屋根の下のベース弾き #8
1 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/05/25(月) 00:07
同じ水板の続きです。
よろしくお願いいたします。

ttp://mseek.xrea.jp/wood/1018614026.html(最初)

ttp://mseek.xrea.jp/sea/1020511804.html(その次)

ttp://mseek.xrea.jp/sea/1026291110.html(パート2)

ttp://mseek.xrea.jp/sea/1032237720.html(パート3)

ttp://mseek.xrea.jp/sea/1040300502.html(パート4)

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ttp://mseek.xrea.jp/sea/1078667258.html(パート6)

ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1127916379(パート7)

(倉庫行きになりましたらこちらになる予定です→ttp://mseek.xrea.jp/water/1127916379.html)
2 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 00:11
「で。下駄箱にスプレーかけた犯人を追って遅刻したと」
「はあ…」
田中は昼休み職員室に呼ばれ、担任から小言を言われていた。
「すんませんっした」
あの後犯人を追って屋上までダッシュしたが、運悪く教頭に見つかり、
そのまま職員室にしょっぴかれたのだ。
昼休みに再度呼び出され、今は担任に叱られている。
「それで、スプレーかけた犯人の顔は見たのか?」
「それが…」
田中は口ごもった。
「高校の青いジャージやったっちゃ」
「青?」
担任は顔をしかめた。
「青といえば今の2年のか」
「そうっちゃね」
田中も頷いた。
この学校は、中高とも学年ごとに体育のジャージの色が違う。
中学のジャージは上下ともサイドに白ラインが入っているが、
高校のはデザイン自体違った。
「それじゃ、はっきり顔とかは見てないんだな」
「すんませんっちゃ」
担任はふうと息をつき、
「もういい、戻れ。
この件はあまり言いふらすなよ」
「はあい」
失礼しましたーとかなりやる気なく戸を閉め、職員室を出る。
「ちっ。
たく、昼休みあと20分しかないっちゃ」
腕につけた白のBaby−Gを見て、田中は舌打ちする。
「会長!」
「たーなーかさぁん!」
光井と久住が、ぱたぱたと駆け込んで来る。
「どうしたと?」
「田中さん、お昼まだ食べてはらしませんやろ。
愛佳、購買でパン買っときましたさかい」
「小春はパックのコーヒー牛乳買ったよ!」
「自分ら…」
田中はちょっとうるっとくる。
軽くヤンキーだが、情に弱いのだ。
「さ、どっかで食べましょ。
あんまり時間あらしませんし」
「購買の前がいいよ!
今ならベンチとか空いてるよ!」
「うん。
ありがとうっちゃ」
担任に怒られたり、犯人を取り逃がしたりして正直ヘコんでいたが、
田中は目頭を押さえ、笑顔でふたりと購買に向かった。
3 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 00:14
一方。
「…ど、どーしたんすか。ふたりとも」
亀井は自宅の玄関ににこやかに立っている、制服姿の道重と新垣を見て冷や汗をたらした。
「迎えに来たの」
「そそ。一緒にダンスレッスン行こ?」
「…まだ早いんじゃ。
てか、2時半からだよね?」
亀井は玄関の時計を振り返って確認し、
「…まだ12時半じゃん」
と呟く。
「いやー、学校までアタシたちがエスコートしますし!」
「エスコートするの!」
ふたりの妙な張り切りように、亀井は元々ちょっと細い目を更に細くした。
「絵里、お友達なの?」
「あ、はーい。お母さん。
ガキさんとさゆ」
亀井の母はリビングから出て来て、
「お昼まだなら、一緒にいかが?」
とにこやかに言った。

亀井家のダイニングはムダに広かった。
ダイニングに続くリビングも、ムダに広い。
テーブルに出て来たチャーハンを見て、道重が
「…カニだ」
と呟く。
さっき、お手伝いのカメさんに、食べ物のアレルギーはないかと問われたのは
これだったのかと納得する。
「すっごいねえ。
テーブルとかも物凄く大きいし」
新垣も感心したように、天井の趣味のいいライトを見上げる。
「それじゃあ、どうぞごゆっくり」
亀井の母は、スーツ姿で新垣たちに声を掛けた。
「あ、どうも。すみません」
「ごちそう様です」
とふたりは頭を下げる。
「行ってらっしゃい」
チャーハンをパクつきながら、亀井が言う。
4 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 00:18
「お母さんも働いてるんだね」
新垣が言うと、
「会社やってるから」
亀井が事も無げに答える。
「そっか…」
「絵里、こんな広いおうちでいつもごはんひとりで食べるの?」
道重が言うと、亀井は顔を上げ、
「うん、まあ」
と質問の意図に首を傾げつつ答えた。
「淋しくないの?」
「まあ、慣れですよ、慣れ。
お母さん、絵里が10歳くらいまでは家にいてくれたし」
「へえ」
新垣はふたりのやりとりをチャーハン食べつつ眺め、
『しかし…すごい家だな』
と感心する。
「絵里のおうちはすごいの。
この前お邪魔した時はなんかすごいお肉だったし」
道重が少し興奮しながら言うと、
「ああ、さゆみん来たことあるんだ」
「それは友達が来たからだよ〜。
絵里だってそんな普段真っ昼間から、カニだのメロンだの食べてるわけじゃないから」
メロン、のくだりのところで、いつの間にかデザートにメロンが出て来ていたのに気付き、
道重は『わっ』と声を上げる。
『この子、ホントにお金持ちなんだな』
亀井の様子を見て、新垣は思う。
「この辺って…お買い物はどこ行くの?」
新垣の問いに、
「ああ、晩のおかずとかってこと?」
亀井はしばし考え、
「ピーコックとかかな。
カメさんは大体その辺行ってるみたいだけど」
「亀井ちゃんはどこ行ってるの?」
「絵里?
まあ、色々。
基本コンビニかなー」
とヘラリと笑った。
5 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 00:26
3人連れ立って登校し、高校の下駄箱の辺りで教職員がバタバタしてるのを見つける。
「な、なんだろね…」
道重がびっくりしつつ言うと、職員が下駄箱を広げた新聞紙でカバーしていた。
「あ、来たっちゃね!」
下駄箱に続く生徒用出入り口で、前髪をくくったちっこいのがぴょこぴょこ跳ねている。
田中れいなだった。
「れーな」
「どうしたの?」
亀井と道重が声を掛けると、
「ちょ、こっち来ると」
囁くように言い、3人を手招きした。
「どうしたん、田中っち」
新垣が尋ねると、
「…また事件っちゃ」
廊下の人目のつかないところにまで3人を連れて行き、田中は小声で言った。
「…え?」
田中は、朝のいきさつを話す。
高校の数クラスの下駄箱に真っ赤なスプレーが噴きつけられていた事。
田中や光井、久住が犯人を見、田中が犯人の後を追った事。
3人は目を丸くした。
「たく、誰っちゃ…」
「てか、れいなちゃんその人追いかけたの?
危ないよ」
道重の指摘に、亀井と新垣は頷く。
「そんなん言ってられんったい。
考える前に足が勝手に動いたっちゃ」
「れいなちゃんに何かあったらどうするの」
たしなめるように言う道重の横顔を見て、亀井は人知れずニヤニヤする。
人知れずのつもりだったが、横にいた新垣にばっちり見られ、怪訝な顔をされる。
「それより、問題は紺野さんっちゃ…」
田中は溜息をついた。
6 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 00:37
集合場所の体育館に行くと、泣きべそをかいてる紺野を囲んで、
辻加護や小川たちが慰めていた。
ジャージ姿の岡村も、さすがに練習を始める様子がない。
新垣が梨華に事情を聞くと、紺野のクラスも下駄箱の被害に遭い、
最近色々嫌がらせをされている、自分のせいだと泣き出したらしい。
「紺野さん…」
亀井が泣いてる紺野に声を掛けようとし、『ん?』と本来いない筈の人物がいるのに気付く。
「た、高橋さん…」
「あ、愛ちゃんだ」
道重も気付く。
「よお」
高橋はさすがにバツが悪そうに笑って挨拶する。
高橋は制服姿だった。
それを見て、改めて他校の生徒なんだなと新垣たちは実感する。
「え、えっと…福井に帰るって」
亀井が頭の中を整理しつつ問うと、
「そのつもりやったけど、岡村先生に呼ばれて、今日学校終わってから来たんや」
と答えた。
今日は朝2時間だけの登校日で、そのまま上京したらしい。
「なんや、昼間来たら、あさ美ちゃん泣いとって、事情聞いたらえらいことなってて」
物凄く早口で言い立てるのを、新垣たちは必死にヒアリングする。
「えーっと、愛ちゃんは学校終わってチョクで来たのかな?」
「せや。制服着替えるの面倒やったからの」
新垣は『ああ、愛ちゃんだなー』と可愛い制服に身をつつんではいるが、
ゴツイ事を言っている高橋を物凄く目を細めて見る。

「で、なんで高橋さんに来てもらったと?」
田中が尋ねる。
「ああ、もし亀井がまた発作起こしたらて考えたらな、代役を立てた方がええかいな思て」
岡村が言うとすぐ、
「…ひどい」
亀井がふらっと立ち上がった。
「絵里…入院以外は休まなかったのに。
…ひどい!」
亀井がその場から、走って立ち去る。
その場に『…あ〜あ』という空気が流れる。
岡村は、針のむしろだった。
「てか、なんでよけーな事言うの、センセー」
小川があぐらをかいてる体を少し傾け、非難する。
「そうなの。もっと他に言い方があるの」
「てか、どーすんの。亀井ちゃん」
新垣が言うと、道重が
「ここはガキさん、お願いします」
ポンと新垣の肩を叩いた。
「へ?あたし?さゆみん行ったほーがよくない?」
「いや、ここはガキさんで」
道重の揺るぎない視線に、
「…分かった」
立ち上がってスカートの後ろをぽんぽんと払い、体育館を出て行った。
7 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/05/25(月) 00:38
更新しました。
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/25(月) 21:30
新スレおめでとうございます
麗しき田中会愛に乾杯
しかし紺ちゃん亀ちゃんは辛いですねぇ
先生ストレートすぎるよ先生
9 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:17
亀井はすぐ見つかった。
探してるうちに、学校の時計台に続く狭い階段を上がろうとする足が見え、
「…ちょ。
またヘンなとこに」
新垣も後を追って上った。

「亀井ちゃん」
新垣が声を掛けると、亀井は床に三角座りをして、膝に顔を埋めたままビクンと震えた。
「ねえ、帰ろうよ。
みんな、心配してるよ」
「…誰も絵里のことなんか心配してないじゃない」
「もー。
なんでそういう事言うかなー。
入院した時だって、みんなどんだけ心配したかー」
『ホラ』と新垣は近づいて亀井の肩を押した。
「絵里…もうヤダ」
「へ?何が?」
「体弱くて、みんなに散々迷惑かけてて、今度は大丈夫かなって思ったのに…」
顔を上げた亀井の顔は、涙でぐしょぐしょだった。
「じゃ、迷惑かけないように戻ろうよ。
もー、てか、誰も迷惑だって思ってないしー」
制服のポケットからハンカチを取り出し、新垣は亀井のぐしゃぐしゃの泣き顔を拭いてやる。
「ほらね、戻ろ?
てか、さっきから、さゆみんとかバンバンあたしの携帯にメール送ってきてるんですけどー」
新垣は苦笑するように、ポケットの上から中の携帯を軽く叩く。
「…またガキさんに助けられたね」
亀井がぽそっと言うと、新垣は
「へ、何が?」
ときょとんとする。
「もー、覚えてないのー?」
亀井は苦笑しつつ、新垣の肩を叩く。
「絵里たち、中1ん時おんなじクラスだったじゃん」
言われて、新垣は
『そういえば…』
と呟いた。
絵里ってそんなカゲ薄い?と亀井は唇を尖らせて拗ねる。
10 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:20
「ホラー、中学入ってすぐの宿泊研修さー、前もって先生が
『亀井は体が弱いから、保護者の方の意向もあって欠席させようと思うのだがどう思う?』って
HRで言った時ー、ガキさん真っ先に反対してくれたじゃんー。
『みんなで一緒に行かないと』って言ってー。
『あたしたちが何かあったら面倒見るから』ってさー」
「…ああ」
そういや、と新垣は記憶を辿った。
「内部で小学校一緒だった子とかじゃなくて、ガキさん外部からの子だったのに
そう言ってくれて、絵里、フツーに感動したのに」
新垣は決まり悪そうに頭をかく。
「もー、ガキさん同じクラスだったのも忘れてたでしょー。
絵里、どんだけカゲ薄いのー」
「ごめん。
てか、全然喋んなかったじゃん」
「ひどいー」
「だからごめんって」
新垣の腕を軽くぱしぱし『ひどいひどい』と甘えるように叩き、亀井は
「…いま、戻って絵里、大丈夫かな」
新垣に抱きついて言った。
「うん、大丈夫。
だからさ、行こ」
亀井は返事をする代わりに、強く頷いた。

11 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:23
その頃、体育館。
「あの、岡村先生」
高橋が打ちひしがれている岡村に声を掛ける。
ちなみに針のむしろ状態は続いていた。
「あーし、なんも聞かんととりあえず来たけど、
やっぱり亀井さんの出番を他校生のあーしが勝手に取るのはようないと思うやよ」
「愛ちゃん、そもそもなんて言われて来たん?」
小川の疑問に、
「あさ美ちゃんがどうこう言うから、なんかあったんやと思て飛んで来たがし」
先生、策士やなあ、と加護がニヤッと岡村の方を見た。
辻もあきれたように苦笑する。
岡村は一同からすーっと目をそらす。
「ちーっす」
ある意味、助け舟が現れる。
「遅いぞ矢口!」
矢口は
「てか前もって遅れるってつったでしょーが」
と岡村に文句言いつつ、床に鞄を置く。
「…ん?
どったの、チミたち?」
一部お通夜のようにしんみりしすぎなので、矢口は言った。
梨華は矢口の袖を引っ張り、それまでのいきさつを話す。
「あ〜あ…やっちゃったね」
あきれたように、矢口は岡村を見る。
「てかさー、相手年頃のオンナノコなんだしさー」
「だから悪かったって反省しとるだろ」
「あ〜あ…」
元来ナイーブな岡村は、
「スマン、ちょっと出て来る」
と空気に耐えられなくなり体育館を出て行った。
12 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:29
「あのさ」
小川がポツリと言う。
「てかセンセーなんで、あんなに『卒業生を送る会』必死でやろうとしてんだろ?」
在校生は全員、薄々そう思っていた。
体育館のステージには矢口と辻加護、梨華が座り、他のメンバーは床に座っている。
「んー、言っていいんかなー」
「…いいと思いますよ」
矢口と梨華は顔を見合わせて頷いた。
「ヤグチが高校卒業した時さー、クラスメートだった子が事故死したのね。
んで、その年卒業式の後で『送る会』やろって企画あったんだけど、なんか色々あって流れちまって。
その亡くなった子、すんごい楽しみにしてたのね。
ウチとその子、担任、岡村だったんだけど、『また機会あったらやろ』って先生と言って…結局その子」
そこまで言って、矢口は啜り上げた。
在校生はそこまで聞いてしんみりとなる。
梨華は黙って、矢口にハンカチを差し出した。
矢口も顔を手の甲で拭いながら受け取る。
「悪ぃ…。
てかまあ、供養みたいな気持ちがあるんだと思うよ?
まあ、あのセンセー、ムチャクチャだしなに考えてっかわかんねーけど、
ウチらの事誰よりも考えてくれっから。
多少のバカは許してやってよ?」
体育館の入り口でぐすん、と啜り上げる音がした。
一同が顔を上げると、新垣が亀井を伴って立っていた。
自分も涙を零しながら、新垣は泣きじゃくる亀井の背中をさすってやっている。
「絵里…先生に謝ってくる」
「いやー、謝んなくていいって。
どうせデリカシーに欠けること言ったんだろーし。
つーか、そろそろ迎えに行かないと、アイツ拗ねるべ?」
矢口は明るく笑って、ステージからぴょんと飛び降りた。
「やぐっつぁん、岡村の性格熟知してるっちゃ」
田中が感心したように言う。
「古女房みたいなモンだから」
梨華がニヤニヤして言うと、矢口は
「うっせ。ちげーよ」
と梨華の腕を叩いた。


梨華と矢口ふたりで岡村を迎えに行く。
「せんせー」
岡村は中庭のベンチに座り、ポカリを飲みつつたそがれていた。
「せんせー、早くって。
みんな待ってっし」
矢口は腰に手を当てて、『早く早く』と促す。
「…怒ってないのか?」
岡村は恐る恐る尋ねる。
「つーか、亀井ちゃんなんて、『先生に絵里謝んなきゃ』って言ってるくらいだよ?
早くってばー」
矢口がケラケラ笑って手招きすると、岡村は
「…よし!」
と立ち上がった。
梨華も矢口の横で微笑んで見ていた。
13 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:32
その日のダンスレッスンは全員ノリがおかしかった。
テンション上がりまくりだった。
レッスン再開までたまってたのか、物凄い集中力でこなし、予定時間より早く終わる。


「愛ちゃん、うちに宅配送ってたの?」

帰り道、母からのメールを見て、紺野は高橋に確認する。
「せや。
ゆうべ岡村先生に来い言われたから、とりあえず当面の着替えとか
昨日のうちにゆうパックであさ美ちゃん家に送ったがし」
荷物多いのイヤやからの、と高橋は言った。
「…抜け目ないね」
少しあきれたように紺野は携帯を閉じる。
「愛ちゃんは歌とか口ずさんでる時の表情がセクシーなの。
抜かりないの」
紺野に乗っかるような道重の発言に、
「ちょー!
あんた『抜かりない』の使い方間違っとるがし!」
高橋がツッコミながらもゲラゲラ笑う。


『あーしオナカ空いた』という高橋の訴えにより、紺野は学校の最寄り駅そばのマックに連れて行く。
新垣と道重、亀井、田中もついて行った。
他のメンバーは用事があるので帰ってしまった。
14 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:40
「愛ちゃん、その制服可愛いの」
道重が褒めると、
「田舎の学校やからの、制服くらい可愛せんと生徒が集まらんがし」
いい笑顔で高橋は物凄く現実的な事を言った。
紺野はマックシェイク(バニラ・S)と一緒に頼んだポテト(L)を寸断なく摂取しながら、
他のメンバーの話に相槌を打っていた。
「あさ美ちゃん…ポテトL頼んだんなら、シェイクもなんでMにせんかったん?」
高橋の疑問に
「お小遣いの節約」
紺野はイモを喉に詰まらせそうになりながら答える。
少しむせたのを、高橋が背中を叩いてやる。
ポテトを節約しようという考えはなかったようだ。

「愛ちゃんの学校って共学っちゃか?」
「いーや、女子校や。
今度共学なるいう話はあるけどな」
田中と高橋の会話を、亀井は黙ってシェイクのストローを齧って聞いている。
この店に入って来てから、殆ど口を利いていなかった。
道重はそんな亀井をチラッと見つつ、
「愛ちゃん、美人だから学校でもモテそうなの」
「あーし、めんどいから『相手おる』って大抵断るがし」
「へー」
新垣は少し驚いたように目を開く。
高橋は新垣に、
「あの、ガチレズって分かるかの?」
「ガチでレズってこと?」
新垣がきょとんとして答える。
新垣が中学生で、キャラ的にもあまりこういうネタには詳しくないかもしれない、という
高橋の配慮だった。
「まあ、そう。
最近ガチレズで且つまずホテル行きたがるよーな子ぉばっか言い寄って来おるから、
あーしちょっと閉口しとったがし」
「ふうん…」
そう聞いて、新垣はちょっと複雑な心境になる。
それを察したのか、高橋は
「あ、里沙ちゃんにはマジやったでー」
と付け加える。
『「やった」?』
過去形の表現に、田中と道重は『ん?』という顔をする。
亀井は黙ってシェークを飲んだ。
「でも、どうしてあたしの事好きになったの?」
新垣の質問に、
「あんた、最初会うた時、何か知らんけどぶすくれとったやろ?」
からかうように、高橋は笑いながら新垣の頬を指で突いた。
「う、うん」
思い出して、新垣はちょっと赤くなった。
「せやから、気になってん。
実際あーしが近付いたん気付いて顔上げたら、キラッキラした目ぇであーしの事見とった。
だからホレたんや」
「…そ、そう」
恥ずかしくなって、新垣は俯いた。
『愛ちゃん…ほんとガキさんのこと好きなんだ』
イモの摂取に余念がない紺野も、嬉しそうに頬を赤らめる親友の様子に、
密かに思うのだった。
15 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:44
「じゃ、れな、バスで帰るけん。
みんなおつかれいな〜」
マックを出て、田中が手を振ってひとりバス停まで行こうとすると、
「さゆも行くの!」
と道重が追いかけて来た。
「へ?なん?」
「ひとりで今日、こんな時間に帰ったら危ないの。
朝あんなことあったのに」
田中はああ、という顔をし、
「別に大丈夫やろ。
てか、あんた心配しすぎや」
苦笑して行こうとする。
「亀井ちゃんはあたしが送るから」
「へ?」
「行くのだ」
と亀井は新垣に腕を掴まれ、そのまま駅まで連行された。
道重は田中の腕を掴み、
「先輩の言うことは聞くの」
と田中の目を見て言った。
「なん?命令かい?」
田中がムッとしたように睨みつける。
「ああ〜…なんや修羅場がしか」
「しっ」
紺野が人差し指を立てて言う。
「あなたに何かあったら、さゆはきっと後悔する」
黒目がちの瞳でじっと見つめられ、ふてくされた表情はそのままだったが、
「…分かったと」
田中は折れた。
16 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:49
寮に帰り、道重は自室で私服に着替えてから下の食堂で夕食を摂った。
たまたま、2年下の光井愛佳と一緒になる。
「先輩、ごはんつぎましょか?」
顔を上げると、光井が自分に掌を差し出していた。
「ああ、いいよ。
自分でつぐから」
「はい」
光井は実家がお寺だからか、上下関係の区別が今時の子にしてはしっかり出来ていて、
上級生の自分に対してもかなり気を遣う。
食事が一緒になったりすると、こうやってよく声をかけてきた。

道重は業務用の炊飯ジャーから少しだけごはんをよそい、
『いただきます』と手を合わせた。
「あれ、先輩。
ごはん、そんだけでいいんですか?」
「今日は寄り道してみんなでマック行ったの。
だからさゆ、あんまりお腹空いてなくて」
「へえ、ええですね〜」
ほんわかと答え、光井はおかずのコンニャクとおかかの炒め煮を食べて
『オツな味やわ』とややオバハンくさい感想を漏らす。
道重は実はあんまり夕飯を食べたくなかった。
マックで結構食べたのもあるが、田中と帰りにちょっと険悪になったのが尾を引いていた。
『ホント…素直じゃないの』
サラダに箸をつけながら、道重は思う。
「先輩、味噌汁!」
光井の慌てた声に、はっと我に返る。
道重は味噌汁のお椀を手にしたまま、口元に運んだつもりがぼーっとしていて
うっかりテーブルに中身をこぼしてしまった。
「きゃあ!」
「愛佳、布巾持って来ますさかい!」
食堂に続く厨房の奥に引っ込んで、光井は布巾や雑巾を何枚も持って来た。
「そのまましといてくださいね、余計こぼれますさかい」
「ごめんね、みっつぃ」
「構しません」
道重は足元にいる光井に謝る。
光井は床に零れた味噌汁もせっせと雑巾で拭いていた。
「さゆ、拭くよ。
みっつぃ、ごはん食べて」
「服汚れてますやん。
先輩、ちょっとそれ貸してください」
とりあえずこれ着ててください、と光井は自分が着ていたジャージを差し出した。
自分のうっかりもフォローしてもらい、服まで貸してもらい。
道重は『先輩失格なの…』とトホホとなる。

