こぉるど けーす
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:01
- 真実の扉が開かれる
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:03
-
ぬいぐるみとプディング
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:04
- 閑静な住宅街にひっそりとたたずむ一軒家がある。
その邸宅のあるじは、時計が11時を差していることを見やり、
あくびを隠そうとせず二階の寝室に向かった。
広いリビングを薄暗い灯りがこうこうと照らしている。
壁の一面を占めている木製の棚が何段も重なっており、
所狭しと種々のぬいぐるみがひしめきあっていた。
「大丈夫かな?」
「もういいんじゃない?」
ごてごての黒い服を着せられた、猫らしき生き物のぬいぐるみが棚からぽーんと飛び降りた。
やはり猫のような、モヒカン頭のぬいぐるみがそれに続いた。
他のぬいぐるみもめいめいに動き始め、庭に続く窓を開けて出ていってしまった。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:04
- 「窓、鍵かけないでね」
「あんまり遠くいっちゃだめだよ」
五十匹はいたであろうぬいぐるみたちも、部屋に残ったのはわずかでしかない。
黒服のぬいぐるみが新聞を開き、モヒカンのぬいぐるみがテレビのリモコンを手にする。
黒い服を着た猫のぬいぐるみ──本人は石川・アングリー・梨華と称する。
アングリー(ANGRY)とは、自分で勝手につけたミドルネームだ。
モヒカンのほうは吉澤・ハングリー・ひとみと称する。
ハングリー(HANGRY)は、梨華に勝手につけられたミドルネームだ。
「アングリー、wowowでリーガやってるよ。バルサとアトレチコの大一番だ」
「何言ってるの。NHKBSでプレミア見るに決まってるでしょ」
梨華がリモコンを奪いボタンを押すと、ややあってから液晶画面に映像が映った。
「アーセナルとリバプールのほうが大一番よ」
「もう、アングリーはしょうがないなあ」
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:05
- 梨華のことを「アングリー」と呼ばなければ、とんでもないことになることを、
ひとみはこれまでに何度も体験している。
梨華はプレミア・リーグのファンで、ひとみはリーガ・エスパニョーラのファンだ。
でも、チャンネル権はすべて梨華に握られており、ひとみはリーガの試合を見たことがない。
新聞に載っている試合の結果だけを見て、
「ああ、メッシはきっとあんなゴールを決めたんだろうな」
と想像するだけがせいいっぱいだった。
チャンネル権だけではなかった。
万事において、梨華はひとみに対し暴君であり続けていた。
しかし、ひとみはオスが二十パーセントも混じっているくせに、彼女に抵抗できないでいた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:05
- 画面の中の試合は拮抗していた。
両チームのエース、アデバヨールとフェルナンド・トーレスになかなかいいボールが入らない。
中盤での息詰まる高度な攻防が繰り広げられていた。
梨華もひとみも、息を飲んで画面に釘づけになっている。
「ねえ、ハングリー」
「なに?」
「脳みそプディング持ってきて」
「えー、自分でやれよー」という心の叫びを飲み込んで、ひとみは冷蔵庫へ向かった。
ちょうどセスクがフリーな状態からのシュートを大きく外した場面で、機嫌が悪い。
冷蔵庫を開けようとすると、その隣の菓子棚の扉に、パンダがぶら下がっているのが見えた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:06
- 「なにやってるの?」
パンダのぬいぐるみは、一瞥をくれただけで返事をしなかった。
そうか、最近、中国で買われてきたぬいぐるみだから日本語が通じないのだな、と、
ひとみは一人でうなづいた。
それにしても、扉の取っ手にひもをかけて、首を吊るかのようにぶら下がっているのは
どうにも変な話だよな、と考えていたが、冷蔵庫を開けた瞬間ひとみは愕然とした。
「プディングが一つしかない!」
ひとみは、買い足すことを忘れていたことに気づいた。
冷蔵庫の奥にプッチンプリンがあるが、これには「ジュンジュンのもの」と書いてある。
だいいち、脳みそプディングでないからだめだ。
脳みそプディングは二人の大好物だった。
甘いクリームに包まれた本体、そして何よりも「脳みそ」の食感。
「半分こしよう」という提案は、即座に却下される可能性大だった。
こっそりここで食べてしまって、「プディングはなかった」と報告するのはどうか?
いや、目ざとい梨華が口の端についたクリームを見逃すはずがない。
でも、自分もプディングを食べたい。どうしても食べたい。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:06
- ケーキの乗った小皿を持って、どうしようかと思案してうろうろしていると、
ひとみは何かを蹴とばした。
それはフローリングの部分をつーと滑っていったので、
ひとみは慌てて追いかけたが、それが何かを知って固まった。
「アングリー、アングリー! たいへんだ!」
「何よ、もう、いいところなのに。プディングまだなの?」
「これ!」
ひとみは指さそうとしたが、両手はふさがっている。
梨華がプディングの皿を受け取ったので両手はあいたが、
これでプディングは永遠にひとみの元からさよならすることとなった。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:06
- 「これ! パンダの首!」
ようやくのことでひとみが指をさした先には、パンダのぬいぐるみの生首が転がっていた。
騒ぎを聞きつけた他の仲間たちも何事かとやってくる。
「なんてひどい」
「元に戻せそうですか?」
馬のぬいぐるみは里田まいと称し、狸のぬいぐるみは紺野あさ美と称する。
彼女たちにミドルネームは与えられていない。
ひとみははっとして菓子棚のほうを仰ぎ見た。
あいかわらずパンダのぬいぐるみがぶら下がっていた。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:07
- 「あれはジュンジュンですね。それだとこっちはリンリンだ」
あさ美が冷静に見極めた。
二人とも中国で買われてきたパンダのぬいぐるみだが、それぞれメーカーが違うのか、
大きさが違っていた。大きい方がジュンジュンで、小さい方がリンリンだ。
ひとみがおそるおそる首を持ち上げると、少しずつ空気が抜けてしぼんでいった。
「これは、元には戻せないよ。中身が抜き取られてる」
「なんてひどい」
胴体の方は、じきにテーブルの下で見つかった。
首とのつなぎめも一致したので、胴体の方もリンリンと特定された。
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:07
- 「どうしよう」
「どうしよう」
「買い主に見つかるとうるさいから、ごみ箱に捨てちゃいなさい」
梨華が冷徹に言い放った。
プディングはもう食べられていた。
「え、でも……」
ここで、テレビのほうから大歓声が流れてきた。
どうやらどっちかが先制点をあげたようだ。
「ハングリー! あなたのせいで大事なとこ見逃しちゃったじゃない!」
ひとみが抗議の声をあげる余裕もなく、梨華の手にした大鎌が一閃した。
鎌の刃がひとみを襲い、ひとみの首が飛んでいった。
ひとみの首が「アングリーひどいよ」と泣き声を上げ、胴体がとことこと追いかけていった。
ひとみが自分の首を回収している間、まいが裁縫箱を準備した。
ひとみは針と糸を駆使して、慣れた手つきで自分の首と胴体を縫合し始めた。
梨華はとっくにテレビの前に戻っている。
リンリンのなれの果ては、あさ美によって燃えるごみとして処分された。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:07
- 「まいちん、どう? ほつれとかない?」
「大丈夫、大丈夫」
ひとみの首のまわりをまいが丹念に検査した。
糸の色を間違えたが、いずれ縫い直すことがあるだろうと、ひとみは気にしないことにした。
「もしかして、リンリンも梨華ちゃんに首切られたんじゃない?」
「なにか余計なことしゃべったとかで」
ひとみは腕組みしてひとしきり考えた。
「性格的にはありそうだけど、ずっとわたしと一緒にテレビの前にいたんだから、
さすがに無理じゃないかなあ」
「そうでしたね」
「それじゃあいったい誰がこんなひどいことを……」
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:08
- 考えてもわからないので、ひとみはテレビの前に座った。
試合は後半に突入していた。
梨華はアーセナルのアデバヨールのファンだ。
一方、ひとみはプレミア・リーグならセスクやジェラードが好きだった。
ジェラードはお嫁さんがカタルーニャ人なのだから、
バルサに移籍すればいいのに、とひとみは勝手に期待している。
「ねえ、アングリー」
「ん」
「一瞬だけでいいから、wowowにかえていい?」
「だめ」
両チームとも、序盤からのハードワークが響いて動きが悪くなってきた。
ミスが増えてきてお互い攻めあぐねている。
ひとみは次第に飽きてきた。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:08
- 「あーあ、プディング食べたかったなあ」
脳みそプディングは、ぬいぐるみたちに大人気のおやつだ。
いつも取り合いでけんかになるので、おのおの名前を書くことになっている。
そもそも、脳みそプディングを流行らせたのは梨華とひとみだった。
二人がおいしそうに食べているところを見た他の仲間たちも、競って食べるようになった。
特にひとみが一番気に入っているのが、「脳みそ」だ。
脳みそ、脳みそ……。
「あーっ!」
ひとみの大声に、梨華はびっくりして振り向いた。
「いきなり何よ」
「脳みそだよ、脳みそ!」
ひとみが貧しい語彙をフル活動させながら、自分の伝えたいことを話し始めた。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:08
- 「……つまり、リンリンを襲った犯人は、脳みそが食べたかったというわけ?」
「そうだよ、絶対そうに決まってるよ」
「それだと、いちばん脳みそを食べたがってたのが犯人ね」
まいとあさ美がひとみを指さした。
「えー、そんなあ!」
「そうね。プディング食べたくてうろうろしてたの、ハングリーだったわね」
「アングリー!」
「冗談よ。だいいち、脳みそプディングの脳みそって……」
「焼きプリンのもふもふした食感のことを脳みそみたいだって言ってるだけだし」
ひとみはほっと息を吐いた。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:09
- 「でも、いい線ついてそうね」
「そうですね。犯人は脳みそを食べた、あるいは食べたかった。そのために首を切った」
「どうして脳みそ食べたかったんだろう?」
「それは……」
「脳みそプディングを食べたかったからよ」
梨華が断言した。
ひとみは、冷蔵庫のプッチンプリンを思い出した。
「プッチンプリンに脳みそをふりかけて食べたんだ!」
「首を切ったのは、脳みそプディングのことをよく知らない、プッチンプリンの持ち主……」
四人がいっせいに菓子棚のほうを振り向いた。
あいかわらず、ジュンジュンが取っ手のところにぶら下がっていた。
「あれって、自責の念にかられて、自殺しようとして首を吊っていたんだ」
「ぬいぐるみだから窒息死なんかできないのに」
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:09
- ジュンジュンを下ろすと、三人であおむけに押さえつけ、梨華が鎌で腹を裂いた。
中から、リンリンの首の中身とおぼしき繊維が大量に出てきた。
これをごみ箱から回収したリンリンの遺体に詰め込み、胴体とつなぎ合わせると、
リンリンは蘇生した。
「やれやれ。あとでジュンジュンに脳みそプディングの説明しときなさいね」
「さすがにもう気づいていると思うけど」
「……ちょっと」
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:09
- 梨華がテレビ画面に貼りついた。
「アーセナル 1−1 リバプール 得点者 アデバヨール トーレス」
と試合の結果が出ていた。
「アデバヨールのゴール見てない!」
「ア、アングリー……」
「ハングリー、あなたのせいよ!」
梨華の鎌がうなりをあげた。
ひとみは自分の首をとことこと追いかけて行った。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:10
- おしまい
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:11
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:12
- (0^〜^)
ハングリー:メス猫
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 21:12
- ( ^▽^)
アングリー:メス猫
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 22:17
- ちょwww
おもしろいw
キッチュな感じの人形劇で見たいな、これ
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/01(日) 18:10
- 飼育に鬼才現るw頑張って下さい
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/02(月) 02:28
- 斬新 f^_^;
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/03(火) 13:23
- >>5の段階で早くも全米が泣いたと思います
あると思います
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:06
- >>23-26
ありがとうございます
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:06
-
ぬいぐるみとフットサル
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:07
- 「今日の試合は絶対負けられないから、絶対に勝つぞ。バモラ!」
「オーッ」
オレンジ色のユニフォームをまとったぬいぐるみたちが円陣を崩した。
今夜は近所のぬいぐるみたちが集い、フットサル大会を開いていた。
吉澤・ハングリー・ひとみと称するモヒカン猫が率いるガッタス・ブリリャンチス・HPは
優勝候補に擬させれるほどの強豪チームだ。
決勝戦、相手は宿敵のライバル、カレッツァ。
これまで幾度も苦杯を舐めさせられていた。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:08
- 試合前の練習も、ひとみたちは気合が入っていた。
「アングリー、パスはもっと正確に!」
ひとみの厳しい声が投げかけられたが、石川・アングリー・梨華は素直に従っている。
ハングリーに対して暴君である梨華ではあるが、フットサルとなると立場が逆転していた。
唯一、コートの上だけが、ひとみの気が休まる場所であったのかもしれない。
監督の、北澤豪と称するカエルのぬいぐるみが選手を集めた。
スターティング・メンバーの発表だ。
GK 紺野あさ美(狸)
FP 里田まい(馬)
FP 吉澤ひとみ(パンク)
FP 是永美記(ヌー)
FP 藤本美貴(狼)
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:09
- 梨華(ゴスロリ)はベンチスタートだった。
秘密兵器は最初から見せるものではない、と本人は考えている。
ひとみはコートでぴょんぴょん飛び跳ねて気合じゅうぶんだ。
笛が大きく鳴り響いた。
開始早々、自陣でボールを持ったひとみにカレッツァの選手が襲いかかる。
ひとみはかわそうとしたが、お腹に体ごとぶつかられ、ボールを奪われた。
ころころとひとみはライン外まで転がっていった。
「審判! 今のファールでしょ! この×××!」
アングリーが立ち上がって罵声を浴びせたが、ファールの笛はならなかった。
プレーは続行中なので、美貴たちが文句を言いにいく間はなかった。
ピンチを迎えたガッタスだが、相手のミドルレンジからのシュートはあさ美の正面だった。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:10
- 「何あの審判」
「気にしないで、試合に集中しよう」
主審を務めるぬいぐるみ(チワワ)の判定は両チームに対し公平にひどかった。
キックインの判定は常に逆で、フリーキックの場所の指示はあいまいで、
ファールを犯していない選手にイエローカードを出した。
あさ美の果敢な飛び出しでルーズボールをキャッチしたときに
線からはみ出ていたと判断されたときは、温厚なあさ美も不満顔を隠さなかった。
そういうわけで、開始二分がたった頃、両チームとも主審を無視することにした。
キックインのボールは自己申告で譲り合い、ファールがあったらすぐに試合を止めた。
副審のほうはまだまともだったので、そちらの指示には従った。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:12
- 試合は緊迫した好ゲームとなった。
先制したのカレッツァ。
小島くるみと称するぬいぐるみ(ハイエナ)がガッタスの右サイドでドリブルを仕掛け、
これを止めようとひとみとまいが寄せたところで中央に折り返し、
フリーになっていた井本操と称するぬいぐるみ(キリン)が落ち着いてゴールした。
いっぽう、ガッタスはコーナーキックを得ると、カレッツァが守備態勢を整える前に
ひとみがすばやく蹴り出し、美貴の豪快なシュートが決まった。
ガッタスは美記から梨華、ひとみから柴田あゆみと称するぬいぐるみ(不明)に
交替し、かさにかかって攻めたてたが、詰めが甘くゴールにまでは至らない。
これに対しカレッツァは、機を見てくるみがカウンターを仕掛けガッタスゴールを脅かした。
時計が「0:00」となったところで、両チームは走るのを止め、ベンチに戻った。
前半は一対一の同点で終わった。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:12
- 監督の豪が後半に向けての指示を出そうとした。
「みんな……」
「美貴は小島さんがボール持ったらもっとプレスかけて。
コレティのマークが厳しいから、直接ボールをコレティに預けるんじゃなくて、
わたしか美貴にいったん渡して、ワンクッションおこう」
「あさ美ちゃんは、相手がチェックにきたらすぐに私に声かけて」
「後半のメンバ……」
「場合によったら私下がるから、よっちゃんはもっと上がったほうがいいよ」
「相手のキックイン時にマークがずれやすいから、もっと集中しよう」
ひとみを中心に後半の修正点を話し合う。
豪の出る幕はなかった。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:13
- 「あ、思い出した。審判ひどくない?」
「よっちゃんが倒されたのなんか特にね」
「首をかき切ってやろうかと思った」
皆が口々に主審に対する不満をつぶやくなか、アングリーが剣呑な言葉を口にする。
「後半も、気にしないでやっていこう」
「正直、途中からいるのかいないのかわからなかったです」
実際、主審を無視し始めてからは、両チームのラフプレーは影を潜めた。
ガッタスは「目には目を」のハンムラビ法典の精神に則っているので、
手を出されない限りは暴れたりはしない。
カレッツァにしてみれば、実質主審不在の試合で、
美貴や梨華を相手にケンカをふっかけるのは得策ではないと、判断していた。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:14
- ハーフタイムが終わろうかというころ、副審の絶叫がコート内に響き渡った。
ひとみたちが振り向くと、副審は床の上で腰を抜かしていた。
「どうしたんです? そろそろ後半始めましょう」
「あれ、あれ」
センターサークル付近で、ぼろきれが横たわっていた。
いや、ぼろきれに見えたのは、主審の残骸だった。
きゃーという悲鳴はなく、両チームのメンバーは興味深げに残骸を囲んだ。
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:14
- 「きれいに真っ二つになってるね」
「きれいとは言えないよ」
主審をやっていた犬のぬいぐるみは、頭から尻まで引き裂かれ、
体が左右に分離し、中身をあたりに巻き散らしていた。
「どうする? 主審なしでやる?」
「そういうわけにはいきません。今つなぎ合わせますからしばらく待ってください」
副審が裁縫箱を持ってきた。
修復作業が終わるまで両チームはベンチで待機することになった。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:15
- 「梨華ちゃんがやったんじゃないの?」
緑色のぬいぐるみがひじで梨華をつついた。
「判定にずいぶんエキサイトしてたじゃない。前の運動会のときだって」
「冗談言わないでよ」
「アングリーの性格ならありそうだけど、今回のは違うと思う」
ひとみが助け舟を出した。
選手がコートに入る際に、審判の入念なボディチェックがある。
すでに、梨華は大鎌を、美貴はメリケンサックを没収されていた。
「それに、生地の裂け目は、刃物できれいに切られたような感じじゃなかったし」
「手でむりやり引き裂いたみたいだったね」
「するといったい誰が?」
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:16
- ひとみは修復作業の様子を見に行った。
副審は針仕事の経験がないらしく、ずいぶん不恰好な縫い方をしていた。
「どうですか?」
「元通りになるかどうか、こころもとありません。
ずいぶん昔に作られたぬいぐるみらしくて、生地はぼろぼろです。
試合前から、お尻のあたりの糸がほつれていたんです」
ひとみがベンチに戻ると、梨華たちは楽しげにわいわいと騒いでいた。
「動機は? 色恋沙汰? 相続問題?」
「あんなぼろぬいぐるみにそんな問題あるわけないでしょ」
「ということは、やはり判定に不満を持った人だね」
つまり、両チームのメンバー全員が容疑者だった。
皆、口々に自分以外を犯人に仕立てようとやっきになった。
険悪な雰囲気になりそうなところを、ひとみがまあまあととりなした。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:18
- 「それじゃあ、今度は凶器のほうを考えようよ」
「刃物じゃないのは確かですね」
「手で引き裂いたみたいな跡だったけど、わたしたちの力じゃ無理だよ」
ひとみは自分の両手を出した。
リーチは短く、指らしきものもない。猫のぬいぐるみだからだ。
他のメンバーも、馬や狼、ヌー、狸、緑色の生き物の手では、
強い力はあまり出せそうもない。
「でも、コンコンならできそうじゃない?」
美貴の何気ない言葉に皆はっとした。
あさ美は空手をやっていたのだ。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:19
- 「足技なら手より大きな力出せそうだよね」
「あれでしょ。かかと落としぶち込んだんでしょ」
「生地がぼろぼろで糸がほつれていたから、裂けちゃったんだ」
「主審空気だったから、誰にも犯行が見えなかったんですね」
あさ美は首をかしげしばらく無言だったが、ようやく口を開いた。
「私がやったとして、何か問題でも?」
皆ぶんぶんと首を振り、逆に「でかした」「よくやった」とあさ美を褒め称えた。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:20
- 「すっきりしたことだし、後半始めよっか」
後半のスターティングメンバーがコートの中に入っていくのを横目に、
ひとみは両手両足をじたばたさせて抗議した。
「それは変だよー。主審は誰にも見えてなかったかもしれないけど、
コンコンは空気じゃなかったから、誰かに見られたはずだよ。
それに、お尻の糸がほつれていたんだから、
そっちのほうから大きな力がかからないと裂けないよ」
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:21
- 主審はなんとか息を吹き返し、コートの真ん中で選手が入るのを待っていた。
ただ、ボールを持たずに立ち尽くしているので、後半を始めらない。
蘇生の際に障碍が残ったのか、ボールを使う競技という記憶がなくなったようだった。
「主審の判定に不満があって、キックが強くて、主審と同じくらい空気の人がいたんだ。
あっ、うちの監督、元代表……」
「ハングリー。いつまでも、わーわーうるさい!」
いつのまにか取り戻していた大鎌を、梨華は一閃させた。
「アングリー、ひどいよー」と泣き声をあげているひとみの首は、
センターサークルまで転がり、中心に止まったところでキックオフの笛が鳴り響いた。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:22
- おしまい
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:22
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:23
- (0^〜^)
ハングリー:パンク
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:23
- ( ^▽^)
アングリー:ゴスロリ
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 21:30
- リアルタイムキター!!
