ストロボ・プラシーボ
1 名前:空飛び猫 投稿日:2008/05/22(木) 20:43



         大恋愛って程じゃないけれど
                  等身大の僕達の


 
2 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:44

5/19

3 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:45

チェリーなドリンクが私の喉を潤す。
初夏と呼んでもいいんじゃないかってくらい、暑い春の日、私はバスを待っていた。
隣でアイスティを飲んでいる幼馴染みを見ると、少し汗ばんでいた。
いくら暑いからといって、汗ばむ程ではない。
きっと、それは、これから乗るバスに、あの人が乗っているからだろう。

「緊張しすぎだし」
「してないわよ」
「汗かいてるくせに」
「暑いだけです」

余裕を見せているつもりなのか、疲れただけなのか、
すました顔をして彼女はベンチに座った。
日の当たらないそこは、少しは涼しそうな気がして、私もベンチに座った。

「ねぇ、美貴ちゃん」
「何よ」
「急に、話しかけるのも、変だよね」
「軽いナンパだね」
「ナンパじゃないもん」

彼女は、むっとした顔をして訂正を求めた。
私が黙っていると、覗き込んできてまで、訂正を求められる。
本当にうざったいタイプの人だと思う。
それでも、腐れ縁でここまでやってきた。
その理由を、私はみとめたくなくて、まだみとめていない。
4 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:45

バスが、私達の前で止まった。あいにく、行き先が違ったので、彼女は手を横に振った。
運転手は、一礼してドアを閉めると、バスを発進させた。

「ねぇ、美貴ちゃん」
「ん?」
「こわい」

汗ばんだ手が、私の手を握った。
仕方なく握り返すと、彼女はやっと笑った。
でも、眉が下がり気味だった。否、普段から笑うと下がる人だけど。

「ねぇ、梨華ちゃん」
「何?」
「梨華ちゃんがずっとそこにいたいならいいけどさ、
 いつかは動き出さなきゃ、いつまでもその場から進めないよ?」
「……そうだけど」

ちょうどよく、バスが来た。今度こそ、私達の乗るバスだった。
彼女は立ち上がると、よし!と力んでいた。
無駄に張り切ってしたお洒落な服のお尻の部分が少し汚れている。
私は汚れをパンパンとはらってあげて、自分のお尻の汚れもはらう。

「乗りますか?」
「あ、はーい。いまいきます」

ありがとね、って彼女はこっそり言った。
バスに乗って、お金を払う。一律210円。準備していたそれはジーンズの中で温かくなっていた。
5 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:47

どきんどきん。
梨華ちゃんの胸の鼓動が伝わってくる気がしていた。
やはり、その人はそこに座っていた。いつもと同じ場所。
真ん中の、降りるドアの一番近く。
私達は、その人の後ろの後ろの後ろ。つまり、一番後ろの席に座った。
どうせ誰も乗ってこないようなバス。何故か、毎日乗っているその人と私達。
私達と同様、彼女も行き先があるから乗っているのだろうけれど、
私達が乗るよりも先に乗っていて、私達の方が先に降りてしまうので、
どこから来たのかも、どこに行くのかも謎のままだった。
6 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:47

名前も知らない、その人は、とても綺麗で、背も高くて、細いのに筋肉がしっかりとある、女性だった。
私達は、その人を、バスの君と呼んでいた。
否、半分以上は梨華ちゃんが勝手に呼んでいて、私は、「あの人」「その人」で終らせていたけど。

「話しかけないの?」

こっそり小さな声で聞くと、梨華ちゃんはしー!と顔を真っ赤にさせる。
話しかける事は、今日もかなわないまま、私達はバスを降りた。
バスを降りる時、こっそりその人を見ると、その人は窓の外を見ていた。
梨華ちゃんなんて、眼中にないみたいだった。
7 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:48

5/20

8 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:49

ロハス珈琲のカフェラテは、苦みが強くて、他のよりもスキな味だった。
隣でクランベリージュースを飲んでいる梨華ちゃんを見ると、今日も顔が少し火照っていた。
雨でじとじとしたバス停で、バスの中に傘を忘れない様にしないと、と思いながら、
私はやっぱりあの人の事を考えていた。否、あの人の事を考えているだろう、梨華ちゃんの事を考えていた。

「今日も話しかけないの?」
「話しかけようとは思ってるのよ?」
「じゃぁ話しかければいいじゃん」
「でもね、いざ顔を見ると、勇気が湧かないの」

その話をする時、梨華ちゃんは必ず、私の手を握った。
いちいちうざい。でも、嬉しかった。
なんで、嬉しいのかなんて、考えたくないので、心の隅っこにおいておいた。

「前も言ったけど」
「分かってる。前に進めないのよね」
「分かってるならいいよ」

握られた手が離れた。バスがやってきたからだ。
少し、悲しかった。ベンチを立ち上がって、
相変わらず気張ったお洒落をしてる梨華ちゃんのおしりをはらうと、
梨華ちゃんはあはって笑ってからお礼を言った。
9 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:52

バスに乗ると、いつもの席にその人がいた。
相変わらず、窓の外を見たまま、こちらを気にもかけない。
今日は、黄色いタンクトップに、チェックのシャツを腰に巻いていた。
白い二の腕には、ホクロが少し目立っていた。
私達は、一番後ろの席に座った。梨華ちゃんは私の手をこっそり握って、その人を見つめていた。
窓を見るその人の、高い鼻筋が見える。長い睫毛も見えた。
その一つ一つを、まじまじと見つめる隣の人は、
ストーカーになっちゃうんじゃないかっていうくらい、真剣だった。

「梨華ちゃん」
「……何?」
「見過ぎ」
「ごめん」
10 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:52

ごめん、と言いつつ、視線は離れなかった。これを、人は恋と呼ぶのだろう。
名前も、人となりも、家族構成も知らないのに、恋をするというのは、すごい事なのかもしれない。
濡れた傘が、私達のスカートとジーンズをちょっとだけ湿らせていた。
窓は曇り、水滴が無数についている。それでも、その人は窓を見ていた。
まるで、私達を拒否するかの様に。
今日も、結局一言も声をかける事はできず、降りる停留所についてしまった。
梨華ちゃんを見ると、力なく笑って停留所に降り立った。
傘を渡すと、傘を差して私が降りてくるのを待っていた。
私があの人をちらっとだけ見ると、あの人は腕時計を見ていた。
11 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:52

5/21

12 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:52

昨日の雨が嘘の様に、晴れた一日だった。
西日が、私達の待っているバス停をようしゃなく襲う。
ベンチは後少しで日差しの中に入りそうで、
私達の時間がいつも同じな事を、少しだけ神様に感謝した。

「美貴ちゃん」
「何?」
「今日こそ、話しかけてみるね」
「うん」

今日も無駄に気張ったお洒落をしている梨華ちゃんは、
ロハス珈琲の苺ミルク珈琲を飲んでいた。
私は、珍しく、カルピスなんて飲んでいた。
夏が近付くと、カルピスが飲みたくなるのが何故かは、永遠に謎のままだと思っている。
行き先の違うバスが、今日は二台通った。
それは、とても、珍しい事で、まるで、いつもと違う何かが、
私達の乗るバスにもやってくる様な、そんな予感をさせる様な、
不吉なのか反対なのか分からない出来事だった。
そして、私達の乗るバスがやってきた。
13 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:53

その人は、いつもと同じ席には座っていなかった。
一瞬、乗っていないのかとすら思ったが、乗っていた。
後ろから2番目の、二人掛けの席に座っていた。女性と一緒に。
梨華ちゃんの顔が見られなかった。
私より先に乗って、先にそのシーンを見ていた彼女は、どういう顔をしているんだろう。
私が見るよりも先に、梨華ちゃんは歩き出した。
いつもの様に、一番後ろの席に座った。すぐ前にはその人と、連れの女性が座っていた。

「やだぁ、よっすぃ〜」
「やじゃないよぉ」
「あはは、おかしい」
「や、まじで、ホントなんだって」

初めて聞くその人の声は、意外と女の子っぽい声だった。
初めて見るその人の笑みは、幸せそうに見えた。
私達を気にする訳でもなく、眼中にない様子だった。
14 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:53

よっすぃ〜って言うんだね。
よしださんとか、よしざわさんとか、そんな名字なのか、それとも、よしこさんていう名前なのか。
隣を通り過ぎる時、その人達が手を繋いでいるのが分かった。
梨華ちゃんの隣に座ると、梨華ちゃんが小さく手を握った。
私が握り返すと、ぎゅーっと強く、強く、握られた。
前を向いたまま、梨華ちゃんの眉間に皺が寄っていた。
それから、私達が降りるまでの十五分間、ひたすらその人達の会話を聞いて過ごした。
私は、初めて、窓の外を見ながらバスが停留所に着くのをひたすら待った。
今まで短かった十五分間が、長い長い時間に思えた。
停留所についた時、さっと立ち上がると、梨華ちゃんも待っていたかの様に立ち上がって、
二人でさっさと降りた。
15 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:53

5/22

16 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:54

西日が私達を蒸し焼きにしようとしていた。とうとう、ベンチの所にまで侵出してきたのだ。
私は、チェリーなドリンクを口に含んでいた。
前にこれを飲んでいた時、まだ梨華ちゃんは失恋する前だった。

「ねぇ、梨華ちゃん」
「何?」

柑橘リンゴ酢ドリンクを飲んでいた梨華ちゃんは、それに蓋をして私を見た。

「バス、一本おくらせない?」
「やだ、やめてよ」
「だって、気まずいじゃん」
「あの人は気にもしてないわよ」
「そうだけどさ」

いいの、と梨華ちゃんは言い張った。
バスがやってきた。行き先は、私達の町へ向かうバスだった。
バスに乗ると、いつもの席に、つまらなそうに座ったその人がいた。
やっぱり窓の外を見て、私達など眼中にない様子で。
17 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:54

ねぇ梨華ちゃん。失恋て痛いよね。苦しいよね。
本当は、気付いてたんだ、自分の気持ちに。

言わないけど、スキだよ。
私に気付くまで、絶対言わないけど、梨華ちゃんの事、スキだよ。

雨の翌日、晴れた夕暮れ時には、独特の匂いがする。
私はそれを、失恋の匂いとして、記憶した。

18 名前:夕暮れ時には恋の匂いがする 投稿日:2008/05/22(木) 20:54


                                  see you till next busstop.


19 名前:空飛び猫 投稿日:2008/05/22(木) 20:55
( ^▽^)ノシ シバラクヨロシクオネガイシマース
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/22(木) 20:57
空飛び猫さんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!!
相変わらずの綺麗な文章に早くも引き込まれました。
次のバスを楽しみにしていますね。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/22(木) 23:09
やべえ。。やべえっす!
開いてよかった最後まで読んでよかった!
楽しみが増えたよ。
22 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:06

5/24

23 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:06

隣にいる人は、憧れていた人。
同い年だけど、少し前まで、敬語を使っていた。
否、今でさえ、時々敬語がでる。

「ねぇみっつぃ」
「はい?」
「それって、アプリコットジュース?」
「そう」
「ちょっとちょうだい」

奪われた瓶の中のオレンジ色の液体が、彼女の喉を通っていくのが分かった。
バスを待って、十分程。まだ、バスはやってこない。
田舎でないと主張したいかの様に、バス停の行き先表示には一律210円と掲げている。
でも、ここは都心とは違う、自然に満ちあふれた場所だった。
バス停は、大きな木の下で、落葉の頃には、ベンチが落ちた葉で埋まってしまう程だった。

24 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:06

「こないね、バス」
「ぎりぎりだったし、先に行っちゃったのかもしれへんね」
「小春を置いて?!」
「そう言われても。バスに言ってぇな」

ばーすさーんと叫ぶと、彼女は耳に手を当てる。

「返事ありました?」
「あった」
「なんて?」
「ごめん、具合の悪いおばあちゃんを乗せてたんだよーって」

ならば仕方ないよね、なんてしたり顔で言うこの人が、私はとてもスキだった。
そうやって、私の事をリラックスさせようとしてくれてるのが分かるから。

25 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:07

バスはなかなか来なかった。
時刻表を覗くと、バスの待ち時間は大体二十分間隔だった。
私達は、ちょっと遠くのケーキ屋さんに行く予定で、バスを待っていた。
お休みの日の、ちょっとした楽しみは、突然降ってきた雨で半ば挫折しかけそうになった。

「ひゃー!雨だ!」
「傘、持ってきた?」
「持ってないけど、濡れてない!木が傘になってる!」
「ほんとや」

彼女の素敵な言葉を聞いて、私は折り畳み傘を取り出す事ができなかった。
そういうところ、スキ。言えないけど、スキ。
ざーっと降り出した雨は、ちょっとは葉の隙間から落ちてきたけれど、
そんなに私達を濡らさなかった。

26 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:07

バスは、間もなくやってきた。
きっちり、私達は二十分待っていたけれど、あんまり時を感じなかった。
二人掛けになっている席があった。
彼女はそこに座ると、窓を少しだけ開けた。
私は横に座りながら、聞いた。

「暑い?」
「ううん、雨の匂いがスキなだけ」

にっと笑うその人が、眩しくて仕方ない。
どうしてだろう。この人はこんなにキラキラしていて。
私はというと、どちらかといえば、地味で。
なのに、なんで、この人は私を誘ってくれるんだろう。

27 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:08

窓枠に腕をかけて、彼女は外を見ていた。ふんふんと鼻歌を歌っている。
その少し軽快なメロディーにあわせるかの様に私の胸の鼓動が早くなる。
母同士が仲がいいのもあって、今日の彼女のかぶっている帽子は、私の母の手作りだった。
私のもっていたアプリコットジュースは、彼女のお母さんが持たせてくれたものだった。
隣に住む様になったのは、半年前から。彼女は変わらず、私を受け入れてくれる。

「お」
「ん?」
「ほら、こいつ」

バスが止まった時だった。窓枠に、黄色い虫がとまっていた。

「これ、なんて虫か知ってる?」
「知らない」
「バナナ虫っていうんだよ」
「ホンマに?」
「多分」
「多分て」

私がクスクス笑うと、彼女も笑って、他にお客さんのいないバスは、
それだけでも賑やかになった気がした。

28 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:08

運転手さんが、次の停留所に止まる事をアナウンスした。
彼女が手を伸ばして、止まりますっていうブザーを押す。
運転手さんっからお返事が返ってきたのに気をよくして、
彼女は、おねがいしまーす、と大きな声で言った。
バスが止まる。私達はお礼を言いながら、バスを降りた。
外に聞こえるマイクで、運転手さんからお礼が返ってきた。
お礼を言うのは、彼女の影響だった。
彼女は必ず、バスの運転手さんにお礼を言いながら降りて行った。
続く私が何も言わないのもおかしいし、何より、その心意気が素敵で、
私も、お礼をいうようになった。
バスが走り去った停留所。まだ雨は降っていたので、私は傘を差し出した。

「持ってたんだ?」
「うん」
「ありがとね」

きっとそれは、さっき差し出さなかった事についてのお礼だった。

29 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:08

ケーキ屋さんの地図を見ていると、隣で彼女が私に聞いた。

「そのケーキ屋さん、なんて読むの?」
「あせび」

馬酔木という花は、すずらんみたいな形の花だと母に教わった事があった。
毒のある花だけど、可愛いのよって。
ケーキ屋さんに行く道すがら、馬酔木を見つけた。
母にいわれてから、植物図鑑を見て覚えていたのだ。

「あ、馬酔木や」
「みっつぃは物知りだー」
「ちゃうよ。植物図鑑を見てん」
「見るのがえらい!」

長身の彼女が私の頭を撫でた。ちょっと触れられるだけで、ドキドキした。

30 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:09

馬酔木というお店は、住宅街の中にあった。
私達くらいの年頃にはまだ早いかなって思わせる程アンティークな作りで、
お互い、周りにあるアンティーク品を壊さない様にぎくしゃく動いていた。
ぷっと彼女が吹き出すから、私まで堪えられなくなって笑ってしまった。
店主らしいおばあさんがあらあら賑やかね、なんて出てきた。
なんとなく赤面すると、彼女がニコニコ笑って言った。

「フォークが転がってもおかしいんです」
「それ、箸やん……」
「あはは、そうだっけ?」

きっと、それもわざと言ったんだと思う。
おばあさんも笑って、私もまた笑えたから。

「ケーキは二種類しかないのだけどいいかしら?」
「じゃぁ、一つずつ下さい……ってそれでいい?」
「うん。大丈夫」

おばあさんがケーキを取り分けてくれるのを待ちながら、
先に出してくれた紅茶を口にする。
ケーキが甘いからって、お砂糖はいれずに、ミルクだけをいれた。

31 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:09

ケーキは、ムースみたいなのの上に花が乗っていた。
パンジーみたいなお花で、おばあさんはそれは食べられると言っていた。
もう一つは、パウンドケーキみたいなケーキの上に紫色のソースがべったりついていた。

「半分ずつにしておいたけど、よかった?」
「ありがとうでーす」
「ありがとうございます」

ムースみたいな方が、ヘビーかなと思っていたら、意外や意外、
ムースはあっさりしていて、パウンドケーキの方が濃い味わいだった。
残念ながらお花は味がしなかった。

「これを虫は食べているのかな?」
「虫より、ヤギとかのが食べてそうじゃない?」
「確かに!」

パウンドケーキの上の紫色のソースは、ブルーベリーだった。
私は、均等に食べていたけれど、彼女は倒して、下半分を食べていた。
ダイスキなものは最後にする、彼女らしい食べ方だった。

32 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:09

馬酔木のおばあさんにお礼を言って、外に出る頃、雨はまだ降っていた。

「あら、傘一つしかないの?ビニール傘、持って行く?」
「大丈夫でーす。仲良しなんで!」
「大丈夫です、ありがとうございます」

仲良しなんで、って響きがすごく嬉しかった。
彼女が傘を持ってくれて、二人で縮こまって歩いた。
彼女の左側の肩が少し濡れていた。私が気にすると、彼女はやっぱり笑った。

「大丈夫だよー。雨の匂いを連れて帰るから」
「せやったら、私も連れて帰る」
「あは。みっつぃのそういうとこ、スキだよ」

さらっと言われた。私がいつも、心の中で思ってて、言えない事を、さらっと。
私が驚いて、立ち止まると、少しだけ進んだ彼女が戻ってきた。

「どーかした?」
「う……ううん。なんでもない」
「あ、バス来ちゃう!」

遠くから、行き先表示の光が見えた。
彼女が私の手を取って走り出した。
一緒に走る私の脳裏には、一つの言葉が浮かんでいた。

33 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:10



貴方のそれは、どういうスキですか?



34 名前:雨の匂いは、馬酔木の様に人を酔わせる 投稿日:2008/05/24(土) 22:10


                                  see you till next busstop.



