EverydayEverywhere
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:48
- 2008年4月10日時点で蒸すめ。さんの
取りとめもない普通の時間を、
リーダー、サブリーダー中心に書かせていただきます。
何卒よろしくお願いいたします。
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:49
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- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:50
- 生きていると、不可解なできごとにしばしば出くわす。
超常現象というような立派なものでなく、
亀井絵里という人物の言動だったり、
久住小春という人物の言動だったり。
私からすれば理解できないことをさも当たり前に
言ったり行ったりする人がたくさんいる。
そういう人物と付き合うと摩訶不思議なできごとに出くわすのだ。
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:51
- 亀井絵里はスケールの大きいものに心を惹かれるようだ。
関取とすれ違えば、大笑いするし。
大型特殊車両、を見かけると大笑いするし。
敷地面積が日本一広いアウトレットモールなどに出かけたら、笑いが止まらないのだから。
この間など、ディスカウント店で業務用サイズの洗濯洗剤を見つけ、
店内を猛スピードで駆け周り、涙を流しながらそれを私に見せてくれた。
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:52
- 「どんだけ大っきい洗濯機に使うんだよ、って思ったらもう、苦ひぃっ」
洗剤も大きいし、洗濯機も大きいし、
すると、洗濯する衣類も相当なラージサイズなのだろうという果てしない妄想が彼女によって繰り広げられたと、その涙から容易に想像できた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:53
- 一度にその大きさ全部の洗剤を使うはずはない、と毛頭考えない亀井絵里のスケールの大きさに、
私は少し肝が冷やされた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:53
- しかも、特殊な環境に身を置いている所為か、亀井絵里や久住小春のような人物が
ごろごろと周囲にしたり顔でのうのうと存在している。
彼女たちのお蔭で理解できないことがたくさんあると、私は実感することができた。
理屈じゃどうにもならないことがたくさんある。
他人の行動理由とか、感情とか。
どうにもならないことがたくさん、たくさん存在する。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:54
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- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:55
- わくわくとかドキドキとか表現を変えれば良いっていう問題じゃないんだ。
言うなればビクビク。そう、私はむやみやたらにびっくりなどしなくない。
到底理解できないけれど世の中には、スリル感を楽しむ嗜好が支持されている。
わざわざ恐ろしい思いをする為に、心霊スポットへ出かける人がいたり、人知を超えるような絶叫系アトラクションを楽しんだりする人が存在する。そういう人達の気が知れない。
ドキドキするような、心臓に悪いことは嫌いだ。
でも、愛ちゃんの笑顔は嫌いじゃない。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:55
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- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:56
- ちょっと入ってみようよって、いたずら心たっぷりの笑顔に誘われた。中学校の体育館。
体育館内の灯りはやっぱり点いておらず、辺りは静かだった。
多分春頃のことだったと思う。学校の周りが花びらで囲われていた。
きれいとは形容し難い花びら達だったけれど、踏んだ感触は確かに柔らかかった。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:57
- ここら近辺は閑静な住宅街ってヤツだ。
私の住んでいる家の近所なのだから当たり前なのだけれども。
そのご近所を、遊びに来ていた愛ちゃんと二人でコンビニまで歩いていた。
道中、見かけた公立の中学校に彼女が懐かしさを感じたのかは知らない。
中学校の側にさしかかった直後、一瞬にして愛ちゃんははしゃいだ様子になった。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:58
- 「ダメだよ、見つかったら怒られるどころじゃないよ」
最近の学校の警備は厳重なんだから。
「里沙ちゃんの通ってた学校? 」
私の制止も聞かず、愛ちゃんは学校の方向へずんずん進んでいく。
「違うけど」
ダメだって愛ちゃん。
「いいから、行くよ」
無理やり腕を絡めてきた彼女を止めることは不可能だった。
振り向いた笑顔がとても二歳年上だとは思えなかった。
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 23:59
- 「愛ちゃんこどもだー」
「シッ」
と、愛ちゃんはまた振り向き、真顔で立てた人差し指を口元に当てた。
そうかと思えば、今度は私の手を強く引いて走りだした。人通りの無い間に体育館側の門から侵入を試みたようだ。
非常識な行動には巻き込まないで欲しいと心底思う。
心臓に良くないことは好きじゃない。
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:00
- 「4時間目の授業中だよね」
コソコソ声で愛ちゃんが話しかけてきた。
シッって、言ったの誰だよ。
グラウンドを使用する部活動の簡易倉庫らしい、物置に隠れて体育館の出入り口を窺った。
長方形の体育館には計五つの出入り口があった。
校舎に近い短辺側に正規の出入り口が一つ。
その他、長辺側に二つずつ。
私達が身を隠している場所は道路に面した長辺側の二つある出入り口の一方だ。
まさか、一番手前の入り口に鍵が掛かっていたら他の出入り口全部確かめるなんてことはしないだろう。
一度決めたら何が何でも実行する、という根性は他で発揮してくれと神に祈るばかりだった。
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:00
- 戸締りがされてないワケないのに。
しかも、入れたとして何をするつもりなのか。彼女の行動の意図が理解できない。
でも、愛ちゃんの嬉しそうなわくわくした横顔を見ると何も言えなくなってしまう。
見つかったら何て言い訳しようかと、そればかり考えていた。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:02
- 気付くと、隣にいたはずの愛ちゃんは忽然と姿を消し、周囲を見回すと一番手前の入り口に張り付いていた。
なんて大胆な。
あ、あいちゃんっ。
声にならない声で名前を必死に呼ぶ。
私の心配とは裏腹に出入り口の引き戸はすっと開いてしまった。
愛ちゃんが音も無く館内に侵入した。忍者みたいだ。
私は慌てて出入り口に近寄った。既に愛ちゃんの姿は無い。
入り口に顔をだけ突っ込んで、恐る恐る館内を見渡した。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:02
- 大きい窓からは日光が差し込み、思っていた以上に館内は明るかった。
ワックスでてかてかした床。色とりどりのライン。
バスケットボールのバックボードとリング。演壇上にはボックス型のピアノ。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:05
- そう言えば、愛ちゃん靴ってどうしたんだろう。
出入り口には靴を脱いだ形跡はないし。
姿を消したのに館内には足跡すらない。
すると、右側の壁からぬっと愛ちゃんの顔が覗いた。
びっくりして、私は目をかっ開いた。
愛ちゃんはニヒヒ、というような表情で笑い、顔のすぐ横に右手首から上だけを出して手招きをした。
私は足跡をつけないように、四つん這いで移動した。見つかりたくない一心で相当焦り、かなりみっともない姿態だったに違いない。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:06
- 愛ちゃんの手招きしていた場所は壁ではなく、体育館倉庫の入り口だった。
体育館倉庫の中に入る途中、バレーボール用の支柱に足の小指をぶつけ死ぬ思いをした。激痛が体中に行き渡る。
転げるように愛ちゃんの側に身体を横たえた。
彼女は声を押し殺して笑っていた。もちろん腹を抱えて。
大袈裟でなく笑い転げていた。
「り、り、里沙ちゃん」
ゴキブリみたい。
んな、失礼な。
反抗したい気持ちだったけれど、痛みでまともな反論は不可能だった。
そびえ立つ跳び箱と鉄製のボール籠の間、重なったマットの上で二人で並んでいた。
身体を小さくして愛ちゃんは笑っている。よく見ると涙目だ。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:07
- 「靴、靴」
と、愛ちゃんは私の激痛の走っている足をわざとなのか、ばしばし叩いて靴を脱げと指図する。
「分かったから」
痛いから、叩かないで。
私はのろのろと靴を脱いで愛ちゃんのスニーカーの隣に自分のパンプスを並べた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:08
- 「もー、笑ってないで早く出るよ」
カビ臭いし、なんかじめじめしてる。
靴を脱いだついでに、露になった足の小指をさすりながら不平を口にした。
「ええやん」
愛ちゃんは涙を拭いながら言う。
何がいいのか。
何も良くない。カビ臭さも、じめじめ感も。
そもそも知らない学校の体育館に侵入したこと自体良くない。
「懐かしい」
そう言いながら、マットをばんばんっと叩いた。
「ちょ、愛ちゃん大きな音出さないでよ」
「里沙ちゃんはびびりやね」
得意げな様子でそんなことを言う。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:08
- 「ほんまに懐かしい」
愛ちゃんは私よりも長い間まともな中学生活を送っていた。
だから、きっと私よりも中学校の思い出がたくさんあるんだ。普通の、取るに足らない、日常の思い出が。
「体育館にピアノってあった? 」
私は不本意ながらもそんな暢気なことを口にしていた。
愛ちゃんは目を丸くして私を見た。
「あった、あった」
あれなかったら何で校歌を伴奏するの。
「校歌? 」
「全校集会で絶対歌うやろ」
「そんなのあった? 」
「全校集会でもしなかったら校長のエライお話はいつ聞くん? 」
「覚えてなーい」
「あらゆる行事でピアノは大活躍でしょうが」
ほら、合唱コンクールとか。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:09
- 「えー」
コンクールって愛ちゃんは合唱部だったからあったのかもしれないけど。
私は合唱部じゃないから分かんない。
「ちーがーっ」
だから、愛ちゃん、声が大きいって。
「文化祭で校内合唱コンクールがあってぇ」
一年で一番学校が熱くなる日だよ。
合唱コンクールね。
「だから」
それは、愛ちゃんが合唱部だから、と言おうとして止めた。
愛ちゃんがとても楽しそうに笑っているから、そんなのどうでもよくなった。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:11
- 「二年の時なんて、三年を差し置いてウチのクラスが準優勝したんだから」
愛ちゃんの目は中学生に戻ったみたいなきらきらしていた。
この状況で今を肯定的に捉えることができる私は随分なお人好しだと自覚する。
校内合唱コンクールという行事が愛ちゃんの通っていた中学校にはあったのかもしれない。
そのコンクールに愛ちゃんが並々ならぬ気合で臨んでいたことも分かった。
ただ全校生徒みんながみんな、愛ちゃんみたいに熱くなったかは、定かではないけれど。
「何歌って、準優勝したの」
合唱コンクールがどういうものか全然分からず私は尋ねていた。普通に流行の歌を歌っているのかと思った。すると、愛ちゃんの答えは聞き覚えの無い単語の羅列だった。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:11
- 「たにかわしゅんたろうのにじゅうおくこうねんのこどく」
「え? 」
「谷川俊太郎の二十億光年の孤独」
私が、怪訝な表情をすると愛ちゃんは今にも歌いだしそうに大きく息を吸い込んだ。
待った。
と、声には出さず、瞬時に私は愛ちゃんの口に手を当てた。
「今は歌わなくていいから。今度ね」
愛ちゃんは、こくこくと頷いた。
自分が見つかってはいけない状況にあることを思い出してくれたようだ。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:12
- 「里沙ちゃんは、何かないんか? 」
何か、とは。きっと愛ちゃんみたいな中学校の思い出のことだろう。
「何かねぇ」
あぁ、でもこうやって体育館倉庫で掃除サボったりした。
「うわー、不良〜」
「なーんでだよ」
常にじゃないよ、一回だけだし。
愛ちゃんは信じていないような様子でニヤニヤしている。
「今みたいにさ、コソコソ友達と話ててさ」
「ふーん」
「で、体育教官室にいる先生が、なんでか勘付いてこっちへ見回りに…… 」
と、二人で耳を澄ますと足音が近付いてくるみたいだった。
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:14
- 私達はあわてて倉庫の入り口から死角になる、数台の卓球台の裏に身体を押し込めた。
小さめサイズの背格好でも二人となるとやはりとても窮屈だった。入ったかと思うと途端に愛ちゃんは無理やり抜け出して元の場所へと転がった。
命を粗末にするのもいい加減にして、と思ったら。
愛ちゃんは素早く二足の靴を抱えて戻ってきた。
そしてさっきよりも大分具合の悪い形で身を隠した。
スリッパの足音みたいな、ぺたぺたぺたぺたと間の抜けた音が倉庫の入り口で止まった。
戸は開いたままになっていたから多分、そこから倉庫の中を覗いているみたいだ。
「あ、ココじゃねぇな。部室に置いてきたんだ」
と、男性教師らしき方が一言呟き、来た方向へぺたぺた戻って行った。
彼がどんな風貌だったのか確かめるには勇気と好奇心が、私には足りなかった。
ただ、見つかることだけは勘弁だ、と目をぎゅっと瞑り愛ちゃんにしがみついていた。
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:14
- 「行ってもた」
里沙ちゃん、もう大丈夫やって。
まぶたを持ち上げると目の前の愛ちゃんは眉を八の字にしてこちらを見ていた。
私は深く息を吐いた。寿命が縮む。
本当に中学生だったら笑って済まされるし、お説教されて終わりだけど。この歳じゃあ、非常識過ぎてどこかへ通報されても反論の余地はない。
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:15
- 「里沙ちゃん」
愛ちゃんは今さっきの状況など屁でもない様子だった。
「なにぃ」
吐く息と一緒に聞き返した。
「掃除サボって何話とったん? 」
「えー、くだらない話だよ」
前の日見たテレビ番組とか、恰好良い先輩とか、誰が誰のコト好きだとか中学生の会話。
「勉強の話はせんのか」
私は笑った。緊張の糸がぎりぎりまで引き絞られ、とうとうぷつりと切れてしまった。
「掃除サボってまで勉強の話はなぁ」
ないな。
ぴったりくっ付き合ったまま、ふたりでくすくす笑った。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:16
- 「里沙ちゃんは、好きな人おったの」
「人並みにはいましたよ」
「恰好良かった? 」
「そりゃぁ恰好良かった……のかな」
今改めて考えると自信ないかも。
「なんやの」
愛ちゃん落胆したみたいに、声のトーンを落とした。
「愛ちゃんは、いなかったの? 」
彼氏。
「おった」
予想とは別の返答に私は愛ちゃんを近距離で見つめてしまった。
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:16
- 「…ら、娘。には入っとらんやろ」
それだけ言うと愛ちゃんは二足の靴をマットの上に放り投げ、そのまま私に背中を向けて狭い隠れ場から身体を引き抜いた。
愛ちゃんが抜け出た後には卓球台と壁の間に余裕ができた。その隙間のお蔭で私は楽ちんに脱出できた。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:16
- 「でもさ、吉澤さんみたいな先輩がもし同じ学校にいたら」
逆に悲惨だったかもね。
私は側にあったバレーボールを一つ手に取ってみた。
「吉澤さんがおったら毎日学校に来るの楽しみじゃないの? 」
「吉澤さん恰好良すぎるから」
報われない恋にハマる女子が続出しそう。
「マコトみたいにか」
愛ちゃんが呆れたように笑った。
「まこっちゃんねぇ」
いつか、あの熱意が報われるといいけど。
私はバレーボールを籠に戻し、愛ちゃんの方に視線を向けた。
真っ直ぐこちらを見ていた愛ちゃんと視線がかち合う。
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:17
- 「恋愛沙汰なんて錯覚やろ」
愛ちゃんは難しいことを口にした。
「思いがそのまま相手に通じるなんてありえない」
「愛ちゃんはそう思うの? 」
相手はこくりと頷いた。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:18
- そして、もう行こう、と自分のスニーカーを掴むと倉庫の入り口に進んでいった。
「そだね、こんこんとまこっちゃんからそろそろ連絡来る頃だし」
愛ちゃんは入り口付近で外の様子を窺い、途端ぱっと飛び出していった。
私もそれに倣い、誰もいないことを確かめると裸足のまま外に出た。
外の物置の陰に隠れていた愛ちゃんの隣に滑り込む。
ぱんぱん、と足の裏をおざなり払ってからパンプスを履いた。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:19
- 「思いが通じ合うっていうのは錯覚だと思うけど」
私の息が整わない内に愛ちゃんが唐突に語り出した。
驚いてそちらを見る。
「誰かの為に一生懸命になるっていうのはあるやろ」
「ああ、まぁね」
頷くものの。体育館に侵入した愛ちゃんの行動くらい、今の言葉が理解できない。
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:19
- 「そういう点では里沙ちゃんが分かり難いって思う」
「はぁ、私? 」
「誰が一番好きなのか、里沙ちゃんは分かり難い」
みんなに一生懸命なんだもん。
褒められているのかけなされているのか判別しにくいことを言う。
彼女は結局何が言いたいのかと思考を巡らしていると。
愛ちゃんはみるみる顔色を変え、彼女にしては控えめな悲鳴を上げた。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:20
- 「片方、ピアスがない」
ひどく慌てた様子でしきりに右耳の辺りを触っていた。
「えぇ」
また行くのぉ?
私はがっくりと顔を膝と膝の間に傾け、落胆を露にした。
ピアスを失くし、気を落としている相手の心配よりも、面倒臭い気持ちが先に出てしまった。
「別に里沙ちゃんは来んでもええ」
私の物ぐさな態度を敏感に察知し愛ちゃんは少し怒った口調で言った。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:21
- 「そういうワケには行かないでしょ」
二人で探した方が早いし。
もう、こうなったら許可をもらってから探した方がいいかもしれない。
ビクビクしながら探していたら出るものも出てこなくなりそうだ。
不機嫌そうな愛ちゃんを半ば呆れながら見つめる。
「愛ちゃん、事情を話して体育館倉庫に入る許可貰おうよ」
愛ちゃんは無言で抵抗した。
「いいよ、ここにいて」
私、行ってくるから。
私は立ち上がり、溜め息を吐く。
一歩踏み出さない内に、左手を掴まれた。
「私も行く」
私の左手を掴んでいる人物が低い声で呟いた。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:21
-
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:22
- 体育教官室に恐る恐る足を踏み入れ、振り返った男性教師の風貌にまたびびる。
かっちりと髪を固めた、渋いおじさんだった。
ジャージィの出で立ちでいかにも体育教師、という風貌だ。
それでもここまで乗り込んで来て、諦めるわけにはいかない。
背中に汗を掻きながら丁寧に事情を説明すると、意外にも男性教師は笑って許してくれた。
見つかったら帰る時に声を掛けて欲しいとだけ指示をし、男性教師はまた、机に向かった。
のんびりした校風の学校なのかもしれない。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:22
- こんこんとまこっちゃんを少し、待たせるかもしれない。
私はそんなことを思いながらドキドキしながら忍び込んだあの体育館倉庫へ再び向かった。
愛ちゃんは始終黙り込んだままだ。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:23
- 「先生が優しい人でよかったね」
うんともすんとも、蚊の鳴き声みたいな返事しかしない。お腹でも空いたのだろうか。
「愛ちゃん、今日つけてたピアスってどんなの? 」
「んー」
里沙ちゃんから、去年の誕生日にもらったやつ。
ぼそぼそと愛ちゃんは答えた。
あー、アレか。
ロードナイトっていう石の色がきれいで即決した、ドロップピアスだ。
「見つかるよ、愛ちゃん」
私はおどけてふらふら隣を歩いている、愛ちゃんに軽く体当たりをした。愛ちゃんは情けない表情でこちらを見上げた。
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:24
- 体育倉庫に入ってまず、私は卓球台の裏を捜索した。
愛ちゃんは入り口付近に這いつくばって捜索を開始していた。
彼女はアイドルという肩書きをピアスと一緒に落としてしまったに違いない。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:25
- どこかに引っ掛かっていないか、得点板を移動させて探す。
そうしながら愛ちゃんの一連の行動を思い出してみる。
入り口から侵入して、マットの上にいた。それから、卓球台の裏に隠れて。
壁側の棚と跳び箱の間に抜け出す。そして出て行った。
卓球台数台を一つずつずらし、くまなく床をを探す。
近くのバレーボールの入っていた籠もボールを全部床に出して調べた。
入り口付近に戻り、次はマットの辺りを探すことにした。ここが一番プンプンしている。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:25
- 「愛ちゃん、跳び箱の下調べた? 」
鉄製のボール籠とマットの隙間を覗き込みながら愛ちゃんに声を掛ける。
「暗くて見えんの」
「これ、動かすの危ないよなぁ」
マットを一枚一枚捲りながら答える。
でも、マットよりクサいのは跳び箱の下だ。
「上から二、三段外したら軽くなるかなぁ」
「やってみよう」
二人、視線で頷き合い実行することにした。
マットを二重に折りたたみ、高さを作る。その上に乗って、一段ずつ外した。
三段くらい外していると、わざわざ移動させるより、このまま跳び箱の中に入って探した方が合理的なんじゃないかと思った。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:26
- 「危ないよ、里沙ちゃん」
怪我したら大変。
「大丈夫だって、私の方が身長高いし」
愛ちゃんより足が長い。
愛ちゃんは笑ってくれなかった。
重くなった空気から逃げるように、私は跳び箱の中に飛び込んだ。
中でしゃがみ込むと身動きを取るのが困難だった。
仕方なく目で探すことを諦め埃っぽい床に手を這わせた。
埃の量から推測してこの学校では長い間跳び箱の授業をしていないのかもしれない。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:27
- やはり、クサいと臭いを嗅ぎ分けた通り、跳び箱の中にピアスは落ちていた。
小指にチャリっと鎖の感触が当たった。
慎重に手を移動させ、目当てのものを遠ざけないようにこちらへ寄せる。
そして、探し物はやっと見つかった。
ここまで捜索活動を行って途中の道に落ちてたとかのオチだったらさぞ疲労を感じただろう。
目の前に探し物をかざし、それが私のプレゼントしたピアスだということを確認する。
「愛ちゃんあったよ」
と、立ち上がる途中でお尻を枠にぶつけてしまった。ガタっと大袈裟な音がした。
「だ、大丈夫? 」
愛ちゃんが心配そうな声を出した。
「大丈夫は大丈夫なんだけど」
お願いがある。
「え? 」
「やっぱり、あと二、三段跳び箱の段を外して欲しいな」
飛び込むことはできても、登ることができなかった。
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:27
- 愛ちゃんは苦笑して「待ってて」と言った。
徐々に光が中に差し込む。愛ちゃんの顔が覗き、何故か照れ臭い気持ちになった。
手を貸してもらい、引っ張り上げてもらう。片方の手にはピアスが握られている。
また、カビ臭いマットの上に二人で座った。
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:28
- 「つけてあげる」
といって、愛ちゃんに左を向くことを促した。埃が付いていないことを確かめ、相手の長い髪を後ろによける。
薄暗い倉庫内に似つかわしくない恰好の二人。
無意味に学校へ侵入したり、ピアス失くして落ち込んだり。
はしゃぎ過ぎだよ。
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:28
-
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:29
- 「里沙ちゃんはやっぱり分からん」
ピアスを付けた愛ちゃんが顔を正面に戻した。
「何がぁ」
お礼の言葉を少なからず期待していた私は意表を突かれ間抜けな声を出してしまった。
「だって」
みんなに一生懸命なんだもん。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:29
- 「また、それ? 」
愛ちゃんはそっぽを向いてしまいご機嫌ななめな態度を隠しもしなかった。
探し物が見つかったことを、先ほどの男性教師に報告し、私達はやっと縁もゆかりもない中学校をあとにした。
校門を堂々と出る際、愛ちゃんが手を握ってきた。
「ありがとう」
膨れっ面でお礼を告げる二歳年上の同期。
どうして機嫌を損ねているのか私は理解できない。
後輩の亀井絵里の言動も、久住小春の言動も。
そして、隣にいる同期の言動も理解に困難を極めた。本当に、愛ちゃんは突拍子がないと思う。だって。
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:29
-
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:30
- 「里沙ちゃんは、結局誰が一番好きなん? 」
そんなことを突然質問するのだから。
まるで掃除をサボった中学生の会話みたいだ。
「愛ちゃんだよ」
って、言って欲しいのかな。と、中学生よりは歳を重ねた私は思った。悪気はなかった。
相手の名前を口にしてから、少し後悔した。
あまりに彼女が真っ直ぐな目でこちらを見上げるから。
深い意味もなく告げてしまったことを浅はかだったと反省した。
もしかしたら、愛ちゃんは中学生よりも真っ白い心の持ち主なのだろうか。
悪気はなかったけれど、でも悪いなと思った。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:31
- 「……なーんちゃって」
高く笑いながらおどける。動物の防衛本能みたいなものだ。
びびり上等の演技染みた言い回しで会話をはぐらかし、正面に顔を上げた。
「がぁきー! 」
愛ちゃんは荒々しく、身体をぶつけてきた。もう少しで一段高くなっている歩道から低い車道へ落ちるところだった。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:32
- 理屈じゃどうにもならないことがたくさんある。
感情とか、相手の気持ちとか理解するには困難を極めるけれど。
ぼんやりとでも確かに感じるものがある。
口にするとまったく別のものになってしまうような。
愛ちゃん、本当に分かっていないのかな。
誰かと比べたりするから、分からなくなっちゃってるんじゃないの?
「愛ちゃんは、分からず屋だな」
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:33
- 「なーにー」
先輩面した愛ちゃんがはっきり言えとばかりにわざわざ私の視界に入ってくる。
私はその無邪気な相手を視界に入れないように、道路側に顔を背けて反抗する。手は繋がれたまま。
「ホントに分かんないの? 」
私は手を握り直し、けれどそっぽを向いたまま口調を強めて言った。
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:33
- 「はっきり言ってくれないと不安じゃん」
何それ、どこの昼ドラ?
私はおかしくなってしまい、噴出してしまった。
「思いがそのまま相手に通じるなんてありえない、じゃなかったの」
「だから、不安なんでしょうがー」
「そういうものなの? 」
「これだから、子どもは」
愛ちゃんが呆れたようにわざとらしく息を吐く。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:34
- 「どーっちが子どもよ。ピアス失くして大騒ぎしたり、勝手に学校に忍び込んだり」
「それは、子ども心を忘れていない大人の粋な遊びなの」
「あーはいはい」
ムキになって反論するのがオトナっていうことね。
「かっわいくない」
私は口ごたえするのを止め、間を作って相手の様子をうかがう。
上気し薄ピンク色の頬をみると、本気で怒ってるみたいだ。一生懸命ってこういうことも言うのかな。
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:35
- 一番好きなのは誰か、自分でもどう答えたらいいのかまだまだ迷うけれど。
この気持ちは本音だよ。
「愛ちゃんは」
かわいいと思うよ。
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:35
- あ。憎まれ口が止んだ。
まんざらでもない気分のようだ。愛ちゃんは途端に大人しくなり、隣りを歩く。
「私は大人だから、折れたるワ」
より、身体と身体の距離を縮め、ぴったりくっ付きながら大人な彼女が言った。
まぁ、実際二歳年上なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが指摘はしなかった。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:35
-
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:38
- 「そういえば、里沙ちゃん」
こんこんとまこっちゃんって。
「……っ」
んー!
私はスイッチの入った電気駆動のように、愛ちゃんの言葉一つで慌てて走り出した。
「そんな血相変えて走らんでも」
携帯で連絡すればええやろ。
頼れるオトナは冷静に言うのだった。
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 00:41
- 以上です。
すみません、タイトルを入れ忘れ続けていました。
>>2-64「秘密のスイッチ」
でお願いいたします。
やっつけじゃないです
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/11(金) 13:09
- 見事に引き込まれました
めちゃめちゃいいです
また更新待ってますね
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/12(土) 21:38
- レスです
>>66 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
ご期待にそえらるよう、精進いたします
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/12(土) 21:40
- 更新しまーす
さゆ視点、登場人物は
道重さん、亀井さん、高橋さん、新垣さん他です
また、取り留めの無い日常をつらつら書き連ねました
- 69 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:49
-
* * *
- 70 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:50
- 自分が他人にどのように思われてるか、半分くらいは理解しているつもり。
かわいいってことはひゃくぱー知ってるけど。
世間ではきっと他にも色々な言われ方をされてるのかなって、考える余裕は持っている。
それに、以前と比べたら、私達はそれほど世間では騒がれていないことも多少なり自覚している。
ほら、今年で高校も卒業したし。多角的思考を備えたアイドルですから。
あんまり嬉しいイメージじゃなくても受け止めていかなきゃいけない。客観的キャラクターを把握し、
それをどう料理するかが問題だって。
5年かけて辿り着いた境地。
- 71 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:51
- 新時代アイドルの悟りを開いてもいいんじゃないかなぁ、と隣で新垣さんの寝顔を激写中だった絵里に言ってみた。
そうしたら、彼女にしてはまともな返答をしたので驚いた。
そうだね、すごいね。さゆみ教祖様だねって言って欲しかったのに。
「教祖は保田さんで充分」
だ、そうだ。保田さんを思い浮かべたら、まだ見ぬ新世界の途方のなさに私は目眩がした。
鉄分が足りていない。よし、今日のお夕飯にはひじきを取り入れてもらおう。
- 72 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:52
- そんな計画的な私に対して日常無計画主義の絵里は激写した新垣さんのホクロのドアップ画像を得意気に見せてきた。
どう、コメントを要求されているのか、対処に困る。
新垣さんの肌理細やかなお肌を褒めれば無難。
先輩のホクロに対して深いツッコミは避けるべきと判断する。
- 73 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:52
- 控えていた室内にスタッフさんからリハーサル準備の声がかかり、眠り姫が目を覚ます。
ここの所、姫は大分お疲れの様子だ。久しぶりに彼女の無防備な様子を見た。新垣さん、鉄分足りてるかな。
- 74 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:53
- 出入り口付近で、リハーサル前に水分補給していた新垣さんに絵里が擦り寄っていく。
なんだか展開が読めてしまい、全然つまらないのだけれど、私はとりあえず同期のよしみで彼女の阿呆な行動の結末を見守ることにした。
携帯電話の画面を新垣さんに無理やり見せている。新垣さんはおざなりな態度で絵里をあしらっている。
でも、その画面に映っている自分を見て、絶句した。
よかった、口に含んでいたものを噴出さなくて。アイドルがリアクション芸人の役割まで担ってしまったら独占禁止法違反だ。
- 75 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:54
- 一方、絵里は大笑いしていた。
絵里って大物。
「さゆはガキさんの肌きれいだって褒めてましたよ」
「重さんに見せたの?! 」
セーーーーフっっ。
やっぱり褒めて正解だった。
場的に盛り上げるけれど、新垣さんを落ち込ませるようなツッコミをしていたら私までお小言の対象になるところだった。
「今すぐ消去して」
データ消して!
新垣さん、かわいそう。これじゃあ、もう控え室でうたた寝すらできない。
「いや〜ん」
絵里が身の毛もよだつ声を出した。
「いや〜ん」はいくらなんでもナシだ。
絵里、ある意味かわいそう。とても新垣さんと同い年とは思えない。
- 76 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:54
-
- 77 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:54
-
* * *
- 78 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:55
- 「とりあえず、オッケーでーす」
舞台俳優さんさながら美声でスタッフさんがオーケーの合図を出した。
照明が少し弱められ、舞台上のメンバーが散り散りになる。
メンバー同士動きを確認をする人、ディレクターさんに新たな指示を加えられる人。後輩に大笑いされる人。
- 79 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:55
- 「さゆ」
私よりも早くからリハーサルに入っていたれいなに名前を呼ばれる。
舞台袖にはけ、タオルで汗を拭っていた時だ。
「絵里の顔」
どうしたの?