(不明)の謎が解けたときが一番笑いました
もう、 さ い こ う ッス
- 49 名前:名無し読者 投稿日:2009/03/07(土) 01:17
- 馬とか狸とかw
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/07(土) 17:21
- 版権の問題でアレだけモザイクかかってるんですね、わかりますw
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/08(日) 00:15
- 不明はともかくヌーってw
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:29
- >>48-51
ありがとうございます。
更新速度を少し考えます。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:30
-
ぬいぐるみと深夜の冒険
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:30
- 夜も更けて、ぬいぐるみたちの時間となった。
「たまには外に行こう」
「珍しいこと言うわね」
ひとみと梨華は、ふだんはテレビを見るか、ゲームで遊ぶかのどちらかだった。
ゲームはもっぱらサッカーゲームだった。
梨華は南米や欧州諸国から選び放題だったが、
ひとみには東南アジアか中東チームからしか選択権がなかった。
バスケットボールみたいな点数をいつも取られていれば、
たまには違うことで時間を使おうという気になるのは自然なことだった。
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:31
- 夜中とはいえ、街中で人気がまったくなくなるということはない。
ひとみと梨華は物陰に隠れながら慎重に道を進んだ。
おそるおそる公園の中を覗いた。
さかりのついた人間のカップルの姿はなかった。
安心した二人は、ブランコに乗ったり、砂場でスライディングしたりして遊んだ。
シーソーを漕ぐのは体重の都合で無理だった。
「楽しいね!」
「こんなに面白いのに、どうして人間たちは遊具を撤去させちゃうのかしら」
砂場で山を盛り、トンネルを作って遊んでいたところで、
トンネルをくぐる最中に梨華に生き埋めにされる可能性を思いついたひとみは、
「もう帰ろうか」と提案したが、却下された。
「違うところに行こ」
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:32
- 二人は刺激を求めて道を歩んだ。
真夜中なので、商店街はどこもシャッターが降りていた。
不況と大型デパートのせいで、昼間でもシャッターは降りたままではあるが。
そんな中、まばゆい光を道路に投げかけている一画があった。
「あれ何だろ?」
「近づいてみよ」
電柱の陰からそっと覗くと、様々な色の光と単調な音が充満していた。
「何のお店?」
意を決して、ひとみと梨華は店内に侵入した。
店内には客らしき人影は見当たらなかった。
ひとみは近くの台によじのぼり、ボタンをいくつか押してみたが反応はなかった。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:34
- 「マークが三つ並んでるよ」
「ひょっとして、スロットマシン?」
二人は床をなめるように這いまわって、落ちていたコインを見つけ出した。
梨華がコインを持ち上げ、ひとみを台にして投入口に押し込んだ。
三列の絵柄が回り始め、適当なところで梨華がボタンを押していった。
突如、大きな音が響き、じゃらじゃらとコインがあふれ出てきた。
二人は即座に台を飛び降り、店外に飛び出した。
客はいなくても店員はいるだろう。
人間に捕まったら、どんな目に合わされるかわかったものではなかった。
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:34
- 誰も出てこないことを確認すると、二人は店内に戻ってコインを拾いはじめた。
そのコインを使って、いろいろなゲーム機で遊ぶのだ。
ひとみはピンボールの台の前に立った。
コインを入れると、ガラスで覆われた箱の中にボールが一つ出てきた。
ありったけの力でレバーを引いて、離すと、バーがボールを弾いた。
ひとみは急いでガラスの上に乗った。
ボールはあちこちの障害物にぶつかって、やがて下の穴に落ちていった。
左右のボタンを操作してボールが落ちないようにするゲームなのだが、
ひとみはそのことを知らなかった。
ボールがいろいろな軌跡をたどるのを見て、きゃっきゃっと笑っていた。
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:34
- コインが残り少なくなってきたので、もっとコインを増やそうと考え、
ひとみは最初のスロットマシンのところに戻った。
コインを入れると、リールが回りはじめる。
無造作に二つのボタンを押すと、花のマークが二つ並んだ。
最後の一つのボタンを押そうとしたとき、ひとみの体が宙に浮いた。
はっとして振り返ると、金髪の女性が眼をむいていた。
「なんだ、これ?」
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:35
- 人間に捕まってしまった!
と、ひとみは混乱しかけたが、こういうときの対処法を思い出した。
抵抗せず、じっと動かないでいること。
野良犬や野良猫に捕まったときは、断固として抵抗しなければならない。
そのままでは、かじられたりしてひどいことになるからだ。
しかし、理性を持った人間ならば、まずそのようなことはしない。
じっとしていれば、目の錯覚だったのだろうと自分を納得させてしまうのが、
理性的な人間のふるまいだからだ。
「ん?」
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:36
- しかし、この女性は理性的な人間ではなかった。
ひとみの首筋をつまみ、顔を思いきり近づけて観察をくりかえした。
そうとうに疑り深い。
そこで、ひとみは最後の手段に訴えることにした。
驚かせて、手を離したすきに逃亡するのだ。
再び捕まってしまったらアウトだ。
「ぎゃおー」
ひとみは口を大きく広げ、怪獣のように吠えた。
女性はまばたきを何度もくりかえし、さらに顔を近づけた。
「うー、わん!」
女性は目をひん剥き、犬のようにひと吠えしてきた。
逆に威嚇され、ひとみは戦意を喪失した。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:37
- 「もう一匹いるよね?」
梨華のこともばれていた。
ひとみは、このような人間──生きているぬいぐるみに遭遇しても驚かない人間に
出会ったことが初めてだったので、多少混乱しながらも、このゲームセンターの二階に
梨華が向かったことを素直に白状した。
一人と一匹が階段を上ると、クレーンゲーム機の前に黒髪の女性が立っていた。
「梨華ちゃん」
「あ、よっすぃ〜。ちょっと来て来て」
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:37
- 黒髪の女性がガラスの箱の中を指差した。
「あのぬいぐるみがかわいくて、取りたいんだけどできる?」
金髪の女性はコインを入れた。
クレーンはぬいぐるみの首あたりをつかみ、ゆっくり移動していった。
出口から、梨華がころころと転がり落ちてきた。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:38
- 二人と二匹は、あの公園まで戻っていた。
女性たちはベンチに座って尋問を始めた。
「名前は?」
「吉澤ひとみだよ!」
「石川・アングリー・梨華よ」
「へえ…… たいへんいい名前だと思うけど、それはちょっと呼びづらいな……」
「じゃあ、ハングリーって呼んで! こっちはアングリーだよ!」
ということなので、呼び名を変えることとする。
金髪の女性はひとみ、黒髪の女性は梨華と名乗った。
「わ、おんなじ名前なんだね!」
「梨華様、ひとみ様。よろしく」
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:39
- 二匹はぴょんぴょん跳ねまわった。
二人は、この公園にフットサルの練習で訪れた。
時間の都合で、夜中しか練習する時間がないからだ。
そこで、ブランコや砂場で遊ぶ奇妙な生き物を見つけた。
そしてゲームセンターまでこっそりついていき、そこで捕獲したのだった。
「君たちは何者なわけ?」
「ぬいぐるみだよ!」
「それはわかるけど、ぬいぐるみって歩いたりしゃべったりできたっけ?」
「そんなの知らないよ! 物心ついたときからこうだったんだ!」
ひとみは自分のことを考えた。
自分はいつのまにか歩き、考え、しゃべるようになった。
メカニズムがどうなっているかもよくわからない。
きっとそれと同じなのだろう、と。
犬や猫も、人間のいないところでは言葉を話しているかもしれない。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:40
- 「このことは誰にも話さないでね!」
「人間に捕まって見世物にされるのはごめんですわ」
「そりゃ、そうだよね」
話してもだれも信用してくれず、頭のおかしい人に見られることは間違いなかった。
二人は秘密にすることを約束した。
住みかを聞くと、ひとみも知っている大きな屋敷であることがわかった。
そこの主はぬいぐるみ蒐集狂として、近所では有名だった。
「ふーん…… あそこのねえ……」
「そろそろ帰らないと!」
「家の人が起きる前に戻らないとたいへん」
「そうだね。危ないから、送っていくよ」
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:40
- ひとみがハングリー、梨華がアングリーを手に持って、くだんの屋敷まで運んでいった。
ハングリーたちはコンクリートの塀の縁に飛び乗った。
「ありがとう! じゃあね!」
「ごきげんよう」
二匹の姿が闇に消えた。
「よっすぃ〜。あたし夢でも見てるのかな?」
「夢じゃないよ、たぶん」
「うちのぬいぐるみも、おしゃべりしてくれないかなあ」
「ほんとは不気味なことなんだろうけどね」
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:41
- ハングリーとアングリーは部屋の棚の所定の位置に座った。
アングリーは活動を止め、ふつうのぬいぐるみに戻ったが、
ハングリーは先ほどの冒険が忘れられずに興奮していた。
「面白い人たちだったなあ! また会えたらいいな!」
夜が明け、薄いカーテン超しに日の光が差し込んできた。
家の主夫妻がリビングに入ってきた。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:41
- 「もうこの家ともお別れね」
「仕方ないさ。すべてを失ったわけじゃない。まだやり直せる」
「あらかた処分しないといけないわ」
「こいつらか? 全部持っていけないのか?」
「今度の家は手狭だから、全部は無理よ」
「そうか。こっちの棚にあるくらいなら大丈夫だろ」
主はハングリーたちと反対側の壁の棚に手を向けた。
そちらの棚にも、ぬいぐるみが所狭しとひしめきあっている。
「そちらのほうが新品だから、そうするわ」
「燃えるごみの日は今日だろ。急がないと出しそびれるぞ」
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:42
- ハングリーは話の内容がよくわからなかった。
と、ぬいぐるみたちは自治体指定のごみ袋に次々と放り込まれた。
袋の口を紐で縛られると、中はまっくらとなった。
ハングリーはようやく、自分たちは捨てられてしまうということに気づいた。
動くことができたのはハングリーだけで、ほかのぬいぐるみたちは固まったままだ。
ごみ収集車の投入口は、ごみ袋を押しつぶすように回転している。
そこで押しつぶされて、体の中身がはみ出してしまうと死んでしまう。
その難所をくぐりぬけても、焼却場で燃やされてしまっては一巻の終わりだ。
ハングリーは、袋全体が浮いたように感じた。
近所のごみ集積場まで運ばれているのだ。
人がいる間は暴れることはできないので、ハングリーはじっと我慢した。
ドサっという音がして、揺れは止まった。
ごみ袋は紙といえども、なかなか頑丈にできている。
ハングリーは紙を引き破ろうとしたが、ぬいぐるみの力では無理だった。
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:43
- 「アングリー! 起きて! 鎌で破いてよ!」
ごみ袋の底の方にいるのだろうか、アングリーからの返事はなかった。
また、袋が持ち上げられるのをハングリーは感じた。
とうとうごみ収集車という棺桶に投げ込まれるのかと観念し、
ハングリーの体から力が抜けていった。
がさごそと音がして袋の口が開き、光のまぶしさんにハングリーは手をかざした。
「あ、いたいた」
「持ってちゃって大丈夫?」
「本当はいけないんだろうけど…… ま、いいんじゃない?」
ひとみと梨華が、中をのぞきこんでいた。
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:43
- まだ早朝で人通りはない。
そう判断したひとみは、ハングリーを左肩に乗せ、ごみ袋を右肩に背負い、
ひとみの住みかへ向かって歩いた。
「あのお屋敷の持ち主が、株の運用に失敗して、屋敷を手放すことは聞いていたんだ。
最近、運送業者が出入りしていて、家具なんかを持ち出していたのも見てる。
ぬいぐるみを捨てることもありうるし、ちょうどごみ出しの日だから、
もしかしてと思って見張っていたら、案の定だったよ」
「おかげで助かったよ!」
「さて、どうしようかな」
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:44
- ひとみの部屋で、ごみ袋からぬいぐるみたちを取り出すと、
たちまち部屋は埋まってしまった。
馬や狸、ヌーに緑色の生き物など、様々な動物のぬいぐるみだった。
「うちに置いておくわけにはいかないなあ」
「あ、アングリーはあたしが引き取るから」
梨華は鎌を握ったぬいぐるみを両手で差し出すようにつかんだ。
やがて動き出して手足をばたばたさせはじめたので、梨華はじゅうたんの上に下ろした。
「梨華様のところに行きます」
「よろしくね」
「君は?」
「ひとみのところ!」
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:45
- ひとみは残りのぬいぐるみの処遇を吟味した。
それぞれのぬいぐるみの名前をハングリーから聞きとれば雑作はなかった。
「この馬は?」
「里田まいちゃんだよ!」
「じゃあこれはまいちんのところ、と」
「この緑のは?」
「えっと……」
「ああ、わかったからいいや」
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:47
- ひとみたちは小さなボール箱に各々詰め込み、コンビニに持ち込んで配送を依頼した。
確証はないながらも、皆、ひとみからのプレゼントを無下に扱うことはしないだろう。
ハングリーたちは、ひょんなことからひとみたちに知られてしまったが、
他のぬいぐるみたちは慎重なたちだから、正体がばれることはないだろう。
コンビニを出て、梨華たちと別れるとひとみは自宅に戻った。
部屋に入ると、たんすの上に座っていたハングリーがひとみに飛びついた。
「ひとみ! あそぼ!」
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:48
- おしまい
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:48
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:49
- (0^〜^)
ひとみ:白
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/13(金) 21:49
- ( ^▽^)
梨華:黒
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/14(土) 01:23
- 更新お疲れさまです。
いやぁ、よかったよかった。ただ、緑のぬいぐるみをあの人に送るのは勇気がいりますねw
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/14(土) 03:31
- 緑(笑)
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/14(土) 15:14
- おお、そんな展開に
緑のぬいぐるみが引き裂かれないことを祈ります
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:07
- >>80-82
緑が人気ですね。
少し考えます。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:07
-
ぬいぐるみと吸血鬼
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:08
- 猛烈な雪吹雪が間断なく吉澤ひとみの体を襲う。
見渡す限り、どの方向も白一色の世界で、進むべき道しるべは見当たらなかった。
とうに歩くことをあきらめていたひとみはその場に座り込み、
役を果たしていない防寒具の襟をぎゅっと握りしめているほかなかった。
かじかんだ両手に息を吹きかけるが、しびれは取れない。
身を横たえ、うとうとしかける。
眠ってはいけないと思いつつも、まぶたが重い。
気づくと、ひとみの頬を軽くなでる物体がいた。
一頭のシロクマがひとみの体を覆いかぶさろうとしている。
頬にふれる前足は濡れていて冷たい。
ひとみは、凍死するか、シロクマに喰われるかの瀬戸際にいた。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:09
- 「キルミー♪ キスミー♪」
携帯電話の着信音に、ひとみは驚いて布団から飛び起きた。
あれはやっぱり夢だったのか、と目をこすりながら携帯を開き、耳にあてた。
「もしもし…… こんな時間に何…… うん…… よくあることじゃないの?
……わかった、わかった…… わかったから、今行くから、大丈夫だって」
ゆらゆらと揺れるカーテンを見て、ひとみは窓を閉めた。
ジャージに着替え、フットサルのボールをつかんだ。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:09
- 五分で到着すると、梨華はひとみにつかみかからんばかりに訴えた。
「どうしよう、よっすぃ〜。あの子がいないのよ!」
「それは電話で聞いた」
「こんな夜中に出歩いて、野良犬や危ない人にあったりしたら……」
そういえば、最近野良犬なんて見かけないよな、と思いつつ、ひとみは梨華に質問した。
「アングリーが夜中にどこかへ遊びにいってしまったことはわかった。
けど、ここにわたしを呼び出したのは、何か心当たりがあるんでしょ?」
「心当たりっていうか、噂を聞いたことあるでしょ? ひねくれた男の子のこと」
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:10
- この近所に不登校児がいて、それだけならばそれほど害はないのだが、
夕方になるとふらっと町を徘徊して、あちこちに迷惑をかけまくっていた。
貧弱な体格なので、同年代以上の人間には悪さをできない。
そのかわり、彼の悪意は幼い子供たちに向かっていた。
「そこの公園で、遊んでいる幼稚園児からぬいぐるみを奪ってずたずたにしたのよ。
もしかしたら、アングリーがそんな目に合うかも!」
「いやー、アングリーなら大丈夫だよ、きっと」
「じゃあ、アングリーのほうがそういう目に合わせるかも!」
「それはありえる」
ということで、二人は猫のぬいぐるみを探し始めた。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:11
- ハングリーとアングリーは猫のぬいぐるみで、人間のように話し、動き回ることができる。
どういう理屈かはわからないが、そういうこともあるのだろうとひとみは考えていた。
ハングリーをひとみが、アングリーを梨華が世話をしている。
週に二日ほど、二人が夜中に公園でフットサルの練習をするときに、
ハングリーとアングリーを連れて来て、旧交を温めさせていた。
その帰り道、マンション付属の公園で、ぼろきれが落ちているのをひとみが見つけた。
ぼろきれに見えたのは、実はぬいぐるみで、例の不登校児の仕業だった。
二人以上に、ぬいぐるみたちのほうが憤慨していた。
「警察に知らせないと!」
「たぶん、警察は動かないよ」
「そんな! ジンケン侵害だよ!」
「おまえたちはニンゲンじゃないしなあ」
こう憤っていたハングリーたちをなだめるのに、脳みそプディング四個を必要とした。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:12
- このぬいぐるみたちは二人によくなついていた。
他の人間に動いているところを見られてはいろいろと不都合が起こるため、
普段はタンスの上でじっとぬいぐるみ然としているのだが、
ひとみが仕事から帰ってくると、「ひとみ! あそぼ!」と飛びついてくる。
時間があればいっしょにテレビゲームなどで遊び、
台本読みで忙しければ、ハングリーはテレビでサッカー観戦をしたり、
壁に向かってダーツで遊んだりしていた。
アングリーのほうも、琴線に響くものがあったのか、「梨華様、梨華様」と寄り添っていた。
こんなになつかれれば、二人も悪い気はしない。
仕事で地方へ行くと、二匹へのおみやげを欠かさなかった。
すると、ハングリーたちはそれを見せ合って自慢を始める。
「ひとみが琵琶湖で買ってきた忍者道具だよ!」
「こっちは走る大阪城よ」
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:12
- 練習の日以外も、二匹は連絡を取り合っている。
その日も、ハングリーはひとみに携帯電話をねだっていた。
「ひとみ! 携帯貸して!」
「長電話するなよ」
小さな手で、器用にボタンを操作する。
二匹が見聞きしたこと、知ったことを教えあうのだった。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:13
- ひとみと梨華は、街灯の薄暗い光だけを頼りに、裏通りを探し回った。
人が多い大きな歩道をうろついているとは考えにくい。
フットサルの練習をする公園はまっさきに探したが、猫一匹いなかった。
大きなマンションの陰となっている、戸建て中心の一角に入った。
どの家も明かりを落とし、番犬もおとなしく眠っている。
街灯と街灯の間隔が大きくなり、場所によっては何も見えなくなった。
ひとみの先を歩いていた梨華の挙動が、角を曲がった瞬間に止まった。
何か見つけたのか、とひとみが駆け寄る。
まず、梨華の恐怖にゆがんだ顔つきを確認し、それから震える指先を見た。
カラスの仕業か、電信柱の根元に、ゴミ袋の中身が散乱していた。
その横に、あおむけに倒れた人間の体が見えた。
コートの袖口から見える手首は、尋常のものとは思えないほど白かった。
顔のほうは、と見ると、首筋に黒いものがうごめいていた。
その付近のアスファルトには黒い液体がたまっている。
その黒いものが、顔をあげ、二人の方へゆっくりと振り向いた。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:14
- ひとみは腕を伸ばして梨華の口をふさいだ。
ゴシックロリータの衣装をまとったぬいぐるみは、道の向こうへ脱兎のごとく走りだした。
右手からぽろりと黒いものが落ちて、アスファルトの上を弾んだ。
ひとみはあとを追わず、倒れている人間の様子をうかがった。
もう息をしていないことは明白だった。
喉元から大量の血を流している。
眼をかっと見開き、あどけないが苦悶の表情を残していた。
ひとみはさらに先へ進み、アングリーが落としていったものをつまみあげた。
「鉄……?」
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:16
- ようやくひとみは、梨華のところに戻り、肩をゆすった。
「梨華ちゃん、大丈夫?」
「よっすぃ〜…… まさか……」
「とりあえず、携帯貸して…… 警察ですか…… 人が倒れてるんですけど……
死んでるみたいなんです…… 場所は……」
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:17
- ひとみは携帯電話を返すときに、持ってきていたフットサルボールも梨華に渡した。
「何、これ?」
「警察の人がきたらさ、『なんでこんなところうろついているんだ』って絶対聞かれるから、
フットサルの練習をしに公園へ行く途中だったって、答えておいて」
「え、どういうこと?」
「じゃあ、おやすみ!」
ひとみは、アングリーに負けないスピードで走り去った。
梨華はその場に立ち尽くし、パトカーのサイレンの音が近づいてくるのを聞いた。
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:17
- 天井から吊るされた紐の先に、ぬいぐるみがぐるぐると縛られていた。
体を左右に激しく揺らしているが、ほどくことはできない。
「ひとみ! はなしてよ!」
「だめ」
ひとみはテーブルの前に座って、夕刊を広げていた。
ハングリーのわめき声がうるさいので、さらに猿ぐつわをかませた。
しばらくするとインターホンの音がしたので、受話器を取った。
ひとみの予想通り、梨華が明らかに怒り混じりの声をあげていた。
「どういうつもり!?」
「いいから、とにかくあがって」
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:18
- 部屋に通された梨華は、吊るされたハングリーのほうをちらりと見やったが、
すぐにひとみの正面に座り詰問した。
「スカートはいてフットサルの練習なんて、誰も信じるわけないでしょ!」
「そりゃ、そうだよね。それより、アングリーは?」
梨華はつりあがった眉をさげ、小声になった。
「家に帰ってた。でも動かなくて、何も聞けないの」
ハングリーたちは、普段は固まっていて普通のぬいぐるみと同じようになる。
活動するのは主に夜になってからだ。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:18
- 「血はついてた?」
「ついてなかった。自分で洗ったのかな」
「無事に帰ったのなら、よかったね」
「ちっともよくない。よっすぃ〜も見たでしょ?」
「見た。死体の首にかじりついてたね」
「どうしよう。アングリーが人を殺すなんて、そんな恐ろしいことを……」
ひとみはもがいているハングリーのほうを見た。
「ふだんからハングリーの首を縊り切っていたしなあ」
「もう。いつあたしの玉のような白い首を切られるかわからないのよ」
それはない、とひとみは否定した。
首を切られることか、白い首のことか、どちらを否定されたのか梨華には判別しかねた。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:19
- 「とりあえず、あのあとどうなったのか、教えてよ」
ひとみが逃げ帰ったあと、梨華は警察へ連れて行かれた。
第一発見者が犯人であるケースは少なくない。
半分容疑者扱いされたことに、梨華は激怒した。
その剣幕に押された若い捜査官は、なだめすかせようとして、
いろいろな状況を話してくれたという。
「さすが梨華ちゃん。予想どおり、いろいろ聞き出してくれたんだね」
「殺された子は、あの悪ガキよ。首からの大量失血死」
「首以外に、殴られた跡とかはなかったの?」
「道路に倒れた時に、頭を打ってに傷ができたみたい。でもそれは死因ではないって」
「財布とかは?」
「何も盗られてない。だから強盗とかじゃなさそう」
「となると怨恨の線か……」
「ほらあ。アングリーがあの子を憎んでたのは知ってるでしょ?