「はあ、とりあえず大分落ちましたわ」
洗濯室で服についた味噌汁のしみを落とし、光井が帰って来る。
「…申し訳ありません」
道重は自分の服を受け取り、深々と頭を下げた。
「先輩、お疲れなんですよ」
光井はいたわるように笑う。
「お詫びにさゆ、みっつぃのお茶碗とか洗います」
この寮は、使った食器は基本的に自分で洗って片付ける事になっている。
連携プレイで洗い担当、すすぎ担当、拭き担当と数人で分担してやっている生徒もいた。
「ええですよ〜、そんな」
光井は笑って手を振る。
先輩に自分の茶碗を洗わせるなど、彼女にはとんでもない事なのだろう。
根っからの育ちの良さを感じた。
17 名前:早春賦 投稿日:2009/05/25(月) 23:52
「あのね、先輩」
光井が淹れてくれたお茶を飲んでいると、彼女が切り出してきた。
「なあに」
「今日ジュンジュンさんとリンリンさんと学校で会うてね」
「そうなんだ」
「なんやジュンジュンさんら、今度の『卒業生を送る会』にスタッフで参加するとかで、
今日打ち合わせとかするからジャージ着て学校来たんですって」
「へえ」
「したら、なんや先生らに朝イチで『何時に来た、何の為に来た』って言われたって」
「なにそれ」
そう言って、道重ははっとする。
今日は中学1年から2年までしか授業がない。
授業がなく部活で来るような生徒も、朝イチではまず来ない。
まして今日は下駄箱のスプレー噴きつけ騒動があった。
『犯人は青いジャージやったっちゃ』
田中の言葉を思い出す。
「…ひどい」
道重は呻くように言葉を搾り出した。
「まったく、失礼な話ですよね。
あのふたりがそんなんするわけあらへんのに」
ああ、と光井がもうひとつ思い出したように言った。
「あのふたりに限らず、今日朝に学校来た高校以上の生徒さんは殆ど聞かれたらしいですわ。
そんで」
「うん?」
「OGのヤグチさんいう方が、校門で先生らに来校目的聞かれて
『はあ?卒業を送る会のために決まってっでしょ!』て言うてました」
光井の言葉に、道重はぷっと吹き出した。
18 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/05/25(月) 23:59
更新しました。

レスのお礼です。

>8の名無飼育さん

リo´ゥ`リ人从*` ロ´)人川=´┴`) 

ツンデレでブルーれいなでトゥルトゥルな会長ですが今後ともよろしくです。


前回の訂正です。

>6

4行目
新垣が梨華に事情を聞くと、紺野のクラスも下駄箱の被害に遭い、 →新垣が梨華に事情を聞くと、紺野のクラスも下駄箱が被害に遭い、

14行目
それを見て、改めて他校の生徒なんだなと新垣たちは実感する。 →それを見て、改めて他校の生徒なんだなと亀井や他のメンバー達は実感する。


※補足です

>13のさゆの発言

元ネタ:先週のヤンタン(ジュンジュン出演の回)

愛ちゃんの歌唱力の話題になり、

川´・_o・)<高橋さん、歌ってる時セクシーダ

从*・ 。.・)<愛ちゃんは歌い終わった後の表情が抜かりないです

さゆは案の定、ツッコまれまくってました。
19 名前:早春賦 投稿日:2009/05/26(火) 23:04
―――喫茶タンポポ。

梨華は用事を終えた後、タンポポに寄った。
定休日ではあったが、矢口に言われて帰りに立ち寄ったのだ。
矢口は厨房で明日の仕込みをしていた。
「お、来たな」
「お疲れ様です、矢口さん」
「いや。
こっちも悪ぃな、呼んじゃって」
「いえ。
用事って何ですか?」
梨華がカウンターに近づくと、
「食ってくんね?
新作なんだけど」
矢口はケーキの載った皿をカウンターに置いた。
「そこの広いテーブル持ってって食べてもいいよ」
「いえ、ここでいいです」
「何か飲みモン入れるな。
何がいい?」
「じゃ、シャンパンで」
梨華はめいっぱい可愛い顔をして、しかも人差し指を顎に当てて言った。
梨華の精一杯のギャグを、矢口は
「…つまんね」
と流す。
「いいんですか、あたし新作ケーキの試食なんて」
紅茶を淹れてもらい、梨華は申し訳なさそうに言った。
「石川はケーキのネーミングセンスは寒すぎるけど、ケーキそのものを見る目は確かだからな」
「…褒められてるのか物凄く微妙ですけど、有難く頂きます」
梨華はまず携帯で写メを撮り、
「いただきます」
とケーキにフォークを入れた。
淡い黄色のジュレが載ったケーキだった。
「可愛い色…おひさまみたい」
「だろだろ?」
「この上の黄色のゼリー?ですか」
「ジュレな。まあ、言葉違うだけで同じモンだけど」
「夏みかん…違うな?何だろ」
「当ててみ」
フォークを口に運び、梨華は考えながら咀嚼する。
そしてひとつの答えを導き出した。
20 名前:早春賦 投稿日:2009/05/26(火) 23:06
「…パイン?」
「正解!」
矢口は某ミリオネアの司会者のように告げる。
「すっごいですね!パインでこんなのできるですね!」
「いやー、ぶっちゃけパインをピューレにしたりすんのマジめんどーなんだけど、
どうよ?」
「美味しいです!」
「売れそう?」
「バカ売れだと思います、あたし的には」
「ん〜…じゃ、名前何にすっかな」
「タンポポ、なんてどうですか?」
矢口はまじまじと梨華の顔を見た。
「いや、実際の花のタンポポとパインは遠いですけど、これなんかちょっと色似てません?タンポポに」
この店もタンポポだから、看板商品でどうでしょう?
梨華は付け足した。
「あの、矢口さん?」
「いや…石川がまともな名前つけたから、マジびっくりした」
「なんですか〜、それー」
「よっしゃ、タンポポな」
「え、決定ですか?」
「なんだ、不満なんか?」
「いえ、そうあっさり決まるとは」
「そうと決まれば、もっと改良せにゃな」
どこにだって、あるぅ花だーけど〜、と歌いながら、矢口はまた厨房の奥に入って行った。
カウンターの上に置いてあった、矢口の携帯が鳴る。
「矢口さん、携帯鳴ってますよ」
「メールだな」
大きなステンレスのボールを手にまた戻って来て、矢口は携帯を開いた。
岡田からだった。
『川 ´^`)<今日は保田さんの注文通り、三好さんにシチュー作って届けて来ましたぁ。
やっぱり激怒してはりました(笑)』
「いや…岡田ちゃん、『激怒してはりました』じゃないでしょ」
彼女からの報告メールを見て、矢口は頭を抱える。
「岡田ちゃん、なんて言ってるんですか?」
梨華が聞くと、
「や…ある意味大物っつか。
三好さん、怒って追い返したりしてるみてー」
「…困りましたね」
「それでもめげねーのがスゴイってか。
いや、ある意味あの子に任せてよかったってか」
「そうですか…」
「なんなんだろね、あの才能は?」
オイラも見習ったほーがいーんかな、と矢口はボールの中の材料を混ぜながら首を傾げた。
21 名前:早春賦 投稿日:2009/05/26(火) 23:09
その頃。紺野宅。

「愛ちゃん、ちょっと」
紺野は厳しい表情で、高橋に座るようリビングのソファーを指し示した。
「な、なんや」
物凄く見に覚えのある高橋は、笑いつつも冷や汗をかいて座る。
「おちょきんした方がええかの?」
「いいよ、正座は。
さて」
紺野の取調べが始まる。
「土曜は帰って来なかったし、日曜もバタバタして福井に帰ったから結局聞けなかったけど、
土曜の晩、石川さんに送ってもらってからどうしてたの?」
『あっちゃー、やっぱりソコピンポイントできおるか』
高橋は肩をすくめた。
「え、えーっと…」
「怒らないから本当のこと話して」
「あー…マコと里沙ちゃんがちょっとケンカしおっての、
あーし里沙ちゃんにずっとついとったがし」
「…どこにいたの?」
『これはもう逃げれんな…』
高橋は覚悟を決めて、
「…怒らん?」
と目の前に立ってる紺野に可愛らしく上目遣いをしてみせる。
「…まさか」
「ホテル行ったがし。里沙ちゃんと」
紺野は一瞬気が遠くなる。
そのまま高橋の隣にへたれこんだ。
ソファーの手すりにしがみつき、
「…愛ちゃん、勘弁してよお〜」
と情けない声を上げる。
「言うとくけど、何もしとらんで」
「…嘘でしょ?」
「…すみません」
高橋はあっさり頭を下げる。
22 名前:早春賦 投稿日:2009/05/26(火) 23:13
「ガキさん中学生なのよ!何考えてるの!?」
へたれこんでいたが、急に紺野は責め立てモードに入る。
高橋のシャツの胸倉まで掴んだ。
「だからー、最後までせーへんかったがし!」
「なによ、最後って!」
「途中で泣かれてもーて、でけへんかったんや!」
高橋も逆ギレだ。
シャツを掴む手を離し、紺野は
「…泣かすようなことしたんでしょ」
「…まあ、否定はせーへん」
「…ひどい」
紺野が顔をそむけるのを見て、高橋は
「ちょー、あさ美ちゃんて。
あんた、なんかもんのすごいこと想像しとらんか?
せやったら誤解がし」
やはり逆ギレ気味に否定する。
「正直に言って。
どこまでしたの」
紺野は殆ど夫の不貞を責める妻のようだった。
「どこまでて…チューして脱がして首筋とかキスして胸、触ってちく」
「わ、もういい!もういい!」
「なんや、自分でどこまでした言うといて」
高橋はちょっと不貞腐れる。
「胸にキスすらでけんかった。
いやや泣かれて」
はーっと遠い目をして高橋は溜息をついた。
「…念の為聞いとくけど」
「勿論事前にお伺いは立てたがし」
「よかった、てか何で分かったの?」
「長い付き合いや」
高橋は髪をかき上げ、
「なあ、長い付き合いやったら、あーしがいくら可愛い子大好きやからって、
そんな無理矢理なあ、するって」
「そこは信じてる。
愛ちゃん、発展家だけど、そこは大丈夫だろうって」
「なら、なあ」
「念の為だよ。
女の子にあんなマジになってる愛ちゃん殆ど見たことないから、
ひょっとしてってね。それに」
「それに?」
ガキさん、仲間だもん。
紺野は小さく呟いた。
「…まあ、疑惑が晴れたとこでこの事は黙っといてほしいがし」
「分かった…」
紺野は頭を押さえ、立ち上がった。
「…お風呂入って来る」
ふらふらとリビングを出て行く後姿を見て、
「…ごめんな」
高橋はさすがに罪の意識のようなものを感じ、そっと言った。
23 名前:早春賦 投稿日:2009/05/26(火) 23:18
ややあって、高橋の携帯が鳴る。
「なんや、マコかいな」
すぐに出て、『どないしたん?』と続ける。
『あのさ、ちょっと聞いていい?』
小川の声がちょっとくぐもって聞こえる。
聞こうかどうかためらってるように取れた。
「ええで、なに?」
『愛ちゃんさ、土曜の晩、あれからどこいたの?
里沙も帰って来なかったし』
ぐっと高橋は声が詰まる。
物凄くまずい人物にまたピンポイントに聞かれた。
聞くと、小川はあの後、新垣に謝る為に、新垣の部屋で朝まで一睡もせずに待ってたらしい。
『里沙、普通に話してくれっけど、なんか今日とかも微妙に目、合わせてくんねーし』
「そりゃあ…ああいいことあったし」
『ねえ、愛ちゃん。
教えて、あれからどうしてたの?』
しかしコイツらはどうしてこうタイミングよう聞いてくるかの。
高橋は気まずさを超えて、何だか可笑しくなってきた。
「あー、里沙ちゃん泣いてもうて、家帰りたない言うから、
駅んとこでハンバーガー食べてから、あーしの東京の知り合いんとこ連れてって、
無理言うて一緒に泊めてもうたがし」
『そっか…』
半分は嘘ではあったが、信じたのかどうかは分からないが、
小川はさっきよりはほっとした声を出した。
「泊めてもうた人、まっとうな学生さんで女の人やから、大丈夫や」
『うん、ありがとう。
安心した。ごめんな、遅くに』
「構へんでー」
『んじゃ、おやすみ』
「おやすみ」
携帯を切って、大きく息をつくと、リビングのドアのところにパジャマ姿の
紺野がいる事に気付いた。
「…聞いてた?」
高橋はエヘ、というように誤魔化して笑った。
「聞いてた。
…半分くらいは嘘だったね」
「『一緒にホテル泊まりました』なんて言うたらマコに殺されるがし」
恋の相手として見てへんのに、ここまで優しいのはかえって酷やろな。
携帯のストラップをいじりながら、高橋はそう思い溜息をついた。
「小川さんはみんなに優しいんだよ」
「いやー、里沙ちゃんには結構辛い仕打ちやよ」
「…どうして?」
紺野の表情を見て、高橋は『しまった』と顔をそらす。
「ねえ、どういう事?
どうしてガキさんに辛い仕打ちなの?」
「…あ〜、あーしヅカのCS、ちゃんと予約してきたやろか」
「愛ちゃん!」
紺野に両肩を掴んで揺すられると、
「今は言えん。
あーしは自分が傷つくのは構わん。
でも、あーしが勝手に言う事で傷つけるんはイヤや」
高橋は静かな声で言い切った。
「…おやすみ」
紺野をリビングに残し、彼女はそっと出て行った。
24 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/05/26(火) 23:19
更新しました。
25 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 03:00
――――中澤家。

辻と加護は、夕飯の後、加護の部屋でトランプをしていた。
「上がり」
無表情で宣言し、加護は手持ちのカードを絨毯の上に放り投げた。
「もー!なんでそんな強いんれすか〜!」
「オマエが弱すぎやっちゅーねん」
「…ふたりでババ抜きはつまんないれす」
辻は0勝25敗であった。
そんなに弱いのに、まだババ抜きを続けるのが寧ろ凄かった。
「ねー、あいぼーん」
「そろそろババ抜きイヤなったか?」
「まだするれす。あのね」
「まだ?」
「亀井しゃんのお見舞い、お父さんと行ったれすよね?」
辻に言われ、加護は怪訝な表情で
「ああ」
と返す。
「あいぼん、亀井しゃんのこと好きなんれすか?」
「…はぁ?」
「だって、のんにいまだに好きって言ってくんないれす」
「そ、そんなん…」
態度を見れば分かるやろ、と加護はカードを切りつつそれを切り損なってばさっと落としてしまうくらい動揺する。
「嘘」
漢字や!いや違う!ソコちゃう!と加護は自分でツッコむ。
辻の目は明らかに自分を責めていた。
「あのな、のん」
加護は溜息をつく。
「亀井さんにウチは寧ろフラれてんで」
「なんでれすか」
「そんなんウチも知るかい!
フラれてなんでオマエにまで責められなアカンっちゅーねん!」
「逆ギレれすか」
「逆ギレちゃうわい!寧ろキレてんねん!」
加護の言ってることもムチャクチャだった。
辻は、
「…もういいよ。
おやすみ」
すっと立ち上がって出て行った。
「…なんやちゅーねん」
ブツブツ言いながら、加護は床に落としたカードを拾い集めるのだった。
26 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 03:01
――――柴田家。

バイトから帰って来た柴田妹は、姉の部屋のドアをノックした。
「おねえ、いるんでしょ」
「いません」
「…ぶつよ?」
しばしあって、徹夜明けで仮眠を取ってまた仕事、でボロボロの状態の姉が出てくる。
「…ごめん、完徹だったんだね」
さすがの妹も、面食らってすぐに謝る。
「いーよ。
どうせ休憩しようって思ってたから。
で、何?」
部屋に招き入れると、ソファーで斉藤がノートパソコンを打っていた。
「あ、お邪魔してます」
「ごめんなさい、お仕事中に」
斉藤まで来ていたのか、と妹は少し申し訳なく思いつつソファーの端に座る。
「あたし、席外そうか?」
斉藤はふたりの雰囲気を察して、パソコンを閉じて出て行こうとする。
「いや、瞳もここにいて」
普段人前で呼ばない、姉の『瞳』という呼び方に、妹は少し驚く。
姉の横顔は真剣だった。
普段のふざけている様子はない。
「話って何?」
姉が立ったまま問う。
「あの」
妹は姉と斉藤、ふたりの顔を見渡した。
「あたし、待つことにしました。マサオのこと」
姉より先に、斉藤が
「よかった〜!」
と喜びの声を上げる。
彼女の根っからの善人ぶりが、声音ににじみ出ていた。
姉はそんな彼女をチラッと横目で見て、
「ふうん」
とだけ返す。
「それであのね、あたし」
妹はぐっと声を絞り出すように、
「いつまで、知らんぷりしてたらいいの?」
姉は腕を組んで怪訝な顔で見つめ、斉藤も妹の顔をまじまじと見る。
「あ、あの。あゆみちゃん?
何を、なの?」
「いつまで…」
妹は自分でも、知らず知らず涙を零していた。
「いつまで、本当の娘じゃないって事、知らんぷりしてたらいいの?」

―――その時の村田の顔を、斉藤は多分一生忘れないだろう、と思った。
諦めのような、慈愛のような。
少しも他人に慈愛を注ぐことなどないこの人の、唯一の優しさだと斉藤は感じた。
27 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 03:01
「―――知ってたの」
背中を向けて、姉は窓の外を見つめていた。
不思議と、静かな声だった。
「だって、あたし、家族の誰にも…カオ、似てないもん」
泣きじゃくる妹を、斉藤は慰めるように背中をさすってやった。
「お父さんもお母さんも、いつまであたしが知ってる事黙ってたらいいのよお!」
号泣、というような泣き方に変わり、斉藤は
「ちょ、村!
アンタも黙ってないで!」
と背中をさすってやりながら、窓辺の姉に声を掛けた。
姉は表情を変えずすっと妹に近づき、
「マサオは気持ちよく行かせてやんな、飛行機代くらいは姉ちゃん出してやるから。
長い休みの時にでも会いに行けばいい」
睫毛にそっと触れるように、指で涙を拭ってやった。
「めぐ…ちゃん」
妹は姉に抱きついて、ひっくひっく声を上げて泣く。
「父さんたちには、あたしが言うから。
あんたはしばらく普通に過ごしてな」
この家族でイヤだった?
姉の問いに、
「なワケないじゃん!バカめぐみ!」
いつもの妹に戻って、泣き笑いしながら姉にしっかり抱きつくのだった。
28 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 03:02
―――アヤカ宅。

「まただ」
キュービックの自サイトを開いて、市井は顔をしかめた。
また掲示板が荒らされている。
ここのところ、頻繁だった。
「また?」
コーヒーを運んで来たアヤカは、トレイを置いて市井の横から覗き込む。
「ああ、なんだろな」
「いちーちゃんの昔のオンナじゃないの?」
「オマエ、起きてたのかよ」
後藤はそばにあるカウチで横になっていた。
市井が振り返ると、横になったまま、
「どーせひどい振り方したんしょ」
と呟いた。
「確定かよ、つーか昔のオンナは後腐れなく別れるようにしてっから」
「…論外だね」
ふたりのやりとりに、アヤカは外国人がよくやる『肩すくめ、手の平上向けて両腕上げ、首傾げ』ポーズを取り、キッチンへ戻って行った。
「ねー、サンドイッチ作るけど、ふたりとも食べるー?」
「ごとー、ラーメンがいい」
「ラーメンないってば」
アヤカは寝っ転がったままの、横着なリクに笑った。
「欲しければ買って来いっ!
ついでにアタシのもな」
「はぁ?寝言は寝て言えば?」
ケンカになりそうなのをアヤカが
「も〜!仲良くしなさい!」
と苦笑しつつキッチンから叱る。
「あ、やっば。
これは買物行かなくちゃ、パンもないわ」
「あの、木村さん?
サンドイッチ作ろうとしてパンがないってどういう事ですか?」
「んあ〜、相当天然だよね、アヤカちゃんって」
「もう〜!単なるうっかりだってば!
もう!ふたりともケンカしてても何でそんなコンビネーションばっちりなの!?」
ダブルでツッコまれたアヤカは、腕を振り上げながら笑顔で怒った。
29 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 03:05
一行は仕方なく、防寒ばっちりな格好で深夜スーパーに出掛ける。
春といえども、まだ夜半は冷えた。
「どこ行く?」
アヤカの問いに
「紀伊国屋!紀伊国屋!」
と市井が物凄く張り切って答える。
「ばーか。
この時間もう閉まってんじゃん」
と後藤。
「じゃあアズマだなアズマ」
勝手に決めて市井はずんずん歩いて行った。


「くだらないもの買うの禁止」
「シュミに走りすぎたもの買うの禁止」
アヤカはあらかじめ、ふたりに言い渡し、自分の買物をする。
後藤は袋入りのラーメンを吟味し、市井は青果コーナーにいる、
金髪で青い目の可愛い女の子を見てニヤニヤしていた。
「お、カワイコちゃん発見」
お菓子を選んでる黒い髪の少女を見つけ、市井はウキウキと近づいて行く。
「カーノジョ!こんな時間になにしてんの?」
「へ?…え?」
その子はチョコを手にしたまま、びっくりしつつ顔を上げる。
顔を上げると、金髪のアヤシイ一見性別が分からない若い人がニヤニヤしていた。
「ご、ごめんなさい。
絵里、お父さんたちと一緒なんで…」
「エリちゃんっていうんだ、可愛いね」
「ど、どうも…」
その少女――-亀井絵里がどうやって脱出しようか考えていると、
「コラー!何やってんの!」
物凄い速さでダッシュして来た若い女性に、ナンパの人はチョップされた。
「あ、すみません…」
亀井は思わず、そのチョップの人に謝った。
「大丈夫?コイツに何かされなかった?」
その女性―――後藤は市井にチョップを食らわせたあと、真っ先にその少女に確認を取った。
「あ、大丈夫です…この人のお友達ですか?」
「まあ、そんなモン。
てか、ひとり?
こんな時間に危ないよ?」
時刻は夜10時を回っていた。
「あ、大丈夫です。
うち、近所なんで。
それにお父さんとかと一緒だし」
「そっか。
じゃ、ごめんね」
オラ行くよ、と後藤は市井を締め上げて連れて行った。
30 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 03:08
「あ」
「アラ」
後藤はレジ付近で思わず声を上げる。
さっきの少女と、また出くわしたのだ。
「ど、どーもさっきは…」
少女は買物袋を手に頭を下げた。
「あら可愛い。
ごっちん、知り合い?」
アヤカがにこやかな笑顔をその少女――亀井絵里に向ける。
「んあ〜、このアホがナンパしてさ〜」
後藤が市井の腕をバシンと叩く。
市井は口笛を吹きつつ、顔をそらした。
「あ、お姉さん知ってます。
たまに外苑前の駅とかで見ます」
アヤカの顔を見て気付いた亀井の言葉に、
「あら、ご近所さん?」
アヤカは更に親近感を増した笑顔を見せる。
「かもです」
絵里、家はあの辺です、と亀井がちょっとぼかしながら告げた場所は、
「…あの大使館みたいなお家?」
他の客に聞こえないように、アヤカは亀井の耳元でこっそり囁いた。
「え〜、フツーの民家ですよお〜」
亀井はケラケラ笑ったが、アヤカは告げられた場所を脳内で再現し、息を飲む。
「あ、お母さん呼んでるんで帰ります。
さよなら、おやすみなさい」
「あ、気をつけて」
アヤカは『グンナイ!』と手を振る。
市井がニヤニヤ顔で手を振るので、後藤はまたもやチョップをかまし、
笑顔で亀井に手を振った。
「んあ〜、どしたん?アヤカちゃん」
「いや…世の中に半端ないお金持ちってホントにいるんだなって…」
「何言ってんの、アンタも金持ちじゃん」
市井がケラケラ笑う。
「いえ…うちなんて庶民です」
アヤカは苦笑し、
「帰ろっか」
と告げた。
31 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 03:10
――――亀井宅。