怪訝そうにれいなは舞台の中央に視線を向けて言った。
視線の先には小春、リンリン、ジュンジュン、そして絵里がいた。
日本語なのか他の言語か判別つかないくらいに盛り上がる舞台中央だった。
リハーサルもまだ前半っていうのに、クライマックスは本番にとっておきなさいよ。
「鼻の横にホクロなんてあった? 」
「ないよ」
でも、本番は大丈夫、メイク落としで消えるから。
「はぁ? 」
私の端折られた受け答えにれいなの眉間の皺はさらに深くなった。
- 80 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:56
- 絵里は新垣さんにおしおきとして、小鼻の横に大きなホクロを書かれていた。
油性マジックだろうか。でも、プロ意識の高い新垣さんのことだから本番に影響を及ぼすようなことはしないはず。
れいなは心配などしないで、小春達みたいに存分に笑ってあげればいい。
差しさわりのない態度をとる彼女は大概ことなかれ主義だ。
もっと冒険しないと、絵里のような大物にはなれない。
- 81 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:56
- 「恋愛運アップのおまじないらしいよ」
「アレが? 」
れいなはペットボトルに口をつける寸前で驚いたように言った。
「れいなも書く? 」
「遠慮する」
でも、絵里のような大物になる必要は皆無だ。大物にだって種類はある。
絵里以外の同期であるれいなが、冷静でよかった。
ありがとう、れいな。あなたがいてくれてよかった。
とても救われた気分になったので、れいなに抱きつこうとしたらもの凄い勢いで拒否された。やはり彼女は冷静だ。
- 82 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:57
-
* * *
- 83 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:58
- そのホクロが原因でまさか、メンバー決裂の危機を迎えるとは誰が予想できただろう。
原因というか、ホクロは単なる引鉄に過ぎなかったと今になって私は思う。
絵里は仕事に対してはそれなりに真面目に取り組む。
普段の生活態度は論外だけれど。
レッスンやリハーサルを手抜きで行ったりは絶対しない。
それだけを真面目にやればいいのか、というとそうでないのがお仕事の難しいところだ。
普段あっての絵里。絵里あってのモーニング娘。責任は常に重大だ。
絵里もそれを分かっていないワケではないと思う。
本当に絵里は、なんというか、その大物であるが故に時には反感をかってしまうこともある。
- 84 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:58
- 「亀井」
珍しく、絵里が苗字で呼ばれた。スタッフさんが呼び出したのかと思えば声の主は愛ちゃんだった。
絵里は目を丸くして呼ばれた方に向く。
控え室に緊張が走った。
「さっきのアレ、何? 」
顔にヘンな落書きして。
ちなみに、絵里はリハーサル後、偽ボクロをきれいに除去していた。きっと、後処理も新垣さん先導で行ったに違いない。
しかしながら、怒っている。リーダーは完全に怒っている。
- 85 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:59
- 絵里、間違えないで。ここでのアンタの選択でメンバー全員にのしかかる役割分担が決まるから。
絵里は一瞬考える様子を見せ、すぐにあぁと頷いた。
「あれはですねぇ」
ばかやろう。
私は絵里がしでかした半笑いという小さなミス、けれど決定的なミスを悔やんだ。
言葉のチョイスの前にミスをするだなんて。なんて絵里らしいのだろう。
「愛ちゃん、ゴメン」
私が絵里の迂闊さに落胆している束の間、救世主が登場した。
サブリーダーの介入だ。お見事である。絵里一人にまかせていたら、事は荒立つばかりで終息など摩周湖の霧の中だ。
- 86 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 21:59
- 「あのホクロ、カメが書いたんじゃなくて、私がやったの」
一瞬、愛ちゃんに動揺が見えた。まさか、サブリーダーが絵里をかばうとは思っていなかったのだろう。
愛ちゃんもれいなと一緒にリハーサルを他のメンバーより先に行っていたから控え室で行われた一連の遣り取りを知らなかったのだ。
「ふざけてたって怒るなら、私に怒って」
ごめんね、愛ちゃん。
本当にすまなさそうにする、サブリーダーの横で絵里も「ごめんなさい」と、か細く謝罪を口にした。
- 87 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:00
- そうだ、絵里。とりあえず、演技でもいいから申し訳なさそうな態度をとっていてくれ。
笑うな。絶対笑うなよ。絵里は緊張が極限に達すると笑ってしまうからややこしい。
- 88 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:00
- 絵里の性質をリーダーが知らないワケないけれど。
これほど殺気立つリーダーは珍しい。珍しいというか危険な臭いがする。リーダーのアラームが鳴ってるんじゃないかな。
ピピピ、ピピピ、ピピピ
強がって、誰にも見せない愛ちゃんの瞳の奥。本当に伝えたいことは何なのか。
ここにいるメンバーで、心配していない人はいないはず。
ピピピ、ピピピ、ピ
「ピピピピ……」
ホントに電子音が鳴っていた。いったい誰の携帯電話だ。
私はきょろきょろと辺りに探りを入れる。
- 89 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:01
- こいう時に限ってとは言わないけれど。
タイミング良くそれが絵里の携帯電話だったりするから、笑えてくる。全然笑えないけど。
絵里はしまった、という表情を露にし、大仰な所作で携帯電話のアラームをオフにした。
益々空気が重たくなった。
携帯電話の持ち主はいったい何時に起きるつもりだったのだろう。
- 90 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:01
- 「他のメンバーがリハしてる時に遊んどったんか」
重々しい声でリーダーが追い討ちをかけた。
「ゴメン」
「すみません」
私まで謝りたくなった。
確かに他のメンバーが頑張っている時に遊んでいるのは宜しくない。
ましてや寝ているだなんて言語道断かもしれない。
でも、それだけを責めるのは正論のようでそうではない。
与えられた時間をどのように使えば本番が成功するのか、それが最優先事項だ。
リラックスすることだって必要だろうし、ましてや今のサブリーダーにとっては睡眠が一番必要だった。
- 91 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:02
- 私ですら瞬時に辿り着く真実にリーダーが気付かないワケない。
怒られているのはサブリーダーと絵里だけど、私は愛ちゃんが心配でたまらなくなった。
- 92 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:02
- 重苦しい空気が控え室に充満する。
どうしよう、本番前にこの空気は非常にまずい。
苛立っているリーダーもこのまま放っておくわけにはいかない。
どうしよう。この判断、レベル高過ぎ。選択肢すら挙げられない。
- 93 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:03
- 「はぁ」
と、わざとらしい溜め息が一つ、漏れた。
この緊張感でどうして溜め息が吐けるか理解できない。
しかも、溜め息を吐いたのが新垣さんだっていうんだから余計に私はワケが分からなくなる。
「イライラするのも分かるけど、周りに当たんなくても良くない? 」
しかも、愛ちゃんリーダーなんだから。
吐き捨てるようにサブリーダーがリーダーに言い放った。
- 94 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:03
- 空気読めよ。と、私は咄嗟に心の中で呟いた。
ここは、責め合っても仕方ない場面。まず、折れて平謝りすることがサブリーダーの取るべき行動だった。
- 95 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:04
- キツイ一言が宙に飛び出し、益々悪い方向へ舵がきられる。
管制塔にはもはや誰もいなくなってしまった。
新垣さんも寝不足で選択ミスをしでかしたんだ。
そうに違いない。だから、充分な睡眠が美容にも心の健康にも必要だって。世間の常識だろう。
忙殺スケジュールを組む雇用主に柔らかな殺意を覚えた。
- 96 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:04
- なかなかヤバイ。モーニング娘。の現在置かれた状況。
苦境こそ団結して乗り越えていかなきゃらならないのに。
絵里のホクロでこんなになるなんて。
そもそもホクロって何なの?
人体にどんな影響を与えて、何の意味があるワケ?
- 97 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:04
-
- 98 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:05
- 管制塔には誰もいなくなってしまったけれど。
私は動けないでいた。私は管制塔、司令室のドアの前まで来て立ちすくんでいる。
ドアを開けて中に入ることを躊躇っていた。
ことなかれ主義だなんてれいなを揶揄したけれど。
私はただの傍観者。流れに逆らわず、空気を見ているだけ。
スタッフロールにだって名前は載らない。
- 99 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:05
- リーダーなんだからって責め方はよくない。
それじゃあ愛ちゃんを追い詰めてしまう。
目一杯頑張っている人に言ってはいけない言葉だ。
でも、何もしないで遊んでたっていう責め方もよくない。
新垣さんの普段の努力といったら他人では真似できない。
お互い凄いのに。メンバーはリーダーもサブリーダーも信頼していて大好きなのに。
どうしてその二人が険悪ムードになっちゃうのかな。
絵里のホクロごときで乱されるなんて、お二人とも疲れ過ぎだ。
- 100 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:06
-
- 101 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:06
- 「もうっ」
と、私は声を張り上げた。自分でもびっくりする程の大きな声だった。
けんかしないで下さい。
愛ちゃん、新垣さん、絵里が一斉にこちらを見た。
- 102 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:06
- 「あの、絵里のホクロはこれが原因なんです」
絵里が握り締めていた携帯電話をぱっと奪い、愛ちゃんの目の前に立つ。
絵里の携帯電話を開くとディスプレイは既に、私が探そうとしていた画像が映し出されていた。
まさか、待ち受け画面にしているとは、絵里は並みの精神の持ち主でないとを改めて実感する。
「コレです」
と、言って私は愛ちゃんに向けてディスプレイをずいと突き出した。
「絵里が、控え室でお休みされてた新垣さんのホクロのドアップを撮って、いたずらしてて」
それで、新垣さんが怒って書いたんです。絵里の顔に大きい偽ボクロを。
説明していて、嫌気がさす。なんてばかげた行動なのか。
- 103 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:07
- 愛ちゃんは絵里の携帯電話の画面を覗くなり、上品とはお世辞にも口に出来ない様子で笑った。
がっはっは、という擬音に近い笑い方だ。
「もー、愛ちゃん笑い過ぎ」
本当にげんなりとした様子で新垣さんが呟いた。
「あぁ、そういうこと」
れいなも小さく合点していた。
- 104 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:08
- 絵里のばかげた行動の一番の被害者は新垣さんだ。
かわいそ過ぎて何と言って慰めて良いか分からない。言葉を失う。
絵里をかばったのに、リーダーから大笑いされて。
微妙な醜態を曝された。
「ごめんなさい」
愛ちゃん、ガキさん。
絵里が本当にすまなさそうに再び謝罪を口にした。
素直で大変よろしい。今の選択は大正解だ。
愛ちゃんは笑ったままだったけれど。
「ホントに、いい加減にしてくれる? 」
新垣さんは心底呆れていた。当たり前だ。心中お察し致します。
- 105 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:08
- 「はい、本当にすみませんでした」
お詫びに、この画像を愛ちゃんとガキさんに差し上げます。
「余計なことしないでっ」
新垣さんが悲鳴を上げた。
「欲しい、欲しい! 」
愛ちゃんは既にのりのりだ。
「ガ〜キさぁーん」
絵里が真顔で新垣さんを制した。もちろん、口にする言葉はとんちんかん極まりない。
「ガキさんのホクロを二週間待ち受け画面にしていると幸せになれるんですよ」
「え、小春も欲しい」
「んなワケないでしょ」
新垣さんは小春にまでツッコミを入れる始末だ。
ホクロに始まり、ホクロに終わる。
本当に、新垣さんのホクロには特別な何かが隠されているかもしれない、と思わないでもなかった。
- 106 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:08
-
* * *
- 107 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:09
- 夜の公演を終えやっと帰宅できる時間がきた。
本番は大成功だった。日に日にコンサートの精度が高まっていることを実感している。
ステージを終えた後のメンバーの表情もさっぱりした様子だったし、スタッフさんたちも、
見ていてゾクゾクするって口々に言ってくれた。
お世辞でも何でも褒められることは案外嬉しい。
もっともっと頑張ろうって思える何よりの滋養強壮剤だ。
- 108 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:10
- 帰りの車で、愛ちゃんと新垣さんと相乗りをした。
新垣さんは運転席の後ろのシートで既に眠っていた。
車が走り出した直後に夢の中へ旅立っていたから、本当に疲れているみたいだ。
私は真ん中に座っていて、愛ちゃんに少しだけ寄りかかる。
「愛ちゃん」
愛ちゃんは、何も言わずにこちらに視線を向けた。
「絵里に対する愚痴は、いくらでも聞きますよ」
私がそう言うと、愛ちゃんは正面に向き直り、息を吐きながら笑いを零した。
- 109 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:10
- 「カメちゃんね」
今日も恰好良かったよ。
愛ちゃんが正面を向いたのをいいことに、今度は私が顔を少し斜めにして、その横顔を盗み見た。
「さゆも、田中ちゃんも」
やっぱり同期なんだよね。三人に共通して六期独特の力強さがある。みんな恰好良いと思う。
少し、遠い目をして愛ちゃんが褒めてくれた。
横顔が外灯に照らされて逆光になる。
きりっとした様子はやっぱりリーダーなんだなぁと感慨深いもので。
- 110 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:11
- 「愛ちゃんもどんどん恰好良くなるからさゆみ大変ですよ」
「なんやの」
照れ笑いのように愛ちゃんは目を細めた。綻ぶ口元がくすぐったい。
「愛ちゃんの恰好良さに惚れないようにしないと」
「無理せんでもええのに」
愛ちゃんと目が合った。
「どんどん惚れたってええんやで」
台詞の言い回しが吉澤さんに似てきた。
リーダーになると、そういう特性が芽生えるのかなぁとぼんやり思考の隅で思った。
- 111 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:11
- 「愛ちゃんっ」
「さゆ」
狭い車内でがっちり抱き合う。
愛ちゃんの方が身体が小さいから、私はいつも加減をして腕に力を込める。
コンサート中に抱きつく時は丁度よい加減に調節できているか自信は一切ない。
ありったけの情熱でぶつかっている。
「ありがとね」
たっぷりコミュニケーションを図って、そろそろ身体を離そうとした時に愛ちゃんが低い声で呟いた。
- 112 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:12
- 「さゆのお蔭で里沙ちゃんとけんかせんで済んだ」
だからありがとう、と言いながら愛ちゃんがゆっくり腕の力を抜きお互いの身体と身体の間に距離ができた。
「絵里には手を焼かされます」
「でも、あれがカメちゃんやからのぅ」
それに、カメちゃんのお蔭で貴重な画像も手に入れられたし。
と言いながら、愛ちゃんが携帯電話を手に取りディスプレイを見せびらかした。
その画像が一般的に貴重かどうか判断しかねるけれど。
見せてくれる愛ちゃんの表情は宝物を見せている時のような得意気な様子だった。
- 113 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:13
- 「あ」
私は呆気に取られてしまった。
そこに映っていたのは新垣さんのホクロのドアップだった。
「愛ちゃん、いつの間に」
えへへへ、とまた照れたように愛ちゃんは笑った。
「新垣さん、嫌がりますよ」
「えーんやって」
さゆにもやろうか?
嬉しそうに愛ちゃんは勧めてくれた。でも、新垣さんの気持ちを考えると悪ノリは憚れる。
- 114 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:13
- 「暢気に寝とるワ」
愛ちゃんは、愛おしそうに私の向こうにいる新垣さんをみつめていた。
「カメちゃんがいたずらしたくなる気持ち、分からんでもないな」
私も、新垣さんの寝顔を見て、愛ちゃんの意見に深く賛同した。
「でも、度が過ぎるのは私が許さんよ」
試すような表情をして愛ちゃんが私に言う。
私は笑ってしまった。
- 115 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:13
- 「絵里のこと、見張っときます」
「さゆはええこや」
いいこいいこしてくれる愛ちゃんの肩に私は頭を乗せて目を瞑った。
- 116 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:13
-
- 117 名前:ほくろの選択 投稿日:2008/04/12(土) 22:14
- 絵里のいたずらは単なる引鉄で、愛ちゃんはずっと何かを堪えていた。
ああやって吐き出すのもリーダーの為にはよかったんじゃないかなって、
サブリーダーの気苦労を見ぬ振りはできないながらも結果オーライということにしたい。
サブリーダーには、カルシウムと鉄分たっぷりの愛情お弁当でも差し入れしよう。
ああ、そう言えばお母さんに今日のお夕飯にひじきを用意してって、メールするの忘れてた。
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/12(土) 22:15
- 以上です。
やっつけじゃないです
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 22:21
- 非常に興味深いお話でした。
おもしろかったのでまた読みにきますね。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/15(火) 23:49
- レスです
>>119 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
頑張れます。精進いたします。
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/15(火) 23:50
- 更新しまーす
亀井さん視点、登場人物は
亀井さん、新垣さんのみです
亀井さんのようなかわいい人にふりまわされるなら
本望だと思います
- 122 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/15(火) 23:54
-
* * *
- 123 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/15(火) 23:55
- 欲求について、人間はどのような考えを持っているのだろうか。
別にそれほど気になったワケではないが思いついたので考るフリをする。
今、絵里の側に誰かいるといえば一人ぼっちだが。おまけに真夜中だ。
ちなみに、今まで絵里は欲求についてなど考えたことは一切ない。
- 124 名前:Don't 投稿日:2008/04/15(火) 23:56
- 絵里は直感派なので考えることは他の人に任せるている。
ポリシーだ。考えるな、感じろ。いざ進めや、キッチン。
咄嗟に口ずさんだフレーズの古さに少し自己嫌悪。
アニメの内容は覚えてないけれど、毎週日曜の夜は兄妹と見ていた。
あの、瓶底メガネがチャームポイントの浪人生が飼っていた犬の名前が思い出せない。
でも、直感派な絵里は考えない。犬よりもキッチンだ。
階段の灯りも点けずに絵里はそろりそろりと階下へ進んだ。
- 125 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/15(火) 23:56
- 家族が起きないよう、音をできるだけ立てないようにドアをゆっくり開ける。
真っ暗なキッチンは静かだけれど。冷蔵庫が稼動している音だけ妙に耳に障った。
空腹時はイライラする。うん。一つ考えた。心の声に素直に耳を傾けただけだ。
- 126 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/15(火) 23:57
- 「お腹空いたぁ〜」
冷蔵庫を開けると、梅干し、佃煮、生卵数個、小分けされたご飯。牛乳、ドレッシングが目に入った。
お夕飯の残りやデザート系など目ぼしいものは見つけられなかった。
ヨーグルトもプリンもゼリーもなーんにもない。
いつも冷蔵庫には何かしら格納されていると思っていたのに。今夜は運が悪かった。苦し紛れに梅干しを一つ口に入れたら、余計に食欲が刺激された。
- 127 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/15(火) 23:58
- あ。
梅干しは食欲を刺激する。よし。二つ目考えた。
調子がいいかもしれない。今度、ガキさんに教えてあげよう。
でも、空腹を抱えたままじゃ眠れるワケがなく。
眠れなかったら明日が来ないじゃないか。それは困る。
食欲について二つも考えたのに。明日が来なかったらガキさんに教えることができない。
- 128 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/15(火) 23:59
- 全然話しは変わってしまうが、夜中なのにお腹が空いて目が覚めるだなんて、絵里ってばまだまだ若い。
自信を持つことは職業柄重要なこと。
毎日一つずつ何か自信を持てば、いつかガキさんにも尊敬されるようなアイドルになれるんじゃないかと思う。
自信系アイドル。うーむ。これはセンスないな。
- 129 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:01
- とにかく。
「お腹空いたぁ〜」
あ。
いいこと考えた。梅干しとご飯でおにぎり作ればいいんだ。
どうせ目も冴えちゃったし。お腹空いて眠れなかったら明日はこない。
おにぎりで解決できるなら、絵里は頑張れる。健気だ。
健気系アイドル。うーむ。これは語呂が悪い。
- 130 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:02
- ラップで小分けされていたご飯を一つ、レンジで温め直し、そのまま三角の形に握った。
熱い、なかなか熱い。なんでこんなに熱いんだよっ。と空腹まかせに苛立ちをご飯にぶつけた。
ご飯があつあつなのは絵里がレンジで温め直したからだ。
怒り狂ってもご飯は冷めない。そうこう怒りをぶつけている内にご飯はちょうど良い三角になっていた。
三角形になったら真ん中に梅干しを入れて、塩を振って完成だ。
ちょー、簡単。でも、面倒くさいから多分、一生やらない。
真夜中に電気も点けずに、おにぎりを握ることはこの先ない。
- 131 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:02
- そう、電気を点けていなかったから。だから、失敗に気付くのが遅れた。おにぎりを、一口齧ってから気付いた。
「あ、まっ」
塩と砂糖を間違えていた。うっかりだ。
甘いおにぎりは、まずい。これが世の中の真理なんだ。
"しんり"が何なのかイマイチ分からないけど。
使い方はあながち間違っていないと思う。
- 132 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:03
-
* * *
- 133 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:04
- だから、食べて下さい。世の中の真理です。
絵里がそう言って白いおにぎりを差し出したらガキさんはふざけるなと怒りを露にした。おお、不条理。
"ふじょうり"って意味も知らないけど、使い方は合ってるはず。重要なのはニュアンスだ。雰囲気だ。
「せっかく作ってきたのに〜」
食べて下さいよぅ。
「なんで、わざわざまずいものを食べさせようとするの? 」
「だから〜、世の中の真理なんですって」
「よのなかのしんり? 」
ガキさんは意味を理解していないような口調で絵里の言葉を繰り返した。
- 134 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:05
- 考えるな、感じろ。と、ガキさんには言わなかった。
ガキさんは直感派じゃない。咎めたとしても無意識に考えてしまう。
「食べると分かります」
「いや、食べないし」
「ガ〜キさぁーん」
ちなみに、中身は梅干しですよ。
サービス精神で教えてあげたのに、「聞いてないから」と軽いあしらいに遭った。
事故かもしれない。ひゃくとーばーん!!おまわりさーん。
ここに道路交通法違反者がいます。
するどいツッコミは時に事故を引き起こす。免許証を拝見。
と、チラってガキさんのスカートを捲ったら無言で手の甲を叩かれた。
あ、新しいお洋服だ。重ね着してるデニムも新アイテムだと気付く。
ガキさんにしてはなかなか良いセンスだ。かわいいと思う。
でも、絵里だって負けていない。
- 135 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:07
- 「もったいないじゃないですか」
食べてくださいよー、残さず。
ガキさんはジト目でこちらを見た。
「一口だけだよ」
「全部です」
絵里は、世の真理を手渡した。
ガキさんは、うわーとか言いながら。
ゆっくりとした動作でラップをめくる。
持ち方を変えたりして、もったいぶる態度だ。
時々こちらを見ながら、溜め息を吐いた。
- 136 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:07
- ガキさん、覚えておいて下さいね。
真理は残念ながら常に幸福なものであるとは限らないんですよ。
なんのこっちゃと言わんばかりにガキさんはおにぎりにかじりついた。
ゆっくりとした動作のままガキさんは白い何かに果敢に挑む。
白い何かは真理であり、見た目がおにぎりであってもそれは仮の姿。
米と梅干しと、少量の砂糖でできているが。
しかしそれらは単なる構成要素に過ぎず、それ以上の役割を果たさない。
何故なら、それは真理だから。
- 137 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:08
- 「ど、どうですか? 」
絵里は真面目に聞いた。
世の中の真理を感じてくれただろうか。
「まずっ」
と、言いながらもう一口齧った。
「普通にまずい」
さらにガキさんはもう一口頬張った。真理という名のおにぎりを。
「食べられなくはなくありません? 」
「はぁ? 」
「はぁ」という息の吐き方一つで絵里の日本語を全否定するのだから、ガキさんには敵わない。
ガキさんの眉間の皺がどんどん深くなる。
時に眉間の皺は、愛情の深さを表す。
- 138 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:09
- ガキさんはむせながらも、おにぎりを全部食べてしまった。
「が、ガキさん。ガキさんは一体何を企んでいるんですか? 」
絵里は驚いた。まさか、あの塊を全部食べるなんて人間の仕業じゃない。
「それはこっちのセリフです」
こんなの食べさせて、何企んでるの?
ガキさんはペットボトルのミネラルウォーターをごくごく音を立てて飲んだ。
- 139 名前:Don't 投稿日:2008/04/16(水) 00:09
- まさか砂糖をまぶしたおにぎりを一つ食べきるなんて信じられない。
絵里に何か恨みがあるのだろうか。
かわいい故に嫉妬されることは多々ある。
けれど、ガキさんまで絵里のかわいさに、自分の醜さを曝してしまうだなんて。
いつもしっかりものを装っているけれど、ガキさんも案外うっかり者なんだな。
- 140 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:10
- 「カメ、梅干しの種は抜いてくれたんだね」
「そうですよ梅干しの種は、食欲の種って言って」
アレ?何かヘン。
「カメが変なのはいつもだし」
違う、違う。そうじゃない。
真夜中、おにぎりを作る前にいっぱい考えてて、何かガキさんに教えてあげなくてはいけないことがあったはずだ。
何だったか全然思い出せない。
梅干しの種?かきの種?別れの挨拶はまた明日ね?
やだやだやだ。思い出せない。
仕方ない。絵里は直感派だから。
- 141 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:12
- 「もう。いいですよ、カメが変でもガキさんがフランス人でも」
意味分かんない。とガキさんは人間の食べ物じゃない塊を胃袋に納めたにもかかわらず、平然として台本をチェックし出した。
ガキさんは、異物捕食系アイドルの異名を持つ。今日から。
- 142 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:13
- 「ってか、今日のMC失敗したらカメのおにぎりの所為だからね」
「なーんでですかぁ」
自分の失敗を他人の所為にしちゃいけないってガキさんいっつも言ってるのにー。
「それとこれとは別なの」
ああ、不条理。
「もー、ガキさんの所為で全然考えがまとまんないじゃん」
不必要にあげ足取らないで下さい。
「カメ」
ガキさんが、驚いたように絵里の名前を呼んだ。
「"ふひつよう"ってよく噛まないで言えたね」
「あ、まじで。すごい」
じゃ、なーくてー!
もう、ガキさんといると考えがあっちこっちにいってしまう。集中できない。
「カメは何も考えてないだけじゃん」
- 143 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:13
- ガキさん。
「どうして分かるんですか? 」
絵里は自分自身を見抜かれまた驚いた。
身体一つ分、ガキさんの方に詰め寄った。
通じ合っている。やっぱりガキさんと絵里は通じ合っている。
シンクロ系アイドル。んー、これはつまんない。ひねりがない。
- 144 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:14
- 「考えるな、感じろ」
ですよね。と、さらに顔を近付けて言うとガキさんは身体を仰け反らせた。
「飛び出すな、車は急に止まれない」
じゃないの。
ガキさんが半笑いの憎たらしい表情で言った。
「なんで、交通安全を今言わなきゃいけないんですか」
ポリシーですよ、ポリシー。
「おんなじようなモンじゃん」
っていうか。ポリシーを言うタイミングだったのか、今が。
- 145 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:15
- じゃ、なーくてー。
絵里は落ち着きを払い、正座してガキさんに向き合った。
ガキさんはあぐらをかき、足の上に台本を置いて、今日のMCの打ち合わせをしようとしている。
諦めの悪い人だ。絵里は今MCの通し練習なんて眼中にない。
この態度で分かって欲しい。
さっきは分かり合えたと思ったあなたが遠い。ファーラウェーイ。
「ガキさん、何を企んでさっきのおにぎりを食べたんですか? 」
「いいから、それよりここの」
ガキさんは絵里に向かって台本の印のついている箇所を指し示した。
「ってか、ガキさん今日かわいい恰好してますよね」
「あー、うん」
こないだ妹と買い物した時に。ああ、言ったじゃん。
美味しい生キャラメル置いてるお店のさー。
「ガ〜キさぁーん」
- 146 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:16
- 絵里は多少泣きたい気分だった。
嬉しそうな表情でオフの過ごし方を話し出したガキさんの会話をぶった切った。
「どうして、おにぎりの話は流して、お洋服の話はまともに答えるんですかぁ」
言いながら、絵里は寝転がりガキさんの前で左右にごろごろ転がってみた。
聞き分けのない子どものようなじたじたした態度だ。
ガキさんは溜め息を吐いた後に一言放った。
「考えるな、感じろ」
あー!
絵里は驚いてじたじたした態度を止めガキさんを見つめる。
- 147 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:17
- 「それ、カメのポリシーなのに」
ガキさん取ったー!!
「もう、ちゃんと座ってホラ」
今日のMC、全部通したらカメのポリシーは返すから。
ガキさんは絵里の腕を掴んで身体を起こすことを促した。
「車は急に止まれませーん」
「屁理屈は通し練習の後に聞きますよー」
「ガ〜キさぁーん、生キャラメルお土産にくれるって言ったの忘れてるー」
「忘れてない、忘れてないから」
「いつもそーやって適当に流して」
- 148 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:17
- ガキさんは、カメのことが本当に好きなんですか。
「好きじゃなかったら……」
と言ったままガキさんが固まった。
フリーズ。別に絵里ダジャレなんて言ってない。
ガキさんが勝手に墓穴掘って停止した。
- 149 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:18
-
- 150 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:18
- 考えるな、感じろ。これは絵里のポリシーだ。
- 151 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:18
-
- 152 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:19
- 「ごめんなさい」
ちゃんとMCの通し練習します。
絵里は正座に直り、ガキさんの台本を覗き込んだ。
好きじゃなかったら……。
好きじゃなかったら。あんな砂糖をまぶしたおにぎりなんて一口だって口にするはずないもんね。
ガキさんが絵里のこと大好きなのは知ってたけど。
無理してヘンなものまで食べることないのにな。
でも、そういうガキさんが絵里は大好きだから。そのままでいいのかもしれない。
- 153 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:19
-
- 154 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:19
- うへへ
嬉しくなってきちゃった。
「カメ」
今度何か作ってくる時は砂糖と塩、間違えないように使う前にちゃんと確かめてね。
間違えたんじゃなくてわざとだって、言ってるのに。人の話を聞いていなかったようだ。
何か足りない系アイドルのガキさん。
多分、足りない何かって絵里のことだと思うよ。
多分ってか。絶対?
- 155 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:19
-
- 156 名前:Don't Think,Feel It 投稿日:2008/04/16(水) 00:20
- うへへ
笑いが止まらない絵里にガキさんは、
「気持ち悪い」
心底呆れた声で言った。
考えるな、感じろ。これ、絵里のポリシー。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/16(水) 00:21
- 以上です。
やっつけじゃないです
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/16(水) 00:38
- たまらないなー
さいこーです
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 21:47
- レスです
>>158 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
元気でます。邁進いたします
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/18(金) 21:49
- 更新しまーす
高橋さん視点、登場人物は
高橋さん、新垣さんの二人です
高橋さんのハイキックが三時のおやつより好きです
- 161 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:51
-
* * *
- 162 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:51
- なーんも言えなくなる。
里沙ちゃんは、眉を八の字にしてそう言った。
随分前に聞いた事だ。けれどはっきり覚えている。
里沙ちゃんが私の前で、絵里をどう思っているのか何気なく口にした時だ。
- 163 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:51
-
* * *
- 164 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:52
- 新たなングルの発売とともに、スケジュールはいよいよ過密になり、コンサートも佳境に差し掛かった。
色々な声が耳に入ってくるけれど、他人の言いたいことを止める権利は誰にも無い。今はツアーを成功させること、成功したねってメンバー、スタッフさんたちと笑って言い合うため、パフォーマンスに集中するしかない。
番組出演でも。インタビューでも。レッスンやパフォーマンスとは別のプロモーション活動だとしても、メンバー全員力を合わせて頑張るのみだ。
仕事は充実していた。
メンバーの士気も高い。
周囲で様々な声が上がっていても、スケジュールが過酷でも。いいと思う。これで、いいんだ。今はこれしかないから。
- 165 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:52
-
- 166 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:53
- ホテルの部屋に入ると、暖色の室内灯に少し、ほっとした。
久しぶりに同室になった里沙ちゃんは既にシャワーを終えてしまったらしく、ドライヤーを使って髪を乾かしているみたいだ。ドライヤー独特のくぐもった音がバスルームから聞こえた。
私は鏡の前の化粧台に携帯電話を置き、側の椅子に腰を掛けた。
鏡越しにカーテンが映り、そこにタオルが掛かっていた。ホテルのものではない、多分里沙ちゃんの私物だ。きっと室内が乾燥し過ぎないように、タオルを湿らせてそこに掛けたのだろう。なんだか、里沙ちゃんらしいと思ったら暖かい気持ちになり、緩む頬を引き締めておくことが困難だった。
- 167 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:53
- バスルームからの音が止む。姿勢はそのまま維持し、後方に神経を集中させ、背後の様子を窺った。そして、ドアの開く音がして。
「愛ちゃん、お帰り」
遅かったね。
里沙ちゃんがにこにこしながら、シャワルームから出てきた。無防備な寝巻き姿で、鏡越しに話しかけてくる。彼女の、湯上りの素肌は歳相応以上にあどけない印象を与えた。
「打ち合わせはもっと前に終わったんだけど」
その後、話込んじゃって。
言い訳のような言葉を口にする自分に内心驚いた。別段里沙ちゃんも、私が戻ると告げた時間より遅かったことを気にしている態度ではなかった。
「そう」
里沙ちゃんは湿らせていた自分のタオルの横に使っていたバスタオルをかけると、スーツケースからポーチを取り出しお肌の手入れを始めた。
- 168 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:53
-
- 169 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:54
- 地方公演は東京近郊のコンサートと別の緊張感を覚える。東京にいると、知らぬ間に何でもできそうな大きい気持ちでいるのに、ちょっと場所を移動すると何故か心細さを感じた。
都会は不思議だ。すべてが物語りの中のことみたい。高層ビルも、網の目のように張り巡らされた地下鉄も。尋常でない人の多さも車の多さも。夜も明るい街。たくさんの音で溢れる街。自分の育った土地と同じ国とは思えない環境だ。地方出身の私からすると、東京が特殊な街で。それ以外の地方は普通に思えた。
地方の普通さに、都会の魔法が解け、飾り立てない自分の本性が曝け出される。物語りが終わってしまうように。今までのことがすべてが嘘だったのではないかと、心細くなった。
里沙ちゃんと絵里は都会育ちだから地方に来るとテンションが上がり、何でも珍しがる。二人にとっては、地方の方が物語りの中なのだ。
移動中の車内で派手な看板や、雰囲気のある店構えを見ては大笑いする。彼女達には悪気がまったくない。けれど自分の地元でもないのに、バカにされた気分を少しだけ覚えていた。
- 170 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:54
-
- 171 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:54
- 「カメがねぇ」
お肌の手入れや、携帯電話を操作しながら理沙ちゃんは絵里の話ばかりした。
私、気にし過ぎかな。
家族の話と同じくらい。
同じくらい。
絵里が、里沙ちゃんの話題に登場する。
「愛ちゃん聞いてる? 」
いくらか上の空になっていた私の態度を非難するように名前が呼ばれた。
その言葉、クセになっているのではないかと里沙ちゃんを勘繰る自分に気付く。
パチン、と化粧台の灯りを落とした。椅子から立ち上がり、里沙ちゃんの座っていたベッドによじ登った。
意地悪したくなる。
どっちが他人の話を聞いていないか。
絵里?
