水で絵を描く
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/21(土) 02:17
短編中心に書いていこうと思います。
登場人物は色々出てきますが、偏りはあるかも。

恥ずかしいので底辺で進行していきます。

初めは吉亀。


2 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:19



***




3 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:20

午後の降水確率60%、夕方から雨。
天気予報は見てきたはずなのに、今日に限って傘を忘れた。

学校を出たとき既に空は灰色の雲に覆われていて、
今にも泣き出しそう。
4月末だというのに外は急に肌寒くなって、絵里は身震いした。
遠くから微かに雷の音が聞こえる。

どうか絵里が家に着くまで降りませんように。



そんな願いも空しく、
校門を出てしばらく歩いたところで、ついに雨雲の涙腺が決壊した。

もー!
なんでこのタイミングで降り出すの?



あっという間に道路が濡れて黒く染まっていく。
足元の雨粒をパシャパシャと弾き飛ばしながら、絵里は走る。



4 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:22

5分ほど走って、さすがに息が切れてきた。
雨宿りしたい。

絵里はしょぼい屋根の付いたバス停を見つけて駆け込んだ。



制服はもうびしょびしょだ。
濡れた前髪から水滴が垂れて、目に入った。
もう!うざ!
絵里は鞄の中から湿ったハンドタオルを取り出して、
顔をごしごし拭いた。



時刻表を確認して、ため息をつく。
次のバスまであと30分。
・・・まぁ濡れて帰るよりマシか・・・

バス停のしょぼいベンチに座って、絵里はもう1度ため息をついた。



5 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:24

ふと、人の気配を感じた。

雨に濡れた春の花みたいな匂い。



顔を上げると、目の前に女の人が立っていた。

淡い若草色の何の変哲もないTシャツに、黒いジャージ。
右手に透明なビニール傘を持って、絵里を見下ろしている。



生活感ありまくりの部屋着みたいな格好してるのに、
絵里は一瞬、その人が本当に人間なのかと疑ってしまった。
真っ白な肌、マネキンみたいな長い手足。
大きな薄茶色の瞳に見つめられて、絵里はなんだか眩しくて目を細めた。



「傘、ないの?」



あ、喋った。

人間だったんだ。
とか変なことを考えてたら、返事をするタイミングを逃してしまった。



6 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:26

その人は、持っていたビニール傘を絵里に差し出した。

「これあげる」

・・・え?
な、なんで?



戸惑う絵里の手に傘の柄を握らせて、その人は微笑んだ。

「・・・・・あの・・・」
「いいの、どうせあたしジャージだから」
「・・・え」
「あげる。あたし濡れて帰るの好きだし。じゃあね」

そう言って、その人は雨の中に駆け出していった。



絵里はポカーンとして、
走り去っていく若草色の後ろ姿を見送っていた。



・・・・・あ、お礼言うの忘れた。



7 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:26



***




8 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:28

その日から、絵里は毎日学校に傘を持っていっている。

晴れの日も曇りの日も、あの女の人から借りたビニール傘を持って、
学校の帰りに、あのバス停のベンチで彼女を待っている。



あの人は「あげる」って言ったけど、絵里はもらったつもりなんか無い。
この傘は借り物。
あの人に返さなきゃいけない。



こうして傘を持ってバス停で待ってたら、いつか会える。

あの人にもう1度会いたい。



9 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:29

ベンチに座って、目の前を通り過ぎていく人の流れに目を凝らす。
絶対どこかにいるはずだ。
若草色のTシャツと白い肌の、春の妖精みたいなあの人を探す。



季節はどんどん移ろいでいく。
いつしか春が過ぎ、初夏になり、梅雨を通り越して、蝉が鳴き始めていた。

あの人はまだ来ない。



10 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:30

明日から夏休み。
1学期の終業式を終えて、みんなうきうきしながら家路を急いでいる。

快晴の青空を見上げて、絵里は今日も傘を傍らに置き、
バス停のベンチに座りこんだ。



蝉がうるさいくらいに鳴いていた。
みーんみーん。

夏の太陽が、アスファルトの道路を焦がす。
すっかり濃い緑色になった木々の上に、白い雲が浮かんでいる。
季節は夏真っ盛り。



あの人は、絵里が見た幻だったのかもしれない。
夏になったから、春の妖精は消えちゃったのかもしれない。

もう会えないのかな。



11 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:31

絵里はあの人の傘を持って立ち上がった。

屋根のあるバス停から、太陽の照りつける歩道に出る。
日なたの明るさに、少し目がくらんだ。
太陽が眩しい。



傘をひらく。

透明なビニール傘が、青空の色に染まった。



12 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:32

「ふー、あちー」



聞き覚えのある声がした。

絵里はゆっくり振り返る。



バス停のベンチにどかっと座り込む、白い肌の女の人。
額に浮かぶ汗を手の甲で拭いながら、スーツの上着を脱ぎ捨てる。

日陰に入ってほっとしたのか、
その人は背もたれに寄りかかって目を閉じた。



13 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:33

絵里は広げたままの傘を歩道に放り出して、
日陰のバス停に駆け込む。



雨に濡れた春の花の匂いがした。






14 名前:空色雨傘 投稿日:2007/04/21(土) 02:33



***




15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/21(土) 02:36
終わりです。
1人名前出てませんが吉亀でした。


16 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:33

午前中にぱらぱらと降っていた雨はすっかり止み、太陽が顔を出していた。
少し濡れた芝生を踏みしめて、私は中庭を歩く。

いつものベンチ。
その表面を指でなぞると、水滴がポタポタと滴り落ちた。
自分の座る所だけ、ティッシュで水分を拭き取った。

私はベンチに座って、膝の上に弁当箱を広げる。

蒸し暑い6月の午後。

昼休みの中庭は、普段ならお弁当を食べる生徒たちで溢れかえっているのだが、
今日は雨上がりのせいか人も少ない。


17 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:35

新任教諭としてこの高校に配属されてから、2ヶ月が過ぎた。

私は教師同士の人間関係にあまり馴染めず、
昼休みの職員室が居心地悪くて、ここ最近は毎日のように
中庭でお弁当を食べている。


ここでの1人の時間が好きだ。
騒がしい教室も、タバコくさい職員室も、もううんざり。
心地よい風にあたりながら1人でお弁当を食べるこの時だけが、
私の安らげる時間だった。

ときどき話しかけてくる生徒と会話をすることもあるが、
ほとんどは1人で過ごしている。


18 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:36

隣のベンチに1人の女の子が座るのが見えた。

ブレザーの胸ポケットには赤い校章が刺繍されている。
ということは3年生か。
知らない顔だ。
私の担当は2年生なので、当然といえば当然だが。


視界の隅に映りこむ彼女に、動きはない。

横目でちらりと様子を見ると、彼女は膝に置いた手をぎゅっと握りしめて
身動きひとつせずに俯いていた。


19 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:36

「愛ちゃーん、ごめんごめん遅くなって」

遠くから元気の良い声が聞こえて、座っていた彼女は顔を上げた。

校舎のほうから、髪の長い活発そうな女の子が走ってくるのが見える。
その女の子には見覚えがあった。
2年生だ。
確か、新垣・・・さん、だったかな。

その子の姿を確認した途端、ベンチの彼女は表情を崩した。

「ガ・・・ガキしゃ〜ん」


新垣さんが駆け寄ると、彼女は新垣さんのお腹の辺りにしがみ付き
声を上げて泣き出した。

「ちょ、ちょ、どうしたの」
「うわ〜ん」
「泣いてないで早くお弁当食べようよ」
「・・・・・」
「って愛ちゃんお弁当は?」
「び、びぇぇぇぇぇん」


20 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:37

何が何だか分からないが、とりあえず私は2人の会話に聞き耳を立てる。
彼女は嗚咽を漏らしながら、小さな声で言った。

「・・・捨てられた」
「え!?お弁当捨てられた!?」
「うっ・・・ぼあぁぁぁ」
「あ〜分かった分かった、それ以上泣かなくていいから!
 まったく、あの人たちもいい年してくだらないことするね」

