JUNK!
1 名前:esk 投稿日:2008/04/13(日) 23:38

・どうでもいい小ネタ集
・組み合わせは節操なく雑多
・キッズは出ません
 
2 名前:esk 投稿日:2008/04/13(日) 23:39
まずは村柴
3 名前: 投稿日:2008/04/13(日) 23:40

『  チャンス of LOVE 』
 
4 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:40

「ひとみんのいとこ?」


きょとんとしたその人は、優しげな垂れ目をさらにひいてにこりと笑った。
にゅっと引き上げられた口元に目を奪われて、私はぎこちなくうなずく。
それに答えるように小さく首を傾げると、緩くウェーブのかかった髪がふわりと揺れた。
惚けた私を少しの段差から見下ろしたまま笑みを崩さない彼女は。

人の目を惹きつける何かを持っていると、思った。
 
5 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:46

「そ。あゆみって言うの。ちょっと気分転換に連れてきたから遊んでやって。
あゆみ、こっちは村田めぐみ。私のいっこ上ね」
動けないでいる私を現実に引き戻して、くしゃりとひとみんの手が私の頭を撫でる。


ひと月ほど前、私は失恋した。
二年付き合った彼氏に真っ向からふられた。
それから何もする気が起こらず、失恋よりもその自分の無気力さに
イライラカリカリして、受験生なのに勉強も当然のように進まない。
そんな私を見かねて、いとこのひとみんが誘ってくれた友達のホームパーティがこのお家。


郊外にあるごく普通のお家だけれど、ひとみんと同い年でここで一人暮らし
というからどんなお嬢様が出てくるのだろうと思っていたら。
玄関を開けてくれたその人は、村田さん、というらしい。
表札の名前は木村さんだから、この人もお客さんのはずだ。
 
6 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:47

「アヤカは?」
「キッチン」
ひとみんにおざなりな返事をしつつ、村田さんはにこにこと私を見つめる。
「あゆみちゃんかあ。いやー、かわいいっ。いいですねぇ」
「え、あ、ありがとうございます……」
なんとなく独特のしゃべり方だなって思う。
クセがあるっていうか、耳に、残る。
それにひとみんのいっこ上ってことは私の3つ上のはずなのに、なぜか敬語だし。

差し出された手を軽く握ると、両手で捧げるような恭しい礼をとられる。
……一貫して少々変わった人のようだ。
くすりと浮かんだ私の笑みを確認すると、村田さんはさも当然のように手の甲に唇を寄せた。

「えっ」

なんか抑揚が変だと思ったけど、外人さん!?
海外生活が長かったとかそういう人!?
 
7 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:47

「ストーップ。ちょっと、むーちゃんっ。そういう意味では遊ばなくていいからねっ」
私が真っ赤になっていると、ひとみんが私の右手を村田さんから無理やり開放させる。

そういう意味?
って、どういう意味?

「えー……」
「えー、じゃないのっ」
不満そうに唇を尖らせる村田さんに、ひとみんはくってかかるように指を突きつけた。
 
8 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:48

「あゆみ、むーちゃんにはホント気をつけてよ?ヒト、おばさんに顔向けできなくなっちゃう」
「え?どういうこと?」

ひとみんが買ってきたケーキを手渡すと、村田さんは踊るような足取りで
(というか踊りながら)人の声のする方へと消えて行った。
ひとみんもここのおうちにはよく来ているみたいで、臆することもなく廊下を進む。
その途中でぐいっと私に顔を近づけて、なんだか怒り声。

「『そういう』コト。あの子手ぇ早いからなあ。
むーちゃんが来てるんだったら、あゆみ連れてきたのはまずかったかー」

……っ。
て、手が早いって……そういうこと??
そういう人なんだ。

あ、でも、言われてみればなんか納得かも。


だって。
私。

あれだけで、どきどきしてる。
 
9 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:49

真夜中過ぎになって、みんな酔いも回ってきたのか。
ところどころでいい雰囲気の人たちができていて、
お子様な私はそんな空気になんだかのぼせたみたいになっていた。
ひとみんまで大谷さんとなんだかいい雰囲気だし。

(なんか暑い)

掃き出し窓に近づいて、勝手ながら細く開く。
そろそろ冬かなってくらいの少し冷たい風が隙間からさあっと入ってきて、
熱くなった頬を気持ちよく撫でていく。

そのままぼんやりと外を眺める。
このお家は郊外にある一戸建て。
ガーデニングに凝っているらしくて、少しだけどテラスとかお庭もあって、
なんだか素敵な感じ。

ちょっと……外出てみようかな。
別にいいよね。
ひとみんには声かけたほうがいいかな。
 
10 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:49

ちらりと視線を向けると、
ひとみんは大谷さんとなんだか顔をくっつけて楽しそうに話をしている。

う〜ん。

ひとみん、今日の服胸開きすぎじゃない?
いとことしてはなんだか気になるんだけど……。
でも大谷さんはあんまりやらしいような目でひとみんを見てないから、大丈夫かな。

じゃあまあ、お邪魔しても悪いし。
勝手に出ちゃおうかな。
あ、でもお家の人には言った方がいいか。
えーと、アヤカさんアヤカさん……って、どの人だっけ?
 
11 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:50

「どうかなさいましたか、お嬢様」
「へ……っ」

きょろきょろと部屋を見回していたら、急に声をかけられてびくりと体がすくむ。

「あっと、ごめん。びっくりさせちゃった?
なんだか落ち着かないじゃない?どうかしたかなって思ってさ」

いつの間に、って言うくらい近くに、あの人がいた。
ひとみん曰く、危険な人。むらっち。
村田さん村田さんって言ってたらそう呼んでって言われた。
そのかわり私のことはあゆみんって呼ぶからって。
ひとみんは少し気に入らないって顔をしていたけど、さすがにそれくらいでは文句も言えないみたいだった。

そんなに警戒しなくても、って思いながらも。
どこか納得してしまう。
 
12 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:50

確かに。
危険な空気をまとった人だ。

なんとなく距離も近くて。
視線もなんか。


どきどき、する。


「酔っちゃったのかな?」
「あ、えっと……」

私はひとみんと違ってお酒にはそれほど弱くない。
だけど、なんだかこの空気に酔っちゃって。
子供だなあ、私。
思わず赤くなった私の頬を撫でて、むらっちは私の耳元でささやいた。


「ちょっと、外に抜けようか?」


少し舌ったらずな甘い声。

頭の中でWARNING!WARNING!ってランプが真っ赤に点滅してるのに。
私は黙ってこくりとうなずいてしまった。
 
13 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:51

「あはは。ひとみんってばそんなこと言ってたの?」
「うん」
ひとみんに注意されたこと、告げ口みたいにしちゃった。
あとで怒られるかな。

テラスの手すりにもたれながら、くすくすとむらっちは笑う。
さすがに外は少し寒くて、上着を持ってこなかった私たちは小さく震える。

そのせいか、他の理由からか。
なんだか、距離が近い。

外に出てみると星が綺麗に見えていた。
『きれーっ』
私のテンションは一気に上がった。
『明かりがないとこの方が綺麗に見えるって言うよね』
むらっちの言葉に、私たちは窓の明かりから遠ざかって回り込んだ端っこにいた。

だから暗くて顔が見えにくいせいか。
他の理由からか。

顔が、近い。
 
14 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:51

「ホントにそうなの?」
「どうだろう。相手によりけりかな」
あまりにも子供な質問をしてしまった私に、むらっちは意味ありげに笑って見せた。

「どんな相手だったらいいの?」
その笑みに焦れて、私はそんな質問を口走る。
そして走った口をあわててつぐむ。
まずい。
今の言葉はまずい。
今の声はまずすぎる。

だけど。もう遅い。
気づいたときには私の体はすでにむらっちの腕の中だった。
すばやすぎるしっ。

至近距離、にこり、と笑ったむらっちは、目じりを下げた優しげな顔なんだけど。
なんか。
……なんだか。



「試してみたいのかな?」
 
15 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:51

ゆっくりと、唇が重なる。
ゆるゆるとした動きで、何度も何度も唇が合わさる。

ちょっとびっくりするくらいにやせた体。
その腕に抱きしめられて、私は甘い香りに包まれる。
むらっちの香りのベールが、私を世界から切り離す。

細く吐息を漏らすと、それを吸い取るように唇をはさんで吸い上げられる。
濡れた内側に、彼女の唇が触れて。


ぞくり


と、した。


「んっ」

だけど、その感触に慣れるよりも早く。
唇ではないものがぬるりとそこを撫でてゆく。
 
16 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:52

どう……しよう。

なんか。なんか。
そりゃ初めてだなんて言わないけど。
ついこないだまで彼氏いたんだし。
でもさ、むらっちとはさっき会ったばっかりだし。
しかもこんなところでって言うのが。
……困る。

唇を合わせるだけなら、笑って済ませることもできる。
だけど、それを許すということは。
その先を意識してしまうから。


戸惑って歯を開かないでいる私をどう捉えたのか、彼女の舌先の動きは鈍くなり。
そのままゆっくりと唇を開放されてしまう。


あ。
やだ、やだよ。

イヤだったわけじゃないのに。
 
17 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:52

違う。

もっと。


してほしいって。

思うのに。


こくり

唇が熱を求めて。喉が鳴る。
どうしよう。
なんて言えばいいの?

『もっと』
って?
そんなこと言えないよっ。
 
18 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:53



と。閉じた眼裏にさえ彼女の影が薄くなったような気がして、震えるまぶたを押し開く。

遠く広がる星空と。
その端を、彼女の細い髪がふわりとかすめた。


「ぁ……ッ」


思わずもれた声に、顔が火を吹きそうになる。
私の首筋に顔をうずめた彼女は、その声を聞きとがめたのか、くすりと笑みを漏らした。


ああ、
それだけで。


彼女が唇の端を引く、それだけで。
ぞくり、ぞくりと皮膚の内側を駆け抜ける熱。
 
19 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:53

くくく


ひくひくと震える私の振動が伝わっているのか。
それとも、一気に上昇した体温が伝わっているのか。

彼女は押し殺したような笑みを漏らす。


だめ。
いや。


『お子様は相手にならないねぇ』

そう言われたような気がして。
離れて行ってしまいそうな気がして。

いやだ、行かないで。

ぎゅっと、彼女の袖を握り締める。
それしか、思いつかなかった。
 
20 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:53

けれど、彼女はそれだけのサインを汲み取ってくれたのか。
やんわりと私の手を包み込んで。
残った腕で私の腰をぐっと抱き寄せた。


「ん……んっ」


熱くほてった首筋に、冷たい唇がいくつか落とされる。
どくり、どくりと。
ぞくり、ぞくりと。

きっと腰を抱かれていなければ、耐え切れずによろめいてしまっていただろうくらいに。

体の芯が揺らいだ。


……ふ

やっとたどりついた耳元で、彼女の吐息を捕らえる。


ああ、だめ。
やめて。
耳は、だめ。
 
21 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:54

全身をこわばらせた私に気づいたのか、彼女は少しだけ顔をそらせて。
小さくつぶやく。


「あゆみはかわいい」


「……っ」

その声で名を呼ばれる。
それだけのことが。


耐え

られない


行き先なく垂れていた腕で、とっさに彼女にしがみつく。

「あ……あぁ」

何かをされているわけではないのに。
こみ上げる波に声が漏れてしまう。
ふるふると体が震える。
 
22 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:54

「……がって」

「………え?」

一瞬、何のことか分からずに震えがとまった。
そのまま、ぐっと体を押し付けられて、とっさに一歩、二歩とあとずさる。

とん
と、柔らかく背がお家の壁に押し付けられた。

ああ。

『下がって』

か。

うがった意を表すのに彼女を見上げる。
至近距離でにこりと微笑まれて。

その唇が笑みの形のまま近づいてきた。
 
23 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:55

さっきよりも丹念に唇をなめられる。
今度こそはと恐る恐る歯を開いたのに、その舌先は唇をなぞるだけ。


ちゅ

ちゅ


微かな音に心臓が焦る。
窓の向こうでは楽しげな人の声が聞こえている。
今すぐにも誰かが来ないとも限らないのに。
彼女はそれ以上に進んでくれない。


――あれ?あゆみは?


カクテルパーティ効果ってやつ?
喧騒の中でも、耳に慣れた声は容易に拾われてしまう。

現実よりも近く聞こえたひとみんの声に。


私はとっさに舌先を差し出した。
 
24 名前:チャンス of LOVE 投稿日:2008/04/13(日) 23:55



触れ合った、瞬間。

彼女が笑ったような気がした。
 
25 名前: 投稿日:2008/04/13(日) 23:56

『 チャンス of LOVE 』   終わり
 
26 名前:esk 投稿日:2008/04/14(月) 00:05
黒ムラさんと餌シバコ。
あ、メロンさんスレではありませんので、あしからず。

夢の方は一応他に使う予定がありますので、新スレ立てさせていただきました。
それと、途中で気づいたんですけど、タイトルまんまってまずかったでしょうか?
とりあえず落ちます。
27 名前:名無し飼育 投稿日:2008/04/14(月) 22:51
こういうムラさん大好きだ。
28 名前:esk 投稿日:2008/04/16(水) 22:54
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>27さま
いいですよね〜、黒ムラさん。
某エロスな企画で惚れたのでまねして書いてみました。
>作者さま、ごめんなさい


よしごまー。
29 名前: 投稿日:2008/04/16(水) 22:55

『 日付変更線を越えて 』
 
30 名前:日付変更線を越えて 投稿日:2008/04/16(水) 22:56

「ふあ」

んー。朝だあ。

「んーーんっ」

ぐうっと腕を伸ばす。
数時間の間に固まったキンニくんたちがぐいぐいと伸びて目を覚ます。
よっしゃ今日もがんばろうって、騒がしいくらい。
連日のトレーニングであたしのキンニくんたちはずいぶん元気になった。

「おっし」
体を起こしてベッドから降りる。
しゃきりと伸びた背筋に満足感謝。
まずはシャワーだね。
キレイにしてあげようね。
 
31 名前:日付変更線を越えて 投稿日:2008/04/16(水) 22:57


髪を拭きながらしゃこしゃこと歯磨き。
鏡に映る髪色は、水気を含んで少し濃い。
ついっと引っ張るとするりと指をすり抜けた。


ね。髪がね。綺麗って言われたよ。
日本を発つときに君も言ってくれたよね。
別れ際にわしゃわしゃと手荒くかき回してくれた感触、まだ覚えてる。
泣きそうになってた照れ隠しだって、実は気づいてたんだ。
すぐ帰るって言ってるのに、ホント寂しがりやだよね。

口元をゆがめて笑うあの子の顔を思い浮かべるとじわじわと笑みが漏れてきて、
なんだかやっぱり今日は気分がいい。
なんたって今日はトクベツな日だもんね。
年に一度のSpecial DAY。
頬キンだって喜んでる。

「……ってマジ!?」
部屋に戻って見上げた時計にびっくりしちゃったじゃん。
ずっと前から計画してたのに、間に合わなかったら意味なーいっ。
慌てて着替えて、バッグをひっつかむ。
こっちに来てから、日本にいるときよりもずっと切実に手放せなくなった
サングラスを耳に引っ掛けて、部屋を飛び出した。
 
32 名前:日付変更線を越えて 投稿日:2008/04/16(水) 22:57


「ベーグルサンドプリーズ」
サイドメニューからサラダとドリンクを選んでオーダーを完成させる。
英語習ったのに、いざとなったら使うのは片言のみ。
もっとがんばんなきゃだね。
いつものカフェで、今日は憧れのテラス席に陣取る。
こっちの陽射しはハンパなくって、せっかくキラキラしてるテラスなのに
どうしても近寄りがたいんだよね。
日焼けで済みそうにない恐怖が……。

でも今朝だけは、この時間だけは絶対に、空の見えるこの席に座りたかった。


席に着いて携帯を開く。
昨日の夜のうちに作り置きしておいたメールを呼び出す。
ちょっとどきどきした。
ちゃんと届くかなあ。
なんたって地球の裏側だもんね。
腕時計で何度も時差を確かめる。
携帯のデジタルのカウントダウンをそわそわと見つめる。

朝ごはんだからケーキじゃないけど、でっかいベーグルサンドを用意して。
残念ながらメニューにゆで卵はなかったけど、ちゃんとboiled eggの挟まってるやつ選んだし。
 
33 名前:日付変更線を越えて 投稿日:2008/04/16(水) 22:59

――あと1分

サングラスをはずしてテーブルに載せる。
あまりの陽射しに目がくらんだ。
すべてが真っ白になるほどの朝の光をあたしは浴びてるけど、日本はもう深夜。
君は半日以上先の時間を過ごしてる。
なんかすごいよね。
君がきっとそわそわ過ごした今日を、あたしは今から過ごすんだよ。

――あと30秒

また5ヶ月だけ、ひとつ年上になるんだね。
でも寂しいなんか思わなくていいよ。
すぐに追いつくから。

――あと10秒

すぐに、君のそばに

――3、2、1
 
34 名前:日付変更線を越えて 投稿日:2008/04/16(水) 22:59

「 Happy Birtyday! 」


メール送信と同時に、
周りに誰も座ってないのをいいことにちょっと大きな声で言っちゃった。

コーラを目の高さに掲げて、空を見上げる。

青い。青い空。

この空の下。

何度でも言うよ。


誕生日おめでとう、よしこ。



日付変更線を越えて。ごとうまき

 
35 名前: 投稿日:2008/04/16(水) 23:00

『 日付変更線を越えて 』   終わり
 
36 名前:esk 投稿日:2008/04/16(水) 23:03
時差計算間違ってたら笑ってやって下さいw
37 名前:esk 投稿日:2008/04/17(木) 01:16
地震があった。びっくりした。勘弁してくれ。マジで。
誤字を見つけた。またびっくりした。おバカさんにも程があるw
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 22:55
これはどこか懐かしい香りが
39 名前:esk 投稿日:2008/04/27(日) 23:12

読んでくださった方、ありがとうございます。

>>38さま
いつまでたってもあの頃の気持ちを忘れずにいてくれたらいいなと思います


ありえないもの。
りかまい
 
40 名前: 投稿日:2008/04/27(日) 23:19

『 そんな夕食 』
 
41 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:22

がちゃり

はあ、疲れた。
仕事が増えたことは切実に嬉しいけど、この忙しさはさすがに体にこたえる。
人生長いんだから仕事も平均的に入ってくれないもんかね。
靴の散乱した玄関の隙間を見つけてパンプスを脱ぎ捨てる。
いい加減片付けないとやばいな。
振り返りもせずにそう思いながら部屋に入る。
 
42 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:23

「まいちゃん、お帰りー」
「うわっ」
あまりの驚きに廊下に尻餅をついてしまった。
うあ、いってーっ。
ひょっこりと顔を覗かせていた梨華ちゃんは、なによそれーとかくすくす笑いながら
私の方に手を差し伸べる。
片手でそのちっちゃい手を取りながら、残った片手でまだドキドキいっている心臓を押さえた。

「なっんで梨華ちゃんがいるのっ。マジで心臓止まるかと思ったじゃんっ」
「もー。ビビリだなあ」
よいしょって引っ張りあげられて、至近距離で立つと少し見上げるようになる彼女の目が、
嬉しそうに細められる。
ちょっとどきってしちゃって、慌てて手を離して落としたバッグを拾う。

「いや、びっくりするでしょ、普通。いるなんか思ってなかったし」
「っていうか電気ついてんじゃん。まずそこで驚こうよ」
「あー、そだったね」
「そだったねって……もう、相変わらずまいちゃんだなあ」
しょうがないなーって笑いながら、梨華ちゃんが満足そうにするから、
私もなんとなく満足な気分になった。
 
43 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:25

「っていうか、今日来るって言ってたっけ?」
「なによー、言ってなきゃ来ちゃだめなのー?」
「いや、そうじゃないけどさ」
忙しい時期に。
そう言いかけた言葉が別のものに入れ替わる。

「……作ったの?」
「だからー、なんでそんな不満そうなの」
テーブルに並ぶ料理に、思わず不満ではなく不安を覚えたとしても、誰も私を責めないと思う。
むしろ同意してくれると思う。
「コンコンに上がり聞いてたからちゃんと出来立てだよ」
「ああ、あれか」
今日はコンコンと一緒にラジオの仕事だった。
なんか終わってすぐにメールしてたけど、コレだったのか。
早く早くとせきたてられてとりあえず座ると、梨華ちゃんがご飯をよそって持ってきてくれた。
お茶碗を片手に箸を持ち、恐る恐る『梨華ちゃんの手料理』を口に運んだ。
 
44 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:25

「どう?おいしい?」
梨華ちゃんがぐっと体を乗り出してくる。
私はもう一口箸を進め、口の中を確かめて。

「……間違いはない」
「なによそれー」

確かに間違いはない。
前みたいに、ベタに塩と砂糖を間違えたり、キャベツとレタスを間違えたりはしていない。

でも。

「微妙に中途半端」
「むー」
「梨華ちゃん、これ味見したの?」
「失礼ねー。したよ。おいしかったもん」
「う〜ん」
 
45 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:27

彼女の料理に難があるとすれば、それはとにかく味にこだわりがないところだろう。
梨華ちゃんは肉さえ与えておけばそれで満足な人で、その点では美貴といい勝負なくらい。
決定的にマズイもの以外は何を食べてもおいしいとしか思わないみたいだから、
『梨華ちゃんおすすめのお店』はみんな基本的に期待をしない。
料理人にはあまり向かない資質だ。
でも本物の音痴がこれだけマシになったのだからいつかは味オンチも……。
そうすれば料理も……。
いや、私それまでこの人と付き合うのか?

「――ってまいちゃん聞いてる?」
「あ、ごめん。聞いてなかった。何?」
「もー。どこが良くないかって聞いたの」
「どこがって……梨華ちゃんの料理にはパンチが足りないんだよね。コレ塩足していい?」
「えー」
不服そうに唇を尖らせる。
そのアヒル口を摘んでキッチンへ向かおうとした。
 
46 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:28

「らめ」
「――は?」
「だめなの」
指を振り払った梨華ちゃんは、妙に毅然とした顔で私を睨み付ける。

「えー。いいじゃんそれくらい」
さらにすでに立ち上がりかけてた私の腕をつかんで引きおろす。
「行くのなら」
「私の屍を越えて行けって?」
ふざけて言葉尻を取ってやると、ううん、と梨華ちゃんはまじめな顔で首を振って。


「キスしてから行きなさい」


「――はあっ?」
いきなりでちょっと引く。
わりとさばさばした人だから、あんまりそういうこと言わないのに。
 
47 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:30

「だってまいちゃんありがとうって言ってくれてない」
「――あ」
「最近忙しくて家庭料理食べてないって言うからせっかく作りに来たのに。
おいしくないのは仕方ないけど、そこはありがとうって言ってくれたっていいじゃん」
「ごめん……」
いや、なんていうか、言う隙がなかったって言うか。
不安のほうが大きくて忘れてたって言うか。
ってこれ、言い訳だな。
確かに最近外メシだの買メシだのが多くて、今思えばこういう家庭料理は
すごく嬉しかったのに。

「ごめんじゃなくて、キス」
「え、てか、言葉で言っちゃだめなの?」
不機嫌そうに尖らせた梨華ちゃんの唇をちらちらと見ながら、私はちょっとうろたえる。

「だって言葉だったらなんでも言えるじゃん」
キスだったらなんでもじゃないの?
その辺の理屈はよくわかんないけど、この人は言い出したら聞かないから、
私にもう選択肢はないのだろう。
確かに悪いことしたとは思ってるし。
反省の意味も込めて、不機嫌そうに尖ったままの彼女の唇に自分の唇を重ねる。
 
48 名前:そんな夕食 投稿日:2008/04/27(日) 23:31

「……っ」
自分で言い出しておいて、驚いたように息を呑む梨華ちゃん。


てか。

やべ。

これ。

恥ずかしすぎた。


「さ、塩塩」

顔も見れなくて、キッチンに逃げ去る。
目の前に塩を置いて、

「あれー、どこだろ」
とか言ってる私って、結構ヘタレでかわいいかもしれないと思った。

「さ、さっき使ったんだけどな。ない?」
とかなんか焦ってる梨華ちゃんも、意外とヘタレでかわいいかもしれないと思った。


そんな夕食。
 
49 名前: 投稿日:2008/04/27(日) 23:31

『 そんな夕食 』   終わり
 
50 名前:esk 投稿日:2008/04/27(日) 23:32
ありえねえw
でも意外と好きなんです、この組み合わせ。
 
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 23:58
レポを目にした時なんで味見係がまいちゃんなんだろうなと思ったんだよなぁ
あたふたな二人が可愛かったです
52 名前:esk 投稿日:2008/05/05(月) 01:00

読んでくださった方、ありがとうございます。

>>51さま
なぜその組み合わせ!?って思いますよね、やっぱり。
結構しょっちゅう会ってるんだなーと意外でした。


藤高松亀
エロっぽいです。
 
53 名前: 投稿日:2008/05/05(月) 01:01

『 ハタ迷惑 』
 
54 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:01

「ん、あ……美貴、ちゃん、ん、あーし、も、ああっ」
「んふふ。愛ちゃんかわいい」
腕の下でもだえる高橋をにやにやと見下ろして、藤本はその汗の浮いた首筋をぺろりと舐め上げた。


「――亜弥ちゃんなんかより、ずっと」
 
55 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:02

 
56 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:02

「もー。美貴ちゃん、いっつもいきなりなんやもん」
「いや、ムード作りする方がおかしいから」
「ほやけどぉ」
ぐったりとベッドにうつぶせたまま、高橋の文句は白いシーツにふつふつと吸い込まれる。
その傍らの藤本は、涼しい顔で少しだけ乱れた自分の髪をくるくると指に絡めている。

「あー……つまんネ」
「みぃきぃちゃあん」
藤本のつぶやきに、高橋が重い頭ををむくりと起こす。

聞き捨てならない。
それは聞き捨てならない。
いきなり押しかけられて押し倒されて押し切られて……イロイロと押し出されてしまった身としては。
高橋にも一応、これを聞き捨ててしまうと申し訳が立たない人物もいるのだから。
 
57 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:03

「あーっっ」
「うわっ。うるせっ」
耳元で大声を上げた高橋の後頭部を、藤本がすぱんとはたく。

「今何時何時何時っ。時計どこっ。携帯どこっ」
「はあ?しらねーよ。ここ美貴んちじゃないもん。家主が知らないものを美貴が知ってるわけ――」
「うっさいわ。だあーっとれっ」
だらだらとしゃべり続ける藤本を押し退けるようにベッドに沈めて、高橋はがばっと体を起こす。

「高橋、てめ」
「携帯っ」
枕元に放置してあった携帯を勢い良く開く。

「ちょ、それ美貴の」
「やっば、時間ねんがのっ」
テンパって妙な永久運動を始める高橋。
時間がないという割りには何も具体的な行動を取ろうとはしていない。
 
58 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:04

「ああ、よっちゃん来るんだっけ?」
ふわ。
あくびをかみ殺しながら、藤本は脱ぎ捨ててあった服をだらだらと着込む。
「ほらー、愛ちゃんも服着なよ。
それとも何、どうせまたすぐに脱ぐんだからこのままでいいやとか思ってんの?」
「ほんなこと思ってえんがっ」
「じゃあさっさと服着るー。亜弥ちゃんじゃないんだからしゃきしゃきしなよね」
ぽいぽいと服を投げかけてくる藤本に、高橋は唇を尖らせて見せる。

「もー……美貴ちゃんはよおわからんわ」
「はあ?何がよ」
「いっつもいきなり来てこんなことすんのに、ほんなとこ気ぃ使う」
「あのねー、別に美貴だって愛ちゃんとよっちゃんをケンカさせたいわけじゃないっての」
じゃあ、なぜ。
高橋も重ねて問うことはしなかった。
答えはいつも同じだから。


したいから
かわいいから
好きだから
 
59 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:05

聞きたいのはそういう先っぽの理由じゃなくて、もっと根っこの。
動き出すための起動になってることなんだけれど。

(ま、知ってるけんどのー)

つまらなそうにする視線の先が、誰の方を向いているかなんて。
わかってなかったら、さすがに押し切られたりしない。


ばたばたと支度を終えて出てゆく藤本を、高橋も一応玄関先まで送りに行く。
「ちゃんとシャワー浴びなよ」
「わかっとるてー」

じゃあ、とノブに手をかけて。
高橋もふっと肩の力を抜いたあとで。

「あ、愛ちゃん」
「ん?なん?」
藤本がくるりと振り返る。
 
60 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:05

「愛してるよん」
ちゅっと軽い音を立てて頬に唇を寄せる。
満面の笑みは、邪気のない子供のような、いたずらっ子の目。

「おやすみぃ」
がちゃりと重い音を立てて扉が閉まる。
カツカツと軽快な足音は留まることなく着実にこの扉から遠ざかっていく。


「あほぅが……」
あんなことされて、でもそんな目をされたら。

「許してまうんやよねぇ」
それじゃいかんとも思うんだけれど。
苦笑いを浮かべて、もう足音も聞こえなくなった扉をこつんと拳でたたいた。


「さ、はよシャワーせんと」


秋の夜長はまだまだこれからだ。
 
61 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:06

 
62 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:09

はあ……は、はあ

整わない呼吸のまま、亀井はうっそりとまぶたを上げた。
うつぶせのままひじをついてた松浦は、いかにもつまらなさそうな目を宙にさまよわせている。

(終わった直後にそんな顔されるのは、ちょっとやなんだけどなー)

寂しいとか悲しいとかではないけれど、なんだか居心地が悪くなる。

松浦のむき出しの上半身は、照明を絞ったうす暗い部屋の中で白く浮き上がっている。
少し怖いくらいに白い肌。
躊躇もなくさらされた裸身は、今日も最後まで色を変えることはなかった。

「松浦さん」
「……んー?」
「どうして絵里とするんですか?」

「さあね」

亀井がまだ感覚のかみ合わない体で寝返りを打って、再びその横顔を見上げてみると、
つまらなさそうだった松浦の目には少しだけ苛立ちがにじんでいた。
 
63 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:09

ああ、もう。この人は。


呼吸を整えるのにごまかして、小さくため息をついてやる。
気づいたかな?
気づいただろうな。この人は鋭いから。
ため息にこめた意味だって。

この人は。
ではなくて。

この人たちは。
だ。

「昨日、絵里が藤本さんとしたからですか?」
「……」

松浦の中で、苛立ちがすいと怒りに摩り替わった。
彼女の沸点は意外と低い。

「愛ちゃんもさゆも言ってました。藤本さんとしたあとは必ず松浦さんに誘われるって」
ちょっと怖くなって、口早に言葉を重ねた。
ここにいない人に怒りの矛先を分担してもらう。
 
64 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:10

「………で?」

「え?」
「だから、何?」
終わってから初めて見つめられた瞳。
全身的に色素の薄い松浦は、当然のように瞳の色も薄くって、その色は光をよく反射する。
何も知らないころは、亀井だってきらきらと光をたたえるその色に、
ただ憧憬と羨望を抱いていたけれど。
間近で見ると、結構怖い。
黒くない目は表情が読みにくいって言うか。
外国人に見つめられると怖い、みたいなものだろう。

「ねえ、亀ちゃん。アタシはあなたに、何って聞いたんだけど?」
「え?あ、えっと」
何って、何だっけ?

