世界が終れば
- 1 名前:めめ 投稿日:2008/08/31(日) 16:58
- めめといいます。
短編をいくつか書けたらと思っております。
拙い文ですが、よろしくおねがいします。
- 2 名前:めめ 投稿日:2008/08/31(日) 16:59
-
ボーノさんのお話です。
- 3 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:00
-
「世界が終れば」
- 4 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:01
- ブォン、という音を最後に一つ轟ろかせてスクーターのエンジンが切られた。
砂埃で汚れた頬を掌で軽く拭って、桃子は軽やかにスクーターから降りた。
「あーもー、この前洗ってあげたばっかなのにもう泥だらけ!」
桃子はスクーターのボディを撫でながら頬を膨らませる。
鮮やかなピンク色のはずのそのボディは、花見の後の地面のように薄汚れていた。
国道は砂埃がひどすぎるんだ、などとブツブツ呟きながら、
おもちゃのようなキャップ型のヘルメットを頭から外した。
「よいこらせっと」
桃子はスクーターの後ろにまわりこむと、荷台に括りつけられた麻袋を抱えた。
「お?おおお?」
どうやらそれは想像以上に重かったようで、
小柄な桃子の身体をもてあそぶようにグラつかせた。
「ちょ、ちょーっと・・・み、みやぁ!」
足元をよろつかせながら桃子が助けを呼ぶ。
麻袋に押し倒されそうになった瞬間、桃子の腰のあたりに白く細い腕が絡みついた。
- 5 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:02
- 「あはぁー、セーフ」
ほわんとした笑い声を背後で聞きながら、ほっとした表情で桃子は体制を立て直した。
「あ、愛理ぃ。助かったぁ」
「モモ大丈夫?」
ふにゃふにゃの笑顔をした愛理が桃子の後ろに立っていた。
その光景を遠目で見ていた雅がようやく腰を上げた。
「ダメだよ愛理ー。もうちょっとで面白い光景が見られるとこだったのにー」
「ちょっとみやぁ!ひどくなーい?」
キャンディーを口にくわえながら、悪戯っ子の笑顔を浮かべて、
雅はゆっくりと桃子の方へ歩を進める。
「いたんなら助けに来てよ!モモが転んで怪我でもしたらどうすんの!」
「えーどうもしないよ別に」
「ちょっとひどくなーい?!ね、愛理、ひどいよね?」
あはぁ、と眉毛を下げながら、愛理は楽しそうに二人のやりとりを眺めていた。
- 6 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:02
- 三人の嬌声がこだまするこの場所は、国境からは少し離れた小さな村だった。
元来、村はのどかな自然に囲まれ、住む人もまたのんびりと穏やかであった。
「ね、モモ、お願いしたもの買ってきてくれた?」
よいしょよいしょと三人で力を合わせて麻袋を運んでいると、
愛理が小首をかしげながら桃子に尋ねた。
すると桃子は大きく目を開いて、大仰に叫んでみせた。
「あーごめん!忘れちゃった!」
ええー、と愛理が悲しそうな声をあげると、思わず桃子と雅は目を合わせてクスリと笑った。
笑い顔でも泣き顔の時も、八の字になる愛理の眉毛が二人とも好きだった。
ウフフ、と頬に笑いを含みながら桃子が言う。
「なーんて嘘ぉ。モモが忘れるわけないでしょ!ちゃーんと入ってるよ!」
背中にしょったリュックを顎で指して、桃子はケラケラと笑った。
「もぉー意地悪だなぁ。でもありがとう」
愛理は少し口をとがらせたが、すぐにまた柔らかい笑顔を見せた。
- 7 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:03
- 三人の住む小さなこの村は、以前は活気に満ちた豊かな村であった。
しかし長く続く隣国との争いに嫌気がさし、この国から離れていく者が年々増え、
それはこの村も例外ではなかった。
「町はどんな様子だった?」
と、雅。
「んー先週とあんまり変わってなかったよ。業者のヤスおじさんも元気だったよ」
と、桃子。
「危ないことはなかった?」
と、愛理。
「鉄砲担いだ兵隊さんは何人かいたけどね。でも大丈夫」
犬のタローも元気だったよ!と桃子は笑う。
「モモがね、ソーセージあげると立ち上がって喜ぶの!立ち上がるとモモより大きいんだよ!」
もう何度も聞いて知ってるよ、とばかりに雅と愛理は目配せをして笑う。
けれど、モモの幸せそうな顔を見せられると、結局いつも最後まで話を聞いてあげてしまうのだった。
- 8 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:04
-
- 9 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:04
- 「やぁ、これはまたかわいい子猪だなぁ」
今日桃子が運んできた麻袋を受け取った村の世話役が、中を覗き込み声を上げる。
「猪だったんだぁ!道理で重いわけだ!」
「きっと流れ弾にでも当たったんだな。兵隊が拾ってきたんだろ。ほら」
世話役が袋の中を三人に向ける。
きゃ、と愛理が小さな叫び声をあげる横で、桃子は目を爛々とさせて袋の中を覗き込んでいた。
「ちょっとモモ、もうちょっと女の子っぽくしなよ」
雅が苦笑しながらモモの背中を叩く。
「え、だってだって、今日の夕食はきっと猪鍋だよ!」
「そうかもしれないけどさぁ」
大きく口を開けて袋を見つめる桃子に、雅は思わず頬を緩めた。
- 10 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:05
- 桃子の予想通り、夕食は猪鍋だった。
村に住むみんなで鍋を囲み、一日の出来事を語り合った。
村に住むみんなは家族だった。
血の繋がりはなくとも、確かに家族だった。
三人が生まれた時には、既に隣国との長い長い争いは始まっていた。
そして物心がつく頃には、三人の両親は不幸にして既に、争いの犠牲となっていた。
戦闘地域とは離れたこの村でも、争いの災いは確かにあった。
だからこの村を、国までをも離れていく者が後を絶たなかった。
けれど三人はこの村に残った。
三人の居場所はここしかなかったから。
この村が三人の兄弟であり親だったから。
自分達のまわりでどうやら大きな戦が行われているらしいことは、
時折この村の上空にさえ飛び交う戦闘機を指差すまでもなくわかっていた。
けれど生まれ育った地を離れることが出来ない者たちがいる。
そんな者たちが村に残り、大家族となって暮らしていた。
- 11 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:05
- 猪鍋が空になっても宴は続いていた。
大人達がまだ酒を交わして歌っている声を背中に、
満腹になった子供達はそれぞれのねぐらへと戻って行く。
星空の輝く空の下、桃子と雅と愛理の三人は肩を並べて夜道を歩く。
手をつないだり離したりしながら歩く。
おいしかったね、とはしゃぎながら。
時々鼻歌など歌いながら。
明日が来ることを疑うこともないままに。
- 12 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:05
-
- 13 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:06
-
- 14 名前:世界が終れば 投稿日:2008/08/31(日) 17:07
- 短いですが本日ここまでです。
続きます。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/01(月) 00:24
- 続き 待ってます
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/01(月) 21:40
- おもしろそう!
待ってまーす
- 17 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:35
- >>15
初レスありがとうございます!
地味に続けていきたいと思ってます。
ありがとうございました。
>>16
読み続けていただけるように書けたらいいのですが。
ありがとうございました。
- 18 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:36
- 国道はいつも乾いていた。
比較的雨の少ないこの地域では、風が一吹きするだけで砂埃があたりに立ちこめた。
「うぁっぷぷぷ」
ゴーグルをつけながらスクーターを走らせる桃子だったが、
砂粒は時折口の中にまで入り込んできた。
その度スクーターを止めては、道端でぺっぺとつばを吐く。
桃子は背中のリュックから水筒を取り出すと、クチュクチュと口をゆすぎ、
ついでに三口ほど喉に通した。
強い日射しがヘルメットに照り返る。
長く続く一本道の向こうで空気がユラユラと揺れていた。
「今日も暑いなぁ」
汗の粒にまで砂埃が混じる。
タオルで首筋を軽く拭くと、桃子は再びアクセルをふかし、一本道をトコトコと走り始めた。
- 19 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:37
- 桃子は配達の仕事をしていた。
村から真っ直ぐに続く国道を、ポンコツスクーターでトコトコ走っていくと、
三時間くらいで国境に程近い町に着く。
その少し先まで行くと戦闘地域があるらしいのだが、町自体は案外と活気に溢れていた。
桃子は村から預かった品物を町まで運ぶ。
するとそれを受け取った町の業者が、今度は町から村へ運ぶ品物を袋や箱に詰めて、
桃子のスクーターに括りつけてくれる。
そんな仕事を始めて、そろそろ二年目になろうとしていた。
- 20 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:38
- 「こんにちはぁ!モモでーす」
「おーう。今日もご苦労さん」
町にたどり着く頃には、桃子の白いTシャツは砂で汚れてしまっていた。
店の中に桃子が声をかけると、日に焼けた中年が振り返り白い歯を見せた。
「ヤスおじさん、今日の荷物おねがいしまーす」
「ほいきた」
ヤスおじさんと呼ばれたその男は、桃子のスクーターに近づくと、
手際よく荷を解き店の中へと運び込む。
「ほい、そんで」
「はい」
それが終わると、今度は桃子から紙を受け取り、そこに書かれた品物を袋や箱に入れて、
スクーターの荷台に括りつけるのだった。
- 21 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:39
- 「ワホン」
ヤスが作業しているのをぼんやり眺めながら一息ついていた桃子に、
太く響く声をあげて大型犬が走り寄って来た。
「あータロー!」
「ワホン」
毛むくじゃらのその犬は、尻尾を振りながら駆け寄ると、
桃子に覆いかぶさるように抱きついた。
「おーいタロー。モモちゃん食べるんじゃないぞー」
荷造りをしながらヤスが笑う。
自分の顔より大きいのではないかとさえ思う舌で、
桃子は頬をベロンベロンと舐められていた。
「きゃータローもういいよぅ。元気だなぁお前はいつも」
タローの首のあたりをワシャワシャと撫でながら、桃子はタローと鼻を合わせた。
「タローは本当にモモちゃんのことが好きだなぁ。餌あげてんのは俺なんだけどねぇ」
そんなヤスの呟きにフフフと笑い、桃子はタローの首に手を回した。
- 22 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:40
-
桃子が小さな頃は、犬はちょっと、いや、だいぶ苦手な生き物だった。
正直言えば今もそれほど得意ではない。
けれど桃子が配達で初めて町に訪れた日、迎えてくれた毛むくじゃらの大きな犬だけは何処か別だった。
それまで村からほとんど出たことがなく、配達の仕事も初体験で、小さな身体を不安でいっぱいにしていた桃子を、
もっさもさの毛に隠れた穏やかな瞳が迎えてくれた。
ワホン、という低音を響かせる管楽器のような鳴き声で、タローと呼ばれる犬は桃子を歓迎してくれたのだ。
―――なんだかお父さんみたい
犬を怖がる自分を思い出すよりも先に、タローを見て不思議とそんなふうに思った。
実際の父親の姿を覚えてはいなかったが。
それから桃子はタローと会うことが楽しみになった。
タローも全身で歓迎を表してくれた。
タローは時々ワホンと鳴くだけで、あとはただ黙って桃子のそばに座っていた。
タローのフカフカの体に頭をもたれていると、とても穏やかな気持ちになれた。
その間だけは、言葉も笑顔もおどけた仕草も、何もいらなかったから。
- 23 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:41
-
「ヤスおじさん、ちょっと買物してきていいですか?」
「ああ、気をつけてな」
「はーい。行こうタロー!」
ワホン、という鳴き声とともに、桃子とタローは通りを走りだした。
桃子は時折、村人たちから頼まれた細々としたものを買いに町を歩いた。
その買物でのお釣りは桃子のお駄賃になった。
―――おかげで値切り上手になっちゃった
と、桃子はほくそ笑む。
大通りには様々な商店が並び、飛び交う掛声は威勢がよく、なにしろみんな笑顔だった。元気だった。
とてもこの少し先で争いが起きているなんて信じられないほどに。
- 24 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:41
- 「えっと・・・」
立ち止まってメモを広げる。
村人から頼まれた品物を確認しながら、目当ての店をキョロキョロと定める。
と、ある店先が桃子の視線を止めた。
吸い寄せられるように桃子はその店へと歩を進める。
毛むくじゃらの犬は何も言わず桃子の後ろをノソノソとついて歩いた。
桃子は店先にしゃがむと、カゴの中に無造作に置かれていたシャンプーを手に取った。
―――これって確か・・・
「いらっしゃい!!」
「あ、はい!ごめんなさい!」
ジっとシャンプーを見つめていたところに、ふいに頭上から大声を掛けられ、桃子は思わず謝ってしまった。
飛び跳ねた桃子を見て、大柄な女主人が豪快に笑った。
- 25 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:42
- 「ちょっと、そんな怖がらないでよ!おばさんこう見えても優しいのよ!」
「あ、いえ、そんなつもりじゃなくて」
ワタワタと振る手に握ったままのシャンプーに気づき、桃子は慌ててそれをカゴに戻した。
女主人はそのシャンプーを手に取ると、優しそうな笑顔で言った。
「このシャンプー好きなのかい?」
「あ、はい、たぶんお母さんが使ってたやつと同じじゃないかなって・・・たぶんですけど」
「そうかい。じゃあお母さんのお使いで来たのかい?」
「あ、いえ、お母さんは戦争でずっと前に、その・・・モモもあんまり覚えてないんですけど」
察したように女主人の表情にスっと影が射す。
照れくさそうに笑う桃子の姿を見る眼差しに、ほんの少し悲しみが宿る。
「・・・ごめんね。余計なこと聞いてしまったね」
「あ、いえ、いいんですいいんです全然」
桃子は慌てて手を振る。
- 26 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:43
- 「なんか確かいい匂いだったよなぁとか思ってて、友達にあげたら使ってくれるかなぁとか思って」
小さな身体いっぱいで話す桃子の姿に目を細め、女主人は優しく微笑んだ。
「よし。じゃあこれは私からのプレゼントだ」
そう言ってシャンプーを桃子の手に持たせた。
一瞬わけのわからないような顔をした桃子が、慌ててそれを返そうとする。
「いいんですそんな!大丈夫です、モモちゃんと買います!」
「いいんだ」
「でもでも、そんなのダメです!」
「いいんだよ」
女主人は桃子の頭をその大きな手で撫でた。
「この国の大人達は、子供達に大きな大きな借りがある。謝っても謝りきれないほどのね。
だからほんの少しだけど返させておくれ」
そう言って女主人は桃子の手にシャンプーを渡し、少し悲しそうに空を見上げた。
今日はそれほど戦闘機の音は聞こえない。
桃子は困ったような顔をして、少し俯き考えると、ポケットから財布を取り出した。
- 27 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:43
- 「やっぱりダメです。モモ、ちゃんと買います」
「だからいいんだって。強情な子だね」
「だってだって、みやの誕生日だから」
え?と女主人が問い返す。
それは彼女には瞬時に理解しきれない答えだったから。
「みやっていうのはモモの友達なんですけど、あと愛理っていう子もいて、
それで三人で小さな頃からずっと一緒にいるんですけど、それでもうすぐみやが誕生日なんで、
みやにこのシャンプー使ってもらえたら嬉しいなとか思ってて、
だからモモが自分のお小遣いで買わないとダメなんです」
ダメっていうか意味ないんです、と桃子は一気にまくしたてる。
自分でも何を言ってるのかわからない調子だったので、とても女主人に伝わったとは思えないが、
それでも桃子は一生懸命説明した。
自分が、自分の小遣いで、このシャンプーが買いたいんだという気持ちを。
大切な友達への気持ちを。
- 28 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:44
- フワリ、と小さな身体が包まれた。
どうやら女主人が自分を抱きしめているらしい。
それは強くもなく弱くもなく、優しくふんわりと包んでくれて、そしてなんだか日向の匂いがした。
「まいどあり」
頭上で声がしたかと思うと、女主人はシャンプーを手に取り店の奥に姿を消した。
「あ、あのぉ・・・」
戸惑うように桃子が奥を窺っていると、程なくして女主人がまた姿を現した。
手には綺麗にラッピングされたシャンプーを持って。
「はいどうぞ。これくらいはサービスさせておくれ」
