世界はあたしとあなただけ
1 名前:ななしーく 投稿日:2009/01/30(金) 22:22

いしよしです。
よろしくお願いします。


2 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:23

ひとつの恋から、
ひとりの記憶が抜け落ちた時、






そこにはただ、ひとりずつの想いが残った。

3 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:24

都会の街はせっかちだ。



確か、ハロウィンが終った次の日、
だから11月1日に、一番最初のツリーを見つけた。
ターミナルビルに隣接するビルのエスカレーターの上り口で
真っ白い枝の先にクリスタルブルーの飾りをつけていた。
ツリーの前をたくさんの人が行過ぎるけど、誰も気にもとめていないみたいで、
ひっそり佇んでるツリーはどこか寂しそうだった。

一週間後に長いエレベーターで地下におりた時、
高い天井まで届きそうに大きなツリーが鎮座していた。
透明に輝く飛礫は雪をイメージしてるのかな?
天井のあちこちから、ツリーの頂へと蜘蛛の糸のように繋がっている。
そのもとには、いまは無人のグランドピアノが置かれていた。

ツリーの本数はいつの間にか増え続けてる。
こうして気をとられて、ひとり見上げながら歩いていると、気がついたら
あたし自身もツリーなっていそう…
そして、街中がツリーで埋め尽くされるの。なにかの魔法みたいに。
4 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:24

だけど、みんな知ってる。この魔法は明日でとけるって。
目覚めの刹那の朝方の夢みたいに、ああ、そういえば…って、
今日という日は、もう、明日には過去の想いでになっているから。

限られた時間。だからこんなに綺麗なのかな…
見上げたツリーからは、シャンパンピンクの球体がぽろりと落ちてきそう…
あたしは魅入られたまま、止まっていた足を動かし始めた。

歩いても、歩いても、迷宮の道標みたいに、クリスマスの飾りが行く手を塞ぐ。
でもそれも今日で終わり。

と、いうことは、明後日か明々後日には、松飾が出てくるんだ。
お正月かぁ…
さすがに年末年始は、お仕事は入れないって言ってたけど…

だからと言って、同じような、赤とか白とか緑を使っていても、
世の中全体が諸手を上げて祝福してるムードは堂々としすぎてる。
松飾とか、後光差してる初日の出じゃ渋すぎるっていうか、
あたしが欲しい甘い時間には似つかわしくない。
だって、初めてなんだもん…それはさ、やっぱりさぁ…

5 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:25

しっとりとした夜気の中、輝くクリスマスツリーの灯り、
それを映すあの人の瞳はもっと煌いていて、眩暈がしそうに
美しいに決まってる。
あたしは眩いイルミネーションと、あの人の熱い眼差しを受けて、
酔うように、肩に凭れ掛かる。

ねぇ、サンタさん、あたしが欲しいのは、そういう恋人の夜なの。
別にダイヤの指輪とか、バラを100万本なんて言ってない。

そのイメージの差は歴然としていて、この夜に瞬くツリーの下に
立てないなんて、正直、凹む。


すっかり早くなった日没時間。
忙しない夕暮れ時の、駅へと続く大通りの軒並みからは、
聞きなれたクリスマスソングがいくつも違う音色で流れ、
あたしの唇から洩れた小さな溜息はかき消された。

コンビニの前では、サンタに見えない偽者サンタが、
簡易テーブルに置かれたケーキを懸命に捌こうとしていて、
焦げたいい匂いのもとを辿れば、飴色に輝く鳥が堆く積まれてる。
6 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:25

急ぎ足で行き過ぎる通行人たちは、
今日だけは、いつもと違う顔をしてる気がするし、
なにもかもが、この夜が特別だと言いたいみたい。

両手に下げたビニール袋が指の関節にめり込んで、
腕へと持ち直したあたしは、ふと、空を見上げた。

紫の濃淡は闇色を引っぱって、空の頂からすっぽりと丸く包みこむ。



大通りから、家へと抜ける道も、いつもより人が多い。

カップルが自慢げに腕を組んで、白銀の電飾が糸のように垂れてる
イタリアンの店に入っていく。

通り過ぎる店の前には、必ずツリーかサンタが立っていて、
その煌々と明るい窓の奥には、暖色の明かりと、少しばかり
おめかししている女の子たち。

それを横目に通り過ぎるあたしは、ちょっとばかり不幸が板についた
童話の主人公みたい。て、なぁに、それ?我ながら意味がわからないよ。
7 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:26

陸橋を上がるとシンボルタワーが見えた。

あまりに大きく、目に飛び込んでくるそれは、すごく近く感じる。
なのに、実際近づこうとすると距離がある。
まるで、よっすぃ〜みたい…
どんっと巨大に、あたしの目を独占して、
でもその内側に抱えてるものを見せてはくれない。


スーーー、と隙間風みたいな風が吹いて、あたしの髪の先を揺らし、
頬を撫でていく。


 ─── 寂しい、ぽつり、と、胸の真ん中に浮かぶ気持ち。


違う、そんなことない、そんな贅沢を言っちゃダメ、

早く帰らなきゃ、
鳥の丸焼きなんて、あたしには出来ないし、
たぶん、日付は変わってしまうだろうけど、いまよりずっと冷たくなった外気に頬を
凍えさせて、帰ってくるよっすぃ〜。
だからね、今夜は温かいシチューにするよ。
チキンでしょ?じゃがいも、にんじん、たまねぎ、マッシュルーム
彩りはブロッコリー。あ、サーモンにすれば良かったかな?
焼きたてだったパンは冷めちゃってるけど、温め直したらいい。
8 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:27

ちょっとは食べるけど、甘いものがそんなに好きじゃないよっすぃ〜。
ケーキはちょっと奮発して、高いのを二つだけ。

去年もきっと、こんなふうだったんだよね?
一昨年も…たぶん。なら、その前は?

あたしは、重みが増して感じるビニール袋を持ち直した。
9 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:27

このマンションはオール電化仕様で、
あたしはこの三ヶ月、燃える炎をいうものを見ていない。
よっすぃ〜は煙草を吸ってるみたいだけど、あたしの前では吸ったことがない。
少なくとも、この三ヶ月は。

シチューを煮込んで、ゴールデンタイムのTVを見て、
お風呂に入ったら、他にすることがない。
だけど、時計の針はまだてっぺんまで届かない。

ソファを背にホットカーペットに座り込んでいたあたしは、
大きなひざ掛けをズルズルと口元に引き上げた。

なんか飼ったら、寂しくないかも…
犬とか猫とか、兎とか、
話し相手にならなくてもいいの、自分以外の体温が感じられたなら、


そうしたら、この、
どこから湧いてくるのかわからない不安に閉じこもりそうになる夜と
もっと上手に折り合っていけるかも知れないって思うから。

10 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:28

何回も考えた。ぐるぐる考えた。
あたしたちは、誰かれ構わず惚気られるような恋人じゃない。

恋人のよっすぃ〜は、あたしと同じ女の子。そんなの最初からわかってる。
それでも、あたしはよっすぃ〜がいいんだもん。
絶対、よっすぃ〜じゃないとヤなんだもん。

あの、陶磁器のように仄白く白光してるみたいな肌、
印象的な瞳は、ゆるりと蕩けるカラメルソースみたい。
形よく微笑む唇、そこから流れてくる笑いを含んだような明るい色した声。


大好きなよっすぃ〜、
見惚れるほど美しくて、蕩けそうに優しい自慢の恋人
あたしには、あなたしかいないから。


一生懸命、あたしたちの暮らしの為に働いてくれてるよっすぃ〜、
それなのに、高校生の時のようにずっと一緒にいれないことを寂しがってる。
なんて子供っぽいんだろう。

こんな自分は好きじゃない、でも、仕方ないじゃん!
だって、あたしは…

11 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:28

あー、もぉ!なに考えてるんだ、今日のあたしは!ネガティブは敵!


『梨華ちゃんの笑顔が好きだよ…』

微笑んだ眼でそう言って、あたしの髪を撫でるよっすぃ〜。
お仕事で疲れて帰ってくるよっすぃ〜が、思わず微笑んじゃうくらい
ハッピーなあたしでいたい。ポジティブ万歳!


そうだよ、
他の大人たちとなにが違うの?いまのあたしとよっすぃ〜のなにが違うの?
なんにも変わらないじゃない?
よっすぃ〜は毎日お仕事に行って、あたしはしっかりお留守番。
お休みの日には、お買い物だって一緒に行くし、ご飯も作ってくれる。

スーパーの通路を塞ぐように、声だかに旦那さまの悪口を言ってる
奥さんたちより、あたしはずっとずっと大切にされてる。

あたしは幸せ… 寂しくなんかないじゃない?
うん、幸せなんだよ…


12 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:29

ガチャガチャ─── ドアの鍵を開ける音にハッとして、
あたしはひざ掛けを跳ね除けた。

あ〜、もぉ、寝ちゃった…
今日だけは起きて待ってようって思ってたのに!

サッと立ち上がって、洗面所で鏡を覗く。
手櫛で髪を整えて、薄く唇の上に色つきのリップを滑らせる。
ほのかに淡く匂いたつ、八重の桜色。

さぁ、笑顔で、よっすぃが可愛いねって言ってくれる笑顔で。


お部屋に入ってきたよっすぃ〜は、キッチンに立つあたしを見て、
ちょっと驚いたような顔をした。

「お帰りなさい!」
「お、ただいま」
「いま、ご飯にするからね!ちょっと待ってて!」
「…え?ご飯って、こんな時間まで待っててくれたの?」

目元に優しい笑みを漂わせて、あたしの頭の上にふわりと手を乗せた。

「…フッ、でもさぁ、子供はもう寝てる時間じゃない?」

13 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:29

「子供じゃないよ!
 よっすぃ〜より大人だよ、あたしは!三ヶ月だけだけど…
 それにっ今日はクリスマスイヴだよ?!それでも寝てろっていうの?!」

ぷくっと膨らませたあたしの頬によっすぃの手が触れる。
さらりと冷たい感触。

「大人?…フフッ、歳は、ね。
 そっか、クリスマスだもんな。こんな日に帰り遅くなってごめん」
「いいよ…だって、よっすぃ〜、お仕事だもん。
 あたし、ちゃんとわかってるもん…」
「…うん、ありがと。でも待たせたでしょ?ごめんね」

よっすぃ〜が目を細めると、その目元には甘さが漂って、

なんていうのかな?
たぶんこういうのって、色っぽいっていうんだよね?

あたしの胸がトクトクと音をたて始めた
大人っぽいよっすぃ〜に、あたしはいまだに慣れないでいる。

もう、なんか、
よっすぃ〜ってあだ名が、子供っぽく響いて似合わないような人。
だけどあたしは、他になんて呼んだらいいのかわからない。
14 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:30

キッチンの埋め込みライトを反射して鈍く光る髪。
梳いた少なめの髪が首筋に添うように肩先に落ちている。

わりあい長身のよっすぃ〜には丈の長い黒いダウンがよく似合う。
出掛けにあたしが首にかけてあげた、ベビーピンクで細い糸のマフラーも、
透き通るほど白い肌を際立たせてて、

横へと流した長い前髪の束が、額から耳へと深みのある陰影を落として、
まるで、外国映画に出てくる人みたい。
ほんとに綺麗、綺麗な人。

あたしが両手を伸ばすと、
よっすぃ〜は、擽られてるのを我慢するみたいに、鼻の下を伸ばしながら唇を噛み、
くすりと笑って、顔を少し屈めるように前へ出した。その頬を両手で包む。

「冷たいね…」

よっすぃ〜の瞳の奥が、
カメラのピントを合わせるように、絞り込まれて小さく瞬くと、
ゆるりと溶けて、広がった。

「…んじゃ、暖めて」
「うん」
15 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:30

よっすぃ〜の首に腕を回して、ぎゅ、と抱きついた。
よっすぃ〜は、あたしが入れた力より、もっと強い力で、
あたしの腰を抱きしめ返してくれる。

あーーー、幸せ、蕩けそう…


その見た目の細さからは、思いもよらないような強い力で囲われて、
あたしはすべて預けるの。




よっすぃ〜がいいの、よっすぃ〜がいいの。
よっすぃ〜が抱きしめてくれるなら、他にはなんにもいらないよ。




16 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:31


                



                   ++───つづく++

17 名前:ななしーく 投稿日:2009/01/30(金) 22:32

すっかりご無沙汰いたしておりました。
本音を言えば、もう書くことはないかな、と思っておりました。
何せ、リアルがね(w

なのに、なぜでしょう?
むくむくと書きたい病が発病してしまい、おめおめと戻ってきてしまいました。
かなり恥ずかしいので、名無しで行こうか迷いましたが、
やはり、昔した、お約束を守るべきだと思いました。
のっけから自分語りしてしまい、申し訳ありません。
これきりですので、お許し下さい。

それでは、また楽しんで下さる方がいらっしゃれば嬉しいです。

18 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:33


19 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:33



20 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/01/30(金) 22:33



21 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2009/01/31(土) 10:36
おおおおおかえりなさい!
ななしーくさんが帰ってくるの待ってました!
新作期待してます。
確かにリアルが豊作過ぎてwwでも小説はまた別世界。

これからもがんばってください(^^)
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/31(土) 16:37
やっぱりいしよしは不滅です
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/01(日) 00:55
うわぁ!ななしーくさんだ!!
帰ってこられるのを待ってました。
ななしーくさんのいしよしを読むのが楽しみです。
24 名前:ななしーく 投稿日:2009/02/02(月) 12:46

21名無飼育さん
ただいまです。調子こいで戻ってきてスルーされなくて良かったです(w
最初のレスありがとう。がんばりますね〜


22名無飼育さん
だよね〜〜〜(w  


23名無飼育さん
うわっ! …帰って来ちゃった(テヘ
自分で意外w これからも読みに来てやって下さいな。 

25 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:48


瞼の外側で、白い波が蜃気楼のように霞む。

いつかの夏の日、
海で思い切り遊んだあと、そのまま砂浜で寝転んで、ほんのつかの間に
意識を手放した時に浮かんだ光景のよう。
眩くて、あたしは閉じていた瞼にさらに力を入れた。

ゆらゆらと揺れてるのは、あたし?
それとも、白い太陽から迸る光線?


鼈甲の飴色に瞬く瞳があたしだけを見ていた。
生まれたばかりの意識は、その瞳に恋をした。




26 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:48




27 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:49

あたしは眩しさに顔を顰めながら、瞼を一度ぎゅっと閉じて、
思い切って目を開けた。うはっ…
瞬きする音が聞えちゃいそうに近い、よっすぃ〜の顔。
綺麗、…うぅん、可愛い…
天使みたい、なんて思うのは、あたしが恋してるせい?

生成りのカーテンは遮光性があったはずなのに、
ゆるゆるとアイボリー色の光で部屋を満たしていて、
温まった優しいような空気と穏やかな光色で始まる今日の光景。

あたしは目覚めるたびに、まるで新しい恋を始めてるみたい。
また寝て、また起きて、隣りに眠るよっすぃ〜を見るたび、
性懲りもなく、また新しい恋をしようとする。

自分でも不思議なんだけど、
それはときめきよりも、祈りの気持ちに近い。
目が覚めて一番にあたしの目に映るのが、よっすぃ〜であることに感謝してる。
何に対してなのかはわからない。それでも、ありがとうって、手を合わせたくなるの。

28 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:50

お化粧を落としてスヤスヤ寝てる顔は、高校の頃とあんまり変わってなく見える。
その鼻の頭に唇を落とそうとして、ふいに制服姿のよっすぃ〜が頭に浮かんだ。

どんなに寒くても、ほとんどコートを着なかったよっすぃ〜、
首にぐるぐるマフラーをまいて、よく鼻の頭が赤くなってたよね。


29 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:50


『まっかなおっはなぁのぉ〜、よぉっすぃ〜はぁ♪』
『……やめろ』
『えぇー、可愛い歌でしょ?』
『…どこがだよ』
『むぅ…あ、そうそう!
 ねーねー、よっすぃ〜はさぁ、クリスマスプレゼントなに欲しい?』
『答えたらくれんの?』
『へっ?…う〜ん、物による、かな?』
『じゃ、答える意味ねーじゃん』
『えぇ〜、じゃ、あげる』
『……なんでも?』
『あ、でもぉ、あんま高いのとかは、ムリ、だよ?』
『あのねぇ、私がそんなムチャなこと言うと思う?』
『そっか♪じゃ、なんでもあげる』
『…やっぱいい』
『なによぉ、それぇ、言いなさいよぉ!』
『うるへー』



30 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:51

ふふふ…

その後、しつこくしつこく聞いたんだよね、あたし。
よっすぃ〜は、じゃ考えとくよ、とか言っちゃって、
あたしを見てたあの顔、なにか言いたそうだったじゃん?
あの顔はさ、何か欲しい物が絶対あったはずなのに教えてくれなかった。
そう言えば、あの頃から意外と秘密主義的なとこあったな。
あの頃でさえ、本音を引き出せなかったあたしがいまのよっすぃ〜に
敵うわけない、か。


むぅぅぅ…面白くない…
絶対ズルいと思うよ、あーいう言い方するのって!


あたし…頑張ったのにな、昨日の夜。

─── 頑張ったとか、おかしいよね、
頑張るようなことじゃないもん…

それなら、どうすれば良かったの?
あたしからすればいいの?

あたしからって ────── でも、それは…どう始めたらいいのか、わかんないよ?
そんなの、やっぱ無理、無理だもん…

31 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:53

目の奥がチリチリと熱く、痛くなってきて、
鼻の、喉の奥に苦さが広がっていく。

緩く曲がってるよっすぃ〜の肘。
そこに乗せてた頭を息を押し殺しながら、そぉーと持ち上げる。
そして、するすると体をずらして、暖かく軽い布団から抜け出した。

ゆっくりと上半身を起して、隣りで寝てる愛しく憎らしい寝顔を確認。
うん、大丈夫。
あたしは、するりとベッドから降りて、そのまま床に座りこむ。

32 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:54

はぁ、
溜息と一緒に頭が下がって、自分の着てるパジャマが目に入った。
薄いピンクのフリース生地に濃いピンクと黒のプードルがいっぱいお散歩してる。
これは……やっぱり、色気が無さ過ぎる……よね?
そりゃ、あたしが選んだんだから、自分が悪いんだけどさぁ…

じゃぁさ、バッチリメークとかして、
よっすぃ〜がコレかわいいなって言ってくれた白のニットのワンピースを着て
待ってたら良かったの?

でも…、あたし達、春が来たら付き合って5年になるんだよね?
それなのに、服装だけで気が変わるとかあるのかな?
本当は、ただ単にあたしのからだに飽きてるんじゃないのかな?
だって5年だよ?5年って長いんじゃないのかな?そういうのって飽きちゃうものかな?

それで…でもよっすぃ〜、優しいから本当の気持が言えないのかも…

33 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:54

そんなのヤだーーー、ヤだ、ヤだっ!…悲しすぎるよ……



─── でも、でもでも、
もし、もしそうなら昨夜みたいなこと、もう言えないよ、あたし?
悲しい、悲しいよぉ、寂しい、寂しいし、怖いよ、怖いんだからぁ……


「…ん、んっ、んんぅ…ひっく、ひいっく…うぇ……」


バサッ!!!

ふいに大きな音がして、捲りあがった掛け布団が、
ぎょっとしたあたしの頭の上に波みたいに落ちてきた。

「…梨華、ちゃん?」
「………」
「…ちょっ……ね、梨華ちゃぁんっ?!」
「………」

さっ、と、よっすぃ〜の立ち上がる気配がして、そのまま慌ただしく寝室を出ていく。

34 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:55

…わ、わわわ、
なんかビックリしたー

掛け布団を被ったままのあたしは息苦しい。
でもたぶん、それだけじゃない。
よっすぃ〜に名前を呼ばれると、唇から出てくる声よりも、
もっと大きな音で、胸が鳴って返事をするから。


「梨華ちゃんっ、かくれんぼのつもり?…朝っぱらからいい加減にして!」


リビングで、よっすぃ〜が怒鳴ってるからあたしの目は丸くなる。
高校生の時はしょっちゅうだったけど、この三ヶ月の間はあんなふうに
荒げた声を聞いたことがなかった。

35 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:56

なにを怒っているのかな?
やっぱり、昨夜、あたしがしつこくしたからそれが気に障ってて…
こめんなさいって、謝っちゃえばいいのかな? ───でも、あたし、
謝らなくっちゃいけないことなんて、言ってない…

うっ、ぐすん、んっ……

昨夜のこと考えたら、
悲しい気持まで思い出しちゃって、せっかく止まってた涙がまた溢れてきた。

えっぐ、ふ、ふぇ、んぅ、……


36 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:57

ずんずんっと、大きなスライドでよっすぃ〜が近寄ってくる気配に気がついたけど、
涙は止まってくれない。ふわり、と掛け布団が退かされた。

「……梨華ちゃん……何、泣いてるの?」
「…んんっ、え、えっぐ、ぐっ」

よっすぃ〜が、じっとあたしを見てる。
その視線を頭の上に感じるから、よけいに顔が上げられない。
だって、きっと呆れた顔してるよ?よっすぃ〜はもう、大人だから。

どうしたらいいかわかんないよ…
そう思うと、ますます涙が溢れてくる。ヤだもう、どうしよ、どうしよ…う?
……あ、


 ────── 抱きしめられてる、抱きしめてくれてる。


背中にあたる温かい掌が、ゆっくりと上下しだした。

37 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:57

「…吃驚すんじゃん?」
「………ふ、ふぇ」
「そうだったな…梨華ちゃんは泣き虫だったんだよな…」

しみじみした声に、最近のあたしは、大人になったあたしは、
泣き虫じゃなかったのかな?って、ちょっと不思議に思った。
少し、信じられなかった。
だって、よっすぃ〜の傍にいたなら、あたしの心はきっと忙しい。

38 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:58

大人になったよっすぃ〜は優しくて、高校生の頃の意地悪なよっすぃ〜と違うから
楽しくて、嬉しくて、笑顔の日がいっぱいだと思うけど、
でもだからこそ、ちょっとしたことで胸が塞がれたりしないのかな?
いまのあたしみたいに。
それを感じなくなるあたし、とか、やっぱり想像出来ないよ。
きっと、よっすぃ〜があんまり変わっちゃったから、あたしも格好つけてたんだよ。
うん。それなら、よくわかるな。

背中を優しく上下していた掌が、今度はかぁるく、とんとんと触れる。

「…どう?少しは落ち着いてきた?……どうしたの?ね、顔見せて?」

……ヤだ、よ、恥ずかしいもん。

額をよっすぃ〜の鎖骨に押し付けながら、首を横に振った。

39 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:59

「ふぅーー、困ったな。
 ね、姫、どうしたらご機嫌直るの?」


─── そんなの、決まってる。

もう一度言って見る?いまなら、いまなら、よっすぃ〜してくれるかも?
こういうのって、たぶん、ズルいよね?
泣き落としって言うんだよね?
……でも、怖いの。あたしの中にその記憶がないことが、堪らなく不安なの。



あたしは、ゆっくりと顔を上げた。

40 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 12:59

真っ直ぐに向き合うのは、優しさだけが映った瞳…… なのに、なんでかな?
ふいに一瞬、寂しそうに見えたのは、

「…よっすぃ〜……あの、ね?…」
「……ん?」

おずおずと口を開く。
急かせることなく、あたしを見詰め続けるよっすぃ〜の瞳。
そこにあるのは、春の陽だまりのような、穏やかで、暖かな明るい日差しの温度だけ。
あたしは、大きく息を吸った。胸が膨らむ。


「 ────── お願い、抱いて」









                          ++───つづく++

41 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 13:00


42 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 13:00


43 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/02(月) 13:00



44 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/02(月) 23:04
ななしーくさんお帰りなさい!
昨日何があったのか気になりますぅううう
45 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2009/02/02(月) 23:33
抱いてやれww
46 名前:ななしーく 投稿日:2009/02/05(木) 00:28

44名無し飼育さん
ほい。ただいま〜
気になるかー、ゴメンね(w


45名無し飼育さん。。。
吹いた(w


47 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:29


─── ごくっ


息を呑む音が響いた。
あたしの?それとも、よっすぃ〜の?

瞬きするのさえ忘れたように見詰め合う。
よっすぃ〜が緊張してるように見えるのは、あたしがそうだから?
そして、先に目を逸らしたのはよっすぃ〜のほうだった。


─── なんで?
訳のわからない、暗い予感。
目の前に暗幕を張られたみたいに視野が暗くなる。
まるで、
子供が地団駄を踏むような自分を押し通そうとする涙はもう流したくないのに、
ヤなのに……

「……うっ…くぅ」
「梨華ちゃん…」

泣き顔を見せたくなくて。最後の抵抗。
俯いたあたしの頭に躊躇いがちに乗せられたよっすぃ〜の掌、
考えるより早くからだが反応して、温かいをそれを首を捻って外す。
48 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:29

「……う、…くぅ、も、い、い」
「ふぅ…」
「た、ためいき、つ、つかないでっ」
「…ごめん」
「は、はっきりい、いえばい、いいじゃんっ!」

あたしは、バッと顔を上げた。
きらい、 きらいっ だいっきらい!
この気持を、よっすぃ〜のことを大好きなこの気持をわかってくれないなら!!


……本当に?

違う。本当にキライなのはいまのあたし。
大好きなよっすぃ〜に困った顔しかさせられない自分。
歯がゆいの、イライラする、あたし、どうしたらいい?!
49 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:30

あ、……そっか、
すとん、と。落ちてきた答えに納得する。こんなあたし、だからなんだ、
だからよっすぃ〜はお守りに飽きたんだ。そういうことなんだ…ぐすっ

「…んんっ! い、いいよ。も、もう、わか、わかった。
 ほ、ほんとはヤなんでしょ?もう、し、したくなくなっちゃ、たんだ。
 あっ、あああきちゃ、ったんでしょ?あた、し、に…」
「───はぁ? 何言って…」
「いいっ!も、い…」

よっすぃ〜の言葉を聞かずに叫んだら、ぐいっと腕をつかまれた。
振り解こうとしたけどムリで、それどころかギリギリと締め付けてくる。
痛い!痛いよっ


キッっと、睨んで顔を向けたら、
よっすぃ〜の目に涙が溜まってて ……びっくりした。
あんまり驚いたから、
カッー、と頭に上っていた血液が、冷水を浴びさせられたように足元へと
冷たくなって落ちていく。
50 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:31

よっすぃ〜は、左手の甲でぐいっと目元を擦り、手首をかえして鼻にあて一度啜ると
瞬きを数回繰り返してから、あたしを見据えた。

「 ───ふざけんな。二度と言うな。
 何があっても、例え梨華ちゃんでも、私の気持をわかったふうに言うな!」
「………」
「わかった?!」

呆気にとられて、声が出ない。
よっすぃ〜が子供に見える。あたしがよく知ってる、高校生のよっすぃ〜に。

そうだよ、あの頃。
些細なことで言いあったりすると、わかってないと、焦れたように、
大きな声を出すのはよっすぃ〜の方だった。

見た目はすごく大人びたのに……綺麗な大人の女性なのに……
荒っぽい口調は、美しい少女として人の目を止めることを鬱陶しそうに
斜に構えていたあの頃のよっすぃ〜とピタリと重なる。
二十三歳は、あたしが思うよりもまだまだ子供なのかな?
あの頃と、そんなに変わらないのかな?

だとしたら、あたし達、ひょっとして───?
でもそんな……5年だよ?───まさかぁ…そんなのって、ありえること?

51 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:32

「…梨華ちゃん?返事は?」

よっすぃ〜の問う声からは、もう切羽詰まった響きは消えていた。
それどころかどこか呆れるような呑気ささえ覗いてる。

「うん……ゴメン、ね?
 あ、あのね? ひとつだけ、聞いていい?」
「……何?」
「あのぉ、あたしたちって、……その、してなかったの?」
「……うん」
「え?!5年間も?ずっと?」

よっすぃ〜は顎を軽く引くと、白けた表情で続けた。

「梨華ちゃんが嫌がるから。私も無理矢理って言うのはね〜」
「えぇっ?!」
「……意外?」

あたしはこくんと頷いた。
だって、よっすぃ〜はしたいと思ってくれてたんだよね?
それなのに断るだなんて。まぁ、何回かならわかるけど5年間だよ?愛がないよね?
でも、おかしくない?こんなに好きなのに?なにを嫌がってたの?わからないよ…

52 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:33

「じゃー、あった」
「へ?」
「毎晩、毎晩、もー、梨華ちゃんが離してくんなくってー」
「……よっすぃ〜」
「ん?何?」
「何?、じゃないよっ 
 なによ!なんで涼しい顔してそういうこと言うの?!」

よっすぃ〜が嘘をついててもわからないなんて、そんなの冗談じゃない!
悔しい…


上目遣いで睨んだら、よっすぃ〜は微笑んだ。なんで、そこで微笑むかな?
しかもそんな、思いっきり優しい眼をして……

「…梨華ちゃんさ?
 抱き合うって、どういうことだと思ってるの?」
「は? ……え、それは、その、お互いのからだに触れたりとか…」
53 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:34

うん。ひとつ頷いて、
よっすぃ〜のあたしの片手を取ると、この上なく大切な宝物を扱うみたいに
両手でそっと包んだ。
そして、…じゃぁさ、と言いながら、唇へ運ぶと小さなキスを落とす。

「これが…そうでしょ? そういうことでしょ?」

それは、そうだけど……もっとこう、愛を……
って、篭ってるよね、すっごく篭めてくれてるよね?
いくらあたしでもそれはわかる。

それなのに、なにかを、どこかが、誤魔化されてる気がするのはなんでなんだろう?

頷くことも出来ず、かといって首を横に振ることも出来ず、
ただじっと顔を見詰めつづけてると、
よっすぃ〜はあたしの手を包む両手を額に掲げ、瞼を閉じた。
まるで、祈りのように。聞えてくる声がくぐもる。

「─── 最初に、
 一番最初に、手を繋いだ時のこと、覚えてる?高校ん時」
「…えっと、」

54 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:35


高校の時?───
それは、あたしにとっては数ヶ月まえの記憶だもん。よく覚えているよ。
手かぁ〜、そんなの、しょっちゅう繋いでた気がするんだけどな。

一番最初……んーーー、ん? あ!アレだ!


