企画マン吉澤!
1 名前:rainbow 投稿日:2011/05/21(土) 01:18
初めて書かせていただきます、rainbowです。
正直、私なんかが書き込んでもいいものかドキドキですが。。。
更新は亀の歩みになるかもしれませんが、お付き合いいただけると幸いです。

一応、メインは娘。で主役はタイトル通りよっすぃ〜です。
CPもちょこちょこ出す予定です。
組み合わせは…、読み進めてのお楽しみということで。
2 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/21(土) 01:19
「……以上の分析から、九州地方を皮切りとしてメンズコスメシリーズ『SEXY BOY』の販売戦略を展開していくべきであると主張いたします。」

ここは都内某所にある高層オフィスビルにテナントを構える涯FAの会議室。
室内には社長、常務をはじめとしたUFA社の経営陣が席を並べて
手元の資料とスクリーンに映し出されたパワーポイントの映像を交互に見ている。
そうそうたる面々を前にプレゼンを終えたのは一人の若い女性。
凛とした顔つきで胸を張って経営陣を見つめている。
3 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/21(土) 01:20
「……なるほどな。」

広い会議室の上座に位置取る男が口を開いた。
演台に立つ女性は黙ってじっと男の顔を見据えている。
気になる男の顔はというと、比較的明るい。
演者はほっとする反面、男の反応が予測しきれず、その表情には緊張感が滲み出ていた。
男は黙って目を閉じると、しばらくしてゆっくりと目を開き、演者の目を見て言った。

「おもろいやないか。」

男の口元からは笑みがこぼれる。
その言葉を待っていたかのように、他の経営陣も一様に口元を緩めた。
しかし、この一言に最も救われたのは他でもない演者である。

「この『SEXY BOY』の販売戦略はお前に一任するわ。
 俺らを驚かせるくらいの結果、出してみ。」

男はそう言って立ち上がり、大きく拍手した。
それを合図に他の経営陣も総立ちで拍手を送る。
4 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/21(土) 01:21
「はいっ、つんく社長!!
 吉澤、精一杯頑張らせていただきます!!」

演者は先ほどまでの凛とした様相とは打って変わってこぼれそうな笑みを抑えながら
深々と頭を下げた。
その隣には穏やかな目で吉澤を見つめる女性がいた。
演者の上司であるその女性は、経営陣から激励される部下を誇らしく見ていた。

「頼んだぞ、吉澤。」

つんくはただそう言うと吉澤の肩をぽんっと叩いて会議室のドアへと向かった。
ふと、ドアの前まで来ると、肩越しに振り返り、吉澤の上司である女性に向けて声をかけた。

「中澤。ちょっとええか?」

つんくはそう言ってクイっと顎をしゃくって中澤をドアの向こうへ促した。

「はい、社長。ただいま」

中澤はそう言ってつんくの後をついて会議室を後にした。
5 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/21(土) 01:25
会議室の中では吉澤がプレゼンの後片付けをし、経営陣が吉澤のプレゼンについてパラパラと会話をしていた。
経営陣は皆、吉澤のプレゼンを絶賛している。
もちろん、その声は吉澤にも聞こえているが、吉澤はほころびそうな口元をキュッと引き締めて片づけに集中した。
すると、経営陣の中の一人が吉澤の元へ歩み寄ってきた。

「吉澤、なかなかのプレゼンやったな。
 お前を企画担当にしたのは正解やったみたいや。」

「まこと部長!そんな、私にはまだまだもったいないお言葉です!」

まことは人事部の部長である。
昨年入社した吉澤を花形部署である企画部に配属するよう強くつんくに勧めた張本人である。
6 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/21(土) 01:25
「中澤部長はどうや?厳しいか?」

まことにそう問われたが、吉澤は顔色一つ変えずにこう断言した。

「はいっ!とっても厳しいです!!
 ……でも、学ぶべきところが多くて尊敬できる方です!」

吉澤の精悍な表情を見て、まことも満足気である。
人事部にとって、企画部への配属が最も困難な人事と言われている。
企画部の部長である中澤は、自身にも他人にも非常に厳しいことで有名なのだ。
今までも多くのスタッフが異動してきたが、人事部に泣きつく形で元の部署に戻った。
中にはそのまま仕事への自信を喪失し、辞めていった者もいる。
あまりに人材が根付かないため、まことが直接つんくに中澤の降格異動の相談を持ちかけたこともあるほどだ。
しかし、まことの相談をつんくは一蹴した。

『ええか、まこと。企画部は社運を握る要となる部署や。
 そして、中澤はUFAきっての企画マンや。
 うちの史上最大のヒットラインナップ『LOVEマシーン』の販促を担当したこと、
 忘れるなって言うたやろ?
 商品っちゅうのはな、どこの会社も自信持ってええもんを作ってくるんや。
 そやから、商品力だけで一番になれるっちゅーもんやない。
 肝心なのはその商品をどうプロモートしていくかなんや。
 中澤を企画から外すことはできん。
 むしろ、中澤に食らいついて無我夢中になれるくらいの奴を探してくるんがお前の仕事やろ』
7 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/21(土) 01:26
まことはその日以来、採用課の選考基準の見直しを繰り返し、強い負けん気と素直さを併せ持った人材…、いや、人財を追い求めてきた。
今、中澤の下で逞しく育っている目の前の吉澤の姿にまことは心の中で感動を覚えた。
当の吉澤はそんな思いなど当然知る由もない。

「そうか。…そうかっ!
 中澤部長を尊敬しとるんか!
 今更言うまでもないやろうが、あの人はすごい人やで!
 あの厳しさに食らいついて、どんどん技術を盗め!
 そして、いつかは中澤部長を超える人財になってくれよな!」

まことは満面の笑みで吉澤に言った。
吉澤もまことの期待を受けて表情にやる気がみなぎっていた。

「ありがとうございます!!
 ご期待に添えるように努力しますっ!!」

吉澤は声を張ってそう言うと、深々と頭を下げた。
周囲の経営陣はその様子を微笑ましく眺めていた。
まことは吉澤の成長に満足すると、会議室を後にした。
それに続くように経営陣も続々と退室し、片付けを終えた吉澤も電気を消して部屋を出た。
8 名前:rainbow 投稿日:2011/05/21(土) 01:28
こんな感じで進めていきますね。
初回はとりあえず企画マン吉澤の誕生までです。
設定は現在の年齢設定で考えてください。
いろんな人、いろんな部署を絡めていきたいですね。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/22(日) 03:15
楽しみに待ってていいですか?
10 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/22(日) 09:42
会議室を出たつんくと中澤は、すぐ隣にある小さな立ち会議室に入った。
部屋の真ん中にあるテーブルを挟んで向かい合うと、中澤が口を開いた。

「社長?どうかなさいましたか?
 吉澤のプレゼンに何か不手際でも…」

仕事の完成度には強いこだわりを持つ中澤である。
一切妥協は許さない。
そんな中澤がOKを出して送り込んだ吉澤のプレゼンなのだから自分のプレゼンも同様の思いだった。

「んなもんない。むしろ、期待以上や。
 だが、だからこそお前に頼みがあってな」

つんくの言葉に中澤は意表を突かれた。
期待以上の結果を得られている割に、その表情に浮かれモードは見られない。
中澤はつんくの次の言葉を待った。

「今回の企画、あいつのオリジナルで進めたいんや。
 お前も相当なスペシャリストやから、ついアイデアを提供したくなることもあるやろ。
 でもな、アイデアはすべて吉澤に出させろ。
 お前には徹底して吉澤に仕事術を教え込んで欲しい。」

中澤にはつんくの話が分かりそうで分からなかった。
上司としては部下の企画にも責任をもってアドバイスをしていかなければならないのが普通である。
11 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/22(日) 09:43
「アイデアは提供せずに、仕事術を……ですか?」

「そうや。難しく考えんでもええ。
 仕事の段取りとか、テクニックはどんどん教えてもらいたい。
 せやけど、考えるべきところは吉澤に考えさせ、あいつから出てきたアイデアは
 多少お前から見てぱっとせんくてもやらせてみてくれへんか」

中澤もベテランの企画マンである。
じっくり考えてつんくの意図することはだいたい掴めた。
しかし、それは中澤にとって大きな転換期を意味するものでもあった。

「つまり、ゼロベースから生まれる完全なる独創性を追求されたいのですね?」

「さすがやなぁ、中澤部長!
 お前にとってはライバルを育てるようなことになるかもしれへんが、
 この厳しいビジネスシーンを乗り越えていくためにはまったく新しいものが必要なんや。
 俺は吉澤の独創性に賭けたい。
 いや、もっと欲を言えば、お前と吉澤がいつかお互いに高めあえるライバルになればいいとさえ思っとる」

つんくはどこまでも正直に話した。
それだけ、つんくの中澤に対する信頼が厚い証拠である。
12 名前:企画マンデビュー! 投稿日:2011/05/22(日) 09:43
「分かりました。
 …しかし、社長。」

一瞬、納得した表情を見せた中澤であったが、ここで言葉を切った。

「いくら社長の期待を背負うスタッフであっても、今まで通り厳しく接していかせていただきます。
 もし、それに吉澤がついて来れなかったら…どうしますか?」

中澤はキッとつんくの目を見据えた。

「そんときはそれでええわ。そこまでの人材やったっちゅーことやからな。
 手加減なんてまったくせんでええ。お前のやりたいようにやってくれ。」

その言葉を受け取ると、中澤の表情から笑みがこぼれた。
その顔色の変化をつんくは見逃さなかった。

「ええ表情やないか、中澤。
 お前……、わくわくしとるやろ?」

「何にですか?」

「とぼけんでもええやん。
 歴史を生んだ者と、歴史を破らんとする者。
 どちらに軍配が上がるか、じっくり見させてもらおか。」

つんくはそう言うと立ち会議室を後にした。
残された中澤はしばしの間、物思いに耽っていた。
13 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/22(日) 09:46
プレゼンの片付けを終えると、ちょうどランチタイムだった。
吉澤はデスクに戻って筆記用具を片付け、バッグを持って社員食堂へと向かう。
吉澤のいる企画室から食堂へ向かうためには、途中で総務室の前を通る。
吉澤が総務室の前を通り過ぎると、突然開いたドアからちょっと弱い、アニメ声が発せられた。

「あ、よっすぃ〜!ちょっと待って!
 この前のマーケティング調査費の精算の書類が…」

アニメ声が止まらない間に吉澤はハッとした。
思い当たる節があったのだ。
SEXY BOYの販促企画のために他社製品の調査を行った際の立替え払いした分の精算がまだだったのだ。

「あぁ、そういえば…」

吉澤がそこまで言いかけると、今度は総務室の奥から声が鳴り響いた。

「こらっ!!石川っっ!!!
 業務中はあだ名禁止ってあれほど注意したでしょ!!!」

突然の怒声に石川と吉澤の動きが止まる。
しばし、二人の間に気まずい沈黙が訪れる。
廊下を歩く他の社員も、心なしか気まずそうである。
みんな伏し目がちにそそくさと歩いていくのだ。

「……あの経費精算書ですよね。
 ランチ後にすぐ提出します。
 いつも書類が遅れて申し訳ありません、……石川さん」

吉澤はそう言うと、他の社員のようにそそくさと逃げるように食堂へ向かった。
14 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/22(日) 09:49
残された石川は気まずい思いも感じながらも、そっと総務室に戻った。

「申し訳ありませんでした、安倍部長」

そう言って頭を下げる石川であったが、黒縁メガネの奥に見える安倍の目は冷たい。
安倍はいかにも経理といった感じの真面目な人間である。
30歳も近いのに髪を染めたこともなく、黒くて太い縁のメガネが印象的だ。
安倍の黒縁メガネは決して流行に合わせたものではない、ということだけは言っておこう。

「同期入社で歳も近いから、つい気を緩めるのも分かるけど、あんたたちももう先輩社員なんだからね。
 後輩の目もあるんだし、ちゃんとオンとオフは切り替えなさいよ。」

安倍にはいつもこうして叱られている。
しかし、安倍の言うことはもっともだ。
今は4月も終わり。
一ヶ月の新人研修を終えて、来週からは新入社員が各部署へと配属される予定なのだ。
石川も吉澤も、もう新人ではないのである。

「あんたの同期の吉澤は今日の社長プレゼン、大成功したらしいし。
 石川も負けないようにね!」

一通り安倍の説教を聞き終えると、石川はあからさまに元気のない声を出した。

「はい。気を付けます。」

安倍は石川の態度に不安も覚えたが、それ以上言うのも良くないと思い続けなかった。

「じゃ、あたしは先にお昼いただいてくるからねー。」

それだけさらりと言うと、安倍は総務室を後にした。
その安倍の後を追うように、石川もバタバタとデスクを整理して吉澤達の待つ食堂へと向かう。
15 名前:rainbow 投稿日:2011/05/22(日) 09:52
梨華ちゃんとなっちの登場です。
現実では花形な二人をあえて会社の裏方にしてみましたw
これからどんどん他の登場人物も出していきますね!

字数制限かかっちゃいましたね。。。
全部表示されてるけどなぁ。
申し訳ないです。
16 名前:rainbow 投稿日:2011/05/22(日) 09:53
>9さん

ありがとうございます!
読者の方がいらっしゃると思うと俄然やる気が出ます!
楽しみに待っててくださいね!
17 名前:rainbow 投稿日:2011/05/22(日) 10:01
余談ですが、筆者は昨日、ドリムス。広島公演へ行ってきました。
メンバーとファンの梨華ちゃんへの愛を強く感じた素敵な公演でした。
矢口さんもおめでたいですね!
結婚報告、聞けてよかった!
矢口コールも感動的でしたよ!
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/23(月) 00:12
もう更新キタ━(゚∀゚)━!
マジで嬉しいです
カッケー吉澤さん期待してますよ
19 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/25(水) 00:28
食堂では100名ほどの社員がランチを楽しんでいる。
食堂へ着いた石川は辺りをキョロキョロと見回した。

「おーい!梨華ちゃん!こっちやで!」

そう言って大手を振る小さな女性スタッフがいた。
その隣にはもう一人の小さな女性スタッフが、向かいには吉澤の姿もあった。

「あいぼん、ありがとう♪」

そう呼ばれたあいぼんこと加護亜依のもとへ笑顔で歩み寄ると、石川は吉澤の隣に座った。
吉澤の表情は気まずそうである。

「梨華ちゃん、さっきはごめんよ。あたしが書類出してないために…」

「本当だよー。……なんてね。
 あれは学生気分を引きずってた私が悪いんだし、気にしないで。」

石川はそう言うとにっこりと微笑んでみせた。
その笑顔を見て、吉澤はほっと肩を撫で下ろした。
まぁ、この件については吉澤が気にする問題でもないのだが。

「何かあったのれすか?」

心配そうに石川の顔を覗きこむ女性、辻希美に石川は再び微笑んだ。

「大丈夫よ、のの。ちょっと部長に叱られただけ」

「あー、安倍部長厳しいって言うもんなぁ。
 …って、うちんとこの保田課長も大概厳しいけどな」

加護は目線を落としてぼやいた。
加護はUFAでは分析を担当している。
吉澤たち企画の役に立つようなデータを取りまとめ、企画や経営に役立つ情報を提供するのが仕事だ。
20 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/25(水) 00:28
「でも一番はよっすぃ〜のところの中澤部長なのれす」

辻の言葉に石川と加護も黙って大きく頷く。
そしてワンテンポ遅れて吉澤も大きく頷いた。

「ま、まぁ、でも上司としては本当に尊敬できる人だよ!
 すっげー仕事できるし、LOVEマシーン旋風はもう伝説化してるし!」

「でも、ののたちの制作室にまで怒鳴り声が響きわたるのれすよ?」

辻のいる制作部は吉澤のいる企画部の隣の部屋にあるのだ。
辻は制作部でデザイナーをしている。

「それも愛情の一つさ!
 あたしは絶対に部長からワザを盗んで部長を超えてみせるんだ!」

吉澤は真剣な表情でそう言った。
先ほどまでのプレゼンを振り返っているのだ。
21 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/25(水) 00:29
「あ、そうだ!さっき安倍部長から聞いたよー。
 今日のプレゼン、成功したんだって?」

「なんや、よっすぃ〜!SEXY BOYのプレゼンって今日やったんか?!」

「よっすぃ〜初の大仕事って言ってたやつれすね!」

口ぐちに言われ、吉澤は頬を染めて首を振った。
しかし、その顔は笑顔でゆがんでいる。

「いやいや、これも部長の指導のお陰なんだ。
 SEXY BOY戦略は始まったばかり。
 売り出す前から成功なんて言えないよ。」

吉澤は照れながらそう言うが、それは本心であった。
販促の企画が上手くても、結果として売れなければ意味がないのだ。
吉澤の言葉を聞いて加護と辻はニヤニヤしている。

「SEXY BOY戦略はまだ始まったばかり。
 売り出す前から成功なんて言えないよ。」

加護が吉澤の言葉をキザに言ってみた。

「「「……っぷ!あっはははははっっ!!!」」」

吉澤を除く三人は大爆笑である。

「もぉ、あいぼんったら、おかしいんだから!」

石川にいたっては涙を蓄えて笑っている。

「ちょっと!人が真剣な話してるのに何なんだよ!!」

口ではそう言いながら、吉澤もその雰囲気を楽しんでいた。
こうして、同期四人のお昼のひと時は過ぎていった。
22 名前:rainbow 投稿日:2011/05/25(水) 00:32
四期集合です。
今回は軽めのシーンですね。
次回からいよいよビジネスシーンに移るので、乞うご期待!
早く続きを更新したくて筆者自身がウズウズしてますw
23 名前:rainbow 投稿日:2011/05/25(水) 00:35
>18さん

ありがとうございます!
私もかっけー吉澤さん大好きですよ♪
でも、この小説の吉澤さんはオンとオフの差が大きいかも…w
基本的には週末更新になると思います。
ただ、今週末からビジネスシーンを入れたくて中途半端に更新してしまいました!

