こぉるど けーす season2
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:08
 
真実の扉がまた開かれる
 
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:12
前スレ
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1235822483/

諸注意

1.( ´ Д `)<んんんああああ〜 とオープニングで叫びません。

2.(0^〜^)<私の名はヨスィ・ラッシュ とイントロで話しません。

3.「しぃえすあい・にゅぅよぉく」や「どくたぁ はぅす」は別番組です。

4.前スレは実は本格推理小説だったのですが、今回はぬいぐるみが遊んでるだけの話です。

5.季節的には一ヶ月ほどのずれがあります。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:13
 
ぬいぐるみと赤ん坊
 
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:13
キッチンで、ネギを刻む音が響いている。
背の高いほうの女性は、鍋の中にコンブを入れて出汁をとっていた。
背の低いほうの女性が、ネギを適当な大きさに切っていた。
色の黒いほうの女性は、コンロ用のガスボンベを探して棚を開けていた。

「みんなで食事するの、久し振りだね」
「ちゃんと料理してる? 杉浦さん」
「ちょっ、やめてよ。『のん』のままでいいよ」
「誰もそんな呼び方してなかったし、だいいち子供いるのに『のん』はないだろ」
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:13
吉澤ひとみと石川梨華の二人が、かつては辻希美という名前だった仲間のところへ
遊びに来ていたのだった。
夕食時となり、まだ肌寒い時期だったので、鍋を作ることになった。
希美の夫は、仕事で今日は帰ってこないという。
だからというわけではないが、ひとみと梨華は昔と同じように、
存分に希美をからかって遊んでいた。

「大根入れるなら、短冊に切らないと。それじゃあみじん切りだよ」
「しらたきはちょうどいい大きさにしないと、食べづらいよ」
「ごぼうは横に切るんじゃなくて」
「豆腐は手のひらに乗せて、六つか八つに均等にするの」
「ああ、もう、うるさい!」

希美が危なっかしい手つきで包丁を扱っているのを、
ひとみと梨華はひやひやしながらつっこみを入れていた。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:14
ひとみと梨華と希美がキッチンで旧交を温めている一方で、
寝室では二匹の猫のぬいぐるみと羊のぬいぐるみも昔話に花を咲かせていた。
猫はハングリーとアングリーであり、それぞれひとみと梨華のもとで暮らしている。
羊のぬいぐるみは、名前を「ノノ」と称し、杉浦家に鎮座している。
もともとは、ひとみが希美に送りつけたぬいぐるみだった。
希美はみじんも疑問に思うことなく、赤子用のベッドに配置していた。
ハングリーにとってつらい思い出ばかりが甦ってきたので昔話は打ち切り、
ベッドの中にいる希美の子どもに話題が移った。
三匹は、ベッドのへりの乗って、すやすやと寝ている赤ん坊を観察した。

「人間の子どもをこんなに近くで見たの、初めてだ!」
「梨華様もひとみ様も、まだ子どもを産んだことはないわね」
「結婚してないのに子どもがいたら、世間で騒がれちゃうからね」
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:14
そのうち、赤ん坊が目を覚ました。
泣くこともなく、羊のぬいぐるみを見つけるとにこっと笑って手を伸ばした。
ノノはそれにこたえて、ベッドの中に飛び降りた。
体についているふわふわした羊毛で、赤ん坊の顔をくすぐった。
気持ちが良いのか、赤ん坊はきゃっきゃっと笑った。

「いつもこんなふうに赤ん坊をあやしてるの?」
「そうだよ。希美ちゃんたちが見てないときにね」
「あら、ここの夫婦には、あなたが生きているぬいぐるみだってこと、話してないの?」

ノノは残念そうに首を振った。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:14
「やっぱり、人間たちに秘密を知られるわけにはいかないよ」
「でも、ひとみも梨華ちゃんも、親切だし口もかたいよ」
「たまたまその二人がそうだっただけでしょ。運がよかったんだ」
「この子にも秘密にするわけ?」

アングリーが鎌で赤ん坊のほうを差した。
傷でもつけられたらたいへんとばかりに、ノノは慌てて間に入った。

「小さいうちから慣らしておけばいいんじゃない?」
「でも、ぬいぐるみが生きていることを当たり前と思って成長したら、
 学校にあがったときに変人だと思われるよ。
 希美ちゃんたちがもっと落ち着いて、
 この子がじゅうぶんに大きくなったら、話してもいいかな」
「ずいぶん気の長い話ね」
「そのころまで、この体がもってくれればいいんだけど」
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:15
ノノはさびしそうに話した。
乱暴に扱われたぬいぐるみは消耗が激しくて、ついには捨てられてしまうときがくるのだ。

「大丈夫だよ。アングリーに何度も首を切られてるけど、
 まだまだ体はなんともないから、きっと何十年ももつよ」

カチンときたアングリーが、大鎌を一閃させた。
ハングリーの首はベッドの中に落ち、赤ん坊の顔のところまで転がった。
赤ん坊は小さな手でそれをつかむと、頬をひっぱって遊び始めた。
ハングリーは情けなさそうな顔をした。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:15
「やっぱりボンベが見つからないわ」
「じゃあ、前のコンビニで買ってきて」

梨華は自分の財布を持つと、杉浦宅を出ていった。
ひとみは、冷蔵庫の中をじっとにらんでいた。

「やっぱりさ。肉が二パックだけってのは少ないよ」
「梨華ちゃん、お肉大好きだからね」
「おまえがいっぱい食うんだろ」

ひとみも、つっかけを履いてコンビニに向かった。
鍋をかき回して灰汁をすくっていた希美は、ポン酢を昨日使い果たしたことを思い出した。

「梨華ちゃん、希空のこと見といて!」
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:15
希空とは、ぬいぐるみたちを翻弄していた赤ん坊の名前だ。
梨華がまっさきに家を出ていったことを、希美はすっかり忘れていた。
三人が次々と出ていくのを、寝室のドアの陰からアングリーが見ていた。
ハングリーは、ノノが回収してきた自分の首を胴体に縫い合わせているところだった。

「希美様、誰か家に残ってると思って出ていってしまったわ」
「そこつなところが直るといいんだけど」

ガスがつけっぱなしだったので、復活したハングリーはガス台に跳び乗って
つまみをひねった。

「やれやれ」
「すぐにみなさん戻ってくるよ。コンビニ近くだから」
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:15
ところが、ノノの言葉とは裏腹に、三人はいつまでたっても戻ってこなかった。
くだんのコンビニエンスストアは採算が合わずに閉店していたからだ。
三人は駆け足で駅前のスーパーマーケットに向かっているところだった。
三匹は、人間たちのかわりに赤ん坊の世話をすることにした。
赤ん坊は、お腹を空かせて泣き始めた。

「どうしたらいいの?」
「ミルクをあげるの」
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:16
ノノは粉ミルクを棚から出してきた。
ハングリーはノノの指示に従い、粉ミルクが入った哺乳びんに、ポットのお湯を注いだ。
ポットの天面にあるボタンを押しこむことも、ぬいぐるみにとってはひと仕事だ。
アングリーは流しにボールを置いて水を注いだ。
その中に哺乳びんを入れて、じゅうぶんに冷ました。
ぬいぐるみたちはベッドに戻り、滑車やら何やらを利用してなんとかベッドの中に運び、
哺乳びんの先を赤ん坊に向けた。
赤ん坊は泣くのを止め、おいしそうにのどを鳴らした。

「これでいいの?」
「背中を叩いてげっぷさせてあげなきゃ」
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:16
赤ん坊が寝返りを打って背中を見せたところを、
三匹はありったけの力で背中を叩き、なんとか赤ん坊はげっぷをした。

「たぶん、これでいいはずだよ」
「ふう。人間の赤ちゃんを育てるのって、手間がかかるんだね」
「人間はぬいぐるみに比べて進化が足りないのよ」

ドアがきしむ音がした。
ぬいぐるみたちは、ひとみたちの誰かが返ってきたのかと思って様子を見たら、
黒いジャンパーを着た見知らぬ男の姿が見えた。
家に鍵をかけないと、侵入盗がやってくる世の中だ。
男は玄関近くの部屋については無視して、キッチンを覗いた。
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:16
「夕飯の準備中か…… とっととやらないと、すぐに帰ってくるな」

男はリビングに入り、あちこちの棚を開けて物色始めた。
ぬいぐるみたちは、その様子をじっとうかがっていた。

「どうしよう」
「盗まれそうな物って、どこにあるの?」
「通帳とか印鑑はこの部屋にあるんだ」
「じゃあ、こっちに来ちゃうよ」
「なんとかして追い出そう」
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:17
男は荒らすだけ荒らしたが、何も手中に収めることができずに引き返してきた。

「こっちかね…… ぐあっ」

寝室のドアを開けて入ろうとしたところ、ガラスびんが男の顎のあたりに命中した。
滑車に紐がかかっていて、そこに空の哺乳びんがぶら下がっていた。

「いてて。妙な用心の仕方だな」

男はめげることなく、寝室に侵入した。
小さなベッドには、赤ん坊がすやすやと眠り、
窓際の棚にはぬいぐるみがちょこんと座っている。
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:17
「起こして泣かれると面倒だ」

男は忍び足で、窓際の棚の前に座り込んだ。
下段から引出しを開けていく。
上段から開けると、いちいち閉めなくては下の引出しを開けられないからだ。
男が頭を下げたとろこを、ぬいぐるみたちは置物を投げつけ始めた。
広辞苑が後頭部にヒットしたときには、さすがに男も悶絶した。

「何をしやがる!」

男は立ち上がって見まわしたが、もちろん誰もいない。
ぬいぐるみたちがやったことだとは、思いもよらなかった。
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:17
今度は鏡台に目をつけた。
宝石類が隠されている可能性が高い場所だ。
化粧びんを取り出して奥を探り始めると、アングリーが大鎌を持って突進した。
男は後頭部に違和感をおぼえた。
三面鏡を開いて確認してみると、後頭部の髪の毛がごっそりと刈られていた。
これはアングリーが目測を誤ったからにすぎない。
床に落ちた自分の髪の毛の束を見て、男は悲鳴を上げた。

男が杉浦夫婦宅を這うように飛び出し、そこへ帰ってきた三人が出くわした。

「助けてくれ! 化け物屋敷だ!」
「なんなのこいつ」
「人の家を化け物屋敷って」
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:18
すがりつこうとしたところを、梨華が手にしていたガスボンベで殴った。
それほど力を入れていたのではないが、散々な目にあっていた後頭部だったので、
男は「うーん」とうなって崩れ落ちた。

駆けつけた警察官に男を引き渡したのち、三人は荒らされた部屋をかたづけた。
ようやくのこと、鍋パーティが始まった。

「よっすぃ〜、ネギばっかり食べてる」
「そういうののこそ、肉ばっかり食べてるだろ」
「二人ともけんかしないの」
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:18
寝室でも、三匹のぬいぐるみが食事にありついていた。
ひとみが、スーパーマーケットで買っておいた「脳みそプディング」を、
それとなく寝室に放り投げておいたのだ。

「いっただっきまーす」
「脳みそプディング食べるのなんて、ひさしぶりだぁ」
「これからときどき持ってきてあげるわ。ハングリーが」

赤ん坊はベッドで寝ながら、不思議そうにぬいぐるみたちを眺めていた。
 
 
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:18
おしまい
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:18
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
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      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
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23 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:19
(0^〜^)

  ハングリー:オス20%
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:19
( ^▽^)

  アングリー:メス100%
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:59
待ってました! 相変わらず素晴らしいw
次は誰だろう。wktkして待ってます!
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/26(火) 00:40
ハングリーのおねだりのおかげで更新再開とは嬉しい限り
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/26(火) 02:11
いっぱい期待。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/26(火) 12:31
「しぃえすあい・にゅぅよぉく」ちょっと期待しちゃってたのにw
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/26(火) 15:11
いつも楽しく読ませていただいてますが…
森板と草板は「次スレ」とか続きものは禁止ですよ
前スレもまだ容量が残ってますし、そちらに書けばいいのでは?
スレ乱立を防ぐためのルールです
無駄遣いしないで下さい
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/26(火) 22:20
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/imp/1122901044/523-527

これ以後に管理人さんの見解が変わったのならわからないけど
禁止というのはちょっと違うような
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/26(火) 23:32
森や草で始めたけど予想外に長くなっちゃった
っていう作者さんは大体みんなスレの移転依頼してるけど、
これはルールとしては明文化されてないのかな
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/27(水) 19:44
>>25-31
ありがとうございます。

・長編ではない
・連作短編ではない
・season1とはテーマが異なる
・スレ立て逃げの可能性はたぶんない
・森板のスレ一覧を見るかぎり厳格な運用ではない

総合的に判断して、「つづきもの」ではないので構成要件に該当しない、
または該当するにしても可罰的違法性はない、
あるいは期待可能性がないということでいかがでしょうか。
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/27(水) 22:14
>>31
昔は板のTOPに続き物禁止と書いてたと記憶してるんですけど
今は見た限りFAQにもTOPにもないからルールとはいえないかなと

可罰的違法性はないが
万一立て逃げ的な事態に陥った場合
たくさんの人間から個人的に恨まれる
という十字架を心理的罰として背負う
ということでいかがでしょうか

>>30を鑑みるに、もしもこのスレが足りなくなったら移転、で問題ないのでは
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:19
>>33
ありがとうございます。
全13話です。
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:20
 
ぬいぐるみと動画投稿
 
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:20
ハングリーはたいへんかしこいぬいぐるみなので、パソコンの操作など苦にしない。
ただ、ノートパソコンの液晶画面部分を持ち上げることができない。
なので、パソコンをいじりたいときは吉澤ひとみの手をわずらわせることになる。

「ひとみ! パソコン見たい!」
「はいはい」

ハングリーはマウスを叩くように動かして、ニュースサイトを検索した。
前日行われた、サッカーの結果を見たいのだ。
プレミアリーグやリーガエスパニョーラの結果なら、衛星放送を見てるのでよくわかるが、
Jリーグの、特にナビスコカップの試合については、テレビでは何も放送がないのだ。
インターネットなら、ちょっと検索すれば、ゴールシーンも動画で見られる。
ハングリーは、オウンゴールしてがっくりと肩を落としている選手を見て、
きゃっきゃっと喜んでいる。
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:21
ひとみの携帯電話が鳴った。
石川梨華からの電話だった。

「アングリー? いるよ…… 今日も元気だよ…… うん……」

梨華とアングリーがひとみのところへ遊びに来るという。
それを伝えようと、ハングリーに目を向けたところ、
ハングリーは画面の前でおとなしく見入っている。

「何を見てるの?」
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:21
ハングリーは生返事した。
ひとみも画面をのぞきこむと、動物写真を扱うサイトで、仔猫どうしが絡み合っていた。
人間の目にはうるわしい光景でも、猫(のぬいぐるみ)にとっては淫靡な画像なのだろう。
ひとみは教育上よろしくないと考え、ハングリーをつまみあげた。

「なーに見てるんだ?」
「ええ! 十八禁サイトじゃないよ!」
「だめ」

ハングリーはまたマウスを操作し、動画サイトにたどりついた。
それほど大きくない動画で、そこでは三人の人間が歌に合わせて踊っていた。

「あ、知ってる! きらりの歌だよね!」
「ほんとだ」
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:22
曲は確かに、久住小春らが歌う「アナタボシ」だったが、
そこで踊っているのは小春たちではなく、ひとみには見覚えのない人物だった。
少年少女たちが、振り付けを覚えて懸命に手足を動かしている。
ハングリーも、動画に合わせて踊りはじめた。

「ひとみもいっしょに踊ろうよ!」
「やだよ」
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:22
ハングリーはおとなしく引き下がり、部屋のかたすみに置いてある箱をあけた。
日本の名城・名古屋城のプラモデル・キットだ。
先日、修理されたラジコンカーを取りに玩具店に行ったとき、
ハングリーがひとみにねだって買ってもらったものだった。
アングリーが所有する走る大阪城にインスパイアされたのだ。
完成にはまだ程遠い状態で、ひとみがニッパーで切りとった部品を、
ハングリーが接着剤でくっつける作業をくりかえしていた。

「あーん、ひとみ! 手がくっついちゃった!」

ハングリーの両手が接着剤でくっついて、離れなくなってしまった。
そこへ梨華たちがやってきた。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:22
「除光液で取れるかな」
「ひとみ様、おまかせください」

アングリーの鎌がきらりと光り、無事、ハングリーの両手は元に戻った。

「よっすぃ〜って、パソコンでこういうの見てるの?」
「わたしじゃなくて、ハングリーだよ」

ひとみたちの喧噪をよそに、ノートパソコンをいじっていた梨華が声をかけた。
ひとみがこれまでのいきさつを話すと、梨華は得意げに説明しはじめた。
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:23
「これは動画投稿サイトよ」
「投稿?」
「自分たちでムービーを撮って、インターネットでアップロードするの。
 これはその動画ね」
「それ、おもしろいの?」
「みんなで動画を見て、わいわいやるのが楽しいのよ」
「楽しいよ!」

ハングリーは再生ボタンをクリックして、音楽とともに再び踊りだした。
アングリーも、ハングリーといっしょになって踊りはじめていた。

「でも、知り合いとか見てたら、なんとなくいやじゃない?」
「ほら、この人たち、マスクしてるでしょ。そういう人は顔を隠すのよ」
「はあ……」
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:23
ひとみは、彼らに自己顕示欲があるのかないのか、わからなくなった。
梨華の説明を聞いていたハングリーが、ひとみにねだりはじめた。

「ひとみ! カメラで撮ってよ!」

何を言い出したのかひとみはわからなかったが、
ハングリーたちが踊っているところを動画にしろということだった。

「おまえたちが生きていることがばれたら、やばいんじゃないのか?」
「だいじょうぶ! 誰も生きてるなんて思わないよ!」
「いいじゃない。撮ってあげましょうよ」
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:23
梨華が賛成したら、ひとみに抗うことはできなかった。
二人は人気のない場所を探すことにした。
ハングリーはよくても、ひとみは自室を公衆の目にさらすことはしたくなかった。
花見の季節だったので、公園はどこも人でいっぱいだった。
結局、近所では都合のいい場所が見当たらず、電車に乗って遠出することとなった。
東京都西部の、とある市内。
ここまで来ると、山が近い。
見晴らしのいい場所は避け、いざとなったら隠れられる林の近くを選んだ。
芝生の上に、二匹を置くと、ぴょんぴょん跳ねだした。

「まず練習しよう!」
「タンバリンはないかしら?」
「おまえたちに合う大きさのタンバリンはないよ」
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:23
梨華は、携帯用のミニコンポにCDを入れた。
音楽が流れ、猫のぬいぐるみがそれに合わせて踊る。
右手と左手を間違えたり、体がぶつかりあって、息が合っていなかった。

