桜のスピード
- 1 名前:ぶち 投稿日:2009/09/13(日) 21:35
- はじめまして、ぶちと申します。
今までROM専でしたが…
書いてみたいなと思い、はじめることにしました。
カメのスピードよりのんびり、書いてます。どうぞよろしく。
- 2 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:36
- 同じ、空のはずなのに
私が「住居」としているあの場所と違い
どことなく、澄んだこの青い空と
きっとここでしか味わえないだろうぬるく触る風の感触に、
あぁ、帰ってきたんだなという実感がやっと沸いてくる。
懐かしいと思う反面、やはりどうもこの感覚は苦手だ。
- 3 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:36
-
「ひとみ、アンタ今日出かけるんだっけ?」
数年前までは毎日見ていた顔なのに、
今では1年に数回しか見れなくなってしまった母の顔は
幾分か、老いというものを感じたような気がする。
「うん、多分遅くなるから、夕飯いらないよ。」
「ホント人気者よねぇ」
「へ?」
「アンタ、家にいる時間のほうが短いじゃないの」
「へへっ、ゴメンゴメン。」
社会人という人種になってから早数年。
実家から通いたいと願っていたアタシなのに、
気づけば「転勤」という名の
まさに異国と地いっても過言ではない局地へと向かってしまった。
- 4 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:36
- 誰も知らない、何も知らない土地。
といっても不安でいっぱいというほどでもなく、
仕事は楽しめたし、上司や同僚は心温かい人達ばかりで
友人と呼べる人も少なからずできてきて
少しずつ、居心地がよく感じてきた。
それは時々、ここで過ごした頃よりも。
「で、今日は誰に会うの?」
「んー、友達だよ。」
「何、彼氏とか?」
「違うよ、高校の友達。あ、車借りてくから。」
「そ。まぁ気をつけてね。」
「ハイハイ、じゃ、いってきまーす」
なのに、アタシが年に数回ここに帰ってくるのは
両親や兄弟に顔を見せるため
恋しくなる友人たちに会いたいから
それは、あくまで、数割の言い訳でしか、すぎない。
きっと、ここに帰ってくるのは
アタシが弱いから、だと思う、多分。
- 5 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:37
- 奢るわけではないけれど、アタシは友人は多いほうだと思う。
地元の友人から大学まで、幅広く。
実家に帰ると数名に報告すれば、
友人という枠の中にあるカテゴリー別で
飲み会や、どこかでお茶するなど必ず予定が作られる。
それを苦痛なんて思わない。むしろ嬉しく思う。
青春や、幼少の頃を共に過ごした友に会い
思い出話や、たくさんのことを語り、笑いあうのは、
ここでしか味わえない楽しみだ。
友人達に埋め尽くされる、数少ない休暇の中でも
たった1日だけ、アタシは絶対に予定を入れなかった。
いや、予定がないわけではない。
ただ、ただ1人の為だけに空けておいている。
それが、今日だった。
- 6 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:37
- 『♪これ以上何を失えば 心は許されるの』
カーステレオから流れる懐かしい曲をBGMに
心地よい天気の中を運転する。
子供の頃の自分は、ただただ、唯一の足だった
あの自転車のペダルを必死で漕ぐだけで
こうしてこの街を、あの自転車のスピードの何倍もの速さで
走り抜けるなんて考えもつかなかっただろう。
今、あの自転車でどれぐれいの速さで
この街を駆け抜けられるだろう。
きっと、あの頃よりは随分とスピードは落ちているだろうけど。
そう思うと、人間ってどんどん楽していく生き物なんだろうか
でもまあいい。
とにかく、今この車は、アタシ達を運ぶという
大事な役目を果たしてくれているのだから。
とにかく、アタシは、こいつと共に、目的地へと走り出した。
- 7 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:37
- 目的地へ向かう最後の交差点。
今は、14時44分。
信号待ちのこの少しの間、アタシは
少し緊張しながら、すこーし、身だしなみとやらが気になって
バックミラーを見やる。ま、あまり変わりないけど。
『件名:Re Re Re
本文:もう着くよね?外で待ってるね』
さっき来たメール。
この角を曲がればきっと、もう待っている。
カチカチカチッ
目的地を指し示すウィンカーの音は
まるでアタシの心臓の音みたいに体中に響く。
一つ大きく深呼吸すると、アタシの気持ちのように
真っ赤に染まっていたライトが
すーっと落ち着いた青へと変わり、アタシはアクセルを踏みだした。
車体をゆっくり右へと曲げる。
信号を曲がった、5メートル先。
そこに彼女はいた。
「おまたせ、梨華ちゃん」
「久しぶりだね、ひとみちゃん。」
ただ1日だけ、アタシは絶対に予定を入れなかった理由。
それが、彼女、石川梨華だった。
- 8 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:38
- アタシと梨華ちゃんの関係を名づけるのならば、いささかお互いにズレがある。
きっと梨華ちゃんの目線からすれば、少なくとも『友達』
もう少し長くするのならば『一緒にいて楽な友達』(これは彼女から直接言われたから間違いはない)
アタシの目線からすれば、少なくとも『特別な人』
もうひとつ言うならば、『好きな人、好きだった人』
『好き』というのは、恋愛の意味を通して見たものだ。
ただ、この位置付けは自分でもハッキリしていない。
梨華ちゃんと出会ってから今に至るまで―、
高校1年生春から、今に至るまでの、梨華ちゃんとの関係は
アタシの目からすれば、それはそれはゆっくりなものだったと思う。
- 9 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:39
- そこまで仲がいいわけでもなく、
彼女とアタシの間に入ってくれるような友人がいなかったからか、
お互いが名前で呼び合えるまで3年かかり、
高校という箱の中で毎日会っていたせいか、
その箱を飛び出して、2人だけで同じ時間を共有できるまでには、プラス2年かかり、
数少ない逢瀬の中でお互いの本当の性格とやらを知れるまでに2年ほどのかかったのだから。
ゆっくりな事この上ないと、アタシは思っていたりする。
まるで、どこかの本で読んだ桜の落ちるスピードよりも緩やかだ。
その緩やかなスピードに乗る前から、
彼女を『友達』と呼ぶ前、ただの『クラスメート』の時から
アタシは、ずっと梨華ちゃんに片思いをしていた。
- 10 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:39
- いつ、どこで、どうやって好きになったのか、具体的に覚えてはいない。
ただ、彼女の笑顔が気になってた。
彼女の真っ直ぐな瞳がアタシのどこかに突き刺さっていた。
それに気づいたとき、同じクラスメートだった彼女が、
いつのまにか、アタシの心の一部を締めていて
どうしようもなく、大切で、特別な存在になっていた。
15年間を生きてきた中で、
こんなにも人を大切だと、特別だと感じた事は一度もなかった。
今まで好きだと思っていた人にそんな想いに感じたことは一度もなかった。
だから、彼女はきっと、アタシにとって本当の意味で、初恋だったのだと思う。
- 11 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 21:57
- 本当は、何度伝えようと思った。
けど、彼女の笑顔を曇らしてしまうのが、
なにより、彼女の拒絶が怖くて、
ずっと友達のままでいた。
そうこうしている間に、卒業のときを迎え
梨華ちゃんはすぐ就職をし、
将来の夢のないアタシは何の迷いもなく、大学へと進学した。
そこから、少しずつアタシ達の間で何かが変わった。
- 12 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 22:01
- アタシはバイトやサークルなど大学生らしい大学生活を楽しみ、
彼女はその変わらずの真っ直ぐな姿勢のまま仕事に取り組む日常を過ごした。
その真っ直ぐさのせいか、
卒業して、初めて2人で出かけるようになってから
何度目かから、時々は疲れた顔が覗くようになった。
学生で、怠惰な生活を過ごすアタシには、
彼女を元気付ける上手い言葉が見つからず、
大学の話を聞く彼女も、どういう言葉をかけて言いか分からなかったみたいだ。
お互いが、違う場所にいるんだとようやくになって、気づき始め、
少しずつ、アタシ達は距離をとり始めた。
でも、変わらずアタシは彼女が好きだった。
彼女もアタシといる空間に居心地のよさを感じてくれていた。
- 13 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 22:02
- だから、もうこのままでいいんじゃないかと思いはじめた。
少なくとも、彼女にとっては、アタシという存在が居心地のよいものなら
うまい言葉は見つからないけど、彼女を傍にいてあげることも、笑わすこともできる。
でも、きっと、彼女が本当につらいときは、抱きしめてほしいとき、
そんな時、呼ばれるのはアタシではない、きっともっと誰かなんだと思う。
だから、いつか、彼女が本当に好きだと思える人が現れて
彼女を本当に幸せにしてくれるまで、
こうして傍にいようかなって、そう思い始めた。
- 14 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 22:02
- 「いつ、帰ってきたの?」
「3日前くらいかな?あ、映画、4時からだったよね?」
「うん、この時間なら余裕で間に合うよ」
「オッケー。じゃ、行っくよー」
「はーい」
それに、彼女といる時、ふと思う。
こうやって何気なく過ごす、この瞬間自体
ある意味すごく奇跡なんじゃないかと、
あの頃は、こうなることは夢のまた夢で、
手が届かないようなものだったから。
だったら彼女にとって大切な『友達』と思ってもらえるだけで幸せなんじゃないかって。
- 15 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 22:14
- 「しっかしまぁ…」
「なに?」
「もう、そのピンクピンクいい加減卒業したら?」
「えー、いいじゃない、ピンク可愛いじゃない」
「…目がチカチカするっての」
「なんですってー!」
「アハハッ」
ほら、こうして彼女が笑ってくれるだけで幸せじゃん。
それに気づいたとき、梨華ちゃんは本当に誰よりも『大切な人』で
好きな人と思うと、なぜか違和感を感じ始めた。
これが今アタシが梨華ちゃんを
『好きな人』なのか『好きだった人』なのか位置付けに困っている理由。
- 16 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 22:16
- でも、おかしいよね。
そう決意してからも、大学を卒業して就職してからも
ふとした瞬間に、彼女の声や、思い出を思い出して、胸が痛くなる。
彼女と何百kmも離れる場所にいるようになってからも
彼女の思い出が鮮明すぎて、消えない。
『ひとみちゃん』
そう呼ぶ彼女の声が、無性に聞きたくなってしまう。
無性に苦しくなる。
だから、こうして、アタシは彼女に会いに行く。
- 17 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/13(日) 22:16
- 弱い自分が、時々嫌になる。
でもさ、
ホントに、今、正直
自分の気持ちがよく分からない。
ホントに、どうしたいんだろうね、アタシ。
- 18 名前:ぶち 投稿日:2009/09/13(日) 22:19
