いつかどこかでだれかが
- 1 名前:幹 投稿日:2008/08/24(日) 11:31
- どうも。
短いお話をいくつか。
吉澤さんとか℃-uteとかいろいろな人を出したいと思います。
全体的に少しずつ繋がっている構成になっています。
- 2 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:31
- 「ただいまー」
「舞美ー、おじさんとこから沢山さくらんぼ貰ったの、食べていいわよ」
「ホント!?」
私は急いで冷蔵庫を開けた。
大好きなさくらんぼが山盛り。
白と黄色とうす赤が綺麗にピカピカ輝いていて、なんて美味しそう。
もぐもぐ食べ続けながら、種とヘタの山を見て思った。
…種、植えたらさくらんぼ出来るのかなあ。
でもさくらんぼは木になっている果物だ。美味しく実をつけるのに何十年かかるんだろう。
一度はやってみたいことだけれど、私のことだ、
種を植えたところで種を植えたことすらすぐに忘れてしまうだろう。
この忘れっぽさばかりはどうにもならないし。
- 3 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:32
- 「ただいまぁー」
「あら、早いじゃないひとみ」
「ん、なんか今日は講義が中止になって」
大きなただいまという声と共に帰ってきたのは姉だった。
伸びるのが早いこげ茶色の髪を長い指でかき上げて、大きな目で私を見て、私の口を見て、
それから山のようなさくらんぼを見た。
「うぉっ、さくらんぼじゃん、すっげー大盛り」
「うん。おじさんとこから送られてきたんだって」
私は短く告げてさくらんぼの種を吐き出した。
「わーい食べよ食べよ」
姉はさくらんぼのヘタを三つも掴んで一気に実を口に放り込んだ。
ぷつん、という音と共に実とヘタを引き裂く姉の白い白い喉が丸見えだった。
- 4 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:32
- 「……」
今姉と付き合っている人はかなり独占欲が強いらしいという話をチラッと聞いた事があった。
顎の裏。死角のようで丸見えのその場所に赤い跡。アメリカンチェリーのような色。
今この手のひらの上にある佐藤錦よりも汚い色。
…汚い、なんて。
それに気が付いたことを見抜かれたのか、姉は唇の端だけで笑って種を手のひらに吐き出し皿に投げた。
「ね、舞美」
「…なに?」
姉の、嫌な気配。
長年一緒に生きてきたからわかる、嫌なことを言われる気配。声色。
「さくらんぼのヘタを口の中で結べる人は、キスが上手なんだって」
- 5 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:33
- 「…っ」
かっと熱くなる耳。
無反応を装った私を笑い、姉は一つさくらんぼを食べて種を吐き出したあと、
指に残していたヘタを口に含んだ。
一分ほどで姉が舌を大きく出してみせる。
その上には見事に結び目がついたさくらんぼのヘタが乗っていた。
「――――」
私は立ち上がって部屋へと向かった。
「おい、もう食べないの?お前さくらんぼ大好きじゃん」
「…ヘタを口に入れるなんて、汚いよ」
姉の問いには答えもせず、そう言い捨てて階段を駆け上がり、部屋のドアを閉めた。
- 6 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:33
- 汚い。
汚い。
何が汚いのかもわけがわからない。
もやもやして、胸の中が気持ち悪い。
姉の顎の裏の赤紫が目に焼きついている。
何故かぞっとした。
自分がいつかあれをつけられる未来に恐怖した。
既に経験した人は、怖いことはないと誰でも言うだろう。
でも私は時折自分が生まれるための行為を思い、自分すらおぞましく感じることもあった。
何故だろう。
『当たり前のこと』なのに。
- 7 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:33
-
+++
- 8 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:34
- 夜中。
冷蔵庫だけが明るい居間。
冷蔵庫のドアの前に座り込んで、まだ残っているさくらんぼのヘタを一本もぎ取った。
一瞬躊躇ったけれど、口に入れる。
味はしない。
口の中で、ヘタが。
舌を動かして。
転がして。
丸めて。
- 9 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:34
-
なんだ。
…出来るわけないじゃん、こんなの。
わたしにこんな事が出来るわけないよね。
私は笑って、それからわけもわからず泣いた。
- 10 名前:1 さくらんぼ 投稿日:2008/08/24(日) 11:34
- END
- 11 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:35
- 麦焼酎ロックを見つめながら、ふいに昨日のさくらんぼの味と舞美の言葉を思い出した。
そんなことしに行った訳ではないのになし崩しに押し倒されて体を許してしまったせいだろうか?
…馬鹿げてる。
あいつに会う時点でああいうことになるのなんてもうわかっていることなのに。
自分は縛られたくないくせに異常にあたしを縛るあいつの自分勝手な抱き方。
昨夜は内臓を抉られるような感覚の中、
さくらんぼを幸せそうに頬張っていた妹の顔ばかり思い出していた。
汚い。
汚いかぁ。
あはは。
- 12 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:35
- 「ねえ絢香、さくらんぼってある?」
「え?…ああ、うん。今日はあるよ」
絢香は奥に引っ込んで、しばらくしてからアメリカンチェリーを5、6個
浅めの透明な水色のグラスに入れてあたしに差し出した。
いびつで光を乱反射するグラス。
荒っぽく適当なようなデザインの器の中に浮かぶと…それは暗い照明の中で神聖なものに見えるけれど。
「………」
色が濃すぎる。
あたしにはお似合いの、黒ずんだ赤。
- 13 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:35
- 「どうしたのぉ?よっちゃんてば」
チェリーごときに気分を沈みこませるあたしなんか見抜いて、
絢香は困ったように笑ってあたしの顔を見つめる。
薄暗い証明に妖しく映る絢香の微笑み。グロスが光る唇が綺麗な曲線。
「んーん。…ありがと」
あたしは飲みかけの麦焼酎をチェリーのグラスに注いだ。
それらの光景は綺麗に見えたけれど、アメリカンチェリーが
和種のような恥ずかしそうな色になったりするようなことはなかった。
当たり前だった。
あたしはバカだ。
一度染み付いたものはもう落ちはしないのに。
焼酎に浮かんだチェリーを取り出して食べる。
昨日よりも濃厚な風味が広がった。
- 14 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:36
- 「おいしい?」
いつまでも幸せそうに笑っている彼女の問いに曖昧に答え、指を口に突っ込んで種を取り出した。
おしぼりで指先を拭いていると、急に喉の奥に昨夜出された粘ったものが残っている気がした。
ロックの焼酎を一気に飲み干して、店で一番強い酒を頼んだ。
絢香が困ったように笑う。けれどいつものことで、止めたりもしない。
いつでもあたしの中での絢香の立ち位置はここで、彼女もそれをわかっているから。
心地よくて、たまに妙に嫌になった。
「はい」
どろっとした、アルコールと呼ぶにふさわしい飲み物を喉に通した。
かっと喉を焼いてくれるような感覚で、喉が消毒されるようだ。
あーあ…いつも言われるがままに飲み込んだりなんかしないのに。
顎の裏を強くつねった。
いつも言われるがままに跡を見える場所に残させたりしないのに。
何だって言うんだろう。
あいつにもう一人繋がってる女がいたからって何だって言うんだよ。
あんな奴、好きでもなんでもないのに。
- 15 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:36
- 「よっちゃん」
絢香が優しくあたしを呼ぶ。
絢香に優しくされると泣きたくなる。
「何」
ぶっきらぼうに答えて絢香の目を見ない。
「……大人になるには、よっちゃんは綺麗過ぎるのね」
「キレイ?あたしが?…はっ」
笑えてきて、髪をぐしゃぐしゃと乱した。
その手を強く掴まれてはっとする。
何。
何さ。
絢香。
わかってるなら、踏み込んでこないでよ。
- 16 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:36
-
「たまに不安で仕方なくなるの。あなたは純粋だから」
子供をあやすように髪を整えられて。
頬を優しく撫でられて。
もう戻れない。
だから、大人にならなきゃ。
あたしの知っている大人はこんなことでもがいたりしなかった。
当たり前のように受け入れて受け流し、絢香みたいに笑えると思っていたの。
- 17 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:37
- 突然のバイブレーション。
あいつからの呼び出しだった。
これから会いに来てその穴を差し出せということだ。
大人は、こんなことなんでもないと…笑うのだろう。
己のプライドにかけて。
強くしなやかに。
『ばいばい』
四文字だけを打って、携帯を閉じる。
あたしは絢香の目を見てチェリーを使ったカクテルを頼んだ。
絢香は困ったように笑って、シェイカーを手に取った。
- 18 名前:2 グラスとお水 投稿日:2008/08/24(日) 11:37
- END
- 19 名前:幹 投稿日:2008/08/24(日) 11:37
- 更新終了です。
こんな感じで進めて行きます。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/24(日) 12:46
- こういう雰囲気好きです。
頑張って下さい。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/24(日) 15:01
- まるでトルティージャのような味わいのする物語ですね
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/25(月) 02:35
- ↑あなたそれはトルティ−ヤですよ
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/25(月) 03:20
- テンポが良いですね。こういうの好きです。次回更新も楽しみにしています。
1がカンパリオレンジで2がジントニックって感じかな。爽やかな苦味。
ドリトス食べたくなったのはレスのせいですがw
上記のカクテルにも合うのであながちハズレではないかもしれませんね。わかります。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/25(月) 03:30
- テンポが良いですね。こういうの好きです。次回更新も楽しみにしています。
1がカンパリオレンジで2がジントニックって感じかな。爽やかな苦味。
ドリトス食べたくなったのはレスのせいですがw
上記のカクテルにも合うのであながちハズレではないかもしれませんね。
因みにトルティージャとトルティーヤは別の料理ですが、トルティーヤをトルティージャと呼ぶ事もありますよ。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/25(月) 03:34
- 二重投稿みたいになっちゃった orz
すいません…以後、レス控えます orz
作者さん、スレ汚しすいません orz
- 26 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:35
- 「絢香さん、お久しぶりです」
雑貨屋で店のグラスを見繕っていると、後ろから涼しい声がかけられた。
振り向くと、ひょろっと細く品のある少女が立っていた。制服姿がすっきりと似合う。
「あ、愛理ちゃん。久しぶり。偶然ね」
高校生としての自己に慣れてきた従姉妹はなんだか不思議に思えた。
あんなに小さかった子がこんなに大きくなるんだから。
小学校に上がって真新しいランドセルに心躍らせる姿を昨日のことのように思い出せた。
私たちは店で軽く立ち話になる。
大人と話すことにそつのないはきはきした、育ちのよさが伺える。
それは昔からだったな。昔から行儀よくおじさまおばさまの言うことを聞いていたように思う。
「あ」
はっと愛理ちゃんは私に向き直った。
そして頭をゆっくりと下げる。
- 27 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:35
-
「ご結婚、おめでとうございます」
「え?ああ、ありがとう」
「…」
おめでとうに似合わない複雑そうな笑顔。
…きっとこの子は知っているはず。
勘の鋭い、周りをよく見ているこの子だけは。
私には結婚する前、今の夫の他に想いを寄せている人がいた。
けれど私は誰にも言うことなく違う人との結婚の話を進め、結婚した。
私は笑ってみせる。
「愛理ちゃんは、今彼氏とかいるの?」
「え、いませんよそんなの」
にこり。
「好きな人とかは?」
「いません」
表情を崩さずに愛理ちゃんは笑う。
- 28 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:35
- 「…本当に?」
私の後ろめたさに、愛理ちゃんは何を思っているのかはわからない。
彼女の美しい黒目からはどこか冷めたものを感じさせた。
「本当ですよ。わたしは大学を卒業したら許婚の方が決まって、その人を好きになって、
しばらくお付き合いした後に結婚して、奥さんになるんです」
本当に良く出来た子だ。
眉一つ動かさず親のために嘘をつく。
時代遅れなうちの家系のしきたりじみた結婚。
好きな人がいないなんて。
いくら女子校に通っているからといって、
一度も男の人を好きになった事がないなんて、あるのだろうか。
まあ…私も、この家に生まれた運命だと割り切って『捨てた』あの人のことを
ちゃんと恋愛していたのか、ちゃんと好きだったのかどうか時々自信がなくなるけれど。
- 29 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:36
- 「愛理ちゃんは……それでいいの?」
聞いたって仕方のないこと。
細くて小さな彼女に逆らえるほど、親と今までの風習は簡単に引っくり返らない。
それで良くないと今言われても、私にだって何も出来ない。
愛理ちゃんはふっと大人びて笑う。
「十代なんて一瞬です。一瞬の突風」
「……」
「だからこそ大切だって言う人もいるし、だからこそ色々やるんだって言う人もいます。
でもわたしはこんなに短すぎる時間にいろいろ出来るほど器用じゃないので。
学校で勉強して、部活をして、友達がいて。
…これ以上は大変なので、恋愛は大人になってからします」
そう言った後にすぐに愛理ちゃんはいびつなグラスを手にとった。
透明な水色が綺麗なグラスだった。
悲しい横顔なのは、気のせい?
- 30 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:36
-
「…優しいそよ風に任せて…ゆっくりと人を愛していけたらいいなあと思ってるんです。
わたしは、…大丈夫ですよ」
ゆっくりと視線が絡む。
私が。
私が、幸せにならなきゃ。
愛理ちゃんが安心して未来を待てるように。
今の夫は、穏やかで優しいけれど忙しい人だった。
今はまだ大丈夫だけど、寂しくて…家に一人でいると泣いてしまいそう。
だから、店に手伝いに行く時間も必然と増えた。
同じようにどこか寂しいよっちゃんに会って、
ああ、寂しいのは私一人じゃないと思うことで何とか保っていた。
一人の時間を補って余りある愛情をあの人はくれるのかしら。
…貴方がくれたみたいな、おなかいっぱいの愛を。
- 31 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:36
- 「あっ、ごめんなさい。わたしこれから部活があるので、そろそろ失礼しますね。
…では。お幸せに」
彼女はまたにこりと品よく笑って、一瞬だけ寂しそうな素顔を覗かせて後ろ姿を見せた。
一礼して去るその姿はやっぱりまだ子供だった。
私はその姿が消えるまで見ていた。
その後ゆっくりと左手に目をやった。
…薬指の指輪、光る高価なそれは幸せを約束してくれるわけじゃない。
結婚したら幸せになれるわけじゃない。
私は。
- 32 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:36
- グラスを買って雑貨店を出たら心地よい風が吹いていた。
秋の匂いが近づいていて、少し涼しい。
私はこの風に任せて幸せになれるのかな?
ゆっくりと…何があっても、強く幸福そうに笑って。
大人として。
- 33 名前:3 風 投稿日:2008/08/25(月) 08:37
- END
- 34 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:37
- 「きーてよ愛理!あたしとうとう舞に背抜かされた!!!」
千聖が泣きついてきた向こうで舞がものすごく嬉しそうにしていた。
高校の身体測定でも、どこかはしゃいでいる様子というのは小さい時から変わらないものだ。
気にするところが変わっただけ、と思ったけれど、
千聖と舞はまだ身長の伸びが気になるらしい。まだ伸びるなんて、ね。
- 35 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:37
- 「愛理ーやったよ!去年より2キロ減ってた!」
「本当?すごいじゃん、栞菜」
栞菜が嬉しそうにわたしに抱きついてきた。
栞菜からはふんわりと香水の良い匂いがした。
そして柔らかくて、当たる胸になんだかどきりとする。
わたしと違って、栞菜はふっくらと女性らしい体つきで、どこか色っぽかった。
お泊り会をして栞菜とお風呂に入った時も、栞菜の体はどこか私とは違った。
言葉にはした事がないけれど、わたしは少しだけ自分の小さな胸を気にしていた。
「いいなぁ、愛理は細くてさ。あたしさぁ彼氏にもっと痩せろってうるさく言われてんの」
「そうなの?栞菜は十分細いじゃん」
「愛理くらいになりたいのっ」
「あーあたしもぉ」
後ろから、体重を量り終えた雅があたしの情報を記入するシートを覗いてきた。
雅も…とても大人っぽい。もともと派手な顔立ちでわからないようにメイクをして、
会話をしても、わたしとは違う世界の人に見えた。
- 36 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:38
- きれいで。
大人で。
…わたしは、いつかこんな風になれるのかなって。
ふいに、ある人物を思い出した。
あの子も、急に女性らしくなったような。
…何故か胸がざわざわして。
教室に戻った後、携帯でメールを送って今日会う約束をこっそりした。
学校では校内での携帯電話の所持や使用は禁止されている。
わたしは持たなくてもいいのだけど、みんな持っているから。
『愛理ちゃんはそれでいいの?』
急に昨日の言葉が思い出された。
それでいいの?
本当はどうしたいの?
なんて。
そんなこと聞かれても…わからないよ。
- 37 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:38
-
+++
- 38 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:38
- 「…うん、彼氏出来たよ。ママには内緒ね、うるさいから」
梨沙子が人差し指を唇に当てて、かわいらしく笑った。
やっぱり…彼氏。
変な感じ。
ずっと小さい頃から一緒だった一つ年下の梨沙子がなんだかすごく遠い人に感じた。
梨沙子は小さい時はまるで天使みたいで、白くて外国の女の子みたいで。
綺麗な色の目が、汚れなんて知らないようなように見えた。
けれどわたしなんかよりもずっと大人の世界を知っていた。
わたしが、おかしいのかな?
高校二年生で、恋をしたこともないわたしがおかしいの?
「そっか…良かった、ね」
「どうしたの?急に」
梨沙子がきょとんとした顔でいる。
わたしは、梨沙子には何でも話せるような気がした。
- 39 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:39
- 「…梨沙子も、女子校だもんね。どうやって知り合ったの?」
「うん。今ね、社会勉強のためにバイトしてるんだけど、そこで」
その話は聞いていた。色々な愚痴も聞いていた。
アルバイト…絶対に父さんには許可なんてしてもらえないだろうなぁ。
「…幸せ?」
「うん、幸せだよ」
梨沙子が嬉しそうだ。
…梨沙子は、もう処女じゃないのかな。
聞けないけれど。
「わたし、おかしくない?」
「何?急に」
少し鬼気迫るようなわたしの様子に梨沙子が驚いてわたしの肩に触れる。
涙がこぼれそうな不安に襲われる。
梨沙子がおどおどとして頭を撫でてくれる。
「こんなガリガリで、胸も、小さくて。
…彼氏もしないどころか恋もしたことなくて。
わたし、みんなよりずっとずっと子供だよね」
- 40 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:39
- 声が震えて、涙が堪えきれずこぼれた。
わたしはコンプレックスと嫉妬でぐちゃぐちゃの気持ちを
どうしても上手く吐き出せずに、ただ泣いていた。
恥ずかしくて。
情けなくて。
思春期を迎えた少女はやがて胸が膨らみ、体つきも丸くなる。
わたしの体は図で見たような優しい丸みには遠く及ばない。
私の体には何かが足りないんじゃないかと不安になる。
「愛理は子供なんかじゃないよ?」
「だって、こんなにっ…」
「…本当だよ。愛理はちゃんと成長してるじゃない。
頭だっていいし、考え方はすごく大人みたいで…」
「そういうんじゃないよ。そういうんじゃ…」
栞菜とか、雅とか。梨沙子も。
わたしにはない、あの感じ。
…やっぱり。
「わたし…強がってるけどね。大丈夫って言ってるけど」
「?」
梨沙子は泣きじゃくる私を優しく受け止めてくれた。
- 41 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:39
- 「わたしだって恋をしてみたい。…恋をしたいの。
恋をしてるみんなすごく幸せそうで、うらやましくて仕方ない。
わたしが出来ないこと…みんな、みんな」
自分の生まれた家の風習や雰囲気を疑問に思ったことなどないけれど。
恋愛に興味がないなんて嘘に決まってる。
人を愛するってどういうことなんだろう。
どんな恋愛小説を読んでも答えは出ない未知の世界。
カッコイイと言われている芸能人を見てもわからない。
わたしだって、ドキドキして切なくなりたい。
些細なことで喜んで、些細なことでどん底まで落ち込んで。
泣いて、笑って、喧嘩して、勘違いして、空回って、
すれ違って…思いを伝えて、両思いになりたい。
それは罪なの?
父さんが知ったら、母さんが知ったら、怒るの?泣くの?汚らわしいことなの?
どうして恋してはいけないの?
母さんが言うように、わたしは勉強と部活と友達でいっぱいいっぱいなの?本当に?
わたしはわけがわからない気持ちの中、梨沙子の胸で少しだけ泣いた。
- 42 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:40
-
「…愛理は」
「っ…ん?…」
梨沙子の優しい声に安心する。
「大学を卒業して、許婚の人と恋をするって言われてるけれどさ」
「ん…」
「恋ってさ、しようと思って出来るものじゃないと思うんだよね。
…もしかしたら明日、急に好きな人が出来たりするかもしれないんだよ?」
「…本当に?」
「うん。恋する気持ちってね、自分じゃ抑えられないの」
梨沙子の言葉には不思議な力があった。
だって、梨沙子は恋をしてるんだから。
恋は、するものじゃない。…か。
まだわからないけれど、きっとそうなんだろう。
自分が自分じゃなくなるような感覚。
恋する自分を止められない、どんな感じなんだろう?
- 43 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:40
- 「でも愛理は大人になろうと自分の気持を我慢しちゃうから…
恋したときは、自分の気持ちに素直になって?絶対に我慢しないでね。
だって、見てるあたしが悲しくなっちゃうから。
秘密にしてあげるから、愛理の恋を応援させて」
そこまで見抜かれていて、正直ドキッとした。
梨沙子は何も考えていないように見せて、時々真実を語る。
…大人に応えようと抑えてきた自分が自分の気が付かないうちに存在して、
自分の気が付かないうちにひっそりと消えていたのかもしれない。
でも。
今、それを消さないでと梨沙子が願っていた。
…わたしも。
「…うん」
「ありがとう。愛理大好き。愛理が幸せになってくれれば、あたしも幸せなんだよ」
「…わたしも」
優しさに感謝して、ぎゅっと梨沙子に抱きついた。
梨沙子がしてくれたように、梨沙子の幸せを願った。
- 44 名前:4 サイズ 投稿日:2008/08/25(月) 08:40
-
その後梨沙子は、今の恋人との馴れ初めを話してくれた。
些細なことから芽生えるその恋の話はどんな作り話よりも当たり前にリアルだった。
そして、それを語る梨沙子は穏やかで幸せそうで。
恋。
この小さな胸が膨らむような恋の訪れを、少しだけ期待した。
きっと素敵に違いないんだから。
- 45 名前:幹 投稿日:2008/08/25(月) 08:46
- 更新終了です。
>>20さん
ありがとうございます。
頑張ります。
>>21さん
素敵ですね、食べ物に例えていただけるとなんだか嬉しいです。
>>22さん
ご指摘ありがとうございます。
私はどちらにもあまり詳しくないのですが、
調べてみるとどちらもおいしそうで素朴な感じがしました。
>>23-25さん
カクテルはわたしも大好きなので嬉しいです。
世の中には似たような名前のものが多いですね。
いえいえ、お気遣いありがとうございました。
- 46 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:15
- 「梨沙子。ちゃんと足を揃えて、お辞儀はしっかりね」
「はいっ」
「でも本当によく動けるようになったね、覚え早くて私びっくりしたよ」
叱った後には褒めて微笑みかけてくれる。
なんだか、この人に注意されるとほっとする。
「舞美の覚えが悪いだけじゃん」
「それは言わないでー」
遠くから茶化されて笑う姿はかわいらしいとさえ思った。
あたしの注意をしてくれたバイトの先輩は、
黒い髪と白い肌と、さっぱりと爽やかな顔立ちが印象的な人。
見た目は強気そうなのにやさしくて、ちょっと天然。
誰からも好かれる人だ。
- 47 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:16
- 「舞美」
「ん?」
「今日終わったらメシ行かね?」
「…あーごめん、私帰ったら宿題しなきゃ」
「…そっか」
嘘だとみんなわかった。
舞美先輩は嘘が苦手。
舞美先輩はバイトの仲間の誘いにはあまり乗らない。
誘うのがほとんど男で、男の場合は絶対に乗らない。
みんなでわいわいする事が嫌いなわけではないみたいなので、
単にその気のない男の人と一緒に食事したくないんだろう。
けれど、そんなにシャットアウトすることないのに、と思う。
もしかしたら二人で話したら、何か新しい発見があるかもしれないし。
かく言うあたしもそうだった。
食事に誘われて、ママに嘘をついて二人きりで会った。
すると、普段思ってるよりも大人で弱虫で、可愛いなあと思った。
その彼はもうアルバイトは辞めちゃったけれど、まだあたしたちの関係は続いている。
- 48 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:16
- バイト仲間の彼が去ったあと、あたしはそっと舞美先輩に近づいた。
大きな目で見られる。
見るからに性格のよさそうな舞美先輩はきっともてる。
もしかして?
「舞美先輩はもしかしてもう彼氏いるんじゃないんですか?」
好奇心を丸出しにしているであろうあたしを見て、
舞美先輩は少し怒ったような顔でふっと息を吐いた。
「前にも言ったけど、いないよ」
そう、前にもしつこく聞いていた。何度聞いてもいないとしか言わなかった。
それが嘘だとは思えなかったので、やっぱりいないんだろう。
「なら、なんで誘われても食事とか行かないんですか?
行ってみたら結構いい人だったりするかもしれませんよ?」
「…私はここに働きに来てるから。今はそういうのどうでもいいし」
「ふうん…」
「ほら、オーダー取って来て」
「はい」
あたしはホールに出て、首をかしげる。
変なの。
よくわかんないけど、恋には興味ないってことなのかな。
勉強は出来るらしいし、大学の推薦も確定的だって言う噂も聞いたし、
そういう人って変わってるのかも。
- 49 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:16
-
+++
- 50 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:17
- 「お疲れ様でしたー」
「お疲れー」
バイトが終わって、舞美先輩と歩いて更衣室へ戻っていく。
途中で男子更衣室の前を通った時、会話が聞こえた。
前を歩いていた舞美先輩の動きが止まる。
先輩って、意外とそういうのすきだったりするのかな?なんて。
あたしも聞き耳を立てる。
「…菅谷さぁ結構良い胸してね?色気あるよな」
「でもあいつ彼氏いるし」
「マジで。やっぱりなぁ」
「舞美は処女だろうな、ガードかてえもん」
「うわー舞美の処女欲しいなぁー」
「うん、やっぱり舞美の足はいいよなー。すっとしててさぁ、マジ舐めたい」
「菅谷はちょっとデブだしな」
「でもあの……」
- 51 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:17
- 「…」
「…」
…。
うわー。本当にエッチだなあ、男って。
あたしの彼も少しエッチだけど、あんな勝手なこと言わないもん。
ちゃんと面と向かってかわいいって言ってくれればいいのに。
欲求不満なのかな。
しかもデブって、ひどい。
「先輩、行きましょう。勝手に言わせておけばいいんですよ」
「………」
「舞美先輩?」
前を歩いていた舞美先輩がなかなか動かないから顔を覗き見た。
あたしはびっくりして声を出しそうになった。
舞美先輩は、泣いていた。
- 52 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:18
- ぽろぽろ、ぽろぽろ。
拭うこともせず、ただ涙だけが流れていた。
ぽたっ。
リノリウムの床に水滴が落ちる音がした。
「っ……」
「先輩?」
弾けるように走り去り、あたしは置いてけぼり。
…先輩…?
慌ててあたしは追いかけた。
- 53 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:18
- 「…先輩?」
「っく…っ……」
女子更衣室に行くと、舞美先輩はぎゅっと自分の制服の襟を握って泣いていた。
震えて、歯を噛み締めている。
ぽろぽろ。
ぽろぽろ。
泣きたくないみたい。
泣きたくないのに、涙が止まらないみたい。
「先輩、泣かないでください…」
あたしは、とにかく先輩の背中を撫でた。
それくらいしか出来ない。
だって何で泣いてるのかもわかんないし、
だから何を言ったらいいのかもわからないのだ。
「うぅう、っく…うっく…ふぅう…」
「…せんぱい…?」
先輩の泣き声と。
あたしが時々呼ぶせんぱい、という声だけが更衣室で響いた。
- 54 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:18
-
+++
- 55 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:18
- 「ごめんね、なんか」
「…いえ」
「じゃあ、また明後日」
「はい…」
「ばいばい」
「さよ……ぁ…」
あたしの返事も聞かないまま、舞美先輩は赤い目で走って更衣室を出て行った。
あたしの目も見ずに、舞美先輩らしくない。
「さようなら…」
一人取り残されて。
ゆっくりと更衣室を出る。
店を出て夜の道を歩く。ひんやりと冷たくて湿った空気が肌に触れた。
歩きながら…舞美先輩の涙ばかり考えていた。
初めて見た、あんな姿。
いつも明るくてはきはきとして笑っていて。
なのに。
- 56 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:19
- あたしには彼女の涙の理由なんてわかるわけがない。
けれどその悔しそうな表情が忘れられなくて、いつまでも気になった。
…大丈夫かな。
けれどメールを送ることも、この後話題にすることも出来ないと感じた。
なんだか知らないけれど、もう忘れようと思った。
忘れて欲しいんだろうなと思ったから、頑張って忘れることにした。
足。
…デブ。
知ってるよ。
あたしの足が太いことくらい。
あたしだって、さっきの言葉に傷ついてないわけじゃない。
だからもう忘れよう。
聞かなかったことにしよう。
- 57 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:19
-
+++
- 58 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:19
- あたしは家に戻った後、彼に電話した。
『あたしのこと好き?』
『どこが好き?』
何度も何度も聞いた。
彼は何度も何度も応えてくれた。
…足、太いなって思ってる?
