赤の女王とアリスのワルツ
1 名前:名無し@血のあじの作者 投稿日:2006/09/08(金) 00:01
道重さん17回目のお誕生日+GAM結成おめでとう話です。
なので、この3人がメインです。
2 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:02

第1話「くらやみにくちづけ」
3 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:05
どこもかしこもうるっさい。うるさいったらありゃしない。

藤本美貴は、うるさいのが大嫌いだった。
自分がやかましくするぶんにはかまわないが、他人のうるささは耐えられない。エゴ
イストとなじられても、そうなんだから仕方がない。なのにうるさいのだ。モーニン
グ娘。の楽屋は、休憩時間は、ありえないくらいやかましいのだ。

美貴が、数年間の娘。生活で学んだことは『静かにさせようと思うな』だった。ヤツ
らは黙っていられない。
うっさいんだよとキレる美貴と、ごめんなさいと萎縮しときながら五秒で再び騒ぎだ
すメンバー、そしてまあまあと取りなすお人好しのメンバーとの間で、三つどもえの
争いが連日繰りかえされていたのは、さほど昔のことではない。
4 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:05
美貴は学習した。君子危うきに近寄らず、もとい、逃げるが勝ち。

シンプルな結論に達した美貴は、レコーディングスタジオ、コンサート会場、テレビ
局……メンツの多いさまざまの現場において、三日に一度は逃げだすようになった。
どこにだってデッドスペースはある。時間までに帰ってくれば、誰も文句はいわない。

今の仕事のメインは、もうすぐはじまるミュージカル。ハードルが高いから、みんな
必死だ。あーだこーだの相談やらセリフ合わせやらストレス解消やらで、ますますも
ってやかましい楽屋。やかまし村もびっくりだ。そんなわけで。

今日も今日とて、美貴は隠れる。
5 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:05

   ▽   ▽   ▽
6 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:06
学校の教室のようだけれど、そう呼ぶには無機質な、がらんとした部屋だった。
真っ白な壁、真っ白な床、真っ白な机に、ホワイトなボード。
こじんまりとしているところも気に入った。足をあげて眠るのに良さそうな長机も。

スタジオリハーサル二日目のに見つけたここを、美貴は今回のミュージカル中の定宿
と決めた。
昼休み。手早くお弁当を片づけると、美貴は携帯とペットボトルをひっつかんで、い
つもここへとやってくる。まずは携帯チェック。用がなければ携帯は机にぽい。その
横に脚を投げだして、腕組んで昼寝。たまにゲーム。余裕のないときは、曲覚えたり
練習したりアンケート書いたり。自由に過ごす。

しばしば美貴が消えてしまうのを、メンバーがどう思っているかは、わからない。
まあみんな、特に気にしていないだろう。仲が悪くて消えてるワケじゃないんだから。
そう美貴は思っていたから、誰ひとりたずねてこないのも気にならなかった。むしろ、
この大切な自分の時間を、誰にも邪魔されたくなかった。

なのに。
7 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:06
「藤本さん。起きてください」

ささやく声に、ゆっくりと目を開けると、白い顔がのぞきこんでいた。
さらりとおろした黒髪、アーモンド型の目。電気はつけていないので、光源はブライ
ンド越しの太陽光だけ。さらに、起き抜けのにじんだ視界では、こちらをのぞきこむ
道重さゆみの表情は、よく見えなかった。
「んん。はじまった?」
いいながらも、感覚的にまだだと思う。うとうとしだして、さほど時間はたっていな
い。集合5分前に、携帯のアラームもセットしてあるし。
「まだ10分あります」
「じゃ、起こすなよぅ……」
美貴は再び目を閉じた。そのまま寝てしまおうとしたが、思いなおして、
「……なんか用? シゲさん」
目をつぶったまま、問いかけた。
8 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:07
ミュージカルのスタジオリハーサルが始まってから、二週間以上。ここに誰かがやっ
てきたのは、はじめてだった。楽屋から離れているとはいえ、廊下からは見えるだろ
うし、隠れてるわけじゃないから、見つかったって不思議ではないのだけれど。

美貴が楽屋にいないのは、一人になりたいから。みんな知っている。
いつもどこ行ってるんですか?と聞かれて、楽屋うっさいんだもん、と答えた自分に
苦笑いしたこのこを覚えてる。用もないのに、こんなところまでたずねてくるわけは
ない。
9 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:08
「用? ああ、そうですね。えっと……」
「用もなく起こしたんなら殺す」
「うわ。殺されたくない。用、なくはないです」
「なあんだよ」
「とりあえず、目をあけてください」
「あけない。あんた行ったらまた寝るから」
「起きないとぉ、さゆみのカワイイお顔が見れませんよ?」
「バカじゃないの?」
「起きないとキスするぜ」
「キーモーい」

そんなCMあったあった、と思った瞬間。ふわりと何かがおおいかぶさって、そして。
頬を流れた髪の感触、近距離の温もり、そして何より。

唇に、ばっちり感じる柔らかさ。
10 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:08
美貴は目を開けた。アップ過ぎて何がなにやらわからない。つかのま呆けた。なにし
ろ突然だし、寝起きで反応が鈍ってる。

ええと。ええとええと。これって。

相手の髪が頬で揺れて、くすぐったさに、我にかえった。美貴は、自分の肩を抱きし
めている白い腕をつかんだ。ぐぐっと押しかえす。体につれて唇が離れ、距離がとれ
たおかげで、目を細めている表情が、やっと見えた。
11 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:08
してやったり。そんな言葉が浮かぶ、その笑い顔はなんだ。
「ちょっと。ちょっとちょっと」
思わず『ざ・たっち』になる美貴。おっと、とつばを飲みこんだ。
「え。なに。なに今の。今さ――――――」
うろたえている自分に、さらに動揺して、言葉がでてこなくなってしまった。

もちろん美貴は知っている。

かわいい顔してこのこはキス魔で、誰かれかまわず、ぶちゅっとかまして――いや、
かまう。気に入ったメンバー選んでは、ぶちゅっとしてる。ライブ中にテンションが
上がりすぎたとき。誕生日プレゼントをもらった感激のしるし。周囲を十分意識した、
行きすぎのコミュニケーション。美貴もされたし、したこともある。

だけどここにはギャラリーはいない。それに今ってハイでもない。
さらに今のは、普段の『ちゅう』とは、明らかに質がちがってた。いわゆるキス。ど
っちがどうとか細かいこといわれてもわかんないけど、ちがうってことだけはわかる。
12 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:09
美貴は思いきり眉をしかめた。
「くそ。目ぇ覚めた」
ため息をつきながら、上半身を起こす。さゆみはにっこりと目を細めた。
「おはようございますっ」
「おはよじゃねぇよ。ナニすんのあんた」
「藤本さんが好きなんです」

美貴は口をあけた。ぽかんと見つめても、相手は反応しない。
「ええっ?」
おかしくもないのに笑いがもれる。困ったときに、つい出てしまうあれだ。
さゆみも笑った。
「ええっ?」
美貴の言葉を意味なく繰りかえして、くくっと笑う。照れとかはにかみとかいう、か
わいらしい要素のない、おもしろい何かを見た、というだけの笑顔。
13 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:10
「嘘でしょ」
「ホントです」
「嘘だ」
「マジです」
さゆみは人さし指を立てた。
「れいな風にいうと、本気と書いてマジと読みます。それくらいマジです」
「そのいい方がすでに嘘くさいから。怒るよ」
「コワーイ」
さゆみは両腕で自分の体を抱きしめた。
完全におちょくられている。おちょくったるのは大好きだけど、おちょくられるのは
大嫌い。美貴は唇をなめた。
「あのね道重さん……」
「本当です」
不穏な気配を素早く察して、さゆみは真顔になった。
14 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:10
「わたし、藤本さんのことが好きなんです。ずっと前から。今ここに来たのは、告白
しようと思ってきました。キスする気はなかったんですけど、寝顔があんまりかわい
かったんで、つい。魔がさしたってヤツです」
「いや、あのね……」
「うん。寝こみ襲うのは反則ですね。ごめんなさいでした。でもさゆみ、体からはじ
まる恋って、一概には否定できないと思うんです」
「妙ないいいかたすんなっ。でなくてさ――」
「藤本さん、今カレシいませんよね?」
「いやあの、ほんとごめん聞いて?」
「さゆみをカノジョにしませんか?」
15 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:10

   ▽   ▽   ▽
16 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:11
「で、で、で? 彼女にしちゃったの?」
「するわけないし! ミキ、かわいいこ好きだけど違うから! カノジョ欲しくない
から! カノジョなる方だから!」
「ま。ま。ま。ちょっと落ちつきなさい? たんたん?」
よーしよしよし、と頭をなでられる。
「そこまで全力で否定するとかえって怪しまれるから。ね?」
「あーやーちゃんー!」

あごを思いきり下げた美貴に、無責任な親友は、にゃはは、とゆるい笑いで答えた。
17 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:11
時は流れて、その日の晩である。

美貴は、親友の松浦亜弥と、藤本家の食卓で差し向かい。美貴母手製の夕飯を食べ終
えたところだった。

明日はGAM――期間限定、亜弥&美貴のスーパー美脚ユニットでのお仕事で、翌日
同じ仕事のときは、この二人は、たいていどちらかの家に泊まる。
明日の現場は、こちらの方が近いので、今日は美貴帝ならぬ美貴邸でお泊まりなので
あった。

いつものように、亜弥は張りきって、会えない間のおもしろエピソードや共通の友人
の噂話を美貴に披露した。いつもは張りあって、亜弥以上にしゃべりまくる美貴なの
に、今日は反応が鈍い。亜弥の話はするすると、右の耳から左の耳へと、流れてこぼ
れてしまっている。

もちろん、そんな状態に甘んじていられる亜弥ではない。
18 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:12
「つまんないんだけど」
胡椒の瓶でリズミカルにテーブルをたたきながら、亜弥は美貴をにらんだ。
「え? え? 何が?」
「あんたが。すんごい無口だから」
「え。そんなことないけど」
口ではそんなことない、といいながら、心のなかで出た言葉は「しまった」だった。
食事のさなかも、なんやかやと話しかけていた亜弥に、生返事をしていた自覚はあっ
たのだ。あったのだけど、亜弥の話に集中できなかった。

頭のなかでは、いつからだいつからだとか、女の子好きなの?そんな気配あったっけ?
とか、だとしたらミキより亀に行けよお似合いじゃんとか、ていうかミキ以外だった
ら誰でもいいじゃん、他あたれよもうう、などという思考が、ぐじゃらぐじゃらと渦
巻いていたのだ。
19 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:13
「あれ、そういやお母さんは?」
美貴は、さっきまで隣で食事をとっていた母を、きょろきょろと探す。
「お風呂掃除。てか、ママティ食べ終わってたのも気づいてないって、おかしくない?」
食べかけのシチューをかきまわしながら、美貴は、あははと笑った。
「そんなことないよー?」
「わざとらしー」
亜弥は不服そうに目を細めると、美貴のシチュー皿を指さした。
「ぜんぜん食べてないじゃん」
「あ、食べてる食べてる」
すっかり冷めきったシチューを口に押しこみながら見ると、亜弥の皿はとうに空にな
っていた。これは突っこまれても仕方がない。シチューをがぶがぶ食べながら美貴は、
いいわけを考える。思いつかない。亜弥はあいかわらず、説明を求めるみたいな目つ
きで、こっちを見つめてる。
20 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:14
まずい。あの目はまずい。

なんかあったんでしょ、なにがあったんだよ、なにもかも説明して、説明しろ説明す
る義務があるみきたんには! などといいだすのは、時間の問題だ。
そして、そうなると、美貴はこのこに逆らえない。聞かれるがまま、何もかもを話す
しか道はないのだ。

美貴はごくりと水を飲みこんだ。

それだけは避けたい。
21 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:14
「あ、おかわりしよ。あやちゃんもいる?」
「いらない」
「あ、そ……」
美貴はキッチンに立つと、小鍋の蓋をとった。冷めきったシチューは、表面がうっす
らと膜になっている。時間稼ぎにちょうどいい。美貴はコンロに火をつけて、シチュ
ーをじっくりかきまわした。

基本的に、美貴は亜弥には、なんでも話す。今、頭の中をしめていることがらについ
て、正直いいたくもあった。だけど、さすがにあんな微妙な話を、第三者に勝手にい
えない。いえないからこそ、頭にはりつく。美貴は、小鍋の側面のシチューを、慎重
にこそいだ。

と。

着信音がなった。美貴の携帯だ。
22 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:15
「たん鳴ってる」
「あーメールだからいいや」
「あそう」
パカン、と音がした。
焦げつかないようにシチューを混ぜることに夢中になっていた美貴は、反応が一拍お
くれた。
今の音の意味が、一瞬おくれて頭にひらめく。

え。まさかまさかまさか。

疑念に答えるように、シチューにぽこぽこ、泡が浮かぶ。

美貴は振りかえった。
亜弥が、美貴の携帯の画面を見ている。
「どわあああっ」
美貴は雄叫びをあげた。飛びあがる。
「ちょ、あやちゃん、人のメールをぉ――」
「あ! みきたんおたま垂れてる! お鍋、お鍋も火ぃ消さないと、危ないから」
「うわっ……と、と」
あつあつのシチューを床に垂らして、美貴はあわてる。おたまを鍋に戻して火を止め、
再びダイニングにとって返したが……。
23 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:16
「『藤本さん、昼間はあんなコトしちゃってごめんなさい。びっくりしましたか?
引いちゃったかなあ、と思うと悲しくなったりもしますけど、後悔はしてません!
さゆみの気持ちは冗談じゃありませんから。おやすみなさい。明日もお仕事がんばり
まショー』って……」
携帯を高く掲げて、躍りかかる美貴から器用に逃げまわりながら、早口で滑舌良くメ
ールを読みきった亜弥は、ソファの上で松田優作と化した。
「なんじゃこりゃあ!」
24 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:17
「ちょっとあやちゃん、ありえなくない? メールはさすがにありえないって!」
「ナニナニナニ? みきたんこのメール何? どういう意味? あんなことってナニ」
「じゃなくって! 手帳くらいはいいけど、メールはブーでしょ。あのねあやちゃん
だって彼氏からのメール、ミキに見られたらヤでしょ? 自分が嫌なことってのはさ
ぁ……」
「ウン。ごめんね。親友だからって、メール見るなんて最低だよね。ほんとごめんな
さい。反省した。もう二度としない」
上目づかいで顔を寄せられて、美貴はぐっとつまる。
「いや、そう素直に謝られると……」
「んでっ? ナニナニナニこのメール。どうゆうこと? 説明説明! プリーズ!」
「あやちゃん……」
「いえ! いえいえ! いえいえいえいえいえっ!」
「最悪……」
美貴は天をあおいだ。

今日は厄日だ。
25 名前: 投稿日:2006/09/08(金) 00:19

   ▽   ▽   ▽
26 名前:名無し 投稿日:2006/09/08(金) 00:22
草に『掌編小品』という自スレがあるのですが、容量オーバーしそうなので、新たに立てました。
道重さんのお誕生日もGAMも、いつの話題かという感じですが、幸いGAMはまだデビューし
ておりません。
ささやかな話ですが、よろしければぜひ、おつき合いください。
27 名前:  投稿日:2006/09/08(金) 00:25
流します
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/08(金) 00:26
リアルタイムだったので記念に。
面白いです。組み合わせがまた何とも言えない
期待してます
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/08(金) 00:58
面白いw
頑張れもっさん!
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/08(金) 05:01
3人の口調がリアルに想像できるカンジです。
振り回される藤本さんカワイイ。

松田優作な亜弥ちゃんがリアルに見たいですねw
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/10(日) 14:07
やっばいどうしようめちゃ面白いデス。正座して続き待ちます。
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/11(月) 08:33
めちゃくちゃ良いです。3人ともすきだしみきさゆ好きだし楽しみにしています
33 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:34
第2話「弱い」
34 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:42
「アタックですよアタック」

今日はピンクのジャージだった。

「洗剤?」
とやる気なくたずねる美貴に、
「ちがいますぅ」
相手の声の低さなぞどこ吹く風、机の隙間をぬって、さゆみはどんどん近づいてくる。
「とう」
あと二歩まできて、唐突にジャンプ。完全に着地してから、そーれい、とぎこちなく、
右手を振りおろした。

「藤本さんに、ラブアターック」
「いま、足ついてから打ったよね?」

机の上に放りだした足もそのままに、美貴はいたって冷静にかえす。さゆみはぶー、
と唇を鳴らした。

「拾おうとする意志がなーい」
35 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:42
   ▽   ▽   ▽
36 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:43
衝撃の告白から、一夜明けた翌日。昨日と同じ、美貴の大事な秘密基地。

告白話とその後の美貴の対応について、しつこくしつこく追求してくる亜弥から逃れ
られたのは、明け方だった。洗いざらい白状させられたうえに、面白半分のアドバイ
スの連打。ぐったりだ。

寝不足の体で午前中をなんとかこなし、さて昼寝を、とやってきたマイルーム。
昨日と同じようにして、にこにこのこのこ、さゆみはやってきたのだった。
37 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:45
美貴が足をあげている長机にひょいと横座りすると、体をねじってこちらをのぞきこ
む。リクライニング状態に椅子深く体を沈めている美貴には、さゆみがやけに大きく
見えた。不利な体勢だが、ここであわてて起きあがったりしたら、相手のペースだ。

美貴はふんぞり返ったまま、
「あのさあ」
「ハイ?」
「さっきも聞いたけど、何しにきた?」
「だから、アタックですよアタック」
「アタックでもホールズでもなんでもいいけどね、ミキ、一人になりたいからわざわ
ざここまで来てんの。知ってるよね」
「知ってます」
「じゃあくんな」
きっぱりと美貴がいうと、さゆみはちょっとだけ、ひるんだような顔をした。

よし。美貴は内心うなずいた。この際、はっきりさせとこう。
38 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:46
「いい? この時間はミキの貴重な睡眠タイムなんだよ」
「寝てなかったじゃないですか」
「今日は嫌な予感がした」
「あ、さゆみが来て予感的中て感じですか?」
「うん」
「否定してください」
「さっきシゲさんが廊下に見えたとき、ミキ『げっ』ていったもんね、思わず」
さゆみはふっと、こちらをうかがうような目をした。ぽんぽん投げあっていた言葉を
いったん手もとで止めて、じっと美貴を見つめる。

「なによ」
「藤本さん、覚えてますよね、昨日のこと」
「忘れるか!」
「にしてはぁ……」

さゆみはゆっくりと首をかしげた。

「普通ですね」
39 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:47
「なに。ヒいて欲しいわけ? 冷たくされたい?」
「じゃなくってー」
さゆみはスニーカーの踵で、机の側面を軽く蹴りながら、
「もっとこう、さゆみのことレッスン中見つめてきたりとか、意識してうまく話せな
いよーとか、そんなこといわれたってーって困ったりとか、そういう微妙な心のあれ
これとか、ないんですか?」
「ない」
「えええー!」

さゆみはぽかんとした。ぶらぶらさせていた足を止めて、口を開けたまま静止している。
ギャグみたいな反応だけど、これってやっぱりショック受けてんのかな、と美貴はほ
んのすこし悪い気がした。が、しかし。しょうがない。こればっかりは、しょうがない。

美貴は、昨夜の亜弥のアドバイスを思いだした。
40 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:48
『その気がないならやさしくすんなよ』

さんざんネタにしてからかったくせに、最後に亜弥は、しごくまじめな顔で、そんな
ことをいったのだった。
『わかってる』
と、美貴はいいかえした。いわれるまでもない。そんなの鉄則だ。
『わかってても、むつかしいんだな、これが』
なぜか亜弥は疑わしそうな顔をして、美貴をのぞきこんだ。
『できるかな? みきたんに』
『あやちゃん、よっぽどミキのことモテないと思ってる? これでも男の子の十人や
二十人……もいないけど、ちゃんと振ったことあるもん。もう、キッパリキッパリよ』
『それって、どうでもいい人のことでしょ』
亜弥は、美貴の髪の先に、意味なくふれた。つまんだ毛の先で、美貴の鼻を、ちょい
ちょい、とくすぐる。

『たんは弱いからなあ』

三回のくしゃみのあと、どういう意味かたずねても、亜弥は笑って答えなかった。
41 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:50
――よし。見てろ、あやちゃん。

美貴はだらしなく寝そべっていた体を起こした。枕代わりに首の後ろにつっこんでい
たパーカーが落ちたのは無視して、机の足を椅子に戻してあぐらをかく。

ぐい、と顔を上げて、たたみかけるように、
「シゲさんあのね」
「藤本さん振る気なんですね? さゆみのこと振る気でしょう!」
逆にすごい勢いでたたみかけられて、美貴は目をぱちくりさせた。
42 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:51
「え、えっと」
「待って待って待って。ダメです。こんなすぐ振るなんてヒドいです。振るの延期。
ちょっと待ってください。今月……ううん、もうちょっと。そう、8月いっぱい」
「や、借金の返済じゃないんだからさ」
「だって、今ミュージカル忙しいし、まこっちゃん卒業しちゃうし、たいへんな時期
なのに……ショックでお芝居に支障がでたら困ります」
「って、それはミキとは……」
「支障があるほど出番ないじゃん、とかいったら泣きます」
「いわねーよ。つうかシゲさんプロなんだから、そんなもん自分でコントロールしな
いと」
「頭ではわかってても、体がついていかないかもしれない」
「そう思うんなら、もうちょっと時期考えてコクんなよ」
「頭ではわかってたんですけど、体が……」
「人間なんだから、頭にしたがいなさい!」
「理性でコントロールできないのが恋心なんです」
43 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:53
ああもう、うっとおしい、と美貴は額をかいた。

ああいえばこういう。頭の回転が早いのも困りものだ。そして、この詰め寄りようか
らすると、敵はどうやら本気らしい。って、いったいなんの戦いなんだろう。美貴は
わけがわからなくなってきた。そもそも恋の告白って、こんなに色気のないものだっ
たっけ。

「とにかく」

美貴は宣言した。

「雨天決行! 荒天決行! 振るのに、延期も中止もない」
「だったら!」

さゆみは美貴の腕をつかんだ。

「ミュージカルが終わるまで、わたしもここに来ていいですか? 藤本さんの秘密基
地に。邪魔とかしませんから。藤本さん、寝たり起きたり、好きなことしててくださ
い。さゆみも台本読んだり練習したり、いろいろ忙しいし。いさせてもらうだけで、
いいんです」

言葉にあわせて、頭の両側の巻き髪が、ぴょんぴょん跳ねている。ひどく切迫した声
だった。こちらに向けられた目はわずかにうるんでいて、美貴はどきりとする。
44 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:54
少々気圧されつつも、
「ミキ、こたえる気ないよ? それなのに、ここ来たって意味ないじゃん」
「お願いします」
「だから、ここはミキの大事なプライベート――」
「お願いします」
「いやさ――」
「お願いします」

美貴は口をへの字にした。
45 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:54
▽   ▽   ▽
46 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:55
『なんで振るのに交換条件つけられてんのよ。あんたバカじゃないの』

右耳に響く容赦のない声に、美貴は顔をしかめた。

「うっさいなあ……」

背中にあたる壁は、日陰のくせに、じんわりと熱い。空調のきいたスタジオで冷やさ
れた体には、外の熱気は、むしろ心地よかった。空は青く、ぎらぎらしたアスファル
トは魚の皮のようだ。長すぎた梅雨が明けてからこっち、猛暑がつづいていた。今日
も30度超えはまちがいない。
47 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:55
リハーサルを終え、廊下にでたところで、見計らったみたいに携帯電話が鳴った。
ちょっと待って場所変える、というと電話の主は、ああ微妙な話だもんね、といった。
話しながら建物をでると、美貴はあたりを見渡して、玄関脇のスペースに移動した。

「オッケー。外でた」
『はいはーい。さ、報告しな。あたし忙しいから、手短にね』
「かけてきといて、そのセリフですか」
『メールでもいいけど?』
「めんどい」

そもそも報告の義務があるところがおかしいのだが、美貴は律儀に「シゲさんの告白
をきっぱりと断った勇ましいミキ」について話した。ふむふむとおとなしく聞いてい
た亜弥だが、終盤、さゆみが美貴の秘密基地にお邪魔する約束を取りつけた段にいた
って、憤慨した。
48 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:57
『振れてないじゃんっ』
思いきり憎たらしい口調に、美貴は唇をとがらせた。
「振ったって」
『それ、振れてないってば。あたしのいった通りなってるじゃん』
「いや、だから振ったってば。振ったから、あきらめるかわりに、休憩時間、いっし
ょしたいってだけじゃん。ま、それくらい、いっかなーって」
『それって、ちっともあきらめてないってことでしょ? 向こうはまだまだアタック
してくるつもりなんだよ?』
「アタックったって、ムリだよ。ミキその気ないもん」
『こっちになくたって、あっちにあるんでしょうが』
「う。まあ、そうなるのかな……。あ」
49 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:57
エレベーターから、さゆみと仲良しの亀井絵里がでてくるのが見えた。
お疲れの挨拶は済ましているので、もう一度顔をあわせるのも面倒だ。美貴は気配を
殺して、通り過ぎるのを待つ。建物からでた刹那、ちょうど、電話中の美貴が目に入
ったらしい。一瞬首をかしげた絵里は、にたにた笑いながら近づいて来ようとする。

美貴は顔をしかめた。

来んな、来んな、と唇を動かし、犬を追うような手つきではらうと、絵里はちぇー、
とアヒルのような口をして、去っていってしまった。
50 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 21:58
美貴の小声が聞こえたらしい。

亜弥が、
『え、なに? 来るなって? 誰が?』
「ん? あー、いま亀ちゃん通ったから」
『ひでー』
「今日は、シゲさんと帰んないんだな」
と美貴はひとりごちる。

『ねねね、亀井ちゃんには、そうやって来るなとか冷たいことがいえるんじゃん。
なんで道重ちゃんは、きっぱり断れないワケ?』
「だーかーら。いちおうきっぱりと断ったんだってば。聞かないんだもん……。
あ、でもミキ、確かにシゲさんに弱いかもしんない。あ、なんかそんな気がする。
さっきも押し切られちゃったし。なんでだろ」
『しらねーよ』

美貴は、壁に背中をつけたまま、ずるずるとしゃがみこんだ。汚れるかな、とも思
ったけど、どうでもいいTシャツだから、別にいいや。空の青さが目にしみる。
美貴は目を細めた。
51 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 22:02
「やっぱマズいかな」たずねてみる。
「きっぱりさっぱり振るべきだった? 泣いてもわめいても、足蹴にしてでも、
振るべきだったのかな、ひょっとして」
『あたしはそう思うよ。だけど今さらしゃーないし。約束しちゃったんでしょ?』
「うん」
『じゃあまあ、適当にかわしてたらいんじゃない? ミュージカルが終わるまでっ
ていってんだし。向こうも相手されてないってわかったら、飽きるでしょ』
「かなあ?」
『わかんないけどさ……ま、そんなところで。あたしほんとに忙しいから、切るわ。
さっきからマネージャーさんにらんでんの、こっち』
「うん。わかった」

手前勝手な亜弥の言い分に素直にうなずいて、電話を切ろうとすると、ちょっと待
って、と亜弥がいった。

「なに?」
『あたしわかったよ。みきたんがなんで道重ちゃんに弱いか』
「えーなんでなんで?」
『教えてあげないよ、ジャン』
「ちょ――」

いたずらっぽい言葉とともに、バイバイもいわずに亜弥は電話を切った。
52 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 22:03
「古いし」

美貴は憮然と携帯電話をにらむ。

まったく。いいたいことばっかいってくれちゃって。

知り合ってそろそろ五年、これ以上ないくらいに仲のいい、親友。ある意味、行き
つくところまで行きついた関係のせいか、亜弥は最近、少々美貴にそっけない。
美貴は甘えたなところがあって、仲良くなればなるほど相手に寄りかかりたくなる
のだけれど、亜弥はどうも逆らしく、仲良くなりすぎたせいか、最近美貴にそっけ
ない……ような気がする。

そういう態度をとるのは、自分に対してだけ。そう思えば、くすぐったくもあるの
だけど、なんだか自分ばっかり相手を好いているみたいで、さみしくもあった。
53 名前: 投稿日:2006/09/13(水) 22:04
▽   ▽   ▽
54 名前:名無し 投稿日:2006/09/13(水) 22:08
GAMシングル発売、おめでとうございます。
55 名前:名無し 投稿日:2006/09/13(水) 22:20
読んでくださってありがとうございます

>>28
リアルタイムでしたね(w。速攻レスついてびっくりしました

>>29
もっさんと呼ぶ人が、あとから出てくるかもしれません

>>30
私もリアルに見たいです。「なめたらあかんぜよ」とかも似合いそう

>>31
どうぞ、あぐらかいて読んでください。

>>32
あやみきさゆ好きとは、さては私と気があいますね
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 22:24
いや! 正座は崩しませんよ! シゲさんよりまっつんがいろーんな意味で
超気になります…。リアルタイムで読みました更新ありがとう(●´ー`●)
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 22:36
もっさんそこはマイルームじゃねぇだろうw
いや面白いです。次回更新も楽しみにしてます。
58 名前:32 投稿日:2006/09/19(火) 22:56
更新お疲れさまです、あやみきさゆだいすきすきw
やっばいくらいにぐいぐい惹きこまれています
続きが楽しみ……
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/20(水) 16:39
かんぱーいかんぱーいかんぱーい
作者さんの作品がまた読める喜びにかーんぱーい
もうもう、タイトルからして惹かれます。
続きを楽しみにしております。
60 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:48
第3話「これはただのたとえ話」
61 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:48
ねえと声をかけたが返事がない。

「ねえ」

もう一度、より声を張って呼びかけると、伸ばした手の先を見つめたまま、さゆみ
は「はい」と答えた。
逆の手には台本、首に巻いたタオル。ラフなスウェット姿の腰から下には、巻きス
カート状の黒い布がふくらはぎまでまつわる。スカートからのぞく足もとは、踵の
高いブーツ。

――にせもの姫みたい。

ちぐはぐな格好に、美貴はいつもひとり笑ってしまい、自分も似たような格好をし
ていることに気がついて、ますますうける。本番間近のこの頃、女役メンバーはみ
な、舞台衣装に近いこの出で立ちで稽古にのぞんでいた。
数歩の距離に立っているさゆみは、目線だけをこちらに向けた。集中していたせい
か、とろんとした目をしている。いつもみたいに何かをしながら、ではなく、頬杖
をついて、きっちりと美貴が自分に視線をあてているのに気づくと、さゆみは台本
をおろした。
「なんですか」
姿勢をほどく。美貴は台本を持った右手を、さゆみに向けて振り降ろした。
「アターック」
いいながら笑ってしまう。「どうなってんの?」
62 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:49
相手がアクションを起こすまでは、こっちからは絶対なにもいわないこと。