「わぁかわいい!どうもありがとうございます!みやも絶対喜びます!」
桃子は小さな目を大きくさせて、満面の笑顔を見せた。
- 29 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:45
- 「モモちゃん、でいいのかな?あなたの名前は」
「はい」
「今度来てくれた時は、おばさんからモモちゃんに何かプレゼントさせておくれよね」
「ええ?何でですか?」
いいからさ!と女主人が桃子の背中を叩く。
「おばさん、なんだかモモちゃんのこと気に入っちゃったよ!今度友達とおいで!何か美味しいものでも作ってあげるからさ!」
「ほんとですか?」
「ああ、おばさん料理は得意なんだから」
「はい!楽しみにしてます!」
桃子は代金を払うと、ラッピングのお礼を言って店を出た。
アスファルトの上であくびをひとつしたタローが、桃子の後をノッソノッソとついていった。
- 30 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:45
-
- 31 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:46
-
「ひゃ」
一通り買物を終え、タローにもたれかかってぼんやりと町並みを眺めていると、首筋にひんやりとした感触があった。
「はは。暑かっただろう。これでも飲みな」
振り返るとヤスが缶ジュースを桃子に差し出していた。
「わぁ、ありがとうヤスおじさん」
いやいや、と手を振りながら、ヤスは桃子の隣りに腰を下ろした。
「桃ちゃん・・・そろそろ配達の仕事休んだ方がいいんじゃないかい?」
桃子が一口ジュースを含んだところで、ヤスがふいにそう言った。
「ええぇ、何でですか?」
「何でって、もうこの辺も危険だからさぁ」
- 32 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:46
- ヤスが視線を町の中に投げる。
桃子もその先を追いかける。
町に来るたびに、通りを歩く兵士の姿は増えていた。
最近では戦闘機も頻繁に町の空を切り裂いた。
「ここのところ戦地は拡がってきている。この町もいずれ、な」
悲しそうな目でヤスは遠くを見る。
視線の届かないその先ではきっと、今も銃声が響いている。
「モモ、やめたくない・・・」
さっき出会った女主人の笑顔が浮かぶ。
「うーん、でもねぇモモちゃん・・・」
「それにタローに会えなくなっちゃうよ」
タローは少しだけ頭をもたげたが、またすぐに寝息を立てた。
「ああ、そうか。タローもモモちゃんに会えなくなったら寂しいだろうなぁ」
- 33 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:47
- ふむ、とヤスはなにやら頷くと、ポンと桃子の頭に手を乗せた。
「よし、じゃあモモちゃん、タローもらってくれないかな?」
「え?」
「おじさんはね、どっちにしろもうすぐこの町を離れるんだ。
だから誰かにタローをもらってもらおうと思ってたとこなんだよ」
「ヤスおじさん、町を出ちゃうの?」
ああ、とヤスは笑顔で頷く。
赤く焼けた肌に白い歯が光っている。
桃子にはどこかその笑顔が寂しそうに見えた。
「今までずっと膠着状態だったけど、どうやらこれから戦争が激しくなるからね」
「激しく?」
「うん。そうなるとこの町も危ないからね」
「ヤスおじさんは何処へ行くの?」
桃子がそう訪ねると、ヤスは少しだけ口ごもるような素振りを見せた。
不思議そうに伺う桃子に、ヤスは笑って言った。
- 34 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:47
- 「おじさんは戦争を終わらせに行くんだよ」
「え?戦争、終わるの?」
「・・・終わらせなきゃいけない。モモちゃんも嫌だろう?こんな世界は」
桃子は少し目を伏せ、タローの背中を撫でながら呟く。
「モモは生まれたときから戦争があったから、よくわかんないや」
そうだった、というようにヤスがはっとした表情を見せる。
「・・・戦争の時代しか知らないなんて、大人はそんな悲しい思いを子供達にさせちゃいけない」
ヤスはそう呟いて唇を噛んだ。
今まで見たことのないような厳しい目をしていた。
それを横目で見ながら桃子は、
―――私はこの世界、別に嫌いじゃないけどな
などと考えていた。
- 35 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:48
-
- 36 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:48
- 今度の週末に配達に来る約束をして、桃子はヤスと別れた。
そしてそれがきっと、桃子の最後の配達になるのだった。
「・・・村のみんなに心配かけたくないし・・・しょうがないっかぁ」
町へ行けなくなるのは寂しかったが、タローとはそばにいられることになったし、
ヤスも町を出るし、いい頃合なのだと桃子は思うことにした。
「あのお店にも絶対行こう!おばさんにもう一回会って挨拶しなくちゃ」
そしたら何かご馳走してくれるのかなぁ、などと思いながら、桃子はスクーターのキーを回した。
- 37 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:49
- 夕焼け一本道。
トテトテとスクーターが走る。
少し町に長居をしてしまったかもしれない、村に着く頃には日が暮れてしまいそうだ。
単調な排気音とデコボコとした路面のリズムを感じていた桃子は、ふいにアクセルを緩めると、
そのままブレーキをかけエンジンを切った。
―――だって夕日があんなに綺麗だし
よいせよいせとスクーターを道端に押しやりスタンドをかけると、自分はその横に座り込んだ。
「こんな道草してたらますます日が暮れちゃうなぁ」
呟きながら桃子は眼差しを遠くに投げる。
夕日はどこまでも大きくて優しくて暖かくて、
そして少しだけ物悲しかった。
- 38 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:49
- 配達の手伝いを始めた頃、多くの人達が村を離れだした。
たくさんいた桃子の友達も遠くへ去ってしまった。
雅や愛理、残った村の人達はいつも優しかったが、言いようのない寂しさと不安に襲われることは確かにあった。
何もない国道をスクーターで走っている時、ふいにこのままどこかへ消えてしまいたくもなった。
けれど桃子は笑う。
明るく元気な自分が好きだ。
きっとみんなもそんな桃子だから一緒にいてくれるんだ。
明るく元気な桃子でいることで自分の身体を支えている。
笑顔が私の防波堤だ。
だから桃子はいつも笑っていた。
だけど―――
- 39 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:50
- ぼんやりと夕日を眺めていると、頬に熱いものを感じた。
「あちゃぁ、また泣いちったぁ」
軽く舌を出して桃子は涙を少し舐めた。
汗と混じってやけにしょっぱかった。
夕日を見ていると泣いてしまう。
一人になると、泣いてしまう。
でもなんだか気持が楽になる自分がいる。
「今日もいいお天気でよかったなぁ」
ポツリそんなことを口にして桃子は微笑む。
耳に聞こえるのは鳥の鳴き声と風の音だけ。
今は零れる涙を拭う必要はなかった。
- 40 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:52
-
- 41 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:52
-
- 42 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/06(土) 00:52
-
本日は以上です。
続きます。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/07(日) 00:32
- (´;ω;`)桃子良い子すぎる
- 44 名前:めめ 投稿日:2008/09/09(火) 16:06
- >>43
ル ’‐’リ ウフフフ
レス励みになります!
ありがとうございました。
- 45 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:07
-
「・・・よし、出来た」
愛理は軽く頬をふくらませ息を一つ吐くと、予習を終えた教科書とノートをパタンと閉じた。
机の上を柔らかいライトスタンドの明かりが照らしている。
『愛理は村の秀才さんだからね。頑張って勉強するんだよ』
淡い緑色の笠をつけたライトスタンドは、そう言って村の大人達が愛理に買い与えてくれたものだった。
この村の子供たちは、初等学校を出るとほとんどが仕事につくか、或いは村を出ていった。
愛理も卒業後は村の果樹園の手伝いをするつもりでいた。
けれど勉強が出来る、何より勉強が好きな愛理のことを思った村人達は、
愛理が上の学校へ行けるように配慮してくれたのだった。
『愛理は村の代表だからね!上の学校でも一番になってね!』
桃子と雅もそう言って応援してくれた。
机の上を照らすライトスタンドの明かりは、そんなみんなからの激励のしるしだった。
- 46 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:08
- 今日の分の勉強を終え、椅子に深く身体を預ける。
静寂が存在を主張する。
一人でこんなふうに過ごす時間も、愛理は嫌いではなかった。
しばらくはぼんやりと視線を宙に投げていた愛理だったが、
ついと身体を起こすとマッチに手を伸ばした。
しゅ、とマッチが摺られ、小さな炎がキャンドルに灯される。
ライトスタンドのスイッチを切ると、キャンドルの灯がぼわりと部屋の中を照らした。
愛理はイーゼルの前へと椅子を移しキャンパスを見つめる。
町で桃子に買ってきてもらった絵の具箱を、引き出しから取り出して膝の上に乗せた。
愛理の細い指が黒色の絵の具をつまみあげる。
それを鼻先で見つめて、愛理は軽くため息をついた。
―――綺麗な黒髪だったよね
愛理には、ほのかに憧れを抱く少女がいた。
いつも溢れんばかりの笑顔で、運動が得意で、年上なのに少し抜けているところがあって、
でもいつも包んでくれる暖かさがあって―――。
恋心とも呼べぬ淡く幼い思いを、愛理は彼女に抱いていた。
- 47 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:08
- けれど彼女の家族は、多くの村人がそうしたように、
いつか襲うかもしれない戦禍を避けてこの村を離れていった。
彼女は「ここに残るんだ」と最後まで泣いていたが、それは自分の意志だけでは決められない事だった。
さよなら、さよなら―――
別れの日、千切れるほどに手を振る彼女に、愛理は困ったようにうつむいていた。
あの日の愛理にはよくわからなかった。
どんな顔をしていいのかわからなかった。
何を言えばいいのかわからなかった。
さよならの意味さえわからなかった。
- 48 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:09
-
愛理が泣けたのは彼女が去ってから数日の後だった。
目の前の風景に何かが足りない。
わかっているはずのその事実に、不意に気づかされたように愛理は泣いた。
涙は何日も止まらなかった。
気づくと隣りには桃子と雅がいた。
二人が下手なモノマネやつまらないダジャレを延々と言い続けているのに気づいたのは、
身体が少し泣き疲れた頃だった。
その優しさに愛理は少し眠った。
目が覚めた時には笑顔が返ってきてくれた。
愛理の小さな胸は、彼女を少しずつ思い出に変えさせた。
これからも続く日々のために。
- 49 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:10
-
―――愛理、おいで
けれど優しい声を忘れたことはない。
まだ瞼の裏に残る彼女の笑顔を、愛理は思いを込めてキャンバスへと映していた。
- 50 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:10
- ふいに部屋のドアを叩く音がした。
はい、と返事をすると、細く開けられた扉から雅が顔を出した。
「いい?」
「どうぞ。入って」
雅はスルリと部屋の中に入ると、愛理にクッキーの袋を投げてよこした。
「さっき貰ったの。美味しいよ」
「やったぁ、ありがとう」
目尻を下げて微笑む愛理の顔を、雅が探るようにしてして覗き込む。
「あ、ごめん、暗いよね。今電気つけるね」
「あ、いいよいいよ」
蛍光灯のスイッチに手を伸ばそうとした愛理を制しながら雅が言う。
「なんだかロマンチックで、こういうのもたまにはいいんじゃない?」
そう言って笑う雅の顔は、キャンドルの灯りに揺られてとても綺麗だった。
- 51 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:11
- たわいのない会話の間に、サクサクとクッキーをほおばる音が部屋に響く。
歯ざわりは優しく、なんだか心地良い音だった。
「学校はどう?」
「うん、楽しいよ。ちょっと勉強が難しくなってきちゃって大変だけど」
「愛理なら大丈夫だよ」
「全然ダメなんだよぉ。もっと頑張らなきゃ」
「えーもっと頑張っちゃうの?」
これ以上差つけないでよ、と頭を抱える雅を見て、愛理はクスリと笑う。
大人びた顔つきをしているが、笑顔や仕草は妙に子供っぽさが残る。
雅のそんなところが、愛理は素敵だと思った。
「そんなに頑張っちゃってどうするの?嫌にならない勉強?」
「結構楽しいよ勉強も。わからないとこがわかるようになるのって面白いよ」
「信じられない。ありえない。うち楽しいなんて思ったことない」
雅の心からの言葉に愛理は苦笑する。
「でも本当にまだまだなんだよ。もっと頑張らないと」
―――もっともっと頑張って、いつか私も子供たちに何かを教えてあげたい
そんな淡い夢を愛理は胸に抱いていた。
- 52 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:11
- 笑顔はキャンドルに揺られ、とりとめもなく会話は続く。
部屋には優しい時間が流れていた。
「・・・あーあ。みんな元気にやってるのかなぁ」
袋の中の最後の一欠片を口に放り込むと、伸びをしながらふいに雅が呟いた。
その声の方へ目を向けると、雅は伸びをした姿勢のまま愛理の背後へ視線を投げていた。
「だいぶ描けたね」
「あ、うん。下手くそで恥ずかしいんだけどね」
「そんなことないよ。よく似てる」
よく似てる、ともう一度言って雅は、愛理越しにキャンバスをじっと見つめた。
愛理の憧れだった黒髪の美少女が笑っている。
「どこにいてもあのコは元気でやってるよ」
愛理の肩をポンと叩き、雅がニカっと笑って言った。
その笑顔に愛理もつられて微笑んだ。
「この絵もいつか渡せるよ、きっと」
「うん。でもその前に完成させないと」
少しはにかむように、愛理は胸の前で小さく拳を握ってみせた。
- 53 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:12
-
そろそろ帰るね、と言って席を立った雅に、ふと愛理が尋ねる。
「そういえば、モモにはクッキーあげたの?」
口の周りを軽く舐めながら、愛理は思い出したように雅に尋ねた。
「ん?ううん」
「えー?!あげてないの?全部食べちゃったよぉ?」
「モモはどうせもう寝てるし」
証拠隠滅、などと言いながら、雅はクッキーの袋をまるめてゴミ箱へ投げた。
「お、ストライク!」
はしゃぐ雅を見ながら、愛理はふと雅に言った。
- 54 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:13
- 「みやはモモと一緒にいれてよかったね」
「え?!」
―――ふふ
雅の顔に朱がさしたのを、暗がりでも愛理は見逃さない。
「べ、別によかったってこともないけどさ。ま、まぁ、あんなんでもいてくれた方が寂しくはないよね」
もちろん愛理も一緒で嬉しいよ、と雅は笑った。
どこか動揺したような雅を見て揺るんだ口元を、愛理は右手でそっと隠した。
- 55 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:13
-
- 56 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/09(火) 16:13
-
- 57 名前:めめ 投稿日:2008/09/09(火) 16:14
- 本日は以上です。
続きます。
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/10(水) 00:24
- 良い雰囲気
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/13(土) 01:51
- おもしろいです。
こういう雰囲気好きです。次回も楽しみにしてます。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/13(土) 01:52
- ごめんなさい。上げてしまいました。
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/14(日) 10:45
- みんながみんなすごく「らしく」て魅力的ですね
続きも楽しみにしてます
- 62 名前:めめ 投稿日:2008/09/15(月) 21:28
- >>58
びみょーな雰囲気が書けるといいなぁと思います。
ありがとうございました。
>>59
嬉しいです。よろしければこれからもおつきあいください。
楽しんでもらえるものが書けてたらいいのですが。
ありがとうございました。
>>60
ル ’‐’リドンマイ!