- 今日はココまで。
多分あと何回かで終わります。
なんか文章がぐるぐるになってきてる気が…(汗
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/14(月) 00:34
- 面白そうですね。
次回楽しみにしています^^
- 20 名前:ぶち 投稿日:2009/09/15(火) 00:31
- >>19名無飼育さん
ありがとうございます。
ボチボチとやっていくのでよろしくお願いします(__)
- 21 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 00:34
- 車は予想より少しスムーズに進み、
上映時間の20分前には映画館へ着いた。
ちょうど小腹がすいてきたのと、
映画の醍醐味!と力説する彼女に合わせ、ポップコーンとジュースを買うことにした。
アタシはコーヒー。彼女はミルクティ。
これは、何年経っても変わらない。
ただ問題は、ポップコーン。
キャラメルにするか、塩にするか。
いつも上映時間ぎりぎりまで迷いに迷い、
結果、アタシが塩を買い、彼女がキャラメルを買う。
そして半分ずつ分けて食べるというのが、いつものオチだ。
- 22 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 00:34
- 「ったく、相変わらず悩むよねー、梨華ちゃんは」
「だって、どっちも食べたいじゃない。」
というか、ひとみちゃんが最初から言ってくれればいいじゃんっ」
「何?逆ギレ?」
「だって、そうでしょー!」
「ハイハイ、ゴメンって」
ハタから見たら喧嘩っぽいけど、これがアタシ達の常だ。
梨華ちゃんがちょっとキレて、アタシが笑って受け止める。
彼女は、拗ねたり、人に怒ったりはあまりしないから。
だから、ちょっと特別な気持ちになれて嬉しかったりする。
…Mか、アタシは…
- 23 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 00:34
- 「それにしても、」
「ん?」
「ひとみちゃんは色んなもの知ってるね」
「んん?そうかなぁ?」
「そうだよ、音楽も、映画とか。アタシTVとかで有名なのしか知らないから」
ま、確かに。
アタシの趣味は、当時の女子高生や、女子大生の趣味からすると
どちらかといえば変わっている方には入ると自負している。
TVのドラマの主題歌を好むよりは、深夜に流れるジャズや、
普通のCD屋ではなかなか売っていない異国のバンドを好み、
見る映画も、B級映画を好んだりする。
だから、なかなかアタシと音楽や映画の話が合う人がいない。
熱く語っても、ゴメン分からないと苦笑いで終わるパターンだ。
- 24 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 00:34
- 今日の映画も、実はアタシがずっと見たかった映画だ。
『誰もが通り過ぎゆく日常を切り取った、切なくも美しいラブストーリー』
解説にはこう書いてあったような気がする。
恋愛ものを、ましてやアニメーションの映画を見に行くことはあまりないけれど、
アタシはこの監督の映す風景、そして独特な世界感に惹かれていた。
そんな作品だから全国ロードショーとかじゃなく、
マイナーな映画館でしか、なかなか見れないと思っていたけれど
調べてみたら、実家から車でいける範囲の所で上映されているのを見つけた。
そこで、彼女にお願いしたら快くOKしてくれたわけである。
- 25 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 00:41
- 「ゴメンね、なんかつき合わせるみたいな感じになっちゃって」
「え、どうして?」
「いや、マイナーなヤツだし、もしかしたら面白くないかも…」
「アタシは嬉しいけどなぁ」
「へ?」
「自分の知らない世界を知れるってさ、
それってなかなかできないことじゃない?」
「あ、あぁ、うん。」
「だから、アタシ好きよ?ひとみちゃんの話聞くの」
「……そっか。」
「あ、今ちょっと嬉しいとか思ったでしょ?」
「…別に、思ってないし。」
「またまたぁー、いいんだよー?素直に嬉しいって言って」
「…あ。ほら、映画始まるから静かにしようねー」
「あー、はぐらかした」
「うるへっ、ほら、前を見る」
「ハーイ…」
『はぁー…』
気づかれないように、ため息をつく。
タイミングよく、落ちた照明とブザー音に少し感謝した。
- 26 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 00:46
- 正直嬉しいって思ったのは、ホントのこと。
彼女はよく、アタシの心を軽くする言葉や
顔の全神経が緩々と緩んでしまうような言葉を
悪気なくぽんぽんとアタシに投げてくる。
昔から、そういう言葉に慣れてないアタシには
それはそれはとてつもない嬉しい爆弾だ。
でもそれを、素直に嬉しいといえないのは
照れのせいでもあり、自分がまだガキっぽいからだからだと思う。
- 27 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 00:46
-
『好きよ?ひとみちゃんの話聞くの』
ホントに…
梨華ちゃんの頭の中には、アタシを喜ばす単語ばかりが
載った辞書でも入ってるんじゃないかな。
そういうのが、とてつもなく嬉しくて
ほんの少しだけ、苦しい。
そうして、
また彼女のことを大切だって想う気持ちが、
止まらなくなる。
- 28 名前:ぶち 投稿日:2009/09/15(火) 00:47
- 今日はここまで。
書きたいことが多すぎて、うまくまとまりません(汗
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/15(火) 01:00
- リアルタイムで読めて余りの嬉しさに記念カキコ
よっすぃのもどかしい気持ちにリンクしてPCの前でじたばたしてましたw
更新を楽しみにお待ちします
- 30 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:24
-
「不思議なお話だったね」
「うん…そうだ、ね。」
彼女の言うように、
その映画は、アタシ達を不思議な気持ちにさせた。
- 31 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:26
-
それは、恋の始まりから終わりを描いたもので。
子供の頃強く、大きく、守りたいと包みたいと願っていた想いは
物理的に距離が離れ、さらに大人になるにつれて消えていく。
少年も、少女も、ただひたすらに茫漠と横たわる時の中を生きていく。
そして少女は、
少年の知らない誰かと恋に落ち、結婚する。
少年も、何度かの恋をする。
でも、心の奥深い部分には、彼女のカケラが消えずに残っていた事に気づく。
でも、どうしようもなく、自分がどうしたのかも分からず、ただ毎日を生きていく。
- 32 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:27
-
そんなある桜の舞う季節。
2人は、偶然一緒に通った踏切で、思わぬ再会をする。
ただ、すれ違うだけだけれど。
少年は思わず振り返るが、その間を電車が遮り、
通り過ぎた後、踏切の向こう側には誰もいない。
少女は振り返らなかったのだ。
誰もいないその景色を見て少年は笑みを零す。
そうして、前を向いて歩き出した。
その瞬間、何かが終わりを告げた。多分恋の終わりを。
- 33 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:28
- ハッピーエンドともバットエンドとも言いがたい、
ただ静かに始まり、静かに終わった初恋の過程。
恋物語といってもいいか分からない位、静かなで、でもどこかリアルで。
「でも、」
「うん?」
「なんか、いいね。ああいうの。」
「でしょ」
激しく、恋に落ちるのもいいけれど
あんな風に、静かな物語のほうが、アタシは好きだ。
それにスクリーンに映された、景色も。
例えバーチャルの世界でも、脳裏に残るほど綺麗で
彼女がどう感じるのであれ、一緒に見れてよかったなぁ、思う。
「ありがと、誘ってくれて」
「いえいえ。気に入ってくれたなら、よかったよ」
喜んでくれてよかった。ホントに。
- 34 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:29
- 映画館からでると、外はすっかり暗くなり
近づいてきた秋のせいか、風は少し冷たくアタシ達の間を吹きぬけた。
「っくしゅっ!」
「あーぁ、大丈夫?」
「グスッ、うん、ちょっと薄着しすぎたかも。」
確かに、この季節を考えると、少し薄すぎる格好を梨華ちゃんはしていた。
「ほら、これ羽織りなよ」
「え、悪いよっ、それじゃひとみちゃんが風邪引いちゃう」
「大丈夫だよ。ほら、とりあえずさ」
「ん…ありがと。」
「どーいたしまして。」
申し訳なさそうにアタシの上着を羽織る梨華ちゃん。
そりゃ自分でも、無理やり感はあったんだけども、
見てるこっちも少し寒くなるくらい、薄着だよ、君。
それに…ほら
「えへへ、あったかーい」
「ん。」
ベタだとは思うけど
格好つけたいんだよね、やっぱ。
- 35 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:31
- 「これからどうする?飯行く?」
時計を指す時刻は、
まだ彼女とサヨナラするには早すぎる時間で、
夕飯と呼ぶにはちょうどいい時間帯だ。
「ひとみちゃん、お腹すいた?」
「んー…あんまり…」
正直、食べたくないのが事実。
アタシの胃の中は今、
結局食べきれないと梨華ちゃんに押し付けられた
キャラメルと塩味のポップーコンがほとんどを占めている…
いや、だったら捨てたらって話だけど
『エコじゃないからダメっ!!』
とのことなので。
「梨華ちゃんは?」
「んー…アタシもそんなに…」
そりゃそうだよね。
食べきれないからってあんだけの量押し付けて
お腹すいたーって言ったら、軽くシバイてたよ、うん。
- 36 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:32
-
「ねぇ…」
「うん?」
呼びかけて、梨華ちゃんはアタシの上着を弄りながら俯いた。
これは、何か言おうか言うまいか迷ってる梨華ちゃんのクセだ。
「あ、のね?」
「うん」
こういう時、アタシはいつも待つことにしてる。
無理に聞くと、遠慮がちで優しい彼女は、
『ううん、なんでもない』と言って笑ってごまかすから。
『大丈夫、言ってごらん?』
って気持ちをこめて笑いかければ、ちゃんと言ってくれるから。
これは、何年も彼女を見てきて、つい1、2年前に学んだ術だ。
- 37 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/15(火) 15:35
- 「行きたいとこが、あるんだけど…いい?」
ほらね?
「行きたいとこ?いいよ。」
『どこだってお供しますよ。』
そうおどけると彼女は噴出すように笑って答えた。
「あのね?」
- 38 名前:ぶち 投稿日:2009/09/15(火) 15:39
- 変なとこでぶち切りますが今日はここまでw
ちなみ吉澤さんと石川さんが見た映画は
先日某国にパクられ疑惑で話題になった『秒速5センチメートル』という映画です。
好きなんですよね…新海さんの作品。
映画の描写をうまく説明できないのが悔しいですが(汗
>>29名無飼育様
リアルタイムカキコありがとうございますww
うまく吉澤さんのもどかしさを伝えられてるか心配ですが
あと1、2回で終わる予定です。もうしばらくお付き合いくださいませ。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/16(水) 00:11
- う〜ん、どこに行くんだろう?