亜弥が口をすっぱくしていた忠告をあっさり無視してしまったが、罪悪感はない。
王様の耳はロバの耳。昔話をひくまでもなく、ダメといわれたら、人間、いいたく
なるものなのだ。それでなくても、亜弥にいわせると『バカ正直』の美貴のこと、
今まで黙っていられたのが奇跡なくらいである。

実に都合のいい理論を展開して、美貴はひとり納得した。

余計なことを口にしたのは、自信があるから、でもある。あれから十日以上たつの
に、さゆみは何もいってこず、あやしい素振りもまるで見せない。どうもあれは、
悪い冗談だったんじゃないか、そんな風に美貴が思い始めたのも、無理からぬこと
だった。

さゆみはふっとほほえんだ。広がる、というより吸いこむような、そんな風な――

「して欲しいんですか?」

悪い悪い、悪い笑顔である。
63 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:50
▽   ▽   ▽
64 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:51
7月もなかばを過ぎると、ミュージカルのリハーサルは山場を迎えた。練習の日々
は、予想以上に長くてハードだった。歌も、ダンスも、演技も、なにもかもが、そ
れまでよりずっと高い水準を要求される。

以前は、この程度でしょ、で済んでいたところが、絶対許されない。ずるっこの手
抜きはあっという間に見抜かれて、片っ端から指摘される。あのハゲ、と思いなが
らも、ハゲのいうことも道理だ、とも思う。悔しいけれど、納得させられてしまえ
ば、美貴お得意の「なんでですか」もでない。ハゲのいうことを信じるんなら、と
にかくやるしかないのだ。

そんな思いは、美貴に限ったことではなかった。みなの熱気が広がって増幅されて、
心地よい緊張感が稽古場には満ちていた。美貴も、いつになく熱くなり、稽古に精
をだした。

だから、さゆみのことなんて、気にならなかった。
と、いうより、そんなところに意識を向ける余裕がなかったのだ。
65 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:52
あの日以来、さゆみは美貴が秘密基地にいるときは、必ずあとからやって来た。
だけれども、心配していた「アタック」を仕掛けてくる気配がまるでない。
座ってる美貴に軽く会釈をすると、離れた場所に落ちついて、セリフを覚えたり、
歌や動きの練習をはじめる。
一人に慣れた美貴にとっては、最初は気配がうざったかったが、だんだん、さゆみ
が空気みたいにいることが、気にならなくなってきた。美貴自身も、自分の練習に
忙しかったからだ。

二人は、同じ部屋にいながら、まるでちがう方を向いて、多くの時間を過ごした。
たまに、ここどうだっけ、などと話しかけると答えるし、向こうからも、明日安倍
さんくるんですよね、といった風に声がかかる。必要なことだけ話すと、すぐにま
た、自分の世界にかえる。

セリフが全部体に入り、歌も動きもクリアした。あとはクオリティを上げてゆく稽
古を繰りかえすだけ。
そうなってようやく美貴は、同じ部屋で過ごすさゆみのことが気にかかりはじめた
のだった。
66 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:54
「そっか。ひょっとして今、アタックチャーンス、でした?」

即座に反応するところを見ると、忘れていたわけではないらしい。

「似てないし」と美貴が切り捨てると、
「えー。して欲しいんでしょ?」と唇をとがらせる。
「いらねーよ」
乱暴な口をききながらも、美貴は上機嫌だった。普段とちがう美貴のテンションに
気がついたらしく、さゆみは「なーんだ」と節をつけて口ずさむ。
「したいのはやまやまなんですけど、今、ちょっと大変で。それどころじゃないん
ですよね」
顔をしかめてみせた。
「さゆみヤバいです。本番までにセリフ入んなかったら、どうしよう」
「へっへっへー。ミキ、いちお全部あがった」
できあがったことが嬉しくて、笑いをこらえきれずにVサインをだすと、すごーい、
とさゆみは手をたたいた。
67 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:57
「セリフも歌も?」
「ていうか、全部。あとは調整してもらうだけって感じ」
「うそー。ほんとすごい。なんでそんなに覚えるの早いんですか? さゆみ、まだ
ぜんぜんです。いろいろぜんぜんです。藤本さんよりセリフ断然すくないのに」
さゆみは視線を落とす。本気で落ちこんでいる顔だ。
「へっへ。がんばれい」
無責任に語尾をはね上げると、「冗談だったんでしょ?」と美貴はたずねた。

さゆみはきょとんとした。
「なにがですか?」
さすがに唐突すぎたらしい。美貴はにこにこ笑いながら、
「ミキのこと好きだとか。あれ、冗談だったんだよね?」と補足した。あるいみ期
待混じりに。
68 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:58
さゆみは目もとに笑いをふくんだ。
「本気だっていったじゃないですか」
「うっそだー」と美貴は頭の後ろで手を組んで、ふんぞりかえった。
「あれ。信じてくれません?」
「うん。だって感じないんだもん。ふつうほら、好かれてるのって、なんとなくわ
かるじゃん。あーこいつあたしのこと好きかも、って。ミキ、シゲさんにそれ感じ
ない」
「そりゃあ、隠してましたから。メンバーうちで、しかも女の子同士で、そんなス
キスキビームだせるわけありませんよ」
道理だ。美貴はちょっと考える。
「でも、今も感じない」
「好かれてるって?」
「うん」
「困りましたね」
ちっとも困っていない顔で、さゆみは両手の指先で三角形をつくった。
69 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 01:59
「わかればいいんですか」
「はあ?」
「どんだけ好きかって、わからせて欲しいんですね?」
「ちょ待ったあっ! ストップストップ」
すでにあと一歩まで近づいていたさゆみを、美貴はあせって押しとどめた。
「なにする気」
「さゆみの真剣さを証明しようかと思って」
「どうやって」
「熱いちゅう」
「マンガの読みすぎ」
笑いだしながら頭をはたくと、自分のセリフにうけたのか、さゆみも楽しそうに笑
った。
70 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:00
「ところで藤本さん、さゆみとデートしませんか?」

とつじょ満面の笑みで顔を近づけてくるさゆみ。その手をにぎったままだったこと
に気がついた美貴は、ぽいと放りだした。あぶねー、と気を引きしめると、斜めに
腰かけ、警戒態勢に入る。

「あのね、誤解のないよういっとくけど、アタックうんぬん聞いたのは、して欲し
いからじゃない」
「でも、さゆみも今日、そろそろ藤本さんと話しようと思ってたとこなんです。奇遇。
二人の息はぴったりですね。これはもう運命としか」
「ていうか普通、振った相手とデートしない」
「普通なんてダメ。アイドルは個性が大事ですから」
「そんな個性いらね」
「場所はあとから考えるとして、とりあえず日にちだけ決めますか」
「聞いてねー。あいっかわらず聞いてないですね、あなた」

美貴は情けなくなった。亜弥の忠告を無視した自分が。確かに亜弥は正しかった。
ああ、余計なこというんじゃなかった。
71 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:00
「金曜日はどうですか?」
「超ハード。23時半までみっちり予定が山のように。皇室並みに」
「ハイうそー。金曜あがり早いから、ネイル寄って帰ろっかなー、予約してなくて
もあそこいけたっけ?って愛ちゃんにいってました!」

ストーカーか。美貴は舌打ちした。

「しってんなら聞くなっつの」
「ねっねっね、さゆみといっしょにお出かけしましょ」
「しない」
「じゃあ、約束しましたよ?」
「してない。ていうか、どっこも『じゃあ』じゃないし」
「あっれー。アタックして欲しいくっせっにっ」  
つんつん、と台本で腕がつつかれる。
「ウザい」
上半身をひねって体ごと逃れると、つん、つんつんつん、と口にだしながら、さら
に肩のあたりをついてくる。あーもう、と台本を取りあげようと手を伸ばすと、避
けたさゆみの腕に、美貴の指先がさわった。ん? と思う。
72 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:01
美貴はさゆみの腕を見た。まるで雪うさぎのように白い。
「シゲさん、ここめっちゃ柔らかくない?」
指先で二の腕の裏をつまむと、
「ひゃっ」
実に女の子らしい声とともに、さゆみは腕を引っこめた。
「くすぐったいです」
「うわ、なにこれ」
手を伸ばすと、ふにふにと何度もつまんでみる。気持ちいい。さゆみはくすぐった
そうな顔をしながらも、逃げない。

「大福みたい」
「あ、ひどい。さゆみがぶくぶく太ってきてるっていいたいんですね」
「ちっがう。色白いからさ……。あやちゃんと、どっちが白いかな」
思いついたことをそのまま口にだすと、
「松浦さん?」
突然出てきた遠い名前に、さゆみはいささか面食らったようだった。
自分の腕を見おろして、
「松浦さんの方が白いと思いますよ」
「いっしょぐらいぽいよ。さわった感じはぜんぜんちがうけど」
「そうなんですか?」
「あやちゃんああ見えてけっこう筋肉質だからさ、腕もやわこそうに見えてかたい
の」
「へえ」
「あ、でも腕相撲はミキの方が強いんだけどね」
「へええ」
73 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:02
じい、とさゆみは美貴の目をのぞきこんだ。
「なによ」
「すっごい楽しそうに話すから。ふしぎ。藤本さんは松浦さんのことになると、人
が変わりますね」
「楽しいよ? 好きだもん」
「……えっと」
「もちろん、あんたのいうような好きじゃないけど。ま、好きは好きだよね」
なはは、と美貴は照れかくしに笑ってみた。ちょっと本気で恥ずかしくなってくる。
強がりの美貴には、素直に愛情を表明できる対象は数えるほどしかない。家族、歌、
ガッタスその他、そしてあやちゃん。数がすくないからこそ、そそがれる愛の量は
半端なく、しばしば周りをひかせてしまう。

さゆみはノーコメントだった。あごをひいたその表情はいっけん冷ややかにも見え
て、美貴はおや、と思う。
74 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:03
さゆみはぽん、と手をたたいた。

「ダメです遊んでたら。さゆみ、ここまで覚えないと!」
「あ、うん」
さゆみはごめんなさいと会釈をすると、さっさと向こうに行ってしまった。

ちぇーと美貴は足をぶらぶらさせる。
今日はもう、自主練の気分じゃない。寝るにも中途半端だし、遊んで欲しいんだけ
どなあ。
そんなことを思いながらペットボトルのキャップをひねりかけた美貴は、ふと手を
止めた。

――やべえ。

美貴は顔をなでた。超仲良く会話してた。

――あやちゃんに知れたらぜったい怒られる。黙っとこ。

しかし。

美貴はさゆみを見つめた。
75 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:03
さゆみは右手の中指で唇をなぜながら、かすかに声をだして台本を読んでいる。
以前は表情のいちいちに感じられた子どもらしい隙が、いつの間にかすっかり薄れ
てしまっていることに、美貴は気づいた。あまりじっくり相手を見る機会がなかっ
たので、知らなかった。今のこのこなら、年上の恋人がいたとしても、熱烈な片想
いをしていたとしても、ちっとも不思議じゃない。ほかの同期よりはしっかりして
るけど、怒られたら泣いて、甘いお菓子に目を細める、単純で、相手のしやすい子
どもだと思っていたのに。

このこ、ほんとにミキのこと好きなのかな。実際、なに考えてんだろう。どこまで
本気なんだろうか、どこも冗談なんだろうか。話せば話すほど煙に巻かれる感じで、
まったく読めやしない。
76 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:04
ふと試みに。美貴は想像してみた。

たとえば立ち上がって、唇を往復するその指をそっとつかんで、見上げた目をのぞ
きこんで、視線があった瞬間にキスするとか。

――やっべえ。

美貴は思わず目をそらした。手で口を押さえる。ちっとも嫌悪感なく、その様子が
イメージできたからだ。そういえば、すでにキスは済ませずみだし。あのときも嫌
じゃなかった。え、え? それって恋愛対象になるってこと?

あ、でも。

美貴はもう一度さっきみたいな妄想を、今度は亀井絵里で試してみる。年も近いし、
同じ六期だ。

まず、座っている絵里をうしろから抱きしめる。やわらかい腕の感触、髪の香り、
そっと腕をつかまれて、ふりかえる瞳の甘い……。
「うえ」
冗談抜きで、美貴は空えずきした。
心底キモい。
絵里が、じゃなくて、美貴が、でもなくて、この妄想が気持ち悪い。つまり、誰で
もいいわけじゃないらしい。一瞬ほっとしたあと、かえって不安になってしまった。

誰でも大丈夫なわけじゃないという事実に。
77 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:07
▽   ▽   ▽
78 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:07
「ほんとアブないよね」

亜弥は、DVDのリモコンをいじりながらいった。
テレビ画面のメニューを、アイコンがちかちかと移動していく。どうしても冒頭が
飛んでしまうアニメのDVDをなんとかしようと操作している亜弥と、寝そべって
天井を見ている美貴。
すでに電気は落としているから、室内はテレビの光だけ。白い天井は、ときおりフ
ラッシュをもっと弱くしたような光をうけて、白くまたたいた。

「なにが?」
主語をはぶいたやりとりは、二人の間ではめずらしくもないのだけど、そろそろ眠
くなってきた夜半、一分以上の沈黙のあとでは、さすがに相手がなんの話題を持ち
だしてきたのかわからなかった。
「たんが。普通に道重ちゃんと仲良くなってんじゃん」
「またその話か。あんた、ホントこの話題好きだねー」
79 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:08
今日も今日とて、亜弥は美貴の家に泊まりにきている。最近なんだか頻度が増えた。
GAMでの仕事が多い上に、同じミュージカルに亜弥もでる。この夏の二人は、こ
こ数年来になく、いっしょにいる時間が多く、美貴は素直に嬉しくて仕方ない。
なのに。

会ってまず報告させられるのは、さゆみとの進展について。そして夕食どきからお
風呂タイム、寝そべってDVDを操作する今にいたるまで、あいだに何度かちがう
話を挟みつつも、とぎれた隙間に、亜弥はこの話題を差しだしてくる。告白事件以
来、さゆみの話題は、亜弥的に一番ホットらしい。
80 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:08
おもしろそうに聞いてるくせに、亜弥は、おもしろくなさそうだった。

おもしろいのは、たぶん話を聞くことで、おもしろくないのは、仲良くなる二人。
熱心に相づちを打ち、目を輝かせて先をうながすのだが、終わる頃には決まって不
機嫌になった。

「あんたダメだ」と肩全体でため息をつく。

さほど仲良くなったと報告しているわけでない。さゆみがいるのに慣れてきたとか、
あんま話したことなかったけど意外と気があうかも、とかその程度なのに。

ベッドに三角座りした亜弥は、じっとりと美貴の顔を見おろしてきた。
「あのねえ、あたしは心配してんだよ。本気であんたのこと好きだったとしたら、
傷つくのは道重ちゃんなんだから」
「だからちがうっていってんじゃん」
のんびりと答えて、美貴は枕の上の両腕を伸ばした。
81 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:09
亜弥以外の人間に、こうやって同じことを何度も聞かれたら、いらついて仕方ない
だろうけど、亜弥からの繰りかえす問いは、寄せてかえす波みたいにあたりまえで、
心地よかった。その声にかすかにとがる感情が、美貴にはえもいわれず嬉しい。友
だちにしては不健全だなあ、と思うには思うのだけれど。

んー、と気持ちよくうなる美貴を見て、亜弥は鼻を鳴らした。再び顔をテレビに向
けて、リモコンをいじりだす。
「そんなこと、どうやってあんたにわかんの。人の恋心についてとやかくいえるほ
ど、あんた自分の観察力に自信あるわけ?」
「観察っつうか、感覚のモンなんだって。そういう感じ、しないんだって」
「キスしたとき、感じたんでしょ?」
「やーらしーいいかただあ。……なんか、それっぽい……ていうか、なんだろ、こ
うぐあって向かってくるみたいななんかを、あの瞬間は感じたけどもさ、あれっき
り、そうゆうのないんだもん。口ではゆってくるけど、雰囲気がぜんぜんないの」

ミキこそちょっと危なかったりしてー、なんて冗談を思いついたが、シャレになら
なくなりそうなので、黙りこむ。
82 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:10
あーもうムリ、イライラする、というと、亜弥はDVDとテレビの電源を落とした。
部屋がいっきに暗くなった。リモコンを放り投げる気配、布団のなかにあたたかい
体が入りこんできて、手や肩が、軽くふれる。美貴は目のはしで、肩のあたりにあ
る亜弥の顔を見た。
「ダメ?」
暗くて、髪と顔の境界線くらいしか、わからない。
「ダメ。焼いたのはちゃんと再生できないときあるみたいだから、それかも」
「ふうん」
見たがっていたのは亜弥の方だから、美貴はDVDに未練はない。目を閉じた。

「あやちゃん、おやすみ」
ぐい、とパジャマの肩がつかまれて、頬に息がかかった。
「ちょっと。寝る気?」
「寝るよ」
「まだ結論でてないじゃん。道重ちゃんは果たしてほんとにみきたんに惚れてんの
か問題のさあ……」
「そんな結論、ハナからでないって。ミキもあやちゃんも、シゲさんじゃないんだ
から」

積みかさねた会話をまったく無にするいい方だけど、そう思う。他人の考えてるこ
とを、いくらまわりから想像したってわかるわけがない。
83 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:11
「道重ちゃんの結論はわかんなくても、たんの結論はあるでしょ。きかして」
「もー」
美貴は息をついた。いつになくしつこい。
ひょっとして……と美貴は思った。美貴の変化に異様に感働きのいい亜弥のことだ。
今日、美貴の心に起こったちょっとしたさざなみを感じて、こんなことをいってく
るのかもしれない。

――って、ナイナイナイ。どこまで以心伝心なんだよって話だ。でもけっこうツー
ツーだしなあ。こわいなあ……。

シゲさんとキスする妄想してみちゃった、意外とイケそうでびっくりでした――な
んてバカな心の動きがバレませんように、と美貴は慎重に話しだした。

「べつに、なんもない。本気だろうが冗談だろうが、つきあってってもう一回いわ
れたら断るし」
「断るんだ」
「なんで意外そうなんだよ。あたりまえじゃん。ミキ、かわいいかわいい女の子な
んだから」

たとえ「いける」としても、好んで女の子とつきあう法はない。
84 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:12
「……ふっうーん」
体の力を抜いて、亜弥がベッドに沈む気配がした。かすかな笑い声。何に笑ってい
るのかはわからないけど、空気がにわかにやわらいだ。美貴は手探りでその頭をな
でた。ここにいるよ、と子どもを寝かしつけるみたいに。

「そういえばあやちゃん」
「なに」
「彼氏は元気?」
「ナニ」
「なにが」
「なによ突然。たんから聞いてくるの、めずらしくない?」
「ふと思いついた。人のコイバナにうるさく口をだすあやちゃんを見て」
「やっべ。こいつコイバナとかいってるよ。ちょっとアンタほんとに――」
「で、どう?」
「聞けよ」
髪にふれていた美貴の手をぎゅっとつかんで、亜弥がすごむ。その手を逆ににぎり
かえして、
「で? どうよ最近」と美貴はかさねた。
85 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:13
「べつにい。ふつうなんじゃないっすか?」
飾り気のない言葉がかえって順調を思わせる。人ごとながらあたたかい気持ちにな
って、美貴はほほえんだ。
「ふつうかあ」
「うん、ふつう。変わりなく、波乱なく、て感じかなあ。つきあい長くなると、そ
う事件もないよ。なんか、きょうだいみたいになってきた」
「いいじゃんそういうの。ミキそんな長いことひとりの人とつき合ったことないか
ら、羨ましい。ふつうっていえるくらい、まったりとつきあってみたいよ」
「だからといって、道重ちゃんとはつきあわないでね」
「しつっこいなあ」
86 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:14
美貴はふと思った。

あやちゃんはどうなんだろ。つまりその、昼間シゲさんに対して感じたみたいな可
能感は、あるんだろうか。

キスしたり抱きしめあったりは日常茶飯事だけれど、意味がなければ、それは単な
るコミュニケーションだ。犬猫とキスするのとなんら変わりはない。

しかし、だ。シゲさんがいけるんだったら、あやちゃんとなんだかんだってのも当
然……妄想しかけて、美貴は、はっとした。本気かどうかはさておき自分のことを
好きというさゆみはともかくとして、親友との恋愛妄想なんて、ヘンタイ的にもほ
どがある。しかも本人が寝ている横で。
うう、と美貴はちょっと自己嫌悪におちいった。
ため息とともに、やめよ、と思う。万が一、さゆみに対してみたいに「ミキいける」
となったら困る。なにしろ、関わりの深さが半端じゃない。いろんな意味で怖すぎ
る……。
87 名前: 投稿日:2006/09/24(日) 02:15
ため息の細い息をそのまま寝息のリズムに移行して、眠りに落ちる準備をする。体
を、頭を、心の力をほどいてゆく。半身に熱を感じた。亜弥が音もなく身を寄せて
きたのだ。寄り添った肩を、頭の上に放りだしていた腕で抱えると、いっそう深く
身を寄せられた。あたたかい。柔らかい。自分と同じシャンプーの香りが、自分の
ものより鮮やかに香る。くすぐったくて、落ちついて、なにかざわつく不思議な感
覚。

――あやちゃんが抱きついてくるなんて、めっずらしい。

からかいの文句は夢ともつれて、口からそとにはでなかった。
88 名前:名無し 投稿日:2006/09/24(日) 02:16
長くてごめんなさい
道重さんがラジオするとか。おめでたいことは重なるものですね
89 名前:名無し 投稿日:2006/09/24(日) 02:16
読んでくださって、レスくだすって、ありがとうございます。

>>56
では、間をとって体育座りで。シゲさんのことも気にしてあげてください
リアルタイムがつづいて嬉しいです。ありがとう(●´ー`●)

>>57
無意識で書いてたから、思わぬところへのツッコミに、素で笑ってしまいました
確かにマイルームではない! ありがとうございます

>>58
ありがとうございます。よりやばくなってくださるものが書けたらいいなあと
展開が遅い話ですが、気長に見守ってやってください

>>59
かんぱーい☆59さんのような方に早めに見つけていただけたら、と思い、今回
コテハン(?)にしてみました。過去最高に悩んだタイトルなので、誉めてく
ださって嬉しいです。ありがとうございます
90 名前:名無し 投稿日:2006/09/24(日) 02:18
▽   ▽   ▽

小説終わりにコレ↑入れるの忘れてました……
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/24(日) 03:53
それじゃお言葉に甘えて体育座りで椅子の上に…。……。
やっぱり彼氏がいても独占欲ばりばりな松浦さんが可愛いなぁ、としか…。
シゲさんは今後のこの小説の展開次第ですわくわく。更新ありがとう。
92 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/24(日) 22:47
ゃ〜引き込まれます☆最後やらしくないのになぜか悶々しました・・w
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/25(月) 15:20
すごい、いいー。
前回作のあやみきもこの間の短編のあやみきもだいだい大好きであります。
今後の展開にいっぱい期待(爆
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/25(月) 22:45
最高ッス!
95 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:29
第4話「みちとの遭遇(前編)」
96 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:30
いっていた部屋はすぐにわかった。
手にした「もの」を鳴らさないよう。そうっと首を伸ばして、ドアについた小
窓から、のぞきこむ。

机の上に台本を広げて、真剣な顔をしている道重さゆみ。

練習しているのだろう、口もとがかすかに動いている。意外と地味な黒のTシ
ャツ、おろしただけの黒髪。黒ずくめの姿が小悪魔めいている――なんて見え
るのは、きっと亜弥の偏見によるところだろうけど。

――躊躇は禁物。

亜弥はひと息すいこむと、がらりとドアを開けた。
音に気づいて見あげた黒目がちの目が丸くなる。亜弥はにっこりと笑って手を
あげた。

「こんちゃーす、道重ちゃーん」
「まつーらさん……。こんにゃ〜っす」

びっくりの表情を即座におさめて、さゆみは笑った。
冗談ぽく返しながらも、さっと立ちあがるあたりに、行儀の良さがうかがえる。
97 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:31
   ▽   ▽   ▽
98 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:31
「入っていい?」
「もちろんです」

了承を得てから部屋にはいると、亜弥は後ろ手にドアを閉めた。
両手を体の前に揃えて亜弥の動きを見ていたさゆみは、ちょっと目を見開いた。

「松浦さんそれ……」

亜弥の手もとを指さす。

「じゃーん」

亜弥は、おどけた身振りで、右手にさげていたものを高く構えた。

「ヤッチマイナー」

気分はハリウッドスター。ちょっと間違っているギャグは、まったく理解して
もらえなかったらしい。
さゆみは息をひいて、あとじさった。机にがたん、と足をぶつける。

「え。ちょっと。怖い、怖いんですけど」

本気でパニックになりそうな気配に、亜弥はあわてて刀をひいた。

「あ、冗談だってば。休憩終わったあと、あたし愛ちゃんと立ち回りだからさ。
体になじませとこうと思って」
99 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:32
厳密には刀とはちがう、いわゆる西洋式の剣。切るより突く方が向いている、
あれである。ミュージカルの小道具なのだけれど、それなりの重さもあり、じ
ゅうぶん本物らしい。

亜弥が体の脇におろした得物を、さゆみはまだ不安そうに見ている。亜弥はあ
ごをあげた。

「やだなもー。そんなビビんなくてもいいじゃーん」
「……決闘でも申しこまれるのかと思っちゃいました」
「侮辱するのか! つって」

まずはかわしてみた。どっちともとれるいいかただったからだ。

「あは、愛ちゃんだ。ちょっと似てます」

さゆみはころころと笑った。亜弥も微笑みながら、さゆみの前の机に、サーベ
ルを横たえた。しゃらん、といい音が鳴って、さゆみは眉をひそめる。
その机の一列前の長机の上に、さゆみの方を向いて腰掛ける。さゆみもあわせ
て腰をおろした。椅子に座っている相手、机に座る自分。自然と相手を見おろ
す格好になった自分が、亜弥はすこしおかしかった。
無意識に有利なポジションをとってしまうのは、職業病だろうか。
100 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:33
亜弥は足をぶらぶらとさせて、室内を見渡した。殺風景な部屋だ。

「ふうん。けっこスタジオから離れてるから、静かでいいね」
「そうですね。すごい落ちつきます」

ちらりと見おろすと、サーベルが光った。蛍光灯の光を受けて、視線につれて、
ゆらゆら反射する。刃の向こうには、亜弥の思惑がつかめないだろうに、そん
なことをみじんも感じさせない笑顔のさゆみ。

「そっか。いい『秘密基地』なんだね」

ジャブ。

「はい」

いなされた。ならば。

「素敵な秘密基地だけどぉ――みきたん来ないよ」

先手必勝。

亜弥は、腕時計のネジをもてあそんだ。美貴から、二十歳の誕生日プレゼント
にもらった白い時計は、まだ新品同様だ。実はあんまり気に入らない。お揃い
だと嬉しそうにいっていたあのこの顔は、ちょっと泣きそうになるくらい無防
備だった。
101 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:34
時計に視線を向けながら、視界のなかのさゆみをうかがいながら、
「今日はあたしがいるからさ。あのこ側はなれないじゃん? ま、あたしはト
イレに行くっていってここ来ちゃってるんだけど。でも、あたしが帰ってくる
と思って、きっと、今日はどこにも行かないよ。つまりぃ、ここには来ない。
ごめんね?」

にっこり笑って人を切る。ややこしい話し合いや、どうしても自分の意見を通
したい局面にあたったとき、亜弥はビジネスライクな態度と、突き放したなつ
っこさを完璧に使いこなすことができた。大切なのは笑顔。戦うときも、馴れ
合うときも、いつも笑顔。アイドルらしくて素敵じゃん。

極上の笑顔でぽんぽん放たれる言葉に、さゆみは意外にも、ゆったりと笑った。
102 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:35
「ライバル登場か。燃えますね」
「余裕なんだ」
「藤本さん、ぜったい松浦さんにはいうだろうと思ったもん」
「ごめんねぇ。おしゃべりなみきたんで」

ちょっとあたし、嫌な悪役みたいになってる、と亜弥は思ったが、なんとなく
このキャラで押し通そうと決めた。
このこの真意を測るには、こっちもそれなりのカードを切らなきゃならない。
それは亜弥の直感だった。

「でさあ、道重ちゃん」
「ハイ」
「こういうことは個人の問題だから、干渉するつもりはないんだ。だけど、ち
ょっとした好奇心として。聞かせて?」
「ハイ」
「みきたんに惚れてるとか。嘘でしょ?」
「ほんとです」
「なんなのあなた。女の子好きなの?」
103 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:36
当事者じゃない亜弥は、美貴とは違って滑らかに、だけどずばずばと切りこん
でくる。さゆみは苦笑した。

「そういうわけじゃないんですけど」
「だったらなんで」
「憧れてるんです」

さゆみは手もとの台本を閉じた。

「藤本さんみたいな人、羨ましい。ときどき本気で、あんな風になれたらって
思います。憧れよりももっと、強い気持ちで。松浦さんなら、この感じわかっ
てもらえるんじゃないですか?」

亜弥はかすかにたじろいだ。

ひどくまっすぐに相手のことを見るこだということを、今知った。こんな目で
美貴を見つめて告白したのかと思うと、胸の奥におかしな感じがうごめいた。

ふん、と亜弥は思う。今さらだ。悪いけど、なんにも動かされない。

ずっとずっと、もう長いこと、この感じとつきあっている。ときおり生まれる
不穏な生きもの。もぞもぞ心の奥を這ってすぐ消える、かまない虫みたいな何
か。意識しなけりゃなんともない、意識しだすと止まらない何か。
104 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:36
亜弥は、わざと大きく肩をすくめた。

「わっかんない。あたしそっちの人じゃないし」
「だけど松浦さんはぁ、藤本さんのことが、大大大好きじゃないですか」

ダイダイダイ、の部分を、ひどく角張った口調で、さゆみはいった。

「好きだけど。あなたがいう好きとは――」
「興味のない人だからでしょう? 松浦さんに」
「は?」
「だからたぶん、さゆみも松浦さんも、藤本さんが好きなんですよ」
「ハア? 悪いけどあのこ、めちゃめちゃあたしに興味あるよ?」

亜弥が思いきり顔をしかめると、さすがに言葉足らずだと思ったのか、さゆみ
は何もない中有をにらんで眉根を寄せた。
105 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:37
「そういうんじゃないんです。なんてったらいいかなあ……。ちっちゃい頃か
らかわいかわいされて、親にも先生にも親戚にも、世界中から贔屓されて育つ
と、女の子って、すごーく主役体質になると思いません?」
「それ、あたしにいってる?」
「あたしと――あたしに」

