出さないツルギ
- 1 名前:名無し 投稿日:2007/02/05(月) 10:39
- みきさゆです。
初です。おかしな文章になってたらすいません。
- 2 名前:1 投稿日:2007/02/05(月) 10:41
-
「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「おかえりなさいませ。」
高さ三メートルはあろうかという屋敷の正面扉が開き、
さまざまな方向から声が飛んでくる。
「おかえりなさいませ。」
美貴も床の掃除をする手を休めて、目線をあげて言った。
- 3 名前:1 投稿日:2007/02/05(月) 10:42
- コツコツと鳴るローファーの底。後ろには運転手と執事を連れている。
「ただいま。」
さゆみは全体に向けて、もしくはどこに向けるでもなく呟いた。
- 4 名前:1 投稿日:2007/02/05(月) 10:43
- 正面階段付近の掃除をしている美貴に近づいてくる。さゆみの部屋は二階だからだ。
目の前を通り過ぎる瞬間、二つほどウインクをよこした。
両目をつぶってしまっている、へたくそなウインク。
- 5 名前:1 投稿日:2007/02/05(月) 10:44
- 出来てねーよ、ばーぁか。と心の中で悪態を吐く。
口の端を少し釣り上げるだけの笑顔で¨合図¨の返事をした。
運転手と執事はここまでだ。階段の下で立ち止まり、深く礼をしている。
- 6 名前:1 投稿日:2007/02/05(月) 10:45
- 二階から扉の閉まる音がするまでその態勢を崩すことはない。
そしてそれを毎日怠ることはしない。
あんなふざけたガキによくやるもんだ。
美貴は毎日思うが、口に出したら人生が終わることを了承している。
- 7 名前:1 投稿日:2007/02/05(月) 10:46
-
―――――――――――
- 8 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:47
- 「美貴ちゃん美貴ちゃん、さゆこれ着てみたい。」
「あぁん?」
- 9 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:47
- 約二十畳ほどのさゆみの部屋、セミダブルサイズのベッドの上に美貴とさゆみは寝転んでいた。
白を基調になんとなく家具が並んでいるが、どれもこれも高級な雰囲気‥‥
雰囲気だけじゃなく、そんな値段なのだろうが。
- 10 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:48
-
「どれどれ。」
細い人差し指の先には、ファッション雑誌の一ページ。
今度は古着系か‥‥これはさすがに似合わないんじゃないだろうか?
- 11 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:49
-
ちら、と隣をうかがう。さゆみはぱちぱちと瞬きをして、どうどう?と顔できいてくる。
細いため息が漏れる。
「わかった。買ってくるよ」
「やったぁ!美貴ちゃん大好き!」
- 12 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:50
- ぐわっと腕を首に回される。
うわっと。あわてて抱き留める。
ボウン、とベッドが跳ねる。気持ち良さに頬がゆるんだ。ちくしょう、いいスプリングだ。
- 13 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:51
-
もちろんさゆみもその辺にいる女の子と同じで、
ファッション雑誌も読めば、服も欲しくなる。
お金もあるので、どんなテイストの服もぽんぽん一揃えでかえる。
本人に言うとうざったく何回も聞き返されるから言わないけど、
顔も可愛い。スタイルもいい。
- 14 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:53
-
ただ、実行する自由がない。
外へ出るには常に二三人の黒服のお供がつく。
学校以外の施設に入るにはかならずそこの下調べをされる。
そんな環境じゃ落ち着いて買い物なんて出来ないのは当然だ。
世の中は全くプラスマイナスゼロに出来ているようだ。
- 15 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:54
-
腕のなかの黒髪がサラ、と重力の運動で落ちる。
それを掬うようにして掻き上げると、ふふ、とくぐもった笑い声と一緒に笑顔。
- 16 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:55
-
さゆみを初めて見た日を思い出す。
美貴が中学を出てここに勤めはじめて何日もしない内、クソ長い廊下のモップがけに疲弊して廊下の端に座り込んだ。
こんなん月一でいいだろーがクソがとかぶつぶつ言ってたと思う。
- 17 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:56
- すると、トントンと叩かれる肩。
イライラしながら振りかえると、満面の笑みと
差し出されるチョコレートのかけら。
「あなた、新しい人?さゆみと仲良くしてね。」
- 18 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 10:57
-
天使かと思った。
さゆみには言ってないし、これから先も言う気はないけれど。
あの時きっと、美貴は恋に落ちたんだ。
- 19 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 11:00
- それからもう六年。
今となってはさゆみの自分好きぶりとか鈍さに呆れたり爆笑したりつっこみまくったりで
第一印象の彼女はどこかへ去っていた。
- 20 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 11:01
-
「美貴ちゃーん。」
「ん、なに。」
「ちゅう。」
ことばの直後に、頬にやわらかい唇。
- 21 名前:2 投稿日:2007/02/05(月) 11:01
- 「ちゅうじゃねーよ。」
笑いながら頭を押し退ける。
きゃあとかいいながらベッドにさゆみの頭が沈んだ。
熱くなった頬に手を当てながら早く冷めろ冷めろと願う。
天使じゃなくて、小悪魔だったみたいだ。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/06(火) 14:25
- 設定が面白そうですね。楽しみです。
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/07(水) 02:23
- みきさゆ!期待してます!!