そんなこと聞けないけど。
舞美先輩のすらっと長い足を思い浮かべて、
今日は夜食を食べるのをやめようと思った。
そうしたらきっと彼も喜んでくれる。
あいつらにももうデブなんて言わせない。
- 59 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:19
- なのに、その30分後にはおいしそうなプリンがあったから、つい食べちゃった。
食べ終わったあと大きくため息をついた。
このままじゃだめだ。
明日からダイエットしよう。
明日から足を細くするための運動しよう。
ぷにぷにとふくらはぎをつまんで、自分が嫌いになりそうだった。
ダイエットなんてしようと思うのは初めてだった。
本当はデブだなんて思ってなかった。
…でも、デブだと思う人もいるんだ。
だったら痩せる。
痩せる、もん。
- 60 名前:5 両足 投稿日:2008/08/26(火) 08:19
- END
- 61 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:20
- ダムッ。
ダムッ。
重厚なボールの音。
あたしはその中でしきりに時計を気にしていた。
ああもう。何やってるんだよ、あいつ。
すると。
ガラガラッ。
…やっと来た。
「遅いよ、小春!」
「ごっめーん。時間勘違いしてたあー」
「してたぁ、で済まないでしょ。うちら先輩になったんだからね?
そんなだらけた態度じゃ示しがつかないでしょ!」
「しょーがないじゃん、間違えてたんだから」
「間違えないようにしてよ!」
「はぁーい」
あたしは小春に強く睨んで見せるけれど、当の本人は全くダメージがないようだ。
- 62 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:20
- 小春はいつもああなんだ。
飄々としていて、人のことを馬鹿にして。本当に腹が立つ。
小春が部活の空気を乱してだらけさせている。
自覚を持って、しっかりやってほしい。
エースなんだから。
…こんな時里沙先輩がいたら。
しっかり小春のこと叱ってくれたんだろうなあ。
今の部長は見てみぬふりだし。
元部長の里沙先輩はしっかり者で厳しくて、このチームを強くしようと頑張っていた。
あたしは先輩が大好きだった。
- 63 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:21
- ダムッ。
ダムッ。
パスン。
ダムッ、ダムッ。
ガラガラッ。
「はーい集合」
矢口先生がやってきて全員が集合した。
今日は…必然と空気が締まる。
あたしの心臓も知らずドキドキとしていた。
「じゃー最初に、次の試合のスタメン決まったから発表するね」
どきん。
あたしは心の中で手を組んでお祈りした。
お願い。
お願い。
- 64 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:21
- 「まず清水」
「はぁい」
「須藤」
「はい」
「熊井」
「はい」
「光井」
「はいっ」
いつものメンバー。
そして。
あと一人…お願い、お願い。
「久住」
「はぁい」
…やっぱり、いつものメンバー。
あたしは心の中でため息をついた。けれど悔しくて、なんでもないふりをした。
選ぶのは、試合に勝つため。選ばれないのは、あたしの練習不足。
それだけ。簡単には割り切れないけれど。
- 65 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:22
- いつものことのようにへらへらしてシュート練習に入る小春をそっと盗み見る。
背の高い彼女は何をしても様になった。点も取るし、ディフェンスも上手いし、足が速い。
精神もいつも落ち着いていて、空気を支配するのは小春だった。
その事実が悔しい。
絶対にあたしのほうが練習してるのに、小春に適わないことが悔しい。
悔しさをばねにして頑張っているつもりだけれど、やはりあたしは小春には届かなかった。
今日もあたしのシュートの精度は低い。
- 66 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:22
- 今は補欠の集まり、いわば二軍がコートでゲームの練習をする。
するとある一年生が目に留まった。
「恵理菜、何回同じこと言わせるの?戻りが遅いって言ってるじゃん。
取られたのはしょうがないでしょ?いつまでも引きずってたら周りの動きまで遅くなる。
みんなに迷惑かけてるんだよ」
「はい…すみませんでした」
恵理菜はしゅんとして、下を向いた。
…ちょっと、言い過ぎたかな。
ううん、厳しく言わなきゃ。わかってくれるはず。
強くなるにはみんなで時に厳しく言い合うことも大切だって。
- 67 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:22
-
「みなみ、何ぼーっとしてんの?」
「あ…」
「やる気ないなら帰れば?」
「…。………いえ、すみませんでした」
何なの、みんな全然だめ。
これじゃあいつまでも一軍になんて、レギュラーになんてなれないよ。
悔しい。もっと強くなりたいのにみんながあたしの邪魔をする。
「はーい、二軍休憩」
体育館の端に寄り、タオルを取り出して顔に強く当てる。
本当に今日はだめだ。
もっと強くなりたい。
もっともっと。
『栞菜、頑張ってるね』
里沙先輩ならわかってくれる。
…あたしはもっと強くなりたい。
- 68 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:24
-
+++
- 69 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:24
- 「愛理ー」
「どうしたの?」
愛理の肩に頭を乗せて目を閉じた。そうするとあたしの頭を撫でてくれる。
愛理に甘えているとなんだか落ち着いた。
穏やかでやさしくて、癒されるっていうか。
それにあたしをうらやましく思ってくれているのがわかるから安心できた。
愛理はあたしを見下したりしない。…小春みたいに。
「何かあったの?」
愛理にはバスケの話はしたくなかった。
それはくだらないプライドだった。二軍なんていう事実、小春なんかに敵わない事実。
言いたくはなかった。愛理にだからこそ言いたくはなかった。
- 70 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:24
- 「…彼氏がさあ、なんか最近うざくてさ。もう別れようと思ってる」
「え?…そんな」
彼氏のいない愛理に彼氏の話をするのは、どこか優越感があった。
愛理にはこの部分は勝ってる。そう思えた。
愛理の事が嫌いとかじゃない、むしろ好きだ。大切。
好きだけど、愛理の雰囲気とか頭の良さなんかに嫉妬しているのも事実だった。
だから、あたしにとっては対等でいるために必要なことだった。
「うざいなんて、かわいそうだよ。栞菜のことを大好きなんじゃないの?」
「好きだからいいってわけじゃないんだよ?愛理にはわかんないだろうけど」
「…そうだね。…わたしには、わかんないや」
困ったように笑う愛理の顔を見ると、罪悪感もあるけど優越感の方がはるかに勝っていた。
「きゃははははっ!ばっかじゃないの!うけるー」
小春の高い声が教室に響く。
教室の中心の小春。みんなに囲まれている小春。
なんでだろう。あんなに自分勝手で自己中心的でわがままな小春が。
あたしの方がよっぽどよく考えて、人のために行動してる。
- 71 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:25
-
+++
- 72 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:26
- 放課後。
部室で着替えていると小春が珍しく早く入った。
「あー」
めんどくさそうに小春が頭をかく。
「珍しいね、時間通りなんて」
あたしだってあんたと二人なんて嫌だよ。
そんな意思をこめて思い切り顔を背けた。
「はーあ」
「……」
あからさまなため息も、別に気にしない。
二人の仲なんて今更。もともと仲をよくしようなんて思ったりしない。
「あ、栞菜の顔見たら思い出しちゃったぁー」
小春が明るい声であたしに話しかけた。
「何さ」
小春の方を見ないで短く返事した。
どうせ何にせよくだらないこと。
小春の発言にはいつも中身がなくて説得力もないし。
- 73 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:27
-
「酷いねえ、栞菜は」
しかし。
唐突に予想外のことを言われて思わず小春を見た。
酷い、と言われた。
「…!?なにがさ」
見ていると、小春は相変わらずへらへらしてる。けれどどこか毒々しい。
あの笑顔が苦手だった。全てを知ってるみたいに笑う小春は大嫌い。
その小春の歪んで笑う口からは、
「愛理を見下してそんなに安心したい?」
そんな言葉が発せられた。
- 74 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:27
- 「…はあ?」
思わず声が大きくなった。
かっと頭に血が昇る。
「いっつもさあ、部活で嫌なことあると愛理に彼氏の話するよね」
「…っ!…盗み聞きしてたんだ、最悪」
「最悪?どっちが?」
「っ…」
言い返せない自分が悔しい。図星だったから、動揺して心臓が激しく動く。
頭が上手く働かなくて、何も上手く言えそうもない。
「栞菜はさ、自分が思ってるより性格悪いよ?
コハルのこと性格悪いとか思ってるかもしれないけどさ」
小春は首をかしげて、笑いながら何度も何度もあたしを攻撃する。
一つ一つの言葉が全部痛い所に刺さる。
小春がそれでもいつものように笑っている。
- 75 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:27
- 「矢口先生とか佐紀先輩に媚売って、そんなに気に入られたい?
茉麻も友理奈も言ってたよ、栞菜のこと嫌いって」
汗が出てくる。
「しかも後輩にはめっちゃくちゃ厳しくしてさあ。
しかも自分の調子が悪い時ばっかり厳しくする。栞菜は後輩にも超嫌われてるよ」
そんなはずない。
あたしが身勝手でわがままで自己中心的な小春よりも嫌われてる?
…そんなはずない。あるわけない。
「そんなことない、あたしは間違ってない」
「なんでぇ?」
「あたしが注意しなかったらみんなだらだらして、そんなんじゃ試合に勝てないよ!
みんな勝ちたいんでしょ?ならもっと…」
「勝てないくせに」
「…っ!!!」
小春はいつも、なんの遠慮もなく核心に迫る。
あたしの心に一番鋭い何かが突き刺さってあたしの心が悲鳴を上げる。
なんでもないような顔なんてもう出来なかった。
- 76 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:28
- 「コハルより弱いじゃん、栞菜。みんなそれ思ってるって。
お前には言われたくないって」
「………」
薄々感じていた。
恵里菜もみなみも、後輩みんなだんだんとあたしよりも上手くなっている。
焦って、イラついて、たまに八つ当たりのようなことをしていることもあった。
「大体さあ…栞菜、梨華先輩そっくりだね。真似してるんでしょ?」
その名前に一番激しく心臓が反応した。
『梨華先輩』。
もう卒業した、バスケ部の先輩。
里沙先輩より厳しくて、里沙先輩が一番怖かった先輩だという話。
あたしは直接指導を受けたわけじゃないけれど。
- 77 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:29
- 「ちが…」
「違う?嘘ばっかり。よりによって梨華先輩って。あの人も大概だよねえ。
コハルさあ中学生の時にここの練習見たことあるから知ってるんだけど、
ああいうタイプ大嫌いだと思った。厳しくだけすればいいと思ってる。
厳しい自分に酔って、人のためって言って全部自分のためだし。
大した実力ないのにプライドだけは高いから、自分にはこれだけやったんだからいいやって思うくせに、
人にはもっとこうしろああしろこうしなきゃダメってさあ…これ、全部栞菜そっくりだもん」
「―――――」
気がつくとあたしは泣いていた。
小春の言葉が全てあまりに鋭くて、痛くて涙が止まらなかった。
それでも小春の表情は変わらない。
『わたしはね、梨華先輩みたいになりたい』
里沙先輩が言っていた。
里沙先輩がそう言うから、先輩の言うような厳しい先輩、
見たこともない梨華先輩みたいになろうってあたしも思った。
全部全部図星だった。
あたしは質の悪いクローンだった。
クローンなんて呼ぶにも値しない、モノクロコピーだ。
- 78 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:30
- 「っ…う…うぅ…」
「泣かないでよ。もっと泣きたい人いるんだから」
「誰…、が…」
「みなみ」
「え?」
話の流れにそぐわないみなみの名前が出て、あたしは必死に記憶をたどる。
しかし辿れるほどの思考ももう残っていなかった。
何もわからない。思い出せない。
「スタメン発表した日さあ、みなみ元気なかったじゃん」
「…あ…」
それまで笑っていた小春が無表情になった。
「前の日に両親が離婚したんだって」
「―――――」
- 79 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:30
- あたし。
あたし、何も知らなくて。
…違う。
何も聞かなかった。
みなみがとろいのはいつものことだから、いつもみたいにスイッチが入ってないんだって…
あたしは…
「っ…く、う…あたし、あたしは…強く…なりたく…て…」
「わかってるくせに。才能の差は埋められないって。
それに…コハルだって練習してないはずないでしょ」
小春は何かを言おうとして、でもやめて部室を出た。
「現実を見なよ。コハルあんたみたいなの見てるとイライラするんだよね。
気が付いてないなら言ってあげるけど、恩着せがましいんだって。口ばっかり。
あんたみたいな二軍は、一生二軍のままなんじゃない?」
バタン。
- 80 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:31
-
…小春が正しいの?
あたしが間違ってるの?
そんなの。
そんなはず。
「ってさぁ、マジでうけた」
「あはははっ、やばーい!…あれ、栞菜?どうしたの?」
友理奈と茉麻が部室に入ってくる。
『栞菜のこと嫌いって』
あたしは小春の言葉が蘇ってきて、二人に憎しみに近い感情を持ちながら部室を去った。
どん、とわざと二人にぶつかって。
「ちょっと、栞菜?」
「栞菜ー」
声を振り切るように必死に走る。
あたしのこと嫌いなくせに。今まで、ずっと笑ってたんだ。
あたしのことずっと…
- 81 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:31
- 「うぅう…うぅうう…」
涙が止まらない。
あたしは今まで何をやっていたのか、わけがわからなくなった。
自分が揺らいで崩れた。
ひどい。
ひどいよ。
ひどいのは…誰?
「あ…うぁ…うぁああああん」
人目もはばからず、泣き叫んだ。
- 82 名前:6 間違えた 投稿日:2008/08/26(火) 08:31
- END
- 83 名前:幹 投稿日:2008/08/26(火) 08:32
- 更新終了です。
『恵理菜』→『恵里菜』
誤字をお詫びします。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/26(火) 22:39
- すごく面白いです
高校時代を思い出して切なくなりました
関係ないですがスポーツができる小春って新鮮ですねw
- 85 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:32
- 栞菜が学校に来なくなった。
どうしてだろう?
同じ部活の友理奈や茉麻に聞いてみたら、
学校に来なくなる前日に泣いていたらしいということだけを聞いた。
小春はわかんないと言った。
…情報はそれだけ。
今まで何度か書けた電話もメールも無視。
…何があったんだろう。
栞菜が欠席して三日目、わたしは栞菜の家に来ていた。
- 86 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:33
- インターホンを鳴らすと、栞菜のおばさんが顔を出した。
「あら、愛理ちゃん…」
「こんにちは」
「こんにちは」
いつもより目に力がない。少し疲れているようだ。
「あの…栞菜は」
顔を上げるタイミングで栞菜の名前を出した。
わたしなら会ってくれるかな、と思った。
けれど。
「ごめんなさい、栞菜が今は誰にも会いたくないって」
「…そうですか」
バタン。
ドアが閉まる。
…拒絶だった。
少なからずショックだった。
- 87 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:33
- わたしはとりあえず家の前で栞菜に電話をかけてみる。
「…」
繋がらない。
栞菜。
…あれ、やってみようかな。
栞菜の部屋の窓に、道端の小石をこつんとぶつけてみる。
無反応。
「…ふうー」
何度かこつん、こつん、と小石をぶつける。
けれど栞菜の部屋のカーテンが開かれることはなかった。
わたしは近くの草むらに腰をかけて、もう一度電話をかけてみる。
でも繋がらなかった。
「栞菜…」
不安にかられて、わたしは栞菜の家に向かって声をかけてみた。
「栞菜ー、かんなっ」
小石もまだ投げる。
こつん、こつん。
- 88 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:33
- ガチャ。
「!」
ドアの開く音がして、驚いてドアを見るけれど、
そこには栞菜ではなくさっき会った栞菜のおばさんが立っていた。
「…愛理ちゃん、お願い、今はそっとしておいてくれない?」
「………」
わたしは俯いて。
栞菜のおばさんの気持ちわからないわけではなかった。
けれど。
「すみません、もう少しだけ待たせてもらえませんか?」
「…でも、栞菜は多分出てこないわ」
「私はそうは思わないんです」
何故か引き下がれなかった。
栞菜が呼んでいるような気がした。
こんな気持ちは初めてだった。大人の言うことに逆らおうとする感情なんて。
- 89 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:34
- 「…あのね、愛理ちゃん。あなたを責めたくはないけれど、
こうなる前にどうにかならなかったの?
あなた栞菜の親友なのよね?何も気が付かなかったの?」
「…」
そう言われると、ぐさっと心臓に何かが刺さるような感じがした。
汚れた角材を尖らせたものを刺されたような痛み。
「わたしは…何も気が付きませんでした。いつもの栞菜だと思っていました。
でも、わたしにだからこそ気づいて欲しくなかったことがあったんだと思っています。
わたしも、栞菜には気づかれたくないことが…
大切な栞菜だからこそ気づかれたくない事があるんです」
「…わたしは、愛理ちゃんをお家で待たせてあげることは出来ないわ」
「構いません。ここで待たせてもらえませんか?」
「……勝手にして」
バタン。
少し乱暴にドアが閉められた。
やっぱり、拒絶。
でもここまでされるとなんだか意地にだってなってくるものだ。
- 90 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:34
- 栞菜。
栞菜、大丈夫かな。
「栞菜……」
ぽそ、と呟いて、また電話をかけた。
プルルルル。
プル…
『………』
「あっ、栞菜?栞菜!」
『………』
繋がってる。
携帯を見て確認して、携帯を強く耳に当てる。
「栞菜、会いたいよ…」
『………もう帰って』
「帰らない、栞菜に会うまで帰らないから」
『…あたしは、会いたくない』
ぶつっ。
ツー。ツー。
- 91 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:34
- 「…栞菜…」
確かに。
こうなる前にわたしが何か出来たかもしれない。
でも、後悔している暇があったらわたしは栞菜に会って話を聞きたかった。
もしわたしに嫌なところがあったなら言ってほしいし。
わたしの知らないところで傷つくような出来事があったなら、言ってほしかった。
言って、一緒に怒って泣きたかった。
栞菜は大切な友達だもん。
絶対、会うから。
よおし。
プルルル……
「もしもし、お母さん?あのね、今日栞菜のお家にお泊りしても良い?
…うん、わかってる。うん。ありがとう。じゃあね」
わたしは携帯をしまって再び草むらに腰をかけた。
カーテンは開かない。
- 92 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:35
-
+++
- 93 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:35
- 「むう…ふぁあ」
もうすっかり夜も深い。
今、何時だろう…
たまに通り過ぎる人の不思議な視線がちょっと痛い。
わたしは栞菜に定期的に電話をかけていた。
でももう繋がることはなかった。
ひゅう、と強く風が吹いた。
…もうけっこう寒いなあ。
制服の上着の上から自分を抱き締めて暖を取った。
電話は繋がらない。
- 94 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:35
-
+++
- 95 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:35
- 「くしっ」
うう、寒い。
月が綺麗な夜だなあ。
栞菜に電話をかけてみる。
繋がらない。
『電波の届かない場所に――』
ぶつっ。
何故か、その機械的な女性の声に泣きそうになった。
こんなんじゃないの。聞きたいのは、こんな声じゃない。
涙を堪えて、うずくまって寒さに耐えた。
「栞菜……」
大きな口を開けてあくびをする。
眠いけれど、ここを動こうという気にはならなかった。
さすがに電話をかけるのは憚られた。眠っているだろうから。
良い夢を見ていたらいいなあ。悲しい事があっても、せめて夢の中は。
- 96 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:36
- ごめんね栞菜。気が付いてあげられなくてごめんね。
傷ついた時に一番に支えてあげられなくてごめんね。
お願い…側にいさせて。泣いてるのなら、一緒に泣かせて。
ねむ…
「かんなぁ…」
声が遠い。
名前を呼び、少しだけ、と思って目を閉じた。
- 97 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:36
-
「愛理」
その声で、ふっと意識が戻った。
あれ。
…栞菜の声?
ぼんやりと顔を上げると、栞菜が目の前に立っていた。
目を腫らした、髪もぼさぼさの栞菜。
栞菜。
そこに、いる。
目の前にいる。
- 98 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:36
- 「栞菜…!」
思わず抱き締めた。
そんなわたしにに栞菜はされるがまま。
「危ないでしょ、こんなとこで寝て」
「え…?わたしは、ちょっとだけ」
「今何時だと思ってんの?」
栞菜の怒ったような声であたりを見渡した。
よく見ると、目を閉じる前より随分空が明るくなっていた。
あれ…わたし、どのくらい寝ていたんだろう。
「…なんで」
「え?」
「…んで、あたしなんか待ってるの」
栞菜が、抱き締められたまま低い声で呟いた。
なんで?
そんなの決まってる。
「栞菜は、大切な友達だもん」
「っ…」
ぐっと栞菜の体に力が入ったのが感じられた。
- 99 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:37
- 「…愛理だって、あたしのこと嫌いでしょ?
いつも彼氏の自慢ばっかりしてるあたしなんて性格悪くて嫌いでしょ?」
「何言ってるの?」
「あたしはね、愛理に彼氏がいないことバカにしてたんだよ?
わざと彼氏の話してたんだよ?最悪でしょ?嫌いでしょ?」
栞菜は張り裂けそうに声を荒げた。
それは、わたしにも少しショックな事実。
わざと彼氏の話をされていたなんて。
でも。
「……わたしに彼氏がいないのは本当のことだもん。
それに、嫌いな人をこんなに待つわけないじゃん」
誰にだって嫌な部分はある。
栞菜にも、わたしにも。
わたしにもきっと、栞菜を嫌な気持ちにさせる何かがあったんだろう。
でも。
栞菜をきつく抱き締める。
きつく、きつく。
- 100 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:37
-
「栞菜」
わたしは栞菜の名前をたくさんの感情をこめて呼ぶ。
すると、栞菜もわたしをきつく抱き締める。
痛いほどに、嬉しいと思えた。
「…愛理ぃ……」
「栞菜」
「っ、う…う、う…うぅうう…うぅ…うぁああああん」
「栞菜のこと大好きだよ」
「うあぁあああああ、あぁああああん」
栞菜の泣き声は、悲しいだけのようには感じなかった。
- 101 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:37
- もう夜明けみたいだね。
眠たいけれど、それ以上に嬉しかった。
大切な友達の、大切の意味を改めて感じたような気がした。
わたしも涙をにじませて。
わたしたちは、ぎゅっと、ずっと、抱き締めあった。
- 102 名前:7 夜明け3分前 投稿日:2008/08/27(水) 19:38
- END
- 103 名前:幹 投稿日:2008/08/27(水) 19:39
- 一本だけですが更新終了です。
>>84さん
ありがとうございます。
小春はなんていうか、器用でそつがないというイメージです。
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/28(木) 01:03
- 愛理の粘りにやられました。青春ならではの二人ですね。
- 105 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 08:58
- 大学の退屈な講義が終わる。
「じゃーね」
よっすぃがアルバイトに行く道で分かれて、私は待ち合わせに向かう。
よく行くカフェに顔を出すと、待ち合わせる人はもうそこにいた。
「ガキさん」
「梨華先輩…」
手を振ると、ガキさんが深く頭を下げてくれた。
ガキさんは、元部活の後輩。
「久しぶりじゃん、元気だった?」
「はい、私はいっつも元気ですよ」
ガキさんの笑顔はいつもどこか明るくて安心させる何かがある。
一生懸命で、真面目で、全力で物事に取り組む。
私は、部活ではガキさんのことだけ認めていた。
他の人よりは実力は劣るけれど、彼女の努力と姿勢はいつか実をつけると信じている。
- 106 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 08:59
- 「何か飲みますか?」
「…これ、何?」
私はガキさんの飲んでいるお茶らしきものに目が行った。
それは中で花が咲いている不思議なお茶だった。
「あ、ジャスミン茶です。お湯を注いだらふわっと開くんです。
注ぐ前の形も可愛いんですよ」
「へえ…じゃあ私もこれ」
「わかりました。すみませーん」
なんておしゃれなお茶なんだろう。
誰か素敵な人と一緒に飲んだら、素敵な時間になりそう。
なんて、夢ばかりだけれど。何故かどうしてもいい出会いがない。
やっぱり女子大なんて軽々行くもんじゃないわ…うん。
私は男子の混ざる中でちやほやされてなんぼだと思う。
今更。全部今更。
会社勤めしたら、会社のマドンナ的存在になるために今は目下女磨き中。
- 107 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 08:59
- 「…で、どうしたの?急にお話がしたいなんて」
「…はい」
ガキさんの表情が曇る。
カップに手を当てて俯いている。
「…梨華先輩は、すごく厳しい先輩でした」
「え…」
「ですよね?」
「…まあ、そうだね」
唐突だったけれど、それは自覚していた。
後輩に怖がられても嫌われてもいいから、厳しく部活を作っていこうと思っていた。
「私は梨華先輩を尊敬してました。
真面目で一生懸命で、強くなりたいっていう気持ちがあって」
その言葉を聴いて嬉しくなる。
けれどガキさんの表情は固い。
- 108 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 08:59
- 「…今、その意志を受け継いでいる子が悩んでて」
運ばれてきたお茶にお湯が注がれる。
こぽぽぽ。
「自分のために他人に厳しくするだけで、何も見えてないって」
ゆっくりと。
「嫌われてもいいから注意する自分に酔って、肝心な事を見落としがちで」
ハート型から。
「伴わない自分の実力に言い訳して」
ふんわり。
「ただただ上から厳しくすれば強くなるはずないって」
ふんわり。
「自分の世界を押し付けて、そこからしか物を見られない、小さい人間だって」
花が、開く。
- 109 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 08:59
-
「…誰が、そんな」
呆然として、言葉がこぼれた。
その言葉たちは、私と言う存在を根本から否定していた。
ガキさんを責めるような口調になっていっていたかもしれない。
ガキさんは眉間にしわを寄せて苦しそうに呟いた。
「梨華先輩をずっと尊敬している子です」
「だったらそんなこと言えるわけ」
「だからこそ、私も…自信がなくなったんです」
「…」
「私の、存在に」
ぽろ。
気丈なガキさんの右目から雫が落ちた。
ぽとん。
お茶にひとしずく涙が落ちる。
まるで中に咲いている花が呼吸をしたように。
- 110 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:00
- 「…実際に、うちのチームはいつまでも強くならなかった。
私は私のやってる事が間違ってたんじゃないかって…
栞菜…その子の涙を見て、思ってしまいました」
「そんなはずない!私たちは間違ってない!」
声が荒くなる。
私はムキになる。
自分を否定されるのがこんなにも心をぐちゃぐちゃにするなんて。
頭の中も心も何もかも全部がめちゃくちゃになって、私はバカみたいにうろたえた。
今まで、誰もそんなことを私に言ったことなんてなかった。
自分でも自分勝手だなと思うときはあるけれど、
誰かのために一生懸命頑張ってる私をみんな認めてくれると思っていた。
よっすぃも、まいちゃんも、うざいとかいいながら私に付き合ってくれる。
みんな…後輩もガキさんみたいに私を尊敬してくれてると思ってたけど。
- 111 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:00
- 「違うって言ってあげたいんです。
…でも、私言ってあげられないです。自信を持って違うよって言えない。
思い返すと色々思い当たって、急に自信が無くなって…
だから梨華先輩に、勇気をもらいたくて……ごめんなさい、こんな勝手な…」
「そう……」
私も、ゆっくりと過去を思い返してみる。
私は本当に正しかったのか。
誰にもそんなことはわからないから自分が認めるしかないとわかっていても、
それでもうなずく事が出来なかった。
「……何言ってるの。バカだね。自分が自分を信じてあげなくてどうするの?
誰に否定されようと、私は間違ったことはしてないって胸を張って言えるよ」
嘘をついた。
- 112 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:00
-
+++
- 113 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:00
- 「これ…売ってるんだ」
この間ガキさんと一緒に飲んだジャスミン茶を買って、私は歩く。
夜になった道を歩いていると何故か泣きそうになる。
早く安心したい。
「よ、梨華ちゃん」
後ろから声をかけられた。
聞きなれたその声にほっとして振り返る。
「あれ?よっすぃ、まだ帰ってなかったんだ」
「ん?もしかしてうち来る気だったの?」
「うん…」
結構頑張って笑っていたけれど、
よっすぃの顔を見るとほっとしてしまって思わず俯いてしまう。
- 114 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:01
- 「なぁに、なんかあったの?」
そんな私の様子なんてお見通しのよっすぃは、ふ、と一度鼻の中から笑った。
「…お部屋で、ちょっとお話聞いてくれる?お酒も買ってきちゃった」
「ふーん、いいけど」
よっすぃがやさしく髪を一度撫でて、私の前を歩く。
やさしいよっすぃに、私は間違ってないって、言ってほしいんだ。
よっすぃはいつも私の話を聞いてくれるから、安心したい。
と。
ダムッ。
ダンッ、ダンッ。
懐かしい音が聞こえてきた。
- 115 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:01
- 「あれ…誰か、バスケやってる」
「まじか」
そういえばこの近所の公園にはバスケットゴールがあったっけ。
古ぼけた、傾いたゴールが。
私はそっちを見た。
薄明かりだけど、すらっとした影から女の子だとわかった。
一心不乱にゴールに向かい続ける。
髪を乱して、見えない敵が見えてきそうなくらい生き生きとした動きで。
スパッ、とゴールが決まった。
鮮やかなシュート。
試合の光景が見えるよう。
おー、とよっすぃの小さな歓声が聞こえた。
「ふぅ…」
喉まで流れた汗を拭って、一息ついた少女にわたしは近づいてく。
嬉しくてたまらなくて。
私は頭が一つのことでいっぱいだった。
近づいていくと、少女が私に気が付いた。
- 116 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:02
- 「ねえ」
「はい?」
「もしかして、あなたが栞菜ちゃん?」
「は?」
大きな目で鼻の高い、ポニーテールの少女が怪訝そうに私を見た。
あ、そっか。
女とはいえいきなり話しかけるのは変だよね。
「私、北高校の女バスOGの石川なんだけど。
そのジャージ、北高の女バスのだよね?」
「…あ」
その子がはっとしたように私を見る。
「栞菜ちゃんよね?ガキさ…里沙が、栞菜って子は人一倍頑張ってるって言ってたもん」
「…」
一度私をじっと見て、後ろのよっすぃをじっと見たけれど、
その子はすぐに私を無視して練習を再開した。
ダンッ。
ダムッ。
ボールの音が響く。
あ、練習の邪魔しちゃってるかな。それくらい打ち込んでるなんてえらい。
- 117 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:02
- 「栞菜ちゃん、すごい上手じゃない!自信持っていいよ!