さゆみは、亜弥と自分を順繰りに指さした。亜弥は首をひねる。

「自意識過剰ってこと?」
「まあ、そうですね」
「そこは否定しないけど」

最近では突っこまれることもすくなくなったけど、自分大好きといってはばか
らないことを、一時期よく揶揄された。そういえば、このこもよく、まわりか
ら同じからかいをうけているっけ。
106 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:39
さゆみは言葉を探すように、「でも……さゆみとか松浦さんって、よくいう意
味での自意識過剰とはちがうんですよね」と、つづけた。
「そうなの?」
「空気読めてますから。だから、ナルシストっていうより、自分に意識が向き
すぎてる、って意味で、自意識過剰。意識過剰っていったほうがあたってるか
も。で、藤本さんは無意識過剰なんですよ。あんなかわいくって目立つくせに、
あんだけ自分のこと意識しないで生きてられるのって、すごくないですか?」

亜弥は状況を忘れて、ほほうとうなった。

「無意識過剰か。ちょっとうまいね」
「恐れ入ります」

確かにあのこは、自分のことをちっとも意識していない。なるほど、それで自
分のことを意識しすぎるあたしや道重ちゃんを、ないものねだりの法則で惹き
つけると、そういいたいワケか。
107 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:41
図星――までは行かない。だけど、なかなかいいところをついていると思う。

仲良くなりたての頃、亜弥が美貴に強く惹かれたのは、誰に対しても、どこに
置かれてもフラットな、その物腰だったからだ。いろんな点で意識が強すぎる
せいで、好む好まざるにかかわらず、他人を自分のペースに巻きこんでしまう
亜弥にとって、二人でいても、まったく亜弥の干渉を受けない美貴の自然さは、
とても好ましいものだったのだ。

それがどれだけ特別なことか、それがどれだけ亜弥をゆるして、それがどれだ
け亜弥を救ったかを――美貴は知らない。

ぼんやりと考えてしまったあと、ふと我にかえると、さゆみは観察するように
こちらを見ていた。亜弥は内心舌打ちした。しまった。相手のペースになって
いる。

――にゃろう、17のおこちゃまのクセに。

なんて思ったことは、もちろん顔にださずに、
「なるほどね。あなたのいってること、わかんなくはない」
「ふふ」
108 名前:  投稿日:2006/10/07(土) 00:42
さゆみは人さし指で二人の間に置かれたままの白く光る刃に、ちょんちょんと
ふれた。亜弥はその指先を目で追う。

「藤本さんは自由です。自分からも、他人からも、いつだって自由です。そう
いうとこが、好き。もちろん、それだけじゃありませんけど……。松浦さんだ
って、藤本さんのこと大好きなの、そういう感じ、強いでしょう?」
「スキスキスキスキいわないでくれる? あのね、ゆっとくけど。ミキティの
方が、あたしが思ってるより、あたしのこと好きなんだから。ぜったい」

建てなおしをはかって、強気にいいきった言葉に。

「そこ」

さゆみは刃をたたいた。かすかな金属音。軽くたたいただけなのに、バランス
の悪いサーベルは、かしゃんと動いた。

「そういうこと、口にだす時点で、おかしいんですよ。友だち同士で愛情の深
さ張り合うなんて。藤本さんは、そんなこと絶対いったりしない。それって、
松浦さんの方が意識してるってことでしょ?」

突然の攻撃だった。亜弥の目がすっと細まる。

「あんた、何いってんの」
「べつに。深い意味はありません」
109 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:43
節をつけていうと、さゆみはすい、と目をそらした。
亜弥はようやく、一筋縄ではいかない相手と話しているのだということがわか
ってきた。
戦闘態勢だったのは亜弥だけではなく。むしろ、このこの方が、積極的に武器
を用意して、亜弥を待ちかまえていたことを。

二人の間で、視界のなかで、太陽の残像みたいにまたたく銀色の刃がうるさい。
亜弥の心のなかにも入りこんで、ちらちらちかちか、目をくらませる。たたき
割ってやりたい。凶暴な気分が突き上げてくる。
110 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:45
「許さない」

思わず、口からそんな言葉がでていた。相当の目つきでにらみつけたのに、さ
ゆみは小首をかしげただけだ。
感情的になった方が負け。わかってる。わかっているのに、亜弥は止まれなか
った。この場の勝ち負けより、今つけられた傷にかぶせるため、言葉をつのる。

「みきたんと付き合うとかカノジョとか、あたしが許さないからね。たんを引っ
ぱりこまないで」

さゆみは、台本のページをめくった。絶妙の嫌味なタイミングだ。
自分のセリフの赤線を指でなぞりながら、「好奇心として聞きたかっただけ、
じゃあないんですか?」
「とにかくダメ」
「それって、松浦さんがいうことじゃないと思います。藤本さんが、道重をな
んとかしろって、松浦さんに頼んだんですか?」
「あのこはそんなこといわない。道重ちゃんのことだって、一人で悩んでたの、
あたしが無理矢理聞きだしただけだから。告白されたとか、ペラペラしゃべっ
てきたわけじゃない」
111 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:47
しゃくだけど、ここは一応訂正しておく。美貴の名誉のために。亜弥のプライ
ドのために。つまり、亜弥はもう、余裕を持ってからかう気分ではない。

さゆみは嬉しそうな顔をした。

「そうですか。良かった」
「でもダメ」

さゆみは頬杖をついた。

「松浦さん、藤本さんに彼氏ができそうになったら、いっつもそうやって妨害
してるんですか? 自分は彼氏いるくせに」
「男だったら、許す」
「はい?」
「男だったら別にいいよ。別口だからね。だけど女なんて許さない。たんにあ
たし以上に好きな女の子ができるなんて、ありえなくない? ていうかありえ
させない」
「松浦さん……」
「なによ」
「さゆみのことヘンタイみたいにゆうけど、松浦さんもけっこう」

さゆみは机の上に上半身を乗りだした。
112 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:47
「イジョーです」
113 名前: 投稿日:2006/10/07(土) 00:47
   ▽   ▽   ▽
114 名前:名無し 投稿日:2006/10/07(土) 00:53
森板にある「作者フリー短編用スレ5集目」に「みちの生きもの」というタイトル
のお話があって、とっても面白かったのですが、道重さんを「みち」と表すセンス
が、特に素敵だなと思いました。素敵だな、と章タイトルで真似してしまいました
作者さんごめんなさい。続きが読みたいです
115 名前:名無し 投稿日:2006/10/07(土) 00:53
読んでくださってありがとうございます。

>>91
松浦さんの俺様感はたまりませんよね。ありがとうございます
重ピンク、がんばって!

>>92
ありがとうございます。やらしくないのにやらしいみたーい(ダブルユー)て
いうのが好きなので、悶々としていただいて、とっても嬉しいです

>>93
ありがとうございます。みんなあやみき好きですねえ。私も好きです
しごくどうでもいい話ですが、ここの松浦さんと藤本さんは、この間の短編の
二人と同じ二人かもしれません

>>94
マジっすか!? とかえすのが、モーヲタとしての作法ですよね?
ありがとうございます
116 名前:名無し 投稿日:2006/10/07(土) 00:55
>>114
森じゃなくて夢でした。ごめんなさい
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/07(土) 00:59
超ウルトラなタイミングで今回もリアルタイム更新に遭遇できた幸せ。
すごく楽しいです。俺様で自分の常識に些かの疑問を抱いてない天下無敵
の歪みっぷりの松浦さん大好きです。重さんの魅力もなるほど見えてきた
かも(本人の解説で、というのがチト疑問ですが…) 続きも楽しみです!
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/07(土) 01:03
こ、こえぇ…
この人も参戦ですか
続き楽しみにしてます
119 名前:SN 投稿日:2006/10/07(土) 20:04
あやさゆ対決!
これは萌えますね・・・(^_^*)
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/08(日) 12:21
あややスケバンだよあやや。
シゲさんオトナだよシゲさん。

次の一手、どうくるか。
ワクワクしながらお待ちしております。
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/17(火) 16:19
ヘンタイさんが何考えてるか全く読めません。
イジョーさん、どうでるか。楽しみにしてます。
122 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:50
wktkしながら待ってます
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 23:12
いやーいいとこついてきますねえ
スポフェスのあやさゆをリアルに思い出したw
124 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:41
第4話「みちとの遭遇(後編1)」
125 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:43
「ぴょーん」

自前の効果音とともに、建物の影から飛びだしたるは、うさちゃんピース。
頭の横で指を四本立てたさゆみは、くふふと笑った。

このうさちゃんピースというのは、と美貴は思う。

どうやっても腕を肩より上にあげなくちゃなんないから、カシーンと上半身が
固まっちゃうんだよね。

立ち止まったくせに、じっと見るだけで何もいわない美貴に、さゆみは困って
いる。真上からがんがんに照りつける太陽で溶けたみたいに、四本の指がくに
ゃりと丸まった。仕方がないので、やさしい美貴は聞いてあげる。
126 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:44
「ナニやってんの」 
ぴょい、とさゆみは指を三本立てた。うさちゃん半端に復活。
「片思いの定番メニューナンバー3。待ちぶせでぇす」
「イライラする」
このクソ暑いのに。相手しちゃダメだと思いつつも、「ちなみにワンツーは?」
悲しいかな、先祖代々のつっこみ気質は、スルーを許さないのだ。
「ワンはいたずら電話。ツーは、んー隠しどり?」
言葉にあわせて器用に指の数を変えたさゆみは、うさちゃんピースでなく、両
の人さし指を立てたおにさんポーズで小首をかしげた。暑さがもうひとつ増し
た気がして、美貴は鼻から息を吐いた。

寒いのに暑苦しいとはこれいかに。

それストーカーの定番メニューの間違いだから、とつっこむ元気はもはやない。
美貴はキャップのひさしをぐい、と下げた。
127 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:44
   ▽   ▽   ▽
128 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:45
「お疲れさまでーす」

さっさとさゆみの横を通り過ぎると、あわてた声が追いかけてきた。
「え、待って待って。さゆみ藤本さん待ってたんですけど」
「しってる。あんた自分でいってたじゃん」
待ちぶせって。足を止めないまま振りかえると、さゆみは日傘を拾い上げたと
ころだった。アスファルトから陽炎が立ちのぼる真夏の午後。あの格好で美貴
を出迎えるために、日傘も差さずにスタンバっていたのかと思うと、いじらし
さを通り越して情けない気分になってくる。

「待ってくださいってば。藤本さん覚えてますよね、今日はぁ……」
ちょこちょこと追いかけてくるさゆみに、
「立ち話してたら目立つでしょ」
美貴はちら、とあたりに視線を走らせた。「メンバーも出てくるだろうし」
「あ。なるほどなるほど」
さゆみはひとつうなずくと白い日傘をひらいた。さゆみの上に薄い影が落ちる。
美貴の体の左側にも影がかかった。
さゆみがさりげなくかたむけてきた傘の端を、美貴はいいよと押しかえした。
129 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:46
黙ったままずんずん歩く。歩幅が美貴より広いさゆみは、苦もなく早足の美貴
についてくる。こちらも黙ったままだった。

美貴はちいさな児童公園の横手で足を止めた。立派な枝振りの木が道路にまで
影を広げていて、日射しを避けるにちょうど良かったからだ。頭上からはどし
ゃ降りの蝉時雨。かなりやかましいが、日なたで話して日射病になられても困
るし、お茶でも飲みながら、という話でもない。
斜め後ろを歩いていたさゆみは、立ち止まった美貴にならって、足を止めた。

美貴はぐるりと振りかえる。

「あやちゃんに何いった?」

日傘のレースが模様をきざむ白い頬にかすかに笑みを浮かべると、さゆみは傘
の柄を心持ち後ろにかたむけた。

「それが聞きたかったんですね」
「なんかヘンなこといったっしょ」
「あんだけデート拒否ってたのに、おとなしく来てくれるから、おかしいと思
いました」
「こーたーえーろー」
130 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:48
怖い顔、とさゆみはつぶやいた。

「怒ってる」
「ハァ?」
「藤本さん、いま頭にきてるんでしょう。藤本さんの大事な大事な松浦さんに、
さゆみが余計なこといったと思って」
「怒るかどうかはあんたの返答次第だよ。今のところは、どうやってあやちゃ
んをあんなにしたのか、聞きたいだけ」
「あんなってどんな?」

美貴は舌打ちをした。

「しらばっくれない。午後じゅうあのこおかしかったじゃん」
131 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:48
   ▽   ▽   ▽
132 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:49
今日の午後。食後、トイレに行くといいおいたまま、亜弥はなかなか戻らなか
った。待ちぼうけの美貴は、スタジオで高橋愛相手に暇をつぶしていたのだが。
帰ってきた亜弥の顔を見て、ぎょっとした。

白かったのだ。血の気のひいた顔で、右手にぶらりとさげた小道具のサーベル
を鳴らしながら稽古場にはいる亜弥は、まるで父の敵を取りに来たアニメのヒ
ロインみたいな、妙な迫力に満ちていた。顔色に逆らってまったくの無表情を
貫く口もとのあたりが、かえって痛々しい。大きな音をたてたわけでもないの
に、部屋中の意識がそこに集まるのが感じられた。
高橋と向かいあって床にあぐらをかいていた美貴は、おうあやちゃーん、とこ
とさら明るく声をかけたが。

亜弥はこちらを一瞥もせず、通り過ぎていってしまった。
どうも様子がおかしい。
美貴は立ち上がると、壁際の亜弥のもとに向かった。
133 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:50
さて、どう話しかけたものか。思案しつつ隣の壁にもたれた美貴だが、そもそ
もがノープランな性格である。
「あやちゃん顔白いよ? 腹イタかあ」
にやけた顔で話しかけたら、思いきり無視された。さすがにカチンとくる。
「うわ、また無視きた、2回目なんだけど。おい。おまえー」
「お腹も痛くないし機嫌も悪くない。今から大事なシーンだから集中してんの。
ちょっと話しかけんなー」
真っ正面を向いたまま、ちらりともこちらを見ない。コミカルな口調と裏腹の
まなざしは、揺るがないながらもうつろだ。何かに心をとられているのは確か
だけど、その何かが仕事ではないだろうことは、すぐ見てとれた。
こうなると、相手が簡単に口を割らないことを、美貴は知っている。

しかたない。了解、という意味をこめてひとつ肩をすくめると、美貴は亜弥か
ら視線をはずした。むりやり聞きだすのは趣味じゃない。
134 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:51
並んで練習再開を待っていると、スタッフやメンバーがぞくぞくと戻ってきた。
なかに台本片手のさゆみの姿を見つける。そういや今日行けなかったな、とぼ
んやりその姿を見ていると、こちらに気がついて笑いかけてきた。屈託のなさ
にちょっぴり罪悪感を感じた美貴も笑いかえす。と。

派手な金属音に、美貴はふりかえった。

美貴と亜弥の間の床にサーベルが落ちていた。亜弥の手にあったものだ。落下
の衝撃で、浮いた刃先が震えている。

――落としちゃった。

あっけらかんとした声。下を向いて拾いあげる亜弥の顔は、美貴の角度からは
見えなかった。そして、その日の稽古が終わるまで。

亜弥は一度も美貴の顔を見なかった。
135 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:51
   ▽   ▽   ▽
136 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:51
「立ち回り、すごかったなあ」

さゆみはくすくす笑った。「愛ちゃん災難でしたね」
137 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:52
   ▽   ▽   ▽
138 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:52
その後、亜弥ふんする隣国の王子と、高橋ふんする男装の麗人との決闘シーン
の稽古が行われた。亜弥の熱演ぶりはすさまじいものだった。

「そんな力いっぱい振られたら怖いって!」

サーベルの刃が空を切るぶん、という音が、離れて演技をしている美貴にも聞
こえてくるくらい。メンバーみんなが眉をひそめて、心持ち立ち位置を二人か
ら離すくらいに。
三振覚悟のホームラン狙いの勢いで刀を振りまわされて、息も絶え絶えに逃げ
まわる高橋。「よけられるでしょ!」と、ますます容赦なく切りこむ亜弥。

おたがい、セリフもアクションの流れも体に入っているし、運動神経もカンも
いい。なにより亜弥は、いつも以上に完璧だった。ただ『力が入ってる』だけ。
物理的に。高橋だからなんとか対応できているが、一拍でもお互いの呼吸が乱
れたら大怪我も免れない、それほどまでに、迫真の殺陣だった。
139 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:53
今までで一番迫力のある決闘シーンになった、と演出家はほくほく、スタッフ
やメンバーも拍手ものだったが、練習後床に両手をついて息を切らしながら、
あややヒドいちょっとあやや何すんの殺す気?……などとぶつぶついっている
高橋以外にも、亜弥に向かって、他とはちがう視線を向けていたものが二人。
140 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:54
今、楓の木の下で向かい合っている二人。
141 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:54
   ▽   ▽   ▽
142 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:55
「あのこがあんな風になるのって、めったにないよ?」

さゆみに向けたまなざしに、すこしばかり非難の色がこもる。さゆみは目をそ
らした。美貴の着ているノースリーブのパーカのポケットあたりに視線を向け
ながら、
「ちょっとは動揺してくれたってコトですかね」
「させたかったんなら大当たり。動揺しすぎて、完璧になってたもん」
「カンペキ?」
「いい演技だったでしょ? さっきの」
「今までで一番だ、ってみんないってました」
「心んなかに何かがあると、人って、物にあたったり、逆に妙にやさしくなっ
たり、こう、普段と様子が変わるじゃん。……あやちゃん、逆なの。なんかあ
るときの方が態度にでない、意地でもださない。そういう風にできてんの。
……意味わかる?」
さゆみはこくんとうなずいた。美貴もうなずく。
「そんなんだから、不調をなかなか気づかせない。稽古前から様子がおかしか
ったことも、みんなに演技のためだって思わせた」
143 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:56
思わせた、つまりそう『見せかけた』ということは。実際はおかしかったとい
うことだ。カムフラージュは、ほぼ完璧で、完璧ゆえのいびつさに気づくのは、
彼女を知りつくした人間、つまり美貴と――。

「シゲさんなんでしょ」

おかしくさせた当事者だけだ。

「はい」

答えのわかりきっている美貴の問いかけに、さゆみはまったく悪びれずに答え
た。美貴は、大きく息をついた。こめかみをかく。
「教えて。何いった?」
「さゆみとデートしてくれたら、教えてあげます、なんてのはどうですか?」
美貴は目をすがめた。ほんの一瞬、怒りで視界が赤らんだ。
美貴の顔に鋭い感情がひらめいたのは見てとったろうに、さゆみは、怖がるで
もなく、おちゃらけるでもなく、正面から、美貴の視線を受けとめている。

黙りこむ二人のうえに、蝉時雨が切れ間なく降りそそいだ。
144 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:57
しばしにらみあったあと、美貴はにわかにまなざしを和らげた。

「いい」
「え」

さゆみはきょとんとした。美貴は肩をすくめる。
「いいっていってんの。あやちゃんが黙ってることを、あやちゃんの知らない
とこで知ろうとするのって、まちがってる気がするし」
七割ほんとで二割が嘘だ。衝突寸前のレースを回避したのは、さゆみを追いつ
めたくない、そんな気持ちが働いたせいでもあったから。
「そう……ですか」
「うん」
ため息みたいな声でうなずくと、美貴は踵をかえした。さっさと歩きだす。
ふりかえる。動かない白い傘。美貴はあごをしゃくった。

「ほら。いこ」
「え?」
「するんでしょ。デエト」
「だって……」
「交換条件とか好きくないから、あやちゃんのことは自分で聞く。それとはべ
つにして、今日はつきあう。ネイル予約でいっぱいだったし」
145 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:59
くるりと前をむくと、ふりかえらずにどしどし歩く。後ろから、戸惑いながら
も、白い日傘がついてくるだろうことを、確信しながら。

さゆみが亜弥に何をいったか聞かなかった理由。

七割は亜弥のため。
二割はさゆみのため。

あと一割がなんのためかは、今の美貴にはわからなかった。
146 名前: 投稿日:2006/11/04(土) 22:59
   ▽   ▽   ▽
147 名前:名無し 投稿日:2006/11/04(土) 23:00
遅くなったうえ短くてごめんなさい。第4話の後編を今回と次回に分けました。
いっきにあげると長すぎる気がしたので。次はがんばって早めの更新めざします。
そうそう、藤本さんのラジオで、道重さんのラジオで、CBCはさゆみきの宝石
箱ですよ。みなさまお聞き逃しのないよう
148 名前:名無し 投稿日:2006/11/04(土) 23:01
>>117
ありがとうございます
3人のうちいずれかの良さが伝わってれば、まあいいかなーと(えらそう
松浦さんは私の目には、どうあっても屈折してうつります。そこが好きです

>>118
ありがとうございます。実は怖い二人なんです
あの藤本さんが「怒ると怖そうな人ナンバー1」にハロプロでは松浦さんを、
モーニング娘。内では道重さんをあげていますし(出典はラジオとDVD)

>>119
ありがとうございます。私も書いててめっちゃ楽しかったです
あるかも、ないかもしれない、第二戦にご期待ください

>>120
ありがとうございます
主役が出てこない回でしたが、あやさゆ対決はおおむね好評なようで、嬉しい
限りです。将棋みたいに終局を見すえながら、がんばって進めていきます
149 名前:名無し 投稿日:2006/11/04(土) 23:02
>>121
ありがとうございます
ヘンタイさんとイジョーさんてなんだかすごい話みたいですね
変態さんというと、藤本さんを指すことが多いのに(ネタスレとかで

>>122
ありがとうございます。遅くなりまして。次回更新はわりと近いはずです

>>123
ありがとうございます。さゆの「ごめんねぇ?」とかすごい良かったですよね
仲良く話してる場面もあったりして、あやさゆはアリですよアリ(w
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/05(日) 01:35
松浦しゃん…
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/05(日) 03:18
作者さんの作品には自分が娘。小説に求めているもの全てがつまっている!!
152 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/05(日) 21:54
たった二行でミキティ→さゆの関係を表すなんて!>144中
10%がなんなのか気になりすぎます
153 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/11/05(日) 22:05
あやや・・・がんがれ(涙)応援しってから!
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/07(火) 16:10

劇中、隣国の王子が魔女をスルーしてたのはこういう理由があったのか(違
とりあえず愛ちゃんスゲーとばっちりw
155 名前:121 投稿日:2006/11/07(火) 17:46
藤本さんはノープランでもシックスセンスがするどそうだ。
さすが元祖変態様です。
日傘の行方、どんな遭遇があるのやら。楽しみに待ってます。
156 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/12(日) 15:46
うーん面白い…引き込まれます。
どんな展開が待っているのか、色んな想像が頭を駆け巡る。
157 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:56
第4話「みちとの遭遇(後編2)」
158 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:56
自分で自分がよくわからない。

ミュージカルの歌詞を引くまでもなく、人は人生において、しばしばそういう
状態に直面する。
今、道重さゆみと並んで午後の住宅地を歩いている藤本美貴は、まさにそのさ
なかにいた。

自分で自分がよくわからない。

横を歩いている女の子。
かわいい顔してなに考えてんのかぜんぜんわかんないこのこは、美貴にとって
最上級に大切な存在――松浦亜弥を、どうやら傷つけたらしいのに。
二人の衝突(?)には、どうやら美貴が、浅からず関わっているらしいのに。
聞きだすでもなく、責めるでもなく、肩を並べて歩いてる。美貴は、そんな自
分が不可解でならなかった。

不可解が呼びよせた不機嫌のせいで、黙々と歩いてる。並んださゆみも黙って
いる。無言の二人の間には、目には見えない重い何かが、ずっしりとのしかか
っている。

こんな『デート』が楽しいわけがない。
159 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:57
   ▽   ▽   ▽
160 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:57
「藤本さん」

10分以上の沈黙のあと、先に口を開いたのはさゆみだった。
美貴は「ん?」と短く答える。顔は前を向いたままだ。

「がっかりしましたか?」
低いトーンの声に、
「なんに。なんで」
と、やや押しつける口ぶりで聞きかえすと、美貴はつっこんだ手でふくらんで
いるパーカのポケットに目をおとした。猫背がますます丸くなる。

「さゆみに。松浦さんのこと教えて欲しかったらさゆみとデートしろだとか、
バカでやらしくてチョー卑怯なこといったから」

どうやら自分自身に向けているらしい、とげとげしい口調。
美貴は、ちらりと相手をふりあおいだ。さゆみは正面を向いている。わざとこ
ちらとあわせないようにしている目が不自然に揺らいでいるのを見て、美貴は
視線をはずした。服が伸びるのもかまわず、ポケットの中の両手ぐい、とつっ
ぱる。
「気にするくらいだったら、余計なこといわなきゃいいのに」
あきれた風をよそおっていったあと、「してないよ」とつづけた。
161 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:58
「がっかりなんか、してない」

本当に自分は、シゲさんに対してバカみたいに甘いなあ、と思いながら。

「でも、さっき、そういう顔してた」
「がっかりっていうか……まあ一瞬めちゃめちゃ腹立ったけど……ちょっとヒ
サビサに手ぇでるかと思ったけど……うん。がっかりも多少はしたけどぉ、でも」
美貴は立ち止まった。

「本心じゃないのかなって、そう思ったから」

いって腑に落ちた。たぶん、だから、美貴は怒りにつかまれなかったのだ。
すこしの沈黙。
「……そっか。そうですか」
声が潤んでいることに気がついているから、美貴はさゆみを見ないようにする。
「本気だったらどうするんですか? さゆみが実はすんごい悪女で、すんごい
性格悪くて、松浦さんにイジワルいって、藤本さんをたぶらかそうと――」
「すごいすごーい、って誉めたげるよ」
さゆみは鼻をすすった。
「……バカにして」
162 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:58
「ところでシゲさん」
美貴はがらりと声のトーンを変えた。
「デートはいいけども、ミキ行き先知らないんだけど? ミキに先歩かせてた
ら、いつまでたっても目的地つかないんじゃないの」
「あ。そうでした」
ほんのすこしの湿り気を残しながらも、さっぱりとした返答がかえってきた。
さゆみのこういうところが、いいな、と美貴は思う。こちらの意図をすばやく
察して、同じ方向に気持ちをもってきてくれるのだ。

「まったく。ていうか、歩くの?」
「ハイ。近くなんで」
「ほら、じゃあ」
美貴はさゆみの背中をぽん、とたたいた。汗が手のひらにしっとりとする。
「先いって。ついてくから」
さゆみはうなずくと、あたりを見渡して、歩きはじめた。

日傘の白が眩しくて、美貴は目を細めた。
163 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:59
   ▽   ▽   ▽
164 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:59
「ほんっとなんにもないんですよ、このへん」

さゆみは歩きながら日傘をぐるりとまわした。

稽古が終わるといつもさっさとタクシーに乗りこんでしまう美貴とちがって、
さゆみは何度かメンバーとこのあたりを『探検』してみたらしい。

最寄りの駅からして、東京でも下町にあたる。
しゃれた喫茶店があるわけでなければ、ファーストフード店もない。ショッピ
ングビルもない。何もない。駅前まで出てやっと、ファミリーレストランとさ
びれた商店街、携帯のショップなんかにたどりつく。

解説するさゆみに、
「で、その何もない街で。うちらはどこに向かってんのさ」
とってしまったキャップでひっきりなしに顔をあおぎながら、美貴はうんざり
と聞いた。
165 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 00:59
「つか、暑い。喉かわいた」
美貴は手の甲で頭頂を押さえた。分け目がじりじり焦げてる気がする。どんど
ん気温が上がってる気がする。いや、たぶん気のせいではない。
さゆみの白い頬がいつもよりいっそうつやつやしているのも、ふきだしている
汗のせいだ。
「すごく、すごいね、おいしいチョコレートのお店があるんですよ。もう、超
穴場で見つけた幻の極上スイーツ! みたいな」
うげげ、と美貴は顔をしかめた。
「チョコ? このクソ暑いのにチョコ?」
「ちがうんです。チョコはチョコでも冷たいの」
「……パフェでもあんま食いたくないなあ」
「パフェではなく」
さゆみはショルダーバッグの中から携帯電話をとりだした。
「ほら、これこれ」
美貴に向けて携帯の画面を差しだす。美貴は、顔をしかめてのぞきこんだ。

画面には、巨大なかき氷が写っていた。焦げ茶色の氷と上にのったチョコソフ
トが絶妙な感じで混じりあっていて、その上に散らされたピスタチオ、チョコ
ブラウニー、チョコレートソース。
166 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:00
「なにこれ。氷チョコ?」
すんごいすんごいおいしそうでしょー、とさゆみは美貴の耳もとで叫んだ。
確かにうまそうだ。だがしかし。
美貴は携帯電話の画面を指でたたいた。
「氷でしょこれ。チョコレートかき氷ってこれまた微妙だな。味薄そう。なん
か駄菓子屋のチョコアイスみたいな味しそうだよね。あれはあれでミキ嫌いじ
ゃないけどさあ」
唇をとがらせる美貴に、
「それがっ。すんごい濃厚でチョコチョコしてるんだって! なのに後味がす
っきりしてて、今までに食べたことのない味なんだそうです。うー食べたーい」
「……ちょっと待て。あんた食べたことないの?」
「ありません。エリがこないだ新垣さんと見つけたんです」
「このへんなんだよね?」
「の、ハズ……」
「はずってなんだよ。確かな情報だせよ」
「それがですねえ……」

さゆみはぐるりとあたりを見わたした。
167 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:01
「わかんなくなっちゃったかも」
「ハア?」
「最初にむちゃくちゃ歩いたのが問題でしたね。戻らなくても、ああいってこ
ういって、よし行ける! って思ったんですけど……」

美貴はごちん、とさゆみの頭をたたいた。

「いたーい」
「あんた本式のデートだったらもうバツだよ? 下調べたんなくて女の子迷わ
せるとか方向オンチの男とか、一番ありえないんだけど」
「お。そのいいかた。さては覚えありですね? うっふっふっふ」
「おいー」
「あ、ごめんなさいごめんなさい。手はださないで」
さゆみは傘でガードして、美貴から逃げる。その隙をついて、
「帰る。おつかれ」と逃げだそうとすると、ダメですー、とバッグをつかまれた。

「はーなーせー」
「やーでーすー」
168 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:02
「あ」
そうだそうだと美貴は人さし指を振った。「カメに聞きゃいいんじゃん」
名案、とつぶやきながら携帯電話を取りだした美貴だが、
「あ、藤本さんストップ」
とさゆみに携帯をつかまれてしまった。
「なんで?」
「さゆみがかけます。その方が話早いし、藤本さんからいきなり電話かかって
きたら、エリびっくりしちゃいますよ」
「そう? じゃよろしく」
美貴は引き下がった。さゆみは自分の携帯電話を操作して、絵里を呼びだす。
しばらく携帯に耳をあてたあと、むー、とうなった。
「出ません」
「どれ」
顔を寄せると、さゆみは美貴の耳に携帯を押しつけた。長音のコールのあとに、
留守番電話に切りかわる。
「あ、留守電なった」
「メール入れときます?」
「ウン。今すぐ電話しろって入れて」
「エリそんなの聞きませんよー」
いいながらさゆみは、素早く携帯電話のボタンを操作した。
169 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:02
「打ちました。オッケーです」
「オッケーはいんだけどさ、いつカメと連絡つくかわかんないしめっちゃ暑い
し――」
「ええ。帰るとかいわないでください」
「帰んないよここまで来て。ただ、決断も大事だよ、シゲさん」