行き先をアレコレ考えながらお待ちしてます。
- 40 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 22:20
- 「しかしまぁ…アレだよね。」
「うん……」
「この季節のここって…」
「やっぱり…」
「さみぃーーーーー!!!」
「さむーーーーーぃ!!!」
梨華ちゃんが行きたいと言った場所、
それは…
海だった。
- 41 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 22:21
- 『海?』
『ほら、ひとみちゃんが前に教えてくれた。』
『あぁ…』
彼女が言う海は、ここから1時間ほどにある海だ。
『いいけど、行ってもなんもないよ?』
『うん。でも行ってみたいの。ダメ…かな?』
顔をあげ、アタシを見つめる彼女の目からは、
何か、強いものを感じだ。
まるで、何かを決意したような…そんな瞳。
そんな彼女に、アタシはなぜか
気づいちゃいけない気がして…
目を逸らしながら、彼女の答えに答えた。
『ダメなわけないって。じゃ、行く?』
『うんっ!』
そうして、今に至るわけである。
- 42 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 22:36
- 「うぉー…やっぱ風キツイなぁ。」
「ひとみちゃん、大丈夫?」
「梨華ちゃんこそ。寒くない?」
「んーなんとか。ひとみちゃんの方が寒くない?上着借りちゃってるし」
「あー、アタシは大丈夫だって。丈夫にできてるし。」
「だよねー、なんとかは風邪引かないっていうもんね。」
「オイ。」
「エヘへ。」
「まったく…で?どうよ、此処は。」
「うーん…なんか落ち着く所だね。」
「でしょ。だから好きなんだ。」
街灯に照らされたその海はキラキラとオレンジ色に煌きながら
風の流れに沿って揺れていて。
その傍に聳え立つ風車も海風に押されて大きく旋回する。
ふと空を見上げると、小さな星座達が夜空を流れている。
その空を染め上げる空は、真っ黒で、見ていると吸い込まれそうな心持になる。
- 43 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 22:46
- 「綺麗…」
「でしょ。それにここ、星も綺麗だから。」
「あ…ホント…っきゃっ」
上を見ながら歩き、砂浜に足を取られたのか梨華ちゃんは盛大にこけた。
「あーぁ、大丈夫?」
「ふぇーん、いったーい。」
「ったく、ほら。」
そういって手を、差し伸べる。
「…ありがとう。」
アタシの手を取って梨華ちゃんは立ち上がった。
触れた手は、少し、冷たく、
その感覚に、アタシは、心音が早くなるのを感じた。
「見るときは、せめて、立ち止まりなよー?」
「はーい。」
それをごまかすように、ぶっきらぼうになってしまう。
こういうところに自分のガキさ加減を感じてしまう。
- 44 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 22:51
- 誰もいない、誰の足跡のない砂浜はとても静かで
ただ、聞こえるのは波の音と足音と、アタシと梨華ちゃんの声だけだった。
まるで、2人だけの世界のように感じる。
「ねぇ」
「ん?」
「前にひとみちゃんが言ってた木って…」
「あぁ、桜の?」
「うん。」
「あそこだよ。」
海岸へのカーブを曲がろうとすると、そこには1本の樹がある。
静かにそびえ立つ、立派な桜の樹。
- 45 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 22:51
- 今はもう秋だから、ただの樹だけど…
春の夜
ここに初めて来たとき、その光景を見たアタシは、すぐに心を奪われた。
ひらひらと舞い落ちる桜の花びらが街灯の光に照らされる姿、
ピンクとオレンジのグラデーションがアタシを包む
その姿はとても、言葉では言い表せないくらい幻想的で
そして、ここは誰にも、教えたくない、アタシの秘密の場所になった。
でも、1度だけ、梨華ちゃんに話したことがある。
この場所の、春の夜の美しさを。
誰にも言わなかったけど、彼女だけには教えた。
それは多分、アタシだけの秘密というよりも
なんとなく、2人だけの秘密にしたかったから、だと思う。
- 46 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 23:10
-
「見たかったなぁ…」
「あ、もしかしてココに来たかったのってそれ?」
「んー、それもあるけど…」
「けど?」
「えー?んーそれはねー…やっぱり内緒♪」
「はぁー?なんだよ、それー」
「フフッ。えっとね、ひとりじめしたかっただけだよ。」
「え?何を?」
「ひとみちゃんが大事にしてる場所」
「へ?」
「ひとみちゃん、誰も連れてきたことないって言ってたでしょ?」
「あぁ…うん。」
「だから、ここに連れてきた最初の人っていうのひとりじめしたかったの。」
「………。」
「連れてきてくれて、ありがとう。」
- 47 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 23:10
- オレンジ色に染まる、彼女の髪。
アタシを見つめている瞳。
少し高い、彼女の声。
そして、優しく、アタシを満たしてくれる笑顔。
初めて出会った時から、
梨華ちゃんを好きだと思った時から、
なにも変わっていない。
それら全てがアタシの心を騒がす。
その瞬間、アタシは確信した。
アタシは…彼女が好きだと。
- 48 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 23:12
- どういう根拠でそう思ったのかはわからない。
ただ、電流が走ったかのようにその答えたアタシの体を貫き
淡く、緩やかに、柔らかな気持ちが、心を包み込んだ。
泣きそうなくらい、切なく優しい感情。
心から暖かいものが溢れそうになる。
- 49 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 23:13
- こうして何百Kmもの距離を離れるようになって、思うことがある。
あと、何回、こうして彼女といられるだろうと。
梨華ちゃんに今、恋人がいるのか、アタシは実は知らない。
彼女もアタシに恋人がいるか聞かない。
いないかもしれないし、いるのかもしれない。
でも、きっといつか。
彼女は自分の伴侶となる人を見つけ、永遠を誓うことになるだろう。
そう思うと悲観にくれた。
そうして、いつしかそれから目を逸らす術を覚えた。
- 50 名前:桜のスピード 投稿日:2009/09/20(日) 23:17
- でも、今、もうそれすらどうでもいい。
ここで、彼女に嫌われてしまっても
彼女と永遠に会えなくなってしまっても
もうそれでもいい。
今なら、彼女の幸せを願うことができる。
本当に、心から。
その笑顔が、永遠に続くなら、アタシはきっと1人でも生きていける。
「梨華ちゃん。」
「んー?」
「アタシさ…」
アタシは、心から、本当に心から愛せる人ができた。
世界で一番大切な人だと誇れる人ができた。
それだけで、十分幸せだから。
「好き、だよ。梨華ちゃんのこと」
それだけで、十分だから。
- 51 名前:ぶち 投稿日:2009/09/20(日) 23:21
- 本日はココまで。次回でラストになると思います。
文章が支離滅裂になっていないが心配です(汗
>>39名無飼育様
と、いうわけで海に来てしまいました(笑
次回で多分ラストになると思いますので、どうぞよろしくお願いいたします_(_^_)_
- 52 名前:ぶち 投稿日:2009/09/20(日) 23:35
- 訂正
>>47の最後
その瞬間、アタシは確信した。
アタシは…やっぱり彼女が好きだと。
いや、むしろ…
梨華ちゃんのこと、愛しているんだと思う。
と脳内で付け足してくださいまし…_(_^_;)_
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/27(日) 23:40
- このお話の雰囲気すごく好きです。
次回でラストというのは寂しいですが、楽しみにしてます^^
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/30(水) 21:12
- 今日見つけて読ませてもらいましたが雰囲気が良いですね!
最後どうなるのかドキドキして待ってます。
- 55 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:44
- 「え…?」
彼女から出てきた答えは、空気の抜けたような、問いかけの言葉だった。
無理もない、というか、予想通りというか。
アタシは苦笑いで、もう一度答えた。
「アタシは、好きなんだ。梨華ちゃんが。」
一字一句、ゆっくり、丁寧に。
1フレーズの言葉。
だけど、アタシのありったけの言葉が詰まった言葉を。
それ以上も以下もない、アタシの気持ちを。
- 56 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:45
- 彼女は、やっとアタシの言葉を理解してくれたのか、
驚いた顔で、真っ直ぐ、アタシを見つめた。
何かを突き刺すような目で真っ直ぐ。
今
彼女は何を考えているだろう
見つめることが照れくさくて、
いつも、その瞳を逸らしてきたから、
彼女の考えることを、読み取ることができない。
だから、アタシは、笑うことしかできなかった。
せめて、彼女の中に渦巻く不安とか恐怖とかそんなものを少しでも取り除けるように。
『大丈夫だよ、アタシは何もしないよ。ただ、君が好きなだけだよ』って。
- 57 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:45
- どれくらいの時が経ったか分からない。
30秒だったのか、1分だったのか、あるいはそれ以上か。
アタシ達は見詰め合ったまま、冷たい風の中を立ち尽くした。
その瞳は相変わらずアタシに何を伝えたいのか、分からないけど
このままじゃ、2人とも風邪を引いてしまう。
「戻ろ?風邪引いちゃう。」
「待って。」
呟くようにそう言った梨華ちゃんはアタシのシャツを掴み、俯き気味に立っていて、
「好きって…」
「ん?」
「ひとみちゃんにとっての好きって何?」
小さく、か細い声で、そういった。
「アタシにとって?」
「そう、教えて。」
こころなしか、シャツの裾を掴んでいる手は震えている気がした。
- 58 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:48
-
「泣きたい時、一番近くにいてあげたい。」
いつだったか、電話越し。
君が、彼氏に振られたっていって泣いていた、あの日。
何もかも投げ出して、夜の街を走ってでも、一番に君の傍にいてあげたいって思った。
「寂しかったり、苦しいなら、全部分けて欲しい。」
強がりな君はいつも大丈夫って笑うから
泣いてもいいよって、全部、その苦しみ、分けて欲しいって言いたかった。
それから、全部包んであげられる強さが欲しいと思えた。
「好きなこととか嬉しかったこととか、誰よりも、一番知ってたい。」
ひとつ、ひとつ、どんな些細なことでも君の好きな事を知っていくことが嬉しかった。
君が教えてくれる嬉しかったことを、アタシに教えてくれるのが嬉しかった。
- 59 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:49
- 「あと…」
これが、一番大事。
「笑った顔、ずっと見てたい。」
『ひとみちゃん』って呼んで、笑う君の顔、ずっと見てたい。
「そんなこと、全部思うのがアタシにとっての、好きかな…?」
そして、それは全部、梨華ちゃんのことだよ。
- 60 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:53
- 一瞬、強い風がアタシ達の間を通り過ぎ、
それは、大きな音を立てそして、静かになった。
「ひとみちゃん、アタシね?」
梨華ちゃんの言葉が、静かに響く。
彼女は顔をあげ、アタシを見つめた。
その瞳からは、一筋の涙が零れていた。
雫は、オレンジ色の光に反射しながら
ゆっくり、彼女の頬を伝う。
そして、彼女は笑う。
何よりも、誰よりも、好きな、
アタシが一番好きな笑顔で。
その姿に、アタシは、思った。
胸いっぱいに。
あぁ…幸せなんだって。
そして、彼女は答えた。
「アタシも、ひとみちゃんと、同じだよ。」
その言葉に、その笑顔に、アタシは泣きたくなった。
嬉しくて、とてつもなく、嬉しくて。
- 61 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:54
-
「ぐずっ…」
「あー…泣くなよ」
「ひとみちゃんこそ…」
「うっ…ずっ…」
彼女の言葉から、しばらく、アタシ達はその場に立ち尽くして、泣いた。
なんというか、その…恥ずかしい話。うれし泣きってヤツで。
「そっかぁー同じだったかぁ…」
「うん。」
「え…いつ…から?」
「わかんない。ただ…」
「ただ?」
「このままはヤダなって思ったの」
「うん。」
「最初はなんでそんな事思うのか分からなかったの。友達でいいじゃんって。」
「うん。」
「それから…ひとみちゃんと、同じ事思うようになったの。」
「それから?」
「アタシと?」
「うん。もう…なんだろう?ひとみちゃんの…隣にいたいって。」
「そっか。」
「うん。」
いつもは、勇気が出なくて
少しも触れることのできなかった彼女の手を捕まえた。
初めて触れる彼女の手は、小さくて、
風のせいか、少し冷たかったけど、心がすごく暖かくなった。
- 62 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:54
- 「本当はね?」
「うん?」
「言うつもり、なかったの。その…やっぱり女の子同士だし。」
「うん…」
「でもね、ひとみちゃんとあと何回会えるんだろうって考えるようになったら…
ひとみちゃんいなくなったら、アタシどうしていくだろうって考えたら怖くて…」
「そっか。」
「うん…だから、言おうと思ってた、今日」
「そなのっ!?」
「そうなのっ!だから、ここに連れてきてもらったの」
「なんでよ。」
「最後になる前に、ひとみちゃんの大事な場所、見たかったから。」
あぁ…だからか。
あの時感じた、何かを決意したような…そんな瞳は。
- 63 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:57
- 「ねぇ」
「うん?」
「いいの?抱きしめて」
「ふぇ?」
「いや、いいの?アタシ、梨華ちゃんの事抱きしめても」
これから、君の事…
怖いものから守ってあげる、
幸せを分けてあげる、
触れたいと思ったら触れることのできる
そんな資格を、アタシはもってもいいですか?
「…うん、抱きしめて?」
そんな気持ちを分かってか、彼女は笑顔で答えた。
「ん…」
そして、ゆっくり、すっと、そして少しずつ強く梨華ちゃんを抱きしめた。
何べん夢で見ただろう?
こうして、彼女に触れることを。
今、それが現実なんだと思うと、幸せで、幸せで、
アタシの中の幸せ貯金の預金がいっぺんに減っていきそうなんて思っちゃうくらいだ。
梨華ちゃんの笑顔が、永遠に続くなら、アタシはきっと1人でも生きていける。
なんて、ついさっきまで思ってたくせにな。
- 64 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:57
- 「くあー…」
「フフッ、なにその声」
「………」
「ひとみちゃん?」
「あー、ゴメン梨華ちゃん。アタシ今すっげー幸せだわ」
「そっかぁ」
「うん」
「んー、アタシも幸せ」
「そ。」
「あ、照れてる?」
「別に照れてねーし」
「まったまたー」
「だから、ホントに照れてねーし!」
「心臓すっごいバクバクいってるけど?」
「ぐっ」
「それに、分かるよ?何年の付き合いだと思ってんの?」
「…はい」
「分かればよろしい。」
「はぁー…」
も、いいや。
彼女との言葉の一つ一つが、全部くすぐったい。
あと、何回こんな幸せなため息がつけるだろう。
そう思うと、また幸せの心音が高くなる。
- 65 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 00:57
- 「ひとみちゃん」
「ん?」
「…寒い」
「ブッ、ハイハイ。とりあえず、帰ろっか。」
「うんっ。あ、ねぇ。」
「ん?」
「いつ向こう帰るの?」
「明後日だよ」
「明日はなにか用事ある?」
「んにゃ」
「じゃぁ…あのー…」
また梨華ちゃんはアタシの裾を弄りながら俯いた。
不思議なもんだ。今なら、彼女が何を言いたいのか手に取るように分かる。
「どこ行こっか?」
「えっ?」
「明日、どっか行こうよ。」
「じゃ、じゃぁ、遊園地っ!」
「却下ーっ!!!!」
「えーっ!なんでよー!!!」
「おめー、アタシがジェットコースター苦手なの知ってんだろっ!?」
「んもー、慣れれば大丈夫だってー」
「無理無理、ぜってぇー無理っ!」
「あ、ちょっと、待ってよーっ!」
- 66 名前:桜のスピード 投稿日:2009/10/01(木) 01:00
- ねぇ、梨華ちゃん。
これからはさ?