そうやって練習してればいつかレギュラーになれる。
レギュラーだからって安心してる人はすぐに追い抜かれちゃうんだから!」
「…はぁ…」
私は精一杯その子を励ました。
だって、本当にすごく上手だったから。
こんな子が補欠なんて、レベル上がってるじゃない。
私のしたこと、間違ってなんかなかったんだよ。
「じゃあね!今度試合観にいくから。
レギュラーじゃなくてもいつチャンスがめぐって来るかわからないよ。
じゃあ頑張ってね!私は栞菜ちゃんを応援してるから」
「…はい。頑張ります、『梨華先輩』」
その子は振り返って一瞬だけ涼しく笑った。
そしてまたすぐに練習を再開した。
- 118 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:02
- すごい、すごいよ。
私の意志が受け継がれてる。
あれだけ頑張ってれば絶対にレギュラーになれる。
「私、さっきまで落ち込んでたんだけど、なんだか解決しちゃったぁ」
「…そう?それは良かったね」
「とりあえずよっすぃの家に行こう!かわいいお茶買って来たの」
「かわいいお茶?」
「うん、あのね…あ、内緒。舞美ちゃんも喜ぶんじゃないかなぁ」
「そっか」
次の試合、観にいくのが楽しみにになっちゃった。
補欠であれだけのレベルならきっと楽しい試合を見せてくれるはず。
「ねえ、よっすぃも今度の試合観に行かない?今度の日曜」
「あたし?……あたしは、いいよ。たぶんバイトだから」
「そう?残念だね」
よっすぃが何か言いたげにしていることに、わたしは気が付くことも出来なかった。
- 119 名前:8 はなから 投稿日:2008/08/28(木) 09:02
- END
- 120 名前:幹 投稿日:2008/08/28(木) 09:04
- 更新終了です。
>>104さん
実際に友達にこんなとこまで出来る子が、今はどのくらいいるのでしょう。
そんな風に考えてました。
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/28(木) 15:11
- 痛いなぁ…
- 122 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:40
- 絢香のいる店で一際美しい女性が、一際強いお酒でうだうだと愚痴を零している。
酔っているわけではない。こいつは類を見ないザルだから。
酒の勢いに任せてしまいたいだけなのだ。
「だからさーあたしんことめっちゃ見てきてんだって久住がさぁ。
何とかしてくださいよこの人みたいな目でさ。
でももうあの状態の梨華ちゃんに何言っても無駄じゃん?」
「うーん…まいは見てないからわかんないけど、多分」
「そうなのよ。だからさー…あたし関係ないって、逃げちゃった。
何も言わないで、試合観にいかない?って聞かれたから暇なくせに行かないって言った」
「あー」
「……梨華ちゃんがショック受けるのも嫌だし、
それで何か言われたりするのも嫌だったから…でもそういうあたしが嫌だぁー」
うわーと、テーブルに突っ伏して自己嫌悪。
しかし、こんなよしこ珍しいかも。どうしたんだろう。
- 123 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:40
- 「…ごめん」
ぼそ、とくぐもった声が聞こえた。
「なんか、なんか…ちょっとそれだけじゃ、なくて」
ぼそぼそ。
煮え切らない。
なんなんだ、わかりにくいのはいつものことだけどさあ。
「どうしたの?」
わざわざ聞いてあげるまいはとても優しい友人だ。
んーんー、と唸って首を振る。
聞いて欲しいくせに言わないなんて、ほんとになんなんだ、かわいいなあ。
- 124 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:40
- 「よっちゃんは彼氏さんと別れちゃったのよね」
「絢香!!!」
絢香がグラスを磨きながらさらっと言うものだから、よしこががばっと起き上がった。
「まじ、振られたの?」
「振られてない!!!」
まいの言葉に、まいのほうにぐるんと振り向いた。
酔いまわらないのかなあ本当に。
「振られてないならいいじゃん、何を悩む事があるの?」
「だからぁー…」
髪をぐしゃぐしゃと乱し、苦い顔をして酒をあおる。
妙にかっこいいその光景の中に、彼女のオンナっぽさなんて感じ取れない。
だからなあ、余計に弱い部分見せられちゃぐっとくるというか。
って、まいの話はいいんだけどさ。
- 125 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:41
- 「っ…は。…なんかー、なんか、愛って何とか思っちゃってて」
「愛かぁ。愛って。…何だろうねー確かに」
「ああもうわかってるわかってるから笑わないでよぉー」
いや、笑ってないのに。
よしこがめっちゃくちゃ荒れてる。
こんなのめったにないぞ。写メるべきかこれは。
「……あたしが、別れるって言ったら。あっそって。それでおしまい。
じゃあ今までのはなんだったのかと。…あんなとこに、愛はなかったって思うと…
じゃあどこにあんのよって。あたしは何してんのよって」
- 126 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:42
- 「愛なんてさぁーそんな簡単に手に入るかよ。
ていうか、手に入らない人のほうが多いでしょうが、うちらの年で」
ため息をついて、まいは困ったと同時に意外だった。
いつもクールで、何も辛いことなんてありませんて余裕かまして笑ってるよしこが、
薄明かりの中遠いところを見て語っている。
それは、彼女の一つ皮をむいた中身のような。
まだ少し濡れていて、その部分に触れたら痛いと言いそうな。
そんな感じ。
それが少しだけ嬉しく感じている自分も大概。
誰かに心を開いてもらっている自分を誇らしく思う浅ましさ。
それも、人間だ。
まいはよしこみたいに完璧超人目指してないからそういうところに嫌気は差さない。
でもよしこは。
- 127 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:42
- 「よっちゃんは子供だから、そういうのに夢見ちゃうのよねー」
「…うるさい」
絢香に髪を撫でられているよしこは、本当に子供だ。
その髪の艶があまりに綺麗だったから、まいもつい触った。
さわんな、とでも言われるかなーと思ったけど、何もなかった。
するする。
さらさら。
つるつる。
その髪に。
まいはこんなに愛してるのに、と声に出さずに心の中でだけ思った。
よしこという存在のいじらしい精神を、まいだって、絢香だって、
梨華ちゃんだってきっと愛して止まない。
するり。
髪を撫でて。
- 128 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:42
-
よしこが思うほど悩むほど、いつまでも彼女の求める愛とやらに巡り会えないとは思わない。
彼女は美しく魅力的で、その分ろくでもないものも寄って来るけれど、
彼女の本当の奥から発せられるきれいな何かと彼女自身の目が
いつしかちゃんと中身のあるものを掴むと信じている。
「よーし、ほらほら飲んで」
「飲むぞ」
「飲んでるけどね」
よしこが思い悩む、
『愛って一体どこにあるんだ』
『梨華ちゃんは明日何を思うのだろう』
そんなどうしようもないこと。
考えてもしょうがないことはアルコールと一緒に飲み干しちゃえよ。
- 129 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:43
- 絢香の髪が優しく香って、よしこに新しい酒が出された。
それまでグラスが置いてあった場所が濡れている。
よしこはその水滴に指を泳がせ始めた。
つるつると適当に落書きしているようで、
愛と落書きしているのをまいは見逃さなかった。
…かわいいやつ。
まいにも酒が運ばれてきたので、とりあえず乾杯した。
大して飲めないくせに、今日のまいは飲む気だった。
- 130 名前:9 愛と書いて 投稿日:2008/08/29(金) 01:43
- END
- 131 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:53
- 『リカ。お前のこと、一生守ってやる』
『…ヒト…大好き』
ピンポーン。
今話題の純愛テレビドラマ8割、宿題1割、眠気1割。
この時間には珍しいインターホンの音がした。
「はーい?どちらさまですか」
うちは覗き窓から覗き込む。なんか、見覚えがあるようなないような女の人がいた。
- 132 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:54
- 「梨華ちゃん?あたしー、まいだけどー」
「へ?いや石川梨華さんならお隣…」
「開けてぇ、酔ってんのぉー」
「えぇ…」
そうだ、隣の石川さんのお友達だ。たまに顔を見ていたっけ。
がんがん、がんがん。
ドアを激しく叩かれて、うちはビクビクしながら困っていた。
どうしよう、この人隣と間違えてる。
隣の石川さんはまだ帰ってないみたいだし、この人すごい酔っ払ってるし…
…仕方がないのかな。うん。
放っておくわけにもいかないし。
「はぁい…」
がちゃ。
ドアを開けた瞬間世界が引っくり返った。
「わあっ」
「だぁああ」
どさっ、と倒れこまれて、力が全く入っていない人間の重さを感じた。
髪の長いきれいな女の人。絶対細いのに、なんか重い。
- 133 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:54
- 「あのっ…!ちょっと、待ってください」
「よしこなんかに付き合うんじゃなかったぁー」
無理やり人の下を這いずり出て、台所に向かった。
コップに水道水を注ぎ、酔っ払いの体を起こして手渡した。
「お水です」
「あー?…ありがとぉー」
黒めの肌も赤く染めて、その人が水をぐいっと飲み干した。
こんなに美味しそうに水道水を飲み干す人は始めて見た。
まるで北海道の牧場で搾りたて牛乳を飲んだかのように。
「ほい、ごちそうさまー」
「いえ」
と。
コップを返す時にその人はうちの顔を見て、ぎゅっと目を細くした。
「あれ?梨華ちゃんじゃない?」
- 134 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:54
- …やっとお気づきになられましたか。
「はい、隣の梅田です」
「あら、こりゃまた失礼」
その人がいきなり起き上がろうとしたら、また倒れこんだ。
「わあっ」
「だぁああ」
どさーっ。
なんなんだ、なんかこんなん、デジャヴが。
…はぁ。
「…どこのどなたか存じませんが」
「えっと、さっきも言いましたがここに住む梅田です」
「少し休ませてはくれないでしょうか」
「………」
ここで断れるほど、うちは物事をはっきりと主張できる性格でもなかった。
- 135 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:55
-
+++
- 136 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:55
- 「もーねー、連れが超酒豪でさあーなんか勢いに任せて付き合っちゃったわけよー。
もうあいつはすったすたまっすぐ歩いて帰っちゃったよ。
まいは仕方がないので最寄の梨華ちゃんちによって休もうと思ったわけ。
だってこんなんで電車乗ったら捕まっちゃうでしょー。てか終電なくない?」
「はぁ…」
うちの出した麦茶をぐびぐび飲みながら、里田さんと名乗ったその人はうだうだ語り始めた。
これが酔っ払いか。いわゆるステレオタイプの酔っ払いを始めて目の当たりにし、
うちは何故か少しだけ感動していた。
うちも、いつかお酒をのんでこんなにぐでんぐでんになったりするのかなあ。
わあ、面白そう。
- 137 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:55
- 「……」
と、急に里田さんが顔色を変えた。
…あからさまに青い。
「…どうしました?」
「ごめん。吐く」
「…!!!」
前言撤回。
吐くのはいやだ。
うちらはトイレへと走った。
- 138 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:56
-
ジャー。
ごぼごぼごぼ。
「梅田さん…ほんとたびたびすみませんでした…」
「や、もういいですよ、なんか…」
おでこに冷却シートを貼り横になった里田さんの顔色はいくらか戻った。
うん、もう大丈夫かな。
はあ。
お酒ってやっぱり怖いのかも。
お酒とは、うちの中で大人とイコール。
失敗している人を見ると、大人を失敗しているように見えた。
こんなになるほどまで飲まなきゃやってられない大人は、失敗のように見えた。
- 139 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:56
- 「…梅田さん、おいくつですか」
「あ、17です」
「そうか…お酒を飲んだことは」
「少しなら」
「そっか…あの、ほんとにいつもはこんなんならないから、
誤解しないでください。今日は友達に付き合っただけなんです」
「ともだち…」
「よしこってやつなんですけどね、なんか愛がどうのこうの言い出して。
普段はあんな奴じゃないんですけどねぇ」
…愛。
大人もそんなことで悩むんだなあ。
うちの友達にも悩んでいる人がいた。
愛がどうとかよくわからない、とか。そういうことをするのが想像できない、とか。
綺麗でモテるけど、恋愛に異常に臆病だった。
でもいつか。
お酒をたらふく飲んだみたいに、ぐるんっと世界が引っくり返って
恋が素敵に芽生えるかもしれないんだし。
そんなに難しく考えることはないと思うんだけどなあ。
そう言ううちも、この人が運命だと思った人なんてまだまだいないけどさ。
次に会う事があったら、そう言ってみようか。
苦く笑ってそれだけのような気がしなくもないけれど。
- 140 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:57
- しばらくして、里田さんの携帯が鳴った。
石川さんからの呼び出しだった。
『うちに来てるんじゃなかったの?どこ?』
との文面に、だいぶ回復した里田さんがゆっくりと起き上がった。
「お邪魔しました。このお礼はいつか」
「え、いやそんな」
「大人になったら、おいしいお酒を出してくれる店に連れて行きます」
「…それは、楽しみにしてます」
大人になったうちは、お酒というものをどんな風に利用できるのだろう。
うちのことを試しているお酒に対して、うちはどこまで強く戦えるのだろう。
少しだけ楽しみな未来が出来た。
深々と頭を下げた里田さんがよろめきながらドアを開けると、石川さんがちょうど立っていた。
石川さんが肩を貸して、里田さんがゆっくりと離れていく。
「ほんとにごめんねー」
「いえ、大丈夫です」
「ありがとう、えりかちゃん」
石川さんはいつになく上機嫌のようだった。
華やかな笑顔を振りまいて、自分の部屋へと里田さんと一緒に消えていった。
そんな、いきなり騒がしくなった夜だった。
- 141 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:58
- テレビドラマが終わってバラエティを探しながら、
携帯を持って電話をかける。
今日のことをなんとなく伝えたい人がいた。
『もしもし』
「あーもしもし、舞美?」
電話は、舞美に繋がった。
『ん、どうしたの?えり』
「今日さあ、酔っぱらいの介抱初めてしたよ」
『誰かと飲んだの?だめだよお酒は20歳になってから』
「んーん。隣の石川さんの友達が間違えてうちに来て…」
『石川さん?…って、まさかとは思うけど石川梨華さん?』
「え?」
『…嘘でしょ?』
世界は狭いと、いつか歌った歌が頭の中で流れた。
- 142 名前:10 ぐるん 投稿日:2008/08/29(金) 01:58
- END
- 143 名前:幹 投稿日:2008/08/29(金) 01:59
- 更新終了です。
>>121さん
そうですね、ここの石川さんは。
- 144 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:21
- 「本当に、舞美ちゃんのお友達だったなんて知らなかった」
「うちも舞美のお姉さんとお友達だったなんて」
えりと石川さんはしみじみと見つめあった。
私とお姉ちゃんも顔を見合わせてきょとんとする。
和の顔をした私と洋の顔をしたお姉ちゃんは似ても似つかないのに、
きょとん、とした時の顔だけはどこか似ているような気がした。
- 145 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:21
- 「あーあ…試合観にいきたかったなぁ…バイト入っちゃうんだもんなあ」
「…行かなかったの?」
「え?うん。なによ」
「いや、別に」
姉と石川さんの奇妙なやり取り。
…なんだ?よくわからないけれどお姉ちゃんは心からほっとしているようだった。
「あ、ちょっとよっすぃ、まいちゃんあんまり飲ませないでよ。
あの後も大変だったんだから」
「知らないよ、あたしのペースに勝手に張り合ってきただけじゃん」
わが姉は知らん顔で爪の先をいじっている。
今日はバイトもなければ講義も一つ、数少ない彼氏の家に入り浸る日だったけれど。
…どうやらあのアメリカンチェリーの彼とは別れたみたいだ。
本当に長続きしないなあ。
- 146 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:21
- 私はこの恋愛アレルギー体質を姉のせいだけにすることは出来ないけれど。
妙にただれているように見えるのは少なからず一因となっていると思う。
「ねえねえ舞美、お姉さんすっごい綺麗だね」
「…見た目はね」
だからたちが悪い。
えりも同じように姉の蜘蛛の巣に引っかかり、私はため息をついた。
男女問わずこの姉の発する不思議なオーラに引き寄せられ、
その中から姉が選別してつまみ食い、残りは巣に引っかかったまま。
どうしてもこの不誠実な姉の人間関係を受け入れられなかった。
別に性的な関係を一度に多数持つとかじゃないんだけれど。
そういうんじゃなくて。
- 147 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:22
- 本当に、お姉ちゃんは外から見ているほうが良かった。
見てくれだけはそこらにはいない美しい彫刻、絵画のようだ。
しかし彼女の中にある透明すぎてすぐに汚れるものを、私は見てしまう。
それが恐ろしくて、私は人間すら時に信じられなかった。
この人と同じようにその場で上手くその色に染まり、
決して本質は見せない人間がごろごろいるんじゃないかという恐怖にとらわれる。
「ねえよっすぃ、今日はお泊りしてってもいい?
みんなでお話しようよ、ね?えりかちゃんも」
「え?うちは、いいですよ。明日も学校だし」
「なんとかなるって。ほら遠慮しないの、ほら、ね?いいでしょ?」
相変わらずの石川さんのおせっかいにも巻き込まれ、
えりはどうやら年上には運があまりないらしい。
お姉ちゃんは梨華ちゃん言っても聞かないしもうどうでもいいって感じだし、
なんだかんだで四人のお泊り会をすることになった。
- 148 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:22
-
+++
- 149 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:23
- お姉ちゃんの部屋に石川さん。
私の部屋にえりが泊まることになって、お風呂上りに部屋に戻る。
ガチャっ。
…。
「舞美」
「あ、おかえり舞美ちゃーん」
「…」
私の部屋に、三人いた。
えりは、石川さんの話し相手…もとい愚痴聞き相手になってるし、
石川さんに連れられただろうお姉ちゃんは
ベッドにもたれながら私の本棚から適当に雑誌をめくって読んでいた。
…何故かどっと疲れる。
- 150 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:23
- 「あ、ねえねえ、こんな綺麗な4人が集まったんだからさ、
恋の話でもしない?」
…そして石川さんは相変わらず空気読めないことこの上ないのだった。
他の3人が微妙に凍ったのを石川さんは全く気が付かないで話し始める。
「私ねぇー、今度合コンに行くことになって!
すっごい楽しみなんだぁ、初めてなんだよね合コンって。
えりかちゃんや舞美ちゃんはしたことある?」
「え、いやうちらは…」
「ないです…」
「もう今からどんな服着ていこうかずーっと考えてるんだぁ。
素敵な人がいるといいなぁ…」
いつもならツッコミの一つでも入れるお姉ちゃんは雑誌に夢中のふりをする。
…触れられたくないときだけ黙って気配を消すなんて、卑怯だよ。
でも石川さんには通じないもんね。
- 151 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:24
- 「よっすぃ!」
「…」
「よっすぃはさぁ、彼氏さんとどうなの?
こないだ見かけたけどほんっとうにかっこいいよねえー、うらやましいなぁー」
「別れたよ」
「……え?」
お姉ちゃんが、さらっと相槌を打つように返答をして。
さすがの石川さんも凍る。
えりも凍る。
私は知っていたから凍ったふりをする。
- 152 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:24
- 「え、いつ?なんで?どうして?」
お姉ちゃんの手から雑誌を取り上げて詰め寄る石川さん。
お姉ちゃんの目からは感情が読み取れない。
お姉ちゃんの唇を舐める癖が空気を微妙に震わすだけ。
「…付き合ってみたらなんか合わなかった、そんだけ」
嘘だとすぐわかった。
うそつき。
うそばっかり。
口からでまかせばかり言って、自分を守って。
本当のことなんて誰にも言わないで。
それがカッコイイとでも思ってるの?
お姉ちゃん、本当にかっこわるいよ。
石川さんがふーん、と納得している隣で私は少し怒っていた。
えりが私を見ているのがわかったけれど、私はそのままでいた。
- 153 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:24
- やがてターゲットを私たちに絞った石川さんだけど、
彼氏も好きな人も気になる人もクラスにも学年にもかっこいい人もいないと二人で言ったら、
つまらなそうにいつものような調子で愚痴に話題を戻した。
寂しいね、とだけ残して、この話題はなかったこと。そんな感じ。
寂しい?
寂しいとは思わないよ。
なぜなら素晴らしい恋だの愛だのを知らないから。
- 154 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:25
-
+++
- 155 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:26
- 電気を消して。
薄いカーテンからぼんやりと光が入り部屋を照らす。
いつもより静かに感じて、でも人のいる気配はして。
「なんか」
「え?」
ベッドの下の布団からえりの声が聞こえた。
「舞美が恋愛アレルギーなの、ちょっとだけわかっちゃった気がした」
「……」
ふふん、と鼻で笑って。
えりが話を続ける。
「舞美はシスコンなんだねえ」
「は、どこがぁ?」
いきなりそんな思ってもないことを言われて思わず大きな声が出た。
ベッドから起き上がってえりを見たら、相変わらずエキゾチックな顔立ちが
意味深に笑っていた。とても綺麗。
- 156 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:26
- その唇から。
「…大好きなおねえちゃんが、恋愛で変わっていってるようで怖いんじゃないの?」
「……?」
えりの何かを含んだような物言いが引っかかって、
私の意識はさっきよりも覚醒した。
じっと、えりを見る。
えりも、じっと私を見た。
「舞美には、ひとみさんはきれいには見えないかもしれないけど、
ひとみさんはきれいすぎるよ」
「だから、見た目は」
「見た目じゃなくて」
「え?どこがさ」
…と、えりの表情が柔らかくなる。
- 157 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:26
- 「舞美とおんなじ。素敵な愛だの恋だのに、いまだに夢見てるんじゃないかな。
見つかんないの。この人なら怖くない、っていう感じが。…まあ、うちの勘だけどね」
「……」
「似たもの姉妹」
「……」
「大丈夫だよ。そんな怖いものでもないって。
ある日いきなり世界が変わることだって、あるんだよ。
もしかしたら明日運命の人に出会うかもしれませんよー」
嬉しそうに笑ってそう言う。
…納得はいかないえりの言葉。
私はいつものように笑いも、珍しく怒りもせず、出来ず、
眠ったふりをして答えるのをやめてベッドにもぐりこんだ。
- 158 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:27
- お姉ちゃんが急に汚く見えた。
それまではきれいだった。
なんていうか、お姉ちゃん自体が汚くなったっていうよりかは、
お姉ちゃんに誰かが汚れをつけているみたいで。
キスマークも。
違う香水も。
吸わないタバコの残り香も。
家に帰ってきてすぐに眠る、それまでの時間も。
私がそれをいやなのは、お姉ちゃんがきれいだから?
お姉ちゃんをきれいだと思っているから?
わかんない。
…でも。
お姉ちゃんが自分の力に甘えて適当なだけで生きていないんだったら、
それはいいことだと思う。私のお姉ちゃんなんだもん。
いつか揺ぎ無い何かを見つけて、蜘蛛の糸をゆっくりとほどいてくれたらいい。
何を隠そう、私も蜘蛛の巣に引っかかった一人であることに割と前から気が付いていた。
お姉ちゃんのことをどうしても切り離せない苦しみ、放っておけないこの気持ちから、
他の人を早く何とか開放してあげてほしい。
- 159 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:27
-
朝、寝坊をした私たちはまだ寝ている石川さんを置き去りにしたまま、
お姉ちゃんの車で慌ててえりの家に行き制服を取って、学校へ向かった。
車の中でめちゃくちゃになりながら準備して、それでも何とかなった。
どうにもならないかなと思うことが何とかなるという場面にも何度か出くわしていた。
こんな感じで進めばいいのに、なんでも。
そううまくはいかないけれど。
「あ、舞美」
「え?」
車を降りてハイソックスを履きなおしている私に、
お姉ちゃんが車の窓から二つのお弁当箱を握らせてくれた。
…これは、包みがお姉ちゃんの結び方。
「…ありがとう」
「ん」
正面から微笑を向けられて、不思議な気持ちになった。
- 160 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:28
- すぐに顔はそらされて、えりに笑顔を向ける。
えりはお姉ちゃんに見つめられてわずかに耳を赤くした。
肩が力んで上がっている。
「じゃ、…色々ごめんね梅ちゃん」
「い、いえっ!全然そんな」
「それ、あたしが作ったんだ。良かったら食べてね」
「はいっ…!ありがとうございますっ」
「じゃ、またいつか遊ぼうね。学校頑張って」
にこり。
朝向けの爽やかなスマイルを残して、台風の目こと姉は去っていった。
ぶろろろろ。
全く。
本当の愛を遠ざけてるのは自分だって。
…方法は違えど、姉妹は互いに原因は自分にあるようだった。
似たもの姉妹、か。
でもまあ。
…なんとか、なるよね。
- 161 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:28
- 綺麗で。
やっぱりなんだかんだ自慢の姉。
彼女の未来が幸せならいいなと願った。
ついでに、私の幸せな未来も願わせて欲しい。
- 162 名前:11 それでも何とか 投稿日:2008/08/30(土) 00:28
- END
- 163 名前:幹 投稿日:2008/08/30(土) 00:29
- 更新終了です。
- 164 名前:見学者 投稿日:2008/08/30(土) 03:02
- すごく引き込まれました。思わず書き込んでしまいました。よっすぃ〜好きです。がんばってください。
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/31(日) 03:55
- え〜っと石川さんは?まだ寝てるのかな?
- 166 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:22
- えっと、たしかこの辺。
きょろきょろとあたりを見渡して、それらしき看板を発見する。
からんからん。
綺麗な鐘の音がして、かわいいファストフード店に入っていく。
中は外国みたいなつくりで、すごくおしゃれ。
白い壁紙とかわいいインテリア、英語がいっぱい書いてあるモデルさんのポスター。
まるでハワイに遊びに来たみたい。
「いらっしゃ…あれ、愛理?どうしたの?」
「あ…梨沙子」
レジから、制服姿の梨沙子が顔を出した。
他の人が来たらどうしよう、と焦ってたけどほっとした。
- 167 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:22
- 「あのね、近く通りかかったから、ちょっと見に来てみようと思って」
「やぁだー。何か食べてく?おすすめはねー」
「あ、あんまりおなか減ってないから飲み物…アップルティーのアイス、Sサイズもらえる?」
「はいはい、小食なんだからぁ。280円です」
梨沙子は手際よくレジを打って、わたしにトレイに乗せた紅茶を渡してくれた。
制服姿の梨沙子は可愛くて、なんだか映画のシーンみたいにはまってる。
なんだか、うらやましいなあ。
「おはよー、梨沙子」
「舞美先輩、おはようございます」
梨沙子の元気な挨拶が聞こえて、ストローから唇を離した。
厨房の方を見ると、同じ制服を着た人がもう一人。
すごく綺麗な人。
梨沙子とは違うタイプの、美人って感じ。
- 168 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:22
- と、その人がわたしを見た。
どきっとする。
その人がレジのところから歩いてわたしの席の前に立つ。
え。何…何を…
「あなたが鈴木愛理さん、梨沙子からお話はよく聞いてます。
初めまして、吉澤舞美っていいます」
その人…舞美さんは、頭を軽く下げて優しく微笑んでくれた。
近くで見るとますます綺麗だ。
「あ、初めまして…!鈴木愛理です」
わたしも慌てて頭を下げ返す。なんだか緊張した。
お母さんのお友達くらいの年代の方がなんだか話しやすい気がした。
「あの、梨沙子がいつもお世話になってます」
「本当、あの子突拍子もないボケかますからねえ」
「へ…やっぱり」
「うん、でも頑張ってるよ」
困ったような顔をして、それから優しくわたしを見た。
- 169 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:23
- 「舞美先輩だってこう見えてかなり天然なんだよー」
梨沙子がレジの前で茶々を入れると、舞美さんは恥ずかしそうに怒って、
それから微笑んだ。
…どうやら思っているよりも怖くないみたい。
梨沙子がかなり懐いてる時点でそれは明白なんだけど。
「良かったら、また来てね」
「あ、はい…すごくいいお店ですね、気に入りました」
「うん、私もこのお店すごく好き」
私の言葉が嬉しかったのか、舞美さんが一番の飛び切りの笑顔を見せてくれた。
すごい、キラキラ爽やかな人だなあと思った。
なんか…わたしとは正反対…かな。
体育会系で、クラスでも人気があって、男女関係なく仲が良くて。そんなイメージ。
毎日を充実して生きているんだろうな。
きっと恋人だっているだろう。素敵な人が。
いいなあ…
- 170 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:23
- ってああ、またこんなことばっかり。
わたしってば、本当に執念深いって言うか、なんていうか。
恋をしなかったのは自分のはずなのに。
突然目覚めたからって、他の人を羨ましく思いすぎるのはどうかと思う。
…わたしってば、何を焦ってるんだろう。
直接は何の行動も取っていないのにね。
「どうしたの?」
「え?…いえ、美味しいです、お茶」
「サンドも美味しいから、友達でも連れてランチおいでよ」
「はい、是非」
栞菜を連れてここへ来ようかな。
栞菜もきっと気に入ってくれる。
- 171 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:23
-
+++
- 172 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:24
- その後アップルティーを飲み終わって店を出ると、
もう本当に秋の風が吹いた。ブレザーの袖に指を隠した。
…いいなあ、なんか。
梨沙子が大人だったなあ。
学校、お家以外での知り合いがいて。
そこで…恋をして。
わたしには見えてこない世界が、梨沙子にはたくさん見えている気がして、
少しだけうらやましくなった。
アップルティーの風味がほんのり秋の風の中で、
わたしの心にちくり甘い痛みをもたらした。
- 173 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:24
-
夜。
明日の授業の教科書を用意していると、携帯が鳴った。
梨沙子だ。
「もしもし、梨沙子?」
『愛理?今バイト終わりー』
「そっか、うん、バイト先すごくかわいいお店だったよ、
お茶もおいしかったし」
『ありがとぉ!舞美先輩がさ、愛理はいい子だねって言ってたよー』
「そっかぁ」
なんだか嬉しくなった。
初めて会った人に気に入ってもらえた、それはとても嬉しい。
あんな綺麗な人ならなおさらって言うか。
- 174 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:24
- 「…舞美先輩、すごく綺麗な人だよね」
『そうだよねえ、お姉さんもちょっと見たことあるけど
たしかすごく綺麗だよ。顔あんまり覚えてないんだけど』
「へえ、お姉さんいるんだ」
『うん、なんか…あんまり似てないって言ってた』
似てないと聞くと不思議な気持ちになる。
でも、きっとどこかしら雰囲気は似てるんじゃないのかな?