新垣さんは大きくため息をついて彼女の隣に腰を下ろし、
なだめるように背中をさする。


「ほ、ほんま、ひどい人らや・・・」
「うん、ひどいね」
「鬼のような仕打ちやよ・・・」
「そうだね」
「おが、おが、お母さんが、早起きして、せっかく作ってくれたお弁当を」
「捨てちゃうなんてね」
「・・・・・・うぁぁぁぁぁぁぁん」


21 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:38

いじめにでも遭っているのだろうか。

高3にもなってそんな子供っぽい嫌がらせをする奴らもどうかと思うが、
彼女の仕草や喋り方も、高3とは思えないほど幼かった。


彼女は年下のはずの新垣さんに抱きついて、わんわん泣き続けた。


22 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:39

彼女の声が枯れ始めて落ち着いた頃、新垣さんが口を開いた。

「愛ちゃん、お弁当なかったらお腹すくでしょ」
「うん」
「じゃあなんで買ってこなかったの?」

確かにそうだ。
校内には購買があるし、学校のすぐ近くにコンビニもある。

「あ・・・忘れとった」
「はいはい、しょうがないから私が買ってきてあげるよ。
 そんな顔じゃ人前に出れないだろうし」
「ありがとーガキさん」
「普通のパンでいい?」
「うん」


23 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:40

新垣さんは立ち上がって歩きかけたが、ふと思い出したように振り返って、
持っていたオレンジジュースを彼女に差し出した。

「はい、愛ちゃん。これあげるから飲みながら待ってな」


彼女はなぜか受け取ろうとしなかった。

「・・・・・・・」
「何さ」
「・・・いらん」
「はっ!?せっかくの人の親切をアンタ・・・」
「だって果汁が」
「あーそっかそっか、愛ちゃん果汁100%しか飲まないもんね」

新垣さんはそう言って、納得したように微笑んだ。
そして、自分でジュースを飲みながら校舎へ歩いていく。


24 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:40

彼女はその後ろ姿を見送りながら、ぼそっと独り言を呟いた。
「ガキさんはええ子やなぁ」


「ぶはっ」

不意打ちの発言に、私は思わず吹き出してしまった。
彼女が驚いてこっちに顔を向ける。

「あ、ごめんね。ちょっと・・・面白くて」

私はなんだか恥ずかしくなって謝った。
彼女は何も言わず、丸い目で私をじっと見つめている。


25 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:41

「・・・えーと、何やったっけ、いし、石田じゃなくて・・・石川先生や!」

急に名前を言われて少しびっくりした。

「私のこと知ってるの?」
「今年新しく来た先生ですよね、2年生の」
「あなたは、3年生・・・だよね?」
「はい、高橋って言います」

訛りの強い、聞き慣れないアクセントで彼女は名乗った。
地方出身者だろうか。
この学校にしては珍しい。


26 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:42

私が怪訝な顔をしていることに気づいたのか、彼女は慌てて言った。

「あ・・・もしかして私また訛ってましたか?わー、うわー。
 な、なんでやろ、出ないようにしとるのに」
「どこ出身なの?」
「えーと、私は生まれも育ちも東京なんですけど、親が福井出身で
 家でいっつも福井弁しゃべっとるで、私もたまに出ちゃうんです」

たまにどころか常に訛ってるよ、と思ったが、言わないでおいた。


私たちは、しばらく他愛のない会話をした。

高橋さんは喋るのが苦手なのに、何でも思いついた言葉を慌てて喋るので、
結局何が言いたいのか分からなくなっている。

すぐパニックになって言葉に詰まってしまうのだが、
自分の言いたいことを一生懸命伝えようとする様子が可愛らしかった。


27 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:42

「あ、ガキさんや」

新垣さんが購買のビニール袋を持って、校舎から出てくるのが見えた。


なんだか気まずい。
高橋さんと話したせいで、なんとなく私はこの場に居づらくなってしまった。
このまま居座って2人の会話を聞いてしまうのは後ろめたい。

私はまだ食べ終わっていなかったお弁当をそそくさとしまい込んで、
ベンチから立ち上がった。
何も言わずに去るのも変かなと思って、高橋さんに声をかける。

「じゃあ、私はもう行くね」
「あ、はい」


にこにこしながら歩いてくる新垣さんをちらっと見て、私は付け加えた。
「いい友達がいてよかったね」

高橋さんは顔をくしゃっとさせて笑うと、
「はい!私ガキさんのおかげで毎日学校来てるんです!」
今までで1番元気な声で、嬉しそうに言った。


28 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:43


***



29 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:44

それから毎日、高橋さんと新垣さんは中庭に来るようになった。
私は隣のベンチで、ときどき耳に入ってくる2人の会話を聞きながら
お弁当を食べる。


2人が私に話しかけてくることもあった。


―――先生はどうしていつもここにいるんですか?
なんか職員室が居心地悪くてね。
―――あたしとおんなじや!あたしも教室が嫌い。
―――私は教室好きですけど、愛ちゃんの付き添いで仕方なく・・・

2人はどんな関係なの?
―――幼馴染なんです。ガキさんとは家が近所で。

―――それにしても先生いつもお弁当が豪華ですよね。自分で作ってるんですか?
これは母が・・・
―――へぇ!すごいですね!愛がある!
あはは、そうかな。どうして?
―――だって、タコさんウインナーとかリンゴのうさぎとか!
―――社会人の娘のお弁当に、こんな凝ったもの入れませんよ普通。
―――細かい所まで気を利かせてくれる良いお母さんなんですね。


30 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:44


***



31 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:46

梅雨には珍しく、からっと晴れた気持ちの良い日だった。

私は校内にあるジュースの自動販売機の前に並んでいた。
いつも授業終了のチャイムと共に、
生徒たちは各階に1台しかない自販機に押しかける。
こんなに需要があるんだから、あと2台くらい設置すればいいのに、と思う。
ケチな学校だ。生徒から高い授業料ぼったくってるくせに。


列はなかなか進まず、私はイライラした。
中庭のベンチが、私の指定席が誰かに取られてしまう前に、早く行かないと。

あと7人。
1番前の女の子はお金を入れてから、どれにしようか迷っているようだ。
さんざん選ぶ時間あったんだから買う前に考えとけよ、まったく。


32 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:47

すぐ後ろに並んでいる男子が、聞こえよがしに舌打ちをした。

女の子は後ろを振り返って小声で「すみません」と言うと、
少し背伸びをして、上のほうのオレンジジュースのボタンを押した。
ミニッツメイドの、果汁100%。

一瞬振り向いたその顔をどこかで見たことがあるような気がして、
でもすぐには思い出せなくて、100%のオレンジジュースを見て思い出した。
高橋さんだ。
今日も新垣さんとお弁当を食べるのだろうか。


私は自分の番を待ってフルーツオレを買うと、急いで中庭に向かった。


33 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:47

校舎を出て芝生のエリアに入ると、聞き覚えのある2つの声が聞こえた。
私は木陰に身を潜めて、中庭の様子を伺った。


「愛ちゃんはさぁ、いつまで私に頼る気なの?」
「なんでいきなりそんなこと」
「分かってる?愛ちゃん3年生なんだよ、来年で卒業だよ。
 進学するんだか就職するんだか知らないけどさ、来年からは
 愛ちゃんのそばに私はいないんだよ」
「・・・やだ」
「やだじゃないでしょ。1人で生きていかなきゃいけないんだから」

「ガキさんがいなかったら誰もあたしのこと助けてくれないもん」
「だーかーらー、誰かに助けられなきゃ生きていけない状況になるって
 なんで自分で決めつけてんの?」
「だってあたし、どこに行ってもいじめられるんやよ」
「愛ちゃんさ、なんで自分がいじめられるか、考えたことある?」
「・・・・・・・」

「ないよね。いつも無条件で私が助けてあげてるから、安心してるんでしょ」
「・・・・・ぐすっ」
「ほら、そうやってすぐ泣く。だからみんな面白がってからかうんだよ」


34 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:48

「わぁぁぁぁぁん」

高橋さんは、声を上げて泣きながら走り去って行った。
新垣さんは、唇を噛みしめて立ち尽くしていた。


幸い2人とも私には気づいていないようだ。
私は静かにその場を離れた。

タバコくさいのを我慢して、その日は職員室でお弁当を食べた。


35 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:49


***



36 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:50

数日後のことだった。
久しぶりに中庭へ向かうと、新垣さんが1人でベンチに座っていた。
周りを見回しても高橋さんの姿は見えない。

「あ、石川先生」
「こんにちは。今日は高橋さんはいないの?」
「あぁ、愛ちゃんは・・・最近来なくて」

最近、ということは、あの日以来だろうか。


「喧嘩でもしたの?」
「・・・そんな感じですね。っていうか学校にさえ来てないんですけど」
「そうなんだ」
「まぁ、もともと学校休みがちな子だったんで。
 愛ちゃんは都合悪くなるとすぐ逃げるんです」