「初日の出!
 でも見れなかったんだよね、あの時…
 そう去年、じゃなくって高2の、あたしが高2でよっすぃ〜が高1で
 十二月三十一日の夜に海へ行った時だ!」

よっすぃ〜の唇が微笑みの形になり、そう、と、息を吐く。

「───ひとつ、教えてあげる。いままで秘密にしてたこと。
 あの時、私もう梨華ちゃんが好きだった。すごく…好きだったんだ。
 ……だから、初めて手を繋げて涙が零れそうだった。ほかには何もいらない、
 そう、思った……幸せだったんだ」
 
55 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:36

まるで、いま、この瞬間、

幸せだ、と。何もいらない、と。
熱く、濡れていくような声でいうから、知らない間に、
あたしの瞼はその熱をすってしまったように、しっとりと重くて、慌てて瞬きする。



よっすぃ〜はゆっくりと両手を下ろすと、あたしの手から外した。

「……知らなかったでしょ?」



よっすぃ〜が細めた眼の奥を、一瞬通り過ぎたのは……熱い、火傷しそうな熱の、



56 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:37

まさか ─── 見間違いだよね?
人違いをしたような不安な気持をなくしたくて、あたしはふざけた調子で言った。

「そっか、そっか。そんなにあたし、想われてたんだ。」
「フッ……そうだよ?
 そうだ。あの海にいつか行こう。…初日の出はもういいよな?」

よっすぃ〜も可笑しそうに口元を綻ばせる。見慣れた笑い顔。
なのに、



その大きな瞳を、あたしだけが映ってる大好きな、大きな瞳を、
 
 

  ───どうして、かな?

57 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:37


初めて少し、


  ────── 怖い、と思った。







                           




                           ++───つづく++


58 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:38



59 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:38



60 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/05(木) 00:38



61 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/05(木) 23:58
だんだん謎が解けていくように素敵な展開になってきましたね。
これからもななしーくさんのいしよしワールド楽しみにしています。
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/07(土) 21:53
まだちょっと漠然としてる
果たしてこれからどのように話が進むのか、楽しみにしています


63 名前:ななしーく 投稿日:2009/02/09(月) 00:43

61名無飼育さん&62名無飼育さん
はい。楽しみにしていただけるとうれすぃ〜です。

64 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:44

お正月は、だらだらだらだら過ごして。
忙しくしてなくっても、よっすぃ〜が傍にいる時間は驚くほど過ぎるのが早い。

「…よっすぃ〜」
「んー?」

よっすぃ〜はソファを背にして、ホットカーペットの上に座ってTVを見てる。
あたしはさっき、その立てた膝の隙間をこじ開けてからだを滑り込ませた。
そして、よっすぃ〜を背もたれにしてTVを見てる。お正月番組、飽きた。

「結局海、行かなかったね」
「あぁ…いま行ったら風邪ひくって。いつかって言っただろ?」
「うぅ〜〜〜ん」
「なーーに」

よっすぃ〜の掌は会話とは無関係に、例えば、
いま、脚の長い小さなサイドテーブルに乗ってるコーヒーを取ったりする時、
なにかのついでのように、あたしの頭を撫でる。
そのあと、コーヒーを持っているのと反対の指先が、思い出したというように髪を梳く。
コーヒーをサイドテーブルに戻す時には、空いた両手を交差させてあたしを抱え込む。
一連の流れるような動作で。ほとんど、無意識だよね?

65 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:46

こんなふうに扱われ続けると、あたしの思考回路はゆるゆると蕩けだして、
なんだか自分が愛玩動物になったような気がしてくる。
ただ、よっすぃ〜に可愛がられる為だけに飼われているの。

それでいい───
よっすぃ〜が用意してくれた鳥かごみたいに安全で安心な楽園。
あたしはただ愛でられて、まどろむの……

ぐたーーーと背中を押し付け、
そのあと、よっすぃ〜の片膝をぬいぐるみのように抱えて瞼を閉じた。

「ねぇ〜むぃ…」
「おまえ、寝てばっかだよな……つーか、ここで眠んな。
 ほら、風邪ひくからー」
「やー、いーもん。風邪ひいたら看病してね」
「ヤだよ」
「むっ!」
「フッ…」

66 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:46

あの朝から。クリスマスの翌朝から。
ひとつの秘密を打ち明けてくれたあと、よっすぃ〜は少し、変わった。
話し方とか、仕草とか。まるで高校生の時に戻ったみたいになる時がある。
いままで、大人ぶってたのかな?って思ったけど、
5年も付き合ってる恋人の前で、そんなことをする意味がわからないから、
たぶん、あたしとの時間に引きずられてるんだろう。
かつての十八歳のあたしと過ごした日々、想いでの中の十七歳の自分、に。

67 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:47

少しずつ、だんだんと、
よっすぃ〜がいまのあたしを抱いてくれないことを、
わかるような気がしてきた。


いままでのこと、思い出したらね───

あれは誤魔化しではなく、本心だったんだ。
だってあたしは、よっすぃ〜と5年間付き合ってきた恋人じゃないから。
その記憶がないんだから。ある意味、別人なんだ。

よっすぃ〜は焦らなくていいって、ゆっくりでいいって、
そう言ってくれたけど、それって切ないことじゃないの?

人生を二度送れるとしたら、以前の恋人とまた付き合う人ってどのくらいいるんだろう?
よく知っていたはずの相手と、なのに、変わってしまった相手と、
そんな恋人ともう一度付き合うのって、やっぱり幸せとは呼べない気がする。

ねぇ、よっすぃ〜?
あたしの記憶は、明日、戻るかも知れないけど、一生戻らないかも知れない。
こんなあたしでいいの?本当に傍にいていいの?

68 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:47

「─── よっすぃ〜」
「…ん?……何?」
「……」

何だよ。寝言かよ。

フッ…と笑いを含んだ息遣いを感じる。
顔を覗きこんでいる気配を感じながら、聞こうと思った問いかけを口にすることが
出来なくて、あたしは寝たふりをする。

『いまのあたしと、二十三歳のあたし、どっちが好き?』


 ─── それは、聞いてはいけないことだ。

もし、
よっすぃ〜とあたしの立場が逆で、そんなふうに聞かれたら、
あたしはたぶん、泣いてしまうだろう。

よっすぃ〜を悲しませたくない。
早く、二十三歳のあたしを取り戻したい。

明日、
よっすぃ〜がお仕事へ行ったあと、あたしも病院へ行こう。


69 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:48



70 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:48


『何かありましたか?』 

担当の先生の質問に、なにも変わったことはないです。そう答えると、
素っ気なくあたしから視線を外した。
なにもないけど、なにもないからこそ、決められている定期検診の日を
待っていられなくて、藁をもすがる思いで来たのに…

カルテに何か記入していた先生は、手を止めるとくるりと椅子を回転させて
あたしを見た。

『早く……早く、思い出したいんです』
『お気持はわかりますが…以前、お話した通り外傷はないんですよ?
 なので、我々は経過を観察することしか出来ません。
 脳の構造や機能は、現代医学ではまだまだ解明されていないことばかりなのです。
 石川さん、あなたのような方は他にもいらっしゃいます。
 そして、皆さん、過去のことが気になるでしょうね。考えるな、とは言えません。
 けれど、どうにも出来ないことを悩むのは精神衛生上よくないですよ。
 気持が塞ぎ続けると、どのような影響が出てくるのかわかりませんから。
 難しいでしょうが、大らかな気持を保てるよう努力して下さい。』

71 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:49

予約した日じゃなかったから、午前中いっぱい潰れて、しかも、
よっすぃ〜と一緒に住む前に住んでいた家の方に近い大学病院はいまの部屋から遠い。
結局、先生から聞けたのはいつもの検診の日と同じ、型どおりの慰め。
なんか、空しい……

ふぅぅぅー、
大きな溜息をつきながら、正面玄関から外へ出る。
こんな日くらいは、ちょっと豪勢なランチとかしちゃおうかな?

駅へ向かうメインストリートの両側には、飲食店が並んでる。
でもまだ一時を過ぎたところだから、ランチのお客さんでいっぱいだろうし、
女の子がひとりでって落ち着かないかな?



 ─── 部屋に、

あたしの家があった場所に、
燃えて何もかもなくなってしまった部屋を、見に行ってみようか?

72 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:49

ふいに浮かんだ考え。
なにか思いだせるかも? 前にも、そう思ったこと、あったな。
それで、よっすぃ〜に見に行きたいって言ったんだった…

でも、
ショックで気分が悪くなったりしたら困るから、もっと落ち着いてからでいいでしょ?
そう言われて、それきりになってた。
あたしは……
この三ヶ月あまり、自分を確立することよりも、よっすぃ〜の恋人として
どうしたらいいか?そればかり考えていたから。
なんかこういう考えって、高校生っぽい。
恋愛が一番て、実はすごく子供じみているんじゃないのかな?

もう本当の歳は、あと十日もしないで誕生日が来れば二十四歳になるのに。
よっすぃ〜を追い越してしまうのに。
こんな自分がひどく可笑しい。バカみたいだ……

あたしはお財布にしまってあった保険証を出すと、まだ届出を変えていない
前の住所を確認した。

73 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:50



74 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:50



 ────── ない。


なぁんにもない。
考えてみれば、当たり前のことだよね?
全焼だったのかな?それとも半焼くらいで壊されたのかな?

なんとかコーポって名前の、四部屋づつの二階建てだったって聞いたから。
やっぱり焼けちゃったのかな?

たまたまその日、
よっすぃ〜が、夜遅くに来てくれたから、
部屋で寝ていて、煙を吸い込み意識が朦朧としていたあたしを
運び出してくれたみたいだけど…

酸素がなくなって、苦しくなっただろうあたしの脳は命を守るのと引き換えに、
手放すものになんで記憶を選んだの?

ねぇ、
その部屋によっすぃ〜はいっぱい来ていたの?
それとも、あたしが行く方が多かったのかな?
一緒に住んじゃえば良かったのに……いまの、あたし達みたいに。
でも。まぁ、あたしもお仕事してたんだし、ね。

この部屋が燃えちゃったなら、せめて、よっすぃ〜が住んでいた部屋を
見てみたかったよ。

75 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:51

あの、火事があったから、よっすぃ〜は、

心配だから一緒に住もうって言ってくれて、
その上、オール電化の部屋を借りたよって言ってくれて、
いつの間にか、
あたしの家族の引越し先にまで、連絡を取ってくれていて、

そして、
あたしには、十八歳までの記憶しかないってわかった時、
しばらく働かなくていいよ、ゆっくりしなよって、言ってくれた。
だからあたしは職場を辞めてしまった。
知らない大人の人ばかりで、行くのが少し怖いと思ってたから。


  ───あたし、なにもない
         ほんとうに、よっすぃ〜以外なにも───



わかってたはずなのに。
あたしの世界は、あたしと、よっすぃ〜だけ。ふたりだけ。


76 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:51



77 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:52




「……梨華、ちゃん?」



だからかな?
戸惑うようなその声を聞いた時、


よっすぃ〜の声以外があたしの名前を呼ぶのを聞いた時、
空耳だと思ったの。



振返りたくなかったの。












                          ++───つづく++

78 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:52



79 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:52



80 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/09(月) 00:53



81 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/11(水) 08:01
誰だろ〜
頭の中ではあの人かなって思っちゃったけど・・・
続き楽しみです!
82 名前:ななしーく 投稿日:2009/02/12(木) 12:32

81名無飼育さん
  
    当たり???


83 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:33



 「梨華ちゃん!」


確信に満ちた、強く響く声があたしを呼ぶ。



殊更のろのろ振返る自分を、映像で遠く捉えているみたいな変な感覚。
弾むように、駆け寄ってくる足音は、
あたしの目の前で、ただの知り合いと呼ぶには、無遠慮なほどの
目と鼻の先で止まった。

「─── 酷いよっ」

感に堪えかねたように叫んだ制服姿の女の子は、いきなりあたしに抱きついた。

「……どんだけ心配したと思ってんの?
 なんで ───なんで、連絡くんなかったの?…信じらんない…」

84 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:34

え?なに?なにが起こったの?
訳がわからない…

抱きついてるというよりも、しがみついてると言ったほうがいいような必死さと
さっきからずっと、小刻みに震えたままのからだ。
誰なのかはわからない。でも、
ずっと、すごく、心配していてくれたんだ───

あたしは、この子に落ち着いてもらおうとなるべく優しく聞えるように言った。

「 ─── ゴメン、ね」
「…ヤだ。許さないよ?・・・…許す訳ないじゃん!」

同じくらいの背丈。あたしの肩に頬をあてて小さな声が答える。
その声は叫ぶような強い調子に変わり、女の子のからだがカッと熱を発し熱くなる。
 ─── なんて、激しい子、───息が、苦しい。

「…あの、離してもらえるかな?」

ぶんぶん、と、横に振られる首。
バサバサとセミロングの綺麗な、輝く髪が、あたしの首筋を弄る。

これはもう…話してわかってもらうしかない気がする。
本当のことを…あたしの、事情を、
けど、会ってすぐの?全然、知らないこの子に?


話すか、話すまい、か

85 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:34

この子とあたし、どんな係わりがあったのかはわからない、けど、
たぶん、
話さないと、この子は離してくれない。
弱まることのない強い腕の力に、あたしは覚悟を決めた。


「……あの、お話したいんだけど。
 時間があったら、どこかでお茶しない?」
「───なんの話?もうごとーとは会いたくないって話?」

怒気を含んだ響きは、低く掠れて高校生とは思えない迫力がある。
ごとー…?
この子はごとうさんって名前なんだ?
なにも引っかからない、頭の隅にも、心の中にも、なにも。

「……そうじゃなくて」
「ふぅ〜ん…」

ふいに、簡単にするりと力が抜けて、あたしは自由になった。

「いーよ。言い訳ね、聞いたげる。……けど、梨華ちゃんに出来んのかなぁ〜」
「なっ、なによ!その言い方!」
86 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:35

思わず、カチンッときてムキになって言い返してから、ハッとした。
あたしは二十三歳なのに…
例え、中身が目の前のこの子と同じ高校生だったとしても。

それなのに、
目の前の女の子は、ふふんっ、と、
楽しそうに、どこかからかいの色を浮かべた瞳であたしを見詰める。

 ────── 似てる。唐突に気がついた。


この子、似てる。雰囲気が。
よっすぃ〜に。高校生の頃のよっすぃ〜に。
いつも本気ではないじゃれ合いの言い合いばかりしていた。
そう───、そんな表情で…… あたしを…

慌てて瞬きした。顔のつくりは全然違うのに、

「なによー、
 見惚れてんの?ごとー、今日も格好いいでしょ?」

ああ!その笑い顔。そんな顔で。そんな可愛らしい笑顔で。
可愛いじゃなくて、格好いいだろ?って自慢げに笑う ─── それは、誰?


「……頭、痛い」

急に頭の芯が痺れて、足元から崩れていきそうな感覚に、あたしはしゃがみこんだ。

87 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:36


「…ちょ、梨華ちゃん?大丈夫?」

女の子───、ごとうさん、は
しゃがみ込んだあたしの目のまえに膝をつくと、あたしの肩に自分の掌をあてて
背中へとゆっくり擦る。

「─── ゴメン。
 梨華ちゃん、あの火事の夜、部屋に戻ってたんでしょ?
 でも平気だったんだよね?違うの?どこか調子悪い?……ああ、もう
 ごとーったら、マジ、ゴメン」

耳の奥がぐわんぐわん鳴ってる。気分が悪くて、なにも、考えられない。

「…ほんとは、いいんだ。
 梨華ちゃんが無事でさえいてくれたなら、他のこと、どうでもいい。
 言い訳もいらないし、なんでも許すよ?」
「……ダメ、吐きそう」

背中を擦ってくれている掌を片手で遮ると、

─── いいよ、吐いて。
目の前に、制服のブレザーが差し出されていた。そんなのっ……う、うえっ……

「気にしないで、きっと楽になる。…あの日の、ごとーみたいに…」


88 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:36



  『─── いいって、言ってんだろ?!かまうなよ、ババァ!』





89 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:37



  『ババァじゃないのっ!』
  『ブハッ!そこ食いつくぅ〜?…変なおばさ〜ん』
  『おばさんでもないよ!
   あぁ、それよりもうっ 危ないってば! そっち行っちゃダメだったら!』






90 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:38



  『へーきだったら〜 あはははは! よっ!はっ!』
  『も、止めて!あぶないからっ』





91 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:39



  『…へへーーんだっ ……う、うぇ…なんか、気持わり……』
  『えっ?!…ちょ、ちょっと待って、……はいここ、いいよ、吐いて』
  『………うっ』





92 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:39



  『いいの。気にしないで? きっと楽になるから…』




93 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:40


声が聞える、自分の声。耳の奥から。
うぅん、違う、頭の真んなかに一度篭って、広がって。
響いて戻ってきた。ふたりの声が、耳の中に。

 
 ─── あたしと、ごとうさん、本当に知り合いだったんだ。




夢のようには姿は見えない。暗いだけ。
声だけが響く。
息を大きく、逃がすように吐きながら、きつく目を閉じて、その声に耳をすませば、

ぐあん、ぐあん、とあたしの頭の中心で回転していた激しいうねりが、
ぐるり、ぐるりと回転を遅め、くるっ、くるっと捩れだし、やがて、
一本の光の線になると、溶けるように消えていった。 ────── はぁ、


94 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:40

真冬なのに、髪の生え際に汗が滲んでる。
すぅ、っと抜けていく風に、身震いしそうになって、あたしはバッと目を開けた。


「……だいじょぶ?」

あたしを覗き込んで、心配そうに陰る眼差し。
マジマジと至近距離から見てしまった。綺麗な子だな、ごとうさん。

「あ、ブレザー…」
「へーき。も一枚持ってるし」

ニカッと笑う顔は、幼く見えて可愛らしい。

───はぁ、お昼をまだ食べてなくて、助かった。
それでも、少し、汚しちゃってる。あたしはブレザーに手を伸ばした。

「…クリーニング、出すね」
「いーのに。……ま、でも、言い出したら、梨華ちゃん引かないからな」


あ。また。
似てる、似てるよ、そういう言い方。怖いくらい、よっすぃ〜にそっくり。

95 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:41

「…どこか、……ちょっとゆっくり休めそうなとこ行こ」

ごとうさんは、先に立ち上がると、当然のように、あたしに手を差し出す。
うん。
こくん、と頷いて。
一瞬、迷ったけど、スルーするのは悪いから、差し出された手につかまって
立ち上がる。

「んーーー、ん、いーや。
 梨華ちゃん見つかったお祝いだ!奮発するよ、バイト代。ホテル、行こ」
「はぁっ?!」

き、聞き間違い?!
な、なに?なんて言ったの?!いまこの子、ホ、ホテ…?

あたしは両目を見開くと、ごとうさんを凝視した。その頬と、首筋に、サッと朱が走る。

「……バッ、バッカ、ちがうよ?
 いくらごとーでも、今日は迫んない。…しないって! ただ、ジュンスイにね、
 休ませてあげたい、から…」
96 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:42


ひぃっと音がして、息が喉を通った。



 ─── しない?


て、なに?意味が…・・・

ただただ、棒立ちになって、ごとうさんの顔を凝視し続ける。
言葉を発することも、その顔から目を逸らすことも出来ない。


ごとうさんは、ふいにニヤリと笑うと、
一歩、近づいて、あたしの耳の横の髪を、自分の人差指にくるくると巻きつけた。
そして、小首を傾げる。

「……どしたの?……欲しくなった?」


欲し……? って、───えぇ?!
ぐいっと背中が前に押されて、いつの間にかごとうさんの片手が、
あたしの背中にあることに気がつく。

「お年頃の、梨華おねーちゃんは素直になれないのかなぁ〜?」

そう言うと、くっ、と、小さく笑って、斜めにした顔を近づけようとする。
97 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:43


待って、違う、あなた、勘違いしてる、待って、だからあたしはっ、
よっすぃ〜に怒られちゃう、って、違う、違うっ、違うったら、
そういうことじゃなくって!待って、待って待って待ってっっっ!

「ちぃがあぅぅぅーーーっ!」

大きな声で叫んでいた。
目の前には、目をまん丸にしている顔。

「あ、あたし……」

落ち着かなくっちゃ。胸に拳を当てて大きく深呼吸した。


「い、いま、あたし…記憶、喪失なの。……覚えて、ないの」

深く息を吸ったのに、消え入りそうな声しか出なかった。

98 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:43


ごとうさんのまん丸だった目が、さらに、大きく見開かれていく───










                       ++───つづく++

99 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:44



100 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:44



101 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/12(木) 12:44



102 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/12(木) 23:21
誰か嘘だと言ってーーー!!
俺の勘違いだと・・・・
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/13(金) 20:30
嘘だ!君の勘違いだ!w
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/13(金) 20:35
そうだ、勘違いだ…
105 名前:81 投稿日:2009/02/13(金) 22:09
えー予想は外れてましたw
でもこのお方も好きなので嬉しいです
106 名前:ななしーく 投稿日:2009/02/15(日) 01:15


102&103&104名無飼育さん
  〜守秘義務あるいは、黙秘権始動中〜


81さん
  ハズれちゃったか〜……デワアチラの方ネ…


107 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:16

「─── 記憶喪失って…」

ごとうさんは、うわごとのように呟くと、人形みたいに見開いたままの目で
あたしを凝視してる。なんだか、居た堪れない……

その、目線と向き合っていられなくなって、足元を見たら、
───じゃ、と、独り言みたいに、ぽつんと声がした。
顔を上げると、泣き出しそうで、噴出しそうで、崩れ落ちそうな表情で自分を指差す
ごとうさんがいた。
あたしは、申し訳ない思いで、でも、ほかにどうしようもなくて首を横に振る。

「…はっ あは、─── あははっ!!
 ひゃー、さいっこう、梨華ちゃぁーん!もう、ごとー、マジでムリ、ムリムリ
 ガマンできないから!こうさん、こーさんっ、梨華ちゃんの勝ち!ねっ!」
 
なんでだろう?
引き攣れたように裏返った声に涙が零れそうだ。あたしは頭を下げた。

「───ごめん、なさい」
「…ウソ、なんだね?ウソだよね」

あたしは下げてる頭の角度をもっと低くして、首を横に振った。振り続けた。

108 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:16

そっと、肩に指先が触れる。
首筋を滑って、顎に添えられると優しい力でくいっと上を向かされた。

「 ─── ゴメン。
 梨華ちゃんはそんな嘘をつくようなコじゃない。絶対に。そうだった。
 体は平気なの?怪我とかはなかったんだよね?
 ……ごとー、今日は失敗してばかりだ。普段はさ、こんなに格好悪くないんだ
 覚えておいて…」

あたしは黙って頷いた。
頷いた拍子に涙が一粒落っこちて、恥ずかしかった。
だって、ごとうさんは笑ってるから。
寂しそうに伏し目がちに、それでも唇は微笑みのかたちをしているから。

あたしの涙に気がつくと、ごとうさんは自然な動作で腕をのばしてきて、
親指でぐいっと擦った。
 
「…あ、ゴメン。 ごとー、そうとう馴れ馴れしいね。
 つーか、アヤシイ奴だよね。───話してもいいのかな、ごとーのこと。
 それとも、いまはまだ聞きたくない? 混乱しちゃうか…てか、
 梨華ちゃん、自分のことはわかってんだよね?いまどこに住んでんの?」
 
109 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:17

ごとうさん、切替早い……
矢継ぎ早の質問に、あたしの頭の切替が追いつかない。
まずはすぐに答えられそうなことを考える。記憶は───あ、なんか、恥ずかしいかも。
言い難いよ。十八歳とか。現役の高校生前に、図々しいっていうか。
ほっぺたが熱くなってきちゃったから、押さえながら口を開く。

「えと、あの、…笑わない?」

後藤さんは、ぷっと吹き出しながら、笑わない、と言った。

「うそ!笑ってんじゃん!」
「…ぶはっ!いーね、梨華ちゃん、記憶喪失つっても、全然キャラ変わってないじゃん?
 なんか、ごとー、安心した」

え?
二十三歳のあたしって、この子の前でこんなだったの?
5才だか6才だかわからないけど、年下の、制服を着ているような女の子に
いいようにイジられちゃうような大人なの?それって、なんかヤだ!

110 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:17

「…くっ、あはっ
 ごとーね、梨華ちゃんの考えてることわかるよ?
 いま、そんなのヤだ!って思ってたでしょ? 何を焦れてるのかまでは
 わかんないけどね」

むぅぅぅーーー

「ねぇ、唇、尖ってるよ?それ、クセだよね。カワイイなぁ〜」
「ちょ、ちょっとー、やめてよ!ごとうさんって生意気だよ!」
「…ごとうさん?
 あぁ、ごとーのことか。そりゃそっか。
 あのね、梨華ちゃんはごとーのこと、真希ちゃんって呼んでたんだ。
 そこは譲れないからね。まー、真希でもいいよ」
「……まき、ちゃん?」

あたしは呟くと、頭の中でその名前を転がしてみる。
─── だめ、だ。
さっきみたいに、なにかの渦がまた来るかと思ったけど…

「そう。真実の真、に、希望の希」
「…わ、格好いい名前。ご両親センスいいね!」

あたしが微笑みかけると、ごとうさん ─── 真希ちゃんも、微笑んだ。
薄く微笑みながら、あたしから目を逸らして俯くと小さく長い息を吐く。
 ───マイッチャウナ、


111 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:19


「…え?」
「なんでもない。
 それより、ごとーの質問に早く答えてよ?」
「あ、うん。
 あたしの記憶、いまね、自分的には十八歳なの。やっぱり、笑っちゃうよね?
 ……目が覚めた時、卒業式の日だと思ってた。高校最後の朝」

ふいにあたしは、
目の前の制服姿の真希ちゃんが、とても眩しいもののような気がして目を細めた。

「へぇ?
 1コ下?タメんなんのか?…あ、ごとー、ガッコ1年ダブってっから。
 ま、どーでもいっか。年とかごとー的にはどーでもいいし。でもって、
 ─── 卒業式、の、朝、ねぇ〜〜〜……梨華ちゃんさ?
 もし、タイムマシーンがあったら、どこに行きたい?過去?未来?」
「タイムマシーン?…どうしたの、急に?」
「や…べつに。なんとなく。あの、火事の夜?とか言うかと思って」

あ。そっか。そうだよね。うん。そしたら、こんなことになってないんだし。

112 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:19


あれ? でも、なんだろう……心から、そうは思ってないような?
妙に、胸が、ざわざわする、引っかかる。

「じゃ次ー、で、どこ住んでんだって?」
「あぁ、よっすぃ〜の……」


ぼんやりしてしまっていたから、うっかり名前を出してしまった。
なんだか目に映る景色まで、現実感なくぼやけてしまっている気がして、
慌てて真希ちゃんの顔を見れば、触れるだけで指を切りそうな、
ぴんっと張られた糸みたいに、スーーーっと、極限まで細められた目が空を睨んいた。

「へぇ─── なるほど、ね。」
「え?なに?」
「…なんでもなーい。それより、その人、梨華ちゃんの何?」
「あ、…えと、なにって……高校の時の、その後輩っていうか、家が同じマンション
 だったし、学校も同じとこ通ってて…」
「で?、だから?────── 何?……恋人?」

113 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:20

恋人!?───なんでそう思うの?一緒に住んでるひとだから?
あぁ、そっか。
真希ちゃんはよっすぃ〜を知らないんだ。よっすぃ〜ってあだ名だけじゃ
男の子だと思っちゃうんだ。男の子と一緒に住んでたら、それは……

───でも、
さっきまでの真希ちゃんの、あたしに対する態度……あれは、まるで……

あたしにはよっすぃ〜がいるんだし、よっすぃ〜のことを知ってて、からかって、
あたしの反応を面白がってるだけだって、どこかで思ってた。
でも、よっすぃ〜を知らなかった真希ちゃん……まさか、そんなまさか!?


「……ね、真希ちゃん…あたしも聞きたいことが───」


114 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:21


「ちょっと、待って。
 ごとーも少し、気持、落ち着けたいっていうか。駅前戻って、どっか入ろ?
 それまでちょっと考えさせて。」

すでにもう、なにか思案の中にいるみたいに、焦点の合ってない目で一瞥して
真希ちゃんは先に歩き出す。その姿を追いながら、あたしも考える。

 
 ─── あたし、
ひょっとして、よっすぃ〜に隠れて真希ちゃんとも付き合ってたの?


 ……よっすぃ〜を裏切ってたの?あたし、が?……考えられないよ。

じゃ、真希ちゃんが、わざわざあたしが勘ぐりたくなるようなことをしてるの?
さっきまで、あたしの記憶がなくなっていたことを知らなかった真希ちゃんが?
あんなに心配してくれていた素振りで?なんの為に?……それはない気がする、

そうしたら、答えはひとつ。


あたしが?
そんなことしてたの?……信じられない。信じられないよ……


115 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:21



116 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:22

カフェに入って、オーダーしたものがくるまで、あたし達は無言だった。


頬杖をついて、横を向いている真希ちゃんは、なんて言えばいいんだろう?
さっきまで、言葉を交わしていた真希ちゃんと違う人になってしまったみたいだった。

さっきまでの真希ちゃんは、温かい笑顔をあたしに向けてくれていたのに、
いまこっちを向いた真希ちゃんは、ここ何年も笑顔なんて造ったことがないような、
冷たい眼をしていた。

「…で、なんだっけ?……あぁ、ごとーになんか聞きたいんでしょ?」

うん…、頷いたものの、言葉が出てこない。
さっきまでの、優しい真希ちゃん相手にだって、あたしとあなたはどんな関係でしたか?
なんて、失礼すぎて聞きにくいのに……

「はぁっ、なんとなくわかるけど?───うちら、付き合ってたよ」


 ─── …っ!!!