亀井は自室で、ベッドの上に寝そべって携帯を弄っていた。
今日はいつも駅で見かける美人のお姉さんとお話できたし、
まさかあのナンパの人の知り合いだとは思わなかったけど(笑)、
と思いつつ、道重にメールを返す。
明日8時に新垣と家に迎えに来るとの事なので、『ありがとう』と返信した。
すぐまたメールが来る。
『从*T 。.T)<さゆ、今日気に入ってるお洋服にお味噌汁こぼしちゃった。ショック。
        みっつぃに洗ってもらったの』
「あーらら」
画面を見て呟き、
「さゆは今日、味噌汁運が悪かったんだよ、と」
どんな運やねん、というような返事を打つ。

布団に入り、電気を消した。
毛布から、ネルのパジャマの腕を出していても、さほど寒くなくなった。
「あーあ…明日また高橋さんいるんだろな」
うっすら目をつぶり、声に出して呟く。
それを思うと、ややテンションが下がった。
枕元で携帯が鳴る。
メールのようだ。
新垣だった。
『朝8時にさゆみんと迎えに行くのだ!』
「『のだ』って」
ぷっと笑い、亀井は
「待ってるのだ!」
と返事を打った。
32 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/05/28(木) 03:13
更新しました。

訂正です。

>9
18行目
顔を上げた亀井の顔は、涙でぐしょぐしょだった。 →顔を上げた亀井は、涙でぐしょぐしょだった

>14
下から15行目
亀井は黙ってシェークを飲んだ。 →亀井は黙ってシェイクを飲んだ。

>20
4行目
「すっごいですね!パインでこんなのできるですね!」 →「すっごいですね!パインでこんなのできるんですね!」


他にもいっぱい間違ってるだろうな(汗)。
→むしろこの話自体が間違い(ry
33 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 20:47
翌朝。
「「おっはよ〜♪」」
「…おはよー」
亀井宅の玄関に道重と新垣が物凄く爽やかに現れる。
亀井はボサボサの髪で現れ、しかもまだパジャマだった。
更に半目だ。
「…まだ7時半じゃん」
ふぁ〜あと亀井は大あくびをする。
上から羽織ったカーディガンが、肩のあたりでズレている。
「何言ってんの、絵里。
もう8時3分なの」
「そうなのだ」
「…え!?」
亀井は慌てて振り返り、家の中の時計を見る。
本当に8時過ぎていた。
「やっば…絵里、6時起きして『ヨユーヨユー』って過ごしてたのに…いつの間に寝てたんだろ?」
「さゆみんの言う通りだね、亀井ちゃんには時差があるって」
「そうなの。絵里と待ち合わせする時は、30分から1時間早めに言うのがデフォなの」
「つーか、今日練習10時からじゃん」
「絵里9時って言ったらまず確実に9時半まで寝てると踏んだの」
道重が確信を持って頷く。
「…支度してくるから待ってて〜」
亀井はフラフラと家の中に戻って行った。

電車の中で、亀井は
「亀井ちゃん、アホ毛すごいから」
ピンと立った前髪を新垣に笑われる。
「だってー、ドライヤーで何度やっても立つんだもん」
『お母さんには早くしなさいって怒られるしー』
遅れた自分が悪いのに、亀井は口を尖らせた。
「つーか、ガキさん。
絵里でいいよ?」
道重にはあだ名で呼ぶのに、自分は未だに苗字に『ちゃん』付けなのを、
亀井は苦笑しながら指摘した。
「ん〜?
じゃ、カメ!」
「はぁ!?」
「カメね、カメ♪」
思いがけぬネーミングに、亀井はあっけにとられ、道重はくすくす笑った。
34 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 20:49
学校の最寄り駅に降り立って、道重は田中に携帯から連絡した。
『なん…?』
田中の声は、かなり寝ぼけていた。
「起きてた?」
『いや…起きやな思てたとこやけん』
「9時20分に迎えに行くから。
中学も今日10時から授業だよね?」
『いいって。
れなひとりで行けると』
「だーめ。
しばらくはさゆが迎えに行くから」
『…分かった』
渋々了解し、電話は切れた。
「田中っち、なんて?」
新垣が尋ねると、
「ひとりで行くって言ってるけど無理矢理了解させたの」
携帯を鞄にしまって道重が答えた。
「ほおほお。
相変わらず、アツアツで」
亀井が囃し立てるように言う。
「え、そう〜なの!?」
新垣も同調してニヤニヤする。
「も〜!うるさいガキカメ!
じゃ、さゆ、れいなちゃん迎えに行くから!」
片手を振り上げ、そのまま田中の下宿先の方面のバスに乗り、
道重は行ってしまった。
「ガキ?」
新垣が自分を指差す。
「カメ?」
亀井も同様に。
元々お調子者のふたりなので、そのままケラケラ笑って無意味にハイタッチするのだった。
35 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 20:52
「ふぁ〜あ」
玄関先に出た田中は、さっきの亀井と同様、まだ寝巻きだった。
かなりダブダブのユニクロっぽいジャージだ。
道重はかなり早く着いてしまったのだ。
「あんた、早すぎっちゃ…」
田中はもうひとつ欠伸をし、
「制服着替えてくるけん、待ってて」
「あ、うん」
田中の完全なすっぴんを、朝の光の下で見るのが殆ど初めてだったので、
道重は新鮮に感じる。

田中は眉毛だけ描いて、急いで制服に着替えて出て来た。
「時間ないし、あとは学校ですると」
バスの中で、懸命に手鏡を見ながら前髪をいじってる。
「お化粧しないと、ほんと幼いね」
「やかましか」
鏡をガン見したまま、田中は怒る。
「さゆは薄化粧のほーが可愛いと思うけど」
「れなはれなの好みがあると」
念入りに前髪を整え、田中は答えた。

学校の最寄りのバス停で降り、並んで歩く。
「昨日、ごめんっちゃ」
田中がぼそっと言った。
「なあに?」
「あんた、れなの事心配して言うてくれたのに、れな、意地張ってもうて」
道重はふんわり笑い、
「素直なの」
田中の頭を撫でる。
「うわ、頭ちっちゃ!
頭蓋骨も相当ちっちゃいんじゃ」
「うるさいっちゃ。
好きでちっこくなったんやない」
「アハハ、ミニマムなの」
道重がぽすぽす頭を撫で、田中はむっとする。
しかしそんなに悪い気はしなかった。
「なあ、昨日気になったんやけど」
「なあに?」
「昨日、みんなでマック行ったやん?
そん時、愛ちゃん、ガキさんの事『好きやった』って過去形みたいに言うとらんかったと?」
「あ、さゆもソコ気になった」
ふたりは顔を見合わせる。
「…何かあったのかな」
「さあ、何やろね」
ふたりはちょっと立ち止まったが、また歩き出した。
「でも、愛ちゃん、断るのがウザイくらいモテるってすごいと」
でも、カラダが先てれなはちょっと考えられんと、と田中は顔をしかめた。
「なるほど…でも、体目的で近づいてくる輩がいるというのは分かる気がするの。
愛ちゃんエロイ体なの」
道重は深く頷いた。
「普通に男子にもモテそうだし。
罪深いの」
誰にとって罪なんやろ?と田中はふと考えた。
36 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 21:12
登校して、田中は授業を受けに行った。
彼女と別れ、道重は体育館に向かう。
授業のある田中を除き、今日は朝から練習だ。
梨華は大学の用事があり、今日は遅れて来るとの事だった。


『みっつぃ、昨日スプレー犯を見たって大丈夫だったの?』
『へえ、愛佳と久住さんは、たぶん犯人からは顔見えてへんかったと思います。
…田中さんは、あの後犯人追いかけてたから心配ですね』
ロッカールームで着替えてる時、道重は、昨日寮で自室に戻る前に光井と話したことを思い出す。

『ホント…あきれるくらい向こう見ずなの』
田中の直情ぶりに溜息をついて、道重はジャージに腕を通した。


―――― 夕方。

ダンスレッスンを終え、田中は購買へおやつを買いに向かう。

「あ、れいなれいな!」
田中が上履きに履き替える為、口笛吹きつつ下駄箱に向かうと、
クラスメートの女の子が慌てて手招きした。
ラクロス部の子だった。
部活中のようで、部のジャージを着ている。
「なん?なんかいいもんでもあると♪」
「違うって!
ちょっと来て!」
クラスメートの様子に、ただならぬものを感じた田中は、急いで下駄箱へ走った。

「…な」
クラスメートが指し示した場所には、ズタボロにされた田中の上履きがあった。
さっき、授業の後履き替えた時はなんともなかった。

「な、なんや…」
「あたしが忘れ物して、教室行くのに寄ったら、こうなってた…」
クラスメートは眉を顰めて教えてくれた。
田中は泣きそうになるのを堪え、震える手で自分のボロボロにされた上履きを持つ。
「ね、先生に言って来たら?
ひどすぎるよ」
「…うん、ありがとうっちゃ」
上履きを片手に、涙が溢れてくる目を時々擦り、職員室に向かう。

田中が職員室へ向かう途中、道重たちと会う。
「どうしたの?遅いから迎えに行こうかって思ってたところ」
道重はそう言いながら、田中の手にある上履きに気付く。
「うわ!れーなどしたのそれ!?」
真っ先に、同じように気付いた亀井が声を上げた。
「…分からん。
さっき同じクラスの子が教えてくれて下駄箱見たら、こないなってたと」
田中はぐしっと鼻を啜り上げた。
新垣が鞄からティッシュを取り出し、手渡してやる。
田中の上履きを見て、3年生メンバーは顔を見合わせた。
「れな、先生のとこ行ってくるけん」
「うん、行っといで。
あとでまた行くよ」
3人は田中を見送った後、自分たちのクラスの下駄箱へ向かった。
37 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 21:16
「あ〜…さゆみのもやられたの」
「あたしもだ…」
「絵里のは無事だったけど…ひどいね」
3年B組の下駄箱の前で、3人は自分の上履きを手に腰を浮かせて座っていた。
「ピンポイントでやられてない?」
道重の意見に、新垣と亀井が頷く。
3人のうち、亀井以外、上履きがズタボロにされていたのだ。
刃物のようなもので、切られたりしている。
「つーか、靴底ないしアタシー。
どうやって履けっての」
靴底部分まで切り取られた右の靴を掌に載せ、新垣は靴相手に笑いながらツッコむ。
そうとでもしないとやってられなかった。
「最先端だよガキさん、ノー靴底シューズ」
「流行らせよっかー、て違うし!」
亀井と漫才やりつつバカ笑いしてるのを横目に、
「…困ったことになったの」
道重はひとり、至極真っ当に呟いた。


「くっ…れなは絶対許さんっちゃ」
田中はマジック片手に憤る。
いま他の3人と、中庭のベンチにいた。

――――さっき新しい上履きを買いに行った購買で、
『おばちゃん、上履きひとつ!』
と勢いよく注文し、
「どうしたの?
えらく中途半端な時期に買うんだね」
と購買のおばちゃんに言われた。
「れなの上履き、悪戯されてこげなことなったと」
ボロボロの上履きを見せると、おばちゃんは
「あらまあ〜!」
と驚いてみせた。
「後ろの子もそうかい?」
おばちゃんに聞かれ、道重と新垣は
「はい」
と頷いた。
「まあ、可哀想なこって。
値段はおまけできないけど、これ持って行きな」
おばちゃんはおまけでポテチを一袋くれた。
38 名前:早春賦 投稿日:2009/05/28(木) 21:18
中庭のベンチに座り、ポテチを食べつつ3人は新しい上履きに名前を書いた。
亀井は足をぶらぶらさせてそれを見ている。
『れーな。』
『♥さゆ♥』
『にーがきりさ』
爪先に、めいめい黒マジックで書き込んだ。
「ガキさん、フルネームで書くんやね」
田中が新垣のを見て言うと、
「りさって同じクラスにもうひとりいるのよ」
「へえ」
田中はしばらく黙ってポテチを食べてたが、
「たく、誰っちゃ」
またブツブツ言い出した。
「絶対見つけ出してシメたるけん!」
「「「こ、怖っ」」」
田中以外の3人は、本気でびびって引いた。
「も〜、れーなは怒りっぽいな〜。
血圧上がっちゃいますよ?」
亀井がヘラヘラして言う。
「さゆ、癒してあげたら?」
「…へ?」
亀井の突然の提案に、道重は面食らう。
「癒し癒し♪
オアシス?
あ、それは絵里か♪」
亀井以外のメンバーがしょっぱい顔になる。
「…カメって」
新垣が眉根を寄せる。
「アホだよね」
「え〜!ガキさんに言われたくないよお!」
亀井の悲鳴のような叫びが、夕暮れの中庭に響くのだった。
39 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/05/28(木) 21:22
更新しました。

訂正です。

>36 5行目
『みっつぃ、昨日スプレー犯を見たって大丈夫だったの?』 →『みっつぃ、今朝スプレー犯を見たって大丈夫だったの?』
40 名前:早春賦 投稿日:2009/05/29(金) 22:10
その後。

新垣たち4人は帰ろうとし、体育館前で紺野らに出くわす。
「里沙ー、どこ行ってたんだよー!」
紺野と立ち話していた小川が手を振る。
「あ、うん。ちょっと…」
上履きの件もあり、何より今あまり小川とは接触したくないので、新垣は言葉を濁した。
「あの、ガキさん」
紺野が顔を上げる。
「な、なに?」
「ちょっと話があるんだけど、いいかな」
紺野が真剣な表情だったので、新垣は
「は、はい」
すぐ様返事した。

紺野は体育館裏まで黙って歩いて行った。
新垣も黙ってついて行く。
ちなみに体育館の陰から、亀井、道重、田中が覗いている。
「なんですか、話って」
紺野は背中を向けたまま、黙っていたが、
「ガキさん、聞きたいことがあるの」
落ち着いた声で話し出した。
「はい?」
「ガキさんって、小川さんが好きなの?」
新垣は眉間に皺を寄せて俯いた。
紺野の質問に、物陰の覗きトリオも固まってしまう。
「どうして?」
新垣の声が聞き取り辛く、紺野は『え?』と聞き返す。
「どうして、そんな事聞くの?
あたしとマコっちゃんは、ただのお隣さんなのに」
「…ごめんなさい。
でも、あたし気になって」
「好きとかじゃないです、マコっちゃん。
そりゃあ、友達としては好きだけど」
新垣は笑みを浮かべて紺野を見返す。
紺野は何か言いたそうにしてたが、やがて
「ごめんね」
とだけ言って帰って行った。
覗きトリオがいるのとは反対の方へ歩いて行き、3人は『…はあ〜』とバレなかった事に安堵した。
41 名前:早春賦 投稿日:2009/05/29(金) 22:12
「なんで嘘つくんや」
ひとり残された新垣は、はっと顔を上げる。
目の前には、高橋が少し怒ったような顔で立っていた。
練習の時いなかったので、今日はてっきり来ないものと思っていた。
「愛ちゃん…」
「あさ美ちゃんを怒らんといたってな、あの子があんな事言い出したん、
あーしのせいや」
「え?」
高橋はちょっと頭をかいて、昨夜のいきさつを話す。
「すまんがし」
話し終わって、高橋は頭を下げる。
新垣は脱力し、
「愛ちゃん…そんな言い方だったら、答え言ってるも同然だから」
何故か可笑しくなってきて、少し笑った。
「だからごめんて」
「ホテル行ったことまで…」
『ホ、ホテル!?』
物陰の3人に衝撃が走る。
「ガキさん…やりおるっちゃ」
「さゆよりウワテなのかも」
「てか、相手当然愛ちゃんっちゃね?」
「ガキさんそんな誰とでもっていうようなふしだらな女じゃないと思うの」
「ふしだらて」
道重と田中がボケ合う横で、亀井は唇噛み締めて新垣たちを見ていた。
「あー、ガキさんなんか最近妙にキレイになったのはそれだったの」
道重が訳知り顔で頷く。
「とにかく、あたし、マコっちゃんの事なんて何とも思ってないから」
新垣が帰ろうとし背中を向けながら言うと、
「あーしにまで嘘つかんでいいがし!」
高橋は、新垣を強く背中から抱き締めた。
「愛ちゃん、カッコいい…」
「しっ」
うっとりする道重の横で、田中が小声で咎める。
「離してよお…」
新垣は泣きじゃくりながら、高橋の手をぱしぱし叩く。
「…あんたが、みんなの前に戻れるくらい泣き止んだら、離すがし」
高橋は静かな声で言った。
「愛ちゃんますますカッコいいの」
「もうさゆうるさすぎやって、な、絵里?」
田中が亀井に同意を求めようとすると、忽然と姿を消してることに気付いた。
「さゆ、絵里がおらんと!」
「マジ?」
「マジっちゃ。あーもー、どこ行ったと」
田中がオロオロしてる一方で、新垣は正面から高橋の肩先に顔をうずめ、わんわん泣いていた。
42 名前:早春賦 投稿日:2009/05/29(金) 22:15
少し時間が過ぎ、新垣は
「…携帯鳴ってるよ」
と高橋から離れた。
「あさ美ちゃんや。学校まで迎えに来るいうたのに、あーしおらんかったからや」
「行って。
あたしも帰るから」
高橋は名残惜しそうに新垣にまた腕を伸ばす。
顔を傾けて唇を求められそうになってると気付き、新垣は
「ダメ」
と掌で高橋の口を覆った。
「すまん」
高橋は頭をかいて、
「ほなな」
と踵を返した。

新垣はグランドにある水道で顔を洗い、涙の痕跡を消そうとした。
まだ肌寒い季節に、冷たい水で指先が赤くなる。
「今すぐ駆け寄って、タオル渡してやりたい気分っちゃ」
「しっ」
田中と道重は、またもや水道近くの校舎の陰から覗いていた。
「ガキさん?」
顔を洗ってるところへ、亀井が現れる。
「何してんの?
絵里、送ってくれるっていうから待ってたのに」
「ご、ごめん」
びしょぬれの顔を上げ、新垣は謝った。
「こんな寒いのに、水で顔洗って」
亀井はそう言いながら、鞄からタオルを出す。
「はい、よく拭きなよ」
「あ、ありがとう」
新垣は受け取って、顔を拭いた。
「さっきのことなどなかったかのような、しらばっくれぶりなの」
「絵里、どこ行ってたっちゃかね」
田中の問いに、
「同じように、泣いてたの」
道重は大人の横顔で答えた。
43 名前:早春賦 投稿日:2009/05/29(金) 22:20
田中や道重と合流し、新垣と亀井は学校を後にした。
「やれやれ、上履きがあないなったり、散々な一日やったっちゃ」
バス停に向かう道で、田中は溜息をつく。
そう言いながら、たすき掛けにしてる鞄の肩紐がずれたので、掛け直した。
他のメンバーも無言で頷く。
「じゃあ、また明日なの」
バス停に着き、道重は亀井と新垣に手を振った。
新垣たちも手を振って駅に向かう。
「…ホントに送る気マンマンっちゃね」
「当たり前なの」
そう言っていると、バスがやって来た。

「ごめんね、ガキさん」
電車の車内で、亀井がぼそっと言った。
「な〜にが〜?」
新垣はいつものようにふざけて笑う。
同じように笑ってても、もう以前と違うガキさんなんだ、と亀井はしんみり思う。
「面倒でしょ、学校から絵里ん家行って、またおうちに帰ってって」
「いやー、気分転換気分転換♪」
さっきまで、高橋に抱きついてあんなに泣いていたのに、明るい新垣の様子に
亀井は不思議な心持ちがする。
「カーメを助けに来ました〜!」
新垣のふざけた言葉に、亀井は思わずぷっと笑う。
「正義のヒーローだね、ガキさん♪」
「ウルトラヒーロー・ザ・ニイガキなのだ!」
「昭和〜」
「うっさいなー、アンタも昭和でしょうーがー!」
ふたりはつり革につかまり、ケタケタ笑った。
44 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/05/29(金) 22:21
更新しました。

※この話の中では、ガキカメ、さゆは1987年生まれという設定です。

从 ´ ヮ`)<こん中では、れなが88年生まれでギリショーって設定やね
45 名前:早春賦 投稿日:2009/06/02(火) 20:53
亀井を自宅まで送って行き、新垣は
「じゃ、また明日ね」
と帰ろうとする。
「…うん」
なんとなく寂しさを感じて亀井が呟くように言うと、不意に玄関のドアが開いた。
「あら絵里ちゃん、お帰りなさい」
お手伝いのカメさんが出て来る。
「ただいま」
「えーっと、あなたはお友達のガキさんだっけ?」
「はい、同じクラスの新垣です」
「もし良かったら、晩ごはん食べて行かない?」
カメさんがそう言うと、亀井はぱっと明るい顔になり、新垣の腕を掴んでぶんぶん振った。
「食べて行ってよ、ガキさん!
カメさんそう言ってるし」
「ガキさんはお家はどこなの?」
「神楽坂です」
亀井に腕を掴まれ、予想外の展開にちょっと当惑しつつ、新垣はカメさんに答えた。
「わたしが車で送ってあげるわ。
ね、絵里ちゃん」
「うん♪」
亀井は心底嬉しそうだった。
46 名前:早春賦 投稿日:2009/06/02(火) 20:56
『…あ、フツーのおかずだ』
昨日の昼がカニチャーハンにメロンだったので、新垣は違う意味で変に安堵する。
テーブルには、蓮根に挽肉を詰めて煮たもの、白菜の煮付け、ごぼうサラダなどが並んでいた。
「お肉でも焼きましょうか?」
「あ、結構です。
こちらで充分です」
新垣はカメさんに丁重に辞退し、箸を持つ。
亀井は茶碗を持ち、黙々と咀嚼している。
「カメ、静かだね」
その様子を見て、新垣は思わず言った。
「あ、ごめん。
家では晩ごはん、いつもひとりで食べててあんま喋んないから、
ちょっと会話を忘れてた」
亀井の言い分に、
「…そっか」
新垣は悪いこと聞いたな、とちょっと俯く。
「あ、気にしないで。
絵里、別に気にしてないから」
亀井はそう言うが、彼女の本意がいまひとつ掴めず、新垣はちょっと困惑する。
「気にするなって言うと余計気にするものよ、絵里ちゃん」
カメさんがデザートの載ったお盆を持って現れる。
「だって」
亀井はちょっと口を尖らせた。
「お茶淹れますね、ガキさん何がいい?」
「あ、なんでも」
「コーヒーでも?」
「はい、お願いします」
ピンクのイチゴアイスに、カットしたイチゴをのせたデザートを食べ、
亀井は少し拗ねていた。
それを見て、新垣は
「あー…ねえ、もうこの件に関しては、どっちが悪いとかやめよっか」
と提案する。
「あ、それ賛成。
じゃ、なしね」
デザートスプーンをくるくる回し、亀井はコーヒーを淹れて戻って来たカメさんに
『行儀が悪いわよ』
と怒られる。
47 名前:早春賦 投稿日:2009/06/02(火) 20:58
新垣の予想をまた遥かに上回る事が起こる。
帰って来た亀井の母に、
「泊まっていったら?」
と言われ、更に亀井が大はしゃぎした。
「おっとまり♪おっとまり♪」
亀井はまるで自分が泊まるかのようなテンション上がりっぷりだった。


