大臣と魔女
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/23(水) 22:01
短い作り話です。

配役

大臣(吉澤)
魔女ヘケート(藤本)

大臣の息子(久住)
家臣ナイロン(小川)
2 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:01
疾風が唸り声をあげ雷鳴が轟いた。
激しく揺れる木々がざわざわと不協和音を奏でる。
刹那、空気の質が変化した。
ぐにゃりと歪んだ景色に浮かび上がるひとつの影。
目を凝らすもうひとつの影。


「おまえの魂など誰が欲しがるか!」


女は高らかに笑い、目の前で顔をひきつらせている男を見た。
異形の者を前に男は動揺を隠し切れない。
固く握りしめた拳に血管が青く浮き出ていた。
喉の奥がひゅーひゅーと嫌な音を立てる。
3 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:03
だがそれも束の間。
薄く息を吐いた男は一国の大臣らしく威厳に満ち満ちた声で女に問いかけた。


「ではおまえの欲しいものはなんだ」
「2つ与えられたうちの1つ…」


それが、大臣と魔女の出会いだった。


4 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:04

「サファイアは女だった…ついに私の息子が王に!!」

新たにシルバーランドの国王となるはずだったサファイア王子が実は女であると発覚したその日の夜。
大臣は息子の頭上に光り輝く王冠を思い出し、勝利に酔いしれていた。

亡き妻の忘れ形見である息子を王にすることが大臣の願いだった。
憎きサファイアの秘密を暴き、彼女から王位を剥奪した。
そして王妃ともども牢屋へ幽閉し密かに殺害命令を下した。

「クックック…ワーハッハッハッハ」

すべてが完璧だった。
一縷の狂いもなく思い通りにことが進み大臣は笑いが堪えきれない。
それもこれもすべて魔女の導きだった。
5 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:05
「私の息子が王…私の息子がついに……王となったのだ!」

王冠を剥ぎ取られたサファイア王子の哀れな姿を思い出し祝杯をあおる。
ほんの数刻前のことだが随分と昔のようにも今しがたのことのようにも思えた。

長かった。
ここまで来るのに幾度諦めかけただろう。

一杯、二杯と酒をあおるごとにこれまでの苦労が大臣の頭に蘇った。

オウムにバカにされたこと…
毒を塗った剣がサファイア王子ではなく王を死に至らしめたこと…
結果的にサファイア王子の王即位を早めてしまったこと…
6 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:05
「ふふふ。だがそれもこれもすべて、今となっては笑い話に過ぎない。私の息子が王になった今では!」

息子の頭上に王冠を掲げたそのとき、大臣の心は満たされた。
遠い昔、亡き妻と幼い息子の3人で過ごした幸せな日々。
息子のあどけない笑顔と妻の死に顔が大臣の脳裏をかすめた。

年月を経て、立派に成長した我が子がついに王となった。
大臣はかつてないほど幸福の絶頂にいた。
そして、願いが叶ったことに目を奪われていた。
何かを訴えかけるような瞳を向ける息子に気付かないほど。
7 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:06
「失礼します。大臣閣下」
「ナイロンか、入れ」

扉を開けて室内へ入ってきた臣下ナイロンは一礼して腰もとから手紙を取り出した。

「先ほど牢番ピエールより任務遂行の報告がありました」
「そうか」
「これを」

座ったままの大臣に見えるように腰を落とし右の手のひらを上に向けた。
小刻みに震える右手を左で押さえ、大臣の目の前に差し出す。
目を細める大臣の顔を直視することができなかった。

「指輪か。これはたしか王妃の…」
「………」
「なるほど。ピエールには何か褒美をとらせよう」

大臣は立ち上がり軽くステップを踏むと新しいグラスを手に取った。
そしてニヤリと笑いながらグラスにワインを注ぐ。
8 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:06
「グラスを取れナイロン。乾杯しよう」
「はっ…いやしかし…」
「どうした?」
「………」

ナイロンは何と言っていいのかわからず俯いた。
手の震えはなんとか止まったものの顔色は青ざめていく一方だった。

「ナイロン」

大臣の静かな、そして低い声が室内に響いた。
先ほどまで座っていた重厚なソファーに腰を下ろし足を伸ばす。
俯いたままの家臣をちらと見て帽子を取った。
9 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:07
「ナイロン、顔を上げろ」
「………」
「私を見るんだ」

大臣の言葉にそろそろと視線を上げたナイロンは少なからず驚いた。
これほど嬉しそうな大臣の顔は今までに見たことがなかった。
それは少年のように無邪気な笑顔だった。

「さあ乾杯しよう」
「………」

ナイロンは差し出されたグラスを手に取り静かに重ねた。
一気にあおる大臣とは対照的に口をつけるだけで精一杯だった。
10 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:08
「さっきから浮かぬ顔をしてどうした?」
「いえ…その…」

大臣は空になったグラスをくるくると指でまわしている。
伸びてきた前髪を無造作にかき上げナイロンを睨みつけた。

「なんだ。言いたいことがあるのならはっきりと言え」

大臣に正面から睨みつけられてナイロンはたじろいだ。
恐ろしさからではなく、その美しさに。

大きな瞳と整った顔立ちは何度見ても息をのむほど美しい。
サファイアの件ではないが、たとえ大臣が女性だったとしても驚きはしないだろう。
長年仕えている自分でさえ慣れることなくはっとさせられる。
その美貌に何人もの人間が騙されるのを見てきた。
だがどんなときでも自分は忠実な臣下として仕えてきた。
この男についていくと決めたのは自分だ。

グラスを握りしめ一気にあおる。
焼けつくような痛みに喉が悲鳴をあげた。
11 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:08
「ナイロン」
「は、はい」
「一体どうしたんだ?」
「…大臣はものすごく嬉しそうですね」
「当然だろう。息子が王になったのだ」

そう言うと大臣はナイロンのグラスに再びワインを注いだ。
ナイロンはグラスに注がれたワインを少量口に含む。
そして自身にさえ聞こえないほどの小さな溜息をついた。

「私は…少々後味の悪さが残ります」
「ワインのことか?」
「大臣!」
「冗談だ」
「何も命まで奪うことはなかったのでは?」
「黙れ。息子が晴れて王になったというのに今さら何を言う」
「王は…王だって察しておられるはずです。ご自分がどういう経緯で王位に…」
「黙れと言ってるだろう!」

怒号とともにグラスの割れる音がして大臣の右手は鮮血にまみれた。
ナイロンは喉の奥で声ならぬ声を発する。
ポタポタと絨毯に染みを作る真っ赤な雫を見た途端、止まったはずの震えが蘇った。
12 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:09
「下がれ。分かっているとは思うが息子に余計なことは言うな」
「………」
「今日はもう寝ろ」
「はい……。大臣、傷の手当てを」
「いいから下がれ」
「分かりました」

ナイロンは来たときと同じように一礼して、命令どおり部屋を出た。
青ざめた表情は最後まで変わらず、震えが止まることもなかった。


13 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:09
一人になった大臣は右手から流れる血を手近な布で乱暴に拭った。
ソファーにどっかりと身を投げ出して額に手の甲を押しつける。
しばらくそうしてからナイロンの使っていたグラスにワインを注いだ。
足もとに砕け散ったグラスの破片を眺めながらゆっくりと味わう。

ワインは血の色をしていた。
右手から滴り落ちる血は止まる気配がない。
血まみれの拳を固く握ると痛みが走った。

「クックック…ワーハッハッハッハ」

だがその痛みさえも快感であった。
我が子が王となる願いが叶った今、どんな痛みも感じることはなかった。
14 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:10


「ご機嫌ね、大臣閣下」


「誰だ!」

突然の声に驚き、大臣は立ち上がる。
振り返ると漆黒のドレスを身に纏った女がいた。

「私を覚えてるかしら?大臣閣下」
「おまえは…あのときの魔女か。どうやってここに入った?!」
「あら、それを私に聞くの?」
「ふんっ。愚問だったか。魔女の力というのは便利なものだな」
「うふふふ。羨ましい?」
「はっ、馬鹿馬鹿しい」

ゆっくりと近づいてくる魔女を大臣は正面から見つめた。
見た目はこれといって人間と変わりがない。
背丈、顔貌、髪型、どこをとっても普通の女だった。
ただ一点、あの契約の日、ベール越しに垣間見ることができた鋭い眼差しを覗いては。
王妃に飲ませたあの薬がなければ魔女だと言われても一笑に付しただろう。
15 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:11
先ほどまで大臣が座っていたソファーに魔女が腰を下ろす。
足を組み、挑発的ともとれる笑みを向けていた。

「ワインをいただいてもいいかしら」
「あぁ…」

大臣は新しいグラスを取り出しワインを注いだ。
そして魔女に差し出すと自分も手に取った。

「何に乾杯しましょうか」
「私の息子が王になったことでよかろう」
「ふふ。そうね……では新しい王に」
「乾杯」

互いのグラスを合わせると軽い金属音がした。
ワインを口に含み満足そうに頷く魔女。
傍らに立ったまま大臣はその様子を盗み見た。
16 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:11
それにしても…なんて瞳をしているんだこの女は。
近くで見るとよく分かる。これはまるでどこまでも続く深い闇だ。
油断すると吸い込まれてしまいそうなほど深く、暗く、そして美しい。
いったん引きずり込まれたらもう二度と這い出ることはできまい。
深く、深く、ただただ深い闇。美しい闇の世界だ。


「……っ…ぐぁっ…!!」


突然、大臣の頭に衝撃が走った。
頭の中がえぐられるような激痛に思わず片膝がつく。
激しい痛みに耐えながら顔を上げると魔女と目が合った。

「なるほど。さすがシルバーランドの大臣を務めるだけはある」
「……くっ…な…なにをした…」
「噂とは違いただのボンクラではなかったようね」
「ど…どういう意味だっ」

ワインを一口飲んでから魔女は続けた。
17 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:12
「私の瞳を覗き込んでその程度で済むとは」
「おまえの…おまえの力なのか!この痛みは……くっ」
「盗み見なんてするからよ。バカね」
「うぅ…ぐぐぐ」
「常人なら一瞬であの世にいってもおかしくはないのに、おまえは強い」
「はぁ…はぁ…魔女め」

苦しむ大臣の目の前で漆黒のドレスが揺れる。
笑いながら足を組みかえた魔女を睨みつけようとするが力が入らない。
額には玉のような汗が浮かび、もとより白い肌がさらに青白くなっていた。
18 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:13
「私を…殺すつもりか?!」
「殺す?ふふ…あはははは」

漆黒のドレスが再び揺れ、艶かしい足が大臣の鼻先を掠めた。
同時に頭の痛みが少しずつ消えてゆく。
荒くなった呼吸を整えていると顎のあたりに鋭い痛みを感じた。

「私の瞳を見なさい、大臣」
「くっ…よせ……」
「安心して。力は使ってないわ」

持ち上げられた顎に魔女の爪が食い込む。
痛みに襲われる前に盗み見た闇の世界が広がった。
先ほどと違うのは、そこに疲れた表情の自分自身が映っていること。
19 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:13
「は…はなせ…」
「おまえの瞳は不思議な色をしているのね」
「………」
「私の力に耐えた人間は初めてよ」

息がかかるほどの距離で囁かれ、大臣は無意識のうちにベールに手を伸ばしていた。
そっと持ち上げて露わになった魔女の顔を見上げる。
至近距離で見た魔女の顔はとても美しかった。

妖しく笑う魔女。
触れられた箇所が熱を帯び整えたはずの息が徐々に荒くなる。
魔女の細い指が前髪を揺らし、手の甲が頬を撫でた。

大臣は魔女の顔を見つめたまま動けずにいる。
掴まれていた顎が自由になっても、じっと魔女を見つめていた。

歯を食いしばり惑わされぬよう心を保つ。
魔女の妖艶さに理性が負けぬよう。
だが意思とは裏腹に目は魔女を見つめたまま。
自分を見据える魔女から目を逸らすことはどうしてもできなかった。
20 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:14
「や、やめろっ」

大臣を長い呪縛から解いたのは魔女だった。
魔女は大臣の右手からまだ尚流れ続けていた血に舌を這わした。
ピチャピチャという音をさせながら血を啜る。

「うぅ…」

大臣は思わず唸った。
魔女の唇の感触が心を砕く。
魔女の舌の温度が理性を壊す。
全身の血液が逆流するかのような熱い衝撃を受けていた。

右手を余すところ無く舐め尽した魔女の真っ赤な唇が笑う。
恍惚とした表情はその場に押し倒すのに十分なほど艶かしかった。


21 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:15
ソファーに押し倒された魔女は大臣の頭を力強く引き寄せた。
互いの唇を荒々しく貪り舌を絡ませる。
我を忘れた激しい口づけは痛みと快感を交互にもたらした。

「ふぅっ…あんっ…」

漏れる吐息と唾液の絡まる濡れた音、そして自身の声が魔女の耳に響いた。
歯列を舐めまわす舌を追いかけねっとりと絡ませる。
あたたかい唾液を飲み、飲ませた。
22 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:15
「んっ…あぁ…」

すべてを吸い尽くす勢いで大臣の舌が口腔内を暴れまわる。
執拗に動き続ける舌は休むということを知らず喉の奥まで蹂躙する。


この男はなんて…なんて強い意思を持っているの。
私とこうしていてもまだ自我を保っているなんて。
それどころか私を、この私を飲み込もうとすら…


酸素を欲する間さえ与えられない。
ひたすら求められる唇。
その激しくも甘い口づけに魔女の体は否応無く熱くなる。
23 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:16
大臣の柔らかい舌が首筋を這い鎖骨を舐める。
圧し掛かられた体の重みは心地よい圧迫感を作っていた。

「あぁぁ…」
「おまえのような者でもそんな切ない声をあげるのか」

魔女の体から唇を離した大臣が皮肉をこめてそう言った。
高笑う姿とのギャップに少なからず驚いた。

すっかり息が上がった魔女は何も答えない。
自分を見下ろす視線をただ受け止めていた。
24 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:16
「いいから早く……」
「言われなくとも…」

ドレスをずらし胸もとを露わにした。
形のいい胸を両手で揉みしだきながら再び唇を求めた。

「あんっ…やぁ…」

親指と人差し指で胸の先端を抓むとそこはすぐに固く立ち上がった。
柔らかい耳たぶを甘咬みし耳の中に舌を突っ込む。
魔女の甘い香りが大臣の鼻腔をくすぐった。
25 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:17
「ぁんっ…あぁっ…やんっ…」

大臣が胸にむしゃぶりつくと魔女はいっそう高い声をあげた。
固く尖ったそこを舌で丹念に舐めまわす。
吸いつくたびにあがる嬌声に大臣の体が反応する。

ドレスを脱がせ自らも裸になると魔女に言った。

「私の魂などいらぬと、あのときおまえはそう言ったな」
「はぁっ…はぁん…おまえの魂など興味は…んぁっ…な…い」
「ならば代わりに私の体をくれてやろう」
「あぁんっ…」

そして大臣は魔女の中にゆっくりと浸入した。
腰を揺らし攻め立てると汗がほとばしった。
首にしがみついた魔女が懇願するように唇を求める。



「はぁ…はぁっ…もっと…もっと来て…あぁあぁぁあぁぁぁっ」


26 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:18
何度目かの絶頂の後、大臣は眠りについた。
魔女の膝を枕に無防備に身を投げ出している。

「寝顔はまるで子供ね…」

大臣の黒く短い髪を梳きながら魔女は呟いた。
体を折り曲げ頬に唇を寄せかけて思いとどまる。
らしくない、と苦笑した。

ふと大臣の右手に目をやった。
傷だらけのそれはさすがに出血は止まっていたがひどく痛々しかった。
両手で握りしめ心のうちで念じると瞬く間に淡い光が包み込む。


「おやすみなさい。大臣閣下」


27 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:18
 
 
28 名前:_ 投稿日:2006/08/23(水) 22:19
 
 
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 00:30
な、なんだこれは…(*´Д`) ハァハァ
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 00:53
大臣魔女キタ━━━━━━!!!!
すげーおもしろいです(*゚∀゚)
続きまってます!
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 02:57
魔女とアヤンツとか!
魔女とリカンツとか!!(*゚Д゚)ハァハァ
続編待ってます!!
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 20:01
大臣と魔女イイ!
続き、楽しみに待ってます
33 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 21:05
大臣と魔女の物語発見!
ミュージカルでこの二人に魂を奪われました。
続きを楽しみにしています。
34 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:12
朝、大臣が目覚めるとすでに魔女の姿はなかった。

もしや昨夜のことは夢だったのか。
魔女を抱くなどあまりに非現実的すぎる。

だが床に砕け散ったグラスと傷ひとつない右手を見て夢ではないと悟る。

「まったく便利な力だな…」

手のひらを閉じたり開いたりしながらしげしげと観察する。
しばらくそうしているとドアをノックする音が聞こえてきた。

「おはようございます。大臣閣下」
「ナイロンか」
「失礼してもよろしいでしょうか」

入れ、と言いかけて口をつぐむ。
ソファのまわりに散らばった洋服。
並んだ2つのグラス。
なにもつけていない己の裸身。
そして怪我をする以前のままの右手。
これらいろんな要素が大臣を慌てさせた。
35 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:12
「ちょっと待て。入るな」
「………」
「何の用事だ」
「王がお呼びです」
「すぐに行く。おまえは…えーと、朝食はとったのか?」
「いえ、まだですが」
「そうか。なら先にメシを食え。腹が減っては何もできないぞ」
「はあ。大臣?」
「なんだ」
「大丈夫ですかぁ?なんだかやけに慌ててますけど」
「な、なんでもない」
「そうですか…。ところで怪我の具合はいかがですか?」
「大丈夫だ。い、いいからさっさと食堂へ行け」
「はあ…分かりました。失礼します」

ナイロンの気配が消えて大臣は立ち上がった。
ソファーで寝たために関節のあちこちが痛む。
いくら重厚な作りをしているとはいえ人が一晩寝ていいようにはできていない。
舌打ちをしながら散らばった服を掻き集めた。

シャワーを浴びて手早く服を着た。
髪を整えてから面倒だとは思ったが右手に包帯を巻く。
片手だけで苦心して巻いたが一応の格好はついた。
これでナイロンにしつこく聞かれまい、と大臣は満足げに頷いた。
36 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:13
自室を出ると真っ直ぐに王の部屋へと向かった。
昨日までは別の人間、すなわちサファイアがいた場所だ。
王冠を剥ぎ取ったときのサファイアの顔を思い出しニヤリと笑った。

「呼んだか」
「あ、父上。おはようございます」
「父上ではない。大臣だ。おまえはもう王なのだからな」
「どっちでもいーじゃん。父上は父上だよ」

頬を膨らませて抗議する新しい王。
息子として見れば可愛いが昨日までとは立場が違う。
王は王だ。自分の息子とはいえ王であることが最優先される。

「ダメだダメだ。自分の立場をわきまえろ」
「むぅ〜。父上こそ王に対してそんな言葉遣いでいいわけ?」
「ぐっ…」
「まあいーじゃん。今は2人なんだからさ、普通に親子の会話ってことで」
「それもそう………なのか?」
「そうそう。朝から難しい顔してないで一緒にゴハン食べよーよ」

無邪気な顔でまとわりついてくる息子に大臣は表情を緩める。
背丈はすっかり自分と変わらぬまでに成長したが中身はまだまだ子供だ。
王としては困るが2人のときくらいは息子の無邪気な振る舞いを許す気持ちにもなる。
37 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:14
「なんだ、呼んだのはそのためか」
「うん!それに昨日あんなことがあってから父上とゆっくり話をしてないし…」
「息子よ」
「うん?」
「おまえは王なのだ。何を不安に思うことがある」
「だって…」

大臣は息子の両肩をがっちりと掴んだ。
真正面から顔を見据えると頬に手をやり言った。

「大丈夫だ。何も心配するな」
「父上…。あれ?この手はどうしたの?」

包帯が巻かれた右手が視界に入り、息子は尋ねた。

「なんでもない。ちょっと切っただけだ」
「大丈夫?」
「大丈夫だ。たしか今日の午前中はいくつか会議があったな」
「はい」
「よし、ではさっさと朝食にしよう。腹が減っては、だ」

先ほどナイロンに言ったのと同じ台詞を息子にも投げかけた。
明るく振舞ってはいるが内心は王という重圧に不安を抱えているのだろう。
息子の様子を見て大臣はそう判断した。
38 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:15
「しばらくは前国王派の動向に気をつけねばならんな」
「僕たち嫌われてるもんね」
「む…そう身も蓋もない言い方をするな」
「だってホントのことだし。ナイロンくらいだよ?僕と仲良くしてくれるの」
「仲良くするのはいいが王としての立場を…」
「はいはい、分かってるって」

用意させた食事を前に2人は椅子を引いた。
長辺が5メートルはあろうかという長方形の食台の対面に座りそれぞれ朝食をとる。
真っ先にゆで卵を口にした大臣は、固さに不満を覚えた。

「大体おまえたちは私が黙っているとすぐに調子に乗るからな」
「モグモグモグモグ。誰が?」
「おまえとナイロンだ」
「あぁ、まだその話?」
「何かあると自分の立場を忘れてすぐに騒ぎ立てるのは良くない」
「はーい」
「もう子供じゃないんだからな。落ち着きを持て」
「はいはーい」

大臣の小言にすっかり慣れている息子は動じない。
ゆで卵を割りながら適当に相槌を打つ。
39 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:15
「それからやたらあちこちをうろつく癖も直せ」
「はーい。ちぇっ、今日のゆで卵いつもより固いや」
「…さすが私の息子だ」
「うん?なんか言った?」
「いや、なんでもない」

食後のコーヒーを飲み終えてから大臣は席を立った。
そして座っている息子に近づき肩に手を置いて言った。

「会議ではうるさいことを言ってくる連中がいるだろうが気にするな」
「うん…」
「私がついているからな」
「はい!」
40 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:16
大臣は息子の返事に満足そうに頷いた。

会議の準備があるからと部屋を出て食堂に向かった。
思ったとおりそこではナイロンが食事の真っ最中だった。

「ナイロン」
「あ、大臣」
「まだ食べてたのか」
「だって今日のパン美味しいんですもん。かぼちゃですよかぼちゃ」
「はぁ〜。おまえの食べてる姿を見ていると力が抜けるな」

不思議そうな顔で見上げてくるナイロン。
大臣は意味もなくその頭を叩きたくなる。

「ちょっと、大臣!いきなり叩かないでくださいよー」
「会議の準備がある。悠長に食ってるな」
「さっきは腹が減ってはとか言ってたくせに、これだもんなぁ」

ブツブツと小声で文句を言うナイロンの頭を大臣は再度叩いた。
41 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:17
「早くしろ。資料を揃えたら私の部屋に持って来い」
「分かりました。このかぼちゃパンを食べたらすぐにご用意します」
「………」

大臣は無言で右手を振り上げた。

「よ、用意してから食べることにしますっ」
「王のところにも忘れるなよ」
「はいっ…あれ?大臣」
「なんだ」
「怪我してる手で叩いて大丈夫なんですか?」
「そう思うなら叩かれるようなことをするな」

大臣はナイロンの言葉に動揺を隠しつつも言い返す。
内心では冷や汗をかいていた。

「えー、私はただかぼちゃパンを食べていただけなんですけど…」
「分かった分かった。資料の準備は食べてからでいい」
42 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:17
ナイロンとの会話を無理やり終わらせて大臣は自室へと戻った。
王が代わったとはいえまだ1日目だ。
大臣としての仕事にさしたる変化はない。
いつもどおり淡々と自分の仕事をこなし、いくつかの書類に目を通していた。

ナイロンのあの調子では会議までに資料を持ってくるか甚だ疑問だな。
そう思いながら溜息をついているとノックの音がした。
反射的にドアを見たがノックの音がいつもと違うことに気づいた。
43 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:18

「こんにちは、大臣閣下」


明るい陽射しが差し込むテラスに魔女が立っていた。
窓ガラスに手を添え、微笑を携えながら。

「これはこれはご機嫌麗しゅう、魔女殿……とでも言うと思うか?」
「あら。一度抱いた女にもう興味はないってわけ?冷たいのね…」
「い、いや…その…」

魔女が泣くそぶりを見せると大臣は慌てて立ち上がった。
そしてテラスに近づき困ったように両手を差し出す。

「本気にしないで。冗談だから」
「………」

差し出した両手が所在無さげに宙をさまよった。
そんな大臣を無視して魔女はつかつかと部屋の奥に入る。
そして昨晩体を重ねたソファーに座りいつものように足を組んだ。
44 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:19
「根本的なことを聞いてもいいか?」

大臣は魔女の背中に問いかけた。
魔女はマニキュアの具合を確認しながら「どうぞ」と答えた。

「魔女とは昼間も動けるものなのか?」
「はぁ?」

予想もしなかった質問に思わず振り返る魔女。
大臣はソファーに歩み寄ると魔女の隣に腰を下ろした。

「太陽の光にあたっても、平気なのか?」
「……ぷ…ぷっぷっぷ…あーっはっはっはっはははは」

大真面目な顔で聞いてくる大臣に魔女は笑いを堪えることができなかった。
体を折り曲げ、甲高い声をあげ、涙を流して笑い続ける。
そんな魔女の姿に大臣は憮然とする。
45 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:20
「なんだ突然。何がおかしい」
「だって…何を聞いてくるかと思えば…くっくっく」
「そんなにおかしかったか?」
「うん、ものすごく。そんなこと聞かれるなんて思いもしなかった」
「仕方ないだろう。こっちは魔女の生態なんて知らないんだから」
「だ、だからって…まるで子供みたいな質問。ふふふ…あはははは」
「笑いすぎだ」

笑われたことが恥ずかしくなり拗ねたように横を向く大臣。

昨晩あれほど妖艶だった女が今はまるで少女のようだ。
これほど屈託なく笑う姿を見たらとても魔女だとは思えない。
黒衣のドレスが今はまるで不釣合いに見える。

笑い続ける魔女を横目に大臣は思った。
46 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:21
ようやく呼吸が落ち着いた魔女は取り出したハンカチで目尻を拭いた。
そっぽを向いている大臣を見てクスっと笑い、その膝に手を置いた。