それとも、私?
- 172 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:55
-
* * *
- 173 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:55
- なーんも言えなくなる。
彼女がどんなにだらしなくても、適当でいい加減でも。結局、何も言えなくなる。だからといって里沙ちゃんは、絵里を突き放すことはしない。
- 174 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:55
-
* * *
- 175 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:55
- 「あ、カメ靴脱いで」
- 176 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:56
-
- 177 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:56
- 里沙ちゃん気付いてない。今日一日で、私のこと"カメ"って三回呼んだ。
私は絵里ではないので、聞こえないふりをする。
- 178 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:56
-
- 179 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:57
- 知ってるよ、私。
今の里沙ちゃんの中での、絵里の立ち位置。
そこ、私の場所だったんだから。
私が突拍子のないことを言っても、突飛なことをしでかしても。他のメンバーが呆れて果てても、里沙ちゃんは「愛ちゃんしっかりしてよ」って笑ってくれた。他のメンバーは呆れて野放しを決めても。「何やってんのもう」って里沙ちゃんは側に来てくれた。自分だけじゃ収拾つかない状況になったって「仕方ないなぁ」って隣にいてくれた。必要だったら手を握ってくれて。走るっていったら一緒に走ってくれて。私だけの特等席だったのに。
いつからか、絵里が我が物顔で里沙ちゃんのあの場所を占有していた。
- 180 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 21:59
-
- 181 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:00
- 靴、と言って里沙ちゃんは後ろから私を抱え込んだ。
「ちゃんと脱いで」
脇の下から腕を差し込まれているから、靴を脱いでやろうと前に身体を倒すと窮屈になる。
「里沙ちゃん」
名前を呼ぶと里沙ちゃんは何気ない様子でこちらに向いた。
「ちょっと」
「ん? 」
「靴が上手く脱げん。手伝って」
里沙ちゃんは組んでいた手を解いて、前に身体を倒した。二人で柔軟体操をしているみたいになった。
手伝ってと言われた通り、里沙ちゃんは私の靴を脱がせた。それから身体を離し靴をベッドの下に几帳面に揃えてくれた。
- 182 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:00
-
* * *
- 183 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:01
- 前みたいに素直になれない。
以前は自分が素直かひねくれているかなど考えもしないでその手を握り、駆け出していた。
今は考える。私はきちんとこなせているのか。里沙ちゃんに負担がかかり過ぎてないか。そして、メンバーのことも。大丈夫かな。疲れてないかな。落ち込んでいないかな。一人きりで悩んでいないかな。
- 184 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:01
- でも、考えなくても分かる。みんな大丈夫なんかじゃなくて。疲れていないわけがなく。落ち込んで悩んで。
里沙ちゃんは頑張り過ぎるくらい頑張って。
そして、笑っている。分かってしまう。私もそうだから。笑って、笑って、笑って。これが本当の笑顔だったかなって。分からなくなるくらいだ。どうして、みんなといるのに考えて笑わなくてはならないのだろう。
- 185 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:02
- 自分に嫌気が差したけど。でも。そしたら里沙ちゃんも同じなのかなって思ってしまった。里沙ちゃんも私と同じで自分の笑い方に違和感を覚えているのかもしれない。
見えないものを疑い出したらきりがない。
- 186 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:03
- 言葉にできないことはたくさんあるけれど。
里沙ちゃんに対してもどかしい気持ちになるとは思ってもみなかった。いつも守られている立場だったのに。守る立場になると。思いをそのまま言葉にすることが怖くなってしまった。怯えている自分を知られたくない。臆病な自分が、以前の立ち位置から配置換えをした。守られる立場から、守る立場になったことは立ち位置を変えたきっかけでもある。
知られたくない。
怯えていることを里沙ちゃんにだけは知られたくない。
言葉を選ぶことが面倒になり。必要以上に話さないこともある。立ち位置が変わり、私の里沙ちゃんに接する態度も変わった。
- 187 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:03
- ずっと一緒にいた彼女へ、思いを伝えることが、これほど難しいことだとは知らなかった。
ずっと、ずっと一緒にいた。
その事実をしみじみ思い、腕を伸ばした。
- 188 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:04
-
* * *
- 189 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:05
- 「ぎゅーぅっ」
声に出しながら里沙ちゃんを抱き締めた。
里沙ちゃんはどうしたのと、尋ねながらくすくす笑っていた。多分、半分呆れて笑ったんだ。そして、もう半分は本当にどうしたのか気になっている。
「焼きもち」
自分の言葉に驚く。私は戻れない過去に焼きもちを妬き、似た境遇にある絵里を重ねて羨ましがっている。
- 190 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:05
- 「何」
里沙ちゃんにしては低い声で呟いた。言いながら、そっと腕を私の背中に添えた。
「さっき私のことカメって呼んだ」
「え、嘘」
ごめん。
里沙ちゃんが急に身体を引いた。
私の顔を覗き込んでくる。
怒った?って情けない顔で聞くから。困ってしまう。怒りと違う感情で彼女を責めているのに。これじゃあ怒らなくてはいけないではないか。
焼きもち、と前もって説明したのに、もう忘れてる。
- 191 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:06
- 「怒った」
私はわざと低い声を出した。
一度、彼女の目をじっと見てから次の行動をとった。
「ガブ」
薄手のロンTの襟ぐりから覗いていた、里沙ちゃんの首の付け根に歯を立てた。
ローションとシャンプーの香り、里沙ちゃんの匂いが胸いっぱいに広がる。
- 192 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:06
- 「ちょ」
愛ちゃん?
里沙ちゃんは動揺して噛み付いた左側の身体を引いた。私はそれを逃がすまいと彼女の腕を掴んで力を込める。そしてもう一度歯を立てた。
「痛い、痛いよ愛ちゃん」
ごめんって。
笑ってるのか嫌がってるのか、そのリアクションじゃ分かり難いのだけれど。歯形が残ったらかわいそうだからそれ以上噛み付くことはしなかった。
- 193 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:07
- 「もーっ」
7年も一緒にいるのに。
憤りを声にしながら、全体重を里沙ちゃんに預ける。
暖かく、やわらかい彼女の体躯。腕で線を確かめるように彼女を模る。
重い、と不平を漏らしながらでも里沙ちゃんは身体を避けることはしなかった。不平を漏らす声が心なしか嬉しそうに聞こえるのは私の気のせいだろうか。
私は額を相手の鎖骨あたりに当てて目を閉じる。腕は彼女の脇の下から両方通して後ろで組んだ。この状態なら、里沙ちゃんは私から逃げることは困難だ。
- 194 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:07
- 「シャワー浴びてきなよ」
里沙ちゃんが、早く寝なさいと叱る母親みたいな口調で言った。
「シャワー浴びて、何するの? 」
顔を上げ、含み笑いで彼女を見る。
私のささやかな反抗に一瞬、里沙ちゃんは黙った。そして、「保田さんみたいなこと言わないで」と眉間に皺を寄せ、私を咎めた。
「保田さんに、言われたことあるんだ」
里沙ちゃん。
「いや。ないけどさ」
なんとなく、保田さんが言いそうだなぁって思って。
「イメージだけでそういうこと言うかな、普通」
- 195 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:08
- やっぱり、里沙ちゃんは聞き分けのない子どもを宥める母親のような態度を取る。私の背中をぽんぽん、と叩きながら、時折さすりながら寝る仕度を促す。
この状態で眠るつもりはなかったけれど、そうされることで眠気が徐々に帯びてくる。
「…ぅ、ん」
頬をすり寄せながら身体の位置を直した。
「ちょ、愛ちゃーん」
寝るならシャワー浴びてきなよ。
里沙ちゃんは、私が眠くなった原因を分かっていないみたいで、背中をゆっくりぽんぽん叩き続けた。
「このまま寝かせてあげたいけど」
明日の朝、大変なのは愛ちゃんなんだよ。
言い終えると、里沙ちゃんにしては珍しい行動をとった。
- 196 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:08
- 珍しいといっても、髪にキスをされただけだったけれど。鼓動が妙に早くなり、頭に血が昇った。髪に隠れていて耳まで赤くなっていることはばれていないだろう。
あまりに自然な仕草でキスをするから。一緒に過ごした時間の長さを感じざるをえない。魔法は解けぬまま。里沙ちゃんの腕の中。
今はこれしかないから、だから。
- 197 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:08
- 「もうちょっと……」
「ほら、愛ちゃん」
里沙ちゃんは、窮屈そうに身体を捩り、私との距離を作ろうとする。
「なんだよ、この甘えん坊は……」
甘い溜め息を吐く、二つ年下のサブリーダー。これ以上お疲れのサブリーダーを困らせても仕方ない。
里沙ちゃんが身体を離そうとするとおりに、私も彼女の背中に回していた腕の力を抜いた。
「うーっ」
身体が完全に離れ離れなになると私は、ぎゅっと目を閉じてその場にうずくまった。
- 198 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:09
- 「うー、じゃなくて」
早くシャワー浴びてきなよ。
髪を撫でられまた安堵する。
撫でながら里沙ちゃんは、間合いを計るように言いかけ口をつぐんだ。
「今日は」
触れる指先が、とても愛おしく感じた。
里沙ちゃんのように私に触れる人は他にいない。
その当たり前の事実に胸が締め付けられる。
- 199 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:09
- 「一緒に、寝ようか」
久しぶりだし。だから、さ。
と、里沙ちゃんは言葉尻を濁した。
やばい。
頭を下にしてうずくまった所為もあるけれど。
やばい。
シャワーを浴びる前からのぼせてしまいそうだ。
- 200 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:09
- 久々だから。久々だったから。近距離で触れる里沙ちゃんの一つ一つの仕草言葉がどうしようもなくくすぐったい。さっさとシャワーを浴びて寝る仕度をしてしまいたい気持ちは山々だったけれど。妙に恥ずかしくなりなかなか身体を起こすことができなかった。
- 201 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:10
- 私は身体を丸めたままベッドを転がった。転がったまま、ベッドの下に落ちた。
「あ、愛ちゃん? 」
こちらを覗こうとする里沙ちゃんを避けるように、私は背を向けて立ち上がった。
「シャワー、浴びる」
照れ隠しがこんな幼い態度に出てしまうとは、私もまだまだ修行が足りない。もっとクールに「そうだね、一緒に寝よう」って微笑返しの一つもできないとは。相当、里沙ちゃん一人に参っている証拠だ。
- 202 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:10
- 「あ、うん」
と、どもりながら返事をした里沙ちゃんは、転がり落ちても平然としている私に少し動揺しているみたいだった。
背を向けたまま、シャワーを浴びる仕度を整えた。
仕度と一緒に、呼吸を整え、平静を装う。深呼吸、深呼吸。相手にばれないように。慎重に鼻から息を吸って、口から吐いた。
- 203 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:11
- 「愛ちゃん」
里沙ちゃんが少しトーンの高い声で名前を口にした。
「もしかして、照れてる? 」
私は思わず、勢いよく振り返ってしまった。
「一緒の部屋、久々だもんね」
里沙ちゃんは、眉を八の字にして笑っていた。
- 204 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:11
- 「照れるワケないやろっ」
図星だったことを知られたくなくて、怒った態度をとってしまったけれど。それじゃあ逆効果なことは分かっている。勢いのまま立ち上がり、里沙ちゃんの前を横切ってバスルームへ進んだ。ドアを閉める寸前。
「さ、先に、寝ないでよ」
私の控えめな脅しに。里沙ちゃんは、一瞬だけ間を空けて笑った。
「起きてるから、ゆっくり浴びてきて」
- 205 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:12
- どうして、二つ年下の彼女の方が余裕な態度なのか。私は釈然としないままも。明日に備えてゆっくりシャワーを浴びることにした。
バスルームで一人になり、呼吸も落ち着きを取り戻した。落ち着いてからまた込み上げる暖かい気持ち。きっと。昔の里沙ちゃんだったら。髪にキスなどしてくれなかった。
- 206 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:12
- 回される腕だってぎこちなくて。
私がシャワーを浴びて出てくる前に勝手に寝てしまっていたに違いない。
過去の自分に焼きもちを妬いても、今の絵里を羨ましがっても。
里沙ちゃんと時を重ねてきたのはゆるぎない事実。誰にも真似できない。二人だけの時間が確かにある。
- 207 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:12
- すべてを思いのままに伝えることはできないけれど。
里沙ちゃんを困らせると分かっていて素直なままに振舞うことはできなくなってしまったけれど。
いいと思う。これで、いいんだ。
- 208 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:13
-
- 209 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:13
- * * *
- 210 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:13
- 「同じ匂いがするね」
- 211 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:13
-
- 212 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:14
- などと、上目遣いで口にしたら、相手はどのような態度を取るのか。
お湯の蛇口を捻りながら想像したら自然に笑みが零れた。
- 213 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:14
- 誰の付け入る隙も与えたくないのが本音だ。
里沙ちゃんの中の私の場所は誰にも渡せない、それだけは譲れない。
ただ、同じ場所にいることはできないから。
せめて、里沙ちゃんが泣きたい時には側にいさせて欲しい。
理沙ちゃんにかかっている魔法が解けても。私の存在を必要として欲しかった。
モーニング娘。のリーダーとしてでなく。私は飾り立てない私で里沙ちゃんに選ばれ続けたいと思った。
- 214 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:15
- 同じ匂いに包まれ、一緒に眠れば。その時だけはちっぽけな寂しさも、ささやかな羨みも鳴りを潜めてくれる。
余裕綽々のサブリーダーにギャフンと言わせたい。ふつふついたずら心が湧いた私は。
バスルームにそのまま置いてあった里沙ちゃんのボディーソプやらシャンプーやらを勝手に拝借することにした。
- 215 名前:distance 投稿日:2008/04/18(金) 22:15
- 以上です。
やっつけじゃないです
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/19(土) 03:32
- どこからの素晴らしい話かよ!
本当にすごく良かったです。
昔の自分への焼きもち 、絵里への焼きもち
あれが好き!
ありがとう。
次回まで、待ってます
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/19(土) 18:42
- レスです
>>216 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
やる気でます。まんまんです。
初心に還って精進いたします。
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/19(土) 18:47
- 更新しまーす
新垣さん視点、登場人物は
新垣さん、高橋さん主に二人です
某有名K・Kさんの『祭りのあと』という曲が恰好良くて。なかでも
"悪さしながら男なら 粋で優しい馬鹿でいろ"って
新垣さんぽいなぁ、という勘違いから生まれました。
すみませんでした。
- 219 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 18:47
-
* * *
- 220 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 18:48
- 愛ちゃんが打ち合わせから帰ってくるのが遅くてがっか
りしていた。せっかく一緒の部屋なのに過ごせる時間が短
くなると思ったらなんだか面白くない気分だった。
でも、愛ちゃんの後ろ姿を見つけたら、そんなことはど
うでもよくなるくらい、満たされた気持ちになってしまった。
- 221 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 18:50
- 少しでも側にいたい気持ちが湧いて後ろから抱っこする
体勢になっても、彼女は何も変わらなかった。いつも通り
という態度が余計に嬉しかった。一度開いた身体の距離を
瞬時に縮めたのは彼女の方からだ。側にいることが当たり
前だと、ある意味傲慢な行動。それが普通だからお互いな
んとも思わない。でも、髪にキスをしたら愛ちゃんはベッ
ドに下に転げ落ちた。どうしたんだろう。悪い物でも食べ
たのだろうか。
- 222 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 18:52
- 愛ちゃんがシャワールームに入ってしまい、話し相手も
いなくなったので、私は荷物の整理整頓を始めた。
明日の朝に必要なものはテーブルの上にまとめて置き、
手持ち以外の荷物はスーツケースに仕舞い込んだ。ドライ
ヤーなど明日の朝必要なものの為の余裕を作って、着てい
た衣服などを詰める。そこで、シャンプーやボディタオル
をバスルームに置いたままであることに気付いた。明日、
忘れずに仕舞わなければ。ああ、あと、ジュンジュンから
もらったバナナどうしよう。生ものだから悪くなってし
まったらもったいない。愛ちゃん、もう食べたのかな。
- 223 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 18:54
- バナナを食べるタイミングを計算していたら、ベッドの
上の携帯電話から電子音が鳴りだした。その電子音はメー
ルの受信を知らせるもので、サブディスプレイを確かめる
と送信主はカメだった。
「小春を追い出してください」
受け取ったメールは、擬人化されたカメが、擬人化され
たうさぎにどつかれている画像でデコレーションされてい
た。
そのメールからは具体的に彼女たちの部屋で何が起こっ
ているのかまでは分からないけれど、おおまかにどのよう
な状況なのかは容易に察することができた。
- 224 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 18:59
- ツインの部屋は広い。ベッドとベッドに身体を渡して
「瀬戸大橋」とか、アメニティ用品の室内履きで突然カメ
をどついたり、カメの話も聞かずに、タイミングを外した
他人のギャグを披露したりしているのだろう、小春が。無
駄に想像したら溜め息が零れた。
「カメは先輩なんだから、後輩のやんちゃも広い心で受
け止めなさい」
と、私は怒った表情の絵文字で返信をした。正直、この
時間からあの二人とはかかわりたくない。
カメと小春がそれぞれ誰と同室だったか思い出せない。
まぁ、どうでもいいことだ。しかしながら、二人が結託し
てこちらに矛先を向けてきたら困る。果たして、リーダー
とサブリーダーの部屋に踏み込む勇気を持ち合わせている
か。
- 225 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:02
- 一瞬考えて、さらに深い溜め息が漏れた。あの二人なら
ありえないことでもない。勇気とかそういう問題ではない
ことに気付いた。面白いと思ったら理性なんて微塵も役に
立たない。
しばらく思案した後、私は卑怯だとは思ったけれど、ま
たカメにメールを送信した。彼女が読むかどうかは、分か
らない。
「リーダー、お疲れだから今日はそっとしてあげてよ」
おやすみのテンプレートを使用し、メールを作成した。
リーダーの存在を持ち出すのは良策ではないかもしれな
いけれど、同じ部屋になった特権をいかさないことはな
い。それに、もし、二人がやってきて騒ぎ立てられたら本
当に迷惑だ。疲れていなくても迷惑だ。
- 226 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:03
- 小春といるとあのカメが圧させれ気味の状況に陥ってい
て面白い。普段、嫌というほどカメに振り回されている自
分だから、いい気味だとカメを嘲る気持ちがないこともな
い。もっとやれ、と小春を心内だけで応援している。
まぁ、周囲に迷惑が掛からない程度に、頑張れと思うくら
いなのだが。カメは竜巻のような小春のペースに巻き込ま
れてなかなか自分の思うようにいかないみたいだ。小春と
関わることを本気で嫌がっている。同じメンバーだし、し
かもカメは先輩だから避け続けるわけにもいかない。きち
んと向き合って対処方法を身につけ、乗り越えるべきだ。
- 227 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:05
- そんなことを考えている、自分の石橋の叩きっぷりには
呆れた。誰に言う言い訳でもあるまいし。今、カメの面倒
を放棄したからといって誰かに責められることはない。け
れど、リーダーを補佐するサブリーダーとしては常に正論
を持ち合わせておかなければ信頼が薄れてしまう。
私は携帯電話を閉じて化粧台の上、愛ちゃんの携帯電話
の隣に並べて置いた。
足元が冷えてきたので、私は先にベッドに入ることにし
た。
- 228 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:06
- 起きてて欲しいと、愛ちゃんに言われたからには寝てし
まうワケにもいかず。スケジュール帳を取り出して予定を
吟味することにした。打ち合わせに参加していないので新
しい情報を別段書き込むわけではない。
ページを捲っていくと、赤で派手に印を付けた箇所があ
る。これは人生で最大といっても過言でない、記念すべき
日になる。
まさか、本当にモーニング娘。として海外公演が叶う日
がくるとは。それを思っただけで胸が高鳴った。海外のス
テージでパフォーマンスをすることを想像してしまうと、
いてもたってもいられなくなる。
- 229 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:09
- 私は掛け布団を蹴飛ばして立ち上がった。ベッドの上で
飛び上がって心を落ち着かせようとしたけれど。これでは
逆効果だ。ジャンプする度にもっともっとテンションが上
がってしまう。
「……っく〜」
と、声にならない声で昂ぶる気持ちを押し込め。ベッド
に倒れ込んだ。
本当に、夢みたいだ。
夢だったら覚めなければいい。
嬉しくて嬉しくて気持ちの制御が難しくなる。
後ろへ手を伸ばし、足の方にあったまくらを引き寄せ、
ぎゅっと抱き締めた。今にもこの部屋から飛び出す勢い
で、そこらじゅうを走り回りたい気分だった。
- 230 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:10
- 自分は今、メンバーの中でまとめる立場にあるのだか
ら、興奮して失敗をしでかし周囲に迷惑を掛けるわけには
いかない。頭で理解していても、ちょっとやそっとじゃ興
奮は冷めなかった。
まくらを抱き締めたまま、ベッドの端から端へとごろご
ろ何度も転がった。さっきの愛ちゃんみたいに下へ落ちぬ
ように、端にくると勢いを加減した。今、ベッドから落ち
たとしても誰も突っ込んではくれないし。痛み損だ。
- 231 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:12
- 「どうしよう、日本以外の国で、ステージに立てるんだよ」
独り言を呟き、ニヤニヤしていても。自己陶酔のイタイ
奴と嫌悪すら覚えなかった。
しっかりしなきゃ、冷静にならなきゃ。まくら抱をえて
ベッドの上をごろごろして、ニヤニヤしながら独り言を呟
くなど変態に近い行為だ。
目を閉じて、自分の心臓の音に耳を傾ける。
脈打つ血管が他の生き物のように思えた。まくらを抱え
たまま手を握ったり開いたり、そわそわする。
やっぱりこの興奮はしばらく続きそうだ。
- 232 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:12
-
- 233 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:13
- 「何しとるん? 」
声に驚いて、私はごろごろ転がることを止めた。
気付くと、愛ちゃんがバスルームから出てきていた。
髪が短くドライヤーが簡単な所為か、思ったよりも早く
済んでしまったらしい。化粧っ気のない素肌が少しだけ薄
ピンク色に染まっていた。
「興奮してた」
私が答えると、愛ちゃんは目を丸くさせた。
「や〜らしぃ」
心外な言葉に私の興奮は一気に違う方向へ向いた。
身体を勢いよく起こし、愛ちゃんの立つ方へ顔を向ける。
愛ちゃんは口の端を持ち上げ、どちらが嫌らしいか分か
らないような表情で笑った。
- 234 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:17
- 「ちがっ、な、何考えてんの、愛ちゃん! 」
後ろ暗いことなどこれっぽっちなかったのに、慌てて
しまい。慌てた所為で赤面した。
「里沙ちゃんこそ、何考えて興奮しとった」
今度はタオルで口元を隠していたけれど、目が口ほどに
ものを言っていた。
「も〜っ、違うのに」
私は抱えていたまくらをベッドに数度、叩きつけた。
そんな私の様子に愛ちゃんは眉を八の字にして苦笑して
いた。そのまま、ふいっとした動作で化粧台の灯りを点け
て、側の椅子に座った。
- 235 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:20
- 鏡と向かい合い、ぷにぷにと両手で顔をつまみ、マッサー
ジをしているみたいだった。指先でぎゅっぎゅっとつぼを
圧したり、顔面を引っ張ったり伸ばしたり。鏡越しに彼女
を窺っていると、変顔の百面相みたいで面白かった。
「何笑っとるの」
や〜らしぃ。
愛ちゃんはそればかり言う。
「愛ちゃんが、変顔してるから」
「変顔って、失礼な」
血行がよくなってるうちに、全身をほぐしておくと疲れ
が溜まらないんだよ。
愛ちゃんは、言いながら首筋を親指で圧してた。
私はベッドの端まで移動して愛ちゃんに近付く。
「肩、マッサージするよ」
鏡越しに目が合った。
「お願いします」
愛ちゃんは笑って返事をした。そして、私がベッドから
下りると同時くらいに「変なとこまで、揉まんでな」とい
らない釘をさしてきた。
- 236 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:24
- 「するか」
私はぶっきらぼうな態度で取り合わない。
相手はその私の態度が面白かったらしく、肩を上下にさ
せて笑った。
からかいをやめない愛ちゃんにまともな返答をしないと
決め、私は無言のまま彼女の肩に掛かっていたタオルを
取った。そして、肩に均等に布地が行き渡るように掛け直
す。手に力を込めようと、顔を下向きすると乾かしたまま
の自分の髪が邪魔だった。こそばゆい。
ちょうど、化粧台の上にヘアゴムが置いてあったのでそ
れを取ろうと腕を伸ばした。
伸ばした腕が愛ちゃんの身体すれすれを通る。手が、ヘ
アゴムに届く直前、伸びたままの腕を愛ちゃんが左手で掴
んだ。
腕を動かそうにも上手くいかない。片腕の自由が奪わ
れ、何事かと私は腕を掴んでいる相手の方へ顔を向ける。
相手は左手に力を込め直して、私の腕を自分の方へ引っ
張った。
- 237 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:28
- 何も言わず、愛ちゃんの顔を覗き込むと愛ちゃんも普通
の様子で私を見た。普通の様子なのに、より私の身体を引
き寄せる。顔と顔が触れるくらいまで近付くと、愛ちゃん
は首を傾げた。
「いや、この体勢だとマッサージできないんですけど」
手を放して欲しいと言う前に。
「ご褒美」
と、愛ちゃんが当たり前のことを口にするみたいに言った。
「ご褒美? 」
私はその何の感情もこもっていないような一定のトーン
で発せられた言葉を繰り返した。
「今日も頑張ったよ、私」
「う、うん。頑張ったよ、知ってる」
あ、そう、分かった。ご褒美ね。ご褒美に肩を揉むって
いうことだから、手を放して欲しいんだけど。って人の話
など聞いていないようで。彼女はこちらを見上げたまま上
目遣いをして何も言わない。
- 238 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:30
- 「ご褒美? 」
何を言わんとしているのか、察したけれど。ぐずぐずと
私は確認するようにもう一度その言葉を繰り返した。
「ご褒美」
相手も、もう分かっているだろうと私の態度を見越して
余計なことは言わなかった。ご褒美にどうして欲しいのか
聞いてはいけないようなオーラを出す。
私は観念して、自分の髪を手櫛で梳いて、右側へ流し
た。愛ちゃんは左手で掴んでいた腕を一旦放し、私の寝巻
きの余っている部分をぎゅっと握り直した。
椅子の背もたれを左手で掴んで自分の体重をコントロー
ルし、大分自由になった反対側の右手は愛ちゃんの頬に添えた。
その時。
ゴゴゴゴ、という低音と、電子音が響いた。化粧台の上
の携帯電話が着信を知らせたのだった。
- 239 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:32
- 私は驚いて、身体を引いてしまった。
私の咄嗟の態度が愛ちゃんは面白くなかった様子で、頬
をあからさまに膨らませて唇を尖らせた。
上目遣いのまま、こちらをじっと見ている。
「出なよ」
まるで「出るな」と言っているような言い方だった。
私は引け腰でその場から離れた。愛ちゃんの背後を通っ
て携帯電話を掴み、出入り口の方へ向かった。
誰からの着信なのか確かめると、光井からの電話だった。
通話ボタンを押して携帯電話を耳に当てると。
「ガ〜キさぁーん」
私は通話終了のボタンを押した。
- 240 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:35
- 携帯電話を閉じて振り返る。愛ちゃんは椅子に座ったま
ま首を回して全身をほぐす整理運動を行っていた。
「誰から? 」
心なしか、愛ちゃんの声が低くなっている気がする。
「光井……かと思ったらカメだった」
「切っちゃっていいの? 」
両手を組み、後頭部を抱えて下に向ける。首の後ろを伸
ばす運動をしながら言うから、余計に声がこもって聞こえた。
「カメも、少しは苦労しなきゃだから」
私が言い訳とも言えないような言葉を口にすると、愛
ちゃんは渇いた笑いを漏らした。
「何、それ」
全然笑っていない様子だ。
「愛ちゃんがシャワー浴びてる間に、カメからメールが
来て、小春といるみたいなんだけど」
と、要領を得ない説明をしているとまた、私の携帯電話
が着信を知らせた。
- 241 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:37
- 愛ちゃんの様子を窺うと、途切れた説明の先を求める、
というよりは着信の相手を気にしているみたいだった。
私はやり切れない思いで携帯電話を疎ましく思った。機
械の所為ではない、タイミングの問題なのは分かっていた。
携帯電話を開いて画面を見ると、今度はカメからの着信
だった。
「話、聞いてあげたら」
愛ちゃんはこちらも見ずに言う。
私は促されるまま、通話ボタンを押した。
- 242 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:40
- 「ガ〜キさぁーん、どうしてさっき電話切ったんですかぁ」
相変わらずの歯切れの悪さだった。
「あの、もう寝るんだけど」
「でも、今は起きてるんですよね〜」
「いいから、さっさとアンタも寝なさい」
「いいじゃないですか。せっかくホテルに泊まってるん
だから」
意味が分からない。ホテルに泊まろうが、野宿しよう
が、明日も仕事には変わりないのだから。早寝早起きは基
本中の基本だ。
「もう、聞いてくださいよぅ」
と、電話口で泣き言が入ったタイミングだった。私の手
から携帯電話が奪われた。
「愛、ちゃん? 」
「コ〜ラ絵里! 」
と、愛ちゃんが私の電話を取りあげてカメに怒鳴った。
怒鳴ったといっても半分笑いが含まれているから怖くはな
い。でも、愛ちゃんの通る声はとても迫力がある。その迫
力は電話の相手には伝わっていないだろうけれど。
- 243 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:42
- 私はいたたまれなくなり、すごすごと出入り口の側から
離れた。ちょっと、誰にも見られたくないような後ろ姿だ
と情けなさを自覚しながらベッドに伏せた。大の字になっ
て手足をばたつかせる。すると、足元に何か固いものが当
たった。先ほどごろごろ転がって暴れていた方のベッド
だ。もう一度足で確かめる。この感触は多分、スケジュー
ル帳。私は起き上がり、スケジュール帳をベッドサイドの
照明の側に置いた。しわくちゃにしたベッドで愛ちゃんを
寝かせるワケにもいかないと思い、私は隣のベッドに移動
した。
- 244 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:43
- 仰向けに寝転がり、頭の後ろで腕を組む。
愛ちゃんは以外にも、楽しそうに会話をしていた。
時々、光井という名前が呼ばれるので、カメの側に光井
もいるようだ。
「バナナは明日にしなさい」
そんな、言葉で電話は締め括られた。
二人の会話がいったい、どんな内容だったのか。想像も
つかない。
- 245 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:43
-
- 246 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:45
- 「何言ってるのか全然分からん」
愛ちゃんは首を傾げながら、私の隣に身体を滑り込ませた。そうして、携帯電話を私に手渡した。
「それにしては、楽しそうに会話してたね」
「ん? 」
愛ちゃんが含み笑いでこちらを見た。
「もしかして、妬いとる? 」
うつ伏せの体勢で両肘をつき、上半身を斜めに起こし
て、私を見下げながら楽しそうに愛ちゃんが言った。
私は答えずに、じっと見つめる。
何か口にしたら墓穴を掘る。
- 247 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:50
- 「おいで」
だから、私はカメからの電話はなかったことにして、愛
ちゃんにそう言った。
頭の後ろで組んでいた腕を戻し、人、一人分くらい隙間
の空いた部分のシーツを叩いてこちらに来ることを促した。
「なんで、里沙ちゃんに命令されなきゃいけないの」
脈絡のない切り出し方を、相手はそれほど気にしてない
様子で。それより、年下に命令されたことが気に障ったみた
いだ。
「じゃあ、来てください」
「逆に来て」
私は笑ってしまった。身体を動かそうと上半身を起こす
と同時に愛ちゃんがこちらに転がってきた。私はそうされ
ることを予知していたかのように彼女の身体を受け止めた。
- 248 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:53
- まくらの位置を確かめる為に私が頭を移動させている
と、愛ちゃんはがばっと身体を起こした。手を私の身体の
脇に置いて突っ張ったので、いつの間にか彼女の下に私が
組み敷かれている状態だった。
「電気消そ」
と、独り言を呟くと、愛ちゃんはさっさとベッドから下
りて室内の照明を落とした。
なんだか、拍子抜けした私は思わず、その後ろ姿に声を
掛ける。
「カメ、電話何だって」
「気になる? 」
「いや、また何かカメが余計なことする前に予防線を…… 」
私が本気で対策を練ろうとしているのに、愛ちゃんは
ガッハッハ、と大笑いした。
- 249 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 19:55
- 「そういうこと考えるから、絵里はいつまでたっても里
沙ちゃんに甘えてしまうんやろな」
安心して、自由に振舞える。
ガッハッハと大口を開けて笑っていたかと思うと、途
端、大人びた様子になる。そして、最後の照明をオフにし
たから、彼女の表情が分からなくなった。私は妙に落ち着
いていて、ベッドサイドの照明を灯した。
「でも、カメは多分私が側にいなくても、あのままだと
思うよ」
自嘲みたいな笑い方になってしまった。
薄暗い室内でゆっくり愛ちゃんがこちらに近付いてくる。
「里沙ちゃんが、側におらんようになったら私は困る」
「愛ちゃん? 」
既に愛ちゃんは私の隣に立っていた。
- 250 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 20:02
- 「私は、里沙ちゃんが側におらんと困る」
大人びた様子かと思えば、心もとない表情で私を不安に
させる。
でも、愛ちゃんから覚える不安は、私を強くさせる。不
安に打ち勝つ力を、私はがむしゃらに身につけてきた。だ
から、そんなに怯える必要はないよ。
「ここにいるじゃん」
おいで。
そういって、愛ちゃんの手を取った。手を引かれると愛
ちゃんは体重を全部こちらに預けてきた。
彼女の鍛えられている身体は私一人の力では、支えるの
が大変だった。同じような体格の私としては、ちょっとは
相手にも協力して頂かないと、上手にベッドの上に運べな
い。それでも頑張って私が身体を横たえようとすると、愛
ちゃんがくすくす笑いを零した。
- 251 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 20:04
- 「や〜らしぃ」
「すぐ、そう言う」
茶化す愛ちゃんを、閉じ込めるように、シーツと私の間
に彼女を置き、上から掛け布団を被った。
「ご褒美、あげてなかった」
腕立て伏せをするように、彼女に顔を近付けると自然と
相手は瞼を伏せる。私の髪が彼女の顔にかかってしまっ
た。彼女が瞬く間、顔を顰めた。私はまた、手櫛で自分の
髪を片側に流した。ゆっくり、ゆっくり、自分の手首が痺
れてしまうくらいの速度で彼女に近付く。触れた瞬間、手
首の痺れなど嘘のように。頭の中、その中心が甘く痺れる
感覚に陥った。
- 252 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 20:06
- 唇で触れる柔らかい感覚に意識が吸い込まれる。腕の力
が抜けそうになり、私は危うく愛ちゃんを全身で押しつぶ
すところだった。
すんでの所でふんばり、顔を愛ちゃんの首と肩の間にず
らして息を吐く。
息がくすぐったかったのか、愛ちゃんは肩をぴくりと動
かした。私は申し訳ない気持ちで、息がかからないように
と仰向けになろうとした。すると、動いていた肩の先の手
が伸びて私の寝巻きを掴んだ。
愛ちゃんの顔を覗くと。
「もっと」
と、一言だけ声を発した。子どもがねだるみたいな態度だった。
- 253 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 20:08
- 「今日は終わり」
私は駄々っ子には取り合わず、愛ちゃんの隣に身体を横
たえた。どうしても終わりだ。サブリーダーという責任あ
る立場にあっても、終わらせたい理由を整然と述べるなん
て考えたくなかった。言葉で説明するなんて無理だ。恥ず
かしくって顔から火が出そうだ。
愛ちゃんは、聞き分けなく私の寝巻きを引っ張ってくる。
「今日は、もう終わり」
「今日はってことは明日ならいいの? 」
その屁理屈に私は、顔だけ愛ちゃんの方へ向けた。
そして、首をぐいっと伸ばして相手の額に唇を触れさせた。
「はい、終わり」
一瞬、呆気にとられるも。
「あほー」
と、愛ちゃんは布団の中でじたばた暴れた。
- 254 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 20:09
- 私は気にせず、「おやすみなさい」とだけ言いベッドサ
イドの照明をオフにした。
「頑張ったのに」
頑張ったのにー。と、愛ちゃんはまだ暴れている。
「じゃあどうすればいいの」なんて聞き返したら相手の
思う壺だ。だから、私は暴れるのを止めさせる為に、腕と
足を伸ばして彼女を抱き寄せた。本当に、他意はない。
「もう、大人しくしてよ」
ぎゅっとすると、愛ちゃんはすんなり大人しくなった。
- 255 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 20:12
- 腕の中で上目遣いに見てくる。
なんだろう。何を企んでいるのだろう。やけにあっさり
していると、それはそれで恐ろしい。
「里沙ちゃん」
私は視線だけで返事をする。
「同じ、匂いがする」
顔から火が出た。
さらに、平手打ちを喰らったと同じくらいの衝撃だった。
"撃沈"って、今の私のことだ。
バスルームに置きっぱなしなっているそれらを思い返し
てまた赤面する。赤面どころじゃない。
本当に、火が。吹き出した。
- 256 名前:祭りのあと 投稿日:2008/04/19(土) 20:13
- 多分、明日の朝、私、起きられそうもないから。
愛ちゃん、起こしてね。
私は、情けないと分かっていても、それ以上彼女と向き
合うことができなくて。すごすご背中を向けて、身体を丸めた。
「ヘタレ」
溜め息とともに愛ちゃんが背中で呟いた。
耳が痛いその言葉に私はかなり落ち込みつつも。
意識を手放したふりをした。
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/19(土) 20:14
- 以上です。
やっつけじゃないです
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/19(土) 20:47
- ヒュー♪
やりますなあ
- 259 名前:ぽち 投稿日:2008/04/20(日) 00:29
- 今日も更新ありがとうございます。
あいがき、大好きです。
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/20(日) 00:42
- これは…たまらんっすなw
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/20(日) 20:36
- レスです
>>258 名前:名無飼育さん
>>259 名前:ぽちさん
>>260 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
もったいないお言葉です。
ほんとうに、はげみになっております。
頑張ります。
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/20(日) 20:39
- 更新しまーす
高橋さん視点、登場人物は
高橋さん、新垣さんの主に二人です。
吉澤さんもほんの少しだけ登場いたします。
以下の話題が空気的にタブーでしたら、
……笑って許して!!