- 24 名前:作者 投稿日:2007/02/09(金) 00:54
- >>22
初レスだ、、!嬉しいです。ありがとうございます。
>>23
みきさゆお好きな方ですか。頑張ります。
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 00:55
- 結局夜遅くまでさゆみの部屋で話し込んでしまった。
それから使用人寮――道重家の別館が使用人の寮になっている――に帰って、
シャワーを浴びてベッドに潜り込んだのが二時を少し過ぎた頃だったと記憶している。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 00:56
- 使用人は六時から始業だ。朝が弱い美貴はタダでも辛いというのに、
この睡眠時間だ。ただでさえ恐いと言われる顔にくっきりとついた隈に眉間の皺。
自分でも鏡と対面をなるべくしたくない。
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/09(金) 00:58
-
「いってらっしゃいませ。」
「いってらっしゃいませ。」
使用人達の声。いつのまにかさゆみが学校へ行く時間のようだ。
目の前を通り過ぎる。黒髪がふわり、と軽く翻る。
一瞬見とれて、礼をするのを忘れ立ち尽くすと――
「美貴ちゃん、顔恐いの。」
正面を向いたまま、横顔がそう告げた。
- 28 名前:3 投稿日:2007/02/09(金) 00:59
-
二人の時のようになんだって?と怒ってくすぐりの刑などはせず、深く礼をする。
あとで、覚えてろ。
- 29 名前:3 投稿日:2007/02/09(金) 01:00
- さゆみと美貴の仲の良さは使用人達には公然の秘密となっていたが、
もちろん仕事中は立場を弁えている。お互いに。
そしてさゆみの両親には知られてはいない。
さゆみの友達まで選ぶような親だ。その昔、さゆみが中学二年の頃だったか、
さゆみが初めて友達を二人連れてきたときも、知らぬ間に
父親の職業から身の回りのことを全て調べあげ、
なにか気に食わないところがあったのか
連れてきた一ヵ月後には学校を去っていた。
- 30 名前:3 投稿日:2007/02/09(金) 01:02
-
さゆみの通う幼稚舎から大学までエスカレーター式のお嬢様学校に
そこまで落ち度のある家庭の子なんているはずがないのだが。
要するに、美貴との仲を知られたらその時点でクビなのだった。
北海道に住む両親さえ路頭に迷う危険性がある。
- 31 名前:3 投稿日:2007/02/09(金) 01:05
-
大きな扉が開く。今日も寒い日だ。冷気がすぐさま頬を掠める。
さゆみが光のなかに吸い込まれ、また扉がゆっくりと閉じていく。
この瞬間が、なんとなく苦手だった。ずっと。
まるで自分とさゆみを遮るものが具体化されたような、大きな分厚い扉。
いつだって眩しい光。中央に立つさゆみ。
顔を下げ、ため息を吐く。自嘲気味の笑いが浮かぶようになったのはいつからだったか。
- 32 名前:3 投稿日:2007/02/09(金) 01:07
-
ぎゅ、と一回強く目をつぶって、足を階段の方へと向けた。
さぁ、仕事をしよう。今日もやることがたくさんあるのだ。
駆けるようにして幅の広い階段を上った。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/10(土) 02:32
- みきさゆ面白いですね♪
続き楽しみです^^
マイペースでがんばってください。
- 34 名前:作者 投稿日:2007/02/13(火) 23:20
- >>33
楽しんでいただけていたら光栄です。
ちょびちょび更新ですがよかったらこれからも読んでください。
- 35 名前:4 投稿日:2007/02/13(火) 23:22
- いつものようにさゆみの部屋。美貴は自分の部屋のように
大画面プラズマテレビの前に寝転び眺めていた。
その後ろのソファーでさゆみはもう何度目になるかわからない――美貴は17回まで数えていたが、失念した――溜息をついた。
- 36 名前:4 投稿日:2007/02/13(火) 23:22
-
そろそろ突っ込んだほうがいいのだろうか。
三度目の時に一度突っ込んだが、なんでもないの、とかわされてしまっていた。
それならいいけど、と流した直後にはまた溜息をついていたが。
なんなんだ、美貴がつくと幸せが逃げるとか言って口を押さえるくせに。
- 37 名前:4 投稿日:2007/02/13(火) 23:23
- ちら、と振り返るとさゆみの視線はテレビの画面の上にはなく、自身の足元に落とされていた。
「なんかあったの。」
「‥‥ん?なにも?」
こんなにあからさまな嘘に誰が騙されるのだろう。
- 38 名前:4 投稿日:2007/02/13(火) 23:24
- 美貴は立ち上がるとさゆみの横に腰掛ける。
左手をさゆみの頬に乗せると、さゆみはこちらを向いた。
そのまま、さゆみの頭がコツン、と美貴の肩に乗せられる。
美貴は左手をずらして、そっと抱き込むような形にし、頭をゆっくりと撫でた。