「拗ねたの?やっぱり子供ね」
「子供扱いなどするな」
「そうね。私を抱く姿は子供とはほど遠い、ただの男だった」
「………」

大臣の膝に乗せた手をリズミカルに動かす魔女。
その指の動きを気にしつつもなんでもないフリをして大臣は尋ねた。

「なぜ私を誘った」
「暇つぶしよ」
「この口づけも?」

魔女が体を寄せ、自然と唇が合った。
47 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:21
「そうよ。ただの暇つぶし…願いが叶うまでの…」

サファイアの魂を手に入れるまでの暇つぶしに過ぎない。
魔女は心の中で呟く。

最初は暇つぶしにからかってみるだけのつもりだった。
昨晩、この男の意思の強さを見て少し興味が湧いた。
体を重ねるつもりなどなかったが気づけば誘っていた。

この男は今までの男とはどこか違う。
自分を抱いた手や、指や、唇の感触がこれほどはっきりと体に残っているなんて。
我を忘れて抱かれたのは一体いつ以来だろう。
魔女は遠い遠い記憶の彼方を探ったが思い出すことはできなかった。
48 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:22
しばらく舌を絡ませあってから2人は音を立てて唇を離した。
魔女のやや上気した頬をひと撫でして大臣は尋ねる。

「おまえの願いはなんだ?」
「あら。興味があるの?」
「いや、魔女の願いなどに興味はない。ただ…」
「ただ?」
「私の願いは叶った。おまえの導きでな」
「そうね…」

魔女はさりげなく体を起こし大臣から離れた。

「おまえの願いが叶うのかどうかには少し興味がある」
「………」
「2つあるうちの1つとやらを手に入れることは…」
「これからよ。でももうすぐに手に入るわ」
「そうか」
「私の願いは、もうまもなく叶う…」

フランツに愛されたサファイアの魂を手に入れ、愛される女になる。
人間として愛されながら共に生き、そして共に滅びたい。
魔女の願いはまさに叶わんとしていた。
49 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:22
牢番ピエールたちの助けにより牢屋から逃亡することができたサファイアと王妃。
2人が深い森にさしかかる姿が魔女の頭に浮かんだ。
衰弱した王妃の様子からしてチャンスは今夜。
弱味につけこみサファイアと取引をすれば魂を手に入れることができる。

そうなればサファイアは男としてこのシルバーランドに舞い戻るだろう。
一度は叶ったこの男の願いも…その瞬間に消え去る。
この男はほんの少しの間、夢を見ていたのだ。
自分を抱いたことも夢の一部としてすぐに忘れるだろう。
この男に抱かれたことなど、自分もすぐに忘れる。きっと、すぐに。

何も知らずに自分を見上げている大臣。
その唇に唇を合わせながら魔女は心のうちで呟いていた。
こうしているのはただの暇つぶしにすぎない。
自分自身に言い聞かせるように。
それでも大臣の首にまわした腕は緩まなかった。
50 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:23
「失礼します」

ドアの向こうからナイロンの声がした。
大臣は慌てて魔女を引き離すと物音を立てるなと身振り手振りで示した。

「ナイロンか。少し待て」

ドアに向かって大きな声で答えてから魔女を振り返る。

「魔女の力で消えることはできないのか?できなければ隠れてもらう必要がある」
「大丈夫よ。私の姿は契約を交わした者にしか見えないから」
「そうなのか?まったく便利な力だな」
「力とは関係ないわよ」
「あるだろう」
「そういう問題じゃないの」
「いや、そういう問題だ」
「あのぅ…大臣?」

大臣と魔女が押し問答をしているとドアの向こうから再び声がかかった。
しびれを切らしたナイロンが不審そうに尋ねる。
51 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:23
「さっきから何をブツブツ喋ってるんですか?」
「ひ、ひとり言だ。入れ」
「では失礼します」

書類の束を抱えたナイロンを魔女は面白そうに眺めた。
絨毯につまずいて転びそうになる姿に噴出しそうになる。

魔女の姿がナイロンに見えてないとはいえ大臣は落ち着かない。
無駄に咳払いをしていつもより神妙な顔つきで書類を受け取った。

「あれ?大臣もしかして風邪ですか?」
「風邪などひいてない。なぜそんなことを聞く」
「顔が赤いようなので熱でもあるのかと…」

魔女との口づけの名残りが大臣の頬を上気させていた。
ナイロンに指摘され、さらに赤くなる。
視界の片隅では魔女がとうとう耐え切れずしゃがみこんで笑っていた。
52 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:24
「な、なんでもない。王には渡したのか?」
「いえ、これからです」
「では早く行け。王に必ず目を通させるんだ」
「えー、私がですか?」
「おまえ以外に誰がいる」

ナイロンは無言で大臣を指差した。
片方の眉を器用に上げて無言を返す大臣。

「はぁ…行ってきます」

ナイロンが出て行き、大臣はほっと胸を撫で下ろした。
まったく心臓に悪い。
いまだ笑い続ける背中を見ながらそう思った。
53 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:24
「さて、私も忙しい身だ。魔女殿にはお引取り願おうか」
「私の暇つぶしは終わり?」
「そう、終わりだ」
「ねぇ大臣閣下。私にもひとつ聞かせて」
「なんだ」
「根本的なことよ。ううん、人間は月の光を浴びても平気なのなんてくだらない質問じゃないわ」

笑いながら言う魔女。
大臣はソファーにどっかりと座ると口の端を曲げて不快を示した。
54 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:25

「どうして私を抱いたの?」


すっと真剣な顔つきになった魔女に対し大臣は居住まいを正して答えた。

「おまえが誘ったからだろう」
「それだけ?」
「他にどんな理由がある。おまえのような女に誘われて何もしない男などいるものか」
「だから…私を抱いた?」
「ああ。魅力的だったからな」

臆面もなく言う大臣に魔女は面食らった。
大臣本人は自分の言ったことになんの疑問も持っていない。
ましてや魔女の顔が赤くなった理由にも気づいてはいなかった。

「暇もつぶれたからそろそろ行くわ」
「おい、顔が赤いが風邪でもひいたか?魔女でも風邪ひくのか?」
「なんでもないわよ!おまえは自分の息子の心配でもしてなさい、大臣閣下」

魔女は来たときと同じようにつかつかとテラスに向かい外に出た。
そして大臣の見ている前で一瞬にして姿を消した。
55 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:26
「なんだアイツ、真っ赤だったな」

大臣はソファーに座り首を捻った。
ナイロンが持ってきた書類を手に取るも集中することができない。
同じ箇所を幾度も目で追うが内容が頭に入らない。
音を立ててページをめくり、書かれている文章を音読する。
が、大臣の頭を占めるのは赤い顔をした魔女の姿だった。

「顔だけじゃなく耳まで真っ赤だったな…」

気付けば書類は散乱し、握っていたペンも床に転がっていた。

その後の会議の席上でも大臣は心ここにあらずだった。
呆けた顔をした大臣をナイロンは心配そうに見つめていた。


56 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:26


57 名前:_ 投稿日:2006/08/24(木) 22:26


58 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 22:28
短い話が折り返しました
レス感謝です
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 22:33
待ってました!
ミュージカルを見に行って大臣と魔女に心を奪われ、2人のサイドストーリーがあったらなぁ
と思っていた所です。
次の更新も楽しみにしています!
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 22:34
すいません!興奮のあまり上げてしまいました・・・
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/24(木) 23:58
大臣と魔女のサイドストーリー最高!
続きが気になるよー
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/25(金) 00:22
やべぇ〜!!!!
みきよし…じゃない大臣と魔女いいなぁ!!!
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/25(金) 00:58
素晴らしすぎる!!!!

作者さんの第一話?を読んで大臣のボンクラも(息子の賢さを隠す馬鹿ぶりも)息子の身を守る処世術だった気がしてきました
だってサファイアが死ねば女であろうと男であろうと王位は息子な訳ですから
息子を王に祭り上げて甘い汁を吸おうとする人間が親族にいたとしてもおかしくないし
その場合親である大臣に取り入るのもありですけど若い親だから始末して息子の後見人になってしまうほうが都合がよさそうですしね
適度にボンクラで利用価値が無さそうで有るように見せかけていれば若かろうが(逆に若い方が)消される可能性が少なかったのかも

なんてことまで想像できてしましました(笑)
それぐらいカッコよすぎな大臣と妖艶だけど少女っぽいツンデレ魔女の続きを楽しみにしています。
64 名前:名無し 投稿日:2006/08/25(金) 21:23
ハァハァ…これはアリだな
吉は♂だが不思議と嫌悪感はでない
あ、大臣かw
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/25(金) 21:27
おもしろい!ツンデレ魔女が(*゚∀゚)=3ハァハァ
66 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:04
真夜中、人の気配がして大臣は目が覚めた。
完全に覚醒していない頭を振って目をこする。
見ると部屋の入り口にひとつの影があった。

あれは………あの姿は。

「魔女か?」
「……ええ」

ゆっくりと動き出す漆黒のドレス。
闇にとけたそれに目を凝らす。
初めて魔女と出会ったときのことを大臣は思い出した。

耳をつんざくような雷が鳴り響く中、しっかりと聞こえてきた声。
心臓を鷲掴みにされたような衝撃。
妖艶に笑うその顔に心がざわついた。

そして交わされた取引。
大臣の願いは叶い、魔女もまた願いを叶えようとしていた。


なぜ、またここに。

67 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:04
「私にもう用はないだろう、魔女よ」
「……そうね」
「ならばなぜっ」

言葉の途中で唇を塞がれた大臣は驚きつつも差し込まれた舌を受け入れた。
互いの舌を求め合い愛しげに顔を撫でる。
ベッドの上で絡まる2つの肢体。
長い口づけを交わした後、魔女はゆっくりと微笑んだ。
それは大臣の心に残る妖艶な笑みだった。

「これでお別れよ、大臣閣下」
「………」
「暇つぶしの時間はもう終わり」
「2つあるうちの1つが手に入ったのか?」
「ええ」
「そうか」

魔女は大臣の腰のあたりに跨ると自らドレスを脱ぎだした。
ベールを取り、触れるだけの口づけをした。
そして真正面から大臣を見つめその額に、頬に唇を寄せる。

闇の中で見つめあう2人は無言だった。
68 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:05
やがてくちゅくちゅと卑猥な音をさせながら舌を絡めあう。
唾液が唇の端から零れ落ち顎を伝うのもかまわず求め合った。

大臣の手が魔女のむき出しの背中から尻をなで上げると高い声があがった。

「なぜ」
「はぁんっ…」
「なぜおまえはそんな顔をしている」
「そっ…そんな顔…?」
「欲しかったものが手に入ったのだろう?」
「え、ええ…あぁんっ」

舐めまわしていた鎖骨から唇を離すと大臣は聞いた。

「ならばなぜ、そんな哀しい顔をしているのだ」

魔女は驚き大臣の顔を見た。
闇の中でもはっきりと分かる真剣な眼差しに魔女は囚われた。
69 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:05

ああ、私はなぜここに…
この男はなぜこれほど…


大臣から目を逸らし、魔女は唇を噛んだ。
やはりここに来るべきではなかったと後悔をしながら。

「分からない。私は…」
「願いが叶うのだろう?そんな顔をするな、魔女よ」
「ふっ…そうよ。まもなく私の願いは叶う。私は愛を手に入れるのだ」
「愛?」
「私は愛される女となる。愛されながら生きそして死ぬ」
「……魔女の命は永遠なのだろう?良いのか、それで」
「永遠の命は永遠の孤独……私はもう孤独など耐えられないっ」

体を震わせる魔女を大臣は強く抱きしめた。
胸の中でもがく魔女を逃さぬように。
70 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:06
「離しなさいっ」
「離さぬ」
「離してっ」
「なぜここに来た。おまえはなぜここに来て、私にそんな顔を見せるのだ」
「………」
「教えてくれ、魔女よ」
「………」
「教えてくれ…ヘケート。」

顔を上げた魔女は再び大臣の唇を塞いだ。

なぜここに来たのか。
魔女自身も分からずにいた。
なぜ、自分がここに来たのか。

暇つぶしの時間は終わった。
サファイアと取引をして女の魂を手に入れた。
あとは亜麻色の髪の乙女としてフランツの前に赴き愛を手に入れるだけ。
待ち焦がれていた人としての人生を生きることができる。

この男にもう用はない。
なのになぜ自分はここに来たのか。
なぜここに来て、魔女としての最後の時をこの男と過ごそうとしているのか。
71 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:07
「そんなの私のほうが…教えてほしい……」
「ヘケート…」

大臣は唇を寄せると魔女の上唇と下唇を交互に舐め上げた。
そのまま頬や鼻に唇を押しつけると最後に目尻に口づけをした。

「抱いてもよいか?これが最後なのだろう?」
「そうよ…最後よ」
「おまえの姿を目に焼きつけておきたい」

大臣は手を伸ばすとランプに火を灯した。
明かりが部屋を染め魔女の姿がくっきりと浮かび上がる。

「綺麗だ…おまえは本当に美しい」

大臣の体の上で魔女が跳ねる。
激しく求め合うたびにベッドが弱弱しい音を立てた。
何かに駆り立てられるように互いの肌に吸い付き、そのたびに切なげな声をあげた。
骨が折れそうなほど抱きしめ合い、息が止まりそうなほどの口づけを交わし続ける。
72 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:07
「お願い…名前を、名前を呼んで…」
「ヘケート」
「はぁんっ」
「ヘケート」
「やあぁぁ…」
「ヘケート……ヘケート、ヘケート、ヘケート。私はおまえのことが…」



「あぁぁっ……いやぁ…んっ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁ」



絶頂の瞬間、魔女は悟った。
なぜ自分がここに来たのか。


それは会いたかったから。


ただ、会いたかった。

73 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:08
最後にもう一度だけこの男に会いたかった。
唇を重ねて胸が苦しくなるほど抱きしめられたかった。

ただそれだけの理由だった。
それだけのことに気づけなかった。

魂を手に入れなければ永遠の孤独からは逃れられない。
人間になり愛される女として生きるのが自分の願いだった。
永遠の命などいらない。愛されたまま滅びたい。
だからこそ私は魂を手に入れた。
それが誰かに愛された魂ならば、フランツだろうと誰でもかまわなかった。

未来永劫に続く魔女としての人生になんの意味があるだろう。
男はいずれ死んでしまう。そして私は取り残される。
私を残して、一体今まで何人の男が死んでしまっただろう。
それすらも思い出せないほど私は長く生きすぎた。
ひとりぼっちの時間を、過ごしすぎた。
74 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:09


人間になりたかった。
何を捨てても人間になりたかった。憧れ続けてきた人間に。

その願いはまもなく叶う。
そして魔女ヘケートはこの世から永遠に消える。


だから…せめて最後にもう一度、抱かれたかった。
魔女として最後に愛したあなたに。




さよなら、大臣閣下。
さよなら、私…魔女ヘケート。




翌朝、魔女は大臣が目覚める前にそっとベッドを出た。
その寝顔に口づけだけを残して。


75 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:09

76 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:10


男としてシルバーランドに舞い戻ったサファイアは王位を奪還した後、フランツの剣に倒れた。
だが魔女に渡した女の魂を返してもらったことにより奇跡的に蘇った。
晴れて女となったサファイアはフランツの求婚を受け
シルバーランドとゴールドランドは長らく続いてきた対立に真の意味で終止符を打った。


同日、サファイアの慈悲により生かされた大臣は償いの旅に出るよう命じられ
その日のうちに息子、そして家臣ナイロンとともにシルバーランドを旅立った。



その後の大臣たちの行方を知る者はいない。



77 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:10


78 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:10


79 名前:_ 投稿日:2006/08/25(金) 22:11
レスどうもです
次回で物語の幕が閉じます
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/25(金) 23:04
いいぃぃ〜!!!!
魔女ぉーーー!!!
大臣と結ばれて下さい
永遠に二人で生きて下さい
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/25(金) 23:28
>>80
メール欄 sage と入れましょう

次で最後かぁ
楽しみにしてます
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/25(金) 23:43
なんだこれは!!
最高じゃないですか。
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/25(金) 23:48
おおいいです(*゚∀゚)=3ハァハァ最後楽しみにしてます
84 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/08/26(土) 14:05
更新お疲れ様です。
もう何度でも通して読んでしまいます。
大臣と魔女はこの二人でなければ出せない空気がありますよね。
次回も楽しみにしています。
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/26(土) 20:09
ついに後日談が補完されるのか…?!
楽しみにしてます
86 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:24

数ヵ月後。とある町の酒場。


「父上は?」
「少し休むと言って2階の宿にいます」
「そっか…ここ数ヶ月いろいろあったからなぁ」
「だいぶお疲れのようですね」
「僕たちも同じくらい疲れてていいはずなのにこの違いはなんだろうね」
「大臣は少し神経質ですからね。私たちと違って」
「あ、また言った」
「あ、いっけね」
「また父上に怒られるよ。『私はもう大臣ではない!』ってね」
「どうしても癖が抜けないんですよね」

ナイロンは舌を出してぽりぽりと頭を掻いた。
そして目の前に置かれたグラスを手にとって口に含む。
中身はオレンジジュースだった。
87 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:25
「さすがにこのあたりまで来ると王の顔を知っている者もいないようですね」
「あ、また言った」
「あ、いっけね」
「もう僕は王じゃないよ。もともとなーんにもしないまま終わっちゃったしね」
「王…じゃなかった、コハル様はそれでもご立派でしたよ。王冠がよく似合ってましたもん」
「へへ。ありがと、ナイロン」

注文していたカレーがくると2人は食べるのに夢中になった。
この数ヶ月の間、いろいろな国を渡り歩きいろいろなものを目にし、口にした。
国を追われた身でそれまでのような贅沢はできなかったが、初めて見る外の世界がコハルは楽しかった。

「ナイロン、あそこにピアノがあるよ!」
「へぇ〜珍しい。誰か演奏してくれるのかな」

ピアノを見たコハルはおぼろげながら生前の母の姿を思い出した。
コハルの母はピアノの演奏に長けていた。
やんごとない身分でありながら時間があれば家臣たちに腕前を披露していた。
母の弾くピアノの音色がコハルは大好きだった。
88 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:26
だが母を亡くしたときのことをコハルはあまり覚えていない。
幼かったこともあるが、それ以上に父の姿が印象に残っているからだ。
愛する妻を亡くした父の絶望と悲しみが幼少のコハルを覆い尽くした。
コハルは父の寂しげな瞳をあのとき以来見たことがなかった。
そう、ほんの数ヶ月前シルバーランドを去る直前までは。

「あっ誰か出てきた」

ナイロンの声で我に返ったコハルはピアノが置いてある方を向いた。
ひとりの男が椅子に座り譜面を取り出している。

「演奏が始まるんですかね?楽しみだなぁ。大臣も来ればよかったのに」

目を輝かせるナイロン。
コハルは「当分癖は抜けそうにないね」と苦笑する。
そして宿でひとり休む父のことを想った。
89 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:27
静かな音色が聴こえてきた。
ピアノを演奏する男の傍らにはいつのまにかひとりの女が立っていた。
コハルたちのいる席からは少し離れているため顔はよく見えない。

「あんたたち見ない顔だな。旅の人かい?」
「はい。シルバーランドから来ました」
「ほう。宿はどうした?うちに来れば安くしておくぜ」
「もうここの2階に」
「そうか。それは残念だ」
「はい。すみません」

隣席の男に話しかけられコハルは素直に答えた。

「ところでなんでまたそんな遠いところからこの町にやってきたんだい?」
「国を追われたんです。悪いことしちゃったんで、償いの旅をしている途中なんです」
「ぶはぁっ!コハル様!!なんでそう正直になんでもかんでも喋っちゃうんですか」
「うわーナイロン汚いなぁ。オレンジジュースを鼻から出すなよ」
「わはははは。あんたたち面白いなぁ」

ニコニコ笑うコハルを見てナイロンは溜息をつく。
そして汚れた顔を洗うために席を立った。

やがてざわついていた店内が静まり、女の歌が始まった。
90 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:28
「うわぁ…なんて綺麗な声なんだろう」
「どうだい、旅の人。すげぇだろ」
「うん!すげぇです」
「アイツの歌はこの酒場の名物みたいなもんでな。歌が始まるとどんな酔っ払いもおとなしくなっちまうんだ」
「すごいなぁ…うっとりするよ」

女の歌に耳を傾けるコハル。
ピアノの音色と女の歌声が奏でるハーモニーに自然と目を閉じた。

綺麗な歌声だ。それになんて優しい声なんだろう。
でも……この感じは何かに似ている。
なんだろう、つい最近どこかで感じた。
優しくて包み込まれるようだけれど、どこか寂しげな…
91 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:28
「あっ」

父上だ。父上の寂しげなあの表情を見たときとよく似ているんだ。
国を追われて旅立つ直前に見たあの表情に。
哀しみや寂しさを一身に背負って、でも僕の肩を包み込むように抱いてくれた。
父上はあのときどうしてあんな表情をしたのだろう。

犯した罪を悔いて自分を責めていたのだろうか。
故郷を離れることの寂しさもあったかもしれない。

或いは、誰かとの別れに胸を痛めていたのか。

コハルには分からなかった。
分かるのはこの女の歌声がひどく儚げで、切ないものだということ。
シルバーランドを去る直前に見た父の表情もまさに同じだった。

「なんて哀しい歌なんだ…」

顔は見えないがきっと寂しげな表情で歌っているのだろう。
まだ見ぬ女の姿を想像しながら、コハルはいつのまにか涙を流していた。
92 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:29

「キャーー!!」
「なんだなんだ」
「ヤメロ!」

突然の叫び声と怒号にコハルは立ち上がった。
隣席の男も何事かと首を伸ばす。

「またアイツらか!!」
「なんなの?おじさん」
「悪どい金貸しのやつらさ」
「金貸し?なんだってそんなヤツらが暴れてるのさ?!」

店の奥ではテーブルがいくつも倒れグラスの割れる音がしていた。
人々は早々と店を後にし、一部の人々は遠巻きに暴れる男たちを見ている。

「嫌がらせさ。やつらこの店を狙ってるんだ」
「なんてやつらだ…」
「キャーー!!」

ひときわ高い女の声が響いた。

歌っていた女の人が危険な目にあっているのかもしれない。
そう思うとコハルは居ても立ってもいられず剣を抜いた。
93 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:30
「お、おい。おまえそんな物騒なもん抜いてどうする気だ」
「こんなの見てられないよ」
「相手は5人だぞ。怪我する前にやめとけ!」

隣席の男の声も耳に入らぬままコハルは逃げる人々の間を縫って駆け出した。
そしてピアノの傍で男に腕を掴まれた女が見えた瞬間に叫んだ。

「その汚い手を離せ!」

剣を振り上げたコハルは髭を蓄えた男を睨みつけた。
まわりでテーブルを蹴り倒していた男たちが集まり、コハルを囲む。

「なんだこのガキ」
「正義の味方気取りか?笑えねぇな」
「やっちまえ」

自分より大きい男たちに囲まれてもなお眼力は弱まらなかった。
父譲りの黒く大きな瞳が男たちを射抜くように睨みつける。
だが多勢に無勢という言葉がコハルの脳裏をかすめた。
せめて一対一の戦いであれば、と願うがこの荒くれ者たちに通じるわけがない。
男たちがじりじりと迫る。
壁際まで追いつめられたコハルは逃げ場を失った。
94 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:30
「コハル様!何やってるんですか!!」

ナイロンの声が聞こえた瞬間コハルは飛び出した。
不意を突かれた男たちが体勢を崩す。
壁際から逃れたコハルにナイロンは駆け寄った。

「ナイロン、遅いよ〜」
「うえぇ?だってオレンジジュースが鼻から出ちゃったから顔を洗おうと思ってですね、その〜」
「そんなことより緊急事態。父上呼んできて」
「大臣を?なんでまた。それにこの騒ぎは一体…」
「いいから早く!」
「へ、へいっ」
「待ちやがれ!」

走り出したナイロンに向かって男が駆け出す。
が、その行く手をコハルが阻んだ。
剣の切っ先を真っ直ぐに相手に向けて精一杯、凄みのある声を発する。


「僕が相手だ!!」


95 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:31
ナイロンは酒場の階段を駆け上がると派手な音をさせながら廊下を走った。
そして目当ての部屋の前に来て勢いよくドアを開けて叫ぶ。

「だいじーーん!!!大変です!!」
「大臣と言うなと何度言えば分かるんだおまえは」

不機嫌に答える声を無視してナイロンは畳み掛ける。

「大変なんです!!大臣、早く!」
「私はもう大臣ではない」
「あ、いや、えっと…ヒトミ様!すぐに下に来てください」
「なんの騒ぎだ」
「コハル様が…」
「息子がどうした?!」

息子の名前を聞いてヒトミは飛び起きた。
ナイロンの肩をつかみ前後左右に激しく揺さぶる。
96 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:31
「言え!息子が一体どうした?!」
「下で…男たちに剣を抜いて…だいじ…ん…くるし…」
「なんだと?!」

勢いあまってナイロンの首を締め上げるヒトミ。
ナイロンは泣きそうになりながらヒトミの腕を力なく叩いた。

「行くぞ!ナイロン」
「ふぁ…ふぁ〜い」
「早くしろ!もたもたするな!!」

ヒトミが走り出した後をナイロンがふらふらと追いかける。
酒場はいつのまにか増えたギャラリーたちで熱気に満ちていた。
97 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:32
「危ない!」

コハルは男に殴られそうになった女をかばって身を投げ出した。
男の拳がコハルの顔に命中したその瞬間を目撃したヒトミの血が煮えたぎる。

「コハル様!」
「ナイロン…あっ父上!」

ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる男の横を通り抜けナイロンがコハルの体を支えた。

「僕は大丈夫だからこの人を」
「はい」

コハルの命によりナイロンが女を守るように立つ。
「イテテ」と呟きながらコハルは立ち上がり父に力ない笑顔を向けた。
98 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:33
「おまえたち、命はないと思え」
「な、なんだと?!」

地の果てから響いてきたと思わせるほど低く重い声がした。
一瞬にして気圧された男たちはもとより騒がしかった見物客も黙り込む。
ヒトミの声は、かつてシルバーランドの大臣を務めていたとき以上に威厳に満ち満ちていた。

「息子よ、剣をよこせ」
「はい!」

その細身の剣は外見に反してずっしりと重みがある。
柄に施された複雑な装飾は王家特有のものだった。
ただの旅人が持つには似つかわしく、見る者が見ればその持ち主がただならぬ身分であることが分かる。