117 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:23


───やっぱり、と、───まさか、が、
交じり合う。ぐるぐるぐるぐる混じって、眩暈、が、しそう───


胸が、かぁっと熱くなり、
その塊がぐっと喉をせり上がってきて、耳の奥が熱を持ち、瞼が熱い。


「泣くのはズルいんじゃないの?…つか、ココで泣くならごとーでしょ?」

あたしは、ひとつ頷いて、両方の掌でぐっと涙を拭うと、声を漏らさないように
唇を噛んだ。けど、
拭った涙がまた、溢れ出てくるから、顔から掌が外せなくなってしまった。


「───嘘」


 ──────え?!

驚いて顔を上げたら、真希ちゃんは小さく口元に笑みを漂わせて横を向いた。

「ごとーはね、梨華ちゃんと違って、いいコちゃんじゃないから……」


118 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:24

真希ちゃんの唇が自嘲的に歪む。


「……でも」

頭で考えるよりも、先に言葉が口から出ていた。
真希ちゃんとの時間は覚えていない、それでも、
真希ちゃんは確かに、世間でいうところの良い子ではないかも知れない、それでも、
なぜか、嘘はつかない気がした。
でも、そうしたら、やっぱりあたしは───

「……梨華ちゃんてさ、二股してへーきなコ?」

黙ってしまったあたしに、真希ちゃんが軽い調子で聞く。
二十三歳のあたしのことはわからない。でも、少なくても、いまのあたしは、

「平気……では、ないと思う、けど…」
「だよね。ごとーも、そう思うよ?じゃ、さ、……浮気されてたら?」
「……え?」
「例えば、こんなのはどお?
 ……ずっと、梨華ちゃんは思ってたのに相手は浮気してんだよ。
 寂しいんだ、梨華ちゃんは。そこにごとーが出てきて誘惑する。」
「………」



119 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:25

真希ちゃんは、あたしの目線を捕らえたまま、すっと眼を細めた。糸を手繰るように。

「酒とか一緒に飲んでてさ?
 あ、言っとくけど、未成年だから飲んでないとかないから。
 ごとーは酒飲むの慣れてるし……で、酒入ると、フツー感情高ぶるじゃん?
 梨華ちゃんは我慢できなくなって泣いちゃうんだ。そしたら、どーするかな?
 ごとーなら抱きしめるね、温かいよ?ごとーの腕ん中。
 おまけにちょっとくらい抵抗したって、力も強い。でね、仕上げは耳元で囁くんだ
 ……代わりでいいから」


どくんっ!!!

ふいに、心臓が跳ねた。
どくどくどくどくどく……熱い、顔が、怖い、真希ちゃんが、

「抵抗できるのかな?───本気で、だよ?
 出来る?ねぇ、梨華ちゃん、想像してよ?ごとーのこと、拒めると思う?」
「や…止めて……」

なんでなの?声が震える。
フッと鼻で笑って真希ちゃんは、あたしに向かって手を出した。

「ケータイ、貸して」
「え?」
「ケータイ、変わったでしょ?」
「あ、」

120 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:26

火事のバタバタで……、
たぶん、燃えちゃっただろうから解約して、新しいのにしたから

携帯を渡すと、真希ちゃんは開いて素早く何かを打ち込みテーブルに置いた。

「ごとーのケー番入れといた。
 けど、登録はしてない。し、梨華ちゃんのは聞かない。
 だから、ごとーのこと簡単にデリートできるよ?どうする?削除する?
 それとも登録しとく?キミのお望みのままに……」

そんな……


暫く無言のまま、見詰め合っていた。
あたしには聞きたいことがいっぱいあるはずなのに、なぜか、言葉が出てこなくて、
真希ちゃんの目は、あたしに向いたままどこかちがうものを見ている様。
その目が、ハッとしたように瞬きすると、ふいに真希ちゃんは立ち上がり、
あたしを見下ろした。

121 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:26

「……梨華ちゃん、
 ごとーが言ったことは、全部、ウソかも知れないし、全部ホントかも知れない。
 でもそれはね、ごとーだけじゃないんだ。
 もちろん、誰をどう信じるのかは、梨華ちゃんの勝手だし、好きにすればいい。
 でもね、いまの梨華ちゃんには、何ひとつ、どれが本当なのかわからないんだ。」


ごくんっ───

気づかない間に息をつめていたあたしは、真希ちゃんの唇が動くのを凝視している。
でも、いくら見詰めても、真希ちゃんのいままでの話の何が本当で、何が嘘なのかは
わからなかった。思い出せない。……自分の記憶なのに、どうしてっ?!

激しい苛立ちに襲われて、つい最近、これとそっくりな気持になったことを思いだす。


『梨華ちゃんが嫌がるから。私も無理矢理って言うのはね〜』
『毎晩、毎晩、もー、梨華ちゃんが離してくんなくってー』


122 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:27


そう───

少なくても、あの時、よっすぃ〜は嘘をついた。
嘘……は、大袈裟でも何かを誤魔化そうとしていた。

じゃ、いままでは?
よっすぃ〜が、いままで話してくれた話は全部本当のこと?


 
 ────── だって、嘘つく必要なんてない!



         ───────── 本当に?わかるの?いまのあたし、に?


123 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:28



わからない ─────── わからないんだ………




124 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:28

暫く、俯いて顔を覆っていた。頭を持ち上げる力がでなかった。
少したって、のろのろと顔を上げた時には、もちろん、誰もいなかった。

テーブルに置かれた見慣れたはずの携帯が、


今、はじめて見る、他人の持ち物のように見えた。













                          ++───つづく++

125 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:28



126 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:28



127 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/15(日) 01:29



128 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:27


あたしの首に添えられているのは───── ひんやりとした指先、
しなやかに伸びた白い腕の先を辿ると、暗闇を背にして見えない顔。



  ────── 梨華、ちゃん ……梨華、梨華、


狂おしく、熱い呻きは音にさえならず、胸の奥にじかに響いてくる。


  ─────ねぇ、泣いてるの?悲しいの?それはあたしのせい?


ふいに、首筋を滑る指先が熱を持ち、力を生む。



   ───いいよ?

        ───悲しくなくなるんなら、なにをしても、いいよ?



あたしは小さく微笑むと、薄く開きかけた瞼を閉じた。



129 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:27



130 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:28

ぱちり、と、目が覚めた。



ああ───、
なんなの?この爽快感?……寝過ごした。たぶん、思いっきり。
だって、昨夜はなかなか寝付けなかったんだもん…


昨夜、
ベッドに入ったよっすぃ〜が、肘を立てた手に顎を乗せながら、横でファッション誌を
捲るあたしに「今日、それ買ってきたの?」って、微笑んで聞くから、
一瞬、迷ったけど、病院へ行ったことは正直に話した。
そうしたら、サッ、と、顔色が変わって上体を起した。


『…何?具合悪くなった?』
『違うよ?……違うけど…』
『けど?』
『…思い出せないんだもん』
『……』
『なぁによぉ、その、小バカにしたような目は!』
『別に、そんなんじゃないけど。ま、気持的にはわかるし、で、先生はなんて?』
『毎回、の、よっすぃ〜も聞いてるのと同じ!』
『…だろーねー』

131 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:29

なんか、やっぱりバカにされてる……
そう感じたら、それが癪で───

部屋にも行って…そう、言いかけたら、寝っ転がろうとしてたよっすぃ〜のからだが
びくっと大きく揺れて、真顔になった。

『…行ったの?』
『───うん、でもなぁんにもなくって。あぁ、燃えちゃってるんだなって思った』

当たり前だけど…、あたしが拗ねた声で小さく付け足すと、よっすぃ〜の口元から
まるで緊張が解けた時みたいな吐息が洩れて、薄く笑う。

『梨華ちゃんが燃えなくって良かったな、マジで、フッ…』

ちょっと、意地悪な言い方だったから、「そうだね、ふふんっ!」そう言い返して
あたしは雑誌を閉じると、よっすぃ〜に背中を向けて目を閉じた。
 
『つーか、おまえ、ひとりで行くなっつっただろ?』
『……』

返事をしなかったら、背中から抱きしめられた。肩先に息がかかって、
熱を宿した声がくぐもる。

『…心配なんだ、心配なんだよ。…また、何かあったらどうすんの?
 その時、私が傍にいれなかったらどうすんだよ……』

132 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:29

求められてる───そう、強く思う。
大切にされてる、とも。


この、よっすぃ〜が、浮気、だなんて、そんなことありえるの?
じゃ、あたしが一方的に裏切って、苦しめてたの?そんなの───、


それなら───、真希ちゃんが悪者?ただの嘘つき?


 ───わからない、

      ──────やっぱり、わからないよ、




閉じた瞼にただ力を入れた。

あたしもひとつ、よっすぃ〜に隠し事をしてしまった。
早く、眠ってしまいたかった。なにも考えなくていい場所へ早く行きたかった。




133 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:30



もう、隣りに人が寝ている気配はない、よっすぃ〜はお仕事に行ってる時間だし。
あたしは、ゆっくりと起き上がって、部屋を見回す。
今日も明るく、穏やかな光に満ちている。

ずっと、東向きの寝室なんてバカみたいって思ってた。
よっすぃ〜がお休みの日も早く目が覚めちゃったりするし、…だけど、撤回。

暖かい。
温まっている空気はもちろん、瞼を閉じれば、光のいろは目にも温かい。

うーーーん、っと、
大きくひとつ伸びをして、あたしはすとんっとベッドから降りた。


134 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:30

寝室から廊下に出た時、仄かにコーヒーの香りがした。

あれ?
今日は、よっすぃ〜、朝ゆっくりだったのかな?
首を傾げながら、リビングへ続くドアを開けると声がした。

「おはよ。お早いお目覚めで」
「むぅ…
 あ、ヤだ!それより、よっすぃ〜遅刻だよ?あたしが起こさなかったから?」
「おい、私は毎朝自分で起きてるだろーが?」
「えへへ♪一回、言ってみたかったんだもん」
「…あのさ、惚けてんの?…まさか、マジ?」
「……?」

よっすぃ〜は冷蔵庫に背中を預けて、マグカップに唇を寄せながらジッとあたしを見た。

「……梨華ちゃんさ、私に隠し事してない?」

  
 ────── ドキッ…

あたしは、前髪を直すフリをして息を整えてから、笑顔をつくった。

135 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:31

「……隠し事?あったけ?
 あ、1個しか残ってなかったよっすぃ〜の分のプリン食べちゃったこと?」
「プリン?違うだろ?……おまえ、ふざけてんの?」

よっすぃ〜の眼差しに力が篭る。瞳の色が一段、濃くなる。
集めた光の発する反射が変わるような、その瞳の濃度の移り変わりはいつ見ても美しい。
けど、いまは見惚れている場合じゃなく、わ、ヤバ…
あ、ダメ、あたし、目を逸らしたら余計怪しまれるから!


……目、逸らしちゃった。あたしのバカッ、意気地なし!

「 ─── 梨華ちゃん。こっち見て」


ひゃ、マズい…よっすぃ〜の瞳の力は、ほんとにヤバいの。
伊達に、ひとみ、なんて名前がついたんじゃないんだから。名は体を表してるんだから。
あたしは、逸らした目線をしおらしく見えるように足元に落として、か細い声を出した。

「……隠し事、なんかじゃないよ。……ただ、思い出せないから。落ち着かないの。
 いつも、何してても、変にそわそわしちゃうの。ゴメンね?」

136 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:32

かたん、と
キッチンカウンターにマグカップを置く音が響いて、あたしは背中から抱きしめられた。

「…バカ。
 私は怒ってんじゃないよ。…わかるよ?落ち着かないのは。けど、仕方ないでしょ?
 思い出せないもんは悩んだって思い出せないんだから。
 そんなふうに思い詰めるのだって、わかってた。だから余計に、あの部屋があった場所に
 行かせたくなかったんだ。
 それを勝手にひとりで行ったりするから大事なこと忘れんだよ。
 ……今日は何日?」

心配そうに優しい声で、
そんなチクチク責めるような言い方するなんて、よっすぃ〜って本当に侮れないよ。
今日?今日は1月10……ああっ!!!

「誕生日っ!」

よっすぃ〜の腕の中でくるりと向きを変えると、呆れたような笑顔が出迎えてくれた。

「よっすぃ〜!ねぇ、よっすぃ〜!!!だから?
 あたしのお誕生日だから、お仕事お休みしてくれたの?」
「当然でしょ?」

あたしは嬉しくて、嬉しすぎて、よっすぃ〜の首に抱きついた。

137 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:32

「嬉しい!ねぇ、あたしって、メチャクチャ愛されてる?」
「当然でしょー」

興奮のまま、つい口走ってしまったあたしの言葉によっすぃ〜は明るい色の声で
答えてくれる。一瞬の迷いもなく。

    ──────これでいいじゃん、


あたしの中で声がする。
もうこれで。


だって、これが真実。
いまのあたしにとっての本当のこと……



見たわけではないのに、真希ちゃんの去っていく後姿が浮かぶ。
あの日、
あたしのもとに残されたブレザーを見詰めながら、迷って登録したナンバー。

カフェを出たら、風が強くなっていた。
ブラウスにセーターじゃ、寒かっただろうな……



138 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:34

その時、
まるであたしの心を見透かすように、静かな声でよっすぃ〜が囁く。


「……梨華ちゃん、
 私たちが生きてるのは、いまなんだ。過去じゃない。いまを楽しんで毎日を過ごすこと
 それを考えよう」

あたしは頷こうと思った。そうしたら、楽になれる気がした。
けど、そうなのかな?
過去を振り返らず、いまだけを楽しむ。それは楽なこと?ほんとに出来ること?
そうだね、たぶん、いまここにいるあたしがあたしのすべてだと胸を張って言えるなら。

あたしは返事の代わりに、
ただ子猫が甘えるように、よっすぃ〜の鎖骨の下に鼻先を押しつけた、
そうしたら、急に、
グイッと強い力でからだが押されて、
気がついたら、あたしの背中に冷蔵庫が押し付けられてる。
びっくりして、少し、高い位置にある顔を覗き込もうとしたら、唇が震えるように動いた。

139 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:35


え?なぁに?


そう聞く間もなく、あたしの唇は塞がれた。
強引にこじ開けるように、唇を開かされてあたしはパニックになる。

どうして?──────どうして?なんで、なんでなの?


どんなにねだっても、優しくそっと掠めるようなキスしかくれなかったのに。
思わず、顔を背けた。

「ちょ、どおし……」

顎を押さえつけられて、また、唇が開かされる。
熱く激しく、執拗に絡みつく舌は、まるであたしを責めてるみたいだ。


怒ってるの?───   それとも、怯えているの?───

   なにに?言ってくれなきゃわからないよ?───  

      
    まるで、よっすぃ〜、大声で泣いてるみたい、胸が苦しい、



140 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:35



 ────── こんなの、イヤだ!
 




「やめてっ」


両腕で思い切り、突っぱねるように覆いかぶさるからだを押したら、
よっすぃ〜は、ニ、三歩、後ろへよろめくように揺れて止まった。


141 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:36

「……ねぇ、よっすぃ〜?急にどお…」
「フッ、くっ!あははっ」


肩が大きく揺れて、俯いていた顔が持ち上がる。その瞳に宿るのは真っ赤に燃える、
熱い、火傷しそうな熱の、────── 見間違いじゃない、それは、憎しみ、


でもその熱は、
瞬きひとつする間に、跡形もなく消え去り、残されるのはやるせないほどの孤独な影。
行き先がわからなくなった迷子の子供みたいな頼りない表情で、よっすぃ〜が呟いた。


「 ─── 私を好き?」
「なっ…なに、急にどうしたの?そんなの、決まってんじゃん!」
「決まってる?……そうかな?
 ハッ、はは、───、そっか、そうだね。ふざけ過ぎた。ちょっとシャワーしてくる」



142 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:38


背を向けたよっすぃ〜が、また、踵を返してこっちを向く。
腕が、すっと持ち上がって、あたしの首筋に冷たい指先が触れた。

瞬間、
びくっ、と、肩が持ち上がり、あたしから離れようとした指先を掴んだ。

 ────── 違うよ、怯えてなんかいない。離れたいなんて思ってない、



ただ、冷たかったの。
あたしは凍える指先を温めたくて、両手で包む。そう、これはあたしの宝物。
そして、見上げる。

「好き。大好きだよ。決まってるじゃんっ…当然でしょ!」


よっすぃ〜の瞳の強張りが解けて、溶け、いつもの優しく、穏やかな輝きに
満ちてくる。

143 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:39


「……キスして」


ねだるように両手を伸ばすと、
外れた指先をからめるように繋ぎ直し、柔らかく、引き寄せて、そっと、唇に
触れるか触れないかのキスをくれた。


大好きなよっすぃ〜、
見惚れるほど美しくて、蕩けそうに優しい自慢の恋人
あたしには、あなたしかいないよ?ほんとだよ?




あたしの世界には、優しいあなたしか───





でもね、気づいたことがあるの、見えていなかったことに、

あなたの世界に住む、あたしは優しいですか?


144 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:40



どんな姿を─── していますか?








                            


                           ++───つづく++

145 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:40



146 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:40



147 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/17(火) 18:40



148 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/18(水) 00:31
うわぁ…何かありそうですね。
次回も楽しみにしてます。
149 名前:ななしーく 投稿日:2009/02/20(金) 23:16

148名無飼育さん
 ムムム…何かありそうです(w 


150 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:18

あたしが目玉焼きを焼いていると、
シャワーから出てきたよっすぃ〜がバスタオルを肩にかけて、髪を拭きながら覗き込む。

「なんだよ。待ってたら、私がしてやんのに」
「いいのー
 楽しいんだもん!よっすぃ〜の為にお料理♪」
「…目玉焼きって、料理だったんだ」
「そういうこと言う?!」
「うははっ、わりー、わりー」

愉快そうに細まり、楽しげに瞬く瞳。

ねぇ、よっすぃ〜、まるでおままごとみたいだね、いまのあたしたちの暮らし。
高校生だったあたしたちが調子にのって悪ふざけしてるみたい。
でも、こういう時だよね、よっすぃ〜が、心から楽しそうに笑うのは、

151 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:18

あたしね、わかったの。
違う、ほんとは気がついてたんだけど、気がつかないフリをしていたの。
やっぱり十八歳までの記憶しかないけど、それでもあたしは十八歳の時のあたしじゃない。
そのことに。
浅い眠りのあとの目覚めのように、時間をかけて、だんだんとはっきりしてきた感覚。

でもね、よっすぃ〜、まだ思い出せないの。
だからなるべく、よっすぃ〜が笑顔になれるあたしでいるよ?

152 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:19

テーブルの上にはバターロール、ペパーミントの香りの湯気が上がるマグカップ。
目玉焼きのお皿には、チンしたブロッコリーとプチトマトを二つずつ乗せた。
椅子に座ると、目玉焼きをフォークでつつきながらよっすぃ〜が言う。

「買い物行こう、今日」
「お買い物?」
「プレゼント。何にする?
 ほんとは買っておきたかったんだけど、こういう状況だし?
 必要なもん聞く方がいいかと思ってさ」
「んーー、じゃ、おうち!」
「バーーカッ、ソレが今すぐ必要か?……マジで必要なら、ローン組むぞ?
 今後一切、スィーツとか余計なもんは買わせない、ボーナスも消える、覚悟あんの?」
「なによっ、その言い方!あたしだって、働くもん!よっすぃ〜こそ覚悟あるの?」
「覚悟?あるけど?つーか、梨華ちゃんは働かせないよ?」
「は?なにそれっ?!意味わかんない!働くに決まってんじゃん?!」
「ダーメ、ムーリ」
「なんでよ?! あたしだってそんなのムリ!おうちなんていらないよっ」
「おまえが必要つったんだろ」
「冗談に決まってるでしょっ バッカみたぁーーーい」
153 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:19

売り言葉に買い言葉。
ポンポン言い合って、ちょっと言い過ぎたかな?って、お互い睨み合うフリして
顔色を伺い、同時に噴出す。
ちょっとした冗談から言い合いになってしまうのがいつものじゃれあい。
ずっと交わしてきたただのお遊びのはず……なのに、
その底に、不自然な見過ごしちゃいけない何かが覗いてる気がする。

154 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:20

よっすぃ〜の子供みたいな無邪気な笑い顔が、すっ、と、刷毛を滑らせたように
穏やかさを上に乗せ、大人の微笑に変わる。
色香を纏いだす唇の動きが秘密を囁くようにそっと開いた。

「……家、買ってあげようか?」
「いらないよ、よっすぃ〜過労死したらヤだもん」
「フッ…そんなムリしないよ。
 買うとしたら、田舎だよ、すげー田舎。もういっそ、自給自足だな」
「自給自足かぁ〜 いいかも。毎朝、新鮮なお野菜♪…よっすぃ〜頑張って!」
「私っ?! ひとりでかよ、おまえもやれよ…」
「紫外線はね、お肌の敵よ」
「……マブでしょ?」
「なによぉ、なにがいいたいのよぉ」
「べっつにー、さーてと、ごちそうさまー」
155 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:20

はらりと見せるのは、よっすぃ〜の本音?
だとしたら、嬉しいことなのに、とっさにそれを交ぜっ返して冗談にしてしまうのは、
やっぱりあたしが子供ではなくなったからだ。
昨日までの、十八歳のあたしの記憶がやけに遠く感じる。
居心地のいい温室から、ぽんっと放り出されてしまった気分。

あたしの心に風が吹く───
どこに向かえばいいんだろう───  どこにあたしはいるんだろう───
 



「……ねぇ、よっすぃ〜」
「ん?」

156 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:21

お皿をまとめて持ったよっすぃ〜が、立ち上がりながらあたしを見下ろす。

「海、連れてって、あの海。お誕生日プレゼントに、ね?」


ほんの僅かの、見落としてしまいそうな躊躇と落胆。
それは、唇から用意した言葉が出る刹那、切なげに洩れてしまう遣る瀬無い吐息の
かたちをしていた。薄く浮かべた微笑に上手に混ぜて、よっすぃ〜は答えた。

「…フッ、安上がりだな。……いいよ、風邪引かないように厚着しなよ」

やったーーー!!!
あたしは無邪気なフリで両手を上げて喜んで、立ち上がると、着替えてくるね、
そう言って寝室へ向かう。

157 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:22


 ───ねぇ、よっすぃ〜


やっぱりあたし、いまだけを楽しむことは出来そうにないよ?
だって、よっすぃ〜が楽しんでるのもいまじゃないよね?そんな気がするの。


あたし、間違ってる?
よっすぃ〜はいま、避けている?隠そうとしてる?なに、かを。
怖いもの?それとも悲しくなるもの?それはなに?
あたしが退治してあげるのに、
でもね、正体がわからないと戦いようがないの。


もし、その正体が、過去のあたし自身なんだとしたら、


必ず、必ず、捕まえて見せる。
あたしはね、逃げたりしないんだ。そう、
逃げちゃいけないんだ─── そんな気がするの。


158 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:22



159 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:23


やっぱり、あたしってバカなのかな…
よっすぃ〜によく、バカバカ言われてるけど、もちろん、言い返してるけど、



なんか、海に来たらさ、思い出の海見たらさ、
こう、ぱぁーーーっと目の前が開ける感じになにかが変わるかと思ってた。
でも、海は海だよね。風、冷たいよね。
て、いうか、あれは夜でいまは昼だよね。まったく同じ場所に見えないよね。

あたしたちは、海岸へと降りる階段の端っこに並んで腰掛けて、海を見てる。
ほかに物好きはいない。

ひゅぅぅぅーと吹く風が、ひっ、と、首を竦めたくなるくらい凍えてて、
そこだけは記憶と変わらない。
冷えた空気を吸い込んだ鼻腔がムズッとする。
ここでくしゃみとかしちゃったら、そら見たことか、と、笑われるのが癪だから
あたしは、暖かくなる方法について考えを廻らせる。


「あれ、して」
「アレ?……何?」

160 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:24

びゅっと、また強く吹き付けてくる風に目を細めながら、よっすぃ〜がこっちを見る。
あたしは上目遣いで、ワザとらしく両手を擦り合わせると息を吹きかけた。

「寒いよぉ〜、凍えちゃうぅぅ」


よっすぃ〜は、ブッと噴出して、
遠く広がる水面そのままにキラキラ瞳を輝かせ、そこにあたしの姿を閉じこめる。

いまとは違う、ぶっきらぼうな扱い方で
あたしの片手を取るとそのまま、自分のダウンのポケットに押し込み、ぎゅっと握る。
そして、海を見て、照れ隠しみたいに「マジ、さみ」と小声で呟いて肩を竦めた。
あたしは、よっすぃ〜の肩に寄りかかる。

「何、オプション?」


横顔を少し向け、からかいを滲ませた明るい声がふたりの間の風に乗る。

161 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:25


「うん。おまけ。泣けちゃう?」
「フッ…泣けないって」
「ふふ、なにもいらない?」
「まーね…」
「じゃー……幸せ?」
「幸せだよ」





どうしてかな?
あたしのほうが涙ぐみそうになるのは、



 それは、たぶん───



162 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:32

幸せ、だから ─── いま、この、一瞬が一瞬が
        


     あなたがあたしの世界にいる、そのことが、
            奇跡だと思えるほど、幸せだから……


                  そうただ、ただ、幸せだから……













                          ++───つづく++

163 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:33



164 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:33


165 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/20(金) 23:33



166 名前:81 投稿日:2009/02/25(水) 23:09
気になりすぎる・・・
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/26(木) 20:49
梨華ちゃんのこの不安定感がどう転ぶのでしょうね

168 名前:ななしーく 投稿日:2009/02/28(土) 00:07

81さん
気にしてくれてる方がいて、良かったな〜と…


167名無飼育さん
ねぇ?

169 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:08


真冬の午後の水面は銀色の鏡のよう。きらり、きらり、さざめいている。
その上を闊歩していくのは天上を渡る白銀の重たげな連なり。


すんっと鼻をすすると、「そろそろ行く?」と気遣うような声。
寒くはないの。もう少しこのままでいたい、よっすぃ〜にくっついていたいの。
さらにからだを寄せて、空いていた片手で腕をぎゅっと掴むと、
あたしの頭を乗せたままの肩が、一度、呼吸に合わせて上下し、殊更、素っ気無い声が
ダウンの繊維越しに響く。───別に、いいけど…

いまは───、言葉なんていらない、
欲しいのは確かに感じられるこの温もり。それだけ、それだけがいいの。



ぼんやりと前を向いていた目線の先に、
犬を連れた若い夫婦が、波打ち際を子供とじゃれ合いながら走ってくる。
高く、弾む笑い声が、なんにもなくぽっかりとあいた大きな空に響き渡る。

170 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:09


───同じ歳くらい、かもな? ウチら、と、

あたしに対してと言うより、自分の内側に発してるみたいな問いかけの声。
奥さんのことかな?長い髪が風に舞う。
小さな男の子と父親はサッカーの真似事を始める。犬が吠えて、
男の子の足に纏わりつく。

「……いいな、ああいうの。……いいと思わない?」

よっすぃ〜の眼差しは優しく揺れながら、転がるようにボールを追う男の子の姿を追う。

昔から、よっすぃ〜は子供好きするタイプで、
あたしはキライな訳じゃないのに懐かれなかった。
よっすぃ〜だったら、自分がサッカーの相手をするだろうな。
あたしには、その時の子供を見る微笑んだ瞳まで簡単に想像できてしまう。
171 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:09

「欲しいの?…子供」
「……いらない。梨華ちゃんがいるから」
「あたし、子供じゃないけど?」
「フッ…そうだっけ?」

肩越しによっすぃ〜がこっちを見た。
ちらり、と、目線を上げて、あたしもその顔を見返す。切なそうな眼をしている。
───ゴメン、ね、思わず、唇から洩れそうになるけど、
その言葉はきっとお互いを余計に寂しくさせてしまうと思うから、

172 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:10

「梨華ちゃん。次。生まれ変わったら、私の子供生んでよ」
「よっすぃ〜、男の子に生まれるの?」
「うん」
「よっすぃ〜が生めばいいじゃない?」
「それでも、いいけど…」

生めばいいんだよ?
今からだって、生めばいいんだよ?
よっすぃ〜の子供、すっごく可愛いだろうな。そう思う。……でも、そうしたら、
その相手は?───

よっすぃ〜が、本当に子供が好きな人だって、あたしは知ってる。
自分はって思うとそこまでじゃないから、この先の人生に子供がいなくても
それほど辛くないんじゃないかなって思うけど、
けど、やっぱり、よっすぃ〜には……よっすぃ〜は……

その傍らにあるかも知れなかった、小さな不在に何度も眼差しを揺らす気がする。
その大きな瞳が寂しさに染まり、切なさを映すなら、それを見続けることの方が
きっとあたしには、何倍も辛い。

173 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:10


それに、………子供だけ、なのかな?
あたしがよっすぃ〜にあげれなかったものは、ほかにもあるんじゃないのかな?



 ───じゃ、さ、……浮気されたら?


ふいに、真希ちゃんの声が、
あたしの耳の奥で陽炎みたいに立ち上がり、揺らぐ。

よっすぃ〜が浮気なんて、どこかでありえないって思ってた。
あたしの二股が考えられないように。

174 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:11

だけど、ひとって、
過ちだと解っていることは決して犯さない、そんなふうに強くいられるのかな?
よく、間がさすって言うけど、気持は変わっていなくても、
それでも、想ってる相手からは絶対に得られないと知っているものを、
他のひとに求めてしまいそうになるのは絶対にないことって言えるのかな?
それを責められるのかな?

寂しい、きっと、心が割れてしまいそうなほど寂しい。
自分を保っていられなくなるかも知れない。
それでも、その揺らぎを責めることは、あたしには出来ない、そんな気がする。

「何、考えてんの?」
「……え?」
「皺、寄ってんぞ」

よっすぃ〜の中指があたしの眉間を軽く弾く。

「……ゴメン、ね」

無意識に出てしまったひとこと。寂しくなる、言葉。
よっすぃ〜は、驚いたように目を見開き、そのあと優しく、眼差しであたしを
包み込もうとするように優しく、微笑んだ。

175 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:11

「…やっぱり、私の子、梨華ちゃんが生んで」
「………」
「梨華ちゃんに、生んで欲しいんだ。
 ─── 性別、とか、関係なくさ?愛してたら、子供をできたらいいと思わない?
 でもな、そしたら梨華ちゃん、体が持たないかー」
「ふふ、なに言ってんのよぉ〜」

あたしは笑ったけど、あんまり上手く笑えてなかったみたいで、
よっすぃ〜はあたしの頭を片手で抱え込み、優しい声で語りつづける。

「何を考えてんのか知りませんけどー
 私は、幸せっつったじゃん。なんもいらないって言ったでしょ?
 ……梨華ちゃんがいれば、それで。それだけで、いいんだ。
 マジだよ。梨華ちゃん以外、何もいらない、……本当に、何もいらないんだ」
 


 ─── ねぇ、よっすぃ〜?