- 39 名前:4 投稿日:2007/02/13(火) 23:24
-
こんなにしおらしいと言うか、静かなさゆみをみるのは初めてだったので
なんだかそれ以上追求できなかった。
テレビではわざとらしい笑い声が秒単位で響いていた。
指の隙間をさらさらと髪が滑り落ちるその音が掻き消されるのを不満に思った。
綺麗だな、いいシャンプー使ってんだろうな、と思考がどんどん飛んでいく。
- 40 名前:4 投稿日:2007/02/13(火) 23:25
-
「ありがと、美貴ちゃん。」
さゆみは薄く笑った。なんだかとても悲しそうな、瞳をしていた。
- 41 名前:5 投稿日:2007/02/13(火) 23:26
-
その理由がやっとわかったのは一週間後だった。
- 42 名前:5 投稿日:2007/02/13(火) 23:28
- 浮かない顔はずっと続いていたが、自分から言いだすまで聞かないでおこう、と美貴は決めていた。
「お嬢様の、許婚‥‥?」
「そう。生まれたときからもう決まってて、お嬢様と同い年。
ようやく結婚できる年になられたから、一緒に住まわされるんだって。んで、あっちの家で仲深めながら花嫁修業。」
「なにそれ‥‥。」
「美貴、知らなかったの?あんな仲良かったから知ってたと思った。
もう一ヵ月後にはこの家でるみたいだよ。」
- 43 名前:5 投稿日:2007/02/13(火) 23:28
-
同僚のよっちゃんとの世間話の間に、何気なく紛れ込んだ話題。
怪しまれない程度に早く会話を切り上げて、仕事に向かった。
布巾を絞り上げ、廊下に飾られた花瓶を研く。
肩を叩かれて振り返ると顔面パンチに遭った。そんな衝撃。
- 44 名前:5 投稿日:2007/02/13(火) 23:29
- そんな、そんな、そんな‥‥
ぐるぐるとループすることばは三文字だけで、あとはまとまらずに頭の中を散らばっていた。
体だけはいつもどおりの仕事を全うしている。
手際よく一つ研き終えると次のものに移った。
- 45 名前:5 投稿日:2007/02/13(火) 23:29
-
考えたこともなかったことが現実になる。
たとえどんな形でも、傍にいる、それだけが美貴の安定を保っていたのに。
たとえばさゆみが誰かに恋をして、それが実るのを一番傍で見ている
そんな現実には耐えてみせるという覚悟はあった。
そういう想像はよくした。自分に耐性をつけさせておくために。
- 46 名前:5 投稿日:2007/02/13(火) 23:30
-
静かに台に花瓶を戻し、布巾をバケツの中に入れた。
花瓶に汚れがないか注意深く確かめてから流し場に足を向ける。
離れるなんて考えたこともなかったのだ。
毎日顔を見て話して笑って、それがすべてで。いつしか当たり前になっていた。
それを当たり前だと思うことが贅沢だったのだろうか。贅沢が過ぎていたのだろうか。
- 47 名前:5 投稿日:2007/02/13(火) 23:31
-
布巾を洗う冷たい水が徐々に美貴の手を冷たくしていったが、
なんだか止める気になれなくて暫らく蛇口を見つめていた。
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/14(水) 13:03
- このまま二人は・・・?気になります
美貴さんがさゆを撫でる所ががいいですね
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/15(木) 00:02
- どうなっちゃうんだろう・・・?
- 50 名前:作者 投稿日:2007/02/21(水) 00:13
- >>48
どうもです!そんな場面がリアルでも見れたらなぁと願って書いてます。
>>49
どうな、、るんでしょう。笑
- 51 名前:5 投稿日:2007/02/21(水) 00:15
-
急に細い腕が伸びて、蛇口をひねる。水音が止まる。
「美貴ちゃーん水がもったいないでしょうが。」
「ガキさん‥‥。」
ガキさんはニッと笑うと腕を戻した。
ガキさんこと新垣里沙はさきほどのよっちゃん――吉澤ひとみと同じく、美貴の同僚だ。
二人とも美貴より先に道重家に仕えていた。
- 52 名前:5 投稿日:2007/02/21(水) 00:16
- 「あと!手がふやけるよ。ほら。」
差し出されるタオルを、素直に受け取る。
「ありがと‥‥。」
「美貴ちゃんはわかりやすいねぇ。」
「なにが――」
「あーそうだ洗濯物片付けなきゃ。それ適当に返しにきて。」
美貴の言葉を遮って里沙はくるりと背を向け、ぱたぱたと流し場を出ていく。
- 53 名前:5 投稿日:2007/02/21(水) 00:18
- いつもながら慌ただしく去っていく彼女は、心にオレンジの火を灯してくれるような存在。
美貴はぎゅっとタオルに力をこめる。優しい生地の感触が手を包み、暖めていった。
- 54 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:19
- 普段は躊躇わずに開く扉の前で美貴は立ち尽くしていた。
もともと隠し立てが出来ない性格だ。態度にも顔にも素直にすべてがでてしまう。