少しの間沈黙が続いて、新垣さんはゆっくり顔を上げた。
ぱこっ。
飲み終わったりんごジュースのパックを片手で潰し、
新垣さんは遠慮がちに話し始めた。


37 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:51

「先生も知ってますよね、愛ちゃんがいじめられてるの」

いきなり直球の話題になって、私は一瞬ぎくりとした。

「あ・・・なんとなくなら」
「昔からそうなんです、愛ちゃん。喋るのが苦手で、場の空気読めなくて、
 失言多いし、すぐ泣くし。絡みづらいから友達も少ない。
 でも顔は可愛いから、男にはモテるんですよね。
 そんなの女の子からは反感買うに決まってる。だからいじめられるんです」
「・・・・・」

「で、やっぱりすぐ泣くんですよ。予想通りのリアクションとってくれるから
 いじめ甲斐があるというか、からかうのが楽しいというか。
 いじめる側も調子に乗ってエスカレートしちゃうんですよね。
 だからいつも『泣くな』て言ってるんですけど」

新垣さんはそこまで言って、ため息をついた。


38 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:51

「私はおせっかいだから、愛ちゃんがいじめられてるの見るとどうしても
 助けてあげたくなっちゃうんです。昔からそうでした。
 愛ちゃんは、いつも私が助けてくれるのが当たり前だと思ってる。
 でもこのままじゃダメなんです、愛ちゃんがどんどんダメになっちゃう」

「それであのとき突き放したの?」
「え?・・・あぁ、もしかして見てたんですか」
「うん、ごめんね。覗き見するつもりはなかったんだけど」


ぱこぱこぱこ。
新垣さんはジュースのパックを手の中で弄びながら、黙って俯いた。

私も黙って新垣さんの手の中を見つめていた。
ぺちゃんこになったりんごジュースのパック。果汁30%。
飛び出したストローの先から、金色の液体が1滴したたり落ちた。


39 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:52

「でも、そのうち愛ちゃんも分かってくれると思います。
 私に甘えてばかりじゃいつまでも強くなれないってこと、本人も薄々
 気づいてるような気がするんです」

新垣さんはパックをぎゅうっと握り潰してとどめを刺すと、
傍らのゴミ箱に投げ入れた。


「ごめんなさい、先生にこんな話しちゃって」
「いえ、そんな・・・」
「あと1週間もしたら、愛ちゃんまた戻ってくると思います」


40 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:53

じゃあ失礼します、と言って新垣さんは校舎へ戻っていった。


私はベンチに座り込んだ。
教師として、人生の先輩として、アドバイスさえできない自分が情けない。
私より新垣さんのほうが何倍も大人だ。

他の先生との交流を避け、職員室から逃げ出して1人ぼっちの気楽さに
慣れてしまった私。
面倒な人間関係から逃げ続ける私。
いつまでも現実と向き合おうとしない高橋さんと同じだ。


41 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:53


***



42 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:54

あれから私は、昼休みになっても中庭に行かなくなった。
相変わらずタバコくさいのを我慢して、職員室でお弁当を食べている。
母からの愛情こもったお弁当を。

周りの先生たちとはやっぱりまだ打ち解けられないけど、
悲観はしていない。

今まで避けていた先生同士の飲み会にも顔を出すようになった。
自分から積極的に話しかけることに以前ほど抵抗もなくなったし、
複雑な人間関係だって観察しているだけなら楽しい。


あんなに居心地の悪かった職員室の空気に、
馴染み始めている自分がいる。


43 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:55

2年生の授業で見かける新垣さんは、前と変わらず元気そうだった。
今でも昼休みは中庭へ行っているのだろうか。
高橋さんはまた学校に来るようになったのだろうか。

少し心配になったが、確かめる気にはなれなかった。


高橋さんはきっと、誰よりも新垣さんの気持ちを分かっていたと思う。
自分の情けなさにも気づいていたはずだ。
根拠はないけど、私はそう思いたい。
いつか乗り越えて、少しずつ成長していけばいい。


44 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:55

授業が終わり、私は各階に1つしか無い自動販売機へ向かった。
買うものはもう決めてある。


私が行くと、すでに15人ほどの生徒が並んでいた。
先頭の小柄な女の子は、お金を入れてからどれにしようか悩んでいるようだ。
後ろの男子に急かされ、彼女は振り向いて軽く頭を下げる。


女の子は少し背伸びをして、1番上のボタンを押した。
果汁100%のオレンジジュース。

見覚えのあるその顔は嬉しそうに微笑んでいて、ジュースを取り出すと、
彼女は中庭へと続く階段を一気に駆け下りていった。


45 名前:100%オレンジ 投稿日:2007/07/10(火) 07:56




46 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/10(火) 07:57
石川さん視点の愛ガキでした。
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 01:17
良いね、愛ガキ視点も読んでみたい。
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/09(日) 00:23
なんか良かったです。
がんばろう、って思いました。
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/31(水) 00:11
この石川さんは良い石川さんですね
大人のポジティブだ
50 名前:作者です 投稿日:2008/01/06(日) 23:43
長い間放置してしまってすみません。
スレ整理が近づいていますが、ここを残していただけると嬉しいです。
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/08(火) 14:30
いつの間にか前回の更新から1年経ってましたorz

>>47
実は>>47さんのレスを読んでガキさん視点のも書こうとしたんですけど、
途中まで書いて挫折しました。

>>48
ありがとうございます。そう思ってもらえて嬉しいです。

>>49
個人的にはネガティブな石川さんのほうが好きなのですが、
たまにはポジティブ梨華ちゃんもいいかなと思いまして。


今からリハビリの意味もこめて、なぜか直書きで書いてみようと思います。
思いつきですみません。
52 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 14:52
英語の授業で恒例の単語テスト。
「はい、そこまでー」
担任の声がかかる。

いつものように隣の生徒とプリントを交換しようとすると、担任が言った。
「あ、ストップ! 今回から採点方法変えるから」
れいなは隣の生徒に渡しかけたプリントを引っ込めて、担任のほうを見る。

「お前らなぁ、俺を見くびるんじゃない。 とっくにバレてるんだからな。
 隣の奴とグルになって、インチキ採点してる奴いるだろ」

クラスの中に微妙な苦笑が流れた。

今までこの小テストは、それぞれ隣の人と交換して採点し合うことになっていた。
当然、友達同士で水増し採点をする輩も出てくる。
間違っているところも丸をつけておいて、先生に提出する前に、正しい答えに
書き直しておくのだ。
53 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 15:12
「今からプリント集めてシャッフルして配り直すからな。 誰に当たるか分かんないぞ。
 友達と口裏合わせようとしても無駄無駄」

インチキ採点防止とはいえ、随分と面倒くさいことをするものだ。
れいなはため息をついて、後ろの席から回ってきたプリントに自分のプリントを重ねて
前の席へ回した。


配り直されたプリントは、1度も喋ったことのない男子生徒のものだった。
まる、まる、ばつ、まる、ばつ、まる、まる、まる、ばつ、まる。
70点。 可もなく不可もない。
れいなはプリントの隅に、丁寧な丸文字で「70」と書き込んだ。

「採点終わったかー? 集めるよ」
さっきと同じように、みんなのプリントが後ろから前に回される。
54 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 15:12
なんだ、もう集めるのか。 せめて自分が何点だったか知りたかったのに。
でも、誰が採点してるかも分からないし仕方ないか。
自分の解答用紙は誰が採点しているんだろう。

そこまで考えて、れいなは「…ま、どうでもいいか」と小さく独り言を呟いた。

誰に当たっても同じだ。
高校に入学して、もう3ヶ月が経つ。
れいなには、まだ友達と呼べる人がいない。
55 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 15:20
入学してすぐに、クラスの中では自然にグループが出来上がっていった。
特に女子はまとまるのが早かった。
男子に比べて、女子というのは同じ匂いのする者を鋭く嗅ぎ分ける力があるのだ。