35 名前:空飛び猫 投稿日:2008/05/24(土) 22:12
べつに、馬酔木は、人は酔わしません。
馬酔木っていうお店(ケーキ屋さんではない)はホントに住宅街にあって、
素敵な名前だなと思ってヌッチしました。馬酔木さんすみません。。

>>20
アリガトーゴジャイマース
次のバス、早々に来ましたが、違うCP。
次は何バスがくるんでしょうね。また次をお待ち下さーい。


>>21
ありがとーっす。
開いてもらえてよかった最後まで読んでもらえてよかた!
私も楽しいよー!またきてね。
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/24(土) 22:22
うーん。好きだわー。
どちらの作品も初恋っぽいってかなんというか。
切なさがたまらんです。
37 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:06


ほら。また考えている、君のこと。
曇った窓に映る君の面影。それだけで、どうしてそんなに切ないの。


38 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:07

5/19

39 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:08

バスに乗る時は、大抵一人だった。
また、バスもバスで、誰も乗せていない事が多かった。
手持ち無沙汰で、大体は窓の外を見る事で暇をつぶしていた。
携帯電話をいじる人もいるけれど、それは切なくなるのでやめた。
メールとか、見るとしたら、あの人のを見てしまうから。
運転手が次の停留所の名前を言った。
大抵、そこから乗ってくる、二人の女の子がいた。
何故かいつも妙にしかめ面してる女の子と涼しげな顔をしてる女の子。
二人とも可愛い女の子達だった。
隣を通る時、いい匂いがする。あの人の匂いに少し似ていた。
一番後ろに座るのが気配で分かった。
窓の外は、どんどん移動していく。
実際は、普通なんだろうけれど、少しだけ早回ししたみたいに、動く。
この様子が少しだけスキだった。
時間を得している様な気がしたから。

40 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:09

何を話しているかまでは聞こえないけれど、時々女の子達が何か話しているのが分かった。
とても仲良さげで、微笑ましく感じながら、私は彼女と自分だったら、
どんな感じに見えるんだろうと思った。あんな風に仲良く見えるんだろうか。
運転手がいつも女の子達が降りる停留所の名前をアナウンスした。
程なくしてならされるブザー。ブレーキのかかるバス。
いつも、女の子達がこちらを見ている気がして、気になって窓を意識して見てしまっていた。
今日もそんな風に窓の外を眺めていた。努めて、普通に。
彼女達はどこへ行くのだろう。何故ほぼ毎日、同じバスに乗っているのだろう。
自分の事は棚にあげて、そんな事を考えていた。

「次は終点、終点です」

はっと気付くと、もう終点だった。
確かに、自分の用事のあるところは、終点である都心の駅で
だから、降り損なった訳ではないけれど、少しだけ時間をロスした気分になった。
バスを降りると、行く先へ向かう。もう、女の子達の事は考えていなかった。

41 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:09

5/20

42 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:09

その日は、雨でバスの窓が曇っていた。
前方の窓はワイパーで外が見えたが、すぐ横にある窓は完全に曇っていた。
私は、昨日起こった出来事を、反芻していた。

『切ないよ、よっすぃ』
『うん、分かるよ』

分かるからこそ、私も辛いのだ。

『なんで、あの人、恋人なんているんだろう』

何故、貴方にはスキな人がいるんだろう。

『私の方なんて、見てくれないのかな?』

貴方の瞳に私はなかなか映らない。

『いっそ、嫌いになってくれないかな』

私の思いを聞いたら、貴方は私を嫌いになってくれるの?

43 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:10

女の子達が乗ってきたのに気付いたのは隣を通った残り香でだった。
窓の外を眺めていようと思うのに、窓は曇って外が見えない。
それでも、私は視線を外さなかった。

『どうしてこんなに苦しまなきゃいけないの』

彼女の声がリフレインする。こんなに彼女の事ばかり考えている。
バカじゃないかってくらい、考えている。
それでも、彼女の眼中に私はない。
どこかの停留所に止まる前にブザーが鳴った。きっと女の子達が降りるのだろう。
もうそんなところまで来ていたのか。
気付かないくらい、窓は曇っていて、私の心も同様に曇っていた。
彼女達が降りてくのが目の端に映った。時計を確認すると、射る様な視線を感じた。
私は何か、したのだろうか。しかし、バスが過ぎ去るのと同時に、
私も彼女の事を思い出してしまって、そんな事考えもしなくなった。

44 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:10

誰もいなくなったバスの中で、私は窓ガラスに彼女の名前を無意識に書いていた。
それを消して、また同じ様に名前を書く。
その内、書く場所が手の届きにくい所だけになってしまって、やっとその事に気付いた。
私の心を表しているかの様で、苦しくなった。
どうしてこんなに苦しまなければいけないのか。答はどこにいけば見つかるのか。
終点について、大きな鞄を肩にかけて降りる。
昨日の悲しい会話を、また反芻しながら私は都心の街を歩いた。

45 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:10

「よっすぃ、こんばんは」
「こんばんは、絢香」
「昨日はごめんね」
「何が?」

聞き返すと、彼女は悲しそうに笑うだけだった。
私が笑い返すと、絢香は続けた。

「今日はお礼に、飲みにいこうよ」
「舞も誘って?」
「舞まで奢ったら、私お金なくなっちゃう」

あは、と笑うその姿が愛しくて、すぐに頷いた。
長くて細い指が、エレベータのボタンを押す。
私の行く階と、彼女の行く階、両方を押してくれる。

46 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:10

エレベータのドアが閉まる間際、滑り込んできた人がいた。
隣に立っていた絢香の顔が緊張しているのが分かる。
慌てて押された開くのボタンが押しっぱなしにされていた。

「絢香、閉まるを押しても、いいよ」

その人が息を切らしながらにっこり笑って言った。
絢香が気付いて、閉まるボタンを押した。
その人は、六階をお願い、と言うとシャツをぱたぱたさせて後ろの方に移動した。
絢香が少し微笑んでいるのが分かった。
そんなに幸せそうな顔をしなくてもいい様な出来事なのに。
否、そう思いたいだけで、私だって絢香の立場だったらにやにやしていただろう。
私は三階で、エレベータを降りた。
八階で降りる絢香と、六階で降りるその人を置いて。
その後、エレベータの中でどんな会話が繰り広げられるのか、私は知らない。

47 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:11

私が絢香からのメールに気付いたのは、それから二時間後だった。
携帯電話をサイレントモードにしている事が多く、気付かなかったのだ。
気付かなかった事を後悔した。彼女のメールには、一言だけ、書いてあった。

『助けて』

私は慌てて、部屋を出ると絢香に電話をかけた。
絢香はすぐに出た。外にいる音が聞こえた。

「どうしたの?」
「今ね、屋上」
「なんでそんなとこにいるの?」
「泣いてるから」
「なんで泣いてるの?」
「言わせないで」
「今行くから、待ってて」

エレベータに乗って、私は屋上に向かった。
嫌な予感がしていた。エレベータに残した二人の事を思い出していたからだ。

48 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:11

雨が止んだばかりの屋上は、まだ寒かった。

「絢香」
「よっすぃ……よっすぃぃ」

ふぇーんと泣いて縋るこの人に、何が起きたかなんて聞けなかった。
ただ、泣いてるのを宥めて、あやして、背中を撫でるだけしかできなかった。

「私、バカなの。自爆しちゃったの」
「……うん」
「なんで、言っちゃったんだろ」

泣きながら彼女がそう言った。つまり、つい告白してしまったのだろう。
そして玉砕したのだ。それで、こんなにも傷ついて泣いているのだ。
私まで悲しくて、涙が出そうだった。
どうしてこの人は私の胸の中にいるのに、私の物ではないんだろう。
私なら、大事にするのに。私なら、泣かせたりしないのに。

49 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:11

なかなか泣きやまなかった彼女を、バスに乗せて、連れて帰った。
途中で一杯お酒を買い込んで、二人で真夜中まで飲んだ。
泣きながら梅酒を飲む彼女はだんだん色っぽく酔っていって、
私は付け入らない様にするのに、相当自制心を働かせた。
やがて私のベッドで眠ってしまった彼女に、布団をかけて、私は一人で飲んだ。
やっと涙が少し出た。彼女の前では出せなかった涙が。

「私にしとけばいいのにね」

ベッドで眠る彼女の髪の毛を撫でながら小さい声で本音を口にした。
今キスしたら、眠れる森の美女の様に、起きるかな?
そしたら、こう言おう。

『王子様のキスで目が覚めたんだよ。君の呪いはとけたんだ」

でも、額にキスしただけじゃ、起きてはくれなかった。
さすがに、唇にする勇気はなくて、私は歯を磨いて、顔を洗って、ソファで横になった。

50 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:12

5/21

51 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:12

朝起きた時には、絢香は普段通りに戻っていた。
何度かごめんね、って言われて、その度に何が?って聞き返した。
謝る事なんて、何もないんだよ。貴方に、頼られるだけで幸せだから。
二人でバスに乗って、他愛無い話をした。
でも、殆ど、話の内容は覚えていなかった。ただ、表面的に笑っていた。
彼女も、もしかしなくても、一緒だったろうと思う。
ふとした拍子で、手が触れた時があった。
そのまま、どちらともなく、握り合う。
軽くだけど、私はその手を離せなくて、彼女も振り払わなくて、
私達は手を繋ぎながら、何事もなかったかのように、話を続けた。

「って、知ってた?」
「やだぁ、よっすぃ」
「やじゃないよぉ」

テンションが高くなっていた時だった。
女の子達が入ってきて、私達の後ろに座った。
しかめ面していた女の子の眉間の皺がいつもよりも多くて、
今日に限って何も話さなかったので、私達の声ばかりが空しくバスの中で響いた。

52 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:12

終点のアナウンスがあって、私達は立ち上がった。
自然と、手が離れて行く。
繋ぎ続けたい気持ちを抑えて、何事もなかったかの様に歩き出した。
まだ、言う時ではないのくらい、分かっていた。
彼女は私を利用できない様な優しい女性だったから。
きっと、利用するみたいで嫌だって言うだろうから。

53 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:14

恋は時として、残酷で。
いつもお互いを見ているとは、限らない。

54 名前:君の名前を曇りガラスに指で書く 投稿日:2008/05/27(火) 01:14


                                  see you till next busstop.


55 名前:空飛び猫 投稿日:2008/05/27(火) 01:18
まだ、この人は出していいのだろうか。。
全員片思いではないですが、かなり片思い率の高い人達ですね。

>>36

ありがとーございまーす。
甘酸っぱい初恋ライスッキ派としては、有難きお言葉。
切ないの、書いてる方もたまらんとです。
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/27(火) 15:29
出していいんじゃないでしょうか
むしろ
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/28(水) 23:11
こっちはこうなってたのか!
みんな切ないね。
58 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:12

海岸線をひたすら走る。
息をきらして、ただひたすら。
59 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:12

5/27

60 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:13

その日の梨華ちゃんは、とてもご機嫌斜めだった。

「大体ね、美貴ちゃんが寝坊するからバス行っちゃうのよ?」
「しちゃったものはしかたないじゃない」
「それはこっちが許した時に言ってあげる台詞でしょう!」

思わずむっとしてベーと舌を出す。梨華ちゃんも負けじと舌を出す。
ふんっと、お互いの顔を見ない事、数十秒。
負けた私は、梨華ちゃんの方を見てしまった。

「ねぇ、梨華ちゃん」
「……」
「ごめんって」
「ホントに?」
「ホントにごめん。美貴が悪かった」

こういう時、私が負けない時はなかった。梨華ちゃんは相当負けず嫌いだったから。

61 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:13

一度謝ると、大抵梨華ちゃんはそれ以上しつこくは言ってこない。
言ったら私がキレるのが分かってるからだろう。
お互い、分かり合いすぎる程分かり合っていた。
生まれた時から近くにいたから、お互いの事が手に取る様に分かるのも不思議ではなかった。

「美貴ちゃん」
「ん?」
「次のバスくるまで、三十分もある」
「えーまじで」
「まじで。……どうしよう、先生に怒られちゃう」
「怒られちゃおうよ」
「嫌よ」

少し考えて、梨華ちゃんは帽子を深くかぶった。
腰に結わいていたパーカーを羽織って、斜めがけの鞄をベンチから取った。

62 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:13

なんとなく嫌な予感がしたけれど、一応聞いてみた。

「何するの?」
「歩くの」
「えー!三十分はかかるよ」
「それでも、三十分待って、バスに乗るより早いでしょう」
「やだよー」
「じゃぁ美貴ちゃんだけ怒られたらいいじゃない」
「やだよー」
「行くの?行かないの?置いてっちゃうからね」

日焼け対策したって、もう十分黒いのに。とは言えなかった。
言ったらぶっ飛ばされそうだったし。
仕方ないので、私も後ろから着いて行く事にした。
怒られるのが怖かったのもあるけれど、梨華ちゃんを一人歩かせるのも申し訳なくて。

63 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:13

暑い暑い日だった。
よく長袖なんて着ていられるものだ、と、少し感心してしまった。
隣を歩く梨華ちゃんに、ぬるくなりかけたマスカットティーを手渡す。

「ありがと」
「もうぬるくなってるけどね」
「暑いもんね」
「……ごめんね」
「いいよ。もう怒ってないよ」

ニコッて梨華ちゃんが笑うと、少しだけ安心できた。
どうしてこうも、私は依存性の高い人間なんだろう。
戻されたマスカットティーを私も一口飲んで、鞄にしまった。

64 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:14

海が見える少し高い丘の道路をひたすら歩く。
海風が時々心地よく潮の匂いを運んできた。
海猫が鳴く声も聞こえた。
夏がやってきたのがよく分かった。
世界は海辺の太陽の反射で、キラキラしていた。

「うわっ」

後ろから来た車が追いこすのが分かった。

「美貴ちゃん大変!バスだわ!」
「えー!」

まだ、半分しか行ってない距離で後発のバスに追いこされていた。

「走ってー!」
「ちょっ!待っ!」

どんどん走り去りそうになっていくバスが停留所で止まった。

65 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:15

叫びながら走る。

「待ってー!」
「待ってー!」

同時に笑いがこみ上げて、けらけら笑いながら、それでもひた走る。
バスは、気付いてくれたのか、停留所で止まっていてくれた。
息を切らしながら、バスに乗ると、運転手がドアを閉めて、バスが走り出した。

「間に合った」
「……」
「あ……」

その人は、いつもの次のバスな筈なのに、そのバスの指定席に乗っていた。

66 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:16

彼女とその人の目が合っているのが分かった。
恥ずかしそうに髪の毛を整える彼女に、その人は何を思うのだろうか。
何も思わないに違いない。だって、その人は彼女の事等、知らないのだから。
否、そう思いたいだけだった。もしかしたら、何か思う所があったかもしれない。
その人は小さく微笑んでいたから。
その人の隣を通り過ぎる時、彼女が私の手を握った。
いつもする動作。でもそれがなんだかすごく悲しくて。
私はそれでも、それを振りほどく事はできなかった。

67 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:16


少し開いた窓の外で、海猫が鳴く。夏はもう、そこまでやってきていた。


68 名前:君とそこまで猛ダッシュ。それが僕を悲しませるとも知らずに。 投稿日:2008/05/31(土) 22:16


                                  see you till next busstop.


69 名前:空飛び猫 投稿日:2008/05/31(土) 22:19
りかみき更新。あっちぃ一日、ありましたよね?
ていうか、海という場所があまり身近になかったので、想像で書きました。
今となっては後悔して……ません!ませんよ!

>>56
ですよね!出します。出させて頂きます。

>>57
こうなってました。なかなか一方通行ですね。
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/01(日) 00:33
これからどーなんの!続きが楽しみです。
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/01(日) 10:53
美貴ちゃんが切なくて涙がでそう…
毎回こころ待ちにしています。頑張ってください。
72 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:14
「ハトって一度ツガイになると、一生、相手の事を忘れないんやって」
「……ツガイ?」
「うん。ツガイ」
「そっか」
「……分かってる?」
「わかってますよーだ」

分かってないのは、君の方。
73 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:14

5/26

74 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:14

テレビを見ていた私の隣で鳥辞典を読んでいた彼女が突然そんな話をした。
羨ましげに言うその姿が愛しくて、それを表に出さないのは結構しんどい。
でも、私は彼女の気持ちがこっちに向くまで待つつもりだった。
隣に越してくるずっと前から、大スキだった。
隣に越してきてからは、もっともっとスキになった。
苦しいくらい、スキになった。

「みっつぃ」
「はい?」
「クッキー、ついてるよ」

ほっぺについていたクッキーを取って食べてあげると、
彼女は真っ赤な顔をしてありがとうって言った。
前から彼女はすぐ赤くなったから、不思議にも思わなかった。
不思議に思っていたら、何か変わったんだろうか。

75 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:14

5/27

76 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:15

翌日、姉に教わった可愛い雑貨屋さんと一緒になってるカフェへ行こう!と朝から彼女を誘った。
起きたばかりだったのだろう、彼女の少し眠たそうな顔が、緩く微笑んで、遠慮がちに頷いた。
昔からそうだった。昔から。
でも隣に越してきた時、敬語を禁止にして、連れまわしていたらだんだん心を開いてくれた気がしていた。
ゆっくり準備してから出て行ったら、またしてもバスは行った後だった。

「バス来ないじゃーん!」
「そうやねぇ。今日も今でちゃったばかりみたいやんね」

彼女がちょっと困った様にそう言うから、私はバスに大きな声で話しかけた。

「バースさ−ん!」
「なんて?なんて?」
「今日は、お腹が空いてたみたいだよ」
「そりゃ大変やな」

けらけら笑う彼女の額に汗の雫が落ちた。
それを拭ってあげると、彼女の視線が下に落ちた。

77 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:15

こうなる事を見越してか、母が用意してくれていたクランベリージュースを二人で半分こした。
暑い暑い今日は、日差しもきつい。
バス停の後ろにある木の下で、休んでいると木がざわざわと風を送る。
彼女の匂いがしてきた。少しだけドキドキする。
鼻歌を歌っていると、そのリズムに合わせて、彼女が小刻みに揺れていた。
それが愛の歌だって、気付いているだろうか。否、気付いていないに違いない。

「お。きたかもー」
「ほんまや」
「立って立って!ただ座ってるだけだと思われたら大変」
「あはは」

立ち上がって、ぴょんぴょん飛ぶとバスは止まった。
心無しか、運転手さんはニコニコしている気がした。

「おねがいしまーす」
「お願いします」

後ろから同じ事言ってもらえるのって、相当嬉しい。
定期を見せると、運転手さんからありがとうございます、と返事がきた。

78 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:16

バスに乗ると、窓を開ける。クーラーの涼しさより、自然の風の方が心地よかった。
都心に近付いた、途中の街で降りる。丘の下に海が見える。

「海行きたいね」
「行きたいねぇ」

丘の上の一軒家が、そのカフェだった。
私達は丘の上まで汗をかきながら上がった。
時々辛そうにする彼女の手を握る。
それが自然で、自然な事が嬉しくて、ニッと笑うと、彼女も微笑んだ。

「ついたー!」
「やったぁ」

喉はからからだった。クランベリージュースはもう残っていなかった。
否、これからカフェで美味しいものを飲むのだからいいではないか。
そう思った矢先だった。

79 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:16

「えー!」
「なん?」
「今日、お休み……」
「えー!」

喉はからからで、お腹もそれなりに空いているのに、無情にも閉まっているドア。
そして、定休日:火曜日の張り紙。

「ごめん。定休日までは見てなかった」
「ええよ。丘下った所に、なんかあるよ」
「学校、せっかくお休みだったのに、めちゃくちゃにしちゃった……」
「ええって」

すっかりテンションの下がってしまった私の手を引いて、
彼女は丘を下りだした。私も、手を引かれてついていく。

80 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:16

大した事じゃないんだろうけど、なんか悔しくて、涙がこぼれそうだった。
つらい思いさせてまで、無理矢理連れてきて、この結果。
何度目かにごめんて謝ろうとした時だった。
彼女がキラキラした笑顔で振り向いて言った。

「なぁ、海行かん?」
「え?」
「海!」

ほら、って走り出すから、私も追いかけるように走った。
だんだん楽しくなってきて、あはって笑うと、彼女もあはって笑った。
砂浜についたら、ロールアップしてあったジーンズをさらにあげて、サンダルを脱ぐ。
彼女もサンダルを脱いで、スカートの裾を絞った。
遠くの方ではサーファーがいたものの、まだ誰もいない海。
水をかけあったり、波から逃れたり、キャーキャー笑っていたら、
突然大きな音でグーと私のお腹が鳴った。

81 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:17

ぷっと吹き出すと、彼女も笑って、そしたら彼女のお腹も鳴った。

「忘れてたねー」
「お腹空いてたんやったね」
「海の家はまだやってないだろうし」
「そこにパン屋さんがあったよ?」
「んじゃなんか買いに行くかー」

パン屋さんは営業中だった。
明太フランスパンとハムチーズデニッシュとアップルシナモンロールをそれぞれ半分こして、
ミルクティーとカフェラテをそれぞれ飲んだ。
すっかり乾いていたので、またバスを待って、乗った。
外からふいてくる風が心地よい。
帰り道のバスの中、すっかり疲れてしまったんだろう彼女が、私にもたれて眠ってしまった。
こっそり手を繋ぐ。それでも彼女は起きなかった。

82 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:17

昨日の彼女の言葉を思い返す。鳩のツガイは一生その相手を忘れない。
ねぇ、私達もいつか、ツガイになれるかな?