ヒトミは1回、2回と軽々と剣を振りまわし風を裂いた。
静まり返った店内にひゅんひゅんという音だけが響く。
そして鋭く尖った先端を先ほどコハルを殴った男の鼻先に向けて言った。

「容赦はしない」

頬を赤く腫らした息子をちらと見てヒトミは跳躍した。
怒号とともに男たちが飛びかかる。
99 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:33
「うぉぉぉ!!!」

剣を振り上げヒトミは叫んだ。
1対5の圧倒的不利な戦いの中でヒトミの剣が踊る。
肉を切り裂き、返り血の飛沫があたりを赤く染めた。
ヒトミの華麗な身のこなしと剣さばきにその場にいた全員が釘づけとなっていた。

男たちはヒトミの体に触れることさえできず一人、また一人と倒れていく。
最後の一人が胸を貫かれると見物人からいっせいに拍手が上がった。

「やった!さっすが父上!」
「やっぱり大臣はすごいですね〜」
「だ、大臣…?」

床に伏した男がナイロンの言葉にわずかに反応した。
そしてヒトミの顔をまじまじと見つめ驚愕の声を漏らす。
100 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:34
「お、おまえはまさか…シルバーランドの?!」
「ほう。私の顔を知っているのか」
「たしか…王殺しの罪で国を追われたという……」
「………」
「ボンクラ大臣」
「私に向かってボンクラとはなんだ!!!」

激昂したヒトミは男の顔面を蹴り上げた。
コハルとナイロンは苦笑し、失神した男に同情した。

「まったく、ボンクラとはなんだボンクラとは」
「まあまあ大臣。落ち着いて」
「おまえが大臣と呼ぶからだろう!ばかもの!」

剣をコハルに返すとヒトミはナイロンの頭を叩いた。
それからナイロンの後ろで呆然とする女に視線を向ける。
101 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:35
「あなたは…?」
「父上、その方はこの酒場で歌っていたところを男たちに乱暴されそうになったのです」
「そうか。それでおまえが助けに…」
「はい。でも結局父上に助けられちゃいましたけどね」

ペロっと舌を出すコハル。
ヒトミはわずかに微笑んでから女に向き直った。

「怪我はないか?」
「はい…危ないところを助けていただきありがとうございました」
「いや、礼なら息子に。やつらを切った剣は息子のものですからな」
「大臣はめんどくさがって剣を持ち歩きませんからね。イテッ」
「大臣と呼ぶな。剣など腰にぶら下げていたら女を抱くときに邪魔になるだろう」

ヒトミに再び叩かれたナイロンは涙目になりながら文句をこぼす。

「いったぁ〜。もうっ!いちいち叩かないでくださいよ」
「ならば叩かれるようなことを言うな」

コハルは2人の様子を眺めながらニコニコと笑っている。
そのとき、無言で会話を聞いていた女が口を開いた。
102 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:36


「それほど女を抱くのに忙しいの?大臣閣下」


「いや〜それほどでも…」

言いかけたヒトミは女の声にピクリと反応した。
聞き覚えのある懐かしいその声。
そんな馬鹿な。自分の幻聴だ。
ヒトミは心に浮かんだ人物の顔を思い出して否定する。


そんなわけが…


「おまえは……ま、まさか!」
「お久しぶり。いえ、人間としては初めましてね」

女はまわりに聞こえぬよう声をひそめて言った。

「ヘケート!!…に、人間?人間になったのか?!」
「声が大きい!!」
「うぅ…」

ヒトミがまわりを見渡すと客たちはすでに三々五々に散っていた。
あちこちに転がるテーブルや椅子を片付けるのに忙しなく動いている。
戦いを終えたヒトミたちに注目している者はいない。
口をぽかんと開けて2人のやりとりを眺めるコハルとナイロン以外には。


103 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:37


104 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:38
先ほどまで寝転んでいたベッドにまさかこんな面持ちで座ることになるとは。
女の手を引いて2階に上がったヒトミは予想外の再会にあらためて驚きを隠せずにいた。

「なぜおまえがこの町にいるんだ。いや、それよりも人間になったとはどういう…」
「魂をもらえたの」

女は魔女だった頃のことを思い出した。
一度は手に入れた魂をサファイアに返したことを。
その結果、神から魂を授かったときのことを。

「魂……」
「人間の魂。憧れ続けた女の魂をもらって、私は人間になれた」
「そうか…良かったな」

嬉しそうに笑う姿を見てヒトミは心の底から思った。
本当に良かった、と。
105 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:38
「ヘケートよ」
「もうヘケートではないわ。魔女は消えて私は生まれ変わったのだから」
「それもそうだな。私もすでに大臣ではない。生まれ変わったわけではないがただのヒトミだ」
「ヒトミ…」
「今はなんという名前だ?」
「ミキ」
「ミキか…。この町に住んでいるのか?」
「あちこちを転々としてるわ。遅い青春を謳歌しながらね」
「そうか…ではここで会ったのは偶然だったのだな」

ヒトミは息を吐き自嘲的に笑った。

慈悲により生かされた自分も今ではあちこちを転々する生活を送っている。
償いの旅と言えば或いは聞こえがいいかもしれないが終わりはない。
町から町へ行く当ても無く旅を続ける自分と違いなんて輝いているのだろう。
なんて眩しい笑顔なのだろう。
106 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:39
「おまえは願いが叶った」
「そうね…」
「私の願いは一度は叶ったものの結局は夢と消えた。馬鹿げた願いだった…」

自らの行いを省みてヒトミは頭を垂れた。
シルバーランドを離れてから毎日、悔やまない日はなかった。

前国王を死に至らしめてしまったこと。
サファイアと王妃を亡きものにしようと浅はかな計画を企てたこと。

すべてが愚かな考えだった。
息子を王にすることに囚われていた自分が滑稽で仕方なかった。

「ヒトミは自分の過ちを悔いているのね?」
「ああ……」
「私と出会ったことは?私を抱いたことも同じように後悔している?」

髪に柔らかい感触がした。
ミキがヒトミの頭を両手で抱いていた。
ヒトミはそのあたたかさが懐かしかった。
107 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:40
「馬鹿を言うな。おまえを抱いたことを後悔した日などない!」
「本当に?」
「本当だとも。会いたかった…ずっとおまえに会いたかった」

髪を梳くその手を掴みヒトミはミキを見上げた。
目と目が合うとミキの体は震えた。
真正面から見つめるとミキの瞳に映る自分の姿が見えた。
その瞳は美しく、そして深く澄んでいた。
だが闇の世界はもうそこにはなかった。

「私に抱かれたことを後悔しているか?」

ヒトミは恐る恐る尋ねた。
今にも抱きしめたい衝動を堪え、その美しい瞳を覗き込む。

これほどの美貌を兼ね備えて世の男たちが放っておくはずがない。
もしかしたらすでに誰かがいるかもしれない。
自分のことなどとっくに過去のこととして記憶の彼方になっているとしたら。

いや、あらためて考えなくとも過去のことだ。
魔女だった女と今こうして瞳を輝かせている女は別人なのだ。
私のような国を追われた身の男には眩しすぎる。

ヒトミは俯き、掴んでいた手を離した。
108 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:41
「すまない…忘れてくれ。旅の途中の思わぬ再会につい懐かしさがこみあげた」
「ヒトミ……」
「私たちは明朝この町を発つ。旅の傍らおまえの幸せを祈ろう」

ミキの顔を見ずにそう言うとヒトミは背を向けた。
ドアの向こうで聞き耳を立てているだろう息子たちと酒を酌み交わしたい気分だった。

「懐かしさ、だけ…?」

か細い声が聴こえたと同時に背中に温もりを感じた。
振り返ろうとしたがミキはそれを許さず背中に貼りついたまま続けた。


「会いたかったの…ずっと、ずっと…」


愛されるよりも愛することを知った魔女は人間となった。
恋焦がれた相手を思い、歌に託して祈った。

もう一度会いたい。会えますように。
そして今度こそ愛を。
自ら愛を告げよう、と。
109 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:41
「愛してる。あなたにこの愛を…」
「私を…?」
「ええ。私の愛をヒトミ…あなたに受け取ってほしい」

背中で震えるミキの声。
にわかには信じることができなかった。
これこそ幻聴かもしれない。きっと都合のいい幻聴に違いない。
ヒトミはやみくもに頭を振りまわすとミキの温もりから離れた。
途端に冷えていく背中に孤独が募る。

「……っ」

振り返り、ミキの瞳に浮かぶ涙を見てヒトミは息をのんだ。


なんて美しい。
そしてなんて愛しげな瞳なのだろう。

110 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:42
「こみあげてきたものは懐かしさだけはない」
「………」
「愛しさが、おまえを愛しいと思う気持ちが私の中にある」

ミキの顔を両手で包み込んだヒトミの目に光るものがあった。

「私も愛してる。この体が朽ちて滅びようともおまえを心から愛し続ける」
「あなたとともに生き、死ぬことに生涯を捧げてもいいの?」
「もちろんだ」
「愛してるわ」

愛を告白した2人はそっと触れるだけの口づけを交わした。
まるで初めてのときのように、互いに頬を赤く染めていた。
111 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:43
「うわーん!だいじ〜ん」
「やった!父上かっこいい!!」
「お、おまえたち!!」

崩れるようにしてなだれこんできたコハルとナイロンにヒトミは目を見開いた。
ナイロンは顔がくしゃくしゃになるほど涙を流し鼻を垂らしている。
父の愛の告白を聞いたコハルは照れくさそうにしながらも手を叩いて祝福した。

「なんだかよく分からないけど…とりあえず父上、紹介してください。僕の新しい母上を」
「うぇぇぇぇん。大臣が、大臣が…よがったよぉ〜」
「えっと…ナイロン、うるさいから泣くな。その、ちょっと待て。まだ順序が…」

ひとつ咳払いをしてからヒトミはその場に跪いた。
コハルとナイロンが見守る中、すっと片手を差し出す。

「私には何もない。地位も名誉も自らの過ちのせいで失った」
「そんなもの…私はあなたさえいてくれればいいの!」
「いいや、聞いてくれ。ましてや私は償いの旅の途中だ。こんな私だがついてきてくれるか?」
「当たり前じゃない。バカ」

溢れ出る涙を拭おうともせずミキはじっとヒトミを見つめていた。
112 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:44


「私の妻になってください」
「はい!」



返事とともにヒトミの手を取った。
あたたかい胸に抱かれ、ミキの涙は止まることがなかった。
2人の傍らではコハルとナイロンが「祝砲を打て!」と叫び肩を組んで喜び合った。


「ミキ、愛してる」
「私も愛してるわ」


これが、ヒトミとミキの出会いだった。


この瞬間から末永く続く愛の日々が始まった。
2人と、そしてコハルとナイロンにとってもこの先には数多の幸せとたまに困難も待ち受けているのだが…


それはまた別のお話。




113 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:45
 
 
114 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:45
 
 
115 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:45



116 名前:_ 投稿日:2006/08/26(土) 22:49
大臣と魔女の物語は以上です
勝手な作り話でイメージぶち壊しかと思いますが
読んでくれた人どうもありがとう

次回番外編ふゅーちゃりんぐナイロンをお送りします
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/26(土) 22:57
こちらこそ素敵なお話をありがとう
…大臣と魔女の生涯の幸せを願って、祝砲を撃て!
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/26(土) 23:01
まずは完結おめでとうございます
お疲れ様でした
ほんとにいいもの読ませていただきました
かっこいい大臣とツンデレ魔女が幸せになった世界が見れてとてもよかった
もうカップリングヲタ冥利に尽きます!!
息子とナイロンのやり取りは剣術大会やスカウトの時の2人そのままでこっちまで幸せな気持ちになれましたしw

それでこれはアレですよね?
続編期待していいんですよね?
是非とも続編を!!!
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 00:03
完結お疲れ様です。
大臣と魔女のサイドストーリ凄くよかったです!
作者さんありがとうございます!
続編まってます!
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 00:08
うゎーん、ヘケートいやミキ幸せになってよかったよ。
二人のラブラブっぷり、まだまだ読みたいです。
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 02:13
よかったよかったーー!!!
やっぱみきよし…じゃなかった大臣と魔女はサイコーだーー!!!
122 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/08/27(日) 03:06
完結おめでとうございます。
やっぱりこの二人最高。それしか浮かばないです。
続編も期待しております。
123 名前:名無し大臣。。。 投稿日:2006/08/27(日) 09:18
うわぁーん!!
大臣と魔女が幸せになってよかったよぉ〜。
私には祝砲とともに、ドラクエのエンディングテーマが流れてきました←何故?w

本当にいいサイドストーリーでした。
今電車の中で読んでいて、思わず目がうるんじゃいましたもん。
続編もお待ちしてます!
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/29(火) 08:33
一応、原作では大臣はジュラルミン、息子はプラスチックという名前がありますが、サイドストーリーとしてはこっちの名前のほうがいいですね。
続編も期待しております。
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/15(金) 18:46
最高でした!こーゆうのが読みたかった!笑
126 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/27(水) 01:48

あくまで番外編(本編と長さを比べちゃダメ、絶対)

あくまで ∬∬´▽`) 主役

127 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:49

ナイロンの恋

128 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:50

「ふあぁぁぁ。暇だなぁ」


とある大きな港町。
町の中心部から活気のある市場へと続く大通りをナイロンは一人で歩いていた。
天気は快晴。気候はほどよいあたたかさ。頬をくすぐる潮風が心地よい。
ここにヒトミがいれば歩きながら大あくびをしてしまうのも致し方ないと納得するかもしれない。
そんな秋の陽気だった。

「大臣…じゃなくてヒトミ様たちは相変わらず宿でイチャついてるし、コハル様はどっか行っちゃうし。あぁ暇だ暇だ」

とても償いの旅の途中とは思えないのどかな日常だった。
そもそもナイロンは償いの旅と言われても何をすればいいのか分からない。
ヒトミとコハルが国を出ることになったからついてきただけだ。
一人は寂しいから嫌だ。ヒトミとコハルが好きだから離れたくない。
それだけの理由だ。
もっともあのままシルバーランドにいることができないのは、ナイロンといえども理解はしていた。
罪は等しく自分にもある。
129 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:51
ただすぐにどこかに定住するだろうと軽く考えていたのも事実だ。
どこかに落ち着く場所を見つけて、有力な貴族に仕えることができればと思っていた。
ヒトミとコハルに今までのような贅沢を控えてもらえば自分の給金で世話をすることができる。
慎ましくも明るい我が家で3人暮らしていければいいな、と非常に楽観的だった。

ところが旅はナイロンの想像以上に行き当たりばったりだった。
それというのも生まれてこのかた14年にもなるというのに一度も国を出たことがなかったコハルのせいだった。
コハルは訪れる町の先々でいろいろなものや人種に目を輝かせてナイロンを質問責めにした。
ナイロンにだって分かることと分からぬものがある。
いや、実際は分からないことのほうが多い。
130 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:51
コハルほどではないが生まれてこのかた国を出たことなどそう幾度もない。
ここはやはりと人生経験の豊富な元大臣に助け船を求めるも、当のヒトミが教えてくれたためしはなかった。
ヒトミは訪れる町の先々で一人どこかに姿を消すことが多かったからだ。
今から考えてみれば最愛の伴侶であるミキを探していたのかもしれないとナイロンは思う。
こんなことを言えばヒトミに力いっぱい否定されるだろうが。
ああ見えて案外照れ屋な一面があることを長い付き合いの中で理解していた。

とにもかくにもそんなコハルのおかげで定住する暇などあるわけがなく、あてのない旅は続いていた。


「クンクン…おっ!なにやらいい匂いがするなぁ」

そんなことを考えながら歩いているといつのまにか屋台街に入り込んでいた。
古今東西いろいろな国の特産物で作られた料理が屋台のところせましと並べられている。
あっちに行ったりこっちに行ったりと匂いのする方向をうろうろしながらナイロンは唾を飲み込んだ。
131 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:52
「くはぁ〜、懐かしい。シルバーランドのカレーじゃないか」
「おっ!旦那、シルバーランドから来たのかい?」

屋台の店主に声をかけられてうんうんと頷いた。
ナイロンの目にはカレーしか映っていない。

「こんな遠いところまでご苦労なこった。懐かしのカレーを食ってったらどうだい?」
「うん、それひとつもらおうか。あ、福神漬け大盛りでね」
「あいよ!てんこもりの大サービスだ。たっぷり食いな」

大盛りカレーを嬉々として受け取ったナイロンは鼻歌交じりにスキップをする。
そして途中で見かけた噴水のある公園で食べようと来た道を戻った。

目当ての公園にたどり着き、芝の上に腰を下ろす。
両手に持ったカレーの器を鼻の高さに掲げて大きく息を吸い込んだ。
132 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:53
「ん〜………いいかほり……」

漂うカレーの匂いをひとしきり堪能してから蓋を開けた。
懐かしい姿に故郷を思い、数秒目が潤んだがすぐに腹の虫が急かす。

「よしっ!食べるぞ。いっただき……」


  ドンッ


そのとき、ナイロンは背中に重い衝撃を感じた。
手にしていたカレーがゆっくりと芝の上に落ちていくのを為すすべなく見つめる。
133 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:53
「え………?」
「どけどけ!邪魔だ!!」
「キャー!!」

カレーまみれになった芝生を呆然と見つめるナイロンのすぐ横を、ひとりの女と何人かの男たちが通り過ぎていった。
その勢いにカレーの匂いもたちまちのうちに霧散する。
顎をカクカクさせながらゆっくりと顔を上げたナイロンの目に小さくなっていく男たちの背中が見えた。

首の後ろがすっと冷めていく感覚。
それとは逆に沸騰しそうな頭の血管。
ナイロンは拳を固く握り締めて遠吠えのごとき雄叫びをあげた。
134 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:54

「うぉぉぉのれえぇぇぇぇぇぇ」


ナイロンは走った。
かつてないほどのスピードで男たちに迫る。


げに怖ろしきは食い物の恨み。


後ろから聞こえてくる奇声にいち早く気付き振り返ったその男は、この世でもっとも不運だったかもしれない。


「な、なんだあれ……人間か?…………うぎゃああああああ」
「うぉぉおぉあぁっぁぁぁぁ」


135 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:55
物凄い形相で襲い掛かるナイロンを真正面から見てしまった男はショックのあまりそのまま意識を失った。
倒れた男の背中を容赦なく踏み潰しナイロンはまだまだ駆ける。
女を追いかけていたもう一人の男が仲間の異変に振り返った。
だが男はその瞬間のことを何ひとつ理解できなかっただろう。
視界は真っ暗闇、呼吸はできず、ひたすら重い何かが顔の上に圧し掛かったのだから。

「うあおぁおあぁっぁぁあ」
「……むぁぐっ………がっ」

ナイロンの奇声とも雄叫びともいえる声は男の断末魔をかき消していた。
男にフライングボディーブローをかましたナイロンは荒い息を整えながら立ち上がった。
この戦闘力があればリボンの騎士に罪を白状させられることもなかっただろう。
ここにヒトミがいれば遠い目をしながらそう思ったかもしれない。

今は亡きカレーのことを思い空を見上げたナイロンの目尻には光るものがあった。
グッと歯を食いしばり服の裾で顔を拭う。
136 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:55
「あ、あの〜」
「ふぇっ?」

それはとても弱々しい小さな声だった。

「あの、ありがとうございました」
「はぁ?」
「こんな見ず知らずの私のために…なんてお礼を言ったらいいのか」
「はぁ」

ナイロンには何がなんだかさっぱり分からなかった。
おそらくは自分より年下だろう。
女というよりは少女の部類に入るかもしれない。
そんな少女がなぜか自分にお礼を言っている。
この少女は誰なのか。どうして自分に感謝をしてるのか。
分からないまま曖昧な返事を続けていると少女は手にしていた袋から何かを取り出した。
137 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:56
「これ…こんなものしかありませんが、よかったら」

それは白く柔らかそうなパンだった。
ナイロンはパンが大好物だ。
カレーが入るはずだった胃袋がきゅうぅっと音を立てて反応する。

少女は口に手をあててクスクスと笑った。
その姿を見てナイロンは思った。
可愛いかもしれない、と。
理由は分からないが可愛い少女に大好きなパンをもらった。
なんて喜ばしいことだ。こちらこそありがとう!
ナイロンは名前も知らぬ少女に心の中でお礼を言った。

だがナイロンは知らない。
男たちに追いかけられていたこの少女こそが一番最初にナイロンの背中を蹴り倒して走り去った人物だったということを。

少女は逃げ惑うのに必死だった。
男たちは追いかけるのに必死だった。
少女と男たちの進行方向にいたのがカレーを食べる直前のナイロンだった。
つまりは不幸な事故だった。
138 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:57
渡されたパンは柔らかく、笑う少女の頬も柔らかそうだと思った。
可愛いかもしれない。いや、確実に可愛い。
ナイロンは心で断言する。



この少女の頬はパンのように柔らかいに違いない!!



「それでは失礼します。本当にありがとうございました」

少女はまだ少し笑いをこらえきれぬまま別れの言葉を残して去った。
ナイロンはその後姿を眺めながらパンを齧っていた。


139 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:57
 
 
140 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:57
「恋だな」
「恋だね」
「鯉ですか?」

口をパクパクさせるナイロンの頭をヒトミは容赦なく叩いた。

「馬鹿かおまえは。鯉ではない恋だ恋」
「イテテテ。恋って…一体誰がですかぁ」
「ナイロンが、その柔らかほっぺちゃんにでしょ?」
「え……?うえぇぇぇえ?!」

パンを齧りながら宿屋に戻るとヒトミとミキがやけにスッキリとした顔で出迎えた。
先ほどの出来事を説明すると右から左から恋だ恋だと言われ頭の中が混乱状態に陥る。
141 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:58
「恋ってなんですかぁ!!恋って!!」
「恋は恋だろ。まさかナイロン、その歳で恋をするのが初めてだと言うんじゃないだろうな?」
「えぇ〜まっさかぁ。いくらナイロンでもそれはないでしょ。ねぇ?」
「……………」

口を真一文字にして黙り込むナイロン。
"いくらナイロンでも"というミキの台詞には多少引っかかったが図星をつかれ言葉が出てこない。
ヒトミとミキは「え?マジで?」と顔を見合わせた。

「ご…ごめんね」
「私の部下ともあろう者が恋のひとつやふたつ満足にしてなかったとは…」

ミキは戸惑いながらも謝り、ヒトミは溜息とともに肩を落とした。
そんな2人にナイロンは「はぁ」と力ない声を返す。
142 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:58
「ということは…おまえ、まさか女を抱いたこともないのか?」

ヒトミの言葉にナイロンの顔はこれ以上ないほど赤くなった。
無言で両手を振り回しヒトミの体をポカポカと殴る。
「むふー」と鼻息荒いナイロンにヒトミはたじろいだ。

「禁句だったみたいね」
「あ、ああ。そのようだ…。ドウドウ。落ち着け、ナイロン」
「わ、わたしはウマじゃありません!」
「すまなかった。おまえの純潔をからかったわけじゃないんだ」

言葉とは裏腹にニヤニヤした表情のヒトミ。
それを見てミキが思わず噴出した。

「大臣のばかー!!」
「だから大臣ではないと言うのに…」

ナイロンは目に涙を溜めていた。
怒り心頭といった具合に立ち上がって腕を組みヒトミを睨みつけた。
座ったままでは見下ろせないからだ。
143 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:59
「もう、ヒーチャンってばいい加減にしなさいよ。ナイロンが可哀相じゃない」
「そう言いながらミキだって笑ってないか?」
「えぇ?そ、そんなことないよ〜」
「いーや、笑ってるだろう。ほれほれ」
「きゃっ!ちょ、どこ触って…やぁんっ」


「また始まった…こうなると長いんだよなぁ」


ナイロンはがっくりと肩を落とし部屋の隅で膝を抱えた。

あれほど威厳のあった大臣の姿はどこへいったのだろう。
ミキ様も普段はクールなくせになんなんだあの溶けそうな笑顔は。

「あぁ…もう…ダメっ……」
「そういうわけだ。ナイロン、出て行け」

ナイロンは頭から湯気が出そうな思いでしぶしぶ部屋を出た。


144 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 01:59
「まったく、他人の目を気にするっていう常識はないんですか!いい大人だってのに!!」

ナイロンは誰もいない路上で空に向かって文句を言っていた。
本人たちに面と向かって言うことができればとっくにその場でやっている。

「普通に会話をしていたかと思えば次の瞬間にはあの甘ったるい空気だもんなぁ…」

ナイロンはただでさえそういった色恋的なムードには慣れていない。
加えてどちらも美形なだけに見ていると「うっひゃ」と逃げ出したくなるのだ。

「おや…?あれはもしかするとさっきの…」

空から視線を下げるとかなり先に一軒のパン屋があるのが見えた。
パンを模したと思われる形の看板がやけに目をひく。
その店に入っていく人影が先ほどの少女の後姿によく似ているような気がした。
145 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:00
ナイロンは特別に視力が良いというほうではない。
だが悪いわけでもない。言うなれば普通だ。
記憶力も特に良いわけでも悪いわけでもない。やはり普通だ。

普通で何が悪いとナイロンは思うことがある。
誰かと比べられたり劣っていると言われたり、また、思わされたりすることはそう長くはない人生の中で幾度かあった。
そのたびにナイロンはつまらない劣等感に苛まれ嫌な思いをしてきた。

だが旅に出たことで今まで知らなかった広い世界を見た。
そういったことに心を惑わされるのがいかにバカバカしく小さなことか。
長い人生、そして広い世界においては少しの違いや優劣などなんの意味もない。
あのまま城で暮らしていたら生涯気づくことはできなかったかもしれない。
146 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:00
旅は自分を大きくではないにしても少しばかり変えてくれたと自らを評価する。
この先もいろんなことを見て、聞いて、真の男になりたいとぼんやりとだが思っていた。
ヒトミのような愛する者を守れる男に。

そんなことを考えながら歩いているといつしかパン屋は目の前にあった。
ちらっと見ただけの影に先ほどの少女の姿が重なったのはどうしてだろう。
ナイロンは自分の視力や記憶力だけがそう思わせたのではないような気がした。

