゆちゃんは必要だよ」
「フクちゃんそれちょっと違うくない?」
「さゆちゃんもね。あたしはさゆちゃんの運命も信じてるの」
「どゆこと?」
「そしてあたしにもね、あたしの運命があると思うの」
「じゃあ、あたしにもあたしの運命があるの?」
「うん。えりぽんにはえりぽんの、香音ちゃんには香音ちゃんの運命があるの」
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:23
- 「だから? だから運命って何なの?」
「ただ見つめていることだけが、あたし達の運命なの?」
「私思うの」
「なにを?」
「何かを無理やり始めようとしても無理で、だからもう年を重ねるだけだと」
あるがままに受け入れること。それでもなお、道は開けていくのだということ。
そのために今まで積み上げてきたものがあるのではないか。それを信じようではないか。
それが譜久村さんが信じる人生観だったのです。
でもそんな永遠の片思いにも似た遠大な願いなど理解できない女がここにいました。
「むっきー!!」
奇声をあげて立ち上がったのは香音さんでした。
もともと香音さんは込み入った話をするのが得意ではありません。
人生観など考えもしない。考えるよりも動くのが得意なタイプでした。
デタラメなキャラでもいい。我が道を突き進め! それが鈴木香音なのです。
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:23
- 「こんなことウダウダと言っててもしょうがなーい!」
「どうしたの香音ちゃん」
「あたし、鞘師ちゃんをさゆちゃんのところまで連れてくる!」
「えー、鞘師ちゃんのホテルすっごい遠いよ。車がないとちょっと」
「関係ないもん! 走っていけばすぐだよ」
「ちょっと香音ちゃん。さすがにそれは。夜が明けちゃうよ」
譜久村さんは必死で香音さんを諭そうとします。
それでも香音さんはそんな説得など軽く蹴飛ばしていくのでした。
「だからね、鞘師ちゃんには鞘師ちゃんの運命が」
「関係ないもんねー。鞘師ちゃんとさゆちゃんを助けるのがあたしの運命!」
「あ、それ格好良い。えりも助ける。それ、えりの運命だから」
「もう話はいいや。行ってくる」
「ダメだよ香音ちゃん、もう晩御飯の時間だし」
「関係ないもんねー。今のあたしには晩御飯なんかより大切なものがあるんだよ!」
「よし! 行くよ香音! ついてこーい!」
「ちょっとえりぽん、それあたしの台詞!」
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:23
- 朝がやってこようとしていました。
まだ完全に夜が明けていない午前5時。
道重さんはホテルの周りをぶらぶらと散歩していました。
ホテルの中をうろついていると、鞘師さんと鉢合わせしてしまうことがあるからです。
だからこのツアーの間、道重さんはずっとホテルの外を散歩するのが日課となっていました。
でもそれも今日で最後です。
この日のコンサートが終われば、もうモーニング娘。の鞘師里保と会うこともありません。
それを思うと道重さんは一睡もできませんでした。
今日の卒コンのラストで鞘師さんに何を言うかも決めていません。
何も考えることができないというのが正直なところでした。
道重さんはホテルの隣にある小さな公園に足を踏み入れました。
そろそろ夜が明けようとしています。
でも今はまだ朝靄がかかっていて視界ははっきりとしません。
その朝靄の向こうから歩いてくる一人の少女がいました。
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:23
- 「さゆちゃん。やっと見つけた」
「鞘師ちゃん!」
「探したよー。どっかに目印をつけて歩いて頂戴よ、もう」
「取材で別行動じゃなかったの!?」
「ふふふ。そうそう。取材があるんだよね。朝ごはん食べたらすぐに戻らなきゃ」
「えー、また戻るの? じゃあ、なんでこっちに?」
道重さんは、鞘師さんに対して全くわだかまりなく話している自分に気付きました。
でも戸惑いはありません。こうして話せることの方が自然なのです。
むしろ今までが不自然だった。どうして普通に話せなかったのだろう?