亀井の自室に連れられ、ムダに広い部屋に驚愕する。
「ちょ、うわ、うえ!?」
優に、都心のマンション一世帯くらいはありそうな広さだった。
「な、ここ何畳あるの!?」
「えーっと…20畳かな?」
「20畳!?何ソレ!?」
てか、ベッドどこ!?と新垣は辺りを見渡す。
「あ、実はベッドでなくて布団派とか?」
「あ、寝室は隣」
亀井は寝室に続くドアを開けた。
壁になんかドアがあると思ったら、続き部屋だったのだ。
寝室は主室ほどでは無いにせよ、やはり広かった。
ダブルベッドが置かれていた。
「てか、お風呂透けてる!?」
寝室にはバスもついていたが、ドアが最近よくある、ガラスのドアだった。
「丸見えじゃん!」
「丸見えだね!」
新垣が次々昭和リアクションで驚いてくれるので、亀井はケラケラ笑う。
「お風呂入っておいでよ。
絵里、いまお湯入れるから。
お湯張ってる間にシャワー浴びたらいいよ」
「あ、うん。
いいの?悪いね」
「いいです、いいです」
亀井はまたケラケラ笑う。
48 名前:早春賦 投稿日:2009/06/02(火) 21:00
「ハイ、バスローブとタオル一式。
ごゆっくり♪」
ローブやバスタオルなどを受け取り、新垣はバスルームに入ろうとする。
ドアを閉める前に顔を出して亀井に、
「覗くなよ」
と睨みをきかせた。

バスルームにはもれなくシャワーブースがついていて、新垣は
『…ホテルみたいな家だな』
と栓をひねりシャワーを出す。
49 名前:早春賦 投稿日:2009/06/02(火) 21:09
一方。

亀井は落ち着き無く、ベッドに腰掛けそわそわしていた。
『あ、そうだ…さゆにメールしなきゃ』
と思い出し、洋服のポケットに入れたはずの携帯がないのに気付く。
「あれ…?」
辺りを見渡し、さっきバスタブにお湯を張りに行った時、洗面台に無意識に
ぽんと携帯を置いたことを思い出す。
「あ〜…ガキさんいまシャワーだろうな」
他意はなかったが、ついちらっとバスルームの方を見てしまう。
ちょうど新垣が髪を洗い終え、シャワーを止めたところだった。
バックヌードを見てしまう。
「う、うわわわわ…」
亀井は慌てて顔をそらす。
背中を向けていたので表情は分からないが、新垣のすんなり伸びた足や、
背中まで届く黒髪などが脳裏に焼きつく。
「…ガキさん、ほんと華奢なんだ」
普段の制服姿を見てても思うが、バックヌード状態の彼女の、ウエストの細さに改めて驚く。
「…ひゃぁ〜」
亀井は赤くなった頬に両手を当て、
「男子なら、おかずですよ?」
といらぬ事を言った。
「ガキさん、ガキさん」
新垣がバスタブに浸かった物音を確認し、亀井は顔をそらしつつ、
ドアをちょっと開けて声を掛ける。
「なによ」
「絵里、携帯洗面台に置き忘れたの。
取っていい?」
「あー、やっぱり。
てか、水周りに置かないの」
新垣の可笑しそうな声が、バスルームに響く。
「失礼しやす」
亀井は素早く入り、携帯片手に出ようとし、ふと思いついて声を掛ける。
「お湯加減は如何ですか、旦那」
「あ〜、いいよ。
つか、広いお風呂だねえ。
高級ホテルみたい、シャワー別だし」
「それはなによりで」
亀井が出ようとすると、
「ねえ、カメ」
と新垣が声を掛ける。
「なに?」
「顔そらさなくていいよ、いま見えないようにしてるから」
亀井の一切顔を見ない気遣いにくすくす笑いつつ、新垣は言った。
「あ、うん」
亀井が視線をやると、新垣はタブの中で三角座りをしていた。
『余計ヤラしい…』
と内心思ったが、亀井は普通に会話しようと努める。
新垣は洗い髪をゴムでまとめていた。
「よく友達とか泊まりに来るの?」
「あ、うん…たまに。
さゆはこの前用事あるとかで泊まらずに帰ったけど。
お風呂見て『エロイ』って言ってた」
「だよねー、言いたくもなるわ」
新垣が可笑しそうに笑う。
彼女が腕を沈めるとお湯が『ちゃぽん』と音を立てた。
新垣の鼻のホクロに、目がいく。
亀井は何ともいえない気持ちになり、
「んじゃ、ごゆっくり」
と出て行った。
50 名前:早春賦 投稿日:2009/06/02(火) 21:12

新垣が部屋でくつろいでいると、バスルームのドアが開いた。
「あ、カメ上がったの?」
音に気付いて振り返った新垣の表情が固まる。
亀井は全裸だった。
「ちょ、おま、うえ!?」
新垣はそう叫びながら見事な『シェー!』を披露した。
その『シェー!』たるや、『全日本シェー!グランプリ』があれば
断トツ優勝間違いないだろうというくらいの見事な『シェー!』っぷりだった。
「あ、ごめん。
ガキさんにローブ貸したら自分のがないのに気付いた(笑)」
亀井はちっとも悪びれない。
「やぁだ、ガキさん。
昭和〜」
胸を腕で隠し、亀井は片方の手で依然『シェー!』中の新垣の腕を叩く。
腕を叩くより、下も隠してほしかった(新垣的には)。
「もう〜!
せめてバスタオル巻くとかさ〜!」
顔をそらしながら、新垣は苦情を訴える。
『シェー!』はやめた。顔は真っ赤だった。
「バスタオル巻くって。
ますます昭和だね」
亀井がクローゼットの中から着替えを出しながら、新垣のその昭和ぶりに感心する。
「いきなり全裸で出て来ないでよ!」
「え〜?ガキさんそんなに絵里のヌード見たいんですか〜♪」
「いや見せてもらっても困るから」
「…ガキさんだったら、見せてもいいよ?」
亀井がシャツだけを羽織り、アイドルの写真集のような切ない表情で新垣を見る。
新垣は一瞬息を飲み、あっけにとられた。
「な〜んてね、ウッソ♪」
ショーツを履きながら、亀井はニヤニヤする。
「ガキさんのスケベ♪」
「…オマエだけはdy07[ j dahんd:p」
新垣は混乱して、バグってしまった。


『しかしこの子…ムネ、おっきいな。しかしカメって露出狂?』
『あ〜…ガキヌードも見れたし、充実した一日だったな』
それぞれの思惑を抱え、夜は更けて行った。
51 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/02(火) 21:17
更新しました。

訂正です。

>21  5行目

物凄く見に覚えのある高橋は、笑いつつも冷や汗をかいて座る。→物凄く身に覚えのある高橋は、笑いつつも冷や汗をかいて座る

>47 下から13行目 

ダブルベッドが置かれていた。→ダブルベッドが置かれている。

52 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/02(火) 21:23
・ジャパニーズ・カルチャーの巻


――――朝比奈女子中高図書室

川´・_o・)っ□ ←バイトの休憩中

川´・_o・) 
 っ□ ←新刊で入ったコテコテのBL小説。どんなものかちょっと読んでみてる

川´・_o・)<(…ヨクコンナノ読ムダ)

                ピッ   
(予約入ッテルダネ)>川´・_o・)っ□ ←さっきの本を予約本到着の処理をしてる

〔予約者:銭 琳(付属高校3年B組) ほか予約10点有〕←端末画面に仕様でこう出る

銭 琳  予約一覧
  ・
  ・
  ・
  ・ ←BL小説ばっか



川´・_o・)<……

川;´・_o・)<(…リンリン) 川*^A^)ヨヤクモバッチリデース!  
53 名前:早春賦 投稿日:2009/06/04(木) 00:43
岡田唯はタンポポのバイトを終えて、朝比奈学園の留学生会館に遊びに来ていた。
同級生のリンリンこと、銭 琳の部屋に泊まりに来たのだ。

「あ〜、ジュンジュン、暴君ハバネロのポテチぺろりと食べたで。
ようあんなん食べるな〜」
「チョロイチョロイ」
リンリンの友人、ジュンジュンこと朝比奈女子大学の留学生・李 純は自慢げに
空のポテチ袋をつまみ上げる。
「唯ヤン、ジュースオカワリイリマスカ〜?」
リンリンが2リットルのペットボトルのペプシを持ち上げた。
「あ、頼むわ」
「バッチリデース」
何がどうバッチリなのか分からないが、リンリンはコップにペプシを注いでやる。
「ジュンジュンモクレ」
コップを受け取り、ぐっと飲み干すジュンジュン。
「…マズイ。テカ、痛イ」
舌を出し、涙目になるジュンジュン。
「ジュンジュン、そらあそんな辛いモン食べて炭酸なんか飲んだら、
痛いに決まっとるで」
「バッチリジャアリマセーン」
それぞれにツッコミを入れられ、ジュンジュンはしゅんとなる。
童顔で鼻先が丸いので、大きな体に似合わず捨てられた子犬のようになる。
「可愛い顔してもアカンて(笑)」
岡田はケラケラ笑い、
「チョコ食べ、チョコ」
と『きのこの山』の箱を差し出した。
「あの口の動き…明らかにチョコだけを歯でこそげ取っとるな(笑)」
口をむぐむぐさせるジュンジュンを見て、岡田は笑う。
「日本ノオ菓子美味シイデス。リンリン、太リソウデス」
「うーむ、この時間にポテチに炭酸にチョコやしな〜。
てかジュンジュン、今度はアポロを黒いとことピンクいとこを歯で分離させとるやろ」
「ムグムグ(ナンデ分カッタ)」
「ええ大人がやめなはれ」
「ムグムグ(ヤダ、楽シイ)」

今日岡田がここに来たのは、ただ遊びに来た訳ではなかった。
『卒業生を送る会』のスタッフとして参加している、ジュンジュンとリンリンの相談に乗る為でもあった。
「なんや、最近うっとこのガッコ、おかしなことばっか起きてんな〜」
岡田はチョコをつまみつつ、のんびり言う。
岡田が言うと、そんなに大変なように聞こえないな、とジュンジュン、リンリンは思った。
「ハイ、高校トカノ下駄箱に、スプレー吹キツケタ人、イルヨウデス」
「聞いた聞いたソレー。
うっとこのクラスもちょっとやられとったしー。
ふたりとも、災難やったなー」
ふたりがあの日、学校で疑いをかけられて教師に尋問されたと話に聞いたので、
岡田は労わりの言葉をかける。
「ジュンジュンハ別ニイイ。琳ヲ疑ウヤツヌッ殺ス」
うわ、いま母国語でのプライベートな呼び名出したで、しかもなんかちょっとかっこエエやん、
リンリン恥ずかしそうやけど満更でもなさそーやし、しかしヌッ殺されたらかなわんなあ。
岡田は様々な事を考え、いい雰囲気のふたりを見た。
「琳、何カアッタラスグ言ウダ」
ジュンジュンはリンリンの肩を抱き寄せた。
リンリンは『ウン』と小さく頷き、ジュンジュンの胸に頬を寄せて
じっと目を閉じている。
『これで付き合ってへんて…ウソやんな』
岡田はあきれ半分、感心半分で見つめ、バリバリと煎餅を齧った。
54 名前:早春賦 投稿日:2009/06/04(木) 00:48

道重は寮に帰り、晩御飯のカレーを食べていた。
寮のカレーはあまり辛くなく刺激が足りないので、いつも自前のスパイスをふりかけて食べる。
『ココ壱』5辛なんてぬるくてやってらんないよ、の道重だった。
今日も光井と一緒だった。
彼女は前髪をクリップのようなバレッタで上げ、ニコニコしてカレーを食べている。
「ここのカレーは美味しいですねえ」
「ん〜。
美味しいけど、さゆはちょっと辛さが足りないっていうか」
更にスパイスを投下する道重。
「先輩は辛いの平気なんですねえ」
それ、どんな味なんですか?と道重の手元のスパイス瓶を見て光井は言った。
「慣れないと死ぬよ?」
「え〜、どんなんですか〜?」
光井が嬉しそうに聞いてくる。
「ちょっとだけカレーにかけてごらん。
振りすぎないようにね」
瓶を渡してやると、光井は『ありがとうございま〜す♪』と嬉しそうに
自分のカレーにちょびっと振った。
「どれどれ…ん?そんなに…うあ!」
「ホラ!言わんこっちゃない!」
水の入ったコップを手渡してやり、道重は辛さに涙目でむせる光井の背中を叩いてやる。
「カホッ…カホッ!…あ〜、先輩、すみませ…ん!」
謝りながらまだむせる光井。
「喉に…へばりついてるようです」
「もっとお水飲んでごらん」
頷きつつ、水をガブ飲みする光井。
「いや〜…パンチききすぎですわ。
先輩、いつもこれかけて大丈夫なんですか?」
「慣れだよ」
「はあ〜」
光井は感心したように、道重の顔を見た。
「こんばんは〜!」
玄関で甲高い声がする。
「…あの声は」
光井が道重の顔を見る。
「…だよね」
道重も頷く。
55 名前:早春賦 投稿日:2009/06/04(木) 00:51
ふたりが玄関に出ると、ボストンバックを手にした久住小春がニコニコして立っていた。
「久住さん…こないな時間にどないしたんですか」
「なんだか旅行に出掛けるような格好なの」
「あのお、小春、家出してきちゃいましたー!」
「「ハァ!?」」
物凄くいい笑顔で物凄くシビアな問題を宣言する久住に、道重と光井は思わずハモる。
「あのね、小春、学年末テスト、べべから2番だったのね」
「そうでしたな」
「それで、お父さん今日出張から帰って来たから、テストの結果見せたら激怒しちゃってー」
久住はまったく悪びれず、むしろ照れ笑いしている。
「で、家にいづらくなったから泊めてほしい☆カナ」
「『☆カナ』やありまへんやろ。
お父さん、心配してはりまっせ」
光井の言葉に、道重も『そうだよ』と同意する。
「えー、もう来ちゃったしー。
ねね、お願い!一晩でいいの!」
『この通り!』と両手を合わせて拝みこむ久住に、
光井は眉間に皺を寄せて道重を見た。
「…泊めてええですかねえ」
「明らかに寮規律違反だけどねー。門限過ぎてるしー」
この前田中を泊めた時も、結構門限ギリギリで道重は慌てて
田中の宿泊願いを寮母さんに出したのだった。
門限を過ぎたら宿泊願いを出しても、
寮生の親兄弟でも泊めてはいけない事になっているのだ。
「…この時間で逆に正解だったかも」
大きく溜息をつき、道重は『おいで』と久住を自室に連れて行った。
56 名前:早春賦 投稿日:2009/06/04(木) 00:56
「カレー、おいし!」
こっそり晩御飯のカレーを道重の部屋に持ち込み、久住に食べさせた。
久住はきゃあきゃあ声を上げ、嬉しそうだ。
「あ、久住さんのお宅ですか。
久住さんの同級生の光井と申します。
夜分に大変すみません。
あの、小春さんなんですが、わたしのいる学校の寮にいらっしゃいまして、
はい、もう時間が時間ですし、泊まってもらってよろしいでしょうか?
ええ、いえ、とんでもないです、はい、分かりました、それでは。おやすみなさいませ」
横で、光井が携帯から久住の家に電話している。
久住の実家は新潟だが、父親が東京に単身赴任しているので、
久住は中学入学時に上京して一緒に住んでいる。
大学生の姉も同居しているとのことだった。

「はあ、やれやれ」
携帯を切り、光井は大きく息をついた。
「久住さん、お父さんめちゃ心配してはりまっせ。
愛佳、ごっつこっちが恐縮するくらい謝られましたわ」
「みっつぃ、大人の人みたいに電話するんだね、すごいね」
「いやいやいや、いまそないな事言うてるんやないですから」
久住の無邪気な感心ぶりに、光井が思わずツッコむ。
「カレー、おかわり!」
満面の笑みでカレー皿を差し出す久住に、
「え〜!もうごはんないよー!」
道重が眉を下げて困り果てる。
「久住さん、おかわりするほどありませんさかい。
あー…愛佳、部屋にお菓子あると思うから取ってきますさかい。
ついでにその皿、洗(あろ)てきます」
カレー皿とスプーンを持って、光井は部屋を出て行った。
「ホントは、寮食もよほどのことがない限り、部屋に持ち込んじゃいけないことになってるんだからね」
道重が嗜めるように言う。
「は〜い、すみませ〜ん」
どれくらい分かってるんだろうか。
久住はダラダラと返事した。
「カールありましたわ」
光井がチーズ味のカールを手に戻ってくる。
「それでしのいでください」
「あ、さゆも絵里にもらったお菓子があるの」
今日亀井にもらったチョコを鞄から出し、ふたりにもふるまってやる。
「リンツや。おしゃれですな」
「わ〜、ホワイトチョコだね」
「絵里のお家はなんかおしゃれなのがいっぱいあるの」
「「へえ〜」」
後輩ふたりは、スイス製のチョコに目を輝かせる。
「お家全体もおしゃれだし」
「「へえ〜」」
更に目を輝かせる後輩たち。
「先輩、行ったことあるんですか?」
「うん、なんかステーキが晩御飯に出てきた」
「ステーキ!」
「小春も亀井さん家行く!」
物凄く分かりやすい久住だった。
「絵里ひとりっ子だからねー。
ご両親にとっても大事にされてる感じ」
「そうなんですか」
光井が言う横で、久住はカール食べながらステーキの妄想をしていた。
「もぐ…でも、亀井さんって、すんごい優等生でちょっと喋りにくいのかと…もぐもぐ、思ってたけど」
「ちょ(笑)。食べるか喋るかどっちかにしなはれ」
光井にツッコまれ、久住はぺろっと舌を出す。
「ああ、分かるよ。
さゆ、3年になって初めて同じクラスになったけど、仲良くなったのつい最近だもん」
「そうなんですか」
「もっと近寄り難いのかと思っててー。
でも実際仲良くなったら、待ち合わせは遅れるわ、部屋は片付けないわ、
100パーのオレンジジュース飲みまくるわ、靴下は穴の開いたの平気で履くわ、
とんでもない女だったの」
「…あの美少女っぷりが不思議なくらいのエピソードですな」
「てか、オレンジジュースて」
久住にもツッコまれるくらい、『亀井絵里特性』はナゾに包まれていた。
57 名前:早春賦 投稿日:2009/06/04(木) 00:59

――――翌朝

「う…うん」
何か密着してるようなものを感じ、新垣は目を覚ます。
亀井が自分に腕を回して眠っている事に気付く。
ちょうど抱きしめられているような形だった。
「………」
ブラをつけてない、パジャマ越しの感触にはっきり頭が覚めていく。
「ちょ…うお!」
亀井の腕をほどいて慌てて離れようとするが、結構がっちり抱えられていて、ほどけなかった。
「う〜…もお〜」
眉を下げて困り果て、亀井の腕を軽く叩く。
しかし起きる様子もなく、溜息ついてあきらめる。
ふと、亀井の寝顔をまじまじと見つめ、
『この子…綺麗だな』
と思う。
亀井から離れるのは諦めて、目をつぶる。
「おはよ」
不意に声を掛けられた。
顔を上げると、亀井が笑って自分を見ていた。
「おはよう、よく眠れた?」
「…この状況にびっくりした」
新垣は素直に認める。
「あ、これはガキさん寝返り打って絵里に抱きついてきたんだよ?
なんか離れないし(笑)。
ま、いっかーって」
「あんたさ」
新垣は顔をしかめた。
「いつも、こういう風に寝てんの?」
亀井はきょとんとしていたが、すぐにニヤッとし、
「ヤ〜キ〜モ〜チ〜?」
これ以上ないくらいのウヘヘへ笑いを浮かべた。
「なんであたしがあんたにヤキモチ焼かなきゃなんないのよ。
寝言は寝て言ってよ?」
どっかで聞いた台詞だな、と思いつつ、亀井は
「だーいじょーぶ。
さゆもお泊りはないし、大体このベッド中学入ってから買ってもらったけど、
ここで友達と寝るの初めてだし」
髪をかき上げて言った。
「へえー、そう…て、いや、別に身の潔白とか証明してくんなくていいから」
「そういう事じゃないの?」
「違うって」
「ま、いっか。
朝ごはん、そろそろ用意してくれてると思うから」
「あの、あたしの話聞いてる?」
勝手に話を終わらせ、勝手にバスルームへ顔を洗いに行く亀井に、
新垣は脱力したように肩を落とした。
58 名前:早春賦 投稿日:2009/06/04(木) 01:05
着替えてダイニングに行くと、亀井の母が朝食の支度をしてくれていた。
「カメさん、今日休みだから」
亀井が解説してくれ、新垣は「おはようございます」と席に着く。
「里沙ちゃん、よく眠れたかしら?」
「は、はい。
ありがとうございます」
「絵里、寝相悪くなかった?」
「大丈夫でした(笑)」
「ちょっとー、おかーさん!」
亀井が口を尖らせる。
「ねえ、お父さんは?」
「もう出たわよ、朝会議あるって言って」
「へえー」
朝食はハニートーストと、スクランブルエッグだのハーブを練りこんでるような
高そうなウインナーだのが出てきた。
小さなガラスの器に入った、薄い色の透き通ったハチミツを見て、
新垣は綺麗、と好ましく思う。
朝の光がテーブルにも差し込んで、綺麗だった。
リンゴを食べてミルクティーを飲んでると、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、さゆだよ。
迎えに来るって言ってたから」
亀井が立ち上がろうとし、母が
「お母さん出るから」
と先に行った。
「おはようございます、道重です」
やはりそうだった。
道重の声を聞いて、亀井も玄関に出て行く。
「さゆ、おはよう」
「ガキさんお泊りしたって聞いてたけど」
「いるよ、ごはん食べてる」
「あ、いいな」
道重は素直に漏らす。
「道重さんは、朝ごはんは?」
「寮で食べて来ました」
「じゃ、これ学校にでも持ってって食べて」
と亀井の母に四角いパッケージのチョコレートをもらう。
「おばさま、ありがとうございます」
「さゆ、ちょっと待ってて。
いま出るから」
「ごめんね、さゆみん」
新垣もダイニングと隣り合わせたリビングからちょっと顔を覗かせて言った。
59 名前:早春賦 投稿日:2009/06/04(木) 01:07
「ガキさん、ゆうべあのムダにだだっぴろいベッドに寝たの?」
電車の中で、道重が可笑しそうに聞いてくる。
「ああ、寝た寝た。
あんなベッド初めてだよ〜」
「てかムダにだだっぴろいって〜」
亀井が不満そうに道重の腕を叩く。
「あはは。
一夜を共にしたんだ」
「いや誤解を与えるような事言わないでくれる?」
「ガキさん激しかった♪」
「アンタはだーっとれ」
「アラ〜、ガキさんオットナー!」
道重まで調子に乗り、ニヤニヤする。
「もー!なんにもしてないからー!」
朝の車内に、新垣の悲鳴のような叫びが空しく響いた。
60 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/04(木) 01:11
更新しました。