本当に申し訳ございませんです
- 263 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:40
-
* * *
- 264 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:41
- 怒号にも似た歓声と、大きな拍手。
「光井」
「愛佳」
コールされる彼女の名前をステージの袖で耳にし、不覚にも涙を零しそうになった。
私が泣いたって仕方のないことなのに。感情が昂ぶっている証拠だ。
落ち着こうと、一度、頭を勢いよく振った。
れいなが後ろで、「愛ちゃん犬みたい」と笑っていた。
本番直前の隙を見計らい私は、光井を片腕で抱き締めた。
彼女のマイクを握る手が、震えていた。震えているそれにもう一方の手を添えた。
光井が、深い息を吐いた。
もしかしたら、光井も泣きそうなのかもしれない。
涙、不安、興奮、様々な感情を、一生懸命堪えようとしている彼女の髪を撫でる。
- 265 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:41
- 「みんな、光井のこと待ってた」
楽しい雰囲気を出したかったのに、発した声はいつもより低音になってしまった。
「お客さんだけじゃなくて、みーんなやで」
安心して欲しくて、きちんと笑顔を作り光井の顔を覗きこんだ。
彼女は何も言えず、こくこくと頷くだけだった。
「元気な姿見せよう」
みんな、いるから。安心して暴れてこい。
光井は私を鋭い眼差しで見つめ返し、「はい」と力強く返事をした。
静かに舞台中央へ足を運ぶ。
落とされた照明が、明るくなる瞬間。
すっかり、湿っぽい感情は消え去っていた。
- 266 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:41
-
* * *
- 267 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:43
- みんなを不安にさせてはいけない、ということが真っ先に頭にあった。毅然としてなく
ちゃ。私は自分に言い聞かせ。普段と同じ態度を心がけた。姿勢をただし、メンバー、一
人ひとりの顔を確かめる。
一人、二人、三人と、人数を確認して、そこに七人しかいないと気付き、また一人、と
最初から数え直す。やっぱり七人しかいない。おかしい、もう一度数え直そうとした時
だ。隣にいた里沙ちゃんに背中を叩く合図をされた。一定の笑みを張り付けて、振り返
る。リーダーも大分板についてきた。咄嗟に笑えるようになったのだから。
「里沙ちゃん、七人しかおらんのだけど」
「自分、数えた? 」
「だから」
自分を抜いて八人だから、ここに七人じゃ足りない、と言い掛けて口をつぐんだ。私は
自分の勘違いに気付いてしまった。
「……ごめん」
私は笑うことに失敗して呆然とした。
里沙ちゃんは何も言わず、笑み一つで私にいつもの声掛けを促した。
- 268 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:44
-
* * *
- 269 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:45
- 光井が入院することになった。
彼女が退院するまで、八人でステージに立つ。
いなくならないと、分からなかった。彼女の存在感。
ぽっかり空いた光井の場所に、他の何かをあてがったとしても何の役にも立たない。
九人で完成するそれは、八人だとやはりどうしても埋められない物足りなさがある。
物足りないなどと、思っても感じても口にすることは決して許されない。態度に表すな
んてもってのほかだ。
リーダーとして、私がやらなければならないことは、他のメンバーをカバーすることだ。
今さら、どうにもならないことを考えている暇などない。
スタッフさん、ディレクターさんに「できるか? 」と聞かれれば、できるとしか答え
られなかった。自分のなりふりなど構っていられなかった。
- 270 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:46
- メンバーをこれ以上不安にさせてはいけない。自分がしっかりしなければならない。上
手くやらなければ。メンバーの様子を把握しなければ。
私は冷静な態度を装い、普段と変わらない態度を装い、自分の気持ちの整理をつけるこ
とができていなかった。
忙しさにかまけて、自分のフォローを後手後手にしていた。自分が崩れてしまったら、
すべて台無しになり、取り返しがつかなくなると、大きな勘違いをしていた。それに気付
くことができないまま、光井を欠いた八人で地方公演を一つ終えた。
- 271 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:47
- 謝罪の言葉を述べ、状況を説明する。
会場に集まってくれたファンの方々をステージ上から見渡す。
場が一瞬にして心配そうな様子になる。
謝罪は神妙に述べるけれど、それ以外は笑って大丈夫だと胸を叩く。足を運んでくれた
方々に存分に楽しんで貰わなければならない。光井の不在を感じさせないくらいに。
そう、考えること自体間違えていたと私は気付けなかった。
自分を追い詰めて、不安も乗り越えられず。見せ掛けだけの笑顔で何ができるのだろ
う。本当の気持ちでぶつからなければ良いパフォーマンスなどできるわけがなかった。
知らずに発してしまうピリピリした空気に自分が一番傷付いた。責任を感じれば感じる
ほど身動きが取れなくなるみたいだ。
でもどんなに、しんどいと感じても弱音は吐けなかった。
自分がやらなければ、と勘違いしたまま、私は真っ直ぐ信じていた。周りを欠片も信用
していない自分を、真っ直ぐ信じていた。私がやらなければ。
- 272 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:47
-
* * *
- 273 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:48
- 八人で地方公演を終えた深夜、珍しい人から連絡があった。
「吉澤さん」
「おー、くっらい声してんなー」
久しぶり、元気?
と、私の陰気さを揶揄しながら電話の相手は暢気な様子だった。
「光井が入院して手術って聞いたからさ」
「あ」
瞬間、私にどんよりとした気持ちが充満する。
「手術は無事終わったんですけど。一週間は、安静が必要みたいで」
吉澤さんは、そうかそうか、といって笑っていた。何がおかしいのかまったく理解でき
なかった。なんでもない吉澤さんの態度に苛立った。吉澤さんの至って普通な振舞いに憤
りを覚えるとは、自分がどれだけ余裕をなくしていたか、肝を冷やした。
溜め息を吐きそうになり、すんでの所で堪えた。
- 274 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:49
- 「まぁまぁまぁ」
言葉を繋げば繋ぐほど、私の陰気さが増すことに気付いているのか吉澤さんは、できる
だけ明るいトーンで話しているみたいだ。
「まぁ、ね。高橋がいくら頑張ったって光井が明日から復活できるワケじゃないし」
まるで他人事だ。それは、そうなんだけれど。
それは分かっていたのだけれど。
とても悔しいと思ってしまった。
事実を他人から突き付けられ、やっと理解する。
私が何をしたって、光井の穴は埋められない。光井は光井だから。私にできることな
ど、本当にちっぽけだ。
気持ちの整理がついていない状態で、何か口にしたら、いわれのない不平を吉澤さんに
ぶつけてしまう。
- 275 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:50
- 「優しいこと、言ってやろうか」
黙りこくった私に、吉澤さんはからかう様子でそんな台詞を言う。
反論一つできず、携帯電話を握り直した。
「高橋って、自分が思っている以上にばかなんだよな」
彼女から発せられた言葉は、優しさとはかけ離れたものだった。
「だからさー」
新垣あたりに泣きつけば?
さらに、身体を痛めている彼女に縋れなどと非常識なことを年長者が若輩者を諭す口調
で続ける。
「で、できん」
そんなことはできないと、これが初めての弱音だった。
「そこはだねぃ、高橋くん」
オホン、と咳払いをして電話口の相手はもったいぶった態度を取る。
「新垣の為を思って、泣きつくんだよ」
おちゃらけた声になったり、急に真面目な声色を使ったり。吉澤さんは軽々と理解の範
疇を越えて行く。
- 276 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:51
- 吉澤さんの予測不可能な会話のキャッチボールに翻弄され、私は言葉を選んでから投げ
返す余裕がなかった。
「里沙ちゃんには。里沙ちゃんには迷惑掛けられんのに」
どうして、そんなことを簡単に言ってしまう。
弱音を一つ吐くと、せきを切ったように泣き言が溢れてきた。
「あのなぁ。よーく考えろよ」
今度は心底呆れるような冷たい声だった。
「必死なオマエの後ろ姿間近で見てて、それ以上頑張るなって、新垣が言えると思う? 」
いつも側にいる里沙ちゃんと、最近どんな会話をしただろうか。
仕事の話以外に、何か話しただろうか。
全く記憶にないことに愕然とした。
「ふっつぅ、言えないよ? 無理するな、なんて言えるワケねぇよ」
でも、新垣は、それ以上頑張んなくてもいいって思ってるよ、多分。
多分だかんな。全部鵜呑みにされても困るけど。
アイツ、心配性だから。
オマエのこと、一番心配してんのは、新垣だよ。
あんま、心配させんなよ。
- 277 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:51
-
* * *
- 278 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:52
- 悔しかった。
不意に、泣きそうになって。だけど涙を流すことはもっと悔しいから、必死で堪えた。
どうしていいか、分からなくて。情けなくて。無力さを痛感して。悔しかった。
自分のプライドばかり掲げて、結局周りが見えなくなっていた。
頑張れば、頑張るほど。自分を追い詰めれば、追い詰めるほど、里沙ちゃんまで苦しんでいた。
何も言わず、支えてくれる里沙ちゃんを見失って、自分一人で立っているつもりになっ
ていた。
「ごめんなさ」
「それ、ウチに言ってもどうしようもないんだけど」
本当に興味なさそうに吉澤さんが答える。
「あ、あのっ」
なかなか、言葉が続かない。難しいことを言いたいワケではないのに。
「あの、ありがとうございます」
やっと繋いだ私の感謝の言葉に吉澤さんは、鼻で笑った。
- 279 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:54
- 「お礼なんて言われる立場じゃないから」
ウチもそうだったから。
ミキティに迷惑かけてた。
静かな声で吉澤さんが言った。
吉澤さんが、とても静かな場所にいることにやっと気付く。電話の相手の状況を気遣え
ないほど、私は周りが見えなくなっていた。
吉澤さんの呆気ない独白になんと言ってよいのか、答えあぐねていると彼女は「そうい
うことですから、サブリーダーに存分に甘えてください」と告げて電話をあっさり切って
しまった。
地方のホテルで、ベッドサイドの照明だけ点けた暗い部屋に一人ぼっちになる。でも、
今は一人でよかった。携帯電話を握ったまま放心した。
肩の力を抜くって、どういうことか、加減が分からない。
里沙ちゃんが泣きたい時には側にいたい、だなんて慢心にもほどがある。
里沙ちゃん。
里沙ちゃん、きっと、今泣きたいんやろ。
だって、私が今、そんな気分やから。
同じ気持ちなんやろって。思っても、いいよね。
- 280 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:54
-
* * *
- 281 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:55
- きっと、里沙ちゃんは眠れなくて、明け方早くに目を覚ます。誰かの部屋に泊まってい
ないといいけれど。彼女の行動を見越しながら、まだ薄暗い朝に携帯電話取り出し、祈り
ながら、里沙ちゃんに電話を掛けた。
電子音が耳元で鳴り、寝不足のアタマに頭痛の波を立てる。
留守電になってしまった。
一瞬、寝ているのかと思ったけれど。
不安に思って、私は自分の部屋から寝巻きのまま飛び出した。
ホテルのロビーなんて、人目のつくところにいる訳がないと思いつつ、階下に下りる。
フロントのホテルマンが丁寧な挨拶をしてくる。
勝手に切羽詰っていた私は、ダメモトでそのホテルマンに里沙ちゃんがここにこなかっ
たか尋ねた。
「先ほど、若い、女性の方が、お一人で外出されました」
お探しの方と人違いかもしれませんが。とその人は教えてくれた。
- 282 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:55
- 今、部屋に戻っても不安でいられないから。とりあえず外を探すことにした。この辺り
の地理に詳しいワケではないから、きっと近所にいるはずだ。
ホテルの前は大きい通りになっていたけれど、朝の早い時間帯だったから車の気配も人
の気配もしなかった。右か、左かで迷っていると、通りを挟んだ向こう側に里沙ちゃんが
いた。コンビニに入るところだった。
私は走って追いかける。名前を呼ぶことは辛うじて堪えた。
自動ドアが開いた瞬間に、里沙ちゃんはこちらに振り返った。多分、足音が聞こえたか
らだろう。
彼女は目を丸くして口を開けてぽかーんとした様子だった。
「マコトみたい」
店の前で、立ち止まった里沙ちゃんにゆっくり近付いた。
- 283 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:56
- 私は、里沙ちゃんの顔を見たらとてもほっとした。
ぽかーんとしていた束の間、我を取り戻した里沙ちゃんは私のつま先から頭のてっぺん
まで丁寧に眺めた。
「ってか、愛ちゃんひどい恰好」
言いながら、彼女は、私の髪を手櫛で整えてくれた。
「寒くない? 」
寝巻き姿のまま飛び出した私と違い、里沙ちゃんはメイクはしていないものの、外に出
ても恥ずかしくない、きちんとした恰好をしていた。
困ったように笑うと、自分の着ていたパーカを私に羽織らせてくれた。
「あ、りがと」
「うん」
愛ちゃんも、何か買い物?って。サイフも持ってないのにんなワケないか。
言いながら、里沙ちゃんは私の腕に自分の腕を絡ませた。
「里沙ちゃんは、こんな時間に」
「あー、いつも持ってくるカップスープの素、忘れちゃったから」
忘れ物をしない、里沙ちゃんにしては、珍しいことだった。
- 284 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:57
- 自動ドアをくぐって店内に入る。里沙ちゃんは雑誌のコーナーに立ち寄った。
普段の様子そのもの、一冊雑誌を手に取り、ぱらぱらページを捲った。
私はコンビニのガラスに映る里沙ちゃんを見ていた。
伏せたまつげがぱちぱち動く。
ただ、それだけなのに。胸が詰まる。
変わらず、側にいてくれる彼女はどんな思いで昨日の夜を過ごしたのだろう。
いっぱい里沙ちゃんに言いたいことがあったのに。
いざ面と向かうと言葉にならない。
しかも。こんなみっともない姿で恥ずかしい。
雑誌に目を通し終え、里沙ちゃんは、インスタント飲料のコーナーへ向かった。私もそ
の後に続く。
「愛ちゃんも、何か欲しいのあったら買ったげる」
私は無言で首を横に振った。
ぎゅっと腕を掴んで離さない。頑なな態度の私にまた、苦笑して、絡んでいる腕を反対
の手で軽く叩いた。まるで、安心しなさい、とでもいうような動作だった。
棚に向かうと、理沙ちゃんは屈んでスープを選び出した。するりと腕が離れ、私はその
背中を見つめる。
- 285 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:58
- 「愛ちゃん、どっち飲みたい? 」
立ち上がり、私に聞く。
里沙ちゃんは二つの箱を手に持ってにこにこしていた。
どっちでもいい、と言おうとしてやめた。
「こっち」
言いながら、一方を指差すと里沙ちゃんは嬉しそうに、「そうする」と言った。選ばれ
なかったカップスープの箱を棚に戻し、また私の腕を取った。途中、お菓子の陳列棚の前
で里沙ちゃんが立ち止まった。
「塩バニラ……新しいヤツだ」
食べたくない?
里沙ちゃんはわくわくした様子で尋ねてきた。本当に食べたいかどうか判断するより前
に私は頷いていた。
「だよね」と、何に同意したのか分からないけれど里沙ちゃんはそのお菓子も手に取った。
- 286 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:58
- 里沙ちゃんが会計を済ませる間、私は外に出た。
そこでやっと、外気の冷たさに気付く。
朝の新鮮な空気が、地元のものと近い気がした。
あー、と声に出して。空を仰ぐ。
ここでしっかりしなきゃ。
吉澤さんに、また鼻で笑われる。
あんなに悔しい思いは懲り懲りだ。
身体の前で手を擦り合わせて、熱を欲した。手持ち無沙汰ってヤツかもしれない。
「お待たせー」
ビニル袋をかさかさ鳴らして里沙ちゃんが出てきた。
私は素早くその腕に飛びつく。
「そーんなに、寂しかったのかぁ」
と、里沙ちゃんは私にいいこいいこした。
不満ではなかったけれど、強い態度でその手から頭を避けた。
「かっわいくな」
- 287 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 20:59
- 里沙ちゃんが歩き出す。私も隣から離れない。
歩きながら、彼女に何を告げたらいいのか考えた。
吉澤さんは里沙ちゃんに泣きつけ、甘えろと言った。
里沙ちゃんの為にそうしろと。
里沙ちゃんは、一体何に不安感じ、どう思っているのか。私は分からなかった。
メンバー全員が不安であるのは分かる。
その不安は私が頑張っても簡単にはなくならないもので。だったら何をしたらいいの
か。分からなかった。
「里沙ちゃん」
彼女がこちらに向いたのを確認してから続きを口にする。
「昨日の夜、吉澤さんから電話があった」
「吉澤さん? 」
「うん、光井が入院したって聞いて心配して電話くれたみたい」
「光井にじゃなく? 」
それ、愛ちゃんを心配して電話してくれたんでしょ。
- 288 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:00
- 里沙ちゃんは、当たり前のことを言っただけだ。なのに、私はその時になって吉澤さん
の優しさに気付く。
私は色々なことを少しずつ受け違えていた。
昨夜の電話は、確かに私を心配して掛けてくれたのだ。
「うん、吉澤さんすごい心配してくれてた」
何故か、里沙ちゃんが得意げな様子でこちらを見ていた。
私は信号など無視して、通りを横切ったのだが、里沙ちゃんは車通りのない交差点でも
律儀に信号を待った。
そこで、組んでいただけの腕を解いて、里沙ちゃんから、手を握ってきた。なんでもな
い様子で慣れた仕草が、言葉を詰まらせる。
手を、握り返した。
思いがそのまま伝えられたらいいのに。
- 289 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:00
-
- 290 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:01
- 確認する間もなく、私は里沙ちゃんの部屋に上がり込んだ。
テーブルには電気ポットが用意してあり、お湯が既に沸かしてあった。
里沙ちゃんは無言のまま、スープを淹れる準備をしていた。
私はテーブルの側の椅子に腰を掛けてぶらぶら足を遊ばせ、里沙ちゃんに甘える方法を
考えていた。でも、この状態って既に"甘え"に入っている気がする。
「愛ちゃん」
里沙ちゃんが、お菓子をビニル袋からテーブルの上に出して私を呼んだ。
「そんな恰好で飛び出してきて、何かあったの? 」
紙の箱を開封する、独特の音と共に彼女は言った。
- 291 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:01
-
- 292 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:01
- 何かあったのか尋ねられ、里沙ちゃんの温もりで暖くなっていた私の心に、冷たい気持
ちが再び湧いてくる。
言ってもいいのかな。
できない、怖い、寂しいって。
弱音も泣き言も、言ってもいいの?
まだ、怖いよ。里沙ちゃんの優しい声に甘えるのがとても怖い。
- 293 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:02
-
- 294 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:02
- 「里沙ちゃん、眠れた? 」
私は里沙ちゃんの心配を他所に努めてなんでもない風に尋ね返した。
里沙ちゃんは笑うだけでその質問に答えようとしなかった。
「私は眠れなくて」
吉澤さんに電話で言われたこと考えてた。
里沙ちゃんから視線を外してしまった。電源が落とされているテレビが目に入り、その
画面に映る、理沙ちゃんの後ろ姿を見ていた。
「吉澤さんに何言われたのか、聞いてもいい? 」
少し低めの声で里沙ちゃんは言った。
「高橋は思ってる以上にばかだって」
息を吐くようにふふふ、と里沙ちゃんは笑った。
「愛ちゃんは、ばかだよね〜」
「やっぱり、そうなのか」
まだ、笑っている里沙ちゃんはベッドの端に腰を掛けた。一人ずつ割り当てられた部屋
だったけれど、ツインルームだった。ベッドは両方とも使われた形跡がなくきれいなまま
だった。
- 295 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:03
-
- 296 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:03
- どうしようもないことを、一晩中考えていた。
どうして、もっと光井に目を掛けられなかったのか。
もっと気にかけていれば、彼女が一週間以上、ステージから離れることはなかったのか
もしれないと。過去を悔やんでいた。
虫垂炎なんて、何が原因か分からない。
分からない原因を想像して、眠れなかった。
だから、ばかだと笑われても仕方なかった。
- 297 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:03
-
- 298 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:04
- 「それだけ? 」
吉澤さんが愛ちゃんに言ったことって。
里沙ちゃんは、何も入っていないカップを手に取った。
質問に、私は首を横に振って答えた。
「違うよ」
- 299 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:04
-
- 300 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:04
- 違うよ。
違うんだよ。
里沙ちゃん。私、悔しいんだ。
とても、悔しいんだ。
光井を責める気持ちは少しもない。
でも、九人でステージに立つことが一番大切なことだから。一人でも欠けることがすご
い悔しいんだ。
それを避けられなかった、リーダーとしての自分がすごい不甲斐ない。
悔しいよ。
- 301 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:04
-
- 302 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:05
- 首を横に振り続けていた。思ったことを言葉にできなくて。
驚くほど臆病な自分に、嫌になる。
- 303 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:05
-
- 304 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:05
- 「愛ちゃん」
里沙ちゃんはカップをテーブルの上に置いた。そしてベッドから離れて、私のすぐ前に
屈んで私の両手を取った。
「泣いたら、目、腫れちゃう」
みっともない自分を見られたくなくて、私は俯いた。
「ごめ、っとに。ごめん」
どうしていいか、分からなくて。私は申し訳ない気持ちで一杯だった。
「謝らないでよ」
愛ちゃん別に、悪いことしてないよ。
「でも、光井が」
「光井が入院したのは愛ちゃんの所為じゃないでしょ」
泣かないで。
そう言って、里沙ちゃんは私の顔に手を触れさせた。
ひんやりしていて、気持ちがいい。
私はその手が大好きだ。
けれど、臆病過ぎて、その優しい手も拒んでいた。
- 305 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:06
-
- 306 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:06
- 「り、里沙ちゃんは、分からんかもしれんけど」
生まれ育った場所から一人で東京に来て。
友達とも家族とも離れて、一人ぼっちがどれだけ寂しいか。里沙ちゃんには分からんか
もしれんけど。
気付くと、私は里沙ちゃんを責めていた。
どうしてか、分からない。言葉が止まらない。
里沙ちゃんは、手を握って、頷くだけだった。
「しかも、光井はまだ、仕事始めて一年経ったばかりで」
不安もいっぱいある。一人で頑張るには限度がある。
光井には里沙ちゃんや、マコトやあさ美ちゃんがおらんやろ。
私にはおったよ。みんなが側におったから。頑張れた。でも、光井にはおらん。
なのに。
光井は笑ってて、泣いてるとこなんて見たことなかった。
笑ってても、つらい事だってたくさんあったんだよ。
私は、そんな光井の寂しさを見逃していた。
無理をさせてしまった。
- 307 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:06
-
- 308 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:07
- 「愛ちゃん、泣き過ぎだ」
里沙ちゃんは、指の背中を使って丁寧に私の瞼を冷やしてくれる。
「本当に愛ちゃんはばかだなぁ」
里沙ちゃんの声が鼻にかかっていた。
憚らず泣き出した私に、私と同じくらい泣き上戸の彼女がもらい泣きしないはずがなかった。
- 309 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:08
- 「ステージに立てなくて一番悔しい思いをしてるのは、光井なんだから」
分かる、それは、私も経験したことがあるから。でも、あれは自分の不注意の所為だか
ら。今回の光井とはまた違う。
「それを一番分かってあげられるのは、愛ちゃんだよ」
どんな理由だって、ステージに立てない悔しさは同じだと思う。
私の顔にかかる髪を左右に梳きながら里沙ちゃんが言った。
「光井が、安心して戻って来れるようにみんなで頑張ろうよ」
お客さんには本当に申し訳ないけれど。光井がいない穴は誰にも埋められないから。そ
れは仕方ないから。
愛ちゃんが、光井の分まで頑張るとか、今まで以上にみんなをカバーするとか一人で考
えないで。
九人でいることが一番大切だって思わない?
- 310 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:08
-
- 311 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:09
- 同じ気持ちだって。うぬぼれてもいいのかな。
里沙ちゃんも悔しくて、悔しくて、昨日は眠れなかったって。
思ってもいいの?
- 312 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:09
-
- 313 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:09
- 「おもう」
鼻水と、涙でぐちゃぐちゃな顔のまま私はまっすぐ里沙ちゃんを見つめた。
「里沙ちゃーん」
私は、なりふりかまわず、里沙ちゃんに覆いかぶさった。
う゛っ、という相手のうめき声で我に返る。
「里沙ちゃん、ごめん」
腰、平気?
「う、うん。こっちこそなんかごめん」
それより、愛ちゃん、ひどい顔。
絶対、目、腫れるから。
里沙ちゃんは、ゆっくりと腰を持ち上げテーブルから離れた。そして、鏡の前にあった
ティッシュペーパーの箱を手に取り戻ってきた。
「鼻、チーンして」
「うるさいわ」
私の悪態に里沙ちゃんは笑い、自らも鼻をかんだ。
- 314 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:10
- ティッシュペーパーの箱を戻して、里沙ちゃんはカップを二つ揃えてスープの素をそれ
に分け入れた。
こぽこぽと心地よい音と、コーンクリームの甘い匂いがした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
色々な意味を込めて、お礼を告げたのに、彼女に届いているか少しだけ不安になった。
「それ、飲んだらちょっと横になったら? 」
里沙ちゃんはふーふーとスープに息を吹きかけながら言った。
「そうだね、そうさせて頂きます」
「いや、自分の部屋戻りなよ」
「えー! 」
「えー、じゃなくて」
「はーい」
私は大人しく返事をし、暖かいスープに口をつけた。
- 315 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:10
-
* * *
- 316 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:10
- 「九人で、絶対行こうね」
里沙ちゃんが、突然言った。
どこへ? などと聞かなくても分かる。
「うん。九人で、ぶちかます」
二人の念願が叶う日。
冗談で言い合ったのは、まだマコトもあさ美ちゃんも娘。に在籍していた。
それが次第に、本気の目標になって。
声に出して言うのが憚れるくらい、意識していた時期もあった。
そして、二人の願いが実現すると分かった時。
やっぱり二人でこっそり泣いた。
- 317 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:11
-
- 318 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:11
- 「ぶちかますって」
里沙ちゃんは、カップから口を離して苦笑した。そのままカップをテーブルに置いて立
ち上がりバスルームへ入っていった。
何も言わずにどうしたのか、と思えば、水音がして。
そして、冷やしタオルを手に持って出てきた。
タオルを私に差し出して「冷やしなさい」と世話焼きを遺憾なく発揮する。
私は、カップをテーブルの上に置き、ありがたくタオルを頂戴した。
「サブリーダーは気が利くよね」
「リーダーは泣き虫だよね」
「褒めてるのに」
「かわいいと思ってるのに」
私は目にタオルを当てたまま笑った。
やっと、本心から笑えた気がした。
「そろそろ、戻ったら? 」
「あ、うん」
「タオル、持ってっていいよ」
「ありがと」
「時間になったら起こすからゆっくり休んで」
「里沙ちゃんは」
里沙ちゃんは寝ないの?