だからアングリーが殺したのよ。あの大鎌で」
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:19
- 首を鎌でなで斬りし、その傷口にむしゃぶりつくアングリーの姿を想像して、
梨華は体を震わせた。まるで血に餓えた吸血鬼だ。
まあまあ落ち着いて、とひとみは梨華をなだめ、質問を続けた。
「動機は怨恨の可能性が強い、ってだけで、そうと決まったわけじゃないよ。
死亡推定時刻はわかる?」
「死んでから二時間も経ってないそうよ」
「二時頃見つけたから、十二時から二時の間だね。
アングリーが外に飛び出した時間はわかる?」
「あたし十二時前に寝たから、その後だと思う。はっきりした時間はわからない」
「凶器はどう?」
「見つかってない。鋭利なナイフか何かだって」
聞けば聞くほど、アングリーに不利な証拠ばかりが集まった。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:20
- 「警察は、誰を疑ってる感じ?」
「最近、この近辺で一軒家への押し込み強盗が多発してるから、
その場面に出くわして殺されたんじゃないかって。
あと、通り魔殺人の可能性もあるって」
「まあ、ぬいぐるみを容疑に加えることなんてしないだろうね」
しかし、梨華はアングリーこそが真犯人であると考えているのだ。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:20
- 「他に何か言ってた? どんな些細なことでもいいんだけど」
「そうね…… 殺された状況なんだけど、最初に刃物が首に刺さって、
そのあと左右に切り裂かれたらしいそうよ」
「えっと、喉をぐさっと刺したあとに、左右にぐりぐりと切り開いたってこと?」
「グロい表現しないでよ。ちょっと違って、最初に一突きしたあと、
一度刃物を引き抜いてるの。それから今度は喉の左側に刃物を立てて、
右側にずりずりっと移動させて裂いてるの」
「そっちもグロいよ。でも、さすが梨華ちゃんだ。そこまで聞き出せるなんて」
へへん、と梨華は胸をはった。
梨華の知っていることはこれがすべてだった。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:21
- 「ところで、ハングリーはどうしたの?」
梨華はぶら下がっている物体を突っついた。
「おしおき中」
「何かいたずらでもしたの?」
「昨日の夜、家を抜け出したんだ。雪山で遭難してる夢を見たんだけど、
こいつが窓を開けて出ていって、部屋に入り込んできた風のせいなんだ」
「まあ。勝手なことしちゃだめよ」
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:21
- ハングリーはうんうん唸って体をよじらせた。
ひとみはハングリーの耳をつかんだ。
「どこ行ってたの?」
「こともあろうに、ニンゲン様を殺めてたんだ」
梨華は口元を手でおさえた。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:21
- 「死体の喉は、突いたような傷が先にあって、その後に切り裂かれている。
これはそれぞれ別の人間……いや、別のぬいぐるみがやったことだよ。
アングリーの大鎌でも突くことは不可能ではないけれど、すごく不自然だ」
「でも、ハングリーがナイフを持っているところなんて見たことないよ」
「わたしもない。使ったのはこれ」
ひとみは梨華に、昨夜拾った鉄の塊を見せた。
「甲賀忍者の使っていた武器だよ。この先が尖っている武器を使ったんだ」
「琵琶湖競艇行ったときのおみやげね」
「ふだんダーツで遊んでいたのは、これを使いこなすための訓練だ」
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:22
- アングリーと同様、ハングリーもぬいぐるみ虐待者を憎んでいた。
昨晩、ハングリーは犯行を決意し、武器を持って町に飛び出した、という。
「少年に向かってこれを投げつけ、武器は喉に突き刺さって即死。
ハングリーはそのまま家に帰り、手を洗った。
濡れた手で、わたしが起きていないかどうか、頬をさわってきた」
「どうして手を洗ったの?」
「凶器を残していくわけにはいかなかった、と考えたんだろう。
残していっても、警察がわたしや、ましてやぬいぐるみに辿りつくとは思えないけど。
とにかく、ハングリーは武器を回収しようとした。
ところが、喉の奥まで突き刺さっていたので、ハングリーの短い手では取れなかった。
そのときについた血を洗ったわけ」
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:22
- 「それじゃあ、アングリーは?」
「ハングリーが何かやらかしそうだと思って、街中を探し歩いてたんだ。
そして、死体を見つけ、傷の状況から、ハングリーの仕業だと考えた。
喉の奥に凶器が残っているのを見て、これを取り出そうとして鎌で引き裂いた。
で、首の上にまたがってこいつを取り出しているところを、わたしたちに見られたわけ」
梨華はほっと息を吐いた。
「アングリーは人殺しじゃなかったのね」
「そうだよ。吸血鬼はこいつだったんだ」
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:23
- ひとみはハングリーの頭をぽんと弾いた。
ゆらゆらと、ハングリーはなすはままにされていた。
「で、どうするの?」
「ぬいぐるみはニンゲンじゃない。守られるべき人権はないけど、取るべき責任もないんだ。
おしおきはたっぷりやっておくけど」
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:23
- 梨華が帰ると、ひとみはハングリーの猿ぐつわを外した。
ハングリーはぷはーと大きく一息つくと、猛烈な抗議を始めた。
「ひどいよ! 吸血鬼だなんて! ニンゲンなんか殺してない!」
「わかってるよ。とりあえず、梨華ちゃんにアングリーの無実を知らせるために、
てっとりばやい話をしただけだよ」
ひとみは、とりあえず天井から紐を外した。
ハングリーを縛ったまま、広げた夕刊の上に置いた。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:24
- 「この記事。詳細は書いてないけど、犯人が捕まったことだけは書いてある。
第一、いくら忍者の武器だからって、おまえに人を殺せるような力で
これを投げつけることなんてできないだろ?」
「そうだよ! ただ、あいつが悪さしないように見張ろうとしただけだよ!」
「うん。そして、おまえは彼の死体を見つけた。
怒りがふつふつと湧いてきて、この武器を死体に向かって投げつけた」
「そしたら、傷口の中に入っちゃって、取れなくなっちゃったんだ。
せっかくひとみにもらったおみやげだから、無くしたくなかったんだ!」
「アングリーが取り戻してくれただろ」
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:24
- ハングリーはこっくりとうなずいた。
二つめの傷について、警察は大いに頭を悩まし、なんらかの合理的な判断を下すだろう。
ぬいぐるみがやったなどという真実は、ニンゲンたちにとっては合理的ではない。
「でも、このままじゃ梨華ちゃんに誤解されたままだよ!」
「少し誤解させておいたほうがいいの。
梨華ちゃんはおまえたちに情を深く移し過ぎている。
アングリーがちょっと夜遊びしただけで、夜中にたたき起こされちゃたまらないよ。
おまえたちぬいぐるみはペットとは違う、深い内面を持った恐ろしい存在だってことが
梨華ちゃんもこれでよくわかったと思うよ」
「でもさあ」
「でも、じゃない。もとはといえば、おまえがだまってでかけたことが原因じゃないか。
少しは反省したか?」
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:25
- ハングリーは小声になって、ごめんなさい、とつぶやいた。
ひとみは満足して、いましめを解いた。
自由の身になったハングリーは、ぴょんぴょん飛び跳ねてから新聞を裏返した。
「ひとみ! サッカーやってるよ! もう始まってるよ!」
「じゃあ見ようか。どこのチャンネル?」
ひとみはテレビのリモコンに手をのばした。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:25
- おしまい
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:25
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:26
- (0^〜^)
ハングリー:kill me
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:26
- ( ^▽^)
アングリー:kiss me
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:40
- 通販のにんぎょうをポチってしまいそうです
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/15(日) 22:44
- すごい…すごすぎ…
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/16(月) 00:30
- 今日も面白かった・・・が、ちょっと待て
>>90の最後一行をkwsk
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:20
- >>117-119
ありがとうございます。
大阪城は、はたらくくるまのひとつです。
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:21
-
ぬいぐるみとダイイング・メッセージ
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:22
- 吉澤ひとみの家族がみんな出払っていることをいいことに、
ハングリーと称する猫のぬいぐるみが部屋中を跳ねまわっていた。
ひとみはそれには目もくれず、ギターの練習で時間を潰していたのだが、
ハングリーがひとみの体をよじ登って邪魔を始めた。
「ねえねえ! 本を読んでよ!」
「何の本?」
ひとみがギターを片づけている間に、ハングリーは本棚から文庫本を持ってきた。
最近のぬいぐるみは知能が高く、漢字を読むことができる。
ただし、うまくペンを持つことができないので、書くほうは苦手だった。
大きな書物だと、ページをめくることができない。
文庫本程度なら、なんとか体で押さえながら読むことは可能だったが、
ハングリーはいつもひとみに声を出して読んでもらっていた。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:23
- 「どこから読めばいい?」
「しおりのところ!」
そこはハングリーお気に入りの文章で、ひとみはいつも読まされていた。
ひとみはベッドの端に腰かけ、当該ページを開いた。
ハングリーはひとみの肩の上に乗って、文庫本に目を落とした。
「翌朝、金田一くんの枕もとの電話が鳴り響きました。
電話をかけてきたのは署長さんでした。
『金田一くん、たいへんだ。とうとう第三の被害者が出たんだ』
『なんですって』
『そこの窓から湖水のほうを見てくればわかる』
電話を切ると、金田一くんは、窓を開けて湖を見ました。
そこには、上半身を湖の氷の中につっこみ、
両足をさかさまにして八の字に伸ばした死体がありました。
陰惨な死体なのですが、どちらかというと滑稽さのほうが増していたので
金田一くんはぷっと吹き出してしまいました。
(『犬神くんの家庭の事情』より引用)
読み終わると、ハングリーはベッドに飛び降り、逆立ちを始めた。
「スケキヨ! スケキヨ!」
「ああ、スケキヨだねえ」
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:25
- ハングリーは逆立ちに飽きると、ベッドに腰かけたひとみの腕を引っぱり始めた。
「ねえねえ! 遊ぼう!」
「何して遊ぶ?」
「アングリーと梨華ちゃん呼んで遊ぼう!」
ハングリーはひとみの携帯電話を両手でおなかに抱えて持ってきた。
ひとみがため息をつくのを見て、ボタンを押し始めた。
「もしもし、梨華ちゃん! うん、ハングリーだよ!」
ひとみはハングリーから携帯電話をひったくった。
「ごめんね…… 大丈夫?…… うん、それじゃ」
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:26
- 携帯電話をたたむと、ひとみはハングリーを小突いた。
しばらくして、梨華が少しむっとした表情でやってきた。
休み中を邪魔されたせいかとひとみは思ったが、そうではなかった。
「エントランスで変な人が走っててぶつかってきたの」
「ごめんね」
ひとみはなぜか謝った。
梨華のバッグにぶら下がっていたアングリーは解放されると、
さっそくハングリーとじゃれあいを始めた。
やがてアングリーが馬乗りになり、ハングリーの首を狩ろうとしたところで引き離された。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:27
- 「何して遊ぶ?」
「サッカーしよう!」
ひとみは液晶テレビにゲーム機をつなげた。
ひとみと梨華は並んで座布団に座り、二人のおなかのあたりに二匹が乗った。
二人はコントローラーを支える役目で、二匹がボタンを操作するのだ。
うまく操作ができなくて、画面の中の選手が妙な動きをすると、
ハングリーはキャッキャッと喜んだ。
前半終了間際、レアル・マドリードのゴール前で混戦になり、
ハングリーがでたらめにボタンを連打していると、メッシらしきものが押し込んだ。
「やった! バルサがリード!」
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:28
- ハングリーの笑顔は、やがて恐怖に染まった。
梨華が無言でアングリーをつかみ、テレビに向かって投げつけたのだった。
アングリーはすぐに戻り、「梨華様、次こそは」と腕にすがった。
ひとみは相変わらずだなと眺めているだけだったが、ハングリーの心は折れてしまった。
後半、ロッベンらしきものがハットトリックを決め、梨華とアングリーは万歳した。
「次は何して遊ぶ?」
「えーと、マリオカート!」
ひとみはゲーム機をつなぎ直した。
コースから外れ、宇宙の彼方へバイクが消えて行くたびに、ハングリーは大喜びしていた。
ゲームが終わると、ハングリーたちは「脳みそプディング」を頬ばった。
もう日が落ちようかという時間になり、梨華たちは辞去することとなった。
「今日はごめんね」
「また呼んでね」
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:30
- ひとみはマンションのエレベーター前で梨華たちを見送った。
部屋に戻ると、ハングリーまで消えていた。
玄関を開けた隙に、抜け出したにちがいないとふんだひとみは、
マンションの通路を出て左右を見渡した。
見ると、二軒隣の部屋のドアがわずかに開いていた。
「まさか、他人の部屋に潜り込んだ?」
そのドアには、薄汚れたスニーカーが挟まっていた。
礼儀として、ひとみはインターホンを押した。
ジーンズのポケットに手をやり、ハンカチがあることを確認した。
人がでてきたら、洗濯物がベランダに飛んでいったと弁明するつもりだった。
ところが、誰も出てこない。
ひとみはそっとドアを開け、中を覗いてみた。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:31
- 玄関は暗かったが、廊下はオレンジ色の光を灯していた。
さらに中に入り、そっと奥をうかがった。
リビングに通じるドアが開いていて、奥に人が倒れているのが見えた。
その横に、猫のぬいぐるみがいた。
尋常ではない様子に、ひとみはつっかけを脱いで中に進んだ。
リビングに入って、ひとみは混乱した。
壁や天井はポスターやカレンダーで埋まっていた。
ひとみには見覚えのある人物ばかりだった。
壁際のパソコンモニタには、松浦亜弥とおぼしき画像が映っている。
部屋の真ん中に、血を流してうつぶせになったものがある。
その右手の指先は、己の血で濡れている。
毛羽立ったじゅうたんには、その指先が残した文字がはっきりと残っている。
誰が見ても、「あやや」と読めた。
ぬいぐるみがぴょんぴょん飛び跳ねた。
「あやや! あやや!」
「ああ…… あややだね」
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:33
- ひとみはそっと死体に近づき、その口元に手をやった。
息をしていないことは明白だった。
ひとみは、そっとパソコンに近づいた。
そこに映されている画像が、専門ショップで売っているものとは違うと感じたからだ。
「隠し撮りっぽい」
ひとみはモニタの前にUSBメモリを見つけた。
パソコンに挿しこんだが、中にファイルは一つもなかった。
自分の指紋をつけないよう、ハンカチ越しにマウスを操作した。
目的のフォルダがすぐに見つかった。
そのフォルダはいくつもの階層に分かれ、多くの画像が格納されていた。
その中にはひとみが写っているのものもあった。
ひとみは削除したい誘惑にかられながらも思いとどまり、
件のフォルダをUSBメモリにコピーした。
メモリをシャツの胸ポケットにしまうと、ベランダに面する窓の錠を外した。
ベランダに出て、すぐに戻る。
ひとみはハングリーの首根っこをつかみ、近くの本棚の上に置いた。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:34
- 「いい? しばらくここにいて、様子を見てること」
「わかった!」
ひとみは、そっと外に出て、エレベーターを降り、管理人室に向かった。
「○号室の人なんですけど、倒れてるみたいなんです!」
管理人は部屋の死体を見て、すぐさま救急車と警察を呼んだ。
救急車はすぐに帰り、駐在から連絡を受けた刑事たちが実況見分を始めた。
ひとみは第一発見者であるから、まっさきに質問を受けることとなった。
場所は、さすがに死体のある部屋というわけにもいかず、
野次馬たちの見つめる通路というのもなんなので、わざわざパトカーの中まで移動した。
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:35
- 「どういう事情で、あの部屋まで行ったんですか?」
「洗濯物が飛ばされて、あの人の部屋のベランダに入り込んだみたいなんです。
それで取ってもらおうとうかがったら、ドアが少し開いてました」
「スニーカーがひっかかってたんですね」
「そうなんです。インターホンを押しても出てこないので、ドアを開けてみたら、
あの人が倒れていたのが見えたんです」
「中には入らなかったんですか?」
「頭から血を流していたので、普通じゃないと思いました。
怖くなって、管理人さんを呼んだんです」
「賢明な行動でした。あ、指紋を取ってもいですか?
ドアに犯人の指紋がついているかもしれないので、
あなたの指紋と区別する必要があるんです」
これで、部屋の中からひとみの指紋が出てくれば、容疑者に早変わりとなる。
指紋を残したはずはなかったので、ひとみは要請に応じた。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:35
- 解放されたひとみは、自分の部屋に戻ってギターを鳴らして過ごした。
近所のファミリーレストランで夕食をとり、ゆっくりとお風呂に入っていた。
日付が変わろうかという頃、ひとみは通路に出た。
黄色いロープの前に、若い警察官が立っていた。
「ご苦労さまです。今日はもう終わったんですか?」
「ええ。皆さん帰りました」
下を見下ろすと、赤い光を放つパトカーの姿はなかった。
「あのですね。洗濯物がこの部屋のベランダにあるはずなんですが……」
「ああ、聞いています。私が取ってきましょう」
「でも、ちょっとそれは……」
「明日も検分があるかもしれませんので。洗濯物は?」
「ブラジャーなんですが……」
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:37
- 警察官は顔を赤くし、ひとみを部屋の中に入れた。
死体はすでに搬出済みだった。
本棚の上には、猫のぬいぐるみが鎮座している。
ひとみは警察官立会のもと、リビングの窓を開けてベランダに出た。
「どこですか?」
「暗くてよくわからないです」
警察官が懐中電灯でベランダを照らした。
「こっちのほうを照らしてください」
ひとみは、自分の部屋とは反対側を指差した。
警察官もベランダに出て、懐中電灯を向けた。
その隙にハングリーはとことことベランダに出て、敷居の隙間から隣のベランダに移った。
それを確認すると、ひとみは白いブラジャーを拾い上げた。
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:38
- 「ああ、ありましたありました。ほらほら」
「よ、よかったですね。それではお帰りください」
警察沙汰になると判断したひとみは、ハンカチでは洗濯仕立てであるかどうか
怪しまれるかもしれないので、身につけていたブラジャーを置いてきたのだった。
部屋に戻ったひとみは、早速ハングリーの報告を聞いた。
検分をしたのは刑事二人に鑑識一人である。
年かさの刑事は、リビングに入ったとたん、ひとみと同じように度肝を抜かれた。
「なんだこりゃあ?」
「ハロープロジェクトですよ、これ」
若い刑事は目を輝かせた。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:38
- 「だからなんなんだよ」
「アイドルですよ」
「なんだかよくわからねえが、まずホトケ見るぞ」
年かさの刑事がかがんで死体の様子をうかがった。
「後頭部から血が出てる。鼻血もかなりな量だ」
「凶器は鈍器ですか。それらしいものは見当たりませんね」
「持って帰ったんだろうな。解剖しないと犯行時刻はわかんねえか」
「昼ごろですかね」
「そんなところだな。で、これはなんだ」
「ダイイング・メッセージですね。『あやや』と書き残しています」
「そんなこと聞いてんじゃねえよ。『あやや』って何だよ」
「ハロープロジェクトのアイドルですよ」
「は? じゃあ、なんだ。犯人はその芸能人っていうのか?」
「そうかもしれないですね」
「予断は禁物だが、そんなことあるのかね…… おいっ!」
年かさの刑事が鑑識の頭を引っ叩いた。
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:39
- 「おまえ、そんなぬいぐるみに粉かけたって指紋出るわけねえだろ」
「す、すみません」
鑑識は本棚から離れて壁のあたりにブラシをかけ始めた。
アルミの粉を吹きかけられていたハングリーは、たまらずくしゃみをした。
「おいっ、現場保存くらいちゃんとやれ!」
鑑識のくしゃみと勘違いした刑事が、もう一度頭を叩いた。
「とりあえず、松浦亜弥のアリバイを調べましょう。私に任せてください」
「おまえ、なんだか嬉しそうだな」
「とんでもない。あややがこの事件に関係しているのは間違いないですよ。
ほら、そこのパソコンにも松浦の画像が出てます」
「そんなんでいいのか」
二人の刑事はパソコンの前に立った。
USBメモリがなくなっていることなど、二人は知る由もない。
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:40
- 「これは普通の写真じゃないですね」
「普通じゃねえって、どういうことだ」
「売り物ではなく、隠し撮りされたものです」
「ああ、言われてみればそんな感じがするな」
若い刑事がパソコンを操作し、種々の隠し撮り画像を発見した。
「これは凄い量ですね。インターネットで拾ったやつじゃなさそうです」
「じゃあ、こいつが撮ったのか?」
「個室の防湿庫にデジカメがあったでしょう。あれで撮ったのかもしれません」
カメラの中に納まっていたメモリーカードに、隠し撮りされた画像が発見された。
刑事たちは、被害者がアイドルのストーカー、パパラッチの類のことをしていたと判断した。
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:41
- 「このエクセルファイルが気になりますね」
「これがどうしたんだ?」
「この写真とこの写真の日付は同じですが、こっちはベリーズ工房、こっちはキュートです」
「だからなんだ」
「これはどちらもライブ会場の出待ちで撮ったものです。
ところがこの日は別々に、東京と大阪にわかれてライブをやってるんです。
一人じゃ両方の写真を撮ることはできません」
「仲間がいるんだな。じゃあこれは仲間のリストか」
「ええ。川田広樹、堤下敦、梶原雄太、日村勇紀、田中卓志……」
「どうした?」
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:43
- 「これ、全部お笑い芸人の名前です。おかしいな」
「ストーカーだかなんだか知らねえが、悪いことやってるって自覚あるなら、
本名で呼び合ったりしないこともあるだろ」
「あ、仮名を使っていたなら辻褄あいます。ガイシャの交友関係あたれば一発でしょう」
「おいっ、ちゃんと指紋拾っとけよ。ドアにスニーカーが挟まったまま逃げるやつだ。
あちこちに指紋やらなんやら残してるはずだからな」
「このリストに載ってるやつのが出れば、締めあげればすぐに吐きますね」
「おまえはこの名前にあたるやつらを引っぱり上げて、アリバイを調べろ」
「まずあややのアリバイを調べようかと」
「いや、それはおまえがやらなくていい。別のやつに当たらせる」
「そんな殺生な」
若い刑事は不満の声をあげた。
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:44
- ひとみは、事情を聞いたのがこの若い刑事でなかったことに安堵した。
ハングリーの話を聞いた後、ひとみはノートパソコンを開いた。
USBメモリの画像を吟味するためだ。
ハングリーも画面を興味津々で眺めている。
「あ、ひとみ! ひとみだ!」
「うん、わたしだね」
ひとみは、自分に関する画像にはスキャンダラスなものはないことを確認済みだった。
被害者はアイドルのストーカーで、ひとみも写真を撮られている。
そのあたりの関連で、警察はひとみを疑うかもしれないが、
この程度の写真では、殺害に至るほどのものでもないと、
警察は判断するのではないか、とひとみは考えていた。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:45
- 「梨華ちゃん、あくびしてる!」
「あくびしてるねえ」
「この子、男の人とキスしてる!」
「キスしてるねえ」
これらの写真をどう扱おうか、それはひとまず先送りすることにして、
ひとみはこの殺人事件のことを考えた。
殺人そのものについては、ひとみにとって興味の埒外だった。
優秀な警察機構のことだから、容疑者を引っ立てて一週間ほど勾留すれば解決だ。
問題は、松浦亜弥がこの事件にどう関与しているかだった。
常識的に考えれば、松浦がこのマンションに来てストーカーを殺したなどとは考え難い。
しかし、被害者があれだけはっきりと「あやや」と名指ししているのだ。
もし松浦が事件に関与していて、それがマスコミに報道されたらそれこそスキャンダルだ。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:46
- 「もしあややが犯人だったら、被害者が『あやや』と書き記すことは当然だけど、
あややが犯人であることは常識に反するんだよね」
「常識!」
「あややがストーカーと交渉があって、マンションにやってきて、鈍器で殴りつけるなんて、
そんなことよりも、ストーカー仲間が何かで揉めて殴り殺したほうがずっとありうる」
「あやや!」
ひとみの独り言にハングリーがいちいち反応した。
「で、あのリストの誰かが犯人だとすると、あのメッセージはどういう意味になる?