「いらっしゃいませ」

店に入ると少女の声した。
ナイロンはなんとなく予感していた。
その声の持ち主が先ほど自分にパンを差し出した少女だということを。
頭ではなく経験したことのなかった感情で理解した。
やはりこの少女だったか、と。
147 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:01
「あっ!あなたはさっきの…」
「ど、どうも…」

少女の顔を見た途端ナイロンは言葉につまった。
視線を落とし、意味もなく床の木目を数えてみた。
数えてる途中でこんなことしてる場合ではないと気づいた。

「どれになさいますか?」

少女の穏やかな声にナイロンは顔を上げた。
小首を傾げて問いかけるエプロン姿の少女を見てナイロンは思う。
やっぱり柔らかそうだ。
148 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:01
「あの…お客さん、ですよね?」
「はひ?」
「ここ、パン屋なんですけど…」
「あっ!えっとその、あなたのオススメはなんですか?」
「オススメですか?そうですね…どれも私の自信作なので、しいて言うなら全部でしょうか」
「ぜ、全部?!というか、あなたが作ったの?これ全部を?」

ナイロンは店内をぐるりと見渡した。
小さな店ではあるが壁際に並ぶパンの種類は数多い。
いろいろな形に焼きあがったパンはどれも胃袋を刺激するいい匂いがしていた。
無意識に腹を擦りながらあっけに取られていると少女が笑って言った。

「口、開いてますよ」
「うがぁ」

ナイロンは上あごと下あごを慌てて閉じると両手で自らの口を覆った。
自然と荒くなる鼻息。動悸もやけに激しくなる。
笑う少女から目を離すことができないまま両手に力をこめた。
149 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:02
「面白い方ですね」
「………」

首を横に振りながら「いやいやそれほどでも!」とナイロンは心で叫ぶ。
口を押さえているため声が出ないのだ。
手を離すということをすっかり忘れている。

「パンはお好きですか?」
「………」

今度は縦に。首がもげそうなほどの勢いだった。
少女はそんなナイロンの姿を面白そうに見つめながら続ける。

「私も好きなんです。小さい頃からパン作りの職人になるのが夢で…」
「………」
「売り物として出せるようなパンを作れるようになったのは最近なんですよ」
「………」
「まだまだ修行中の身ですけどね」

エプロンの端を握り締めながら少女は照れたように話す。
ナイロンはただ頷くだけで相変わらず言葉を発することができないでいる。
口を閉ざしていた両手はとっくに体の脇に垂れ下がっていたが声が出ない。
少女をじっと見つめたまま。瞬きすらできなかった。
150 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:03
「あの…旅の方、ですよね?」

自分を見つめたまま微動だにしないナイロンに、少女は不思議そうな顔で問いかけた。

「は、はひっ。えっと、そうですね、旅してます。それはもういろいろとあちこちを。へぇ」
「うわぁ、すごい。羨ましいなぁ」

少女に見とれていたナイロンの思考がようやく動き出した。
なんとか会話らしい会話をと、まだ少し鈍い頭で精一杯に考える。

「ど、どうして羨ましいの?」
「だっていろいろな国のいろいろなパンが食べられるじゃないですか」
「あぁ…それはたしかにそうかも」
「いいなぁ。私もいつか旅をしてみたい。そして美味しいパンに出会いたいなぁ」

少女は先ほどナイロンがそうしていたように床の木目を見つめながら呟いた。
151 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:03
「そんなに旅をしてみたいの?」
「はい。でもまだまだこの店でがんばりたいから旅に出るのは本当に夢のまた夢ですね」
「そっかぁ。いつか出来るといいね」
「ありがとう」

ニコっと笑う少女。
その笑顔にナイロンは稲妻に打たれたような衝撃を受けた。

あぁ、大臣…もしかしてこれが恋なんでしょうか。
心がものすごく痛いようなくすぐったいような気分です。
それで、この後はどうしたらいいんでしょうか。
152 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:04
「あの…よろしければお名前を教えてくださいませんか」
「ナ、ナイロンです」
「ナナイロン様?」
「いや、ナイロンです」

苦笑して言い直すナイロン。
そういえばヒトミとも同じような会話をしたなと昔を思い出す。

「私はアサミです。両親から受け継いだこの店を守る駆け出しのパン職人です」
「アサミ…」
「駆け出しですが味は保証しますよ。パンはどれになさいます?」

そう言うとアサミはふんわりと微笑んだ。
ナイロンはその笑顔に釘付けになり、すぐには返答できなかった。


153 名前:_ 投稿日:2006/09/27(水) 02:04
 
 
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/27(水) 02:06
勝手な作り話に付き合ってくれた酔狂な方々に多謝
ちょっと強引じゃね?(もはやリボンじゃなくね?)と思わなくもなかったし
現在進行形でたっぷりと思っているのですがまあそこはそれ
逞しいモーソー力と優しい包容力でカバーしてやってください
まだまだ続く(かもしれない)8月病に免じて

×祝砲を打て
○祝砲を撃て

でした(ノ∀`)
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/27(水) 02:22
更新お疲れ様です!!
ナイロン可愛いよナイロン(ノ∀`)
そしてあの2人の関係も最高ですw

私の8月病もまだまだ長引きそうなので続き期待してますw
作者さんのペースで頑張って下さい!
156 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/28(木) 03:44
どんどん妄想が膨らみそうで怖いw
素敵なお話をありがとうございます
157 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/09/28(木) 22:41
更新お疲れ様です。
いやもうどんどん話展開しちゃって下さい!
ナイロンの不器用さがまた何とも可愛いすぎます。
あっちの二人も相変わらずのようでニヤけるばかり・・・
次回もまったりとお待ちしております。
158 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:55
大量のパンを抱えて戻ったナイロンの頭をヒトミは呆れたように叩いた。

「馬鹿かおまえ。誰がこんなに食うんだ」
「えへへ」
「キモッ」

叩かれながらもニヤけるナイロンの顔を見てミキは疲れた体を震わせる。
少々乱れた髪をヒトミが優しく整えてやっているが、ナイロンの目にそんなものは入らない。

「アサミって言うんです。すごく可愛いんです」
「落ち着けナイロン。なんの話だ」
「さっきの柔らかほっぺちゃんの話じゃない?」

ヒトミの肩に頭を預けたミキがだるそうに囁く。
なるほど、とその腰に手をまわしてヒトミは頷いた。
159 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:55

「パン作りの職人なんです。あ、まだ修行中らしいんですけどすごく美味しいんです」

「小さい店なんですけどけっこう繁盛してるみたいで」

「まだ若いのにしっかりしていて、とにかく可愛いんです」


興奮を抑えきれないナイロンの目は輝いていた。
テーブルに身を乗り出すと、アサミから聞いた一部始終をヒトミたちに報告した。
事故で両親を亡くしたばかりだということ。
両親から受け継いだ店を守るためにひとりきりでがんばっていること。
いつか旅に出て世界中の美味しいパンを食べるのが夢だということ。
そして今よりももっと美味しいパンを作れるようになりたいと願っていること。

まるで自分のことのように嬉しそうに話すナイロンの勢いは誰にも止められない。
160 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:56
「なんだかワクワクしてきましたーーー!!」
「なんでよ」

立ち上がり、叫ぶナイロンにミキがツッコミを入れる。

「パンですよ、パン。私も大好きじゃないですか。だからこうなんつーか他人事とは思えなくて」
「っていうか好きなんでしょ?そのアサミって娘が」
「うぇっ?!いやぁそんなストレートに言われると…あの、その」

頬を赤らめ胸の前で両手をもじもじさせるナイロン。
その手のつけられなさにミキは軽く引いた。

「はぁ〜」

2人のやりとりを黙って聞いていたヒトミがおもむろに大きな溜息をついた。
その眉間には深い皺が寄っている。
ミキの腰にまわしていた腕を解き、ナイロンを指差すと低い声で言い放った。
161 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:56
「情けない」
「は?」

口をあんぐりと開けるナイロンにヒトミは再度同じ言葉を繰り返した。

「情けない」
「大臣…じゃなかった、ヒトミ様?な、なにが情けないんでしょうか」
「おまえのことだ、ナイロン」
「わ、わた、わたしですかぁ?」
「好きな女と2人きりだったというのにおまえ、何もしなかったのか?」
「なにもって…話をしましたけど」
「ばかもの!」
「ひぃっ」

ヒトミに怒鳴られたナイロンは小動物のように身を竦ませた。
162 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:57
「なぜ押し倒さなかったんだ」
「そ、そんなことできませんよ!」
「そのアサミとやらが好きなんだろう?恋したんだろう?だったらやれ」
「ばばばばばばか言わないでください!!」
「私に向かって馬鹿とはなんだ!馬鹿とは!!」
「ひえぇぇぇぇぇ」

ドンっとテーブルに拳を叩きつけてヒトミは立ち上がった。
ナイロンは腰を抜かして椅子から転げ落ちている。

「まあまあ。落ち着きなよ」

ミキが苦笑しながらヒトミの肩を押し戻した。
ふんっ、と鼻から息を吐きヒトミはしぶしぶ椅子に座る。
163 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:57
「ナイロン、もう大丈夫だからこっちにおいで」

ミキが優しく声をかけると壁際で蹲っていたナイロンがおそるおそる顔を上げた。
不機嫌顔のヒトミとは対照的なミキの笑顔にほっと胸を撫で下ろす。

手招きをするミキにしたがってゆっくりと近づくナイロン。
ヒトミの顔色を伺いながら一歩、また一歩とそっと足を出す。

手招きをするミキの表情は変わらない。
ナイロンは穏やかならぬ状況ではありながらその笑顔に見とれていた。

ああ…やっぱり美人だよなぁ、ミキ様。
たまにキツイことも言われるけどこの笑顔に絆されてしまう。
たまにというかほぼ毎日だけど…
でもあのヒトミ様が夢中になるのも分かるような…
164 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:58
「ミキ、その柔らかほっぺちゃんを見てみたい」
「は?」

ナイロンがふと気づくと至近距離にミキの顔があった。
いつのまにか後ろ襟をしっかり掴まれているため身動きが取れない。
ナイロンの思考が状況を把握するのにはもう少々かかる。

「ねーえ!見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい」
「うぇっ、はいぃ?」
「おぉ、そうだな。私も見たいな」
「ヒトミ様まで何を…」

ニヤニヤと笑うヒトミとミキの表情を見てナイロンはようやく思考が追いついた。
165 名前:_ 投稿日:2006/09/29(金) 23:59
「紹介しろ」
「え、えぇぇぇぇぇぇ〜!!」
「ここに連れてきなよ。あ、ミキたちがそのパン屋に行ってもいいし」
「いや、そんな急に…」

ナイロンはたじろぎながら両手を前に突き出して壊れた人形のように首を横に振る。
その慌てた様子にミキは豪快に噴出した。
ヒトミは突き出された両手を引っ張ったりひねったりしてナイロンを翻弄する。
完全におもちゃと化したナイロン。

面白がる2人にさすがのナイロンも堪忍袋の尾が切れかかった。

「ふがーーーー!!!なんですかなんなんですかぁーーー!!!」
「あ、ナイロンが怒った怒った(笑)」
「この私に抵抗するとは小生意気なヤツめ(笑)」

からかいの手を緩めない2人に対してナイロンは必死に抵抗する。
だが口でミキに勝てるわけがなく、かといってジタバタしてもヒトミに押さえつけられる。
それでもいつも以上に手足をバタつかせてヒトミにかけられた関節技から抜け出した。
166 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:00
「はぁ…はぁ…はぁっ」
「ふぅ…やるな、ナイロン」
「私だってやるときはやるんですっ」

ナイロンが大声をあげるとヒトミは不敵に笑った。

「ところでさ、柔らかほっぺちゃんはどうして男たちに追われていたのかな?」

ヒトミとミキの小競り合いを見物していたミキが疑問を口にした。
ちょうど互いの頬を引っ張り合っていた2人はピタリと動きを止める。

「そういえばなんでだろ」
「聞かなかったのか?」
「すっかり忘れてました。そうだ、こうしちゃいられない!」

そう言うとナイロンはヒトミから体を離し部屋から出ようとした。
167 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:01
「ナイロン、そのパン屋はどこにある?」
「ここからほど近いところです。北通りを真っ直ぐに…」
「たっだいまーーーーーーーー!」
「アダーーーーーーーーーーー!」

そのとき、勢いよく開けられたドアがナイロンの後頭部を直撃した。
もんどり打って倒れるナイロンを帰ってきたコハルが不思議そうに見つめる。

「なにやってんの?ナイロン。踊りにしてはヘンテコだね」
「……なんでもありません。ちょっと急いでるので失礼します」
「あっ、ナイロン待って」

コハルの呼びかけには応じずナイロンは頭を押さえながら走り去った。

「せっかく美味しいパン屋を見つけたから教えてあげようと思ったのに」

コハルの呟きにヒトミとミキが顔を見合わせる。
168 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:01
「息子よ、そのパン屋の主人は少女だったか?」
「さすが父上よく分かりましたね。町の隅々までご存知とは」
「馬鹿を言うな。おまえじゃあるまいし見てまわる暇などあるものか」
「たしかに。母上が離してくれないようですからね」
「それはこっちの台詞よ」
「お互い様だな」

ミキの横やりにヒトミは笑いながら応酬した。
コハルはそんな2人の様子を楽しげに眺めながら椅子を引く。

ヒトミの言葉どおり、町の端から端まで見てまわるのはコハルのほうだった。
好奇心旺盛で探究心に溢れる世間知らずにとって新しい町は未知の世界である。
旅の疲れをものともしないためナイロンが置いていかれることもしばしばだった。
珍しいものはないか、面白いことはないかとコハルは町中を散策する。
目に入ってくる物や風景、そこで暮らす人々との出会いは常に刺激的だった。
169 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:03
そんなコハルがいつものようにうろうろしていると、大通りの市場でちょっとしたことに巻き込まれた。

「また何かやらかしたのか」
「何もしてませんよ。たいしたことじゃありません」

コハルは苦笑してポケットから包み紙を取り出した。

「これ、そのとき知り合った人にもらったのですが…」

コハルの手には小さな赤い石のペンダントがあった。
その石は小さいながらも明るく神秘的な光を放っている。
ミキに渡すと「可愛いね」と楽しそうに笑った。
170 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:03
「よかった。絶対母上に似合うと思ったんですよ」
「ミキに?」
「はい。僕からのプレゼントです」
「ホントに?ありがとう。すごく嬉しい」
「いえいえ、どういたしまして」
「息子よ、もらいものをあげたくらいで偉そうにするな」

ミキの喜ぶ顔を見るのは嬉しいが息子に出し抜かれたような気がしてヒトミは面白くなかった。
怒るのは理不尽だと分かっているが一度損なった機嫌はそうすぐには戻らない。

「息子にヤキモチですか?父上」
「ヒーチャンかわいい〜」
「う、うるさい!ばかもの」

図星をつかれて焦るヒトミの両側から2人が頬をつつくと空気の抜ける音がした。
171 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:04
「そんなにヘソを曲げないでくださいよ、父上」
「ミキはヒーチャンのものなんだよ?」
「分かった分かった。分かったからいい加減に人の顔をつつくのはやめろ」
「だって面白いんですもん」
「面白いよねー」

口では拒否しつつもかわるがわる伸びてくる手にされるがままのヒトミ。
夫として父として威厳を保つのは、時として面倒なときもあるのだ。

「ところで父上。パン屋の少女とお知り合いですか?」
「私ではない。ナイロンだ」
「ナイロンが?へぇ〜さすがパンに目がないだけある」

コハルが感心したように言うとヒトミとミキが笑って否定した。
172 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:05
「ナイロンが目をつけたのはパンじゃないらしいぞ。いやもちろんパンもあるだろうが」
「美味しいって連呼してたけどそれ以上に可愛い可愛いって言ってたよね」
「え?」

楽しそうに話す2人とは対照的にコハルは難しい顔をした。
指を顎にあて考え事をするように視線を下げる。

「どうした」
「ちょっと気になることがあって」
「ナイロンのこと?」
「いえ、その…パン屋のことです。ちょっと耳にしたことがありまして」

ヒトミとミキは顔を見合わせて、それからまたコハルを見た。
視線を上げたコハルは先ほど巻き込まれた出来事を思い返す。
全部を話す必要はないと判断し、パン屋について聞いた話だけを2人に説明した。


173 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:07
その頃ナイロンはアサミの店に向かっていた。
歩いているのがもどかしく、途中から全速力で走り出した。
こうしている間にもさっきの悪い奴らがアサミにひどいことをしているかもしれない。
自分はなんてバカなんだ。あんなことがあったのにアサミを一人にするなんて!

実際のところ悪い奴らかどうかなどナイロンには分からなかった。
だがあの手の輩は大抵、悪い奴らだと相場が決まっている。
アサミに乱暴しようとしたのだからイコール悪い奴らだ。

その解釈は想像の域を出ない強引なこじつけではあったが間違ってはいなかった。
可愛い少女が強面の男たちに襲われていたら、どちらが悪いかなど火を見るよりも明らかなのだ。
物語というものはえてしてそういうお約束で成立している。
174 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:07
「じゃ、じゃあアイツらもパン屋なの?!」
「はい。町で一番大きな店で働いているパン職人たちなんです」
「へぇ〜他にもパン屋があったのか。でもなんでそいつらが…」

アサミはエプロンの端を握り締めながら店内を見回した。
父と、そして母との思い出がつまったパン屋。
父が築き、母が支え、そして今こうして自分が守っているこの店。
アサミは奥歯を噛みしめるとナイロンに振り向き答えた。

「あの人たちは私が邪魔なんです」
「えっ」
「町のパン屋は一軒だけでいいんだって、このお店を潰そうと…」
「なんて奴らだ…」
「父と母が生きていた頃はそれでもたいした被害はなかったんですが、最近はあからさまに嫌がらせをされるようになって」
「ど、どんな?」
「商人に圧力をかけて小麦の仕入れを妨害したり、店のまわりにゴミを撒き散らしたり…」
「くそっ!なんて卑怯な奴らなんだ!!」

ナイロンは怒りで顔が紅潮した。
175 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:08
「今日もパンの材料を仕入れに市場に行ったらあの人たちに出くわして…」
「それで追いかけられていたんだね」
「はい。でもナイロン様に助けていただいて本当に嬉しかった」
「いやぁ、それほどでも」

ナイロンにアサミを助けたという自覚はない。
あくまでもカレーの恨みを晴らしたまでだ。
それでも結果的にアサミを危険から救ったのはナイロンに他ならない。

「すごくかっこよかったです」
「え?うぇええ?わ、私ですか?」
「もちろん!」

照れるナイロン。
自らの頭を乱暴にかいて先ほどとは違う意味で顔が赤らむ。
そんなナイロンの様子を見て微笑むアサミ。
ゆっくりとではあったが着実に心の中に芽生えてくるものを感じていた。
176 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:08
「ナイロン様はとても優しい方ですね」
「そんなことありません」
「いいえ、だって見ず知らずの私を助けてくれたばかりかこうして心配までしてくださって」

それはあなただからです!

ナイロンは心の中で叫んだ。
心の中でだけではなく口にすることができたらと、己の不甲斐なさにそっと溜息をつく。

「そ、それにしても奴らが作るパンなんてきっとたいしたことないんでしょうね。いや、不味いに決まってる」

照れを隠すようにナイロンは早口で捲くし立てた。
177 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:09
「ここのパンがどれも素晴らしく美味しいから奴らは嫉妬してるんだろうな」
「………」
「アサミ?」
「ごめんなさい、急に涙が…」
「あわ、あわわ」

アサミは肩を震わせて口許に手をやった。
必死でこらえるも、一粒、二粒と涙の粒が床に落ちる。
ナイロンはどうしていいかわからずあたふたとその場で足踏みをした。

ど、ど、ど、どうしたらいいんだぁぁ〜。
だいじーん、助けてくださーい!!!

ナイロンの目の前でアサミは泣いていた。
時折しゃくりあげるそぶりを見せるも声は決して漏らさなかった。
唇を固く咬んで堪えるその姿にナイロンは胸が痛み、自然と両腕を伸ばした。
178 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:11
「泣きたいときは思い切り泣いていいんだよ」

ナイロンは自分の声に驚いた。
自ら発したものであるというのに信じられないほど落ち着いている。
涙を流すアサミを見ていたらいつのまにか動揺が消え、かわりに愛しさが募った。
アサミの肩を守るようにそっと抱いた自分自身がやはり信じられなかった。

アサミはナイロンの胸にしがみつくと堰を切ったように泣き出した。
これほど声をあげて泣くのは、両親が死んで以来のことだった。


179 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:12
「落ち着いた?」

ひとしきり泣いたアサミは恥ずかしそうに顔を上げて体を離した。
ナイロンはその顔を覗き込み心配そうに尋ねる。

「大丈夫?」
「ごめんなさい。ナイロン様の服、濡らしちゃって…」
「ああ、こんなのたいしたことないよ」

アサミの温もりが離れナイロンは少し寂しく感じた。

「父のことを、思い出してしまって…」
「………」
「死んだ父もさっきのナイロン様と同じことをよく言っていたんです」
「ふぇ?」



  『奴らはうちのパンが美味いことに嫉妬してるのさ』



「そ、そうなんだ…」
「はい。そう言って父は嫌がらせを受けても笑い飛ばしていました」
「強い人だったんだね」

アサミは小さく頷いた。
180 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:12
「ナイロン様が同じことを言ってくれたから…私、急に涙が溢れてきてしまって」
「そっか」
「あの頃のことを思い出したら涙が止まらなくなっちゃいました」

小さく舌を出してアサミは笑ってみせた。
その目許に赤々と涙の名残りが見え、ナイロンの胸は締めつけられる。

なんて素敵な笑顔なんだろう。
つらいことはたくさんあったろうに、こんなにも明るく笑えるなんて。
父親譲りの強さを持っているのだなぁ。

ナイロンはアサミの肩を抱いた感触を思い出した。

あんな小さな体でこの店を一生懸命守り抜いてきたのか。
それもひとりぼっちで…やはり強い子だ。
それに比べて自分はまだまだ守ってもらっている。
独り立ちなんて今まで考えたこともなかったが自分では到底無理なことだろう。
それでも、こんな自分でもできることなら。



この少女を守りたい。



ナイロンはアサミの笑顔を見ながら強くそう思った。
181 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:13
「不思議…ナイロン様といるとなんだかとても安心します」
「ほ、ほんと?」
「はい。まるで父に守ってもらってるような、そんな気が…」
「わ、わたしにできることならば」



あなたを守りたい。



言いかけてナイロンは思わず口をつぐんだ。

自分は何を言おうとしているんだ。
会ったばかりの少女に、いや、こうして立派に店を切り盛りしている女性に対してどの口がそんな大層なことを言えるというのだ。
自分にそんな資格などあるものか。
182 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:13
「ナイロン様?」
「あ…いや、なんでもありません」
「そうだ!ナイロン様のようなパンが好きな方に見せたいものがあるんです」

アサミは書机に向かうと鍵のかかった引き出しを開けた。
そして中から紙の束を取り出し再びナイロンの傍に寄った。

「それは?」
「父の残したレシピです。ここにあるパンは全てこのレシピのとおりに作ったものです」
「へぇ〜そりゃすごい」

ナイロンは渡された紙の束を珍しげに眺めた。
183 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:14
「ただ…レシピどおりに作っても父の作ったパンの味にはまだまだ及ばないんです」
「そうなんだ?でもアサミのパンはすごく美味しいと思ったけどな」
「ふふ。ありがとう」

レシピにびっしりと書かれた文字を見てナイロンは感心したように頷いた。

「まだまだ作ったことのないパンもあって、このレシピは私の宝物なんです」
「そ、そんな大切なものを私に見せていいの?」
「誰にも見せたことないんですけど、ナイロン様だから…ナイロン様に見てほしくて」
「こ、光栄です」

レシピをめくっていた手を止めてナイロンはペコリと頭を下げた。
その予想外の動きにアサミは驚き、そしてクスクスと笑った。
ナイロンは恥ずかしさからアサミの目を見ることができず、レシピを返すだけで精一杯だった。
184 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:14
「このレシピがあったから私はこれまでがんばることができたんです」

レシピを引き出しに戻しながらアサミは言った。
ナイロンはその背中を無言で見つめている。

「レシピに守ってもらったようなものなんです。これからも私の支え…かな」
「………」
「あ、ごめんなさい。つまらない話をしてしまって」
「いやそんなこと全然…」
「なんでだろう、こんなこと誰にも話したことなかったのにな…」
「えっ?」
「いえ、なんでもないです」

アサミは頬が熱くなるのを感じ、後ろを振り向くことができなかった。
185 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:15
「こんちはー」

突然、元気のいい声が店内に響いた。
アサミとナイロンが同時に入り口を見るとそこには3人の男女が立っていた。

「コハル様?!それにヒトミ様にミキ様まで!!ど、どうしてここに?!」

呆気に取られているナイロンを押しのけ、3人は一直線にアサミの元へ向かう。
突然現れた訪問者に戸惑いを隠せないアサミではあったが、簡単な挨拶を交わしてナイロンが仕えている者たちだとわかるとすぐに打ち解けた。

「わぁ〜、ホントにやわらか〜い」
「あ、あの、そんなに触られるとくすぐったいのですが…」
「すっごいプニプニしてて気持ちいい〜」
「ミ、ミキ様?そんなに揉まないでください…」

ミキはアサミの頬に手を伸ばし、見るからに柔らかそうなそれを遠慮することなく揉んでいた。
顔を真っ赤にしてされるがままのアサミ。
ミキの隣ではヒトミとコハルが苦笑している。
186 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:16
「ミキ様!いきなり何をやってんですかアナタは!!」

呆けていたナイロンが我に返り、慌ててミキの腕を掴んだ。
ナイロンにしては珍しく強引な動作にヒトミとコハルは目を見張る。
アサミの頬を堪能していたミキは中断されたことに多少の不満を覚えたもののすぐに表情を緩ませ、ニヤニヤとした目つきでナイロンを見た。

「羨ましいの〜?ナイロンちゃーん」
「なななな、なにを言ってるのですかあああ」
「ほんっとに、男ってやつはちっちゃなことで嫉妬するんだから」

ミキはやれやれと肩をすくめてヒトミをちらと見た。
わざとらしい咳払いをするヒトミと苦笑するコハル。
ナイロンは口をぱくぱくと開け閉めするものの言葉が出てこない。

ミキたちのやりとりやナイロンの慌てた様子を見ていたアサミは、堪えきれず大きな笑い声をあげた。
彼女にとって、これほど大きな声で笑うのは両親が死んでから久しく記憶にないことだった。