「私は昨日の夜寝て、今朝起きたの」
そうじゃないことを私は見抜いていた。きれいすぎるベッド。ベッド以外のどこで寝た
というのだろうか。
- 319 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:12
- それとも。まさか、絵里かさゆあたりと一緒に眠ったのだろうか?
「ふーん」
私は全然納得してないものの。それ以上里沙ちゃんに何も言えず。一旦部屋へ戻ること
にした。
あ、そうそう。忘れていた。
「里沙ちゃん」
「何? 」
ベッドに腰掛けていた里沙ちゃんが柔らかい表情でこちらに向く。
私、昨日、里沙ちゃんからご褒美もらい忘れてたんだけど。
そういう時ばかりは私も抜け目がない。
自然と上目遣いで里沙ちゃんにおねだりできる。
里沙ちゃんは黙って視線を逸らせた。
- 320 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:12
- 「りーさちゃーん」
「いつから、そんなルールできたの」
「ずっと前」
「ずっと前っていつだよ」
朝の所為か。里沙ちゃんの突っ込みが面白くない。
里沙ちゃんは溜め息を吐いた。
そして、視線をこちらに戻し、何か探るような瞳で私を見る。
「ご褒美、あげるから。ちゃんと休むんだよ」
「りょーかい」
言いながら、私は理沙ちゃんの膝の上に乗った。
すると、彼女は拍子抜けしたように、動作を止めた。
「愛ちゃんさぁ」
こういうのどこで覚えてくるの?
こういうのとは、どういうのなのか分からず、また上目遣いで里沙ちゃんを見た。
彼女は何も言わず、支えるように私の背中に腕を回した。
里沙ちゃんの首に手を添えて、ご褒美を待つ。
「目、真っ赤」
雰囲気のないことを口にして相手はご褒美を焦らした。
でも、それが照れ隠しだって私はお見通しだ。
- 321 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:13
- 急かせば余計に雰囲気がないと思い。私は黙って里沙ちゃんの瞳を見続けた。
「こっち見るな」
「いや」
首に添えた手で里沙ちゃんの髪に触れる。くすぐったそうに彼女は肩を竦めた。
また、一呼吸して、里沙ちゃんが私を見た。
空気が変わる。背中に回されていた腕に力を込め直し里沙ちゃんが体勢を整えた。
見るなと、言ったクセに相手はきらきら光を湛えた瞳で私を覗いている。その目を見て
いると、何も、何も言えなくなった。
近付いてくる彼女の顔を見つつ、もったいないと思うけれど静かに瞼を閉じる。キスを
する彼女はいったいどんな表情なのか。知りたいと思った。
触れれば分かる。
これしかない、という絶望に似た幸福感。
満たされた瞬間に不安になる、もどかしさ。
こんな気持ち、里沙ちゃん以外に感じることはできない。
- 322 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:13
-
- 323 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:14
- 「そしてね、報告があります」
唇が離れ、しかしながらまだ膝の上に乗った状態で私は里沙ちゃんに言った。
里沙ちゃんは、私の髪を撫でながら視線だけでこちらを窺っている。
「ルームキーが、部屋の中です」
言った途端に、里沙ちゃんが崩れ落ち、ぎゅうっと抱き締められた。
そして、彼女は深い溜め息を吐いた。
「リーダーがこんなにばかだなんて」
よしざわさ〜んと、里沙ちゃんが泣き言を上げた。
私は自分の失態を笑ってごまかし、こちらからも腕を伸ばして抱き締め返そうとしたら。
里沙ちゃんの座っていたベッドの上に投げ飛ばされた。
腰、大丈夫なのかな。閃光のように心配が脳裏をよぎった。
「寝ろ」
「一緒に寝よう」
私は、広いベッドの上で投げ飛ばされた状態のまま、里沙ちゃんを見た。里沙ちゃんも
眉を八の字にしてこちらを見ていた。
- 324 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:15
- 「困ったリーダー」
「サブリーダーは気が利くよね」
腕まくらとかしてくれるくらい、気が利くよね。
「それって、全然寝る気なくない? 」
「睡眠よりも、今日の公演が大切です」
「意味わかんないし」
不平を口にしながらも、里沙ちゃんはのそのそこちらに寄ってきて、先に布団の中に潜
り込んだ。そして。
「ほら、腕まくらでもなんでもするから寝なさい」
と、私を甘やかす。里沙ちゃんは、私を甘やかすことにかけては天才的だ。
私は満足して、里沙ちゃんの腕の中で目を閉じた。
- 325 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:15
-
* * *
- 326 名前:EverydayEverywhere 投稿日:2008/04/20(日) 21:15
- 行こうよ、絶対、九人で。
今の九人なら、きっと最高のステージになるよ。
してみせるから、必ず。
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/20(日) 21:16
- 以上です。
やっつけじゃないです
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/20(日) 21:17
- がっつりリアルタイムで読んでしまいました
もう最高すぎです
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/20(日) 21:27
- うまいなぁ〜。かなりツボです!
愛ガキのやりとりがいちいちツボなんです!
吉澤さん素敵だ!
- 330 名前:ぽち 投稿日:2008/04/21(月) 00:12
- 今日のは特に響きました。
二人の信頼感がいいですよね〜。
みっついも元気になって良かった。
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/22(火) 00:54
- この距離感が素敵です
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/22(火) 11:43
- この二人の関係好きです
- 333 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/22(火) 23:31
- レスです
>>328 名前:名無飼育さん
>>329 名前:名無飼育さん
>>330 名前:ぽちさん
>>331 名前:名無飼育さん
>>332 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
何度も同じ言葉で恐縮ですが、
ほんとうに、はげみになっております。
お時間を割いてお読みくださっている上に
コメントをいただけるだなんて。
しあわせ者や〜
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/22(火) 23:36
- 更新しまーす
新垣さん視点、登場人物は
新垣さん、高橋さん、亀井さん……
愛ガキを泣かせ隊
新垣さんに告白させ隊の信念に則り書き連ねました。
ごごごご、ごめんなさい
- 335 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:37
-
* * *
- 336 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:40
-
お相手は、モーニング娘。の新垣里沙と、亀井絵里でした。また、来週。
おやすみなさ〜い。
締めの挨拶をして、収録が終了する。
「お疲れさまでーす」
「お疲れさまでーす」
スタッフさんたちに頭を下げて、ブースを出ようとすると、カメが机に向かって何か書
いていた。
台本に、亀のらくがきをしていた。
- 337 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:42
- 「何書いてるの? 」
一度、カメは顔を上げ、そしてまた机に向かって一言で答えた。
「亀」
いつもの、亀の絵だったから分かっていたけれど。なんとなくからかいたくて私はわざ
わざ確かめたのだった。
「亀ってさぁ」
私が言うとカメが瞳をきらきら輝かせて顔を上げた。
「いや、カメじゃなくて、亀」
私は、台本に書かれた亀の絵を指して言った。
途端、彼女は得意のアヒル口をしてみせ、不満そうな表情をした。
「しっぽってあったの? 」
私のどうでもいい質問に、カメはだらしなく表情を緩めた。
「ありますよー、亀といったら、しっぽ。しっぽといったら、亀! 」
ガキさん知らなかったんですかぁ。
ラジオの収録後だというのに、彼女は寝惚けてるような口調で私を小バカにする態度を
とった。別にすごく気になって質問したのではなかったので、私はふーんと、相槌を打
ち、出口へ足を向けた。
- 338 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:45
- 「ガキさん! 帰るんですか〜」
待ってくださいよぅ。
カメは慌てて立ち上がり、私を追いかけてきた。
「お疲れさまでーす」
すれ違う人に挨拶をして、エレベーターへ向かう。
ラジオの仕事は、お気に入りの仕事の一つだ。
誰かさんのお蔭でスムーズとは言えない進行ではあるが、仕事を初めから終わりまで任
されていて、匙加減も私次第。責任は重大だけれど、それなりにやりがいがある。
もう少し勉強をして、本格的にラジオのパーソナリティをやってみたいと思うことは調
子に乗りすぎだろうか。でも、初めは何にだって批判は付き物だから。まず、やってみな
きゃ、なれるかどうかは分からない。
どうしようか、やっぱり発声と滑舌の練習から始めるべきかな。それに、世の中の情勢
についても人並みには知らなきゃいけない。そうやってちっぽけな絵空事を考え出すとわ
くわくして、鼓動がひそかに高鳴っていた。
- 339 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:45
-
- 340 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:46
- エレベーターに乗り込むと、私とカメはそれぞれ鞄から携帯電話を取り出して、履歴の
チェックをする。
着信はとりあえず、なかった。すぐ返信できるメールは返信をして、調べてから返信し
なくてはならいものは、もう一度本文を読み返した。
カメは画面を確認すると、すぐに携帯電話を閉じて鞄にそれをしまった。果たして、カ
メは携帯電話の便利さを何だと思っているのか。携帯できるのに、すぐに返信をしなかっ
たら意味が無い。
とやかく言ったところで直る性分でもないことを知っている私は、彼女を一瞥するも、
また自分の携帯電話の画面に視線を戻した。
- 341 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:48
- 「ガキさん、今日は雨らしいですよ」
ポツリとカメが言った。
「天気チェックしてたのかよ」
明後日の方向を向いていたカメが、へ? とこちらに振り返った。
「いや、朝は晴れてたのに」
「夜から、明日にかけて大雨みたいです」
「ふーん」
言うだけ言うとカメは天気に興味を失い、また明後日の方向を向き、大きなあくびを一
つした。
「寝不足? 」
私の質問に、カメはあくびをしたまま頷いた。あうあう、と変な声まで出している。
「さゆが、長電話してきて」
怒られた。
そこで、乗っていたエレベーターのドアが開いた。
「何言われたかは、詳しく覚えてないんですよねぇ〜」
結局、怒ってたんだと思います。
- 342 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:49
- 浮ついた印象を与える存在感のわりに、しっかりした足取りでカメは録音スタジオの
入っているビルの中を歩いていく。その足取りに反省の様子は見られない。
改めて、彼女は怒り甲斐のない性分だと思い直し、重さんに同情しながら溜め息を吐い
た。
屋外に出ても、雨は降っておらず、雲が立ち込めていたもののまだまだ雨足は遠そうだ
と思った。
「ガキさんは、愛ちゃんに怒られたりしないんですか? 」
突然カメが話題を振ってきた。
「カメじゃないんだから、ないよ」
私は取り合わない態度で答えた。
「ケンカもしないんですか? 」
「ケンカ?」
以前はケンカもしたけれど。最近は殆どない。というか、ケンカするほどプライベート
な時間を二人で共有してないのかもしれない。業務上の会話では状況説明、結果報告、疑
問点や指示の確認ぐらいしかしないから。
「最近は、ケンカもないなぁ」
「あ〜、よくいいますよね」
ケンカしないほど、仲が悪いって。
私は黙って、カメを見た。
- 343 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:51
- それは、"ケンカするほど仲が良い"のいとことかそういう部類だろうか。
「いわゆる、お二人は"けんたい期"? 」
「意味を理解して使ってないでしょ」
カメはでへへ、というような笑いでその場をごまかそうとした。
大きい通りの途中でタクシーを拾って乗り込む。
一旦、会社に戻ろうと思った。運転手さんに行き先を告げると、カメが驚いていた。
「なーんで、会社戻るんですかぁ? 」
ご飯食べ行きましょうよぅ。
「調べることがあるの」
カメは帰ってもいいよ別に。
私の冷たい態度にカメは、うぇ〜、と嫌味な返事をしてきた。
- 344 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:52
- 「そうやって、ガキさんは仕事人間だから、愛ちゃんに愛想尽かされたんだ」
「何が」
何故かカメの言葉が頭にきて、挑発するような態度を取ってしまった。
カメに対して、頭にきたとしても結局怒り損ということは、重々承知だったのに。悪態
をついてから、直ぐに反省をした。
「だって、だって〜 」
カメはシートに背中をもたれて、足をばたばたさせた。
子どもか。
- 345 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:53
- 「ガキさん、仕事の話しかしないし」
「そんなことないじゃん」
「私とじゃないですよ、愛ちゃんのことです」
それにしても、カメはどうしてさっきから愛ちゃんを話題に持ち出すのだろうか。
「愛ちゃんが、どうかしたの? 」
さっきから、愛ちゃんの話ばかりして。
「えー、そんなこと言っても分かんないですよ」
カメの会話なんてあてずっぽうに決まってるじゃないですか。
それ、自分で言うことじゃないのに。
私は、カメから顔を背け、タクシーの窓に向かって今日何度目かの溜め息を吐いた。
「溜め息吐きたいのはこっちの方ですよ」
カメは懲りずに「ご飯食べた〜い」と背後でごねていた。
- 346 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:53
-
- 347 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:54
- 会社に着くと、録音スタジオから出た時よりも雲が濃くなっていた。本当に大雨になり
そうな空模様だった。
「そーだ、仕事人間のガキさんは放置して」
誰か一緒にご飯食べる人探そう。
と、カメは張り切って会社に私より先に入っていってしまった。
先に入っていった彼女ではあったが、結局エレベーター待ちの為、エレベーターホール
で合流することになる。
「ガキさん、ついてこないで下さいよ」
「別に、カメを追いかけてるんじゃないし」
「そんなこと言っちゃってぇ。ほーんとは、カメとご飯に行きたいんでしょう」
待っててあげてもいいんですよ。
そこで、エレベーターがやってきた。
足を一歩踏み出す間際。
「そんなに時間、かかんないから待ってて」
私がカメと一定の距離を保って、エレベーターに乗り込みながら言うと。彼女はとても
嬉しそうに。
「仕方ないなぁ〜」
と、胸の前で腕を組む態度をとって了解の返事をした。
どうして上から目線なのかは分からない。
でもまぁ、不満はない。
- 348 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:54
-
- 349 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:56
- 「ああ、でも」
エレベーターを降りて、執務フロアに向かっている時、カメが切りだした。
「ガキさん、私と遊んでないで。愛ちゃんと密な時間を過ごした方が良かったんじゃな
いですか」
「だから、なーんなの」
さっきから。
怒っていたワケじゃない。多少しつこいとは思ったけれど。しつこいのはいつものこと
だから。それほど気に障ることでもない。けれど、なんだか愛ちゃんの名前を出される
と、心がささくれ立った。
「ちょっと前までは」
言いかけて電池が切れたようにカメが立ち止まった。
すると、突然、腕を引っ張られた。
喫煙ルームと電話ボックスと、自動販売機の側、ちょっとした開いたスペースに連れて
こられた。
- 350 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:57
- 「え、何? 」
私はどうしてこんなところに連れてこられたのか分からず、カメをじろりと見上げる。
「これ、お節介ですよね」
これがどれか、分からないけれど。私は力強く首を縦に振った。
「じゃあ、いいです」
私、ここで待ってますね。
そう言ってカメは近くの壁に寄りかかった。
「挨拶していかないの? 」
「遠慮しまーす」
カメはひらひら手を振って、私を追いやるような仕草をした。
本当に、怒り損だ。興味のない話は聞かないし。聞いた話はすぐ忘れるし。仕様のない
困ったヤツだ。
でもまぁ、不満はない。
- 351 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:57
-
- 352 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:58
- カメに連れてこられた場所から、執務フロアに行くには吹き抜けの渡り廊下を通る。ガ
ラス張りのそこは、この会社の唯一明るい場所だった。他の場所は窓が一つも無い会議室
もあるし、喫煙ルームは密室だし。人間の住まう理想とはかけ離れた構造のビルだった。
吹き抜けの大きなガラス窓を見上げ、雨が降り出したことを知った。
傘、鞄に入れていたかな。
- 353 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/22(火) 23:58
-
- 354 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:00
- スタジオを出る前にチェックしたメールの指示通り、会社の方数人に確認をして、必要
だった過去のデータを貰うことができた。それを外出中のマネージャーさんにメールをし
て、私の任務は完了した。
任務を終えた後、会社の方たちと雑談をしていた。久々にお会い出来た方もいたので勤
務中だというのに少々盛り上がり過ぎた。そういった山場を通り越し、各々仕事に戻る人
も出てきた時だ。
「あれ、新垣。来てたのか」
今しがた向こうからやって来た相手に名前を呼ばれた。私は呼ばれた方に顔を向ける。
マネージャーさんの中でも少し偉い方が私を見てニヤニヤしながらこちらに近付いて来た。
- 355 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:01
- 「お疲れさまです」
業務用の笑顔は何も外向けだけではない。
こういうあまり親しくない上司にも使えることを私は知っている。
「どうしたんですか、悪いお代官様みたいな顔してますよ」
業務用の笑顔のまま、なるべく気に障らない態度を装い言った。簡単な冗談もお手の物だ。
仕事を続けてそれなりのキャリアを積んだことが自分でも実感できる。そういう手馴れた扱いだった。
- 356 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:01
- 「決まったんだ」
悪代官は主語を抜いた説明で、意味も無くこちらを焦らした。
「まだ、他のメンバーには知らせてないが」
はぁ、と私は笑顔を貼り付けたまま曖昧な相槌を打つ。
「高橋」
高橋だよ。
その偉い方が愛ちゃんの名前を挙げた。
どうして、こう、偉い人っていうのは何かを言うのにもったいぶった態度を取るのだろ
う。
「決まったんだよ」
いつもは気にしない、悪代官のニヤつく表情に。私はどうしてかその時は苛立ちを覚え
た。彼は祝福すべきことを私に教えてくれただけだ。
- 357 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:02
-
* * *
- 358 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:03
- その悪代官は教えてくれた。愛ちゃんの次の仕事が決まったのだと。私でも知ってい
る、有名な演出家の目に留まった彼女は数ヶ月間舞台一本のスケジュールを組むそうだ。
私は呆然とした。一瞬、何を言われているのか理解できなかった。頭が真っ白になった
みたいだ。
本当だったらその場で飛び跳ねて喜ぶべき事実だった。けれど。私は、そうすることがで
きなかった。
- 359 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:03
-
- 360 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:04
- 嬉しいと、心から思えない自分に嫌気が差した。
瞬時にフラッシュバックする、あの時と同じ気持ち。
まこっちゃんとこんこんの卒業を初めて聞いた時と、同じ気持ちだった。
私は全然成長していない。
あれからの、二年の歳月はたくさん、たくさん貴重な経験をしてここまできた。そう実
感があるのに。
どうしてだろう。同期のことになるとこんなにも心が狭いままの自分がいた。
- 361 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:04
-
* * *
- 362 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:06
- カメを三十分程度以上待たせている。思った以上に時間がかかってしまった。
会社を出る前に、お手洗いに行きたいと思い。カメには悪いと思ったがまずお手洗いに
立ち寄った。立ち寄ったはいいが、鞄がないことに気付く。過去のデータを調べた時に、
資料室へ鞄を置いてきてしまった。ショックを隠しきれなかったのか。大きな忘れ物をし
でかした。
慌てて、資料室へ戻った。けれど資料室を目の前にして何故だか、ドアを開けるのを躊
躇した。資料室の明かりが灯っていて。いる予感がした。愛ちゃんがそこにいると直感で
感じ取った。
そしてやっぱり、そこに彼女の姿があった。
小さい後ろ姿を見て、さっきの偉いマネージャーの様子が思い浮かんだ。また心のささ
くれがきしきし痛み出す。
彼女が資料室に現れたのは多分、愛ちゃんにも私が受け取ったメールと同じ内容のもの
が送られたからだ。舞台の仕事の話で呼び出しがあって、そしてここに来たんだ。
- 363 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:06
-
- 364 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:06
- 「お疲れさま」
私はその後ろ姿に声を掛けた。
彼女は驚いて、こちらに振り返る。
「ああ、里沙ちゃんか」
お疲れ。
彼女の声は低めのトーンで、いつもより落ち着いていた。
「愛ちゃんも調べもの? 」
「だったんだけど」
と、一旦間を空け、くすりと笑った。
とても、大人びた表情をしていた。
「里沙ちゃんがもう、調べてくれたんだね」
愛ちゃんは携帯電話を手に持っていて、それを閉じる仕草をした。マネージャーから解
決の連絡でも来たところだったのだろう。
- 365 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:07
- 「里沙ちゃんは、仕事が早い」
彼女から、初めて言われる言葉だった。
褒められたのに。嬉しさも、何も感じない。
「いや、たまたま会社の近くにいたから」
変な言い訳をする、言葉だけでない意味を含んだ言い方になってしまった。
「ごめん、私が愛ちゃんに終わったってメールすれば、時間取らせなかったね」
愛ちゃんは私の言葉に首を横に振った。
「いいよ、お蔭で里沙ちゃんに会えたし」
「ま〜たまたぁ」
私はおどけて答えた。
虚しさが余計に込み上げた。
二人はお互いの距離を縮めることなく。向かい合ったままだ。湿気の所為ではない空気
の重たさを感じざる得なかった。
- 366 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:08
-
- 367 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:08
- 瞼の裏に蘇る。愛ちゃんの後ろ姿。
誰よりも輝く存在感。
大成功だった二つのお仕事。
初の海外コンサートも夏の舞台も。
主役はいつだって愛ちゃんだった。
誰よりも大きな喝采を一身に浴びていた。
大きなステージ、大きな舞台であればあるほど、彼女はより輝きを増す。
嬉しいと思う。
彼女がどんどん活躍の場を広げていくことはとても嬉しいのに。
何故こんなにも置いていかれる気分になるのか、分からない。
愛ちゃんは、リーダーとなり。たくさんの経験をして目に見えて成長していった。
外見も。内面も。二年前とは様相が違う。
なのにどうして、自分は二年前と何も変わっていないのだろう。
- 368 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:08
-
- 369 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:09
- 「舞台のお仕事の話さっき聞いたよ」
私は上手く笑えたのだろうか。
「よかったね、おめでとう」
笑わなきゃ。ありったけの笑顔で心からおめでとうって言わなきゃ。
願いとは裏腹に。顔を上げたら、不意に泣きそうになり、言葉を飲んだ。
長机二つ分挟んだ向こうにいた愛ちゃんがこちらにゆっくり近付いて来た。
「ありがとう」
彼女は俯き呟いた。
俯いていた所為でせっかく近付いてくれたけれど、表情を確かめることはできなかった。
- 370 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:11
- 「正直、びっくりしてて」
今は、実感が湧かない。
俯いたまま、彼女がさっきの雨足のようにぽつりぽつり、言葉を零した。
触れられる距離だったのに。私はその肩を抱き締めることができなかった。
彼女が顔を隠したのは私に見られたくなかったからで。見られたくないということは良い
表情をしていなかった。きっと笑ってなどいなかった。今まで経験したことのない大きな
仕事を前にして彼女は心細かったのかもしれない。
私の前で見せる彼女の弱さ。それを、その時初めて見て見ぬふりをした。自分の心の弱
さが彼女を祝福する心に勝ってしまった。
「おめでとう」
頑張ってね。
私から吐き出されたものは、まるで他人事のような言葉だった。
- 371 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:11
-
- 372 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:11
- いつか、側にいられなくなるのなら。
私から離れてしまおうと。
彼女がどれほど傷付くかも分からないで。
彼女を一切失うのが私はとても怖くて。
私から距離を置こうとした。
あなたを傷付けても。私のものでいて欲しいと思った。
恐ろしい感情だった。
あなたに縋って欲しくて、私はあなたを傷付けた。
- 373 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:12
-
- 374 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:12
- 吐き捨てられた言葉に、愛ちゃんは、はっと顔を上げた。
私の表情を知るとまた、俯いて、机の上の鞄を抱えた。
そして、また顔を上げると何か言いた気な様子で、口を少し開き掛けた。
でも、何も言わずに、資料室から出て行ってしまった。
取り返しのつかないことをしたと後悔をしても遅かった。
傷付けた事実はもう消すことができない。
無意識に鳴らしていた携帯電話の着信音は、虚しく同じ室内で鳴り響いた。
「愛ちゃん」
携帯電話、忘れてるよ。
口の中で呟いた言葉が虚しく、私の耳に届く。
私は追いかけなかった。
明日は娘。の仕事が入っていた。どうせその時、顔を合わせる。
もし、何かの都合で会えなかったとしても。
その時は、マネージャーさんにでも渡そう。
私は、自分の携帯電話の通話終了ボタンを押した。
- 375 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:13
-
* * *
- 376 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:13
- カメの元に戻ろうとまた渡り廊下を通る。
雨がバケツをひっくり返したようにどしゃ降りになっていた。
鞄の中に折り畳み傘が入っていたことはさっき確認した。カメは折りたたみ傘を持って
きたのだろうか。
「ガ〜キさぁーん」
遅い。
私の姿を見つけると、カメはこちらに小走りでやってきた。
頬を膨らませ、彼女はご立腹だった。
私は苦笑いでごまかそうとして失敗した。
「ガキさん? 」
「カ〜メ」
聞いてよ、カメ。
愛ちゃんに大きい仕事が決まったんだよ。
凄いよね。愛ちゃんてさぁ、凄いんだよ。
ずっと側にいた私が、一番知ってる。
「どうしたんですか? 」
前触れも無く、カメは私を抱き締めた。
どうして、さっき私はこうしなかったんだろう。
こうするだけで、愛ちゃんは落ち着いてくれたのに。
いつもそうだったから。
抱き締めれば、いつだって最後には笑ってくれた。
- 377 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:14
-
- 378 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/23(水) 00:14
- 私は溜め息を吐きながら尋ねた。
「カメ、折りたたみ傘持ってる? 」
「へ? 」
あ、の。持って、ないです。
カメは律儀に私の質問に答えた。
いつものカメの声に私は少しだけ安堵した。
私はカメの心配には答えられずに。ただその胸に寄りかかった。
ちゃんと、愛ちゃんに伝えなきゃ。
ごめんねって謝って。
舞台を頑張って欲しいこと。
絶対、愛ちゃんならできるっていうこと。
そして、好きだってことも。
愛ちゃんに伝えなきゃ。
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/23(水) 00:15
- 続きます。
やっつけじゃないです
- 380 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/23(水) 07:44
- 続きが気になりすぎて死んじゃいそうです
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/23(水) 19:07
- 今一番楽しみにしてる小説です
- 382 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/23(水) 21:48
- 早く続きが見たいです。
楽しみにして待ってます。
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/23(水) 23:49
- レスです
>>380 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
ぜひ、死なないで下さい。強く、生きてください。
>>381 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
今一番楽しみなのは、GAKI・KAMEのラジオです。
>>382 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
実際、自分も続きがどうなるのか分からないんですけれども。
もったいないお言葉の数々、恐縮の極みでございます。
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/23(水) 23:52
- 更新しまーす
亀井さん視点、登場人物は
亀井さん、新垣さん、道重さん……
新垣さんを泣かせ隊、出動です。
すすすす、すみません
- 385 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:53
-
* * *
- 386 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:54
- さゆの長電話の相手は退屈だけれど、一度請け負ったからにはさゆの気が済むまで聞い
ていてあげる。絵里ってほら、責任感が強いから。
寝ていたのに、どうしてその日に限って電話に出てしまったのだろう。亀井絵里、一生
の不覚。なんつって。
しかしながら、寝惚けながら電話をしていたので、おぼろげにしか内容は覚えていない。
なんだか、さゆはしきりに年齢を気にしていたような気がする。
愛ちゃんがどうとか。れいなはこうとか。小春もアレだとか。
で?
いいじゃん、さゆはかわいいんだから。それだけかわいくて何が不満なの?
そうしたら、怒った。めちゃくちゃ怒られた。
でも、どうして怒られたのかは全然分からなかった。
携帯電話から音がしなくなって、絵里も気付いたら意識を失っていた。
- 387 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:54
-
* * *
- 388 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:55
- 今日はガキさんとのラジオのお仕事だった。
収録中は最高に眠かったけど。頑張って起きていた。
起きてることに一生懸命になり過ぎて、収録で何を話したのかはさっぱり覚えていな
い。でも、ガキさんのことだから上手い具合にまとめてくれているはず。世は持たれつ寄
りかかりつつ、"かほうはねてまて"って言うじゃん。
でも、本番中に寝たりしたら、ガキさんブチ切れるだろうし。もし、絵里が降板するこ
とにでもなったら、他のメンバーにこの役は務まらないもんね。だから仕方なく起きてい
てあげた。健気だなぁ、絵里って。
- 389 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:56
- それに、ガキさんがラジオで楽しそうにお喋りしている側にいるのはすごい面白い。ガ
キさんはいつだって面白いけど、ラジオのお仕事だと、またいつもと違う様子だ。他のお
仕事とのギャップがかわいくて笑っちゃうくらいなのだけど。何がどういつものガキさん
と違うのか"ぐたいれい"を挙げられないから、誰にも言っていない。
うん、きっと普段以上に面白いガキさんが引き出せるのも絵里のお蔭だな。
絵里のお蔭だから、絵里だってのびのびとラジオのお仕事ができる。
これは"いっきょりょうとく"って。
あれ? "いっとうりょうだん"かな。どっちてもいいや。
- 390 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:56
-
* * *
- 391 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:57
- 雨を見たら、さゆを思い出した。
昨日の電話でさゆ泣いてたかな。違うよな。怒ってたんだよな。絵里、何回か雷落とさ
れたのかも。
夜中だっていうのに、高いテンションだった。さゆはこのお仕事向いている。夜なのに
全然元気だもんね。
悪いけど、絵里は朝方っぽいから。夜は寝るし。朝も寝る。昼だって眠れる。すごい。
絵里って結構すごいかもしれない。こんなに眠れる人って他にいないんじゃない?