そんな言い方したら、まるでプロポーズだよ?
一生、あたし以外いらないって言うの?

176 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:12

そう、声に出して聞いたら、当然でしょ?って、平然と返事がきそうで、それを聞くことは、
酷く間が抜けていることのような気がした。それなら、ほかに、
なにか言葉を返そうと考えたら、今度はけして言葉のかたちにならない気がした。
だからあたしは、ただ、よっすぃ〜のダウンをぎゅっと掴んで頷いた。



もうね、よっすぃ〜?


十分だよって思うの。


177 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:13

この先もしも、
よっすぃ〜があたしの隣りにいなくなる時が来たとしても、

あたしの一生のなかで、
あたしを一番、愛してくれたのは、胸を張って、あなただと言える。
だから、あたしもそうでありたい。そういう自分でいたい。

あなたが胸を張って、同じように答えてくれるように、
すごく愛してくれたひとがいた、本当に幸せだったんだ、と言ってもらえるように、
そういうあたしを、あなたに見せたいの。

 
 あぁ、─── そうだよ、 
       なんでいままで気がつかなかったんだろう?


あたしたちは5年も一緒にいるんだよ?
ふたりのことを、あたしたちのことを、愛し合ってきたことを、
見てきた友達が、ひとりくらいはいるよね?

178 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:13

いくら、恋人が同性だからって、世間的には隠しておくことだったとしても、
ひとりくらいきっと、信頼できて、力になってくれる友達がいたはずだよ!

抱えられてる頭を持ち上げて、よっすぃ〜を見上げた。

「ねぇ、よっすぃ〜?」
「ん?」
「お友達……あたしたちには、あたしたちが付き合ってること、知ってる友達って
 いなかったの?いるよね?」
「───梨華ちゃん ……、やっぱり、梨華ちゃんはっ……」

ふいに、よっすぃ〜の眼の底が深く暗く沈んでいくように見えた。
真っ暗でがらんとしている洞窟を覗き込んだように、不安な気持になる。

冬の淡い光線が、厚くなっていく雲に遮られたせいだろうか?
そこは光が届かないから、もう何も映せない、そう、言っているようで、
一瞬、何もかも、目の前のあたしさえいなくなった気がして、

その眼に、もう一度ここにいるあたしをちゃんと映して欲しくて、
ぼんやりと霞んでいくよっすぃ〜の眼差しを捕まえようと追いかけると、
それを水平線の先へ投げて、ぼそり、と、乾いた声が呟く。

179 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:14


「……ううん…なんでもない」
「よっすぃ〜?」
「あぁ、……うん、友達、ね。………いるよ?…心配してた、梨華ちゃんのこと。
 ……そうそう、落ち着いたら連絡するって言っていたんだ……忘れてた、私」

あたしの顔の上に戻ってきた眼差しは、微笑んでいたけど、どこか空ろに見えた。

「…あたし、その人のこと、思いだせるかな?」
「大丈夫じゃない?……高校、一緒だったから」
「えっ?! 誰?!」
「美貴だよ、藤本美貴。梨華ちゃん、三年の時、同じクラスだったじゃん」
「……藤本さん?…確かに同じクラスだったけど、ほとんど話したことないよ?」
「ん?そうだったっけ?───ああ、高校ん時はそうかも。
 けど、仲良かったよ。梨華ちゃんは美貴ちゃん、美貴ちゃんって、よく言ってた」
「そうなんだ……なんか、意外、……でも、会いたいな、藤も…み、美貴ちゃんに」
「…わかった。
 連絡取ってみるよ。…日、翳ってきたしさ、もう帰らない?」

180 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:15



そう言いながら、よっすぃ〜は立ち上がりあたしを見下ろした。
「そうだね」笑顔で答えながら、手を差し伸べてくれるのを待ってしまっていた。

一時の間が恥ずかしくて、慌てて立ち上がって見上げながら笑いかける。
よっすぃ〜は、すっ、と、あたしの横を通り過ぎた。

そして、駅までの帰り道、




よっすぃ〜の掌は、両方とも、
一度も、ダウンのポケットの中から出てくることはなかった。


181 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:15





                  ++───つづく++



182 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:16



183 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2009/02/28(土) 00:16



184 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 01:40
更新されるたびに先が気になります。次回も楽しみにしています。
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/02(月) 00:07
う〜ん…真相はどうなんでしょうか。
知りたいような知りたくないような複雑な感じです。
次回も楽しみにしてます。
186 名前:sage 投稿日:2009/06/06(土) 11:43
これからどうなるのでしょう。
続きが気になります。
お待ちしております。
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/06(土) 11:45
スミマセン。
上げてしまいました。
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/10(水) 19:12
大好きな話です、待っています。
189 名前:81 投稿日:2009/06/21(日) 18:10
続き待ってます><
190 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/09/26(日) 22:57
続きが読みたいです・・・
191 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/01(火) 15:54

レスくれてた方々ありがとう。
嬉しかった。
なのに、ずっと答えられなくて、ごめんなさいっ!

スレをずっと放置しててすんませんっ!
やっと来たかと思ったら、
連載と無関係の短編ですんませんっ!

192 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 15:55


神様ヘルプ!


193 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 15:55

あのコとブラつく街ん中の彩りが
オレンジ&パープルから、グリーン&レッドに変わる頃
ラスボス登場的ピンチが鈴の音轟かせてやってきた


194 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 15:56

テーブルのあっち側

本来、この時間に使われる予定であった、おベンキョーグッズは
テーブルの端どころか下に落っことされてて
これ見よがしに広げられてんのは雑誌の巻頭カラー特集ページ


『大好きなカレと過ごす、今年1番ステキな夜☆』


自称、正しい女のコなリカは
キラビヤカなキャッチコピーに踊らされる気マンマンらしい


195 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 15:57

ハァ... 「 ……… 」  ふぅ〜... 「 ……… 」

吐息混じりの熱っぽい溜息と気づかないフリ
繰り返される攻防戦に焦れたリカが
テーブルに対して真横というよりも、いっそ斜め後ろ向きくらいに
頬杖つきながら教科書を捲っていた私の名を呼んだ

「ヒーちゃん」
「…ん」
「ねぇ〜、ねぇ〜」
「んー?」
「ねぇっ!こっち見てよ!」

見ろって言うんなら、見ますけどー
頬杖ついてた手で後頭をポリポリと二回掻いて
正面を向くとリカの顔を見た

196 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 15:58

「…なに」
「見て!見てよぉ、この特集〜♪」
「見た」

身を乗り出すようにして、リカが広げてる雑誌を一瞥して
教科書に目線を戻す

もぉ!
頭の上から声がしたと思ったら、教科書を引っ手繰られて
雑誌がぐいぐい押し付けられる

「ちゃんと読んでっ」
「…はい、はい」
「ね、ステキでしょ?…ステキだよねぇー
 海辺の観覧車に指輪のプレゼント!
 しかもイブに、だよ?!
 1年でたった1日…貴重な1日なんだからっ」

197 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 15:59

1年の中での1日が、貴重なたった1日だって言うんなら
今日だって十分貴重だと思う

リカとのこの時間は(いまここ)にしかない
それは365日、24時間、その価値に違いなんかない

私にとって時間の貴重性とは
そこにリカの存在を感じられるのか、られないのかってこと
そんなことを考えるともなく、感じていると

「もぉ〜、ヒーちゃん、上の空なんだからー」

不満げな声がして、目線を落としていただけの雑誌から上げると
ぷうっと頬を膨らませた顔が目に入る

かまってくれ、と、言葉ではなく、主張している顔つきに
突付いてやろうかと思いながら、結局、止めて、口を開いた

「…リカ、指輪、欲しいの?」
「うんっ!」
「買ってやろうか?」
「…ヒーちゃんが?」
「そう」
198 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 15:59

なんで?
単純に、意図とか読むことなく、ただただ単純に
不思議そうに首を傾げるリカ


一時の間のあと
「あぁ!」リカは納得した顔で大きく頷いた

「ヒーちゃん、バイト代上がったって言ってたもんねー
 だから、あたしにもお裾分け?
 クリスマス用のプレゼントにって買ってくれるでしょ?
 フフ、やっさしー♪」
「………ハ、ハハ……あーーぁ…」
「あ〜、惜しくなったんでしょ?
 だーいじょうぶだよぉ、友達に高いの買ってなんて言わないもん」

そっ…か、
あんた、トモダチに指輪買ってもらう気なんだ…
んで、ソレって、なんか違うって思わねぇんだ…

「あ、そうだ!
 あたし、こないだね?
 駅前のファンシーショップで、かわいいの見つけて
 欲しいなって思ってたんだぁ…
 ヒーちゃんに買ってもられるなんてラッキー、嬉し〜い♪」

ニコニコと、ご機嫌なリカの笑顔に
口から漏れそうだった溜息は、諦めの苦笑いに変わる

199 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:00

───ほんとは、

指輪を贈りたいって、意味に気づいて欲しかった

左手の薬指につけてもいいって思って欲しかった

ずっと外さないって言って欲しかった

そんなキセキが起きるなら、
バイト代全部突っ込もうが、全然、構わないのに…
 

200 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:01

「…やっぱ、やめた」
「えーーーっ!」

期待だけさせるなんて最悪!
リカがぶーぶー非難してる

常々、最悪な行動を繰り返してるあんたにだけは
言われたくない、そう思った ...けど、



───違う、な、

八つ当たりしてどうすんだ?

私が鈍感極まりないリカを見てイライラすんのは...

こんなに大事に想ってんのに、
幸せでいて欲しいって、
どんなモノからも守ってやりたいって、そう思ってんのに

リカのキモチじゃなくって、
結局、自分のキモチを考えちゃう自分が


みっともなく感じるからだ

201 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:01

中学んときから
ティーンズ雑誌や、少女漫画ばっか読んでたリカは

突然、
○○って大人っぽいよね、シブイよね、とかって
いきなり耳慣れない名前を出してきて
そいつと付き合いだした

確か、一週間で別れた


ちょっと顔がいいから
噂話に疎い私でも知ってるヤツを
△△って目立つよね、ハデだよね、そんな風に
言ってたかと思ってたら、カノジョになってた

一ヶ月、もたなかった気がする

202 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:02

次々、簡単に付き合っては別れるリカに
あんたカレシとどんな付き合い方してんのって
聞いたことがある

「一緒に帰ったり、とか…」
「うん」
「えっと、カラオケとー、ボーリング
 プリにー、UFOキャッチャーもやったかなぁ…」
「んー」
「あとはー、マックでしゃべったり…そんな感じかな」

淡々と何をしたのかを答えていくリカ
その表情には、ほんの少しの照れも戸惑いもはにかみもない

ソレって誰かに、
トモダチといつもどんなカンジで遊ぶのって聞かれても
全く同じように言うだろうと思われる回答で

カレシ、カノジョ間だから、なくてならない
感情の彩りが欠落してるってリカは気づかない

203 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:02


恋に恋してるっていうよりも
ただカレシがいるっていうことで、もう満足みたいな
リカの幼さに私はどこかでホッとしていた


204 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:03

そんな中で、ある冬の日


「リカって少女漫画読みすぎ!理想高すぎ!」
そう友達に笑われたってしょげてる

それは放課後の帰り道のことで
肩を並べて歩く私を見上げて言った

「…でもさ?
 ヒーちゃんは優しいじゃない?
 いつでも、すごく優しいもん!
 でさ、
 顔もいいし、すらっとしてて格好いいじゃん!
 スポーツだって、なんでも得意だしっ…」

私はここで、どんな相槌をうつべきなの?
わかんねぇよ…

無言のまま、隣りへ首を回すとつむじが見えた

寒くなってきたな、脈絡なく、そんなことを感じていると
リカが顔を上げる

205 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:03

ムキになっていたからだろう
少し目が潤んでる

ぎゅっと引き結ばれてるからこそ
触れたら柔らかいだろうと想像させる唇

外気に凍え、ほのかに色づいた頬
マフラーから覗く細い首
ふいに吹いた風で揺れた柔らかそうな髪


唐突に
溢れかえりそうになる想いに
前へ出そうと意識しないと、足が止まってしまいそうだった
もし、この足が止まったら、手を動かしてしまいそうだった

206 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:04


 ─── 怖い


このコと向き合うオトコがいる


 ────── 怖い


自分へと向けられる視線の熱に気づいたら
リカは見詰め返すんだろうか?



 ───────── 怖い


助けて、誰か!

 
 ─── お願い、神様 ……


207 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:05

十二月は一年の総決算、試練の月

新しいカレシが出来たって、イブにはデートだって
リカが浮き足立ってる

「…へぇ、指輪ねだんの?」
トモダチの顔でしれっと返しながら

『今年も去年のイブのようになればいい』
心で強く想う。いっそ呪いといってくれ。私の重い想い

さすがに、もう中学生じゃないんだから
いくら部活三昧の生活を送ってるヤツだって
イブにカノジョをラーメン屋につれてくアホウはいないだろう…
そう思う、けど、だけど……それでも、お願い

耳の奥で声が甦る、街のざわめきの中、くぐもる消えそうな声

『…ヒーちゃん?……あたし…カレシとね、ケンカしちゃった
 あのね、街中が、カップルばっかなの。みんな幸せそうなの。
 …こんな日にひとりで帰れないよ…ヒーちゃん、迎えにきて』

どんなムチャクチャなワガママだって、可愛いと思えるから
どんなアクシデントでもいいから、私を呼んで!

208 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:05

神様ヘルプ!

だれよりさ、トモダチだって
友情キメるたび、ココロで泣いてたよ

 ───びっしり



 



 …… ハートにかくしたILoveYou


209 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:05

ひとりでのイブの日は、十分が一時間に感じる
夕暮れが濃くなると、時計の速度はますます遅くなる

自分の心臓の音が
胸の奥から、頭のてっぺん、指の先にまで響いてる

高ぶってる神経に研ぎ澄まされた耳の感覚
テーブルの上に放ったケータイから目が離せない
どんな拷問なの、コレ
もう、死んでしまいそう…


気分を変えようとTVをつけると、夕方の情報番組は
クリスマスイルミネーションを映してる

幻想的な電飾の街
ただようのはカップルの波
あの先にリカもいるんだろうか?

祝福にも似た自分達を包む輝きに目を奪われながら
カレシと微笑み合うの?

210 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:06

神様ヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!
ヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!

助けてくれなきゃ あのコはだれかとキスしてしまうよ


せつないヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!
ヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!ヘルプ!




 ─── 1から100までILoveYou


211 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:06



212 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:07

ドアチャイムが鳴って、廊下で母さんの動いてる気配がする

あぁ、もう父さんが帰ってくる時間かー
絶望ってカンジで、暗くて重い水が胸の底から溜まっていくようだ


コンコン、
少ししてドアがノックされる

なんだよ、そう思って、そういえば夕飯んとき
ケーキは父さんが買ってくるから、後でねって言われたっけ
そんなことを思い出す
だけど、体が重くって立ち上がれそうにない

コンコンッ
さっきより強めのノックに溜息が洩れた
「ケーキなら今いらな…」
イラだった声を上げると、開いたドアの先には



─── リカが立っていた


213 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:07

「ケーキいらないの?
 …じゃ、あたし2個食べていい?」

マグカップも乗ったトレーを慎重にテーブルに置くと
リカが私の手元を見て、眉を寄せた

「ひょっとして電話中だった?ごめん…」
「あ?…あぁ…」

ぼんやりと自分の手の中を見た
いつの間にか、鳴らないケータイを握り締めていたらしい

もう…
今日は……
見たくもねぇ……・・・

私はもたれ掛かってたベッドの上に後手で投げ捨てた


214 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:08

リカがテーブルに頬杖をついて、上目遣いで私を見上げた

「…ヒーちゃん、今日、メチャクチャ機嫌悪いっておばさん言ってた
 何かあった?…あたし、帰った方がいいのかな?」
「イヤ……むしろ、泊まって行って」

リカがめずらしいモノを見たというように目をパチクリさせる

「どうしたの?…ヒーちゃんがあたしにおねだりするなんて…」
「……ヤだ?」
「全然!…すっごく嬉しい!」

本当に嬉しそうに目を細めてる
リカのそんな笑顔を見てたら、なんだろう、猛烈に腹が減ってきた
そういえば私、今日、ほとんど何も食ってねぇんじゃね?

「やっぱケーキ食べるわ、ちょーだい」

手を伸ばせば取れるお皿なのに、わざとリカに向かって手を伸ばす
可笑しそうに笑いながら、お皿を渡そうとした動きを止めて
リカが小首を傾げた

「そうだ!…ヒーちゃん、あーんってしてあげようか?」
「……いい」

215 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:08

「なーんだ、つまんないの〜」

リカはちょっと唇を尖らせて、
私にケーキ皿を渡したあと、自分の分のお皿をひきよせて
フォークで突付きだした

…惜しかった?……イヤ、でも、今日はヤバいだろう
想像しただけで、すでにニヤけそうだし
いつもより感情が高ぶってるから、平気な顔をし続ける自信がない

目の前で、あっという間に空になりそうな皿
パクパクとよく動く口を呆れながら見てた筈が、唇に…色が…

もう取れかかってるけど

気づいてしまったルージュの痕、いつものリカと違う痕跡、
そう言えば、こいつ、デートだったんじゃんって思い出した

 
 ─── ヤベ、また食う気なくなってきた

216 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:09

私は、ケーキとフォークを持て余しながら、口を開く

「そう言えば、デートどうだったの?最高だった?」

なんでだろ?
顔が勝手に笑うよ

返事がないから、偽りの笑顔を貼り付けたままケーキ皿から
顔を上げると、リカは俯いていた

 
……ぽとん、…ぽとん、
空になったケーキ皿に何かが落ちる

……は? 何これ?



リカの涙だ───



217 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:09

そう思った瞬間、頭が真っ白になって、
テーブルをどかした私は、リカの肩を掴んだ

「どうした!?なんか嫌なことされた?!」
「……ヒーちゃん」
「ん……大丈夫、もう大丈夫だから」

リカの頬の上をまた新しい涙が滑り落ちた

「…あたし…キスされそうになって……」
「………っ…」
「…それで、イヤって言ったら…付き合ってんだから
 当たり前だろって言われて…そういうものかなって思って…」
「……うん」
「…初めてだから…なんかヤな気持しちゃうのかなって
 誰でもそうなのかなって思って…それで……
 こういうときは目を瞑るんだっけ?ってぼんやり思って…でも……」
「………うん」

嗚咽を漏らす訳でもなく、静かに濡れたままの両目があたしを見上げた

リカの手がふいに動いて、
私の腕を持ち上げると、掌を自分の頬を押し付けた

218 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:09

「……ヒーちゃんの手ならちっともイヤじゃないのに」
「…っ」
「…さっきね、カレの手が…さわったとき、ね……
 絶対ムリって思って…絶対ダメって……その時ね、
 ・・・ヒーちゃんの顔、浮かんだの…」

息を呑む
タガが外れそう───

リカの頬の上で涙の後を追うように、
滑り出そうとする指先をどうにか押し止める

「……ヒーちゃん」
「ん?」

リカが一歩近づいて、私の胸に顔を埋めた

「─── ぎゅって、して?」
「……わかった」

リカの体を緩く包んだ

219 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:10

「それで、ね……あたし、…走って逃げてきちゃった
 …やっぱりね、少しだけ、怖かったのかなぁ?
 ヒーちゃんの部屋の明かり見えたら、泣きたくなった…」

リカの声が震えて、がむしゃらに掻き抱こうとする両腕に
信じられないくらいの力が入ってしまいそうで
意識して、最小限の力にする

「…ヒーちゃん」
「ん?」
「もっと、ぎゅって、してよぉ」
「……壊したく、ないんだ」

「壊れないよ」落とされた呟きは、声として耳からじゃなく
息遣いが触れた胸から、広がっていった
想いの波が、あっさりと防波堤を越えた

もう、決して、
誰にも奪われないように、失くしてしまったりしないように、
腕の囲いを強くする

リカも私の体に腕を回してしがみ付いてきた
強く、強く、抱き返しても、まだ力が湧いてくる
無限に湧いてきそうな力

220 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:11

「…リカ」


囁くように名前を呼ぶ
リカが腕の中で顔を上げて、私を見た


「……リカ」


もう一度、名前を呼んだ

…リカ、…リカ、唇は繰り返し動くけど
声に出して呼べてるのか自分ではわからなかった


じっ、と、私の瞳を覗き込むように見ていたリカが
そっと、まつげをふせた


私も瞼を閉じようとするその刹那、


すべてを捧げる……

そんな、祈りに似た表情のリカが見えた…


221 名前:inspire 投稿日:2011/11/01(火) 16:12


 〜1から100までILoveYou 〜





222 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/01(火) 21:31
おおおかえりなさいっ
またお話が読めることが嬉しいです
223 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/02(水) 06:21
おかえりなさい
224 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/02(水) 20:08
お昼休みに読んだらニヤニヤしてしまいました
この曲聞いてきます
225 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/03(木) 11:28
ななしーく様の作品が読めて嬉しいです
本編も読み返しました
続きも読みたいです
226 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/04(金) 12:24

レスくれた方々、読んでくれた方、ありがとう。
底の方に埋まってたのに、見つけてもらえて、かなりマジで嬉しかったです。

222さん
ただいま
最初のレスありがとう

223さん
ただいま、ありがとね

224さん
ありがとう
歌にまでキョーミ持ってもらえて嬉しいよ
コンセプト違うけどw

225さん
ありがとう
自分も読み返したw
続き、書くからねー
227 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/04(金) 12:25
スレ立てしたときは放置するつもりなんてなく
でも、どーしても書けなくなっちゃってて

それでも、こんな長い間、
このスレを気にしててくれた人がいるなんて、
正直、吃驚しちゃって…
でもなんか、お陰で書けそうなカンジなんで、敢えて言っときます。

もうそんなお待たせすることなく
(多少はあるかも、だがw)
UPしてくんで、また読みにきてねーよろしくー

228 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:26



229 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:27

待ち合わせのカフェで明るい窓側のボックス席に通された。

ガラスを隔てた向こう側は、北風が冷たかったはずなのに、
温室みたいな室温に保たれたこちら側から見ると、薄く届く光線が淡く反射して
春めいてきているように見える。

それでも、テラス席の間に置かれた鉢植えは季節を反映していて寒々しい。
ぽかぽかと春の長閑な日差しが入る頃には白い陶器の鉢植えには、
何色かの花が咲きテラス席は人で埋まっているんだろう。

いまは無人のテラス席の先、植栽の隙間を急ぎ足で通り過ぎた人影は、
お店のドアを開け、声を出しかけた店員さんを片手で遮り、左右に動かしていた目線を
あたし達の座るテーブルの上で止めた。

「…よっ!」

記憶の中の声と重なる。
唇から出る最初の音は、意外と不器用そうに慎重で、
その後の笑顔になった口元からは、笑みを含んだような少し鼻にかかった声が
弾むように近づいてくる。

「奢ってくれるんだって?…高給取りは違うよねぇ〜」
230 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:27

茶化すみたいな言い方で、よっすぃ〜を一瞥して、
美貴ちゃんはぺこんと頭を下げたあたしの隣りに座ってから、こっちを向いた。


「……元気そーじゃん、つか、太った?」


ガァーーーン……

そうだよね、薄々わかってたけど……やっぱり…

「フッ、…こいつ、甘いもん食ってばっかだもん。ヒマさえあれば寝てるし」
「なによっ、じゃ───働く!あたしも外出て働く!」

ちょっと涙目になりながら、強い決意を込めて、あたしが宣言するように言うと、
美貴ちゃんが、口元だけでニヤリと笑う。

「えーー、いーじゃん、いまのまんまで。美貴、ちょっと羨ましい。
 やりたいこととかあんなら別だけどさ?
 適当な仕事やるくらいなら、そのまま主婦業頑張ればー?」
「ねぇ〜?」

よっすぃ〜がニヤニヤ笑いながら、あたしの顔を見る。

頑張ってるもーーーんだ!……頑張ってるのかな?
でもほら、苦手分野だし、頑張ってる方だと思うんだけどな…
231 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:28

「…つーか、お宅のダンナ、奥サンを外に出したがんないでしょ?」
「そ、そーなの。美貴ちゃん、どうして?」

あたしは、興奮して思わず美貴ちゃんの腕を掴んだ。
やっぱり美貴ちゃんは、あたしたちのこと解ってるんだ!

「どうしてって……本人に聞きゃいーじゃん?」
「…どうして?」

うん。美貴ちゃんが横にいると心強い。あたしはよっすぃ〜を見て聞いた。
よっすぃ〜は目を細めて、軽く美貴ちゃんを睨む。
美貴ちゃんは、顔中でニタニタしながらよっすぃ〜の目線を受け止めてる。
方頬を引き攣ったように上げたよっすぃ〜は、皮肉気な笑みを口元に浮かべた。

「…教えねーよ」
「な、なによっ それ!」

ブハッ!

「オタクら、ほぉ〜んと変わんないね。ま、ソレが味かぁ」

美貴ちゃんは、ふんふん、一人で頷きながら、メニューを開くと、
お肉、お肉〜って、今度は俯いてブツブツひとりごとを呟いてる。
232 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:28

鉄板にのったじゅうじゅう湯気が上がるステーキを平らげた美貴ちゃんは、
陽だまりでお昼寝中の猫みたいに、満足げに目を細めた。

「ゴチッ!
 つか、美貴、まだ食えるよ。このまま、スィーツ行くってど〜よ?」
「え?!スィーツ!!美貴ちゃん、いいお店知ってるの?!」
「ぅわ〜、目が輝きだした…」

よっすぃ〜が黒目を天井に上げて、大袈裟に呆れたみたいな表情をする。
な、なによぉ…
あたし、今日はそんな食べてないじゃんっ!
美貴ちゃんに会うから緊張してたしさー
だってほら、あたしには、美貴ちゃんと親しくしてた記憶がないんだから…

ちょっと膨れっ面になっちゃったあたしを見るよっすぃ〜の目は
どんどん優しい色を濃くして、形のいい唇に小さな笑みを浮かべると、
テーブルの上の伝票をすくうように白く長い指を動かしながら立ち上がった。

「私は甘いのはいいや、二人で行っておいでよ」

えぇっ?!
ちょっとドキドキしちゃうっ
主張しだした心臓の音に、無意識に胸に手を当てて隣りの美貴ちゃんを見た。
233 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:29

美貴ちゃんは、あたしを安心させようとするみたいに穏やかに微笑んだあと、
すーーっと、大きく息を吸い込んだ。

「ねっ、よっちゃん!
 梨華ちゃんが美貴を見て、顔真っ赤にしてるよ!」

ちょ、ちょっとぉ、美貴ちゃん!なにを言い出すのっ
熱を持ちだしたほっぺたに慌てて両手をあてて冷やしていると、
お店のドアへ向かって歩き出そうとしていたよっすぃ〜の足が止まる。

美貴ちゃんは、今度は囁くような小さな声を出した。

「…梨華ちゃん、美貴に惚れちゃうかも?」

もぉ、美貴ちゃんったら、なんの冗談?
振り返ろうとするよっすぃ〜もきっと呆れた顔してるよー
 

 ────── え?

 
234 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:29

振り返り、注がれるのは─── 強い、強い、
まるで、キリキリと攻撃の矢を放つ為に細められた、そんな強い眼差し、


美貴ちゃんは、盾みたいに動じない。
自分に向かってくる眼差しの矢を払い落とすようにゆっくり口を開いた。

「…信じてないの?美貴を?梨華ちゃんを?…それとも信じられないの?」
「……美貴」

傷を負った獣が痛みに呻くみたいな、くぐもった声。
美貴ちゃんは、よっすぃ〜を見上げて笑顔を浮かべた、悲しそうに。

「ジョーダンに決まってんじゃん!
 よっちゃん、疲れてんじゃないのぉ、やつれた顔しちゃってさー
 ね、梨華ちゃん、スィーツ、和はどーよ?最近出来た店で…」
235 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:30

何事もなかったみたいに、こっちを向いて話出した美貴ちゃんに相槌を打ちながら
あたしは、チラッとよっすぃ〜を盗み見た。

よっすぃ〜は、あたしの視線に気がつくと、
見えない重荷に耐えかねて、いつの間にか下がってしまった両肩を、

話しになんない、呆れたというように上げて見せて、
ペラペラしゃべり続ける美貴ちゃんのつむじに …バーカ、と浴びせると、
そのまま踵を返してドアに向かって歩き出した。

「美貴は信じてるよ」

唐突に美貴ちゃんが言う。
よっすぃ〜の足は止まりかけて、でも止まらずに、振り返ることもせずに
レジへと進んで行く。

そのまま、よっすぃ〜がドアの外へ出て見えなくなるまで、あたしと美貴ちゃんは
無言のまま、見送っていた。

236 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:30

「…美貴ちゃん」
「ん?」
「さっきの───」

なんであんなこと言ったの?
あたしがよっすぃ〜を裏切ったことがあるから?
ねぇ、美貴ちゃんは何を知っているの?

聞きたいことはたくさんあるのに、言葉になってくれない。
開きかけて閉じたあたしの唇を見ながら、
美貴ちゃんは、あーー、と、情け無さそうな声で呻いた。

「ゴメン!
ちょこっと、ジェラシー?
 ほら美貴、一人身だからー、…タハハッ」

さり気なく、あたしの顔から外された目線、

嘘、だと思った。
美貴ちゃんも誤魔化そうとしてる。

237 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:31


 ……でも、


  何をどんな風に隠したいからなのか

  
              あたしにはわからない ……




                 



                  
                    ++───つづく++

238 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:31


239 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:31


240 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/04(金) 12:31


241 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/04(金) 21:48
キター!!!
ななしーくさん帰ってキター!!!
ますます目が離せない展開で・・・このお話の続きが読めることが
ものすごく嬉しいです
242 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/07(月) 09:49
241さん

帰ってきちゃったねぇ…w
喜んでもらえると自分も嬉しいよー

243 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:50

「なんかさー、あんみつって日本人の心だよねぇ」

黒蜜ときな粉をたっぷり絡めた寒天を飲み込んだあと、美貴ちゃんは
ほぅ、と、まったりした息を吐いた。

あたしは曖昧に微笑んで、セットについてたほうじ茶を啜る。
なんとも言えない香ばしい湯気が鼻腔をくすぐった。
日本人の心って、どっちかっていうと、こっちだと思うんだけど…
仲良しだったらここは突っ込むとこだったのかな?