187 名前:_ 投稿日:2006/09/30(土) 00:16
 
 
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/30(土) 00:20
レスどうもです
大臣一味を書くのが楽しすぎてついつい妄想が過ぎてしまいます
たぶんスレの容量が足りない☆カナ
そんなわけで近々スレ移転の申請をしようと思います(森あたりに)
もうしばしお付き合いのほどをよろしく

>>130

×助け船を求めるも、
○助けを求めるも、

(ノ∀`)
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/30(土) 09:43
夜勤から帰ってきてここが更新されてる幸せ
190 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/30(土) 10:31
イイヨイイヨー
191 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/09/30(土) 15:07
更新お疲れ様です。
動き出したナイロンの恋はもう止められない!
大臣一家最高ですね。
192 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:30
すっかりリラックスしたアサミを連れて、ヒトミたち一行は町の酒場に来ていた。

「アサミはパンを作ること以外に何が好き?」
「えぇっと…パンを食べることです」
「じゃあ、パン以外に何が好き?」
「そうですね…たいていの食べ物は好きです」
「甘いものは?」
「甘いものも大好きです」
「辛いものは?」
「辛すぎるのは苦手ですけど…でも好きです」
「じゃあ、じゃあ…」

アサミに興味を持ったミキは次々と質問を投げかけていた。
それに対しゆっくりとではあったが丁寧に答えるアサミの律儀さにヒトミたちは感心する。
男たちそっちのけで、2人は女同士の会話に花を咲かせた。
193 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:31
「ミキ様はなんであんなにノリノリなんだ…」

女たちの会話に入ることができないナイロンが恨めしげに呟く。

「アサミのことが気に入ったのだろう。ミキは一度気に入るとしつこいからな」
「さっすが父上。母上のことをよく分かってる」
「当然だ」
「父上も今日はいつもよりご機嫌ですね。その緩んだ顔は母上のせいですか?それともアサミさん?」

からかってくる息子の頭をヒトミは軽く小突いた。

「おまえ随分楽しそうだな」
「楽しいですよ。ナイロンのこんな姿を見るのは初めてだから…」
194 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:31
女たちの会話になんとかして入ろうとしているナイロンには、ヒトミとコハルの会話は耳に入らない。
アサミに話しかけようとするとミキが先に口を開き、強引に割って入ると睨まれる。
普段ならばその睨みに一蹴されるナイロンであったが今夜は違った。
食事そっちのけでアサミの気を引くことに必死だ。

「おい、あのナイロンがカレーに見向きもしてないぞ」
「よほどアサミさんのことが好きなんですね〜」
「寂しいか?」
「僕が?そんなこと…いえ、そうですね。少しだけ寂しいかも」

それはコハルの正直な気持ちだった。
幼い頃から傍にいたナイロンはコハルにとって兄弟のような存在だった。
頼りになる(ときもある)兄であり、(からかいがいのある)可愛い弟。

そんなナイロンが恋をしている。
少女を見つめるその熱い瞳は、コハルの知らない男のものだった。
195 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:32
「ナイロンもあんな顔をするんだなぁ…」
「おまえもいつか好きな女ができればそういう顔になるだろうな」
「僕が?」

グラスを手にとったヒトミは片方の眉をあげてみせた。

「恋かぁ…父上もナイロンもいいなぁ」
「ふっ、羨ましいか?だがたとえおまえの頼みでもミキは駄目だ」
「はぁ?!父上、どうしたんですか突然」
「隠すな。私を誰だと思っているんだ。おまえの父だぞ」
「…バレてましたか」
「バレバレだ」
「でも母上は母上です。父上から奪うようなことはしませんので安心してください」
「生意気なことを言うな。奪われなどするものか」
「あはは。そうですね、母上は父上しか見てないもんなぁ」
「当然だ」
「当然でしたね」
「他をあたるんだな」
「はい。そうします」

もとよりそのつもりでしたと、コハルは心のうちで呟いた。
この父に張り合って敵うはずがないことは十分に承知している。
それ以上に、大好きな2人が自分の両親であることをコハルは幸せに思っていた。
196 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:33
コハルが再びナイロンに目を向けると相変わらず緩みきった顔をしているのが見えた。
親子はグラスを合わせて笑い合う。

「アサミは可愛いな」
「母上が聞いたら怒りますよ」
「ミキだって可愛いと思ってるからああして楽しそうに話をしているのだろう」

ヒトミがミキに目をやるとまたアサミの頬を撫でながら笑っているのが見えた。
その逆隣りではやはりナイロンが羨ましげな顔をしている。

「アサミさんは可愛いし、それにしっかりしている。ナイロンにはもったいないや」
「まったくだな。あの年で、しかもひとりで店を切り盛りしてるくらいの出来た娘だからな」
「店といえばあの連中が気がかりですね」
「ああ、おまえが市場で遭遇した馬鹿者たちか。ナイロンではないがアサミのことが心配だな」
「そうですね」

ヒトミは先ほどコハルから聞いた話を思い出した。
アサミのパン屋がその評判の良さゆえに嫌がらせを受けているということを。
そしてこの酒場に来る道すがらナイロンからも同じ話を聞き、憤りを覚えていた。

コハルがこの話を知るに至った背景には市場でのちょっとした出来事があった。
だが今回の主役は一応ナイロンであるので、そのときの詳細はたぶんきっと次の機会に。
197 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:33
「あー!もうっミキ様いい加減にしてください!!」
「なによぅ」
「アサミが嫌がってるじゃないですかっ」
「嫌がってなんかないよねー?」
「え……はい。ちょっとくすぐったいですけど…」
「ほ〜ら、嫌じゃないってよ」
「むむむ。というか私も仲間に入れてください!ミキ様ばっかりずるいですよ!」
「うるさいなぁ。アサミはミキと喋ってるの」
「私だって喋りたいんですっ」
「アサミはミキと喋りたいよねー?」
「いーえ、私です」
「ミキだよ」
「私です。ミキ様はもういーっぱい話したから十分じゃないですか」
「勝手に決めないでよねー。アサミはどっちと喋りたい?ミキ?それともナイロン?」

アサミはミキを見て、ナイロンを見て、それからまたミキを見た。
ミキがわざとナイロンをからかっていることは察しがつく。
今にも泣き出さんばかりに上目遣いのナイロンを見たら誰でも苛めたくなるだろう。
その姿は本人の気づかぬところでアサミの母性本能を十分にくすぐっていた。

アサミは思う。
この姿をもっと見ていたい。
ナイロン様、可愛い。
アサミの答えは決まった。
198 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:34
「ええっと……ミキ様☆カナ」

右の拳を高々と掲げて勝ち誇るミキ。
それとは対照的に肩を落とすナイロン。
そしてその表情をひそかに楽しむアサミ。

ナイロン様、ごめんなさい。
でもやっぱり可愛い。

心の中では謝りつつもしっかり楽しむアサミであった。

「ほ〜ら、ミキたちは楽しいお喋りをしてるんだから邪魔しないでよね」



くっそぅぅぅぅ邪魔なのはおまえだぁぁ!!!



ナイロンの心の叫びはその場にいた全員に痛いほど伝わっていた。
199 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:35
「母上」
「なあに?コハル」
「ナイロンが気の毒ですよ。アサミさんを解放してやってください」
「コハルさまぁ〜」
「情けない声を出すなよ。アサミさんが笑っているよ」

しまったとばかりにナイロンは慌てて表情を整えた。
誰がどう見ても遅かったがアサミにとっては関係がなかった。
2人のときには見られなかったナイロンの様々な表情。
そのひとつひとつがアサミの心を揺らす。
無邪気に笑う顔、素直に怒る顔。
ナイロンの素の表情を見ることできてアサミは嬉しく思っていた。

「ミキもっと柔らかほっぺをぷにぷにしていたい」
「母上がアサミさんに夢中だから父上が寂しがっていますよ」
「なっ、なにを言うんだおまえは」

ヒトミは慌ててコハルのほうを向いた。

「もう〜しょうがないなぁ、ヒーチャンは」

口調とは裏腹にミキは嬉しくて仕方ないといった表情で立ち上がった。
アサミの傍を離れてヒトミの隣りに移るとすぐさま腕を絡ませる。
200 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:35
「そんなに寂しかったの?」
「からかうなよ」
「ヒーチャン可愛い〜」

ミキはヒトミの肩にもたれかかると気持ちよさげに微笑んだ。
寄り添う伴侶の温もりがヒトミを安心させ、表情は自然と和らいだ。

コハルはナイロンに目配せして、それからアサミにも笑顔を送った。
ナイロンとアサミは同時に頬を染めて見つめあう。
ミキが傍にいたときとは違った色の雰囲気を醸し出していた。

「僕って気が利くよなぁ」

コハルはひとり呟くと、両手を頭の後ろにまわして笑った。


201 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:36
 
 
202 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:36
賑やかな食事を終えた帰り道。
5人はアサミを送るためにパン屋へと歩いていた。

ヒトミ、ミキ、コハルの前方をナイロンとアサミが並んで歩く。
暗い夜道を丸い月と多くの星が照らしていた。

「あの2人なんか可愛いね」
「お似合いですね」
「あの馬鹿。手くらい握ってみせろ」

前を行くナイロンとアサミの背中を見つめながらそれぞれ思ったことを口にする。

「ねぇ、3人で手繋ごうか」
「いいですね。やっぱり僕が真ん中?」
「今さら息子と手なんて繋げるか」
「ふふ。照れちゃってー」
「ちちうえー」
「こらっ、いい年をして甘えるな」
「やっぱりミキが真ん中のがしっくりくるかな」
「そうですね」
「そうしてくれ」

ミキを挟んでヒトミとコハルがそれぞれ片手を伸ばす。
その手をしっかりと握ったミキは「お姫様っぽいね」と少女のように笑った。
203 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:37
ナイロンはどんな美味しいパンを食べたときよりも幸せを感じていた。
隣りを歩くアサミを見ると自然と心が優しい気持ちになれる。
間違いなく人生の中で最高の時間だった。

そしてそれはアサミも同じだった。
会ったばかりのナイロンにどんどん惹かれていくのを実感している。
こんな幸福な時が訪れることを誰が予想できただろう。
両親が死んでひとりぼっちになったとき、一度は自らも死のうと思った。

哀しさと寂しさでいっぱいになり、絶望の淵でアサミは途方に暮れていた。
そんなアサミに生きる希望を蘇らせたのは父の残したあのレシピだった。
パンを作ろう。父のような立派なパン職人になろう。
そう決心してアサミはひとりでがんばってきた。
執拗な嫌がらせにも屈せず、好きなパンを作り続けてきた。

そしてナイロンに出会った。初めての恋だった。
204 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:37
「ナイロン様」
「ん?」
「星が綺麗ですね」
「そうだね」
「月もあんなにまんまる」
「アサミの作るパンみたいだ」
「ふふ。そうですね」

2人はどちらからともなく手を繋いだ。
そのあたたかさに安心して、互いに微笑みあう。
ナイロンはアサミの歩幅にあわせてゆっくりと歩き、後ろの3人はその様子を静かに見守っていた。
205 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:38
「あれ?」
「どうしたの?」

アサミがふと何かに気づき、歩みを止めた。
ナイロンがアサミの視線の先に目をやると夜空が不思議な色をしていた。

「あの方向……まさか!!」
「アサミ?」

アサミは珍しく大きな声をあげると突然駆け出した。
スカートの裾を持ち上げて懸命に走る。
一瞬、呆気に取られたナイロンはそれでもすぐにアサミの後を追った。
ヒトミたちも何事かと繋いでいた手を離して走り出す。

5人が向かう先にはアサミの店があった。
近づくに連れて空が赤々と染まっているのが見えて全員が息を呑んだ。
206 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:38
「こ、これは…」
「そんなっ!まさか!!」

アサミの店が燃えていた。
パン屋の看板が炎に包まれ今にも落ちそうなほど傾いている。

「なんということだ…」

轟々と燃え盛る炎の勢いに気圧され5人は立ち尽くした。
心地よかったはずの夜風が熱風と化してあたりを容赦なく包みこむ。

怒り狂ったように燃える炎の轟音と家屋が崩れ落ちる衝撃。
夜空を染める赤と呼吸を妨げる黒煙。

アサミにはそのどれもが現実のようには思えなかった。
悪夢だ。これはきっと悪夢に違いない。
自分は眠りの中でひどい夢を見ているのだ。
だが夢にしては熱すぎる。現実にしては信じ難い。
207 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:38
チリチリと肌を焦がすような熱が夢を無情にも覚まさせる。
これは夢ではない。現実だ。現実の世界だ。
自分の守ってきたものが目の前で燃え盛り、崩れ落ちようとしている。
これが現実なのだ。

「いやぁっ…」

嗚咽とともにアサミはその場に膝をついた。
4人はどうすることもできず、ただアサミの小さく震える肩と炎を交互に見ていた。

「…かなきゃ」
「え?」

アサミの小さな呟きがわずかにナイロンの耳に届いた。

「行かなきゃ…取りに……」

アサミが立ち上がりそのシルエットがゆらりと揺れた。
そのままゆっくりと炎に向かっていく後姿をナイロンはどうすることもできずに見つめていた。
208 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:39

「ばかっ!あんた死ぬ気?!」


ミキの怒鳴り声でナイロンは我に返った。
アサミを後ろから羽交い絞めするミキの顔が炎に照らされて赤く見えた。
何をやっているんだろう。自分は何を。
アサミは何をしようと。ミキが止めている。自分は?

「離して!行かなきゃっ……父さんのレシピが中に…私の宝物がっ」

ミキの腕の中でもがきながらアサミが叫ぶ。



  『このレシピがあったから私はこれまでがんばることができたんです』



そう言うアサミはどこか誇らしげだった。


アサミの宝物。
アサミの支え。


アサミの声がナイロンの頭の中にこだまする。
209 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:39
「待て!ナイロン!!」

ヒトミの怒鳴り声もコハルの呼び声もミキの叫び声もナイロンには届かなかった。
ただひとつ、アサミの笑顔だけがナイロンの心を占める。


ナイロンは躊躇することなく炎の中に飛び込んだ。
アサミの笑顔を守ることが自分の役目だと信じて。
210 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:40
「あの馬鹿、死ぬ気か」
「父上!あれを!!」

コハルが物陰に隠れていた男たちを見つけて指差した。

「逃げろっ」

走り出す男たちの行く手をヒトミが素早く遮った。
男たちと対峙したその顔は炎に照らされ、或いは怒りからか真っ赤に染まっている。

「アサミに嫌がらせをしていたのはおまえたちか?これもおまえたちの仕業なのか?」
「……だったらどうする」

額に汗を浮かべじりじりと後ずさりをする男たち。
コハルが静かにまわりこみ、その逃げ場を絶つ。
211 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:40
「馬鹿なことを…おまえたちの命で償ってもらおう。いや、命でも足りないくらいだ」
「なんだと?!」
「息子よ、おまえはナイロンにぶっかける水を調達してこい」
「でもっ」
「ここは任せろ。こんなやつら私ひとりで十分だ」

言うや否や、ヒトミは男たちに向かって拳を振り上げた。
その様子を見てコハルは頷き駆け出す。

「コハル!これを!!」

駆け出したコハルをミキが呼び止めた。
そして両手に抱えた大きな桶を差し出す。
212 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:41
「母上、いつのまに」
「そこの家から借りてきた。早くあっちの川で水を」
「はい!大丈夫だとは思いますけど父上がやられちゃったらアサミさんを連れて逃げてください」
「ばーか。そしたらミキがやり返すよ」

そう言ってミキはひとつウインクをした。
コハルは頷いて桶を受け取ると全速力で走り出した。


ナイロン死ぬなよ。
父上、どうかご無事で。


コハルは祈るような気持ちで奥歯を噛み締めた。
213 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:42
熱い。なんて熱さだ。

ナイロンは炎の中で苦しんでいた。
呼吸をするのも目を開けるのもままならない。
すでに意識は朦朧として足もとも覚束なかった。

炎は容赦なくナイロンに襲い掛かり今にも巻き込まんとしている。
それでもナイロンは必死の思いで足を動かした。
決して後退することなく。
アサミがレシピを見せてくれたことを思い出しながらただひたすらに炎の中を進んだ。

「うわぁっ」

一本の柱がナイロンに向かって倒れてきた。
寸でのところでかわしたもののナイロンの心臓は大きく飛び跳ねていた。
激しく乱された呼吸により肺が酸素を欲しがった。
214 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:42
「ふんっ」

煙に巻かれないようナイロンは足早に進んだ。
苦しい。おもいっきり深呼吸をしたい。
熱い。おもいっきり水浴びをしたい。

ナイロンは頭の中で想像する。

とても清々しい空気の中をアサミと二人で散歩している。
そこは故郷シルバーランドの森だった。
小さい頃によく遊んだお気に入りの場所をアサミに紹介する。
透きとおった美しい泉で喉の渇きを潤してから花を摘むアサミを手伝う。
小鳥たちの囀りは安眠を誘うから、あっちの柔らかい草の上に寝転ぼう。
膝枕、してくれるかな?してほしいな。
こういうときはこっちからお願いするべきなのかな?
想像の中で頭を抱えた。
そしてふとその感触に違和感を覚える。
215 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:43
「はっ!いかんいかん!!!」

熱さと痛みでナイロンは我に返った。
体のあちこちに火傷を負っていた。
服や髪もところどころ焼け焦げ、とてつもなく喉が乾いていた。
想像の中の泉がひどく恨めしかった。

一瞬でも気を緩めればこの炎と煙の中で力尽きてしまいそうだった。
もはや正常を保つのも限界に近い。
落下物を避けながらようやく目当ての場所に辿りつきナイロンは立ち止まった。


「そんな…」


ナイロンが"引き出しだった"箇所に手をかけようとした瞬間、何かが軋む音がした。
だが燃え盛る炎の中でその微かな音はナイロンの耳には届かなかった。
数秒の後、ナイロンの視界は闇で覆われた。
216 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:45
一際大きな音がしてアサミは伏せていた顔を上げた。
傍らで自分の肩を抱くミキは険しい顔をして視線の先で拳を振るうヒトミを見つめている。

「今の…大きな音は……」
「………」

無言で炎を仰ぎ見るミキ。
アサミの肩を抱く腕に力が入った。

「ナイロン様……」

アサミは震える声でナイロンの名前を呟いた。
この真っ赤な炎はどうして私の大切なものを飲み込もうとしているの。

「ナイロン様…どうか、どうかご無事で……」

アサミは自分の店が燃え盛る中に飛び込んだナイロンの身を想った。
そしてその場に崩れ落ちるように膝をつき、両手を固く握り締める。
ナイロンの顔を思い浮かべながら祈りの言葉を繰り返した。
217 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:45
「二人とも無事か?」
「ヒトミ…うん、ミキは大丈夫」

戦いを終えたヒトミがアサミたちのもとに駆け寄ってきた。
腕からは血が滴り落ち、口の端も同じ色に染まっている。
綺麗に整えられた髪がほつれ、垂れた前髪が大きな瞳の片方を隠していた。

「アサミは大丈夫か?」
「ヒトミ様……」

私のために申し訳ありません。

伝えたい言葉は喉の奥でひしゃげ嗚咽となって零れ出る。
必死に堪えるその瞳から涙が溢れ出しアサミは頭を下げた。
218 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:46
「泣くな、アサミよ」
「うっ…うぅ…」
「このくらいの怪我などどうということはない。だから泣くな」

ヒトミはアサミの顔に手を伸ばすと、上を向かせ親指でそっと涙を拭った。
そしてアサミ越しにいまだ燃え続ける炎を目にして唇を噛む。
その隣ではやはり同じようにミキが口を真一文字に結び炎を睨みつけていた。

「ナイロン…」

3人は燃え盛る炎をじっと見つめていた。
あるべき姿をそこに見出すためにただじっと見つめた。
いるべき者が帰ってくるのをただ待つしかなかった。
219 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:46
いつしか3人は4人になった。
息荒く戻ってきたコハルは無言の3人を見て肩を落とした。

「珍しいですね、父上が怪我をするなんて」

沈黙を嫌ったコハルが父の姿をまじまじと見て聞いた。

「ああ…炎に飛び込んだ馬鹿のことが頭をよぎってな。集中力を欠いた」
「………」
「殴るだけ殴って生死は確認しなかったが、おまえ戻る途中で見なかったか?」
「もちろん見ましたよ。あれほど顔の形が変わったら、たとえ生きてても嫌だろうなぁ」
「そうか…死んでいたか」

コハルはあくまで静かに笑った。

ちっとも面白いことなどなかったが、笑うしかないと思った。
いつもなら傍にいるはずの笑い合える相手がいない。
可笑しいことなどないけれど、でも笑うしかない。
笑っていればなんとかなりそうな気がする。
笑っていればアイツはきっと惚けた顔をして戻ってくるだろう。
たぶん…だから、僕は笑う。
220 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:47
薄く笑うコハル。
ヒトミはそれきり何も言わずミキの肩を引き寄せて目を閉じた。
その口からはアサミと同じ祈りの言葉が漏れ、ミキも同様に目を閉じた。

アサミは涙を止めて歯を食いしばるとすっと立ち上がった。
そして今にも崩れ落ちそうな自分の店と対峙した。

「ナイロン様…ナイロン様……ナイロン様ぁーーーーー!!!」

アサミは大きな声で叫んだ。
何度も、何度も、声が掠れてもナイロンの名を叫び続けた。
そんなアサミを誰一人として止めることはしなかった。
221 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:48
「あれ…」
「どうした?」

その人影に最初に気づいたのはコハルだった。
懐かしいシルエットがゆっくりと、だが確実に近づいてくる。
あれはまさしく兄であり弟であり友達であり仲間であるその人。

ほら見ろ。笑っていたらなんとかなるんだ。

コハルは足もとに置いてあった水桶を手に取り走り出した。
そして近づいてくる人物に向かって勢いよく浴びせかける。
222 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:48
「ぶはっ」

懐かしい声にコハルの目頭が熱くなった。

「どうだ、ばかナイロン。気持ちいいだろ」
「はい。最高です」

コハルはナイロンに抱きついてその無事を喜び合った。

「ナイロン!」
「ナイロン様ぁ…」
「あの馬鹿、ようやく帰ってきたか」

ずぶ濡れになったナイロンの全身は真っ黒だった。
服は焦げ、皮膚は火傷と煤で変色している。
唯一覗かせている白い歯と瞳の白い部分が妙に浮いていた。
223 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:49
「へへへ。ただいま帰りました」
「無事か?」
「たぶん…大丈夫です。倒れてきた柱で頭を打って、一瞬クラっとしたんですけどなんとか」
「石頭が幸いしたか。おまえはとてつもない馬鹿だからそれでちょっとは良くなるかもしれんな」
「そんなこと言わないでくださいよ〜ヒトミさまぁ〜」
「ばかもの。情けない声を出すな」

ヒトミに一礼をしてからナイロンはアサミに向き直った。

「なんで…なんでナイロン様あんな危険なこと……」
「ごめん。アサミの宝物のレシピ焼けちゃってた……」
「そんなっ…まさかそんなもののためにナイロン様っ」

詰め寄るアサミの目尻には今にも零れ落ちそうなほど大きな涙の粒があった。
たじろぐナイロンにそれでもアサミは畳みかける。
224 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:49
「ばかっ!!ナイロン様のばかばかばかばかーーーっ」
「うぇっ…うえぇぇ?!」
「そんなことのために命をかけないでっ」
「アサミ…」
「もう誰も死ぬのはイヤっ!ナイロン様が、ナイロン様まで死んでしまったらわたし……」

嗚咽を漏らしながらアサミは膝をついた。
止め処なく流れる涙を隠すように両手で顔を覆う。

「アサミ…ごめん。本当にごめん」
「………」
「アサミの宝物を守りたかったんだ。アサミを…アサミの笑顔を……」
「え……」
「でも守れなかった。私の力なんてこれっぽっちも及ばなかった…」
「そんなこと…」
「なんて微弱なんだろう。なんて浅はかなんだろう。自分が情けない。大切な者を守れない自分が…」
「ナイロン様…」

ナイロンは跪くとゆっくりとアサミの肩を抱いた。
そして再度「情けない」と呟き弱々しい表情を見せた。
225 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:49
「強くなりたい。強い男になりたい」
「………」
「ご両親に代わってあなたを守れるほどの強い男に…」

そう言いながらナイロンは静かに泣いた。
アサミは無言でナイロンを引き寄せると胸のうちに抱きしめた。
そしてナイロンを、両親を想い、焼け落ちた店を見つめた。

その場にいた全員の心の内を表すかのように降りだした秋雨が、まだ少し燻る火を鎮め始めていた。


226 名前:_ 投稿日:2006/10/07(土) 20:50
 
 
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/07(土) 20:53
いただいたレスを見るにつけ同士がいることに嬉しさが募ります
ちょいと大袈裟☆カナ
今さらですがアサミは川*o・-・)この人ですので念のため
ふゅーちゃりんぐナイロン編は次回で終わると思います
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/08(日) 08:41
ナイロン無事でよかったよ〜
でもこの先どうなっちゃうの…
229 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/09(月) 11:32
面白いです
コハルのストーリーも楽しみ〜
230 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:21
翌日の早朝。
アサミはヒトミたちが逗留する宿を抜け出してひとり店の焼け跡に立っていた。

「お父さん、お母さん……ごめんなさい。店、焼けちゃって何も残ってないよ」

昨日まであるべき姿だった店はどこにもない。
変わり果てた店の残骸を見つめ、アサミは途方に暮れた。
両親が死んだときにも似た虚無感。
いや、あのとき以上にどうすればいいのかわからない。
この店はアサミの拠り所だった。店がなければ自分は一体…。

「レシピも跡形もないね……」

真っ黒に焼け焦げた看板の傍らにしゃがみ込み、しばし考える。
パンの形に縁取られた線をなぞる。
汚れた指先を見つめ、冷たい感触に溜息をつくとふいに父の姿が思い浮かんだ。