「バカじゃないの?」
「え、ええ??」

「アタシが亀ちゃんとする理由を聞きたかったんでしょ」
「あ、そうです」

「ほんっとバカ」
「……ひどいです」
 
65 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:10

松浦のツッコミのきつさは、藤本なんか目じゃない時がある。
愛情が、ない。

行為にも。
愛情がない。

誰とでもすぐにしてしまう藤本だけれど、その一つ一つの行為には愛情がある。
キスも与えるしスキも与える。
おそらくその行為もスキンシップの一つだとしか思っていないのだろう。
 
66 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:10

初めは、さすがの亀井でも驚いた。

この世界に入る前から憧れの人だった松浦。
入ってなお、以前以上にそのオーラに圧倒されていた人。
藤本にもあこがれていたけど、身近にいた分慣れた。
それに藤本には計算がない。
ストイックさがない。
野生の勘だけで突っ走っている藤本と、全てを計算どおりに進めようとする松浦。
藤本と初めて寝たときは、どきどきしたけど、なんだか楽しかった。
自分の上で、藤本はずっと笑ってたし。
他のメンバーとしているとも聞いていたし。

だから驚いたのむしろはそのあと。
松浦に声をかけられたとき。
美貴ちゃんとえっちした子とは必ずするんだよ、と高橋に聞いたのは次の日だった。

なんなんだろう、この人たちは。
自分たちだけで楽しくやってればいいのに。
 
67 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:11

「うっさいなあ。だらだらくっちゃべってる体力あるんだったらもっかいするよ」
「え、ちょっと、待って下さいっ、あ……っ、絵里、明日はや、んっ」
松浦はがばっと体を起こすと、苛立ちが頂点に達した射るような目で亀井を見下ろした。
その首筋にすばやく顔をうずめて唇が音を立てる。
「あ、んっ」
そのままするすると舌を体に這わせて。
胸の頂点をねっとりと舐めあげる。
「や、あ」

不服そうな甘い声と、力なく押しやる暖かい手に、松浦の頭をもたげる征服欲。


アイツとケンカしてムカついて、だからヤってやる。
根っこの理由はそこだけれど、先端の理由は。


(この征服欲を満たされる感じも、実は結構好きなんだよね)


サディスティックな笑みを浮かべ、くくくとのどを鳴らしながら松浦は手を下腹部に滑らせた。

「ぁ」
 
68 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:11

がちゃん


「ただいまー」


「ふえっ!?」

間の抜けた亀井の声を聞いたか聞かないか。

「たんっ」

松浦ははじかれたように亀井を残してベッドから飛び降りると、途中で拾ったシャツだけを
羽織ってベッドルームから駆け出した。
 
69 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:11

「あんた何してたのっ!?」
「はあ?何って」
藤本はじろじろと松浦の全身を眺める。

「亜弥ちゃんこそ、何してんの」

「うっさい、答えなさいよ。どこ行ってたの」
「どこでもいいじゃん。それよか、そっち。誰がいんの」
藤本のとがった顎がさした先には亀井がぶるぶると震えているわけだが、
松浦にはそんなことは記憶のかなたに飛び去っているらしい。

「誰んとこ……道重ちゃん?」
「はー?なんでさゆ」
「愛ちゃんか」
「もー、誰でもいいじゃん」

「あんのっ、サル!!」

燃えるような目で空をにらみ、普段からはありえないくらいの速さでクロゼットから
掻き出した服を身に着けると、そのまま藤本を振り返りもせずに飛び出して行った。
 
70 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:12

「いってらっしゃ〜い」

がっちゃんと閉じられた玄関扉にひらひらと手を振って、藤本はベッドルームに続く扉を開ける。

「亜弥ちゃん出てったよ」
ぱちりと部屋の明かりを点けると、ベッドの中で丸まっている塊がびくりと震えた。

「……亀ちゃん、かな」
ゆっくりと近づいて、ベッドに腰掛けるとちらっと布団をめくる。
その隙間からおびえたような目がのぞいていた。

「やっぱりね。昨日はどーもー」

ぐしゃぐしゃと髪をかき回すと、むっとした熱気が立ち上る。
その首筋にすっと鼻先を寄せて。

「亜弥ちゃんの匂いがする」
「は?え?ちょ」
そのまま首筋から胸の辺りにかけて、くんくんと犬のように鼻を鳴らす。
その微妙なくすぐったさは、途中でぶちぎられた亀井には刺激が強くて。
 
71 名前:ハタ迷惑 投稿日:2008/05/05(月) 01:12

「あ……」
「くはっ。何その声。誘ってんの」
胸の盛り上がり際に、ちゅっときつく唇を吸い付ける。

「やっ、痕は」
「残すとガキさんにばれるって?」
くすくすと笑みが漏れる。
ああ、そういえば。
高橋の部屋には今吉澤がいるんじゃなかったっけ。

ふと思い出したが、特に問題とは思わなかった。
修羅場?
それはそれで。

「楽しいよね〜」


「な、何がですかっ。っていうか、二人はいい加減に仲直りして下さいよ!」
 
72 名前: 投稿日:2008/05/05(月) 01:13

『 ハタ迷惑 』   終わり
 
73 名前:esk 投稿日:2008/05/05(月) 01:15

某エロスな企画の時に、何か出したいとはじめに書いたモノです。
でも『エロス』なんだからと黒さ強調で、松→亀部分だけに。
せっかく初企画参加だから奇をてらったものにしたいと、亀→松に。
そして出来上がったのがアレでした。
そんなボツネタ。
 
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/15(木) 21:36
迷惑だな、こいつらwww
だが、そこがいい!w

作者さんのこういう話、大好きです。
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 05:07
ちょwww好きだwwwww


通り掛かりに読んで良かった!!
ありがとう(´ω`)
76 名前:esk 投稿日:2008/06/25(水) 22:28
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>74さま
大迷惑ですww
微妙に黒い人ばっかりですけど、こんなのでもいいでしょうか?w

>>75さま
通りすがりの告白(違)、ありがとうございます。
楽しんでいただけたようでなによりです。


さて、次の話は以前とある企画用に書いたのですが、
とある理由から掲載を見合わせていただいたものです。
松浦さんモノが何かないかあさっていたら出てきたので、お誕生日更新に。
元ネタアリですが、ネタ元不明です。

よしあや
 
77 名前: 投稿日:2008/06/25(水) 22:29

『 鉄格子 』

 
78 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:30

「はっ、はっ、はっ」


やばい、間に合うか。

ここまでうまく行っているのに。

長い手足を大きく振り、吉澤は深夜の住宅街を駆け抜ける。

 
79 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:32


「はっ、……ふぅ」
追われるように駆けてきたら、思ったよりも早く駅が見えて来た。
吉澤は歩調を緩めると腕時計で時刻を確かめた。
これなら余裕で電車に乗れそうだ。
手の甲で額の汗をぐっとぬぐう。
必要以上に真剣に走ってしまったのは、
自分が思っているよりも動揺していることの現れなのかもしれない。
落ち着きを取り戻すため、暗がりで呼吸を整えながらゆっくりと駅の明かりに近寄った。
 
80 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:33

その駅はあまり治安のよくないことで有名で、
品のない笑いをしている男たちを大きく避けて明かりの下に立つ。
券売機の前、できるだけ小さな動きで財布を取り出した。

「えと……」
長い首を伸ばして路線図を見上げる。
普段使う路線ではないため、方角さえも定かでない。
せわしなく視線を泳がせていると、目的の駅名よりも先に、白い頬が割り込んできた。
吉澤は驚いて視線を落としす。
すぐ隣にいたのに全く気付かなかった。
頼りなさげにたたずむ女は、自分より一つ二つ年下だろうか。
この駅にそぐわない淡い色のワンピース姿は、なんだか現実味がなくて。
でも。
 
81 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:33

(……かわいい)

ちゃりん
「っと」
不自然に動きを止めた指先からコインが零れ落ちていた。
その音にはっと顔を上げた彼女は、
足元でくるくると回っているコインに気づくと、ひざを折ってそれを摘み上げた。
「コレ……」
「あ、どうも」
彼女は少し困ったような顔でコインを差し出し、吉澤はそっけなく答えてそれを受け取った。
顔を覚えられたくはない。
とっさに顔を隠すように視線をそらした。
が。
 
82 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:34

(……気になるじゃんよ〜)

余裕で間に合ったとはいえ、終電まであと数分。
ホームに向かわずこんなところに突っ立っているということは、
電車に乗る気はないのだろうか。
無難に考えるならば、誰かを待っているというところだろう。
終電で駆けつける彼氏とか。そんなものを。
でも、さっきの表情は……どうにも。
にごった声で笑う男たちの視線がこちらを、彼女を捕らえているような気がして。
 
83 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:34

(う〜)

知らないフリをすればいい。
今日だけは、どうしてもそうしなければならない理由があるのに。
「……どうしたの?」
心と裏腹に出てしまった言葉は、もうなかったことにできない。
彼女が小さく息を呑んだ。
あまり目はあわせたくなかった。
券売機にコインを押し込みながら口早に話しかける。
「もしかしてなんか困ってる?」
遠慮がちにうなずく姿が目の端に映る。
先を促すようにちらりと視線をくれる。
「……お財布を、なくして」
なるほど。
「いくら?」
おびえたような小声で告げる金額の切符を彼女に与え、
小柄な彼女の頭をぽんぽんとなでてやる。
 
84 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:35

「あ、あのっ。お金、返します。明日とか、ここで……」
彼女が前のめりに言葉を継ぐ。
吉澤はぎょっとして視線をそらせた。
それは勘弁して。マジで。
「そんなのいいよ。小銭だし」
「でも、あ、アタシ松浦って言います」
「あたしは……や。名前はいいでしょ」
「でも……」
「マジいいから。気をつけて帰んなよ」


こんな時に早まったことをしたとは思っていた。
だけどこんな時だからこそ、人助けもしたかったのかもしれない。
 
85 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:36

 
86 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:36

数日後、警察が吉澤のもとへ”思いもかけない”知らせを持ってやってきた。
学生の頃の友人が遺体で発見されたと言う。
「でもここ1、2年は連絡もあまりとっていなかったので……」
”信じられない出来事”に吉澤の表情は硬い。
形式的なものだからと言う断りのもと、当日の行動を聞き出される。
硬い表情のまま、吉澤は大まかにその日の行動を告げた。
決定的とは言えないが、疑うには値しない内容。
また話を聞きにくるかもしれません。その時はご協力を。
事務的に告げて警官は吉澤の部屋を去って行った。


一人になった部屋でひとつため息をつき、コーヒーを濃く淹れる。
(少し、緊張したかな)
でもあのような状況に立たされて落ち着いている方が不自然だろう。
あれくらいの緊張なら自然の範囲内だ。

喉に流し込んだコーヒーは白湯のように味気なく、
吉澤は顔をしかめてカップの中身をシンクに流した。
 
87 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:37

それからひと月もたった昼下がりだった。
警察と名乗る二人組みとともに現れた人物に、吉澤は気づかれないように息を飲んだ。

その人物は、ひと月程前のある日、とある人に小銭を借りたという。
それを返したくてその人を探している。
人相などから吉澤が候補に上がったので連れてきた。

そう説明する警官はあからさまに吉澤の表情の変化を見逃すまいと伺っていた。
それだけのために警官が二人も動くとか、なんてばかばかしいカモフラージュだ。
あの駅は住宅街にあるため、深夜といえるあの時間帯、
降りる人は多いが乗る人はそれほど多くない。
犯人がその駅を使ったのなら、彼女がその顔を見ている可能性が高い。
松浦の目は吉澤の目を的確に捉えていた。
どくり、どくり。
吉澤の心臓が冷たく脈打つ。
 
88 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:37

「……この人じゃないです」

松浦の口から出た言葉。

警官は吉澤の表情を凝視していた。


吉澤の心臓に温度が戻るまで、それから少しの時間を要した。
 
89 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:38

 
90 名前:鉄格子 投稿日:2008/06/25(水) 22:39

………昼下がり、今日も高らかに鳴るインターホン。

がちゃりと開けた扉の向こうには、幼児のように邪気のない笑みを浮かべる松浦がいた。
「よっすぃ」
甘い声でささやいて、玄関先で唇を重ねる。
吉澤はあわてて腕をのばして扉を閉じた。

扉の閉まる音が、人気のない廊下に重く響いた。


――陽の射した、ここは彼女の牢獄。

 
91 名前: 投稿日:2008/06/25(水) 22:39

『 鉄格子 』   終わり

 
92 名前:esk 投稿日:2008/06/25(水) 22:42
サスペンスというより昼ドラw
ネタ元はおそらく赤川氏と思われます。
もしタイトルとかわかる方がいらっしゃったら、教えてくださいw
(ちなみに配役は両方男で、オチは全く違います。もちろんボーイズラブではありませんww)

しかし最近私、”以前書いたもの”ばかり上げてますね……。
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 04:45
ちょwwwまじで好きだwwwww作者さんもよしあやもwww


またもや通り掛かってしまいました。
ここ、ちょうど、帰り道なんです。またきます

94 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 21:06
むしろ松浦にその日なにがあったかの方が気になるよー
あややコワイヨー
95 名前:esk 投稿日:2008/07/05(土) 22:18

読んでくださった方、ありがとうございます。

>>93さま
さぞかし素敵なところへ行かれた帰り道なのでしょう。
高級フレンチを食べた後に屋台のラーメンが恋しくなる法則ですねw
またのお越しをお待ちしております。

>>94さま
…………考えてなかったww
でも特に何もない方がよりいっそうゾッとしていいかもしれません。


さて。どうでもいい蔵出し、第三弾です。
素エロです。エロのみです。
某SF掲載時に、さすがにエロすぎるかと自粛したシーンです。
草板倉庫『10年目のメッセージ』内『SF』、206 あたりに挟まります。
ここまでを読まないと意味わからないと思います。
あまり愛のない感じなので、愛を信じるお年頃の方はこの先に進まないで下さい。
 
96 名前: 投稿日:2008/07/05(土) 22:19

『 SF(ディレクターズカット) 』

 
97 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:20

「ん!?」

一瞬遠いところに行きかけた(行きたかった)アタシの呼吸が奪われる。
具体的に言うと。
まあ、なんだ。
キスされてる。
……。
吉澤さんに。
だってたんは、
「よっちゃんずるーい。していいって言ってないよー」
とか言ってるし。

「んっ、――ん!?むうーーっ」

吉澤さんの細い指が胸をなで上げるに至って、やっとアタシは危機感に目覚める。
ちょっと待って。
真剣にヤられる。
たんだからしちゃったけど、それ以外は無理でしょ。
吉澤さんとか普通にかなりないでしょ。
しかも二人がかりとかレイプなんじゃないの、これ。
 
98 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:21

「む、う”ーーっ」

「ちょ、痛っ、亜弥ちゃんそれ美貴っ。蹴ってるの美貴だからっ」

あれ。
吉澤さん蹴ったつもりだったけど、たんだったか。
ってどっちでもいいや。
あんたもいい加減指抜けっ。

「うっ」
「んがっ。――ちょ、舌噛むなよっ」

「はっ、はっ、やあっ、ん、離し、んあっ」
「イタっ、よっちゃん足押さえて、足!」
「無理ー。よしざーの手はおっぱいでいっぱいです」
「アフォ、ぅあっ、やめ、いやあっ」
「……アフォ?そんなこという子にはお仕置きですよ」
 
99 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:21

「んいっっ!」

かなり強く胸の先端に噛み付かれて、瞬間、がっちりと動きが止まる。

「なんてね。あたしは美貴じゃないから痛いことはしないよん」
「いや、美貴だってしないし」
「はっ、はっ、う……はぁ……」
ぺろりと肉厚な舌が痛みを感じたところを丁寧に包み込む。
一瞬ひりっとしたけど。
ぬるぬると丁寧な舌の動きはマジで。
きもちいい。

――ってそうじゃなくて。

「や、やめ……は、ん……」

ああだめ。
力が抜けちゃって、体が重い。
浮かそうとした足も重石を乗せられたみたいに動かない。
 
100 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:22

……重石?

「あ、梨華ちゃん。アリガト」
「えへー。どーいたしましてー」

ちょっとマテ。
なんかちょっと待って。
色々待って。
ものすごく存在忘れてたけど、きっと連れてきた吉澤さんも忘れてただろうけど。
いたんだったね。

梨華ちゃん。

頭だけどうにか起こして見下ろすと、自分の裸ごしにとろんした笑みと目が合う。
あなた……かなり酔っ払ってるでしょ。
舌回ってない上に目がうつろ。
 
101 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:22

うん。わかった。
存在認めた。
放置しててごめんね。
吉澤さんの代わりに謝ってあげるから。
だからさ。アタシの足押さえるのはやめてくれるかな?
っていうかさ。

「亜弥ちゃんおっぱいおっきー」

見るな。
そして触るな(涙)。

足っていうか太ももっていうか、
むしろかなりきわどいあたりをきわどい手つきで撫でる梨華ちゃん。
その目が嬉しそうに自分の恋人がむさぼってる体を眺める。
それでいいの?
いいわけないでしょう?
浮気現場じゃん。
修羅場じゃん。
 
102 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:23

「梨華ちゃんもおっきいじゃん」
たんまでにやけた声で言う。
なんかちょっとむかつく。

「でも亜弥ちゃんはぁ、色白いから、きれー」
うっとりした目でアタシの体を触る梨華ちゃん。
勘弁してくれ。
なんかちょっとキモイ。

「ああ、確かに梨華ちゃんは黒いね」
「美貴ちゃんひっどーい」
「まあまあ、梨華ちゃんの体は色じゃなくて感度だから」
吉澤さんもにやにやしながら、アタシの胸をいじっていた片手を梨華ちゃんにのばす。

「あんっ」
服の上からとかじゃないんだ。
うまいこと隙間から直接触ってる。
器用な人だ。
 
103 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:24

「んっ」
ずるりとたんがアタシの中から指を抜く。
はあ。
梨華ちゃん触ろうと思ってるのかな?
それはそれでいいけど、じゃあ吉澤さんも連れて行ってね。

「りーかちゃん♪」

しかしたんは嬉しそうに言うと、梨華ちゃんの口元に指先を持っていく。
――べとべとになってる指先を。

「ちょ、やめっ」

アタシの制止なんてもちろん誰も聞いていないわけで。
妙にエロい顔つきでたんの指を舐める梨華ちゃん。
ああ、なんか悔しい。
何がってわけじゃないけど、微妙に屈辱感。
 
104 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:24

「うわ、やばい。ちょっと気持ちいいかも」
熱心に指を舐める梨華ちゃんを見下ろしながら、たんの声が少しだけ上ずる。
その声を聞いて、梨華ちゃんはさらに嬉しそうにがっつりと指をくわえこむ。

「あ、そうだった。梨華ちゃんのどかわいてたんだよね?」
そんな梨華ちゃんをにやにやと見ながら、吉澤さんがかなりエロい顔で口を開く。
ちょっと待って。
すっごい嫌な予感がするんだけど。

「好きなだけ飲んでいいよ」

って吉澤さんが指差したのは。
アタシの足の間。

「えー?いいのぉ、亜弥ちゃん?」
「やっ、ダメ!ダメに決まってんでしょ!!」
たんの指を唇から抜き取って、潤んだ目が恥ずかしそうにアタシを見上げる。
アタシの声が聞こえていないかのように、嬉しそうにアタシの足の間に顔を寄せる梨華ちゃん。
 
105 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:25

「ままま待って!!梨華ちゃん!冷静になって!アタシだよ!?わかってる?
 目ぇ覚ませっ。酔い醒ませーーっ」

じたばたするけど足の間に入られちゃったらもうベッドを蹴るしかできない。
腕はたんにしっかり押さえられてるし上半身は吉澤さんの体の下。

「すっごい濡れてるう」
「んなこと言うなあっっ」

そりゃそうだろうよ。
さっきまで散々たんがぐちゅぐちゅ言わせてたんだから。

っていうか、見てるんだよね。
見ちゃったよね、石川さん。
 
106 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:25

たんはいいんだよ。もう。
吉澤さんも、なんか結局受け入れちゃいそう。
遊び人なの知ってるし。
でもさ、梨華ちゃんはないっ。
それはないでしょうっ!?
りかあやってビジュアル的にかなりありえなくないかっ!?

「……ぅあ……」

ああああ。
それでも間抜けな声出しちゃうアタシが一番ありえない。

生ぬるい、まあどっちかといえば冷たく感じて、
ああ、アタシの方が熱くなってるんだなあとか、どうでもいいことが頭をよぎる。
これって現実逃避?
 
107 名前:SF(ディレクターズカット) 投稿日:2008/07/05(土) 22:26

「ふ……うぁ」

吉澤さんも胸から顔を上げて、たんと二人してにやにやとアタシを見下ろす。

「きもちい?」
「な……わけな……ぃ」
あまりの恥ずかしさに、ぶんぶんと首を振る。
しかし。

「梨華ちゃーん、気持ちよくないんだって。もっとがんばって」

「やめ……!!んあぅっ」


……もう勘弁してください。マジで。

 
108 名前: 投稿日:2008/07/05(土) 22:27

『 SF(ディレクターズカット) 』   終わり

 
109 名前:esk 投稿日:2008/07/05(土) 22:32

はい、おしましい。
作者を不快に思われるのなら思われても構いません。
所詮そんな人間ですからww
本編ではこれをカットしたせいで石川さんの存在が無意味になってしまい、
それだけは後悔していたので、自己満足は存分に満たされました。
 
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/06(日) 03:12
手土産呼ばわりされて平気だった時点で石川さんの行動も予想付きますようw
でも実際は予想以上でしたがw
大変おいしゅうございました。
111 名前:esk 投稿日:2008/07/10(木) 23:04

>>110さま
予想つかれちゃってましたかw
これはさすがに引かれるかなーと思っていたので、
受け入れてくださってありがとうございます。


まのっちってアリですか。+誰かさん。
112 名前: 投稿日:2008/07/10(木) 23:06

 
113 名前: 投稿日:2008/07/10(木) 23:06

「のっちぃ。もうやめようよ〜」
「何言ってんの、恵里菜!次はすっごいレアモノが出るかもしれないじゃん!」
「って言い出して何回目?」
「……うう」

私の名前は能登有沙。
短大の二年生だけど……年相応に見られることはすごくまれ。
よくて高校生、どうにかすれば中学生に見られることもある。
だから幼馴染の真野恵里菜(17)と一緒にいても普通に同い年の友達同士にしか見られない。
いいことなんだか悪いことなんだか……。


今日もいつものように恵里菜とお買い物に来てたんだけど、
ついでに入ったゲームセンターで、いつものようにアレにひっかかっちゃったんです!
 
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/10(木) 23:07

『 21世紀カプセル 』

 
115 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:08

41世紀になってだいぶ経ったけど、世の中はあんまりかわらない。
転送移動を使えるのは一部のお金持ちだけだし、
宇宙旅行だってこの銀河を出ることもできない。
一般市民の私たちは、いまだに車で空を移動して、
次の休みに月面リゾートに行く計画を楽しみにしている。

でもそんな未来を夢見ることよりも、私には魅力的なモノがある。

それが『21世紀』だ。
友達にはオタク趣味とか言われるけど、そんなことは気にしない。
人と車が同じ目線で地面の上を走る。
そんな原始のどろくさい強さから生まれた文化に私は魅せられた。
特に漫画やアニメは今の時代では決して表現できない、手作りの味がある。
……と、同じように考える人も結構いて、何気に今『21世紀』ブームが来ている。

その火付けになったのが、私が今がっついてる、これ。
116 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:09

『21世紀カプセル』

21世紀に流行ったガチャガチャに、
あの時代の流行りモノを圧縮封入したカプセルが入っている。
一回で安いランチなら食べられちゃうくらいの値段だから、決して安いものではないけど、
ペーパースクリーンじゃなくてわざわざ紙媒体に印刷した漫画本だったり、
立体映像じゃなくてわざわざ古代樹脂で作ったフィギュアだったり、
かなりのレアモノが出るときもあるからなかなかどうしてあなどれない。


「とかいいつつレアモノなんか出したことないじゃん」
「だ・か・ら!今から出すの!」
でも確かにお財布事情を考えると今日はこれで最後かも。
ずぇーったいイイモノ出してやる!!
あとでほえ面かくなよ、真野恵里奈!

私は気合を入れなおしてレバーをひねった。
指先に伝わる手ごたえ。
これは……クル!!
117 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:09

が、ちゃ


……ぽこ


「……」
「すっごいピンクだね」
 
118 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:10

このガチャガチャはもう数え切れない位してるけど、
ここまで目に痛いくらいのピンクは見たことがない。
やっぱり珍しい色が出ると、カプセルの色と中身は関係ないとわかっていながらも、
これはレアモノ!?ってつい胸が踊るんだけど、この色だけはどうしても踊らない。
むしろ……ちょっと引く。
う〜ん。どうしよう。
開けていいのかな、コレ。
なんかすっごい開けてはいけないオーラ出てない?

「開けないの?」
カプセルを手に乗せて黙り込んだ私を、恵里奈がつつく。
なんだかんだ言って興味はあるのかな。

え〜い!
人生なんでもやってみなくちゃわからないよね!

私はカプセルを両手で包み込んで、ぐっと指先に力を込めた。
 
119 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:10

かぱ


ぱしゅぅっ


しゅわしゅわと微かな音を立てて、圧縮データが立体に形成されていく。
人型……フィギュア?
……って、ちょ……デカイ!
ナニコレ!!

あんぐりと口を開けて見つめると、その人(?)は顔いっぱいに笑みを浮かべた。


「お買い上げありがとうございます!チャーミー石川でっす!」

「……」

「好きな食べ物はケーキ、今はまってるのはネイルアートかな?」

「………」
 
120 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:10

ニコニコニコニコ

「のっち、『かな?』って言われてるよ?」
「……あ。うん、そうだね」

恵里奈の冷静な声に、ぶるりと頭を一つ振って、魂を現実に引き戻す。
危ない危ない。
戻ってこれなくなるところだった。

カプセルの中から出てきたのは、全身ピンクのフリフリ衣装に身を包んだ女の人だった。
……身長1mくらいの。
フィギュアにしては大きすぎるけど、人としては小さすぎる。

「あなたのお名前は?」

唖然としている私に、その人が話しかけてきた。
笑顔は依然として変わらず。
なんかすごいな。
 
121 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:11

「えと、能登有沙です」
「有沙ちゃんね。かわいい名前だね。あなたは?」
「真野恵里菜です」
さすが恵里奈。
たして動じてない。

「恵里菜ちゃんは有沙ちゃんのお友達?」
「はい」
「仲良しさんなのね。私の名前は石川梨華。よろしくね!」

「え、さっきチャーミーって……」
「そう呼んでくれても構わないわ」

……なんで微妙に上から目線なんだろう。
すっごいニコニコしてるけど、変に威圧感あるし。
 
122 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:11

石川さん(?)に戸惑っている私の横で、
恵里奈は私が驚いて落としてしまったカプセルを拾い上げる。
そして内側にへばりつくみたいにして残っていた、小さく折りたたんである紙を広げた。
説明書の類だろう。

一緒に覗き込むと、それはなぜか手書きだった。
無理やり四角に押し込めたみたいな妙に読みにくい字が並んでいる。
しかもやたらハートマークが多い。

「『21世紀初頭に活躍したスーパーアイドル石・川・梨・華を完全再現』だってさ」
「アイドル……?」

恵里菜が平坦な声で説明書を読み上げる。
ちなみに恵里奈が『いし・かわ・り・か』を区切って言ったのは、
一文字ずつ間にハートマークが入っていたから。
……律儀な子だよ。
 
123 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:11

でもまあ。
確かに美人。
ちょっと色が黒くてあごがしゃくれているけど、すごく綺麗な人だ。
でも……どう見ても年上だよね。

「『実物の2/3スケールで持ち運びにも便利!』」
「持ち運び……?」

確かにこの大きさならがんばればトランクにも入っちゃいそうかも。
でも生き物(多分)なんだからそんな運び方ってわけにも行かないよね。

「『お部屋に置いても邪魔になりません』」
「お部屋……」

自分の部屋にこの人がちょこんと座っている様子を思い浮かべる。
ニコニコニコニコ
向かい合わせに座る自分を思い浮かべる。
…………
って、どんな顔すればいいのおっ。
 
124 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:12

石川さん(?)は、身長は1mくらいだけど、それは2/3スケールだからであって、
見た目は普通に大人の人。
しかも美人で……妙に色気がある。スタイルとかいいし。
こんな人と二人きりで向かい合うってなんか微妙に恥ずかしい。

「『でもえっちなことに使っちゃだめだゾ?』」
「…………」
恵里菜の棒読みに追い討ちをかけられて、軽い頭痛を覚える。
こめかみを押さえる私に、
恵里菜は元の通りにたたみ直した説明書をカプセルに戻してさしだした。

私が無言で受け取ると、恵里菜はさっぱりとした顔でこう言った。

「じゃ、私帰るね」
 
125 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:12

「え、ええっ!?恵里菜!?……っていうか家隣なのに!!」

ひらひらと手を振ると、恵里菜はすでに歩き出してしまった。
そういうやつだよ、アイツは……。
クールって言うかドライって言うか。
かわいい顔してるくせに妙に冷めてるんだよね。

「恵里菜ちゃん帰っちゃったの?」
「そうみたい……です」
「そっかあ」

ニコニコニコニコニコニコ

「あなたのおうちは?」


コレ……ここに置いてっちゃダメ、だよね……?

 
126 名前:21世紀カプセル 投稿日:2008/07/10(木) 23:13

つ・づ・く


次週『梨華先生と私』をお楽しみに!
 
127 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/10(木) 23:13

『 21世紀カプセル 』   終わり

 
128 名前:esk 投稿日:2008/07/10(木) 23:16

嘘です。次週なんてありませんww
少女漫画風にしたかったんですけど、しょっぱなだけでしたねw
真野さんのキャラとか全然わからないし。
ちなみに作者は真野さんではなく能登さんを推します。

どうでもいいけど、
ちょっとPC触っただけで更新が乱れる自分が情けない。
 
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/11(金) 01:04
そのガチャガチャやりたいのですが…

とても面白い取り合わせでした
ニヤニヤして読んでいた自分がちょっとあれです
130 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/13(日) 13:54
残念ながら私がやってもこの人(?)は出てこないんでしょうね…
や、出てこない方がいい気もしますが

次週ないんですかあぁぁぁぁ
131 名前:esk 投稿日:2008/07/21(月) 21:58

読んでくださった方、ありがとうございます。

>>129さま
こんな趣味に走った取り合わせでもアリですか?
ちっちゃいガキさんが出るならやってみたいなあ。

>>130さま
出ないほうがいいと思います。結構ウザいと思いますからw
次週ないんですよおおお。


トホホ。>語るスレ
いや、自覚はありますけどねww

もいっちょ、まのっち+。
一人予告企画。
 
132 名前:  投稿日:2008/07/21(月) 22:00

『 Heaven Zero (仮) 』
 
133 名前:Heaven Zero 投稿日:2008/07/21(月) 22:02

ぶぁふ……


「うわっ、もう電気消えてるよ。恵里菜、早くっ」
「大丈夫だよ。最近は予告長いし」

「I列の、何番だっけ?」
「18、19」
「あの辺かな。……前すいません。……ごめんなさい」

「はー。ギリだったね」
「のっちが電車間違えるからー」
「はいはい。ごめんなさい。でもさ、二人で映画って久しぶりじゃない?」
「だね。私なんか映画自体久しぶり」
 
134 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:03

  ♪


「そろそろ本編かな?」
「んー、もう一本予告みたいだよ」


 ・・

  ― Heaven Zero ―

 ・・


「あ、これ、よっすぃとかミキティが出てるやつだ」
「のっち詳しいよね、そういうの」
「どういう意味?」
「べつにー」
 
135 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:05

 ・・

  どこまでも広がる荒涼とした大地。
  そのど真ん中で、なんだかうろうろしている二人の人物。

  『ああ?……バス?バス停?ねーってんーなの……はあ?』

  背の高いほうの一人が携帯に向かって悪態をつき、
  背の低いほうの一人はオペラグラスであたりを見回している。
  
  『だってねーもん』

  吐き捨てるように言いながら、
  頭からすっぽりと被っていた防塵ケープのフードを、
  首一つ振って振り落とす。
  ごついゴーグルも乱雑な仕草で取り外すと、
  西洋人形のように整った顔立ちが現れた。
  遠くを見遣る目は水を湛えたように澄んでいる。

  『っせーなあ』

  しかし口は悪い。

 ・・
 
136 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:06

「あ、ほら。よっすぃだ。やっぱキレーだよねー」
「隣の子は?誰?」
「さー。知らない子だなあ」
「ちょっとのっちに似てる」
「そう?」
 
137 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:10

 ・・

  『そんなこと言うんだったら美貴が探せばいいんじゃんか』
  『そんな無茶な』
  あたりの様子を伺っていた連れが振り返る。
  こちらはすでにケープもゴーグルもはずしている。
  なかなか愛嬌のある顔立ち。

  『ここにいない人に言ってもしょうがないじゃないですか』
  『えー。だってもうあたしらじゃわかんないじゃん。
   ――は?違う違う、ガキさんがさー、
   ”めんどくせー。無理無理。もう帰っていい?”だってさ』

  『ちょっ、そんなこと言ってませんから!!
   もうっ。携帯返して下さいよ!』

 ・・
 
138 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:13

 ・・

  ――ある日突然、未知の宇宙線が降り注ぎ、
  地上の生物は全て死に絶えるだろう――

  その予言を信じ、
  地下シェルターに避難した数万人だけが地球上に生き残った。
  残された人々は共に協力し合いながら地上の回復を待っていたが、
  その数年後、双子型シェルターを繋ぐブリッジ部分が事故で機能停止。
  地中にも到達する宇宙線から守るために用いられていた
  空間封鎖が仇になり、二つのシェルターは完全に分断。
  同時に地上への道も失われた。

  人々は悲嘆に暮れ――。

 ・・

  200年の時が過ぎた。


  『カメちゃん、今週の仕事振り分けるからみんなを集めて』
  『はぁ〜い』

 ・・
 
139 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:14

「お、ミキティ出た」
「隣の子は?」
「……誰でも彼でも知っているわけではありませんよ?」
 
140 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:15

 ・・

  簡素なホームオフィスに集められたのは数人の女性たち。

  窓の外には足早に歩くサラリーマン。
  買い物帰りの主婦と子供。

  二つのシェルターを分断され、地上への道を失っても、
  人々の生活はこの地下シェルターで続けられていた。

 ・・
 
141 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:16

 ・・

  『えー、今週の仕事イッコ目は、――麻琴の居場所がわかりました』
  椅子を蹴り倒して立ち上がる者。
  唖然として口を空けたままの者。
  手元のコーヒーを派手にぶちまけた者。
  『そりゃすごい』
  冷静に、それでも驚きを隠せない者。


  『これはよっちゃんとガキさん、二人に任せるね』
  『なんでや!!麻琴探しに行くんやったらあーしやろがっ!』
  『愛ちゃんはダメ』

  『麻琴は絶対にあたしとガキさんで連れて帰るから。
   高橋は心配しないで待ってて』


  ――行方知れずになっていた仲間を求めて

 ・・
 
142 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:18

 ・・

  『サード?そんなのどうやって行くのさ』
  『闇ルート、闇ルート。美貴に任せとけー』

  『サードに着いたらこの通信機をファーストに繋いで。そしたら
   美貴も向こうのネットワークを走査して情報を集められるから』
  『こっちに?どうやって繋ぐんですか?』
  『それくらい自分らで考えろよ』


  ――持てる情報の全てを駆使し

 ・・
 
143 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:20

 ・・

  『よっちゃん?まあ、そこ座りなよ。……ガキさんは?』
  『高橋なだめてる』

  『美貴にしては必死だね。いなくなった時はわりと放置だったのに』
  『二年前とは状況が変わった。今、麻琴はどうしても手元にほしい』
  『ふーん。それって金になんの?』
  『ま、そういうことだね』


  ――一人の少女に隠された真実を追い

  ――今、二人が旅立つ

 ・・
 
144 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:22

 ・・


  
  
  

  『ほんっとにバスなんか来るんですかー?こんなとこにっ』
  『美貴が来るっつったから来るんじゃね?』
  『もっさん信じていいの!?ウソつかれてません!?』
  『もーガキさんは疑りぶかいなー。ほら、ご一緒にぃ』

  『バス、カモォ〜ン』



  『来ぅるわけないでしょーがあーーー!!』


 ・・
 
145 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:24

 ・・

  ― Heaven Zero ―


   2008年 秋 公開予定

 ・・
 
146 名前:Heaven Zero(仮) 投稿日:2008/07/21(月) 22:25

「へえ。ちょっと面白そうかも。ね、のっ――」
「……ひててててっ。ひたひ!えひな、ひたひって!」

「寝るの、早すぎ」
 
147 名前: 投稿日:2008/07/21(月) 22:26

『 Heaven Zero (仮) 』  終わり
 
148 名前:esk 投稿日:2008/07/21(月) 22:31

よしがき!よしがき!
予告企画のときに書きかけたけど、完成しなかったとかそういうの。
本編も書きたいけど長編書くの苦手でw
 
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/28(月) 00:26
よしがき!よしがき!私も大好きです!

