天使の贈り物
1 名前:駆け出し作者 投稿日:2006/11/11(土) 00:17
登場のしかたや頻度に差はありますが、六期全員登場予定。
田中さん視点です。
2 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:17

3 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:18

目覚まし時計が大きな音を立てて鳴き始め、ふわふわな夢の世界は強制的にシャットダウンされた。
自由に空を飛ぶ夢だった。もっと見ていたかったのに。


はいはいはい、とつぶやき、泣きわめいている目覚まし時計を止めた。静寂。
こうして今日もまた、いつもと変わらない1日が始まる。
4 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:19
一瞬何か動くものが視界に入り、気のせいだろうかと思いながら辺りを見渡す。

……まだ寝ぼけてる状態だったのが、幸いした。おかげで絶叫せずに済んだ。

にこにこと微笑みながらこっちを見ている「それ」。
空中に浮かんでいて、羽根があって、白いドレスみたいな服を着ていて、れいなよりもずっと小さい「それ」。

「……天使?」
5 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:20
にこにこと微笑んでいる「それ」が、かすかに頷いたような気がした。頷かれたところで、信じられるわけもないのだけど。
言葉が出ない。「それ」も、微笑んでいるだけで何も言わない。

「れいなー!はよ降りてきんしゃい!!」

下の階からの大声で、我に返った。
もう一度「それ」を見つめる。「それ」もれいなを見つめている。

―――違う。これは幻。まだ寝ぼけてるだけたい。本当は目の前には何もない。

そう考えることで、自分の目を無理矢理に否定する。今日はちょっと頭か目の調子が悪いだけ。


「それ」が、ぷくっと頬を膨らませたような気がした。
6 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:20
居間に降りて行くと、不機嫌そうな声で「朝ご飯はよ食べんしゃい」と言われた。
テーブルにつく前に、上を見上げる。まだ「それ」がいた。

「…ちょ、ちょっとよか?」

不機嫌そうなオーラを発している背中に、恐る恐る呼びかける。振り向いた顔は、自称天使の「それ」とは対照的な恐い顔。

「えーっと……れいなの頭の上に何かおる?」
「…はあ?何もいないとよ。寝ぼけてないでさっさと朝ご飯食べんしゃい!」
「はーい。」

これで確信を持てた。やっぱり幻覚だった。
安心すると同時にお腹がグウーと主張し始め、急いで朝ご飯を食べ始めた。


「幻覚」が今度は目の前に現れて、思い切り頬を膨らませた。
7 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:21
朝ご飯を食べて、顔を洗って、歯を磨いて、制服に着替えて。毎日機械的にこなしている、一連の作業。今日もただ機械的にこなす。いつもと違うのは、さっきから目の前をうろちょろしている幻覚だけ。

―――…確か、目のこんな症状をテレビで見たことがある。ヒブンショウ、とか言ったっけ。ヒブンショウ、ヒブンショウ……飛蚊症だ。ってことは、あの幻覚は天使じゃなくて蚊やったとね。


あまり恐くない表情でこっちを睨みつけている2つの目には、気付かないふりをした。
8 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:21
再び居間に降りていき、テレビの星座占いをチェックする。


「残念」と前置きして、あまり残念じゃなさそうな声のお姉さんが今日のれいなは最悪の運勢だと宣告した。

意外とよく当たる、この占い。思わずため息が漏れる。



頭の少し上に浮かんでいる「天使」兼「蚊」は、不機嫌なれいなを余所にニコニコしている。
9 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:22
外は雨が降っていた。占いも、天気も、何もかもがれいなを憂鬱にさせる。
さらに出血大サービスで、今日は1時間目から数学がある。ここまで憂鬱なことが重なると逆に笑えてくる。
10 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:22
後ろのほうから車がやってきた。普通は道路の隅によけるところだけど。

―――……よけてやるもんか。今日のれいなは機嫌が悪いけんね…。


変なことで意地を張って、損をする。

ちょうど大きな水たまりの横を歩いていた時、その水たまりの上を車が猛スピードで通り抜けた。
あっ、と思った時には、もう遅い。



…もう遅いはずだった。
11 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:23
「……あれ?」

思わず瞑っていた目を開ける。

一直線に襲いかかってくるはずだった泥水が、れいなに届くギリギリのところで地面に落ちていた。

「よく分からんけど……ラッキー…やね。」

これで泥水をかぶることになっていたら……考えたくもない。
そうだ、あんな占い、いちいち信じてたらキリがない。いいことだってあるさ。


視界に入ってきた「それ」は、相変わらずニコニコしている。
12 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:24

13 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:24

14 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/11(土) 00:24

15 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/12(日) 15:29
駆け出しさん新作キタコレ!
楽しみにしてます!
16 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:31

1時間目、数学の時間。

信じられないことに、自習になった。


チャイムが鳴って5分が経ったころ、バーコード頭の教頭がなぜか教室に入ってきて「静かに自習していなさい」と一言。

今日の数学が自習だと聞いた覚えはない。しかもどうして教頭が来るのか。不思議に思いはしたけど、どうでもいい。自習なら遠慮せずに寝られる。

机に突っ伏す前に上のほうを見た。「幻覚」が、教室の中をスイーッと楽しそうに飛び回っている。

もう一度目が覚めたら見えなくなってるかな、と考えながら、机に突っ伏して目を閉じた。
17 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:32
――――――昨晩と同じ夢を見た。自由に空を飛ぶ夢。ただ1つ違っていたのは、一緒に空を飛んでいる人が1人いたこと。



キーンコーンカーンコーン、と間延びしたチャイムの音で目が覚めた。
最高の夢だった。それだけにチャイムが憎たらしい。


目を開けて最初に見たのは―――


―――…こんなに長い時間見え続ける幻覚なんてあると?

「幻覚」はニコニコ笑いをやめて、ふてくされる。

―――それに…れいなが「蚊」とか「幻覚」とか考えると拗ねて……まるでれいなの考えてることが分かってるみたいに…。
18 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:33
―――アンタ、れいなの考えてることが分かると?

言葉に出さないで、心の中で呟いてみる。

「幻覚」……いや「天使」は、ニッコリ微笑んだ。

驚きながら、さらに聞いてみる。

―――言葉は喋れないと?

眉をハの字にしながら頷いた。


―――アンタ、本当に天使?

誇らしげに大きく頷いた。


―――…わかった。信じてあげる。

ぱあっと花が咲いたような笑顔になった。
19 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:34
「れーな?どしたの、ぼーっとして」

はっとして後ろを振り返る。

「な、なんでもなかよ、さゆ」

微妙に声が裏返った。恥ずかしい。

「変なれーな」と言ってクスクス笑うさゆに、少しの間見とれていた。胸の奥に焼けるような熱さを感じながら。



再びハッとして、もう一度「天使」のほうに向き直る。

―――アンタまさか……今れいなが考えてたこともずっと………

「天使」が一瞬だけ、ニヤリとしたような気がした。
20 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:36

1時間目にぐっすり寝たおかげで、それから昼までは眠くなることもなかった。
ノートの隅に気取って詩を書いてみたり、傘を描いて左側に自分の名前を書き、右側に……「さ」の字を書いたところで、「天使」がノートをのぞき込んでいるのに気付いて慌てて消しゴムを掴んだ。
21 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:37
―――そう言えばアンタ、どうしてれいなのところに来たと?それに、れいなにしか見えんのは何で?

「天使」は不思議そうに首を捻るだけだった。

―――じゃあアンタ、名前はあると?

これも首を捻るだけ。

―――…じゃあ、れいなが名前付けてあげるけん。………………エリ。エリ、でよか?

ここは敢えて「さゆみ」って名前にするのもアリだったけど、頭に浮かんだ名前は「エリ」。「エリ」って感じの顔をしてるから。

嬉しそうにニッコリした「エリ」に、授業中の暇つぶしの相手になってもらった。とは言ってもエリはなぜか言葉が話せないから、れいなが心の中で呟く話を一方的に聞いてもらうだけ。

エリはニコニコしながら聞いているだけだったけど、そんなエリを相手に一人で、それも声を出さずに話すのも悪い気はしなかった。



そして幸運だったのは、授業を全く聞いていないれいなが1回も当てられなかったこと。
22 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:37
昼休み。

「れーな、お昼一緒に食べよ?」

びっくり。いつもは3年の藤本さんって人と一緒に食べているはずのさゆが、れいなを誘ってきた。

「藤本さんは?」
「授業中に寝てるのが見つかってこれからたっぷりお説教だから、お昼食べる時間もなくなるかも、って。さっきメールが来たの。」
「それは…残念やね。」

嘘。さゆとずいぶん仲のいい藤本さんに嫉妬しているれいなが、残念だなんて思うわけない。心の中ではラッキーだと思ってるれいながいる。
23 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:38
机を向かい合わせて弁当をつつきながら、他愛のないことを話す。幸せな時間。

「そう言えばね、さっき聞いたんだけど」
「なん?」
「数学の時、先生に急にお客さんが来てたんだって。それで自習になったんだと思う。」
「へえー」

お客さん、グッジョブ。机の下でこっそり親指を立てる。

「次の数学も、その次の数学も、ずーっとお客さんが来ればよかね。」
「ねー。」

実現しそうもないことを話して、笑いあう。


ホント、幸せ。
24 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:38
その日の帰り道、人気のあまりない道を歩きながら今日1日のことを思い起こす。

朝の星座占いは最悪の運勢だった。それなのに。

車に泥水をかけられそうになったのに、ギリギリで届かなかった。

急なお客さんで、数学が自習になった。

藤本さんが説教されて、さゆと一緒にお昼を食べることができた。

……「ラッキー」がここまで重なることなんて、あるんだろうか。


―――れいなに今日ラッキーなことが続いたんは…アンタのおかげ?

エリは表情を変えず、ただニコニコとしているだけ。でもそれは肯定しているように思えた。


―――天使、か……。

今朝よりもほんの少しだけ、エリが可愛らしく見えた。




エリはますます笑顔になった……。
25 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:39

26 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/15(水) 22:39

27 名前:駆け出し作者 投稿日:2006/11/15(水) 22:42
言ってしまうと最後までずっとこんな調子です。

>>15 名無飼育さん様
ありがとうございます。
夢板のほうがずっと放置状態で申し訳ないですが両方見守って頂ければ嬉しく思います。
28 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:51

家に帰ると、ショートケーキが用意されていた。「午前に友達が来て、持ってきてくれたけん」らしい。



ちらっと上を見る。エリは相変わらずのニコニコ顔。
29 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:52
ケーキを頬張りながら、ふと浮かんだ疑問を心で念じてみる。

―――アンタ…エリは、食事とかどうすると?