「足はこう曲げてとんとんするんだよ!」
「三人で踊る曲を二人でやるのが間違ってるわ」
「ほらほら、けんかしないの」

ひとみは、ハングリーとアングリーをつかむと、木陰に隠れた。
遠くから、人が走ってくるのが見えたのだ。
身なりが汚い男で、紙袋をさげ、林の中へ消えていった。

「なんか、見るからにあやしい人だね」
「あたしたちこと、気づいていたかしら?」
「それはないと思うけど、こんな林に何があるんだろう?」
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:24
好奇心が勝った二人は、けもの道をたどって林の中に入っていった。
ほどなくして、小さな小屋が見えてきた。
何かの作業小屋のように、ひとみには見えた。
小屋の周辺は、木々が刈られていて多少のスペースがある。
二人は、砂ぼこりで汚れた窓から、おそるおそる中をのぞいた。
そこには、さきほどの男が血まみれになって倒れていた。

「死んでるの!?」
「死んでますわね」
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:24
ぬいぐるみのことは放っておいて、ひとみは入口を探した。
小屋は薄い板でできていて、屋根もトタン板だ。
ドアは外側から南京錠で閉めるタイプの簡易なもので、錠はもちろんかかっていない。
ひとみがゆっくりドアを開けると、ぎぎぎときしむ音がした。
中は道具を置くための棚と机、椅子があるだけだ。
机の上には数本の茶色のガラスびんが並んでいる。
問題の男の死体は、机の手前に倒れていた。
あたりにはガラスの破片がちらばり、水のような透明の液体が床の板を濡らしていた。

「この紙袋は、さっきまで持っていたやつかな」
「どうして死んでるの?」
「殺されたんだよ!」
「刃物で切られたんですわ。のどのところが真っ赤ですもの」
「誰がどうやって? ここまでの道はけもの道が一つだけで、
 ここに来るまでに誰にも会わなかったよ」
「どこかに隠れているのかしら」
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:24
小屋の中に人が隠れそうな場所はない。
ひとみはいったん外に出て、茂みの様子をうかがったが、
人が通ったと思われるところはどこにもなかった。

「どこにも人が隠れてそうなあとはなかったよ」
「じゃあ、自殺?」
「そんなふうにも見えないなあ」
「ねえ、なんかにおわない?」
「あやしいふんいきぷんぷんするけど」
「そうじゃなくて……」
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:25
アングリーは床で死体をじっくり観察していたが、
梨華のハイヒールのかかとに枯れ葉がくっついているのを見つけた。
手でとろうとしたが、ねっとりと湿ってぴったりくっついているので、
ぬいぐるみの手ではいかんともしがたい。
腹を立てたアングリーは、大鎌を思いきり振り上げた。
鎌の先が梨華のハイヒールに勢いよく当たり、火花が飛んだ。

男が紙袋に入れて運んでいたのは、アセトンの入った容器だった。
アセトンの入ったびんが激しく振られたため、蒸気圧でびんが破裂し、
破片が男の喉もとを襲ったのだ。
アセトンは除光液にも含まれ、汚れを落としたり接着剤のはがし液にも使われるが、
そんなことをひとみたちは知るよしもない。
引火性も高いため、火器のたぐいは厳禁だ。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:25
梨華のかかとあたりから炎があがった。
火は、床にこぼれていた液体にも広がった。
何が起こったのかわからない二人と二匹は、急いで小屋を脱出した。
小屋はあっというまに火に包まれ、ばちばちと音を立てていた。

「消防署に知らせてくるね」

梨華は走りだした。
携帯電話は圏外になっていて、使えなかったからだ。
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:26
ひとみは目の前の炎をうっとりと見つめていたが、
地面で踊るハングリーとアングリーに気づいた。
ぬいぐるみたちは、何かの祭りと勘違いしていた。
ひとみはミニコンポの再生ボタンを押し、這いつくばってビデオカメラをかまえた。
はたして、猫のぬいぐるみは息の合った演技で「アナタボシ」をやりはじめた。
燃え盛る炎をバックに、踊り狂う猫のぬいぐるみたち。

後日、くだんの投稿サイトにアップロードされた動画は、
「着ぐるみによる特撮映像」として、そこそこの評判を得ることとなった。
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:26
おしまい
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:26
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
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54 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:27
(0^〜^)

  ハングリー:イニエスタ!
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 21:27
( ^▽^)

  アングリー:テベス!
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/29(金) 22:30
是非その動画が見たいっすw
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:46
>>56
ありがとうございます。
ポチりました。
ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~gide/h001.jpg
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:46
 
ぬいぐるみと英会話
 
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:47
テレビの紀行番組を見ていたハングリーが、いつものようにひとみにおねだりした。

「ねえ! 外国へ旅行しようよ!」

いつもは、可能なことならハングリーの望みどおりの遊びを提供している
吉澤ひとみだったが、今回は生返事をかえしただけだった。

「ねえねえ! 行こうよ! モンサンミシェルとか、マチュピチュとか!」
「そんな時間はないよ」
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:47
ところが、ひとみと石川梨華が組んでいるとあるユニットが、
アメリカのシアトルで歌を披露することとなった。
シアトルにはこれといった遺跡はないが、ハングリーはそこでがまんすることにした。
二人は猫のぬいぐるみを連れていくことに異存はなかった。
もちろん、旅行かばんに押し込まれることを二匹は断固拒否し、
それぞれひとみたちの首にぶらさがって飛行機に搭乗した。
面倒ごとといえば、空港の手荷物検査でアングリーの握っていた大鎌が
金属探知器にひっかかり、一時預かりとなってしまったことくらいだった。
飛行機の中では、二匹は窓のところに置いてもらい、雲の上の世界を楽しんだ。
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:47
シアトルへは仕事のために行ったのだが、わずかながらも自由時間があった。
ひとみと梨華はその時間を利用して、街を散歩することにした。
外国の町並みが日本のそれより洗練されていると錯覚することはよくあることで、
二人は興味深げに街の光景を楽しんだ。
そこで、ひとみがシアトル市民に声をかけられた。

「あなたたちは日本人ですか?」
「はい」

アー・ユー・ジャパニーズ? くらいならひとみたちも聞き取ることができた。
だが、それ以上は相手が何を言ってるのかわからなかった。

「シアトルへようこそ! この街にはどんな用件で?」
「観光に来たんだよ!」
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:48
代わりにハングリーが英語でこたえたので、ひとみはびっくりした。
ひとみは相手に背を向け、胸元に向かってこそこそ話し始めた。

「なんでおまえ、英語しゃべれるんだ?」
「テレビで勉強してるよ!」

サッカーなどのおもしろそうなテレビ番組がないとき、
ハングリーはケーブルテレビでBBCニュースをいつも見ていたのだった。

「じゃあ、口パクするからおまえがこたえてよ」
「まかせて!」

シアトルの善良な市民が会話を続けた。
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:48
「観光ですか。シアトル・マリナーズの試合を見に来たのか?」
「そうだよ! イチローを見に来たんだ!」
「残念ながら、イチローは病気で試合に出てないよ」
「早く病気を治してほしいね!」
「オバマ大統領が日本で人気らしいがどうなんだ?」
「今のうちだけで、そのうち飽きられると思うよ!」
「クルーグマンが過去の日本の経済施策を批判したことを反省していたが、
 日本での反応はどうなんだ?」
「単なる皮肉なのに、なんだか喜んでる人たちがいっぱいいるよ!」
「わが国では構造主義を経験しないままポストモダンの潮流を受け入れたせいで
 プラグマティズムと分析哲学以外の現代思想は停滞してしまったんだが、
 日本の状況は?」
「日本は近代すら経験したことないから、なんだか宗教みたいになっちゃったよ!」
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:48
最後にひとみとシアトル市民はがっちりと握手し、手を振って別れた
散歩の途中、少し大きめの公園に二人は入った。
人ひとりなく、ひとみたちは小さな菊のような白い花の群生を眺めてすごした。

わずかな自由時間がなくなりそうになったので、二人は仕事場となる会場へ戻った。
ひとみたちは、ふだんとはまったく異なる髪型と服装にセットした。
かなり手の込んだセットのため、待っていることができなくなった二匹は
喧噪にまぎれて部屋を抜け出した。
コンサート会場の舞台裏など、国が違ってもそれほど変化はない。
ハングリーたちは、冒険がそれほど神秘的でなかったことに落胆した。
人影があらわれ、二匹はふつうのぬいぐるみに変貌した。
通常の建物の通路にぬいぐるみが転がっていたら、それは珍しい光景だろう。
ところが、今回の会場では、コンサートのある特殊性のため、
ゴスロリとパンクの猫のぬいぐるみなど珍しくもなんともなかった。
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:48
「なんだ、またこいつらか。いったいこれの何が面白いんだ?」

あらわれた人間は日本人だった。
語学留学と称してシアトルに住んでいるなまけものの大学生だった。
日本語と英語の両方ができるというふれこみで、
このコンサートのスタッフとして雇われていた。
その日本人はハングリーを軽く蹴りとばした。
ハングリーは通路の奥までころころと転がっていった。
この不埒な人間をこらしめようにも、アングリーの大鎌は一時預かりのままだった。

「こんなことしてる暇はないか、仕事だ」
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:49
日本人の男が消えてから、ハングリーはぷんぷん怒りながら戻ってきた。

「なんて失礼な人間なんだ!」
「あとでたっぷりおしおきね」

ハングリーたちは冒険を続けた。
さきほどの男が向かっていった通路に入り、そこでひとつのドアを見つけた。

「中に誰かいるかな?」
「人の気配はないわ」

アングリーがドアノブにつかまり右にねじると、ドアがゆっくり開いた。
人の気配がないのは道理で、中にあったのは死んだ人間だった。
顔を横に向けてうつぶせになった死体の上に、
かわいらしい花の花束が乗っていた。
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:49
死の匂いは隠しおおせるものではなく、すぐに大騒ぎとなり警察が呼ばれた。
あっというまに人だかりができたのでぬいぐるみたちは動くに動けず、
部屋のすみっこに隠れていた。
以下は、ハングリーがひとみに話した警察の調査の様子だ。

「マシューズ刑事、こいつは誰だ?」
「シアトル市民ですよ、ボールト部長刑事。先日、警察に相談に来ていました」
「相談? 何の相談だ?」
「誰かに命を狙われていると」
「それで気のせいだとか言って追い返したんだろ? またマスコミにたたかれる」
「被害者はコンサートを観覧に来たそうです」
「おとなしく家で寝ていればいいものを。それで、客がなんでこんなところに?」
「迷ったのか、それとも呼び出されたのか、調査中です」
68 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:50
「何か細い紐で絞殺したんだな。被害者の爪に犯人の皮膚が残ってるんじゃないか?」
「それが、何も残っていませんでした」
「DNA鑑定はむりか。この部屋に入ることができたのは?」
「ご安心ください。死体の発見が早かったせいで、犯行時刻ははっきりしてます。
 その時間にこの部屋に入ることができたのは、四人にしぼられました」

四人とは、花屋のアダムズ、清掃員のブランブル、弁当屋のチャールトン、
日本人のコンサートスタッフのドバシだった。

「花束が残ってたんだから花屋があやしい…… わけないか」
「四人とも同じようにあやしくて、同じようにあやしくありません」
「四人とも業務でここに来たんだな?」
「そうです。ですので、犯人はそうとう以前から計画していたのでしょう」
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:50
「被害者との接点は?」
「四人とも顔も見たことがないと主張しています」
「前に被害者は殺されると言っていたが、具体的にどんな話だった?」
「ニューヨークのほうで裏の仕事をしていたらしく、
 そのときのいざこざが原因で命を狙われていると言っていました。
 ですが、そのいざこざの詳細を話そうとしないのですから、
 こちらとしても保護のしようがなかったんです」
「マフィアか何かか。用意周到なのもわかるな」
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:50
「妙なことばかりです。なぜ犯人はこんな部屋で殺害したのか。
 そのために、わざわざ容疑者が少数にしぼられることになったんですから」
「爪に何も残っていないのも変だ。
 首をしめられたら、ふつう被害者は抵抗して相手の手首をひっかいたりするはずだ」
「それと花束です。どこで買ったのかわからないようにしてあるんでしょうが、
 そんなものを残す理由が思いつきません」
「しばらく時間がかかりそうだ。コンサートの責任者を呼んでくれ」
「しばらく中止させますか」
「ああ」
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:50
ハングリーがマシューズ刑事役、アングリーがボールト部長刑事役になって、
手振り身振りをくわえながら忠実に再現した。
コンサートが中止されると聞いて、ひとみと梨華は気が気でなくなった。
アメリカの善良な市民たちに、自分たちの歌と踊りを披露できなくなってしまう!

「そんなのないよー」
「どうしよう」
「警察も手がかりがなくて困ってるんだ。だから、何か手がかりさえ見つかれば、
 コンサート開けるんじゃないかな」
「でも、手がかりって?」
「警察が悩んでいる三つの謎のこと。これに犯人に結びつく説明がつけば
 容疑者の尋問とか証拠調べとか、コンサートに関係なくできるんじゃない?」
「花束なんてどうとでも説明つくわね。暗殺者が気の毒な犠牲者への手向けとか」
72 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:51
「そうだね。あの部屋でってのも、ふだんは用心してる被害者が、
 楽しみにしてたコンサートにやってきて、芸能人の誰かに会えるとかいって、
 だましてあの部屋に連れていったのかもしれない」
「容疑者がしぼられたのも、ドアがあいてて死体が早く発見されたからで、
 ドアがしまったままだったら犯行時刻はもっとあいまいになってたでしょ」

二人は、ドアをあけたのがアングリーだということを知らない。

「残るのは爪に犯人の皮膚が残らなかったことだけど……」
「これはどうなのかな。今までの二つの謎は説明ついたけど、
 犯人につながるような説明じゃないわね」
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:51
「爪の謎のほうに、手がかりを見つけるしかないね」
「こうやって紐で首をしめると……」

梨華は手にしていた黒い紐をひとみの首にまわし、しめつけるしぐさをした。
ひとみは梨華の両手に、自分の手をかぶせた。

「こうやってひっかいて、それでもだめだったら、
 そのあとに紐がしまらないように、紐をつかむのが普通だよね」
「逆かもしれないわね」
「爪でひっかいて相手のしめる力を弱らせるのが、いちばん効果的だし」
「それじゃあ、なぜ皮膚のあとが残らなかったのかしら? 皮膚がない人間だったとか」
「そっか、それだ」
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:51
ひとみは、手に皮膚組織がない人間がいると主張しているのではなかった。

「犯人は手袋をしてたんだ。それなら爪に残るわけがない」
「きっとそうね。でも、手袋なんて誰でもできるわよ?」
「命を狙われて用心している人間が、この陽気のいい日に手袋していてる人に
 くっついていくとは考えづらいよ」
「通訳や弁当屋はまずしないわね」
「花屋だって、花をかざるときに手袋はしないよ。花びらを調整したりするんだから」
「残ったのは掃除の人ね」
「そう。清掃人なら、トイレ掃除したりするからゴム手袋しててもあやしまれない。
 犯人は清掃人のブランブルなんだ」
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:51
二人はひとつの結論に達したが、問題はどうやって警察に知らせるかだった。
二人ともこのような複雑な話ができる英語力はなかった。
ひとみの視線はハングリーに向けられた。

「おまえ、説明できる?」
「うん、大丈夫!」

ハングリーがぽんと胸をたたいた。
多少、不安の念につつまれつつも、ひとみたちはハングリーに託すほかなかった。
ボールト部長刑事とマシューズ刑事はひとみたちとの面会を歓迎した。

「はるか極東の島からシアトルへようこそ」
「お会いできてうれしいです」
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:52
ナイス・トゥ・ミーチューだけひとみ本人が話し、あとはハングリーの出番だった。

「ご用件はなんですか? コンサートの件ならば、まことに残念ですが、
 事件のめぼしがある程度つかなければ延期はさけられません」
「そのことなんだけど、手がかりはあるよ!」
「ほう? それはどのようなものですか?」
「どうしてわざわざこんなところで犯行があったのか、
 どうして花束が置いてあったのか、それは実行犯の黒幕が命じたことなんだ!」
「ほほう、黒幕と。ニューヨークの暗黒街のボスが裏で手を引いているのは
 もはや疑いがなさそうですが、それがどうつながると?
 どうしてその黒幕はそんな命令を下したんですか?」
77 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:52
「実行犯は聞き間違えたんだ!」
「聞き間違え?」
「黒幕は公園の『レイフラワー(放射花)』のところで殺せと命じたんだけど、
 実行犯は『花を置け』と聞き間違ったんだ!」
「なるほど。公園のあのあたりはほとんど人通りがありませんから、
 ひそかに人を殺すにはもってこいの場所ですね」
「コンサート会場でやるより、よっぽど適したところにはちがいない。
 だが、お嬢さん、 ray flower と lay flower を聞き間違える人はいませんよ」
「日本人はRとLの区別がつきにくいんだ!」
「うーむ、はるか昔、そのようなことを大学の民族学の授業で聞いたことがあるぞ。
 容疑者の中には……」
「日本人スタッフのドバシがいるよ! きっと犯人に間違いないよ!」
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:52
ボールト部長刑事は立ち上がって、ひとみに握手を求めた。
ひとみはわけもわからず、愛想笑いを浮かべた。

「至急、ドバシを重要参考人として署にきてもらいます。
 極東からあなたのようなすばらしい友人が来てくれたことを、深く感謝します」

ハングリーは満足し、もう話さなくなってしまったので、
ひとみはつたない英語でボールト部長刑事に問いかけた。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:53
「あの、コンサートは……」
「ああ、失礼。予定どおり、コンサートを開催していただいて問題ありません。
 あなたたちのパフォーマンスをこの目で見ることができないのが残念です」

こうして、ひとみたち人間と、ハングリーたちぬいぐるみと、
双方にとって満足すべき結果が得られたことは、まことに重畳の至りだろう。
 
 
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:53
おしまい
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:53
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |  |
      | ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ|  |
      | 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ |  |
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      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
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82 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:54
(0^〜^)

  ハングリー:イチロー!
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 20:54
( ^▽^)

  アングリー:ジョージマ!
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/05(金) 22:59
やるなぁハングリーさん
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:38
>>84
ありがとうございます。
ハングリーとマイちゃん ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~gide/h002.jpg
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:38
 
ぬいぐるみとぬいぐるみ
 
87 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:39
シアトルでのコンサートは無事終わったのだが、以下のようなできごとがあった。
空き時間ができると、吉澤ひとみと石川梨華は、会場のあちこちをうろついていた。
日本のコンサートと同じように、物販ブースも設けられていて、
外国人の好事家たちも、はるばるやってきた日本人も、仲良く物色していた。
かちんかちんに固めた髪の毛を守るように二人はフードをかぶって、
そんな様子を眺めていた。
二人の首からぶら下がっている二匹の猫のぬいぐるみ、
ハングリーとアングリーも、興味津々の様子だ。

「キーホルダーや、ぬいぐるみも売ってるんだね」
「さすがに団扇や箸はないみたいね」
「箸なんか、日本じゃあれだけど、こっちならある意味ありかもしれない」
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:39
店員たちが、即席のカウンターの裏を忙しく動いていた。
端のほうのテーブルの上に、ハングリーたちによく似たぬいぐるみが
山のように積んである。
ひとみがそれに気づいてそばに近より、ひとつを手に取ってみた。

