てのひらの夢と夕焼け空の物語。
- 1 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:34
- 同じく森板にて書いておりました
『夏の終わりとうさぎのヒカリ唄。』の続きです。
容量が大変厳しく、新スレに移行しました。
宜しくお願い致します。
- 2 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:35
- 里沙は答えない。
「ミキも無関係な話じゃないよね?」
里沙は眉をひそめ、美貴の声に耳を傾けていた。
ガヤガヤとする人の声が遠くへと吸い込まれたかのように。
セカイは静寂の中で佇み、響く。
「自分1人の問題だとか思ってたわけ?」
「本当はミキや、愛ちゃんが抱えるはずだったものなのに」
「まさか一番ガキさんが深みにハマってるなんて思わなかった」
美貴の一言一言の言葉が、膨らんで弾けてを繰り返しているように途切れる。
セカイをセカイと認識しない所為だろうか。
本当に、損な役回りを持ってしまったものだ。
里沙は自虐的に笑った。
努力したはずだった。
お互いがお互いを分ち合い、固い絆で結ばれていたはず、だった。
優しさ。
思いやり。
信頼。
そして…、愛情。
- 3 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:35
-
そんな想いがこまを返すように白から黒へと変わっていたとき。
絆は脆くも崩れ去って、思いもしなくなった悪夢が里沙を包み込む。
そして彼女もまた、ココロの闇を曝け出した。
それが、この結果。
ダレも憎んでたわけじゃない。
ただ、ほんの少しの誤解が、全てを変えてしまった。
変化が変化を生む。
それも突き落とすかのような悪夢の中で。
「…辛かったね」
美貴はポツリと、呟いた。
ただ里沙の脳裏には、絵里の笑顔が浮かんでいた。
崩壊していくセカイ。
それはたった一本の糸が綻び、どこかへ消えてしまうかのように脆い。
里沙は、どこで間違ってしまったのだろうと悔やんだ。
どこから、どこまでが正しかったのか。
平穏な日常はどこまでだったのか。
- 4 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:36
-
「私は、間違ってたのかな…?」
「え?」
「…判ってた、私の、所為で…カメは、苦しんでる」
「今更気付くなんて、滑稽も良いところだよね」
それすらも曖昧で、何もかもが歪んで見えた。
涙を流す両目に、すでにその景色を見つめる力はない。
ただ、想う。
もしもこれが、"1人"では無かったら。
もっと贖う事が出来ただろうか。
美貴の言ったとおり、相談していれば、この悪夢は無かったかもしれない。
今では過去の話。
それでも、悔い切れない現実。
「…ガキさん、間違うことは確かに簡単かもしれないけど
同時に、間違わないことは難しい」
「それでも、間違えない限り、人って気づかないことばかりだと思う」
「ガキさんは間違えてようやく気が付いた、だったら、それを怖がるな」
- 5 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:37
-
―――気付くのは負けじゃない。
ただその気付いた事に怖がるのが本当に負けだと思う。
フットサルもそう…。
負けても、また次のチャンスにそれを挽回する為には必要なものなんだ。
カメちゃんは多分、今それに負けてるんだろうね。
「ガキさん、アンタはそれに負ける気?それじゃあカメちゃんと一緒だよ?」
「負ける事に怖がるな、気付く事に臆するな、ガキさんは判ってるはずでしょ?」
徐々に、里沙のセカイに美貴の言葉が鮮明になって表示され始めた。
闇の中で、まるで風のように吹いていた言の葉。
里沙は虚ろな視線を向けると、そこにはいつにも増して真剣な美貴の表情。
「…もう、ミキの声は届かないと思う
ミキは事情は知っててもその気持ちが分からないから」
―――だけど、カメちゃんの気持ちに気付いた今のガキさんなら、それが可能かもしれない。
ガキさんには酷なことかもしれない。
- 6 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:37
-
「それでも、ダレかが気付かせない限り、ダレも気付かない」
それは今までも背負いなれてきた"責任"。
だけどそれはどこか決定付かれていたように、しっくりとしたもので。
里沙の両目にはヒカリがあった。
ふと、目の前に置かれた香ばしい匂いに、里沙は顔を上げる。
そこには、愛の笑顔。
注文してきた品が並ばれ、それを差し出していた。
「これで、最後にしよう?」
最後。
本当にそうなるかは分からない。
だけど、本当にこれで全てが変わらなくても、ほんの少しの揺らぎは脆さを報せる。
里沙は、差し出されたファーストフードを口に含み、食べ始めた。
「…しょっぱ」
「アハハ、まずは顔なんとかした方がええよ」
「それで外には間違いなく行けないよ」
- 7 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:38
-
笑顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、それに呼応してくれる人たちが居た。
赤面する里沙は人の視線を遮って化粧室へ。
愛は席に座り、美貴はため息を吐く。
「これで、ミキ達の役目は終わった…かな」
「んーまだやない?」
「は?」
「あの2人の本当の笑顔が見るまでは…やよ」
「…そうだね」
願わくは、この夢の終焉は安らかな未来であれ。
それが2人に対する、罪滅ぼし。
そして…―――。
- 8 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:38
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- 9 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:39
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どうか嘆かないで。
世界があなたを許さなくても、私はあなたを許します。
例えあなたが世界を許さなくてもそれは同じ。
だから教えて。
あなたはどうしたら、私を許してくれますか?
- 10 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:39
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- 11 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:39
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笑っていれば、いつか幸せが来るんだと信じてきた。
ダレかの事を想えば、相手も自分の事を想ってくれると信じてきた。
悲しかった想い出を置き去りにして、彼女は明日を見つめようと前を向く。
甘えず、頼らず、たった1人で未来を切り抜こうとしていた。
ただその先にあるのが何なのか。
それでも確かなことは、そこにはきっと、本当の笑顔があるのだと信じていた。
- 12 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:40
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- 13 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:40
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一度目なら、今度こそはと想う。
避けられなかった運命。
二度目ならまたもかと呆れる。
避けられなかった宿命。
三度目なら、呆れを越えて苦痛になる。
それでも、誰かを愛したかった。
でも本当は……誰かに愛されたかったのかもしれない。
- 14 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:40
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- 15 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:41
-
里沙は目覚める。
決断した翌日の気持ちというのは、どこかザワザワと落ち着かない。
思い浮かんだのは、数年前に立ち会った愛の姿。
あの時は、里沙が背中を押していた。
だが結局失敗に終わり、愛はちゃんとした"お別れ"も出来ていない。
それでも懸命に前へ進もうと努力している。
いつもは自分よりも幼く思えてならない彼女なのに。
それでもやはり、大人なんだと感じる表情と決意。
それは、どこか安心させてくれるものであり、「1人じゃない」と伝えるものがあった。
ベットから起き上がり、窓を開けると、天高く顔を上げた。
そよ風は木の葉を散らし。
敷き詰められるのは黄色から赤に変わり始めた葉の絨毯。
その先には並木道へと繋がり、高い空と共に街へと誘う。
いつか見た夢の景色と重なる。
夏の終わりを告げる涼しげな風は木を揺らし、葉を散らせて。
何故だか、この季節は切なさが増して仕方がない。
- 16 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:41
-
ポツン。
頬に付いた雫が、空から降り始めていた。
アルファルトには無数の点が溢れ、やがて全てを呑み込んでいく。
これは、雨の匂いだ。
その濃度は増し、テレビの天気予報では告げる。
季節外れの『台風』の上陸だと。
今日は見れないなぁ。
絵里と共に歩いた先にあった夕焼けを。
目が沁みて、それは地面を濡らす。
隣には絵里の姿。
ピリリリリリリリリ
携帯の受信音。
里沙は表示を見、通話ボタンを押して耳へと押し当てた。
初めに聞こえたのは―――非常に荒い息。
「愛ちゃん?どうし」
"ガキさんっ、大変やよっ!"
「はぁ?何が…」
"病院に来てっ!"
- 17 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:41
-
ハッと、里沙は我に返ったように目を見開かせた。
電話を放り投げ、支度を整えるとドアを大きく開ける。
―――どこかで―――
―――――懐かしい風と共に――――
――――歌声を聴いた。
「どういう、事?」
「それが、屋上に立て篭もったみたいで」
「鍵はっ?」
「それが、あっちからも何かで塞いでるみたいなんだよ」
数十分後、里沙が病室へと着いた頃には美貴と愛は既に居た。
担当医と看護士も困惑の表情を隠せないようだったが
手が打てずに右往左往しているだけ。
看護士の1人である安倍なつみさんもドアを開ける為に必死になっていた。
- 18 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:42
-
「なっちがちょっと目を離した隙に居なくなってて…」
「安倍さんの所為じゃ、無いですよ、あの子がしでかしたんですから」
「でもこのままじゃあ、打つ手ないで?」
「……」
話によると、空になったベットには酸素マスクと点滴は無造作に置かれ
点滴のチューブに付けられた針と床には多少の血液が付着していたらしい。
無理やり抜いた可能性もあるのは容易に想像できる。
「それ、ちゃんと止血してあるの?」
「放置ってことはないだろうけど、あるとは言い切れん」
「それに2、3日は安静にしないと体の方だって」
「そんな状態で…っ」
里沙は苛立ったように舌を打つ。
愛は無言のまま、美貴は表情を歪ませている。
瞬間。
- 19 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:43
-
"…ガキさん?"
―――聞こえた。
ドアの先から、微かに聞こえた彼女の声を。
設置された窓からはガタガタと風が悪戯をし、すでに
外では予想を大きく上回るスピードで台風が近づいている。
「カメッ、アンタそこで何やってんのっ!」
"アハハ…やっぱりガキさん怒った"
「笑ってる場合じゃないでしょっ、ねぇカメ、ここ開けて?」
"……"
「カメ?」
木々が悲鳴をあげている。
ギシギシと軋み、飛ばされそうになるのを必死に堪えながら。
風はいっそう増し、このままではあと数時間もせずに街は飲み込まれるだろう。
そんな時に今彼女は、絵里は…外に出ている。
"…ガキさん、絵里もぉ、辛いよぉ"
「カメ…」
"絵里はダレも信じられなかった、ガキさんにも、何も言えなかった"
「何、言ってんの、これからだって、いくらだって聞いてあげるから」
"…グス、う…っ、く……"
「ねぇカメ、風邪ひくからさ…ね?」
- 20 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:44
-
絵里は泣いていた。
自身の無力感と、寂しさと、背負う重みに耐えられなくなっている。
震えているのが、手に取るように分かった。
出血や寒さで体温が奪われているのもあるだろう。
同時に、ココロが震えている。
「絵里、そこに居たら危ないから入ってくるやよっ」
「そんな体でそんなところに居たら…っ」
美貴は気付き、言葉を留めた。
愛も里沙も、そこに居る人ダレもが頭に浮かんだだろう。
十分に有り得る事だった。
確信、とまでは行かないが、本人はそれを遂げる理由がある。
その上、腕から流れる出血を見ると、間違いなく、放っておけば大変なことだ。
「絵里っ」
「カメちゃんっ」
美貴と愛の声は、聞こえない。
里沙はドアの前で、ただジッと、無言だった。
拒否する無言の対応は、絵里のココロの全てだった。
- 21 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:44
-
放っておいて。
ココロに触れないで。
そんなに必死にならないでよ。
絵里が居ても、きっと何も変わらない。
だから早く――――。
「っ、このバカカメっ!」
怒号。
里沙の初めて見せた怒りの形相。
拳は力を込めているため、そこだけ真っ白に変色している。
それほどの怒り。
憎悪からではない、それだけは分かる。
「ガキさん…」
「…ホントに、信じらんないよ」
怒号の中には、明らかに「悲」があった。
泣いては居なかったが、強く握られた拳は、真っ白に変色している。
里沙が初めて、絵里にココロの中を見せた。
- 22 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:45
-
「アンタさぁ、何も変わらないなんて言ってるけど、そんなの当たり前でしょうがっ」
「っ、ガキさっ」
「アンタはまだ、何もしてないでしょうがっ、何もせずに終わらせるわけっ!?」
考えなかったわけじゃない。
それでも、あまり外に出ることをしなかった彼女である。
周りの人間には、そんな「覚悟」を持っていると思っただろうか。
答えは、Noだ。
だが、彼女は、絵里はそれをやってのけた。
だからこれは、冗談では無いだろう。
「やる時は最後までやり遂げる」
これは出会った時から全く変わっていない長所であり、短所。
放っておけない人物な事は確かだった。
ただそんな彼女と居て、退屈しない自分が居た。
"絵里を助けて、優越感にでも浸ってるんじゃないんですか?"
"絵里は、ガキさんが思ってるほど子供じゃないっ!"
- 23 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:50
-
ギリッ。
歯と歯が擦りあい、変な音がした。
怒りを壁にぶつけようとしたが、すぐ先にドアの前に座り込む彼女の姿が見えた。
背中を丸め、自分の重さに押しつぶされているかのようなその脆い姿を。
一枚のドアが憎くらしい。
「ねぇ、カメ?確かに私は、カメに対して同情の気持ちもあったかもしれない」
「でもそれは、カメに元気になってほしかったから」
「大きなお世話だったなら、謝る、ごめん、ごめんなさい」
絵里は何も言わない。
風のビュウビュウという音が、ドアの隙間から聞こえるだけのセカイ。
愛と美貴は、ほぼ里沙に任せていた。
一番近くに居るのは間違いなく、里沙なのだから。
- 24 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:50
-
「私本当にカメの事、子供だと思ってた、テキトーで、ヘラヘラしてて
ポケポケプゥでさ、同い年なのにしょうがなくて…でもそれがカメで、可愛くて」
「田中っちが居たときなんて、ホント、弱弱しいカメ、見てられなかった
いっつもヘラヘラしてる子が、なんでこんな目にあってるんだろうって」
「シゲさんのときもホントに…私が未熟なばっかりに、カメにも辛くさせた」
―――ホントはこんな事、2人には怒られるだろうね。
でも、それなら私には何があっても構わないけど、カメは、カメだけは許してあげて。
私の、私の所為だからっ。
里沙のココロから搾り出すように零れる言葉。
あまりにも痛々しく、寂しい、愛は泣きそうな表情で、その場に蹲ってしまいそうだった。
人の存在というのはどれほど大きいものなのか、必要なのか。
大切な誰かを失う悲しみを、夢の中でしか大切な人に逢えない寂しさ。
里沙は、知っている。
愛も、美貴も、そして…絵里も。
「ねぇカメ、私がどうして、アンタに生きていてほしいって思ってるのか、知ってる?」
- 25 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:51
-
絵里は何も言わない。
ただジッと、里沙の言葉へと耳を傾けている。
いつもは真剣に人の話を聞かない人だが、分かるのだろう。
「アンタに、ずっと笑っててほしい」
死んだら笑えない。
死んだら怒れない。
死んだら悲しめない。
死んだら―――何もかもが無くなってしまうから。
優越感とか、同情じゃない。
亀井絵里が亀井絵里だから。
私は、新垣里沙は、好きになった。
こんなにも、こんな感情になった事は無い。
何もかもが目から離れなかった。
簡単なことだった。
ダレでも思いついて、ほんの少しの"勇気"があれば言えた言葉。
私は…。
- 26 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:52
-
「私は、カメの事が、好きなんだよ」
どうして、どうして?
ねぇ、ねぇ。
なんで、なんで。
だって、だって――――。
"…もう、イヤなのっ"
「え…」
"好きなんて、言わないでよぉ、ガキさん"
「カメ?」
絵里のココロのウチが、開く。
"好きになられるのが重い…好きって言われるのが…恐い
さゆもれいなも…いつかは離れていく、そんなの…辛すぎるよぉっ"
「カメ…」
"どうしてっ?なんで?なんで絵里なの?もっと他にも居るじゃないですかっ
絵里は、絵里はぁ……っ"
「っ、分かったからっ、カメの気持ち、分かったからっ」
- 27 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:52
-
マズイ。
興奮状態は余計体力の消耗をする。
今気絶なんて事になれば、"最悪の事態"は免れない。
里沙は宥めるように絵里へと問いかける。
ゴォォォ。
台風による風が、強まっていた。
愛や美貴は、心の中では焦っていた。
当然、先生やなつみも。
「き、君、早くそこを抉じ開けなければ」
「い、今何か道具を…」
「ダメだっ」
それでも、これを乗り越えなければこの2人は先に進めない。
里沙は、絵里は戦っている。
自分のいろんなモノに。
諦めそうになる気持ちに負けように。
本当は、諦めたくなんて無い。
- 28 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:56
-
それでも、何を信じれば良いのか。
本当は助けて欲しいのに、何にすがればいいのか分からない。
疑心。
だから苦しんでいる。
だから辛い。
なら、気付かせてあげよう。
好意を持つ感情は、今すぐにその力を発揮するものじゃない。
「それはカメ、違うよ」
"…え?"
「カメだから、皆傍に居ようと思えるんだよ。
カメだから、一緒に生きて行きたいと思うんだよ」
―――それだけは、いくら消そうとしても消えてくれないの。
"ガキさん…"
「カメちゃん」
愛が静かに、ドアへと手を触れた。
里沙はその表情が大人びて見えたのは嘘じゃない。
真剣さの中に、確かに「優しさ」があった。
愛は言う。
- 29 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:57
-
「カメちゃんは、あーしにさゆの事を話してくれた
それって、ホンマに勇気が居ることって、あーしは知ってる」
"高橋、さん"
「ごめんな、あーしは、さゆには何もできなかった
全部、カメちゃんやガキさんに頼って、人の気持ちも知らんで
ホントに、ごめん」
愛は頭を下げる。
いままでの過去全てに謝罪するように。
目に溜まる涙はその瞬間、静かに流れた。
謝ってもどうにかなるものではなかったが。
―――生きていなければ、人は謝れない。
「あーし、カメちゃんが居て、ホントに良かった」
―――生きていなければ、人は笑えない。
絵里は、困惑していた。
何かが、歪んでいたものが、確かなものに変わっていく。
脆いと思っていたものが堅固し、自分が今何をしようとしているのかも
分からなくなってくる。
- 30 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:57
-
「カメ、帰ってきてよ」
風が、冷たい。
気が付くと、絵里は全身がずぶ濡れになっていた。
頭上から溢れ出す雫は頬へ頬へと流れる。
ふとその中に、熱いものが混じっていて。
手で触れると、それが涙だと知った。
絵里は目の前に見える台風の風を目の当たりにするが
何の抵抗もすることなく、ただただ景色を見ていた。
鍵を、開ける。
カキンという音が、鼓膜に響いた。
途端に、暗転。
倒れる絵里へと先に手を伸ばしたのは、ダレか。
いつかの自分へと重ね、胸が張り裂けそうな想いを抱える。
いつかの自分は、叫んでいた。
- 31 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:58
-
助けて欲しいと。
それでも助けを求められなくて。
ただ、ココロの中で叫んでいた。
その手を救ったのは、絵里。
美貴は、そのダレかの声に、いつかの自分を重ねていた。
酷く哀しそうな表情を浮かべ。
ダレかを、見つめている。
絵里は、求めている。
ダレかの手を、指を、掴んでいた。
里沙は、気付く。
その手を掴んで、ようやく。
なんて一生懸命で。
なんて恐がりで。
気持ちをずっと隠し続けて。
周りのことや、人の気持ちばかりを気にしながら生きていた。
アタシと同い年の、彼女。
私なんかよりもずっと、重い"責任"を背負っていた。
- 32 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 03:58
-
「…おかえり」
言葉は想いを届けるもの。
伝わらないこともあるかもしれない。
それでも、ずっと伝えようと言葉を言い続けたなら。
聞こえていなくても。
きっと、伝わるときが来るのだろう。
自分よりも大きな優しさがあるのに、他人に触れたいと思いながら
触れられずにいた絵里の寂しさや悲しさも、同じくらい感じた。
「風邪ひくから、戻ろう?」
そんなやさしい声を聞いて。
絵里は頷くと、意識を飛ばした。
何故かとても、幸せな気持ちになる。
すれ違いが続いた日々とは思えないほどの、爽快感。
落ち込んでいたこと、悩んでいたこと、嫉妬したこと。
好きなダレかを想っていた日々。
そんな日々が続いていたから、弱くなっていたのかもしれない。
でももう、大丈夫かもって思えたんだ。
- 33 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:01
-
―――だってさ、さゆが、笑ってたんだよ。
雨の中の彼女は、少し不安そうだったけど、安心した表情で。
ねぇ、私、歩いていっても良いよね?
大切な人と一緒に。
忘れたわけじゃない。
想い出がここまで私を歩かせてくれた。
振り向くときもあるかもしれないけど、真っ直ぐに、歩くよ。
だから―――だからもう少しだけ、甘えさせてよ。
今まで甘えられなかった分を取り返せるだけのモノを。
良いよね?
- 34 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:02
-
******
- 35 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:02
-
貴方の渇きを癒せない。
真実を欲する貴方がそれを認めないから。
貴方の渇きを癒せない。
貴方の期待する真実が存在しないから。
それでも、貴方の渇きを癒したい。
貴方を砂漠に放り出したのは私なのだから。
- 36 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:02
-
******
- 37 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:03
-
本当に伝えたい言葉は、違う言葉だった。
本当に感じたいのは、違うココロだった。
すれ違いが溝を生み、ためらいの気持ちが、人を恐怖へと沈ませる。
冷たい感情はむき出しの感情を深く抉り。
それは黒い後悔の念へと変える。
だけどそれを、掬い取ることは出来ないだろうか?
誰かが掬い取る事が出来ないから、砂は増え、人を沈める。
ならそれを掬い取ろう。
砂時計のように、いつでも傍で逆さへ、逆さへと傾けよう。
罪悪感からではない。
私の意志だから。
- 38 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:03
-
******
- 39 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:03
-
絵里は貧血と40度の熱で1週間の入院を余儀なくされた。
そして1週間後。
絵里と里沙は、絵里の家へと道を進んでいく。
夕刻に上る夕日が佇む、ある日の事。
母親にはすでに連絡をとってある。
あの日の事があっても、里沙を信じて絵里を任せてくれた。
過ちを、赦してくれた。
途中で愛の家にへと立ち寄っていたこともあり。
予定よりも遅く帰ってくる羽目になってしまったのだった。
「なんか、長い1週間だったよ…」
「先生にもこっ酷く怒られるし、安倍さんは監視するように見てるし
愛ちゃんなんて大量の宝塚DVDと本を持って来てくれましたよね」
「アンタは途中で寝てたけどね」
「お昼寝は肝心ですよ、で、起きたらガキさんゲッソリなんですもん」
「ダレの所為よっ、ダレのっ」
「アハハ」
- 40 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:04
-
そんな光景を見ると、どうやら2人は仲を取り戻したようだ。
ただ、まだほんの少し戸惑いの壁があるらしい。
それでも、それほど時間は掛からないだろう。
無意識の内に生まれた"絆"は伊達ではないらしく、絵里は積極的に
里沙と手を繋ごうとしていたが、上手く逃げられる。
「あ」
「アンタさ、私がどれほど苦しんだか知らないでしょ?」
「う”…で、でも絵里だって重症だったんですよ?」
「優しくする義理は無い、自業自得」
「えーっ」
"彼女"には、ずっと大きなものが欠けていた。
唯一それを埋めていた存在を1人失い。
その代わり以上に大きな部分を補っていた大切なひとを亡くしてしまった。
それ以前に"カノジョ"が同じにココロを欠けていたとき、埋めてくれたのが里沙だった。
- 41 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:04
-
そして"彼女"に対して里沙はそうなろうとしている。
ただ、もう少し時間は必要だろう。
まだ間に合うのだから、徐々に、進んで行ってほしいものだ。
それが里沙には、出来るはずだから。
―――彼女を、愛の背中を押したように。
ほら、苦笑いをして手を差し出している。
それを嬉しそうに受け取る絵里は、少しずつ、頑張ろうとしていた。
2人は本当に微笑ましい。
「…で、ごっちんはどうするの?」
「あれ?久しぶりだねぇー」
「はぐらかすな、まだ逃げ回る気?」
「何?いさぎよく捕まれって自首すすめてる?」
「っ…ごっちんを待ってる人だって居るんだよ」
「なら、ミキティにお願いしようかな?」
「おあいにく様、ミキはカメちゃんやガキさんとは違うんでね」
「あら残念」
- 42 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:05
-
2人は噛み締めているだろう。
こんなになんでもないことの幸せを。
アタシも、そんな世界を歩んでみたかったな。
「今からでも、間に合うと思うんだけど」
「んーん、もう決めたことだから」
「…後悔しない?」
「もうとっくにしてるよ」
でももうさ、終わりも近いみたいだから。
真希は笑顔を向けて、美貴と対峙する。
物語はすべて終わる。
それが真希の、罪滅ぼしだった。
誰だって幸せに過ごす権利がある。
難しいのは享受。
履行。
そして、妥協。
- 43 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:06
-
「じゃあアタシ行くね」
「その前に1つ」
「んぁ?」
「…"妹"に、会って行ったら?」
「んーアタシ、そんなキャラじゃないからなぁ」
「何それ?…例え腹違いでも、義理ってものじゃないの?」
「今更何を言っても言い訳にしかならないよ
なら"従姉妹"に来てもらった方が、嬉しいと想うけど」
「ごっちん…」
「でも、姉っていうのは否定しないよ、寧ろ誇りに思ってる
精一杯生きててくれたんだから…さ」
真希の一瞬悲しそうな表情を、美貴は見逃さなかった。
気付けば、そこにはダレも居ない。
追いかけようとは思わない。
ただの虚無感が、其処にはあった。
ため息を吐くと、その場を後にしようとした途端、ポケットが震えた。
ピリリリリリ
だが、美貴にそんなセカイは通用しない。
すでに歩き始めている事に、後悔は無い。
- 44 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:07
-
「亜弥ちゃん?」
"あ、やっと掛かった"
「ごめん、電話切ってたから」
"はぁ?今どこに居るわけ?"
「何、なんかのお誘い?」
"ヒマだったから電話しただけだけど?"
「うわぁ、何か冷たくない?」
"様子見じゃあダメなわけ?"
「あーじゃあ久しぶりに一杯やろっか、様子見に」
"おごり?"
「冗談」
夕暮れが夜に変わる頃。
願いをかけて微笑んだ。
季節外れの流れ星。
みっつ言ったら、星の空でひとしずく掬った。
- 45 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:07
-
- 46 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:08
-
******
- 47 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:08
-
夢のはじっこに置かれた想い。
てのひらには満足感と喪失感。
夢の欠片。
どこか臆病で、弱くて、俯いて、振り返って。
終わる理由。
続きの理由。
始まりの理由。
それはダレにも分からない。
ただ確かなのは、すべては掴み取れるという事。
何かを想うには、支えられるものがあるという事。
そして、始まり、続き、終わる。
物語は、始まった。
- 48 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:08
-
******
- 49 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:08
-
- 50 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:09
-
後日。
絵里が里沙を家へと赴き、ようやくあの絵を見せた。
すでに3週間ほどは経っていたが、かけられていた布を取り
絵里はヘラヘラとした笑顔でそれを前に出す。
その表情は微妙なほど引きつっているのか笑っているのか。
これは何なのかと問いかける。
「え?ガキさんですよ?」
「アンタさぁ、全然成長しないよね…確か前も書いてくれたけどさぁ」
「あれ?そうでしたっけ?でもちょっと上手くないですか?」
「ていうか私、こんなに頭デカくないからぁっ」
「似てますって、あげますよぉ♪」
「いや、いらないからっ、貰っても困るってばっ」
ピー♪ピー♪
- 51 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:09
-
「あ、今チーズケーキ出来たみたいですね」
「ケーキは嬉しいけどこの絵はっておーいっ」
「ガキさん持って帰ってくださいねぇー」
「ちょっとーっっ」
と、話がすり替わってしまったのはご愛嬌。
11月初め。
北海道にはすでに初雪が降ったという話を聞く。
そんなとある日常のお話。
- 52 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:12
-
end.
The dream of the palm and a story of the sunset sky.
- 53 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:12
-
- 54 名前:- 投稿日:2007/11/02(金) 04:12
-
- 55 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/11/02(金) 13:56
-
これにて完結です。
スレを移行する形にまでなってしまい
ご迷惑をお掛けしました(汗)
別スレの長編にはお知らせしたとおり、これからあまり時間が
取れなくなりますので、放棄宣言をさせて頂きました。
本当に申し訳ありません(平伏)
>>171 :名無飼育さん 様
有難うございます。
見ていてくださった事が救いでした。
>>172 :名無飼育さん 様
いえいえ、まだ文の未熟さでスレを立てるに至ったので
ご迷惑をお掛けしました(汗)
最後に、ここまでお付き合いくださいまして、有難うございました。
容量の方ですが、短編が幾つかありますので、それで埋めていこうと
思っています。
しがない名無しではありましたが、本当に有難うございました。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/02(金) 15:23
- この物語のガキさんが好きでした
素敵なお話をどうもありがとうございました
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/02(金) 18:56
- 綺麗な文章ですねー
短編の方も期待しています
- 58 名前:名無しです 投稿日:2007/11/03(土) 11:44
- 気付けないことに気付くことが出来ました。
こんな自然に涙を流したのは久しぶりです。
ありがとうございました。
短編も待ってます!