ってまのっちの影薄すぎじゃないですかw
もちろん本編にはまのっちのこんなこととかあんなことがあるんですよね?
150 名前:esk 投稿日:2008/08/15(金) 20:58
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>149さま
まのっちであんなこととかこんなこととか書いていいんですか!?
ってネタがないんですけどw しかもそもそも本編が……


今更みきよし。
151 名前: 投稿日:2008/08/15(金) 20:59

『 夢で逢えたら 』
 
152 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:00


夢でもし逢えたら素敵なことね
あなたに逢えるまで眠り続けたい


あたしたち、この世界じゃ不自由だったけど。
次逢うときにはきっと。

 
153 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:00

しつこく鳴り響いていた空襲警報が止んでいたことに気づいたのは、
爆撃機の音が少しだけ遠のいたからだった。
汚く汚れた窓から見上げた空はどんよりと曇っていて機影は見えないが。

「よっちゃん……」
「うん?」
「行ったの?」
「どうだろう。次が来るかも」
「そっか」

何度も繰り返した、自分を置いて逃げろという言葉を、美貴はもう言わなかった。
ただ力なく咳込む。

美貴が臥せってからもうずいぶん長くなる。
医者にかかるお金なんてなくて、
いったい彼女の体を蝕むものが何であるのか、それさえもあたしたちは知らない。
近頃の配給では十分な食事を与えてやることもできず、
小さく痩せていく一方の彼女の枕元で、あたしは力なくうずくまるだけ。

あー……腹へったなあ。
 
154 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:02

若い女が飯の種を得る方法、あたしだって考えなかったわけじゃない。
美貴のためにはそうするのが正しいのかもしれないと思ったこともある。
でもできなかった。
自分の体かわいさではなく、もっと違う、
きっと、正反対の想いがあたしにそれをさせなかった。


――夢でもし会えたら素敵なことね
――あなたに会えるまで眠り続けたい


小さな声で美貴が歌う。
いつかどこかで聞いた、流行の歌。
しゃがれた女の声で歌われていたその歌だけど、
あたしの頭にはもう美貴の歌声でしか記憶されていない。
美貴の歌う声は本当にかわいらしくて。
美貴が元気だったころ、あたしはいつでも歌をねだった。
戦況が厳しくなって歌を禁じられても、狭くて汚いこの部屋で、
小さな声で歌いながらくすくすと笑う美貴。
あたしはいつもその歌声に幸せを感じていた。
 
155 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:02

あたしたちはこの気持ちに名前をつけることはしなかった。
それでも周囲はあたしたちを異端視し、
あたしたちは隠れるようにこの狭い部屋に迷い込んだ。
二人で過ごす日々は幸せで、けれど悲しくて。
日々伝えられる戦況はそのまま、あたしたちの日々だった。

あきらめません
勝つまでは

あたしたちにはそんな日なんて来ない。


美貴が寝込みがちになる。
気が向いたように、あるいはあたしがどうしてもとせがんで、
小さな声で歌う美貴の枕元、あたしは立ち上がれなくなる。


あたしたちはそれを望んでいたのかもしれない。
 
156 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:03

毎日毎日。
日に何度も繰り返される空襲警報も。
もうあたしたちを脅かすものではなかった。


あたしたちは、それこそを望んでいたのだから。


再びやってきた爆撃機の音で美貴の歌が聞こえなくなった。
それだけが不満だった。

すぐ近くに爆弾が落ちた。
ぼろアパートが揺れる。
倒壊は免れたものの、どこかから火が出たのがわかった。
近く、遠く、絶え間なく響く爆発音。
 
157 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:04

「美貴」

美貴の唇が動いている。
外の轟音で声が聞こえない。

「美貴」

隙間から入り込んだ煙が視界を霞める。
涙がとめどなく流れた。
息が苦しくて、めまいがした。

「美貴」

美貴が激しく咳き込む。
その音も――。
 
158 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:05

美貴。

あたしは君にまた会えるまで、それまで眠り続ける。
だから今は一緒に眠ろう?
あたしはずっと眠る君ばかり見ていたから、次は君が先に目を覚まして。
そしてあたしを起こして?


君に会えるまで
あたしはいつまでも眠り続ける

 
159 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:06


 
160 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:06


さらさらと耳元で何かが流れている。
甘い香りがふわりと近づいてきて。
やわらかく頬を撫でるのは――。

「あ……ごめん。起こしちゃったね」
ゆっくりと明瞭化してゆく視界の中で、ぼんやりと浮かび上がる。
困ったみたいな口調だけど、にへっと笑った。
美貴だった。

「ごめんね。なんかなかなか撮影終わんなくてさ、遅くなっちゃった。
 もしかして待ってくれてた?」
「……え」
「違うの?だって珍しいじゃん。テレビついたままとか」

テレビ?
視線を移すと確かに薄暗い部屋の中、テレビがつけっぱなしで。
誰かが歌を歌っていた。


――夢でもし逢えたら素敵なことね
――あなたに逢えるまで眠り続けたい
 
161 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:08

「あ!」
ベッドに横になったままで声を上げたあたしに、
美貴はびっくりした顔で目を見開く。
「な、なに」
「あ……あれ?」
――今週発売の新曲、キンモクセイで――
「これって……女の人が歌ってなかったっけ?」
「へ?まあカバーだけど、元はあれでしょ。
 顔真っ黒に塗ったおっさんたちが歌ってたヤツでしょ?」
おっさんて。
まあ確かにそうだけど。
「どしたの。なんかおかしいよ。変な夢でも見た?」
「そう、かも」
さっきからなんかもやもやするのは、
夢から覚め切ってないからなのかもしれない。

「どんな夢?」
美貴はにひひと笑いながらベッドに横に座り込む。
ゆっくりとあたしの髪を梳く指先が、かすかに頬を掠める。
その感触に、耳元で流れる髪の音に、あたしのまぶたは再び重く閉じていく。
「……忘れた」
「ふっ。そっか」
 
162 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:09

美貴が操作したのだろう、テレビの音が消えた。
寝ろって言われてるような気がして、あたしはちょっと焦って言葉を探す。
「あ……でも……美貴が出て来たような」
「ふはは。だからよっちゃん寝てたんだ」
「……ん?」


――夢でもし逢えたら素敵なことね
――あなたに逢えるまで眠り続けたい


綺麗な歌声に導かれるようにして、あたしの意識がゆっくりぶれてゆく。
分離した意識が数歩あたしから離れて、にやりと笑みを浮かべた。


  美貴が何十年も待たせるから、
  あたし二ヶ月も寝坊しちゃったんだよね
  ま、別にあたしらの気持ち押し付けるつもりはないけどさ
  がんばれよ
  次の『あたし』

 
163 名前:夢で逢えたら 投稿日:2008/08/15(金) 21:16

「ん……あたし、……?」
なに……?どういう、こと?
自分が言ってることなのに、なんでかわかんない。
眠くて……。

「よっちゃん、寝ていいよ」
やだよ
せっかく美貴が起こしてくれたのに……

「また起こしてあげるじゃん」
絶対だよ。美貴があたしのこと起こすって
あの時約束したこと覚えてるよね?


「……覚えてるよ」


ふっと笑った美貴の吐息が、頬を撫でる。
その甘い香りがあたしを再び眠りへと誘い込んだ。

 
164 名前: 投稿日:2008/08/15(金) 21:17

『 夢で逢えたら 』   終わり
 
165 名前:esk 投稿日:2008/08/15(金) 21:20
なぜかこの曲が戦時中に既にあったと勘違いしていて、
調べたら全く違っていたのでボツって、
書き直したのが夢板『四角関係』内『降臨』でした。
しかし藤本さんがイベントでこれを歌ったと聞いて、慌てて復活。
奇しくもこんな日に更新となりました。世界に平和あれ。
166 名前:esk 投稿日:2008/08/24(日) 11:23
読んでくださった方がいたのなら、ありがとうございます。

元ネタありですが、原形をとどめてない上にネタ元不明。
なかよし的な。
167 名前: 投稿日:2008/08/24(日) 11:24


『 クロゼットの中の猫 』

 
168 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:25


『女の子が下着を外に干すんじゃないの!』


ああ、梨華ちゃん。
あたしはあなたの忠告を聞くべきでした。
 
169 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:25

ベランダの外に広がる夕闇に体を乗り出し、階下のベランダを覗き込む。
覗き見すんません。
洗濯物が干してある様子はない。
特になにもない。
ただそのコンクリの上には。

あたしのぱんつが一枚。

しかも誕生日にまいちんに貰った真っ赤な勝負パンツ。
いや、別に昨日が勝負の日だったんじゃなくて。


ああ。梨華ちゃん。
明日からあなたの言うことちゃんと聞くから、時間を数分巻き戻して下さい……。
 
170 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:26

うー、どうしよう。
とりあえず下の部屋の前まで来たけどさ。

『ピンポーン』
『ベランダにパンツ落としたんで取らせて下さい』
いやいや、ブツの名称を出す必要はないよね。
『ベランダに洗濯物落としたんで取らせて下さい』
って待てよ。
『取らせて下さい』と言う事はあたしがこの部屋に上がるということになる。
アパートの上と下というだけの関係の人間をいきなり部屋に上げる人はいないだろう。
ということは。
『取って来てもらえませんか』
ってそれ、あたしのパンツをその人が拾うって事だよな。
……この部屋って男だっけ、女だっけ?
表札部分には細い文字で『中澤』。
女の字っぽいけど、どうだろう。
まあ運良く女だとしても、かなり気まずい。
洗濯済みとはいえ、その人だって触るのもイヤかもしれない。
もしあたしだったらかなりイヤだ。
しかも運悪く男だったりしたら……。
 
171 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:26

あ”〜〜〜。

マジ最悪っ。
ちょ〜〜〜ツイてねえええ。

「ちょっと」
「う”え!!?」

「あんた、人んちの前で何うろうろしてんの?」

えっ。
この部屋の人?
この人が?
ラッキー、女の人だ。
しかも美人。
すっげーラッキー。
グッジョブあたし!
グッジョブ赤パン!!
 
172 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:27

「何してるんやって聞いてんねん。答えられへんねやったら警察呼ぶで」
メタリックに真っ黒な携帯をちらつかせ、鋭い視線でにらまれる。
30ちょっと過ぎたくらい、もしかしたらもう少し上かも、
年齢聞いたらしばかれるんだろうなってくらいのおねーさん(関西弁)。
なんか怖いと思ったら眉毛がない。
しかし美人だ。

「ほな呼ぼか」
思わずぼーっと見つめてしまっていたら、
おねーさん――中澤さんは片手で携帯を開いた。
そのままいくつかのキーに指先を走らせる。
あたしは慌ててその手を押さえた。
「ちゃ、ちゃいます!」
「はあ?」
「怪しいモンちゃいますて!」
「まずそのエセ関西弁が怪しいわ」
「あ、いや、関西は心のふるさとなんで、ついつられちゃいました」
はあ、と中澤さんは呆れたため息をつく。
髪をかきあげる白い腕がまぶしい。
 
173 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:27

「あの、あたしこの上に住んでる吉澤っていいます」
「あっそ」
あまりにも興味なさげな返事に若干へこむ。
しかしそんな心の中を悟られたのか、さらに冷たい視線で睨まれ、
先を促すようにあごでしゃくられる。

「えと、実はですね、あたしさっき洗濯物を取り入れてたんですけど、
 その、ちょっと、落としちゃって」
「何を」
「えっ……ぱ、ぱんつを」
「……」
「お、おとし――」
「ぷはっ」
しばらく無言で無表情だった中澤さんが、
堪えきれないというように、あっはっは、と豪快に笑いだす。
え、そこまで笑うこと?
いや、笑うことかもしれないけどさ。
 
174 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:27

「ぱ、パンツて。洗濯物って言えばええやん。変な子やなあ」
「何をって聞いたのそっちじゃないですかっ」
「ほかにも洗濯バサミとかハンガーとかツッカケとか、
 落としそうなもん色々あるやん」
「あ……」

あー、ええわ。あんたサイコー。
細い手があたしの肩をぽんぽんと叩く。
うう、恥ずかしい……。
「ほんで?」
「あ、えっと、それで、もし良かったら、取らせてもらえたら……」
お部屋入らせてもらったり、そのままお近づきになっちゃったり。
どうにかなっちゃったりとかどうですか。
年下とかダメですか!?
ちょっとガッツリ目に上半身を乗り出すようにすると、
中澤さんはちょっとだけ思案げに視線をさまよわせた。
「ま、私が取ってくるのもなんやな。ええよ」
「――え!ホントですか!?」
さまよった視線がなんか変にうつろだったから、
思ったよりあっさりした答えに拍子抜けする。
意外とガード低い?
チャンス来ちゃってる?
 
175 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:28

がちゃん

「おじゃましまーす」
中澤さんに続いて部屋に入る。
綺麗に片付いた部屋だ。
かなりおしゃれさんっぽい。
かっこいいなあ。
あ、クロゼットがちょっとだけ開いてる。
中見たい見たい見たい!

体を乗り出してクロゼットを覗き込もうとすると、すぱんと頭をはたかれた。
「きょろきょろすんな」
「べ、ベランダどっちかなって思っただけじゃないですか」
「ほー。このアパートは上下階でそんなに間取りが違うんですか」
「ち、違うかもしれないでしょう」
「はいはい。そっちやからはよ取ってき。また風に飛ばされても私は困らんで」
うおっ。
あたしは困る!
 
176 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:28

薄いカーテンをシャっと引くとそこには無事にヤツが待っていた。
ほっとして掃き出し窓をカラカラと開く。
「そんなツラしてそんなパンツはくんやねえ」
「ちょっ、見ないで下さいよ!」
見られないように素早く拾い上げたのに、
あたしの手の中を覗き込んで中澤さんがぴゅーっと口笛を吹く。

「いややわあ、若いモンはお盛んで。
 昨日晩は私の頭の上でそんなことが繰り広げられてたんやねえ。
 あーやだやだ」
「ちーぃがいますっ、てば!今そんな相手いませんし!」
そこ強調!

「へー、じゃあ普段使いでそんなんはくんや?」
「う……」
「302の吉澤ひとみはいつでもエロパンツ、と」
「ちょ、何してるんですかっ」
わざわざさっき部屋の隅に放り出したバッグから手帳を取り出してくる。
しかも本気で書いてるし。
意外とお茶目な人なのかもしれない。
 
177 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:29

第一印象はちょっと怖い人かと思ったけど、ギャップがかわいい。
なんかうれしくなって顔がにやける。
でもきっとにやけたら怒られるんだろうなって思って、
その顔を隠すために中澤さんから視線をはずした。

そのにやけた視線が一瞬で凍りつく。

「ひっ」

「『ひっ』てなんや『ひっ』て」
まだ笑っている中澤さん。
いや、そうじゃなくて!
少し開いてるクロゼットの扉の隙間。
そこに……目が……。
恐る恐るもう一度視線を向けるけど、もう何にも見えない。
でもでもっ、絶対見えたしっ。
言葉なくクロゼットを指差したあたしに、
中澤さんは、ああ、とひとつうなずいてからくくっとおもしろそうに笑った。
 
178 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:29

「れいなやろ」
「れ?」
「うちの猫。クロゼットの中が好きやねん。おーい、れいにゃー」
猫。
なんだ。
びっくりして損した。
がっくりと肩を落とす。

中澤さんはクロゼットに近づくと、扉の半分をそっと開く。
少し明るくなった隙間に、目はもう見えなかった。
「れいにゃあ。出といでえ」
……これが猫なで声ってヤツか。

「あかんわ。人見知りやからなあ」
振り返った目じりが思いっきり下がってます。
っていうかあたしとしゃべるときと声色違いすぎませんか。
そっと扉を半分くらいまで閉じる。
きっとこの部屋ではあの扉が完全に閉じることはないんだろうな。
 
179 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:30

 
180 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:30

「で?」

「だからさー。ちょっとがんばってみちゃおうと思うんだよねー」
梨華ちゃんは呆れた顔であたしを見上げる。
そのまま差し出した手にグラスを落とし込む。
はあ、とわざとらしいため息をつきながら、梨華ちゃんはグラスに口をつけた。
その傍らに腰を下ろして、あたしも同じグラスの中身を口に含む。

「よっちゃん、その惚れっぽいのどうにかしなよ」
「どうにもなりません。あたしはこーいにいーきるの」
おどけたあたしを責める様に、梨華ちゃんが眉をしかめる。
いいじゃん別にさ。
自分だって絶賛恋愛中な癖に。
 
181 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:30

「で、どんな人なの?」
「美人」
「……他に情報ないわけ?」
「えー、だってさあ。っていうか梨華ちゃん見たことない?」

元々このアパートは梨華ちゃんの恋人が住んでいて、
越してきて半年のあたしよりもこのアパート入りびたり歴は梨華ちゃんの方が長い。
あたしたちはこの近くの大学に通う3年生。
元々は梨華ちゃんたちのことは顔を知ってる程度だったんだけど、
あたしが越してきてからはなにかと三人で行動することが多くなった。
――なぜか、この部屋で。
 
182 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:31

「さー。見てるけど気づいてないのかもね。
 美貴ちゃんに聞いたら知ってるかもしれないけど」
「そういや今日ミキティは?」
「レンタル屋のバイト。だけどそろそろ――」

がちゃん

「ただいまー」
「おかえりっ」

鼻にかかった声に、時計を見上げていた梨華ちゃんがはじけるように飛び出した。
はー、お熱いことで。

「っていうかっ。なんでミキティがうちに帰って来るんだよ!」
思わず振り返ったらやなもん見ちゃったよ。
人んちでチューとかしてんじゃねー。
抱きついてくる梨華ちゃんを満足そうにハグしてから、
ミキティが部屋に入ってくる。
 
183 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:31

「いいじゃん。どうせ梨華ちゃんこっちなんだし」
「意味わかんねー」
「なんだよー。SEX & THE CITY の新しいヤツ借りてきてやったのに」
「うわお。ミキティ愛してるっ」
「いらねー。つーかなんか食べるものない?」

青いレンタルバッグをソファに投げ出して、梨華ちゃんを引き剥がす。
剥がしはしたものの、手は繋いだままの二人。
うざー。

「カップめんでも食っとけ」
「しょぼっ」
「私がなんか作ろうか?」
「よっちゃん、カップめんどこー」
 
184 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:31

ほっぺたを膨らませる梨華ちゃんを尻目に、ミキティはずるずるとラーメンをすする。

「202の中澤さん、ねえ」
「そそそ。どんな人?」
「関西弁の人でしょ?挨拶くらいしかしたことないなあ」
思案げに箸をゆらゆらと揺らす。
もっとちゃんと思い出してよー。

「でもさ、美人っしょ」
「そうだっけ。でもさー、あの人なんかやばくない?」
「はあ?なにがよ」
「えー。何つーかさー……。美貴は遠慮したいなあ」
「そりゃまー、ミキティのタイプではないだろうけど」
ちらりと梨華ちゃんをみやると、まだ膨らませていたほっぺたをやっとしぼませて
えへへと笑う。
別にほめてません。
むしろ逆です。
 
185 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/24(日) 11:32

ち。
結局孤立無援か。
まあいいさ。
それこそ燃えるってもんだぜっ。

 
186 名前:esk 投稿日:2008/08/24(日) 11:33

続く
 
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/25(月) 01:12
おぉ
続きもんがキタ!
楽しみにしとります
188 名前:esk 投稿日:2008/08/28(木) 20:57

読んでくださった方、ありがとうございます。

>>187さま
続きもんキマシター。
でも全三回の予定w
それでも楽しんでいただけたら幸いです。

続き。
 
189 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:00

ピンポーン

「……またあんたか」
「はあい。また吉澤です」
ドアの隙間から顔をのぞかせて、中澤さんが顔をしかめる。
もう、そんな顔しないでくださいよー、寂しいなあ。
「今日はなに」
「後輩の子にシュークリーム貰ったんで、一緒に食べませんか」
細長い箱を目線まで持ち上げて見せると、
中澤さんはなんだかわざとらしいため息をついた。
呆れてはいるけど心底嫌がってるわけではない、と思う。
たぶん。
「……あがり」

こうやってあっさり部屋に上げてくれるしね。
ミキティはなんかとっつきにくくて怖いって言ってたけど、
全然そんなことない。
元ヤン同士だから反射的に戦闘態勢とっちゃうんじゃねーの。
 
190 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:02

相変わらず綺麗に片付いた部屋。
ほこりひとつない。
まいちんの部屋とは天と地ほどの差がある。
あの運命の出会いから何度か強引に遊びに来てるけど、
いつもいきなりなのに部屋が散らかってることはまずない。

「せっかくれいにゃとくつろいでたのに」
ぶつぶつ文句を言いながらもお茶を出してくれると、
中澤さんはフローリングにぺたんと座る。
「あ、そういえばれいにゃは」
「あんたが来たとたんに逃げた」
綺麗にネイルされた指先が、くいっとクロゼットを差す。
いつも通り、少しだけ開いたすきま。
いつ来ても会えないのも変わりない。
たまに小さく物音がして、ああいるなーって思うくらい。
目を見たのも最初のとき以来ない、けどあれはもう勘弁してほしい。
分かってても怖い。
 
191 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:02

「なあ、吉澤」
「はい?」
「さっきから気になっててんけど、これ、手作りちゃうの?」
「そうですよ」
お皿に並べられたシュークリームは、微妙に大きさが違ったり
膨らみが足らなかったり焦げたりなまっちろかったりと、
なかなかバラエティに富んでいる。
亀井ちゃんってばお料理下手なんだから。

「そうですよってあんた……。
 手作りのお菓子貰うってどんな相手なん」
「あ、中澤さん嫉妬してはる〜」
「んなわけあるかい。つーかその関西弁やめえ」
ちょっとは気になってくれたのかと一瞬喜んだのに、
テーブルを挟んだ90度向こうからすぱんとはたかれた。
 
192 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:02

「後輩ってあんたサークルかなんかやってんの?」
「ああ、はい。フットサルを」
「えっ!?マジで?」
中澤さんが体を乗り出して声をあげる。
あまりの反応にあたしの方が体をひいてしまった。
普段あんまり何事にも動じない人なのに。

「はあ、まあ。そんな意外ですか?」
「あ、いや。なまっちろいしひょろひょろやし
 スポーツとかしてなさそうやったから」
早口にそう言うと、中澤さんはぺたんと腰をおろした。
 
193 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:03

「そんなことないですよー。吉澤これでも運動神経いいんですよ。
 中学はバレーで全国大会にも行ったし!」
「そお……か。元気やねんな」
「はあい。健康元気です。体力バカとか言われてます」
「そおか。そらよかったわ」

少し寂しそうにそう言って、中澤さんは部屋の隅のほうに視線を流した。
視線を追うと、クロゼットの扉がやっぱり半端に開いていて。
その奥にいるであろうれいにゃを思って、
あたしはクロゼットから視線をそらした。
かわりにそっと見遣った中澤さんの横顔は少しうつろで。
あたしも少しうつろな気分になった。

中澤さんの黒いサマーニットの襟ぐりから、首をそらしているいか、
白い肌が大きく見えていた。
うなじから肩にかけてのライン上に、赤っぽい色がのっぺりと広がっている。
古い……火傷の痕。
そしてクロゼットを見つめたままの中澤さん。


あたしは、とても申し訳ない気持ちになった。

 
194 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:03

 
195 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:08


「よっちゃん?何してんの?」
「うわっと、梨華ちゃん!はいはい。中入って中入って」
「え?何?」
いったいいつのまに来ていたのか、
ベランダから体をのりだしていたあたしの脇から
梨華ちゃんがひょっこりと顔を出した。
慌ててその細い肩をひっくりかえして部屋に押し戻したけど、
梨華ちゃんは小さくくしゃみをした。

「お、梨華ちゃん大人気だねー」
「なに……くしゅんっ」
「みんなが梨華ちゃんの噂話中だね」
キッチンでさっと手を洗って梨華ちゃんの方に戻ると、
いくつか続いていたくしゃみはもう収まっていた。
よしよし。
これなら大丈夫そうだな。
 
196 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:08

「さってとー。じゃあ行こうか」
「え?どこに?」
まだ鼻をぐずぐず言わせながら、梨華ちゃんが首をかしげる。
もー察し悪いなあ。

「中澤さんちだよ」
「え、やだよ、何で私が。だいたい中澤さんにも失礼じゃん」
「大丈夫大丈夫。梨華ちゃんのことはよく話してるから」
「そういう意味じゃなくてー」
「いいからいいから」
「よくないよっ」

抵抗する梨華ちゃんの手を引いて、無理やり中澤さんちの前まで引っ張っていく。
ってまだ帰ってないんだった。
はたと気づいて今降りてきた階段の方を振り返ると、なんとタイミングよく。
 
197 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:08

「何してんの」

「あ、中澤さん。おかえりなさーい」
「ああ、この子が『梨華ちゃん』?」
あたしの引きずってる相手に気づいて、中澤さんの表情が変わる。
んー。
なんかミキティの言ってたことが分かったかも。
中澤さんってば、あたし以外には妙によそよそしい顔するんだよね。
梨華ちゃんはもごもごと挨拶をするとあたしの後ろに隠れるようにあとずさる。
子供か、あんたは。

「あんたもあがってくか」
「あ――」
「いいですかあっ。わーい。良かったね、梨華ちゃん!」
大げさに喜んで見せると、中澤さんがふっと笑みを浮かべた。
その表情のギャップに戸惑ったのだろう、
梨華ちゃんは続けるべき言葉を飲み込んだ。
 
198 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:09

びくびくしながらあたしのあとについて部屋に入った梨華ちゃんが
いぶかしげに部屋を見回す。
「ね……よっちゃん」
「しっ」
「え……」
言いかけた言葉をさえぎると、梨華ちゃんは不安そうに眉をしかめた。

「れいにゃは今日も隠れちゃったんですか?」
「シャイやからなあ」
にやにやする中澤さんとは対照的に、
梨華ちゃんはびくびくとおびえている。
……ごめんね、巻き込んじゃって。

「ねえ、中澤さん」
「うん?」
「今日はあたし、どうしてもれいにゃに会いたくて来ました」
「まあ猫は気まぐれやからそのうちに――」
「いいえ。あたし、猫じゃなくてれいにゃに会いに来たんです」
「……どういう意味なん?」
中澤さんの表情が温度を下げる。
さぐるような視線をあたしは正面から受け止めた。
 
199 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:10

「中澤さん、この部屋に猫はいませんよね」
「おるやん、れいにゃが」
「れいにゃはいます。でも猫はいない」
「……何ゆうてんの」
「ね、梨華ちゃん。この部屋に猫いないよね」
急に話を振られて、梨華ちゃんがびくりと肩をゆらす。
安心させるように手を握ってやると、ぎこちなくうなずいた。

「なんであんたにそんなんわかるん」
「あ、えと――」
「梨華ちゃん、猫アレルギーなんです」
口ごもる梨華ちゃんをさえぎって、あたしは素早く言い添える。
眉をひそめた中澤さんは小さく息を呑んだようだった。
「――そんなん、口先で言われても」
「梨華ちゃん、目つむってて」
「えっ」
 
200 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:10

不安げにあたしを見上げる梨華ちゃんの頭をぽんぽんと叩いてやると、
恐る恐る目を閉じた。
閉じたまぶたを見届けて、それからあたしはそっと立ち上がる。
ベランダに掃き出し窓をカラカラと開く。
中澤さんの方をちらりと見やると、いぶかしげにはしていたものの、
何か声をかけることはしなかった。

「よいしょっと」
「は!?何やそれ」
ベランダの隅にあったキャリーバッグを部屋に持ち込むと、
さすがに驚いたように目を見開いた。
まあ自分のベランダから置いた覚えのないものを持ち込まれたら
そりゃびっくりするわな。
 
201 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:10

「すいません。さっき上からあたしがおろしました」
「え、なに」
「梨華ちゃんはまだ、目、つむってて」
大人しく従う梨華ちゃんに、申し訳なく思いながらキャリーバッグを近づける。
バッグの中身がもぞもぞと動くのがわかった。
しばらくして。

「ふぅ……くしゅ!」
梨華ちゃんが小さくくしゃみをする。
そのまま立て続けに二つ三つ。
慌ててごしごしとこすった目を開いた。

「きゃあっ」
キャリーバッグの中身と目が合ったのだろう、声をあげてとびずさる。
その甲高い声に驚いたのか、バッグの中からも細い鳴き声が。

ニャー
 
202 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:11

「ちょ、ちょっとよっちゃん!」
困ったというよりも、怒ったような声で梨華ちゃんが叫ぶ。
ごしごしとせわしなくこするまぶたはすでに赤く腫れ始めている。
「これ、演技ですか?」
「……」
「君はまた外ね」
キャリーバッグをベランダに出して、梨華ちゃんに小さな白い紙袋を放り投げる。

「はい、薬」
「う〜、よっちゃんひどいよ……」
「ごめんごめん。顔も洗わせてもらいなよ」
「ああ、そっちや」
「す、すいません」

梨華ちゃんの背中が逃げるように洗面所に消えた。
中澤さんに手渡されたタオルを渡すと、
梨華ちゃんは泣きそうな顔であたしを見つめた。
こりゃーあとでミキティに殴られるなあ。
 
203 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:11

先に部屋に戻ると、中澤さんはぼんやりと部屋の真ん中に座りこんでいた。
「梨華ちゃんの猫アレルギー、信じてもらえましたか?」
「……ああ」
「じゃあ、あそこにいるのはなんですか?」
「……」

顔も洗って薬も飲んで、
それでも梨華ちゃんはベランダに近いあたしたちの方へは戻ってこず、
入ってすぐのあたりに落ち着きなくたたずんでいる。
梨華ちゃんのアレルギーはわりと重い方だけど、
さっきみたいに一瞬部屋に入っただけならもう平気なはずだから、
あたしたちに近づかないのは多分別の理由。

そして、その梨華ちゃんから少し離れた壁にはクロゼット。
いつも通り、少しだけ開いた扉。
 
204 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:11

「中澤さん」

あたしはゆっくりとそちらに近づきながら、名前を呼んだ。
背を向けてしまっているので当然顔は見えないし、答える声もなかった。

「あなたは悪くない」

梨華ちゃんの目が何か言いたげにあたしを見上げた。

「だからもう、開放されて下さい」

そっと扉に手を添える。
 
205 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/08/28(木) 21:12

かたん

中で微かに聞こえた音に、梨華ちゃんが飛び上がって驚く。
振り返ると、中澤さんはうつろな目であたしを見上げていた。

「そして、開放してあげて下さい」

中澤さんの視線が床に伏せられて、あたしはもう一度背を向ける。
大きく息を吸い込んで、ぐっと両方の取っ手をつかんだ。


制止する声はなかった。

 
206 名前:esk 投稿日:2008/08/28(木) 21:15

続く
 
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/29(金) 02:11
なーんて所で止めるんですか!