その一方で鞘師さんも、ホッとした表情を見せます。
「ああ、よかったー」
「なにが?」
「もう足がパンパンで」
「え?」
「話しかけた途端に逃げられたら、どうしようかと思ったー」
「逃げないよ!」
言ってから気付きました。そういえば最近はずっと逃げていたんだなと。
そうです。鞘師里保から逃げるなんて、道重さゆみらしくないではありませんか。
たとえ逃げなくても、戦い続けるとしても、優しく接することはできるはずです。
そう、高橋愛と新垣里沙のように。
- 333 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:23
- 「あのね、あたしね」
「うん」
「つんくさんから『卒業が決まった』って言われた時、すっごい悲しかった」
「悲しかった・・・」
「だって先輩達みたいに娘。で何かを成し遂げたわけじゃなかったし」
「うん」
「それになにより・・・・・メンバーのみんなとお別れしたくなかったし」
「・・・・・・・」
先に涙を流したのは道重さんの方でした。
両手で顔を覆い隠しますが、それでも涙は次から次へと溢れてくるのです。
「ごめんね、鞘師ちゃん」
「え?」
「あたしね、あたし、鞘師ちゃんのこと」
「さゆちゃん、泣かないで。さゆちゃんに泣かれたらあたし」
「勝手に卒業していく嫌な子だって思ってた」
「・・・・・・・」
「そんな子じゃないって知ってたのに。誰よりも知ってたのに」
「・・・・・・・」
「自分が負けて悔しいからって、鞘師ちゃんに全部押しつけてた」
そんな言葉を涙とともにぽろぽろとこぼす度に、
道重さんの心の中に澱のようにたまっていたものが、すっと消えていくのです。
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:24
- それから朝食までの数時間を二人は一緒に過ごしました。
そこで交わしたいくつかの言葉は、永遠に二人の心に刻まれたのです。
やがて完全に日ものぼり、朝食の時間となりました。
朝食の場には勿論、同期のメンバーが当り前のように全員揃っていたのでした。
「お、さゆちゃん元気そうじゃん。もう復活した?」
「ありがと香音ちゃん。もう大丈夫」
「いやーん。さゆちゃんが素直だわ。あり得なーい。猫かぶってるー」
「なによえりぽん。喧嘩売ってる?」
「ちょっとさゆちゃん。あたしと香音ちゃんがどれだけ走って」
「もういいよー。今日くらいは仲良くしようよー」
「ちょっとフクちゃん。今日くらいはって、うちらはいつも仲いいじゃん」
「良くないと思います」
突然の後輩からの突っ込みに、思わず苦笑いの5人です。
「まったく、こんな生意気な子に育てた教育係は誰よ?」という話ですが、
ああ、やっぱり、その教育係は生田衣梨奈だったりするのです。
「やっぱりえりぽんはなってない」
モーニング娘。の5人として食べた最後の朝食の結論は、結局そこに落ち着いたのでした。
- 335 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:24
- コンサート開演数分前。
モーニング娘。のメンバーはリーダーの新垣を中心に円陣を組みます。
開演前にメンバーを一つにまとめるのは、リーダーの最も重要な仕事です。
「そんじゃー、鞘師の卒コン、気合い入れていくよー!」
道重さんは隣で肩を組んでいる鞘師さんを見て、ニヤリと笑います。
「結局鞘師ちゃんって娘。のリーダーになれなかったね」
「えー。なにそれ。今そういうことを言う?」
「あたしが次のリーダーになったら、鞘師ちゃんと差がつくねー」
「差なんてつかないよ」
「やっぱりリーダー経験があるとないとじゃその後の芸能活動にも」
「・・・・・」
卒コンの晴れ舞台の直前とはいえ、道重さんに言われたままではおかないのが鞘師里保です。
無表情になった鞘師さんの左手がすっと道重さんの頭に伸びます。
その指にはおもちゃのダイヤの指輪が。
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:24
- 鞘師さんは握り拳を作ると、グリグリと道重さんの頭に押しつけました。
アホほど大きいおもちゃのダイヤが道重さんの頭にめり込みます。
「いたたたたたたた! いったーい!」
「うりうり」
「ちょっとちょっと、やめてってばぁ!」
「コラ! さゆ! バカなことやってんじゃないの!!」
「・・・・・はーい」
こういう時も、リーダーに叱られるのはいつも鞘師さんではなく道重さんなのです。
そういった扱いの悪さみたいな差も、少しずつ縮めていかないとダメね、と思う道重さんです。
追いかけていくしかありません。鞘師里保は道重さゆみの永遠のライバルなのですから。
「そんじゃ、いくよ! 頑張っていきまっ・・・」
「しょーい!!」
- 337 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:24
- その後、新垣里沙もモーニング娘。を卒業し、第8代のリーダーには●●さんが選ばれました。
モーニング娘。史上最年少OGとして活躍していた鞘師里保は、その決定に関して、
「極めて妥当な人選だと思います。あの人以上にリーダーに相応しい人はいませんから」
とコメントしたとか、しなかったとか。
- 338 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:24
- * * *