さゆみはあれでいて頭の回転が速い。ずっと傍にいた美貴の変化など簡単に見破るだろう。
しかし美貴が一番ショックを受けたのはさゆみに隠し事をされていたことだ。
- 55 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:20
- どんな些細なことも、恥ずかしいことから嬉しいことまで
いつも話してくれていた。さゆみが初潮を迎えたことを最初に知ったのは美貴だし
さゆみの家を恐れて近づかない学校の友達の代わりをしたのも美貴だ。
ドアノブに手を掛けて、下ろす。決して暑くもないのに汗ばんだ手をジーパンで拭く。
もう一度腕を上げ遂にガチャ、とドアノブを回し、中に入った。
- 56 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:21
-
「おっすー。」
「おっすー。」
ソファーにもたれたさゆみはテレビを見たまま挨拶を返した。
美貴はその後ろを通過して、ベッドにうつぶせで倒れこんだ。
バスッ、と音がして体が跳ねる。
ベッドの上に散らばっているクッションの一つに顔を埋め柔らかさを確かめる。
そのまま抱きしめて更に顔を埋めると、気持ち良さに自然と顔が綻んだ。
- 57 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:22
-
「美貴ちゃんさー‥‥。」
「なっ、なに!」
不意打ちのタイミングで声をかけられ身体ごとビクッと起き上がる。
早鐘のように打ち付ける心臓が耳の奥から響いてくる。
意味なく正座をしてさゆみの方を向いていた。
しかしさゆみはソファーの上でテレビに顔を向けていて、美貴には横顔しか映らない。
が、すっとこちらに顔を向けた。
- 58 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:22
- 視線がぶつかる。さゆみの無表情に、美貴は頬が軽く引きつるのを感じた。
確かめるように美貴の瞳を見つめている。
静寂が痛い。頬だけではなく、身体がビリビリとなにか弱い電流でも流れているような心地。
くらくらと眩暈すら覚えるような、長い短い時間。
ふわ、とさゆみは笑った。甘いものを含んだような笑顔。
一瞬空気が弛んだ。
- 59 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:23
- それに流されてはいけない。きちんと言わなければいけないことがあるんだ――
そう訴える美貴の一部は、圧倒的な大多数の――つまりさゆみの笑顔の力に引き付けられた分に簡単に押しやられた。
あぁもう、完敗だ。
「‥‥ん、なんでもない。」
「‥‥そ。」
- 60 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:24
- 予想どおりのさゆみの台詞を聞いて、
諦めていた美貴はまたベッドに倒れこんだ。後悔と情けなさに顔が歪む。
今この機会を逃したら次はきっとないのに――
なんでこんな言葉しかでてこないんだ――
思考の渦に巻き込まれようとしているとき、
「とお。」
掛け声とともに体に垂直落下する人間の重量で美貴はベッドに埋まった。
- 61 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:24
- 「おーもいよバカ。」
「あっ気にしてることをー。」
そういうとさゆみはさらに美貴に体重をかける。ズブズブとベッドに埋まる美貴の体。
必死になって手足をじたばたしているうちに、本格的に息苦しさを感じて
力一杯体を反転させた。
飛び込んできたのは至近距離のさゆみの切羽詰まったような表情。目元がかすかに赤くなっている。
美貴が口を開こうとする寸前にさゆみは、美貴の左を抜けてベッドに飛び込んだ。
- 62 名前:6 投稿日:2007/02/21(水) 00:25
- 「美貴ちゃん、さゆもー眠くなってきた。」
なんだかそのことに踏み行ってはいけない空気を感じ、わかった、と簡単に答えて部屋を後にした。
先程の後悔ばかりが頭にこびりついていて、
美貴は自分の部屋に帰る間に最後のさゆみの不自然さは完全に忘れてしまっていた。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/22(木) 08:42
- 切ない…
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/07(水) 22:17
- >>63
そういう気持ちに出来てうれしい、っていうのはおかしいけどしてやったり、です。
ありがとうございます。
- 65 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:18
- 部屋に帰ると、ローテーブルの上に見慣れないタオル。
‥‥ああそうだ、ガキさんが貸してくれたんだった。
息をついてその脇に腰を下ろす。
きっと、美貴が知ってしまったことには気付いただろう。
さゆみは自分から話してくれる気があるのだろうか?