続きが気になってしょうがない…
ワクワクして待ってます。
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/31(日) 21:16
メッチャ気になる…。

続きまってます。
209 名前:esk 投稿日:2008/09/12(金) 00:02
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>207さま
止めてみましたw
ちょっと遅くなりましたが、
まだワクワクしてもらえてますかー?

>>208さま
作者の思い通りにw気になってくださってありがとうございます。
続きいきまーす。
210 名前:esk 投稿日:2008/09/12(金) 00:03
不興を買うと承知の上で。
>>183 を変更します。


「いいじゃん。どうせ梨華ちゃんこっちなんだし」
「意味わかんねー」
「なんだよー。SEX & THE CITY の新しいヤツ借りてきてやったのに」
「うわお。ミキティ愛してるっ」
「キショ。あ、あとなんかハガキ来てたよ」
「あん?」
げ。年金の督促状だ。
金ねーっつーの。
「でもさー、それ名前間違ってるから払わなくていいんじゃない?」
「……あー」
「それよかなんか食べるものない?」

ミキティは相変わらず人の返事も聞かずに一人しゃべると、
青いレンタルバッグをソファに投げ出して、梨華ちゃんを引き剥がす。
剥がしはしたものの、手は繋いだままの二人。
うざー。

「カップめんでも食っとけ」
「しょぼっ」
「私がなんか作ろうか?」
「よっちゃん、カップめんどこー」


では続きいきます。 
211 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:04

ここに何があっても、あたしは目をそらさない。



吸い込んだ息を止めたまま、ぐわあっと扉を開く。

「っ……!?」

視界の端、悲鳴にもならない音を発した梨華ちゃんが
ぺたりとその場にへたりこんだ。

勢い良く開いた扉から、こぼれるように女の子が転がり出て来た。
小学生くらいに見えるが、実際の年齢は分からない。
短パンとTシャツから伸びた手足はかなり痩せているけれど、
血色はいいし、怪我のあとやあざなんかもない。
ちょっとほっとした。
 
212 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:04

転がり出てきたあと一歩後ろに体を引いた、その体勢のまま
一ミリの身動きもせず、大きな目を更に大きく見開いてあたしたちを見上げる。
斜視がかった目があたしと梨華ちゃんをせわしなく行きかう。

「よぉ、よ、よよ、よちゃ……」
やっと声が出るようになったのか、
あたしにすがり付いて声を震わせる梨華ちゃんを片手で制す。
意思は伝わったらしく、口を閉じ、つばを飲み込む音がごくりと聞こえた。
あたしは梨華ちゃんに、うん、とひとつうなずいて見せ、
そっとその子の前にひざをついた。
「れいなちゃん?」
あたしの呼びかけに、彼女は更に目を見開き、

「っ……きゃああぁあっ」
 
213 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:05

突然走り出したれいなちゃんに、さすがに耐えられなかったのか、
梨華ちゃんが超音波並みの悲鳴をあげる。
その音波に一瞬動きを止めながらも、
れいなちゃんは体を低くしたまま走り去り、素早く中澤さんの後ろに隠れた。
そのまま顔だけを出してこちらを伺う。
興奮しているのか、肩の辺りが大きく上下していた。

「れいな。怖がらんでええ。
 吉澤はわかるやろ?もう一人はその友達やて」
やさしく話しかける中澤さんの顔をちらちらと見上げ、
服のすそをきゅっと握り締める。
小さな手だ。

と、同じくらい小さな手があたしの服のすそを握り締めている。
目を見開いて小さく震えている梨華ちゃん。
そっと促して、中澤さんたちと向かい合いように座りなおす。
距離はとっているが、れいなちゃんがさらに警戒を増す。
 
214 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:05

「吉澤」
「はい」
「なんでわかったん」
少し乱れたれいなちゃんの髪を撫でてやりながら、中澤さんが問う。
静かな声だった。

「はじめ気になったのは、服でした」
「服?」
「中澤さんよく黒い服着てるのに、いつ見ても動物の毛とかついてなかった。
 さっきまでれいにゃと遊んでたって言うのに」
「……」
綺麗好きだから。
それで済ましていいと思いたかった。

「それから少し注意して見てたけど、
 部屋にも毛とかついてるの見たことないし、動物特有の匂いもしなくて」
「……ほんな、いつもいきなり来るんは」
「すいません。最近はわざとでした」
いきなりだったら。
猫の痕跡を見つけられるんじゃないかって、期待した。
梨華ちゃんを連れて来たのは、最後の賭けだった。
 
215 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:06

「猫はいない。
 でもクロゼットの中には何かがいる。それはなにか。
 なぜ……クロゼットなのか」
そこまで変わらなかった中澤さんの表情が、かすかに揺れる。
それを察してか、れいなちゃんが不安そうに中澤さんを見上げた。

「クロゼットじゃなくちゃいけなかったんですよね。
 クロゼットの中に、子供がいなくちゃいけなかったんですよね?」
「なんや……それも気ぃついてたんや」
中澤さんは、ふっと息を吐き出して、肩の力を緩めたようだった。
小さく苦笑いを浮かべる。

「すぐに気づいたわけではなかったんですけど」
「いつ」
「えーと、中澤さん、手帳今どこですか?」
「手帳……? バッグん中やけど」
「バッグは」
 
216 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:06

「クロゼットの……手前の、そうそれ」
梨華ちゃんの手をそっと離して立ち上がり、開けっ放しに
なっていたクロゼットの中に引っ掛けてあったバッグを中澤さんに手渡す。
近づいた瞬間、
れいなちゃんはもっと小さくなって中澤さんの後ろにすっぽりと隠れた。
その仕草に胸が痛んで、あたしはすぐに中澤さんから離れて、
梨華ちゃんの方に戻った。

中澤さんは取り出した手帳を手に、あたしを見やる。
「ここで、あたしと初めて会った日を開いてください」
「……ああ」
何を書いたのか思い出したのだろう、
口元に薄く笑みを浮かべながらページを繰る。
 
217 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:07

その手が止まり、唇の端を更に引いた。
「なんて書いてますか?」
「……ふ。『302の吉澤ひとみはいつでもエロパンツ』」
「あははは。『エロパンツ』って言葉がインパクトありすぎて
 その場をスルーしちゃったから、だいぶ後で気づいたんですけど、
 それ、絶対おかしいんです」
「何が」
怪訝そうな目で中澤さんがあたしを見上げる。

「あの時あたしは『吉澤ひとみ』とは名乗らなかったはずです」
「そうやったっけ?
 でもここに書いてるってことはゆうたんちゃう?」
「それはないんです」
「ないって……どういう意味」
純粋に意味が分からない、という顔で中澤さんはあたしを見つめる。
あたしの隣、梨華ちゃんも同じ顔であたしを見上げる。
しかし、二人の疑問は全く逆のはず。
 
218 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:07

「ね、梨華ちゃん。それはないよね?
 あたしが、自分の名前を吉澤ひとみって名乗ることはないよね?」
「え!?う、うん……そりゃあ、ない、でしょう?」
「なんで」
中澤さんの鋭い視線にびくびくしながら、
梨華ちゃんは小さな声でもごもごと答えた。

「だ、だって……よっちゃんの名前は『ひとみ』じゃないし」

「は――?」
「うん。梨華ちゃん正解」
「なっ、何言うてんねん。吉澤は吉澤ひとみやろ」
「でも中澤さんも正解。
 中澤さん……あたし『あの』あと、普段使う名前を変えたんです」
中澤さんはあんぐりと口を空けて呆然としている。
まあ、名前なんかそうそう変えるとは思わないよね。
 
219 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:07

「あの日。
 中澤さんが『ひとみ、ひとみ』って呼んでくれた声が耳から離れなくて、
 恐怖そのものとイメージが直結しちゃったみたいなんです。
 自分の名前を怖がるあたしに、カウンセラーさんとかが協力してくれて
 学校とか普段の生活では名前を変えることにしてもらいました」
戸籍とか、ちゃんとした書類では『ひとみ』のままなんだけどね。
ちょうど引っ越した後、新しい学校に行く前だったから、
今の友達は誰もあたしの本名を知らない。

「だから、あたしのことを『吉澤ひとみ』と呼べたのは、
 3歳以前のあたしを知っている人だけなんです。
 そのことに気づいて、初めてわかりました。
 中澤さんが、あのときの『ゆうちゃん』だったことに」
「……おそ」
「すいません」
頭を下げるあたしに、中澤さんはそっぽを向いてしまったから、
どういう表情をしていたのか、あたしには分からなかった。
しばらくその横顔を見つめていたけれど、なかなかこっちを向いてはくれなかった。
れいなちゃんも心配そうに同じ横顔を見上げている。
 
220 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:08

「……ね、ねえ」
話が途切れるのを待っていたのか、
それとも意味の分からない沈黙に耐えられなくなったのか、
梨華ちゃんがつまんでいたあたしの服をひっぱる。
ここまで巻き込んだからには、ちゃんと話をするつもりではあったけれど、
中澤さんの前で話すべきかどうか。
少し考え込んだが、中澤さんの反応のないことを許可だととることにした。



「あたし、3歳の時に火事にあったんだ」

 
221 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:08

 
222 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:08

あたしは元々、京都の田舎の方で生まれた。
親戚がいるわけでもないし、
両親もそう長く住んだ土地じゃなかったせいもあって、
あれ以来一度も帰ったことはないけど。
団地……みたいなとこだったと思う。
近所に子供はたくさんいて、あたしはどっちかっていうと年下組みだった。
面倒見てくれるおにーさんおねーさんがいっぱいいて、
その中でも一番大好きだったのが、隣の中澤さんちのゆうちゃんだった。
 
223 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:09

その日はなんだったのか、うちの両親が出かけていて、
あたしは中澤さんのおうちに預けられた。
でも夕方にはおばさんも買い物に出かけ、
おうちには中学生だったゆうちゃんとあたしだけになった。

『ゆうちゃん、あそぼ!』
『えー? めんどいなあ。おとなしぃにしてぇや』
『やだ! かくれんぼ! かくれんぼしよー』
『……もー、しゃーないなあ』
『やったあ』
駄々をこねるあたしにおれて、ゆうちゃんはあたしと遊んでくれることになった。
喜んではしゃいで跳ね回るあたしに、
ゆうちゃんは口元に笑みを浮かべながらあたしをにらみつけるマネをする。
『ええか、ひとみ。物壊したりしたらあかんねんで』
『はあーい』
 
224 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:12

ゆうちゃんを玄関から廊下に追い出して、
数を数える声を確認してから部屋に戻ったあたしはクロゼットの扉を開いた。
冬物の布団がしまってあったのでそれを被って隠れた。
かくれんぼは得意だったし、これ以上の隠れ場所はないと思った。
しばらくして玄関の扉が開く音がして、ゆうちゃんの声が飛び込んできた。
『ひとみ! 火事や!! 出て来ぃ!!』
くぐもって聞こえたのは、かなり焦ってうわずった声だったけど、
遊んでもらえるうれしさでテンションの上がっていたあたしには、
その危機感を感じ取ることができなった。
『うそちゃう! ひとみ! 早く!!』
(そんなこと言ってもだまされないもんねー)
きひひ、と布団の中で笑ってた。

『ひとみ! ひとみ!』
どかどかと荒々しく物を動かす音。
ばたばたと色んな扉を開ける音。
だんだん近づいてくる物音に、あたしはわくわくと心臓を高鳴らせた。
 
225 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:13

『だぼが!! はよ出て来んかい!』
でも、間近で聞こえたゆうちゃんの声は怒ったみたいになっていて、
あたしもなんだか笑っていられなくなってきた。
綺麗で面白くてやさしいゆうちゃんだけど、怒らせたらそりゃーもう、
うわさに聞く地獄のえんま様なんか目じゃないくらいに怖い。
あたしは、火事がどうとかっていうよりも、
なんかわかんないけど見つかったら怒られるって思ってがたがたと震えていた。

がつっ

とうとうクロゼットの扉が開いて、あたしは小さく体を縮こまらせた。
(怒られる!)


『ひとみ!!』

 
226 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:13


ゆうちゃんも、気が動転していたんだと思う。


不自然に膨らんだ布団に、気がつかなかった。

 
227 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:14

『どこや! ひとみ、ひとみ!!』
すぐにクロゼットを閉めて声は遠くなって行った。
あたしはほっとして体の力を抜いた。
見つからなかった。怒られずにすんだ。

『どこやねん!!』
叫び続ける声は、かなり焦っていた。
ごほごほとひっきりなしに咳をしていたから、
きっとすでに部屋にも煙が充満していたんだと思う。
自分の妹とかではなく、ただの隣のうちの子供。
そのために自分の身に危険が迫っている。
『ひとみ! ひとみ! ひとみ!!』
あたしの名前を呼ぶゆうちゃんの声は、搾り出すような、泣きそうな声になっていた。
布団の中にまで嫌な臭いがしてきて、なんだか息が苦しくて、
あたしの意識も朦朧とし始めていた。
 
228 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:14

『おらん……』

『逃げたんか……?』

――違うよ。ここにいる。
いるのに。声が出ない。

『逃げたんやんな……そうや、そうやんなっ』
ゆうちゃんは、必死に自分に言い聞かせていた。
それでも納得できなかったんだろう。
『あんの………アホが!!』
何か硬いものを投げつけるような音がいくつかして、
それきり物音が途絶えた。

――いやだ。行かないで。
怖いよ。あたしを置いて行かないで。


が ちゃん


玄関のドアが閉じる音が妙に近く聞こえ、
あたしの意識は遠くなっていった。

 
229 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:15


消火後に消防士に見つけられたとき、
あたしは一酸化炭素中毒で危険な状態だったらしい。



火が出た部屋から距離があったことと、
分厚い布団をしっかり被っていたことが幸いして、
火に焼かれることはなかったけど、
そのまま救急車で運ばれたあたしは数ヶ月間入院し、
恐怖症の残ったあたしを気遣って、
家族はお父さんの実家があった埼玉に引っ越した。
 
230 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:15

 
231 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:16

話し終えたあたしを見上げて、梨華ちゃんは唇をぎゅっとかみ締めている。
その凛々しい表情にちょっと笑いそうになった。
無駄に熱い人だから、きっと色々考えて、色々言いたいことあって、
でもがんばって飲み込んでるんだろうなって。
(目がすっげー語ってるけど)

今では何の痛みもなく思い出せる記憶だから、
その点では梨華ちゃんが何かを気にする必要はないんだけどね。
ただまあ、今は何も言わないでくれたのは助かった。

あたしを気遣うような言葉を、この人の前では。
 
232 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:16

「中澤さん……。
 あなたは悪くない。悪いのは素直に出て行かなかったあたしです。
 むしろぎりぎりまで探してくれたこと、感謝しています。
 火傷も……本当にごめんなさい」


小さな子供を置いて逃げたこと。
炎に体を焼かれながら走ったこと。
それは15歳には重過ぎる心の傷になったのだろう。
あたしは3歳だった。
だから『ひとみ』という名前に恐怖全部を乗せて捨ててしまうことで、
忘れることができた。

15歳。

忘れることも、
割り切ることも、
できなかったんですね。
 
233 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:17


「クロゼット開けて……」

うつむいたまま、あたしを見ないで中澤さんがつぶやく。
弱弱しく、うつろな声だった。

「女の子がおったらほっとして……」

でも、正気の声だった。

「なんであん時、あんたがおること気づかんかったんやろうって……」

「気づいてさえおればって……」

「……ごめん」

 
234 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:18

ぽたり、ぽたりとあご先から滴るしずくに、れいなちゃんはおろおろと眉を下げた。
小さな手で懸命に中澤さんの頬をぬぐっている。

「謝るのはあたしじゃなくて、れいなちゃんに」

「れいな……悪かった」
急に振り返った中澤さんに柔らかく抱きしめられて、
れいなちゃんはきょとんとしていた。

「長い間……ごめんな」


無防備な表情のれいなちゃんを見て、
あたしは彼女がとてもかわいらしい子だと気づいた。

 
235 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:18

 
236 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:18

「……おかえり」
深夜、玄関のドアを開けてくれたミキティは探るようにあたしを見上げた。
「ごめんね、こんな時間に」
「なーこと気にすんな」
笑って見せるとちょっと安心したみたいに表情を崩して、
ぽすん、と胸の辺りにこぶしを押し付けられる。
触れられる力の確かさに、ふっと息を吐く。

「けーさつ?」
「んーん。今日は弁護士さん」
「そっか。毎日大変だね」
「そーでもない。梨華ちゃんは?寝てるの?」
「うん。やっと寝たとこ」
「……もしかしてあんま寝れてない?」
「あー、まあ、ね」
悪いことしたなーとベッドを見やると、背を向けて眠る梨華ちゃん。
日に焼けた肩が穏やかに揺れている。
って。
「……ねえ、姫、服着てないんだけど」
「だってしたあとってぐっすり寝れるじゃん」
事後ですか。
そうですか。
 
237 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:19

「しゃべってたら目覚ましちゃうかな」
「大丈夫大丈夫。この人いったん寝たら起きないからさ」
さりげない仕草でミキティが姫の肩に布団をかけてやる。
それはあたしに見せたくないってことか、
単純に寒そうだと思ったのか、どっちでしょうねえ。

……どっちでもいいや。
だらりと壁を背にして座り、細く息を吐く。
「ん」
キッチンから戻ったミキティがビールを差し出してくれた。
「サンキュ」
手にずしっと重い感触。
缶ビールってこんなに重かったっけ。

ぷしゅ

のどに流し込んだ炭酸が効いて、じわりと涙が浮かんだ。
泣いていると思われるのがイヤで、上を向いてぎゅっと目を瞑った。
そのまぶたを開くより早く。
ミキティがすとんと隣に腰をおろす気配。
そのまま、正面を向いたままでビールを煽る。
 
238 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:19

「で、あの子の身元分かったの?」
こっちを見もしないで問うぶっきらぼうな声に、
顔を見られない位置に座ってくれたんだと気づいた。

「うん。田中れいなちゃん。16歳だって」
「16?梨華ちゃんは小学生くらいって言ってたけど」
「まあ……あんま発育よくなかったんだろうね」
「ああ、そっか。それで?」
「なんか福岡の子らしくって、13年前、家族と東京の親戚んちに
 遊びに来てたときに行方不明になってたんだって」
「13年……」
ミキティが自慢のでこに手を当てて軽く目をつむる。
気持ちは分かる。
あたしも聞いたときはめまいしたもん。
 
239 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:19

「13年間、クロゼットに閉じ込められて……?」
「いや、ずっとってわけでもなかったみたい。
 歩いたり走ったりも普通にできるし、栄養状態もいいから、
 監禁というほどでもなかっただろうって」
「――っ、ああ、そっかそっか」
監禁。
その言葉にミキティがぎょっとしたのがわかった。
そりゃそうだよな。
もう何年も住んでる同じ建物内に監禁されていた子がいたなんてね。
怖いよね。
さすがのミキティでもね。
ははは。
そりゃすげー事件だ。
 
240 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:20

「それで、その、どうなんの」
ミキティにしては珍しく言葉を濁したが、
それがれいなちゃんのことでないことはすぐにわかった。
「……知らね」

本当は。
弁護士さんが色々教えてくれた。
警察が教えてくれなかったことも色々教えてくれたけど。
ご両親と上手くいってなくて協力してくれないとか愚痴られたり、
友人らしい友人もいなかったとか、
れいなちゃんの両親の怒りがかなり激しいから状況は厳しいとか、
そんな情報聞きたくなかった。

どうなってしまうのかとか、知りたくない。

あたしは、ただ。
 
241 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:20

「よっちゃんは間違ってないよ」
まだ正面を向いたまま、ミキティがポツリとつぶやく。

「だってさ、普通そんな人が家に他人あげるわけないじゃん。
 よっちゃんだからあげたんだよ。
 助けて欲しかったんじゃないの……多分だけどさ」
「そ、かな」
「そそ。それにさ、あのままでよかったわけないじゃん。
 どっちにしろ見つかるんだったら、
 いきなり警察とかよりよっちゃんに見つかった方が、
 絶対この先の中澤さんのためになったと思うよ」
「……」


立てたひざにおでこを抱え込んで、固く目を閉じた。
ミキティももう何も言わず、
しんとした部屋に梨華ちゃんの寝息が緩く広がる。

ぽす

丸くなった背中をミキティの手のひらが軽く叩いた。
その温度に、また、涙がにじんだ。

 
242 名前:クロゼットの中の猫 投稿日:2008/09/12(金) 00:21


中澤さん

あたしはただ、

あなたに幸せになって欲しいと――

 
243 名前: 投稿日:2008/09/12(金) 00:22

『 クロゼットの中の猫 』  終わり
 
244 名前:wes 投稿日:2008/09/12(金) 00:27

う〜ん。ラストちょっと暗くなりましたね。
しかもこんなに長くなるとは思いもよらず。
ネタ元は乱歩だったかもしれないけど、ホラー系の漫画だったかもしれない。
分かる方、情報求む。
覚えているのは、押入れ(タンス?)から猫が転げだすシーンだけですけどw
 
245 名前:esk 投稿日:2008/09/12(金) 00:28
ちょww
誰だよ>名前欄ww
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/12(金) 08:53
最初から何が隠れているのか分かっていたのに、ここまで面白くなるとは。
さすがです。次の更新も楽しみにしてます。
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/13(土) 07:33
話の展開に驚きつつもさりげないりかみきに萌えw
248 名前:esk 投稿日:2008/10/14(火) 01:56
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>246さま
ばれてましたかー。
今回のは推理的要素はそれほど重視してなかったんですけど、
ばればれだとそれはそれでちょっと恥ずかしい。

>>247さま
この話でなぜりかみきになったのかは私にも謎だったのですが、
気に入ってもらえたようでよかったです。


わりと趣旨に合ったネタがあったのでいっときましょうww

いしよし
249 名前: 投稿日:2008/10/14(火) 01:57

『 フェアリーブラッド 』
 
250 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 01:58

「あれ? さゆ、指怪我してるの?」

事務所でさゆに久しぶりに会った。
会話の合間に髪を触った指先に巻きついているバンドエイドを見つけた。

「あ、そうなんですよー。石川さんめざといー。
 昨日包丁で切っちゃって、血がいっぱい出てびっくりしました」
「もー、笑ってないで気をつけなよ?」
ぐるって目を見開くけど、そういう問題じゃない。

「そうですよねー。さゆみってば妖精ですから」
「は? 何言ってるの?」
思いもよらない切り替えしについていけなくてとっさに眉をひそめてしまった。
少し苛立ち気味に聞き返した私を、さゆはきょとん、と見下ろしてさらりと言った。
 
251 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 01:59

「あれ、石川さん知らないんですか?
 妖精の血を飲むと人は気が狂うらしいですよ」

「……えー? 何それー」
「だから、さゆの血を誰かが飲んじゃわないように
 すごーく注意しなきゃいけないんですっ」
胸の前で両手をグーにしてなぜか嬉しそうに力説しているさゆは、
一瞬言葉につまった私に気づかなかったみたい。
よかった。
ふっと鼻で笑うフリで詰めていた息を吐き出した。

「っていうかさ、普通に生活してて人の血を飲むって状況、ないよね」
「わかんないですよー。たまーにはあるかもしれないじゃないですか」
「ふーん。じゃあまあ、私も注意しとくね」
「え、何でですか?」
「だって妖精といえば石川梨華、でしょう」

えー、とか顔をしかめるさゆの白いほっぺたをつねっているうちに、
なんだか我慢ができなくなってきちゃった。
さゆがあんなこと言うから……色々思い出しちゃったじゃん。
さゆにバイバイしたらすぐに電話しよう。


このところ会ってないから、よっちゃんもきっとおなかすかしてるよね。
 
252 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:00

 
253 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:01

「梨華ちゃん……ねえ、もういいでしょ」
「ん……だめ……まだだよ」

こんなのじゃ足りない。
もっと、もっと。
あなたはもっと私のこと満足させないといけない。


私の胸の上から顔をあげたよっちゃんは、私の返事に不満そうに頬を膨らませた。
おざなりに蠢く舌先が肌をなでる。指先が少しきつく胸の先端をつまむ。
痛みを感じた指先を振り払ってきつく睨み付けると、よっちゃんはばつ悪そうにうつむいた。
そんな顔をするんだったらはじめからしなければいいのに。

「ちゃんとしなきゃあげないよ」
「だって……」
「だってなあに?」
「もう何回もしたじゃんよ……」
「まだ……もう少しだけ。ちゃんとしたらいっぱいあげるから、ね?」
「いっぱい!? ホントっ?」
「ホントだよ。だから……んっ……あぁ」
 
254 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:02

ぱあっと顔を輝かせると、一心になって激しく舌を蠢かせる。
振り払った指先はおなかを伝って下に滑り降りてゆく。
あんなに拗ねた顔しといて、一瞬で満面の笑顔になるんだから。

「あ、ふぁ……ふ、ふふ」

思わず声に出して笑ってしまったけど、必死になっているよっちゃんは気づいていない。


『 妖精の血を飲むと人は気が狂う 』


知らないわけないでしょ。
小さなころから何度も言われてきたんだもの。
ママに、お姉ちゃんに、どうにかすれば妹にまで。

だけどさゆ、
そんなのうそだよ。

だってよっちゃんってば、こんなにも従順。

 
255 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:02


「ねえ、いい?」
張り切りすぎなよっちゃんのせいで、ぐったりとベッドに体を投げ出して、もう動けない。
だから勝手にやってもいいのに、それでも私の許可を待つよっちゃんはやっぱり従順だよね。
あんまりおかしくって返事を焦らすと、寝ちゃったとでも思ったのかな、
がくがくと肩を揺すられる。
「ねえってばあ」
もう、しょうがないなあ。
だるい腕を持ち上げて、白い頬を引き寄せる。
深く唇を重ねると、条件反射のように舌を差し込んでくる。
なんて従順。

ふ。ふふふ。

「梨華ちゃん?」
キスしたまま笑い出した私を、よっちゃんが不審そうに見下ろす。
その滑らかな頬をもう一度なでて。

「……いいよ」
 
256 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:03

やっともらえた許可に、よっちゃんは返答もなく私の胸に顔をうずめる。
胸のふくらみの下のほうにきつく歯を当てた。
いつも直りきらない傷だらけの、そこに。
「見えるとこはだめだよ」
「わかってる」
少しイラだった声。
今日はちょっとじらしすぎたかな。
痛いくらい乱暴に胸をつかまれて、ぐっと歯に力がこもった。

「ぁ」

いっぱいに張り切った皮膚が薄く裂ける。
よっちゃんももう心得たもので、深く噛み切ることはしない。
傷の直りが遅くなるからね。
かすり傷からにじみ出るそれを、懸命に舐めとっている。


「あは、あはははは」

その必死さに、私は笑いが止まらない。
 
257 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:04

 
258 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:04

口の中にまとわりつく味がたまらない

のどがひりついて

首に当てた手に力を込めると意識が甘く

なる

舐めとる

赤い。赤いのは。

めのまえがあかい――
 
259 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:04

意識が途切れ途切れになってきて、ぶるりと首を振った。
少しだけクリアになった目で梨華ちゃんを見上げると、
目の上に片手を乗せたままで声を立てて笑っている。
体がひくひくと震えている。
何がそんなにおかしいんだろう。
あたしにだって教えてくれたらいいのに。
梨華ちゃんはいつも意地悪だ。
こんなにおいしいものを独り占めして、なかなかあたしにくれない。

こんなにいっぱい、体の中に満たしているのにさ。


――いっぱい?

そうだ。
今日はいっぱいくれるって言ったのに。
忘れていた。
あたしって馬鹿だな。

いっぱいってどれくらいだろう。
のどが乾かないくらい、飲んでもいいのかな。
舐めて唾液と混ぜて飲み込むんじゃなくて、そのままごくごくと?
 
260 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:06

見上げると、梨華ちゃんの甲高い笑い声。
のけぞった細いのどに、はっきりと浮かび上がる。
薄明かりの中でもわかる、赤く脈打つ動脈。


どくん
どくん
どくん
どくん


規則正しいその音に呼ばれて、あたしは体を起こす。
ごくごくと。
飲むんだ。


のむんだあ

 
261 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:06


か ぱ あ



首筋に向かって大きく開かれた口腔内に並んだ歯の白を、
彼女は見たかどうか。

 
262 名前:フェアリーブラッド 投稿日:2008/10/14(火) 02:08


 あれ、石川さん知らないんですか?