これからも筆者の執筆意欲向上にご協力くださいww
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/25(水) 02:09
四期集合ほのぼの!
そして胸熱!

困難なことがたとえ目の前に立ち塞がってたとしても吉澤さんなら必ず突破出来るはず!
25 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:53
「お、吉澤、戻ったね。」

吉澤がランチから戻ると、中澤が先に企画室に戻っていた。

「SEXY BOYの件やけど、早速企画を進めてってもらおか。」

「はいっ!部長!!」

「ええ返事や。
 じゃ、早速やけど、九州地方の30店舗での発売日が決まった。」

「!!!!!」

中澤の突然の発表に吉澤は目を見張った。
つい午前中に九州から販売スタートというところまで決まったばかりだ。
それなのに午後一番で発売日まで確定してしまった。
UFAはこのスピードが強みでもあるのだ。

「それで、発売日はいつに……?」

「そんなもん、先に答えがもらえるとでも思ってんの?」

「……はぁ。……申し訳ありません。
 どういう意味でしょうか?」

「はぁぁぁ???!」

吉澤の言葉に中澤の表情が豹変する。
今にも髪の毛が逆立ちそうな勢いである。
吉澤の額から冷や汗が吹き出した。
それと同時に背筋も凍る。
26 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:53
「お前、私の仕事のどこを見てきたんや?!
 まずは自分で今後の販促の流れをシミュレーションせなあかんやろ!
 せっかく生まれた商品なんや。
 一刻も早く世に出したいってのが親心ってもんやろ?
 自分で考えて、最短でいつ発売できると思うか言うてみってことや!!」

中澤の言葉に吉澤はこの一年間を振り返った。
新人だった一年間は中澤の企画業務の手伝いをしながら企画の流れを学んだ。
その間に世に出た商品は二つ。
いずれも中澤はつんくから発売日を言い渡される前にそれを予測していた。
昨年の春に出した商品『愛の種』の発売日は予想的中。
冬に出した商品『ぴったりしたいX'mas!』に至ってはつんくから指示された期日よりも
早い発売を宣言し、見事にそれを成し遂げた。
それを見てきていながら、吉澤は自分がバカな質問をしてしまったことに気付いた。
27 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:54
「勉強不足で申し訳ありません!!!」

吉澤は腰を90度曲げて謝った。

「そんなんいらんねん。
 ええから、いつならいけると思う?」

中澤には吉澤の謝罪などまったく見えていない。
中澤という人間は形にはこだわらないのだ。
あくまでも重視しているのは中身である。
吉澤は焦って頭の中でシミュレーションを構築する。

(確か、この後は制作部に販促のチラシ制作を依頼して…。
 その後、営業課への販促戦略研修があって…。
 愛の種のときは確か一ヶ月で発売に漕ぎつけたから…。
 でも今回はデビュー戦だから少し余裕を持たせてくれるだろうな…)

「6月15日……あたりでしょうか?」

吉澤は恐る恐る中澤の顔色をうかがった。
が、しかし、その表情は厳しい。

「あほか。」

「……。」

吉澤の意見はあえなく一蹴される。

「お前、今初めての販促やからとか甘えたこと考えたやろ。」

「……!」

中澤の読みは図星であった。
28 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:55
「もうええ。質問変えるわ。
 あたしが販促かけるとして、いつが発売日になると思う?」

「6月……1日……ですね。」

吉澤は中澤の顔色を窺うように答えた。
中澤だったらそれくらいの日にちを狙ってくるだろうと思えた。
しかし、まだまだ駆け出し企画マンの吉澤にとってはその壁は高いものだった。
発売日までにはチラシ制作や研修、商品の売れ行きを予測して仕入れを行い、
店舗の内装も営業部と打ち合わせを重ねて仕上げていく必要もある。
それらをすべて一ヶ月で行うのは相当のスピードであった。
吉澤の覗きこんだ中澤の表情は明るい。
29 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:55
「ぴーんぽーん♪」

中澤は人指し指を立てながらちょっと可愛らしく満面の笑みで答えた。

「……。」

しかし、それに対してあまりの豹変に吉澤は言葉を失った。
中澤は中澤で突き出した人指し指の行き場を失い、寂しく宙に浮かせていた。
嫌な沈黙が二人を襲う。

(上司に恥ずかしい思いさせてどないすんねん、ボケが!!!!)

「そうと分かったらやることが山ほどあるやろ!!!
 さっさと取り掛からんかい!!!!」

「は、はいっ!!!!」

中澤の怒声を合図に、吉澤の忙しい日々が幕を開けた。
30 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:57
発売日は6月1日。
今は4月25日、金曜日。
土曜日と日曜日は基本的に休みであることが多い。
しかも、UFAのゴールデンウィークは4月29日から5月5日までの一週間もある。
この一週間は基本的に各地の店舗と一部のスタッフ以外は完全に休みとなるのだ。
つまり、今月は今日を除くと4月28日しか残されていない。
すなわち、吉澤に与えられた時間は一ヶ月もないようなものである。

(まずは制作部へチラシの制作依頼か……)

吉澤はPCを開き、全社員共有のフォルダから依頼書を取り出した。

カタカタカタカタカタカタ……

(依頼内容『SEXY BOY発売のためのチラシの制作』っと。
 詳細『UFA初の男性向けコスメ商品としてアピールすることを目的とする。
 メイン商品の化粧水を男性モデルがSEXYに使用している画を入れてください』っと)
31 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:57
「よっしゃ!これで制作部に持っていこう!!」

吉澤は作成した依頼書を印刷すると、勢いよく企画室を出……ようとした。

「待たんかい!吉澤!!!」

吉澤の背中に怒声が突き刺さる。
吉澤はゆっくりと振り返った。
そこには鋭い眼光で吉澤を睨みつける中澤がいた。

(ど、どーしてそんなに怖い顔ができるんですか?!)

当然、そんな吉澤の心の声など聞こえるはずもない。

「私……、また何かやってしまったのでしょうか?」

「その依頼書、そのまま持ってっても突き返されるで?」

「……えっ?」

吉澤は手に持った依頼書を改めて隅々まで見渡した。
32 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/27(金) 13:58
『上司印』

そう書かれた四角い枠が吉澤の目に突き刺さる。
社内文書で、それも部署間の依頼書で上司印を求められるのは当然であった。
吉澤はアイデアマンではあったが、致命的な欠点があった。
ちょいミスが多いのだ。
ずばり言えば、おっちょこちょいなのである。
吉澤は改めて中澤から印をもらうと、今度こそ勢いよく企画室を飛び出した。

「あいつ……、ホンマに大丈夫やろか。
 正直、依頼書もざっくりしとったしなぁ。
 って、印鑑押した自分も自分か。」

そんな中澤のボヤキとも取れるつぶやきを吉澤は知らない。
しかし、中澤がざっくりした依頼書に押印したのにはワケがあった。
吉澤に部署間のやり取りの難しさを学ばせようと考えたのだ。
33 名前:rainbow 投稿日:2011/05/27(金) 14:03
更新です。
いよいよ企画が本格的に動き出しましたね!
早速中澤部長に怒られるよっすぃー。
そしてこれから他部署との絡みもどんどん出していきます!
まずは辻ちゃんのいる制作部からです。

ちなみに、筆者は今週と来週の週末は急遽仕事になりました。
なので、ちょっとの間は変則的に更新させてもらいます。
リアルビジネスマンのrainbowでした!
34 名前:rainbow 投稿日:2011/05/27(金) 14:13
>24さん

>四期集合ほのぼの!
>そして胸熱!

やっぱ四期は四人じゃないと♪
あの娘がいないとバランス取れない!

>困難なことがたとえ目の前に立ち塞がってたとしても吉澤さんなら必ず突破出来るはず!

今後のストーリー、楽しみにしてください。
いろんな要素を盛り込んでいけるように頑張ります!!
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/28(土) 01:01
更新ありがとうございます!かっこいい吉澤さんを期待しつつも中澤姐さんのファンになってしまいそうです!
お忙しいなかの執筆は大変だと思いますが楽しみに待ってますよ♪
36 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:17
その頃、当の吉澤はというと、隣にある制作室の前で中を覗いていた。

(お。のの発見。あいつ真面目に仕事してんじゃん♪)

吉澤は辻を冷やかしてやりたいと思ったが、思いとどまった。

(さっき梨華ちゃんが叱られたところを見たばっかだしね。
 ってか、中澤部長の耳に入ったら殺されるな……)

そう思いつつ、吉澤は身震いした。
今まで中澤に付いて制作部への依頼の現場を見てはきたものの、
やはり中澤と自分では格に違いがあり過ぎる。
自分のような二年目が下手な態度を取れば怒られるのは当然だ。

(制作部で怒られたなんてなれば、中澤部長キレるだろうし……)

『お前は企画の恥さらしかぁ〜〜っっっ!!!!!』

吉澤の頭の中で中澤が怒声を張り上げる。
吉澤は自身の勝手な妄想に息を?んだ。
そんなことを考えつつ、吉澤は制作部のドアをノックした。
37 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:19
「失礼いたします」

「あ、よっすぃ〜!」

吉澤の姿を発見するなり、辻が声を上げた。
先ほどの石川の件を思い出してヒヤリとする吉澤。

「お疲れ様です!辻さん!」

いつもと違う吉澤に戸惑う辻。
しかし、吉澤はそんなことには意も介さずに制作室の奥にあるデスクへ向かった。
そこには長身で髪の長い女性デザイナーがいた。

「飯田チーフ、お疲れ様です!」

吉澤は元気よく言うと軽く頭を下げた。

「お、来たね、吉澤!
 今日にもSEXY BOYが来ると思ってたよー」

吉澤の予想を覆すほど、フランクな語り口の飯田。
その口調に一瞬吉澤は気を緩めた。

(い、いや、ここで惑わされちゃダメだぞ、吉澤!
 礼儀正しく!礼儀正しくだ!!)
38 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:19
「はい!営業課に渡すためのチラシの制作依頼に参りました。
 こちらがその依頼書です。ご確認をお願いいたします。」

吉澤はそう言うと依頼書を飯田に差し出した。
しかし、飯田はそれを受け取らない。
そして、じっと吉澤見つめたまま目線をそらさない。

「……あのさぁ、吉澤……。」

そう言う飯田の表情は少し険しい。
しかも目線を合わせたままである。

(うそんっ?!あたし今は何も失敗してないよね??
 ていうか、目線が逃げられない……!!!)

また叱られるのを覚悟して吉澤は身構えた。

「かーたーいー!堅すぎるぞ!!
 かおり、堅いの苦手なんだよねー。」

「…………」

予想外の反応に吉澤は呆然とした。
言葉が出ないばかりか、思考まで停止してしまったようである。
39 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:20
「あれ?どうかした?」

固まる吉澤を見て飯田は首をかしげた。

「よっすぃ〜の部署はあの企画部なのれすよ?チーフ」

二人の様子を見ていた辻が言葉を挟んだ。

「あぁ、そういうこと?あっははは!
 バカだなぁ。あんなに堅苦しいのはなっちと裕ちゃんくらいだよー」

吹き出すように笑いながら飯田が言う。
吉澤はただでさえ大きなその目をさらに丸々とさせて驚いた。

「……なっち?………裕ちゃんってまさか……」

「なっちってのは総務部長の安倍なつみ!
 裕ちゃんはあんたんとこの上司だよ!」

「飯田チーフ、部長たちとそんなに親しいんですか??」

「ううん。かおりが裏でこっそりそう呼んでるだけ。
 だから、本人たちにはナイショだぞ?」

「……あ、はい!」

飯田のフランクさに吉澤は圧倒された。
辻の口調が治らないことを考えれば予測できたことなのかもしれない。
40 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:20
「よしよし!いい子、いい子!」

吉澤は思った。
ここはここで大変な部署だと。
自分には合わないと。

「いやぁ、びっくりしましたよ!
 てっきり依頼を突き返されると思いました!」

吉澤は安堵に満ちた表情で言った。

「え?かおり、それ受けるって言ってないよね?」

急に飯田の顔から表情が消える。
かといって、その表情は怒っているようにも見えない。

「…………ぇぇえええっっっ??!!
 ど、どういうことですか?!」

先ほどまでの友好ムードが信じられないくらいに突然のことに吉澤は戸惑った。

「だってさ、その依頼書ざっくりしてて見ただけじゃ分かんないもん。
 どんな感じのイメージなの?アイデアのラフとか作ってる??
 男性モデルってある程度目星は付けてるわけ??」
41 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:21
詰問するような感じではないが、続け様に言われて吉澤は圧倒された。
UFAではデザインを仕上げるのはデザイナーだが、より企画との連携を強化して
ミスマッチを防ぐため、中澤は企画書で伝わりにくい部分はラフ画という
大まかなイメージを描いて用意してくることがあった。
しかし、吉澤もそのことは知っていた。
すぐに気持ちを切り替えてこう言った。

「はい。ラフについては私の方でイメージを固めてしまうよりも、
 デザインのプロであるデザイナーの皆さんにお願いした方がいいと思って
 大まかな商品コンセプトとイメージの方向性だけをお伝えしようと思ったので
 作成してきませんでしたが……」

吉澤はそう言うと、制作室に置いてあるA4の白紙を取り、
おもむろにその上でペンを走らせた。
すると、ペンが踊るその下にみるみるうちにデザインが構成されていった。
42 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:21
吉澤は一通りペンを走らせると、完成したラフを飯田に見せながら説明した。

「あくまでも私が個人的にいいなと思うイメージですが、今回は化粧水がメインなので、
 モデルのキレイな肌を強調する構図にしたいと思ってるんです。
 なので、引きの画ではなく、ドアップな顔の構成……、それも中心線に対して
 モデルの配置を左に寄せ、肌のキメを強調し、いかにも化粧水をつけた後のような
 少し濡れた潤いのある写真を使いたいですね。」

飯田は吉澤の行動に目を見張った。
企画マンとしてはまだまだ新人だと思っていた吉澤が商品のコンセプトを自身の中に
きちんと落とし込み、イメージの構成まで持っていたのだから驚きもひとしおであった。

(ほぉ。すごいねぇ…。商品の強みを抑えた構図までイメージを築いてたなんて…。
 デザインの素人のくせにイメージの伝わるラフを一瞬で描きあげちゃったか…。
 ひよっ子かと思ってたけど、なかなか面白い子だね。)

飯田は表情を緩めるとバシッと吉澤の背中を叩いた。

「やればできるじゃーん!や・れ・ば!
 今度からはこうやってラフ持ってきてね。
 もちろん、デザインは私たちが考える仕事だけど、企画の持ってるイメージとの
 すり合わせって大切なんだよー。
 言葉ではなかなか伝わらないことも、形にすることで共有できるし!」

飯田に褒められ、吉澤は満面の笑みを見せた。
43 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:22
「ねぇねぇ。ここの帯が入ってる部分だけど、キャッチコピー入れるの?」