- 59 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/11/06(火) 13:50
- >>56 :名無飼育さん 様
ガキさんの雰囲気はいろんなものに合うので
登場させ易かった、というのもあります(笑)
お付き合いくださり、ありがとうございました。
>>57 :名無飼育さん 様
勿体無い褒め言葉、ありがとうございます(汗)
>>58 :名無しです 様
こちらこそお付き合いありがとうございました。
文章力の無さでちゃんと伝えられたかどうか…(滝汗)
短編の件ですが、少しリクエスト形式で行いたいと思います。
とはいうものの、ここの名無しは娘。とOGの方しか
あまり特徴を知らないので、その辺りの方でお願いしたいと思います。
早めの執筆を目指しますので、よろしくお願いします。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/14(水) 22:06
- ごまれなで
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/15(木) 00:37
- 愛ガキ亀が出て欲しい
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/18(日) 11:42
- こはみつがいいなあ
- 63 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/11/20(火) 16:29
- あまり時間が取れずにすみませんでした(汗)
ではリクエスト第一作目。
>>60 名無飼育さん様の「ごまれな」
- 64 名前:- 投稿日:2007/11/20(火) 16:29
-
- 65 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:30
-
ふわりふわりと浮かんでる。
七色に光るその円形は、空の中で退屈そうに漂っている。
それが本心かは分からないけれど、そう見えていたんだ。
だけど、最近は違うのかもと思うようになった。
いつも見上げていたその円形。
見上げることしか出来なかったシャボン玉。
視線を下げるのが恐いと思ったことがある。
その視線を上げることは無いんじゃないかって。
一度割れてしまったシャボン玉は、もう戻ってはこないから。
そう思うのは多分、自分という存在はそんなに強くないと思うから。
あの人のように強くは無いから。
一人ぼっちは嫌だって言ってるから…。
- 66 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:31
-
「あれー?れーなどうしたの?」
絵里が気付いたらしく、背後からトコトコと近寄ってきた。
ここはスタジオの外に設置された非常階段。
地上からは50メートルほどの高さに居ると思うけど、詳しくは分からない。
「さむーい」なんて絵里は叫んでいる。
「中に入っててよかよ?」
「んーそうしたいところだけど、滅多にこんな所に来ないからもう少し」
「ふーん…別によかけどね」
絵里にしては何だか珍しい。
そう思いながら入れ物にストローを差込み、出して吹いてみる。
もうすでに夕暮れ時な上に気温が随分下がっている。
薄紫のマフラーを口元まで上げてみるけど、何も変わらない。
ただ不思議と、寒さは感じなかった。
- 67 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:33
-
秋が過ぎ、冬に入る。
あの出来事からまだ一ヶ月も経っていないというのは不思議なもので。
それでも皆は笑っていた。
幸せそうに。
携帯を握り締め、小さく丸まった自分だけが取り残されたような気分になる。
それはもしかしたら気のせいなのかもしれないけれど。
「あ、シャボン玉?」
「家にあったけん、ちょー久しぶりやない?」
「小学校以来かもーっ」
無機質で冷たい壁の上に置かれたシャボン玉の入れ物を見つけて、絵里は声をあげた。
昔ながらのピンクに蓋が水色のあれ。
ストローは緑色で、今は自分の指で挟まれている。
- 68 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:33
-
イヤホンから流れる曲は少量。
あの人が歌う曲はどこか悲しくて切ない。
それでも、自分を信じていた。
自分を信じて、歩き出す女性の姿。
「聴いてたの?」なんて。
照れくさそうに笑ってた表情がとても印象的で。
思わずこっちも貰い笑いをしてしまったりもしたけど。
初めて見たその笑顔に、とてもドキドキしたんだ。
多くの曲がAメロ、Bメロ、サビという構成で成り立ち、繰り返して
またサビがきて終わるような形を取る。
あの人は寸分の狂いも無く歌い続ける。
それでももう、あの人は帰っては来ない。
- 69 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:34
-
「そーいえば、さゆって犬飼うんやろ?」
「なんかそうみたい、噛まないかなー…」
「絵里は不思議っちゃねぇ、自分の犬は触れるのに」
「何でだろう…何かダメなの、れーなは?」
「れいなは触れるとよ、もう余裕ったい」
「犬飼っちゃったんだよねーっ」
そう言ってメールを掛けてきたのはあの日から2週間前。
全然何事も無い平然とした文章で、楽しそうにその写メを送ってきてくれた。
「れーなはネコが良かった」と言うと。
「じゃあゴトーのペットに加えてあげようか」なんて冗談に返ってくる。
少し戸惑って、メールに同じく冗談交じりで返信した。
「嘘ですよ」、なんて。
- 70 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:34
-
凄く久しぶりの会話。
電話ではなくメールだったのはちょっと残念だったけど。
真っ白の子犬はあの人に抱かれて気持ちよく眠っていた。
自分ももしかしたら本当にネコだったら、あんな風にしてくれたかな、なんて。
ご飯を作ってくれたり、頭を撫でてくれたり。
もしかしたら毎日一緒に夕焼けを見たり、風を纏って歩いてみたり。
そんな夢のような日々を送れたかな、なんて。
そんな事ばかりが脳裏を過ぎる。
このまま本当にネコに生まれ変われるなら。
もしかしたら……なんて。
「…なぁ、絵里?」
「ん?」
「絵里が行きたいところって、どこ?」
- 71 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:35
-
ふと過ぎったことを思わず呟いてみて、ちょっと後悔する。
テキトーな彼女だからきっと変な返答をするかもしれない。
ふわり。
またシャボン玉が風に乗って飛んでいく。
今度はどこに行くんだろう?
行けないんだけどね。
本当は行きたいんだよ。
でもね。
待つことも、行く事も出来ないんだ。
行けると良いな。
届くともっと良い。
判ってるのに。
あそこまで行けないって判ってる。
それでも願ってしまうのは。
いけないことかな。
- 72 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:35
-
「皆が居るところなら、どこでも良いかなー」
「うわ、テキトーっちゃねぇ」
「だって本当のことだもん。
1人なんて寂しいし、1人になればいろいろと考えちゃうし。
やっぱり、皆と居る方が楽しいもん」
「絵里は風船やもんね」
「風船?」
「ヒモを持っててもらわんと危なっかしいっちゃよ。
天真爛漫で身勝手でテキトーな絵里はなおさらたい」
それでもシャボン玉は違う。
一瞬一瞬を輝いて光るシャボン玉。
それは支えるものが何一つ無いからなのかもしれない。
「ごめんね」
だからあの人は、行ってしまった。
支えも無く1人で歩いて行ってしまった。
悲しいのか。
寂しいのかよく分からない。
- 73 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:36
-
落ちていってしまうシャボン玉をただ見ているだけだった。
ただ一瞬一瞬の輝きに目を奪われ、あとは投げ出していた。
なんて愚かだったんだろうと思っても、結果は変わってはくれない。
イヤホンから流れてくるのは"過去"だ。
過去と今が、ゆっくりとしたスピードで通り過ぎていく。
手を伸ばせば、それは消えてしまうほどに脆い。
シャボン玉に思いを乗せて。
それはいつかの"過去"。
想い出を詰めた、幸せな時間の断片。
徐々に気付いた自分の想い。
判ってしまったから、徐々に捨てているのだ。
シャボン玉という形によって、堕ちて行く思い出達。
- 74 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:36
-
そう。
全然ロマンチックな状況じゃない。
傲慢で身勝手な私の中にある思い出達は、傲慢で身勝手な
私の中から放たれ、堕ちて行く。
叶わないと判っているから。
忘れようとしている。
願いを込めて。
あの人の姿を見上げていた自分と共に。
「でも、それって良いかも」
はた、と。
絵里の言葉は他の時間を止める事に何の躊躇も無かった。
まぁいつもの事だとは思ったが、その逆に平然とした発言に対しての抵抗が薄い。
- 75 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:37
-
「風船っていろんな事に活用できし、ほらテレビとかで
手紙を括ったりとかさ、カッコいいじゃんっ」
「でもカラスとかにくちばしで突かれてもしらんとよ?」
「だからー…そのまま手渡しとか?」
「やったら手紙を括りつけるとか意味無いやん」
「シ、シチューエーションとか大事じゃない?」
「意味分からんっちゃよ」
そんな簡単に思いを伝えられたらどれほど良いだろう?
それでも意外と、簡単なのかもしれない。
自分がいろいろと考えるから難しいと思うのかもしれない。
今でもほら。
ポケットの中の携帯で開ければ、もしかしたら聴いてくれるかもしれない。
何の根拠も無いけど。
元々そんな日々を送っていたのだから。
- 76 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:38
-
今でももがいている。
今でもどこかで期待している。
シャボン玉を飛ばしていたのはその未練であり、贖いであり、わがままだ。
何も言えないから、そのシャボン玉に願いを預けた。
もしかしたらこのシャボン玉が届いたら、伝えられるかもしれないと。
単なる思い付き。
どうしてシャボン玉にしたのか。
やっぱりどこかで諦めているところもあるのかもしれない。
それとももしかしたら…。
「だったら絵里は風船じゃなくて人間の言葉で言うなー」
「でも難しくない?その…もしかしたら伝わらないかもしれないし」
「伝わる伝わらないっていう問題じゃなくて、言うか言わないかって事じゃない?」
「言うか言わないか…?」
「手紙だって、それを見るか見ないかで結果が分かるわけでしょ?
伝わったっていう結果はその後に決まるものだもん」
「絵里は伝わらないことや判らないことは聞くようにしてるよ?
考えるのはその後でも遅くないからねー」
- 77 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:38
-
風が吹いた。
作ったシャボン玉がストローの先でパチンと割れた。
その後には何も無い。
感じられない。
何もかもが消えて、何もかもが感じられなくなった。
コワイ。
でもそれは結果だ。
結果の前にある原因は修正できる。
風船はまた作れば良い。
シャボン玉も思い出がある限りいつでも飛ばせる。
あとは自分自身。
きっかけ。
あのとき。
あの人の言葉を信じられず、あの人の顔から背を向けることしか出来なかった。
泣くことも出来ずに、全てから逃げてしまった。
本当はあの人も、ひとりぼっちにはなりたくなかったのに。
- 78 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:40
-
「これからも、みんなと一緒にいたいんです。
みんなが、私の支えだから。」
そう言ってくれたあの人。
精一杯自分の気持ちを打ち明けてくれた憧れの人。
気付いたとき、泣いていた。
涙が頬に濡れて、すぐに冷たくなった。
だけどそれを拭ってくれる人が居る。
「れーなどうしたのっ?もぉ本番になるし…」
「あ、アハハ、なんか絵里の言葉が珍しく感動したとよ」
「なんか嬉しいような嬉しくないような…」
「素直に喜んで良いと……大丈夫っちゃよ、先、行っとってくれん?」
「……もうちょっとだけ、居て良い?」
「…ん…」
優しくて暖かい。
こんな当たり前の体温が時には救いになるんだ。
- 79 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:41
-
感じられる。
きっとあの人の事も、ちゃんと見れる事が出来るのかもしれない。
確信したあの日。
手を握り合ったあの時も、感じることが出来たのだから。
ポケットの中にある携帯を握り締め、想う。
「これやって良い?」
「……よかけど、作れると?」
「こぉ見えても絵里メチャクチャ上手いからね」
今度は絵里がシャボン玉を作った。
ふわりふわりと浮かんでる。
七色に光るその円形は、空の中で退屈そうに漂っている。
それが本心かは分からないけれど、私にはそう見えていたんだ。
何だか待っててくれているような気がして。
- 80 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:41
-
届けられず、行けずに居た自分にごめんなさい。
笑ってくれるあの人に笑ってあげれるように。
笑い合えるように。
「なんか絵里のシャボン玉って割れるの早くない?」
「えー、絵里ちゃんとやってるよ?」
「…しょうがないとねぇ、それ絵里にあげるっちゃよ」
「良いの?じゃ、ガキさんに自慢しよっと」
誰かを想うときの笑顔は本当に綺麗で。
時々は羨ましいとさえも想っていた表情の1つでもあった。
あの人も本当にそうで。
あまりにもク−ルだから「話せない人」だって思われてた。
どこか似ていて、どこか似ていない。
それは自分だけが思っていただけかもしれないけど。
今までよりも会えなくなるとしても。
そんなのは関係なく、自分自身の声で、心で届けよう。
- 81 名前:堕ちる願いと浮かぶ夢 投稿日:2007/11/20(火) 16:42
-
「ありがとう」
そう言った、あの人の眩しい笑顔。
後藤さん。
後藤真希さん。
笑顔と涙と一緒に届けます。
貴方が最後に見せた願いと共に。
何度でも、何度でも。
end.
- 82 名前:- 投稿日:2007/11/20(火) 16:42
-
- 83 名前:- 投稿日:2007/11/20(火) 16:42
-
- 84 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/11/20(火) 16:47
- 「ごまれな」…を目指した訳ですが、文章的には
「えりれな」も大いに含みましたorz
何気にこのカプは初心者という事でこれが精一杯でした(汗)
有難うございました。
- 85 名前:60 投稿日:2007/11/20(火) 17:24
- 予想してたのと全然違ってビックリしたけどしんみりしてて良かったよ!
- 86 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/11/30(金) 17:52
- 随分時間が経ってしまいました(汗)
リクエスト第二作目。
>>61 名無飼育さん様の「愛ガキ亀」
- 87 名前:- 投稿日:2007/11/30(金) 17:52
-
- 88 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:55
-
夕暮れを通り越し。
街のイルミネーションと人の姿が世界を彩る夜に。
並ぶのはふたつ。
でもひとつはどこか変な形をしていて、それを支えるように
もうひとつは寄り添っている。
"大切"なものを壊さないように。
「あーもぉっ、何で私たちがこんな役なわけ?」
「ガキさん、あんまり声出すと疲れちゃいますよ?」
「もぉ疲れきってるってばーっ」
里沙は腕を自分の肩に回し、自分の体勢も懸命に耐えていた。
いくら支えられる人物が1人居たとしても、重力には逆らえない。
フラフラユラユラ。
まるで予測不可能な木の葉を連想させるように、愛の足取りはおぼつかない。
それを挟むように絵里は腕を自分の腕で絡む。
- 89 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:56
-
「あー何だかすっごい昔のコントでこんな酔っ払いの役してなかった?」
「あれってハロプロニュースじゃなかったでしたっけ?」
「なにー?なんかカメのクセに覚えてるね」
「クリスマスの日時を12月31日までって言ってるガキさんよりはねー」
「うわームカツクねぇ、ぽけぽけぷぅのクセに」
「アハハッ、ガキさんはアホやーっ」
「はいはい、ここに置き去りにされたくなかったら酔っ払いは黙ってようねー」
こうなってしまった経緯は2人にも詳しくは分からない。
ただどうしてか絵里と里沙が連絡を受け取り、顔面を真っ赤にして酔いつぶれる
愛を引き取りに来たのは約10分前。
お酒が飲めないのは判っている事だった。
本人も少し自重していた筈。
それなのに、だ。
「まぁ、そういう日もあるんじゃない?」
「あたしらも止められへんかったのは謝るわ、ごめんな」
- 90 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:57
-
その場に居た吉澤さんと石川さん、そして中澤さんと保田さんに言われた。
何だかほぼリーダー、サブリーダーの面々があった事で察しは付くが。
本当にこの人はどうしようもない。
言いたい事があるなら、素直に言えば良いのに。
…まぁ私も、人の事は言えないけどさ。
「2人なら何か、任せられるような気がしたんだよ」
里沙にとってそれは喜びであり、同時に悲しさでもある。
自分がそんなたいそうな人間では無い事を知っているから。
だからこそ、何も失いたくないと思う。
どんなモノも、どんな気持ちも、知りたいと思う。
でも分かってる。
………分かってるから。
- 91 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:57
-
「ガキさん?」
「は?あ、…うん…何?」
「止めてくださいよーガキさんまで何処かに行くとか」
「あーあはは、ごめんちょっと……」
「あ、里沙ちゃんやー♪」
ドキッと、全身が震えた。
久しぶりに言われた呼び名で、愛は懐かしむような視線を送る。
もはや泥酔状態に近く、舌が上手く回らない。
そんな声で、愛は言う。
まるであの頃。
自分の中にあるあの日々。
思い出として残る、数々のヒカリ。
パチン。パチンと開いては閉じていく。
夏の花火どころではない。
そのヒカリで埋め尽くさんばかりの、花畑のように。
- 92 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:57
-
愛はトロンとした両目を里沙に向け、いっそう腕を絡み、体を寄せてくる。
表情は楽しそうに、そして嬉しそうに歪む。
少し体勢を崩しそうになるも、何とか踏ん張った。
愛ちゃんの体、久しぶりに触れた気がする。
どこかで躊躇していた。
まるで何かを知りたくないと思うかのように。
「ちょ、ちょっと愛ちゃんっ!?」
「里沙ちゃん聞いてよー、吉澤さんがなーっ」
愛から漏れ出す話は、全て思い出話。
自分達が加入してからの、「モーニング娘。」の歴史。
麻琴や、あさ美と過ごした日々。
そういえばと、里沙は思い出す。
- 93 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:58
-
今回のPVでれいなと愛が2人で撮る場面があった。
その時に真面目な会話へと発展したらしく、ラジオ番組で
里沙は初めて知った。
あの後は何も無くトークを続けていたけれど、内心は
動揺で手が無意識に震えていた。
「卒業」という言葉。
そうなんだと、改めて感じた。
吉澤さんや中澤さんが居たからかもしれない。
外でも中でも、そういった思い出話さえもタブーとされている。
誰が味方なのかが分からなくなってきている今。
そんな他愛の無い思い出話も出来ない。
なんて私は無力なんだろう、って。
重力で押しつぶされそうになる。
いろんなものの重さ。
自分自身の背負うもの。
- 94 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:58
-
"たいせつ"なものの重み。
それが全身を覆い尽くす時、耐えられなくなった時。
嫌になりそうになる。
何もかも……"たいせつ"なものを放り出したくなる。
叫びたくなる衝動を抑えていると、不意に体への重力が無くなった。
「ほらー愛ちゃん、ちゃんと立って歩いてくださいよーっ」
「お、おーかめこぉっ」
絵里だった。
愛は上機嫌に絡んで行き、何事も無いように言葉を並べていく。
それに相槌を打つ絵里は、里沙にほんの一瞬視線を送る。
心配そうに「大丈夫?」って。
それを里沙は、笑顔で返すことができた。
………出来たと思うしかなかった。
- 95 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 17:59
-
見上げると空は灰色で。
見下ろせば、自分が歩いているアスファルトが広がっている。
徐々に絵里に寄りかかる愛の手を掴むと、ゾクッとした。
冷たい。
何処に行けば良いのか分からない手。
此処にいると判っている筈の手。
心は温かい。
笑った顔はもっと暖かい。
それなのに、冷たい。
ヒトリニシナイデと叫んでいる。
サミシイと叫んでいる。
イヤダイヤダイヤダ。
赤子のように泣いて、手を差し伸べれば簡単に受け入れる。
それなのに、どうしてこんなにも悲しいんだろう?
- 96 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 18:01
-
愛の家には誰も居ない。
絵里と一緒に暖房と電気を付け、愛をベットに寝かせる。
「あ、愛ちゃん、上着だけでも脱がなきゃ」
「やーっ」
「やじゃないから、ほらシワ付いてもしらないよ?」
「ん…脱がしてー」
「もーカメー、ちょっと手伝って」
2人がかりで脱がして行き、満足した表情のまま愛は眠った。
フーと、誰かはため息を吐いた。
すでに時計は11時近い時間を指している。
里沙は愛の家に行くと言ってあるため、このままここに泊まるのも良い。
あとは絵里次第だ。
絵里の自宅はここからさほど離れていない。
このまま返しても、自分ひとりで何とか出来る。
…ただ少し、寂しい思いをするだけで良いのだから。
- 97 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 18:01
-
「今日はごめんねカメ、巻き込んで」
「全然気にして無いですよぉ、困ったリーダーでもリーダーですからね」
「これじゃあジュンジュンとかさゆみんの方が向いてるかも」
「さゆがリーダーになっても大変でしょうけどね」
アハハ。小さく笑い合う。
ただ里沙自身、そうなる日が来るのかもしれないと感じる。
幾度と無く繰り返された日々が、それを告げていたのだから。
「で…カメはどうする?帰る?」
「んー…絵里、何だか眠たくないんですよね」
「嘘だー、いつもこんな時間には寝てるクセに」
「そーだ、ガキさんお話しましょうよ」
「そんな事言って、あんた何にも話さないでしょうが」
「じゃあ、ガキさんなんかお話してくださいよー」
「えーなんでそういう事になるわけよ」
「いつもそうじゃないですかー」
そんな事を言いつつ、里沙は最近あった出来事を話し始めた。
ソファに座り、頭の中にラジオ番組用の引き出しを開けてみる。
ダンスレッスンや、声優の事。
メンバーの話や新垣家で起こったハプニングその他諸々。
- 98 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 18:02
-
絵里は時々笑ったり突っ込んだり相槌を打ったり。
思えば、オフの時にこんなゆっくりと話したことが無かった。
いつもは番組とかツアー中にテンション高めで騒いだりして。
静かで、ゆっくりとした時間の中での話は不思議だった。
そうなると自然に、昔の話が出てくるようになり、想い出をポツポツと上げた。
愛が眠っている分、声も小さめだけど、空間には邪魔なものは何一つ無かった。
薄々は気付いていたものの、絵里はいつもの絵里ではない。
それを言葉にするのは難しい。
だけどそれは絵里の"広さ"を表しているようで。
確かにそこには、"たいせつ"な何かがあった。
ふと感じたモノ。
あふれるほどのモノをこの手に掴んでいる事。
強がったり、笑ったり、怒ったり、泣いたり。
どうしようもなく不貞腐れてみたり。
それは多分、とめどころなく溢れてくる愛しさに満たされているから。
- 99 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 18:03
-
以前は何も無かった。
何も無かったから、まだ寂しいとか分からなかった。
失くしたと思っていたモノすら。
そして何も無かったから、その喪失感も人一倍大きいものだった。
だから何も見付けられなかった。
どうしようもないと諦めていたけど、今は、それで良かったのかもと思えた。
「なんか、変な気分、カメにこんなこと話してるの」
「それは多分……ガキさんが言おうとして言えなかったからですよ」
「…そうかな?」
「絵里やさゆやれーなも、言えない事ひとつやふたつありますよ
でもそれは、自分で受け止められない範囲じゃないですから」
荷物のひとつやふたつ持てますからね。
そう言って、ギュッと腕を絡んでくる絵里の姿。
暖かい。
暖かくて、心の芯がジクジクと溢れようとしている。
- 100 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 18:03
-
"たいせつ"なモノはいつか溢れてしまうけれど、それで何かに気づけられるなら。
だから此処に居られるのなら。
繰り返して、繰り返して、繰り返す。
何かを失くして、何かを手にして。
ヒカリに包まれると同時に辛くなるし、悲しくなる。
それでもそれ以上に、愛しさが生まれる。
それは当たり前で自然な事。
だからまるでサイフを忘れたようにうっかりと落としてしまう。
気付けなくなる。
さんざん歩き回って、さんざん探し回って。
見付けたものはこの世界にとってはとてもちっぽけなモノかもしれない。
「カメってさぁ、変だよね」
「それ、愛ちゃんにも言われました」
「まだ私に敬語使ってるよね」
「これはまだちょーっと譲れないみたいです」
「まぁ、ちょっとずつで良いんだけどね」
「…ガキさんも、ちょっとずつで良いと思いますよ?」
- 101 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 18:04
-
まるで自分自身のようなそれは、やはり自分に良く似ていて。
目を真っ赤にさせる里沙に肩をポンポンと撫でる。
「……カメはマイペースだしなー」
「そうです、絵里はマイペースですよ?」
「自慢じゃないからぁっ」
「ん…」
不意にベットの中で愛がゴロンと体を丸めた。
2人で人差し指を口に当てて「静かに」の合図。
笑いが込み上げ、一瞬の笑い合い。
ストンと、何かの荷が下りたような違和感。
それでもあまり嫌じゃない心の気持ち。
愛の体は里沙とは全く変わらないもので、小さい。
あんな小さな体の中には、どれほどの不安と恐怖が渦巻いていただろう?
いや、今でもそうだろう。
だから里沙も……そんな風に考えてきた。
- 102 名前:思い出の温もりと心の優しさ 投稿日:2007/11/30(金) 18:05
-
「…とりあえず、起きてきたらなんて言う?」
「それはサブリーダーの鶴の声で」
「こらぁ、人に頼らずにアンタも何かしなさい」
「えーじゃあねぇ…」
絵里はへらっと笑い、腕に頬を摺り寄せる。
「とりあえず、明日考えません?」
多分、きみの手があったかい所為。
多分、私が弱かった所為。
多分、ぬくもりの所為。
ありがとう。
そう思えるのは多分、"タイセツ"なものの所為。
end...
- 103 名前:- 投稿日:2007/11/30(金) 18:08
-
- 104 名前:- 投稿日:2007/11/30(金) 18:08
-
- 105 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/11/30(金) 18:14
- △関係の様に仕上げてみようか、それとも全員を
結び付けてみようかと右往左往している内に
こんな形になりました(汗)
ありがとうございました(平伏)
>>85 60様
そう言って頂けると幸いです(汗)
どんな想像をしていたのかは謎ですが
リクエスト、ありがとうございました。
- 106 名前:61 投稿日:2007/12/01(土) 00:44
- リク拾って下さってありがとうございます
しみじみしました
支え合って頑張って欲しいものです
- 107 名前:- 投稿日:2007/12/12(水) 04:13
-
- 108 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:14
-
午後5時。
曇った空と灰色に染まる雲。
地元の滋賀では、多く思えるほどの雪が積もったことがある。
いつかの景色、誰かの足跡、子猫の鳴き声、子供の笑う声。
全てを消してしまおうとするように振り続けたことがある。
吐く息は真っ白で、酷く哀しい色をしていて。
「新潟でも雪降ってたんだよ」
笑った顔が浮かぶ。
久しぶりにこの人の表情を見た気がする。
- 109 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:15
-
唇はかさかさ。
髪をショートにした事であまり寝癖は作らなくなった。
ただ右ホッペにニキビを発見したのは変にセンチな気分。
冷たくなった両手を擦り合わせながら、私達は仕事場へと向かう。
「でもやっぱりこの寒さには慣れないかも…」
「東京は雪が降らないって言いますもんね」
「そう、それが一番の救いだよミッツィーっ」
共に中学二年生の同学年ではあるものの、この人はこの
世界に入って私よりも長い。
二学期に入ったからといって受験があるわけでもない私達は
来年のコンサートやダンスレッスンのことで頭の中は一杯。
そういった意味で、地元の事を思い出すとまずは両親の事。
寄せ書きまで作ってくれた友人達の顔が浮かび、懐かしさに浸る。
この人もきっと、自分と同じく思い出に浸ることもあるだろう。
- 110 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:15
-
同期のジュンジュンやリンリンも、食べ物の話をするといつも
故郷の話をするのだから尚更恋しくなるのではないか。
いつも傍に居た存在。
当たり前だと思っていた日常からの旅立ち。
時々不安になるときがある。
それから飛びだって行った私達は、もしかしたら誰からの記憶からも
消えてしまう日が来るんじゃないかって。
友人も、家族も、他の誰からか、忘れられてしまうんじゃないかって。
憧れて入ったはずの世界。
輝き、綺麗な世界が、いつかは存在していない場所になるんじゃないか。
そう思うときがある。
恐くなる。
- 111 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:15
-
冬の陽は、先急ぐように暮れる。
今日も何だか長い一日だったように思う。
近頃はさらにそれを強く感じていた。
太陽が低くなって、明るい時間が短くなり、暗い闇の時間だけが残る。
夜が、長くて長くて仕方が無い。
暗い時間をただ見つめて、沈む。
「何だか、だいぶ日が暮れるの早くなってきたよね」
「え、ぁ……そうですね」
「はーっ…?ミッツィーどうかした?」
小春は息を両手に吐くと、愛佳の反応に疑問を持つ。
何かを察したわけではない。
ただその戸惑った様子を気に掛けただけ。
その証拠にほら。
- 112 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:16
-
「何でも無いですよ、ちょっと手を温めてたのに集中してて…」
「小春も手が冷たくなり始めてきてるよぉ、寒いーっ」
すぐ自分の容態に考えが向く。
先輩達がよく言っていたことだ。
小春の服装というと黒いコートと丈の長い派手なマフラー。
愛佳は紺のダッフルコートと母親が購入してきた何の変哲も無いマフラー。
無個性ではあるものの、愛佳とは対照的にイマドキのファッションだと思う。
小春は用事の為に遅れてきた愛佳を数十分ほど待っていた。
その時、小春は何を考え、何を想っていたのだろう?
もしかしたら怒っていたかもしれないし、もしかしたら愚痴っていたかもしれない。
でも小春は何も言わない。
余計に考えてしまう。
何を考えて、何を想っていたの?って。
遅いって想ってたのなら、自分を置いて仕事場に行けばよかったのに。
こうして道を歩いていることも。
- 113 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:16
-
地下鉄でも行ける範囲のはずなのに、小春は徒歩で行くことを望んだ。
今回2人で仕事場へ行くのは初めてだったけれど。
期待感。
思わず膨らみだす気持ちを抑え込んで、体を目的地に運んでいく。
駅の近くへ進むと百貨店やデパートが立ち並び、カジュアルショップが見えてきた。
冬物の服が並び、それに目を奪われながら歩き続ける。
「肝心なときに手袋が無いんだもん…あーあ」
「愛佳も無いんですよねぇ」
「えっ?買わないの?」
「んーそろそろ買おうとは思うんですけど」
- 114 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:17
-
嘘。
本当はタンスの中で綺麗に畳まれているはずの新品の手袋。
母親にはいらないと言って、そのまま出てきてしまった事。
―――どうして、言えなかったのか。
手は麻痺したように冷たく、痛みを覚えていた。
蛇口を捻り、冷たい水の中に入れているかのようで。
体温は徐々に低くなってきている。
―――凍えている。
心さえも冷えていて、その原因が分からない。
雪は降らない。
変化は無い。
だが愛佳は意外な何かに触れる。
ドキッとした。
- 115 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:17
-
瞬間、小春のニッとした笑顔が見える。
何が何だか分からない思考の中でただハッキリしているのは。
―――小春の手の暖かさ。
コートのポケットへと突っ込んでいた手なのだ。
熱の篭った手は優しく、その中へと誘う。
小春の暖かさと、愛佳の冷たさが交差する。
「うわっ、ミッツィー冷たいよっ」
「く、久住さん何やっとるんですかっ?」
「一人で暖めるより二人の方が良いんだって♪」
「や、やからって何もポケットに入れなくても…」
とても嬉しそうに笑う小春の笑顔。
だが愛佳は思う。
- 116 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:18
-
こういった事も、いつかは忘れてしまう。
小春ともいつかは別れて、離れる。
きっと、私の事なんか忘れてしまうんだ。
地元で振り続けた雪を、どこかで自分と重ねていたことがある。
すべてを真っ白に埋め尽くすその姿。
窓から見上げていたその白いものを。
月明かりの中で踊る切なくてもキレイなもの達を。
空の果てを見つめて。
星屑となったそれは堕ちて消えていった。
手を伸ばして離すけれど、指先にはその名残がいつまでも感じ続ける。
愛佳は、自分の中で芽生えていたものに気付いていた。
だから忘れることを恐れ、夕暮れの中、一人で泣いていたこともある。
たった一つの机にそっと指先で触れて。
- 117 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:18
-
「到着ーっ♪」
小春が大きく声をあげ、掴んでいた愛佳の手と共に高々と空へ掲げる。
空へと伸びる二人の手は、その瞬間に離れた。
ハッとした愛佳は目の前にある小春の背中を見つめる。
普遍的で誰にだってある、惨めで弱い自分。
この世界にたった1人、同期すら居ない彼女の背中は大きくて。
小さな存在である自分とは同い年な筈なのに。
何故こんなにも…。
「ミッツィーっ、行くよぉ?」
何も知らないあの人の声が響く。
それなのに、足が全然動かない。
どうしてなのか気付いているのに、気付いていないフリ。
「ミッツィー?」
- 118 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:18
-
この人はいつでも笑っている。
緊張すると笑ってしまう私と一緒に笑って安心をくれる。
笑顔で、周りにはいつも人がいて、明るく照らし出されているようで。
いつかこうなってみたい。
いつかああなってみたい。
そうして背中を追い求めてきた。
その結果が、これ。
「あ、ぇっ?ミッツィーっ??」
「――――――ぁ」
自分でも不思議だった。
愛佳の目から頬に伝わる雫。
ツーッと流れたそれはアスファルトで小さく弾かれた。
- 119 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:19
-
慌ててコートの袖で顔を拭い、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
帽子を被っていたが、こんな人気の多い場所から逃げ出したくなる衝動が襲う。
愛佳は歩こうとした途端、腕を引かれた。
気付けばビルの1階にある化粧室へと連れて行かれ、小春は少し動揺したように落ち着かない。
どうやら自分だけでは何も出来ないことを判断したのか、先輩達を呼びに
行こうかとも考えているらしい。
この人は顔に出易い。
「…すみません、久住さん」
「う、ぅうん、小春もちょっとビックリしたけど、全然大丈夫っ」
そう言うもののこの場から立ち去ろうとする小春の背中。
愛佳は無意識に、背中のコートを手で掴んだ。
驚いたような表情を浮かべる小春。
「…忘れようって、思ってたんです」
- 120 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:19
-
愛佳は一言一言、続く限り言葉をかき集めて発し始める。
「初めは、自分の事が分からなくなったんです。
頭の片隅で、どうしてこんな事になったんだろうって。
別に何も無かったんです、本当に……何も無かった」
周りに愛してくれる人が居る。
存在を認めてくれる人が居る。
抱きしめてくれる人が居る。
「羨ましくて、悲しくて、でもダメやったんです。
どうしても不安になって、怖くなって、このままやったら
どうにかなってしまいそうで…」
いつだって、笑い合えば笑いかけてくれた。
傍に居て、話すこともたくさんあった。
それでも弱い自分がそこに居る。
逆へ逆へと進む自分が居た。
- 121 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:20
-
「私は、愛佳は…」
「もういいよ」
ピタリと。
空気は止まる。
小春は歪んだ表情で、愛佳と視線を交差させる。
洗面台の蛇口から流れた雫の音が響く。
気付いていたことだ。
何もかもが、気付いていたこと。
人を好きになること。
愛されたいと願い、愛されないと分かっていた。
振り向きもせずに走っていたはずなのに。
どこかで脱線し、その場から逃げていた。
「…ごめんね」
「やっぱり、ダメですよね…分かってたんですよ?