泣きたい時、一番に呼んで。
寂しかったり、苦しいなら、その痛みを分けてよ。
まぁ。多分さ、アタシ達ってこれからもこんなんだと思う気がするけど。
でも、いいよね?
たくさん時間をかけて、ここまで来たんだから。
これからも、ゆっくりでさ。
知ってる?桜の落ちるスピード。
秒速5センチメートルなんだってさ。
それよりも、ゆっくりでもいいよ。
ゆっくり、ゆっくり、歩いていこ?
たださ、笑っててよ。
『ひとみちゃん』って呼んで、アタシの隣で。
ずっと、いつまでも。
―完―
- 67 名前:ぶち 投稿日:2009/10/01(木) 01:09
- 桜のスピード完結でございます。なんか、思ってたより長かったw
幼稚な雑な文書になってしまったかもしれませんが、
読んで下さってホントにありがとうございます。
次回作、石川さん視点で書こうかなぁって考えています。
このように気ままに、のらりくらりですのでいつになるか分かりませんが…
その時はまたよろしくお願いいたします。
>>53名無飼育様
お褒めの言葉ありがとうございます。
そういっていただくと嬉しい限りです。
次回作また書こうと思いますので、その時はよろしくお願いいたします。
>>54名無飼育様
ありがとうございます。
小躍りしてしまうくらい嬉しいお言葉です。
ラスト、こんな感じになりました。いかがだったでしょうか?
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/02(金) 00:36
- 完結お疲れさまです。
私はハッピーエンド好きなのでホッとしました。
物語にとても癒されましたありがとうございました。
- 69 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:49
- 正直いうと、最初は彼女が少し怖かった。
「吉澤ひとみです、よろしく。」
高校1年の春、入学式。
とてもシンプルな挨拶を述べた彼女。
でもその顔はとても凛として、
こんなに綺麗な人っているんだぁ…なんて思ったことをよく覚えてる。
それからしばらくして、彼女はバレー部に入り
あっという間にファンクラブができるほど、有名人になった。
そりゃそうよね、顔よし、スポーツ万能だもん。
でも、彼女は例え先輩に囲まれても、同級生に囲まれても、冷静だった。
淡々というか、クールというか。
『近寄るな』というオーラがでているようで。
だからちょっと怖かった。
- 70 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:50
- それと、もう一つ。
名前にもなったっていってた大きな瞳。
彼女の瞳に見られていると、どこか、体の一部を刺されるような、
なにか、見透かされる気持ちになって、居心地が悪かった。
だから、ひとみちゃんの事は、遠めで見ているだけで
同じクラスの『吉澤さん』、ただそれだけの存在だった。
- 71 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:50
- でも…あれはいつだったかな?
確か高校生活を半分以上終えてた頃。
何かの課題で、調べ物ついでに図書室で1冊本を借りた。
その時カウンターにいた人が、ひとみちゃんだった。
『あ…』
『あ…ども…貸し出し?』
『う、うん、お願いします。』
『ん。へー…』
『え?』
『アタシも、結構好きなんだ、コレ』
私が借りた本、それは映画化されたばかりの本で
ついこの間映画を見て、たまたま、借りただけなんだけど…。
『吉澤さん…本好きなの?』
『うん。結構好きだよ。』
そういってヒラヒラ見せてくれたのはなんだか難しそうな本だった。
『へー…意外』
『といっても恋愛小説はあんまり好きじゃないけど』
『あぁ…』
『そんな感じする?アタシ』
『う、うん…』
『石川さんは逆に好きそうだよね恋愛系。』
『そ!そんなこと』
『あるでしょ?』
『う…』
『ハハッ。図星か』
なんて、ひとみちゃんは笑った。
その顔はとても優しくて、あ、こんな風に笑う人だったんだぁ…って感心した。
- 72 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:51
- それから…だったかな?ひとみちゃんと仲良くなったの。
クールと言われてた表情は単にぼーっとしてるだけで、
本当はふざけたことばーっかりしてたし、子供っぽいし
キショイって意地悪いうし、口は悪いし。
でも、その奥にいるひとみちゃんは
とても純粋な心をもってて、
なにより優しくて、私の自慢の友達だった。
- 73 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:51
- いつからだろう、ひとみちゃんのことを好きになったのは。
高校を卒業して、私はすぐに小さな会社で働くようになり
ひとみちゃんは地元の大学へ進学した。
忙しい日々だったけど私たちは月に1度は必ず会っていた。
ひとみちゃんは大学入ってすぐ、
フットサルのサークルに入り
毎日一生懸命ボールを追いかけてるみたいで。
会う度にサークルの話をよくしてくれた。
フットサルのルールとか、試合で、どういうプレーをしたかとか
こういう、友達がいてこんなことしてたとか、合宿でこんなことしたとか
その時のひとみちゃんは、とっても楽しそうで、
あぁ本当に好きなんだなぁっていうのが伝わってきた。
- 74 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:52
- 私は…
仕事を覚えるのに必死で、
いつも怒られてばかりで、大変で…
でも学生のひとみちゃんに愚痴を言っても
ひとみちゃんが困っちゃうなって考えたら…
世界が違うんだなぁって思えた。
多分、ひとみちゃんも気づいたんだと思う。
少しずつ、私達は距離をとり始め、会う回数も少しずつ減った。
でも、嫌いになったとかそういうんじゃなかった。
ひとみちゃんといる空間は他の誰かといる時とは少し違って
とても快適で、居心地がよかった。
そんな私をひとみちゃんはいつも甘やかしてくれた。
ひとみちゃんもまんざらじゃなさそうだったし…多分。
だから、私達は離れるということはしなかった。
- 75 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:52
- それに卒業してから気づいたことがある。
ひとみちゃんが私を見る時、優しく目をしてくれることに。
その目はなんだかあったかい毛布に包まれるみたいに優しく、暖かくて
私のこと大切におもってくれてるんだなぁ…ってなんとなく思った。
ううん、本当はひとみちゃんはずっと前からそんな目をしてくれてたのかもしれない。
毎日同じ時間を過ごしたから、気づかなかっただけで。
いつか、ひとみちゃんが誰か好きな人ができたら
ひとみちゃんというこの空間も、こうしてひとみちゃんが私を見てくれることも
独り占めできなくなっちゃうのかなって思うと…寂しくなった。
最初は、お友達をとられるのが寂しいからかな?って思ったけど…
- 76 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:54
- ひとみちゃんが笑うとすごく嬉しかった。
学校のこととか、サークルのこととか、
好きな本とか映画とか、ひとみちゃんが見つけた景色とか、
色々嬉しそうに話してくれるのを聞くのが好きだった。
だって、その時のひとみちゃん、とっても楽しそうだから。
その反対に、ひとみちゃんは弱音を言わない。
笑って大丈夫だよっていうだけ。
でも見てて分かった。
辛そうなこと、悲しそうなこと。
そんな姿を見てたら、傍にいてあげたいなって思えた。
ひとみちゃんは、寂しいなんて、言わないから。
というより寂しいなんていっちゃいけないって思ってるから
私がいるよって隣で言ってあげたかった。
ずっと、ひとみちゃんといたいなって思うようになった。
あ、私…
ひとみちゃんの事、好きなんだって気づいた。
この人のことが、どうしようもなく大切なんだなって気づいた。
- 77 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:55
-
でも…それをひとみちゃんに伝えようとは思わなかった。
だって女の子同士だし。
なにより、ひとみちゃんに拒絶されることが一番怖かったから。
苦しいし、辛いけど、
こうして、友達としてひとみちゃんの傍にいれるなら…
それでいいかなって。
『どした?梨華ちゃん』って
あの瞳で優しく笑ってくれるなら、
それでいいやって。
- 78 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:56
- でも、ひとみちゃんが、何百kmも遠い所に転勤で、
年に1度か、2度しか会えなくなった時
私は怖くなった。
こうしてあと何回ひとみちゃんと会えるんだろう…
ひとみちゃんが向こうで誰かと結婚して…
私の事なんか忘れちゃったら…アタシどうしていくだろうって…
会うたびにその気持ちは強くなっていくばかりで…
- 79 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:56
- もう、いっそのこと、言っちゃおう。
ひとみちゃんに全部伝えて、ちゃんと気持ちにケリをつけよう。
多分立ち直るまでいっぱい時間はかかると思うけど
いつか、きっとキズは癒えるはずだから。
だから、今日言おうと思った。
『ひとみちゃんが、好きです』って。
- 80 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:57
-
でもせめて最後に、
ひとみちゃんの大事な場所を見ておきたかった。
いつだったか、ひとみちゃんが話してくれたとっておきの場所。
春の夜、ピンク色の桜が、オレンジ色の光に包まれて
ひらひらと舞い落ちる姿は、とても幻想的で、泣きそうなくらい綺麗な場所。
『内緒だよ?』って私だけに教えてくれた場所。
本当はその桜が咲く姿を見たかったけど…
その景色を見たときに、ひとみちゃんに嫌な思い出思い起こさせたくなかった。
ここに連れてきた最初の人っていうの独り占めできたら、それだけで十分だった。
つまづいて転んでも優しく手を伸ばしてくれるアナタの隣でこの景色を見れた。
その思い出があれば頑張って生きていけるから。
- 81 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:58
- さぁ、『あなたが好きです』って伝えよう。
この恋にサヨナラをしようって
思ってたら…
「アタシさ、好きだよ、梨華ちゃんのこと。」
って。
ひとみちゃんが言ってくれた。
驚いた。
思わず、「え?」って言っちゃうほど。
そしたら、ひとみちゃんは笑って
もう一度「アタシさ、好きだよ、梨華ちゃんのこと。」って言ってくれた。
その目は…真っ直ぐで、真剣で
そして、笑ってくれた。
私が大好きな、あの優しい目で。
- 82 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:59
- でも、怖かった。
私のおめでたい勘違いで
ただ単に友達として好きだよって言ってくれてるのかと思って。
何も聞かずに戻ろう?っていうから、余計に怖くなった。
だから、聞いたの。
『ひとみちゃんにとっての好きって何?』って。
ひとみちゃんは答えてくれた。
「泣きたい時、一番近くにいてあげたい。」
「寂しかったり、苦しいなら、全部分けて欲しい。」
「好きなこととか嬉しかったこととか、誰よりも、一番知ってたい。」
「笑った顔、ずっと見てたい。」
一緒だ…
私がアナタに思うことと全部、全部。
- 83 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/04(日) 23:59
- 嬉しくて、涙が出た。
止まらなかった。
でも涙が邪魔をする前に、ちゃんと伝えた。
ひとみちゃんと、同じだよ。って
同じ気持ちだよって。
そしたら、
ひとみちゃんも、泣いてた。
あぁ…ひとみちゃんも、苦しかったんだ、辛かったんだ。
私のこと、考え、考えてくれて…
なんだ、一緒だったんだ、私達。
『バカみたいだね、私達』
『似たもの同士なんだよ、お互い』
そうして、私たちは、笑って、一緒に泣いた。
それから、ひとみちゃんは、私を抱きしめてくれた。
- 84 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/05(月) 00:00
- 何度も夢で見た、ひとみちゃんの暖かさは
比べ物にならないくらい、
強く、そして優しく、世界で一番幸せな場所だった。
その後ひとみちゃんは照れてまたそっけなくなっちゃったけど…
そんなひとみちゃんってなんか可愛かった。
素直な言葉を言えば、
ひとみちゃんは照れるっていうことをまた一つ知った。
多分これからは今まで知れなかったひとみちゃんが知れるだと思う。
- 85 名前:あなたの瞳 投稿日:2009/10/05(月) 00:01
- ね、ひとみちゃん
私頑張るからね?
