特別なんていらない
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 06:59
- OGの保田さんと三好さん(やすみよ)で2010年設定のお話です。
マイナーで自己満足なのですがよろしければお付き合い下さい。
時間ができた際に更新します。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:01
- 大切なものは多ければ多いほどいいと思っていた。
常に移ろいゆく人の心に永遠なんてものはありはしないから。
どこまでも散漫で移り気。
だから私も、花から花へ移り、甘い蜜を啜り続ける蝶のように自由でいたかった。
たった一つのものに執着し、それだけを抱えて離さない盲目的な人間にはなりたくなかった。
結局は傷付くだけでしかないと、身をもって悟っていたから。
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:02
- 私の周囲の人達は、優しく接した分、私を満たしてくれた。
それこそ育てる人の思いに応え、愛らしく咲く花のように。
“保田さんって優しいんですね”
私と関わった人達は、こぞってそんな言葉を口にした。
ただ単に、私は優しい人間を演じているだけ。
そうすれば、皆が強張りを解いて私を好きになってくれるから。
たとえうわべだけのものでも、そのぬるま湯のような好意に包まれていたかった。
相手が誰だろうと、できる事ならいがみ合ったり、嫌われたくはなかったから。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:03
- 誰かと激しく衝突する事なく―もしくは狂おしい執着を持つ事もなく―
これからも、浮き沈みの激しい世界に身を置いているにもかかわらず―
そんな風に穏やかに生きていくのだと思っていた。
そんな時、私を大きく変えた作品と、一人の女の子―
忘れない・・・。限界まで己の力を追求した稽古の日々を。
共に作品を築き上げていった仲間を。二度と戻っては来ないあの季節を。
恋とは呼べない、恋を―
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:08
-
2010年9月―
「はぁ・・・」
私はタオルで額の汗を拭きながら、ゆっくりと細く息を吐いた。
舞台に立ち続けて7年―
今まで出演して来た本数は決して少なくはない。
そして今回夢に見た主演舞台―
それは舞台女優としての私の自信を確立させていた筈だった。
けれどそんなものは欺瞞であり幻想だったのだと瞬時に気付かされた。
稽古中、共演者の迫力のある演技に引き込まれ、触発され―、同時に焦燥感に駆られた。
まだ稽古が始まって日が浅いとはいえ、このままじゃいけない。
主演である私が足を引っ張れば、芝居全体の質の低下に繋がる。
今から焦っても仕方のない事だと頭では分かっているのに、マイナスな思考が止まらない。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:10
- 「や・す・だ・さんっ」
その時、誰かが背後から私の両肩に手を置いて体重を掛けて来た。
「ぅわっ」
「まだ着替えないんですか?」
思わずよろけそうになりながらも後ろを振り返ると、笑いながらみーよが立っている。
「今日は途中まで一緒に帰りましょうよ。暑いですし、冷たいものでも飲みに行きません?」
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:14
- みーよは私の後輩にあたる。
他の同年代のメンバーに比べ、ハロプロに入ってそれほど年月が経っていないためか、
それほど接点という接点はなく、殊更に親しいというわけでもなかった。
ただ、私とみーよは以前舞台で共演した事があり、それ以来、みーよは私に懐いてくれている。
「あ・・・ごめん。せっかくだけど、私もう少しだけ残って稽古していきたいからさ」
「自主稽古ですか?じゃあ私も付き添います。一人より二人で稽古する方がセリフや流れも頭に入りやすいですよね?」
「いいんだよ?無理して付き合わなくても―」
そんな私の言葉を遮るように、みーよは自分のバッグから仕舞い込んでいた台本を取り出した。
「稽古できる時間も限られているし、今のうちから少しでもセリフ覚えておいた方がいいですもんね」
「・・・ありがとう」
このまま稽古場に一人で残っていたら、行き場のない不安に囚われたままだったと思う。
余裕がない事に変わりはないけれど、誰かが傍についていてくれるだけでも、救われる事は確かだった。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:16
-
[私、貴女を見た時恋しちゃったんです!]
[単なる憧れっていうより、恋なんです!]
台本を片手に、声を張り上げてセリフを読み上げるみーよ。
そんな彼女の瞳はどこまでも真剣で力強く、私は一瞬でも視線を外す事ができなかった。
そしてふと、強烈な既視感に襲われる。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:17
-
そうだ、この瞳・・・どこかで・・・
気のせいなんかじゃない・・・
みーよ・・・似ている・・・
誰に・・・?
・・・私は確かに覚えている・・・
この射るような眼差しは・・・
いつかの、私の心を捕えて離さなかったこの鋭い眼差しは―
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/23(土) 07:19
-
「・・・紗耶香」
「えっ・・・?」
みーよの動きがピタリと止まる。
呼吸をするのと同じように、無意識のうちに口をついて出た名前。
思わず自分の口元を手で押さえ込む。
どうして。
何で今この名前が出て来るの。
「保田さん?」
目の前にいるみーよが怪訝そうに私を見るのが分かる。
それでも、私はこの場を取り繕う事はできそうになかった。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:43
- 私は、真っ白い世界にいた。
自分の存在ごと吸い尽くしそうなほどの白い闇。
現実世界から隔離された空間。
その中に、一点だけ浮かび上がる黒い人影。
「・・・紗耶香!?」
まぎれもなく、そこには彼女がいた。
私が愛した、あの頃の彼女が。
考えるよりも先に駆け出していた。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:45
-
けれど、いくら足を前に進めても追いつけない。
手を伸ばしても、掴めるのは虚空だけ。
指先の感覚すら危うい、独特の浮遊感。
ようやく、私は夢を見ているのだと漠然と悟る。
そして、今になって初めて紗耶香の隣に誰かがいる事に気が付いた。
あれは・・・私?
幼さの残るあどけない二人の笑顔。
その瞳はまだ見ぬ未来に希望を抱き、キラキラと輝かせている。
あの頃の気持ちが蘇って来る。
紗耶香・・・
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:46
- “圭ちゃんは私の一番のライバルだよ”
“ねぇ・・・もし、このグループがなくなって、皆がバラバラになっちゃっても、何があっても私達だけはずっと一緒にいようね”
紗耶香の言葉に、私はあの頃何と答えただろう。
一語一句違わずに・・・正確に覚えているわけではない。
だけど神聖な誓いのように、決して離れまいと私と紗耶香は指を絡ませ合い、キスを交わし続けた。
幾度も、お互いの温もりを、喜びを、悲しみを、苦しみを―何でも分け合った。
ただ、傍にいたいと、好きだという感情のままに、私は紗耶香と激動の時代を駆け抜けた。
良きライバルで―
かけがえのない同期の仲間で―
そして私のたった一人の大事な女の子でいてくれたから。
だからこそ私は乗り越えられると思っていた。
二人ならすべてを手に入れられると。
望む道の先に、これからも紗耶香がいてくれると信じていた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:49
- ―だけど、そう感じていたのは私だけ。
紗耶香はいつしか去り、培って来た絆も、温めて来た愛しい時間も。
大切な誓いさえ―
結局全ては脆く崩れやすいものでしかないと知った。
そうして私は、「たった一人の相手」を求める事をやめたのだ。
誰か一人に執着しなくても、皆が私の心の空洞を埋めてくれたから。
皆へ平等に接する事ができるから。
けれど、ふとした際に虚しさを感じずにはいられない。
そして誰にでもなく問いかけてしまいたくなる。
愛してるって、どういう意味だった?と―
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:52
-
「・・・・・・・・」
目覚めて一番最初に視界に入ったのはぼやけた白い天井。
頭がまだ上手く働かない。
目を擦ろうとして、目元がうっすらと濡れている事に気付く。
私は、無意識のうちに泣いていたのだろうか。
指の腹でそれをそっと撫でながら、パチパチと何度か目を瞬かせる。
そうか、やっぱりあれは夢だったんだ。
懐かしくて、甘い、残酷な夢―
だけど、あれは確かに―現実だったもの。
痛みを伴う記憶の欠片。
過去の―私と紗耶香。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:53
- 「どうして・・・今さら」
自嘲気味に呟きながら体を起こす。
と、それに気付いた愛犬のぱーるが、尻尾を振り勢い良くベッドの上に飛び乗って来た。
「おいで」
私は先ほどの余韻を打ち消すように、ぎゅっとぱーるを抱き締める。
「ふぇっ・・・くすぐったいよ。もう」
ぱーるは、完全に乾くよりも先に懸命に小さな舌で私の涙の跡を拭ってくれた。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:56
-
しばらくぱーると戯れた後。
ふとiPhoneを手に取ると、みーよからのメールが一件入っていた。
「なんだろ・・・」
無意識のうちにiPhoneを掴む手に力がこもる。
“保田さんへ♪
おはようございます^^
昨日は御指導ありがとうございました。
もし良かったら今日も二人で一緒に残って自主稽古しませんか?”
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 03:59
-
「・・・気を遣わせちゃってるなぁ」
複雑な気持ちになりながらも、私は承諾の旨を伝えるメールを即座に返信した。
昨日の稽古場での出来事が再び蘇って来る。
どうして、封印していたはずの名前を口に出してしまったんだろう。
どうして、みーよの姿が紗耶香と重なったのだろう。
その疑問に、答えは出ない。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 04:00
- 私のあの言動にみーよが反応したのは、ほんの一瞬の間だけだった。
それ以降は、一切それに触れる事はなく。
終電間際まで二人きりで稽古を続け、笑顔で別れた。
けれど、確実にみーよは訝しく思っているはず。
一体何をやっているんだろう。
昨日の失態に続き、今朝のあの夢―
まさか私にもまだ、未練というものが残っているというのだろうか。
そんな自分自身に戸惑わずにはいられない。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/24(日) 04:04
- 「所詮は、過去の事だよ・・・」
この鬱屈した感情を芝居の時にまで引き摺るわけにはいかない。
こんな事で動揺すべきじゃない。
私は台本を開き、新たなセリフを頭の中に叩き込む事にした。
少しでもこの作品の真髄を理解し、周囲を納得させられる演技ができるように。
せめて、みーよ達の足を引っ張らないように。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/27(水) 02:24
- ――いざ稽古場に足を踏み入れると、みーよの普段通りの態度に拍子抜けした。
彼女は私に対してどこまでも自然体で、特にこれといった変化など感じさせない。
どうやら私に紗耶香の姿と重ねられて、気を悪くしたわけでもないようだった。
ただ単に私が意識し過ぎていただけだったんだ。
あれからずっと、みーよに謝るべきなのかもしれないと悩んでいたけれど、その必要はなさそうだった。
もしかしたら、みーよは昨日の一件すら忘れてしまっているのかもしれない。
みーよさえ気にしていないのなら、今さら蒸し返す事はないだろう。
胸のつかえがようやく取れたような気がして、私は安堵のため息をついた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/27(水) 02:26
- みーよは相変わらず、私の傍から離れなかった。
一人隅で台本をチェックしている時も、気がつけばみーよも隣に腰を下ろし、一緒になって台本のページに印を付けていた。
そんな彼女を見ていると、胸の奥に温かな灯が燈る。
本当に良かった・・・
昨日の事がきっかけで、もしも避けられたらと思うと―
こうして今も近くにいてくれるのは、私を嫌ってはいない証拠だから。
どこにいても、みーよは私を見つけてくれる。
重圧に耐えきれなくて稽古場から逃げ出したくなってしまいそうになる時もある。
そんな時もきっとみーよがついていてくれるから、私は潰れずに済んでいるのかもしれない。
二人の間に流れるどこか穏やかな空気。
きっと、本格的に稽古が始まればそれはすぐにでも霧散してしまうだろう。
だけど―今だけは、その時間に酔っていたいと思っていた。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/27(水) 02:29
- 「三好ちゃんと圭ちゃん、なんだかいっつも一緒にいるよなぁ」
休憩時にふと、役者さん達にそんな言葉をかけられる。
そっか。傍から見ても、やっぱり仲の良い先輩後輩に見えているのかな。
「そりゃあ保田さんとセットの演技が多いですもん。いいコンビに見えるように頑張りますね!」
私が何か返すより先に、みーよは無邪気な笑顔を私の方にも投げかけ、そっと肩に手を添えて来る。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/27(水) 02:30
- いいコンビ・・・か。
―“圭ちゃん、ウチらってすっごくいいコンビだよね”
唐突に、懐かしい紗耶香の声が脳裏に響く。
紗耶香が脱退して以降―
私は極力紗耶香との記憶を思い返さないようにしていた。
いや、ここ数年間は意識すらしないようになっていたはずだった。
過去と決別していたつもりでいた。
おそらくもう、私と紗耶香の道は交わる事はないのだから。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/27(水) 02:35
- ・・・なのに。
どうして今私の中で、紗耶香の残像がちらついているのだろう。
みーよの纏う雰囲気が、紗耶香のそれと近いものを持っているからだろうか。
客観的に見ても、みーよは紗耶香の面影を感じさせる。
だからって・・・。
だからと言ってこんなの、みーよに対しても紗耶香に対しても失礼だ。
私は、紗耶香の声を振り切るようにみーよの頭をきゅっと抱え込んだ。
私は決して重ね合わせて混同しているわけじゃない、と―
そう自分に何度も言い聞かせながら。
「保田さん・・・」
みーよは私の内心の葛藤など知る由もなく、少し照れたようにはにかむ。
周囲の人達も、そんな私達の様子を微笑ましげに見守ってくれていた。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 00:32
- ――空が闇色に染まり深い夜の気配を運んで来ても。
私とみーよは昨日と同じくして、二人きりで居残り稽古を続けていた。
不思議な事に、今度は紗耶香の影が目の前でちらつきはしなかった。
その事に、ほっとしている自分がいる。
この瞬間まで、真正面からみーよを見据える事が怖かった。
紗耶香を思い起こさせたその瞳が、空気が。
私の封じ込めた記憶を暴き、溢れ出し―止められなくなるのではないかと。
私の乱れた心が―迷いが、芝居を通じて露呈し、みーよまで混乱させてしまうのではないかと。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 00:36
- 私の乱れた心が―迷いが、芝正直、今も少しだけ怖い。
それでも、私は全てを受け止めたかった。
懐かしく痛む胸。
その痛みを受けても―
他の誰でもないみーよを見ていたいと思った。
演じている時のみーよの表情、声音、指先の動きまでの一挙手一投足を見過ごさないように。
そうしていると、次の瞬間、どのようにみーよが動いて来るのか分かる。
二人の間をたゆたう空気さえ、敏感に感じ取れる。
ごく自然に、お互いを受け入れ、役に入り込んでいける。
自分自身のセリフを噛み締めながら、私はいつしか自分の心が穏やかな気持ちに包まれている事に気付いた。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 00:38
- 今回の舞台稽古が始まってからずっと、どこにも余裕なんてなかったはずだった。
長年第一線で活躍されて来た役者さん・・・
厳しいオーディションを勝ち残り、選び抜かれたダンサーさん達に囲まれて―
私の心の中は狂おしいほどの焦りが渦巻いていた。
どれほどあがいても、超えられない壁がある。
私は決して彼らに追いつけない。
持って生まれた才能も―
積み重ねて来た経験も努力も・・・桁違いなのは明白で。
これほど自分の無力さを呪った事はなかった。
私に居場所なんてないと思っていた。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 00:40
- だけど、今になって、ようやく私は一人じゃないんだと気付く事ができた。
稽古をこなすのが精一杯で、自分の事しか考えられていなかったけれど。
みーよも、私と同じように苦しみながら、自分の納得のいく芝居を日々追求している。
それと同時に、こんな未熟な私の存在を受け入れてくれているのが分かる。
みーよとこうして二人で演じている時だけは、誰かと比べて否定ばかりする自分から離れられる気がした。
もしかしたら、昨日の出来事もみーよは忘れてはいないのかもしれない。
それでも、何も言わず、変わらずに私の傍にいてくれる。
ありのままの私を赦してくれている。
私はいつの間にか・・・みーよに支えられていたんだ。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 00:43
-
>>27の一行目はスルーして下さい。こちらの不手際で前文と同じ文を貼ってしまいました。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:43
-
―それからも幾度か同じシーンを繰り返し、私達はお互いの演技をチェックし合った。
みーよは元々含むような言い方をするタイプではなく、偽りの無い、感じたままの意見を聞かせてくれる。
「ねえ、みーよ、ここってさ・・・」
ふと、彼女独自の解釈が知りたくなり。
気になった場面の質問をするために一歩、台本を手にみーよとの距離を詰めた。
まさにその時。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:46
- 「・・・え・・・?」
台本に目を落としたままだったためか、空気がゆらりと大きく動いた事に気付くのに遅れた。
女の子特有の、甘い汗の香りが一瞬だけ鼻を掠める。
そして薄手のパーカー越しからでも分かる、柔らかさと優しい温もり。
みーよは、私を背後から抱きすくめていた。
役柄上、私とみーよは劇中で頻繁にボディタッチを繰り広げる事を要求されている。
けれど、こうして二人きりの稽古場で―
何の予告もなしに触れられると、どうしていいのかが分からない。
思わず小さく身じろぐと、みーよの柔らかい毛先が、そっと私の首筋をくすぐる。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:50
- 「あ、あの・・・このシーンについてなんだけど・・・。
みーよなら、どう思う?
ここは、深い悲しみを全面に出した方がいいと思う?
もしくは、それを通り越した“絶望”を意識した方がいいのかな?
ねぇ・・・みーよ、聞いてる?」
動揺からか、思わず早口になってしまうのを抑えられない。
「聞いてますよ」
視線が交錯すると、みーよはふっと微笑んだ。
みーよは私よりも上背があるため、背後から私に覆いかぶさるようにして台本を覗き込んでいる。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:51
- 「そうですね・・・。
今この時点で、彼女は自分の信じていた夢を砕かれて、プライドも何もかも地に堕ちてるわけですよね。
―個人的な解釈ですけど、ここは“全てに対する諦め”という概念も存在している気がします。
そして・・・“寂しい”という孤独感と―諦めつつも、心のどこかで誰かに救いを求めている気持ちもあると思うんです。
もちろんそれだけじゃなくて、まだまだ複数の感情が彼女の中に潜んでいるはずなんです。
だから、本当の意味では正解なんてないんじゃないでしょうか。
保田さんの感性のままに演じるのが一番だと、私は思いますよ。」
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:52
- どこまでも真剣に、そして淡々と言葉を紡ぐみーよ。
この時の彼女の表情は、私よりもずっと―
とても年下とは思えないほど大人びていて―
あまりの真摯な瞳に、息を忘れてしまいそうになった。
みーよは、どうしようもない深い絶望を味わった経験があるのだろうか。
私は、本当の意味での絶望を知っているのだろうか。
言葉にする事はなぜか憚られて、私は台本を閉じ、無言でみーよの腕に自分の手を重ねた。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:53
- 「あはっ。
保田さんの前じゃ、私ついつい熱く語っちゃうんですよね。
それより・・・」
みーよは先ほどまでとはうって変わって、わざと明るいトーンで話しかけて来る。
「こうしてると、保田さんって・・・本当に細いんだって事がよく分かります。
なんだか壊れそうで、ちょっと心配ですよ」
みーよの長い腕が、私をそっと包み込む。
私の形を確かめるように、そして、慈しむように。
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:54
- 「これでもダンサー役だからね。
本物にはとてもかなわないけど、少しでもダンサーらしく見えるように、今体型絞ってる最中なの。
今だけはお酒も我慢してる」
何気なく呟いた私の言葉に、なぜかみーよの腕が強張った。
「えっ?・・・・あっ、そ、そっか。
そうなんですか・・・・」
そしてみるみるうちにみーよの声がしぼんでいく。
「??」
私、何か変な事を言ってしまったんだろうか?