久住さんにフられてからも、勝手に期待してただけですから」
- 122 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:20
-
皆同じなんだ。
この人もまた、自分を弱くて情けなくて惨めだと思っている。
自分と同じく、愛されたいと思っていても愛されないことを知っている。
だからほんの少しの期待。
こっちに来て、抱きしめてくれるかもしれない。
手袋のことも、ほんの少しの気持ちがあれば傾くかもしれない。
わがままで、傲慢な考え。
待ってくれていたのはきっと。
心の中での葛藤。
待っていてもいなくても、結果を出す為に。
子供な自分。
子供な心。
抱きしめることは叶わない。
見えない羽根は何も見出せず、堕ちていく。
誰かの涙にさえ気付いてあげられない。
- 123 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:20
-
だから、何も言ってくれない。
大嫌いって言ったら、もっと大好きになってしまうから。
微妙な距離。
でもそれ以上はダメなんだと心が呟く。
「ミッツィーって、何かもっとしっかりしてると思ってた」
「…久住さんもそうやないですか」
「小春ってケッコー好かれちゃうタイプだから」
「ハハ、自分で言っちゃうとダメですよねぇ」
そう、こうして笑い合えるだけでも、独りじゃないことを知る。
私たちには、それが一番良い方法なのかもしれない。
この人が生きていたこと。
この人が想っていた事。
そして苦悩と道筋。
愛されず愛したい気持ちを抱いていたことを、私は忘れない。
家族も友人も誰かも知らないことを、私だけは覚えていよう。
この人もまた、私の事を覚えていてくれるはずだから。
- 124 名前:雪の星屑 投稿日:2007/12/12(水) 04:23
-
雪は溶ける。
透明になった気持ちはいつまでも此処に。
「じゃ、行こっか」
「はい」
背中から答えは返ってこない。
多分、答えなんて無いから。
きっと、結果はこれから自分達が出していくのだろう。
覚えている限り、私たちは進み続けよう。
いつか、見えない羽根に触れれるように―――。
end...
- 125 名前:- 投稿日:2007/12/12(水) 04:23
-
- 126 名前:- 投稿日:2007/12/12(水) 04:23
-
- 127 名前:名無し亀さん 投稿日:2007/12/12(水) 04:36
- >>62 名無飼育さん様のリクエストでこはみつでした
こんなこはみつも良いかなぁ…と考えていると
思いっきりアンリアルなシリアスものに(汗)
かなりグダグダになりましたが、リクエスト有難うございました(平伏)
>>106 61様
少し文章が繋がっていない箇所もあったかと思いますが
そう言って頂けると大変嬉しいです(泣)
お付き合いくださり有難うございました。
これで全てのリクエストが終わりましたが、随時受付中です。
よろしくお願いします(平伏)
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 22:23
- こはみつ良かったよ
この二人だとこんな世界になるんですね
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 22:48
- リクまだokでしたらさゆれなお願いします
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/26(水) 01:09
- 愛ガキかガキ亀のどちらかでいいので
お願いします。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/06(日) 12:34
- あけましておめでとうございます。
新年早々風邪を引きました_| ̄|●|||
では>>129 名無飼育さんのリクエストで「さゆれな」行きます。
- 132 名前:- 投稿日:2008/01/06(日) 12:35
-
- 133 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:36
-
道重さゆみの祖父が小さかったさゆみに御伽噺を話した。
それは大昔に実在したという"魔法"の物語。
だけどもうその"魔法"は存在しない。
ぱったりとその姿を消してしまったから。
さゆみはそれを信じた。
本当に実在するんだと、テレビの中に居る仮想のアニメではなく。
本当に、この手で触れられるものなんだと信じて止まなかった。
その数年後、田中れいなと出会った。
桜の木があるのは、人気のない寂しげな山。
一年中桜が見られるとまた不思議な場所だった。
木々が高くそびえ立ち、葉や枝が太陽の光を遮断している。
足元は悪く、確かではない。
その奥には滝があった。
水の音と水しぶきが微かな霧を生み出し、桜の葉が池の中に佇む。
- 134 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:36
-
さゆみは今年、高校を卒業する。
同時に、都心へと上京する為にこの馴染んだ地元を離れる事になった。
小さい頃、この山に来て1度迷ってしまい、家に帰れなかった事があった。
この桜の木で小さく丸まり、泣いていたのを思い出す。
進めど動けど、木と緑しか見えてこない。
同じ場所を行ったり来たりする内に酸欠状態にも陥っていた。
疲労と寂しさ。
自虐的な考えしか浮かんでこなかった時、目の前には女の子が居た。
視界のぼやけで幻かとも思ったが、不思議と現実感がある。
「そんな所でなにやってると?」
そう言った少女に、さゆみは「お家に帰れないの」と正直に言った。
少女は困ったように表情を歪ませ、頬を掻く。
「名前は何て言うっちゃ?」
「さゆみ」
「ここの子?」
「さゆみ、こんな所に住んでないの」
「やなくて、この下に住んどるのかって」
- 135 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:37
-
さゆみはコクと頷くと、少女は少し安堵したように表情を柔らかくした。
その後はよく分からない。
気付けばその少女に手を引かれて、――水面に立っていた。
人が水の上に立つという現象は有り得ないことだったが、波紋と共に
水が隆起し、まるで生き物のように少女とさゆみの周りを螺旋状に取りまく。
「しっかり捕まるっちゃよ」
少女の声と同時に、指先をまるでタクトを振るうかのように動かすと
水が上下左右と動き始めた。
それをさゆみは、天女の羽衣だと思った。
桜の木から舞う葉が水と共に戯れ合い、綺麗だと思った束の間、浮遊感。
「わぁ……」
さゆみは小さく歓喜の声を漏らす。
先ほどの水面が二十メートルも下に存在していたのだ。
不思議と、恐怖は無い。
- 136 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:37
-
少女の手はさゆみよりも細く、小さかった。
だが暖かさと優しさを含んだそれは、恐れや怯えを払うのに十分だった。
少女はさゆみへと微笑み返す。
さゆみとそれに呼応するように笑みを浮かべた。
桜吹雪がつむじ風のように舞っている。
その中に自分達が居るなど、誰が想像できただろう。
これが"魔法"だと知ったのは、それから数年したある日。
- 137 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:38
-
中学へと入った時、さゆみは少女と再会した。
少女は一段と大人びたようで、「物静か」よりも「クール」な存在感を漂わせて。
さゆみは嬉しくなって、教室が同じだった事と隣の机だったことで声をかけた。
「私、道重さゆみ」
少女は冷静な口調で「田中れいな」と呟いた。
さゆみは小さい頃に会った事を話し、再会を喜び合おうとした。
だが、その言葉に時間が止まる。
「……誰やっけ?」
驚きもせず、寧ろ多少迷惑そうな素振りを見せながられいなは言い放った。
さゆみは説明しようとしたが、あの時の出来事を考えるとどう言えば良いのか分からなかった。
小さい頃の思い出。
それはもしかしたら、自分の妄想だったのか。
- 138 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:38
-
「誰か知らんけど、あんまりふざけた事言うと怒るけんね」
その言葉でさゆみは顔に熱を持ったのを感じる。
自分の思い出を「おふざけ」と言うこの少女に。
必死でさゆみは言い返そうとした。
「あんなの見たら、誰だって嬉しくなるのっ」
「あんなのって?」
「だからその…っ、水を操ったり飛んで見せたり…」
れいなが笑ったように見えた。
だがそれは自虐的で、バカだと思うように。
「やってあれ、"魔法"やもん」
「ま、ほ……う?」
「別に信じなくてもいいっちゃよ?こんなの、信じないほうが正解なんやから」
- 139 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:39
-
れいなはそう言うと、教室から出て行ってしまった。
「魔法」
そうれいなは言った。
何の躊躇も無く、言いのけてしまった。
その放課後、さゆみは図書館へと向かう。
莫大な蔵書の中からSFや御伽噺、伝説や「魔法」に関する全ての本を読み荒らした。
「魔法」
小さい頃、祖父が言っていた御伽噺。
知識としては全く無いその単語に、さゆみは興味を抱かせた。
本好きという事もあって、本の匂いや雰囲気が好きなさゆみにとってはその時間は
どこかゆったりと安心できるものだ。
ぺらぺらと開く本にはさまざまなものがある。
理論的化学的な解明をするものは適当に飛ばしていたが、マニアが好きそうな
魔方陣、魔法薬の精製法は見ていて面白そうだと思った。
だが結果的に、そこから「魔法」という徹底的なものは見当たらなかった。
それはそうかと、さゆみは思う。
本も言えば「魔法」の類だ。
- 140 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:39
-
単純に物語の中に入り込んで疑似体験が出来る。
日常に有り得ないこと、それこそ魔法や冒険といったファンタジーに、恋愛。
関係ないことばかりでも、その中では感情移入し、自分自身を重ねている。
客観的に「自分ならこうする」と言った想像をし、そこに存在する物語の一片を切り取る「魔法」
一時的なものだけど、れいなが見せてくれたあの「魔法」はまだまだ未知な所を持っている。
もっと知りたいと思った。
もっともっと、あの「魔法」を、「田中れいな」を。
教室に居るれいなは愛想笑いを浮かべる事も無い、ひたすらクールな表情を浮かべている。
その為、あまり同級生が彼女と一緒に居るところを見た事が無い。
そんな中、さゆみは何度か話しかけていた。
度々迷惑そうに顔をしかめて教室を抜け出してしまうが、同級生に「もう関わらない方が良いよ」と言われても
さゆみは止めることしなかった。
中学3年の時、れいなが学校を休んだ日がある。
- 141 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:40
-
担任の先生は珍しそうに欠席を明記していたが、確かに彼女に関して休むなんて事は無かった。
机には何も置かれておらず、さゆみは退屈そうに肘を付き、授業を聞いていた。
何気なく窓の外へと視線を向け、ギョッとした。
「ヤッピー」
そう口が動いたような気がする。
おどけた様に手を額に当てたポーズ付で。
窓の外にれいなが居た。
しかも3階というこの場所で。
ありえないと、さゆみは思った。
プールの倉庫に置かれている筈のデッキブラシでれいなは飛んでいた。
大胆な犯行にも関わらず、それを見て驚いているのはさゆみだけ。
何故か、という疑問は無かった。
何故ならその瞬間、さゆみはれいなが本物の「魔法使い」だと思ったから。
人には見えないのは当たり前だと、そう思った。
だが同時に、何故この光景がさゆみにだけ見えるのか。
- 142 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:41
-
れいなはふわりふわりと屋上へ浮上する。
さゆみは気分が悪い表情で先生に「保健室に行ってきます」と言い屋上へと駆け上がった。
誰かに見られる可能性だってあった。
でも彼女はそんな事お構いなしに飛んでいた。
屋上には案の定れいなが居た。
デッキブラシにまだ跨っていたが、その表情はどこか楽しそうで。
さゆみは上がった息を整え、れいなに詰め寄る。
「人に見られても知らないのっ」
「何が?」
「何って、魔法に決まってるのっ」
「何で隠さなくちゃいけないと?」
「そ、それは…っ」
「何でアンタが必死に庇うっちゃ?」
確かにそうだ。
どうしてれいなの魔法をさゆみが必死に隠そうとしているのだろう。
からかわれている本人なのに。
ワケが変わらない。
- 143 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:42
-
ワケが分からないが、いつからなのか、れいなを見ていた自分が居る。
何も知らないのに。
「魔法」を持つ彼女しか分からないのに。
いつのまにか、「彼女」そのものを見つめていた。
「アンタが追いかけてるのは、れいなの魔法だけっちゃろ?」
「っ!…ちが」
「ミンナ、そう」
無表情というより、とても冷たいものを感じる。
全てを拒絶するように、寄せ付けないようにしているその表情。
まるであの頃とは別人。
誰かに触れることも、交わる事も無いその存在。
確かに分からない「魔法」の事。
その先にある何か。
どうしてれいなはこんなにも――。
「アンタも、ホントは恐いんじゃないの?」
- 144 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:42
-
ふわりふわり。
デッキブラシに跨るれいなは、冷たい顔でそう言った。
さゆみはブンブンと顔を振り回すが、れいなの表情はまだ険しい。
「やったら、何でそんな顔しとるとっ?」
少し強くなったれいなの声。
目じりに溜まった涙が零れ、それに対してバカみたいだと思った。
デッキブラシが動くと同時に、れいなが動く。
さゆみに近づいて、腕を伸ばし、その涙を指で拭い取った。
指の上にある雫は、れいなの口が動いたと同時に小さく微動する。
瞬間、それは浮遊し、水玉へと変形した。
水玉はビー玉のように丸く、空間で消えた。
「…初めて、人に使ったっちゃよ」
「ぇ…」
さゆみは小さく呟き、居なくなったれいなの背中を目で追いかけていた。
デッキブラシに跨った「魔法使い」
切なくなって、さゆみはまた小さな雫を落とした。
- 145 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:43
-
れいなは恐かった。
自分の存在を暴け出すのか、自分に触れられるのが、自分を知られるのが。
人が傷つくのが。
幼少時代、偶然祖母の前で「魔法」を使うことが出来た。
それを祖母はれいなにこう言った。
「その魔法はもしかしたら誰かを傷つけるかもしれない。そして自分自身も」
使えることは悪いことじゃない。
でも他人にとってはそうじゃないかもしれない。
時に恐れ、時に怯えさせる。
未知なものは時として恐怖の象徴となる。
「魔法」とはイメージと同じ。
自分が唱えた"呪文"を鍵とし、扉を開けて具現化したいものを引き出す。
空気や水や光や木。
それを応用することでれいなは「魔法」を使うことが出来た。
- 146 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:43
-
知ってほしい。
自分はこんな事が出来るんだと認めてほしかった。
だけど殆どの人間が、それを軽蔑した。
変な奴だと罵り、恐がり、畏れた。
ただ魔法が使えるというだけで。
誰かを不幸にしたいなんて思わない。
ただ、1人になりたくなかっただけ。
あの時も、それと同じ。
誰かの助けになりたかった。
さゆみを助けたかったのも、自分を認めてほしかった。
嬉しかった。
でもそれが消えることを知った時、れいなは人と距離を置くようになった。
「魔法」が唯一の自分を認めさせるためのものだったから。
人と接しないようにするのは簡単だった。
同時に、孤独が募った。
- 147 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:43
-
寂しくて寂しくて。
さゆみは、彼女は暇つぶしだった。
卒業間近に迫ったとき、最後の「魔法」として空を飛んで見せた。
それを見たからなのか、彼女は泣いていた。
彼女は暇つぶし。
寂しさを紛らわせる為の。
――――そうだと、思っていた。
さゆみはれいなと同じ高校を内緒で受けていた。
そして見事合格し、玄関先で鉢合わせになったが、れいなは何も言わなかった。
また、同じ組になった。
- 148 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:44
-
「何で、れいなはそんなに冷たいの?」
「別に勝手やろ?アンタ何様なわけ?」
「れいな、自分の「魔法」の事、分かってない」
「は?」
「さゆみは、初め見た時凄くキレイだって思った、だけどれいなは全然綺麗じゃないし、可愛くない」
「…ケンカ売ってると?」
「もっと自分の事見つめてみてよ、れいなは、本当はこんな事したくないんでしょ?」
「せからしかっ」
悲しいのか怒っているのか。
言葉には怒気が無く、ただ叫んだように無機質。
さゆみは目を閉じ、れいなの両手を掴んだ。
れいながビクッと動揺したように一歩引く。
――――途端。
「きゃっ」
さゆみは大きな風に吹き飛ばされた。
鋭く尖った、まるでカマイタチの様に。
衝撃となったそれはさゆみの手を切りつけるほどで。
- 149 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:44
-
「…ぁ」
小さな声を漏らし、れいなは動揺を隠しきれずにその場から逃げた。
さゆみはその背中を見つめた。
座り込んだ地面がジワリと冷たい。
傷つけてしまった。
初めて人を、傷つけてしまったんだ。
れいなは泣いた。
自分がしてしまった事と、罪悪感に苛まれて。
屋上に駆け上がり、れいなは柵を飛び越えた。
もう嫌だった。
触れてくれた両手はすでに冷たくなっている。
息を吸い込み、れいなは重力に耐え切れず落下する。
死んでしまえば良いと思った。
どうして自分は、人を傷つけるのだろう。
どうしてこんな「魔法」なんてあるのか。
もう死んでしまえばと、思ったのに。
- 150 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:45
-
2階部分で、れいなは浮かんでいた。
死ねない半端な自分が嫌で泣き崩れて。
途端、上から聞こえたのは彼女の声。
「れーなー!!」
そんな声と共に、さゆみは飛んだ。
れいなは目を見開き、両手を上にかざす。
言葉を大きく叫んだかと思うと、そこには見えない風が壁を作っていた。
ふわりと、落下の衝撃を全て吸収したかと思うと、さゆみは浮き上がる。
「アンタなにしとぅ!」
「…これでおあいこなの」
「は?」
「れいな、今さゆみの事助けてくれたの」
「助けたって、これはアンタの所為で…」
「そう、さゆみの所為なの。でもこれでチャラにしてあげるの」
「これなら問題ないでしょ?」とさゆみ。
れいなは思わず噴出してしまった。
何て無茶苦茶なんだろうか。
- 151 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:45
-
だが今ので決めたことが1つ。
途端、れいなの周りに桜の花びらが舞った。
幼い頃、水面の水が取り囲み、さゆみとれいなを浮かせた天女の羽衣のように。
地面に着地したと同時に、その花は光となって消えた。
同時に、れいながおかしな事を言った。
「あーもうこれで「魔法」は使えんね」
「?どういうこと?」
「あれは元々借り物っちゃよ」
れいなはフーッと息を漏らすと、その場に座り込んでしまった。
グランドには誰も居ない。
だが玄関口から怒号を含ませた叫び声が上がる。
「こらー!お前らー!授業は始まってるぞー!!」
「うぁ、マズイッ」
- 152 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:45
-
れいなは飛び起きると、玄関口へと走り出した。
さゆみも何が何なのか分からず、その背中を追いかけた。
結果、デッキブラシ片手にトイレ掃除というペナルティが付いてしまった。
- 153 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:46
-
さゆみは過去の回想を終え、小さく息を吐いて伸びをする。
あの出来事から、れいなは「魔法」が使えなくなってしまった。
嫌、多分まだ使えるのかもしれないが、極限控えるようになった。
そして今日、れいなは「魔法」を"返す事"になった。
れいなは笑顔を浮かべる様になり、今日もまた同級生と遊んでいるのだろう。
だがさゆみとの関係が消えたわけではない。
ささやかだけれど、小さな幸せがたくさん出来た。
差し出した手はとても暖かく、あの日のように笑い合った。
手の中にある「魔法」は本当に小さなものだけれど。
心の中にある「魔法」は本当に大きなものだ。
ささやかな「大切」
そして今日もまた、その「魔法」を持ち続ける。
- 154 名前:ピンクの花びらと猫のおとぎ話。 投稿日:2008/01/06(日) 12:47
-
「お待たせ」
「もういいの?」
「これ以上さゆを待たせんけんね」
彼女は綺麗に笑った。
「魔法」の様な満面の笑みに、さゆみも微笑を浮かべた。
end...
- 155 名前:- 投稿日:2008/01/06(日) 12:48
-
- 156 名前:- 投稿日:2008/01/06(日) 12:48
-
- 157 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/06(日) 12:51
- こう言ったお話もアリかと思いました(笑)
いろいろと考えているとファンタジーものも書いてみようかと
思いましたが、やはり難しいですね(汗)
有難うございました。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 00:13
- や、アリです、アリです。
楽しかったです。
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/09(水) 00:07
- れいなとさゆの関係がいいなと思いました
たのしかったです。
リクこたえてくださりありがとうございました。
- 160 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/12(土) 21:39
- ハロコンが始まりましたね。
それにはいろいろな事情で参戦出来ませんけど(涙)
そんな中、某動画サイトにてあの2人のコメント発見。
>>130:名無飼育さん様からのリクエスト
で1つ目の愛ガキ行きます。
- 161 名前:- 投稿日:2008/01/12(土) 21:39
-
- 162 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:41
-
「泊まりにおいで!」
そう口走ってしまった事がある。
いや、確かに言ったんだよ私…言ったんだけどさ。
「何でここなの?」
「いーやん、ガキさんも行きたいって言ってたやろ?都合がええやよ」
「都合とかそういう事じゃなくて…」
線路はどこまでも続いている。
列車は絶えずガタゴトガタゴトと音を奏で、揺れては走る。
私たちを乗せて、始発の列車はとある町の方へと突き進む。
どこって?
- 163 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:42
-
「何で私たちがしかも2人だけで沖縄に来てるのかって事っ!」
「耳元で怒鳴らんでよガキさん」
「いきなり「行こう!」って言った途端気絶させる人に言われたくありません」
「やってあーし、舞台で休みとかあんまし無いんやもん、善は急げって言うがし」
「私の後頭部にマイクでごつくのが善なわけ?」
「似たようなもんやで」
「全然違うからっ!」
そう、私たちは今、「沖縄」に来ている。
何がどうなってこうなったのかという道筋を簡潔に言えば拉致されたという方が
辻褄が合うのだが、隣に座る愛ちゃんが取り出した「紙」がそのきっかけ。
「年末のハロコンが終わってから何をしたいか」という番組用の収録中、私は
愛ちゃんに「泊まりにおいで!」と言ってしまったのである。
その言葉に対して嘘偽りはこれっぽちも無い。
無いのだが、その後私の部屋に来て愛ちゃんがどこから出してきたのか小さな箱を持ってきた。
古びていて、所々が錆付いていたそれを私の何の承諾も待たずに開けてしまったのだ。
- 164 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:43
-
「何か凄い懐かしいものばっかあるのぉ」
「私のじゃないけど…子供のおもちゃ箱って感じだよね」
そこには子供のオモチャで溢れ返っていたが、それに紛れてボロきぬの様なもの…手紙があった。
絵の具なのかクレヨンなのかは分からなかったけど、よく子供達が作る冒険用の地図の様で
私の家系はほぼ全員がゲーム好きだった事から遊び心で作成したのかもしれない。
ただそこに赤く記された「×」というのが頭の隅で引っ掛かった。
「…宝の地図?」
「まさかぁ、ただオモチャ用に作ったんじゃないの?」
「これってダレのか分からんの?」
「んー…お母さんに聞けば…」
- 165 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:43
-
後に分かったことだが、その箱の持ち主は私の祖母のものだった。
戦争が終焉を終えた頃に生まれて、戦火には巻き込まれずに済んだらしいけど
「沖縄」から本州へと渡った人たちは数知れず、祖母の友人や親戚の殆どもこっちへと
来てしまい、昔からの顔見知りはあまり居ないと聞いた事がある。
私は「沖縄」に住む祖父母は好きだったけど、そんな祖母の思い出が詰まった箱の中にあった手紙。
もしかしたら、ほんの良心から出た言葉かもしれない。
「私、休み貰ったら沖縄に行ってこの場所行ってみようと思う」
その言葉がいけなかった。
予定決行の当日、家の前には愛ちゃんが居た。
しかもどこから持ってきたのかマイクを振りかぶる姿勢で。
- 166 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:44
-
―――そこからの私の記憶は無い。
気付けば列車に揺られていつの間にか「沖縄」へ到着。
って言うか飛行機の券があるという事は愛ちゃんはどうやって
身体検査を突破させたのか…。
その前に気絶してる人をここまで連れて来る愛ちゃんって…。
「ガキさんも食べる?」
「しかもお弁当持参してきたんだ…」
「腹が減っては戦は出来ぬって言うが」
「別に戦に何て行かないし…」
「ほれ、イライラするんは腹が減っとる証拠やざ」
仕方なくおにぎりを貰い、それを口に運ぶ。
中身は焼き鮭。
塩加減も十分で、味も全く問題ない上にその鮭の大きさによって
お米の分量も完璧。
これってA型特有というのだろうか…。
- 167 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:44
-
「おいしい…愛ちゃんエビ剥けないけど料理上手だよね」
「……ダレから聞いたんや?」
「小春とか吉澤さん、あ、お茶もらうねー」
銀色の水筒からカップにお茶を注ぎ一口。
ちょっと渋めだけど冷え具合も丁度良い。
さすが保温効果と言うか…あれ?保温って暖めるほうだっけ?
「ごちそうさま、ありがとーね、愛ちゃん」
「ん、まぁこれでガキさんにも付いていける口実が出来たしの」
「別にここまで来ちゃったんだし、今更帰れなんて言わないから」
「そうけ…ぉ」
ふと、愛ちゃんは窓から流れる風の中に混じる匂いを嗅ぎ取ったらしい。
やっぱり地元にもあるから、馴染みがあるのだろうか。
海の潮の香りと共に山と防波堤がずっと先のほうに見えた。
- 168 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:45
-
「のどかやねぇ」
「愛ちゃんのトコロもこんな感じでしょ?」
「んーでもちょっと違うな、やっぱり潮の匂いとか」
「今度は愛ちゃんの家に泊まりに行くからね」
「おー来い来い」
駅に着くまで、私たちは会話という会話をしない時間を過ごした。
どこかこの空間だけでも安心させている自分が居て。
この世界のどこかで私たちと同じように安心した人たちが居るのかもしれない、とか。
海のように広大なものが世界を包んでくれているなんて妙にロマンがある、とか。
そんなくだらない事を考えること数十分。
「今頃、あっちは雪でも降っとるんかな…」
「そりゃあ今はまだ1月なんだし」
「皆今頃どうしとるかな?」
「何?いきなりホームシックとか?」
「いや、なんか…まぁあーしリーダーやしな」
- 169 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:45
-
青色に、薄く広がって浮かぶ白い雲があった。
愛ちゃんの短くなった髪の毛が揺れて、ほんのりと香水の匂いがした。
どこか揺れるその横顔が、私には変に寂しそうなものに思えてしまって。
「あ、うみねこ」
「ホンマや…」
そうして話を逸らせるしかなかった。
- 170 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:45
-
*
ワケ判らなくても良いのに。
それがウソだって、何だって良いのに…。
愛ちゃんに、かけられる言葉が見つけられない自分が嫌になる。
気持ちを押し殺して笑顔を浮かべて。
愛ちゃんの為に、何が出来るのだろうっていつも考える。
*
- 171 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:46
-
灰色が黒ずみ、紫に変わっていく空。
田園と山が四方で囲むそこは、まさに「村」
私たちが降りた場所一面にはサトウキビ畑。
何の補強もされていないあぜ道に証明設備があるとすれば街灯がたったの2個。
鳥の鳴く声は聞こえるものの、陽が暮れる一歩前のこの時間に人一人居ない。
その上、家屋はあるけど私たちにそんな度胸は無く…おまけに祖母達が居る街からも
何を思ってか随分離れている場所に来てしまった。
心のどこかで、頼らないという気持ちがあったのかもしれない。
本人に聞けば確かに簡単なのかもしれないけど、それでもどうしてか
これだけは自分で探そうと思った。
ただ、捜索は明日になりそうだけど…。
- 172 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:46
-
「って言うか私、宿泊先とか全然決めてなかったんだけど…」
「え”」
「え”じゃないっ!愛ちゃんが無理やり連れてきたんでしょーが!」
「…ま、まぁ何とかなんとかなるやよ、何なら野宿でも」
「ここって夜になるとハブとか出るよ?」
ようやく事態を飲み込んだのか、愛ちゃんは焦るように歩き出した。
だけど行けど動けどもサトウキビの森の中。
徐々に夕日が落ちようとしていて、私と愛ちゃんはどこまでも続きそうな
道をひたすら歩いていた。
ただ慣れないあぜ道の所為か、愛ちゃんの息遣いが荒くなる。
「…あ、またうみねこ」
「……あーし達も空飛べたらええのにのぉ」
- 173 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:48
-
不意に、私はその言葉が愛ちゃんの弱音だと感じた。
疲労からなのかもしれないが、実際愛ちゃんからそういった言葉を聞くのは珍しい。
うみねこと同じく風を感じ、透き通るような白い空の中に浮かぶ雲。
一瞬に流れていく雲の流れ。
「飛べないから歩くのっ」
私は愛ちゃんの手を掴んだ。
確かに羽根があれば便利なのかもしれない。
もしかしたら、この地図の「×」のありかも判るかもしれない。
でもこれは直感的に、そんな楽に見付かるものじゃないと思った。
「行き当たりばったりでも突き進めさえすれば道はきっとあるよ」
「何か、ガキさんらしくない言葉やよ」
「いーの、それを受け止める人が居るっていうのが重要なんだから」
「…そうかもの」
徐々にではあるものの、ここの愛ちゃんが居て良かったとさえ思ってしまう。
複雑な成り行きで今があるのかもしれないけど。
でも安心している自分が居て。
- 174 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:48
-
それと、微かに愛ちゃんが私に頼ってくれているような気がして。
掴んだ手は熱を持っていたけれど、本当に小さくて。
それを私は支えたい。
だから…だからね、愛ちゃん―――
- 175 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:49
-
奇跡的に宿を見つけた私達は案内された部屋で崩れるように座り込んだ。
すでに陽も暮れ、グッタリと疲労を訴える体が畳みの心地よさに浸る。
「この部屋に万の単位とか…ここかなりのぼったぐりやと思うンやけど…」
「文句言わないの、割り勘だし本当は予約しなきゃいけないのにキャンセルが
偶然一組あって、特別に泊めてもらったんだから」
「ガキさん良い人過ぎるが」
「それにほら、ちゃんと掃除も行き届いてるしクーラーも完備してるんだからさ」
そう言ってクーラーを付けるものの、汗まみれの服でくしゃみをひとつ。
このままでは逆に風邪引きそうだと電源を止め、私は露天風呂に入ろうと思った。
と、背後から妙な視線。
「じゃああーしも入ろっかな」
「え”!?」
「何よ?その反応は」
「な、なんでも無い、じゃあ愛ちゃん先に入ってきてよ」
「何で?」
「何でって…」
- 176 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:50
-
意外というか何と言うか、別に布団の中で一緒に眠るとかは別として
お風呂まで一緒に入るなんていつぶりなのか判らない。
おまけに愛ちゃん、私と3歳とかしか変わらないといっても発育が…。
同性といっても何だか恥ずかしいものがあるんだから仕方が無い。
私は断固拒否した。
「ほら行こ?、あーしが背中流したるよ?」
「い、良いってっ!」
「何恥ずかしがっとるの?いっつも布団には潜り込んでくるクセに」
「それとこれとは違いますぅ!」
「またごつかれたい?」
「…用意します」
「ん、よし」
…何か私、頭殴られてネジが一本取れたのかも。
- 177 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:52
-
露天風呂には運良く湯気が立ち込めていて愛ちゃんの姿もあまり見えなかった。
その時に話したことと言えば殆ど仕事の話だ。
穏やかでのんびりとしている空気に触れたことで背中を突付かれ、何かに
急いでいるような都会の人とはかけ離れる思考。
凄く良い気分で、私はほんの少しここにいつまでも居たいとさえ思ってしまう。
それを愛ちゃんに言ったら「それはムリやろなぁ」と返された。
確かにそうだ、なんて。
ここに住む人の時間の流れと私達の時間の流れは違うんだ。
- 178 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:54
-
私と愛ちゃんは宿の浴衣を着込んでご飯を食べ始めた。
さすがに高いだけあって豪華というか、味の保障は十分にある。
チラッと見た愛ちゃんはどこか大人しめで、少し調子が狂う。
風呂上りで紅く上気する頬が小刻みに動く。
水分が抜けきっていない髪をアップにし、滅多に見せない艶っぽさ。
内心ドキマギしている私をよそに、愛ちゃんはやっぱりおかしかった。
いつも子供っぽいだの何だのと言われているくせに。
いつもメンバーに突っ込まれるほど頼りないリーダーなクセに。
そんな愛ちゃんを背後で見つめていた私。
「この魚おいしいよ?」
「うん」
「この味噌汁、何か隠し味つけてるみたい…なんだろね?」
「うん」
- 179 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:55
-
徐々に、愛ちゃんとの会話が少なくなっている。
私をマイクで殴り、気絶させてここまで運んだ張本人とは嘘の様。
気になったものの、自分から聞けなくて待つ事にした。
本人が私を頼ってくれるまで―――
夜が完全に世界を支配した頃。
虫の音が微かに聞こえるほどの静寂したその晩、私は一向に眠れなかった。
自問自答しても何も変化は無い。
隣に敷かれた布団で眠る愛ちゃんからの声も無い。
眠ってしかったのかもと思ったけど、何故か起きているような気がした。
「愛ちゃん、眠っちゃった?」
「眠っとる」
「……眠ってる人が返事なんて返さないでしょうが」
悪態をつく私に、愛ちゃんは笑い声で受け止めた。
何がそんなにおかしいのかと言おうとした途端、こっちに愛ちゃんは顔を向ける。
真っ暗で表情までは分からないけど、その視線がじっと私の顔を見つめているのは
なんとなく…感覚で悟った。
何かを言いたいのかそれとも…何かを言わせたいのか。
- 180 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:55
-
「あーし、皆が思っとるほど強くないんや」
「…知ってる」
「卒業式には一番に泣いて皆に突っ込まれるほど臆病で、お化け屋敷にも入れん」
「そうだね」
「いっつも頼りないリーダーだって言われてるけど、皆ホントに優しいよ」
「ただ強がってるだけなのにね」愛ちゃんは笑って言った。
ため息のように空気を吐くようにも聞こえた。
私はそれを飲み込むように言った。
「改まって言うほど重要じゃないと思うけど?