パンをこねる父の後姿はアサミの最も古い記憶のひとつだ。
そしてその父を見つめる母の横顔も。
231 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:21
落ち込んでなどいられない。
自分にはまだまだやることがある。
自分のやるべきこと、進むべき道をぼんやりとだが考える

アサミは意を決して立ち上がると瓦礫の残骸を押しのけた。
それから自らの両頬を叩いて気合を入れた。

「アサミ〜」
「ミキ様」

アサミが顔を上げるとミキが手を振っていた。

「朝ごはんだよ。食べたらナイロンのお見舞いに行こうよ」
「は、はーい」

昨晩の一件で負傷したナイロンとヒトミは夜のうちに医者の家を訪ねた。
夜もすっかり更けた頃に訪れた怪我人を、医者は迷惑そうな顔ひとつせず診察した。
結果、ヒトミはその日のうちに帰されたがナイロンは安静が必要だった。
火傷よる外傷がほとんどであったが、医者は頭の傷を心配した。
232 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:22
「アサミ?」
「ナイロン様…大丈夫でしょうか」
「大丈夫だって。あの子の石頭はすごいんだから」

ナイロンの身を案じるアサミにミキは明るい声を返す。

「アサミがそんな顔をしていたらまたナイロンが無茶しかねないよ」
「はっ…そ、そうですね」
「だから笑って。ナイロンに笑顔を見せてあげて」

ミキが頭を撫でるとアサミは柔らかい笑顔を見せた。
233 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:23
「ヒトミ様の具合はいかがですか?昨晩の怪我は…」
「ん、大丈夫だよ。傷は浅いし本人も元気だからね」
「そうですか…よかった」
「むしろ見てるほうが大丈夫じゃないかもね。やっぱり万が一のことを考えると、気が遠くなる」
「ミキ様…」
「アサミもそうだったでしょ?もしナイロンが戻ってこなかったらって考えたら」

アサミは頷いて昨晩のことを思い返した。
炎の中に飛び込んだナイロンの後姿。
あれがナイロンを見た最後だったかもしれないと考えると震えが止まらない。
無事に戻ってきたとはいえ、一瞬でもよぎったその考えはなかなか離れてはくれない。
ミキもきっと同じような気持ちだったのだろう。
戦うヒトミを見つめるミキの面持ちを、アサミは思い出した。
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:23
「好きな人が死ぬかもしれないって考えると怖いよね。すごく…怖い」

ミキはかつて魔女として永遠の時を生きていた。
人間に生まれ変わり、人間として朽ちるのを願いながら。
愛する者に抱かれ愛する者と共に有限の時を生きること。
人間に憧れ続けたミキにとって、それは魔女の力を持ってしても叶うことのない夢だった。

だが今は違う。ミキは人間となった。
愛するヒトミやコハルにナイロン、それに出会ったばかりのアサミがいる。
数々の思い出や時間を共有する者たちとの限りある生が、一秒一秒が、今は惜しい。

魔女のときには考えもしなかった。
刻一刻と過ぎる時間たちがこんなにも愛しく貴重だなんて。
ヒトミへの愛、ヒトミからの愛を互いに交し合える時間はあとどれほどなのだろう。
人間とはなんてはかない生きものなのか。人間の一生はなんて短いのだろう。

だからこそ人間は死が二人を分かつまで惜しみない愛を与え合うのだろう。
ひょっとすると死が二人を離してもなお。

それは人間になったミキがヒトミを愛して悟ったことだった。
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:24
「はい。すごく、怖かったです」
「愛する人がいるほど失ったときのことを考えると…怖いよね」
「………」

アサミはミキの言葉に深々と頷く。
両親を亡くしたときと同様に怖かった。
店が燃える様を見たときのショックとあわせるとそれはとてつもない恐怖だった。

「でも無事で良かった…」

ナイロンが生きて戻ってきた姿をアサミは一生忘れることはないと思った。

「アサミはこれからどうする?」
「えっ」
「店のこと。それに…ナイロンのこと」
「ミキ様」
「うん」
「私まだ少し迷っているのですが、考えていることがあるんです」
「そうなの?」
「はい。相談に乗ってくれますか?」
「もちろん。ミキでよかったら」

2人は朝食をとるべく宿に向かって歩き出した。


236 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:24
さすがのヒトミも今日ばかりはナイロンの頭を叩くことはしなかった。
その代わりとばかりにナイロンの頬をこれでもかとつねり上げる。

「まったく、なんて馬鹿なんだおまえは」
「ヒ、ヒトミ様…イヒャイです〜」
「あのまま死んでいたらアサミが悲しむことくらい分からないのか」
「離してくださいぃ〜」
「アサミだけじゃない。ミキやコハル…それに……」

言いよどむヒトミ。
ナイロンは不思議そうにヒトミを見た。

「ヒトミ様?」
「ふんっ!まったく悪運の強いやつだ」
「イダァァァァァ」

最後に強烈なひと捻りをしてヒトミは椅子に腰掛けた。
ここは親切な医者の家の一室。
安静を言い渡されたナイロンが横になっている傍でヒトミが腕組みをする。
237 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:25
「なぜあんな無茶をした」
「すみましぇん…」
「私はなぜかと聞いているんだ」
「アサミの宝物を取って来なければと思って…」

ナイロンの返答に呆れ、ヒトミは組んでいた腕を解いた。

「おまえ、そんなもののために命をかけたのか?」
「そんなものなんかじゃありませんっ」

ナイロンは身を乗り出して否定した。

「あのレシピはアサミの支えだったんです。アサミは言ってました。守ってもらっているのだと、亡くなった両親が残したあのレシピを胸に抱きながら私に言ったんです。あれはアサミにとって"そんなもの"なんかじゃない!アサミは…アサミは…うぅ……私は、アサミの笑顔を守りたくて…」
「ナイロン……」

ナイロンは泣いていた。
流れる涙を拭おうともせず、必死にヒトミに説明する。
どうして自分が泣いてるのかナイロンは分からなかった。
アサミのことを想うだけで涙が止まらない。
238 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:25
それはふがいない自分への悔し涙だった。
アサミの笑顔を守れなかったことがナイロンの胸に重く圧し掛かる。

涙で言葉につまったナイロンの頭をヒトミはそっと掴んだ。
包帯からはみ出た黒髪は火事の名残りでところどころちぢれている。
その頭を自らの胸に力強く引き寄せるとヒトミは言った。

「おまえはよくやった。アサミの笑顔のためにな。それで十分だろう」
「でもっ…」
「命を賭して愛する者のために戦ったんだ。一人前の男だ、ナイロン。おまえは立派に成し遂げたんだ」
「そう、でしょうか…?」

私が一人前?こんなふがいない甘ったれの自分が?
ヒトミの大きな手に髪をかき回されながらナイロンは思う。
こんな自分が立派なわけないじゃないか。
ヒトミ様は私に同情して慰めてくれているに違いない。
239 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26
「いいか?一番重要なのはな、おまえが死ななかったことなんだぞ」
「え…?」

ヒトミの脳裏に亡き妻の面影がよぎる。
あれほどの絶望や喪失感も年を重ねるごとに薄れていった。
失意のどん底にいた自分を思い出すことはもう難しい。

ヘケート、そしてミキとの出会いが自分を救い出してくれた。
這い出ることなど到底不可能だと思っていた場所にミキという光が射した。

「自分が死んで、愛する者がどれほど悲しむか想像できるか?おまえに」

幸と不幸の両極でその悲しみを痛いほどに感じてきたからこそナイロンにそう問いかけた。

「愛する者を失う悲しみは並大抵のものではない」
「私が死んでいたら…アサミはきっと…泣いて…」
「逆に考えてみろ。アサミがおまえのために死んだとしたらどうだ」
「そんなっ…そんなこと、考えたくもないっ」

ナイロンはきつく目をつぶって一瞬浮かんだその想像を打ち消した。
240 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:26
「おまえは死ななかった。それで十分だ。強い男になったな」
「ヒトミ様……」
「よく帰ってきた、ナイロン。おまえの帰りを待ち侘びたぞ」
「遅くなって…申し訳ありませんでした」

ヒトミの胸に顔を埋めたナイロンはくぐもった声でそう答えた。

「泣くな。服が濡れるだろ」
「へい……」
「まったく、仕方のないやつだ」

ヒトミの呆れた声がナイロンは嬉しかった。
この声が聞ける喜び、生きていることの大切さを実感していた。


241 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:27
怪我を負って医者の家へ運び込まれてから数日。ナイロンは順調に回復していた。
アサミをはじめ、ヒトミたちは毎日のように見舞いに訪れていた。

この日もヒトミとミキが顔を出して見舞いというよりは甘い雰囲気を見せつけて帰っていったばかりだった。
そしてその直後にコハルが元気よく登場した。

「頭の調子はどう?打つ前より良くなってるといいね〜」
「ヒトミ様にも同じことを言われましたよ」

さすが親子だとナイロンは変なところで感心した。

「あとでアサミさんも来るって言ってたよ」
「あと、ですか…」
「最近どうも忙しそうなんだよね」
「………」

ここ数日、ナイロンはアサミの様子がおかしいことに気づいていた。
見舞いに来ても何か気になることがあるのか落ち着きがなく、すぐに帰ってしまうことがあった。
もちろんアサミからの好意というかもっと言えば愛情のようなものをその温かい視線から感じ取ることをできてはいたが。
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:27
「はぁ〜」

ナイロンは寂しいのだ。
もっとアサミと話していたい。一緒にいたい。
どうしてこの気持ちを口に出せないんだろう。
まだまだ恥ずかしさが先立つ関係をなんとか前進させたいとナイロンは願う。
だが願ったところですんなりと叶うものではない。
魔女でもいない限り、アサミは人の心が読める万能人間ではないのだから。

「なんだよナイロン。溜息なんてついちゃって似合わないよ」
「べっつに。なんでもないですぅ」
「アサミさんが来なくて寂しいんだろう」
「そんなこと…」
「ない?」
「……あります」
「うんうん、素直で可愛いねぇ」

ニコニコ顔のコハルとは対照的にナイロンは表情を沈ませた。
243 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:28
「アサミは…何がそんなに忙しいんでしょうか……」
「僕に聞かれてもなぁ。アサミさんは何も言ってないし」
「もう私の見舞いなんて面倒になってしまったのでしょうか……」
「あのね、ナイロン。よく考えてみなよ」
「何をですか」

アサミは自分に飽きてしまったのだろうか。。
それとも何が原因かは分からないが愛想を尽かされたのだろうか。
ナイロンは考えたが、考えれば考えるほど泣きたくなった。

「アサミさんは店も家も燃えちゃったんだよ?」
「はぁ」
「これからのこと…生活のことなんかで必死なんじゃないかな?」
「あっ…」

そうだそうだ、きっとそのとおりだ。
アサミは大変な目に遭ったのだ。

ナイロンは目先の寂しさに囚われて肝心なことを忘れていた。
そして現実を見据えると同時にある大切な事実に思い至る。
244 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:28
アサミは自分たちのように国から国を渡り歩く旅人ではない。
この地で生まれ、育ち、生活を営んでいる。
彼女には彼女の生活があり、生きていくためにはこれからもその生活を成り立たせなければならない。

自分たちとは根本的に違う。
自分と彼女とは、生きる道が違うのだ。

「ナイロン?」

再びナイロンは泣きたくなった。
いずれ来るアサミとの別れを思い、寂しさで胸が張り裂けそうになる。

アサミの笑顔が見れないなんて。
もうあの美味しいパンを口にすることができないなんて。

アサミがいなければ自分は…自分である意味がない。
生きる意味がないのだ。

アサミと一緒にいたい。ともに人生を歩みたい。
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:28
「コハル様っ」
「ん?」
「……いえ、なんでもありません」
「変なヤツだなぁ」
「………」

思わず口から零れそうになった言葉をナイロンは結局言わなかった。
いや、言えなかったのだ。
幼い頃から兄弟のように育ち、仕えてきたコハル。
無邪気な笑顔がナイロンの心を迷わせる。
離れたくない。ずっと一緒だったのだ。離れられるはずがない。

コハルから目を逸らして頭を振る。
窓の外には故郷シルバーランドのそれと変わらぬ青空が広がっている。
ナイロンは自然とヒトミのことを思った。

たとえ国を追われても一生仕えると自らの心に誓った。
ヒトミへの忠誠は確かにこの心にあるのだ。
それは確固たる意志を持って存在している。

だからナイロンには考えられない。
ヒトミの元を離れ、コハルとミキに別れを告げることなど想像すらできない。
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:29
「3年も経つんだなぁ」
「え…?」
「シルバーランドを旅立ってからもうすぐ3年だよ。早いね」
「そういえば…」
「いろんなことがあったね」
「そうですね」
「いろんなこと…それにいろんな人に出会った」
「ええ」
「ナイロン」
「はい?」
「アサミさんのこと、好き?」

突然の問いかけに驚いたもののナイロンは素直に答える。

「好きですよ。初めて恋というものを経験しました」
「そうだよね。恋してる顔だもん」
「顔って…コハル様、分かるんですか?」

訝しげに尋ねるナイロン。
コハルは笑って首を横に振った。

「まさかぁ。父上の受け売り」
「なぁんだ」
「僕に分かるわけないじゃん」
「ですよね」

2人は笑い合うと窓の外に目を向けた。
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:29
「あ、噂をすれば」

窓の外に通りの向こうを歩くアサミの姿が見えた。
アサミは2人の視線には気づいておらず、商店に群がる人の波を避けるのに必死だ。

ナイロンはアサミの姿をじっと目で追った。
人にぶつかり頭を下げるアサミ。
抱えた紙袋から覗く色鮮やかな果実は自分への差し入れだろうか。
頬を赤く染めてまっすぐに前を向いて歩くアサミは生き生きとしている。
まるであんな火事などなかったかのように、希望に満ち溢れた表情だ。

アサミが通りを渡りきって視界から消えた。
もうしばらくすればこの部屋に元気よく入ってくるのだろう。
そのときの姿を思い浮かべると胸が高鳴る。

やはり自分はこの人のことが好きだ。
募る愛しさを抑えることはもはやできない。
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:30
「ナイロン」
「ふぇい?」
「なんだよ、ぼうっとしちゃって。さてはアサミさんに見とれてたな〜?」
「コハルさまぁ」

ナイロンは泣きそうな顔でコハルの腰元にしがみついた。

「うわっ!どうしたの急に。気持ち悪い」
「気持ち悪いとか言わないでくださいっ」
「じゃあ気色悪い」
「一緒じゃないですか!!」
「あははは。ごめんごめん」

腰にしがみついてる膨れっ面を、コハルは楽しげにつついた。
為すがままのナイロンはコハルの目をじっと見つめた。

「どうしたんだよ〜ナイロン」
「私は…私はもう一緒には……」

ナイロンの弱々しい声がコハルの指を止める。
その真剣な表情になぜか予感するものがあった。
249 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:30
「………私は」

ひと呼吸を置いてからコハルを見上げたナイロン。
その瞳には確かな意思が宿っていた。

あのときと同じだ。いや、あのとき以上かもしれない。
償いの旅を共にすると言ったあのときのナイロン。
僕と父上をしっかりと見据えたあの瞳だ。

「ナイロン、もしかして」
「具合はいかがですか?ナイロン様」

コハルの言葉を遮るようにアサミの声がして、ドアが開かれた。
ナイロンは慌てて居住まいを正すとにこやかな笑みを見せた。
250 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:31
「もちろん元気いっぱいですよーー!!」
「よかったぁ。あ、コハル様もいらっしゃったんですね」
「う、うん」

今の今まで真剣な顔をしていたナイロンの変わりようにコハルは戸惑った。
分かっていたこととはいえ、好きな女が姿を現しただけで人はこうも変わるものなのか。
底抜けに明るい声がナイロンの嬉しさを物語っている。

いつか自分もこんな風になるのだろうか?
コハルは羨ましいような居心地が悪いような不思議な気持ちでナイロンの様子を眺めていた。

「2人ともお腹空いてませんか?」

ナイロンに負けず劣らず嬉しそうなアサミは、抱えていた紙袋の中から果実を取り出した。
251 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:31
「うん!なんとなーく小腹が空いたところだったよ」
「あ、僕はもう帰るね。2人でごゆっくり〜」

気を利かせて去ろうとするコハルをアサミが呼び止めた。

「そんなこと言わないでコハル様も一緒にどうですか?よく熟れて美味しいですよ〜?」

アサミがコハルの目の前に果実をチラつかせて無邪気に笑った。
たしかに可愛いとコハルは思う。ナイロンが夢中になるのもよくわかる。
アサミはとくに食べ物が絡むととびきりの笑顔になる。
この笑顔にナイロンはやられちゃったんだろうな。

コハルが冷静に思う反対側で泣きそうな男が一人。
252 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:31
「コハル様……」
「な、なんだよ〜。なんで泣きそうになってんの?」
「だってアサミがコハル様を誘った…」
「ナイロン様?」
「ナイロン?」
「うわっうわわ。なっ、なんでもないですなんでもないです」
「はぁ〜。嫉妬されるのはごめんだからやっぱり行くよ」
「………」

状況を理解して真っ赤になって俯くアサミ。
その頬は手に持った果実よりも熟れていた。

「コハル様っ」
「2人とも好き合ってるんだからさ、もっと素直になりなよ」
「ななな、なにを言うんですか!!!そんな…あわわわわ」
「父上たちみたいにとは言わないけどさ、もっとイチャイチャしてもいーんじゃない?」
「………」
「………」

無茶を言うなとばかりにナイロンは手を大きく振っていた。
コハルは笑いながら「じゃあね〜」と去っていく。
空しく宙を切る手の置き所に困り、ナイロンはそのまま固まった。
253 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:32
「ナイロン様…」
「………」
「ナイロン様?」
「………」

ナイロンはイチャイチャについて考えていた。
自分の知っているそれはヒトミとミキのあんな姿やこんな様子しかない。
おそらくはあれをイチャイチャと言うのだろう。
って、あんなことできるわけがないじゃないかーーーーー!!!

「ナイロン様ってば!」
「はっ!なっなに?どうしたの?」

どうしたのはこっちの台詞だ。
アサミは喉まで出かかったその言葉を飲み込む。
254 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:32
「そんなに考え込まないで…」
「あっ」

ナイロンは柔らかい温もりに包まれた。
柔らかくてとてもいい匂いがナイロンの鼻腔をくすぐる。
自然と両腕が伸び、アサミの腰にまわった。
抱き合う2人はしばらくの間、無言で互いの温もりを確かめ合っていた。

「アサミ…」

伝えたい想いは山のようにあったが言葉は出ない。
この温もりの前ではどんな言葉も意味もなさない気がした。
こうしてアサミを抱きしめて、抱きしめられて、それで十分だ。
アサミは確かにここにいる。こうして私の腕に抱かれている。

「愛してるよ」

ナイロンが考えるのをやめたとき、その言葉は自然と口から零れ落ちていた。


255 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:33


宿ではヒトミとミキ、それに医師の家から戻ったコハルがお茶を飲んでいた。
それぞれにナイロンとアサミのことを考えていたが2人について話をする者はいなかった。

ある者は察し、ある者は予感し、また、ある者は見抜いていた。

これから起こるであろうこと。行く先。2人の未来について。


256 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:33
 
 

257 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:34
火事の日から数日が経ち、医師も驚くほどの早さでナイロンの怪我は回復した。
頭に残る包帯は無茶をしないようにという医師からの戒めだった。

ヒトミの部屋の前をナイロンは先ほどから行ったり来たりしていた。
ぶつぶつと何かを呟いたり、唸り声をあげたりしてうろうろする様は怪しいの一言に尽きる。
見る者にとってその様子は頭に巻かれた包帯のせいもあり、かなり危ない人だった。

「う〜ん、う〜ん」
「さっきから何を唸ってるんだ」
「いえ、実は大臣にお話があるんですけどちょーっと入りづらいんですよねぇ」
「ほう話があるのか」
「ええ、そうなんですよ。でも大臣の顔を見たらうまく話せないだろうなって不安で」
「なるほど。ところでまた大臣と言ったな」
「あっいっけね。つい癖が……って、だ、だ、だ、だいじーーーーん!!!いつからそこに!!!」
「うるさい」

遠慮のないゲンコツが落ちてきてナイロンはその場に蹲った。
258 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:34
「話があるならさっさと入れ」
「ふぇ〜い」

涙目のナイロン。
これから話すことを考えると気が重い。
自分の目に薄っすらと浮かぶこの涙は痛みのせいだけではない。

部屋に入ったものの、ナイロンは所在無さげにドアの前をうろうろしていた。
目の前ではヒトミが腕を組み、無言で座っている。
その顔をまともに見ることできない。
声を出したら泣き出してしまいそうだとナイロンは歯をくいしばった。

だが言わねばならない。
誰よりも尊敬するヒトミに、自分の決意を自分の口から伝えたい。
緊張で心臓が口から飛び出してしまいそうだった。
259 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:35
これまでの人生において震えるほど緊張したのは3回。

ヒトミと初めて対面したとき。
毒を塗った剣をフランツに手渡したとき。
そして、アサミとの出会い(正確には親しくなるまでのときだが)。

こうして考えてみるとけっこうあるなと思考が横道にそれる。
そういえばヒトミ様と初めて会ったときに大笑いされたんだよなぁ。
あれってどうして笑われたんだっけ?…って、今はそんなことどうでもいい!
ぶんぶんと頭を振ってから震える足をつねってヒトミを見た。

間違いなく、過去最高に緊張した瞬間だった。


260 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:38
ナイロンが切羽詰っていたそのとき、対照的に隣室ではアサミたちが和やかな雰囲気で過ごしていた。
自らの決意とこれからのことについてアサミはミキとコハルに話していた。

ヒトミには昨夜のうちにすでに打ち明けていた。
ナイロンには内緒で、こっそりと。

「そっか。やっぱり行くんだね」
「はい。ミキ様にはいろいろ相談に乗ってもらって…」
「よしてよ。ミキは何もしてない。自分の経験を話しただけじゃん」
「でもすごく参考になりましたよ。本当に」
「そう?まあいいけど」

照れるミキをアサミとコハルは面白そうに見つめる。
261 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:38
「それにやっぱりどこかで迷いもあったから…ミキ様の話を聞いてるだけで背中を押してもらえたような気がします。外の世界に出るのは今でも少し怖いんですけど」
「アサミなら大丈夫だよ。ミキが保証する」
「僕も」
「ありがとうございます」

コハルはアサミの晴れやかな顔に目を奪われた。
出会ってからそうたいした時間は経っていない。
それなのにアサミはいつのまにか大人の表情をしていた。
年下のコハルから見ても少女のようだったアサミが今は随分と大人に見える。
火事の前と後でアサミはすっかり変わった。
良いほうへ変化したのはきっとナイロンの存在があったからだろう。

「ナイロンのことよろしくね。面倒かけると思うけど」
「そんなこと。私のほうがナイロン様に助けられてます」
「ああ見えてたぶん何かの役には立つと思うから」
「たぶんって」

コハルが笑うとミキは「それは冗談だけどね」とウインクをした。
262 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:38
「これからは2人っきりだしイロイロとがんばってね」
「は、はい…」
「若い2人はイロイロとアレがナニだろうからさ。イヒヒ」

今度はアサミが照れる番だった。
ミキの冷やかしはアサミでなくとも赤面ものだとコハルは思う。
段々と父上に似てきたなぁと苦笑する。
それも酔っ払って上機嫌になったときの父上にそっくりだ。

「ちょっと、コハルなんで笑ってんのよ」
「えっ、いえいえ。なんでもないです」
「コハル様〜助けてください。ミキ様がぁ〜」

情けない声で助けを求める姿がナイロンのそれと重なる。
やれやれ、こっちも似てきちゃったかとコハルは肩を竦めた。


263 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:39
一方、緊張に震えるナイロンはいまだに声を出せずにいた。
ヒトミから見ても気の毒なほどその表情は切羽詰っている。
包帯の色が変わるほど汗が噴出し口許はもぞもぞとおかしな動きをしていた。

まったく、出会った頃とちっとも変わらないな。情けない。
ヒトミはどこか懐かしい気持ちになった。

「ナイロン」
「は、はい」

押し黙ったまま、ただ時間が過ぎるのを待っていても仕方ない。
ナイロンの話は分かっているし気持ちは痛いほど理解できる。
最後まで世話のやけるやつだなとヒトミは自ら口火を切った。

「暇をやろう」
「それは…どういう、意味ですか?」
「分からないのか?クビだと言ってるんだ」
「………」

ナイロンは目を丸くしてヒトミを見た。
突然のことに何をどう言っていいのか、頭が混乱する。
264 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:39
「もうおまえの顔など見飽きた。どこにでも行け」
「そっそんな…」

ナイロンは膝の上に乗せた自らの拳をきつく握り締めた。
歯をくいしばり、必死に我慢をしたが堪えきれず涙が流れる。

「……グスッ…グスン…なにも…そんな言い方…しなくても……グスン」
「泣くなナイロン。男なら泣くな」
「………」

ナイロンは震える口許をきつく真一文字に結んだ。

「おまえには守るべき者がいるんだろう?ならば何があっても泣くな」
「…ふぇい」

やっとの思いで返事をすると服の裾で涙と鼻水を拭った。
いつのまにかすぐ傍に来ていたヒトミがナイロンの頭を軽く小突いた。
265 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:40
「まったく…おまえの顔を見ているとなぜこうも叩きたくなるんだろうな」
「大臣…ひどいですよ……」

再び大臣と呼ばれたヒトミ。
否定はせず、包帯から覗くナイロンの髪をそっと撫でた。
自分を見上げるその瞳は出会った頃と何も変わらない。
真っ直ぐで、ひたむきで、単純で、そしてとても眩しい。

「きっと叩きやすい顔なんだろうな」
「な、なんでですかー!」
「これ以上叩かれたくなかったらさっさと出ていけ」
「え?」
「そら」
「うわぁ〜」

いきなりヒトミに押し出されたナイロンは転がるようにして壁に激突した。
パタンと閉められたドアの前で呆然と尻餅をつく。
266 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:40

大臣……ヒトミ様……。


「うぉーーー!!!」

すっと立ち上がったナイロンは雄叫びをあげながら廊下を駆けた。
その声に隣りの部屋で寛ぐアサミたちは何事かと驚き立ち上がった。
包帯男が奇声を発しながら外へ飛び出していく姿に、宿屋の主人は腰を抜かした。