>>61
以前に娘。6期メンで書かせてもらってたことはあるんですが、
それ以外は初めてなので、そう言っていただけると励みになります!
ありがとうございました。
- 63 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:29
-
穏やかに晴れた午後、村一番の大木の幹にもたれてまどろんでいた雅だったが、ふいにピクリとその顔を上げた。
―――あ、来た
頭の中に前ぶれもなくよぎるイメージ。ぼんやりとした映像。
それが近い未来を現しているのだと自覚したのは十才を過ぎたくらいからだった。
といっても、その力をコントロール出来るわけではなく、過ぎてみてから
『ああ、あの時のイメージはこのことだったのか』
と気づくことがほとんどだった。
「予知能力」というほど大それたものでもなく、いわば勘、虫の知らせとでもいう程度のものだと自覚していた。
―――笑ってる
今脳裏によぎったのは桃子の笑顔だった。
スクーターにまたがって、笑顔で手を振る桃子の絵が浮かんだ。
―――何だろう・・・
けれど何かが違った。
妙な違和感があった。
いつも見ているあの笑顔に間違いはないのだが、変に胸が騒いだ。
そう、桃子の笑顔を見ている雅の心がいつもと違っているのだ。
―――どうして・・・?
小さな胸のざわめきを探っているところに、跳ねるような声がした。
- 64 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:30
- 「みーや!こんなとこで何してんの!」
「あ・・・モモ」
脳裏に浮かんだ桃子の笑顔を追っているうちに、陽射しをいっぱいに浴びた本物が目の前に現れた。
「お昼寝してたの?起こしちゃった?」
「あ、ううん。ぼんやりしてただけ」
ちょっとした心の動揺を隠すように雅は小さく笑った。
よいしょ、と声を出しながら桃子が隣りに腰を下ろした。
「モモは今日は休み?」
「うん。今度の配達は週末かなぁ」
桃子は小さな身体を両手で支えながら、少し寂しそうに空を仰ぎ見た。
「そんでそれが最後の配達なんだぁ」
「え?最後って?」
「なんか戦争が大きくなるかもしれないんだって。町は危くなるからモモはもう来ちゃダメだって」
つまんないなー、と呟きながら桃子は足をバタつかせている。
そんな姿を見ると、とても自分より年上とは思えなかった。
- 65 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:30
- スクーターにまたがった桃子の笑顔がちらつく。
戦争が大きくなる。町が危なくなる。
さっき感じた妙な不安をかき消すように雅は頭を振った。
「ど、どうしたのみや?何か見えたの?」
「あ、う、ううん、何でもない」
目の前に桃子の顔が迫ってきて、雅は少々動揺した。
そんな雅をよそに桃子は小さな目をめいっぱい開いてこちらを見ている。
「何か見えたんなら、モモにも教えてね!」
「えーどうしよっかなぁ?」
「ひどーい、約束でしょ!」
「モモ、お喋りだからなぁ」
「喋んないでしょ!内緒のことは喋んないでしょ!」
むくれる桃子の顔を見て、不思議と心が落ち着きを取り戻す。
こんなにうるさいのに、こんなに安らぐ存在もない。
「何にも見えてないよ」
「ほんと?」
「うん」
「なぁんだつまんないの。でも何か見えたらモモと愛理には教えること!」
はいはい、と雅は苦笑しながら返事をした。
- 66 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:31
-
- 67 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:32
- 雅はふと思い返す。
少し前まで雅はこの自分の体質を嫌っていた。
気味悪がられるような気がして、周囲には言えずにいた。
桃子と愛理にはそれとなく話してはいたが、何かが見えても口には出せずにいた。
みんなとは違う子になりたくなかった。
最初のうちは面白がっていたところもあったが、能力と呼べるほど確かではなく、
何より自身でコントロールが出来ない歯痒さがあった。
見たくもないものを見せられることもあるから。
- 68 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:32
-
ある日、村を大きな嵐が襲った。
木々はしなり、川は溢れ、人々は頑丈とは言い難いそれぞれの家の中で、
ただじっとそれが過ぎるのを待っていた。
その日嵐は村に一晩中居座り、さんざん好き勝手に暴れて、朝方にどこかへ去って行った。
太陽が顔を出すと村人達は外へ出て、ちらかった村をせっせと片し始めた。
雅は知っていた。その時村から子供が一人いなくなっていることを。
嵐が吹き荒れる夜、雅は毛布にくるまって横になっていた。
不安を押し殺すように身体を丸まらせて。
なかなか寝付けずにいると、ふいに一つのイメージが飛び込んできた。
人形のような物体が猛スピードで川を流れていく。
村からだいぶ離れたところまで流され、岩の端にひっかかってそれは止まった。
そんな場面が切れ切れの破片になって雅の頭の中に飛び込んでくる。
イメージの欠片を拾い集めてなんとなく想像をつける。
雅は頭まですっぽりと毛布を被り小さく震えた。
人形のように見えたその顔に、どこか見覚えがあったような気がしたから。
- 69 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:33
- 若い夫婦が子供を探して歩いている。
嵐の残骸を片付けている村人達に尋ねて回っている。
朝起きてみたら子供の姿がなかったのだと泣いている。
村中が懸命に子供を探した。
雅も一緒になって探した。
元気な姿で見つかればいい、と心の底から思った。
やがて、川に流されたのかもしれない、という意見は自然に出はじめ、
はたして雅が見たイメージ通りの場所で女の子は発見された。
- 70 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:33
-
「なんで外になんか出ちゃったのかなぁ」
「おもちゃを川べりの遊び場に忘れてきちゃったって泣いてたんだって」
「それをこっそり取りに行こうとしたのかなぁ・・・」
後ろで桃子と愛理が話しているのが聞こえた。
振り返ると、悲しそうな目をした二人と目が合った。
その目を見た時、雅は自分が責められているように感じた。
「・・・ごめん」
俯き詫びる雅の姿に、桃子と愛理は不思議そうに顔を見合わせる。
「どうしたの、みや?」
「ごめん・・・ごめんね・・・!」
雅はその場にうずくまり、小さく震えながらボタボタと涙を落した。
「み、みやぁ?どうしたぁ?」
桃子と愛理は目を白黒させながら、慌ただしく雅の背中を撫で続けた。
- 71 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:34
-
「村の子かもしれないって、思ったんだ」
涙をまだ残しながら雅は告白する。
「すぐに教えにいけばよかったんだ。誰かに言えばよかったんだ。なのにみや、しなかった」
声を震わせながら雅は続ける。
両脇では桃子と愛理が雅に肩を寄せていた。
「怖くって。嵐も怖くって、自分のヘンなとこ他人に知られるのも怖くって、だからみや、黙ってた」
グっと唇を噛み、雅は俯く。
―――なんでこんなヘンテコな力がついちゃったんだ
こんな力なんていらない。もうどこかへ消え失せてくれ。
雅はこの日ほどそう願ったことはなかった。
- 72 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:34
- 「うちが黙ってたせいで死んじゃったんだ。うちが臆病だったからあの子は・・・」
「そんなことないよ!」
桃子がとんでもない大声で叫ぶ。
耳元で叫ばれたものだから、思わずびっくりして雅の涙もつい止まる。
「みやがそれ見た時はもう遅かったのかもしれないでしょ!そうじゃなかったとしても、
あの真夜中の嵐の中で誰に何を言えばいいっていうの!」
「モモ・・・」
「それに、みやが怪我したり、死んじゃったりしたらどうすんの!」
あまりの剣幕に雅はポカンと口をあける。
そうだよ、とばかりに愛理は少しだけ微笑み、雅の手を優しく握った。
「それにそれに、みやのその力、モモは全然ヘンだと思わないよ!素敵なことだと思うよ!」
「・・・うちは嫌なんだもん」
「モモは嫌じゃないよ!モモは全然いいと思うよ!みやはみやなんだから!」
はい、と愛理が手を挙げる。
「提案があります」
「提案?」
桃子と雅が同時に聞き返す。
クスリと笑って愛理が答える。
- 73 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:35
- 「うん。みやがこれから何か見た時は、私とモモには絶対に言うこと」
それがいいそれがいい!と桃子がはしゃぐ。
「どんなつまんないことでもいいの。意味のないようなことでもいいの。
何か見えたり感じたりしちゃったら、私たちに言うこと」
「・・・でも、ホント意味のないことのが多いよ?」
「いいの。全部言うんです」
愛理はどこか教師のような素振りで雅に言う。
「そしてそれを三人で共有するの。どんな些細なことでもいいから、三人で一緒にそれを見よう」
「そうだよ!」
桃子が目を開いて言う。
「モモと愛理は見えないけどさ、すぐにみやが教えてくれれば、ほとんど見たのと一緒じゃん!」
っていうか見たなそれは、と桃子は笑っている。
- 74 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:35
- 「わかりましたか雅さん?」
愛理がおどけたように言う。
二人の優しさがなんだか照れくさかった。
「わかりました。みやはこれから何か見えたら二人に言います」
「約束だよ!」
桃子が飛んできて小指を絡ませてくる。
「で、で、さっそく何か見えた?明日の晩御飯とか見えた?」
「そんなにしょっちゅう見えないよ!」
桃子と雅のやりとりに、愛理がケラケラと笑っていた。
- 75 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:36
-
- 76 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:36
-
「・・・ちょっとみやぁ、聞いてる?」
ぼんやりと昔のことを思い出していたら、耳元で大声がした。
ハっと気づくと桃子が頬をふくらませて睨んでいる。
「あ、うん、聞いてる・・・って何だっけ?」
やっぱり聞いてなかったんだ、と桃子は拗ねた素振りを見せる。
桃子はそんな仕草が妙に似合う少女だ、と雅は思う。
手を前に合わせながら雅は笑う。
「ごめんごめん、ちゃんと聞くから」
「もう、絶対だよ!今度ちゃんと聞いてくれなかったらモモ怒るかんね!」
もう怒ってるじゃん、という台詞は飲み込んで、雅はうんうんと頷いてみせた。
「あのね、タローが今度モモんちに来るんだよ!タローって犬なんだけどね、立ち上がるとモモより・・・」
- 77 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:37
- 幸せそうな表情で小さな身体をいっぱいに使って桃子は話す。
太陽の光をめいっぱい浴びて桃子は笑う。
睫毛が長くて綺麗だなぁ、と思った。
桃子の笑顔を見ながら、さっきふいに見えたイメージを思い出す。
こんな素敵な笑顔を見ながら不安になることなんて何もない。
きっとあの胸のざわめきは気のせいだったんだ。
―――あ、そういえば何も見えなかったって嘘言っちゃった
実際、桃子の笑顔が見えたよ、なんていうのも照れくさいし、雅は黙っておくことにした。
約束を破ったお詫びに今度ケーキでもご馳走してあげよう、などと考えながら、
雅は桃子の横顔をぼんやりと眺めていた。
- 78 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:37
-
「・・・ちょっとみやぁぁ!」
「ええ?」
見ると桃子がまた何やら怒っている。
「ええ、じゃないよ!今確実に聞いてなかったよね!?またモモの話聞いてくれてなかったよね!?」
「え、いや、聞いてたよ?あの、犬の話でしょ?タローだっけ?」
「それはその前の話!今は違う話してたでしょ!もういいよ!」
小さな丸い目を三角にして桃子はむくれる。
ごめんごめんと雅は頭を下げる。
なんだかこんなやりとりが幸せでしょうがなかった。
―――あたし、好きなんだろうなぁ、多分
雅は口に出すことはないであろうその言葉を、目の前の桃子のふくれっ面と一緒に胸に閉じ込めた。
- 79 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:37
-
- 80 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:38
-
- 81 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/15(月) 21:38
- 本日は以上です。
続きます。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/16(火) 00:19
- (´;ω;`)ももに不幸がくるのかな?