ひとみちゃんがずっと私の事好きでいてくれるように、
ひとみちゃんのことを全部包んであげれるように
ひとみちゃんに似合ういい女になれるように
『空回りすんなよ』ってあなたは笑うかな?
それでもいいよ。
でもね?
ずっと見ててね?
あなたの、その優しい瞳で、いつまでも。
-END-
- 86 名前:ぶち 投稿日:2009/10/05(月) 00:03
- 以上、石川さん視点でした。
>>68名無飼育様
そういっていただくと嬉しいです。
読んでくださってありがとうございます。
またボチボチ書いていくと思いますので、見かけたときにはぜひまた。
- 87 名前:ぶち 投稿日:2009/10/19(月) 00:04
- 新作を思いついたので書きたいと思います。
それではどうぞ。
- 88 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2009/10/19(月) 00:06
-
無声映画のように、音もなく。
ただ静かに映像は進む。
それをアタシは1人ぼーっと見つめていた。
昔の夢を。
彼女の夢を。
- 89 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2009/10/19(月) 00:07
- 同じ制服に身を包んだアタシ達は学校の帰り道で
アタシは自転車を押し、彼女はアタシの左隣を歩いていた。
彼女は、少しアタシを見上げて、何かしゃべっている。
アタシは、前を向いて歩いていて、彼女の顔を見ずに相槌を打っている。
こちらを向いてくれないことに彼女は拗ねて俯く。
そんな彼女をアタシはちらりと伺っている。
それはただの意地悪とかじゃなくて
ただ単に、あの三日月の形をした目に見つめるのが照れくさかったからだ。
夕焼けがアタシと彼女を染めている。
オレンジ色の光のまぶしさに目を細めたとき、
ふと、香る、彼女の好きなあの花の香りに気づいた時、彼女の声が聞こえた。
『ねぇ、よっちゃん、忘れないで。』
『私…』
- 90 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2009/10/19(月) 00:07
- PiPiPiPiPiPi……
ハッ
枕もとで、目覚ましの音が目を覚ませと大声でほえている。
とりあえず、その口を叩いて、塞ぎ、気だるい体を起こした。
- 91 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2009/10/19(月) 00:08
-
また…あの夢を見た。
ぼんやり思い出すのは、夕焼けに染まるアタシと彼女。そして、金木犀の香り。
いつも、彼女が何かを言おうとするところで目が覚める。
久しぶりに、この夢を見た…
もう何年も見ていなかったはずの夢。
どうしてこんな夢を見たんだろう。
もう、忘れたはずなのに。
- 92 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2009/10/19(月) 00:10
- ぼけーっとしながら、ふと時計を見て、我に帰る。
「…げ」
ぼーっと時を止めていても、目の前にある時計は休みなくあくせく働いていて、
気がつけばもうあと数分で、この場を出なくちゃ行けない時間を指していた。
「…やっべ、遅れるっ」
とりあえず、さっきの夢を頭の隅っこに追いやり慌てて身支度を整え、家を飛び出した。
ただ、玄関に出て、その隅っこに追いやったものが
また、考え事の中心へと舞い戻ってきた。
ふと、ある香りがアタシの嗅覚をくすぐったから。
その香りに、さっきの夢の答えがわかった気がしたから。
「もうそんな季節かぁ…」
- 93 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2009/10/19(月) 00:10
- どこからか流れてきたのか、
アタシの横を通り過ぎる金木犀の香り。
彼女が好きだった、あの花の香り。
最後に、彼女と会った
彼女との、最後の思い出の香り。
- 94 名前:AA fragrant orange-colored olive 投稿日:2009/10/19(月) 00:11
- 「…急ご。」
いまさら、思い出して、どうしろっていうんだ。
振りほどくように、
買ったばかりのシューズで、思いっきり地面を蹴り、アタシは走り出した。
でも。
『よっちゃん』
耳元で、アイツの声が聞こえたような気がした。
- 95 名前:ぶち 投稿日:2009/10/19(月) 00:12
- 本日ココまでです。また近々更新します。
ちなみに「A fragrant orange-colored olive 」とは金木犀の学名だそうです。
タイトル思いつかなくて、とりあえずコレにしてみた(ぇ
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/20(火) 00:48
- 新作更新お疲れ様です。
今の季節にピッタリですね、
今後の展開楽しみにしてます。
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/25(金) 17:52
- 綺麗な文章
続き期待してます
- 98 名前:ぶち 投稿日:2011/02/05(土) 19:38
- 一年も放置でしたが、続きを復活しようかと思います。
>>96名無飼育様
ありがとうございます。
季節ずれましたがまた書こうと思います。
>>97名無飼育様
ありがとうございます。
だーいぶ遅れましたが続き復活します。
- 99 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 19:39
- 「遅い」
友人・藤本美貴から出た言葉は、たったその一言だった。
それも、泣く子も黙ると恐れられた睨み付き。
一生懸命走ったけれどその努力は実を結ばず
結局、待ち合わせ場所に10分遅れてみると、
不動明王像もびっくりするほど、苛立つ美貴がそこにいた。
「ごめん、寝坊した。」
「寝坊すんなっての。」
「悪かったって…。というか、あややは?一緒じゃないの?」
「よっちゃんが遅いからってコンビニで買い物してる。」
「あぁ…そ…」
呆れ顔に見つめられながら、もう一人の友人の自由さにため息をついていると、背後から声がした。
「あ、よっすぃっ!アンタ、遅いって。」
「あー…ごめんごめん」
振り返ってそこにいるのはもう一人の友人…というか、後輩の松浦亜弥。
余談ではあるが、美貴の恋人だったりする。
そう…この二人は付き合っているのだ。
もう彼是、5年も前から。
藤本美貴と松浦亜弥。
2人は大学時代からの友達だ。
正確に言うと、同じサークルの美貴とは友達で、その彼女である、あややを紹介された。
- 100 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 19:41
- 『この子、美貴の彼女。』
『どもー、松浦亜弥でーす。』
『あ、手出したらどうなるか分かってるよね?』
『にゃははは、たん怖いよー?』
そう、この2人は付き合っている。
これだけ。
いたってシンプル。
かといって、アタシは特別視したことはない。
2人とも至って普通…いや、ある意味では個性的過ぎるところはあるけど
1人の人間として好きだし、尊敬もできる。
この2人の空間はなんというか、
いつもギャーギャー騒いでるけど、
もう友達というか夫婦というか…
結ばれている強い絆を、むしろうらやましく思ったりもする。
それに、この2人といるのはとても居心地がいい。
雁字搦めの束縛を嫌うアタシにとって、
2人のようにざっくばらんな人のほうが気を使わなくて、楽だ。
だから、この2人とは卒業してもこうやってよく会ったりする。
といっても、若干主従関係も入ってる気がしないでもないんだけどね…うん。
- 101 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 19:41
- あややとか昔は可愛かったのに、今はなぁー…
「罰として、ランチおごりね。」
「あっ、いいね、それ。」
「えぇっ、ちょ、それは勘弁してよー」
ただでさえ月末で切羽詰ってるのに冗談じゃない。
大体普段はこの二人の方が遅刻している。
「というわけで。さっさと行こか。」
「そだね。イエーイ、ランチーおっごりー」
「ちょっと、ホントにおごるのっ!?」
「ほら、文句言ってないで。早く行きますよ。保田さん待ってるし」
「ほら、早く来い。」
「…はい…」
こんな具合で、畳み掛けられて話は終わる。
結局アタシが奢る羽目になるのだろう…何年経ってもこの二人の絶妙な掛け合いには叶いっこない。
アタシがこの二人に口で勝てる日が来るとしたら、きっと盆と正月がいっぺんにくるような奇跡だと思う。ホントに。
- 102 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 19:42
- 「あ、ここだね。アートギャラリーALPHA」
「へー、結構立派なとこだね。」
電車に乗って3駅。
アタシ達の目的地は、そこから徒歩10分ほどの所。
立派に立てかけられた看板の横に張られたポスター
『保田圭写真展 「空風の景色」』
それがアタシ達の目的。
「わぁ………」
「あぁ……」
「綺麗…」
中に入ってみてアタシ達の口からは感嘆の言葉しか浮かばなかった。
部屋一面に広がるのは、まさしく空の色。
その写真の1枚1枚は、まるで魂が込められているようで、生きているようで。
じっと見つめてみると風に吹かれて、雲が形を変え、そしてどこか知らない異国の土地へと流れるような錯覚を覚えてしまう。
まるで、空の上を散歩するような、そんな感覚に陥る。
- 103 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 19:44
- この写真たちを撮った主であり、ウチの店の常連でもある保田圭さんは、
出会った頃、当時学生だった頃からずっと写真家の夢を抱いていた。
それも、空を撮る写真家。
その夢をついに実現し、アタシ達をここに招待してくれたというわけだ。
ギャラリーの一区画に張り出されている空の写真。
満員とまではいかないけれど、少し賑やかな位に犇めき合っているお客さんたちも
アタシ達と同じように1枚1枚に感嘆のため息をこぼしていた。
「あ、アタシ好きかも、この写真。」
「あ、ねぇ。亜弥ちゃん、コレ見て見て。超可愛い。」
「んー?どれ?」
すっかり写真に魅入られた2人はしゃぎながら展内を回り始めた。
そんな2人の後ろを追いながらアタシもゆっくりと写真を眺めた。
- 104 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 19:58
- いつだったか、保田さんに聞いたことがある。
どうして空を撮るのかと。
『空ってさ、そうね、例えばこの青空とか。
心が澄み渡るくらい綺麗だなーって思っても1時間後には形を変えちゃってどこか違う所へ行ってしまうでしょ?