首を横に振ったエリ。必要ない、ってことなのかな。

―――ふーん…

食事の手間が省けていいことなのか、それとも「おいしい」って感覚を味わえなくて悲しいことなのか。れいなにはよくわからない。

エリは興味深そうにケーキを見つめて、それかられいなの顔を見た。……そして、おかしそうに笑い始めた。
30 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:53
―――なん?れいなの顔に何か付いとー?

エリは笑いながら、自分の頬を指さす。
れいなも同じ場所を指でなぞってみると、生クリームが付いていた。指に付いた生クリームをじっと見つめる。


この前読んだ漫画を思い出した。絵に描いたような美男子が絵に描いたような美少女に、頬についた生クリームを指で取ってもらう、絵に描いたようなシーン。
美男子をれいなにして美少女をさゆにしてみたり、あるいは逆にしてみたり。絵に描いたようなシーンに、ちょっとだけ憧れたりしながら。

それにしたって……今この瞬間に、それを思い出さなくてもいいのに。


…怖くてエリのほうを見れなかった。
31 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:54
夕食の時間。

気のせいか、食卓の雰囲気がいつも以上に明るい。


―――アンタって、もしかしてれいな以外の人にも影響を及ぼせると?―――


頭上のエリに聞いてみる。半信半疑で。


エリは威張るように胸を張った。……笑えるくらい威厳がない。思わず味噌汁を噴き出した。

「れいな、今のダジャレなんかが面白かったと!?」
「…は?何ねダジャレって」
「この鶏肉、とりにくい。」
「……」

誰が笑うかそんなん。



いつも以上に騒がしい食卓はうざったい。

―――――うざったいけど、そんなに悪い気もしない。
32 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:54
「えーっと、今日の宿題は……数学のプリント1枚だけやね。」

じゃあサボッてもいいか。プリント1枚だし。


…視線を感じる。
上を向いたら、予想通りの表情をしたエリがれいなを見ていた。負けじとれいなもエリを睨み返す。


「……ぶはっ」


やばい。変顔をしてるわけでもないのに、エリの顔を見続けると吹き出してしまう。

―――あー、ゴメンって、エリ。

さっきよりもさらに膨れっ面になってる。


―――しょーがないっちゃ…


数学のプリントを、机の上に広げた。
33 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:55
とは言えども。

「……わからん、こんなの。」

聞いてもいない授業の内容が、頭に入っているわけがない。
そもそも数学は「数を学ぶ」はずなのに、なぜ数字よりもf(x)だのsinθだの、意味不明なローマ字のほうが多いんだ。絶対に理不尽じゃないか。


数学の理不尽さを嘆くれいなを、エリはおかしそうに笑いながら見ている。ムカつく。

―――そうだエリ、アンタの力でれいなの頭を天才にすればよか。できるっちゃろ?

我ながら素晴らしいアイデア、そう思ったのに、エリはぷくーっと頬を膨らませた。宿題は自力でやらなきゃダメでしょ、とでも言うように。

「…ケチ」

仕方なく、教科書と参考書を引っ張りだした。
34 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:55
分からないものは分からない。適当に解答欄を埋めて、お風呂に入ることにした。


「……アンタ、そんな趣味があったと?」

脱衣所で服を脱ごうとして気付いた。エリがしっかり見ている。

ちょっと慌てたように両手で目を覆ったけれど、口元が笑ってる。

―――ま、女の子に見られるんは別に……って……

―――天使にも性別とか、あると?

目を覆ったまま肯くエリ。

―――アンタは……女の子、でよかね?

これも肯いたのを見て、ようやく安心した。
35 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:56
湯船に浸かりながら、もう手で目を覆っていないエリと話をする。

―――もしかしてアンタって、いつでもれいなの側にいなきゃいけないことになってると?

首をかしげて少し考え込んで………首を横に振った。

―――…じゃあアンタ、やっぱり覗き見したくてここにいるってことやね。

ニヤニヤしながらエリを見たら、頬を膨らませていた。違うもん、って言ってるのかな。

―――れいなのハダカ見て鼻血出しても知らんけんね……なんてね。
36 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:57
湯船から出て、何気なく鏡に映った自分を見る。

―――……!?

目をゴシゴシ擦ってからもう一度鏡を見る。また…じゃなくて今度こそ幻覚かもしれない。



鏡の中のれいなは…………いわゆる「ナイスバディ」ってやつになっていた。

慌てて実物の体を見る。……いや、普通だ。悲しいくらい普段通りだ。
もう一度鏡を見る。正にれいなが夢見ていた身体が、そこにある。
もう一度実物を見る。やっぱり普通。

さらに鏡を見た。ナイスバディのれいな………の後ろにいるエリを見た。クスクス笑ってる。



……鏡の中のエリに、ニヤッと笑い返した。
37 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:57
お風呂から出て特にすることもなかったから、早いけど寝ることにした。


部屋の電気を消す。……真っ暗闇の中で、なぜかエリの周りだけはぼんやりと明るかった。

―――アンタ……ほんと不思議なコやね。

エリはやっぱり笑ってる。なぜか気持ちが落ち着くような笑顔。すぐに眠くなる。


―――アンタたぶん…さゆの次くらいにかわいかよ……

自然に瞼が重くなってきて、エリの表情は見えない。


眠りに落ちる直前、さゆと一緒にいる夢を見られるように念じるのを忘れなかった。
38 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:57

39 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:58

40 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/21(火) 21:59

(注)これ以上過激なシーンはありません
41 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:48




――――――――



42 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:49

目覚まし時計が大きな音を立てて鳴き始め、ふわふわな夢の世界は強制的にシャットダウンされた。

夢を見たのは覚えているのに、肝心の内容を覚えていない。でも悪い夢ではなかったような気がする。


カーテンの隙間から差し込む眩しい光に目が慣れた頃、視界の隅に何か動くものを捉えた。

―――これは、夢じゃなかったとね

エリがそこにいたことに、なぜか安心感を覚えた。
43 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:49
―――おはよ、エリ。

心で念じると、ニコッと笑って応えてくれた。きっと「おはよ」って言ってるんだ。

「れいなー、はよ起きんしゃーい。」

エリと目を見合わせてお互いにちょっと笑ってから、急いで居間に下りて行った。
44 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:49
いつものように、学校へ行く前にテレビの占いを見る。今日は良くも悪くもない6位。
でも。れいなには、順位なんてもはや関係ない。
45 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:50
学校に着いて内履きに履き替える時、ちょうどさゆと一緒になった。

「さゆ、おはよ」
「あ、れーなおはよー」


やばい。勝手に顔がにやけそう。

「れーな数学の宿題やった?」
「…れいなが宿題やったと思うと?」
「そっか、やるわけないよね」

―――や、合ってるけど……そんな満面の笑みで言わんでも…

「それで、さゆはやったと?」
「ううん、やってないよ?」
「だめじゃん」

こんな会話だけでも、だるい朝は幸せな時間に変わる。
46 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:50




――――――――



47 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:51
昼休みを告げるチャイムが鳴ると、さゆがお弁当を持って鼻歌なんか歌いながら教室を出ていった。きっと今日は藤本さんと一緒に食べるんだろう。

昨日さゆと一緒に食べれたのは、たぶんエリのおかげ。
じゃあ今日は…何かの理由で『力』が使えなかったとか?


なぜか掃除用具入れの中から出てきたエリが、れいなのほうにパタパタ飛んできた。眉毛がハの字になってる。

―――よかよ、気にしてないけん。……あ、じゃあ次の時間の数学、また自習になるようにしてくれん?

エリはニッコリ……しなかった。明らかに「ダメ」って言いたそう。


なぜだか、ドラえもんとのび太君の顔が浮かんだ。
48 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:51
れいなにとって午後の授業は昼寝のためにあるのに、珍しく今日は眠くならなかった。かと言って数学の授業をまじめに聞く気にもなれず、窓の外の景色を眺めてばかりいる。教室は4階にあって、ずっと遠くにある小さな家まで見ることができる。


太陽の光が目に入ってきて、目を細めた。いい天気。


「れいなれいな」

前の席の子に呼ばれて視線を前に戻した。やる気のしない宿題のプリントを差し出している。

受け取って、絶対やらないけど一応自分の分を1枚取り、後ろのさゆに渡す。


…渡そうとして後ろを振り向いたら、さゆは椅子の背もたれに体を預けて寝息を立てていた。
無防備な寝顔を見て思わず笑みがこぼれる。

さゆの机の上にプリントを1枚置いて、後ろまでまわしてあげて。
もう1回だけさゆの寝顔を見てから前を向いた。

さゆが寝ているのが教卓から見えないように、できるだけ背筋をピンと伸ばして。
49 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:52
帰りのホームルームが終わって、鞄に教科書を詰めていた時。

「ね、れーな、これから暇?」

さゆが尋ねてきた。ご丁寧に胸の前で手を組んで、上目遣いで。
そんなことされたら、どんなに暇じゃなくても「忙しい」なんて言えない。実際今日は暇だけど。

「ん、暇やね。」って言ったら、さゆは嬉しそうに笑った。
天井を見上げると、やっぱり笑顔のエリがいた。
50 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:53
学校の近くのファミレスに寄り道。
さゆはチョコレートパフェ、れいなはオレンジジュースを注文した。

注文を取りに来た店員さんが立ち去ると同時に、さゆがため息をつく。

「藤本さんとケンカしちゃった…。」

ズキッ、と鋭い痛みが心臓に走る。

「……何か、あったと?」
「昼休みに一緒にお昼食べる約束してたんだけど……藤本さんのクラスに行ったら違う女の人と食べてたから……つい怒っちゃった。」


目眩がし始めた頃、タイミング良くチョコレートパフェとオレンジジュースが運ばれてきた。
一口飲んでから頭の中を整理する。

―――つまり…さゆは藤本さんが女の人と一緒にいるのを見て怒ってしまって……たぶんケンカじゃなくてさゆが一方的に怒ってるだけで……

再び目眩がして、ジュースをもう一口飲んだ。

―――だからさゆは……藤本さんのことが……

今までさゆに聞いて確かめたこともないし、さゆのほうかられいなに話したこともないけど。今のさゆの話を聞いて、どうして否定できようか。
51 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:53
「はいれいな、あーん。」
「え?」

え?と言ってわずかに開いたれいなの口の中に、さゆが何かを突っ込んだ。口の中に冷たさと甘さが広がる。
アイスクリームだった。

スプーンを持ったさゆが笑顔で「おいしい?」って言ってる。

……スプーン?