83 名前:翼をください〜let me love my pigeon〜 投稿日:2008/06/01(日) 16:17


                                  see you till next busstop.


84 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/01(日) 16:21
なんか、やたら早いけど、更新です。
料理も小説も、できたてが美味しいよね。
もうちょっと熟考してから出してもいいんだろうけどさ。
あっちぃ日の話ばかりですが、その内雨も降るでしょう。

>>70
どーなんでしょう!続き、もうちょっとお待ち下さいね。

>>71
美貴ちゃん視点だと、なんでか切なさ倍増ですね。頑張りまーす。
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/01(日) 20:14
作者さんの優しい物語がだいすきです
いつも楽しみにしています
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/03(火) 23:06
早い更新大歓迎!
どのお話もすきです。
87 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:20

愛してって言って欲しくて、頑張って。
愛してって言いたいのを我慢して、口を噤む。

88 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:20

6/3

89 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:21

朝、雨の音で目が覚めた。
テレビをつけると、地元のテレビ局のアナウンサーが
うちの地方も梅雨入りしたらしい事を告げていた。
少し、頭痛がしていた。昨日飲んだジンライムが残っているのだろう。
酒を呷ってから寝るようになったのは、この間絢香が泊まりにきて以来だった。
泊まりにきて、といえば聞こえがいいが、泣きつかれてる所を連れ込んだのだから、
若干、ニュアンスが違った。
朝、起きてから一番最初に口にする言葉が、いつも気になっていた。
よくねたー、だと幸せで、頭痛い、だと苦しくなる。
毎日の様に、頭痛いと呟いている私は、きっと苦しみに慣れてきてしまったのかもしれない。

90 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:21

あの日からまだ二週間くらいしか経っていないのに、
もっと長くかかった様な気がしているのは、きっと、あの日以来、
絢香と御飯を食べに行ったり、していないからだ。
それまでは、舞を含めての時もあったけれど、週に一度は必ず、どこかへ行っていた。
仲が良かったのだ。友人として、だけれども。
それでもそれで満足していた。
若干嘘が含まれるけれど、自分をごまかすのには慣れていたから。
携帯を見ない様にしていたけれど、朝は時刻の確認等のためにどうしても見てしまう。
そして、携帯を見て、絢香からのメッセージがない事に落胆する。
顔を洗って、歯を磨いて、着ていたTシャツをシャツに着替えて、古びたジーンズに足を通す。
首筋に少しだけトワレをつけて、買い置きしてあったイングリッシュマフィンを齧る。
大きな鞄を持って、外にでて、家の鍵を閉める。
その間、頭の中では泣いている絢香の顔が浮かんでいた。

91 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:21

「あ、傘」

雨が降っているというのに、傘を忘れていた。
荷物を濡らす訳にもいかないので、戻って、鍵を開ける。
ビニール傘を手にとって、また外に出ると、鍵を閉める。
だんだん、頭の中の絢香が俯いてきてしまった。
携帯を確認すると、メッセージはなし。時刻は、バスに間に合うぎりぎりの時間だった。
傘を差して走る。バスが後ろからやってくるのが分かった。
ダッシュしていると、バスは待っていてくれた。

「ありがとうございます」

傘を閉じて、バスに乗って、お礼を言うと運転手がにっこり微笑んだ。

92 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:21

ふと、この間の光景を思い出す。
何日だかは忘れたけれど、暑い暑い日だった。
いつも通りバスに乗っていると、いつものバス停で彼女達は乗ってこなかった。
おかしいな、と思うものの、今日はいつも行っているどこかが休みなのかな、と
勝手に納得して、それ以上何も思っていなかった。
いつもの様に、バスの外を眺めていると、走っている彼女達を見つけた。
甲高い声で、走ってーと聞こえた。
どちらの子が叫んだのだろう。バスの運転手は気付いていない様子だった。

「すみませーん」

普段なら絶対言わない。

「乗りたい子達が走ってるみたいなんで、待ってあげて下さーい」

運転手は了解しました、と言った。そう。今日と同じ運転手だった。

93 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:22

そして、息を切らした彼女達がバスに乗り込んだ。
最初に目があった彼女は、私を見て、たいそう驚いていた。
なんでだかは分からないけれど、気まずそうに、恥ずかしそうに、
髪の毛を整えていた。思わずちょっとだけ笑ってしまった。
おかしくてではない。微笑ましく思ったのだ。
隣を通り過ぎる頃には、窓の外を向いてしまった。
だから、実際に見てはいない。だけど、なんとなく、
彼女達は手を繋いだ気がしていた。
目の端に映った気がしたのだ。実際はそうじゃないかもしれない。
けれど、そんなの関係なかった。
何故、私は、あの人とああなれないんだろう。
走ってーって言われて、一緒に走ったり、手をつないだり。
毎日、一緒にバスに乗って、毎日一緒に降りて行く。
それがどれだけ幸せな事なのか、私には推し量れなかった。

94 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:22

今日も、乗ってくるのだろうか。
そう思っていると、彼女達の乗る停留所の名前がアナウンスされた。
バスがとまる。ドアの方に目を向けると、210円を支払って、彼女達が乗ってきた。
彼女達がこちらに目を向ける前に、窓の方を見た。
目を合わせたくなかった。意固地になってる自分に驚く。
べつに、彼女達は何も悪い事はしていないのに。
ただ、自分が勝手に、思い込んでいるだけだ。この人達見たいに、自分達がなれないと。
隣を通った時、ゴクンと誰かが息を飲み込んだ音がした。
誰のものかまでは分からなかったが、彼女達のどちらかであることは明白だ。
後ろから時々、小さな話し声がした。内容までは分からなかった。

クスクスクスクス。孤独な人ね。
クスクスクスクス。可哀想な人ね。

そう聞こえる気がした。窓の外は曇って見えなかった。

95 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:22

手が震えた。握りこぶしを作っても、震えたから、もう片方の手で抑え込んだ。
アル中な訳じゃない。ただ、被害妄想も甚だしい自分に、嫌気がさしたのだ。
彼女達は、いつもと同じ停留所で降りて行った。
窓に文字を書きそうになる。
子供の頃から、窓が曇っていると書いて、書いては親に怒られた。
外を見ようと思ったんだよ、なんて、お決まりな台詞で言い訳をして、更に怒られる。
我が家では定番だった。今日は、本当に外を見るために、窓を拭く。
もう都心に近付いていて、だから外はコンクリートで舗装された道と、車が止まっているだけだった。

96 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:23

バスを降りると、灰色の世界が広がっていた。
何故、雨が降ると、都会は灰色に染まるのだろう。
イヤホンをつけて、音楽をかける。都会の、喧噪はあまりスキではなかったから。
停留所から少し歩くと、もうそこは学校だった。
カメラの専門学校。私はそこで写真の勉強をしていた。
絢香の姿が見えた。声をかけるか迷っていると、エレベータに彼女は乗った。
思わず、走って滑り込む。あの時みたいに、はにかんだ笑顔は見せてくれるだろうか。

「おはよ」
「おはよう」

彼女は困った様に笑った。はにかむのではなく、少し困った様に。
二人きりの、エレベータの中、少し後ろに下がって、壁際で三階に着くのを待った。
ここで事務の仕事をしている彼女は、八階に行く筈だった。
三階に着くまでの時間がすごく長い様に感じた。

97 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:23

帰り道、イヤホンをつけようと鞄の中でmp3プレイヤを探していると、
声をかけられた。舞の声だった。

「よーっすぃ」
「おぅ」
「凹んでるねぇ」
「おぅ」
「カフェ連れてってくんない?」
「今度にして」

舞は、ふーんと鼻を鳴らして、んじゃまた今度。と去って行ってしまった。

「忘れるなよー」
「え?」

振り向くと、舞がこっちを見てニッと笑っていた。

「私がカフェ連れてって欲しいの、忘れるなよー」
「だからまた今度ね」
「はいはい。今度」

舞はひらひらと手を舞わせて今度おそ歩いて行った。
私はイヤホンを耳に取り付けて、音楽をかけて、停留所まで歩きだした。

98 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:24

帰りのバスの中、ふと、あの子達の事を思い出した。
あんな風に、仲睦まじく、毎日、学校に通いたかった。
休みの日は家でだらだら過ごして、ふもとの海の近くのパン屋でパンを買って、
波がざわめくのを二人で聞きながら、パンを食べる。
私はカプチーノ、彼女はスパイスチャイ。そんな生活がしたかった。
そんな、生活がしたかった。
目を伏せて歩く。誰とも目が合わない様に。足下だけを見て、ぶつからない様に気をつけて。
停留所の前で、見た事のある足を見つけて、目線をあげると、彼女がそこにいた。

「絢香」

慌ててイヤホンを外すと、彼女はおかしそうに笑った。

99 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:24

「よっすぃって何度も呼んだのに気付かなかったのは、イヤホンの所為かー」
「ごめん」
「いいよ、気付いてくれたんだし」

絢香は、クスクス笑いながら私のしていたイヤホンの片方を手に取って、耳に近づけた。

「この曲、いいよね、私も好き」
「うん。いい曲だよね」

悲しい愛の歌だ。といっても、世の中に愛の歌は五万とあるけれど。
絢香はイヤホンを私に返すと、行きたい所があるんだけど、と切り出した。
どこに行くのかと思いきや、私の家とこの街の間にあるカフェだという。
ビニール傘がばたばたと風を吸い込んでいた。これ以上吸い込んだら、きっと壊れる。
ちょうどバスがやってきていたので、慌てて乗って定期を見せる。
彼女は用意していたのか、210円を払って、私達は二人席に座った。

100 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:25

触れ合いそうになる手を、わざと彼女の近くに置いた。
二週間、学校では会っていたけれど、こうやって出かけはしなかった。
目が合うといつも困った様に微笑まれた。それは今も変わらない。
窓が曇っていて外が見えないのは、いい事の様に思えた。
私達を見るものは誰一人としていない。
曇った窓ガラスの外では車のテールランプが光って見えていた。

「こういう窓って、どうしてもなんか描きたくなるよね」
「私、よく怒られてたよ、描くなって」

彼女が窓をつんつんとしたので、私が返事をすると、彼女はあははって笑った。
それから、また会話が止まる。言葉を探したけれど、見つからなかった。
彼女も、何か言葉を探していた様だったけれど、同じく見つからないみたいだった。

101 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:26

バスを降りると、雨は霧雨になっていた。
少し濡れるだけなら、傘を差さない私に習ってか、彼女も傘を差さなかった。
丘の上にあるらしい、そのカフェはなかなか明かりが見えてこなかった。
電灯が時々あるだけで、もう暗い丘への道は少し不気味にも思えたが、
蛙の大合唱がのどかに感じた。
雨の匂いが充満していて、うっそうとした木々が生返っている声が聞こえてきそうだった。
ぬかるんだ大地に、足が滑る。彼女が私に掴まったので、私はしっかりと握り返した。
少し肌寒くて、温かい飲み物でも飲みたいねって言いながら、私達は丘を上った。
上りきった所に、一軒家があった。けれど、そこは電気がついていなかった。

「あれ?ここ?」
「あれぇ?」

近付いて、見えたのは、火曜日定休の文字。
絢香が情けなく、エーと声をあげる。あはは、と思わず笑うと、力なく背中を叩かれた。

102 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:26

「まぁ、仕方ないよ。今日はうちで御飯にしよう」
「なんでもつくるから許して」
「怒ってないよ。なに作ってもらおうかなぁ」

離されない手に、安心して、私はまだ気付いてなかった。
彼女が、少し潤んだ瞳で私を見ている事に。

「よっすぃ」
「ん?」

まだ私は気付いていなかった。

「よっすぃは、スキな人……いる?」
「え?」
「私の事、スキになって、もらえる?」
「え……?」

彼女がどうして、そんな事言ったのか。

103 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:27

愛してって言ってもらえたのが嬉しくて涙がでそうになる。
愛してって言えるまでは、まだもうちょっとかかるけど。

104 名前:蛙が歌っているのは、愛の歌か否か。 投稿日:2008/06/05(木) 03:27


                                  see you till next busstop.


105 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/05(木) 03:29
真夜中にコーシンでっす。もう眠くて死にそうなのですが、書けてよかった。
あ、天気は東京を基準としてますが、ここは東京ではなくて、空想の世界です。

>>98間違えました。
×→帰りのバスの中、ふと、あの子達の事を思い出した。
○→バスへと向かう帰り道、ふと、あの子達の事を思い出した。

>>85
アリガトーゴジャイマース
優しいだなんて、そんな!!(デレデレ

>>86
そう?よかたよかた。
ありがとーなのー
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/05(木) 14:28
うわー、ドキドキさせるなぁ。
107 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:26

ずっと隣にいたよね。恋とかそんな感情が生まれるより先に。

108 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:26

6/6

109 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:27

小さく小さく彼女が口ずさむ。目の前の人への思いを口にする時の様に、小さく。
それに気付いたのは私。思わず、突っ込んでしまった。

「ろーくがーつむーいかーはあーめざーざーふってーきてー」
「まぁ、ピーカンですけどね」
「ピーカンて、なんでピーカンて言うの?」
「それ、私に聞く?」

バスの外は、雨なんて降りそうもないくらい、晴れ渡った空。
昨日は曇っていたから、一日ぶりの晴れだ。
梅雨入りしてから急に晴れ出すのって、よくある気がする。
よくあるなんて言う程、梅雨を経験した訳じゃないけれど。
どうしても答が知りたそうだったので、適当な事を言ってみる。
110 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:27

「えーと、ぴーんがかーんしたからピーカンなんじゃん?」

ムッとした顔だけ返されたって、私は知らないんだから、仕方があるまい。
その人は、普段、会話が聞こえてないかの様に、こっちを見なかった。
むしろ、私達がいる事すら気にしてない様子で、いつもはそこに座っていた。
ほぼ毎日会う人だった。私達は、行きも帰りも途中の停留所で降りてしまうものの、
月曜日から金曜日まで、毎日、行きか帰りのどちらかで会っていた。
でも、その人が振り向いた事なんて、一度もなかった。ただの一度も。
だから、その人が振り向いた時、私は心の底から吃驚した。
111 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:27

「沢山説があるけれど、ピントがカーンと決まるからって説もあるみたいだよ」
「そう……なんですか?」
「ごめん。聞こえちゃったんだ」
「いえ、ありがとうございます」
「でも、ピースっていう煙草の缶の色が空色だったからっていう説のが、もっともらしいんだけど」
「ピントがカーンと、の『カーン』は?」
「それこそ、フィーリングの問題で、スパッと、とかそういう意味合いじゃないかな?」
「ふふふ、美貴ちゃん、半分あってたみたいよ?」

頭が真っ白になっていた。
楽しそうに会話する二人が、まるで、私を蚊帳の外に置いているかの様だった。

「美貴ちゃん?」
「あ、あぁ、すいません。ありがとうございます」

とりあえずお礼を言うと、その人は首を横に振って、また前を向いた。
112 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:29

穏やかそうな人だった。優しそうな声で、楽しそうに喋る人だった。
笑った所を見るのは二度目だ。一度目は、一週間くらい前。
それまで、人生をつまらなそうに送っていた感じがしていた。
だから、私は全然その人に魅力を感じていなかった。
なんで、梨華ちゃんはあの人がスキなのか、全く分からなかった。
私は正直、焦っていた。急にその人が素敵な人に見えてきたからだ。
梨華ちゃんを見ると、目がハートになっている気がした。
いつもの運転手が、三度程、停留所の名前を繰り返してくれたおかげで、
私達は乗り過ごす事がなかった。
だが、きっと、一度だったら、ボタンを二人とも押せなかっただろう。
それほど、私達は放心していた。二人とも、べつの意味合いで。

113 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:29

帰りのバスに乗るまでの間、私達はミスをしまくって、
先生に、家庭で何かあったか心配されたくらいだった。

「美貴ちゃん、もしかして」

帰りのバスを待つ間、溜息を連続している梨華ちゃんの横で、
私も溜息を吐いていたら、梨華ちゃんが突然真剣な顔で言った。

「バスの君の事、スキになっちゃったの?」
「はぁ?!」

素っ頓狂な声がでる。あまりに素っ頓狂で、梨華ちゃんはけらけらと笑い出した。
帰り際、先生に貰った新作らしい、ペットボトルのフルーツジュースの中身が揺らぐ。
空は夕暮れ時。西日がきつく、ベンチまで陽が当たっていた。

「違った?」
「あのねぇ、自分と一緒にしないでくれる?」

スペイン好きの先生のくれたジュースは、スペインのジュースだった。
一口飲むと、先生の好きそうな味がしていた。
昔から、ハマるとそればかりを口にして、飽きると私達に放出していた。
そういう先生が、私は昔からダイスキだった。
114 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:29

「じゃぁ、なんでそんなに、変なの?」
「……意外だった、から?」
「え?」
「あの人、つまらなそうにしてたのに、今日は楽しそうで」
「美貴ちゃん、やっぱりそれ、スキなんじゃない?」
「や、それはないし」

この人ってば、腹の立つ事を言って下さる。
この期に及んで、そうかなぁ、とか言いながらジュースを飲むもんだから質が悪い。

「この話はおしまい」
「まぁ、話したくないなら仕方ないよね」

ライバルになっちゃうもんね、とか訳の分からない事を言い出す始末。
妄想し始めちゃった梨華ちゃんは手に負えない。
115 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:30

帰りのバスの中、その人は見かけなかった。
行きで会う確率よりも帰りの確率の方が高かったのに、何故だろう。
不思議に思っていると、梨華ちゃんは一人で何かを考えていた。
クーラーがきいている車内は少し肌寒く、私達はパーカーを着ていた。
夏間近とはいえ、まだ夏はそこに居座っていない感じがした。