また見たいなーって思っても、二度と、全く同じ形の空には出会えない。
人間もね、同じだと思うのよ。その瞬間に感じた気持ちとか感情とかって
もう一度って思っても日々の忙しさに埋もれちゃって見えなくなっちゃって。
アタシは、その前にカメラに収めておきたいの。
感じでほしいのよ。 空ってこんなに綺麗なんだって。
それから思い出してほしいのよ。その空を見てて感じた気持ちとかをね。
例えば…そうね。この空を見たときに、誰かと一緒に見たいなって考えて
その好きな人の事を思い出して、幸せになる…そんな気持ちとかね。』
それが保田さんの、空を撮り続ける理由だった。
- 105 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 19:58
- 優しそうな顔でそんな事を言うから
保田さんにもそんな風に思える人がいるんですかって尋ねたら
「さあね?」なんて笑ってごまかしてたっけ。
そして、今、こうして夢が実現したわけだ。
彼女はなんてすごい人なんだろうとアタシは心の底から尊敬する。
そんな中でアタシはふと、1枚の写真に目を惹いた。
それは、オレンジ色の夕焼けに照らされて、輝く川と、その傍で咲き誇る金木犀の写真。
『初恋の空』と名づけられたその写真。
その写真に写る景色は、今朝見た夢の中の景色にとても似ていた。
そして、あの頃の景色に。
『忘れないで。』
『ひとみちゃん…』
また、あの声が耳に響く。キツク、そして鋭く。
- 106 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 20:00
- 「あら、吉澤じゃない。」
かけられた声に、どこかへ飛んでいた意識が戻り、声の主の元へ振り返った。
「保田さん」
そこに立つ釣り目の女性、その人こそが、保田さんだった。
「ありがとね、来てくれて。」
「いえいえ。写真展、おめでとうございます。」
「ありがと。いやー…やっとここまでこぎつけたわよ。」
ぐるりとギャラリーを見つめる、その姿はどこか誇らしげだ。
「すごいですよね、ホント。どの作品も」
「フフッ、褒めても何も出ないわよ?」
「いえ、本音ですから。」
「ありがと。まぁ…できたら、お祖父様にも見てほしかったわ…」
「……そうですね。」
- 107 名前::A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 20:01
- 保田さんは、店に来てはよくアタシや祖父ちゃんに見せてくれた。
そして、祖父ちゃんはよく彼女の写真の批評をしてた。
負けず嫌いの保田さんは、悔しいのか撮っては必ず祖父ちゃんの所へ見せに来ていた。
学生の頃も、なかなか芽が出ず、もう辞めようかといっていた時も
祖父ちゃんは、彼女の写真を見てきた。そして、批評した。
でも、祖父ちゃんは亡くなる直前まで言っていた。
『彼女は、きっと立派な写真家になるさ』と。にこやかに笑って。
そして、実現したわけだけど…
信じ続けていた祖父ちゃんは、3年程前に亡くなった。
「正直、お祖父様にぼろくそ言われた時は悔しかったわ。」
「確かに、結構きつかったですよね。」
「でもね。完璧に的を得てたのよ。だから余計に悔しくて
何度も何度も撮りなおしては見てもらったわ…あの頃があったから今があったと思う。」
「保田さん…」
「だからね、感謝してるの。ホント」
「きっと、喜びますよ。祖父ちゃんも」
「そうだと嬉しいわね…。」
そういって彼女は、少し笑った。寂しそうに、そして愛おしそうに。
- 108 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 20:01
- 「あ、そうだ。アンタ、さっきコレ見てた?」
「え?えぇ…」
突然指摘された事態にアタシは戸惑いつつも、返事をした。
「いいでしょ。これね、たまたま見つけたのよ。撮影の帰り道にね。
あんまり綺麗だったから思わずシャッター切っちゃったわけ。一目ぼれってヤツね」
まるで自分の子供を見つめるかのような優しい目をして見つめる写真。
「…初恋って花言葉ですよね?金木犀の。」
「あら?アンタ、金木犀詳しかったっけ?」
「え?えぇ…まぁ…ちょっと」
「…ふうん。」
何か聞きたそうに保田さんはアタシを見つめた。
でも、アタシはふと目を逸らした。
この思い出は誰にも知られたくはなかったから。
―――誰にも。
初恋…か
確かに、彼女にアタシは恋をした。
あれは確かに、初恋だった。
くすぐったいあの気持ちは、今でも心の隅のほうに残っている。
…結局、叶わなかったけど。今でも、まだ…
- 109 名前::A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 20:02
- 「あ、そういえばアンタ達、この後暇?」
「一応暇っちゃー暇ですけど」
さして予定はない。
なぜか、確定された、この2人にランチをご馳走にならなきゃならないってだけで。
「ここ、5時で締めてその後祝賀会やるんだけど…アンタ達も来ない」
「えぇ?いいんですか?」
「せっかくだもの。それに、ちょっと手伝ってほしいのよ、片付け。人手足りなくて」
「じゃ、あいつらにも聞いてみますよ。」
そのほうが個人的にも都合がよかったりしますんで…という言葉は置いといて。
写真に見入っていた2人に事情を説明すると喜んで行くと答えてくれた。
よかった。これでランチを奢る義務は免れた…。
- 110 名前:A fragrant orange-colored olive 投稿日:2011/02/05(土) 20:02
- 「あ、でも。ランチ別の日奢ってね。」
「そうそう、ウチラ忘れませんから」
しっかりと釘をさされる二人の言葉。
本当にちゃっかりしてると思う。
やっぱり…アタシ、こいつらと主従関係結んでんじゃないかな…?
自分でも、知らぬ間に。
はぁー…とうな垂れるアタシを見て保田さんは
「アンタも大変ねー。」
と、他人事のようにアタシの肩を叩いて豪快に笑った。
叩かれた肩の痛みがじんわりと心と体に染み渡った。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/06(日) 02:22
- 続きを期待してもいいですか?
- 112 名前:ぶち 投稿日:2011/02/25(金) 23:29
- >>111さま
ご期待に添えるか分かりませんが最後まで書き上げます。
読んでくださってありがとうございます。
とても励みになります。
- 113 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:33
-
「いやー、今日はホント楽しかったわ!」
「あー、私も、保田さんと会えてよかったです。」
「美貴もー。よっちゃんの高校の話いっぱい聞けたしね」
「も…勘弁してよ…」
急遽参加した祝賀会は本当に形式上のもので早めの終了となった。
はずなのだが。
やはり自分で作り上げた展示会を終え高ぶる感情を抑えられない気持ちがあったんだろう
しかも学生の頃から酒豪で名高い保田さんにとっては酒も飲み足りない。
と、言うわけでアタシ達は有無を言わさず二次会へと連れられた。
人懐っこさにかけては右に出るものはいない美貴とあややも
すっかり保田さんと意気投合してしまい、あれよあれよと言う間に三次会、四次会へと発展を遂げた。
- 114 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:35
- 飲むは、騒ぐは、歌うわ…
おまけに酔って上機嫌の保田さんはアタシの高校時代の恥ずかしい話をぶちまけ
それを聞き笑い転げる美貴とあややと3人でアタシをいじりにいじり倒して
現時刻深夜0時をもって、ようやく幕を閉じようとしていた。
もー…ヤダこの人達。
「そんなこといってホントは嫌いじゃないくせに」
保田さんはこちらを見てニヤリと笑った。
「あのねぇ…」
「まぁまぁ。それだけ愛されてるって事だよ」
「そうそう。どーしようもないくらいやさしーよっちゃんが皆大事なんだよ。」
ま…否定はしないけどさ。
こんなんでもホントにいい友達には変わりはないわけだし。
「あ、そういえば保田さん、今度よっちゃんの高校の写真見せてくださいよ。」
「あー例のぷよった時代のやつ?見たいみたい!!」
「ホホッ!まかせなさい」
前言撤回。
やっぱりこいつら嫌だ。
- 115 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:37
- 「さて、もっと吉澤をいじり倒していたいけど、明日も仕事だし今日はこれで失礼するわ」
「明日もお仕事ですか?」
「うん、雑誌のね、撮影があるから。」
「大変ですね。」
「まーねー。展示会ができたとはいえ腕はまだまだだしね。これからよ、これから」
力こぶしをつけておどける保田さん。
でもやっぱりその雰囲気というのは、昔と変わらず希望に満ち溢れてキラキラしてる。
…いや、今はどちらかというとギラギラかも。
- 116 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:37
- 「ん?なんかいった吉澤」
「あ、いえ、別に。」
「じゃぁ美貴たちもここで。そろそろ電車来ますし。」
「吉澤は?」
「歩いて帰ります。そんな遠くないですし、酔い覚ましたいし。」
「そう。じゃぁ近いうちまた行くわ、ここんとこ、顔出してなかったしね」
「はい。お待ちしてます」
「んじゃ、よっちゃんまたね。」
「アタシらも今度行くから」
「おぅ。気つけて」
3人を見送り、静まり返った道に一人たたずむ。
お祭りが終わったような、そんなちょっとの寂しさと
身体に残っているほのかな酔いと共にアタシは家路へと足を向けた。
ここから家まで約2駅分くらい。そう遠くはない。
- 117 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:38
- 商業地区をすこし外れたメインストリートの道を進み
なだらかに続く坂道を登りきったところに、アタシの自宅兼、店がある。
20人も入ったら、かなり狭いくらい小さな店(正直言うと、そこまで人が入った所を人生で一度も見たことがない。)
だけど、アタシにとっては自慢の城だ。
そこでアタシは喫茶店を経営している。
といっても、アタシが開業したわけじゃない。
今は亡き、じいちゃんから譲り受けた店だ。
祖父ちゃんは大らかで、ひょうきんもので、
それから普通のお年寄りと比べるとおしゃれな祖父さんで。
皆から愛されていた。
そして、アタシも祖父ちゃんを尊敬していた。
- 118 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:39
- 若い頃から世界中を旅して回って、
色んな世界で見てきた出来事や、感じたことをよくアタシに話してくれた。
その話を聞くのがアタシは大好きだった。
だからこの店には、黄色い帽子を被り、
ランドセルを背負っていたころから毎日のように通ってた。
祖父ちゃん曰く、アタシは祖父ちゃんとよく似ているらしい。
若い頃のイケメンだった私にお前はそっくりだよとよく笑った。
実際イケメンだったかどうかは怪しいけど…
- 119 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:39
- 亡くなる直前に、祖父ちゃんはアタシを呼び出した。
『どうしたのさ、祖父ちゃんじいちゃんが呼び出すなんて珍しい。』
『なぁ、ひとみ。お前は、この店が好きかい?』
『えぇ?…うん。好きだけど?』
『そうか、それはよかった。』
『もー、何急に?』
『おばあちゃんのこと覚えているかい?』
『え?ばあちゃん?』
大恋愛を遂げて結婚したという祖父ちゃんの最愛の人であり、
アタシのばあちゃんである人は、アタシが幼稚園の頃に病気で亡くなった。
だから、あまり思い出らしい思い出の記憶はあまりないけれど…
『まぁ、よく来たわね、ひとみちゃん』
と、いつも頭を撫でてくれたあの、しわくちゃな手のぬくもりと笑顔は、よく覚えている。
『覚えてるけど…ばあちゃんがどうかしたの?』
『昨日な、夢を見たんだ。』
『夢?』
『あぁ、昔、彼女の初めて出会った時の夢さ。』
じいちゃんは優しい顔をして店を眺めた。
- 120 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:40
- 『実はな、初めて出会ったのは、ここなんだ。』
そういって懐かしむようにカウンターのテーブルを撫でた。
『へーそうなんだ。』
『あれは…まだこの店を始めたばかりの頃でな。
近所で働いていた彼女は、よく此処に通ってくれていた。常連だったんだよ。
そんな彼女に私は一目ぼれをしてしまってな、他の常連にはしないサービスばかりしていたもんだ。
後から聞いたら、彼女も私目当てで通ってくれてたみたいだがな。』
『ふーん。って惚気?それ』
『まぁな。』
『あのね…』
『そんな彼女とな、また一緒に店をやってる夢を見たんだ。』
『へー…』
- 121 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:41
- 『なぁ、ひとみ。私がいなくなったらこの店、お前が守ってくれないか?』
『はっ!?ちょ、なに。急に。』
『別に今すぐというわけではないさ。ただな、ここは私と、彼女の思い出の場所なんだ。
初めてで会ったのも、彼女をデートに誘ったのも、プロポーズをしたのも全て。
そんな思い出の場所が亡くなるのは、悲しいんだ。』
『お前に守ってほしいんだ。』
『…アタシなんかでいいの?』
『というより、お前がいいんだよ。きっと彼女もそういうさ。』
『…分かったよ。』
『ホントかっ?いやぁーよかったよかった。約束だぞ。』
ハハハッ、なんて笑っていた祖父ちゃんだったけどその1週間後に亡くなった。
自分の部屋のベッドで眠ったように息を引き取っていた。
机の上には、ばあちゃんとの思い出が詰まったアルバムを残して。
もしかするとじいちゃんは自分の死期を予測していたのかもしれない。
今となっては、分からないことだけど。
- 122 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:53
- 「ヘックシ。うー…寒っ」
季節も、もう秋に入り、冬へと駆け足をする時期に入ってきた。
そういえば、夜空ももうすっかり深みを増していったような気がする。
早く帰ろう。風邪を引いたら元も子もない。
酔いも冷めてきた身体を震わせ、歩みを進めようとしたその時
ふと、ある香りが漂った。
金木犀だ。
小さな公園に咲く、金木犀の花々が夜風に揺られ音を立てている。
今日は、ホントにこの花に縁がある日だ。