『良かったらまた来てね、舞美先輩も会いたいだろうし。
バイト先の男たちも愛理見たいって言ってたしー』
「えっ」
『…恋、できるかもよ?』
- 175 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:25
-
どき。
その響きに自分でも驚くほど動揺した。
かっと頬が熱くなる。
心臓がドキドキしてくる。
恋、…恋、かあ。
「…うん、出来たら、ね」
内緒話をするように小さな声で。
電話の向こうの梨沙子以外、誰も聞いてなんかいないのに。
梨沙子もくすぐったそうにくすくすと笑った。
『うん、出来たら。素敵な人を見つけたら一番に教えてね』
「そうだね」
恋のある私の世界を想像しても今はわからないけれど。
けれどきっと素晴らしく輝き始めるような気がして、どきどきとした。
子供が新しいおもちゃを買ってもらったみたいな気持ちで。
- 176 名前:12 美 投稿日:2008/09/01(月) 19:25
- END
- 177 名前:幹 投稿日:2008/09/01(月) 19:33
- 更新終了です。
>>164さん
ありがとうございます。
わたしもよっすぃ好きです。
頑張ります
>>165さん
一度起こしたものの、>>159ということです。
吉澤さんが二人を送り届け家に戻ってもまだ眠っていたそうです。
その後起きた石川さんに吉澤さんが激しく文句を言われたことは言うまでもありません。
- 178 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:22
- 「こんにちは」
「愛理!」
「愛理ちゃん、こんにちは」
次の土曜日に、愛理ちゃんが友達を連れてやってきた。
「はじめまして、有原栞菜です」
ゆっくりとお辞儀をする彼女のしぐさは
お嬢様学校の制服を着こなすそれだけど、
愛理ちゃんとはタイプがぜんぜん違うように思えた。
かもし出す雰囲気というか。
…たぶんだけど。
二人はおそろいでグリルチキンのトマトサンドとカラフルサラダを注文した。
飲み物は愛理ちゃんはまたアップルティー。
栞菜ちゃんはおすすめに乗せているハーブティー。
おいしい、おいしい、と食べてくれて私も嬉しくなった。
- 179 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:24
-
「菅谷、あれがお前の友達の愛理ちゃん?」
「わっ」
後ろから昼入りの男子が数名やってきた。
「そうだけど」
「どっち?」
「髪縛ってるほう」
「へぇー、いかにもお嬢様って感じ」
男子は興味津々。
何を思っているのだろうか。
考えたくもないことを考えてしまって気分が悪い。
私はため息をついて休憩に入った。
同じく休憩の梨沙子がひょこひょことついてくる。
「舞美先輩怒ってます?」
「なんで」
「…もしかして、あの中に本当は好きな人いるんですか!?」
「なんでそうなるわけ!?」
「だから、愛理をちやほやしてるのが気に入らないのかなって…」
指をいじって上目遣いをする梨沙子。
「ばか」
「わっ」
私はそのおでこを軽くはじいた後大きくため息をついて、更衣室へ向かう。
本気で言ってるのか気を使われているのかわからないけれど、助かった。
- 180 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:24
-
+++
- 181 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:25
- 愛理ちゃん達は食事を終えた後も話し込んでいたらしい。
私が休憩から戻ってもまだいた。
時間は昼とおやつのちょうど真ん中で人もまばら。
すかさず男子共が愛理ちゃんたちに近づいた。
「わー近くで見てもかわいい!愛理ちゃんって言うんでしょ」
「名前もかわいいー」
「ちなみに君は?」
「栞菜でーす」
「栞菜ちゃんも超かわいい」
「あはは、やだー」
愛理ちゃんの隣の女の子は嬉しそうだけど、
…愛理ちゃんは見るからにああいうの苦手そうだもんな。
「愛理ちゃん彼氏いたことある?」
「合コンとかするの?」
「うちらとかどう?」
「メルアド交換しない?」
どうやら栞菜ちゃんには彼氏がいると早々に宣言されたらしく、
男子の好奇の視線は愛理ちゃんにばかり向く。
苦く困ったように笑っているが、わからないのか。
…男は本当に馬鹿ばっかり。
- 182 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:25
- 愛理ちゃんは断れず携帯アドレスを教えていた。
愛理ちゃんは絶対押しに弱いんだから、押し切れば何とかなると思ってるのだろう。
私は不機嫌を隠せない。
か弱い存在をよってたかっていじめる卑怯者に見えた。
と。
「ねえねえ、写真撮ろうよ」
「え…あ、はい」
「なんかおじょーさまって感じー!」
あたしだって!とむきになっている梨沙子を適当にあしらって、
愛理ちゃんの新鮮さに騒いでいる男子が携帯を取り出して愛理ちゃんの横に並ぶ。
その肩をぐっと抱いた瞬間、愛理ちゃんがこわばった。
…。
やばい?
「はい、チーズ」
けれど、彼女はピースサインをして笑って写真を撮ったのだった。
- 183 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:26
-
…意外と、強い子なのかな。
でも。
ばたばたばた。
ぐいっ
「ひゃっ」
私は駆け寄って、愛理ちゃんの手をとった。
きょとんとしているままの愛理ちゃんを引っ張っていく。
「おい?」
「なにすんだよ舞美」
なにかうまい言い訳、私の姉なら思い浮かぶんだろうけれど。
私には愛理ちゃんを連れ出すだけでいっぱいいっぱいだった。
「あの…?」
「いいからついてきて」
私は愛理ちゃんを連れ出して、店の奥の食材庫の裏に止まった。
静かでめったに人も来ない場所だ。
- 184 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:27
- 「……」
愛理ちゃんは軽く俯いて困っているようだ。
私は胸の中のもやもやを愛理ちゃんにぶつける。
「嫌じゃなかった?」
「え?」
「あんな風に肩抱かれて」
愛理ちゃんは眉毛を下げて、俯いてぼそぼそと私の問いに答えた。
今にも消えてしまいそうな透明感。
「………でも、ああいうのって普通なんですよね?だったら」
普通。
確かに普通。
でも
震える愛理ちゃんのまつげを見ていると。
珍しくもじもじと制服のリボンをいじっている姿を見ていると。
- 185 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:28
- 「わたしは、普通に男の人と接することができる女の子じゃないから、少しでも」
「普通になろうと無理する必要なんてない」
そう思ったのではっきりとそう言った。
愛理ちゃんの目が見開かれて私を見る。
「嫌だと思うんだったら我慢する必要なんてないでしょ。
そこまでしてあいつらと一緒にいたいと思ったの?」
愛理ちゃんは強く首を振る。
その目にはかすかに涙が浮かんでいた。
きっと男子に免疫のない彼女には怖いことがいっぱいあっただろう。
私だって、いまだに怖いことがいっぱいあるのに。
- 186 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:29
- 私はふっともやもやしたものが抜けて、壁にもたれかかる。
ひんやりとした壁が私の中の何かを抑えてくれる。
「…あのね、無理しなくていいんじゃないかなって、言い聞かせてるの」
「え?」
私も、この子ならなぜか話せる気がした。
愛理ちゃんをじっと見て、笑ったまま話す。
「…私」
「はい…」
「男が怖いっていうか…そういう関係でする行為が気持ち悪いっていうか。
だから私、彼氏とかできたことないんだ。軽い性嫌悪、っていうか」
愛理ちゃんが大きく目を見開いた。
「意外?」
「はい、あ…いえ」
「いいよ別に」
素直な愛理ちゃんに思わず笑ってしまう。
- 187 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:30
- 「でも、どうして」
「わからない。生まれつきなのかな?特に何かされたとか、そういうことはないんだけど…
人間は汚いんだって、思っちゃうの」
「……」
「愛理ちゃんみたいな女の子はきっと、恋はきらきらしてて、
毎日が輝いて、たまに切なくて、とても素敵なものって感じに思ってるんだと思う」
「……」
「でも私は恋をしたこともないくせに、一度もそう思ったことがない」
自分がおかしくて、少し笑ってしまう。
でも愛理ちゃんはじっと私を見て、笑わなかった。
「たぶんこのままじゃ一生そうかな」
「そん、な」
愛理ちゃんがあまりに悲しそうにする。
そんな顔させるために言ったんじゃないの。
「だからさ」
私は明るく声を張って、愛理ちゃんの肩に手を乗せた。
にこ。
うまく笑えてるかな。
- 188 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:30
-
「愛理ちゃんは、私が恋をしたくなるような、素敵な恋をしてね」
「…」
ふわ、と軽く口をあけて愛理ちゃんが私を見ている。
聡明そうな顔立ちはまだ幼くて、なんだかもう一人妹ができたみたい。
一人はもちろん梨沙子。
「悔しくなるくらい、羨ましくなるくらい、幸せな恋をしてほしいなって思うの。
なんでかな?こんなに思っちゃうんだよね…愛理ちゃんが、とても純粋に見えるからかな」
「私は…そんな」
「大丈夫だよ。私が言うのもなんだけど、きっと愛理ちゃんは素敵な恋ができるから」
「…」
「ね?」
「…舞美先輩…」
「お願い」
愛理ちゃんは、深くうなずく。
そして、
「はい」
と微笑んだ。
- 189 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:30
- 「そのときは、めいっぱいの笑顔とピースの写真を送ってね。
ピースは勝利と平和のサイン。愛理ちゃんが幸せを勝ち取った証に」
「はいっ」
私たちが微笑み合うと、梨沙子が様子をのぞきにきた。
私が愛理ちゃんに目で合図すると、彼女はしっかりとうなずいた。
なーに、ずるい!と梨沙子がだだをこねているのをほっといて、私は仕事に戻った。
なぜこんなことを託したのが愛理ちゃんだったのか、わからない。
ただなんとなく、彼女と私の中で愛という存在の比重が似ていた気がした。
形も見方も違うのに、重すぎるほど縛られている、それに。
だから愛理ちゃんは、私。
- 190 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:31
-
愛理ちゃんが幸せになれれば、私も幸せになれそうな気がした。
愛理ちゃんはしっかりとした足取りで店を出る。
見送る男子たちには振り返らずに歩いて、姿が遠ざかっていった。
初めて、頼もしい背だと思った。
- 191 名前:13 ピースサイン 投稿日:2008/09/05(金) 15:31
- END
- 192 名前:幹 投稿日:2008/09/05(金) 15:32
- 更新終了です。
…1レス目は自分でもびっくりしました。
申し訳ありませんでした。
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/07(日) 00:36
- 新鮮なやじすずだ
- 194 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:08
- 「今日はあの鈴木家が来るから、気合入れていけよ、吉澤」
「…鈴木家?」
「知らないのか、この街一番の金持ちだぞ。失礼のないように」
「はぁ」
「まあ吉澤に関してはそんなに心配してないけど」
高校から延長して働かせてもらうことになった多少高級なホテルで、
あたしは着慣れた制服に身を包んでいた。
将来はこのホテルの正社員にならないかと誘われている。
ぱりっと白いブラウスに、黒いベスト、黒いすとんとしたズボン。
蝶ネクタイを締めて。
タイトスカートよりも動きやすくてここの制服は気に入っている。
- 195 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:08
- まあ、今日もいつもどおり。
スマートに、手際よく、美しく。失礼のないように。
ただそれだけ。
金持ちが来ようと有名人が来ようと、だ。
あ、でもレオとか来たらさすがにテンパるかな…
「吉澤、前菜の確認してきて」
「はい」
会食が始まるまで、あと30分。
- 196 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:08
-
+++
- 197 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:09
- 「では、鈴木様のお誕生日を祝して、乾杯!」
かんぱーい。
一斉に会場が騒ぎ始め、右を見ても左を見ても
お金持ちそうな人たちがグラス片手に談笑している。
あたしは使い終わった皿を下げたり、不足した食材を足したりせわしなく歩き回っていた。
乾杯用のグラスを回収しながら今日も色とりどりの食事に目を奪われていた。
ここのホテルは値段も張るが、その分料理も文句なしに美味いし、
余った時にもらえるおこぼれだけがこの仕事の楽しみだった。
今日はどうなんだろう。
あの魚介のカルパッチョ、まだ食材が動いているようだ。
あー、おいしそう。
- 198 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:10
- と。
「すみません、こちらはなんていうケーキですか?」
肌が白くてふっくらとした、どこかハーフのような女の子に話しかけられた。
舞美より少し下くらいだろうか?巻き髪の似合うほんわかした顔立ちが美しい。
ドレスもピンクでよく似合っていた。正真正銘のお嬢様だ。
「あ、はい。こちらは季節のフルーツのタルトです。
季節の食材は洋梨を使用しております。
ちなみにこちらからチーズスフレ、チョコレートケーキ、モンブラン、
南瓜のプディング、ブルーベリーのムースでございます」
手振り付きで噛まずに説明すると、なんだか決まったとか思う。
まあ噛まずに済むことはあまりないんだけどね。
今回は大成功といってもいい。
「はい、ありがとうございますっ。愛理ーどれにする?」
その女の子が嬉しそうに後ろを振り返った。
あたしは素早くその場を立ち去った。
- 199 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:10
-
+++
- 200 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:11
- パーティーも中盤に差し掛かった時、ふいに水色のワンピースの少女が目に留まった。
しきりに似たようなスーツ姿の中年男性たちに話しかけられ挨拶をしていた彼女は
おそらくこのパーティーの主役の娘か何かだろう。
育ちの良さそうな雰囲気が出ていた。
けれど、あたしが気になったのは彼女の外見ではなく。
人が途切れた隙を見て失礼ですが、と声をかけた。
「はい…?」
やっぱり。
すごく顔が青い。
なんとなくさっきから気になっていたけれど、
しきりに眉を寄せたり、お腹や腰をさすったりしていた。
おそらくだけど、あたしと症状が似ているから、あれだと思う。
- 201 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:11
- 「どこか具合がよろしくないのでは?」
「え?…いえ、大丈夫です…」
「よろしければ椅子をご用意いたしますが」
「いえ、…そんな」
具合が悪いと悟られたくない気持ちはわかった。
原因が原因だからなおさらだ。
しかし明らかにふらついていて、今にも倒れそうだ。
うーん、困った。
「困ります」
「え?」
きょと、とその子があたしを見上げる。
「こんなところで娘さんに倒れられたら、お父様も困るでしょう?」
「…」
彼女も困ったように唇を噛む。
父親のことも気遣えるなんていい娘さんだ。
あ、主役の娘で違いはなかったらしい。
- 202 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:11
- とにかく。
「こちらへ」
促して、会場の外へ。
会場の外にはソファが用意してあって、幸運にも誰もいなかった。
「少々お待ちください」
「はい…」
あたしは、軽く走って裏へと向かう。
たしか、持ってたはず。
- 203 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:12
- 「お待たせいたしました」
そして、コップに水を入れて、錠剤を二つ差し出した。
「こちらをどうぞ」
「これは…」
「痛み止めです。私物で申し訳ないのですが」
安心してほしくて、あたしはいつもよりもやさしく笑えているように思えた。
こういう大人っぽい子供は苦手だけど、この子はやさしい子だった。
だから、辛いまま笑っているのはどこか心苦しかった。
「…ありがとうございます…」
彼女はおとなしくあたしの差し出した白い錠剤を飲み下した。
コップを下げて、一歩下がり頭を下げた。
「良くなるまで、こちらでお休みください」
さて、仕事に戻らなきゃ。
コップを下げに歩きだしたあたしに、
「あの…!」
と、後ろから声が掛けられた。
体を向け直してほほ笑んだ。
- 204 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:12
- 「はい?」
「本当にすみません、ご迷惑おかけします」
「いいえ、気持ち良く過ごしていただくのがホテルの勤めですので」
なんて、あたしバイトだけどね。
「本当にありがとうございました」
やっと緊張のない笑顔を見せてくれた彼女は、顔色が戻ったせいなのか幼く見えた。
あたしもなんだかいい気分だ。
よかった、備えあればなんとかってやつだね。
- 205 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:12
-
+++
- 206 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:13
- パーティーもそろそろ終わる頃。
話も盛り上がってあまり食事に手をつけていない人々の中で、
季節のフルーツのタルトを美味しそうに頬張っている彼女を見つけて、
あたしは心の中でほっとした。
しかし。
彼女が会場に戻ってからホテルを出るまで、
なんだか彼女にとても見られていたような気がしたんだけれど、気のせいだろうか?
- 207 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:13
- 「愛理ー、ごはんおいしかったねー」
「うん、すごく」
覚えたのは彼女の名前。
すぐに忘れてしまいたくないのは…彼女の、儚くて透明な笑顔。
なんだか心が洗われるような心地がした。
バイトを終えて携帯電話を確認するとメールが2件。
メルマガと、あいつからの復縁を求めるメール。
…なんだこれ。
一気に冷めて、あたしはそのメールを削除した。
こんなはずじゃなかった。
とか、言ってみる。
- 208 名前:14 季節のフルーツのタルト 投稿日:2008/09/09(火) 21:14
- END
- 209 名前:幹 投稿日:2008/09/09(火) 21:15
- 更新終了です。
>>193さん
ありがとうございます。
今作は新しいものを目指していますので。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/13(土) 10:48
- おぉ、これは好みの展開
続き楽しみにしてます
- 211 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:19
- 「だから、あの方がきっと運命の人なの!」
「へぇー、よく見てなかったぁ」
「すごく素敵な方だったよ。かっこよくて、動きがスマートで、さりげなくやさしくて。
わたしなんかのことまで見ててくれてたんだもん。
男の方であの症状を分かってくれるなんて、よっぽど繊細な人なんだなぁ…」
愛理がこんなに誰かの話を嬉しそうにしているなんて。
しかも、男の人のことを。
あたしもうれしくなってしまう。
この間行われた愛理のおじさんの誕生日パーティーで、
愛理は運命の出会いをしたらしい。
なんでも生理痛に誰よりも早く気が付いてくれて、こっそり薬をくれたんだとか。
ていうか、あたしも気がつかなかったのに、気がつく男の人ってすごいなあ。
- 212 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:19
- 「その人にまた会いに行こうよ」
「え!?」
うっとりと話していた愛理が急に顔を真っ赤にして飛び上がった。
本当に、こんな愛理初めて見る。
頬に手を当てて、困ったようにうつむいてしまった。
「無理だよぉ、宴会場なんてもう行く機会しばらくないし…」
「でも会いたくない?」
「…」
愛理は、こっそりうなずいた。
「じゃあ行こうよー」
「うん…また、いつかね」
「てかさぁ、運命ならきっとまた違う場所で再会したりして!」
「ええっ!!」
さっきから愛理の反応が面白くてつい笑ってしまう。
もう、からかわないで、とあたしの肩を叩く愛理がすごく女の子だった。
- 213 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:19
- 「あ、着いたよー」
「ここ?」
「うん、綺麗なおうち」
「うんっ」
立ち止まったあたしたちの目に入るのは、舞美先輩の家。
今日はたまたまバイトが二人とも休みだったので、
遊びに行ってもいいですか?と聞いたら、普通にいいよと言ってくれたのだ。
愛理も、と言ったら喜んでさえくれた。
普通なら高3なんてバタバタしているけれど、舞美先輩は推薦先も決まっているし
特に焦っている様子はなかった。頭がいいってうらやましい。
それに、バイト先の人のおうちに遊びに行けるなんて、それも何だか嬉しかった。
- 214 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:20
- ピンポーン。
ピンポーン。
二回インターホンが響いたら、はい、と舞美先輩の声が聞こえた。
「菅谷でーす」
『はぁい、…ごめん、ちょっと姉がソファで寝てるけど気にしないでね』
「わ、今お姉さんいるんですか?」
『うん…』
舞美先輩の声は沈んでいるけれど、なんとなくあたしはうれしくなった。
会ってみたいし、愛理に会わせてみたいし。
あたし達はドアの向こうから出てきた舞美先輩に挨拶をした。
- 215 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:20
-
+++
- 216 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:20
- 「なんか居間のソファで寝ちゃってて。
動いてって言ってもやだってきかないんだもん。
ほんとに変なとこ頑固なんだよね、うちの姉。
ごめんね、ほんと。気にしないで」
困ったような怒ったような舞美先輩の後ろに続いて家に入っていく。
「いえ、ちょっとお姉さんのお顔見てみたいですし」
横目で見る愛理も好奇心を隠せないようだった。
それはそうだ、こんなきれいな舞美先輩のお姉さんだもん。
居間に入っていくと、早速あたしはお姉さんの姿を探した。
遠くにあるソファから、頭だけが見えている。
- 217 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:20
- 「ちょっと、失礼しまーす」
あたしはこっそり早足で顔の見える角度まで回りこんだ。
そこには色の白い、綺麗な人の寝顔があった。
まつげが長くて、どこか男の人みたいな雰囲気の人がいた。
あんまり舞美先輩には似てないかも。寝顔だけでも、顔の系統が違う感じがした。
舞美先輩は和風だけど、お姉さんはどことなく洋風。
「わぁ…綺麗だねー…愛理」
後ろに気配を感じたので、愛理だと思って振り向いた。
「…………」
それは愛理だったんだけど、それは。
- 218 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:21
-
「え……ぇ?……」
愛理が大きな目をしたまま固まっている。顔色は優れない。
あたしにその理由はわからない。
「どうしたの?愛理」
「……」
あたしの声なんて聞こえないみたいに、愛理はじっとお姉さんを見ている。
「…舞美先輩」
「ん?なに?」
愛理にはなんだか甘い舞美先輩が笑って答える。
けれど愛理はまだじっとお姉さんを見つめて顔面蒼白だった。
「…おねえ、さん…なんですよね?」
- 219 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:21
- よくわからない質問だった。
そんなに似てないかな。
舞美先輩も首をかしげながら、そうだよ、と言った。
いっそう愛理の目が見開かれた。
「…お姉さ、ん……お姉さん……?」
愛理の手からカバンが滑り落ちて。
あたしがあっと言う前に音が鳴った。
ごとん。
硬い鞄だから大きな音が鳴る。
それは何か動かすかのように妙に響いた気がした。
- 220 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:21
- ごそ、ごそ。
「うん…?何…」
低めの声が聞こえて、お姉さんが体を動かしてやがて目を覚ます。
色の薄い、びっくりするくらい大きな目が開いた。
きれい。
すごく、きれいなひと。
お姉さんがあたしを見て、それから愛理を見た。
愛理の顔色が悪いのが目に留まったのか、そのまま愛理を見ている。
「…」
「…あの……」
愛理の声にならない声。
そのただならぬ様子を感じ取ったのか、
お姉さんは目の前に立ちつくす愛理を見て、しばらくぼーっとしていたけれど。
「――――」
あ、という顔をして。
慌てて体を起こして、愛理の顔を覗き込むようにした。
- 221 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:21
-
「……鈴木…様?」
え?
何?何?
どういうこと?
あたしも舞美先輩も、
二人だけがわかっている事実を一切感じ取ることができなかった。
「…舞美先輩の、お姉さん…だったんですか」
「あ、どうも。吉澤ひとみです。…偶然だね、また会うなんて」
お姉さん改めひとみさんが微笑んだけれど、
愛理はただ呆然としているだけだった。
- 222 名前:15 頑固 投稿日:2008/09/13(土) 21:22
-
「…………おんなのひと…」
ぼそっと呟いた愛理の声が聞き取れた。
けれど、全く意味はわからなかった。
『運命ならきっとまた違う場所で再会したりして!』
自分の言った言葉なんて思い出すことはなかった。
- 223 名前:幹 投稿日:2008/09/13(土) 21:23
- 更新終了です。
>>210さん
ありがとうございます。
こんなんですがもう少しだけお付き合いください。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/14(日) 02:36
- 更新お疲れ様です。
運命の再会にドキドキです。
続き楽しみにしてますね。
- 225 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:30
- わたしは混乱を収拾することができなかった。
舞美先輩がふるまってくれたおいしいらしいクッキーも、味が全くしなかった。
目の前で紅茶をすする姿を見てもまだ信じられなかった。
だって。
だって。
…運命だと思っていた方が、女の人だったなんて。
誰にも、言えない。
こんなこと。
こんな恥ずかしいこと。
わたしは一人渦巻くマイナスの感情の中にいた。
- 226 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:30
- と。
あの人…ひとみさんの視線を感じて息が止まる。
今は見つめてもいないのに、脳に焼きついたひとみさんの全てが心でぐるぐると回っている。
そう。…きれいで。
大きな目。細い鼻筋。小さな唇。色味のない肌。
やさしく響く低めの声。
きれいで、この視線にやっぱりドキドキする。
一つ一つの仕草にドキドキする。
なのに。
なのに。
こんなの間違ってる。こんなの、おかしい。
だって、私は女だから。
女の人に恋をするなんて、勘違いでもあり得ないの。
だからこのドキドキは嘘。勘違い。
どうして勘違いなんてしてしまったんだろう。
わたしが性別を間違えたりしなければ、こんな気持ちにはならずに済んだのに。
今はぐちゃぐちゃで、泣き出しそうなほど苦しかった。
- 227 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:30
- じっと見つめていたかと思ったら、唐突にひとみさんが私の手を引いた。
驚いて見上げると、やはり目の前にはあの時のあの人がいた。
「ねーねーちょっと、愛理ちゃんの紅茶の入れ方すごいおいしいよ!
ちょっとやり方教えてくれない?」
その時の笑顔が、あの時の笑顔で。
…何かを含むような、影があって。
そう、わたしはこの顔に惹かれた。
どこかさびしげで、何かをあきらめて。何かを冷静に見ているような冷たい心。
そのひんやりとした感覚が、どこか世界と馴染めない気がするわたしと似ている気がしたの。
「ね?」
頬笑みを向けられる。
その微笑みで、なぜかわかる。
単純にわたしの気持ちを無視してわたしの手を取っているわけではないと。
- 228 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:31
- 「ほら、立って」
「……はい」
嫌な気持はしない。
わたしは言われるがまま立ち上がった。
わたしはひとみさんの横に並ぶ。
あの時は気がつかなかったけれど、背の高さもさほど変わらなかったんだ。
「ちょっとお姉ちゃん、愛理ちゃん断れないでしょ」
舞美先輩が怒ったような声を出した。
別に、嫌なわけじゃないんだけど…舞美先輩の好意が申し訳ない。
すると、ひとみさんが舞美先輩を見て笑った。
あの笑顔とはまたちょっと違う笑顔。
「まあまあ二人は座ってて。
あたしが愛理ちゃんに教わっておいしい紅茶入れちゃうから」
初めて会ったときから、ひとみさんの言葉には、
軽い調子の中に有無を言わさない圧力がどこかにあるように感じた。
舞美先輩が黙ってしまう、あんな感じ。
笑いながらひとみさんは人をどこかでコントロールしている。
- 229 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:31
- 「…」
舞美先輩は口ごもって、立ち上がりかけた体を元に戻した。
「行こう」
そして、わたしの手を引いて台所へと向かった。
ひとみさんとわたしの手がつながっている。
ひとみさんの手はあたたかい。
そして、やわらかい。
後ろを歩くといいにおいがする。
女の人の甘いにおい。
現実を突きつけられる。
…本当に、あなたは女の人なんですね。
- 230 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:32
- お湯を沸かしている音がする。
さらさらと紅茶葉をポットに入れる音がする。
わたしの心臓の音と、どっちが大きいだろう。
息もできなくなりそうなほどに緊張していた。
下を見たまま、動けない。
ひとみさんは台所の隅で紅茶葉を眺めながら、わたしを見ないでつぶやいた。
「なぁに、また具合悪いの?」
「……」
また。
この人は。
「顔色また悪いし、なんか元気ないね」
「……」
声が出ない。
笑えない。
笑って、なんでもないと言えない。
ショックが大きすぎて。
- 231 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:32
-
「…やっぱり、あたし?…なんかした?」
気まずそうにわたしをちらりと窺い見るその繊細な観察力。
二人だけで話してくれるその気遣う心。
ああ。
やっぱりあなたはわたしが思ったような人。
わたしが思ったように素敵な人だし、
あなた以上にわたしを見ている人なんていない。
本当に素敵な人なのに。
運命すら感じたのに。
出会った日の夜はドキドキが止まらなくて眠ることもままならなかったのに。
- 232 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:32
-
どうして。
どうしてあなたは女性なの。
どうしてこんなことになっちゃったの。
どうして出会ってしまったの。
どうしてこんなに好きになってしまったの。
「…………っ………」
涙がこぼれて、おさえられない。
台所のキッチンペーパーをそっと頬に押し当てられて、
その優しさがどうしても苦しくて涙が止まらない。
「っ、くっ…っ…!」
やさしい手。
ずっと我慢していたものを吐き出させてくれるやさしい手。
夢見ていた、こんな風に隣にいてくれる人を愛する日を。
隣にいてくれる人がわたしを愛してくれる日を。
あなたはわたしの夢見ていた恋人にとても近い。
- 233 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:32
- ああ。
どうして。
…あなたのことが、やっぱり好き。
わたしがあなたに恋をしたのは間違いない。
この気持ちをどうやって消したらいいのかわからない。
あなたはすべてを知っているように笑うから。
わたしの唇は導かれるように開いていく。
「……………あなたを」
「ん」
「男の人だと、思って……」
「…ん」
「わたしっ…あなたを、………」
「ん…?」
- 234 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:33
-
す。
き。
に。
声に出せなかった。
ぼろぼろと涙がこぼれた。
けれど読み取ってくれたようで、わたしの涙をぬぐう手が止まった。
「………」
「………」
わたしのこの迷惑な感情に、戸惑いを隠せていない。
沈黙。
…。
- 235 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:33
- ピイイイイイイイ。
「!」
やかんが高い音を発して、ひとみさんが慌てて火を止める。
ひとみさんはゆっくりとやかんのお湯をティーポットに注いだ。
…見ていたのだろうか。
わたしがしたように紅茶を淹れる。
全部、時間も量も同じ、蒸らし方も、わたしがお母さんに教わったまま。
紅茶葉が開いて。
香りが立って。
湯が、赤く染まって。
「………………ごめんね、女で」
- 236 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:33
- ぽつり、やさしい香りを放つ紅茶をカップに注いで、ひとみさんがつぶやいた。
謝らないでほしいと思ってしまった。
なんの望みもあるはずがないこの勘違いの感情に答えを出す必要も何もなかった。
答えだけがただ、痛い。
それでも。
「…たし…」
トレイに紅茶を置いて、持って行こうとする姿に通りすがりざまに言った。
「……だめですか」
「え?」
ぎゅう、とこぶしを握り締めて、心が叫ぶままに。
- 237 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:34
-
「…わたしの、気持ちは…はじめての恋は、絶対に、叶わないんですか……?」
なぜそんなことを言ってしまったのか自分でもわからなかった。
そんなのわかりきったこと。
ひとみさんにとって、わたしの感情がなんでもないことなんてわかってる。
ただの子供が自分の性別を間違えて恋しただけで、
性別が違うとわかればもうそこでひとみさんにとっては終わる話なのだとわかる。
それでも。
「んー」
ひとみさんは困ったように笑って。
「偏見があるとかじゃないけど」
わたしのために。
「愛理ちゃんのことをそういう風な対象で考えることは、たぶんない」
はっきりとそう言って、わたしを突き放した。
- 238 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:34
- はい、このお話はもう終わりね。
諦めて新しい恋を探してね。
そう言ったのだった。
初めての恋を、これ以上傷つかないうちに終わらせようとしてくれるんですね。
わたしには全部わかっちゃうんです。
あなたはやさしい人。
あなたは素敵な人。
だから。
だから。
もう、このまま終わりになんてできないんです。
わたしはしつこい人間です。
自分でもあきれるほどに。
- 239 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:34
- …涙をぬぐってくれたキッチンペーパーを捨てる。
こんな風に簡単に割り切れたら。
何もなかったかのように紅茶を配っているひとみさんを台所から見ている。
きらきらとしている。
誰よりも私の世界で光っている。
やっぱりあなたは、世界でいちばんわたしの恋する人に近い人。
男性でも女性でもそれは変わらない。
あなたが、好きです。
あなたは困るでしょう。
けれど私の初めての恋は、今もまだここにあります。
簡単に捨てることなんてできないんです。
- 240 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:35
- 運命なんですよね?