訂正です。

>50 1行目

新垣が部屋でくつろいでいると、バスルームのドアが開いた。→ ――――新垣が部屋でくつろいでいると、バスルームのドアが開いた。

61 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/04(木) 01:16
もうひとつ訂正です。

>46 7行目

新垣はカメさんに丁重に辞退し、箸を持つ。→ 新垣はカメさんに丁重に辞退を申し出、箸を持つ。
62 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/06(土) 15:10
最近更新が続いてることと新スレに気がつき一気読みしてしまいました。
コソーリ応援しています。
63 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 15:29
「ふあ」
電車を降りて道重が欠伸をするので、
「さゆ、眠いの?」
亀井がちょっと顔を覗き込むように声を掛ける。
「ん?いやね…」
昨夜の久住の事を話す。
無断で泊めたので、今朝寮母さんに見つからないように、
早い時間に光井がこっそり連れ出して学校に行ったが、
部屋に泊めた道重も一緒に起きたので、さすがに眠かった。

「しかしビリから2番でも全然気にしないなんて大物だね」
新垣が頷きながら言う。
「小春ちゃんは無敵なの。
いや、本人が敵とは認識してないの、多分」
「それはすごい」
亀井はケラケラ笑った。
「ねー、そーれよーりー」
道重はニヤニヤして亀井たちに、
「ゆうべどうしたのよ、おふたりさん♪」
「だー!なんもないって言うとるだろー!」
新垣が分かりやすいくらい真っ赤になって、ぶんぶん手を振る。
一方、亀井は無言でただ頬を赤くするだけだった。
『あれ…?
絵里、さっきみたいにふざけないの』
道重が亀井を見ていると、
「つーかアンタも何とか言いなよ!誤解されっぱなしじゃん」
新垣が亀井の腕を叩いた。
「う、うん」
亀井は口ごもったように言い、困ったように笑い道重を見る。
『…ふうん』
道重は対比するようにふたりを見た。
64 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 15:32
「今日は田中っちは早いんだっけ」
学校の校門をくぐる時、新垣が思い出したように言った。
「そう、2年生は今日は早めに登校しなきゃいけないの。
お友達と行くって言ってた」
道重の答えに、新垣と亀井が揃ってニヤニヤする。
「さゆは〜、れーなには過保護だよね〜♪」
「絵里も毎朝迎えに行ってるじゃない」
「あの田中っちとマジゲンカするのさゆみんくらいだし」
新垣も腕組みし、固く目をつぶってうんうん頷く。
「あれはあの子が強情だから…」
「まあ、若干気性の荒いにゃんこで大変だと思うっちゃけど」
亀井は田中の語尾を真似し、道重の肩をぽんと叩いた。



――――中澤家

「「「行ってきまーす」」」
梨華、辻加護は揃って家を出た。
ダンスレッスンは今日は卒業式準備などもあり、昼休みと放課後1時間のみだった。
「あ、ウチも行くべ」
吉澤もスニーカーをつっかけて後を追う。
「ひとみちゃんは、今日は?」
「駅でごっちんと合流して、市井さんたちとライブの打ち合わせだべ」
「あ、もうすぐだね」
「おおよ」
吉澤はふと、ちょっと離れたところにいる辻加護に声を掛けた。
「おめーら、最近どしたん?
なんか会話もビミョーってか」
「別に」
素っ気無く答える加護。
「普通れす」
「全然フツーじゃねーよな?」
吉澤は梨華にこそっと耳打ちする。
梨華もうんうん頷いた。

駅のロータリーで別れる。
「んじゃ、気ィつけて行けよー」
「うん、ありがとう。ひとみちゃん」
「ひとみちゃぁん、気をつけて」
加護が裏声でくねくねしながら言う。
梨華は苦笑いしながらでもやっぱり可笑しすぎてその場に崩れそうになる。
「あ、梨華ツボにストライクだな。カッケー」
吉澤は改札へ向かう3人に手を振り、後藤が来るのを待った。
65 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 15:33

「はあ」
田中れいなは、放課後職員室に呼ばれ、クラブの顧問に微妙な申し渡しをされる。
彼女はチアがやりたくて朝比奈を受験し、単身上京して伯父の家に下宿して通っている。
「おまえは体も小さいし、どうだ、マネージャーになるというのは?」
聞けば、小柄でもうひとつスポーツの苦手な自分は、レギュラー入りを目指すよりはマネージャーに
なった方がいいだろうという事だった。

「…今更言われても困るっちゃ」
田中は廊下を歩きながら、ブツブツ言う。
もう2年も終わりで、来月には3年に上がる。
体の小ささや、運動神経など、努力でカバーしてきた。
レギュラーになったのはたった1回。
ケガで大会に出られなかった小川の代わりだった。
「…あーあ、シケとると」
柱にもたれ、軽く宙に向かってキックした。
「さゆー、今日もう帰るのー?」
「ううん、まだやる事があるの」
廊下の向こう側から、聞き覚えのある声がした。
道重と、知らない生徒だった。
さゆ、と呼んでるので道重と親しいのだろう。
田中は柱にもたれたまま、そっちを見た。
「さゆさ、最近2年の田中さんとよく帰ってるっていうけど」
「事情があって送り迎えしてるの」
「マジで?」
マジで、のところで、田中はちょっとムッとする。
「あの子、ヤンキーじゃないの?」
「ううん、違うよ」
道重の否定に、田中は目を丸くする。
「えー、なんか見た目チャラいし」
「確かにアクセとか校則違反フル装備だけど、あの、れいなちゃんは」
「友達思いで、とっても心の優しい子なの」
66 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 15:40
田中は何か不思議な心持ちでくるりと振り返って廊下を歩く。
『なんでさゆ、かばってくれたと?
そのまま、「だよねー、ヤンキーだよねー」って言うとけばいいのに。
なんで…?』
頭の中がもやもやするまま、あてもなく歩いて行った。


ふらふら歩いていたら、どこかの教室から『キュイーン』という音が聞こえてきた。
「なん?…ギターと?」
何処から聞こえてきたのか、耳を済ませて辿って行く。
やがて、その階の一番端にある空き教室から聞こえてくる事に気付く。
「ギャー!のん、歪ませすぎや!うっさいわ!」
「これがのんのロック魂れす!」
何処かで聞いた、いや、まず間違える事のない声がしてくる。
田中は戸の隙間から、中の様子を伺った。
辻と加護が椅子に腰掛けて、ギターを爪弾いていた。
他にも、何人かの生徒が、おもちゃのような小さなキーボードを弾いたり、
アンプを調整したりしていた。
『…楽しそう』
田中は素直にそう思った。
「のん、ちょっとジュース買ってくるれす」
思いがけず戸が開き、しゃがんで覗いていた田中は、そのままひっくり返る。
「うお!」
「田中ちゃん?なにしてるれすか?」
辻が目を丸くしつつ、こけた田中に手を貸して起き上がるのを手伝う。
「あ、や。
なん、なんか変わった音ばしたと、なんかと思って来てみたと」
「ああ、のんちょっとふざけて、チョーキングで歪ませまくったかられす」
チョーキング?ヒズマセマクル?
田中の頭の中は、未知の単語でいっぱいになる。
「よ、要はギター弾いとるんやね」
「うん。
あ、見てく?」
辻が促し、というか有無を言わさず教室に入れられた。
「よお」
加護が気付いて顔を上げた。
「れーなじゃん」
見ると、自分と同じクラスの生徒もいた。
「チバちゃんやん。何しとう?」
「部活」
「へ、ここ、部室っちゃか?」
田中はぐるりと室内を見渡した。
部屋の隅には、いるのかいらないのか、分からないような箱がたくさん積んである。
体育館のステージのもとと思しき色あせた緞帳やら、明らかに不要品が部屋の大半を占めていた。
逆さにしたみかん箱の上に板を置き、どうもテーブルにしてるようだ。
67 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 15:46
「じゃーん!
ここはギター同好会の部室れーす!
ギター同好会にようこそ!部長の辻希美とー」
「副部長の加護亜依でーす」
「ふたり合わせてー」
「「ギター同好会で(れ)ーす!」」
「え、アタシら無視?」
田中の同級生チバさんや、他の生徒が即座にツッコむ。
「はあ、名前は知っとったけど、ここが部室なんや」
田中は物珍しげに備品などを見渡し、その辺にあった椅子に腰掛けた。
「これがギターと」
辻がさっきまで弾いていたギターが目に入る。
田中の実家にも父のものがあるが、実際弾いているのは見たことがない。
「よかったら弾いてみる?」
チバさんが声を掛けてくる。
「あ、いいっちゃか?」
チバさんは頷き、ストラップから腕を抜いてギターを手渡した。
従兄弟の家で遊びで弾いたことはあるが、田中は辻にドレミの弾き方から教わる。
「コードも弾いてみるれすか」
「コード?ああ、AとかBとかいうやつっちゃね」
「そうそう。
んで、これがE」
チバさんの指導で、弾いてみる。
68 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 15:55
「E!E!」
田中は嬉しがって、覚えたばかりのコードを立ち上がって弾きまくる。
格好はいっぱしだが、弾いてるのはEのみ。
「お。自分、サマになるやん。
バンドとかやったらモテるで」
加護が他意なく褒める。
「や、れなモテるとかは別にいいけん」
「アラ、硬派やね」
「楽しいっちゃ!」
チバさんの愛器を弾きまくり、田中はご機嫌だ。
辻は加護や他の部員に目配せし、部室の隅に来るよう促した。
「…引き入れるれすか?」
「無論や。
これで来期の部員獲得大作戦に強力な押しができたわ」
「田中さん、人気者だしね」
「てか、れーな。
E以外も教えてやるから(笑)」
一方、相変わらずハイテンションでEのみを弾きまくる田中に、
チバさんは苦笑いしていた。


「本当にいいっちゃか。悪いと」
田中は帰りに同好会で余っているアンプ内臓ギターを貸してもらった。
しばらく自由に使っていいとの事だった。
E以外のコードも教えてもらい、帰る頃にはすっかりギターに夢中だった。
「いま誰も使ってないから、家で練習に使いなよ」
チバさんが言うと、辻加護たちもうんうん頷いた。
同好会に入れる気まんまんである。
田中は初心者用の教本を借り、おすすめギター講座サイトまで教えてもらい、
いたれりつくせりだ。
更に借りたギターが直接ヘッドフォンをつけれない機種なので、
夜間練習を見越してヘッドフォン接続用にエフェクターとシールドまで貸し出してくれる
厚遇ぶりだった。

「じゃ、ありがとうっちゃ」
「おー、分かんないとこあったらメールでもしな」
チバさんは田中が帰るのを手を振って見送ってやる。
「じゃ、先輩。
自分も帰るっす」
「チバちゃんは田中とおんなじクラスやんなあ」
「ああ、はい」
加護はにんまり笑い、
「頼んだで」
と肩を叩いた。
この人…本気だ。
チバさんは笑顔のまま固まった
69 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 15:59
「…大荷物なの」
校門へギターケース担いで現れた田中を見て、道重は目を丸くする。
「ニヒヒ、れな、ギターに目覚めたと♪」
「はあ…」
「えらくまた急だねえ」
「きっとモテたくなったんだよ、男子はモテたいからギター始めるんだって。
お父さん言ってた」
「れなは女の子っちゃ!
てかモテたいとかやない!」
亀井の言う事に、田中は拳を突き上げて怒る。
「あ〜あ、なんか急にかぶれたんだね。
思春期だねえ」
ババくさい事を言い、新垣は田中の後ろに回ってギターケースを色んな角度から見た。
「てか、チアやっててギターなんかやってる時間あるの?」
亀井の質問に、
「チアはやめると」
田中はきっぱり言い切った。
「「「…へ?」」」
3人とも固まってしまう。
「まあ、随分前から何となく考えてたと」
田中は、今日クラブの顧問から言われたことを話す。
その後ギター同好会を偶然見つけ、色々よくしてもらった事も。
3人は真剣に聞いていたが、田中が話し終わってすぐ、
「つーか、田中っちあんた、チアやる為にわざわざ東京出て来て朝比奈入ったんじゃないの〜?」
新垣が言った。
「せやけど…チアではれなは必要とされてないけん」
「…絶対ギターの人たちも、れーなで新入生釣ろうとしてるよね?」
「さゆもそう思うの」
亀井と道重はこそこそっと話し合った。
「ギター同好会はれなと同じクラスの子ぉもおると。辻加護さんもおるし、
心安いっちゃ」
「…まあ、そこまで言うんなら」
新垣はそう言いつつまだ腑に落ちない様子だった。
「れな、今日の晩、家電話して、パパたちに話すると。朝比奈受験する時、
チアやりたい言うて我侭聞いてもうたけん、ちゃんと筋は通すっちゃ」
『『『行動早っ』』』
3人はそれぞれのリアクションで驚く。
「…ヤンキーは行動力が違うなー」
「絵里がダラダラしすぎなの。それにれいなちゃんはヤンキーとはちょっと違うの」
「はあ、もう決めたんだね」
3人の先輩が何を言おうと、田中の決意は固かった。
70 名前:早春賦 投稿日:2009/06/06(土) 16:01
更新しました。

レスのお礼です。

>62の名無飼育さん

ノノ*^ー^)<コソーリありがとうですよ?

(0^〜^)<一気読みカッケー!

どうもありがとうございます。楽しんで頂けるよう頑張ります。
71 名前:tama 投稿日:2009/06/06(土) 17:03
久しぶりに主人公が出てきた気が・・・

田中っちは難しい時期ですけど・・・
すぐにやりたいこと見つかってよかったですね。
72 名前:早春賦 投稿日:2009/06/07(日) 00:32
一方。

「岡村先生、コレデイイカ?」
朝比奈の中高の体育館で、卒業式の準備が行われていた。
ボランティアで、ジュンジュンは事前準備に参加している。
力持ちなので、大荷物を持つ時などにも重宝された。
「おー、それでエエわ。
休憩しよ、ジュースでも買うて来いよ」
岡村の言葉に、
「ほな、愛佳買うて来ます。
みなさん、何がエエですか」
放課後ヒマだったので、たまたま準備に参加した光井が申し出る。
「光井、オマエ、イイヤツ。乳デカイダケジャナイ」
「ちょ(笑)。乳は関係あらへんがな」
光井は笑けてしまい、ジュンジュンの腕をばしんと叩く。
「セクハラだー!セクハラだー!
いーけないんだよー!」
やはりヒマなので参加していた久住が囃し立てる。
「オマエウルサイ。
乳モナイノニ」
「ムキーッ!」
危うく『ジュンジュン vs 久住』のゴングが鳴るところだったので、
光井は慌てて止めに入る。
「やめなはれ!てか、『ムキーッ!』て」
ふたりのバトルはツッコミどころ満載だった。
「ジャジャジャジャーン!」
口で効果音を出し、リンリンがコンビニ袋片手に現れた。
「リンリン、何処行ッテタダ」
「買イ出シデース!バッチリデース!」
いい笑顔で、袋からジュースなどを出す。
「おう、リンリンいくらやってん。
金、出すわ」
岡村が言うと、
「ソノ必要ハアリマセーン」
とまたもやいい笑顔。
「生徒に出させる訳にもいかんやろ。
レシートもうてきたか?」
「バッチリデース」
「いくらや」
「イリマセーン」
今度は岡村とリンリンの攻防が始まる。
それを横目で見つつ、
「中国の人って、おごるん好きなんやろか」
と光井がぼそっと言う。
「ソレガ普通ダ。
中国デハモテナスノ当タリ前」
「へえ」
ジュンジュンの解説に、光井は感心する。
リンリンと岡村の攻防を黙って見ていたジュンジュンだったが、
「琳」
と声を掛け、何やら耳打ちする。
するとリンリンはすぐ、
「オ値段ハ890円デシター」
といい笑顔で告げる。
あっさり下がった事を不思議に思った光井が、
「何言わはりましたん?」
とジュンジュンに問う。
ジュンジュンは澄まして、
「目上ノ人ヲ立テルダッテ言ッタダケダ」
と言った。
73 名前:早春賦 投稿日:2009/06/07(日) 00:34
「ねえ、ガキさん」
帰り道で、亀井は新垣に話を振った。
「さゆとれーなってさー」
「ガチだよね」
まだ亀井が質問し終えてないのに、新垣は決定づけた。
「絵里、まだ全部言ってないじゃーん」
亀井はケラケラ笑って、新垣の肩をばんばん叩く。
「え、違う質問だった?」
「そうだけどおー」
甘えた声で亀井はうっすら涙まで浮かべた。
「でも、田中っちってこんこん狙いだよね」
「だよね」
「でもあれ」
「「ガチだよね」」
ふたりは顔を見合わせた。
74 名前:早春賦 投稿日:2009/06/07(日) 00:34
「へくしっ」
田中はバスの中でクシャミをする。
「大丈夫?」
道重は田中の顔を覗き込んだ。
「平気と」
「無理しないでね」
「ああ…うん。平気や」
今日は道重が自分のいないところで自分をかばってくれてる場面を見たので、正直おかしな感じだった。
下宿先の最寄りの停留所に着いたので、ふたりとも降りる。
家まで2分足らずの距離を並んで歩く。
ふたりとも静かだった。

「さゆ」
「なあに」
「疲れんっちゃか?れな送って、また学校まで戻って寮まで歩いて帰ってって」
「別にいいの」
「うん…」
それからまた、会話がなくなる。

家の近くまで来て、
「じゃあ、また明日なの」
道重はそのまま帰ろうとする。
田中は無言で道重を見た。
最初は怪訝そうな顔で見返していたが、道重もじっと田中の目を見た。
担いだギターケースが肩からずれないようにしっかり持ち手を掴み、田中は道重に唇を合わせた。
道重は急な出来事に一瞬目を見開いたが、すぐ閉じた。
「――――またね」
自分から唇を離し、道重はそのままぱたぱた駆け出して帰った。

頭の芯が熱くなってきて、田中は訳も分からず悲しくなり、涙を零す。
「…れな、紺野さんのことば好ぃとうのに」
溢れてくる涙を拭おうとせず、その場に立ち尽くした。
75 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/07(日) 00:37
更新しました。

前回、>70で自分のコテハンに変えるのを忘れてました。失礼しました。

レスのお礼です。

>tamaさん

(0^〜^)<オイラ、前スレの後半でもちょくちょく出てるYO!