れいなは群れるのが苦手だった。
自分から積極的に誰かに話しかけることもなく、気づけば一人ぼっちになっていた。

休み時間には淋しいと感じることもある。
周囲の女子のおしゃべりを聞きながら、自分も友達と仲良くはしゃぎたいとも思う。
だけど、無理に人に合わせるのは辛い。
人と仲良くするためには、少なからず自分を殺さなければならない。

『自己主張を我慢するくらいなら、一人でいたほうがマシ』
そう言って強がっているだけだということは、自分でも分かっていた。
本当は誰よりも、心の底から、人との繋がりを求めている。
れいなは友達が欲しかった。
56 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 15:20

***




57 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 16:02

次の日の英語の授業。

「昨日の小テスト返すぞー。 出席番号順に取りに来い」
担任はにやにやしながら、こう続けた。
「まぁ、やっぱりいつもより平均点低かったな」

平均点がどう変わろうと、れいなには関係ない。
今までだってズルをしたことはなかったし、どうせいつも通りの点数だろう。

「網野。 今井。 小野寺。 菊池。 倉田」
担任はぶっきらぼうに名前を呼びながら、プリントを手渡していく。
自分の前の番号の関口さんが席を立ったのを見て、れいなも立ち上がった。

「……佐藤。 関口。 田中」
無言でプリントを受け取る。

れいなは自分の席に戻りながら、そっとプリントを覗き込んだ。

「90」という点数の横に、「惜しい!」と書かれている。
58 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 16:25
びっくりした。 同時に、胸が躍った。
マルとバツと点数以外の文字を書いてくれた人は初めてだ。
れいなにとっては、初めて90点を取れたことより、そのたった4文字の言葉のほうが
何倍も嬉しかった。

採点してくれたのは誰なんだろう。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、席に着いた。


「戸田。 中西。 根本」

1つだけ間違ってしまったのは、eventuallyという単語だった。
れいなはeventualyと書いてしまったのだ。
れいなは小声で、「ほんとに惜しいやん」と呟いた。


「服部。 福田。 古屋」

『惜』、『し』、『い』、『!』、れいなはその4文字をもう1度じっくり見つめてみる。
女の子らしく整った字だ。
誰なんだろう。
親しくもないれいなに対して、何気なく一言を書き添えてくれる人。
59 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 16:26
「堀内。 松井。 道重」

道重と呼ばれた女子生徒が、担任からプリントを受け取る。
彼女は自分の席に戻る途中、ちらりとれいなを見た。
目が合った。

「田中さん、惜しかったね。 エルがもう1個あれば100点だったのにね」
道重はそう言って微笑んだ。
「……え?」

道重が最初に言った「田中さん」という呼びかけが何度も頭の中でエコーして、
れいなはようやく、自分が話しかけられているのだと気づいた。


道重さん、か。

だいぶ遅れて、れいなも微笑み返した。
60 名前:赤丸ツアー 投稿日:2008/07/08(火) 16:26

***



61 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/08(火) 16:29
ちょっと短いですが終わりです。
もう、れいなもさゆも大学生の年なんですよね。
6期ヲタ(というか亀井ヲタ)の自分としては、
いつまでも高校生のさゆれなえりを書いていたいのですが。
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/08(火) 19:47
キター(AA略
ワクワクする始まりですね。次の更新も楽しみにしています
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/08(火) 20:00
>>62
ちょwww
すみません、分かりにくいですが、これはこれで完結です。
続きはありません。
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/08(火) 21:07
ちょww

…失礼しました。
続きがないのは少し残念ですが、また更新待ってます!
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/31(木) 11:50
>>64
ありがとうございます!
せめて1ヶ月に1回は更新できるように頑張ります。
66 名前:パステルグリーンの日記帳 投稿日:2008/07/31(木) 11:51

***

67 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/31(木) 11:51

「ちょっと絵里! いくらなんでも遅すぎるんじゃないの?」

帰宅した途端、キッチンからお母さんが出てきて絵里の前に立ちはだかった。
絵里はうんざりして溜め息をついた。

「えー、まだ10時じゃん」
「“もう”でしょ! ハタチ前の若い女の子がこんな夜に出歩くなんて危ないじゃない」
「別に危なくないよ。 ド田舎じゃあるまいし、夜だってそれなりに明るいんだから」
「いくら明るくたって変質者は夜に出るでしょ」
「へーきだって。 それに家の前まで彼氏に送ってもらったし」
「え、彼氏? お母さんそんなの初耳。 いつ出来たの? なんで言わないの?
 変な男にひっかかってるんじゃないでしょうね? 恋人は慎重に選ばないと」
「もう、うるさいなぁ」

絵里はしつこく絡んでくるお母さんを振り切って、早足で階段を駆け上がった。
自分の部屋に入ってドアを乱暴に閉める。
バッグをその辺に放り投げて、ベッドの上に大の字にダイブした。
68 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/31(木) 11:52

なんでお母さんってあんなにうるさいんだろ。
自分だって絵里くらいの年の頃は遊び歩いてたくせに。
グレちゃって大変だった、っておばあちゃんも言ってたし。
お母さんに比べれば絵里なんて可愛いもんだよ。

男の人と付き合うことにもいちいち口出してくるし。
マジでほっといてほしい。
だいたい、お母さんがお父さんと付き合い始めたのなんて高校生の時じゃん。
絵里はもうすぐハタチなんだよ。

何かと納得いかないことが多くて、絵里はお母さんの小言を素直に聞けない。
そりゃ今は良妻賢母やってるかもしれないけど、若いときはヤンチャしてたんだから
今の絵里のこととやかく言われる筋合いないと思うんだよね。

なんだかむしゃくしゃして、絵里はお風呂も入らずにそのままベッドで寝た。
嫌なことは寝て忘れるに限る。
69 名前:パステルグリーンの日記帳 投稿日:2008/07/31(木) 11:52

***

70 名前:パステルグリーンの日記帳 投稿日:2008/07/31(木) 11:53

【 D i a r y 】

シンプルな書体でそれだけ書かれた日記帳。
元は明るい黄緑だったのだろう表紙は少し色褪せていて、
くすんだパステルグリーンになっていた。

お母さんの日記かな。
戸棚を引っかきまわしてたら見つけてしまったのだ。

少し気が引けたけど、好奇心には勝てない。
適当にページを開いてみる。



7月27日
お客様は神様だなんて、一体誰が言い出したのか。
それをいいことに図に乗る客が多くて困る。
今日もクソガキが店の中を走り回って、商品を棚から落としまくっていた。
なんで母親は注意しないんだろう。
今どきの若い親って本当にどうしようもない。
しつけくらいちゃんとしろ。

やっぱりお母さんの日記だ。
お母さんは半年くらい前から、近所のスーパーでパートのアルバイトをしている。

やっぱりおばちゃんから見ると、最近の若い母親には文句言いたくなるんだろうな。
絵里も将来、ああいうどうしようもない母親になっちゃうのかな。
しつけくらいはマトモにできると思うんだけど。
71 名前:パステルグリーンの日記帳 投稿日:2008/07/31(木) 11:54

   7月28日
   今日は中村君と一緒のシフトだった。
   嬉しかった。
   中村君は今日もかっこよかった。

は? 何? 中村くん?
どういうこと?

   7月29日
   思いきって中村君をデートに誘ってみた。
   OKだって!!!
   これって脈ありって考えていいのかな?
   明日は一緒に映画見る予定。
   家族にはバレないように家出なきゃ。

愕然とした。
お母さん、浮気してる。
私にあんな偉そうなこと言っといて、自分は浮気?
72 名前:パステルグリーンの日記帳 投稿日:2008/07/31(木) 11:55

頭と耳と顔がぶわっと熱くなった。
一瞬で沸騰して頭から湯気が出てる気がした。

家族に……お父さんに、私たちに内緒で他の男と会うなんて。
信じらんない。 お母さん、もうすぐ50歳だよ?
いい年して他の男に恋とか。
吐き気がする。 眩暈がする。 最低だ。



   7月30日
   今日は中村君と映画を見に行ってきた。
   恋愛ものの映画なんて男の子は嫌がるかな?と思ったけど、
   中村君は面白かったと言ってくれた。
   今日のデートのことは、家族には一応バレなかったみたい。
   バレると色々とめんどくさいことになるからなぁ。

は? バカじゃないの。
めんどくさいどころか離婚だよ離婚。 一家離散レベルだよ。

それに7月30日って……昨日じゃん。
昨日、帰りが遅くなった絵里のこと怒ってたくせに。
自分はお父さん以外の男とデートして楽しんでたの?