そんなのずーっとずーっと…まこっちゃんやコンコンが居たときからずーっと判ってるから
愛ちゃんは変なところで頑固だからねぇ」
以前は「里沙ちゃん」と呼んでくれた愛ちゃん。
それがいつしか「ガキさん」になっていったけど、私は、私達は変わらず「愛ちゃん」と呼ぶ。
その関係も、いつかは終わるのかもしれない。
考えた事は何度もあった、あの2人が卒業する前から。
- 181 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:56
-
だからほんの少しでも、何かやり遂げられたら悲しさが半減するんじゃないか、とか。
せめてサブリーダーなのだから手助けをしてあげたい、とか。
一生懸命私自身が俯かないように前を見つめて。
愛ちゃんもリーダーになってからは前しか向いていない。
本当にただ真っ直ぐに。
真っ直ぐすぎて逸らしたくなるほどに視線は真っ直ぐ。
そんな愛ちゃんの為に自分自身の何かが力になればと、大切な彼女だからこその決断。
「愛ちゃんはしっかりしてると思うよ?私以外にもメンバー皆、知ってるよ?」
「しっかりしてるんやないよ、ただ……そんな風にならなきゃダメって思ったんやざ、ホントはな…」
―――あーしも、誰かに思いっきり甘えたりしてみたいとかするんやよ
笑った愛ちゃんの顔から零れた雫は枕を濡らした。
切ないほどの言葉に私は起き上がると、自分の布団の枕を持って愛ちゃんに近寄る。
驚いたような顔をするが、それを遮るように中へと体を滑り込ませる。
- 182 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:57
-
「ちょ、ちょっとガキさん?」
「…甘える方が普通なんだよ?全然悪いことじゃないんだよ?
私だっていつも甘えてばっかりなんだよ、しっかりなんて思われてるけど、ずっと甘えてる
だから、愛ちゃんも甘えてよ、もっともっと頼ってよ」
いつの間にか、私まで泣いていた。
愛ちゃんの体を思いっきり抱きしめ、嘆を切ったようにすすり泣いた。
ふと背中をポンポンと叩く衝撃。
「知っとるよ、やからガキさんも甘えてええよ?」
「…お互い様ってことか」
「ま、見えないものが見えたって事で」
「何それ?」
「これで想い出ボックスが増えたわ」
「…じゃあそのボックス、私にも分けてよ」
私と愛ちゃんが居られる時間がいつかは終わる。
そんなこと無い。
箱の中に仕舞われた思い出は絶対に終わることは無いのだから。
だから歩こう、だから進もう。
捜して見付かるものはまだまだたくさんあるのだから。
- 183 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:58
-
ここは戦争時代最も残酷な惨劇が起こった場所。
人と人との繋がりが多く切り離された過去。
そんな中、唯一姿、形を変えないのが山中だった。
本当は少し恐い。
今でも眠り続ける「人達」が居るのかもしれないと思うと
小さい頃から近寄るなと忠告されていた私の心臓は張り裂けそうになる。
だがそんな場所だからこそ、人の繋がりが多く存在する。
進まなければ行けない、捜さなければ行けない。
「ほらこの石…地図に書いてあるのと形がソックリだよ」
何かに導かれるかのように私達は地図の中にあるポイントへと足を運ぶ。
不思議と、焦りは無かった。
景色も太陽の日差しでさえ、どこかやたらと穏やかなもので。
- 184 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:58
-
ふと私は、愛ちゃんの手に違和感を覚えた。
確かに愛ちゃんのはずなのに、誰か違うような気がして…。
刹那、水面に映る太陽の光が私の視界に入ったかと思うと、映像が浮き出てきた。
大昔のテレビのように歪で、それでも現実味のある映像の波。
「ガキさんっ?」
脳裏に湧き出る映像に、私は何の見覚えも無かった。
だが確かに感じる、人の手のぬくもりが。
それは祖母の、心という記憶。
頭を押さえて崩れ落ちた私を心配する愛ちゃん……ではない別の誰か。
多分祖母が昔言っていた、友人。
「…愛ちゃん、見つけたよ」
- 185 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:59
-
私が指をさしたところへ愛ちゃんの視線が向かう。
地図の「×」と記された樹木。
約束の地。
祖母は戦争終焉後に大切な友人を失っている。
あのオモチャは多分、その友人のものと自分のものだ。
未来の約束。
自分達がまた手を繋いでこの地へ足を踏む為に。
だけどその願いは叶わなかった。
友人は引っ越した矢先、事故に遭って亡くなった。
あれから数十年、残されたのは数少ない記憶の中だけの想い出。
そして恐らく此処には…。
「愛ちゃん、掘ろう」
「え?」
「ここが、宝のありかだよ」
- 186 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 21:59
-
過去と未来を繋ぐための目印と、奇蹟に導かれてやってきた。
出会いは偶然なんかじゃないと、あのぽけぽけぷぅが言っていた言葉だ。
スコップを用意していなかったから木や石で掘り返す。
深い場所へ。
時間と過去を掘り進み、見付けよう。
今と時を繋げる為に。
不意に、私たちが加入した頃の記憶が呼び起こされた。
5期として入った4人。
そして今は…愛ちゃんと私だけになった「モーニング娘。」の記憶の螺旋。
自分の中にしかもうあの頃の想い出はない。
もう過去は取り返すことが出来ない。
だから、その記憶を大切に仕舞い込むんだ。
自分の想い出ボックスに。
そして仲間と共に、未来を進んでいく。
―――カツン。
- 187 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 22:00
-
私たちは目を合わせ、無我夢中でそれを取り出す。
金属製の、よくおせんべいが入っている箱に似たそれは、この手紙が入っていた箱と多分同じもの。
錆付き、腐食しているその蓋を開けると、布にくるまれた数十枚の―――写真。
「これって…?」
「…おばあちゃんだ」
随分古い写真がそこにはあった。
楽しかったこと、哀しかったこと、寂しかったこと、暖かく、優しい日々のこと。
あの雨上がりの虹と空。
赤かった夕焼けを二人で見つめ、別れることを惜しんだあの日。
深く、息を吸い込んでみた。
「…ここで、一緒に見ようとしてたのかも、会ったときに…思い出話をするために」
繰り返しの日々。
吐いて、また吸っての繰り返し。
急いで求めて、混ざり合い、解け合い、それでも繋ぎあった手の暖かさ。
失くして、手にして、また失くして。
嗄れた喉がヒュッと鳴った。
「想い出は、自分の中にもあるよ」
- 188 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 22:00
-
愛ちゃんが不意に私の頬を触れて、泣きそうな顔をした。
自分でもわかる。
私は、泣いていた。
あの日、あのときの祖母たちもこうして喜びを分ち合うことを夢見ていたのかもしれない。
また会えますようにと。
どんなに互いに思っていても、結局は離れてしまう現実。
全てがウソで、幻とも思えるような日々だとしても。
それでも私は、祖母は笑って言っただろうか。
きっと、幸せそうに言っただろう。
「あの…ね、愛ちゃん」
「ん?」
―――私は、愛ちゃん達に出遭えて本当に良かったよ。
遥か遠く、空の上を見つめた。
明日には帰ろう、仲間達が待つ地へと。
- 189 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 22:01
-
「おばあちゃん、嬉しそうやったね」
「もう諦めてたみたいだけど…私たちが渡しても良かったのかな?」
「何いまさら、あーしら時の伝達者みたいやん」
「ゲームのやり過ぎだよ」
そう、これは、ゲームだ。
ローリングプレイゲームの主人公になって、私たちは旅に出た。
そして宝を見つけた。
失くしたものを捜して見つけた。
私にも何が見付かった?
―――私は。
「帰ってたらまた忙しくなるのぉ」
「その時はいつでも頼っていーからね」
「…ん、ありがと」
- 190 名前:想い出ボックス 投稿日:2008/01/12(土) 22:02
-
プルルルルル。
電話の音が鳴ったかと思ったら、そこから聞こえたのは7人の声色。
どうやらどこからか知ったのか、私たちの場所を特定したらしい。
「…とりあえず、言い訳考えとかなきゃね」
「そうやね」
明日はお土産でも見に行こうか。
当然、愛ちゃんと割り勘でね。
end...
- 191 名前:- 投稿日:2008/01/12(土) 22:02
-
- 192 名前:- 投稿日:2008/01/12(土) 22:03
-
- 193 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/12(土) 22:09
- >>158 :名無飼育さん様
ありがとうございます(平伏)
アリですよね(笑)
>>159 :名無飼育さん様
リクありがとうございました(平伏)
このお2人でまた何かファンタジーものをしてみたいですね。
リクエストはまだまだ募集していますので
よろしくお願いします。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 00:19
- ガキさんの愛ちゃんへの愛情がひしひしと伝わってきました。
こういう関係好きです。
ほのぼのだけでなく、切なさもあるのが良いですね。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/14(月) 00:28
- こういう雰囲気のお話、すごく好きです!
愛ガキはお互い頼り合っていって欲しいです。
…しかし、愛ちゃん本当にやりかねないなぁと思いましたw
- 196 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/18(金) 02:49
- 最近は少し仕事の時間にも余裕が持てるようになりました(涙)
そういえば企画の結果も公開されたそうですね。
では>>130 :名無飼育さん様の二つ目のリクエストで「ガキカメ」
- 197 名前:- 投稿日:2008/01/18(金) 02:49
-
- 198 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:50
-
「ねぇガキさん、死ぬ時ってどんな時か分かります?」
昔、ロードムービーが近所の映画館で放映され、友人と
一緒に見に行ったことがある。
"再生"という道に続く青春ドラマのような展開であり
初めはポップコーンをポリポリと食べながら見ていた。
物語の展開は最後までのキーワードを少しずつ入れ混じっての
ものだったが、里沙は結末を知らない。
知らないから、最後は衝撃的でならなかった。
どうしてこんな展開になってしまうのか、理解できないほどに。
里沙は選択の狭間に居た。
"再生"か"終焉"か。
自分自身に運が悪いとは思った事が無い。
ただ目の前の彼女はふにゃりとした笑顔で心を見透かしたように言う。
- 199 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:51
-
「ガキさんに運が無かったんじゃなくて、絵里に運が無かっただけの事ですよ」
それは、彼女にとって、不幸以外の何でもなかったかもしれない。
本当に運の悪いヤツというのは確実に居るものらしい。
街を歩けばサイフを落としたり、雨の日に限って傘を忘れたり。
自転車に乗れば何かの弾みでパンクする。
里沙にもその出来事に出くわしたことはある。
ただ、今の状態の有り得ない事態には残念ながら無い。
今日が特別な日という事でもない上に、平穏な日を送っていた。
大学生の里沙は、19歳という年と共に新しい1年を迎えたのだ。
彼女、絵里も同い年で高校から一緒だったごく普通の大学生。
「ぽけぽけぷぅ」という異名を持っているが、それもまだ可愛い方じゃないか。
それなのに…どうしてこんな事になったのだろう。
- 200 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:51
-
里沙は、泣きそうになる自分を押し殺すように顔を伏せた。
現状を打破するための考えを必死に巡らせて。
「アンタもさ……一緒に考えるとかしない…わけ?」
「この状態で何が出来るっていうんですかぁ」
相変わらずのへらず口。
だが確かにそうだ。
絵里に…彼女に何が出来るというのだろう。
―――両足を瓦礫の破片で潰されてしまっているのに。
雪が降っていた。
全てを隠してしまおうと降り続く白銀の世界。
酷い有様で里沙は先ほど嘔吐したばかりの闇。
「………なん、で……」
判っていることだ。
あれが原因だというのは初めから。
ただそれを信じたくないと頭は理解を拒む。
- 201 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:51
-
先日から降り続いていた雪のせいでスリップした大型バスが
徐行運転による渋滞の車の列に突っ込んだ。
原因は徐行速度オーバー。
ハンドルが利かず、反対車線に乗り出した里沙達の乗るバスは大破し
炎の渦に呑み込まれてしまっている。
原型はほぼ留めていない。
焼け焦げたニオイと同時に、里沙は自分の生の実感を覚えた。
場所としては一番裏の方に乗り、前のイスがクッション変わりになった事が
不幸中の幸いだったのかもしれない。
だがその里沙の膝に眠っていた彼女は衝撃を受け止めきれず…。
車外に放り出された里沙は一瞬混乱状態へと陥った。
ただタイヤやガラスの破片という車体の部品と火の手があがる地獄の中。
里沙はようやく絵里を見つけ出した。
奇跡としても良い様の無い再会。
- 202 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:52
-
「カ…メっ??ねぇ……カメって…ば」
「………」
口の中を砂か何かで切ってしまった里沙は懸命に言葉を吐き出す。
だが絵里の声が返ってこない。
全身を車体の破片で覆い尽くされ、自力で脱出するにも困難な状態に居た。
皮肉にも、その姿が変に亀のようで滑稽で。
「ヤダよ……ねぇ、カメ……起きてって、ば……」
「……ン」
不意に、頬に触れた時に一瞬眉がピクリと動いた。
里沙はそのほんの些細な反応でも嬉しくなり、頬をペチペチとはたく。
「イタいよ……ガキさん」
「アン…タ、冗談……が過ぎる……から」
「ここ…どこですか?」
「多分…道路………かも、ね」
- 203 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:53
-
四方から悲鳴が聞こえる。
夥しい悲壮と何かの赤い水溜り。
炎の色は血の色と同化し、その惨劇を世に報せるための黒く染まる煙空。
染まる白もまた、人の血で赤く滲んでいた。
里沙本人も頭の切り傷によって出血している。
絵里の状態は、今の状況では何も把握できない。
全身の服も汚れ、雪の冷たさが直に身体を蝕んでいく。
このままではもたない。
―――特に絵里が助からなくなる。
- 204 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:53
-
「あー…ホント……ツイて、ないよねぇ」
「ガキさん、口の中きってるんでしょ?喋っちゃダメですって」
「カメ……より、マシ…だって…」
「……アハハ、そうかもしれないですね」
絵里はもう自分の身体の痛みも感じないのか、力なく笑った。
顔色が徐々に青ざめていくのが分かる。
ゴホンと、咳を1つ。
口に溜まる血を吐き出し、手の平を見て里沙は大きく息を吸い込んだ。
血の味と、雪の味。
救急車や消防車が来るのに予想以上の時間が掛かるだろうな。
こんな大惨事なのだから今頃渋滞に巻き込まれているだろうし。
カチカチと、手から全身が氷のように冷え切っている。
- 205 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:53
-
「ガキさん……」
「何?足が痛むの?」
「そんなの、全身痛いに決まってますってば」
「あー…そ、…か」
「さ、むい…ですね」
「私も、もうほら…こんなに、なっちゃってる…」
キュッと掴み合った手の冷たさ。
真っ赤になり、感覚もだんだん無くなってきている。
その手の上に小さな雪の雫が降り注いでいた。
通りで寒い筈だ。
この数日間降り続く雪は、街を白一色で覆った。
空は絶望的な灰色。
そして里沙の視線には白銀と業火の歪な世界。
どちらとも本当で。
どちらとも現実。
悪い夢なんてものじゃない。
- 206 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:54
-
絵里がふと、破片によって身動きが取れない身体を動かさないように
顔と首だけを里沙に向けた。
「…あの赤ちゃん、どうしちゃったかな?」
「ぇ…?」
「絵里達が居た隣に親子連れが居たじゃない?」
「ぁ……っ」
里沙は、息が出来なくなった。
出産し、退院した赤ちゃんとその母親に父親。
独り祖母の家にへと残してきた娘のことを心配し、1日早く帰ってきた事。
今日がその子の誕生日だという事。
嬉しそうな笑顔。
楽しそうな夫婦。
これからもずっと、"これから"があったはずの新しい命。
見渡してみても、何も現実は変わらず地獄の中。
- 207 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:54
-
里沙は自然と、ポロポロと泣き出した。
ツイてない?
そんな言葉で始末できるものじゃない。
どうしてこんな目に遭わなければいけなかったのか。
―――どうして!!
膝を突き、里沙は咽び泣いた。
怒りをどこに叩きつければ良いのか分からず、無我夢中で白と赤で濁る
アスファルトに拳を叩きつける。
ガシガシと殴るたび、骨に衝撃がぶつかった。
瞬間。
―――グガァァァァァァァァァ!!!!
- 208 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:55
-
何かの呻き声の様な、咆哮にも聞こえたその爆発音。
もしかしたら車から漏れ出したガソリンに引火したのかもしれない。
凄まじい衝撃と風圧。
その一番近くに居た里沙達に風熱が襲い掛かる。
「!!カメ!」
里沙はとっさに絵里を庇ったが、熱さに耐え切れず顔を歪ませた。
巻き込まれる破片と車体。
そして存在しているであろう…生存者。
「カメ!……ここから、離れる…よ」
「ぇあ…?」
「また…どこで、爆発するか、分からない……からっ」
「で、でも足が……」
「ちょっと……でも動かせない……のっ?」
「っ…ぃた……」
先ほどの衝撃からなのか、絵里の足に乗っていた瓦礫が一瞬動いた。
ただその所為で皮膚が擦り抉られ、里沙はそこに目を向けることができない。
- 209 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:55
-
骨が繋がっているのかも怪しいものだが、肩に絵里の腕を回し、立たせるよう促す。
夕日の様な血の色。
黒く濁った夕日の中にある赤い星。
それを白い雪は掻き消すように降り続ける。
異様で、異常な異世界の中。
「ガキさん、ちっちゃいね」
「そんなこと…言ってる、前に…アンタも……頑張り、なさい、よ!」
「無茶言わないでよ……さっきので片耳ヤっちゃったみたいだし」
「…ぇ?」
「でも大丈夫……まだガキさんの声は聞こえてるよ?」
"まだ"。
それはどこまでも嬉しそうに、絵里は里沙を見つめている。
途端、瓦礫に足を取られ、二人同時に雪のアスファルトへと戻されてしまった。
「ぶわっ」と里沙の呻く声。
- 210 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:56
-
体中が痛む。
感覚が朧げな状態からして全く力が入らない。
炎が視界に嫌でも入ってくる。
凍えるような寒さと共に、状況は絶望的だ。
立ち込める黒煙。
里沙は頭の出血によって貧血を起こしていた。
空ろな意識の中で、絵里を手探りで探す。
「か、カメ……居る?」
「ここですよ」
「息が……苦し……」
ゼハッ、ゼハッ。
口の中に溜まっている血が肺へと逆流し、溺れているような呼吸音。
絵里の気配を確認して恐怖心が少しだけ和らいだが、手はそれを求め続ける。
ゴホゴホと吐き出し、赤い液体は斑に飛び散る。
―――誰か……っ
- 211 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:56
-
辺りに"生"の気配が無い。
恐怖心が徐々に芽生えるが、同時に隣に居るはずの絵里の事を想う。
霞んだ視界。
寒さに震える口を必死に動かす。
「お願い、誰か……」
気付けば、里沙はボロボロと涙を流していた。
絵里が隣に居ると分かっていながら。
彼女の前では泣き顔なんて見せたことは一度も無い。
だが溢れたものは止まる事を知らず、何度も何度も吐き出す。
「ごめん…ごめ…ン、ね………カメぇ」
このまま死んでしまうのか。
ただ惨めで、悔しさを抱いたまま。
あのバスの運転手がもっと気をつけていれば。
あのバスに乗らなければ。
カメが……あのバスに乗ろうって言わなかったら。
- 212 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:57
-
―――蝋燭の火が末期に激しく燃えるかのような、意識の覚醒。
絵里に当たっても筋違いなのは判ってる。
でもどうしようもない怨嗟。
責任転嫁なんて子供のただのわがまま。
せっかく19歳になったのに…全然変わらない自分が嫌になる。
―――カメのせいで……カメの……
口の中がどうしようも無く痛い。
人生を狂わせた惨劇。
それに出遭わせた絵里の……存在。
「ガキさん」
忌まわしい声が聞こえた。
まだ死ぬなと、まだ惨めな思いをしろと言いたいのだろうか。
死ぬ前に一言、今まで言ったことの無い中傷的な言葉でも吐いてやろうかと
里沙は最後の力を振り絞って身体を起こす。
絵里は雪の絨毯に仰向けになるよう倒れこんでいた。
その頬に当たるのは…パタッと落ちた一滴。
- 213 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:57
-
「……雨」
ザーッザーッザーッザーッ。
灰色に濁った雲から、雨が降り始めた。
里沙達がこの世から死んだとき、その天の恵みによって惨劇は終えるだろう。
その景色を見る事は出来ないけれど、見れれば良いのにと想う。
―――生きていたいと想う。
里沙にも雨は降り注がれ始めた。
ザーッザーッザーッザーッ。
音はいつまでも続く。
水分が溜まり、服の中に滲んでその感触を確かめる。
傷に染みる。
炎が消える。
身体が震える。
寒い。
寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い。
―――ココロが、冷え切っている。
- 214 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:57
-
ガッ―――
- 215 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 02:58
-
里沙の手に握られたガラスの破片。
ゼェッ、ゼェッと呼吸音が雨音と共に濁る。
絵里の首元を捕らえるガラスは手の震えと同化する。
どうせ死ぬのなら。
ダレも悪くない。
ツイてなかっただけ。
今この時、だれが里沙を責められるだろう。
不慮な事故。
偽造なんて幾らでも出来る。
簡単なこと。
今ここで、自分の人生を狂わせた人間を―――。
「ねぇ、ガキさん」
「喋んないでよ」
「絵里昔ね、死ぬ時ってどんな時だろうって考えた事があるの」
「喋んないでってば」
- 216 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:00
-
「普通におばあちゃんになって死ぬのが良いって、お母さんが言ってた。
それが何の意味か判んなかったんだけど、人生は一回じゃない?
人はいつかは死ぬんだって想って判ってたけど、でもそれは皆平等じゃない
テレビでもいっつも事件とか事故で誰かが亡くなってる、誰かが居なくなってる」
「……カメ」
「誰かが居なくなるのを覚えてるのって自分が知ってる人じゃない?
自分が知ってる人がホントに悲しんでくれるのかなんて、判らないジャン
だからね、絵里が思うのはね……」
「カメッ」
「誰かに泣いてもらって死にたいかなって……」
何かに恐怖していた。
知りたいなら確かめれば良いのに。
それが出来なくて。
殺すことなのか、彼女が死ぬことなのか。
居なくなることなのか。
―――誰も居ない場所で、誰にも分からない場所でたった1人。
- 217 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:00
-
何故今自分自身が惨めで悔しいと思っているのか。
絵里が居なくなった後、この場所は里沙だけになる。
たった1人の世界になった場所で、寂しさを抱いたまま死ぬ事になる。
嫌だ。
そんな惨めな最後を遂げるなんて事。
好き好んでそんなものを抱くなんてことしない。
絵里はわがままだ。
そして里沙も、わがままだった。
せっかく始まった人生。
いや、今年は、"今"は始まったばかりだというのに終わるなんて嫌だ。
何も変わらない。
こんな惨劇が起こっても、自分が知らないところで誰かが泣いていても
その姿を見る事なんて出来ないのだ。
だから最後に、誰かを見つめて死にたい。
―――大切な人の顔を見ていたいと。
- 218 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:01
-
「ねぇガキさん」
「……何?」
「犬ってね、人よりも早く年を取るんだって」
「…へぇ、そう、なの?」
「もしも…もしもね、絵里が犬だったらガキさん拾ってくれました?」
―――絵里の居場所に、なってくれる?
前提を置いて回答を投げかけるなんて何てきたないのだろう。
そんな事を言われては、答えは決まってるじゃないか。
絵里の喉がコクンと動く。
「―――」
放り出されたガラスの破片にひとつ、雪の雫が舞い降りた。
- 219 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:01
-
*
- 220 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:01
-
テレビに『緊急速報』のテロップが流れ始める。
当たり前のようなニュースはごまんとあるが、そのテロップに
反応するものも居れば反応しない者も居た。
今日未明、都内の××高速道路で大型バスの衝突事故が発生。
休日によって帰省ラッシュする渋滞した反対車線へと乗り出し、未だ封鎖中。
発見された犠牲者は百人を超えた。
行方不明者は数十人にも及び、空前の大災害となった。
尚、救出された生存者は現在、都内の総合病院に入院している。
連日取材陣が押し掛けているが一切の面会は謝絶。
後にこの出来事は人々の心に大きく刻まれることとなる。
- 221 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:02
-
*
- 222 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:03
-
「…って言う感じのなんだけど、どうですか?」
「どうって……アンタの脳内は妙にヤバいよね、本当に暗すぎるから」
「ココが違うんですってば、ココが」
「カメみたいな脳と同じ人なんて滅多に居ないからっ」
人の「脳」にある記憶容量によって思い描く幻想世界を作り出す。
制御機構へと接続させる脳の波長を同調させて他人を自分の世界に繋げるのも可能。
導体の微細加工技術を生かして微細機械素子(マイクロマシン)の試作品。
それが精密機械工学科に配属する友人から入手した「災害シュミレーションゲーム」
事件事故が多発している世の中、"実際"にその場へと
居るような"錯覚"を見せる為の装置である。
埋め込まれている素子によって苦痛を与える為に脳の情報を書き換えることも可能。
近年には学校への配布も考えているが、試作品の為、商品化にはまだまだ改良が必要な代物である。
ただ電磁障害による身体、精神的外傷の対処は解決済み。
- 223 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:04
-
「でもカメがそんな事考えてたなんて知らなかったかも」
「絵里って可愛らしいでしょ?」
「あーそうだねぇ…」
「で、答えは何なんですか??」
「え”」
絵里がにんまりとした笑顔で伺う。
何ミクロンの機械素子を組み込まれた手袋を外し、音響素子と映像の光学素子を
組み込んだヘルメット付きゴーグルを取り外す。
里沙の表情は驚愕によって引きつっていた。
「そ、そんなの判るわけ無いじゃん」
「何でぇ??簡単じゃないですかぁ」
「とにかくっ、ちょっと面白そうな装置だったから試してみたけど、今のは架空だからねっ。
ほ、ほらっ、コンコンに返しに良かなきゃ」
「えーっ」
接続コードを取り除くと本体となる「情報制御システム」を引っ掴み、里沙は部屋を出た。
- 224 名前:生きる繋がりのヒカリ言葉。 投稿日:2008/01/18(金) 03:04
-
夢の中でよりも現実の中で。
あんな場所なんかじゃなくても、いつか言うよ。
いつか、ね。
end...
- 225 名前:- 投稿日:2008/01/18(金) 03:05
-
- 226 名前:- 投稿日:2008/01/18(金) 03:05
-
- 227 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/18(金) 03:14
- >>194 :名無飼育さん様
有難う御座いました(平伏)
最近Pマコの配置がガキさんに成りつつあるのは否めず…(汗)
やはり冒険モノは難しいですが良いものです。
>>195 :名無飼育さん様
愛ちゃんの暴走気味なところはどこかPPPさんに似ていたので
ちょっと書きやすかったです(笑)
長編が書けるときを夢見て頑張りたいと思います。
まだまだリクエスト募集中です。
お題も入れてくださればその点も努力します(汗)
- 228 名前:130 投稿日:2008/01/19(土) 00:43
- ありがとうございます
愛ガキは愛ちゃんの暴走っぷりと盟友関係が素敵でした
ガキカメはガキさんにドキドキしたぁ
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/19(土) 02:01
- ガキさんとカメの想いが何とも言えませんね。
ちょっと焦らしてる感がたまりませんw
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/20(日) 16:27
- ガキさんに凄いひきこまれましたね
カメちゃんもらしくって良かったです
リクなんですけど愛さゆとガキカメいいですか?