「美貴ちゃん」
「ん?」
「ホントに」
「スキじゃないです!」

これ以上、何か言わせる物かといい加減にしろよという空気を醸し出すと、
梨華ちゃんは何故かそれに対して、うん、と頷いた。

「そうよね。美貴ちゃんが、そう言うなら」
「え?」
「私、あの人に告白する」
「え?」
「いいの、よね?」

どうしたらいいんだろう。目の前で、告白なんてされた時は。
116 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:30

思わず、変なことを聞いてしまった。

「どこで?」
「そりゃ、バスの中でしか会えないんだから」
「バスの中か……」

ヘンナミキチャン。
そう梨華ちゃんの口が動いたのが見えた。
でもそれ以降、今まで以上に変になってしまった私は、
とんでもない質問しかしなかった。
例えば、晴れた時にするのかとか、そういう、変な質問。
自分でも、思っていたよりもショックだった。
だんだん梨華ちゃんが忘れればいいと思ってた。
あんな、決定的なシーンを見た後に、梨華ちゃんが告白するとは思ってなかったから。
否、違う。全ては、あの歌からリスタートしたのだ。


今日は六月六日。雨は降っていない。なのに、あんな歌を梨華ちゃんが歌うから。

117 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:31

自宅の前で、私は心配する梨華ちゃんと別れた。
家に入る手前でクルッと振り向く。
隣の家に入って行った梨華ちゃんはもう見えなかった。
頷いた私は裏の祖母の家に入り込んだ。

「美貴?」
「えへへ、きちゃった」

やっと笑みがこぼれた。
祖母は何も言わずに、今お茶を煎れるわ、と、ヤカンに火をつけた。
ことことことこと音がして、やがてヤカンから湯気が出る。
ピーと鳴ったお湯を、茶葉の入ったポットにいれて、それは私の目の前に置かれた。
ティーコーゼーを乗せて、しばらくおいておかれる。
その間、祖母は、自分が表の家でやっているお店にくる女の子達の話をしていた。
美貴達よりも小さくて、と、まるで私達がまだ子供であるかのように、言っていた。
五分くらいして、ティーコーゼーを外すと、真っ黒に近いくらいの紅茶が出来上がっていた。
それを半分くらいマグカップにいれると、沸騰直前まで温めてあったミルクを半分いれる。

118 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:31

行き詰まると必ず祖母の家にくる。
必ずいれてくれる、濃いめにいれたミルクティを飲んで、落ち着く。
こんなにショックを与えられるならば、言っておけばよかった。
スキって、気持ちを、言っておけばよかったのだ。
祖母は何も言わなかった。私も何も言わなかった。
祖母と私の、いつもの儀式だったから。
何も言わなくても、紅茶を飲んで落ち着いて、それで家に帰ればいいのだ。
お茶を飲み干すくらいには、私も落ち着いて、中学生くらいの女の子達の話を聞いていた。
たまにきては仲睦まじく、ケーキを半分こして帰る女の子達が、とても羨ましく感じた。
そう言うと、祖母が笑った。

「貴方と梨華もいつも半分こしてたわよ」

きっと、もう半分こできない。梨華ちゃんは、半分こする相手が変わるのだ。

119 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:31

祖母の家のドアを開けると、梨華ちゃんが立っていた。

「やっぱりここにいたのね?」
「ちょっと寄っただけだよ」
「ふーん?」

従姉妹というのは、時々嫌になるくらい、お互いの事を知っている。
だから、何に、というのが分からなくても、何かに凹んでいる事くらいは分かるのだろう。
祖母は私達が喧嘩していると思ったのか、慌てて紅茶を魔法瓶につめると、二人に向かって言った。

「馬酔木のドアを閉め忘れてきたかもしれないから、見てきてくれる?」

アセビとは、祖母が娯楽でやってる(と自称している)喫茶店の事だった。
鍵と魔法瓶を渡されて、私達は馬酔木へ向かった。
少し古びたあの家が、子供の頃、私達は嫌いだった。不気味に感じていたのだ。
今は、その頃の思い出を胸に、懐かしく感じる。

120 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:32

馬酔木の家のドアの鍵は閉まっていた。

「喧嘩してると思ったのかしら」
「多分ね」
「でも喧嘩に近い気分だわ」
「なんでよ」

梨華ちゃんがちょっと淋しそうに言った。
私が聞き返すと、梨華ちゃんはドアの鍵を開けて、中に入ると、手招きした。
私が中に入って、モスグリーンのソファに座ると、その隣に梨華ちゃんも座った。

「美貴ちゃんの気持ちが分からない」
「だからスキじゃないってば」
「じゃぁ、なんであんなにショック受けてるの?」

一応、ショックだという事は伝わっていた様だった。

「ショックはショックだけど、そのショックじゃなくて」
「どういうショック?」

どう答えたらいいんだろう。

121 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:33

「馬酔木に、最近中学生くらいの女の子達がくるの、知ってる?」
「何?急に」
「二人で、仲睦まじく、ケーキを半分こずつしてくんだって」
「おばあちゃま、二種類しか焼かないからね」
「梨華ちゃんのケーキの半分の相手は、きっと私じゃなくなる」
「……美貴ちゃん」

そう思ったら、悲しくて。つらくて。
恋愛のスキとか嫌いとか、以前の問題だ。
梨華ちゃんが離れてくのが分かったのが、一番つらかった。
何時の間にか、涙がこぼれていた。

「バカ」
「ちょっと、それ酷くない?」
「違うよ、ちゃんと聞いて?」

梨華ちゃんは私の頭を撫でながら、こう言った。

「私の、ケーキの半分は、いつまでも美貴ちゃんが食べていいんだよ」

それが、恋愛ではないのは分かりきっていたけれど、それでも、その言葉が私は嬉しくて、
声をあげて泣いてしまった。梨華ちゃんの胸の中で、ぐずぐずと。

122 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:33

馬酔木の外に出て、ドアの鍵を閉めると、梨華ちゃんが私に言った。

「決めた。ちゃんと告白する」
「え?」
「ケーキは美貴ちゃんと半分こするけど、あの人は独り占めしてみせる」
「……あっそ」

さっき聞いた時より、ショックが少ない気がした。

123 名前:いつもよりも濃いめにいれたミルクティを片手に 投稿日:2008/06/08(日) 02:34


                                  see you till next busstop.


124 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/08(日) 02:36
だんだん、夏っぽくなってきましたね。
でも、もう数日前の天気が分からなくて、ヤホーの過去の天気が手放せなくなってきてます。猫です。
まださすがに暑くて眠れない日はありませんね。クーラーも扇風機もまだいらないし。
でも、お店やバスとかではもうガンガンですね。季節の先取りし過ぎな気がします。

>>106
ドキドキしてして(笑)
アリガトー(0´〜`)ノシ
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/08(日) 10:17
お〜おお。色々つながってきましたね。
おもしろいなあ。どきどきというよりもわくわくします。
読んでいて楽しくなるというよりも嬉しくなりますね。
ほわって、絵本みたいで。
126 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/08(日) 19:18
梨華ちゃん…おいおいですよw
ミキティが単純でよかった。
とにかくおもしろいっす!
127 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:32

時々、貴方は私にスキって言う。自然に、自然にスキって言う。
だから、その時も、いつもみたいなスキだと思ったの。

128 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:32

6/7

129 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:33

晴れとは言わないまでも、その日は雨が降っていなかった。
降る気配もなくて、燕が低空飛行しているのが不思議だった。
今日は学校のお休みの日で、そう思える様になったのが不思議に思う。
私は、以前通っていた学校が合わず、登校拒否をしていた。
勉強は嫌いじゃなかったし、友達がいなかった訳でもない。
ただ、学校になんの魅力も感じなかった。
引っ越そうと言い出したのは父だった。
母も賛成して、それなら住みたい所があるわ、と提案したのが、
久住家の隣の家だった。
ちょうど空き家になるなんて、と喜んでいたのが、印象に残る。
それはきっと、私がそこの姉妹となら仲良くできるだろうと、
母が考えたに違いないのだけど、それはまさに正解で。
私は彼女達と仲良くなって、お互いの家に泊まりあったり、
ケーキ屋さんやカフェで御飯を食べたり、学校にも一緒に通う様になった。

130 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:35

昔から、勉強は嫌いじゃなかった。
だから、家でしっかり通信で勉強していたので、学校に取り残される事はなかった。
むしろ、自由をテーマにしている学校の中で、私は異色とも言える程、
テストの点数がよかったりした。それで先生に心配された程である。
不思議な学校だ。でも、居心地もよかった。それはきっと、彼女がいたから。
バスの中で隣に座っているその人は相変わらず首を振りながら鼻歌を歌っていた。
私もそれに合わせて首でリズムをとる。なんて曲?って聞いても無駄だ。
きっと、創作したに違いないから。

「この曲さ」
「うん」
「自分で作ったんだ」
「そうだと思った」
「アイの歌だよ」
「……そうなん?」

なんでわざわざそんな事を言ったのか、その時、私は分かっていなかった。

131 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:35

学校に行く様になってから、休みの日は必ず彼女に誘われて、どこかへ出かけていた。
出かけるというのは、何かとお金のかかるもので、
まだアルバイトが禁止の私達は、家の手伝いでお小遣いを稼いでいた。
お風呂掃除をしたら、五百円、とか、そんな感じで。

「昨日、お風呂の、配管の掃除をしたら、千五百円て言われてやったの」
「へぇ、大変やった?」
「ちょーーーー大変だった!」
「あはは、千五百円なだけあるんやね」
「みっつぃは何した?」
「私は、昨日は、家中掃除機かけたかな」

それはきっと、大人になった時、必要な仕事ばかりで、
私達は今、まさに、大人になる修行を課せられているのだ。

132 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:36

「今日はどこいくん?」
「あれ?行ってなかったっけ?」
「突然来て、着替えてー!って言うたんやないの」
「そだっけか」

あはは、と笑いながら、彼女はうちの母が用意したマンゴー烏龍茶を飲んだ。
マンゴー烏龍茶は、夏の私と姉の定番だ。

「うわ、これ甘いのに甘くない」
「美味しい?」
「うん!スキ!」
「よかったぁ」

今年は久住家の姉妹も、定番にしてくれたらいいのに。

133 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:36

んで、と言うと、やっと彼女は気がついて言った。

「最近、馬酔木のオーナーさんと仲良くなったじゃない?」
「うんうん」
「だから、いつものケーキのお礼、しないかなぁって」
「いいやん!それ、素敵やん!」

私が手を合わせて喜ぶと、彼女も嬉しそうに高い声ではしゃいだ。
何をあげるの?って聞くと、彼女はちょっと考えてから言った。

「馬酔木のオーナーさんはお洒落さんなおばあちゃまなので」
「はい」
「物はちょっと、趣味が分からないし、お金かけちゃうと遠慮されちゃうから」
「うん」

一体何をあげるのだろう?そう考えていると、彼女は最近で一番いい顔をして言う。

134 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:36

「お花摘みに行きませんか?」
「どこで?」

思わず、問い返す。いいやん!って返ってこなかったのが不思議だったみたいで、
彼女はちょっとつまらなそうに続ける。

「えーと、近くの丘で」
「……それ、いけないのんとちゃうの?」
「なんで?」

丘だって、所有者があるだろう。母が昔言っていた。
近所の竹やぶで筍を採っていたら、すごーく怒られたって。

「だって、私達のお花とちゃうやん」
「確かに。でも誰のお花なの?」

彼女はまだ、納得してない様だった。
否、少し疑問に思っているだけかもしれない。

135 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:37

「その土地の人の、お花」
「じゃぁどうしよう」

途端にしょんぼりしてしまった大事な人は、まるで、
もう目的がなくなってしまったかのようで。

「一回家に戻ったらいいんとちゃう?」
「バス降りて?」
「バス降りて」

こういう時こそ、私が頑張らなくてどうする。
えいやっとアイディアを出すと、彼女の顔が少しだけ晴れてくる。
私は、手を伸ばして、バスのブザーを押すと、バスが停留所の少し手前で止まった。
横断歩道を渡って、反対行きのバスの停留所に行ってバスを待つ。
実は、もう、馬酔木のすぐ近くまでやってきてしまっていた。

136 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:37

バスは程なくやってきた。乗り込むと少し肌寒い。
腰に巻いていたピンクのシャツを羽織ると、彼女も白いパーカーを羽織っていた。

「ごめんね」
「なんで?」
「だって、最初に言っとけばこんな事に」
「ええのん。うちにある、黄色い薔薇、ママに頼んで切ってもらえばええやん」
「あれ、いい香りがするもんね」
「そうそう。食卓に置いたりすると、すごい映えるし」

母の趣味でやっている庭の一番の自慢は、黄色い薔薇だった。
香りもよくて、立派に咲くのに、どことなく可憐な花。
外からもよく見える所為か、歩く人が褒めてくれるといつも喜んでいる。
人にあげたりもするから、きっと馬酔木の事を話したら、いいと言ってくれる筈だ。

137 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:37

思いがけず早く帰ってきた私達を見て、母は驚いていた様だった。
土曜日だから父もいて、話をしたら、黄色い薔薇を切るのを手伝ってくれた。
姉達は仲良くデパートに出かけているらしい。

「はい」
「え?」
「今日は、パパが奢ってあげる」
「でも……」
「いいから」

母が黄色い薔薇を新聞紙で包んでくれる間に、父から今日の分というには、
少し多いお小遣いをもらってしまった。
彼女と一緒にお礼を言って、母から薔薇を受け取ってまたお礼を言う。

「馬酔木のおばあちゃまに宜しくね」
「今度皆で伺いますって伝えて?」
「はーい」

彼女が薔薇を持つ代わりに、新たに渡された、二人分の冷えたマンゴー烏龍茶を持つ。
停留所にくる頃には、陽はすっかり西日になっていた。

138 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:37

さんさんと降り注ぐ太陽は、大きな木で直接は当たらなかった。
だけど、アスファルトがじりじりと、熱を持っていたから、少し汗ばんでいた。
時々、お茶と薔薇を交換して、二人の喉を潤していると、バスがやってきた。
それから、馬酔木の前に立つ頃には、お茶もなくなり、ほどよく喉が乾いていた。

「開いてるかな?」
「開いてるんやない?」

ドアを開けると、馬酔木のオーナーが私達を見てにっこり笑っていた。
薔薇を抱えてるのに気付いて、少し不思議そうな顔をした後、
私達が日頃のお礼です、と述べると、嬉しそうに花瓶を持ってきてくれた。

「貴方達を見てると、孫達の子供の頃を思い出すわ」
「お孫さんがいらっしゃるんですね」
「バレエをね、二人ともやっててね」

オーナーは毎日熱心に踊っていると、愛しそうに言った。
自分もやってたのよ、とこっそり教えてくれた。
そう言えば、背筋のぴーんとした人だった。

139 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:38

「今日はお花ありがとう、またきてね」
「はーい、またきまーす」
「はい、またきます!」

ニコニコしてオーナーとお別れした、その帰り道。
彼女は私に何度もお礼を言ってくれた。そんなに、言う必要ないのに、沢山。

「なんでそんなに言うのん。私やってやりたかってん」

笑って言い返すと、少しだけ真面目な顔して、彼女が私に言った。

「みっつぃのそういうところが、スキだよ」
「え……?」
「あ、そういうところ、も、だ」

固まった私を見て、彼女はにっと笑って、繰り返した。
でも、私はもう彼女の声は聞こえてなかった。

140 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:38

スキだよ。スキだよ。スキだよ。
私の頭の中でリフレインする言葉。傷ついて、涙が出そうだった。
なんで、そんなに簡単に、私にスキって言うの。
そんなに、私は、貴方にとって、オトモダチなの。
どうしたら、ちゃんと私を見てもらえるの。
どうしたら、ちゃんとしたスキを言ってもらえるの。
涙を堪えて、お休みを言って、部屋に駆け上がった。
彼女がどんな顔をしてるかなんて、見えなかった。

141 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:39

私のスキと同じスキを下さい。
それは贅沢すぎる悩みで、私は私を許せなかった。

142 名前:燕が低空飛行する時は、雨の予兆 投稿日:2008/06/08(日) 22:39


                                  see you till next busstop.


143 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/08(日) 22:43
ふー。お休みの日は、お昼から書けるからいいね。
とうとうここもか!という感じですが、更新です。

>>125
繋がってきましたねぇ。私もここまで綿密につなげられるものなのだと吃驚してます(笑)
ワクワクしてくださるなんて嬉しいっす。
そう言われると、こちらまでほわってしちゃいます。でへへ。

>>126
私の書く梨華ちゃんて、時々素っ頓狂な事しでかしますw
美貴ちゃんはこれからどうするんでしょうねぇ。
ありがとーっす!
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/10(火) 21:37
あーなんで切ないのか分かった。
自分と重なるところがたくさんあるからだ。
みんながハッピーになりますように。
切なくて優しくて楽しいお話ありがとう。
145 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/10(火) 23:55

私は君のプラシーボ。
君が元気になれるならホントの薬じゃなくてもいい。

146 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/10(火) 23:55

6/6

147 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/10(火) 23:56

それはピーカンと呼ばれるには、確かにふさわしい空だった。
学校の行き帰りのどちらかで会う彼女達の声がいつになく聞こえるトーンだったので、
気になってしまって思わず教えてしまった。
朗らかに笑う子だった。しかめ面なんて、およそ似合わないのに。
私は機嫌がすこぶるよかった。学校に行けば、絢香に出会えるから。
あの日以来、絢香の家で過ごしたり、自分の家で過ごしたり、結構頻繁に行き来をしていた。
もちろん、学校でも、少し噂になるくらいに仲良くしていた。
噂にしようと思った訳ではないけれど、結果として、絢香がホッとしていたのが分かるから、
噂になってよかったのだと思った。あの人に、絢香はもう吹っ切れたよって伝える意味でも。

148 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/10(火) 23:56

終点でバスを降りると、絢香が待っていた。
待った?と聞くと、ううん、と首を横に振った。
でも、持っていたアイスラテ風の飲み物が半分になってたのに私は気付いた。
そういういじらしい所とか、本当に、なんであの人はスキにならなかったんだろう。
否、スキになって欲しかった訳ではないけれど。

「よっすぃ」
「ん?」
「ホントに私でいいの?」
「え?」
「モデルの話」
「あぁ…こっちこそ、いいの?って感じだよ」

私は彼女にモデルを頼んでいた。
学校は今日は課題を出されるだけで終わり、課題は「女性の写真」だった。
モデルを前々から頼んでいた人と、その日一日かけて、スキな場所で写真を撮るのが今日の授業で、
その先生は、あの人だった。
いつも持ち歩く、フィルムの一眼レフとデジタルの一眼レフ、両方のカメラの他に、
今日は小さなカメラも持っていた。だから、いつもよりも鞄が重たかった。

149 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:00

学校に着いて、課題の紙をもらう。
説明を聞いて次々とでていく生徒達を追いかける様に、私も外に出る。
一階のロビーで、待っていた絢香が小さく手を振った。

「待たせてごめんね」
「ううん、全然待ってないよ」
「や、十五分は待ったでしょ」
「そんなに経ったかなぁ?」

そういうところが、とても素敵だと思います。
そういう代わりに、持っていた小さいカメラでぱしゃっと一枚撮ると、
彼女はあはっと笑った。

「もう始まってるの?」
「始まってます」
「何処行くの?」
「ベタなのは海。または丘、あとは……雑踏とか、森とか?」
「点在してるね」

そうなのだ。海と丘が比較的近いだけで、
森は私の家の近くまで行かないとないし、雑踏はここらへんじゃなきゃない。

150 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:00

雑踏の中、小さなカメラでぱしゃぱしゃと彼女を撮りながら歩く。
小さなカメラといっても、コンパクトカメラではない。
フィルムを巻くタイプのクラシカルなカメラだった。
なるべく自然にしてて、と言うと、彼女は困った様に笑った。