「大人しいね」

ニヤニヤ、揶揄するような笑い方で美貴ちゃんがあたしを見る。

「美貴、さ、……高校んときはね、
 ぶっちゃけ、あんま梨華ちゃんのこと好きじゃなかった」

ぶはっ!

そんなハッキリといきなりぶっちゃけなくっても───
ゲホゲホ咽だしたあたしに、美貴ちゃんは「ゴメン、ゴメン」って
笑いながら背中を擦ってくれる。

244 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:51

遠くに行ってしまった、何かを懐かしむように目を細めて
美貴ちゃんの横顔が薄く笑った。

「教室ん中で見るただのクラスメイトの梨華ちゃんは、おキレイなカンジで
 優等生面してて、なんつーか、鼻持ちなんなかった」
「酷いなぁ…美貴ちゃん」

お茶をずずっと啜りながら、恨みがましい目を向けると
アハハッ、美貴ちゃんが愉快そうに声を上げて笑う。
245 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:52

「よく、さ、
 よっちゃん、ウチらのクラス来てたじゃん?
 よっちゃんがいるとね、梨華ちゃんの雰囲気が変わるんだ。
 無意識だったんだろうけど……
 なんかこう、取り澄ましたカンジがなくなんの。
 それでさ、二人を目で追ってる自分に気がつくと、なんかさ、
 負けたような気がして、梨華ちゃんのイヤなとこばっか
 見つけようとしてた気がする」
  
 美貴もね、無意識だったんだけど…そう言って自嘲的に笑った。

「あの頃、ガキだったから美貴尖ってたし、クラスでもこう
 遠巻きにされてて、なんかね、世界が遠かったんだ。
 だからさ、結局、何が言いたいかっていうと、あの頃からね
 梨華ちゃんとよっちゃんは、がっつり結ばれてて。
 そんな相手がすぐそばにいる、それが羨ましかったってこと」

246 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:53

「んで、学校卒業した後
 美貴たちが初めて会ったのはね、そこの交差点」

美貴ちゃんがガラス窓の先を指差す
歩道を挟んだ先の片側二車線の交通量の多い道路

「…梨華ちゃんは、携帯ガン見しててさ
 信号が点滅してんのに気がつかなくって渡ろうとしたの。
 危ねーな、このコって、横顔盗み見たら知ってる顔だったから
 慌てて引き止めた。
 そしたら、こっちが気恥ずかしくなっちゃうほど感謝されてさ。
 メアド交換して、一緒にご飯とか行くようになった」
247 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:53

美貴ちゃんは頬杖をつきながら、あたしを見て柔らかく笑った。

美貴ちゃんは美人だから、つんと澄ましているとちょっと近寄り難い。
だけど、こういう風に笑いかけられるとすごく優しくしてくれてるのが
わかるようで嬉しくなって、くすぐったく感じた。

「…高校ん時は、さ、
 なんでもそつなくこなしてるように見えてたはずの梨華ちゃんが
 そつなく見えるのは緊張しーの人見知りだからで、
、ただ単に生真面目で融通が利かない不器用な頑固者で、
 なんでか全力で一生懸命になるほど、空回ってんの知っちゃうと、
 構いたくなるっていうか、不思議と目が離せなくなっちゃって
 ───って、何言ってんだ美貴?」

248 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:54

あたしの顔から目を逸らすと、美貴ちゃんは窓の外を見る。
おしゃべりを止めてしまった横顔は、どこか寂しそうに見えた。


美貴ちゃんとあたしにも想いでがある。お互いを思う気持ちがあったんだ。

仲良くしてたって、よっすぃ〜が言うんだから、そんなの当たり前なのに
それをあたしだけが覚えていないなんて…
こんな、一方的に相手を寂しくさせてしまう、残酷なことってあるのかな?


ゴメンね───

そう言いたかったけど、それは自分が楽になりたいだけな気がしたし、
何より、美貴ちゃんを傷付けてしまいそうだから、あたしは口を噤んだ。
そして、久しぶりに見る大好きだっただろう友達の横顔を見詰める。

249 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:55


───ハァァ、


少しして、美貴ちゃんが大きな溜息をつきながらこっちを向いた。

「…そんな顔すんな」

ふいに美貴ちゃんの右手が伸びてきて、デコピンされた。

「…っ、いったー!…痛いっ!痛いよ、美貴ちゃんっ」
「アハハッ!美貴を忘れた罰だ!」
「美貴ちゃん……」
「いーよ、いんだよ、梨華ちゃん。
 飯なんてこれからだっていくらでもいけるし、どこにだって行ける。
 この先のが人生ずっと長いじゃん」

250 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:56

美貴ちゃん……

ダメだ、泣いてしまいそう─── あたしは、バッ、と俯いた。

美貴ちゃんの視線を頭の上に感じる。
震えだしそうになる肩を押さえる為に、膝に力を入れて握った。


「ハァァァ、…頼むよ、マジで」


あたしは、何回も頷いて、溢れてくる涙を止めようとするけど、

「違う! …我慢しようとすんな。堪まんないんだよ。友達でしょ?」

強い声に、咄嗟に顔を上げていた。
泣き笑いみたいに痛そうな顔をする美貴ちゃんが見えた。                
なぜだか自然に笑い返せそうな気がした。
251 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:56

せっかく笑顔になれるような気がしたのに、
涙は後から後から流れてきて、なかなか止まってくれなかった。


252 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:57


253 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:57

お店を出た後、
美貴ちゃんが「目ぇ、腫れたな〜」とからかうように笑う。

もー、唇を尖らせて反対側を向くと、
美貴ちゃんは、わざわざ後から回ってきてあたしの顔を覗き込む。

「写メ撮っちゃおっかな〜」
「ほんっと、止めて!」

ムッとして、美貴ちゃんの体を離そうと腕を押す。

「ぷっ、くっ、ハハッ!必死な顔しちゃってー」
「もーっ やめてって言ってるじゃん!
 美貴ちゃんって、いつもこんなに意地悪だったのっ?!」
「ハッ、わかってないねぇ、Sはね、MがいるからSになんの。
 期待に答えてんの。愛の無料奉仕だね」
「まったくわかんないよっ!」
「わっかんないだろーねー、わかられちゃったら興ざめだしねー」

美貴ちゃんは、あたしを見ながらニヤニヤ笑いを止めない。

254 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:57

イーーーッ、だ!
顔を顰めて、さっさと先に歩き出したら、


「…これじゃ、よっちゃんも狂っちゃうよね」


───え?

美貴ちゃん? いま、なんて言ったの?


振り返って、小首を傾げると
横に並んだ美貴ちゃんはあたしの顔を見て、苦笑した。

「今の─── あぁ、記憶なくす前のね、
 梨華ちゃんも放っておけなかった美貴としては、高校んときに、
 あんな歪で心の柔らかいときに、自分の何気ない一挙一動に
 いちいち素の全力で向かってくるようなコが近くにいたら
 ちょっと堪んないなって……よっちゃんに同情するわ」
「………?」

純粋に愛だけに囚われたら、キツいなぁ───
独り言みたいに呟くと、遠くにあるものを眺めるみたいな眼差しで
あたしを見ながら美貴ちゃんが口を開く。

「あるところに、囚われの王子がいるんだ…」
 
255 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:58

「……でもね、幸せに暮らしてるんだって。
 相手は悪い魔女じゃなくって姫だから。
 愛しい愛しいたった一人の、恋焦がれてるお姫さまだ。
 だからさ、誰にも助けになんて来て欲しくないんだよ。」

……美貴ちゃん? 何の話?
口を挟もうかと思ったけど、訥々とした話し方なのに
なぜか耳に残る美貴ちゃんの声が、あたしの口を噤ませた。

「例えその姫が、
 本当に望んだ姫とうりふたつの魔法にかかった偽りの姫だったとしても
 ふたりでまやかしのお城に閉じこもってたいんだよ。
 まぁ、相手は愛しい姫だからね、ハッピーエンドと言えなくもない。
 めでたし、めでたし」

え? それって、ひょっとして───
 
256 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 09:59

ここのところ、よっすぃ〜の感じがおかしくなるときは
決まってあたしが、こう思ってるときだった。
その疑問を口にしてみる。

「そうかな……
 そんなのほんとのハッピーエンドじゃないんじゃないかな?
 魔法にかかったお姫さまで王子さまは本当の幸せを感じられるの?
 幸せさえもまやかしだって、悲しくなるんじゃないの?」
「そうかも、ね、でもさ、
 王子も悪い呪文にかかってるのかも知れないよ?」

……悪い呪文?
どういうことだろう?
魔法にかかったお姫さまと、まぼろしに囚われてる王子さま
 
257 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 10:00

「じゃぁ、さぁ……ねぇ、美貴ちゃん
 どうしたら王子さまを救い出せるのかな?」

「これは美貴の個人的見解だけど…」そう言いながら、美貴ちゃんは
目を逸らすことが出来なくなるような、強い眼差しであたしを見た。
 
「姫にかかってる魔法がとけて、それでも姫の愛が変わらない真実ならば」
「…………」
「美貴はそのお話の登場人物にはなれないし、何も出来ないんだ。
 王子がヘタレだからさ、姫に活躍してもらうしかないよね。
 結局、何があったって王子が必要としてるのは、どんな時でも
 姫の愛だけだからね、…美貴がお話できるのはここまで、かな」

258 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 10:00

美貴ちゃんがしてくれた物語りは、
おそらく、あたしとよっすぃ〜のことなんだろうなって思えた。

やっぱりよっすぃ〜は何かに囚われて怯えているんだ。

その原因はたぶんあたしで…

だからやっぱりあたしにかかった記憶の魔法がとけないと
よっすぃ〜は心から笑えない。

259 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 10:01


───逃げてはいけない

まやかしの優しいお城の外がどんな荒地だったとしても

王子さまを救うために、
ううん、
お姫さま自身が信じるハッピーエンドの為に……







                    ++───つづく++
260 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 10:01


261 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 10:02


262 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/07(月) 10:02


263 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/07(月) 18:44
ますます引き込まれる
何だろうこの胸騒ぎ・・・
264 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/07(月) 23:51
う〜ん、やっぱり面白いっす
この先の展開が気になります
265 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/10(木) 22:49

レス、ありがとー!


263さん
グイグイッ(引っ張ってみたw)

264さん
面白い?なら良かったw

266 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:50


267 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:50

美貴ちゃんとアドレスを交換して駅前で別れたあと、
初めて会ったあの交差点がなんとなく気になって戻ってみることにする。

記憶を取り戻す為に、
取り合えず、いまのあたしに出来そうなことを考えてみたら、
記憶を失う前の自分を追いかけること、それぐらいしか思いつかない。

そんなことを漠然と考えて歩きながら、何げなく、
目線を反対側の歩道に向けると


───あれ?

あのコートの女のコって、……真希ちゃん?


揺れる膝下のコートの裾、ヒールの高い黒のブーツ…
目で追ってる間にどんどん進んで行ってしまう。
あたしは慌てて追いかけた。

268 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:51

信号が変わったタイミングで反対側に渡って、真希ちゃんの後をつける。
その背中までは数十メートルの距離。

追いついて声をかけようか迷っているうちに、駅前の雑踏に紛れて
見失ってしまった。
慌てて回りを見回したけど、大勢の通行人がいて真希ちゃんの姿は
見つからない。

はぁ───


溜息をついて、とりあえず人通りをさけてビルの壁にもたれかかる。

269 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:51

今日、美貴ちゃんと会ってひとつわかったことがある。

美貴ちゃんは、よっすぃ〜とあたしの間にあったことを
知っているようだけど、話してくれる気はないみたいだってこと。

それはたぶん、
あたし自身が自分で見つけないといけない答えだから…

だからと言って、よっすぃ〜が、
あたしが記憶を取り戻す為に何らかの話しをしてくれる気が
ないだろうことは、今までの様子を考えば明白だった。


そんなあたしにとって、記憶を探る糸口はもう───

そう、真希ちゃん以外にいない。
いまならまだこの近くにいて、会ってくれるかも知れない。

270 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:51

ひとつ頷いてバックから携帯を取り出す。

『後藤真希』

コールボタンを押そうとして、指が止まった。
胸がドクドク鳴ってる……

空を仰いで、大きく息を一つ吐いて、
もう一度、携帯の画面に向き直る。

それでもまた、躊躇してしまう弱気な自分に唇をかんだとき───


「…何してんの?
 さっきから携帯見て溜息ついて、電話する気なら早くしてくんない?」

聞き覚えのある声に驚いて顔を上げると真希ちゃんが立っていた。

271 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:52

ごとーの後、つけてたでしょ?
耳元に唇を近づけて、押し殺した声で囁かれて、
自分がこっそりしてたことが恥ずかしくてなって顔がカッと熱くなった。

真希ちゃんは耳元から顔を離すとあたしをしげしげと眺める。


「…やっぱ可愛いよね……食っちゃおーかなー」


片側の口角だけ引き上げて、目を細め、見据えてくる。


───ごくっ、
本当に敏捷な肉食獣みたいな表情をしている。
この間の制服姿の時も、迫力のあるコだったのに、
いま目の前にいる真希ちゃんはオーラみたいな輝きがあって、
この前見た時とは、迫力が差が歴然だった。

272 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:52

この間接したとき、
それでも最初は高校生らしい気安さみたいなモノがあったけど、
カフェに入った頃には、勘違いだったんじゃないかと思うくらい
冷たく突き放すようだった。

いま目の前にいるコ、これが本当に高校生…?
つい、飲まれたように見入ってしまっていると、

真希ちゃんの指先がスッと伸びてきて、
あたしの頬にかかるサイドの髪をくるくると自分の人差指に巻きつけた。


「ジョーダン…て、ことにしとく。
 ごとー、消去されなかったみたいだし? 用あんでしょ?」
「………教えて欲しいの」


何を?というように首を僅かに傾げた真希ちゃんは
指に巻きつくあたしの髪を外して、腕組みをする。

これはすごく大切なことだ…
間違えちゃいけない、流されちゃいけない、迷っちゃいけない。
あたしは唇を湿らせて口を開いた。

273 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:53


「─── 真希ちゃんのこと」


真希ちゃんの目が見開かれる。
あたしの視線を避けるように目を伏せて、口角だけを少し上げて薄く笑った。


「……勇気あんね
 覚えてないんでしょ?ごとーのこと…怖くないの?」
「真希ちゃんは怖くない」


迷わず答えたあたしに、驚きに上げられた顔は、溢れだそうとする何かを
無理矢理押さえ込んでいるような、苦しげな表情だった。
間違えないようにしようとしたのに、やっぱりあたしはこんな辛そうな顔を
させてしまうんだなと思った。

274 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:53

「…確かに記憶が戻った訳じゃないから、真希ちゃんの教えてくれることに
 嘘があったとしても、あたしにはわからない。
 でもね、この間会ったとき、あんなに心配してくれてた。あの、真希ちゃんの
 気持ちは本物だったと思うんだ。
 あんなふうに思ってくれる人が怖いわけないよ…」

だって、あたしが本当に恐れているのは自分自身なんだから…
最後の言葉は飲み込んで、真希ちゃんを見上げて微笑む。
ブーツのせいで今日の真希ちゃんは背が高い。
よっすぃ〜くらいかな?

真希ちゃんのことを思い出せれば、あたしとのことも思い出せるだろう。

そして、それが辛い結果になるとしても、
よっすぃ〜と過ごしてきた時間にだって繋がるはずだから…

275 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:54


 ───よっすぃ〜 もうちょっと待ってて

  ─── 必ず、追いついて捕まえるから、記憶の影に隠れたあたしを



276 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:54

自分の表情を見られることを避けるように俯いていた真希ちゃんは
小さな息をひとつ吐くとゆっくりと顔を上げてあたしを見た。


「───いいよ、
 教える、ごとーの事 …今日は帰せなくなるかも知れないけど、いい?」



 ───躊躇わない、逃げない、疑わない、

心の中で唱えて、あたしは頷いた。

277 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:55

ついてきて、
そう一言だけ言って、真希ちゃんは歩き出した。
ちょうど、駅の改札を抜けてホームに出たとき携帯が震えた。

バックから携帯を出して画面を開くとショートメールが一件
(まだ美貴といるの?)

心配させちゃったかな…
夕闇が広がっていく、空を見上げてそう思う。
だけど、
まだまだ帰れそうにない…というより、帰れるかもわからないんだし、

よっすぃ〜と真希ちゃんは、おそらく知り合いではない。
記憶をなくしてるいまのあたしが、
自分の知らない相手と出掛けるなんて言ったら、あの過保護で心配症な
よっすぃ〜に帰ってこいって言われそうな気がする…

どういう返信をするべきか思いあぐねていると、
真希ちゃんがひょいっと手を伸ばし、あたしの携帯を奪った。

278 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:55


「ま、真希ちゃん?!」

真希ちゃんは、ニッ、と、笑うとおもむろに電源をOFFにする。


「ちょっ?何してんのっ!」

あたしが声を荒げた時、
真希ちゃんは、丁度滑り込んできた電車を一瞥しながら慇懃な声で
「優先席付近では電源をお切り下さい」
そう言って、あたしの手にポンッと携帯を戻すと、さっさと電車に
乗ってしまった。

「……むっ」

真希ちゃんの意地が悪いことしてるクセにスマートな態度が、
なんとなく気に入らなくて、ムスッとしたまま電車に乗り込み
つり革を掴んだ。

279 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:56

電車に乗ってから、真希ちゃんは何もしゃべらない。
その姿が薄っすらと映ってるガラス窓を見るともなく見て、ぼんやりしてしまう。
考えなくてはいけないことが山済みなのに、思考が追いつかない。
あたしの頭はオーバーヒート寸前なのかも…


「次、降りるよ」


真希ちゃんの声に、ハッ、とすると、慌てて頷いた。

280 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:56

降り立った駅は埋立地のウォーターフロントと言われるところで
前に私が住んでいた部屋がある駅の沿線だった。
真希ちゃんは海浜公園の方へ迷いない足取りで進んでいく。

人工の遊泳禁止の海岸が長く続く、遊歩道。
歩道側から少し高くなっている防波堤のコンクリは反対側の砂地では、
すり鉢状に落ち込んでいる。

真希ちゃんは、
水平線に目を向けて遊歩道を少し歩いたところで立ち止まる。


「ここで会ったんだ、梨華ちゃんと…」


そう言いながら、片手を防波堤のコンクリの上に付いて、
軽々とその上に乗り、腰を下ろすとあたしを見下ろして言った。


「ごとーは、缶ビール結構開けてて…」

缶ビールッ?!
女子高生が缶ビールッ?!しかもこんなところで?!
大きく眉を顰めると「睨まないでよ」と真希ちゃんが苦笑した

281 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:57

「いつもだったら、酔ったりしないんだけど…
 つーかまぁ、公園でも飲まないけど、さ。
 ……あの日はちょっとキてて、海が見たくなったんだ」

母親の一周忌でさ。殊更、どうでもいい、たいしたことないと
言いたげな平坦な口調で真希ちゃんは話し続ける。


「水平線を見るのが好きな人でこの近くに住んでたんだ。
 あとは、ほとんど酒と男に溺れてた。
 ………マジで、どうしようもない女でさ」

足元に目線を落として肩を竦めながら、真希ちゃんは薄く笑った。


「…それで、空にした缶を横に並べてたんだけど、
 そのうちのひとつが落ちちゃって…
 ちょうど歩いてきた梨華ちゃんに見つかっちゃった訳
 すげー説教くらった」

可笑しそうに笑って、真希ちゃんは、スッと立ち上がると
防波堤の上をゆっくりと歩き出す。

282 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:57

「あの日も酔っ払ってんのに、調子に乗ってこうやって
 歩いてたら、フラフラしてきてさー
 気持ち悪くなっちゃって…」


ああ、その時があの───


283 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:58

『─── いいって、言ってんだろ?!かまうなよ、ババァ!』

『ババァじゃないのっ!』
  
『ブハッ!そこ食いつくぅ〜?…変なおばさ〜ん』
  
『おばさんでもないよ!
  あぁ、それよりもうっ 危ないってば! そっち行っちゃダメだったら!』

『へーきだったら〜 あはははは! よっ!はっ!』
  
『も、止めて!あぶないからっ』

『…へへーーんだっ ……う、うぇ…なんか、気持わり……』
  
『えっ?!…ちょ、ちょっと待って、……はいここ、いいよ、吐いて』
  
『………うっ』

『いいの。気にしないで? きっと楽になるから…』

284 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:58

防波堤の上を見上げて、あたしは軽く睨んでみせた。


「あたしのこと、ババァとか変なおばさんって言ったでしょ!」
「えっ! 思い出したのっ?」

勢い込んでそう言って、防波堤から身軽に飛び降りた真希ちゃんは
あたしに詰め寄った。
ゆるゆると首を横に振りながら、あたしは真希ちゃんから目を逸らす。


「…そこだけ、
 だから真希ちゃんが知ってる人だって思えたの」
「そっか……」

軽く、落胆の混じる声。
それでも「じゃあさ…」と続けた声には張りが戻っていた。

285 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:58

「この後もごとーといたら、またなんか思い出せるかもね」
「…うん」


───そう
前に真希ちゃんと会ったあと、そう思ったことがある。

一緒に行った場所やした会話を再現したら、
ひょっとしたら、記憶が呼び起こされるんじゃないかって。

だとしたら───


286 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 22:59

ずっと喉にひっかっかった小骨のように気になることがあった。
想いでが一番多いはずのよっすぃ〜とずっと一緒にいるのに、
なんでなにも思い出せないんだろうって。


それはひょっとしたら、
そこにこそ鍵があって、あたしが思い出したくないって
記憶に蓋をしてるのかも知れないって───


「…梨華ちゃん?どうかした?」

気遣うように名前を呼ばれて、慌てて「なんでもないよ、大丈夫」と
笑い顔を向けると、真希ちゃんは頷いて、口を開いた。

287 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 23:00

「あの日は、
 マジでごとーフラフラんなっちゃってて、結構ヤバいカンジでさ。
 梨華ちゃんは心配してくれて、ウチまで肩を貸して送ってくれたんだ。
 ウチ、この近くだから、来てもらうつもりだけど……
 その前に一件、結構インパクトがある行きたい場所があるから
 そっちから行こう」

来た道を駅の方へ戻りだした真希ちゃんの背中について歩く。

あたしは、歩きながら、すっかり暗くなって視野が悪くなった水面の先に
目線を向けた。
空と海の間、闇の中、真横に広がる水平線の先を目で辿って、
このずっと先には……

よっすぃ〜と来た、あの海岸に繋がっている、───そう、思った。




                         ++───つづく++

288 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 23:00


289 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 23:00


290 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/10(木) 23:00



291 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/11(金) 00:12
少しずつ紐解かれていきますね
気になっちゃって気になっちゃって目が離せないです
292 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/11(金) 07:02
朝、読んじゃうと続きが気になって仕事が手につかない・・・
それが一つだけわかった事ですw
相変わらずぐいぐい引っ張られてます
293 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/11(金) 11:10

291さん
ありがと〜 目、離さないでね(^▽^)v〜♪


292さん
ありがとー 仕事、ガンバレ〜(^〜^0)/
294 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/11(金) 11:11


(0^〜^人^▽^ ) <WeLoveムースポッキ〜♪



295 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:12



296 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:13

駅前のメイン通りから、一本奥に入った飲食店が並ぶ通りの
地下に続く階段の前で、真希ちゃんは足を止めた。

「あんま、品のイイ店じゃないけど」

頷いたあたしは、
あっ、地下に入っちゃったら携帯が繋がらなくなっちゃうかも…
そう気づいて、真希ちゃんを引き止めた。

「真希ちゃん、ちょっと電話したいの。いい?」

真希ちゃんが頷いてくれたのを確認して、携帯を取り出し電源を入れる。
迷ったのは一瞬 ───ごめんね、よっすぃ〜…

(返信、遅くなってゴメンね!
 今日は美貴ちゃんの家に泊めてもらって
 いっぱいお話してくるね。梨華)

送信ボタンを押す時、胸がどんよりと塞いだ。
どんな理由があるにしろ、よっすぃ〜に嘘をついてしまった…

297 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:13

気弱に落ちていきそうになる思考を、あたしは慌てて頭を振って
追い払う。いましなくちゃいけないことは、なに?

 
 いまは───
   後悔しない、囚われない、思ったまま進む

心の中で唱えて、大きくひとつ深呼吸。
教えてもらったばかりの美貴ちゃんのアドレスにコールする。

「…はい、どした?」
「美貴ちゃん…」

さっき別れたばかりなのに、思わず懐かしさを感じてしまうほど
美貴ちゃんの声は優しかった。

298 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:14

「…あの、ね、お願いがあるんだ」
「ん、何?」
「今晩、美貴ちゃんのおうちに泊まってるってことにして欲しいの」

視線を感じて、顔を上げると、真希ちゃんが唇だけを動かした。
─── ア・リ・バ・イ・コ・ウ・サ・ク───

カッと顔に熱が集まって、真希ちゃんに背を向ける。

「……梨華ちゃん、何かあった?」
「ううん、どうしても今晩行きたいところがあって…」
「一人で?! そこどこ? 美貴も行くよ」

「それは…」言葉の途中で、携帯を真希ちゃんに取り上げられた。

299 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:14

ニヤリと笑う顔を見て、「返して!」と口を開こうとしたとき、
真希ちゃんは携帯を耳にあてて口を開いた。

「─── ごとー、って言ったらわかってもらえる?」
「……そう、一緒、……さぁーねぇー」
「……あー、べっつに、……何も」
「…大丈夫、つーか、ダレにモノ言ってんの?」

クッ、と、喉を詰まらせるように笑って通話を終らせると
真希ちゃんが携帯を返してくれる。

「梨華ちゃんになんかしたら、コロスだってー
 ごとーにそんな啖呵切るヤツ、はじめてだよ」

どこか楽しげにニヤニヤしてる顔を呆然と見上げる。
 
「真希ちゃん……美貴ちゃんと、知り合い、なの?」
「……んー?」

300 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:15

惚けるというふうではなく、ちょっと考える顔をして
真希ちゃんは口を開いた。

「今までしゃべったことがあるヤツを知り合いってゆーなら
 知り合いじゃないし、
 顔と名前さえ知ってれば、知り合いっだってゆーなら知り合い」


淡々とそう答える真希ちゃんを見ながら、思わず眉を顰める。
それって、結局、どういう関係?