美貴はさゆみの腕をとった。

「え。なになになに。なんですか?」
「さっきちらっと見かけたんだよね」

さゆみの腕をひいて、美貴は小走りで歩きはじめた。視界の端を先ほど横切っ
た、青色の幟を求めて。
170 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:02
   ▽   ▽   ▽
171 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:02
さゆみは手の上に乗った氷の固まりを見つめて、化けた、とつぶやいた。

「極上スイーツが、氷イチゴに大変身ー」
「溶けるよ」

美貴は自分のぶんのかき氷にがっつりとスプーンをつっこんだ。ほろほろとこ
ぼれる氷に気をつけながら、勢いよくかぶりつく。

「う、まーい」

絶叫。がす、がす、がす、と氷を突きくずしては口に運ぶ。甘いうまい。味覚
に意識が支配される至福。うめぇ、冷てぇ、とうなりながら夢中になってしま
う。女の子にしては食べものに執着のない美貴だけれど、真夏の午後、さんざ
ん炎天下をさまよった末に、日かげにべったり座りこんでかきこむかき氷のう
まさときたら、にやにや笑みを浮かべながら食べてしまうほどの破壊力だった。

がつがつ行きすぎて、ちょっとこめかみが痛くなる。美貴は一瞬手を止めた。
眉をしかめて隣を見ると、早食い競争出場中かという勢いで、氷をかきこんで
いるさゆみ。目があうと、恥ずかしそうに笑った。
172 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:03
「めっちゃおいしい」
「ちょっとヤバいくらいおいしいよね。超フツーのかき氷なのに」
「氷がふあっふぁですよね」
「そうそうそう。けっこうさ、ジャリジャリの氷のときあるよね」
「あーあれ最悪。すごいテンション落ちる」
「お祭りとかジャリジャリ系多いんだよ」
「そうそうそう。これは当たりですね」
「ミキ絶対ここはいけてるって思ったもん。おばちゃんの顔からして」
「藤本さんエラい。よく見てましたね」
「これ、ちょっと勝ってるんじゃないの? さっきの『スイーツ』にさあ」
「余裕ですよ。ストレート勝ちですよ。ほんっとおいしいもん」

言葉を交わしながらも、二人ともせわしなく氷を口に運んでいる。
ときおり手を止めて息をつく。おいしいなあ、などといいかわしながら。
173 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:03
二人が座っているのは、大きな施設の玄関、その軒下だった。道路から、十段
ほど石段をのぼったところ。やたらと立派な門が構えてあって、ずっと奥に、
謎の紋章が正面にきざまれた石造りの建物があった。建物の入り口は閉まった
ままだ。

きっと、お寺か神社だよ、そういいながら石段を上まで登った二人は、謎の建
造物に、一瞬迷ったのだけれど。

暑さも氷も、限界だった。

座るのにちょうど良さそうな木の敷居、日射しを完全にさえぎってくれる瓦屋
根、そしてなによりひとけのなさ。ここしかない。そう思った美貴は、さっさ
と門扉の端に座りこんだのだった。とまどいながら、さゆみもつづいた。
174 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:03
   ▽   ▽   ▽
175 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:03
「しかしこれはアレだな。宗教だよ」

背後の建物をふりかえりながら美貴はうなずいた。二人は道路に向かって座っ
ているから、敷地内は体をひねらないと見えない。
「え? 宗教? でも、お寺じゃないって――」
かき氷を口に運びながら、さゆみもふりかえる。
「お寺とも教会ともちがうけどさ、なんかあの文字とかもそうだし、こんなで
かい建物だし、まちがいないよ。なんかの新興宗教の建物なんだろね」
いいながら、美貴は木の敷居をまたぐようにして座りなおした。中庭に立て看
板が立ててある。読めないけれど、踊る墨文字はきっと『世界人類が平和であ
りますように』とかなんとか書いてるんだろう。
「何教だろ。見てもわかんないかな」
「ヤバくないですか? わたしたちこんなとこでくつろいでたら、信者さんと
まちがわれちゃいますよ」
「平気平気。さっきから誰も通んないし。今日はお参りないんじゃないの?」
「でも、勧誘とかされたら」
「ミキがきっぱり断ってやる。まかせな」

おどけて親指を立てると、さゆみもにっこりと笑った。おたがい、さっきまで
の雰囲気が嘘みたいだ。
176 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:07
さゆみはスプーンで美貴の氷をさした。

「みぞれはどうですか?」
「食べる?」
カップを差しだすと、さゆみはざくりとひとくち分をすくった。
「みぞれはオトナのチョイスですよね」
「ええ? どこが」
さゆみは透明の氷を口に入れた。自分のカップを差しだしながら、
「さゆみのは? ミルクたっぷりですよ」
「喉かわきそうだからいい」と美貴は首を振った。
「でもさー、基本かき氷のシロップって、みんなおんなじ味だよね。なんかこ
う、香りーくらいはちがいあるけど」
「おんなじ味でも、色がついてる方がいいんです。おんなじ味なら透明でいい
っていうのは、やっぱりオトナの考えだと思います。さゆみまだ子どもなんで」
「んー。子どもは子どもだろうね。だって17でしょ」

よく考えたら四つも下なんだなあ、と実感する。学年でいうと五つ。けっこう
激しい離れ方ではないか。
177 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:08
「ま、同年代のほかのこよりは、シゲさんは多少おとなっぽいと思うけどね」
「さゆみがですか? おもちゃとかアニメとか大好きなのに」
「そうゆうことじゃないんだよ。たとえば田中ちゃんとかエリエリよりは、シ
ゲさんは大人だと、ミキは思うよ」
「めずらしい。藤本さんに誉められた。日記に書きます」
「うっさいな」

まあでも、素直にそう思うのだ。美貴のことを好きだという、そのアプローチ
の仕方にしても、強引だけど、無茶じゃない。さんざんに許容範囲のラインを
はかって、しかけてきているのがわかるのだ。だから正直、亜弥に対しての謎
のけん制は、美貴には意外だった。
「藤本さんって、けっこうさゆみのこと見てくれてますよね」
「最近ね。いやおうなく、て感じ?」
そっけなくかえして、美貴は座り直した。再びさゆみと並んだ形になって、ち
ょっとほっとする。道路を見おろしながら、かき氷を食べる。
178 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:08
「でも、きっと買いかぶってます。わたし、全然オトナじゃないから。いつま
でも子どもでいたいし、そのくせ子ども扱いされるの嫌だし、バカなことばっ
か考えてて。そういうの知ったら、藤本さんきっと、今以上にさゆみのことウ
ザいって思うようになりますよ」

さっきから自虐が過ぎるのは、このこなりに亜弥のことを反省しているからな
んだろうか。そのわりには釈明するでもなく、言及するでもないのが不思議な
ところだけど。

あんまりこういうことを口にするこじゃないから、なにやら新鮮に感じた。

そんなことないよというのは簡単だし、そうなんだと相づちを打つのも簡単だ。
どちらも口にせず、美貴は、ふんだかふむだかわからないような息をもらした。
そう思ってる、きっとそれを知って欲しいだけなのだ。同意も否定も必要とし
ないときというのは、確かにある。
179 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:09
「松浦さんのことなんですけど」

来た。美貴はどきりとしながら、うん、といった。

「ちゃんと自分で謝ります」
「うん」
「やりすぎました」
「気になるなあ、あやちゃんに何いったら、あんなに動揺させられんだろ」

うずうずとつぶやく美貴に、さゆみはふふふと笑った。

「藤本さんって、あんがい無邪気ですよね」
「なんだよ、さっきオトナとかいっといて」
「無邪気なオトナって感じなんです。たとえばこうやってさゆみと今遊んでく
れてるのも、オトナだと思う。松浦さんとさゆみがもめたかもしれないのに、
普通に接してくれてる」
「さっきは一瞬ムカついたけどね」と、美貴は苦笑した。

「でもそれは、オトナっつーか当たり前じゃん。いくら仲いいからって、おん
なじ価値観でなくちゃいけないことなんかないでしょ。たとえばあやちゃんが
すごい嫌いな人がいたって、ミキにとってその人がヤなヤツでなかったら、普
通に接するし。あやちゃんだって、きっとそうだよ」
180 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:09
何も返事がかえってこないので、美貴はさゆみの顔を見た。

さゆみはじいっと美貴を見ていた。

ひどくせつなそうな、せつなそうとしかいいようのない目をしていて、ちょっ
と、どきどきする。そういう目で見られるのは、ひさしぶりの気がした。
181 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:10
「藤本さん、あのね」

何かをいおうとしてる唇の端が、氷イチゴの色で赤く光ってる。なめたら甘い
んだろうな、などと、美貴はついまた、不穏なことを考えてしまう。

「さゆみ、藤本さんに――」

ヘンな感じだ、と美貴は思った。ヘンな感じがちょっとまずい。ヘンな感じに
身をゆだねるのは本意ではない。どうしよう。美貴は思わず視線をさゆみの向
こうの境内にさまよわせる。と。
182 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:11
「あっ!」

美貴はさゆみの後方を指さした。ヘタな芝居ではなかった。
さゆみがつられてふりかえる。

砂利道を、ゆっくりと、こちらに向かって歩んでくる人影があった。中年男性
に見える。足首あたりまでがすっぽり隠れる、アジアのお坊さんみたいなオレ
ンジの袈裟を身につけている。なのに、髪は伸びきってぼさぼさ。
風体よりなによりインパクトを与えたのは、その顔だった。

笑顔。

男性は、なんともあけっぴろげな微笑を浮かべて、こちらに近づいてくるのだ。
と、いうより、美貴がその姿を視認する前から笑っていたようだ。
美貴と目があうと、男性は胸にあごがつかんばかりにうなずいた。大丈夫だよ、
という声が聞こえた気がした。

突如、美貴は発作に襲われた。突発的な『キモい』という感情の発作に。
美貴はさゆみを見た。二人の意志はすぐに伝心。美貴はさゆみの手をつかんだ。
183 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:11
「行くぞ!」

さゆみが日傘を拾うのが合図だった。長い石段を転ばないよう最大の速度で一
段ずつ駆け下りる。飛びだした日なたは目がくらむまぶしさ。アスファルトの
上の空気が揺らぐ。道路をけって走りだす二人してバカ笑いが止まらない。
さゆみが転びそうになる。それがまた笑いを呼ぶ。遠くから聞こえる車の走る
音。ときおり吹く熱風みたいな風。自分たちの短い呼吸音。

笑いころげて走りながら、夏だぞー、と美貴は叫びたくなった。
184 名前: 投稿日:2006/11/16(木) 01:12
   ▽   ▽   ▽
185 名前:名無し 投稿日:2006/11/16(木) 01:13
この文章は、特定の団体、及び個人を中傷するものではございません。
「アリスの茶会」「うさぎの王子様」「大臣と魔女」「恋するうさぎ」
「赤の女王とアリスのワルツ」……森板はなんだかメルヘンですね。
186 名前:名無し 投稿日:2006/11/16(木) 01:14
>>150
ありがとうございます。松浦さんは強い子だからだいじょうぶ!

>>151
ありがとうございます。全てって何と何と何かしらん、と嬉しくなりました。

>>152
ありがとうございます。「七割ほんとで〜」のくだりですかね。
残りの1割は文中で暗示してゆけたらいいなあ、と思っております。

>>153
ありがとうございます。みなさんあいかわらず松浦派ですね(w

>>154
とばっちりの高橋さんにふれてくださってありがとうございます。
ミュージカルの裏側ではこんなことが! なんて考えるのが楽しいんですよね

>>155
ありがとうございます。ノープランでシックスセンスが鋭いって、ほんとそ
の通りですね。そんな藤本さんがケモノっぽくて大好きです。
「みちとの遭遇」というタイトルには、いくつかの意味をこめてみました。

>>156
いろいろ想像してくださってありがとうございます。
ぜひ、終わったころに、想像が当たってたかどうか教えてください。
187 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/11/16(木) 12:35
今日初めて読んですっかり引き込まれました!
作者さんの書く道重さんいい味出しててかなり好みです♪
これからの展開にドキドキワクワクです。
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/16(木) 20:26
そりゃもう彼氏がいようが何しようが松浦派ですが……ましゃか……
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/17(金) 18:36
予想外に楽しそうな一夏を満喫してますねぇ
最近ハロモニでさゆみきが同じ白いボンボンのついた
お揃いのゴムをしてたのを思い出しました
190 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/11/21(火) 16:07
季節は冬、物語は夏、なのに感じるのは青い春
心情的には松浦さんをなんとかしてあげたい
でもさゆもキャワ
藤本さん、うらやましいような大変なような
191 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:54
第5話「彼女は知らない」
192 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:55
「なんか焼けた?」

なにげない自分の質問に相手が動揺したのが、亜弥にはすぐにわかってしまった。
「ガッタスの試合あったからさ」
いつも通りの早口。それは不自然じゃない。ただ、聞いたのは「焼けたかどう
か」であって「なぜ焼けたか」なんてことじゃない。聞きだす前にいいわけして
る。これってなんか、後ろめたい――。

そこまで考えて、亜弥はなんだかなあ、と思った。

いやになる。普段なら聞き流すだろう、そんなちいさなごまかしに気づいてし
まう自分は、そうとう過敏になっているらしい。

ため息をついたりして、いらぬ注意をひくのもバカらしい。亜弥はつとめてさ
りげない顔で、「日焼けどめ塗ってなかったの?」ときいた。
「塗っててもさ、長時間だと落ちてくんだよね」
「ふぅん」
亜弥は、美貴の腕に自分の腕をぴったりとつけてみた。肩のてっぺんから、手
首の固い骨まで。隙間なく押しつけられた腕は、冷房でさんざんに冷やされて
いるせいか、思いのほかひやりとする。二本の腕の色はまるでちがって見えた。
193 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:56
「やっぱあやちゃん色白い」

嬉しそうに、感心したように、美貴はつぶやく。

ほかの誰の手と比べてるのやら、と亜弥は思う。
194 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:56
   ▽   ▽   ▽
195 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:57
グラビア写真をひたすらに撮る。今日はGAMでのお仕事だった。亜弥と美貴
は、朝からずっといっしょにいる。昨日は「お泊まりあいっこ」はなかった。
亜弥が、ほかに泊まるところがあったからだ。

ライトの下をきわだたせるため、ひたすら暗いスタジオで、亜弥は足を組んで
座っている。隣のパイプ椅子には、あいかわらずだらしなく、腰をずらして座
っている美貴。今日、はじめての休憩時間だった。
196 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:57
   ▽   ▽   ▽
197 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:58
亜弥はひょい、と美貴にくっつけていた腕をはなした。自分の二の腕をさする。
「日にあたっても、焼けるかわりに赤くなるからね、あたしの場合」
離れられて、美貴はすこし残念そうに、
「ああ、白いこってそうだよね」
といった。
椅子に腰かけたまま、亜弥はぐるりと体をねじった。ん? とかわいらしく首
をかしげる美貴。
198 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:58
亜弥はひとさし指を立てた。指の先でゆっくりと美貴の眉間を目ざす。眉と眉
の間に指の腹をつけると、美貴の目をのぞきこんだ。
「も、いいから」
「はい?」
より目のまま美貴は答える。
「ウザい」
「はぁ? なにが」
より目がほどけて丸くなる。亜弥は指をおろして、美貴に顔を近づけた。
「いいたいことがあるんだったら、さっさといえ」
「え、なにいって――」
「早く」
避けられない話なら、せめてこっちから持ちだして、ペースをにぎりたい。
有無をいわせぬ声でささやくと、美貴はうーんとうなって視線を横に逃がした。
「今はやめようよ。仕事中だし、途中で話切れんのヤでしょ」
やっぱり。うやむやにする気はないらしい。
「じゃあ、ウチ帰ってからね」
ぷい、とはなれると、亜弥は、美貴の髪の先にひっかかった前髪をなおした。
美貴はやれやれ、というような顔。小指で頭をかく。
199 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:59
「じゃ、藤本さんからお願いしまーす」

スタッフから声がかかった。はーい、と立ち上がると、ひらりと亜弥に手を振
って、美貴はライトの下へと行ってしまう。

亜弥は膝にかけていたショールを肩の上にかけなおして、足を組みかえた。
撮影する美貴を、とっくりと見る。

美貴はワンカットずつ微妙にポーズを、表情を変えながら、次々と写真におさ
まってゆく。あんなにダルダルなこなのに、カメラがまわるとさすがプロ。
強気な目つきもブリブリの笑顔も照れた表情もお手のもの、テレビのチャンネ
ルを変えるみたいに、めまぐるしくさばいてゆく。

くるくると表情を変える美貴を眺めながら、亜弥はぼんやりシミュレートする。
今日、彼女が泊まりにくる。果たして、どんな、態度をとるのが最良なのか。
笑顔? 真顔? 困った顔? どれがいちばん本当で、どれがいちばん効果的か。
カメラがなくても、誰よりうまく切りかえられる亜弥なのに、不思議と今日は
自信がない。
200 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 14:59
ふと思う。

日に焼けた原因は、やっぱりあのこなんだろうか。知らない間に、二人でどこ
かに遊びに行ったの? ううん、それくらいなら隠す必要ない。隠すってこと
は、何かあったってことだもん。あ、ちがう。何かあったのはあたしとあのこ
に、だ。あの日のあたしの態度のことを、たんは気にして、うち明けないのだ。

つまり、気をつかわれているのだ。このあたしが。藤本美貴に! なんてこと。

亜弥は舌打ちした。

狂っている。ハウリング寸前の最大のエコーで奏でられていた二人のリズムは、
あっけなく乱された。美貴は意識せずとも軽やかに、亜弥は細心の注意をもっ
て、二人で日々メンテナンスしてきたマイクを、あのこときたら、第三者の分
際で思いきり蹴飛ばしてくれた。震えがくるくらい腹立たしい。忘れられない。
201 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:00
ゆび数本ぶんの距離、白刃の上でつきあわせた、道重さゆみの顔は。
そのまま剣を跳ねあげて、首を取ってやりたいくらい、にくらしかった。
202 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:00
   ▽   ▽   ▽
203 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:01
「ミキ、あんまりややこしいのダメだから、単刀直入に聞くね?」

強気が売りの藤本美貴が、神妙な顔をしている。
家族や亜弥にしか見せない美貴の気弱な顔は、いつも亜弥の優越感を気持ちよ
く満たしてくれる。だけど。

――そんな前置きなんかなくたって、あんたはいつも単刀直入だよ。
  単刀以外の刀なんか、持ってないでしょうが。

ささくれだっている今夜の亜弥は、引っかからないでいいところに引っかかっ
てしまう。頭のなかで茶化したあと、亜弥は「いいよ」と先をうながした。
204 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:01
   ▽   ▽   ▽
205 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:02
ところ変わって美貴の部屋である。

ま、座んな、と亜弥にしめされた定位置にあぐらをかいた美貴、向かい合って、
壁を背中に、立てた片膝を抱えこんでいる亜弥。

美貴が手を置いているテーブルには何もない。家に入ってまず冷蔵庫に向かっ
た美貴を、話し終わってからにしよ、と亜弥が制したのだ。
遅くまでかかった撮影のせいで、二人とも腹ぺこなのだけれど、二人仲良くカ
レーでも温めようものなら、せっかくの緊張感が途切れてしまう気がした。

そんな風に思うあたり、お気楽だな、と亜弥は思う。亜弥は知っている。混乱
しながらも、自分がどこか、この事態を楽しんでもいることを。

順風満帆だった自分たちに吹きこんだ風は、決して歓迎できるものではないけ
れど。もたらす何かに、自分たち以外でしか揺らせない何かに、確かにあたし
は期待している。期待しながら困ってる。揺れないように押さえてる。不思議
な矛盾だ。
206 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:02
神妙な顔のまま、美貴が口を開いた。

「シゲさんとなんかあった?」

ほんとに単刀直入。余計なものを挟まない美貴のこの率直さは、亜弥が特に好
きだと思うところだ。亜弥はゆっくりといった。

「なんかって?」
207 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:03
「……あの、こないだのミュージカルの稽古のとき。一週間はたってないから、
6日前だっけ? あ、まだ5日か」
「どうでもよくない?」
「確かに。じゃあ、5日、5日前にあやちゃんさあ――」
「まあ、4日前なんだけどね」
「あんた今どうでもいいって……ま、いいや。4日前ね? あやちゃんお昼休
憩んとき、ミキ置いてどっか行ったっしょ?」
「うん」
「で、帰ってきたとき、おかしくなかった?」
「おかしかった」
「ミキの顔、ぜんぜん見てくんなかった。ちがう?」
「ちがわなーい」
「それって原因、道重さゆみさんなんですかね?」
「正解者に拍手。ヨクデキマシタ、ヨクデキマシタ」
「あやちゃん」
美貴は、テーブルをたたいた。「ミキ真面目に話してんだけど」
「あたしだってマジメさ」
その証拠に、にこりともしていない。これでふざけてると思われたら心外だ。
208 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:03
腕を組んだ美貴は、ほんとかよ、と不服そうだ。
亜弥は手首の白い時計のネジを巻きながら、道重ちゃんになんか聞いた? と
たずねた。美貴は天井を見た。
「聞いた。あやちゃんの様子がおかしかったから、原因シゲさんかと思って。
あやちゃん、シゲさんとミキのことずっと気にしてたから、なんかいったりい
われたり、こう、あったのかなって思った。で、聞いた。あやちゃんに何いっ
たんだって」
「で」
「――はぐらかされた。それに、あやちゃんミキにいってくれなかったから、
そうゆうの勝手に裏で聞きたくなかったから、やっぱり自分で聞こうって思っ
た。で、いま聞いてる」
「たいしたことじゃないよ、っていったら納得する?」
「しない。だって今だっておかしいじゃん」
人を小刻みに指さして、唇をとんがらせている美貴は、まるで小学生だ。

亜弥は上目で美貴をうかがった。
209 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:04
どうしたものだろう、この無邪気な女を。

なんでもないよー、おかしくなんてないよー、バカー、とかなんとかいって、
おでこをつーんとつついて、にっこり笑ってごまかせば、単純バカのこのこは
あっけなく騙されてしまうかもしれない。が。
ほんとのことをいえなくっても、ぎりぎりまでは、きちんと答えなくてはなら
ない、と亜弥は思う。
ごまかしたりしたら、さゆみの言葉が的を射ていたことを完璧に認めることに
なってしまうからだ。亜弥以外の誰もそれを知らなくても、認めるわけにはい
かない。いかないのだ。

亜弥はひとつ息をついた。
210 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:05
「確かにちょっとあった、けど――あたしが悪く、なくもない」
「悪くなく――なく? ない? 悪いってコト?」
「あたし、道重ちゃんがみきたんにコクったことに興味津々だったじゃん?
で、あの日、あんたの秘密基地に行ったの。で、いろいろ聞いた。ほんとにみ
きたんのこと好きなの? とか、女の子好きなの? とか」
「あやちゃんが?」
その口調には、理由もなくあんたがそんなことするわけないでしょ、という信
頼がありありとあらわれていて、胸苦しくさせるけれど。
亜弥はうなずいた。
「そうだよ。想像してごらん? みきたんにすんごい好きな男の子がいてさ、
一生懸命アタックしてるところに、その子の友だちがでてきて『おまえアイツ
のこと好きなんだって?』とか口だしてくんだよ。ムカつかない方がおかしい
よ」
「……そんなこといったの?」
「それに近いことは、した」

美貴は口をつぐんだ。すこし黙ったあと、

「ダメじゃん」

とちいさな声でいう。
211 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:07
あ、痛い、と亜弥は頬がゆがみかけた。ばれないよう、あわててポーカーフェ
イスをつくろったけど、ちょっと本気で痛い。めったに亜弥を傷つけることが
ない美貴の刃は、たったひとふりで、亜弥のHPを著しく奪うらしい。

「……ダメだね。ちょっと、反省してる」

亜弥は、甘んじて痛みを受けた。
実際、自分の態度はさゆみからしたら、気持ちのいいものではなかったと思う。
買いすぎたのは相手だけれど、先に喧嘩を売ったのは、やはり亜弥なのだ。
わざわざ藪をつつきに行って、出てきた蛇に腹を立てては、世話がない。
わかりすぎているほどわかっている亜弥なのだけれど、だからといって、感情
ばっかりはどうしようもないから困る。
212 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:08
素直な亜弥の返答に、美貴は困ったように、
「ダメじゃないけど」
「ダメっていったじゃん」
「ダメはダメなんだけど、まあさ――」
美貴は手を伸ばすと、テーブル越しに亜弥の手にふれた。遠慮がちに指をにぎ
ると、照れたように笑う。
「ミキいちおう関係者なわけじゃん。で、ミキはもうべつにいいのね? でさ、
シゲさんの方も、謝んなくちゃっていってたよ。ちょっと泣きそうなって反省
してた。だから、どっちも反省してるってことで、もう、いんじゃない?
あやちゃん気にしなくてもさあ」
「ふうん……」

思わず不信感たっぷりの声がでる。何を考えているのやら、あの小悪魔は。

まったく、食えないこだと思う。その食えなさが、どこか自分と似通ったもの
だとわかってるから、余計に腹が立つ。あんなに鋭い眼差しを向けられていた
なんて、みじんも気づかなかった自分にも。
213 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:10
けれどまあ、この調子だと、多少は美貴に責められたことだろうから、今回は
痛み分け、イーブンということで許してやる。確かにあたしも子どもっぽかっ
た。はっきりいって、ちょっぴり、うらやましかったのだ。

あんな風に、正面きって、美貴を好きだといいきったあのこが。

あのこと美貴の関係は、まだ未知数だ。どこまで近づくか、どこまで離れるか、
すべては未来のなかにある。あのこの努力だったり時と偶然だったり、二人の
共感だったりで、どちらにも、どれだけでも転がるだろう。

けれど、亜弥と美貴はちがう。たぶん、もう変わらない。これ以上にも、これ
以下にもならない。幾重にも層を重ねて、弱い部分は補強して、いらないもの
を捨てさせて、捨てさせたことを疑わせないで、亜弥が創りあげた二人の城は
完璧で、蟻の子一匹入る隙もない。だからこそ、亜弥は途方に暮れる。
きっと、亜弥の手では、もうどうにもならないのだ。

そんな気持ちが、きっと、さゆみにいじわるをさせた。
214 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:11
亜弥は、美貴の手をにぎりかえした。慣れ親しんだ細い指の感触。すこし日に
焼けた手の甲。20年ちょっとの人生で、彼氏の手よりも長い時間、家族以外
で一番おおく、亜弥にふれた手。心をこめて、それを握る。
おそろいの色で爪を彩った手と手は、重なり合っても何も変えられないけれど。

「たん」
「なに?」
「なんでもないけど」

亜弥は美貴の顔を見て、にこりと笑った。「じゃあ、これで解決ってこと?」
「解決解決。解決ゾロリよ。そーれーにぃ――そんな心配しなくていいって」
「心配? なにが」
「あやちゃんさ、ミキとシゲさんが仲良くなってるから、ジェラシー感じち
ゃってんでしょ? 普段そんな他人のこと興味ないのに、そんな、おせっか
いなことしちゃってさ。かわいいんだからぁもう。もうもう!」

えへへえへへとだらしなく笑みまける美貴に、亜弥はあきれる。

――かわいいのはどっちだよ。あんたの方がよっぽどかわいいよ。このバカ。
215 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:11
胸の奥底を何かが這う。痛みはないけど、何かが這う。

美貴は、両手で亜弥の手を包みこんで、

「あのね、どんなに仲いいこができてもさ。あやちゃんミキにとって別格だか
ら。あやちゃん以上のこなんて、もうミキの人生、ぜったい現れないよ。そん
な心配、まったく必要ナッシングだから」

照れ笑いが過ぎて、気色の悪いくらい、にやにやした表情。

すごいセリフだ。
あたし以外の誰にだって、このこはこんなこと、絶対にいわない。

自分で招いたことなのだ。亜弥は、慎重に距離をはかってきた。自分のいいわ
けを用意したうえで、美貴にもっとも近いところをとった。これ以上近づきよ
うがない、離れようがない、友だち同士として最高の関係をつくりあげた。
どうしても、美貴がすっかり欲しかったから。
216 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:12
――ほんとにそれで良かったの?
217 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:12
「だからあやちゃん、そんな心配は――」
「あたしのせい? あたしがあんたをそうしちゃった? あたしがあんたにい
わせているの?」
「ハ? なにいってんの」
怪訝そうな美貴。自分の口をついてでた言葉に、亜弥はとまどった。
「――ごめん」
「あやまんないでよ」

はしゃいだ空気を困惑に変えて、美貴がこちらを見る。
間近で視線が絡み合った。
218 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:12
――ほんとにこれでいいのかな?
219 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:13
みきたーん、とさけぶと、亜弥は思いきり美貴に抱きついていた。

「あたしだってハニー以上に仲いいこなんて、現れないから! いつだってダ
ーリンはハニーにラブラブだから!」
「ダーリーン。好きー」
「イタいよバカ」
「おたがいさまじゃん」

ひゃはは、と笑いながら、亜弥は美貴の首筋に顔をうずめた。うまくごまかせ
た、と安堵しながら。ごまかしてしまった、と落胆しながら。

思ってた以上に、あたしとみきたんの間はカンカチコに固まっている。
ちょっとやそっとの波風では、どうやらびくともしないらしい。
220 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:15
亜弥は美貴を抱きしめたまま、
「ところでみきたん、二人の愛を確かめあったところで、ゆーっくりと聞かせ
てもらおうかしら? 道重ちゃんとのラブ・アフェアについて」
「な、なんもないってば、もう。この人しつこすぎなんですけど」
「ここでどもるあんたこそあやしすぎなんですけど? あのね、これマジでゆ
っとくけど、道重ちゃんと付き合ったりしたら、あたしたち即離婚だから。即
破局だから。浮気するなら、その覚悟でよろしくね」