梨沙子の言葉がよみがえった。
こんなにすぐにまた会えるなんて。きっと、運命。
色味のないわたしの世界に現れたこの鮮やかな人物に恋をして何が間違っているの?
私は笑って、居間に戻って行った。
覚悟を決めて。
- 241 名前:16 空谷跫音 投稿日:2008/09/14(日) 21:35
- END
- 242 名前:幹 投稿日:2008/09/14(日) 21:36
- 更新終了です。
>>224さん
ありがとうございます。
どうなっていくのか、ぼんやり見ていてくださるとありがたいです。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/15(月) 01:23
- いつ読んでもドキドキします…
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/15(月) 01:44
- あー、いいなあ。
またきますね。
235のせりふは、なんかくるものがある。。。
- 245 名前:見学者 投稿日:2008/09/15(月) 02:42
- 優しく包み込んで、それをいなす、よっすぃ〜がすごいです。かっけ〜です。
正直、キュートの子たちのことは分からないのですが、それでもこの物語にはとても魅了されてしまいます。
- 246 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:53
- 夜。
誰も隣にいない夜があって。
誰かいなきゃ寂しくて眠れないなんてことはないけれど。
ただ、隣に誰かがいたことは何かが違ったんだと感じて寝つきが悪くなったりはした。
あたしが弱いと。
知っている人は、ごく少数。
家族と。
梨華ちゃんと、絢香と、まいちんと。
…あと。
- 247 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:53
- リダイアルを見たら、梨華ちゃんが一番最近だった。
何の用件で連絡を取ったのかも思い出せないけれど、それくらいが丁度いい関係。
プルルルル。
プルルルル。
プルルルル。
プルルルル。
プルルルル。
プルルルル。
あ、絶対寝てる。
当然か。
プルルルル。
プルルルル。
- 248 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:53
- 『んぅう…』
しつこく電話を鳴らしてあげると、10コールめくらいで不機嫌な唸り声が聞こえた。
唸るっていうか、梨華ちゃんの声だからもっとなんかえっちな感じなんだけど。
でも普段の梨華ちゃんを知っているとそれにドキドキなんでできない。無理。
「もしもぉし、梨華ちゃん」
『んもぉ、なによぉ、…こんな時間にぃー…』
「今日の合コンどうだった」
『わかるでしょ?この時間にぐっすり眠ってるんだよ?』
「梨華ちゃんは男運がないもんねえ」
『うるさいなぁもう。夜中に電話かけてきたと思ったらなんなの?』
明らかに不機嫌な梨華ちゃんが面白くてからかうけれど、
あまりからかいすぎると本気で怒りだすのでこの辺でやめといた。
今は何だか梨華ちゃんのような人の考えを聞きたい気分だった。
- 249 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:54
- 「いい男いなかった?」
『いい男なんてねえ、いないなんてもんじゃないって。存在するの?そんなの。
今日は本当にテレビドラマの中でだけの話なんだなって思ったよ。
運命の出会いとか、いい男が自分を気に入ってくれるとか』
「あっはっは」
テレビドラマ大好きな梨華ちゃんが夢見るシチュエーションはいつもベタで面白い。
笑ったわね、と低い声が聞こえたので笑い声を自重しておいた。
『だいたいねえ、男なんて身勝手で本当に自分のことばっかりなんだって。
そんな顔して意外と口うるさいとかさぁ、
もうちょっと大人しかったらタイプなんだけどとかさぁ!知らないよって。
勝手に理想押し付けて勝手に幻滅しないでよ。私が私で何が悪いの?』
「んー」
- 250 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:54
- 確かに梨華ちゃんは見た目と中身のギャップがあるから、
梨華ちゃんの素顔を見て幻滅したという男の声はよく聞かされる。
でもそれは男が抱く一方的な梨華ちゃんへのイメージで、
それと違うからって批判したりするのは違うと思った。
思わせぶりな梨華ちゃんの存在が悪いって言う言葉も聞いたことがある。
…男にとって「いい女」だってそんなにはいないもんだよ。
あたしらにとって「いい男」も見つからないみたいにね。
確かにそうだよね。
あたしらも一緒だよ。
一方的に理想と現実のギャップに失望しているだけだね。
『…全部、ありのままを受け止めてくれて。
私だって自分がどうしようもないことくらいわかってるもん。
だから、こういう私を全部愛してくれる人がいればなあって思うのよ』
「…」
- 251 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:54
- あたしは。
今まで付き合ってきた誰にも、本当の自分を受け入れてほしいと思ったことなんてなかった。
到底不可能だとわかっていたし、それほどに思い入れる相手と巡り会ったことなんてなかった。
あたしは根本的に人を信用していない自分を知っている。
信じることもできない人に話すべき自分の心を持っていないことも。
それでいいわけじゃない。
梨華ちゃんみたいなことだって言ってみたい。
本当は、心から誰かと信じあえればそれが一番美しい恋愛だと思ってる。
「会えるよ」
『え?』
「そういう相手」
『……』
「いいよいいよ梨華ちゃんいいよぉー。いいよいいよ。
なんでも買ってあげる。かわいい梨華ちゃんが言うんだもん。
梨華ちゃんが喜ぶならそれでいいんだよぉー。
ほんとに梨華ちゃんはわかいいなぁ、何でも許しちゃうよぉー」
『やめてよ、気持ち悪い!』
「違うの」
『違うに決まってんでしょお、ばか!』
笑い合って、安易な全肯定の醜さを改めて感じた。
- 252 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:54
- …あの子は。
あたしの性別を知って、きっと計り知れないショックを受けただろう。
それなのに一度だってあたしを責めたりせずに。
どう考えたってあたしが紛らわしい格好で顔なのが悪いのに、
紛らわしいお前が悪いんだって言われても仕方がないのに。
たぶんあの子はあたしが思うように大人な考えを持っていて、
どこかで冷静に自分や世界を見ていて。
感情的になりすぎて人を傷つけるようなこと、ないんだと思う。
辛いこともいっぱいあったんじゃないかな。見たくないこともよく見えすぎて、苦しかったりとか。
自分と世界との間に壁があるように感じたりとか。
当たり前のようにはしゃげない自分の存在に悩んだりとか。
- 253 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:55
- …変なの。
そんなに話したこともないくせに、顔を見ているだけでそんな風に思ってしまう。
大人びている目のせいだろうか。
どこか温度の低い表情のせいだろうか。
物腰の穏やかなあの子は、あたしなんかよりずっとしっかりしてるように見えたけど。
…もしあたしが男だったら。
あたしはあの子の葛藤も肯定して。あたしの葛藤も肯定してもらって。
もしかしたら、最高の恋愛ができたかもしれないんだなと思った。
けれどあたしにはあの子が一度夢を持ったような男になれる自信はなかった。
あたしが男だったら、とか言う女は何人かいたけれど、
実際にあたしがこのまま性別だけ男になってもたぶん何も良くならない。
むしろ、今よりも恋人ともめそうな気がする。
今でも言われるからなあ。
- 254 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:55
- 本当に俺のこと好きなわけ?
お前、本当に何考えてるかわかんねえ。
俺のことなんか本当はどうだっていいんじゃねえの。
…女って、そういうとこ結構厳しいじゃん。
だから。
何も言わないでもなんかわかっちゃうような人がいれば。
それはすごく、すごく楽で。
…それが女でも、そうなのかなあ。
なんて、バカバカしいことを考えてしまった。
- 255 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:55
- 本当にバカバカしい。
何か感じるものが同じ気がするからって、
そんなすぐ恋愛に結び付けられるほど単純じゃない、女同士は。
気が合うから付き合ってみる?なんてならないでしょうが。
ならない。
ならないから。
そういう風に、できてないから。
だから。
やっぱり。
考えているうちに眠ってしまったらしい。
翌朝、切れてそのままの電話が怒っているように見えた。
とりあえず、お詫びのメールを入れておいた。
- 256 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:55
-
+++
- 257 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:56
- 「…お姉ちゃん」
「んー?何」
あたしを嫌いな妹に話しかけられるたび、
あたしはどことなく仮面をかぶったように笑ってしまう。
だから嫌われるんだろうけど。
舞美が持っていたのは手紙だった。
「…愛理ちゃんから、手紙きてるよ」
「………愛理ちゃんから?」
あたしもさすがに驚いた。
けれどすぐに納得して、その手紙を受け取った。
- 258 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:56
- 「お姉ちゃん愛理ちゃんとどこで知り合ったの?」
舞美の責めるような目があたしの仮面にじんわり染み込む。
舞美は愛理ちゃんのことを気に入ってるみたいだったからなあ。
自分の妹みたいに過保護になってる。
…あの子はそんなに弱くないのに。
あんたよりもずっと強いのに。
「わかってるの?愛理ちゃんはすごく純粋でいい子なんだよ。
もしなんか傷つけるようなことしたら」
あんたはいつも誰かを守ろうとしていて、それで強くなっている気でいるよね。
弱いあんたが実は守られているとも知らずに。
- 259 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:56
- 「何言ってんのさ。バイト先のホテルでちょっと具合悪そうだったから
薬あげただけだよ。たまたま会えたからお礼の手紙でもよこしたんじゃない?
ほらあの子なんかお嬢様なんでしょ?躾厳しそうだもん」
けれど、あたしにそれを言う権利はないから。
言うほど偉くもないし、正しくも生きていない。
舞美を傷つけることになるその言葉を飲み込むと、のどが一瞬チクリと傷んだ。
あたしは仮面の笑顔を舞美に見せて、自分の部屋へ戻ってから手紙を開けた。
きれいな字で書かれた手紙を、ゆっくりと読んでいく。
- 260 名前:17 Resonant 投稿日:2008/09/16(火) 00:56
- END
- 261 名前:幹 投稿日:2008/09/16(火) 01:00
- 更新終了です。
>>243さん
ありがとうございます。とてもうれしいです。
>>244さん
ありがとうございます。
ここが特にいい、というお言葉、とてもありがたいです。
>>245さん
私自身吉澤さんから℃-ute、℃-uteから吉澤さんと
興味を持っていただこうと目論んでいたのでそのお言葉はとっても嬉しいです。
ありがとうございます。
さて、残すところあと3話というところで完全に容量不足となりました。
というわけでこのスレは森板に移転を申し出ます。
森板でもよろしくお願いします。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/16(火) 01:48
- 弱くてずるい吉澤さんも魅力的だってことに早く気づいてほしいものですね
- 263 名前:幹 投稿日:2008/09/17(水) 08:22
- 移転していただきました。
どうも、幹です。
これからはこちらでよろしくお願いします。
>>262さん
まあ、私は彼女の気持ちに少し肩入れしていますw
- 264 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:23
- 「梨沙子、今日それ何回目?集中してくれない、お金もらってる時間なの」
「…ごめんなさい」
「そりゃあ梨沙子は働かなくても楽して生活できるだろうけど………
…ごめん、なんでもない。言いすぎた」
「いえ…」
つい梨沙子につらく当たってしまう。
周りのアルバイト生もあまり私に近づかない。
自分の知らないところで何かがある不安が、私を苛立たせていた。
愛理ちゃんは一体どうしてお姉ちゃんなんかと関わっているの。
お姉ちゃんは愛理ちゃんがかかわるような人間じゃない。
典型的なダメな大人で、毎日流されて生きてるような人で。
愛理ちゃんが付き合っても全くいいことなんてないんだから。
- 265 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:23
- なのに。
…お姉ちゃんを見る愛理ちゃんが、私を見るよりずっと感情的な気がした。
好きとか嫌いとかそういう感情の何かが強い目。
詳しくはわからないんだけど、とにかくどうでもいい人に向ける目じゃなくて。
鈍感な私にもわかる。
愛理ちゃんはお姉ちゃんのことを何かしら意識している。
バイト先のホテルでどんなことがあったのか知らないけど。
お姉ちゃんがどんな外面のいいことしたのか知らないけど。
お姉ちゃんは、愛理ちゃんが思ってるような人じゃない。
一刻も早く伝えなかったらだめだ。
愛理ちゃんが傷ついてしまう前に。
- 266 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:24
-
+++
- 267 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:25
- 昼のシフトを終えて、着替えながら愛理ちゃんに電話をした。
6回コールして、やっとつながった。
…少し遅い。
『もしもし』
「…もしもし、愛理ちゃん?」
『はい』
「今どこ?会って話せないかな」
『………今は、ちょっと』
少しの間。
愛理ちゃんの周りはとても静かだった。
「…じゃあとにかく用件だけでも聞いてくれる?」
『はい』
「これ以上うちの姉とは関わらない方がいいよ。
いいことなんて一つもないから」
つい、口調が荒くなってしまった。
焦っているのが自分でもわかる。
愛理ちゃんみたいなタイプはお姉ちゃんみたいな雰囲気の人に
憧れたりするものなのかもしれないけれど。
そうじゃないって、わかってほしかった。
- 268 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:25
- お姉ちゃんはそれは美人だし、何してもそれなりに上手くできて、
少し不真面目で学校で騒がれたりするような人気が出るタイプだったけど。
現実に見ていたお姉ちゃんはそういう自分を演じていて、
その偶像に騒ぐ人を見下していたし、本人はいつも冷めていた。
私にだって本当のことは言わなくて。
私にだって本当に笑ってくれなくて。
誰も信じない、ひどい人間なんだから。
『…どうしてですか?』
愛理ちゃんにはわからないよね。
でも、私がわからせてあげないと。
「お姉ちゃんのこと、かっこいいとか思ってる?
本当にそんなんじゃないから、お姉ちゃんはさ、本当に」
『……いいえ、かっこいいなんて思ってませんよ』
「え?」
意外な返事に私は一瞬たじろいだ。
かっこいい…じゃなかったら、何で?
- 269 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:26
- 『ひとみさんは…なんだか冷めていて、あまり本音を言わない人に見えます』
「…」
私は驚いて、言葉を失った。
『誰かと本気でぶつかることをしないで、格好だけ取り繕って。
世界と自分は断絶されているんだって考えている人だと思います』
「…愛理ちゃん」
彼女の姉への評価は、普通の女子高生が抱くそれとはまったく違った。
かっこいいとも、美人とも言わない。
ただ内面をポツリポツリと語っていく。
それがことごとく私の思うような姉と似ていて、私の心に突き刺さる。
声を明るくして、愛理ちゃんは言葉を続けた。
『でも、誰よりも人のことをよく見ているし、繊細な人です。
普通の人なら気がつかないようなことでも傷ついたりしてしまうような人です。
たくさん考えてるし、悩んでるし、でもそれを誰にも見せたがらないのは
恥ずかしいのもあるけど、心配かけたくないからだと思います』
まるで古くからの知り合いのようにお姉ちゃんのことを語る愛理ちゃんの声は、
落ち着いていて、どこか何かを悟っているようで。
- 270 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:26
-
『ひとみさんは、舞美先輩が思うような人じゃないですよ。
舞美先輩のこともちゃんと見てるし、愛してると思います』
私は逆に愛理ちゃんに説得されてしまったのだった。
返す言葉もなく、いつ電話が切れたのかもわからず、私は呆然としていた。
- 271 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:26
-
+++
- 272 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:26
- 気がつくと私の足は家に向かっていた。
通り過ぎる公園からいつもバスケットの練習をしている女の子が出てきた。
汗を拭きながらボールを抱えている姿を見ると私も体を動かしたくなる。
…少し、公園の遊具で遊んでも…怒られないかな。
もうすぐ夕日が沈みかける時間だった。
「手紙に書いたとおりです。口ではうまく説明できないんですけど…
手紙に全部、正直な気持ちを書きました。付き合ってください」
聞こえてきた声にとっさに身を隠した。
木の陰から、ベンチをじっと見る。
…薄暗くとも、その姿を見間違うはずもなかった。
- 273 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:27
-
「…だからさ、あたしがそれに応えることは、
愛理ちゃんを結果的に傷つけることになるかもしれない」
「いいんです。後悔はしません。もししても、ひとみさんを責めたりしません」
「あたしきっと愛理ちゃんが思うより軽いよ?」
「でも…もしかしたらって思ったら、こうするしかないんです」
「……本当にいいの?」
じっと。
お姉ちゃんが、愛理ちゃんを。
愛理ちゃんが、お姉ちゃんを。
見つめ合って。
「…ひとみさんこそ、いいんですか?」
「なにが?」
「わたし、女の子ですよ」
「だから言ってるじゃん。あたしは軽いって」
お姉ちゃんはいつもの笑顔とはちょっと違う、
怒ったような笑顔で愛理ちゃんの肩を抱いた。
- 274 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:27
- 「―――っ!」
飛び出しそうになったけれど、その瞬間愛理ちゃんの顔が目に入った。
全く動じず、怯えなど一つもない。むしろ挑戦的な笑顔を浮かべてお姉ちゃんを見ている。
「キスもできるんですか」
愛理ちゃんが、お姉ちゃんを挑発している。
私にはそう見えたし、誰だってそう見えるように思った。
なんでか、なんて考える間もなかった。
釘づけになる。
「……逆に聞くけど。それ以上のことだって、愛理ちゃんが求める関係だったらするんだよ?」
お姉ちゃんが逆に挑発し返す。
でも愛理ちゃんは笑ってる。
愛理ちゃんが、お姉ちゃんの頬に触れた。
なんだ。
なんだ、これ。
- 275 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:27
-
「ひとみさんはわたしとそれをできるんですか?」
「…バカにしてんの?」
「本気で聞いてるんです」
ぐい、と愛理ちゃんの顎を掴んで、お姉ちゃんが笑う。
でも私はもう愛理ちゃんに何をしようと動けない気がした。
愛理ちゃんは笑っている。
「出来ないわけないじゃん。したことないけどね」
「………証拠、見せてくださいよ」
「お嬢様は怖いねえ。責任とれませんよ?」
「慰謝料は請求しないんで、安心してください」
「そっか」
二人はなんだか大人っぽい笑みで、笑い合った。
そして、二人は抱きしめ合った。
そして、二人はキスをした。
- 276 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:28
- 何度も。
唇を、重ね合わせて。
愛理ちゃんが切なげに、それでも嬉しそうにお姉ちゃんを強く抱きしめている。
お姉ちゃんの顔は見えないけど、愛理ちゃんをやさしく、だけどしっかり掴んでいた。
「―――――」
私はこみ上げる吐き気に耐えて、その場を去った。
気づかれたかもしれないけど、構わなかった。
走って家に帰り、自分の部屋に閉じこもる。
ベッドに倒れ込んで。
「ぁ…ぅあ…」
震えて、涙がこぼれてきた。
世界が回る。
- 277 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:28
-
「うぁああああ…っ!ぁああぁ、うぁあああああああ」
どうして泣いているのかもわからないで、泣きわめいた。
ただ、絶望感だけがいっぱいに支配して、私を黒く染めた。
私の希望の光は一瞬で消えた。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
どうして。
愛理ちゃん、どうして。
素敵な恋をしてって言ったじゃない。
私はあなただけが希望だったのに。
お姉ちゃんなんかに。
お姉ちゃんなんかに。
女の顔をしている愛理ちゃんに嫌悪感すら感じてしまった。
私の夢見ていた恋を、愛理ちゃんはしてくれなかった。
愛理ちゃんも、同じだった。その辺の女と同じだったんだ。
失望が私を支配する。
- 278 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:28
-
+++
- 279 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:28
- いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
すると、携帯のバイブの音が響いていることに気がついた。
体を起こして見てみると電話の着信だった。
慌てて通話ボタンを押して耳に当てる。
「…もしもし?」
『もしもしー舞美?やっと出た!あのさあ明日…』
その声を聞いて。
何だか急にホッとして。
「えり…っ」
『…どうしたの…?』
「えりぃ…うぇえええん…うぇええええええ」
涙がまたあふれてきた。
えりの声が聞こえなくなりそうなほど声を出して私は泣いた。
- 280 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:29
- 『もぉー…心配になっちゃうじゃん、そんな泣いてたら』
「…会いに来てぇ…」
弱くなった心はえりを求めた。
今、えりに甘えたかった。
困らせてるとわかっても。どうしても今、会いに来てほしくて。
『待って、今からそっち行くから。家だよね?』
「うん…」
『おっけ、また後で』
やさしいえりの電話はすぐに切れた。
その電話を抱きしめて、私は涙を止め処なくあふれさせた。
今は誰かにそばにいてもらいたかった。
お母さんに甘えるみたいに、えりに縋りたくて仕方なかった。
傷ついたこの心を、自分一人でどうにか出来そうもなかった。
- 281 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:29
-
どれくらいの時間が経ったんだろう。
まだ、私は泣いていた。
涙の発生源がまだ私の中から出て行かなかったから。
がちゃっ。
「舞美」
暗い部屋に一人塞ぎ込んでいる私を見つけてくれたえりが、やさしく私を呼んでいる。
私は涙でぐちゃぐちゃのままでえりにしがみついた。
「えりっ…!えりぃ…」
「…舞美、どうしたの。なんかあった?なんかされたの?」
えりが心配そうにしているのがわかる。私をやさしく抱きしめてくれる。
余計に涙が止まらない。
「えり、えり…私…」
えりに抱きしめられながら、心のどこかで考えてる。
私は一生誰か男の人をこんな風に抱きしめることはできない。
今日そう思った。
…じゃあ、女の人だったら。
- 282 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:29
-
―――違う。
そういうんじゃない。
私が嫌なのは男じゃない。えりに触れられるのは、女だからじゃない。
あの二人は何をしているの。
わかってるの?
女同士は、恋愛対象にはならないんだよ。
やめてほしい。
私が女にまで触れなくなったら、二人のせいなんだから。
えりの体はやわらかくていいにおいで、心地いい。
お母さんに甘えるみたいなんだから、そこに恋愛感情などありはしない。
あの二人が勘違いならいい。
同性愛者を否定したいんじゃなくて。
あの二人は、そうじゃないって思いたい。
すぐに気がつく。愛理ちゃんは頭がいいんだから。
うちの姉なんか、ただの女で。
恋愛なんかするに値しない、恋愛なんかになりえない場所にいるって。
- 283 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:30
- 「…お姉ちゃんなんか大っ嫌い…」
「出たよ、舞美のシスコン」
「違う!」
「…どうしたのさ?」
私は、私が見たものをえりに話した。
バイト先で会った大人びた少女。交わした約束。
そして、破られた約束。見た光景。
「……愛理ちゃんを、守るのは私だから。
気づかせてあげなきゃ。止めなきゃ。じゃないと愛理ちゃんはきっと傷つく。
素敵な恋愛してねって約束したのに。泣いてる愛理ちゃんなんか、見たくないのに」
まだ泣いている私を見て、えりはやさしく笑っている。
だけど。
「愛理ちゃんが傷つくってどうして思うの?」
私を見て、私を諭すようにゆっくりと私の手を握った。
…えりはわからないから。
お姉ちゃんっていう存在の本当の姿を。
- 284 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:30
- 「そんなのわかってるでしょ?お姉ちゃんなんか相手だったら」
「ひとみさんが今まではずっと男の人と付き合ってきたから?」
「違う…そうじゃない…!そうじゃなくて…愛理ちゃんには、合わない」
「それは舞美が決めることじゃないよ。愛理ちゃんが決めることでしょ?
愛理ちゃんには、ひとみさんがいいんじゃないの?」
えりが困ったように笑う。
えりが困っているのは私にだって、私にもわかる。
どうして?
「どうしてえりまでそんな風に言うの…?
愛理ちゃんもそうだった。私の言葉なんて聞かないで」
「なんて言ってたの?」
「お姉ちゃんは、…私が思うような人じゃないって」
なんなの。
みんなして。
私だけが、私のお姉ちゃんをわかってないみたいに。
私が一番違いんだから、よく見えてるに決まってる。
お姉ちゃんがいかに汚くてダメな存在か。
- 285 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:30
-
「舞美は近すぎるんだよ、ひとみさんと」
私の心を見透かすように、えりが私を見て言った。
「…!」
「近くから見すぎて、他の部分が見えなくなってる」
「…他の?」
「人間が一つだけの性格でできてるわけないでしょ。
舞美の見えないところでひとみさんは舞美が知らないような素敵な部分があると思う。
…石川さんでさえ、言ってたもん。ひとみさんのこと。
自分を表現するのに不器用でいつも本当の心がよくわかんないけど、
いっつも苦しい時一番最初に気がついて助けてくれるのはひとみさんだって。
言わないけど…いっぱいみんなを見てて、みんなのことちゃんとわかってるって」
なんで。
なんで自分の姉のことを他人づてによく聞かされなくちゃならないんだろう。
- 286 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:31
- 「もう少し、距離をとってみようよ。冷静になって、ひとみさんを観察してみようよ」
「…」
自分でも自分が冷静に姉を見られていないことは自覚していた。
色んなことが原因で、姉のことを必要以上に偏った見方をしている気はした。
私にもわからない姉の違う一面があるかもしれないことは感じていた。
でも今は。
だって。
愛理ちゃんが。
「…愛理ちゃんの方が、ひとみさんのことわかってるのかもね」
えりの何気なく言った一言は、私の心に突き刺さった。
私を構成していた姉への嫌悪が物質の性質を変える。
鋼のようだったそれがスライムみたいになっていく。
私のバランスが保てない。
- 287 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:31
- 「愛理ちゃんが傷つく前にって。それじゃあ愛理ちゃんはなにも経験できないよ。
舞美は何様なの?愛理ちゃんの何なの?」
「何、って」
何。
…何。
…何なんだろう。
私、愛理ちゃんの何気取りだったんだろう。
保護者やボディーガードにでもなったつもりなのかな。
どうして。私が愛理ちゃんの気持ちを拘束する権利なんてないのに。
違う、違う。
私は頑なに頭を振る。
「でも、愛理ちゃんが傷つくのは嫌なんだもん」
「だから!傷つくって決まったわけじゃないでしょうが」
「絶対傷つかないなんて保証はないもんっ」
「そんなんじゃ一生人と関わることなんてできないじゃんっ」
「っ」
えりの口調が強くなって、私は思わず驚いてえりから身を引いてしまった。
けれどえりは私を強く引き寄せて、私の目を見る。
- 288 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:32
- 「人は……傷ついて、傷つけて、成長するんだよ。
それからも逃げた舞美にはわからないだろうけど」
言うえりも、つらそうだった。
けど。
「………私がいつ逃げたって言うの…?」
私は震えている。えりの言葉が痛くて、また涙が流れた。
えりを責めたいわけじゃない。
ただ自分を守るための涙が、えりを苦しめているのがわかるけど。
それでも止まらない涙。
それでも逃げないえり。
「うちには、舞美が逃げてるようにしか見えなかった。男の人とすることとか、
そういうのが嫌とか言って、ただ否定してるだけでいいところを見ようともしない。
世の中にはさぁ、舞美よりずっとひどく男に苦しめられても
まだそれでも男を信じようとする人はいるんだよ。愚かだと思う?」
「……」
- 289 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:32
- 「ねえ、人を信じる事ってそんなに愚かかな?
男なんて信じるに値しないって思う?舞美は男の何を見てきたの?
何も見てないじゃん、見ようともしてこなかったじゃん、
すべてを判断するには舞美は何も知らなさすぎると思う」
えりが強い口調で話すけれど。
言いたいことはわかるけれど。
でも私は首を振って逃げるしかできない。
「わかんないよ…」
「見てこなかったもんね」
「もうやだ、もう聞きたくない」
「逃げるな」
肩を掴むえりを振り切って耳を塞ぐ。
- 290 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:33
- 「ごめん、帰って」
「舞美!」
「帰ってよ!!!」
何も聞こえないくらい大きな声で帰って、と何度も叫んで、目を閉じた。
もう何も信じたくない。
私を否定しないで。
私は間違ってない。
私ばっかり否定しないでよ。
どうして私ばっかり。
私は泣き叫びながら、帰って、と繰り返した。
- 291 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:33
-
+++
- 292 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:33
- 「舞美」
耳を塞ぎ目を閉じていた私を抱きしめる誰かがいた。
それは、えりじゃない。
匂いでわかる。
柔らかすぎるほどの肌の奥にある硬い骨があたる感覚でわかる。
そこだけ、男みたい。
気持ち悪い。
「…触んないでよ」
「やだね」
「触んないで、汚い!お姉ちゃんなんか大嫌い!汚い、汚い!!!」
「舞美」
「みんな大っ嫌い!お姉ちゃんはどうしてみんなに好かれてるの?