- 123 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:54
- 「真実、謙虚、そして、初恋…ね…」
『真実、謙虚、それから初恋。ね、ね、よっちゃん、知らなかったでしょ?』
すごいだろと言わんばかりに鼻高々に彼女が言う。
絶対誰からから聞いた話、そっくりそのまま言っただけだろうけど。
『これが咲くと秋が来たって気がするから好きなんだぁ。』
なんて、ちょっと照れくさそうに笑ってたね。
『よっちゃん』
あぁ、ダメだ。今日は、彼女の記憶が、止まらない。
多分、あんな話をしたからだろう。
あの時の保田さんの言葉が脳裏を過ぎった。
- 124 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:54
-
『アンタさぁ、恋してないんだって』
『…美貴たちから聞きました?』
『まあね。言ってたわよー。よっちゃんは男女問わずもてるし、
付き合ってるっぽい人はわんさかいたのに、好きな人ができないって』
『それ言われると耳が痛い』
『…まだ、忘れてないの?』
『…何のことです?』
『とぼけちゃって…”あの子”のことよ。』
『…さぁ』
『金木犀』
『っ…』
『思い出してたでしょ?あの子の事、正直言って』
手のひらのグラスを大きく煽り、ニヤリと見つめてくるその瞳。
『……』
全部、お見通しってやつですか。
『その顔は図星ってとこね。まーったく、アンタも顔にでるとこは変わってないわねぇ。』
苦笑いをしながら肩をたたく保田さん。
心配してくれてるんですよね。
『全く、どこいったんだかねー、石川は。』
- 125 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:55
- 石川梨華
それが、あたしの好きだった人の、
いや、きっと今でも好きな彼女の名前。
アタシ達は幼馴染だった。
幼稚園の頃から高校までずっと一緒で
ずっと同じ景色を見て育ってきた。
一つ年上の彼女は、見た目も可愛くて、
学内でもわりと真面目で評判も良くて、アイドル的存在に近かった。
まぁ、実際の姿はは、結構キショイこと連発するし
テンション無駄に高いし、ワガママで面倒くさがりで、
「よっちゃーん」と年下のアタシによく甘えていた。
実際その現実の姿を見た数多くの男が彼女から遠ざかる姿をアタシは見てきた。
蓋を開けりゃほんとどーしようもない感じだけど
だけど
アタシはそんな彼女が可愛くて
ダメなところもいい所も全部みれるのは、アタシだけの特権だった。
そんな彼女が好きだった。
大切だった。
誰よりも一番。
そんな気持ちを伝えることは、彼女が消える日まで、できなかったけど。
- 126 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:59
- 『忘れろなんてことは言えないけど…囚われてたままだと、前に進めないわよ?』
『難しいですね』
『思い出の引き出しにしまえないまま、ただ吊るして眺めてるだけじゃ
いつかボロボロになっちゃうわよ。身も心も思い出も』
『ですかねー…』
『まあ、無理にとは言わないわよ。そんな優しい顔されちゃあね』
そういって保田さんはちょっと苦く微笑んだ。
「囚われる…か…」
囚われてるのかなぁ、アタシ
- 127 名前:金木犀 投稿日:2011/02/25(金) 23:59
- 今朝見たあの夢。あの会話。
あの会話をした次の日。
梨華ちゃんは、忽然と姿を消した。
行く先も誰も知らない。
幼馴染の、アタシですら。
後から色んな話を聞いたけど真相は闇のまま。
なんて事のない、いつもどおりの日常から彼女はいきなり姿を消してしまった。
まるで最初からいなかったみたいに。
- 128 名前:金木犀 投稿日:2011/02/26(土) 00:00
- あの日から
アタシの心の中にある、何かひとかけらもなくなってしまった。
まるで何かの機会のたった一つの部品だけなくなったみたいに。
時間をかけてもなにか変わりになる部品は見つからないままで。
だから、アタシの心の中は、
ジージーと詰まった音を立て、今日も、うまく動いてくれない。
「そろそろ動かさなきゃいけないかなぁ」
彼女が消えてから、彼是7年にはなる。
彼女の、あの三日月の形をした目も、表情も、どんどん薄れつつある。
ただ
『忘れないで』
アタシの名を呼ぶあの声と笑顔は、いつだってアタシの脳裏に焼きついて離れなかった。
ねえ、梨華ちゃん。
あの日、梨華ちゃんは何を言いたかったの?
- 129 名前:ぶち 投稿日:2011/02/26(土) 00:02
- 本日はココまで
※タイトルを「A fragrant orange-colored olive 」から「金木犀」に変えました。
ご迷惑おかけしますが宜しくお願いしますm(__)m
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/26(土) 00:18
- 更新キタ━(゚∀゚)━!待ってました!
どんな展開になるのかな?
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/28(月) 21:31
- 更新お疲れ様です。
このお話前から好きだったんですよ!
再開されて嬉しいです♪
楽しみにしてます^^
- 132 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:15
- カタカタカタ…
また、映像は進む。
それをアタシは1人ぼーっと見つめている。
夕焼けのオレンジ色の光に包まれたアタシ達は
道を歩く。アタシは自転車を押しながら、彼女は笑いながら。
『よっちゃん』
気がつくと、隣にいて彼女は、何メートルも先を歩いていた。
『待ってよ、梨華ちゃん』
アタシは足を速めて彼女に追いつこうとする。
でも、歩けば歩くほど、彼女はどんどん遠ざかっていく。
『待って、待ってよ、!梨華ちゃん。』
『 』
梨華ちゃんは、何かを言っている。
でも、何を言っているか聞こえない。
何?何が言いたいの?梨華ちゃん?
『そ、こ、…、…く…か…ら』
- 133 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:16
- PIPIPIPIPI
ガバッ
昨日と同じように
枕もとで、目覚ましの音が目を覚ませと大声でほえている。
アタシは、昨日よりも重い体を起こし、それを叩き伏せた。
なんだよ…
昨日といい、今日といい。
なぜ、彼女の夢を見るんだろう。
それにしても嫌な夢だった。
酔っていたせいかもしれない。少し頭痛もする。
とりあえずアタシは体を起こしてカーテンを開けた。
空は色が薄く青く広がり、そこには、今日も金木犀が咲いていた。
- 134 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:18
- 心に降り積もる想いが、感情や思考の足を引きとめても
例え、酔った体はあまり休まらず、少しぼーっとした目覚めになっても
時間は、そんなことに目もくれずスタスタとお構いなく過ぎていく。
だからアタシは今日も、今日とて何時も通りに店を開く。
『in aeternum』
私の城の名前。
つけたのはじーちゃんだけど。
日本語で『永遠』という名前。
なんでもばーちゃんとの思い出を永遠にとかなんとかいう理由でつけたらしい。
なんともキザなじーちゃんだ。
お世辞にも繁盛してるとは言えない。
どちらかといえば慎ましいという言葉がぴったり当てはまるような状況だけど
アタシにしては十分すぎる。まるで一国の王の気分で店を開ける。
今日も1日が始まる。
- 135 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:19
- 店には近所の商店街の人、会社員、学生と、様々なお客様がいらっしゃる。
「よっ、ひとみちゃん!いつもの頼むぜ」
「おじさん、またサボリですか?」
「なにいってんでぃ!休憩だよ、休憩。」
「そういってると、またおかみさん来ちゃいますよ」
「へっ、カカアが怖くて商売なんかやってられっかってんだ」
カランカラン
「ちょっとアンターッ!!まーたさぼってー!」
「げ、か、かーちゃん!」
「全く配達から戻らないと思ったらっ!もー、ひーちゃんもこーんな親父なんてさっさと追い出していいかんねっ!」
「ハハハッ、まぁまぁおかみさんも落ち着いて」
「そ、そーだそーだ。」
「なにバカなこといってんだい!ほらっ、さっさと店戻るよ!あ、ひとみちゃん御代ここに置いとくね」
「はい、ありがとうございます。」
「お、おい、ひとみちゃんっ!助けてくれよー」
「すみません、おかみさんには逆らえませんから」
「そんなぁぁぁぁぁ!!」
「やかましいわっ!」
- 136 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:20
- あの厳ついおじさんが、あそこまでずりずり引き摺られていく姿を見ると
尻にひかれるとはこういうことなのかとシミジミ思ってしまう。
「あのご夫婦はいつもお元気ですなぁ」
「えぇ、ホント。仲がいいってことなんでしょうけど」
「ホホホッ、羨ましいものです。」
「今日もいつもので?」
「えぇ、お願いします。」
いつも決まった時間にやってくる物腰穏やかな初老の男性
「あぁーもう!またこぼしてる、このぽけぽけぷーはぁ」
「おっとこりゃ失敬失敬。それよりもがーきさーん、聞いてくださいよー!れいなったらひどいんですよー」
「はいはい。てかそんなことよりまず先に拭きなさいってーの!」
来ると決まってオレンジジュースを頼む、ぽけぽけぷーことカメちゃんと
お世話係というかなんというか苦労してんなぁーと同情しまうガキさん
ホント、色々個性豊かだ。
- 137 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:21
- カランカラン
「いらっしゃいませー」
「こんにちわぁー」
「お、高橋いらっしゃい。」
扉を開けて現れたのは、高橋だった。
黒のスーツに身を包み、手にはどこかの会社の茶封筒を抱えて。
高橋は、アタシの大学時代の後輩だ。
訛りながら、ちょっと猿顔の顔を赤らめてしゃべっていたあの頃から、
すっかり垢抜けたお姉さんとやらになり
今では美人って呼ばれるようになっちゃったりしてる。
まぁ、訛りは変わってないけど。
「いつものお願いしまーす」
「あいよ。スーツとは珍しいね、就活?」
少し疲れた顔をした高橋を見ながら
”いつも”のキャラメルマキアートとチョコレートスコーンを用意する。
- 138 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:22
- 「あー・・・一応、親にも言われてますし」
「大変だなぁ」
「も、あーし、今から凹みそうです…」
「ははっ、早い早い。」
「あ、そや。今日は、これ、吉澤さんに渡したくって」
「ん?」
カバンを漁って出したのは白い封筒。
「チケット?」
「はいっライブ、やるんです。もしよかったら…ううん、絶対来てくださいっ」
「店終わったらになるよ?」
「それでもいいですっ!吉澤さんに来てほしいんです」
「ははっ、りょーかい。」
「はいっ」
アタシを見るキラキラした目。
高橋を見てると、なんだか自分はどうも鈍色の世界を生きている気がする。
それが嫌とかそんなわけではないんだけど
やっぱり自分の時間はどこかで止まっている気がする。
ジー、ジー、ジー
どこかで、歯車が止まってる。
- 139 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:24
- すっかり日も暮れ、時間はもう、店じまいの時間。
ガランとして店を見渡し、今日も頑張ったとひとつ小さなため息をこぼす。
コポコポコポ
店じまいの準備の前のコーヒー一杯。
渋いコーヒー豆の匂いが疲れた体を包みその空間の中を
小さく流れるFMラジオが漂う。
『いつでも探しているよ どっかにキミのかけらを』
懐かしい曲。
でも、この歌は好きだけど嫌いだ。
…この歌と同じ事をしている自分が嫌になるから。
コーヒーを啜りながらまた、今日の夢の事、彼女の事を思い出す。
- 140 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:24
- まだ子供だったあの頃は本気で彼女を探そうとした。
学校の友達、先生、彼女のことを知る人のとこならどこへでも行った。
結局、誰も彼女の行方は知らず、見つけられず
アタシが手に入れたのはありもしないデマと、無駄な時間だけだった。
時々、偶然会えたらな、なんてくだらない事を考えていた。
まぁ、ありっこない話。そんな偶然。そんなドラマのような話。
『忘れろなんてことは言えないけど…囚われてたままだと、前に進めないわよ?』
保田さんの言葉が頭をよぎる。
その通りだ。
でも、アタシは動けない。弱いままだ。
- 141 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:25
- さ、店じまいしますか。
今まで思っていた気持ちを振り切るように腰を上げた。
カランカラン
「さむっ…」
看板を引き上げるためにドアを開くと入ってくるのは冷たい風。
そういえばそろそろ冷え込みが増すって天気予報で言ってたなぁ。
「あの」
少し高い女の人の声がした。
ふと見るとこちらを見て佇む人影。
黒っぽい皮のジャケットを羽織った、少し髪の短い女性の人影。
「あぁ、すみません、今日はもう店じまいなんですよ」
「いや…そうじゃなくて…」
「?何か御用ですか?」
「もう、まだ分かんないの?よっちゃん」
- 142 名前:金木犀 投稿日:2011/09/26(月) 22:26
- 3歩踏み出し、街頭に照らされたその姿。
アタシは息を飲んだ。
その人物に見覚えがあって
いや、見覚えじゃない。
アタシはその人物を知っていた。
「り、かちゃん?」
目の前には、あの頃と変わらず、
いや、あの時より、少し大人びた
梨華ちゃん、石川梨華がそこにいた。
「久しぶり、よっちゃん」
この時、アタシは頭が真っ白になってて予想ができなかった。
これから起こる事。これからの事。
- 143 名前:ぶち 投稿日:2011/09/26(月) 22:28
- >>130様
お待たせ致しました。
亀更新ですが、少しずつ少しずつ展開していていきますので
これからもよろしくお願いいたします。
>>131様
好きといってくださるとは光栄です。
また時間が経ってしまいましたが
これからもよろしくお願いいたします。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/27(火) 00:41
- 期待していいですか?