- 83 名前:めめ 投稿日:2008/09/21(日) 13:42
- >>82
ル ’‐’リ ウーン、どうですかねぇ。ウフフフ
ありがとうございました。
- 84 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:44
- 「世界が終わればそれまでじゃん」
出た出た、と愛理は思わず苦笑する。
いつの頃からだかは定かではないが、会話の着地点が見えなかったり、その話題に飽きたり面倒臭くなった時に、
雅がよくこの台詞を口にするようになった。
「もぅ、みやー。その口癖、何か後ろ向きだから止めなよぉ」
「ああ、ゴメン」
果樹園の草木たちは小さな果実をつけはじめている。
趣味と実益を兼ねて愛理はよく果樹園の手伝いをしていた。
それで貰えるバイト代が愛理の小遣いになった。
- 85 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:44
- 「見て、愛理!もう食べられそうだよこれ!」
「だーめ!まだ収穫の時期じゃないの」
時折、雅や桃子も顔を出した。
といっても、手伝うというよりは邪魔をしに来るようなものだったが。
今日も暇をもてあました雅がひょっこり現れて、愛理の横で手伝うわけでもなくダラダラと時間を潰していた。
「そう?もう美味しそうなんだけどな」
「だめ。もっと美味しくなるんだから。楽しみは取っておいた方がいいでしょ?」
「でもさ、もし何かあって食べられなかったら、今食べなかったこと後悔するよ?だってさ、世界が終われば・・・」
「もう、またぁ?!」
あ、とばかりに口に手をやり、雅はバツが悪そうに微笑んだ。
そんな雅を見て愛理も思わず頬を緩める。
- 86 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:46
- 果樹園には柔らかい日差しが降り注ぐ。
緩い南風が吹きぬけ、少女たちの髪を揺らす。
いつもと変わらない風景。
いつもと変わらない時間。
この国の何処かで争いが起きているなんて、とても信じられなかった。
「みや最近暇そうだね?」
額の汗を軽く拭い、愛理は作業の手を休めて尋ねた。
雅は袖についた細い草を払いながら、口を少しすぼませた。
「そうなのよ。おばさんが腰痛めちゃって開店休業中ってかんじなんで」
「あらーそーなんだ」
- 87 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:46
- 雅は初等学校を出た後、服飾店の手伝いをしていた。
服飾店、といってもちゃんとした店が構えられているわけではなく、
服のほころびを直したりサイズを直したりするおばさんがいる家、というだけのことだったが。
雅はその手伝いをして暮らしていた。
ほぼ毎日、くたびれた服のほころびを直すばかりだったが、それでも雅はその作業が楽しかった。
時々新しい生地や服を買い揃えに町へ出かけることもあり、最近は雅も買う服を選ばせてもらえていた。
『雅ちゃんはセンスがいいねぇ』
そんなふうに言ってもらえるのが不思議なくらい嬉しかった。
そのうち、いつかは町に出て服飾関係の仕事をしてみるのもいいなぁ、
などという淡い夢を知らず描くようにもなっていた。
- 88 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:47
- 「部屋にいても暇だからさ、愛理を手伝いに来てあげたってわけ」
「それはそれは、どうもありがとうでございます」
そう言って愛理は、皮肉を込めてわざと大袈裟に頭を下げてみせたが、
雅は「気にしないで」とばかりに手をひらひらと振っていた。
そんな雅の様子に思わずクスリと笑う。
雅が不思議そうにこちらを見ているのに気付き、愛理は話題を変えた。
「今日モモは?」
「ここに来る前に寄ったんだけどいなかったんだ。どこ行っちゃったんだろ」
「今日は配達の日じゃないよね?」
「うん。それに配達の仕事はあと一回で終わりなんだって」
「そうなの?」
この前モモから聞いたんだけどね、という町での話を雅から聞く。
それを聞きながら愛理は、争いは今この時も続いているのだ、そしてそれは他人事ではないのだ、
ということを改めて感じさせられた。
- 89 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:48
- ふいに晴れた空を仰ぐ。
こんなに陽の光は優しいのに。
瞼を閉じても明るいのに。
なんで悲しいことが起きるのだろう。
太陽に手をかざしながらそんなことを思っていると、ふとある光景を思い出した。
ねぇみや、モモっていえば、ちょっと前にね」
雅が少し首を傾けてこちらに視線を向ける。
「モモがどうかしたの?」
「うん・・・なんかね、私見ちゃったんだ」
「何を?」
「一人で泣いてるとこ」
- 90 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:48
-
いつだったか夕暮れ時に、愛理が川べりの道を通りかかった時、
土手の斜面にチョコンと腰を下ろしているモモを見かけた。
いつもだったらすぐに声をかけるところだったが、その時の愛理には軽い悪戯心が芽生え、
こっそり背後に近づいて驚かせてやろうと考えた。
―――うっひっひ
桃子の驚いた顔を思い浮かべると、思わず口元が緩みだす。
悟られないようにそっと背後に近づいていく。
そーっとそーっと。
あと10歩、あと8歩、あと―――
―――?
垣間見れた桃子の頬がキラキラと光っていた。
小さな肩が微かにだけど上下している。
―――泣いてる?
愛理は桃子に駆け寄ろうとした、が、止めた。
というより足が勝手に止まってしまった。
小さな身体がすっぽりと夕日の朱に包まれている。
後姿だけれど、桃子はきっと泣いていると感じた。
そして今は話しかけてはいけない、そんな気がした。
はかなくて、なんだかとても綺麗だった。
- 91 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:49
-
「その後少ししてからモモと話したんだけど、全然いつもと変わらないし、何かそのまま聞きそびれちゃって・・・」
「ふうん」
「ふうん、ってみやぁ、なんか冷たいなぁ」
あ、いやいや、と雅は慌てて手を振る。
「そういう意味じゃなくて、その、みやも知ってたっていうかさ・・・」
「あ、みやも?」
雅はコクリと頷くと、少し遠くを見るような目で言った。
「モモさぁ、なんか時々一人で泣いてんだよねぇ。夕日見ながら」
「そうなの?やだ私、知らなかったよ」
「なんか泣いてるとこ見られたくないんだか、隠れて泣いてるみたいなの」
以前、雅も桃子が泣いている姿を見かけていた。
駆け寄って抱きしめてやりたいと感じた自分に照れて、結局は遠くから見つめていただけだったけれど。
「それからも何度か泣いてるとこ見かけちゃってさ。いつも夕焼けの時なんだ」
「みやはモモのこといつも見てるからねぇ」
私は気づかなかったなぁ、と少しからかうように愛理が言うと、雅は慌てて言葉をつないだ。
- 92 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:50
- 「と、とにかくさ、いっつも笑ってるけどさ、ホントは泣き虫なんだよモモは!」
「うん・・・でも、モモはなんで泣いてるんだろ」
さあね、と肩をすくめながら、雅は愛理の隣りへ腰を下ろした。
「寂しがり屋で甘えん坊なくせに、無理するからねぇモモは」
「自分はお姉さんだからしっかりしなきゃって思ってるのかな?」
一つしか違わないくせに、と雅は少し口を尖らせる。
- 93 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:51
- 「でもだいたいさぁ・・・モモは優しすぎるんだよ。いっつもみんなにニコニコしちゃってさ、
バカなこと言ったりやったりしてさ、そんなん疲れちゃうよ。そう思わない?」
「うん、モモは優しい」
「何て言うかさ、損な性格なんだよね。みんなに気ばっか使ってさ。なのに気使ってないフリとかしてさ!」
「はは、そうかもしれないね」
「『モモがモモが』とかでしゃばるくせにさ、結局自分のこと後回しにしたりするんだよあのコは!おかしくない?!」
「何怒ってんのよみや?」
次第にボルテージがあがっていく雅の姿にクスリと笑いながら、眉を八の字にして愛理がなだめる。
「怒る?うちが?怒ってなんかないよ!なんでうちが怒んなきゃなんないのよ!」
「ね、みや。今言ってたこと、みやからモモに言ってあげなよ」
「それは嫌」
- 94 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:51
- やれやれとばかりに愛理は一つ息を吐く。
きっと雅は知っている。勿論愛理も知っている。
いつも笑顔を見せている人が密かにそれを消す時――それはきっと闇。或いは荒涼とした大地。
ともすれば桃子は一人、知らずそんな地を歩いていこうとする。
―――でもね、モモ
愛理は雅の横顔をチラリと見やりながら思う。
本当のあなたをいつも見ている人がいるのだと。
本当のあなたでなければ駄目な人がいるのだと。
―――いつかそれに気づくといいね
愛理がそんなことを思っていると、遠くから高い声が聞こえてきた。
- 95 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:52
- 「おぉぉい!みやぁー!あいりぃー!」
声の方に目をやると、材木を胸に抱えた桃子がヨタヨタと歩いていた。
ああ、と雅が隣で声をあげる。
「そう言えば犬小屋作るんだとか言ってたっけなぁ」
「犬小屋?」
「うん。犬飼うんだって」
村なら放し飼いでいいのに、などと雅がブツブツ言うのをかき消すように、また高い声が響く。
「みやぁー!あいりぃー!工作の時間だよー!」
今にも転びそうになりながら桃子が近づいてくる。
「工作の時間って、それは手伝えってことですかね雅さん?」
「きっとそういうことなんでしょうねぇ愛理さん」
二人は目を合わせて微笑むと、桃子の方に向って走って行った。
- 96 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:52
-
- 97 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:52
-
- 98 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/21(日) 13:52
- 本日は以上です。
続きます。
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/22(月) 00:47
- 読解力のない自分でも情景が目に浮かぶ文章ですね
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/23(火) 00:40
- この、ちょこっとみやももという雰囲気が現実っぽい感じで、いいです。
- 101 名前:めめ 投稿日:2008/09/28(日) 14:22
- >>99
もっとうまく書ければなぁと思います。
ありがとうございました。
>>100
つかず離れずってかんじでw
ありがとうございました。
- 102 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:23
-
男は焦っていた。
男の手には、長い間の潜入調査と尊い仲間の犠牲の上で得た、最上級の機密情報があった。
国境の町に潜伏中の連絡部員はもうすぐ自国へ戻る段取りだ。
その前にこの情報を渡さなければと、男は焦っていた。
- 103 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:24
-
- 104 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:24
-
―――今のは何だ?
おそらくは真夜中、ふいに頭の中に飛び込んできた映像で雅の眠りは覚まされた。
―――ただの夢?それとも・・・何かのイメージ?
それはごく短い映像だった。
国道の上空を飛行機が飛んでいる。
戦闘機にしては小さいようにも感じたが、軍用のそれに思えた。
飛行機が少し高度を下げた。
そして―――
すぐに目の前は真っ白になった。
真っ白になって、映像は雅の頭から消えた。
―――いや、もうひとつ。確かにあれは・・・
真っ白になって映像が消えたかけた最後の一コマ、いつか見た笑顔がふぅっと浮かんだ。
――なんでモモが?なんで?