飯田はそう言って吉澤のラフの左下から右肩上がりに入った帯状のラインを指した。

「はい、そうです。私としては『女性も羨む美肌を目指せ!』みたいな
 コピーを考えているんですけど……」

「あー…、そりゃ却下だね」

飯田は即答だった。
世の中そう甘くはない。
吉澤のアイデアはあえなく一刀両断された。

「な、なぜですか?」

吉澤は恐る恐る聞いた。
即答で却下されるということはそれだけ明らかに欠点があるということなのだ。
44 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:22
「うーん、そうだなぁ。じゃあさ、吉澤。
 男の人がキレイになりたいと思うのって、何のためだと思う?」

「えーっと、かっこよくなりたいから……でしょうか?」

「うん、そうだよね。じゃあ、なんでかっこよくなりたい?」

「それはやっぱモテたいからだと思います。」

「うんうん。誰にモテたいのかな?」

「そりゃ、女性ですよ。」

「ビンゴ!」

「は、はぁ…?」

ビンゴをもらったものの、吉澤には何がビンゴなのかまったく分からなかった。

「何?分かんないって顔してるね?
 もぉ、吉澤は女心が分かってないな!?」

そう言って飯田はビシッと吉澤に人差し指を向けた。
吉澤は何の事だかさっぱり分からないと言った表情をしている。
45 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:23
「女心……ですか?男性向けの商品なのに……」

「そうっ!女の子ってね、キレイになりたいって思ってすごく頑張るでしょ?」

「はい。」

「やっぱりみんな周りの人よりもキレイになりたいって気持ちがあるわけよ。」

「ほう。」

「それは、周りの女性だけに言えることじゃないの。」

「ほほう。」

「自分の彼氏が自分よりキレイだったら嫌だって子、多いんだぞ?」

「えぇっ?!マジですかっ?!!」

「そうだよー。だから、女性との比較をイメージするコピーはダメ。」

「で、でも、女性が嫌がると言ってもターゲットは男性で……」

「男性は女性にモテたいと思ってるって言ったよね?
 だったら、女性ウケしないものは極力さけよう!
 やるんだったら…『SEXYな男の美学を追求せよ!』みたいな感じかな?
 吉澤のかっこいい構図のラフイメージとも合うと思うし。」
46 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:23
「な、なるほど!!!飯田チーフ!すっげぇ勉強になります!!!」

吉澤は感動を覚えた。
コピーを聞いてすぐに購入者層の心理の奥まで掘り下げた判断をした
制作のプロとしての飯田の実力を思い知ったのだ。
やはり、文字から受け取るイメージは、制作物を作成する部門にとって
とても敏感になる部分なのだ。

「まぁ、あんたとは経験の差もあるんだから、当たり前っしょ。
 それより、モデルの目星とか付けてんの?」

「はい、モデルにはイケメンのサッカー選手あたりを考えてます。」

「サッカー選手……ねぇ……」

飯田はいまひとつ納得できないといった体で首をかしげた。
47 名前:動き出す企画 投稿日:2011/05/30(月) 20:24
「ぱっとしないですか?」

「そうだねぇ。スポーツ選手は……正直、フツーかな。
 かといって、Jenny's事務所のアイドルもいかにもって感じするもんね。
 韓流スターってのも最近じゃありきたりだし、
 ハリウッドスターは日本人の欧米人への劣等感を煽るだけだよね……って、
 それ以前にモデル料出せないか。」

そう言うと今度は飯田も考え込んでしまった。

「じゃあ、吉澤!これ、宿題ね!
 あんたの独創性をフル活用して週明けまでにアイデア出して来て!
 こっちは他の部分の構成だけでも進めておくからさ。」

そのまま二人で考え込んでも埒が明かないと思ったのであろう。
飯田はそう言って仕切り直すと、吉澤にラフのコピーを渡した。

「分かりました!絶対にいいアイデアを持って来ます!!」

吉澤はラフを受け取るとキリっとした表情で飯田を見据えてそう言い放った。
どこまでもポジティブな吉澤の姿勢に飯田も満足気に吉澤を見送った。
とりあえず、吉澤の初の制作依頼はこうして幕を開けたのである。
48 名前:rainbow 投稿日:2011/05/30(月) 20:28
更新です。
今回はかおりんの登場です♪
ビジネスカラーを感じないかおりんはデザイナーがしっくりきますね。
あくまでも私的にはですが。。。

現在の年齢設定にして辻ちゃんの口癖に無理があるようにも思えましたが、まぁお馴染みのこのキャラで貫きますw
49 名前:rainbow 投稿日:2011/05/30(月) 20:29
>35さん

姐さんはカッケーですよw
やっぱ伝説の人ですからww
まぁ、先輩のみなさんには頑張っていただかないと!
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/30(月) 23:46
吉澤さん前途多難ですね。でも先輩方は厳しくも温かい目線で吉澤さんに接してくれてるようですね。
頑張れ!吉澤さん!
51 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:30
ここは総務室。
総務部は、お金を扱う経理課、人を扱う労務課、そして物を扱う総務課から構成される。
石川はこの経理課のスタッフであり、安倍はすべての課のトップになる総務部長である。
この部屋の中では、人の声よりも電卓の声の方が多い。
絶えずどこからかカタカタカタカタカタカタ……という音が聞こえてくる。
その雰囲気と比例するように、基本的に真面目で大人しいタイプの人間が集まっている。

「石川、今日の分の振込処理は終わった?」

安倍が石川のデスクまで来てパソコンの画面を覗き込んだ。
52 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:30
「あ、はい!あと一件入力したら完了です!」

そう言いながら、石川は慌てて最後の振込を行った。
そして、急いで振込承認依頼書という書類を印刷した。
経理課では、もちろん会社の支払業務も行う。
振込はすべてネットバンキングで行われ、スタッフが振込データを作成し、
安倍が一つ一つのデータに対して承認作業をすることで振込が完了するのだ。
石川は依頼書の振込者の部分に自分の印鑑を押印すると、書類を安倍に渡した。
書類を受け取った安倍は、自分のデスクへ行き、ネットバンキングを開いた。
振込承認作業中の安倍は真剣そのものである。
なぜなら、その指一本で何百万、何千万もの金額が動くからである。
53 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:31
「鰹シ浦広告、宣伝広告費、150万円。承認っと。
 兜ス家システム、システム開発費、200万円。承認。
 且ト田ソリューション、講演依頼費、200万円。
 ………。
 講演依頼費……。 
 200万円……。
 はぁっ?!」

突然声を上げた安倍に総務室内のスタッフが注目する。
現在、安倍が振込承認を行っていると知っている石川の額に冷や汗が滴る。
そして、その予感は見事的中することとなるのだ。

「ちょっと!石川!!」

本日二度目のカミナリである。
石川は今にも泣きそうな顔をしながら、安倍の元へ向かった。
54 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:31
「部長、いかがいたしましたか?」

かしこまってそうは言うものの、完全に声は震えている。

「これ見てあんた何とも思わない?」

安倍は依頼書の金額と石川の振り込んだ金額を確認した。
依頼書には且ト田ソリューションへ講演依頼費200万円と書かれている。
そして、ネットバンキング上では且ト田ソリューションへ200万円の振込が
申請されている。

「問題ないように思いますが……」

石川は首をかしげた。
それもそうである。
振り込んだ額も振込先も、書類と同じなのだから。

「じゃあ、この振込の請求書持ってきて!」

安倍の指示で石川は慌てて請求書をひっくり返して調べた。

「……柴田、柴田…。あ!ありました!」

するとそこには確かに200万円の請求書があったのだ。
55 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:32
「じゃあ、今度はこの請求書持ってきた担当者に見積書を確認させて」

石川は安倍に言われるがままに担当部署へ内線をかけた。

「…はい。……えぇ、はい。……本当ですか?!
 ちょ、ちょっと待ってていただいてもいいですか?」

そう言うと石川は内線を保留状態にし、安倍に報告した。

「見積もりでは20万円になってるそうです!」

安倍の表情が一気に険しくなった。
56 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:32
「保留、何番?」

「さ、三番でお待ちです……」

安倍は保留ボタンの三番目を押し、担当者の内線に出た。

「あ、もしもし?安倍です。見積書と請求書の比較はしたわけ?
 ……うん、……あぁ、……じゃあしてないってことよね?
 あんたの持ってきた請求書信じて振り込んでたらどうなってたと思うの?!
 うちの石川、180万円も多く支払うとこだったじゃないの?!!
 180万円よ?!分かる?あんたの給与の二、三ヶ月分どころじゃないわけ!
 会社のお金はあんたのお金じゃないんだからね?!
 ちゃんと反省してるんでしょうね?
 こういった些細なチェック漏れが取引先様との信用の崩壊に繋がるんだから!
 分かったらさっさと先方に確認とって請求書の再発行依頼しなさい!!」

そう言って安倍は内線を切った。
総務室は一層静かになった。
安倍はお金の処理にはひと際慎重なのである。
そして、お金にまつわるミスは徹底的に叱るのが安倍の指導法だった。
57 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:33
「あの……、部長……」

石川は恐る恐る安倍に声をかけた。

「なに?」

安倍はまだ少し興奮気味で殺気立っていた。

「あ、あの……。す、すごいです!!私、感動しました!!」

いつも大人しくしている石川だったが、珍しく目を輝かせて安倍を見つめていた。

「な、なにさ、気持ち悪い……。」

さすがの安倍も石川の豹変ぶりに困惑気味である。

「だって、手元にある書類がすべて同じ内容なのにそこに間違いがあるかもしれないって
 考えて徹底的に確認していくなんて、私には考えも及びませんでした!
 しかも、それで本当にミスを防いじゃうんですもの!!!」
58 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/05(日) 00:33
「まぁ、講演依頼なんかで200万円なんて金額請求してきたらぼったくりよ。
 よほど大物の大講義でもない限りね。
 そんな大物の講義なんてあろうもんなら、社内で噂になるってわけ。」

安倍は興奮する石川にさらりとそう言ってのけた。
興奮する石川を見て、逆に安倍の方は冷静になれたようだ。

「今回は担当者のミスかもしれないけど、あんたもこのくらい金額を嗅ぎわける
 センスを身につけなさい。ただ言われたままの金額を言われたままに処理する
 だけの経理なんてつまんないでしょ?
 金額から事実を読み取って他部署のミスを事前に防いだり、
 会社にとって有益な情報へと変えていけたら、きっと仕事も楽しくなるから。」

安倍は黒縁メガネの奥で微笑むと、そっと石川の肩を叩いた。

「はいっ!!」

ここにまた一組の上司部下の絆が強化された。
59 名前:rainbow 投稿日:2011/06/05(日) 00:37
やっと激動の一週間が終わりました。。。
筆者はまだまだ忙しい日々が続きそうです。

さて、今回は安倍部長の見せ場ですね!
密かに総務・経理のコンビが好きだったりしますw
というか、花形な二人が裏方な仕事に燃えてるのがいい!
60 名前:rainbow 投稿日:2011/06/05(日) 00:43
>50さん

いつもコメントありがとうございます!
よっすぃーだけでなく、やっぱみんなに見せ場は欲しいですからね。
先輩たちはやっぱ先輩らしいとこ見せてくれないとw

近日中にもう一回更新できるかと思います。
ちょっと執筆速度が遅れてますが、まだ書き溜めた分があるのでがんばりますよ!
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/05(日) 03:35
更新お疲れ様です!

もしこんな会社があったらぜひとも入ってみたい!すっごくシゴカレそうだけども楽しい職場なんだろな。
62 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/06(月) 00:51
吉澤が制作部へ制作依頼に行った後の企画室では、一本の内線が鳴っていた。

「はい、中澤です」

中澤は目の前で光っていた電話機の受話器を取った。

「あぁ、あの件やな。ええタイミングや!
 早速打ち合わせさせてもらってもええか?
 …うん。そうか。じゃあ、すぐに行かせてもらうわ。」

そう言って受話器を下ろすと、中澤は目を光らせて企画室を出た。
中澤のデスクの上には、白紙に人の形を模したデザインのようなものの描かれた紙が散らばっていた。
その数が何十枚にも及んでいたことに中澤は気付いていない。

目的の場所へ向かう中澤は、心にたぎるものを感じていた。
それは、中澤がLOVEマシーンの企画を任された時に感じて以来のものであった。

(ホンマに、よお間に合ってくれたわ!
 そうとなれば、早速夕方にでも社長にアポイント入れなかんな。)

そんなことを考えながら中澤は携帯でメールを打ち始めた。
足早に目的地に向けて歩を進めながらも、素早い操作でメールを送った。
しかも、中澤がメールを送ってから10秒もしないうちに着信があった。
画面には『社長』の文字。
中澤は急いでメールを確認すると、微かに口角を上げた。
その目はまるで炎が燃え盛るようにギラギラとした輝きを放っていた。
63 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/06(月) 00:52
ふと、中澤はある部屋の前で足を止めた。
部屋のドアには『商品開発部』のプレートが掲げられている。

コンコン

「入るで!」

中澤はそう言って勢い良く中に入った。

「あ、中澤部長!お疲れ様です!
 お早いですね!」

長いキレイなストレートの髪を首の後ろで一本にまとめた、
端整な顔立ちの女性スタッフが、中澤の姿を視界に捉えるなり立ち上がった。

「そらそうに決まってるやろ。
 ずっと待ち焦がれとったことなんやから!
 それで?商品はどこに置いてあるんや、後藤?」

中澤はまるで新入社員のように目を輝かせている。

「あはっ!私、UFAに来て一年半ですけど、そんなに嬉しそうな部長、初めて見ましたよ!」

後藤は嬉しそうに中澤の顔を見た。
中澤はどこか恥ずかしそうにしている。
あまりの喜びに我を忘れていたらしい。
64 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/06(月) 00:52
「もうっ!そんなんええから!
 アレはどこなんや?!」

中澤に急かされ、後藤は目的物を取り出している。
中澤の喜々とした様子を見て、後藤はどこか微笑ましく思えた。
そして、後藤はその手に一つのケースを持って中澤に差し出した。

「これが女性向け新商品、『I WISH』です」

中澤は溢れんばかりの感動を抑えて新商品を手に取った。
手のひらサイズのそのケースは、パールホワイトのコンパクトで平たい円筒形をしていた。
美しいパールホワイトは南国の砂浜や雪景色のような爽やかな美しさを演出している。

「これがコスメ業界に歴史を刻む新しいファンデーションやな。」

そう呟きながら中澤はケースのふたを開けた。
中には穴の空いた中ぶたがあり、その上にパフが乗っている。
固形ではなく、完全にパウダータイプのファンデーションである。
中澤は中ぶたを外すと、中のパウダーをつまんでその感触を吟味した。
65 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/06(月) 00:53
「……完璧や。これはイケるで!!
 ふんわりとしたパウダー感がありながら、どこかしっとりしとる。
 パウダー感で柔らかい肌質を演出しながら、このしっとり感によって
 リキッドファンデーションならではのつややかで健康な肌をも表現する……。
 まさに理想のファンデーションや!」

そう語る中澤の手はどこか震えているようである。
ふと、中澤の手の中から後藤がファンデーションを取り上げる。

「……だから、『I WISH』……なんです。
 ファンデーションの理想形ですからね。」

この新商品は中澤と後藤がファンデーションに対する理想を語り合ったときに
そのコンセプトが誕生した。
以来、後藤は試作品が出来る度に中澤にテスト協力してもらった。
後藤にとってはこれがUFAに来て初めて生み出した商品でもある。
中澤は中澤で、初めて商品の開発過程にまで関わった商品ということになる。
当初の中澤の考えでは、開発過程を知ることでプロモーションに活かせることが
あれば……という程度の気持ちであった。
しかし、いつの間にか思い入れも強くなり、そして吉澤という部下であり
将来のライバルの出現もあいまって、その気持ちは強固なものに変わっていた。
66 名前:動き出す企画 投稿日:2011/06/06(月) 00:53
「中澤部長。」

後藤はかしこまって中澤を直視した。

「なんや?」

中澤も後藤の気持ちを分かっているのだろう。
穏やかな表情で後藤を見ている。

「その子は私に取って初めての子どもです。
 その子の将来は部長に託しました。
 部長の手で立派に世の中へ送り出してあげてくださいっ!!」

後藤はそう言って深く頭を下げた。
その目からは光るものが落ちていった。

「任せとき!
 後藤の子はうちが日本一……、いや、
 世界一にしてやるからな!」

中澤の頼もしい言葉を受け、後藤は思った。
中澤裕子という人間は厳しくも熱意溢れる人間であると。
そして、かくも頼もしい人間であると。

(部長ならきっと、あたしの子どもをトップスターにしてくれる!)