「うぉーーー!!!」
「うるさいぞ!ナイロン」

窓を開けたヒトミがナイロンに向かって叫ぶ。
隣室の窓からはアサミやミキ、そしてコハルも顔を出していた。
267 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:41
「だいじーん」
「なんだ」

ナイロンはゆっくりと顔を上げた。
青空が見えた。愛する者や仲間も見える。
出会った頃と変わらぬ気難しそうな顔が自分を見つめていた。

自分に向けられたその眼差しが太陽の光に吸い込まれる間際、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
268 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:41


「ナイロン、元気にいってきます!!!」



269 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:42
 
 
270 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:42
翌日、ナイロンとアサミは旅立ちのときを迎えていた。
船着場には見送りのために町の多くの人々が集まっていた。
ヒトミたちだけではなく、パン屋の常連客らが若い2人の門出に祝いの言葉をかける。

「達者でな」
「はい」
「いつでも帰ってきていいからな。またパンを焼いてくれよ」
「ありがとう」
「にーちゃん、アサミをちゃんと守ってやってくれよ」
「は、はいっ」

アサミは次々と別れを惜しむ人々に、少しばかり涙を流しながらも笑顔で応えていた。

「なんかの役には立つと思うから見捨てないでやってね」
「またそれですか、母上」

真剣な顔つきでアサミの手を握るミキ。
だが口許は笑いを堪えてひくついている。
271 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:43
「なんの話しですかー?」
「ナイロンは聞かないほうがいーよ」
「それってどういう意味ですかぁ?コハル様。ねー、アサミ教えて」
「う、うん。ええっとそれは…」
「ふふっ」

正直に言うべきか悩むアサミ。
コハルとミキは楽しそうに笑っていた。
会話の内容からなんとなく察したヒトミは笑いながらナイロンの頭を小突いた。

「ほら、もう出るみたいたぞ。いつまでも喋っていて乗り遅れるなんて間抜けなことはしないでくれよ?」

ヒトミに促されナイロンとアサミは顔を見合わせた。
272 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:43
「それじゃ行こうか」
「はい」
「元気でね」

コハルがナイロンを抱きしめるとナイロンもしっかりとその背中に腕をまわした。
互いの腕を解き「えへへ」と照れ笑いをする2人をアサミが優しく見つめる。

それからコハルはヒトミの横に立った。
肩に手を置かれて笑みを作るのに必死だったコハルは泣き出しそうになった。
だが泣くわけにはいかない。笑顔で送り出したい。
震える肩に置かれた父の手は縋りつきたいほど温かかった。

273 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:44
「2人のこと大好きだよ」

ミキは静かにそう言った。
別れの挨拶なんてあっさりしてるほうがいい。長い話は嫌いだ。
惜しむよりも笑って別れたい。笑顔を覚えているほうが素敵だもの。
難しいことは考えずそのときの気持ちを正直に伝えればいい。

「2人が大好きだから…」

ミキは再び自分の正直な思いを口にした。
そしてナイロンとアサミにかわるがわる口づけをすると笑顔を見せた。
その突然の行動に2人は驚き、そして顔を真っ赤にした。
別の意味で真っ赤になったヒトミをコハルが「まあまあ」と抑える。

「私たちもミキ様のことが大好きです」
「ありがと」

こっそりと鼻をすするミキ。
ヒトミはその肩を優しく抱き寄せた。
274 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:45
「それでは行ってきます」

ナイロンとアサミの背中をヒトミたちは何も言わずに見つめた。


船に乗り込んだナイロンは満面の笑みで両手を大きく振った。
何度も、何度も、両手がちぎれるほどに振りまわした。
ミキとコハルも大きく手を振る。

「ありがとう」

ヒトミは小さく呟いて口許だけで笑って見せた。

ナイロンは相変わらずぶんぶんと手を振っていた。
ヒトミたちの姿が見えなくなってもなお、ナイロンは手を振り続けた。
初めてヒトミと対面したときに見せた笑顔とともに。
275 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:46


『名前は?』
『ナ、ナイロンと申します』
『ナナイロン?』
『い、いえっ…ナイロンです』
『どっちなんだ』
『ナイロンです』
『まあ、どっちでもいいがな』
『えぇー!!なんでですかー!!』
『クッ…クックック…おまえ面白い顔だな。いつもその顔でいてくれ』
『ふぇ?それって喜んでいいんでしょうか』
『ワッハッハッハ。いや、喜んでいいと思うぞ。ぶはっ』
『へへ…そうですか?ありがとうございまーす』
『素直に喜ぶやつがあるか。ぶははは』
『えぇぇ!大臣ひどいじゃないですかぁー』



ヒトミの笑い転げる姿を思い出しながら、ナイロンはいつまでも手を振っていた。



276 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:47

こうしてナイロンは新たな道へと出発した。
行く先にどんな未来が待っているのか、それは誰にも分からない。

残された親子たちもまた新たな旅路に就いた。
現在、そして未来へと続く道中には意外な人物が待ち受けているのだが…



それはまた別のお話。



277 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:47
 
 
278 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:47
 
 
279 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:48
大臣と魔女番外編「ナイロンの恋」了
280 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/29(日) 23:51
長くなってしまいましたが番外編ふゅーちゃりんぐナイロンは以上です
読んでくれた皆さんどうもありがとう
そしてこれからもよろしく

遅くなったけどマコ卒業おめでとう
ハッピーバースデー
281 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 00:03
あの夏の日がよみがえりました。
すっごくありがとうございます。
そしてまだまだ8月が続くことを願っています。
282 名前:名無しドク者 投稿日:2006/10/30(月) 00:28
ないろーーーん(まことーーーっ)
やべぇ作者さん最高すぎです;涙がとまらない放課後です
283 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/30(月) 18:33
最高でした。すごく良かったです!続き楽しみに待ってます
284 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 13:05
ああ、なんかいろいろ重なって涙が止まらない〜
本当に卒業したんだなってまた実感しました。
みんなみんな幸せにな〜れ!

「また別の話」、も楽しみにしています〜!
285 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/11/01(水) 20:15
出会いのエピソードで泣きますた
また別の登場人物のお話も楽しみにしてます

286 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 13:29
なんかこの小説の世界のような音源が出ましたね。
また最初から読み直してしまいました。
287 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 14:48
むらむらして書いた
今は反省してない
288 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:49
大臣と魔女 特別編
289 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:49

「その時をまーーーーーーてーーーーーーー」


魔女の甲高い笑い声が客席からの拍手と重なった。
その瞬間いつもあたしの肩におかれた小さな手に微妙な力が入るのは初日から変わらない。
もう何度も味わったこの光景もあと残すところわずかとなってしまった。
1ヶ月という短い期間でこなしてきた40公演も、あとわずか。

「ふぅ」

大臣と魔女を乗せた円筒形の舞台がゆっくりと回りながら落ちていく。
ほとんど客席から見えなくなったところで魔女の手が怪しく動きだした。
290 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:50
「あんっ…あっ…」

鎖骨はダメだよ…マジでヤバイから。
声を出さないよう体に力を入れたけど無駄だった。
首筋を撫で上げられて背筋がゾクゾクとする。
喉仏を這う指には素直にゴロニャン。

本番中とはいえ狭い舞台装置の中で2人きり。
息を吐き、膝をついたまま見上げるとそこには妖しく笑う魔女の姿。

「うふふ」

その笑みは完全にあたしを誘っていた。
大臣と魔女が、吉澤ひとみと藤本美貴に入れ替わった瞬間だった。

今夜は美貴の息遣いがやけに生々しく感じる。
間近で感じる体温もなんだかいつもより熱い。
あたしを見下ろす美貴は笑ったまま。けれどその目は潤んでいる。
291 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:51
喉を鳴らして目の前で揺れるスカートをペロっとめくってみた。
すぐさまあたしの手を上から抑えつける邪魔な手が伸びてきた。

「スパッツはいてないから」
「なんだよ」

そっちから誘ったくせになんだよこの手は。
……うん?今なんつった?

「そのままストッキングだから」
「マジ?」

えぇっと……どういうことだ?
スパッツないの?すぐストッキングなの?
てことはその下は念願の……つまりそういうことなのか?!

「ふふん♪」
「マジ〜?マジで〜?」
「マジで〜」

あたしの手を掴んだまま美貴がまた笑った。
笑いながら下唇をペロっと舐めて、手が離れる。
あたしの手はスカートの裾をぎゅっと握りしめたまま。
292 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:51
「見る?」

小首を傾げてあたしに問う美貴。
魔女の格好で、しかも見下ろされている体勢なのに可愛すぎて守ってやりたくなった。
この笑顔を見るためにあたしは、大臣は、膝をつくんだろう。
この舞台装置もきっとあたしと美貴のために存在する。
ありがとう木村さん。コマ劇場ありがとう。みんな本当にありがとう。

「ねっ、見る?見る?見る?」
「ほんとう?」
「見る?見たい?」
「いいの?いいの?いいの?」
「うふふふ」

そしてあたしは迷わず禁断の扉を開けた。そこに広がるのは闇。
何も見えないあたしは迷い人。地図も持たずにさまよう。
けれど恐怖はない。だってそこは美貴の中だから。
293 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:52
闇の中を手探りで突き進むあたしはさながらRPGの主人公だ。
探し当てた薄いストッキング越しのすべすべとした足に迷わず頬擦りをして体力を回復する。
そしてさらに奥へ。ここまできたら歩みは止まらない。止められない。
セーブポイントなんてものはない。そんななまっちょろいダンジョンではないのだ。

「おぉ…」

ついにあたしはそこに辿りついた。
まばゆいばかりに神々しく光るピンクのパンツを目の前に自然と息が荒くなる。
両手のしわとしわをあわせてハッピーてなもんよ。

「いっただきまー…」
「よっちゃん!時間ヤバイ!」
「あぁぁぁ!!!」

ピンクは一瞬で消え、闇もまた消えた。
温かい体温が離れてスカートもまた…。
294 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:53
「マコトがリボンの騎士にやられちゃったみたいだから早くいかないと」
「まことぉぉおおおおお!!!!てめぇぇええええええ」
「よっちゃんはやくぅ」
「マコトもっとがんばれよなー超がんばれよなー」
「無茶いうな」

ショボン。いつのまにか両膝をついていた。
ピンクの幻を求めていまださまよう手が空しい。あーあ。

「もぅ、しょーがないなー」

そう言うと美貴はあたしの頬に軽くキスをして魔女の顔になった。
295 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:54
「ミキチィ〜」
「ちゅってして。よっちゃんもして」
「おうっ」

ちゅぅぅぅ。メイクが取れないようにそっと。でもしつこく。

「終わったら続き……ね」
「マジで?」

よーし、大臣かんばっちゃうぞ。
スカートを翻して走る魔女の後を追いながら呟いた。


「では、のちほど…」


296 名前:_ 投稿日:2006/12/09(土) 14:54

川VvV)人(´∀`0)

297 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 14:55
短くてスマン

ナイロンの恋を見守ってくれたみんなありがとーありがとー
年末になりましたが8月病はまだまだ続きます
まったり更新ですがこれからもよろしくです
298 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 15:06
キター
またラブラブな二人を楽しみにしてます
299 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 15:44
短編更新お疲れ様です。
大臣と魔女最高。やっぱりみきよしは最高。
それしか言えないほどのこの衝撃的な贈り物ありがとうありがとう。
また次回更新を楽しみにしています。
300 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 20:06
ネタ取り入れるの早っw
301 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:10
8月病がイレギュラーしてるようです
こっから数レスえろです(それなりに回避してください)
302 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:11

「んっ…はぁっ……」
「ふぅ…あっ…あっ」

闇の中で荒い息遣い響く。
闇、といってもまったくなんにも見えないわけじゃない。
目を凝らし鼻をひくつかせて感触を味わえば、ほらもうすべて丸見え。
あたしの目をナメんなよ。

「あっ…よっちゃぁぁん……」

闇の中でも存在を強く主張している大事な大事なピンクが見える。
さっき見損ねた美貴のピンクをはぎとって、あたしは顔を近づけた。
あったかくて湿っててピクピクしている。
303 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:12
「ちゅぱちゅぱちゅぅぅぅ」
「んはっ…あぅ…だめ…だめ」
「やっばい…たまんないわ…」
「はぅぅっっ」

あたしの囁きに美貴が敏感に反応した。
綺麗な足がピンと真っ直ぐになっている。
あたしの頭のあたりを弱々しい手で触って押しのけようするけど無駄無駄。
膝をゆるゆると撫でて内股にキスをしたらまた可愛い声が漏れ聴こえてきた。
嬉しくて焦らすようにキスを続けた。
304 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:12
「はやくぅ」
「………」
「よっちゃ…はやく…」

美貴の声を無視して触りたくて仕方なかった太股に顔を寄せる。
たまらない。息をいっぱいに吸い込んで、そして吐いた。

たまらない。もうホントここ最高。
一生このスカートの中にいてもいいかもしんない。
欲を言えばヘケートのスカートがよかったんだけど。
あ、ダメだ。スカートの中じゃ美貴が見えないじゃん。困ったな。

「ねぇ…おねが…よっちゃんってば!!こら!!」
「はーい。よっちゃんでーす」

スカートの中からひょこっと顔を出したら美貴に睨まれた。
目尻に涙を溜めたその顔で睨まれても怖くなんてないよ。
むしろ可愛くて、エロくて、もっといじめたくなる。
自分の下半身がじわっと濡れるのがわかった。
305 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:13
「こんなに焦らすなバカ。しかも無理やり着替えさせといて」
「だって美貴、今日ジーパンだったし」
「……そんなにスカートの中が気に入ったの?」
「うん。あとこれやってみたかった」

足もとでグチャグチャになっていたストッキングをひょいっと拾った。

「変態」
「美貴も嬉しそうだったじゃん」
「うん…コーフンした」
「だべ」

ビリビリに引き裂かれたストッキング。
スカートの中のムンムンとした空気。
さりげなく見える位置に置いたピンクのパンツ。
そして恥らう美貴の顔。

機は熟した。
306 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:14
「やば…超やばい」

唐突に欲求が湧き上がった。美貴に覆いかぶさって唇に貪りつく。
押し倒す前に飲んでいたジュースの味がほんのりと甘い。
キスをしながら体を起こして美貴の体を引き寄せた。
股を開いて対面座位の格好になると美貴の背中に両手をまわす。
あたしの動きにあわせて抱きついてきた美貴の舌がもっともっとと求めてきた。

「んふぅ」
「はぁ…」

鼻から抜ける空気が生温かい。
舌と舌が絡まってもつれあってもはやどっちがどっち状態。
お互いの舌を吸って、唾液を飲んで、見つめあいながら唇をナメナメ。
最初に火がついたのはたぶんあたしだけど、油を注いだのは美貴。
ていうか、そもそも誘ったのも美貴。
もう止まらない。止められないよ、夜の大臣は。
今度は誰の邪魔も…入らないよな?
307 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:14
「あっ…ダメ、スカート破れちゃうよ…」
「んあっ…ごめっ」
「もっとやさしく…はぁっ…」
「だって…もう…はやくほしくて…」

濃厚なキスを交わしながらスカートを脱がして真っ裸に。
上半身がもともと裸なのはほんのちょっとした思いつきのせい。
スカートだけ残して残りを脱ぐようにお願いしたときは我ながら変態すぎると思ったけれど、
恥じらいながらもあたしの願いを叶えてくれた美貴はさすが魔女ヘケート。
まあ、はっきり言うと変態だ。
変態と変態で仲良くキスをする幸せ。
あたしたちはこの瞬間のために魂を授かったんですね!神様!!
308 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:15
胸を揉んで乳首を引っ張るとあたしの口の中で暴れていた舌の動きが急に止まった。
さらにグリグリと抓ったりこねくりまわしたら唇が糸を引いて離れた。

「あぁぁ…」

美貴は溜息のような色っぽい息を吐いてあたしの首に両腕をまわしてきた。
だらしなく開いた口の端から垂れる唾液が光る。
左手で乳首を抓ったまま右手をそろそろと下に移動させる。

「超濡れてる」
「あんっ」

指を抜き差ししつつ首筋をぺろり。美味し。
美貴はあたしにしがみついたまま腰を揺らす。

「あんっあんっ…」
「いく?いく?いっちゃう?」
「うんっ…いくぅ…いくぅ…いっちゃうよぉ」



美貴が嬌声をあげた瞬間、背中に爪が食い込む感触がした。

309 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:15
ガクっと力が抜けて後ろに倒れこむ美貴。
あたしはその横に寝そべって美貴の乱れた髪を整えてあげた。

「ふふ…気持ちよかった」
「ほんと?気持ちよかった?ねぇ、ほんと?」
「よっちゃんしつこいよ。気持ちよかったって言ってんじゃん」

美貴は口を尖らしてあたしを睨むフリをした。
その顔が可愛くてなんだか甘えたくなる。

「ミキチィ〜抱っこ」
「えぇ?美貴が?するの?」
「ぎゅってして〜」
「ぎゅぅぅぅ」
「もっと〜」
「ぎゅうぅぅぅぅぅぅ」

抱きしめられるとなんだか泣きたくなる。
幸せってこういうことなのかも。
そんなことを思いつつ目の前にきた美貴の胸をチロチロ舐めた。
310 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:16
「ちょっと、よっちゃんくすぐったいよ」
「いま体力補給してるから」
「普通に元気じゃん。さっきまで美貴のことめちゃくちゃにしてたじゃん」
「だから〜そのせいで大臣ヘトヘトなの。胸がすきなの」
「要はすきなんじゃん」

美貴が笑って咥えていた乳首が少しばかり揺れる。

「ミュージカル、あともうちょっとで終わっちゃうね」

やけにしみじみとした口調で美貴は言った。
どんな顔で言ったんだろうと、そっと上を向くとあの魔女の表情をしていた。

「大臣と魔女は終わらないよ」
「おっぱい吸いながら言ってもかっこよくないよ〜」
「ちぇっ」

美貴の温もりに包まれていつのまにか眠りに落ちた。
あたしは夢の中で大臣で、美貴はやっぱり魔女だった。
でもなぜだか魔女は人間になって大臣の、つまりあたしの嫁さんになっていた。
なんかよくわからないけどいい夢だった。


311 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:19

川*VvV)人(´∀`0)
312 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 22:20
特別編後編 了
>>289-296は前編ってことにしておきます

読んでくれたひとありがとー
よいお年をーノシ
313 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 23:22
みきよし最高川*VvV)人(´∀`0)
作者さんもよいお年を。
314 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 23:24
本日2度目の更新お疲れ様です。
やべーもう妄想のダムが決壊しました。ハァハァです。
大臣と魔女もみきよしも最高!
315 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/09(土) 23:29
1日に2回もの更新お疲れさまです
DVD見てここ読んでアレ聞いて・・・
いつまでたっても8月病から抜けだせそうにありません

316 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/10(日) 12:42
更新お疲れさまです
作者さんが書く、終わった後の2人の会話がなんか好き
317 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/01/31(水) 22:16
大臣と魔女の夏はまだまだ終わらない!
318 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/08(木) 23:54
(0`〜´)ノシ<終わらないのだ!!!
319 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/02(土) 16:07
こんな時こそリボンよもう一度
320 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/07/03(火) 18:19
ヒトミとミキよもう一度
321 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/09/12(水) 03:21
また読みたいです。
322 名前:作者 投稿日:2008/01/12(土) 00:22
保全します
323 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:20

ミキティ23歳の誕生日おめでとう

324 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:21

「誕生日おめでとう」


耳もとで囁かれた低い声に薄っすらと目を開けた。

「ミキ」

それは初めて自分の名前を認識したときのように鮮明に聴こえ
あの日のあの世界が目の前で瞬いた気がした。

325 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:21
あの人を待ちながら歌を歌おうと思ったのは自らの意思ではない。
いや、正確には自らの意思なのかも。

初めての人生にはいろいろと戸惑うことが多かった。
身体そのものの調子は「以前」と変わらず違和感はなかったが感覚が微妙に違った。
寝起きのまだ少し覚醒できていない状態がずっと続いてるような曖昧さが常にあった。
だがそんなぼんやりとした感覚にもすぐに慣れた。
というよりはいつのまに慣れていた。これが人間か。
気持ち悪いようなくすぐったいような変な気分だったが嬉しかった。

新しい感覚に慣れて、慣れたという感覚すらわからなくなった頃、手元の金貨が尽きた。
ミキは深い森の奥でミキに生まれ変わって目覚めたとき幾らかの金貨を所持していた。
人間が生きるうえで欠かせないものだということは知っていた。
だが悠久の時を生きてきたなかで持ったことは一度もない。ゆえに使ったことも。
目が覚めたとき年頃の女が着るような一般的な衣服を身に纏っていて傍に何枚かの金貨があった。
326 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:22
「金貨?なんでこんなとこに…あ、ミキこんな声なんだ」

話は飛ぶがミキは目覚めたときから自分が「ミキ」であることを認識していた。
生まれ変わってから現在までその名を不思議に思ったことは一度もない。
初めて聞く自分の声は以前よりも幾らか高く甘くなったような気がしていた。

土の上で大の字に寝転んだまましばらくぼうっと空を眺め雲の流れを追った。
季節はどうやら冬らしく、吐く息の白さと雲のそれを重ね合わせた。
頬を刺す風は寒かったがよく晴れた太陽の暖かさを身体全体で受け止めた。
それからエイッと勢いをつけて起き上がったときくだんのそれに気づいたというわけだ。

数枚の金貨が切り株の年輪の上にてんでばらばらに置かれていた。
偶然そこに落ちていたとは考えにくい不自然さにミキは少しだけ頭をひねる。
ただしその時点ではミキは金貨のことなどまるで興味がなかった。
心を埋めていたのは人間になれた喜びと、かの人への想い。
327 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:22
「こうしちゃいられない」

かの人の顔を思い浮かべると居ても立ってもいられなかった。
気は急いているのに身体が追いつかないうずうずする感覚をミキはこのとき初めて知った。
魔女だったときにはありもしなかったこのじれったさ。
指を鳴らしても身体は浮かない。

浅黄色のスカートをたくし上げて地面を蹴った。
風を切る感覚は以前よりも頼りなかったし身体も心なしか重く感じたけれどミキは楽しかった。
履き慣れない靴に何度も躓きそうになりながら木々の間を縫っていく。
走りながらミキはこれから人間として生きることを考えてそこで初めて気づいた。

「ミキ文無しじゃん!」

急停止してまわれ右をすると来た道なき道をまた猛ダッシュで駆けた。
目指すは生まれた場所の傍にある切り株、その上の金貨数枚。
頭の中で「まだありますようにまだありますようにまだありますように」と3回念じて一度目を閉じた。
魔女だった頃の癖は抜けていなかった。
328 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:23
息を切らしながらミキがもといた場所に戻ると、はたしてそこに金貨があった。

「よかったぁ〜」

手に取りまじまじと見つめる。たぶんきっと本物だ。
神が気を利かせてくれたのだろうとミキは勝手に解釈して金貨に唇を押しつけた。
感謝の気持ちを込めて。

「でも人間に生まれ変わらせた以上はこれくらいのアフターフォローは当然だよね」

後日ミキは思い直してこのときの気持ちをヒトミに語った。
ヒトミは苦笑するしかなかった。
329 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:23
そうしてミキは再び走り森から一番近いところにある街にたどり着いた。
拾った金貨で腹を満たし寝床を確保してこれからのことを考えた。
どうしたらヒトミに再び逢えるのか。自分はどこで何をしていたらいいのか。
ミキにとってそれは大きな難問だった。

普通の人間にとってこの世界はあまりにも広すぎた。
ヒトミがすでにゴールドランドを後にしたことは風の噂で知っていた。
だが当てがなさすぎる。
ミキはどうにもならない状況に苛立った。
金貨よりもむしろこっちに気を利かせてほしかったと何度も舌打ちをした。

じっとしていられない性分のミキは街から街をヒトミを求めて転々とした。
女の一人旅はそれなりに危険が伴うものだったが持ち前の頭の良さと
そして金貨が何度か窮地を救ってくれた。
金貨はヒトミの行方を知るための対価に使われることがほとんどだった。
330 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:24
街から街を転々と移動していたある日、当然のように金貨が尽きた。
求める情報が手に入らないどころか衣食住すらままならない。

ミキは愕然とした。
逢いたい人の影すら掴めてないのに腹は空くし夜になれば眠くなる。
身体は使った分だけ疲れて歩き続けることもできない。
人間って不便。生活ってシビアだ。

ここにきてミキは初めて「待ち」の姿勢に転じることを決意した。
すなわちそれはミキが初めて働くことを考えた瞬間でもあった。
ひとつの街で働きながら生活をして待ち人を想う。
ミキにとってそれは苦しい選択だった。
望みを持ち続けることはたやすい。運命を確信している。
が、ヒトミを恋焦がれる気持ちが溢れ心がはち切れそうなほどつらかった。
331 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:24
ミキのヒトミへの想いはさておき、女がひとり生活をしていく、働くということは
ミキが考えるよりもずっと難しいものだった。
その地に生まれ育った者ならばともかく外から来たミキの働き口は決して多くない。
いくつかあるそれも若い女の身体を使うものがほとんどでミキの選択肢に入ることはなかった。

ようやく見つけた仕事も慣れるまでに相当に苦労したがその話は省略させていただく。
ミキは中年夫婦が経営する老舗の酒場兼宿屋で女中として働くこととなった。
後にミキはヒトミにこのときのことを寝物語に語っている。
332 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:31

「そこでもともと働いていたカオルだったかな?カオ…忘れたけどなんとかって人が出来ちゃった婚で急に辞めちゃって、人が足りなくなって困ってたところへミキがうまく潜り込んだってわけ。あのときカオなんとかって人が辞めなかったらミキ絶対飢え死にしてたか路頭に迷って悲惨な最期だったかもしれない。ヒトミに逢う前に一生が終わっちゃってたらアイツただじゃおかなかったな」

説明するまでもないがアイツとは魔女ヘケートを人間ミキに生まれ変わらせた、この世界の創造主を遠慮なく指している。

「あぁ〜生きてて良かった。ヒトミに逢えて。人間っていつどうなるかホントにわからないね。こうして抱き合ってても次の瞬間には何が起こるかわからないじゃない。地震とか雷とか」