れいなはまっすぐな子なので、ぶつかりも多いようです。



76 名前:早春賦 投稿日:2009/06/09(火) 20:38
亀井と新垣が電車を降り、亀井の家へ向かっていると、新垣の携帯が鳴った。
2年の時同じクラスだった子だ。
「久しぶりー!どしたの?」
新垣が明るい声で電話に出ると、掛けて来た相手は反して沈んだ様子だった。
亀井は横で、会話を聞いている。
77 名前:早春賦 投稿日:2009/06/09(火) 20:40
「うん…分かった。あんまし気落ちしないようにね。
卒業式終わったら、考えよ?ね?」
新垣が相手を励まし、通話が終わる。
携帯を閉じ、新垣は大きく息をついた。
「お疲れ」
亀井はいたわりの目で見つめる。
「あ、うん。ごめん、待たせて」
「いいよ、気にしないで。
それより」
亀井は続けた。
「大丈夫なの?その子」
新垣はそうするより他なく、首を振る。
電話を掛けて来た相手は元クラスメートで、正月の初詣帰りに彼氏と暴走してしまい、つい最近妊娠が発覚した。
自分も彼も学生で、堕胎するよりほかなく、その費用に困っているとの事だった。
「卒業式終わったら、カンパに協力してくれそうな子、探すよ」
新垣は溜息をついた。
街灯の明かりの中、亀井は目を細めて新垣を見つめる。
「なに?」
「ガキさんは、やさしいね」
からかうでもなく、褒めるでもなく、ただ素直な気持ちだった。
「だーって、困ってるのにほっとけないでしょうがぁー」
ふざけてちょっと怒り口調で新垣は言った。
「まあー、彼氏もお金出すって言ってんのが救いかなー」
「そう」
亀井は小さな声で呟き、
「絵里、カンパしようか?」
と切り出した。
「え?カメ…」
「いいよ、ガキさんの友達なら」
「でも…」
「カンパしてくれる子、たくさん集まるといいね」
街灯に照らされる、亀井の綺麗な笑顔を見て、新垣は一瞬見入ってしまった。
78 名前:早春賦 投稿日:2009/06/09(火) 20:41
「あのね、絵里の幼馴染の子がいてね」
再び家路についてる時、亀井がぽつぽつと話し出した。
「絵里が中学に入ってから、ガキさんの友達みたいに、その子妊娠しちゃったの」
新垣は目を見開く。
「うん」
とりあえず返事して、話の続きを促した。
「絵里、相談されて子どもだから何も分かんなくて怖くなっちゃって…。
お父さんたちに言った方がいいよってしか言えなくて」
「それで正解だよ。
あたしたちは何もできないもん」
『何も…』と新垣は呟いた。
「でも、絵里は見捨てたことになるんだよ?」
「してないでしょ。
相談に乗ったんでしょ?」
「乗ったけど…何もできなかったもん」
顔を上げると、亀井が唇を噛み締めて泣き顔になっていた。
岡村に高橋を亀井の代わりのピンチヒッターにと言われて、泣きながら体育館を出て行った日。
自分が時計台で見つけた時、この子、こんな顔してたな、と新垣は思い出す。
「もうカメー、泣かないの」
話が深刻になりそうだったので、新垣は冗談っぽく言い亀井の頭を撫でた。
「その子はいま、どうしてんの?」
新垣の質問に、亀井は首を振った。
「え?」
「それから、会ってない。
絵里、絶交されたんだと思う」
「…そう」
涙まじりの返事に、新垣はそれだけしか言えなかった。
79 名前:早春賦 投稿日:2009/06/09(火) 20:47
亀井を送って家に帰り。
新垣は部屋のベッドで仰向けになって天井を見つめていた。
両腕を頭の下に敷いて、枕のようにしている。
ベッド下に置いた鞄の中の携帯が鳴ったので、少し溜息つきつつ寝転んだまま取り出した。
『里沙ちゃんか?』
電話は高橋だった。
「どうしたの?
てか愛ちゃん、今日学校来なかったね」
体を起こし、何となく壁のカレンダーに目を向けた。
「どうせヅカでも見に行ってたんでしょ」
からかうように言うと、
『「どうせ」て』
とあきれたような苦笑いが聞こえて来る。
『昨日、ごめんな』
高橋がぽつりと言うと、
「いや、ごめんも何も愛ちゃん別に…」
『あーし、口軽すぎた』
「あー…確かにねー」
愛ちゃん、無自覚に人の秘密をうっかり喋ったりしてるんだろな。
新垣はそう思い、苦笑した。
『あさ美ちゃんのことは、怒らんといてな。
あの子は悪くないがし』
「うん、分かってる」
そう答えて、
「愛ちゃん、こんこんの事、すっごく大事なんだね」
と続けた。
やや間があり、
『女として見てはおらんけど、大事な親友やよ』
と返ってくる。
「女として?」
『あの子は、あーしの事が好きやってん』
「あー…」
新垣は、納得というように相槌を打った。
『でも、あーしはあの子を女としては見れん。
好きやけど、恋の対象としては見られへん』
酷な言葉ではあるが、新垣は高橋に誠実さを感じた。
『まあ、あの子は昔泣き虫であーしよう面倒見てたからの。
腐れ縁?』
高橋は可笑しそうに笑った。
ふと、新垣は今日電話を掛けて来た子の事を話してみた。
高橋はあまり相槌もいれず、真剣に聞いてくれた。
80 名前:早春賦 投稿日:2009/06/09(火) 20:51
『里沙ちゃんは、ええ子やの』
新垣が話し終えた時、ちょっと苦笑したように高橋が言った。
「な、なんで」
『あーしやったら、そこまでせえへんかもしれん。カンパはしても、人に呼びかけたりとか』
「ええ〜?だって、助けを求めてきたら、フツーそうするでしょお〜?」
『だからあんたがええ子なんやって』
高橋は笑って言った。
『あんたのそういうとこ、大好きやで』
顔は見えないが、高橋がどんな顔で言っているか、新垣には容易に想像がついた。
あのちょっと意地悪な笑顔。
でも、綺麗な笑顔。
唐突にこの前の週末にホテルで甘く囁かれた言葉を思い出して、新垣は赤くなる。
『もしもし?里沙ちゃん?』
「あ、ああ!ごめん!」
我に返り、新垣は額の汗を拭う。
『まあ、困ったことあったらまた言うがし』
「ありがとう、愛ちゃん」
また間があって、新垣は怪訝そうに
「もしもし?」
と問い掛けた。
『なんでもないやよ』
「ああ、うん。
それじゃ」
電話を切ろうとしてふと、
「愛ちゃん、なんであたしによくしてくれるの?」
とかなり天然な事を口にする。
『好きな子の力になりたいからやよ』
高橋は苦笑して答えた。
81 名前:早春賦 投稿日:2009/06/09(火) 20:54
その頃。
朝比奈の寮に、久住は今日も来ていた。
ちなみに、今日はちゃんと宿泊願いも出した。
さっき久住が家に帰ったところ、父とは和解したが、その日の晩にまた出張で家を空けるとの事だった。
姉も来週まで大学のクラブの合宿で帰らないので、光井の好意で泊まることになったのだ。
「お父さん、大変ですな。
お忙しそうで」
「ん〜、最近特にかな」
光井と晩御飯を食べつつ、久住は事も無げに言う。
「ただいま」
「あ、先輩おかえりなさい」
道重が帰って来たので、光井はいま咀嚼してるごはんを急いで飲み込み、立ち上がった。
「…先輩?」
道重は、どこを見てるのか分からない目で、ただ立っていた。
「先輩?」
光井がもう一度呼びかけると、
「着替えてくるね」
と道重は廊下を歩いて行った。
82 名前:早春賦 投稿日:2009/06/09(火) 20:59
「こんばんは〜!お邪魔してまーす!」
道重が戻って来たら、久住は笑顔全開で挨拶した。
「こんばんは」
道重は言葉少なく答え、席に着く。
「ごはんつぎましょね。
お味噌汁も」
「あ、ごめん」
甲斐甲斐しく世話を焼く光井。
ついでもらい、道重は黙々と食事する。
「みっつぃ、道重さんの恋人みたい」
道重は味噌汁を置き、怪訝な顔をし、光井は
「やあもうー!
何言うてるんですかあー!
先輩に失礼ですやん〜」
ばたばたと腕を振った。
「あー、でもみっつぃ、好きな人いるんだよね」
久住が言うと、光井は慌てて『しーっ!』というジェスチャーをとった。
「ふうん、誰?」
道重が顔を向けると、
「あ、や…秘密です」
「そっか」
特に追及せず、道重はとんかつソースのかかった薄いカツに箸をのばす。
「小春ちゃんは?誰かいないの?」
道重の問いに、
「小春ですかぁ〜?
ん〜?にぃーがきさんなんかいいと思うんですよお!」
『『ガキさん(新垣さん)狙いか(や)』』
道重と光井は、いい笑顔で屈託のない久住がちょっと羨ましくなった。
83 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/09(火) 21:02
更新しました。

訂正です。

>69 2行目

〔校門へギターケース担いで現れた田中を見て、道重は目を丸くする。〕
の後に
〔新垣と亀井も「アラー」と声を上げた。〕
の一文がきます。
84 名前:早春賦 投稿日:2009/06/20(土) 21:10
――――同じ頃。

保田は、喫茶タンポポで同期入省の青年と会っていた。
彼は今年度一杯で郵便局を辞めて、地元の役所に勤める事が決まっている。
飲み会でやはり同期の男に因縁をつけられ、せっかく開いてくれた送別会が台無しになった。
そのお詫びがしたい、とわざわざ保田が勤める局のそばまで来たのだった。

「大変だね、引継ぎでいっぱいいっぱいになってるんじゃないの〜?」
コーヒーを飲みながら、保田は冗談めかして労わった。
「まあ、今どこも大変だからな」
4月から郵政公社になることを彼は指して言った。
「お前も、仕事できるから色々しょいこんでるんじゃないか?」
保田は微笑みながら首を振る。
「実家に帰るの?」
彼とは同県の出身なので、ふと思い出して訊いた。
「いや、実家からは結局遠いし、部屋を借りるよ。
いま不動産屋回ってるとこ」
「そう、大変だね」
「それより」
と彼は切り出した。
「あいつ、お前に会いに来たらしいな」
と保田がこの前、もうひとりの同期の男に呼び出された事を言った。
「ああ、うん。
呼び出されたから行って来たけど」
あまり思い出したくないので、保田は苦笑まじりに答える。
「あいつ、なんか言ってたか?」
「言っていいの?」
「ああ」
「あなたの悪口言ってたよ」
彼は小さく吹き出した。
「やっぱりな」
「うん」
保田もつられて笑う。
「あいつ、お前が好きなんだよ。入省した時から」
「…そう」
「俺もな」
「……」
「黙るなよ。
笑うとかしてくんないと、引っ込みつかねえじゃねえか」
彼は苦笑いし、
「お前が本当に好きだったよ」
と今度は真面目な顔で告げた。
「出来たら、結婚を申し込むつもりだった」
保田は目を見開いて顔を上げる。
「俺は本家の長男だから、いずれ結婚して家を継ぐ。
だから、好きな女と結婚しようって思ってた」
「…うん」
「でも、無理だな」
彼はコーヒーを口にし、また苦笑いした。
「俺より、お前のことが好きな人間がいるようだしな」
彼の言う事に保田は『?』という顔で辺りを見渡す。
自分たちのいる席から離れたテーブルに、いかにもな変装をした飯田がいた。
「いま、気付いたか?」
保田がびっくりしていると、彼は可笑しそうに笑った。
「あの子、俺たちが店に入った時から、ずっといたぜ」
「…気がつかなかった」
「俺のこと、ずっと睨んでた」
彼はまた、小さく笑った。
「あの子を、好きなんだろ?」
「……」
「別に、どうこうしようって訳じゃない。
いいんだ、お前にそういう子がいるって分かったら、なんか安心っていうか」
「え?」
「お前は、なかなか本心を明かさないからな。
いっつも無理してるし。
だから、そういう存在がいるって分かったら、俺も安心して新しい職に就けるってもんだ」
彼はそう言い、ポケットからキーホルダーのようなものを出した。
よく見ると、USBだった。
「なに?」
「俺が開発した保険業務ソフト。
やるよ」
「え…」
「使えるモンか分かんねーけどな。
俺はもう用ナシだし」
「あたし、何もしてないのに」
返そうとすると、押しとどめられた。
「お前が持っててくれ。
どんどん使いやすいように変えてってくれたらいい」
「…ありがとう」
保田は礼を言い、ちょっと泣きそうになった。


85 名前:早春賦 投稿日:2009/06/20(土) 21:12
「…はぁ〜」
青年が出て行った後、ずっと行く末を見守っていた矢口はタコのようにぐにゃりとなった。
それほど、息詰まる空間だったのだ。
「てか、カオリがいつ乗り込んでくか、オイラ、気が気じゃなかったよ」
矢口は本気では〜っと安堵の息をついた。
「え、飯田さんおりますのん?」
岡田は本気で分かってないようだった。
「ホラ!いるじゃん!
あそこにいまどきグラサンにネッカチーフかぶってるデカイ女!」
店内の隅の方の席に、昭和な格好バリバリの殺気立ってる女性客がいた。
岡田は『ああ』と納得し、
「いや、いまどき妙な格好したはるひとおるなー思てましてん」
「いやいやいや、そこまで気付いてて岡田ちゃん」
岡田の天然っぷりに、改めて感心する矢口だった。

「カオリ」
保田が『グラサンにネッカチーフ』に近づくと、
「知らない。圭ちゃんのハゲ」
と店を出しなに
『あっかんべー』とカマした。
「えーっと…とりあえずカオリの分ね」
「へい、毎度」
保田は自分のコーヒーは彼に奢ってもらったものの、結局飯田の分は支払うこととなった。
86 名前:早春賦 投稿日:2009/06/20(土) 21:14
――――三好宅。

「こんばん、はぁ〜」
「――――また来たの」
連日激怒させてるというのに、懲りずに岡田唯が出前配達に現れる。
「はぁい。一週間分、お代は前払いで頂いてるんでぇ〜」
岡田はちっとも悪びれず、部屋の中に入って来た。
「まあまあ。いや、結構なお住まいですねえ。
何LDKあるんですのん」
「――――2LDK」
「あ、意外にフツーですねえ」
岡田はそう言いながら、紙袋からタッパーを取り出した。
「今日は?何をしでかす気?」
「へえ、ラーメン炊こかいな思いまして」
「ラ、ラーメン?」
「袋入りのインスタントちゃいますよ!
うち、昔ラーメン屋でバイトしてましたさかい、店のオッチャンに作り方教えてもらいましてん」
エプロンをし、いそいそとキッチンに消えた。
87 名前:早春賦 投稿日:2009/06/20(土) 21:17

「――――まだなの?」
「まだですて。
いま麺茹でるお湯沸かしてるとこですから」
しびれを切らし、三好はソファーにどたっと座り込む。
――――いつの間にか眠ってしまい、浅い眠りの中で夢を見る。


――――いつの事だったか。そう、もう忘れかけてるような頃だ。
夏のある日だった。
千葉にいる時、保田の母に、
『おやつあるから食べにおいで』
と声を掛けてもらい、保田家に向かっていた。
小学生だった自分に、近所だった保田の母は良くしてくれた。

保田の家に向かってる途中だった。
『圭、今からクラブなの?』
『うん、なんか急に集まる事になって。
行ってくるね』
中学生だった保田圭は、母に半袖のセーラー服のリボンを結びなおしてもらい、
『行って来ます!』
と笑顔で手を振って、駆け出して行った。
母も『気をつけてね』と手を振る。
物陰から、それを見つめ。
自分がどんなに努力しても手に入らないもの。
それを有してる保田に対して、唇を噛んだ。


「…三好さん、みーーよーしさん!」
意識が戻り、三好はとろんとした声ではっきり目が覚めた。
「もうー、のびてまいまっせ。
早よう食べてえなぁ」
散々待たせておいて、と三好はムッとしたが、黙ってカウンターに置かれたラーメンに手をつけた。
「おいしいですかあ?」
「…微妙」
「え〜?マジで〜?」
岡田は自分の頬を両手で押さえ、ショックがる。
ショックがってる割に、部屋の隅々まで見渡して、
「パソコンようさんありますな〜」
とチェックも忘れない。
「うわ!何コレ!?
初期型Macや!」
部屋の隅の机に置かれていたものを見て、岡田は声を上げる。
「まだあんねんや!」
ひとり盛り上がる岡田に、三好は
「Mac、好きなの?」
と声を掛ける。
「いや、久しぶりに初期型見たから興奮しましたわ。すんません」
「初代よ」
「うおおお〜!
大事に使ってはるんですねえ〜」
岡田の興奮ぶりに、三好はつい笑ってしまった。
「ほな、帰りますねえ。
お邪魔しました」
岡田が帰るのを、窓から見て、三好はしばらく考え込んでいた。
88 名前:早春賦 投稿日:2009/06/20(土) 21:19
リビングのテーブルに放ってあった携帯が鳴る。
三好は面倒そうに舌打ちする。
「もしもし?」
『キミ、どうしてくれるんだ。
ちっとも進んでないじゃないか』
電話の向こうの依頼主は、苛立ちを隠さない様子で叱責した。
「申し訳ありません」
三好は、皮肉な笑みを浮かべ謝る。
これっぽっちも、謝罪の気持ちなどなかった。
『もういい。
検討して、契約を打ち切るかどうか考える。そのつもりで』
「どうも」
一方的に切られ、三好はソファーに携帯を放り投げ、髪をかき上げる。
89 名前:早春賦 投稿日:2009/06/20(土) 21:20
『気に入らないヤツがいるの。
そいつらを学校から追い出してくれたら、いくらでも払うから』
『彼女はよく動いてくれるよ。
今後も動向を探ってくれ』
同じ学校の学年主席並びに次席生徒を追い出したい少女。
その彼女を手先にし、私腹を肥やそうとする大人。
両方に係わってはいるが、結局いいように利用されている少女に不思議と同情心は起きない。
哀れだとは思うが。
「大嫌いな学校、大嫌いな大人のイヌになってる事に気付いてんのかね」
三好は苦笑いし、さっき放り出した携帯をジーンズのポケットに入れ、
夜の街に出て行った。
90 名前:早春賦 投稿日:2009/06/20(土) 21:22
「おや」
三好は駅前で、大人なのに物凄く小学生並に小柄な女と偶然会う。
「あ、あんた」
その女―――― 矢口真里は、
「こんな時間にお出かけ?」
と顔をしかめつつ尋ねてきた。
「そちらこそ。喫茶店経営だったら、明日の朝も早いのでは?」
三好の言い方に、矢口はムッとする。
「あんた、ホントに圭ちゃんの幼馴染?」
「友達だったことなど一度もないですがね」
「ちょー、感じ悪いなー」
そんな矢口を無視し、三好は改札に向かう。
パスケースを取り出そうとして、目の前に人がいるのに気付く。
「…久しぶり」
三好はいつもの皮肉な笑みを見せた。
「んあ、みーよ。
元気だった?」
後藤は、旧友に精一杯の気持ちで声を掛ける。
「…相変わらず、やる気がなさそうね」
「オマエよりはな。コイツのがまだマシだと思うがな」
背後からの声に、三好は眉を顰める。
「久しぶりですね、CUBICの市井さん」
「なんだ、アタシの今の肩書きを知ってるのか」
「こういう仕事をしてると、色々と入ってくるんでね」
三好はもう一度、唇の端を上げて笑った。
91 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/20(土) 21:24
更新しました。

92 名前:早春賦 投稿日:2009/06/29(月) 22:57

「んあ、みーよ。お願いがあるの」
先に口火を切ったのは、後藤だった。
三好は眉間に皺を寄せ、後藤にスッと視線を向ける。
「何?」
「ウチのバンドのサイトが最近ひどい荒らされ方をされている。
調べてくれ」
市井の言葉に、三好は一瞬目を見開き、息を詰めて笑い出した。
「それくらい自分ですればいいでしょう」
「アタシらのスキルではどこの誰かまで調べるのは限界だ。頼む」
三好は市井に侮蔑するような目を向けた。
「あたしの商売の事を保田さんのお母さんからわざわざ聞き出して、心底あたしを軽蔑してるのに?」
「頼む!」
駅の構内全体に響き渡るような声で、市井は頭を下げて懇願する。
「みーよ」
後藤が呼ぶと、
「…高くつきますよ」
三好は目線で自分についてくるように促した。
93 名前:早春賦 投稿日:2009/06/29(月) 22:59
「悪いが、アタシたちについて来てくれ」
すぐに市井に言われ、三好は振り返って怪訝な顔をする。
黙って三好がついて行くと、駅前ロータリーにミニバンが停まっていた。
「それに乗ってくれ」
市井に言われ、
「先に乗ってくださいよ。
乗った途端、殺されたりしたら災難ですからね」
「くだらないことを言うな」
市井はムッとしたが、言われた通り先にドアを開けて乗った。
後藤、三好が続けて乗る。
運転席にアヤカ、後部座席に吉澤と梨華がいた。
「んあ…梨華ちゃん」
アヤカ達は別行動でここで待ってたが、梨華が来るとは思っていなかった後藤は少し驚く。
「どうしても梨華ちゃん来るっつって…ゴメン」
吉澤はバツの悪そうな顔をした。
梨華に押し切られて連れて来てしまったのだ。
保田は仕事が忙しそうなので、市井は敢えて声を掛けなかった。
「まあ、いいが。
大丈夫か、石川?」
市井がじっと梨華を見る。
梨華は
「大丈夫です」
と強く頷いた。
「で、ここで作業をしろと?」
三好の言葉に、
「パソコンは用意してるわ」
と運転席のアヤカが自分のノートPCを出そうとする。
「どうも。お気遣いは無用です」
三好は鞄から素早くノートPCを出し、起動させる。
「これがここんとこ頻繁に荒らしてくるヤツのIPだ」
市井に渡されたメモをチラッとだけ見て、素早くキーを打ち込んでいく。
94 名前:早春賦 投稿日:2009/06/29(月) 23:01
「面白いことが分かりましたよ」
しばしあって、三好は膝のPC画面から顔を上げ苦笑する。
「何だ」
「犯人は朝比奈女子中学の生徒です。
しかも、この中にこの子をよくご存知の方がいます」
三好は梨華に視線を送った。
「え」
梨華は驚きでそれしか言えなかった。
「亀井絵里、15歳。
朝比奈女子大学付属中学3年。
父親も母親もそれぞれ会社社長。
エスカレーターで幼稚園からずっと朝比奈学園ですか。
自宅もまた超がつくほどの豪邸ですし、まあ、筋金入りのお嬢様ですね」
「…そこまで分かるの」
アヤカはスッと目を細めてルームミラー越しに三好を見た。
「もっと言いましょうか?」
「もういいわ。
ご苦労様」
アヤカの声が微妙に沈んでいるな、と吉澤は思った。
「アヤカさん…」
吉澤が声を掛けると、
「そんな…亀井ちゃんが」
自分の横にいる梨華が震え出した。
「梨華ちゃん」
吉澤は、彼女をぎゅっと抱きしめてやる。
背中をさすってやり、とりあえず落ち着かせようとした。
「残念ながら、事実です。
まあ、彼女が自宅サーバを持ってたので、案外拍子抜けするくらいにあっさり辿れたんですが。
更に自分のサイトを使って朝比奈の悪質な裏サイトまでやってますね、あきれた事に」
「彼女はそんなことするような子じゃありません」
三好にかぶせるように、梨華が言い切った。
「きっと、何か理由が…」
「梨華ちゃん…」
「じゃ、訊ーてみる?
その亀井さんとやらに?」
市井が自分の携帯を掲げて言った。
「こん中で亀井さんの番号知ってるのって…」
「携帯番号も分かりますよ」
三好が自分のパソコンを操作しながら口を挟んだ。
「てか、電話掛けて怪しまれないのって…」
全員が梨華を見た。
「あたし…電話番号は聞いてない。ごめんなさい」
「あ、や…石川のせいじゃない。
ん〜…誰だ?その亀井さんと仲いーのは?」
「道重ちゃんとか、ガキさんとか…」
梨華が言うと、
「そのふたりですぐ行動起こしてくれそーなのは?」
「どっちもですけど、強いて言うならガキさんです」
梨華の言葉に、市井は
「よし」
と頷いた。
95 名前:早春賦 投稿日:2009/06/29(月) 23:02
この前ガキさんと携帯番号教え合っててよかった、と梨華は電話を掛けながら思った。
「あ、もしもしガキさん?ごめんね、遅くに」
『どうしたんですか?石川さん』
「あのね…」
梨華が言おうとしたら、吉澤がひょいっと携帯を取り上げ、
「あ〜、ガキさん?ウチウチ、あ?そう、吉澤ー。久しぶりー。
あのさー、ちーっと悪いんだけど、ちょっと亀井ちゃんって子に電話かけてくんね?」
『へ?電話?カメにですか?』
「そう、実はさー」
吉澤は直接言うのはやめ、亀井が面倒なことに巻き込まれている可能性があるから、
それとなく呼び出してくれないか、と切り出した。
『えっ…?カメが!?』
「ああ、そんで…」
『分かりました!
あたし、今からソッチに行きます!
吉澤さん、いまどこですか!!』
吉澤が全部言い切らないうちに、新垣が物凄い勢いで食いついてきた。
「え、あ…」
吉澤は勢いに押され、ちょっと口ごもった。
96 名前:早春賦 投稿日:2009/06/29(月) 23:04
「ヤバイ。ウチ、ガキさん惚れそう」
電話を切って、吉澤はくっくと笑いを堪えた。
梨華がきょとんという顔をする。
「ガキさん、行動力ありすぎ。
もーウチ、ガキさんとダチになりてー」
「で、そのガキさんって子のおうちに行けばいいのね?」
アヤカの確認に、吉澤は
「そうっす」
と頷く。

新垣は『マコっちゃん家に行って来る』とこっそり家を抜け出して来た。
しかもまだ制服だった。
私服に着替えず帰ってベッドで横になって考え事をし、
更に高橋と電話した後寝てしまい、今の時間までうっかり制服でいた。
「ガキさん、制服…」
新垣の自宅そばまで迎えに来た梨華の指摘に、
「あたしの格好はどうでもいいです!
カメ、何があったんですか!?」
いきなり核心に迫った。
梨華はそれには答えず、
「一緒に来て」
と車まで誘導した。
97 名前:早春賦 投稿日:2009/06/29(月) 23:05
「へえ、可愛い子だな」
車に乗って来た新垣を見て、市井が感想を漏らす。
「将来美人になりそ」
新垣はちょっと面食らい、
「ど、どうも…」
と礼を述べる。
「んあ、ごめんねー。
このオッサン、女好きだからー」
「オ、オッサンですか!?」
「てか、ガキさん。
亀井ちゃんって寝るの早い?」
吉澤が自分の腕時計を覗き込んで訊いてきた。
「いや、どうでしょ…。
あの、カメ、何を…」

梨華から説明を全部聞き終えたとき、新垣の顔面が蒼白になった。
「カメは…」
ようやっと、
「カメは…そんなことしません」
搾り出すように声を出した。
「美しい友情だと思うけどね、現に彼女のサーバだと分かったんだし」
三好は心底馬鹿にしたように新垣を見る。
「何かの間違いです!同姓同名の人とか!」
「朝比奈学園に在籍してて父親も母親も会社社長の同姓同名?」
「カメはバカだけど、そんなことしません!」
最後は絶叫のように新垣は否定した。
泣きじゃくりだした新垣を、梨華は抱きしめて背中をさすってやる。
さっき自分が吉澤にされたこととまったく一緒のことをしている。
そう思っていると吉澤と目が合い、梨華はちょっと照れくさそうに視線を返した。