後藤は密かに確信を抱いていた。
こうして二人は夕方まで時間をかけて商品の性質について打ち合わせを続けた。
67 名前:rainbow 投稿日:2011/06/06(月) 00:56
連日更新です。
とりあえず、今回の更新で『動き出す企画』編は終了です。
次回からは次のステップへ!
いよいよプライベートが動き出します♪
って、たった一日の話がここまで長くなってしまったw
68 名前:rainbow 投稿日:2011/06/06(月) 01:00
> 61さん

 毎回コメントをいただいて本当にありがとうございます!
 無理はしなくてもいいので、今後もコメントしたくなったときには是非お願います!
 読者様の声は励みになるので♪

>>すっごくシゴカレそうだけども楽しい職場なんだろな。

  かなり上司に左右されるでしょうねw
  間違いなく企画と総務はシゴカレますねww
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/06(月) 11:35
連日更新乙です!
無理なんて全然してないですよ!

後藤さんも出てきてとっても胸熱です。プライベート編はどんな展開になるのでしょうか?楽しみに待ってます!
70 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:28
吉澤は制作部との打ち合わせが終わると、企画室に戻ってパソコンと向かい合った。
今度は営業部に研修をするための研修の準備をしなければならないのである。
吉澤はSEXY BOYの商品の強みをアピールすべく、キーを叩き続けた。
SEXY BOYは男性向けのラインで、今回のスタート時は洗顔フォーム、化粧水、
そして保湿クリームの三商品で展開する。
洗顔フォームは専用の泡立てネットで揉みこむことで弾力のある泡を作り、
泡の弾力が肌の汚れをよく吸着して洗浄する。
化粧水は浸透力にこだわり、肌に潤いを与えるだけでなく、
引き締め成分を含んでいるため、男性の皮脂分泌を抑える。
そして、保湿クリームにも引き締め成分を若干配合しているが、
仕上げとなるクリームにはほんのわずかな香料を含んでいる。
爽やかで優しい香りは、付けている男性にとってはアロマ効果を発揮し、
周囲に対してはおしゃれな香水のようにも感じられる。
顔に塗るだけの量に合わせて香料を配合しているため、香水を付け過ぎたときのように
「あの人の香水、いつもキツイよねー」ということにもならない。
こういった商品アピールを次々に画面に打ち込んでいく。
71 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:29
夕方になり、吉澤が黙々と仕事をしていると、中澤が企画室に戻ってきた。
その顔にはまだ笑みが見え隠れしていた。

(あ、裕ちゃんだ。……なんちて。)

飯田の言葉を思い出し、一人そんなことを考えてくすっと笑った。

「なんや、吉澤?今、うちのこと笑ったやろ?」

浮かれモードでも鋭い観察力は衰えてはいないようだ。

「い、いえ!なんでもありません!」

「そか?そんならええけど。」

中澤自身、吉澤に構ってもいられなかった。
今度はつんくとの打ち合わせを入れていたからだ。

「部長。」

「だから、なんや?」

「なんだかご機嫌ですね」

「……分かるか?」

「そりゃ、ずっとお側についていたので。」

「そうか。」

「あたしも、頑張りますから!」

「……。」

中澤の表情で、吉澤は悟った。
中澤の新たな企画が動き出していると。
今までずっと一緒だった上司。
しかし、今は二人別々の商品を手掛け、それぞれ成功への道作りのために動いている。
そう思うと、今本当に自分は一人立ちしようとしているのだと吉澤は実感した。
72 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:29
時刻は17時30分。
吉澤ははっとした。
ずっと忘れていたものを思い出したのだ。

『……あの経費精算書ですよね。
 ランチ後にすぐ提出します。』

完全に忘れていた。
吉澤は慌てて引き出しの中から書類を取り出し、総務室へ向かった。
総務室は他の部屋とは少し違う造りだ。
ドアから入ると、カウンターがあり、他部署の者はカウンターから奥へ入ることは禁止されている。
会社にとって重要な情報を扱うため、限られた人間しか立ち入りが許されないのだ。
カウンターに着いた吉澤を見つけると、石川が駆け寄ってきた。

「すみません、石川さん。
 すっかり忘れてしまって……。
 これ、経費精算書です。」

ふと、吉澤は総務室の奥に目を向けた。
経理カウンターの奥には経理デスク、労務カウンターの奥には労務デスク、
総務カウンターの奥には総務デスクがあり、
そのすべての最奥部のやや大きなデスクに部長の安倍がいた。

(……なっち。……なんちて。)

再び吉澤の脳裏に飯田の言葉がよぎる。
少しニヤけたが、吉澤は改まって思った。

(それにしても、わずか29歳にして部長って、やっぱすごいことだよなぁ。
 安倍部……なっちの仕事ぶりってどんななんだろう?)

なぜか心の中でなっちと呼び直す吉澤。
よほど気に入ったようだ。
73 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:30
「……さん!吉澤さんってば!」

ふと、目の前の石川が何か言っていることに気付いた。

「……あぁ、ごめんなさい。何ですか?」

「もう、ずっと呼んでたんだから!
 今日はもう精算できないから、来週お金渡してもいいですか?」

「はい、いつでもいいですよ!」

「よかったぁ。この時間にはもう現金の動きを合わせ終わってるから、
 極力出し入れしたくないんだよね。また数え直すの大変だし。」

「経理も大変だね。」

「まあね。お金扱ってるし。
 ……そうだ、吉澤さん!」

突然、石川は満面の笑みで言った。

「ん?」

「今夜、久しぶりにご飯行こうよ!
 それとも、残業の予定とかある?」

「あ、いいね!行こう行こう!
 今夜は定時で帰れそうだし!花金だぁーーー!」

勢い余って叫ぶ吉澤に鋭い視線が突き刺さる。
各課のスタッフの視線もあるが、奥から強烈なものを感じ取った。

「吉澤!!うるさいっっ!!!」

吉澤が冷や汗を流すのが先か、はたまた安倍の声が張り上がったのが先か。
石川と吉澤は小声でロッカーでの待ち合わせを約束すると、
それぞれのデスクへ帰って行った。
74 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:30
吉澤はその日の日報メールを中澤宛に送ると、まっすぐにロッカーへ向かった。
ロッカーでは先に仕事を片付けた石川が待っていた。

「梨華ちゃーん!
 ごめんね、待った?」

「ううん、全然!
 美味しいお店、見つけたからそこに行こっ!」

こうして、石川オススメのお店に向けて、二人はオフィスを出た。
オフィスから電車で二駅移動し、ちょっと裏道に入ったところに目的のお店があった。
看板に書かれた『浪漫』とは似つかわしくない、なんだか落ち着いた感じの小料理屋である。
二人は店の奥のテーブルに着き、とりあえず生ビールを注文した。

「梨華ちゃん、よくこんなお店知ってるね!」

「実は、つい最近ね、部長と一緒に来たんだ。」

「え?あの安倍部長と?」

「そうじゃなかったらどこの部長とご飯に行くのよ?」

石川はクスッと笑う。
しかし、吉澤にしてみれば意外である。
安倍といえば堅苦しいイメージがあり、とても部下を誘って食事に行くようなタイプとは思えなかった。
75 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:31
そうこうしていると早速、二人の前に生ビールが運ばれて来た。

「「かんぱーいっ!!」」

カチャッ

乾杯を交わし、二人はぐびっとビールを飲んだ。

「ぷはぁーっ!仕事の後はやっぱコレだね!」

「もうー。よっすぃーオヤジくさいよー」

石川に笑われ、吉澤もどこか恥ずかしそうだ。

「それにしても、安倍部長が部下を誘ってご飯なんて意外だなぁ。」

「違うよ?誘ったのは私。」

「えっ?そうなの?」

「うん。ちょっと仕事で悩んでたからね。
 部長に『近いうちに一緒にご飯行って下さい』って言ったの。
 そしたら部長、『じゃあ、今夜行ける?』って言ってくれて。」

「へぇ、ただ厳しいだけの人じゃなかったんだ!」

「全然だよー!
 部長、自分からはなかなか誘えないんだって。
 年上の部下とかもいて、バランス取りにくいのもあるみたい。
 だから、私みたいに下から誘われると嬉しいって言ってた。」

若くして管理職になれば、苦労も相当なものであった。
吉澤は改めて安倍の凄さを感じた。
76 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:31
「ところで梨華ちゃん、さっきはスルーしたけど仕事で悩みがあったの?!」

「う、うん……。」

(み、水臭いじゃあないか!
 あたしという同期であり親友がいながら!)

吉澤には石川が自分に相談してくれなかったのがショックだった。
そのショックは石川にも伝わったようだ。

「あ……、ごめんね?でも、ワケがあったの。
 ほら、経理って会社の機密を扱うでしょ?
 そういう仕事内容に関わる話だったの。」

「……そっか。それなら仕方ないか。
 それで?相談してみてどうだった?」

「すごくよかったと思う!
 本当は仕事を辞めようかとも思ってたくらい悩んでたんだけど、
 私のためにすぐに時間割いて話を聞いてくれる上司がいるんだって
 思ったら、ずっとこの人に付いて行こうって思えたんだ。
 それに部長、『すべての責任はあたしが取るから、
 あんたは思いっきり仕事に打ち込みなさい』って言ってくれたの。」

(か、カッケーじゃないかっ!なっち!!)

「なんか残念だなぁー。」

「えっ?何で残念なの?」

「なんだかなっちにカッケーとこ取られちゃったみたいでさ!」

吉澤の発言に石川は目を丸くした。
言った瞬間に吉澤自身もはっとした。
77 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:32
「なっち……ってまさか?!」

「あ、う、うん。安倍部長のこと……。
 制作部の飯田チーフが陰でそう呼んでるって言ってて。
 なんかツボにハマっちゃってさ。あはは。」

「……ふっ。あっははは!なにそれー。
 なんだかそう呼んでると部長が可愛く思えてくるね!」

「でしょでしょ?!中澤部長も『裕ちゃん』って呼んでみたら
 なんだか怖くないんだよね!」

「あはははははっ!中澤部長が『裕ちゃん』?!
 やだもーー。あはははは!く、苦しいよぉー!」

どうやら石川もツボにハマったようである。
お腹を抱えて涙を流しながら笑った。

「あははは……はぁ……。
 そ、それはそうと梨華ちゃん。」

「あはは……はっ……ふぅ。……なぁに?」

二人は呼吸を整えるのに精いっぱいである。

「悩み事があったらいつでも話してよ!
 守秘義務で話せないことは仕方ないけど、あたしと梨華ちゃんは
 同期である前に親友なんだからさ。」

吉澤は仕切り直すように声のトーンを落ち着けて言った。
石川にはそんな吉澤が頼もしく思えた反面、なんだか悔しくもあった。
78 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:32
「よっすぃー、いつもありがとう。
 でもね、よっすぃーこそ困ったことがあったら私に相談してよ?
 私だってよっすぃーの力になりたいんだから!」

そう。石川はいつも吉澤に支えられていた。
吉澤にはそんな意識はないのだろうが、神経質な石川に対し、
楽観的で大雑把な吉澤の発言は気持ちにゆとりをもたらしてくれるのだ。

「そうだなぁ。でもあたし、必要以上に悩まない主義だからさ。
 相談したらあたし以上に梨華ちゃんが悩むような気がしてならないよ。」

吉澤は冗談めかしに言ってみせた。
が、石川は笑えない。
実際、そうなる可能性が高いと石川自身が感じていた。

それから二人は美味しい料理を食べながら仕事についていろいろと語り合った。
仕事の話をするときの吉澤は真剣そのものである。

(仕事の話をする時のよっすぃーって、本当にかっこいい……。
 普段はあんなにおちゃらけてるのに……)

そんなことを考えながら、石川は吉澤をボーっと見つめていた。
79 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:37
「梨華ちゃん?どうかした?」

「……えっ?」

「いや、なんかボーっとしてたからさ。」

「うーん、なんかね、よっすぃー男前だなって思ってさ!」

「そお?こんな感じ??」

吉澤はそう言うと親指と人指し指でL字を作ってアゴに当てた。
石川も合わせて笑ってはみたものの、そんないつものおちゃらけた感じが少し寂しかった。

(……なんなんだろう?この気持ち……)

このとき石川は自分の心の変化に少しずつだが気付き始めていた。

「ねぇ、よっすぃー?」

「ん?」

「たまにはさぁ、恋バナとかしない?」

「んん?!どうしたのさ、梨華ちゃん?
 この吉澤に最も縁のない話題を出すなんて!
 もしや、恋煩いかい??」

やはり吉澤は仕事の話以外はおちゃらけている。
80 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:38
「私は……どうなんだろう?
 今は自分の気持ちが分からない……かな。
 ある人のことが好きな気もするし、気のせいにも思えるの。」

「んー…、ベイベー!それは恋!恋煩いさ!」

吉澤はどこかで聞いたことのあるような、ないようなセリフを吐いた。
しかし、今の石川にとってそのセリフは辛いものがあった。
石川の頭を悩ませている元凶が目の前の吉澤なのだから……。

「もう!茶化さないでよ!」

石川はそう言って頬を膨らませた。

「ごめん、ごめん!
 そっかぁ、梨華ちゃん気になる人いるんだぁ。
 なんだか……ちょっと羨ましいな!」

一瞬、石川はドキッとした。
ほんのわずかだが、石川の脳裏に期待がよぎる。
もしかして、吉澤はその誰かにやきもちを妬いてくれているのではないかと思ったのだ。
しかし、その希望は脆くも崩れ去ることになる……。
81 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:38
「あたしさ、本気で人を好きになったこと……ないんだよね。」

吉澤の表情が曇り始める。

「え……。」

吉澤の変化を感じ取り、石川は身構えた。

「学生時代、もちろん付き合ってた人はいたよ?
 今までに4人……かな。」

「なんだ。恋してるじゃない。」

「んー、でも、あまり特別な感情は……なかったんだ。
 あたしのことを好きになってくれる人と付き合う感じ?
 あ、もちろん、最初は断るんだよ?
 でも、なんていうか、ずっとアピールされたら弱いっていうか……。」

そう語る吉澤は伏し目がちで目を合わせようとしない。

「……。」

石川は沈黙した。
82 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:39
「しかもさ、4人中3人が……女の子なんだよね。
 彼女たちは本当にあたしを大切に思ってくれた。
 なのに、あたしは彼女たちの気持ちに応えきれなかった。」

吉澤の表情に、少し影がかかる。
こんな表情を見せることは滅多になかった。
石川は自分に悩みを打ち明ける吉澤の気持ちが嬉しくもあったが、
やはりそれは石川にとってあまり聞きたくないことでもあった。

「梨華ちゃん?
 ……軽蔑……した?」

吉澤は珍しく眉を八の字にして石川の様子を窺っている。
その表情はどこか怯えたようなものにも見えた。

「……え?!
 い、いや!全然!!全然そんなことないよ!!
 だって、いろんな人がいて当たり前じゃない!
 よっすぃーはよっすぃーなんだから、自分らしくしてたらいいんだよ!
 無理して恋愛なんてする必要ないんだからね!」

石川は精一杯明るく振る舞った。
自分も辛いが、自分が苦しんでいては吉澤に申し訳がない。
今は自分が吉澤の心を包まなければならないと感じていた。
83 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:39
「ありがとう。梨華ちゃんならきっとそう言ってくれるって信じてた。
 あたしさ、自分は一生人を愛せないまま死ぬんじゃないかって思ってるんだ。
 そう思ったら怖くって……。だ、誰にも…打ち明けられなかった……。」

一瞬、吉澤の瞳から輝くものが落ちたように石川には見えた。
しかし、吉澤はいったん俯いて気持ちを切り替えると、すぐに笑顔を見せた。

「なぁんかごめんよ!辛気臭くなっちゃったね!」

「よっすぃー……」

「いいんだよ、梨華ちゃん。
 あたしにとっては、こうやって人に話を打ち明けられただけでも
 大きな進歩なんだからさ!」

「……うん。
 これからも何か辛いことがあったら何でも言ってね!
 私、よっすぃーの力になりたいから!」

「ありがと!梨華ちゃんは優しいなぁ!
 さぁーて!今日は飲み明かすぞぉーー!!」

吉澤はそう言ってビールジョッキを振り上げた。
元気を出そうとしている吉澤を見て、石川は自分も元気を出さなければならないと思った。

「よぉーし!私だってじゃんじゃん飲むんだからね!」

と、二人が再び乾杯をしようとしたそのとき、店のドアが勢いよく開かれた。
84 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:40
二人がおもむろにそちらへ視線を移すと、そこには見慣れた人物が二人。
安倍と中澤である。
向こうは吉澤たちに気付いていない。