犯人をはっきり名指ししたらいいのに、なぜ無関係のあややの名前を?」
「犯人!」
「もし、犯人があややに関係あるとすると、例えばあやや担当のストーカーだったとして、
それを指し示そうとして『あやや』と書いたなんて、無理がありすぎる。
そんな回りくどいことをする必要なんてないのに」
「ストーカー!」
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:47
- 「もしかしたら、梨華ちゃんにぶつかっていった人が犯人かもしれない。
犯人は慌てて逃げていったんだから、名前を残したのを犯人に見られることはない。
だから、犯人の名前を普通に書けば済むはずなのに」
「名前!」
「被害者は犯人の本名を知らなかったのかもしれない。
でも仮名は知っていたんだから、せめてそっちを残すはず」
「仮名!」
「それならば、被害者は犯人の仮名を残したんだ。
でも、『あやや』は犯人の仮名じゃない。リストにない。
残したいと考えて、残すことができなかったら。途中で力尽きて死んでしまったら……」
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:48
- ここで、ひとみはハングリーをつまみあげた。
「ハングリー! おまえが『あやや』って書いたんだろ!」
「うん! 残りを書いてあげたよ!」
被害者は、「あつ」まで書いて息絶えた。
仮名リストには「堤下敦」があるので、ダイイング・メッセージとしてはそれで十分だった。
ところが、こっそり忍び込んだハングリーがそれを見つける。
パソコンの画像に松浦が映っている。
ハングリーは「あつし」という名前のことなど知らなくて、
モニタの画像を見て、「あやや」と書こうとしたのだと早合点したのだった。
死体の指を持ち上げて、血で「続き」を書き始めた。
不可解なダイイング・メッセージの完成だ。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:49
- 「おまえなあ」
「読むことだけじゃなくて、書くこともできるよ!」
死体の横で跳ねていたのは、文字が書けたことを喜んでいたのだと、ひとみは気づいた。
ひとみはハングリーを放した。
ひとみの中では事件は解決した。
警察は、もともとダイイング・メッセージなど重要視しないだろうと考えた。
そんなものだけでは公判は維持できないからだ。
別の手がかりから、犯人を逮捕するだろう。
ひとみは、手に入れたUSBメモリの中身の利用法について考え始めた。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:49
- おしまい
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:49
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:50
- (0^〜^)
ハングリー:FCバルセロナ
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 22:50
- ( ^▽^)
アングリー:レアル・マドリッド
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/22(日) 13:43
- 面白いです!
楽しみにしてます。
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:32
- >>151
ありがとうございます。
いつものように、レスが少なくなってきました。
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:33
-
ぬいぐるみとコンサート
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:33
- 音楽ガッタスのコンサート会場の楽屋には、彼女たちのバッグが並んでいた。
色とりどり、高そうな有名ブランドものがあれば、デパートの紙袋もある。
そのうちのいくつかは、動物のぬいぐるみがぶら下げてあった。
これらは、吉澤ひとみが彼女たちにプレゼントしていたもので、
このコンサートの日にどうしてもつけてきてほしいと頼んでいたのだ。
ハングリーと称する猫のぬいぐるみの発案であることを、彼女たちは知らなかった。
音楽ガッタスのコンサートがあり、そこに参加するメンバーのことを
ひとみがハングリーに話したら、みんなに会いたいとせがんだのだった。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:33
- 楽屋のドアが閉まり、鍵がかけられた。
それを合図に、ぬいぐるみたちはバッグから自分たちを解放した。
「みんな、久し振り!」
「元気だった?」
五匹のぬいぐるみが集まってわいわいと騒ぎ始めた。
内訳はパンクの猫、ゴスロリの猫、馬、狸、ヌーである。
ハングリーはみんなを呼び集め、ひとみのバッグを開けた。
「わあ、脳みそプディングだ!」
「みんなで食べよう!」
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:34
- ハングリーとゴスロリの猫、アングリーはともかくとして、
他の三匹は久しく脳みそプディングにありつける機会がなかったため、喜んでありついた。
ひとみはプディングを十個用意したおいた。
一人あたり二個の計算だ。
ハングリーは二個目を手にしたまま、しばし考え込んでいた。
この一個は、ひとみへのお礼に残しておこうかと思ったのだ。
そこへアングリーがやってきた。
「あら、ハングリーはもうおなかいっぱいなの?」
「えっ、そうじゃなくて」
返事を待たずにアングリーはプディングを奪い取った。
ハングリーは半べそになったが、いつものことだと諦めた。
全員が食べ終わると、五匹はありし日の如く、遊んだりおしゃべりに興じたりした。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:34
- 「ふだんは何してすごしてるの?」
「いっしょに遊ぶ人がいないから、とっても退屈」
「私はいつもバッグにくっついてるから、昼間でもいろんなことを見聞きしてる」
「それ、いいなあ」
そのうちじゃれ合いが始まり、かつてそうだったように、そして今もそうであるように、
アングリーが大鎌でハングリーの首を切り落とし、思いきり蹴っ飛ばした。
泣きながら転がっていくハングリーの頭を、胴体が追いかけていった。
狭い隙間に頭が転がり込んだため、ハングリーの胴体は棒でかき出すしかない。
ようやく頭を取り出したが、ハングリーはペッペッと埃を吐きだした。
「アングリー、ひどいよ!」
アングリーは素知らぬふりである。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:34
- 「あいかわらずだね」
マイと称する馬のぬいぐるみが裁縫道具を持ってきた。
ハングリーはいつものように自分の首を胴体に縫いつけた。
「ほんとうに、アングリーはいっつもひどいんだ!」
「辛抱強いね」
ようやく縫いつけ終わったとき、二匹は他のみんなの姿が見当たらないことに気づいた。
「どこいったのかな?」
「まさか、楽屋を飛び出しちゃったんじゃ……」
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:35
- ハングリーたちは、自分たちの存在を人間に知られることを極度に恐れていた。
生きたぬいぐるみのことを知られたら、好奇の目に晒されるのは明らかだからだ。
ドアを見ると、果たして鍵が開けられていた。
「まずいよ。コンサート中だって、警備してる人とかいるんじゃない?」
「捜しに行こう!」
二匹はそっとドアを開けた。
きょろきょろと見回し、人の姿が見えないことを確認して通路に出た。
マイがくんくんとにおいをかぎ始め、ゆっくりと進む。
ハングリーはそのあとをついていった。
スタスタと人の歩く音がしたので、二匹はすぐに物陰に隠れた。
通り過ぎるのを待つと、二匹は追跡を開始する。
途中、階段をのぼるときもあったが、それくらいなら簡単に跳びのぼれる。
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:35
- 「コンコンのにおいが強くなってきた」
「いた!」
通路の先の曲がり角で、狸の頭が見えた。
胴体は壁で隠れているのだろうとハングリーは考えたのだが、実際は違った。
「わっ! これはコンコンの首だ!」
ハングリーはコンコンのなれの果てを持ち上げた。
胴体は少し離れたところに倒れていた。
「刃物で一刀両断されたみたい」
「もしかして、アングリーの仕業!?」
ハングリーは首を投げ捨てると走り始めた。
マイも、一瞬の躊躇ののち、ハングリーのあとを追いかけ始めた。
建物の中を駆けめぐり、それでも人には出くわさないよう細心の注意を払いながら、
二匹はアングリーたちを探しまわった。
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:35
- ヌーの亡骸が見つかったのは、階段下のデッドスペースだった。
ハングリーは得意の裁縫でヌーの首と胴体をつなぎ合わせ蘇生させた。
「何があったの?」
「わからない……」
「背後からばっさりやられたんだね」
普通の生きたぬいぐるみは、体に大きな衝撃を受けると防衛本能が働いて
人間が知っている普通のぬいぐるみのように体が固まる。
そうなると、ぬいぐるみの目には何も映らなくなる。
ハングリーは普通ではないので、首が離れたあとも動きまわることができるのだ。
「ハングリーの体は便利だね」
「そうじゃなくて! コンコンとコレティがやられたんなら、アングリーの仕業だ!」
まだ朦朧としているコレティをその場に休ませて、二匹はアングリーの捜索を再開した。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:35
- 「なんだって、アングリーはいきなりこんなことをやらかしたんだろう?」
「わかんないけど、アングリーのすることに理由はないんじゃない?」
ハングリーはだんだん怒りを覚え始めた。
アングリーはいつも気ままで、ハングリーは振り回されっぱなしだった。
怒りで顔を真赤にしたハングリーを見たマイが心配した。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ! いつだってそうだ。
脳みそプディングが一個しかないと、いつもアングリーが食べてしまうし、
ちょっと機嫌が悪くなると腹いせに首を切り落としてくるし」
「おさえておさえて」
「それだけなら、いつものことだから諦めてるけど、今日は違う。
見境なしにみんなに危害を加え始めてる。
今日という今日は、もうがまんの限界だ!」
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:36
- 通路を走り、階段をのぼったりおりたり、同じところを何回も通っても、
アングリーの姿は見当たらなかった。
さらにハングリーの苛立ちが増してくる。
ふと気がつくと、マイの姿も消えていた。
「まさか……」
ハングリーの不安は的中した。
馬のぬいぐるみの、首と胴体を切り離されたのが見つかった。
「もう許せない!」
ハングリーは走りだした。
本人も、どこへ向かって走っているのかわからなかった。
いつしか、ハングリーはステージ近くに迷い込んでいた。
さすがに人気が多く、ハングリーはあちこち隠れながら歩んだ。
ふと、上を見上げると、ステージ上の照明のあたりに、
ぬいぐるみがうごめいてるのをとらえた。
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:36
- 「アングリーだな!」
ハングリーは鉄骨や何やらの上を飛び跳ねて、照明を支えている機材にのぼりついた。
不安定な鉄の棒の上を、四つん這いになっておそるおそる進んだ。
真下では、ひとみたちのコンサートの真っ最中だ。
「遅かったね」
「アングリー…… じゃない。コンコン!?」
振り向いたのは狸のぬいぐるみだった。
手にはナイフを握っている。
「あれ? さっき首を切られて……」
「自分でぬいつけたわ」
「そんなことがコンコンにもできるの?」
「自分で切ったのだから、体が固まることはないの」
不慮の衝撃の前では無抵抗のぬいぐるみでも、予測できればなんとかなるのだ。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:36
- 「じゃあ、コレティやマイちんの首を切ったのも、アングリーじゃなくて……」
「そう、私」
アングリーがやることは、理不尽ではあるが、理不尽そのものが理由となる。
だが、ハングリーにとって、コンコンが同じ理不尽なことをするのは、さらに理不尽だった。
それゆえに、ますますハングリーは激怒した。
「どうして! どうしてこんなひどいことを!」
「私は、あさ美さんのバッグにつけられて、あさ美さんの行くところはいつも一緒にいた。
もちろん、大学の授業もよ。
そこで私は世の中の仕組みを学んだ。
そして世の中は理不尽で、しかもそれを解決する方法はないことがわかったの」
「答えになってない!」
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:37
- 「私たちぬいぐるみもそうよ。けして日の当たるところには出られず、
夜更けにこっそり動き回ることしかできない。
人間に見つかって引き裂かれても、誰も救ってくれないし、仇も取れない。
そんな世の中なんて、なくなってしまえばいいのよ」
「それで、どうしてマイちんたちの首を切る必要があるんだ!」
「あなたよ」
「え?」
コンコンに指差されて、ハングリーはとまどった。
「あなたは、怒りが頂点に達すると爆発してしまうの。
地球が粉々になるほどの威力でね」
「そんな!」
「そういうふうになってるのよ」
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:37
- コンコンは照明につながっているコードに刃物を当てた。
その場に、アングリーたち三人も姿を現せた。
正気に戻ったコレティがマイの首をつなぎ合わせ、
楽屋の棚に縛られ監禁されていたアングリーを助け出したのだった。
「もう少しね。もう少しで、あなたの怒りは頂点に達する。
この照明を落として、コンサートを台無しにしてしまえば、それでおしまい」
「そんなこと、させるか!」
ハングリーは四つん這いの姿勢から、体をしならせて飛びついた。
二匹はもみあい、ナイフはステージ奥にまで飛んで落ちていった。
照明機材が激しく揺れ、五匹は必死にしがみつこうとしたがかなわず、
次々と落下していった。
「ああ!」
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:39
- アンコールも、最後の一曲となっていた。
イントロが流れ始め、観衆の手拍子と叫び声が会場全体にこだました。
ひとみはステージ真ん中に立っており、その頭に猫のぬいぐるみが落ちてきた。
頭の上でバウンドし、目の前に落ちてきたぬいぐるみをひとみはなんとかキャッチした。
ひとみは困惑したが、まさかステージ上で怒鳴るわけにもいかない。
左右をそっと見ると、石川梨華、紺野あさ美、里田まい、是永美記も、
それぞれのぬいぐるみをつかんでいた。
「ま、いいか」
ひとみは左手にマイクを持ち、右手にぬいぐるみをつかんで高々とかかげ、歌い始めた。
梨華たちもそれにならった。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:39
- 照明から落下したとき、アングリーたち四匹は防衛本能が働いた。
多数の人間たちの目にふれることになるのだから、当然の処置だった。
しかし、ハングリーは、極度の憤怒状態にあったためか、固まることができなかった。
ひとみに掲げられ、曲が流れ、踊りが始まると、怒りはどこかへ消えてしまった。
ひとみの歌と踊りに合わせ、ハングリーも手足をリズミカルに動かした。
客席からは遠く離れていたし、持っているのはぬいぐるみだという先入観があるので、
観客の誰一人も、まさかぬいぐるみが動いているとは思わなかった。
「楽しいな!」
他のぬいぐるみたちも、恐る恐る瞳を開けた。
ハングリーのように体を動かすことはしなかったが、
体験したことのない異世界の空気をじゅうぶんに満喫した。
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:40
- ひとみたちは、つかんだぬいぐるみどうしをぶつけてハイタッチする。
ハングリーとコンコンの目が合った。
二匹がそれぞれ持っていた怒り、憎しみはとうに消えていた。
キャッキャッと嬉しそうに笑う声を、ステージ上の彼女たちは確かに聞いたのだが、
たぶん気のせいなのだろうと思うことにした。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:40
- おしまい
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:40
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:42
- (0^〜^)
ハングリー:歌おう
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:43
- ( ^▽^)
アングリー:踊ろう
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:59
- キャッキャッ
聞きたいけど実際聞いたらやっぱり怖いのだろうな
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/28(土) 06:54
- 毎日毎日更新チェックしてます
今回は夢の共演ですね
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 18:28
- なるほど深いなぁ
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:30
- >>175-177
ありがとうございます。
更新がどうにも早くならないのです。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:30
-
ぬいぐるみと身代金
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:31
- その車両には、二人しか乗っていなかった。
吉澤ひとみと松浦亜弥は、電車の窓の外をじっと見つめていた。
風光明媚な景色など、二人の興味の埒外だった。
目標物として指定された、赤い目印を探していた。
ひとみの脇に置かれたバッグのファスナーが少し開き、
そこからハングリーの顔が飛び出していて、じっと二人を見つめている。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:31
- 「よっちゃん、相談事があるんだけど」
「おや、めずらしい。何があったの?」
フットサルの練習が終わると、藤本美貴がひとみに声をかけてきた。
二人はバッグを肩にし、歩きながら話を始めた。
バッグには、それぞれぬいぐるみがぶら下がっている。
美貴のバッグに下がっているのは、今は亡きニホンオオカミを模したものである。
このぬいぐるみは、とある事情によりひとみが入手したものを、
関係すると思われるハロープロジェクトのメンバーたちに贈与されたものだ。
大半のメンバーはこのようにバッグにぶら下げてアクセサリー代わりにしていた。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:31
- 「それ、色くすんでない?」
「そう? こんなもんだと思うけど」
この狼のぬいぐるみには白い毛の部分があるのだが、
ひとみの目にはなんだか薄汚れている気がした。
「それより、相談なんだけど、あたしじゃなくて亜弥ちゃんがあるんだって」
「わたしに? ミキティにじゃなくて?」
「うん。込み入った話みたいだから、詳しいことは亜弥ちゃんに聞いてね」
美貴は自分の携帯電話をひとみ渡した。
これは相当な面倒事らしいと、ひとみは直感した。
「めんどくさいことは吉澤ひとみに!」が合言葉のような団体だ。
ひとみはため息をつき、携帯電話を手にした。
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:31
- 電話で話すような内容ではないとのことで、ひとみはとある喫茶店に向かった。
途中、ハングリーがばたばた暴れだしたので、
ひとみはハングリーと換えたばかりの携帯電話をバッグの中に放り込んだ。
ハングリーはモバイルゲームで遊びはじめ、ようやく大人しくなった。
そのゲームをするために、ひとみはわざわざ携帯電話の会社をかえるはめになった。
番号ポータビリティのことをすっかり忘れていたため、
ひとみはあちこちに新しい番号を知らせてまわっていた。
喫茶店では、すでに亜弥が待ちかまえていた。
亜弥のバッグには、ぬいぐるみがついていなかった。
「あれ? あややは、あのお猿さん、どうしたの?」
「それがね」
亜弥は眉をひそめた。
「誘拐されちゃったの」
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:32
- ひとみは、亜弥には猿のぬいぐるみを譲り渡していた。
あのとき、ハングリーが「これは松浦亜弥ちゃんだよ」と主張したので、そうしたのだった。
ひとみは、亜弥と会う機会はほとんどなかったのだが、
かなりそのぬいぐるみを気に入っているようだと、美貴から聞いていた。
テレビ局の収録、渋谷での買い物、その他もろもろの用事のときでも
猿のぬいぐるみを持ち歩いていた。
ところが、ある日の朝、目覚めてみるとぬいぐるみが忽然と消えていた。
昨夜、確かに枕もとに置いたはずなのに、どこにも見当たらない。
あまりのショックで何も手につかないでいたところに、携帯電話が鳴った。
「お宅の猿を預かった。返してほしければ、三十万円用意しろ」
電話の声は、それだけ言って切れてしまった。
よくよく見ると、別室の窓が開き、カーテンが軽く揺れていた。
相談とは、これからすべきことははたして何かということだった。
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:32
- 「ぬいぐるみの誘拐ねえ」
「警察に言っても、きっと鼻で笑われるだけでしょ」
「百パーセント間違いないね」
「だから、よっすぃ〜に相談してるの」
「わたしにできることって……」
ここで、亜弥の携帯電話がなった。
亜弥の顔色が変わったのが、ひとみの目から見ても明らかだった。
「もしもし…… はい…… はい……」
亜弥は手帳を出して、メモをなぐり書きした。
ひとみがのぞき込むと、「箱根湯本、6:30、赤」と書いてあるのが見えた。
携帯電話を閉じると、亜弥はひとみをじっと見据えた。
「お願い! よっすぃ〜しか頼れる人いないの!」
ひとみは心の中で大きくため息をついた。
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:33
- 帰宅すると、ひとみは早速一泊する準備を始めた。
それを見ていたハングリーが、ぴょんぴょん跳ねてひとみの体にまとわりついた。
「ねえねえ! どこ行くの!」
「箱根」
「やった! 温泉!」
「おまえが温泉入ったら、とんでもないことになるだろ」
ひとみも、亜弥と同じく、外出するときはハングリーも必ず持っていくことにしていた。
部屋に置いていくと、何をしでかすかわからないからだ。
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:33
- 「ねえ! 携帯貸して!」
ハングリーは梨華のところへ、というよりアングリーのところへ電話をかけた。
「もしもし、アングリー? へへー…… 箱根だよ、箱根!」
「おまえ、何話してんだ」
ひとみが携帯を奪うと、梨華の声が聞こえてきた。
「よっすぃ〜? ごめんね、アングリーもぜひいっしょに行きたいって。
あたしは行けないから、連れて行ってくれる?」
ひとみは断れない性格である。
「ピクニックじゃないんだぞ」という声を飲み込んだ。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:33
- 日が暮れないうちに、ひとみは東京駅へ向かった。
発券場のところで亜弥と合流する。
こだま号に乗り、車内のデッキでとある宿に予約の電話を入れた。
車内では、二人は無言だった。
ハングリーとアングリーも、ひとみのバッグの中に押し込まれていた。
小田原駅で、箱根登山鉄道に乗り換えた。
箱根湯本の温泉宿に、二人は到着した。
食事を済ませ、二人は温泉に入った。
のぼせそうになりながら、ひとみは今後の予定を反すうした。
先ほどの亜弥への脅迫電話に従えば、明日の早朝、箱根湯本から強羅に向かう
電車に乗り、その途中、赤い目印を見つけたら、それをめがけて封筒を投げつけるのだ。
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:33
- 「お先に」
亜弥が風呂場から出ていった。
はために見ても、元気がない。
ひとみは、これはかなり珍しいものを見てるのだということに気づいた。
ひとみが部屋に戻ると、亜弥はもう布団の中にいた。
朝早く出なければいけないので、ひとみもそれに倣った。
「よっすぃ〜……」
「大丈夫だよ。きっと戻ってくるよ。おやすみ」
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:34
- 翌朝、六時三十分くらいの、強羅行きの電車に二人は乗り込んだ。
乗客は二人の他に誰もいない。
亜弥は、バッグの中に片手を突っ込んでいる。
すぐに札束の入った封筒を投げられるようにだ。
二人はじっと窓の外を見据えていた。
すると、ひとみはわきに置いたバッグが微妙に動いていることに気づいた。
ファスナーが少し開き、ハングリーが顔を出した。
「おま……!」
ひとみは、横に亜弥がいることに気づいて、自重した。
ハングリーは顔を出しただけで、外に出ようとはしなかった。
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:34
- ひとみは再び窓の外に注意を向けた。
電車はトンネルをいくつもくぐり抜け、大平台駅についた。
大平台駅で電車はいったん止まると、進行方向を逆にした。
「スイッチバックだ」
「こんなふうになってるんだ」
勾配が急になっているところで、トンネルを掘るのが面倒な場合、
勾配の低いところに線路を敷くのだが、そうなるとカーブすることができない。
そこでその線路を行ったり来たりしながら少しずつ進ませるのが、スイッチバックだ。
大平台駅を出て少し進むと、亜弥が叫んだ。
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:35
- 「あれ! 赤いのが!」
ひとみはすぐに車両の窓を全開にした。
風で髪が乱れるのをものともせず、亜弥は赤い目印に向かって封筒を投げつけた。。
木の棒の先につけられた目印に封筒が当たり、もろともに地面に落ちた。
二人は息をのみ、そのまま事態を見守った。
車内にはひんやりした風が吹き込み続ける。
電車はそのまま進み、目印のあったところが見えなくなったところでいったん停車した。
「ここもスイッチバックだ」
また進行方向を変え、ゆっくり線路を戻っていく。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:35
- 次の駅、宮ノ下駅に向かうため、途中のポイントで線路は分岐している。
二人は、バッグを置いたまま進行方向へ移動し、窓を開けた。
窓から顔を出さんばかりに身を乗り出して、外をのぞいた。
ひとみは目をこらして見たが、赤の目印も封筒も、それらしきものは見当たらなかった。
ポイントを超え、電車ががたがた揺れながら左に曲がってからも、
しばらく二人はその方向を見つめていた。
「もう回収されたのかな?」
「みたいだね。この後は?」
「終点の強羅駅で連絡を待てって」
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:35
- とりあえずやることはやったという思いが体に満ちると、二人は眠気を覚えてきた。
風が心地よかったので窓を開けたまま、終点の強羅駅までしばし眠りをむさぼった。
強羅駅で二人が下り、改札は出ずにベンチに座って連絡を待った。
しかし、待てども待てども、亜弥の携帯電話は鳴らなかった。
気落ちしている亜弥をひとみがなぐさめながら、二人は東京駅に戻った。
駅では、事情を聞いていた美貴が待っていた。
バッグには狼のぬいぐるみが、元気なさそうにぶら下がっている。
タクシーの中でも、ひとみと美貴は亜弥をなぐさめ続けた。
亜弥の部屋に入ると、三人の目はテーブルの上の物体に釘づけとなった。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:35
- 「戻ってる!」
亜弥は猿のぬいぐるみをつかんで、頬ずりし始めた。
その様子を、美貴はあきれながら見ていた。
「よっすぃ〜、美貴たん。ありがとう!」
「私は何もしてないけど」
美貴がそう言って帰ろうとするのを、ひとみがとどめた。
「何? よっちゃん」
「いいかげん、はっきりさせておいたほうがいいと思う」
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:36
- ひとみは亜弥の携帯電話を借り、しばらくいじってから返した。
それから猿のぬいぐるみの首ねっこをつかみ、まじまじと見つめた。
「これからもこのままでいいの? 寂しくなったら、またこんなことするの?」
しばらくして、ぬいぐるみが首を左右に振り始めたので、亜弥と美貴は度肝を抜かれた。
ぬいぐるみはひとみの手から離れ、亜弥の前に立った。
「ごめんなさい。でも、もっと亜弥ちゃんにかまってほしかったんだ」
さらにぬいぐるみが言葉を話しはじめたので、二人は腰が抜けてへたり込んだ。
自律的にしゃべったり動いたりするぬいぐるみを見たのは、
当然ながら二人にとって初めての体験だったのだ。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:36
- ひとみは、猿のぬいぐるみと、美貴のバッグから外した狼のぬいぐるみを拾い上げて、
大きなため息をひとつついた。
「しょうがないから、わたしが預かるしかないみたいだね。また部屋が狭くなる」
「……だめ! 私のなんだから!」
「あら、そう」
それを、亜弥が奪い返し、じろっとひとみをにらんだ。
ひとみは「ほう」という感じで、口元だけで小さく笑った。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:36
- そして、今度は美貴のほうを向いた。
「ミキティはどうする? この不気味で奇妙な生き物を?