雨を見ながら、ガキさんを待っていた。
雨は眠気を誘う。うーん、お日様の光も眠気を誘う。曇りの日はどうかな。雨の日と晴
れの日のいいトコ取りでもっと眠くなるかも。
あ〜あ。
またあくびが出た。
あくびを五十回くらいしたら、ガキさんが早く戻ってきそうな気がしたので、またあく
びをしてみた。
ダメだ。これ、顎がくたびれる。
その間にも雨はどんどん強くなった。
- 392 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:59
- 絵里、傘持ってないよ。ガキさんは持ってそうだから、一緒に帰る分には困りはしない
だろうけれど。また、お小言を言われそうだ。たしなみとか、時と場合とか、ウルサイっ
たら。世間のお姑さん以上なんじゃないかと思う。
まぁ、口うるさいのがガキさんだから気にしてない。この間、そう思ったことを言って
みたら、気にしなさいって言い返された。ああいえば、こういう。でも、嫌いじゃないか
ら絵里もああいってしまう。ガキさんも結構好きみたいで、こういってくる。ああいえ
ば、こういう。
これが"あうんのこきゅう"だ。
- 393 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/23(水) 23:59
- 「ガキさん、遅ーい」
と、伸びをしながら立ち上がった。すると、ガキさんがふらふらと向こうからやってき
た。"あうんのこきゅう"タイミングがバッチリ合った。
良い子で待っていたことをアピールするために、ガキさんに近付いて文句の一つでも
言ってやろうとした。
でもガキさんに近付けば近付くほど、ガキさんの気配がしないみたいだった。絵里は文
句など言えなくて、言葉を失ってしまい。ガキさんの名前を呼ぶことしかできなかった。
雨は、さゆのなんかじゃなくて、ガキさんの雨だった。
- 394 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:00
-
* * *
- 395 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:00
- 他人の気持ちが分からない。
怒ってるのかな、辛いのかな、寂しいのかな、落ち込んでるのかな。
相手の異変に気付いても、なんて言ったらいいのか分からなくなる。
どうしていいのか、分からない。
他人から受け取った感情は絵里の身体をするりと通り抜けて行って、いつも何も残らな
かった。
だから、何って言っていいのか分からなくて。
でも、ガキさんが今にも泣き出しそうな様子だったから。
考えるより早く、ぎゅってしていた。
ガキさんは私よりもサイズが小さいので、絵里の腕の中にすっぽり収まる。
「カ〜メ」
絵里の名前を言ったきり、ガキさんは黙ってしまった。
雨の音なんて、ここにいたら聞こえないけれど。永遠に止みそうもない、ざあざあと耳
障りな音が聞こえた気がした。
- 396 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:01
- 「どうしたんですか? 」
ガキさんは絵里の質問に溜め息で答えた。
ぎりぎりで堪えていたものが、今にも決壊しそうな息の吐き方だった。
それから絵里の胸に顔を埋めたまま、絵里が傘を持っているのかどうかを聞いてきた。
何があったのか、言いたくないみたいだ。
だから、絵里は正直に傘を持っていないと伝えた。
答えたくないことを無理やり聞くべきではない。
聞いてはいけないのなら、どうしたらいいのかやっぱり分からなくて。
一人じゃどうにもできないと心細くなった。
ガキさんが落ち着くのを待つ。絵里に黙ってぎゅっとされた様子は落ち着いた状態その
ものだったけれど。なんていうか、よく分からないけれど、気持ちの落ち着きとか。そっ
ち系が落ち着いていない気がした。
- 397 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:02
- それから、絵里も持たれて寄りかかることに決めた。こんな、大雨を降らす黒い雲みた
いなガキさんを、一人で真っ直ぐ帰宅させることはできないと思った。だから。
「さゆのとこ、行きましょう」
雷鳴ったら、ちょう怖いし。
絵里は勝手にさゆに寄りかかることにした。
ガキさんの了解を得ないまま、腕を絡ませて歩き出した。足を引き摺るような重い歩
調。いったい、会社で何が起こったというのだろう。会社の人に、怒られるようなことを
したのかな。まさか、小春じゃあるまいし。ガキさんに限ってそれはないない。絵里は一
人で頭を振ってみた。ガキさんの足取りは重いまま。雨は降り続けていた。
- 398 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:02
-
* * *
- 399 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:03
- タクシーに乗り込むところで、ガキさんは突然帰ると言い出した。そんな思い詰めた様
子で、帰ると言われても。なかなかお願い事を聞いてあげることはできない。
なんていったって、"あうんのこきゅう"なのだから。根拠なんてこれっぽっちも無いけ
れど、ガキさんをさゆの家へ連れて行くべきだって、自信満々だった。
行き先を告げずに揉めだした絵里たちに、運転手さんは困った様子だった。
だから、絵里はとびっきりの笑顔を作って、結論を出した。こういう時に一番効果があ
るのは、やっぱりかわいい笑顔だ。
- 400 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:03
- ガキさんはタクシーに乗っている間、窓の外を眺めて黙り込んだままだった。ダメだ、
黙ってると絵里寝ちゃう。どうするんだったっけ? 羊を数えだしたら意識のコントロー
ルが効かなくなるし。やっぱり、ここは場を盛り上げる、一発ギャグかな。
ガキさんの後ろ姿にそろりそろりと近付く。私が息を殺したところで、同じ車内だから
絵里がガキさんに近付いていったことはバレバレだ。
まあ、ばれたところで支障はない。
ガキさんの背中に張り付き、足をガっと広げて踏ん張って、腕を精一杯伸ばして突っ張
る。そして。
「トーテムポール」
と、首を伸ばして絵里の頭をガキさんの上に乗っけた。
- 401 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:04
- 窓ガラスに映ったガキさんの表情を確かめたけれど。
全然だった。全然、何も変わらない。絵里は、シートに座りなおした。絵里の高度な
ギャグはいつもガキさんの理解の遥か上を行く。分かり難かったのかもしれない。
そして、ちょっと間が空いてから、運転手さんが咳払いをした。
そっちがダメなら。こっちはどうだ。
足をガっ、腕をバっ。首をにょきっと。
「マーライオン」
今度はライオンっぽい表情を添えて頭を、ガキさんの上に乗っけた。
窓ガラスに映るガキさんの表情を確かめる。
全然だった。今度は早めに運転手さんが咳払いをしてくれた。
咳払いの合図でシートに座りなおす。
色々考え出すと眠くなるから脊髄反射で仕掛けなくてはいけないと、そこはしっかり考
えた。
- 402 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:05
- 次は、ガキさんの顔の真横から絵里の顔を出した。
「イースター島」
横目で見たけれど、ガキさんはこちらを見向きもしてくれなかった。
なんか、どんどん楽しくなってきた。コレ、ちょうウケる。
身体を引っ込めて、座るか座らないかの内にまた前に乗り出す。ガキさんの横から顔を
出して。
「真実の口」
と、言ってみた。イタリアの真実の口とは何の関連性もない高度テクニックだ。
ガキさんって。
やっぱり、面白いなぁ。ヘタな突っ込みなどせず、絵里の高等技術に無表情でついてき
てしまうのだから。格が段違いだ。
絵里は堪え切れなくなり、腹を抱えて笑ってしまった。
ヒー、苦ひぃ。
絵里の負けです。ガキさん、もう勘弁してください。その無表情を見ているだけで、笑
いが止まらん。
- 403 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:05
- ガキさんの肩におでこをくっ付けた。
笑いの波がなかなか収まらなくて、苦しくなってしまった。だから、ガキさんを見ない
ように目を閉じた。
ガキさん、暖かい。もっとくっ付きたくなって、じりじりと身を寄せた。
ガキさん、どうして笑わないんですか?
こんなに絵里が面白いのに。
誰もいないですよ、絵里しかいません。
だから、我慢しなくたっていいんですよ。
- 404 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:06
-
* * *
- 405 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:06
- ……あうあうあうあう。
身体が揺れる。
気付いたら、ガキさんが絵里を揺り起こしていた。
「カメ、着いたんだけど」
何のことだか分からないけれど。絵里は「ありがとうございます」とお礼を口にした。
「何、寝惚けてるの」
ガキさんは絵里のお礼などお構いなしでゆさゆさ身体を揺らす。
お礼じゃなくて、ごめんなさいかと思い、今度は謝罪を口にした。
「すみません、すみません、ホンっトにすみません」
「カ〜メ」
着いたんだって、起きて。
聞き覚えのある、運転手さんの咳払いが聞こえた。
「あ、はい」
起きます!
絵里は思わず宣言してから、辺りを見回した。
そこは、タクシーの車内で、運転手さんは苦笑いをしていた。ガキさんは笑いの一つも
見せずに、こちらを見ていた。
- 406 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:07
- 「あ、着いたんですかぁ」
「さっきから言ってるじゃん」
「じゃ、降りましょう、降りましょう」
ガキさんは溜め息を吐いた。
ガキさん、今日は溜め息吐き過ぎだ。
傘を差したガキさんが、車の外で私を迎えてくれた。
お会計も、ガキさんが済ませてくれていた。
しっかり者のガキさん。世話焼きのガキさん。
絵里のお世話をしてくれるから大好きです。
傘を持っているガキさんの腕に自分の腕を絡ませて、さゆの部屋へと向かった。雨の匂
いに混じって、ふんわりとガキさんの匂いが絵里の鼻をくすぐる。
- 407 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:07
- 訪問することは、さゆには何も言ってないけれど。多分、いる。絶対いる。いなかった
ら、フツウに待つし。
オートロックのインターフォンの前でガキさんは傘を閉じた。大雨の所為で、ガキさん
の髪が少し濡れてしまった。申し訳ない。でも、絵里、悪くないし。雨の所為だし。しょ
うがないことだから恨まないで下さいよー。
絵里は鞄から、携帯電話を取り出してさゆに電話を掛けた。
すると、数コールでさゆが出た。
「もしもーし」
「絵里? 」
何か、嫌なものに出会ったような言い方だ。
「絵里だよー」
さゆ、今お家?
「そうだけど、何? 」
やっぱり、さゆは警戒している。絵里の何に警戒するのか、かいもくけんとうつきません。
- 408 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:08
- 「今、さゆのマンションの一階にいるの」
ガキさんも一緒だよ。
「はぁ? 」
どうしたの突然。
さゆはガキさんも一緒だという事実に驚いていた。まぁ、約束もせずにガキさんと現れ
るなんて初めてのことだから、そりゃ仕方ない。
「インターフォン鳴らすから開けてね」
そういって、オートロックを解除してもらうため、私はさゆの部屋の番号を押した。
すぐに、自動ドアが開いた。私はまだ重い足取りのガキさんを引っ張って中に入った。
マンションの中にいても音がうるさく聞こえるくらい、雨が降っていた。
さゆがいれば、なんとかなる気がした。
- 409 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:08
-
* * *
- 410 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:09
- さゆは、家の主のように、ガキさんと絵里に温かい飲み物を出してくれた。って。さゆ
の家だから、当たり前なのか。さゆのおもてなしを新鮮に思いながら有り難く、飲み物を
頂いた。
「あー、そういえば」
絵里、DVD持ってきた?
貸してたじゃん。古畑任三郎テレビスペシャルのヤツ。
「えー、そんなマニアックなDVD借りてた? 」
「ばかー」
昨日、電話で言ったじゃん。
さゆはキッチンから、自分のピンクのマグカップを手に持ちながらこちらにやってきた。
ガキさんと絵里はテレビのあるリビング、座卓の前に向かい合って座っていた。
「うぇ〜」
今度持ってくる。
「明日、持ってきて」
さゆはぴしゃりと言った。
さゆの家には、さゆ以外は誰も帰宅していないみたいだった。
ガキさんは、座卓の上に乗っている白いマグカップを見つめたまま、ぼーっとしている。
- 411 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:09
- 「じゃあさ、絵里。DVD返す以外に何しにウチに来たワケ? 」
「さゆに会いたかったんだよ」
嘘は、言ってない。
さゆならなんとかしてくれるんじゃないかと思ったのは事実だ。
「手土産一つも持ってこないで、その台詞は信じられないから」
さゆ、相変わらずキツイわ。
私は大袈裟に、座卓に突っ伏した。
「忘れてた、ごめん」
「いいけどね、別に」
お姉ちゃんもいなくて暇だったし。
「あれ、さゆママは? 」
「お姉ちゃんと外出中なのかな」
多分。帰ってきたら誰もいなくてさー。
「ふーん」
今日は、人数が多い方がいいと思ったんだけどな。残念だ。
- 412 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:10
- 「ああ、そうだ」
新垣さんの存在、うっかり忘れてた。
「あ、絵里も」
私は座卓から身体を起こして、ガキさんを見た。
さっきと同じ様子でマグカップを見つめたままだった。
「さゆ、聞いて。ガキさんがこんなに面白いキャラだったとは知らなかったよ、絵里」
「え? 」
さゆは訝し気な表情をして、ガキさんと絵里を交互に見た。
「面白いの、コレ」
「だってさぁ、絵里の度重なる攻撃を受け流してこの無表情だよ」
「何したの」
「だから、こうやって」
私は、ガキさんの後ろに周り、その背中にぴったりくっ付いた。
そして、首を伸ばしてガキさんの頭の上に絵里のそれを乗っける。
「マーライオン」
数秒はその体勢を保った。けれど絵里は堪えきれず、ガキさんの後ろで笑い転げた。
「あとねぇ、あとねぇ」
私が顔を横に出そうとしたらさゆに制された。
「もう、いいから」
家主を怒らせて追い出されたら困る。絵里は大人しく、ガキさんの横に座った。
- 413 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:11
- 「ね、面白くない? 」
「いや、寒いけど」
さゆは真顔で言った。なんか、傷付く。寒いとかじゃなくて。その真顔に気付いた。
けーわいだよ。けーわい。さゆはけーわいだ。
「さゆみが知りたいのは」
絵里たちが何しにきたのかっていうこと。
さゆは本当にそれを知りたいと思っているのか。すでに、テレビに顔が向いている。絶
対、どうでもいいって思ってる。
さゆの好きなアイドルが出ている番組が放送しているみたいだった。
「だからー」
さゆに会いに来たんですぅ。
私は口を尖らせて言った。
「面倒臭いこと押し付けに来たんじゃないの? 」
さゆの言葉の意図は半分も理解できなかったのに。なぜか、「ギク」っという声が出て
いた。
- 414 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:12
- 「ガ、ガキさんのどこか面倒臭いって言うの? 」
さゆはテレビを見たまま首を横に振った。
「新垣さんっていうか」
絵里?
なんで、そこが絵里で。しかも疑問系なんだろう。
「絵里、帰っていいよもう」
新垣さんはさゆみが責任持って預かるから。
「やだやだやだ〜」
絵里はガキさんの横で、伸ばしていた足をじたばたさせた。
「ガキさんは絵里のだから誰にもあげないっ」
そういって、ヌケガラみたいなガキさんに絵里はしがみついた。
「いつから、絵里のものになったの? 」
さゆは、テレビ画面からこちらに向いたけれど。
絵里を蔑むような笑みを薄っすら浮かべていた。
えーと、えーと。こういう時は何て反論すればいいのか、分からない。だって、口では
さゆには勝てないし。アタマを使うのが"としのこう"ってヤツだ。そうだそうに違いない。
- 415 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:13
- 「つ、つきひははくたいのかきゃくにして、いきかうとしもまたたびとなりっ 」
ふふん。と勝ち誇った表情を用意したのに。さゆに。
「ヘキサゴンっ」
って、迫力の表情で叫ばれてしまい、私は次の言葉を繋ぐことができなかった。ちょっ
と、難しめの台詞を言えば、さゆに口で勝てると思ったのだけれど。やっぱりさゆには敵
わなかった。迫力が違う。
「参りました」
私はガキさんにしがみついたまま、降参することにした。
あそこで「ヘキサゴン」は、ずるいと思う。
シゲサゴンのヘキサゴン?
「ま、いいや。新垣さんが動き出すまで、DVDでも見ようよ、絵里」
さゆのお気に入りの番組は終わってしまったらしく、ハローのDVDを持ち出してきた。
どうせさゆだって暇を持て余していたのだから。
絵里を無理やりに追い返す必要がないってことは知っていた。
- 416 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:14
- 「何にする? 」
「これがいい。これ、ガキさんと絵里が二人でハッピーバースディ歌ったヤツ」
GAKI・KAMEのはしりってやつだ。
「えー、こっちのさゆみが桃色歌ったヤツがいいんだけど」
「だって、せっかくガキさんいるし」
「いるっていっても、ただ座ってるだけじゃん」
もう、言い争っても埒が明かない。
「仕方ないなぁ、ここはオトナになって」
と絵里が言い終えない内に、さゆが勢い勇んで前のめりになった。
「じゃあこっちでいいんだね」
「じゃんけんでしょう? 」
良い子はじゃんけんで白黒つけるって決まってるんだ。
絵里はさゆのDVDのパッケージをぱっと取り上げた。
さゆは、頬を膨らませこちらを見たけれど。
そんなの絵里だってかわいくできるから、通用しない。
結局じゃんけんはさゆが勝ったのだが、DVDを入れてあげる親切心を見せて、絵里
はまんまと見たいDVDをプレイヤーにセットすることができた。
さゆはオープニングで既に気付いたみたいだけれど、別に何も言わなかった。
- 417 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:14
- それにしても、どうしてハローのDVDだったのだろうか。どうせなら、古畑任三郎F
INALがよかったのに。
- 418 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:14
-
- 419 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:15
- コンサート映像に出演しているハローのメンバーは、なんだか若いなぁと思った。大勢
の中で、目立つためのパフォーマンスはまだまだ甘いところがある。そこを、若さでカ
バー、みたいな感じだ。たった、二年でこんなに老け込むのだろうか。さゆの横顔を盗み
見した。さゆも、老けた? 口にしたら、言葉だけでない物理的暴力が身に降りかかりそ
うだと危険を察知し。それは回避することにした。
絵里なんて、髪短いし。飛んだり跳ねたり元気いいなぁ。
あ、でもガキさんも若くて……。
これは、かなり、かわいいなぁ。やばい。かわいぃ。ガキさん。すごいかわいい。
「この時の吉澤さん、めっちゃかっこいぃ」
さゆが、気持ち悪い声を出した。絵里は思わずテレビ画面から目を離してさゆの方を向
いてしまった。
- 420 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:15
- 「藤本さんだって、恰好良いよ」
なんとなく、藤本さんの名前も挙げてみた。
「それはそうだけど」
さゆは、画面を食い入るように見ていた。微動だにしない。
別に、本物が珍しいワケでもないのに。
「やっぱり、さゆみは」
そこでタメが入った。
「吉澤さんだな」
「あー、はいはい」
私は頬杖を吐いて返事をした。
そろそろお腹が空いてきた。ご飯食べに行きたいけれど。
ガキさんは依然としてマグカップを見つめているし。
さゆは映像の吉澤さんに夢中だし。
アレ? 絵里って、さゆの家に何しに来たんだったかな。
DVD返しに来たワケじゃないし。
ご飯食べる約束もしてなかったし。何しに来たのか、全然思い出せない。
- 421 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:16
- 意味も無く携帯電話を取り出して時間を確かめると、良い時間帯になっていた。
「さゆ、さゆママもお姉ちゃんも遅くない? 」
「そーかなぁ」
さゆは画面の吉澤さんに本気で心を奪われているみたいだった。上の空で相槌を打つ。
だから、吉澤さんがそんなにレアなキャラクターでもないのに。電話したら、きっと声聞
けるし、メールの返信は絵里と違って早いっていうし。さゆって一途なんだろうな、と携
帯電話を閉じたり開いたりしながら思った。
そして、さゆは吉澤さんが画面からいなくなると。部屋の時計を見て時間を確かめた。
私がさゆママとお姉ちゃんを話題にしてからたっぷり時間を掛けてからの動作だった。
「ホントだ、遅いね」
お腹空かない?
やっと気付いてくれた。私は安堵してガキさんにもお腹空いてないかどうかを尋ねよう
としたら、途端にガキさんが立ち上がりリビングから出て行ってしまった。
「お手洗いかな」
さゆは安易に言ったけれど、律儀なガキさんが家主に断りも無くお手洗いを借りるなん
て。ちょっと信じられないと思った。
- 422 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:18
- さゆは暢気にリモコンでMCの部分を飛ばしていた。
それは、こんちゃんとまこっちゃんの卒業セレモニーの場面だった。ピンク色のサイリ
ウムの光が画面から溢れている。
「好きな先輩」のイントロが流れたと思ったら。さゆが突然DVDを停止させた。
「ご飯どうしようか」
さゆの声よりも、雨音が聞こえてきてはっとした。
今日の雨は、ガキさんの雨だったっていうことをその時、絵里は思い出した。
「ママに、メールでもしたら? 」
ご飯どうするの?って。
私は早口にさゆに提案してみた。
ガキさんが、いなくなった。
さゆは、んーとか、うーとか言いながらも携帯電話を取り出したので一応連絡を取るつ
もりみたいだ。
私は立ち上がり、ガキさんを追いかけた。
リビングのドアを開けて廊下に出る。お手洗いの方を確かめたけれど、ガキさんはいな
かった。
まさか、とは思ったけれど。外に続くドアを開けた。鞄はさゆの家の中だから遠くには
行っていないと思う。
- 423 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:18
-
- 424 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:18
- ガキさん、どこへ行くんですか?
こんなに雨が降っているのに。
誰もいないですよ、絵里しかいません。
だから、我慢しなくたっていいんですよ。
玄関のドアを開けると、ガキさんはすぐ側の壁に寄りかかっていた。
遠くを見るその瞳には、きっと絵里など映らないと直感で悟った。
他人の気持ちが分からない。
怒ってるのかな、辛いのかな、寂しいのかな、落ち込んでるのかな。
ガキさんの異変に気付いても、なんて言ったらいいのか分からなくって。
どうしていいのか、分からない。
だから、やっぱり絵里はぎゅってするしかできなくて。
無抵抗のガキさんを腕の中にすっぽり収めた。
「どうして」
と、震えた声でガキさんが言った。
- 425 名前:雨の隙間に触れる音 投稿日:2008/04/24(木) 00:19
- 「誰もいないですよ、絵里しかいません」
「っぅて」
ガキさんは同じ言葉を呟いた。か細い声が鼓膜を震わせる。
その音に、心も一緒に震える感覚だった。
「我慢しなくたっていいんですよ」
絵里しか、いませんから。
ガキさんが声を上げて泣き崩れた。
激しい雨がコンクリートを打ちつける音と一緒に。
ガキさんが泣いた。
絵里は、ガキさん以外の、他の誰かも泣いているんじゃないかと、ガキさんをぎゅって
しながらぼんやり思った。
- 426 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/24(木) 00:21
- 続きます。
やっつけじゃないです
遅れ馳せながらシングル健闘しましたね。
- 427 名前:& ◆/p9zsLJK2M 投稿日:2008/04/24(木) 06:58
- もおおおうううううううううううぅ!!!!
最高!!!
心が痛くなったよ。
楽しかった。 ありがとうございます!
- 428 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/24(木) 10:09
- 泣かせ隊に入隊したいです
- 429 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/24(木) 21:57
- カメのシリアスっぷりとアホっぷりの対比が良いですね〜
作者さんは他にも何か小説を書いていましたか?
- 430 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 04:05
- レスです
>>427 名前:& ◆/p9zsLJK2Mさん
コメントありがとうございます。
もののののののののうぅ!!
あだだだだ、あだだだ。
ありがとうございます。頑張ります。
>>428 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
新垣さんの笑顔がみ隊もおすすめです
>>429 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
スレ立て初です。
誤字脱字、改行等、お見苦しい点も多々ありますが
お付き合い頂けて大変恐縮です
- 431 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 04:12
- 更新しまーす
新垣さん視点、登場人物は
新垣さん、他……
自分、シリアスめな空気が苦手だと気付きました、さっき
- 432 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:13
-
* * *
- 433 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:15
- お気に入りの傘を差して、外へ出る。
目の覚めるような青色のそれは、まるでそこだけ晴天が訪れたようだった。
日付が変わり、豪雨ではなくなったものの。このままずっと続くのではないかと思える
くらい、厳かに雨は降っていた。
案の定、愛ちゃんは次の日、仕事場に姿を見せなかった。
大きな舞台だから、来週の頭に大々的な記者発表があるみたいだ。
その記者発表を目処に、愛ちゃんはモーニング娘。本体から公式に離れることになる。
リーダーが、娘。から離れるなんて、前代未聞だ。一時的に離れるだけでなく舞台を終
えた後のリーダーは、どうなるのか。分からないなんて、言わない。分かっている。
- 434 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:17
- 卒業という区切りは、何度も私達に訪れた。
その区切りは、単なる時間の区切りで、気持ちの区切りにはならない。
ここから、卒業を受け入れられました。という明確な線など存在しない。いつのまに
か、彼女たちの不在に慣れるだけだった。だからきっと、次の区切りでも。受け入れるこ
となんてなくて、慣れるんだ。ただ、愛ちゃんが隣にいないことに徐々になれていくんだ。
資料室から持ち帰っていた愛ちゃんの携帯電話は一度も鳴らなかった。
心のどこかで愛ちゃんから、この携帯電話に連絡が入るのではないかと期待していた。
けれど一度も着信音は鳴らずに、私はマネージャーさんにその小さい機械を託した。
「急で申し訳ないけど、新垣なら心配はないと思ってる」
愛ちゃんの携帯電話をマネージャーさんに渡したら、そのような激励の言葉を頂いた。
一時的にリーダーの抜ける状態で私は娘。の一番上に立つことになる。
「新垣は、普段通り、やってくれればそれで申し分ない」
愛ちゃんがリーダーになった時の不安、心細さをこの時、やっと分かった気がした。
- 435 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:18
- 彼女の負担を減らしたくて、一人じゃないから、私がいるから、頼って欲しいと口先だ
けでは、伝えていたけれど。その言葉に嘘なんてなかったけれど。違う、と思った。
リーダーとしての仕事の負担はメンバーで協力すれば、いくらでも軽くなる。でも、一
番上になった者にしか分からない不安をなんとかしようなんて、メンバーの一員には不可
能なことだった。
誰とも共有できそうもない不安が、一瞬にして心に巣食った。
メンバーを信頼していないのではない。娘。の先行きを案じるのでもない。得体の知れ
ない不安が、理由のない不安が、小さいけれど消えることのない染みのように心に現れた。
この不安を解消するために何か行動を起こすことはしない。じっと、堪えるだけだ。消
えない不安に動じず、向き合うこと。それは、リーダー一人で抱えるもので、他のメン
バーが何か手助けできることではなかった。
- 436 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:19
-
* * *
- 437 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:19
- 今日から、モーニング娘。は愛ちゃんの抜けた状態で仕事を始める。
メンバーは、まだ誰も何も知らない。
突然訪れる知らせに、翻弄させられるばかりだ。
私が普段と変わらず振舞えばいいのと同様に、メンバーだって役割が変わるわけではな
い。リーダーの不在を理解して変わらず仕事をこなすだけだ。
理解することと受け入れることは似ているけれど、やっぱり別物だと思う。だって、理
解にはそれほど時間を要しないから。
「しばらく、高橋はモーニング娘。で団体行動をしなくなりますが、舞台が終われば
戻ってくる予定なのでこれといって、大きな変化はありません」
窓のない会議室で行われたミーティングに、音の無いどよめきが起こった。
カメと視線が合った。今日は眠そうにしてない、ちゃんと話を聞いてるようだ。
「なので、リーダーの代理を立てる必要もありません。
新垣に、変わらずサブリーダーとしてメンバーをまとめてもらうつもりです」
なんだか、言ってることが矛盾している。
彼女の不在が大きな変化でないと、どうして言い切れるのか信じられない気持ちだった。
- 438 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:20
- 「はい、連絡事項は以上です」
当事者なのに、私達に口を挟む権利はないようだ。
舞台の千秋楽の日程も決まっている。
サブリーダーがメンバーをまとめる。
私達が聞きたいことはその他思い当たらないから仕方ない。
マネージャーさんが会議室から出て行ったのを合図に、他のメンバーがお喋りを始めた。
カメは黙ったままで自分の目の前にある鞄を見つめ、口をアヒルさんみたいにしてい
た。ジュンジュンとリンリンは近くにいた田中っちにもう一度どういう状況なのかを確か
めているみたいだった。
「新垣さん、知ってました? 」
隣に座っていた重さんが、私の肩と腕に触れながら言った。
「昨日、たまたま会社に来ててさ、その時教えてもらった」
「でも、絵里はそんなこと言ってませんでした」
私は、そこで図らずも溜め息が漏れた。
重さんの表情が一瞬にして曇る。
- 439 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:22
- 「カメに言ってなかった」
ごめんね、内緒にしていて。
いいえ、と重さんは首を横に振った。
「新垣さんも、突然知ったんだから、仕方ないですよ」
「今日は、来ると思ってたんだけどね」
私はやっと笑うことができた。
重さんはにこりともしなかった。
毎日毎日メンバー全員揃って行動しているのではない。誰かがいなかったり、一人でお
仕事をしたり、数人でお仕事をしたりなんて、当たり前だった。
愛ちゃんとだって365日毎日会っていたわけじゃない。
けれど、今はとても愛ちゃんに会いたいと思った。
この場所に、私の隣に居て欲しいと思った。
「移動だよ、早く行こう」
私は立ち上がって、室内全体に聞こえるよう少し大きな声で言った。
一斉にメンバーがこちらに向いたけれどカメとは目が合わなかった。
- 440 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:22
-
* * *
- 441 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:24
- やっぱりというべきか。その後の仕事は愛ちゃんがいなくても滞りなく終えることがで
きた。
まず、リーダーが不在になる理由を説明して。次に、いつ戻ってくるのかを明らかにし
て。その期間中の娘。の予定を告げる。リーダーが不在の間も変わらず応援よろしくお願
いいたしますと、頭を下げる。そして最後にはメンバー全員で「愛ちゃん、頑張って」な
んて言わされた。このセットをあと何回繰り返すのだろう。
どうして、私が愛ちゃんの不在を楽しげに報告しなければならないのだろう。
分からないまま、次々「オーケー」の合図がかかった。
お昼も過ぎたところで、メンバー全員での仕事が終わった。昼食は移動後にとる予定だ。
リーダーが抜ける話題について、メンバーは誰も触れようとしなかった。午後からは各々
次の仕事へと向かう。リーダーが不在でも、いつもと変わらない流れにどう、感傷に浸っ
て良いのか機会を逃したみたいだ。
- 442 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:25
- 持て余した空気の中。口火を切ったのは小春だった。
「高橋さんは、どうしてるんですか? 」
移動の車へ向かう途中、小春がマネージャーさんに聞いた。
「今日は、オフにした」
明日からは方々に挨拶回りが始まって、当分忙しくなるから。
業務的な口調でそのマネージャーさんは答えた。
小春だけではなく、きっとそこに居合わせたメンバーにも聞こえるように言った。
「ほうぼうって、どこですか? 」
小春はそれを知ってどうしたいのか、分からないけれどマネージャーさんに食い下がっ
ていた。
「共演者の方々から、スポンサーから、色んな方々だよ」
マネージャーさんの答えは小春だって察することのできる範囲だった。小春が本当に聞
きたかったのは、違う。もっと、愛ちゃんに近いことなのではないかと思った。
でも、それをマネージャーさんに聞いたって仕方のないことだ。小春は、知りたかった
答えをマネージャーさんではなく、愛ちゃん本人の口から聞きたかったはずだから。
- 443 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:29
- 小春はそれ以上、マネージャーさんに質問をすることはなかった。
「なんか寂しい」
ぽつりと零すと、別のマネージャーさんと一緒に車に乗り込んだ。
小春を乗せた車が発進する直前、私は窓ガラスを叩いた。
突然、一番上に立ったから、何かしなくちゃいけないと焦ったのではない。
パワーウィンドウが稼動し、小春の顔が覗く。
「小春」
小春は何も言わずに、こちらを見ていた。
一瞬、何と言っていいのか分からなくなった。
寂しいと素直に口にすることができなかった自分が情けなかった。
一人きりで仕事をするのではないのだから。周囲にきちんと自分の気持ちを伝えること
は大切なことだ。
愛ちゃんの不在を受け入れられていない私は、「寂しい」とすら口にできなかった。小
春や小春以外のメンバーに申し訳ない気持ちになった。
私は、小春の名前を呼んだだけで固まってしまった。すると、田中っちが私の両肩を軽
く掴んで後ろからのしかかってきた。
- 444 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:30
- 「小春。愛ちゃんがおらんのは、れいなもすごい寂しいけど、愛ちゃんに心配かけんよ
う頑張るしかないけん」
小春は、愛ちゃんに舞台に集中して欲しいって思わん?