お願いします
- 231 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/22(火) 21:44
- 最近は時間のゆとりが出来ているので
更新速度が早くなりました。
一時は本当に酷かった…(震)
それでは>>230 名無飼育さん様のリクで「愛さゆ」
- 232 名前:- 投稿日:2008/01/22(火) 21:45
-
- 233 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:45
-
―――暗転。
- 234 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:46
-
愛の家にはピアノがある。
自身の声で奏でる音は器用なのだが、楽器ともなると全くの不器用だ。
今でも木琴しかまともに奏でられない。
ただそれでも、ピアノを弾く真似事くらいはこなせる上に楽譜を読めるのだから
今からでも練習すれば特技には書けるだろうか。
時々気まぐれに、愛は椅子へ座り、ピアノの蓋を開く。
ソッと鍵盤に触れ、ピン♪という高音が鳴った。
1年だけ音符を覚える為に通っていたことで曲は弾けない。
白と黒の鍵盤を滑らせる指先。
音になって跳ね返ってくるそれは次第に、メロディへと進化していく。
遠くにある今と、近くにある今。
- 235 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:46
-
それがどこか繋がっているかのような錯覚を、この空間で感じることが出来た。
波の様に静かな音へと変わり、静寂が世界を覆う。
.――――ふと、背後に人の気配を感じた。
振り向くとそこにはゆるいウェーブをかけた長い髪の女性。
お辞儀をした途端に左右へ揺れるその黒髪は、まるでこのピアノの様に煌びやかで。
ニコリと微笑んだその姿に、愛も笑みを浮かべた。
*
- 236 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:47
-
高橋愛は歌手だ。
インディーズからポッとでの新人だったが、急に世間で騒がれるようになった。
その歌唱力がやけに響いた、というのが感想の中でも一番多い。
歌声の層が何重にも重なり合い、声に厚みと深みのある歌声を奏でる姿。
どこかのバンドと組んでメジャーデビューの噂もあるほどだったが
ある日体調を崩したのを境に姿をくらました。
テレビでも報道されたが、現在療養中とだけ本人からの続報は未だ無し。
だが一つだけ、ネット上に浮き出てきたある「過去」が噂されるようになった。
*
- 237 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:47
-
台所の長方形テーブル。
それを挟むように愛達は対面している。
さゆみは愛よりも実質幼い。
だが3歳も違うというのにその容姿、顔つきは恐らく年上でも十分行ける。
身長の方も羨感しているのは本人も分かっている事だ。
家へと招き入れたのはこれが初めてでは無い。
その結果、態度は以前と違って「そわそわ」では無く「わくわく」と高揚していて
その原因のモノを愛は視線だけで見下ろす。
「愛ちゃん、早く食べよっ」
「家に来たかと思ったら……なんでケーキやの?」
「ケーキに紅茶と言ったら、お茶会に決まってるじゃないですか」
- 238 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:48
-
お茶会…ねぇ。
紅茶の葉を新しく買っておいて良かったと安心する反面、さゆみの突然の
申し出に良く話が見えない点があるのを疑問に感じた。
さゆみとの付き合いはどちらかといえば浅い。
ある日友人から紹介されて、いつの間にかこうして家に上がらせる間柄になった。
どうもまだ不思議な一面を持っているのは相変わらずあるらしい。
今でもこうしてケーキをお土産に愛の家へとお邪魔している。
それが嫌というわけでもない。
顔も、性格も、雰囲気も似ていない筈なのに、彼女は愛を「姉」の様に慕う。
それでも、こうして頼ってくれるという好意は嬉しい。
その為、愛もまたさゆみを「妹」の様に慕っていた。
「じゃ、いただきまーす」
「いただきまーす」
- 239 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:48
-
ちなみにカップの中身は普通のアッサム茶葉を使用した紅茶。
甘い芳醇な香気を持ち、くせが無く、こくのある濃厚な味で
お菓子と一緒に飲むときはいつもこれ。
ちなみにミルクティーの場合、愛は先に紅茶を入れる。
当然、彼女が来たときもそれを薦めることが多い。
ただ紅茶というのも結構気まぐれだ。
ポットをちゃんと暖めなければいけないし、葉を良く蒸らさないと香りが安っぽくなったり。
おまけにお湯の温度さえも低ければ葉っぱ本来の味も薄くなる。
そしてさゆみはいつもショートケーキとチョコレートケーキを買う。
当然「チョコ」が好きだからさゆみはそれを購入するらしいのだが
何故か愛には対照的な「白」を薦める。
- 240 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:49
-
「黒」と「白」
愛が近くに感じたものは、背後の壁に置かれているピアノの存在。
最近、酷く近く感じているソレ。
忘れる為に億劫になってきたソレ。
背負うには重たすぎるほどの…想い出。
「愛ちゃんってイチゴは初めに食べる方なんですね」
「やって、甘さがなくなるような気がせん?」
「さゆみはクリームの方から食べるんで分からないです」
「まぁ、食べ方は人それぞれやしの」
さゆみのチョコレートケーキにはまだ赤いイチゴが乗っていた。
ふわりとしたスポンジとチョコクリームで飾られた三角柱。
その上に置かれた大きなイチゴは、とにかく美味しいと評判なのも確か。
不意に、さゆみのニヤリとした笑顔が見えて、愛は慌てて視線を戻す。
自分のケーキにはすでに無いあの大きなイチゴ。
- 241 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:50
-
「食べたいなら食べたいって言えば良いのに」
「や、さゆのやし……」
「別に良いですよ?」
「でも……」
「じゃあ、愛ちゃんのケーキを一口貰うね」
「あっ」
フォークで掬い取られたスポンジとクリームがさゆみの口へ。
それと入れ替わるようにイチゴが降ってきた。
「これで良いですよね?」と笑顔を浮かべるさゆみ。
「愛ちゃんは本当に可愛い」
「さゆから言われると何か変な気分」
「失礼ですよ、それー」
さゆみは笑顔を浮かべる。
愛はぎこちない薄い笑みを零し、そのイチゴを頬張った。
イチゴは以前よりも甘く、そして酸っぱかった。
*
- 242 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:50
-
―――暗転。
- 243 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:50
-
愛がお皿を洗い戻していると、リビングから何かを弾く音が聞こえた。
キッチンから戻ってくると、さゆみがピアノの前に座り、鍵盤を押している。
ピン♪ピン♪という高音。
「あ、勝手にすみません」
「……そういえばさゆってピアノ弾けるンやったな」
「才能は全然無いんですけどね、愛ちゃんは上手そう」
「あーしも小学生の1年間だけ習ってただけやし、似たようなモンやよ」
「でも弾きたそうでしたよ?ピアノ」
見とったんか。
愛は呟いて、さゆみの隣へ。
以前は母親が愛のピアノを見てくれている立場にあった。
だが歌を専念するようになり、ピアノに触れる機会が無くなると母親は
応援している反面、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
ピアノを教える先生だった母親は、愛がピアノを始めると言ったときは
それは嬉しそうに賛成している。
演奏技術もあり、人望も厚い人だった為に教え子はたくさん居た。
その時、必ず弾いていた曲がある。
それが、今でも耳から離れることは無い。
- 244 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:51
-
「…〜♪…〜♪」
「それ聴いたこと無いです……何て曲ですか?」
「名前なんて無いよ、お母さんが……」
と、そこまで言って愛は口をつぐんだ。
さゆみは首を傾げ「お母さんが作ったんですか?」と何気ない口調で問い掛ける。
「…そっ、お母さんさ、ピアノの先生してたことがあるンや
やから良くオリジナル曲作って、子供達に教えてた」
「へーっ、愛ちゃんの家って意外性がありますよね」
「それってどういうことー?」
愛は冗談でさゆみを背後から抱きしめるような態勢になった。
きゃーと彼女も冗談気に愛の腕を握ってくる。
教え子は、もうすでに愛と同じ年齢にまで達している子も居るだろう。
今でも、その子達からの手紙が送られてくることがある。
中には世界を飛び回れるほどのピアニストになっていたり、音大や
音楽に関係する職場へと就職したり。
- 245 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:51
-
皆、母親に感謝の念を込めてどこかで今日も奏で続けている。
残した想いが確かに根付いているのだから。
きっと母親も喜んでいることだろう。
―――でも、あたしはただ忘れることだけしかない。
「…ね、愛ちゃんどこかへ出掛けません?」
「へ?」
「今日は良いお天気だし、きっとポカポカしてますよ」
そういって、さゆは愛の手を取った。
だが愛は少し躊躇する。
この部屋からは"極限出たくない"
それでもさゆみは外へと飛び出し、頑なに手を離すことはしなかった。
*
- 246 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:52
-
―――世界は何度も暗転を繰り返す。
まるでこれまでの日々の様に。
*
- 247 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:52
-
森の茂る緑の葉と地面を暖める太陽の陽射し。
見上げていると眩暈がしそうになるが、空の色は涼しそうに水を表している。
透き通った青。
家から出てきて現れたその景色は青々とした草花の絨毯に置かれた風景画。
遠くから飛んでくるのは、先ほどのイチゴの様に赤い、朱色の鳥。
愛はポカンとした表情で、その場所を見渡している。
瞬間、自分の口じゃない口からハミングが聞こえた。
映画に出てくるような淡い光と薄い影。
唄いだすメロディは、誰かの為に流れ出す。
愛しい誰かの為に唄いだすハミングはソッと、緩やかな風を纏い愛の元へ。
- 248 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:53
-
忘れていた何かを思い出すための風。
忘れてしまった想い出の咲く森。
色彩が溢れるその世界に、愛は立っていた。
「―――どうかしましたか?」
振り返るそこには一本の樹木。
歪に伸びた大きなソレの下に、彼女は居た。
まるでアリス。
耳の垂れた赤い瞳のうさぎが招いた不思議の国へと迷い込んだ様に。
テーブルには湯気を漂わせる紅茶が二人分、用意されていた。
待っていたとでも言うように、さゆみはニコリと笑みを零す。
先ほど会ったばかりだというのに、何故か時の流れがおかしい。
久しぶりの再会の様な。
- 249 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:53
-
さっきのは夢―――?
ただ確かに記憶の中にも存在している日常の断片。
では、今ここに存在している此処は、ナニ?
だが次の瞬間、その疑問も"忘れてしまっていた"。
「いい天気ですね」
「うん」
「気持ちが良いときは、気分も良くなりません?」
「全く…その通りやの」
愛は小さく頷く。
陽だまりの匂いと、恩恵を与えられて育つ花の優しい色。
何故か懐かしく、それでいて愛しい。
まるで満ちている。
だけどそれを、不意に忘れてしまう。
何の変哲も無い平穏の中で。
- 250 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:54
-
この世界が満ち充ちていると言えるのなら、今あるこの風やこの陽射しが
無くなった事で何かを忘れてしまいそうになる。
ただ同時に、酷く気持ちが落ち着いていた。
寂しさが和らいでいった。
このままここに居ればきっと忘れてしまう。
そして思い出す。
そんな世界の狭間に、愛はずっと一人で居た。
優しさや、穏やかさや、愛しさや、寂しさや、悲しさや。
空しさ、迷い、揺れ、流れる事も忘れてしまう。
それが本当に良い事なのかも、忘れてしまう。
でもそこには、さゆみが居た。
一人じゃないと安堵する反面、胸が締め付けられる。
「掛けてください、愛ちゃん」
「……ぁ…はい」
- 251 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:54
-
遠慮ぶかけに椅子にかける愛。
そこには多分、さゆみが入れたのであろう紅茶のカップ。
そよぐ風によって樹から舞い落ちた木の葉がテーブルへ。
木漏れ日の下、カップを傾けた。
「…ん?」
愛は不審に顔を歪ませる。
さゆみは一瞬首を傾げ「あ」という顔をした。
「……これ、ちゃんと温度考えなかったでしょ?」
「やっぱり愛ちゃんみたいには作れないですからね」
ニヤリと笑みを零した愛に困った笑顔で返すさゆみ。
ただ、優しい味だった。
懐かしい味。
昔の、愛が初めて作った紅茶の味に似ていた。
母親に飲んでもらったが、「もうちょっと頑張らンとね」と笑っていた。
そんな記憶の波が、不意に思い出された。
まるで、季節の花が咲いたように。
- 252 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:55
-
思い出すことと似ているそれは、懐かしいのに、新しく思えて。
風が吹いた。
季節の想い出と共に巡り巡るつぎはぎだらけの記憶。
歌手を目指していた愛。
それを応援してくれた母親の姿。
ピアノを始めた愛。
それを嬉しそうに喜んでくれた母親の顔。
―――母親が死んだ夜。
そこには母親を慕う人たちがたくさん居た。
目に雫を溜めて、その生涯へと何かを祈る。
当然、教え子の姿も見えた。
心に刻まれる記憶の中に確かに存在した母親の証。
- 253 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:56
-
「…もう、良いんですよ、ムリして忘れなくても」
だから忘れるしかなかった。
優しさや、穏やかさや、愛しさや、寂しさや、悲しさや。
それでも思い出してしまう。
思い出したり忘れたりの日々を繰り返して。
昨日の事のように思える。
さゆみはソッと、背後から愛を包むように抱きしめた。
椅子に座ったままの愛は、小刻みに唇を震わせて話し始める。
「…お母さんが死んだのは、あーしの所為。
ボイスレッスンで遅くなったあーしは、近道しようとして公園を走ってた。
そこ、夕方には殆ど人気が無くての、相手も、油断してたんやと思う」
交通事故。
母親は、左右を確認せずに飛び出してきた愛を助けようとして轢かれた。
ほぼ即死。
愛はただその光景を見つめていた。
まるで花が押し潰されたように、トラックの下敷きになった母親の腕だけが見えている。
- 254 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:56
-
誰かに押された様な感覚。
否、実際押し倒されていた。
身体が跳ねて、公園へと押し戻された。
誰かが呼んでいた。
愛の事を、誰かが名前を呼んでいた。
その人はもう居ない。
―――シンダ、イナクナッテシマッタ、キエタ、ウシナッタ。
そして閉じた。
世界の視界を完全に闇にして消した。
失って、忘れて。
そして、また思い出す。
- 255 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:57
-
「忘れたくても忘れられんのっ、あたしは…あたしが死ねば良かったんやって。
お母さんにはまだ、まだたくさんの人に伝えていかなきゃいけなかったのに。
ずっと…ずっと一人ならあの時……」
誰かに言えるわけが無い。
長い時間が月日が経とうとも、その事実は変わらない。
謝っても、何も変わってくれない。
数日が経ったある日、その過去がネットで明るみになった事を聞かされた。
自分の目でそれを確かめた。
「検索」されたものの中には数万件にも及ぶ自分自身の記事。
新人の筈の愛にこれほど注目の目が浮かんでいたのをこの時初めて知った。
愛の出したシングルの名前から取ったモノ。
愛のことを崇拝するかのようなモノ。
直球に愛の名前そのもののモノ。
その中には確かに存在していた、闇の中に隠していたはずの…"過去"。
数十個もの開かれたウィンドウに刻み込まれた烙印。
- 256 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:57
-
もう二度と消えることの無い、傷。
そうして愛は、歌手活動を停止した。
自宅での療養。
精神病院の通院。
ただもうその時間も限界に近い。
たった1人で殻に閉じこもっている小さな子供。
こんな自分が何かを想えるなんて事すら考えられない状態の中。
あの時からずっと自分が死んでいれば、と心が叫んでいた。
ソッと、愛の濡れた頬に手が伸ばされた。
するりと柔らかい真っ白な肌は木漏れ日のように暖かい。
「―――さゆみは、ここに居ますよ」
キュッと掴まれた手の平の感触。
じんわりと温もりが伝わってくるそれは、ずっと感じることの無かったタイセツだった。
たまらなく愛しいと思えるほどの懐かしさ。
そして、新しい暖かい匂い。
- 257 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:58
-
どちらにしても、優しいものに変わりは無い。
ピン♪、そんな音が聞こえた。
「お母さんが伝えることがあったと同じように、愛ちゃんにもこれから
たーっくさんの事を伝えなきゃいけないんです」
「…そんなのムリやもん」
「ムリっていうのは、自分がその過ちを犯した事に対するモノですか?」
「……」
「人って、初めて何かの過ちを負って気付けるものなんですよ」
さゆみの手の力が強まる。
愛は「ぇ?」っと弱弱しい声を上げた。
「世の中、愛ちゃんだけじゃない、もっと悲しくて、寂しい思いをしている人がたくさん居ます。
ずっと1人だと思い込んでる人が居ます。だから、愛ちゃんが叫ぶの。
自分には何も負けない強い力があるんだーって」
「強い…力」
「愛ちゃんは強いですよ、さゆみには、それがしっかりと伝わってきました」
- 258 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:58
-
―――だから、愛ちゃんに憧れて、好きになっちゃったんですもん。
そうさゆみは言って、頭部に顔を摺り寄せた。
何故こんなにも彼女は暖かくて、優しいのだろう。
全ての事柄が変わってくれるような、その大きなタイセツ。
「全部知ってました、でもやっぱり…愛ちゃんは愛ちゃんでした。
他でもない、たった1人の愛ちゃん。
可愛くて、寂しがり屋で、でもさゆみが好きになった愛ちゃん。
さゆみは愛ちゃんに出会えて、ホントぉに幸せなんですよ」
…ううん、自分自身で、変えるんだ。
そうすれば、きっと「何か」も変わる。
泣きながら臆病に逃げ出すことしか出来なかった過去も。
もしもこの世界が変わっても、きっと大丈夫。
- 259 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:58
-
きっと―――
「あたし、幸せモンやったんやな」
「そうですよ、幸せいっぱいなさゆみが居て不幸せな人なんて居ませんから」
「そっかそっか」
「そうです」
そう言ったさゆみは愛の手を掴み、樹の根へと近寄った。
刹那、光が2人を包んだかと思うと、風が吹いたように樹がザワリと揺らめく。
目を閉じればそこには闇の中。
それでも、握り締められた手の平の温かさは消えなかった。
*
- 260 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:59
-
院のとある一室。
そこで愛は眠っていた。
目を開けると、手を硬く握り締めたさゆみの微笑んだ顔が伺えた。
「よーやく起きましたね」
「…ここは?」
「病院、愛ちゃんの家に行ったら倒れててビックリしましたよ」
「倒れてた…?」
「しかも3日、ずーっと口をポカーンと開けて寝てました」
「ウソォッ??」
「嘘です」
「3日も寝てたのはホントですけどねー」
皮肉そうにさゆみは微笑んで言った。
ただその中に、微かな安堵が含まれていたのを愛は見逃していない。
ずっと、待っててくれてたのだろうか。
- 261 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 21:59
-
大好きな人とサヨナラしなければいけない恐怖とか。
眠ったまま目が覚めなくなったらどうしよう、なんていう不安とか。
もしかしたらもう、今日で最後なんじゃないかという孤独とか。
それを一気に抱え込んで、さゆみは愛を待っててくれていた。
こんなあたしを待っていた。
涙が零れた。
―――守りたい人が居るときってね、人は強くなれるの。
そう彼女は言った事がある。
全く、そうだったと愛は瞼を伏せた。
- 262 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 22:00
-
生きている。
そう思っただけで、ほんの少し、わだかまりが消えたような気がする。
このまま死んでいたら、こんなにも目覚めの良い朝を迎えるなんて事、出来なかった。
だがあれは夢だったのだろうか。
現実と夢が入れ混じる世界。
どちらにせよ何かしらの答えが出ていたのは確かだ。
それがどんな場所に行く事になったとしても、あの場所でなら。
どうでも良いって思いながら忘れていったかもしれない。
それをしなかったのは多分…自分の想いを誤魔化し切れなかっただけの事。
「さゆぅ」
「何ですか?」
「……今度はもっと美味しい紅茶だしてあげるね」
「楽しみにしてます」
さゆみが微笑んだのを確認し、愛も笑みを零した。
不思議と、自然に漏れたそれは、ほんの些細な変化なのかもしれない。
ふと、ドアにノックがされたかと思うとそこからは里沙の姿。
- 263 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 22:00
-
「ガキさん」
「愛ちゃん…よかったぁーっ」
どうやらここにももう1人、待ってくれていた人が居たらしい。
愛が知らない世界にも繋がっている証。
分からなかったことが見付かって、気付けた大きなタイセツ。
「会社には私から連絡しとくから」
「ごめんな、あたしも後で謝るから」
「そんな事よりも今はちゃんと治す事に専念してよね、待ってるからさ」
里沙はそう言って、病室から出て行った。
待ってる。
待っててくれる人が居ることが、こんなにも嬉しいことだったんだ。
愛は窓の外を見つめ、呟くように言った。
「もう少しだけ…眠ってもええかなぁ」
「愛ちゃんがそうしたいならいくらでも」
ふと里沙と入違いになったさゆみが言う。
微笑んだ笑顔を見上げ、愛は「んー」と唸る。
「やっぱり、やーめた」
- 264 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 22:01
-
ちょっと寄り道して、休息をとったら、また始めよう。
ハミングを奏でると、同時に空間に響き合わさったメロディ。
ここから繋がっていない世界へ繋がっていく。
キュッと結ばれた手の平。
その証を刻んで、今日も透き通る空は青く彩らせていた。
*
- 265 名前:紅茶とピアノのハミング。 投稿日:2008/01/22(火) 22:01
-
後日談―――
「なぁさゆ、何であーしはショートケーキなん?」
「だってなんか、愛ちゃんみたいじゃないですか」
「あーしみたい?」
「だって、ショートですもん」
「あー…ソコなんや」
「ソコなんですよ」
ピン♪
ティーカップとスプーンによって奏でられた音。
意外と、タイセツなものは近くに存在してるのかもね。
end...
- 266 名前:- 投稿日:2008/01/22(火) 22:06
-
- 267 名前:- 投稿日:2008/01/22(火) 22:06
-
- 268 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/22(火) 22:27
-
>>228 130様
リクエスト有難う御座いました(平伏)
ご期待に添えられたかどうか…ただ最後には
ガキさんは愛ちゃんに敵わないのかなと。
カメの場合はこんな状態でも意外と冷静そうなんですよね。
>>229 名無飼育さん様
以前、クジ運が悪いと公言したのを元にしてみました。
その後数分後でクジ運復活しましたけど(爆)
>>230 名無飼育さん様
有難う御座います(平伏)
リクエストのもう一組はもう少しだけ待ってください。
動物モノを書いてみたいという今日この頃…。
「小さい」というイメージが一番強いメンバーが決め難いですけど(苦笑)
- 269 名前:名無し 投稿日:2008/01/22(火) 22:54
- 毎回読むたびにキレイな文体だと思っています。
どこか透明感のあるさゆと可愛いだけじゃない暗さがある愛ちゃんの二人が
絶妙な雰囲気を醸し出していて良かったです。
やっぱりキレイだなーw
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/25(金) 12:26
- これ... 可愛すぎるうあああ!
- 271 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/27(日) 21:08
- 解散というのが報じられましたが
やはり毎年毎年何かを起こすんですね(溜息)
>>230 名無飼育さん様のリクでガキカメ
- 272 名前:- 投稿日:2008/01/27(日) 21:08
-
- 273 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:09
-
私は貴方を愛します。
貴方が死んでから愛するように。
生きることで永遠なんてものが壊れるのなら。
そんな綺麗なものなら鮮やかに消えてよ。
醜い光なんていらないから。
だから、この目で確かめるよ。
愛してほしいから。
満ち充ちた世界で、それだけを求めていく。
それだけが全て。
―――それだけが、唯一の「愛」ならば。
*
- 274 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:10
-
事件があったのは私が"生まれて"半年が過ぎた頃。
駆けつける研究員の目をかいくぐり、私は施設を抜け出した。
ほぼ電力に頼ったこの時代。
配電システムがとうとう不調を来たし、保安関係の設備に供給する
送電が一時的に脱線した。
予備電源の回線に切り替わるまでの数十秒間。
鍵の付いた扉、分厚い隔壁に果ては高圧電流で覆われた鉄条網も。
私にとっては無意味な障害へと還元する。
適当にロッカールームから盗んだ研究員用の白衣を着込み
引き出しを無造作に開けて入手した周囲の地図を見る。
警備兵の巡回ルートを割り出し、監視カメラの死角を計算し、灰色で
歪な建物で混ざり合う研究施設を走り続けた。
だけど私は、外には逃げられないと思った。
- 275 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:10
-
その上逃げようなどという考えも起こらない。
だから私は、入り口の反対側に位置する小さな施設へと入り込んだ。
そこには私と同じ"仲間"が居るという事は以前から知っていた。
共謀して逃げるとか、研究員達をどうこうなどというものではない。
ただ純粋に、会ってみたかった。
私と"同じく生まれた"、その仲間達に。
実験と検査の繰り返し。
施設の一番奥に隔離された自室で毎日決まった時間に目を覚まし
決められた通りの食事を済ませると即実験室へ。
それが何を意味するのか、ハッキリ言って私には分からない。
ただベットに横になり、日ごとに違う機械を貼り付けられては
ただただ黙って目を閉じる。
服を脱いだことでベットの冷たさがじんわりと身体を浸食する。
それでも、ジッと動かずに時を待った。
- 276 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:11
-
それが退屈で仕方が無かった。
数時間、一日以上もその状態を保つというのは難しい。
苦痛や不快感おも度々伴うことはあっても、その退屈が勝るほどで。
そんな日々の唯一の楽しみは、数日に一度行われる戦闘訓練。
厳重に警護された護送車が施設の入り口までやってくる音が楽しみだった。
訓練用の服に着替えて、私たちは演習場へと向かう。
その途中の護送車から盗み見る「街」の風景。
街には活気が溢れていた。
上空を見れば交通帯に彩られた車が絶え間なく行き交い
レンガ色の舗装タイルを敷き詰める通りは人波で敷き詰め合い。
通りを面した商店の軒先には見目鮮やかな服や雑貨の類が並んでいる。
そこにはここに住む人間達の絶え間ない日常の風景。
- 277 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:11
-
そして私には息を呑むような光景が目の前に存在していた。
人々の当たり前な平穏。
そんな中で、私と同じくらいの"子供"までもがそこに居た。
小さなカフェの中でコーヒーやホットドッグを片手に笑い合う子供達。
ほんの少し、胸の辺りに小さな痛みを感じた。
生まれてから今日まで、同い年と会話をすることなんて一度もない。
外界から隔壁状態でもある研究施設。
毎日のように自分でもワケが分からない実験に付き合わされるだけ。
戦闘訓練にしてもそう。
無人の機械によるシュミレーターが相手の物で、会話の類は一切禁止なのだ。
だから私は、その子供達が話す事に興味があった。
どれもこれも、笑顔があった。
正直言えば、羨ましかった。
- 278 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:11
-
どうしようもない感情。
どうして自分はあの場所に行けないのか。
あの子供達と私の違いは何なのか。
ベットの中で唇を噛んだのも一度や二度じゃない。
ただ、おぼろげに理解していることは、私は「作られた」
この研究施設のどこかの部屋で、何十人もの子供と一緒に産み落とされた1人。
それだけの記憶。
いつかあの子供達のような場所へ行ける日が来るのだろうと思っていた。
この訓練にも実験にもいつか必ず終わりがある。
私が今居るこの牢獄からの解放もきっと来るはずだと。
信じて止まなかった。
否、信じてみたかった。
自由にあの街を歩いて。
あの子供達の傍に行って。
あの子供達と同じように楽しそうに笑うことが出来る。
- 279 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:12
-
そんな他愛の無い空想を浮かべて、私は1人の時間を過ごしていた。
―――そしてそのチャンスが巡ったのは、それから間もない頃。
- 280 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:12
-
そもそももしかしたら一人で暮らしていたのは自分だけで
他の"仲間"はあの街の子ども達のように楽しく過ごしていて
自分のことなど知らないのでは無いか。
知っていたとしてもとっくに忘れているか、どちらか。
それでも私は会いたかった。
一目でも良い。
"仲間"に…会いたい。
サーチライトの光が飛び交う闇の研究施設。
私はその区画さえも通過し、目的の場所へ。
厳重なロックを全て解除し、隔壁を通り抜けると小さな無機質のドア。
そのドアを開けて―――私は絶句する。
心拍数モニターに映し出された電子音。
人工心肺装置の微かな呼気。
歪に入れ混じりながら静寂の中で規則正しく響いていた。
部屋の範囲は数人分の個室。
- 281 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:12
-
だが一切の家具が取り払われ、ガランドゥも同然な状態。
まるで病室のような空間の真ん中に、計器類で囲まれたベットが置かれている。
闇の中で計器の表示パネルの僅かな光が淡く薬液の香りと電子機器の放つオゾンのニオイが混ざり合う。
ベットの中には私と同い年ぐらいの女の子が眠っていた。
右肩から胸にかけて走る赤黒く変色した裂傷。
腹部に開いた大きな銃痕は臓器を貫通していた。
それらの傷は無造作に包帯で処置を受けている。
一糸まとわぬ白い肌。
薄っすらと開いた瞳は片方が抉れ、包帯は赤く染め上がっていた。
あまりにも無残な姿に口を押さえるが、その気配を感じたように女の子がゆっくりと私を見上げた。
微かな息を吐き、静かに言葉を発する。
「だれ?」
- 282 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:15
-
私は勝手に付けられた「No.23」と告げると、女の子は安心したように息を吐いた。
「そっか…まだ生きてたんだね」
ため息のように呟いたその言葉。
同時に聞きたい事が噴出していたが、上手く言葉として
形が繋がらず、頭の中でぐるぐると巡り続けるだけ。
「私はそうだね…製造番号は肩っ苦しいからガキさんで良いよ」
「ガキさん…?」
「じゃあ私たちの世代では、貴方が最後なんだ」
最後。
私はその意味が全く理解できない。
彼女は「私も頑張ったんだけどなぁ…」と包帯を巻かれた片目を押さえる。
その言葉がまた、ため息のように吐き出された。
「でも良かった、貴方だけは無事に過ごしてたみたいでさ」
- 283 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:15
-
自分の事よりもガキさんと名乗った彼女は私を心配するように言う。
どうしてこんな暗い場所に居るのか、どうしてそんな大怪我を負ったのか。
どうして……一人なのか。
自分と一緒に生まれてきた子供の中の1人。
どんな日々を過ごしてきたのかは分からない。
そして自分が何のための存在なのか。
何のために「作られた」のか。
何のために選ばれたのか。
私は知らない。
何も、知らなかった。
ガキさんは両手をベットにへと押し付けて身体を起き上がらせようとしている。
苦痛を耐えるように一度だけ唇を噛んで見せた。
同時に何かを思い出したように歪んだ表情。
- 284 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:16
-
「他に生まれた子は死んだよ」
「…死んだ?」
「そして私も、もうすぐ死ぬんだ」
死ぬ。
何を言われたのか理解が出来ずに呆然としていた。
「まぁ信じてないか」と苦笑いを浮かべる。
「そこの引き出しの鍵が棚の中にあるから」
言われるままに、ベットの隣にある棚へと駆け寄って
途中、長方形の箱に仕舞われた鍵を取り、一番下にあった
鍵付きの引き出しを開ける。
そこには一冊のファイルとIDカードが置かれていた。
「私が手に入れた一部だけど、それで十分真実が分かるよ」
少女の声に促されてそのファイルを開ける。
指定された場所を探り、ほどなくして私は"真実"までたどり着いた。
読み進めて行く内に私は脱力していく。
- 285 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:17
-
「ちなみに私はNo.20だから、貴方よりも少し早く生まれたみたい」
「……こ、れ…」
「まぁ、最初に処分されたのが私よりも5番早い子だったかな
一緒に居た子も戦死したりいろいろあって…ね」
「……」
とうとう力尽きた膝が床をつき、拍子にファイルがバサリと落ちた。
【UFA factory】計画要網。
この世界は戦争の真っ只中へと陥っている。
人間は他のものを欲しがる独占欲が最も強い社会的動物種。
欲が生まれると人間は"進化"することを考えた。
争う事になればその能力を活かし、「いかに人間という動物を殺すか」を思考する。
人間自ら最も進化した生物として「万物の霊長」と称していた時代。
その進化した能力の故に、大量殺戮兵器を使用した世界レベルの戦争。
それが【UFA factory】が考えた兵器。
- 286 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:18
-
神への挑戦、あるいは冒涜の結晶。
優秀な遺伝子の合成人間である「デザインベイビー」
受精卵の段階で遺伝子操作を行なうことによって、望む外見や体力・知力等を持たせた子供の総称。
この計画の場合、体を得ると同時に神経細胞を促進させる擬似信号によって
身体は数ヶ月で8才のモノにまで進化することが出来る。
現在、私は外見年齢で表せば19才にまで成長していた。
実年齢は多分…5歳と満たないのかもしれない。
遺伝子は“生命の設計図”。
体格、髪、目の色から病気、性格、知能、そして寿命。
他者に対する優位を植えつけられたものは、他者を抑圧することしか考えない。
そんな人間の手から与えられた命。
生まれながらにして「愛」などを持たない子供達。
決して愛されることは無い。
人間として人間を殺す兵器として与えられた、生。
- 287 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:18
-
それが、私だった。
「信じられないでしょ?」
蹲った私を見下ろすようにガキさんは言った。
私は壊れたようにがくがくと首を縦に振り、出来ることなら冗談だと言ってほしかった。
自分を驚かすためのタチの悪いいたずらだと。
「でも私が驚いたのは、貴方の存在だよ」
私たちがこの世界をただ守るための部品として作られた。
その上何かミスを犯せばすぐに処分されて、また新しい兵器が生まれるとか。
そんなこと、信じられない。
信じたくなんて、ない。
「私、もう自分以外に居ないんだって思ってたから」
そう言って、ガキさんは笑った。
力の無い、真っ白なその顔で、笑顔を浮かべることすら私には恐かった。
どうしてこんな事実を知っておきながら、そんな顔が出来るのかって。
- 288 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:19
-
「じゃ、後は自分の目で確かめても良いから」
ガキさんは最後のページを開けるよう促す。
そこにはセキュリティ系統の端末に読ませると外周にあった防犯システムを
一時的に遮断させる解析書が書きこまれていた。
まるで、これを見て逃げろとでも言っているかのような、ガキさんの対応。
「後はそのIDカードを使えば…」
「待ってよ」
「……?」
「何でこんなモノを持ってたのに…ガキさんは逃げなかったの?」
私の問いかけにベットへ沈み込むガキさん。
このファイルをいつ入手したのかは分からないが、怪我をする前に
これを手に入れていたのであれば自分が逃げられたはず。
だけど、それをしなかった。
ガキさんは頭を指差すと、少しだけ息を吐いて。
「昔ね、私…人を殺しちゃったんだ、大好きだった人を」
- 289 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:19
-
その責任として、実験サンプルとして有力だったガキさんには外科手術
によって行動抑制の機械を脳に埋め込まれてしまった。
それに違反すると、ガキさんの脳は活動を停止する。
つまり、死ぬ。
「そのファイルを入手したのはその子だった。
読み終わったあと、泣きながら私に言ったんだよ、「殺して」って」
全てを受け入れたまま、この世の中で息をしていくのか。
世界に心を鬱されたガキさんの好きだった相手は、小さな隙間から
目を覚まし、幻と現の闇から消えたいと願った。
それが愛されない人間の末路だとも言いたげに。
「人を殺すために生まれた私たちが、本当に愛されることなんて無いんだよ
だけど私は、その子に恋愛感情があった、兵器なのにね」
皮肉に、ガキさんは呟く。
何で私たちに感情が残っているのだろう。
手足を縛られ、見えない手で操られている私たちに、どうして心があるのか。
与えられた唯一の環境の中で生きている私たちに。
どうしてこんな…寂しさが募るのか分からなかった。
- 290 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:19
-
「結局のところ、私は負けたんだ、皆も負けた、この世界に
でも悔しい……すっごく悔しい…」
ガキさんの声は震えていた。
興奮したからなのか、咽る口の中からゴボリと血が吐かれた。
生きる場所も死ぬ場所も。
生きる権利も死ぬ権利も、何もかも自分には無いのなら。
愛してくれる、たった1人の人間の手で。
「ねぇ、お願い、聞いてくれる?」
「お願い…?」
「もしも、まだ信じられないようならこのまま無かった事にして
自分の施設に帰っても良いよ、どっちを選んでも、私は恨まないから」
でもガキさんは、どうなるの?