「こっちのぬいぐるみはおとなしくていいなあ」

ハングリーが怒って、ひとみの胸の上で跳ねだした。
ひとみが何か言い返そうとしたところへ、
若いアメリカ人男性が走ってきて、角を曲がり切れずにテーブルにつっこんだ。
宙に浮いたぬいぐるみの集団が、倒れ込んだアメリカ人を覆うように降ってきた。
89 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:39
「大丈夫ですか?」
「失礼、大丈夫だ。あ、拾ってくれてありがとう」

男はひとみの手にしていた、アングリーによく似たぬいぐるみをひったくると、
あっという間に走り去っていった。
それは違うぬいぐるみですよと、ひとみは英語でどう話したらいいのかわからなかった。
販売スタッフたちも、何が起こったのかわからない様子だったが、
やがてテーブルと商品を元に戻し、何事もなかったかのように働きはじめた。
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:39
ひとみと梨華はさらに会場をうろつき歩き、大きな猫の着ぐるみを見つけた。
着ぐるみは客たちに大人気で、記念撮影をくりかえしていた。
楽しそう、面白そうなものを見ると、体がうずうずしてくるひとみである。
ひとみは着ぐるみ二体を人気のない通路に呼び出し、交渉した。

「しばらくの間、着ぐるみ貸してよ」

着ぐるみの中の人は、金髪と黒髪の女性二人が何者であるか重々承知していた。
二人は喜々として大きなぬいぐるみを装着した。
小さなぬいぐるみのほうは、着ぐるみの衣装にぶら下げた。
物販会場に戻ったてきた着ぐるみは、たちまち人だかりに囲まれた。
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:39
トサカのようなモヒカンの着ぐるみは、アメリカ人の幼い女の子を目ざとく見つけ、
手を振って呼ぶと、目線を下げて頭をなでた。
アメリカ人の幼女は、ゴスロリの着ぐるみを見ると、そっちのほうへ抱きついた。

「梨華ちゃんのファンだったかあ」

ひとみは少々不満げにつぶやいた。
やがて彼女たちの曲が流れ出すと、二体の着ぐるみは体を揺らして踊りはじめた。
人々はカメラを出して、その様子を写した。
ひとみは、楽しくて楽しくてしょうがなかった。
中に入っているのが自分たちと知ったら、みんなどれだけびっくりするだろうか?
一曲踊りおわり、拍手がやまない中、先ほどの幼女が泣いていて、母親が慰めていた。
92 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:40
「何があったんですか?」
「この子のぬいぐるみが乱暴な男に奪われてしまったんです」

母親が憤慨して答えた。
物販会場で買ったばかりのゴスロリ猫のぬいぐるみだという。
幼女は早速、ぬいぐるみを彼女のやり方でかわいがっていた。
すなわち、お気に入りのぬいぐるみほど、すぐに汚してしまうのだ。
梨華が頭をなでると、幼女は泣きやみ、再び抱きついた。
別の曲がかかり、二体は再び体を揺らし、腕を振って踊りだした。
今度は見物客もいっしょに踊って騒いだ。
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:40
そこへ、さきほどの若い男が猛スピードで着ぐるみにタックルしてきた。
タックルされたのは梨華のほうで、二人はごろごろともみあいながら転がっていった。

「いったい、なんなの?」

男は着ぐるみにくっついたアングリーをむしり取り、それを奪って逃走した。
物販会場は騒然とした。
二体は着ぐるみの頭を外して、新鮮な空気を大きく吸った。
着ぐるみの中の人を見た客たちが、歓声をあげた。
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:40
「どうやら、無差別ゴスロリ猫ぬいぐるみ強奪犯みたいだね」
「どうしてそんなものを?」
「そんなにぬいぐるみが欲しければ、物販に大量に置いてあるのに」

だが、若い男はそちらのほうは狙わなかった。
ひとみは、ハングリーを通して物販ブースの店員に話しかけた。

「さっきの若い男の人、こっちに来なかった!?」
「あの人ね。並べてあるぬいぐるみをしげしげと眺めていたけど、
 すぐにどこかに行ってしまったわ」
「手に取ることもなく!?」
「ええ、そうよ」
95 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:40
もちろん、ひとみに英語が話せるわけがなく、
ハングリーがしゃべるのに合わせて口パクしているだけだ。

「アングリーは大丈夫かしら?」
「どうかなあ」
「大鎌持ってきてないし」
「それは心配だね」

あまり心配しているふうでもない二人のところへ、アングリーがこそこそと戻ってきた。
そろそろコンサートの準備をという時間に近づいていたので、
気のせいた人々は会場へ移動しはじめていて、ほとんどいなくなっていた。
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:41
「梨華様、ひとみ様。ただいま戻りましたわ」
「大丈夫? ひどいことされなかった?」
「見るなり、『こいつは違う』と言って放り捨てられましたわ」
「何か特定の個体を探してるんだよ、きっと」
「どこへ連れて行かれたの?」
「建物の裏ですわ。頭にきたので足をひっかけてやったら、
 転んで頭を打って気を失っていますわ」
「そこでのびてるんだね。そいつに話を聞いたほうが早いよ」

そこへ、顔なじみになったばかりのボールト部長刑事とマシューズ刑事があらわれた。
着ぐるみ姿の二人を見て、ボールト部長刑事はうなった。
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:41
「また会いましたね。今度はキュートな衣装ですな」
「なかなか似合ってるでしょ!」
「コンサートはどうでしたか?」
「もうすぐ始まるよ!」
「そうでしたか。実はですね、どこかの頭のネジがゆるんだやつが
 この敷地のどこかに 時限爆弾をしかけたという通報がありまして。
 ご安心ください。そいつはもう逮捕済みで、爆弾のありかを吐きましたので、
 速やかに回収させました」
「どこにしかけてたの!?」
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:41
「なんと、猫のぬいぐるみですよ。ごぞんじのとおり、今回のこの会場では
 ぬいぐるみなど珍しくないですから、かっこうのカモフラージュだったわけです。
 マシューズ刑事、あの、なんて言ったっけ、あの若い刑事」
「ああ、彼ですか。若いのに爆弾処理はお手のものです。
 ふだんは落ちつきがなくそそっかしいところがあるのですが、
 あれ、名前はなんて言いましたっけ」
「その、彼が爆弾を処理中のところです。行き違いになったのかここにはいませんが、
 きっと今頃、安全なところに運搬中なんでしょう」

ひとみは体を後ろに向け、ハングリーにささやいた。
前回とは異なり、警部が話したことを日本語に訳させた。
そして、警部に伝えるべきことをハングリーに話した。
99 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:42
「その人ね、きっとこの建物の裏で気絶してると思うよ!」
「なんですと? もう一度、くわしい話を」
「その人は、爆弾の入ったぬいぐるみを、そこで売ってるぬいぐるみに
 紛れ込ませちゃったんだ! いっしょうけんめい探して回ったけど、
 まだ見つかってないよ!」

ボールト部長刑事の顔色が変わった。
ひとみ(というかハングリー)は物販ブースの店員に再び尋ねた。
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:42
「ねえ! 何だか古ぼけたぬいぐるみなかった!?」
「ええ、あるわよ。工場のミスかしら、妙に薄汚れたぬいぐるみがあったけど、
 売り物にするわけにはいかないからよけてあるわ」

店員は後ろのボール箱から、ゴスロリ猫のぬいぐるみを出してきた。
ひとみはそれをボールト部長刑事に手渡した。
ふつうのぬいぐるみにはない、ずっしりとした重みがあった。

「これに爆弾が入ってると思うよ!」
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:42
若い男、すなわち警察の爆弾処理班の男は、
犯人の供述どおり爆弾がしかけれれたぬいぐるみを見つけた。
ところが、それを持ち帰ろうとするとき慌て過ぎて、物販ブースにぶつかった。
そのとき、そのぬいぐるみは売り物のぬいぐるみに紛れ込んでしまった。
男は勘違いして、ひとみの手にしていたぬいぐるみを持っていった。
のちにそのことに気づいた男は、物販ブースに並んでいるぬいぐるみを観察したが、
店員がすでにしまっていたので、その中には当然ながらなかった。
それで、きっと売れてしまったにちがいないと考えた男は、
古ぼけたゴスロリ猫のぬいぐるみを処理するために、
幼女のぬいぐるみや梨華のアングリーを強奪してまわっていたのだった。
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:42
ボールト部長刑事とマシューズ刑事は、爆弾入りのぬいぐるみと
気絶している若い刑事を回収して署に帰っていった。
ひとみと梨華は、着ぐるみの頭をかぶり、しばらくの間なんとはなしに踊った。

「そこのおまえたち、何してるんだ! もう時間だぞ!」
「あ、やべ」

着ぐるみを脱ぐひまもなく、二人はスタッフに連れられていった。
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:42
「しっかり前座頼むぞ」

こうして、二人は会場のステージで、彼女たち自身の曲に合わせて、
ゆらゆらと体と手を振りながら、観客の前で踊ることとなった。
 
 
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:43
おしまい
105 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:43
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
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106 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:43
(0^〜^)

  ハングリー:カカ!
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/12(金) 19:44
( ^▽^)

  アングリー:C.ロナウド!
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/13(土) 17:15
ビジャ!
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/15(月) 21:27
>>85のほうがインパクトが強すぎて・・・
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:48
>>108-109
ありがとうございます。
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:48
 
ぬいぐるみと山桜
 
112 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:48
ハングリーはできあがっていたプラスチックの天守閣をつかむと、
底部に接着剤をブラシでていねいに塗りはじめた。
端のほうからはみ出ないように、接着剤の量に注意をはらう。
それを土台の指定された場所にかちっとはめ込んだ。

「できた! ひとみ、ひとみ! 名古屋城ができたよ!」

ハングリーは吉澤ひとみに見せびらかした。
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:49
「ほら! しゃちほこは金色だよ!」
「どこに置こうか」

ひとみは洋服用のたんすの上に置くところを探した。
たんすの上に小物用の棚があり、その中はハングリー用の衣装でいっぱいだった。
ケースの前はハングリーの定位置なので、ケースの上に置くことになった。
ハングリーはできばえをしげしげと眺めている。

「ねえ! 名古屋城ってどんなお城なの!?」

ひとみは即答できなかったので、別室から大きな辞書を持ってきた。
それによると、名古屋城は江戸時代初期に尾張藩が築城し、
先の大戦で空襲により焼失した。
現在は復元されていて、中は美術館になっているという。
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:49
ハングリーは名古屋城のことはすっかり忘れて、辞書のあちこちを読みはじめた。
ひとみは自分の机に戻り、本を読みふけった。

しばらくして、ばたばたと音がするので、ひとみが振り向くと、
ページをめくりそこねたハングリーが本の間に挟まれていた。
ひとみが本を開くと、ハングリーはぷはーと息を吐いた。

「危なかった! なんて乱暴な辞書なんだ!」
「自分のせいだろ」
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:49
ハングリーが辞書のページを差した。

「ねえ! 花見って何?」
「そこに書いてあるとおり、桜の花を見物することだよ」
「フラワーヴューイングだね! 花見に行こ!」
「もう桜は散ってるんじゃないかなあ」

ひとみが役に立たないとき、ハングリーは石川梨華に頼めばなんとかなることを
学習していたので、ひとみの携帯電話を操作した。

「もしもし、梨華ちゃん! ハングリーだよ!」
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:49
こうして、二人と二匹は時期遅れの花見を楽しむこととなった。
二人はそれぞれバスケットを持って、駅で落ちあった。
ひとみのバスケットからハングリーが顔を出して梨華にあいさつしようとしたので、
ひとみはその顔をぎゅっと押し込んだ。

「どこにあるの?」
「そんなに遠くないところよ。穴場なんだから」

電車に揺られ、バスに揺られること一時間半ほど。
バス停に降り立った二人は、近くの小さな山を見上げた。
小学校をとおりすぎ、人が住んでいるのいないのかわからない民家の前をとおり、
山に通じる小道に入った。
舗装はされていない。
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:49
「これをずっと登るの?」
「途中までね」

途中の山肌は平らにならされていて、墓地になっていた。
そこをすぎてさらに登り、二人は途中で道なき道に進入した。
その奥で、一本の山桜が咲き誇っているのを見つけた。
ハングリーがバスケットから顔を出した。

「わあ! 桜が咲いてる!」
「ね。言ったとおりでしょ」
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:50
ひとみたちは小さなシートを桜の木の根元に敷き、花見を始めた。
小石や木の根がじゃまになるかとひとみは思っていたが、
考えていたより平らだった。
ハングリーとアングリーは不思議そうに桜の花を見つめていた。
春の風に枝が揺れ、花びらがちらちらと舞っていた。

「明日くらいには全部散っちゃいそうだね」
「この木ね、もうすぐ切られちゃうんだって」
「どうして?」
「この辺整備して、墓地にするんだって」
「死の匂いがしますわ」
「ここからも、さっきの墓地が見えるよ」
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:50
アングリーとハングリーが山の下の方を見た。
墓参りの人の姿は見えなかった。

「『脳みそプディング』持ってきたよ」

わーい、とハングリーたちはもろ手をあげて喜んだ。
ひとみたちもバスケットからサンドイッチを出して頬ばった。
遅めの昼食ののち、ひとみは昼寝をはじめた。
ハングリーとアングリーは、散った花びらを集めて山にしていた。
梨華はその光景を目を細めて見ていたが、
いきなりハングリーとアングリーがこてんと倒れたので驚いた。
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:50
「どうしたの?」

二匹のぬいぐるみを見ると、かたまっていた。
自動車が山道を駆け上がってきていた。
中から若い男女が出てきたのを見て、梨華はひとみを起こした。

「何かしら?」
「花見の客かな? ブルーシートを持ってるよ」

男女は、ひとみたち先客がいるのに気づき、自動車の中に戻っていった。
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:50
「早い者勝ちだしね」
「あまりじろじろ見ちゃだめだよ」

ひとみは、自動車のほうに背を向けて、ハングリーとアングリーを目の前に並べた。
他人の目から見えない位置で、ハングリーたちはまた活動を再開した。

「こんな人気のないところにいきなりやってきたから、びっくりしたよ!」
「あんまり派手なことするなよ」
122 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:50
ひとみは梨華からお茶の入ったペットボトルを受け取った。
ハングリーがじっと見ているので、キャップにお茶を入れて与えた。
梨華もアングリーにオレンジジュースを飲ませていた。
陽気のせいで、梨華も眠気をおぼえた。
ごろんと横になり、すぐに春眠をむさぼりはじめた。
アングリーが大鎌を振って、ハングリーを追いかけている。
二匹は桜の木をぐるぐるとまわりはじめた。
ひとみはハングリーをつまみあげた。

「あんまり回りすぎると、バターになっちゃうよ」
「それどこの童話!?」
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:51
獲物を取りあげられてしまったアングリーは、シートの中に潜りこんだ。
やがて出てきて、「ひとみ様」と呼んだ。
シートを少しめくったひとみは、顔をしかめ、いかにも迷惑そうな顔をした。

「アングリー、鎌が土まみれだよ。錆びちゃうよ」
「また梨華様に研いでもらいますわ」

ひとみは梨華を起こした。

「そろそろ帰り支度しようか」
「あら、さっきの人、まだいるわよ」

ひとみがそっと後ろを見ると、確かに自動車が止まったままだった。
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:51
「そんなに花見がしたいのかな?」
「ハングリーみたいなわがままな子供がいるのかもね」
「子供はいないみたいだけど」

ひとみは胸ポケットに手をあて、それから梨華にたずねた。

「携帯どこに置いてある?」
「バスケットの中だけど」
「じゃあ、ハングリーにやってもらおう」
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:51
ハングリーは目をかがやかせ、ひとみの話を聞いた。
ハングリーが梨華のバスケットに潜りこんでいるあいだ、
ひとみはアングリーを捕まえてじゃまをさせないようにした。

「さて、もうひと眠りしようかな」
「まだ寝るつもり?」
「梨華ちゃんもしばらく寝ようよ。おまえたちもバスケットの中でお休み」

上着をふとん代わりにして、ひとみはすーすーと寝息をたてはじめた。
壁がなくなったのでハングリーたちもかたまり、梨華がバスケットにしまった。
することがなくなった梨華も、ひとみの横に寝そべった。
126 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:51
「ちょっと」

見知らぬ声で、梨華は目がさめた。
さきほどの男女がそばに立っている。
梨華はひとみを起こした。

「何か用ですか?」
「そろそろどいてくれないかな」
「山の持ち主の人だったんですか?」
「そういうわけじゃない」
「それじゃあ、あなたたちも花見をしに来たんですか?」
「梨華ちゃん。花見をするのに、こんな大きなブルーシートはいらないでしょ」
「スコップは花見に必須道具じゃないわね」
127 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:51
女の方が巻いたブルーシートを立てて持っていた。
男の方は肩にスコップを乗せている。

「ひと仕事あるんだ。わかったらどいてくれ」
「工事の人ですか。もう花も大半は散ってしまったから、
 墓地造成の工事に入るんですね」
「よっすぃ〜。いくらなんでもスコップだけで工事する?」
「それもそうだね。ってことは」
128 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:52
ひとみは立ち上がり、体育座りをしている梨華に声をかけた。

「梨華ちゃんのおしりの下に用事があるってさ」

男女は声を失った。

「ここに埋まってるものを掘り返しに来たんですよね?」
「あ、わかった! 秘密の地図に記された宝箱が隠されてるのね」
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:52
梨華は立ち上がり、シートをめくった。
口と目を大きく開き、額がぱっくりと裂けた女性の顔があらわれ、
梨華はテレビドラマのように悲鳴をあげた。
男がスコップを両手で持ち、振り上げようとしたのをひとみが制した。

「やめたほうがいいですよ」
「なんだと?」

ひとみは手を大きく振って声をあげた。

「おまわりさん、こっち!」
130 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:52
制服姿の警察官が数名、桜の木をめがけて山道を走っているのが見えた。
男女二人は、殺害した女性を人気のない小山に埋めて隠そうとした。
わざわざ桜の木の下にしたのは目印のつもりだったのだが、
墓地の造成工事が始まると聞いて、死体を移動させる必要がでてきた。
そこへひとみたちが花見にやってきて、じゃまをしていたのだった。

「桜の花が咲いていたのは、養分が埋まっていたからなのね」
「そんなことないと思うけど」
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:52
「ですから、死の匂いがするって最初から言ってましたわ」
「死の匂いじゃなくて、死体の匂いってはっきり言ってほしかったよ!」
「詩人は一言一句もおろそかにしないものですわ」
「梨華ちゃん、しっかり教育しといてね」

二人は二匹をバスケットにしまうと、山道を下りはじめた。
山桜は、雪のように花びらを舞わせていた。
 
 
132 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:53
おしまい
133 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:53
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |  |
      | ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ|  |
      | 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ |  |
      | (●〜^0)((●▽^ ):) |  |
      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

134 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:53
(0^〜^)

  ハングリー:リベリー!
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 21:54
( ^▽^)

  アングリー:フォルラン!
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/19(金) 23:08
(((( ;゚Д゚))) ガクガクブルブル
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:35
>>136
ありがとうございます。
辞書 ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~gide/h004.jpg
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:36
 