いらないよね。ふだんから、特に大切にしてたわけじゃなさそうだし」
ひとみは、言葉とは裏腹に、美貴の目の前にぬいぐるみを差し出した。
美貴は両手でそれを受け取り、優しく声をかけた。
「今までごめんね。これからもよろしくね」
「うん!」
ひとみは二人と二匹をおいて、そっと亜弥の部屋から出た。
出る時に、札束の入った封筒をじゅうたんの上に置いていくのを忘れなかった。
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:37
- 部屋では、二匹の猫のぬいぐるみがぐるぐると紐でしばられ、天井から吊るされている。
その前にひとみが仁王立ちし、後ろで梨華がおろおろしていた。
「おまえらのやることときたら、ほんとむちゃくちゃで、脈絡がないな」
「でも、大成功だったよ!」
ひとみはハングリーの大きな両耳を引っぱった。
ハングリーは苦しそうにじたばたした。
事情がよくわかっていない梨華が、ひとみに尋ねた。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:37
- 「この子たち、いったい何やったわけ?」
「憎むべき、猿のぬいぐるみ誘拐の実行犯だよ」
「誘拐なんかしてない!」
「ごめん、言い直す。箱根で身代金をだまし取った犯人だよ」
猿のぬいぐるみ──アヤヤと称するぬいぐるみは、現在の持ち主である亜弥に、
じゅうぶんな愛情を注がれていたが、それだけでは不満に思うようになっていた。
そこで、ハングリーたちと相談して、狂言誘拐を企てた。
「こいつ、あろうことか、わたしの携帯電話であややに脅迫電話かけたんだよ」
「あら、あややはよっすぃ〜の電話からだって気がつかなかったの?」
「新しい番号教えるの忘れてた。さっきあややの携帯見て、わたしの番号だったから、
こいつらの仕業だって、やっとわかったんだ」
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:37
- ひとみにくっついていった二匹の猫のぬいぐるみは、夜間のうちに工作を始めた。
ハングリーは宿を抜け出して、線路沿いに赤い目印をつけるとその場で夜明けを待つ。
目印に使われたのは、ひとみがフットサルの練習に使用する赤いビブスだった。
「おかしくない? 電車の中でハングリーは顔を出してたんでしょ。
アングリーが抜け出して封筒を拾ったんじゃないの?」
「性格的に、こういう仕事を受け持つのはハングリーだよ。アングリーじゃない」
飼い猫は飼い主に似るのか、それとも逆なのか、
面倒なことを受け持つのはいつもひとみであり、ハングリーなのだ。
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:38
- 「ハングリーは電車の中にいたまま、封筒を拾うことができたの?」
「電車の中にいたのはハングリーの首だけ。目印のところにいたのは胴体なんだ」
宿で、アングリーがハングリーの首を慣れた手つきで切り落とす。
胴体はそのまま線路に向かい、首はアングリーとともにバッグの中に潜む。
電車の中で、アングリーはハングリーの首だけをバッグからのぞかせたのは、
疑り深いひとみに対するアリバイ工作だったのだ。
「スイッチバック方式の路線だから、電車は向きを変えて戻ってくる。
そこで電車に乗り込み、バッグの中で首をぬいつけた」
「それで封筒とビブスといっしょにバッグの中に戻ったの?
それじゃあ、すぐにばれても仕方ないわね」
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:38
- 「で、ひとつ聞きたいんだけど、奪った金はどうするつもりだったんだ?」
「ぬいぐるみにお金なんか役にたたないよ!」
ひとみは体の力が抜ける思いをした。
猫たちは、アヤヤの悩みにかこつけて、誘拐事件ごっこをしたかっただけだったのだ。
しかし、ひとみも他人のことは言えた義理ではない。
猿と狼のぬいぐるみに正体を明かさせ、
持ち主と親密な関係を築くことには成功したのだが、
それはバッグの中で封筒を見つけ、その処分に困った末の結果論にすぎない。
はたから見れば、ひとみだって温泉を満喫しただけなのだ。
梨華が前に出て、二匹に声をかけた。
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:39
- 「もう反省した? 勝手なことをしないって約束する?」
「ごめんなさい、梨華様、ひとみ様。もう二度とハングリーの口車には乗らないわ」
「あっ、ひどい! 言いだしっぺはアングリーじゃないか!」
ひとみはハングリーを小突いた。
梨華はアングリーのいましめを解くと、冷蔵庫からプディングを三つ出した。
「じゃあ、おやつにしましょう」
「え、こっちもほどいてよ!」
二人と一匹は、わめくパンク猫を無視して、ひとときの休息に身をゆだねた。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:39
- おしまい
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:39
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:40
- (0^〜^)
ハングリー:キッド
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:41
- ( ^▽^)
アングリー:ナッピング
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 21:58
- 今日ハンアンぬいぐるみがしゃべってる動画を見てこのスレを即座に思い出しましたw
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/03(金) 23:08
- 作者さんはハンアンのスタッフではなかろうかと思ってます
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/04(土) 15:00
- >209
しゃべるハンアン kwsk
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/04(土) 22:48
- >>211
ハンアンに興味があるのなら然るべきところへ行けば自ずと知ることが出来ますよ
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:04
- >>209-212
ありがとうございます。
my spaceのブログの動画のことですね。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:04
-
ぬいぐるみと革命家
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:05
- 電気が止められているため、外から電気コードを引かれ、白色のライトがつけられた。
地面にうずくまっていた小男が担架で運ばれていった。
大粒の涙をぽろぽろと流している石川梨華を、女性警察官が連れていく。
手錠をかけられた男二人が、刑事の尋問を受けていた。
少し離れた場所で、吉澤ひとみも立ちつくしていた。
「タレコミがあったから来てみれば、やっと大物がかかったな」
「これまで、ガセネタばかりつかまされていましたからね」
「一課のやつらはまだ中に入れるなよ。やつらには残りかすでじゅうぶんだ」
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:05
- 「嬢ちゃん。あんたはまだ気をしっかり保ってるようだから、答えてくれ。
ここで何があったんだ?」
「いきなり、さっきの人が苦しみ出したんです」
三人のこわもての公僕に囲まれて、ひとみはとまどっていた。
逮捕された人間たちよりもよっぽど凶悪な人相をしていた。
刑事たちは、公安の人間だ。
逮捕されたのは、最近ちまたをにぎわせているテロリストだった。
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:05
- ひとみたちがこの事件に巻き込まれたいきさつはこうである。
ひとみと梨華が、いつものようにフットサルの練習のため公園に向かった。
それぞれの荷物には、いつものように猫のぬいぐるみがぶら下がっている。
ところが、公園につくと、花火で遊んでいる集団がいた。
「これじゃあ、練習できないね」
「別の場所を探そう」
ひとみたちは、少し離れた別の公園に向かうことにした。
人気のない裏道を進んでいくと、梨華が不法駐車してある車を指差した。
「ねえ。ナンバープレートが折れ曲がってる」
「ほんとだ」
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:06
- 二人は車のそばまで寄って、ナンバープレートを確かめた。
「鎌倉の一一九二だ」
「知ってる。いい国作ろう鎌倉幕府だよね」
「あれ。なんか聞いたことあるなあ。なんだっけ」
夕方のテレビニュースで、逃走中のテロリストが乗っている車のナンバーを
報道していたことをひとみが思い出したとき、二人は三人の男に囲まれていた。
二人はそのまま、近くのさびれたアパートの一室へ監禁された。
はじめは、椅子に縛られるだけだったのだが、
梨華が泣き叫んでうるさかったので、二人とも猿ぐつわをかまされた。
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:06
- 「悪いね。警察に通報されちゃ、困るからね」
「んーんー」
「命までは取りはしない。朝までじっとしていてほしい。
朝になったら我々はここを出ていく。そのあとで誰かが見つけてくれるだろうよ」
「んーんー」
はたして、こんな辺ぴなアパートに監禁されていることを、
気づいてくれる人がいるのだろうかと、ひとみは疑問に思った。
数本のろうそくの放つ光だけが、部屋を照らしている。
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:07
- 路地でさらわれたとき、はずみでアングリーはバッグからふり落とされていた。
アングリーは、二人が連れ去られていくのを、じっと見ているほかなかった。
はたして、ぬいぐるみにできることは何であるか?
アングリーはしばし黙考し、やがて路地をとととと走り始めた。
少し大きな道に出て、公衆電話ボックスを見つけた。
しかし、警察に電話しようにも、投入するべき硬貨がない。
アングリーはその向かいにある自動販売機に目をつけた。
おつりが出るところへ手を入れたが、はたして取り忘れられた硬貨はなかった。
「せちがらい世の中だわ」
アングリーは自動販売機の下をのぞきこんだ。
暗かったが、かすかに光る硬貨を見つけた。
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:07
- 手をせいいっぱい伸ばしたが、まったく届かない。
アングリーは息を吸い込み、中に潜っていった。
首尾よく十円玉を入手し脱出すると、体がいくぶんぺしゃんこになっていた。
「仕方ないわ。梨華様とひとみ様を救うためだもの」
アングリーは電話ボックスの扉をなんとかこじ開け、受話器を取ろうと悪戦苦闘した。
飛び跳ねて体ごと受話器にぶつかり、かろうじて両手でしがみついたが、
受話器がフックから外れ、ぷらーんと逆さまの状態で宙づりになった。
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:07
- テロリストの首謀者は、一方的にひとみに演説をしていた。
ひとみの知らない専門用語がぽんぽんと飛びかい、
よくはわからないが勉強家なのだとひとみは思った。
「そういうわけで、われわれの計画が成就するまで、捕まるわけにはいかんのだ」
「んーんー」
ひとみが横目で梨華を見ると、泣き疲れた梨華はうなだれていた。
難しい話ばかりで退屈になり、眠ってしまったのだ。
男は再び演説を始めた。
手下たちも、何度も同じ話を聞かされていてうんざりした顔をしている。
男は、演説の内容の区切りで、喉をうるおすためにワインを飲んでいた。
飲めば飲むほど、話せば話すほど、気分が高揚していくところが、
梨華になんとなく似ていると、ひとみは感じた。
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:08
- 「おい、ワインが切れた。もう一本残っていただろう」
「はいはい」
手下の一人が燭台をつかみ、部屋を出ていった。
五分ほどして戻り、男に渡した。
「ん? 飲んだのか?」
「昼に、一杯だけですよ。それくらいいいでしょ」
「けちくさいことは言わん。が、夜が明けたら運転するんだから、もう飲むなよ」
男はキャップを開けて、ワイングラスに並々と注いだ。
安物の赤ワインだが、ひとみも少しだけ飲みたくなった。
「飲みたいのか? ほらほら」
「んーんー」
「残念。飲ませてやってもいいんだが、猿ぐつわは外せん。騒がれたら困る」
「んーんー」
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:08
- 男が目の前でおいしそうに一気に飲み干したので、ひとみは腹が立ってきた。
「なんか甘ったるいワインだな」
「そんなもんじゃないんですか?」
さらに小一時間ほど、男はワインを飲みながら演説を再開した。
びんの中身がだんだん減っていくのを、ひとみはうらめしそうに眺めていた。
「この腐った日本を再生させるためには、たゆまぬ革命が必要であり……」
突然、床にワイングラスが落ち、砕け散った。
男は腹を押さえ、その場にしゃがみこんだ。
やがて嘔吐し、床の上に倒れ込んだ。
手下が何事かと介抱を始めたが、やがて途方に暮れることになる。
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:09
- 「これは、俺たちの手には負えねえ」
「病院に電話するしかない」
「ばか、病院に通報されて捕まっちまうだろが」
「じゃあどうすんだよ。ほっとくのか?」
ドアがぎいぎいときしむ音がした。
風が入ってきて、テーブルのろうそくの炎をすべて消してしまった。
男たちの情けない悲鳴が部屋にとどろいた。
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:09
- 受話器にぶら下がっていたアングリーは一度地面に飛び降り、
今度は硬貨投入口に向かってジャンプした。
うまい具合に十円玉が入っていった。
「さて、どこに電話すればいいのかしら」
アングリーはタウンページを開いた。
「リフォームでも水のトラブルでもなくて…… これかしら?」
アングリーは、今度はボタンに向かってジャンプした。
ジャンプ一回につきひとつのボタンしか押すことができない。
十回ほど飛び跳ねたところで、ようやく電話機が作動した。
「もしもし?」
「はい、引越サービスセンターです」
「間違えたわ」
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:09
- アングリーはフックにジャンプして電話を切った。
しばし受話器にぶら下がって考え込んでいたが、
やがて電話機の緊急連絡用の赤いボタンを見つけた。
「これですわ」
アングリーは警察につながるほうのボタンを押して、再び受話器に向かった。
「はい、警察です」
「凶悪なテロリストが人質をとって立てこもってますわ」
「もしもし? 場所はどこですか?」
「場所はここですわ」
「あ、もしもし、もしもし?」
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:10
- アングリーは言うだけ言って、受話器から飛び降りた。
電話ボックスを出て路地に戻り、例の車のボンネットの上に立った。
「これで、もうすぐ警察がやってくるけど、それまでに逃亡できないように……」
こうして、半信半疑で電話ボックス付近の地域を巡回した警察は、
監禁されている女二人と、床の上でもだえている男と、
そのまわりでおろおろしてる男二人を発見したのだった。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:10
- 「たれこみは近所の住人だったんですかね?」
「いや、通報は公衆電話からだから、通りがかりの人間だろ」
「いずれにせよ、市民の協力はありがたいもんですな」
「これで公安の株もぐっと上がるはずです」
「アジトや組織はこいつらを締めあげて聞き出すとして、問題はこっちだ」
「一課に投げ出せばいいじゃないですか」
ひとみは、これから警察で事情を聞かれるため、自分のバッグを探した。
自分がしばられていた椅子の脚もとにあったので、右腕にかけた。
ハングリーがおとなしくしてぶら下がっている。
「んー?」
ひとみはハングリーをつまみ上げ、じろじろと観察した。
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:10
- 「いや、ここは一課の仕事を減らしてやろうじゃないか」
「それはどういう魂胆で?」
「やつらの面目を潰してやろう、ってことだ。
さっき、台所で空になったポリ容器があったな?」
「ええ、車のラジエーターの冷却水が入っていたようですが」
「あれは毒だ。不凍液だろ? 飲んで一時間もすれば嘔吐するし、へたすりゃ死ぬ」
「そんな簡単に飲めるんですか?」
「アルコールには違いないし、味も甘い。やつはその前に一本あけてて、
べろべろに酔っぱらってんだから、味もよくわかってなかっただろうよ」
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:11
- 「じゃあ犯人は?」
「手下の一人だよ。やつがワインのびんを持ってきたんだから、そいつしかできない」
「なるほど。昼間に一杯飲んだから栓を開けたってのは、うそですね」
「ああ。栓を開けて不凍液を流し込んだんだ。指紋もやつのしか出てこないだろ」
「動機は…… 仲間割れですな。内ゲバはやつらの専売特許ですから」
「さすがですね。殺人未遂もつくから、検察も喜びますよ」
「少なくとも十年は、塀の外には出てこれんな」
ぎゃははという、下品な笑い声が部屋に満ちた。
それを耳にしながら、ひとみはぬいぐるみの頬をぎゅっとつねった。
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:11
- ろうそくが放つ光は、部屋のすみずみまでには及ばない。
ハングリーはこの緊急事態に、なんとかしなくてはと考えた。
暗闇をいいことに、ハングリーはバッグにつながっている首輪のひもを外した。
ドアは半開きになっていたので、こっそりと台所へ抜け出した。
台所の流しの横に、ワインのびんが置いてあった。
「これ、ひとみがいつも飲んでるやつだ!」
ハングリーは栓を外し、においをかいだ。
ひとみに持っていってあげようと思ったが、よく考えたらひとみは猿ぐつわをしている。
それでは飲むことは当然できない。
ということで、かわりにハングリーが飲むことにした。
流しにコップがあったのだが、それは使わずにラッパ飲みを始めた。
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:11
- 「うまい! ひとみはいつもこんなおいしいの飲んでたんだ!」
ずるいなあと言いながら、ハングリーは三分の二ほど飲みほした。
いい気分になったところで、ハングリーは「人の物に手をつけてはいけない」という
ひとみの言いつけを思い出した。
やばいと思ったハングリーは、自分の犯した過ちを糊塗することしか頭になかった。
やがて、床のポリ容器に目をつけた。
色も赤色で、赤ワインになんとなく似ている。
ハングリーはポリ容器の中身をびんの中にいっぱいになるまで注いだ。
キャップを閉めたところで、誰かがやってくる気配がしたので、
ハングリーは息をひそめて隠れた。
いくばくかの時間がたって、酔いを覚まそうとハングリーは台所の窓を開けた。
さわやかな風が入り込んできた。
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:12
- パトカーに乗り込む前に、ひとみは騒動の発端となった車を見た。
フロントガラスはぐしゃぐしゃに割れ、タイヤは四つとも穴をあけられてへこんでいた。
警察車両に入るよう促されたひとみは、その女性警官に尋ねた。
「あの車はどうしたんですか?」
「こちらに到着した時には、ああなってましたよ。テロリストたちが自分の車を
壊すわけがないですから、きっと近所の不良高校生の仕業でしょう」
「なるほど、そういうことですか」
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:12
- ひとみは、残骸となった車のタイヤのもとに、アングリーが座っているのを見つけた。
警官にことわってから、それを拾い上げた。
「これ、梨華ちゃんのなんです。きっと、捕まったときに落ちたんです」
「見つかってよかったですね。かわいらしいぬいぐるみ」
「ええ、見た目はかわいいんですけどね」
ひとみは、ハングリーのときと同じく、アングリーの頬をむぎゅっとつねった。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:12
- おしまい
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:13
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:13
- (0^〜^)
ハングリー:違う話を
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 21:13
- ( ^▽^)
アングリー:うpってしまった
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/12(日) 16:53
- >>238-239 言わなければ気づかないのにw
今回は珍しくアングリーが活発でかわいかった
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/13(月) 20:19
- アンさんもなかなかやりますな
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:28
- >>240-241
ありがとうございます。
シアトルから帰ってきました。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:29
-
ぬいぐるみと桃色の部屋
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:29
- 今日もまた、ハングリーと称する猫のぬいぐるみが、所有者である吉澤ひとみの
腕にすがってお願いごとをしていた。
なんだかんだ言いながら、ひとみもこの奇妙な生き物のおねだりに弱い。
ただ、ハングリーの要望そのものは他愛のないものばかりなのだが、
その後に引き起こされるさまざまな騒動に、いつも頭を痛めている。
「ひとみ! 遊ぼ!」
「何して遊ぶ? また梨華ちゃんとアングリー呼ぶの?」
「えーとね、梨華ちゃんちで遊ぼ!」
ひとみは少々顔をしかめた。
石川梨華はひとみの大切な友人で、仲間であることは重々承知しているのだが、
梨華の住みかは、ひとみの趣味とはかなりかけ離れていた。
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:30
- 「ハングリーは梨華ちゃんちに行ったことなかったよね。行かないほうがいいよ」
「行く! ねえねえ、行こう!」
「行かないほうがいいんだけどなあ」
ハングリーはひとみの携帯電話を開いた。
着信履歴から梨華の番号を選んで、ボタンを押す手順をすでにマスターしていた。
梨華も快諾したので、ひとみはコートのポケットにハングリーをつっこんで部屋を出た。
目的のマンションに到着し、エレベーターに乗り込んだところで
ハングリーがポケットから顔を出した。
「梨華ちゃんちってどんなのかな? 楽しみだな!」
「どうなっても知らないぞ」
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:31
- ひとみはシャツの胸元にかけていたサングラスを装着した。
ひとみがインターホンを押すと、梨華が出てきた。
「入って。アングリーも待ってるわよ」
「おじゃましまーす!」
ハングリーはひとみの肩の上に移動した。
廊下を通り、梨華の使っている部屋に入った。
「うわ!」
ハングリーが両目を手で押さえた。
じゅうたん、壁紙、カーテン、ベッド、タンス、本棚、テーブル、座ぶとん、テレビ、
オーディオセット、花びん、携帯電話、マグカップ、梨華の着ているセーター。
ありとあらゆるものがピンク色に染まっていた。
「目が、目があ!」
「だから言ったのに」
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:31
- しばらくしてハングリーの目が慣れてきたので、二人と二匹は遊ぶことにした。
トランプのババ抜きでは、カードの良し悪しがいちいち顔に出てしまう
ハングリーが五連敗して終わった。
モノポリーでは、一攫千金を狙って高価なビルを買いまくったハングリーが、
三回ほど入獄した果てに最後には破産して終わった。
麻雀では、途中までトップを走っていたものの、オーラスでトリプルロンを振り込んだ
ハングリーがハコテンで終わった。
「ねえ! そろそろサッカーの試合が始まるよ!」
「そうそう。プレミアリーグの時間だったわ」
ハングリーは、スカパーのバルサTVという番組のことを言っていたし、
ひとみもそっちのほうを見たかったのだが、梨華とアングリーにかなうはずがなかった。
腹いせに、一人と一匹は梨華たちが応援してるチームではなく相手側を応援し、
そっちのチームが逆転勝ちしたので「わーい」と喜んでいたら、
梨華とアングリーにぎろっとにらまれた。
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:32
- 「そろそろ夕食にしようか」
「アングリーたちはいつものね」
梨華は備えつけの冷蔵庫から、「脳みそプディング」を二つ出してぬいぐるみに与えた。
「うちらは?」
「近くにファミレスあるから、そこで」
「こいつら置いてって大丈夫?」
ハングリーがついていきたそうな目で二人を見ていた。
こいつを連れていったら、絶対ろくなことにならないと、ひとみは思った。
- 249 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:33
- 「ぬかりはないわよ」
梨華がタンスの上に置いてあったリモコンを手にした。
ボタンをひとつ押すと、がらがらと音がして、窓にシャッターが下りてきた。
部屋から出て、またボタンを押すと、ドアにかぶさるようにまたシャッターが下りてきた。
「これで、アングリーたちは抜け出そうとしてもできないわ」
「梨華ちゃん、お金の使い方間違ってるよ」
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:33
- 二人が食事から戻り、リモコンのボタンを押すとシャッターが上がった。