本当に信じられない。
いつも絵里たちに厳しくて、家事も完璧にこなして、お父さんとも仲良くやってる
あのお母さんが浮気だなんて。
73 名前:パステルグリーンの日記帳 投稿日:2008/07/31(木) 11:55

絵里は怒りにまかせて乱暴に次のページをめくった。

   7月31日
   この前のクソガキとバカ親に今日も遭遇した。
   相変わらずガキはうるさい。 母親は注意しない。
   将来私にも子供ができたら、ああいう親にだけはなりたくないと思う。



絵里は日記帳を閉じた。

パステルグリーンの裏表紙には、【 1979年 】 と書かれていた。
74 名前:パステルグリーンの日記帳 投稿日:2008/07/31(木) 11:55

***

75 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/31(木) 12:00
色々と細かいミスがあってorz状態…

>>70の日記部分の段落の最初空け忘れたりとか
>>73の【1979年】は【1976年】の間違いです。
そうしないとお母さん高校時代に浮気してたことになっちゃいますね。
ホントすみません。
76 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:25

***

77 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:26

「じゃあ、これ」
「どうも」

お金を渡すと、その中年男性はシャワーも浴びずに服を着て、
そそくさと部屋を出ていった。

1、2、3枚。 3万円。
まぁこんなもんか。
久住小春は溜め息をついて、それを財布に突っ込んだ。

中学の頃は5〜6万が当たり前だった。
若さはブランドだ。
小学生で援助交際を始めた友達は、1度に15万貰ったこともあると言っていた。

高校生になった途端、小春の体の値段は3万円前後に暴落した。
5万貰えれば運が良いほうだ。
これからどんどん自分の価値は下がっていく。
こんなふうに若さを武器にできるのも今のうちだけだ。
高校を卒業したらもう使えない。
78 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:26

初めて体を売ったのは、中2の時だった。

別に家庭環境が悪かったわけではない。
学校でいじめられたわけでもない。
小春は何の問題もない、普通の中学生だった。

友達と買い物をしたり、カラオケに行ったり、プリクラを撮ったり。
遊ぶためにはお金が必要だった。
小春は友達と遊びたかったし、お金が欲しかった。

処女だと言ったら、10万くれた。
初めての男が見ず知らずの中年オヤジというのは人生の汚点かもしれないが、
その時の小春にはお金のほうが魅力的だった。
10枚の1万円札を財布に入れた時は、勝ち誇ったような気分になった。

今思えば、かっこいい彼氏を作るのが先だったな、と反省することもある。
夜の街をフラフラしていればオヤジはすぐ捕まるのに、今まで彼氏ができたことはない。
でも、小春はそれでいいと思っている。
お金がかかるだけの彼氏より、お金を落としてくれるオヤジのほうがずっといい。
79 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:26

***

80 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:27

「あたしさー、そろそろやめるわ」
「へ? 何を」
「エンコー」
「なんで?」
「彼氏できたし」

夏焼雅はそう言って、タバコをコンクリートの地面に押し付けた。
小春はちらりと雅を横目で見て、「ふーん」と言った。

2人は授業をさぼって屋上で日向ぼっこをしている。
空は抜けるように青かった。

「小春は彼氏作らないの?」
「別にいらないよ」
「なんで」
「お金かかるじゃん、デート代とかさ」
「まぁねー」
「誕生日とかクリスマスとかバレンタインとか、イベントのたびにプレゼント買ったり
 しなきゃいけないし、めんどくさいよ」
「そっか」

雅はそれ以上何も言わず、立ち上がってスカートの汚れを払った。
81 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:27

「そろそろ行こう。 あたし次の授業出たいんだ」
「え? 次って数学だよ。 みや、数学嫌いじゃん」
「最近さぼりすぎてマジで分かんなくなってきちゃったから、やばいと思って」
「うーん、実は小春も」
「でしょ?」

小春も立ち上がって、雅の後を追った。
「ねえ、みやー」
大人びた雅の後ろ姿に声をかける。
「何?」

「彼氏と遊んで、お金がなくなっちゃったらどうするの?」
「そうならないように節約して使う」
「それでも、なくなっちゃったら?」
「‥‥そんな贅沢はしないし、もう援交はしないよ」

雅は自嘲ぎみに笑って言った。
小春は黙り込んだ。

オヤジと寝れば、お金貰えるじゃん。
お金があれば彼氏といっぱい遊べるし、高いプレゼントあげたりできるじゃん。
そのほうが彼氏も喜ぶんじゃないの?
バレなきゃいいんだよ。

そう言いたかったけど、言えなかった。
今の雅に言い返すのは、なぜか子供っぽいような気がした。
82 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:27

***

83 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:28

いつもの場所で1人でフラフラしていたら、20代後半くらいのサラリーマンが声をかけてきた。

相手にするのは40歳以上の人が多いけど、たまにこういう若い人もいる。
その年で余分なお金があるということは、どこかのエリート社員なのだろう。
そんなエリートが、自分のようなゴミみたいな女子高生にお金を払ってセックスするなんて
笑える話だよね、と小春は思った。

小春は男についていって、近くのホテルに入った。



制服を脱がされ、ブラジャーを外される。

「胸、小さいんだね」
「はぁ、そりゃどうもすいませんね」

小春がむっとして言い返すと、男はいやらしく笑った。

「いや、ごめん、いいんだよ。 僕は小さいほうが好きなんだ」
「あっそ」
「膨らみかけの胸とか、くびれのない腰とか、こういう幼い体型ってそそられるよね」
「……」

男の失礼な発言に小春は怒りを覚えたが、何も言わなかった。
このロリコン趣味の変態男が。
心の中で悪態をついて、目を閉じる。
84 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:28

***

85 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:28

「あっ、小春その財布かわいい。 いつ買ったの?」
「へへっ、昨日〜」

後ろの席の村上愛が、目ざとく見つけて話しかけてきた。
小春は自慢げにブランド物の財布を見せびらかす。

「いくらだった?」
「7万ちょい、かな」
「おおー、結構思い切ったね」
「まぁね。 臨時収入が入ったから」



昨日のロリコンサラリーマンは、いたく小春を気に入ったようだった。
「君みたいな可愛い子は初めてだよ。 体型も僕好みだし」
そう言って、小春に10万円を手渡した。

10万も貰ったのは久々だったので、小春は上機嫌でホテルをあとにした。
その帰り道に、通りかかったブランド店で新しい財布を買ったのだ。
86 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:29

「臨時収入? お年玉……じゃないよね、夏だし」
愛は不思議そうに首を傾げた。

小春には、そのことのほうが不思議だった。
『お金欲しいならカラダ売っちゃえば? 今なら高く売れるよ』
忘れもしない中2の時、そう言って小春を誘ったのは他でもない愛だったのだ。

「何言ってんの、めぐ。 エンコーだよエンコー」
「へ?」
「めぐだってしてるでしょ」

小春の言葉に愛は一瞬フリーズして、すぐに笑い出した。

「あはは、そっか、エンコーかぁ」
「うん」
「小春、あんなキモいことまだやってたんだー」
「え?」

今度は小春がフリーズする番だった。
87 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:29

「あたし、そんなのとっくにやめたよ」
「そうなの?」
「だってキモいじゃん、知らないオヤジとヤるなんて」
「……も、元はといえば、めぐが誘ったんじゃん」
「今じゃあの頃の自分が信じらんない。 なんであんなこと出来たのか」
「……」
「小春も早く彼氏見つけなよー」
「……」
「おっさんとヤるよりずっと気持ちいいよ」



小春は、足元から力が抜けていくのを感じた。
焦りにした感情が体を駆け巡る。
自分が人より遅れている、そう思っただけで妙な絶望感に襲われた。

小春は乱暴に財布を掴んで、鞄の中に放り込んだ。
愛は別の友達に話しかけられて、どこかへ行ってしまった。
88 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:30