いつか大きな木の下でよぎった、スクーターに乗って笑顔で手を振る桃子のイメージ。
なんだか嫌な胸騒ぎがした。
気がつくとひどい寝汗をかいている。
―――朝日が昇ったらモモに会いに行こう
耳障りな秒針の音が部屋を支配する。
雅はまんじりともせず、ただ夜明けを待っていた。
- 105 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:25
-
- 106 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:26
-
――――――――――
我が国の高度機密情報を略取したと思われる敵国の諜報員を捕獲。
徹底した検査を行ったが情報は現在保持していない模様。
自白剤等の効果により、不明確ではあるがが以下のことが判明。
・機密情報は何らかの磁気媒体で運ばれている模様。
・国境近くの町に敵国の連絡部員が潜入しており情報を受け取る手筈になっている模様。
・連絡部員の通称は”ヤス”。
・情報の運搬は一般配達業者の運搬用スクータバイクへ忍ばせた模様。
以上
――――――――――
- 107 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:26
-
- 108 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:26
- 朝日が薄っすらと道を映し始めると、雅は外へ飛び出した。
昨夜浮かんだイメージが妙に不安にさせる。
何が起きようとしているのか雅にはわかるはずもなかったが、
とにかく今、桃子のそばにいなくてはならない気がした。
裸足でスニーカーを履き朝もやの道を駆ける。
隙間から小石が入り込み足の裏が少し痛かった。
「あれぇ?みや?」
もう少しで桃子の家というところで声をかけられた。
「・・・愛理?」
立ち止まり、息を切らせながら声をする方へ顔を向けると、八の字眉毛が驚いたようにこちらを見ていた。
「どうしたのこんな早くに?何かあったの?」
「あ、ううん・・・愛理こそどうしたの?」
「あ、私はちょっと、早起きしてテスト勉強を・・・」
そう答えた愛理の指先には絵の具がこびりついている。
雅が何か言おうとする前に、愛理は慌てて手を後ろに隠した。
「よ、夜遅くまで勉強するより、朝早く起きて勉強した方が能率が上がるのよ私」
勉強前にしゃっきり目を覚まそうと散歩していたんだよね、などと愛理は笑った。
- 109 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:27
- 「で、みやは何やってんの?」
「あ、うん、ちょっとモモのところに・・・」
「あら、モモならいないよ?」
「いない?いないってどういうこと?!」
思わず大声を出してしまい、雅は自分でも少し驚いた。
しかしそれ以上に驚いた愛理は肩をピクリと震わせている。
「ど、どうしたのよ、みや?」
「あ、ゴメン・・・ねぇ、モモがいないってどういうこと?」
「あ、うん、ついさっき配達に行ったのよ。最後の配達だって言ってた」
「配達?こんな早くに?」
愛理が朝の散歩をしていると、後ろからスクーターに乗った桃子がやってきたのだという。
『お世話になった町の人達にちゃんと挨拶もしたいし、最後に買物もしておきたいし、
犬のタローを連れてこなくちゃならないしで、 やることいっぱいなの!
だから朝一番で出かけることにしたんだ!』
桃子はそう言って笑いながら手を振り、トテトテとスクーターを走らせていった―――
- 110 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:28
- という愛理の話を聞きながら、雅の顔は次第に険しいものになっていた。
今朝、笑顔でスクーターを走らせていったという桃子。
自分が見たイメージの中の絵と重なる。
「みや?ねぇどうしたの?何かあったの?ねぇみや」
あの真っ白く消えたイメージが何を示していたのかはわからない。
けれど何故あのイメージと一緒に桃子の笑顔が現れるのだ。
何故桃子の笑顔が浮かんでこんなに胸騒ぎがするのだ。
「ねぇ、モモがどうかしたのみや?」
愛理は心配そうに、おそらく皺のよっているであろう自分の眉間のあたりを見つめている。
雅は我に返り、慌てて手を振った。
「あ、ううん、たぶんうちの思い過ごし!・・・たぶん何でもないの・・・ゴメンね」
「みや」
「ホント、ゴメンね!試験勉強がんばってね愛理!」
「ねぇ、みや。ちゃんと話して」
- 111 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:28
- 見つめる愛理の目は厳しかった。
あんなに柔らかい笑顔を見せる愛理からは想像がつかないほどに。
「あ、いや・・・」
「みや。ちゃんと話して」
愛理はみやの両腕をそっと掴みながら、一人じゃないでしょ、と呟いた。
「私達は一人じゃないでしょ」
「・・・うん」
「モモが一人で泣くのも、みやが一人で不安になるのも、そんなの嫌だよ私」
愛理の厳しい瞳が雅から離れない。
「・・・うん、うん」
愛理の言葉に頷きながら、雅は心がだんだん穏やかになっていくのを感じた。
私達は一人じゃない。二人でもない。
三人なんだな、と思った。
- 112 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:29
-
「・・・真っ白?」
「うん・・・なんかパァっと眩しく光ったように白くなって・・・」
「その後は?」
「そこまで。後はフィルムが切れたみたいに何も・・・」
唇を少し噛んで愛理は俯く。
「飛行機が飛んできて、何かが光って・・・スクーターに乗ったモモ・・・」
眉間に少し困惑を浮かばせながら、愛理はじっと足元を睨んでいた。
「・・・なんか・・・怖い想像をしちゃうね・・・」
ゴクリと唾を飲み込んで、絞り出すように愛理が呟く。
雅は静かに頷くと、クっとまなじりを上げた。
「・・・だから私、行かなくちゃ」
「でも、みや・・・でも・・・」
「うん、そうだ、行かなくちゃ。行かなきゃなんないんだ私。どうしても」
じゃあね、と軽く手を上げて走る出そうとする雅の腕に愛理がしがみつく。
- 113 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:29
- 「ま、待って!ちょっと待って!行くって、どこに行くの!?」
「どこって、モモのところだよ?」
「モモのところって、どこにいるかわからないじゃない!」
「最後の配達に行ったんでしょ?きっとトコトコ国道を走ってるよ。あのスクーターのろいからね」
そう言って雅は笑った。
不思議なくらい柔らかな笑顔だった。
「で、でも、行ってどうするの?」
「行って?」
「そう」
「どうするか?」
「そう!」
どうしようかなぁ、と雅は腕組みをする。
口元には軽く笑みを残したまま。
うーん、と一唸りして雅は言った。
「とりあえず、そばにいる」
「え?」
「別に何もすることないけど、まぁとりあえずそばにいようかなって」
- 114 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:30
- 雅の頬を、まだか細い朝日が少しだけ照らす。
愛理の問いに答えながら雅は、不思議に落ち着いていく自分を感じた。
気がつくと彼女の表情からは既に、不安の色はなくなっているように見えた。
「でも、でも、みや!」
愛理は思わず声をあげる。
「もしかしたらさ!もしかしたらだよ?・・・その白い光っていうのが・・・
爆弾みたいなものだったとしたらさ・・・」
「大丈夫だよ」
「なんで!?なんで大丈夫なの!?だって、危ないかもよ?怪我とかしちゃうかも・・・」
「大丈夫だって」
「し・・・死んじゃうかもしれないんだよ!」
「死なないかもしれないよ?」
なんか大丈夫だと思うんだよねぇ私、などとわざと呑気な調子で雅は笑う。
その笑顔に愛理は胸が苦しくなった。
「それにね、私まだ言ってないのよ」
「何を?」
「モモが好きだよって」
雅は少し照れたように微笑む。
その言葉に愛理は、雅の腕を掴んでいた手をそっと離した。
- 115 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:30
- 「大丈夫。夕方までにはモモと一緒に帰ってくるよ。そしたら晩御飯一緒に食べよう」
町でケーキ買ってくるから、と言いながら雅は優しく愛理の肩を叩いた。
「でもみや、どうやってモモのところまで行くの?」
「確かさ、倉庫にサイドカーあったじゃん。よく鍵つけたまま置いてあるでしょアレ」
「みや、運転できるの?」
「んーなんとかなるでしょ」
なーんか大丈夫だと思うんだよねぇ私、とまた笑う。
その笑顔はなんだか本当に何もかもが大丈夫な気さえさせた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから私」
「みや・・・」
「じゃあね!」
朝もやの中に笑顔を残し、雅は駆け出していった。
「・・・やっぱり、ちょっと待ってぇ!みやぁ!!」
愛理のその声が届いていたのかいないのか、雅はもう振り返ることなく真っ直ぐに駆けていった。
- 116 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:31
-
- 117 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:31
-
――――――――――
対象と思われるスクータバイクが旧国道を国境方面に向けて走行しているとの未確認情報あり。
対象物であれば連絡員と接触する前に捕獲せよ。
町中及びその付近では任務遂行に困難が生じると思われる為、国道を走行中に捕獲すること。
万一間に合わぬ場合を考慮し小規模型爆弾を搭載した小型偵察機を発進させる準備あり。
状況によっては情報の流出阻止及び滅却を最優先させること。
以上
――――――――――
- 118 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:32
-
- 119 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:32
- 呼吸を荒くして立ち止まる。
たどりついたところは駐車場代わりに使っている倉庫だった。
雅の目の前には一台のサイドカーが置かれている。
仕組まれたようにキーが差されたままで。
「ラッキィ」
そう言って笑って、雅はサイドカーのシートを叩いた。
降りてきたイメージのラストは白。
フィルムが切れてしまったように、スクリーンには真っ白な光だけが映し出されていた。
それはつまり―――
「それはつまり、その先は誰にもわからないってことだよね」
だからその先は自分で作れってことなんだ、と雅は信じた。
- 120 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:33
- 雅はサイドカーにまたがる。
キーを捻ると思ったより静かなエンジン音が響いた。
この運命に乗ってみよう。
この運命を見届けよう。
明日がどう転ぶかなんて誰にもわからない。
あたしが見たイメージの続きをあたしの目で確かめてやろう、雅はそう思った。
そして、その終わりを見届けた時、自分の気持ちを声に出してやろう。
馬鹿みたいな大声で。
滑稽なほどに全身で。
「だいたいモモがちゃんと気づいてくれないのがおかしいんだよ」
こんなに好きでいてやってるのにさ、などと文句を言いながら、雅はアクセルを開ける。
倉庫に反響するエンジン音が妙に心地良い。
「待ってろよぉ、モモ!」
軽く笑みさえ浮かべて、雅は国道を南へ走り始めた。
- 121 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:33
-
- 122 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:39
- 国道を走り始めるとすぐに、ヒッチハイカーのような人影が見えた。
なにやら板のようなものを掲げながらこちらに手を振っている。
そこに描かれたものを見て、雅の顔はもう泣き笑いになった。
「もう!置いていかないでよ!待ってって言ったでしょ!」
愛理は頬をふくらませながらシートにもぐり込む。
「サイドカー使えてよかったね」
「・・・後で一緒に怒られてね」
「了解」
モモも一緒にね、と愛理は笑う。
胸の前で大事そうにキャンバスを抱えながら。
「完成、したんだね」
「うん」
「試験勉強なんて言っちゃってさ」
「だって、テストが近いのに絵を描いてたなんて言ったら、怒られちゃうと思ったんだもん」
「朝まで描いてたんだ?」
「うん。実は寝てないんだぁ」
描き上げた興奮を冷ますように朝の散歩をしていたのだ、と愛理は微笑む。
キャンバスの中では、長く美しい黒髪をなびかせた少女が笑っている。
- 123 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:40
- 「綺麗に描けたね」
「本当?」
「うん。愛理の思いが詰まってる」
雅にそう言われると、照れくさそうに、だけどしっかりと愛理は頷いた。
モモにも見てもらうんだ、と笑った。
「愛理」
「何?」
「本気なの?」
「何が?」
「死んじゃうかもしれないんだよ?」
「死なないかもしれないんでしょ?」
風が吹き抜け砂埃をあげる。
二人の髪にも肌にも砂の粒が張り付く。
「でも愛理・・・」
「一緒だよ」
愛理は強い口調で言った。
「私もずっと一緒だよ」
愛理の気持ちが嬉しかった。
雅だってそう願っていた。
桃子と愛理と雅と。
これからも三人で少しずつ大人になっていくんだって、そう願っていた。
- 124 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:41
-
―――でも
雅はキャンバスの少女に目をやる。
「でも愛理、もし何かあったら逢えなくなっちゃうかもしれないんだよ」
ゴォ、という飛行機のジェット音が遠くの方で聞こえた気がした。
愛理は少しだけうつむいた後、まなざしを遠くへ投げた。
「逢えるよ」
「え?」
「いつか必ず逢える。私は信じてるから」
「愛理・・・」
「それにね、みや知ってる?」
愛理は雅の方に顔を向け、ニタリと笑って言った。
「世界が終わればそれまでじゃん」
- 125 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:42
- 眉を八の字にさせて笑う愛理をキョトンとした顔で雅が見つめる。
そしてすぐに一緒になって笑った。
「ねぇ愛理、怖くないの?」
「そりゃちょっと怖いよ。みやは?」
「すっごい怖い!」
ひとしきり笑った後、二人は目で頷きあう。
朝日は少し高くなり、あたりは次第に目覚め始めていた。
さぁ行けぇ!という愛理の掛け声に弾かれたように、
サイドカーは砂埃の舞う国道を駆け抜けていった。
- 126 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:42
-
「世界が終れば」
了
- 127 名前:世界が終れば 投稿日:2008/09/28(日) 14:44
-
ル ’‐’リ オシマイ
- 128 名前:めめ 投稿日:2008/09/28(日) 14:45
- 以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/28(日) 22:08
- 終わっちゃって寂しいですが、素敵な三人をありがとうございました
大好きな恋愛ライダーが、もっと好きになりました
愛理と同じように自分も信じています。お疲れ様でした
- 130 名前:寺井 投稿日:2008/09/29(月) 19:08
- 更新お疲れさまでした。
勝手ながら毎回の更新楽しみにしておりました。事実楽しかったです。
ありがとうございました。
殺伐とした背景と
三人の柔らかい雰囲気の対比がすごく好きです。
恋愛ライダーは好きな楽曲だったので
こういうお話が読めたことはとても幸せです。
「世界が終わればそれまでじゃん」
ってとても印象的なフレーズですよね。
フレーズ自体はネガティブな内容なのに
鈴木さんがポジティブな印象に変えておっしゃっていて
胸がすかっといたしました。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 00:06
- 3人に幸あれ!
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 10:37
-
とても面白かったです
3人の関係はとても素晴らしいですね。
お疲れ様でした!