- 66 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:19
- 白いタオルを手に取り、意味もなく広げる。小さな花柄の刺繍が
四方に一つづつ施されていた。
長い月日が経つ間に当たり前だと思っていた、さゆみの隣。
ただの使用人の分際で思い上がっていたようだ。
さゆみが美貴にこのことを話す義務などないのにこみあげてくる怒りと
悲しみが交じった衝撃。
机のうえに顔を伏せると頬に触れる冷たいガラス。
涙がこみあげてくるようなひんやりとした心地。
- 67 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:19
- 鼻の頭がつん、と痛くなってテイッシュ箱に手を掛けようとした時、
沈んだ空気を打ち壊して突然ガチャリとドアノブを回される音。
同時に聞こえてくる声。
「おーい美貴!いるー?」
「‥‥よっちゃんさ、ピンポン押そうよ。」
「まーいーじゃん。ちょっと飲もうよ。」
思い切り目をつぶって涙を吸い上げてから声の方に顔を上げると、
人懐こい笑顔で無遠慮な友人は右手を少しあげて、ぶらさがったコンビ二袋を揺らした。
- 68 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:21
- 廊下からこちらに来る途中で部屋の主の許可もなく冷蔵庫を開け、
常備してあるキムチと鮭とばのビンを取り出した。
彼女の勝手知ったる、はいつもの事なので
美貴はぼんやりとその姿を捕らえつつ何も言わなかった。
コトン、と半量ほど残っている二つのビンが目の前に置かれる。
「おいしょっとう。」
ひとみは美貴の右前、二人でL字型を作るように座った。
ぷしゅうと炭酸の抜ける音がして缶ビールの蓋が開く。
ひとみは右手でそれを飲みながら左手にもう一つ缶をもち、それは美貴の方に差し出された。
- 69 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:21
- 「ぷはー、あーうめー!」
21歳のおっさんを右目でちらりと捉えてから美貴もビールをあおった。
- 70 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:22
- ―――――――――――――――――――――――――
「ほいでよー、梨華ちゃんはぜってー非を認めないのよ。あたしに謝ったことないもん。」
「あの負けず嫌いっぷりはギネスのるね。」
「RIKA ISHIKAWAなんてローマ字表記でね。ギネス!はい美貴ちゃんギネスビーール!」
- 71 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:23
- 梨華ちゃんこと石川梨華はひとみと同期の使用人で、その可愛らしい女の子、
といった風貌には似合わず、道重家の運転手の一人だ。
どうやらひとみとコイビトドウシ、らしい。
美貴とは全くウマがあわない。ひとみも苦手なタイプのように見えるのだが、
二人が寄り添って笑顔で話す様子はとても幸福そうに見えた。
真っ赤な顔で掲げられた黒色の缶を美貴は受け取る。
元来より肌が白いひとみは人より赤さが目立つ。二本目辺りから首まで真っ赤だった。
- 72 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:24
- なんとなく視線が落ちたので、床に散乱した空き缶を見渡す。いち、にい、さん
‥‥うん、数えるのめんどくさい。
美貴は手の中のプルタブを起こして、で床に転がる奴らの仲間を増やすことにした。
「‥‥まぁそんなこたどうでもいい。お前どうなのさ。」
「なにがよ。」
喉にほろ苦いはずの液体が流れていく。味はそろそろわからなくなってきていた。
- 73 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:24
- 「さゆみお嬢様のこと好きなんでしょ。」
一気に今喉を通過したものが逆流した。
「ごほごほっ‥‥ちょっと、変なこといわないでよ。」
咳き込んだと同時に出た涙を中指で拭きながら、眉間に皺を寄せて睨み付ける。
「ばればれだよ。あたしと話してから美貴、ずっとぼーっとしてたっつーの。」
にやにや笑いがむかつく。‥‥むかつくなぁ。ばればれかよ。
- 74 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:26
- 「どうもしないよ。つーかただの使用人の分際で出来ないし。
いいんじゃない、あんな不思議っ子の面倒みてくれるなんて。」
きっと素敵な王子様だよ、と缶を傾ける。今度はごくっときっちり飲み込む。
「大体よっちゃんから聞くとは思わなかったよ。
こんな大事なこと言わないなんて、美貴のことどうでもいい証拠でしょ。」
溜め息と同時に肩の力が抜ける。自分で言って落ち込んでしまった。
- 75 名前:7 投稿日:2007/03/07(水) 22:28
- また涙が出そうだ。両腕で顔を覆って、テーブルに伏せた。
「言わないんじゃなくて言えない、じゃないのかなぁ。」
ひとみの大きな手がふわり、と美貴の頭に着地する。
そのままポンポン、とゆっくり触れ続けた。
涙を堪えるのに精一杯だった美貴には届かない。ひとみはそれでも続けた。
「あんたよりお嬢様を見てる時間は長いから、分かることもあるよ。」
さゆみを思ってなのか、大きな手のひらが優しすぎるからなのか
堪えていたものが一筋、頬に道を作った。
- 76 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/03/09(金) 19:38
- 続きが気になりますね
更新楽しみにしています。
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/09(金) 22:54