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:56
- 「・・・しまったなぁ・・・」
するりと私の体から腕を解いて、一人でボソボソと何かを呟いているみーよ。
わけもわからずに私はみーよに向き直り、顔を覗き込む。
「ど、どしたの?」
最初こそ言いづらそうにモゴモゴとしていたみーよも、私の視線に
耐えきれなくなったのか、観念して口を割った。
「実は・・・今日は、小腹がすいた時のために、保田さんと私の分のお夜食作って来たんです」
「えっ」
確かに、夜遅くに間食をするのは褒められた事ではないけれど。
だけど、それ以上に・・・
みーよが私のために夜食まで作って来てくれた事に、純粋な驚きと喜びを感じていた。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 02:57
- 「ふふっありがとう、すっごく嬉しい。
よかったら、いただいてもいいかな?」
「え、でも―」
最後まで言わせないと言葉を途中で遮り、私はみーよの頬を撫でた。
「ぶっちゃけ、今お腹すいてるんだよね。
今我慢しても、帰ってから勢いで食べちゃいそうだし」
視線を彷徨わせていたみーよも、私に何度か頬を撫でられるうちに、おずおずと私を見つめて来た。
「・・・ごめんなさい、私空気読めなくて。
でも、いいんですか?」
「いいも何も。私本当に喜んでるんだよ?」
それは掛け値なしの本音だった。
私の満面の笑みを見て決心がついたのだろう。
みーよは小さく頷くと稽古場に備え付けられている冷蔵庫の方へと向かっていった。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 03:01
-
「一応、カロリーを抑えたものにしたつもりなんですけど・・・」
申し訳なさそうに言いながら、みーよはお弁当箱とお茶を手に私の元へ戻って来る。
いそいそとみーよが蓋を開けると、そこには色鮮やかな煮物と、雑穀米を用いたおにぎりが敷き詰められていた。
「うわぁ、綺麗。それにおいしそう!」
思わず唾液が滲み出る。
これ、みーよが全部作ったんよね。
「良かったらいただいちゃって下さい」
「じゃ早速、いただきます!」
私は餌に飛び付く猫のように、漆の箸を取り、柔らかく煮詰められた人参を口に放り込んだ。
一口噛むと、じわりと程良い甘辛さとダシの香りが広がる。
お母さんの料理に負けないくらい美味しい。
じゃあ、こっちのゴボウは―
今度はおにぎりも―
気付けば、私は黙々と箸を進めていた。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 03:03
-
―私とみーよは、あっという間に夜食を平らげてしまった。
正確に言えば、私の方がみーよよりもずっと多く食べてしまった気がする。
「あぁ・・・本当に美味しかった。ご馳走様でした」
精一杯感謝の気持ちを込めてお礼を言うと、みーよは照れ臭そうに、そして嬉しそうに笑顔を返してくれた。
「ふふっ良かったです。お粗末さまでした」
・・・これがお粗末だというのなら、私の料理は一体どうなるんだろう。
「保田さん、お茶もう一杯いかがですか?」
「あ、ありがとう・・・」
食後のお茶までみーよに出してもらって、なんだか申し訳なくなって来る。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 03:06
- 「それにしても・・・みーよって本当に料理上手なんだね。
料理ができる女の子って無条件に尊敬しちゃうよ」
「・・・そんな。大した事ないですよ。
小さい頃からずっと、弟の母親代わりをしていたから、ちょっと家事に慣れているだけというか」
ほんの一瞬だけみーよの表情が崩れ、翳りを帯びた。
それはすぐに消えて、また笑顔に戻ったのだけれど。
みーよは、私が考えているよりもずっと重いものを背負って生きて来たのかもしれない。
だからこそ、あんなにも他人の心が理解できるのではないだろうか。
そして、実年齢以上に大人びた顔を見せる時があるのではないだろうか。
それに比べて。
家族の愛に包まれて、温かい繭の中で生きていた私には、まだ甘えというものがある。
だけど。
正反対なように見えて、私とみーよの心は共鳴し合っているように感じていた。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/29(金) 03:08
- 「みーよも弟いるんだね。やっぱり可愛くてたまらない?」
「そうですね、兄弟と言うか、自分の子供みたいに接して来ましたし。
でも、その弟ももう大学生なんですよ。なんだか信じられないです」
「私の弟ももうそのくらいの年齢なんだよね。
“お姉ちゃんむかつくー!”ってプロレス技仕掛けて来てた頃が懐かしいよ」
正直、こんな風にみーよと深く語り合う日が来るなんて想像していなかった。
こうして隣にいるだけで。
お互いの存在をこんなにも近くに感じる。
私は紗耶香を魂の半身だと思っていた。
だけど今この瞬間、私にとってみーよは、それよりも近しい存在に感じられた。
物憂げな表情も。
照れたような笑顔も。
鋭い双眸も。
私の心の深い部分を抉っていく。
みーよを傍に感じる度に受ける得体の知れない痛み。
それでも私は、みーよの事をもっと知りたいと思っていた。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 21:40
-
ここからカメラの話がグダグダ続きます
※デジイチ
デジタル一眼レフカメラの略称です
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 21:48
-
――――残暑の名残が未だ消え去らない9月半ば
とは言っても、確実に世間は秋を迎え入れる準備をしている。
数日前まで、今年は記録的な猛暑だと連日騒ぎ立てられていたけれど、
朝夕は涼しい風が吹き込み、比較的過ごしやすくなっていた。
ただ、私達の使う稽古場だけはそれに反比例するように、日に日に熱気を帯びて行った。
この舞台に携わる誰しもが芝居に対し並々ならぬ情熱を注いでいるのが肌で感じられる。
そんな私も例に漏れず、試行錯誤しながら、彼らから様々な事を学ばせてもらっている。
最初の頃は、私には稽古場の空気が重荷で、随分と息苦しさを覚えていたものだった。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 21:49
- だけどいつしか、その濃密な空間が苦ではなくなっていた。
ふとした際には、愛おしいとすら感じている自分に気付いた。
それはきっと、みーよの存在が私の背中を押してくれたからだ。
そして今も、既に日課となったみーよとの自主稽古の日々が、折れそうになる心を支えてくれているから。
だから、これからも自分を見失わずにいられる。
みーよがいてくれるから、心を強く保つ事ができる―そう信じられた。
苦悩を乗り越え、この舞台が千秋楽を迎える頃。私の何かが変わっているのかもしれない。
こうしてこの作品に出逢えた事も、みーよと再び共演できた事も確かに何かの意味を持っているはずなのだから。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 21:52
-
―今日は稽古場の風景を撮ろう―
それは家を出る前にふと思い立った事だった。
そうして私は今、自分の出番のないシーンを狙い、愛用のデジイチを携え稽古場の隅から様子を窺っている。
ブログ用にと携帯カメラで共演者を撮り合ったりするのはよく見られる光景。
ただ、こうして一眼レフを構え爛々と目を光らせながらシャッターチャンスを狙う様は傍から見れば十分異様かもしれない。
一応、皆には許可を取ってはいるのだけれど。
それでも、撮り始めると徐々に周囲の目も気にならなくなって来る。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 21:54
-
―えっと・・・ここはシャッタースピードを速くした方がいいかな。
絞り値OK、感度はそのままで・・・。
露出が適性になるまで試し撮りもしておこう。
状況により細かに設定を変えていきながら、心の惹かれるままに、次々とシャッターを切っていく。
メインの被写体は勿論、同じ舞台に立つ仲間たち。
―皆、生き生きして本当にいい表情してるな。
そして、みーよ…やっぱり瞳に凄く力のある子だよね。
被写体としても、強く興味を惹かれてしまう。
みーよが演じ始めると、私は素早くレンズを取り替え、ピントリングを回しながらピント、露出を合わせる。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 21:57
- 以前に舞台で共演した時には気付けなかった・・・
けれど今回の作品をきっかけに見つけた彼女の新たな魅力。
こんなにも私の視線が吸い寄せられるのはどうしてだろう。
紗耶香の面影を感じるから・・・
この閉鎖された空間で一番身近に感じられる心強い存在だから―
どちらもまぎれもない真実。
だけどきっとそれだけじゃない。
もっと彼女を知りたいと願う気持ちも・・・
ふとした時に、触れてみたくなる衝動も持ち合わせている事に気付いたから。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 21:58
- みーよの全てを収めたいという想いを込めて、ボタンを押し込むと、
シャコンッという独特な、小気味の良いシャッター音が響き渡る。
私は結果を確認する時間さえも惜しくて、数枚立て続けに撮った。
夢中になっていれば、時間が経つのはあっと言う間だ。
芝居が一段落し、休憩の声がかかると、みーよはすぐに私の元へと駆け寄って来た。
こうして真っ先に私の傍に来てくれるのはどこかくすぐったくもある。
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:01
- 「あれ?撮るのはもうおしまいなんですか?」
「うん、大体ひと通り撮ったから。みーよもばっちり撮らせてもらったよ」
そういえば、みーよに関しては、撮った後画像確認をしていなかったんだった。
液晶モニターの方をみーよにも見えるように向けたところで、その事実に気付く。
「なんだか恥ずかしいです。でも、見せていただいてもいいですか?」
恥ずかしいと言いつつもみーよは私の撮った写真を楽しみにしてくれているようだった。
正直、納得のいく出来なのか、いささか不安だったけれど・・・
私は覚悟を決め、画像を再生した。
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:04
-
「「あ・・・」」
二人の声が重なる。
そこには、私が魅了されたみーよそのものが、ありありと写し出されていた。
熱気の篭った稽古場の中心。
みーよの佇む空間―
そこだけが、周囲と異なる色彩を放っている気がした。
それは、まるで現実と非現実の境界線さえ曖昧にさせてしまうような。
挑むような眼差しも、真っ直ぐに伸びた背筋も。
彼女を形成する全てが眩しく、どこか浮世離れしているようにも感じる。
私の心の内がそのままレンズを通して写真に反映されているようで、頬が熱くなった。
写真は嘘をつかないというけれど、それは真理なのだと実感する。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:09
- みーよ自身はこの写真をどう感じているのだろう。
私は、恐る恐る彼女の横顔を盗み見てしまう。
そんな私の視線に即座に気付いたみーよは、照れくさそうな―
そして驚くほど柔らかい笑顔を返してくれた。
「・・・私って、こういう顔もするんですね。知りませんでした。
保田さんのおかげで、新しい自分に出会えた気がします」
みーよの纏う空気は、先ほどの凛としたものとはまた違う。
温かくて深みのある・・・。
それは、ふとした瞬間に―自主稽古の後、私とプライベートな話をする際に発するものと同じだった。
「保田さんの撮る写真、好きです」
「・・・っ」
胸に温かなものがじわりと込み上げる。
カメラテクニックも経験もまだまだ未熟。
本物のプロカメラマンの人からすれば、鼻で笑っちゃうような出来なのかもしれないけれど。
それでも、他でもないみーよが認めてくれた。
私の写真を好きだと言ってくれた。
その事実だけで十分だった。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:12
-
「あの・・・」
いつの間にかみーよは更に身を寄せ、私の手元にあるデジイチを食い入るように見つめていた。
「それ、私にも少しだけ触らせてもらってもいいですか?」
「ん?いいよ」
おずおずと訊ねて来るみーよに私は迷わずに即答し、デジイチを手渡す。
今までも、現場に様々なカメラを持ち込んでメンバー達を撮ったものだけど―
強い興味を示して来る子はほとんどいなかった。
だからこそ、みーよの言葉は新鮮で、嬉しさに拍車が掛かった。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:15
-
みーよは慎重に、ゆっくりと形を確かめるように両の掌でそれを包む。
「うわ、軽い・・・。
一眼レフって、ゴツくてやたらと重いイメージがありますけど、これは全然違いますよね」
みーよの言う通り、その機種は軽く小振りで、そして丸みを帯びた女性的な美しい曲線が目を引く。
そして表面も滑らかで手触りも良い。
カタログで一目見てからというもの、ずっと気になっていたのだ。
勿論、スタイルだけではなく、機能的にも優れている。
買う決心がなかなかつかず迷った時期もあったけれど、買って正解だったとつくづく思う。
「でしょ?そのシルエットにも惹かれて思い切って買っちゃったんだ。
良かったらみーよも撮ってみる?」
「いいんですか?あ、でも私一眼レフ全く慣れてないんですよ、アドバイスいただけますか?」
みーよは一瞬だけ瞳を輝かせてから、ちょっと困ったように眉尻を下げた。
「私もそんな詳しいわけじゃないよ。それでもいいなら撮ってみよっか」
「お願いします」
そうして、私はみーよ限定の即席カメラ講座を開いたのだった。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:19
-
私は早速みーよの手に自分の手を添えて、基本的な指示を与えていく。
「もうちょい脇締めて、顎引いて。でないとブレちゃうから」
それさえも全て、取説やカメラマンさん達からの受け売りなのだけど。
「ところで、どんな構図で何を撮ってみたいの?」
「いや、あの・・・保田さんを、一枚撮りたいなと」
「え」
想像しなかった一言に、思わず手を離してしまう。
わざわざ一眼レフを手にして、私をピンで撮りたいと言ってくれる子がいるなんて、思いもしなかったから。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:23
-
「わ、私でいいの?他にも被写体たくさんいるのに」
周囲に目を遣りながらそう言う私に対し、みーよは、
「保田さんがいいんです」
と、力強く答えてくれた。
私を撮っても面白い事なんてないと思うけれど。
だけど・・・やっぱり嬉しい。
意識していても、どうしても頬が緩んでしまう。
言葉の代わりに、私はみーよの髪をそっと撫でた。
だけど…そっか。自分がモデルになるなら・・・
私はみーよの隣でメニューを覗き込みながら、直接細かい指示を出す事はできないわけだ。
「じゃあ、今回は全自動モードでいこう。
上に付いてるダイヤル回してみて。うん、そう。
そうすればややこしい項目は表示されなくなるから」
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:28
-
いくつかの簡単な指示を終えると、あとはファインダーを覗きながらシャッターを押すだけとなった。
私はカメラを構えるみーよの斜め前に立つ。
写真は心の鏡、嘘はつかない―か。
私は覚悟を決めて、レンズに向かって微笑みかける。
みーよに私はどう映っているのだろう。
それが気になって仕方ないのに、同時にありのままの素顔を撮ってもらいたいとも思っていた。
最初は年上として、同じ事務所の先輩として、私が守らなければと感じていた。
だけど本当はそれだけじゃなくて、私自身、みーよに傍にいて欲しいと願う気持ちに気付いた。
守りたいと思うのと同時に、近くで支えて欲しいと思わせる子は初めてだった。
数多くいる後輩の一人…ましてや、今までさして接点の無かった彼女の事が、これほどに気にかかってしまう。
こんな自分を誰が想像できただろう。
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:31
-
思考を巡らせているうちに、独特のシャッター音が響いた。
本当に、あっという間に過ぎ去ってしまった一瞬。
「ありがとうございました」
みーよはカメラを下ろし、小さく目礼する。
完全に撮り終えた合図だ。
終わっちゃったか。
少しだけ寂しい気持ちになりながらも、私はみーよの横に回った。
「保田さんに気に入ってもらえるか、いまひとつ自信ないんですけど」
「そんな、みーよが撮ってくれてるのに気に入らないわけないから」
なんだか恥ずかしくもあり、ドキドキする。
私が撮った写真を確認する時、みーよもこんな気持ちだったのかな。
そんな事を考えながら、メニュー画面にて先ほど撮った写真を表示する。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:37
- 目に飛び込んで来たのは、撮る者に心を許し切ったような自分の笑顔。
今まで散々、仕事で数々のカメラマンさん達に撮ってもらい、メンバー同士でふざけて撮り合ったりして来たけれど。
みーよが撮ってくれたこの写真は、私にとって印象深い一枚となった。
そっか・・・みーよの瞳から見た私は、こんな風なんだ。
私を包むのは、全体的に温かくて、透明感のある空気。
だけどどこか物悲しさが混じっているような、独特で不思議な雰囲気。
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:40
- みーよの築き上げた世界観の一部に浸れた気がして、心が満たされていく。
写真をきっかけに、また、お互いをほんの少し、新たに知る事ができた気がする。
この子となら、舞台が終わるまで、近しい立ち位置で、共に歩いて行けると―漠然とそう思った。
「みーよは私の写真、好きだって言ってくれたけど・・・
私も、このみーよの撮った写真、一目見て好きになったよ」
「ホントですか?良かった・・・かなり緊張しましたよ」
安堵したような吐息を漏らし、みーよは私の肩に手を添えた。
「でも、楽しかったです」
そして最後の一言と共に、子供のように純粋な笑顔を向けて来る。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:41
- 作者さんの投稿スピードには本当に頭が下がる…
ほんとうにごちそうさまです。
しかし最近のガキさんは細すぎて心配です
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:42
- 「・・・またさ、時間が空いた時撮影に付き合ってくれる?
今度は銀塩カメラでみーよを撮ってみたい」
「私で良ければお付き合いさせて下さい。
むしろ、せっかくですし次はツーショットも欲しいです」
「じゃあ、もっと機材とか色々準備して来るね」
そんなやりとりをしつつ、感慨深げにみーよを見つめる。
どうして、私は今こんなにも・・・。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:44
- ―私はやっぱり、この子に救われている。
舞台稽古が始まってから二週間。
覚える量も要求されるレベルも半端ではなく、精神的にも追い詰められた。
いつしか、大好きなはずだった歌やダンス、芝居自体に恐れをなしている自分がいたのは確か。
そして今もその不安は完全には拭い去れてはいない。
だけど自分には、こうして近い場所で同じ気持ちを共有できる子がいる―
それがどれほど幸せな事か、今になって気付く。
私は、みーよへの溢れるような感謝と、未来へと繋がる約束を貰えた喜びをそっと噛み締めた。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 22:57
- >>62
お隣の愛ガキスレの方ですか?
多分間違えてしまったんですねw
確かにあれだけ細ければ心配になります。
更新も展開もマイペースでグダグダですが、目を通して下さる方が
いらっしゃるならばお付き合いいただけたら嬉しいです。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/21(日) 15:10
- 夜食準備してるみーよがかっこいいやらかわいいやら
保田さんの揺れる心情がどう変わっていくのか楽しみです
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:26
-
ミニ三脚にセットされた一眼レフ。
以前のデジタルとは違い、今回は銀塩カメラだ。
フィルムでの撮影は久し振り。
その上セルフポートレートの撮影には慣れていなかったけれど、思っていたほど設定や設置にもたつく事はなかった。
今日この日のために知人のカメラマンさんに上手く撮れるコツを教わったり、設定の練習をしたりと予習してきた甲斐があった。
「みーよ、撮るよ」
「はーい」
レンズの前で、みーよは頬を寄せ、私の首に腕を絡ませる。
以前に、みーよは私とのツーショットが欲しいと言ってくれた。
そして私は、銀塩カメラでみーよを撮りたいと思っていた。
そんなお互いの願いを同時に叶えるために、私はまた懲りずにカメラを持ち込んだのだ。
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:29
- みーよは、再びカメラバッグを肩に提げ稽古場を訪れた私を見て、ことのほか喜んでくれた。
そして、以前と同じくしてカメラに興味深々なみーよに第二回目の写真講座を開いた後。
午後の休憩中は役者さんやダンサーさん達も集めちょっとした撮影会を催した。
さすがに皆の前で二人だけで撮り続けるのは気恥ずかしくて、
みーよとのツーショット撮影は、自主稽古の時間に持ち越しという事にしたけれど。
そして今。
日々恒例の二人きりの自主稽古が一段落すると、気分転換の意味合いも込めて、ツーショット撮影を開始したのだ。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:30
- デジイチはやり直しがいくらでもきくけれど、
フィルムを使う銀塩カメラは枚数が限られているし、現像するまで撮った写真の出来が分からない。
実際、デジイチの方がよっぽど使い勝手はいい。
銀塩カメラは失敗リスクが高いし手間がかかるのだ。
けれど、だからこそ。
銀塩カメラで思いがけない良い写真が撮れた時の喜びはひとしおなんだ。
そして、フィルムを一枚一枚大切に使う行為が、何より好きだった。
初めて撮るみーよとの本格的なツーショット。
写真は、一瞬の光景を切り取り、目に見える全てを鮮やかに写し出す。
どうか、素敵な写真が撮れますように・・・
祈りを込めながら、ケーブルレリーズを使いシャッターを切る。
ジコッと重厚な音が二人きりの稽古場に響いた。
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:32
- 「保田さん、それ私もやりたいです」
一枚撮り終えると、みーよは好奇心を抑えられないといった様子で、レリーズを持つ私の手元を覗き込む。
「ふふっ言うと思った。いいよ」
「やったぁ!」
好奇心旺盛で、打てば響くような素直さを兼ね備えたみーよ。
私はそんなみーよが微笑ましくて、快くレリーズを持たせた。
セルフモードにしてあるから、みーよはただボタンを押すだけでいい。
みーよは嬉しそうにレリーズをそっと握る。
私はそんなみーよを一瞥してから、レンズに向き直り表情を作った。
気が早いと人には笑われそうだけど、撮り終わったフィルムをラボに持って行く瞬間が今から待ち遠しい。
そんな先の事を考えていたからか。
私は隣の空気が揺れ動いた事に気付かないままでいた。
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:33
-
―ジコッ
「・・・っ?!」
今度はシャッター音を堪能する隙もなかった。
みーよは、唇で私の頬に触れると同時にレリーズを押し込む。
「みーよ・・・」
不意打ちの行為に驚いてみーよの顔を見上げると、彼女は悪戯っぽく微笑んでいた。
「もう一枚、撮ってもいいですか?」
なんて魅惑的な表情をするんだろう。
私は言葉を発する事もできないまま、みーよの大きな瞳に見惚れていた。
まるでレンズのように全てを見透かされている錯覚に陥る。
それでも・・・視線を逸らせない。
そんな私の態度を肯定と受け止めたのか、みーよは嬉しそうにすっと目を細めた。
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:35
-
そして、まだ頬に残る唇の感触が消え去らないうちに―
気付けば、彼女と私の影が重なって―
「・・・ん・・・」
柔らかいその唇が、私の唇をそっと啄んだ。
今まで幾度となく味わった女の子の唇。
だけどみーよの唇をこうして受け入れるのは初めてで、身じろぎさえもできなかった。
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:36
-
奪い合うようなキスじゃない。
みーよはきつく吸いつくような事もせず、ただ、唇をどこまでも優しく触れ合わせるだけ。
それでも、私はただ瞳を閉じるだけで精一杯で。
ジコッ・・・
シャッター音が随分と遠くから聞こえているような気がした。
頭の芯がくらくらする。
はっきりと感じられるのは唇の熱と、息遣いと、甘い香水の香り。
それだけが私にとってのリアルで、世界の全てだった。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:38
-
―薄暗い自分の部屋。
私はソファに腰掛け、ぼんやりと掌のカラーフィルムを眺めていた。
このフィルムには、みーよにキスをされた瞬間が収められている。
初めてみーよと、キスをした。
今まで、そんな機会はいくらでもあったはずだった。
他の後輩達にしてきたように、勢いで抱き付き、軽く口づける―
それが一種のコミュニケーションだったのに。
私は、みーよに対してそれをしようとしなかった。
なぜなら。きっと―怖かったからなんだろう。
触れたいと思う瞬間だって幾度もあった。
だけど紗耶香と似た顔をした彼女とのキスは、想像できなかった。
それと同時に、もしも紗耶香の唇の感触が蘇って来たらと思うと、積極的には触れられなかった。
きっと私はみーよを、無意識のうちに避けていた部分もあったんだろう。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:39
- だけど、みーよにキスをされて、その不安はかき消された。
みーよにとってはほんの気まぐれで、からかい半分でもあったのだろうけど。
けれど、それで構わなかった。
何気ないあのキスこそが、私を変えてくれたのは事実だから。
みーよは紗耶香じゃない。
みーよはみーよなんだ。
自分の勝手な感情でみーよを縛り、みーよを理解しようとしていなかった。
そんな当たり前な事にすら気付けなかった私を・・・
踏み込む事を躊躇っていた私を・・・
みーよは何気ない優しさで包んでくれた。
全てを赦してくれていた。
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:41
-
私はフィルムをテーブルに置き、右手でそっと唇をなぞった。
細く長い腕に包まれた瞬間も。
汗と香水が混じり合った甘酸っぱい香りも。
全てが愛おしかった。
「みーよ・・・」
どれくらいぶりだろう。
人の肌の温もりが、柔らかな唇の感触があれほどに心地いいと思えたのは。
もっと、もっと確かな温もりが欲しい。
私はいつしか服の隙間から自分の手を差し込んでいた。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:43
-
じわりと熱が指先に移り、鼓動が振動を伝えて来る。
それでも、足りない。
私は膨らみに指を埋め込むように動かしていく。
「んっ・・・」
足りない。こんなんじゃ。
みーよに触れたい。
こんな風に触れられたい。
掌の中心を先端に当てて、擦りつけていく度に息が上がっていく。
「っう・・ぁ・・」
空いた手を裾の中に差し入れ、ショーツに触れたまさにその時。
iPhoneの受信音が響き、薄暗い闇の中でイルミネーションランプが眩く光った。
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:45
-
「はっ・・・!?」
我に返った私は慌てて両手を服の中から引き抜き、横に置いてあったiPhoneを手に取った。
メールの差出人はみーよ。
他でもないみーよの名前を目にした時、一瞬、私は冷や水を浴びせられたように硬直した。
私は・・・私ったら、一体何やってたんだろう。
罪悪感に駆られながら私は服を直し、息を整えつつメールを開封した。
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:47
-
“保田さん
今日も一日お疲れ様でした。
保田さんと一緒にいると
稽古をしている時も、色々と語っている時も、写真を撮っている時も
なにもかもが新鮮に感じて、本当に楽しいです。
それと、月がとっても綺麗だったんで、写メしてみました!
保田さんみたく上手く撮れませんでしたけど、癒しのおすそわけですo(^-^)o
これでいい夢見て下さいね♪”
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:49
-
「・・・みーよ」
私を心から気遣ってくれているのが文面からも伝わる。
添付ファイルを開くと、少し歪な形の大きな月が画面いっぱいに広がった。
「綺麗・・・」
透明感のある優しい月を眺めていると、さっきまでの疼きが嘘のように鎮まっていた。
それと同時に、胸が切なく締め付けられるような、形容しがたい想いが込み上げて来る。
私はiPhoneを持ったまま、カーテンをそっと開けた。
わずかな隙間から、柔らかい月明かりが差し込む。
それだけでは物足りなくなって、私は鍵を開けてベランダへと降りた。
涼しい風が私の頬をそっとくすぐり、開け放した部屋の中へと通り抜けて行く。
私は更に前へと進み、身を乗り出して頭上に浮かぶ歪な月を見上げた。
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:51
-
あと数日もすれば、この月は完全に満ちるんだろう。
こんな風にゆっくりと月を見上げる心の余裕も、近頃の自分には欠けていたな。
みーよが教えてくれなければ、気付けなかった景色。
忘れてしまっていた世界。
みーよは、私の捨て去った心の欠片を拾い集めて戻してくれる・・・
それと同時に、新しい発見を促してくれる存在だった。
私はどうしてもみーよへの感謝を直接伝えたくて、気付けばみーよのメモリを呼び出していた。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:52
-
『はいもしもし、三好でっす』
2コールもしないうちに電話に出たみーよに、私は少し驚いてしまった。
「もしもし、みーよ・・・いきなりごめんね。まだ起きてた?」
『バリバリ起きてましたよ〜。今散歩してたとこだったんです』
みーよのテンションがいつもより高いのは、夜中だからだろうか。
「散歩?こんな時間に一人で大丈夫なの?」
『誰もいない深夜の公園って気持ちいいですよ。
変な路地に入り込みさえしなければ、逆に昼間より安全ですって』
女の子一人でこんな時間に出歩くのは危ないんじゃという私の心配は、一笑に付されたようだ。
なんだかなぁ。
釈然としない思いを抱えつつも、私は本題を忘れないうちにお礼の言葉を告げた。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:56
-
「メールありがとう。
月、ホントに綺麗だね。あ、今ちょっと雲に隠れちゃったけど」
『えっ、保田さんも今、夜空見てるんですか?』
「うん、みーよの撮った月があんまり綺麗だったから、寝る前に実物も見ておきたくて」
さっきから馬鹿の一つ覚えみたいに、月を“綺麗”としか言い表せない自分が歯がゆく感じてしまう。
せっかくみーよと同じ月を見ているんだから、もう少し気の利いた事を言えればいいのに。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:56
- 『気に入っていただけたようで良かったです。
月見てるとワクワクしますよね。満月だと特に』
「うん・・・そういえば、そろそろ中秋の名月だよね。
稽古場からは月ってちゃんと見えるかな」
今年の中秋の名月は9月下旬にあたり、あと数日もすればやって来る。
それまでに一日だけ、OGとしてTV出演するために稽古をお休みさせていただき、
その後はまたしばらく休みなしの稽古の日々に戻る。
中秋の名月の日もおそらく通常通り稽古をしているはずだ。
『どうでしょうねぇ。天候や時間帯にもよると思いますけど・・・。
せっかくですし、十五夜の夜は二人でお月見しましょうよ。自主稽古が一段落した時にでも』
「えっお月見!」
みーよの提案に、まるで私は遠足に行く子供のように胸を躍らせていた。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 00:58
-
触れ合っているわけではないのに。
姿が見えるわけでもないのに。
声が聞けるだけで、約束をもらえるだけで、こんなにも心が震えるなんて。
「うん、それいいね!私家族以外とお月見するなんて初めてなんだよね」
はしゃいでしまう私に対して、みーよは幾分声のトーンを落として訊ねて来た。
『あの・・・迷惑でなければ、お団子作って持ち込んでもいいですか?』
どうやら、私が自主的に食事制限している事をまだ気にかけているようだった。
みーよは本当にこういうところ真面目だな。けれど、そんな律儀なところも好ましかった。
「みーよ和菓子も作れるんだ!迷惑も何も、みーよの作った物ならどんなものでも大歓迎だよ」
『よかったぁ』
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 01:00
- こうして季節の移り変わりを楽しみ、一日一日を大切にしながら様々な事を学び、特定の誰かと二人で時を歩んで行く。
そんな風に今を、この瞬間を生きている自分がにわかに信じられなかった。
誰にも固執しまいと努めてきた今までの自分からは、想像できなかった生き方。
みーよに出逢えた事で、確かに私の中で何かが変わったのだ。
そして今の私に活力を与えてくれたのは、支え続けてくれたのは、他の誰でもないみーよ自身で―
これだけは、この気持ちだけは伝えてしまいたかった。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 01:02
- 「・・・あのね・・・私、みーよがいてくれるから・・・また明日からも頑張ろうって思えるんだよ。
みーよがいてくれなかったら、どうにかなっちゃってたかもしれない」
『保田さん・・・』
また、夢を見たいと思った。
今度は、みーよと二人で。
みーよとなら、年の差も、キャリアも、お互いの立場さえも超えて、同じ視点で同じ世界を見られると思えた。
お互いの全ての力を出し尽くし、その先にあるものを、二人で手に入れたいと願った。
きっと、相手がみーよでなければ生まれてこなかった想い。
「本当に、感謝してるの。
舞台が終わるまででもいい。私の傍にいてくれる?」
『・・・ええ、もちろんです。私にとっても、保田さんが心の支えなんですから』
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 01:08
-
それから、私はひとしきり感謝の気持ちを述べた。
これが電話で良かったと心から思った。
みーよに情けない泣き顔を見られたくはなかったから。
こんな私を見ているのは、ただ、頭上で滲んでいる月のみ。
だから、心のままに、涙を流してみようと思った。
この涙は、氷解水のようなものだから。
誰にも奥深くまでは立ち入らせないと凍らせていた自分自身の心が、みーよの温もりで溶けていく。
みーよに抱くこの感情を、何と名付ければいいのか分からない。
結局は脆く崩れさる曖昧な関係だとしても。
それでも。私はみーよが許してくれる限り、傍にいたいと思っていた。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/23(火) 01:13
- >>66
初レスありがとうございます!