田中っちのフォローに小春は、分かってますよーと口を尖らせ。
「新垣さん、そんなに心配しないでください」
と、批判めいた口調で言った。
小春が心配なのは、いつものことだけれど。反論しても仕方がないので、笑って車から
離れた。
「いってらっしゃい」
「いってきま〜す」
私につられたのか、小春は笑顔で手を振っていた。
屈託の無い笑い方だった。
小春を乗せた車が私達の目の前を通り過ぎていった。
「よーし、れいなたちも行きましょう」
田中っちは、私の手を握って先に歩き出した。
「田中っち、ありがとう」
お礼を述べた私に、彼女は笑うだけで、何も答えなかった。
- 445 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:30
-
* * *
- 446 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:32
- 生憎の空模様の中のロケだったが。ジュンジュンとリンリンのファインプレーの連続で
楽しく収録ができた。チーム戦でご褒美を争った。惜しくも負けてしまい、ご褒美を得る
ことはできなかった。一緒に組んだジュンジュンが泣き出す勢いで悔しがっていたのが印
象的だ。たかが、ゲームなのに一生懸命取り組む彼女達の側にいたから、余計なことを考
えずに済んだ。
帰りの車では乗っていたメンバーの口数は明らかに少なかった。少人数なので、ばらば
らに座っている。空いた隣の席が愛ちゃんを思い起こさせるに充分な演出だった。
唐突に声が聞きたくなる。
「愛ちゃんは、今、何しよるのやろ」
私が思ったタイミングをなぞるように、田中っちの声が聞こえた。
私は驚いて、後部座席に顔を向ける。
「愛ちゃんから連絡ありました? 」
田中っちが背もたれと背もたれの間からこちらを覗いている。
「れいな、随分前に愛ちゃんにメールしたのに」
返信がないんですよ。
- 447 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:34
- それはそうだ。だって、愛ちゃんの携帯電話は本人でない別のマネージャーさんが持っ
ているのだから。
「愛ちゃん、会社に携帯電話忘れていって。今マネージャーさんが持ってるから、明日
以降にならないと愛ちゃんと連絡取れないよ」
私はつまらなそうな様子の田中っちに教えた。
「そーなんですか」
やっぱりおかしいと思った。
彼女は溜め息を吐きながら乗り出していた身体をシートに戻した。
私も顔を前に向ける。
「愛ちゃんに会いたくなった」
田中っちは独り言を呟く。
どうしても、そうだね。と田中っちに同意し頷くことができない。
これでは、マネージャーさん達と一緒だ。業務が滞らなければ、自分の感情や相手の感
情は二の次でいい。小春が寂しがっても、田中っちが寂しがっても。頷くことができな
い。
一度でも寂しいと口にしてしまったら、きっと泣いてしまう。
会いたくて、どうしようもなくなる。
- 448 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:35
- 私は寝たふりをすることにして、目を閉じた。
マネージャーさんが、送り届ける順番を教える以外、私達は黙り込んだままだった。
しばらく、高速道路を走った後、普通の幹線道路に降りた。雨は大分小降りになり、今
日中に雨は上がりそうだ。
一人暮らしをしている彼女達を道すがら送り届け。田中っちを下ろした直後、マネー
ジャーさんが私の名前を呼んだ。寝たふりは通用しなかったらしい。
「この後、打ち合わせで、会社戻るから」
私は、はいと返事をした。何の打ち合わせなのか内容を尋ねない。私一人だけという状
況で、理由は充分だ。
- 449 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:36
-
* * *
- 450 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:36
- てっきり、今後のスケジュールの打ち合わせかと思っていたら。昨日指示された調べ物についてだった。
愛ちゃんが不在となるこれから、もっと詳細を私に把握しておいて欲しいということだった。
昨日私に指示をしたマネージャーからまた、新たな資料を指定され私は雑用をすることになった。
話が違う、と思いながらも。私は資料室へ向かった。
会社の人達はあまり使用しないこの部屋。窓はあるけれど、人の出入りが少ない所為で空気が淀んでいる気がする。
資料室の明かりは点いていなかった。ドアを開け冷たい壁を指で探って照明のスイッチをオンにした。
鞄を長机の上に置く。顔を上げると、窓の側に人影があった。
「お疲れさま」
愛ちゃんがそこにいた。
- 451 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:37
- 昨日をやり直せるなら。
何度も思ったことだ。
やり直せるなら。
どんどん成長して、前へ前へと進む愛ちゃんが誇らしい。けれど悔しいって思う部分も
ある。置いていかれるみたいで寂しいなって思っている。ちゃんと正直に伝えて。
でも、頑張る愛ちゃんを見ていると、自分も頑張れるって。だから、頑張って。大丈夫
だよ。愛ちゃんなら絶対できるからって。この腕で抱き締める。
叶わないことを何度も思った。
「どうして、ここに? 」
私は間の抜けた質問を口にしていた。
愛ちゃんは口の端を持ち上げて計算されたような薄い笑みを浮かべた。
「私が、マネージャーさんにどうしてもって頼んだ」
携帯電話、忘れてしまって。
誰とも連絡つかなくて。
マネージャーさんから、親に電話があってさ。
携帯電話、預かってますからって。
そこで、頼んだ。
里沙ちゃんに会いたいって。
- 452 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:37
-
- 453 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:38
- 「会いたかったの」
愛ちゃんの表情が歪む。
手を首筋や、顔に当てて、落ち着きのない様子だった。
「里沙ちゃんに、会いたくて」
愛ちゃんは手を振り下ろし、拳を握った。眉間に深い皺が刻まれて、顔を下に向けた。
私は数歩踏み出し、腕を伸ばす。
昨日をやり直して。
こうして愛ちゃんを抱き締めたかった。
彼女の温もりが、身体前部に行き渡る。柔らかさ、重みが脳を目覚めさせる。愛ちゃん
が目の前に存在していることを、実感できた。
「ごめんなさい」
私がそう言うと、愛ちゃんは私の衣服を噛むようにくぐもった声を出した。
「どうして、里沙ちゃんが謝るの? 」
私は首を横に振り、もう一度ごめんなさいと口にした。
傷付くのが怖くて、傷付けた。
謝っても取り返しはつかない。
愛ちゃんはとても勇敢で、自分だって傷付けられたのに、勝手に傷付いた私に、また手
を差し伸べてくれる。
愛ちゃんはとても勇敢で、私が伸ばした手をぎゅっと握ってくれる。
- 454 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:39
- 「好きだよ、愛ちゃん」
私が言葉を発するのと同じタイミングで、愛ちゃんが手にぎゅっと力を入れた。
「でも、ずっと前に愛ちゃんが言ってたみたいに。
思いがそのまま相手に通じ合うことって無理だから。
私、いっぱい愛ちゃんのこと傷付けてる」
そこで、彼女は私の肩に額を擦り付けて頭を振った。
「愛ちゃんのこと傷付けるって分かってても。
好きだから。
誰よりも側にいたい」
今日は、本当に寂しかったんだよ。
メンバーみんな、寂しいって言っていても。
絶対、私が一番寂しいんだって悲観してしまうくらい。
離れるのが嫌だって思ってる。
「里沙ちゃん」
愛ちゃんは、より腕に力を込めた。
「だめかな、側にいさせてもらえないかな」
臆病な私は、側にいる許しを請う。
困ると、彼女が言った。
愛ちゃんはゼロの距離で体当たりをするように身体を強張らせて私を思い切り抱き締めた。
- 455 名前:いつか、側にいられなくなるなら 投稿日:2008/04/27(日) 04:43
- 「里沙ちゃんが側におらんと困る」
胸が詰まる。
その声に愛しさが込み上げ。耳の奥が熱くなる。
「ありがとう」
傷付けても、傷付けられても、側にいる覚悟ができた。
私が泣いてしまったら、笑ってよ。
あなたが泣いている時は一緒に泣いてしまうかもしれないけれど。
あなたの笑顔も、泣き顔も。全部大好きです。
- 456 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 04:45
- 以上です
最後でやっつけになってしまい、なんと申し上げればよいのか
本当に、すみませんでした。
- 457 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 05:00
- リアルタイムで読ませていただきました。
あいがき最高です。
- 458 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 18:11
- 読んでる途中で目頭が熱くなりました
- 459 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/27(日) 19:36
- 二人の関係やっぱり最高です。
切なくなりました。
- 460 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2008/04/27(日) 23:11
- 泣けるわ…
笑顔が見たい隊に入隊届け出してきます
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/28(月) 00:10
-
レスです
>>456 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
あいがき、最高です。
>>457 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
温かいコメントに胸が熱くなります。
>>458 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
五期の絆はふかいんです。
>>459 名前:名無し飼育さん。。。さん
コメントありがとうございます。
食べちゃい隊とかも、いいですよね?
本当に、コメントありがとうございます。
頑張れます。
- 462 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/28(月) 00:11
- 更新しまーす
新垣さん視点、登場人物は
新垣さん、高橋さんのお二人です
さっそく、笑顔がみ隊、出動です。
- 463 名前:Happy girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:12
-
* * *
- 464 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:14
- 愛ちゃんが水滴の付着したグラスを傾ける。
海水みたいな色のお酒。
ソーダ水で割ったから、ぷちぷち気泡が音を立てている。
そのまま、愛ちゃんは咽喉を鳴らしてグラスを開けた。
咽喉ぼとけの動きに、少しだけ見とれてしまったけれど。
時間を確認するふりをして視線を逸らした。
改めて、愛ちゃんがお酒を飲む姿を見た。
頬を赤らめ、指先でグラスに付着していた水滴を弾く姿は無邪気な様子なのに、知らな
い女の人みたいなどきっとする仕草だった。
- 465 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:14
-
- 466 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:15
- 前触れも無く渡したいものがあると、呼び出された。
愛ちゃんは明日から、写真集の撮影の為に海外へ行く。急いで渡したいもなのかと思っ
たので、仕事を終えてから彼女の自宅へ行くことにした。
そして、愛ちゃんの自宅に到着したのは、夕飯の時間はとっくに過ぎた頃だった。
昼間のメールで一応、何を渡したいのか尋ねていたが、結局それは何なのか教えてもら
えず。しのごの言わずにさっさと来い的な、かなりイカツめの返信が来た。理由を述べな
いあたりがかなり怪しい。
明日、愛ちゃんは早い時間に出発すると聞いていた。空港近くのホテルに泊まらずに自
宅から成田まで出るならば、相当早起きをしなければならない。だから、目的を果たした
らすぐにお暇しよう、用事は玄関先で済むだろうと安易に思っていたけれど。
私がここへ訪れた時、彼女は既に出来上がっていた。
- 467 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:15
-
- 468 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:16
- 「お酒飲んで大丈夫? 」
「へーき、へーき」
明日は移動だけやから、撮影せんもん。
上機嫌にニヤつきながら愛ちゃんは答える。
まぁ、被写体についてデリケートな心配もあるけれど。
寝坊とか、そこらへんの心配はしていないのだろうか。
「ほなら、しっかり者のガキさんが起こしてくれたらいい」
勝手なことを言う。私だってそれほど暇ではない。
が、そう言われてしまうと、きっと私は早くに目を覚ましてしまい、ちゃんと起きれた
のかメールなり電話なり愛ちゃんに連絡をしてしまう。目に見えた行動に溜め息がでた。
「里沙ちゃんは、やさしいね」
意味深な微笑。
海外へ仕事で出かけるリーダーにやきもきしている私の焦燥など露知らず、本人はとろ
んとした目つきでそのようなことを口にした。
そして、"理沙ちゃんは"、やさしいなら、誰はやさしくないのか。
他の人と比べるような言い方が少し気になった。
- 469 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:17
- 愛ちゃんが飲み散らかし、食い散らかしていた座卓の上を片付けながら彼女の様子を観
察する。
渡したいものって、何なんだろう。考えながら、キッチンへ向かう。
私が背を向けると、「どこに逃げる」だなんて、人聞きの悪いことを愛ちゃんがむにゃ
むにゃ叫んでいた。
私は勝手に愛ちゃんの家の冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
自然乾燥されていたマグカップを拝借して水を注いだ。
本当に、酔っているのか。正気を保てているのか。
普段から変わった行動を取る彼女だから、判別し難いと思った。
「愛ちゃん、お水」
マグカップを愛ちゃんの目の前に置く。
愛ちゃんは、マグカップを見て、それから私をみて。また、カップを見た。
「里沙ちゃんは、こんなにやさしいのに」
やっぱり誰かと比べているみたいだ。
私はまた、テレビの横にあるデジタル時計で時間を確認した。
本当に、そろそろお暇したい。私だって明日も仕事だ。愛ちゃんほど早起きはしないと
しても、それなりに睡眠は必要なんだから。
- 470 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:18
- 「私はアカンなぁ」
愛ちゃんはマグカップを座卓に置きながら両手で遊んでいた。
くるくるカップを回したり、両手で包み込んだり。
「里沙ちゃんに、甘えてばかりでやさしくできんもん」
誰がやさしくないのかと思えば、それは自分のことだったようだ。
得たいの知れない人物に嫉妬していたさっきまでの自分がなんとも滑稽だ。
「来てって言ったら、こうやって来てくれて」
飲んだくれにお水まで出してくれて。
明日は起こしてくれるし。
いやいや、それは確定して欲しくない事項だ。
「里沙ちゃんは、どうしてそんなに優しいん? 」
「どうしてって言われても」
そんなに"やさしい"自覚はないし。特別なことをしているとは思っていない。
酔っ払っているはずなのに何故か正座をして座卓に向かっていた愛ちゃんを、私は後ろ
から抱きかかえた。途端に腕の中の彼女はぺしゃんと足を崩し、私に寄りかかってきた。
- 471 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:19
- 「愛ちゃんだって充分やさしいよ」
腕の中の酔っ払いは首筋や耳まで真っ赤にして、振り返り、こちらを見上げた。
艶やかな瞳でじっと見つめられる。金縛りにあったように私は動けなくなった。
彼女がゆっくり瞼を閉じた。
すると、金縛りが解かれ、私は愛ちゃんの唇に自分のそれを重ねる。
唇が離れる瞬間の、彼女の吐息が熱っぽくて、アルコールを摂取していないにもかかわ
らず、私はめまいを覚えた。
「愛ちゃんのキスはやさしいと思う」
私は困ってそう口にすると、彼女は目を丸くした。
それから顔を隠すように、私の首と肩に自分の額をくっ付けた。
「や〜らしぃ」
どっちが、と反論したいのは山々だったけれど。酔っ払いに何を言っても意味がないと
思い。私は黙って、髪を撫でた。
その憎まれ口はどっちかっていうと、照れ隠しみたいなものだったから。
- 472 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:19
-
- 473 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:20
- 「それより愛ちゃん」
私に渡したいものって何?
腕の中で今にも眠りにつきそうな彼女をゆらゆら揺らして尋ねた。
すると、愛ちゃんはいやいやと頭を振ってぐずり出した。余計に私にしがみついてくる始末だ。
そして、もにょもにょと何か呟いた。
「何? 」
私は、嫌がる彼女の顔を覗きこんでもう一度尋ねる。
「もう、渡した」
「へ? 」
いつ、受け取ったのか分からず私は驚いた。まったく心当たりが無い。
愛ちゃんの自宅に到着したのは三十分くらい前だ。玄関先でインターフォンを鳴らして
も返事がなかった。数回鳴らした上に私は施錠されていなかったドアから上がり込んでい
た。その後はきっちり施錠したけれど。愛ちゃんは無用心にも鍵をあけっぱなしで酒を食
らっていた。それから、お酒を飲んでいた愛ちゃんの話し相手をしていただけで。何かを
手渡されてはいなかった。
- 474 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:21
- 「いつ? 」
え? 何のこと?
私は気が動転し、矢継ぎ早に疑問を口にしていた。
もー、と言いながら愛ちゃんは頬を膨らませた。
そして、私のシャツを掴んでいた手を離すと、そのままその両手を私の首に置いた。
それから、薄っすら唇を開いて手に力を込め、私を引き寄せる。
触れた唇から僅かにアルコールの匂いがして、私の鼻孔をくすぐる。
海水の色のお酒は何て名前なのだろうか。思考の隅でそんなことを思った。
手の力をどんどん強くするから、私はどんどん前のめりになり。
愛ちゃんは背中をラグマットに乗せ仰向けになり、私は、愛ちゃんを潰すまいと両手を
その横についた。
触れる唇は柔らかいままだったのに、手と腕の力が強くて私は翻弄されるように愛ちゃ
んの上に覆いかぶさっていた。
「ちょ、危ないでしょ」
愛ちゃんは私の首を押さえたまま離さない。
私は両腕と首と、背筋に力を込める。
- 475 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:22
- 「アホ」
そう真っ直ぐな瞳で呟くと、私の首から手を離して万歳の恰好になり、また目を閉じた。
私も体勢を戻し、自分の髪を手櫛でおざなりに整えた。
アホって何だよ。ってか。
だめだめだめだめ!
このまま寝るつもりでしょ、絶対。寝ちゃうから。
私は心の中だけで小言を述べ言葉を発するのをぐっと堪える。
「寝るなら、ちゃんとお布団で寝て欲しいな」
顔にかかる髪を左右に流して私はお願いをする。
愛ちゃんはくすぐったそうに顔を顰めた。
頬を薄ピンクに染め、綻んでいる様子はなんだかとても嬉しそうだと思った。
嬉しそうな様子のまま。
「里沙ちゃんのアホ」
と、大きな声を出して愛ちゃんが起き上がり、今度は両腕で私をぎゅっと抱き締めた。
「もう、用事は済んだので帰ってよし」
不意に彼女が耳元で囁いた。
本当に、酔っ払っているのか正気を保っているのか、判別し難い。
ぽんぽんと私の背中を二度叩くと、愛ちゃんは身体を離して俯き加減に笑みを浮かべた。
- 476 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:22
- 帰ってよし、と許可が出たからには帰宅するしかない。
私は、腑に落ちないまま立ち上がった。
手を差し出すと、愛ちゃんはその手を取って立ち上がった。
「玄関まで、送ってよ」
私が口を尖らせて言うと、愛ちゃんは笑って頷いた。
玄関まで続く短い廊下を歩きながら愛ちゃんは楽しそうに話し出した。
「渡したいものっていうか」
忘れ物って言うか。
ふわふわした笑いを浮かべながら、意図の掴み難い単語を口にする。
何を伝えたいのか、推測できない。
「いってらっしゃいのちゅー、里沙ちゃんに貰ってなかった」
いたずらを成功させた悪ガキみたいな良い表情をして、愛ちゃんはそんなことを言った。
- 477 名前:Happy_girl 投稿日:2008/04/28(月) 00:23
- 彼女の勝手を笑って許してしまう私は。
きっとどうしようもなく愛ちゃんにはまっているんだと思う。自覚しているのに、悪い
気がこれっぽっちもしなかった。
帰り際、激励の言葉を述べた後。
「お土産、期待してるから」
私がそういうと、愛ちゃんは。
「や〜らしぃ」
と笑ってまた、私に抱きついてきた。腰に腕を回され動きを封じられる。
「頑張ってくるね」
愛ちゃんは本日一番落ち着いた声で宣言した。
私は、背中に手を添えてうんうんと、頷くと同時にぽんぽんと叩く。
相手の腕の力が一瞬緩んだ隙をついて、私は身体を離した。
お互いの身体が完全に離れ切る前に、私は彼女の額に唇を触れさせ「おやすみ」と言った。
自然とそのキスを受け入れる表情は、どんなに素敵な場所でも、どんな凄腕写真家にだって
収められない瞬間なんだろうなと思うと。
突拍子のないわがままが、わがままでなくなるから、不思議だった。
- 478 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/28(月) 00:24
- 以上です
やっつけです。
- 479 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/28(月) 16:44
- いいあいがき!
かわいいなこの二人
食べちゃい隊! 食べちゃい隊!
- 480 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/28(月) 21:30
- 最高な関係だ!
ガキさんがいつも以上に甘え隊
- 481 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/29(火) 13:27
- ちょwこれはやっつけなんですかww
のわりに素晴らしい仕上がりかと
- 482 名前:ais 投稿日:2008/04/30(水) 02:29
- 見つけてから最後まで一気に読ませていただきました。
初めてとは思えないくらい最高の小説ばかりです!
これからも色々なお話を待ってます。
- 483 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/12(木) 00:08
- 一気に読みました
最高です
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:32
- レスです
>>479 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
食べちゃい隊!どっちがどっちを食べちゃい隊?
んー。お互いおいし(以下コメント自粛)
>>480 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
普段書いてるものは、高橋さんが新垣さんを振り回すようなものですけれども。
新垣さんが高橋さんに甘えるっていうのも、個人的に好きです。
>>481 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
もっともっと精進いたします。
>>482 名前:aisさん
コメントありがとうございます。
もったいないお言葉、恐縮です。
頑張るのみです。
>>483 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
一気に……お疲れさまです。
気分転換のお役に立てればと。
本当に、コメントありがとうございます。
頑張れます。
- 485 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:33
- 更新しまーす
新垣さん視点、登場人物は
道重さん、亀井さんのお二人です
さゆえりです。楽しいお話ではないです。
- 486 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:34
-
* * *
- 487 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:35
- 目深に被っていたキャップのつばを持ち上げる。眩しい光に目を細めた。
帽子を被ったり、眼鏡を掛けたり。そうやって素性を隠すことに何の意味があるのか充
分に理解していないけれど。外出する時は顔を隠すことがフツウだから。私は周囲に倣っ
ているだけだ。
見上げた視界は雑然としていた。青い色はぼこぼこといびつな形をしていた。たくさん
の電線とたくさんの建物。数秒だって、立ち止まっていられない程の人の数。むせるくら
い、密度の濃い空気だった。
初夏の空は霞がかかったようにぼやけて映った。雲一つない晴天なのに、すっきりとし
た心地がしない。それはこの場所が東京だからっていうだけの理由じゃない気がした。
- 488 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:35
-
* * *
- 489 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:36
- 世界は白黒。
一人きりの世界は色を失ってしまう。
肌は白く、髪は黒く。世界の彩りは私自身と同じ色だった。
「かわいい」という褒め言葉。陽の光と水を与えられ育つ花のように。私達は、他人の
視線と褒め言葉で成長する。
「いいね、かわいいね」
知ってる。分かりきった事実だ。
世界は単純。
かわいいものとそうでないものの二つしかない。
私は一瞬一瞬の表情を、スイッチで切り替えるように変化させる。かわいいと分かり
きった上で見せる表情。かわいくないものに「かわいい」と褒めそやされても意味が無
い。
- 490 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:37
-
* * *
- 491 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:37
- 『さゆ』
頭痛がひどい。うだるような気温の中、名前を呼ばれたような気がして私は振り返っ
た。
見えたのは、コンビニから出てきたサラリーマン風のくたびれた男の人だった。彼は
こちらも見ずに、首からストラップで提げている携帯電話を苛立った様子で操作してい
た。
私のそばに知り合いはいない。一人きりで元いた仕事場へ向かっていた。
聴こえた声は私が一番好きな音。
身体の芯に甘いような、冷たいような、痺れるような。確かな熱をもたらす。
あのリズム。あの質感。あの色。
彼女にしか出せないやわらかい声。
その声を聴くと胸が少しだけ軋む。ずたずたに引き裂かれるわけではない。
本当に、少しだけ。その声を聴くと胸が痛くなる。
「幻聴かな…… 」
暑さの所為でアタマがヤられたのかもしれない。
私は一言呟き、進む方向に身体を向けた。
薄っすらと身体にまとわりつく汗が不快だ。
携帯電話を操作していた男の人がイライラするのも頷ける。
- 492 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:38
-
* * *
- 493 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:39
- 絵里が世界で一番かわいい。かわいいものの側に身を置けば、色が輝きだす。
かわいいことがすべてだった。
曖昧さが、輝き放つ色で隠され、私はオトナになった錯覚をする。
絵里の側にいれば、触れられれば。目映い色が溢れる世界で私はオトナになれる。
白黒の世界では物事を割り切れない子どものままだ。
白黒の世界ではどこからどこまでが自分で、どこからが自分でないのか、曖昧になる。すべてが自分自身であり。すべてが他人事のように。
夜は全てを黒に染める。闇に溶け込めば全てがうやむやになる。自分も他人もなにもな
い。とても気持ちが楽になる。
けれど、光が白を連れて来て、また私は染められる。髪の色と瞳の色は黒のまま。肌が
白に染められ曖昧さが戻ってくる。曖昧さを曖昧のまま受け止める術を持たない私はきっ
と自覚するよりもずっともっと子どもだ。
肌に刺す鋭い感覚で思い出す。自分が自力で呼吸をし、生きているということを。痛み
が唯一自分を自覚できる一瞬だ。
- 494 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:41
-
「ねぇ。あのこヤバくない」
すごい、かわいい。
- 495 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:41
-
そんなこと知ってる。
- 496 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:42
-
絶望に似た気持ちで言われた言葉を繰り返す。
すごい、かわいい。
かわいい。
分かっている、私がかわいいことは分かっている。なのに、どうして世界は白黒のまま
なのだろう。肌は白く、髪は黒く。瞳に映る景色は陰影と光。他の色素はどこへ行っちゃ
ったの?
ただ、覚えた色がある。内に燃える色。
声が聞こえる。
胸の痛みを感じる。
途端、瞼の裏に色が現れる。
秘めた赤い色。
赤が灯り、目を開けると、世界にとりどりの色が散りばめられた。
絵里が、私に赤を与える。
- 497 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:42
-
* * *
- 498 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:42
- 暑さに苛立ったふりをして、表情を硬くした。
キャップを目深に被り直し、一度目を閉じた。
知らぬ間に咳をする。体調が悪いのではない。
ごまかすようなその咳込み方はもう癖だ。
手を軽く握りしめ、その拳を口に当てた。咳は止まらない。曖昧さに戸惑っている自分
を振り払うように、わざと大きく咳き込んだ。
数十階建てのビルの前に立つ。秩序なく、様々な機能が押し込められたコンクリート仕
立ての雑居。人工的な冷えた空気を閉じ込めていた自動ドアが開いた。私は決められた時
間に決められた場所へ赴く。そして、見飽きた顔をした面々と対峙する。
今が何時かなんておかまいなしに、おはようございますと口にする。
一歩一歩近付く。
私が唯一色を取り戻す瞬間。
ドアを開けて確認をする。その人物の所在。
- 499 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:43
-
* * *
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:44
- 「絵里」
私は控え室で華奢なスツールに腰を掛けていた彼女の背中を見てひそやかな安堵を覚え
た。
頼りない、細い線に模られた彼女の体躯。
「おはよう、さゆ」
相手はこちらも見ずに返事をした。私もおはようと返す。
キャップを取り、化粧台に置いた。目の前の鏡で髪を入念に整える。横目で絵里を確認
すると、彼女は携帯電話を手に持ったまま何をするでもなくぼんやりとした様子だった。
「遅いよ」
私は思わず、そんなことを口にしていた。
「ごめーん」
でも、遅刻じゃないじゃん。
分かっている、それは分かっているけれど。
久々に会えて嬉しいのは私だけだったみたいだ。
「さゆさぁ、今までどこ行ってたの? 」
マネージャーさんに聞いても知らないって言ってて。
絵里が遅いから怒ってどこか行っちゃったのかと思って心配した。
絵里はそう言うけれど、彼女の握っている携帯電話からはそういった心配するような
メールはこちらに届いていなかった。もちろん着信などない。
- 501 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:45
-
金色の砂を手で掬う感覚みたいだ。
目の前には永遠のように続く砂漠。温かな砂を、手に入れたい。
なのに、掬っても、掬っても、何も残らない。
絵里は色を与えてくれる。けれど、何も与えてくれない。
掬う砂は、手のひらに少しも残らずさらさらと指の隙間から流れていく。掬った砂が無
くなれば魔法が解けるように、世界から色が消えていく。自分の呼吸が曖昧になる。外か
ら与える鋭い痛みは意識を度々現実に引き戻してくれるけれど。持続性がない。
広い砂漠の真ん中で一人きり。誰かに触れて欲しい衝動に駆られる。私と他との境界を
教えて欲しい。
それが叶わないから、闇がやってきて全てを黒に染めて欲しいと、曖昧さから開放され
たくなる。
「絵里」
携帯電話という機械は便利なようで役立たずだ。魔法の砂を運んでくれることはないの
だから。
「早く台本チェックしちゃおう」
私は鞄から台本を取り出し絵里の隣に腰掛けた。
- 502 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:46
- 「さゆ、汗かいてる」
急いで帰ってきたの?
座ると同時くらいに絵里が私の前髪に触れた。
私はふっと笑い、「外、暑すぎ。地獄みたい」と膝の上に広げた台本へ視線を落とし
た。
「じゃあ、なんで外に出たの? 」
絵里は触れることを止めない。
「別に理由なんてないし」
下から絵里を見据え、触れることを止めて欲しいと表情だけで訴えた。
「しかも、興味ないクセに質問しないで」
咳をしそうになり、私はあわててこらえた。
咳をしていらない心配を絵里にされたくなかった。
「さゆ、怒ってる? 」
「怒ってないよ、呆れてる」
私がそう言うと、えへへと絵里はだらしなく笑った。
「打ち合わせ、始まっちゃう」
他人の所為にして私は話を逸らした。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないから」
アンケートは書き終わったの?
「まだー」
「じゃあ、そっち先書いちゃって」
「えー」
「えー、じゃなくて」
「大丈夫だって」
- 503 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:46
-
* * *
- 504 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:47
- 大丈夫なんかじゃない。
少しの胸の痛みが。どうして泣きたくなるほどの衝動になるんだろう。
「やっぱりさゆ、怒ってる? 」
「怒ってないし、泣いてるんだけど」
身体の芯が熱を持つ。
絵里が世界で一番かわいくて。絵里のそばにいれば世界に色が溢れて。
名前を呼ばれれば、少し胸が痛くなるけど。
絵里に触れられると、安心する。
「ほっぺた真っ赤」
さらさらした指先で絵里が私の頬に触れた。
「さゆ、肌白いからすぐ赤くなっちゃう」
私の涙のワケなんて気にしてない様子で絵里は笑う。
- 505 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:47
-
『さゆ』
- 506 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:48
- 絵里は笑う。
砂漠で一人きり。周囲は金色の砂に囲まれているけれど。掬い上げることもできず。
一粒として手中に残らない。
絵里は笑う。
一雫、金色の砂に私の涙が零れても。たちまち乾いてしまう。
どうして泣いてるんだろうって、ばかばかしくなってしまうくらい、それはそれは呆気
なく。
絵里が笑うから。
胸が痛いけど。熱を確かに感じるけれど。
ねぇ、絵里。
もうそろそろ、いいのかな。曖昧さを曖昧のままに受け入れて。冴えるような、内側の
痛みも、鋭く刺すような外側の痛みも。全部うやむやにして。
ねぇ、絵里。
何年そばにいるんだっけ? この胸の痛みを感じたのはいつからだった?
ねぇ、絵里。
世界で一番のかわいさを私のものにしてもいいのかな。
ねぇ、絵里。
- 507 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:48
-
* * *
- 508 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:49
- 「ねぇ、絵里」
私はそれ以上、何も言えず、捉えどころのない満面の笑みを零す絵里を見つめ返すこと
ができなかった。視線を落とし、一つだけ咳をした。それから、そのまま身体を前に倒し
た。
夏っぽい、やや露出の多い服装の絵里。そのひんやりとした彼女の首筋に私は頭を預け
た。
絵里は動じることなく、大丈夫だと言う。
「大丈夫だって」
アンケートなんて、ささっと書けちゃうから。
ちょっとくらい眠っても平気だよ。
曖昧さを曖昧のまま受け入れ。白黒の世界に囚われても。
彼女の声を失いたくない。
『さゆ』
その音に、秘めた赤い色だけが消えることはない。
- 509 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 07:52
- 以上です。
すみません、タイトルを入れ忘れ続けていました。
>>486-508「秘密のスイッチ」
でお願いいたします。
やっつけじゃないです。
- 510 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 08:43
- 以上です。
すみません、タイトルを入れ忘れ続けていました。
>>486-508「白黒」
でお願いいたします。
やっつけじゃないです。
>>509は上記の間違いです
申し訳ございませんでした。
- 511 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/06(日) 22:36
- さゆえりも最高!