ドアを開けて入ると、アングリーがハングリーの胴体の上に乗り鎌を振り回していた。
胴体は手足をばたばたさせているが、無力である。
少し離れたところにハングリーの首が転がっていた。
「アングリーひどいよ! 離してよ!」
「あいかわらず、仲がいいわね」
「ほんとにね」
梨華がアングリーを持ち上げると、ハングリーの胴体は首のほうに向かった。
首と胴体をつなぎ合わせたのち、ひとみたちはテレビを見て過ごした。
そろそろ帰ろうかなとひとみは思っていたが、梨華にその気はなかった。
冷蔵庫から、梅酒と焼酎のびんを出してきた。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:34
- 「いいちこでいいよね?」
「何でもいいです……」
梨華は梅酒のロック、ひとみは焼酎の水割りを作り始めた。
その様子をハングリーがしげしげと見つめていた。
「何してるの!?」
「お酒よ。ハングリーも飲む?」
「うん!」
ひとみの抗議はいつものごとく無視され、梨華はお猪口を二つ持ってきた。
ひとつに梅酒、もうひとつに焼酎を入れて、アングリーとハングリーに渡した。
アングリーは慣れた手つきで梅酒をちびちび飲み始めた。
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:34
- 「いつも飲んでるの?」
「梨華様のご相伴にあずかっていますわ」
ハングリーのほうは、最初は微妙な顔つきをしていたが、飲み進めていくうちに
だんだんいい気分になってきた。
「梨華ちゃん、おかわり!」
「まあ、ハングリーは誰かさんに似て酒豪なのね」
一時間ほどすると、梨華とハングリーの目はすわり、くだをまきはじめた。
ひとみは、梅酒でこれだけ酔える人を初めて見た。
ハングリーがボールペンを両手に持って、つまみの入った皿をちんちん叩き、
それに合わせて梨華がひとみの知らない歌をうたい始めた。
さらに一時間ほどたつと、梨華はテーブルにつっぷし、
ハングリーはその横でひっくりかえっていた。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:35
- 「もうこんな時間」
ひとみが帰ろうかと立ち上がると、「隣の部屋にふとん敷いてある」というようなことを
梨華がろれつの回らない舌で話した。
ひとみは梨華を起こし、横のベッドまで誘導した。
梨華がばたんとベッドの上に倒れたところへ、ひとみはふとんをかけた。
それからハングリーをつまみあげた。
「梨華ちゃんといっしょに寝る!」
「勝手にしろ」
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:35
- ひとみはハングリーをふとんの中に押し込んだ。
梨華がもぞもぞ動いて、ハングリーを抱きしめた。
それならと、アングリーの首ねっこをつかんで隣室に行こうとすると、
梨華がひとみに声をかけた。
「そこのリモコン…… シャッター下ろして……」
「そうだね。ハングリーともども閉じ込めよう」
その前に、ひとみはテーブルの上の酒を片づけた。
氷はキッチンの流しに捨てようかと考え、氷入れを手にした。
リモコンのボタンを押すと、窓にシャッターが下り始める。
ひとみは部屋から出ると、ドアは閉めないまま、リモコンを操作した。
シャッターが半分ほど下りたところで、リモコンを部屋の中に放りいれた。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:36
- 「ひとみ様、リモコンはいいんですか?」
「梨華ちゃんのほうが早起きだから、そのほうがいいでしょ」
ひとみは隣室に入り、アングリーを枕元に置いてふとんの中に入った。
何度か泊まったことはあるが、ピンクのふとんには慣れないでいた。
翌朝、ひとみは何かの大声を耳にして、目が覚めた。
上半身を起こすと、それを合図にアングリーが動き始めた。
「おはようございます、ひとみ様」
「おはよう。何か声が聞こえない?」
「梨華様の声のようです」
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:36
- ひとみは目をこすりながら、梨華の部屋へ向かった。
シャッターは下りたままで、その向こう側から梨華の声がした。
「梨華ちゃん、おはよう。これ開けてよ」
「ちょっと待って。探しものが済んでから」
「何を探してるの?」
「ハングリーよ。あの子、どんなことしたのかしら、この部屋からいなくなっちゃったの」
梨華が目を覚めると、ハングリーの姿はなかった。
窓にもドアにも、シャッターが締まっている。
押し入れかタンスの中にでも隠れたと思った梨華は、あちこち探し回ったが、
どこにもハングリーは潜んでいなかった。
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:37
- 「シャッターのすきまから逃げたんじゃない?」
「紙一枚通るほどのすきまもないわ」
「よく息ができるね」
どこかしらに、空気の通り道があるという。
だが、それくらいのすきまではハングリーは通り抜けることはできない。
完全な密室状態から、ハングリーは煙のように消え失せてしまったのだ。
「ひとみ様、よろしいですか?」
「何、アングリー?」
「ハングリーなら、ひとみ様の右腕にひっついてますわ」
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:37
- ひとみが右腕を上げて見やると、確かにハングリーが両手を絡ませていた。
腕から外して観察すると、微妙にひらべったくなっている。
ハングリーは固まっていたが、アングリーが鎌で頬をひとなですると、
恐怖で顔を引きつらせながら活動を再開させた。
ひとみが、体が平たくなっていることを指摘すると、
ハングリーは顔や体のあちこちを引っぱって元に戻した。
「何があった?」
「いつのまにか、梨華ちゃんの体に押しつぶされちゃったみたい!」
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:38
- シャッターが開いて、梨華がきょとんとした顔をして出てきた。
ハングリーが梨華に跳びついて、朝のあいさつをした。
「どういうこと?」
「せっかくの装置だけど、こいつらには効かないってことじゃないかな。
もうこのシャッターは使わないほうがいいよ。火事でも起こったら危険だしさ」
梨華は、納得のいかない感じがしたが、ひとみの言うことももっともだったので、
助言に従うことにした。
ひとみはコートのポケットにハングリーをつっこみ、梨華宅を辞した。
ドアを閉める間際に、アングリーがひとみに向かって深々とおじぎをした。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:38
- 帰り道、周囲に人気がないことを確認して、ハングリーがポケットから顔を出した。
「ねえねえ! 何があったの!?」
「何がって、梨華ちゃんに押しつぶされたおまえが、シャッターをくぐり抜けて
わたしのベッドに潜り込んできただけだよ」
「あ! そんな気がしてきた!」
昨夜、ひとみは梨華の部屋を出るとき、氷入れを持っていた。
その中からいくつかの氷を、シャッターが下りてくる位置に積んでおいたのだ。
シャッターは降り切らず、わずかに隙間ができた。
夜中にハングリーが、ひとみのところへやってくるだろうと予想してのことだった。
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:39
- 氷のとけるスピードはひとみの想定よりずっと早かったのだが、
ハングリーが梨華の体に押しつぶされて平たくなったことが幸いした。
ハングリーがくぐり抜けたあと、氷は全て溶け、シャッターは完全に閉まる。
これで、密室が完成したのだ。
「ねえねえ! また梨華ちゃんちに遊びに行こうよ!」
「そうだなあ。今度はみんなで公園へ遊びに行こう。
わたしたちが、最初におまえたちを見つけたあの公園だよ」
「うん! 行こう!」
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:39
- おしまい
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:39
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:40
- (0^〜^)
ハングリー:No Future
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/17(金) 23:41
- ( ^▽^)
アングリー:Lady Madonna
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/20(月) 00:18
- 今頃ですが、
とても素敵なスレを見つけました。
いい夢が見れそうです。
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/20(月) 23:21
- 脳内で声色変えて読んでしまう自分がきもちわるい
これからも楽しみにしています
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:22
- >>266-267
ありがとうございます。
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:23
-
ぬいぐるみとタンバリン
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:23
- ある日曜日のことだ。
ひとみは、以前に来たのことのあるコンサートホールの前に立っていた。
「正面から入るのは初めてだな」
まだ開場時間ではないのに、長蛇の列が並んでいる。
首にぶら下げてあるぬいぐるみが、ぴょんぴょん跳ねた。
ひとみはジャケットのポケットに両手をつっこみ、列の最後尾に向かった。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:24
- ことの起こりは、ハングリーのせいであり、そしてひとみのせいでもある。
ひとみはパソコンモニタの前で、マウスをぐりぐりと動かしていた。
「やべ、このコンサート、まだ発売前だった」
インターネットで、とあるアーティストのコンサートチケットを注文しようとしていたのだ。
ひとみの事務所に頼めば、チケットを入手することくらい簡単だが、
自分でできることは自分でやるのが吉澤家のモットーである。
ひとみの母親も熱狂的なSMAPファンだが、ひとみの力を借りたことは一度もない。
小腹が空いたことを自覚したひとみは、ゆで卵でも食べようと部屋を出た。
半時間後、ひとみが塩をふりかけたゆで卵を頬ばりながら部屋に戻ると、
パソコンの前で猫のぬいぐるみがじっとモニタを注視していた。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:25
- 「小春! 小春だよ!」
「何? ……ああ、小春だね」
画面には、三人の少女の画像が出ていた。
MILKY WAYという、久住小春を中心とするアイドルユニットだ。
「よくこんな画面にたどりつけたね」
「簡単だよ! ほら、注文もできたよ!」
「注文?」
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:25
- ひとみは画面に出ている文言を読み上げた。
某月某日の、MILKY WAYのコンサートチケットの注文が完了したので、
メールにて確認うんぬんとあった。
「おまえ、勝手なことするなよ!」
「コンサート! 楽しみ!」
ひとみは、モニタの前で踊るぬいぐるみをごつんと殴った。
「キャンセルする」
「そんなあ! ねえねえ、行こうよ! 小春のコンサート、行こうよ!」
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:26
- 久住小春はアイドルだ。
かわいらしい容貌と物おじしない性格の持ち主で、まさに天職といえる。
小春の両脇で踊るのは、吉川友と北原北原沙弥香で、小春の後輩に当たる。
ステージの上で、タンバリンを振り鳴らしながら三人が踊り、
それを見に来た観衆が我を忘れて怒号をあげていた。
横の二人は、自分のパフォーマンスだけでせいいっぱいだったが、
経験値の違いがあり、小春は下に群がる観客の様子を観察するだけの余裕があった。
「あのTシャツの人は私のファンで、その横は友ちゃんのファン。
私と同じタンバリンを持ってる人もいる。いったいいくらするんだろ?」
「あの人、こっちを見ずに踊ってばかりいるけど楽しいのかな?」
「あら、あそこでど突きあってる人たちがいる」
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:27
- 「珍しい! 女の人がいる! 黒ジャケットにサングラスで金髪だ。
首からぶら下げてるのは何? 猫のぬいぐるみ?
なんか見憶えある人だな。いつもコンサートに来てくれてる人かな?
ジャンプして手を振ってる! あたしも振り返そう! ……って、吉澤さん!?」
ジャンプのしすぎで、女性のサングラスがずり落ちた。
あらわになったその大きな瞳を、小春も見間違えようがなかった。
小春は驚いて声を出すのを忘れてしまったが、口パクの曲だったので問題はなかった。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:27
- 昼の部のコンサートが終わり、会場を出ようとしたひとみは関係者に呼び止められた。
小春のマネージャーにひっぱられて、楽屋まで連行された。
ちょうどその日、石川梨華もゲスト席でコンサートを観覧していて、楽屋にいた。
梨華の見ている前で、ひとみは後輩に説教をくらった。
「吉澤さん! なーんであんなところにいたんですか!」
「なーんでって、それはなんというか……」
ひとみは言葉を飲み込んだ。
まさか、ぬいぐるみが勝手にチケットを注文したなどとは言えない。
キャンセル料が思ったより高かったのだ。
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:28
- 「小春のステージが見たかったら、ちゃんと専用の場所があるんだから、
そっちで見てください。前から三列目なんて、危ない人がいたらどうするんですか!」
「良席だったのでつい……」
「この前のクイズ番組だって、小春の曲、間違えたでしょ!」
「あれはうっかり……」
「そのときに、月島きらりが小春だってこと、ばらしちゃったでしょ!」
「それはみんな気づいてるんじゃ……」
コンサートに来てくれる人を危険人物呼ばわりはいかがなものか、
だが、それも仕方がないかもしれないと、ひとみは思った。
何歳も年下の後輩に説教されているところを、他の若い二人に見られるのは、
さすがにひとみも恥ずかしくなってきた。
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:28
- 「でもね、吉澤さんが小春のコンサートにきてくれて嬉しい! ありがとう!」
小春がひとみの胸に跳びついた。
小春の顔にむにゅっとした感触が伝わる。
顔を離すと、猫のぬいぐるみが小春の目の前にあった。
「これ! 猫だ! かわいい!」
「痛いから、引っぱらない、引っぱらない」
ひとみが首からぬいぐるみを外すと、三人が寄ってたかっていじり始めた。
梨華もアングリーを連れてきていたのだが、こっちはバッグの中に納まっていた。
ハングリーは全ての機能を停止し、ふつうのぬいぐるみとなっている。
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:29
- 「これ、見たことある。映画の『デスノート』に出てたやつですよね?」
「そう? ちょっとどこかが違うような気がする」
「グロかわいいって、ちょっと前まで流行ってたよね」
「小春もほしい!」
人から譲り受けたもので(ほんとうは違うが)どこで売ってるかわからないと、
ひとみが答えると、小春はさらにだだをこねた。
小春だけではなく、他の二人も「ほしい、ほしい」の大合唱だ。
「あたしの!」
「だめよ、あたしのなんだから」
「小春ちゃんは他にもいっぱい持ってるからいいじゃない」
「これがいいの!」
「いつもいつも小春ちゃんばっかり、いいめにあうんだから!」
「そうよ。いつも小春ちゃんが中心で、あたしらにも見せ場ちょうだいよ」
「仕方ないでしょ! 小春のお客さんが多いんだから!」
「ひっどーい。そんなふうに今まで思ってたわけ?」
「事実だもん」
「そうなんだ。小春ちゃんってそういう人なんだ」
「もう、知らない!」
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:30
- 小春は怒って楽屋を飛び出した。
他の二人も、一方は怒りで顔を真っ赤に、他方は怒りで顔を真っ青にし、
やはり楽屋を出ていった。
ひとみが顔だけドアから出して左右を見ると、
小春と二人はそれぞれ正反対の方向へ走り去っていった。
楽屋のテーブルの上では、もみくちゃにされていたハングリーがぐったりしていた。
「やれやれ! 女の子っていつもこんなふうなの!?」
「おまえだってメス猫だろ」
「ぬいぐるみの世界はもっとさっぱりしてるよ!」
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:30
- ひとみは、小春が使う小道具である、星型のタンバリンをしゃんしゃん鳴らしていた。
アングリーが梨華のバッグから出てきて、早速ハングリーの首を刈った。
「アングリー、いきなりひどいよ!」
「いい切れ味ですわ、梨華様」
「鎌の刃を研いであげたの。切れ味を試したくてしょうがないのよね」
慣れっこになっていた梨華は、こともなげに答えた。
さて、行きがかり上放っておくこともできないと考えたひとみは、三人を探すことにした。
出がけに、ようやくのこと首をつなぎ、
ひとみから渡されたタンバリンを振り回しているハングリーに命じた。
「ハングリー、わかってるよね?」
「うん! まかせて!」
- 282 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:31
- ひとみと梨華はそれぞれ反対方向を探して歩いた。
小春はすぐに見つかった。
階段に座って頬を膨らませていた。
ひとみは横に座って説教を始めた。
「小春、わかってるの? あんたは二人にひどいことを言ったんだよ」
「でも」
「でも、じゃないの。小春はもうお姉さんなんだから」
「でもー」
ひとみは小春を連れて残りの二人を探した。
梨華がすでに見つけて慰めていたところに合流し、
ひとみが謝罪を促しても小春は横を向いたままだった。
ひとみはこれ以上は何も言わなかった。
楽屋に戻り、ぬいぐるみを首にかけ、二人はその場を辞した。
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:31
- 小春が携帯電話を見ると、メールの着信があった。
「さっきはごめんね」
と二件のメールがある。
小春ははっと顔をあげ、二人に駈けより頭を下げた。
二人も、「ごめん」というメールを受け取っていた。
三人は肩を組み合って、わんわん泣いた。
三人とも、着信時刻が楽屋にいなかったときなので、
きっとひとみや梨華が仕組んだことにちがいないと薄々感じていた。
そのことは口にせず、それに乗っかる形で仲直りしたのだ。
やがて、コンサートの夜の部が始まる時間となった。
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:32
- コンサートホールの裏の、人気のない駐車場の隅で、
ひとみは屈んで、ハングリーとにらみ合っていた。
「おまえ、なんでわかんないんだよ」
「三人を仲直りさせろって意味じゃなかったの?」
「ちがうよ。小春のタンバリンをこっそり持ち出しとけ、ってことだったんだよ」
ひとみはハングリーのせいで、しぶしぶコンサートに潜り込んだのだが、
思いのほか楽しい時間を過ごせたことに満足した。
そして、小春たちが猫のぬいぐるみを欲しがったのと同じく、
小春の使っているタンバリンを持って帰りたくなったのだ。
ハングリーは世界に一匹しかいないから譲ることはできないが、
タンバリンはいくつか用意してあるだろうからかまわないだろうというのが、
ひとみのまことに浅ましい理屈だった。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:33
- 「おまえがタンバリン持ってたから、わかってるのかと思ったんだよ」
「そんなの、はっきり言ってくれないとわかんないよ!」
「わかるようになれ」
「むちゃくちゃだ!」
梨華とアングリーは一言も発せず、冷たい視線で口論を眺めていた。
それは、夜の部が終わり、帰ろうとする人々が駐車場にぞろぞろやってくるまで
えんえんと続いた。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:33
- おしまい
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:33
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:33
- (0^〜^)
ハングリー:サーディスティック
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 00:34
- ( ^▽^)
アングリー:ダーンス
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/25(土) 04:42
- 久住より北原のほうが先輩だよ
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/26(日) 15:38
- 欲しかったのかwww
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:29
- >>290-291
ありがとうございます。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:30
-
ぬいぐるみと特命係
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:30
- 髪を油でなでつけた小柄な初老の男が、紅茶の香りを楽しんでいる。
その横で、フライトジャケットを着た若めの男が新聞を読んでいる。
隣の部屋では、大勢の人間が忙しそうに働いているが、
この狭い部屋でくつろいでいる男性二人組は、われ関せずの態度だった。
「何やら、騒がしいようですね」
「多摩川の河川敷で死体が発見されたようですよ。
現場は川のこっち側で、死体が川のあっち側で発見されたから、
警視庁か神奈川県警かどっちの管轄になるのか、揉めてるってわけでして」
「なるほど」
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:30
- 興味がなさそうに初老の男が答えた。
そのうちに、隣の部屋から男たちがばたばたと出ていった。
一人の男が、部屋には入らず声をかけてきた。
「特命係の亀山ぁ」
「なんだよ、くそ伊丹」
「こっちの捜査に首つっこんで、じゃまするなよ」
「こっちの管轄になったってわけかい。ご苦労なこって」
「杉下警部、亀吉の世話をよろしくお願いしますよ」
憎まれ口をたたいて、伊丹と呼ばれた男は出ていった。
杉下警部と亀山刑事は、警視庁の特命係に左遷されている警察官で、
仕事をしないことがふだんの仕事だった。
ところが、言われたとおりおとなしくしている人間だったら、
そもそも左遷されたりはしない。
とくに杉下は、自分の興味をもった事件に勝手に首をつっこんで、
事件を後味悪く解決するものだから、あちこちの部署で煙たがられている。
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:31
- 隣の大部屋で電話が鳴り響いているが、誰も出ようとする気配がない。
亀山がのぞいてみると、人ひとりいなかった。
電話番くらいはいるものだが、トイレへ行ってしまっていた。
亀山はひょいと電話を取り上げた。
「はい、捜査一課ですが…… 白骨死体!?」
用件を聞き終えた亀山に、杉下がたずねてきた。
「ただならぬ言葉を耳にしましたが、どういった話でしたか?」
「駐在からで、民家で人間の頭蓋骨らしきものが見つかったそうです」
「考古学的な発見ならば、警察の出る幕はありません」
「弥生時代のものじゃないらしいですよ。発見者は若い女の子で……」
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:31
- 杉下はみなまで聞かず、スーツの上着とコートを着込んだ。
「では、行きましょう、亀山くん」
「おや、いきなりどうしたんすか? 右京さんごのみの事件じゃあ、ないですよ」
「現場を見るまで、予断は許されません。捜査の鉄則です」
「ああ、わかりましたよ。発見者の女の子が気になるんでしょう」
「若い女の子が気にならない人はいません」
「年増のほうがいい人もいるでしょう」
「お歳を召された人や男性を好む人もいるでしょうが、
統計学的にはほぼ間違いのない事実ですよ、亀山くん」
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:31
- 電話番の刑事に指示して、鑑識を手配した杉下たちは現場の民家に急行した。
敷地は広いが建屋は古い民家だった。
その隣家はふつうの洋風住宅で、玄関横に犬小屋がある。
杉下たちを見て、「ワン」とひと吠えした。
民家の玄関の鉄扉は半開きになっていた。
杉下と亀山は中に入り、声が聞こえてくる庭先に向かった。
駐在の老巡査が、二人を見て最敬礼した。
「警視庁特命係の杉下です。こちらは亀山くんです」
「それで、見つかった人間の骨っていうのは?」
巡査が例の物を指さした。
瀟洒な松の木の根もとに、それが転がっていた。
杉下は手袋をはめ、慎重に骨を扱った。
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:32
- 「なるほど、確かに弥生時代の人間の骨ではありませんね。
詳しいことは鑑識の判断を待ちますが、骨の劣化具合からして、
死後十年から二十年といったところでしょうか」
「殺しですか?」
「それはわかりません。病死でこのようになったのだとしたら、
死体遺棄罪しか罪に問われません。とにかく、骨全体を見つけることが急務です」
「この家の人はどこにいるんすか?」
亀山が巡査がたずねた。
ふつうの民家の庭に、人間の頭蓋骨が転がっていることは日常の風景ではない。
まず、住人に事情を訊くことが必要となる。
「留守にしております。隣人に聞いたところ、旅行中のようですわ」
「どうします、右京さん」
「すぐに戻って令状を取ってきてください」
「家宅捜査のですか?」
「留守ならば仕方ありません。この骨をごらんなさい。土まみれです。
どこかから掘り出されたものですが、まずこの家を疑ってしかるべきでしょう」
「右京さんは?」
「私は発見者に事情聴取します」
「や、それはずるいっすよ。俺も若い女の子に事情聴取したいっす」