「撮られて緊張しない人なんていないわ」
「まぁまぁ」
「雑踏て、あんまりスキじゃないし」
「じゃぁ、場所を変えようか」

少し淋しそうな顔をした瞬間を切り取ってしまった。
そんな君が見たいんじゃない。そんな君が見たいんじゃ。

151 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:00

丘の上のカフェにリベンジしようって言い出したのは彼女だった。
火曜日が定休日ならば、金曜日に行けばいいのだと、私も気付いた。
カフェまでの道のりでスキなシーンを見つけては、気分でカメラを選んで撮影する。
時々、デジタルでも撮影した。彼女が小さな画面で撮られた自分を見て、
自分じゃないみたいだと笑う。すごいね、すごいねって何度も言われる。
ドキドキが止まらなかった。こんなに褒められたのは初めてだったし、
彼女が褒めてくれたって事が嬉しくて。

「丘の上までダッシュしませんか?」
「えー!?……いいよ!」
「いくよー、せーのっ」

ダッシュする彼女の背中をぱしゃぱしゃ撮った。
振り向いて、私が走ってない事にむっとしつつ、彼女は丘の上から笑顔で手を振った。
そんな君がいつも見ていたい。見ていたい。

152 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:01

「よっちゃんもダッシュ!ダーッシュ!」

彼女がけらけら笑いながら言う。私もダッシュして丘の上まで走ると、
荷物が重かった所為か、運動不足の所為か、ぜぇぜぇ息が切れた。
大丈夫?って心配そうに覗き込むから、小さなカメラでぱしゃっとそのシーンも切り抜いた。
丘の上のカフェは、この間は、夜で雨が降っていて気付きにくかったけれど、
フランスの田舎風の作りをしている事に、今更気付いた。

「ル……」
「ル・プティ・フランス……小さなフランス?」
「あれ?絢香って」
「英語しかできないけど、これくらいなら」

バイリンガルってすごいんだね。
少し頭の悪い感想を述べながら、ドアを開けるとカランカランとカウベルが鳴った。
カウベルなんて珍しい。思わず写真に収めると、オーナーらしい人がにっこり笑っていた。

153 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:01

白いテーブルに、白い椅子。さんさんと降り注ぐ日光。
これほど素晴らしいシチュエーションはないかもしれない。
ホワイトバランスに気をつけながら、アイスティーを頼む。
彼女は少し迷って、ピーチティーソーダを注文した。
程なく出てきたそれを飲みながら、私達は雑談を楽しんでいた。
少しの間、カメラをテーブルの上に置いておく。
二人とも、この間の絢香の台詞については、故意に触れなかった。

『よっすぃは、スキな人……いる?』

私の頭の中でリフレインする。

『私の事、スキになって、もらえる?』

彼女は、私にスキになって、と言ったが、彼女からの気持ちはまるで聞いていない。
それで満足していた。それでも、いいと本気で思っていた。

154 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:01

プラシーボという言葉を聞いたのは、誰からだったか。
多分、テレビの中のお医者さんとかそういう人だ。
偽薬の事をプラシーボというのだそうだ。
患者さんに薬を出す時に、実際はビタミン剤程度の薬を出して、
精神的な効果を得るという事らしい。
難しい事はよく分からなかったけれど、その言葉を誰かから聞いた時、
私は絢香のプラシーボだと感じた。
彼女が元気になるために、選んだプラシーボ。
本物の恋ではないけれど、失恋は次の恋で癒すというし。

155 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:01

カランカランとカウベルが鳴る。
何気なく開いたドアを見つめた彼女が絶句していた。
私が振り向くと、その人も驚いた顔をしていた。

「先生……?!」
「吉澤達は……どうしてって、課題か」

ここ、ロケーションばっちりよねと笑う。
まるで、何事もなかったかのように。
悔しくなって、私はそうですね、と笑い返した。
余裕がない様に見せたくなかったのだ。
私は午後からお休みだから、とその人はカウンターに座った。
ブラックを頼むと、そこのオーナーらしい人と談笑を始める。

156 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:02

絢香の方を見ると、少し悲しそうなのに、嬉しそうにその人を見つめていた。
頬が少し高揚して見えた。目が潤んでいる気がした。
唇を噛んでいた、ほんの少しだけ。
その人をぼーっと見つめながら、ピーチティーソーダについたチェリーを銜えている。
なんだかそれが、一枚のポスターになる気がして、私はパシャリと一枚写真を撮った。
それでも、彼女は気付かなかった。何枚か撮っていると、やっと気付いて、
困った様に笑った。そのシーンも切り取って、私達は、お店を出た。

157 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:03

陽がだんだんと西日になってきていた。
海までゆっくり降りて、砂浜に文字を書いたりして、空元気に彼女が笑っていた。
さっきより、ずっとずっと表情が憂いを帯びていた。
そんな君が見たくないと思う反面、そんな君も魅力的だった。

「大分暗くなってきたね」
「そろそろ、撤収しようか」
「……よっすぃのところ、行ってもいい?」

そう言う時は大抵、あの人関連なんだって、最近やっと気付いた。
でも、何も言わずに頷くだけ頷いた。

158 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:03

私は君のプラシーボ。
元気になるまでの、ただの時薬。

159 名前:梅雨入りしていないかの様な空の中で 投稿日:2008/06/11(水) 00:03


                                  see you till next busstop.


160 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/11(水) 00:04
明日休みじゃないけど更新。だから、早く寝ないといけません。

>>144
共感していただけたみたいで、有難う。
みんながハッピーになる結果になるといいなぁと私も思ってます。
ホントに、すごく嬉しいお言葉、こちらこそありがとね。
161 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/11(水) 00:48
よっすぃ〜切ないなぁ…。
この話大好きです。
162 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:55

その悲しみが私の悲しみになること。
その喜びが私の喜びになること。

そう思えたら、私はきっと自分に勝てた筈だった。

163 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:55

6/10

164 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:55

我が家は高台の上にあった。遠くに、海がほんの少しだけ見えるのが父の自慢だった。
潮の香りが少しだけするけれど、そこまで色んな物が錆びない、そんな場所だった。
海の方向に、流れ星が落ちるのを見つけた。
三回、願いを叶えてと祈る時間はなかった。
でも、何を願うつもりだったんだろう。
梨華ちゃんの恋が成就するのを願うのか、自分の恋が成就するのを願うのか。
決して、両方叶う事がないその思いは、流れ星が消えるのと同じ様に儚かった。

「みーきちゃん」
「梨華ちゃん、どうしたの?」

庭のほうで、梨華ちゃんが私を呼んでいた。

「流れ星!見た?」
「見た。なんか願った?」
「皆の幸せを、願っておいた」

そういう人だ。自分の事よりも、周りを大事にするのだ。
私とは大違い。なんとなく切なくなって、私は庭に降りる事にした。

165 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:56

「どうしたの?なんか、悲しそうね」

庭に降りるや否や、頭を撫でられる。
殆ど変わらない癖にちょっとだけ年上なのをいい事に、時々お姉さんぶる彼女が、
私は昔は嫌いだったのを思い出す。
いつからスキになったんだか、もう思い出せないけれど、
下らない意地を張らなくなるくらい大人になってからなのは確かだった。
幼馴染みで、従姉妹で、隣に住んでて、まるで姉妹と言われて育った。

「別に、悲しくないよ?」
「……そう?」
「梨華ちゃんこそ、どうして庭にいたの?」

後ろ手に持っていたジンジャエールを手渡すと、梨華ちゃんはニコッて笑った。
歌を思い出す。どういう意味なのか、いまいちよく分からなかったあの歌。
確か、歌詞にジンジャエールが出ていた。

166 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:56

「馬酔木にね、くる女子中学生覚えてる?」
「ん?あぁ、いたね」
「おばあちゃまが大喜びだったんだけどね、なんと、
 黄色い薔薇を持ってきたんですって」
「へぇ?なんで?」
「いつものお礼に、って、自分ちのお庭の薔薇」
「いい子達だね」
「聞いたら、その子達もお隣さんなんですって」
「へぇー」

会ってみたいわよね、って梨華ちゃんが何の気なしに笑った。
仲良しなお隣さん同士の女の子達に会って、梨華ちゃんはなんていうんだろう。
私達も仲良しなのよって言うに違いない。
ドロドロした感情を持っているのは私だけだから。

「美貴ちゃん?みーきちゃーん」
「……え?あ、なに?」
「だから、中学校の時の私達のいっちばん大きな喧嘩!覚えてる?って」
「なんだっけ」
「初恋の人よ」

そうだ。あの時も、彼女が憧れてた人を私もスキなんじゃないかって、それで大げんかに。

167 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:56

思わず笑ってしまった。

「あはっ」
「なんで笑うの?」
「だって、成長してないし」
「あ、そういうこという?」

おかしくて涙が出てきそうだ。なんの成長もしていないのは私だ。
あの時はもっと酷かった。罵倒して終ったのだから。
そう考えたら、ちょっとは成長……したのだろうか。

「成長してるわよ。だって、あの時の喧嘩はそりゃ酷かったんだから」
「そうだったね。おばあちゃまが珍しく怒った」
「ずっとずっと、美貴ちゃんと一緒にいたから、スキな人まで一緒だと勘違いしたんだわ」
「ケーキも、ずっと半分こしてたしね」

こないだも、魔法瓶の紅茶を半分こした。
今日も、ジンジャエールを半分こしている。

そうやってずっと一緒にいた。ずっとずっと、一緒にいた。

168 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:57

6/11

169 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:57

結局、前日私の部屋に泊まった梨華ちゃんは朝起きて一番に、きゃー!と叫んだ。

「何?うるさい」
「だって時間!時間!」
「え?うわっ!ヤバい!」

普段なら、ばたばたと用意する練習着等を、梨華ちゃんに前日用意させられたため、
私達はなんとかバス停まで歩いていけるだけの時間に余裕が持てた。

「ほら、やっぱり」
「え?」
「前日に用意すべきよ」
「めんどくさ」

誰のおかげ?と少し早歩きで梨華ちゃんは言った。
私は知らんぷりして、バス停への坂を降りた。
海が、遠くに見えていた。梅雨はどこへ行ったのか、今日もいい天気だった。

170 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:57

バス停に立つと、バスはまだ来ていない様だった。
冷たい緑茶を口に運ぶ私に、昨日と同じ様にジンジャエールを飲む彼女。
すっかり陽はベンチまで運ばれる様になっていた。
彼女のぱつんと切られた前髪を見ると、小さな埃がついていた。
それを取る時に言われた有難うがくすぐったくて、そのまま髪の毛を撫でた。

「ねぇ、美貴ちゃん」
「ん?」

その仕草に励まされたのだと、勝手に思い込みたいくらい、自然に彼女が言った。

「私、今日会ったらきっと言うわ」
「そう」

前髪から手が離れた時、少し震えたのは、伝わってしまっただろうか。
自分に一生懸命で、そんな事気付かなかったと思いたかった。

171 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:57

バスがやってきたのは、それからちょっとして。
止まった時、ざわっとベンチの周りの樹が風に揺れた。
なかなか立ち上がらない彼女を置いて、私はドアの前に立った。
乗らないの?って運転手が聞くから、少し大きな声で、乗ります!と答えた。
振り向くと、彼女はうん、と頷いて、立ち上がった。
バスの中では、多分その人だろう人が、こっちを見ていた気がした。
ステップを昇る際、彼女のスカートについた土埃を少し強めにはらった。
彼女は振り向いて、ありがとと小さい声で呟いた。

172 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:58

彼女は210円を支払うと、カツカツとサンダルを鳴らして歩いた。
私も、210円を支払って、その後をついていった。

「あの……お話があるんですけど」
「え?私に?」
「はい」
「じゃぁ、後ろ行きます」

その声を聞いて、私は真ん中くらいの、一人席に座った。
一番後ろの席の真ん中に座った彼女達は、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で喋っていた。

「……ごめんね」

そう聞こえた気がした。その人は停留所に止まるまで待って、
立ち上がると、いつもの席に戻った。だから、私は一番後ろの席に移動した。
バスは間もなく、出発した。すぐ次の停留所が、私達の降りる停留所だった。

173 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:58

教室の間、梨華ちゃんは普通に過ごしていた。
その人からの答は敢えて教えてもらっていない。
帰りのバスで、その人には会わなかった。
バスの中でも、梨華ちゃんは何も言わなかった。
バスを降りても、何も言おうとしないので、私は待ちきれずに尋ねた。

「梨華ちゃん、あのさ」
「……フラレちゃった」
「……そっか」
「なんだろ。予想はしてたんだけど、ホントに素敵な人だった」
「うん」
「だから、嫌な気分にならなかった」
「うん」

うん、としか返せなかった。
梨華ちゃんの瞳が潤んでいる気がしていた。
夕陽が映し出されて、キラキラ輝いていた。

「よくよく考えたら、名前も知らなかったの」
「そうだったね」

やっと声がでた。

174 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:58

「やだ!なんで美貴ちゃんが泣くの?」
「泣いてないし」
「……ありがとう」
「だから、泣いてないってば」
「うん。でも、ありがとう」

袖の端で私の目の下あたりを拭って、梨華ちゃんは苦しそうに笑った。
確かに、その袖は濡れていて、汗じゃない事も分かっていた。
私は泣いていたのだ。

「さ、帰ろ?」
「うん。帰ろう」

手を繋いで家まで歩く。
よく、喧嘩して飛び出して、梨華ちゃんに見つけられて、
悔し泣きしながら、手を繋いで帰ったのを思い出す。
あの時は梨華ちゃんなんかに、って思ってたけど、今は分かる。
誰よりも傍にいてくれたのは梨華ちゃんだったのだ。
だから、私がどこに隠れてるか、すぐに分かってくれたのだ。

175 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:59

だからこそ、私は許せなかった。
フラレたって聞いて、心のどこかでホッとしていた、自分に。

176 名前:でこぼこ道で転んだとしても泣かない君に捧ぐ僕の恋情 投稿日:2008/06/11(水) 23:59


                                  see you till next busstop.


177 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/12(木) 00:04
連日更新できました。明日はでかける予定なので、多分更新できないかも?
まぁ、急いではいないんですけどね。嘘。急いでます。鉄は熱い時に打つべきだ。

>>161
こんな恋しちゃった日には、私なら泣いてます。
ありがとーございます!!
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/12(木) 00:19
くー、ホントに心揺さ振られます。
ミキティいい子だよミキティ
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/12(木) 00:50
梨華ちゃんもミキティも、みんなそれぞれ切ないですね…。
すごくこの世界に引き込まれます。
180 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:55

何か言わなきゃって、言葉に詰まる。
笑うのも、言葉を紡ぐのも、全て君のためなのに。

181 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:55

6/7

182 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:55

「おやすみなさいっ」

彼女が泣いてる様に見えたのは、気のせいだと思いたかった。
でも、もしかしたら、気のせいじゃないかもしれない。
そんなに、私は重荷だっただろうか。考え直してみると、だいぶ重たい気がした。

「おやすみぃ」

駆け上がる様に、玄関に滑り込んで行く彼女に、聞こえるか分からなかったけれど、おやすみと伝えた。
自分の笑顔が歪んでいる気がした。瞳の奥がじわっと熱くなった気がする。
風が止まっていた気がした。そういえば、さっきから、ざわざわとした風はない。

「帰る……か?」

自転車が坂の上から降りてきた気がしたので、私はそれが降りきる前に、自宅に戻った。

183 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:55

6/8

184 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:56

その日、久々に彼女の家に行かなかった。
彼女も私の家には来なかった。
しくしくお腹が痛んだ。
ごはんも殆ど喉を通らなかった。味も感じなかった。
思っているよりも、傷ついているのがよく分かった。
なんで私の気持ちは届かないんだろう。
なんで、私のスキは響かないんだろう。
へらへら笑ってるからかな?
今も、部屋で一人へらへら笑いながら、少し、泣いていた。

185 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:56

6/9

186 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:56

しくしく痛むお腹は、今もしくしく痛んでいた。
朝、姉と外に出ると、光井姉妹が私達を待っていた。
おまたせ、まってないよ、そんな会話が聞こえてくる中、私も、一生懸命声を絞り出した。
今まではそんなにつらくなかった。嫌われてるなんて思った事なかった。
でも、あんな風に泣かれちゃったら、嫌われてるのが確実視されたみたいで、
それから先、どうしたらいいのか分からなかった。
二人きりになるまでは、ぎくしゃくしてない振りをした。
バスの停留所で反対方向に向かう姉達と別れた。

「……」
「……」

バスに乗って、都心とは真反対の学校に向かった。
馬酔木とも反対方向だった。

187 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:56

バスは海沿いをまっすぐ進むので、ウミネコ達がしっかり見えた。
ウミネコはみゃーみゃーと鳴いていた。

「……ウミネコは」
「え?」
「ウミネコはツガイになると、どうなるの?」
「……どう、なるんだろう」

鳩がツガイになったら一生忘れないならば、ウミネコは?
スズメは?ツバメは?ムクドリは?カラスは?
他の動物は?魚は?は虫類は?……人間は?

「人間は、忘れへんと思う」
「え?」
「きっと人間は、ツガイになれなくても、忘れへん」

その言葉がきっぱりしているのが分かった。
口を真一文字にして、頷く彼女に勇気をもらった。

188 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:57

次に彼女に言いたくなったら、絶対、真面目な顔をして言おうと誓った。
スキだよって、真面目に言おうと思った。
無論、今までが真面目じゃない訳じゃなかったけど、
伝わらない気がしたから、へらへらしていた訳で。
もう二度とぎくしゃくしたくないけど、いつかは言わなきゃいけない。
私の中の彼女への気持ちを。勇気を出して、言わなきゃいけない。
バスは私達の学校のすぐ前の停留所の名前をアナウンスした。
珍しく窓際に座っていた彼女がビー、とブザーを押した。

189 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:57

半年前、姉と私が、彼女の状況を聞いた時、私達は彼女を守る事を誓った。
繊細で、折れてしまいそうな彼女のまっすぐな心を、私達が守ると。
その話を聞いて、久住家と光井家の両親達は隣同士になる事にしたみたいだった。
今、私は彼女を守れているだろうか。あの時の誓いを守れているだろうか。
隣を歩く彼女をこっそり見る。笑顔で他の生徒に挨拶する姿は、
まるで、半年前まで学校に行ってない子じゃないみたいだった。
学校では、二人きりでごはんを食べる事も少なくなった。
友達が増えたのだ。それは、とてもいい事だった。

190 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:57

半年前を思い出す。寒い、寒い、一月の事。
冬休みの間に引っ越してきた光井家では、引っ越し蕎麦を振る舞っていた。
少し曇った笑顔で、彼女はお蕎麦を食べていた。
自分の所為で引っ越しまで、と思っていたのだろう。容易に想像がついた。
コタツの中で隣同士に座っていた私は、彼女がお蕎麦を食べる箸を置いた時に、
コタツの下で彼女と手を繋いだ。あの時、気持ちはお互いを向いている気がした。
そんなのも、気のせいだったんだろうか。

191 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:57

教室の窓から外を見ると、雨がパラパラ降っていた。
しくしく痛むお腹を押さえながら、授業を聞く。
斜め前に座っている彼女は、真剣な顔をしていた。
掴んだシャツが少し引っ張られる。
雨の音がザーと激しく聞こえた。
それと、ガターンという音が同時に聞こえる。
キャーと誰かが叫んだのが分かった。
ぐらんぐらんと視線が揺らいだ。彼女が真っ青になってるのが見えた。
大丈夫。大丈夫だよ。そう言いたかったのに、視界がぼやけていった。
だんだん、暗くなっていった。

192 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:58

外では雨の音が聞こえていた。そう。それは、六月の雨の日だった。

193 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:58


                                  see you till next busstop.