正直この二人がどうなっていくのか自分でも分からないのですが・・・
なんとか完結はさせるつもりなので、見守っていただければ!
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:01
- 2010年9月の設定の割には実際のスケジュールと食い違いがあったりと
時系列がおかしい部分もありますが、創作という事で大目に見て下さい
それでは続きを投下します
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:04
-
―OGとしての久々の仕事。
連日の舞台稽古で疲れは溜まっているけれど、気候の涼しさも手伝って、
この日はすっきりとした目覚めのまま、現場へ向かう事ができた。
「やーぐーちー!おはよっ」
「げっなんだよケメコかよ〜」
矢口は私の姿を見るなりあからさまに顔をしかめた。
このリアクションもいつもの事。
「そういうコト言わないの。んー・・・ちゅっ」
私は矢口の反応も意に介さず、その小さな体を抱き寄せ、首筋に軽く唇を当てた。
「キショッ」
矢口は弓なりに背中を反らせ、私から距離を取ろうと、大袈裟にじたばたもがく。
そんな私達のやりとりを、周囲の人々は「やれやれまたか」といった感じで苦笑いしながら見守っていた。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:08
- 中には結構な頻度で事務所で顔を合わせるメンバーもいるのだけれど。
それでも仕事とはいえ、こうして一度に昔のメンバーが集う機会があるのは嬉しい。
まるで昔へと時間がそのまま巻き戻されたようで、懐かしさで胸がいっぱいになる。
そしてふと思う。
昔はこの輪の中に、紗耶香もいたんだよね。
そう、彼女は当たり前のように、自然に、いつも私の隣で笑っていた。
当時、私は確かに“十年後もこうして紗耶香が隣にいてくれればいいのに”と望んだ。
ささやかなようで、子供じみた身勝手なその願いは、叶うはずもなかったのだけれど。
何も去ったのは紗耶香だけじゃない。
皆それぞれの理由があり、決別の道を選んだメンバーも決して少なくはない。
入れ替わりの激しいグループの中で、いつまでも身を寄せ合っていられるわけはなかった。
そんな事も理解できないくらい、私は幼かったのだ。
だからこそ。
このように昔の仲間達との再会を喜べる事―それがどれほど尊いものなのか、今ならよく分かる。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:10
-
「ていうか、聞いたよ、今度の舞台天才ダンサー役やるんだって?しかも主演じゃん」
私が解放すると、矢口はしきりに首筋を擦る仕草をしながらも、舞台の話題を自ら振って来た。
「ええーマジで?それ初耳なんですけど」
「いつ?どこの劇場でやるの?」
いつの間に近くにいたのだろう。
矢口との会話を聞いていたなっちやカオリ達が便乗する。
「なっち、あんだけ圭ちゃんがブログにも書いてたのに知らんかったんかい」
裕ちゃんの鋭い突っ込みに苦笑いしながらも、私が順を追って説明していくと、なっち達は感嘆の声を上げた。
「ええー。それ凄いって。私も舞台女優として負けてらんないなぁ」
なっちの舞台には私も結構足を運んだけれど、本当になっちの演技はブレがなくて安定感があるんだよね。
それに言わずもがなだけど、人を惹きつける華があって。私も見習わないといけないな。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:11
- 「そういや、三好ちゃんと共演するんだよね。
あたしもこれから番組で一緒にやってく事になったから、圭ちゃんよろしく言っといてよ」
「へっ?あ、ああ、みーよか。うん、伝えとくよ」
ふと、よっすぃーの口からみーよの名前が出て来てドキリと心臓が跳ねた。
そういえば、よっすぃーの初冠番組が来月から始まるんだっけ。
みーよ自身もその番組のレギュラーに抜擢されたって、今度ロケがあるんだって、みーよが嬉しそうに話してたな。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:14
-
「・・・なんか圭ちゃん、近頃は絵梨香と随分楽しそうだよね」
そんな事を考えていた時。
今度は梨華ちゃんが意味深な言葉を投げかけて来る。
「そ、そう見える?」
「そりゃあれだけブログでお互いを持ち上げてたら。
みーよみーよって、絵梨香は圭ちゃんの子猫か何かなの?」
梨華ちゃんは指で髪の毛を弄りながら、半ば呆れたような表情で私の瞳を覗き込む。
その仕草さえも様になってて、可愛いけれど。
なんだか、ちょっと棘を含んだ言い方。
まぁ、いつも梨華ちゃんは、私に対しては容赦がなくてズケズケと物を言うんだけどね。
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:15
-
「ちょっ子猫、って・・・梨華ちゃん、」
私はへらへらと笑いつつも、内心どうやって言葉を繋げばいいものかうろたえていた。
自分では自覚はなかったけれど、実際、私は浮かれてしまっていた部分もあるのだろう。
必要以上にそれを表に出し過ぎてしまっていたかもしれない。
「まぁいいや。よっすぃー、飲み物買いに行こ」
「あ・・・うん」
そんな私を横目に、梨華ちゃんは用事は済んだとばかりによっすぃーの腕を取り、楽屋の外へと行こうとする。
よっすぃーはちらりと一度だけこちらを振り返ったけれど、梨華ちゃんに引っ張られるようにしてドアの向こうに消えて行ってしまった。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:16
- 二つの足音が完全に遠ざかった後。
矢口は中央のイスにどっかりと座りため息をついた。
「あーあ。梨華ちゃんてば、圭ちゃんが最近遊んであげないから拗ねちゃってんだよ」
「・・・そうかもね」
「そうかも、じゃなくてそうなんだってば」
確かに、以前はよっすぃーや矢口を交え頻繁に遊んだりしていたけれど、
気が付けば近頃はメールも疎かになってたな。
今度、埋め合わせしないと・・・。
「矢口、都合のつく時でいいからさ、舞台終わったら梨華ちゃんも誘ってご飯でも食べに行こうよ」
「おっけー、梨華ちゃんにも言っとくよ」
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:22
- なんだかんだ言っても・・・やっぱり、仲間っていいな。
このメンバーとは、家族とや友人とはまた違うかけがえのない絆で結ばれている。
私達は切っても切れない関係にある。
現実は何が起こるか予測できない。
“絶対”も“永遠”も存在しない。
そんな事分かってる。
それでも、きっとこれからもこんな関係は続くのだろうと信じられる。
だけど・・・。
じゃあ、みーよは・・・?
みーよとの関係は何なのだろう。
私にとってのみーよって?
可愛い後輩?ううん、きっとそれだけじゃない。
それだけじゃないけれど・・・、言葉では上手く括る事はできない。
私とみーよの関係は、きっと誰にも分からないのではないだろうか。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:26
- これ以上考えても、答えの出るものではない。
私はその疑問を自ら打ち消して、舞台の台本をバッグから取り出した。
そして皆から少し離れた場所に移動し、しばらくセリフの確認をする。
随分この台本も傷んで来たな・・・。
これもあとわずか必要なくなるのだと思うと、少しだけ寂しくなる。
もうすぐ・・・みーよとも会えなくなっちゃうのか。
無意識のうちに、台本に挟んだ写真に目を遣る。
目に飛び込むのは、私の身体を包むみーよの細い腕―整った彼女の横顔―
その長いまつ毛の影さえも写り込んでいて、あの時の事が鮮明に思い出せる。
みーよに唇をふさがれた私の表情は、陶然としていて、なんだか私じゃないみたいだ。
そう、それはみーよとのキスの瞬間を収めたうちの一枚。
例のフィルムをラボに持って行く時は気恥ずかしかったけれど、
現像した写真が手元に返って来た時の高揚感を、出来上がりを確認する前の緊張感を―それを目にした時の痺れるような衝撃を、私は忘れる事はないだろう。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:27
-
稽古場で、みーよに出来上がった写真のうち数枚をピックアップして手渡した際。
彼女は照れたように私にお礼を言って、それが入った封筒を胸の中でぎゅっと抱きしめた。
あの時のみーよは、本当に小さな女の子のようで、何もかもが可愛らしくて、思い返す度に心が温かくなる。
当然、みーよに渡したものは、今私が目にしている写真とほぼ同じような内容だ。
みーよは喜んでくれているだろうか。
例の写真をどうしているのだろうか。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:30
-
「―熱心に何眺めてるん?」
「わぁあああ!?」
唐突に耳元で囁かれた吐息混じりの声に、私はイスから転げ落ちそうになった。
台本を勢い良く閉じて写真を隠し、慌てて後ろを振り返る。
「ゆっゆ、裕ちゃん!おどかさないでよ!」
私は動揺を懸命に押し隠しながら裕ちゃんを恨めしげに睨んだ。
もしかして見られた!?こんな写真を持ち歩いてる私の方に問題があるんから、自業自得なのだけど。
「な、何ってセリフの確認してたに決まってるよ」
多分嘘は言っていない、はず。
私は肺に溜まった空気を、ゆっくりと吐き出していく。
「あーごめんごめん、圭ちゃんが一人の世界に入って台本覗き込んでるから、逆に気になってなぁ」
そう言いつつ、裕ちゃんは自分のイスを近くに引き寄せてそこに腰を落ち着けた。
他のメンバーは部屋の中心に集まり、きゃいきゃいと何かの話で盛り上がっている。
騒がしいから避難して来たのかな。
私は裕ちゃんの話し相手になろうと思い、台本をバッグに仕舞った。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:32
-
「にしても圭ちゃん、ホンマに痩せたな。ろくに食べてないんちゃう?」
裕ちゃんは私の頬から首筋、そして腕にかけてを、何か確かめるように触れていく。
「裕ちゃんだって痩せたじゃない。私より裕ちゃんの方がよっぽど細いよ」
「アホ、ウチはまだ健康的に痩せた方や。アンタ、無理なダイエットとかしてないやろうな?」
「心配しないで、ちゃんと三食食べてるよ。炭水化物やお酒を控えてるだけだって」
私が笑顔を作っても、裕ちゃんの顔は至極真剣なままだった。
「・・・なんかなぁ、今回の舞台で追い詰められてる感じがするのはこっちにも伝わって来るわ。
あんまり一人で抱え込んだらあかんで」
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:35
- 裕ちゃんには分かっちゃうんだな。
そう、確かに今の私に余裕はない。
吸収すべき事があまりにも多過ぎて、1日たったの24時間じゃとてもじゃないけど足りない。
眠る間さえも惜しく感じてしまうほどに、時間がもっと欲しいと願ってしまう。
けど、だからこそ。
その分、この稽古に費やす日々がとてつもなく濃密なものに感じられる。
私はこの世界に生きているのだと強く実感する事ができる。
そして、すぐ傍で私を支えてくれる、受け入れてくれる存在に気付く事ができた。
「大丈夫だよ。こんな私を支えてくれる心強い存在がいるから」
「・・・それってやっぱ三好ちゃん?」
梨華ちゃんに薄々勘付かれているのなら、裕ちゃんに隠せるわけもない。
私は観念して、言葉の代わりにゆっくりと首を縦に振った。
「ええ子やもんな。気は遣えるし礼儀正しいし」
「うん・・・」
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:36
-
「そういやぁ・・・三好ちゃんて髪短い時は男前な感じやったし、“アイツ”に似てたな」
その言葉に、一瞬、ほんの一瞬だけ息が止まった気がした。
裕ちゃんの言う“アイツ”が誰の事を指しているのか、すぐに分かった。
あえて裕ちゃんに訊ねるまでもなく、それは私自身が十分過ぎるほどに感じていた事でもあったから。
「舞台の役柄も、圭ちゃんの付き人役とかで稽古中もベッタリなんやろ?
その上、切羽詰まってる時に支えてくれるってんなら、そりゃまぁ、急接近するわな」
裕ちゃんの言葉に他意も悪気もない事は承知の上だった。
けれど、自分自身でも認めたくなくて目を反らし続けていた部分に触れられて、ちりっと胸の奥が焦げつくような痛みが走った。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:38
-
「・・・私がみーよが気になってるのは、紗耶香と重ねてるから―、
それと同時に吊り橋効果だ、って言いたいんでしょ?」
「え?いや別にそこまでは―、ああ、でも、どっちみち舞台が終わったら疎遠になるんちゃうの?」
「・・・それ、は」
そんな事はないと反論できたらどんなに楽だっただろう。
裕ちゃんの言っている事は間違っていない。
それは、私という人間を理解しているからこそ出て来る言葉。
実際、私は今まで、数多くの人達とすぐに親しくなっても―
結局は疎遠となる事がほとんどで、出会いと別れを何度も繰り返して来たのだ。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:40
-
「まぁ人に頼るのは必要な事やしな。
げんに、今圭ちゃんが壊れてないのは三好ちゃんのおかげなんやろうけど・・・。
疎遠になるの前提の付き合いなら、ほどほどにしておいた方がええで。
妙な期待持たせたら可哀想やろ」
「・・・っ」
来る者は拒まず、去る者は追わずがモットーで、交友範囲が広い事を誇りとしていた―
そんな私が今、みーよというただ一人の人間に強く惹かれているのは―
舞台という閉鎖的な世界の中で築いた絆だから?
他に縋れる対象がいなかったから?
プレッシャーに精神を擦り減らされて、外の世界に目を向ける余裕がないから?
その可能性を完全に打ち消す事はできない。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:41
-
じゃあ、みーよに対するこの感情は一時的な熱病みたいなものなのだろうか。
それとも、単なる依存―もしくは勘違いだとでも言うの?
いくら考えても分からない。
他でもない自分の心なのに。
みーよと魂まで触れ合えたような不思議な感覚も、唇で感じた甘い熱も―
全てがまやかしだなんて思いたくない。
けれど、みーよへの想いだけは特別で、他の人とは違うだなんて、そんな盲目的な言葉を吐き出す事はできなかった。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/31(水) 00:42
-
「・・・圭ちゃん自身も、迷ってるみたいやな・・・。
ごめんな。けど、いけず言うてんのとちゃうからな。
一応心には留めておいてな」
そう言い終えると、裕ちゃんはふっと優しい表情になり、私の髪を細い指先で撫でてくれた。
「うん・・・私も、みーよを悲しませる事はしたくないから」
私はそっと目を閉じ、本番間近になるまで、その厳しくも優しい裕ちゃんの温もりに甘え続けていた。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:10
-
私は稽古場の隅に腰を下ろし、演出家の先生の指導を受けているみーよをじっと見守っていた。
私の右手には、ある一枚のフライヤーが握り締められたまま。
一時間ほど前、製本された私達の舞台パンフレットが配られ、
それと共に、同時期に近場の劇場で上演するという繋がりで、他舞台のフライヤーも頂いた。
そのフライヤーの束の中の一枚に、それはあった。
最初は、見間違いなのではないかと思った。
けれどその紙面に刷られた写真には―まぎれもなく紗耶香が写っていた。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:11
- 同時に、紗耶香が初舞台で主役を張っている事―
ほぼ同じ期間に彼女の舞台が上演される事を知る。
よりにもよって、この時期に。
同じ街で、同じ演劇という世界に身を置き、共に主役としてそれぞれの舞台に立つ―
偶然にしても、でき過ぎているような気さえする。
運命なんて、人の縁なんて結局は後付けで、自分の捉え方一つでどうとでも変わる。
それでも、私はまだ、紗耶香とはどこかで繋がっているのかもしれないと漠然と感じていた。
きっとその繋がりは、限りなく細い、今にも千切れてしまうような糸のようなものなのだろうけど。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:13
- 昨年、紗耶香が芸能界に復帰した事も、当然知っていた。
その時は、特にこれといった感慨もなかったはずなのに。
いや、何も考えたくない一心で、紗耶香にまつわる事柄は知らず知らずのうちに自分の中から締め出していたのかもしれない。
過去と決別していたつもりでいた。
全てを克服したと思っていた。
けれどそれは単に、興味の無い振りをして、心のかさぶたに触れないように、ただ逃げていただけなんだ。
人間関係にしてもそうだった。
紗耶香に去られた時のように、深入りして傷付く事が怖くて―
私は心の底から誰かを欲しがれなかった。
だから、安全で心地良い距離を保って、うわべだけの好意を甘受していた。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:16
- 少し前までの私なら、もしこのフライヤーを目にしたとしても、
今さら自分には関係のない事だと、強引に脳内から抹消していたかもしれない。
いつまでも目を背け、自分を誤魔化し続けたままだったかもしれない。
でも、今は違う。
みーよが私の近くに現れた事によって。
みーよの存在によって、様々な事に気付かされた。
紗耶香を思い起こさせる雰囲気を持ったみーよだったからこそ。
私は過去の自分の記憶と向き合わざるを得なくなった―
いや、向き合ってみようと思った。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:17
-
私がはっきりとみーよの中に紗耶香の姿を見たのは、初めて彼女と二人きりで芝居の稽古をした時。
限りなく近い距離で、彼女と視線が絡み合った時。
あの瞬間。
あれは神様が見せた幻だったのだろうかと、錯覚するほどに。
みーよはみーよであるという普遍の事実を、他の誰でもないのだという確信を打ち消してしまいそうになるほどに、
みーよは紗耶香の姿とシンクロしているように見えた―
最初は、私にはまだ紗耶香に対する未練が残っているのかと疑った。
だからみーよと紗耶香が重なったのではないかと。
未だに、それはただの杞憂だったと笑い飛ばす事はできない。
みーよを、紗耶香と見間違えたのは事実なのだから。
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:18
-
それでも、これだけは分かる―
私は決してみーよに紗耶香の面影を求めているわけじゃない。
あの出来事は、私に変化を及ぼす大事なきっかけだったのだ。
今思えば、みーよにキスをされるずっと前から。
私は本当は気付いていたのかもしれない。
みーよはきっと私の何かを変えてしまうと―
そして、みーよがいてくれるなら、私は変われるのかもしれないと。
げんに、私の心は日に日に形を変えている。
自分でもその変化に追いつけないほどに急速に。
みーよを見つめるだけで、言葉に言い表せない想いが泉のように湧き上がって来る。
紗耶香とは違う何かをみーよから新たに見つける度に、私の胸はささやかな喜びに満ちていく。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:20
-
もう、目を背けたりはしたくない。
過去の自分、そして過去の記憶と向き合えた上で、
大切なたった一人を強く想う事ができれば、きっと新しい自分に会える。
それはどんなに幸せな事だろう。
見る者に何かを訴えかけるようで、それでいて引き込まれるような引力を持つ彼女の瞳。
力強く、よく通る声。
子供のような無邪気さも。
悪戯な猫みたいな表情も。
大人びた横顔も、優しく包んでくれた腕も。
何もかもが私にとって鮮烈で、いつしか手放したくないと思っていた。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:24
-
けれど―得体のしれない不安は消えない。
この感情は、一時的なもの?
そうだとして、自分の心のままに動いてしまえば、望まなくてもみーよをいずれ傷付けてしまう。
“舞台が終わったら疎遠になるんちゃうの?”
“妙な期待持たせたら可哀想やろ”
先日の、裕ちゃんの言葉が重くのしかかる。
今までになく切迫した環境にいるから、私は縋れるものが欲しかっただけ?
結局はみーよを利用しているだけなの?
舞台が終わり、みーよと会う事もなくなれば・・・この熱も、一度岸辺へと打ち寄せた波のように、あとは引いていくだけなのだろうか。
みーよへの想いは、今まで誰かに対して―
それこそ紗耶香にだって抱いた事のないものだ。
こんな事、初めてだった。
だからこそ、どうすればいいのか分からない。
この情熱が、何なのか。
本物かまやかしかどうかすら区別がつけられない。
私は、“愛している”という言葉の本当の意味さえ理解できていない人間なのだから。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:28
- 「保田さん、ボーっとしてどうしたんですか?」
いつしか指導を受け終えたみーよが、私の元へと駆け寄って来ていた。
「う、ううん、なんでもないよ」
私は反射的にフライヤーを丸めて、上着のポケットの中に忍ばせる。
みーよはそれに気付かないまま、いつものように私の隣にそっと腰を下ろした。
「にしても、ちょっと寒くないですか?
こないだまで汗だくになるくらい暑かったのに、どうなってるんでしょうね」
みーよはパーカーのフロントジップを上げ、腕をかき合わせる。
その様子を見て、私は持ち込んでいたストールを彼女の肩に掛けてあげた。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:31
- けれど、みーよは慌てて手をぶんぶんと左右に振る。
「そ、そんな。保田さんの方が薄着なんですから・・・」
「いいよ、大丈夫だよ、私は」
「ダメですよ!」
押し問答を繰り返しているうちに、みーよはとうとう諦めたのか、素直にストールを羽織る。
ほっとしたのも束の間。
みーよはストールの片端を持ち上げたかと思うと、私の左肩に掛け、強く引き寄せた。
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/07(水) 21:41
- 「っみーよ?」
「ほら、そんな隅っこにいるから、保田さんだって冷えちゃってるじゃないですか」
みーよは私を温めるように、ストールの生地越しに掌を優しく押し当て、熱を流し込んで来る。
彼女の体温を感じるだけで、自分でも制御できなないほどに心が震え、切なくなる。
どうして・・・みーよはいつだってそんなにも優しいんだろう。
許されるなら、このまま腕を回し、きつくきつく抱きしめてしまいたい。
私はその衝動を必死で押しとどめた。
自分の勝手な―それこそ一時的な感情で、みーよを振り回すわけにはいかないから。
このまま時間が止まればいいのに。
いつまでも終わりが来なければいいのに。
そうすれば、たとえこの感情が錯覚でも、決して夢から醒める事はないのに。
私・・・また子供みたいな事考えてる。
永遠なんてないと、痛いほどに分かっているのに。
それでも、今は、みーよに触れられていたい。
優しい体温に包まれていたい。
私達はわずかな時間、一枚のストールを二人で身を寄せ合って共有した。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 01:10
- 保田さんの乙女っぷりが素敵です
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 01:52
- 写真撮り合いのあたりが大変なことに…!