どうしてお姉ちゃんみたいな人のことみんな庇うの!!!」
頭を振って身をよじって必死に逃れようと思っても、
それでもお姉ちゃんが私を離すことはなかった。
- 293 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:38
- 「ごめんね」
「謝られたってなんにも変わらない!
私ばっかり…私ばっかり…!どうしていっつも…!」
「舞美」
「お姉ちゃんなんか大っ嫌い!!お姉ちゃんさえいなければって私は何度も思った!
そうしたら私はもっと幸せだった!絶対そうなんだから!!!」
泣き叫んで、お姉ちゃんに八つ当たりして。
私は何がしたいんだろう。自分が自分でもわからない。
そんなこと思ったことないよ。
お姉ちゃんがいなければなんて思ってもいないのに。
「でもあたしは舞美がいてくれてよかったよ」
そんな私を包み込むように。
お姉ちゃんが、少しさびしげに笑っていた。
…何さ。
何さ。
今更お姉ちゃんの顔しないでよ。
- 294 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:39
- 私がどんな気持ちでお姉ちゃんを見ていたか知ってるでしょ?
「わたしはっ……」
ねえ。
…お姉ちゃん。
「何さ…!今更」
「ごめんね、舞美。ほんと今更」
「私に何も話してくれなかったくせに…!」
「ごめん。恥ずかしくて、妹に…かっこ悪いとこ見せたくなくて」
今更のその言い訳に、私は何度も抱きしめてくれる腕を叩く。
「かっこ悪いことなんて知ってるもん!今更何を恥ずかしいことなんてあるの…?」
「……憧れのお姉ちゃんでいたかったんだ。
心の中がばれてても、それでも口には出したくなかった」
お姉ちゃんの心の叫びのようだった。
静かだけど、響いてくる。
お姉ちゃんの中の決まり。
そんなの、知らないよ。私には関係ない。
っていうか、馬鹿じゃないの。
- 295 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:40
- 「…お姉ちゃんの心の中なんて、ばればれだよ」
私は心がほどけていくような感覚に逆らえなかった。
馬鹿じゃないの。
馬鹿じゃないの。
お姉ちゃん。
そんな方法で、私は守れないよ。
馬鹿なんだから。
本当に、どうしようもない馬鹿なんだから。
「舞美」
「なにさ」
「舞美のこと、あたしなりに愛してきたつもりなんだけど。
伝わりづらかったよね。ごめんね」
お姉ちゃんがあたしにしてくれたこと。
弱い自分を私の前で隠す。
弱音を私の前で吐かない。
泣きたい時に私の前で笑ってごまかす。
本当の感情が傷つけるものだと判断したら、私の前で言わない。
私の前で、演じ続ける。
- 296 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:40
- どれもこれも不完全で、私には全部わかってた。
わかってたし、情けなく思った。
でも本当は少しだけ嬉しかった。
私を、お姉ちゃんなりに守ろうとしてくれてるのはわかってた。
でも私は何でも言ってほしかった。
悲しいことがあれば、悲しいと言ってほしかったんだよ。
人間が弱いのは当たり前だから、
弱いお姉ちゃんがかっこ悪いとは思ったことないもん。
それをごまかしてかっこつけるだけのお姉ちゃんはかっこ悪かったけど。
「……お姉ちゃん」
「…なに?」
「今思ってることを、全部言ってみて」
お姉ちゃんは。
ふうーと深いため息をついて、私をぎゅっと抱きしめた。
…何年振りだろう。
お姉ちゃんにこんな風に抱きしめられるのは。
なんだか、すごく細くなったような気がする。
- 297 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:40
-
「舞美を傷つけたことは申し訳ないと思ってるけど、
…愛理ちゃんと始めたことはもう引き下がれない。
互いに永遠に続くなんて思ってないんだ。それでも始まった。
舞美は嫌かもしれないけど、愛理ちゃんを不用意に弄んだりは、絶対しない」
お姉ちゃんの声はしっかりしていた。
いつもの、逃げられればそれでいいっていう声じゃなくて。
愛理ちゃんと交わした視線を思い出す。
他のどんな過去の男を見るより真剣に、愛理ちゃんを見ていた。
それでも、なぜか二人の恋が幸せに続く気はしなかった。
それは本人たちも同じみたい。
恋って、変なの。
それでもあんな風に誰かを想うことができるんだから。
- 298 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:41
- 「……二人とも、馬鹿だね」
「そうだね」
「でもそれが、恋愛なんでしょ?」
「たぶん」
幸せになれそうもない二人は、それでも始めた。
どうしてかなんて私にはわからない。
…それでも。
愛理ちゃんを語るお姉ちゃんの目を見ていると、
なぜか少しだけ恋愛が綺麗なものに見えてきてしまう、私も相当単純だった。
「舞美はきっともっと強いから、あたしなんかより…だから負けないでね」
「お姉ちゃんに励まされるなんて思わなかったよ」
「はは」
- 299 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:41
- 久しぶりに笑い合った。
小さい時の笑顔そのままのお姉ちゃんを久しぶりに見たら、何だか泣きそうになった。
私はお姉ちゃんが大好きなんだと。
…言うことなんてできないんだけど。
明日えりにだけ報告してみると決めておいた。
謝って、それから二人を見守ってみると決めたと言おう。
もう逃げないと、言ってみよう。
さんざん泣いたらお腹がすいた。
ごはんの匂いがしてきて、心がからっぽの私に染み込んでくる。
ごはんだ、とお姉ちゃんが呟いたから、私はつい頬を緩めた。
お姉ちゃんの肩に頭を乗せて、泣き疲れた体を任せる。
届いてきた匂いで…なんとなくだけど、
お母さんが私の好きなものをいっぱい作ってくれているような気がした。
- 300 名前:18 終わりが始まった 投稿日:2008/09/17(水) 08:41
- END
- 301 名前:幹 投稿日:2008/09/17(水) 08:41
- 更新終了です。
思いのほか長くなってしまいました。
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 00:53
- 素敵なお話しですね
次の更新が早くも楽しみです。
- 303 名前:見学者 投稿日:2008/09/18(木) 02:41
- 幹さんの思惑に完全に嵌まっていますよf^_^
ホントに、この小説で、よっすぃーと絡む舞美さんや愛理さんに興味をもってしまいました(笑)
あと、この物語のよっすぃ〜の姉貴としての妹への接し方がすごく好きです。
今日もぐいぐいと引き込まれました。ごちそうさまでした。
- 304 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:49
- 「ねえねえ愛理が女の人と付き合ってるってホント?」
「え?」
私は唐突に質問されて戸惑った。
最近、愛理から報告は受けた。
恋人ができて、相手は女の人であると。特に隠すつもりはないらしい。
私自身は確かに驚いたけれど、愛理が妙に冷静だったせいか普通に受け入れてしまった。
けれど。
「誰がそんなこと言ってたの?」
「だって愛理がどんな人?って聞いたら綺麗な人って言ったから…」
…正直すぎる。
愛理ってばどういうつもりなんだろう。
普通そういうことって隠すでしょうが。
誰もが偏見を持たずに温かく見守ってくれるわけない。
ましてやこんな女子高でそんな噂立ったら学校来づらくなるんじゃないの?
- 305 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:49
- 私はどうしたらいいのか困る。
「…それはさぁ…」
栞菜も無理やり隠さなくてもいいからね、
なんて言われて余計にどう言ったらいいかわからない。
隠してほしいのか、隠してほしくないのか。
愛理の真意がわからなくて、私もどうしたらいいかわからない。
「あー相手、コハル知ってるよ」
と。
小春が唐突に会話に割り込んできた。
って。
知ってる?
- 306 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:50
- 「えっ、うそ!ねえねえ小春、ほんとに女だった?」
「えー?普通に男だよ。なんか女っぽい人だったけど、男。
コハルの近所の人だから確実だよ。確かに綺麗な人って感じだけどさあ。
愛理も言い方わざと濁してからかってるんじゃない?」
小春がニヤリと笑うと、私に詰め寄ってきた女生徒二人は途端に顔の輝きを消した。
「なぁんだ。ガセじゃん。踊らされたー」
「愛理もなかなかやるね、虫も殺さない顔して」
二人が去っていく。
私は小春に詰め寄った。
「…本当?」
もしかして、私も愛理にからかわれているんじゃないかと思えるくらい、
小春の言葉には真実味があった。
愛理が私に嘘をついているなんて考えたくもないけど。
愛理より小春を信じるなんてありえないけど。
- 307 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:50
- 「嘘」
私の迷いなど吹き飛ばすような気持ちいいほど性悪な笑顔で小春はそう言った。
そのまま逃げようとしたから、その手を掴む。
すごくめんどくさそうに振り向かれた。
「何?」
「なんでわざわざそんなウソつくのさ」
「だぁってうざいじゃんこの手の噂って。
男とか女とかさあ、コハルは別にどうでもいいって思うから。
そんなんで差別されたら栞菜だって愛理と付き合いづらくならない?
あの二人に吹き込んどけば噂もなくなるでしょ」
「…小春…ありがと」
小春が私を見ないで早口で説明する。
どっちにせよ、助かった。
私にあの噂好き二人をうまく巻く方法は思い浮かばなかったから。
- 308 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:50
- 私のお礼の言葉に、小春は眉間にしわを寄せる。
「なんか勘違いしてない?助けたわけでもなんでもないから。
貸しもなし借りもなし。恩も売ってないからなんかそういうの面倒くさい」
栞菜がコハルにお礼とかキモい、と言われた。
心底鬱陶しそうだから、本当にこういう類の噂が嫌なだけなんだろう。
まったく、こいつは。
「そんなんじゃない、わかってるよ」
「そ、じゃあ」
「でも、ありがとう」
筋は一応通したい。
私は笑って小春に頭を下げてお礼を言った。
多分もう一生しないことだろう。
「うはぁ。これは貴重だぁー」
小春はいかにも悪い笑顔のまま、廊下を去って行った。
その右足は靴が入らないので踵を履き潰していた。
- 309 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:51
- 次の大会で、小春はレギュラーを外れた。怪我が原因だ。
本人は言わなかったけど、練習しすぎて足が疲労骨折を起こしてしまったのだと聞いた。
私は少なからずショックを受けた。
小春が誰にも言ってないところで、誰にも気づかれないように、
足が疲れ切ってしまうほどに練習していたなんて。
小春には才能があるからと諦めていた自分が情けなくなった。
代わりにレギュラーになったのは、みなみだった。
私は素直におめでとうと言えた。
私は最近の出来事をいろいろ自分なりに考えて、今までのことと
みなみの一件について謝った。
- 310 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:51
- 「栞菜先輩はすごく厳しいけど…嫌なことばかりじゃないです。
栞菜先輩が厳しくて、ちゃんと締まってる部分があります。
だけど、たまには私たちの意見も聞いてくれませんか?」
みなみも恵里菜も後輩みんな、私を見て笑ってくれた。
友理奈も茉麻も、栞菜にばかり嫌な役押し付けてごめんと言ってくれた。
これからどうしたらいいかは、みんなで考えていこうと決めた。
うちの女バスのメンバー。
佐紀先輩、友理奈、茉麻、愛佳、みなみ、恵里菜、有沙、由梨。
小春だって、通りすがりに的確な意見をくれる立派なメンバーだった。
私は矢口先生に時期部長に任命された。
みんなも賛成してくれた。
そんな私はもっと練習しようと思った。
もっともっと、もっと。小春なんかよりずーっとたくさん。
でも、小春みたいに下手はしないもん。
未熟で、ぶつかったりすることもまだまだあると思うけど、
少しだけ成長できたような気がした。
- 311 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:51
-
+++
- 312 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:51
- 「愛理ー」
「なぁに?」
優雅にお茶を啜っているけれど。本当に不思議な子だ、愛理は。
すぐに顔に出て、感情的な私とは真逆。
だから、惹かれたのかもしれないけど。
「…本気なの?」
「何が?」
「初恋が、女の人で、本当に愛理はいいって思ってるの?」
「…うん。っていうか女の人って言うより…
ひとみさんと出会って、好きになれてよかったと思ってる」
なんて穏やかに笑って、そう言うんだろうか。
私の心配なんて余計なものにしか感じられなくなる。
でもやっぱり、心配だよ。
- 313 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:52
- 「愛理は許嫁がいるんでしょ?」
「うん…それまでには、お別れすることになると思うよ」
平然と言うものだから、私は耳を疑った。
別れる?
決まってるの?
…確かに、愛理の家は許嫁制度が古くから慣習としてあるから、
駆け落ちでもしない限り、決まった人じゃないと…
ましてや相手が女の人となると、認められるはずがないんだ、けれど。
けれど。
「そんなんでいいの?終わりが見えてる関係で、
その、ひとみさん、って人も…納得してるの?」
愛理は再びうなずいた。
…わからない。愛理がわからない。
愛理は読めないなあとは前々から思ってたけど…
- 314 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:52
- 「栞菜は…初めて付き合った人と、結婚すると思った?」
「え?」
「…栞菜は、初恋が叶った?」
私の恋とも呼べないような初恋は、小学1年生の時のクラスの男子。
その恋はもちろん叶わなかった。
私が初めて付き合ったのは、中2の夏。
その人とは結婚なんて考えたこともなかった。
「…ううん」
「同じだよ」
愛理は笑っている。
「私は全部遅かったけど、全部初めてなの。
…それがまさか永遠まで叶うなんて思ってないよ。
今は、側にいられる幸せでいっぱいいっぱい」
- 315 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:52
- 愛理はとても幸せそう。
終わりが見えている関係でも、それでも世界で一番幸せそうに笑う。
こんな風に笑う愛理を初めて見たかもしれない。
…私なんかより、ずっと幸せそう。
人なみに恋をして、人なみに男を好きになってきた私なんかよりずっと。
嫉妬すら覚えてしまう。
私が女の人を好きになったからって、きっとこんな風には笑えない。
「…大学卒業まで、初めての恋をした、初めて付き合った人と
恋人としていられれば、それはきっとすごいことだと思う。
…まあ、それまでに別れちゃうかもしれないけどね」
何を話しても、愛理はとても幸せそうだった。
なぜか悲しくなってくるのは、何でなんだろう?
- 316 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:52
- 「…もっと欲張りになってよ、愛理」
たまらず、私は愛理を抱き寄せる。
細くて、でもきっと私よりもずっと強いあなた。
でもきっとつらいに決まってる。
運命を感じた人と一生一緒にいたいと、願うことすら許されないなんて。
考えることもできないなんて、悲しいよ。
私はやっぱり、悲しいよ。
「栞菜…ありがとう。
でも私は本当に、一つの恋もせず結婚すると思ってたから…
本当に本当に幸せなんだよ?」
そう言いながら、愛理の声が震えていた。
私は一層強く愛理を抱きしめる。
愛理の支えになりたい。
私を、愛理が支えてくれたみたいに。
- 317 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:53
- 「苦しくなったら言ってね。
やっぱりずっと一緒にいたいって思っても誰にも言えなかったら、
私にだけは言ってほしい。聞くから、何回でも聞くから」
「……栞菜…」
「私は、愛理を応援するって決めたから。
愛理が幸せになるために、なんでもする」
私が泣いてどうするんだろう。
けれど、涙が止まらない。
悲しい恋を、知らなかった。
なんとなく好きになってなんとなく別れてきた私には知らない世界だった。
私は愛理より先に男の人と付き合ったくらいで、大人になった気持ちでいた。
でも…愛理の見る世界の方がずっと広くて、大人。
愛理にはかなわないよ。
そんな愛理を、心から大切に思う。
- 318 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:53
-
「…幼馴染の女の子にも、言われちゃった」
「…なんて?」
「辛かったらあたしにだけ言って、って。
困っちゃうな、わたしはどっちに打ち明ければいいんだろう?」
悪戯っぽく笑う愛理が何だか意地悪。
「そんなの決まってるでしょ」
「ん?」
「文殊の知恵ってやつかもね」
愛理が首をかしげる。
私は驚かされた分、愛理を翻弄してみたい気持ちになるけれど。
「つまり。私だけ…って言いたいけど、3人でお話ししよう。
私もその子に会いたいな。どっちが愛理を好きなのか、勝負したい」
「あははははっ、やだぁ、栞菜」
「ひとみさんとも、勝負しようかな」
「もぉーやめてよ栞菜ぁ」
- 319 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:53
-
愛理がころころと笑っているけれど。
でも、本当のことだった。
私の方が愛理を大切に思ってるもん。
一緒にいた時間は短いけれど、愛理のことを一番好きなのは私だもん。
紅茶が甘く芳醇に香った日を、私は一生忘れない。
私も少しだけ大人になった日、そう覚えておこう。
- 320 名前:19 つまり 投稿日:2008/09/18(木) 23:53
- END
- 321 名前:幹 投稿日:2008/09/18(木) 23:56
- 更新終了です。
次回で最終回です。
>>302さん
ありがとうございます。
もうすぐで終わりです。もう少しだけお付き合いください。
>>303さん
それはしてやったりです。
みんなかわいくていい子達なので、気にしてみてください。
妹のようになる吉澤さんも、お姉さん全開の吉澤さんも書いていて楽しいです。
ありがとうございます。
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/19(金) 00:38
- 毎日チェックしてます。
次回最終回ということでしたが、楽しみだけど
終わっちゃうの嫌だなぁ…と微妙な気持ちです。
- 323 名前:名無し飼育 投稿日:2008/09/19(金) 21:59
- 小春がいいなぁ。
- 324 名前:見学者 投稿日:2008/09/20(土) 03:33
- みんな、それぞれが味があってカッコイイですね。
よっすぃ〜や娘。たち(元メンバーも含め)のつながりは想像しやすいのですが、きっと実際にキュートの子たちもこんな風に仲がいいんだろうなって思いながら読んでいます。
最終回も楽しみにしています。
- 325 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:05
- 『
吉澤ひとみ様
初めてお手紙します。
どうしても、伝えたいことがあったのです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
私は初めあなたの性別を知った時に、
自分の気持ちは勘違いだと思おうとしました。
けれど、性別を知った後ですら、あなたを見ている自分は恋をしていました。
今まで恋をしたことのない私ですが、この気持ちには確信が持てます。
- 326 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:06
-
あなたが世界で一番輝いて見えて。
あなたを構成する世界の中に入りたくて。
あなたの周りにいる友人の皆さんに嫉妬すら覚えて。
時々あなたに会いたくて悲しくなって。
あなたを思い出して幸せになって。
胸がつかえるのに、でもどこか嫌ではなくて。
甘く響くのは痛いのに嬉しくて。
この感情を、恋以外の何と呼べるのでしょうか。
私はこの短い人生で、恋という名前以外をつけられません。
ひとみさんにとっては、迷惑な話かもしれません。
ひとみさんは今まで女性に恋をしたことなどないと思います。
私も今までこのような感情を男女問わず覚えたことはありませんでした。
- 327 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:06
- 私は恋をしました。相手は女性でした。
けれど、私は女性に恋をしたのではなく、
ひとみさんに恋をしたのだと胸を張って言えます。
ひとみさんだから、好きなのです。
どうか、それだけはわかっていてください。
この先も、私はあなたに恋をしています。
あわよくば、恋人同士になりたいと思っています。
どうかもう一度お話をさせてください。
私の声で、ちゃんと言いたい言葉があるのです。
よろしくお願いします。
では、乱文失礼いたしました。
鈴木愛理
』
- 328 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:06
-
+++
- 329 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:07
-
あたしは一つ一つの文を思い出しながら、焼酎の痛いような苦味をかみしめた。
「…なあに?なんかいいことあったの?」
「んー?…ふふ」
絢香とは、笑い合うだけでよかった。
やっぱり絢香は困ったように笑って、あたしに新しいお酒を作ってくれた。
「はい、ブルームーン。これはね、もともとベースに使うリキュールが
パルフェタムール…「永遠の愛」を意味するの」
「ちょっと」
「でもね」
からかわれたのかと思って怒ったふりをしようとしたら、絢香は言葉を続けた。
「このカクテル、ブルームーンの意味は「無理な相談」。なかなか神秘的でしょ?」
「……」
「相反する二つの意味を持って存在するリキュールのお味はいかが?」
「…いただきます」
- 330 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:07
- おとなしくグラスを取ってみるけれど、…やっぱりからかわれたんだろうか。
見透かされたような気がした。
カクテルを口に運ぶ。
紫色のリキュールから菫が香り、レモンの風味と一緒にじわりと染みた。
カクテルが、とても奇麗な色。
…あの子みたいだ。
ほんのり心の奥のやさしい大人が見え隠れする白い靄が、
今のあたしにはどこか甘ったるくさえあった。
…言われたことを受け入れただけの関係だったはずなのに。なあ。
「おいしい」
「ありがとう」
絢香の笑顔が、どこか幸せそうに見えた。
結婚してからの絢香はどこかいつも寂しげだったけれど。
あたしの心が変わったという可能性もあるのかな。
- 331 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:07
-
「…願うのは、よっちゃんの幸せだけなんだけどね」
「ありがとう、チップ弾むよ」
「やだ、もぉ。本当だもん。…そんなに嬉しそうなよっちゃん
あんまり久々だから…本当は色んな事聞きたいのよ?」
「絢香に言ってもいいけどさあ…この恋は、期限付きだから」
「あら、そうなの?まるで私みたいね」
「そうかも、あの子もお嬢様だから。似てる」
「……ふうん…」
ん。
……今。
…ちょっとぽろっと言っちゃった気がするけれど、
絢香は聞かないふりしてくれた。
…ありがと。
…ああ。
いい香りだな、このカクテル。
- 332 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:08
-
「よっすぃー!!!」
ほんのりと余韻に浸っていたあたしの耳をつんざく声が聞こえた。
振り返らなくても声の主はわかる。
「最低!私のことからかってたんでしょ!」
ぽかぽかと私のことを叩くけど、だんだん本気になってきて痛い。
「ちょっと、梨華ちゃんうるさい」
引っ張ってこられたのか、隣のまいちんが必死になだめてるけど。
「さっきガキさんと話してたら栞菜ちゃんが通りがかったのよ、
そしたらガキさん何て言ったと思う?小春!って!
つまりあれは栞菜ちゃんじゃなくて小春ちゃんなんでしょ!?
よっすぃ、知ってたのよね!?」
詰め寄られて、否定も肯定もする前に梨華ちゃんの言葉が続けられた。
- 333 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:08
- 「だって吉澤さんのお姉さんによろしくって言われたのよ、私!
顔見知りなら分かってたんでしょ、人違いだって!
もう恥ずかしくって顔から火が出るかと思った!
ガキさんもますます落ち込んじゃって……」
「まあまあとにかく落ち着いて、座って座って」
絢香が促すと、梨華ちゃんはわざとあたしの席から一つ空けて座った。
間にまいちんが座る。
クーニャンと梅酒ソーダ割り!とかってきんきん叫んでる。
ここはそんな騒ぐお店じゃないっつうの。
「どういうこと、ガキさんが落ち込んでたって」
あたしはそこだけを拾って話を振る。
梨華ちゃんはあたしの話題逸らしに納得がいかなかったようだけど、
そこを話したかった気持ちも強かったらしく唇を尖らせたままガキさんの話を始めた。
- 334 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:09
- 「…小春ちゃん、お母さんと一緒だったんだけど病院帰りみたいで。
よく見たら、足怪我してたの。どうしたのって、ガキさんが聞いたら」
「うん」
「なんか…練習のしすぎで疲労骨折したんだって」
「うん…」
あたしは小春の症状に内心驚いたけれど、
あの練習量ならそういうこともあるのかもしれない。
ったく。あいつもああ見えて加減を知らないところあるからなあ。
「もともと体のつくりがすごくいい子らしくて、だから、普通の練習量で
骨折はあり得ないらしくて。だから、どれだけ自主練習してたんだろうって、
ガキさんが私はそんなこと知らなかったって、落ち込んじゃって」
あー。
ガキさんは必要以上に背負い込みやすいからなあ。
小春の骨折は小春が悪いのにね。
- 335 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:09
- 「ずっと小春ちゃんは天才で苦労知らずの能天気だと思ってた、
私なんかよりずっとずっと練習してたんだ、知らずに小春ちゃんを叱ってたって
自分を責めちゃって。嫉妬が強かったって、思ったらしくて」
梨華ちゃんはまだ酒も回っていないのに饒舌に話す。
小春が自分の必死な姿を見せたがらない子だというのは知っていたけれど、
そこまでバスケに打ち込んでいるとは知らなかった。
「…私も、もっともっと練習すればよかったのかなあ…
どこかで、私はこれくらいやったから充分だって
自分自身に勝手にストップかけてたような気がしちゃった」
梨華ちゃんは自分の懐かしい高校時代を思い返していた。
寂しげで、どこか悔みを隠しきれない。
ガキさんとか、梨華ちゃんが陥ってしまったものをあたしは傍観していた。
わかっていて何も言わなかったあたしにだって、責任はある。
あの時のあたしを思い出すと、あたしだって多少自己嫌悪のスパイラルにはまった。
- 336 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:09
- 「骨折するより、いいんじゃないのかなあ。
小春は感情の読めない子だけど、相当悔しいと思う。
がんばりすぎて結果駄目になっちゃうなんて、つらいよね」
あたしは小春を思い出していた。
小春はいつも朝はつまらなそうに音楽を聴きながら学校へ行く姿を見かけるけど、
たまに見る学校へ行く前の早い早い朝に見かける時みたいな
バスケットボールを持っている時だけは生きていた。あの子は、バスケが大好きで。
朝帰りのあたしにはその姿はまぶしかったな。
「でも、そこまで頑張ってなきゃ、レギュラーにはなれないのよ。
私はそこまで頑張りもせずにレギュラーばかり欲しがって。
そのくせ、他人には人一倍厳しくしてたような気がする。
後輩のためって思ってたけど…ちょっと見方が偏ってたかもしれない」
「んー」
「前にも…私たちのやり方はどうだったんだろうかってガキさんに相談されたし…
なぁんか私、高校時代何やってたんだろうって自信なくしちゃったぁ」
「うーん…」
- 337 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:10
- ん。
そういえばいつの間にかなんか話がすり替わっている気がする。
…はは、梨華ちゃんらしいや。
後でガキさんに連絡入れておこう。
と。
ポケットに入れていた携帯が震えた。
思わずどきっとする。
「…あっ、ちょ、っとごめん」
「よっすぃ?」
あたしは慌てて店を飛び出す。
よっすぃー、と梨華ちゃんの高い声が響いていた店のドアを閉めて外に出る。
途端にもう完全に冬の匂いがした。
やだなあ、寒くなる。空気はどこかきれいだけど。
- 338 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:10
-
ヴー。
ヴー。
改めて携帯を確認する。
ヴー。
ヴー。
着信。
電話。
…君の名前。
ただ、通話ボタンを押すのに。
…こんなにドキドキしたのは一体何年ぶりなんだろう。
ゆっくりと耳に携帯を押しあてた。
「…もしもし?」
- 339 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:11
- 『ひとみさん』
本当に鈴のような声がする。
ほろっ、と酔うよりあったかい感覚。
ほんのり笑顔が浮かぶ。
『あの、…今日、友達の家に泊まるって親に連絡したんです。
少しだけ、夜のお散歩しませんか』
寒いのか彼女の緊張が伝わってきたのか、あたしまで震えてきた。
「…いいよ。あたしちょっと飲んでたから、お酒くさかったらごめんね」
『あ、お邪魔じゃなかったですか?』
「今は愛理ちゃんが一番優先なんだよ、わがまま言ってよ」
『………じゃあ、今から会いましょう』
愛理ちゃんが電話の向こうで笑っている気がした。
- 340 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:11
- 『じゃあ、いつもの公園の前で待ってます』
「うん、じゃあ」
『はい、また』
…。
切るのも名残惜しいなんて、何年ぶりなんだろう。
「ふぅー」
電話をした後に大きく息を吸って吐くなんて、何年ぶりだろう。
もしかしたら、あたしは初恋をしているのかもしれない。
なんてことを思って、ひとりで笑えてしまった。
- 341 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:11
-
店の中に戻ると、梨華ちゃんがじっとあたしを見ていた。
申し訳ないけれど、気がつかないふりをする。
「ごめん、用事出来たから先帰るわ」
「え?なによぉ、今来たばっかりじゃない」
文句を垂れる梨華ちゃんにまいちんがお酒を差し出して、
絢香があたしに笑って手を振ってくれる。
「…あ、もしかして!」
梨華ちゃんが騒ぎ始める前に逃げよう。
あとは二人に任せて。
まいちんと絢香が…あたしを母親のような目で見ていた。
あたしは愛されているのだと、
こんな些細なことで泣きそうになってしまったりもするようになった。
- 342 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:11
-
+++
- 343 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:12
- 息が白くなりそうなほど冷え始めた夜に、
蛍光灯の薄い明かりの下であたしを待っているその姿。
…あたしでいいのかなと。
いまだに一瞬声をかけるのをためらって。
あなたから見つけてもらうまで、待ってしまう時だってあるんだよ。
あたしとあなたは似ていると思うけど、
やっぱりどこかまだあなたは純粋すぎて怖いから。
あたしもそんな風に思われているような気がすると、なんだか恥ずかしい。
染められたことのない髪だけが持つ艶。
黒い目の光。
細くとがった顎が白く浮かび上がる上品な横顔をいつまで見ていたら、
永遠を望んでしまいそうな心は浄化されるんだろう。
- 344 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:12
-
「……愛理ちゃん!」
振り切るように名前を呼ぶと、愛理ちゃんはあたしを見つけた。
途端に幼い笑顔になって、あたしの前まで走ってくる。
「こんばんはっ」
「…こんばんは」
なんて嬉しそうに笑うんだろう。
悲しいくらい。
- 345 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:12
- 「どこか行ってみたいところある?」
「うーん…静かなところがいいです」
「あたしの母校とか、興味ある?」
「ありますけど、怖くないですか?」
「夜の学校は不気味だよねえ」
あたし達は終わりへ向かって歩き出した。
他愛もない会話をしながら行き先もまだ決まらずに、
手をつなごうとする指がふらふらと行き交うのだけれど、
やっと繋がったのは小指だけだった。
愛理ちゃんの小指は小さくて冷たかった。
- 346 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:13
-
いとしくなる。
どんどん、愛しくなる。
小指だけでも胸がいっぱいになってしまうようなことなんてきっと、
一度だってなかったはずだよ、ね。
そのまま小指だけをからめて、あたし達は話しながら歩く。
ここだけが切り取られたみたいに異質で、それが悪い感じじゃなかった。
泣けてきそうになる。
…愛理ちゃん。
結婚したいね。
言えないけど。
一生分の幸せを、この短い時間でどれだけ与えられるんだろう。
不器用でかっこつけで、すぐに隠れるあたしなんかが、
愛理ちゃんが振り返って一番幸せだった過去になれるのかな。
あたしはだめだから、今からずうっとそんなことばかり考えてしまうけれど。
- 347 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:13
-
「今を、愛しましょう」
見透かすように愛理ちゃんはうつむきながらそう呟いた。
「………うん」
あたしはただそう頷くだけでいっぱいいっぱいだった。
- 348 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:13
- いつの間にか悔しいくらいに愛してたのはあたしで。
でもやっぱり、あたしを愛しているのは愛理ちゃんなんだよね?