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/27(月) 08:25
- 3人のまっすぐな明るさが最後まで切なくて愛しかった
いやーいいお話を読ませてもらいました
こんな気分になったのは久々です
ボーノがまたちょっと好きになりました
最後に、完結おめでとうございます
お疲れ様でした
- 134 名前:めめ 投稿日:2008/10/28(火) 21:53
- >>129
きっと3人は今頃一緒にケーキでも食べてるんだと信じてますw
恋愛ライダーはいい曲ですよね。
ありがとうございました。
>>130
丁寧な感想をどうもありがとうございます。
世界が終わればそれまでじゃん、っていろんなことを笑い飛ばせればいいなぁと思いますw
ありがとうございました。
>>131
ル ’‐’リだいじょうぶ!幸せですよ!
ありがとうございました。
- 135 名前:めめ 投稿日:2008/10/28(火) 21:54
- >>132
楽しんでいただけたのなら幸いです。
作者は愛理さんがキーパーソンだと勝手に思ってますw
ありがとうございました。
>>133
明るさが切ない時もありますよね。
なんかBuonoってそんなイメージがあるんですwなんでだろ?
ありがとうございました。
皆様暖かいレスを本当にどうもありがとうございます。
またそのうちこのスレで何か書かせていただきたいと思っています。
そしたらよかったらまた読んでやってください。よかったら。
ありがとうございました。
- 136 名前:めめ 投稿日:2008/11/11(火) 01:10
- 更新します。
短いですが。
- 137 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:17
-
「SHE SAYS」
- 138 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:18
- 晴れた昼下がりの公園には、穏やかな秋の陽射しが溢れんばかりに注がれている。
辺りを包む空気はもう冷たくなってきてはいたが、秋の陽だまりと自動販売機で買ったホットミルクティーで、
身体はほこほこと暖かかった。
「空が高かねぇ」
「そうだねぇ」
れいなが目を細めながら呟くと、眠気を誘うようなゆったりとした口調で絵里が答えた。
あてのない休日。
二人は特に目的もなくふらりと公園へやって来ると、ベンチに腰掛けてぼんやりと空を眺めていた。
- 139 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:20
- 「ふふ」
ふいに絵里が小さく笑う。
「なん絵里、急に。気持ち悪いし」
「なんかさぁ、絵里たちおばあちゃんみたいだよねぇ」
「おばあちゃん?」
「だってさぁ、せっかくのお休みだっていうのに、やってることっていったら散歩とひなたぼっこだよぉ?」
まだ若いのにさぁ、と絵里は笑った。
「はは、確かにそうっちゃねぇ」
と、れいなも苦笑する。
「でもおばあちゃんは絵里だけやけん。れいなは孫の役やってあげるったい」
「ちょっと、いくらなんでもそれはないでしょ!・・・あ、じゃあ、れいなはやっぱ猫かな」
「猫ぉ?」
「うん。おばあちゃんと一緒に縁側でまるくなってる猫」
どっちにしろなんか地味やねぇ、とれいなは鼻のあたりを掻いた。
- 140 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:21
- 「でもれいな、たまにはこんなんもいいと思うと。ほら、いっつもれいなたちってなんかバタバタしとるやろ?
こうやってのんびり空見ることもなかなかないっちゃけん、たまには・・・」
「ちゃけん」
へ?と虚を突かれたれいなが絵里の方を向く。
見ると絵里が上目遣いにニタラニタラと微笑んでいた。
「な、何よ!?れいなが今話しようのに!」
「れいなの言葉って、なんかいいよねぇ」
「は?」
絵里はふにゃりと笑って言う。
「なんか、あったかいっていうかさぁ、優しいっていうかさぁ」
「・・・馬鹿にしとるやろ?」
「してないよぉ。あったかいしかわいいし、いいなぁって思うよぉ」
「・・・嘘だ」
「ほんとだって」
「嘘。絶対嘘。どうせ『やだぁ。乱暴で汚い喋り方ぁ』とか思っとるんやろ」
「そんなことないよぉ!どうしたのれいなぁ?そんないじけた言い方しちゃって」
「だって・・・」
軽く俯くれいなの横顔を、絵里が不思議そうに覗き込んでいた。
- 141 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:22
-
- 142 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:23
-
「田中さんの喋り方、面白ーい」
そう言ってキャッキャと笑う女の子たちを目の前にして、幼いれいなはポカンと口を開けていた。
13歳の頃、上京したてのれいなは、東京で触れるもの全てが新鮮で、目に見えるもの全てに圧倒された。
「東京ってやっぱ凄かねぇ!福岡だってそんな田舎じゃないっちゃけど、でも東京はやっぱ桁違いっちゃね。
渋谷とか人がびっくりするくらいおったけん、お祭りでもやってるのかと思ったと!」
同級生たちに東京の感想を聞かれ、少々興奮気味にれいながまくしたてていると、
目の前の少女たちがクスクスと笑い出していた。
「な、何がおかしいと?」
「え?だって・・・ねぇ?」
同級生たちは互いを伺うようにしながら、それでもクスクスと笑うのをやめなかった。
- 143 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:24
- 「何?何で笑いようと?れいなようわからんっちゃけど」
「ちゃけど」
誰かがれいなの言葉尻をつかまえて真似をする。
次の瞬間、目の前の少女たちはまるで猿のようにキャッキャキャッキャと笑い始めた。
「な、なんね?何がそんなにおかしいと?」
「とー」
笑い声は教室中に伝染し、いつしか皆がこちらを向いて笑っていた。
「そんなにおかしい・・・ですか?」
「やだ田中さん、急に敬語にならないでよ」
「や、やけんれいな、標準語だと敬語になってしまうったい・・・」
「うわー!本当に『なんとかったい』とか言うんだ!すごーい」
- 144 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:25
- きっと彼女たちにもそんなに悪気はなかったのだろう。
初めて触れた言葉に新鮮に驚き、どこか心が高揚したのだろう。
ただその頃の彼女たちは、まだその感情に何の装飾も出来ず、
剥き出しのまま表現することしか出来ない生き物だった。
残酷な少女性がそこにはあった。
「ね、ね、もっと何か喋ってみせてよ!」
「何かって言われても・・・」
「こんにちはって何て言うの?さよならは?ね?ね?」
「・・・知りません」
れいなは唇を噛んで俯き、しばらく押し黙った。
教室がさらに騒がしくなる中、たった一人で口をつぐんでいた。
- 145 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:25
-
- 146 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:26
-
「・・・ごめんね」
「なん?」
れいなの昔話を聞いていた絵里が、うなだれるように頭を下げる。
「・・・さっき絵里もれいなの喋り方のまねしちゃった・・・
嫌な気持ちにさせちゃったよね・・・ごめんなさい」
「ちょ、何よそんなしおらしく!絵里に似合わんったいそんなん、やめとき!」
似合わないって何よぉ、と絵里はふくれ顔をみせる。
そんな絵里を見て、ついれいなはニヒヒと笑う。
「だいたい、そんなことでいちいち嫌な気持ちになんかなってたら、生きていけんっちゃん!」
「でもれいな、クラスの子に笑われて傷ついたんでしょ?」
「傷ついたっていうか、とにかくびっくりしたったい」
その頃のれいなは、話し言葉とTVの中の言葉は別なのだと思っていた。
言葉はTVの中と外で使い分けるものなのだと思っていた。
だから自分の喋る言葉を笑われた時、恥ずかしいとか悔しいとか思うよりも先に、
驚きの感情が押し寄せてきた。
―――TVの外でも標準語って喋るったいね!
今から思えば馬鹿らしい感想を、その時のれいなは本気で抱いてた。
- 147 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:29
- 「でも、みんなに笑われたりしたら、嫌だったよね・・・」
「ああ、まぁそれは正直ちょっと嫌やったけどねぇ」
「絵里がいたら―――」
絵里はひとつ息を飲み込むと、少し頬を赤くしながら言った。
「絵里がいたら、みんなにそんなこと言わせなかった。絵里がいたら、れいなの味方だった。絶対」
「・・・とか言って、さっき絵里も馬鹿にしたっちゃん」
「ち、違う!!」
れいなが冗談半分で言った言葉に、絵里がもの凄い剣幕で返してきた。
「絶対絵里は馬鹿になんかしてない!そんなつもりで言ってない!」
そう言って少し目をうるませる絵里を見て、れいなは慌てた。
「じょ、じょ、冗談っちゃん冗談!絵里がそんなこと思ってないって、れいなはわかっとるけん!」
ちゃんと信じとるけん、とれいなは絵里にニヒヒと笑って見せた。
一瞬ムキになった自分に照れたのか、絵里は耳を赤くして俯いた。
- 148 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:32
- 「・・・大きな声出してごめんね」
「いや、いいっちゃけどさ」
「絵里は、れいなの喋り方、本っ当に大好きだから。もしもいつかまた何か言われることがあっても、
もうその時みたいに我慢したりはしないでね」
「我慢?」
「みんなが笑ったって、絵里は笑わないからね。れいなはれいなの好きなように話してね」
ああ、とれいなは気づく。
思わず、ふふ、と笑みをこぼした。
「れいなぁ?」
「ちょい絵里ぃ、なんでれいなが我慢なんかしなきゃいけんと?」
「え?」
「そりゃ確かに最初にクラスで笑われた時はびっくりしよったし、
まぁちょっとは恥ずかしかったり悔しかったりはしたと。でも―――」
つい、とれいなはおもむろに絵里の鼻先に顔を寄せる。
少し動揺したように絵里が目をパチクリとしばたかせる。
- 149 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:34
- 「でも、なぁんでこのれいな様が我慢なんかしなきゃならんと?
れいなが標準語なんか使ったられいなじゃなくなるけん、そんなんありえんし!」
「え、じゃあ・・・」
「バリバリ使っとったよ博多弁。卒業するまでずーっと」
あたり前やろ?とばかりにれいなは小首を傾げて見せた。
「クラスの人達にからかわれたりしなかった?」
「ああ、そんなん最初だけったい。その後はみんな仲良うしよったよ。
それに、もししつこく言うような奴がおったら―――」
れいなは絵里をチラリと見てニヒヒっと笑うと、ギャーっと引っ掻くような仕草をしながら牙をむいてみせた。
感心したのか呆れたのか、ほーっとひとつ、絵里は息を吐き出す。
- 150 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:35
- 「・・・やっぱ猫だ。しかも性悪の」
「は?なんね?」
「なんでもなーい」
「何て言うたと?」
「何も言ってないっとっとー」
「ちょ、やっぱ馬鹿にしとるやろ!こら絵里ぃ!」
ああ、本当に今日は空が高い。
少し肌寒くなってきたけれど、もう少しだけここにいようか。
絵里の頭を軽く小突きながら、れいなはそんなふうに思っていた。
- 151 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:36
-
おしまい
- 152 名前:she says 投稿日:2008/11/11(火) 01:37
-
ノノ*^ー^)happy birthday reina!
- 153 名前:めめ 投稿日:2008/11/11(火) 01:38
- 以上です。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/12(水) 01:47
- お待ちしてました
- 155 名前:めめ 投稿日:2008/11/13(木) 23:27
- >>154
恐縮です。
レス嬉しいですー。
ありがとうございました。
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/15(土) 00:15
- 二人の暖かい雰囲気がすごくいいですね。
久しぶりの作家さんの更新、ありがとうございます!