なかば本気だ。さゆみには多少悪いことをしたとは思うけど、それとこれとは
ぜったい別。こんなにかわいいみきたんを、あんな小娘になんかやるもんか。

「えへへへへ、ナイナイナイ。あやちゃん、もう、バカだねー」
「バカはおめーだよバカ。あんたいったん心許すとずるずるなんだから、ホン
ト大丈夫?」

無邪気にはしゃぐ言葉の奥で、亜弥はひそかにため息をついた。
221 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:15
胸の奥に、新たな何かがまた降り積もる。
いったいいつまで繰りかえしたら。何かは、形をとるのだろうか。形をとる日
はくるのだろうか。
222 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:16
――来たら来たで困るけど。
223 名前: 投稿日:2006/12/09(土) 15:16
   ▽   ▽   ▽
224 名前:名無し 投稿日:2006/12/09(土) 15:17
遅くなってごめんなさい。あやみき娘。紅白出場おめでたいですね
225 名前:名無し 投稿日:2006/12/09(土) 15:19
ゆっくり更新にもかかわらず、読んでいただいてありがとうございます

>>187
ここまで来てはじめて読んでくださる方がいるとは! 嬉しいです。ありがと
うございます。道重さんの現実の魅力を、かけらでも表せるようがんばります

>>188
彼氏がいても松浦派宣言、素敵です。ほとんどみなさんそんな感じですけど(w
私はさゆみき派であやみき派なので、どっちとかないんだよ状態ですが、どち
ら派の方も楽しめるよう、がんばります

>>189
前々回のバトルからしては、きみらのんきに楽しみすぎちゃうかと、書いてる
私も思いました
道重さんの髪飾りは私物も多いようなので、あのコーナーでは幼稚園児らしい髪型
を強要される藤本さんが借りたのかも。なんて考えると幸せな気分になれました

>>190
青い春を感じてくださってありがとうございます
そして、190さんはあやみきさゆ派ですね(勝手に分類するなと
あのバトルからこっち、メインの主人公のくせに置いてけぼりというひどい状
態の藤本さんを、生暖かく見守ってあげてください
226 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 23:57
亜弥ちゃんはあやみきを客観視しすぎてるなー寂しい(笑
若い無邪気?なパワーが今後も楽しみです。
作者さん更新ありがとうございまーす♪
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/10(日) 03:41
来たら来たでこちらとしては非常に楽しみでしょうがないんですが
しかしこのばか夫婦!いいよいいよーw
松浦城に攻め込む可愛い蟻さんに期待しています
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/10(日) 13:47
なんだか冷静な松浦さん…。
道重さんはどう出るのか!!
楽しみにしてますね♪
229 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/11(月) 22:24
まっつん切ないなぁ……自分で崩せなくしてやんの。ばかだねー。
計画通り!外の217の本音が素敵でした。
230 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/20(水) 15:56
あやみきさゆ派でーす!というかあやさゆ派かもしれない(新派w
藤本さんは追いつくのでしょうか
むしろ置いてかれてることに気づくのでしょうかw



231 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/21(木) 09:31
まぁ・・・さゆの本心は・・・って感じがしますけどね
今後の展開に期待してます
232 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/11(日) 23:16
作者さん生きてますか―
233 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/12(月) 18:59
待ってます
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/19(月) 12:20
待ってますよ
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/20(火) 09:14
待ってます
236 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:34
   ▽   ▽   ▽
237 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:34
「とどまるためには全力で走らなければならないの。
 移動するには、その倍の早さで走らなきゃならない」

 ―――― ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』より
238 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:35
   ▽   ▽   ▽
239 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:35
第6話「Reversi」
240 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:36
「藤本さん。起きてください、藤本さん」

自分を呼ぶ声が、頭の上から降ってくる。だけれど美貴は、目をあけない。
「藤本さん、藤本さんってば」
そっと肩を揺すられる。
美貴はむぐむぐと口のなかでだけつぶやいて、目を閉じたままうなずく。
はっきりしゃべったら、途端に夢の領域から飛びだしてしまうことを知ってい
るからだ。夢かうつつか寝てか醒めてか、うたた寝の心地よさから、美貴はま
だまだでたくないのに。

「ねえ。おーい。ふっじもっとさーん。おーい。おはようございまーす」

――だから起きないっていってんじゃん。

そう考えた時点で――しまった、美貴は舌打ちした。反応したらもうアウト。
夢の中へは戻れない。美貴はがっかりして、目を閉じたまま顔をしかめた。
そこへ再び降ってくる言葉。
「……もう。起きないと――」
美貴の第六感が、ぶるんと反応した。

起きないと……なんだっけ。
……何されるんだっけ……ていうか、されたっけ!
241 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:36
「ムリ!」
ほとんど条件反射、美貴は両手を顔の前にあげた。まぶたをこじあける。
指の間から見え隠れする顔は。

「うお」
美貴は、低くさけんだ。
「起きた」
さゆみはにっこり笑った。
242 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:36
   ▽   ▽   ▽
243 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:38
「おま、とんでもない角度であらわれんなよ……」
深く息をついて、美貴はだらんと両手をおろした。

シートのリクライニングを最大にして、半あおむけの体勢で寝ていた美貴なの
だが、さゆみは背もたれの後ろから、美貴を逆さまにのぞきこんでいるのだ。
垂直に落ちかかる髪といい、上下がひっくり返った顔といい――。
「ねぇ怖いんだけど」
「逆さまさゆみんかわいいですかぁ?」
さゆみはゆらゆらと体を揺すった。髪の毛はもちろんのこと、リボンにアクセ
サリー、洋服のフリル、長めのものがすべて、同じように揺れる。靴下とか下
着とかをつるす、ミニ物干しみたいだ。
「落ちてきそう」
「藤本さんも逆さまー。なんかおもしろーい」
さゆみがあははと笑う振動につれて、巻かれた髪が、くるくると美貴の頬にあ
たる。
「くすぐったいよ」
美貴が手をあげて髪の一房をつかむと、やん、とつぶやいて、さゆみの顔が近
づいた。
244 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:38
あごのほくろがよく見える。

――『ちゅう』されたときは、ほくろを気にする余裕なんてなかったっけ。

美貴がぼんやりしていると、藤本さん、とさゆみはいった。
「この体勢で、ちゅうはちょっと」
「ばーか」
245 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:39
つかんだ髪を相手の頬に投げあげるようにして離すと、美貴はさゆみを迂回し
て起きあがった。眠気で目の奥が痛くて、まばたきをする。

「マジ眠い……あんたよっぽど他人を起こすの好きだね」

またしても亜弥と話しこんでいたせいで、昨晩も寝たのは明け方である。
頼むから寝かせて、もうしゃべんないでお願い、という美貴をさんざん馬鹿話
につきあわせておいて、あたし今日昼からなんだ、とベッドの中から手を振っ
ていた亜弥がうらめしい。

「藤本さんこそ、さゆみに起こして欲しくて寝たふりするなんて、なかなかの
策士ですね」
「どっからそういう解釈がでてくんのか、不思議でしょうがないよ」
「ありがとうございます」
「断じて誉めてない」
美貴は車内を見わたした。「てか、みんなどこいったの?」
246 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:39
ロケバスのなかには、美貴とさゆみの二人だけ。マネージャーもメンバーも、
誰もいない。前倒しで撮影をさせられているこ以外は、あたりで同じようにく
つろいでたはずなのに。

窓の内側のカーテンはびっちりひかれているけれど、隙間から白い日射しがも
れていて、外が日本晴れだということがわかる。
247 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:40
今日は、レギュラー番組の屋外ロケだった。
ロケにしてはめずらしく、メンバーほぼ全員、揃っての収録である。

題して『ハロモニ。劇場・真夏の遊園地スペシャル』。

番組のコント劇場で、メンバーは毎回さまざまな扮装――というかコスプレを
させられるのだが、その衣装のまま、できたての遊園地でアトラクションを紹
介。さらに2チームに分かれてゲーム対決――といういかにもハロモニ。らし
い企画。
メンバーは、絵本の中から抜けだしたキャラクターに扮する『メルヘンチーム』
と、現実世界の住人を演じる『駅前チーム』に別れる。

美貴とさゆみは、同じ『メルヘンチーム』だった。
248 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:41
そんな気合いの入ったロケにもかかわらず、来るなり『待ち』を入れられた。
どうやら施設側との打ち合わせに不備があったらしい。たまに、こういうこと
がある。
せっかく早起きしたのに、と腹が立たないでもなかったが、しかたない。これ
幸いと、美貴は空き時間を睡眠の確保にあてた――にもかかわらず、さゆみに
起こされたというわけだ。
249 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:41
美貴はふと、さゆみのいでたちに目をやった。
「もう着がえてんだ?」
「更衣室、狭いから順番に着がえろって」
「はじまる?」
寝過ごしたかと不安になって聞くと、さゆみは首を振った。
「もうちょっと待機だって。……そんなことより」
さゆみは頬をふくらませた。「藤本さんて、ほんっとひどいですね」
「なにが」
さゆみは一歩下がると、狭いロケバスのなかで一回転した。髪とスカートが、
ふわりと広がったあと、元の位置へ。美貴はあくびをした。
「ねみぃ」
「藤本さん藤本さん」
今度はスカートの両裾をつまんで片足を曲げて、お嬢様会釈。さゆみはおすま
し顔で、美貴を見つめる。
250 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:42
ここまでされたら、いじらないのが思いやりというものだ。

「ね、バスんなかで着がえちゃダメなの。移動すんのめんどい」
「うっわー。ホントにふれないで済ますつもりですね?」
さゆみは憎らしそうにいった。が、気を取り直したように、
「ま、いいです。さゆみちょっと藤本さんにお話があってきたんです。今、大
丈夫ですか?」と聞いてきた。
さゆみが次にどんな手を打つか待ちかまえていた美貴は、拍子抜けする。
「話?」
「はい」
こくんとうなずく。まっすぐに、こちらの奥に届くまなざし。
251 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:42
薄暗いバスのなかで、じっくりじっくり、自分の胸のあたりから緊張感のよう
なうずきのような、謎のしびれが広がってくるのを、美貴は感じた。

また例のヘンな感じだ。まったく、どうなってんだろう。
暑いと喉が渇くみたいに、寒いと肌があわ立つように、見つめられると、なん
だか息がしにくくなる。

決してヤじゃない、だからこそ。たぶん危険なこの感じ。
もうほんとカンベンして欲しい。ほんとムリ。ほんと困る。

美貴はさゆみから目をそらした。

と、そこへ。
252 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:43
「――まーた、そういうこという。アンタちょっと子どもっぽいよ?」
「おたがいさまじゃん」
「だーかーら! 相手にあわせてガキになって、どうすんのっていってんの」
「ガキはガキさんだよ? ニイ・ガキさん。なんちて。いひひひひ」
「ねえカメ。ひょっとしてバカにしてる?」
「ええ? ガキさんバカじゃないよ?」
「うん、バカじゃない。知ってるから。じゃなくて――あ」
中に人がいると思っていなかったのだろう。声高に話しながら入ってきた二人
は、美貴をみとめて、お疲れー、と声を揃えた。

新垣里沙と亀井絵里の同学年コンビである。

美貴は、おう、といつもより愛想良く手をふった。と、二人はさゆみを見て、
一様に黄色い声を上げた。
「うーわぁ、ナニソレナニソレ。かーわぁいぃいー」
新垣が駆けよってくる。ほんとだー、と絵里もにこにこと――。
ん?と美貴は思った。絵里が、ちらっと美貴とさゆみに視線を走らせたのだ。

まるで何かをうかがうみたいに。
253 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:44
「さゆみん、めっちゃかわいいじゃん」
「ありがとございまぁす」
「なにそれなにそれ? プリンセス? あ、人魚姫!」
「ちがうから! どっからどう見ても人魚じゃないから!」

それはほんの一瞬だった。美貴以外誰も気づかなかったろう。しかし、当の絵
里は何ごともなかったように、楽しげに会話に加わっている。
気のせいか、と美貴は疑問をうち消した。

きっと、妙な気分のところに乱入されたせいで、後ろめたい気がするだけだ。
まったく、なんでミキがどぎまぎしなくちゃなんないんだ。
恥ずかしいやら腹立たしいやらで、美貴は顔をしかめた。
254 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:45
「ね、その格好さ――」
「はじめましてー。ア・リ・スでぇす」
さゆみは手のひらをほっぺたにあてて、二人に向かって大サービスの笑顔を浮
かべた。途端に、あ、なんか寒い、寒い人がいるよ、そうゆうのいらないから、
と醒めた反応をする二人。

「でもま、マジ似合ってんね」
新垣が一歩ひいて、しげしげと見る。絵里もうなずく。
「なんかアリスってメイド服っぽいよね」
「さゆみん持ちキャラないのに、なんで『メルヘンチーム』なんだろって思っ
てたんだよ。新キャラだったんだね」
「いいなあ。エリも駅員さんより、こっちチーム着たい」
「ね。もっさんもっさん、さゆみん超かわいいよね」
やりとりに参加しないで腕組みをしていた美貴は、ふん、と軽くうなずいた。
ミキだって思ってたさ、と内心ふてくされながら。
255 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:45
不思議の国のアリス。

巻き髪に青いサテンのリボン。リボンと同じ生地のワンピースに、ふりふりの
エプロンドレス。黒髪の和製アリスは、嫌というほどさゆみの風貌にマッチし
ていたのだけれど――。

すっかり誉めるタイミングを逸してしまった。
美貴は、つい仏頂面のまま、あんたたち、着がえは?と聞いた。さゆみとちが
って、二人は普通の格好のままだったからだ。

「あ、エリたち『絶叫コマーシャル』の収録だったんです」
と、なぜか誇らしげに胸を張る絵里。
「なにそれ」
「うわ、ひょっとして見てない!」
「いや、見たことはあるような……なんかわけわかんないウサギが……。あ、
告知か。告知コーナーだよね」
「うろ覚えですかー」
「ひどーいひどーいひどーい」
「うっさい」
そうそう、確か、絶叫マシンに乗ってハロプロ。の告知をするってな、たわけ
たコーナーだった。
256 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:46
「にしても、待ち長すぎだねー。もう昼前じゃん」
「外すっごい暑いの。本チャンの撮り、きっと、いちばん暑い時間帯だよ」
「そうそう。ウサギ死にそうになってたもんね」
「うわー、ウサギさんかわいそう」
「だいじょぶだいじょぶー。ウサギは体力あるから」
新垣と絵里はさゆみと話しながら、美貴の横を通って、自分たちの座席に移動
した。二人してカバンをごそごそやり始める。と、新垣が、
「そうだ。もっさん、着がえあいたって。そこの建物」
「あ、うん」
「そだ、エリも着がえなくちゃ」
肩がけカバンをひっかけた絵里は威勢良く立ち上がると、行きますよう藤本さ
ん、と張りきって先にたつ。

「あたしあとから行くねー」
「うん」
新垣の声を聞きながら、美貴はさゆみに目をやった。何か落としでもしたのか、
さゆみは自分の靴先を見つめている。顔が見えない。

さっきいってた『話がある』という言葉。もういいのだろうか。
257 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:47
「さゆ」

思わず声をかけていた。
さゆみはぴょこんと、それこそうさぎのように、顔を上げた。目がまんまるに
見開かれている。
「いいの?」
さっきの話は、という含みで訊いた。意味は伝わったらしい。さゆみは、はい
と答えた。目をまんまるく見開いたままだ。「あっそ」とうなずくと、美貴は
さっさとバスの段差を降りた。
258 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:48
   ▽   ▽   ▽
259 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:48
関係者しか出入りしない建物の廊下は、遊園地とはいえ、普通のオフィスとな
んら変わらず、殺風景だった。あてがわれた控え室も、同じように殺風景。
こじんまりとした室内は、四人はいればいっぱいといったところだ。メンバー
は誰もいない。おやつでも買いに行っているのだろうか。

部屋に入ると、美貴は壁にもたれて、歩きながら打っていた携帯メールの続き
を打っていた。と。

「めずらしい」

絵里が突然つぶやいた。
「なにが」
美貴は手もとに視線を落としたまま聞きかえした。もうすこしで打ち終わるの
だ。絵里はたんたんと、
「藤本さん、さっき、さゆのこと『さゆ』っていった。超めずらしい」
と、つづけた。美貴は眉をひそめる。
「いつ?」
「バス降りるとき」
「いったっけ?」
美貴は記憶をたどった。
260 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:50
さゆみのまんまるに見開かれた目が、頭に浮かぶ。

そういえば、ミキが話しかけたとき、あのこやたらとびっくりした顔してた。
そっか。あの顔は。
ミキが『さゆ』なんて、めずらしい呼び方で声をかけたせいだったのか。

「いったかも。だとしたら、無意識だ」
「かも、じゃなく、いいました。エリ、ちゃんと聞いたもん」
妙にじっとりとつぶやく絵里に、美貴は首をかしげた。
「なんだよ。たまに呼ぶじゃん。んなこといちいちつっこむなよ」

絵里に対しては、自然とあたりがきつくなる美貴である。それはもちろん、相
手がちょっとやそっと強くあたってもまるでこたえない、強くあたるくらいし
ないとまるで響かない性質の持ち主だと、よくよく知っているからである。
261 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:50
美貴が目を上げると、案の定、まったくこたえた素振りなく、絵里は唇をとが
らせている。
「いいですけどー? べっつにー?」
なんだか、カンにさわる言い方だ。
まあしかし、いいかげんが服を着て歩いているような絵里の言動に、いちいち
意味を探すなんて、時間の無駄だ。

美貴は気にしないことにして、書き上がったメールをさっさと送信した。
262 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:51
「しっかし今日は異様に暑いよね」
携帯をたたんで話しかける。返事がない。見ると、絵里は、衣装のかかったハ
ンガーを手にしたまま、うつろな目をしていた。自分の世界に入っている。
「おい!」
美貴は、わざと大きな声をだしてやった。
「はひ?」
鳩が豆鉄砲を喰らったような、というベタな表現がぴったりくる顔。
「暑いよね? 今日は?」
「えっえっえっえっ、あ、はい。あっついあっつい。もうホント熱々です」
挙動不審だ。挙動不審はいつものことだけど、輪をかけておかしい。暑さでつ
いに脳ミソやられちゃったかな、と美貴はひどいことを考えた。

そんなこととはつゆしらず、絵里は小刻みにうなずきながら、
「なんか今日、今年一番の暑さらしいですよ。お母さんがいってた。先週ほら、
35度超えた日、あったじゃないですか。あれ以上だって」
「最悪。あの日、オニのように暑かった」
263 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:52
この夏の最高気温を記録した日のことはよく覚えている。
さゆみと『デート』をした日だからだ。
たいして長い時間外にいたわけじゃないのに全身汗みずくになった。はしゃぎ
すぎたせいかと思っていたけど、帰ってニュースを見ると、東京は今年初の35
度超え。熱中症で病院送りの人多数、と報道されていたっけ。

そんなことを思いだすと、日射しの白さや息苦しい熱気やかき氷の冷たさや、
さゆみの唇の赤や、いろんなものが、どっと記憶にあふれてくる。
鮮やかなのにすでに懐かしい。不思議な感触の日だった。この日のこと、あと
からきっと思いだす。何度かそんな風に感じた。

クーラーのきいた室内なのに、まばゆい熱気がよみがえる気がして、美貴は細
く息をついた。そういえば――。
264 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:53
「亀ちゃん、あの日、何してたの?」

「どの日ですか」
「今ゆったじゃん。35度超え」
「普通に仕事。休んでませんよ?」
「じゃなくて。仕事のあと。電話でなかったじゃん」
「藤本さん、エリに電話したんですか?」
「うん。あ、ちがう。シゲさんがかけたんだけど」
「さゆが?」
絵里の表情がちょっと変わる。
「うん。メールも」
「ああ、二人で」
「や、二人っていうか――」
説明の必要を感じた。「いや、亀ちゃんイチ押しのかき氷――ほら、チョコの
かき氷さ、その、なんかミキ、その日、シゲさんといたんだけど、暑いから食
べに行こうかってなって。けど、店の場所わかんなくてさ。で、亀ちゃんに聞
こうっていって、二人で電話したわけよ」
265 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:53
言い訳がましい美貴の言葉を聞き終わると、絵里はちょっと考えこんだ。
やがて、
「その日、さゆから連絡もらってないですよ……。たぶん。やだ、見落として
たかな」というと、手にしていた衣装を放りだす。
置いてあった自分のバッグを拾い上げると、携帯電話を引っぱりだして――。
あれって確か17日でしたよね、といいながらボタンを操作する。

「ない」
はっきりとした絵里の言葉に、美貴は首をかしげた。
「かかってない?」
「うん」
絵里は視線を携帯に向けたまま、「メールも電話も、さゆからは、その日一回
も連絡、ないですよ」といった。
「そうなんだ」
まあ、どうでもいいかとうなずきかけた美貴だが、ふと、手に持ったままだっ
た自分の携帯電話に、視線が吸い寄せられた。
266 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:54
『あ、ストップ』

携帯ごと自分の手をにぎった白い手が、意識をよぎる。

『さゆみがかけますよ、藤本さんから電話来たら、エリびっくりしちゃう』
267 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:56
「ねえ」
美貴は思わず声を上げていた。「ほんとに? 電話もメールも来なかった?」
「うん」
「マジで?」
「いやいやいや」
絵里は美貴の傍らに寄ると、「ほら見てくださいよ。17日でしょ? さゆから
は着信なし。メールも……ほらほらほら。こっからここまでですよ? 来てな
いでしょ? 電源も切ってなかったよ」
スクロールしてゆく画面と文字。ハートマークで彩られた着信先の『さゆ』と
いう名前は、確かに、17日の欄にはない。
「おかしいな……」
美貴は首をひねった。手渡された携帯電話の画面をまじまじと見る。

あの日さゆみは、絵里にかけようとした美貴を制して、わざわざ自分の携帯か
ら電話した。『かかりません』といった。
あの日さゆみは、美貴の目の前で絵里あてのメールも送信した。『打ちました』
とうなずいた。そのメールは今、絵里の携帯のなかにない。
268 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:58
――なんで? 留守電もちゃんと聞いたのに。

あのとき、美貴は確かにさゆみの電話の向こうから、留守番電話センターの応
答をきいた。

……けど。

留守番電話の応答メッセージは、機械的な女性の声だった。一般的な携帯電話
なら、誰のものでも設定できる。絵里の声が吹きこまれていたわけではない。
だったら、絵里にかける振りをして、確実に留守になっている相手に電話をす
ればいい。

そのことが意味する事実。つまり――。

美貴は、鳥肌だつような冷え冷えとした何かが、自分の脇の下あたりから広が
ってくるのを感じた。
269 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:58
さゆみは、美貴に、嘘をついた。
270 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:59
「藤本さん?」
絵里の声に、ライトが消えて真っ黒になった携帯の画面を、自分がじっと凝視
していたことに気づく。
「あ、ごめん」
美貴は無表情のまま、絵里に携帯を返した。じゃらりとストラップが手の甲を
なぜる感触が不快だった。

意味わかんない。嘘つく理由なんて、なんにもないじゃん。

実はチョコレートかき氷が食べたくなかった、とか。それはない。美貴はそも
そも乗り気でなく、張りきっていたのはさゆみの方だ。万が一、気が変わった
のなら、嘘つくよりも、そういった方が断然早い。

つまらないこと、どうでもいい嘘。そう思うのに引っかかるのはなぜだろう。
271 名前: 投稿日:2007/02/26(月) 23:59
口もとを手でおおって考えこんだまま、美貴は顔を上げた。絵里が露骨にびび
った顔をする。
「な、なんですかあ?」
「……あんた、シゲさんとケンカ中?」
「はあ?」
絵里は口を大きく開けた。「何いってんですか。他のこはともかく、さゆとは
エリいつだって仲良しなんですけど。ケンカとかしたことないし。ていうか、
さっきも普通に話してたじゃん。藤本さん見てたじゃん」

確かに。まったく不自然さのない、いつもの『さゆえり』の会話だった。
電話したくなくて、あんな嘘をついたのかと思ったのだけど。
272 名前: 投稿日:2007/02/27(火) 00:00
だとしたら、なんなんだろう。

絵里に電話しなかったさゆみ。美貴をデートに誘ったさゆみ。亜弥に意地悪を
いうさゆみ。泣きそうな目をしたさゆみ。美貴にキスをしたさゆみ。

美貴を好きだというさゆみ。

ぐるぐるする。
考えることが苦手な美貴のなかで、いろんな疑問が、言葉が嘘が、ぐるぐるま
わる。なんだろうなんだろうなんだろう。いらいらする。なんでこんなに気に
なるんだろう。だけど大事な気がするのだ。ずっと頭をかすめていた何かに、
ふれられそうな、そんな気がしてしかたがない。
273 名前: 投稿日:2007/02/27(火) 00:01
「あのっ!」
急に大きな声をだされて、美貴は現実に立ちもどった。

絵里がじっとこちらを見つめている。思いつめたような、いや、なにか不満で
もあるみたいな……とにかく、いつになく真剣な顔をしている。

「なによ」
「藤本さん……。嫉妬は良くないです」

相手が何をいっているのか、まったくわからなくて、美貴はぽかんとした。
「は?」
「……ケンカとか、そんなヘンないいがかりつけられたら、さすがにエリも黙
ってられないんで……べつに藤本さんを優先するのはいいんですよ? そこは
ホラ、しょうがないし」
ぼそぼそいう絵里の顔を、美貴はまじまじと見た。

「あんた――」
274 名前: 投稿日:2007/02/27(火) 00:03
ノックの音がして、控え室のドアが開いた。絵里が目を上げる。美貴もつられ
て振りかえった。

とたんに、ばちん、と何かがはじかれた。頭のなかに、火花が散った。

口もとをおおっていた手が、無意識のうちに顔から離れる。
入ってきた人間が何か話している。だけれど、なにも聞こえない。
頭のなかにひらめいた考えに、全身が貫かれていた。
275 名前: 投稿日:2007/02/27(火) 00:03
まるでオセロの一手みたいに。
たったひとつの手によって、白かった盤面が、黒で埋めつくされてゆく。

世界が次々ひっくりかえって、美貴はすべてを理解した。
276 名前: 投稿日:2007/02/27(火) 00:03
   ▽   ▽   ▽
277 名前: 投稿日:2007/02/27(火) 00:04
藤本さんお誕生日おめでとうございます。ちょっと間に合わなかったけど
22歳は道重さんによれば、うさちゃんピースの年だそうです

遅くなって、本当に申し訳ありませんでした
更新速度を上げるとお約束はできないんですけど、放棄だけはしません
ゆっくりでもよろしければ、最後までおつき合いください
278 名前:名無し 投稿日:2007/02/27(火) 00:06
読んでくださっているみなさん、ありがとうございます

>>226
レス番が今日の日付すなわち藤本さんのお誕生日ですね!
あやみきを客観視しすぎてる松浦さんって、とっても言い得てますね
長い春な上に大人な松浦さんなんで、ついこういう解釈に走ってしまいます

>>227
風雲松浦城はそうとうに堅牢でしょうが、さゆみ蟻スも攻撃力強いです
あずき姫(江戸っ子忠臣蔵)の運命やいかに

>>228
松浦さんも道重さんも冷静なので、二人のバトルは書いてても熱く盛り上がる
というより、どうもねっちりしてしまいます
間に挟まれる人は「単純バカ」(松浦談)なのに
279 名前:名無し 投稿日:2007/02/27(火) 00:07
>>229
217の本音に気をとめてくださって嬉しいです。無敵の松浦さんがしくじると
したら、計算しすぎで身動きとれなくなる、とかかなあ、と思いまして

>>230
あやさゆ派ばんざい。きっかけがあったらきっと、素敵などつきあいトークを
きかせてくれそうな二人ですよね。藤本さんは今回やっと現実に追いついた、
追い越した、ような?