冷静なようでそうでない2人が
大人なんだけどかわいいです
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:17
-
秋の夜の冷気が漂う稽古場―
外の世界から隔離された空間の中で、みーよと二人。
今夜も、いつもと変わらない時間が流れて行くのだと信じていた。
「あっ保田さん、何か落としましたよ」
「え?な、何かって?」
私は自分のセリフを確認するのに夢中で、みーよの言葉にすぐには反応できなかった。
一拍置いてから私がみーよの方へと振り向くと、彼女は今まさに床に落ちた“それ”を拾い上げているところだった。
「!待って、だ、ダメッ」
しまった。ポケットに入れたままだったのをすっかり忘れていた。
その紙切れが何であるかを理解した瞬間、私は慌てて駆け寄ろうとした。
頭の中でガンガンと警鐘が鳴る。
それだけは、みーよの目に触れさせてはいけない気がした。
「ぁ・・・この人・・・」
けれど、既に遅かった。
みーよは例のフライヤーに視線を落としたまま、小さな声でポソリと何か呟いた。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:20
-
見られた・・・・。
二人きりの稽古場に、気まずい沈黙が流れる。
みーよの表情は、俯いているせいでこちらからは窺い知る事ができない。
「みーよ、あの・・・」
おそるおそるみーよに近づき、顔を覗き込もうとした瞬間―
真正面からみーよの視線とぶつかった。
その瞳は、どこか寂しそうで、切なげに揺れているような気がした。
「やっぱり・・・気になりますよね。市井さんの事」
「っ・・・」
そして遠慮がちに発せられた言葉に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走る。
耐え切れずに、思わずみーよから視線を外してしまう。
やっぱり、あの時の事、忘れているわけじゃなかったんだ。
きっと今まで、私にその件について訊ねたいと思った事は幾度もあったはず。
それでも・・・みーよは優しいから。
他人の心の機微に敏感な子だから。
私を気遣って、ずっと抑え込んで、あえて触れずにいてくれてたんだ。
そして何も言わずに、私の傍にいてくれた―。
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:26
-
「前に一度、私の事を“紗耶香”って呼んだ事がありましたよね。
それに、これを大切に持ってるって事は・・・
あ、いえっ!す、すみません。踏み込んだ事を訊いて」
いつまでも沈黙を保ち続ける私を見て、気を悪くさせたと思ったのだろうか。
余計な詮索をしてしまったというように、みーよは慌てて言葉を打ち切った。
みーよが謝る必要はどこにもない。
むしろ、みーよは私をなじる資格だってあるのに。
「・・・ううん、謝るのは私。全部私が悪いの。
みーよ・・・ごめん・・・。
本当は、もっと早く謝るべきだったのに」
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:26
- 「ど、どうして保田さんが謝るんですか」
「だって、だって・・・!私はみーよの気持ちを全然考えてなかった・・・」
罪悪感と自己嫌悪でみーよと目を合わせられない。
このまま頭を抱えたい気分だった。
私は今まで何やってたんだろう。
こうして言葉にされるまで、みーよの心の内に気付けなかった。
みーよはあの時の事をずっと気に病んでいたのに、私は自分の事ばかりで・・・
結果、みーよを傷つけてしまった。
痛みも、喜びも何もかも、みーよと全てを共有しているつもりでいたくせに。
私は―私は結局みーよの事を何も分かってない。
何も知らない。
これじゃ、紗耶香の時と同じだ。
一方的に相手に理解者面をして、無意識のうちに自分の所有物のように思っていた。
実際は、相手の心の奥まで見ようともしていなかった。
最低だ・・・私って。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:29
- 私が唇を噛んで項垂れていた時。
他の誰にでもなく、まるで自身に言い聞かせるような、か細い呟きがみーよの唇から洩れた。
「・・・所詮、私はいつまでも、市井さんには勝てないんだ」
空気に溶けて消え入りそうなほどの小さな声音。
けれど、それは確実に私の耳にも届いていた。
「えっ・・・?」
にわかには信じられないみーよの言葉に、私は思わず視線を再度彼女へと注ぐ。
その時には既に、みーよは薄く笑みを浮かべていた。
いや―浮かべているように見えた。
それが虚飾の笑みである事は、私にだって分かった。
瞳に潜む影。それはふとした時に垣間見えていた寂しげな眼差しだった。
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:33
-
「ごめんなさい、保田さん。私じゃやっぱり、ダメでした。
最初から、私なんかに市井さんの代わりが務まるとは思っていませんでしたけど―」
「紗耶香の・・・・代わり?」
みーよの言葉は、理解の範疇を超えるものばかりで、頭が酷く混乱する。
そんな私の様子に、みーよは一呼吸置いてから、ゆっくりと、胸の内を吐露するように説明してくれた。
「黙ってようと思ってましたけど・・・もう、隠さずに全部話しちゃいますね。
保田さんが私を“紗耶香”って呼んだ時、保田さん、凄くつらそうな顔してました。
その瞬間から、私、市井さんの代わりになろうって思ったんです。
保田さんが、市井さんを求めているなら―
その場しのぎのものでも、保田さんの心が救われるなら、って。
実際私、市井さんと少し似てるって、結構いろんな人に言われてましたから・・・
でも、完全な思い上がりでした。
これを保田さんが大事にしていたのを知って、ようやく気付きました。
結局私は市井さんにはなれない。私じゃ保田さんを満たす事ができないって」
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:35
-
私の・・・ため?みーよは、何か勘違いしてる。
私がまだ紗耶香を想い続けていると信じて疑っていないんだ。
ぐらりと足元が揺れるような錯覚に陥る。
私の・・・せいで。
私の軽率な言動がみーよの心のバランスを崩した。
負担をかけてしまった。
「痛いですよね、私。
手の届かないくらい高い位置にいる人の代わりになろうと―同列に並ぼうとしていたなんて。
そんなの、許されるわけがないのに・・・身の程も知らずに」
やめて。そんな尖った言葉で自分を傷付けないで。
―ううん、傷付けていたのは他でもない私。
私自身がここまでみーよを追い詰めていた。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:38
-
「この世界に入るずっと前から、娘。の皆さんは私にとって憧れで、目標だったんです。
だから、これからも、保田さん達の背中を追いかけながら頑張るんだって思ってました。
だけど、保田さんは温かくて優しいから・・・同じ目線に立って接してくれるから―
私、バカなんで勘違いしてしまいそうになるんです。
あなたは手に届く存在なんじゃないかって。
もしかしたら、先輩と後輩という枠を超えられるくらい仲良くなれるんじゃないかって」
何・・・言ってるの、みーよ。
それは勘違いなんかじゃないよ。
私だって、みーよと同じ目線で、二人で同じ夢を追いかけたいと願った。
もっと深く、心で触れ合いたいと思った。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:38
-
「・・・すみません、さっきの発言は綺麗事でした。
保田さんのためみたいに言って、結局はどんな形であれ私も誰かに必要とされたかったんです。
保田さんに気にかけてもらえて、私、本当に嬉しかったんですよ。それが市井さんに対する想いからだとしても」
違う―そうじゃない!違うよ、みーよ!
私はみーよに紗耶香の代わりをして欲しいわけじゃない。
紗耶香が恋しいから、みーよの傍にいたわけじゃない!
声にならない心の叫びが空を切る。
今、私がいくら言葉で説明しようとしても、きっとみーよには届かないだろうという事は分かっていた。
「市井さんが・・・羨ましいな。私も娘。の一員になって、保田さんと、同じ時代を歩みたかった」
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:41
-
「絵梨香!!」
ほぼ無意識のうちに口をついた彼女の名前。
もう止められなかった。
私は絵梨香の両頬を掌で包み込み、少し背伸びをしてその唇を塞いだ。
「んっ・・・・!?」
絵梨香の体が強張り、唇の隙間からは驚いたようなくぐもった声が漏れる。
その隙間さえも埋めたくて、私は口内へと舌を伸ばし彼女の舌を押さえ付けた。
絵梨香の肌は冷えているのに、口内も、吐息も凄く熱かった。
あの時、絵梨香がしてくれたような甘く優しいキスじゃない。
がむしゃらで不器用なキス。
それでも、言葉にならない想いを伝えたかった。
たとえ一時的な熱病のようなものでも、もう迷いたくなかった。
やっと、やっと分かった。
私は心から、目の前にいるあやうくも強い―優しいこの子を愛おしいと思う。
私の中を占める想いは、まぎれもない真実だから。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:43
-
強張っていた絵梨香の身体から徐々に力が抜け、手にしていたフライヤーがパサッと床に落ちる。
それでも満足できず、私は執拗に舌で彼女を求めた。
「ん・・・んぅっふ・・・ぇり、か・・・」
「んっ、ん・・・」
夢中でキスを繰り返しているうちに、お互いの身体を支え切れず、とうとう二人で崩れるように床にへたり込む。
「ぁ・・・保田さん・・・」
唇をゆっくりと離すと、絵梨香は潤んだ瞳で私を見つめていた。
「絵梨香・・・」
私はこれ以上ないほどの想いを込めて彼女の名前を呼んだ。
そして同時に、彼女を自分の胸の中に引き寄せる。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:47
-
きっと今、絵梨香にこの速い胸の鼓動が伝わっているだろう。
誰かに必要とされたかった絵梨香。
仲間に頼る事もできず、ずっと一人で戦って来た絵梨香。
人の痛みに敏感で心優しい絵梨香。
彼女の全てがどうしようもないほどに私を惹き付けた。
「絵梨香、お願い・・・これ以上自分を卑下しないで。
信じてもらえないかもしれないけど、私は紗耶香じゃなく絵梨香の傍にいたいの」
絵梨香は私から逃れようとはしなかった。
ただ私の心音に、私の言葉に耳を傾けるように、胸の中におさまっていた。
まだ・・・私を信じようとしてくれているの?
お願い・・・届いて、私の想い全て。
「他の誰かじゃダメだった。
絵梨香じゃなければ、きっとこの感情は生まれて来なかった。
絵梨香に出会わなければ気付けなかった事、たくさんあるんだよ」
私は絵梨香の髪を撫で、一番伝えたかった事を噛み締めるように言葉にする。
「私は・・・絵梨香に出会えて良かった。
絵梨香がハロプロに入って来てくれた事、心から感謝してるの」
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:50
-
いつしか、ぽたりと、温かい雫が私のカットソーに落ちて来た。
「絵梨香・・・」
「・・・嘘でもいい。本当はずっと、私は誰かにそう言われたかった」
いつしか、絵梨香は、静かに綺麗な涙を零していた。
「圭さん・・・」
慈しむようなその響きに、全身がぞくりと甘く震えた。
「私、圭さんに甘えても・・・いいんですか?」
躊躇うように私に触れる細い指先。
私は言葉の代わりに、ぎゅっと絵梨香を抱き締め、彼女の髪に優しく唇を落とした。
「嬉しい・・・」
その瞬間、絵梨香は心底安堵したように、更に顔を埋めて来た。
「ありがとう・・・ございます。私も・・・あなたに、圭さんに出会えて良かった」
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 03:51
-
愛おしい。
今まで感じた事のない強い想いが身体中へと満ちていく。
それはまぎれもなく、絵梨香の存在によって生まれたもの。
何もかも、絵梨香が教えてくれた。
こうしている間も、私の胸にいくつもの涙の跡が広がって行く。
それでも構わない。
絵梨香の気が晴れるまで、私はいつまでもこの温かな雨に打たれていようと思った。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/11(日) 04:03
- 今日(昨日か)行った携帯ショップの店員さんが、三好さんとあまりにそっくりで
かなりテンションが上がりましたw
>>120
ありがとうございます!
保田さんは意外とファンシーな物が好きだったり、ロマンチストだったりと
乙女な部分があるのでそこらへんを気を付けました。
>>121
カメラに詳しくなくてグダグダになってしまいました^^;
自分では幼な過ぎかなと心配だったのですが可愛いと思っていただけたようで何よりです。
三好さんのそっくりさんと遭遇できた上に、レスもいただけるとは本当にラッキーデーです。
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 02:42
- >>134の4行目は「いつしか」を省いて下さい
今年は12日が中秋の名月だったようで・・・去年と比べると随分早いですね。
それに合わせて続きを投下します。
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 02:45
-
「曇らなくて良かったですね。
ここからでもあんなにはっきり見えますよ」
絵梨香は稽古場の明かりを落とし、窓から覗く満月をじっと見つめていた。
今夜は待ちに待った中秋の名月。
絵梨香と温めていた密かな約束の日。
「うん、絵梨香、美味しいよコレ」
一方で、私は相槌を打ちながらも、絵梨香お手製のお団子に舌鼓を打っていた。
「もう、圭さんてば・・・花より団子ならぬ、月より団子ですか」
絵梨香はそんな私の様子を見て、少し呆れたように、けれど優しく笑いかける。
「ごめんごめん、だって、こんな美味しいもの久し振りなんだもん」
咀嚼するとほんのりとした甘さが残って、いくつでもいけそうな気がする。
とは言っても、食事制限している私を気遣ってくれたのか、お団子はほんの数えるほど。
味わって食べていたけれど、そうこうしているうちにあっと言う間に胃袋の中に消えてしまった。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 02:48
- 「はぁ、美味しかったぁ」
「美味しいって言ってもらえるのは嬉しいですけどね。
せっかく綺麗な月が出てるんだから一緒に見ましょうよ。
ほら、カメラも持って来てるじゃないですか。これで月撮るんですよね?」
そう言って絵梨香は脇に置いてある私のカメラを指差した。
せっかくの中秋の名月だし、本格的に月の写真を撮るのも良かったのだけど、私の目的は違った。
月の写真なら、以前絵梨香が送って来てくれたものがある。
あの写真は満月ではないけれど、私には十分だった。
「今日は月単体を撮るつもりはないよ、望遠レンズとかも持って来なかったし。
これは、あの満月を背景に、絵梨香と撮るためのものだから」
以前も絵梨香とここでツーショットを撮ったのだけど、今回のカメラは以前使った物とはちょっと違い、一眼レフにポラホルダーを取り付けたもの。
ラボにフィルムを持って行く楽しみもあるけれど、やっぱり、ポラはその場で確認できるし、すぐに絵梨香にも手渡してあげられるしね。
私はカメラを手に取り、フラッシュを焚き絵梨香へと向けて一枚シャッターを切った。
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 02:53
- 「わっ、不意打ちは卑怯ですよぉ」
絵梨香の抗議の声を聞き流して、ポラを引き抜き、自分の体温で温めてから薄い紙をそっと剥がす。
「大丈夫、可愛く撮れてるよ」
恥ずかしがっている絵梨香をなだめるように、私は現像されたポラを目の前にかざして見せた。
「圭さんに撮られるのは好きですけど・・・やっぱり・・・圭さんと一緒がいいです」
絵梨香はそれを一瞥した後、ぽそぽそとそんな事を呟く。
「ほら、あっちに行きましょう」
そして私の腕をとり、そのままグイグイと窓の近くへと誘導して行った。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 02:55
-
「ああ、ホントだ・・・綺麗だね」
私は絵梨香に腕を絡めたまま、彼女と同じように夜空に輝く真円の月を見上げた。
遥か遠い月から届く光は、どこまでも優しくて、心が凪いでいく。
「ええ・・・圭さんと二人で見られて良かったです」
ふと、誘われるように絵梨香の横顔を見る。
透明な淡い月の光を浴びる彼女の表情は穏やかで、美しかった。
けれど、それはどこか儚げでもあって―胸がきゅっと締め付けられる。
こうしてこの子と二人でいられるのも、あとわずかかもしれない。
不意にそんな感傷的な気持ちが湧き起こり、尚更絵梨香の姿を焼き付けておきたいと―撮りたいと思った。
「・・・絵梨香、一緒に撮ろうか」
「はい!」
絵梨香は満面の笑みを浮かべて私の想いに応えてくれる。
この一瞬一瞬を大切にしていきたい。
私は絵梨香の髪を一撫でしてから、撮影の準備を始めた。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 02:58
-
「このテーブルに置いたらちょうどいいかな」
手頃な高さのテーブルがあったため、私は三脚ではなくそれを移動させて使う事にした。
そして手伝ってくれた絵梨香と再び窓際へと戻り、背後に月が写り込むように寄り添って佇む。
「私、髪ボサボサじゃないですか?」
レリーズを押し込む直前になって、絵梨香は私に少し不安そうに尋ねて来る。
「いいよ、そんなの気にしなくても。二人だけの写真なんだから。
絵梨香はそのままで可愛いよ。私の目に絵梨香が可愛く映っていれば、それでいいの」
なんだか軽薄なカメラマンみたいなセリフだな。
けれど、それは掛け値なしの私の本音。
私の気持ちが伝わったのか、絵梨香は頬を赤らめ、照れたように私をそっと抱き寄せた。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:03
-
彼女の温もりを感じながら、レリーズを押し込む。
やっぱりこの瞬間はいつまで経っても緊張するな。
どういう風に出来上がるんだろう。
思いを巡らせる私を現実世界へ引き戻すように、小気味の良いシャッター音が、一枚目を撮り終えた事を告げる。
絵梨香の温もりが名残惜しくもあったけれど、テーブルのカメラへと近付いて、ポラを引き抜く。
「―うん、良い感じ」
出来上がった写真を見て、私は一人微笑んだ。
なんだか、カップルのポートレートみたい。
「圭さん、私にも見せて下さいよ〜。私も一枚手元に欲しいです」
「慌てなくても、これからバンバン撮るから。
絵梨香の気に入ったのをあげるからね」
ポラロイドは複製は不可能な、世界でたった一枚の写真しか生み出せない。
だからこそ、思い入れが強まる。
これが、絵梨香の宝物になってくれればいいな。
そんな事を願いながら、私は二枚目のセットに取りかかった。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:10
-
―フィルムを使い切り、撮影を終えた後。
私は絵梨香に肩を抱かれたまま、ぼんやりと二人で月を見ていた。
「ひとつだけ、教えてくれますか?」
「ん?」
私は絵梨香の真っ直ぐな視線を受け止め、笑顔を返す。
「圭さんは・・・市井さんの事、好きだったんですか?」
いつか問われるのではないかと予測してはいたけれど。
今来るとは思わなかったな。
仲間として、友として好きだったのかというニュアンスではない事は明白だった。
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:10
-
「・・・どう、だったのかな。
私は、本当の意味では紗耶香の事を思いやれてはなかったかもしれない」
もう、10年近く前の話。
激しい渦の中を、皆が手探りで突き進んでいた時代。
私と紗耶香が、大人と子供の境界線を彷徨っていたあの頃。
絵梨香にはもう何も隠したくはなかった。
誤魔化したくはなかった。
過去と向き合うきっかけをくれた絵梨香にこそ、全てを話すべきだと思った。
「絵梨香に話すよ、あの頃の私と紗耶香の事。
・・・私が娘。の追加メンバーだって事は知ってるよね―」
追加メンバーのオーディションに合格したところから、私は訥々と昔話を始めた。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:11
- 当時、矢口を含めた追加メンバーの三人は、初代のメンバー達となかなか馴染めなかった。
一期二期といった垣根にまず、三人は萎縮し、比較される度に傷付いていた。
同時に、常に後列のポジションでいるしかない悔しさ、やるせなさは決して消えなかった。
そんな時、ユニット参入の権利を争う事を課せられた。
選ばれるのは三人のうちたった一人。
今思えば私は、負けたくないという対抗意識と、絶対に自分がこの歌を歌うんだという自己顕示欲が先走り過ぎていた。
ただ光を掴み取りたいと願う一心だった。
曲や歌詞に込められた意味など理解しようともせずにがむしゃらに歌っていた。
そんな状態で、プロデューサーを納得させられるわけがない。
結果は火を見るよりも明らかだった。
自分でも頭では理解していたつもりでいた。それでも。
拒絶された現実をなかなか受け止められなかった。
それは、同じく選ばれなかった紗耶香にも言える事で。
私と紗耶香は、傷を舐め合うようにして距離が縮まって行ったのだ。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:14
- 「―そんな時に、プッチモニという大きなチャンスが与えられたの。
そしてたくさんの人に認めてもらえた。有頂天だった。
まるで光の洪水の中にいるみたいに、目まぐるしくて。
ちゃんと周りなんて見てなかった」
私は少し高い絵梨香の肩にコツン頭を預けた。
彼女は、黙って私を受け入れ、耳を傾けてくれている。
「紗耶香と手を取り合って生きて行けるって思ってたの。
ずっと一緒にいるって約束もした。
私は子供だったから。あの頃は、何もかもが永遠なんだって信じてた。
でも・・・紗耶香はある日突然離れて行った」
ずっと封じ込めておくつもりだった紗耶香の記憶。
紗耶香の名前を口にする度伴っていた痛みも、今は生まれて来なかった。
以前の私ならこんな風に赤裸々に当時を語る事は決してしなかっただろう。
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:15
- 「戻って来るって約束も信じてたのに―紗耶香は戻らなかった。
どうして、って何度も聞きたくてたまらなくて。
涙が枯れるくらい泣いて、絶望して。
裏切られたって、一方的に思い込んでた。
そんなの、筋違いだよね。
私は紗耶香の心を少しも理解しようとしてなかったのに。
結局は、私は自分の事ばかりだった」
過去の激情を吐露する私の心は、言葉とは裏腹に驚くほど凪いでいた。
それは今、ここに愛おしい絵梨香の温もりがあるから。
だから、過去も清算できると思える。
そして真っ直ぐに、昔の自分と向き合えるんだ。
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:18
-
いつしか、私の身体は絵梨香の腕に包まれていた。
「―圭さんは、純粋で綺麗な人です。それに、優しい」
絵梨香がそんな言葉と共にようやく口を開く。
そして私を更に胸の中に引き寄せる。
先日、私が絵梨香にそうしたように。
「ううん。私は利己的なだけ―自分勝手で汚いよ。
嫌われたくないから、好かれたかったから親切で優しい人間を装っていただけ」
「そんな事、ないです。
ただ優しいだけの人なら―それがうわべだけの優しさなら、私はあなたに惹かれてなかったと思います」
「絵梨香・・・」
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:19
-
「ふとした時に、圭さんの内面の温かさが滲み出てるんです。
圭さんはきっと今までたくさん傷付いて来ましたよね。
だからこそ、あなたの優しさが心に染みるんです。
圭さん自身が自分の優しさを偽りだって否定しても、私にとってはまぎれもなく、本物なんですよ」
思わず顔を上げると、既に絵梨香は私の頬に手を添えていて、羽毛が触れるようなキスをされた。
絵梨香はどうしてこんなにも私の欲しい言葉をくれるの。
この子がいてくれるから、私はこんな自分の事も好きになっていける。信じられる。
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:20
-
「そういえば・・・気付いてました?」
「な、何が?」
唐突な質問の意味が分からずに首を傾げる。
私のキョトンとした顔がおかしかったのか、絵梨香はくすっと笑った。
「前に、圭さんに“月がとっても綺麗だったから”って写メした事ありましたよね。あれ、さりげに圭さんにアピールしてたんですよ」
「え・・・?」
「昔の人―夏目漱石だったかな、彼は“I love you”を“月がとても綺麗ですね”って訳したらしいんですよ。
それで十分に相手には伝わるからって。
きっと直接的な表現は無粋だと思ったんでしょうね。
その逸話がずっと心に残ってて。
私も月を撮った時に、圭さんに伝えたくなったんです。
あの時のキスはジョークで終わっちゃいそうでしたし」
真実を今になって初めて知り、私の心はさざ波を立てた。
絵梨香が私を気遣ってくれているのは分かっていた。
だけど、まさかあのメールにそんな意味が隠されていたなんて思いもしなかった。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:22
-
「やっぱり気付いてなかったんですね。
まぁ気付く方がある意味怖いですよ」
絵梨香はからからと笑ってはいたけれど、次の瞬間には真剣な表情に切り替わった。
「でも、今、私の気持ち・・・伝わりましたよね」
「うん・・・」
難しい理屈は私にはよく分からないけれど。
絵梨香の真摯な気持ちが痛いほどに伝わって来る。
愛だとか、恋だとか、無理にそんな言葉で括る必要はない。
今お互いに強く想うこの気持ちに偽りなんてないから。
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/13(火) 03:23
- 「絵梨香・・・」
今度は自分から絵梨香と唇を合わせた。
何度か啄ばむようなキスを繰り返しているうちに、するりと絵梨香の舌が入り込んで来る。
「んぅ・・・っ」
絵梨香の舌、凄く熱い。
一瞬硬直する私の背中を絵梨香は優しく撫でる。
そして次の瞬間には、そっと私のカットソー裾から中へと手を差し入れていた。
「っえ、絵梨香?」
思わず唇を離し、絵梨香の顔を見上げる。
絵梨香は、熱っぽい瞳で私の視線を受け止めた。
「満月の夜はオオカミさんが出てもいいんじゃないかと思って」
そう言って、絵梨香は妖しく笑いながら指先で私の背中をなぞっていく。
「・・・バカ」
困惑しているのは確かなのに、私の声には、既にとろけるような甘さが混じっていた。
気付かないうちにスイッチが入ってしまっていたみたいだ。
私も・・・絵梨香をもっと感じたい。
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:37
- こういう描写は、どこまでいっていいものか悩みます。
へタレなので、ちびちびと投下します。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:37
-
「圭さん」
絵梨香は一度カットソーの中から手を抜き、今度は両手で私の頬を包む。
そして唇を、私の額、瞼、唇へと優しく落としていった。
それだけで、どうしようもないほどの幸福感に支配される。
たまらずに絵梨香の腕をきゅっと掴み、うっすらと目を開けた瞬間、視線が交錯した。
深い色の瞳に見惚れていると、そのまま抱き寄せられる。
「・・・過去の事、話してくれて嬉しかったです。
そりゃ、妬かないと言えば嘘になりますけど。
それは圭さんの一部なんですから。
私も・・・市井さんと自分を比べて卑屈になる事は、もうやめます」
「自分でも、あの感情が何だったのか、分からないんだけどね。
私は紗耶香を愛してたって、今まで信じてた。
でも本当はきっと、愛とも恋ともつかない感情だったんだと思う」
「それでも・・・いいんですよ。
市井さんへの想いが、恋愛感情でも、そうでなくても―
その想いを、過去の自分を否定しないで下さいね。
過去があるからこそ、今圭さんは圭さんでいられるんですから。
私は、圭さんをまるごと大切にしたいです」
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:39
-
「絵梨香・・・」
思わず胸の奥に熱いものが込み上げる。
どれほど私を想っていてくれるか、痛いほどに伝わって来る。
絵梨香はいつも私を受け止めようとしてくれるね。
あの時、もっと私が大人だったら―
もっと紗耶香との時間を大切にしていれば良かった―
紗耶香の気持ちを考えて接していれば良かった―
そんな後悔だって付き纏う。
けれど、そうやっていくら当時へと思いを馳せても、過去は変えられない事だって分かっている。
いや、変えられなくても構わないと思えた。
過去の自分も含めて、絵梨香が受け入れてくれるというのなら―
私は自身の過去のあやまちさえも愛しく思える気がした。
何も恐れるものなどない気がした。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:40
-
「うん・・・絵梨香の言いたい事、絵梨香の気持ち、伝わるよ・・・・。
誰かを想うって事は、夢を抱く事で―
そして同時に自分と向き合う事で―
赦す事でもある・・・それを教えてくれたのは、全部絵梨香なんだよ」
これほどにたくさんのものを与えてくれた絵梨香に、私は何ができるんだろう。
分からない。
結局は、奪う事しか、求める事しかできなくても。
今はただ、絵梨香を感じていたい。
私は絵梨香の片方の手に自分の手を添え口元に寄せていく。
そして、その微かに震える指先へとそっとキスをした。
「欲しいよ、絵梨香が」
熱に浮かされたような、うめくような声。
こんなにも、一人の人間を求める自分がいたなんて知らなかった。
絵梨香に初めてキスをされたあの日の夜よりも、切なく熱い衝動が湧き上がって来る。
「私も・・・おかしくなりそうなくらい、圭さんが欲しいです」
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:42
- 私を包む絵梨香の腕に力が籠もった。
それはわずかに背中に痛みを感じるほどで。
けれど、その痛みさえも嬉しかった。
同時に、強く押し当てられた胸から、絵梨香の鼓動が伝わって来る。
私と同じリズムで刻まれる命の音。
もっと、教えて。絵梨香の全て。
「圭さん・・・」
切ない囁きと共に、絵梨香が顔を私の首筋に埋める。
吐息の熱さに驚きながらも、私も絵梨香の身体に腕を回し、その長い髪を梳るように指を通して行く。
「んっ・・・」
ちゅっと音を立てて首筋を吸われ、再び服の中に手を入れられると、身体の芯が疼いた。
絵梨香は遠慮がちに、その手で裾をそろそろと持ち上げていく。
それに応えるように、私は両手を上げた。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:44
-
「寒く、ないですか?」
下着姿になった時、絵梨香が気遣うように私に声を掛けて来る。
「大丈夫だよ。絵梨香の身体、温かいから」
答えると同時に、私は絵梨香のパーカーに手をかけ、それをぱさりと床に落とす。
「絵梨香も・・・いい?」
直接、絵梨香の肌を感じたかった。
全てをこの目に焼き付けておきたかった。
そんな私の気持ちが伝わったのだろうか。
絵梨香は照れながらも、目を見て頷いてくれた。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:46
-
「今度は私が脱がせてあげるね」
私は自分で脱ごうとする絵梨香の手を制し、インナーの裾をつまむ。
「はい、ばんざいして」
「な、なんだか恥ずかしいですよ・・・」
絵梨香の腰が引けていたけれど、私は譲らなかった。
「少しくらい、お姉さんぶらせて。ね?」
一見しっかりしているから忘れてしまいそうになるけれど、絵梨香は私よりも4つも年下なんだよね。
あれだけ絵梨香に頼り切っていたのに、今さら年上を強調し先輩面するのも理不尽だと分かっているけれど。
自分の手で、絵梨香と私を隔てるものを、ひとつずつ取り去りたかった。
私が退く気などない事が分かったのか、絵梨香は観念したように、両腕を上げる。
「ふふっ」
思わず笑みが零れる。
私はインナーを絵梨香の腕から抜き取り、今度はスウェットパンツへと手を伸ばして行った。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:51
-
最後の一枚を脱がせ合うと、お互い、目が離せなくなった。
薄暗い室内で、蒼白い月光に照らされる絵梨香の裸体は何だか作りものの人形のように綺麗で非現実的で―
だけど素肌には確かに熱が通っていて、柔らかくて、官能的だった。
「綺麗・・・です」
絵梨香の息をのむ声が耳元で聞こえた。
そして指先で、私の腕から腰回りにかけてをなぞっていく。
「細過ぎるんじゃないかって、心配もしたくもなるんです。
だけど、圭さんの身体、凄く引き締まってて、ハッとさせられます」
「絵梨香の方がよっぽど綺麗だよ・・・フィルムがあったら―撮らずにはいられなかった」
本当に、魅力的だった。
フィルムを使い切ってしまった事が今になって悔やまれるほどに。
この瞬間を写真に残す事は叶わないけれど。
私の全てで、絵梨香を覚えておこう。
ずっと、ずっとこの光景を忘れないように。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/16(金) 03:53
-
そしてどちらからともなく、引き寄せられるように、もう何度目か分からないキスを交わす。
「んっ・・・絵梨香・・・」
優しくお互いを食むようなキス。
だけど、もっと欲しい。
もっと近くで触れ合わせていたい。
するり、と絵梨香の脚が私の膝を割り、太ももが接触する。
ダメ、力が入らない。
たまらずに、私は絵梨香に体重を預けてしまう。
絵梨香は私の身体を支え、そして、そのままゆっくりと、慎重に床に腰を落とした。
「えっ・・・」
私が絵梨香に、いわゆる膝抱っこをされているような体勢になり、困惑の声を上げる。
「床は冷えてるから、このまま私の上にいて下さい」
絵梨香はそう言って額に軽くキスをしながら、右手は優しく私の胸を包んでいた。
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/18(日) 03:10
-
「柔らかいですね」
絵梨香は嬉しそうに笑い、私の膨らみの感触を確かめるように、ゆっくりと指を蠢かせる。
円を描くように、時に下から押し上げるように触れられ、甘い痺れがじわじわと広がっていく。
「んっ・・・」
なんだか・・・絵梨香、慣れてる・・・?