「まぁ、いつか思い出すんじゃないの?そこらへんも…」

真希ちゃんは軽い調子でそう言うと、あたしの肩を抱いて
こめかみ辺りで囁いた。

「わりと物騒な店だから、ごとーから離れないでよ」

301 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:15

一瞬、こめかみに唇が触れた。
柔らかい感触に、かっ、と自分の顔が赤くなったのがわかる。

ハッ、
呆れたように息を吐きながら、真希ちゃんはあたしの肩から腕を外した。

「…どうして、そういちいち反応するかな?…誘ってんの?」

さ、誘───とんでもないっ!
あたしは、ブンブンと思い切り、首を横に振った。

「梨華ちゃんって、サイアクな女だね」

捨て台詞のようにそう言って、階段を降り始めた真希ちゃんに
慌てて、続いた。

302 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:16

ドアを開けると、
その先は、いままでいた外の繁華街よりもよほど薄暗く感じた。
煙が充満していて視野が狭くなり、息苦しい。

どこからか「真希だーー!」と女のコがはしゃぐ声がする。
「ヒザビサじゃーん!」
「遊ぼーよー!」

あちこちから聞える声に、真希ちゃんは片手を上げると、
立ち止まることなく進んでいく。
ざわつく店内のあちこちから、後藤とか、真希とかの
噂している声とは別に粘着質に絡んでくる視線も感じた。


「おー?ごとーじゃーん へー、まだ生きてたんだ」
「相変わらずイイ女だなー、一回お願いしたいよな」
「見た目はな、ヒャハハハハッ!」

一際、悪意に満ちた声とよく響く笑い声に足が止まった。
声のした方を思わず、睨んでしまう。

303 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:16

「あれ……あの女、」騒いでいた男の一人と目が合ってしまい、
慌てて逸らして前を向くと、そこにある筈の背中がない。

真希ちゃん!
そばから離れるなって言われてたのに…

慌てて、視線を左右に動かす。
その視界の中で、さっき目があった男達がこっちに向かってくるのが見えた。

あたしの目の前で足を止めると「おね〜サァン」そう不自然な猫なで声で
声をかけられて、自然に鳥肌がたった。

「ご無沙汰だったジャ〜ン」
「相変わらず、ごとーの保護者気取りなの〜?」
「つーか、保護されてたけどな! ヒャハハハハッ!」

何がそんなに可笑しいのか、お腹を抱えて体を捩って笑ってる。
その中の一人が、あたしの頭の上から足の先にまで、ねっとりと
舐めるように視線を動かした。

304 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:17

「しっかし、あんた、たまんねー体してんなー
 なんで、ごとーなんかの後追っかけちゃってんの?」
「今のうちに拉致……っ!」

男は言葉の途中で、突然、頭からずぶ濡れになった。

いきなりの展開に、あたしが声も出せずに立ち尽くしていると
強烈なアルコール臭が立ち上ってくる。

ずぶ濡れになった男の背後から、お酒のボトルを手にした真希ちゃんが現れた。
能面のような無表情で男を見据えて、ボトルを振ってみせる。

「美味い?
 ごとーの奢り…クズにはなかなか飲めない高級な酒だよ?」
「…っ…てめぇっ、女のクセに、デカいツラしてんじゃねーっ」

服の胸元をグッと掴まれても、真希ちゃんは尊大な態度のままニヤニヤして囁いた。

「───消すよ?」
「ふ、吹くんじゃねーよっ!」

305 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:17

「まーまー」
 場違いなほど、明るい声で仲間が割って入ると、固まってしまったような
 男の手を真希ちゃんの胸元から外した。
「コイツ酔っ払いだから、マジになんないで」
 愛想笑いを浮かべた仲間に肩を組まれて男が引きずられて行く。

 …あんのアマァ…………止めとけって……の娘だぞ……


ボソボソした小さな声は、あっという間に元通りになった店の喧騒に
飲まれて消えた。

男達が行ってしまうと、まだショック状態で棒立ちのあたしの頬に
真希ちゃんの手が触れた。

「……大丈夫?だから離れんなって言っといたのに…怖かった?」
「……ビックリした」

いろんな意味で、

一言、言葉を発したら体中から力が抜けて、そのまま座り込みたくなる。
真希ちゃんは、フッ、と笑って、今度はあたしの手を引いて歩きだした。

306 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:18

長い廊下のような店内を奥に進むと、真紅のやたらと重々しいカーテンが見えた。
真希ちゃんは、そこを開けて、中に進むとまたまた真紅の大きなソファがあって
そこに腰掛けると、あたしを見上げた。

「梨華ちゃんも座んなよ」

向かい側のソファに腰掛けようとしたら、こっち、と、真希ちゃんの横を
叩いてみせるから、大人しくそこに腰掛けた。
あたしが座ると、いつの間にいたのか、ボーイさんが目の前の曇りひとつない
ガラスのテーブルに、華奢な背の高いグラスをふたつ置いていく。

「どーぞ」目の前のグラスを勧められて、なんとなく躊躇してしまう。
そんなあたしの顔を見て、真希ちゃんは楽しげに笑いながら
目の前のグラスのひとつを取ると、口をつけながら言った。

「これ、ノンアルコールカクテル。
 信じなくてもいいけど、喉渇いてるんじゃない?」

確かにカラカラだった。

307 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:18

あたしはテーブルに残ってたもうひとつのグラスを手に取ると、
一気に半分まで飲み干して、あまりの美味しさに真希ちゃんを見た。

「すっごく美味しい!」
「そりゃ良かった……けどさ、梨華ちゃん、知ってる?
 すごく強いアルコールは飲みやすく出来てるんだよ。
 知らずに空けて、腰が立たなくなっちゃうんだ……」

最後は声のトーンを落として、意味深に囁くように言う。

瞬、ぎくり、として、……でも、
あたしの顔を覗き込むように見る真希ちゃんの目を見て、
なんとなくだけど、自分が試されてるような気がした。

308 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:19

だからあたしは「真希ちゃんは、あたしを無理に酔わせたりしないよ」
そう言って、グラスの残りを一気に開けた。

「勇敢だなぁ…見た目、弱弱しいのにホント無茶するよね」

呆れたような口調とは裏腹にすごく優しい目をしてあたしを見ると
微笑んで、真希ちゃんは話しだす。

「…梨華ちゃんはさ、こーんないかがわしい店にごとーを迎えに
 きてくれたんだ」
「それは……すごいね」

自分のことらしいのに、あんな体験をした後だとその無謀さに
驚かずにはいられない。

「でしょー? …スゴいよねぇー バカなんじゃないかと思ったよ。
 まぁ、最初はこんな店だって知らずに来たんだろうけどね」

309 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:20

なんでもないことのように、さらりと言うけど…それって

「毎回、あんなことしてたの?」
「まさかー、そんな芸のないことしないよ〜」

真希ちゃんがケタケタ愉快そうに笑い出すから、恐ろしくて
それ以上、聞き出す気になれなかった。

「まぁ、奥に来ちゃえば、VIP以外は入れないから大丈夫だよ」
「……VIP」

310 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:21

呆然と呟いて、そう言えばと周りを見渡す。
あたしと真希ちゃんが座っているのは余裕で五人が座れそうなソファだ。
それが向かい側にもうひとつ。
そして入り口から見て、このソファの斜め後に、これと同じセットがもう一組ある。

少し離れたところには、一人掛けのソファとテーブルのセットがあって、
足元は真紅の毛足の長い絨毯が引かれている。
入ってきたカーテンの逆側も同じように真紅の重々しいカーテンで塞がれていた。
そしてここは、こんなに広い部屋なのにあたし達しかいない。

311 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:21

「ねぇ、真希ちゃん…」と声をかけた時、
んんーーっ、と、どこからか艶めかしい声が聞えてきた。

な、なにっ?!
辺りを見回すけど、やっぱりここにはあたし達しかいない。


 ─── はぁん、やぁん、
   ─── あぁあん、いぃよぉぉ〜

どんどん激しくなってくる、こ、これは巷に聞く、喘ぎ声というモノでは…


「……梨華ちゃん」
「へっ、な、なにっ?!」
「どうしたの?なんか言いかけなかった? つーか、キョドりすぎ」

ニヤニヤ笑っていつも通りに話しかけてくる真希ちゃんには、ひょっとして
この声が聞えてないとかっ?!

「ま、真希ちゃん!」
「ん?」

 ─── ぁん、ぁん、はぅっ

312 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:22

や、やっぱり空耳じゃないしーーー!


「な、なんかヘンな声聞えるんだけどっ!」
「あぁ……隣りの部屋でヤってんでしょ…」


ヤっ……て、そんなクールにスルーするとこっ?!

あたしが、ただただ驚きに目を見開いて、その顔を凝視すると、
明日の天気より、もっと興味がない話題だとでも言いたげな表情で
淡々と真希ちゃんが話しだす。


「…ココはね、バケモノの溜まり場なの。
 腐るほど金持った、バケモノの巣窟。
 だから、店側もたいがいのことは、見て見ぬフリだよ。
 ちなみにごとーはバケモノの娘、まぁ、愛人の、だけどね」
「……真希ちゃん」
「何その目…同情とかサイアクなんだけど」
「そんなんじゃ…」

313 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:22

な───、
ふいに真希ちゃんに顎を掴まれ、引き寄せられる。
な、何?


い…いま、く、唇に…キ、…キスされた───


反射的に手の甲で唇を拭うと真希ちゃんを睨んだ。


「なにするのっ?!いきなりっ」

頭にカーーーッと血が上って、目の前が霞んでくる。
耳の奥がグァングァン鳴り出して、からだが揺れた。

314 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:23


『なにするのっ?!いきなりっ…』



315 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:23



『…いきなりじゃなきゃいい訳?』

『そういうことじゃないでしょ?!
 こういうことは好きな人と気持ちを通わせてから
 するものなの!』


316 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:24

頭の中をあたしと真希ちゃんの言い合う声が占領する。


「…いきなりするものじゃないよ」


最後に頭に響いた言葉が、知らずに口から零れていた。

ずっと仮面を被ったように、無表情だった真希ちゃんの目が
驚きの表情をして見開いていく。

317 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:25

「…思い……出したの?」


どこか縋るみたいな、真希ちゃんの声が聞こえた───



だけど、あたしは頭痛の波に抗いながら、意識を手放さないで
いるだけで精一杯だった。





 
 

                    ++───つづく++

318 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:25


319 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/11(金) 11:25


320 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/11(金) 11:28

307、改行失敗してた。
(一瞬)です、すんません。。。

321 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/11(金) 17:53
知りたい!けど怖いよぉ〜
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/11(金) 23:02
ムースポッキなつかすぃ〜
(0^〜^人^▽^ ) ←キャワw

りかみきの関係もなんかいいですね
この先の展開が気になります
323 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/13(日) 00:53

レスありがとう!


321さん
怖くないよ〜、たぶんw

322さん
むむぅー、転回してますw

324 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:54


325 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:54


『格好いい名前って、梨華ちゃんが言ってくれたからさ、
 ごとー、ちょっとだけ、いいかなって思えた。
 サイアクな親が適当につけた真希って名前でも───』


『……高校の時はいいの?ちょっとヤンチャでも?
 アハハハハッ!
 ごとーって、梨華ちゃんから見たらヤンチャってレベルなんだ?』


『───大丈夫、
 ごとー、必ず、格好いい大人になるから……だから見ててよ』


326 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:55


 ───真希ちゃんが笑ってる
      ちっちゃいコみたいに屈託なく、顔中クシャクシャして
           太陽を閉じ込めたみたいに目をキラキラさせて───

 
 
 真希ちゃんはあたしに向かって笑ってる
 それがわかるのに、
 いまここにいるあたしはその笑顔を見たことがないと思う

 
 
 もうきっと、
 真希ちゃんはあたしの前でその笑顔になることができない
 
 ───強く、感じて───


327 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:56


────── ごめんね…、真希ちゃん…



328 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:56



329 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:56


 ─── …ちゃん、───梨華ちゃんっ!


切羽詰ったような必死な声で名前を呼ばれた。
瞬きすると、心配そうな表情の真希ちゃんと目があった。


「……あれ? 真希ちゃん」
「…良かったーー」

真希ちゃんが、あたしの首にヒシッと抱きついてきた。

「く、苦しいよ、真希ちゃん!」

身動ぎすると、腕を離した真希ちゃんはあたしの目尻に
親指で触れて拭う仕草をすると、切なそうに目を細めた。

330 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:57

「梨華ちゃん、
 急に意識失ったみたいになってどうしようかと思った。
 それに……涙、溜まってる、
 ……ごめん、ごとー、ちょっとカッときちゃって……」

…?、
なにを謝っているんだろう?
小首を傾げて、辺りを見回す……真紅の部屋 ……あっ

記憶が鮮明になってきたあたしは、口元を両手で押さえて
真希ちゃんを睨んだ。


「……マジ、ごめんって、…もうしない」
「……ほんとに?」

眉間に皺を寄せながら、強い口調で確認すると、
真希ちゃんは、何かの宣誓のように片手を上げて神妙に頷いた。

331 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:57

「梨華ちゃんは、やっぱり梨華ちゃんだ…」
「…え?」

当たり前だけど、ぽつりと呟くと真希ちゃんは笑い顔をつくって
あたしを見た。

「動けそう? そろそろ、ごとーんち行かない?」

あ、……うん、迷いながら頷くと、真希ちゃんはいつものニヤリとした
笑い方をした。


「なんもしないって、マジで! ……今日はね」

たぶん真希ちゃんって、あたしといる時はずっとこんな風だったんじゃないかな?
記憶が戻った訳じゃないけど、漠然とそう思って聞いてみた。



「真希ちゃんって、いつもこんな風だったの?」
「こんな風って?」
「だから……」
「…あー、迫りまくってたのかって?」

ムスッとしながら頷いたら、
「それはごとーの家についたら、教えてあげるよ?」
笑顔でそうはぐらかされた。

332 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:58

真希ちゃんのおうちに行く途中、
駅前で、お腹いてない?って聞かれたけど、今日は目まぐるしく
いろんなことがありすぎて、
食欲なんて全くなかったから、あたしは首を横に振った。


真希ちゃんがここがごとーんちと言って足を踏み入れたマンションの
エントランスにあたしは度肝を抜かれた。

すぐ目の前に川を近代的にアレンジしたのかな?
水が流れてて、その周りの作り物かと思った植栽は全て本物の緑だった。
まるでホテルのフロントみたいな大理石の床に、天井はガラス張り。

もうただただ口をあんぐりと開けるしかできなかった。

333 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:58

お部屋に入る前にもう多少のことでは驚かないぞって構えてお邪魔した。


「どーせごとーしかいないから、気ぃ遣う必要ないよ」

そう言って、真希ちゃんが進むのは広い広い玄関ホール。
白にグレーのマーブルが入った大理石に囲まれた空間は、ライトを反射して
明るく輝いていた、寒々しいくらい硬質に。

いくつ部屋があるんだろうか?と首を傾げたくなる廊下を曲がって、
ひとつのドアの前で真希ちゃんは足を止めた。

「ここがごとーの部屋、
 リビングとかにひとりでいても落ち着かないからさー
 たいがいココにいるんだ」

334 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:59

そう言って足を踏み入れた部屋は、ここだけでひとり暮らしが
送れそうなワンルームマンションのようだった。


「…何か飲む?…つっても何があったかなー」

真希ちゃんは首を傾げながら、レトロなデザインの置物のような
冷蔵庫の扉に手をかけながら言った。
いまはいいよ、と首を振ると「じゃ、話す?」と言いながら、
TVボードの前のカウチとソファのセットの方に足を向けた。

335 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 00:59

カウチの背もたれにからだを預けて、真希ちゃんは立膝の間を開き
「ココが梨華ちゃんの指定席」と、その足の間を指差した。

……は?


突っ立ったままで、訝しげな顔をすると「…何?警戒してんの?」と
真希ちゃんは意地悪く笑いながら、あたしの目を見た。


「ごとーの言うこと、信じられないなら、話しを聞く意味なんてあんの?」
「………」


真希ちゃんの言う通りだ───

嘘か本当かなんて、とりあえずあたしにはわからない。
その上、信じてみれないなら、この時間にいったいなんの意味があるだろう?
唇を噛んで、一歩ずつカウチに近づくと、あたしは真希ちゃんの足の間に
からだを滑り込ませた。

336 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:00

背中から抱きしめられて、ビクッ、と肩が持ち上がる。
首筋に真希ちゃんが顔を埋める気配がして…あぁ、と、溜息のような声がした。

「─── 梨華ちゃんの、匂いだ」



 ─── 何から話そうか?

あたしの肩先で、真希ちゃんのくぐもる声がする。


「そうだね、じゃぁ、さっきの続きからにしようか?」
そう言って真希ちゃんは話し始めた。

337 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:00

梨華ちゃんといる時はさ、基本、迫りまくってたよ?

あんな、ダラシナイ出会いだったからね、意識させなかったら
ただの手のかかる妹みたいなコで終っちゃう。
そうかと言って、
あんまりムリに迫って、避けられちゃったら意味ないから、
タチの悪いジョーダンだって笑えるように、
いつでも逃げ道は残していたよ。

そうだね、さっきのお詫びに教えてあげるよ?
唇にキスをしたのは今日ので二回目。
ハハッ、……最初の時も泣かれたよ、いきなりするものじゃないって。

そんで、
こうやって、梨華ちゃんの背中を抱いて話すようになったのは
背中を向けてたら、ごとーにキスを迫られないからだよ?

ごとーがこうやって、抱きしめるとさ?
甘えん坊だなぁ、って、全然、相手にされてなかった。

338 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:00

ごとーは、金持ってるからさ、ま、親の金だけど、
ガキでも今まで手に入らないモノってなかった。
だからって別に、すごい欲しかったモンもなかったけど。

一度さ、サプライズで、梨華ちゃんをホテルのスィートに
連れてったことがあるんだ。
ムードに酔って、流されてくんないかなって思ったけど、全然でさ?

そんなに嫌ってる親御さんのお金で遊んで楽しいの?って。

説教っぽい言い方だったら、カチン、ときたかも知んないけど、
不思議そうに聞くからさ、思わずごと−まで考えちゃったよ。
自分は楽しいのかって、コレがしたいことなのかって。

んでさ、
なんとなく、梨華ちゃんに遣う金は親のはヤだなって思って
バイト始めた。
いつかさ、旅行に行けたらいいなって思ってた、二人でね、
いろんなとこ見て、いろんなもん食って、写真撮ってさ…

339 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:01

ぼそりぼそりと、
それでも途切れることなく話してくれてた真希ちゃんが
ふいに黙ると、肩の上に重みがかかった。
無音になった部屋の中で、あたしはさっきのことを
思い返していた。


───さっきの、あの甦ってきたのは、

最初にキスされた時の記憶だったんだな、と思った。

あの時、自分でも知らない間にあたしが涙を零していたのを、
自分のキスのせいだと真希ちゃんは思ったみたいだけど、たぶん、それは違う。
     
もちろん、勝手なことをされて頭にきたし、驚きもしたけど
それは悲しさというのとは違う。

あの時、悲しくなったのは……違う理由だった、そんな気が……

340 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:01

「………」

……え?
自分の中で、物思いに耽っていたあたしは真希ちゃんがなんて言ったのか
聞き取れなかった。なんて言ったのか、聞き返そうとしたとき、くるりと
からだを回転されて、あたしはカウチに押し倒されていた。


驚きに目を見開いて、真上のある真希ちゃんの顔を見た。

悲しそうな目をしている───
苦しそうな目をしている───

真希ちゃんの髪のひとすじがあたしの頬の上に涙のようにはらりと落ちた。
感情を殺して歪んだ表情が必死で何かを伝えたがってる。


「……しない、しないよ? 何もしない、ただ───」


341 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:02

真希ちゃんはただ、じっ、と、あたしの目を見詰める。
その瞳の中には、あたしがいる。

あたしも真希ちゃんを見詰め返す。
やっぱりそこには、真希ちゃんがいる気がした。

どれくらい経ったのだろう? 数分? 数十分?

その時間の流れは、
ほんのひと時のような、酷く長い時間が経ったような
奇妙な感覚をあたしにもたらした。

342 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:02

そんな時間は初めからなかったというように、真希ちゃんは
唐突に立ち上がると、クローゼットに向かった。

慌ててカウチから起き上がったあたしにジャージの上下を渡して
「はい、着替え。シャワー先に使う?」と聞いてきた。
あたしが今日はシャワーはいい、と首を横に振ると、「じゃ」と言って
自分のベッドを指差した。

「あのベッド、使って。ごとーは他の部屋で寝るから。
 この家さ、部屋数ムダにあって寝るトコだけは困らないし」

そういい置いて部屋を出て行こうとする。
その背中を追いかけてドアの前まで行くと真希ちゃんが振り返って、あたしを見た。

343 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:03

「部屋の鍵、かけてもいいよ?」
「そんなのしないよ?
 そもそもここ真希ちゃんの部屋だし、迫らないって約束してくれたじゃない?」
「信じるんだ?…さっき、キスしちゃったのに」
「それは……そうなんだけど……
 でも、なんて言うか、真希ちゃんはあたしに嘘はつきたくないって
 思ってくれてる気がするから…」

真希ちゃんは、すっ、と、目線を足元に落とすと薄く笑って、
「殺し文句だね」そう言いながら、またあたしを見た。

「……まぁね、概ね当たってるけど、
 でも嘘をついたこともあるよ?
 ジョーダンって笑えないような、わざと苦しめるために悪意でね」

 
首を傾げて「わかる?」と聞いてきた。

344 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:03

そして、あたしが何らかの答えを口にする前に「教えないけどね」
そう言いながらおでこにキスを落とした。

「……なっ!」
「オヤスミの挨拶。ママが家族にするような、でしょ?」

おでこを押さえてるあたしに、悪びれずに微笑むと
真希ちゃんは部屋から出て行った。

目の前で、バタン、と閉まるドアを見て、あたしはひとつ
大きな溜息をついていた。





      



++───つづく++

345 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:03



346 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:04


347 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/13(日) 01:04



348 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/13(日) 01:14
後藤さんがなんか不思議ですね
今回も面白いでっす
349 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/13(日) 13:11
謎は深まるばかりで・・・
更新があると嬉しい!で、読むと続きが気になる!ってな感じで
ななしーくさんにいいように翻弄されてる気がするw
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/13(日) 19:34
気になる気になる
351 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/14(月) 23:23

レスありがとう!ザ・活力w


348さん
ごとーサン設定解り難いかもw(^▽^;)<ゴ、ゴメンネ〜

349さん
翻弄……美味しい響きだw

350さん
なるなる?w

352 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:23



353 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:24


『───好きな人がいるの』



354 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:24


『恋人?───違うの?』

『───ずっと、ずっと想ってるの、
 ──────あの日から、ずっと』

『そんなのって、寂しくないの?』


355 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:25


『寂しくないよ?
 心の中にね、宝石箱があるの。
 キラキラ輝く宝石みたいな想いでが
 たくさんたくさんつまってて、慰めてくれるから』

『───それでも、
 欲しくなる日はないの? 温もりが……
   ───欲しくなったら言って、ここにいるから』


356 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:25


『─────目の前に、いるから』



357 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:25



358 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:26


 …っちゃん …りーかーちゃんっ! 



───ぁあ、呼ばれてる、早く起きなくっちゃ、

ぼんやりしている意識の中でそう思うのに
起きようとしている自分が遠いところにいるようで
思うようにいかなかった。


誰かと話してた───

それは昨夜のできごとのようでもあり、
忘れてしまうほど昔のことだったような気もする。


359 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:26


……何を話してたんだっけ?

もう一度、さっきまでいた場所に行ってみたい…


そう思ったときには、
もう自分が目覚めてしまってるんだということに気づいて
あたしは薄く目を開けた。

360 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:27

「おはよー」

顔を覗き込むような至近距離に真希ちゃんの顔があって
最後の眠気も吹っ飛んだ。

「お、おはよ」
「おはようのキスは…?」
「しないよ!」
「あっそ」
「…ていうか、どいてくれないと起きれないんだけど」
「だねぇ」

残念だなー、と言いながらからだをどけた真希ちゃんは制服姿だった
続いて起き上がったあたしを見てニヤニヤしてる。

361 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:27

「ガッコじゃなかったらもっと寝かせてあげられたんだけど…
 センセの呼び出しかかってて、今日すっぽかしたら卒業させないって
 言われちゃってるからさー」
「学校にはちゃんと行かないとダメだよ!」

フッ…ささやかな笑みのような吐息を漏らすと、真希ちゃんはあたしに
背中を向けた。


「ダイニング行こ。朝食の用意出来てるから…」

362 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:27

通されたダイニングも、スキップフロアでコーナー分けされたリビングも
インテリア雑誌の切り抜きのように美しく、整然としていてまるで生活感がなかった。

奥行きのあるキッチンカウンターの上にはご飯茶碗と、お椀、つやつやと黄金色した
厚焼き玉子が乗っている。
カウンターの前にはなぜか脚立が置いてあって、そこだけ妙な違和感を醸し出していた。

真希ちゃんはキッチンの中に入りながら、脚立を指差した。

「座り心地悪くて悪いけど、それに腰掛けて」


あたしは真希ちゃんの顔を見て、脚立を見て、言われたとおり腰を乗せた。

あっちだとさ…ご飯茶碗を手に取りながら、真希ちゃんの目線がダイニングに向く。
「どんなに温ったかいものも、あっと言う間に冷たくなる気がすんだよね…」
自嘲的な笑みを浮かべて、炊きたての湯気が上がるご飯をよそったお茶碗を
「はい」と渡してくれる。

363 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:28

炊きたてのご飯。お味噌汁は油揚げとわかめ。ふっくらした厚焼き玉子。

目の前には特別なものは何もなく、ほんとうにありきたりな朝食だった。
その当たり前さが、背中を向けていまは見えないこの部屋そのものとの
違いと違和感がなんだかあたしを悲しくさせた。

お味噌汁をひとくち口に含んで、鼻に抜けるお味噌のいい匂いと
口に残る深い旨味に思わず声を上げて、真希ちゃんを見た。

364 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:28

「おっいしーー!
 なにこれ?なんでこんなに美味しいの?!
 あたしも作ったことあるよ?油揚げとわかめで…でも違う
 …なにかが決定的に違う」
「ふふふ・・・愛があるから」

どういう意味よ?
あたしは上目遣いで唇を尖らすけど、厚焼き玉子をひとくち口に
入れてしまえば不満げな顔は続けられなかった。
パクパク食べるあたしを、真希ちゃんはカウンターの向こう側から見ている。

「真希ちゃん、食べないの?」
「見てたいの…梨華ちゃんってほんと美味しそうに食べるから」
「だって……美味しいから」
「フッ……そっか」

柔らかく微笑んだ真希ちゃんは「そういえばさ…」と、可笑しそうに
口元の笑みを広げた。

「梨華ちゃんの気を引きたくて、
 調子が悪い、食欲がない、何も食べてないって電話したことがあるんだ」

365 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:29

自分ではどう思ってるか知らないけど…そう言いながら真希ちゃんは
クック、と笑った。

「梨華ちゃんってかなりなお節介だからさー
 食材たっくさん買い込んできてくれたんだ。だから料理出来るコなのかなって
 待ってたんだけど、全然でさ?
 黙って見てられなくなって、結局、ごとーが作っちゃった」
「……確かに真希ちゃんは料理上手だよ」

ぶすっとしながらそう返すと、真希ちゃんは、料理はね…、と呟きながら
キッチンカウンターをスゥーと指先で撫でる。

「…ごとーの母親さ?……料理の腕だけは良かったから、
 だいたいは男にとち狂って家出中か、酒に溺れて泥酔してたけど
 ごくごくたまにまともな時があって、その時はここでこうやって料理作ってた。
 ごとーはそれを見てたんだ……飽きもせず、覚えちゃうくらいに…」

366 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:29

キッチンカウンターを見る真希ちゃんの目は優しかった。

それはきっと、
お母さんとのいい想いでだったからなんだろうな…
いまでも、こんなに満たされた表情をさせられるほどに、

想いで、というものは良くも悪くも強い呪術みたいだと思った。


いまここで起こってることじゃないのに、
そこに自分の想いがあったら、人はその想いの強さの分だけ縛られる。

それは時として、目の前の現実よりよっぽど信じられる真実のように
心に生き続けてしまうものなのかも知れない。

367 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:30

「…冷めるよ?」

そう言われて、自分がお茶碗を持ったままだったことに気づいて
慌てて目を伏せると箸をつけた。



「ごちそう様でした」食事が終って、あたしが両手を合わせると
「どういたしまして」と言いながら、真希ちゃんは食器をシンクの上に置いた。

「そんなに急がなくていいよ」真希ちゃんはそう言ってくれたけど、
手早く身支度を整えた。玄関ホールで靴を履いたとき「忘れ物、ないよね?」
真希ちゃんの何げないひとことに長い廊下の先を目で辿った。

368 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:30

あたしは───
ここに何回来たことがあったんだろう?
そのとき、何を考えていたんだろう?
真希ちゃんに優しくできていたんだろうか?

ふいに、いろんな想いが湧いてきて───


「…どうかした?」

真希ちゃんの気遣うような声に振り返ると、心配そうな眼差しとぶつかった。
この眼差しはあたしを見ていてくれた……そう、見ていてくれたんだ…

369 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:31


「……ありがとう」


その言葉が、あたしの口から自然に零れていた。
真希ちゃんは一瞬息を詰めるとすぐに曖昧に微笑みながら「何が?」と聞いてくる。
あたしはちょっと考えて、全部、と答えた。

370 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:32


371 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:32

学校に向かう時間にしては、すっかり遅くなってしまったことを謝ると
そもそも三年生の自分にはもう授業らしい授業はなく、
自由登校みたいなもんだから別にいいんだと、問題なのは出席日数なのだと
真希ちゃんは笑った。

昨日、あたし達が偶然会った駅に真希ちゃんの学校があるらしい。

「そう言えば昨日、私服じゃなかった?」
「あぁ、ガッコに置いてあんの。
 制服じゃ入れないとこってあるし、一回家帰るとかって面倒じゃん?」

当然のようにそう言われて、あたしの眉間に皺がよる。
あたしが通っていた高校の校則には帰宅中の寄り道は厳禁と書いてあった。

もしも…と考えてみる、学生時代に同じ学校に通っていたとしたら、たぶん、
真希ちゃんとあたしは仲良くならなかっただろう。

372 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:32

「なーに、難しい顔してんのー」そう言いながら、横に並んでる
あたしの頬にかかる髪の毛を真希ちゃんは自分の人差指にくるくると巻きつけた。

何回かされたけど、ちょっと変わった癖だな、と思いながら口を開いた。


「真希ちゃんって人の髪の毛いじるの好きなの?」


…あぁ、
改めて自分の指に巻きつくのが何であるかを意識したような表情をして


「梨華ちゃんにしかしないよ…」

いつものニヤニヤ笑いではなく、どこか悲しそうに笑って真希ちゃんは指を外す。

373 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:33

「───もし、もしも、タイムマシンがあったら、ごとーは高校生の梨華ちゃんに
 会いに行くよ」
「……?」

一緒に学校に通いたかったってこと? あたしは小首を傾げる。
そう言えば、
真希ちゃんって最初に会ったときもタイムマシンがどうのこうのって
言ってなかったっけ?


あたしがそんなことを思いだしていると、
それでも間に合わないんだろうけど……、真希ちゃんがぽつりと呟いた。

374 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:33

目的の駅に着いて階段を降りる。
真っ直ぐ進むと改札口、その手前の乗換え連絡口であたしは立ち止まった。

「真希ちゃん、あたし乗換えだからこっちから行くね」


数歩先を歩いていた背中が立ち止まる。
真希ちゃんが振り返り、こっちを向くのを待った。
……真希ちゃん?


「……グッバイ、梨華ちゃん」



─── えっ?!

真希ちゃんは後ろでに手を振ると、そのまま前に進んで行く。

375 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:35

あたしが呆然と見送るその先で、
真希ちゃんの後姿は改札を抜けて見えなくなるまで一度も
振り返らなかった……










                 ++───つづく++

376 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:35


377 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:35


378 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/14(月) 23:35


379 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/15(火) 00:26
うわぁ…最後のセリフが気になる…
毎回更新楽しみにしてます
380 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/15(火) 17:43
更新がある度に最初から読み返してます
何度読んでもこのお話、面白いです
381 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/15(火) 23:39

レスありがとうね、感謝感謝!


379さん
最後の?……あー、アレかぁw


380さん
えっ?読み返してくれてんの?結構驚いたw

382 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:40



383 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:40

マンションが見えてきたら、心臓がドキドキ鳴り出した。

別に悪いことなんてしてない…そう思うのに、

そうかと言って、昨夜のことをよっすぃ〜に話せる訳でもない。
話せないことがあるのって意外にしんどいのかも知れないな……

どっちにしろ、よっすぃ〜はお仕事に行っているんだし、
自分でも訳のわからないネガティブな気持ちを抱えてたって
いいことないに違いない!