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:32
- 二人はなかよくともに、発見者に事情を訊くことにした。
「ああっ! よっすぃ〜にチャーミーじゃないっすか!」
亀山が大声をあげた。
頭蓋骨の発見者は吉澤ひとみと石川梨華で、有名な芸能人だった。
二人ともジャージ姿で、首から猫のぬいぐるみをぶら下げている。
「亀山くん、はしたない声を出さないでください。
それでは、お二人がこれを発見した事情をお聞かせください」
「そこの公園でフットサルの練習をしていたんですけど、
ボールがこの庭に飛びこんでしまったんです。
家の人が留守みたいなので、こっそり塀を乗り越えて入ったら、
それがあったんです」
「なるほどなるほど。そのとき、他に不審なものは見当たりませんでしたか?」
「んー」
「些細なことでもなんでもいいので」
「何も気づきませんでした」
「そうですか。ありがとうございました」
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:33
- 杉下は二人の連絡先を確認し、そのまま帰した。
「右京さん、俺にも質問させてくださいよ」
「他に何か聞くことがあるんですか?」
「二人組の覆面パンクユニットの正体とか、梨華ちゃんカップの詳細とか、
いろいろあるじゃないですか」
「そんなこと気にするのは、あなただけですよ」
そこへ、鑑識の米沢巡査部長が現れた。
「米沢くん、いかがでしたか?」
「ぱっと見て、この骨についている土はこの庭のものと同じです」
「えっ、でも、この庭のどこを見ても、土を掘り返した跡なんてないっすよ」
「亀山くん。確かにこの庭にはどこにもそんな痕跡はありません。
ですが、この土は庭だけにあるとは限りませんよ」
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:33
- 杉下は建屋のほうに目を向けた。
民家は木造二階建てで、庭に面している部分は縁側になっている。
「縁側の下、つまり床下ですね!」
「そういうことです。理解できたのなら、早く令状をもらってきてください」
数時間後、縁側に面し、寝室として使っている和室の真下に、
残りの人骨すべてが発見された。
捜査員は畳をはがし、床板を外してライトを当てたのだが、
土がめくれあがり、白い人骨が見えるのがはっきりわかった。
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:33
- 「あまり深く掘ることはできなかったのでしょう」
「やはり、この部屋で畳をめくって土を掘って埋めたにちがいないですよ」
「ええ、縁側から潜りこんで土を掘るのは不可能に近い。
だいいち、この縁側の高さでは、人間が潜りこむことはできません」
「いちばん怪しいのは……」
「この家の持ち主です」
夕刊には、この事件の一報が記載されていた。
ただ、床下の地面に骨が埋められていたことは伏せられていた。
警察は最重要人物として、民家の住人、米良平次(めら・へいじ)を捜索している。
「右京さん、どちらへ?」
「吉澤さんと石川さんへ、もう一度お話をうかがいに」
「俺も行きます、行きます」
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:34
- 四人は、近くの喫茶店で会うこととなった。
ひとみと梨華は、今度はジャージではなくこぎれいな服装に着替えていた。
猫のぬいぐるみがあいかわらずぶらさがっている。
「まるで合コンみたいですねえ、右京さん」
「亀山くん。美和子さんにばらしますよ」
「今、どんな状況なんですか?」
「捜査は順調に進展してます」
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:34
- 杉下は二人に残りの骨が寝室の床下から発見されたこと、
民家の住人が旅行中で、行方を捜索中であることを話した。
「
わたしなら、海外に逃げちゃいますね」
「ね、夕刊に載ってたから、バレた!って思っちゃうよね」
杉下は深くうなずき、亀山は席を外して携帯電話をとりだした。
「あなたがたにおうかがいしたいのは、重要参考人となったあの家の住人のことです。
近所にお住まいのようですが、何かご存じないですか?」
「このあたりには十年くらい住んでいますが……」
「何でもいいのです。どんな些細なことでも」
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:34
- その人物は長年一人暮らしであること、親せきや近隣住人との交流がなかったこと、
裕福な暮らしをしていることをひとみは話した。
梨華は、隣の家の犬が、仔犬のときに、例の人物から譲り渡されたことを話した。
「ほお。それはいつごろの話ですか?」
「十年以上前のことだと聞いています」
「そのころは近所づきあいもうまくやっていたんですかねえ」
「あ、もしかしたら」
ひとみが声のトーンをあげた。
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:35
- 「もしかして、白骨死体になっていたの、手配中の人じゃないんですか?」
「どういうこと? 旅行に行ってるんじゃなくて、殺されてたってこと?」
「さすがにそれはないでしょう、よっすぃ〜」
亀山の言葉づかいがなれなれしくなっていた。
「そうじゃなくって、ほんとの持ち主は十何年か前に殺されてて、
今の人は本人になりすましてるんじゃないかなって」
「そっか。財産を狙っての犯行ね」
「なりすませるぐらいだから、顔とか体型とかそっくりな人だよ。
いとこか誰か、行方知れずの親せきとかいたらあやしいね」
「似てるっていっても、ばれちゃうかもしれないから近所づきあいしないのよ」
「犬を隣の家にあげたのも、そのせいかもね」
「人はだませても犬はだませない、ってありえる話よ」
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:35
- ひとみと梨華の推理ごっこは、とどまるところを知らなかった。
ふだん、ハングリーたちにつきあわされているうちに、朱に染まっていたのだ。
杉下は笑顔で聞いていたが、手のふるえをおさえることができなかった。
自分が推理していたことを、先に言われてしまった。
米沢からの連絡で、父方のいとこ、米良守夫(めら・もりお)が行方不明になっていて、
十二年前にとある地方で捜索願いが出されていたことを聞いていたのだ。
「有益な話を、どうもありがとうございました」
杉下は、かばんから色紙を出そうとした亀山を制し、席を立った。
一矢を報いるべく、杉下はすこし歩いてから振り向いた。
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:36
- 「ああ、そうそう。一つだけ、よろしいですか?」
いいですよ、と二人は答えると、杉下はたたみかけるように質問をした。
「ボールを取りにいったときに、ほんとうに骨が転がっていたんですか?」
「え、そうですよ」
「いやいや、それはありえない話です。
それまで土に埋まっていたものが、とつぜん庭に現れることはありません」
「右京さん。現実に転がってたんだから、しょうがないでしょうよ」
「朝方から公園でフットサルの練習をしていたんですか?
朝の公園には、早起きの老人たちが犬の散歩に来ているでしょう。
調べればわかることです。あなたたちは何か隠し事をしています。
それを正直に話してくれませんか?」
ひとみと梨華は困りはててしまった。
ハングリーがうずうずして少し動きだそうとしていたので、
ひとみはその首をぎゅっとつかんだ。
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:36
- ひとみと梨華がフットサルの練習をするのは、深夜の公園でだ。
家に置いておくと何をしでかすかわからないので、ハングリーとアングリーも連れていく。
その夜、ひとみたちがパス交換をしているのを見て、ハングリーもやりたがった。
「おまえにはちょっと無理だよ」
「だいじょうぶ! まかせて!」
ひとみがちょこんとボールを蹴った。
ハングリーは待ちかまえていたが、ボールにぶつかるといっしょに転がっていった。
それでもめげずに、ボールを運動会の大玉ころがしのようにして戻ってきた。
何回か引きつぶされてからようやくのこと、ハングリーは諦めることにした。
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:37
- ハングリーとアングリーが砂場で遊びはじめ、
ひとみたちはPKの練習をすることにした。
民家のブロック塀をゴールに見立て、梨華がその前に立った。
ひとみがボールを置き思いきり蹴ると、ボールは梨華のはるか頭上を飛んでいった。
「この中に入っちゃったよ」
「どうしよう。夜中だし、起こすの悪いよね」
「ここの人、米良平次さんっていうのよね」
「知ってるの?」
「表札に書いてあったの」
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:37
- ひとみたちは逡巡していたが、庭に侵入せざるをえなくなった。
ハングリーとアングリーがブロック塀を乗り越えていってしまったからだ。
暗闇の中、持ってきていた懐中電灯を頼りに探したが、なかなか見つからない。
ひとみは小声で梨華たちを呼んだ。
返事をしたのは梨華とアングリーだけだった。
「ハングリー、どこにいるんだ?」
そのうち、ハングリーの泣きそうな声が聞こえてきた。
「あーん、ひとみ! 助けてよ!」
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:37
- 声のしたほうに光を向けると、闇の中から宙に浮いたハングリーが現れた。
さらに近づくと、ハングリーは一匹の白い犬に首輪の部分をくわえらえていた。
「犬だけはだめなんだ!」
「犬も猫もカラスもだめだろ」
ひとみはかがんで、犬からハングリーを受け取った。
犬はその場におすわりをし、梨華が頭をなでると「くーん」と鳴いた。
「お隣の犬ね。勝手に入ったら怒られるよ」
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:38
- 梨華は犬を隣家へ戻すために、犬を連れて庭から消えた。
ひとみとハングリー、アングリーはボールの捜索を続けた。
そのうち、ハングリーとアングリーが同時に声をあげた。
「ひとみ! あったよ!」
「ひとみ様。ここにありましたわ」
アングリーが大鎌の刃の裏でボールをつつきながら転がしてきた。
ひとみはボールをわきに抱え、アングリーの頭をなでた。
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:38
- 「あれ? それじゃあ、ハングリーが見つけたのはなんだろう?」
「ひとみ! これ! これ!」
ハングリーは、縁側の下から白いものをころころと、大玉ころがしのように転がしてきた。
ちょうどそのとき梨華が戻ってきたのだが、ハングリーの転がしているものが
人間の頭蓋骨だと気づいて、梨華は悲鳴をあげる前に気を失った。
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:39
- ひとみたちは、朝を待って駐在に一報を入れた。
ボールを取りに行ったのは朝方ではなく、夜中だったのだが、
猫のぬいぐるみが人間の頭の骨を見つけました、などと話すわけにはいかない。
ひとみが、白骨死体が元の住人である平次であるかもしれないと推測できたのも、
頭蓋骨にくっついていた衣類の切れはしに名前が縫いつけてあったからだった。
指紋がべたべたついてしまったので、面倒ごとをさけるために捨てていた。
杉下右京は正義と真実を信じてためらいないく行動できる人間だが、
ひとみや梨華はけしてそうではない。
真実を話しても信じてもらえるどころか、狂人あつかいされてしまう存在を、
おのおの首からぶら下げているのだ。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:39
- 「骨は庭に転がっていましたよ。わたしたちじゃ縁側の下に入れないし、
寝室に侵入して畳をあげて床下から骨を取り出すこともしてません」
「それではなぜ、骨はあの松の下にあったのでしょうか?」
「それは──きっと、犬ですよ」
今までも何度もあの犬は侵入していたにちがいない、とひとみは推測していた。
隣家の住人も、そのことを証言するだろう。
だから、ひとみは犬のせいにすることにした。
犬は縁側の下に忍び込み、前足で土を掘って骨を取り出し、庭に出した。
「単なる推測ですが、きっとそうじゃないでしょうか」
「──犬ですか」
「なるほど、犬か。飼い犬が主人の仇を取ったってことなんですよ、右京さん!」
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:40
- ひとみは心の中でため息をついた。
忠犬による主人の仇打ちが信じられている世の中なのに、
ぬいぐるみが走って踊って歌をうたうことが信じられる日はやってくるのだろうか?
「わかりました。本日はどうも、ありがとうございました」
会計をさっさと済ませ、杉下はすたすたと喫茶店を出ていった。
亀山はひとみと梨華からサインをもらい、上機嫌でそのあとを追いかけていった。
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:40
- おしまい
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:40
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:41
- (0^〜^)
ハングリー:ブタさん?
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/01(金) 21:41
- ( ^▽^)
アングリー:トリさん?
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/02(土) 07:37
- キター!!右京さん最高です
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:21
- >>323
ありがとうございます。
- 325 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:22
-
ぬいぐるみと喫茶店
- 326 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:22
- その日、吉澤ひとみはご機嫌だった。
ひいきチームのFCバルセロナがチャンピオンズリーグの試合に勝ったためだから、
そうとう単純な性格だ。
もちろんハングリーもご機嫌だった。
FCバルセロナはハングリーも大好きなチームだが、
お祝いに脳みそプディングが食べられたためだから、
こちらも単純な性格に変わりはない。
ひとみが仕事に出かけようとすると、ハングリーがひとみにしがみついてきた。
「ひとみ! 一緒に行く!」
「今日は、生放送の収録だからダメ」
「おとなしくしてるから、絶対行く!」
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:23
- なんだかんだ言いながら、ひとみはハングリーに甘い。
いつものように、バッグにハングリーの首輪をひっかけて、自宅を出た。
時間があったので、ひとみは石川梨華に電話して、途中で落ち合うことにした。
駅前の、最近できたばかりの喫茶店に集合した。
梨華もアングリーをぶら下げてやってきた。
多少乱暴者だが、ハングリーに比べれば断然おとなしくしているアングリーのことを、
ひとみは羨ましく思っていた。
「今日は何の収録?」
「番宣だよ」
「ついでに音楽ガッタスとかの宣伝できない?」
「むりむり」
喫茶店の一番奥に二人は陣取った。
この喫茶店は、マスター、手伝い、ウェイトレスの三姉妹が経営していた。
ひとみは、注文に来たウェイトレスがメイド喫茶ばりの衣装をしているのを
まんじりと眺めていた。
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:23
- 「ご注文はいかがでしょうか?」
「あたしオレンジジュース」
「わたしはホットコーヒーを」
「うけたまわりました」
「ねえねえ。凄いかっこしてるけど、高校生?」
「そうです。今後ともごひいきに」
白いミニスカートからのびる細い足を、ひとみはじっくりと観察した。
「何見てんのよ」
「まいちんのほうが細いみたい」
「ばか」
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:24
- そこへ、脇の空いている椅子に置いたバッグがかすかに動くのを感じ取ったひとみは、
すぐにバッグにぶら下がっているハングリーをつかんだ。
顔をぎゅっとつかまれたハングリーはすぐに動かなくなった。
「あら、かわいいぬいぐるみですね」
「いえいえ。全然かわいくないですよ」
ウェイトレスが伝票を奥に持っていくのを見てから、
ひとみはぬいぐるみをつかんだまま、そばのドアを開けて化粧室に入った。
「おまえなあ」
「ごめんよ! 今度はだいじょうぶ!」
「ほんとか?」
「それよりさ! お姉さんたちみんな美人だね!」
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:24
- どうやらハングリーは美人のお姉さんがたを鑑賞したがっていたらしいと、
ひとみは感づいた。ハングリーはオスが二十パーセント混じっているのだから、
本能が働くのも仕方がない。
「お手伝いの人の清楚なところがいいな! ひとみは?」
「わたしはマスターの大人っぽい色気が…… って何を言わせる」
席に戻ると、ひとみはテーブルの上にハングリーを置いた。
お気に入りの女性がよく見えるように顔を向けた。
店の中には、ひとみたちの他に客が五人いた。
大きなカバンを抱えた薄いグレースーツの実業家風の中年男性。
ジーンズに水色のTシャツの若い男。
サングラスをかけたひげだらけの男性と、
やはりサングラスをかけたピンクのシャツの若い女性。
就職活動中らしい、黒いリクルートスーツの大学生。
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:24
- 「広いのに、それほどお客さん入ってないね」
「ビジネス街だから、この時間はみんな仕事中なのよ」
ひとみはガラス越しに外を眺めた。
梨華の言うとおり、通りの歩道を多くのサラリーマンが闊歩している。
通りの反対側には宝石店があった。
ショウウィンドウに、ネックレスが展示されている。
ひとみは時計を見たが、時間はまだまだあった。
他の客も出る気配はなく、何人かが立ち替わりにトイレに入っていった。
ウェイトレスがトレイを持ってやってきた。
「オレンジジュースとコーヒーです」
「ありがとう」
このとき、マスターの女性がトイレから出てきた。
白いシャツの胸のふくらみを見て、岡田唯よりでかいとひとみは見ぬいた。
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:25
- 「ねえ。具合がおかしいから、中見てくれる?」
「うん、わかった」
店長と店員という関係を忘れたのか、言葉づかいが姉妹のそれになっていた。
トレイを下げたウェイトレスは、マスターといっしょにトイレに入った。
すぐに出てきて、ドアに「使用中止」とマジックで書いた紙を貼った。
「ありがとう」
「エプロン替えてくる」
マスターとウェイトレスは厨房に入っていった。
やがて、ウェイトレスは入口近くに立って、客が来るのを待った。
- 333 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:25
- 「さっきさあ。交番の前通ってきたんだけど」
「うん」
「おまわりさん一人もいなかったんだけど、だいじょうぶなのかな」
「見回りにでも行ってるんじゃないの?」
「最近、また物騒になってきたもんね。
交番の前に掲示板があるんだけど、昨日は空き巣が三件もあったって」
「駅の指名手配のポスターも、ずっと貼りっぱなしだよね」
「強盗殺人やったカップルのね。おとなしそうな顔してたけど」
「泥棒もあいかわらず多いし、平和が一番だねえ」
しかし、ひとみの願いはあっさり却下されることとなった。
喫茶店のドアが乱暴に開けられ、呼び鈴の音が大きく鳴った。
跳び込んできたのはジャケットを着ただらしない体格の中年だった。
左手に黒革のカバン、右手に刃物を持っている。
カバンを放り捨て、ウェイトレスの背後に立ち、刃物を首筋に当てた。
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:25
- 「この女の命が惜しかったら、出て行け!」
男の命令は、今にも店内に入ろうとしかけていた警察官に向けたものだった。
制服姿の警官一人だけではいかんともしがたく、言われたとおりに後ずさりした。
店員や客たちは、何が起こったのか把握できずにいた。
「おい、おまえ、おまえだ。入口にテーブルと椅子を持ってこい」
男は手伝いの女性に、バリケードを作れと命令した。
店の外は、あっというまにパトカーと警官の群れでいっぱいになった。
こんなバリケードは気休めにもならないが、人質がいる限り突入はできない。
- 335 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:26
- 「おまえはこいつらの手足を縛れ」
長姉のマスターは、言われたとおり、店員二人、客六人の手足をひもで縛った。
最後に、乱入者自身がマスターを縛った。
人質たちは、ウェイトレスをのぞき、カウンターを背に並ばされた。
この位置は、店外の警官たちにもよく見える場所だ。
「なんなんだ、あんたは」
「そうよ。ひどい迷惑よ」
実業家とサングラスの女性が声をあげた。
乱入者は、カウンターに置いてあるテレビのスイッチを入れた。
アナウンサーが、銀行強盗犯が逃走中との臨時ニュースを読み上げていた。
「もしかして……」
「ま、そういうことだ」
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:26
- 店内の電話が鳴り、銀行強盗犯が受話器を取った。
逃走用の車を用意しろなどと、警察に注文を出していた。
ひとみは梨華のことが気になり、横を向いて確かめようとしたら、
梨華の背中に隠れるようにしてハングリーが立っていたのでびっくりした。
しかも、顔から下半身まで真っ赤に染まっている。
ひとみは小声でハングリーにたずねた。
「おまえ、こんなときに何やってんだ」
「ナイフを抜いたら、頭から浴びちゃったんだ!」
ハングリーもひとみに合わせて小声で答えた。
「どこで?」
「トイレで!」
- 337 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:27
- このどたばたしている隙に、ハングリーは使用中止中のトイレに忍び込んでいた。
みんながこの騒動に気をとられている間に、いろいろ動き回っていたのだ。
「なんでトイレで…… ナイフ?」
ひとみはトイレのドアのほうを向いた。
ドアの下の隙間から、赤い液体がはみ出していた。
「ねえねえ、おじさん」
「なんだ、姉ちゃん。怪我したくなかったらおとなしくしてろ」
「あれ、あれ」
ひとみは指が差せないので顔で促した。
強盗犯も異変に気がついた。
- 338 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:27
- 「こっちは手がふさがっちまってる。おまえが確認するんだ」
強盗犯は無造作に、ひとみの手を縛っている紐をナイフで切った。
さらに足の紐も切られ、人質の中で唯一ひとみだけが自由となった。
ひとみはおそるおそるドアのほうに進んだ。
強盗犯も、人質のウェイトレスをしっかりつかみながらついてきた。
ひとみがドアを開けると、胸部から血を流してあおむけに倒れている男がいた。
かたわらに、血まみれのナイフが落ちている。
「うえっ」
「なんだ、何があるんだ……?」
死体を見た強盗犯も、さすがに顔色を失った。
梨華が、何があったのか聞いてきたので、ひとみは人質全員に異変を話した。
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:28
-
「もしかしておじさんの仕業?」
「バカ言うな。俺は今来たばっかりだし、こいつもきれいなもんだ」
強盗犯はナイフをひとみに見せびらかせ、
刃を寝かせて人質ののどをぺちぺち叩いた。
ウェイトレスは恐怖で声も出ない。
「あ!」
「なんだ。何かわかったのか?」
「客はわたしたち除くと五人だったんだけど、今四人しかいない。
殺されたのは、残りの一人だったんだ」
「理屈だな」
殺されたのは、ジーンズの若者だった。
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:28
- 「なんだあ、おまえら。人が殺されたのに気がつかなかったのか?」
「悲鳴ひとつ聞こえなかったよ」
「それでも、もっと早く気がつかないものか?」
ひとみは、強盗犯の疑問に大きくうなずいた。
トイレには何人も出入りしている。
最後はウェイトレスによって使用中止にされた。
ひとみは人質たちに質問をするため近づいた。
強盗犯は、鷹揚にそれを許した。
ひとみのあっけらからんとした行動に毒気を抜かれていた。
「ねえ、マスター。トイレに入ったとき、死体あったの?」
「見なかったわ」
「じゃあ、あなたは?」
ウェイトレスは無言で首を振った。
ひとみは次々と質問した。
就職活動中の大学生、実業家、サングラスの女性はトイレに入ったが、
死体は見ていないと答えた。
次姉の手伝いの女性とひげもじゃのサングラスの男は、トイレに入らなかった。
- 341 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:29
- 「すると、使用中止になった後に、そいつがそこで殺されたのか?」
「でも、貼り紙はられたあとは誰も入ってないよ」
「じゃあそこのドアからじゃなくて、トイレの窓から入ったんじゃないのか?」
「あの人店の外に出てないし、そもそも窓は小さすぎるよ」
「死体が瞬間移動するわけねえしなあ」
ひとみと強盗犯は和気あいあいと会話を続けた。
もちろん、強盗犯はウェイトレスの体をじっとつかんで離さない。
外にいる警官の群れも、手をこまねいているだけだ。
ハングリーの姿はない。
耳をすますと、厨房で水の流れる音がひとみの耳に聞こえてきた。
全身血まみれになったハングリーが体を洗っているのだ。
ハングリーがナイフを抜いて血が噴き出したのだから、
それまでは胸にナイフが刺さりっぱなしだったのだろうとひとみは推測した。
もちろん、そんな事情を口に出すことはできない。
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:29
- 「死んだ奴がいつトイレに入ったのかも、はっきりしねえな」
「その人が入った直後に入った人が犯人かもしれないけど、
そのあとしばらく死体が消えていた、ってのも説明つかないし」
「死体がどっかから湧いて出てきたんあじゃなければ、この中の誰かがやったんだろ?