194 名前:僕に降り注ぐそれは雨だ、六月の雨だ 投稿日:2008/06/12(木) 23:59
うぉー。お腹痛いの我慢して書いてたらこんな事になっていた。予想GUYです。
結局今日も更新できた。ヤッター
でもプロットの大幅修正しますた。予想GUYすぎたw

>>178
おぉ、揺さぶってしまってもうしわけない。
美貴ちゃんいい子だよね。

>>179
よっちぃも、絢香も、誰もかれも切ないですね。
もっと引き込める様に頑張りまーす。
195 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/13(金) 00:00
OH!NO!!名前欄、間違えてた!
196 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:47

いつも家の前を歩くと吠える犬が、今日は吠えなかった。
名前も知らない犬なのに、元気ないのが気になった。

197 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:47

6/9

198 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:48

「うーん。どれにしよう」

自宅で、大量の写真と向き合いながら悩む。
女性という名前の課題は、厳選した三枚だけを選ばなきゃいけなかった。

「あ……これ」

雑踏の中の、少し淋しそうな彼女がいた。
ちょうど、周りの人間が早く歩いていた所為か、彼女だけが静止して見える。

「一枚目はこれだな」

裏を見ると、ネガで撮った写真みたいだった。
慌ててネガを探す。一応、1とか2とか番号がふってあったので、
最初の方を探すと、雑踏の中の写真だらけのネガの中から一枚、それを見つけた。

199 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:48

綺麗にファイリングされてある、その写真達を眺めながら、
私は丘に向かって走る彼女を選ぼうと、ぱらっとアルバムを捲っていた。

「ふふっ、やっぱこっちにしよう」

丘の上で手を振ってる彼女を見つけて、その写真を選んだ。
あまりにはじけた笑顔をしていて、こっちまで笑顔がこぼれた。
写真の裏を見ると、デジタルで撮ってる写真だった。
ファイル名が記載されていたので、それを書き取る。
別にしておいた、一枚目の写真のネガの上にそのメモを置いた。

200 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:49

実は、パラパラッと捲っていた時に、見かけた写真があった。
あまりにいい顔をしていたから、真っ先にそれを選ぼうか、悩んでいた写真だった。
でもそれをしなかったのは、他でもなかった。
その顔をさせたのが、私ではなかったからだ。
横を向いて、砂糖漬けされたチェリーを食べてるその顔は、
初恋を彷彿とさせた。否、まさに初恋の写真なのかもしれない。
6回は全ての写真を見直しただろう。6回。
何枚もこれかな、と思う写真はあった。
でも、その写真以上にふさわしいものは見つからなかった。

「あー。仕方ない」

どれだけ自分を傷付けようと、写真と向き合わないのは、自分の流儀に反する。
それは、その顔をさせたあの人に学んだ事だった。
それが一番痛かったけど、でも、私はその写真を選んだ。

201 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:50

6/13

202 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:50

先生というのは、忙しいのだな、と思った一日だった。
手伝って、と言われて、全員で参加した、ロビーの飾り付け。
それは、それぞれが三枚ずつ選んできた女性の写真の選ばれた一枚を、大きく焼き付けて、
パネルにして、展示するというものだった。
それが選ばれたと知ったのは、焼き付けの作業の時。

「……」
「自分のに見入ってないで早く終らせようよ」
「ごめんごめん」

その写真は、チェリーを銜えている、あの写真だった。
見入ったというよりは、絶句していたのだけれど、そんな事は言わなかった。
パネルに焼き付けた写真を貼った。
他の人のを覗き見ると、それぞれ女性に対する印象が違うのが伺い知れた。

「舞……自分で自分映したの?」
「悪い?あんた達が仲良ーく撮りにいっちゃうからでしょー」
「ごめんごめん」
「でも、スタジオで自分を撮るのって、ちょっと楽しかったし、いいけどさ」

ヘアメイクもやってもらったんだよ、って自慢げに言う彼女と、
カフェに行く約束をしていたのを思い出した。

203 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:50

生徒全員のパネルを台車に積んで、エレベータで降りて、先生の指示通りにそれを壁にかけていく。
額から汗が流れ落ちる。壁にまっすぐにかかったそのパネルの彼女の視線の先をふと見ると、
偶然にもその人と目が合った。カツカツとヒールを鳴らして近付いてくると、
その人はバシーンと私の肩を叩いた。

「いい出来じゃない」
「A、ですか?」
「Sをあげたいくらいよ」
「……でも、この顔は私が作ったんじゃない」
「そうね。でも貴方は作る側の人間じゃないわ。その一瞬を切り取る側よ」

ストロボが光った気がした。その人の言ってる事が、すとんと胸の内に落ちた。
そう。作りだすんじゃない。切り取るのだ。
そんな当然な事も分からないで、写真家なんて、言おうとしていたのか。

204 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:51

帰り道、ロビーで待っていた絢香が私の写真の前でずっとその写真を見ていた。
花柄のTシャツに、花柄のスカートを着ている。スカートの裾から覗いた素足が綺麗で、
私は首から下げていたカメラでファインダーを覗くと、彼女の全身をぱちりと撮った。
ストロボが光る。少し眩しそうな顔をして、彼女が言った。

「また撮るの?」
「写真家目指してますから」
「なんかかっこいいね」
「そう?」

今度は、彼女のアップを撮る。ストロボが光る。
すぐに慣れたみたいで、彼女は視線を外した。少し微笑んでいた。

「ねぇ、よっすぃ」
「ん?」
「ありがとうね」
「え?」
「貴方と出会えて、よかった」

肝心の時に、私はシャッターを押し忘れた。否、押せなかった。
絶望感が広がる。彼女は、また明日ねと言って、去って行った。
私がその日、それ以降、シャターを押す事はなかった。

205 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:51

役目を終えたプラシーボ。もうなんの意味ももたない。
だったら、私はどうしたらいい?

206 名前:ストロボで世界が明るくなるのは一瞬で 投稿日:2008/06/13(金) 23:51


                                  see you till next busstop.


207 名前:空飛び猫。 投稿日:2008/06/13(金) 23:52
更新。お風呂にも入らず更新。今から入ってきます。
因みに、写真学校に通った事ないので、想像につき、イメージと現実が違ってたらごめんなさい。
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/14(土) 20:35
どうなっていくんだ!
連日の更新お疲れさまです。続きが楽しみだ。
209 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:32

梅雨だと言うのに、梅雨らしくない陽気。
夏草が揺れてきた。もうすぐ夏はそこだ。

210 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:32

6/17

211 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:32

あの日、梨華ちゃんは帰ってから泣いたのか、結局泣かなかったのか、
私は梨華ちゃんの涙は見なかった。
蒸し暑い日々が続いていた。
バスの中や、お店の中ではクーラ−が効いていて、少し寒いくらいなのに、
外にでると、途端に汗ばんできた。

「おはよー」
「おはよ」

外に出ると、梨華ちゃんは既にスタンバイしていた。
着替えやシューズを持って、私達は停留所へ向かう。
あの日から、違う会話を探すのに躍起になっていたのだけど、
梨華ちゃんはそんなに気にしてないみたいだった。

「今日のジュースは?」
「リンゴ酢ドリンクと葡萄酢ドリンク」
「葡萄酢がいいかな」
「好きよね、葡萄酢」
「リンゴ酢より、酢っぽくないしね」

停留所についた私達は、ベンチに座って、それを飲んだ。

212 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:32

お酢って身体にいいんだって、とか、美容院いつ行こうかとか、
話題は簡単に出てくるんだけど、いつも梨華ちゃんはそれを簡単に終らせた。
聞いてほしいのかな、とも思ったけれど、聞かれたくなかったらと思って聞かなかった。

「……なんで?」
「え?」
「なんで聞かないの?」
「何が?」
「あの人の話」

時々、私達はシンクロする。思考がまるで一緒に踊ってる時の様に。

「だって、聞かれたくなかったら嫌かなぁって」
「美貴ちゃんに聞かれなかったら、誰に聞かれるの?」

213 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:32

それはそうかもしれないけれど。
ていうかそうなんだけど。

「聞かれたい訳?」
「そうじゃな……い訳じゃないかも。
 美貴ちゃんに言わないと、いつまでも立ち止まったままだわ」

そう言っている梨華ちゃんは既に立ち直っていそうだった。
私がそう思っている間に梨華ちゃんはあの人の話を勝手にし始めた。
如何に素敵な人だったか、如何に優しく言葉を選んでくれたか。
そして、次もああいう人をスキになりたい、とか、
もう聞いてあげなくたって、次へ行く気満々だ。

「ちょっと、聞いてる?」
「聞いてるよ」
「でね、あの人ね、名前を教えてくれたの」
「ふーん」
「いつでも話し掛けてきていいよって」

スキな人がいるとか、そんな理由で梨華ちゃんを振った割には、話し掛けていいんだ?
そう思ったら気持ちがくさって、思わずそのままを口にした。

214 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:33

梨華ちゃんは少し驚いた顔をしてから、諌める様に私に言った。

「そうじゃないでしょう?お友達になら、なれるよって事でしょう?」
「梨華ちゃんはお友達になりたくて告白した訳じゃないじゃん」
「……美貴ちゃん、なんか刺がない?」

ある。そりゃ、刺がある。刺を作ったのだ。
だって、あんまりに自分勝手だ。

「あの人、梨華ちゃんの事キープしてるんだよ」
「美貴ちゃん?それ以上言ったら怒るよ?」
「……ごめん」

梨華ちゃんがあんまり素敵な人だって言うから、その人の素敵じゃない所を探そうとしていた。
自分のほうがいいって、いえないくせに、自分のほうを向かないからって。
私が黙ると、梨華ちゃんも黙った。それ以上、その人の話は出なかった。

215 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:33

6/21

216 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:33

あれから、梨華ちゃんとはあまり会話をしていなかった。
時々、祖母の家で紅茶を飲む時があった。
いつもよりも濃くいれてくれたそれを、黙って飲んでいても、祖母は何も言わなかった。
梨華ちゃんは迎えには来なかった。

「おばあちゃま」
「なぁに」
「プライドが邪魔する時ってある?」
「……プライドっていうのは、邪魔をするためにあるものじゃないのよねぇ」

邪魔をしているの?とは聞かれなかった。
プライド。それは、私の目下の壁だった。
そこを越えなければ、梨華ちゃんにたどり着けない、壁。
古いテレビは、映画を放送していた。
泣き出しそうなヒロインが、何かを言えずにいた。
そのメッセージは、言えないまま?

217 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:33

「……今日はもう帰るね」
「えぇ。またいらっしゃい」

ヒロインはまだ言えていない。でも、私はそれを見ていたくなかった。
言えない様が、まるで自分と重なったから。
ドアを開ける。デジャウ゛が広がった。否、デジャウ゛とはまた違う。
だって、そこにはいつもと同じ様に梨華ちゃんが立っていたから。

「おばあちゃま、馬酔木の鍵を貸してくれる?」
「紅茶も持って行く?」
「えぇ、そうする」

魔法瓶に入れられたミルクティを梨華ちゃんが私に手渡した。
少しだけ、雨が降っていた。傘をさす程ではないけれど、一応持って行く。

「何泣きそうな顔しているのよ」
「泣きそうじゃないし」

嘘だった。今にも涙が出そうで、堪えるのに一生懸命だった。
後ろで映画のヒロインが、やっと何かを言っている声が聞こえた。

218 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:34

馬酔木の鍵を開けると、古い匂いがした。
使っているのに、少し古い匂いがずっと漂っているのは、
きっと家具や、食器が古いからだ。アンティークを集めたのではなく、
祖母がお嫁入りの時から持っている物達ばかりだった。
梨華ちゃんは私達の小さい頃使っていたマグカップを二つ取り出して、
ソファのテーブルの前に置いた。

「喧嘩の時の仲直りの祝杯はいつもこれだったよね」
「喧嘩なんてしてないじゃん」
「してないけど、大人になると複雑で、喧嘩じゃない喧嘩があるの」

喧嘩じゃない喧嘩、の仲直りをするために、私達はミルクティを注いで、
カチンとマグカップを合わせた。
ふーふーと冷ましながら飲むと、梨華ちゃんも同じ様にしていた。

219 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:34

「美貴ちゃんの事、分からない事なんてないと思ってたけど」
「そんなに美貴単純?」
「うん、結構単純……なんちゃって。違うよ、美貴ちゃんの事理解してたつもりだったの」

違ったのかなぁって、梨華ちゃんが淋しそうに言った。
なんて言えば、その淋しい顔がなくなるんだろう。

「最近、美貴ちゃんのホントの笑顔って、見てないなぁ」
「え?」
「淋しそうに笑うよね」

気付いてないと思った?って、梨華ちゃんはマグカップから紅茶を啜った。
何時の間にか、紅茶は程よい温かさになっていた。

「梨華ちゃんも、淋しそうだよ?」
「それは、美貴ちゃんのその顔が淋しそうだからでしょう?」

私の淋しさ、梨華ちゃんの淋しさ、それは、補え合えるんだろうか。

220 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:34

ぐるぐると、置き時計の中で月が回っていた。
時計はちょうど、九時を差していた。
大人になってからも、心配性な親達は、馬酔木からの帰り道すら危ないと言っていて、
十時までには帰らないと心配して迎えにきていた。
もう大人なのにね、と私が笑うと、梨華ちゃんはその大人と同じ様に心配した顔で、
でも危ないのよ?と返してきていたのを思い出す。

「もうあと一時間したら帰らないとね」
「迎えにきちゃうものね」
「ふふっ、やっぱ思い出してた?」
「そう。あそこの時計がね」

零時になると、時計は月がぐるぐる回った後に、太陽が出て、
星空満開な時計になる。一瞬しか映らないそれをどうしても見たくて、
昼間は学校なので、夜中に見ようと、子供の頃、二人で忍び出した事があった。
当然、親は心配して探して、馬酔木の前で、鍵を開けようとしている所を見つけられて、
すごくすごく怒られた出来事があった。
馬酔木禁止令こそでなかったけれど、夜中に出るなんて問題外だと、
大人になった今でも言われている。

221 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:34

色んな事を一緒に経験して、一緒に怒られて、一緒に学んで。
それで、どうしてお互いを見る事が不自然だと私は感じているんだろう。
どうして、私が彼女に感じているこの感情を、彼女に対する不実だと思っているんだろう。

「何を、そんなに悩んでるのか、教えてくれないの?」
「……」
「そっか……」

サーと、雨音が強まった。突然だった。
外を見ると、結構な雨量だ。
雨に閉じ込められて、一生ここから二人とも出られなかったらいいのに。
でも、実際は、傘もあって、いつかは雨も止んで、二人は世界の中に放り出される。

222 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:34

もし、放り出されるなら、二人一緒がいい。

「梨華ちゃん」

それは、恋情なのか、親愛の情なのか。

「あのね」
「言いたくなかったら言わなくていいよ?」

でも、多分、どっちだったとしてもこの人は私を離さない。

「スキなの」
「え?」

握られた手はいっそう強く握られた。

223 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:35

「梨華ちゃんの事が、スキ、なの」
「それは」
「よく分からないけど、スキなの」

うん、と梨華ちゃんは頷いた。それから少し考えて、こう言った。

「貴方の事、ちょっとずつ、見ていってもいいですか?
 ……って言うには、ちょっと、見過ぎてるわよね……なんて言おう」
「別に、なんも言わなくていいよ」
「えー、なんか言わなきゃじゃない?」

でも、梨華ちゃんは拒否はしなかった。
ザーザーと降る雨の中、私達は一つの傘の中で仲良く手を繋いで歩いた。
別れ際、梨華ちゃんは私の頬を撫でて、笑った。

「ありがとう、美貴ちゃん」
「それはどういう意味」
「頑張って言ってくれて、ありがとう」

これからどうなるのか、ますます分からなかった。
224 名前:誰もいないその道にある恋の花 投稿日:2008/06/22(日) 00:35


                                  see you till next busstop.