「…えっ、ちょっ、さゆ、そのスプーン……く、口付けて……」
「え?…あーほんとだ。間接キスだねー。」

れいなにとっては大事件以外の何物でもないのに、さゆはヘラヘラ笑いながら言っている。



さゆの頭の上から、エリがにやにやしながられいなを見ていた。
52 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:54




――――――――



53 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:54
家に帰ったら誰もいなかった。

部屋に行って、誰もいないのにドアをしっかり閉める。エリはドアを通り抜けて入ってきた。

「ねえ、エリ」

誰もいないから、声を出して話しかける。

「さゆはやっぱり藤本さんのことが……」

辛くて最後まで言えない。それがほぼ間違いないことをれいな自身が知ってるから、最後まで言いたくない。

「ははっ…。エリが来てからは初めてやね。こんな悲しい気持ちになったのは。」

エリが悲しそうな、申し訳なさそうな顔をする。

「そんな顔せんでよ。いつもみたいにニヤニヤ笑っててくれないと調子狂うけん。」

花が咲いたような笑顔……とまではいかなくても、少しだけ笑ってくれた。
れいなの悲しみも、少しだけ和らいだような気がする。
54 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:55
―――そう言えば…間接キス……

不意に思い出して、急にまたドキドキしてくる。

―――間接だけど……キスとか……うわーヤバい、どうしよ……


ベッドの上をゴロゴロ転がって悶えるれいなを見ていたエリが、ようやくいつも通りの笑顔を見せた。
55 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:55

56 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:55

57 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/11/26(日) 21:55

58 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:44




――――――――



59 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:45
目覚まし時計が大きな音を立てて鳴き始め、夢の世界はシャットダウンされた。

―――どんな夢だったかな……。

思い出せない。
こんな時は都合よく、さゆとデートした夢ということにしておけばいい。


「あ…おはよ、エリ。」

れいなの目の前までパタパタ飛んできたエリに、笑いかけてやる。
朝起きて最初にエリの笑顔を見ると、なんだか和む。
60 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:45
「いい天気やね……。」

外に出た瞬間、太陽の光が眩しくて目を細める。

―――エリ。なんかね、れいな、今日はいい日になりそうな気がすると。なんかそんな気がする。

エリが不思議そうに見つめてくる。

―――女の勘、ってやつ?

二人同時に笑い出した。
61 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:46
「あ、さゆ……」

校門の前でさゆを見つけた。
……声をかけようとしてやめたのは、さゆが他の人と一緒だったから。――――ケンカしてたはずの、藤本さんと一緒に。


れいなには、目を伏せることしかできなかった。
62 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:47
1時間目の保健の授業。思春期がどうとか、異性の尊重がどうとか、そんな退屈な講義を適当に聞き流して。


―――エリ……れいな次の時間サボるけん。どうせ数学やし。

エリは一瞬だけ驚いたような顔を見せた。けどすぐに頬を膨らませて、全然恐くない怒り顔に変わる。


―――お願い……エリ…


エリの怒り顔なんか無視して保健室に行けばいいのに。自分でもおかしいくらい、必死になってエリに頼み込んでるれいながいる。

怒り顔から眉毛がハの字の困り顔に変わったエリを見て、れいなは小走りで教室を出た。
63 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:47
「んー、熱はないみたいね。ベッドで休む?」
「あー、そうします。」

具合が悪い、と保健室の先生には言ったけど、実際は具合が悪いわけでもないし、熱があったら逆にびっくりする。
それでもお言葉に甘えて、寝て過ごすことにした。


ベッドに寝て、保健室の先生がカーテンを閉めた。れいなとエリだけの世界。寝ているから、自然にエリと目が合う形になる。


―――ねえエリ。れいな、さゆがれいなのこと好きになってくれたらって、ずーっと思っとった。


―――でも、さゆはきっと藤本さんのことが好きやけん、れいなはきっと失恋やね……。
64 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:47
エリが悲しそうな顔をしている。
……れいなが可哀想ってだけじゃない。たぶん、れいなが今考えていて、これからエリに言おうとしてることを知ってしまっているから。



―――エリの『力』で…さゆがれいなを好きになるように、できんと………?
65 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:48
―――れいな、今日の放課後に告白するけん……だからお願い、エリ……


さゆと藤本さんを黙って見守るなんて、耐えられない。それでいて、想いを伝えて拒絶されることも耐えられない。

だかられいなは、エリにお願いすることしかできない。
66 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:48
エリがわずかに微笑んだ。悲しそうな表情のままだったけれど。

「喜んで」とまではいかなくても、一応は肯定と受け取った。


―――ありがと……わがまま言ってゴメン…。


それほど眠くはないけれど、少し眠りたい。小さく息を吐き出してから、目を閉じた。
67 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:48




――――――――



68 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:49
2時間目の終わりを知らせるチャイムの音で目が覚めた。

目を開けるとエリがこっちを見ていた。いつも通りの優しい笑顔に戻っていて、少し安心する。
69 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:49
保健室を出て教室に戻ると、ドアのところでバッタリさゆと出くわした。

「あ、れーなどうしたの?」
「ん…ちょっと保健室行っとった。」
「あー、サボっちゃいけないんだー」

具合が悪くて保健室に行ったって可能性は考えないのかよ、と言いたいけど、図星だから何も言えない。
70 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:50
「えーと……ところで、さゆ、今日の放課後ちょっとよか?」
「え?どうかしたの?」
「うん、ちょっと……」
「きゃっ、もしかしてさゆみ告白されちゃうの?」
「アホ、そんなんじゃなか。」


…良かった。「告白されちゃうの?」が軽いノリだったから、れいなも自然と軽いノリで否定できた。

でも……場所とか、告白の言葉とか、何も考えてない。今ようやくそれに気付いた。


―――やばい、緊張してきた…。


エリがいるから結果はわかってる。
それでも、手が震えるような緊張感はなくならない。
71 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:51
それからずっと授業なんて上の空だったのは、言うまでもない。


それでも、今日もれいなは授業中に指名されずに済んだ。エリのおかげ…だったのかは、よくわからない。

頭の上にいるエリの表情が、少し寂しげに見えたから。
72 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:51

73 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:51

74 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/02(土) 21:51

75 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:06




――――――――



76 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:06
『屋上で待ってるけん』

さゆにメールを送って、ふうっとため息をつく。

人がいない場所と言ったら屋上くらいしか思いつかなかった。でも、夕日に照らされてオレンジ色に輝いてるこの場所は、雰囲気的にも告白するのにピッタリだと思う。れいなと一緒になって、エリも目を細めながら夕日を眺めていた。


1分1分がずいぶんと長く感じる。10分くらい経ったかと思って携帯の時計を見ても、まだ5分も経っていない。
77 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:07
―――なんか、暖かい…?

屋上は冷たい風が吹いているのに、不意に背中のあたりが暖かくなった。
周りを見回してみても、誰もいない。


……違った。居た。すぐ近くに。

目が合うと、エリはコクッと小さく肯いた。いたずらっ子みたいな笑顔で。

―――ありがと。


なんとなく……励ましてくれてるような気がした。
78 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:07
ちょうどその時、がちゃっとドアの開く音。

「やっほー、れーな。」

さゆがニコニコしながら歩いてきた。これから告白されるなんて、夢にも思ってないのかもしれない。


れいなと向かい合う形でさゆが立つ。
79 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:08
「…えっと……その……は、話があるんやけども……」

こくっ、と、さゆは黙って頷く。

「その……………何だと思う?」

……何言っとるんやろ、れいな…。

さゆが小さく噴き出して、顔が熱くなる。

「さゆみに聞かれてもわかんないよー。なあに?」


…もういいや。覚悟を決めた。他の言葉が、1つも浮かばないから。



「れいな……さゆのこと好いとう。」
80 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:08
さゆの顔から笑みが消えた。

じっとれいなを見つめる瞳が、かすかに潤んでいるようにも見えた。
無表情だけど、こんな時に見とれてしまうくらい綺麗で。
81 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:09
――――――エリの『力』で…さゆがれいなを好きになるように、できんと………?――――――


罪悪感が全くないと言えば嘘になる。だけど、失恋なんて耐えられない。

一日中さゆと一緒にいたいし、手を繋いだりしたいし、キスもしたい。それが叶うのなら、少しの罪悪感なんか気にならない。
82 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:09
「……びっくり、しちゃった。」

さゆが静かに話し始めた。少しだけ笑顔を浮かべて。

「れーながそういうふうに思っててくれたなんて全然気付かなかったから、びっくりしちゃった。でも、すごく嬉しい。」


さゆの笑顔が、今日保健室でエリが見せた悲しげな笑顔と重なる。


……何か、おかしい。



「だけどね………他に好きな人がいるから…れーなの気持ちには応えられない。」


……何かが、おかしかった。
83 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:10
「…そ、っか。」

何が何だかわけがわからなくて、どんな言葉を言えばいいのかわからなくて、どんな顔をすればいいのかわからなくて。それでも、れいなは笑っていた。
さゆの前では、取り乱したり泣いたりしたくないから。

「わかった。…ありがと、わざわざこんなとこに来てくれて。それじゃ。」

それだけ言って、急いで屋上を飛び出す。


―――――ギリギリのところで、さゆには泣き顔を見られずに済んだ。
84 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:10
どこをどう歩いてきたのかも記憶にないのに、気が付いたら家に帰ってきていた。

『買い物に行ってきます。冷蔵庫におやつ』と書いてあるメモ用紙がテーブルの上にあったけれど、冷蔵庫には見向きもしないで部屋に閉じこもる。

ベッドの上で大の字になって、しばらく放心していた。
85 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:11
鍵のかかったドアを通り抜けて、エリが部屋に入ってきた。悲しそうな表情をしている。



「…どうして」

自分でも驚くほど低い声が出た。


―――どうして、さゆがれいなを好きになるようにしてくれなかったと?どうして、れいながふられるのを何もしないで見てたと?答えてよ、エリ…


心の中で吐き出す非難の言葉も、エリには全て届いてしまう。
86 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:11
エリが、れいなの近くに寄って来る。何かを必死に弁明しているかのような、そんな表情。


「どっか…」

れいなが低い声で呟くと、ピタッとその場で止まる。



「どっか行ってよ………役立たず……。」
87 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:12
空気が凍り付いたように感じた。

エリを睨んだまま動かないれいなと、れいなに睨まれたまま動かないエリ。

エリの瞳に、光るものが見えたような気がした。



憎しみの中に、ほんのわずかな罪悪感が生まれたけれど。エリがゆっくりと部屋を出て行くのを、ただ見ていることしかできなくて。
88 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:13


―――――降水確率10パーセントだったその日の夜、土砂降りの雨が降った。

89 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:13

90 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:13

91 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/06(水) 23:13

92 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:26




――――――――



93 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:27
窓を打つ雨の音で、目が覚めた。

「……エリ?」

呼びかけて、ぐるりと周りを見渡す。

…どこにもいなかった。

久しぶりに迎える、エリのいない朝。
94 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:27
昨日までと全く同じように、家を出て学校に向かう。昨日までと違うのは、どんより曇った空と、降り続ける雨と、れいなの心模様。