何だよ、みんな彼氏彼氏って。
同世代の男なんてガキばっかだしお金も持ってないし、
付き合うメリットがないじゃん。

「彼氏」はセックスするだけで3万円もくれる?
「彼氏」は7万もする財布買ってくれる?
それどころか、こっちもお金使わなきゃいけないじゃん。
彼氏なんか作ったって損するだけだよ。

みんなバッカじゃないの。
小春のほうがずっと効率的に賢く生きてるんだ。
89 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:30

気づくと、小春は屋上へ向かっていた。
廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり。

屋上へ続く階段の踊り場で、小春は急ブレーキをかけた。
2つの人影。
雅が男子生徒とキスしていた。

もう嫌だ。 みやもめぐも大っ嫌い。

雅と彼氏は小春に気づいていなかった
小春は身を翻して、今度は階段を駆け下りる。

もういい。 みんな勝手にすればいい。
小春は間違ってないもん。
みんなが頭悪いだけだもん。
90 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:31

1階まで駆け下りて、生徒用の玄関から飛び出した。
上履きのまま校庭を走り抜ける。

校門まで来て、立ち止まった。
振り返って校舎を見上げる。
教室が見える。

小春は視界がぼやけるのを感じた。
滲んできた涙を、制服の袖でごしごしと拭う。

「小春は、間違ってない」

口に出して言うと、少しだけ自信が戻ったような気がした。



「こーはーるーーー、何してんのーーー」

遠くから自分を呼ぶ声がした。
校門に立ちすくむ小春に気づいた愛が、教室の窓から手を振っている。

小春は手を振り返して、無理やり笑顔を作った。
これだけ遠ければ、自分が泣いていることも気づかれないだろうと思った。
91 名前:揺れる桃色 投稿日:2008/08/08(金) 14:31

***

92 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/08(金) 14:31
終わりです。
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/10(日) 01:15
おぉ、黒いですね。
妙にいい子ちゃんの小春より、こういう黒い小春のほうが好みです。
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 15:12
>>93
久住さんは、ただの開けっぴろげで幼い子ではないですよね。
彼女の心の闇を想像するとちょっと怖いです。

それでは、2ヶ月ぶりですが更新します。
95 名前:青い鼓動 投稿日:2008/10/16(木) 15:12

***
96 名前:青い鼓動 投稿日:2008/10/16(木) 15:13
後藤さんを見かけたのは、秋にしては暖かい午後の電車の中だった。

大学に入って1年半が経ち、私も人並みに大学生活を満喫していた。
ハロプロに復帰した私は一応芸能人なわけで、サークルには入らなかったけど、
普通に友達もできたし、学校行事もそれなりに楽しんでいる。

私はもう自分をアイドルだなんて思わなくなっていた。
芸能界に片足突っ込んだ、ただの大学生だ。
何か自慢できる特技があるわけじゃないし、ミスコンに出るほど美人でもないし。
一般人の中に紛れ込んだ私なんて所詮そんなものなのだ。

友達と遊んだ帰りの山手線で、ふと懐かしい何かを感じて立ち止まった。
きょろきょろと周りを見回してみる。

私はすぐに懐かしさの正体に気づく。
混み合った電車の中で、座席の端っこに座っている女の人。
パーカーのポケットに両手を突っ込んで、座席の背もたれに浅めに寄り掛かる姿が
様になっていた。
大きなマスクをしているけど、間違えようがない。
それは1年ぶりに見た後藤さんだった。
97 名前:青い鼓動 投稿日:2008/10/16(木) 15:13
彼女は私とは違う。
一般人の中に紛れ込んでも、その強いオーラは消えない。

バランスの良いスタイル、しなやかな身のこなし、何をしてもかっこよく決まるその仕草。
かつて私は彼女に、恋愛感情に似た気持ちを抱いたことがある。
後藤さんは私の憧れるもの全てを持っていた。
話しかけるのも躊躇してしまうくらい、彼女と私は住む世界が違うと思っていたし、
ミュージカルで私と彼女の2人きりのシーンがあると知った時は、
嬉しさとは違う色々な感情がごちゃ混ぜになって湧きあがり、足が震えた。

5期としてモーニング娘。に加入して、
私たち4人が彼女と一緒に活動したのはほんの1年足らずだったけど、
彼女は誰よりも強いインパクトを私たちに残した。
98 名前:青い鼓動 投稿日:2008/10/16(木) 15:13

***
99 名前:青い鼓動 投稿日:2008/10/16(木) 15:14
私は向かい側の手すりの近くに立ち、横目でちらちらと後藤さんを振り返る。
決して気づかれないように。
後藤さんはポケットに手を突っ込んだまま、眠そうに目をしぱしぱさせていた。

昔、彼女を見るたびに感じた胸の鼓動を思い出す。
私はそっと自分の胸に手を当てた。
とくん、とくん、と静かに脈打つ心臓は、あの頃と何も変わっていない。

後藤さんは横の手すりに頭をもたげ、居眠りをし始めた。

話しかけるつもりはない。
お互いの立場も環境も激変した今でも、やっぱり後藤さんと私は住む世界が違うのだ。
私と彼女は一生、気軽に声をかけ合えるような関係にはなれない。
100 名前:青い鼓動 投稿日:2008/10/16(木) 15:14
混み合った山手線の車内。
私は彼女に気づいた。
彼女は私に気づかなかった。

それでいい。
私は私のままで、後藤さんは後藤さんのままで。

目的の駅に着いた。
私は眠ったままの後藤さんに向かって軽く一礼し、電車を降りた。
101 名前:青い鼓動 投稿日:2008/10/16(木) 15:14

***
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 15:15
終わりです。
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 15:18
そういえばサイトやってます。
ttp://suisaigaka.web.fc2.com/top.html
飼育で書いたものを加筆修正しているだけですが、
興味のある方はどうぞ。
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/17(金) 08:55
更新お疲れ様です。
出会っても何もないというのがリアルで逆に印象的でした。
何も起こらなかったからこそドラマチックにすら感じられました。
105 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/05(金) 10:48
>>104
ありがとうございます。
何か起こっていたとしたら、なんだか長編になりそうなので
私には書けないなと思いましたw

更新します。
106 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:48

***
107 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:49
お風呂から上がって寝室に入ると、テレビがつけっぱなしだった。

先に入浴を済ませていたよっすぃーは、パジャマも着ないで素っ裸のまま
布団にくるまって、ベッドですやすや寝息を立てている。
待ちくたびれちゃったんだろう。
自分で言うのもなんだけど、私のお風呂すごく長いからなぁ。

つけっぱなしのテレビは、懐かしい映像を映し出していた。

きらきらした女の子たちが、テロテロの衣装を着て歌いながら踊る。
私はこの人たちを知っている。
何だかんだでもうかなり長い付き合いになる、今よりずっと幼い彼女たち。
ど真ん中で歌うよっすぃー。

2001年の紅白歌合戦だ。
この年、初出場だった私は、紅組トップバッターとしてLOVE涙色を歌った。
モーニング娘。は、ミスムンとピースのメドレーを歌ってたっけ。

私がお風呂に入っている間、よっすぃーはこんな昔のビデオを引っ張り出して
1人で観ながら、何を思っていたんだろう。

今年、モーニング娘。をはじめとしたハロプロ勢が、ついに紅白から消えた。
108 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:49

画面の中ではステージが暗くなり、曲調が変わる。
紅白の十八番、早着替えだ。
ステージが明るくなって、安っぽい金色の衣装に身を包んだモーニング娘。が
ザ☆ピ〜ス!を歌いながら登場する。

当時の娘。の圧倒的なパフォーマンスと会場の異様な盛り上がりを思い出して、
私は少し身震いをする。
娘。だけじゃない。 あのステージに私も立っていたんだ。

2001年、モーニング娘。も松浦亜弥も絶頂期だった。
お茶の間は私たちの味方だった。

爆発的な人気なんて長くは続かない。
あの頃の私たちのうち、いったい何人がそのことに気づいていただろうか。
ただ目まぐるしく過ぎていく日々の中で、7年後の未来を想像した人がいただろうか。

いつの頃からか、世間は私たちに対して冷たく当たるようになった。
109 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:50