225 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/22(日) 00:36
風邪引いて一週間ダウンしてましたorz
咳だけ残ってるけど、今は元気です。げふんげふん。

>>208
連日更新頑張ってたのに、記録ストップしちゃいました、ごめんね。
226 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/22(日) 02:18
ああ…。ぐっとこぶしを握り締めながら読みました。
梨華ちゃんの反応が良いなあ。
体お大事に〜。
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/22(日) 13:31
いいなぁ。ミキティと梨華ちゃんの関係がすごくいい。
ミキティにとってはもどかしい距離感なんだろうけど、うらやましいね。
228 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:57

サー、サーと雨が降る。懺悔の雨が降る。
あの時言っていたらよかった。ちゃんと言っていたらよかった。

229 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:57

6/20

230 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:57

もうしばらく、彼女に会っていなかった。
彼女が倒れたのは九日。学校の授業中だった。
その時は空腹で倒れたと彼女が申告したから、二人でバスで帰った。
ふらふらしながら、傘を上のほうに掲げて、
元気な振りをしていた彼女が、急性胃炎だったのを知ったのは、
彼女のお母さんが心配して病院に連れていったのを、夕飯の食卓で聞いたからだった。
私の所為だと思った。私があの時、笑い返さなかったから。
自分の事に一生懸命で、彼女の事が見えていなかったから。

231 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:57

もしかしたら、私に何か言いたい事があったかもしれないのに、
あの日でさえ、私はお腹が空いただけだという彼女の言葉を信じて、
そそくさと帰ってしまった。

「……ごめんね」

今は自宅で療養している彼女の部屋の方向を見て、一人謝る。
そんな風に言うくらいなら、言いに行けばいいのに。
自分で自分が嫌になった。

『明後日くらいから、しばらく雨になるでしょう』

天気予報のお姉さんが、からっとした元気で言っていた。
慣れてきた一人での登校。私は鞄を持って、玄関のドアを開けた。

232 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:57

思い出すのは、彼女のスキって言葉。
あの時、私は彼女のそれを、拒んだ。
理由は明白だった。それが、私のスキとは種類が違うと思ったから。

「で、あるからして……光井?光井!」
「はい!」

先生の声が急に響いた。
パッとそっちを見ると先生が呆れた顔をしていた。

「なんだ、雨夜の月にでも会えないみたいだな」
「え?」
「雨夜の月。つまり、どうしても見えない、会えない相手。
 まぁ、遠距離恋愛の恋人の事とか、会えない恋人を思ってるみたいだなって事で」

それから先生は長い事雨の話を始めてしまった。
私が呆然と聞いていると、先生はごほごほんと咳をしてから、
とにかく授業を聞く様にと言って、また授業を始めた。

233 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:58

雨夜の月。どうしても会えない恋人。
片思いの相手でも、そう言えるのだろうか。
その後も、ぼーっと過ごしたからか、何度か怒られた。
おひると食べている時に、彼女の話になった。

「久住さん、大丈夫そう?」
「うん、多分。自宅療養だし」
「ノート、手伝おうか?なんか、光井さんまでぼーっとしてたし」
「ありがとう、今日の分は見せてもらってもいいかな?」

笑顔で頷かれたので笑い返すと、その子は急にクスリと笑って言った。

「光井さんの雨夜の月は、久住さんなんだね」
「え?」
「顔に心配でたまらないって書いてあるよ?」

顔が真っ赤になる前にあははっと笑っておいた。

234 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:58

6/22

235 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:58

今日は、梅雨らしい、雨の一日だった。
前日も、今日の夜までも、私は一人で過ごしていた。
姉は彼女のお姉さんと泊まりで遊びに出かけていて、
両親は昨日はいたけれど今日は夫婦揃って接待で出かけていた。
彼女に渡すノートをまとめながら、小さく音楽をかけた。
サーと雨の音が聞こえる。彼女の事を思い出した。
もし明日から学校に出られるなら、早くノートを渡さないといけない。
私は結構頑張って、ノートをまとめた。
様々な色ペンを使って書いたルーズリーフをファイルに挟んで、
彼女の家に行く為に、靴を履こうとした時だった。

「こーんばんわー」
「え?え?」

236 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:58

あまりのタイミングの良さに驚いて、思わずドアを開けると、
彼女が傘も差さずにきたのか、少し濡れてそこに立っていた。

「なんで?」
「だって、きてくれないから、きちゃった」
「今行こうと思ってたのに」
「あら、まぁ、いいじゃん」

あがっていい?と彼女が聞いた。私は頷いて、スリッパを出した。
それを履いて、ぱたぱたと音を出しながら、フローリングの階段を彼女が上った。
玄関の鍵を閉めて、上に上がると、既に私の部屋に入っていた彼女は、
私のベッドに座っていた。

「これね、休んでた間のノート」
「え?とってくれたの?ありがとー」
「目黒川さんも手伝ってくれた」
「えへへ、めぐりんにも、お礼言わないとね」

ルーズリーフを一枚ずつ捲りながら、彼女は微笑んでいた。

237 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:59

二週間くらい、会ってなかった。雨夜の月の人。
目の前で見ると、どうしても愛しさがこみ上げて、なんだか泣きそうになった。

「え?なんで泣いてるの?」
「目にゴミが入ったの」
「そう?」
「嘘。会いたかったの」

瞬時に言葉が出ていた。
しまった、と私が両手で口を塞ぐと、彼女は少し嬉しそうな顔をした。

「会いにくれば良かったのに。待ってたんだよ?」
「いけないよ」
「なんで?」
「私の所為で倒れたんだもん」

貴方が倒れたのは、私の所為。私が貴方を避けたりしたから。
貴方が人よりずっとずっと、感受性が豊かなの、知ってたのに。

238 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:59

彼女は黙って、ルーズリーフをファイルに入れて、机に置いた。
溢れ出してしまった感情を抑えきれなくて、声をあげて泣き出した私の隣で、
彼女はしばらく黙っていた。
時々、頭を掻いたりして、何か考えている様だった。
少しして、私が落ち着くと、彼女は私に問いかけた。

「ねぇ、待ってなくてもいいと思う?」
「え?」
「私は、待ってた方がいいと思う?それとも、待ってない方がいいと思う?」
「何を?」
「直感で答えて」

何かを待っていたらいいのか、待たない方がいいのか。
何を、が分からないのに答えようがないけれど、直感でと言われたので、直感で答えた。

「えーと、ある程度待ってみたら?」
「ある程度ってどの程度?」
「えーと、歩き出すのを待ってるなら、ゆーっくり歩く、とか」
「ふーむ」

彼女はまた悩み始めてしまった。

239 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:59

先刻から、彼女の少し濡れた髪の毛が気になっていた。

「ねぇ、髪の毛、乾かした方がよくない?」
「あぁ、そうだね」
「いま風邪引いたら大変だよ」
「そうだ、ね」

私はバスルームに行って、ドライヤーを手に取ると、部屋に戻った。
コンセントにドライヤーを繋いで、彼女を目の前に座らせる。

「待つべき、って事なのかなぁ」
「うーん、そうだねぇ、何を待つのかがよく分からないから、正しい答えが見つからないよ」
「あぁ、あったかいね」

気持ちいい、と彼女が笑った。彼女の長い髪を乾かしながら、私は少し考えた。
こうしている幸せを、私は見失いかけていた。
彼女がいなくなったら、と思って、彼女を遠ざけるなんて馬鹿げていた。

240 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 00:59

「ねぇ、私も直感で答えてもらってもいい?」
「いいよいいよ、直感のが得意だよ」
「言うのと、言わないの、どっちがいい?」

髪の毛があらかた乾いたので、ドライヤーを止めて、コンセントを抜く。

「言って後悔するのと、言わないで後悔するなら、言って後悔する」

きっぱり彼女が言った。言わないで、後悔するなんて、私は思っていなかった。
でも、実際、私はこの二週間、すごくすごく後悔をしていた訳で。

「……ん?どうした?」

彼女を後ろから抱き締めると、驚いた風でもなく、彼女が私の腕をぽんぽんと叩いた。
自分が震えているのが分かった。
後悔しよう。
言ってから、死ぬ程後悔しよう。

241 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 01:00

「スキ」
「……みっつぃ?」
「貴方の事が、貴方のスキっていう意味じゃなくて、スキ」
「……私のスキってどういうスキだと思ってるの?」
「え?」

彼女が私の方に振り向いた。少し離れたと思っていたら、彼女の両手が私の頬を包み込んだ。
鼻にチュッと口づけられる。私が目をむいていると、彼女が微笑んだ。

「口じゃまだ早いかなと思いまして」
「あの……」
「私のスキって、こういうスキだけど、みっつぃは?」
「……そういうスキ……です」

ふふふーんと彼女は笑った。ぐしゃぐしゃと髪の毛を撫でられて、私達は抱き締め合った。
ホントに?って私があまりに何度も聞くから、
しまいには彼女が怒って、一度離れて、私の鼻をつまんだ。

242 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 01:00

これからは、いつだって、晴れた空にお月様。
もうすぐ、梅雨もあけるから。

243 名前:雨夜の月に会う方法〜let me love my moon〜 投稿日:2008/06/23(月) 01:00


                                  see you till next busstop.


244 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/23(月) 01:03
終点に向かってます。その1。
映画観てきたら、遅くなっちゃったけど、映画の影響か、更新したくなって、更新。
素敵な映像でした。綺麗だったなぁ。

>>226
おぉ。ありがとうございます。
梨華ちゃんの反応は、このお話の梨華ちゃんらしい反応ですよね。
体、大事にしまするよ。アリガトーナノー

>>227
うんうん。嬉しいお言葉です。
もどかしいんだろうけど、でもいい関係ですよね。
245 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:37

スコールの様な雨が降ったり、止んだり。
そんな一日を過ごした後にやってきた真夏日に。
今日も、こうしてまた、君を考えて過ごす。

246 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:37

6/24

247 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:37

もう、十日は絢香の顔を見ていない。
あの日、また明日ね、と言いつつ、絢香は顔を見せなかった。
否、私が避けていたのかもしれない。
もう私は必要とされてない。
私は、ただのビタミン剤だった。所詮、本物の薬にはなれない。

「よっすぃ、コングラッチュレーショーン」
「セーンキュー」
「お、吉澤、おめー」
「ありがとさん」

今日は色んな人からお祝いを言われる日だった。
誕生日ではない。
私の撮った絢香の写真が、一般投票一位になったのだ。

248 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:37

「吉澤」
「先生……」
「やったじゃない」
「有難うございます」
「こないだね、あんたに言ったの、撤回するわ」
「え?」
「あの子にこの顔をさせたのは、あんたね」

どういう事?と首をかしげていると、先生は答は自分で見つけなさいと言って去って行った。
自分の撮った写真を見ていたら、後ろからどつかれた。

「何すんの」
「カフェ!連れてって言ってるのに、いつ連れてってくれるのよ」
「今、所持金、800円」
「……仕方ない。ロハス珈琲で手を打とう」
「舞、どうしても奢らせたいのね」

そうよ!と怒りながら先に歩き出す舞は、何故少し怒り気味なんだろう。
249 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:38

ぷらぷら後ろを歩いていると、振り向いた舞が怒った顔のまま、
隣を歩く様に言う。隣に立つと、絢香と同じ匂いがした。

「同じ香水?」
「そういうのにだけ気付くのね」
「いや、いい匂いだったから覚えてただけだよ」

嘘。あの人の全てを覚えていた。
彼女の匂いも、彼女の手の感触も、頬の赤らみも、潤んだ瞳も、全て。
それが、私に寄って作られてなくても、作られていても、関係なく、全てを覚えていた。
ロハス珈琲に着くと、舞は450円するアイスダークチョコレートモカを頼んだ。
私は仕方なく、350円の『今日の珈琲』を頼む。これで所持金はゼロだ。
無論、銀行に寄ればあるんだけど、それは珈琲を飲んでからでも遅くはないから。

「んー、美味しい」
「はいはい。二人で400円の普通のモカを頼むとか、そういう発想はなかったのね」
「よっすぃ、ブラック好きじゃん」
「そりゃそうだけど」

頭が疲れてる時は甘いものが欲しくもなるじゃない、とは言わなかった。
250 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:38

今日の珈琲は、酸味と苦みが絶妙で、少しだけ満足していた。

「よっすぃ、言い忘れてたけどおめでとう」
「舞も、銀賞おめでとう」
「めでたくない」

銀じゃ意味ないじゃん、と負けず嫌いな所を見せる舞が、憎めなくて、私は好きだった。
ただ、先刻から視線が怒ってて、私は降参のポーズを早々に見せる事に決めた。

「私、なんかした?」
「してない」
「じゃぁなんで」
「してないから怒ってるの」

モカの氷をざくざくとストローで差していた。

251 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:38

舞は私を睨んで続ける。

「なんで?」
「え?」
「なんで、私に相談とかしないの?普通、親友だったらするでしょ?」
「や、でも」
「なんで私だけ蚊帳の外な訳?おかしくない?」
「ごめん」
「スキになるなとかそういう事言ってるんじゃないよ?
 スキになってくれて、嬉しいんだよ!嬉しいのに、一言もないのが」

そこまで一気にまくしたてると、舞はストローでモカを吸い込んだ。
はぁ、と息をついたのを見届けて、私は正直な気持ちを伝えた。

「スキって、結構前から思っててさ、でも、舞に言えなかったのは、
 多分、絢香を悪ものにしたくなかったっていうか」
「……私が悪ものにすると思ったんだ?絢香だって私の大事な親友なのに」
「でも、誤解はするかもしれない」
「絢香は私にちゃんと言ったよ?自分の気持ちとか、そういう色々」
「……そっか」
「だから、敢えて言うけど」

252 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:39

舞は何時の間にか、涙ぐんでいた。
モカを持った手が少し、震えていた。

「絢香を幸せにできるのって、よっすぃしかいないと思う」
「……買いかぶりすぎだよ」
「ごちそうさま。もう、帰ろう」
「うん。そうしようか」

最初に飲んでいた時に感じていた味が、もうしなくなっていた。
いつもはそんな事ないのに。最後まで美味しく頂いていたのに。
駅に向かう道と、停留所に向かう道との分かれる所で、舞は私の二の腕を弱々しくパンチした。

「今度、会う時までになんか会ったら、絶対話してよ」
「うん。なんもないと思うけどね」

絶対だよ、って言いながら、駅に向かう舞の肩が揺れている気がした。
そんなに泣くんじゃないよ、友達甲斐がありすぎる奴だな。
停留所にたどり着く前に、銀行に寄ったら、ATMがもう閉まりそうだった。
慌ててお金を下ろして、財布に乱暴に閉まって、今度こそ停留所に向かう。

253 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:39

停留所の小さな明かりの下で、舞と同じ様に飲み物の氷をざくざくしている人を見つけた。
もう中身は残っていなさそうだった。癖まで一緒なんだね、とちょっと笑ってしまった。
もう、会えないかとすら思っていた。
私が近付くと、気付いた彼女が慌てて飲み物のコップを後ろに隠した。

「久々だね」
「そうだね」
「何飲んでたの?」
「あ……えっと、アイスダークチョコモカ」
「ふふっ、シンクロしすぎだ」

不思議そうな顔をする彼女の後ろに、バスが停まった。

「よっすぃにね、話があって、それで待ってたの」
「うん……どこ行こうか」
「そうだなぁ、今日、火曜日だしなぁ」
「あのカフェはお休み、か」
「……よっすぃのところ、行ってもいい?」
「いいよ」

254 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:39

空になったコップをゴミ箱に捨てて、定期を取り出すと、彼女も210円を取り出した。
バスは、蒸し暑いけど、星空の下を走っていく。
街から遠ざかるにつれて、星が降って来るかの様に多くなっていく。
海と空の境界線は、星があるかないかで判断されるくらい、見つかり辛くなっていた。
窓の外を眺めていた彼女が、少し感動していた。

「綺麗ね」
「バス通学を選んだのはね、こういう風景がいいからなんだ」
「さすが、アーティストね」
「アーティストじゃないよ、まだ」

誰だって、写真家です、といえば写真家で、だからこそ私は、
ちゃんと認められて写真家になりたかった。

「もう、立派にアーティストだわ、今日の投票結果、おめでとう」
「絢香のおかげだよ」
「ううん、よっちゃんの実力だよ」

まるで、あんな事があったのが嘘みたいに、絢香は笑っていた。

255 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:40

本当に吹っ切れたんだね。私はもう必要ないんだね。
そう思うと少し悲しかったけれど、私はプラシーボを探す気にはなれなかった。

「あ、次だ」
「うん?あぁ、ブザーを押して下さい」
「はーい」

ピーンポーンと押されたブザーで、バスの中の全てのブザーが赤く光っていた。

「赤い蛍みたいだよね」
「よっちゃん、やっぱりアーティストだ」
「そうかなぁ」

そう言われるのはくすぐったくて、心地よかった。
バスを降りて、歩いてる間、彼女は何も喋らなかった。
私も、何も喋らなかった。
少し汗ばむくらいの気温に、私達はいつもよりもゆっくりと歩いた。

256 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:40

自宅の鍵を開けて、彼女を迎え入れる。
写真で散らかった部屋を片付けていると、彼女が笑った。

「なんか、嬉しいな、私が沢山いる」
「こないだ沢山撮ったからね」

写真を見たいというので、そのアルバムを見せる。
見ている間に、洗濯物とかクローゼットに放り込んで、
冷蔵庫からリンゴ酢を取り出して簡単にドリンクを作った。
母が送ってくるこのリンゴ酢は絢香も気に入っていた。

「ありがとう」
「うん、スキなの見つかった?」
「私、こんなに色んな顔してたんだね」
「どれでもスキなの焼いてあげるよ」
「ほんと?」

嬉しそうに笑う彼女。微笑んで頷く私。
こんなに和やかなのに、穏やかでない心中。

257 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:40

私は彼女が一通りアルバムを見終えるのを待ってから、切り出した。

「話があるって言ってたけど」
「……うん」
「聞かせてくれるかな?」

彼女はアルバムを閉じて、私の方を向いた。
見つめてきた瞳が少し潤んでいる様に感じた。
赤くて透明なグロスが塗られた唇が開く。

「あのパネルになった写真をね、撮られたの、全然気付かなかった。
 あの時、私……あんな顔してたんだなって思った」
「うん」
「でね、あの写真を見て、私は思ったの。
 こんなにあからさまに先生の事、諦めきれてない私を、
 何故貴方は思い続けてくれるんだろうって」

258 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:41

私が黙っていると、彼女は少しだけ前のめりになって、上目遣いで私を見た。

「きっと、私が先生を忘れられない様に、貴方も私を思ってくれてたのね?
 そう思った時、すごく救われた。狡い女なんだけど、すごく、救われたの」
「ずるくないよ」

それを狡いと呼ぶならば、それを待っていた私はもっと狡い訳で。

「プラシーボって、知ってる?」
「英語……じゃなさそうね?」
「何語かは知らないけど、医学用語でね、偽薬の事を言うんだって。
 鬱病の患者に、ビタミン剤を抗鬱剤だって言って与えると、元気になる事がある」
「よっすぃは、自分がプラシーボだって、言いたいのね?」
「そうだよ、私は絢香のプラシーボだったんだ」

現に、もう必要なくなったでしょう?
私が自嘲気味に言うと、絢香は首を横に振って、私の胸の中におさまった。
259 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:41

「貴方はプラシーボなんかじゃない」
「絢香?」
「私がせっかく見つけた小さな恋を、そんな風に言わないで」
「小さな、恋?」

私が尋ねると、彼女はぽろぽろと涙をこぼしながら言った。

「貴方にもっと撮られていたい。もっと、もっと、色んな顔を見てほしい。
 それって、小さな恋の始まりだと思った。先生の事を思い出さない訳じゃないのよ?
 でも、それが思い出になっていくって事も大事な作業だし、それには貴方が必要なの。
 よっちゃんは、私の先生への思いごと、受け入れてくれるんでしょう?」

260 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:41

そう言ってくれるの?本当に?
そう聞くよりも先に、答が出ていた。

「……受け入れます。その思いごと、全部、ひっくるめて、一生愛して行きます」

だから、と続ける。

「もう、泣かないで?笑っていて?いつだって、笑顔な君が撮りたいから」

彼女は頷いて、涙を拭かずに笑った。
心の中でシャッター音が鳴った。

261 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:42

これからは、私が君の、大事なビタミン剤。

262 名前:君に目が眩んだ僕に星が静かに降ってくる 投稿日:2008/06/24(火) 19:42


                                  see you till next busstop.