時々、エリがいるんじゃないかと思って後ろを振り返る。そのたびにため息をついて前を向く。
95 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:28
何回目かに後ろを振り向いて、やっぱりため息をついた瞬間、クラクションの音が間近で聞こえた。前を向くと、車が迫ってくる。
慌てて避けたれいなに、時間差攻撃。水たまりの上を車が通り、泥水が正確にれいなめがけて飛んできた。

「あーもう、サイアク……」


泥水の冷たさ以上に、身体が寒い。
96 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:29
学校に着き、生徒玄関から中に入る前にもう一度だけ後ろを振り返った。……やっぱりいない。

「役立たず」がいなくなったはずなのに、どうしようもなく胸が痛む。
97 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:29
「……じゃあ、放課後になったら屋上に来てね。」
「はい、わかりました。」


3年の下足箱の前で、藤本さんとさゆが話していた。ちょうど話が終わったところらしく、自分の下足箱へ向かおうとしたさゆとバッチリ目が合う。


「あ……おはよ、さゆ…。」
「…おはよう。」

下を向いたまま小さな声で言うと、さゆは小走りで逃げて行ってしまった。



ひょっとしたら何事もなかったかのように話したり笑ったりできるんじゃないかと期待していたれいなは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
98 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:30
授業中、普段ならすぐに寝るところなのに、眠くもならない。授業を聞くつもりは最初から全くないし。
さゆのこと、エリのこと。考えると、胃がキリキリ痛む。

―――エリ……どこ行っちゃったと……?

「じゃあ次の問い3を…田中!」

いい加減、涙が出そうになる。
99 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:30
昼休み。
体調が悪いわけでもないのに、食欲が全く出ない。何も食べないで机に突っ伏した。

しばらくすると、隣の席の子が「れいな大丈夫?」と心配そうに声をかけてくれた。顔をあげて、無理して笑ってみせる。
…今日初めて笑った。作った笑顔でしかないけれど。


再び机に突っ伏すと、後ろのほうで「さゆどうしたの、元気ないね?」と言う声が聞こえた。「なんでもないよ」と言うさゆの声は、やっぱり元気がない。


突っ伏したまま目を閉じると、暗闇の中に笑顔のエリが浮かんで。


いつの間にか、制服の袖が少し湿っていた。
100 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:31
昨日の夜から降り続いていた雨は放課後になって止んだけれど、空はどんよりと曇ったまま。

友達からのカラオケの誘いを断って、まっすぐ家に帰った。帰ったはいいけど何もすることがない。

―――エリ…ほら、エリがいないとれいな、宿題サボるとよ?はやく出てきてれいなに宿題やらせんしゃい……。


呼びかけても、あの笑顔はどこにも見えない。


「役立たず」が、恋しい――――
101 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:32
―――――


2日後だった。学校で噂を2つ聞いたのは。

藤本さんがさゆに告白したらしいこと。


そして………2人が付き合い始めたらしいこと。
102 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:32

103 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:32

104 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/09(土) 22:32

105 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/12(火) 22:03
めっちゃ好きな雰囲気です。
キャスティングがバッチリはまってますね。
次も楽しみにしてます。
106 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:28

さゆが、不自然なくらい素っ気ない。

朝、教室に入って「おはよ」と声をかけると小さい声で挨拶を返してはくれる。でもそれ以上会話が続かない。さゆは国語の教科書なんかを読み始める。


朝から教科書を開くようなガリ勉じゃないのに。前までなら、くだらないことを話して笑ったりしてたのに。

教科書の陰から見えるさゆの悲しそうな表情が、れいなを拒絶しているような気がして辛くなる。
107 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:29
――――――


「……な!れいな!」

隣の席の子に肩を叩かれて我に返る。目は開いていたけど意識はどこかに行ってた。

「あれ……今何時…?」
「や、もう授業終わったけど。」

苦笑いしながら言われて、思わずれいなも苦笑いを返す。

今までずっと意識がどこかに行ってたということは、どうやら今日は授業中に一度も当てられなかったらしい。

部活に行ったか帰ったかで、教室にはもう何人も残っていない。何となく後ろの
さゆの席を振り返って………いない。


その時安心したのか悲しくなったのか、自分でもわからなかった。
108 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:30
家までの道をとぼとぼと歩く。
空は厚い雲に覆われている。そのせいか、少し肌寒い。


何となく、普段とは違う道を通ってみようと思った。特に意味はない。強いて言うなら気分転換。


もしかして、違う道を通ればエリがいるんじゃないかと……ほんの少しだけ思って。
109 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:31
この選択はすぐに後悔する羽目になった。

エリを見つけることなんかできない。見つけたのは、手を繋いで帰っているさゆと藤本さんの後ろ姿だけだった。
110 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:31
その場に崩れ落ちそうになるのを何とかこらえる。誰誰が付き合ってるなんて噂は当てにならない、とどこかで思っていた気持ちは粉々に砕かれた。


プップー、と大きな音がして飛び上がりそうになった。車のクラクションの音。れいなはスーパーの駐車場の入り口に突っ立っていた。

そのせいで。

「あ…」

よりによって目が合ってしまった。


クラクションの音で振り向いた、さゆと。藤本さんと。
111 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:32
逃げようか。いや逃げたらストーカーしてたみたいやん。て言うか逃げても逃げなくてもストーカーみたいに思われてるやろ絶対。あーもう……


一人パニックになっているれいなと、目を見開いているさゆと、そんなれいなとさゆを交互に見ている藤本さん。さゆに「知り合い?」って聞いている。


もういいや逃げよう。ストーカー扱いされなくてもさゆには十分嫌われてるっぽいし。


足を動かしかけたけれど………れいなが逃げる必要はなくなった。



さゆのほうが逃げ出したんだから。「ちょっと重ちゃん!?」って驚いている藤本さんの手を引っ張って。
112 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:33
「ははっ……」

笑えない状況なのになぜか笑える。

どうせもう嫌われてるし、とは思ったものの、実際にああいう行動をとられるとショックはかなり大きくて。

―――あー、もうダメか…


いつしか雲は黒に近い灰色になっていて、ポツポツと雨粒が落ちて来始めた。
113 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:33
―――はあ…どうしよ、れいな…

さゆに拒絶されて、エリも失ってしまった。つい数日前までの満ち足りた日々が嘘みたいに、何も残っていない。

こうなったら藤本さんからさゆを奪ってしまおうとか、時々頭に浮かぶことはあるけど。そこまでする気にもなれない。


―――でも……どうして、なんだろう。

エリが、れいなの恋を叶えてくれなかった理由。時間が経って、何か理由があったんじゃないかと冷静に考えられるようにはなった。でも、どうしてなのかはサッパリわからない。


―――ねえエリ。れいなは、さゆの恋人になっちゃいけない人だったと?ずっと友達の関係のままでいなきゃいけなかったと?

―――教えてよ、エリ……
114 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:34

115 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/14(木) 22:34

116 名前:駆け出し作者 投稿日:2006/12/14(木) 22:38

>>105 名無飼育さん様
ありがとうございます。雰囲気を気に入ってもらえるのはかなり嬉しいです。
実はもうちょっとで終わりですが、最後まで読んでやってください。
117 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:26




――――――――



118 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:27
れいなは、さゆと一緒にいる。

キスをするわけでもなく、手を繋ぐわけでもなく、ただ話をしてる。

『れーなは今、幸せ?』
『えっ?なんね突然』
『んー、何となく聞いてみたかっただけ。それで、今幸せ?』
『たぶん…幸せ、なんだと思う』
『そっかー、良かった』
119 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:27




――――――――



120 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:28

目覚まし時計はまだ鳴っていないのに、ハッと目が覚めた。

鮮明に覚えている、夢の内容。


―――夢の中のれいなは……さゆと藤本さんが付き合ってるのを知ってた…。

―――なのに『幸せ』って…

現実だとあり得ない、れいなの答え。


まさか、と思う。
121 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:28
―――エリ…れいなの考えって、正しい?早く出てきて教えてほしいと……



カーテンの隙間から日の光が射し込んでいる。
エリがいなくなってからは全然見られなかった、太陽。

どこかでエリが応援してくれてるのかも。
122 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:29



起き上がるとエリがいた。


123 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:29
―――え……エリ……?

微笑みながら肯いた。


少し考えて、ブンブンと頭を横に振る。

―――ハハッ……エリのことばっかり考えるから幻覚見てるとよ、れいな。情けな……

さゆがれいなを拒絶したみたいに、れいなもエリを拒絶したんだから。戻ってきてくれるわけがない。


―――もうヤだ。もう一回寝よ……学校は気分悪いって言って休めばよか…

もう一度寝ころんだれいな。
その視界にエリの幻覚が現れて、頬を膨らませた。


―――幻覚やけん……寝て起きたらいなくなってると…。

ギュッと固く目を閉じる。
124 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:30
暖かい――布団の温かさとも違う温もりを感じたのと、れいなの頬を涙が伝ったのは、ほぼ同時。


……目を開けると視界はぼやけていたけど、エリは消えてなんかいなくて。


―――今までどこ行ってたと……バカ、アホ、アンポンタン……


心の中でエリにありったけの悪口を浴びせかける。それでもエリは頬を膨らませないで、ずっと微笑んでいた。
125 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:30
どうしてか、朝ご飯の目玉焼きが普段よりおいしい。どうしてか、ダルくないし眠くない。


テレビの占いは、健康運と恋愛運が少しだけ良かった。
126 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:30
「気持ち良かぁ……」

鮮やかな青色をした空。久しぶりなだけに嬉しい。

空を見上げると、自然にエリが目に入る。何度も何度も見たはずなのに、今日は一段と輝いて見えるその笑顔。
127 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:32
―――そうだ…エリ。


大事なコト、まだ言ってなかった。

笑顔のままれいなのほうを向いたエリに。

―――…ごめんね?酷いこと言って。


役立たず、なんて言ったけど。エリはれいなにとって、大切な存在。



ちょっと驚いたような表情を見せたエリだけど。

―――れいなのこと、許してくれると?

にっこり、笑ってくれた。
128 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:32
―――ねえエリ。さゆと藤本さんが付き合い始めたこと、知っとー?

エリは悲しそうな顔をしながら頷く。

大丈夫、エリを責めてるわけじゃないけん。そんな意味を込めて笑いかけてやる。

―――もしかして、れいなが今日しようとしてることも全部分かってると?