- 目が離せない展開ですね。
次回も楽しみにしてます。
- 78 名前:作者 投稿日:2007/03/12(月) 00:42
- >>76
レスありがとうございます。
楽しんでいただけるといいのですが。
更新短くてすいません;
>>77
レスありがとうございます。
励みになります。今後も目を離さないでいただけると嬉しいです。
- 79 名前:8 投稿日:2007/03/12(月) 00:43
- 「よっちゃんの言うこと、よくわかるよ。だけどさ、まだ私たちが
突っ込む状況じゃないと思う。」
梨華はひとみの腕に抱かれたまま、後ろに体重をかける。
密着する部分が増えて人肌のぬくもりを背中により感じた。
- 80 名前:8 投稿日:2007/03/12(月) 00:43
- ひとみの香りがふわりと漂ってくる。いつもの柔軟剤の香りに混じる、ひとみ特有のそれは
何度も何度も梨華を落ち着けて、同じ数ドキドキさせてきた。
ついでに、ちょっぴりお酒とキムチの匂い。
「でもさー、見てらんないよ。あんな弱ってる美貴みたことない。
さゆみお嬢様も日に日に青白くなってる気がするし。気付いてたでしょ?」
「それはもちろん。車内でもあんまり話さないよ。普段は学校に着くまで
会話止まないのに、私が話ふって一言返して、あとは窓の外見てため息。
窓に映った自分に何この子可愛い!とか言わなくなったし。」
- 81 名前:8 投稿日:2007/03/12(月) 00:44
-
首だけ回してひとみの顔を見る。キリンだとか象のような、大型の動物がもつ優しい目。
梨華はその目が大好きだった。初めて出会った七年前から、ずっと。
ひとみは振り返った梨華の額に軽く口付けた。それからお腹の辺りに回した
手をぎゅ、と締め直す。
「美貴泣いてた。夢の中でも。」
溜め息と一緒に梨華の後頭部に届いた言葉。
- 82 名前:8 投稿日:2007/03/12(月) 00:45
- 大きな手に自分の手をそっと重ねて、そのまま軽く握る。
眠りのなかに居ても苦しんでいる、強がりで臆病な彼女の涙を思った。
きっとどこまでも、透明だ。
重ねた手に自然と力がこもった。
後ろのひとみが少し力を抜いて、梨華の肩辺りにとん、と頭を乗せる。
- 83 名前:8 投稿日:2007/03/12(月) 00:45
-
首筋をかすめる髪に梨華は体を軽く捩った。それに気付いたひとみはわざわざ頭を
左右にぶんぶん振る。
思わず笑いが出て、梨華はこつっと頭をひとみにぶつけた。
「いしかーの石頭。」
笑い混じりに耳元の声。
それから、長い腕で梨華の体ことゆさぶられた。
「きゃっ。」
膝の上から落ちそうになってたまらず腕にしがみつく。
- 84 名前:8 投稿日:2007/03/12(月) 00:46
- もうっ、と牛の声を出して梨華はくるりと体を翻して、ひとみに向き合った。
抱き合う形になって正面から見上げた顔は得意げな笑み。
そこからふっと息を吐いて、気の抜けた顔になった。さっきの声色と同じ色の表情。
右手を伸ばし、白い頬に触れて指先で撫でる。
「‥‥大丈夫だよ。」
- 85 名前:8 投稿日:2007/03/12(月) 00:46
- 何が大丈夫なんだ――
ひとみはそう口を開きかけたが、梨華のいつもの賢い笑顔に止められた。
それは心配性のひとみを何度も納得させてきたものだった。
- 86 名前:9 投稿日:2007/03/12(月) 00:47
- ――――――――――――――――――――――――
- 87 名前:9 投稿日:2007/03/12(月) 00:48
-
カーテンの隙間から車のヘッドライトが漏れて、部屋の壁をすっと渡っていった。
どうやらまだ夜が明けていないようだ。
美貴は寝呆け眼のままベッドにいる自身を確認した。
よっちゃんと飲んでて‥‥たしか寝ちゃったはずなんだけどなぁ。
- 88 名前:9 投稿日:2007/03/12(月) 00:48
- 覚醒しない頭を掻きながら部屋を見渡すと、ちらかっていた缶や
それ以外の放っていた上着やトレーナーがいつのまにか片付けられている。
じわりと心にあったかいものを感じていると、テーブルの上に小さなメモ書きを見つけた。
「¨辛いならいつでも相談のるから。あなたのひとみより。¨
……。」
- 89 名前:9 投稿日:2007/03/12(月) 00:49
- 立ったままメモを読み終えて一瞬手をグーにしてしまいそうになる。
あわてて開いて、手の中のメモを両手でのばした。
もう一度ひとみのすらりとした文字を辿る。ひとみの柔らかい笑顔が頭に浮かんだ。
今度はきれいに四つ折りにして手紙ケースに入れた。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 00:49
-
流しにむかう。小さな窓を透過する青白い光だけが空間を彩る。
目を閉じると自分の心臓と脈打つ音だけが聞こえた。
夜明け前が一番暗いのだ、とかどこかで聞いたような誰かの言葉を思い出す。
目の前の蛇口をひねり、グラスに半分ほど水を入れた。
きゅっと閉じる音。銀色のステンレスが鈍く輝く。グラスを口にもっていき、
一息で飲み干す。
- 91 名前:9 投稿日:2007/03/12(月) 00:50
- 口内を通過して、喉を落ちていく感覚。冷たい。
小窓に視線を映すと、一分前に見たはずの色はもうすこしばかり明るさを増している。
少し窓を開いて、空の色を直接確認する。ひんやりとした空気が下りてきた。
天を仰ぐと、雲は見えない。今日はきっとよく晴れるはずだ。
美貴はすっかり覚醒した自分に気が付いた。
- 92 名前:作者 投稿日:2007/03/12(月) 01:11
- >>90
ミスりました‥‥タイトル 9ですorz
- 93 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:51
-
どんな風に言おうとか。