「すみません…」
新垣はしばらくたって、梨華から離れた。
「ううん、落ち着いた?」
「はい…カメに電話したらいいんですね?」
のろのろと携帯を取り出し、新垣は亀井のアドレスを呼び出した。
98 名前:早春賦 投稿日:2009/06/29(月) 23:09

亀井は新垣の呼び出しに応じ、さっきメンバーが新垣を迎えに行ったのと同じように、
亀井の自宅そばで新垣が彼女を拾い、車に乗せた。
「こん…ばんは」
妙な雰囲気、しかも最近深夜スーパーで知り合った人たちもいる車内に、
亀井は面食らった。
「あなたが亀井さんね」
三好はチラッと亀井を見た。
「は、はい。
初めまして…」
三好とは初対面なのでおずおずと頭を下げる。
「さて、あなたの自宅サーバはなかなか感心するくらい、セキュリティ対策万全ね」
亀井の顔色がさっと変わる。
「くだらない裏サイトなんかやってるヒマなんかあれば、もっと建設的なことに時間を使うのね」
「カメ!」
新垣が叫ぶと、亀井は静かに涙を流した。
「絵里が…絵里が悪いんです」
「CUBIC-CROSSの掲示板荒らしは、あんたが犯人ってことでいいの?」
亀井が首を振る。
「違います。
そのキュービック何とか自体知りません」
市井たちがバンドメンバーと顔を見合わせる。
「裏サイトはあんたがやってたの?」
三好の問いに、亀井が口をつぐむ。
「カメ、怒らないから言いな」
「…半分正解で、半分は違います」
「どういうことだ?」
市井が顔をしかめた。
「もしかして、名義を貸してたの?」
三好の言う事に、亀井は黙って頷いた。
「あんたもお人好しね、有料のとこだからお金もかかるでしょうに」
「……」
「カメ?」
新垣は亀井の顔を覗き込んだ。
「…あんた、エミって子、知ってる?」
三好が言うと、亀井が今までにないくらい、びくっと体を震わせた。
「エミちゃんが何か…」
「いい事教えてあげようか、亀井絵里さん」
三好は皮肉な笑みを浮かべた。
「あんたが多分サイトを貸してただろう友達、学校で色々やらかしてるよ?」
亀井の顔色がさっと変わる。
「ど…どういう事?」
「心当たりがあるようね」
「そんな…エミちゃんがそんな」
「カメ!?」
その場に崩れ落ちるように泣き出した亀井を、新垣は慌てて背中を支えてやった。
99 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/06/29(月) 23:13
更新しました。


訂正です。

>96 12行目

私服に着替えず帰ってベッドで横になって考え事をし、→ 帰って私服に着替えずベッドで横になって考え事をし、
100 名前:早春賦 投稿日:2009/07/02(木) 00:22
亀井は新垣に支えられ、しばらく泣いていた。
背中をさすってもらい、少し落ち着いたのか、
「…もう、全部話します」
と切り出した。
「…辛いことなら、いいのよ」
アヤカは前を向いたまま言った。
「いえ、これだけの方にご迷惑をお掛けしてるんですから」
ハンカチを持った膝の手を、亀井はぎゅっと握り締めた。
101 名前:早春賦 投稿日:2009/07/02(木) 00:23


「そもそもは、わたしの幼馴染の子を傷つけたことがきっかけでした…」
亀井はぽつりぽつりと話し出した。


102 名前:早春賦 投稿日:2009/07/02(木) 00:25
亀井には、近所に住むひとつ上の幼馴染がいた。
学校も同じ朝比奈で、いつも一緒に通学していた。
彼女の幼馴染――――エミが中学に上がる年、亀井はエミから自分への恋心を打ち明けられた。
エミを友達としてしか見ていなかった亀井は、『ごめん』と言って断る。
病弱な自分をいつも庇ってくれたエミが、そういう風に自分をみていたことに対して、
まだ幼かった亀井は少なからずやショックを受けた。

エミは成績が下がったことが原因で、すでに中学から横浜校への編入が決まっていた。
彼女には、最後の賭けであった。

中学に上がったエミは、学校で馴染めないことや両親の不仲などが原因で自暴自棄になり、
夜遊びを繰り返すようになる。
中2に上がった頃、遊び仲間のひとりの子供を身籠ったことが分かり、
久々に亀井を訪れたエミは、こうなったのはあんたのせいだと亀井を責める。

責められて泣きながらも亀井は、『お父さんたちに言った方がいい』と友人として告げる。

それから、エミは連絡を途絶えさせた。

しばらく経ったある日、エミの友人リエから、エミが呼んでるからうちに来るようにと言われ、
イヤな予感はしたがリエ宅を訪れた。
103 名前:早春賦 投稿日:2009/07/02(木) 00:26


――――亀井を待っていたのは。

『イヤ!離して!絵里、何でもするから!エミちゃん、離して!』
亀井は手首をロープで縛られ、制服を破られ、半裸になった状態を一緒にいたリエの仲間の少女に写真を撮られた。
恥ずかしいポラロイドを目の前でリエの仲間にチラつかせられ、
『何でもするって言ったよな?』
と朝比奈の裏サイトを亀井の名義で開くことを無理矢理了解させられた。
写真を撮られた後リエたちふたりにレイプされかかったのも、エミは可笑しそうに笑って
ただ見ているだけだった。

104 名前:早春賦 投稿日:2009/07/02(木) 00:29
「…それから、エミちゃんには会ってません。
絵里がリエちゃんたちに写真を撮られたのより少し前に、子供は堕ろしたってことは後から聞きましたが。
リエちゃんはハマ校の生徒だったんですが、高校に上がって本校に来たことは知ってました。
…保健室の前で加護さんたちを中傷するポスターを見た後、すぐ彼女の姿を見て、まさか、と思いました。
リエちゃんは元々は優秀な子だから、加護さんや紺野さんを貶めてまで…」
「優秀な子が、お嬢様を性的なネタで脅してまで裏サイトなんてやるかね」
三好は膝のPCを叩きつつ、口を挟んだ。
亀井は戸惑ったような表情を浮かべる。
「それは…絵里がエミちゃんを傷つけたからです」
「失恋の逆恨みで、気の毒だったわね」
三好はフッと口端に笑みを浮かべた。
「何でそのエミって子に、リエが協力したか分かる?」
三好の問いに、
「…分かりません。
友達だからじゃないんですか?」
亀井は首を振った。
「友情より、手っ取り早く人間を突き動かす感情が何か分かる?」
「え、憎しみ?」
「まあ、憎しみもだけどね」
三好は苦笑した。
「恋愛感情よ」
「恋愛…」
亀井は口にして、少し呆然とする。
「後は憎しみね、あんたに対する」
「憎しみ…」
「まあ、嫉妬かしらね、この場合。
とにかく、そのふたりは利害関係が一致したのもあって、朝比奈の生徒にも地味に嫌がらせしたりしてたんだけどね。
エミはハマ校に回されたことを相当根に持って、本校関係者を憎んで裏サイトなんか始めたし、
リエはリエでエミに協力させて加護亜依と紺野あさ美にイヤがらせしてたと」
「…お前、なんでそこまで」
市井がぽつんと言うと、
「もう関係なくなったから言いますけどね、あたしはリエに雇われてたんですよ。
もっとも、金払いは悪い、その金もプロを馬鹿にしたような金額を提示してきましたんでね」
「あなたに…?」
亀井は小声で震えるように言った。
「こいつは俗に言うハッカーだ。
それでメシを食ってやがる」
「情報屋と言ってくれませんか」
市井の言い草に、三好は少々気分を害したようだった。
「それで…」
亀井はサーバを辿られたのを、納得した。
「じゃあ、わたしは帰ります」
三好が車を降りようとするのを、
「まだ仕事は終わってないよ」
と後藤が止める。
「これ以上何を?
言われた仕事はしましたよ」
ドアを開けて、三好は路上へ降り立った。
「せめて裏サイトとやらを閉鎖してやれ」
市井が強い口調で言う。
「冗談。
この子、裸に剥かれて写真撮られて脅されてんでしょ?
もっと酷いことになりますよ?」
「我慢します」
亀井の意外な言葉に、さすがの三好も目を見開いた。
「我慢します。
これ以上、誰かの悪口書かれたり、悪意が曝されるような場所がなくなるんなら。
絵里、もう逃げません」
「…カメ」
新垣は亀井の横顔をまじまじと見つめた。
105 名前:早春賦 投稿日:2009/07/02(木) 00:29
「亀井ちゃん、あんたがもっと傷つくことになるんかもしれないんだよ?」
吉澤は告げた。
「構いません。
それに、殺される訳じゃありません」
「…場合によっちゃ、死ぬより酷い目に遭うかもしれないわよ?」
三好は顔をそむけたまま、車外から告げる。
「絵里が臆病だから、迷惑かけた人がいっぱいいるんです。
遅すぎたくらいです」
「カメ、もっと他の方法が…」
新垣が言いかけると、
「…馬鹿馬鹿しい」
三好が踵を返して去ろうとした。
市井は無言で車を降り、それを追い掛ける。
三好が一瞬歩みを止めると、市井は彼女の足元に跪き、そのまま手をついた。
「頼む!」
一堂は、特にバンドメンバーは信じられないものを見たような気がした。
「あの子たちの、未来を潰さないでくれ!」
三好は依然として頭を下げる市井を、無表情で見下ろした。
「お前がアタシを嫌ってるのは知ってる。
だが、あの子はまだ中学生なんだ。
いくらでも、未来を変えれるんだ!」
「市井さん…」
情けないくらい頭を下げる市井の姿に、亀井は目頭が熱くなり、涙を零した。
「…これっきりですよ?」
三好はまた、車に乗った。
106 名前:早春賦 投稿日:2009/07/02(木) 00:32

三好はまず、エミとリエ、そして亀井の写真を撮った、リエの仲間ミサ――――その3人の個人情報を
朝比奈のコンピュータにクラッキングして入手した。
「ここもセキュリティーがぬるいですね」
三好は顔をしかめ、次は問題の裏サイトに繋ぐ。
「ムダだとは思うけど、パスワードは?知ってる?」
三好は亀井の方をチラッと見た。
「…分かりません」
肩を落とす亀井。
「あんた、誕生日は?」
亀井が告げると、その4桁の数字を素早く打ち込んだ三好はちょっと引きつったように笑った。
「…バカじゃない?
名義上とは言え、管理人の誕生日を使って」
「閉じれたのか」
市井が聞くと、
「ええ、閉鎖しました。
もっとも、最近あまり書き込みもなかったようですが。
もう役割は果たしてたってとこじゃないでしょうかね」
ノートPCの液晶画面をぱたんと閉じ、三好は小さく息をついた。
「この子の写真は…」
「少し時間をください。
脅しの道具は、多いに越したことはないですから」
市井を見つめ、三好は言った。



もうすぐ夜が明ける。
どうなるか、誰も分からない。

賽は、投げられた。

107 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/07/02(木) 00:35
更新しました。

前回の訂正です。

>98
13行目
「くだらない裏サイトなんかやってるヒマなんかあれば、もっと建設的なことに時間を使うのね」 →「くだらない裏サイトなんかやってるヒマがあれば、もっと建設的なことに時間を使うのね」

>98
下から6行目
亀井の顔色がさっと変わる。→亀井の顔色がまた変わる。
108 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:21
そのまま車で亀井を自宅に送る。
もう夜が明けようとしていた。
「カメ」
いったん一緒に車を降り、新垣は声を掛ける。
「今日、学校来るよね?」
真っ直ぐな目だな、と亀井は思った。
新垣は亀井が返事しないのを少し戸惑ったが、辛抱強く待つ。
「絶対来るよね?」
亀井はじっと新垣を見つめた。
「来ないと怒るよ」
俯いて、亀井は泣きそうになる。
「来なかったら、あたしいつまでも待つからね」
「ガキさん」
「おいでよ?」
新垣が亀井の腕に触れると、亀井は泣きつつも笑顔で、
「遅刻とか寝坊はアリですか〜?」
といつものようにふにゃっと笑った。
「アリだけど〜、つーか寝坊する気マンマンっしょ〜?」
「エヘ、バレた?」
「もう〜、カメはー」
家の中に入って行くのを見届けて、新垣は最後に振り返って手を振る亀井に振り返し、
車に乗り込んだ。

「ガキさんもお家に送ってあげるわね」
アヤカが言うと、
「ガキさん、もし良かったらあたしと朝ごはん食べない?」
と梨華が切り出した。
「へ?朝ごはん、ですか?」
「うん、奢ってあげる」
梨華は『タンポポへ行こう』と微笑んだ。
109 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:23
吉澤はバイトがある為、中澤家に着替えに戻った。
梨華と新垣は開店したばかりの『喫茶タンポポ』へ向かう。
「よ、朝からなんて珍しいな。
お、ガキさんじゃん」
矢口が出迎える。
「おはようございます」
新垣は頭を下げて梨華と席に着く。
「さ、好きなの食べて」
「てか、朝早いのにガキさんもう制服なんだな。
感心感心」
「ハハハ…」
矢口に言われ、まさか昨日から着替えてません、とは言えない新垣だった。


梨華にタンポポのモーニングを奢ってもらい、揃って店を出た。
「石川さん、なんであたし、誘ってくれたんですか?」
「ん、何となく」
梨華はフッと微笑んだ。
新垣は綺麗だな、と思う。
「亀井ちゃんを、支えてあげてね」
不意に言われ、新垣はびくんとなる。
「あの子にはさゆちゃんやれいなちゃん、他にも仲間がいるから大丈夫だろうけど」
梨華は『何があっても信じてあげて』と続けた。
「はい」
新垣は笑って言おうとした。
だが、うまく笑えない。
何だか体の力が抜けたような気がした。
気がつくと、梨華に抱きしめられていた。
「偉かったね、亀井ちゃんの前では泣かないようにしてたんでしょ?」
新垣は初めて、自分が泣いてるのに気付いた。
昨日から、泣いてばかりだ。
梨華は優しかった。
「どうして…」
「うん」
「石川さんは、優しいんですか?」
「さあ、どうしてだろうね」
梨華は少し笑った。
「あのね、辛い目に遭って、潰れる人と潰れない人がいるのね」
「はい」
新垣は梨華の肩先から顔を上げた。
「やっぱり、支えてくれる人がいると、潰れないと思う。
その本人が凄く強い人でも、やっぱり周りに励ましてくれる人がいるっていうのは違うよ?」
「そうですか…」
「ガキさんは、強い子だね」
新垣は首を振った。
「強いのはカメです。
3年近くも脅迫されてじっと耐えて…。
あたしがカメの立場だったら…」
新垣は最後まで言わなかった。
梨華も敢えて続きを促さず、
「うちまで車取りに行って、送ってあげる」
と少し微笑んだ。
110 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:26

梨華に送ってもらった新垣は、そっと自宅に入ろうとした。
ゆうべは母に『マコっちゃんの家に行く』と行ってそれっきりだった。
しかも制服のままなので、なるべく家族と鉢合わせしないように自室に入ろうと決める。
「里沙」
家の前で聞き覚えのある声に呼び止められる。
小川だった。
自転車のそばに立っている小川は、パーカーにジーンズ、キャップという姿で、
近所のベーカリーの紙袋を持っていた。
「マコっちゃん…」
まずい人物に会ったな、と新垣は思った。
嘘をついて家を空けたことのダシに使った罪悪感から、新垣はなるべく顔を合わさないようにした。
「オマエ、ゆうべどこ行ってたん?」
「え…」
「ゆうべ、里沙のおばさんから電話あったぞ。
里沙に友達から電話だけど、いるかって」
タイミングのまずさに、新垣は内心動揺する。
「もう寝てるって口裏合わせといたけどさ。
てか、これからアタシを使って外泊するときは、アタシに前もって言えよ?
心配だし。
あ、それと辻ちゃんがオマエの家に電話かけたらしーから、言っとくな」
小川は苦笑して、新垣の頭をくしゃくしゃ撫でた。
離れて笑う小川を見て、新垣は『やっぱり、このひとが好きだ』とちょっと泣きそうになる。
「ごめんなさい」
とだけ言って、新垣は家の中に入って行った。
111 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:28


「明日、卒業式ですね」
学校の休み時間、教室の窓からグランドを見て、光井愛佳はそばにいる久住小春に声を掛けた。
「うん」
「田中会長が送辞読まはるんですねえ。
愛佳、ビデオ持ってきますわ」
「あはは、みっつぃ、田中さん好きすぎー」
「えへへ」
光井は照れ笑いして、下敷きでぱたぱたと自分を扇いだ。


112 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:29


新垣里沙は亀井家のそばでそわそわして待っていた。
門扉が開いて、制服姿の亀井絵里が出て来る。
「カメ…」
新垣はほっとした声を出した。
「えへへ、ちょっと寝坊しちゃった」
亀井はよほど急いだのか、前髪が一本立っていた。
「カメ、アホ毛すごいからー」
「もうやだー、言わないでよお〜。
いくら直しても直んなかったんだからー」
前髪を手で押さえ、亀井はちょっと涙目になる。
「ほら、行くよ」
ぎゅっと手を掴まれ、亀井はちょっとびっくりしたが、心底幸せそうに微笑んだ。


113 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:30



「あいぼん、支度できたれすか」
「んー」
中澤家でも、辻希美と加護亜依が最後の練習に向かう為、身支度をしていた。
「ゆうべ梨華ちゃんらどこ行ってたん?」
横で洗濯物をまとめている梨華に向かって、加護は洗面台の鏡に映る自分を見ながら問うた。
「え、あ、うん。
ちょっとひとみちゃんとおでかけ」
「へえ」
「うん、あたしも早く干して準備しないと」
ぱたぱたとスリッパの音をさせ、梨華は物干し場に向かった。
「な〜んか隠してへん?」
「うん、隠してるれす」
辻加護は梨華の様子を見て首を傾げ合った。


114 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:31



「遅刻なの遅刻なの」
道重さゆみは、寮の玄関で慌てて靴をつっかけ、遅いダッシュで学校へ向かっていた。
「あ〜…ここのところれいなちゃん迎えに行ってて、今日は迎えが必要ないから油断したの」
腕時計をチラ見して、ジャージの入った鞄を抱えて走って行く。




115 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:31



「れいなー」
「んー」
クラスメートに声を掛けられ、田中れいなはつっぷしていた机から顔を上げた。
「てか、アンタ寝すぎだから(爆)。
1時間目から爆睡じゃん」
「や、なんか眠いと…」
ふわ〜あ、と小さく欠伸して、田中はまた机に顔を伏せた。




116 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:33




「愛ちゃん、てか卒業式まで出るつもり?」
自宅の最寄り駅へ、紺野あさ美は高橋愛と向かっていた。
「せや。
ちゃーんと制服で出るから心配いらんがし。
あさ美ちゃんの父兄代表として出るがし」
「あたしは卒業じゃないから。
卒業はガキさんとかだから」
「じゃ、里沙ちゃんの父兄代表やの」
「代表って…そもそもおかしいから」
紺野に散々ツッコまれながらも、高橋はのほほんと街の木々を見渡している。



117 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:34


「遅い!遅いぞオマエら!」
体育館に制服で集合した一同に、岡村はいつものように怒る。
「なんでー?
てか、15分前じゃーん」
小川はブーブー不平の声を上げた。
「そうだそうだー」
どこからともなく声が上がる。
「あの…」
亀井が遠慮がちに切り出す。
「ん、なんだ亀井?」
「あの…絵里、みんなに謝らないといけないことがあるんです」
亀井がどれだけ勇気を振り絞って言ったか。
新垣には痛いほど分かった。
知らず知らず、亀井の手を握った。
亀井は一瞬、握られた手を見たが、すぐ小さく微笑んで、
「まずは、皆さん、本当にごめんなさい」
頭を下げた。
いきなり謝られ、一同はきょとんとする。
「えっと…入院で休んだことなら別に…」
加護が『ソレかな?』という風に考えながら言うと、
「ううん、それじゃあないんです。
いえ、それもですがもっと別に謝ることが」
「なんと?
早く言うっちゃ。時間がもったいないけん」
田中が言うと、道重が『しっ!』と人差し指を立てた。
梨華は目を伏せて、亀井の言葉を待った。
新垣もぎゅっと亀井の手を握った。
118 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:35


――――亀井の口から、これまでのいきさつを聞いた一同は、呆然となった。
どこからか、すすり泣く声も聞こえる。
道重に田中はハンカチを渡し、加護は泣きじゃくる辻の頭を抱きしめてやった。
その中で、岡村は悲痛な表情で俯いていた。
「本当にごめんなさい。
絵里、今まで臆病でした。
だから、みんなに迷惑いっぱいかけました」
そこで言葉を切り、亀井は一同の顔を見渡した。
「今まで、仲良くしてくれてありがとう」
亀井の言葉に、道重ははっと顔を上げる。
新垣も
「カメ…」
と最悪の展開を予想した。
「絵里、他の学校に行くかもしれません。
明日の『卒業生を送る会』も出ないと思う。
だから…」
亀井はそこまで言って、体を震わせた。
「ごめんなさい!」
新垣の手をほどき、亀井は走って体育館を出て行った。
「ちょ!カメ!」
「ガキさん!追いかけるっちゃ!」
「言われなくても行くよ!」
新垣はばたばたと後を追った。
119 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:36


「はぁ…はぁ」
亀井の姿は見えない。
新垣は、
「たく…普段あんなぽけぽけなのに、なんであんな走るの速いかなー」
文句を言いながら、走っていた。
「またあそこかな…」
心当たりのある場所に、足を向ける。
120 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:38


新垣の読みは外れていなかった。
時計台の中2階の窓際に、亀井はしゃがみ込み、膝に顔を埋めて泣いていた。
「カーメ」
いつものように声を掛け、
「行くよ?」
とあえて普段のように言う。
「みんな…もうダメだよ」
「ハァ?なにがよ?」
「もう、絵里いっぱい嫌われたと思う…」
「バカー。
もう何言ってんのー」
「ガキさんだって」
「あ?」
「ガキさんだって、絵里のこと軽蔑してるんでしょ?」
新垣はその時、無意識だった。
叩いてしまってから、
「あ…」
声を上げて後悔した。
叩かれた頬を押さえ、亀井は濡れた瞳で新垣を見上げる。
「ご、ごめん…」
叩いた手を制服のスカートにこすりつけ、新垣はバツの悪そうな顔をする。
「でもね、みんなどれだけアンタのこと心配してると思ってんの。
やめてよね、いきなり転校とか」
「でも…」
「お家の事情とかならしょうがないけど、頼むから黙ってひっそり引越しとかしないでよ?」
亀井はまた泣き出した。
新垣は手を差し伸べ、
「ずっと友達だよ」
優しく微笑んだ。
121 名前:Messiah 投稿日:2009/07/07(火) 19:40