今度は少し笑顔を浮かべながら頷く。
129 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:32
―――エリ。ひとつだけ、お願い。


なあに?というふうに首をかしげる。


―――……れいなのこと、見守っててほしい。他には何もしなくていいから……れいなのこと、ずっと見守っててほしいと。


エリの不思議な力を使わない限り、れいなの望みが叶わないんだとしても。それでもいいから。

どうか、れいなを見守っていて。



ホームルームの時間を告げるチャイムが聞こえてきて、慌てて走り出した。
130 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:33
結局……と言うよりもチャイムが鳴った時点で遅刻が確定してしまったれいなは、担任に説教される羽目になった。最悪…。


ホームルームが終わって教室を出ていく担任の背中に向かって舌を出してから、後ろを振り返る。携帯をいじっているさゆが目に入る。

「あ、あのさ!さゆ…」

…失敗した。勢い余って声が大きくなったせいで、さゆの肩がビクッと大きく震えた。

それに……考えてみたら、「おはよ」以外の言葉をかけたのは何日ぶりなんだろう。さゆには明らかに避けられてて、そうするとれいなのほうからも声をかけ辛くて。
131 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:34
「えと……なあに?」

さゆの声が明らかに怯えてて、悲しくなる。れいなのせいなんだろうけれど。


「えっとさ……放課後に屋上あたりで…ちょっと話せないかなって……」

さゆの眉がハの字になってゆく。

「や、そのっ、嫌なら強制はしないっていうか、できればって話で、だからつまり…」

自分でも何を言ってるのかわからなくなる。頭上のエリは大爆笑してるんじゃないかと思う。

「……くすっ」


一瞬、エリの笑い声が聞こえたのかと思った。

……さゆがれいなの前で笑ってくれたのは――――悲しそうな笑顔じゃない、普通の笑顔を見せてくれたのは何日ぶりなんだろう。


「…わかった。放課後に、屋上だよね?」


―――さゆの笑った顔、やっぱりかわいかー……


れいなは、関係のないことをぼんやり考えていた。
132 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:34
―――――

「コルァァァ田中ぁ聞いとるのかあ!!」

授業中、ありえないくらい何度も注意された。何回言われても聞いてないのだから仕方がない。


教師が黒板のほうを向くと同時に、上を向いてエリに苦笑いする。エリも苦笑いしている。


今日のラストの授業も、残り10分になろうとしていた。
133 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:34




――――――――



134 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:35
午後4時。屋上でさゆを待ちながら夕日を眺めている。

告白した日と同じように、屋上は夕日に照らされてロマンチックな雰囲気になっている。


不意に背中に温もりを感じた。振り向かなくても、エリがくれた温もりだと分かる。

―――ありがと、エリ。


あの日と同じだ。
135 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:36
屋上のドアが開いて、さゆが歩いて来た。遠目でも分かるくらい、表情に不安がにじみ出ている。


れいなと向かい合う形でさゆが立つ。

「……」

さゆは俯いたまま何も話さない。れいながフーッと息を吐き出すと、少しだけ顔をあげた。
136 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:36
「…さゆは……れいなのこと嫌い?」
「…え………」
「…あっ、いや恋愛の好き嫌いじゃなくて……普通に、友達として。」


今朝の夢。なんとなくだけど、あれはエリが見せてくれた夢のような気がする。れいながどうすればいいのか、教えようとしてくれた気がする。
そして、れいな自身が何を望んでいたのか、気付かせてくれた。


「れいなのこと、友達として嫌いなら……ここでハッキリ『嫌い』って言ってほしいと。」
137 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:37
「……い」
「え?」
「………嫌いじゃ、ないよ。」


「じゃあ……じゃあどうして今まで……!」

つい大声が出てしまって、さゆの肩が一瞬震えた。


…不意にエリと目が合った。優しく微笑んでいて、熱くなりかけた気持ちが静まる。

「…ごめん」

さゆに、そしてエリに謝る。

「さゆ最近、れいなに素っ気ないような気がしてたけん。どうしてかな、って。」

あまり得意ではない笑顔をつくって、責めてるふうに聞こえないように。


「…わかんない、けど……なんかその、気まずくて……」
「あー、そっか……。」

だいたい予想はついてた。振られた側と振った側なんだから気まずくもなる。
138 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:37
「ぶっちゃけ、れいなばっかりさゆに話しかけててウザかった?」
「えっ、いや、そんなこと……」

もしかしてウザかったんじゃないかと思ってしまうくらい、さゆの慌てっぷりが妙にリアルで。ちょっと吹き出した。

えへへ、と、ちょっと恥ずかしそうにさゆも笑う。


「…この前、言い忘れてたけど」

この前は耐えきれずに逃げたけど。今日は、ちゃんとさゆの目を見て。


「これからも、れいなの友達でいてくれると?」
139 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:37




――――――――



140 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:38
家に帰ってすぐ、ベッドにダイブした。心の中にあったモヤモヤがすっかり消えて最高に気持ちがいい。少し感じる体の疲れさえも心地良い。

―――ホントにありがとう、エリ。

エリも嬉しそうに笑っている。

―――エリが側にいてくれたから、れいなは頑張れた気がすると。


エリは嬉しいのか恥ずかしいのかクネクネしている。それを見てれいなが思わず盛大に吹き出すと、頬を膨らませて拗ねてしまった。


「れいなー、ご飯やけん早く降りてきんしゃい」
「はーい。…ほら、拗ねとらんで行くっちゃ。」

何だかんだ言って、拗ねた顔もなかなか可愛いっちゃね、なんて心の中で呟く。
そうしたらエリはすぐ笑顔に戻った。
141 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:38
『明日は大雨となるところもあるでしょう。土砂災害などにお気をつけ下さい。降水確率は、全域で90%の予想です。』

テレビで、天気予報のお姉さんが至って気軽な口調で注意を呼びかけている。


れいなはひたすら食べ続ける。今日はいつもの倍は食べれそうな気がする。食べるスピードも倍だし。

「こらっれいな、もっと上品に食べんしゃい」

食べ物を頬に詰め込んだハムスターみたいになってるれいなを見て、エリが面白そうにくすくす笑っていた。
142 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:39
「はぁー、幸せ……」

湯船に浸かって、思わずそんな声が出る。それくらい幸せなんだから仕方がない。

今は、何でも幸せに感じる。昨日までと変わらない食事も、昨日までと変わらない湯加減のお風呂も、全てが心地良かった。
……あんまり心地良すぎて、眠い。


エリと目を見合わせて、へへっと笑った。……やばい、エリが少しぼやけて見える。
143 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:39
お風呂から出て、髪も乾かさないままベッドに倒れ込む。

…疲れたから今日はゆっくり休んで。明日からはまた、エリがいて、さゆと笑い合える。

「お休み…エリ」

れいなが目を閉じる瞬間まで、エリはずっと微笑んでれいなを見つめてくれていた。





だかられいなは、目を閉じた後にエリがどんな表情をしていたのか、何も知らない。
144 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:40

145 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:40

146 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/18(月) 23:40

147 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/20(水) 19:01
この雰囲気、癒されるなぁ(*´Д`)

しかし、次あたり切なげな予感がしますね。
148 名前:駆け出し作者 投稿日:2006/12/23(土) 00:13
>>147 名無飼育さん様
レスありがとうございます。癒せて嬉しい(*´Д`)
149 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:14




――――――――



150 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:15

2日連続で、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

カーテンの隙間から外を見る。厚い灰色の雲。

昨日の天気予報を思い出した。幸い、雨はまだ降っていない。


「エリ…?」

起き上がって周りを見渡す。まずエリに挨拶をして、れいなの一日は始まるのだから。

……ちゃんとれいなの近くにいた。ただ、あの太陽みたいな笑顔じゃなくて、悲しそうな笑顔で。



そして、ほとんど透明に近い体で。
151 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:15
「エリ……その体……」

透明な体。そして、悲しそうな笑顔。嫌な予感がする。


「エリ……まさか居なくなったりせんよね…?」

エリは笑っている。れいなの不安を吹き飛ばすような明るい笑顔じゃなく、悲しげな、今にも泣き出してしまいそうな笑顔で。

―――昨日戻ってきてくれたばかりなのにお別れなんて、絶対に嫌やけん…お願い、行かないで………


「れいなー、起きたとー?」

重苦しい空気は、間延びした大声で断ち切られた。
152 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:16
味噌汁の味が分からない。3秒おきにエリをちらちら見ていた。まさに今、エリが消えてしまっても不思議ではないような気がして怖くなる。
エリは、れいなと目が合うたびに一生懸命に笑ってくれた。

一生懸命にならなくたって常に笑顔を絶やさなかったエリが、一生懸命に笑おうとしている。


「なん、れいな、さっきからよそ見して。虫でも飛んでると?」
「あ、いや…何でもなか」
「ほら、早くせんと遅刻するとよ。」


もう一度エリを見てから、急いで味噌汁を飲み込む。


お約束のようにむせ込んでしまったけれど、ちらっと見たエリが一瞬、見慣れた笑顔になった。
153 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:16
制服に着替えながらも、一瞬たりともエリから目を離さない。

―――お願いだから消えないで、エリ……

ほとんど泣き顔に近い表情になりながら……それでも、エリは一生懸命に笑顔をつくっていた。
154 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:17
「行って来ます……」
「行ってらっしゃーい」


空には灰色の雲。……エリがいるのに、晴れていない。


―――雨降ってきそうやね。ちょっと急いで行くっちゃ、エリ……


「エリっ…!」

外に出たその瞬間。れいなの頭上に、まだエリはいたけれど。


エリの周りが輝いていた。
155 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:17
―――エリ!エリっ!!


スローモーションみたいにゆっくり、ゆっくり、エリが空に吸い寄せられていく。

エリを捕まえようと、手を伸ばそうとした。
…動かない。金縛りにあったみたいに、身体が動かない。


―――エリ!!!