263 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/24(火) 19:43
連日更新復活。ふー。楽しかったです。
次の更新が、最後になりそうです。
264 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/24(火) 20:14
ふおおお。なんか泣いちゃった。
なんでだろう。どっちかと言えばうれし泣きみたいな。
感動で泣けるのは良いですね。
次で最後ですか。寂しい限りですが、正座で待ってます。
265 名前:名無し飼育 投稿日:2008/06/25(水) 01:12
じんわり涙が出ました。
266 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:51

ずっと隣を歩いてきた。手を伸ばせばそこにいた。
きゅっと掴んだ手が妙に汗ばむのは、近付いてきている夏の知らせなのか。

267 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:51

6/29

268 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:51

今日も、暑い一日だった。
帰り道のバスの中、久々にバスの君に出会った。
先に乗った、美貴ちゃんの反応で私はそれに気付いた。

「あ……」
「こんにちは!」

思ってたよりも明るい声で、私はその人に話し掛けた。
否、思っていたよりも、明るい気持ちだったのだ。
爽やかで、清々しい、そんな気持ち。

「こんにちは」
「今日も暑いですね」
「暑いですね」

それだけ言って、一番後ろに座る。あの人はいつもの席に座っていた。

269 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:52

「……仲良さげ」
「そうかしら?美貴ちゃんの考え過ぎ」

あの日以来、ほぼ毎日美貴ちゃんとは顔を合わせていたけれど、
私は何も言わなかった。考える時間が欲しかった。
二〇年以上、一緒にいて、ずっと隣にいて、それで、彼女の気持ちに気付かないなんて、
私はなんて鈍感なんだろう。なんて、酷い女なんだろう。
時々、美貴ちゃんが私に小さな声で話し掛ける。
それに私は上の空で答える。否、答えたかどうかも分からない。
変わらない様に、変わらない様に。そればかりを考えていた。
そればかりを、気にしていて、彼女の表情なんて見えていなかった。

「梨華ちゃん、降りるよ?」

そう言われるまで、停留所だって、分かっていなかったのだ。

270 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:52

家に戻ると、天気予報で翌日は大雨だと言っていた。
あの日、雨が降っていた。あの時、雨音が急に強まったのを思い出した。
スキなんだ、って、美貴ちゃんは言った。
あんなにか弱い声を聞いたのは久々だった。
多分、前に聞いたのは、祖母の大事な食器を壊したって話を聞いた時。
その前は、父の大事な芝生に穴を開けたとか、そんな時。

「梨華、お風呂入っちゃいなさい」
「はーい」

お風呂にも、ずっと一緒に入れられていた。
大きくなってからも、結構一緒に入っていた。
年頃になった頃から、美貴ちゃんが何故か先に入っちゃっていて、
だんだん、一緒に入らなくなったんだった。

「もしかして……あの時もう……」

何年前の事だろう。結構前だ。
私は、浴槽の中で自分のしてきた無神経な仕草や、無神経な言動を反芻した。

271 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:52

思い出されては、悔しくて、泣けてきた。
このままじゃお風呂が海になるってくらい、涙が流れた。
ごめんって気持ちでいっぱいだった。
大きく息を吸ってゆっくり吐く。
ぽとりと涙が落ちるのを、上を向いて待つ。
下を向くよりも、何故か早く冷静になって、早く涙が止まる。
美貴ちゃんに教わった方法だった。

「出よう、のぼせちゃう」

湯船に一度首まで浸かって、ザパーと外に出た。
タオルで髪の毛を乾かしていると、外の匂いがした。
天窓が開いているのに気がついた。
この時期は、湿気が強いからだろう。

272 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:52

母の作ってくれた林檎酢ドリンクを口にする。
葡萄酢にすればよかったかなぁとか、少しだけ思う。

「ねぇ、葡萄酢はなかったの?」
「え?貴方、林檎酢がスキじゃない」
「違う、美貴ちゃんが葡萄酢がスキなの」
「違うわよ」
「え?」

母は呆れた顔をして言った。

「貴方が、葡萄酢は酢の味がしないって言って、
 じゃぁ私がそっち飲むよ、って美貴ちゃんが言ったんでしょう?
 覚えていないの?」
「そう……だっけ」
「そうよ」

273 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:52

記憶していたのは、じゃぁ葡萄酢って必ず葡萄酢を選ぶ美貴ちゃん。
だから、私はてっきり、葡萄酢のほうがスキなんだと思い込んでいた。
でも、思い返せば、私は酢の味が好きで、林檎酢ばかりを飲んでいた。
時々梅酢も飲んでいたけれど、その時は美貴ちゃんも梅酢を。

「……」
「やぁね、惚けちゃって。ほら、飲んでごらんなさい」

母はそう言って小さなコップに作った葡萄酢を渡してくれた。

「……確かに林檎酢の方がスキだわ」
「でしょう?」

悪い事しちゃってたのかしら。
私は、彼女に悪い事を、していたのかしら。

274 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:53

髪の毛を乾かして、部屋に戻ると、外は雨が降り出していた。
時計を見ると、ちょうど十二時を回った頃だった。

「……馬酔木の時計が、満天の星空になるんだわ」

馬酔木の時計を思い出す時は、いつも美貴ちゃんもセットで思い出していた。
否、違う。何を思い出すのも、美貴ちゃんがセットだった。

「修学旅行で、迷った時も一緒にいたよね」

外に向かって話し掛ける。

「バレエ、始めてからずっと一緒に通ってるよね」

始めた当初、二人とも怒られまくって泣きながら帰った事もあった。
でも、それも、今はいい思い出。

275 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:53

「……あれ?美貴ちゃん?」

ガラガラッと窓を開けると、大きめの傘をさした美貴ちゃんが上を向いて笑った。

「起きてた?」
「うん」
「馬酔木行かない?」
「今から?」

うん、と美貴ちゃんが頷くものだから、私は慌てて上着を着て、階下におりた。

「梨華、何処行くの」
「馬酔木に美貴ちゃんと行ってくる」
「……気をつけなさい?」

両親は、あの頃よりもずっとずっと私達を大人扱いしてくれていた。
やっとそれに気付く。遅かったのだろうか。

276 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:53

馬酔木までの道のりで、サルビアの花を見つけた。
甘い蜜を出すそれの香りはただでさえかすかなのに、雨で完全にシャットダウンされていた。
二人で一つの傘に入っていて、その傘が私の方に傾いているのに気付いた。

「美貴ちゃん、濡れちゃうよ?」
「そこまで濡れてないよ」

ねぇ、そうやって貴方は私を守ってきたの?

「あ……蛙」
「え?あ、ほんとだ」
「親子かな?」
「カップルじゃない?」

だって、蛙の子供はおたまじゃくしだから。
私がいうと、美貴ちゃんは笑って、そうだった、って納得していた。
私達が近付くと、蛙は仲良く椿の木の下に消えて行った。

277 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:53

馬酔木の中に入ると、少しジメッとしていた。
馬酔木のキッチンに置いてあるタオルで、美貴ちゃんの肩を拭いていると、
美貴ちゃんの頬が少し赤らんで見えた。
急に恥ずかしくなる。自分が普段意識してなかった色々が、急に目に見えてはっきりする。
離れようとすると、美貴ちゃんの手が私の腕を掴んだ。

「梨華ちゃん」
「……ど、どうしたの?」
「こないだの話、ちゃんとしようと思って」
「こないだって、いつの話?」

本当は分かっている。あの時だって事くらい。
分かっていたのに、はぐらかした。美貴ちゃんの顔が少し曇るのが分かった。

「嘘よ。ごめんなさい。ちゃんと、話そう」

キッチンで紅茶をいれる。
濃いめにいれて、ミルクティにするのは、祖母から教わった秘伝の方法。
こうしたら、美貴ちゃんの心は落ち着く筈だった。

278 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:53

馬酔木には、私達がダイスキなカップアンドソーサーがあった。
子供の頃から私達用にと用意されていた、
苺の絵柄が入っていて、チュ−リップみたいなカップの形は、子供ながらに感動したものだった。
このカップも、私がスキだったから、選ばれたんだろうか。

「梨華ちゃん」
「……きゃっ」

急に後ろに立たれて、危うくカップをおとす所だった。
美貴ちゃんは少し悲しそうな顔をして、カップとソーサーを奥に閉まった。

「あの時、梨華ちゃんは私から離れないと思った」
「……」
「思ったから、言ったのに、これじゃぁ言った私が悪いみたいじゃない!」

苦しそうにそう言う美貴ちゃんの瞳には涙が光っていた。

279 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:54

「とりあえず、向う行こう?紅茶持って行くから」
「……いらない」
「美貴ちゃん、でもせっかくいれたし」
「いらないって言ってるの!」

美貴ちゃんは触ろうとした私の手を振り払って、それから小さい声で謝った。

「ごめ」
「ううん。落ち着いて、話そうよ、ね?」

ずっと隣にいて、こんなに苦しませるまで気付かなくて。
私はどうしたら、この人に泣かないでいてもらえるんだろう。
そればっかりを考えた。

280 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:54

ミルクティを二つのカップに注いで、ソファに向かうと、
美貴ちゃんはソファに膝を抱えて座っていた。

「ミルクティ、ここにおいとくね」
「うん……」
「私、美貴ちゃんの事、ちゃんと考えてるよ」
「……」
「ずっとずっと、守ってきて、くれたんだよね」

何時の間にか、私が泣いていた。

「梨華ちゃんの事泣かせたかったんじゃないよ」
「ごめんね、気付かなくて、ごめんね」
「謝らないでよ、御願いだから」

美貴ちゃんの親指が私の涙を拭う。
こんなに優しい手をしていたっけ。
記憶を辿る。いつだって私は優しく触れられていた。

281 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:54

どきんどきんと胸が鳴っていた。

「美貴ちゃんは、どうしたい?」
「え?」
「私と、どうなりたい?」
「そんなの、言えないよ」

困らせるだけだもん、て美貴ちゃんが言った。

「困るかどうかは私が決める」
「キスしたり、それ以上したり、そういう関係になりたいって言っても?」

どきっとした。
思い返せば、あの人を思っていた時も、そういう関係になりたいとは思っていなかった。
私はそういうのから逃げている節があって、多分、それは美貴ちゃんも知っていた。
だから、言っているのかもしれないけれど。

282 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:54

「ほら。困ってるじゃん」
「困ってるんじゃないもん」
「梨華ちゃんは思えるの?私を隣の従姉妹以上に、思えるの?」

意地悪そうに言ってる様にも聞こえるけど、私には必死に言っている様に聞こえた。
美貴ちゃんの中の小さな美貴ちゃんが、泣いている様に聞こえた。

「美貴ちゃん?大丈夫。離れてかないから」
「離れて行ってよ。いっそ、離れていって」
「絶対離さないから」

美貴ちゃんが、なんでそんな風に言うのか、よく分かる。
だって、美貴ちゃんは私の隣に、ずっとずっといたから。

283 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:54

美貴ちゃんは、素直じゃないから、すぐに拗ねてしまう。
でも、そんな子供の頃、私は彼女を見つけて、連れて帰る役だった。
私と喧嘩しても、私が迎えに行くまで帰らない。
そんな彼女が愛しくてたまらなかった、あの頃。
じゃぁ、もう喧嘩なんてそうしなくなった今はどうだろう。
彼女が震えているのが分かった。
ねぇ、今だって見つけてあげるよ。美貴ちゃんのこと。

「手、貸して?」
「梨華ちゃん、変わらないね」
「美貴ちゃんだって変わらない」

きゅっと握られた手をゆっくり撫でる。
梅雨は意外とあがる事を知らなくて、明日も一日雨だという。
外では、ぽとんぽとんと雨の音がしていた。
レコードも鳴らない世界で、それはまるで音楽の様だった。

284 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:55

「美貴ちゃんの気持ちに気付かなかった私を許してね」
「別に、怒ってないよ……ただ」
「ただ?」
「なかった事にされるのは、悲しい」

拳を握っていた手が開いた。撫でていた私の手を、その手が掴む。
絡み合う指が、少し恥ずかしかった。なんでか、胸がドキドキした。
ランプの光が、チカチカと怪しげに点滅していて、
馬酔木は少しだけ薄暗かった。

「梨華ちゃん、困ってる?」
「違う。なんか、自分の気持ちが分からない」
「どう、分からない?」
「美貴ちゃんはずっと隣にいて、誰よりも知っていたのに、
 今、全然知らない人みたいで……」

なんかドキドキする、と言うと美貴ちゃんは少しだけ笑った。
それって第一歩だよ、って笑った。

285 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:55

外は雨がまだぽたぽたと音を立てていた。
私達はさっきから距離が変わっていない。片手だけ、繋がっている。

「そろそろ帰らないとね」
「いい加減、心配するよね」

美貴ちゃんが立ち上がろうとした。
私も一緒に立ち上がった。腕が触れ合う。
顔が赤くなるのが分かった。ねぇ、これも、第一歩?

「紅茶、飲まなかったね」
「洗ってかないと」

キッチンで、カップとソーサーとポットを洗う。
美貴ちゃんは隣でそれを拭いていた。

286 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:55

鍵を閉めて馬酔木を出る頃には、雨脚は強まって、
傘が一つだと二人とも濡れる事になりそうだった。
あいにく、馬酔木にある置き傘は、昨日お客さんに貸してしまったみたいだった。
濡れて帰ろう、と、美貴ちゃんが言った。
私も、それ以外は考えてなかった。
お互いが、どちらかに傘を譲った場合、その譲られた方が気にするのが分かったから。
せめて真ん中だけでも濡れない様に、と大きめの傘を差して、
二人で肩を寄せ合いながら歩いた。
家の敷地に着く頃には、二人とも、半分だけ濡れていて、
お風呂に入り直さないといけないくらいだった。

287 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:55

「じゃぁ美貴ちゃん、お休み」
「お休み」
「美貴ちゃん」
「ん?」

私って意外と単純なのかもしれない。

「こんなところで言うのもなんだけど」
「何よ」

美貴ちゃんが水も滴るいい女に見えた。

「……なんでもない」
「何よ」
「なーんでもない。また明日ね」

美貴ちゃんの顔にたれている雫が唇を通過した時に、
その唇に触れたいって思ったなんて言えない。
恥ずかしくって、言えない。

288 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:55

自分が恋に落ちる瞬間を、目の当たりにしてしまった。
あの人の時だって、そんな事思わなかったのに。
もう恥ずかしくって、美貴ちゃんのほうはまともに見れなくなった。

「梨華ちゃん」
「……何?」
「……キス、してもいい?」
「なんで?」
「悪いけど、梨華ちゃんの事なんて、お見通しなんだから」

少し乱暴に奪われたファーストキスは、雨の味がした。
嫌な気分なんて少しもしなくて、むしろドキドキだけが残った。
それが、従姉妹が恋愛対象にあがった瞬間だった。


289 名前:悲しい時も嬉しい時も、隣にいたのは貴方でした 投稿日:2008/06/30(月) 00:56


                                  see you till next busstop.


290 名前:トコシエ〜Life with my girl〜 投稿日:2008/06/30(月) 00:56

君とトコシエに共に。
まるで永遠のアイを誓い合う、鳩のツガイの様に。
これは、六月の終わりに降る大事な恋の雨。

291 名前:トコシエ〜Life with my girl〜 投稿日:2008/06/30(月) 00:56

「うぉー。眠いね」
「学校遅れないかな?」
「大丈夫。それだけは大丈夫」

ひとみは絢香の肩に寄っかかって、眠りだした。
絢香は少しだけ幸せそうに、ひとみの手を握って、目をつむった。

292 名前:トコシエ〜Life with my girl〜 投稿日:2008/06/30(月) 00:57

「愛佳、バスきたよ?」
「ねぇ、その愛佳っていうの、恥ずかしい」
「なんで?」

あははって笑いながら小春がバスに乗る。
顔を赤くしながら、その手に連れられて乗る愛佳は、バスの中に女性が二人いるのを見つける。

「ねぇ、今日はどこ行くんだっけ」
「海!……ところで、私の名前は、ねぇ、じゃないよ?」
「分かってるよ……小春」

名前を言われて嬉しげな小春は一番後ろの席に座った。

293 名前:トコシエ〜Life with my girl〜 投稿日:2008/06/30(月) 00:57

「あ、バス着たよ、梨華ちゃん」
「はーい。今行く」

自宅近くの停留所で、美貴と梨華はバスに乗った。
いつものあの人とその彼女が座っているその後ろの席に、中学生くらいの少女達が座っていた。
不思議に思いながら、その子達の斜め前の二人席に座った。
眠りについているあの人とその彼女の後ろの二人が、海の一番近くの停留所で降りて行った。
しっかりと手が繋がっているのを見て、梨華は微笑ましく思った。
しばらくして、美貴と梨華も、教室の近くの停留所で降りた。

「美貴ちゃん、手、繋がない?」
「……そういうのって、聞く事じゃないと思うんですが」

二人が手を繋いでいる間に、バスは発進していた。

294 名前:トコシエ〜Life with my girl〜 投稿日:2008/06/30(月) 00:57

終点で、バスが停まった。ひとみが起きると、隣で絢香が眠っていた。

「絢香、起きて」
「え?もう終点?」
「うん。降りよう」

絢香は小さく頷いて、ひとみの手を取った。しっかり、その手を繋いだ。

295 名前:トコシエ〜Life with my girl〜 投稿日:2008/06/30(月) 00:57

都心の駅の近くの停留所と、海を通り越して、山の近くまでを繋いでいるバス。
今日も、少女達はバスに乗り、日常を過ごす。
その日常には、少しだけドキドキが混じっている。

ほんの少しのドキドキが、どうかトコシエに繋がります様に。

296 名前:トコシエ〜Life with my girl〜 投稿日:2008/06/30(月) 00:58





                 Thanks for riding our BUS ! ! !




 
297 名前:空飛び猫 投稿日:2008/06/30(月) 01:03
六月中に終りたかったので、できてよかったです。
読んで下さった皆さん、どうもありがとうございました。
こういう風に終わりを迎えると、ホッとする様な、寂しい様な。

>>264
うれし泣きありがとうございます。
長い事正座させちゃってごめんなさいね。
こうなりました。ありがとうございました。

>>265
ありがとうございましたー。
私にもじんわり、届きましたよー。
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/30(月) 19:31
はぁー、ホンワカあったかい気持ちになりました。
こういうのを幸せって言うのかもしれません。
バスの運転手さんになりたいなぁ、なんてw
お疲れ様でした!
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/30(月) 21:06
更新されるのが楽しみで、大切に読ませてもらっていました。
言葉の一つひとつがやさしくて、あたたかくて胸いっぱいです。
どうもありがとう。
作者さんの作品に、また出会えますように
300 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/30(月) 22:31
こんなに温かくて優しいお話に出会えたことをすごく嬉しく思います。
本当にありがとう
同じく、きっとまた出会えますように。
301 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/01(火) 00:04
素敵な物語をありがとうございました。
終わっていしまって寂しいです。
梨華ちゃんと美貴ちゃんに会いたい。
302 名前:名無し飼育 投稿日:2008/07/01(火) 00:37
読み終えて幸せな気分になりました。
次回作に今から期待しちゃってます!
303 名前:名無し飼育 投稿日:2008/07/01(火) 23:48
空飛び猫さんの作る雰囲気がとっても素敵で浸れました
あたたかく、時には冷たくて寒くて、切なくて。
いい作品をありがとうございました
304 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 21:04
楽しかった!
切なくなったりハラハラしたりしながら読ませていただきました。
みんな可愛くて、そしてみんな強いね。恋って素敵だ〜。
305 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/05(土) 23:58
胸のどっかがもぞもぞするようなお話の数々…(褒め言葉のつもりです)
すごく楽しめました。ありがとうございます。
306 名前:空飛び猫 投稿日:2008/07/21(月) 00:31
レス遅くなっちゃってごめんなさい!

>>298
幸せになっていただけて、よかったです。
私も、バスの運転手さんは役得だと思いましたw
有難うございました!

>>299
大切にしていただけて、ほんとに嬉しいです。
こちらこそ、有難うございました。
こっそり、前のスレでまたやってるんで、読みにきてやって下さい。

>>300
そう言って頂けて、こちらこそ、本当に嬉しいです。
ありがとうございました。
また読んで頂ける事を願っております。

>>301
有難うございます。
楽しい時間はあっという間ですね。
また読んでやって下さい。

>>302
ありがとうございまーす。
次回作というには、小さなものですが、スタートしておりますので、
どうぞ読んでみてください。
307 名前:空飛び猫 投稿日:2008/07/21(月) 00:31

>>303
ありがとうございます。
そう言って頂ける事が、書いてるほうの幸せでもあります。
また読みにきてやってください。

>>304
ありがとうございます!
私も楽しかった!
恋って素敵ですよねー。うちの梨華ちゃん達がまた幸せな恋の旅に出られます様に。

>>305
うふふ。おほめ頂けて嬉しいです。
楽しんで頂けたなら、楽しんで書いた甲斐があります。
またお会いできますように。ありがとうございました。

レスを下さった皆さん、読んで下さった皆さん、本当に有難うございました。
またお会いしましょー。

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