 妖精の血を飲むと人は気が狂うらしいですよ

 
263 名前: 投稿日:2008/10/14(火) 02:09

『 フェアリーブラッド 』   終わり
 
264 名前:esk 投稿日:2008/10/14(火) 02:11
なんだかよくわかんなくでごめんなさい。
エロありって書き忘れてごめんなさい。
HUNGRYだと思っていてごめんなさい。

妖精の血の効果は創作です。
265 名前:esk 投稿日:2009/01/03(土) 18:29
開けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

あやみきー
266 名前: 投稿日:2009/01/03(土) 18:31

『 sweet drug 』
 
267 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:31

「おー、美貴じゃん。ひっさしぶり」

よっちゃんに誘われて、久しぶりに昔遊んでいた店に顔を出した。
ちょうど休憩だったのかうろうろしていた顔なじみのDJに手を振るだけで挨拶をして、
隅っこのテーブルに陣取る。
耳をふさぐような大音量は、やっぱりうるさいけどなんか心地いい。
昔の仲間も意外と今でも出入りしているみたいで、入れ替わり立ち代り声をかけてくれるし。

……それだけなら楽しくてすむんだけど、
美貴が知らない、美貴を知っている若い子なんかが話しかけてくるのは、
正直かなりめんどくさい。
適当に流してるのにがっつりくっついてきて、二人で飲みませんか、とかマジ勘弁して欲しい。

その相手をしてたらなんだか疲れちゃって、しばらくして落ち着いた頃には眠たくなってきた。
最近仕事忙しかったし、すっかり堅気の生活に慣れちゃってたからな……。
何気なく伸びをすると。
 
268 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:33

「みきたん? どうかした?」
「ん。や、別に」

間近から顔を覗き込まれる。
気がつくと美貴の隣をキープしていた子。亜弥って名乗った。
少し年下かな。照明を落としたフロアでもわかるくらいに真っ白で綺麗な肌。
何よりも完璧なまでにかわいい。
よっちゃんは顔くらいは知ってるって感じだったけど、美貴は全くの初対面。
にもかかわらず、べったりとくっついて離れない。

取り巻きっぽい子に美貴の分まで飲み物運ばせたりして女王様風吹かすくせに、
美貴には気の抜ける名前で呼んだりして、
うざいヤツだと思ったけど、まあ、どうでもいい。
いい匂いのする綺麗な子を隣に置くのは、こういう場では気もいいし。
何より人払いになる。
現に、寄ってくる子がぐんと減った。
 
269 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:34

さっきよっちゃんが、『あの美貴を新人が落としたってうわさで持ちきりだよ』
といらない声をかけていった。
落とされたつもりはないけど、めんどくさいからそれでもいい。
スタイルもいいし、声も可愛いから、したいって言うんだったらしてもいいし。

そんなことを考えつつ、ぼーっと横顔を眺めていると、
亜弥ちゃんは平べったい缶からタバコを一本取り出した。
ちらりと手元を見ると、いかにもオンナノコが吸いそうな細巻き。

「ん? みきたんも吸う?」
「いや、いい」

こんなとこで缶から出した紙巻吸うほどばかじゃねえっての。
即答で断ったのに、亜弥ちゃんは一口二口吸ったそれを美貴のほうに差し出した。
 
270 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:35

「ん」

押し付けるみたいに唇まで持って来られて、そこまでされると断るのもめんどくさい。
吸って見せたくらいだからそれほど悪いものでもないんだろうし。
仕方なく軽く一口吸ってみたけど。
……普通に予想通りでバカバカしくなる。
もう一口吸って戻すと、亜弥ちゃんはくいっと首を傾げて見せた。

「好きじゃない?」
「他人が作ったやつは吸わないことにしてる」
何混ざってるかわかったもんじゃないし。
まあ香り系の混ざりものがしてあるだけみたいだったけど、色々めんどくさいし。

「意外と慎重なんだね」
ちょっと笑って、でもその笑い方がバカにしてるとかそんなんじゃなくて。
すごくやわらかくて。
なんかうまく言葉を返せなかった。
そんな美貴を確認して、綺麗にネイルされた指先が、
ほとんど減っていないそれを灰皿にもみ消す。
 
271 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:36

「ね」
「うん?」

ぐいっと首から引き寄せられて、唇をふさがれる。
ひゅーっと誰かがそばで口笛を吹いたのが聞こえた。
横目で確認したら、いつのまに戻ってきたのか、よっちゃんがにやにやと笑っている。
ったく。こういうときだけ狙ったように側にいるんだから。
反射的に文句をつけてやろうと開いた唇の間を割って、熱い舌がとろりと進入してきた。
さすがに引き剥がす腕に力を込めたけど、驚くほどに強い力で抱きすくめられる。
舌にはまだ煙の味が残っていて、少しぴりぴりした。
その刺すような味が消える頃、さっきまで亜弥ちゃんが飲んでいた甘いカクテルの味がして。

甘ったるくて。
めまいがした。


「『好きじゃない?』」

いつの間に離れていたのか、間近でにやりと笑む口元から、甘い匂い。
体を包む大音量が、少し遠くなったような気がした。
 
272 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:36

 
273 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:37

「はあ、んっ……んっ」

ああ、やっぱりあん時ヘンなもん吸わされたんだよ。
絶対そう。
そうじゃなくちゃ。

「みきたん」
「あっ……ん……亜弥、ちゃ……んっ」

そうじゃなきゃ……。

あの晩連れ込まれた彼女の部屋。
ここから出られなくなって、何日くらいたったのか、もうわからない。
仕事ももうクビになってるだろう。
携帯の充電もとっくに切れた。
でも、そんなことも気にならないくらいに。

「ん……、や、もっと……っ」
「んふふ。みきたんはかわいいなあ」
 
274 名前:sweet drug 投稿日:2009/01/03(土) 18:37


朝も昼も夜も。

エンドレスに。

求めて止まない、甘い香り。

 
275 名前: 投稿日:2009/01/03(土) 18:38

『 sweet drug 』   終わり
 
276 名前:esk 投稿日:2009/01/03(土) 18:41
タイトルに半角空白はダメなのか。
あ、微エロでした(今更)。
277 名前:esk 投稿日:2009/01/10(土) 01:07
読んでくださった方がいたのなら、ありがとうございました。

もいっちょあやみき
278 名前: 投稿日:2009/01/10(土) 01:09

『 お大事に 』
 
279 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:10

「たんなんか嫌い!! もういいよ! 勝手にしなっ」
「ひどいっ、美貴だって亜弥ちゃんなんかだいっ嫌いだもん!」

言い返した美貴の言葉に、亜弥ちゃんは一瞬ひるんだみたいに見えた。
でもすぐに怒りモードの顔に切り替えて、そっぽを向く。
そのまま荒々しく立ち上がると、足音はどかどかと美貴から遠ざかっていった。

がしゃん

背中の方から派手な音がして、思わず肩がすくんだ。
亜弥ちゃんちのリビングのドアは、荒っぽく開けたてすると結構大きな音を立てる。
美貴が音を立てると、いつも『そーっとして!』って怒るくせに、
こんなときは派手な音を立てる亜弥ちゃんが嫌みったらしくてむかついた。

めんどくさいなあ。さっさとベッドルームにでも行けばいいじゃん。
そしたら美貴は玄関から帰ってやるし。
明日も朝から一緒にリハだからせっかく楽しいお泊りのはずだったのにさっ。
つまんないことで勝手に怒り出して、ばっかみたい。
ああ、もう。むかつくむかつくむかつくっ。
 
280 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:11

………。

…………?

イライラと肩を揺らしていて、その違和感に気付く。
――ドアを閉める音、聞いてない。
閉めずに出て行った?
いや、廊下を歩く足音もしなかったし、
ベッドルームのドアを開ける音も、もちろん閉める音もしなかった。
なんかすごく嫌だったけど、好奇心には勝てず、そおっと振り返る。

部屋を出たはずの亜弥ちゃんは、ドアを開けたところで、
しゃっきりと背筋を伸ばしたまま、微動だにせず立ち止まっていた。
髪の一本ゆれることもない。

な、なんだよ。追いかけて来いっての?
やだよ。美貴なんもしてないじゃん。
亜弥ちゃんが勝手に怒ってるだけだもん。
美貴悪くないもん。
……だって。
………だってさ。
 
281 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:11

「え」

いじいじと俯きかけると、それまでぴくりとも動かなかった亜弥ちゃんが、
ゆっくりと膝を折ってぺたりと床に崩れ落ちる。

「な、何。……何よ」

返事はない。

すう はあ
いくつか大きな呼吸をしたみたいに見えた、その後。
丸くゆがんだ背中が、小さく波打つ。
まさか……泣いてる?

すん

小さくすすり上げる声。
な、ななななんで!?
泣くようなこと?
そこまでひどいことしてないよ!
じゃあやっぱり追いかけてこないから?
今も座ったままだから?
 
282 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:12

あ……。

さっき、『だいっ嫌い』って、言ったから?

「……た、ん」

どきん。

明らかな涙声。
震える弱弱しい声に、こっちまで泣きそうになる。

「お、ねが……い」

「……」

「こっち……来て」

「……うん」
 
283 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:13

何かを堪えるような、必死な声。
意地っ張りで頼られたがりの亜弥ちゃんが、こんなことを素直に言うのは珍しい。
美貴は、自分の発言が、自分の大切な人をどれだけ傷つけたのかを悟った。
ドアに寄りかかるようにして、亜弥ちゃんは座り込むというよりも、
なんだかぐったりとしているように見えた。
ぎゅっと閉じたまぶたの隙間からは、次々と透明なしずくが零れ落ちている。
青ざめた横顔に、心臓をぎゅっと握られたみたいになって、こっちまで苦しくなる。

「……ごめん」
「な、に……が?」

それを言わせるか。

「だから、あの、嘘、だし。勢いで言っちゃっただけだから。だから、あの」

亜弥ちゃんの反応はない。
目をつむったまま、顔をあげることもしてくれない。

「美貴……亜弥ちゃんのこと、……好き、だし」

亜弥ちゃんが、ぴくりと肩を揺らした。
うわ、どうしよう。むちゃくちゃ恥ずかしい。
顔上げないで。今、目合わせらんない。

反射的にその細い体を抱き寄せ――
 
284 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:14


「………っったい、っつってんだろーがあああっっ!!」



られず、殴られる。
……美貴、なんで殴られたの?
ぽかんと亜弥ちゃんを見つめると、荒っぽく涙をぬぐって背中をさらに丸め、
そのままへなりと床に横倒しになる。

「う〜〜〜〜、イータイイタイイタイイタタタタ……たんのばかっ」
「はあ? 何? なんなわけ? 意味わかんないんだけど」

「足の指! ドアに引っ掛けたの!!」

ゆび? ドア?
視線を行き来させつつ、亜弥ちゃんを見下ろすと、
左足を触るような触らないような微妙なしぐさ。
薬指が微妙に赤い、かな。
 
285 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:24

「……っていうかさ」
「何よ!」
キッと顔を上げたものの、顔だけの身動きだけでも足に響くみたいで、
大きく見開かれた目が恐怖におののく。

「ばか……?」
「う……うるっさい! たんなんか嫌い!」

深刻に痛そうなとこ悪いけど、真っ青にした顔を真っ赤にして怒る亜弥ちゃんが、
面白くて――かわいくて、思わず笑ってしまった。
う〜、とかうなりながら、亜弥ちゃんも肩を震わせて笑い出した。

そういえば、さっきなんで喧嘩したんだっけ?

「大丈夫?」
「大丈夫じゃないっ」

涙を流しながらだらしなく笑う亜弥ちゃんを見ていると、
そんなことどうでもよくなってしまった。
 
286 名前:お大事に 投稿日:2009/01/10(土) 01:25


結構きつくぶつけたみたいで、歩けないでいる亜弥ちゃんをベッドまで運んで、
コンビニで湿布買って、かいがいしく世話をしてあげた。
やっぱり素直じゃない亜弥ちゃんは、美貴の発言を笠にとって、
『だってたんはアタシのこと好きだもんねー』とか言ってお礼とか言わないけど、
痛みがなかなか引かないみたいで、辛そうな顔をしながらもそうやって軽口叩くところが、
らしくって笑えた。

朝になってぱんぱんに腫上がった薬指を見ても、記念にって写メ撮っちゃったりしてさ。



だから、まさか折れてるとは思ってなかったよ。

笑って、ゴメン。

 
287 名前: 投稿日:2009/01/10(土) 01:26

『 お大事に 』 終わり
 
288 名前:esk 投稿日:2009/01/10(土) 01:27
一日も早い完治をお祈りしています。
289 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/01/10(土) 03:44
あやみきだー更新されてた!
おもしろかったです。
本当に早く良くなってほしいですね(-人-)
290 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/10(土) 06:42
これは読めたwww
けど、面白かったですw
291 名前:esk 投稿日:2009/01/26(月) 22:38
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>289さま
ありがとうございます。
最近またあやみき書きたい病が……w
こういうコント系のお話は私も書いていて楽しいです。

>>290さま
これ以外は読めんかったということかあああwww
えーと……そんな方にも楽しんでもらえて光栄ですw


いまさらですが、せっかく書いたので。
(吉)里アヤ
292 名前: 投稿日:2009/01/26(月) 22:41

『 お大事に Ver. S 』
 
293 名前:お大事に Ver. S 投稿日:2009/01/26(月) 22:43

「うう……ひぐっ、うっ、あやか〜、まいぃ、まいね……」
「はいはい。わかったわかった」
「だってざああ、うえええ」
ベッドに横になったまま、まいちんは子供みたいに泣きじゃくる。
気持ちはよぉーく分かるけど、そういうことで体力使うのもどうかと思う。

「みんな怒っでるよぉ」
「そんなことないでしょ」
「だっで、10日にも穴開けてぇ、またってぇ、こいつ何様だよってぇ……う”〜」
「もー、大丈夫だって。まいちん出番ほとんどないし」
「……それっで慰め?」
「え!? いや、どっちキャラで行こうか一瞬悩んだんだけど、あ、でも、えっと」
恨めしそうな視線にちょっと焦る。
優しくするより笑いにしようと思ったんだけど〜。
でも焦りまくる私が面白かったのか、なんとなく泣き納まってきたまいちんは、
涙と鼻水でぐしょぐしょの顔のまま、でへへとだらしなく笑った。
 
294 名前:お大事に Ver.S 投稿日:2009/01/26(月) 22:43

「ほらティッシュ」
「う”ん」
ほっとして、まいちんに箱ごとティッシュを差し出すと、
ぶふーっと豪快に鼻をかんで、はあ、と大きく息をついた。

「はい、もう寝た寝た。洗濯とかするけど、あんまりうるさかったら言ってね」
「ふあーい。アリガト」
ベッドから私を見送るまいちんは、すでに眠そう。
泣きすぎで眠くなるってホント子供。
かわいそうだとは思うけど、あんまりにもらしくってちょっと笑えてきた。
 
295 名前:お大事に Ver.S 投稿日:2009/01/26(月) 22:45

あいかわらず散らかっている部屋をそっと片付けようと……思ったけど、
いつのまにか張り切りすぎてそんな気遣いもしていなかった。
やばかったかなとそっとベッドのほうを振り返ったけど、
まいちんはなんだか難しそうな顔で、でもぐっすりと眠っていた。
これなら大丈夫だろうと洗濯も済ませて、ついでにごはんも適当に作り置き。
今は食べられなさそうだから、さめるのを待って冷蔵庫にしまう。

掃除、洗濯、ごはん。ま、こんなもんかな。
パーフェクト主婦業を存分に発揮して、時計を見上げると結構いい時間になっていた。
 
296 名前:お大事に Ver.S 投稿日:2009/01/26(月) 22:46

「まーいちーん」
「ん……」
「どう?起きれる?」
「うー。うん」
軽く肩をゆすると、まいちんはよろめきながらもひじを突いて体を起こした。
だるそうにため息を吐いたけど、顔色はさっきより良さそう。

「ほい、リンゴ」
「ほーい」
しゃりしゃりしゃりしゃり
半目でうつろな表情の癖に、小気味良い音を立てるまいちんにほっとする。
食欲が出たというほどではないと思うけど、
少なくとも口を動かすことが億劫というほどではないみたい。
半目なのは寝起きのせいだろうし。
 
297 名前:お大事に Ver.S 投稿日:2009/01/26(月) 22:49

「次、お薬」
「へーい」
お医者様の白い袋から薬をざらざらと取り出して手に乗せてあげると、
まいちんはいかにも嫌そうな顔をしながら、それでもすぐに素直に薬を飲んだ。
ペットボトルの水をそのままぐんぐんと飲み干して、ぷはーって豪快に息をついて。
でもそのままの流れでしょぼんと肩を落とした。

「はあ……。あーあ。今日、終わっちゃったよ」
「そだねー」
時計を見上げると9時を回っていた。
ライブももうとっくに終わってるね。
……そうだ、よっちゃんにメールでもしようかな。
そう思った瞬間、まいちんの枕元で携帯が音を立てる。
まいちんも心当たりがあったのか、すばやい動作で携帯をひらく。
「ぃよし!」
よしってなんやねん。
突っ込む前にまいちんは携帯を耳に当てた。
急激に垂れ下がる目じりに相手が誰だかばればれだから、
反対側に耳をくっつけると、のんびりアルトの声が聞こえてきた。
 
298 名前:お大事に Ver.S 投稿日:2009/01/26(月) 22:51

『うーす。生きてるかー?』
「なんとかね〜。 もー、今日、ほんっとごめん! みんな怒ってたよね」
『んなわけないじゃん。まあ、しょうがないよねってさ、みんな。
 でもすっごい心配してっからさ、メールとかしとけよ〜』
「うん、するする。ってかもうホントやだ。まいってダメだよね〜」
『だーいじょうぶだって。来週ガンバロ』
「来週は絶対絶対絶好調で行くから!」
『んはは。気合はいってんなー。アヤカは? いるんでしょ?』
「いるけ――」「もしもし、よっちゃん?」

私の名前が出たとたんに嫌そうな顔をするまいちんから、さっと携帯を奪う。
いいじゃん。今日は色々してあげたでしょ。
尖らせた視線で語ると、まいちんは唇を尖らせながらも素直にうなずいた。
 
299 名前:お大事に Ver.S 投稿日:2009/01/26(月) 22:52

「ライブお疲れ様!」
『おうよ〜。アリガトね。そっちも家政婦お疲れ〜』
「あはは。プラス看護婦ね」
『うわ、アヤカの看護婦ってなんかエロい』
「なーによぅ。患者さんはねー、だいぶ良くなったよ。今りんご食べてる」
『あー、1個多かったやつ?』
「そうそう!」
『まあ食べれるんなら良かったよ。――あ、ごめん、もう行かなきゃ。まいちん代わって』
「えー」「よしこっ?」
『あたし今から帰るからそっち寄れないけど、今日はよーく寝なよ』
「うんっ」
『んで来週ね。ラスト、がんばろう』
「うん!」
『んじゃ、オヤスミ〜』
「おやすみ!」
 
300 名前:お大事に Ver.S 投稿日:2009/01/26(月) 22:57

電話を切ってもにまにまと笑い続けるまいちん。
私もつっこむよりも一緒ににまにましてしまう。

「やっぱよしこは優しいよね〜」
「そうだよ〜。私のことも気にしてくれてさ〜」
「なんていうかさ、こういうときの声、最高じゃない?」
「そうそう! よっちゃんの声好き〜」

気持ち悪いくらい機嫌よくよっちゃんの声について語り合りながら、
まいちんは吸い込まれるように眠りについた。
まあこれで明日にはだいぶんマシになるでしょ。
さっきとは全く違う、気持ち悪いくらい幸せそうなまいちんの寝顔。
今頃新幹線の中で眠っているだろう、よっちゃん。
なんとなく浮かんでくる笑みに、また面白くて少し笑った。


時計を見上げると22時。
ポケットの携帯にはいくつかのメール。

さ、おうちに帰りますか。
 
301 名前: 投稿日:2009/01/26(月) 22:58

『 お大事に Ver.S 』  終わり
 
302 名前:esk 投稿日:2009/01/26(月) 23:01
ブログより先に思いついてたんだあああ、と一応言っておきます。
すでに社会復帰されたようですが、ぶり返さないよう、お大事に〜。
303 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/01/28(水) 01:17
癒されました。そして一緒にニヤニヤしてしまいましたw
横アリでの元気な姿が待ち遠しいですね。
304 名前:esk 投稿日:2009/02/11(水) 22:58
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>303さま
吉澤さんの声は癒しだと思います。
元気に卒業していってしまいましたね……。

まのみき
305 名前: 投稿日:2009/02/11(水) 22:58

『 JP 』
 
306 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 22:59

「ちょっと話してくるから真野はここで待っといて」
「はーい」
マネージャーさんは早口にそう言って、小さな控え室に私を押し込んだ。
部屋の隅っこにはラックに雑誌が立ててあるけど、なんとなく手に取る気にもならなくて、
とりあえずソファに座ってみたり。
携帯でも触ろうかなと思ったら、荷物はマネージャーさんに預けたままだったんだ。
うーん。
どれくらいかかるのかな。
退屈だなー。
早く帰ってこないかなー。

かちゃ

「え!?」
あんまりにも早く願いが叶いすぎてびっくりした。
でも、入ってきた人の顔を見たらもっとびっくりして、跳ね上がるみたいにして立ち上がる。
 
307 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 22:59

「……あれ?」
「おはようございます、藤本さん!」
「ああ、うん。ここ使うの? 打ち合わせ?」
「違います。ここで待ってるように言われただけなんで」
「ふーん。美貴もちょっと時間余っちゃって」

私の方を振り返ることもなくそう言いながら、藤本さんはラックから無造作に雑誌を引き抜いて、
私が座っていた隣にどさりと腰を下ろした。
え……っていうかそこに座るんですか。
この控え室には二人がけのソファが二つ置いてある。
私が座ったのは入ってすぐの方のソファ。
そこから直角にもう一つのソファが置いてあって、雑誌のラックはその向こう。
つまり藤本さんは雑誌を取りに行ったあと、近い方のソファを通り越して私の隣まで戻ってきた。
……じゃあ私はあっちに座りなおした方がいいのかな。
 
308 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 23:00

「なんで立ってんの?」
「え!?」
下から見上げられて、思わず体をすくめてしまった。
上目遣いって、可愛いしぐさなはずなのに……。
どうしよう……藤本さん、怒ってますか。

「座りなよ」

ぽんぽん、と自分の隣を叩いたから、そこに座っていいってことですよね。
恐る恐る座ったら、思ったよりも近くてどきどきした。
そんな私を見もしないで、ぱらぱらと雑誌をめくる藤本さん。
そのスピードが速くって、あんまり機嫌良くなさそうかも、とか。
やっぱりさっきすぐに座らなかったからかな。
困ったな、と思って少し俯くと、ふわりと。
あ……ちょといい匂い。
 
309 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 23:00

「真野ちゃんはさー」
「は、はいっ」
藤本さんの言葉は、やわらかい香りに気が緩んだその瞬間を狙うようで、
返事がびくんと跳ね上がってしまった。

「美貴のこと怖いの?」
「え!? い、いえ、そんなことは」
「っていうかすでに怖がってんじゃん」
ぱたんと閉じた雑誌をテーブルの放り出す。
割と重い雑誌だったから、ばさっと大きな音がして肩がすくんだ。
じっと見つめられる目がすごく、怖いけど、綺麗。

「どうなの」
「あ、いえ、だってあの、すごく、大先輩ですから、緊張します。すいません」
「いや、謝んなくてもいいけど。でもさー、まこっちゃんにはもっと普通じゃん」
「そうですか」
「『そうですよ』」
繰り返された口調の違和感にきょとんとする。
にひひ、と笑われて、物まねされたんだと気付いた。
ぎこちなく笑うと、すばやく藤本さんが身動きをして、前触れもなく視界が真っ暗になる。
 
310 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 23:01

「――、ひゃっ」
「ひゃってなんだよぅ」
くすくすと笑う揺れと、耳元にかかる呼吸。
抱きすくめられてるんだと気付いたのは、鼻先をさっきと同じ香が包み込んでから。
少し強く届く香りに、くらりと軽いめまいがした。
それにこんな風に抱きすくめられるとかも、全然慣れてないし。
どきどきして、うわーってばたばたしたいのに動けなくて、
だからもう、手とか足とか心臓とか離れ離れになりそう。

「ふっ、ふじも――」

ぶぶぶ

壊れたロボットの頭と手足がびょーんと飛んでいく光景が頭に浮かんで、
もうだめだって、思い切って発した私の声を、重い振動音が遮る。
 
311 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 23:02

「ん」
藤本さんは私に腕を回したそのままで、ポケットを探る。

「はーい」
『着い……』
「おっけー。すぐ行く」
『……が言ってた……ってさ』
「え、まじ? どうしよう?」
『……じゃない』
「えー、じゃあ亜弥ちゃんに任せる」
『はあ? やだよ……』

急に甘くなった藤本さんの声に、途切れ途切れに聞こえる松浦さんの声は突き放すようで。
冷たい、と思った。
私ならもっと……そう思った自分にはっとした。

「さってとー」
いつのまにか携帯は切られていて、藤本さんはくったりと私に体重を預ける。
でも、その温度に手を伸ばしそうになった瞬間、
私の手をすり抜けるみたいにして藤本さんは体を離した。
そして。
 
312 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 23:02

「……っ」

「んはは。んじゃねー」

上機嫌で手を振りながら出て行く藤本さんに、
私は自分の唇を両手で押さえたまま、こくこくとうなづいた。

かちゃりとドアを開けて、ふと振り返る。

「ファーストキス?」

そう。そうです。
初めてです。
でもなんか。
たぶんそういうことじゃなくて。
……どういうこと?

返事しない私を待たずに、藤本さんは控え室を出て行ってしまった。
最後に、バイバイって満面の笑顔を残して。
 
313 名前:JP 投稿日:2009/02/11(水) 23:02

脱力してぼんやりとソファに体をうずめる。
なんだろう……すごく疲れた。なんか、なんか。

「……っ」

急に座ってられなくなって、がばっと立ち上がった。
藤本さんが出て行った扉から駆け出すけど、もう細い背中はなくて。
慌ててきょろきょろしたら、ちょうど角を曲がってきた小川さんと目が合った。

「あ、小川さん!」
「おー、おはよー」
「おはようございます! あ、あのっ、藤本さん見ませんでしたかっ?」
「へ? さっきそっちですれ違ったけど」

小川さんの指差すほうに駆け出しそうになって、はっと立ちすくむ。
追いついても、することない。
呆然と振り返った私に、小川さんはちょっと困ったみたいに笑っていた。

「あの人はやめときな?」
「え」
「ま、あんまり深追いしないようにね」

ぽんぽんと肩の辺りを叩いて、そのまま小川さんは行ってしまった。
一人取り残された狭い廊下で、私はなぜか泣きそうになる自分をぐっと堪えていた。
 
314 名前: 投稿日:2009/02/11(水) 23:03

『 JP 』   終わり
 
315 名前:esk 投稿日:2009/02/11(水) 23:07
自分で言うのもなんですが……かゆいですww
まのっちのときとえらく性格違うし。
316 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/13(金) 21:36
ほんとに猫みたいな人ですねえ…
それをよくよく知ってるらしきまこっちんにも萌えでした
317 名前:esk 投稿日:2009/02/26(木) 23:45
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>316さま
気まぐれな猫、もしくは野良犬に噛まれたと思って諦めるしかないような人です
まこみきの過去にいったい何が〜(何も考えてませんw)


お誕生日、おめでとうございます。

あやみき。一度はやってみたかった学園モノ。
318 名前: 投稿日:2009/02/26(木) 23:46

『 学園天国 』
 
319 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:51

がしゃん

屋上のフェンスに押し付けられた背中に痛みが走って、思わず顔をしかめた。
そんなアタシを見て、悪者三人組みはげらげらと笑っている。

「まつうらあやちゃあん?」
「……何ですか」

いまどき、しかも高校生にもなってこういうことあるんだね。
全く女子高ってヤツは。
思わず漏れそうになったため息を、慌てて飲み込む。
苦笑いの口元がばれないように顔を俯ける。
ブレザーの校章のカラーが、三人が私より一つ年上であることを主張する。
学校という組織の中で、先輩に逆らうとろくなことにならないのはよく知っている。体験的に。
だからアタシはしおらしく肩を落としてみせたんだけど。
 
320 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:51

「ちょっとお、シカトですかあ?」
「あ、いえ」
先輩たちはそんな仕草さえも気に入らなかったらしく、
右側にいた金髪がアタシのあごをつかんで上を向かせた。
痛いってば。っていうかアタシ今何にも話しかけられてないですよね。

「アンタさあ、生意気だって有名なの、知ってるう?」
「そう、みたいですね」
生意気にしてるつもりはないけど、そう思われてるのは知っている。
だから正直に答えたのに、正面のボス格はチッと舌打ちをした。

「……そういうとこがむかつくんだよねえ」
はき捨てるような言い方はかわいくないなあ。
ぼんやりと憎憎しげにしかめられた顔を見上げる。
まあ、あとはねちねちと文句言われて、軽く小突き回されるくらいだろうから、
少しの間我慢すればいい。
なんてこのあたりまでは割りと冷静だったんだけど。
 
321 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:52

「さて、この子どうしようかねー」
「胸でかいからさー、脱がして写メをウラにupしたらみんな喜ぶんじゃない?」
「お、それって名案」
「なっ」
だらだらと垂れ流される会話には、さすがに青ざめる。
まさかそんな大それたことをするような連中だとは思ってなかった。
ただの脅しだよね? いくらなんでもそこまでしないよね?

「どうする? 松浦さあん?」
「……っ」
正面のボス格らしき一人がアタシのスカートに手をかける。
とっさに抑えようとすると、両側から腕をつかまれた。
ちょ、なにコレ。アタシ今、マジでヤバイ?