- 291 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:20
-
求められたのは人を殺す技術。
初めから決まっていた道が見える小さな世界に閉じ込められて。
切れ端だけを集めてできた世界の中で、こうして苦しんでいる。
殺された彼女は愛されたまま殺されて幸せだったかもしれない。
でもガキさんには、繁栄も何もないまま破滅を迎えるだけの時間を過ごす。
それで何を求めることが出来る?
何に向かって手を差し伸べれば良い?
何もないはずなのに。
失うモノも得るモノも何もない繰り返しを続ける日々の中で、ガキさんは言った。
「その目で、本当の事を確かめてほしい。
貴方はまだ間に合う、死んだ仲間が悲しいと思うなら―――自分達の
罪の重さを思い報せてあげてほしい」
それが、ガキさんの求めたモノなら。
どうしてそれを振りほどくことが出来るだろう。
狂ってなんかない。
この世界は、初めから狂ったままなのだから。
- 292 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:20
-
不思議な気分。
まだ会ったばかりのガキさんに私は、何かを芽生え始めている。
狂い咲いた花のように。
闇に満ち充たこの世界の中で、私はほんの小さなヒカリを見つけた。
醜い光ではない。
こうして確固たる存在がそれを示してくれた。
「…もう時間が無いみたい」
ガキさんはそう呟き、スッと目を閉じた。
「最後に……」言葉を途切れさせながら、ガキさんは言う。
「名前だけ教えてくれない?」
「名前…?」
「あ、そうか、まだ訓練生だもんね…じゃあ…」
ふと、ガキさんは私の着込む研究員の服を見つめる。
そこにあったのはこの服の所有者であろうプレートに刻まれた名前。
- 293 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:21
-
「亀井…絵里、それにしよっか」
「えり…?」
「うん、そう、貴方は今日から亀井絵里」
「絵里、私は…亀井、絵里」
かなり安直だったものの、元々私には何も無かったのだからそれで良いかもと思えた。
それが、最後のガキさんの笑顔だったのだから。
- 294 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:21
-
*
それからどこをどう走ったのか、私は覚えてない。
区画の外周を越え、初めて降り立った中央施設を彷徨いながら私は走り続けた。
途中で何度も警備兵に見付かって銃弾の攻撃を受けながら。
息も絶え絶えになりつつ、羽織った白衣に穿たれ、ぼろ切れ同然の有様になっても。
硬い舗装道路を走り続けることで足の裏が血で滲み出ていても。
肌に伝う汗と体中の疲労感で足を踏み外しそうになりながら走り続ける。
外へ外へと。
保守作業用の様な金属製の階段を駆け上がり、扉開閉のスリットにIDカードを
差し込んで私は滑り込むように入った。
中は暗闇で、ゾクリと背中が震える。
細い通路を半ば手探りに進み、粗い床で何度も転びそうになった。
ほどなくすると、また扉が見えてきた。
- 295 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:21
-
もう一度、IDカードをリーダーに差し込む。
扉が開かれると同時に、広大な空間がそこに存在していた。
私が見たことも無かったソコ。
半球形のドーム状である空間に整然と並ぶのは数百本にも及ぶガラス筒。
それが何なのか。
私は、直感的に気付いた。
喉の奥から漏れそうになった悲鳴を手で押し込む。
血の気が引いた。
受精卵の段階で遺伝子操作を行う試作品。
それが私たちの事なのだとしたら、これはまさにこれから
「兵器」として生み出される数。
そしてその隣にはガキさんが寝ていた同じベットが数十個。
そこには人種も性別も別れた子供たちの姿。
無数のチューブと電極に繋がれ、両手両足には強化ゴムで硬く固定されている。
- 296 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:22
-
ある者は死んだように目を閉じ。
ある者はぼんやりと瞼を開いて、ガラス玉のような瞳を無機質な天井へと泳がせている。
私は、目を見開いた。
「デザイン…ベイビー…」
足に力が消えると、私の体は自然とその場に座り込んだ。
ガキさんに見せてもらったファイル内の計画。
それが今、ここで、行われている。
「愛」を知らない子供達。
何も知らず、ただ「殺戮兵器」として生を与えられた存在。
誰かも分からない人間に書き換えられてしまった哀れな子供。
そして、私もまた―――――――。
- 297 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:22
-
*
街灯の明かりが消えた。
光が溢れ、「朝」が始まったのを告げている。
通りを外れた細い路地の壁に背中を預けながら、私は
舗装タイルの道に座り込んでいた。
あれから何度銃弾を受けながら走り続けただろう。
異常に気付いた警備兵と軍の包囲網を掻い潜りながら
何度も何度も体に傷を作って市街地へと辿り着くときには
すでに街頭の時計が朝を示していた。
レンガの硬い壁はジワリと冷たさを体に浸食させる。
目を閉じ、私は荒い息を吐いて体の疲労感でいっぱいだった。
ここまでたどり着くことは奇跡としか言いようが無い。
銃弾を受けた手足はそこらじゅう赤い血で染め上がり
自力では歩くことはおろか、立ち上がることも困難になっている。
- 298 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:23
-
「街」はいつものように喧噪に包まれ、上空に作られた
交通帯には自動車が絶え間なく行き交っている。
いつか見たあの風景が、今そこにはあった。
だけど路地の陰に座り込む私には目もくれない。
ふと誰かの視線を感じた。
あの時カフェに居た、二人の子供だった。
私に気づいてくれた。
それが嬉しくて、助けを求めようと手を伸ばす。
赤く染まった血まみれの手を。
―――子供たちは悲鳴をあげた。
- 299 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:24
-
それは恐ろしいものを見るように、歪な表情を
浮かべて、私から遠く離れてしまった。
それに気付いた通行人が私の周りに集まってきた。
誰も彼もが、遠巻きに私を見下ろしてくる。
ひそひそと言葉を交し合い、でも私に近寄ってくる人間は誰も存在しなかった。
血にまみれた顔。
血にまみれた姿。
視線を送れば怯えたように一歩後ずさるその表情。
どうしてここに来れないのかと、何度も何度も思った事がある。
あの子達は笑っているのに、どうして私は笑えないのか。
どうしてこんなにも退屈なのか。
どうしてこんなにも……寂しいのか。
人間と私の違い。
―――そう、何もかもが違う。
- 300 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:24
-
そもそも私に、そんな当たり前の幸せなんてものがあるはず無い。
そして同時に、ここに私が居て良い場所なんて無い。
ガキさんが言ってた。
「ここには、私たちを便利な道具としか思ってない奴ばかりだよ
「愛」も何も無い、紙きれ同然の醜い「愛情」で好きなように使うどうしようもない奴ばかり」
足に力が入らず無様に転んだ私は、笑みを零した。
地べたを這いずる自分の姿が滑稽すぎて。
歪みきった口から掠れた笑い声が出てきた。
護送車のサイレンが聞こえる。
どうやらあの時の警備兵が駆け寄ってきた。
乱暴に引き摺り起こされ、両手に手錠を付けられる。
- 301 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:25
-
「…アハハ」
「?」
完全武装で顔が分からないが、警備兵は私の笑い声を疑問に思っただろう。
否、分かるはずなんて無い。
私はようやく、自分の"すべき事"に気付いたのだから。
それが、私のスイッチ。
この世が狂いきっているなら、私も狂っているのだろう。
一線を越えた後に起こる、快楽を求める「狂気」が暴れ始めた。
バケモノの本能と似ているその悦楽は形となって笑みを零れさせる。
姿勢を低くし、警備兵の外套に差し込まれていたナイフを引き抜くと
それを逆手に持ち、右側で私の肩を持つ人間の手首を貫く。
手袋の合間を縫った箇所へと貫いたそれは肉を食い破り、骨を砕いた。
―――『殺戮兵器は破壊が全て』
- 302 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:25
-
五月蝿いほどの悲鳴を吐き出した警備兵から拳銃を奪い
私は容赦なく中身の銃弾を打ち出す。
足を負傷し、床に這い蹲る人間を残し、数人が拳銃を向けて発砲する。
踏み出した足を軸に重心を投げ出し、倒れこむように建物の角に飛び込んだ。
ジリジリと警戒しながら近寄る警備兵。
その後ろでは通行人が怯えたように逃げ回っている。
混沌とした状況の中、私は銃弾で受けた頬の傷を指で掬い、舐め取る。
甘い味がした。
歯列の隙間から漏る熱く荒い吐息。
蠢いているものが負の衝動だと分かった。
殺したい、壊したいと、 体中に溢れ出る感情が飛躍的に膨れ上がる。
殺意と共に浮かぶ破壊衝動。
零れる笑みはただただ歪み続けるだけ。
私は銃身を建物に向け、軌道を計算し、撃ち出す。
銃声と共に打ち出されたそれは小さな金属音を鳴らしたかと思うと
1人の警備兵が突然倒れこんだ。
- 303 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:26
-
「!?」
理解が出来ない現象に警備兵は戸惑いを見せるも、こちらの警戒は怠らない。
だが次々に異様な死に方をする仲間達が死ぬのを悟ったのか、微妙な
位置変えをしながら徐々に近づいていく。
どうやら"跳弾"に気付いたらしい。
玉が切れた拳銃を放り投げ、それを合図に私は飛び出した。
視界の中に居るのはたったの4人。
「撃てぇ!」
誰かのくぐもった声が吠えた。
瞬間、銃弾が波のように押し寄せてくる。
それでも私が見つめる先は、マスクを装着する顔のつなぎ目。
首の頚動脈を目指し、ナイフを突いた。
引き抜いた瞬間、水道管が破裂したように血しぶきが飛ぶ。
顔に受ける生暖かい感触。
生の実感。
溢れ出す欲深き衝動。
- 304 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:26
-
「アハハハハハ!!」
高らかに溢れ出した笑みは大声に変わる。
殺傷力は十分あるはずの銃弾を当たり前のように避ける私。
否、実際、"見えていた"
高密度な開発機関によって造られた銃身から放たれた銃弾。
動きでさえも最小限にしか動かすことはしない。
火薬のニオイと人間の血のニオイ。
警備兵の1人が踏み向きざまに放った一撃は私の肩を浅くかすめ
奇妙に歪曲した軌跡を描いてむなしく宙を泳ぐ。
崩れた体勢のまま、私はナイフを横薙ぎに振りぬく。
ドシャリと、その場に倒れこんだ。
「…後、2人」
- 305 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:27
-
死屍累々な状態の中で、私は頭に浮かんだ言葉を呟いた。
倒れ伏した警備兵はとうに生気を失っている。
そして目の前に居る2つの気配からもすでに恐怖しか感じられない。
今にも逃げ出そうという体勢のように思え、私は笑った。
気分が良くなってくる。
どうでも良い。
何もかもこれに身を委ねていけば、私の存在意義は成立する。
―――兵器はただ闘うだけに生きているのだから。
*
- 306 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:27
-
「ハハ……クッ……ヒハ……」
雨が降ってきた。
冷たい筈なのに、何故か私は笑いを込み上げている。
警備兵から奪った軍服に身を包み、ゴミ箱に捨てられた布を被っては
また路地の中を彷徨った。
ホームレスの不可解な視線を向けられるが、何も声を掛けられることは無い。
ただ何かの中毒者だと思われるだけだろう。
「ヒヒ……クハッ、ハハ……」
フルフルと全身が震えている。
寒さと同時にさっきの感触が頭の中でこびり付いて離れないから。
人の血肉を引き裂き、抉り、贓物を吐き出した体はまるで狂い咲いた華の根。
かろうじて人間らしさを持っていた胴体は地面から這い出てくる死人の様。
狂気という透明の結晶が作り上げた芸術。
作り物のように成り果てた瞳は無機質な世界を見上げるように凝視する。
まるで、この世に憎悪を抱かせる感情だけが存在していた。
- 307 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:28
-
―――肉の軋む鈍い音。
バシャンと崩れ落ちる体は、すでに限界を通り越していた。
手錠がジャリと擦れた音を出す。
布に滲む血液が雨に混ざり、地面をピンク色に彩らせる。
筋肉、関節、重心運動と言った人体の性能を極限まで利用した
戦闘技術をほぼ同時にやって見せたのだから、体もボロボロだろう。
徐々に冷たくなる体の体温と、血生臭いニオイが鼻を刺激する。
もうここまでかと思った。
研究所から抜け出してすでに一日が経っているものの、すでに追っ手の方も掛かっている。
それについ先ほど私は、―――何人かをこの手で殺している。
- 308 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:28
-
誰にも愛されない存在。
そして愛してしまった人もまた、居なくなってしまった。
「……ガキさん」
息を引き取ったあの人は、私に何の怯えも見せずに話しかけた。
たった1人、唯一の"仲間"。
でも、もう居ない。
私を残して、あの人は満ち充ちた思いで逝ってしまった。
あとに残るのは、寂しさだけ。
「ガキさん……っ」
私は二度と目を開けることは無いガキさんの頭を持ち上げゆっくりと顔を近づけた。
重なる頬。
温かく無かった。
本当の人形になったガキさんの体。
感じ取るのは、もはや冷たさと、血の生臭いニオイだけ。
- 309 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:29
-
頬を離し、ガキさんの瞳を再び覗き込んだ。
スゥッと、何かが目尻から零れ落ちる。
それは何だったのか、私には分からない。
ただそれと同時に、私の目からも溢れ出てきた水。
触れるとそれは暖かく、何故かまた寂しさが込みあがってきた。
――――――…っ!
- 310 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:29
-
「……っ…、うわぁぁぁァァァ…!」
何故こんなにも寂しいのか。
さっきの感触もすでに悴む手では何も思い出せない。
痛む何かだけが鮮明に、全身を震わせていた。
- 311 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:30
-
叫び疲れ、声も嗄れた頃。
私の目の前にぼんやりと見えるピンクの傘。
「大丈夫?」
そう言い、私の顔の上に傘を下ろす誰か。
初めて私に声をかけてきてくれた誰かを見上げる。
ぼんやりと視界に溢れる顔は、女の子だった。
瞬間、水の雫ではない何かが溢れ出てくる。
私は、懐から取り出したナイフを前に出した。
先ほどの警備兵が持っていた、何の変哲も無いただのナイフ。
女の子は驚いた様子だったが、私が襲わないと
感じたのか、悲鳴をあげることは無かった。
救いを求める為に。
私はナイフの柄を向けて、女の子に言う。
- 312 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:31
-
「お願いっ、私を……私を殺してっ」
「……なんで?」
「私は…私…は……」
「人でも殺しちゃった?」
ドキンと、心臓が飛び跳ねた。
体は震えながら小さく頷く。
それでも女の子は怯える事無く問い掛ける。
「だから、泣いてるの?」
「…あんなところに帰るくらいなら、死んだ方がマシだから…」
「でも、それで後悔しない?」
後悔。
ハッと、記憶がフラッシュバックした。
ガキさんの「お願い」を。
"その目で、本当の事を確かめてほしい。
貴方はまだ間に合う、死んだ仲間が悲しいと思うなら―――自分達の
罪の重さを思い報せてあげてほしい"
- 313 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:32
-
「…ガキさんが」
「ガキさん?」
「本当の事、確かめてほしいって……」
「じゃあもし死んじゃったら、貴方はもう何も確かめられなくなるけど、それでも良い?」
女の子は確認するように言う。
私は、首を振った。
悲しくなったからなのか、涙が溢れて止まらない。
「じゃあもう泣かないの、もしも…その本当の事を確かめた後
貴方がもう一度「殺して」って言ったら―――さゆみが殺してあげる」
そう言って重なったのは、私と女の子の唇。
生まれて初めてその場所に、人間と触れ合った。
暖かいような冷たいような、くすぐったいような痛いような。
ただ私が今まで感じた事も無い不思議な感覚。
- 314 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:32
-
女の子は離れると、笑顔を浮かべた。
ガキさんの様な悲しそうな表情ではない、ただ純粋な笑顔を。
私が何も言わずにそれを見ていると、背後から声がした。
「さゆ、何やっとるとっ?」
「ちょーど良かった、れいなちょっと手伝って」
「は?」
「この人連れて帰るから」
そこには青い傘を差した女の子が居た。
怪訝そうな表情で私を見つめ、ギョッとしたように目を見開いた。
「な、何っ?そん人……なんで手錠なんかしとると?」
「説明は後回し、こんな格好してたら風邪引くし、怪我してるみたい。
ね、名前はなんていうの?」
名前。
私は白衣から取り剥がしたプレートをポケットから取り出し、それを見せた。
- 315 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:32
-
「亀井…絵里、絵里って言うんだね、私はさゆみ、さゆで良いの」
「さゆ…」
「ほら、れいなバイク持ってきてよ」
「これ2人っちゃけど…」
「詰めて乗れば大丈夫」
不安そうなれいなと呼ばれた女の子は大きなバイクのアクセルを
踏み込み、エンジン音を吹かす。
私とさゆみは後ろの座席に乗せられ、ヘルメットを被らされた。
「じゃ、しっかり掴まっとれよ」
「振り落とされないようにね」
「ぇ……うわっ!」
見る事は何度かあったが、乗るのは初めて。
そこかしこに設置されたガイドランプを蹴飛ばす勢いで駆け出すバイク。
地表高度百五十メートルに飛び上がっては法定速度をゆうに越えている。
キャーキャーと叫ぶ私とは違い、さゆみは楽しそうに笑っていた。
- 316 名前:透明な愛に沈む華 投稿日:2008/01/27(日) 21:33
-
そこはいつも見ていた光景。
護送車の中で見つめていた風景。
少しずつ変化を遂げる世界。
失くしたモノと、手にした感情。
陽の光に目を細めて、私は思う。
ガキさんの約束を果たすまで、絵里は死なない。
だから、生きるよ。
それでも生きるから。
end...
- 317 名前:- 投稿日:2008/01/27(日) 21:33
-
- 318 名前:- 投稿日:2008/01/27(日) 21:33
-
- 319 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/27(日) 22:09
- (ё)<ま、来ると思ってたよ
ジャンル変りが激しすぎるというのも考えものですがね(汗)
本当はここまで壮絶なものでは無かったのですが
こういうのもたまには…という気持ちからorz
>>269 名無し様
有難うございます。
こういったお話なので内心ビクビクしている自分(苦笑)
また次回から調子を取り戻そうと思います。
>>270 名無飼育さん様
可愛いですか(笑)
お付き合いのほど、有難うございました。
まだもう少しサイズの方も余っているので
リクエストを引き続きお待ちしてます。
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/28(月) 00:26
- すごく良いです!短編で終わらすには惜しいぐらい
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/28(月) 02:45
- 無茶苦茶良すぎます!!!
これ続けてもらえませんか?
- 322 名前:名無しさん 投稿日:2008/01/28(月) 20:32
- やべー、すごく良い…
悲しいけどすごく良い…
続けてほしいです!
- 323 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/01/30(水) 22:41
- >>320 名前:名無飼育さん
>>321 名前:名無飼育さん
>>322 名前:名無しさん
狽シ、続編ですか(汗)
ほぼ短編でしか考えてなかったので設定の方も…。
容量が足りるでしょうか(滝汗)
検討してみますが、次回のものが続編でも無くとも
怒らないでやってください。
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/31(木) 01:41
- 期待して待ってますwww
- 325 名前:- 投稿日:2008/02/12(火) 06:00
-
- 326 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:00
-
道重サユミは近所でも有名な賢い飼い猫だ。
ただ近所に住む猫達からはナルシストだとか運動神経が無いとか。
頼りない部分を多く知られ過ぎてしまって本人は少しも思ってない。
以前、人間の世界に売っているイワシの日干しを取ろうとして
丸一日計画を立てたものの、全てサユミが最後全部落っことしてしまい
結局その日は自分のご飯を全てその猫達にあげる事になった。
その所為か、餌取りのトキはあまり積極的ではない。
サユミには人間の家族が居る。
そのおかげでエサにも困らないし、人間の姉が居て毎日遊んでくれる。
カガミを見るのも日課になってしまい、その前で毛繕いをする。
毛並みを揃えるのは必要不可欠な行動だ。
あと、猫の世界でもその要素は存在する。
「サユー」
- 327 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:01
-
大きな金色の鈴を付け、ピョコピョコと耳を揺らすのは亀井さんちのミケ猫、エリ。
白猫のサユミとは比較的に体に薄く茶色の模様が出来ている。
エリはサユミよりも足が速い。
振り向けばあっという間に背後でフニャフニャと笑顔を浮かべて……いなかった。
「おはよ、エリ。今日も空が青いね」
「おはよっ、サユ……や、じゃなくてっ」
いわゆるノリツッコミらしいけど、どうもテンポが一瞬遅かった。
その上なぜか理不尽な怒りをぶつけられてしまう。
「サユって呑気だよね」
「エリほどじゃないと思うけど」
「エリって呑気?」
「うん、何だかおばあちゃんの膝でいっつも寝てそうなカンジ」
「それはまぁ…おばあちゃんの膝って柔らかくて安心するけど…って
あぁもぉーっ、さゆのせいでハナシが進まないっ」
「エリもだいぶ話を脱線してるような気がするけど…」
エリが話したい内容が分からないのだから仕方が無いのに。
妙に冷静なサユミとは対照的に妙にテンションの高い絵里。
調子が狂うのはこっちの方だと言う前にエリが叫んだ。
- 328 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:01
-
「サユ、ちょっと付いてきてっ」
「な、なんなの?」
「エリじゃ軽くあしらわれちゃって…早くっ」
頭の上の青い宇宙の中で、太陽が挨拶をしていた。
大きい雲がまるでくじらだと思っていたセカイが速度を上げる。
その下に走り出した猫の影。
それはあまりにもゆったりとした時間で、思わず転げてしまいそうで。
走る中で感じる涼しげな風は、サユミとエリの逆を駆けていく。
そこに何があるのか分からない。
だけどそれには、ちゃんとした"イミ"がある。
ならサユミ達が出会ってしまった今日も、ちゃんと"イミ"があるのだろうか。
- 329 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:02
-
*
レイナはトラ猫で、数日前までは野良猫だったものの、小さな女の子が拾って、家猫になった。
だけどいつも抜け出しては、周辺の猫の集会場にしている空き地へと遊びに来ている。
人間に飼われていても、やっぱり住み慣れた場所が良いというのはキソーホンノウだろうか。
そして、タイセツだという事も。
レイナは、この日の事を引き摺る素振りは見せないけど。
時々、懐かしそうにここを通る姿を見かけた事がある。
レイナの他に、野良はアイちゃんとガキさん。
ガキさんは元々人間に飼われていて、「引越し先」では飼えないと言う理由で捨てられてしまった。
その家族の名前が「新垣」で、会った時からガキさんと呼ばれていた。
本人は吹っ切れたのかその名前で呼ばれても全然怒らない。
寧ろ喜んでいる。
その話を知っている人間はよくガキさんを撫でりに来てくれたし。
エサもサユミが知っている近所の人がお皿に乗せてくれていたりもした。
だけどそれが、あるきっかけで突然無くなった。
- 330 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:03
-
ここはよく他の町から野良がやってくる。
トカイからそう遠く離れていないせいか、スミカを捜して移り住む猫達。
それがごく最近、人間達の大きなナヤミになっているらしい。
ゴミを漁ったり、モノを盗んだり、ついには子供をかみついた猫も居た。
かみついた野良猫は人間に捕まって、もう生きてない。
その人間達が車に乗せるとき、口走ってたから。
「クスリ」でコロシてしまうんだって。
サユミはその"イミ"を知っている。
知っているからこそ、その猫の声が耳にこびり付いてしまって離れない。
だけどそれだけでは終わらなかった。
その野良猫から偶然、バイキンが発見したらしい。
そのバイキンで子供はビョウインというところに居て、今でも家に帰れない。
結果、一部の人間はある事を決めた。
この場所に"ワナ"を仕掛け、アイちゃん達を捕まえるケイカクを。
矛先はそこに住む無害な猫までも向かっていた。
―――片手を失っているアイちゃんにも。
- 331 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:03
-
昔、アイちゃんもまた家に住んでいた。
ただそこの子供が放り投げてしまったボールを取りに行っただけだった。
ただそこの下水管にある筈の石が設置されていなかっただけだった。
片手をそこに挟み、セツダンされた。
ただ「片手」が無いと言うだけで。
そんな理不尽な理由でアイちゃんは捨てられた。
「キモチワルイ」という、子供の母親の一言だけで。
そんなアイちゃんをここに住まわせたのは、ガキさんのおかげ。
近所から貰ったエサをあげて、切断面を地面で擦らないように工夫したのも
ガキさんを慕っていた人間のおかげ。
そんな人間が仕掛けた"ワナ"に、アイちゃんは捕まっていた。
サユミが空き地に置かれていた木材の陰に、隠すような形で置かれていた
"ワナ"の中に、アイちゃんは居て。
その隣に、ガキさんが倒れていた。
言葉を失うほどのザンコクな格好で。
- 332 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:03
-
「サユっ」
「レイナ…これって…」
「っ……朝来てみたらダレもおらんくて…、いつもエサが置いてあるトコが
ここやったけん、来てみたら…」
ガキさんはかろうじて息をしていた。
アイちゃんを助けようとしたのかもしれない。
ただその代償は大きい。
腹部に無数の打撲痕。
その上、身動きさせないようにトゲが刺さったハリガネを巻きつけて。
赤く染まった毛並み。
ムゴ過ぎる変わり果てた姿。
他にもガキさんを慕う猫が何匹か囲むように立っていた。
心配するように顔を舐めるものも居れば寄り添うように座る猫まで。
サユミは"ワナ"の中に居るアイちゃんへ歩み寄った。
- 333 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:04
-
「アイちゃんっ」
「サ……ユ?」
「何があったの?ガキさんは…なんで…?」
「分からん…ゴハン食べとったらムリヤリこの中に入れられて…。
ガキさんが…ガキさんがぁぁ…」
アイちゃんも抵抗したのだろう。
毛並みが乱れ、体の震えと共に揺れている。
トコロドコロ毛も毟り取られたようになっていて、サユミはすぐにでも
舐めてあげたくなった。
それでも"ワナ"に阻まれて何も出来ない。
「…だから人間はキラいなんだ」
「人間に飼われてるヤツの気が知れないね」
野良と人間に飼われている猫の間に冷たい空気が流れる。
自分達のご主人様の悪口を言われて威嚇じゃ済まないほどの
毛並みを立たせる猫達。
「すぐに、人間達が取りに来るよ」
「ぇ…?」
「ガキさんに巻きついてるヤツもそのセイ…逃げ出さないようにって」
「そんな…」
―――「クスリ」でコロサれてしまう。
- 334 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:04
-
「ねぇ、サユどうしたら良いと?」
「頭が良いサユなら何か方法ナイ?」
友達のエリとレイナにどうして自分がこの場に呼ばれたのか。
それが、何となく分かった気がする。
以前、人間達のある計画に参加したサユミは頭脳が優れているという
証の鈴を貰った事がある。
それが、今首にピンクのリボンで巻かれている金色の鈴。
自分ではそう思っていない。
でも、皆はそんな自分を頼ってここに呼んでくれた。
このキキを乗り越える為に。
少なからず、ここに居る猫達はみな人間が好きだった。
そしてそれはガキさんもアイちゃんも分かっている事実。
でもこんな事になってしまった。
お互いの距離を決めて穏やかな日々を過ごしていたはずなのに。
昨日だって、何も無く二人とは遊んでた。
- 335 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:04
-
あっちの食べ物が美味しいとか。
いつかあの景色を見に行きたいとか。
隣町にも探検しに行きたいとか。
そんな他愛の無い話をしていた筈なのに。
「サユ」
「サユ、お願い」
エリとレイナは言う。
でも、二人も分かっている筈だった。
アイちゃんもガキさんも……もう。
今までにこうして死んでしまった猫はたくさん居た。
その中に例外なく二人が入ってしまっただけ。
それでもやりきれない。
何とかしたい。
そんな気持ちは飼われている、飼われていない関係ない。
何も出来ないのが悔しい。
- 336 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:05
-
誰が悪いのか。
誰のせいなのか。
グルグルと考えるうちにたどり着いたのは…こんな事をした人間のこと。
イライラする。
サユミ達は何もしてないのに。
ゴミを漁るのだって、モノを盗むのだって、猫にとっては生きる術だ。
噛み付いた猫だって、自分を守るだけで精一杯だった。
生きたいから。
この世界のアシタへと進みたいから。
ワルイノハニンゲン。
ワルイノハ、ニンゲンナノニ。
でもその結末は分かっている。
猫はニンゲンよりもヨワイ。
仕返しなんて本当は考えちゃいけないんだ。
仕返しをすればそれは自分に跳ね返る。
それは、あの猫を見た時から思っていた。
それでも何かをしたい。
でも、仕返ししても最後にはここに居る猫達全員が同じ目に…。
そんなの、絶対ヤだ。
- 337 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:05
-
でも…それでも…あぁもぉ!