「へぇー。ここが安倍部長の行きつけの店やなぁ。
 ええとこ知ってんなぁ!」

「このお店、本当に料理が美味しいんですよ!」

「そりゃ楽しみや!
 えーっと、席は……。
 すんません!奥の座敷空いてますか?」

中澤は辺りを見回しながら、吉澤たちの後ろにある座敷を指差した。
吉澤たちは何も隠れる必要などないはずなのに二人同時に中澤へ後頭部を向けた。
店員は中澤たちを奥の座敷へと通し、襖を閉めた。
85 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:40
「な、なんかすごいタイミング……だね。」

吉澤はどこか気まずそうである。

「う、うん…。あの二人って、仲良いのかなぁ……。」

石川もどこかテンションが低い。
二人が呆然としていると、襖の向こうから微かに声が漏れて聞こえる。

「なぁ……。……やん?
 あんたも………やなぁ!
 ………思い切りが……ねんで?」

「でも……。いや……。
 お言葉……、私には……。
 そりゃあ、………ど……。」

「何を……?……分かって……。
 自分のこと……てんの?
 うちは……好きやで?」

「はぁ……。……何を……?
 それは……か?
 な!まさか……、でも……!」

吉澤と石川には襖の向こうの状況など分かるはずもない。
しかし、確実に中澤に安倍が押されている様子だけは感じ取っていた。
86 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:41
「なんか……、気になって飲み明かすどころじゃないね。」

「う、うん…。盗み聞きしてるみたいで……ちょっとね。」

そんな二人の耳の存在など、中澤たちには知る由もなかった。
だからこそ、襖の奥の会話は遠慮なく繰り広げられる。

「……お願いや……。
 あ………っちゃかわええよ?
 …………んの?」

「そんな……!
 …………せんよ!
 何を………から!」

「うちが………や!
 一緒に………くれんか?
 あんただけが………なんや。」

「でも………。
 あたしは………。
 中澤部長………そこまで……?」

「……うちにはあんたしか……。
 あんたが一番……やで?
 自分の可愛さ、……てんの?」

「部長……、あたし……。
 嬉しい……、私今まで……。
 私なんかで……、部長の気持ちに……。」

奥の会話が進めば進むほど、吉澤たちは酒の味が分からなくなった。
87 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/08(水) 00:41
「ねぇ、梨華ちゃん。」

「……なあに?」

「あれってさ……、もしかしてうちの部長……、
 梨華ちゃんとこの部長を口説いてるのかな……?」

「………よっすぃーもそう思う?」

お互いの解釈を確かめ合うことで、二人は更なる沈黙へ陥った。
このまま二人がこっそりと店を抜け出したのは言うまでもない。
尊敬する上司にもプライベートの顔はあるのである。
二人は感じた。
世の中には知らない方が幸せなことも多分にあるものだと。
88 名前:rainbow 投稿日:2011/06/08(水) 00:44
更新です。
だいぶ調子が上がってきたので、多めに更新しました。

ここからちょっとの間、プライベートシーンが続きます。
まぁ、まだまだ展開は浅いですが。。。
長い目で今後の展開にご期待ください。
89 名前:rainbow 投稿日:2011/06/08(水) 00:46
>69さん

やっぱりごっちんは外せませんよね!
あのころのメンバーには思い入れも強いので。
プライベートシーンは徐々に食い込ませるので、少し長い目でご期待くださいw
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/08(水) 23:29
プライベートシーンばんじゃーーーい!
こう来ましたか?大好物です!
91 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:25
翌朝、吉澤は都内の自宅マンションの一室で目を覚ました。
吉澤の頭からは前夜の出来事が離れない。
中澤は確かに安倍のことを可愛いと言っていた。
やはり吉澤には中澤が安倍を口説いている様にしか思えなかった。

(部長たちも……恋してんだなぁ……)

ふと、今度は吉澤を寂しさが襲った。
昨日は酒の力もあって石川に悩みを打ち明けることができた。
吉澤は今までたとえ恋人がいる時であっても寂しさを感じていた。
最近ではそれも諦めがついていたはずが、昨日は押し隠して来た感情が表に出てしまったのだ。

(梨華ちゃん……、困らせちゃったかな……)

そんなことを考えながらも、どこか吉澤はスッキリとしたものを感じていた。
吉澤にしてみれば、初めて本当に腹を割って話せる友人を得たようなものだ。
何か解放されたものがあったのだ。
吉澤はボーっとして昨日の石川との会話を振り返った。
92 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:26
(……あ。……そうか……。
 それだ!その手があった!!)

この時、吉澤の目の色が変わった。
吉澤はノートパソコンを立ち上げると、夢中になって文書を作成した。
小一時間かけて文書を作成すると、それをメール送信した。

(うーん……。まだだ。まだ足りない。)

吉澤はどこか不満を抱えながら、今度はネットサーフィンを始めた。
吉澤が開くのはメンズファッションのホームページである。
次から次へと開いていき、ある程度見尽くすと、今度は様々な男性アイドルの
画像を調べ始めた。
そう、吉澤の頭は今、SEXY BOY一色に変わっていた。

(この角度……いいな……。
 おっ、この調光……影の具合がカッケーな……)

吉澤はそのまま夜までデザイン研究に没頭した。
何かを閃いてはメールを打ち、ときには紙にペンを走らせた。

「よしっ!これでいこう!!」

夜9時になり、ようやく頭の中のイメージが固まったようだ。
本当は、土日をかけてゆっくりと練り上げる予定だったモデル案。
吉澤は持ち前の集中力で土曜日だけで固めてしまった。
93 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:26
(これもすべて梨華ちゃんのお陰かぁ!
 明日、予定空いたし、お礼も兼ねて梨華ちゃんに何かおごろうかなぁ……)

吉澤がそう考えたそのときーー。

ピピピッ―――。

吉澤のケータイが光った。
ディスプレイには『後藤真希』の文字――。

(あ、ごっちんだ。)

吉澤は届いたばかりのメールを開く。

『はろー、よしこ!
 ごとー、明日ヒマなんだけど、どっか行かない?
 よしこと久々にデートしたいな!』

後藤は吉澤より半年早くUFAに入社したのだが、中途採用のため同期スタッフがいない。
そこで、企画として中澤とよく開発室を訪れていた同い年の吉澤と仲良くなったのだ。

(最近、ごっちんとオフを過ごすことも減ったよなぁ。
 せっかく誘ってくれたんだから、ごっちんと出掛けよう!)
94 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:27
『おけー!
 ごっちんとデートなんて久ぶりだね!
 どこ行くー?』

『じゃ、とりあえずよしこん家ね!』

『あたしん家かい!』

『だっていろいろと話をしたいんだもん』

『まぁ、いいけど・・・。』

『やた!

 ねぇ、、、』

『なに?』

『もう家の前にいるんだー。』

『はぁっ?!!!』

『って言ったらどうする?』

『もう!冗談やめてよ!!』

『あは!ごめんごめん』

(まったく、ごめんじゃないよぉ)

後藤のメールを読みながら吉澤はため息をついた。
95 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:27
ピンポーン

「えっ?!!」

突然のインターフォンに吉澤は思わず声を上げた。
21時を回ったこのタイミングでの来訪者など一人しか考えられなかった。
吉澤はカメラ付きインターフォンに駆け寄り、来訪者の顔を確認し、受話器を取り上げた。

「ごっちん……。」

「本当に来てたりするんだけど、大丈夫?」

後藤は軽いノリでそう言っているようだった。

「ここまで来てて追い返せるわけないじゃん。
 上がっておいでよ。」

吉澤は諦めたように後藤を招き入れた。
仕方ないといった感じの話し方ではあったが、吉澤は心配していた。
後藤は確かに突拍子もないところがあるが、夜に突然来訪するようなことはなかった。
何かあったのだろうと吉澤は直感的に感じ取った。
96 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:28
「ごめんね、よしこー。
 突然押しかけちゃって!」

後藤は屈託のない笑顔を吉澤に向ける。

「本当だよ、まったく!」

そう言う吉澤もまた笑顔で返す。

「でもやっぱ、よしこの部屋はいつ来てもシンプルに片付いてんねー。
 ほんと、シンプル!
 ……ごく一部を除いて……ね。」

そう言う後藤は視線を部屋の一角と壁に移していった。
部屋の一角にはローラーとロードバイクが置いてあり、
壁にも専用の棚が取り付けられてやはりロードバイクが飾られていた。
そう、吉澤の趣味はロードバイクなのだ。
休日にはよく関東一円を颯爽と走っていく。
さらには部屋トレ専用の三本ローラーまで完備していた。

「仕事ばっかじゃ身体がなまっちゃうからね。
 ま、自由に座っててよ。今お茶いれるからさ。」

そういって吉澤はキッチンへ向かった。
後藤はテーブルの前の青いソファに腰かけ、テレビを見ながら吉澤を待った。
吉澤はテーブルに紅茶とお菓子を用意して、後藤の隣に腰かけた。
97 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:28
「それにしても、プライベートで会うのって久々だね。
 三ヶ月ぶりくらいかなぁ?」

先に口を開いたのは吉澤だった。

「そうだね。前は梨華ちゃんと一緒によしこのレースの応援に行ったんだっけ。」

吉澤は趣味であるロードバイクのレースにも何度か参加していた。
後藤は石川と一緒に吉澤の応援に行っていたのだ。

「ねぇ、よしこ。
 実はちょっと相談があってさ。
 笑わないで聞いてくれる?」

後藤は意味有り気にそういうと、やや上目遣いで吉澤の顔を覗き込んだ。

「もちろん!当たり前じゃん!」

吉澤は胸に手を当てて真剣な眼差しで言った。

「実はね、あたし……。」

後藤はそこまで声に出すと、言葉を詰まらせた。
吉澤は気になる気持ちを抑えながら、黙って後藤の言葉を待った。
後藤は少し俯いて沈黙している。
それでも吉澤は後藤が自ら話を切り出すのを待った。
98 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:29
後藤が沈黙して数分が経過した時――。

「あたしね、好きな人ができたみたいなの……。」

後藤はやっとの思いで言葉を絞り出した。
しかし、吉澤はすぐには言葉を発しなかった。
じっくりと後藤の言葉を噛みしめ、そして言った。

「いいじゃん。恋するって素敵なことなんだからさ。」

そう言いながら、どこか悲しい気持ちを吉澤は抱いた。
自分だけが周りから取り残されているような虚無感を感じていたのだ。
吉澤の言葉を聞いても、後藤の顔は晴れない。
吉澤は再び後藤の言葉を待った。
二人の沈黙とは裏腹に、目の前のテレビでは芸人たちが漫才をしていた。
テレビの中の会場の笑声だけが吉澤の部屋に響き渡る。

「でも、でもね……。」

後藤はまたしても声を絞り出すと、一呼吸置いた。

「その人……女の子なんだ……。」

顔を赤らめながら後藤は言うが、表情は依然険しい。
後藤は今まで同性に対して恋愛感情を抱いたことはなかった。
そのため同性が好きだと思っている自分自身を受け入れきれておらず、
吉澤に軽蔑されるのではないかと恐れていた。
吉澤はにこりと微笑むと、明るい調子で言った。
99 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:30
「なぁんだ!そんなこと気にしてんの?
 あたしなんか大学時代の元カノ、三人もいるんだから!」

「え……?」

自分を信じてカミングアウトしてくれた後藤。
その気持ちを受け止めるため、吉澤も女性と付き合った過去を明かした。
しかし、これは単純に後藤のためという訳ではない。
吉澤もまた、自分自身の過去を肯定したかったのだ。

「……そっか。……そうなんだ!
 よかった!よしこだったら受け入れてくれると思ってたけど、
 本当、よしこに相談してよかったよ!!」

後藤は満面の笑みでそう言いながら、その目にはうっすらと涙を蓄えていた。

「別にさ、恋愛なんて人を好きになる気持ちが大事なんであって、
 性別とかそんな小さなこと、気にする必要ないじゃん!」

再び吉澤を悲しみが襲う。
自分にはその大事な気持ちが欠けている。
そうした苦悩が脳内を支配していた。

「そうだよね!!!あたし、なんか小さなことで悩んでたんだなぁ。
 じゃあさ、この際、突っ込んで相談してもいいかな??」

吉澤の悩みを知らない後藤はすっかりいつもの元気を取り戻した。
後藤の気持ちを受け止めるため、吉澤は笑顔で大きく頷いた。

「実は、私の好きな人ってのがね、よしこも知ってる人なんだ!」

吉澤は目を丸々として見開いた。

「……だっ、誰?!」
100 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:30
「実はね……、梨華ちゃん……なんだ。」

「!!!!!!!!」

「驚いた?」

吉澤は声にならない声のようなものを出して大きく頷く。

「……で、でも、ごっちんってそんなに梨華ちゃんと喋ったことないよね?」

そう、後藤と石川は吉澤という人間を介して付き合いがある程度の友人だった。

「うん、そうなんだよね。
 あたしもさ、最初は何て言うか、真面目そうっていうか、幸薄そうっていうか、
 ちょっと大人しい感じの子だったから、苦手なタイプだと思ってたんだよね。」

何かふっきれたものでもあったのだろう。
後藤はとことん正直だった。
傍らで苦笑いしている吉澤の表情など、後藤の眼中にはない。
101 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:31
「でもね。この前、よしこのレースの応援行って、びっくりしちゃった!」

「どういうこと?」

「梨華ちゃんって、友達のためにすごく熱くなれる子なんだなぁって。
 あたし、寒くて震えながら応援してたんだけど、梨華ちゃんってば
 大手を振って、どこから出てるか分かんないくらいの大声を張り上げて
 一生懸命に『よっすぃ〜!!頑張って!!!』って叫んでて。
 よしこがいないところでも、ずーっと『今どのあたりかな?』とか
 『どこかで転んでないかな?』とか、『別のポイントまでバスで
 先回りしてもっかい応援しようよ!!』とか言ってたんだよー。
 なんか、普段が大人しい方なだけに、そのギャップにぐっときちゃった!」

石川のことを語る後藤は無邪気そのものだった。
しかし後藤は知らない。
石川をそうさせる気持ちが友情ではないということを。
石川について熱弁する後藤の姿を見るだけで、吉澤には後藤が本気であることが伝わった。

「うんうん!梨華ちゃんは本当にいい子だよ!
 同期である私が保証する!!」

吉澤は辛い気持ちもあったが、なんだか嬉しかった。
それだけ、吉澤にとって石川も後藤も大切な友人なのである。
102 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/11(土) 21:31
「ありがとう、よしこ!!
 正直、よしこがカミングアウトした瞬間、すごく不安だったんだ。
 もしかして恋のライバルになるんじゃないかって!」

「何言ってんのさぁ!あたしは応援するよ!二人のこと!
 第一、あたし自分でも男の人が好きなのか、
 女の人が好きなのか分かんないし……。
 とりあえず、好きになった人が好き、としか言えない感じなんだよね。」

自分で言いながら、吉澤は何かしっくりとしたものを感じた。

(そうか。好きになった人が好き。
 それでいいじゃん。
 なにも焦るようなことじゃないんだよね!)

恋したことのない寂しさは感じるものの、吉澤は気持ちを整理できたようだ。

「そっかぁ!ありがとう!この恩は一生忘れないよ!
 だから、よしこも恋愛相談あったら遠慮なく言ってね!協力するから!」

「ごっちんは大切な親友だからね!当然っしょ!
 あ、そうだ!早速明日、梨華ちゃん誘ってご飯にでも行こうよ!」

「本当に?!よしこ、大好き!!恩に着るよ!!」

後藤の嬉しそうな表情を見て、吉澤は嬉しくなった。
自分はまだ恋ができなくても、友人の恋を応援できることに喜びを感じていたのだ。
早速、吉澤は石川に誘いのメールを入れた。
吉澤の誘いを石川が断るはずもなく、三人は明日、ランチをすることになった。
そして、この後吉澤は日付が変わるまで後藤がいかに石川を愛しているか、
その思いをずっと聞き続けるのであった。
103 名前:rainbow 投稿日:2011/06/11(土) 21:33
更新です!
今回もプライベートシーンです。
ちょっとずつ、それぞれの思いが垣間見えてきましたね♪
でも、実はまだCPの方向は摸索中でもあったり…。
まぁ、気の向くままにくっつけていきますw
104 名前:rainbow 投稿日:2011/06/11(土) 21:35
> 90さん

はい、こう来ました♪
今後の展開がお気に召すといいのですが…。
105 名前:rainbow 投稿日:2011/06/11(土) 21:37
ちょっとネタが表に出てるのが嫌なので、もっかいレスしときます。
春の舞が終わったばかりなのに秋の舞が待ち切れないrainbowでした!
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/12(日) 02:48
そうなのか!正直な感想を書くとネタバレしそうなのですが吉澤さんは鈍......いやなんでもない......
107 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:39
翌朝、後藤は吉澤の家のベッドで目を覚ました。
吉澤はソファで寝たが、後藤が部屋を見回しても見当たらない。

(あれぇ?よしこどこ行ったんだろう?)