>>231
いやいやいや。はははは。期待ありがとうございます。答えられるかな……

>>232、233、234、235
生きてました。ほんとお待たせして、申し訳ありません。
次の更新は、そんなに早くは無理でも、前ほどあけないと約束します。
約束したらプレッシャーで進むかも! がんばります。
280 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/27(火) 15:44
ぐはぁ!!なんてところで切るんですか!!
続きが気になりすぎる…。

>次の更新は、そんなに早くは無理でも、前ほどあけないと約束します。

その言葉を信じてますよ。正座して待ってます。
281 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/27(火) 18:36
亀さん。アンタ何を知ってるってんだい?
更新お疲れ様です。また次回まで楽しみに待っております。
282 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/28(水) 23:39
え、そこ怖がらせるとこ…?!(笑)>電話の嘘
一気にミステリの世界になってきてワクワクします。

正座に対抗して逆立ちしながら待ってます!
283 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/02(金) 01:56
え、ちょ。何?何?何?何?
どうなるんだ、これから!うわっ、超引き込まれます!
あー、続きが気になる…
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/09(金) 23:38
今週のこんうさでの一緒にユニット組みたい発言聞いて、
真っ先にこの小説だと思いました。

これからも美貴さゆ応援してますのでがんばってください!
285 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/04(水) 04:48
この小説、センスよくてつい読んでしまう。更新を待ってしまう。
文章がうますぎてしゃくなくらいだけど、それでも好き。
好きすぎて悔しいので黙ってましたが、
「放棄しない」という言葉が嬉しくて、こうして応援の意思表示します!
286 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:10
   ▽   ▽   ▽
287 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:22
第7話「うそつきアリスが迷子になった」
288 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:22
  ▽   ▽   ▽
289 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:23
最近の絶叫コマーシャルは、すこぶる調子がいい。
鼻歌を歌いながら廊下をゆく、新垣里沙はご機嫌だった。

今日の収録もばっちりだった。きっとおもしろいものに仕上がってるはず。
おかげでテンションはアゲアゲ、手洗いも済ませて、メインコーナーへの準備
は万端。あとは着がえて、いざ現場へと赴かん。

新垣里沙はご機嫌だった。

そう、楽屋にたどり着く1分前までは。
290 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:23
   ▽   ▽   ▽
291 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:24
「おじゃましまーす」

廊下をふりかえりながら新垣は楽屋に入った。「ね、今そこにさあ――」
新垣が室内に視線を転じて、最初に目にしたものは。
シャツの襟首をぎゅうぎゅうにしめあげられている、亀井絵里の姿だった。
「あ、ガキさぁん」
「へっ、ナニ!」
新垣は、両手を広げて飛びのいた。
壁に背中を押しつけられた絵里は、ガキさん助けてくださぁい、と甘えた声を
だす。

ああガキさん、とこちらもやけに高い声で答えたのは――。
絵里の胸ぐらをつかんだままの藤本美貴。

新垣は目をしばたたいた。
「え、なに、なにやってんの、アナタたち」
「べっつにぃ?」
ぽい、とガムの包み紙を放りだすように、美貴が絵里をつきはなした。
「ガキさぁぁぁぁん」
美貴の手を逃れた絵里は、すたたたた、と転がるようにこちらにやってくる。
「ガキさんガキさんガキさんガキさぁん。ええん、怖かったよー」
ウェイトのある絵里にサバ折り状態に抱きつかれて、新垣はよろめいた。
292 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:25
口調に緊張感はないけれど、絵里は完全に涙目だ。あーはいはいはい、とわけ
がわからないながらも、新垣は絵里の背中をたたいた。
ちら、と美貴をうかがう。と。
「おっとぉ……」
思わずひとりごとがでた。

――怖い。ものっそい怖い。

怖い顔をしているわけではないのだ。腕を組んで、あごをあげて、むしろ、
めずらしいくらい満面の笑みを浮かべている美貴。なのに怖い。
いや、『だから』怖い。

新垣はふと、薄い薄い皮でくるんだ、おいしいあんころ餅を連想した。
笑顔の皮の内側には、真っ黒なものがたんまりつまっている。それが透けて見
えるから怖い。
ちょっとつついてしまったら、たちまちぶにゅっとはみだしそうで。

美貴は、ふっふっふっふっ、と声にだして笑いながら、頭をかたむけた。

「あのさあガキさん、道重さゆみ知らない?」
293 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:27
   ▽   ▽   ▽
294 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:27
「へ? なにフルネームで。さゆみんなら――」

美貴は足もとのパイプ椅子を思いきり蹴飛ばした。
派手な音をたてて椅子はロッカーにぶち当たり、がしゃんとくずれて床に転が
った。虫の音みたいな残響音があたりにひびく。
「いて」
美貴は顔色ひとつ変えないまま、右足を振った。思いきり行ったものだから、
変なところをぶつけてしまったらしい。足裏がじんとしびれている。
「ちょ、ミ、ミ、ミ、ミキティ。へ、へ、へ、へ、へこんでるよロッカー!」
さす指をわななかせながらも、しがみつく絵里を守るようにして新垣がさけぶ。
「へこんだねー」
まるで人ごと。美貴は感心声で相づちを打った。

名前を口にしただけで、モノにあたらなければ済まないくらい、かっと怒りが
広がった。
八つ当たりによる単純な爽快感は一瞬で消え失せて、吐き気のような憤りが、
またしても胃のあたりからせり上がってくる。
295 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:29
どうしようもなく腹を立てている自分を、美貴は苦々しく思った。

歯をかみあわせたまま息を大きくつくと、なんだか今度は笑いがくる。
「はは」
美貴は思わず口を押さえた。
「へへへ、はは、はは、はっはっ――」
発作のように広がる笑いに、美貴は肩を震わせる。片手で口をおおったまま、
激しく笑いだしてしまう。
「あは、あはははははははははははは。はっ、はは――」
「ちょ、ミキティ。お、落ちついて?」
心底ブキミなものを見る目をした新垣が、思いきり腰をひかしながらもいう。
「あっはっはっは、落ちついてるよ?」
自分のなかの衝動をいなしつつ、美貴は笑みを浮かべた。

こんなにムカついたの久しぶりだ、そう思うと、腹が立ちながらも笑えてくる。
そんな動揺しなくてもいいじゃん、と自分につっこみたくなる。
296 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:30
美貴は目じりの涙をぬぐった。
「ごめんガキさん、で、あのこどこいるの?」
「え、えと……」
「バス?」
「いや……」
新垣はごっくん、とつばを飲みこんだ。あいかわらず絵に描いたようなリアク
ションに、軽い躁状態の美貴は、さらに笑ってしまう。
「あっは、ねえ?」
「し、し、し、知ってるけど!」
「うん、どこ?」
「し、し、し、知ってるけど! そ、そ、その……もっさん、なにする気よ?」

こちらをにらむように見つめる新垣に、美貴はちょっと意外な感じを受けた。
そんな風に反駁されるとは思っていなかったからだ。

「べつに。ちょっと話あるから」
「話ってナニ?」
「ガキさんには関係ないよ」
「ある!」
気分が、すっと冷える。
「ないって。てか、いいから早くいってくんないかな。あたしマジいらついて
んだけど。てか、ガキさんほんと関係ないし」
いらだつままに前髪をつかむと、その間から相手をにらみつける。絵里がます
ます新垣の腕にしがみついた。
297 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:31
新垣は、すうはあ、と深呼吸をしたあと、ひとつうなずいた。
「ウン。オッケー。関係ない関係ないよ? あたしは二人の間に何があったか
知んないよ? あたしは関係ないかもしれないよ? けど、今のミキティが普
通じゃないってことはわかる。キレキレんなってるってことはわかる。ね?
そんな状態の人、当事者のとこに行かせられるわけないよ」
「そうそうそうそう!」
半泣きの絵里も、カクカクと相づちを打つ。
「落ちつこ? ね? 落ちつこうよミキティ」

頼みこむような口調に、美貴は小さく息を吐いた。小さくついたつもりが思い
のほか長いため息になって、美貴はうなだれる。
今度はなんだか落ちてきた。なんなんだろう、このざまは。
298 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:35
「……だいじょぶ?」
美貴の変化を見てとったのだろう。新垣は、先ほどとはちがって、心配そうな
声になる。美貴はぽつりとつぶやいた。
「じゃあ、もういいや」
風船に針を刺されたみたいだ。ぱんぱんに膨らんでいた気持ちが抜けた。
「え、何が?」
「もういい」

熱くなったり冷たくなったり、噴出したり止まりかけたり。まるで壊れたシャ
ワーみたい。最悪だ。こんな自分でいたくない。

美貴は放りだしたままだった衣装を手にした。「お仕事お仕事――っと」
「ちょ、良くないよ。さゆみんとなんかあったんでしょ。話しあわないと」
「必要ないんじゃない? ミキひとりでいらいらしてるだけだから」
「そんなことない!」
確信を持った口調に、美貴は眉をあげた。
「あたし見た。今、ここ入ってくる前! そこのドアにへばりついてたから!」
新垣は出入り口を指さした。

「さゆみん」
299 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:37
あちゃあ、と絵里がつぶやき、美貴はぴたりと動きを止めた。絵里は新垣の腕
をつかむ。
「ガキさんガキさん、さゆどこ行ったの?」
「わかんないけど、遊園地の外には出てないと思う。すんごい勢いだった。
あんな走りにくそうな衣装着てるのに」
新垣は美貴を見た。

「さゆみん、泣きそうだった」

美貴は黙っている。
「さっき、あたしが見つけたとき、すごい思いつめた顔してこの部屋のドアに
へばりついてた。右手にぎったり開いたりして、ノックしようかどうか迷って
るみたいだった。さゆみん、て声かけたら、子猫みたいにぶるって震えた。
振りかえった顔」
300 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:38
新垣は言葉を切った。美貴に一歩近づいて、つづける。

「泣きそうで、でも、すっごいガマンしてる顔。目にいっぱい涙ためて――」
はは、と美貴はちっとも笑えていない声をだした。
「泣いて済むなら泣きゃいいじゃん。泣きゃあなんでも許してもらえると思っ
てたら、大まちがいだね」
「ちがう、もっさん。泣いて許してもらえるって思ってるんなら、逃げだした
りしないよ。泣いても、何しても許してもらえないって思ったからこそ――
逃げちゃったんじゃないの? そんなこをさ……」

場違いな明るいメロディが、室内にとどろいた。

「え、なに?」
美貴はテーブルの携帯電話を見た。
「ミキのだ」
「ちょっとミキティ。電話でてる場合じゃ――」
かまわず携帯電話をとりあげる。
301 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:39
「もしもし」
『おっすー』

のんびりした、親しみのこもった、やさしい声。

亜弥の声は、普段以上に、美貴の気分に染みた。泣きたくなる。何もかもをぶ
ちまけたい衝動に駆られる。だけど、
「なんか用?」
感覚とは真逆の冷たさで応答してしまった。これは八つ当たりだな、と自覚し
ながら。
『なんか用って! ご挨拶だね。ヒマだから電話ちょうだいってハートマーク
だらけのメールよこしたの誰でした?』
「あたしでしたね」
先ほど亜弥の携帯電話に、
『ハロモニの待ち時間長引いて超ヒマ。時間あいたら電話ちょーだい』
と、ハートマークを5、6個つけて書き送ったのは、確かに美貴だったからだ。

しかし。

気を揉むようにしてこちらを見ている新垣、自分の携帯電話からさゆみに連絡
を試みたらしい絵里の、つながんないよー、という声。
美貴は息をついた。
302 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:39
「ごめんあやちゃん。ミキ今取りこみ中なんだ。悪いけどあとでかけてよ」
すばやく通話を終えようとしたが、
『待てっ。切るな』
ぴしゃりとした声が電話機から飛んでくる。
「や、今ホント……」
『うん、おかしいね。だったら余計きらない。道重ちゃんとなんかあった?』
美貴は口をあいた。
「あんたエスパー?」
『それしかないじゃん』
「そうなの?」
『不本意ながら』
はは、と美貴は力なく笑った。電話の向こうで、亜弥が楽しそうに笑う。
『ちょっと嘘。さゆーっていう、亀井ちゃんの声きこえたんだ。で、どした?
ひと言でいいよ。たぷんわたし、だいたいわかるから』
「そいつはすげえ」
当事者じゃないから当然だけど、相手の余裕がうらやましい。
ぽんぽんと放たれる亜弥の言葉に引きずられるように、美貴はいった。
303 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:40
「道重さゆみは嘘をついていた」

自分の言葉が、自分の胸に、ずんとはねかえった。
電話の向こうで、空気の流れる音がした。
すう、というのは、たぶん亜弥が、息を吸いこんだ音。
304 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:41
しばしの沈黙のあと、亜弥はふっ、と息をはいた。

『それはちょっと』
「なに」
『予想外だった』
「ね」
『で?』
「それだけ」
『彼女は?』
「逃げた」
『怒った?』
「まだ話してない」
『あっそ』

亜弥は言葉を切った。長い沈黙のあと、それであんたは、とつぶやいた。

『なにしてんの』
「電話」
『ばか。切るね』
「ちょっと待って」
『いま話す相手、あたしじゃないでしょう?』

ささやく声はやさしかった。
泣いてる子どもに、いいきかせるみたいな、甘くて強い、深い声。

『釈明でも、謝罪でも、逆ギレでも、なんでもいいからいわせなきゃ。怒るの
も悲しむのも無視するのも、そのあとにしなさい。でないとおたがい、引きず
るよ』
「どうしたの」
『なにが』
「やさしいね」
305 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:43
電話越しに亜弥が、声をださずに笑ったのを感じた。

『あのこには貸しがあったから。ちょうどいいや。これでチャラにしてあげる。
そういうわけだから、命令。早いとこ、追いかけたげて。あ、せっかくだから、
浮気の精算もしといでよ。いい機会じゃーん』
「だから、してないっての」
笑いあうと、不安定だった気持ちが、ほんのすこしだけゆるんだ。
美貴はうなずいた。
「わかった」
『怒っちゃダメだよ。あんた動物好きでしょ? 怖がってるこを捕まえるとき、
どうすればいいか、わかってるよね?』
はいはい、と美貴は肩をすくめた。
「やさしく、やさしくね」
『みきたん』
「なに」
『愛してるよ』
「ミキ――」

『ミキもだよ』そういいたかったのに。
明るい笑い声を残して、電話は切れた。
306 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:44
美貴は携帯電話を見つめて、ちょっとぼうっとする。

亜弥の感じが、なんだかいつもとちがって聞こえた。
さゆみが嘘をついていたことを話したあと、吸いこむ息で、亜弥は何かをいお
うとした。そんな気がする。

「もっさんもっさん」
通話が終わるのを待ちかねたように、新垣から声がかかる。
美貴は我にかえった。それどころじゃない。
美貴の視線を受けて、新垣はうなずいた。

「見つかった」
307 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:44
   ▽   ▽   ▽
308 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:45
「だいじょぶかな、さゆみん」

廊下を駆けてゆく後ろ姿を見送ったあと、新垣はため息をついた。

「だいじょぶだいじょぶぅ」
絵里は無責任にうなずくと、美貴が脱ぎ散らかした服い集めながら、
「二人の問題なんだからさ、やっぱり二人で話し合わないと」
などという。さっきまで美貴の剣幕にびびりまくっていた人間とは思えない、
大人ぶった発言だ。新垣は肩をすくめる。
「ていうか、あたし、事情ぜんぜん知らないんだけどね」
「ふふ。エリ知ってるけど。ないしょの話はないしょだからね。ガキさんでも
いわない」
「あっそ」
まあ、詮索する気はない。

と。

「れいなだってしりませんよ」

ぼそっと声がして、新垣は振りかえった。
「どわっ!」
思わずさけぶ。
「た、田中っち!」
309 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:46
部屋の隅、先ほど美貴がへこませたロッカーの隣。

絵里が好きそうな、ロッカーと壁の隙間からはいでてきたのは、田中れいなだ
った。新垣は一瞬、パニックに陥る。
「え? ナニナニナニ? なんでなんで? え? え? え? いたの?
あそこにっ?」
「ずっといました」
れいなは、ぶすふくれた顔をして、唇をとがらせた。
「え、なに。ほんとに? ごめん、ぜんぜん気づかなかった。え、なんでなんで。
なんであんなとこ入ってたのさ!」
「しりませんよ。なんか部屋はいったらいきなりぐあって飛びつかれて。わん
わん怒られて。なんかいろいろ聞きようけど、わけわからんし。れいなが終わ
って、次エリがシメられてたとこに、新垣さん来たから。べつに隠れてたわけ
じゃないんやけど、気づいてくれんかったし」
ぼそぼそいいながら、田中は頬をふくらませた。
「超こわかった。あの人わけわからん。れいな何しようと? なんであんなす
ごまれないけんの。完璧ヤンキーやん。マジムカつく」
310 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:47
「ピーピー泣いてたくせに、いなくなったら文句いってやんの」
甘ったるいくせに皮肉な声が飛んできて、田中は声の主をにらんだ。

「エリうざい」
「ごっめーん。話しかけないでくれる?」
「さき文句いったん、そっちやろ」
「ごっめーん。ひとりごと?」

ばちばちっ、と音が鳴りそうに睨みあった二人に、新垣はため息をついた。

「あんたたちさあ、いいかげん仲直りしたら?」
311 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:48
   ▽   ▽   ▽
312 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:48
美貴は走る。

きかない視界の間から、遠く輝く銀色のドーム。その一点に意識を集中して。
すさまじい暑さだった。そりゃあそうだ。35度を超えている。
口のなかが乾く。汗が体のいたるところを流れているのを感じる。体がふやけ
そう。頭がぼっとする。全身が重くなる。水の中にいるみたい。思うように体
がまわらない。
猛スピードで駆ける美貴に、ぎょっとした顔で、人々が道をあける。
よろめき走りながら、美貴は考える。

バカみたい。なんであたし走ってんだろ。
いつもみたいに人まかせにしてりゃいいのに。あたしが探さなくたって、ほか
のこが、スタッフさんが絶対見つけてくれるのに。

だけど足は止まらないし、両腕はぶんぶんと振られる。走りつづけずにはいら
れない。理由はなくても見つけたい。だったら素直に従えばいい。
313 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:49
振られる自分の腕に目がいって、美貴はおかしい気分になる。

ほんとにアリスのお話みたい。だけど立場は逆なのだ。
お話のアリスは、「不思議の国のアリス」は、さゆみとは大違いのいいこだし。
さゆみアリスはうそつきでわがまま。ミキをさんざん振りまわす。そのくせ逃
げて迷子になった。筋金入りのバカアリス。

だけど。

美貴は力を入れて地面を蹴った。

目的地はすぐそこ。
入り口に取りつけられた銀色のポールが、太陽光をうけて、美貴の視線を正面
からはじいた。
314 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:49
▽   ▽   ▽
315 名前: 投稿日:2007/04/16(月) 23:50
おかげさまで、ほんのちょこっとなんだけど、早めに更新できました。
(前が遅すぎた、という話もありますが)
次回もさらにペースをあげられたらいいなと思ってます。
316 名前:名無し 投稿日:2007/04/16(月) 23:51
>>280
ありがとうございます。がんばりました。
正座なぞされてしまっては、そんなに長いことお待たせできません。
信じるとかいわれると、心ときめきますね。

>>281
ありがとうございます。
キーパーソンの亀井さんですが、こういう役回りはちょっと向いてなかったかも
次回もその次もがんばります。

>>282
ありがとうございます。
なんか書きながら自分も、ホラーみたいな描写だなぁと思いました。
逆立ちなんかされてしまっては、そんなに長いことお待たせできません。
次はテニス太極拳でもしながらお待ちください。
317 名前:名無し 投稿日:2007/04/16(月) 23:53
>>283
ほんとありがとうございます。そろそろゴールが見えてきました。
読んでくださってる方々を、最後まで引っ張れたらいいなあと思います。

>>284
ありがとうございます。恥ずかしながら、私もこんうさPの重ブラック藤ブラ
ック発言きいて、このお話を思いだしました。
これ書きだしてからさゆみき多くて、タイミング良かったなあ、ついてたなあ、
とつくづく思います。

>>285
すごく嬉しいです。ありがとうございます。
好きすぎて悔しいだなんて、そんな285さんにちょっと萌えてしまった私を、
お許しください。
最後までテンション下げないようがんばりますので、おつき合いください。


読んでくださってありがとうございます。
318 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/17(火) 14:35
またこんなところで…どんだけ焦らし上手なんですか。
作者さんはあれですね、完全にサ(ry
ということでドМな私はまた正座して待ってます。
319 名前:JMT 投稿日:2007/04/21(土) 15:45
初めてコメントします。
偶然この小説を発見して読み始めたらその場で一気に全部読んじゃいました。
しかも最近のCPでは藤さゆがお気に入りなので・・・
久しぶりの更新で嬉しいです。お疲れ様でした。
次回も楽しみに待ってます。頑張ってください〜
320 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/28(土) 02:55
れいなに萌え た…
テニス太極拳がなにものか探す旅に出ます。放浪を終える頃、次の更新があると信じてます!

ところで松浦さん、本当にそこで借り、返しちゃっていいの……?
321 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/28(土) 05:39
れ・れ・れいなとエリに何が…!。
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/17(木) 23:23
そろそろ来ないかなー…
期待してます
頑張ってください
323 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/28(月) 18:03
一気に読みました。
うわー続きが気になる!
324 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/01(金) 03:13
waiting............
期待してます
325 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/04(月) 16:48
さげようね。更新されてると思ってきちゃったじゃんか。
326 名前:名無し@血のあじの作者 投稿日:2007/06/06(水) 21:42
いつも、読んでくださってありがとうございます。
みなさんご存じのとおり、藤本さん界隈にいろいろあったので、今後の更新について
ご報告にあがりました。

このお話はもちろん続けます。続くんですけれど、今はちょっと間あけた方が
いいかと思いまして(充分あいてましたけど)7月再開とします。
さっさと更新しないせいで、さらに遅れることになって、ごめんなさい。
再開したら、次に何かが起こる前に終わらせるよう、がんばります。
そんなわけですので、投げませんので、ぜひ最後までおつき合いください。
それでは、失礼いたします。
327 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/07(木) 15:20
7月か…
待ってるよ!
328 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/07(木) 19:19
ちゃんと言ってくれてありがとうです!いつまでも待ってます!
というか次回?で終わっちゃうんですね
嬉しいような寂しいような
329 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/10(日) 01:58
エッ!次回で終わりじゃないでしょ?、
作者様の心ずかい感謝です、待ち甲斐のある作品ですよ。
330 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:09
▽   ▽   ▽
331 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:09
再開です。
332 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:10
▽   ▽   ▽
333 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:10
第8話「耳のぶんだけ背は高いのだ (前編)」
334 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:10
▽   ▽   ▽
335 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:10
膝を抱えて、その上に顔をうずめていても。
電気がついている限り、外が真昼である限り、世界は闇に落ちてはくれない。
膝小僧に額を押しつけて、きつく目をつぶることで閉ざされるのは、自分の視界
だけ。白い暗闇が与えてくれる、隔離されたような安心感はまったくのまやかし
で、そこにいる自分は、世界から丸見えになっている。

それでも、さゆみはうずくまっていた。

もうどれくらいたつのだろう。入ってきたときのほてりは失せ果て、冷房に冷やさ
れた手先は冷たい。脇の下の汗は、すっかり不快な染みとなって、身じろぎのた
びにびくりとさせるのに。

動かないのではない。動けないのだった。

怒られるのが怖くて動けないなんて、小さい子どもと変わらない。
お母さんのお人形を壊して、押しいれに隠れて震えてた、あの頃から、なんにも
成長してないじゃない。情けない。恥ずかしい。責めても体は動かない。

空気すら自分を傷つけるとでもいうように、さゆみはちぢこまっている。息を殺し
ている。
336 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:11
逃げてしまった。

『さゆみん?』

楽屋の前で立ちすくんでいたさゆみに向けられた、新垣の目。不思議そうな、
問いかけるような、やさしいまなざしだったのに。
さゆみはその向こうに、いずれある、ちがう人のまなざしを見た。

怒り、失望、非難、軽蔑――ひょっとしたら、傷。

そんな目をさせてしまう。そんなこと思わせちゃう。ダメ。どうしよう。

気がついたら走りだしていた。ダメダメ、と頭のなかで何度もさけんだ。戻りなさ
いと命じてみた。だけど体は、きかなかった。さゆみは駆けた。
明るい青空が、まぶしい太陽が、密度ある熱気が、視界のすべてが、さゆみを
責めた。
337 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:12
わかっている。これは突然の天変地異なんかじゃないし、ましてや理不尽な攻
撃でもない。全部自分で招いたことだ。

わかってたことじゃない。結果は、甘んじて受けるべきでしょう。

わかってる。わかってはいるのだけれど、体がいうことをきいてくれなかった。
今すぐに、今すぐにと、心は内からたたいてるのに、お尻は地べたから動かない。
金縛りの魔法にでもかかったみたい。

うそよちがう。たんにわたしは怖いだけだ。怖くて自分で魔法をかけた。

目を開ければ見なくちゃならない。立ち上がれば歩かなくちゃならない。

見るのは自分の罪。歩く先には罰。
338 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:12
▽   ▽   ▽
339 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:12
ちいさな音が聞こえた気がして、さゆみは耳をそばだてた。
膝を抱えたまま、目を閉じたまま、これ以上ちぢまりようのない身を、さらに抱き
しめる。

また聞こえた。

壁に手をついたような鈍い音、そして、これは。

足音。

何かと何かがぶつかるような靴音ではなく、床に重みがかかるだけの、静かで
確かな足音が、ゆっくりと近づいてきている。

さゆみはそろそろと目を開けた。
途端にまぶしい光に襲われた。目を細める。照明の明かりと壁の白さときらきら
するガラスと、そこかしこに映る無数の自分。そのひとつと目があってしまって、
さゆみは思わず視線をそらす。

視界の端にピンク色が見えた。
340 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:13
「え……」

さゆみは目をしばたたいた。鏡のひとつに、見覚えのある、明るいピンク色がうつ
った気がしたのだ。ぎゅうっと目を閉じてから、ゆっくり開く。と。
見間違いではなかった。さゆみの正面、角の向こうから、ピンク色の耳が見えて
いる。

「――ウサギさん」

さゆみのつぶやきが聞こえたのか、大きな毛皮の固まりが、角から飛びだした。
レギュラー番組の情報コーナーに登場する、見なれたウサギの着ぐるみだ。
ウサギは、両手を噴水みたいに広げた。見なれたウサギの、テーマパークのキャ
ラクターめかした手の動きはどこかぎこちなくて、さゆみをすこしだけほっとさせた。
341 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:14
「迎えに来てくれたの?」

ウサギは何も聞こえないような顔で(といってもいつも同じ顔だが)、さゆみのそ
ばへと歩みよった。
ずっとさゆみを見つめたままだ。さゆみもウサギを見つめている。
さゆみの足先数ミリのところで、ウサギは足を止めた。間近で見おろされると、
妙に迫力があった。そういえばこのウサギ、さっきからひと言もしゃべってない。

「……なんでしゃべんないんですか?」

ウサギがしゃべらないのは、番組内だけでのルール。中にいるのは、なじみの
古いスタッフさんで……。
342 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:15
さゆみは、ふと息をのんだ。
走ってきたのか、砂埃だらけになっているウサギの足もと。
ウサギの着ぐるみの足の部分は、確か足首くらいの位置で、ズボン状に切れて
いて。その下に、同じ色の靴を履いていた。はず。なのに。
このウサギは、地面にべったりとズボンの裾を引きずっていた。どろどろに汚れ
て、縫い目がほつれている裾が、ベルボトムのように、足首にたっぷりとたるん
でいる。
つまり、足が短い。つまり――。

さゆみはこくんとつばを飲み込んだ。

――つまり、いつもとちがう人。

さゆみは身をそらした。ふと気づく。ウサギがずっと無言なのは、息をきらしてい
るせいだ。はあっはあっはあっはあっ、という短い吐息が、顔のあたりから聞こえ
ている。

「え、ちょ……ちょと待って」
さゆみは両手を後ろについた。逃げなくちゃ!という考えが、頭のなかにひらめ
いた瞬間。さゆみの思考を悟ったように、ウサギが動いた。
343 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:16
一瞬、何がどうなったのかわからなかった。全身を毛皮にくるまれた気がした。
その向こうの熱い体と、力強い腕と、しめった息を感じた。動けないくらい強く抱きし
められている。

さゆみは恐慌状態に陥った。むちゃむちゃに腕を突っぱっても、逃げようともがい
ても、相手はびくともしない。怖くて大きな声がでない。息が短くなり、心臓が止
まっちゃうんじゃないかと思った瞬間。
344 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:16
くっくっくっくっく、と腕のあたりから震えが響いてきた。

押し殺した笑い声。

さゆみはぴたりと動きを止めた。さゆみを両腕で完璧に抑えこんでいたウサギは、
右手をはずした。だけど、左手でがっちりと肩を抱きこんだままだから、さゆみは
まだ動けない。顔だけなんとかすこし上げて、ウサギを見る。
ウサギは、自分の両耳を一気につかんだ。大根でも引き抜くようにして、ずぼっ
と首をはずす。ぱらぱらと雨のようなものがふってきた――と思ったら。

「召し捕ったりぃ!」

赤鬼みたいな顔をした藤本美貴が、へへへへへと笑った。
345 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:17
▽   ▽   ▽
346 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:17
「あっちい」

美貴は、どすん、と地面にお尻を落とした。あぐらをかくようにして、両足でさゆみ
の腰を固めると、盛大に息をつく。

「あっついあじいあづいマジあちい」

ぶつぶつとうなる。
ウサギの着ぐるみの中は蒸れに蒸れ、体じゅうから湯気がでそうだった。
美貴は大きく息を吸って吐いた。顔に手をやる。思った以上に手が滑って、その
まま払った手から手首にしずくがつたった。尋常じゃない汗のかきかたを
している。
頭に手をさしこんで、くしゃくしゃとすると、髪にもつれた汗が散った。

「頭かいー」

美貴から盛大に汗を降りかけられているにもかかわらず、さゆみは微動だにしな
かった。美貴が両足でがっちりホールドしているから、というのもあるだろうけど、
息もしているかどうか、という感じで、不安になる。
熱くて気持ち悪くて、せめて着ぐるみの上だけは脱ぎたいところなんだけど、しょ
うがない。
347 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:18
美貴は、からからになっている喉を湿すために何度かつばを飲みこむと、
「おい。シゲさん」
とささやいた。さゆみの瞳に感情がやどる。
黒い瞳にまともにとらえられて、ちょっと距離近かったな、と美貴は思った。
肩を抱いたままだった左腕だけはほどいてみるが、距離は広がらない。
「どうして」
「着ぐるみの変質者に犯される! て思ったっしょ、さっき」
さゆみの声をさえぎるようにして、美貴は笑い声混じりにいった。
「ビビリ過ぎだから」
「藤本さんが来るなんて、思ってなかった」
さゆみの口調は静かだった。美貴はおっと思う。

『やさしくやさしく』
という亜弥の教えにしたがって、感情を出さずに軽いノリで話していたが、この
調子ではそんな気づかい無用かもしれない。さゆみはひどく落ちついている。
ウサギの襲撃が、結果的にいい前フリになったのかもしれない。
348 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:19
さゆみは、美貴のピンクの毛皮をそっとつかんだ。
「なんで、こんな格好」
「カメちゃんがさ、藤本さん追っかけてきたら、さゆ逃げるから、着てけって。
変装だーって。確かに、いちお芸能人だしさ、顔まるだしで遊園地走りまわるの
もなあって、ここは、カメ・アドバイスに従ったワケよ」
「エリが……」
「しっかし、なんでこんなとこいるわけ?」
美貴はあたりを見わたした。
視界にうつる無数の自分に見かえされて、思わず苦笑いがでる。
349 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:19
いわゆる『ミラーハウス』だった。

入り口の看板にはもっとこじゃれた名前が書いてあった気がするけど、美貴には
思いだせない。確かに、ちいさい頃に入った、単に壁が鏡なだけの、味もそっけ
もないようなミラーハウスとは、ちがっている。光るガラス細工や作りものの宝石
で壁じゅうが飾り付けられているせいで、鏡の反射とあいまって、視線を動かす
たび、まばたきするたび、きらきらする。目がちかちかする。
「さすが鏡好きのシゲさん」
「……そうゆうの……そういう意識はなかったです。なんかちょっとパニックになっ
てたみたいで、どうやってここ入ったのかとか、よく覚えてなくて……あとから、あ、
ミラーハウスなんだって気がつきました。そしたらいきなり怖くなってきちゃって――」
言葉のとおり、さゆみの視線は伏せられたままだ。美貴は首をかしげた。
350 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:20
「怖い?」
「ここ、『自分』だらけだから。みんなわたしなのに、みんなさゆみの敵みたい。
さゆみのこと、見張ってるみたい。みんなさゆみのこと、怒ってる顔してるの。
せっかく藤本さんから逃げたのに、取り囲まれてるみたい。目があうたびに、
どきっとして、ドキドキしてきて、進めなくなった」
いらだちにせかされるようにして話すさゆみは、それでも顔をあげない。
「さっきまた、さゆみうつってるの見ちゃった。すんごいかわいくなかった。ガッカリ
だった。今までで一番かもしれない」
逆ギレかと思わせる感情的な口調。
「かわいいってアンタ――」
なにをのんきな、といいそうになって、おっと、と美貴は、さめた反応を抑えこんだ。
さゆみが使う『かわいい・かわいくない』は、『いい・悪い』だったり、『好き・嫌い』
だったり、そのときどきで、意味が広がる。
351 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:21
美貴はまた、周囲を見た。

たくさんのミキミキミキミキ。次々とこちらを見る。
笑ってみると、いっせいに、にやける。

たくさんのさゆみさゆみさゆみ。目を伏せたまま。
どんな顔してるのか、わかんないからわからない。
352 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:22
美貴は頭をかいた。
基本はやっぱりここからだろう。