ぬいぐるみと侍たち
 
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:36
猫のぬいぐるみが、たんすの上でちょこんと座っている。
なんの前ぶれもなく立ち上がり、たなの上からプラモデルのお城を持ち上げ、
床の上に飛び降りた。
じゅうたんの上にお城を置き、腹ばいになって眺めはじめた。

「この大きな破風がいい感じだなあ!」

そう言って、三角形の白い破風をちょんちょんとつついた。
しかし、何かものたりない。
お城には侍がつきものだ。
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:36
「ねえ、ひとみ! お侍さんはないの!?」
「そういうのは別売りだから」

吉澤ひとみはやれやれといった感じで答えた。
槍や火縄銃を持った侍の小さなプラモデルも存在するが、
一体二体でいいものではなく、それなりに揃えようとするとかなりのお金がいる。

「動くやつがいいな!」
「そんなの売ってないし」
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:36
それよりも、と、ひとみは別室から五月人形を持ってきた。
人形から兜と甲冑を外し、ハングリーに装着した。
手鏡でハングリーに自身の姿を見せると、ぴょんぴょん跳ねて喜んだ。

「わあ! なんだかかっこいい!」
「三日月のマークに眼帯だから、伊達政宗みたいだよ」

おもちゃの刀を振り回しているところへ、石川梨華とアングリーがやってきた。
自慢しようとしていたハングリーは、アングリーの姿を見て一瞬声を失った。
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:36
「おや、アングリーも武者姿だね」
「見て見て。ほら、『愛』の兜よ」
「直江兼続だ!」
「二十年以上前の大河ドラマなんて、もう古いですわ」
「いざ尋常に勝負!」
「返り討ちですわ」

ハングリーとアングリーのちゃんばらごっこを二人は見守った。
おもちゃの刀どうしでは、ハングリーのほうがやや優勢だったが、
いらだったアングリーが刀を大鎌に持ち替えると形成は逆転し、
ハングリーの首が文字通り切り取られた。
143 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:37
「敵将、討ちとったり!」
「ずるいよ、アングリー!」

高々と掲げられたハングリーの首が抗議した。
ハングリーの首が元どおりつなげられると、
二匹は一対一の勝負では飽き足らなく感じていた。

「合戦がしたい?」
「そうは言っても、やってくれそうな仲間がいるかしら?」
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:37
ぽんと手を叩いたひとみは、携帯電話を手にした。
一時間後、四人がとある一軒家の庭に集合した。
テラスの下のテーブルを囲み、紅茶とお菓子で優雅に会話をしている。

「無理言ってごめんね」
「いいの、いいの。あの子たちもいっしょに遊べて喜んでるし」
「そうそう」

ぬいぐるみが生きて動くことを知っている二人、
松浦亜弥と藤本美貴に、ぬいぐるみたちの合戦ごっこにつきあうよう頼んだのだった。
亜弥のぬいぐるみは猿のアヤヤで、美貴のは狼のミキティである。
アヤヤは西洋風甲冑をまとった織田信長役、
ミキティは白い布を頭にかぶせた上杉謙信役だ。
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:37
庭のテラスに近いほうは芝生が生えており、奥のほうに進むと庭木や池が観賞できる。
松の木の間に土が盛られているところにダンボールを置き、城に見立てた。
籠城するのがアヤヤとミキティ、これを落とそうとするのがハングリーとアングリーだ。
ハングリーが刀をふるって勇ましく突進した。
これをアヤヤが迎え討つ。
一進一退の攻防が続いたが、脇から現れたミキティが加勢し、
ハングリーは刀を奪われ、ぼこぼこに殴られた。

「なんだか一方的だね」
「二対一じゃあ、しょうがないよね」
「アングリーはどこへ行ったのかしら?」
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:38
大きく庭を迂回したアングリーは、アヤヤたちに気づかれることなく
ダンボールの箱の上に飛び乗った。

「城はこっちのものよ!」
「しまった。ハングリーをぼこるのに気を取られすぎたわ」

今度は攻守を交替し、ハングリーたちが籠城する側となった。
ひとみたちは目を細めてぬいぐるみたちの合戦を見ていたのだが、
春の陽気に誘われて、四人とも一炊の夢にひたり始めていた。
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:38
ひとみは、自分の体が小さくなっていることに気づいた。
同じく小さくなってしまった梨華が、ひとみに向かって走ってくる。
手に大きな鎌を握っている。

「ちょ、梨華ちゃん」
「よっすぃ〜、お覚悟めされい!」

鎌の刃が逃げようとするひとみの首筋をとらえた。
ひとみの首が転がり落ち、ばたばたしている胴体の上に梨華が片足を乗せた。

「梨華ちゃん、ひどいよ!」
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:38
ここで目が覚めたひとみは、いやな汗をハンカチで拭いた。
テーブルの上で四匹の戦国武将がひとみを見つめていた。

「どうしたの? 合戦ごっこは終わった?」
「変なものを見つけたんだ!」

ハングリーがひとみに、汚れた紙きれを渡した。
紙きれはいくつも折り目が入っている。
文庫本から破り取られたものだった。
ひとみが折り目にそって忠実に復元すると、小さな紙飛行機ができあがった。
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:38
「知ってる! こうやって飛ばすんだよね!」

ハングリーが紙飛行機をテーブルの上から投げると、
ゆらゆらと動いて芝生の上に落ちた。
他のぬいぐるみも似たような紙切れを持っていて、
それぞれの持ち主にねだって紙飛行機を作ってもらい、飛ばして遊んだ。
ひとみはハングリーから紙飛行機を取りあげ、その文章を眺めた。

「ねえ、ミキティ。この家って誰から借りたの?」
「誰の家かは知らないわ。ぬいぐるみたちが遊べそうな空家を探したら、
 ちょうどここを見つけただけよ」
「つまり、無断で借りたんだね」
「そうよ」
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:38
それのどこがいけないの、という言外の圧力にひとみは負けた。

「この紙飛行機を作って遊んだのは、この家の子供だったのかしら?」
「あまり行儀のいい子供とは言えなさそう」
.「たぶんね、あそこから紙飛行機を投げたんだと思うよ」

ひとみが指さした先には、建屋の小窓があった。

「あんなところから?」
「方向的には合ってるけど、どうしてそんなことを?」
「迫りくる死の恐怖と孤独を、誰かに伝えたかったんだ」
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:39
ひとみは紙きれの文章をみんなに見せた。

「これは『銀仮面』っていう、外国の古い小説。
 主人公の中年女性は貧しく、美しい顔だちの青年に食事をふるまうんだけど、
 それが破滅の始りだった」

青年は妻と子供がいて、たびたび中年女性の家を訪れるようになる。
青年の親せき夫婦も出入りし、ほとんど住み込み状態になる。
やがて女性は病気になり、女中部屋に閉じ込められ、満足な食事も治療も与えられない。
152 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:39
「家を乗っ取られたわけね」
「ホラー小説みたい」
「それでさ、この家もきっとそうだったんだ。
 寝たきりになった中年女性はあの小窓から、
 自分の危機を誰かに伝えなければならない。
 それで『銀仮面』の本を破いて紙飛行機にして飛ばしたんだ」

ひとみが適当な作り話をするのはいつものことだったので、
他の三人はふんふんとうなずくだけだった。
ひとみはふたたび紙飛行機を作り、飛ばした。
紙飛行機は風に乗って、かなり遠くまで飛んでいった。
153 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:39
「さて、肌寒くなってきたし、そろそろ帰ろうか」
「そうね。空家で遊んでいるところを誰かに見られる前に、ね」

そこへ、空家のはずの建屋の窓ががらりと開いた。
美貴やひとみがはっとして振り向くと、ぬいぐるみたちのしわざだった。

「何やってんだ、おまえたち」
「ひとみ! また見つけたよ!」
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:40
そう言ってハングリーが白骨化した人間の頭をごろごろ転がしてテラスに出てきたので、
梨華は腰を抜かし、美貴は目をむき、亜弥は声を失った。
ひとみはため息をついて、ぬいぐるみたちに命令した。

「元に戻してきなさい」

ハングリーたちは文句を言うのでもなく、嬉々として頭蓋骨を転がしていった。
ひとみたちはそのあとを追い、家の中に入った。
その部屋は狭く、湿気でじめじめとしていた。
小さなベッドの枕の上に、ぬいぐるみたちは頭を乗せた。
布団の上に、手が骨だけとなって伸びていた。
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:40
「もしかして」
「銀仮面の犠牲者?」

ひとみにできることは限られていた。
白骨死体の謎を解くことは警察の仕事で、ひとみには課せられていない。
ひとみと梨華は目を合わせ、たがいにうなずきあった。
ハングリーとアングリーをそれぞれ首にかけ、
ひとみは美貴から携帯電話を借りた。

「もしもし、警察ですか……」
156 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:40
用件を伝え終わり、携帯電話を美貴に返すと、ひとみと梨華はさわやかに叫んだ。

「じゃあ、あやや、ミキティ。あとは任せた!」
「え、何、何」
「いったい、どういうこと?」

ひとみと梨華は、とまどう二人を置いて走って逃げた。
背負う必要のない面倒ごとからは逃げるのがいちばんだ。
パトカーがやってきて逃げられなくなった二人の怨嗟の声が、空家の庭に響いた。
 
 
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:41
おしまい
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:41
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |  |
      | ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ|  |
      | 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ |  |
      | (●〜^0)((●▽^ ):) |  |
      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
159 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:42
(0^〜^)

  ハングリー:シャビ・アロンソ!
160 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 21:42
( ^▽^)

  アングリー:ベンゼマ!
161 名前:ななしいくさん。 投稿日:2009/06/28(日) 01:30
ひどすw
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:02
>>161
ありがとうございます
163 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:03
 
ぬいぐるみと笛吹き男
 
164 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:03
吉澤ひとみが部屋でギターをかき鳴らしていると、
ハングリーが興味深げな顔をして、とことこと近づいてきた。

「これ何!」
「ギターだよ。音を鳴らす楽器だよ」

やってみたいというので、ひとみはハングリーに弦を押さえさせた。
ひとみがぽろんぽろんと音を鳴らせてみたが、ハングリーは不満だった。
165 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:03
「あんまりおもしろくない!」
「そうだろうね」

そこでひとみは、ハングリーにウクレレを与えた。
ウクレレでも、ぬいぐるみにとってはチェロのような大きさだ。
ハングリーは縦に置いてぽろんぽろん鳴らして遊んだ。

「いろんな音を鳴らせてみたい!」
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:03
しかし、コード表を渡されてもハングリーには理解できなかった。
ひとみはおもちゃのピアノ、小さなたて笛、トライアングルなど手当たり次第に与えた。
ハングリーも手当たり次第に音を鳴らし、最終的に小さなたて笛に落ちついた。
ハングリーはちょこちょこと歩きながら笛を吹いた。

「楽しいな!」
「あんまり大きな音出しちゃだめだよ」
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:03
その夜、ハングリーが笛を持って部屋を抜け出すのをひとみは見逃さなかった。
こっそりあとをついていくと、ハングリーは近くの河原に向かった。
夜ふかしの高校生やホームレスがいないことを確認してから、
ハングリーは笛ででたらめな曲を吹きはじめた。
河原の草むらの中をとことこ歩きながら吹いているハングリーの背後に、
黒いものがぞろぞろついていくのをひとみは見た。
ひとみが懐中電灯でそれを照らすと、鼠の群れがうごめいていた。

「ハングリー!」
168 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:04
ひとみの呼ぶ声に反応したハングリーは後ろを振り向き、鼠に気づいた。
犬や猫や烏はもちろん、鼠もぬいぐるみの天敵だった。

「あーん、ひとみ、助けて!」

ハングリーは笛をぎゅっと握って離さず、走りはじめた。
ひとみのほうへ向かえばよかったものを、ハングリーは川に向かって走っていた。
間を置かず、鼠の群れも追いかけた。
ハングリーは河原の石の上をぽんぽんと跳ねていき、
あげくのはてに川の中に飛び込んでいった。
鼠たちも川に突進し、次々と流されていった。
169 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:04
「ハングリー、だいじょうぶ?」

ひとみは懐中電灯で川面を照らした。
しばらくして、必死に杭にしがみついているハングリーを見つけ、
川の中にじゃぶじゃぶと入って救い出した。

「死ぬかと思ったよ!」
「少しは後先を考えろよ。流されたかと思ってびっくりした」
170 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:05
自宅へ帰ったひとみは、物干し竿にハングリーを吊るしたあと、
保健所に鼠の集団発生のことを連絡して就寝した。
数日後、ひとみはこの話を石川梨華とアングリーに虚構をまじえて話した。
その中では、ひとみは鼠に食い殺されようとするハングリーを
決死の思いで救い出したことになっている。
ハングリーはそれを否定することもなく、笛をぴっぴと吹いていた。
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:05
「まあ。それじゃ、よっすぃ〜もずぶぬれになっちゃたの?」
「川の水はまだ冷たかったよ」
「そのあとも、ハングリーは夜中に河原で笛吹いてるの?」
「さあ。部屋を抜け出したかどうかも見てないけど」

梨華はアングリーと顔を合わせ、またひとみのほうを向いた。

「妙な噂を聞いたんだけど……」
172 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:05
その河原の近くに、全寮制の私立中学校がある。
その寮に入っている生徒たちが、全員消え失せてしまったという噂があるのだった。

「都市伝説みたいなもの?」
「そうかもしれないけど、もしかして、って」
「ハングリーが『ハーメルンの笛吹き男』だって?」
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:05
『ハーメルンの笛吹き男』とは、ドイツのおとぎ話である。
ハーメルン市は鼠の害に苦しめられていた。
そこへ笛吹き男が現れて、鼠を退治するから報酬をよこせという。
市の人々が了承すると、笛吹き男は町中で笛を吹きはじめた。
すると笛の音色に誘われた鼠たちが次々と川に飛びこんでいった。
ところが、市の人々は約束していた報酬を出ししぶった。
怒った笛吹き男は笛を吹きならした。
その笛に導かれるように市の子供たちが笛吹き男についていき、
市から忽然と消えてしまったという。
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:05
これは史実がもとになっているらしく、実際に起こったできごととしては、
子どもたちは伝染病にかかった、少年十字軍となった、湿地帯で溺れ死んだ、
東方植民地につれていかれた、などの説がある。

「ハングリーが鼠を退治したのに人々が報酬を支払わなかったから、
 私立中学性を連れてどこかへ消えたって?」
「でも、ここでのんきに笛を吹いていますわ、梨華様」

ハングリーが鼠を退治したというのも、ハングリーそのものが鼠に狙われていて、
当のぬいぐるみが川に飛びこんだはての結果論だ。
もちろん、人々はハングリーのことを知る由もなく、鼠退治を依頼するわけがない。
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:06
「そうよね。でも、噂があるのは本当なのよ」
「噂っていうか、本当にごっそりいなくなったら近所でも評判になるんじゃない?」
「今、ゴールデンウィーク中でしょ。近所の人たちもみんな旅行中でいないのよ」
「子供たちも、実家に帰ってるんじゃない?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

噂になっている場所は、おもにインターネット上でのことだった。
ネットでの噂話を、いちいち現場までいって確かめる人などふつういない。
だが、好奇心旺盛なひとみと梨華は、その私立中学校まで行ってみた。
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:06
「ほんとに誰もいなさそうだね」
「部活とかもやってないわね」
「でも、先生だか事務員だか、大人は何人かいるみたいだよ」

校門からあんまりじろじろ見るのもはばかられた。
セキュリティにうるさい世の中だ。
校門の前を、一人の中年男性が通りかかり、ひとみたちに視線を投げていた。
後ろめたいことは何もないのだが、ひとみはあわてて会釈し、
思わず「こんにちは」とあいさつしてしまった。
男性のほうも、思いがけぬあいさつに、「こ、こんにちは」と返事した。
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:06
「ん〜?」

ひとみは首をひねり、男性のほうに近寄った。

「あの」
「な、なんですか」
「もしかして、わたしたちも検査受けたほうがいいんですか?」

男性は目を白黒させて、返す言葉が出なかった。
 
 
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:06
「なんだかひどいめにあったよ!」
「いずれお返ししますわ」

ひとみや梨華だけでなく、首にぶらさがっていたハングリーたちも入念に検査された。
二人とも、そして二匹とも、新型インフルエンザは検出されなかった。

「寮の子供たちに、インフルエンザの疑いがかかってたのね」
「うん。一人や二人ならともかく、百人単位で集団感染してたとしたら、
 町中がパニックになっちゃうから、こっそり隔離してたんだ」
「でも、どうしてわかったの?」
「鼠のことで保健所に電話したんだけど、その人と声が同じだったんだ。
 保健所の人が学校近くをうろうろしてるってことは、
 何か伝染病でもあったんじゃないかって思って、カマかけてみたらやっぱりだった」
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:07
やがて中学生たちも新型インフルエンザではないことが判明し、
こっそりと寮に戻らされることになるが、そのことはひとみたちは知らない。

「『ハーメルンの笛吹き男』がさらったんじゃないかって変なこと考えてたけど、
 そんなに大外れでもなかったんじゃない?」
「そうだね。伝染病で子供たちが大量に死んだっていう史実があったのかもしれないよね」
180 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:07
ペストでなくてよかった、と、ひとみは胸をなでおろしていた。
なんといっても、鼠の群れに遭遇した人間だったからだ。
その夜、二匹と二人はしょうこりもなく河原へ向かった。
ハングリーがぴーぴー笛を吹き、アングリーが小さな太鼓をとんとん叩いた。
月の光がうっすらと二匹を照らしている。
笛吹き男は、卑賤の職にある者として、差別され続けた歴史がある。
ぬいぐるみを人と同じように扱えというのはさすがに無理があるが、
せめて自分たちだけは、ぬいぐるみの生を見続けようと、ひとみは思った。
 
 
181 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:07
おしまい
182 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:07
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
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      | ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ|  |
      | 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ |  |
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      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
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183 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:08
(0^〜^)

  ハングリー:ニステルローイ!
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/03(金) 20:08
( ^▽^)

  アングリー:ロッベン!
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:40
 
ぬいぐるみとサッカー三昧
 
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:40
ゴールデンウィーク中のとある真夜中。
ふつうの人間はすでに眠っている時間に、二人と二匹はテレビに釘づけになっていた。
リーガ・エスパニョーラの大一番、「クラシコ」と呼ばれている、
レアル・マドリッド対FCバルセロナの試合を見ているのだ。
試合はマドリッドが先制し、石川梨華とアングリーが歓喜の声をあげた。
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:41
「まだまだ、これからだよ!」

ハングリーの言葉どおり、バルセロナが逆転し、梨華たちの顔がくもる。
後半に入ると、試合は一方的な展開になった。
2対3と一点差まで詰めよったまではよかったが、マドリッドの守備陣が崩壊し、
最終的には2対6という歴史的大差に終わった。
バルセロナが点を取るごとに、最初は喜んでいた吉澤ひとみとハングリーだったが、
梨華たちの機嫌が目にわかるくらい悪化していく様子を見て、

「もうこれ以上点を取らないで」
「アングリーたちに殺されちゃう!」

と心の中で神に祈るようになった。
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:41
試合終了後、アングリーは腹いせにハングリーの首をかき切ろうと立ち上がったが、
梨華が内心はともかくうわべは余裕の表情を浮かべ、