後藤が眠気まなこをこすってボーっとしていると、玄関のドアが開かれた。

「あ、ごっちん!おはよー!目、覚めた?」

「よしこ……、何してんの?」

玄関から入ってきた吉澤はロードバイクを肩に担いでいた。

「朝のトレーニングに決まってんじゃん!
 ちょっと都内をひとっ走りしてきたんだ!」

朝に弱い後藤には考えられないことだった。
吉澤がバイクを片付け、シャワーを浴び、コーヒーを入れて朝食を用意したころ、
ようやく後藤はベッドから降りてソファへと腰かけた。

「よしこは朝に強いね…。」

「ごっちんは朝に弱いね…。そんなんでよく仕事に遅刻しないねー。」

「あたしはオンとオフは切り替えてるの。」

そんな会話をしながら、二人は朝食のベーグルを頬張る。
108 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:39
「そういえば、ごっちん。
 いよいよごっちんの企画開発した商品が世に出るんでしょ?」

「あれ?中澤部長に聞いたの?」

「いや、部長が新商品開発に関わってたのは知ってたし、
 昨日めっちゃ嬉しそうに仕事してたから、いよいよかなって。」

「そっかぁ。部長、すごい勢いで打ち合わせしてたから、
 もしかしてSEXY BOYと発売日を合わせてくるんじゃないかなぁ?」

「やっぱりそうなんだ!そっか…、部長の新企画も同時期に……。」

そう呟いた吉澤はどこか嬉しそうだった。
一人立ちの緊張感はあるものの、自分でどこまで中澤の領域に近づけるか、
己の力量を知りたいという気持ちが凌駕していた。

「ほーんと、よしこは仕事の話になると目の色変わるよねー。」

後藤はオフのときは徹底して仕事のことは忘れるようにしていた。
それに対し、吉澤は気になったらとことん考えるタイプである。
後藤は仕事に燃える吉澤をよそに、今日の石川との食事に思いを馳せていた。
109 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:40
「ねぇねぇ、よしこ!梨華ちゃんってどんな服装が好きかなぁ?
 どんな話題だと喜ぶと思う??」

「い、いや、好きな服着ていけばいいんじゃない?
 話題って言ってもねぇ…。とりあえず、可愛いものが好きだよ。」

「えー、そんなんじゃ分かんないじゃん!
 じゃあ、あたしの得意な化粧品の話題とかがいいかな??」

「あー、それでもいいんじゃない?あとはエステとか。」

「なるほど!エステのことは詳しくないけど、化粧品ならイケる!
 服装はちょっとかっこいいのがいいかな?」

「いや、いつもみたいにちょっとカジュアルにしてけばいいじゃん。」

恋する乙女の相談に乗るのも大変なものだと吉澤は思い知った。
この後、延々と続く後藤の話に吉澤は優しく付き合ってあげるのだった。
110 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:40
そして、待ち合わせの時間が近づくと、二人は支度をして家を出た。
石川との待ち合わせの駅へ行くと、すでに石川が先に来ていた。

「おーい!梨華ちゃん!!お待たせ!」

吉澤は大手を振って石川にアピールした。

「あ、よっすぃ〜!」

石川も笑顔で手を振り返す。
ふと、吉澤の後ろから後藤が顔を覗かせた。
瞬間、石川の表情に影ができた。

(…え?二人一緒に来たの?待ち合わせ前に二人で会ってたんだ……)

「梨華ちゃん、おはよ!」

石川の思いなど知らない後藤は満面の笑みで挨拶した。

「おはよ!ごっちん!この前に二人で会ってたの?」

石川は思い切って聞いてみた。
しかし、もちろん、その思い切りを後悔することになる。

「うん!よしこん家にね、泊めてもらったんだ!」

「そ、そっかぁ……。」

軽くテンションを下げた石川に、吉澤も後藤も気付かない。
111 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:41
そして、三人は後藤のオススメのイタリアンの店へと出かけた。
『みかん』という看板の掲げられたその店は、店名通りのオレンジ色の配色が
鮮やかなポップな店だった。
三人は思い思いにパスタをオーダーし、談笑した。
後藤はもちろん、吉澤と練った作戦通り、化粧品トーク全開である。
吉澤も企画という立場上、化粧品には詳しいが、ここは後藤を立てるべく、
あえて聞き手に回っていた。

(ごっちんって、こんなにも化粧品の話をするときは楽しそうなんだぁ。)

石川は素直にそう思った。
しかし、相変わらず熱い視線を送り続けている相手は吉澤であった。

(あ……)

ふと、吉澤が席を立った。
単なるお手洗いであったが、それだけでも石川は寂しそうだった。
しかし、これをチャンスとばかりに石川の方から後藤へ話しかけた。

「ねぇ、ごっちん。ちょっと相談してもいいかな?」

こんな問いかけに後藤が乗らないはずはなかった。

「なになに?なんでもごとーに聞いてよ!」

「よかったぁ。なんかよっすぃ〜には相談しにくかったんだけど、
 あたし最近、ちょっと頬骨のあたりがカサついてて。
 でも、ちょっと脂っぽい感じもするし、スキンケアどうしたらいいのかなって。」

後藤は嬉しかった。
吉澤にも相談しにくいことを自分に相談してくれたのだ。
嬉しいに決まっている。
しかし、石川からしてみれば、好きな人に肌荒れの悩みはしにくいというのが本音だ。
112 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:41
「なるほどねー。頬のあたりは乾燥気味で、おでこが脂っぽい感じ?」

「そうそう!まさにそんな感じなのよ!!」

「化粧水や乳液はどんなの使ってるの?」

「やっぱベタつきが気になるから、さっぱりした感じのをよく使うよ?」

「化粧水も乳液も?」

「うん……。」

「それじゃあ乾燥しちゃうよね。
 あのね、ベタつきが気になる人って、つい自分は乾燥肌じゃないって思うんだけど、
 脂性肌も人によっては乾燥肌だったりするんだよ。」

「えっ?!そうなの??!」

「うん。お肌がベタつくってことは、脂が多く分泌されてるわけでしょ?」

「うんうん。」

「脂ってなんのために出るんだと思う?」

「え?なんのためって……。
 ……あ、もしかして、水分を守るため?!」

「そう!ダテに化粧品会社に勤めてないね、梨華ちゃん!
 お肌の水分を保つために、脂は出てるんだ。
 だから、水分が少ないと思うと、一生懸命に脂を出して守ろうとするわけ。」
113 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:42
「すごーい!ごっちんすごい!プロみたい!!」

「一応プロなんだけどね……。
 ま、そんなわけだから、化粧水はとことん保湿力にこだわった潤いタイプにして、
 乳液やクリームは皮脂を抑えるさっぱりタイプとかにしてもいいんじゃないかな?」

「なるほどー!しっとりしたものとさっぱりしたものを組み合わせてもいいんだ!」

「あとは……」

後藤は持っている知識を最大限に活用し、簡単なローションパックの方法や
フェイスマスクの活用法に至るまで、石川に伝授した。
その様子を吉澤はトイレのドアの向こうから聞き耳を立てて見守っていた。
あえての長いトイレも吉澤の優しさだった。
しかし、他の客から不審な目で見られていることに吉澤は気付いていない。

「ごっちん!ありがとう!!
 本当にごっちんに相談してよかったぁ!
 ねぇ、これからもいろいろと相談していい??」

石川は目を輝かせて後藤を見ている。
後藤はその表情を満足気に見ていた。

「もちろん!困ったらいつでも美容のプロ、後藤に相談してちょ!」

(よっし!作戦成功!!
 それにしても、喜んだ梨華ちゃんの顔、かわいいなぁ。)

(ごっちんにいいこと教えてもらっちゃった!
 よぉーし!これで頑張ってきれいな肌になってよっすぃ〜に
 振り向いてもらうんだから!!)

意気投合した二人だが、その思いはチグハグであった。
114 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:42
二人の満足した顔を見ると、吉澤は長いトイレから戻ることにした。

「ちょっとちょっとぉ!楽しそうに話してんじゃん!
 あたしにも聞かせてよー!」

吉澤はニヤニヤしながら二人のもとへ戻った。

「うん、ちょっとね、ごっちんに美容相談してたんだ。」

「なーんだ。じゃ、あたしには関係ないか。」

「こらこら、企画マンがそんなこと言うもんじゃない。」

吉澤の態度に後藤がツッコミを入れる。
吉澤は仕事柄美容に詳しかったが、あくまでも仕事としての話だった。
プライベートで美容トークをして盛り上がるような柄ではなかった。

「そういえば、ごっちん!一昨日ね、よっすぃ〜と飲みに行ったんだけど、
 その時にね、中澤部長と安倍部長を見かけたの!」

石川は話題を変えた。
吉澤同様、あの夜のことが気にかかっているのだ。

(よしこー!そんなん聞いてないぞ!!
 梨華ちゃんと飲みに行くなんて、誘えよーー!)

しかし、後藤の気持ちを知らなかった吉澤には無理な話である。
115 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:43
「部長たちの会話がちょっと聞こえてきたんだけど、
 二人が付き合ってるとか聞いたことある?」

石川は構わず話を続けた。

「んあ?そういや、珍しい組み合わせだよねー。
 でも、二人の噂は聞いたことないけど……。」

後藤もちょっと興味をそそられたようだ。

「でも梨華ちゃん、あの時の様子だと、まさにあの時、口説いてたような
 気がするけどなぁ?」

吉澤も会話に乗ってくる。

「あ、そっかぁ。そんな感じもしたよねー。」

「安倍部長と中澤部長が付き合ってるかどうかは知らないけど、
 中澤部長といえば、昔、営業第一課の矢口課長と付き合ってたって
 噂はあるよね。」

「「………。」」

後藤の爆弾発言に二人は絶句した。
116 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/17(金) 16:43
「あれ?どしたの?二人とも……。」

「だだだ、だって、矢口課長ってあの超可愛い系のあの矢口課長でしょ?!!」

「あんな可愛い系の矢口課長とうちの真面目系の安倍部長じゃ全然違うじゃん!」

吉澤と石川の勢いに後藤は圧倒されそうになった。
二人が驚くのも無理はない。
営業第一課の矢口は髪も茶髪で軽いウェーブをかけ、メイクもいつもばっちり、
そしておしゃれには人一倍気を遣う、スーパー営業マンで有名だった。
そのキャラクターも人当たりがよく、話も上手いため、真面目でおしゃれに
興味のない安倍とは正反対だった。

「ま、まぁ、昔の話だけどね。
 安倍部長だってあんな感じだから分かりにくいけど、おしゃれしたら美人だと
 思うよー?」

「そういえば、そんな感じの発言もあったよね。」

「うん、自分の可愛さがどうとか…。」

吉澤と石川の中で安倍と中澤の仲が確信に変わった。

((部長たちが……恋人同士……かぁ……))

「あたし、明日からまともに中澤部長と会話できるかな……。」

「わ、私も、安倍部長の見方が変わっちゃいそう……。」

またしても吉澤と石川は後悔した。
やはり知らない方がよかったと。
後藤はそんな二人の様子を楽しそうに見ていた。
117 名前:rainbow 投稿日:2011/06/17(金) 16:45
更新です!
まだまだ変則シフト勤務が続いているので、更新日を定められていません。。。

次回はちょっとオフィスシーンに戻る予定です。
118 名前:rainbow 投稿日:2011/06/17(金) 16:48
> 106さん

詳細は固めてませんが、もちろん大筋は考えてますよ。
いろいろと想像するのも楽しいですよね!
想像通りになるか、ならないか、分かりませんが楽しんでいただけるようなストーリー展開できるように頑張りますw
119 名前:rainbow 投稿日:2011/06/17(金) 16:51
今回も展開が見えると嫌なので、もっかいレス残します。
M-seekトップの変更のためかスマホでトップを開けなくなったのがちょっと痛い。。。
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/18(土) 00:30
応援したくなるメンバーがどんどん変わっていくのです!で、今は梨華ちゃんかな。
次の更新楽しみに待ってます♪
121 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/26(日) 01:00
翌朝。
いつも通り出勤した吉澤は、真っ先にメールチェックした。
そう、土曜日のうちにまとめたSEXY BOYのモデル案をメールでまとめて
自分の会社アドレスに送信していたのだ。

「おはよーさん!」

吉澤がメールチェックをしていると、中澤が出勤してきた。
吉澤の脳裏には一昨日の夜の出来事が蘇る。

「お、おはようございます。」

「なんや?元気がないなぁ?」

「あ、い、いえ!そんなことありません!
吉澤はいつも元気です!」

「そうか?ま、ええけど。」

中澤は大して気にする様子もなく、デスクについた。
当然、中澤は安倍との一件を吉澤たちに目撃されていることなど知らない。
吉澤も気を紛らわせるかのように夢中になってパソコンに向かった。

「お、なんか張り切ってんなぁ、吉澤!」

パソコンに集中する吉澤を見て中澤は満足そうにしている。

(もぉ、部長!話しかけないでください!!)

吉澤は心の中で叫んだ。
気にしたくなくても、同じ部屋にいる上司では必然的に関わらなければならない。
吉澤は改めて邪念を振り払うかのごとくパソコンに集中した。
122 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/26(日) 01:00
午前中はモデル案と営業課への研修資料のまとめに集中した吉澤は、
ランチ後に意気揚々と制作部を訪れた。
吉澤が入室するなり、辻が駆け寄ってきた。

「よっすぃ〜!やっぱりモデル案まとまってたのれすね?」

「おー、のの!やっぱりってどうして?」

「だってランチの時嬉しそうにしてたから誰にでも分かるのれす。」

辻の言う通り、ランチのときの吉澤は早く飯田にモデル案を告げたくて目を
キラキラさせていた。
それだけ、吉澤には自信があるということである。

「おー、吉澤。やっと来たね。」

辻の様子を見て吉澤に気付いた飯田が奥のデスクからやってくる。
その手には一枚の紙を持っていた。

「はい、コレ。チラシのデザインだよ。
 一応、制作的なチェックは終わってるから、あとは企画視点でチェックしてね。
 問題なければあとはモデルの写真はめて完成だから。」

「ありがとうございます!!」

飯田から渡されたデザインは黒と青を基調にしたシンプルだが力強いイメージが
描かれていた。

「す、すごいです!飯田チーフ!!
 私のイメージの通りですよ!!」

吉澤は目をキラキラと輝かせた。
その様子を見て、飯田はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、その視線を辻へ向けた。
吉澤もその視線に気づく。
123 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/26(日) 01:01
「ま、まさか、これって……。」

「ののが作ったのれす!」

「すげーじゃん、のの!!!これめっちゃカッケーよ!!」

「ののもプロなのれす!」

辻は胸を張ってみせた。
吉澤はなんだか嬉しかった。
自分の初の大仕事に自分の同期の力が加わっていると感じることに喜びを覚えたのだ。
それというのも、すべては飯田の仕向けたことだった。
飯田は最初から吉澤の初企画には辻を担当させようと思っていた。
そうすることで吉澤も辻も仕事への思い入れが強くなると考えたのである。

「ところで、吉澤。肝心のモデルはどんな感じ?何か閃いた?」

「あ、はい!いろいろ考えた結果、まずは人目を惹くような力強い目を持っていて、
 かつ今後の販促展開にも結び付けられるようなインパクトが欲しいと思いました。」

吉澤は飯田の目をしっかりと見据えて言った。

「なるほど。大事なことだよね。
 で、誰を起用するの?もったいぶらずに早く言いな。」

「はい!それは……あたしです!!!」

「「……へっ?!」」

辻と飯田は声をシンクロさせて目を丸くした。
二人とも次に続く言葉が出ない。

「……あ、……だから、……あたし……です。
 だ、だめ……でしょうか?」

吉澤はなんだか不安になった。
もしかすると、また考えが浅くて突き返されるのではないかと思った。
飯田も辻も目をパチパチとさせている。
124 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/26(日) 01:02
「な、なんでまたあんたがモデルに……?」

「はい。まず有名人の場合、やはり所属事務所の意向などによって100%UFAの意向に
 合ったイメージにならない可能性がありました。
 その点、モデルが私であれば、商品イメージに合わせたイメージ撮影が可能です。
 モデル料もかからないですしね。
 そして、一番大きな理由は…………。」

吉澤は飯田たちに自己起用の理由を語った。
吉澤の語る根拠を聞き、飯田は驚愕した。

(この子が見ているのは“今”じゃない。何ヶ月先を見て企画してるの?)