巧みな絵梨香の指先の動きに、私は既に翻弄されていた。
「ぁ・・・絵梨香、なんか、手つきやらしい・・・」
「そりゃ、いやらしい事してるんですもん」
絵梨香に、見られてる。
月明かりだけが差し込む室内で、どの程度見えているのか分からないけれど。
その強い瞳は、私の全てを、身体の奥底に眠っていた欲望さえ見透かしている気がした。
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/18(日) 03:12
-
「圭さんの体温、心地良くて安心する・・・」
絵梨香の唇が私の鎖骨をなぞり、心臓の一番近い場所へと到達する。
そしてほんの一瞬、唇を優しく押し当てる。
それはまるで神聖な誓いのようで、何故だか無性に泣きたくなった。
私はきっと、ずっと絵梨香にこうして触れられたかったんだ。
たまらず、自分では制御できないほどの切ない吐息が漏れた。
慈しむように触れる指先が、私を乗せた太ももの感触が、肌に当たる長い髪が、吐息が、唇が―
少し掠れたその低音が、大きな瞳が―私を狂わせる。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/18(日) 03:13
-
「圭さん」
「・・・絵梨香」
名前を呼び合う度に、お互いの距離が縮まって行くように感じる。
きっと、錯覚なんかじゃない。
絵梨香の一番近くに行きたい。
もっと絵梨香に触れて欲しい―そして私も、絵梨香に触れたい。
導かれるように、絵梨香のさらさらの髪へと手を伸ばし、そっと耳にかける。
「絵梨香の顔、もっとよく見せて」
顔を覗き込むと、絵梨香は甘える子供のような、けれどぞくりとするような妖艶な笑みを浮かべた。
絵梨香は、こんな表情もするんだ。
もっと色んな絵梨香を知りたい。
頬を五指で撫で、十分にその滑らかさを堪能してから、
私は絵梨香を真似るように徐々に下へと滑らせて行った。
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/18(日) 03:15
-
もう何度、お互いの名前を呼び合ったのか分からない。
お互いの身体の境目も良く分からない。
身体は既にどうしようもないほどに疼き、早くこの熱を解放したいと願うのに。
心は穏やかで、どこまでも静かな湖面のようだった。
このまま、絵梨香とお互いの存在を感じ合っていたい。
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/18(日) 03:16
-
ふと、絵梨香の肩越しに視線を感じた気がして目を遣ると、そこには眩い月があって、全てを見ていた。
ついさっきまで絵梨香と眺めていた満月。
ただ、あの時のものとはまた違い、既に月の位置は変わりつつある。
中天にかかるそれは、まるで運命の輪のようだと思った。
満ちた月はあとは欠けるのを待つだけ。
朝が来れば、西に沈み太陽の光にかき消される。
何かが、変わってしまう。
もう、今までの私には戻れない。
それでも怖くはなかった。
どうか、明日からまた現実に立ち向かう強さを、勇気を分けて。
私も、絵梨香に何かを与えられるなら―
絵梨香が求めてくれるなら―私は喜んでこの手を差し出せるから。
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/18(日) 03:18
-
私は、絵梨香と震える指先を強く絡ませ合い、
濡れた唇を重ねながら、ただお互いを求めた。
この瞬間―私は、私が望む永遠を手に入れたのだと漠然と悟った。
私は、この上無い幸福を知ったんだ、と。
たとえ、それが刹那の永遠だとしても。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 23:45
-
稽古場の隅にある簡易シャワールームを借りて軽く身体を流し、身支度を整え終える頃には、既に終電間際になっていた。
私と絵梨香はごく自然に手を繋ぎながら、稽古場を後にしようとする。
そんな時、絵梨香が一度だけ稽古場へと振り返り、ポツリと呟いた。
「・・・そろそろ、この稽古場ともお別れなんですよね」
そう、稽古最終日を迎えるまでもうあと一週間を切った。
まるで青春のように熱く、不器用にもがき続けた日々も終わりを告げる。
「通し稽古も始まるようですし、早く形になったものが見たいです」
「そう、だね」
無意識のうちに、絵梨香の手を握る力が強くなった。
舞台が千秋楽を迎えた後、私は・・・私と絵梨香はどうなっているんだろう。
改めてそんな事を考える。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 23:48
-
「舞台当日の圭さんに会うのが楽しみですよ」
「あはは・・・今からそんなプレッシャーかけないでよ」
私は、全力を出し切る事ができるんだろうか。
絵梨香の―共に闘ってくれた仲間達の―
観に来てくれる人達の―この作品に関わる全ての人達の期待に応える事ができるのだろうか。
不安は未だ消え去る事はない。
けれど、私は一人じゃないから。
こんな未熟な自分を、絵梨香はずっと見ていてくれた。
絵梨香が信じてくれた私自身を、信じたいと思える―そう思わせてくれる。
願わくば、当日には今よりも成長した自分がいますように。
ううん、絶対に今以上の自分になって、期待に応えてみせる。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 23:51
-
「それに当日の圭さんのダンサーバージョンの衣装、期待してるんですよ。
結構凄いのありますもんね。ファンの人は垂涎ものですって」
「た、楽しみってそっち?」
一方の絵梨香は、私の密かな決意など知る由も無い。
しんみりとしていたはずなのに、絵梨香はいつの間にかニヤけた笑みを浮かべていて。
とうとうシリアスな雰囲気を自らぶち壊すような事を言い放った。
「勿論それだけを楽しみにしてるわけじゃないですよ。
でも、前に一度衣装合わせした際ちらっと見た圭さんの姿が忘れられなくて。
本番はあれより露出高くなる可能性もあるんですよね?だから、早く見たいなぁって」
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 23:51
- 私は空いていた方の手で絵梨香の額をぺちっと叩いた。
「ホントにもう・・・エロカなんだから」
「エロカって・・・。まぁエロいですけど」
そんな事を認めつつも、絵梨香は屈託なく無邪気に笑う。
さっきまで狂おしいくらいに抱き合っていた事も―
私に見せた、憂いを帯びたような、艶めかしい絵梨香の表情さえも、嘘のようで。
全ては夢だったんじゃないかと疑いそうになる。
けれど私に残された熱は、未だ消える事はなく―あれはまぎれもない現実なんだと実感する。
そして今も、この指に繋がっている確かな温もりが、私をまた強くさせる。
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 23:53
- 「そうそう、明日・・・ああ、もうすぐ“今日”ですね。
私、ロケのお仕事で東京をちょっとだけ離れるんですよ。
お土産買って来ますね」
「え!?」
まさに寝耳に水。
絵梨香の話が最後まで終わらないうちに、私は思わず素っ頓狂な声でそれを遮ってしまっていた。
「あれっ言ってませんでしたっけ。北海道に行くんですよ。日帰りですけど」
そう言えば、前によっすぃーの初冠番組関係でロケがあるって話してたな。
だけど、それのロケが翌朝だなんて夢にも思ってなかった。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 23:57
-
「そ、そうなんだ・・・何時起きなの?」
「えーっと・・・5時くらいですね」
頭の中で時間を逆算する。
今から絵梨香が家に帰ってある程度の準備を終える頃には、ほとんど寝る時間が残ってないじゃない。
ろくに眠らないまま早朝からロケをこなし、そのまま蜻蛉帰りで夜遅くまで舞台稽古。
稽古最終日まで、当然休みという休みはない。
それなのに、何も知らなかったとは言え自主稽古や月見に付き合わせ、絵梨香の貴重な時間を割いてしまった事に責任を感じてしまう。
「ごめん、絵梨香・・・無理させちゃってたんだね」
私の言葉に、絵梨香は呆れたように笑いながら、繋いだ手をぶらぶらと揺らした。
「なーに言ってるんですか。私が圭さんと過ごしたかったんですし、お月見を提案したのも私じゃないですか。
ていうか、私そんなヤワじゃないですよ。一日くらい睡眠時間が少なくたってどうって事ないです」
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 23:58
-
そして指をしっかりと絡めたまま、唇を私の耳元へ寄せる。
「それに、今夜は圭さんのおかげで最高の気分ですし」
甘い吐息。
優しく鼓膜を揺るがすそのハスキーな声がひどく心地良かった。
「・・・気を付けて行って来てね」
「はい、行って来ます」
稽古場で再び顔を合わせる時も、また変わらずに元気な笑顔を見せて欲しい。
たった半日程度の別れなのに大袈裟かもしれないと思ったけれど。
絵梨香はそんな私に応えるように、髪にそっとキスをくれた。
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/20(火) 00:00
-
「あっヤバ、終電!圭さん急ぎましょう」
腕時計の示す時刻を目にし私達は我に返った。
絵梨香は私の手を携えたまま、建物の外を目指し走り出す。
それでも私を気遣うように、無理に加速する事はせず私の速度に合わせてくれている。
側から見れば一体何が楽しいのか分からないだろうけれど、私も絵梨香も声を上げて笑っていた。
もうすぐこの箱庭のような場所から出て行く日が来る。
あと数日間だけの永遠―
それでも、一瞬一瞬を無駄にはしない。
絵梨香と手を繋いで、最後まで走り抜ける。
だから、私を離さないでね、絵梨香。
願いを込めるように、私は絵梨香の指先に熱を流し込んだ。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/20(火) 00:11
-
「わ、もうっぱーる、どうしたの?そんな甘えて」
一段落ついてソファで寛ごうとしていた私を、ぱーるは許してはくれなかった。
丸い鼻を私の身体に押し付け、尻尾を振りながら必死で匂いを嗅いで来るぱーる。
私はそんなぱーるをなだめるように抱き上げる。
それでもぱーるが落ち着く事はなく、相変わらず鼻をひくつかせ、私の腕をぺろぺろと舐め回していた。
「絵梨香の匂いがするのかな」
行為の後、シャワーを浴びて汗は流したけれど、それでも甘い熱は引かない。
私自身、今も絵梨香に包まれている気がする。
鼻腔には甘い絵梨香の香りが染みついていて、奥はまだ絵梨香がいるような感覚に囚われそうになる。
「なんか、恥ずかしい・・・」
どこから見ても無垢で愛らしいぱーる。
そんなわけないのに、まるでぱーるの無邪気な瞳に全て見透かされているようで。
今になってやけに気恥ずかしい、くすぐったい気分になり、目を逸らしてしまった。
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/20(火) 00:12
-
私はようやくぱーるが落ち着いたのを確認すると、ゆっくりとアイボリーで統一したベッドへ横になった。
冷えたシーツが、火照った身体に気持ちいい。
「絵梨香・・・」
今はもうちゃんと眠っているのだろうか。
この時期だと、東京と比較にならないくらい寒いよね。
体調、崩さなければいいけど。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/20(火) 00:13
-
気付けば絵梨香の事ばかり考えている自分に苦笑いする。
私もいい加減眠らないと。
眠る前にもう一度だけ台本に目を通そうかとも思い、上半身を起こしかけたけれど。
「やめた」
結局私は再度ベッドに身を投げ出した。
今夜は、絵梨香の事だけを考えて眠りたかったから。
心も身体も触れ合わせる事ができた事実を噛み締めたかった。
絵梨香の残像を追い求めながらも、睡魔は徐々に忍び寄って来る。
私はそれに抗わず、素直に身を委ねた。
「おやすみ・・・絵梨香」
全身を包む優しい温もり。
その晩、私は久し振りに心地良い眠りに就く事ができた。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/20(火) 00:33
- >>178の5行目ですが
北海道でロケだって言ってたけど、この時期だと東京とは比較にならないくらい寒いよね。
の間違いです。
誤字脱字のオンパレードで申し訳ありません。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:35
-
数十人のプロダンサーさん達に囲まれ、私はダンスシーンの確認をしていた。
絵梨香は北海道ロケの関係で、稽古に加わるのは少し遅れるとの事だった。
彼女がいない事で、私がどれほどその存在に助けられていたのか思い知る。
絵梨香が傍で見守ってくれているのといないのとでは、精神状態がまるで違う。
それでも、今まで以上に集中しなければいけない。
稽古場には溢れ返りそうなほどの人の数。
その多くはダンサーさん。
彼女達は私よりもずっと頭身が高くて、華やかな雰囲気を纏っていて―
未だに傍に立つだけでこちらが圧倒されてしまう。
目の保養になるのも事実だけど・・・
私がこの中心に居てもいいのだろうか、場違いじゃないんだろうか、という不安が未だに先走りする。
特に、絵梨香がいない今、心細さに拍車がかかる。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:37
- 彼女達の踊りは、まさしく、圧巻。
ショークラブがメインのストーリーなのだから、ダンスが要となるのは自明の理。
私にも並以上の能力が要求される事だって理解している。
それでも、選び抜かれた精鋭達と肩を並べて行くには限界がある。
この約三週間で、身をもって痛感していた事。
だけど。
いやしくも主役をいただいている私が、努力では補えない才能の前に屈するわけにはいかなかった。
物覚えが悪くて、要領だって悪い事は自覚しているけれど。
最後まで諦めたくはなかった。
絵梨香に、過去と、現在―現実と向き合う勇気をもらったから。
未来を夢見る力を与えてくれたから。
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:37
- もしも、この舞台に絵梨香が居なかったら―
絵梨香と共演していなかったら、私は一体どうなっていたんだろう。ふと、そんな事を思う。
きっと、どこにも居場所を見出せなくて、一人で震えているしかできなかっただろう。
今の私にとって、絵梨香のいない日々は考えられない。
けれど、そんな私の心とは関係なく、当分先だと思っていた“運命の日”は確実に迫っている。
舞台が終われば、私と絵梨香はこの箱庭を飛び立ち、それぞれまた自分の場所へと帰る。
それでも、絵梨香と最後まで夢を見たかった。
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:38
-
「すみません、遅くなりました」
絵梨香が稽古場に現れたのは、午後を過ぎ休憩時間に突入した時だった。
「お、三好ちゃんだ」
絵梨香の存在に気付いた人達が軽く手を上げて応えている。
私は汗にまみれながらぐったりと床に座り込んでいて、すぐには反応できなかった。
立ち上がろうにも身体の感覚があまりなくて、仕方なしに強張った四肢の末端をほぐす。
ああ、もう、私が一番に迎えるはずだったのに。
鈍くなっている自分の足腰に悪態をつかずにはいられない。
駅で別れた時からずっと待ちわびていた再会。
視線の先には、昨日と変わらない、眩しい笑顔がそこにはあった。
私とは対照的に疲労さえ微塵も感じられない彼女の姿にほっとする。
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:39
-
「三好ちゃんおかえり〜」
「ロケどうだった?」
飛び交う声に絵梨香は愛想良く、かつ丁寧に言葉を返していく。
「あ、お土産買って来たんで、どうぞ皆さんで召し上がって下さい」
絵梨香の持ち帰って来たお土産に、稽古場の皆は歓声を上げた。
「ありがとう!三好ちゃんサイコー」
「おだててもこのお土産しか出ませんよー」
律儀で皆から好かれている絵梨香に、先輩としては誇らしく思うけれど、得体のしれない不安と寂しさが募る。
こっちを見て。
ひとりにしないで。
迷子の子供のような心細さに支配されていく。
どうしちゃったんだろう、私。
私自身、自分の感情に戸惑っていた。
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:41
-
絵梨香は彼らと談笑しながらも、遠巻きから眺めていた私に気付いていたようだった。
彼らとの会話を終えると、真っ直ぐに私の元へと近づいて来る。
「圭さん」
昨夜よりは若干薄いけれど、ふわりと甘い香りが漂った。
きっとこの先も、忘れる事はできない、絵梨香の香り。
「ただいま帰りました」
少しだけおどけた口調で、絵梨香は私を優しく見下ろす。
その瞳に映されるだけで、私の心が凪いでいく。
それは精神的な安堵。
そして、絵梨香への想いの証。
「・・・おかえり」
まだ痺れる指先を伸ばしかけて―思いとどまる。
抱きしめたい衝動をかろうじて抑え、私はただその眼差しに笑顔で応えた。
中途半端に空を切りそうになった指先を絵梨香がそっと掴む。
その瞬間、彼女の顔色が変わったような気がした。
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:42
-
「・・・圭さん・・・」
「ん?」
どうしたの、と言葉にするより早く、絵梨香は私の肩を引き寄せ、顔を近付けて来る。
「え、なに・・・」
こんなとこでキスするの!?
私のその愚かな予測は完全な的外れである事を知った。
「ちょっと失礼します!」
絵梨香はそう言うやいなや前髪をかき上げ、私の額に自身の額を触れ合わせた。
「・・・・熱いですね。これ絶対熱ありますよ」
そっか、熱測ってたのか。
さすがに皆がいる前でキスはないだろうとは思ってたけど―
って、熱!?
絵梨香の予想外の言葉に私は目を丸くした。
身体が思うように動かないな、とは感じていた。
だけどまさかこの大事な時期に熱を出すなんて。
私は―、私は一体どこまで周りに迷惑を掛ければ気が済むの。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:45
-
「今すぐ病院へ行きましょう。祝日でも、今ならどこか―」
「えっちょっ待って、絵梨香」
私は有無を言わさず連行しようとする絵梨香の手を、無意識のうちに掴んで押さえ付ける。
「無理だよ・・・これから通し稽古があるんだよ?