フルフルと首を回し、サユミは頭の中の考えを消す。
どうすればいいのか分からなくて。
どうしようも出来なくて。
何かが終わるのを黙ってみている事がこんなにも悲しい。
「サユっ、サユぅ」
エリは泣いていた。
サユミも泣きたくなったけど、胸がキューと締め付けられた。
かなしくて、つらくて、失うことはこんなにもイタい。
だから、だからサユミは考えた。
どうしてあげれば良いのか分からないけど、でもサユミに出来る事は
ほんの少しのことだけ。
「…アイちゃんを助けよう」
- 338 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:06
-
実はサユミは、この"ワナ"の仕組みを知っている。
子供を噛んだという野良猫が捕まったのも、コレのせい。
サユミはそれを、ジッと草の中で見つめていた。
助けようなんて思わなかったし、助ける力さえも無いサユミにとって。
その景色を頭に刻み込むのに精一杯だった。
いつか、友達が同じ目に遭った時にと。
一度閉まったら内側からは開けられない構造。
だったら外側から開ける方法が必ずある。
左右を確認し、上下を慎重に見てはクルクルと"ワナ"を観察する。
頑丈で壊すのは不可能だと分かって、サユミは微妙な取っ手などを調べた。
ふと、上の方に何か突起物を発見する。
「レイナ、上に登れる?」
「なん、こんな時に…」
「あれ何とかして引っこ抜けないかな?」
- 339 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:06
-
子供の頃からレイナはエリやサユミよりも軽い。
走ることは苦手で、体力に自信があるワケでもない。
それでも瞬発力とジャンプ力は郡を抜いている。
運動が出来ないサユミが凄く羨ましがっていたトコロだ。
カシャンと"ワナ"が揺れて中のアイちゃんがビックリしてたけどそこはガマンしてもらう。
「ダイジョウブ?」
「んー…あ、何とかいけるかも」
レイナの声にダレもが反応した。
ガシガシと爪でその突起物を押したり引いたり。
その瞬間、留め金が反動で取り外され、"入り口"が大きく広がった。
開いたんだ!
そう思ったと同時に、アイちゃんが恐る恐る出てきた。
サユミは寄り添い、乱れる毛並みを舐めてあげ。
変に鉄っぽい味がしたのは、気のせいだと思った。
- 340 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:07
-
「サユぅぅ…」
「アイちゃんっ」
「アイちゃーんっ!」
エリとレイナも寄り添い、まるで数年ぶりに会うかのような再会を果たした。
ひょこひょこと片足を動かしながら何度も何度も毛並みを摺り寄せあう。
まだカタカタと震えていた。
おっちょこちょいでいろいろと出来事を起こしちゃうけど、それでも
サユミ達にとってはたった1人のアイちゃん。
これでアイちゃんは大丈夫。
ここから逃げれば、何の問題も無い。
それともサユミの家に来れば良い。
人間のお姉ちゃんに頼めば一匹や二匹大丈夫なはず。
でも…ガキさんは?
フイに、絵里がそんな視線を送ったような気がした。
- 341 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:07
-
あの時も本当に偶然。
ガキさんはここに居た。
この空き地は、家族が居た場所。
助けてほしいとか。
誰かに頼ることもせずに、ガキさんはずっとここに居た。
いつかまた触れ合えることが出来ると思い続けて。
願い続けて。
そして、アイちゃんが来てレイナが来て。
他にもたくさんの人間の心で癒されて。
誰かの為にならなくても、一生懸命それを待ち続けていたガキさん。
みんなでひとつ。
バラバラだけど、繋がっているんだと思える場所だった。
だけど、このままじゃあいけない。
みんながこのままじゃいけないんだ。
せっかくの繋がり。
せっかくの仲間。
せっかくの…今日。
- 342 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:08
-
「…でもこのままじゃ」
このままじゃ、人間の都合でコロされる。
何にもない気持ちの中でガキさんがコロされる。
たった一匹の猫の命で人間の世界が変わるのか。
少なくとも、サユミ達は変わる。
ガキさんが居なくなるという事実で。
だったら。
だったらサユミは…。
―――ガキさんとサヨナラしなくちゃいけない。
最初から分かっていた。
ハリガネは毛並み、皮膚を食い込んで動きを消している。
ガキさんが言葉を発しないのも、そのセイかもしれない。
人間のお姉ちゃんが言ってた。
最期に人間は、この空にある星になると。
- 343 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:09
-
小さな星になった人間は残された人間を照らすヒカリになるって。
それが本当かどうかなんて分からない。
分からなくて、怖い。
ガキさんが居なくなることが、凄く怖かった。
もう遭えなくなる。
他愛の話も。
一緒にゴハンを食べることも。
毛並みを舐めてあげることも。
この空を見上げることも。
何もできない。
それが本当に、イタくてかなしくて。
「…ガキさん」
何も出来なくて諦めることは凄くつらい。
でも何もしてあげられないことはもっとつらい。
だから、せめて。
- 344 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:09
-
毛並みを舐めると、アイちゃんよりももっと濃い鉄の味がした。
涙が溢れそうになって、サユミは優しく寄り添う。
それを不審に思う猫も居たし、エリとレイナも何か言いたそうな
表情だったけど、声を発する事は無かった。
ドクドクと、ガキさんの小さな鼓動が聞こえる。
それは本当にゆっくりで、もう終わるんだなと悟るには十分なもので。
「エリたち…何も出来ないのかな…?」
「…1つだけあるよ」
「え?」
「願うこと」
願う。
それが何になるのか、エリたちにはよく分からなかった。
それをしても、ガキさんが助からないという事実は変わらないのに。
「何もできないんじゃない、みんながそれを怖がってるだけ。
願って、ガキさんのためにも、願えるのは、サユミ達だけなんだから」
…あぁ、そうか。
だから、サユミは願うんだ。
- 345 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:10
-
ガキさんの為にも、皆のためにも、願うんだ。
ほんの、ほんの小さな願いごとでも。
みんなで願えば、それは大きなものになるから。
どうか今日という日にイミが無いのなら。
サユミ達が意味のあるものにしてみせるから。
アイちゃんがアイちゃんしか居ないように。
ガキさんがガキさんしか居ないように。
みんなも、みんなしか居ないから。
だから、どうか笑えますように。
今日が過ぎて、アシタが始まっても。
みんなが、笑っていられますように。
気付けば、周りには飼い猫と野良猫が円を書くようにガキさんへ寄り添い。
目を閉じて、まるで願っているかのように誰も何も言わなかった。
エリが本気で眠ってしまっていたけれど、その体はポカポカで、ジッと
サユミを暖めてくれた。
ひどく優しくて、暖かくて、サユミは静かに泣いた。
- 346 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:10
-
アイちゃんは自分が持っている手で、ガキさんの体を覆った。
片手でも、必死にガキさんを守ろうとするアイちゃんの姿。
また、逢える。
きっとまた逢えるよ。
サユミ達がそう願い続けるから。
―――後に、ガキさんは人間が持ってきた布に包まれて連れて行かれた。
それをサユミ達は遠い場所から見つめていた。
あの場所には、もう行く事は出来ないけれど。
小さなカケラの思い出を繋げて、みんなが泣いた。
- 347 名前:星に繋げた祈りのカケラ 投稿日:2008/02/12(火) 06:11
-
野良猫はまだ人間を許したわけじゃない。
それでも生きていれば、その記憶もまた、何か意味があったのだと
考えてくれるようにサユミは願い続ける。
アイちゃんは一応サユミの家にへと居候する事になり
エリやレイナ、そして他の猫達も自分の居場所へと帰っていく。
自分達が決めた道を。
誰にも代われない命を生きる為に。
頼りないサユミ達のアシタは、どこまでも道を作り、続いていた。
end...
- 348 名前:- 投稿日:2008/02/12(火) 06:11
-
- 349 名前:- 投稿日:2008/02/12(火) 06:12
-
- 350 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/02/12(火) 06:22
- 行き詰ってる訳では無いのですが、考える内に
どんどん話が大きくなりまして…Berryzとか℃-uteとかもっと勉強しないと(汗)
前作のはヒソーリと書いているので、アレっきりという事はないと…思います。
ちなみに今回は分かりづらいですが「さゆガキ」
さゆとか哲学っぽいイメージが最近高いです。
リクエストはもうしばらく募集中です。
- 351 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/02/12(火) 06:23
- >>324 名無飼育さん様
思ったより遅くなりそうですが
見捨てないでやってください(苦笑)
- 352 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/12(火) 15:25
- 人間についていろいろ考えさせられました。
深いですね、作者さんは
ところでリク、愛れななんていいすかね〜?
- 353 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/12(火) 20:45
- 作者さん、いつも読ませてもらってます。カキコするのは初めてですが…。
リクエストの方なんですけど、れなこはで出来たらよろしくお願いします。
- 354 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/12(火) 22:37
- 泣きました。泣いちゃいました。ガキさんの真面目な性格からなのか作者さんの繊細な文体とマッチしてすごくキャラクターが活きてます。
リクエスト、ガキれなでお願いします。
- 355 名前:ななし 投稿日:2008/02/12(火) 22:58
- みんな猫だけど基本は変わってない気がしました…
悲しくて切なくて、考えさせられました。
前回から続けて、またガキさんが死んでしまって切ない…w
前作の続き、密かに待ってますwww
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/13(水) 01:10
- つД`)切ない…ガキさん
前作も良かったけど今作も素晴らしいです
ベリキューも勉強中とは頼もしい!なかなか面白いキャラがいるようですよ
実は飼育の中ではかなりベリキューに流れてますw
- 357 名前:324 投稿日:2008/02/13(水) 07:59
- 見捨てませんとも!あれから毎晩チェックしてますよw
今作も泣きました セツナイながら希望を持てるいい作品だと思います!
作者さんに夢中ですww次の更新をお待ちしてます!
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 05:34
- 作者さんの物語はガキさんが主要キャラだと一番面白いです。というわけで
リクエスト(まだ、大丈夫かな・・・)ガキカメでお願いします。
また泣かせてください。
- 359 名前:& ◆/p9zsLJK2M 投稿日:2008/02/15(金) 08:19
- うわぁ。
やばいよ、これ。
あんまり泣かないの私も、他のみんなさんと同じ、涙出ました。
本当に痛かった。これのさゆ凄かった。
リクエスト... よしければ、ちょっと珍しいのがきあいかでお願いします。
- 360 名前:- 投稿日:2008/02/17(日) 07:39
-
- 361 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:43
-
「れいなの初恋っていつ?」
そう言った、あの人の表情。
あたしのそんな甘い日々は、小学生の時で終わってしまっている。
正直に言ったら、あの人は笑って「大丈夫だね」と言った。
「初恋は叶わないっていうからの」
でも、その次の恋も叶わないものになってしまった。
炭酸ジュースに浮かぶ泡のように。
入れた途端に透き通って、消えていく。
ある日、あの人は死んでしまった。
- 362 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:44
-
2月に入ろうという日。
まだ冬のニオイが消えない日々の中で、れいなは目が覚めた。
リビングに設置したこたつに入ったまま眠っていたらしい。
ビデオに録画しておいたドラマが延々と流れている。
3倍に設定した事でまだ中には見ていない番組がたくさん詰まっているだろう。
ずっとうつ伏せで顔をテーブルに置いていため、頬が痛い。
擦りながら壁の時計に目をやると、もうすぐ9時を回ろうとしていた。
両親は実家がある福岡へ2泊3日で行ってしまっている。
つまり誰にも起こされず熟睡をしていたらしい。
(ふぁ…)
ちなみにご飯の方も数時間前に外で食べてきている。
小さなアクビを出し、こたつの中で暖めていた手を出すと、リモコンを取り
パチパチとチャンネルを変え始めた。
ただ、特に見たいという番組もないから適当なところで手を止める。
- 363 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:44
-
(…ヒマやけん)
携帯のメールを問い合わせてみたり、誰かに電話でもしてみようかと
思ったのだが、何故かそういう時に限って誰も出ない。
仕方がないのでテーブルの上にあるカゴの中のみかんを剥いた。
ふと、いつの間にか置かれている弟の勉強道具。
れいなには弟が居る。
しかも今年が高校受験で、有名私大付属を受ける事になっていた。
父親が塾まで送り迎えするほど熱くなっているらしく、今は塾の合宿で出かけている。
その点、れいなはまともに勉強を受けたのが小学生の頃で、高校には行ったことも無い。
―――れいなの夢は歌手だった。
その為、れいなは学校に行くのを断り、ダンスレッスンにボイスレッスンと
通い詰める毎日を送っていたのだ。
それが中学三年の頃。
世間では受験勉強で余裕がない状態だというのに、れいなは他の同級生
とは違う、自分が決めた道をやり遂げようと必死だった。
…それを両親があっさりと承諾した訳ではないのだから。
- 364 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:45
-
(……ん?)
みかんを頬張り、なんとなしに視線を向けていたテレビの映像。
CMが終わり、タイトルテロップが流れたかと思うと、あまり関心のないニュース番組が始まる。
と、何故かまたCMが流れ始めてしまった。
(編集ミスやろか…)
そのCMは番組の合間に流されるものではなく
番組の中でわざわざ流していたのだ。
これから彼女に関しての解説をする準備の様に。
名前は高橋愛。
アイドルかつ女優で、度々ドラマやバラエティー出演をこなし、CDまで出している。
駆け出しのアイドルとしてはその視聴率も申し分なく、シングルも高いセールスを上げていた。
明るくておおらかで、物怖じしない透明感のある性格でショートにした茶髪に白い肌。
印象的なのはその大きな瞳と長い睫毛。
- 365 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:46
-
同世代のアイドルが見上げる清潔感と透明感は、さすが21歳。
大人びた雰囲気と抜群のルックスは、れいなから見てもかなり羨ましい。
問題があるとすれば、その完璧すぎる内面を見て鼻に付く人が居るくらい。
でもそんなことでも、この人は簡単にあしらってしまうのだろう。
れいなは熱狂的なファンでもない上に信者でもない。
単に、嫌いな人ではないというだけ。
歌手を目指していたれいなにとって、その存在は少し親近感があった。
年も誕生日も血液型も違う。
でも何となく、本当に何となくだった。
ハマるほど好きでもないし、何故か微妙な距離感のあるこの人。
多分あれ、ほんの少し、気になる人。
(…こんな自然な笑顔が浮かべられるっちゃねぇ)
高橋愛が浮かべる笑顔は正直羨ましい。
素直で、明るくて、思わず嫉妬してしまいそうなあの人。
れいなは二個目のみかんに手を伸ばそうとした。
- 366 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:46
-
―――瞬間、ニュースキャスターが思わぬ言葉を並べ始めた。
その伸ばした手が、一瞬で動きを凍らせるほどの衝撃を持つことを。
「歌手でタレントの高橋愛さんが○時○×分に都内の
○○駅ホームで電車に衝突し、死亡されました」
(……………え?)
―――耳が、可笑しくなったのかと思った。
誰が、何が起こって亡くなった?
誰が。
高橋愛が。
まだ21歳で、歌手で、女優で、アイドルで。
死亡。
CMで綺麗な笑顔を浮かべていた人。
タカハシアイガ、ナクナッタ?
番組では高橋愛の半生とでも言いたげに、これまでを振り返る為に
作成されたVTRを流し始めた。
以前から撮影していたのであろう活動中の愛の姿。
それを見ながら、れいなは整理しない頭を必死に動かす。
- 367 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:46
-
ほんとに死んでしまったのか、疑問に思えるほど。
今度は舞台があるんだと話していた。
シングルだって今収録中だとも言っていた。
国外でのコンサート開催が出来ると良いなって、雑誌で言ってた。
それはどうするんだ。
死んだら、何も出来ないのに。
何で。
どうして。
何で何で何で何で何で…っ。
無情にも流れ続けるVTRを見つめて、れいなは固まっていた手の力を抜いた。
理解が出来なくて、でもそれは予想以上に、自分がショックを受けていること。
嫌いでもないし、大好きってほどでもなかった。
それでも、悲しかった。
まるで、普通にドラマを見ている感覚。
悲しくないのに悲しいと想い。
悲しいのに悲しくないと想う。
- 368 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:47
-
誰かが死んでしまっても作り話、フィクションで本当は皆生きていると言う認識。
それでも悲しくなるのは、感情移入なのだと思っていた。
だから、眠るときには何だかスッキリした気持ちで終わる。
テレビの向こうの事柄。
自分には、何も害がないその物語。
だから普通に泣ける。
さっきまでだって、ドラマを見て両目を潤ませていた自分を思い出し
れいなは登場人物の気持ちを判った様に潜り込んでいた。
でも、これは本当の事。
高橋愛は、死んだ。
知らない場所で、テレビの向こう側では綺麗な笑顔を浮かべている。
眩しいほど、その表情は輝いていた。
VTRはどこまでも繰り返していく。
彼女が死んだことを繰り返し告げていく。
画面いっぱいに映し出された高橋愛の笑顔が見れなくて、顔を背けた。
- 369 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:47
-
不意に、れいなは初めて自分の頬が濡れていることを知った。
(……な、なんで…?)
どうして自分が泣いているのか、判らなかった。
悲しくもなんともないはずなのに。
嫌いでも、好きでもないあの人が死んだ。
その事実が、れいなを泣かせているのだろうか。
テレビの中でしか浮かべることは無い笑顔が繰り返し流れていく。
"今"からの笑顔を浮かべることは、二度と出来ない。
知っているのに知らない人。
それだけの、関係。
れいなには何の関係もない人なのに。
お腹が、気持ち悪い。
迷路の中で自分だけが迷い進んでいるかのような不快感。
- 370 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:48
-
ここに誰も居なくて本当に良かった。
服の袖で頬を乱暴に拭い、みかんを引っ掴んで皮をむく。
二つ同時にむぐむぐと頬張り、半ば自暴自棄に食べていった。
リモコンで電源をオフにする事だって出来た。
それでもれいなは、チャンネルを変えることすらせずに放置する。
変化を願っても、それは何もならないからだと思ったのかもしれない。
食べたあと、皮をそのままにして後ろに寝転がった。
何もかも忘れて、眠りたかったからだ。
溜息を吐くと、れいなは静かに目を閉じる。
天井に設置された電機の光が徐々にボヤケ、辺りは闇に包まれる。
また明日の朝も報道されるのだろうか。
高橋愛の笑顔が頭を過ぎり、れいなは意識を遮断した。
- 371 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:48
-
期待していた未来に裏切られる。
それでもどこかで、れいなはまだ期待を残していた。
いつか掴める時が来ると、そう信じて生きていた。
*
- 372 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:49
-
(……あれ?)
何故か、辺りが暗い。
部屋の電気を消した覚えなんてないのに。
れいなは探るようにテーブルに置いていたリモコンを掴む。
テレビが付かない。
(どうなっとると…っ?)
電源ランプは青く光って入る。
だけど何度リモコンのボタンを押しても何もならない。
オフにすればそのランプは赤になるようになっているはず。
結果、付いているのに映像がつかない。
―――瞬間、バチバチと静電気のような音が鳴り響く。
何も見えない部屋の中で、いきなりテレビが青く光りだした。
!?
れいなは息が詰りそうになる。
そこには、高橋愛が居た。
テレビの演出とかではない。
バリバリとノイズの中で、高橋愛が笑った。
- 373 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:49
-
しかもれいなと目を合わせながら。
心臓が痛い。
いっそう早くなる鼓動で、れいなは気がどんどん動転していく。
「……ッ!!???」
部屋の電気がパッと明るくなる。
同時に、高橋愛の顔がれいなの数十センチほどの距離を置いて
そこに存在していた。
テレビの中に居た高橋愛が、何故か部屋に存在している。
すぐ目の前に。
映画でもドラマでもテレビでもない。
某ホラー映画の黒い長髪で両目をギョロリとしている訳でもない。
そのおかげで、れいなはあまり恐怖を感じなかったのかもしれない。
- 374 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:49
-
笑顔を浮かべた高橋愛は、れいなに挨拶した。
「こんばんわ」って。
愛は綺麗に笑って、そう言った。
時間はもうすぐで12時を回ろうとしている。
*
- 375 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:50
-
これは、現実だ。
テレビの中に居たはずの高橋愛が重力を無視し、れいなの目の前に居る。
ふわりと、まるでシャボン玉のように浮かんでいた。
何が何だか、れいなには訳が判らない。
(ってか…死んだんやなかとっ!?)
きょろきょろと見渡していた高橋愛が、今更のように呟いた。
「ここ…どこやろ?」
そう言われても、れいなには発言の仕様が無い。
んーと、考えるように天井を見上げながら、愛はれいなを見下ろす。
何かを納得したように「なるほどの」と呟いて。
れいなの事はほったらかしで、動揺のせいで視界が不明瞭に
なっている事も知らずにくるりと姿勢を変える。
じーっと、愛はれいなをまるで観察するように見つめた。
無抵抗にガン見されるれいなは気が気ではない。
- 376 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:50
-
れいなは以前よりも幽霊を怖がることはなくなったものの
霊的なものは生理的にムリ。
しかも今、その霊的なものと対峙していて気を失っていない事すら奇跡に近い。
「あんた、だれや?」
れいなは答えられない。
「喋られへんの?」
れいなは答えられない。
最近はあまり出すことをしなくなった訛りを含む愛の言葉を
れいなは答える術を持っていない。
動揺する頭を何とか押さえ、テーブルの中に置かれていた携帯を掴む。
ピポパと音が鳴り始め、書いた文章を愛に見せる。
「『そっちは誰?』って…あたしは高橋愛やよ」
- 377 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:50
-
れいなはまた書く。
「『高橋愛ってあの高橋愛?』…他に誰がおるんよ」
少し不機嫌な声になったものの、れいなも悪気があって
見せたわけでもない。
ただ最初から、判っていた。
判っていたから、確認しただけ。
白い肌に綺麗な茶髪のショート。
大きい瞳に長い睫毛。
正真正銘の、高橋愛。
ドラマ、バラエティー、CMでその姿は熟知している。
見間違えるはずも、無かった。
れいなはまた携帯に文字を書き、見せる。
『何でテレビから出てきたとっ?』
「さぁー…まぁ身近なものやからやない?」
『何でれいなの家に?』
「あ、れいなって言うンや」
- 378 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:51
-
『幽霊?』
「ま、それに近いかもの」
信じたくはない。
それでも、妙に生々しさのある現実感。
夢だと思いたいけど、どうしてかそんな期待感が膨らむ。
夢ではない現実。
夢のような現実世界。
それはここに、高橋愛が居るということ。
喉が極端に渇いている。
唾も出ないほどカラカラに乾いてしまった喉に
ゴクリと空気だけを飲み込む。
「死んでも未練がない、なんて思っとったのに…。
まさか思い出の中だけやった場所に来るなんての」
思い出?
愛はふわりふわりと宙に浮かびながら、悲しそうに俯いた。
何故か、胸の辺りが締め付けられる。
テレビの中でしか見た事が無い人なはずなのに。
どうして、こんなにも悲しくなるのか。
- 379 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:51
-
「知っとる?人間って引かれ合うんやって」
突然、愛はそう言った。
「偶然波長があって、呼ぶ合うらしい。
例えばあたしみたいに未練があって心残りがある人とか…な」
愛は小さく呟く。
「ようするに、あたしにはまだこの世界で未練を作っとるらしい。
そのせいであんたに引かれたみたいやの、れいな」
(よ、呼び捨てぇっ?)
れいなのせいでもなんでもない。
おまけにこの人が勝手に、何の関係も無いれいなの家にしかも
テレビの中から現れただけじゃないか。
携帯メールで文句を書き殴ろうとした途端、愛が思いもしないことを口にする。
「でもあたしには未練があるから…ここに居られる口実が出来て嬉しいかも」
初めて愛の力無さげな笑顔を見てしまった。
ぐっと、れいなは何も言えなくなる。
そして、にっこりと綺麗に笑った愛は言う。
- 380 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:51
-
「じゃ、これからよろしくの、れいな」
れいなは不意に、可愛いと思った。
テレビとかで見るあの笑顔じゃない、人間という命の笑顔だからだろうか。
でも、ここに居るのは高橋愛だけど、高橋愛じゃない。
だって、高橋愛はすでに死んでいるから。
さっきまでそれを嫌でも痛感したのだから。
好きでも嫌いでもない。
でもほんの少し気になっていたその人。
その人が、死んでしまった。
でもここに居るのがその人の幽霊なら。
れいなは人生初、高橋愛の幽霊に取り憑かれた事になってしまったのだった。
*
- 381 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:52
-
3日が経った。
テレビのニュース番組では、昨日の夜と同じくどのチャンネルでも
不慮の交通事故で死んでしまった高橋愛の話題で持ちきり。
オーブンに入れていたパンが皿に盛られ、ハムエッグとサラダが1つずつ。
こんがりとしたパンの匂いが食欲をそそる。
「れーな、おはよぉ」
「……」
無言のままれいなは椅子に腰掛け、両手を合わせて食べ始めた。
亀井絵里はれいなが中学の時からの先輩で、この近くにある家の住民。
大学には行かず、知り合いのお店にバイトをしているらしいが
両親が居ないときはこうして絵里の母親が作ったご飯を持ってきてくれたりする。
ただやっぱり、今日も食欲が無い。
「れーな…何かあった?」
「……」
- 382 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:52
-
絵里はこの3日間、れーなの雰囲気が変わったことに気付いている。
だけどそれを表現するのはあまりにも難しい。
その結果、絵里とは全く話しをしていない。
内心、絵里も疲れていると思う。
何の反応も見せないれいなとの会話なんて、何も生み出さないのだから。
声が出なくなったれいなとの繋がりを、早く断ち切りたいとも思っているだろう。
れいなは無言のまま部屋へ戻っていった。
絵里の口からも、高橋愛に関連する情報があったが、それに対しての
言葉が全く見つからなかった。
触れたくない、というか触れられたくなかった。
(絵里にも、黙っといた方がいいけんね)
「何だかいろいろと言われとるみたいやの」
- 383 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:53
-
その話題の張本人が人事のように呟く。
ただ、この3日間で「事故」ではなく「事件」に変化した。
駅内にある防犯カメラが高橋愛の背後に怪しい影を映し出していたからだ。
瞬間、愛の体は跳ね飛ばされるかのように電車の中へ吸い込まれている。
同時に、助けようとした男性も即死だったらしく、その身元も現在調査中。
つまり、他者の犯行として「殺人事件」という形になり、調査が進むことになった。
今だ犯人は見付かっていない。
それは、愛自身の耳にも届いていることだけれど、本人はきょとんとしていて
特に何かをしようなどという事は考えていないらしい。
- 384 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:53
-
愛が隣でれいなに話しかけてくるなんて、誰も信じるはず無い。
エイプリルフールでもそんなありきたりな嘘は誰もつかない。
愛が見えるのはれいなだけ。
そう、れいなだけなのだ。
朝ごはんを食べているときも、絵里が愛の話題を出しているときも
愛はジッと、れいなの隣で佇んでいた。
でも絵里は気付かなかった。
それに対しても、愛はこれといって悲しいという事は言わない。
「なんかね、体が無いんだって思うと、心まで軽くなったカンジなんよ」
まるで愛の心と一緒に背負い込まれたようなれいなは
そんな事を軽く口にする愛を小さく睨み付けた。
「別に芸能界に疲れたとかやないよ、でも何やろ…なんか、スッキリした」
愛は笑顔を浮かべる。
愛もれいなも人間だ。
肉体と、精神と、心がある。
でも愛には、その全てを失ってしまった。
- 385 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:54
-
そうなると、そんなにも綺麗な表情を浮かべられるのだろうか。
…れいなは、嫌だった。
何も良くない。
何が良いのだろう。
愛は死んでしまったのに。
それのどこが良いのか。
「でもそのおかげで、れいなにも出会えた」
にひひと、愛は子供みたいな笑顔を綻ばせる。
悪い気分にはならなかった。
愛はテレビの中の人で、れいなとは関係のない人。
そう、思っていた。
でも、今目の前に居る愛は、自分達よりも上だけど、同世代の
女の子と何も分からないし、くだらないことを言って、笑ってみせる。
ずっと遠い人だと、思っていた。
なのにこんな風に話しているなんてこと、普通は有り得ないことだ。
もし、愛が生きていたとしたら、絶対にそう思っていた。
- 386 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:54
-
運命。
その言葉は、れいなは嫌いだった。
まるで生まれた頃からあったかのように刻み込まれた螺旋のよう。
一体、運命は何をれいなにさせたいのか。
声を失くし、夢まで失くしたれいなに何を求めているのだろう。
「れいな」
愛の声にハッと我に変える。
慌てて前を見ると、愛が背後を指差している。
差している場所には、絵里が居た。
「れーな、眠いの?」
れいなは答えない。
ただ首を振り、力なく笑顔を浮かべるだけ。
- 387 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:55
-
「…下にさ、ケーキ焼いておいたから、後で食べてよね」
(…え?)