また新しい小説を読めるように・・・
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/15(月) 14:43
- 実に一年ぶりのご無沙汰になります。
やはり私は作者さんが描くこの二人が大好きなようです。
互いを思いやる二人の優しさに心温まり、抜けるような秋空の情景に心癒されました。
本編「世界が終れば」も時間があるときにぜひ読ませていただきたいと思います。
- 158 名前:めめ 投稿日:2008/12/23(火) 12:03
- >>156
ホコホコとしてもらえたら嬉しいですw
ちょこちょこ書いていけたらなぁと思っています。
ありがとうございました。
>>157
六期ものの前作を終わらせてちょうど一年です。
それから一年たってまた読んでいただけたのかと思うと、なんとも幸せです。
いつかBuono!さんのお話もよかったらww
ありがとうございました。
- 159 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:04
-
「その子二十」
- 160 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:04
- 「いらっしゃいませ」
やけに渋い声で迎えられて、絵里はレジの前にカゴを乗せる。
このコンビニの店長なのだろうか、自分の父親と同じくらいの年恰好に見える。
そのことが更に絵里を緊張させた。
ピ。ピ。ピ。
カリカリ梅、グミ、チョコレートにポテトチップス。
見慣れた商品がひとつひとつバーコードで認識されていく。
店員がファッション雑誌を取り出した時、カゴの中で何かがゴトリと音を立てた。
思わず絵里の肩が縮こまる。
店員がジロリと自分の顔を睨んだような気がした。
ピ。ピ。ピ。
オレンジジュースと缶ビールと、最後にシャンパンのミニボトルがバーコードリーダーの電子音を響かせるまで、
随分と長い時間がかかったように絵里は感じた。
- 161 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:05
- 「ありがとうございました」
会計を済ませてコンビニ袋を手に持つ。
袋の中で缶がゴトゴトと音を立て、なんだか妙に重たく感じた。
絵里は首元の白いマフラーを巻き直しながら、ほーっと一つ息を吐く。
足早にコンビニから出ようとした背中に、ややボリュームを上げた渋い声がかけられた。
「お客さん、ちょっとすいません」
ドキリとした。
背中のあたりが軽く痺れたように感じた。
心持ち顔をひきつらせながら振り返ると、レジを出た店員がこちらに向かって歩いてくる。
「あ、あの、」
「すいません、お客さん」
「あの、私もう、はた、はた―――」
「今キャンペーンやっているんですよ。これ次回の割引券になりますので。
すいませんさっき渡しそこねちゃいまして」
あ、どうも、などとモゴモゴ答えながら、貰った割引券をコートのポケットに無造作に押し込むと、
絵里はそそくさとコンビニを後にした。
火照ってしまった頬に、冬の風が妙に心地良かった。
- 162 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:06
-
- 163 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:07
-
ピンポーン―――
呼び出し音が軽やかに響く。
ほどなくして、呼び出し先の住人の声が聞こえた。
「はい・・・って絵里ぃ?どげんしたと?」
TVモニター越しに絵里の姿を確認した住人は、少々驚いたように声をあげた。
「遊びに来た」
「は?遊びに?れいなの家に?」
「そう」
「一人で?」
「そう」
寒いよぉ、と絵里が声をあげると、慌てたようにオートロックの扉が開いた。
- 164 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:08
- エレベーターを目的の階で降りると、派手な部屋着を着たれいなが目を丸くして立っていた。
「どうしたと急に?何かあったと?」
「だから遊びに来たんだってば」
「遊びにって、そんな約束してなかったちゃん」
「・・・いいじゃん別に」
絵里は拗ねたような目でれいなを睨む。
「せめて電話くらいしてよ!こっちだってびっくりしよるし、れいなの都合だっていろいろあるんやけん―――」
「・・・じゃあ帰る」
頬を少しふくらませながら、コンビニの袋をれいなに押し付け、絵里はくるりと背を向けた。
「あ、ちょちょちょ、待ってよ絵里ぃ」
慌ててれいなは絵里の腕を掴む。
「そんなイジけんでも・・・とにかく中に入るったい」
「・・・やっぱ迷惑だったよね」
「いや、突然でちょっとびっくりしてしまって。来てくれたのは、その・・・う、嬉しかよ」
ちょっと口ごもりながら、れいなは照れたように笑った。
その顔を見て、絵里もようやく小さく微笑んだ。
- 165 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:08
-
- 166 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:09
- 「でもホント、いったいどげんしたと?絵里が遊びに来てくれるなんて珍しい
・・・っていうか初めてっちゃんね?」
向かい合ってテーブルにつくと、れいなが不思議そうに目を丸くして尋ねてきた。
床暖房が冷えたつま先にじんわりと心地良い。
「うん、まぁ、ちょっと、ね」
たどたどしくそう言うと、絵里はコンビニ袋の中の品物をテーブルの上に並べ始めた。
「あ、これ新発売のチョコやん!れいなこれ食べたかったと!さっすが絵里ぃ、気が利くっちゃーん、
あ、このグミも美味しそう・・・って、絵里ぃ?!」
ドン、と少々低い音を響かせて、缶ビールが置かれた。
絵里はチラリとれいなの顔を伺うと、続けざまにシャンパンの瓶を取り出し、ドンと置いた。
- 167 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:10
- 「え、絵里ぃ・・・お酒なんて買ってきたと?」
「うん」
「なんで?」
「絵里、もう20才だし」
「いや、それはわかっとるけど、絵里お酒なんか飲めると?」
すると絵里はフルフルと首を横に振った。
「ちゃんと飲むの初めて」
「あ、そうなん?」
「だから、れいなの家に来たの」
「は?意味わからんし」
れいなの前にオレンジジュースを押しやると、絵里は缶ビールを手に持った。
プルトップを手間取りながらもどうにか開けると、飲み口を鼻先に近づけた。
「・・・臭い」
「絵里には無理なんじゃなかと?」
ニヒヒと笑うれいなをジロリと睨むと、絵里はおもむろに缶ビールをあおった。
- 168 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:11
- 「ぐお!?」
一口喉を通したあたりで、絵里は口を押さえながら缶をテーブルに戻した。
口の端からは軽く飛沫が噴出している。
目を白黒させながら、助けを求めるようにれいなに向かってバタバタと手を伸ばす。
「ちょ、大丈夫?絵里ぃ?!」
慌てて駆け寄ってきたれいなの細い腕を掴みながら、どうにか口に残った分を飲み下すと、
今度はチョコレートを口いっぱいに頬張った。
「あ、ちょっと絵里ぃ!れいなの分まで食べんといてよ!」
「・・・らって」
口をモゴモゴさせながら、少し涙目で絵里は呟く。
「だって超苦いんだもん・・・」
「そりゃビールやけん苦いったい。わかってて飲んだっちゃろ?」
「知らないよそんなこと。初めて飲んだんだもん。っていうかれいな飲んだことあるの?!」
え?とれいなが気まずそうに微笑む。
その表情を見て絵里は、れいなに掴みかからんばかりになった。
- 169 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:12
- 「れいな!お酒飲んだことあるの?!れいなまだ19才でしょ?いいの飲んで?飲んでいいの?!」
「な、ちょ、どうしたったいそんなムキになって・・・ちょちょ!」
絵里はずいっとれいなににじり寄る。
いまにもれいなに噛み付きそうな勢いだった。
身の危険を感じたようにれいなは慌てて手を振る。
「な、ないないない!お酒なんて飲んだことないっちゃん!れいなまだ19才やけん!」
れいなが怯えた猫のような瞳を絵里に向ける。
しばらく見つめ合った後、ようやく絵里はれいなの鼻先から離れた。
ふー、というれいなのため息が聞こえた。
「いったいどうしたと絵里?なんで急にお酒なんか・・・」
「20才だから」
「は?」
「もう大人だから」
「だからって無理にお酒なんか飲まんでも・・・」
れいなのそんな言葉は耳に入れず、絵里は再び缶ビールをあおる。
- 170 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:13
- 「ちょっと絵里ぃ!やめときって!」
今度は噴出すことはなく、顔をしかめながらもゴクゴクと何口か喉を通した。
「プ、プハァー・・・お、おいしい」
「嘘つけ」
「ほ、本当だもん。れいなにはわかんないだろうけどね、まだ子供だし」
「は?れいなだってお酒の味くらい―――」
ジロ、とれいなを睨む。
あ、という顔をしながられいながニヒヒと笑う。
「ま、まぁお酒の味は確かにわからんけどね。まだ19才やし」
「でしょ?」
絵里は勝ち誇ったように、さらにゴクゴクとビールを喉に通す。
目の前ではれいなが呆れたように絵里を見つめていた。
- 171 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:13
-
- 172 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:14
- それから少しの間、二人はくだらない話で笑いあった。
他愛のない会話なのに、なんだかいつもよりも楽しい。
ほどなくして絵里は、なんだか顔がポワンとしてくるのを感じ始めた。
ビールはまだ苦いけれど、少し浮かれた気分が絵里の背中を押してくる。
「絵里ぃ、初めてなのにそんなに一気に飲んじゃあかんったい。酔っ払ってしまうとよ?」
「平気っしょ。絵里20才だし!」
「いや、それはあんま関係ないというか」
「大丈夫っしょ!俄然強めっしょ!」
なんだか懐かしいフレーズを口走ったような気がしたが、まぁそんなことはどうでもいい。
それより何なんだろうこのフワフワしたかんじは。
「絵里ぃ・・・あんたもう酔っ払ったっちゃやろ?」
「なぁにぃ、そんな怖い顔しちゃってぇ」
「いきなりれいなん家に来て勝手に飲んで酔っ払って、いったい何がしたいと?!そもそもなんでれいなん家に来たと?!」
れいなの声がボワーンボワーンと反響しながら響いている。
その言葉の意味をどうにか捕まえると、さっきまでの高揚感が消え、一気になんだか悲しくなってきた。
- 173 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:15
- 「だって・・・れいなに見せたかったんだもん」
「は?何を?」
「絵里が大人なとこ見せたかったんだもん」
「大人なとこって、お酒飲む姿ってこと?」
コクコク、というよりはガクンガクンと大きく頷く。
そのたびにれいなの顔が見え隠れする。
「れいなはまだ飲めないじゃん。でも絵里飲めるじゃん。絵里20才だし」
「そ、そうやね」
「れいなに大人だって思ってほしかったんだもん!絵里は大人なんだもん!」
わかったけんわかったけん、とれいなが自分をなだめているのがぼんやりと見える。
- 174 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:16
-
―――あれれ?どうやらちょっと泣いているようだぞ自分?
―――声もかなり大きい気もするけど、まぁいいかぁ
―――ああ、それにしても眠いよぅ
―――なぁんでこんなに眠いんだろう・・・
れいなの声が遠くの方で聞こえる。
ほらこっち、こっちおいでよれいなぁ。
絵里はここだよぉ。れいなぁ。
- 175 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:16
-
- 176 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:19
- 「・・・ったく、たかが缶ビール1本で笑ったり怒ったり泣いたり、そんで結局はこれったい」
テーブルに突っ伏して小さな寝息を立て始めた絵里を、れいなはしばらくの間ぼんやりと眺めていた。
ふいにれいなは絵里の黒髪をそっと指ですくと、ボソっと呟いた。
「・・・そんなことせんでも、れいなは絵里のこと大人だと思っとるけん。絵里はれいなの大切な・・」
ガバア!と突然、絵里がまるまっていた身体を起こす。
「ひぇぇぇぇぇぇ!!」
れいなは思わずマンガのような奇声をあげた。
呆けたような顔をした絵里は、れいなの方を見ながらニタリと笑うと、再び突っ伏して寝息を立て始めた。
「な、な、なんねいったい・・・」
れいなは鼓動を速くしながら、呆然と絵里のつむじのあたりを見つめていた。
- 177 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:20
- 「はーびっくりしたぁ・・・このバカ絵里がぁ!」
れいなは悪戯顔を浮かべて立ち上がると、トコトコとキッチンの方へ向かった。
グラスを持って戻ってきたれいなは、絵里の正面に座りなおし、夢の中の絵里へ呼びかける。
「絵里の20才に乾杯」
そう言ってニヒヒと笑うと、慣れた手つきで軽やかにシャンパンの栓を抜いた。
- 178 名前:その子二十 投稿日:2008/12/23(火) 12:20
-
おしまい
- 179 名前:めめ 投稿日:2008/12/23(火) 12:20
-
从 ´ ヮ`) happy birthday eri!!
- 180 名前:めめ 投稿日:2008/12/23(火) 12:22
- 以上、短いお話でした。
読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
- 181 名前:めめ 投稿日:2010/12/23(木) 14:02
- 卒業記念に。
- 182 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:10
-
「てんとう虫のワルツ」
- 183 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:12
- 「ぎゅぅぅぅぅぅ」
と、声にも出しながら、絵里はスーツケースに荷物を押し込む。
機内で読むペーパーバックをポケットに入れ、どうやらこれで準備は整ったようだ。
「ふう。とりあえず一休み」
ベッドの上にストンと腰を下ろし、絵里は住み慣れた部屋を見るともなく眺めた。
お気に入りのカーペット、買うのに相当悩んだ丸いテーブル、小学生から使っている勉強机、その上に飾られているのは友人たちとの写真―――
「海行った。海、行ったんだよね。懐かしいなぁ」
写真には青い空と海を背景に、三人の少女の笑顔が輝いていた。
前の日は雨だったんだよね、などと呟きながら、絵里は写真を見つめる。
絵里を真ん中に、その左にさゆみ、右にはれいな。
れいなの肩には絵里の手が置かれ、猫顔が少し照れたように笑っている。
「……最後まで、反対されちゃったなぁ」
ポツリ呟きながら、ふいに絵里はスーツケースに目をやる。
少し寂しそうな顔になると、再び写真のれいなに視線を落とした。
- 184 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:16
- 明るい色のスーツケースは、一見楽しい旅の始まりを感じさせる。
けれど絵里が向かう場所は、観光地でも遊園地でもない。
豪華なホテルでも趣のある旅館でもない。
絵里が向かうは遠くアメリカ。
アメリカにある心臓病を専門に扱っている病院。
今日は絵里が心臓手術を受けるため、アメリカへと旅立つ日だった。
- 185 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:19
- 高校生になって少しした頃、新しい生活にも慣れてきた絵里を、心臓の病魔が襲った。
幸い命には別状はなかったが、あまり身体に負担はかけられないことと、良くなることはないことがわかった。
それからしばらく絵里は、低く垂れ込めた曇り空の下をトボトボと歩いているような日々を送っていた。
一年遅れで復学した絵里は、どこか卑屈で、伏目がちで、話しづらい少女になっていた。
そんなある日、れいなが現れた。
瞳に映るれいなの姿は、不思議と絵里の心をほどきはじめた。
さゆみを含めた3人で過ごす優しい日々は、いつしか絵里に笑顔を取り戻させた。
愛しい友の笑顔と笑い声に包まれて、絵里の高校生活は幸せに幕を閉じた。
「れいなには、わかってほしかったんだけどなぁ……」
れいなとはもう2ヶ月近く会っていない。
絵里が手術のためにアメリカへ行くことを告げた日からだ。
- 186 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:20
-
- 187 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:21
- 「なん?なんでそんな遠いとこ行かなあかんと?だって絵里、元気やろ?悪くなってないんやろ?だったら今のままでもいいっちゃん!」
その時れいなは戸惑いを隠せず、気持ちを言葉にし続けていた。
「絵里はれいなと会えんくなって寂しくなかと?れいなは寂しかよ?絵里に会えんようになったら、れいな、れいな死んでしまうったい!」
れいなの気持ちが嬉しかった。自分を必要としてくれるれいなが愛しかった。
けれど絵里は、手術へ向かう強い気持ちをれいなに語った。
- 188 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:26
- 高校を卒業してから、絵里は地元の短大へ進んだ。
さゆみは北海道の短大へ進み、れいなはフリーターになった。
フリーターをしてお金をためながら、歌の勉強をしたいのだと、いつか照れ臭そうに絵里に話してくれたことがあった。
昨日まで一緒にいた友達が、今日は別々の道を歩いている。
絵里はそのことを少しずつ実感し始めていた。
短大へ通い講義を受けるのは楽しい。
新しい友人もそれなりにできた。
けれどやはり、自分はどこか違う。
高校という枠から出て、否応無く広げられた視界の中では、自分には届かないものばかり輝いて見えた。
テニスコートでの嬌声、お約束の恋愛話、バイトでの失敗談や旅行先での笑い話、そして日に日に綺麗になっていく友人たち。
そんな他愛のないひとつひとつが、絵里をまた伏目がちにさせる。
- 189 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:29
- ある程度の日常生活はできるとはいえ、絵里はいろいろなことを我慢しなければならなかった。
運動はもちろんのこと、長時間身体に負担のかかるようなことは極力避けるよう言われていた。
学校へ行って家に帰る。
結局、絵里の日常はそれだけだった。
勿論、それだけでも十分に幸せだということはわかっているつもりだ。
その中でも得られるものはたくさんあるし、成長できるかどうかは自分次第だ。
けれど、もし良くなる可能性があるのなら?