「今はリーガじゃなくてプレミアの時代よ。
 今度のチャンピオンズ・リーグではチェルシーがバルセロナを叩きのめすわ」

と、憤怒を隠しとおしていたので、アングリーもおとなしく座りなおした。
それでも、梨華は手にしていたペットボトルを握りつぶしていたので、
そうとうやり場のない怒りをいだいているにちがいないと、ひとみは思った。
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:41
ほっと息を吐いたひとみは、冷蔵庫から「脳みそプディング」を二つ持ってきて、
ハングリーとアングリーに渡した。
二匹は「わーい」とこれまでの恐怖と苛立ちを忘れ、おいしそうに頬ばった。
寝る前に、今度はテレビゲームでひと勝負ということになり、
当然ながら遠慮したひとみとハングリーのバルセロナが、
梨華とアングリーのマドリッドに惨敗した。
190 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:42
翌日、二人と二匹は埼玉高速鉄道に乗ってさいたまスタジアムに向かった。
Jリーグの試合を観戦するためだ。
マンション数戸と大型スーパー以外何もない駅前から、
遠くに見えるきれいなスタジアムに向かって歩いた。

「日本のサッカーリーグも楽しみだね!」
「頼むからおとなしくしててよ」
191 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:42
ホームスタンドの端の、相当上のほうに席があった。
二人ともホームチーム、アウェイチームのどちらのサポーターというわけでもないので、
まったりとお茶を飲みながら観戦していた。
それでもゴールが入ると、周囲の観客とともに立ち上がって拍手した。
ゲーム点の取り合いとなり、アウェイチームが二点目を入れたとき、
ひとみが立ち上がった勢いでハングリーをつなげていた紐が外れ、
ハングリーは観客席を転がり落ちていった。
人々にぶつかり、勢いがさらに加速し、
縦に振られる大きな旗に包まれるように飛び込み、
ついにはピッチのゴールのところまで転がっていった。
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:42
最近は、ピッチにペットボトルや十円玉が投げ込まれることはほとんどなくなっていたが、
ぬいぐるみが放り込まれたのは初めてだったのだろう。
固まっているハングリーに気づいたゴールキーパーが、
ハングリーをつかむとゴール裏の観客席に向けて放り投げた。
観客が試合に注目しているすきに、ハングリーはこそこそ隠れながら
ひとみたちのいる席までなんとか戻った。

「お帰り」
「一時はどうなることかと思ったよ!」

ひとみはハングリーの体についた芝生を叩いて落とした。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:43
試合が終わり、ひとみたちは帰りの電車に乗り込んだ。
五万人がいっせいに駅に殺到するのだから、混雑具合は平日朝の山手線なみとなる。
次の駅で武蔵野線に乗り換える客も多いので、わずかひと駅の我慢だ。

「ふう、少しすいてきたね」
「あら? よっすぃ〜、ハングリーは?」

見ると、首にぶら下げていたはずのハングリーの姿がなかった。
ハングリーどころか、アングリーもやはりいなくなっていた。

「さっきの駅で、混雑にまぎれて降りちゃったのかな?」
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:43
混雑のなか、おしあいへしあいしているうちに、
ハングリーとアングリーは所有者たちの首から放たれていた。
二匹は近くにいた乗客にしがみついていたのだが、
その乗客は流れにまかせていったん車両を降り、違うドアから再び電車に乗っていた。
少しすいてきたので、こうなってくるとひとみたちのところに戻ろうにも目立ってしまう。
ハングリーたちがしがみついていたのは、小学生の少女のかぶっていた帽子だった。
少女は異変に気づいていない。
 
 
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:43
「とりあえず、駒込で降りよう。例のやつ、持ってきてるよね?」
「だいじょうぶ、ぬかりはないわ」

駅のベンチに座った二人は、ノートパソコンを広げた。

「どうなってる?」
「埼玉高速鉄道に乗ったままだわ」
「武蔵野線に乗ったんじゃないんだ」
「追いかけましょう」

GPSを利用した発信器を、梨華はアングリーに持たせているのだ。

「いったいどこへ行くんだろう!?」
「さあ。どういうことなのかしら」
 
 
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:43
ぬいぐるみたちは少女の行動に疑問をいだいた。
赤いTシャツは浦和レッズのサポーターを表している。
親といっしょに観戦していたのではないだろうか?
だが、少女は一人で電車に乗っていた。
少女は飯田橋駅で降車し、駅を出て地上に出た。
しばらく周囲をきょろきょろと見回し、JRの改札を見つけるとそこへ歩いていった。
そこへ、一人の女性が声をかけてきた。
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:43
「お嬢ちゃん。一人でどうしたの?」

少女ははっとして立ち止り、あたりを見回してからいるべき人がいないことに気づいた。

「浦和レッズの試合は、たしかさいたまスタジアムでもう終わってるわよ。
 何か勘違いしたのか、それとも迷子になったのかしら?」

少女は涙目になってこくんとうなずいた。
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:44
ここでハングリーたちも少女に何が起こったのか、なんとなく察しがついた。
飯田橋から中央線に乗り、信濃町か千駄ヶ谷で降りれば国立競技場はすぐだ。
国立競技場でも浦和レッズのゲームがあると、少女は思いこんでいた。
さいたまスタジアムで試合をやったばかりなのに、
同日に国立競技場で試合をやるわけがないのだが、少女はそこまで思いつかなかった。
両親とさいたまスタジアムへ観戦に行き、満員電車の中ではぐれてしまったのだが、
国立競技場へ行けば会えるだろうと考えていたのだ。
199 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:44
「お母さんのところまで連れて行ってあげるわ」

女性は少女の手を引いて、JRの駅の改札を通っていった。


「ハングリーたちは?」
「飯田橋駅で方向を九十度転換したわ。中央線に乗ったみたい」
「何考えてるんだ、あいつら」

小学生の帽子にしがみついているとは、ひとみたちも思いもよらなかった。
 
 
200 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:44
女性と少女と二匹のぬいぐるみは、千駄ヶ谷の駅を出た。
しかし、向かった方向は国立競技場ではなく、正反対の新宿御苑側で、
人気のない雑居ビルに入っていった。
かつては会社のオフィスがあったらしい部屋に入り、少女は椅子に座らされた。

「ここで待っててね。すぐにお母さんを呼んであげる」

殺風景な室内に、少女とぬいぐるみが取り残された。
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:44
女性が出ていくときに、鍵をかける音が無情に響いた。
ことここにいたって、少女もぼんやりとだが自分の置かれた立場に気づいた。
大声を出すことはなかったが、ぽろぽろと涙を流しはじめた。
ハングリーはとつぜんのことに狼狽し、
アングリーはこれから起こるできごとに期待感を膨らませた。

「人間って、ほんとにひ弱い生き物ね」
「何言ってるんだ、アングリー! まだ子供じゃないか!」
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:45
帽子の上で何やら声が聞こえるので、少女は帽子を取って様子を探った。
そして二匹のぬいぐるみを見つけ、さらに混乱し、涙が増量した。

「わっ、わっ、もう泣かないでよ!」
「……バカ」

ぬいぐるみがしゃべったので、少女はあっけにとられた。
ハングリーは帽子の上から飛び降り、少女に向かって手をばたばたと振った。

「だいじょうぶ! きっとひとみが助けにきてくれるよ!」
「さすがに無理じゃない?」
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:45
少女は考えることをやめ、目の前のぬいぐるみにそっと手を伸ばした。
二匹を胸に抱えこみ、涙をぬぐうように頬ずりした。
アングリーが首からかけている懐中時計が、青く点滅している。
鍵があく音がし、そこへ少女とぬいぐるみが目を向けると、先ほどの女性が立っていた。

「あなたはずいぶんおとなしいわね。暴れられても困るけど」

女性はロープを手にしていた。
 
 
204 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:45
ひとみと梨華は千駄ヶ谷駅の改札を出た。

「こっちよ」
「まさか御苑?」
「その近くのビルね」
「人さまに迷惑かけてなきゃいいんだけど」

古ぼけた雑居ビルにたどりついたまではよかったのだが、
GPSでは縦の位置まではつかめない。
ひとみたちは一階の部屋からぬいぐるみたちを探しはじめた。
205 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:45
「うちのぬいぐるみがお世話になっていませんか」などと尋ねてまわるわけにもいかない。
そっとドアを開けて様子をさぐるほかなかった。
そして、五階の端のドアから中をのぞくと、
ハングリーとアングリーがぴょんぴょん飛び跳ねているのが見えた。

「こら、ハン……」
206 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:46
ひとみが声をかけかけると、ぬいぐるみたちは固まってころんと転がった。
ドアを大きく開けると、小学生の女の子がぽつんと立っていて、
その前に女性があおむけに倒れて気を失っていた。
ひざから血を流し、頭に大きなこぶができている。
ひとみは梨華と顔を合わせた。

「何があったんだ?」
「なんだろうね?」
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:46
救急車とパトカーが呼ばれ、女性はその後、誘拐事件の重要参考人として
事情聴取を受けることになる。
少女の両親も警察に捜索依頼を出していて、すぐに飛んできた。
去り際に、少女はひとみたちに向かって小さくを手を振った。
子供好きのひとみはにこにこしながら手を振りかえしたが、
ひとみの首からぶら下がっているぬいぐるみに向けたものだとは、知る由もない。
 
 
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:46
翌日の深夜、二人と二匹はテレビの前に座っていた。
チャンピオンズ・リーグの準決勝がこれから始まるのだ。

「プレミアの力を見せつけてあげるわ」
「バルサの攻撃力がきっと勝つよ」
「楽しい夜になりそうですわ」
「長い夜になりそうだね!」
209 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:47
試合終了後、大荒れに荒れた梨華とアングリーがひとみとハングリーを蹂躙して、
楽しく長いゴールデンウィークは終わった。
 
 
 
210 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:47
おしまい
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:47
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |  |
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212 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:47
(0^〜^)

  ハングリー:ラウール!
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 20:48
( ^▽^)

  アングリー:イケル!
214 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:42
 
ぬいぐるみと魚釣り
 
215 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:43
これだけ陽気がよければ、よっぽどものぐさな人間でなければ、
ちょっと外へ出て日光を浴びようかという気になるものだ。
それでなくても、吉澤ひとみは体を動かしたくて、うずうずしている人間だ。
ひとみは石川梨華を誘って、公園へ遊びにいった。
もちろん、首にはハングリーとアングリーをぶら下げてだ。
公園には大きな池があり、二人はボートを借りて遊ぶことにした。
くすんだ水色の作業着を着た、年老いたボート屋からオールを受け取り、
ひとみたちはボートに乗り込んで漕ぎ始めた。
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:43
ハングリーは大海原へ向かうかのように気持ちが高揚していた。
もう桜の花は散ってしまっているが、池のまん中にある小さな島に
並んでいるしだれ桜の葉の緑色が映えている。
島に上陸しようとひとみたちは図ったが、
黄色と黒の縞模様のロープに遮られてあきらめた。
平日ということもあって、ひとみたち以外にボート遊びをしているものはいなかった。
池のまん中あたりまでたどりつくと、ひとみはボートの上に寝そべった。
217 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:43
「いい天気だなあ」
「こんなところで寝て、ボートごとひっくり返ったらどうするの」
「泳いで遊ぶ」
「よっすぃ〜はそれでいいかもしれないけど、あたしまで巻きこまないでね」
「あれ、梨華ちゃんは泳げない?」
「あのねえ」
218 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:44
ハングリーがひとみの胸から飛び跳ねて、ボートのへりに立った。

「ねえ! 泳ぐの!?」
「おまえは泳げるのか?」
「だいじょうぶ! 何もしなくてもちゃんと水に浮くよ!」
「そうだろうね。夏になったら海に行こうか」
「この子たち、海で泳いでだいじょうぶ? あとで塩が浮かんだりしない?」
「ハングリーならだいじょうぶですわ。海に流してしまいましょう、梨華様」
219 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:44
とりとめもない話をして過ごしていたが、
やがてハングリーがひとみのバッグの中をあさりはじめた。

「何してるの?」
「持ってきたんだ!」

ハングリーは小さな釣竿を手にしていた。
竹を削って作った竿の先に糸がさがっていて、糸の先には釣り針がある。
ていねいにリールまでついていた。
220 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:44
「あら、ハングリーはいいもの持ってるのね」
「テレビで『釣りキチ三平』の映画の宣伝やってて、作ってくれとせがまれた」
「えい!」

ハングリーが竿をしならせて思い切り振ると、
針が梨華の着ているTシャツにひっかかり、顔のあたりまでめくれあがった。

「あれ!?」
「おお。さすが梨華ちゃん、腹筋が割れてる」
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:44
顔をまっ赤にした梨華とそれに便乗したアングリーによって、
ハングリーは顔の形が変わるまでおしおきを受けた。
それでもハングリーは懲りることなく、池に糸を垂れた。

「エサなしで魚釣れるのかしら?」
「やってみないとわからないよ!」
「梨華ちゃん、ひざ貸して」
222 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:45
ひとみは陽気のせいで眠くなってきたので、横になって梨華のひざを枕にした。
梨華の抗議はそれほど強くなく、ひとみは目を閉じてうつらうつらした。
梨華は、他のボートが寄ってこないかどうか、あたりを見回した。
しばらく竿を上下に動かしていたハングリーが、竿を引き上げた。
竿が大きくしなっている。

「何か釣れた!」
「ほんと?」
223 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:45
梨華は竿を受けとって、リールのとってをぐりぐりと巻いた。
ぬいぐるみの力では無理だったからだ。
水の中から現れたのは、黒い革靴だった。

「はずれだ!」
「やっぱりエサなしじゃ無理よ」

意に介さず、ハングリーは再び糸を垂らした。
しばらくして竿を引き上げると、今度はメガネを釣り上げた。
メガネのつるの部分に針が器用にひっかかっている。
224 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:45
「これもはずれ!」
「まるで池の掃除してるみたいね」

その後も、ハングリーはえんえんとゴミあさりをくりかえした。
切り裂かれた布地や、お金がいくらか入っている財布、酒びん、
黄色と黒のロープの切れはし、折れた携帯電話、ジッポライターなどのごみを、
釣り針から外して池の中へ捨てるのは、梨華の役割りだった。
225 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:45
「ぜんぜん釣れない!」
「もういいかげん諦めたら……きゃっ」

エサ代わりにハングリーを針にひっかけようとアングリーが画策していたところで、
梨華が黄色い悲鳴をあげた。
寝ぼけたひとみが、梨華のスカートにぐいぐいと自分の顔を押しつけていたのだ。
枕か何かと勘違いしていた。
梨華がぽかりと頭を殴ると、ひとみはゆっくりと上半身を起こした。
226 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:46
「あれ?」
「あれ、じゃないわよ」
「ああ、ハングリー。どう、何か釣れた?」
「ぜんぜん魚が釣れないんだ!」

ひとみは梨華からこれまでの釣果を聞いた。
はじめはぽかんとした顔をしていたが、やがて「もう帰ろう」と言い出した。

「まだまだ、これから!」
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:46
ハングリーはひとみの意向を無視して釣り竿を振った。
梨華は、どうして帰ろうと言い出したのかをひとみに尋ねた。

「いやな予感がする」
「気のせいよ。こんなに陽気がいい日なのに」
「池のはしっこならともかく、まん中のこのへんに携帯や財布をどうやって落とす?」
「ボートに乗ってて落したんでしょ」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「きっとそうなのよ」
「ロープってのも気になるなあ」
「そう?」
「ロープに何がくっついていたのかな。おもりだったとしたら、それが外れて……」
「大物だ!」
「きましたわ」
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:46
ひとみが振り向くと、ハングリーとアングリーが仲良く竿を引き上げていた。
水面が盛り上がり、ガスが抜け切った人間の腐乱死体が浮かび上がった。
水色の作業着がぐるりとひっくりかえり、しわくちゃになった容貌が陽に照らされる。
死体と目があった梨華の、盛大な悲鳴がボートを揺らした。
はじめての釣りにしては上出来だと考えたハングリーは、
ボートのへさきに小さな大量旗を掲げた。
春のさわやかな風に、旗が小さくゆらめいていた。
 
 
229 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:46
さて、ここで二人と二匹の物語を閉じることは可能だが、
人生とかぬいぐるみ生とかいうものは、そう単純にはできていない。
生きている限り日常は断続的に続くものだが、
そもそも当の人間やぬいぐるみがそれを、閉じることを許さない。
ボートをゆっくりと漕いでいるひとみに、梨華やハングリーがしがみついてきた。
230 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:46
「ねえねえ、それでどうなの?」
「どうって、何が?」
「いつもみたいに、お話作ってよ!」

失礼なやつらだ、と、ひとみは苦笑した。
岸について、二人と二匹はボートから降りた。
歩きながらひとみは話を始めた。
231 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:47
「何が原因かはしらないけれど、あの作業着はこの公園の管理人のものだったね」
「そうね」
「おもりをつけていたとみられる黄色と黒のロープは、
 真ん中の島に張ってあったのと同じものだったよね」
「そうでしたわ」

ひとみはボート屋の老人に料金を手渡した。
老人は腰を曲げて、軽く礼をした。
232 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:47
「つまり、死体を沈めた人間は、公園の関係者で、
 公園の備品を自由に使うことができる人物なんだ」
「そういうことになるね!」

思いきり飛躍した結論に達すると、ひとみと梨華はいっせいに走り出した。
わき目もふらず、ただまっすぐに道を突っ走った。
首にぶらさがっているぬいぐるみが、走りに合わせて左右に揺れる。
振り向いたら、あの作業着の老人がロープを手に追いかけているかもしれないと、
二人は感じていたからだ。
公園から遠く離れた駅前の商店街で、二人はようやく息をついた。
233 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:47
「ハングリーは、何だって死体見つけてばっかりなんだ?」
「ひとみと遊ぶと、いつも人間の死骸見つけてくるんだから!」

ひとみとハングリーは、お互いを困ったものを見るかのような目で見た。
一方梨華とアングリーは、ひとみたちに冷たい視線を送っていた。
 
 
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:47
おしまい
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:47
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |  |
      | ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ|  |
      | 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ |  |
      | (●〜^0)((●▽^ ):) |  |
      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
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236 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:48
(0^〜^)

  ハングリー:岬くん!
237 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 22:48
( ^▽^)

  アングリー:翼くん!
238 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/18(土) 12:53
ここのお話を読んで羨ましくなって
ハンアン人形買ってしまいました
239 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:34
>>238
ありがとうございます。
夜中に動き出すのでお気をつけください。
240 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:35
 
ぬいぐるみと遊園地
 
241 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:35
猫のぬいぐるみでパンク・ファッションが特徴的なハングリーが、
テレビ番組に夢中になっていた。
東京ディズニーランドの紹介番組だ。
テレビを消すと、ハングリーは机に向かっていた吉澤ひとみの肩に飛び乗った。