あたしはひとつ頷いて、マンションに向かって歩き出した。

384 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:41

そうは言っても、
ドアの鍵が開くガチャリという音がやけに響いた気がして
びくり、と心臓が冷えた。

「……ただいま〜」


一応、声をかけておうちに入る。
当たり前だけど、よっすぃ〜はいなかった。

知らずに、…ホッ、と溜息が洩れて少し気が塞ぐ。
よっすぃ〜に嘘をついてまで、昨夜は真希ちゃんと過ごした。
確かに真希ちゃんとのことは、だんだん思い出せてる気がする。

385 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:41


───だけど、


肝心のよっすぃ〜とのことに繋がっていかないのはなんでなんだろう?
よっすぃ〜と真希ちゃんにはお付き合いがなかったから?
うぅーーむぅ…

考えたってわからないものはわからない。
あたしは、ぶんぶんと首を横に振って、気持ちを切り替えることにした。

386 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:42


387 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:42


───優しい手があたしのこめかみから掬うように髪を撫でている



388 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:42


あまりに心地よくて口元が緩むと、ふっ、と微笑む気配がした。
今度は軽く頬を突付かれて眉間に皺が寄る。
せっかく気持ちよかったのに……

夢と現を漂いながら、少しづつ瞼を上げて行くと───微笑む、よっすぃ〜がいた


389 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:43

─── あれ?
こんな時間によっすぃ〜がいる訳ない、よね?

あの後夕飯のお買い物に行って駅前のパン屋さんで買ってきた
焼きたてパンをお昼にして……そしたら眠くなって……
だからこれは夢だぁ〜〜

あたしは腕を伸ばすと、顔を覗き込むようにしていたよっすぃ〜の首を両腕で
抱えて引き寄せた。
そのままよっすぃ〜があたしの上に落ちてくる。
結構……重い、
いつも覚えてないけど夢って案外リアルなんだな…

この感触も、そう思いながらよっすぃ〜の髪を撫でて、
この匂いも、そう思いながら首筋に顔を寄せた。

390 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:43

よっすぃ〜が身動ぎして片肘を立てると、上体を持ち上げ
あたしの目を覗き込んでくる。
ちょっと戸惑ったような、でも温かい幾重にも重なる深い色の瞳

「……やっぱりよっすぃ〜の瞳って綺麗、……大好き」


そう言って微笑むと、よっすぃ〜も優しく、蕩けるほど優しく微笑んで
少し掠れたような声がこう言った。

「梨華ちゃん、起きてる?…寝ぼけてるでしょ?」


……へ?
え?……ちょっ…と、…え、じゃいまって…現実、ってこと?
頭が混乱してきて、軽くパニックに陥ったとき、

391 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:44


「…好きなのは目だけ?」


囁き声と熱を含んだ真っ直ぐな眼差しに捉えられて、
なんだか急に強烈なまでに、恥ずかしくなってきて顔が熱を持つ。

……え、と、
声にならない声、唇だけが僅かに動いた。

すっ、とよっすぃ〜の指先が動いて、さらりとあたしの頬を撫でた。
ぞくり、背中が泡立って、思わず肩を竦める。

392 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:44

今度はよっすぃ〜の親指が、軽く開いたままだったあたしの唇の間を
強く押し開くように、弱く滑るように、強弱をつけて辿っていく。
一回、二回、三回……ゆっくり、ゆっくりと……
だんだんと頭の奥がぼぅっとしてきて、視界までぼんやりしてきた、
そのとき、


───エッチな目…


ぼそりと呟く声が聞えて、あまりの恥ずかしさに、一瞬で目が冴えた。

393 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:45

かっと頭に血が上ってきて、とっさに顔を背けると
唇から外れた親指が、クイッと顎を押して、正面を向かせられる。
じっ、と見られているのがわかった。

恥ずかしい… 恥ずかしすぎて、よっすぃ〜に見られたくない。
あたしは堪らず両手で顔を覆った。


ハァーーー…
大きな溜息、その後、よっすぃ〜は呆れたようにこう言いながら
からだを起こすと立ち上がった。

「こんくらいでそんなに恥ずかしがるクセに、
 よく私に抱いて欲しいとか言ったよね… 言っとくけどね、
 もっとずっと恥ずかしいと思うよ?」
「………。」

394 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:45

 ───そんなの


だって、と唇が尖る。

しょうがないじゃん!
ほんとのところはわからないけど、いまのあたし的には
未知の体験なんだよ?!

えっちな目とか言われちゃったらさ…自分では見れないんだし、
どんな顔になっちゃてるのか全然わかんないんだし、不安になるよ?!
恥ずかしくなってもしかたないじゃん!
それをこんくらいとか言うなんて愛が足りないと思う!

むくれていると、よっすぃ〜が、ぷっ、と噴出した。
そしてそのまま笑い出す。

395 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:46

「なんでこんなことで、そんな負けるもんか、みたいな顔すんの
 くくっ…
 しかもどっちかっつーと褒め言葉だったんだけど…」

あたしは驚いて、よっすぃ〜の顔をマジマジと見てしまう。

あれが褒め言葉?
あんな顔から火を噴きそうに恥ずかしいこと言われるのが?
まったく理解出来ない。

よっすぃ〜はまだ笑いを滲ませた目であたしを見て
「ミルクティー淹れるよ」そう言いながらキッチンへ行った。

396 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:46

ダイニングで向かい合ってのティータイム

よっすぃ〜の淹れてくれるミルクティーって大好き、
ちゃんとお鍋で牛乳を沸かして作ってくれる。

自分で淹れるときは、紅茶に後から足して、まぁいいやって
思っちゃうんだけど

ミルクティーのカップに唇を寄せるあたしを見ながら
よっすぃ〜はテーブルに肘を乗せていた腕を組んで口を開いた。

「どうだった?美貴とは……話弾んだんでしょ?楽しかった?」
「……うん」


美貴ちゃん───
すぐに昨日、いろいろと言葉を交わしたときの情景が甦ってくる
あたしはカップをテーブルに置くと目を伏せた。

397 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:47

「…すごく、ね、優しくしてくれた。
 だから余計、覚えてないことが辛かった。
 でもそう思ってると、それが美貴ちゃんに伝わって
 悲しい顔をさせちゃう気がしたんだ……」 

「……そっか」ぽつりとそう答えて、よっすぃ〜は
それ以上何も聞いてこなかった。

398 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:47

ミルクティーの入ったカップが空になり、そろそろ夕飯の準備を
しなくちゃ、そう思って立ち上がろうとして、

そう言えば、
よっすぃ〜は今日はずいぶん早く帰ってきたけど、どうかしたのかな?
あたしは小首を傾げて、取りあえず聞いて見ることにした。


「…ねぇ、よっすぃ〜?」
「ん?」
「今日、なんか早くない?」
「あー、そうそう、明日温泉泊まりに行こう」
「え?なに?どういうこと?」
「あぁ、いきなり話しとんじゃった。
 ええとね、今日さ、夕方からお客さんのところ行くはずだったから
 お店はそれまでにしてもらってて、
 そしたらお客さんが体調崩してるらしくてキャンセルになったんだ。
 んでー、もともと、
 明日の予定はそのお客さん絡みで店のシフトは入れてなかったし
 明後日はオフだったから二日空いたんだ」 

399 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:48

よっすぃ〜のお仕事はリフレクソロジーと整体だと言うのは聞いていた。

スクールに通っているときに、指導係だったいま働いてるサロンの店長さんが
もうすぐ自分は独立して店を持つから、そこに来てくれないかと
声をかけられたって言っていた。
その後、お店で働いてるときに整体の資格も取った方がいいと勧められて、
働きながらスクールに通ったということだった。

そういうサロンで個人的にお客さんのところへ行くのって怒られないの?
そう聞いたことがある。答えはこうだった。

よっすぃ〜を気に入って呼んでる人が
サロンの出資金を出している実際のオーナーだから、ムチャクチャなことを言われても
逆らえないんだって。

その人は他にも飲食店なんかを何件も持っていて、そこの従業員サービスにって
よっすぃ〜を呼んだりするらしい。

400 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:48

あたしはいまのところ、からだのコリに悩まされてなかったし
そういうお店に行ったこともなかったんじゃないかって思う。
だから、よっすぃ〜のお仕事がどういう感じなのかよくわからない。

それより何より、
この記憶がなくなってからの数ヶ月は、そのことに頭がいっぱいで
あまり他のことを考えられなかったから。

ふと、思いついて聞いてみた。

「ねぇ、よっすぃ〜?
 前はあたしも、よっすぃ〜にリフレとかしてもらってたの?
 ほら、OLしてたとき」
「なに急に?
 …あぁ、興味あるならしてあげようか?
 ちょうど、裕ちゃん…あぁ、お客さんね、例のオーナーんとこ
 行く予定だったから、ちょっといいオイル持ってるし」

401 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:49

うーん……
なんだろう、この微妙な気持ち
わぁ嬉しい!ってならないのはなんで?
なんかちょっと我ながら意味のわからない抵抗が……


「百聞は一見にしかず」って言うじゃない?
よっすぃ〜は気軽な感じでそう言うと、お仕事に持っていっていた
大きなバックをさぐって英語と花の絵が描かれたビンを持ってきた。

「ワイルドローズのアロマをブレンドしてあるんだ。
 肌の保湿とリラックス効果がある」

そう言いながら、ビンの蓋を開けて匂いを嗅がせてくれる。
バラの匂い……でもお花屋さんのバラより、野生味?がある感じ…

402 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:49

よっすぃ〜はあたしの足元に跪くと、片足を持ち上げて靴下を脱がせる。
そのまま、足を触って、「冷えてるな、足湯して温めよう」
そう言いながら、あたしを見上げて微笑んだ。


う、うぅ───な、なんだろう?
やっぱりなんか恥ずかしい…

こんな風によっすぃ〜に跪かれて、片足を持ち上げられて
いつもと目の高さが逆で見上げられて

とにかく何もかもが恥ずかしい…

「ふっ…また顔が赤くなってる」
「そ、そういうこと言わないで!」

403 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:50

よっすぃ〜は目だけを微笑ませると、あたしの足を少し持ち上げて
その甲に唇を落としながら、あたしを見上げた

「あ……どんどん真っ赤になってく」


も、もぉっ!
たまらず、あたしはよっすぃ〜の手から足を外して立ち上がると
叫ぶように言った。

「いい!もういい!リフレも整体もしなくていい!」
「あら残念……私、テクニシャンらしいよ?」
「し、知らない、あたしはしたことないし、わからないもん!」

捲し立てるようにそこまで言うと、

404 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:50

なんだかなぁ、
よっすぃ〜はそう呟いて、またクックッと可笑しそうに笑った。

「そんな意識されたらさ?
 なんかリアクションしなきゃって気にさせられるっていうか…
 梨華ちゃんとしゃべってるとリフレの話しじゃなくなってる気が
 してくるっていうか……無駄にスゴいスキルだな」
「な、なんでそういう言い方するの?!今日のよっすぃ〜の言うことって
 意地悪だよ!いままでそんなこと言わなかったのに…」

よっすぃ〜は、捲し立てるあたしの顔を見ながら複雑そうに眉を寄せて
肩で大きく息をひとつしてから口を開いた。

「……言わなかったんじゃなくって、言えなかったの」

405 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:51

「私は好きなコには優しくありたい、包みこんで甘やかしていたいって、
 それを一番に思ってるんだ。
 だけど、当たり前に意地の悪さも醜さも汚さもあるんだ。
 だからと言ってこれが私だって全てを見せるの?
 記憶を失くして不安がってる十八歳の梨華ちゃんに?
 私には無理だ。出来ないと思った。
 五歳の違いなんてたいしたことないし、実はそんなに変わってないよ?」
 
 だけどそれは…
 一度言葉を切って、よっすぃ〜は俯くと肩を落として
 その時間を経験した後にしかわからないことだから、
 そう言葉を続けた。

「梨華ちゃんの記憶の中の私は十七歳の高校生のままだった。
 だから最初の頃なんて、
 どこかふわふわした夢見てるような表情で私を見てた。
 格好つけていられると思ってたよ……上手く折り合いをつけてさ?
 なのに、一緒にいる時間が長くなってくるとダメなんだ、
 隠し切れるもんじゃないって、この頃わかってきたんだ……」

406 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:51

いろいろと、隠せると思ってきたモノが……
最後は自嘲的にそう言って、よっすぃ〜は黙ってしまった。


「……よっすぃ〜」


名前を読んでみたものの、その後になんと続ければいいのかわからなかった。



あたし、───どんなよっすぃ〜でも好きだよ?

そう思う。嘘じゃなく強くそう思う。
だけど、二人の五年の日々を何ひとつ覚えていない、いまのあたしの
その言葉にはなんの説得力もない気がしてしまう…

407 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:52

それでもやっぱり、
いまのあたしの想いを、ここにある想いをちゃんと伝えたいと思った。


「好きだよ……どんなよっすぃ〜でも好き……」

好きだから、大好きだから、
一番に好きで大切で、その想いがあたしの中に強くあるから、
全てでちゃんと向き合いたいと思ってきたし、誠実でいたいと願ってきた。

そう思えば思うほど、
強い想いと裏腹に口調は弱弱しくなって震えてしまう。

「大好きなの……」

408 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:52

梨華ちゃん…
あたしの名前を呟いて、顔を上げたよっすぃ〜は
色んな感情がごちゃまぜになったような複雑な表情をしていた。
単純な喜怒哀楽ではない、たくさんの想いを抱えたような…


───もう、
吐息のような声を漏らし、よっすぃ〜があたしを抱きしめた。囁き声が続く。

「抱いちゃおうか……いま目の前にいる、この梨華ちゃんを……」


一瞬、腕の力を強くして、


「…なーんてね」そう言いながら緩めた。

409 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:52

「私もマジでヤバい…そろそろ限界かも……だからね、言っておくよ。
 いまの梨華ちゃんが私のことを好きだと思ってくれてるのはわかる。
 それでも、
 好きで好きでもうどうしようもなくなったから抱かれたいんじゃないんだ。
 記憶がないのが不安だから抱かれたいんだよ?
 だからきっと、いまそういうことしたら後悔する。梨華ちゃんも、私も…」

あたしの耳元で
まるで言い聞かすように、呪文をかけるみたいな声でよっすぃ〜が言った。


不安だから抱かれたい───それは悪いことだろうか?

410 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:53

そこに気持ちがあれば、
愛さえあれば、後悔なんかしないんじゃないのかな?


なぜか少し寂しい気持になって、

あたしを包んでくれるからだにぎゅっと抱きついた。



 




                   ++───つづく++

411 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:53


412 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:54


413 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/15(火) 23:54


414 名前:名無し飼育さん 投稿日:2011/11/16(水) 01:10
メッチャ続き気になる!
やっぱりよっすぃと梨華ちゃんの雰囲気が大好きです
415 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/16(水) 06:46
読み終わった瞬間、思わずはぁ〜と声が出ました
416 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/16(水) 07:08
お話の途中ですが言わせて下さい…
やっぱななしーくさんの書くいしよしが大好きだぁー!
ふぅ、すっきりしました
417 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/18(金) 14:42

レス、ありがと〜、嬉しいよ〜


414さん
雰囲気かぁ〜、自分だと読んでくれてる人にどんなカンジに
伝わってるのか意外にわかってないw
ただワンパの自覚はあるww

415さん
おぉーー、
なんだか嬉しいねぇw ありがとう!

416さん
あははっ 
光栄ですなぁw ありがとう♪

418 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:42


419 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:43

昨日の夕方は、あんな空気になってしまったから
気まずくなったらどうしよう、なんて思っていたけど…

別に喧嘩をした訳でもなく、
一緒にお夕飯を作って食べて、お片づけもして
お茶を飲みながらちょっとだけTVを見て、順番にシャワーを浴びたら
同じベッドに入って眠る。

そんな、
この数ヶ月してきたことを繰り返したら昨日という日は過去になり、
今日になっていた。

日常生活って偉大だなぁ…
そんなことを考えながら、持っていくものを再確認した。

420 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:43

よっすぃ〜が連れてきてくれたのは、海沿いにある有名な温泉地で
駅からはタクシーで高台に上がった。

入り口はこじんまりとした日本家屋で、
タクシーが止まると、ドアから出たあたし達に「お待ちしておりました」と
着物姿の人が頭を下げる。

引き戸の玄関を開けて石畳のロビーに案内された。
そこには小さなボリュームで琴の音色が静かに流れていて、まるで時代劇に
出てくる御茶屋さんみたいな赤い布がかかった長いすが置かれていた。

そこに腰掛けて、よっすぃ〜は旅館の人に渡されたバインダーに挟まれたカードに
何かを記入している。その間にお抹茶を出してくれた。

室内なのに頭の上には朱色の唐傘が広がっていて、それが色白のよっすぃ〜の頬を
淡く染め上げて見せて綺麗だなって見惚れてしまった。

421 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:43

よっすぃ〜が記入し終わったバインダーを渡すと、
「お部屋までご案内いたします」そう言って、仲居さんはロビーの先の引き戸を開けた。
その先はなんと室外だった。

廊下が続いているものだとばかり思っていたあたしは驚いてキョロキョロしてしまう。
先を歩く仲居さんはあたし達を振り返り、
お足元にお気をつけ下さいね、と柔らかく微笑んだ。

そう言われて、足元に目をやれば砂利道に敷石。
大きい敷石が道順を示すように、先に先にと配置されている。

横手にはこじんまりした池があり、覗いてみると小さな赤色と銀色の魚が
泳いでいた。ここは離れのお部屋が点在している宿のようだった。

422 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:44

あたしたちが泊まる部屋に着くと
仲居さんはお茶を淹れて、お茶菓子と一緒に進めてくれた。

座椅子の上には10センチはあるんじゃないか、と思うような座布団が
乗っていておずおず座る。
長く重厚なテーブルの向こう側には、半開きの障子からその先の縁側と
手入れの行き届いたお庭の植栽が覗いていた。

よっすぃ〜はその障子の横に立って、お庭を眺めている。
「吉澤様」とその背中に仲居さんが呼びかけた。

「お夕飯は六時からご用意させていただいてよろしいでしょうか?」

よっすぃ〜が振り返り頷いて、
「お願いします」そう答えると仲居さんはたおやかに微笑んだ
その笑みのまま、今度はあたしを方を向くと笑みを深くする。

423 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:45

「やっぱり温泉は女性同士が一番楽しゅうございますよねぇ
 当館のお湯は無色透明でお湯肌が柔らかく、お客様からも御好評を
 いただいております。どうぞごゆっくりとお寛ぎ下さいませ」

深々と頭を下げると仲居さんは失礼いたします、そう言葉を残して
障子を静かに開けて出て行った。


「…よっすぃ〜」呼びかけるとお庭に向けてた目をこっちに向けた。

呆然とした顔をしていたからだろう、よっすぃ〜は障子の前から離れて
あたしの前の座椅子に腰を下ろしながら言った。

「ん?どした」
「…どしたって、びっくりするよー!
 こんな高級そうなとこに来るなんて思ってないもん」

ふふ、楽しそうに目で笑んで、よっすぃ〜はお茶に手を伸ばした。

424 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:45

「裕ちゃん…あぁ、例のオーナーね、が、仕事に穴空けさせてすまんかったって
 気にするから、せっかくだから温泉にでも行きますよって行ったら紹介して
 くれたんだ。だからたぶんすごくサービス価格だと思う」
「そうなんだ…安心した」

ほっ、と息を吐いて
胸を撫で下ろすと、よっすぃ〜はあたしを見てニヤリと笑った。

「付き合ってるコと行くって行ったらさ、
 それならお誂え向きの隠れやがあるって紹介してくれた。……ココってね、
 大浴場がないんだ。それぞれの離れに露天風呂までついてるからさぁ
 カップルに大人気らしいよ?」


 ───え、…それって

思わず想像すると、顔が熱くなる。

425 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:45

「…もちろん、一緒に入ってくれるよね?」

まるで、あたしの思考を呼んだみたいに、
ニヤニヤニヤニヤ笑いながら、からかうような声音で聞いてくる。

……そんなの、
きっとあたし、温泉を満喫できない……

でも…
せっかく連れてきてくれた温泉なのにひとりで入りたいなんて、
おかしいっていうか、自意識過剰過ぎっていうか……
でも、やっぱりその取りあえず明るいのは……

あたしはどうしても赤くなってくる顔を俯かせて、目だけを上げて
よっすぃ〜を見る。

「………暗くなってから…なら」

426 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:46

「ふぅ〜ん」
よっすぃ〜は楽しげに相槌を打つと、「暗くなってからじゃ、庭の景色が
楽しめないよ?」そんなことを涼しい顔で言ってから意地悪く笑む。

「あ、よっすぃ〜は入ってきて、お先にどうぞ!」
「……夜は一緒に入るんだ?」
「う、 うん…」
「じゃぁ、楽しみにしとくよ」

そう言いながら立ち上がると、あたしの頭の上に一度ポンと手を置いて、
お風呂に行ってしまった。


───はぁぁぁぁ…

あたしは両肩を落として、たぶん皺がよってしまったであろう眉間を押さえた。

427 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:46

本当のところは誤魔化されたままだからわからないけれど、五年も付き合って
いたんだから、あたし達はお互いの裸を見慣れているんだろうし、
温泉だって一緒に行ったかも知れない。
だけど、そういうのはたぶん、ふたりの関係に慣れてから、そういうもの
じゃないのかな?

好きな人に一番最初に自分の裸が見られるのが真昼間の温泉ってどうなの?
ハードルが高すぎる……

いくらからだの作りが一緒でも、相手が好きな人なら話しは違ってくる。
意識するのが当たり前、だよね?

428 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:47

大浴場ならよかった。
他にも人がいるから、からだをタオルで隠したりするし、洗い場だって
広いだろうから、こんなによっすぃ〜の目だけを意識して
恥ずかしくならないでいられた気がする……

だけど、取りあえず昼間は免れたんだし、うん、
ここの露天風呂のライトがあまり明るくないことを祈ろう。

429 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:47

お夕飯は本当に繊細でこの上なく上品だった。

お重の中の前菜はひとつひとつが工芸品のように可愛いらしかったし
氷で作ったお皿の上のお刺身の肉肌は宝石みたいにキラキラしていた。

石で焼くお肉もいままで食べたことないくらい柔らかったし、
お野菜も何もつけなくても味が濃くて美味しかった。

立ち上る湯気の香だけでうっとりしてしまうお椀に
本当に輝いて一粒づつ粒の綺麗なお米は噛締めると甘かった。
何もかもがとにかく目に美しく、味は優しく深かった。

430 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:48

お料理の一皿ずつを、
あたし達の食事するタイミングで給仕してくれていた仲居さんが最後に
デザートの蕨もちとほうじ茶のアイスが乗ったお皿を用意しながら言った。

「明日のご朝食は八時からのご用意となっております。
 お隣のお部屋にお布団の準備をさせていただきますので、御用がございましたら
 お呼び下さい。
 それでは、どうぞごゆっくりお召し上がり下さいませ」

深々と手をついて頭を下げ、仲居さんはスッと襖を閉めた。

431 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:48

「結構、満腹だよね…でも食べ過ぎたって感じもしないよね」

座椅子の背に背中を伸ばすように預けて、よっすぃ〜が言った。

「すっごく美味しかった!
 いままでお食事した中で一番だった!
 それにどれもが信じられないくらい手が込んでて感動しちゃった!」

興奮して捲し立てるあたしに、よっすぃ〜が目を細めて言った。

「そんな喜んで貰えると私も嬉しい。良かった、連れてきて」
「うん、ありがとう!すっごい幸せ」

いい思い出になる……
あたしの顔を見たままよっすぃ〜がぽつりと漏らした。

432 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:48


思い出───?
確かにここに来たことは、何年たってもあの時は楽しかったねって
思い出せる想いでになるだろう。
だけど今日のことを思い出って言うのは気が早いよ?

笑ってそう言おうとして、言葉が止まった。
よっすぃ〜がもうすでに想いでとなってしまったことを思い出している
そんな遠い目をしていたから。


ふいに不安が───、
どんよりと重々しい雨雲に心を塞がれていくようなそんな気がした。


433 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:49

お茶を飲みながらTVを見て、ちょうど番組が終ってCMになった頃
よっすぃ〜が言った。

「そろそろ風呂入んない?」

全く気負いのない、普通な感じで。

う、うん、どもりながら頷いて、
よっすぃ〜はまったく恥ずかしくないのだろうか?と疑問に思う。
意識しすぎるを自分をバカみたいだとも思う。

434 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:49

だけどいまのあたしは、いままで経験してきたことがわからない。
本当の自分の経験値なんて知らない。

あの日、病室で目覚めた十八歳になって間もなかったあたしは
誰かと付き合った経験もキスしたこともなかった。
だから当然、
好きな人の裸なんて見たことないし、自分も見せたことがない。

一緒にお風呂に入るんだ……  そう考えただけで、
消えてしまいたくなるほどの羞恥心が競り上がってきて
自分ではどうしようもなかった。

435 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:50

「先行ってる」
よっすぃ〜は立ち上がって進み、襖に手をかけてふいに動きを止めた。

「…梨華ちゃん、お願いがあるんだ」
「な、なに?」
「梨華ちゃんのからだが見たい」
「…っ?!」
「本当に私を好きだと思ってくれてるなら自分から来て…
 梨華ちゃんの気持ち、私に見せてよ?」

よっすぃ〜はあたしを振り向かないまま、襖を開けて行ってしまった。

436 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:50


よっすぃ〜……


どこか感情を抑えたような硬く聞える声だった。


梨華ちゃんの気持ち、私に見せてよ?


直接そんなことを言われたのは初めてだった。
優しいよっすぃ〜は多くのことを言わなくても、いつでもあたしの気持を
理解して優先しようとしてくれていた。
我がままを言っても、目を細めて言う事を聞いてくれる。
そのよっすぃ〜がこんな言い方をするなんて……
さっきまで心を占めていた躊躇いが、行かなくっちゃという焦りに変わる。

いまは───いまだけは
あたしからよっすぃ〜のところに行かなくっちゃいけないんだ。


あたしは立ち上がると襖を開けて、廊下に出た。

437 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:51

脱衣所で浴衣を脱ぎ、
迷ってやっぱり用意されていた手ぬぐいを片手に持つと内湯に入った。
シャワーで体を流して、露天風呂につづく引き戸に手をかけた。
緊張感が高まってきて思わずごくりと喉を鳴らしながら、思い切って
勢い良く引き戸を開けた。

もうもうと白い湯気が立ち上ってる。
その先にライトアップされた露天風呂とその中に白く浮かび上がるような
背中が見えた。

ゆっくり近づくと、振り向いたよっすぃ〜はあたしに向かって手を差しだす。
その指先に捕まると、ギュッと握り返された。

438 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:51

軽く胸元に当てるようにタオルを持っていたけれど、
よっすぃ〜の視線を体中に痛いほど感じて、顔が上げられない。

恥ずかしさに俯いたまま、ゆっくりとお湯に足をつけて少し離れたところに
進もうとしたら「…梨華ちゃん、こっち」囁くような声で言われて、
握られている手を引かれるまま、よっすぃ〜の前で腰を下ろした。

どこを向いていればいいのかわからない…
お湯の中で歪んで揺れる自分の膝を見詰めていると、「…梨華ちゃん」
頭の上からそっと名前を呼ばれて、あたしはおずおずと顔をあげる、
もう恥ずかしさはかつて経験したことないレベルで、涙ぐみそうだった。

よっすぃ〜は、ふっ、と優しく目を細めて微笑むと「ありがとう…」そう言って
あたしの頬を両手で包むと、髪にキスを落とした。

439 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:52

「愛してるよ…」熱を宿した声で囁きながら、今度は額に唇を押し当てる。
「このおでこも……目も……ほっぺたも」
囁きは続き、絶え間なくキスが振り注ぐ。
 ───唇も、
その言葉と同時に少し上を向かされた。


深いくちづけがくる───
ゆらゆらと、お湯から立ち上る湿った蒸気が熱い息遣いでさらに熟れた。

溜まり続けた熱は白い霧になり、あたしの頭のなかに篭っていく。
その先は空白だった。何も見えないし聞えない。
ただ与えられた感覚だけが鋭敏になり翻弄される。

440 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:52


 ───は、ぁ、く、るしぃ、

そう思ってよっすぃ〜の腕にしがみ付くと、離れた唇が耳元で笑む気配がした。

「…もっとちゃんと息して」
大事な秘密を打ち明けるような密やかな声がして、つかの間意識がそこに向く。
耳元に感じる唇は蠢きながら、耳の形を丁寧に辿っていく。
ビクッビクッと続けて肩が持ち上がり、心臓が圧迫されるような息苦しさに喘いだ。

441 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:53


「……愛してる、なにもかも」耳の奥にまで届くような熱い吐息が紡ぐ囁き


髪をかき上げられ首筋を唇が這った───知らずに背中が弓なりに仰け反る。
笑みを深く含んだ声が低く囁いた。


「可愛い……全部が可愛いよ…
 梨華ちゃんを象ってる、骨格のすべてまで」


言葉通り、
あたしのカタチを確かめるように、掌がするりと肩を撫でて腕から抜けると
指先が腰から背骨をなぞって上ってくる、


ビクッビクビクッ───からだが大きく続けて波うつ

442 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:53

頭の中心の眩く白い闇が急速に広がっていく───

閉じていた瞼を薄く開けたら、目の前の顔がぼやけて見えた。

……よっすぃ〜……も、ぅ…
唇を動かした、ムリかも、そう続けようとしたけれど、くらり、と
頭が揺れて意識が遠のきそうになる。


「梨華ちゃん!」
よっすぃ〜の大きな声があたしを呼ぶ。

切羽詰った声が「わかる?見える?」と聞いてきて、薄目を開けて頷くと
湯船の中から引っ張り出された。
そのまま、ずるずると湯船のへりに横たわる。

443 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:54

「いま水とタオル持ってくるから」

よっすぃ〜の気配が遠ざかって、また近づいてくる。からだを持ち上げられて
お水をのませてもらう。

呼吸することさえもが熱く感じて、浅くそれを繰り返した。

朦朧とした意識のなかで、
よっすぃ〜にからだを拭かれて、浴衣を羽織らさせられる自分を
恥ずかしいなと思った。

444 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:54

抱えられて布団に運ばれた。

「ちょっと冷やすか…」よっすぃ〜は呟くと、濡らしたタオルを持ってきて
額の上に乗せてくれた。

「ごめん、無理させて……こんなに上せやすいなんて思わなかったんだ」
「……ううん、もう大丈夫、
 ちょっとからだが熱くて、頭がくらくらしてるだけだし」
「…それ、大丈夫じゃないんじゃない?」

困ったみたいに笑うと「冷蔵庫にポカリかなんかあるかな?」そう言いながら
立ち上がって部屋から出て行った。

445 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:54

───あぁ、恥ずかしい、

だんだんと意識がはっきりしてくると情けなくて泣きたくなってくる。

自分がいま上せているのはお湯になのか、よっすぃ〜になのかが
あたしにはわからなかった。


思いっきりからだも見られたし……
あたしは恥ずかしくてほとんど目を向けれなかったのに不公平だと思う、

446 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:55

つらつら、思い浮かぶことを切れ切れに考えるともなく考えているうちに
からだがだるくなってきた。

そんなにからだを動かした訳じゃないのに、ドキドキし過ぎて
本当に疲れる一日だった。


あふ…、
欠伸がでて、からだがどんどん重くなってくる。

よっすぃ〜遅いな、外まで買いに行ってくれたのかな?
そんな風に思いながら、あたしは眠りに引きづられて行った。






                        ++───つづく++

447 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:55


448 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:55


449 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/18(金) 14:56


450 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/18(金) 17:55
更新お疲れ様です
読み終わって何とも言えない切ない気持ちに・・・
毎回ですけど、この先が気になって気になってしょうがないです
451 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/18(金) 18:24
更新お疲れ様です
随分寒くなってきたことですし、温泉旅行なんて粋な計らいですね〜
吉澤さんの陰の部分が気になります
452 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/18(金) 19:30
骨格ネタだけが微笑めたポイントで
他はもう緊張感と不安感、でもそれが堪らない
453 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/18(金) 19:42
なんてきれいで
それでいて悲しい光景なんだろう
454 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/20(日) 14:08

レスありがとう。嬉しいです。

今回、いただいたレスを読んでてなるほどーと思いました。
自分は書いてる側なので、自分の書いてる物には
あんまり何かを感じたりしてないんだなと、新鮮でしたw
455 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/20(日) 14:09

450さん
切ない…かぁ、気になる?ミステリーみたいな感じなのかなぁ

451さん
陰かぁ……温泉は行きたい、自分がw

452さん
骨格に気がいくって、どういうことなんだろう、とw
緊張感に不安感…心臓に悪そうw

453さん
悲しい光景かぁ… きれいって言われるとテンション上がる
得に意識してないつもりなんだけど、なぜがww

456 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:10



457 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:10



458 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:10


目を開けたら、無機質な白い天井が見えた。


───ここ、どこ?