どんな言葉を使おうとか。
考えても考えてもまとまらないから、やめた。
ただ伝わればいい。
そう決めた、はずなのに。
- 94 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:51
-
「うぃーす。」
「今日は早いねー美貴ちゃん。」
さゆみは壁に張りついているドアの上方の時計を目線をやった。
10時をすこし過ぎた辺り。普段は11時半までは美貴は訪れない。
美貴は自分史上最速で仕事を終えて来たのだ。汗だくで前髪が
額に張りついていた。
「まあ今日は大してやることがなくてね。」
人差し指で前髪を払う。それからドアを後ろ手で閉めて、ソ
ファーに座るさゆみに近づく。
ふかふかの絨毯の感触を足の裏に受けてなんとなく踏みしめていた。
季節ごとに年に四回、材質と色を変えるのでいつでもほぼ新品だ。
- 95 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:52
- 「よいしょ。ふー。」
「おばちゃん。」
さゆみの右隣に腰掛けた。即座に返ってきた言葉にむっとして
隣を見ると満面の笑顔。
「イライラする。」
発言とは裏腹に、腰を浮かせて少し、さゆみの方にずれる。
その振動でソファーが沈み、さゆみも美貴の座る方に傾く。二人の距離が一瞬
10センチほどになりすぐ離れる。
ごまかすように左手で後頭部を掻いた。顔はさも、不機嫌そ
うにした‥‥はずだ。
「あのね、」
「あのさ、」
「……なあにー、先いいよ?」
「いやいや、さゆが先だったから。」
それじゃあ、とさゆみは切り出して今日の学校での一日の自分の
様子を細かく話し出した。
- 96 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:52
- さゆみには中学二年から友達と呼べるような存在がいない。家に
招かれた二人がそのすぐ後、ほぼ同時に
消えたのだ。誰だって恐がってそれ以来さゆみには近づかなくなった。
悩みを打ち明ける相手がいない。同じことで笑いあえる相手がいない
。それどころか話をする相手すらいなくなった。
今ではくるくる表情を変え、止まらないくらい話し続けるようなさゆみだが
当時はまるでフランス人形だった。
整った顔に閉じられた口。真っ暗な瞳の色は何も映さない。
それぐらいからだろうか
。美貴は毎日さゆみの部屋の戸をノックし始めた。
- 97 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:52
- はじめは、無視。しつこくノックし続けたら美貴は他の使用人に
取り押さえられて引きずられるようにしてどこかへ連れていかれた。
それが一月ほど続いた後、気紛れで部屋に入れてみた。だがさゆみは
口を開かなかった。
それでも美貴は顔を見て話ができることに喜んで、動作を交えつつ話し
かけた。
――さゆみお嬢様、一緒にこの雑誌読みませんか。
――DVD見ましょうよ、美貴これ何回も見たんですよ、でも、飽きないから。
――このベッド一度寝てみたかったんですよね、いいですか?とうっ
――結構ナルシストなんですね。
――体育で三回こけたぁ?…………あはは。
――うーざー。さゆ、それ可愛くないから。痛い。
- 98 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:53
-
初めてさゆみが¨うん¨と美貴の話に相づちを打った日。
初めて口元が緩んだ日。
自分のことを話した日。
少しづつさゆみは人間に戻っていったのだ。眠り姫のように、
王子さまがキスをした瞬間なんかじゃない。白雪姫のように
魔法使いが一瞬で美しく姫の姿を変える魔法を使ったわけでもない。
大きな砂時計の砂がゆっくりと落ちる速度だ。美貴は目を逸らさずに
一粒一粒砂を見つめていた。
そしてその中に数粒程しか紛れていない金色の砂を拾って集めた。
取り零しかねない些細なさゆみの変化を美貴は一つ一つ捕らえ続けたのだ。
- 99 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:53
-
「滝川の狂犬が忠犬ハチ公に……。」
「うっさい。ばーか。」
ひとみはからかいつつも嬉しそうに笑った。美貴もさゆみの部屋に通うにつれ、
穏やかな表情になっていったのだ。
狂犬の牙が抜けた、話しかけやすいと喜ぶ同僚大多数。
その陰に少数のなぜだか悲しむ一部の同僚。
それからさゆみは里沙やひとみ、梨華などわりと年の近い使用人達にも徐々に心を
開き始め、
漸く屋敷の使用人全てと再び会話ができるようになったのは
今から半年前のことだ。
学校に話相手がいなくても、美貴ちゃんや吉澤さんがいるからいいんだあ。
ふんわり笑ったさゆみにひとみは思わず頭を撫でてしまった。
- 100 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:54
- 適度に相槌をいれ、突っ込みながら美貴が話を聞いていると、
そういえば、とさゆみは左上のほうを見て、話題を切り替えた。
「さっきまでガキさんがきてたの。」
「へぇ。めずらしいんじゃない?」
「うん。」
くすっと思い出し笑いがひとつ漏れる。
それから急に真剣な顔をして美貴に向きかえった。釣られるように美貴
の頬も引き締まる。
ゆっくりさゆみは口を開いた。
「美貴ちゃんさ。」
「うん?」
「聞いたんだって?」
主語を省略した質問。試されているような、ごまかされているような。
動揺を体の中に抑えた。
「……あーなんのこと?」
「お見合い。さゆみの。」
即答。反射。質問に質問で返す言葉に用意されていた回答。
「まあ、聞いたけど。」
明らかに興味がなさそうに返答。
−−違う。今日は素直になるんだって。
勝手に口を付いて出た答えに自分を戒めながら、右手を拳にして強く握った。