アイガキとはまた違う、二人のあの独特な雰囲気が出ていて好きです。
- 512 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/12(土) 22:04
- レスです
>>511 :名無飼育さん
コメントありがとうございます。
同期の中でもさゆえりはまた田亀と違ったイキフンビンビコビンだと思います。
そんな雰囲気を感じ取って頂けたら……幸いです
- 513 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/12(土) 22:12
- 更新しまーす
高橋さん視点、登場人物は
高橋さん、新垣さん、他ちょいちょい
五期のキズナは深いんです。
- 514 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:15
-
* * *
- 515 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:17
-
「小春、気付いちゃったんです」
突然、小春が大真面目な表情で言い出した。娘。内で一番の自由人は、会話の脈絡なんて
一切気にしていなかった。
その時は確か、リンリンから質問される擬態語の説明が難しくて、「しめしめ」ってど
んな風に説明すればよかったのか、多分そんな内容だったはず。
既成の枠に囚われない彼女は6つ年下だけれど、体格では完全に私は負けている。
ずいっと、その巨体が近付いて、思わず壁側に華奢な椅子ごと一歩下がってしまった。
朝一番の仕事前だった。私の側にはさゆがいて、少し離れた鏡の前で里沙ちゃんと絵里
がメイク中だった。メイク中といっても、里沙ちゃんはとっくに仕度を済ませ、絵里は全
然手が進んでいなかった。
「ちょっと聞いてください」
私が話し半分で、雑誌に視線を落とした瞬間に小春が再びずいっとアップになった。途
端、隣のさゆに、「近いから」と冷たいツッコミを入れられていた。
- 516 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:18
-
「見ててください」
空気を読む、ということが若い世代に最も重要視されているとどこかで聞いたけれど。
自由が洋服を着て歩いているような小春には当て嵌まらないみたいだった。
はいはいと、さゆも私も生返事をする。
「ちゃんと、見ててくださいね」
小春は振り返って念を押した。
これから何が始まるというのだろう。彼女の場合、振りは大きく、オチは賭けだ。
小春の姿を視線で追っていくと。彼女はそろりそろりと里沙ちゃんの側に息を殺して近
寄っていった。そして、鏡越しから話しかける。驚かすでもなくただ、「新垣さ〜ん」と
名前を呼んでいた。
里沙ちゃんは、ややびくつき、後ろを振り返って小春の存在を確認して。何故呼ばれた
のか、普通に小春と会話を始めた。「えへへ〜、呼んでみただけですぅ」とかわいいのか
かわいくないのか私では判断できない様子で小春は会話を中断し、そそくさとこちらに
戻ってきた。
さゆと私は小春の行動がまったく読めない。何を見せたかったのかさっぱり分からな
かった。
- 517 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:19
-
「高橋さん、小春と同じことしてみてください」
「は? 」
物怖じしない態度で小春は自信たっぷりに私に言った。
「ちょっと、新垣さんに後ろから話しかけてみて下さい」
「え、何? 」
「早く、早く」
膝の上にあった雑誌を取り上げられ、腕を掴まれ無理やり私は立たされた。
それでも私が億劫がっているとさらに背中を押されて里沙ちゃんと絵里の側に寄せられる。
仕方ないので、私はさっきの小春通りに里沙ちゃんの後ろに立ち名前を呼んだ。
「ガキさん」
里沙ちゃんは、何の気無しの様子でこちらに向いた。
「何? 」
その言葉をそっくりお返ししたいけれど、話しかけたのは私だから一応最後まで遣り抜
かねばならない。
「えへ、呼んでみただけ」
「キモい、愛ちゃん」
キモい。
絵里が言う。そういう突っ込みだけは手厳しい。キモいは1回で充分じゃん。
私は最後までやり遂げたと自負して元居た場所へと戻った。
- 518 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:20
-
「何、小春どういうこと? 」
腑に落ちない態度を隠しもせず開口一番、小春に尋ねる。
「分かりません? 」
「分かんないよ」
私よりも早くさゆが返事をした。
「道重さんもやってみてくださいって」
「え、ヤダ」
「ヤダじゃなくて〜」
やったら分かりますって。
きっと、やっても分からないと思う。それは明白だ。さゆと私はびっくり箱の中身を見
せられ、全然驚いていない状態。箱の中身の価値が理解できていないのだから。その意図
を説明して欲しい。種明かしをしてくれたら、少しは頷くことができるかもしれないし。
里沙ちゃん達の方を見ると、絵里が顔をくしゃくしゃにして手を叩いて大うけしていた。
メイクはやっぱり進んでいない。里沙ちゃんといえば、絵里にも負けず劣らず満面の笑み
を見せていた。仕事前なのに、緊張感って言うものがこのメンバーには欠けているみたい
だ、もちろん私を含め。
- 519 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:21
-
* * *
- 520 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:24
-
「小春が、やれっていうから呼んでみただけなの」
さゆが、声のトーンを高くして取り繕った様子でそう言った。
さゆの声色など気にしない様子で絵里は突然メイクをし始めた。そろそろ本当にヤバい
と気付いたようだ。
里沙ちゃんは迷惑な様子でこちらに顔を向け、小春の名前を呼んだ。
「なんなの一体」
小春はもったいぶった態度でにやにやしていた。
「だって小春気付いちゃったんだもん」
「だから、何が」
さゆは言いながら、サブリーダーの背中にくっ付いてそのまま彼女の胸の前で自分の腕
を交差させた。里沙ちゃんは目の前に差し出された腕をぎゅっと手で捕まえた。
「新垣さん、高橋さん以外の人に後ろから呼ばれるとびくってするの」
「はぁ? 」
里沙ちゃんは眉を八の字にする。
「高橋さんの時だけ、すぐ後ろから呼ばれても普通に返事するんです」
- 521 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:30
- 「ええー! 」
すっとんきょうな声を上げたのは絵里だった。
「ガキさん、絵里は絵里の時はどうですか? 」
「んなの、偶然でしょ」
里沙ちゃんは小春も絵里も取り合わない態度で溜め息を吐く寸前の様子だった。
呆れる里沙ちゃんとは逆に、私はなんだかくすぐったい気持ちを覚えた。
「ガ〜キさーん」
絵里の声を真似るように私は里沙ちゃんを呼んだ。
「愛ちゃん、キモい」
照れ隠しとも思える、溜め息交じりの里沙ちゃんの突っ張った態度。
「二人のキズナは私達じゃ推し量れないの」
小春、リーダーとサブリーダーを試すようなことはしちゃダメ。
更に両腕に力を込め、さゆは里沙ちゃんの背中にぴったりくっ付いた。高いトーンの声色のまま、からかい混じりの言葉を放つ。
小春は、ただ里沙ちゃんがびくつく様子が面白かっただけみたいで、反省の素振りは見せなかった。
「でも、言い出したのみっつぃーだし」
なんだよ、小春が初めに気付いたんじゃないじゃん。
誰も溜め息なんて吐いていなかったけれど、その場にいた全員が同じ気持ちなような気がした。
- 522 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:31
-
* * *
- 523 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:36
-
「多分、こんこんとマコトも同じだよ」
私は本日の仕事をすべて終え、事務所の廊下で呟いた。
隣りにいたのは里沙ちゃんだけで、静かだった。冷房が効き過ぎている密室とは違い、じわりと汗を掻く程気温の高い屋内だった。
陽が長くなった夕方。今日は早めに仕事が終わった。これからあとメンバーを二人追加し、久々に4人でご飯を食べる。もちろんそのメンバーは同期である、こんこんとマコトだ。
「何が同じなの? 」
里沙ちゃんはあくびをかみ殺すようなリラックスした態度で私の腕に自分のそれを絡めた。ひんやりした里沙ちゃんの素肌が触れる。
「今日の小春の発見」
私が言うと、一拍置いてから里沙ちゃんが笑った。
「あれかぁ」
「こんこんが後ろから呼んでも、マコトが後ろから叫んでも」
里沙ちゃんはびくついたりしない。
ふふっと理沙ちゃんは笑うだけで答えない。
「小春にあんな側で呼ばれたら、娘。なら誰だってびっくりするって」
しかも、後ろから。
色々な面で未知数な彼女は、普段周囲から地雷や爆弾よりの扱いを受けている。触らぬ小春になんとやら。
- 524 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:37
-
「まぁ、小春はね…… 」
一番年下の。一番末っ子で学年はみっつぃーと一緒だけれど。小春は、初めからあの調子だし。みっつぃーはみっつぃーの調子だし。
「里沙ちゃん。でも、さゆにもびっくりしてたよ、今日」
「うそー」
本当。
私は立ち止まって里沙ちゃんを見つめた。
照れ隠しを止めて観念したらいいのに。
でも、里沙ちゃんはやっぱり微かに笑うだけで、言ってくれない。
同期のキズナは深いんですって。
私の腕をすりぬけて、彼女は一歩後退した。
私は視線だけで咎めるように後方へ顔を向ける。
「愛ちゃんは、特別だよ」
予想に反する里沙ちゃんの言葉。
夕陽に透ける彼女の髪の色がきれいだと他人事のように思った。
年下の同期は、当たり前だけれどきちんと女の人になっていた。
もう、今年で二十歳になるんだ。
- 525 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:37
-
* * *
- 526 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:37
-
6年くらい前。小さな約束をした。
どうしても、泣き止まない私を慰めるために、小さい彼女が意を決して誓った。
「側にいるよ、ずっと」
私も子どもだったけれど。ずっともっと里沙ちゃんは幼かった。
私は愛ちゃんの側にいるから、泣かないで。
彼女はもう忘れているかもしれない。
泣き止めなかった理由は一つではなかった。仕事のハードさ、自分の不甲斐なさ。先輩の偉大さ。打ちのめされるのはいつもだった。歌うお仕事も、テレビのお仕事も。上手く行かないことばかりだった。自信なんてこれっぽっちも持てなくて。ただ、歌うことは諦められなくて。毎日どうしようって、胃が痛くなる。笑顔どころか全部の表情に自信が持てなくなる。
- 527 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:38
-
レコーディングの時だった。後藤さんは既に卒業していた。初めてではないレコーディングだったのにディレクターさんからダメ出しされまくった。ダメだって言われても、それ以上どうしていいのか分からなくなった。声を出すことが怖くなる。声は出ないのに、涙が止まらなかった。歌うためにこの場所に存在しているというのに。声が出せない。私はいらない存在なんだと心底感じた。
振り返って今と比較しても、あまり成長していないかもしれない。
歌うことはとても難しい。
リーダーと、サブリーダーになった私と里沙ちゃん。
こんこんとマコトは、今側にいない。
「私が側にいるでしょ」
言葉にしないのに、伝わってくる。強がって、不安を押し隠そうとする私に困った様子で眉を八の字にしながら。繋がれた手のひらから、ぎゅっと引き寄せられた細い腕から。頑なな思いが伝わってくる。
「もう、愛ちゃんは」
無防備なクセに大胆だって。呆れられても。でも。
側にいるって。里沙ちゃんが言ってくれた。だから、こうして「モーニング娘。のリーダー」だって口にできる。
- 528 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:38
-
ありがとうって何回繰り返しても伝えきれないよ。
結構、オトナになったな。と自分で思う今だって。里沙ちゃんに対する気持ちを持て余すことがある。だって、本当になんて表現していいのか分からない感情なんだもん。家族みたいな、って言ったらありきたり過ぎる。でも恋人とかそういう激情もない。なんだか理沙ちゃんとの間柄を考え出すととても難解だ。戦友っていったらそれに近いかもしれない。でもそれでも足りない。言葉にしようとするとどれも当て嵌まらない。側にいるのが当たり前になってる今、それを失うことは想像だってできない。
けれど。きっと私は言わなくてはならない。
いつか。
できるだけ早く。
でも、口にしたくない。
里沙ちゃんを縛ってるかもしれない小さな約束を。
もしかしたら、重荷になってるかもしれない誓いを。
もう、反故にして。一人にならなきゃいけない。
小春を見習えなんては言わない。
自由になって、この手を離して。どこへでも。誰とでも。
失うことを想像できない裏腹な気持ちで里沙ちゃんを見つめた。
- 529 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:38
-
* * *
- 530 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:39
-
「愛ちゃんは特別だよ」
里沙ちゃんは一度目を伏せ、それからまたこちらを見つめ返した。
「当たり前じゃん」
照れ隠しもしないで真っ直ぐな瞳で私を見る。
理沙ちゃんはとてもずるい。二人きりの時はばか正直で、こちらが恥ずかしくなるくらい。
「里沙ちゃん」
照れてしまった私は夕陽の方に視線を向けて頬の紅潮をごまかした。
覚えてる?
あの時の約束を覚えている?
何のことかと問われるのが怖くて確かめることができない。
言葉にして伝えることができない。
- 531 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:39
-
ちっぽけな約束でここまで堪えてきた。頑張ってここまできた。嫌な経験、いい経験、たくさん積んで、6年前の自分と比べたら幾分強くなれた。けれど、里沙ちゃんとの約束がなかったことにされたら。きっとあの時のように声を発することが怖くなる。建て掛けの建物が土ぼこりを立てて崩れ去るように、私の自信が崩壊しそうな気がした。
裏腹な望み。
この手を離して。ずっと側にいて。
一人にならなきゃ。ずっと側にいて。
もう一度里沙ちゃんは視線を下げて、そのまま私の隣に並んだ。
里沙ちゃんの下げた視線の先には二つの手がある。
私の左手に自分の右手を絡め、蒸し暑い廊下を歩き出した。
確かめたかった言葉を飲み込み、自分の臆病加減にうんざりする。
「愛ちゃん」
落ち込みかけたリーダーを気遣ってなのか、サブリーダーの声は努めて明るいものだった。
- 532 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:39
-
私は飲み込んだ言葉の次を繋ぐことができずただ見つめるばかりだった。
「私がウザくてさ。顔も見たくないってどこか遠くへ行って欲しくなってもね、離れないよ」
自分の頭を私の首、肩あたりに乗せて里沙ちゃんはくすくすと笑った。
「だって愛ちゃんの歌が好きだから」
大好きだから、一番側で聞いていたいじゃん。愛ちゃんは特別だよ。
それから、里沙ちゃんはいたずらっぽい表情でこちらを見上げた。
事実、こうして側にいるのは私でしょ?
と、でも言わんばかりの様子だった。
里沙ちゃんは先回りをして私の後悔を奪っていく。
優しすぎる彼女の罪は、私をより臆病にすること。
- 533 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:40
-
* * *
- 534 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:40
-
「愛ちゃん、ガキさん! 」
斜め背後から二人の名前が呼ばれ、隣りの里沙ちゃんがびくっと振動した。
声の主は分からないはずがない。こんこんだった。
二人同時くらいに振り返る。
「偶然」
二人とも今、帰り?
ふんわりとした笑みでこんこんは私達に尋ねた。
私と里沙ちゃんは彼女に悪いと思いつつも、顔を見合わせて爆笑してしまった。
「里沙ちゃん、素直過ぎ」
「こんこん、タイミング良過ぎ」
こんこんは私達二人が大うけしている理由も分からず、里沙ちゃんには理不尽に責められ目を丸くしていた。
- 535 名前:エイジアウト 投稿日:2008/07/12(土) 22:40
-
それでもさすがのこんこんは、おっとりした様子に戻り、どうして笑っているのか理由をしきりに尋ねた。
「外タレ待たせたら、国際訴訟モンだから、早く行こう」
「外タレ? 」
「まこっちゃん」
里沙ちゃんの短い注釈に、こんこんはゆっくりああ、と頷いた。
この時ばかりとリーダー風情を装い、私は率先して重たいガラス戸を押し開け、まだまだ暑い空気に三人で挑むことにした。
タクシーを使うのも上等だけど。
一駅分くらい、暑い暑いって不平を言いながら歩こう。そのまま国際訴訟に発展するのも、望むところだ。だって、隣りには里沙ちゃんがいる。
- 536 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/12(土) 22:41
- 以上です。
やっつけじゃないです
- 537 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/13(日) 04:18
- 頼って頼られて
いいコンビですね
このバランスの魅力からは抜け出せそうにありません
- 538 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/14(月) 23:00
- アイガキのこの関係やっぱり好き
- 539 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/28(月) 15:27
- レスです
>>537 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
頼って頼られ甘え甘えられ。かわいいですよね。
>>538 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
私も好きです。蔭ながらお二人を応援しております。
新スレ立てました。
かみさまの天秤
(ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1217224631)
こちらも20KBほど残っております。
使いきれるように精進いたします。
- 540 名前:寺井 投稿日:2008/08/26(火) 20:19
- 更新しまーす
高橋さん視点、登場人物は
高橋さん、新垣さんのみです。
関係ないですけど、名前を考えました。じぶんの。
- 541 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:21
-
* * *
- 542 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:21
-
最後にトップを取ったのはいつだったかなぁ。
時計の針が定刻を指し、時報直後聞き慣れたイントロが私の耳に届いた。顔の前にかざしていた文庫の活字を目で追うのを一旦止め、過去を思い起こしてみる。
自宅のリビングにて、久しくお声が掛からなくなった歌番組がテレビから流れていた。私はその番組を見ておらず大きめのソファに寝転がり、文庫を開いていた。側にいた理沙ちゃんは泊まっていくつもりなのか、私の部屋着を着用しラグマットの上に足を崩して座っていた。テーブルの上には麦茶が二人分グラスに注がれていた。
- 543 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:21
-
MCのお二方がいつものように世間話をしている。その間、他のアーティストと一緒にセットで待っている時の緊張感はクセになる心地よさがあった。自ら進んで過去形にしたいのではない。志が低いワケでもない。出れるんだった出てる。でも、どうしたって自分一人では、メンバーの力を合わせてもどうにもならない。テレビに出たいがために、「呼んで、呼んで! 」と、喚いたところで、苦笑されるにも至らない。なんだかなぁ。
数組のアーティストが紹介され、順次曲が消化されていく。耳に入ってくる音だけでは新譜なのか、以前の楽曲なのか判別できないものばかりだった。
はがゆい。誰が悪いとか、時代がどうとか、ニーズがどうとか、斬新しさ奇抜さとか。難しい言葉は欲しくない。どうして、今私はテレビのこちら側にこうして寝転んでいるのだろう。教えて欲しい。"モーニング娘。36枚目のシングル"みたいな気分になった。
ここで陰鬱とした気分になっても仕方が無いことだと、意識をまた文庫に戻した。
- 544 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:22
-
* * *
- 545 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:22
-
「この曲の結末、どうなると思う? 」
心理テストか何かだろうか。
歌番組も中盤、里沙ちゃんがテレビ画面に向いたまま頬杖をついた状態でぽつりと零した。私は文庫を身体の横に置き、寝転がっていた体勢からソファの上で体育座りの恰好になった。
どこかで聞いたような、真新しさを感じることが出来ないポップスだ。
歌番組、バラエティー番組には数年前までひっぱりだこだった。現在、お声が掛からなくなったからといってこのような場所で負け惜しみで言うのではない。本当に、既視感を覚えるのだから、率直な意見だ。
冷静に言ってしまえば。数年前の"モーニング娘。"がどうかしていたとしか思えない。今の仕事に不満は無いし、楽しくこなしている。なんて、言えば言うほど負け犬の遠吠えに聞こえることが心底もどかしい。
- 546 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:22
-
「結末って…… 」
言いつつ、画面に映る歌詞を追った。
「この曲の主人公が告白した後のはなし」
私は里沙ちゃんの注釈に曖昧に頷き、画面を注視した。
こんなの明らかに、
「フラれて終わりじゃん」と思ったことをそのまま口にした。
里沙ちゃんは驚いたようにこちらに振り返った。
「どうして? 」
どうしてって。
「告白の仕方が頭悪いし」
その場しのぎの約束とかまぢ当てにならん。
しかも全然空気読めてない感じしない?
質問の答えに質問で返した。すると、具体的にどこが空気読めてないのかとさらに問われた。
- 547 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:23
-
「この歌詞だと告る側の状況しか分からんもん」
仲良しの友達に告られることほど面倒なことないんやざ。相手のことも考えんと、自己満で感情をぶつけるなんて、子どもや子ども。
私の面倒臭そうな様子とは反対に、里沙ちゃんは眉を八の字にして笑っていた。
「ネガティヴ」
「うるさいワ」
可愛くない態度を固持したまま、私はテーブルの麦茶に手を伸ばした。グラスに付着した水滴の具合から、きっと麦茶はぬるい。
「頭悪いってそんなミもフタも無い言い方」
純粋で一生懸命って感じに、胸がきゅんってするんじゃないの? ふつう。
里沙ちゃんのロマンティック発言に私は顔全体で難色を示した。麦茶をごっくんする前だったのでもう少しで放送禁止状態になるところだった。
「愛ちゃん、汚いから」
普通にして。そして、手についた水滴をソファにこすりつけないこと。ちゃんと布巾で拭くの。
理沙ちゃんの口調は絵里や小春に注意する時のものだった。どっちが家主なのか分からなくなる。
- 548 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:24
-
でもさ。それはさ。
「大好きな相手だったら胸がきゅんってするのも分かるよ」
「でしょう? 」
だったら、ハッピーエンドじゃん。めでたし、めでたし。
里沙ちゃんはきっと私がネガティブ発言をすることをお見通しだったんだ。それをどうやって言い負かそうか考えていたにちがいない。と、思えてくるような得意げな様子で彼女はこちらを見ていた。
「でも、この曲のヤツは絶対フラれる」
私はしつこく里沙ちゃんの素直論理を論破したかった。
「相手にその気があったら長電話で空回りなんかしないし」
空回ったってことは、電話の相手に嫌々付き合ってる証拠やし。だから告られる方には友達以上の感情は無い。
私は徐々に架空の登場人物に感情移入し始めていた。そこまで本気で答えを出す必要なんてない。だって、問い掛けた相手は、「強情だなぁ」と苦笑し、戦闘意欲などまるでなさそうだった。
- 549 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:24
-
「確率的に」
大好きな相手に「大好き」なんて言われることは滅多にないんだよ。
私は戦意むき出しで大真面目に言った。
「どこ調べの確率ですか」
今度は里沙ちゃんが麦茶のグラスに手を伸ばす、のかと思ったら。脇のティッシュケースから律儀に一枚紙を取った。そして、グラスを丁寧に拭き、4つに折りたたんでコースター代わりにテーブルに置いた。それからやっと麦茶を口に含んだ。
「全国恋愛審議委員会です」
私の返しに理沙ちゃんが、「う゛」と、声にならない音ともに肩を竦めた。
それから素早い動作で目に物見せた。利き手で口を覆い、ごくりとのどがなる。麦茶が里沙ちゃんの食道を通って胃袋に落ちた。利き手と反対側の手で新たなティッシュを数枚口元に持って行く。眉間に皺を寄せたまま、ごほごほと大袈裟な咳をしていた。理沙ちゃんのする仕草はいつもクサい芝居がかっている。
- 550 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:24
-
「やめてよ」
掠れた声で里沙ちゃんが言った。何をやめればいいのか分からない曖昧な咎め方。
「調べたら、本当にありそうじゃん」
「あるから、本当にあるんだから」
全国恋愛審議委員会。
気がつけば、先ほどまで私達が審議していた典型的なラブソングはいつの間にか演奏が終了していた。CMに行く寸前、数秒ある間奏の後ろで、老舗事務所に所属しているユニットさん達の営業用スマイルが映し出された。これ、結構オイシイんだよな。私は瞬間芸が不得意だけれど。毎週のように出演していた時のメンバーは当たり前のようにこの短いチャンスをものにしていた。もし、今のメンバーに同じようなチャンスが与えられたとしたら。こはみつ、ジュンリンあたりが頑張ってくれるのだろうか。私はものにできる自信がない。リーダーなのに、成長できていない部分だ。
- 551 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:25
-
* * *
- 552 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:25
-
そうだ、思い出した。最後のトップはそろそろ2年前になる話だ。
その時は、早朝の情報番組にも生出演したな。
美貴ちゃん、おったなぁ。吉澤さんもだけど。
逆に、みっつぃーとかジュンジュンリンリンがえんし。
あれが、栄光だったのか分からないけれど。戻りたいとは、さらさら思わない。負け惜しみなんかじゃない。私がリーダーに就任してから、明らかに過去の記録には届いていない。それは数字上の話で。全国恋愛審議委員会調べが出す確率と似たようなものだ。会社的な数字はこの際関係ない。だって、私は曲がりなりにも"アイドル"なワケだし。アイドルは数字にこだわってパフォーマンスするのではない。お茶の間に夢を届ける職業だ。現代人のお茶の間離れが声高に叫ばれている昨今。言っていて、ツラいことがないわけじゃないと、控えめに申し上げたい。
- 553 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:25
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番組がCMに変わると、理沙ちゃんが突然テレビの電源をリモコンでオフにした。室内の静寂に心もとない心地だ。先ほどまでの、会話の相手の背中を一度見て、それからまたごろりと横になった。画面は真っ暗なので、寝ながら観ていても視力に影響が出ることはない。もし、テレビがオンの状態だったら理沙ちゃんは「テレビは起きて観ること」と、はっきり咎めるに違いない。
横にある文庫にも興味を失ってしまった今となっては、手持ち無沙汰な状態だ。私の及ばない頭で考えることと言えばそれほど多くない。知らず知らずのうちに、明日の予定を考えていた。ワンダコンのリハは明日だろうか明後日だったか。その前に舞台の告知用撮影があったのは朝からだった気がしてきた。ヤバい。今の気分でいくと、明日は午後から出掛ける気マンマンだ。よかった、今日理沙ちゃんが側にいてくれて。マネージャーさんに電話しなくても確認できるじゃないか。しっかりもののサブリーダーは本当に頼りになる。理沙ちゃんはそんな実感を全然持ってくれていないみたいだけれど。頼り過ぎている現世のお蔭で、来世は理沙ちゃんに従順に仕える羽目になるんじゃないかと私は、はらはらしているくらいなのに。
- 554 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:26
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「ねぇ、理沙……」
「大好きだよ」
束ねられていない理沙ちゃんの髪がゆらりと揺れる。
満面の笑みを浮かべこちらに振り返った。
スケジュールの確認のために呼びかけようと、伸ばした私の手が視界から消えた。力を込めることが困難になり、腕と身体が交差するようにだらりと下がった。
「っな」
に?
その言葉にならなかった声は、サブリーダーが突然何を言い出したのかを確認するために発せられたものだ。呼びかけようとした本来の目的は明日の予定を確かめたかったのだけれど。そんなのどうでもよくなった。
「ココ」
と、自分の胸あたりを示しつつ。「きゅん」ってなった? と理沙ちゃんがはにかむ。
驚きを隠せない私とは別に、理沙ちゃんの綻んだ表情は徐々に困った様子になった。
「そんな顔しないでよ」
それはこっちのセリフです、と声を大にして言いたいのに。やっぱり身体が言うことを聞いてくれない。
- 555 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:26
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「大好きな相手に『大好き』なんて言われることは滅多にないんだよって」
前言撤回して下さい。
有無を言わせないきっぱりとした態度だった。やっぱり、サブリーダーはしっかりしているよなぁ、と思考の隅っこで改めて思う傍ら。一生懸命余計な思考を打ち消そうしていたりと私の頭の中は結構忙しい働きを見せていた。だけど。
「返事は? 」
身体の反応がこの上なく鈍い。
頑とした彼女の言葉に「イエス」と答えそうになり急いで理性を正す。
目を瞬かせている私に理沙ちゃんは溜め息を漏らした。
「愛ちゃん、私のこと大好きでしょ」
彼女の断言に、言葉がおぼつかない幼稚園児のように私は思い切り頷いた。
大好きと言えば、大好きな事実に変わりない。大好きとか掛け替えのないとか大切とか。あー、上げ連ねるとこっ恥ずかしくて顔がヘンになりそうだ。
辛うじて、恥じらいを保ったままの表情で視線を正面に戻した時、顔に掛かった横髪を理沙ちゃんが手を伸ばして梳いてくれた。
- 556 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:27
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「ひゃくぱーじゃん」
物覚えの悪い人に何度も聞かせているマネージャーさんみたいだった。言い方は投げ遣りだったけれど、髪を梳いてくれる感触と、困ったままの表情から隠しきれない彼女の優しさが伝わる。
「確率は100%です」
そう言った理沙ちゃんは表情をくしゃくしゃにして笑みを零した。
私は忙しい思考の中で、サンプルが限定されたらパーセンテージは意味を成さないと、悪態をついたりした。なのに。
胸のくすぐったさを隠し通すことができなくて。やおら眉尻を下げた後、身体を丸めて思い切り笑った。
「ほーや、ほーや」
100%や。
- 557 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:27
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* * *
- 558 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:27
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でも、さっきの曲の告白が上手くいくかどうかの結論は変わらんよ。
だって、あの曲のシチュエーションは私と理沙ちゃんじゃありえないから。
長電話もしないし。ずっと側にいる私達には無茶な約束など意味がない。そして言いたいことは既に言い合っている。告白なんて、大袈裟な場面。考えるとしたら、二つか、三つくらい。いや、四つか。まぁいいや。とにかく。
「おいで」
急に、理沙ちゃんの感触が欲しくなり私は少しだけ手を再び伸ばした。
全力で伸ばす必要は皆無。だって、ほら。
仔犬でも仔猫でも仔馬でも仔ヤギなんでもいいけど。それらを髣髴とさせる無垢で艶やかな黒い瞳が光を湛えたまま、近付いてきた。
触れた理沙ちゃんの温度がびっくりするくらい心地よかった。
「きもちいい」
考えるまでもなく言葉が自然と零れた。息のかかる距離で理沙ちゃんがふっと笑う。
表情を確かめるために彼女の顔を覗くと。
「きもちいいって」
同じタイミングで思ったから。って。照れもせずそのようなことを口にしてくれた。
言われたこっちが赤面モノだ。
- 559 名前:Don't_Say_You_Love_Me 投稿日:2008/08/26(火) 20:28
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しっかり者で、天然で。非の打ちどころがない我がサブリーダー。
一つ、難を上げるとするなら。リーダーが私だったということだろう。
しかしながら、大好きな相手だったら。仕方のないことだと、彼女にはポジティブに己の運命を受け止めて頂き、もっともっとしっかりしてもらうしかない。
それでも、妥協点を挙げるなら。
曲中のストーリーも。全国各地で行われる恋愛すべてにおいて。
二人の関係の結末は、その当人同士にしか分からない、と。どこかのロマンチストさんのために余地を与えてあげよう。
- 560 名前:寺井 投稿日:2008/08/26(火) 20:29
- 以上です。
やっつけじゃないです
- 561 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/28(木) 01:16
- 愛ガキいいなぁ
惜しむらくはガキさんの名前がほとんど間違ってることかなw
- 562 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/28(木) 21:43
- レスです
>>561 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
いいですよね、愛ガキ……
川´・_o・)<「里! 」
……大変失礼いたしました。心よりお詫び申し上げます。
- 563 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 13:53
- 二人とも可愛すぎるな…
ガキさんの見つめる姿は小動物ですよね
そんな愛ちゃんはもっと惚れたらいいよ!
- 564 名前:寺井 投稿日:2008/09/23(火) 12:42
- レスです
>>563 名前:名無飼育さん
コメントありがとうございます。
どうも、高橋さんの新垣さんに対する接し方のはしばしから
小動物を扱うような慈しみを感じるのですが……
- 565 名前:寺井 投稿日:2008/10/20(月) 16:20
- 更新しまーす
新垣さん視点、登場人物は
新垣さん、亀井さんのみです。
- 566 名前:Happy_girl-ver.2.0.0- 投稿日:2008/10/20(月) 16:22
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* * *
- 567 名前:Happy_girl-ver.2.0.0- 投稿日:2008/10/20(月) 16:23
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日付変更線を越えて、次々送られてくるおたおめのメール。
デコレーション機能をふんだんに使ったものから、簡素でも文字の羅列に勢いがあるもの。
ハローの人達から頂いたメールは全体的にかわいいものが多かった。
小春のメールはやっぱり的外れな内容で、少しだけ笑えた。
- 568 名前:Happy_girl-ver.2.0.0- 投稿日:2008/10/20(月) 16:23
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不意にメールの着信音ではない、通話のそれが鳴った。
「ガーキさぁ〜ん」
カメだった。
「お誕生日、おめでとうございますぅ」
10時間も経たない間に、仕事で会うのに、律儀にカメはそう言った。
「ありがとう、ってカメ」
どうせ、メールを作っていて途中で面倒になったに違いない。
そして、次会った時にみんなはメールくれたのに、カメだけくれなかったっていう私の小言を避けるためにおざなりに電話をしてきた。
カメからの電話の意図する所なんてそんなものだ。
「魂胆ばればれだから。メール面倒臭かったんでしょ」
「そーんなことないですよぅ」
直接、絵里の声をお届けしたくてですね。
うへへ、とカメは笑い、その後の言い訳はうやむやにした。
私も、今日は誕生日だし、お小言は控えて大目に見ることにした。
- 569 名前:Happy_girl-ver.2.0.0- 投稿日:2008/10/20(月) 16:24
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「サブリーダーのガキさん」
「はいはい」
「ぱっと見、しっかり者のガキさん」
「ぱっと見? 」
「悩みたがりのガキさん」
「何それ」
「ガキさんは絵里がいないとダメだからなぁ」
それは逆だろうと反論したかった。
カメの側に私がいないと場の収集がつかなくなる。
別に私じゃなくてもいい、相手が同期の重さんや田中っちに変わっても意味は同じだ。
電話の向こう側で沈黙を楽しむように、カメは言葉を置いた。
私も私で、急かすつもりはなかった。
言葉を交わさなくても、繋がった空気で電話の意味は果たされていた。
その年月を重ねなければ為し得ない時間を、改めて実感し感傷的な気分になった。
- 570 名前:Happy_girl-ver.2.0.0- 投稿日:2008/10/20(月) 16:24
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「ガキさん、絵里のこと見ていて下さいね」
いつか側にいられなくなったとしても、ずっと見ていて下さい。
今日は、誕生日という特別な日で、それでなくても私の心は隙だらけだった。
カメは笑っていた。
途端、私は泣きそうになった。
「ハッピーバースデイ、ガキさん」
聞こえない周囲の喧騒にカメの声が掻き消されそうだった。
「ガキさんに出会えて、一緒にモーニング娘。になれて。絵里は幸せ者です」
感謝しなきゃ、と。最近、カメがよく口にする言葉を私に告げた。
「ありがとうございます」
カメは明るい声で笑っていた。
彼女が深い意味を何も考えずに、言葉を口にしていればいいな、と思った。
そしたら、私も何も考えずに笑い返せる気がした。
- 571 名前:Happy_girl-ver.2.0.0- 投稿日:2008/10/20(月) 16:25
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「ありがとう」
カメ。
失敗だ。ちょっと声が震えてしまった。
「これで、メールはちゃらにして下さいね」
「カメからは、初めから期待してないし」
「あー、そーんなコト言って。ホントは寂しいクセに」
「そう思うんだったらメール送ってよ」
「わーっかりましたよ。そーんなに言うなら。仕方がない。
寂しん坊のガキさんの為に絵里が、特別にメール送りますよ」
「特別っていうか。私、今日、誕生日なんだけど」
「そーでした、そーでした」
今日は夢も見ずに眠れる気がした。
目が覚めたら突然、周囲ががらりと変わる、なんてことは在り得ない。
ものごとは概ねゆっくり変化していく。
一人で闇につかまり、その場に立ち止まって怖気づく必要はない。
一人じゃないけど、一人ぼっちだ。
寂しいことは特別なことじゃない。
一人だけど、一人じゃない。
自分のペースを自分で決めて、ゆっくり進んでいけばいいだけだ。
- 572 名前:Happy_girl-ver.2.0.0- 投稿日:2008/10/20(月) 16:25
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END.
- 573 名前:寺井 投稿日:2008/10/20(月) 16:26
- 以上でこのスレッドは終了です
コメントを残して下さった方々に心よりお礼を申し上げます。
- 574 名前:寺井 投稿日:2008/10/20(月) 16:29
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時間を割いてお読みくださった方々に心よりお礼申し上げます。
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