「どうしました?」
足を止めたあたしに、愛理ちゃんが振り向いた。
いつかみたいにぎゅっと抱き寄せると、あたしのもやもやとか、
自己嫌悪のような黒い感情がすべて肯定されている気がした。
あたしも愛理ちゃんのそういうものすべてを肯定しよう。
ダメなところはダメだと言える、そういう肯定を見つけたから。
「…ひとみさん」
「なに」
「愛してますよ」
「あたしも…愛してる」
…運命はここにあり。
- 349 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:13
-
愛してる。
家族以外に初めて使う言葉。
くすぐったくて、甘くて痛くてなんだかそれはまるで。
- 350 名前:20 小指 投稿日:2008/09/20(土) 23:14
- END
- 351 名前:エピローグ 投稿日:2008/09/20(土) 23:14
- 誰かが息を吸っている地球で、誰かが息を吐いた。
誰かが笑っている地球で、誰かが泣いた。
誰かが怒っている地球で、誰かが驚いた。
誰かが愛し合った地球で、誰かが憎しみ合った。
何かが生まれた地球で、何かか死んだ。
あなたの切ない思い出も、いつかどこかに消えていく。
あなたが悲しんでいる今も、どこかで誰かが笑ってる。
あなたもまた、誰かにいつかめぐり会う。
もしかしたらもうめぐり会っているのかもしれません。
- 352 名前:エピローグ 投稿日:2008/09/20(土) 23:14
-
いつか。
どこかで。
だれかが。
きっと、あなたを愛している。
- 353 名前:いつかどこかでだれかが 投稿日:2008/09/20(土) 23:15
-
いつかどこかでだれかが
END
- 354 名前:いつかどこかでだれかが 投稿日:2008/09/20(土) 23:15
-
- 355 名前:幹 投稿日:2008/09/20(土) 23:21
- 以上で、「いつかどこかでだれかが」は終了です。
お付き合いくださり感謝しています。ありがとうございました。
>>322さん
ありがとうございます。
良かった、と思っていただけると嬉しいです。
>>323さん
ありがとうございます。
こういう小春を描くのは楽しいです。
>>324さん
ありがとうございます。
℃-uteの子達はみんな仲良しですよ。
最終回、いかがでしたか?
とりあえず次は夢板の自スレ完結に向けて動こうと思います。
もしここを読んでくださっている方で夢板の方を待っている方がいらっしゃったら、
この場を借りてお詫び申し上げます。
もう少しであのお話も終わりです。少しだけお待ちください。
- 356 名前:& ◆/p9zsLJK2M 投稿日:2008/09/21(日) 01:31
- ずっと陰ながら更新を楽しみにしていました
瑞々しい感情の動きだとか、微妙な人間関係だとか、懐かしい気持ちで読んでいました
実は作者様の影響で℃-uteに興味を持ち始めたんですよ
完結お疲れ様です
とても面白かったです
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/21(日) 10:02
- もともと吉澤も℃-uteも好きだったので楽しく読めました。
登場人物がレズっぽくなくて良かったです。
むしろ甘々のカプ系小説よりずっと萌えました。
- 358 名前:見学者 投稿日:2008/09/22(月) 03:25
- 純粋に相手のことを想えるってすごいなぁと感じました。
キュートの子たちはけっこう若いんですね。よっすぃ〜と同い年としては少し驚きました。
まぁ相手を想う気持ちに年齢は関係ないんですがね。
この作品に出てくる出演者の心情それぞれに共感できる部分が多かったので、すごく引き込まれました。
よっすぃ〜好きとしてはキュートの子たちと絡む新たな一面を見ることができ、新鮮かつ素敵な作品でした。
また、よっすぃ〜の新たな一面が見られたら嬉しいなと思います。
ありがとうございました。
毎回、返事もありがとうございました。
- 359 名前:幹 投稿日:2008/09/28(日) 21:08
- >>356さん
ありがとうございます。
それはとてもうれしいです!
℃-uteのみんなとってもいい子達なのでこれからもよろしくです。
面白かった、という言葉が本当にうれしいです。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
>>357さん
ありがとうございます。
結構最後は甘めに…なってないですかね。
でも人間を描くのってやっぱり楽しいなあと思いました。
>>358さん
それは本当に難しいことだと思います。
そうですね、今回はメインの鈴木さんをはじめ
出演した℃-uteメンバー全員を実年齢より引き上げました。
でもこの時期にこそ想える感情があると思ってます。
本当に身に余るお言葉で恐れ入ります。
また新しいなあと思える作品作りをできたらなあと思います。
こちらこそ本当にありがとうございました。
- 360 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:17
- 「あー…本当だ、全然違う。すごい!」
「わたしも色々試してみたんだけど、これが一番好き」
「そうだね、あたしもいつものよかずっと好き」
そう、それはスパイスをひとつ振りかけただけなのに。
世界は変わる。
- 361 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:18
- 「ほんと、愛理と食の好みが合ってて良かったなあ」
「うん」
長い髪を一つにまとめて、嬉しそうに笑うのはあたしの恋人。可愛らしくて品のある、女の子。
愛理と出会ってからもう5年くらい。愛理の言葉を受けて恋人になったのも同じくらい。
今もあたしたちは、同性で愛し合っている。
不思議なつながりを感じてから、あっという間にそういう関係になって。
今まで付き合ってきたどの男性よりもずっとぴったりと合って、安心した。
勝手に悩んで勝手に一人で片付けようとしてあがく自分もわかってくれて、彼女のそんな悩みや苦しみも流れ込んできた。
初めてキスをした瞬間から、わかってた。その奇跡の確率を。
理屈でもなんでもなくてただとにかくこの人だ、と互いに思うことのすごさ。
キスをしたくせに、催促されてやっと好きと言葉にするようなあたしのことをすごく大人っぽい笑顔で包む子。
そして、大人過ぎて強くて弱い子。
穏やかに時は過ぎて。沢山の話をして、色々な場所を見に行って。
あたしがよく作る料理に、ほんのひとつまみで魔法をかけてくれたり。一緒に生きてきた。穏やかに、穏やかに。
- 362 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:19
- そして彼女は大学四年の秋を迎えていた。
もともと大人びていた彼女はいつの間にか更に大人になって、日々花嫁修業の為にと会えない時間が増えていって、
その度に実感というか、事実を思い出す。…彼女は家のしきたり通り大学を卒業した後に決められた相手と結婚する。
タイムリミットが、迫る。
「愛理」
「ん?」
もうすっかり一人の成人女性となった愛理はあたしの心なんてすぐに読み取ってしまう。
名前を読んだだけなのに、ふんわりと笑って見せてくれる。反対に、愛理があたしの名前を呼んだ時あたしは笑った。
ただただ心地良くて、あまりに穏やかで。掛け替えのない…あまりに…大切な。
愛理は笑っている。
「…わたしは、後悔なんてしてない。すごく幸せだもん」
「あたしも、すごく幸せ。…」
「それに紹介したでしょ?許嫁。とても素敵な方。優しくて一生懸命で、きっととてもいい人なの」
- 363 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:20
- 愛理があまりにあたしを元気づけようと頑張っているから、情けない。
あたしがこれだけ時間が止まればいいと思うのならば、愛理もそうなのかもしれない。
一度だって、許嫁の人を「好き」「愛している」と言ったことがない。
いい人を好きになれるわけではないから。それはあたしにも何となくわかることだった。
「よし」
鍋の火を止めて、寝かせるだけ。
その時間にふいに視線が絡む。初めて会った時に絡んだ視線とは色も濃度も違い、毎回どきっとした。
「…ひとみさん」
甘えるようなくりっとした目は変わらないのに、色々なことで時の経過を感じる。
…あたしは変わったのだろうか?
ソファで手を繋ぎながら、軽く唇を重ねる。
その度にどうしようもないくらいに震えてくる。
愛しくてたまらなくて、いっぱいいっぱいになる。
抱きしめても抱きしめても止むことの知らない衝動に襲われる。
肉体的な欲求ではなく、精神的な欲求が溢れ出す。
- 364 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:21
- あたしと同じくらいあなたに求められたい。
あたしと同じくらいあなたに必要とされたい。
あたしと同じくらいあなたの力になりたい。
こんな部分があるなんて自分でも知らなかった。誰かに依存にも似た感情を覚えるなんて。
子孫繁栄のためにだけ、愛は発動するの?…違うよね。違うと思う。
「ん」
「ど、しよ…」
触れ始めると、止まらなくなる。互いに止めるスイッチをしまい込んでしまう。
「大丈夫。火は止めたから」
「ふふ…せっかく作ってくれた料理が焦げちゃったら、嫌だもんね」
「そ。愛理が美味しくしてくれたミネストローネは大丈夫」
いつものように重なるのに、いつまでもどこか慣れない行為に溺れる。
自分が、行為中にこんなに相手の名を呼んで、こんなに「好き」と言う人間だったなんて知らなかった。
名前を呼ばれることにすら快感を感じたことなどなかった。
相手を悦ばせたいと思うことも初めてで。
こんな感覚に心ごと任せるのも初めてで。
- 365 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:21
- 初めて彼女の中に恐る恐る入り込んだ時、その不思議な感覚にくらっとした。
どきどきが止まらないし、一生忘れない。
彼女のことを傷付けない自分の指に感謝した。
女にしては大きい手だけど、自分の意のままに動かせることに安心した。
ただ一度。一本だけが許された世界がとても優美に感じた。
愛理の全ての部分に初めて触れたのはあたしでありたい。そう思い、どこにも唇を寄せた。
同じように、あたしの本当の心に触れたのも愛理だった。
何度身体に触れられようと決して触れられようとはしなかったあたしの臆病な心を見せた。
触れる時、愛理も少しだけ震えているのがわかった。
ゆっくりとあたしの怖がっている部分に触れられた時、自然と暖かい涙が流れた。
いつまでも、いつも。
初めて触れた日のこと、初めて触れられた日のことを思い出して喉の奥から熱くなる。
胸の奥に棲みついた感情の温度は下がるどこか、上がり続ける。
幸せ。
幸せ。
呼吸をするように感じる。心臓が動くごとに想う。
- 366 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:22
- けれど期限付きの恋が、終わりを告げようとしていた。
あたしが本を見て作ったミネストローネをすっごく美味しいミネストローネにしてくれる人と…会えなくなる。
きっと、あたし一人じゃこんなに美味しいものは作れない。
+++++
一人で考える時間がある時に、よく思う。
愛理と出会い、もう結構経つのに、いまだに初めて手を繋いだ時のような気持ちになる。
どうしてこんなに続いたのだろう?愛理という相手にどうしてこうも惹かれたのだろうか。
期限が付いているからこそ熱を持ち続けるのかもしれない。…そんなことは過程でしかないのだけれど。
仮に、愛理が将来を約束されていない少女だったとしたら。もし終わりが明確に見えないで想いを告げられたら。
あたしにはそれを受け止める覚悟などあったのだろうか?例え不思議なほどに共鳴するものを感じたとしても。
出会うのは必然で。惹かれ合うのも必然で。関係を持つことすら必然で。別れるのも必然で。
…そこまで決まっていたのだとしたら滑稽な話だ。
- 367 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:23
- 出会わなければこんな気持ちにもならなかっただろう。けれど、出会わなければ良かったなどと思う筈もなく。
何もかもたらればの話で、今現実には愛理の結婚は間近で、あたし達は出会って愛し合った。
「お姉ちゃん」
「……あ…?」
「何ぼけーっとしてんの?そんな事だろうと思って、ほら」
妹の舞美が呆れ返った様子でそこに立っていた。
通常の働く人間は大抵休みの例に漏れず、ここの姉妹はどちらも仕事が休みの日曜日。
舞美があたしの目の前のテーブルに並べたのは、母さんの作ったであろうおかずたちだった。
「あー…ありがと。そういえば腹減ってるわ」
まだ頭がぼーっとしている。のそのそとソファから滑り落ちるように床に座って、テーブルのおかずをつまんだ。
舞美が大きくため息をつく気持ちもわかる。一応血を分けた姉妹だから。前はそれが怖くて嫌だったけど、今は大丈夫。
つまんだおかずはあたしが短い人生の大半を養ってもらった味がした。
この先も、あたしの舌はこれが基準だと思うとそれだけでなぜか愛おしくなる。
「…ありがと。相変わらずんまいよって伝えといて」
- 368 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:24
- あたしが寝転んでいたソファに豪快に腰かけて舞美はあたしをじっと見ている。
さらさらの黒髪やまっすぐな瞳はある程度完成してからずっと変わらなくて、その眼で見つめられると綺麗だなと思う。
舞美はあたしの腑抜けた顔を見て眉をしかめて見せた。
「ほんっと、お姉ちゃんはどうしようもないね」
「ああ…そうだね、はは」
笑いにも力が入らないのはきっといいこと。舞美はあたしの肩を軽く弾いた。
「ったく。自分から始めたことなんでしょ?愛理ちゃんだってそんなになられちゃおちおち嫁にも行けないでしょうが」
「うん。そうなんだ。だから愛理の前では絶対元気でいたい」
愛理が優しく笑うから。あたしを元気づけようと笑うから。
あたしの弱い心全部包み込んで笑おうとするから。
「…ばれてるんだろうけどさ」
だから、そこに甘えてしまってつい涙が零れそうになる。ふとした瞬間に離したくなくて息苦しくなる。
わかってた。弱いことを知ってるから。
- 369 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:25
- それでも始めることからは逃げられなかった。逃げたくなかった。
大切だと思った。時間とか理由とかなんかそういう理屈抜きにして、ただ共鳴した。
出来るならば死ぬまで一緒にいられたらなんて、そんなどうしようもないことを思ったりもする。
「お姉ちゃん」
「ん」
「…人を好きになるのって、苦しい?」
「…」
舞美はいまだ、恋愛に躊躇を消し去れない。
なるべく話をしてみたり、色々自分なりに認めようとしていたり、以前よりはずっと良くなったけれど。
舞美の心を理解してくれる男性がこの世には何人いるのだろう。
少なくとも、あたしが出会った男は理解しようとするのではなく端から理解できない、何も教えてくれないと腹を立てていた。
男の多くは女に肯定されたがっていた。女の理解できない部分を理解しようとする姿勢すら見せたことはなかった。
舞美は美しくて優しくて、聡明な子だ。ちゃんと考えていることはある。
だからそれを聞いて受け止めた上で自分なりの結論を出せるような人と出会えたらきっと幸せになれると思う。
「苦しいよ」
「…」
- 370 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:26
-
「苦しいよ」
「…」
「苦しいけど、それ以上に幸せだって思える瞬間があるんだよ。あたしだって愛理と会う前は知らなかった」
「そう、だね」
「…舞美には、いつかきっと素敵な出会いがあると信じてる。そんで、その人と結婚するところをあたしに見せてよ」
舞美は何か言いたげに口を開いたけれど、うん、と小さく言って頷くだけだった。
上手く笑えなくて少しだけ意地悪になる。あたしは寂しいのだと。苦しいのだと。妹にすらこんなに見せちゃってる。なんて弱い。
…愛理。
あなたがこんなあたしを好きだと言ってくれるから、どうしようもなく弱い自分も受け入れてこられたのに。
今の状況を打破する手段などなく、決断力も思考力も計画性も何もなく。
結婚式場の教会から花嫁を連れ去った後、何が待ち受けているのか。経済的なこと、ダブルで襲う世間体、罪悪感。迷惑。
あたし達は誰かの迷惑の上で幸福になれるほど図太く盲目ではなくて。
わかってしまうから動き出せない。言い訳ばかりだと言われても、どこかで大人ぶってわかった風に思う。
好きだと。それだけではダメだと。誰が決めたんだろう?
- 371 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:26
- 舞美を引き寄せて抱きしめると髪から優しく香った。
舞美が少しだけあたしを抱きしめ返して、それから拳であたしの背中を軽く叩いた。
今日は夕方からまいちんと梨華ちゃんが遊びに来る。
くだらない話をして、少し飲んで、うだうだして。今はそれが必要だから。
+++++
久しぶりに栞菜との食事。
大学が別になって以来なかなか会えなかったけど、栞菜はとても綺麗になっていた。
もともと美人だったけど、髪が伸びて、綺麗な化粧でより魅力的になってる。
「愛理」
「え?」
タリアテッレを器用に巻いて、栞菜はわたしをじっと見つめた。ふ、と微笑む。
「愛理、すっごく綺麗になったね」
「えっ」
思いもよらない言葉にぼとっ、とエビを皿の真ん中に落としてしまった。
- 372 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:27
- 「愛理、ほんとにひとみさんと出会ってからどんどん綺麗になってるなって思ったけど、久々に会ったらまた一層綺麗になってる」
「ほ、ほんと?」
「うん。ひとみさんと、まだ幸せなんだなーって、顔を見たらすごくわかる」
栞菜が嬉しそうに笑ってくれるから、恥ずかしくて頬が熱くなった。
「あの時、どうなっちゃうんだろうってすごく心配だったけど…ほんとに色んな愛の形があって、
愛理がすごく成長した気するから結果的には良かったな。愛理のこと傷つけたりしたらひとみさんのこと絶対許さないって思ったけど」
「わたしだって、いっつも栞菜の彼氏さんにはそうやって思ってたよ」
「えー?どうだろ」
「なんでそんな意地悪言うのっ」
「あはは、嘘だって。ありがと」
笑い合ってからパスタをひとくち運びながら、飲み込みかけにまた栞菜はふっとわたしを見る。
「ほんとに別れちゃうの?」
アイスティーで喉を潤しながら頷いた。
「ん」
- 373 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:28
- 「…ほんとなんだね。…不思議な感じ。ずっと続いてて、でも終わりは決まってて、ちゃんと終わらせるなんて」
「わたしもいまいち実感っていうのはないんだ。…でも、ほんともうすぐなんだよね…」
「寂しい?」
「たぶん…なんか、想像がつかないけど、ふっと寂しくなる。今が幸せなほど」
「うん…」
ひとみさんが優しいほど、切なくなる。あったかさに包まれて幸せを感じるほど、苦しくなる。
「辛かったら、いつでも、どんな時でもどこからでも電話してね。何でも聞くからさ」
「うん。ありがとう」
けれど、わたしは栞菜にあまり電話しないことを知っている。栞菜もそれはわかっている。
でもそれは関係が遠いとかそういうんじゃなくて、栞菜がいてくれるだけでよかった。
自分を大切にしてくれている実感がある人と友達でいられることはすごいこと。
本当の本当にどうしようもなく悲しい時にもいてくれるって思うだけで救われる。
- 374 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:28
- 栞菜にとっても、わたしがそういう存在でいられればいい。そういう存在だと、思ってる。
ずっとべったりするような年でもなくなった。
毎日言葉で確かめ合わなければ不安でたまらないような、幼くて正直な何かはやがて消えた。
「ていうか…」
「ん?」
店に張ってある手書きのポスターに目を向けた栞菜は溜息を大きくついた。
「無農薬野菜って文字が、今は何か癪に障る」
「?」
栞菜の苦々しい顔の真意はその後ゆっくりと聞かせてもらった。
+++++
「あ、吉澤さんだ」
「…久住」
持て余しきった暇を持って絢香の店に行くと、この店が似合ってるんだか似合ってないんだかよくわからない奴がいた。
カウンター席から伸びるすらっと長い脚、茶色く染まった髪の向こうの大人びて見える高い鼻。
「どうぞ、隣構いませんよ」
「いや遠慮させてください」
「ちょっとぉ」
- 375 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:29
- 久住から一つ空けてカウンターに座ると、彼女も興味もなさそうに向き直って甘そうなカクテルをちびちびとなめた。
絢香が困ったように笑ってあたしのところにいつものを出してくれる。
ちょうど二人の間にいる絢香に久住が話しかける。
「で、さっきのハーブティー、良かったら絢香さんの分も買いますよ」
「本当?でもちょっと気になるー」
絢香ともすっかり顔なじみ。
小さいころから知っているせいか、酒を飲んでいる姿がちょっと不思議なのだけれど。大人っぽくなったが顔立ちもあまり変わってないし。
「すっごいいいんですよ、利尿とか抗酸化作用もあるし安全でー」
「…ハーブティー?近所の人が店でも始めたの?」
思わず話に入ってしまった。
「コハル最近自然食品にはまってるんですよぉ」
と、鞄の中のもろもろ健康食品、自然食品を一通り見せてくれた。残念なことに全く興味は持てなかった。
意外だな、という印象はあったけど、こいつはいまだによくわかんないというのが本音だった。
「今、びみょーだと思ったでしょ」
「え?うん、ぶっちゃけ」
- 376 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:31
- 久住は昔と変わらず他人が自分に向ける気持ちには全く影響されず、あたしの言葉にもただノーリアクションだった。
「いいんですよ、やりたいことやれるってのはそれだけで幸せって知ってるから。
だから興味を持ったことはとことんやります。こう見えて結構色々勉強してるし資格取ってんですよ」
彼女には譲れない信念がある。どんな些細なことも貫く強さがある。結構羨ましいかったりするけど絶対に言ってやらない。
「友達にはウザがられてますけど」
「だろうね、自分が好きなのはいいけど友達とかはほどほどにしときなよ」
「はーい」
あたしの言うことなんて全然聞かないけど、何故か一つ空いた席を埋めて抱きついてくる姿は可愛い。
「酔ったぁー」
すりすりと顔をこすりつけてくる。
意味もなく甘えたな奴ではない。その場にいる最も力のある年上によく甘えてたように覚えてる。末っ子の自己防衛の一種に見えた。
こんな時くらい肩を貸してやるよ。いつまでも久住はあたしの中では年下なんだから。
「あ、でもさっきの…」
- 377 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:31
- 久住が絢香に耳打ちをする。するとちょっと照れたように絢香が笑って、うーんと唸った。
「…あー…じゃあ、やめておこうかな」
「そうですかぁ、残念だなー」
残念、て割にはなんだか嬉しそうだけど何だろう。気になる。けど聞けないのはそういうめんどくさい性格だから。
+++++
目の前で梨沙子がむくれていた。
成人したっていうのに、いつまでも変わらないんだから。そう心で思って、少しだけ笑った。
そういえば梨沙子とはいまだに電話でよく話す。
「あり得ない、本当にあり得ない!あたし絶対お見合いなんてしない!