そう、吉澤は将来の販促展開を見据えてアイデアを練り出してきた。

「いいじゃん、吉澤!!あんた、裕ちゃんにも負けない企画マンになるよ!!」

「よっすぃー、すごいのれす!!
 ののもよっすぃーの企画に貢献できるように頑張るのれす!!!」

太鼓判を押され、吉澤は胸を撫で下ろした。
正直、自分の出せる精一杯のアイデアではあったが、まだまだ自分のような駆け出しの
考えなど世の中では通用しないのではないか不安もあったのだ。

「吉澤、今日のこのあとのスケジュールは?」

突然、飯田が問いかけた。
その表情はいつになく真剣である。

「えっと、営業課への研修準備を入れてます。」

「それって今日じゃないとダメな仕事?」

「いえ、ゴールデンウィーク明けでも問題ありません。」

「そ。じゃあ、ちょっと待ってて。電話するから。」

「は、はぁ…。」

困惑する吉澤の目の前で飯田は電話をかけ始めた。
125 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/26(日) 01:02
「あ、もしもし?涯FAの飯田です。
 今日、これから仕事をお願いできますか?
 ええ。できればそちらでお願いしたいです。
 …はい、はい。ありがとうございます!早速向かわせます!
 あ、吉澤と辻という者が二名でお伺いします。
 こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。」

そう言って飯田は電話を切った。
飯田はデスクから一枚の地図を取り出し、吉澤に渡した。

「スタジオプッチ?……スタジオ?!」

「そうよ。今から早速撮影に行ってもらうから。」

「い、今からですか?!」

「当たり前じゃん。私ら制作部だって時間は有効に使いたいの。
 だから素材集めは早々と終わらせたいのよ。」

「は、はい!!!」

こうして、吉澤は辻と二人でスタジオプッチなる場所へ赴くことになった。
普段はデザイナーまで同行はしないが、今回は吉澤のデザインの最初から最後まで
辻に関わらせようという飯田の意向で辻に同行命令が出された。
スタジオプッチはUFAから電車で一駅離れた場所にある小さな雑居ビルの中にあった。
ビルの前に来ると、『スタジオプッチ』と書かれたポップな看板があった。
126 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/26(日) 01:03
「ここれすね。」

辻の言葉に頷く吉澤。
吉澤は会社を出る前に飯田の言った言葉を思い出した。

『あんたの企画に最適のカメラマンを用意してあげたからね。
 楽しみにして行きなさい!』

(なんか、意味深な言葉だったよなぁ。
 まさかすっげー野郎系のカメラマンだったりして……)

吉澤を一抹の不安が襲う。
エレベータ前で立ちすくむ吉澤を尻目に、辻は早々とエレベータに乗りこむ。

「どうしたんれすか?」

「あ、い、いや…、なんでもない。」

吉澤は不安を抱えながらもエレベータに乗りこむ。

(あんなポップな看板で野郎系なワケないよね……)

自分に言い聞かせながら目的の階を待つ吉澤。
エレベータは四階で止まった。

「こんにちはー。UFAの吉澤ですが……。」

吉澤は恐る恐るスタジオプッチのドアを開けた。
スタジオはシンプルで木のぬくもりを感じるようなとても温かみのある造りだった。

「よく来たね、吉澤!元気にやってるか?」

スタジオの奥から聞こえた声は吉澤にとって非常に耳になじみのある声だった。
声に続いて現れた女性は美しくもかっこよさの印象的なショートボブの女性だった。

「い、い、い、市井さん!!!??」

「久しぶり。後藤のやつは元気にやってる?」

「え、えぇ。ごっちんは元気ですけど……。」

市井は三ヶ月前までUFAで働いていた。
しかし、ずっと趣味で続けていた写真を本格化するため、カメラマンに転職したのだ。
スタジオは市井の写真に惹かれたビルのオーナーに気前よく次のテナント候補が
出てくるまで自由に使っていいと言われてタダ同然に貸してもらっている。
UFAでは市井は商品開発部にいて、後藤とは先輩後輩関係にあった。
そして、この市井こそが吉澤が企画担当するSEXY BOYの生みの親であった。
127 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/06/26(日) 01:04
「そうか。後藤は元気にやってるんだな。
 あいつ、私のこと怒ってるだろうなぁ…。
 後輩置いて自分勝手に退職したんだから…。」

市井は口元は笑っていたが、眉を八の字にして少し俯いた。
吉澤も後藤からよく市井の話を聞いていただけに複雑な気持ちでいた。
しかし、市井の退職は後藤が入社したときには周知の事実でもあった。

「後藤さんなら大丈夫らと思います!」

市井の内心を知ってか知らずか、辻が微笑んだ。
その様子を見て言葉に窮していた吉澤も元気よく答えた。

「そうですよ、市井さん。
 だって、ごっちんは市井さんの退職までに仕事術をできるだけ
 盗むんだって意気込んでましたから。
 今では立派に商品開発してますよ!」

二人の言葉を聞き、市井の目に少し輝きが戻る。
市井は退職後、UFAと仕事で関わるのが初めてだった。
飯田からの電話を受け、撮影に訪れるのが後藤と仲の良かった吉澤と知り、
後藤が自分の退職をどう受け止めているのか確認がしたかったのだ。
市井には退職への未練はない。
しかし、ただただ残してきた後藤のことだけが気がかりでしかたなかった。

「そうだよな。
 あいつが前向いて頑張ってんのに、私がこんなんじゃダメだよな!
 よし!吉澤!!早速撮るから、メイク落としといで!!」

「はいっ!よろしくお願いします!!」

市井は嬉しかった。
後藤は市井が思っていたより強い人間だったのだ。
正直、後藤に教え込みたいことはまだまだあった。
しかし、自分が教えたいと思っていたことは今後、後藤自らが経験の中で
学びとっていくに違いないと市井は考えた。
市井の指差した洗面台に向かって吉澤は勢いよく駆け出す。
128 名前:rainbow 投稿日:2011/06/26(日) 01:09
前回の更新から一週間空いてしまいました。。。
ちょっと切りが悪いですが、今回はここまでです。
スピードは落ちてますが、執筆意欲は落ちてないので今後もよろしくお願いします!
129 名前:rainbow 投稿日:2011/06/26(日) 01:14
> 120さん

そう言っていただけて光栄です!
みんなそれぞれ魅力のある人物として描いていきたいので……。
今は梨華ちゃんですかw
これからも梨華ちゃんや他のみんなを応援してあげてください♪
130 名前:rainbow 投稿日:2011/06/26(日) 01:15
ドリムス。の秋紺。
千秋楽の大阪は落選してしまいました。。。
131 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/26(日) 23:44
あの人が!吉澤さんは素敵な人たちに恵まれてますね!

大阪公演は落選者続出と聞きました。なんとか頑張って観に行きたいですね。
132 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:19
「市井さん。」

気付くと、辻が市井の目の前に立っていた。

「ん?あ、君は…辻ちゃん…だっけ?」

「はい。飯田チーフの部下の辻れす。
 市井さんは何でカメラマンになりたいと思ったのれすか?」

それは唐突の質問だった。
目の前の小さな幼顔の女性が自分に何を問いかけているのか、市井には一瞬
分からなかった。

「あぁ、なんか写真の魅力ってやつかな?
 流れるような時間の一瞬を残す……、
 その一瞬にすべてを注ぐ、そんなところに惹かれたんだ。」

「素敵…れすね。ののは制作の仕事が大好きなのれす!
 でも、いろんな仕事を経験してみたくて、市井さんのような人生に
 憧れるのれす。」

辻は真剣な眼差しで市井を見つめた。
まだまだ幼さの残る顔立ちの辻の口から出てきた言葉に市井は目を見張った。
そして、見た目で辻という人間を評価していた自分に気付いた。

「そうか。人生についていろいろ考えてるんだな。
 じゃあ、一つアドバイスしておこうかな。
 今はUFAで任される仕事にすべてを注ぐんだ。」

辻は何も言わずに真っ直ぐに市井の目を見ている。
それは市井の口から言葉が出てくるのを待っているかのようだった。

「いろいろなことに興味があると、ついアレもコレもやりたくなる。
 でもな。腰を据えて何かをやり遂げた経験のない奴は何をやっても
 成功なんかできやしないんだ。
 私の場合は、UFA初のメンズコスメ商品を誕生させたことが一つの
 タイミングだったんだ。
 腰を据えて何かに取り組む経験は早いうちに癖にしておくんだぞ。」

市井は一通り語ると、辻の様子を伺った。
辻はというと、目を輝かせて市井に尊敬の眼差しを送っている。
133 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:20
「ののは……、ののはUFAの商品を一冊の本にしたいのれす!!
 ただのカタログなんかじゃなくて、写真集のように芸術的に仕上げたいんれす!!」

辻は珍しく声を大きくした。
その目は真っ直ぐ市井に向けられている。
まるで、同意を求めるかのように。
デザイナーなどの職人にとって、こだわりは非常に重要な要素であるとともに、
非常に邪魔な要素でもある。
自分の作りたいもの=会社の求めるものではないのだ。
しかし、それを分かった上での辻の発言のように市井には感じられた。
市井は黙ってゆっくりと目を閉じながら頷いた。
それは声に出さずとも、辻には肯定的に伝わった。

「ののは飯田チーフの下で夢のブランド本制作を頑張るのれす!
 他のことは夢を叶えてからやろうと思います!!」

辻は初めて仕事に対して熱い感情を抱いた。
職人気質の市井と話すことで、職人としての自覚でも生まれたのであろう。
市井は昔、飯田と話をしたことを思い出した。
そのときの飯田は珍しく悩んでいた。

『ねぇ、紗耶香。あんたさぁ、制作部に来てくんないかなぁ?
 なんていうか、デザイナーって言ってみれば職人でしょ?
 でも、UFAみたいな普通の会社の制作部に入る子って、ビジネス人間でさ。
 なんか熱意をもって作品を仕上げようって気概に欠けるんだよねー。
 そりゃ、組織人として会社の意向に合った作品にはしなきゃなんないけどね。
 泊まり込みで残業してでも完成度を高めようっていう熱意が足りない!
 あんたの職人魂がうちの子たちにも欲しいよぉ。』

(そういえば、圭織ってそういうとこあったよなぁ。
 ……ふふっ。じゃあ、この子なら大丈夫だね)

市井は辻を見て微笑ましく思った。
そして、ぜひとも飯田の期待に応える人財になって欲しいと思った。
134 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:21
そうこうしていると、洗面所からすっぴんの吉澤が戻ってくる。
もともと吉澤は薄いメイクしかしない。
だから、誰もが吉澤はすっぴんになっても美しいだろうと思っていた。
しかし、実際にすっぴんで現れた吉澤は予想を超える美しさだった。
この美しさを表現する言葉があるとすれば『天才的』という言葉だろう。
それだけ吉澤は驚くほど透き通ったキメの細かい肌をしていた。

「よっすぃー!すごくキレイなのれす!!」

「うん、すごいよ吉澤!ていうか、ちょっと腹立つ!!」

「いやぁ、そんなぁ……って、市井さん!!
 ひどいですよ!!!」

吉澤は市井の言葉に敏感に反応した。
しかし、市井は気にも留めない。

「じゃあ、今回は肩のラインまで撮るから、上半身脱いでね。」

市井の言葉に吉澤は目を丸めた。
そして両手を胸に当てて言った。

「え、ぬ、脱ぐんですか?」

「別に下着まで全部脱げとは言ってないでしょ。」

市井と辻が白い目を向ける。
吉澤は恥ずかしそうにシャツを脱ぎ、下着のヒモを外した。
その間に市井はバスタオルと霧吹きを持ってくる。
吉澤がシャツを脱ぐと、バスタオルを渡した。

「それ、巻いて。」

市井に指示されるがままに吉澤はバスタオルを身体に巻きつける。
そして市井は手に持った霧吹きで吉澤の髪を濡らし始めた。
吉澤の髪は市井の手によって無造作にスタイリングされていく。

「辻ちゃん、申し訳ないけど、あっちに置いてある
 青いボトルの霧吹き持ってきてくれる?」

市井に指示され、辻も霧吹きを持ってくる。
髪のスタイリングが終わると、市井は青い霧吹きに持ち変える。
135 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:22
「吉澤。目、閉じて。」

またしても言われるがままに吉澤は目を閉じる。
市井は吉澤の顔めがけて霧吹きを吹きかける。

「市井さん、さっきのボトルとこっちのボトルは何が違うのれすか?」

「さっきのはただの水。こっちはSEXY BOYの化粧水。」

「で、でも、濡れた感じを出すだけなら水でもいいんじゃないれすか?」

「それは違う。あたしは偽りは嫌いなの。すべて本物で勝負する。」

またしても市井の言葉に辻は感動を覚えた。
すでに市井は辻にとって心の師のような存在になっていた。
一通り吉澤を濡らすと、市井はボトルを辻に渡した。

「さて、吉澤。さっそく撮るから、奥のスタジオに行って。」

市井に促され、吉澤はスタジオへと歩を進めた。
スタジオへ入ると、吉澤はバスタオルを外した。
もともとバスタオルは水に濡れないようにするために渡したものである。

「よっすぃー…、なんかエロいのれす。」

上半身下着姿で濡れているのだから無理もない。

「う、うるさいよ、のの……。」

吉澤は思った。
一緒について来たのが辻で良かったと。
もし加護であったらとんでもないことになっていたであろうと。

「吉澤、恥じらいは捨てなよ。
 エロさはすなわちSEXYさなんだからね。
 いい画が撮れるよ!」

「余計に恥ずかしいっす……。」

照れる吉澤なんかには目もくれず、市井はシャッターを切り始めた。
136 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:22
「ほらほら、表情が硬いぞ!!リラックス、リラックス!!」
「もっといろんな角度、いろんな表情出して!!」
「中澤部長に怒られたときの表情は?!」
「経営陣を前にプレゼンしたときはどんな気持ちだった?!」
「レースやってるときの顔見せて!」
「もっとナルシストになりな!!」

市井はたくさんのリクエストを投げかけた。
何十枚、何百枚という写真を撮り続け、ときには乾き始めた髪や顔を濡らして
撮影が続けられた。
不思議なもので、最初は恥ずかしがっていた吉澤も、段々と乗ってくる。
市井にリクエストされなくても角度を変えて笑顔やシリアスな表情を作っていく。

「吉澤!!ゴールは目の前だよ!!
 ラストスパートかけるよ!!」

市井のかけ声とともに吉澤の表情にも気合が入る。
フラッシュの瞬きとともに吉澤の一瞬がカメラに記録されていく。
SEXY BOY開発者の市井には吉澤の思い描くイメージが容易に想像できた。
市井も吉澤も妥協はしたくなかった。
最後まで納得のいく写真を撮ることにこだわったのだ。
この二人の熱い撮影風景を見ていた人物がいる。
他ならぬ辻である。
市井の撮った写真を加工してチラシに落とし込むのは辻の仕事だ。
プロ意識という職人魂に目覚めつつあった辻にとって、
市井と吉澤の熱い撮影風景は衝撃的だった。
そして、二人の思いを最終的に形にすることへの緊張感がみなぎった。
最後のラストスパートに入ってからはずっと激しい緊張感にスタジオが包まれ、
そのまま撮影終了となった。

「よしっ!こんなもんだろ!!
 なかなかいい画が撮れたよ!」

市井の声で撮影は終了した。
市井は吉澤と辻に撮った写真を見せる。
そこには力強い目線を送る吉澤や、クールに流し目を決める吉澤、
シリアスに俯く吉澤など、さまざまな表情が収められていた。
137 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:23
「よっすぃー、かっこいい……。
 どう見ても男の人に見えるのれす!!」

辻の言葉通り、どれも男性顔負けの力強さのある写真だった。
吉澤は自分の写真を見ていて不思議な気持ちになった。
吉澤自身が客観的に見ても、そこには男・吉澤ひとみがいたのだ。
昔から女性に告白されることが多かった吉澤だが、そのことが妙に
納得できてしまった。
要はそれだけ写真の中の吉澤は男前だったのである。