私が抜けるわけにいかないでしょ」
私に、私達に残されている時間はあとわずかしかない。
通し稽古だって、もう数えるほどしかできないんだ。
そんな時に主役の私がいなくなれば、確実に混乱を招いてしまう。
「私がなんとか抜けられるように頼んでおきますから」
「ダメ、皆には言わないで!」
私は気付けば絵梨香の腕に取りすがっていた。
自己管理ができない人間だと思われたくなかった。
そして少しでも長く、この作品に携わっていたかった。
もうこれ以上、私のせいで皆の足を引っ張りたくなかった。
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:46
- 「扁桃腺の手術する前は40度の熱も日常茶飯事だったんだから。これくらいどうって事ないよ」
「何バカな事言ってんですか!!」
私を切り裂くかのような絵梨香の怒声が、周囲の空気さえも震わせた。
さっきまで賑やかだった稽古場がシン、と水を打ったように静まり返る。
絵梨香が・・・絵梨香がこんなにも激しい怒りを私にぶつけるなんて。
私は衝撃のあまり、しばらくの間放心状態で絵梨香を見つめていた。
「・・・え、・・・ど、どうしたの三好ちゃん」
普段からは想像すらつかない絵梨香の態度に、稽古場の皆も動揺を隠せずにいるようだ。
「圭ちゃん、何かあったの?」
同時に、おそるおそる私の―私達二人の様子を窺って来る。
「いえ、何でも・・・何でもないんですよ」
私は自分の身体に鞭打つように立ち上がり、口角を上げて笑って見せた。
ちゃんと笑えているのかどうかは自信が無かったけれど。
「そ、そう・・・」
それでも一応は納得してくれたのか、皆は後ろ髪を引かれるように私達を見やりながらも、ぱらぱらと散って行く。
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:50
-
再び二人だけの空間に戻ると、絵梨香はすっと頭を下げた。
「・・・さっきは、後輩のくせに先輩に向かって怒鳴ってすみませんでした。
だけど明日絶対病院に行きましょう。私も付き添います」
“先輩”“後輩”という単語をやけに強調する絵梨香。
まだ怒りは収まっていない事がひしひしと伝わって来た。
それでも、どうにか譲歩して私の意思を尊重してくれたのだ。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/24(土) 02:51
- 「ありがとう・・・ごめんね、絵梨香」
私は精一杯の想いをその言葉に乗せた。
絵梨香は声も発さず、目を合わせてはくれなかったけれど。
代わりに、私の手を優しく握ってくれた。
私が熱いせいかな。絵梨香の手、冷たい。
手が冷たい人は心が温かいんだよ、って誰かが言ってたっけ。
不思議と、さっきまでの行き場のない不安は薄らいでいた。
肌の温もりがはっきりと感じられなくても、こうしているだけで、絵梨香の温かい心が伝わって来る気がした。
絵梨香は私を大切にしてくれる。
そう、強く信じられる。
だからこそ、乗り切ってみせる。
絵梨香と、皆と一緒に。
決して、後悔しないように。
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 01:51
-
「圭さん、大丈夫ですか?もう少しですから」
マンションへと到着し、タクシーから降りると、
絵梨香は私の腰に腕を回し、身体を支えていてくれる。
「うん・・・」
私はただ首を縦に振り、半身を絵梨香に預けたままのろのろとキーパッドから暗証番号を入力した。
エントランスをくぐり、エレベーターに乗ると、絵梨香は告げた階のボタンを代わりに押してくれた。
そして手渡したキーで絵梨香にロックを解除してもらい、扉が開かれる。
絵梨香は“お邪魔します”と一言添えて、まず私を玄関へと導いた。
その瞬間、張り詰めた緊張の糸が切れたのかドッと疲れが押し寄せて来た。
絵梨香が傍にいてくれて良かった―心からそう思う。
元々、“圭さんの熱が下がるまで離れませんから”と、絵梨香の方からついて来てくれたのだけど。
もしも一人だったなら、ここまでたどり着けなかったかもしれない。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 01:54
-
今回の舞台はダンスも歌も含まれているせいか、
通し稽古は想像以上にハードで、身体の節々が鈍く痛む。
中腰になると、思わずうめき声を出してしまいそうになった。
そんな時、絵梨香は私に跪くようにして、履いていたブーティを脱がせてくれる。
「絵梨香っそこまでしなくてもいいって」
驚いて絵梨香の手を掴み、制止の言葉を発したけれど、柳に風。
今度は自分の靴も脱いで一緒に揃え、ご丁寧に施錠も忘れずにチェーンまでロックしてから私を部屋に上げる。
なんと言うか・・・本当に、よく気が付く子。
私は驚き半分、感心半分でその様子を見守っていた。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 01:58
-
「この先でいいんですよね?」
私は絵梨香に支えられるまま、部屋の中へと足を踏み入れて行く。
その瞬間、白いもこもこの物体が弾丸のように飛び出して来た。
「ぅわ!?」
ぱーるに免疫のない絵梨香は足を止めてしまい、何事かと目を白黒させている。
最初こそぱーるは私達の足元をくるくると回っていたけれど、
それにも飽きると、次は絵梨香の匂いを懸命に嗅ぎ始めていた。
「こっこら、ぱーる」
そういえば・・・この間もぱーるは絵梨香の移り香に反応していたし、テンション凄く高かったっけ。
ぱーる、絵梨香の香り好きなのかな。
私も・・・好きだけど。
私とぱーるって、やっぱり似た者同士なのかもしれない。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 01:59
-
「ごめんね、絵梨香・・・ぱーる、絵梨香の匂いに興奮しちゃってるみたい」
「い、いや別に構わないんですけど・・・。
このワンちゃんがぱーるちゃんなんですね。はじめまして」
律儀にぱーるに挨拶をする絵梨香。
そんな絵梨香を見ていると、少しだけ心も身体も軽くなった気がした。
そしてぱーるを、私の家族の一員だと認めていてくれるようで嬉しくなる。
「あ、いけない、早く横にならないと」
目的を思い出し我に返った絵梨香は、再び私の腰を抱きベッドへと導いてくれた。
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:02
-
「お風呂、やっぱり入っちゃダメなの?」
「とりあえず今夜は様子見という事で、身体拭くだけで我慢して下さい」
体温計で体温を測ってみると、絵梨香の予測通り、私は確かに発熱していた。
絵梨香は“これ以上熱を上げないためにも、お風呂は控えて下さい”と、手際良く蒸しタオルを何枚か用意してくれた。
そして、ベッドに横になっている私の服をそっと脱がせて行く。
絵梨香が片手で私のブラのホックを外した時、視線が交錯した。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:02
- 「い、いいよ自分で・・・」
絵梨香に脱がされるのは初めてじゃないのに―羞恥に肌が赤く染まる。
きっと、ここが明るい場所で、自分の部屋で―それもベッドの上だからだ。
数秒真顔で見つめ合う二人。
そして先に耐え切れなくなった絵梨香は、小さく吹き出していた。
「さすがに、今エッチな事をするほど私もがっついてませんから・・・安心して下さい。前の方は圭さんにお願いしますから」
困ったように、恥ずかしそうに笑う絵梨香。
自然と、私もつられて笑顔になる。
こうして視線を絡めて心から笑い合えたのは何時間ぶりだろう。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:03
-
「・・・じゃあ、拭いていきますね」
絵梨香はすっと背後に回ってから、優しく私の肩に手を置き、背中を優しく蒸しタオルで拭ってくれる。
確かな温度を感じ取る事はできないけれど、その慈しむような指先の動きは、昨夜と何も変わっていない。
絵梨香の指先が、唇が、舌が―
どんな風に私の肌を滑っていったのか、ありありと思い出せる。
彼女の動きが、昨夜のそれとシンクロしたけれど、淫らな衝動は生まれて来なかった。
た
だ、昨夜の出来事は夢ではない事実を再確認できた気がして、私は心が満たされていくのを感じていた。
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:04
-
身体を一通り拭い終え、ルームウェアに着替えると、
私は言われた通り、おとなしくベッドに潜り込む。
その間に、絵梨香はグラスに注いだスポーツドリンクと薬を持って来てくれた。
起き上がろうとする私を制して、絵梨香がそれを口に含んだ―と思った瞬間。
「んっ・・・」
絵梨香はそのまま顔を近付け、私の唇をそっと塞ぐ。
そして触れ合わせた唇の隙間から、ゆっくりと甘い液体が流れ込んで来た。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:06
-
「んくっ・・・こくっ」
私は親鳥から餌を与えられる雛鳥のように、喉を小さく鳴らし、全てを飲み下す。
薬を飲み終えても、絵梨香はすぐには唇を離さなかった。
だけど、舌をねじ入れる事はなく―
柔らかく唇を挟み込んだり、押し当てたり、相手の存在を確かめるようなキス。
本当に絵梨香は、凄く優しいキスをするんだね。
身体は熱く煮えたぎるようなのに、絵梨香の優しさが内に流れて来て―
全てが昇華されていくみたい。
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:09
-
どのくらいそうしていただろう。
時間の感覚があやふやになっていった頃、名残惜しげに、ようやく唇が離れる。
瞼を上げると、目の前にいる絵梨香はなんだか泣きそうな顔をしていた。
それはまるで、小さな女の子のようで。
そんな事を思った時、絵梨香は悲痛な声で謝罪の言葉を吐いていた。
「・・・今日は本当にすみませんでした。
感情をコントロールできずに、圭さんを怒鳴るなんて」
「まだ気にしてたの?
びっくりはしたけど、怒ってくれて嬉しかったよ。
だって、真剣に私の事を考えてくれたからでしょ?」
そうじゃない、と言いたげに、絵梨香はかぶりを振る。
「・・・圭さんは・・・私を買い被ってますよ。
あれは、それだけじゃなくて・・・そんな純粋なものじゃなくて。
一番は、自分に腹が立ってたんです。
圭さんが体調崩した原因は私だから。
悪いのは私なのに、罪悪感に耐えられなくて、合わせる顔がなくて―
圭さんに八つ当たりしてしまってたんです」
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:10
-
「どうして・・・絵梨香が悪いの?」
私は絵梨香を落ち着けるように、目を覗き込み、彼女の頬を指で撫でた。
絵梨香はそんな私から一瞬だけ目を背けたけれど、ぽつぽつと心に抱えていたものを吐露してくれた。
「だって、圭さんが熱を出したのは私のせいじゃないですか。
私が昨夜・・・あんな冷えた場所で、け、圭さんを・・・ん」
私は最後まで言わせないように、指先を絵梨香の頬から唇へと移動させた。
絵梨香はぱちくりと目を見開いて、そのまま動きを止める。
彼女の黒い瞳には、湖のような涙が溜まっていた。
その涙を、拭ってあげたい。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:11
-
「ね、こっちへ来て」
想いを乗せて、囁くように彼女の名前を呼ぶ。
「絵梨香」
私の声に導かれるようにして、絵梨香はゆっくりとベッドに手をつき、身体を寄せる。
お互いの吐息を感じられる距離になると、私はその涙を唇で拭った。
「泣かないで」
「ぁ・・・圭さん」
絵梨香の涙は、どこか甘くて温かかった。
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:12
-
「絵梨香は、何でも自分を責めちゃうクセがあるね・・・」
普段はしっかりしているのに、絵梨香も意外と泣き虫なんだよね。
だけど、そんなところさえ愛おしかった。
「これは風邪とは違うし、ちょっと疲れが溜まってただけだよ。
絵梨香のせいなんかじゃないから。
万が一、昨夜の事が引き金だったとしても・・・私は後悔なんてしないよ。
だから、昨夜のあの時間を否定しないで」
夢なんじゃないかと錯覚しそうなほどに、幸せな時間。
絵梨香も、きっと同じ気持ちだったよね?
「圭さん・・・本当に、圭さんは優し過ぎます」
絵梨香は切なげな微笑を浮かべながら、私の身体を、壊れ物を扱うようにそっと抱き締めてくれた。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/25(日) 02:14
-
その夜、私と絵梨香は肩を寄せ合ってひとつのベッドで眠った。
昨夜とは違い、衝動に突き動かされるように、お互いを求める事はなかったけれど。
眠りに落ちる直前、絵梨香は私の手を握りながら、まるで誓いを立てるように語りかけて来た。
もしかしたら、それは独り言だったのかもしれない。
「ねぇ、圭さん・・・。
圭さんが嫌だと言っても、今だけは・・・あなたを守らせて下さい。
そのために、私はここにいるんですから」
絵梨香の言葉が、私の心へと浸透し、弧を描き広がっていく。
私は、感覚の鈍い熱い指を、絵梨香の指と絡め合う。
意識は遠のきつつあり、瞼も重くて上がらなかったけれど。
私は途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「絵梨香・・・私も・・・守りたいよ、絵梨香を」
声にならない声。
それでも、絵梨香にはきっと届いたはず。
私はお互いの息遣いを感じられるほど近くで、絵梨香と共に眠れる幸せを噛み締めながら。
ゆっくりと、ゆっくりと深い眠りの深淵へと向かって行った。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/26(月) 23:29
- いいなあ保田さん乙女だなあ
みーよは騎士っぽいのが妙に似合いますね
(怒った理由にはちょっと「かわいいな」と思いましたw)
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/26(月) 23:59
- 続きが楽しみです
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:43
-
「んんー・・・」
瞼を透かす白い陽光。
もう,朝が来たんだと漠然と悟る。
私はとろとろと下がりそうになる瞼を懸命に上げようとする。
―眩しい。
まだ、全身が鈍く、重く感じる。
今何時なんだろう。
額には、ひんやりとした感触。
あれ?私、氷取り替えたっけ?
そんな疑問もかき消すかのごとく、視覚と触覚の次に刺激したのは、嗅覚と聴覚―
ダシの香り・・・リズミカルにネギを刻む音―
誰かが、キッチンでご飯を作ってる?
目を擦りながら、私は無意識のうちに呼び慣れた呼び名を口にしていた。
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:44
-
「ん・・・お母さん?」
「!ぷふっ」
くぐもった笑い声。
そして次に耳に届いたのは少しハスキーな・・・
「おはようございます、圭さん。
勝手にキッチンや食材使わせてもらってますけど、大丈夫ですか?」
キッチンに立っていたのは、私の貸したルームウェアを身に纏った絵梨香。
その瞬間、私の意識は一気に覚醒した。
そうだ、昨夜は絵梨香に泊まってもらったんだ。
バネ仕掛けの人形のように身体を起こそうとして―バランスを崩し前へつんのめった。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:46
-
「ちょ、危ないですよ、急に起き上がっちゃ」
すかさず絵梨香が駆け寄り抱き起こしてくれる。
「え、え、絵梨香、さっきのはナシさっきのはナシ!」
私は先ほどの発言をかき消したくて、往生際悪く必死で両手を振り回した。
未だにお母さんが足繁く私の元に通って家事をしてくれたりするから、つい。
習慣って怖い。
「へ?さっきの?・・・・ああ、お母さんと言った事ですか?」
「言わないでよぉ」
顔中へと一気に血液が集まって来る。
なんか、これでまた熱が上昇した気がする。
「別に恥ずかしがる必要ないじゃないですか。
お母さんが大好きなのはいい事ですよ」
「本当に?いい年してとか思ってない?」
どうもからかわれている気がして、私はジト目で絵梨香を見上げた。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:48
- 絶対に、彼女は今、悪戯っぽい表情をしているんだろうと思っていた。
だけど、そこにあったのは、少しだけ寂しそうな物憂げな笑顔。
「思ってませんよ。むしろちょっと羨ましい。
私の母は、もういないから」
「え・・・」
ああ、私はこの表情を見た事がある。
二人きりの稽古場で、初めてお互いの家族について語った夜。
一瞬だけ、絵梨香の瞳の奥に見えた孤独。
「そんな顔しないで下さい。
もう二度と会えなくても、私自身が心の中で想い続けていれば―
寂しい事なんて何もないんです」
「直接、伝える事ができなくても?」
「ええ」
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:48
- そう言って絵梨香はにっこりと極上の笑顔を見せた。
それは先ほどの憂いすら感じさせない、一切の翳りの無いもの。
見返りを求めない愛。
絵梨香は、甘えたで自分本位な私とは違って、既にそれを知っているんだ。
本当に・・・強くて優しい子だな。
だけど、眩しい光の中に潜む影に惹き付けられる。
そのあやうさから、目が離せない。
私は絵梨香のお母さんにはなれない。
それでも、私は少しでも絵梨香の孤独や痛みを拭う事ができればいいのにと願わずにはいられなかった。
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:49
- 「あ、そうそう。
さっき圭さんの脇に体温計差し込んで勝手に熱を測らせてもらったんですけど・・・
心持ち下がったかな、って程度でしたね。
朝食を食べたら病院に行きましょう」
いつの間に。まったく気付かなかった。
というか、絵梨香がいたのに図太く爆睡できた自分に呆れる。
いや、絵梨香がいてくれたから、安心しちゃったのかな。
「おじやはもうちょっとで出来あがりますから、まずはコレ食べて下さいね」
絵梨香は私をベッドに座らせると、すり下ろしたリンゴが入った容器とスプーンを手渡してくれる。
至れり尽くせり。
まさにこの言葉がしっくり来るな。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
私は、絵梨香にそこまでしてもらうほど価値のある人間なのかな。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:51
-
「いただきます・・・」
「一人で食べられますか?」
「ぶっ!たっ食べられるよ」
思わずむせそうになりながらも、私はリンゴをスプーンで掬い、口に運び始めた。
その後結局、おじやの方は“私がやりたいんです!”と息巻く絵梨香に食べさせてもらったのだけど。
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:53
-
「すみません、圭さんにまた着替えまで用意させてしまって」
私の服に身を包む絵梨香。
落ち着かないのか、絵梨香はぎこちなくジャケットの裾をつまんだり、無
意味に袖口を凝視したりしている。
うん、サイズも問題はないみたい。
なんか・・・絵梨香が着た方がずっと様になってるのがちょっと悔しい。
「いいよそんなの。絵梨香だって昨日と同じ服で人に変な誤解されたら困るでしょ」
「私は構わないんですけどねぇ・・・あ」
そんな会話をしている時、絵梨香は何かを思い出したかのように、両手をぱんと合わせた。
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:54
-
「圭さん、ちょっと待ってて下さい」
そう言って、紙袋の中からなにやらゴソゴソと取り出して来たものは―
「きれい・・・」
私の掌の上に置かれたのは、純白に限りなく近い、淡いピンクのシュシュ。
まるで溶けるような滑らかな生地が、肌に馴染み心地良い。
「北海道のお土産です。
昨日はバタバタしてて、渡すのを忘れてましたけど」
絵梨香は、離れていたわずかな間も、私の事を思い出してくれたんだね。
その事実だけで、心も身体も、ふわりと宙を浮いてしまいそうになる。
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:55
-
「ありがとう、絵梨香。付けてもらってもいい?」
「ええ、いいですよ」
私のお願いに、絵梨香は快く応じてくれた。
絵梨香はブラシを取り、ゆっくりと私の髪を梳きながら、
手慣れたようにシュシュを使って結い上げてくれる。
「ふふっちょんまげっぽくて可愛いですよ」
「ちょんまげって・・・」
確かに、私の髪の長さじゃ結うのもギリギリだからなぁ。
鏡に映してみながら、私は束ねられた尻尾のような髪を指でいじくる。
「私も絵梨香みたいに伸ばそうかな、髪」
絵梨香の真っ直ぐで長い髪は、差し込む陽光に透けて蜂蜜色に輝いている。
綺麗、だな。
こんな時にまで絵梨香を撮りたくなってしまう自分を慌てて戒める。
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:56
- 「もう、冗談ですよ。凄く似合ってます」
絵梨香は私が見とれている事に気付かないまま、髪に優しいキスをくれた。
ずるいよ。
そうやって私を夢中にさせるなんて。
絵梨香は気付いてないかもしれないけど―
私は、これ以上は無理なんじゃないかってくらい、絵梨香に強く惹かれているんだよ。
言葉にするのは憚られて、代わりに私も絵梨香の髪にぎこちなく指を絡め、
そこにそっと唇を落とした。
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:57
-
「圭さん、具合どうですか?」
「今は平気だよ。あの注射が結構効き始めてるみたい」
診療を終え、私と絵梨香は手を繋いでそのまま稽古場に向かっていた。
予約なしにも拘らず、かかりつけの病院だった事と、
朝一だった事もあり、思ったよりも早く診てもらう事ができた。
実際、解熱剤の注射を打ってもらってから、身体が少し軽くなったような気がする。
良かった、この分なら―
これで皆に迷惑をかける事も、絵梨香に心配をかける事もなくなる。
「だからって油断しないで下さいね」
「大丈夫だよ、ちゃんと貰った内服薬も飲むから」
そんな話をしているうちに、徐々に目的地に近付いている事を知る。
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 01:59
- 「「おはようございまーす」」
稽古場に足を踏み入れ、揃って挨拶をする私と絵梨香。
その瞬間、一足先にいた仲間達がわらわらと近付いて来た。
「良かったぁ、仲直りしたんだ」
「え・・・?」
ああ、そうか昨日の事か―。
あれは喧嘩をしたと言うほどではなかったんだけど。
結局、皆には余計な心配させちゃってたんだな。
「心配かけてごめんなさい」
「すみませんでした」
私と絵梨香は間髪入れずに頭を下げる。
「気にしなさんな、ただ、二人はすっごい仲良しだったじゃん。
だから、あのまま仲違いしちゃってたら悲しいなーって思ってたからさ。
でもま、心配する必要はないみたいだ」
その言葉と共に、一人はチラッと私と絵梨香の繋がれたままの手を見遣る。
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 02:00
- 「あ」
しまった。これは、やりすぎだったかな。
突っ込まれたら何て言おう。
だけど、絵梨香と手を繋いでいた件にいつまでも触れて来る事はなく、
彼は意味深な笑いを浮かべながら、台本を手に取った。
「さーてと、皆揃うまで軽く読み合わせでもするか」
「ほら、圭ちゃん、三好ちゃんも」
日に日に張り詰めていったはずだった稽古場の空気。
最初こそ、逃げ出したいと思ったほどの。
だけどそこには、確かに仲間を思いやる温かな絆があった。
私、絵梨香と―皆とこの作品で共演できて良かった。
今では、心からそう思う事ができた。
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 02:02
- 今日の稽古が終わった後。
早く帰りましょうと促す絵梨香の服の裾を、私はきゅっと掴んだ。
「
あの・・・さ、今日も私の部屋、来ない?」
無意識のうちに指先に緊張が走る。
絵梨香は、私が病院に行くまでは離れないって言っていたけど―でも―
「自分の部屋でなら無理しない程度に自主稽古できるし・・・
泊まりだったら、絵梨香も私も、終電気にしなくていいし・・・
効率いいんじゃないかな、って」
自主稽古は決して口実なんかじゃない。
通し稽古だけで安心できるほど、私は納得のいく芝居ができているわけじゃない。
だけど、このまま絵梨香を手放したくないと思ってしまったのも事実だった。
「舞台が終わるまで―あ、ううんっあともう一日くらい・・・」
私、何言ってるんだろう。
絵梨香を困らせてどうするの。
それでも、抑えられなかった。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 02:03
-
「でも、圭さん。一度私も家に帰らないと―」
「ぁ・・・」
そう、だよね。
こんなわがまま。
一人で寝られないから傍にいて、と駄々をこねる子供そのもの。
絵梨香にだって都合があるのに。
自分が恥ずかしい。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 02:03
-
顔を伏せてしまった私に、ふわりと何かが触れた。
それは、絵梨香の指先。
私の髪へ、そして頬へかけてそっと触れていく。
絵梨香、あったかい。
いつしか絵梨香の温もりが、肌で感じられるようになっていた。
「一度戻って、数日分の着替えとか必要なもの取って来ますから。
圭さんは先に帰って待っててくれますか?」
「絵梨香・・・」
まるで、この世の全てが味方に思えてしまうほどの幸福。
私ははにかみながら、こくりと頷いた。
たったの、数日間。
それでも、私にとっては、生涯忘れられない時間になるだろう事を予感していた。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/29(木) 02:06
- >>206
ありがとうございます。乙女な保田さんを守る三好さんも好きですが、可愛い三好さんも書きたくなったのでw
>>207
励みになります。ちょっと自分でも収拾つかない事になってますが、頑張って書き上げます。
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 02:45
-
「なんか・・・ごめんね、無理言って付き合わせちゃって」
「いえ、私も・・・圭さんと一緒にいたいですし。
それより、まだ平熱とは言えないんですから、安静にしてて下さいね。
横になってたって、稽古はできますから」
そう言って、絵梨香は私をベッドに寝かしつける。
なんだか、自分が子供に戻ったみたい。
本当に、どっちが年上か分からないよね。
・・・こんな風に、絵梨香はお母さんの代わりに兄弟の面倒も見て来たのかな。
そう考えると、絵梨香の面倒見の良さが少しだけ切なかった。
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 02:46
- 「ありがとう。絵梨香が来てくれて嬉しい。
ぱーるも喜んでるよ」
実際、絵梨香が来てくれてから、ぱーるは絵梨香に纏わりついて離れようとしない。
「あはは、ぱーるちゃんにも歓迎してもらえて良かったです」
そんなぱーるを、絵梨香は優しい目でわしゃわしゃと撫でてあげていた。
一瞬だけ、軽い嫉妬を覚えてしまう。
―どっちに対して?
どっちも、なのかな。
絵梨香も、ぱーるの意識も私に向いていて欲しいと思うなんて―
意外と欲張りな自分に気付き、心の中で苦笑いした。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 02:48
-
読み合わせを終えた後。
私と絵梨香は長い間舞台の作品について語り合っていた。
「―今さらだけどさ、絵梨香は・・・私の演じてるヒロインについてどう思う?」
「え?んー・・・そうですね・・・」
こんな質問にも絵梨香は真剣に受け止めてくれる。
宙に視線を漂わせ、少し考え込む仕草をしてから―
ぽつりと自分の見解を述べた。
「寂しい人、ですよね」
“寂しい人”―
あまりに的確なその答えに私は驚いてしまった。
確かに、“彼女”をたった一言で言い表すのなら、それ以外は考えられないのではないだろうか。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 02:48
-
「あと、圭さんとは正反対の人物だなって。
結構短気だし、他人を見下すような発言もするし、仲間は大事にしないし―
でも、寂しさに付け込まれて結果的に不幸な目に遭ったり、
自分を傷つけるような事ばかりしてしまうところを見ると・・・
憎めなくて放っとけないと思いますね。
圭さんが演じているから、私の目にはそんな彼女も魅力的に映るんです」
絵梨香は、そっと私のベッドの縁に腰を下ろした。
距離が縮まり、ふわりと空気が揺れて、絵梨香の香りが鼻腔をくすぐる。
「圭さんが演じるなら、きっと私はどんな人物だろうと惹かれちゃうんでしょうね」
どうして、絵梨香はこんなにも優しい表情をしているんだろう。
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 02:50
-
「私も、絵梨香の演じている子、大好きだよ。
素直で真っ直ぐで、元気を分け与えてくれて―
そういうところ、絵梨香自身にそっくりだから」
「・・・本当に?」
その瞬間。絵梨香は私の頬に手を添え顔を覗き込んで来る。
「私は・・・あなたの力になれてますか?」
息を忘れてしまいそうなほど真剣な瞳。
初めて一緒に眠った夜、私を守らせて欲しいと、そう言ってくれた。
あの時の絵梨香の言葉が、声音が、蘇る。
「私は絵梨香に、これ以上ないくらい支えてもらってるよ。
でも、・・・私の方は、何もしてあげられていない気がする」
「そんな事ないです。
それこそ、私が圭さんから貰ったものは数えきれないほどですよ。
でも、圭さんは何かしようなんて思わなくていいんです。
あなたがただ此処に存在してくれるだけで、私は救われているんですから」
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 02:51
-
どうして。
どうして絵梨香は、こんなにも―
もっと絵梨香は欲しがっていいんだよ。
もっと私にわがまま言ってくれたっていい。
絵梨香は私を優し過ぎると言ったけれど。
絵梨香の方が、よっぽど優しいよ。
「・・・あー、自分で言ってて恥ずかしい。もう、寝ましょうか」
照れを隠すように、絵梨香はこの話は終わりだと言わんばかりに台本を閉じ、
遠慮がちにベッドに入って来る。
そして限りないいたわりを感じるキスが、私の声にならない言葉を封じ込めていた。
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/01(土) 02:52
-
静かに更けていく夜。
絵梨香は私の隣で、猫のように丸くなって眠っていた。
初めて見る絵梨香の寝顔―
私の、大切な女の子。
それだけで、涙が零れそうになる。
愛しい―
想う度に、魂ごと揺さぶられるような―
狂おしい愛おしさに、壊れてしまいそうになる。
だけど、どこまでも幸せで、甘く切ない。
絵梨香がいなければ、きっと知らなかった心。
これが、この気持ちが、人を愛するって事なのかな。
その問いに、明確な答えを導き出す事はできなかったけれど。
きっと、そうなんだろうと思う。
絵梨香への想いは果てが無くて、恐ろしささえ感じてしまう時がある。
それでも、絵梨香によって変わっていく自分ごと、受け止めたいと思った。
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 00:51
-
絵梨香と生活を共にして数日が経った。
仕事でもプライベートでも、ほぼ四六時中一緒にいる事になるのだけど―
不思議と絵梨香といるのは飽きない。
何もかもが新鮮で、もっともっと絵梨香を知りたくなる。
だけど、絵梨香との時間は有限―
あと一週間程度で、この夢も醒める。
今日、最後の稽古を無事に終え、明日からは劇場入り。
もうすぐ、9月も終わる。
卒業してから、これまでずっと舞台にどっぷりと浸かっていた私。
だけど、今後はOGとしての仕事も増えていくとマネージャーさんに聞かされていた。
OGで再結成する計画も水面下で進んでいるという話も、現実的なものに感じられるようになっていた。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 00:53
- 私はこれからも、舞台女優として生きて行くんだと思っていた。
そう、疑いもしなかった。
昔の仲間とまた活動できるのも―歌を歌えるのも、たまらなく嬉しい。
確かに私の中には、まだ歌い足りない、もっと皆とステージに立ちたいという思いがあって―
ずっと密かにそれを抱えていたのだから。
だけど、正直少しだけ怖い。
私はこれからどうなっていくのだろう。
絵梨香とこの舞台を共にするまで、私は自分の生き方に疑問すら持っていなかった。
煩わしい事にはなるべく目を向けず、何も考えようとしていなかった。
これまでずっとそうやって来た。
そうしないと、生きていけないと思っていた。
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 00:55
- そんな時、絵梨香に会って―信じていた価値観さえも変わってしまった。
私は、絵梨香の存在によって生まれ変わってしまったから。
今の私はまさに、殻を破り、おそるおそる見知らぬ外界へと飛び出した雛―
もう、軽やかな蝶のように、甘い蜜だけを吸い続けて飛び回る自分には戻れない。
様々な障害を避けて来た分、これから先―今まで以上に傷付く事だってあるかもしれない。
間違える事もあるかもしれない。
覚悟を決めていたはずなのに。
変わっていく自分を愛おしく思えたはずなのに。
いつしか心には不安が生まれていた。
もしも私も、“彼女”のようになってしまったら、と。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 00:56
-
「圭さん、ここにいたんですね。
あまり身体冷やすとまた熱出しますよ」
絵梨香は生乾きの髪をバスタオルでタオルドライしながら、ベランダにいる私の元へと歩み寄って来る。
「もう、絵梨香こそ。ちゃんと乾かさないと髪傷むし風邪ひくよ」
絵梨香の髪は長いから、乾かすのに時間がかかるよね。
私は絵梨香の頭をタオルで包み込み、両手を使って残っていた水滴を拭き取ってあげた。
思わず視線が吸い寄せられてしまう。
絵梨香の上気した肌―瑞々しい唇。
微かに身動きする度、私と同じシャンプーの匂いが立ちのぼって来る。
このまま抱き締めてキスしたかったけれど、止まらなくなってしまいそうだから―
タオル越しに、頭を一撫でするだけで済ませた。
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 00:59
-
「なんか圭さんが、物思いにふけってたみたいだから気になっちゃって」
「ああ、うん・・・ちょっと色々考えちゃってた。
絵梨香・・・前に、私が演じる“彼女”の事、寂しい人だって言ってたじゃない?