「ねえ、ひとみ! 明日休み!?」
「そうだけど」
「東京ディズニーランドへ遊びに行こうよ!」
「いや」

ひとみは無下にもハングリーの懇願を拒否した。
ハングリーはなおも食い下がる。
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:35
「ええっ! 行こうよ、ね!」
「人ゴミが激しいところはきらいなの」
「ウソだ! いつも渋谷をぶらぶらしてるじゃないか!」
「いやったら、いや」

ふだん、ひとみはこのぬいぐるみにあまい。
ぬいぐるみにはあまいのはひとみだけではない。
石川梨華も、松浦亜弥も、藤本美貴も、ぬいぐるみのおねだりに弱かった。
その亜弥と美貴がぬいぐるみを連れて浦安の遊園地に行っていた。
そのときの様子をおもしろおかしく、
ぬいぐるみのアヤヤが電話でハングリーに伝えていたのをひとみは知っていた。
そのうち、ハングリーも遊園地に連れて行けとねだってくることは、
火を見るより明らかだった。
243 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:36
「もうおそいから、寝るよ」
「そんな!」

ひとみはふとんにもぐりこんだ。
ハングリーはぶすっとした顔で、タンスの上に座った。
ちょっと悪いことをしたかと思ったひとみは、ふとんを少し持ち上げた。

「ハングリー、いっしょに寝る?」
「うん! 寝る!」

空いたスペースにハングリーが入りこんだ。
そしてひとみは夢を見た。
 
 
244 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:36
朝、カーテン越しの日の光がまぶしくて、ひとみは目が覚めた。
起き上がろうとすると、首にからまるものがあり、首だけ動かして横を見た。
若い女がひとみの顔のすぐそばにあり、寝息を立てている。
首にからまっていたのは、その女の白い腕だった。

「……誰」

ひとみが腕をはらいのけると、女も目を覚まして上半身を起こした。
それからふたたび、ひとみに飛びついてきた。
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:36
「ひとみ! おはよ!」
「だから、いったいどこのどちら様ですか」
「ひどいな! ハングリーだよ!」
「ハングリー?」

二人はベッドから出た。
床に立った女を観察すると、髪は重力にさからいあちこちに向いている。
色は、ある部分は黄色く、または赤く、または黒い。
首にはとげとげのついた首輪が回してある。
服は全体的に黒が基調で、足は網タイツだ。
右目は黒い眼帯で隠れている。
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:37
「ぬいぐるみのハングリーなら知ってるけど、人間のハングリーは知らない」
「何言ってるの!」

ひとみは鏡の前にハングリーを立たせた。
ハングリーも首をひねった。

「あれ、人間になっちゃった! どうしてかな!?」
「こっちが聞きたいよ」

二人(一人と一匹?)は鷹揚な性格だったので、あまり悩まないことにした。
ひとみは、自分がぬいぐるみにならなかったことを神に感謝した。
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:37
「ねえ、ひとみ! 遊園地行こ!」
「えっ?」

ハングリーと自称する女が、ひとみの首に腕を回し、甘えてきた。
いつものように、ひとみに頬ずりしている。
甘いかおりがただよい、ひとみはどぎまぎしている自分に対し、微妙な気分になった。
ひとみは小さな声で許諾した。
ひとみの携帯電話が着信音を鳴らし、ハングリーが電話に出た。

「もしもし! うん、ハングリーだよ! えっとね、これから……」
「ちょっと待て…… 梨華ちゃん? うん…… 今日はだめなんだ、ごめんね……」
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:38
梨華の誘いを断って、ひとみは携帯電話を切った。
このことは、梨華とアングリーに疑念を持たせることになる。
ハングリーは首輪にひもを通し、ひとみの首にかけた。

「さあ、行こ!」
「今のおまえを首にぶら下げると、首の骨が折れる」

二人は浦安にある遊園地に向かって、有楽町近辺から出発する電車に乗った。
ハングリーは気がはやり、駅の階段をぴょんぴょんはずんでのぼっていった。
もとがぬいぐるみだから、人間になっても身軽なのだとひとみは理解した。
249 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:38
二人の姿は、まわりの乗客から浮いていた。
一人は金髪にサングラス、白いパーカーに黒いジーンズでそれなりだが、
もう一人は奇抜な髪形で眼帯をし、鎖をじゃらじゃらぶら下げている。
パンク女が金髪女に腕をまわして熱心におしゃべりしていた。
ぬいぐるみが人間に話しかけていたら大問題だが、
今はどういうわけか人間の姿をしているので、はた目では変なところはない。

「ね、ミ○キーいるかな!?」
「たぶんいると思うよ」
「ド○ルドもいる!?」
「いるいる」
「楽しみだな!」
250 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:38
二人がいちゃいちゃしている間に、電車は舞浜駅に着いた。
一日遊び放題の券を買うと、ハングリーは園内を走りはじめた。
ひとみはそれをどうにかして取り押さえた。

「あんまり暴れるなよ」
「はやく遊ぼ!」

ハングリーはさっそくミ○キーとミ○ーを見つけ、抱きついた。
パンク女に抱きつかれて、中の人はさぞかし当惑しているだろうなと、ひとみは思った。
ひとみはデジタルカメラを構え、二匹のキャラクターにはさまれて
ご満悦のハングリーの姿を写真に撮った。
最後にひとみもハングリーの横に並び、写真におさまった。
ハングリーがひとみの右腕にしがみついて、満面の笑みを浮かべていた。
251 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:39
写真を撮ってもらった人にお礼をしているその姿を、物陰からじっと見ている人物がいた。

「ねえ、アングリー?」
「はい、梨華様」
「あの女の人、誰?」
「さあ。知らない人ですわ」
「なんか様子が変だと思ったら、どこの馬の骨ともつかないのと……」

ふだんはひとみの首から下がっているぬいぐるみがいないことに、
梨華とアングリーは気づいていない。
一人と一匹はこそこそと、ひとみたちのあとをつけまわした。
252 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:39
ひとみたちは、時間の許すかぎり、さまざまなアトラクションを楽しんだ。
「カリブの海賊」では、眼帯姿のハングリーもひとみも、海賊気分を満喫した。
ひとみはジャック・スパロウが大好きなのだ。
「マジック・カーペット」や「ウエスタンリバー鉄道」にも乗った。
ハングリーはどの施設でも大喜びで、何かあるごとにひとみに抱きついて感想を話した。
「蒸気船マークトウェイン号」に乗った二人は、甲板でよりそいながら風景を楽しんだ。

「おっきな船だね!」
「そうだね、大きいね」

操舵室に侵入しようとするハングリーを押しとどめる場面もあったが、
ハングリーは目にするものがすべて珍しく、総じておとなしくしていた。
253 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:39
「今日は楽しかった?」
「うん! ありがとう!」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「最後にあれ乗っていこうよ!」

ハングリーが指をさしたのは、この遊園地屈指の人気アトラクション、
「スペースマウンテン」だったので、ひとみの顔がみるみるうちに蒼ざめていった。
ひとみが世の中で苦手とするものはただ二つ、蛇とジェットコースターだった。
蛇のおもちゃをなげつけられると両手をあげて逃げ出し、
ジェットコースターに乗ると最後には腰が抜けてしまう。
いやがるひとみをハングリーは有無をいわさずひっぱっていった。
254 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:40
「一番前、あいてる!?」
「もうやめて……」
「すみませんね、前から二番目にどうぞ」

若い女性と黒いスーツ姿の中年男性が先頭に座っていた。
コースターに乗り込み、がっしりと拘束されたばかりなのに、
ひとみは奥歯をがちがち鳴らしていた。
その横でハングリーがにこにこと微笑んでいる。
ちょうどこのとき、二人をストーカーよろしくつけまわしていた梨華も、
負けじと乗ろうとしていたが、係員に「ここまでです」と立ちふさがれていた。
255 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:40
「ちょっと待ちなさい! この泥棒猫!」
「梨華様、なんだかいろいろおかしいですわ」

もちろん、ひとみは梨華のものではない。
コースターが走りはじめ、ひとみは半分気を失っていた。
ハングリーは両手をあげ、大きな声で笑っていた。

「すっごく気持ちいい!」
「はやく終わって……」
256 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:40
ひとみは、首のあたりに細い髪の毛のようなものがからまる感じを覚えた。
さらに気分が悪くなり、ほどこうとしたが、手は拘束具をつかんだまま動かない。
目はスタートしたときから、ずっと閉じたままだった。
まぶたごしに明るさを感じはじめ、コースターが直進しているのがひとみにもわかった。
前方から絶叫が聞こえたので、ひとみは自分のことを棚に上げて、
まだ叫んでいる人がいるのか、と思った。
頬に何かがつくのを感じ、ひとみはおそるおそる目を開けると、
赤い液体がとめどなくひとみの顔に吹きついていた。
257 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:40
「わ! 噴水みたい!」

ハングリーの喜ぶ声が、ひとみの耳に入ってきた。
ひとみの前に座っていた男の首がなく、切断面から鮮血がとどまることなく噴き出していた。
 
 
258 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:41
首を切り落とされた男の周囲に座っていた人たちが、警察の事情聴取を受けていた。
先頭に座っていた男女は知り合いだとひとみは思っていたのだが、そうではなかった。

「あなたは一人でここへ来たのですか?」
「ええ、そうです。年間パスを持ってて、毎週のように来ています」
「あなたたは?」
「わたしたちは二人で来ました」
259 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:41
三人とも、頭から血を浴びてまっ赤だった。
若い女性は恐怖で震えていたが、当然の反応だ。
死体を見慣れているひとみや、人間のことなどどうとも思っていないハングリーのほうが
普通ではないだけだ。
やがて女性はふらふらと腰がくだけ倒れてしまい、担架で運ばれていった。

「ガイシャの首は見つかったか?」
「はい、施設の床に落ちていました」
「切り口はどうだ? 凶器は見つかったか?」
「そうとう鋭利な刃物で切られた、としか言えません。凶器は見つかっていません」
「凶器が見つからないんじゃ、手口がわからんな」
「あの……」
「なんですか?」
260 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:41
ひとみが、警察の捜査責任者に声をかけた。

「さっき運ばれていった女性のかたって、体操かなんかしてませんか?」
「体操? どうしてですか?」
「ピアノ線か何かを輪にしたものを首にかけて、
 輪から伸ばした紐の鉤をコースターの設備のどこかにひっかければ、
 コースターの走る勢いで首が切れるんじゃないかと思って」
「なるほど、それはありえないこともありませんが」

翌日、ひとみの話したとおり、ピアノ線をさらに鋭利に削った輪が発見される。
その輪にさらにピアノ線がついていて、先に鉤がついていた。
鉤がひっかかった跡も、コースターの線路にあった。
261 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:42
「どうして体操なんです?」
「体操選手ならコースターの上でもひょいひょい移動することが可能かなかと」
「隣に座っていたら体操選手じゃなくても可能ですね」
「あ、そうか」
「後ろの席にいた人なら、拘束具を外してピアノ線をしかけるためには
 かなりのバランス感覚が必要でしょうが、どうでしょうか?
 あなたより後ろの席の人なら、あなたたちに気づかれずに移動することは
 不可能でしょうし、それともあなたは体操選手かサーカスの軽業師ですか?
 それならあなたが第一の容疑者ということになりますが」

ひとみは首を振った。
マンガで得た知識を濫用すると、いらぬ恥をかくということだ。
262 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:42
「被害者に横に座っていた女性にしても、
 被害者となんらかの関係があったかどうかは調べればわかることです」
「動機ですか」
「いろいろな方面から調べるのがわれわれの仕事です。
 失礼だとは思いますが、あなたたちのこともです」

ハングリーもいろいろ警察に聞かれたが、要領のいい返事はできなかった。
ジェットコースターが楽しくて、きゃあきゃあ叫んでいただけだと答えた。
263 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:42
「ありがとうございました。従業員用のシャワー室が準備できたみたいですので、
 そこで血を洗い落としてから、お帰りください」

ひとみは小さく頭を下げて、その場を離れた。
すぐ近くに梨華が待っていて、二人に声をかけた。

「だいじょうぶ?」
「あれ、梨華ちゃん、来てたんだ」
「早くシャワー浴びていらっしゃい。聞きたいことはたっぷりあるけど」
264 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:43
着替えを梨華から受け取って、二人はシャワー室へ向かった。
二人は一糸まどわぬ姿になり、頭から温水を浴びた。
血の混じった赤黒い水が、排水溝にどんどん流れていった。
ハングリーは風呂に入ったことがなかったので、
体のいろんな部分にシャワーから噴き出すお湯を当てて遊んでいた。

「そうだよね、問題は動機なんだよね」
「どうしたの!?」
265 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:43
ハングリーがひとみに抱きついて尋ねた。
裸になっていても、黒い眼帯は外してなかった。
顔を近よせ、片方の目でじっとひとみを見つめていた。

「二つ。二つあって、どう考えてもわからない」
「動機が!?」
「一つは、どうして被害者がわたしの首にピアノ線を巻きつけようとしたのか。
 もう一つが、どうしてハングリーがそのピアノ線を被害者の首に巻きつけたのか」
266 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:43
ぬいぐるみのときと変わらぬ身のこなしができるハングリーなら、
疾走するコースターの上を楽々と移動することができる。

「だって、ひとみを助けないといけないじゃない!」
「……そうだね。ありがとう」

ひとみはハングリーの両肩をつかみ、そっと抱きしめた。
267 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:43
被害者は、拘束具を外して後ろ向きになると、ひとみの首にピアノ線で作った輪をかけた。
ひとみは目をつむっていていたが、ハングリーはしっかり見ていた。
ハングリーも、人間の邪悪な笑みの意味するところを知っている。
ハングリーはひとみの首から輪をはずし、前向きに戻った男の首にかけなおした。
男はそれに気づかず、輪についた鉤をコースターの線路にひっかけた。
それが自分に向けた死刑宣告だったことも知らずに。

「あとは、どうしてわたしが殺されかけたかなんだけど」
「そっちは知らないよ!」
「そうだよねえ。身に覚えがないなあ」
268 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:43
人違いでころされかけた可能性に、ひとみは気づいた。
そうなると、近くに黒服の仲間がいて、へたに追いかけると妙な薬を飲まされて
体が子供になってしまうかもしれない、などと妄想して、ひとみはくすくす笑った。

「ん!? 何かおかしいの!?」
「なんでもないよ。体は人間、頭脳はぬいぐるみのハングリー」
「なんかばかにされた気がする!」
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:44
外では梨華たちが待っていた。
ハングリーは梨華の首にかけてあったアングリーを手にして、
頬をつねったり大鎌を奪ったりして、今までのうっぷんを晴らしてた。
梨華はひとみをひっぱって、小声で聞いた。

「この女の人、いったい誰よ?」
「梨華ちゃんもよーく知っている人だよ」
「は?」

梨華はけげんな顔をして、首をかしげた。
270 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:44
自宅に帰ると、ひとみはベッドの上にばたんと倒れこんだ。
その横に、ハングリーも寝そべった。
ひとみはこれからのことを考えた。
まず、家族にどう話そうか、食事は今まで通り「脳みそプディング」でいいのか、
仕事に連れていっていいものか、今までどおり楽しくすごしていられるのかどうか。

「ま、なるようになるか。明日考えよ」
271 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:44
ひとみはふとんをかぶせた。
ハングリーがひとみに腕を回して抱きついた。

「おやすみ!」
「おやすみ、ハングリー」
 
 
272 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:44
カーテン越しの日の光のまぶしさで、ひとみは目を覚ました。
上半身を起こし、「うーん」とうなって両腕を伸ばした。

「なんだか、ひどく疲れる夢を見た気がする……」

ふとんの中から、猫のぬいぐるみが顔を出した。

「ひとみ、おはよう!」
「おはよう、ハングリー」
273 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:45
ハングリーがぴょんぴょん跳ねて、ひとみの肩に乗った。

「ねえねえ! 遊園地行こうよ!」
「しょうがないなあ。じゃあ行こう」
「やったあ!」

ハングリーが携帯電話を開いてボタンを押した。
梨華とアングリーも、もちろん快諾した。
ひとみは準備のため寝室を出ていった。
274 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:45
「あ、ハングリー。デジカメ持っていくから出しておいて」
「まかせて!」

ハングリーはひとみの机のデジカメを、充電器から外した。
液晶画面の横の再生ボタンを押すと、ミ○キーとミ○ー、
そしてひとみとハングリーが笑顔で写っている画像が現れた。
 
 
275 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:45
おしまい
276 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:45
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |  |
      | ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ|  |
      | 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ |  |
      | (●〜^0)((●▽^ ):) |  |
      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
277 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:47
(0^〜^)

  ハングリー:ミ○キー!
278 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/25(土) 08:47
( ^▽^)

  アングリー:ミ○ー!
279 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/26(日) 08:08
おもしろい
名探偵のあの推理には無理があると思ってましたw
梨華とひとみの微妙な関係が気になる・・・
280 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:40
>>279
ありがとうございます。

(0^〜^)人(0●〜^)人(( ●▽^):)人( ^▽^)<ハンアンは家族
281 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:41
 
ぬいぐるみと月の兎
 
282 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:41
日曜日のこと、猫のぬいぐるみなのにしゃべって動けるハングリーが、
テレビ画面に釘づけになっていた。
何に興味をそそられたのかと、吉澤ひとみがのぞきこむと、
NHKの大相撲中継が映っていた。

「おもしろい?」
「うん! 肉が波打つんだよ!」

そういう楽しみ方もあるのかと、ひとみが変なふうに感心した。
カド番大関の物理法則を無視した勝利と、こちらはまともな取り組みとなった
優勝決定戦を楽しんだあとに、石川梨華とアングリーがやってきた。
283 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:42
「あら、梨華ちゃん。どうしたの?」
「お腹すいたから、ご飯ごちそうになろうと思って」

わたしはあんたのコックじゃない、と文句をぶつぶつ言いながらも、
ひとみは冷蔵庫にあったもので野菜炒めと炒飯を作った。
ハングリーとアングリーは、飽きもせずに「脳みそプディング」を賞味した。
先に食べ終わったぬいぐるみたちは、座布団の上で相撲をとりはじめ、
さきほどのアクロバティックな勝負の再現をしていた。
くるりと回転してあおむけになったハングリーが、ベランダの外で何かを見つけた。
ベランダに通じる窓ガラスに両手をつけて、上のほうを注視している。
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:42
「何か見つけた?」
「月がまんまるだよ、ひとみ!」

水平線はまだだいだい色に染まっていたが、上空にいくにつれだんだん青く、
そして黒くなっていき、そこに正円の月がぽっかりと浮かんでいた。

「珍しくもなんともない」
「月には兎がいるんだよね!」
「見てみようか?」
285 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:42
ひとみは単眼鏡を持ってきて、自分の目で倍率とピントを合わせてから、
ベランダのへりに立っているハングリーの片目にレンズを押しあてた。

「どう?」
「ひとみ! そっちは眼帯しているほうだよ!」

ひとみはあらためて、ハングリーの目の見えるほうにレンズを当てた。
ハングリーの目に、黄土色に輝く丸い月が映った。

「わあ! 月ってこんなふうになってるだ!」
「兎も見えた?」
「見えないよ!」
「表面に黒っぽく影がない? それが兎の形にみえないかな」
「言われてみれば!」
286 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:42
ひとみは、ハングリーの隣に立って腕をつっついていたアングリーにものぞかせた。
アングリーは倍率をいろいろいじった。