声が出せない。身体も動かない。



無情にもエリとれいなの距離が離れて、その表情が見えなくなるわずかに前。

エリが笑った。今までで一番悲しそうな、それでいて今までで一番綺麗な笑顔を、見せてくれた。
156 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:18
金縛りは不意に解けた。
へなへなと地面に座り込む。

あっけないくらい突然に、エリはれいなの前からいなくなった。


エリが行ってしまった空を、ぼんやりと見つめる。
雲の切れ間から、青空が顔をのぞかせていた。



「あ……」

空から何か降ってきた。風に舞いながら、たくさん落ちてくる。

真っ白で米粒みたいに小さくて、羽のようなそれは、制服の左胸あたりに触れてなくなった。

冷たいはずなのに。その瞬間、体全体が少しだけ温かくなったような気がして。



……涙がほんの一粒だけ、頬を伝った。
157 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:19




――――――――



158 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:19




――――――――



159 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:19




――――――――



160 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:20
「んー……」

不意に目が覚めた。ふかふかのベッドなんかじゃなく、机の上に突っ伏して寝ていたらしい。

顔を上げると目の前に数学担当の教師がいた。

「おはよう。よく眠れたか?」
「ん…まあまあ」

教科書がれいなの頭に無言で振り下ろされて、教室が笑いに包まれる。
161 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:20
5分もしないうちに、やけにのんびりとした、気だるそうな音のチャイムが鳴った。金曜日の最後の授業が終わって、教室の空気が一気に軽くなる。

うーんと伸びをして、そのまま後ろの机に手をつく。ちょっと笑ってるさゆと目が合う。


「よく寝た?」

同じ言葉でも、さっきの数学教師みたいな嫌味ったらしさは欠片もない。だかられいなは、にひひ、と笑う。


「あっ、藤本さん!」

さゆが嬉しそうな声をあげた。
先にホームルームが終わったのか、廊下で藤本さんが手を振っている。さゆが笑顔で手を振り返す。



れいなは――――藤本さんに手を振った。
162 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:21
果たしてれいなが言い出したのか、さゆが言い出したのかはよく覚えてない。れいなと、さゆと、藤本さんと、3人で一緒に帰ろうということになって、気がついたら藤本さんとも仲良くなっていた。
藤本さんは、根はいい人なんだと思う。恐いけど。


れいなは、さゆを藤本さんに「取られた」ような立場なのに。自分でも不思議なくらい、藤本さんに対して負の感情は起こらなかった。さゆと藤本さんがお似合いのカップルだって、心から思えた。



たぶん。憎たらしいとか、羨ましいとか、そんな感情は……あの、可愛らしい天使が全て持っていってしまったんだと思う。
163 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:21
帰り道。さゆを真ん中にして、れいなとさゆ、さゆと藤本さんが手を繋いで歩く。
れいなとさゆの手に込められた気持ち。さゆと藤本さんの手に込められた気持ち。ちょっとだけ違う。ちょっとだけ違っても、3人とも間違いなく幸せ。

―――――あの日、エリがれいなの恋を叶えてくれなかった理由。今はなんとなく分かる気がする。
164 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:22
「重ちゃん、明日デートしよっか。」
「はいっ!お買い物とか、いっぱいしたいです!」
「じゃ、田中ちゃん、荷物持ちよろしくね」
「ええっ、マジですか?」
「マジ。本気と書いてマジ。」


ごく普通に発せられる「デート」の言葉。苦痛も、変な気遣いも、一切ない。
165 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:22
「明日、晴れるといいなぁ。」

空を見上げながら、さゆが呟いた。れいなと藤本さんも上を見る。抜けるような青空が広がっていた。

「あ、でも明日…確か予報は雨だったかな。」

藤本さんの言葉に、さゆの表情が曇る。
166 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:23
「……大丈夫、晴れますよ」

つい、ぽろっと口に出して言ってしまった。さゆが驚いたようにれいなを見る。藤本さんはジトッとした視線をれいなに向ける。

「へぇー、田中ちゃんって気象予報士の資格持ってたんだ。」
「や、その……勘ですよ、勘。」
167 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:23


―――ね、晴れるよね?…エリ。


空を見上げる3人の中でれいなにだけは、間違いなく、満面の笑みで肯くエリが見えた。
168 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:24




――――――――



169 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:24

目覚まし時計が大きな音を立てて鳴き始め、ふわふわな夢の世界は強制的にシャットダウンされた。
自由に空を飛ぶ夢だった。もっと見ていたかったのに。
170 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:24
目を擦りながら起き上がって、カーテンを開けて外を見てみる。


―――…ほらね。


雲ひとつない青空。
さゆの喜んだ顔、藤本さんのびっくりした顔を想像して、思わず笑みがこぼれた。
171 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:25

はいはいはい、とつぶやき、泣きわめいている目覚まし時計を止めた。静寂。
こうして今日もまた、いつもと変わらない1日が始まる。
172 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:25

173 名前:天使の贈り物 投稿日:2006/12/23(土) 00:26


『天使の贈り物』 fin.


174 名前:駆け出し作者 投稿日:2006/12/23(土) 00:29
というわけで、特に予告もせずにいきなり完結。
色々な意味で無理のあるお話でしたが、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

次はいつ、どんな話を書くかは未定ですが、今度はきっと全員が人間として登場します。


最後に、亀ちゃんおめでとう!
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/23(土) 00:43
完結お疲れ様&おめでとうございます
凄い心が温かくなりました
僕にとっては一足早い素敵なクリスマスプレゼントです

楽しみにしてるんで次作も頑張って下さい!
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/11(木) 01:30
今頃見つけちゃった
ちょっと遅いですが、完結お疲れ様です

れいながすごくれいならしくって可愛かった
ちょっと大人になったれいな、いい人に会えるといいね
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 00:54
遅くなりましたが、完結お疲れ様です。
二人ともすごくかわいくてほのぼのしました。
れいなの誕生日に始まり、亀ちゃんの誕生日に終わるという
演出もよかったです。
ありがとうございました。
178 名前:駆け出し作者 投稿日:2007/03/26(月) 22:56
三ヶ月ぶりの登場。

>>175 名無飼育さん様
ありがとうございます。心が温かくなったのは天使えりりんの力です、きっと。

>>176 名無飼育さん様
見つかっちゃった(照
「らしく」書きたかったので嬉しいお言葉です。

>>177 名無飼育さん様
こちらこそ読んで頂いてありがとうございました。
演出は話を書き始める前から考えてたりして。


今回は至って普通のお話を。3月は別れの季節ということで、そっち系です。
短くまとめるつもりが無駄に長くなったので、3〜4回に分けてお届けします。
179 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 22:57

『commonplace』

180 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 22:58

さゆみが目を覚ました時、背中は汗びっしょりになっていた。

上半身を起こして、たった今まで見ていたはずの夢の内容を思い出そうとしたけれど、頭の中に霧がかかっているかのように何も思い出せない。さゆみが覚えていたのは、それが恐ろしい夢だということだけだった。
181 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 22:59
欠伸を噛み殺しながら部屋のカーテンを開けたさゆみに、太陽の光がたっぷりと降り注ぐ。
さゆみは、自分を、みんなを明るく照らしてくれる太陽が好きだった。


今日という日でなければ。卒業式という日でなかったなら、さゆみはこの天気を見ただけで明るい気持ちになることができた。
182 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 22:59
さゆみには幼なじみが2人いた。同い年のれいな。1才だけお姉ちゃんの絵里。幼稚園の時から3人がどれだけ仲良しだったかを、さゆみは今でも鮮明に覚えている。

――――『えり、あそこにかわいいお花があるよ!取りに行こう!』

『うん!……ほら、れーなもいっしょに行こうよ』

『れ、れいなべつに花なんか興味ないし…』

『れーななんかほっといて行こうよ、えり』




思い出して、さゆみは少しだけ笑顔になった。
れいなのことも気にかける、優しい絵里。とにかく絵里が大好きだった、さゆみ。最初は嫌がるくせに、いつの間にかさゆみ達と一緒に花を摘んで嬉しそうにしていた、れいな。

3人とも、あの頃と何も変わっていない。
183 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:00
絵里は今日、さゆみよりも1年早く高校を卒業する。東京の大学へ進学するため、明日にはさゆみのもとを巣立ってしまう。今日が過ぎると、しばらく絵里には会えない。

――――『絵里ね、将来は歌手になるんだあ』

音大に行きたいと言って、目を輝かせていた絵里。
絵里が大好きなさゆみは、絵里に行ってほしくなかった。けれども、絵里が大好きなさゆみは、絵里に何も言えなかった。
184 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:01
「…学校、行こうかな」

ぽつりと呟いて、さゆみは着替え始めた。
学校の近くにある寮で一人暮らしをしているさゆみは、食事の準備も自分でしなければならない。でも今日は食欲もないし、卵をフライパンで焼くのさえ面倒に思えた。

下手だから料理しないんじゃないんだもん、と自分自身に言い聞かせ、着替え終わるとすぐに外に出たさゆみ。


それから数分が経った頃、誰もいないさゆみの部屋で目覚まし時計が鳴り始めた。
185 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:01
卒業式の今日、三年生と一、二年生の登校時間はずれている。いつもは絵里と歩く道を、今日は1人で歩くさゆみ。

外はもう春と言ってもいいような暖かさだった。静かで、穏やかで、平和で、それが逆にさゆみを辛くさせる。

「…旅立つ季節はー涙、見ーせーずーにー……」

目を閉じて、少しだけ気持ちを込めて、しかし誰にも聞こえないような小声で歌うさゆみを、笑う者は誰もいなかった。電柱にぶつかるまでは。
186 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:02
最初に目の前で鈍い音がして、次の瞬間額に走る痛み。
目を開けたさゆみの目の前には、灰色の塊が無表情でそびえ立っていた。

「いったーい、もう…」

腹を立てて電柱に軽くパンチなんかをお見舞いしてから、今度はしっかり目を開けながら歩き始める。


すぐに、見知った顔がさゆみの視界に入ってきた。いつもは遅刻ギリギリの時間に起きて、さゆみや絵里と登校することができない幼なじみが、さゆみを見て必死に笑いを堪えている。


「珍しいね、れいながこんなに早いの。」

電柱に激突した「失態」を目撃されていたらしいことは明らかだったが、さゆみは知らんぷりをして話しかける。れいなも「まあね」とだけ返して、特にさゆみをからかうこともしなかった。
187 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:03
2人並んで学校までの道を歩きながら、さゆみもれいなも居心地の悪さを感じていた。さゆみとれいなの2人で登校するのは、ずいぶん昔に絵里が風邪で学校を何日か休んだ時以来だ。

「…れいなは、絵里と離れ離れになるの、寂しい?」

盛り上がれそうな話題も思いつかなくて、一番無難な話題をさゆみは選んだ。どうせれいなはムキになって否定するだろうから、ちょっとからかってやろう、と。それでこの気まずい雰囲気が少しでも和らいでくれればいい、と考えて。

「まあ…寂しいって言えば、寂しいと。」
「……そう。」


れいなの返事は、さゆみの予想を見事に裏切って。さゆみはれいなをからかうこともできずに、結局会話は途切れた。
188 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:03
無言のまま学校に着いてしまった、さゆみとれいな。
学校の中は紅白の幕や色とりどりの花で彩られていて、いつもとは違う、卒業式独特の雰囲気をかもし出していた。綺麗な花が好きなさゆみは、しかし今日だけは花の存在が嫌で仕方がなかった。