美貴は、さゆみの頬を両手ではさんだ。思ったより素直に顔が上げられる。
毛皮越しでもその頬は、ほんのり冷たく感じた気がした。
とりあえず顔が見える。青ざめている。瞳は逆に緊張感をはらんで輝いてる。
こういったシチュエーションに陥ったにもかかわらず、いや、だからこそか、
かすかにうずくなにものか、その存在がいつもよりもまざまざと感じられた。

だけど、まあ。今は、それどころじゃないっか。

特に言葉は思いつかない。だからかわりに、瞳をまじめに、のぞきこんだ。
すぐ笑ってしまう自分らしくもなく、本当に、おごそかな気分で。待ってみる。
353 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:22
さゆみの唇が、つらそうにひらく。
「どうして、」
つづく言葉をさらに待つ。さゆみは口を開いたまま、何もいわない。
「なに?」
だせる限りいちばんのやさしい声をだして、美貴はたずねる。
「どうして、なに?」
さゆみは大きく息を吸いこんだ。唇のはしが震えた。さゆみの輪郭ぜんたいが、
ぐらりとゆがんだ気がした。思った瞬間。

泣きだした。
354 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:23
▽   ▽   ▽
355 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:23
ひたすら待っていた。

抱きしめるでもなく、なぐさめるでもなく、ただ両手を後ろについて、ときおり自分
の腿のあたりに落ちる涙や、いかにもせつなそうな嗚咽に、ほんのすこしだけ眉
をひそめて、ただ、待ってみる。

飽きたら壁に視線をやる。

両足で泣きじゃくるアリスをカニばさみにしているウサギの着ぐるみが、全部の鏡
に映りこんでいる。
何度目かのひとり笑いをもらして、ウサギは、アリスの青いリボンを眺めた。

泣くだけ泣いて、泣きやめばいい。早く泣きやんじゃえばいいのに。
涙が止まれば話ができる。
鏡のなかの、アリスとウサギを指さして、いっしょに笑ってしまえるのに。
356 名前: 投稿日:2007/07/01(日) 23:23
▽   ▽   ▽
357 名前:名無し 投稿日:2007/07/01(日) 23:25
再開しました。短くてごめんなさい。次はがんばって、なるはやであげます。
たくさんお待たせしてしまいました。読んでくださって、本当にありがとうございます。
358 名前:名無し 投稿日:2007/07/01(日) 23:26
>>318
しんどくてM的な書く作業の反動で、提供の仕方がついSな感じになってしまうのかも
じれったいは色っぽいの精神でがんばります。ちなみに道重さんのイニシャルはSMです

>>319
こんなだらだら続いてるものに、ずっとお付き合いしてくださってる方はもとより、こうやって
新たに読みはじめてくださるのは、ちがった嬉しさがあります。ありがとうございます
「藤さゆ」って新しいですね

>>320
意外なご意見! 書き手はれいな大好きなので、反映されてると嬉しいです
長い更新間隔で、テニス太極拳はもとよりスポーツ吹き矢なんかにもお詳しくなっていらっ
しゃるかもしれませんね(お気になさらないでください)

>>321
あったんですよ何かが。なんなんでしょうね
359 名前:名無し 投稿日:2007/07/01(日) 23:27
>>322
遅くなってごめんなさい。いつもありがとうございます

>>323
一気読みありがとうございます。今回もまた引っ張る感じなので、また次回を気にして
くださったらありがたいです

>>324
sorry............頑張ります

>>327
お待ちです。なんとかもどって参りました

>>328
ありがとうございます。いつまでもなんていってたら無精者の私は終われないので、
期限つけてみようかなあと。最終回まで、あと2、3回ありますので、引き続きよろしくです

>>329
まだ終わらないですよ。待っていただいてありがとうごさいました
待たせてこれかよ! といわれないよう、頑張ります
360 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 00:01
待ってたかいがありました。
いつもながらすごくよいです。
361 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/02(月) 02:04
待ってました!更新アリガトウ、
作者様のペースで納得のいく作品にして下さい。
362 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 00:47
テニス太極拳もスポーツ吹き矢もマスターしませんでしたがビリーのことには
詳しくなりました! 藤本さんの優しさがいつまで持続できるのかちょっと心配……
363 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 12:23
続き楽しみですね。
364 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/11(水) 00:20
うっひょお〜!
少し離れている内に更新来てた。
藤本さんのテクは相当なもんですね。
365 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/03(金) 22:43
続きが気になるな〜
更新待ってますよ
366 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/29(水) 10:06
待ってるよ!
367 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/29(水) 22:30
私もお待ちしております。
368 名前:通りすがり 投稿日:2007/09/03(月) 21:04
待っています
369 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/04(火) 00:20
ずっと待ってます
370 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/04(火) 00:42
更新来たかと思えば…。
レスは下げろよ。常識知らずだな。

作者さん更新お待ちしております…マジで…。
371 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/12(水) 00:38
更新お待ちしています
ふたりの気持ちはどうなっていくのか気になります
372 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/29(土) 23:03
もうダメなんかね
しつこく待ってるけど
373 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:03
▽   ▽   ▽
374 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:03
第8話「耳のぶんだけ背は高いのだ (後編)」
375 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:04
▽   ▽   ▽
376 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:04
「どこから話したらいいですか」

ふと、ふりだしたさゆみの言葉に、美貴は目をぱちくりさせた。
天井の鏡に映った美貴も、あわせて目をぱちくりさせている。

なかなか泣きやまないさゆみの腰をカニばさみにしたまま、地べたにあお向けに
なって、お腹減ってきた、とか、めっちゃアイス食べたい、などといったゆるい
思考に身をまかせていたせいか、反応がにぶった。
「話す?」
「なんでさゆみがあんな嘘ついたかとか、どっからどこまでが嘘なんだとか、
 これからのわたしたちの関係についてとか、そういうのです」
しゃくりあげるお腹の動きが収まっていたのは感じてたけど、それにつけても
冷静な声だ。涙が止まったのは、ほんのさっきのことなのに。
377 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:05
天井の鏡のなかのさゆみは、黒いうしろ頭しかうつっていない。本物の顔を見上
げるかわりに、美貴は、よっ、と起き上がった。さゆみにぶつからないよう微妙に
体を泳がせて、横目で顔をうかがった。さゆみの目は真っ赤、涙をたっぷり吸い
こんだ頬も、りんごみたいに赤びかりさせている。
そのくせ、
「藤本さん寝てました? ひょっとして」
憎らしいくらい、そのくちぶりは落ちついている。
「寝てないよ、さすがに。――そうだ、ミキ、シゲさんシメにきたんだった」
美貴はうなずいて、腕を組んだ、が。

姿を見つけたときの安心感や、あまりにもあけすけな泣き顔に、怒りはほとんど
飛んでしまっていた。
悲しみとちがって、怒りってのは、不思議と持たないな、と美貴はぼんやりと思う。
相手のことを憎からず思っていたら、なおさらのことだ。
378 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:05
とはいえ。甘やかすのは、教育上よくない。
「ちゃんと説明してもらおうか」
美貴は、いちおう怖い顔を作ってみせた。
「はい」

さゆみは口をきゅっと閉じた。頬のあたりに緊張が走る。ちょ、泣くなよ、と
美貴は思わず身構えたけど、さゆみは踏んばった。
379 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:06
「――最初は、そんなつもりありませんでした」
「そんなつもりって?」
「藤本さんに、嘘つくつもり、なかったです。あとからこんなこといっても、いい
 わけにしかなりませんけど、でも、ほんとです」
美貴を見あげる。
「信じてくれますか」
「嘘だ、なんて、いってないじゃん」
さゆみは、ちいさく、ありがとうございます、といった。
「結論からいいますね」
膝の上に両手をそろえる。お茶かお花か、和風のお稽古事の先生みたいに、
背筋がぴんと伸びた。

「藤本さんのことを好きだっていったの、あれ、嘘でした」
「うん」
「好きは好きですけど、恋愛感情とはちがう好きです。だから嘘です」
「うん」
「なんでそんな嘘ついたかっていうと――」
380 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:07
「亀井絵里と田中れいながケンカしてたから」

さゆみの言葉を引き取ると、美貴はちょっと笑った。さゆみは軽く目を見開いて、
そのあと、こくんとうなずいた。
「ミキ大当たりぃ」
フゥ、と美貴はおどけた声をだした。
「そっかそっかあ。やっぱりね。ハハ、なるほどなるほど……」
だんだん声がちいさくなる。

あちゃあ、という感じだった。まいったまいった。いたたたた。
わかっていても、面と向かって言葉にされると、もうひとつ、ずしんと来る。
――てか、いまさら動揺すんなっての。バカじゃないの。
じくじく沁みる胸の痛みを、他人ごとのように罵倒する。
「説明しますね」
さゆみは、目を伏せたままだった。
美貴の心のざわつきに、気づいているのかいないのか、その表情は静かだ。

「いちばん最初、さゆみが、藤本さんの秘密基地に行った日のことから」
381 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:07
▽   ▽   ▽
382 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:09
さゆみが美貴の秘密基地をはじめて訪れる前日、亀井絵里と田中れいなは、
十数回目の大ゲンカに突入した。

ケンカの原因は、ささいなことだった。
というか、二人のケンカの原因がささいでなかったことは、今まで一度もない。

二人で買い物にいった。店で絵里が試着をしてみた。すると店員さんの前で
れいなに、「えりそれ太ってみえる」といわれた。これにエリが逆上した。
なんてくだらない、とさゆみは呆れたが、エリにいわせればそれだけじゃなくて、
その日のれいなは、一日じゅうエリにひどかった、ということである。

基本、絵里はさゆみと仲が良く、れいなといっしょにいることはあまりない。
なのに、ごくごくたまに、れいなと接する機会があると、ごくごくたまのことなのに、
結構な確率で大ゲンカにおちいった。
ケンカのパターンはお決まりだった。れいなが絵里を怒らせる。怒られたれいなが
逆ギレ。最終的には、たがいにいがみ合うところに落ちついた。
さゆみはエリ側の人間として、関係ないのに、毎回毎回、巻きこまれる。
383 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:09
いっそずっと離れてりゃいいのに、とドライなさゆみは思うのだが、この二人、基本
ウマがあわないくせに、おたがいをしんから憎みあっているのではないところが、
ややこしい。
ケンカしても、しばらくすると、また仲良くなる。仲良くなって心を許して話すとする。
またケンカになる。

絵里が、れいなとは二度と口きかないと息巻く。
れいなが、すぐギャーギャー怒るエリなんかしらんと応戦する。
このくりかえし。

ケンカ中は、口を開けば、絵里はれいなの文句ばっかり。れいなはれいなで、
さゆいっつもエリの味方しとう、自分の意思ないんか、などと腹を立ててしまう。

べつに、絵里の味方のつもりはないが、流れとして、そういう感じになってしまうのだ。
まるで2対1みたいに。したくないのに、絵里に腕をひっぱられて、耳打ちされて、
さゆみはずるずる巻きこまれてしまう。心底どうでもいいのに。エリもれいなもバカ
みたい。なんてくだらないんだろう。心のなかで毒づきながら。

口にだせない自分の弱さが、さゆみはいちばん気にいらなかった。
384 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:10
▽   ▽   ▽
385 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:11
ミュージカルのリハーサル。お昼の休憩時間。
さゆみは憂鬱な気分で、レッスンスタジオの廊下を歩いていた。

昨晩、絵里から、れいなに対する絶交宣言が出た。さゆみに対して。
386 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:11
『エリ、れいなと絶交するから。決めましたから。もう、いっさい口ききませんから。
 アンダスタン?』
『あんだすたん』
『絶対だよ? こんどはもう、ほんっとに最後だから。ほんっと頭きたから。
 どんなけ謝られても、許してやんないんだ』
『まあ、れいな謝んないし』
『口きかないからね?』
『うん』
『絶対だよ?』
『……………』
『さゆ?』
387 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:13
それってつまり、さゆみにも、口きくなっていってるんだよね。
388 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:14
そのひと言が、どうもいえない。
いえないゆえに、おんなじことのくりかえしが、今日からまた始まるのだ。

絶交初日とあって、二人は、さゆみの気も知らないで、うんざりするくらい盛り上
がっていた。
れいなが部屋に入ると、ちら見したうえで思いきり顔をそらす絵里、すぐに察して
聞こえよがしに舌打ちするれいな。
この手のケンカを快く思わない先輩や、無関係の後輩を慮って、あからさまでは
ないぶん、争いのさまは、実にねちっこい。
いつも以上にがっちり腕を組まれて、さゆはエリの味方なんだからとばかりに
アピールされているさゆみは、予想通りの展開に、正直げんなりしていた。
389 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:15
――楽屋、帰りたくないなあ。

エリにはなんでも話せるのに、どうしてこのことだけは、思ってるようにいえないん
だろう。つまんないからやめようよって、なんでいえないんだろう。

さゆみは、できるかぎり遅いスピードで歩いていた。
だけど、手洗いに行って戻る、それだけでは、10分もつぶせない。
スニーカーの足もとに目を落とす。
そんなところに、自分を助けてくれる呪文が、書いてあるわけはないのだけれど。
楽屋に戻ったときのことを考えると、顔は自然と下を向き、ちいさなため息が、
床へと落ちて、ゆくのであった。
390 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:15
▽   ▽   ▽
391 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:16
腰のまわりに、スカートがまるく広がっている。

さゆみは、自分のそろえた指さきを見つめながら、すこし早口で話していた。
くるくるの巻き髪、大きなリボンにふりふりのエプロンドレス。
完璧コスプレレベルの衣装を身にまとっているせいで、本人真面目に話してる
のに、バカみたいに見える、と美貴は思う。
うさぎの着ぐるみで聞きいる美貴も、もちろん人のことはいえないだろうけど。

「――楽屋に帰ったら絶対、れいなの文句大会だと思うと、も、ホントさゆみ
 ぐったりきて。れいなぜったい自分から謝らないし、エリぜったいさゆみのこと
 巻きこんでくるし。つまんないことで意地張って、いがみあって、結局、勝手に
 仲直りしちゃう。いっつもそうなんです。もうホントなんなのって。
 さゆみすごくイライラしてました。あの日、暑かったし」
392 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:17
またしてもさゆみの目は、うるんできていた。涙というより、気持ちの高ぶりによる
ものだろう。

きっと、ずっと、誰かに聞いて欲しかったんだろうな。
冗談ぽく非難することはあっても、同期のことをこんな風にさゆみが口にするのを、
美貴は、はじめて聞いた気がした。そしてそのことを、すこし後ろめたく思った。
自分も同じモーニング娘。で、なにより同じ六期メンバーなのに。

「で、楽屋に帰りたくなくって、うろうろしてました。そこで、」
「ミキの秘密基地を発見したと」
さゆみは思いだすようにふふ、と笑った。
「すんごい気持ちよさそうに寝てましたよ、藤本さん。さゆみが寄っていっても、
 全然起きないの」
393 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:17
▽   ▽   ▽
394 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:18
見下ろした寝顔は、本当に子どもみたいだった。

メンバーの寝顔なんて、べつに珍しくもなんともない。
わりと無防備に寝ていることが多い美貴の寝顔は、どちらかといえば見慣れてる
ほうだった。なのになんだろう。普段とはちがう感じ。

さゆみは美貴を、つくづくと見つめた。

ミュージカルのリハーサルが始まってから、楽屋がうっさいうっさいとうるさかった
から、きっと、休憩時間はエスケープを決めこんだのだろう。そういえば、しばらく
前から、楽屋であまり姿を見なかったように思う。こんなところで過ごしてたのか。
395 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:19
つい、と指先で頬をなでてみる。
くすぐったそうに、目じりがぴくりと動いた。

顔立ちは完全に大人のものなのに、口を軽くあけた寝顔は、ひどく危なっかしく
見えた。その、安心しきった感じが。
誰も自分に危害を加えない、自分の存在に揺らぎがないことを、疑いもしない寝息。
いつも、冷めたそぶりできつい口ぶり、大人ぶって、さゆみをからかうこの人が、
ほんとは誰より子どもっぽく、甘えんぼうを押し通していることを、さゆみは知って
いた。そのことに、異議申し立てをするつもりなんて、ない。
そういう人だから。
そのひとことで終わり。いつだってこの人は、許されているのだ。
誰がどうしようと、誰が何をいおうと知らんぷりで、
好きなこといって、好きなようにして、誰にもとがめられない。
396 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:19
ぜったいこの人、エリとれいなのケンカのこととか、知らないんだろうな。
知ってても、知ったこっちゃないんだろうな。なんも興味ないんだろうな。
どうでもいいんだろうな、さゆみたちのことなんて。

なんの憂いもなさそうな寝顔を観察しているうちに、むらむらと胸の奥に黒雲が
わいてくるのをさゆみは感じた。おや、と思うまもなく、雲は全身をおおいつくす。
ふるっと体がいっしゅん震えた。震えがとどめてくれたのは、今まで想像したこと
すらなかった、暴力的な衝動だった。さゆみは自分自身にとまどう。
とまどいながらも体が動く。

さゆみはそっと、身をかがめた。

「藤本さん。起きてください」

ささやく声は、こんな気分の自分がだしていると思われないほどに、やさしい。
童話のなかの、悪い魔法使いになった気がした。
397 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:20
▽   ▽   ▽
398 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:20
ずるいって思ったんです、とさゆみはいった。

「藤本さんが好き放題許されてるのって、ムリにさせてるわけじゃない。単に、
 そういう風につくられた人だってこと、まわりが勝手に許しちゃうだけだってこと、
 ちゃんとわかってるんです。わかってたんです、ずっと。生まれつきの問題だって」
「生まれつき」

はあ、と美貴は相づちを打った。性格や何かを否定されるのなら反論のしようも
あるが、生まれつきなんて占い師みたいなことをいわれては、ああそうですか、
としかいいようがない。さゆみはおごそかにうなずいた。

「そうです。藤本さんそうなんです。なんていうか、世の中、藤本さんみたいな人と、
 さゆみみたいに、うろうろおろおろしちゃって結局なんもできないでいる人と、
 両方いて、うまくいってる。だから、そういうのうらやましく思うの、ムダだから
 やめようって、ずっと前に決めてたのに。さゆみはさゆみでやっていこうって、
 思ってたのに。あの日は、なんか無性にむかむかして。止められなかった」
「ふう……む」

美貴はうなった。
399 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:21
むかむかしてキスするとか、発想が飛んでいる。

「むかついたら普通、唇じゃなくて、グーださない?」
「いきなり殴ったりしたら、びっくりするじゃないですか」
「いきなりキスされても、びっくりするけど」
「ですけども。……一方的な好意っていうのも、ある意味、暴力じゃないですか。
 さゆみ、殴る暴力は嫌いですもん」
「まあ、そうかもだけど。……腹立った相手にキスなんて、ミキ絶対しないな」

やけに感情がこもっていたように感じたあのキスを、思いかえしていた。
あの行為にこめられた、無言の非難。それに自分は、気づくことがなかった。
400 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:22
「そんなだったから、何もかも、計画してたわけじゃないんです。キスしてから、
 ばーっと言葉が出てきた。そうだ、ちょうどいいじゃん、って」
「ミキのこと、好きなことにしとけば――」
「そう。藤本さんのことが好きってことにしといたら、あそこに入り浸ってたって、
 不自然じゃない。楽屋に帰らなくてすむ。自分勝手な藤本さんを困らせられるし、
 エリとれいなとも、離れてられる。一石二鳥じゃんって」
「って、穴だらけじゃん。ミキが誰かにべらべらしゃべったり、シゲさんのことマジで
 嫌がりだしたりしたらアウトだよ?」
さゆみはあいかわらず冷静な表情のまま、
「藤本さん大人だから。キスくらいでガタガタいわないだろうな、とは思いました」
「最悪だなシゲさん」
「ごめんなさい」
口ではガタガタいわなくても、心のなかには多少の揺れがあったのに。
微妙な余震は、今も続いているってのに。

美貴はわざと大げさなため息をつくと、さゆみをにらんだ。
401 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:22
振られてなおも、秘密基地に来ていいかと頼んだときの、いやに切実なまなざし。
そのくせ、なんのアクションも起こさないで、何を考えているのかと不思議に
思わせた笑顔。絵里についた嘘。ずっと、なにかいいたそうだった顔。つまり。

美貴が好きだから、ここにくる。
じゃなくて。
ここに来たいから、美貴を好き。
だったのだ。

辻褄が、きれいにあった。すべては逆さまの世界。
402 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:23
「うそつき」
美貴はありったけの心をこめていった。
「反省してます」
さゆみは、さらりといってのけた。

ある種の開きなおりが見てとれるその表情は、いっそすがすがしい。

「田中ちゃんとカメには――」
「れいなはなんも知りません。あのこ、あんま周り見てないから、最近エリと
 さゆみが距離置いてることだって、気づいてるかどうか。エリは、さゆみと
 藤本さんが付き合ってるって、まだ信じてると思うから、訂正しときます」
「しっかし、信じるかねフツー」

さゆみとのことを問いつめる美貴に、
『だってだってだって、エリだってさゆと遊びたいんです。付き合ってるからって、
 なんでもかんでも藤本さん優先だなんて、ノーグッドですって。
 友情のほうが、恋愛よりだんぜん優先座席なんですよぅ』
と、唇をとがらせた絵里の顔が頭に浮かぶ。
403 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:24
「あいつバカだな」
「まあ、エリはバカですけど。最初はさすがに、びっくりしてましたよ。さゆみが
 あんまりにも真剣だったから、信じてくれたんです。応援するよって。
 エリ、すぐ人のこと信じちゃうから」
「例のデートの日。待ち伏せしてたの。あれだって、カメと遊びたくなかったから
 なんでしょ」
「ビンゴです。あの日は、前々からエリと約束してたんですけど、れいなとまだ
 まだケンカ中なのが、うっとおしくて。藤本さんとデートなの、どうしてもこの日
 しか都合つかないからっていって、約束、断っちゃったんです。だから、藤本
 さんがエリに電話しようとかいいだしたときは、超あせりました」
「ぜんぜん、そうは見えなかったけど」
さゆみは舌をだした。
「わたし自分のこと正直者だと思ってたけど、案外ウソの才能あるかもしれない。
 新たな発見でした」
「シゲさんは、さ――」
404 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:27
美貴は言葉を切ったあと、笑ってしまった。

「ミキが思ってたより、ずっと――ずっと、なんだろ。よくわかんないけど、見かた
 かわった。見直したよ」
「……見はなした、のまちがいじゃないですか」
「ちがうよ。今、感心してる。この期に及んで、よくそんなに冷静に話してられる
 なあってね」
「そりゃ、いまさら取りつくろったって、しょうがないですし。藤本さんのさゆみに
 対する評価、落ちるとこまで落ちてるだろうし。そう考えたら、ほんとヤなんです
 けど……。自分でまいた種だから、嫌われても仕方ありません」

嫌いになんてなってない。むしろ。なんてことは絶対いわない。
美貴は口をへの字にした。
さゆみに甘い美貴にだって、なけなしのプライドというものがあるのだ。
405 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:27
ていうか、とさゆみは何かを思いついたような顔で、美貴を見た。
「藤本さんだって。さゆみボコボコにされるかと思ってました。鼻血とかはヤだ
 なあって、でも、そうとうの制裁は、覚悟してました」
「ミキなにもんだよ」
メンバーの誰かに手を上げたことなんて一度もないのに、どうしてこんなイメージが
まかり通っているんだか。美貴は頭をかいた。
「なんつうか、通りこした。お腹すくとさ、最初腹減ったーってなって、つぎ気持ち
 悪くなって、最後には感じなくなるじゃん。あれといっしょだね。腹立ちすぎて、
 今は平気。何いわれても腹立たないかも」
さゆみはふと、考えこむような顔になった。

自分の心のなかに気がいっている、そういう目になっているさゆみは、やけに
おとなびて見える。見ていると胸の奥がうずく。
いつものさゆみにもどらせるべく、美貴は明るく声をかける。

「なんだよ黙って」
「――考えてたんです。わたしのなかに、どっかでずっと、そういう気持ちがあった、
 それが、嘘をついた理由のひとつだと思うから」
「そういう気持ちって――」
406 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:28
さゆみは、立ち上がった。
「でも、嘘つきは、もう終わりです」
美貴から一歩はなれると、スカートの裾のほこりを払う。
深々と頭を下げる。
「本当にごめんなさい。もう、嘘はつきません」
どうやら、幕を引こうとしているらしい。
美貴もゆっくりと立ち上がった。体が重くていっしゅんふらつく。明日はまちがい
なく筋肉痛だ。
「もう、鏡」
「え?」
美貴は周囲をぐるりと指さした。「鏡に囲まれてても、もう、怖くないみたいじゃん」

ああ、とさゆみも、あたりを見渡した。たくさんのアリスと着ぐるみのうさぎ。
アリスは笑っているから、もう美貴には、いうことはない。

これ臭いんだよ、とつぶやきながら、美貴はまた着ぐるみの頭をかぶった。そっと、
アリスにピンク色の手を差し伸べる。
柄にもないことをするには、着ぐるみは、いい照れ隠しになるかもしれない。
さゆみはその手をとると、にっこりとほほえんだ。
407 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:29
「すごい。ウサギさんのエスコートなんて、ほんとのアリスみたい」
「鏡の国もあるんでしょ。あんま知らないけど」
「あ、はい、鏡の国ありますね。あ、すごい。鏡の国のアリスですよ、今さゆみ、
 今まさに。わ、すごい。どうしよう藤本さん」
「おもしろいの、それ」

先に立って歩きだす。その後ろを、話しながら、さゆみがついてくる。

「んー。あんまり。さゆみは『不思議の国のアリス』のほうが断然、好きです。
 『鏡の国のアリス』どんな話だったかなあ。面白くなかったから、あんまり
 覚えてないけど……」

あ、とさゆみはつぶやいた。
「ひとつだけ覚えてる。なんか、変な女王さまが出てくるんです」
「女王って、不思議の国に出てきてたヤツ? ハリネズミでゴルフする」
どうでもいいことを話しながら、美貴は、考えていた。
408 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:30
このまま、ここから出てしまったら、嘘の世界がホントに戻る。
ミキはどうしたいんだろう。このこと、どうしたいんだろう。

さゆみのしたことはぜんぶ嘘で、美貴に対する気持ちも言葉も、ぜんぶ嘘で、
だけど、それによって生まれた美貴の気持ちは?
さゆみに見つめられたとき、胸の奥でざわめく何かは、あれは、嘘じゃない。
嘘で生まれたホントの気持ちは、嘘といっしょに帰らなくちゃならないのかな。
そんなことないんじゃない。それが自然だよ。って、どっちだよ。

迷いながらも、足は止まらない。さゆみは無邪気に、言葉を重ねる。

「ハリネズミでゴルフは、トランプの女王。鏡の国のアリスには、またちがう
 女王さまが、二人出てくるんです。赤の女王と、白の女王」
「紅白饅頭みたい」
「かわいくなーい」

角を曲がればもう出口だ。
美貴は観念した。もはやこれまで。思考を止める。もういいじゃん、と考えを投げる。
足の向くまま、そちらに向かおうとする。
409 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:33
ふいに背中にやわらかいものがぶつかった。出て行く美貴を引き止める白い腕。
後ろから、抱きしめられていた。足が止まる。振り返ろうとする。
「前、みてて」
厳しい声で制止されて、美貴は動きを止める。
わかった、というつもりで、胸のあたりにまわされた腕をぎゅっと握った。
「なんだよ」
「藤本さん、わたし楽しかったんです」
ウサギの頭に、頬をぴったりとくっつけているのだろう。頭ぜんたいに声がひびいた。
「ずっとさゆみのことなんか眼中にないって感じだった藤本さんが、さゆみの
 言葉に笑ったり困ったりするの、嬉しかった。たくさんお話できて、楽しかった。
 なかなか嘘を打ち明けられなかった理由、それもあったかもしれない」
美貴は、鼻から息を吐いた。
「そう」
「こんなこと、いえる筋じゃないんですけど、でも、ここ出ちゃったら、いえない気が
 するから。もう、いいたいこと、ぜんぶ出しちゃおうかなって」
「うん」
「さゆみ、藤本さんのこと好きかもしれない」
410 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:34
美貴は目を閉じた。見ている人は誰もいないのに、着ぐるみで顔が見えないことを、
心底よかったと思った。胸の奥にくすぶっていた息苦しさが指さきに流れ、足の
つま先までも満たしてゆくのを感じる。

だけど、まてまて。もう一人の自分が、飛んで行きそうな心をあわてて引っぱる。

「あのさ」
声がかすれる。
「はい」
「さっきのシゲさんのザンゲの主旨って、ミキのこと好きだなんて嘘ついてごめん
 なさい、てのじゃなかったっけ」
「はい」
「好きは好きだけど、恋愛感情とはちがう好きだ、なんていってなかった?」
「いいました」
「だったら」
「今、またちがうって思うんです」
何かを探るみたいに、さゆみの髪がゆれた。
411 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:35
「わたし外に出たくありません。こうして藤本さんといて、こっから出ちゃうと、もう
 前みたいに話せないんじゃないかって思ったらすごく嫌。キスしたときはちがう
 好きだったかもしれない。だけど、今またちがう。なんてったらいいのかわかん
 ないけど、でも、」
もどかしそうに言葉がとぎれる。
「好き」
困ったようなつぶやきは、あきらめのように低かった。

さゆみの言葉が全身をひたす。ハチミツを頭からかけられてるトーストみたいだ。
どんどん沁みてきて、甘くやわらかくほどけてゆく。

美貴は途方にくれてしまった。

正面の鏡、たくさんの鏡、無数のさゆみ。
ぜんぶ同じに見える姿の、いったいどれが本物だろう。
ミキだってそうだ。
たくさんのウサギのなかのミキは、いったいどれが本物なんだ。
自分のくせに、もうわかんない。
412 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:36
さゆみがより深く、後ろ頭に頬を押しつけた。その温かみに、ぼうっとしてしまい
そうになる。自分を叱咤する。ひとつ、息を飲みこんだ。

鏡のなかのウサギとアリスを、ぐぐっと見つめる。
抱きつかれてる、というより、アリスに抱きしめられている格好のウサギ。
われながらよわっちい。タッパもガタイも、相手の方がはるかにいいし。
まあ、だけど。美貴は、背筋を伸ばしてみた。
耳のぶんだけ、背は高いのだ。
413 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:37
「あのね――」
声が出にくくて情けないけど、とにかくいう。
「はい」
「その、帰ったら、ちゃんとカメと話してさ、田中ちゃんともだよ。ガキさんにも
謝って、あやちゃんにも謝って、いろんなこと、きちんと決着しなくちゃなんない」
「……はい」
「シゲさんはさ、逃げ場が欲しかったんだよ。しんどくて困ってさ、雨宿りみたい
 にして、逃げこんださきに、たまたまミキがいただけなんだ。
 それって、好きとかそういうのとは、たぶんちがう。ちがうと思う」
さゆみは黙っていた。美貴はつづける。
「だから、帰ろう」
「藤本さんは――ホントにそう思う?」
「思う」
「藤本さんは――」
さゆみは、言葉を切った。美貴もいわない。さゆみの腕をほどいた。
出口へと、再び歩きだす。さゆみがついてくる気配を感じる。
414 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:38
四角い出口の外にでる。
おとぎ話の嘘の館は、ここにて終了。

外は、目がくらむ光の世界だった。全身が、あっというまに熱気にさらされる。
大音量で流れてるアトラクションのテーマ曲、子どもたちの声、遠くのジェット
コースターからとどく悲鳴、係員の呼びかけの声、交じり合って意味を成さない
そのほかの音。
遊園地がこんなにうるさいところだったということを、美貴は、はじめて知った。

あたりを見わたすと、着ぐるみの隙間から、狙い撃ちみたいに、日差しに目を
つかれた。まるで神さまが責めてきてるみたいだ。美貴は顔をしかめた。

――これだけいっぱい嘘つかれたんだもん、一回くらい、大目に見てよ。

大きく、空に向かって伸びをする。手をあげたまま振りかえる。
まねして両手を上にあげていたさゆみが、よろめいて目を、ぱちぱちさせた。
415 名前: 投稿日:2007/10/14(日) 10:38
   ▽   ▽   ▽
416 名前:名無し 投稿日:2007/10/14(日) 10:46
長くて、そしてお待たせして、ごめんなさい。
次のお話が(めずらしく)もうできてるので近いうちに更新します
そのあとも、そんなに開かない、はず、です
417 名前:名無し 投稿日:2007/10/14(日) 10:46
>>360
ありがとうございます。
次はわりと早くにのせられそうです。ホントです!