「アメリカの旗が見えませんわ。やはりアポロが月へ行ったというのはまやかしでしたわ」
「そりゃ見えないだろうねえ」

もう飽きてしまったアングリーは、単眼鏡をハングリーに渡した。
ハングリーは筒をのぞきながら倍率をいろいろ変えて遊んだ。
そのままいろんな方向に体の向きを変えていたが、ある時点でぴたっと止まった。
287 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:42
「ひとみ! 兎がいた!」
「ほんとう?」

ひとみより先に、梨華がハングリーから単眼鏡を奪った。
ハングリーが指さした方向に向けてレンズをのぞくと、やがてあきれ顔になった。

「確かに兎だわ」
288 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:43
ひとみも見てみると、円形の画面にバニーガールが大写しになった。
ひとみの住むところから二百メートルほど離れて建っているマンションの一室だった。
カーテンが開きっぱなしで、その部屋の中で大きな耳をつけたバニーガールが
横を向いて立っていた。
室内犬がその足元でじゃれついている。

「ほら! いた!」
「ほら、じゃないでしょ」

梨華がハングリーの頭をこづいた。
289 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:43
「おお、これはいい体してる……?」
「あっ!」

バニーガールが部屋の奥に消え、次に現れたときにはスーツ姿の男の手をとっていた。
二人は激しくもみ合い、はじけたように離れた。
男のほうは奥に消え、バニーガールは床に倒れた。
腹のあたりにナイフが突きたち、衣装が赤く染まっているように見えた。
室内犬がその横でぼんやりとおすわりして、しっぽを振っていた。
290 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:43
「あんたもいつまで見てんのよ!」
「いや、それがさ」

ひとみは目撃したことを梨華に伝えた。
梨華はけげんな顔をした。

「見間違えたんじゃないの?」
「確かに見たよ。間違いない。あそこの部屋でバニーガールが刺された」
「じゃあどうするの? 警察に通報する?」
291 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:43
ひとみはしばし黙考した。
犯罪を目撃したら、警察に知らせるのがまっとうな市民の義務だ。
だが、同時にのぞきまがいのことをしていたことがばれてしまう。
そうなれば、怒られるし、社会的地位も失墜する。
だから、ひとみはまっとうな市民であることをやめた。
292 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:44
「しばらく様子をみようよ。
 もしかしたら事故かもしれないし、そうだったらすぐに救急車が来るはず」

ところが、いくら待ってもサイレンは聞こえてこなかった。
ひとみはいやな予感がしたが、とりあえず何もせずに寝ることにした。
まるでおまえのせいだとばかりに、単眼鏡でハングリーの頭をぽんぽん叩いた。

293 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:44
翌日、目撃情報が気になっていた梨華が、再びひとみを訪れた。
ひとみはベランダに椅子を持ち出して座っていた。
ハングリーは単眼鏡で太陽のほうを観察していた。

「太陽なんか見て、目は大丈夫なの?」
「ぬいぐるみだしねえ」

梨華も三脚椅子をベランダに出して、ひとみの隣に座った。
陽射しが強すぎて、暑いくらいだった。
294 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:44
「どうなの?」
「何が?」
「昨日のやつ」
「ああ、わかんない。昼間っからのぞきはできないよ」
「夜だったらするわけ?」

ハングリーとともにベランダのへりの上に立ち、
すきあらばハングリーを地上へ突き落とそうとしていたアングリーがひとみに声をかけた。
295 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:44
「ひとみ様。上の住まいの人間の気配が消えましたわ」
「ありがとう、アングリー。気がきくね」
「へ? どういうこと?」
「昨日、バニーガールが刺されたのを見たとき、真上から声がしたんだ。
 その人ものぞきをしていた可能性がありから、確かめようと思って」

ひとみはハングリーを、ベランダにあったプラスチックの長い棒の先につかまらせ、
そのまま上のほうに差し出した。
ハングリーはなんとかベランダの格子の間をすりぬけた。
窓は鍵がかかっていて入れないので、ハングリーは部屋の中をうかがうだけにとどめた。
296 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:45
「ひとみ、あったよ! 大きな双眼鏡!」
「ありがとう。戻っておいで」

ひとみは再び棒を伸ばしたが、ハングリーはつかまりそこね、
手足をばたばたさせながら地上へ落下した。
そこは小さな公園のようになっていて、子どもたちが何人か遊んでいて、
砂場に落ちてかたまっているぬいぐるみを、おもちゃのスコップで突っついていた。
ひとみは子どもにアメを与えて、ハングリーを無事回収した。

「さて、これで上の住人がのぞきをしていたことがわかったけど」
「けど?」
「しばらく観察してみよう」
297 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:45
ひとみがそれとなく母親に例の住民の評判を聞いたところによると、
会社勤めの平凡な人間だった。
そのような小市民が、はたしてこのジレンマにどう立ち向かうか?
ひとみはハングリーを首にかけた。

「じゃあ、出かけようか」
「どこへ?」
「古着屋がいいかな」

298 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:45
数日後、例の住民が交番の巡査を連れて、例のマンションに向かった。
もちろん、ひとみと梨華もこっそり様子をさぐりにいった。
ドアを半開きにして出てきた女は、ひとみの目にはバニーガールと同一人物に見えた。

「ここで人殺しがあったって? 冗談でしょ」
「この人が目撃したと言ってるんだ」
「ここはあたし一人しか住んでませんし、そんな男の人もバニーガールも知りません」
「そ、そんなバカな。私は確かにこの目で見たんだ」
「へえ、どうやって見てたの?」
「それは……」
「まさかあたしの部屋をのぞき見してたんじゃないでしょうね?」
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:45
ひとみの考えていたとおりの展開となった。
巡査の疑いの目は、今や会社員のほうにそそがれている。
攻守が逆転し、女性が会社員を追いつめいていると、
室内犬が衣類をくわえてドアのすきまをくぐり抜けて出た。

「あ、これだ! バニーガールの衣装と兎のつけ耳だ!」
「これはあなたのものですか?」
「な、何これ。あたしこんなもの知らないわ」
「見たところ、この犬はあなたのペットでしょう。
 部屋の中からこれをくわえて出てきたということは、あなたのものにちがいないでしょう」
「ほんとうに知らないのよ!」
300 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:46
さて、こうなると巡査ひとりの手では負えなくなっていた。
会社員はバニーガールが殺されたと主張している。
だが、そのバニーガールである女性がこうして生きている。
三人の混乱はたちまち近所に知れ渡り、大きな人だかりができていた。

「これでよかったのかしら?」
「いいんじゃない?」
「なんの問題もありませんわ」
「なんだかおもしろかったね!」
301 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:46
ひとみは、この騒動は女性がのぞきをしていた男をこらしめるために
ひと芝居うっていたのだと直感していた。
会社員が常習的に双眼鏡でのぞきをしていたことは疑いない。
おかしな点はいくつもあった。
一般住居にバニーガールがいるだろうか?
いるかもしれない。
そこでいきなり刺殺されたりするだろうか?
されるかもしれない。
主人の死体の横で、飼い犬が座ってしっぽを振ったりするだろうか?
振るかもしれない。
だが、その三つが同時に起こる可能性はごくわずかにすぎないだろう。
なのでひとみは、女性の芝居の可能性のほうが高いと考えたのだ。
わざわざバニーガールのかっこうをしたのは、のぞき行為を継続させるためだ。
スーツ姿の男性は人形だった。
302 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:46
「でも、のぞきなんて最低じゃない」
「最低だね。でも、それをこらしめるやりかたもよくないよ。
 もしわたしが通報していたら、わたしが恥をかくことになってた。
 月を観察していたら、たまたま見てしまっただけなのに」
「たまたまねえ」

梨華が疑いの目をひとみに向けた。
古着屋でバニーガールの衣装をそろえたひとみは、
ハングリーとアングリーに命じて、女性の部屋のベランダから衣装を運ばせた。
すでに女性は衣装を処分していただろうから、わざわざ古着屋で用意したのだ。
猫のぬいぐるみたちは衣装を部屋の中に入れ、どうにかして犬にくわえさせた。
303 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:47
「ひとみもいたずら好きだね!」
「どこかのぬいぐるみに毒されたのですわ」
「おまえたち、今日は脳みそプディングなし」
「そんなあ!」
「ひどい逆切れですわ」

やがて、女性が事情を白状したため騒動はおひらきとなる。
会社員がのぞきをしていた件については、告発こそされなかったものの、
あっというまに近所一帯に噂が広まり、男は逃げるように引越していった。
ハングリーのほうはといえば、単眼鏡ではのぞきと思われてもしかたがないので、
ひとみに初心者用の天体望遠鏡を買ってもらった。
天気のいい夜には月や惑星を観察して、兎をさがしつづけている。
 
 
304 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:47
おしまい
305 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:47
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
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306 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:48
(0^〜^)

  ハングリー:ビクセン!
307 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/01(土) 09:49
( ^▽^)

  アングリー:ケンコー!
308 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:34
お月見 ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~gide/h005.jpg
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:34
 
ぬいぐるみとデジタルカメラ
 
310 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:34
たんすの上に鎮座していたパンク猫のぬいぐるみがもぞもぞと動き出して、
横の棚のガラス戸をひいて、中からお城のプラモデルをひっぱりだした。
苦労して作り上げた名古屋城で、ハングリーの宝物だ。
それをじゅうたんの上に置き、寝そべってまじまじと観賞した。

「ひとみ! デジカメ貸して!」

形あるものはいつか崩れる。
あるいは、アングリーに壊されてしまうかもしれない。
そうなる前に思い出は残しておこう、写真に残しておこうと考えたのだ。
311 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:35
「いいよ」

吉澤ひとみは、机の隅で充電中だったデジタルカメラをハングリーに渡した。
電源スイッチを押すと、レンズが徐々にせり出してくる。
背面の液晶画面を見ながら撮ってもいいし、
背面上部のファインダーをのぞいて撮ることもできるタイプだ。
ハングリーの体の大きさでは、液晶画面を見ながら撮ることは難しい。
ぬいぐるみは左手でデジカメを支え、ファインダーをのぞきこんでシャッターボタンを押した。
ハングリーはどきどきしながら、画像再生ボタンを押した。
出てきた画像はピンボケで、左に傾いていて、上下にぶれていた。
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:35
「あーん、もう! うまく撮れないよ!」
「どれ、見せてごらん」

ひとみはカメラの設定をいろいろ変えた。
絞りを最大限に開き、シャッタースピードを速くすることで手ぶれを抑えようとしたのだ。

「シャッターボタンをいきなり押しこまないで、半押しするとピントが合うよ」
「やってみる!」
313 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:35
だが、それでもうまく撮れなかった。
ピントはほぼ合ったのだが、手ぶれを防ぐことができなかった。
両わきをしめて、しっかりカメラをホールドするのが基本だが、
ぬいぐるみの短い腕ではカメラを持つだけでせいいっぱいなのだ。
ハングリーは写真を撮るのをあきらめ、スケッチブックにお城の絵を描きはじめた。
314 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:36
数日後、ひとみは中古カメラ屋で古いデジタルカメラを買ってきた。

「ハングリー用にいいのを買ってきたよ」
「なんだか面白い形してるね!」

ひとみが買ってきたのは、1999年に発売されたソニーのDSC-F505K。
レンズはカールツァイスを謳っているが、これは名前を借りただけだ。
画素数は200万画素で、今となってはたいしたことはないが、
特筆すべきはカメラの形状だった。
本体部分はそれほど大きくなく、背面の液晶画面も1.8インチしかないが、
本体にくっついているレンズが半径5センチ、長さ10センチを超える代物で、
本体よりレンズのほうがやたらと大きい。
この大きなレンズは上に90度、下に50度の角度まで動かせる。
その昔デジタルカメラ界で一世を風靡した回転レンズだが、
レンズを回転させるというよりも、本体を回転させるという表現のほうが正しい。
315 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:36
「どうやって使うの!?」
「ファインダーがないから、画面を見ながら撮るんだ」

まず、レンズを上方90度に回転させる(実際は本体を下方に回転させる)。
左手でレンズを持ち、カメラ全体を自分の腹に押し当てる。
顔を下に向け液晶画面を見て、シャッターボタンを押す。
腹に押し当てることでカメラはがっちり固定され、手ぶれを抑えることができるのだ。
この画期的な撮影方法は一眼レフデジタルカメラ全盛の今でも応用でき、
小型三脚をカメラにつけ、腹に押し当てて撮影する人も多い。

※参考URL
ttp://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/199908/99-0823/top.html
316 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:36
ハングリーはひとみに言われたとおりに、自分の腹にカメラを押しつけた。
シャッターボタンを半押しすると、焦点があってピピンと音が鳴った。
ボタンをさらにぐいと押しこむと、カシャリと電子音がした。

「どう?」
「うまく撮れた!」

ハングリーは名古屋城をいろんな角度から撮りはじめた。
そこへ、石川梨華とアングリーがいつもごとく遊びにやってきた。
317 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:37
「あら、ハングリー。いいもの持ってるのね」
「梨華ちゃんも撮ってあげる!」

梨華がアングリーを自分の顔まで持ち上げて、ピースサインをした写真を撮った。
ハングリーが下から撮ったので、あおり気味の写真になった。

「ちょっと暗いわね」
「雲が出てきて、部屋が暗いんだ」
318 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:37
ひとみはハングリーにフラッシュの使い方を教えた。
ハングリーはフラッシュをたいてアングリーの写真を撮りまくった。

「ちょっと。まぶしいわ」
「なんだかパパラッチになった気分!」

怒ったアングリーがカメラを奪いとり、ハングリーに馬乗りになり、
カメラをハングリーの片目に押し当て、シャッターボタンを連打した。

「アングリー、目がつぶれる!」
「だいじょうぶよ。ぬいぐるみだから」
319 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:37
二人と二匹は被写体を求めて、近所をさまよい歩くことにした。
カメラマンはハングリーなので、人がいるところは避けなければいけない。
そこで、ちょっと離れたところにある神社を選んだ。
そこの神社はご利益がないことで有名で、さい銭箱はいつもからっぽ、
神主はいなくて怠け者の巫女が一人いるだけだった。
本殿の横はちょっとした雑木林があり、いろんな植物や小動物がいた。
ハングリーの目線で撮れば、おもしろい写真が撮れるかもしれないとひとみは考えた。
320 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:37
雑木林に踏み入ると、ぬいぐるみたちは所有者の首から飛び降りた。
ハングリーはカメラの電源ボタンを押し、きょろきょろと辺りを見回した。
木の根元に生えているきのこを見つけ、レンズをきのこの傘に押し当てて写真を撮った。

「ねえ、なんかぼやけてるよ!」
「レンズを押しあてちゃだめだよ。10センチくらい離して撮るの」
321 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:38
ひとみはレンズについた胞子をハンカチで拭きとった。
ハングリーは名前もわからないような草花の写真をたくさん撮った。
撮りためた画像がいっぱいになったので、ひとみはメモリースティックを入れ替えた。

「64メガバイトしかないの?」
「古い機種だから、新型のメモリースティックに対応してないんだ。
 でも200万画素しかないから、100枚くらいは余裕で撮れるよ」
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:38
動かないものを撮るのに飽きたハングリーは、動くものを探しはじめた。
ところが、動くものを探していたのはハングリーだけではなかった。
上空からとんびが急降下して、ハングリーの首輪をくちばしにひっかけると、
急上昇していった。

「ハングリー!」
「ひとみ! 助けて!」

しかし、空を飛ぶものに対して人間は非力だ。
もちろん、ぬいぐるみもどうしようもない。
ハングリーをくわえたとんびは、空を何度か旋回してから、巣に向かって飛んでいった。
ハングリーは、高木の枝の根元にある巣まで運ばれた。
枯れ木で作られた巣の中には、いくつかの卵と、すでにかえっていた二匹の雛がいた。
323 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:38
「ぬいぐるみは食べてもおいしくないよ!」

ハングリーはぱしゃぱしゃと写真を撮りはじめた。
雛はえさをもらおうと、必死に口を大きく広げている。
どうもこれは食べ物ではないと気づいたとんびの親は、
ハングリーをくちばしでつまむと巣の外へ放り投げた。
そのままハングリーは地上へ落下したが、カメラだけはなんとか守ろうとして、
自分の体をクッション代わりにした。
ハングリーの声を聞きつけたひとみたちが、ハングリーを拾い上げた。
324 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:38
「大丈夫?」
「体がぬいぐるみで、ほんとによかったよ!」

ひとみがカメラの画像を確認すると、とんびの巣や雛の様子が映っていた。
学術的にも珍しい写真ではないかとひとみは思ったが、
撮影者がぬいぐるみであるとは、誰も信じないだろう。
この写真はハングリーのアルバムに納められただけで、世に出ることはなかった。
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:39
鳥にさらわれたことも忘れて、ハングリーは動く被写体を探しつづけた。

「あら、あれは何?」
「りすのようですわ、梨華様」

少し離れたしげみの下から、りすが顔だけ出していた。
自分より体の小さいものを見つけて、ハングリーははりきった。
弱者に対して大きな気分になってしまうのは人間も同じだから、責めるのは酷だろう。
ハングリーはカメラをつかんだまましげみに向かった。
驚いたリスは顔をひっこめて逃走した。
それを追ったハングリーのあとを、ひとみたちも追いかけた。
リスが古木のうろの中に飛びこんだのを、ハングリーは見逃さなかった。
326 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:39
「おーい、出てこーい!」
「取って喰ったりはしませんわ」

大鎌をかまえてそんなことを言っても、誰も信用はしない。
アングリーが鎌でうろを削りとろうとするのを、梨華が引き離した。

「そんなことしちゃかわいそうでしょ」
「ハングリー、写真撮ったら?」
「こんなに小さい穴じゃ、中に入れないよ!」
「おまえは入れなくても、レンズは入るだろ」
327 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:39
ひとみはハングリーを木のうろのところまで持ち上げた。
ハングリーはカメラのレンズの先を中にいれた。

「まっくらで、画面に何も映らないよ!」
「フラッシュを使おう。ピントは適当に合わせるしかないかな」

一度レンズを引き抜くと、ひとみはマニュアルフォーカスにしてレンズリングを回した。
さらにフラッシュを強制設定にして、レンズを奥まで押しこんだ。
328 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:39
「ピントの音がしないよ!」
「なんでもいいからシャッター押しちゃえ」

電子音が連続して起こった。
フラッシュも光っているはずだが、外からはわからない。
十数枚の写真を撮ったところで、ハングリーはレンズをうろから出した。

「ちゃんと撮れてるかな!?」
「フラッシュの光でおびえちゃったんじゃないかしら」
「ちゃんと映ってなかったら、無理にでも引きずりだしてやるまでですわ」
329 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:40
ピントはしっかり合ってなく、かろうじて何が写っているかわかる程度だった。
しかも、リスの顔ではなく、ふさふさした尻尾ばかりが写っていた。

「失敗だ!」
「もう迷うことはありませんわ」
「ちょっと待って、アングリー。これ…… 何だ?」

ぼんやりと白いものが写っていた。
330 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:40
「これじゃよくわからないわ」
「拡大してみよう」