「さゆ、さっきからため息つきすぎ」

言われてれいなを見ると、れいなは苦笑していて。今日はれいなに笑われてばっかりだと思って、さゆみはもう一度ため息をついた。

「ため息ついてるさゆみも、なかなか可愛いでしょ?」
「ため息つきながらそんなセリフ言わなければ、ね」

やっぱり、さゆみはため息をついた。
189 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:04




――――――――



190 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:04
「卒業生、入場」

さゆみの知らない禿げ頭の教師が、マイクを通してもったいぶった言い方で宣言する。それと同時に3年生が体育館に入ってきた。


さゆみも、さゆみの隣に座るれいなも、あっという間に絵里を見つけた。

さゆみやれいなを見つめる時と同じ、柔らかい微笑みの中に、どこか凛とした雰囲気がある。それでもさゆみにとって、れいなにとって、彼女は間違いなく亀井絵里という幼なじみ。
191 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:05
夢見心地のままで起立して君が代を歌い、倒れ込むように椅子に座ったさゆみ。
さっきと同じ教師が、やっぱりもったいぶった言い方で「卒業証書、授与」と言う。さゆみは、ふと昔のことを思い出し始めた。
192 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:05




――――――――



193 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:06
小学校の頃、絵里はさゆみとれいなのお姉さんのような存在だった。

『絵里ー、この問題どうやって解くのー?』
『れいなはここの問題が分からんっちゃ』
『さゆのは、分母と分子に同じ数をかけて分母の数字を揃えれば計算できるでしょ?れいなのは、わり算のところの分母と分子をひっくり返せばかけ算になるよ。』

今になって考えると、絵里自身にも当然宿題があったはずだった。それでも、毎日のようにさゆみとれいなに勉強を教えていた絵里が迷惑そうな素振りを見せた記憶が、さゆみにはない。
194 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:06
たったの1回だけ、絵里が本気で怒ったこともあった。

さゆみが5年生の時の運動会。100メートル走で一緒に走ることになったさゆみとれいなは熾烈なビリ争いを繰り広げ、結果はれいながさゆみよりもわずかに早くゴールテープを切った。そこまでは良かったのだ。


運動会が終わり、3人並んで歩く帰り道。れいなが、自分よりも100メートル走の順位が低かったさゆみをからかった。れいなの気持ちでは、「からかった」だけだったのだ。
それでも、れいなのからかいは、れいなの想像以上にさゆみを傷つけてしまった。

さゆみが泣いているのを見て、初めてれいなは事の重大さに気付いた。想定外の事態にパニックになって、謝ることもできないでいた。


「れいな!」

れいなの肩が、びくっと震える。恐る恐る視線を向けた絵里は、目も口も笑っていない。

絵里に泣きついていたさゆみは、絵里がれいなに何を言っているのか分からなかった。ようやく涙が止まった時、そこにはオドオドしている絵里と泣き叫ぶれいながいた。
195 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:07




――――――――



196 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:07
さゆみは、隣に座るれいなをふと見た。心なしか表情が固く見える。
れいなが今何を思っているのか、さゆみには分からなかった。
197 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:07




――――――――



198 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:08
中学校になると、3人を取り巻く環境も少しずつ変わり始めた。必ず3人でしていた登下校も、別々のことが多くなった。

それでも、週末に3人で遊びに出かけると、そこには昔と何も変わらない3人の姿があった。

『絵里、次はプリクラ撮ろう!』
『オッケー。ほら行くよれいな!』
『れ、れいなもうクタクタなんやけど……って引っ張るんじゃなかー!』

さゆみの机の引き出しには、3人のプリクラで埋め尽くされた手帳が大切にしまわれている。
最後のページには、絵里が中学校を卒業した日に3人で撮ったものが、1枚だけ貼られていた。
199 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:08




――――――――



200 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:09
さゆみが思い出を懐かしんでいる間にも、卒業生の名前が1人1人呼ばれていった。絵里のクラスまで、もうそれほど遠くない。
さゆみは少しだけ息が苦しくなっていた。
201 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:09




――――――――



202 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:10
絵里が高校に入ってからは、3人でいる時間も減ってしまった。1年後、さゆみとれいなが絵里と同じ高校に無事入学した後も、それはあまり変わらなかった。

『絵里、今度の日曜日空いてる?』
『ごめんねー、日曜日模試があるから…』
『ふうん…。じゃあちゃんと勉強しなきゃだめだぞー?』
『あっ、それさゆには言われたくないんだけど。』


3人一緒にいられなくても、仲の良さだけは変わらずにいた。

絆、なんて格好のいいものではないと、さゆみは思う。
ただ、3人を繋いでいる目に見えないものを感じることができさえすれば、さゆみは十分だった。
203 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:10




――――――――



204 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:11
もうすぐ、絵里の名前が呼ばれる。

さゆみはもう一度隣のれいなを見た。れいなもさゆみを見て、微かに頷く。そして2人は同時に視線を前に戻した。
さゆみはさっきから息苦しかった。


「亀井、絵里」
「はい!」

きりっとした、しかしまだ幼さを感じさせる絵里の声が、体育館に響く。

さゆみは無意識のうちに大きく息を吐いた。

息苦しさは、まだ消えなかった。
205 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:11

206 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:11

207 名前:commonplace 投稿日:2007/03/26(月) 23:11

208 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:33




――――――――



209 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:34
さゆみは部屋で放心していた。

午前で卒業式は無事終わった。しかしさゆみは、3年生が、絵里が体育館から退場する時に、周りと同じように拍手していたかどうか覚えていない。
210 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:34
卒業式が終わった帰りも、さゆみはれいなと2人で帰った。絵里のクラスは最後に全員でカラオケに行くらしかった。

帰り道に何を話したのかも、さゆみは覚えていない。れいなに話しかけられても適当に答えていたのかもしれないし、もしかすると何も会話がなかったのかもしれない。

何かが終わってしまったという脱力感だけが、さゆみを包んでいた。
211 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:35
外はもうすっかり暗い。
夕食をコンビニで買ってきた弁当で済ませたさゆみは、静寂に耐えられなくなってテレビをつけた。大して興味もないお笑い番組を横目に、目的もなく携帯を取り出す。

待受画面には、れいなに撮ってもらった絵里との2ショット。さゆみはそれを少しの間見つめて、すぐに携帯をポケットにしまった。


明日は学校も休みだった。宿題も出ていないから、することもない。
宿題があればなあ、とさゆみは思う。気が紛れるのなら、宿題でも何でもしたいと思った。
212 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:35
何もすることがなくなって、ようやくさゆみがお笑い番組に目を向けたちょうどその時、玄関のチャイムが鳴った。

玄関へ行くと、さゆー?と呼ぶ声が聞こえる。―――さゆみが聞き間違えるはずのない、絵里の声だった。
213 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:36




――――――――



214 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:36
コタツに入って、置いてあったミカンを取って皮を剥き始めた絵里に、さゆみは熱いお茶を差し出す。ありがとー、と言いながらふにゃりと笑って、絵里はお茶を一口飲んだ。外が寒かったのか、カラオケで盛り上がったのか、頬は紅潮している。

さゆみは、いきなり来てどうしたの、と聞こうとして、やっぱりやめた。聞かなくてもさゆみは分かっているのだから。
215 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:37
「れいなの家にも行くの?」

さっきからつけっぱなしだったテレビのお笑い番組を見てクスクス笑っている絵里に、さゆみは聞いてみた。聞いてみてすぐに、これだってわざわざ聞かなくても分かることに気付いた。

「うん。ていうかもう行ってきた。」
「そっか。」

さゆみは何だか落ち着かなかった。絵里がさゆみを訪ねてくることは今までいくらでもあったけれども、今日はいつものように遊びに来たのとは訳が違う。逆に絵里は、普段と何も変わらない様子でくつろぎながらミカンを食べている。
216 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:37
「ねえ、さゆは絵里のこと、どう思ってる?」

急に真剣な表情でさゆみを見つめながら、絵里が訊ねる。急に訊ねられたさゆみはドキっとした。

「え………お姉ちゃん、かな。」


きっとれいなに聞いても同じ答えだろうと、さゆみは思う。一番頼りなさそうに見えるくせに、何だかんだ言って3人の中で一番お姉さんなのは絵里だったのだ。
さゆみがそのことを言うと、絵里は「ふーん」と嬉しそうに笑った。

「でもさ、絵里みたいな頼りないお姉ちゃんなんて、なかなかいないよ?」

素直に「お姉ちゃん」と言ってしまったことがさゆみはやっぱり恥ずかしくなって、余計だと分かっていながらも一言付け加えた。
絵里は唇を尖らせて、怒っていることをアピールしてみせる。それでも目は笑っているから、さゆみもつられて笑った。
217 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:39
「…れいながね」

絵里がもう一度口を開く。いつの間にかテレビの賑やかなお笑い番組は終わって、少し静かになっていた。

「絵里のこと、好きだって。」

至って気軽な口調で絵里が言う。さゆみは口を半開きにして固まってしまった。そんなさゆみを見て、絵里は楽しそうに笑う。

「…絵里は、なんて言ったの?」
「ありがとう、って。」

ありがとう、絵里もれいなが好き、なのか、ありがとう、でもごめんなさい、なのか分からない言い方だった。さゆみは次の言葉を待ったけれど、絵里はテレビの天気予報なんかを見ている。

まあいいや、と、さゆみは思った。さゆみが結果を知らなければならない必要性なんて、ほとんどないのだ。話したければ、いつかれいながさゆみに話してくれるだろう。それまで何も知らないでおくのも、そんなに悪くない。
218 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:40
「あっ、明日も晴れるって。」

テレビに現れた太陽のマークを見て、絵里がまた嬉しそうに笑う。
さゆみは今朝も明日も晴れてほしくないと思っていた。神様が絵里の旅立ちをお祝いしているようで嫌だった。

それでも絵里が喜ぶのなら。絵里が晴れることを望むのなら、さゆみは喜んで自分の意思に反することを望むだろう。
219 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:40
絵里がミカンをもう1つ取ろうとした時、絵里の携帯が鳴った。画面を見た絵里がほんの一瞬だけ表情を曇らせたのが、さゆみにも分かった。

「もしもし……うん…うん……うん、大丈夫。それじゃあ。」

携帯をしまった絵里が、少し困ったような笑顔をさゆみに向ける。

「お母さんから。もう遅いから帰って来なさいって。」
「……そう。」

しばらくの間流れる気まずい沈黙。さゆみは俯き、絵里は落ち着かない様子でソワソワしている。
やがて絵里の表情がパッと明るくなって、両手をポンと合わせた。

「さゆ、絵里の家に泊まらない?」

絵里は、このまま帰ればさゆみがどんな気持ちになるのか分かっていた。自分自身がどんな気持ちになるのかも分かっていた。だからこの提案は、さゆみにとっても絵里自身にとっても魅力的なはずだった。
220 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:41
「嬉しいけど……泊まれない…よ」