「それじゃ市井さん、データもらっていってもいいれすか?」

「あ、あぁ。いいけど、ある程度こっちでレタッチしてから渡そうか?」

「いいえ。ののにやらせてくらさい。」

市井は辻の表情で悟った。
今、この子から職人魂の火種を消し去ってはいけないと。
燃え始めた火は一度消えてしまったらなかなか再燃しないことを
市井は知っていた。
市井は写真のデータをMOに落とすと、辻に渡した。

「それじゃ、吉澤、後藤によろしくな。」

「あ、はい。それはいいんですけど……。
 メイクとスタイリングだけさせてもらっていいですか?」

吉澤は撮影したままの姿だった。
ノーメイクで、髪も無造作に濡れていた。
確かにこのままではオフィスに戻れない。
市井は時計に目をやる。
時刻は17時15分。
138 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:23
「別にいいけどお前……、そんなことしてたら帰社するころには
 残業時間に入るんじゃないのか?
 だとしたら、中澤部長に一本報告入れとけよ?」

市井の言葉を受け、吉澤の白い肌がさらに白くなる。
いや、生気が抜けたという表現の方が相応しいかもしれない。

「……ぁ、ぁぁぁあああっっ!!」

吉澤は悲鳴とも取れる声をあげた。

「お前、まさか……」

そう。
吉澤は失念していた。
急に外出が決まったことを中澤に報告していなかったのだ。

「い、市井さん!今日はありがとうございました!!
 さっ、のの!帰るぞ!!!」

そう言うと吉澤はスーツをまとい、荷物をまとめ始めた。

「よっすぃー…、かっこ悪いのれす……。」

辻の呆れ顔など気にしてはいられない。
吉澤はそれだけ必死だった。
心なしか、そんな吉澤を市井は微笑ましく見ているようでもあった。
吉澤は改めて市井に深く礼をすると、慌ただしくスタジオを後にした。
139 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:24
オフィスまでの道中、手グシで髪を整えた吉澤だったが、やはり濡れた質感と
ノーメイク、カッターシャツ姿がどことなく男性像を彷彿とさせる。
しかし吉澤はなりふりかまっていられなかった。
足早にオフィス内を移動する吉澤。
そんな吉澤に必死についていく小さな辻。
制作室の前まで来て二人は別れると、吉澤は意を決して隣の企画室に入った。

「申し訳ありません!吉澤、ただいま戻りました!!」

ドアを開けるなり、吉澤はそう言って深々と頭を下げた。
しかし、何の反応もない。
吉澤は恐る恐る企画室内の様子を見た。
そこには淡々とパソコンに向かう中澤が確かにいた。

「部長……。申し訳ありません。
 制作部へチラシの確認に行ったまま、なりゆきでモデル撮影に直行することに
 なり、スタジオまで出向いておりました。」

吉澤は改めて頭を下げた。
しかし、中澤の反応は意外なものであった。

「まぁ、今回はええわ。よぉ反省しとるみたいやからな。」

中澤は表情こそ厳しいが、特別なお咎めはなさそうである。
それはかえって吉澤を不安にさせた。

「ぶ、部長……。なんで怒らないんですか?」

「なんや?怒られたいんか?
 さっきも言うたやろ?ちゃんと反省しとるやつにそれ以上言うことはない。
 まぁ、次同じことやったら話は別やけどな。」

「部長……。今回は本当に申し訳ありませんでした!
 以後、気をつけます。」

「まぁ、その言葉だけで十分や。
 それより吉澤。その格好やけど……。」

中澤は吉澤の全身を、視線を往復させて眺めた。
140 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/03(日) 21:24
「あ、これは……。」

吉澤はモデルの件を伝えようとしたが、中澤がそれを遮る。

「やるやないか、吉澤。
 まさか自分をモデルに使おうとはな……。
 いや、女性を起用するってところがええわ!」

ここにきて初めて中澤の表情が和らいだ。
その様子を見て、吉澤も安堵する。
と、そのとき突然、中澤が思い出したように声を上げた。

「あかん!もうこんな時間や!はよ仕事整理して終わらせんと、
 今夜はゴールデンウィークのデートの準備があるんやった!
 あいつ時間にうるさいからなぁ。
 ほな、吉澤!あんたも連休前の仕事整理ちゃんとせぇよ!」

中澤はそれだけ言い放つと、早々と部屋を出て行った。

「な、なんか怒られないとかえって気が抜けるなぁ……。」

しばらく吉澤は呆然と立ち尽くした。
ふと気付くと時間は18時になろうとしていた。
吉澤はデスクにつき、今日の外出で変更が生じたスケジュールの
修正をした。
明日からゴールデンウィークである。
連休前のスケジュール調整は社会人の鉄則であった。
141 名前:rainbow 投稿日:2011/07/03(日) 21:27
更新です!
いやー、もっとテンポのいい展開にしたいのですが、なかなか…。
こんな小説にお付き合いいただいている皆様には頭が上がりません。。
142 名前:rainbow 投稿日:2011/07/03(日) 21:35
> 131さん

自分もこんな人たちに囲まれて仕事したいですw
厳しくも楽しく仕事ができそうです!
143 名前:rainbow 投稿日:2011/07/03(日) 21:36
何のイタズラか。。。
参加予定だったドリムス。紺。
友人の結婚式と被ってしまいました。。。
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/04(月) 23:39
イケメンでエロい吉澤さんに惚れてしまいそうなのれす。
145 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/07(木) 22:43
翌朝、吉澤はいつも通り目覚めると、いつも通り朝のウォーミングアップに出かけた。
そして、ウォーミングアップから帰ると、念入りに愛車の手入れをした。
メインで使うロードバイクは白のボディにカラフルなレインボーグリップが映え、
ところどころに散りばめられたライトグリーンが鮮やかな配色だ。
もう一台、気分によって乗り換えるバイクは青と黒を基調にした
クールなデザインに赤いグリップが力強さを演出している。
吉澤は自転車乗りを楽しみたいときにはメインバイクに乗り、
仕事などで気合いを入れたいときにはサブバイクに乗る。
いつもの朝のトレーニングではメインに乗り、帰ったらメインの手入れを
するのだが、今日の吉澤は違った。
メインの手入れを終えると、サブも念入りに手入れした。
愛車たちを手入れするときの吉澤はいつも顔がニヤけている。

ピーンポーン

吉澤の自宅でインターホンが鳴り響く。
吉澤はそれを分かっていたかのようにモニターに駆け寄り、
映し出された人物を確認するとオートロックのドアを解除した。
自室の玄関まで行ってやってくる人物を待つ。
やがてエレベータが吉澤の部屋の階まで来ると、中から小柄な女の子が出てきた。
146 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/07(木) 22:44
「吉澤さーん!おはようございます!!」

元気よくそう言う女の子は、どこか少しヤンキーっぽい、気の強そうな外見だ。
しかし、服装は軽装でスポーティである。

「よぉ、れいな!おはよー!」

気の強そうな女の子は田中れいな。
吉澤の卒業した大学の同じロードバイクサークルの後輩だ。
現在、大学4年生である。
すると、エレベータからもう一人女の子が降りてきた。
雪のように白い肌にくりっとした大きな目の印象的な美少女だ。

「はじめまして。道重さゆみです。」

道重はそう言って軽く会釈した。
道重も吉澤と同じ大学だが、サークルに入っていなかったため初対面だった。

「なんだよ、れいなの彼女っていうから、ギャル系かと思ったら
 めっちゃ可愛いじゃんか!!」

吉澤はニヤニヤしながら肘で田中の脇をつつく。

「よ、吉澤さん!!」

田中はというと、照れるとか怒るというより少し焦っている。
その表情を感じ取った吉澤は道重の異変に気付いた。

「さすがれいなの先輩ですね、吉澤さん!
 さゆみの可愛さにすぐに気がつくなんて!」

道重はそう言って両手を頬に当てて首を傾けた。
吉澤はあ然とし、田中は額に手を当てて天を仰いでいる。

「あ、でも、逆に言えば、誰でもすぐ気がつくくらい
 さゆみが可愛いってことですよね!」

道重は完全に自分の世界に入ってしまった。
うな垂れる田中。
そんな田中の肩に吉澤はそっと手を添えた。
田中の背中に吉澤の優しさが染みる。
147 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/07(木) 22:45
「じゃ、じゃあ、えっと……、道重さんってのもよそよそしいよね。
 なんて呼んだらいいかな?」

吉澤は場を仕切り直すかのように話を切り替えた。

「さゆとかさゆみでいいですよ、吉澤さん。」

田中は好きなように呼んだらいいと言わんばかりだ。
それに良い気がしないのは道重である。

「えー。『さゆ』って呼んでいいのはれいなだけなんだから!」

その一言に田中は完全に肩を落とした。
あまりの後輩の不憫な姿に吉澤は苦笑いだ。

「よし!じゃあ、シゲさんだ!
 うん、それがいい!!我ながらいいセンスしてるぜ!」

吉澤は自分のネーミングセンスの良さに満足そうにどや顔を決めた。
道重は頬を膨らませて不満顔である。

「ええやん、さゆ!
 うちはそのギャップがめっちゃ可愛いと思っとぉよ?」

田中は一生懸命に道重に笑顔を向ける。

「ほんとぉ?」

道重は複雑そうな表情をしている。

「れいなが嘘つくとでも思いよーと?
 さゆはうちの自慢の彼女やけんね!」

田中の言葉に道重はご満悦だ。
その顔を見て田中も胸を撫で下ろした。
148 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/07(木) 22:47
「じゃ、玄関先で立ち話ってのも何だから、入りなよ。」

吉澤に促され、二人は吉澤の家に入った。
吉澤邸を訪れる人はまず部屋にどんっとその存在を主張する
2台のロードバイクに目を奪われるが、二人も例外ではなかった。

「吉澤さん!コレ、めっちゃかっこいいですね!!」

田中はメインバイクを指して言った。
メインバイクは吉澤が社会人一年目のときに初ボーナスで買ったのだ。
サブは学生時代から乗っていたため、田中もよく知っている。

「さゆみ、こっちに乗りたい!!」

道重もまたメインを指す。
その言葉に吉澤と田中は硬直する。

「な、何言ぃよぉと?!
 それは新しいやっちゃけん、さゆは青い方に乗らんと!」

このゴールデンウィーク、吉澤たちはツーリングを予定していた。
大学時代、サークルで仲のよかった吉澤、田中、そしてもう一人の
三人でのツーリングだった。
しかし、道重の強い希望で四人で出かけることになったのだ。
目的地は岐阜県にある下呂温泉。
行きは途中で名古屋を、帰りは富士山麓を経由する。
遠征になるため、最初、田中は道重の参加を渋っていたが、
道重も中学、高校とテニスをしていて体力には自信があったので
吉澤たちが快く承諾した。
吉澤に至っては、ロードバイクを持たない道重に自分の愛車を貸すと
名乗り出たのだ。

「いいよ、れいな。シゲさん、好きな方に乗ったらいいよ。」

吉澤は少しも嫌な顔をせず、笑顔でそう言った。

「ほ、本当にいいんですか?」

さすがの道重も遠慮がちである。

「気にしない、気にしない!
 大切に扱ってくれたらいいから。」

吉澤はそう言うとメインバイクの高さを道重のサイズに調整した。
道重は申し訳なさそうな顔をしながらもメインバイクにまたがる。
道重のサイズを再度確認すると、吉澤は微調整をする。

「ぴったりです!吉澤さん、ありがとうございます!」

道重はオシャレなデザインのロードバイクにまたがり、ご満悦だ。
149 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/07(木) 22:47
「じゃあ、まいちゃんとの待ち合わせ場所まで練習がてら走ってみよっか。」

吉澤の提案で三人は吉澤のマンションを出た。
吉澤達は近くの公園で待ち合わせをしていた。
公園に着くと、噴水の前にロードバイクを停めている女性がいた。

「まいちゃーん!お待たせー!!」

呼ばれた女性は茶髪のロングヘアにくっきりとした目、
すらっとした身長にひまわりのような笑顔をしていた。
彼女の名前は里田まい。
吉澤とは大学時代の同級生で同じサークルだった。

「よっすぃー、れーな。久しぶり!!」

「里田さん!お久しぶりです!」

大学を卒業してから里田が田中と会うのは今回が初めてだった。
里田は田中の横にバイクを止めた道重に視線を移した。

「あっ、この子がれいなの彼女ね!かわいいー!」

里田の何気ない社交辞令に田中と吉澤が硬直する。

「わぁ〜!やっぱりそう思いますか?
 道重さゆみって言います!よろしくお願いします!」

道重は目を閉じて首をかしげた。
しかし、里田には動じているような節は見られない。

「さゆみちゃんって言うんだぁ!
 うん、ほんとに色白でかわいいー!!
 あたしは里田まい。よろしくね!」

里田は言ってみれば純粋であった。
あまり物事を深く考えないところが長所であり短所でもある。
田中と吉澤は安堵した。

「里田さん、今日はすみません。
 さゆの我がまま聞いてもらっちゃって…。」

田中は道重がツーリングに参加することを詫びた。

「ううん。全然だよー!
 むしろ、さゆみちゃんのお陰で私も旧友に会えるんだし!
 旅は人数が多い方がいいじゃん!」

道重が参加したいと言っていると田中から相談されたとき、
吉澤は石川と後藤に声をかけていた。
二人に各地点で合流するよう、話を持ちかけたのだ。
吉澤としては仲のいい吉澤・田中・里田の三人の中に一人で参加する
道重への気遣いのようなものであった。
まずは里田と高校時代の友人である石川に声をかけ、
石川一人ではいけないと思い、後藤に声をかけたのだった。
バイクには台数に限りがあるだけでなく、素人のロングライドは憚られたので
二人は下呂で直接合流することになっている。
150 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/07(木) 22:49
「よーし!じゃあ、メンツは揃ったんだし!
 まずは名古屋に向けてしゅっぱーつ!!」

吉澤の合図で四人はバイクをこぎ出す。
初ライドになる道重への負担を軽減するため、吉澤を先頭に
里田、田中、道重の順に列を作る。
道重のペースと実力をつかむため、吉澤はスロースタートした。

「さゆ!キツくなったられーなに分かるように大きい声出したらいいけんね!」

田中は背中の向こうにいる道重に向かって叫んだ。

「ありがとう、れいな!!さゆみはまだ大丈夫だよ!」

道重も前方を走る田中の背中に向けて叫び返す。
二人のやり取りを前方で聞いていた吉澤と里田は微笑ましく笑っている。
151 名前:あと一ヶ月! 投稿日:2011/07/07(木) 22:50
気持ちの良い青空の下、四人は颯爽と走って行く。
前方を走る吉澤の指揮で列を切ることなく駆ける。
東京を抜け、神奈川に出ると海沿いの道を取った。

「シゲさん!結構走ってるけど、大丈夫?!」

最前列の吉澤が叫ぶ。
しかし、最後尾の道重はうまく聞き取れない。
すかさず田中が間をつなぐ。

「さゆ!もう結構走っとぉけど、大丈夫と?!」

「うん!まだもうちょっと大丈夫!!」

道重は声を上げた。
田中と吉澤はその声に安心した。

「でも、よっすぃー!初ライドだし、そろそろ休憩挟んだ方がいいよ!
 次コンビニあったら休憩しよ!」

里田は道重に気を遣った。
吉澤はもう少し先まで走ってから休憩するつもりだったが、
里田の意見ももっともだと思い、コンビニに寄った。
四人はバイクを駐車場の脇に停める。
ふと、田中は道重の顔を覗いた。

「ちょっ、さゆ!すごい汗やん!!
 ちゃんと水分と塩分補給せんといかんよ!!」

田中は慌ててバイクのドリンクホルダーからボトルを取り出した。
道重は静かにそれを受け取り、ゴクゴクとスポーツ飲料を飲む。
道重には田中のその行為が嬉しかった。
152 名前:rainbow 投稿日:2011/07/07(木) 22:52
更新です!
そろそろ書き溜め分が尽きてきました。。。
相変わらずの変則シフトのため、更新がまばらで申し訳ないです。
153 名前:rainbow 投稿日:2011/07/07(木) 22:55
> 144さん

イメージは単行本版の「Hello!ヨッスィー」の表紙です。
あの肌の美しさは犯罪級ですね、えぇ。
154 名前:rainbow 投稿日:2011/07/07(木) 22:58
余談ですが、HANGRY&ANGRY-fの新曲最高ですね!
HANGRYさんがかっこいい!
いや、今回はむしろ可愛い!!
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/08(金) 21:46
いいですねぇ!仲間に入れてもらいたいです。楽しい出来事が待ってるのかな?

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