あたし、ベッドに寝てる……なんで?
そんなことを思いながら、首を動かすと、あたしだけに向いている
真っ直ぐな瞳とぶつかった。

ずいぶん悲しそうな眼の色、…でも綺麗、怖いほど綺麗で…
吸い込まれてしまいそう───胸が、高鳴ってくる───


「梨華ちゃんっ?! 気がついたの」


綺麗な瞳は瞬く間に喜びで染まり、ずいっと近寄ってきた。
その顔を見ながら、ひどい違和感に眉を顰める。

459 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:11


「……よっすぃ〜?なに?いったいどうしたの?!」

そう言いながら、あたしは上体を起こすとよっすぃ〜の腕を掴んで
さらに自分に引き寄せ髪を触った。


「ウィッグ?……違う…なんで一日で伸びてるのっ?!
 色も違うよ?!どういうこと?!」

パニックになりそうになるあたしの頭をよっすぃ〜が両腕で抱え込んだ。


───良かった ───本当に良かった…
からだの深いところから響いてくるような声でいう。


「……よっすぃ〜?」
「いい、梨華ちゃん落ち着いて?そうだな、まず深呼吸してみようか? 
 それで少し落ち着いたら思い出してみて今日って何日だったっけ?」

460 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:11

あたしは言われた通り深呼吸をすると、頭を抱える腕を払って顔を出した。

よっすぃ〜って年下のクセに、こういう大人ぶった言い方をする。
そう思って、ちょっと睨むように顔を見上げて固まってしまった。

目の前の表情は───
大人ぶってる見慣れたよっすぃ〜じゃなかった。
すべてを包み込んで愛でるような、年上の大人がする表情だった。
その眼差しに促されて、あたしはおずおずと口を開いた。


「……今日は、3月10日、あたしの卒業式でしょう? そうだよ、卒業式!
 間に合わなくなっちゃう!」

慌てて立ち上がろうとしたあたしを押さえると、よっすぃ〜は
ナースコールを押した。

461 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:12

慌ててとんで来た、先生と看護士さんに診察を受け、そのあと
別室で驚くべきことを聞かされた。

詳しい検査は明日以降ということで、部屋に戻されたあたしを見ると
そこで待っていたよっすぃ〜は優しく微笑んだ。


───確かに違う、

昨日見た、ううん、ここ二年の間、毎日のように見てきた
よっすぃ〜とは……
不思議な感覚だった。同じ顔なのに別人のような雰囲気で。
五年という歳月の長さ……想像出来ない。

462 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:12

「なに百面相してるの?」

それはよっすぃ〜のいいそうなセリフだった。
けれどニュアンスが決定的に違う。

意地悪くからかう風ではなく、
年下のものを微笑ましく見守っているような口調に落ち着かない気持ちになる。

「疲れたでしょ?横になりなよ」

あたしはひとつ頷き、ベッドに乗ると枕を背もたれに寄りかかった。
ベッドサイドに置かれた椅子を引っ張って腰掛けるようとする
よっすぃ〜を見ながらつい確認してしまう。

「……よっすぃ〜?」
「ん?」
「よっすぃ〜はいま何歳?」
「フッ、二十三だよ」
「…そっか」

先生が言っていた通りだった、当たり前だけど…

463 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:12

「梨華ちゃん」
「…なに?」
「いま何歳?」
「…それ、イヤ味?」

まさか、そう言って、よっすぃ〜は肩を竦めて首を振った。


───卒業式だったのに、

ぽつり、と言葉が漏れた。
一生に一度しかない思い出のひとつ、
まったく思い出せないそのセレモニーを自分がもう経験しただなんて
信じられなかった

「…よっすぃ〜、あたしの卒業式見た?」
「見たよ」
「…そっか」
「可愛いかったよ、まぁ、梨華ちゃんはいつでも可愛いかったけどね」

464 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:13

なんでもないことのように、さらりと言われた言葉に思わず目を剥く。

よっすぃ〜があたしを可愛い、って?!
なにそれ、なにそれ?!
やっぱり可笑しいよ?これってやっぱり夢なんじゃ…

あたしは熱を持ち出すほっぺたを両手で押さえた。

「何赤くなってんの? …ひょっとして照れてる?…可愛いな」
「からかわないでよ!」
「からかってなんかないよ?
 いつもずっとそう思ってた。むしろ、それしか思ってなかった」
「うそ! …だって、そんなの、言われたことないもん」
「…なかなか口に出来ない想いってあるんだよ」

そう言って、よっすぃ〜は遠い目をするとどこか辛そうに笑む。

465 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:13

「……それでも言ったよ、勇気出してさ、卒業式の日に告白したんだ
 梨華ちゃんに……」

───うそっ!?


驚きとそれを上回る嬉しさと気恥ずかしさにあたしは俯くと
ボソボソしゃべった。

「……じゃ、あたし達、いま付き合ってるんだ」

なんだかヘンな感じ、
昨日まで制服を着ていたよっすぃ〜がこんなに大人っぽくなって、
恋人になってるだなんて……
でもずっと変わらず、横にいてくれたんだ。

そのことに胸が熱くなって、
ありがとうって言いたいな、そう思って顔を上げて言葉を失くした。

466 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:14


よっすぃ〜の、よっすぃ〜の目から涙が……


なっ、───
なんで泣いてるの?そう聞こうとして、あたしは自分がとんでもない
勘違いをしているんじゃないかと気がついた。


5年、経っているんだ。─── だったら、別れた後なのかも……


「───あ、もう気が変わっちゃってたとか…」
「違うっ!」

強い口調で否定されて抱きしめらる。

「……ずっと愛してる。
 あの頃もいまも梨華ちゃんだけを愛してきた…」
「嬉しい……」

467 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:14

心から、心の奥底から喜びが溢れてくる。

あたしが望んでたもの。心から望んでるもの。
それにいま触れている───

突然、湧き上がってきた自分の想いの強さに動揺しながら、
あぁ、そうかと今度こそ納得した。

忘れていると思っていても、それでも、こんなに好きなのだ、
その相手が自分と付き合っていたことを忘れてしまっていたら
泣きたくなるのは、当たり前すぎることだ、そう思った。

468 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:15

あたしはよっすぃ〜の腕の中で、その胸に頬を埋め「ゴメンね」と呟いた。

「でも、必ず思い出すから少しだけ待ってて?」
「……うん」

よっすぃ〜があたしを抱きしめる腕の力を強くする。


この腕以外、
本当に必要なモノなんて、あたしにはないのかも知れない…

そんなことを思いながら、
あたしはよっすぃ〜にからだを預けた。

469 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:15



470 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:15


目覚めきる前の刹那、

───あぁ、懐かしい夢を見てるな、と思った、


それはせいぜい四ヶ月前くらいのことなのに、もっとずっと
時間が経ってしまった気がする。




あの日は───そう、
新しく目覚めたあたしがよっすぃ〜に恋した日だ……


471 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:16

ゆっくりと瞼を上げていくと、
目の前にいま夢で見ていたもの、同じ瞳があたしを見詰めていて
胸が、ドクンッ、と大きく鳴った。
し、心臓に悪い……

障子の先から薄日が入っている、朝の淡い日差しを背中に受けながら
優美に微笑むとよっすぃ〜が気だるげな声を出した。

「……おはよ」
「…おはよう…目が覚めてたなら、起こしてくれたらよかったのに」
「フッ、いま、寝顔ウオッチングしてたし」
「悪趣味ぃ〜」
「……ヨダレ、垂れてる」
「うそっ?!」

472 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:16

慌てて布団から飛び起きて、手の甲で口の周りを拭うと「ウッソ」と返ってきた。
「…最悪」膨れっ面をしながら唇を尖らしてよっすぃ〜を睨む。

肩肘をつき頬杖しながら、あたしの動きを追っていた目を細めて笑むと
よっすぃ〜はゆらりとからだを起こして、
あたしの両肩の外側に腕を広げて布団につけた。え───?

迫られて布団に倒れそうになる上体をどうにか肘で支える。

「…な、なに?」
「なんか布団てさぁ、淫靡だよね」
「い、いん?」
「最近気がついたことがあってさ」
「う、うん」
「私って結構自制心強い方だと思ってたんだけど…」

シリアスな顔で話し続けるよっすぃ〜の顔は息がかかる程近い、
その話しはこんな至近距離でしなくてはいけないもの?
……違うと思う。
相槌は打ってるものの、あたしは微妙な顔になった。

473 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:17

「一度崩れだすとさー、ダメみたいなんだよなぁ、反動っつーのかなぁ、
 だからさ取りあえず……」
「…取りあえず?」
「おはようのチューしよっか?」
「………」
「…ヤだ?」
「………いいけど」
「じゃ、どういうのにする?」

ど、どういうの?!
どういうのって、そんなの───

ちょっと前なら考えるまでもなかった。
よっすぃ〜があたしにくれるキスは唇に触れるか、触れないか、
そんな繊細なものだけだった。なのに……

昨夜の露天風呂でのことが頭に浮かんで、あたしの顔にまた熱が
集まってくる。


 ───じゃ、そういうのにしようか?


474 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:17

音のほとんど出てない声でそう伝えて、
よっすぃ〜は自分の上体を支えていた腕を肘へと変えながら
あたしの手首を掴んで広げた。
首を僅かに傾げた顔が近づいてくる。

唇が触れ合う手前で動きを止めると
よっすぃ〜の瞳がじっとあたしを見詰めてきて、また恥ずかしさの波に
襲われた。


 ───なんでそんなにじっと見るの?

          
ドッドッド……
心臓の音が早く、早く駆け出す───
息をするのが苦しい───

熱のある眼差しはあたしを絡めて離さないくせに焦らして近寄って
きてくれない。

475 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:18


欲しい───、と思った。



476 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:18

いままで、軽くキスをねだっていたのとは明らかに違う熱が
あたしのからだの真ん中にある、それを自覚した。
かっ、とからだが熱くなる。


───ヤだ、
なんかヤだ、あたし、いまどんな顔してるの?
恥ずかしい───怖い───恥ずかしい───どうにかして欲しい、

もう、こんなの、こんなの耐えられない───
あたしは自分の目に溜まってくる涙に動揺しながら、我慢できずに
口を開いた。


「キスして───早くっ……」


477 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:18

どこか恍惚とした表情を浮かべながら、よっすぃ〜の唇が降りてくる、

押し当て蠢いて開かされる、
進入してきた温かく湿った舌は溝をなぞり壁を撫で回す、
執拗に繰り返し煽られ続け、喉の奥から上擦る喘ぎが洩れた。

 ───ぁ、ふ、───んんぅ


よっすぃ〜の手があたしの手から外れて、頭を抱えるようにして
髪をかき乱す。
空いてしまったあたしの手は縋るものを探して、自分を囲う腕を掴んだ。


478 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:19


─── ピンポーーーン… ピンポーーーン…


瞬間、
塞さがれていた唇が自由になり、あたしは大きく口をあけて喘ぎながら
湿った呼吸を繰り返した。

……ハァ、ハァ、



「おはようございます、吉澤様」朝の挨拶に相応しい爽やかな声が玄関先から
清清しく響く。一拍置いてから、がらがらと引き戸を引く音が続いた。

「吉澤様、お目覚めでございますか?
 朝食のご準備を始めさせていただいてよろしいでしょうか?」
「………はい、お願いします」

よっすぃ〜の少し掠れた応対の声に
「それでは、ご準備させていただきます」仲居さんの声が玄関口からして
そのあと、隣りの部屋に食膳を運ぶ気配がしてくる。

479 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:20

片手をつきながら膝立ちになってたよっすぃ〜は、あたしの顔を見下ろして
ちょっと目を泳がせながら立ち上がった。

「梨華ちゃんは…もうちょっとしてからおいで」

う、うん…
あたしはバクバク言ってる心臓を押さえながら頷いた。
よっすぃ〜が廊下に出てから、あたしは静かに起き上がって細く長い息を吐く。

あぁ、ビックリした───


「おはようございます」そう言いながらよっすぃ〜が隣りの部屋に入っていくと
仲居さんの声が聞えた。

「おはようございます、よく御休みになれましたか?」朗らかな会話がされている中
あたしも立ち上がると、髪を梳かすために洗面所に向かった。

480 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:20

鏡を見たら、茹蛸よりも真っ赤な顔になってる自分が映っていた。
なんだか目も潤んでいて、これはこれで直視しずらかった。

ササッと髪を梳きながら、鏡を見ると、つい唇に目が行ってしまう…
あたしにとっては慣れない経験で───

だから違って当たり前なんだけど…昨夜といい、今朝といい、よっすぃ〜が
やけにこなれている感じが気にかかった。
まさか浮気経験あり?!

一瞬、
疑惑が浮かんだけど5年あれば誰でも上手くなるものかも?と思い直す。

481 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:21

よっすぃ〜にキスされた感触がまだあたしの中に残ってる…
その感覚を追いかけると、また頭がぼんやりしてきそうだった。

鏡に映った自分の顔がとろんとしてきて、急にまた恥ずかしくなる。
あたしは勢いよく水でバシャバシャと顔を洗ったのだった。







                     ++───つづく++

482 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:21


483 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:21


484 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/20(日) 14:21


485 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/20(日) 16:29
全然話の行き先が見えなくて、それが快感です
486 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/20(日) 17:02
よしざーさん、とにかくもう自制心なんてふっ飛ばしちゃえよ
487 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/20(日) 21:07
ドキドキしますね
いろんな意味でドキドキしました
488 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/20(日) 22:31
もういいとこなのにぃ〜仲居さんたら…チッw
梨華ちゃん同様にこなれてるよっしぃ〜が気になる気になる
続きはもっと気になる
489 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/21(月) 10:03

レスありがとう。励みです。


485さん
行き先ですか……アハッ

486さん
吹っ飛ばすの?……アハッ

487さん
いろんな意味で……アハッ

488さん
もっと気になる続きは……アハッ

490 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:03



491 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:03


文句なしに美味しい朝食をご馳走になった後

縁側にある籐の椅子に腰掛けて、お茶を飲みながらお庭の
景色を堪能する。
寂しさの漂う冬の植栽を見ていると、不思議と反対に
胸の内にある温かさが大きくなるように感じて微笑んだ。

「雪景色だったら、もっと綺麗だろうね」
「さすがにここら辺は温暖だからムリだろうなぁ」


お庭に目を向けたまま微かに笑んで、よっすぃ〜が答えた。
なんでもない当たり前にふたりで交わされる会話

でもそれが、
ふたりでこうしてなんでもないことを話してる、
それを当たり前だと思えること。
そのことに、あたしの胸にまた温かいものが増えていくように感じた。

492 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:04

チェックアウトの時間がきて、呼んでもらったタクシーに乗る。

お世話になった仲居さんに、
フロントにいた着物姿の女性もあたしたちの乗ったタクシーが
見えなくなるまで手を振り続けてくれた。

493 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:04

最寄り駅で車を降りたあと、よっすぃ〜が言った。

「帰りはさ、在来線の急行にしよう。行きたいところがあるんだ」
「え、どこ?」
「それはぁ、ついてからのお楽しみー」

綺麗な形に口角を上げて、よっすぃ〜が笑う。

「うーん、じゃぁ、お楽しみに取っておくよ」
あたしがニッコリと笑顔で返すとよっすぃ〜は頷いた。

その瞳を微笑ませたまま─── なのになぜだろう…?
ほんの一瞬、寂しそうな影が差したように見えた。

494 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:05

よっすぃ〜が降りるよ、と言ったのはこの前きた海岸のある駅の
数駅先だった。
ここら辺はずっと海岸線が続いているから、どの駅も降り立ったとき
印象に残るほどの違いはなかった。

片側一斜線の道路の先に海岸に下りていく階段が見える。
その先には陸橋がひとつ、少し離れた先にもうひとつ。

495 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:05

冬の海は燻銀───
遠くにくすんで白灰がかって見える波が立っている。

海岸沿いの道は砂浜に下りなくても風が強かった。
潮の匂いを孕む風はそれだけでいつもの何倍が冷たく感じる。

無意識に両手を擦り合わせると、攫うように片手がとられて
自然に指先が交互に絡まった。

496 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:05

その手にグッと力を入れて、よっすぃ〜の横顔が笑った。

「これって、恋人繋ぎって言うらしいね」
「……そうなの?」
「たぶん…違ったかな?」

あたしはちょっと笑って、でもこの手の暖かさは恋人繋ぎが
しっくりくるような気がする、と言った。
だな、よっすぃ〜もそう答えて海岸に目を向ける。

「…んじゃ、散歩するか」

そう言って、よっすぃ〜は白い息を大きくひとつ吐いて歩き出した。

497 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:06


今日のよっすぃ〜は静かだ───ふいにそう思った。


基本的にそんなにおしゃべりとかうるさい人っていうのとも違うんだけど
いつもはもっとこう、明るい空気感があるのに…

横顔を盗み見ると、不機嫌、というのとも違っていた。

よくわからなくなって、あたしはちょっと小首を傾げたけれど
ここがよっすぃ〜の来たかったところで、
海岸を見ながらのゆっくりとしたお散歩がしたかったことなら、
こんなふうにふたりで静かに歩くのもいいかな、と思った。

498 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:06

十分以上は歩いただろうか?
これから先に進むと海岸線は岩場になり歩道と分かれていく。

よっすぃ〜はその手前で横断歩道を渡ると階段を降りた。
そのまま今度は海岸を岩場の方へ向かって歩き出す。

少し進んだところで、よっすぃ〜は立ち止まると繋いだ手を引く、
「見える?」差すようにちょっと顎を向けた先の岩肌に階段があった。


「……あの上、展望台」
「よっすぃ〜のお気に入りの場所?」

小首を傾げて見上げると、よっすぃ〜の顔に緊張が走る。

499 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:07

「……思い、出したの?」
「ううん…なんでかな、そんな気がしたの」

よっすぃ〜は展望台のあるであろう高台を見上げて呟いた。

「…あそこで……あの、場所で……」
「うん?」

見上げているあたしの視線に気がつくと、小さく笑む。

「…まぁ、とにかく上ろう、結構キツイぞ」

500 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:07

───はぁ、はぁ、はぁ…


急だよ、これ……
ていうか、階段もところどころ端っこ欠けてなかった?

ちょっと歩くから、と手荷物を駅のコインロッカーに預けたのは
こういう訳だったんだ…
あたしは酸欠になりそうな頭で、そんなどうでもいいことを考え
最後の数段を上がりきった。


展望台は広さはそんなになかったけれど、開放感があった。
視界を遮るものがない。

景色以外で見えるものといえば、望遠鏡とジュースの自動販売機、
ベンチセットが二組ぐらい。
わぁーーと伸びをしたくなる。空がぐんと近づいた感じ。

501 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:08


「こっち」よっすぃ〜の声がした方に顔を向けると望遠鏡のところで
手招きしている。

その横に立つと遠く遠く海原がどこまでも続いているのが見えた。
空と海の境目さえ曖昧なほどどこまでも。

この先はずっとずっとこの景色のまま続いているんじゃないだろうかと
思いたくなるほど、永続性を感じる景観だった。
つい、眼下を覗いてしまったら岩肌にあたって弾ける飛沫が見えた。
そのまま引き込まれそうで慌てて後ずさる。

危なっかしいなぁ。あたしを見て小さく笑むと、
よっすぃ〜は「あっち座ろう」そう言って背中を向けた。

502 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:08

ベンチに向かって歩いていく後姿について行こうと足を
一歩踏み出したとき、頭の奥で小さな光が点滅した。


二歩三歩と前に進むたび、頭の中の点滅が激しくなる。

よっすぃ〜の背中の向こうは
手入れされてない木々とぽっかりとあいた空。
空は薄っすらと曇りながらも明るかった。

503 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:09


よっすぃ〜が振り返る───そしてあたしを見る、真っ直ぐに、




唐突にそう感じて、あたしの足はすくんで前に出なくなる。


504 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:09


「 ──── ここで、」



そう言いながら振り返ったよっすぃ〜の瞳は微笑んでいた。
なのに苦しそうな表情が重なって見えるのはなぜ?

ドクンッ─── ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドッドッドッ……
ひとつ心臓が大きな音をたてて、
そのあとは耳を塞いで座り込みたくなるほど大きな音を立て続ける。


505 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:10

どうして?
いきなり涙が溜まってきて、目の前の景色がぼやけ始める。
上手く息ができなくて、ただ口をぱくぱくと動かした。

ドッドッドッ───
鳴り止まない爆ぜる音に鼓膜の奥が戦慄いて頭の芯が回転する。

気が違いそうな爆裂音の渦の中に、とても密やかな声が混じった。


 「──── 梨華ちゃんに告白したんだ、」



506 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:10



 ─── ずっと好きだったんだって



 ─── ずっとずっと、……好きだったんだよ……



507 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:11


密やかに紡がれたよっすぃ〜の言葉が風に乗って、あたしの耳に届く。



 パァァァンッ─────────、
 

   何かが弾け飛んだ音がして、




 ─── 違う、と、あたしの声がした。


508 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:11

よっすぃ〜の言葉はあたしの中にあって溢れ出ようと波打っていた。
さっきまでの爆音は嘘のように収まっていて、あたしは無音の中にいる。

あたしの周りを、
あたしが映った鏡の欠片がくるくると回っていた。粉々に砕けた鏡の
ひとつひとつがきらきらと眩く輝きながら、五年の歳月のいつかの
あたしを映していく。


失っていたはずの数々のシーンが物凄いスピードで、迫ってきては
あたしの前を通り過ぎて───


止め処なく溢れだす記憶の濁流──────


その渦の中に投げ出される刹那、



あたしはよっすぃ〜に手を伸ばした……


509 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:12



510 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:12



  『 ─── ずっと好きだったんだ』
 




『……離れたくないんだ、付き合って欲しい』



511 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:13


 ─── よっすぃ〜  ─── それは……



『……勘違いだよ』


512 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:13

『……えっ?』

『ほら、あたし達ずっと一緒だったから、だからあたしが卒業しちゃって
 いままでみたいに一緒にいれないって思ったら寂しくなっちゃたんだよ?
 わかるよ、あたしだってよっすぃ〜が好きだもん…』

『ちが…』

『違わないよ?……学校が変わったからって離れるとかないからね。
 よっすぃ〜はいまちょっと感傷的になってるだけなんだよ?』

『…………』

『……よっすぃ〜?』

『…………』

『…よっすぃ〜?……ねぇ、よっすぃ〜聞いてるの?
 だからそれはね、よっすぃ〜の……』
 
513 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:14



514 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:14

 ────── 待って!

     ────── 違うっ

 違う、違う、違うっ そうじゃないっ!

   
   ────── 勘違いしてたのはあたし


 お願い、よっすぃ〜…… 次は間違えたりしない、だからお願い


     
              ────── どこにも行かないで……



 



                    ++───つづく++

515 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:14


516 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:14


517 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/21(月) 10:15



518 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/21(月) 12:31
えっ 何々?なんなの?
次の更新が待ちきれない
519 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/21(月) 12:34
うわああぁぁぁ
ディスプレイの前で思わず声が漏れてしまった
こんな良いところまでなんて焦らしてますね…w
この先が気になります…
520 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/21(月) 18:37
あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
繋がったけど辛いよー、てか、いやぁ〜
お願い二人とも間違ったりしないで・・・と猛烈に感情移入しちゃってます
次の更新がやっぱり気になります
521 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/22(火) 23:50

レスありがとう!


518さん
えっと…こんなんですw

519さん
焦らしてる…のかな?…かもw

520さん
どちらに感情移入します?是非聞きたいw

522 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:51


523 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:52

『……梨華ちゃん、……ずっと好きだったんだ
 離れたくないんだ、付き合って欲しい』



展望台のベンチの手前で立ち止まると、
よっすぃ〜が振り返りあたしに告げる。緊張で色をなくした唇が
僅かに震えてた。


あたしは感極まって、滲んでくる熱い涙を拭うこともできないまま、
よっすぃ〜を見詰めた。


『あたしも……あたしもよっすぃ〜が好き、大好きっ
 ずっと傍にいて欲しいの……お願い、離れないで』


524 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:52

 ─── 良かった、間違わなかった ちゃんと伝えられた…


そう思ったのに、よっすぃ〜がどんどん遠くなる。



『……梨華ちゃん、私さ勘違いしてた……じゃ、ね』

 
525 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:52


────── ヤだ、そんなのヤだ……
   胸が張り裂けそうに痛い、痛いよ、苦しいの…… 


  ────── お願い、いかないで……お願い……



526 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:53


「よっすぃーーーっ!!」


自分の上げた叫び声で飛び起きた。

目線を感じて顔を向けると、なんともいいようのない複雑な
表情をした美貴ちゃんがいた。


「……美貴ちゃん」
「うん」

あたしは、ここ……と言いながら辺りを見回す。

527 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:53

「そう、あの火事のとき入院してた病院…気分はどう?
 …大丈夫そう?」

あたしはひとつ頷いて、恐る恐る口を開いた。

「……あの、よっすぃ〜は?」

美貴ちゃんは息を吐きながら、ゆっくり首を横に振ると
静かな声を出した。

「……いまは、ここにはいないんだ。
 美貴のとこに連絡がきて、
 この病院に梨華ちゃんがいるから病室に来て欲しいって
 ……たぶん、目が覚めたら記憶が戻ってると思うからって
 言ってた……思い出したの?」

あたしは慎重に顎をひいて頷いた。

528 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:54

「…いきなり、五年分全部とかではないと思うけど、たぶん、
 大事なことは思い出せてると思う……」


そう、───美貴ちゃんは小さく言って、消えそうな淡い笑みを浮かべた。

「……じゃ、さ、
 美貴もいろいろと話さないとね、いまさら言い訳にしかならないけど、
 二人の為にはその方がいいって本気でそう思ってたんだ」

その顔をちゃんと見てしっかり頷くあたしに、美貴ちゃんも頷き返して、
そして口を開いた。

529 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:55

美貴とよっちゃんが会ったのは卒業した翌年の夏だった。


場所は美貴の故郷の北海道にあるガソリンスタンド。
観光地化された一画で夏場は人通りも車通りも多い場所でさ、
そこで、つなぎ着て車を誘導してた。

最初、他人の空似だと思った、普通に考えてそんなとこに
いる相手じゃないしね。
後、よっちゃん本人だっていう自信もいまいちなかった。
三年の時、
ほとんど毎日のように見てた顔だけど、話してたとかじゃ
なかったしさ。

530 名前:世界はあたしとあなただけ 投稿日:2011/11/22(火) 23:57

美貴は専門学校の夏休みで帰省してたんだけど、

あまりに似てたからさ?やっぱ気になるじゃん?
何回か近所に用があった時は店の前を通ったりもした。

ある日、たまたま休憩に出る時間だったらしくて、
そばにあるファーストフードに入ってくのが見えて美貴も入ったんだ。

もうすぐこっち戻る予定だったし、
人間違いでもまいっかって割り切って声をかけた。
そしたら本人だったんだ。

よっちゃんは美貴のことわかんないんじゃないかなって
思ってたんだけど、

「梨華ちゃんと同じクラスだったよね」って言われてさ、
そのときは美貴も時間がなかったし、
予定が合ったらご飯でも行こうってメアド交換して、でも
結局会うことはなかったんだ。

531 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/23(水) 00:12

申し訳ありません!
本日分の更新から新スレにしようと思っていたのを忘れて
途中まで上げてしまいました。
残量を確認したのですが、不足しそうなので途中からで恐縮
ですが、新スレに更新します。

読みづらくなってしまい、すみません…

スレッド名は同じく
(世界はあたしとあなただけA)になります。
532 名前:ななしーく 投稿日:2011/11/23(水) 00:14

それでは、今度ともよろしくお願いいたします。



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