調べれば何か出てくるかもしれんぞ」
強盗犯はひとみに命令して、人質たちの荷物を調べ始めた。
ひとみは、どうにも仕方がなく、だがはためには喜々として彼らのカバンをあさった。
実業家のカバンの中からは、金てこや金づち、ペンチやニッパーが出てきた。
大学生のカバンには、履歴書や筆記用具くらいしかなかった。
サングラスの男は手ぶらで何もなし。
サングラスの女のハンドバッグからは、化粧道具の他に小さなポスターが出てきた。
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:29
- 「おっ、噂の指名手配犯のか」
「なんでこんなものを?」
「だが、こいつら二人とは全然似てないな。写真のほうはさっぱりした顔なのに、
こいつらは小汚いぞ」
「手配写真とは正反対の容貌だね。でもこの人つけひげっぽくない?」
強盗犯は、サングラスの男のひげを引っぱり、はがし取った。
ひとみはあらわになった素顔と手配写真を見比べた。
「おんなじ人っぽい」
「じゃあ、こっちの女は…… かつらだな。強盗殺人とは、とんだ悪人がいたもんだ」
「おじさんだって、銀行強盗犯でしょ。おじさんはなんで銀行強盗したの?」
「そりゃあ、金に困ってたからだ。困ってないやつが強盗するわけないだろうが」
「理屈だね」
「こっちのまじめそうなおやじも、似たたぐいじゃないのか?
勤め人が、金づちやニッパー持ち歩くもんか?」
「もしかして、最近多発してる空き巣犯?」
「どうもそれっぽいな。こっちの学生さんは、見た目どおりのようだが」
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:30
- 人質たちは、半分あっけにとられて二人を見ていた。
最初から様子を見ている警察官がいなければ、
外の警官たちはひとみも強盗犯の一味に見えたにちがいない。
梨華は、呆れながらも、アングリーの姿も見えないことに気づいた。
ひとみと強盗犯は、入口に近い方のカウンターで、仲良く議論を続けた。
カウンターの上の、強盗犯から見えないところにハングリーがひょっこり顔を出した。
ひとみは心の乱れをさとられないよう、努めて冷静さを装う。
ハングリーがカウンターの上に、折りたたまれた紙を滑らせてきた。
ひとみはさっとそれを拾い上げた。
「姉ちゃん、それは何だ?」
「これは…… 向かいの宝石店の見取り図みたい」
「そんなものがなぜここに?」
「カウンターの向こう側にあったんだけど」
「ははあ。じゃあそいつはこの店のやつが用意したものだな。
世間を騒がせている窃盗団ってのは、こいつらだったのか。
いやはや、この喫茶店は犯罪者大集合だな」
- 345 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:30
- 次々と、犯罪を指弾された店員や客たちは目をまるくして声も出なかった。
「あたしは違うよー」と梨華は抗議したかったが黙っていた。
時計を見たひとみは、生放送の仕事を思い出した。
「やっべえ。仕事に間に合わないよ」
「姉ちゃん、仕事持ってんのかい。うらやましいねえ」
「たいした仕事じゃないんだけど、そろそろ解放してくれない?」
「姉ちゃんとは気が合うが、それだけは聞けない相談だな」
やれやれ、とひとみはため息をついた。
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:31
- 「警察がちょっと調べれば、犯人なんかすぐに見つけると思うけど」
「死んだやつの交友関係とか調べりゃ、なんか出るわな」
「そうだね。この店の中とか、今日の客とかもいっぱい調べられるだろうしね」
ひとみは、強盗犯から目をそらして、居並ぶ人質たちのほうに顔を向けた。
「死体がどこからか湧き出てくるわけなんかない。
それなら、死体を見なかったという言葉自体がウソなんだ」
「理屈だ」
「トイレに入ったことのある人の多くは、ウソをつく理由があるよね。
だから、ウソをつく理由のない、この人が殺人犯なんだ」
- 347 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:31
- ひとみは大学生を指差した。
縛られた大学生の顔はまっさおだ。
ひとみは、カウンターに背をもたれさせている強盗犯のところに戻った。
「他の人たちは、死体を見つけても、死体は見なかったとウソをつく必要がある。
だって、正直に通報したら、警察にいろいろ調べられてしまうから。
指名手配だったり、空き巣だったり、窃盗団だってことがばれちゃう」
「だが、こいつにはないのか」
「うん。ウソをつく必要がないのに、死体は見てないとウソをついた。
警察沙汰にしてはいけないことをしたから。それはさっきの殺人しかないわけ」
- 348 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:31
- ひとみのあてずっぽうに近い推理に対し、強盗犯が疑問をはさんだ。
「こいつが殺したとして、どうしてすぐに逃げなかったんだ?」
「たぶん、発作的に殺しちゃったっと思うんだけど、
そのあとにトイレに入った人たちが騒ぎも何もしないんでとまどっているうちに、
おじさんが警察引き連れてやってきちゃったんだと思う」
「本当に見てないのかもしれないぞ。こいつがトイレに入ったあとで殺人が起きて、
それから他のやつらがトイレに入ったのかもしれない」
「そうなんだけど、返り血ってあるじゃないですか。
他の人の服は白っぽかったり薄いグレーだったりだから目立つはずだけど、
血の跡がない。この人のは黒だから、目立たないけどついてるんじゃないかな」
「それこそ、警察が調べりゃすぐにわかるな」
「ええ、だから早いところ調べてもらおうよ」
「残念だが……」
- 349 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:32
- ここで強盗犯の絶叫がこだました。
カウンターの上にハングリーがやってきて、
コップいっぱいの熱湯を背中に浴びせたのだ。
強盗犯はたまらず、ウェイトレスを放した。
手足のきかないウェイトレスはその場に倒れ込む。
そこへアングリーが飛んできて、強盗犯の右手の甲に大鎌を突き立てた。
ナイフがこぼれ落ち、それを拾おうとした強盗犯にひとみが体当たりした。
ひとみの右足がナイフの柄をとらえ、入口のバリケードまで滑っていった。
これを合図に警官隊が入口を突き破り、強盗犯の上に乗りかぶさった。
ハングリーたちは死角に入っていたので、
人質たちは何が起こったのか理解できないでいた。
- 350 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:32
-
「あの、番組の宣伝に行かないといけないんですけど」
「ごめんなさいね。事情聴取が終わってからね」
付き添いの婦人警官にやんわり断られ、ひとみは落胆を隠さなかった。
梨華はすでに別のパトカーに乗って行ってしまっていた。
「パトカーに乗るの、これで何度目だ?」
ひとみがパトカーの乗り込もうとするところへ、報道陣が殺到してきた。
臨時ニュースのあと、強盗犯が喫茶店に立てこもっているところが
生放送で中継されていたのだ。
- 351 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:33
- 「元モーニング娘。の吉澤ひとみさんですよね?」
「中の様子はどうだったんですか?」
「強盗犯相手に大立ち回りされたそうですが、怖くありませんでしたか?」
ひとみはマイクを何本もつき立てられ、テレビカメラに囲まれた。
フラッシュの光を浴びながら、これじゃあまるで犯人みたいだとひとみは思った。
婦人警官がそれらを制し、ひとみをパトカーに乗せようとした。
ひとみは車内に乗り込む前に、一台のテレビカメラに向かってピースサインした。
「音楽ガッタスの吉澤ひとみです。よろしく!」
バッグにぶら下がっているハングリーが、ぽんぽんと弾んだ。
- 352 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:33
- おしまい
- 353 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:33
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 354 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:34
- (0^〜^)
ハングリー:Tokyo
- 355 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 20:35
- ( ^▽^)
アングリー:Alice
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/10(日) 00:58
- コメントするとネタバレになりそう
面白かったwww
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:16
- >>356
ありがとうございます。
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:16
-
ぬいぐるみとラジコンカー
- 359 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:17
- 窓は開け放たれていた。
ベッドの端に座り、二人は帰りを待っていた。
穏やかな風が入り込み、カーテンが軽く揺れた。
二匹のぬいぐるみが、物を抱えながら入ってきた。
二人が、説教をしようと立ち上がったが、ぬいぐるみに機先を制された。
「おま……」
「ひとみ! ごめんなさい!」
- 360 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:17
- 差し出した車の模型は、フロントガラスに亀裂が入り、
バンパーの部分もひしゃげていた。
ゴスロリファッションの猫のぬいぐるみから、コントローラーを受け取った梨華が
何度もレバーを押しても、車のタイヤは回転しなかった。
ハングリーは今にも泣きだしそうな顔をしていたが、
はたしてぬいぐるみが涙を流すのものなのか、梨華にはわからなかった。
梨華の目には、心なしかひとみの顔があおざめているかのように見えた。
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:17
- ことは、ハングリーが押入れの奥から古いおもちゃを取り出してきたことから始まる。
「ひとみ! これ何!?」
「それは……」
それは、古いラジコンカーだった。
その昔、一世を風靡したランボルギーニ・カウンタックLP500だ。
ハングリーはじゅうたんの上に車を置いて、前後に動かして遊んでいた。
ひとみは、押入れからコントローラーを出してきた。
「ちょっと待ってて」
別室から電池を持ってきて、車の模型にセットした。
コントローラーのレバーを操作すると、車は部屋の中を走り始めた。
ハングリーはそれを見て喜んだ。
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:18
- 「すごいね! これ、ひとみのもの!?」
「わたしのじゃなかったんだけど……」
ひとみはハングリーを車の上に乗せた。
急発進すると、慣性の法則によりハングリーはその場にひっくりかえった。
ハングリーはふり落とされないように車にしがみついていたが、
今度は急停車したので、やはり慣性の法則により前方へ飛んでいった。
それでもハングリーはきゃっきゃっと笑っていた。
「ねえねえ! 動かさせて!」
「こっちのレバーを前に押すと前に進んで、こっちを左右に動かすと曲がるよ」
ハングリーはコトローラーをじゅうたんに置いて、レバーをあれこれいじくった。
自分の命令どおりに、車が走ったり曲がったりするのを楽しんでいた。
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:18
- 「ねえ、公園で走らせようよ!」
「土や芝生の上だと、砂が入って壊れちゃうかもしれないね」
ひとみはハングリーの提案をやんわりと却下した。
普段なら、ハングリーはもっと執拗に食い下がるのだが、
このときはおとなしく引き下がったことに、ひとみは注意をはらうべきだった。
夕食後、ひとみが入浴しているすきに、ハングリーはひとみの携帯電話に向かった。
「もしもし、梨華ちゃん? アングリーいる!?」
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:18
- そしてその夜、ひとみが寝静まった後、吉澤家を抜け出したハングリーは
ラジコンカーを持ってアングリーと落ち合った。
当然、新しいおもちゃを見せびらかせて、いっしょに遊ぶためだ。
「面白そうなおもちゃね」
「いつもの公園じゃなくて、別のところに行こう!」
ハングリーが目星をつけていたのは、
人通りの多い街道から一本横に入ったところにある小さな公園だ。
そこのあずまやの近辺は、コンクリートで舗装してあった。
タイヤには多少砂がつくが、模型のモーター部分まで汚れることはない。
コンクリートの上をきれいに掃いてから、ハングリーたちは車を走らせてみた。
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:19
- 「わあ! じゅうたんの上より速い!」
「あたしにも貸しなさい」
ただ単に走らせるよりはと、二匹は小石を並べてコースを作った。
コーナーではアウト・イン・アウトがもっとも効率的であることを二匹は学習した。
アングリーは梨華からもらった懐中時計を首にぶらさげてきていたので、
コースを三周するタイム・アタックを始めた。
五戦してすべてアングリーの勝ちだったが、これはハングリーのタイムが十秒ほど
遅くなるようにアングリーが数えていたためだった。
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:19
- 「そうだ! 車の上に乗るともっと楽しいよ!」
そこで、ハングリーは車の上にしがみつき、アングリーが操作することとなった。
なので、アングリーの運転が荒っぽいことになるのは必然となる。
コーナーではじゅうぶんに減速しないで曲がるので、
ハングリーは振り回されて隣の砂場にまでころころと転がっていった。
直線コースでは、ひとみがやったように、最高速度から急ブレーキしたので、
前方へやはりころころと転がった。
「あ!」
- 367 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:19
- 二匹はあずまやに設置されているテーブルの足もとへ、急いで避難した。
公園の横の道を、パトカーがサイレンを鳴らして走り去っていった。
二匹が隠れたのは、人間に見つかった動くぬいぐるみの運命は
過酷なものになるであろうことを、熟知していたからだ。
次はアングリーを車に乗せて、ハングリーが操作した。
ハングリーはアングリーに仕返しをしたかったが、
その結果、自分にどのような災難が降りかかるかわからなかったので自重した。
再びハングリーを乗せて、タイム・アタックで遊んだ。
今度は振り落とされないように、ハングリーは前屈みの姿勢でこらえた。
直線コースで最高速となり、どこまでタイムが縮まったか
二匹がどきどきしているところへ、またパトカーが横を通り過ぎていった。
これに驚いたアングリーの手元が狂い、ハングリーを乗せた車は
あずまやに設置してある木製のテーブルに激突した。
ハングリーは吹き飛ばされたが、それにもめげずに車の元へ走っていった。
ラジコンカーは、前述のとおりあちこちを破損していた。
アングリーが操作してもぴくりとも動かない。
- 368 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:19
- 「どうしよう!」
ひとみにとってこのおもちゃが、何やら大切なものであるということは、
ハングリーもうすうす感じ取っていた。
「何やってるのよ!」
壊れた車の前で呆然として立ち尽くしているハングリーに向かって、
逆ギレしたアングリーの大鎌がうなりをあげた。
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:20
- 「それから?」
「しばらく気を失ってたみたいなんだ!」
「その後ハングリーの首をぬいつけて、ここへ戻ってきたのですわ、ひとみ様」
こういう不測の事態に備えて、梨華はアングリーに裁縫セットを持たせていた。
「よっすぃ〜。このラジコンってよっすぃ〜の……」
ひとみが手で梨華を制した。
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:20
- 「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「いいんだよ。物は壊れたら、また直せばいいんだ。ハングリーは大丈夫?」
「うん…… 大丈夫……」
ハングリーはお腹をおさえ、うんうんうなり始めた。
ぬいぐるみに腹痛という概念があるのかと、二人と一匹は驚いた。
ハングリーのうめき声がおさまらないので、ひとみのベッドに寝かせることにした。
人間のベッドだから効率はたいへん悪い。
ふとんをかぶせてしばらく見守った。
うめき声はしなくなったが表情は辛そうだ。
「ぬいぐるみがかかる病気って、どんな病気なんだろう」
「だいいち、普段食べてる脳みそプディングって、
お腹の中に入ったあと、どこへ消えるんだ?」
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:20
- 二人とも、猫のぬいぐるみがトイレに入るところを見たことがない。
もちろん、アングリーに聞いても「知りませんわ」としか返ってこない。
とりあえず、二人は朝まで様子を見ることにした。
ハングリーがベッドを占領しているので、二人と一匹はリビングのソファで仮眠をとった。
翌朝になっても、ハングリーの容体はよくなっていなかった。
ひとみは、このぬいぐるみたちは身の危険を感じると動きを停止すると理解していたが、
こういう状況がそれに当たるのかどうか、よくわかなかった。
そして、もし今止まってしまったら、二度と動かなくなるのではないかと、ふと思った。
「ひとみ…… ごめんなさい……」
「そんなことどうでもいいから、早く元気になってよ」
- 372 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:20
- ぬいぐるみに効く薬はないかと、梨華が薬箱をあさっているなか、
アングリーはのんびりとテレビを見ていた。
何の手だても打てないのだから、何もしないというのも手の一つではある。
全国ニュースが終わったあと、ローカルニュースが始まった。
「昨夜未明、宝石店で窃盗事件がありました。
犯人は宝石店に侵入し、親指大ほどのダイヤモンドを盗んで逃走しました。
早朝に警戒中の警察によって緊急逮捕されましたが、
盗まれたダイヤモンドは所持しておらず、所在は不明となっています」
ひとみはこのニュースを聞いて、顔をあげた。
昨夜、くだんの公園近くを走りまわっていたというパトカーは、
この宝石窃盗犯を追っていたのだ。
- 373 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:21
- 「ねえ、アングリー?」
「はい、ひとみ様」
「昨日、ハングリーが気を失ったって言ってたけど、アングリーもそう?」
「そうですわ、ひとみ様。いっしょに固まりました」
ひとみは、アングリーに命じてハングリーの首を切らせた。
餅は餅屋、アングリーは手慣れた手つきですぱっと切断した。
ひとみは胴体を持ち上げ、首のところから指を差しいれた。
ひとさし指となか指の間に、ダイヤモンドがはさまれて出てきた。
「これ、さっきのニュースでやってたやつ?」
「きっとそう。泥棒は警察に追い詰められて、
ハングリーの体の中にこいつを隠したんだ」
- 374 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:21
- ハングリーがアングリーによって首をはねられたとき、
宝石窃盗犯が公園の中に逃げ込んできた。
あずまやを見ると、首と胴体が離れた猫のぬいぐるみと、
首と胴体がくっついた猫のぬいぐるみが転がっている。
もちろん、不審な人物を察知したぬいぐるみの本能により、
ふつうのぬいぐるみに見せかけるため固まってしまったハングリーとアングリーだ。
警察に捕まるのは時間の問題で、ダイヤモンドを持っていれば言い逃れはできない。
逆に、ダイヤモンドを持っていなければ、しらを切ることができるかもしれない。
そう考えた窃盗犯は、ハングリーの体に宝石をねじこんだのだった。
運よく釈放されれば、またこの公園に来て捨てられたぬいぐるみから回収する。
ぬいぐるみを持ち帰れば警察に押収されるかもしれないし、
壊れたぬいぐるみを拾って帰る人間などいないだろうと、そのまま放置したのだ。
- 375 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:21
- 「泥棒が逃げると、ハングリーたちは元に戻り、首を縫いつけた。
固まっている間は何も活動しない、つまり何も見てないし覚えてもない」
「ハングリーの体の調子がおかしくなったのは、このダイヤのせいだったのね」
再び首と胴体がつながったとき、ハングリーは元気になって復活した。
ひとみの肩に跳び乗って、頬ずりを始めた。
「ひとみ! ありがとう! おかげで助かったよ!」
「じゃあ、この宝石を警察に渡しに行こうか」
「何かうまい言い訳を思いつかないとね」
- 376 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:22
- 二人は警察に行った帰りに、玩具店に足をのばした。
壊れたラジコンカーを修理するためだ。
「直りそうですか?」
「大丈夫ですよ。少々古い型ですが、これが残っているとはけっこう珍しい。
よっぽど大事に扱っていたんでしょうな」
「ええ。形見なんで」
二人が帰ると、ハングリーとアングリーは、押入れからボール箱を
引っぱり出しているところだった。
中は、プラスチック製の電車とレールで埋まっていた。
- 377 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:22
- 「ひとみ、お帰り! ねえ、これ何!?」
「それはね」
ひとみと梨華は、レールをつなぎ合わせて輪にしたものをじゅうたんに置いた。
その上に電車の模型を乗せてスイッチを押すと、車輪が回転し走りはじめた。
電車の上にハングリーとアングリーが座り、わいわいはしゃいでいた。
- 378 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:22
- おしまい
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:23
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 380 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:24
- (0^〜^)
ハングリー:What Goes Around
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:25
- ( ^▽^)
アングリー:Comes Around
- 382 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/15(金) 21:28
- これにて「こぉるど けーす」は放送終了です。
今までご愛顧ありがとうございました。
放送リスト
第01話 ぬいぐるみとプディング
第02話 ぬいぐるみとフットサル
第03話 ぬいぐるみと深夜の冒険
第04話 ぬいぐるみと吸血鬼
第05話 ぬいぐるみとダイイング・メッセージ
第06話 ぬいぐるみとコンサート
第07話 ぬいぐるみと身代金
第08話 ぬいぐるみと革命家
第09話 ぬいぐるみと桃色の部屋
第10話 ぬいぐるみとタンバリン
第11話 ぬいぐるみと特命係
第12話 ぬいぐるみと喫茶店
第13話 ぬいぐるみとラジコンカー
次週より「しぃえすあい・にゅぅよぉく」をお楽しみください。
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/16(土) 21:02
- ええ話や……。
放送終了!?(涙) と思ったら次があったのですね!
まずはワンクールお疲れ様でした。毎週とても楽しかったです。
しぃえすあいも楽しみにしています。
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/17(日) 01:16
- 見事にはまりました。
次回作もわくわく。
- 385 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/17(日) 10:44
- 最終回はちょっぴり寂しいけど新作楽しみに待ってます
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:22
- >>383-385
ありがとうございます。
「しぃえすあい・にゅぅよぉく」はウソ予告です。
でも、ハングリーが「もっと遊ぼ!」とねだるので続けます。
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1243253281/
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