会ったこともない人と結婚前提でお話するなんて考えられない!」
きいいい!と叫び出しそうに怒りを爆発させる梨沙子の気持ちもわからなくもない。
梨沙子は現在絶賛片想い中で、それは勿論相手は親に持ち込まれた縁談の男なんかではなく。
縛られることが一番嫌いな梨沙子が怒るのは当たり前のことだった。
濃いメイクも覚えた梨沙子は大人の顔で、けれど喋るとやっぱりわたしがずっとそばにいた梨沙子だった。
- 378 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:32
-
「…まあ、それも義務みたいなもんだからさ」
「あのね」
なだめようとするわたしの言葉をさえぎって、梨沙子は声を張った。
「なに?」
「…あたし、大学を出たらこの家を出ようと思ってる」
「え。…そっか」
「あれ。なんかもっとすごいリアクション期待してたんだけど」
「…なんか、そんな気はしてた。むしろ高校出た時にするもんだとすら思ってたもん」
「……さっすが愛理!」
やっとその言葉を聞けた、と思った。
奔放で、感受性の強い梨沙子にはしきたりに従う人生は合わないと思っていた。
梨沙子はこの閉鎖された世界よりも、自分の身体一つ、自分の中身にしか意味のない世界で色々な物を見てほしい。
愛される才能とその美しさで、自分自身を磨き続けてほしいと思っている。
「あたしがひとりっ子じゃなくてよかったぁ…まあ、ひとりっ子でも別に家は出るけど」
散々家に文句ばっかり言ってるくせに。それでもやっぱ心配だよね。
梨沙子のにじみ出る優しさが、好きだ。
- 379 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:32
- わたしが梨沙子を見てニコニコしていると、ふいに少し真面目な顔で梨沙子がこっちを見た。
「……」
「?」
「…愛理も、一緒に行こう」
「え」
「…大丈夫だよ。愛理にも弟いるじゃん。きっと家はなんとかなる。
愛理にも幸せになって欲しい。あたし、吉澤さんと一緒の愛理がいい」
言葉は本気なんだろう。梨沙子の気持ちは嬉しかったし、一瞬でも家を出ることを考えなかったと言えば嘘になる。
なんのしがらみもなく、穏やかで優しくて幸せで。ひとみさんが不安に思うこともなく、わたしも何かに焦ることもなく。
けれどわたしは首を振る。
「…わたしは、行けない」
ただいつも行きつく結論は、問題はそこじゃない気がする、だった。
- 380 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:33
- 結局わたしは自分が親に嫌われたくないし、親を捨てた後ろめたさを背負うことは嫌だ。
だから家を捨てることは出来ないし、
何よりも女性同士という関係を外側へ胸を張って生きることも出来ない。
家を捨てて親を捨ててよりによって女同士なんかで恋愛をする、と非難される。
それら全てはひとみさんをも傷つけて悩ませる。
ひとみさんは優しくて、優しすぎて時にもどかしいことに傷つくから。
ひとみさんは、わたしに親を捨てさせた、
世間体への後ろめたさを背負わせたと一生負い目を感じて生きていくんだ。
先を見てその先を見てやっぱり無理だと諦めるのは悪い癖だけど、きっともうこうやってしか生きられない。
幸か不幸か、わたしが愛した人も同じように生きていて。
ここから連れ去って欲しいなんて自分勝手なことは言わない。
ここから連れ去ってあげるなんて無責任なことを言われたくない。
- 381 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:33
- わたしもひとみさんも弱虫すぎて。
現実にばっかり目が行って。そんなにうまくいかないよって自分をセーブして、傷つかないように。
…だから、好きなの。
こんなずるくて弱いわたしに共鳴してくれて、全部を受け入れてくれるくらいに心が広い。
それは共鳴してほしい、受け入れてほしいの裏返して、結局は一番疲れる逃げ方だって知って。
何かもう、そういうところが憎らしいくらい私に似てて似てなくて、どうしようもないくらいに好き。
精一杯の互いのプライドを、互いに尊重したい。
くだらないって言う人もいると思うけど、わたし達には譲れない大切なこと。
かっこつけすぎて、カッコ悪いね。自分のプライドで大切なものを失うってわかってるのに。わかってても。
「行けないよ」
その言葉だけで、梨沙子はもう何も言わなかった。
+++++
- 382 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:33
- 「愛理さんは本当に素敵な女性だ」
「ふふ、そんな。まだまだ子供ですし。未熟で、日々学ぶことばかりです」
「いやいや。初めて会った時から大人っぽい女性だと思っていましたが、
こうやって年月を重ねるごとにどんどん素敵になる。知的で、けれど控え目で」
「本当に、身に余る褒め言葉です」
「…僕は、本当に愛理さんのことを好きになっていく一方だ。
許嫁とはいえ、こんな気持ちになれるなんて自分でも驚いている」
目の前の許嫁は、嘘なくそう言葉をくれる。いつも褒めてくれて、愛の言葉をくれる。
嫌であるはずはない。
穏やかな目も、どこかハーフのような雰囲気の顔立ちも、控え目な香りも、骨ばった大きな手も。
その整った外見の中にある、世間知らずすぎない純粋さも。しきたりの中で通す自分の筋も。
この人は本当に、わたしには勿体ないくらいに素敵な人だった。
それでも。
「ふふ、嬉しいです」
好きにはなれない。だから、好き、と言えない。どうしても。どうしてこんなところで不器用なんだろう。
- 383 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:34
- そんなわたしを知ってか知らずか、
それ以上の言葉を要求せずにわたしの手料理を美味しそうに食べてくれるのだった。
きっと上手くやれる。
きっと一番でなくてもいつか愛せる。愛の形が違おうと、きっと。そんな未来が見える。
穏やか。空気も精神も。きっとずっと。
この人とは、何をしてもそうなんだと思う。
大学を卒業したらすぐに海外の彼の家で生活をする。
向こうの生活に慣れながら、機会を見て婚姻届を出す。
多くの人は羨ましいと思うのかな。
きっとずっとお金に不自由せず、夫の愛を受け、子供に恵まれて、たまに家族で出かけて。
…そうだね。何が不満なの?って、思うよね。
でも。
だって。
+++++
- 384 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:34
- でも。
だって。
「あ…」
「足の指、冷えてる」
ひとみさんはやわやわとわたしの足の指を温かい指でほぐして、自分の太ももの付け根に乗せた。
薄明かりの中でも、足元から全身を見られている感覚はやっぱり恥ずかしくて、
足の指から伝わる熱いくらいの温もりと、太ももに添えられた手から伝わる肌のさらっとした質感と、
空間に浮かび上がる陶器に似たひとみさんの色。
「…ひとみさん、冷たくないの?」
「大丈夫。すぐあったかくしてあげるからちょっとだけ我慢してね」
そのままゆっくりとひとみさんの頭が下りてきて、膝、太ももとゆっくりと唇や舌が滑り下りていく。
でも。
だって。
こんなに頭が吹っ飛んでしまいそうな感覚をわたしはここで以外に味わえない。
優しくて、愛しくて、気持ちいいほどにどこかで切なくて、幸せで。
かぁっと脳みそが温度を上げて溶けそうなくらいになったら、足の指が冷たかったことなんて忘れていた。
- 385 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:35
- 昇りつめた後にひとみさんをしっかりとつかまえたら、その耳に噛みついた。
そのまま体勢を入れ替えて熱のこもった身体に隅々まで触れる。
どんなに言ったって、何度繰り返したって、ひとみさんは顔をそらして腕で隠して、唇を噛んでる。
「…だめ。ちゃんとこっち見てくれなきゃ…」
「やだってば…」
「ひとみさん」
唇が触れるほどの距離で、耳元で名前を呼ぶと、泣きそうなような怒ったような鳴き声みたいな声が聞こえた。
「耳、やだ…ばぁかっ」
半泣きの困った声に、ほんとかわいいな、って笑ってるわたし。
自分がこんなに意地悪だなんて知らなかった。
気がついてはいたけど、それをこんなにも自分以外の人に露わに出来るなんて知らなかった。
でも。
だって。
- 386 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:36
- 触っているだけで幸せなの。
恋愛を知らなかった頃に教えられたたくさんの言葉で膨らませた想像よりも遥かにすごかった。
一瞬だけ何もかも忘れて、ただの愛し合う恋人になって、満足を知らないで、求め合うままに求める。
駆け引きもプライドも計算も全部捨てて、したいようにすることは怖くて、なかなか出来ることではなくて。
ここまでくるのにもわたしたちは結構かかった。
そしてまだどこかに開いていない扉があるような気がする。こんなに全てを開いて放っても。
存在を感じ取れただけでも奇跡の確率の、奥の奥の暗い静かな扉。
扉自体が自分が開くものだと知らないほどの。気がつけただけで幸せになれるような場所を。
いつもひとみさんのにおいと明りで染まった肌と、温度と息遣いと言い得ぬ感情。
それだけが記憶となる。
+++++
- 387 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:36
- 「ね、雪!」
すっかり両親にも信頼を得て、むしろお気に入りの部類に入る「友人」のひとみさんと迎える肌寒い朝。
既に起きていたひとみさんがカーテンを思い切り開いて声を上げた。
腕を抱えながら横に並ぶと、たしかに地面は白かったけど。
「…霜だよ?」
「似たようなもんじゃん」
「えぇー?全然違うよ」
「え、どうして?どう違うの?」
「霜はね、朝露が寒さで凍ったものだから」
「つゆ、って…あれはなんなの?」
「あれは空気中の水分が寒さで水滴になったもの」
「え、なんで寒いと水滴になるの」
「それはね」
それから一つの布団に一緒に包まって抱きしめ合いながら霜と雪の違いを説明したけど、いまいち理解してくれなかった。
でもね。
だってね。
こんな寒い朝にくだらない話をしただけで。それだけで泣けてきそうなほど幸せがあふれる。
こんなに満たされていることを知ってしまった。だからこんなに贅沢になってしまった。
幸せなのに、終わりを知ってるからこそ、この幸せを知りたくなかった気持ちもある。
- 388 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:37
- ひとみさんはふいに黙っただけで、わたしを何も言わないで優しく包んで抱きしめてくれる。幸せすぎる。
だけど、今だけはこの余るほどの幸せを体いっぱいに吸い込んで。
一生分補充しても消化しきれないくらいの愛をいっぱいもらう。そして、いっぱいあげたい。
冬が来ている。
そうしたらもうすぐ春だから。
ひとみさんの胸の中で、お腹が空いたなと思う。
「…なんかあったかいスープでも作ろうか。ひとみさんの大好きな野菜たっぷりの」
「うん。ゆでたまごも作っていい?」
「いいよ」
「うお、さぶっ」
「寒いなぁ…」
ひんやりとした部屋のストーブをつけて、室内にすら充満する冬の空気を感じる。
水が火にかけるとお湯になる当たり前のことに感動する。同じくらい、当たり前のことに悲しくなる。
時は止まらない。何を言おうと変わらない当たり前のことで、だからどうしようもなく心がざわめいた。
- 389 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:38
-
「ねえ、味付けは何がいい?」
「うーん…和風?」
「今日の野菜には合わないよ」
「そっかな?でも愛理なら美味しくしてくれるでしょ?」
ゆで卵を加熱する火を止めてからじっと時計から目をそらさないでいたひとみさんがふいにこっちに笑いかけてくれると、
それだけで小さな子供が褒められたみたいに嬉しくて、じゃあ頑張ろうって思っちゃう。
どんな風にしたら、この野菜たちは和風のお出汁と味付けで美味しくなるかな?甘め、薄め、色々考える。
ひとみさんがゆで卵を冷やしながら、隣にいてわたしを見守ってくれる時の空気が好き。
見えなくても視線が優しいのがわかるし、気持ちが伝わってくるような感覚があるから。
「うーん。和風じゃない方が良かったかもね」
「ええっ!ひとみさんが和風がいいって言ったから頑張ったのに」
「あは、ごめん。でもおいしい」
- 390 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:38
- 向かい合って食べる朝食は同じようなものばかりだけど、その中には同じことは一つもない。
今この瞬間に変化していく時間を共有している事実はこの一瞬にしかない。
ひとみさんが割っているゆで卵に同じヒビは二度と入らないし、スープに全く同じ数の野菜が浮かぶことは二度とない。
つくづく、生きるって不思議なことだと思う。
「愛理」
「え?」
「どうかした?」
「ううん」
「やっぱこのスープ失敗だったと思ってる?」
「違うってば、もうっ」
そうやってふわっと空気を和ませてくれたから、いつも大切なことは言えないではぐらかしてきたから、
何も言わないでごまかされて、今だけは。
+++++
クリスマスには仕事終わりに悪友たちと飲み明かしクリスマスをした。
まいちんは野球選手をつかまえたとかで、知り合ったきっかけやらどっちから告白したやら
そんなことを根掘り葉掘り聞いている梨華ちゃんを後目にワインをあける。
- 391 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:39
- 今頃愛理は家族と、許嫁さんとの豪華なクリスマスでもやってるんだろうな。
こっちはこっちで楽しいけど、愛理も楽しければいいな。
なんだか酔いが回らない。
年末年始も愛理は忙しいから、クリスマスプレゼントはクリスマスイブイブイブに渡した。
形に残らないものにしようって決めたら無難に食べ物しかないなあって、
ならどうせならご家族でどうぞって、あてつけみたいかなとか考えすぎたりして。
結局可愛いお酒にした。
いちご味色の、クリスマスに多く出るお酒。一人で飲めるくらいの。
なんてことのない安物で美味しくもない、それで記憶にも残らなければいいのに。
それでも、あたしの目にはあのお酒のいちご味色が焼き付いてしまっている。
なんだか綺麗な包装のリボンのカールも。
そして愛理に貰ったクッキーのなんだかちょっと不細工な顔も。
あたし好みの味や食感も。袋を貰った時点で既に香るバターと小麦と砂糖の香りも。
そうやって必死にかき集める。
- 392 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:40
- 愛理の思い出をどんな小さなものでも取り込んで、残り少ない時間をはっきりと感じて。
知らないふりをして、必死になって。未練がましいな。
今頃になって、本当に怖くなってきたらしい。
クリスマスのイルミネーションを嬉しそうに眺めている横顔を見ているだけで、幸せすぎる。
年を重ねるにつれて少しずつ夜を長く過ごす愛理は、深夜のイルミネーションをすごく嬉しそうに見ていた。
新しいことを知っていく時の笑顔を見る度嬉しくて、
どんな小さなことでも教えたし、あたしも知ることが嬉しくて教わった。
全部終わりが近づいてきているんだな。
全てのことに終わりはあるけど、はっきりと見えてるっていうのはやっぱ予想通り、いやそれ以上、辛いな。
「もーいーでしょ?ちょっとそこはプライバーシですから」
「混ざってる混ざってる。あはは、まいちん酔ってるのぉ?」
「梨華ちゃんもでしょぉー」
だからって始めないのはやっぱり愚かすぎるよね。
幸せそうな友達を見ていると、やっぱり幸せは人間に必要だと思う。
- 393 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:40
- 多分、これからもあたしは新しい幸せを求める。
愛理を失って死ぬほど悲しんでも、きっとその先を生きているうちに幸せになるんだと思う。
「まいちん」
「ん?」
「…幸せになってね。今よりももっともっと」
唐突なあたしの言葉はどんなふうに聞こえたかは、まいちんのきょとんとした後の最高の笑顔でわかる。
「…うん。ありがと、よしこ」
まいちんがすごく綺麗に笑う。
クリスマスの有名な曲が繰り返し繰り返し流れてる。
何故か幸せと同時に切なさをメロディが運ぶ。きっと、クリスマスの奥に恋愛を感じているから。
ワインは酸っぱくてぴりっと舌を刺激して、少しだけ酔った。
+++++
- 394 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:41
- 最近は向こうにも何度か行ったりして、ゆっくりと出来ない状態。
クリスマスにひとみさんから貰ったかわいいイチゴ味の飴みたいな色のお酒はまだ飲めていなかった。
だって飲んだらなくなってしまう。
多分、わかってて買ってくれたんだと思う。形に残るものは名残惜しいから。
でも…食べられるものも飲めるものも、やっぱり名残惜しいよ。
ひとみさんはこの色を覚えててくれると思う。どんなことを考えて買ったかを忘れないと思う。
変な顔だと笑ってくれたわたしのクッキーも、赤と緑の可愛い袋も。
どんなに薄れても、思い出す時間が少なくなっても、完全に消えることはないんだと思う。
あなたも、わたしも。
「はあ」
このため息は何のため息か自分でもわからない。この涙と笑顔、今悲しいのか嬉しいのか自分でもわからない。
携帯電話がメールの着信を知らせた。
- 395 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:41
- ひとみさんからのメール。
マメなひとみさんは、同じくらいの時間には必ず連絡をくれる。いつも簡潔で無駄がなくて、なのにあたたかいメール。
わたしも文を打ち、何回か確認をして返事を送る。
ああ。今声が聞きたいな。
でも、電話をしたらきっと、会いたくて泣いちゃうかもしれない。そしたらひとみさんを困らせちゃうな。
携帯を抱えてもあったかくはないけど、布団の中でひとみさんのことをいっぱい考えた。
夢でくらい、会えたらいいな。
+++++
年末年始年はこっちも忙しいし、成人式がどこかで行われたらしいというニュースを見るのもあっという間だった。
少しは会っていたけれど、どこかゆっくりできる状態ではなかった。
卒業式のあと一カ月くらいしてから向こうへ行くと言っていた。
それまでにあとどのくらい会えるかな。どのくらい思い出を作れるかな。
- 396 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:41
- 夜に一人で音楽を聴いていると、ふいに身体が携帯電話を求める。
目覚まし時計がアラームを鳴らす直前に目が覚める感覚に似ている。いつも愛理にメールや電話をする時間だった。
今日は二回本文を確認した、短いメールを送る。
今でもたまに最初の頃みたいにドキドキしてしまうもんみたいだ。決まった時間に送るいつものメールなのに。
返事が待ち遠しくて、じっと携帯の待ち受けを見つめているなんて。そんなの、なんだか漫画の中の女の子みたいだ。
「あ、きたっ」
素早く返信してきた愛理のメールを開いてゆっくりと読み、指でなぞる。かわいい絵文字を笑いながらなぞる。
胸がぎゅう、と音を立てたみたいに苦しくて、むずむずとした感覚と一緒に泣きたくなる。
ほんとは電話したかったけど、電話したらきっと会いたくなっちゃう。
愛理のことを考えてたらうとうととしてきて、メールを読み返しながらいつの間にか眠っていた。
夜中に届いた友達のメールにも目を覚ますことなく、携帯を開いて握ったまま朝を迎える羽目になった。
+++++
- 397 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:42
-
一月。
年始は忙しくて、落ち着いたと思ったらすぐに新しい移住先に短期間行くことになった。
戻ったり行ったりで忙しかったけどなんとか卒論を完成させなければならなくて、とにかくバタバタしていた。
卒論はなんとか今月中に提出出来た。
ひとみさんからのメールや電話ですごく励まされた。ちょっと疲れている時に、タイミング良く面白い話をたくさんしてくれる。
ひとみさん、髪を切ったらしい。早く見たい。
二月。
ひとみさんとはバレンタインデー当日にも会えなさそうだったので、バレンタインの4日前くらいにチョコレートを交換した。
ひとみさんはお菓子をあんまり作ってくれないんだけど、すごくおいしかった。
今月は3分の1くらいは向こうにいた。向こうでの彼との生活は穏やかで、忙しい人だけど休みには一緒に料理をしたりした。
ミネストローネをお店のようだとすごく褒めてくれる。
そして三月。
+++++
- 398 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:42
-
びっくりするほど当たり前に唐突に、別れの日はやってきた。
荷造りやらすごくスムーズにいったので、卒業式から一週間少しで日本を発つことになったらしい。
それが決まった日が、あたしたちの最後の日だった。
この日まで思っていたよりも会えなかった。
こんなもんなんだな。あと一カ月が三週間縮んだけど、多分一カ月あっても同じくらいしか会えてなかったと思う。
努めて普通にしたかった。忙しい時期に無理して会わなかったこの数年と同じようにしていたかった。
それは二人の本当にくだらないプライドで、譲れないプライドだった。
「…こんにちは」
「ちわ」
いつも着ているコートで、いつもの髪型で、いつものメイクで、いつもの笑顔の愛理を、
いつも着ている服で、いつもの髪型で、いつものすっぴんで、いつものテンションで迎えた。
テーブル越しに向かい合って、あたしは愛理が入れてくれた紅茶をじっと見ている。
紅茶は本当に紅くて、カップの内側が染まったみたいだった。
夕焼けを溶かし込んだような寂しさは、紅茶のせいではなくて。
- 399 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:43
- この香りと一緒に思い出をしまうかと思うと、ココアくらい甘いものにした方が良かったかなとかぼんやり考えていた。
でも、おいしい。
会った時と同じ黒いままの髪をゆるく束ねてカップに口をつける愛理の伏せた顔はとても大人に見える。
もうすぐ結婚するんだもんな。
出会った時には高校生で、まだ細っこかったな。
それでも喋ったらあたしなんかより大人で、悔しいくらい達観してて、
そのくせちゃんと真っ直ぐで、言う時にはしっかり言うし。
挑発する度に挑発されていたのは自分で、だけどつついたら大人な顔の奥にまだ芽を出したばかりの部分があった。
それを見た時に、あたしも同じだと気がついた。この部分は誰も、自分すらも触れないようにしていたと。
一緒に育てていけることが幸せだった。今はきっとあの時より成長できている。
やっぱ愛理のことが大好き。
…愛してるよ。
- 400 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:43
-
あたしは結構顔に出るタイプ。
目が合った時に少し驚いて、少し笑った愛理を見て、言葉はいらないと改めて思った。
何を話したって、何をしたって、もうこれ以上はないとお互いにわかっていた。最後のキスもしない。触れもしない。
だから紅茶が冷めてしまう前に全て飲み終わって、二人でささっと洗って片付けた。
示し合わせたわけでもないけれどお互いの連絡先を携帯電話から消して、愛理はコートを抱え帰る準備を始めた。
二人で一緒に選んだコートだ。
「じゃあ、今までありがとうございました」
「こちらこそ。…慣れない環境で体調とか崩さないようにね」
「うん」
「…幸せになってね。結婚、おめでとう」
「…ん。ひとみさんも、幸せに」
愛理が笑う。
あたしも笑う。
そして、どちらからともなく手を差し出し、握手をした。
やがてゆっくりとゆっくりと手は離れて、小指だけを辛うじてつながっている状態で、少しだけそのままでいた。
- 401 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:43
- あの日、触れることだけでいっぱいいっぱいだった。
今も同じくらいに…いっぱいいっぱいみたい。
あの時はここから始まった。ここから始まるんだと思いながら、離したんだ。
今はここで終わりだと思って、小指を離した。
愛理の柔らかい指の感覚が消える。
「じゃあ」
「ばいばい」
「さようなら」
「うん」
そのまま、いつも実家に帰るように玄関先まで見送った。
バタン。
玄関のドアがゆっくりと閉まり、内側からカギをかけて、全部終わった。
愛理の香りが少し残っている気がした。
ソファに腰掛けて、一人の部屋を見渡す。殺風景で物の少ない自分の部屋。
- 402 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:43
- どことなく力の抜ける感覚に襲われたが、そういえば、朝から何も食べていなかったことに今気がついた。
何か食べるものでもないかと冷蔵庫を開ける。
無性にミネストローネが食べたくなった。基本的には野菜を煮るだけだから、簡単だし。材料もある。
買い置きしてあったフランスパンをかじりながら調味料を眺めていた。
初めから別れの決まっていたこの場所に愛理の痕跡はほとんどない。
のに。
…ここに、みっけ。
ミネストローネに欠かせないローリエ。
その時入れた野菜やスープの出来で入れたり入れなかったりするオレガノ。クミンシード。ローズマリー。
全部愛理が買ってきてくれた。どれをどんな風に入れたらあんな味になるのかなんてあたしは知らない。
ハーブを一つずつそのままにおったり、舐めてみたりして。
その独特な味に舌がちょっとおかしくなった。
これをどうやって入れたらあんなに美味しくなるんだろう。聞けばよかったかな。勉強しようかな。
どっちにしても、見つけちゃった以上はしばらくこんな気持ちだ。
- 403 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:44
- 「っ」
誰も聞いてないよ。
誰も見てないよ。
「っく…ふぇええええええええ…ふぅう…!ふぅううううううぅ…」
口の中のフランスパンがしょっぱくなる。
泣きながら、ミネストローネに適当にスパイスを足した。
泣きながら、ミネストローネを食べた。まずかった。
泣きながら、ずっと考えた。
スパイスみたいに。
愛理は小さな偶然から、大きな結果に結び付けてくれた。
お互いのほんのひとつまみの勇気で踏み込んだ結果、この幸せな時間があった。
後悔なんてしてない。
ただ好きな人ともう会えないのが悲しいだけ。まだこんなに好きなのに、別れちゃったのがやっぱり悲しいだけ。
「うぁあ…うぇえええええん」
布団にくるまって、子供みたいに泣きじゃくった。
愛理のにおいがするかもと思ったけど、鼻水だらだらでにおいどころではなかった。
- 404 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:44
- 愛理。
だいすき。
悲しいよ。
今すっごい、寂しいよ。やっぱもうちょっと一緒にいたかったよ。あと一回くらい、顔見たいよ。
でも、あなたに会えてうれしかった。あたし、すごく幸せだったよ。
愛理も幸せになって。世界一幸せになって。
あたしもきっとこれからも幸せになるから。こう見えても結構強いところもあるんだよ。
愛理が愛してくれて、強くなれて、幸せになれる自信がついた気がする。
出会ってくれてありがとう。
さようなら。
- 405 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:44
-
+++++
- 406 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:44
- 車で家について、部屋に入って。あっさりとしてるけど、すごく素敵な別れ方だったと思う。
余韻に引きずられている暇なんてない。まだまだやることはいっぱいだ。
部屋の片づけはほとんど終わっているけれど、奥に隠してあったそれを取りだした。
結局貰ったイチゴ味色のお酒は飲むことができなかった。頭ではわかっているのに、どうしても飲めなかった。
自分がこんなに自分をコントロールできないなんて。
「ねえ」
「はい?いかがなさいましたか?」
今日向こうに運ばれる荷物の確認をしていたお手伝いさんに手招きする。
「これ」
「あら、かわいらしいお酒!これは…」
「餞別に大学の友人から頂いたのだけれど、このお酒実は苦手なの。だから、少量だけど皆様でどうぞ」
「そんな、愛理さまの頂き物でしょう?なら…今度お会いする時に旦那様にお渡ししてはいかがでしょう?」
旦那、という言葉にまだ慣れない。大体まだ結婚しているわけでもないのに。
- 407 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:45
- 「…もう、気が早いのね。それもいいけど、でもちょっと可愛すぎるもの。彼にはまた別に何か買うわ。お願い」
「…そうですか?恐れ入ります」
「いいえ、押し付けてしまってごめんね」
「そんな!かわいらしいプレゼント、嬉しいです。
わたくし共も愛理さまがもうすぐこの家を出られるかと思うととても寂しいんです。だから、大切に頂きますね」
お手伝いさんは綺麗に微笑んでそのお酒を持って行ってくれた。
手放す。飲めないのなら、こうするしかない。
でもあの綺麗な色はどうしても忘れられない。
ああ。
好き。
好き。
好き。
「――――」
- 408 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:45
- 感情が抑えきれなくて、トイレに籠った。長くはいられない。でも少しだけでも、吐き出さなきゃ。
トイレの鍵を閉めた瞬間に涙が出てきた。
「…っ…っく…ふぅう…」
声を押し殺して、跡が残らないように涙は流れるままで。
苦しい。
苦しい。
大好き。
愛してる。
ひとみさんがもう恋しい。大好きがあふれて止まらない。
この先一生、こんなに愛しい人はきっといない。それは幸せなことだと思ってる。
後悔なんてしない。今はただ、わかっていたはずの別れに悲しんでる。わかってたって悲しいものは悲しい。
ひとみさんが大好き。
本当に奇跡みたいな出会いだった。出会えて好きになれて嬉しかった。
- 409 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:45
- あの日、ホテルでわたしを気遣ってくれた時には男の人だと思ったんだっけ。
でも女の人だとわかった後でも、やっぱり好きで。今までの自分からは想像もできないくらいに大胆になった。
あの時貰った痛み止めは、魔法の薬みたい。
ミネストローネに足したスパイスみたいな。ほんの少しだけで、全く違う世界が現れる。
「っ―――………」
大好き。絶対幸せになってね。ひとみさんはなれるから。素敵な人だから。
わたしもきっと幸せになる。ひとみさんに愛されたんだもん。きっとなれる。
さようなら。
- 410 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:45
-
+++++
- 411 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:47
- 「舞美先輩」
「なに?」
「…めっちゃ寂しいんです…愛理が海外ですぐ会えないなんて、想像つかない」
「…そうだね」
「舞美先輩はひとみさんのこと、やっぱり良くなかったと思いますか?」
「ううん」
「…」
「お姉ちゃん、愛理ちゃんとの生活で今までのどの恋愛よりも成長したし、これから成長する気がするんだ」
「……」
「たまに弱いところ見せてくれるお姉ちゃんのこと、これからもずっと見てる」
「…はい」
「ふふ」
「あ、舞美先輩」
「ん?」
「あたし家出てきちゃったんですけどしばらく舞美先輩のところに置いてくれませんか?」
「……はぁ!?何言ってんの!?」
「まあまあ舞美ぃ、いいじゃん」
「ちょっ、えり!無責任なこと言わないでよ!」
「梨沙子困ってるんだよ?」
「いや…そういう問題じゃ…」
「ていうかずっとうちここにいたのにシカトすんなよなぁー梨沙子とも愛理ともすっかり仲良しなのに、ねーっ」
「はいっ!えりかちゃんとは二人で買い物とかもしてて」
「え、え、いつの間に…?てか、今はそういう話はいいんだってば!」
- 412 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:47
-
+++++
- 413 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:47
- 「梨華ちゃん寝ちゃったか」
「なんか、一番泣いて飲んでたもんね。当事者でもないし、当事者もいないってのに」
「ふふっ、梨華ちゃんらしいよ」
「ほんとに」
「ねえまいちん」
「ん?」
「…結婚は、いいと思うよ?」
「うん…まいも、よしこみたいな恋愛できるかな?あんな…あんな恋だったら一生一緒にいる自信もあるけど」
「一生一緒にいるかどうかなんて自信があればどうにかなるものでもないんじゃない?
この人と一緒にいたいと思った人がいて、いつの間にかおじいちゃんおばあちゃんになってた、なんていいよね」
「…そうだね。今の人か…今の人じゃなくても、誰かと心地よく夫婦でいられるの、いいなぁ」
そう。夫婦で。そうしたら、その先に。
- 414 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:47
- 「…あのね」
「ん?」
小春ちゃんにすすめられたハーブティーも、やめておこうと思ったのは。気配を感じていたからなの。
「こないだわかったんだけどね?……いるって。ここに」
お腹にそっと触れて。何だか不思議な感じ。旦那の次に話すのはまいちん。
ぽかん、としたあと、うわー!と大きな声で涙を流しながらわたしを抱きしめてくれた。
「おめでとう!おめでとー!」
「ありがとう」
「ん、なによぉ…うるさい…」
もぞもぞした梨華ちゃんが起きたら教えようかと思っていたけれど、薄目で一言二言話して、また眠った。
愛らしくコミカルなその様子にまいちんと顔を見合せて笑った。
別れがあって、出会いがある。
よっちゃんはきっと、この出会いを喜んでくれるだろうな。
- 415 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:47
-
+++++
――――
- 416 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:48
-
+++++
「うわ、美味い!」
「でしょ?」
「なんていうか、深い?」
「あは、これは自慢のミネストローネなの。ハーブの調合も完璧なんだよ」
「お店の味だなぁー」
「教えてもらったんだ」
「へぇー、誰に」
「ん?昔の恋人ー」
「うわ、ちょっと妬ける」
「でもおいしい。おいしいご飯に罪はない」
「うん。そうだな。すげえよな飯って」
「飯はすげえよ」
+++++
- 417 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:48
-
+++++
「痛み、ひどいのかい?」
「うん…」
「これ、お腹を温めて」
「ありがとう」
「現地でも日本人に合う薬があるけれど…君はその薬じゃないと嫌なんだったね」
「うん。これは魔法の薬なの。こんな小さな薬だけど…奇跡をくれたのよ」
「誰が?」
「…すっごく、大切な人。わたしを助けてくれた人」
「そうか。…今の君がいるのはその人のおかげなのかも知れないな。…また日本に戻った際には買ってくるよ」
「よろしくね」
+++++
- 418 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:48
- もし次会えた時、最高の笑顔で今すごく幸せだって、言えればいい。
あなたが教えてくれたことを忘れずに。
必死に、たまには泣いて、笑って、愛されて、生きていく。
もしいつか会えたなら、きっと成長した姿を見せたいな。
人間は永遠を望む。
ずっと元気で健康でいたい。
ずっとこの人と友達でいたい。
ずっとこの人と愛し合いたい。
地球に生命が存在して、自分が生まれて、今こうやって便利に暮らせていることがどれだけの奇跡かもわからずに。
変わらないことは、今息を吸って吐いて心臓が動いて、やがてそれを終えることだけ。
昨日の自分と今日の自分は決して同じではない。全く同じ日なんてあるはずがない。
- 419 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:48
-
変わってしまうことは時に悲しいけれど、変化を望まないことはそれよりももっと悲しい。
愛する人に幸せを運ぶかもしれない明日を拒否する人間ではいたくない。
そんなのは本当に自分勝手だ。
永遠は、無に限りなく近い。
願わくば。
明日あなたに人生で一番幸せな瞬間が訪れますように。
ただただ、あなたの幸せだけを夢見る。
- 420 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:49
-
+++++
あの日。
ここで。
あなたに。
愛されたことを、忘れない。
- 421 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:49
-
+++++
- 422 名前:ほんのひとつまみ 投稿日:2010/12/20(月) 23:49
- おわり
- 423 名前:幹 投稿日:2010/12/20(月) 23:51
- お久しぶりです。
ずっとこちらの続編を書きたいと思っていて、先日完成したので掲載させていただきます。
当時応援してくださった方々、今回目を通してくださった方々にお礼申し上げます。
こちらの話の続きはございません。
亀井さん、ジュンジュン、リンリン、卒業おめでとうございます。
- 424 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/21(火) 02:13
- 泣きそうになりました.・゚・(ノД`;)・゚・.
いつかどこかでだれかが
というタイトルの物語が、それに呼応する言葉でしめくくられる美しさ。
感情と表情のはざまに隠された想い、登場人物の心の奥深さが目に浮かぶようでした。
そもそも恋愛には必ず終わりがあり、
それを自覚しているかしていないかの違いだけなんじゃないか、
そのうえで、相手を想うとはどういうことなのか、という
問いを投げかけられたような気が(勝手に)しました。
書いてくれてありがとうございます。
- 425 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/06(日) 01:36
- 相変わらずの丁寧な文章が沁みました
素晴らしかったです
- 426 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/06(日) 01:37
- あげてしまった…申し訳ないですorz
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/03/07(月) 01:30
- 息が出来ないくらいに見つめてしまう
情景でした。
この小説を読ませていただけて本当に幸せです。
ありがとう。
- 428 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/10(火) 07:05
- 吉澤さんも愛理ちゃんも、それぞれOGと現ハロプロで最も好きな人なので
本当に最後の最後まで二人に惹きこまれました
文章を読んでいて、こんなにも切なく胸が痛くなったのは初めてです
大好きな大好きなお話になりました、ありがとうございます
- 429 名前:み 投稿日:2014/10/06(月) 18:39
- 泣いちゃいました!(>_<)
感動!ハッピーエンドにしてほしかったです
- 430 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/10/11(土) 14:20
-
ログ一覧へ
Converted by dat2html.pl v0.2