「失敗作だけど、さゆにも味見してもらったから多分大丈夫っ」
(多分が余計やし…)
「じ、じゃっ、そういう事でっ」
絵里は颯爽と部屋を出て行ってしまった。
きょとんとするれいなの前で、愛が笑顔を向けて手をグーにしたポーズを取る。
まるで「行って来い」とでも言いたげな。
何故かその時には、れいなは走り出した。
玄関のところで、靴を履いてドアノブを掴んでいる絵里の背中。
れいなはその背中に向かって…突進した。
「れ、れいなっ??」
れいなは自分が分かるほど顔を真っ赤にさせ、その顔を見せまいと背中にくっ付く。
実際、れいなはこんな事を人にはしたことがない。
それは両親に対しても弟にしてもそう。
それでも今、言葉で表現できない自分が出来る、たった1つの気持ちを表す方法。
- 388 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:55
-
キュッと自分よりも大きい背中を掴み、れいなは有りっ丈の感謝を述べた。
言葉には出来ないけれど。
気持ちに、全ての感謝をぶつけるように強く抱きしめる。
伝わるかなんて分からない。
でも、ほんの少しでも、この行動に気付いてくれるのなら。
「…ありがと、れーな」
絵里は笑顔を浮かべてくれた。
「また明日」と、そう言ってくれたのだ。
*
- 389 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:55
-
その夜も、愛は話しかけてきた。
だけどその時は、自分の未練のことについて話してくれた。
「でも、あたし、未練って言っても何も思いつかないんだよね」
『じゃあ何でれいなのトコに?』
「演技とか歌とか…楽しかったけど…毎日が充実してて…。
どっかでこれなら別にいつ死んでもええかなって、思う事もあった」
『変なの』
「まぁ、変やったのかもね、でも死にたいとかじゃなくて
活動とかも満足しとったし、生きられるならもっともっと生きたかった。
でももうな、どうしようもないトコまで来てしまったから」
それは諦めなのか前向き思考なのか、れいなにはよく分からない。
でも正直、羨ましかった。
死んでみて初めて判ること。
愛は言う。
「死んでみて判ったっていうのをれいなに話せたのは
あたしは恵まれてる方やないンかなって」
- 390 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:56
-
殺されてしまった事で幸せとまではいかない。
それでも、その殺されてしまった意味を、れいなに知ってもらえて良かったと。
愛は苦笑いを浮かべて、そう言った。
泣きそうになって、グッと堪える。
泣きたいのは自分じゃない、本当は愛なのだから。
死んでしまったから、愛はその方法を取った。
あんなにも輝いて、眩しくて、羨ましくなって、ほんの少し、妬んだりして。
だから嫌いじゃなくても、好きにもなれなかった愛の笑顔。
この人が持つ魅力、そして強さの理由。
「れいなの初恋っていつ?」
『なん?急に』
「ちょっと気になっただけやよ」
何となく、愛からはいろいろな話を聞かせてもらっておきながら
自分からは全く言ってないのがほんの少し悪い気がして
正直に話すと、「ま、大丈夫やね」と呟いて。
- 391 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:56
-
『何が?』
「あの絵里って子が初恋の人なんかなって思ってたから」
「…っ!!?」
携帯メールに打つ指が固まった。
顔が一気に赤くなるのを感じる。
どうしてそんな発想が出来るのか、理解が出来ない。
絵里は女の子だ。
普通、女の子は男の子を好きになるのがジョーシキの範囲だ。
それなのに高橋愛は…対象者を女の子と決めた。
芸能人で、仕事で、たくさん素敵な人だって居たはずなのに。
それなのに…。
「それと、あたしの初恋の人ってれいなやし」
一瞬の事だった。
ヒヤリとした感触と共に、れいなの意識が薄れる。
何も無いはずの自分の中で、何かが開こうとしている。
それは想いとなり、想いは愛になる。
- 392 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:57
-
愛がれいなの中に居た。
まるで一体化するようなそれは夢の中のようで。
ぼんやりとする意識の中。
「何か、これがあたしの未練みたいやの」
やっぱり、高橋愛は高橋愛だ。
れいなのジョーシキの範疇をはるかに越えている。
綺麗で美人で可愛くて明るくて、こんな女の子が居たらダレも放っておかない。
なのに、どうしてなのか。
なんで、愛は死んでしまったのか。
高橋愛は。
傍に居ても誰にも気付かない。
れいなだけが、その姿とその気持ちを知っている。
酷く悲しいその気持ちを。
れいなは、何故知ってしまったのか。
*
- 393 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:57
-
変わってしまう物事の中で、高橋愛は高橋愛だった。
でも何故此処に居るのかと問われると、答えることが出来ない。
自分には未練が見付からないと思っているのに
何故か愛は、此処に居る。
変わらない自分を変える変化とは、一体なんなのだろう。
それを考えて、小さな想い出が引き出しから出てきた。
階段の上にある踊り場の隅で、イヤホンを耳に付けたまま座る女の子。
女の子は、いつもそこでイヤホンをしたまま鼻歌を歌っていた。
一番最初に聴いた曲は、自分が良く知っているもので。
言葉を掛ける勇気は無く、1つ下の踊り場でその鼻歌をよく聞いていた。
そこは、愛が通っていたボイスレッスンのあるビルの5階。
女の子との会話なんて何にも無かった。
でもその歌声が誰かに伝えるかのように一生懸命で。
どこか、頑張っている自分の姿を重ね合わせていたのかもしれない。
歌手の夢。
それを自分と同じく必死に持ち続けている人が居るんだという、安心感。
- 394 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:57
-
胸のざわめきがほんの少しのノイズでもあったけど、それに
慣れてくると心地よさに浸りながら聴き続けていた。
―――いつしか愛は、その女の子が好きになっていた。
その理由は分からない。
死んだあとも、その感情がどうしても理解できなくて。
特別という名の特別が、愛の未練になった。
死んでしまったはずなのに。
肉体が無いのに。
だから、感情なんてものは無いはずなのに。
想いはここにあるけれど、もう高橋愛は居ない。
愛はここに居るのに、愛はここには存在しないのだ。
愛を見つめていない筈の女の子。
それでも愛は、出逢った。
あの時の女の子を。
- 395 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 07:59
-
遠くに映る救急車のサイレン。
ダンスレッスンの教室があるビルの下に、それは在った。
不吉を呼び起こす耳鳴り。
音や色を全て呑み込み。
愛もそのノイズに引き寄せて消えてしまいそうになった。
あのハミングは二度と聞けない。
赤い血の色がアスファルトを塗り潰し、手を伸ばした先に、あの子は居ない。
触れることが出来なかった。
女の子は、あのビルから転落した。
頭を強く打ち、一命は取り留めたものの、記憶障害を起こしてしまい
教室を辞めるという先生の言葉が脳に響く。
女の子は、その事があった事も忘れてしまったらしい。
同時に、言葉さえも失った。
もう二度と、会う事も叶わない現実。
- 396 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:00
-
それから数年が経ち、愛は歌手になった。
女の子の事は記憶の中で息づかせていたものの、芸能活動に
支障を来たすほどのものでもない。
同時に、あの女の子のためにも頑張ろうと務めていた。
メディアでも歌でも、あの子に恥じないように一生懸命にやった筈だった。
でもそれがもしかしたら、命取りだったのかもしれない。
愛は今でも記憶の中にこびり付いたあの瞬間を忘れない。
茜色に染まる夕暮れの帰り道。
駅のホームに佇むたくさんの人達。
紫色の光線と共にブレーキのノイズが五月蝿いほどの悲鳴になる。
―――高橋愛は死んだ。紛れも無く殺されたのだ。
- 397 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:01
-
連日の仕事疲れで寝不足の精神。
誰かに押されたような背中の感触。
突き飛ばされた体。
やってきた電車の揺れる風。
そこからの意識は途絶えている。
その直前に見えた、犯人の表情。
怯えたように、喜ぶように、恐れるように、笑うように。
歪んだ表情が、其処にはあった。
数日前からか、事務所の方にも脅迫状なるものが送られるようになっていた。
だがそれを軽く見ていた事務所は何の対処もせずに日々を過ごしていた。
それでも愛は見ていた。
部屋を見つめる知らない人影を。
―――忘れるはずが無い。
歪んだ表情で愛を見つめていたその顔が、其処にもあった。
*
- 398 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:01
-
「多分あの人は…亡くなってる。
見たもん、あたしを突き飛ばしたことでその体ごと前のめりになってた。
絵里って子が言ってたやろ?助けようとした男性も即死だったって」
「………」
「ま、事務所があたしを野放しにしとったのが悪いんやから、自業自得やの」
れいなの意識はハッキリしている。
同時に、愛の姿も確認できた。
愛は疲れた素振りも見せずにきっぱりと言った。
霊体だから疲労が溜まらないのかもしれない。
霊……そう、愛は幽霊だ。
幽霊なのに、笑顔を浮かべたり、感情を持ってたり、出鱈目で
この数日間、愛は愛として此処に居た。
そんな重要なことを今まで隠し続けて。
れいなが何も知らない事を確認して胸を痛めた時だってあったかもしれないのに。
…そう、イタイんだ。
何故か、れいなもイタかった。
さっきまで愛がれいなの中に居たからだろうか。
- 399 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:01
-
「……なんでれーなが泣いてんの?」
愛はふわふわとれいなに寄り添い、頭を撫でる。
実際に、撫でられている感触なんてない。
肉体が無い愛はそれを真似るだけ。
それでも、撫で続けた。
本当は泣きたくないのに。
まるで愛の代わりに泣いているかのようで。
自分なのに自分じゃない。
そんな感覚が、まだ残っている。
「よしよし…ごめんの、あたし…体が無いから一緒に泣けなくて」
「…っ……っっ」
「こんなこと、れいなに見せなくても良かったんやね」
でも、返事を期待して見せたんやないよ。
未練を早く断ち切れば、れいなの負担も軽くなる。
判んないなら、判んないで終わる恋もまた、恋だよ。
実際、あたしは死んでるんだから。
- 400 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:03
-
愛はそう言って、綺麗に笑った。
以前と同じように、笑顔を浮かべた。
急に悲しくなって、れいなはまた泣いてしまう。
触れることが出来ない愛の姿。
絵里の時は出来たのに。
奇跡的に出会うことが出来た1人の女性。
ギュッと抱きしめることさえ出来ない。
問い詰めてやりたかった。
どうしてあの茜色に染まる夕暮れを、一緒に見ようと言ってくれなかったのか。
そうすれば運命は変わっていたはずだ。
れいなの声はちゃんと出ていて、愛も死なずに済んだ。
そこに自分が居たら…助けられたかもしれないのに。
れいなも愛の存在は薄々気付いていたかもしれない。
不透明な記憶の中で、下の踊り場に佇む誰かの気配を感じていた。
自分の声を聞いてくれている人が居ると。
- 401 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:03
-
もしもれいなが愛として生まれていたら。
もしも愛がれいなとして生まれていたら。
また違った明日を見る事が出来たのだろうか。
だけどもしかしたら、同じ道を辿っていたかもしれない。
人はバラバラの時間を生きている。
れいなはれいなの時間を。
愛は愛の時間を。
同じ時間なんて有り得ない。
明日でさえも何が起こるかなんて分からないのだから。
―――当然、れいなの変化さえも、ダレも予想しきれない出来事だった。
- 402 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:03
-
「…っちゃ…」
「えっ?」
不意に聞こえた、微かな声。
「れいなは、愛ちゃんの事、好きっちゃよ?」
涙でもう、前が見えない。
それがふと、愛が泣いているように見えた。
気のせいだとれいなは思うが、愛は本当に泣きそうな顔をしている。
「あはっ、れいなって意外と可愛い声やったんやね」
「なっ、ひ、人が真剣なこと話しよぉ時に…っ」
「でも、いつから直ってたん?」
「…分からん、声を出したいって思ったら、いつの間にか直っとって…」
もしかしたら、愛が記憶と共に戻してくれたのだろうか。
だがそんな事、現実に起こるはずは無い。
- 403 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:04
-
…だがそうだとしても、れいなの時間が戻ったわけでは無い。
実際、愛は今だこうして幽霊のまま佇んでいるのだから。
顔を袖で拭い、れいなは小さく息を吐いた。
そしてまた、呟く。
「れいなは愛ちゃんの事…好きやけん」
「1回で理解できるって、そんな連呼されると恥ずかしいよ」
「愛ちゃんが最初やん」
「まぁそうなんだけど……あたしもれいなのこと、好きだしね」
にひひとれいなは笑って見せると、愛も笑顔を浮かべた。
涙はもう出ない。
愛の溢れ出した気持ちが、止まったからなのかもしれない。
「じゃ、そろそろ行こうかな」
「ぇ?」
「天国に」
―――愛の姿が、薄くなり始める。
- 404 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:04
-
未練が無くなったからだ。
れいなの声も元に戻り、愛の告白も終わりを遂げた。
もう、ここに居る理由が無い。
タカハシアイハホントウニイナクナル
「愛ちゃんっ」
「知ってる?人間って呼吸するみたいに恋をするって事」
こんな時に何を言うのかとれいなは思ったが、透き通るように
消えていく愛の笑顔によって言葉が止まる。
「れいなのおかげだよ、こうしてまだ、人間の女の子で居られた」
「愛ちゃん…」
「ありがとね、じゃあまたっ」
最後の最後まで、愛は笑顔を浮かべ続けていた。
炭酸ジュースに浮かぶ泡のように。
入れた途端に透き通って。
いきなり、睡魔が襲いだす。
このまま眠ってしまえば、朝までは起きられないだろう。
- 405 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:04
-
お礼をするのはこっちの方なのに。
愛ちゃんのおかげで、れいなはまた、やり直せるかもしれない。
もう時間を戻すことは出来ないけれど、でもきっと…生きている限り
何度だってやりなおせる事が出来るんだから。
愛ちゃんがれいなの為に想いを持っていたように。
れいなは愛ちゃんの気持ちを背負って、頑張るけんね。
*
- 406 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:04
-
- 407 名前:無色透明の泡とハミングを 投稿日:2008/02/17(日) 08:06
-
―――そんな感動的な終わりを果たしたかと思ったのに。
「なんで…なんでまだ居るとっ!?」
「この際だし、れいなが歌手の夢辞めてないなら協力しようかと思っての。
ほらあーし、一応歌手で女優やし」
「この際って…あれで終わったんやないの?」
「そんなの、あたし一言言っとらんもん」
「…っで、愛ちゃんはいつまでって考えとるの?」
「んーまぁ、あたしが満足するまでやな」
「そんなっ……」
ピンポーン。
「あ、あの絵里って子が来たんじゃない?」
「ちょっ…まだ決めたわけやな…」
「せーっかく声と記憶を戻してあげたんやから、今度は体も貸してもらおかなぁ」
「絶対ヤダっ!」
どうやらまだ続くらしい。
結局、本当に愛を背負う日々を過ごす事になったれいなだった。
それでも満更でもない表情を浮かべていたのは。
今ここに在るという確かな気持ちを得られたからかもしれない。
end...
- 408 名前:- 投稿日:2008/02/17(日) 08:06
-
- 409 名前:- 投稿日:2008/02/17(日) 08:06
-
- 410 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/02/17(日) 08:36
- >>352 名無飼育さん様のリクで「愛れな」でした。
予定以上に長くなってしまい…orz
最近絡むシーンとか見たこと無いので、かなり
在り来たりになったのは反省点です(汗)
それとまさかこんなにもレス狽ェ。
>>352 名無飼育さん様
一応自分の家にも犬が居るのでこういう
事は実際起こっている事件ですしね(汗)
リクエスト有難うございましたorz
今回は右往左往し過ぎまして申し訳ないです(滝汗)
>>353 名無飼育さん様
わざわざレスを有難うございます。
リクエストの方はもう少しお待ちください。
狽ネんと以前からですか。
ご期待に添えるよう頑張ります。
>>354 :名無飼育さん
前回全く言葉が出てきませんでしたが、有難うございますorz
いえ、自分などまだカケナシで、そんな言葉を貰えると大変嬉しいです。
リクエストの方はしばらくお待ちください。
- 411 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/02/17(日) 08:38
- >>355 ななしさん
猫の姿は作者の勝手なイメージです(苦笑)
ガキさんは結構個人的に書きやすいですね。
前々回のはしばらくお待ちくださいw
>>356 名無飼育さん
有難うございます。
実はベリキューとか全く分からないところなので
一から勉強しなければなりません(汗)
当分の間は娘。重視でしょうがorz
>>357 324
買Tイズの方を考えると、リクエストの方でギリギリ
の範囲かと思いますので、またどこかで書いているかもしれません(苦笑)
今回は少し在り来たりで楽しめるかどうか…。精進します(滝汗)
>>358 名無飼育さん
正直言えばガキさんは書き易いですね。
某アニメのDVDも出たみたいですし、参考にしないと(苦笑)
リクエストはもうしばらくお待ちください。
>>359 & ◆/p9zsLJK2M
有難うございますorz
ガキあいかは今回のDVDで初めて絡みを見ましたね(笑)
順々に行きますので、今しばらくお待ちください。
リクは一旦中断します。
- 412 名前:- 投稿日:2008/02/23(土) 21:19
-
- 413 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:19
-
「―――田中さん」
そう言われて、振り向いたそこには少女が居た。
想うことを止めれば、人はきっとひとりっきりになるのだろう。
想うことが繋がることだとすれば、この空も同じように巡るだろうか。
風の中にひそむ、ほんの小さな幸福。
想いは巡り、繋がっていく。
手を、心を、あの空もその中にある星の光さえも。
惹かれた光はいつかの出逢いを持ち続け、そしてまためぐり合った。
- 414 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:20
-
「………」
酷い膨れっ面である。
リビングのテーブルを挟んで向かうのはれいなと、ヘラヘラと笑う少女。
名前は久住小春。
れいなの所謂、幼馴染である。
そして台所には母親が何かを支度しているようだけど、死角になっていて
れいなからは全く判らない。
ちなみに、れいなの身長は父親譲りであったりもする。
母親の身長、百六十センチ。
父親の身長、百五十五センチ。
れいなの身長……百五十一センチ。
小春の身長、百六十二センチ。
- 415 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:21
-
何だこれは。
理不尽にも程がある。
高校生を卒業しようというれいなが。
今だ中学生をしている小春に負けている。
小さい頃はれいなよりも一回り小さくて、見上げられる側だというのに。
小春が中学へ入る前、田中家と久住家は家族ぐるみの付き合いが多くあった。
その縁もあって、引っ越した新潟の空港から電車の近くの駅まできた小春を
れいなの母親が迎えに行った、というのが経緯。
何故それをれいなが知らなかったのかと言えば、両親共に
秘密の計画なるものを進行させていたのである。
「いきなりの方がれいなも喜ぶっちゃろ?」
そんな母親の言葉にれいなは表情を曇らせた。
びっくりはした。
あの小さくて可愛らしくて、ラヴリーな小春が、こんな長身でしかもれいな
よりも立派になってればそれは…ね。
でも何かが違う。
何かが違うんだ。
どこが違うと聞かれると言葉にしにくいものの、とにかく違うっ。
- 416 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:21
-
変わっていないとすれば髪の色や笑い方だけで、育ち盛りな年に
百六十も身長があるという点が理不尽すぎた。
どこかボーッとしている上に、"天然"さをかもし出す雰囲気さえも
妙にあたしの中で「NG」を出している。
やたら元気な母親と、やたら五月蝿い小春の声。
まるで張り合っているかのようにも聞こえるそれを無視し、れいなは
ふと小春の出会いを思い返した。
*
- 417 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:22
-
「田中さん、待ってくださいよーぉ」
「…いつまで付いてくる気?」
「だって小春もこっちなんですもん」
田中さん田中さんとさっきかられいなを呼ぶのは小春という少女。
や、本当に少女なのか分からない。
身長からして、もしかしたら自分よりも年上なのかもしれないのだ。
だがれいな自身、この子の事なんて全然知らない。
寧ろ、どうして自分の名前を知っているのか聞きたいくらいだ。
だが今のれいなに、そんな考えは思い浮かばなかった。
変な事件に巻き込まれるとかそんな展開なら御免だからだ。
「もぉ付いて来んといてってば」
「田中さん、相変わらず怖いですねェ」
「れいなはアンタの事知らん言うとぉやろ?」
「ヒドーイ、せっかく小春がわざわざ迎えに来てあげたのに」
「はぁ?」
どこからの迎えなんだ。
あれか、やっぱり何か事件がらみかなんかだろうか。
とはいうものの、れいなにそんな心当たりは無い。
だったら、この少女は一体何者なのか。
- 418 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:23
-
れいなは頭の熱を抑えようと躍起になるものの、いつまでも
ヘラヘラと笑う小春に視線を送り、睨み付けた。
「変な勧誘とかのお誘いとかいらんから」
「田中さん、もしかして小春のこと覚えてないんですか?」
「覚えてないって何が?」
「じゃあじゃあ、昔一緒にお祭りに行ったの覚えてます?」
「覚えてない」
「最後まで聴いてくださいよ、そこで、あんず飴食べようとして
お金が無いからって田中さんが泣き出して」
ふと。
何気ない記憶の中に蘇るお祭りの風景。
屋台の中にはさまざまな形の飴が用意されていて、自分達の
手の中にはその中の一本があった。
それを二人で分け合い、隣には…。
「…って、あれは小春が食べたいって駄々こねたから………え?」
「あ、やっぱり覚えてたんですね♪」
- 419 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:23
-
ヘラリと笑顔を浮かべる小春。
小春?
隣で目を真っ赤にした小さな女の子。
名前は今目の前に居る少女と同じ……小春?
「………ホントに……小春?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないですかーっ」
「え、や、だって、小春はもっと小さいし…」
「あっちに引越してからどんどん身長が伸びちゃってっ、もー小春もビックリたもんっ」
―――ええええええええぇ!!!?
*
- 420 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:25
-
母親の話では、挨拶もそこそこにれいなの部屋へ上がりこんでは本人が
居ないことを確認し、町を探検するついでに捜しに来てくれたらしい。
…ついでというのが何だか複雑な気分ではあるものの、宛など無いに等しいクセに
勘で適当に走っていたらしい。
まさに動物並みだ。
そしてすぐに母親へ電話をすれば分かったことなのに、小春は
れいなが警戒する筈だからとあんな回りくどい事をしたらしい。
天然というより、阿呆?
ハァッと溜息をついた。
そんなれいなの回想もつゆ知らず、母親が小春を案内しろと言って来た。
なんでれいなが、という言葉に被さるように、
「ほら、れいなの方がイマドキの事とか知ってるっちゃん。
夕飯も外で食べて来れば良いけん、行ってきーよ」
というのは口実で、ほぼ食費を浮かすのが目的だろう。
れいなの母親は微妙にケチだ。
そして最新情報としてかなりの放任主義が追加されたのだった。
- 421 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:26
-
かくして、れいなは日が沈むのを見送り、駅前商店街へと足を運んだ。
ここにもまた、小春との想い出はたくさんある。
ただ市内から遠いため、あまり活気強くは無い。
今は時間も遅いことで、まだ高校生な小春を連れ出すのもここまでだ。
ちらりと、小春を見た。
足元を見、小春の一歩があたしの二歩の距離だと知って正直悲しくなった。
伸長差でこんな倍を歩いているあたしが情けなくなる。
本当は年が3つも離れているれいながその差を見下ろしているはずなのに。
「どうしたの?田中さん」
「あのさ、何でさん付けなん?」
「え?だって小春が年下なのに、呼び捨てなんて変じゃないですか?」
「やなくて、その……昔とかなんて呼ばれとったんか思い出せんと。
やけん、なんか変な気分」
「あー田中さん照れてます?」
「アホ」
- 422 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:27
-
あー、こんな事って本当にあるんだな。
現実としてじゃなく、幻であれば良かったのに。
格好悪い。
前のように、小春を守っていたれいなに戻りたい気分だ。
昔は本当に小型犬のようだった小春が、成長の過程によって
大型犬へと変わってしまった。
今でもどこか犬のように馴れ合って欲しそうな視線を送ってくるものの
どうも以前より恥ずかしい気持ちが勝る。
何故?
「あっ!田中さん見てみて!アレ!」
不意に、小春の腕にれいなの腕が絡みついた。
というか半分引っ張られるような形でれいなはあるお店の前に来たのだ。
それは駅前にある小さなパン屋さん。
月日を感じさせる色褪せた看板にはイラストと「街角のパン屋さん」と銘打っている。
「懐かしいっ、小春ここのパン好きだったんですよっ」
「…そうやったかな……」
「あー田中さんもう忘れてるーっ」
- 423 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:27
-
忘れるわけが無い。
小さい頃に貰うお小遣いはほんの一個のお菓子が買えるほどしかなかった。
一緒の日に小春にもそれが渡され、よくあたしと一緒にここのパンを買ったような気がする。
「行きましょ♪田中さんっ」
「えっ、ちょぉっ」
無邪気に、小春は満面の笑みを浮かべて走り出す。
そんな小春を小さかった頃の小春と重ねて、思わずドキッとした。
また、恥ずかしくなる。
通りを横断し、ずっと繋いだままの手さえも熱く感じた。
何故?
見た目は成長と共に変わってしまった小春。
それでも中身は、あの頃からちっとも変わってない。
あたしの記憶の中に居る、"小春ちゃん"だった。
二人で通ったパンの思い出。
それは母親には内緒の秘密の買い物。
たった二人だけの楽しみで、二人だけの幸せだった。
- 424 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:29
-
じゃあさ。
じゃあ何で、手紙書いてくれんかったと?
引っ越す前日にも当日にも、れいなはちゃんと手紙出すって言ったのにさ。
本当はもう忘れてたんじゃなかと?
れいなは忘れなかった。
忘れずに待ってたんだ。
たった1人の幼馴染を。
「あのー田中さん」
ふと、小春が引きつった顔をし、両手にあるパンを見せた。
一瞬、それが何の意味なのかを分からずに、店員さんの顔を見てハッとする。
コイツ…またお金を持ってきてなかったとね。
仕方が無く、れいなは自分の財布からお金を出す羽目になった。
母親と同様、ケチだと自覚しているれいなが、だ。
「はい、田中さんの分っ」
「や、れいなのお金っちゃけど…」
そんなやり取りの間も、ココロの中にあるモヤモヤが晴れることは無かった。
それからもパンを片手にれいなと小春は夜の街を探索した。
*
- 425 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:29
-
ひとつひとつに目を止めては一喜一憂する小春の姿。
そこはああで、ここはこうであそこはあーだこーだと言い続けている。
小春の思い出と、れいなの想い出が徐々に重ね合わせって行く感触。
小学生といえばほぼ5、6年の歳月が流れている事になる。
時間の流れも侮れない。
子供の頃はそんな時間の流れが唯一だと思っていた。
自分の視線の先にあるものだけが全てだと。
それでも今は、こうして隣に居る小春にも時間の流れがあるのだと
認識できるようになった。
今では、そんな事は当たり前なのに、どうしてか嬉しくなった。
想いの形が1つでは無いように。
小春にもきっと、1つの形があるのだろう。
あの時と変わったもの。
あの時と変わらなかったもの。
ヘラリと笑う小春の横顔を、この時初めてしっかりと見た。
微かな面影。
ずっとオトナになってしまった小春。
小さい身長も今ではあたしを越えてしまった。
そしてれいなはそんなオトナになった小春を見上げる側になっている。
ハッキリ気付いた。
- 426 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:30
-
小春は、小春だ。
れいなが好きだった久住小春なのだ。
それ以外の何者でもない、れいなのたった1人の幼馴染。
同時に蘇る、モヤモヤの塊。
いつも手を繋いでいないとすぐどっかに行ってしまった小春。
だからいつも手を繋いで、れいなの方がお姉ちゃんなんだからとと、思っていた。
それが引越しの境に、薄くなった気がしたのだ。
変わりたくて一生懸命だった自分。
変わりたくて、変わらない毎日が退屈で、そこから必死に抜け出そうとしていた。
それなのに、小春はいつまでも変わらない。
酷く、不公平で卑怯な小春。
何でだ。
何で、変わりたいと思っていたはずなのに。
今頃、どうして帰ってきたりしたんだ。
本当は、忘れようとしていたのにさ。
- 427 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:31
-
小春が居なくなったあと、れいなは寂しさに耐え切れなかった。
友達と面白おかしく話をしたり遊んだりしても、全然離れてくれないんだ。
ここだったら小春はどんな言葉を言うだろうとか。
どんな変な顔をしてくれるんだろうかとか。
そんなことばっかりだった。
そうだ。
手紙だって、元々はれいなから書かなくなったのだ。
引越し先はあまりにも遠すぎた。
もう会えないんだと思った。
もう会えない人間、透明人間に送っているような気分が嫌だった。
小さい頃から、寂しい事が嫌いで、ずっと人の温かさに浸っていないと生きられない。
強がってみせているただの猫だ。
「小春、なんで帰ってきたと?」
「何でって、田中さんに会いに来たんじゃないですか」
「…れいなは、今更会いたくなんてなかった」
「え?」
「いっつもれいなばっかり…パンだって、手を繋ぐ事だってっ!
想い出だったら良かったのにっ。
れいなだけ何でこんなっ……こんなっ…っ!!」
- 428 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:32
-
れいなは無意識に、その場から逃げ出していた。
猛烈なダッシュ。
体育系が苦手なれいなにとって、その長距離走はかなり辛い。
それでも走った。
小春の前から、混乱しきった頭はショートしたのだ。
チビで、夢見がちな乙女のバカみたいに。
間抜けすぎる。
涙も目じりで止まったまま。
不意に、背後から高音キーによって叫んだかのような声が木霊する。
「田中さんっ!」
瞬間―――顔がドッと真っ赤になったかと思うと無性に恥ずかしさが生まれ始めた。
恥ずかしすぎる。
これが朝だったら間違いなく商店街の人気者だ。
なんて事だ、これでは本当に夢見がちな馬鹿じゃないかぁぁぁァァ!!!
れいなは心の中で叫びながら、我武者羅に走り続ける。
だがそれも長くは続かずに、足がふらついて前屈みに転倒した。
―――!!
- 429 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:33
-
「イターイ!」
「小春っ、大丈夫とっ!?」
れいなの手を掴んだ小春が変わりに重力に耐え切れず、地面へ尻餅をついた。
逆にれいなの体はその上に覆いかぶさるような形になったものの
すぐに立ち上がり、小春を手伝う。
「…田中さん、泣いてるの?」
「ぇ、うぁっ…」
先ほどの転倒で目じりに溜まった涙が流れたのか。
頬に伝うそれを見て、小春が少し心配そうに眉をひそめる。
「な、何でも無いけんっ」
「もしかして…小春のせい?」
「そ、そんなわけないやろっ?何でもないってば」
とは言うものの、小春が追いかけてくれた事に感極まったのか
れいなの両目からボロボロと大粒の涙が流れてきた。
何でこんなにも泣いているのか、れいな自身も良く分からない。
- 430 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:34
-
「あぁっ、田中さん拭いて拭いて」
「ちょ、コラッ、化粧がっ…」
化粧が崩れそうになりそうなほど、小春が服の袖口で頬を拭う。
別に涙の所為で瞼の周りも大変なことになっているのだろうが
暗い夜の中ではそれも人目には付かないらしい。
本当に、今が夜で本当に良かった。
昔も今も、自分は強くあろうと必死だった。
小春の手を引いて、守ってやろうと固く誓ったことさえある。
それでも今は、こんなにも弱くなってしまった自分が居た。
強がって、頑張って背伸びをしようとしていただけなんだと、分かった。
以前と変わらない小春を見ていると、自然にそう思えたのかもしれない。
このままでも良いんだと。
もう同じ視線で感じることは出来ないけれど、見るものは同じような気がする。
「ほら、田中さん笑って笑ってー」
「…っぷ、小春、顔マジ変っちゃよ」
「変とかヒドーイっ、せっかく元気にしようと思って」
「ん、知ってる、ありがと」
- 431 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:34
-
あのときも、これからも。
素直にお礼を言ったあたしを見つめるきょとんとした小春の顔。
あたしはそんな小春の頭を撫でながら、自然と笑みを零すことが出来た。
声が、体温という全てが暖かいおかげかもしれない。
*
- 432 名前:背伸び猫の街角ストーリー 投稿日:2008/02/23(土) 21:35
-
小春は笑顔を浮かべて言った。
「実は小春、高校は田中さんと一緒の学校にしようって思って」
「ウソッ!?」
「一旦新潟の方に帰りますけど、受験とか試験とかでまたこっちに来ますね♪」
「まさか今回の帰省もそのため…?」
「ふつつかものですが、よろしくお願いしまぁーす♪」
元気良く挨拶をする小春を見上げ、れいなは苦笑いを浮かべた。
小春が入学すると同時にれいなは卒業するのを本人は忘れているのだろうか。
呆れるほどの天然。
途端に、ニヒヒと笑顔へ変わり、
「れいなの方が先輩やけん、ビシビシ行くから覚悟するっちゃよ」
「キャー、れいな先輩カッコイー、ヒューヒュー♪」
「ちょっ、コラッ、小春ーっ!」
どうやら、早すぎる春が挨拶にやってきたみたいだった。
end...
- 433 名前:- 投稿日:2008/02/23(土) 21:36
-
- 434 名前:- 投稿日:2008/02/23(土) 21:36
-
- 435 名前:名無し亀さん 投稿日:2008/02/23(土) 21:47
-
>>353 名無飼育さん様のリクで「れなこは」でした。
そしてこのスレもこの作品を持ってサイズの関係上終了という
形を取らせて頂きます。
続編の言葉もある上にリクエストがあるという事で
新しいスレで再スタートさせて頂こうと思います(滝汗)
今現在リクエストを頂いている
「ガキれな」「ガキカメ」「ガキあいか」は今しばらくお待ちください。
ご拝読をして頂いていた皆さん、有難うございました。
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/24(日) 11:29
- お疲れ様です。
新スレも必ず読ませていただきますw
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/24(日) 12:55
- 353です。
とてもよかったです。自分のリクを書いて下さって、ありがとうございます。
新スレも楽しみにまってます。
- 438 名前:ななし 投稿日:2008/02/24(日) 20:52
- 自分としてはあまり読まないカプなんですが、
初々しくて可愛かったですw
新スレ期待して待ってます。
- 439 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/12(金) 22:45
- 待ってます!
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/30(火) 15:21
- ガキれなすごいみたいです!!
- 441 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/31(水) 17:59
- ガキれな見たい!!!
新スレ楽しみにしてます!!
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/12(月) 02:10
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