「なんか言えばあ?」
なんかって何を言うのさ。この状況で。
若干焦ってきたアタシを見下ろして、ボス格はげらげらと笑う。
その手が、ぴらりとスカートをめくりあげて――。
 
322 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:52

♪ロマンチック恋の


「――お、わっ!?」

いきなり鳴り響いた能天気なメロディと間の抜けた声に、三人がいっせいに振り返る。
アタシもびっくりして、だけどすぐに声の主を悟って顔をしかめた。

「誰っ!?」
ボス格は意外にもすばやい動きで、ペントハウスの影に隠れていたその人の腕を引っつかんだ。
でも掴むまで誰なのかとか考えてなかったみたいで、
ずるりと引きずり出されたその人の顔を見て目を見張る。

「ふ、藤本先輩!?」
「ちょ」
「やば……」
アタシの両腕を押さえていた二人も、先輩の顔を見たとたん、ぱっと手を離した。
焦る悪者の後ろで、アタシは小さくため息をつく。
……なんだって、よりにもよってこの人が。
 
323 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:53

「藤本先輩、どうしてここにっ」
「え? ひるね――あ、いや、アンタらが美貴の亜弥ちゃん引っ張っていくのが見えたから、
 亜弥ちゃんを助けに来たに決まってんじゃんか」
嘘付け。
今思いっきり昼寝って言ったやんけ。
っていうか『美貴の亜弥ちゃん』ってなんやねん。

三年生の藤本美貴先輩。
すごく綺麗な人。悔しいけどかわいさではアタシと張ると思う。
さばけた性格できつい物言いをするくせに、いたずら好きで甘え好きで。
多分この学校で一番人気があると思う。
そんな藤本先輩のお気に入りが……なぜかアタシなわけで。
 
324 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:53

「さ、亜弥ちゃん。こっちにおいで」
差し出されたきれいな手を、アタシはただじっと見つめる。
三人組はただの小心者だったのか、(かなり考えたくないことだけど)先輩のファンなのか、
このいじめらしき行為はすでに諦めモード。

「ふ、藤本先輩。あたし達別に、ちょっとした冗談のつもりで」
「そうなんですっ」
「あの、だから……」
「わかったわかった。美貴は誰かに言ったりしないから、もう行きなよ」
藤本先輩はかっこいいフリで渋い顔を作る。
しっし、っと片手で追い払うと、
その顔色を伺うようにへらへらと笑いながら、三人組は屋上から出て行った。
 
325 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:54

「大丈夫? 亜弥ちゃん」
「別に何にもされてないですから。大丈夫です」
「そっか。良かったあ」

ほっとした声で言うけど、どうせずっと見てたくせに。
そう言いたかったけど、皮肉を言うのはやめておいた。
結果的にとはいえ、助けてもらったのは事実だし。
差し出されたままの手を取ると、ぐっと引き寄せられてフェンスから体が離れた。
そのまま間近で顔を見合わせると、先輩は「えへへ」と照れたようなだらしない笑みを浮かべた。

「……アイドルの曲とか聞くんですね」
その顔が妙に――かわいくて。
なんかむかついたからちょっと話をそらしてみた。

「え?」
「さっきの」
「あー、あれね。シャッター音変えたの忘れてて。静かだと結構目立つね」
「いや、そういうことじゃ――シャッター音?」
「あ、知らない? シャッター音も変えれるんだよ」

自慢げに語りだす先輩は、たぶんまだ自分の失敗に気づいていない。
 
326 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:54

「携帯。貸してください」
「え? ……うん。えへへ」
なぜか妙に照れくさそうに携帯を差し出す先輩。
その理由は二秒でわかった。

「………」
「嬉し? ね、嬉し?」
当然のように待ち受けになっている自分。
しかもカメラ目線ってことは、友達の誰かが流したな……。
アタシがどんなに迷惑しているかを全力で無視して、友達は先輩に協力的。
写真もプリクラも情報もあっさり流されるし、
騙されて先輩と二人で一緒に帰るハメになったことも一度や二度ではない。

アイドル笑顔の自分を消してデータフォルダを開くと、一番上にはやっぱりその写真。
すっごいズームになってるし。ああもう、マジやだ。
操作二つで消去してシンプルな白い携帯をつき返す。
 
327 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:55

「はい」
「何したの?」
「消しました。さっきの写真」
「え? あーっ。ひどいっ」
「ひどくないです」
「助けてあげたのにぃ」

慌てて携帯を確認した先輩は、不満げに唇を尖らせて言う。
ぐ……それを言われると、今日は弱い、けど。

「それはあ……ありがとうございました」
「お礼だけえ?」
「……どうしたらいいんですか」
「えっちし――」「無理」
アタシの秒殺に、先輩はがっくりと肩を落とす。
がっくりするほどのことでもないでしょうに。
そんなの絶対アタシがOKするわけないんだから。
 
328 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:55

「えーいいじゃんえっちくらいー」
「藤本先輩にはどうでもいいことかもしれませんが、アタシにはどうでもよくないんです」
「美貴だってどうでもいいなんか思ってないよ。愛のないセックスはダメだよ」
「じゃあダメですね。愛ないですから」
「だからあ――」


「美貴のこと、愛して?」


「――」
「って、美貴キモーい」

アタシが何かを答えるよりも早く、きゃははと笑出だした先輩。
妙なテンションでキモイキモイ繰り返すけど、きっとそれは照れてるだけで。
見つめられた目の奥、一瞬だけ見えた切な気な感情に、今度は秒殺できなかった。
……ホント、ずるい人だと思う。
落ちる子はこれで落ちるんだろうなあ。
苦笑いを浮かべるアタシに気づかずに一人で騒いでいる先輩の隣で、小さくため息をついた。
 
329 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:55

「キモくはないですけど、今のとこ、無理です」
「え!? じゃあいつかはオッケーってこと?」
「いや、そうじゃないですけど、わかんないじゃないですか。未来なんか」

アタシが先輩を好きになっちゃってる未来とか、
先輩がアメリカ大統領になっちゃってる未来よりはありえる、
かもしれないし。

「そっかー。じゃあ美貴待ってるよ」
「いや、99%は無理ですけど」
「でも確率なんだからさ、1%が明日来ることだってあるんじゃん」
「……」
そういうとこ、前向きすぎてあきれる。
けど、嫌いじゃない。
 
330 名前:学園天国 投稿日:2009/02/26(木) 23:56

「よし。じゃあ今日はマックね」
「は?」
「なんかおごってよ。えっちの代わりにさ」
「え、あ、はい」
そんなのでいいの?
っていうかアタシの体のかわりがマックなわけ?
それってなんかものすごく納得いかないんだけど。

「行くぞ!」
「ちょ、走らなくてもっ」
「急がば回れ〜」
「それ絶対意味違う……」
「マックデートぉ」
「それも違うと思う……」


傾きかけた太陽に照らされた先輩の笑顔がキラキラしていて。
本当にきれいで。
しっかり握り締められた手を、今日は振りほどかないであげてもいいかなと思った。
 
331 名前: 投稿日:2009/02/26(木) 23:56

『 学園天国 』   終わり
 
332 名前:esk 投稿日:2009/02/26(木) 23:58
間に合った〜。
『マック』と言わなければならないのは結構屈辱だったりしますw
しかしこれ……学園モノ?
333 名前:あお 投稿日:2009/02/27(金) 01:36
素敵なお話、ごちそうさまでしたー!
そして、美貴さん誕生日おめでとー!!
334 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 01:13
あやみきいいですね〜!
作者さんのあやみき大好きです
335 名前:esk 投稿日:2009/03/20(金) 01:14
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>333 あおさま
気に入ってもらえてよかったです!
かなり焦って書いたのでなんか荒いですが、
重要なのは内容よりも日付なので、良しとして下さいw

>>334さま
ありがとうございます。
いつまでたってもあやみき書きますよ〜。


>>1 の最後の行を脳内削除してください。ごめんなさい。

りかみきなももみき
336 名前: 投稿日:2009/03/20(金) 01:16

『 待ち人来ず 』
 
337 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:16

待ち合わせはそう広くもないカフェで、
まったりと人が密集した感じはあんまり気持ちのいいもんじゃない。
二杯目のコーヒーが浅くなってきて、少しイラついた手つきで携帯を開いた。

『ごめん、撮影が押してて。遅れます』

彼女らしい飾りっけのないメール。
少し唇を尖らせて携帯を閉じる。

時間が出来たからご飯食べに行こうって誘ってきたのはそっちのくせに。
終わりの時間が読めない仕事なのは体験的に知っている。
だけどすぐに『大丈夫だよ』なんか返すのはしゃくだったから、
とりあえず返事をしぶってみた。
そしたらせっかちな彼女から、すぐにかかってきた電話。
そういう手際よく済ませようとするところがイヤで更に無視したら、留守電が入っていた。
 
338 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:17

『美貴ちゃん、梨華です。
 メール見たでしょ? 怒ってるの?
 だったら、今日はやめとく?
 そんなに遅くならないと思うけど』

見透かしたみたいな言い方にまたカチンと来て、そのあとに入ってきたメールは見てもいない。
着信もあったけど、もちろん留守電も聞いてない。
だけど席を立つこともしない。
……美貴、何がしたんだろ。


待ち合わせの時間から一時間が経っていた。
 
339 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:18

「……遅い」
「ごめんなさーい」
「へ?」
つぶやいてみただけの言葉に、返るはずのない返事が返ってきた。
びっくりして目を上げると、そこにはいたのは、もちろん見慣れた待ち人ではなかった。
いや、知らない子ってわけでもないんだけど。

「……桃、ちゃん?」
「はいー。あ、桃もなんか買ってきまーす」
「は? ちょ、あ……」
突然現れた桃ちゃんは、美貴の目の前のソファに荷物を置くと、
お財布だけ持って行ってしまった。
えーと。何しに来たんだ、あの子。美貴に用事?
もしかして、とあたりを見回してみたけど、目当ての人は見つからず。
一緒に来たわけではない、か。
じゃあ、なんで?
 
340 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:21

ずいぶん経って戻ってきた桃ちゃんのトレーには、クリームのたっぷりのっかったカップと、
甘そうなデザートが山盛りに載せられていた。
……見てるだけで胸焼けしそうなんだけど。
あまりのことに呆然とそれを眺めていると、
何を勘違いしたのか桃ちゃんはトレーを美貴の方に滑らせてきた。

「藤本さんもどーぞー」
「いらないし」
「大丈夫ですよ。石川さんのおごりなんで」
「……梨華ちゃん?」
今この目の前に座っているはずだった人の名前が出てきて、ぴくりと眉がつりあがった。
あ、やば。また怖いって言われる。
慌て表情を緩めてみたけど、
桃ちゃんは猫みたいに目を細めてニコニコと笑っているだけだった。

「さっきまでドガドガで一緒だったんですけど、
 石川さんだけ別の打ち合わせが入っちゃったみたいで、桃が派遣されてきましたー」
「はあ?」
 
341 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:21

わけわかんねえ。美貴は思わず頭を抱えたのに、桃ちゃんは、おなかすいたーって、
梨華ちゃんなみに甲高い声で言うと、勢い良くマフィンをほおばった。
あからさまに甘そうなマフィンよりも、マイペースすぎる後輩に胸焼けがしてきた。

梨華ちゃん、いったい何考えてんだよ。
しぶしぶと携帯を開くと、追加のメールは一つだけ。
一回目の着信のすぐ後だった。

『返事ください』

一行かよ。
留守電はそれからしばらく経ってから。
立て続けに二つ。

『ごめーん。どうしよう。撮影は終わったんだけど、別の打ち合わせが入っちゃったの。
 本当にごめんね。もう、どうしよう。メールでいいんで返事ください』

『美貴ちゃーん。留守電聞いてないのかな。困ったなあ。
 とりあえず桃子に行ってもらうから、桃子で暇つぶししてて』
 
342 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:22

桃子でって何だよ。
暇つぶしって言うか逆に体力使いそうなんだけど。
はあってため息をついたら、美貴が何を確認してたかわかっていたみたいで、
桃ちゃんはにぃっと唇の端を吊り上げた。

「どれにします?」

大げさな仕草で差し出されたトレーから、仕方なくザッハトルテを取り上げた。

 
343 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:22


「なんかトークしましょうよ、トーーク」
「何を」

山盛りのケーキやクッキーを平らげて、とりあえずおなかが落ち着いたのか、
桃ちゃんもリラックスモードに入った。
でも同じ事務所に所属しているとはいえ、美貴と桃ちゃんの接点はほとんどない。
共通の話題なんかないし。トークったって無理じゃない?
年齢だけでも近かったらまた違うんだろうけど……っていうかこの子いくつだっけ?
れいなより下だよね?
小春は?

「えっとお、じゃあギダイでーす。藤本さんが語る、石川さんのイイトコロ。はいっ」
「ないし。そんなの」
突き放すように言ったのに、桃ちゃんは全くめげずに両手を差し出すようにして
美貴に回答を促そうとする。
共通の話題って言えば梨華ちゃんしかなかったのはわかるけどさ。
はいって言われても。ないものは無理だよ。
 
344 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:23

「えー。じゃあスキなトコロでもいいですよ」
「……あのさー、なんか他のことないの」
「わぁお」
「今度は何」
うんざりして視線を向けると、桃ちゃんは目をいっぱいに見開いて、
それから変ににやにやとした笑みを浮かべた。

「ないって言わなかったですね」
「はい?」
「イイトコロは即答でないって言ったのに。スキなトコロはあるんですねー」
「………」
どうしてくれよう、コイツ。
妙にわくわくした顔つきで美貴の言葉を待ってるし。
っていうか待っても無駄だし。
言うわけないじゃん。そんなこと。

「教えてくれないんですか?」
「教えません」
「そうですかあ。じゃあかわりに桃のイイトコロを教えてあげます」
「はあ?」
 
345 名前:待ち人来ず 投稿日:2009/03/20(金) 01:23

「えっとお、桃のカワイイトコロはぁ」
「ちょっと待った。イイトコロかスキなトコロの話じゃなかったの」
どっちも聞きたくないけど。

「カワ イイ トコロ知ったら藤本さんも桃のことスキになるんで大丈夫です!」
「全然大丈夫じゃないんだけど」
「えっとぉ、まずはー」

話聞けよ!
もう、頭痛くなってきた。
なんで美貴の周りはこんなのばっかりなんだよ。
某うさちゃんピースの同期とか、女王様な親友とか。
……今ここにいるはずだった恋人とか。

「藤本さん、聞いてます?」
「聞いてません」
「じゃあ聞いてください。えっと、それからぁ……」


梨華ちゃん、美貴もう怒ってないから。

だから早く来て……。

 
346 名前: 投稿日:2009/03/20(金) 01:24

『 待ち人来ず 』   終わり
 
347 名前:esk 投稿日:2009/03/20(金) 01:26
桃子ってこんな感じでいいのでしょうか。
後輩に翻弄される藤本さん、という構図はかなり好きです。
348 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/24(火) 21:22
あああああああああ
りかみきいいいいいいいいいいいいorz
349 名前:esk 投稿日:2009/03/28(土) 00:10
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>348さま
元気出して(´・ω・`)

貴女に花束。

お祝いムードでもない話。
しかもボツった中編のクライマックスだけを切り取りw
>>132-147 を先に読むと多少はわかりやすいかもしれません。

りかみき
350 名前: 投稿日:2009/03/28(土) 00:11

『 貴女に花束(薔薇と機関銃) 』
 
351 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:12

長い長い螺旋階段を上り続けて、その頂上に、やっと大きな扉が見えた。

「麻琴」

口の中でつぶやく。
ここにいるのか。いないのか。
……いないかもしれないな。
だけどこの中には、麻琴につながる情報があるはずだ。

大きく息を吸い込んで、大きな扉をゆっくりと押し開く。
隙間からもれた明るい光が薄暗い廊下に白い線を引いた。

「まぶし……」
 
352 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:13

思わず額に手をかざす。部屋は目がくらむくらいの光にあふれていた。
思わず見上げた天井はずいぶん高くて、その一面が強い光を放っているみたいだった。
ただの板状の発光体? それとも。

少しずつ順応してきた視界の下のほうに、想定外の色がちらつく。
ふと視線をおろすと、抱えるほどに大きな薔薇の花束に埋もれるようにして微笑む――。

「石川、梨華」
「会いたかったよ、美貴ちゃん」

ずっと通信だけでやり取りしてきた『梨華ちゃん』。
こんな風に顔を合わせることがあるとは思ってもみなかった。
硬い文章を好む人だから年上だろうと思っていたのに、意外にも同じくらいの年代っぽい。

「何それ」
「お花。せっかく美貴ちゃんに会えるから、いっぱい摘んでおいたの。もらってくれる?」
 
353 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:14

声とかしゃべり方とか話の内容とか、ことごとく予想を裏切られて、少し面食らう。
気は進まなかったけど、押し付けるみたいに差し出されて、仕方なく花束を両手で抱え込んだ。
視界いっぱい、ドギツイほど鮮やかに広がる赤。
こんなに見事に発色している花を見るのは初めてだった。
ホログラムでもこんなに濃い色はない。
思わず大きく息を吸い込んで、鼻を刺激したむせ返るほどの香りにめまいがした。
あまりにも生々しい。……やっぱりあれは。
天井を見上げようとしてあげたあごが、中途半端に止まる。

ごり

額に突きつけられた硬い感触。
ごつい塊ごしに、じっと見詰め合う。
腕の中の赤と、突きつけられた黒。

梨華ちゃんは笑みを浮かべたままだった。
 
354 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:17

「……やめなよ」
「イヤ」
「麻琴さえ返してくれたら、美貴は梨華ちゃんをどうこうしようとは思ってないから。
 今までのこと全部、忘れてあげるから」
「好きだなあ、その強気」
「は?」
「銃突きつけてるのに交換条件だもん。びっくりしちゃうよ」

目を見開いて見せて、梨華ちゃんはくすくすと笑う。
きれいな子だなと思った。

「いいから。麻琴は」
「ここにはいない」
「じゃあどこ」
「どうしてそこまであの子に執着するの?」
「仲間だからだよ」

「……裏切り者なのに?」

「違う。裏切ったのは、麻琴じゃない」
 
355 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:25

200年前。
この星の未来ために。それをスローガンとして、この地下シェルターをつくり宇宙線を降らせた
ヘブンプロジェクトの構成員は、その秘密を守るため、自分たちの記憶すべてをデータ化し、
代々、後継者の脳に埋め込むことで伝えてきた。
美貴のこめかみには、その記憶チップが埋め込まれている。
麻琴にも、そして、目の前にいるこの人にも。

「これのせいで、私はずっと『小川』を恨んで生きてきた」

こめかみの辺りを指差し、遠い目をする梨華ちゃん。
『小川』は日々刻々と荒廃していく地上の観測映像に耐えられず、狂ってしまった。
自分たちの手が犯した罪に耐えるには、優しすぎた。
『石川』は、『小川』がプロジェクトの真相を漏らした一部の人々に引きずり出されて
『小川』とともに凄惨な最期を遂げた、と美貴の記録データにも残っている。
ちなみに美貴の祖先はもう一人とともに逃げ切ったらしい。
それも、『石川』にとっては裏切りと同じだろう。
 
356 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:26

「麻琴を見つけたとき、嬉しくて叫びそうになっちゃった。
 信用させて、手なづけて。思いっきり裏切ってやるんだって」
「けど、できなかったんだね」
「………なんでわかるの?」
「美貴も同じだったからね。
 まあ梨華ちゃんほどではないだろうけど、『小川』はそれなりに憎んでた。
 だから麻琴に会ったとき、こいつだけは許さねえって思った。でも、許しちゃった」

美貴がチップを埋め込まれたのは10歳のときだった。
自分の中に突然侵入してきた、盲目的な科学者の記憶に戸惑い、精神的に参っていたときもあった。
梨華ちゃんもそう変わらない年から、ずっと恐怖と憎しみの記憶とともに生きてきたんだろう。

美貴が麻琴に初めて出会ったのは、まさに参っていたそのときだった。
麻琴に出会って精神的な疲労はピークに達したけど、すさんでいた心を癒してくれたのも、
あの馬鹿みたいにまっすぐすぎる笑顔だった。
麻琴のデータはプロテクトがかかっていて、自分自身の事情も知らなかったみたいだけど、
それを抜きにしても、あれだけまっすぐに笑えるヤツに初めて出会った。
 
357 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:27

「麻琴は『小川』じゃないし、梨華ちゃんは『石川』じゃない」

麻琴は憎まないで欲しいし、梨華ちゃんはその記憶から開放されていい。

ちょっと苦労して花束を片手に抱えて、銃を握る手に触れてみた。
梨華ちゃんは困ったみたいに笑って。

ゆっくりと銃をおろした。

梨華ちゃんだって、もうずっと前からわかっていたんだろう。
力なくぺたりと座り込んだ梨華ちゃんの隣に、美貴もゆっくりと腰を下ろした。
花束がゆれて、また強い香りが広がった。

「……薔薇、すごいね」
「この部屋にしか咲かないんだよ」
「もしかして、あの光って」

天井を指差す。
目を細めて見上げると、梨華ちゃんも同じように天井を見上げた。
 
358 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:33

「地上の光」
「じゃあ、あれが……Heaven Zero」
「そう。Heaven Zero」

今美貴たちが暮らしているシェルターは、この管制塔があるブリッジ部分、Heaven2を挟んで、
それぞれHeaven1、Heaven3と名づけられている。
ファースト、セカンド、サードという通称が使われることが多いけど、
この呼称は誰もが知っている。
でも、いつか戻るはずだった地上をHeaven Zeroと名づけていたことは、
今ではほとんど誰も知らない。
戻ることがないから、知る必要もないと忘れてしまった。


ガガガガガガッ


「――ちょ!?」

ぼんやりと天井を見上げていたら、何の前触れもなく、梨華ちゃんが手に持っていた
サブマシンガンを天井に向けてぶっ放した。
 
359 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:34

「何して――」
「大丈夫だよ。こんなので壊れたりしないから」
「そりゃそうだろうけど」
「行きたいなー」
「え?」
「あの上に、行ってみたい」

切なげな声に、どきっとした。
この光を知らなければ、Heaven Zeroなんて言葉も知らなければ、
地上に戻ることはあきらめることができた。
だけど梨華ちゃんはきっとここで、裏切り者い激しい憎しみを燃やし、
届きそうで絶対に届かない地上の光に憧れ、今までを生きてきたんだろう。

それはとても悲しいことだと思ったけど、梨華ちゃんの苦しみがそれならば、
美貴はきっとそれを取り除いてあげることができる。
 
360 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 00:35

「じゃあ、麻琴にそれぶっ放さなくてよかったね」
「え、これ?」

だらりとたらした腕の先の、真っ黒な塊を指差すと、
梨華ちゃんは不思議そうな顔でそれを目線まであげて見せた。

「まだ調査段階なんだけどさ」
「うん」
「麻琴の記憶チップの中に、……Heaven Zeroの鍵か、そのヒントがあるみたい」

「……!!」

梨華ちゃんが息を呑んで目を見開く。
その目の奥の歓喜に、少し複雑な思いがした。
麻琴の記憶チップを解析するためには、チップのプロテクターをはずさなきゃいけない。
つらい記憶だから迷いもあったんだけど。
 
361 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 01:11

一度天井を見上げて、薔薇の花束に視線を落とす。
これ見たら、ね……。

今のシェルターは物資不足による危機状態で、
特にひどいサードではテロまがいの事件も続発している。
Heaven Zeroへの道を開くことができたら――。
地上で暮らすことはまだ難しいだろう。でも物資だけでもを運んでくることができれば、
この危機を脱することができる。

麻琴にがんばってもらうしかないかな。
美貴がちゃんとついててやるから、だから麻琴は『小川』として、自分のルーツを見つめて。
もちろん、鍵が開けただけでは意味がない。
地上の物資の取得、いずれは居住を移すための準備。
梨華ちゃんにも協力してもらって、もちろん美貴も、ガキさんもよっちゃんも、
みんなでヘブンプロジェクトを成功させよう。
元々地上に戻るまでがプロジェクトだったんだし。
 
362 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 01:11

「ってことで、麻琴はどこにいんの?」
「……中澤さんのとこ」
「はあっ? 中澤さん??」

ここにつれてきてくれたの、中澤さんなんですけど。
でもそんなことひとっ言も。

「食えない人……」

ふふふ。
梨華ちゃんがすぐそばで笑う。
美貴もつられて笑った。
 
363 名前:貴女に花束(薔薇と機関銃) 投稿日:2009/03/28(土) 01:12

「よし! 行こう!」

中澤さんのところへ。
行くって言うか、待ってもらってるから建物から出るだけだけど。
花束を抱えたまま、苦労して立ち上がる。
更に苦労して手を差し出すと、梨華ちゃんは不思議そうな顔をした。

「一緒に。行くでしょ」
「……いいの?」

不安そうな、でもちょっと照れたような表情に、美貴の顔もにやけてきた。
麻琴を閉じ込めた梨華ちゃんを許せないと思ったときもあった。
だけど。今は。


「もう、仲間じゃん」


行こう。
Heaven Zeroへ。
みんなで、一緒に。

 
364 名前: 投稿日:2009/03/28(土) 01:13

『 貴女に花束(薔薇と機関銃) 』   終わり
 
365 名前:esk 投稿日:2009/03/28(土) 01:15
花束が出てくるってだけで更新しましたが、
意味わかんないよね〜w
366 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/28(土) 17:40
読んでてすんごいwktkしました!
なるほど、Heaven Zeroってこういう話だったんですね
…って、分かったのは麻琴の伏線部分だけですけどw
ボツってしまったとは残念です
367 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 00:11
続きが読みたいですなぁ
368 名前:esk 投稿日:2009/04/21(火) 22:50
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>366さま
世紀末的な?こういう話だったのです〜。
よしがきでやぐやすとかなちゆうとか出てきて、最終りかみき、でもまこみきっていうw

>>367さま
私も完成したものが読みたかったですw


見事に釣られて、あやみきを
369 名前: 投稿日:2009/04/21(火) 22:51

『 Drivin' 』
 
370 名前:Drivin' 投稿日:2009/04/21(火) 22:52

「あのねえ、アタシ今結構忙しいんだよ」
「……うん」
「電話ひとつで迎えに来いとか、出来ないときもあるからね」
「……うん」
「どうせまたたいしたケンカじゃないんでしょ」
「……うん」
「ったく。いちいちそんなことで呼び出さないでよ」
「……」
「アナタもう子供じゃないんだからね? わかってるでしょ?」
「………」
 
371 名前:Drivin' 投稿日:2009/04/21(火) 22:54

はあ。
思わずもれたため息に、たんはふてくされた顔を窓の外に向けた。
わざとゆっくり走らせる車の外は、もう眠りに落ちた深夜の住宅街。

『駅前のカフェにいるから迎えに来て』

もう寝ようかなって思ったころにかかってきた電話はすでに涙声で。
たいしたことじゃないってわかっていても、それをないがしろにできないくらいは、
アタシだって今はナーバスになっている。
もう一度小さく息をついて、ちらりと助手席に視線を向ける。
街灯がちらちらと照らす横顔は思うよりもシャープで。
綺麗になったなって思う。

24、か。

出会ったときは、17とかだっけ。
お互いに忙しいから、言うほどたくさんの時間を一緒にすごしてきたわけじゃない。
だけどアタシの心の中に、コイツはかなり幅を利かせている。
アタシのどこか深いところにはコイツが居座ってて、たぶんそれはお互い様。
 
372 名前:Drivin' 投稿日:2009/04/21(火) 22:55


マンションの前に車を止めると、たんは少しためらってから、かちりとシートベルトをはずした。

「じゃ……アリガト」

ぼそぼそとつぶやいてドアに手を掛ける。
その小さく丸まった背中が頼りなげで、気が付くとアタシの手はその細い肩を引き寄せていた。
振り向かせたおでこをごつっとくっつけて、より目になるくらいの距離でその目を覗き込む。
びっくりしたみたいに見開かれた目が綺麗で。すごく綺麗で。


「アタシはあんたがちゃんと好きだよ」

「亜弥ちゃん……」

「だからもっと自信持ってな」

「……」

「……がんばれ」

「……うん」
 
373 名前:Drivin' 投稿日:2009/04/21(火) 22:56

引き結んでいた口元がふにゃふにゃにゆがんで、ぐっと瞑ったまぶたの隙間から涙が一筋こぼれた。

「泣くなよ〜」

もう一回おでこをつき合わせたら、勢い余って結構痛くて。
アタシの目にも涙が浮かんだのはそのせいだから。


あんたは気にしないで。

いっちまえー。

 
374 名前: 投稿日:2009/04/21(火) 22:57

『 Drivin' 』   終わり
 
375 名前:esk 投稿日:2009/04/21(火) 23:00
Mなブルーな感じで。
まあ、こういうのも、ね。
376 名前:あお 投稿日:2009/04/22(水) 02:16
私も見事に釣られましたw
切ないですねぇ・・・。
377 名前:esk 投稿日:2009/05/02(土) 23:53
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>367あおさま
釣られますよね〜w
というか日々釣られ続けています。




前のとちょっとかぶりますが、免許の話とか振られたし出しちゃえと。
内容がちょっとアレなので、発表前に書いていたことだけは一応言っておきます。

みきえり
378 名前: 投稿日:2009/05/02(土) 23:54

『 車の中で何度も 』
 
379 名前:車の中で何度も 投稿日:2009/05/02(土) 23:55

「でもやっぱりー」
「うん?」

お尻の下からは、タイヤがアスファルトをすべる音が低く響く。
カーステレオからは、よく知らない洋楽が緩く流れていた。

『オーディオには結構こだわったんだよ』

うきうきと嬉しそうに説明してくれた割に、かかっている音楽は、誰の曲ですかって聴いたら、
知らないって答え。
らしいなって思って、少し笑った。

「藤本さんが車運転してるってなんか変ですぅ」
「まだ言うか」
 
380 名前:車の中で何度も 投稿日:2009/05/02(土) 23:55

前を向いたままで苦笑を浮かべる横顔を見つめる。
流れる街灯に照らされて、その横顔はくるくると表情を変えた。
あどけない子供の様にも、はっとするほど綺麗な大人の女性にも見える。
明るく笑っているようにも、切なげに涙を堪えているようにも。

――深夜のドライブは心臓に良くないな。
ばれないようにため息をついてその横顔から視線をそらせる。
軽く目を瞑って、助手席のシートに体を沈めた。
重量感のあるシートは体を安定させてくれて、ざわついた心も少しは落ち着く。


そしたら、閉じたまぶたの裏に眉を吊り上げたガキさんが現れた。
『カメ! あんたまたそんなことして!』
腰に手を当てて、鼻先に指を突きつける。
もう。そんな怒んなくてもわかってますぅー。
むうっと唇を尖らせたけど、そんなことで許してくれる人じゃない。
しょうがないな。

しぶしぶと目を開けると、街灯の光がまぶしくて、小さく目をこする。
 
381 名前:車の中で何度も 投稿日:2009/05/02(土) 23:56

「眠い?」
「え? ……いえ」

見られていた。
というよりも、藤本さんが私を見ていたということに驚いた。
驚いて。
少し嬉しかった、のに。

「疲れちゃった?」
とかにやにやと唇の端をあげちゃって、ああやっぱりこの人は何もわかってくれない。
ため息混じりに緩みかけていた頬を思い通り緩ませてあげる。
伝わることなんてないんだから、隠す必要もない。

「藤本さんの方が疲れたんじゃないですか」
「えー、美貴は別に。だって今日はカメちゃんばっか――」
「そ、そういうことじゃなくてっ。運転! 慣れてないのにって心配してあげたんです!」
「カメちゃんに心配してもらわなくても平気ですぅー」
 
382 名前:車の中で何度も 投稿日:2009/05/02(土) 23:59

さっきまでの色々とか思い出して、赤くなった頬をぱちぱちと叩いていると、藤本さんは
声をあげて笑い出した。
……ホントに平気みたいですね。

『車来たから今日は遠出しよう』
免許を取ってからまだそれほど経ってないことを知ってたから、そのお誘いは正直ちょっと
怖かった。
元々反射神経もいいし、器用な人だし、実際怖い思いをすることは全くなかったんだけど、
それでもやっぱり少しは疲れただろうと思う。
まあ、それを見せるのを嫌がる人だともわかっているけれど。

「だって藤本さんって車運転するイメージないですし」
「はあ? 何それ。どんくさそうってこと?」
「違いますけどー、運転するよりさせる方が似合うっていうか」
「どんなイメージだよっ。ってかそんなの絶対自分で出来る方が便利じゃん」

便利。
どういう意味で言ってるんだろうなってちょっと気になったけど、気になってないふりで
あいまいに笑ってみた。
 
383 名前:車の中で何度も 投稿日:2009/05/03(日) 00:00



「じゃ、また連絡する」
「……。はい」

家の前まで送ってもらって、運転席の窓から顔を出した藤本さんを見下ろす。

……一瞬。
私の唇がゆがんだこと。
あなたは気づかなかったでしょう?