>>361
こちらこそ、読んでいただいてありがとうございます
「作者様のペースで」と嬉しいことをいってくれたおかげでこんなに遅くなって
しまいました。っていのうは冗談で、すべて私が悪いんです。ごめんなさい

>>362
テニス太極拳を知らない!?
ハロモニの藤本さんの趣味探しコーナーで、藤本さんと亀井さんが挑戦した
新機軸のスポーツです。画像張りたいけど見つかりませんでした。

ttp://www.yomiuri.co.jp/feature/navi/fe_na_06081201.htm

ビリー入隊おめでとうございます。まだ続いているのでしょうか
入隊した人をたくさん知っていますが、つとめあげた人はあやみきくらいしか知りません

>>363
楽しんでいただけたでしょうか。まだ追ってくださってたらいいんですけど……
418 名前:名無し 投稿日:2007/10/14(日) 10:47
>>364
戻ってきてくれてありがとうございます。また戻ってきてくれるか、どきどきです
藤本さんは無意識のテクニシャンですよね。人あしらいがすごくうまい

>>365
ありがとうございます。更新しました。
多少はキリがいいところまで来たかなって思いますが、いかがでしょう

>>366〜372
まとめてしまってごめんなさい。ほんとありがとうございます。
お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした。
更新頻度に関しては亀井さん以上に信用ならない身となってしまった私ですが、
最終回は、そう遠くないことと思います。このあいまいな言いよう
そういえば、スレッドが上がってるの見たときには、いっしゅん誰かが代わりに
更新してくれたのかと思いました。
419 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/14(日) 16:24
キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!!
作者さまお待ちしておりました
更新ありがとうございます
420 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/15(月) 01:20
あぁ待ってて良かった
最終回楽しみにしています
421 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/15(月) 03:42
待っている間、何度でも読み返して楽しめるんです。
読む度に世界に引きずり込まれる感じです。
更新ありがとう。次までまた読みながら待ってます。
422 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/16(火) 23:49
うわぁ… 辻褄すごい合う… おもしろかったぁ。最初から読み直します。
ビリーはドクターストップがかかったのでテニス太極拳にトライしてみます!
423 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/25(木) 22:14
お疲れさまです
めっちゃ面白いです

美貴様の特別さゆに優しい所大好きです。
そして最近も『藤本さんの声が好き』や『藤本さんみたいなへケートやりたい』というさゆの言動
スポフェスのスリスリ事件やハロモニでのキス未遂までこの2人は何故か最強に萌えてしまうんですよね

次回楽しみにしてます
あとよかったらまたさゆ美貴やってください。
424 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:11
   ▽   ▽   ▽
425 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:12
第9話「踊る白の女王」
426 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:13
「なーんでそうなるのっ」

亜弥の大声を片耳でききながら、美貴はグラスをゆっくりとかたむけた。

上くちびるに氷があたる。甘みのある炭酸が、喉からお腹へとくだってゆくのが
気持ちいい。ぷは、とひと息ついてから、亜弥を見る。
427 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:14
「欽ちゃん? ねね、今の欽ちゃんのマネ? 大将? あんたが大将?
 ぶはははは。似・て・なーい」
「みきたんみきたん、ふざけてる場合じゃない」
亜弥が、グラスをもった美貴の手首を押さえる。
「それで話は終わりなわけ? あんたたち、そのまま帰っちゃったの?」
「いやいや、なんせアリスとウサギだからさ、すぐ子どもらに囲まれちゃって」
美貴は思いだし笑いをしながら、裂けるチーズを縦に裂いて、口に入れる。
にちゃにちゃやりながら、
「ウサギさんだーって、もみくちゃにされて、必死こいて戻ったら、みんな雁首
 そろえて待ってんの。一瞬びびったけど、あんま怒られなかったな。なんか、
 ガキさんがうまくやってくれたみたいでさ。でも、ミキは水かぶったみたいに
 汗びっちょだし、シゲさんは顔ぱんぱんの――あ、泣きすぎでね――顔ぱん
 ぱんのメイク落ちまくりで、結局、ロケ途中から不参加なっちゃってさあ。
 午後じゅう、ずーっとバスで寝てた……」
428 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:15
   ▽   ▽   ▽
429 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:15
ときは夜。ところは亜弥の、マンションであった。

盛りだくさんだったロケが終わったとっぷり日暮れ。タクシーに乗りこむと、

『今日あたし遅くなる。けどうち来なさい。命令。
 一回家帰ってからでいいから4946ー』

とのありがたいメールが届いた。
以心伝心。ちょうど、亜弥にメールを打とうと携帯電話を開いたところだった。
友だちってのは、いいものだ、美貴はしみじみ感謝する。
亜弥に、聞いて欲しくて仕方なかったからだ。

逃げたさゆみに動揺した自分をいさめてくれた声、収束を見はからったメール。
上から目線にもほどがあるとはいえ、けっきょく亜弥はやさしいのだ。
知っていることをあらためて確認して、美貴はほっとした。
やさしくされたい気分だった。

美貴はいそいそと亜弥宅にやってきて、亜弥が最近覚えた遊びかた――つまり、
酒と肴でやったりとったりさしつさされつ、今日一日の一部始終を、すっかり語って
聞かせたのであった。
430 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:16
   ▽   ▽   ▽
431 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:16
「意味わかんない」

亜弥は、美貴をにらみつけた。
美貴のゆでた塩のきいてない枝豆を、指先でつぶすみたいに房からだして、
口に入れる。

いつもなら飲みながらでも、いらないものをどんどん片付けてゆく亜弥が、話に
夢中なものだから、テーブルの上は、食べ散らかしたおつまみと、からになった
お酒の缶で散らかっている。

そんなに怖い顔で枝豆食べなくてもいいじゃん、と美貴は思ったが、怒らせそう
なのでそれはいわずに、
「意味わかんないて、なにがよ」
「想像してみ? みきたんに足りないのは想像力。いい? たんに好きな人が
 できました。思いきって告白しました。すると相手はこういいました。
『藤本クン、きみはホントは、俺のことなんか好きじゃないんだよ』。はい感想」
「こいつバカじゃないの」
「そゆことね」
亜弥は、枝豆の房で、びしっと美貴の鼻先をさした。
「なんで自分の気持ちを、他人に決めつけられなくちゃなんないのって話だよ」
最悪の断りかたですねー、と亜弥は口をあけて、首をゆらんゆらん振った。
432 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:17
怒らせるつもり、というのがまるわかりのしぐさなのに、まんまとのってしまう。
美貴はふくれた。
「いいじゃん、嫌われちゃったら、かえっていいじゃん。やさしさじゃん」
「嫌われていい、なんてセリフが出てくるってことはさ、好かれてたこと認めてる
 ことになんないかな?」
美貴は眉根をよせた。
「ややこしいな」
「ききたいんだけどぉ」
亜弥は、ぐっと身を乗りだした。その目が、きらりと光る。
「道重ちゃんが、あんたのこと好きじゃないなんて、本気で思ってんの?」

亜弥の言葉が、痛みをともなわない程度に胸をついた。
思わず真顔になってしまう。
返答がでないのは、肯定ではなくて、考えているからだ。だけれど。
433 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:18
うまく頭が働かなかった。
あれ、と美貴は目をぎゅうぎゅうつぶった。
目とおでこのあいだにもやがかかってるみたいな感覚。
「うわ、ミキなんか酔ってるかも」
「酔ってるよ。明らかに。鎖骨まで赤い」
「マジで?」
美貴は顔をこすった。
いつも以上にがぶがぶいった、甘いお酒と疲れのせいか。

なんだか頬が、ざわざわと熱くなってくる。
お酒に酔うのは風邪と似ている。意識しだすとまわりが早い。嫌な酔いではなく
いい気分なのだけど、気を張ってないと、世界が万華鏡のように回りだしそうだ。

「って、あやちゃん、ぜんぜん酔ってなくない?」
だいたいいつも、過ごさないよう心がけているらしい亜弥ではあるが、今日ほど
冷静なのも、めずらしい。悪酔いはせずとも、テンション七割り増しが相場なのに。
自分が酔っているものだから、酔っていない亜弥が面白くない。
ダー、と効果音をつけて、美貴は、まだ入っている亜弥のグラスに、あふれさせん
ばかりにお酒をついだ。
434 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:19
「――ダメだって思ったのかなぁ」

亜弥のグラスに注ぎきれなかった缶の残りをぐびりとやると、ふと言葉が落ちた。
アルミ缶をテーブルに置く。指が引っかかって缶がたおれた。

「シゲさんがほんとにミキのこと好きになってたとして、ミキがシゲさんとその、
 付きあってもいいかもって感じになっていたとして、やっぱダメだって、そう、
 思ったのかも」
「どうして」
「いろいろ思いだした」

美貴は背中を壁にあずけた。
435 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:20
「ミキはちっとも気がつかなかったけどさ。今思えば、あのこ、確かに悩んでた。
 いちいち言動がおかしかった。嘘のせいだけじゃなくて、不安定だった。いつ
 だったか、あやちゃんの話になったとき、親友に意地悪されたのに、さゆみを
 嫌わない藤本さんはすごいとかいわれてさ。そんなん関係ないじゃんって、
 どんなに仲良くっても、そういうとこは別じゃない、みたいなことミキいったのね」

「あんたたち、そんな話してんの」
中学生トークだね、と皮肉っぽくつぶやく亜弥を無視して、
「シゲさん、すごくはっとした顔してた」

あのときの顔はきれいだったな、と思いかえしてみる。

氷いちごの赤い唇。神社の庇の陰から見た明るい夏の真昼。日陰でもときおり
思いだしたように首すじをつたった汗。シロップでべたついた手をつないで走った。

ひどく懐かしい感覚におそわれて、その懐かしさは予想してたよりずっとで、
とがった痛みをともなうほどで――美貴は記憶の再生装置を止めた。
自分の頬をぴしゃぴしゃとたたく。
436 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:21
亜弥は、先をうながすことはせず、頬杖をついたまま、言葉の続きを待っていた。
とてもきれいな顔をしている。そんなことを、ふと思った。
酔いであやふやな視界のなか、こちらをひたりと見すえている亜弥の、まなざし
だけがあざやかだ。

「――今思えば、ミキの話きいて、亀ちゃんと自分のこと、思いだしただろうね。
 せっかくああやって、思ってることいえて、謝れた。ミキに対してね、ちゃんといえ
 たんだよ、いいたいこと。そういうの、うちらみたいなタイプにしたら、簡単でバカ
 みたいなことだけど、シゲさんにとっては、すごく大きかったと思うんだ。で、シゲ
 さんは、今からミキにしたみたいに、友だち二人にも同じように、怖がらないで、
 ぶつからなくちゃなんない。もう、してるかもしんないけど」

美貴は、スーパーで買ってきたユッケを、卵はじゅうぶんまわっているというのに、
お箸でさらにかきまわした。
437 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:23
「恋愛ってさ、ジョーカーだと思わない?」
「ジョーカー?」
「そう。ぜんぶ変わっちゃうじゃん。どんなに負けがこんでても、どんなに辛いこと
 ばっかりで半泣きでも、それ一枚で、現状ぜんぶひっくり返る。不満とか不安とか、
 当面の問題が、ぜんぶ飛ばされる。もちろん、それはどっちかっつうといいコトなん
 だけどさ……今はダメかなって。ずるずるでミキとくっついちゃったりしたら――」
「道重ちゃんが、成長できなくなるって?」
亜弥は鼻を鳴らした。
「おまえは金八先生か」
「そんな立派な話じゃないよ」
揶揄をまともにとらえる美貴に、亜弥はほんのすこし目をすがめた。
美貴は、それに気づかない。

「悔しかったし。しゃくだったし。単純に。ずっとだまされてて、嘘つかれて、好きだ
 なんていわれて、いい気になって、けっきょくぜんぶ嘘でしたとか、でもホントかも
 しれませんとか、もうなにがなんだかで――」
「やっぱり、好きになっちゃったんだね」
「うん」
438 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:24
あまりにもさらりといわれたものだから、いっしゅん意味が響かなくて、思わず
素直にうなずいていた。あ、と口があく。

「まったくもって、恋愛はジョーカーだと思うよ」
亜弥は美貴から視線をはずした。美貴にいっぱいにつがれたグラスを、慎重に
口もとにはこぶ。優雅なしぐさで、すい、と飲むと、息をついた。
「こんなにコケにされて、怒れもしやしないんだから」
グラスを唇につけたまま話すから、お酒に話しかけているみたいだ。
「いい? ジョーカーが手に入ったんだったら、それまでの手なんて、ぜんぶ捨て
 ちゃっていいんだよ」
439 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:25
美貴は顔をしかめた。
テーブルの模様をにらみながら、ちびちびお酒を飲む。
亜弥も黙りこんでしまった。
ときおり思いだしたように、唇にあてたままのグラスをかたむける。
440 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:25
めずらしい沈黙が、部屋を支配している。
美貴も亜弥も、黙っているのが苦手だ。
なのに、自分から口を開く気になれなくて、困る。
仕方がないので、すでに細くなっている裂けるチーズを、白髪ねぎをめざす勢いで、
さらに裂く。裂いても裂いても、亜弥は黙ったままだ。
441 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:26
がん、と乱暴にグラスがおろされた。

「バっカみたい」

亜弥が、こちらをにらみつけていた。罵倒されながらも、溶けた沈黙にほっとする。
「なんで」
「バカみたい」
「だから、なにが」
「なにもかもが。どうせなら怒ったげれば良かったのに。怒りもしない許せもしない、
みきたんは何もかも中途半端だよ」
「怒れなかったんだよ、なんか」
「なんかってなんだよ」
「もう、そんないろいろ考えてないし覚えてないんだって。だいたいあやちゃん、
 シゲさんとどうにかなったら離婚だ別居だって騒いでたくせに、なんで付き合
 わなかったこと責めてくんの?」
「しらないっ」
亜弥はまるで『かわいらしい女の子』みたく、ぷいっと顔をそむけた。
「うぜー」
美貴は大きなため息をつくと、残りの酒を一気にあおった。もうずいぶん視界が
あやしい。
お酒というのは、やっかいなものだ。体も心も、やわやわにくずすくせに、妙な
ところで意識が冴える。悲しみとか、せつなさとか、特に。
442 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:27
だって、ずっといいたそうにしてた。
しばしば美貴に向けられた、まなざしの正体が、今ならわかる。

恋愛でも、悪事でも、打ち明けようと思いつめる瞳の色は、同じなのだ。
差があったとしても、ほんのすこしで。それを見極められるほど、美貴は大人じゃ
なかったし、まなざしが何かを語ることに気づかないほど、子どもでもなかった。
443 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:27
「プラトニックでも、浮気かな」
ぼそりとつぶやくと、亜弥はふん、と鼻から息をはいた。
「プラトニックこそ、浮気でしょ」
「だよねぇはは、ははは、は……はあ」

ぶわっとせりあがってきた。
「うわ」
美貴はつぶやく。片手で顔をおおう。その隙間から。大粒の雨粒みたいに、涙が
ひざに落ちた。
「って、わ、なに、アンタ泣いてんの!?」
亜弥がさけぶ。
「ちょ、マジで? 顔見せな」
「やだ。ちょっと見んな。あっち行けって」
下からのぞきこんでくる亜弥をよけて、美貴は体をひねった。
ぼろぼろ涙がつたって落ちた。やばい。止まんない。
「うわ、やばい、泣く。泣く。ミキ泣く――」
「いや、もう泣いてるって」
亜弥のあわれむような声を皮切りに、美貴は声を上げて泣きだしてしまった。
444 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:28
▽   ▽   ▽
445 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:29
「気づいたときに、嘘だったとかヒドくない? ミキの気持ち、向こうに伝わってて、
 好きだなんていってきてんのかなとか思ったら、素直に返事とかできるわけない
 じゃん。なんでミキがこんなさあ――」

泣き声とともに、また涙がでる。しゃくりあげながら、もうやだ、とか、最悪、とか、
情けない言葉もでる。酒飲んで泣くとか最低。だけど止まんない。

「なんかヤだったんだよ。罪悪感で、ミキのこと好きだとかいってんじゃないのとか、
 いろいろ思っちゃったんだよ。だってさ、いくら困ってたからって、けっこうあのこ
 ヒドいよ? 極悪だよ? ミキ利用されまくりなんだよ? あんなヒドいめあった
 のに、怒りもしないで、好きだっていわれてホイホイ喜んでなんて、ミキやられっ
 ぱなしじゃんか」
「あのね、張り合おうとするのがまちがってるから」
亜弥は、新しいティッシュを、三枚重ねて差しだした。
「惚れた時点で負けてんのに」
「う」
また涙がでてきた。美貴はティッシュで顔をおおう。
もう、バカまるだしだ。消えてなくなってしまいたい。
446 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:30
亜弥が、とんとんと肩をたたく。のぞきこんでくる気配。
「ちょっと顔あげな。写メとったげるから。タイトル失恋記念日ね」
「あんたフザけて――」
あたたかい息がかかった、と思ったら、くちづけをされていた。
447 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:30
美貴はまばたきをした。
ぱたぱたっと。まつげにたまっていた涙が、亜弥の頬にあたって、落ちる。

亜弥は唇をはなした。下からこちらをのぞきこんでいる瞳。
その頬に光るすじは、美貴がつけたものなのに。そうじゃないみたいに光る。
赤い舌が、ちろりと口もとをなめた。唇が動いて、
「しょっぱ」
亜弥は舌をだした。
「涙ってしょっぱいんだった。忘れてた」
「――なんで」
「泣いてるひとにキスしたの、はじめてかも」
「なんで」
「泣きやむかなって。甘じょっぱくて、なかなかいいね」
448 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:31
亜弥は、美貴の髪を肩のあたりから、ひと房つかむ。その先を自分の鼻の下に
持ってきて、ヒゲみたいにかざして、
「うれしい?」
「なにが」
「キスしてもらえて、うれし?」
「うれしい」
反射的に答えてしまう。
「もっとする?」
顔をよせられて、美貴はあせった。
「や、それは、マズい」
亜弥はふふっとちいさく笑うと、すい、と美貴から視線をはずした。
「浮気を許したうえに、振られた女房をなぐさめる。あたしってば、なんてできた
 オットなのかしら」
美貴の髪をはなす。立ち上がる。ついでに、美貴の頭を一発はたく。
「いたいよ」
「だったら泣きやめ。うざい」

氷、とつぶやくと、亜弥はそのまま、キッチンに立ってしまった。
449 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:32
美貴は、冷蔵庫の扉に半身が隠れている、亜弥の腰から下を、ぼんやりと眺める。
氷、まだたくさんあるじゃん、と思いながら。
息をひとつついて、亜弥の置いてくれたティッシュで顔をぬぐう。ついでに鼻もかむ。
思いきりかむ。耳の奥がびん、と鳴った。ちょっと意識がしゃんとした。

「ねえ」

台所に向かって声をかける。
「やっぱりあやちゃんとシゲさんて、似てるよ」
返事がない。かまわずつづける。
「普通いきなりキスしないじゃん」
「普通じゃないんじゃなぁい?」
冷蔵庫越しに、こもった返事が聞こえる。
450 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:33
美貴は思いだす。

シゲさんのいきなりのキスの理由は、ムカついたから、だった。理解しがたい。
あやちゃんのいきなりのキスの理由も、きっとミキには、理解しがたいことなんだろう。
451 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:34
唇をなめる。
拭いてしまったせいだろうか、しょっぱい味は、もうしない。だけど。
なんとなく困ってしまって、美貴はグラスにだくだくとチューハイをついだ。

――あれ、そういえば。

美貴は鼻のあたまをこすった。

キスのおかげか、涙がしっかり止まっていた。
452 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:34
   ▽   ▽   ▽
453 名前: 投稿日:2007/10/28(日) 17:34
次回、最終回です。
454 名前:名無し 投稿日:2007/10/28(日) 17:35
読んでいただいて、ほんとありがとうございます

>>419
カキマシタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!!
こちらこそ、読んでいただいてありがとうございます

>>420
ありがとうございます
今回まだ終わってなくて最終回は次回なんです
「フゥ、終わった終わった」と思わずに、あと一回、お付き合いください

>>421
ありがとうございます
「何度も読み返して」とかいっていただけるとほんと嬉しいです
最後まで読んだあと、もう一回最初から読んでみよう、と思って
いただけるような最終回をめざします
455 名前:名無し 投稿日:2007/10/28(日) 17:37
>>422
ありがとうございます
だいぶお話の輪郭が明らかになったので、読み返すと新たな発見が
あるかも、ないかも、しれません。テニス太極拳がんばってね!

>>423
ありがとうございます
私も本当にさゆと藤本さんの組み合わせが好きで、最近になっても
藤本さんのことを口にするさゆを、嬉しいようなせつないような気分で
見ています
お話の二人がどこへ向かうか、ぜひ最後までお付き合いください
456 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 00:34
次回最終回とか嫌だぁぁ。゜(゜´Д`゜)゜。
最後どうなるか知りたい!知りたいけど、更新される度に味わうドキドキ感をもう感じられないのかと思うと涙が!!
まつーらさん、あんた良い女だよーつД`).゜.。.゜゜.*:.。..。.:*.゜
457 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 01:07
更新お疲れ様です
最後どうなってしまうのかワクドキです
美貴様もさゆみんも自分に嘘をつくのはダメだよぉ〜
458 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 01:32
いよいよ最終回ですか、寂しいような楽しみなような・・・
完結したら絶対最初から読み返します
ってか途中で何度も読み返したかったけど我慢!我慢!
459 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/30(金) 01:01
まつーらさんが不気味に怖いのは気のせいですか…… さりげに本妻宣言してませんか…w
先が読めません
460 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/08(火) 10:38
待ってます
461 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/14(月) 02:16
最初のほうではどうなることやら…
このお話大好きです。
待ってます。
462 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/16(土) 03:52
まだかなまだかな?ドキドキ
463 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/13(日) 18:27
作者さーん待ってますよー
464 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/14(水) 12:51
あなたのこの作品が大好きです
まだ話の途中ですがこの続きを楽しみにしています。

465 名前::名無飼育さん 投稿日:2008/07/08(火) 00:24
お願いしますお願いします
466 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/03(水) 06:15
いつになったら続きを読めるかな…お願いします
ずっと待ってますよー
467 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 11:33
一年越しで待ってます♪
468 名前:名無し@血のあじの作者 投稿日:2008/11/16(日) 11:54
お久しぶりです。書いてる者です。
前回の更新から、一年を過ぎてしまいましたね。ごめんなさい。
このお話をここまで読んでくださっていた皆さま、ありがとうございました。

あと一話で完結予定だった「赤の女王とアリスのワルツ」ですが、ここまでとなります。

投げないと宣言しておいて、お待たせしておいて、こんな結果で、本当にごめんなさい。
以下は、言いわけでしかないのですけれど、ことの次第を記しておきます。
469 名前:名無し@血のあじの作者 投稿日:2008/11/16(日) 11:56
中断の理由は、書けなくなってしまったから、それにつきます。
ご存じの通り、このお話の連載中に、藤本さんまわりにいろいろありましたよね。
ダメージは受けながらも、私は、このお話は書き続けられると思っていました。
話は全部できているし、重要なセリフやシーンも、あらかたある。
読んでくださってる方、自分自身、お話のなかの登場人物のためにも、現実はともかくとして、
ちゃんと決着をつけたい、そう思っていました。実際、しばらくは続けられました。
ですが、だんだん、書くことを苦痛に感じるようになりました。

自分は、まったく間違っていたんだという実感が、じわじわとわいてきたのです。
言うまでもないですが、単純に彼氏の存在がショック、なんてことはもちろんなくて、
藤本さんという人に対する自分の認識が、決定的にズレてたこと。
それが、とても響きました。
470 名前:名無し@血のあじの作者 投稿日:2008/11/16(日) 11:57
何度も途中まで書きかけて、手が止まりました。
藤本さんのことがまったく見えていなかった自分に、藤本さん書けないぞ、と。
書いてるそばから、書いてるものを信じられなくなりました。
書いても書いても、まるで駄目なんですね。駄目なのが自分でわかる。
すこしは書けるようになるかと、間をあけたり違うものを書いたりしていたのですが、
結果、完全に駄目だと確信を得るにいたりました。
現実に寄り添う物語だったので、逆効果だったみたいです。
しつこくあがいたせいで、結論が出るまで、長くお待たせすることになってしまいました。

終わらせるだけなら、できます。
ですが、できあがったそれを、私もみなさんも面白いと思えないだろうことは、目に見えています。
自分自身、すごく気に入っていたお話なので、とても残念です。
なにより、楽しみに待っていてくださっていた方には、お詫びのしようもありません。
本当に、本当にごめんなさい。
471 名前:名無し@血のあじの作者 投稿日:2008/11/16(日) 11:58
このお話はここまでですけど、娘。小説はつづけます。
一番好きなのは、変わらずさゆです。娘。が嫌いになったわけでもありません。
ただ、いろんなことが重なって、私は娘。ファンから、℃-uteファンになってしまいました。
いきなり、ふざけてるみたいですいません。だけど、事実なので、申し上げておきます。
今となっては、書くお話は、℃-uteやBerryz工房中心のものとなります。
それでも構わないという方は、私の書いたものを見つけたら、また読んでくださると嬉しいです。

長々と申し訳ありません。
わざわざ中断宣言するのはどうかなとも思ったのですが、人様の小説でも、もう書かないなら
何らかの意思表明をして欲しい、と思う人間なので、書きました。
不快に思われた方もいらっしゃるかもしれません。重ねてお詫び申し上げます。
読んでくださって、本当にありがとうございました。
472 名前:  投稿日:2008/11/16(日) 22:12
age
473 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/16(日) 22:22
作者さん、お疲れ様でした。
何て言うか、とても潔いと思います。
続きを待っていた人間としてはとても残念ですが、時間は止まってくれないし
日々新しい事が起こるので仕方がない事だと思います。
正直な話、藤本さん関係の話を書いていた作者さんは皆同じ考えじゃないだろうかとも思います。
推しメンが変わっても頑張ってください。
474 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/16(日) 22:49
ずっと待っていましたが残念でなりません。
最後まで読みたかったですが、
作者さんがそういう気持ちならばしょうがないですよね。
今後もがんばってください、応援しています。
475 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/17(月) 10:08
作者様ありがとうございました。
とてもとても残念ですけど、ここまで楽しませてくれてありがとうございました。
作者様の作品はどの作品も出てくるキャラクターが魅力的で、
愛情を持って描かれてるなあと感じていました。
それこそが私にとって作者様の小説を読みたいと思う理由の大きなひとつですから
だからこういった心の葛藤で書けなくなるというのも、そうなのかもな、と思いました。

現実ももちろんですがそれとは別に、
ここの藤本さんや亜弥ちゃんやさゆは本当にけなげで可愛くて魅力的で、
大好きです
彼女たちが幸せになれますように
476 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/18(火) 20:10
お疲れさまです。
すがりたい気持ちは作者さんの意思表明のおかげで収まりがつきそうです。
娘。オンリーだった自分が松浦さんが登場する小説を読めるようになったキッカケの作品でした。
みきさゆも推し順は高くなかったけど、小説を通してリアルに興味を持ちました。今じゃさゆ2推しです。
貴重な体験をさせて貰いました。
この作品が好きだー!
有難うございました。
477 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/19(水) 00:47
残念です
478 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/21(金) 03:04
読ませていただいている立場としては仕方が無いと理解しました。
作者さんの納得のいかないものを読まされるのも嫌ですし。
娘小説は完結が全てではないと思います。
同人はそういうものなんじゃないかな?
楽に書いていいと思います。
推理物が完結しないとムキーっとなりますが、
恋愛物は経過の萌えを楽しんでいたようなものだしw
作者さんが萌えないものはたぶん私も萌えないです。
それよりもこれからまた良い小説を書いて下さい。
血の味が好きで、この小説でさゆみきが好きになった私は単純にあなたのファンなのだなw
℃小説も楽しみにしています。
出来れば見つけやすいように名無しでは書かないで欲しいなぁ。
ひとまずお疲れ様でした。
今後も楽しみしています。
479 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/12(金) 21:10
唐突な℃-uteファンにはちょっと笑っちゃいましたが、作者さんの作品と読者への誠実さが伝わってきました。
この作品の続きが読めないのは残念で仕方がないです。
でも娘。小説は書き続けるという宣言(と自分は受け取りました)を信じて次回作を楽しみに待ってます。
480 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/09(月) 00:59
仕方ないと納得したつもりでしたが、
気持ちをおさえきれなくなってしまい、書き込みします。
終了宣言から、3回読み直しました。
何度読んでも心を奪われる作品です。
作者さまが納得できないものを読むのは自分としてもつらいかもしれません。
こんな中で続き書いてくださいなどと言うのはワガママだとわかっています。
それでもやはり伝えたい。
すべての形を見てみたかったです。

失礼な言い方で、本当にごめんなさい。
一意見ですので、読み流してください。
この作品が好きすぎて、ROM専を打ち破ってしまいました。
完結を見られなくとも、この作品に出会えた感謝の気持ちはかわりません。
ありがとうございました。
481 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/19(土) 02:29
やっぱり良いわこの話。

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