左胸に手を当てながら絵里は思った。
もし少しでも良くなる可能性があるのなら、私は挑戦してみたい。
ずっとお世話になっている担当医が教えてくれた。
アメリカで手術すれば良くなるかもしれないと。
論文とか症例とか成功例とか確率とか。
難しいことはわからない。
けれど、可能性がゼロではなくなったということは、はっきりとわかった。
絵里は、手術を受けたいと思った。
- 190 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:31
- 「……どれくらい、行きよると?」
れいなは俯きながら尋ねる。
れいなの声は少し震えていた。
「はっきりとはわからないけど……入院して手術してリハビリして、日本に戻ってくるまでには1年とか……2年くらいかかるんじゃないかなぁ……」
「に、2年!?」
れいなは目を見開き、絵里を睨みつけた。
「2年なんて無理ったい!そんなん、れいな無理!」
「れいなぁ……」
「絵里は平気なん?2年もれいなと離れても寂しくないと?」
「もちろん寂しいよ。寂しいけど……」
「アメリカなんか行かんでも、手術なんてせんでも、れいないつもそばにおったっちゃやろ?それじゃ絵里は満足じゃなかったと?れいなは楽しかったよ?幸せだったよ?絵里はれいなとおるだけじゃ満足いかないと?」
「ちょっとれいなぁ……」
- 191 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:33
- れいなは喚き疲れたのか、今度はグシグシと泣き始めた。
「絵里と会えんくなるなんて、れいな嫌やけん、行かないでよぅ……」
「れいなぁ」
子猫の頭を撫でるように、優しく愛しく絵里はれいなの頭を抱いた。
「ごめんねれいな……でも、待っててほしいな……」
見て、と絵里は指をさす。
土手の上を、女子高生らしきシルエットが笑いながら駆けていく。
「もう高校生じゃなくなっちゃったけどさ、いつになるかわかんないけどさ、もしかしたら絵里たちおばちゃんになっちゃってるかもしれないけどさ」
夕映えに制服のスカートが翻る。
シルエットは夕日に吸い込まれるように小さくなっていった。
「いつかれいなとあんなふうにしてみたいの。土手の上をれいなと一緒に走ってみたいの。それが絵里の夢なんだぁ」
れいなはぼーっと夕日の方向を見つめる。
眩しそうに目を細める表情は本当に子猫のようだ。
- 192 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:34
- 「だから、よかったら待っててくれないかな、れいな」
「……治ると?」
「え?」
「手術したら必ず走れるようになると?」
絵里は言いよどんだ。
必ず成功するという保証はない―――そう言われていた。
長期の入院や手術で体力を使うことで、以前より運動機能が低下してしまう可能性もなくはない―――とも言われた。
それでも絵里は賭けてみたかった。
れいなと一緒に夕日を追いかける夢に。
「必ず、走れるようになるよ」
「嘘だ」
れいなは絵里をじっと見つめる。
「れいなが絵里の嘘を見抜けないとでも思ったと?」
「いや、うん……」
「絶対ってわけじゃないなら、100%じゃないんやったら、そんなん無理して手術せんでもいいっちゃん!」
「でもね……」
「しかも2年も……」
れいなは自分の足元に視線を落とす。
そして俯いたまま小声で呟いた。
- 193 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:36
- 「わからん」
「え?」
「れいなにはわからん、絵里の気持ち」
「れいなぁ」
「離れ離れでも平気とか、やっぱりわからんったい!」
れいなの小さな拳がきゅっと握られるのが見える。
必死で踏ん張っている小さな身体が愛しかった。
「お父さんもお母さんも、みんな心配してるけど、でも、わかってくれたの。お金もいっぱいいっぱいかかっちゃうと思うけど、でも一緒に頑張るって言ってくれたの。ねえ、れいな、れいなにもわかってほしい―――」
「どうせれいなはわからずやったい!」
「れいなぁ」
「わからん!れいなには何もわからん!」
そう言ってれいなは、絵里の前から走り去った。
もう夕日はほとんど姿を消していた。
うっすらとだけ見えるれいなの後姿を見つめながら、早くあの隣りで一緒に走りたい、と絵里は思った。
- 194 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:36
-
- 195 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:37
- その後一度だけ、絵里はれいなに電話をした。
自分の気持ちを、もう一度ゆっくりと丁寧に話した。
れいなはほとんど無言で聞いていた。
そして最後に、
「もうわかったけん」
と一言だけ言って、電話は切れた。
それかられいなとは会っていない。
- 196 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:38
-
- 197 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:38
- 「絵里、そろそろ行くわよ」
母親の声がした。
はい、と返事をして、もう一度自分の部屋を見回した。
走れるようになって、今よりもっと元気になって、必ずここに帰ってくる。
絵里はぐっと息を飲み込み、スーツケースを手に持った
- 198 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:40
-
- 199 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:43
- 搭乗手続きをすませ、絵里はフライトまでの時間を空港ロビーで静かに待つ。
目の前を通り過ぎていく人たちを眺めていると、バッグの中で着信音が鳴った。
「さゆ」
北海道にいるさゆみからのメールだった。
携帯の画面を見ながら思わず笑みを浮かべる。
「相変わらずだなぁ、さゆは」
絵文字だらけの華やかな文面から、さゆみの充実した日々が溢れていた。
毎日の楽しさ、北海道の美しさ、そしてもちろん自分の可愛らしさを散々言った後、
『で、いつ遊びに来る?とっとと手術終わらせて早く来るの!待ってるからね〜』
そして最後に、
『言うまでもないけど、がんばれ』
とどめに、
『親愛なる絵里へ、うさちゃんピース』
メールを保護設定にすると、絵里は携帯を胸に抱きしめた。
いつか必ず行こう。
さゆみの住む町へ、笑顔に会いに行こう。
いつか必ず、二人で―――
- 200 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:44
- 広い空港ロビーを見回す。
子猫のような小さな身体だけど、居れば絵里には必ずわかる。
れいなは今ここにいなかった。
「やっぱり来てくれなかったかぁ」
見送りに行くよ、と言ってくれた友達には、泣いちゃうと恥ずかしいから、と断った。
これからの闘いに、絵里の挑戦に、一人で立ち向かいたかった。
けれど心のどこかでは待っていた。
れいなが見送ってくれることを。
笑顔で送り出してくれることを。
待っていると言ってくれることを。
「完全に怒っちゃったのかなぁ。絵里のこと嫌いになっちゃったのかなぁ」
絵里は呟きながら、無理に薄く笑った。
出発の時間が近づく。
両親の呼ぶ声がする。
スーツケースを手に取り、絵里は出発ゲートへと歩いていった。
- 201 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:45
-
- 202 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:46
- 「あ、来た来た!遅いったい!」
その声とその姿に、絵里の心臓は止まりそうになった。
手術前に止まられちゃかなわない。
「ちょっと…え?…れいなぁ!?」
驚く絵里の目の前で、れいながニヒヒっと笑っている。
これは幻だろうか。
思わず頬をつねる。れいなの。
「い、痛い!いきなり何しようと!」
「嘘じゃないんだ」
「嘘なわけないったい!寝ぼけとうと?」
「れいな」
「なん?」
「ここ、アメリカだよ?」
- 203 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:47
- 予定時刻から少し遅れて、絵里を乗せた飛行機がアメリカの地に降り立った。
―――ついに来た。
グ、と唇を噛み、知らず拳を握り、絵里は自分との闘いに向かって歩き出した―――と思ったら、すぐに立ち止まった。
そこに子猫がいたから。
「なんでアメリカにれいながいるの?」
れいなは得意げにニヒヒと笑うと、絵里の肩をポンポンと叩いた。
「れいな待っとうことなんて出来んけん。じゃあどうするか。簡単なことったい。れいなも一緒にアメリカに行く」
「はぁ?」
「れいなもアメリカに住んで絵里の傍にいる。簡単なことったい」
「…簡単って、簡単なわけないでしょ!」
「だって、絵里がどうしても行くって言うけん、これしか答えはなかやろ?簡単なことったい」
「そういうことじゃなくて!お金は?飛行機代どうしたの?そもそも、いつ来てたの?泊まるとことかどうしたの!?住むとこあるの!?」
いっぺんにいろいろ聞くな、とれいなは耳を塞ぐフリをする。
- 204 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:48
- 「こっちには昨日着いたと。驚かそうと思って先回りったい」
「そんなお金、どうしたの?」
「バイトで稼いだ貯金はたいたっちゃ!…まぁ足りない分は出世払いで親に無理矢理借りたっちゃけど」
「寝るとこは?どこに泊まってるの?」
「とりあえず昨日は予約しとった安いホテルに泊まれたけん。今日からも…まぁ何とかなるったい」
「なんとかって…」
絵里は言葉を失う。
開いた口がなかなか塞がらずにいた。
「夢はどうするの?」
「夢?」
「歌の勉強するんでしょ?そのために一生懸命アルバイトしてたんじゃない!それなのにこんなことにお金使っちゃって…どうするのよ!」
「う、歌はきっとこっちでも勉強できるっちゃん。夢は大きく全米デビューですかぁ?」
絵里はひとつ息を吐く。
目の前で無邪気に笑うれいなに、言葉が見当たらない。
「なん、絵里?れいなが来て嬉しくなかと?」
「…バカだねぇ」
「なん?」
「っとにれいなは、バカだねぇ!」
探し当てた言葉はそれだった。
- 205 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:50
- 「な、なによそんな、せっかく頑張って来たのに、そんな言い方せんでもいいやろ!」
「だいたい一人で来るなんて危ないでしょ!?日本じゃないんだよ?ここアメリカなんだよ?福岡と大差ないとか思ってるんじゃないの!?」
「そ、そこまでバカじゃないったい!ちゃんとパスポート持ってきようし」
「これからどうすんの?どうやって暮らすの?ちゃんと考えてきたの?また勢いだけで動いちゃったんでしょ?バカ!れいなはホント、バカ!」
バカ!無謀!考えなし!と、たたみかけるように非難の言葉が続き、れいなの目尻が少し滲み出す。
「…わかったけん」
シュン、と音が聞こえてきそうなほどに、子猫が尻尾を丸める。
「ホントにわかってんのれいな!」
「もうわかったけん!れいなバカやもん。しょうがないったい!れいなは絵里の傍におりたかったと!それだけたい!難しいことなんかわからん!絵里のおたんこなす!」
- 206 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:51
- 帰る、と背を向けたれいなの小さな身体を、やわらかい感触がふわり包み込む。
「っとにバカ。っとにれいなはバカ」
「…そんなん、知っとうけん」
「嬉しいに決まってるじゃない…れいなが傍にいてくれて、嬉しいに決まってるじゃない!」
「…そんなん、知っとうけん!」
れいなは絵里の腕を振り解き、向き直ってニヒヒと笑う。
今度はれいなが絵里の身体を抱きしめる番だった。
「れいなが来たからには手術も絶対うまくいくったい。安心し」
「うん」
「そんで早よ日本帰って、土手で競争するったい」
「うん、うん」
- 207 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:52
- 暖かい涙が絵里の瞳に溢れた。
ああ、なんでこんなに落ち着くんだろう。
れいなの匂い。れいなの声。れいなの笑顔。
不思議だなぁ。
知らず張り詰めていた心が溶けていくのがわかる。
不安とか寂しさとか心細さとか。
そんなものたちが一瞬で消えていくのがわかる。
きっとうまくいく。
きっとうまくいく。
だって、私は今こんなに安心している。
- 208 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:53
- 少し離れたところから、絵里の両親が愛しげに見つめている。
「れいなちゃんのご両親に了解もらわないとな」
「ご飯は三人分も四人分も一緒よ」
- 209 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:54
- 大丈夫。
勇気をもってこれからも歩いていける。
そしていつか誇らしげに、あの土手の上を走ろう。
大きく手を振りながら。
ただいまって叫びながら。
また明日、また明日って叫びながら。
- 210 名前:てんとう虫のワルツ 投稿日:2010/12/23(木) 14:55
-
了
- 211 名前:めめ 投稿日:2010/12/23(木) 14:58
- 昔々に書いたやつの続編でした。
えりりん卒業おめでとう。
誕生日もおめでとう。
今までありがとうございました。
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 21:53
- 今更ですがボノ3人の小説から読ませていただきました
物語の中にいる子たちが皆まっすぐに生きていて
読み終わった後に爽やかな気持ちになりました
絵里卒のお話もよかったです
「昔々に書いたやつ」が気になります
- 213 名前:雪月花 投稿日:2011/09/26(月) 00:05
- いまさらながらですが、お疲れ様でした。
あの6期の話の続編が此処で読めるとは思ってもいませんでした。
柔らかい空気の流れる世界が好きでした。ありがとうございました。
>>212
余計なお世話かもしれませんが、
めめさまの「昔々に書いたやつ」はてんとうむしのルンバですよ。
とても素敵な作品です。
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