私も、もしも何かの拍子につまずいてバランスが崩れたら・・・
いつかはそうなっちゃうのかな、ってちょっと怖くなって」
「その可能性はありえませんね」
絵梨香は、それは杞憂だと、清々しいほどにきっぱりと否定する。
「・・・根拠はあるの?」
「いや、ないですけど。でも、圭さんには仲間がたくさんいるじゃないですか。
叱ってくれる人達だって、信じて見守ってくれている人達だっているでしょう?」
絵梨香の言葉に、こくりと頷く。
「大丈夫です、圭さんは幸せになれますよ。ちゃんと私も、あなたを見てますから」
その声を浴びるだけで、私は全ての恐れから解き放たれる気がした。
私は、きっと大丈夫。
絵梨香がそう言ってくれるのならば、自分を信じてみたいと思った。
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:01
-
舞台の開幕前夜。
「頂き物なんですけど、一人で飲むのは勿体なくて家から持って来たんです」
その言葉とともに絵梨香が取り出したのは、重厚な雰囲気のワインボトル。
「いいの?そんな高価な・・・」
「いいんです、圭さんと飲みたいんですから」
絵梨香は器用にコルクを開けると、躊躇う事なく、ワイングラスになみなみとワインを注いでくれた。
「じゃあ、早速。舞台成功を祈って―」
そう言って、ワイングラスを前に傾ける。
私も、吸い寄せられるようにグラスを絵梨香のそれに近付けていく。
「「乾杯」」
カチンとグラスが重なり、涼やかな音を立てた。
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:02
-
「・・・美味しい・・・」
アルコールを喉に流し込んでいく度、それが血管を巡り、優しい熱となって―
じわじわと広がっていくのが分かる。
まるで、絵梨香の気持ちまで入っているみたい。
ワインに、絵梨香に―どちらにも酔いしれてしまいそうになる。
絵梨香は、いつも前に進む勇気を分けてくれる。
だから、私もあげるね。
ワイングラスをコトリとテーブルに置き、絵梨香の両肩に手を添え、唇を重ねる。
「んっ・・・」
隙間から舌を滑り込ませると、ワインの独特の渋みと甘さが口内に広がる。
絵梨香と、同じ味。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:04
-
ブレーキが効かなくなってしまう前に、唇を離す。
そして、代わりに感触を楽しむように、髪を優しく撫でる。
「私達、これまでずっと頑張って来たんだもん、大丈夫だよ。
自信持って、一緒に本番に臨もうね。結果は後から付いてくるから」
「圭さん・・・」
絵梨香の頬が赤みを差しているのは、お酒のせい?それとも―
「ええ、二人が一緒なら、きっと大丈夫です」
こんなささやかな事しかできない私だけど。
絵梨香は、嬉しそうな笑顔と共に、力強い言葉を返してくれた。
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:06
-
「なんか、実感が沸きませんね。もう舞台初日だなんて」
「そうだね・・・」
舞台の幕が上がる直前、絵梨香はぽつりと呟いて、しなやかな指先で下ろした髪を梳く。
そんな絵梨香の仕草ひとつひとつさえも、私の心を満たしていく。
絵梨香の舞台衣装であるパンツスーツ。
それはすらりとした身体によく似合っていて、思わず見惚れてしまう。
「でも、舞台に立ってお客さんの顔を見る瞬間、すごく好きなんです。
まるで、片想いから両想いになる瞬間みたいで」
片想いから、両想いへ―
「素敵な喩えだね・・・。
うん、大切な作品だから、少しでも見に来てくれるの心に残ってくれればいいな」
「きっと・・・何かを感じてくれますよ。
『人生はショータイム』ってタイトルもいいですよね。
うまく言ったものだなぁって思います。
もしも私の人生を物語に例えるなら―圭さんにこの舞台で会うまでが、まさに私のプロローグだったんだなって。
私は、圭さんに会ってたくさん得たものがあって、様々な意味で変われたから」
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:08
-
プロローグ、か―
私は遠い昔、既に、かつての仲間達と一気に上へと駆け上がったつもりでいた。後はもう、緩やかな下り坂しかないんじゃないかと思っていた。
だけど、まだ―きっとまだ終わりなんかじゃないよね。
ねえ、絵梨香。私も・・・そう思っていてもいいかな?
「私もだよ。私も、絵梨香に会えて良かった。
それだけで、全てに感謝したくなる」
視線が絡み合うと、絵梨香は照れたようにはにかむ。
「あは、まだ初日なのに、なんで私達、こんなに感傷的になっちゃってるんでしょうね・・・」
その円らな瞳さえも、今は私が一人占めしている。
薄い闇の中で交わす、秘密の言葉。
このまま時間が止まって欲しいような、欲しくないような―
不思議な気持ちに包まれる。
だけど、時間は全てに対して平等に過ぎ去っていく。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:11
-
「あ、始まりますよ」
開幕のブザーに、私と絵梨香は現実に引き戻される。
ついに、この時が来たんだ。
お互い、ゆっくりと深呼吸を繰り返していると―
「圭さん」
絵梨香はおもむろに、私の前にすっと手のひらを差し出した。
―ああ、私はきっと。
この瞬間を、絵梨香の表情を、声を、一生忘れない。
魂に刻まれた、絵梨香の残像。
「行きましょう、これが私達のショータイムです」
私が演じる“彼女”のセリフをなぞらえながら、絵梨香は、悪戯っぽく―
そしてどこまでも優しく笑いかける。
私も微笑んで、そっと絵梨香の手を取った。
もう、何も怖くなんかない。
幕が、開ける―
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:15
-
初日舞台は、無事成功を収めた。
今の私達を包むのは、心地良い疲労感。
「無事終わってほっとしました。
圭さんは私より何百倍も大変だったんですから、今日はゆっくり休んで下さい」
「何言ってるの、絵梨香もちゃんと休むの」
そう言って、絵梨香の腕を掴んでベッドに引き込む。
二人分の体重を受け止めて、ベッドが軽く軋んだ。
そんな様子を、ぱーるは少しだけ迷惑そうに見ているのがおかしい。
「あははっ圭さん大胆」
絵梨香は無邪気に笑っていたけれど、突然真剣な表情に切り替え、私の顔を覗き込んで来る。
「あの・・・近くの劇場で市井さんが舞台やるみたいなんですけど・・・
圭さんは会いに行きたいって思わないんですか?」
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:18
- そう―偶然にも、紗耶香と私は、同時期に同じ街の劇場で、主役として舞台に立つ。
空き時間を使えば、会いに行けない事はないのかもしれないけど。
私は絵梨香の瞳を見て、ゆっくりと首を横に振った。
「確かに、時期も時期で、場所も場所だし―
紗耶香も、きっと私が今舞台に出ている事を知っていると思う。
でも、会わないよ。
この不思議な巡り合わせに、もしも紗耶香が何かを感じていてくれているのだとしたら・・・
私はそれだけで十分だから」
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/04(火) 01:18
- できるならば、“ありがとう”と“ごめんね”を伝えたかった。
だけど、私も紗耶香も、もう新たな道を歩んでいる。
過去を受け入れ、前を見据える事を絵梨香が教えてくれたから。
もう囚われたりしない。
焦らなくても、長い、長い時を超えてまた巡り会う日だって来るのかもしれない。
今回のように偶然ではなく、必然としか言えない形として。
きっと、私と紗耶香を繋ぐ糸は、完全に断たれているわけではないのだから。
私の答えに、絵梨香は優しく微笑み、私の右手を両手で握り締めた。
ただ一言を添えて。
「あと少し、一緒に頑張りましょうね」
私は大きく頷き、残された左手で絵梨香の手を包んだ。
最後まで、絵梨香といたい、と―祈りを込めるように。
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/11(火) 23:46
- ―“せっかくいい天気だし、ちょっと外歩かない?”
そんな私の誘いに、絵梨香は二つ返事で乗ってくれた。
今日は休演日。10月にしては比較的暖かく、照らす陽光は心地良い。
こんな日は、リフレッシュするには最適の日。
「公園歩くだけだけど、これもデートだよね?」
「ふふっ十分、立派なデートだと思います」
ただ、こうして手を繋いで、お互いの温もりを感じる。
光で満ち溢れた世界の中で、絵梨香と居られる。
それだけでも、得難い幸福がそこにはあった。
ゆったりと流れる日常―それはありふれているようで決して当たり前ではなかった。
巻き戻せない時間。二度と訪れる事はない今。
この瞬間がどれほど大切で、かけがえのないものなのか。それがよく分かる。
今だけは、舞台の事さえも意識せずに。
何も知らない恋人同士のようにじゃれあっていたい。
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/11(火) 23:48
- 立ち並ぶ木々に目を向けると、葉は風に揺れて木漏れ日がキラキラと反射している。
まるで、緑のプリズム。
綺麗―
カメラ、持って来れば良かったかな。
そんな事を思っていた時。
「あ・・・」
「絵梨香?」
突然、絵梨香が立ち止まるものだから、私は後ろから引っ張られる形となった。
不思議に思い絵梨香を見上げてみると、ただその先にある一点を凝視しているようだった。
そのまま絵梨香の視線の先を辿っていくと―
そこには小さな女の子が一人、泣きそうな顔できょろきょろとせわしなく辺りを見回していた。
「私、ちょっと行ってきます」
絵梨香はいてもたってもいられなくなったのか、するりと私の手をすり抜け、足
早にその子の元へと向かって行く。
「ま、待ってっ」
私も弾かれるようにして、慌てて絵梨香の後を追った。
- 249 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/11(火) 23:51
-
「ねえ、どうしたの?」
絵梨香は女の子の手をそっと包み―
屈んでその子と同じ視線になってから、柔らかく話し掛ける。
温もりに安心したのか、その子は涙を堪えながら、絞り出すように、懸命に言葉を紡ぐ。
「おかあさん、どこにいるかわかんなくなっちゃったの・・・
さっきまで、いっしょにおさんぽしてたのに」
「・・・迷子?」
私の問いに、涙目でこくんと小さく頷く。
その瞬間、絵梨香は迷わずにこう言っていた。
まるで、迷える子羊を救う女神のように優しく。
「大丈夫、おねえちゃんが一緒にお母さんを探してあげるよ」
「ほんと!?」
女の子はぱぁっと笑みを浮かべた。
よっぽど心細かったんだろう。
絵梨香の言葉は、まるで魔法の言葉のように、相手の不安を取り除く。
私も、幾度となく絵梨香にそうやって助けられた。
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/11(火) 23:58
-
「すみません、圭さん」
「そんな、謝る事なんてないよ。私にも手伝わせて?」
申し訳なさそうに私を見る絵梨香。
私が笑顔でその肩に手を添えると、絵梨香はようやく身体の力をすっと抜いた。
「ありがとうございます。多分この子の親も公園からは出てないと思うんで」
私と絵梨香は、女の子の両サイドに付いて公園の中をくまなく歩き、探す事にした。
公園はさほど広くはないおかげで、女の子の母親はすぐに見つける事ができた。
「おかあさん!!」
一直線に、母親の胸へ飛び込む女の子。
その様子を見ると、小さな子供にとって母親は絶対的で、とてつもなく大きな存在なんだなと気付かされる。
「よかった・・・本当に」
隣で聞こえた穏やかな声音。その声の主は他でもない絵梨香。
絵梨香は、親子の抱擁を、心底ほっとしたように―嬉しそうに見守っていた。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/12(水) 00:00
-
「あの女の子、一人で寂しかっただろうね」
「ええ、本当に・・・すぐに見つかって良かったです」
私達は公園の隅にあるベンチに座り、日光浴をしながら身体を休めていた。
「優しいね、絵梨香は」
「そんな事ないですよ。ただ、母親が突然いなくなれば誰だって―
怖くて、不安になりますから。放っとけなくて」
絵梨香・・・。
絵梨香は、あの女の子を見て、幼い頃の自分に思いを馳せていたのかな。
別れなんて想像だにせず、無邪気に、母親に甘えていた頃の自分に―
「・・・絵梨香」
気が付けば、身体が勝手に動いていた。
「け、圭さん?」
私は絵梨香の肩をぐっと掴んで引き倒し、半ば強引に膝枕していた。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/12(水) 00:02
-
「絵梨香に膝枕、やってみたかったんだよね」
「あの・・・いいんですか?圭さんの方、皆見てますよ。
圭さんだってバレちゃってるんじゃ・・・」
言われてみれば、行き交う通行人がジロジロと私達に視線を注いでいるような気がする。
遠慮がちに距離をとろうとする絵梨香。
私はそんな周囲の不躾な視線に気付かないフリをして、さっきよりも少し強い力で肩を押さえ、髪を撫でつける。
「け、圭さん・・・」
少しだけ困ったような、だけど照れたような笑顔で私の気持ちを受け止めてくれる。
甘えて欲しかった。他でもない私に。
一人じゃないんだって、伝えたかった。
こんなの、ただの自己満足でしかないと自覚していても。
絵梨香は、そんな私から逃げないでいてくれた。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/12(水) 00:03
-
どのくらいそうしていたんだろう。
何度もその長い髪を梳くうちに、絵梨香の瞼がとろとろと下がって行く。
「眠かったら、眠ってもいいよ。私、ずっとこうしてるから」
「・・・あの、圭さん・・・」
消え入りそうな少し掠れた声。
それでも、絵梨香は言葉はしっかりと聞き取れた。
「お願いがあるんですけど」
子供がねだるような、甘えるような響き。
「何?何でも言って」
「子守唄代わりに、歌ってもらえませんか?・・・『夢の中』、あれ好きなんです」
可愛らしい、ささやかなそのお願いに、頬が緩む。
「いいよ・・・」
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/12(水) 00:08
-
私は一度だけ、すっと息を吸ってから―、小さく囁くように曲を口ずさむ。
―“Close your eyes 夢の中まであなたが好きよ”
絵梨香のためだけに。
歌詞を、メロディーをゆっくりとなぞるように、大切に、想いを込めて歌う。
自分のものではないような、限りなく優しい声音に、私自身も驚いてしまう。
知らなかった。私、こんな歌声も出せるんだ―
凪いだ海のような、穏やかな気持ち。きっと絵梨香がそうさせてるんだね。
いつしか、絵梨香は小さな寝息を立てていた。
私は、絵梨香に安らぎを与えられる存在になれるかな?
守られるばかりじゃなくて、守りたい。
もう残された時間は少なくても。
限られた日々の中で、絵梨香を優しく包んであげたい。
絵梨香のあどけない寝顔は、まるで羽根を休める天使のようで。
とても幸せそうに見えた。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:02
-
割れんばかりの拍手、止む事のない歓声―
涙ぐみながらも、笑顔でそれに応えている皆―
ああ、本当に、これで終わりなんだ―
無事に迎えた千秋楽。
最後の、カーテンコール。
滲む視界の中、客席の隅から隅まで、ゆっくりと視線を巡らせていく。
お客さん、泣いてる人までいる。
だけど、皆凄く穏やかで満ち足りた顔してる。
ああ。矢口、梨華ちゃん、裕ちゃんも―来てくれたんだ。
私を包むのは、あまりにも温かな空間。
幸せな充足感が指の先まで満ちていく。
良かった―良かった、本当に。
私は、きっと皆の期待に応えられたんだよね?
自然と絵梨香と目が合うと、ただ、全てを受け入れた笑顔で頷いてくれた。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:04
-
なんて、慈愛に満ちた瞳。
それだけで。瞳に映されるだけで。
思わず両手で顔を覆って泣き崩れてしまいそうになる。
伝え切れないほどの想いが胸を占めているのに。
喉に張り付いて何も言葉も出せない。
そんな私を優しく叱責するように、この一ヶ月を共にした仲間達が私の背中をそっと叩く。
ああ、私は、絵梨香が―皆がいたから、苦しみさえ勇気に変えられたんだ。
今になってその事実を強く実感する。
私は震える声を懸命に絞り出し、今一番正直な気持ちを紡ぐ。
「皆さんの温かさに包まれて・・・私はっ・・・私は幸せです・・・!」
ホール全体に響き渡る自分の涙声。
それさえも皆は温かい拍手と歓声で受け入れてくれた。
私達が夢に見た世界は、どこまでも優しかった。
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:09
-
「それでは、舞台成功を祝して、乾杯!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
先生がグラスに入ったお酒を掲げ乾杯の音頭を取ると、
皆もそれに呼応するように、グラスを高く掲げて、勢い良くそれを飲み干していく。
アルコールを流し込みながら交わす会話の内容は、やはり芝居の話だった。
皆どれだけ芝居に情熱を注いで生きているのか、いかにこの作品を愛していたのか。
ただ此処にいるだけで伝わる。
昔は、私には歌しかないんだと思っていた。
だけど、こうしてたくさんの素敵な舞台に立つ機会を与えてもらい―
いつしか芝居も、私にとっては歌と同じくらい、かけがえのない存在となっていた。
だからこそ、芝居を愛する人達が織り成すこの空間が好きだ。
私は、皆の芝居に対するそれぞれの熱い想いに、夢見心地で耳を傾けていた。
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:13
-
「あれ?」
いつの間にか、私の傍にいた絵梨香の姿が忽然と消えていた。
「あの・・・絵梨香知りませんか?」
「三好ちゃん?ダンサーさん達とも話して来るってだいぶ前に向こう行ったよ。
・・・あ、二人で抜けたいならうまく言っといてあげるからさ」
そんな言葉とともに、例の彼が全てを見透かしたような笑みを浮かべて来る。
「あ、あはは、その時はお願いします」
私はそれをぎこちない笑顔で受け止め、
お礼を言って早速ダンサーさん達のところへ向かった。
けれど、一足遅かったのか、そこにも絵梨香の姿は見当たらなかった。
ダンサーさんの一人に尋ねてみると、絵梨香はつい先ほど、酔いを醒ますと言って外へ出て行ったらしい。
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:15
-
店を出ると、既に遅い時刻をまわっているためか、
向かいの路地の人通りはまばらだった。
その中にも、絵梨香はいない。
「・・・どこ?絵梨香」
私はそれこそ、一人取り残された迷子のように、周囲を見回す。
どこにもいない―
いつも、笑って私を見つけ出してくれた絵梨香がいない。
ぞくりと、産毛が逆立つような感覚に襲われる。
どうして絵梨香が席を立った時に気付かなかったんだろう。
以前、公園で見かけた女の子が、あの時どれほど心細い思いをしたのか分かる気がした。
絵梨香がいなくなっただけで、こんなにも心が千切れそうになる。
まさか、一人で帰っちゃった?
スペアのキーは絵梨香に手渡していたし。
そして私が自分の部屋に辿り着いた時、既に絵梨香の姿も、荷物もなかったとしたら―
嫌な想像が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
「嘘っ絵梨香っ・・・!?」
焦燥感からか、自分の思う以上に大きな声が路地に響いた。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:18
-
「え・・・・圭さん・・・?びっくりしたぁ」
驚いてはいるものの、私とは対照的な落ち着き払った声。
ほどなくして一人の女の子が、丸い目を見開いて店の軒下から姿を現した。
「えり・・・か・・・」
―まぎれもなく私の探していた絵梨香だ。
死角になって、今まで見えていなかったんだ。
安堵のあまり、ぐらりと上体がかしいだ。
そのまま、人目もはばからず絵梨香の胸に縋り付く。
絵梨香の前では、自制心すらも削り取られていくようだった。
「圭さ・・・ど、どうしたんですか?
こんなに震えて・・・まさか、誰かに何か言われたんですか!?」
狼狽えながらも、私の肩の震えを止めるように、そっと両手を添えてくれる絵梨香。
私はそんな絵梨香の問いに首を横に振って否定した。
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:21
-
「ごめん・・・本当に私、どうかしてる。
ただ、絵梨香が急にいなくなったと思ったら、たまらなく不安になって、怖くて・・・」
こんな私、絵梨香は呆れているだろうか。
けれど、私の予想とは反して、絵梨香の表情は切なげで優しかった。
どうして、そんな顔をしているんだろう―
「・・・・そんな、圭さんにお別れの挨拶もせずに一人でどこかへ消えたりしませんよ」
「え、それって―」
私が最後まで口にする前に、絵梨香は私をそっと抱き寄せた。
そして唇で、髪に隠れた耳を探り当て、はっきりとした口調で聞きたくない言葉を告げる。
「圭さん。私、明日の朝、自分の家に戻ります」
「・・・うん」
絵梨香の帰る場所は他にある。
そう、それは当然の事。
先日絵梨香が荷物をまとめていた時から、
これ以上長居する気はないんだって薄々分かっていたはずなのに、つらい―
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:26
-
「私も明後日から新しい舞台稽古が始まりますし・・・
圭さんはOGの皆さんとまたお仕事されるんですよね?」
そっか・・・絵梨香も知ってるんだ。
娘。のOGでグループを結成するっていうあの話。
「引き続き私は舞台女優として、圭さんはこれから歌手として新たなスタートを切るんです。
だから、少しの間お別れですね」
「っ・・・」
どれだけ望んでも、絵梨香は私のものにはならない。
そして私も、全てを絵梨香に捧げる事はできない。
お互いに、それぞれの役割があるから。
全てを欲しいと願っても、ずっと縛り付ける事なんてできない。
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:27
- 狂おしいほどに、大切な存在。
それでも、私と絵梨香は恋人同士ではない。
他人から見れば、ただの同じ事務所の先輩と後輩。
私達ですら、この関係に名前を付ける事なんてできないだろう。
そんな曖昧な関係の私達は、お互いを繋ぎ止めておく術を知らなかった。
絵梨香の舞台が終わってしまった今―
私達はそれぞれの道を歩む事が定められている。
私と絵梨香を包んでくれた箱庭はもう既にない。
いつまでも一緒にはいられない。
皆誰でも、自分の力で、自分自身の未来へと突き進んで行かなくてはならないから。
分かっている。だけど。
これから私は、絵梨香がいない世界で歩いていけるのかな―
そんな私の胸中の想いすら、絵梨香には見えているのだろうか。
私をなだめる絵梨香の言葉が、慈雨のように降り注ぐ。
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:33
-
「今日の圭さん、凄く綺麗でした。
あなたの涙も、何もかも。カーテンコールの時の圭さんが今も目に焼き付いて―
余計離れがたくなったんですけど、そういうわけにもいきませんから」
絵梨香も、別れを惜しんでくれている。
その事が十分過ぎるほどに伝わって来る。
それでも、絵梨香は自分で自分の道を選んだ。
だから、私も覚悟を決めないといけない。
それぞれが自分自身の力で、道を切り開いていくために。
「私、演じている時の圭さんは勿論好きです。
だけど、同じくらいに歌っている圭さんも好きですから。
だから―これから、私のいるところにも響かせて下さい・・・圭さんの歌声。
私は陰ながら圭さん達を応援していますから」
そんな言葉を絵梨香から貰ったら、私は頷くしかないじゃない。
それ以外に、選択肢なんてあるわけがない。
私は溢れそうになる涙を堪えながら、ゆっくりと首を縦に振る。
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/13(木) 04:35
-
けれど、それが終わりではなかった。
その、直後。絵梨香は新たな言葉を継いだ。
「でも・・・お願いです。せめて今夜はだけは・・・」
そして一瞬だけすっと目を伏せ、息を吸い―
絵梨香は真正面から私を見据えて来た。
「もう一晩だけ、私を傍に置いてくれますか?