期待しますよ?
楽しみに次の更新待ってます!
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/27(火) 23:40
- 再開ありがとうございます。
次回の更新も楽しみにしたます。
- 146 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:35
-
「どうぞ」
「ありがとう。」
信じられるだろうか。
ずっと今まで行方不明だった幼馴染が
今、現在アタシの店のカウンターでこうして向かい合いながらコーヒーを飲んでいるという状況に。
それも当たり前のように。
人間、予想もしてない人物がいきなり視界に現れると
思考が止まるもんだなぁとどっかの片隅にのんきに思い描いて。
『…ちゃん、…よっちゃん』
『っ!あ、ぁ…ゴメン。』
『大丈夫?どっか具合でも悪い?』
『い、いや。大丈夫。…あぁっ!と、とりあえず中に入りなよ。』
『うん。お邪魔します。』
久しぶりに会った幼馴染を心配させるほど硬直してしまい
そして挙動不審になってしまったアタシは
本当にバカの固まりかとでも自問自答したくなる。
- 147 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:36
- それにしても、まだ信じられない。
今、まさに、この瞬間。
アタシの自慢の店の、アタシの目の前にあるカウンターで
梨華ちゃんは、美味しそうにコーヒーを飲んでいる。
無意識に彼女を見つめてしまう。それに気づいたのか、彼女がこちらを見る。
思わず目が合いアタシは目を逸らす。
「…ふふっ」
「ん?」
「なあに、さっきから?」
「…なにが?」
「さっきから、すっごい見られてる気がするんだけど?」
「あ、ぁ、いや別に…」
「変わってないなぁ。よっちゃんのそういうとこ」
「…うるへー」
鈴の音のようにコロコロと笑う梨華ちゃんの声が店中に響き渡る。
なぜだろう、それだけで少しだけ店の中が暖かく感じる。
少し憮然とした顔でごまかしながら
コーヒーを飲む彼女を再び横目で見る。
- 148 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:36
- 短く切った髪
カップを持つ手首の細さ
色の黒さ…は、まぁ、あまり変わらないけど
あの頃よりも大人びた表情
そういえば、苦手だと言っていたコーヒーを進んで飲むようにもなった。
変わらないところと、変わったところ
色々なところを見つけていく。
「それにしても。」
「ん?」
「なんか変な感じだなぁ、よっちゃんがここの店長さんなんて」
「あー…まぁね。」
「…おじいさん。いつ、亡くなられたの?」
「三年くらい前かな」
「…そう。」
「会いたがってたよ、梨華ちゃんに。なんたって」
「「二番目のお姫様だから」」
「覚えてたんだ。」
「そりゃーそうよ。お姫様なんて言ってくれるのはおじいさんだけだったもの。」
- 149 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:40
- 黄色い帽子を被り、
ランドセルを背負っていてこの店に通う毎日の中にはよく梨華ちゃんも参加していた。
祖父ちゃんは、どこがいいのか
大層梨華ちゃんを可愛がってていつも『お姫様』と呼んでもてなしていた。
たとえばデザートとして出してくれた白玉を
アタシには少なめに、梨華ちゃんにはたっぷりと。
暖かいココアには、可愛いイラストを描いたりと。
それはそれは、とても可愛がっていた。
孫の、アタシよりも。アタシは心の中でよくロリコンと毒づいていた。
ちなみに、なぜ二番目なのか。
それは簡単。
祖父ちゃんにとっての一番のお姫様は、ばあちゃんだったから。
- 150 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:41
- 「あの時は、悔しかったなぁー、なんで二番目なんですかっ!て」
「あー、いっつも一番にして下さいって言ってたもんね。」
「だって、おじいさん私の初恋だもん。」
「えっ!!??そうなのっ!!??」
「なーんてね。ウソウソ。ただ単に二番目が嫌だったもん。負けず嫌いだから。」
「あぁ…そう…」
よかった。
ライバルが自分の祖父ちゃんだなんて、とんでもない話だ。
「会いたかったなぁ…おじいさんのコーヒー飲みたかった。」
「あぁ…そういえばコーヒー飲めるようになったんだね。苦手だったのに。」
昔はよくアタシの真似して飲んでみては
苦いっと叫んでアタシにコーヒーを突っ返してきたもんだ。
- 151 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:41
- 「あぁ…、これでも努力したんだよ。大人になったでしょー?」
どうだといわんばかりのドヤ顔は…うん、全く変わりない。
「あぁ、そう…」
「もー、よっちゃんはより一層冷たくなった。」
「そんなことは、ないと思うけどなぁ。」
「えー」
二人で笑い合うこの時間。
もう何年も前になるのに、まるで昨日のことのように自然と当たり前に笑い合えてる。
やっぱり、彼女が好きなんだと気づいてしまい
チクリッと心の奥のどこかが痛む。
- 152 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:41
- 「んで…。」
「うん。」
そんな痛みを気のせいにせんとばかりにアタシはあの話題を彼女にぶつけた。
「どうしてたの、今まで。」
今までどこにいたの?とか
なんで突然消えてしまったのとか
聞きたいことは、一杯ある。でもうまくまとまらないけれど。
一番聞きたかったこと。
そして、それは多分梨華ちゃんにとって一番言いにくいこと。
「うーん。…」
彼女は少し、考えて、ぽつりと話し始めた。
「お父さんがね。借金作ってたの。」
それは耳を疑ってしまうほどの金額で。
返すために、他からお金を借りて。
何度も何度も同じことに繰り返しで、最終的には膨大な額になって
どうしようもできなくなった。
だから、逃げることを決めた。了承も得ずにいきなり。
泣いて拒絶した。この街が好きだったし。
そんな怖い思いをこれからずっとしなければいけないのかと。
でも、しょせんは子供。拒絶したところで許されるわけもなく夜の闇に紛れてこの街を出た。
- 153 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:42
- 「…おじさん達は、今は?」
「さぁ…お父さんはね、借金を返すってどこか行ったまま帰ってこなかった。
アタシ達を捨てたのか、なんなのか。お母さんは、それを信じてずっと待ち続けてる。
幸い、お母さんが、それからアタシも働きに働いて、借金の返す目処はついたけど。
お母さんは、あんなお父さんが帰ってくるって信じて待ってる。」
「………」
「ドラマでよくありがちなパターンでしょ?」
自虐的に笑う、梨華ちゃんがどこか痛々しくて、なんて言葉をかけていいのか、分からなかった。
「ホントは、」
「うん?」
「本当は、よっちゃんに、せめて、よっちゃんにさよならを言いたかった…」
俯く彼女の表情は見えない。
けど、その絞り出すような声が、すべてを伝えてくれる。
アタシにはそれが手に取る様に分かり、それだけで十分な気持ちになった。
- 154 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:44
- 「…今、ここにいるよ。」
こんな時もっと気の利いた言葉が出ないのかと口下手な自分が嫌になる。
これが正しい言葉だとは全くもって思わないけれど
その言葉に、うんと気持ちを込めて
ただ、できたのは、それとカウンター越しの彼女に笑いかけることだけだった。
顔を上げた梨華ちゃんがアタシを見つめる。
少し、赤い目をして。そしてアタシは再び笑いかけた。
「おかえり、梨華ちゃん。」
「…うん。」
そうして、彼女は少し悲しい顔で笑い返しこう言った。
「ありがとう…よっちゃん。」
今思えば、あの時、なんで彼女は
「ただいま」と言わなかったのだろうか。
そんな風に思ったのも、その理由を知るのも
それは、ずっとずっと後の話になる。
- 155 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:45
- 「で。なんでまた急に帰ってきたの?」
「うーん。ちょっとね。やらなきゃいけないことができちゃって。」
「やらなきゃいけないこと?」
「うん。今はまだいえないけど…ちょっとね。」
「ふーん…そっか。」
「聞かないんだ。」
「聞いてもいいの?」
「教えない。」
「だと思った。昔から梨華ちゃんは、秘密が好きだからね。」
「ふふっ。さっすがよっちゃん」
「まぁね。…あ。」
「え?」
「そういえば時間大丈夫?もう遅いし、なんだったら送ってくよ。」
時計を見ればもう遅い時間を指していた。
このまま一緒にいたいけど、彼女にだって時間というものがあるだろう。
- 156 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:46
- 「…あー…うん、そうだねー…」
言いにくそうに口元をカップで隠しちらりと上目遣いでこちらを見る彼女。
そのしぐさが何を意味するのか。アタシにはすぐ分かった。
「もしかして、泊まる場所とか、考えてない?」
「…ばれた?」
「はぁ…」
そう。何か面倒なことを頼むとき、
決まって梨華ちゃんは上目遣いでアタシを見る。
昔からの癖。
そして、昔からアタシは…
「寝れる準備してくるからちょっと待ってて。」
「やったー」
「ったく。梨華ちゃんは計画性なさすぎ。」
「…うー、それを言われると返す言葉がないなぁ…」」
「ダメだって言っても泊まる気だったでしょ」
「というより、よっちゃんがダメって言わないって信じてた。」
「…うぐっ……」
そう。アタシは梨華ちゃんのこの癖に全く勝てないでいた。
- 157 名前:金木犀 投稿日:2011/11/26(土) 17:47
- 「準備できたら、呼ぶから。」
「はーい。」
ひとまず使っていない部屋を空けることにしようと
アタシは腰を上げ、部屋を出た。
「あ、よっちゃん。」
「ん?
「…ありがとうね、ホント。」
「…どーいたしまして。」
パタン。
扉を閉じてため息をつく。それが何の意味を持つため息か自分でも分からない。
とりあえず。ホントに。
なんか今日は色々ありすぎる日だな。
- 158 名前:ぶち 投稿日:2011/11/26(土) 17:49
- 書こう書こうと思っていて気づいたらまた2ヶ月も更新があいてしまうという
情けない状況で申し訳ないです。
>>144様
お待たせしました…
ご期待にお答えできるか分かりませんが
頑張りたいと思いますのでこれからもよろしくお願い致します。
>>145様
こちらこそ読んで頂きありがとうございます。
また次回もきちんと更新いたしますので…
見捨てずに読んで頂けると幸いです(笑)
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