さゆみは俯きながらゆっくりと声を出す。どうしてこんなことを言うのか、さゆみ自身もよく分からなかった。最後まで絵里に甘えて迷惑をかけたくないという可愛らしい自立心、なのかもしれない。絵里の提案に喜んで飛びつきたい気持ちを、さゆみは必死の思いで押さえ込んでいた。


「…そっか。わかった。」

絵里は深く追求することをしなかった。きっとさゆみの両親よりも、さゆみのことはよく分かっているのだ。
221 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:42
「…じゃあ、そろそろ帰るね。」

コートを着て、絵里が立ち上がる。さゆみは座ったままだった。

「絵里…」
「うん?」

しゃがんで、さゆみの顔を見つめる絵里。今までと何も変わらない優しい目をしている。

「…おやすみ。絵里。」

一文字一文字を愛おしむようにゆっくりと、さゆみはその言葉を発した。今日一番の笑顔が輝いていた。

「…うん。おやすみ。」

絵里も目を細めて笑い、ポン、ポンと2回、右手でさゆみの頭を軽く撫でる。

そうして立ち上がり、さゆみのいる居間を出ると、ゆっくりとドアを閉めた。
222 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:42
絵里がいなくなったあとの居間。さゆみはぼんやりと、絵里が散らかしたままのミカンの皮を見つめていた。

「ふ……う……」

流すまい流すまいとしていた涙が、ようやく解放される。悲しい涙か悔し涙か、さゆみはその涙の名前を知らない。涙が巨大な何かを流し出そうとして、しかし流れないようにさゆみには思えた。


「絵里……絵里……」

何も考えなくても自然に呼んでしまう名前。ああやっぱり絵里と離れたくないんだ、と熱くなった頭でさゆみはぼんやり考えた。
223 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:43
居間のドアが小さな音を立てて開いた。さゆみは驚いて、反射的に涙を拭う。


ドアの陰からのぞいていた顔を見て、かなわないなあ、とさゆみは痛感させられた。絵里だった。
224 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:43
絵里は困ったように笑いながら、ついさっき「おやすみ」と言ったさゆみに対して何と言えばよいのか考えているように見えた。
さゆみは何も言わない。何も言えなかったし、何か言っても声にならないような気がした。


「……おやすみ。さゆ。」

絵里は何もかも分かった上で、ついさっきしたばかりの挨拶をもう一度繰り返す。さゆみも返そうとした声は、しかし声にならず、肯いてみせることしかできない。
それでも絵里には、それだけで十分だった。


さゆみに1つ肯いて見せてから、居間のドアをゆっくり閉める絵里。さゆみの視界から絵里が消える。



玄関のほうでドアの閉まる音がはっきりと聞こえてきたけれど……さゆみはそれ以上泣くことができなかった。
225 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:44

226 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:44

227 名前:commonplace 投稿日:2007/03/30(金) 22:44

228 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:07




――――――――



229 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:07
さゆみの家から少し離れた場所にある、小さな駅の中の、小さな改札口。さゆみとれいなは、絵里の見送りに来ていた。あと10分ほどで、絵里が乗る電車が到着する。

外は少し肌寒かったけれど、太陽の光はたっぷりと降り注いでいた。
230 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:07
「2人とも、元気でね。」

絵里が晴れやかな笑顔で言う。れいなはどこかムスッとしていた。

「絵里も頑張ってね。体には気をつけてね。」

さゆみは気持ちがスッと楽になるのがわかった。行ってほしくない気持ちもまだあるけれど、それでもやっと絵里に「頑張って」と言えたのだった。

ありがとう、と呟いて、絵里がさゆみに抱きつく。さゆみも絵里をギュッと抱きしめ返す。

「れいなと仲良くするんだよ?」

絵里が少しだけ笑いを含んだ声でさゆみに言う。

何かあると必ず絵里に甘えていたさゆみ。その関係は2人も気付かないまま、絵里が旅立つこの瞬間まで途切れることなく続いていたのかもしれない。

しかし絵里がいなくなれば、さゆみの一番近くにいる存在はれいなになるのだ。


「大丈夫。心配しないで。」

さゆみは満面の笑みを絵里に見せた。性格も好みも違うけれど、きっとうまくやっていける。2人ともそれくらい大人になったのだ。
231 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:08
もう一度ギュッときつくさゆみを抱きしめて、絵里がさゆみから離れた。そして、さっきから不機嫌そうな顔をしたままのれいなの前に立つ。

絵里がれいなの背中に手をまわしかけて、一瞬ためらうような様子を見せた。けれどもすぐに、意を決したようにれいなをきつく抱きしめた。

2人は今どんなことを思っているんだろう、とさゆみは考えた。れいなが絵里に想いを伝えたその結果を、さゆみは知らない。
232 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:09
絵里がれいなに何か話している。
さゆみには聞こえなかったけれど、絵里の穏やかな笑顔とれいなの不機嫌さが消えた表情を見て安心した。恋の行方はどうであれ、2人の関係は何も壊れてはいないらしい。
233 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:09
『まもなく、1番線に電車が到着します』

さゆみは急に胸が締め付けられるような苦しさを覚えた。
絵里はれいなを抱きしめていた腕を離して、2人の顔を交互に見ている。その目は潤んでいるようにも見えた。

「電話でもメールでも、いつでも待ってるからね。」

絵里が携帯を取り出して言う。
さゆみは携帯という機械に頼らざるを得ないのが少しだけ悔しかったけれど、しょうがないんだと思った。3人を繋ぐものは「絆」ほど立派じゃなくても、決して脆いものでもない。
234 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:10
「…それじゃあ、ね」

さゆみとれいなの手を強く握ってから、絵里は2人に背を向けて歩いて行った。
さゆみもれいなも、絵里の後ろ姿をじっと見つめる。すると絵里が振り返った。

慌てて手を振ろうとする2人に、絵里は笑いながら右手の親指をぐっと立てて見せる。

その仕草が妙に面白く見えて、さゆみはクスッと笑った。れいなも笑った。それを見た絵里が、本当に嬉しそうににっこり笑った。


ずっとさゆみとれいなのほうを向きながら絵里は歩き、曲がり角を曲がってとうとう見えなくなった。
235 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:10
「……行っちゃったね」

さゆみがれいなのほうを見て呟く。れいなは下を見ていた。

「……うっ………えぐっ……」
「れいな?」

ぽたっ。
れいなの足下に落ちたものを見て、さゆみは全てを理解した。絵里に涙を見せまいと我慢していたのは、昨日のさゆみだけではなかったらしい。

「もう我慢しなくてもいいんだよ?れいな」

さゆみがれいなの顔をのぞき込みながら言うと、糸が切れたようにれいなは声をあげて泣きじゃくり始めた。
幼い頃の自分も、こうしてよく絵里に泣きついていた。そんなことを思い出しながらさゆみは、絵里がさゆみにそうしたようにれいなの頭を撫でてやる。


意外と似たもの同士の自分たちは、きっと仲良くやっていける。ぼんやりとそんなことを考えながら。
236 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:11




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237 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:11

短い春休みもあっと言う間に過ぎ去り、新学期が始まろうとしている。

3年生になったさゆみは、早めに家を出て学校に向かっていた。
238 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:12
ちょうどタイミング良く、れいなの家の前を通りかかった時にれいなが出てきた。うさぎをイメージして髪を結っているさゆみに対し、れいなはストレートにしている。なかなかかっこ良かった。

「ほらほら、れいな早く行こうよ」
「焦らなんでもいいっちゃろ、まだ1時間も余裕あると」

季節は春。自然と気持ちも高ぶる。
239 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:12
春休み中、さゆみはほとんど毎日のように絵里に電話をかけた。絵里はすでに歌の勉強を始めたらしい。ガキさん、という友達ができたということも嬉しそうに話していた。

れいなとも時々メールしている、とも言っていた。それでさゆみは、思い切ってれいなに聞いてみた。

「れいな、絵里とはどうなったの?」
「……振られたと。」

その時のれいなの表情が、さゆみは今でも忘れられない。振られて逆に今まで以上に絵里と仲良くなれたと言って、れいなは穏やかに笑っていた。
その笑顔の中にほんのわずかな強がりも含まれていないことを、さゆみはすぐに分かった。それでれいなをちょっとだけ尊敬したことは、恥ずかしいからさすがに言っていないけれど。
240 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:13
「あー、見て、きれいな桜!」
「ほら、前見て歩かんとまた電柱に頭ぶつけるっちゃ」

もしかしたら自分も絵里に恋をしていたのかもしれない、とさゆみは思う。そう思い始めたのは絵里と離ればなれになってからで、気持ちを伝えるには遅すぎた。それでも後悔はしていない。


「……いったーい!」

桜に見とれていたさゆみが電柱に激突して、れいなが涙を流して大笑いする。


絵里はいないけれど、これはこれで悪くない。
241 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:13
そうこうしているうちに学校が見えてきた。あと1年通えば、さゆみとれいなも卒業してしまう。

―――音楽の授業、今年は頑張ってみようかな……。

ふっと笑って、さゆみは駆けだした。慌ててれいながついてくる。
242 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:13



道路を、桜の花びらがさゆみの好きなピンク色に染めている。
ピンク色の道を駆けて行くさゆみを、れいなは後ろから笑顔で見つめていた。
243 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:14

244 名前:commonplace 投稿日:2007/04/05(木) 23:14

『commonplace』 fin.
245 名前:駆け出し作者 投稿日:2007/04/05(木) 23:24
宣言通りの至って普通なお話でした。お楽しみ頂けましたでしょうか。
手の動くままに書いてそのまま載せた感じですが、強いて言うなら3人の結び付きみたいなものを書きたかったのであります。
感想なんかを頂けると小躍りして喜びます。

次は「仲直りっぽいもの」をテーマにして書きたいなあと。
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/06(金) 14:35
読んだ後すごく爽やかな気持ちになれました。
作者さん、どうもありがとうございました。

次作も6期かな?期待して待ってます。
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/14(土) 20:52
お疲れ様です!
青春、って感じですねぇ♪
次回作もワクテカしながら待ってます。
248 名前:駆け出し作者 投稿日:2008/01/12(土) 16:03
ずいぶん久しぶりの登場となりました、作者です。

何よりも最初に、スレの整理がないのをいいことにダラダラと放置してしまったことをお詫びさせてください。本当にごめんなさい。

小説を書きたいという意志はしっかり残っていますし、例の如く超スローペースの執筆を続けております。もうしばらく時間を頂ければと思います。

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