私は今一番圭さんに近しい存在なんだって自惚れさせて下さい。
明日の朝までは、絵梨香だけの、圭さんでいて下さい」
少しだけ情けない掠れた声。
縋るような、行き場のない子供のような―
だけど、その奥に底知れない強さと熱を秘めた瞳。
絵梨香の発した懇願は、私の一番の望みでもあった。
私は、泣き笑いのような表情で頷き、絵梨香の手をゆっくりと取った―
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:42
-
「ね、絵梨香・・・明かりを―」
微かな抵抗さえ封じ込めるように、絵梨香は柔らかなその唇で、私の唇を塞ぐ。
そしてはだけた服を押さえていた私の手を、すっと退かせていく。
「もっと・・・私によく見せて下さい。
あの夜とはまた違う、今の圭さんを見たいんです。
私には余すところなく全部を見せて」
こんなにも切なげで余裕のない絵梨香、初めて見た。
絵梨香は、あの満月の夜以来、一度たりとも求めて来る事はなかった。
舞台の事もあったし、私の体調を常に気遣ってくれていたから―
それも理由のうちだったのだと思う。
私としても、ただ絵梨香が傍にいてくれるだけで満たされていた。
淫らな欲に飢える事なんてありえなかった。
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:43
-
たった一度きりの行為でも、十分過ぎるほどだと思っていた―
それくらい、甘い蜜のような優しい時間。
絵梨香は、私をまるでお姫様のように大切に扱ってくれた。
けれど、そんな絵梨香に、微塵も寂しさを感じなかったと言えば嘘になる。
自分ばかりが与えられるのは嫌だった。
これ以上甘やかされたら、自分の中の何かが麻痺してしまいそうだった。
私だって、少しでも多く絵梨香に与えたかった。
必要とされていると実感したかった。
だから―今こうして絵梨香が私に本能に限りなく近い衝動をぶつけて、
縋るように欲しがってくれる事が、たまらなく幸せだった。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:45
- 「ごめんなさい、私、優しくできそうにないです。
圭さんが欲しくて欲しくて、きっと自分勝手にしちゃうと思う。
だから・・・嫌なら今のうちに言って下さい」
二人の身体が明かりの下に晒される。
羞恥でおかしくなりそうなのに、その瞳に映されるだけで全てを委ねたくなってしまう。
まるで、炎のように熱い眼差し。
それだけで、溶かされてしまいそうだ。
「嫌なわけないよ・・・お願いだから、やめないで。遠慮なんてしないで」
目の前の肩に額を預けると、絵梨香はそのまま私の身体をきつくかき抱く。
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:46
- どんな時も、守ってくれた。私を包んでくれた優しい腕。
だけど、今はこわいほどに熱を帯びて、そして、許しを乞うように小さく震えていて―
その炎も、全てを飲み込んであげたくなる。
守ってあげたくなる。
絵梨香のために何でもしてあげたくなる。
可愛い絵梨香。
この子を離したくない。
誰にも渡したくない。
どうか、今は私だけの絵梨香でいて。
言葉にしなくても、絵梨香はこんな身勝手な願望さえ―すべて叶えてくれた。
だから私も、絵梨香の望みを叶えたい。
最後の夢を、二人で見たい。
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:47
- 「そんな事あなたに言われたら、本当に理性も、
なにもかも無くなってしまいそうで・・・」
「大丈夫だから。私、どんな絵梨香だって受け入れたい」
あやすように、絵梨香の髪を撫でる。
本当は、ずっと期待していたの。
私だって心から、絵梨香を求めてる。私の全てが、絵梨香が愛おしいって叫んでる。
だから、剥き出しの感情を私にぶつけて。
「圭さんっ・・・」
絵梨香の掠れた囁きとともに、首筋に灼けるような痛みが走った。
「いっ、痛っ・・・」
引き攣った声が、自分の口から発せられる。
気付けば、絵梨香はそこを歯でぎりっと強く挟み込んでいた。
まるで、獲物を仕留めるしなやかな獣のように。
痛い―だけど、嬉しい。
もっと痛くされてもいい。
このまま魂ごと喰らわれても構わない。
強くされるほど、そばにいると思えた。
絵梨香の与えてくれるものなら、それさえも甘いものへと変えられる。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:49
-
「んんっ・・・絵梨香・・・」
熱い唇が今度は私の唇を貪る。
噛みつくような―そんな形容を使いたくなるほどの、激しいもの。
もっと、もっと触れ合わせていたい。
「助けて・・・下さい・・・足りないんです。
身体が熱くて、もっと圭さんが欲しくて、壊れそうに、なる」
「いいよ・・・いくらでも欲しがって。何度でも。
絵梨香の欲しいものは全部あげる。私も・・・絵梨香が欲しいから」
それが、キスだと、セックスだと意識さえせずに―
絵梨香のしたいように、私のしたいように、ただお互いの全てを求め、与え合った。
絵梨香の噛んだ箇所はまるで焼印を押されたようで―ひどく熱い。
熱くて、切なくて涙さえ滲む。
それでも、まだ足りない。限りない欲望が掻き立てられる。
わずかな刺激さえ逃がしたくない。
「絵梨香、絵梨香ぁ・・・っ」
「圭さん・・・っ」
指先を、脚を絡ませ合って、肌を擦り付け、何度も口づける。
夜が溶け、朝の気配を運んで来るまで、私達は抱き合い続けた。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:51
-
まるで舞台の幕が開けるように、夜の帳が朝の光に引き剥がされる。
これは、ある意味はじまりの朝。
だけど、それは同時に夢の終焉を示す。
蜜月は長くは続かず、いつかは夢も醒めてしまう。
それでも、私達の過ごした最後の一夜が、太陽に溶けてかき消えてしまう幻の月そのものだったとしても。
私は、私はこの記憶と共に生きて行く。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:56
-
「・・・忘れ物ない?」
「ちゃんと確認しましたから、大丈夫ですよ」
絵梨香はそう言って、足にまとわりつくぱーるの頭を撫でてあげている。
ぱーるもいつもと違う絵梨香の雰囲気から何かを察しているのか、どこか寂しそうに見えた。
「そろそろ・・・行かないとですね」
絵梨香はしばらくぱーるを撫で回していたけれど。
決心がついたのか、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃあね。ぱーるちゃん」
優しい瞳でぱーるを見下ろし―
最後に、私の方へと向き直り、すっと頭を下げる。
私は、その長い髪がさらさらと流れる様を、ただぼんやりと眺めていた。
このまま時が止まってくれるんじゃないかと、まだ心のどこかで信じたがっている自分がいた。
でも、これから私は絵梨香が傍にいない日々を生きていかなければいけない。
受け入れなくてはいけない。この現実を。
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 04:58
-
「圭さんも・・・短い間でしたけど、本当にお世話になりました。
もしまた舞台で共演する事があったら、その時はよろしくお願いしますね」
昨夜とは別人のような、毅然とした態度。
まるで、何事もなかったかのような、吹っ切れた笑顔。
そこには、甘えも、執着も感じさせない。
「本当は、まだまだ伝えたい事、たくさんあるんですけど―
決心が鈍りそうですから、もう行きますね」
踵を返し、絵梨香が玄関へと向かおうとしたところになって、
おぼろげだった私の意識がようやく鮮明となった。
私は、考えるよりも先に絵梨香の背中に抱き付いていた。
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 05:00
-
「・・・待って」
自分では処理しきれない程の―
どうしようもない程の想いが膨れ上がる。
絵梨香・・・愛してるよ・・・愛してる!
そのままの想いを言葉に乗せられたらどんなに楽だっただろう。
叫びたくなるのを堪えながら、私は絵梨香の背中に顔を埋めた。
鼻先を子犬のように擦り付けると、絵梨香の甘やかな香りが広がる。
「圭さん・・・?」
絵梨香は戸惑いつつも、私が言葉を発するのをじっと待ってくれた。
私は、ゆっくりと、今一番自分の心を占めている言葉とは違う言葉を絞り出した。
だけどそれも私の心の声である事には変わりなかった。
まぎれもない、もうひとつの、私の想い。
「最後に・・・お礼言わせて」
あと、少しだけでいい。
絵梨香にどうしても聞いて欲しい事があった。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 05:03
-
「・・・今、こんな事言うのもなんだけど・・・
私は、自分でも恵まれてる人間だと思う。
確かにつらい事だって傷付いた事だってたくさんあったよ。
それでも、今まで幸せじゃないだなんて思った事はなかった。
欲しいものだって与えてもらえて、何不自由なく生きて来た。
だけどね・・・隣に絵梨香がいてくれて―皆の温かい声に包まれて―
こんなにも幸せな事はないって知ったの。
もしかしたら絵梨香に会うまで―
私は本当の喜びも素通りしていた部分もあったのかもしれない。
絵梨香の存在によって、全てが色付いて、変わったの。
絵梨香が私を変えてくれたの。
ありがとう・・・絵梨香」
絵梨香は、身じろぎせず私の声に耳を傾けていた。
ひとつひとつ私の言葉を掬い上げるように。
少しも聞き漏らさまいとするように。
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 05:07
- 「・・・私は何もしていませんよ。
圭さんが変わったと思うのならば、それは圭さん自身の強さがあなたを変えたんです」
絵梨香の表情は見えない。
だけどその声音は穏やかで優しかった。
毎日のように耳にした聴き慣れた声。
私がたまらなく好きな絵梨香の声。
「でも―そう言ってもらえるだけで、私は生まれて来て良かったって思えます」
絵梨香はゆっくりと私の腕を解き、そのまま玄関の扉へと手をかける。
本当に、行っちゃうんだ。
これ以上足が動かない。
もう、引き留める言葉も出て来ない。
外の光が隙間から差し込み、一瞬眩しさに目を細める。
「圭さんは、圭さんの傍にいてくれる人達を大切にして下さい。
私は、一番でなくてもいいんです。
それでも、ずっと、ずっとあなたを見守っていますから」
朝日を浴びながら―
どこまでも綺麗な微笑みを、言葉を残して、絵梨香は扉の向こうへと消えていく。
まるで、光にさらわれたように。
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/16(日) 05:08
-
バタン―
重い金属音を響かせて扉が閉まり、無慈悲にも私と絵梨香の間に隔たりが出来る。
「絵梨香・・・」
取り残された私は、扉から視線を外さないまま、一度だけぽつりと名前を口にした。
こんなにも、誰かの名前を愛おしく呼んだ事はない。
だけどその名を持つ絵梨香はもういない。
応えてくれるはずもない。
ただ、閉まった扉の残響音が、いつまでも尾を引くように部屋に木霊していた。
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 02:55
-
どうして人は人を好きになるんだろう。
なんで傷付け合うのだろう。
何のために出逢いと別れを繰り返すのだろう。
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 02:56
-
絵梨香と抱き合ったベッドに一人横になる度―
満ちては欠ける寂しげな月を見上げる度―
そんな事を考えてしまう私がいる。
私は人に愛される事ばかり望んでいた。
絵梨香はそんな私に見返りを求めず、無償の愛を注いでくれた。
私も、そんな風に人を思い遣る事はできるのだろうか。
たとえ孤高の存在でも―
全てを優しく見守る月のような、絵梨香のような人間になれるのだろうか。
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 02:57
-
「―はぁ。アンタ、たったの一ヶ月間でめちゃめちゃ濃い体験したんやなぁ。
正直、そこまでいってたとは思わへんかったわ」
裕ちゃんは驚いたように、同時に、呆れたように溜め息をつく。
決して裕ちゃんは、根掘り葉掘り聞き出すような事はしなかった。
けれど私と絵梨香の関係を危惧していた裕ちゃんには、いつかは話しておく必要があると思った。
だから、この長い空き時間を利用して、包み隠さず全てを伝えた。
裕ちゃんが頷きながら優しく私の目を見ていてくれたから―
私は途中で感情的になる事もなく、自然に言葉を紡ぐ事できた。
- 282 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 02:59
-
「ごめんね・・・裕ちゃんの忠告、聞き入れる事ができなかった」
「今さら諌めるつもりなんてこれっぽっちもないって。
そりゃ、三好ちゃんを利用するだけ利用して、舞台が終わった途端ポイしてたら、ウチも叱り飛ばしてたけどな。
それで三好ちゃんがボロボロになったらどうやって責任取るつもりやねんって。
でもそうはならんかったみたいやな。
三好ちゃんは自分の為に、圭ちゃんの為に、最善の道を選んだ。
流される事なく自ら執着を断ち切った―強い子やな」
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:00
- 裕ちゃんの言う通り―
もしもあのまま絵梨香を引き止めていたら。
私は絵梨香以外のものを、知らず知らずのうちに排除しようとしてしまう人間になっていた―
その可能性も否めない。
許されるならば、好きなだけ絵梨香に溺れていたいという思いもあった。
絵梨香は、あえてそんな私の欲望に気付かないふりをした。
私は一人ではない事を知らしめるために。
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:01
-
絵梨香は、傍にいる人達を大切にして下さいと言った。
裕ちゃんを始めとした仲間達と過ごす今、その意味が痛いほどに理解できる。
私には、仲間も歌も手放す事はできない。
全ては私にとって必要不可欠で、どれか一つでも失えば―私は私でなくなる。
今になってそれを実感した。
結局私はどこまでも欲張りな人間。
絵梨香はそれを理解した上で、私の意思を尊重してくれたのだ。
本当は、先輩である私が絵梨香を導くべきだったのに。
絵梨香は、最後まで私を真剣に思い遣ってくれていた。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:02
-
「うん・・・絵梨香は、強くて、優しい子だった。
私なんかよりもずっと大人だった」
あれから、少しだけ時が経った。
私は今、卒業した仲間達と共に、忙しい毎日を過ごしている。
私の髪もほんの少し伸びて―
このシュシュは、私の一部だと言えるほどに馴染むようになっていた。
絵梨香がくれたシュシュを、私は今も肌身離さず身につけている。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:04
-
無意識のうちに指先でシュシュを撫でていた私を見遣りながら、
裕ちゃんはぽつりと呟いた。
「圭ちゃん、ええ恋したな」
「そう・・・かな」
恋?
確かにこれは恋に限りなく近い。
だけど、きっと恋とは呼べない。
この想いは、恋よりもずるくて、狂おしいものだから。
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:05
-
「圭ちゃんは今も三好ちゃんが大事やし、後悔してへんのやろ」
「うん・・・本当に、幸せだった」
これ以上幸せになったら、私は壊れてしまうんじゃないかと思うくらい。
「・・・多分、三好ちゃんも幸せやったと思うで」
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:06
-
―絵梨香は、幸せだったのだろうか。
私は、幸せだった。心からそう言える。
優しく抱き締めてくれた腕も。
温かい涙も。
忘れない。忘れられるはずがない。
たった、ひと月だけの夢。
それでも、たくさんの出会いの中から見つけた奇跡。
細胞からまるごと変えられてしまうような、鮮烈な出来事。
思い出すだけで心が震えるほど、愛おしい存在―
本当の私ごとすべて受け止めてくれた。
私を見つけると、真っ直ぐに駆けて来てくれた。
過去の鎖から解き放ってくれたのも、今という現実に色彩を与えてくれたのも―
未来へ歩めるように背中を押してくれたのも―
全部―全部絵梨香だった。
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:08
-
「はー、圭ちゃんと三好ちゃんの話聞いたら、平塚雷鳥の話思い出したわ」
「らいちょう?誰それ?」
「学校で習ったやろ?雷鳥っていうのは昔の婦人運動家。
年下の想い人と仲睦まじくなってたんやけど・・・
それがきっかけで雷鳥は女性解放運動に参加したメンバーと不和が生じてん。
で、その想い人は雷鳥とメンバーの活動を尊重して、
“池を濁し和を乱したツバメは水鳥達の平和のために飛び立つ”
って内容の手紙を残して身を引いた」
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:08
-
そんな―
裕ちゃんの話に、胸が締め付けられる気がした。
たとえ自分の意思を尊重してくれたのだとしても。
頭では理解していても、全てが納得できるわけではない。
正直、絵梨香が私の傍にいない事を今でも嘆きそうになってしまう時もある。
雷鳥という女性も、こういう気持ちだったのだろうか。
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:10
-
「じゃあ雷鳥って人、どうなったの?」
まるで私の心を見透かしているように―
裕ちゃんは優しい声で答えをくれる。
「雷鳥とそいつは結局はまた一緒になるんやで。
そいつは自分をツバメに喩えたけど・・・
ツバメって一度は飛び去っても、いずれまた同じ場所へ舞い戻るしな」
裕ちゃんはそう言って、意味深に私に笑いかけた。
「ウチの予想では、また三好ちゃんは圭ちゃんとこに戻って来ると思うで」
「・・・ありがとう・・・裕ちゃん」
私を気遣って、こんな話をしてくれたのだという事は分かっているけれど。
たとえ気休めでも、私は救われた気がした。
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:12
-
「・・・圭ちゃん、ちょっといい?」
絶妙なタイミングで私を呼ぶ声。
私と裕ちゃんは弾かれたように、ほぼ同時に声の発生源へと視線を向ける。
その声の主はよっすぃーで、上半身を隅の壁に預けながらこちらを見ていた。
皆とは離れているから、話の内容までは聞こえていないと思うけれど、
私達の話が一段落したところを見計らって声を掛けて来たようだ。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:14
-
よっすぃーに手招きされ、歩み寄って行くと、一通の封筒を手渡された。
それは、飾り気のないごくシンプルな白い封筒。
「?何これ?」
「三好ちゃんから。圭ちゃんに渡して欲しいって頼まれちゃって」
今まさに私の心を占めていた人物の名前に、どくんと心臓が大きく跳ねる。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:15
-
「え・・・」
絵梨香と番組で共演しているよっすぃーの話を聞く分には、元気にしているとの事だけれど。
私はずっと、積極的に絵梨香の近況を尋ねる勇気を持てないでいた。
だからこそ、覚悟もできていない時に―
このような不意打ちに近い形をとられたら、どうしていいのか分からない。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:16
-
「心配しなくても、中は見てないって。
じゃ、ちゃんと渡したから」
うろたえる私を余所に、それだけ言って、よっすぃーはあっさりと楽屋から立ち去る。
私は封筒を手にしたまま、その後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:17
-
絵梨香が・・・私に?
どうしてわざわざ?
よほど言いづらい事を手紙にして伝えたかったのだろうか。
まさか、あの時の事は忘れて欲しい―なんて言わないよね。
嫌な考えが纏わりついて離れない。
怖い―
だけど、私は絵梨香がどんな答えを示しても、受け入れる。
そう決めたから―
呼吸を整え、震える指先でゆっくりと開封する。
「っ・・・!これ・・・」
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:18
-
そこにあったのは―真円を描く大きな月の写真だった。
トイカメラで撮ったのだろうか。
四隅は暗く、少しピンボケしている。
けれどその分、中心に写った月はより神々しい光を放っているように見えた。
それは―まるで、初めて絵梨香と溶け合ったあの夜の月のようだと思った。
私はもうあの頃の私ではない。
時が流れていくにつれ記憶も薄れ、人の心も常に形を変えていく。
だから、私は写真を撮り続けるのかもしれない。
そこに存在したのだという、証を確かめたくて。
どんなものもいつかは風化していくという、普遍の事実にさえ抗いたくて。
少しでも長く、形を残しておきたくて。
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:19
-
絵梨香も、私との繋がりを保ちたいと思ってくれているから―
私にこの写真をプレゼントしてくれたのかな。
どうか、そうであって欲しい。
何度も願いながら、最後に写真の下の右端へと視線を移した瞬間―
“それ”は私にさらなる衝撃をもらたした。
目を凝らさないと分からない程の、控えめな小さな文字の羅列。
滲む視界の中、淡いピンクのペンで書かれているそれをゆっくりと追う―
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:21
-
「絵梨、香・・・」
“I love you”
私が知っている、他のどんな愛の言葉よりも深く、重い―
「うん、私もだよ・・・絵梨香・・・」
伝わるよ、絵梨香の想い―
声が聴けなくても、姿が見えなかったとしても。
たとえ相手にとって自分が“特別”ではなくても。
自分自身が心の中で想い続けていれば寂しい事なんて何もない―
そうだよね、絵梨香。
だって、私と絵梨香はこんなにもお互いを信じ合えてる。
永遠が途切れても、きっとまた巡り会える。
何度月が欠けても、いずれまた必ず満ちる日が来るのだから。
だから、待ってるよ。
再び二人の道が重なる、その時まで。
絵梨香と同じ世界を見られる日を夢見て。
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:23
-
********** END **********
- 301 名前:***Extra Story月の見る夢*** 投稿日:2011/10/17(月) 03:25
-
私は空に浮かぶ青白い月を眺めていた。
こんな夜は、あの人の事を思い出す。
他でもない、圭さんの事を。
おもむろに、圭さんから貰った写真を引出しから取り出して眺める。
今でも、この写真達は私の宝物。
だけど貰ったものは、なにも写真だけじゃない。
多くの、大切なものを与えてくれた。
本当は誰よりも夢見ていた―望んでいたもの。
もう決して、私の手には入らないと諦めていた数々のものを。
- 302 名前:***Extra Story月の見る夢*** 投稿日:2011/10/17(月) 03:27
-
実の母親以上に、惜しみない温もりを流し込んでくれた。
ずっと昔から共にいた仲間のように、人懐っこい笑顔を向けてくれた。
それだけで、狂いそうなほどに幸せだった。
私のためだけに歌ってくれたあの歌は、今でも耳に残っている。
誰にも奪えはしない、煌めく思い出。
圭さんのいる世界そのものが、大切な宝物だった。
- 303 名前:***Extra Story月の見る夢*** 投稿日:2011/10/17(月) 03:29
-
圭さんの心に触れて、私は全てに感謝をする事を知った。
たくさんの人達が支えてくれたから、私はここまで来れた。
母が私を生んでくれたから―
夢を叶える事ができた。
圭さんに出会えた。
そして圭さんがいてくれたから、私は自分を信じられた。
あの夢のような一ヶ月間の記憶があれば、前を向いて生きていけると信じられた。
きっと私は、圭さんを守るためにあの舞台に、運命に呼ばれたのだと思っていた。
だけど、助けられていたのはいつも私の方だった。
誰かに必要とされたかった。
この世界にいていいんだと言ってもらいたかった。
本当は、心のどこかに潜んでいた私の願いが、救いを求めて―
圭さんを呼んだのかもしれない。
それでも、出逢いは必然だった。
今でもそう思う。
- 304 名前:***Extra Story月の見る夢*** 投稿日:2011/10/17(月) 03:31
-
「圭さん・・・」
近頃、頻繁に彼女達をテレビで目にするようになった。
中でも、圭さんは一際輝きを放っているように見えた。
「ねぇ、圭さん。圭さんの物語は、まだ続くんですよ」
圭さんと撮った写真を、指で愛おしげになぞる。
あなたは私のヒロイン。
今も、そしてこれからも。
いつかは、再び巡り合う日を夢見てる。
だけど、もし―二人の道が平行線を辿り、交わる事がなくても。
たとえ私は端役のままだとしても。
もう同じ舞台に立つ事すら許されなくても構わない。
私は、きっと大丈夫―
残酷なほどに優しい、あなたを覚えている限り。
この月の光のように、あなたが柔らかく包み込んでくれた日々の記憶がある限り。
たとえ、私だけを照らしてくれる月ではなくても。
私は、ここからずっとあなたを見ている。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:35
-
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 03:51
- あとがき
「特別なんていらない」、完結致しました。
実は、リアルでは二人はこの舞台の後も立て続けに共演してるんですが
容量の関係で、このお話の中では“人生はショータイム”が二人が共演した最後の舞台、
という設定になっています。ご了承下さい。
ハロプロ系小説を書くのも、これだけ長い話を書くのも、
飼育に投稿するのも初めだったのですが、
凄くいい経験になったと思います。
ただ、改行ミスや誤字脱字等もあまりに多く、自分でも書き直したいほどなので、
読者様も相当読みづらいと思います。
大変申し訳ありません。
コメントを下さった方、読んで下さった方、スペースを貸して下さった管理人様
本当にありがとうございました。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/17(月) 22:44
- 完結おめでとうございます。
よかったです。素晴らしい
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/18(火) 10:04
- 最後のみーよからの贈りもの、いいですねぇ…
ブログでお互いのことをのろけてた2人がほんとかわいいなぁ好きだなあと思っていたので、
その2人がそのまま、というようなこのお話が読めてほんとにうれしかったです。
完結おつかれさまです!
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/23(日) 02:35
- >>307
ありがとうございます。なんとか10月中に完結できて良かったです。
>>308
ありがとうございます。あの頃は二人のブログ更新が本当に楽しみでした。
全く同じ事を思って下さっていた方がいて嬉しいです。
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/10(土) 04:47
- 小説を読んでウルッと来たのは久々です。
素敵な話をありがとう。
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