白く見えたものはビニール袋で、中に茶色のものが入っていた。
まさかリスがビニール袋を使うわけがあるまいと、
ひとみは袖をまくってうろの中に右手をつっこんだ。
リスの尻尾や木の実の触感のあとに、ビニール袋のがさがさする音がした。

「袋は一つだけじゃないね」
331 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:40
一つつかんでうろから出した。
小さなビニール袋は口がしばってあり、中には紙の束が入っていた。
ひとみは口を開けて中身を出した。

「これ、お札?」
「福沢諭吉じゃなくて、聖徳太子よ、それ」
332 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:41
数日後、ひとみたちは警察署に呼ばれた。
その話によると、ひとみたちが生まれる前のこと、銀行強盗があった。
強奪された金額はおよそ五千万円。
犯人は逮捕されたのだが、奪った金の隠し場所は最後まで白状しなかった。
逃走する際に人質の銀行員を殺害していて、今も服役中という。
木のうろに隠されていたのがその強奪品で、紙幣の番号から判明した。

「それにしてもよく見つけましたね」
「いや、それはたまたま」
333 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:41
ぬいぐるみが見つけましたとも言えないし、
りすの住みかを荒らしていたというのもきまりが悪い。
ひとみがもごもご口ごもっていると、被害を受けた銀行の担当者が現れた。

「このたびは、まことにありがとうございます」
「どうも」
「つきましては、謝礼のほうですが」
「いや、謝礼なんてとんでもないですよ」
「そういうわけにはまいりません。
 当行でできることであれば、何でもおっしゃってください」
334 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:41
遺失物を拾得した場合、その金額の一割から二割ほどが相場といわれている。
この場合五百万円から一千万円が謝礼ということになる。
税金を差し引くと、実質は三百万から六百万円の利益だと、梨華はすばやく計算した。

「それじゃあ、お願いしてよろしいですか?」
「ええ、なんなりと」

さらに数日後、ひとみのもとに書留が届いた。
中には、イタリアの首都ローマまでの往復航空券と、
チャピオンズ・リーグ決勝のチケットが数枚入っていた。
 
 
335 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:41
おしまい
336 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:41
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
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337 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:42
(0^〜^)

  ハングリー:イブラ!
338 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/08(土) 07:42
( ^▽^)

  アングリー:ヒモビッチ!
339 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/17(月) 20:44
ぬいぐるみ夏休み中……
ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~gide/h006.jpg
340 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:05
 
ぬいぐるみと競馬場
 
341 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:06
夜中にハングリーがどこかに遊びにいってしまったことに気づいた吉澤ひとみが、
目を三角にして怒りながら帰りを待っていた。
そこにハングリーがずぶぬれになって帰ってきたので、ひとみは叱ることを忘れて尋ねた。

「何があったの?」
「水たまりを車が通って、泥水をかけられちゃったんだ!」
342 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:06
ひとみはハングリーを洗濯機に放り込み、しばらくぐるぐる回した。
ハングリーが目を回しながら歓声をあげている間、ひとみは黙考した。
これから梅雨の季節になると、ハングリーは毎日のようにずぶ濡れになるだろう。
湿気のせいで体じゅうにカビが生えてくるかもしれない。
そうなると、ハングリーをゴミ箱に捨てることになるかもしれない。
ひとみは洗濯機からハングリーを取り出し、両足をつかんで振って水を飛ばし、
ベランダの物干し竿に吊るした。
343 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:06
翌日、ひとみはおもちゃ屋に行って、ハングリー用に小さな黄色の傘を買った。
握り手のところにあるボタンを押せば、傘が開くワンタッチ仕様だ。

「雨が降ったらこれを使うんだよ」
「わーい!」

ハングリーはボタンを押して、傘を開いたり閉じたりをくりかえした。
ひとみの手鏡を壁に立てかけて、その前で傘を肩にかけてポーズを取った。
テレビを見るときも、座布団の上に座って傘をさしていたのでひとみは吹きだした。
そこへ、いつものごとく石川梨華とアングリーが遊びにきた。
344 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:07
「あら、ハングリー。いいもの持ってるのね」
「いいでしょ!」

ひとみはデジャブにとらわれた気がした。
ハングリーは、アングリーの目の前で傘の使い方を講義しはじめた。
アングリーはしばし考える。
この黄色い傘を大鎌で切り裂き、ついでにハングリーの首を刈りとれば、
どんなに心地よく、どんなに素晴らしい気分になれるだろうかと。
そして傘を譲り渡したひとみが悲しみ、ということは梨華が烈火のごとく怒り狂うだろう。

「どう、アングリー!?」
「……大事にするのよ」
345 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:07
アングリーは、行動を起こすことをあきらめた。
二匹の猫のぬいぐるみは、座布団の上に並んで座ってテレビを観賞した。
アングリーがチャンネル権を握っていて、いろいろ番組を替えていると、
あるチャンネルで動きが止まった。

「あ、マイちゃんがいっぱいいる!」
「え?」
346 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:07
ひとみが奥からテレビをのぞいてみると、競走馬がゲートインをしている場面だった。
ぬいぐるみたちが見ていたのは、テレビ東京の競馬中継だったのだ。
マイというのは、里田まいが所有する馬のぬいぐるみのことだ。

「ほら、マイちゃんだよ!」
「背に人間を乗せるなんて、ご苦労なことね」
「あー……」

ゲートから馬がはじけるように飛び出した。
二、三頭ずつ並んで走り、最終コーナーを回るところで横に広がった。
テレビの音声でもはっきりわかるくらいに歓声が響いた。
ジョッキーたちが鞭をふるい、馬の首を懸命に押していた。
先頭を走っていた馬の横に別の馬が並びかけ、追い抜いたところがゴールだった。
347 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:07
「なんだか凄く迫力あるね!」
「マイもなかなかやるわね」
「それ、ぬいぐるみじゃないから」

興奮したハングリーたちは、さっそく競馬ごっこを始めた。
もちろん馬の役はハングリーで、アングリーは鞭がわりに梨華から割り箸を受けとり、
四つん這いのハングリーに乗ってその尻をぺちぺち叩いた。
348 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:08
「競馬の祭典っていったら日本ダービーよね」
「行きたい!」
「梨華ちゃん、その日は?」
「フットサルの大会があるからだめね」

ということで、二人と二匹は次の日曜日、府中東京競馬場に向かった。
その日はダービーではないが、三才牝馬の頂点を決めるレース、オークスがあるのだ。
二人は馬券も買わずに、一番前に陣取ってレースの模様を眺めていた。
首にかけたままだと見えないので、ぬいぐるみたちは手すりの上に乗せてある。
ハングリーはお気に入りとなった傘を開いていた。

「こんないい天気なのに、持ってきてたんだ」
「いいの!」
349 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:08
馬が向こう側を走っているときは、ターフビジョンで確認し、
最後の直線に各馬が突入したときは、ぬいぐるみたちも歓声をあげた。
人間たちは自分の買った馬券が当たるかどうかの瀬戸際なので、
ぬいぐるみが声を出したところで誰も気づかないのだ。
すべての馬がゴール板前を駆け抜けると、ひとみたちの周辺で紙吹雪が舞った。

「あれは何!?」
「外れ馬券を投げ捨ててるんだ。まねしちゃいけないよ」
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:08
まねするなと言われれば、うずうずしてくるのが性だ。
ハングリーとアングリーは地面に飛び降りて、
捨てられた馬券を集めては宙に放り投げた。
もちろん、ひとみと梨華が壁となって見られないようにしていたのだが、
掃除係のおばさんに二人はじろっとにらまれて冷や汗をかいた。

「よっすぃ〜、ターフビジョンに馬体重が発表されたわ」
「ほんとだ。じゃあそろそろ買いに行こうか」
「馬体重って!?」
「前回との増減で、体調の良し悪しがだいたいわかるんだ」
351 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:08
ひとみと梨華はぬいぐるみを首にかけると、
人間の群れをかきわけながら馬券売り場に向かった。
マークシート用紙を何枚かつかむと、胸ポケットからボールペンを出した。

「どうすればいいの!?」
「こことここを黒く塗りつぶして」

ハングリーはひとみの指示どおりにペンを動かした。
金額のところだけはひとみが塗りこみ、自動発券機の前に立った。
ハングリーは発券機の上に乗り、マークシートを挿入した。
352 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:09
「ひとみ! お金ちょうだい!」
「はいはい」

ハングリーが紙幣を数枚受けとり、重ねて機械に入れると、
小さな磁気カードが一枚出てきた。

「何かでてきた!」
「これが馬券だよ」

ハングリーは両手でつかんで、しげしげと眺めていた。
そこへ、同じく馬券をすでに購入していた梨華がやってきた。
ハングリーが梨華に馬券を見せた。
353 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:09
「ほら、梨華ちゃん!」
「何を買ったの?」

ひとみは競馬のことはまったくわからないので、一番人気の単勝馬券を買っていた。
この馬が一着になれば、お金が何倍かになってかえってくる。

「ブエナビスタ? たった1.4倍にしかならないじゃない」
「この馬がいちばん強いんじゃないの?」
「この馬は勝てないわよ」
「梨華様の言うとおりですわ」
354 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:09
梨華が得意顔になって、講釈をはじめた。
ブエナビスタはこれまでG1を二勝しており、文句なしの世代ナンバーワンの牝馬だ。
しかし、追い込みという脚質に問題があるという。

「追い込みって!?」
「スタートしてからずっと後ろのほうを走ることよ」

先週、先々週、そして今週のさまざまなレース結果を勘案すると、
追い込み馬ではなく先行馬、スタートから終始前のほうを走る馬が有利となっている。
直線になって最後方から追い上げても、前を走る馬のスピードが落ちないのだ。
355 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:09
「直線まで待つんじゃなくて、第三コーナーから少しずつ追い上げればいいんじゃない?」
「それがだめなのよ。
 ブエナビスタは4枠7番で、この馬には内側すぎるの。
 後ろにいちど下げるしかないいんだけど、
 捲くろうとするとほかの馬よりずいぶん外側を走ることになってロスになるのよ」

というわけで、梨華が買ったのは2枠3番のレッドディザイア。
桜花賞ではブエナビスタに敗れ二着となった有力馬だ。

「逆に、3番ゲートは先行馬にとって最良のところよ。
 コースの内側をすいすいいけるし、前が止まらない馬場だから、
 勝つのはこの馬しかいないわけよ」
356 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:10
ひとみは梨華の買った馬券を見せてもらった。
ひとみが出した金額より、桁がひとつ違っていた。

「単勝で6倍もつくのよ」
「梨華ちゃん、やっぱりお金の使い方まちがってるよ」

二人は馬券売り場を離れて、ふたたびゴール前に陣取った。
選び抜かれた三才牝馬十八頭がコースに姿を現すと、歓声が起こった。
ゴール板前の近くに、ゲートが設置された。
レースの始まりをしめすファンファーレが鳴り響いた。
観客たちは音楽に合わせていっせいに手拍子したので、ハングリーはびっくりした。

「なんかすごい!」
「大の大人が…… っていう意見もあるね」
357 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:10
ファンファーレが終わり、各馬が次々とゲートに入っていった。
馬はのほほんとしているが、騎手、観客、その他関係者の緊張感が競馬場に充満した。
手すりの上に乗っかっているぬいぐるみたちも固唾を飲んだ。
アングリーは大鎌を、ハングリーは黄色い傘をつかんで前を注視していた。
すべての馬がゲートインを完了しようかいうとき、一陣の風がひとみたちを包みこんだ。
髪が激しく乱れ、ひとみは思わず目をつむった。
髪を手ですきながら手すりを見ると、ハングリーの姿がなかった。
358 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:10
「ハングリー、どこ? 落ちた?」
「ひとみ様、上ですわ」

見ると、上空を黄色いものが舞っていた。
突風はハングリーの傘を襲い、それごとハングリーは飛ばされてしまったのだ。
自分が飛んでいるのは傘のせいだと思いついたハングリーは、
ようやくのことで手を離したが、少しばかり遅かった。

ガシャンとゲートが開き、大きく出遅れた馬もなく、レースがスタートしていた。
梨華の思惑と違い、レッドディザイアは先頭近くにいたわけではなく、
先に行きたい馬に行かせていたのだが、それでもまん中の内側を走っていた。
その最初の直線、空からぬいぐるみが降ってきたことに、
レッドディザイアの騎手は他馬に気を取られていて気づかなかった。
異変に気づいたのは最初のコーナーにさしかかったころだ。

「馬のたてがみに何かくっついている!」
359 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:11
上空から馬群にまいおりたハングリーは、馬のたてがみにしがみついていた。
振り落とされたら、馬たちに踏みつぶされてしまうことは明らかだ。
手を伸ばしてもとどこないところにくっついているので、騎手も手を出せなかった。
まるでロデオのように、ハングリーは馬の首の上で跳ねつづけた。

「わ、マイちゃん、そっと走ってよ!」

ぬいぐるみの声は、馬のひづめが地面を蹴る音にかき消された。
騎手もレースに集中しはじめた。
もちろん、ターフビジョンの荒い画像ではぬいぐるみの姿は視認できない。
三コーナーから四コーナーにかけて、レッドディザイアは少しずつ前方に進出したが、
ブエアビスタは他馬に外側をブロックされていて、抜け出す機会がなかった。
ひとみはハングリーの行方で、梨華とアングリーはレースの行方で気が気でなかった。
最後の直線に入り、上り坂の途中でレッドディザイアが抜け出した。
ブエナビスタは最後方で、ようやく外に出すことができた。
360 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:11
「そのままっ!」

梨華が絶叫した。
ブエナビスタが追撃をはじめていた。
レッドディザイアの騎手が後ろを振り返り、ライバルの猛追を認めた。
鞭を叩き、手綱を操作するのだが、
そのたびにたてがみにつかまっているハングリーのお尻が騎手の視界に入ってくる。
残り百メートルで壮絶なたたき合いが始まった。
脚色は完全にブエナビスタのほうが上回っているが、
梨華の講釈どおり、前を走るレッドディザイアも止まらない。
そして、二頭がほぼ同時にゴール板前を通過した。
興奮した梨華がアングリーの首をしめすぎて、アングリーの意識が遠のいた。
361 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:11
両馬の騎手は、どちらが勝ったのか判断がつかなかった。
惰性でそのまま進み、ゆっくりとコーナーを回った。
たてがみにつかまっていた奇妙な物体も姿を消している。

「なんだったんだ、あれは?」

ゴール板をすぎ、第一コーナーに入るところで馬は減速したのだが、
ハングリーは勢いで前方に投げ出されていたのだ。
騎手も観客も、みなターフビジョンのスロー再生に気をとられ、
芝生の中をちょこまかと走っているぬいぐるみに注目するものはいなかった。
写真判定となったが、前年の秋の天皇賞ほどは待たせなかった。
ハナ差で、ブエナビスタがレッドディザイアをとらえていた。
梨華はへなへなとその場に崩れ落ち、外れ馬券をアングリーが切り裂いて放り投げた。
362 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:12
「ハングリー、どこに行ったのかな」
「ひとみ様、戻ってきましたわ」

ハングリーがぴょんと跳ねて手すりを乗りこえて戻ってきたのを、
ひとみが両手で拾いあげた。

「ひとみ、ごめん! 傘なくしちゃった!」
「馬券当たったから、違うのを買ってあげるよ」
363 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:12
がっくりと肩を落としている梨華をひっぱって、ひとみは換金に向かった。
ひとみのおごりで、二人と二匹は居酒屋の個室に向かった。
反省会という名の、愚痴のこぼしあいだ。
ぬいぐるみたちは脳みそプディングを食べ終わると、
それぞれの所有者の首にぶらさがって会話に耳をかたむけていた。

「ハナ差よ。ほんの数センチで、大金が逃げちゃったのよ」
「ハングリーは、風に飛ばされてから何やってたんだ?
 レース見れなくて残念だったね」
「それがね、一番近くで見れたんだ!」
364 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:12
ハングリーが事情を話すと、梨華の顔色が一変した。

「ハングリー、あなたがそんなとこにいなければ、
 もしかしなくてもレッドディザイアが勝ってたんじゃない?」
「ちょっと梨華ちゃ……」
「どんだけの大金がかかってたと思ってるの!」

テーブルごしに、梨華はハングリーをつかみあげて、その首をひっぱってしめた。
ひとみの首も同時にひっぱられ、両者の意識がだんだん薄くなっていった。
365 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:12
翌日のスポーツ新聞には、レッドディザイアの騎手のコメントとして、

『騎手は、悔しさとあきれた思いが入り混じった表情でレースを振り返った。
「運がなかった。勝つにはあれしかなかったが、ただ、直線でもう少し待ちたかった。
 前が開いたので仕掛けたが、そのぶん最後のひと追いにツケがきた。
 ちょっとでも詰まっていれば……。でも、あの競馬をされたらどうしようもない」』

との記事が載ったのだが、記事の初稿には以下のくだりがあった。
366 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:14
『「最初の直線で、空から得体のしれないものが降ってきて、
 馬のたてがみにとりついた。道中ずっとそれがゆらゆらと暴れていた。
 それのせいで集中も切れそうになったし、追い比べのじゃまになった。
 レース後には煙のように消えていたが、きっと悪魔の使いに違いない」』

当然ながら、編集長によってこの部分をカットされたため、
この騎手の今後の評判と生活は下落せずにすんだ。
 
 
367 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:14
おしまい
368 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:14
          ┌────┐
       ___l l二ニニ二l l ___
     /   └┘   └┘  /|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |  |
      | ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ|  |
      | 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ |  |
      | (●〜^0)((●▽^ ):) |  |
      | [hANGRY(.&)ANGRY] |/
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

369 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:15
(0^〜^)

  ハングリー:スナイデル!
370 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:15
( ^▽^)

  アングリー:かわいそう!
371 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 09:24
これにて「こぉるど けーす season2」は放送終了です。
今までご愛顧ありがとうございました。

放送リスト
第01話 ぬいぐるみと赤ん坊
第02話 ぬいぐるみと動画投稿
第03話 ぬいぐるみと英会話
第04話 ぬいぐるみとぬいぐるみ
第05話 ぬいぐるみと山桜
第06話 ぬいぐるみと侍たち
第07話 ぬいぐるみと笛吹き男
第08話 ぬいぐるみとサッカー三昧
第09話 ぬいぐるみと魚釣り
第10話 ぬいぐるみと遊園地
第11話 ぬいぐるみと月の兎
第12話 ぬいぐるみとデジタルカメラ
第13話 ぬいぐるみと競馬場

次週より「ぼすとん りぃがる」をお楽しみください。
372 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 22:44
まいちんがいっぱいwww
373 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/23(日) 13:02
人を裁くのは人じゃない

ハンアンですね
分かります
374 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/30(日) 01:43
土曜日にハンアンに会えなくて寂しい
375 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:54
>>372-374
ありがとうございます。
走らない大阪城できました。
ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~gide/h007.jpg

もっと遊ぼ!
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/mirage/1252110904/l50
 
376 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:42
>>354-355

( ^▽^)<秋華賞、このとおりじゃない!

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