私はビデオを止めて、テレビを消した。

よっすぃーは羽布団の中でぬくぬくと丸くなっている。
なんだか腹が立ったので、何も言わずに布団をひっぺがすと
「うぅ…? 何だ? …寒い…」
よっすぃーは寝起きでろれつの回らない口調で呟いて、さらに体を縮めた。

「もう! すっぽんぽんで寝てるからでしょ! 服くらい着なよ!」
「……布団着てるもん」
「その布団は私も入るの! よっすぃー1人で占領しちゃだめなの!」
「あややも裸になれば2人ともあったかいよ」
「いつか雪山で遭難したらね」
「何だよう、いつも裸でエッチなことしてる仲じゃん」
「そういうのはそういう時だけなの! 今はもう寝るから服着るの!」
「めんどくさいんだもん」
「バカだね! そんなこと言ってるからすぐ風邪ひくんでしょ」

よっすぃーは口をへの字にして、しぶしぶ起き上がって服を着始めた。
私はその隙に布団に潜り込む。
110 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:50

「ザ☆ピ〜ス!」の金色の衣装になぞらえて、その9人時代を黄金期と呼ぶそうだ。

金色の衣装で歌っていた、2001年のモーニング娘。
同じような金色の衣装で歌っていた、2007年のモーニング娘。

パクりかと思うほどよく似た衣装だった。
黄金期の最後のメンバーだったよっすぃー。
よっすぃーが卒業した直後に出されたシングルが、「女に幸あれ」だった。
あのタイミングであの衣装。
黄金期のメンバーはいなくなったけど、5期から8期で構成されたモーニング娘。9人で
また新たな黄金期を創り出そう、という気合いの表れだったんだろうか。

娘。はもう1年半以上、メンバー編成が変わっていないらしい。
こんなに長いのは初めてだそうだ。
9期オーディションをする気配はないし、誰かの卒業も発表されていないし、
これから半年くらいはまだまだあのメンバーで続けていくのだろう。

でも、その先は?
モーニング娘。に、……私に、未来はあるの?
111 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:52

「おおおおお、寒いいいいいいいい」
ロンTとジャージに着替えたよっすぃーが布団の中に潜り込んできて、
私の背中にぴったり張り付いた。

娘。はデビュー以来10年間、紅白歌合戦に出演し続けていた。
凄い記録だと思う。
とはいえ、加入や卒業を繰り返している娘。は、
その10回のうち同じメンバーで出場したことは1度もない。

連続出場の記録を途絶えさせてしまった今のメンバーはショックを受けただろう。
先輩たちから受け継いできたものを、自分たちの代で潰してしまったんだから。
ずっとソロでやってきた私には分からない辛さなんだと思う。

じゃあ、かつてのメンバーはどう思ってるんだろう?
よっすぃーは今、このビデオを見ながら何を感じてたの?
……なんて、そんなこと絶対訊けないけど。
112 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:53

「よっすぃーはさぁ……、今年の紅白見るの?」
私は背中を向けたまま訊ねる。

「見るよ」
よっすぃーは事も無げに答えた。
こっちが面食らうほどの即答だった。

「へ? そうなの?」
「当たり前じゃん、大晦日は紅白見ながら家族団欒ってのが日本人の常識でしょ」
「あー……そっかぁ、まぁね」
「あたしモーニング入ってから大晦日は毎年紅白だったからさ、去年やっと卒業して、
 家族と一緒に年越しそば食べたの8年ぶりだったんだ」
「ははっ、私もそうかも」

なんだか今までのほうが日本人として非常識だったような気がしてきて、
私は少し笑った。
「紅白は出るのが当たり前」なんて、ただ思い上がってただけなんだ。
113 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:53

唐突に、中学生のとき古文の授業で暗唱させられた文を思い出す。
あの頃なんとなく聞き流していたその意味が、今になって分かるようになった。

「祇園精舎の鐘の声……って、よっすぃー知ってる?」
「ん? …あぁ… あー! それ何だっけ、なんか覚えさせられた気がする」

金色のモーニング娘。はもういない。
背中に張り付くよっすぃーの体温が心地よくて、だんだん眠くなってくる。

「平家物語だよね」
「うん、忘れたけど。 祇園精舎の鐘の声、か」
「諸行無常の響きあり」
「……沙羅双樹の花の色」
「なんだ、覚えてるじゃん、よっすぃーのくせに。 盛者必衰のことわりをあらわす」
「うるさいな。 ……おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」

今になって思えば、夢のような日々だった。
モーニング娘。も、私も。

「たけき者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ」
114 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:54

私とよっすぃーは、同時にあくびをした。

「あややー」
「何?」
「大晦日の夜、晴れるといいね」
「なんで?」
「だって除夜の鐘、突きに行くでしょ」
「うちの家族は行かないよ」
「えぇー? 鐘鳴らすの超面白いのに」

よっすぃーはもう1度あくびをして、むにゃむにゃと何か言った後、静かになった。
寝息が聞こえ始めたので、私もそろそろ眠りにつくことにする。

今年の大晦日は家族でゆっくり楽しむんだ。
負け惜しみじゃありませんからね。
115 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:55

***
116 名前:ゴールドラッシュ 投稿日:2008/12/05(金) 10:55

***
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/05(金) 10:55
終わりです。
あやよしでした。
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/06(土) 03:42
あー、このよっすぃーいいですね☆

こういうとらえかたもありですよね☆
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/06(土) 22:52
タイトルがまたいいっすね
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/09(月) 07:18
>>118
眠い時の吉澤さんは子供っぽくて可愛い気がします。
勝手なイメージですけど。

>>119
ありがとうございます。
いつかまた娘。に黄金期が来るといいなぁ。
121 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:19

***
122 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:20
絵里の家で、なぜか私は紫キャベツを千切りにしている。

絵里は自分がやるとか言ったけど、絵里に包丁を持たせるのはなんとなく怖い。
「切っちゃったぁー」とか言ってへらへら笑いながら指から血を噴き出している絵里が
想像できてしまって、私は身震いをした。
「いいよいいよ、さゆみがやるから」と言って、私は絵里から包丁を奪い取った。

千切りにした紫キャベツを鍋に放り込み、
紫色の山がギリギリ隠れるくらいまで水を入れる。
分量はあくまで適当だ。
ガスコンロに火をつけて、私はダイニングキッチンの椅子に腰を下ろした。
123 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:20

「沸騰したら火止めてね。 で、そのうち紫色が染み出してくるから、汁が冷めたら
 他の入れ物か何かに入れ替えるの。 あとは絵里の好きなように遊んで」
「はぁーい」
「それくらい自分でやってよね。 さゆみ、もう疲れちゃった」
「ねぇ、さゆぅー」
「何よ」
「ほんとにこれで合ってるのー?」

こいつは今さら何を言い出すんだか。
私は脱力してため息をついた。
「さゆみだってよく覚えてないよ、全部適当だし」
「ですよねぇ、うへへへ」
124 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:20

***
125 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:21
発端は、おそらく絵里のお母さんが紫キャベツを買ってきたことだった。
おそらく、というのは、今は亀井家に絵里と私しかいないからなんだけど。
何か食べ物はないかと冷蔵庫を開けた絵里が言った。

「あ、紫キャベツがあるよ」
「え……もしかして絵里、おやつに紫キャベツ食べる気?」
「やだー、違うよぉ。 そういえば紫キャベツって色変わるんだよなーと思って」
「は?」

意味が分からず私が困惑していると、絵里はさらに意味不明のことを言い出した。

「ねぇさゆ、サンセーの反対って何だっけ」
「は? “賛成“の反対は“反対”でしょ」
「違う違う、ほらあるじゃん、レモン汁はサンセーとか」
「…あぁー…酸性とアルカリ性のこと?」
「そう! それだ! アルカリ性!」
126 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:21
数秒ですべてを理解した私の脳味噌を褒めてあげたい。
絵里の脈絡のなさについていけるのは私くらいだろう。
「あっそう………で?」
私はげんなりして、大体分かってはいるけど話の続きを促した。

「何だっけ、ほら、紫キャベツの汁使ってさ、えーとぉー、あのー、
 酸性かアルカリ性か調べるアレ、あるじゃん」
「中学の時、理科の実験でやったよね」
「さすがさゆ! 話が早い!」
「……で?」
「絵里ねー、それやりたい」
127 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:21