- 101 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:55
- 「さゆ、そのことだけどさ。」
「お父様に呼び出されたときはー、え?この年で?さゆみ
恋とかしてないんだけど。っていうか相手の顔すら知らないし、とか思った
んだけどさ、どうせ学校ではそんなのしないと思うし、もちろん家でもない
だろうしまあいいかなって。花嫁修業とか似合いそうだし。もちろんふりふり
の白のエプロン用意してもらってさ。キッチンとかもさゆ好みに改装してもら
えるかな。そのくらい平気だよねー。そうだ料理ってむずかしい?さゆみ家庭科
の授業も見てるだけだからよくわかんないんだあ。ああ美貴ちゃんしないか。こ
ないだ一週間連続カップラ」
「さゆ!」
両肩を思いっきり掴んだ。びくっとさゆみの体が跳ねる。
浮くような目でマシンガントークをしていたさゆみの瞳に力が篭った。
静まり返った部屋に時計の針が動く音だけが響いている。カチカチカチ、正確に
一秒一秒耳に届いているのにそのままどのくらいたったのか、分からなかった。
- 102 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:56
- さゆみの瞼が少し下りた。
「美貴ちゃんともお別れだねー。ありがとう、構ってくれて。ばいばい。」
あはは。乾いた笑い。乾いた目。
瞬間、全身が上にすごい力で引っ張られる感覚。ゴォ、と焼き尽くされるような
業火。視界が狭くなる。意識が遠のいて、自分の体でないようにそれは動いた。
不自然な力でさゆみをソファーに押し倒して強引にキスをした。何度か角度を変えた。
そのまま上唇を舐め、舌を入れようとする。
- 103 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:56
-
バチン!!
体が右に思い切り吹っ飛ぶ。ぱちぱち、瞬きを繰り返すと視界が広くなった。
ああほっぺた引っぱたかれたんだな、気付いて体が冷めて行く。すると腕が、肩が、
体の自由が利くようになった。
ああ、
それにしても。
なんてきれいな涙なんだろう。
何よりも先に美貴はそう思った。じぶんの脚の間に組み敷かれているさゆみの、
白い頬を伝って滑り落ちていく水。
見開かれた両目のうち左目だけからながれるそれを見つめていると、なんだか
喉の渇きを覚えた。山を流れる天然水のCMを見たときと同じぐらい、かそれ以上。
まだ意識のほうはうまく自由が聞いていないようだな、とそこだけ冷静に分析した。
「バイバイ。」
- 104 名前:10 投稿日:2007/03/15(木) 18:56
- うまく笑えただろうか。とにかく笑うしかなかった。この部屋を出るまでは、そう。
重い両手と両足をゆっくり動かして、さゆみには決して触れないようにそっと下りた。
引きずるように歩を進めて、ドアの外に出る。
呆気なく扉は閉ざされた。パタンなんて軽い音で。
これで最後なのにね。
−−泣きながら笑った。大声上げて笑った。6畳の自分の部屋の隅から隅まで転がって
笑った。
なにやってんだろ。伝わるだけでいいどころか、伝えられもしなかった。
自分が情けなさ過ぎて、笑うしかできなかった。
一晩中笑い転げて、いつのまにか美貴は眠っていた。
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/17(土) 16:59
- うぅ何て不器用な・・・
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 00:08
- 続きがめちゃ気になります。
作者さんのペースで待ってます!
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/02(日) 15:59
- 辛いなぁ・・・藤本さんはこのまま動かないんでしょうか。
どうにか目覚めてほしい。
更新お待ちしてます。
- 108 名前:作者 投稿日:2008/01/11(金) 15:14
- 生存報告します。
すいません、ひと月以内にはかきます
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/11(金) 18:55
- 生存報告うれしいです
楽しみに待ってますね
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/05(火) 06:52
- やった。
気になってたから、生存報告はかなりテンションあがりました
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/20(水) 17:31
- いつまでも待ってます
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/09(水) 02:05
- 今でも待ってる
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/14(月) 18:39
- この世界観好きです
続き待ってます
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/28(日) 22:03
- 待ってるよ
- 115 名前:作者 投稿日:2009/01/26(月) 20:19
-
生存報告したのに放置してしまいすいません。
納得できる続きがかけませんでした。
藤本さんが書きたくてこのスレを立ち上げたのですが、
いろいろあり興味の対象がいつの間にか変わっていました。
もし待っている方が居て下さったら本当に申し訳ないのですが、
もうこれ以上は書けないので、ごめんなさい。ありがとうございました。
草板でベリキューはじめちゃいました。
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