火事とかオヤジとか?とヒトミはミキの剥きだしの背中に口づけながら言葉を繋いだ。

333 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:31

「オヤジはどうってことないけど。人間って儚い。笑っちゃうくらいに弱い。でもだからこそ毎日を一生懸命に生きていける。そこが羨ましかった。ね、だからミキたちも出来ちゃったりなんかしちゃう?」

だからってわけじゃないだろうと笑いながらヒトミはミキに覆いかぶさった。
この後の展開はやはり説明するまでもないので話をもとに戻そう。苦情は受け付けない。


334 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:32
「どうした。酔っ払いなんざいつも適当にあしらってるじゃねえか」

ある夜、酔客とケンカになったミキに酒場の主人が尋ねた。
倒れたテーブルを元に戻し椅子を引き寄せてそこに腰掛けミキに座るよう促した。
頬に傷を負ったミキはふてくされ唇を尖らして突っ立っていた。
主人は溜息をつきながら布地を押し上げている太鼓腹をポンっと鳴らした。

「おぉい、こいつの傷の手当してやってくれ」
「ミキちゃん今日はまた派手にやったねぇ」

エプロンで手を拭きながら中年女性が奥から顔を出した。
ひょいひょいと割れたグラスや酒瓶をよけながら足の折れた椅子を見つめる。
修復可能かどうかを長年の経験で判断し自分の連れ合いさえ座らなければ大丈夫だと目算した。
335 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:33
「何があったの。今までで一番ひどいじゃないさ」
「だって…」
「なんだい」
「アイツ、ミキのお尻触ったから…」

小さな声で顔を真っ赤にしながらそう呟くミキに二人は呆気にとられた。
唇は尖ったまま。目尻には薄っすらと光るもの。
普段はどんな相手にも物怖じしないあの気の強いミキが…二人は同時に噴き出した。

「ムカツク。そんなに笑うことないじゃんか」
「クックック…それで椅子ぶん投げたってわけか」
「ミキちゃんがこんな可愛いこと言うなんてねぇ」
「ミキは可愛いっつーの!」

ぷいっと顔を背けるミキにまた笑いつつも二人は言いようのない懐かしさを覚えていた。
数年前に流行り病であっけなく死んだ娘が帰ってきたかのような思慕。
ミキが遠慮なく素直に感情をさらけ出すことに最初は面食らった二人だったが
こうして店を閉めたあとに時には一杯やりながら他愛無い話をする時間がいつしか楽しみになっていた。
336 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:33
「ま、ケツに手が出ちまうのもわからないでないけどな」
「アンタ下品な言い方するんじゃないよ。ケツって」
「ケツはケツだろうが。じゃあ何か?おケツ様とでも言やいいのか」
「バカなこと言ってんじゃないよ。尻だよ尻」
「ケツも尻も同じようなもんじゃねーか。下品もクソもあるか」
「だからクソなんて下品な言い方はやめておくれよ」
「あの〜ケツでも尻でもどっちでもいいけどミキのこと忘れてない?」

ミキもまたこの中年夫婦のことを存外気に入っていた。
何かにつけてぎゃあぎゃあとやかましいし人使いもなかなか荒いが良くしてくれている。
給金は安いが宿屋となっている二階の一部に住まわせてもらってることはありがたかった。
すぐに人のことをほったからしにして会話がズレまくるのが難点だったが
ミキにとっては二人のそれもまた面白かった。
酒場で繰り広げられる人間の泥臭い生活や滑稽なさまに触れるたび面白いと感じ
自分もまたその人間のひとりであるということをあらためて実感した。
337 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:34
「ミキのケツは安くないっつーの」
「ほらみろ。ケツじゃねぇか」
「ミキちゃん可愛い顔してケツなんて言うもんじゃないよ」
「じゃあ尻」
「ほら尻のがいい」
「わかったわかった、今度から大事な尻を触られてもいいように石でも仕込んでおきな」

白旗を上げた主人が鼻を鳴らしてグラスの酒を煽った。

「この人はまたバカなこと言って。ねぇ」
「石って。ねぇ」

呆れながらもミキはそういう手もあるなと頭の片隅でひそかに思った。
仕込むならやはり平たくて尻をすっぽり覆うほどの大きさのものがいい。
重いのはうざいからなるべく軽いヤツで…明日にでも森へ探しに行こうか。
っていうか石じゃなくてもいいじゃん。板とか畳んだ布とか。
そこまで考えてそれほどケツもとい尻が大事だろうかとふと原点に立ち返った。
338 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:34
たかが尻。されど尻。

大事だ。
やっぱり好きでもない男に触られるのは嫌だ。
この尻は自分のものであって、かつ、愛する男のものでもあるのだ。
誰も彼もが触れていいものではない。
あ〜愛しいあの人、お昼ごはん…じゃなかった、一体どこにいるんだろう。

ミキが待ち人へ想いを馳せていると主人がそういえばと思い出したように切り出した。
339 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:35
「ミキおまえ歌えるか?」
「は?なにいきなり」
「歌だよ歌。お歌」
「余計なもんつけるんじゃないよ。気持ち悪いね」
「おまえが下品だとかなんとかいちいち文句垂れるからこっちは気を使ってだな…」
「なんでもかんでもバカ丁寧に言えばいいってもんじゃないだろうが。ちょっとは頭を…」
「もー、そんなことはどうでもいいから何よ歌って」

ほっといたらどこまでも脱線してしまう。
この夫婦とはまだそれほど長くはない付き合いだがミキは心得ていた。
340 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:36
「いやな、実はノンのやつが急に辞めることになっちまって」
「えー!ツージー辞めんの?!なんで?」
「それが出来ちまったらしいんだ」
「出来たって」
「でかい腹で歌うのもそれはそれで俺は面白いと思うんだが悪阻がひどいらしくてな」
「うっそ。マジで?あのツージーが…マジで?」
「ほんとにねぇ、あたいも聞いたときはそりゃびっくりして心臓が止まったよ」
「そのわりにはしっかり生きてるじゃねぇか」
「ふんっしぶとくて悪かったね」

またもや始まってしまった犬も食わないなんとやら。
ミキはそれを無視してノン(通称ツージー)の屈託の無い笑顔を思い出した。
まさかあの子がねぇ…子供みたいな顔して、というか実際まだ子供なのに。
でもそんな子供でも子を授かり親となりその子がまた親となって子を作るのだ。
341 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:37
ミキが長らくその目で見てきた人間のあたりまえの営みや育みはそうして繰り返されてきた。
その長い歴史の中ではちっぽけな、本当にただの一点でしかなくとも
愛する者とともに人間らしく生きることはなんて尊いことなのかとミキは思う。
愛し愛されそしてそう遠くはない将来、永遠の眠りにつく。
そのわずかな、でも確かな一生の前では永遠を生きる魔女の不毛な時間は無に等しい。
342 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:38
「まあそんなわけで」

ミキが物思いにふけっていると主人があらためて話し出した。
夫婦の言い合いは終わったらしい。

「歌い手がいなくなっちまった。ミキやってくれ」
「は?」
「あたいからも頼むよ。アンタも知ってるだろ?うちの売りは歌なんだよ」
「歌のない酒場なんておっぱいがないカーチャンみたいなもんだ」
「また下品なこと言って!」
「ここに来る男たちには必要なんだよ。カーチャンのおっぱいとそれから歌がな」

おっぱいが先なのかおっぱいが。歌は二の次かよ。
ツッコミたい気持ちをグッとこらえミキは肝心なことを聞いた。
343 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:38


「歌ってるときはお尻触られないよね?」


344 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:39
翌日からミキは歌を歌った。
その歌声に酔客たちはまた酔いしれやがてそれは評判を呼び酒場の名物となった。
切なく甘い、だがしかし芯がとおった強さや凄みのある声に人々は魅了された。
いつしか酒場は人で溢れかえり老若男女を問わず街でミキの歌声を知らぬ者はいなくなった。
ミキが遠く離れた恋人を想う歌を歌うとき街からは一時喧騒が消える。


あなたを求めて
この歌に想いをのせて
いつかどこかで必ずまた逢えるあなたに


ミキは歌い、待ち続け、やがて願いは叶うことになる。
だがそれはもう少し先の話。
ヒトミたち一行がミキの歌う酒場に訪れるのはそれから約半年後。
それは奇しくもミキが深い森でミキとして目覚めたのと同じ日のことだった。
345 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:39

「というわけ」
「長い」
「長いなぁ」
「長すぎですね。ランチとディナーに分けて聞くべきでした。イデッ」

ミキの長い話にじっと耳を傾けていた男たちは同じ感想を口にした。
上から元シルバーランド大臣でいろいろと悪いことをして国を追われたヒトミ。
その次の底抜けに明るい声は元シルバーランド国王でヒトミの息子であるコハル。
最後に間の抜けた声を発したのは二人の忠実な従者でありヒトミを敬愛するナイロンその人だった。

「なんで私ばっかり殴られるでしょうか…グスン」

木製のテーブルの上には汚れた皿が数枚とわずかに中身が残ったワインボトル。
4つのグラスにはそれぞれ赤い名残りがあるものの中身は空だった。
長い話を終えたミキが喉の渇きを訴えるとナイロンがワインを注いだ。

346 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:41
「人がせっかく物語調に話してあげたのにこの男どもは」

注がれたワインをひと息で飲み干しミキは呆れたように零した。
それから無言でナイロンの目前にグラスを突き出す。
ぱかっと開いた口を慌てて閉じてナイロンは再びワインボトルを手にした。

「大体聞きたがったのはアンタたちでしょう。それを何よ長いだの面白くないだの」
「あの、面白くないとは誰も…そもそも面白くある必要はべつに……ひぃっ!す、すみません」

鋭い眼光に身をすくませるナイロン。
賢明な親子は口を閉ざしそ知らぬ顔をしている。
余計なときに余計な口を挟まない才には長けていた。
347 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:41
「荒れてますねぇ、母上。飲みすぎじゃないですか」
「いやこれくらいたいしたことはない。むしろ楽しでるほうじゃないか?」
「再会してからまだ数日なのによくおわかりですね。しかも以前とはある意味別人なのに」
「本質的には同じだ。ヘケートもミキも私の愛する女に変わりはない」

そんなものかと父の言葉を訝しがりながらコハルはミキを見た。
女の細腕でナイロンをヘッドロックをして笑っている。笑顔の可愛い人だ。
魔女って随分肉体派なのだなと意外に思ったがすぐに人間であることを思い出す。
真っ赤な顔でミキの腕を叩くナイロンに軽く手を振ってみたが返事はない。
その代わりにワインで頬を染めたミキからウインクをされて驚き戸惑った。
だがそれも自分ではなく父に送られたものだとすぐに気づき落胆する。
父上ばっかりいいなぁー。
コハルは出会って数日のこの若く美しい母のことがもっと知りたかった。
348 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:42
「それで母上はあの酒場で歌い続けて僕らを待っていたんですね」
「おまえたちじゃない。私をだ」

こまかいことを訂正する父を息子は少し可愛く思う。

「 ち ち う え を待っていたんですね。いつ来るともしれないこの」

コハルは訂正された箇所をわざと強調して言い直し、言葉を止めて父を一瞥した。

「国を追われちゃって行くあても何もないただの男を」
「………」

コハルはわざと父を貶めるような言い方をした。
何も言わない父の気配を左肩で受けながらミキを見つめる。
ミキはすっと真顔になりコハルの視線を真正面から受け止めた。
349 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:42
「ただの男でも大臣でもヒトミはヒトミでしょ。魔女からすれば同じ人間に変わりはない」
「でもあなたはもう魔女じゃない」
「同じことよ。人間なんてただの男とただの女しかいないんだから。特別な人間なんていない」
「でも」
「王様のコハルもただのコハルも同じ人間でしょう?違う?」

突然名前を呼ばれたコハルは驚きすぐには返答できなかった。
だがそれは質問に対する回答を持ち得なかったからではない。
ミキが発した自分の名前の響きがあまりに美しく懐かしい聞き心地だったからだ。
それは遠い昔の幼き日の淡い記憶。
名前を呼ばれ元気よく返事をする自分に微笑みかける母の記憶だった。
350 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:42
「僕は父上の息子ですから」

コハルは屈託のない笑顔を父に向けた。

「質問の答えとは微妙にズレているぞ」
「そうですね。僕もそう思います。でも本質は同じことですよ」
「お前…それ言いたいだけだろう」
「ハイ」

父と息子のやりとりを聞きながらミキは笑った。
笑った拍子に腕の力が緩み同時に抱えていたものの存在に気づく。

「あ」
「あ」
「あ」

ナイロンが奇跡的に死の淵から生還したこのときのことは後の語り草になったとかならないとか。

351 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:43
「明日ゆっくりと続きを聞かせてください。今度は簡潔に。できれば要点を絞って」
「ちょっと!何よそれ。ミキの話にケチつけないでよね!」
「あははー。ケチじゃないですよ。要望です。ね、父上」
「こっちに振るな」
「ちょっと!ヒトミ!」
「それじゃごゆっくり〜。おやすみなさい」
「ナイロンを頼んだぞ」
「おやすみ〜」

ドス黒い顔をしたナイロンを背負いコハルは父とそれから新しい母に一礼した。
ヒトミとミキはその姿を見届けてからミキの自室へ入った。

ヒトミとミキが激的な再会を果たしたのはつい数日前のことだった。
たまたまミキが歌う酒場にヒトミたちが訪れ、たまたま騒動が起こった。
たまたまミキを助けたのがヒトミたちであり、たまたま愛する二人が再会した。
なんという偶然。運命は常に誰かの手のひらの中でひらひらと踊る。
352 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:43
二人が再会してから数日、さまざまな雑務に追われ(主にナイロンがだが)
ゆっくりと夜を過ごすことができずにいた。
ミキが待ち人と再会したと聞くや否や酒場の中年夫婦は宴の席を設け
話を聞きつけた街中の人間たちが二人の門出を祝福した。

ミキはヒトミと旅立つ決意を皆に告げて最後の歌をそれまで過ごした街に捧げた。
ミキの歌声にある者は穏やかに笑い、ある者はひそかに涙を流したという。

終生の誓いの儀を取り仕切ったりミキの後釜、つまり新しい歌い手を探すことに尽力したのは
ほかでもない忠誠心溢れるヒトミの臣下、ナイロンだった。
コハルや街の者たちの手を借りながらも二人のために奔走することにナイロンは喜びを感じた。

そんなこんなで慌しく数日が経ちいよいよ明日はミキが旅立つ日。
慣れ親しんだ酒場と宿屋の空気に包まれ過ごす最後の夜は穏やかに過ぎていった。
353 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:44
コハルを見送りパタンとドアが閉まると同時にヒトミはミキを引き寄せた。

「キャッ」

右手で腰を抱え込み己とミキの体をぴったりと隙間なく合わせる。
驚くミキの顎を持ち上げてそっと撫でるように口づけた。
まるでその存在に疑いを抱いているような弱気な動きにミキは不満を覚える。
ヒトミの後頭部に手をまわして力をこめると同時に舌を差し入れた。
砂漠の真ん中に放り出された罪人が一滴の水を求めるように
ヒトミの舌を、唾液を、激しく吸い込み絡めとって自らへと導いた。
ミキの積極的な舌使いを受け止めてヒトミの舌も性急に動き出す。

「んっはぁっ」

ひとしきり互いの熱を交換してから唇を離した。
二人のてらてらした唇を繋ぐ一本の透明な糸が延びすぐに切れた。
見つめ合い、肩で息をする。
両腕をヒトミの首にまわしたままミキは踵を持ち上げ真っ赤な耳に唇を這わせた。
354 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:44
「バカ。焦らさないでよ」

くすぐったいような気持ちいいような感覚がヒトミの体を巡る。
下半身に集中した意識がさらに増して自身の高まりをミキの体に押しつけた。

「すまない。なんだかまだ夢のような気がして仕方ないのだ」
「夢?こんなにリアルなのに?ミキのこと欲しがってるじゃない…」

太股を撫でまわすミキの手が中心に置かれるとヒトミはくぐもった声をあげた。

「可愛い」
「くぅ…」
「可愛い。ヒトミ好きよ、大好き」

ミキの悪戯な手は休むことなく精力的に動きまわっている。
微妙というよりも絶妙な力加減に別の世界へ誘われる。
ポイントをこれでもかと的確に、かつ、じれったく攻めてくる。
久しぶりのこの感覚。最後にミキを、ヘケートを抱いた夜の記憶が蘇り昂ぶる。
だがしかし危うく達しそうになるそれをヒトミは驚異的な精神力で封じ込んだ。
355 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:45
「ガマンしなくていいのに。バカね」
「知らなかったのか?人間の男はみんなバカなんだ」

先ほどミキにされたように耳に唇を這わせて囁いた。
ミキの甘い嬌声に抑えこんだ体がまた反応する。
スカートをたくし上げて下着をまさぐると湿った女の感触がした。

「ガマンしなくていいのに。バカだな」

ヒトミはニヤリと笑い、耳を舐め上げ囁いた。
敏感な部分を刺激されミキはさらに高い声を上げる。
その声ごと飲み込むようにヒトミはミキの唇に吸いついた。
口腔内を暴れまわり舌が痛くなるほど絡ませる。
勢いあまって歯があたり肉が裂け血の味がした。
どちらの血なのかわからないほど互いの感覚が溶け合っていく。
356 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:45
その間もヒトミの指は休むことなくミキの下半身を這いずりまわっていた。
上の口と下の口の両方を激しく攻められたミキは立つことすらままならなくなる。
ヒトミの二の腕にしがみつき崩れ落ちそうになる体を懸命に支えた。

「あっ…あんっ、ヒトミっ、おねが、おねがいっ」

ミキが切ない声で懇願する。
ヒトミは指を増やし、親指の腹で敏感な部分を撫で上げた。

「おっと」

ガクっと一気に力が抜けたミキの体をヒトミが抱き上げた。
とろんとした目つきで見上げてくるミキの表情にガマンもいい加減限界を超える。
荒い息づかいに色づいた頬と真っ赤に誘う唇。
汗で張りついた髪の一本一本さえも愛しくてたまらない。
357 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:45
「ミキが欲しい」

首筋を強く吸い上げて己のものだという印をつけた。
顔じゅうに唇を押しあてながらやすやすとミキの衣服を剥いでいく。

「ミキも。ミキも、ヒトミが欲しい」

幾分覚醒したミキがヒトミの胸もとに手を伸ばしボタンを外そうと試みる。
達した余韻の残る力ない指の動きは覚束なかったが、それでもゆっくりとひとみの肌を露わにしていく。
そうして二人が生まれたままの姿になるとヒトミはミキの体じゅうを弄り余すところなく痕を残した。
ミキはそんなヒトミを受け入れ押し寄せる快感に身を投げ出す。

「はぁんっ」

ヒトミがヘソの下にいくつめかの赤い印をつけるとミキの足が痙攣したように跳ねた。
そのまま唇ごと柔肌を滑り茂みの中へと顔を近づける。
息を吹きかけながら一方で手を延ばし固く尖った乳首を強めに弾いた。
途端、ミキの足がまたバウンドしてヒトミの背中を掠めた。
358 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:46
「あぁんっ…ヒトミだめっ!や、やめてヒトミそんなの…ズルイ」
「何がずるいって?本当はやめてほしくなんてないんだろう?」
「はぅっ…あぁっ…」
「まるで洪水だな…」

茂みの奥深くに鼻を割り込ませて舌を挿し入れる。
下から上へ隅から隅まで舐め尽しても次から次へとミキからは溢れてくる。

「知ってるか?洪水は厄介なんだ。いろんな災厄の中でもとくに恐ろしい。時として国ひとつ滅ぼしかねない」
「んふぅっ…やぁぁ…」
「こんな風に堰きとめても堰きとめてもまるで際限なく溢れでる」

敏感な突起に吸いつくとミキの体はこれまでで一番跳ね上がった。
体全体で呼吸をしているかのようなミキ。
ヒトミは体を起こしその美しくも艶かしい姿を見下ろした。
真っ赤に熟れるミキの中心に向かって膝を割り進む。
359 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:46
「いくぞ…」
「ま、まって」

か細い声がヒトミの動きを止める。
ミキの顔を覗き込み額に唇を落とすと汗で張りつく髪をそっと払いのけた。

「嫌か?」
「ちがっちがうの。そうじゃなくて」

始まったときのミキとは明らかに違う反応。
ヒトミの目をまっすぐに見つめて物言いたげに口を開ける。
まるで口づけをねだっているかのようなその仕草にヒトミはいっそうミキを欲しいと思う。

ヒトミの肩に手をかけミキは目で何かを訴えかける。
それは明らかにヒトミを欲している顔だった。
けれどわずかに見える不安の影がヒトミを考えさせる。
何を言いたいのか。何を怖がっているのだろうか。
真っ赤になった顔は繰り返されてきた愛撫のせいだけではないと、その恥ずかしげな表情から推測できた。
だがミキの真意が分からない。何を躊躇うことがあるというのだろう。
ヒトミは優しいまなざしをミキに向けてもう一度尋ねた。
360 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:47
「どうした?ミキ」
「お願い…やさしくして。ミキ初めてなんだから」

ヒトミの体が部分だけではなく全身で硬直した。

「初めて?まさか今そう言ったのか?」
「やっぱり気づいてなかったんだ」
「どういうことだ」
「よく考えてみて。ミキはミキとしてこういうこと……するの初めてなんだよ?だからつまり」
「処女ってことか」
「はっきり言うな!」

ミキに頭を叩かれたがヒトミはニンマリと笑ってさらに続けた。
361 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:47
「処女なのにこんなに感じてたのか」
「うっうるさい」
「感覚は覚えているということか。それならば体が反応するのも無理はないな」
「冷静に分析しないでよ!」
「でも肝心の部分は…」
「あんっ」

ヒトミがふいにミキの中を探った。
そこはまだまだ確かな熱を持ってヒトミを待っていた。

「そうか、初めてか」
「やぁん…だっだからお願い」
「わかっている。大丈夫だ」

ミキの目尻に溜まった涙を舌で掬うようにして舐めとりそのまま唇に唇を重ねた。
362 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:47
「しょっぱ…」
「愛してる」
「ヒトミ…」
「愛してるだろ?」
「うん…」
「いくぞ」
「きて」

ひとつ頷いてからミキはヒトミの首に両手をまわして目を閉じた。
ヒトミはできるだけ優しくミキの内部に押し進んだ。
表情を歪めるミキに何度も何度も口づけて胸や耳に舌を這わした。

「くぅっ…」
「はぁ…もう少しだ」
「んっ…きて。もっと奥まで。ヒトミが欲しい」
「あぁ」

ミキが息を吐くタイミングに合わせヒトミは最後のひと押しをした。
ミキの声にならない声に胸が痛んだがそれ以上にひとつになれた快感と喜びにヒトミは打ち震えた。
しばらくそのままの体勢を保ちながらお互いをじっと見つめる。
伝えたいことは山ほどあるがどれも言葉にならない。
こうして見つめているだけで溢れんばかりの感情が止め処なく押し寄せてくる。
363 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:48
やっと逢えた。やっと。
もう離さない。離れたくない。
愛してる。
愛してる。

「ヒトミ…愛してる」

その一言でヒトミはミキの中で果てた。


ミキの体を慮ったヒトミが夜の終わりを告げようとするとミキは嫌がった。
体を離そうとしないミキを気遣いつつもヒトミの動きは徐々に激しくなり汗がほとばしる。
お互いに何度目かの絶頂を迎え意識が朦朧とした頃、夜が本当の意味で終わりを告げようとしていた。


364 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:55


365 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:55

「もう一度言って」
「何度でも言ってやるさ。誕生日おめでとう、ミキ」
「ありがとう」

二人が再会を果たした日はミキがミキとして生を受け目覚めた日でもある。

「夢を見たの。懐かしい夢だった」
「どんな?」
「ミキたちが初めて結ばれた日のこと覚えてる?」
「もちろん忘れるもんか。処女だっ…」
「あーもう!それは言わないで!」

まどろみから完全に覚醒したミキはヒトミの口を両手で塞いだ。
ヒトミは笑いながら両手を優しく離し手の甲に唇を押しあてた。

「それからね、目覚めたときのことも」
「森で?」
「そう、深くて寒い森だった。けれど不思議と怖くはなかったな」
「元魔女に怖いなんて感覚もとよりないだろう」
「そりゃそうだけど…でも違うの。そういう意味じゃなくて」
「じゃなくて?」

366 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:56
ヒトミが顔を寄せる。
すぐ傍から聴こえる穏やかな声は低く静かだった。
そして蜂蜜のように甘い。耳もとで囁かれるたびにとろけそうになる。
ミキが体をよじりベッドを軋ませた。

「ヒトミに逢えるって信じていたから。だから怖くなんてなかった」
「………」
「ヒトミ?」
「…生まれてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」

重なる体にまたベッドが軋む。
そして今宵も二人の夜がまた始まりを告げた。


367 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:56

ヒトミとミキ 了

368 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:57
ミキティ23歳の誕生日おめでとう

あらためましてレスをくれた皆さんありがとうございます
最終更新から随分と時間が経ってしまってすみませんでした
これからもゆるいペースでやっていきますのでよろしくお願いします
369 名前:_ 投稿日:2008/02/26(火) 23:58
>>329

×ゴールドランド
○シルバーランド

(ノ∀`)
370 名前:_ 投稿日:2008/02/27(水) 00:04
あ、あと途中からエロ入りますのでそれなりに回避してください
って最初に入れるの忘れました

(ノ∀`)
371 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/27(水) 20:24
うわああ更新されてる
ミキが可愛すぎて困りました
ミキティ誕生日おめでとう!(+1)
372 名前:名無し読者 投稿日:2008/02/27(水) 20:37
大量更新キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
今回もご馳走様でしたw 半分あきらめてたのに嬉しいの一言です。
ケ〇ネタとあの2人のネタまで使うとは・・・
373 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/02/27(水) 20:42
ブログ読んで飛んで参りました。
やっぱり大臣と魔女は最高っす。
374 名前:名無しナイロン 投稿日:2008/03/04(火) 09:32

やっぱイイッス!!魔女with大臣家 またの更新長く長くまっています
375 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/03/22(土) 01:57
更新嬉しいです
ヒトミとミキの幸せっぷりまだまだ見ていたいです
376 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/17(火) 11:59
ナイロン復帰記念保全

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