***
128 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:22
本当に絵里は唐突だ。
自由奔放といえば聞こえはいいが、単に他人への思いやりが欠けているだけだ。
だから人に理解してもらえるように説明したり言葉を選んだりしないし、
人の都合を考えないから行動も願望も脈絡がなく唐突なのだ。

心の中で少々憤りながら、私はガスコンロの火を止めた。
それくらい絵里がやってよ、と言ったのに、絵里は鍋が沸騰する寸前に
「あっ、今日のドラマの録画予約しなきゃ」と言って自分の部屋に戻っていった。

なんか私、絵里にいいように使われてるだけじゃない?
……と、思うことがたまにある。

確かに絵里と私は仲がいいけど、絵里は私に甘えてばかりだ。
私は絵里のわがままを聞いて、絵里が危ないことをしそうな時は事前に止めて、
それでも絵里が失敗した時は必死でフォローして。
いつもいつも絵里の尻拭いをするのは私。
私のほうが年下なのに、まるで子供の世話をしているみたいだ。
129 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:23
あんなに自己中で好き勝手に生きているのに、
絵里は絶対に周りの人に嫌われない。
絵里に関わる人たちは、なぜか絵里に対して甘くなる。
「まぁ絵里だからしょうがないよね」
何をしても許されてしまうキャラというのが、世の中には存在するのだ。

確かに絵里はみんなに愛されるし、傍から見ている分には可愛い。
だけど、1番近くにいる私にとっては迷惑なだけだ。
絵里より私のほうがずっと周りに気を遣ってるし、思いやりもあるし、空気も読める。
それなのに、なんでいつも絵里のほうが愛されるの?
130 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:23

***
131 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:23
「あははは、さゆ見てー」

絵里の声がしたので振り向くと、軽量カップに移し替えられた紫キャベツ汁が
赤い色に染まっていた。

「これねぇ、ミカンの汁入れたんだよ」
「じゃあミカンは酸性ってことだね」
「ふふん、知ってるよーだ」
「あれ、絵里がそんなこと覚えてるなんて」
「さっき部屋に戻った時、ちょっとインターネットで調べたんだ」

絵里が自ら調べるなんて珍しい。
いつも面倒くさいことは私に押し付けるのにな、と思ってちょっと苦笑した。
132 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:24
「えっと、確か紫キャベツ液がピンクとか赤に変わったら酸性で、
 青とか緑に変わったらアルカリ性なんだって」
「あー、そうだっけねー」

私が気のない返事をしていると、絵里は今度は洗面所からハンドソープを持ってきた。
「この泡を入れてみます!」
絵里はハンドソープの頭をプッシュして泡を出し、紫キャベツ液の中にぽふんと落とした。
泡が溶け、紫色の液体が青く変わっていく。

「あはははー、おもしろーい」
そう言ってへらへら笑っている絵里は本当に楽しそうだった。
20歳にもなって子供みたいだ。
133 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:24
「ねー、さゆ」
「うん」
「絵里が紫キャベツだとしたらー」
「は?」
「さゆは酸性だ!」
「なんで?」
「絵里はさゆと一緒にいると、楽しくて世界がピンク色になるから!」

「……へぇー」
「何その反応」
「……ううん、ありがと」
「うっへっへっへ」
「何よぉ」
「さゆってば照れちゃって」
「照れてないしー」

「で、アルカリ性は石川さん!」
「あー、それはなんとなく分かるなぁ」
「でしょ? 世界が青くなるもんね」
「寒いもんね…」
134 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:24

***
135 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:24

***
136 名前:紫キャベツ 投稿日:2009/03/09(月) 07:25
終わりです。
1推しと2推しの2人なのに、そういえばさゆえりは初めて書きました。
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/09(月) 07:25
しまった名前欄orz
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/11(水) 22:32
さゆえりの関係性が生々しくて、でも温かくてほんわりしました
139 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/27(火) 13:04
>>138
ありがとうございます。
亀井さんにはいつまでも道重さんを振り回してほしいです。

久々の更新。
140 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:04

***
141 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:05
緑は不遇な色だと思う。
学校の黒板は緑色なのになぜか「黒」板と呼ばれ、
道路の青信号は緑色なのになぜか「青」信号と呼ばれる。
そこに緑のアイデンティティはないのか。

だけど、私は緑色が好きだ。
春の新芽の淡い緑、夏の木の葉の深い緑、広葉樹に針葉樹、
綺麗な色の花や実を引き立たせる緑の葉っぱ、
サラダに入ったレタス、トンカツの付け合わせのキャベツ。

緑には脇役が似合う。
主役にはなれないけど、ないと困る物。
真ん中には立てないけど、真ん中を輝かせるために役に立てる物。
私は緑のような人間になりたい。
142 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:05

***
143 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:05
「あの緑、誰だよ」

モーニング娘。が2つに分かれた時、私はおとめ組に分類された。
あてがわれた楽曲や衣装から見ると、
さくら組はほんわりした可愛さの「タンポポ」路線、
おとめ組はロックなかっこよさの「プッチモニ」路線のようだった。

なんか主役っぽいメンバーがさくら組に集まってるな。
石川さんと吉澤さんをあえて逆にしたのはやっぱり狙ってるのかな。
私がおとめ組なのもあんまりしっくり来ないけど、
さくらかおとめかって言われたら、
強いて言えばやっぱり私はおとめのほうかもしれないな。
とか色々考えたけど。

その頃の私はさくらかおとめかなんて言ってる場合じゃなくて、
そもそもアイドルとしてこれでいいのか、という状態に陥っていた。
体型の問題である。
144 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:06
私と同時期に太っていたのは吉澤さんとあいぼん。
上背がある吉澤さんは太ると物凄くデカくなって悪目立ちしてたし、
人気メンバーのあいぼんはもともと世間の注目度が高く、
太ってしまったことは面白おかしく報道され、話題となっていた。

その2人の影に隠れて私の肥大化は目立たなかったのだが、
娘。がさくら組とおとめ組に分かれたことで、事情が少し変わった。
15人のうちの1人なら目立たない。
しかも私のような不人気メンバーならテレビにもあまり映らない。
だけど、7人のうちの1人となると、
必然的に私の姿もみんなの視界に入ってしまうのだ。

テレビ用の衣装もそれに拍車をかけた。
ぴったりした緑のキャミソールはボンレスハムのように段になり、
緑の長ズボンはお尻と太股がパツパツだった。
ドタドタ、ドスドス、ズシンズシン。
「愛の園」を歌い踊る私には、そんな効果音が似合った。
145 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:06
とてもアイドルとは思えない、女子プロレスラーのような私の姿は
世間の人々の目に止まり、そして彼らはこう言った。
「あの緑のデブ、誰」
脇役の緑が一瞬、主役になった瞬間だった。
146 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:06

***
147 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:07
あれから7年が経つ。

私はとっくにモーニング娘。を卒業し、その後外国に留学し、
帰国してからまたアイドル業に復帰した。
と言っても歌ったり踊ったりすることは少なく、舞台出演などが中心だ。
このまま舞台女優になるのもいいかもしれない。
娘。時代のように忙しくはないけど、それなりに楽しんでいる。
顔立ちも十人並みで突出した才能も特にない私には、
集団の中で競い合う仕事より、のんびりした個人仕事のほうが合っている。

ふと思い立って、あの頃のビデオを見てみた。
「愛の園」を歌い踊るおとめ組。
ドスドスと動き回る緑のデブが目につく。

だけど、アップで顔がたくさん映るのは、れいな、美貴ちゃん、石川さん。
そう、私はやっぱり主役ではなかったのだ。
緑は真ん中には立てない。
生まれながらに引き立て役の緑は、主役の横で、
分不相応にちょっと目立ってみるのが精いっぱいだった。

私はビデオを消した。
緑として役目を全うしたあの頃の自分を誇りに思った。
私は緑のような人間になれたのだ。
148 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:07

***
149 名前:緑の憂鬱 投稿日:2010/07/27(火) 13:07

***
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/27(火) 13:07
終わりです。
小川さんでした。
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/28(水) 12:35
更新ありがとうございます。
143一行目に当時を思い出して噴きましたw
緑のように優しい小川さん大好きです。

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