ぐっと胸元を引き寄せられて。
素直に体を傾けてしまう私にも、問題はあるけれど。


「……」


目を閉じる間もないような、掠めるだけのキス。


オヤスミ
にこっと軽い笑みと軽い挨拶を残して、走り去っていく新車を見送る。
 
384 名前:車の中で何度も 投稿日:2009/05/03(日) 00:02

藤本さんはずるい。

今日は言わなくちゃって、何度もタイミング見てたんですよ。
でも気づいてもくれなくて。
何も変われなかったのはそのせい。
きっとあなたのせい。



「あーあ。ガキさんにまた怒られるぅ」

言い訳みたいにつぶやいてみたけど、こぼれた声は落ち込んでも困ってもいなかった。
思わず浮かんだ苦笑いをごまかすみたいに、すばやく踵を返した。
 
385 名前: 投稿日:2009/05/03(日) 00:03

『 車の中で何度も 』   終わり
 
386 名前:esk 投稿日:2009/05/03(日) 00:04
今気づいたんですけど、このタイトル無駄にエロいwww
そういうつもりではなかったんですけど、それでもいいですw
387 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/17(日) 03:00
なんか、ガキさんの存在がいいですね
388 名前:esk 投稿日:2009/06/25(木) 23:53
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>387さま
カメにはガキさんが付きものなのです


吉澤さんと主人公で、アクション系?
お誕生日おめでとうな方が絡むはずですが、今回ほとんど出番なしw
389 名前: 投稿日:2009/06/25(木) 23:53

『 オト <1> 』
 
390 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/25(木) 23:54


  暗い――
  光も、色も
  音もない


  アタシは、いつまでここにこうして

 
391 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/25(木) 23:55



夜が明けるまであと少し。
本格的な夏を間近にした日中の熱気も、この時刻だけはつかの間息を潜めていた。
黒い静寂に沈む都市部の真ん中、ぽっかりと穴が開いたように広がる大きな公園。
さらにその林の奥で。

「まってえええ、こんのやろおおっっ」

アルトな雄たけびで闇夜を破り、木立の合間を常人ではありえない速さで駆け抜ける。
彼女の名を、吉澤ひとみという。
吉澤の追うターゲットは一匹の小動物――風の生き物。
これがまたすばしっこい。
ガチの100m走なら負ける気はしないが、やはり暗い林の中ではニンゲン様は分が悪い。
 
392 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/25(木) 23:56

(ちっくしょおー)

薄い唇をきゅっと噛む端正な横顔。
少しあごを上げると、すん、と小さく鼻を鳴らす。
空気の匂いが変わってきた。
ターゲット発見までに手間取ったせいもあり、もう夜明けが近づいている。
夏の公園は朝が早い。
早朝ランナーとか愛犬のお散歩隊とかが起き出す前に始末をつけたいところ。
というよりも、すでに一時間ほど林の中を飛んだりはねたりした体はもう傷だらけの
へとへとで、早く家に帰って浅い風呂に浸かってゆっくり眠りたいのが本音だった。

あまりのベッド恋しさに目の奥の方がつんとした吉澤の、
その頬を撫でるように滑らかに、一羽の大きな鳥が音もなく滑空して来た。
弾丸のごとき吉澤の疾走に余裕の体で併走飛行する。
吉澤はその姿を視界の端で確認すると、思わず舌打ちをもらした。
 
393 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/25(木) 23:58

「おまえあたしについてきてどうすんだよっ。意味ねーだろっ」

今現在、この追いかけっこの分が悪くなっている主たる原因は、コイツに間違いない。
吉澤の『狩り』は相棒であるコイツとの共同作業の上に成り立つ。
なのに今日はすこぶる非協力的。
悪態をつく吉澤の傍らで、鳥はふわりと角度を変えると上昇して視界から消えた。

「ちょ」

エッジを効かせたスニーカーが地面をえぐって、吉澤の弾丸走行に急ブレーキがかかる。
長い首を返して後方を見上げると、身長三つ分くらい上空の枝に大振りな鳥が
とまってこちらを見下ろしていた。
それを視認するよりも早く、吉澤は急ブレーキのエネルギーをぐっと曲げた膝で
上方向の推力に交換して、一気に跳ね上がった。


そうして置いてけぼりを食らったターゲットは、ここぞとばかりに下草の中に飛び込んだ。
 
394 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/25(木) 23:59

ザンッ

鳥がとまる枝より少し下にだらりとぶら下がる。
吉澤としては一応の低姿勢の演出だった。
鮮やかに緑色をした木の葉がはらはらと暗闇に沈んでいく。

「おまえ何してんだよー」

情けない声で唇を尖らせながら枝をよじ登り、幹にもたれるようにして立ち上がる。
吉澤の見上げた先には、一羽のワシミミズク。
ぱっと見愛らしい顔つきではあるが、よく見るとその目は鋭く、くちばしや爪も
確かに猛禽類のそれであることを主張している。
鋭い視線で吉澤のことを見下ろしていた鳥は、さらに威嚇するように前傾姿勢に
羽を広げ、鋭いくちばしを軽く開いて見せた。
普段から気分屋で、主であるはずの吉澤にもなかなか素直に従ってはくれないが、
今夜はどうにもいつまでたっても気が乗らないらしい。

「たぁのむよーっ。これ逃がしたらあたし今月減棒なんだからさあっ」
 
395 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:00

泣き言を言う吉澤を見下ろしたまま、鳥は広げた羽をその場で大きく打ち下ろした。
その風にあおられ、吉澤は一瞬まぶたを閉じる。
再びまぶたを上げると、鳥は消え、そこには小柄な女性が座っていた。
元からあまりよろしくない目つきをさらに鋭くし、いかにも不機嫌そうに唇を尖らせている。

「美貴ぃー」
「……うるっさいなあ」

長い髪をかきあげ、めんどくさそうにため息をつく。
組んだ足がぷらぷらと宙に揺れて。
あからさまにかもし出されている不機嫌オーラに、吉澤はげんなりとする。

機嫌のいいときは頼みもしない活躍までしてくれて、正直自分いらないんじゃないかと
落ち込むこともある、この相棒。
吉澤はこの違いは何なのかと問いただしたい気持ちになった。
しかし今はそんなことで時間を食っているわけには行かない。
一時的にでも納得してもらわなければこのままではどうにもならない。
情けない話だが、自分ひとりでターゲットを捕らえることは出来ないのだから。
 
396 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:01

「お願いっ。また焼肉おごるからさっ」

ぴくり。
足の揺れが止まった。
しかし視線はそっぽを向いたまま。
今日はそれだけでは気が乗らないらしい。
わかってはいる。
この相棒が不機嫌な原因。

先日相棒のいない間に、古馴染みから届けられたビールを、上司である中澤と二人で
かっくらったのが気に入らないのだ。
そうは言うけれど。

(たまにはいいじゃんか〜)

ただでさえ普段から上司は相棒の肩を持つことが多いのだから。
 
397 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:01

唇を尖らせて相棒の横顔を伺うと、冷たい目で見下ろされる。
その目ににらまれ、吉澤は小さくため息をついた。

「も……わかったよ! 中澤さんも誘うから!!」

これ以上にらみ合っても仕方ない。
吉澤はいろいろな意味で言いたくなかった言葉を声高に叫ぶ。
しかしその言葉の効果はてきめんで。

「約束だからねっ」

相棒はにこおっと満面の笑みを浮かべると、すばやく立ち上がり、細い腕を広げた。
夜気を掻くように円を描き、音もなくそれは大きな羽に変わる。
そのままふわりと飛び立つと、その後姿は完全な鳥形態に戻っていた。
闇夜に溶けるように滑らかに滑空していく彼女を見送り、吉澤はため息をついた。


「減棒分くらい食うよな、あの二人……」
 
398 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:02


「さってと闇雲に追っかけても朝になっちゃうだけだよね」

気を取り直して木立から地面に飛び降りると、吉澤は少し考え込み、あたりを見回した。

それくらいのことさっさと気づかんかい

上司の声が聞こえたような気がして苦笑する。
林のはずれ、少しだけ開けた草原があったことを思い出し、そちらに向かって足を速めた。
見失ったターゲットの探索は相棒に任せておけばいい。


草原の上、まあるく切り取られた夜空を見上げると月の光が明るかった。
気づかれなければいいけど。
口の中でそうつぶやき、草を掻き分けながら吉澤は地面に結界を描いた。

結界には二つの種類がある。
一つはターゲットに狙いをつけて、その場に直接起動させる囲い込み型。
二つ目は直接地面や床などに描いておき、ターゲットが入ったら起動する追い込み型。
吉澤が得意とするのは後者だった。
(どちらの方が高度かということは彼女の名誉のために伏せておく)
 
399 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:03

ホウ、ホウ

ちょうど結界を描き終えたころ、地面を這うような相棒の低い鳴き声が聞こえた。
獲物を見つけたらしい。
吉澤も指を組んで鳥笛を鳴らすと、すぐに声の方へ駆け出した。


林に戻ると、すぐに相棒が滑り降りてきた。

「どっち?」

吉澤の問いかけには視線もくれず、相棒は軽く体を傾けると60度ほど進行方向を
右に切り替える。
吉澤もその後を追って体を傾けた。
 
400 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:04

そのまま派手に音を立てながら走ると、前方遠くにターゲットが飛び出すのが見えた。
とたんに速度を上げた相棒が突っ込むと、ターゲットは樹の幹を駆け上がった。

「丸く開けたとこあるっしょ。あれに追い込んでねー」

気の抜けた声を風のように残して手近な木立に飛び上がる。
体勢を立て直して様子を伺うとターゲットが飛ぶ。
しかし、吉澤が動き出すよりも早く相棒が突っ込んだ。
ポイントはわずかにはずす。
方向を確認すると、吉澤は相棒とターゲットの延長線上に飛び降りた。

狙いはジャスト。
またも行く手を阻まれたターゲットは慌てて方向転換する。
しかし少し進むとまた遮られ。
それを繰り返しながら、鳥と人間は縦横無尽にターゲットを追い回し、
徐々に目的地へおびき出す。
 
401 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:04



ザザ

ザンッ


「ぃよっしゃ、きたアっ」

吉澤は一声叫ぶと、ばうんっと木の枝をしならせ、数メートル下の地面に飛び降りる。
結界に追い込まれた小動物は、見えない檻に閉じ込められたことにすでに気づいていた。
牙をむき出しにして身構えるが、もう遅い。

「悪いね。こっちも仕事でさ」

ちらりと相棒を見上げると、心得たもので、すでに遠く飛び去っている。
彼女の役目は終わりだ。
 
402 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:06

吉澤はいくつか大きく呼吸を繰り返して心拍数と心を落ち着けると、
腰に下げていたホルダーから握りこぶし大の土鈴を取りはずした。
皮紐を指に通し、真っ白なそれを小動物に向かって掲げる。

「もう眠んな。こんなトコいても、お前にはイイコトないからさ」

さっきまでと違い、深みのある静かな声だった。


 かろん
 かろ
 かろ、ん……

ターゲットをじっと見つめながら、一定のリズムを繰り返す土鈴の音色。
 
403 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:13

その音にもがき苦しむ小動物。
生まれたときはいたちだったと聞いた。

……ほんの少しの間違いでこんなことになっちゃってね。

むき出しの牙から垂れる唾液が下草を焦がす。
結界の内壁に突き立てられる爪も大きく禍々しいもので、あきらかに
ただの小動物のそれではない。

うらみ、憎しみ、苦しみ、そして未練。

手を伸ばせば触れられるほど近くでそれらの感情を突きつけられながら、
それでも今日のターゲットはヒト形態を取れるほどの力がなくてまだ良かった、
と吉澤は思う。
いつものことながら、その感情を見せつけられるのは心苦しい。
これが相棒のようにヒト形態が取れる相手だったら、耐え難い苦しみになる。

(ヒトでなくても……)


「……っ」

思いを断ち切るようにぶるりと頭をふると、吉澤は鈴を鳴らすことだけに心を凝らした。
 
404 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:15

 かろん
 かろ
 かろ、ん……


繰り返す音色に、少しずつターゲットの存在感が緩んでいく。


「バイバイ」


ばしゅうっ

最後に派手な音を立ててそいつは煙になり。
――すぐに消えた。


 かろん
 かろん
 かろん
 かろん


見送りにもう少し鈴を鳴らしてやる。
行くべき道を、迷わないように。
 
405 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:15


「………」

周囲よりも数ランク清浄になった空間を、吉澤は険しい目で見つめる。
何かを思うことはしたくなかった。
だから、ただじっと見つめるだけ。


しばらくそうしていたが、やがてふっと息をつき、吉澤は東の空を見上げた。
もう明るくなり始めている。
彼女の仕事に遠慮していた蝉たちも一斉に鳴きだした。

「あー。あっちぃ」

その声に我に返った素振りで、吉澤は白いTシャツの胸元をひっぱって顔をしかめる。
Gパンのポケットから携帯を取り出すと操作ふたつで耳に当てた。
 
406 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:16

「――あ、よしざーっす。任務終了しましたあ」

びしっと敬礼のポーズまでとって吉澤が声高に告げると、
眠っていたのであろう、通話相手の不機嫌そうな声が耳に返ってくる。

「えー、だってなかざーさん、報告は何よりも先にって言ったじゃないですかあ」

ドスの効いた声を耳に、吉澤は軽く目を閉じて唇の端をひきあげる。
仕事終わりにはこの声を聞かないと、やりきれないのだ。
そうじゃないと、ひっぱられる。あっちに。
ぎゃんぎゃんと説教をたれながらもなかなか通話をきろうとしない通話相手も、
それをわかっていてくれている、と思う。

『今度やったら……覚えとけよ?』

……たぶん。
 
407 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:16

「さってと。帰って寝るか」

そろそろ電車も動き出すだろう。
閉じた携帯を片手に、んーっと伸びをした、その薄い腰のあたり。


かろん


ゆるく巻いたベルトに下げた鈴が、かすかに音を立てた。

「おっと」

無駄に鳴らすとまた怒られる。
一オクターブ高い声を思い、
にやつく頬をそのままに、吉澤はポケットに突っ込んでいたストッパーを鈴にかませた。
大人の握りこぶし大程の大きさがある、白い土鈴。
その滑らかな肌をするりと撫でる。
大切な仕事道具だ。
この音だけが、彼らを安らかな眠りに導くことが出来る。

吉澤はもう一度背筋をのばし、くんっと腰を振ってみて音の鳴らないことを確認した。
 
408 名前:オト <1> 投稿日:2009/06/26(金) 00:17

「よし」

今度こそ帰るぞーと背中をそらせた吉澤の視線の端を、何かが斜めに掠める。

「あれ?」

ぐりんと体を立て直し、体半分振り返る。
人、だ。
こちらをじっと見つめる瞳。
自分よりは一つ二つ年下だろうか、大きな瞳が印象的だ。
自分を棚に上げて言うのもなんだが、ずいぶん色が白い。
色白、というよりも元々かなり色素が薄いのであろう。
目や髪もかなり茶色い。
顔立ちは日本人っぽいけど。

「ガイジンさんかな?」

小首を傾げて見せると、小さくつぶやいたその声が聞こえたのか、
ガイジンさん(多分違う)は、はっとしたようにきびすを返し、林の奥のほうへと駆けていった。

「? ま、いっか」

 
409 名前: 投稿日:2009/06/26(金) 00:17

『 オト <1> 』   終わり
 
410 名前:esk 投稿日:2009/06/26(金) 00:19
最近向こうばっかりやってたんで、とりあえず出しましたが。
続く……はずです、これ。
たぶん。
……いつか。
411 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 02:47
続き物キタコレ!
たのすみだ><
412 名前:esk 投稿日:2009/07/12(日) 22:23
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>411さま
続き物、です。続きます。ええ、絶対に。
……そのうち。


こういう日に更新するのも一興。
現状無視な、あやみき。
413 名前: 投稿日:2009/07/12(日) 22:24

『 グッナイ・ベイベー 』
 
414 名前:グッナイ・ベイベー 投稿日:2009/07/12(日) 22:24


――プツッ


リモコンのボタンを一つ押すと、真っ黒な画面にとめどなく流れていたエンドロールが
ぷっつりと途切れた。
とたんに部屋は静寂に包まれて。


すぅー すぅー


誰かさんの寝息だけが部屋にまったりと広がる。
ちらりと隣に視線を送ると、クッションを抱いたままの幸せそうな寝顔。
いったいこいつはこの映画をどれくらい見たんだろう。

まあいいや。
どうせこのDVDは持込みだから、もう一回家で見ればいいんじゃない。
二回目見るのめんどくさいってラックでホコリをかぶることになったとしても、
アタシの知ったことではない。
デッキから吐き出されたディスクをケースにしまうと、ぱっかりと口をあけたままの
バッグに投げ込んだ。
 
415 名前:グッナイ・ベイベー 投稿日:2009/07/12(日) 22:25

「ねえ、たん。終わったよ」
「……んうー」

ゆさゆさと肩をゆすると、幸せそうだった寝顔がむにゅむにゅとゆがんで、
眉間に深いしわが寄る。

「ほら。もう寝るよ」
「んー……やだぁ」
「やだって。あのねー」

「だって……えっちしたい……」

ぶはっっ
テーブルに残っていたぬるいお茶を口に含んだ瞬間だったから、マジで吹きそうになった。
いきなり何を言うんだかっ。

「しよー……」
「しようったってアナタね」
 
416 名前:グッナイ・ベイベー 投稿日:2009/07/12(日) 22:26

正気なのか寝言なのか。
絡み付いてくる細い腕を適当にかわしながら顔を覗き込んだけど、微妙なところ。
寝言ではなさそうだけど、完全に覚醒しているとも言いがたい。
別にするのはいいんだけど。
こんな状態始めたら途中で寝ちゃうのはとても簡単に予測できる。経験的に。

……最中に寝られるむなしさ、アンタわかってんの!?


ってことで今夜はナシ。決定。
だらりと抱きついてくる体をずるずると引きずってベッドに放り込む。
条件反射のようにアタシのパジャマにかける手をぺしっとはたいた。

「しないの!」
「やぁん……」

なんつー声を出すんだか。
子供みたいにぐずる体をぐいっと抱きすくめる。
まだふにゃふにゃと何か言ってたけど、無視してぎゅうーって抱きしめてると、
だんだん落ち着いてきたみたい。
 
417 名前:グッナイ・ベイベー 投稿日:2009/07/12(日) 22:26

「ん……う」

少し体を離して顔を見下ろして、むにゅむにゅと動いている唇をそっとふさぐ。
反射的に返ってきた食むようなキスも、徐々に反応が弱まってきて。
そっと唇を離すと、そこからは細い寝息が漏れていた。
全く。
なんて手のかかる子供なんだろう。
だけどそんなところもかわいいと思っちゃうところが。

「アタシってば甘いなあ」

小さくため息をついて、ぷるぷるのほっぺたにもう一度キスを落とした。



「……オヤスミ」

 
418 名前: 投稿日:2009/07/12(日) 22:27

『 グッナイ・ベイベー 』   終わり
 
419 名前:esk 投稿日:2009/07/12(日) 22:32
こんなの書いてますが、幸せであるのは良いことだと思ってますー。
420 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/12(日) 22:45
あやみきは永遠の輝きです><
素敵です
421 名前:esk 投稿日:2009/07/12(日) 23:30
>>420さま
わ、即レスありがとうございます!
この輝きは不滅ですよね!

ついでにもう一個上げてこようと戻ってきたら、すでにレスが。
ありがたいことです。

ということで(?)、りかまい。
422 名前: 投稿日:2009/07/12(日) 23:30

『 お弁当持って 』
 
423 名前:お弁当持って 投稿日:2009/07/12(日) 23:31

「ちょっと、まいちゃん! なによこれ!!」


お疲れーって、仕事終わりの足のままに遊びに来た梨華ちゃんの部屋で、
いらっしゃいとかの挨拶もなく突きつけられる携帯。
そこに映し出されているのは紛れもなく私のブログ。
うあ……いっつもチェックしてくれてるのは嬉しいんだけど。

「それはあ……飯田さんのキス魔は梨華ちゃんの方が知ってるでしょ」
「だからってしていいわけないじゃん!」
「まいだけじゃないって。ほら、辻ちゃん」

自分の携帯に飯田さんのブログを呼び出す。
私なんかとは違う、がっつりキス。

「のんだってキス魔だもん」
「じゃあ、いいでしょ」
「良くない! だってまいちゃんはキス魔じゃないじゃん!」
「そりゃ違うけど」
 
424 名前:お弁当持って 投稿日:2009/07/12(日) 23:31

「だいたい私にだってそんないしてくんないのにっ」
「する時はするじゃんよ〜」
「する時にしかしないじゃん!」
「っていうかあなただってそんなにしないでしょ」
「しないけどっ。でも私は他の人ともしないもんっ」
「まいだってしないってば〜。ほら、コレ見てよ。超慣れてないの」

梨華ちゃんの細い手首をぐりっと返して、突きつけられた携帯を裏向ける。
じいっと画面を見つめるその目には、直立不動な私が映し出されているはず。

「……こういうのもヤなの!」
「はあ? 意味わかんないんですけど」
「だから! こういうまいちゃんを見れるのは私だけじゃないとダメでしょ!!」
「な……っ」

テーブルをバンバン叩きながら金切り声をあげる梨華ちゃんに、一瞬言葉を失う。
な、何言ってんのこの人っ。
 
425 名前:お弁当持って 投稿日:2009/07/12(日) 23:32

「そ……なこと言ってもしょうがないじゃん! もうアップしちゃったんだしっ」

ああ、違う。
違うってば、まいさん。
こういうときに可愛く照れたりできたらこの人だって……。

「だからヤだって言ってんの!!」

更に声を高めることもしないだろうに。

「だからさ〜」
「何よ!」

あ〜〜、だめだ。
ここまでなっちゃうとこの人は絶対に自分からは引かない。
もう説得はあきらめるしかない。
お手上げ。
 
426 名前:お弁当持って 投稿日:2009/07/12(日) 23:32

「わかったよう、もう。まいが悪かった。もう絶対に梨華ちゃん以外とはキスしません。
 だから許して?」
「う……う〜〜」
「ダメ?」
「ゆるす、とかじゃなくてぇ……」

前のめりになっていた体がゆっくりとひっこむ。
よしよし。もう一押しかな。

「んじゃ、お詫びになんでもイッコ言うこと聞くってのは?」
「なんでも?」
「あ、ものすごく無茶なのは無理だけど」
「それじゃ『なんでも』じゃないじゃん」
「んー、まあそうだけど、がんばれるだけがんばるからさっ」

ほらっ、って手を広げて見せると、梨華ちゃんは少し考え込むみたいにして、
あ、って何かを思いついたみたいな顔をしたけど。
それからなぜか寂しそうにうつむいた。

「え、何?」
「……ピクニック」
「へ?」
「ピクニックに行きたい」
「あー……それは……」
 
427 名前:お弁当持って 投稿日:2009/07/12(日) 23:33

……困った。
こういうたぐいのわがままは言わない人なのに。
ってことはあのキスがよっぽどイヤだったんだろうな。
忙しくて休みが合わなくて、なんとかしてこうやって夜に会うことはしてるけど、
昼間にがっつり時間をとることはもう長い間できていない。


『あったかくなってきたし、ピクニックとか行きたいね』
『お、いいね。行こうよ。お弁当持ってさ』
『作るのはまいちゃんだよ』
『ええ〜〜?』
『当然じゃーん』


そう話した記憶から考えると、たぶんもう何ヶ月も前の話。
それから今日まで、梨華ちゃんの口から一度もその話は出なかった。
それはきっと。
時間が取れない私を気遣ってくれてのこと。

下を向いて唇を尖らせる梨華ちゃん。
わがままを言ったことを、後悔しているようにも見えた。
 
428 名前:お弁当持って 投稿日:2009/07/12(日) 23:34

「わかった。行こう」

「え」
「梨華ちゃん、スケジュール出して」
「え、でも。……無理だよ」
「見てみなきゃわかんないじゃん!」

小さな字で几帳面に書き込まれた梨華ちゃんのスケジュールと、でかい字で大雑把に
書き込まれた自分のスケジュールを突き合わせる。

明日……はダメ。
あさって……ダメか。
次……ってなんていうんだっけ?


「あ、ここ行ける!」
「ウソ!?」

そんな無駄なことして……みたいな顔をしていた梨華ちゃんが驚いて体を乗り出してきた。
その鼻先に、ほらって二つのスケジュール帳を並べて突き出す。
 
429 名前:お弁当持って 投稿日:2009/07/12(日) 23:34

「って夜じゃん〜〜」
「星空見ながらお弁当! いいじゃん、ね?」
「いい……かもだけど。でも、いいの?」
「オッケイ。決まりね!」

強引に押し切ると、梨華ちゃんは困ったみたいな眉のままで、にへ、と口元を緩めた。

ちょうど私の方が少し早く終わるから、お弁当も作れるし。
どこがいいかな。
川原とか、海とか、なんか開放感のあるとこで。
あー、花火もしたいかも。
ちょっと怖いけど、梨華ちゃんと一緒だし、きっと大丈夫。
晴れたらいいな。
晴れるよね。
そしたら私は。


お弁当持って、キミを迎えに行く。

 
430 名前: 投稿日:2009/07/12(日) 23:35

『 お弁当持って 』   終わり
 
431 名前:esk 投稿日:2009/07/12(日) 23:39
ついでの方が長い件。
里田さんブログの、お弁当〜テニス大会までの間に書いたものです。
432 名前:sage 投稿日:2009/07/14(火) 01:40
あやみきごちそうさまでした

433 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/20(月) 02:32
あやみきお待ちしてました!
りかまいも新鮮でよかったです。
434 名前:I 投稿日:2009/07/21(火) 19:04
あやみき、ありがとうございました!
できれば次回もお願いします。
435 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/21(火) 20:05
何気にりかまいは推せる
436 名前:esk 投稿日:2009/08/04(火) 22:05
読んでくださった方、ありがとうございます

前後しますが

>>435さま
ガタラジの『夜ご飯食べに行った帰りに入ったコーヒーショップで閉店までしゃべり
続ける二人』風のトークが大好きでした

>>432-434さま
正直、『今更あやみきwww』という突っ込み覚悟で書いたのですが、
まさかこれほどたくさんの方に受け入れてもらえるとは。嬉しい驚きです
ということで、ネタのみですが一つ
437 名前: 投稿日:2009/08/04(火) 22:06

『 やっぱり大好き 』



「んっふふー」
「……何、気持ち悪い」

コトが終わったあと、うとうととしかけたアタシの耳元でなんだか妖しげな声が
聞こえてきた。
仕方なく重いまぶたを押し上げて見つめ返してやると、たんは嬉しそうに目を細めた。

「んー。やっぱり美貴は亜弥ちゃんが大好きだなーと思って」
「なによ、忘れてたの?」
「そうじゃないけど〜。最近全然会えなかったし」

にまにましながらも、その目の奥に寂しそうな色を見せる。
……器用なヤツ。
嬉しそうにしながら寂しそうにして、しかも。


「じゃあ、一ヶ月二ヶ月会えなくても忘れないように、もっと体に叩き込んでやる」


アタシのこと誘うだなんてさ。



『 やっぱり大好き 』   終わり
 
438 名前:esk 投稿日:2009/08/04(火) 22:07
さて本更新

>>389-409 の続き……というか、まあ同じ流れの話です
439 名前: 投稿日:2009/08/04(火) 22:07

『 オト <2> 』
 
440 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:08



むかーしむかし。
それはそれは深い山奥に、小さな村があったそうな――。


 
441 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:08


すらり


突然開いた障子戸に驚くでもなく、部屋にいた女性が深く頭を下げる。

「遅くなって悪かったね」

言葉とは裏腹に威高々な声でそう言うと、入ってきた老婆は上座にどさりと腰を下ろした。

「お前さんらのような連中が昼日中にほっつき歩くとは思ってなかったんでね。
 夕刻にでも来ると思ってたんだよ」
「……」
「顔上げな」

頭を下げたまま反応を返さない女性に、老婆は少し語調を強めて言う。
有無を言わさない命令だった。
女性がゆっくりと顔を上げる。
表情は少し暗いが、山奥の田舎では見ない雅やかな顔立ちだ。

「ふん。平家の血を引いてるってのはホントみたいだね」
「……そのようです」
 
442 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:09

細面の女性は、伏し目がちのまま他人事のように答える。
その声は表情と同じように少し暗く、感情を抑えているようだった。

「しかしずいぶん若いんだね。あんた一人でバケ退治なんかできんのかい」
「それはご安心ください」
「逃すんじゃないよ。あれだけの前金を取ってるんだからね」
「……」

「まったく、土蜘蛛の分で大きな顔をしおってからに」
「私どもは土蜘蛛とは――」
「同じようなもんだろうよ……いや、それ以下かねえ。
 人でありながらバケと子を生すなど、お前さんの親も何を考えているのか」
「………」
「それがオトとして金を稼げるのならかまわないということかね。気味の悪い――」

老婆の演説が最高潮に達したとき、中庭に面する障子戸がすらりと開いた。
その隙間からひょこっと顔を出したのは、10にならないくらいの少女だった。

「ばばさまー」
「なんだい。まだ話の途中だよ」
「だってもう日が暮れちゃうよ」

「おや、もうそんな時間かい。仕方ないね。離れに行こうか。あんたもついてくるんだよ」
 
443 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:13

少女に優しげなまなざしを向けると、老婆はすぐに立ち上がった。
促され、正面に座る女性も腰を上げる。
その視線が少女を捕らえると、少女は照れたようにはにかんだ。
そのまま二人を先導するように駆け出すと、少女は中庭を横切って離れの引き戸を引く。
早く早くと手招きするその姿はとても愛らしいが、女性は切なげに顔をしかめた。

「彼女が……?」
「そうだよ。変なのに魅入られちゃってね。かわいそうな子だよ」

毒舌の老婆も自らの孫娘には甘いのか、心底憐れむ声でそう言った。
離れにたどり着くと、女性はぐるりと首をめぐらせてその全容を確かめる。

「それで、今はこの離れに?」
「ああ。いつごろからか日が暮れるとバケが現れるようになってね。
 ここしばらく夜はずっと篭らせて、村の連中で捕らえようとしたんだがね。
 結局怪我を負わされて、仕方なくあんたらに連絡を取ったってわけさ」

ふむ。
女性は小さくうなずくと、離れの周りを仔細に調べ始めた。
 
444 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:16


「おっと日が暮れる。じゃあ、しっかりやるんだよ」

一通り調べ終えた女性が何事か考え込んでいると、老婆は空を見上げてそそくさと
母屋へと去って行った。
その後姿を見送り女性が振り返ると、開け放された戸口からその様子を見つめていた
少女と目が合う。

「ねえ、平家のおねーさん」
「……そう呼ばれるんはあんまり好きやないねんけど」
「どうして? だって平家の落人なんでしょ?」
「落人やったんはうちの先祖であってうちやないし……ってあんた詳しいなあ」

先ほどの話を盗み聞きしていたのか、それ以前に老婆から話を聞いていたのか。
どちらとも知れなかったが、困ったように笑う仕草から、おそらく前者だろうと思われた。

「でも……オトのおねーさんって呼ばないほうがいいんでしょ。だったら平家の
 おねーさん方がいいかなって」
「は? なんでオトがあかんの?」
「だって、オトは人より劣るからオトって呼ばれてるんだって、ばばさまが。
 だからそう言われるのはいやかなあって」
 
445 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:18

「……あんたのばばさまはちょーっとばかり口が悪いようやね。
 うちらオトはな、音を使ってバケを退治するからオトやねん。そっちだけ覚えといてな」
「うん」
 
気遣わしげな視線を向ける少女の頭を、女性が苦笑いを浮かべてくしゃくしゃと撫でると、
少女は素直にうなずいた。
あの老婆の孫にしては聞き分けがいい。
笑顔も愛らしく、はきはきと物を言う。
バケに魅入られるのもわかる気がした。

「うちのことは単にみっちゃんって呼んでくれたらええわ。
 ――ところで、ちょっと聞きたいねんけど」
「なあに?」
「村の人を襲ったんは獣型やって聞いてたけど、あんたもしかして人型のバケも見てへん?」
「う〜ん……たぶん見てない」
「そうか」

先ほど離れの回りを調べたところ、獣の足跡のほかに、あきらかに村人のものではない
足跡がいくつか見つけられた。
話によると、今回の標的であるバケは既に人を襲っている。
バケは人を傷つけた後、力を増すことがままあるが。

(人型を取れるほどの力をつけてたら……ちょっと厄介やね)
 
446 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:26

座敷の奥に少女を座らせ、女性は部屋の隅に陣取る。
建物の周囲にいくつか結界を張ったが、それらは標的を正面入り口へ導くための
おとりに過ぎない。

「ほんでな、まんまと正面からばひゅっと入ってきたバケをみっちゃんが結界でばしっと
 捕まえたるんねん。すごいやろ」
「すごーい! みっちゃんかっこいい!!」
「ははは。そうやろ。オトはかっこええねんで」
「あたしも大きくなったらみっちゃんみたいなオトになりたいなあ」

「……や、それはあかんわ」
「どうして?」
「んー。まあ、こればっかりは血筋モンやからな」
「あ……そっか」

少女の尊敬のまなざしが微かに曇る。
さきほど母屋で盗み聞きしていた話を思い出したのだろう。
今この部屋に二人きりの相手は、恐ろしいバケの血を引くのだということを。

人々を脅かすバケ。それを狩ることが出来る能力を持つ者はオトと呼ばれる。
彼らはその濃淡はさまざまであれ、必ずバケの血を引いていた。
それがため、民衆を守るはずなのに、畏敬よりも軽蔑のまなざしを受けることが多い。
 
447 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:26

「……ま、そのおかげであんたみたいな運の悪い子を助けることも出来る」

苦笑を浮かべる女性を見つめながら、少女は表情を決めかねているようだった。

「――、きた」

少女に一言かけようと開いた口から、予定外の言葉が漏れる。
女性は人間離れした五感を研ぎ澄ませ、外の気配を探る。
その真剣な様子に、少女もぎしりと身をすくめた。


 まだ今は獣型を取っているようだ。
 しかしいつバケるかはわからない。
 ……結界を警戒している。
 いつもと違う離れの様子に、慎重にあたりを探っている。
 その動きが、中庭に面する障子戸の前でぴたりと止まった。


(来い!!)