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:25
-
お し ま い
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:25
- * * *
- 341 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:26
- special thanks to
navy
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 20:27
- ご愛読ありがとうございました。
- 343 名前:誉ヲタ ◆buK1GCRkrc 投稿日:2011/08/22(月) 20:28
- はい、というわけでこの物語はこれにて完結です。
なんとか256KB以内に終われてよかったぁ・・・・・
最後までお付き合いいただいた読者の皆さん、どうもありがとうございました。
感想や質問などがあればこのスレに直接書いてやってください。
- 344 名前:homare 投稿日:2011/08/22(月) 20:29
- >>319
感想ありがとうございます。
読者さんにハラハラドキドキしてもらえたなら、こんなに嬉しいことはないです
- 345 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/22(月) 22:55
- いい物語をありがとうございました
今頭の中で、アホほど大きなおもちゃのダイヤの指輪が光り輝いています(T_T)
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:23
- 9期とさゆの絡みが好きなのでいつも読むのが楽しみでした。
感動のラストをありがとうございます。
飼育歴短いんですがファンになってしまいました。
- 347 名前:homare 投稿日:2011/08/23(火) 21:38
- >>345
ありがとうございます
情景を思い浮かべてもらえたなら嬉しいです
たぶん、すっごい尖ったダイヤだと思います
- 348 名前:homare 投稿日:2011/08/23(火) 21:39
- >>346
ありがとうございます
さゆと9期のからみはいいですよね
夢が広がるというか想像が膨らむ組み合わせだと思います
- 349 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/24(水) 21:34
- 更新お疲れ様でした。完結おめでとうございます。
変わらぬ筆力でいつも敬服しています。
前半の滑り出しが読みやすく入り込みやすかったです。
誉さんの書かれるみっつぃが好きなので登場してきたときは嬉しかった!
18話から最終話が特にグッときてしまいました。
ガハハと笑っている方とコラーの人がガッチリと重ねられて読見込めました。
しっかり笑わせながらオチにそれをもってくるなんて。ちょっと泣きましたよ。
正直それほど9期に注目していませんでしたが
それぞれのキャラが活き活きとしていて親しくかんじました。
初めて飼育小説を読んだ時のことを思い出すような。
一番気になっている主役の設定について
ブログで詳しく訊かせていただけると嬉しいです。
素晴らしい応援小説、ありがとうございました。
- 350 名前:homare 投稿日:2011/08/25(木) 20:41
- >>349
感想ありがとうございます。
ちょっととっつきにくいお話かなと思っていたので
「前半の滑り出しが読みやすく入り込みやすかった」と言ってもらえて嬉しいです。
9期はみんな良いキャラしてますね。書いていてすっごい楽しかったです。
- 351 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 13:51
- ただの9期物じゃなく超展開アリで大変楽しく読ませていただきました
メンバー目線物とかも読ませていただきたいかも
- 352 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/01/24(火) 03:07
- いやあ、まさか把瑠都が優勝するとはね。
稀勢の里戦は変化で勝ったけど、
それ以外は前に出る相撲に徹してたし。
ま、そんなことはいいとして、とにかく面白かったです。
わからない小ネタ(今や仕方なし!)も多かったけど、
モームスやモーヲタの全盛期の勢いみたいなものが詰まってて、
これぞ娘。ネタ!これぞネタ書き!というワクワク感が最高でした。
- 353 名前:homare 投稿日:2012/01/24(火) 23:23
- >>352
感想ありがとうございます。ああ、なんという逆予言・・・・・>>305
ま、そんなことはいいとして、お褒めの言葉を頂き本当に嬉しかったです。
この小説は小ネタを詰め込めるだけ詰め込んだお話でした。
ちょっとクセが強いかもしれませんが、勢いを感じてもらえてよかったです。
- 354 名前:homare 投稿日:2012/01/24(火) 23:24
- >>351
忘れてた(失礼)
超展開は唐突だったかもしれませんが楽しんでもらえてよかったです
メンバー目線はこの当時は難しかったですね。9期が入ったばっかりでしたし。
また時間が経って色々な出来事が積み重なっていけばそういうお話も書けるかもです
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