女性は胸の前で両手指を組んで球の形を作った。
 
448 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:27


バリッ


その数秒後、障子戸を突き破って飛び込んできた小動物の影。
やはり人型ではない。


「結――、界!」


思ったよりも動きが早い。
女性は組んだ手をわずかに動かし、狙い定めて放った結界を強引にぶれさせる。
透明な球体は毬のようにぐにゃりと形を歪めて侵入者を包み込み、ぱちんとはじけるように
綺麗な球体へと形を戻した。

「ふう」

女性は大きく息をつくと肩を大きく揺らした。
少女にわかるはずもないことだが、一連の技は誰にでも出来るというものではない。
オトの中でも高度な技術であった。
 
449 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:28

キィッ


薄く光る球体の中で苦しげな声を上げる小動物に、徐々に変化が現れる。
飛び込んできたときは確かに小ぶりな野ウサギであったソレは、次第に獰猛な獣となり
鋭い咆哮をあげる。

「きゃあっ」
「見んでええ」

「で、でも、あたしあの子、知ってた!」

かわいがって、えさをやっていたのだと少女は震える声で言った。
とてもなついていたのに……と。

「……人やないモンがな、人に惹かれすぎて元とは違うモンに化けてまう。それがバケや。
 でもバケはその人が欲しいって気持ちが強すぎるから、惚れた子の命まで奪ってまう」

女性の言葉に、ぶるりと少女が身を震わせた。

「うちはあんたを死なせたない。だから今は目を瞑っとき」

震えるままに小さくうなずいてうずくまる少女を背にかばい、女性は腰に下げた筒から、
するりと細い笛を取り出す。
薄い唇の当てると、その音は悲しげで細く離れに響きはじめる。
 
450 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:29


繰り返される短いメロディに、獣はへなへなと力尽き。


ばしゅう


煙となって消え去った。

女性はしばらく煙の消えたあたりを眺めていたが、思い立ったように立ち上がると
障子戸から顔を出してあたりを伺う。
しかしそれでも何も見つけられなかったらしく、小さくうなずきながら座敷へと戻った。

「ウサギさん……死んじゃったの?」
「ああ。そうやな」
「そっか……」
「あんたが気にせんでええことや」
「……うん」
「あの子の分も元気に暮らすんやで」

くしゃりと髪を撫でた女性を、少女がはっと見上げる。

「もう行っちゃうの?」
「ああ。うちあんたのばばさま苦手やねん。だからばばさまにはうちがちゃんと仕事したって
 あんたから言うといてな」
 
451 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:31



離れを出ると、女性はしばらく村の端で様子を伺っていたが、意を決したように
月明かりの山道を進み始めた。
そのまましばらく進むと。

かさ

後方の下草が立てた微かな物音に、女性は足を止めた。
風の音ではない。
体ごと振り返り、音の出所あたりをじっと見つめる。

「……出てき」

誘うように声をかけると、下草の合間から真っ白なウサギがぴょっこりと顔を出した。
真っ赤な目で女性を見上げ、ぴるぴると長い耳を振るわせる。

「人型を取れるんはあんたの方か」

女性の声に応えるように、ウサギがくんくんと鼻を鳴らし、後ろ足で立ち上がると――。
 
452 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:34

しゅるり


こざっぱりとした着物をまとった少女がそこに現れた。
ふっくらとした頬に、10の子供とさほど変わりない背丈だが、もっと年かさだろう。
あどけない笑顔を見せるが、しかしそれはあきらかに子供のそれとは違うものであった。
ぺろりと舌を出すような仕草さえ、見た目と中身の違いをかえって際立たせる。

「なーんだ。ばれてたのか」
「離れにあった足跡はあんたのもんやな」
「うん」

襲ってきたバケよりも強力なモノの気配が離れの近くにいたことは気づいていた。
そのあとも襲ってはこなかったから、自分が離れれば襲ってくるかもしれないと
思ったのだが、なぜか気配は自分の方についてきた。
それなら……と女性は村を離れることを選んだのだ。
人型をなすバケは力が強い。
あの場で捕らえようとすると村人を巻き込んだかもしれない。
それに……あの少女に人型を退治する場面を見せたくはなかった。

「うちが退治したんはあんたの兄弟かなんかか?」
「うん。妹。ばかだよねー。あんな真正面から突っ込むなんてさー」
 
453 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:35

「敵討ちか。でも悪いけど、あんたも――」
「そんなの興味ないよ。あの子にももう興味ないな」
「は?」

さっと手を組んだ女性に、少女はにこりと笑いかける。

「あなたにする」
「……なにが」


「あなたが、欲しい」


満面の笑顔は、子供のように純粋なようで、全く違う。
底に秘めた妖異が前面にににじみ出ている。しかし――。

「怖い殺し文句やね。――ま、うちにつくんやったらええわ。一緒においで」
「一緒に?」
「あんたは一筋縄ではいかんようやからな。
 どうあってもうちの命取りたいって言うんやったら、今すぐあんたを退治するけど、
 そうとちゃうやろ? そやったら一緒に来たらええ」

命が欲しいだけならこんなところまでついてくる必要はない。
隙ならいくらでもつくって見せたのだ。
なのにここまで黙ってついてきたとなると――こいつには見込みがある。
 
454 名前:オト <2> 投稿日:2009/08/04(火) 22:36

本来バケとは魅入った相手の生命を屠ることだけを存在意義としているが、
完全な人型をとるバケには、たまに相手の生命以外の部分に興味を示す者がいる。
それを使い魔として共に行動するオトは少なくなかった。


「まあたまに仕事も手伝ったってな」

そう軽く言った女性に、迷いを見せていた少女もにこりと笑うと、たった数歩の距離を
駆けて寄って来た。
にこにこと見上げる少女の髪をくしゃりと撫で、女性も優しい笑みを落とす。


「あんた、名前は?」
「……なつみ」
「なっちか。うちはみちよ。みっちゃんでええわ。――これからよろしくな」

 
455 名前: 投稿日:2009/08/04(火) 22:37

『 オト <2> 』   終わり
 
456 名前:esk 投稿日:2009/08/04(火) 22:47
設定説明のためのサイドストーリーが長くなりすぎましたー
時代的には日本昔話くらいのあたりかと
しかし、>>453の『つくん』が何度読んでも『つんく』にしか見えないw
457 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/05(水) 01:12
わーい続きキター
そしてみっちゃんだ!!
次回も楽しみにしてますッ><
458 名前:esk 投稿日:2009/08/20(木) 23:56
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>457さま
みっちゃんでしたー。
残念ながら友情出演なので今後の出番はないですがw


あいえり

>>266-275 『 sweet drug 』 のアナザーストリー的な
459 名前: 投稿日:2009/08/20(木) 23:56

『 sweet trap 』
 
460 名前:sweet trap 投稿日:2009/08/20(木) 23:58

「でさ……あ、フジモトミキ」
「……あん?」

唐突にそう言った絵里の視線が遠くを見つめる。
あたしはぽかんとその横顔を眺めた。
数秒前まで、絵里は味噌ラーメンのおいしい食べ方を熱心に語っていた。

「誰? ゲーノージン?」
「違うよー。一時期このあたりで伝説になってた人。愛ちゃん知らないの?」
「知らん」
「あーそっか。愛ちゃんこの辺来たのってフジモトさん来なくなってからだっけ」

確かにあたしの行動範囲がこのあたりまで広がったのはそれほど前のことではないけど、
すぐに入り浸るようになったから、結構長い間顔を見せていなかったんだろう。
伝説ってどんな風に?
話題を振ってみようと思うのに、絵里はしつこいくらいの熱心さでそちらを見つめている。

横顔を見るのにも飽きてきたし、仕方なくあたしは絵里の視線を追った。
 
461 名前:sweet trap 投稿日:2009/08/20(木) 23:58

どの人? と聞く必要はなかった。
周りに人が群がっていてろくに見えやしないのに、その人からはなにか……絶対的な
オーラが漏れて出ていた。
声をかけていた誰かが軽くあしらわれたのだろう、すごすごと離れていく。
それを取り巻きらしき連中がゲラゲラと笑っていた。
感じわる……。

「ミキ様はねー、女王様だったんだって〜」

その様子を見ながら、絵里がうっとりとそう言った。

「は? SM?」
「本人そのつもりはないみたいだけどね」
「ふうん」
「クールだよねえ」

ふうん。
絵里のとろけるように甘い声に、答えるあたしの声はいかにも白けていた。
その気のないやつがミキ様とか言われんのかよ。
なんとなく気に入らなくて、睨むみたいな視線をそっちを向けてみた。
すると、確かにフジモトミキ本人は取り巻きと一緒に笑うようなこともしていない。
ただうんざりした顔でグラスをあおる。
 
462 名前:sweet trap 投稿日:2009/08/20(木) 23:59

……ふうん。

「――絵里」
「ちょっと行ってくる」

前触れもなく立ち上がった絵里の腕を思わず取ってしまった。
まずい。
そう思ったけど、やってしまったことは仕方がない。
開き直りついでにじっと目を見つめてみたけど、緩い笑みを浮かべた絵里は、
あっさりとあたしの手を払った。
視線はすぐにフジモトミキの方へ。
今にも歩き出しそうな絵里の横顔にこれ以上食い下がるほどは、あたしのプライドも
低くはなかった。
 
463 名前:sweet trap 投稿日:2009/08/20(木) 23:59

もったいぶるような足取りで絵里が人垣に近づくと、取り巻きたちが椅子を一つ
あけたように見えた。
フジモトミキほどのオーラを持っているわけではないけれど、絵里だって一晩に何度も声が
かかるような美形。
そこいらの取り巻きなんかに負けるはずはない。

ちょうどあたしに背を向けるように座ったので、絵里の表情はわからない。
声なんて、1メートルも離れたら聞こえるはずもない空間だし。
二人の会話がどうなっているのかは、大勢の取り巻きと、かろうじて見えるフジモトミキを
窺うことでしかわからなかった。

さっきまでとは違い、あまりにやにやしない取り巻き。
もしかして上手い方向に話が進んでいるんだろうか。
でも、フジモトミキはあいかわらずうんざりとしていて――。
 
464 名前:sweet trap 投稿日:2009/08/21(金) 00:00

絵里から見えないのをいいことにひたすらその様子を見つめていたら、意外にも早く
絵里は席を立った。
取り巻きたちにも何か声をかけているようだった。
そのせいか、絵里が離れても取り巻き立ちはあまり笑わなかった。


行きよりももっともったいぶるような足取りでこっちに戻ってきた絵里は、あたしに声を
かけるよりも先に、置いたままにしてあったグラスを手に取った。

「ふられたん」
「違いますぅ。諦めたの」
「一緒や」
「違うってば。……アイツがいたの。アヤ」
「アヤ……って、あの子?」

首を伸ばしてみると、さっきまで気づかなかったが確かに見覚えのある顔が
フジモトミキの隣にいた。

「うわー、狙われちゃってんだ」
「うん。もうべったり」
 
465 名前:sweet trap 投稿日:2009/08/21(金) 00:01

絵里が嫌そうに顔をしかめる。
いつもとりあえずニコニコしているこの子がこれほど嫌悪を示すことは珍しい。
よっぽどウマが合わないんだろう。
アヤは、ここ何回かで見かけるようになった子だけれど、ずば抜けたルックスから
すでにひそかに注目を集めている。
あたしも別の友達を通して少し挨拶を交わしたことがあるけど、何を考えているのか
わかりにくい笑顔が苦手だと思った記憶はある。
狙った獲物は逃がさない。
誰かが彼女のことをそんな風に言ってて、確かに、とあたしはうなずいたんだった。


「まあ、お話できたからいいや。ホントは一回くらいしてみたかったんだけどね」
「ふうん。……じゃあ行こか」

見慣れないしかめっ面を見慣れた緩い笑みに戻してそんなことを言いながら、
絵里はぷっくりした唇に指先を滑らせる。

その口元に、指先に、目じりに。

あたしは急に激しい渇きを覚えて、絵里の手から強引にグラスを奪った。
そのまま半分くらい残っていたカクテルを一気に飲み干す。
立ち上がって手を差し出すと、絵里の笑みが色を変えた。
 
466 名前:sweet trap 投稿日:2009/08/21(金) 00:02


「愛ちゃん、カワイイ」


わざとらしいまでに甘い声に、かあっと頭に血が上るのがわかった。
ごまかすみたいに強く絵里を引っ張って、あたしの隣に立たせた。

ふと視線を感じて顔を向けると、なぜかフジモトミキがこっちを見ていた。
絵里は触れるほど近くからあたしをじっと見ている。
でも多分、フジモトミキの視線に気づいている。

フジモトミキは目をそらさない。
興味なさそうな目なのに。
どうしてそんなに絵里を見る?

両側からの視線にあたしはイライラして。


とりあえず絵里にキスをすることにした。




その唇が笑みの形を作っていて、あたしは舌打ちしたい気分になった。

 
467 名前: 投稿日:2009/08/21(金) 00:04

『 sweet trap 』   終わり
 
468 名前:esk 投稿日:2009/08/21(金) 00:09
高橋さんが言葉少ななのは、気を抜くとただの関西弁になってしますからです。
語りも標準語ですしねー。中途半端中途半端ww
469 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/27(木) 00:39
こんな亀さんもっと見たいワァ
470 名前:esk 投稿日:2009/09/05(土) 02:05
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>469さま
ジュンジュン発見!(でいいんですか? 違う?w)
いいですよね〜、黒亀。


シリーズ3話目。
時事ネタを取り入れたのに出遅れました。

>>389-409 <1>
>>439-455 <2>
471 名前: 投稿日:2009/09/05(土) 02:06

『 オト <3> 』
 
472 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:07

「おっはよーございまーす」

YN企画と書かれた薄い扉をどかんと元気よく開く吉澤。
あれから始発に乗って家に帰り、十分に爆睡を取ったので気力体力とも100%満タンだ。
しかし上機嫌な吉澤の声に、部屋の中にいた妙齢の女性は眉間をつまむようにしてうつむく。

「吉澤……。えらい重役出勤やないか」
「えー。今日うち帰ったの6時ですよ〜。これくらいいいじゃないですかあ」

能天気な吉澤の声に、中澤は深々とため息をついた。


時刻は午後三時を回ろうとしていた。
 
473 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:10

YN企画

オフィス街の隅っこ、古い雑居ビルに事務所を構える怪しげな会社。
たまにえらそうなスーツ姿が出入りする以外、昼間は実に静かなもの。
いったい何をしてるのか、周囲の事務所も首を傾げるばかりである。

正規従業員は二名。所長の中澤裕子とヒラの吉澤ひとみ。
吉澤の相棒ワシミミズク君(戸籍上の名を藤本美貴という)は非常勤扱い。
あと見習いアルバイトが一名所属している。
ちなみに『YN』とは『ユウコ ナカザワ』であり、『ヨシザワ ナカザワ』ではない。
それだけは断じて譲れない、とは中澤の弁。賢明である。

さてこの会社が何で生計を立てているかというと、周囲の予想をすべて裏切って。
――妖怪退治、だったりする。
 
474 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:11

自然法則にしたがって生まれたはずのもの。
それらは非常に低い確率ではあるが、生来とは違ったものに『バケ』ることがある。
人間に魅入り、その生命を屠ることを存在意義にしているという、人間にとっては
ちょっとばかり困った存在。
古い昔からそれらを狩ることを生業としてきた人々、『オト』。
現代では彼らは国家単位で組織されることになっている。


『YN企画』は事務所こそ小さいが、その出先機関の関東総元締めを勤めており、
所長である中澤は今は現場には出ずに、政府からの仕事依頼をそれぞれに割り振ったり、
事務所ごとのオトや使い魔であるバケの管理に専念していた。
書類上では中澤の直属の配下は吉澤のみだが、そのおかげで関東のオトや使い魔は
みな中澤に頭が上がらない。
 
475 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:12

「ほい。これ、今週の仕事な」
「……多くないですか?」
「夏は忙しいもんやから」

ばさりと手渡された書類に、吉澤が顔をしかめる。
ぱらぱらとめくりながら、その目は書類を見ているようで見ていない。

「なんで夏なんですかー」
「なんでって知らんけど。暑すぎて色々おかしなるんちゃうか」
「暑いっても、この部屋は寒いくらいですけどね」

空調の効きすぎた部屋で、吉澤は大げさに身震いをしてみせる。

「ええねん、これくらいで」
「だめですよー。カンキョーに悪いですって。チキュウオンダンカだ。エコエコ。
 こんなのは窓開けたらいいんですよ。……ほら、風入るし」
「あー、コラ。勝手に窓開けんとって。うるさいねん」
 
476 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:12

確かに。
吉澤ががらりと窓を開けたとたん、耳をふさがれたような大音量が部屋に流れ込んできた。
夏の音。蝉だ。

「はよ閉め。藤本起きるやん」
「は? 美貴?」
「奥で寝てるから」

中澤の言葉に従ってしぶしぶと窓を閉め、吉澤が奥の部屋を開くと、ソファにかけられた
タオルケットの塊の下でだらしなく伸びている美脚。
蝉の音がうるさかったのか、吉澤の声で起きていたのか、もぞもぞと動いている。

「人型で寝るなよ、邪魔だな」
「……うっさいぼけ」

寝起きでも口の悪さは健在らしい。
タオルケットを剥ぎ取った吉澤を据わった目で見上げる。

「中澤さん、どうなんですか、このだらけっぷり」
「……美貴は夜行性だからいいんだよ」
「矢口さんは朝でも夜でもちゃんと働いてたじゃんか」
「あの人のスタミナと一緒にしないでほしいんですけどー」

「あ、そうそう。さっき矢口からメールあって――」
 
477 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:12

「ちわーっすっ。裕子ー、生きてるかーっ」


「こっち来るってさ」

(( …… ))

唐突な、きゃははは、という甲高い笑い声に、だらだらと垂れ流されていた言い合いは
ぴたりと止まり、藤本と吉澤は無言で顔を見合わせた。
いつでも明るく楽しい先輩。でも空気も読めるし、気遣いもできる。
よく差し入れを持ってきてくれるし(ちなみに先日ビールを持ってきたのもこの人)、
訪問自体には大歓迎なのだが、朝っぱらからこのテンションについていくには、
藤本と吉澤の基本テンションは低めだった。

「よぉ来たな、矢口」

そんな来訪者に、中澤は目じりを下げる。

矢口真里。
中澤が現役バリバリで働いていた頃、その使い魔を勤め共に修羅場をくぐって来た同志だ。
中澤が前線を離れたと同時に完全引退。
退職金を元手に、今はこの近くで小さな小さなカフェを開いている。
 
478 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:13

「なに。よっすぃ、傷だらけじゃん」
「あ! 忘れてた! 中澤さん、ヒーリングヒーリング!」
「あほ。そんなんすぐ治るやろ」

長く伸びた吉澤の手足をしげしげと眺めながら、矢口が顔をしかめるが、
その言葉に嬉々として乗っかった吉澤は中澤に軽くあしらわれた。
オトは人間よりも治癒能力が高く、一部にはさらにその枠を超えて他人の傷を癒す能力を
持つ者もいる。

「えー治らないですってー」
「じゃあ圭坊に電話しょうか」
「……いいです。治ります」

中澤の旧知である保田圭は、消魔能力は高くないがヒーリング能力に長けているので、
消魔としての仕事を引退した今でも、ヒーリングだけに狩り出されたりしている。
一方、中澤もヒーリング能力を持っているが、能力の特性なのか本人の性格なのか、
そのときの気分や対象相手によって能力の発現が大きく違ってくるので、保田のように
恒常的な活動としては期待できない。
 
479 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:14

「……おーい、矢口ぃ。あたしのこと忘れてない?」
「あ、ごめん!!」

吉澤がしょぼんと小さくなるのを待っていたかのタイミングで、薄く開いた扉の辺りから
小さな声が聞こえてきた。
わざとらしく扉に半身を隠したにやにや顔に、とっさに振り返った吉澤の大きな目が
さらに大きく見開かれる。

「よ。元気?」
「い、いちーさんっ!?」
「おいおい、もう市井じゃないっての。いい加減に覚えなさーい?」

今度は堂々と事務所に入ってきた女性を前に、吉澤は頭を抱える。
その隣で藤本はきょとんとしていた。見たことのない顔だ。
中澤は、と後方を見遣るとこちらも驚き顔ながらも口元を緩めていて。
……ということは見知った人物ということか。
それらの反応を見ながら、矢口はしてやったりとばかりににやにやと笑っていた。

「なっんや、紗耶香。えらい久しぶりやな。元気してたん」
「ばっちりよ〜。裕ちゃんも――」
「何しに来たんすか」
 
480 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:16

優しげな目で問う中澤に答えようとした言葉を吉澤がさえぎった。
棘のある声に、藤本は、おや、とその横顔を伺う。

「おいおい、かわいい後輩ちゃんががんばってるか心配して来てやったんだろー」
「心配なんかされなくてもあたしはあたしでちゃんとやってますから、余計な口出し
 しないでください」
「口出しじゃなくて心配だっつーの」

肩をぽんぽんと叩かれたのに、吉澤はぷいと顔を背ける。
そむけた顔をそのまま藤本に向けた。

「美貴っ、行くよ」
「は?」
「コレの調査っ」

先ほど中澤に手渡された資料をぱんぱんと叩くが、藤本は顔をしかめるばかり。

「こんな昼間っから? 何言ってんの? 今から行ったって意味ないじゃん」
「う、ううう……勝手にしろっ」

バケが活性化するのは大抵日が暮れてからだ。
今行ったところで出来ることはほとんどない。
理路整然と反論された吉澤は、捨て台詞を残して部屋を飛び出した。
 
481 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:17

「何あれ」
「みーきちゃん」
「……は?」

あきれた顔で吉澤を見送っていたた藤本は、後方から聞こえてきた来訪者の猫撫で声に
思いっきり眉間にしわを寄せる。

「ふーん」

その全身をにやにやと眺める来訪者。
無遠慮な視線に藤本の眉間のしわが深くなる。

「矢口さん、この人感じ悪いですよ」
「ちょ、そう言うなよ」

「ははは。悪い悪い。二人は初顔合わせやもんな。紹介したるわ。
 紗耶香。見てのとおり、こいつが吉澤の使い魔やってる藤本美貴。
 藤本、こっちは吉澤紗耶香。アンタの先輩やで」
「吉澤? さっき誰か『市井さん』って言いませんでした?」
「昔は市井。今は吉澤」
 
482 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:17

にやにやする紗耶香に、藤本は、ああ、とうなずいていかにも嫌そうな顔をする。

「タネウマ」

完全な人型をとるバケを見分けることは、オトにとってあまりたやすい作業ではない。
しかしバケ同士であれば見分けるまでもなくすぐにわかるので(現代のオトが
ほぼ必ず使い魔を持つ理由はここにもある)、藤本は紗耶香が事務所に
入ってきたときに一目で彼女がバケであることはわかっていた。

そのバケ、消魔対象から正規の使い魔になるときに戸籍を与えられる。
もちろん見る人が見ればバケであることはすぐに判別できるようにはなっているが、
通常通りに機能しているため、名前を変える――結婚することも可能である。
しかしバケの結婚は、人同士のそれとはまた違うことも意味しており。
そして、たいていのバケは人間と子を生すことに否定的だった。

「種じゃないんですけどー。タマゴタマゴ」

ご多分に漏れず嫌そうな顔をする藤本に、紗耶香は大して気にしていない風に
おどけてみせる。
 
483 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:18

「ありえなくないですか、人間の子供生むとか」
「いやー。そう言うけどさ、やっちゃえば出来ちゃうもんだし。
 美貴ちゃんだってさあ、もしひとみが男だったらそうなってるかもしんないんだよ?」
「よっちゃんと? ありえねー」

はっ、と吐き捨てるように言った藤本に、紗耶香の表情が温度を下げる。

「……あー、そういやアンタ、ひとみについたわけじゃないんだっけ?」
「あんな頼りないのにつくヤツなんかいないですよ」
「ふーん。ま、頼りないからさ、頼りになるあんたが見ててやってよ」

――やなこった
言いかけた言葉は珍しく藤本の口から出ることはなかった。
にやにやしたままなのに、人を服従させる目。

「じゃ、あたしはもう行くわ」
「――え。え、もう?」

藤本が言葉を呑んだというありえない状況に、ぽかんと口を開けていた矢口の頭を、
紗耶香がくしゃりと撫でた。
 
484 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:18

「子供本家に預けて来たからさ。早く帰んないと」
「ああ、ジュニア。どうなん能力は」
「うーん、やっぱり無理みたい」
「そうか。難しいな。昔は生まれさえすれば力持ってたのになあ」
「やっぱあれじゃない? カンキョーハカイ。つーかこの部屋冷房効きすぎ。
 カンキョーフカだよ。ヒートアイランドだ」

「……そういうとこ、ホンマ吉澤ににてんなあ」
「ワタクシも吉澤ですからー。あ、矢口はゆっくりしていきなよ。
 あたしはもう帰るだけだから」
「あー……そう?」

一瞬迷いを見せた矢口だが、紗耶香の目を見ると何かを感じて素直にその言葉に従った。

「あ、紗耶香。コレ。今日の仕事の追加資料。持って行ったって」

しかし、すぐにも出て行こうとする紗耶香を、中澤が呼び止める。
せっかくかっこつけたのに。と浮かべた苦笑いのまま中澤の差し出した書類を受け取ると、
紗耶香は冷えた事務所から蒸し暑い屋外へと急ぎ足気味に出て行った。
 
485 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:18

「何なんですか、あの人っ」

紗耶香の細い背中が完全に扉の向こうに消えるのを待ちきれないように、
藤本が中澤に噛み付く。

「ま、ま。紗耶香もあれでよっすぃのことはかわいいと思ってるんだよー」
「そんなの知りませんしっ」

その腕を押さえて焦ったようになだめる矢口を、藤本がキッと睨みつける。
中澤も苦笑いを浮かべながら肩をすくめてみせた。

「まあなあ。昔は吉澤君……旦那の方な、あいつとラブラブでかわいらしかってんけど、
 すっかり吉澤家に染まってもたな」
「よっちゃんち、ですか?」
「ああ。吉澤家は古くからあるオトの家柄で、バケの血もこまめに入れて血統を
 守ってんねん」
「そんな家あるんですか」

藤本のあきれた声に、中澤と矢口も困ったように顔を見合わせる。
 
486 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:19

「まあ世の中には色々あるてことや。しかも古い家やから色々ややこしくてな。
 最近はなかなか思うように力もったヤツも生まれへんし、偏屈になってるみたいやわ」
「へえ。じゃあ力持ってるよっちゃんは優遇されてるんですか」

そう言いながら藤本は違和感を覚えた。
吉澤の口から家の話を一度も聞いたことがない。
それにさっきの態度も。

「それがまた嫌な感じでな。あいつは分家筋に突然生まれた能力持ちやから、
 それほど悪くもないのに落ちこぼれ扱い。ま、嫉妬やな」
「しょーもな……」
「まあほら。紗耶香とか旦那とかましな奴もいるからさ。そう嫌わないでやれって」
「別に好きになる必要もないですけどね」

あからさまに嫌悪の表情を浮かべる藤本に矢口が声をかけるが、吐き捨てるような言葉に
一蹴されてしまう。
矢口は困ったように眉を下げた。
彼女にとって紗耶香は現役時代をともに過ごした戦友。同期のようなもの。
何とかして肩を持ってやりたいのだが、藤本にはなかなか通用しないらしい。
 
487 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:20

「いや、これからはそうもいかん。おかげで吉澤も自由にやってきたけど、紗耶香が
 来たってことは本家があんたらに介入する気なんかもしれんし」
「はあ?」
「へ?」

藤本と同じように、矢口も目を丸くする。
久しぶりに顔を見に行きたいから連れて行ってくれと言われただけだったから、
まさかそんな裏があったとは思ってもみなかった。

「そんときに頼れるんが誰か、よーく考えて行動するんやで」

子供を諭すような中澤の言葉に、藤本は口元に手を置いて思考をめぐらせる。


やっかいな吉澤家。
吉澤家に嫌われているひとみ。
ひとみを気に入っている紗耶香。


「……美貴、そういうのすっげーヤなんですけど」
「あんたのそういうとこ、嫌いやないけどな。こればっかりは吉澤のことも考えたって」

はっきりと言う藤本に、中澤は苦笑いを浮かべる。
 
488 名前:オト <3> 投稿日:2009/09/05(土) 02:21

そんななんだかんだがあるから、今の管理職についたとき、吉澤を人に預けることなく
自分の直下に置いたままにしたのだ。
意外に繊細なところのある部下。なんとしても守ってやりたいと思っている。
しかし中澤が顔を覗き込んだ藤本は、むうっと唇を尖らせていた。

「なんや。そんな嫌なん」
「違いますけどぉ……中澤さん、よっちゃんのことばっかり……」

もごもごと言う藤本に、中澤はきょとんとして見せたが、すぐに、あっはっは
と豪快に笑い出した。

「かわいいやっちゃなあ。ちゃんと藤本のことも考えてるて」

同じように豪快に笑う矢口と二人がかりで、ぐしゃぐしゃと乱暴に髪を撫で回される。
バランスを崩しながら藤本も尖らせていた唇を緩め、照れたように笑った。

「あ、そうだ。よっちゃんが美貴と中澤さんに焼肉おごってくれるって言ってましたよ!」
「へえ。そら気前のええこっちゃな」
「あーー! あたしも行くぅ!!」


肉食の矢口がそんな言葉を聞き逃すわけもなく、こうして吉澤のおごり焼肉一行は
4名様と相成った。
 
489 名前: 投稿日:2009/09/05(土) 02:21

『 オト <3> 』   終わり
 
490 名前:esk 投稿日:2009/09/05(土) 02:24
吉澤家はただの裏設定だったのですが、復帰の件が使えそうなので膨らませてみました。
って本編進める気あるのか、自分……。
491 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/07(月) 01:19
わぁいどんどん膨らんでるっ><
492 名前:esk 投稿日:2009/11/03(火) 15:32
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>491さま
膨らんでいます。……予定よりもはるかにw


何も出さずにageるのも気が引けるので、倉庫から拾ってきたあやみき。
いつ書いた話だろう。
もしかしたら一番初めのスレを立てるよりも前かもしれません。
 
493 名前: 投稿日:2009/11/03(火) 15:33

『 幸せな眠気 』
 
494 名前:幸せな眠気 投稿日:2009/11/03(火) 15:33



……ん

「……ん」

……『ん』?
んってなんだよ。
一文字じゃ意味わかんないって。

「……ちゃん、亜弥ちゃーん」

あ、アタシの名前だったのか。

「亜弥ちゃんってばぁ」

んで、この甘え声。

「……ぅ」

と、このキスは。
 
495 名前:幸せな眠気 投稿日:2009/11/03(火) 15:34

「……たん?」

朝っぱらからずいぶんと濃厚なキスをかまされて、ようやく開放された唇から出た名前は
ざらざらとかすれていた。

「疑問系なんかひどーい」

そんな事言われても。
寝起きで顔も見ないで声とキスだけで判別したんだからえらいと思ってよ。

「ねー起きてよお」
「んー……今何時?」

起きろと言われてすぐに起きれるほどには体に睡眠が足りていないみたいだ。
目はうまく開かなし、手足も思うように動かない。

「7時」

「ハアっ?」

なんだとコラ。
無意識に凄みを利かせて開かない目を見開くと、数センチの距離で美しいお顔がにゅうと緩む。
 
496 名前:幸せな眠気 投稿日:2009/11/03(火) 15:34

「おはよ」
「……はよ、ちゃうやろ」
「だって今日オフだから遊びに行くよって言ったでしょ?」
「ゆっ」

てたっけ?
って言ったらまたすねるし、朝から駄々をこねるコイツの相手をするのは勘弁して欲しい。
すんでで止めたアタシ、えらいぞ。

「やからって……なんもこんな時間にこんでも……」

頭は回りだしたものの、口は回らない。
昨日アタシラジオの仕事で朝方帰ってきたって知ってるよね?

「ひっどい! ここんとこあんまり会えなかったからすごーく楽しみにしてたのに!」
「あ〜も、わぁかったってぇ。遊ばんゆーてへんやんけぇ」

枕元にしゃがみこんで犬みたいにアタシの顔を覗き込んでくる子の髪をなでてやると、
とんがっていた唇がにへーっとゆがんだ。

……かわいいヤツめ。
 
497 名前:幸せな眠気 投稿日:2009/11/03(火) 15:35

「でもぉ、アタシもうちょっと寝たいんやんかあ……やから、待ってて?」
「えーーー。どれくらい?」
「んと……」

昼まで寝てようと思ってたんだけどな。
しかも夕方から仕事だし。

「一時間くらい?」

短かっ。

「んと……じゃあ」

もぞもぞとベッドの奥に体をずらして半分スペースを空けてやる。
お布団もめくってやって。

「入りぃな」

にまあって、アンタ笑いすぎだし。
上着とGパンを床に脱ぎ捨てて、いそいそとアタシ隣に滑り込む。
ぎゅうっと抱きしめられて、えへへってエンドレスに伝わってくる満足そうな甘い声。


その甘い振動を感じながら、アタシは幸せな眠気に沈んだ。

 
498 名前: 投稿日:2009/11/03(火) 15:35

『 幸せな眠気 』   終わり
 
499 名前:esk 投稿日:2009/11/03(火) 15:54
 松浦さんを関西弁にしてみたかったらしいです。
(どうでもいいことですが、原案書いたのは数年前ですが、手直ししたのは今です)


さて、一年半ほど前に立てさせていただいたこのスレですが、
どうやら容量を使い切ってしまうようです。
立てたときは使い切るほどこの世界にいないだろうと思っていたのですが、
甘い考えでしたw

ということで、色々見極めてからとも思っていたのですが、
もう新スレを立てさせていただくことにました。

幻板『JUNK!2』
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/mirage/1257226208/
幻です。幻に立てました(祈)


このスレに足を運んでくださった方、更にはレスを下さった方、ありがとうございました。
そしてスペースをお貸しいただいている管理人様、本当にありがとうございます。

続き物もあるので読みづらくて申し訳ないですが、
あちらでもまたお付き合いいただけるのなら、最上の喜びです。

ログ一覧へ


Converted by dat2html.pl v0.2