亀井と新垣が戻るのを、一同はずっと待っていた。
体育館のドアが開く僅かな音にすら、皆敏感になっていた。
「戻ってきた!」
小川が声を上げた。
新垣に促され、亀井がメンバーの前に俯いて立つ。
「絵里!」
道重が急に大声を上げる。
「さゆ…」
「奥歯を噛み締めて踏ん張るの!」
「ちょ!暴力はいかんがし!」
高橋が慌てて止めようとする。
亀井は首をすくめ、覚悟した。
だが、いつまで待っても手が飛んで来ない。
不審に思った亀井が恐る恐る顔を上げると、道重がぽろぽろ泣いていた。
「絵里はバカなの」
「さゆ…」
「バカなの」
亀井に抱きついて、道重は声を上げて泣いた。
「さゆ、ごめん」
亀井は道重の背中をさすって、自分も泣きながらも嬉しそうだった。
「他校生のあーしが言うのもなんやけど」
その様子を見ていた高橋はぼそっと言った。
「あんた、ダンスセンスすんごいええがし。
『卒業生を送る会』に出えへんなんてもったいないやよ」
「愛ちゃん…」
道重の背中をさすりながら、亀井は高橋に顔を向ける。
「そうっちゃ。
てか、誰っちゃ。
愛ちゃんに出番取られそーなって泣いとったん」
田中が可笑しそうに言った。
「亀井」
それまで黙ってた岡村が一歩前に出た。
「出ろよ?
どんなことになっても、出ろよ」
梨華は岡村の横顔を見ていた。
岡村は、めちゃめちゃだが嘘はつかない。
梨華はその横顔を見て、自分の中高生時代を思い出していた。
「絵里、出ます。
あの…出てもいいですか?」
「つーか、許可いらないからー!」
新垣がツッコんで、体育館に笑いが起こった。
122 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/07/07(火) 19:54
更新しました。

今日から新章です。
タイトルの『Messiah』(メサイア)はヘンデル作曲のオラトリオ(宗教上の物語を分かりやすく伝えた
音楽作品とかそういう意味だったと)より。
3部構成で2部の最後に合唱曲『ハレルヤ』が歌われます。
123 名前:ウイング 投稿日:2009/07/08(水) 18:54
お久しぶりです。
タイトル見て、ハレルヤを思い出しました☆
亀井さんにとってのMessiahは、あの人かな?
124 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:21
「よーし、45分休憩や。
俺はその間会議行ってくるからな。先生戻って来んかっても始めとけよー」
「「はーい」」
岡村が体育館から出て行くと、めいめいスポドリを飲んだり、おやつを食べたりしていた。
「絵里、アイス買いに行かん?」
「あ、いいねー」
田中に誘われ、亀井は体育館を出て行った。
新垣は壁際にしゃがみこんで紺野と話をしていたが、やがて瞼がとろんとしてくる。
「里沙ちゃん?眠いんか?」
紺野の左隣にいた高橋に顔を覗き込まれ、
「や…ゆうべあんま寝てなくて」
今にも舟を漕ぎそうな様子で答える。
「あーしにもたれるとええがし」
と高橋は、紺野と新垣の間に移動して座った。
「…ありがとー」
新垣はそのまま、高橋にもたれかかって眠気に引きずり込まれて行った。
125 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:22
「愛ちゃん、カオカオ。
カオがだらしない」
紺野に指摘され、高橋は
「え〜?そんなことないがし」
と鼻の下を思い切り伸ばしてデレデレする。
「…ガキさん、安心しきって眠ってるの」
道重が新垣の寝顔を見て、半ば感心したように呟く。
無邪気な寝顔の新垣を見つめ、高橋は嬉しそうに目を細めた。
126 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:23

その頃。
喫茶タンポポで、市井はコーヒーを飲んでいた。
三好をそこで待っている。
矢口は黙って、皿を磨いている。
「ああ」
市井は熱いコーヒーを飲んで小さく声を上げた。
「ここの雰囲気とヤグっちゃんが淹れてくれたコーヒーが、何よりの癒しだ」
「それは何よりだよ」
矢口は皿を置いて小さく笑った。
127 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:24
ドアベルの音がし、色褪せたような、アーミーグリーンのラフなコートが市井たちの目に入る。
三好が何も言わず入って来た。
「すみませんね、忙しいのにお呼び立てして」
三好は席に着いて、初めて口を開いた。
水を運んで来た矢口に、
「コーヒー。ホットで」
三好は最小限の言葉で注文する。
「悪かったな。
急がして」
三好を早朝にこの近くの駅で降ろして、2時間後には
『大体の情報は揃えたが、どうするか』と彼女から連絡があった。
市井はその仕事の速さに驚いた。
128 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:25
「面白い事が分かりましたよ」
三好はさっと店内を見渡してから、
「あのリエって子は不倫してます」
と小声で告げた。
「不倫?」
「本人の年齢と相手的には、援交ですかね」
「なんだ、オッサンとでも付き合ってるのか?」
「教師とね」
その言葉に、カウンターにした矢口がさっと顔を上げた。
「おや、いい耳で」
三好はカウンターの方を見てニッと笑う。
「教師って、朝比奈のか?」
市井の問いに、
「ええ、高校の学年主任だそうです」
矢口の方を敢えて見て、
「国語担当のオカモトという人を、ご存知ですか」
三好は言った。
『想像通りだな』
矢口の顔色が変わったのを見て、三好は思う。
「あなたもさぞ在学中喧嘩なさったことでしょうね。
まあ、どれくらい金銭的な遣り取りがあるかは不明ですが、ちょくちょく学校から離れた下落合のラブホなどで
会ってるようです」
「下落合?」
市井が顔をしかめた。
「まあ、何かと都合がいいんでしょうね。
それと、キュービックの掲示板が荒らされてた理由についてですが、亀井絵里の友人のエミが、あなたのバンド仲間の
アヤカさんに個人的な恨みがあるようです」
「なんだ?」
「いつも駅で見かけて、気に入らなかったようです」
「は?」
「外苑前の駅を、彼女はたまに利用してますね」
「ああ」
「エミは亀井絵里と仲がよかった頃、よくその界隈を一緒に散歩してたそうです。
で、『駅でいつも見かける綺麗なお姉さん』というように、亀井絵里がちょっと憧れてたようで。
だからですよ」
「ああ…てか、よくバンドのことを突き止めたな」
「アヤカさんがギターとか楽器を持ち歩いてるのを見て、何となく音楽やってるのかもって思いついたんじゃないですか。
まあ、このご時勢、他人のことを探るなんていくらでも方法はありますから」
三好の言葉に、市井は薄ら寒いものを覚えた。
尤も、自分もいま三好を利用して、他人の事を探っている。
人の事は言えた義理ではない。
「お前、寝てないんじゃないか」
ふとした時に、三好が疲労の色を見せ、市井は思わず声を掛けた。
「中途半端に休むと、却って疲れるんですね」
三好は苦笑して返した。
「この情報の出処って何処?」
黙って聞いていた矢口が、口を挟む。
三好はチラッとカウンターに目線をやり、
「例の写真の持ち主と、接触できました」
と敢えて矢口の質問には答えず言った。
「え!」
コーヒーカップから、市井は慌てて口を離した。
「ちょっと揺さぶったら、ぺっらぺら話してくれましたよ」
「写真も明日返すと言ってます」
市井は目を見開いて、三好の顔を見た。
「お前…」
「じゃ、これで」
自分のコーヒー代を置いて、三好は来た時と同じように黙って出て行った。
129 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:26
三好と入れ替えに、岡田が
『毎度〜』とバイトにやって来る。
「ああ…岡田ちゃん」
放心状態だった矢口がはっと我に返る。
「あ、市井さん。
こんにちはぁ〜」
思い切り関西アクセントで言われ、市井は我知らず微笑む。
「矢口さぁ〜ん。
うち、三好さんとこ出前行って来ますねぇ〜」
エプロンに腕を通しながら言う岡田に、
「あ、ちょ!岡田ちゃん!」
矢口が慌てて声を掛ける。
「なんですかぁ」
「あの…大丈夫?」
「何がですか?」
岡田は本気できょとんとする。
その様がおかしくて、市井は苦笑した。
「三好さん…なんもされてない?」
「ええ〜?
三好さんはエエ人ですよお」
「は?そなの?」
「いつもうちが行く時間なったら、家おってくれはるんですよ?
うちが来るんイヤやったら、わざと出掛けて家空けるとかできるのに。
ね?エエひとでしょ」
「アイツはその辺は律儀だからな、昔から」
市井が思わずぼそっと言うと、
「三好さんを知ってはるんですか?」
岡田は市井の方を振り返った。
「あー?幼馴染ってヤツ?
あ、友達だったことはないから昔馴染み?」
「へえ〜。
三好さん、可愛かったんですかぁ〜?」
「ぶすくれてた」
「「ぷっ」」
思わず、矢口と岡田、同時に吹き出した。
130 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:27
「ヘクシュッ」
三好はくしゃみをして、鼻をこする。
自宅で、引き続き市井依頼の仕事をしていた。
『ごめんくださあい』
インターホンから、思い切りとろんとした関西弁アクセントが聞こえる。
「入れば?」
もう拒否するのも諦め、三好はさっさと出前を置いて帰るように促した。
「えー、今日はグラタンやのに無理ですよお」
「何が無理なの」
「焼かへんと」
「…今から?」
「はいい」
岡田は悪びれず、ニッと笑った。

グラタンをキッチンのオーブンで焼いてる間、岡田は勝手に三好の横でぺちゃぺちゃ喋っていた。
正直帰ってくれ、と三好はげんなりする。
「お仕事大変ですねえ。受験もあんのに」
「まったくね」
「入試はいつですかぁ?」
「明後日よ」
「ほな、明日は空いてますね」
と岡田は鞄からがさごそ探り、紙切れを取り出した。
「何?」
「明日、うち卒業式ですねん。
身内用の招待状あげますさかい、来てください」
「はあ?」
「式の後で『卒業生を送る会』いうのもあって、下級生の子ぉらが歌ったり踊ったりするのもあるんですよ。
めちゃ楽しいですよ。絶対来てくださいね」
「あの…入試が明後日って言わなかったっけ?」
「入試2日前に仕事してはるくらいやからお茶の子さいさいでしょ?
ほな、約束ですよぉ」
岡田は『そろそろ焼けたかいな』といそいそとキッチンへ向かう。
渡された招待状の葉書を手にし、三好は顔をしかめた。
131 名前:Messiah 投稿日:2009/07/13(月) 15:28
――――ふたたび朝比奈学園中高体育館

「ふあ」
道重は欠伸をし、目をしばしばさせた。
隣でしゃがみ込んでる田中が
「さゆ、眠いと?」
「ん…ちょっと今朝も寝過ごしたから疲れてるのかもなの」
「ここで寝るといいと」
田中は自分の伸ばした脚の太腿辺りをちょいちょいと指し、ニヒヒと笑った。
「膝枕なの。
羞恥プレイなの」
「何やと?」
「フフフ…硬いの。細っこいし。
寝心地もよくないの」
「もー、文句多いっちゃねー」
その現場を目の当たりにした亀井は、
「ちょっとちょっとちょっとガキさん!」
と新垣を肘で突っ突く。
「なによ、カメ」
「あそこ!
いちゃいちゃしすぎですよね、ダンナ?」
「あー、見てられないねー」
自分もさっき高橋にもたれかかって寝てたのに、新垣は腕組みをしてわざと難しい顔を作った。
道重はくすくす笑いながら、田中の膝を叩いていた。
辻も道重たちに触発されたようで、加護に膝枕させていた。
体育館がちょっと怪しい光景となる。

会議を終え、体育館に戻った岡村の一言。
「――――オマエら!何レズや!」

体育館は膝枕大会と化していた。
132 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/07/13(月) 15:32
更新しました。

レスのお礼です。

>ウイングさん

前スレでレス頂いた方でしょうか。
お久しぶりです。

川*^ー^)<あの人だと思います、たぶん

ハレルヤを思い出してくださってちょっと嬉しいです。
ありがとうございます。


訂正です。

>128

上から9行目

その言葉に、カウンターにした矢口がさっと顔を上げた。 → その言葉に、カウンターにいた矢口がさっと顔を上げた。

(;〜^◇^)<カウンターにされちゃたまんねーっつの
133 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:41
岡村はしばらく何か言いたそうに全員の顔を見渡し、ちょっともじもじする。
自分の手をジャージのズボンの腿辺りに擦り付けて、
「あー、みんなちょっと聞いてくれー」
と切り出す。
「なにー、センセー」
小川が反応する。
「あのな…実は」
「はあ」
梨華は岡村の奇妙な笑みが気になり、思わず声を出した。
「あの…さっき会議で決まってんけどな。
明日の送る会、頭染めてるヤツは明日1日でエエから黒してほしいねん」
全員自分の頭髪に触れ、首を曲げて確認する。
「てか、アタシと田中だけじゃん。
目に見えてアレなん」
小川の言う通り、髪の色が目立つのはその2名のみだった。
「あの先生…あたしもでしょうか」
梨華が遠慮がちに言うと、
「あ、石川はエエねん。もう卒業しとるし。
問題は…在校生やねん」
岡村によると、ここのところ何かと騒動があり、送る会自体も中止にするようにとの声が学園内で多数上がっていた。
岡村は数日前から学園側に掛け合い、ようやっと、
『在校生の頭髪は黒のみ、ステージでの華美な衣装は禁止』という条件で
やっと開催までこじつけたのだ。
加護が戸惑った声で、
「え…華美な衣装禁止って…」
「――――スマン!」
岡村は『きをつけ』の姿勢でガバッと頭を下げた。
「明日は全員ジャージで頼む!」
134 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:42
一同は静まり返った。
だが、
「プ…プププ。
ジャ、ジャージ…」
亀井がその沈黙を破る。
「ジャージだってー!
ヤバイよー!」
アハハハハ、と元来ゲラな亀井はその場で腹を抱えて笑い出す。
道重や新垣も戸惑いつつもつられて笑う。
「ま〜、ジャージってのがらしーよねー」
どうらしいのか。
新垣が頷きながら言う。
「だしょ?
案外楽しーかもよ?ジャージで『恋レボ』」
「カメはテキトーなんだから〜」
新垣と亀井が盛り上がる横で、
「まー、れならが染めて解決するんなら条件呑むと」
「ああ、センセーのカオ立てるよ」
田中と小川が宣言する。
「じゃ、帰りにでも黒スプレー買うっちゃ」
「その心配はない」
岡村はいそいそと手にしていた袋からスプレー缶をふたつ出した。

「あのお、先生」
梨華がまた遠慮がちに手を挙げる。
「あの、ジャージ着用ってあたしと矢口さんはどうすれば…」
「あ、そうっちゃね」
田中もふと、ふたりが既卒生なのを今更思い出す。
「家の箪笥に高校の時のがあると思いますが…」
梨華が言うと、岡村は満面の笑みでまたもや袋からジャージを2着取り出した。
「っわあ!用意いーな!」
小川の素っ頓狂な叫びに同調するように、
「…ホント」
新垣も呆れたようにぼそっと声を出した。
「えー、これは在校生の好意で借りて来たモンや」
岡村が言うと、
「へえ、誰やろ」
と加護が隣の辻と顔を見合わせた。
「石川のは岡田唯、矢口のは留学生の銭」
「チ、チェンさん?」
田中がぽかんとすると、
「リンリンさん」
と道重がフォローする。
「ああ…あの人そんな名前やったとか」
「私はともかく…矢口さん、まずブカブカでは」
梨華はリンリンのジャージを手にし、眉をハの字に下げる。
「石川」
岡村が無駄にキリっとした表情を向けた。
「な、なんですか」
「アイツがジャージブカブカでない時があったか?」
「…ありません」
「ならそれでいい」
どういいのか。
『リンリンのジャージだったら、ヤグチはブカブカかもしんないね問題』は岡村の無理矢理な締めで解決(?)した。
135 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:43
「しかし先生、髪のスプレーといい、ジャージといい、用意周到がし」
高橋の何気ない一言に、特に小川と田中が岡村に鋭い視線を向ける。
まずは田中が、
「せんせー、今日の会議で決まったゆーちょったけどー、実はもう決まっとったんやろー?」
「ん?違う?」
小川も岡村の肩に腕を回す。
不良の生徒が善良な教師に絡むように、ふたりはニヤニヤしながら岡村を問い詰めていく。
「うわわわわ!なんやオマエら!
教師を信じへんのか!」
「いや…センセー、やばかろ?」
「ヤバイよなー、なー、田中?」
元来シャイというか、女性観や恋愛観が『男子中学生』な岡村は、女子生徒にぐいぐいと追い詰められ、あわわわとなる。
それを助けず、梨華は黙って笑って見ていた。
「た、助けてくれー!石川ー!」
救助を要請された梨華は、
「しょうがないですねー。
ん、ふたりともそこまでにしといてあげて」
「「はーい」」
「オマエら石川の言う事は聞くんかい!」
「え?ダメ?」
岡村を解放し、小川はニヤニヤして言う。
田中も黙って笑う。
136 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:44
「あっはっは。おっかしー」
練習の合間、高橋は笑いながら紺野と外の空気を吸いに体育館の外に出る。
「岡村せんせー、最高がし」
「ん〜…担任の先生だったら大変だろうね」
紺野は苦笑しつつ答える。
「でもまあ、安心したがし」
「え、何が?」
「あさ美ちゃんが、あーしの知らんとこでエンジョイできとるから」
「……」
「あんたは口ベタやし、帰国していきなり普通の学校に編入したら、苦労するやろってちょっと案じとったがし」
「…愛ちゃん」
「でもまあ、余計な心配やったようやし」
高橋はニッと笑って、紺野の手からスポドリを取り、一口飲んだ。
「もしかしたら東京に来たのって、ヅカは口実であたしのこと心配して…」
「あーし、オンナの友情って信じてへんかったけど」
それには答えず、高橋は続けた。
「エエもんやね」
「まあ、そうだね。
てか、どうして信じてなかったの?」
「え〜?よう考えてみるがし」
顔をくしゃっとし、いかにも嫌そうに高橋は言った。
「女って奪い合うイキモノやん?
それでユージョーって胡散臭いやよ?」
「…すっごい偏見だね」
「ヒャッヒャッヒャッ!愛してんでー、あさ美ー!」
高橋は愉快そうに笑い、ふざけて紺野に抱きついた。
「もう、愛ちゃんは」
紺野も苦笑して、抱き返す。
「…愛ちゃんが好きだったよ」
「知っとる」
「ずーっと大好きだった」
「うん」
「でも、愛ちゃん、ずっと他の人追いかけてて」
「ごめんな」
「悲しかったけど、でもいい。
親友でいられるもの」
紺野が顔を上げると、高橋は優しい目で笑っていた。
「愛してんで、あさ美ちゃん」
くしゃくしゃと頭を撫で、高橋は大事な親友に心底愛おしそうに頬ずりした。
137 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:45

亀井と新垣は体育館のステージ奥にいた。
「まーったくカメはー」
雑談の中で亀井のぽけぽけっぷりに新垣が呆れつつ笑っていると、亀井がふと、
「マコっちゃんに、言わないの?」
と訊いてきた。
「な、なにを?」
新垣が本気できょとんとしていると、
「好きって」
新垣は一瞬悲しそうな顔になる。
だがすぐに笑い、
「いや〜…あたしは」
「言いなよ、ちゃんと」
返事を最後まで待たずに、亀井は新垣の手をぎゅっと握った。
「カメ…」
「言わないと、きっと何も解決しないよ」
新垣は何も答えなかった。
亀井もそれ以上何も言わず、もう一度新垣の手をきゅっと握った。
138 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:46
辻と加護もレッスンの合間に軽くバスケをして遊んでいた。
辻の投げたボールは2、3回でするっとゴールに入ったが、加護のボールはあさっての方向にばかり飛んでいく。
「ん、も〜!」
加護はムキになって顔を真っ赤にしてシュートを繰り返す。
「あいぼん」
「あ?」
「のんと、付き合ってくらさい」
加護はシュートの構えのまま、怪訝な顔で振り返る。
「なに?てか、なんで今?」
「あいぼんが大事なんれす」
「はあ…」
「あいぼん、のんだけを見て」
たまたまその現場を見ていた田中と道重は、空気を読んでそそくさと退散した。
139 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:46
「ひゃぁ〜。
辻さん、やるっちゃ」
「大胆なの」
田中と道重は、そのまま体育館の外に出た。
少し離れたところで高橋と紺野が何か話をしている。
「れいなちゃん」
「なん?」
「今も、紺野さんを好き?」
本人が近くにいるので、声を潜めて道重は言った。
田中は言葉に詰まる。
「な、なん?」
「頑張るの」
「だから、なにを?」
「気持ちは、言わないと伝わらないことのが多いの」
「ああ…」
田中は納得して声を上げた。
紺野は高橋の腕を叩いて、何やら楽しそうに笑っていた。
140 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:49
「集合〜」
再び号令が掛かり、岡村の許に一同は集まる。
「お前たち、今までよう頑張った」
労いの言葉に、一同の顔に笑顔が浮かぶ。
「だが、もうちょっと頑張ってもらう」
全員の顔に『?』、もしくは怪訝な表情が浮かぶ。
「明日は、5時集合や」
全員静まり返る。
「あ、あの…5時って朝の?」
ようやく、梨華が口を開く。
「勿論や」
岡村は満足そうに頷いた。
在校生は、石となった。
ややあって、
「せんせー、実はあほっちゃろ?」
田中が言う横で、
「『実は』はいらないの』
道重の猛毒っぷりに、横にいた梨華がぎょっと目を見開く。
「ハァ?朝5時?何ソレ?部活の朝練でもそんなド早朝から集まんねーっつの」
小川が威勢よく言い切る。
「さすがに5時は早すぎでは…」
梨華が年長者として皆を代表する形で恐る恐る岡村に告げると、
「オマエら!エエもん作りたないんか!」
お構いなしに岡村は一喝した。
「そりゃあ…」
「矢口を見てみい!
アイツ、普段は働いて、明日も店臨時休業して来てくれんねんぞ!
今日も早めに店閉めて練習来る言うとる!
仕事忙しいのに時間見つけては自主練して、ここでの練習は完璧に仕上げて来おる!
それがアイツや!」
一同は気まずそうに俯いてしまった。
「先生…実際問題、5時だとバスとか電車困る子いるんじゃ」
梨華も控え目ながらも意見はしてみた。
「寮に泊まれ」
「…エ」
「道重、エエな?」
「…さゆに確認取られても物凄く困るの」
「こんなこともあろうかと、留学生会館におる李と銭にも話つけてある」
「李さんはジュンジュンさんね」
道重は田中にそっと耳打ちする。
141 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:50
「相変わらず恐ろしく意味不明っちゃ」
田中はブツブツ言いながら、体育館を出た。
一時帰宅を許された一同は、一旦着替えなどを取りに戻る。
特に明日卒業式の新垣、亀井、道重の3人は、正装用のセーラー服が必要だった。
朝比奈学園は明治時代に女学校として創立された。
創立当時からしばらくは『白セーラー、紺色襞スカート』が制服だった。
その名残で、制服が変わった今も、付属中学は『白セーラー』が正式の制服となっている。
入学式、卒業式、卒アルのクラス集合写真など、様々な式典の時にしか着用しない白セーラー。
ムダな費用だと保護者からは至極評判が悪い。
「うっわー…絵里のシミなってる気がする」
「もー、カメはー。ほんっとどうしようもないねー」
「どうしよ、ガキさあん」
「さゆ、白いのこっち持って来てると?」
「ぬかりはないの。
3日前にアイロン掛けてクローゼットにしまってあるの」
「へえ、すごいっちゃね」
「れいなちゃんも、春休みのうちに用意しといたほーがいいの。
3年に上がったら、すぐ卒アル用の撮影で着なきゃいけないの」
「サンキュ〜。いいこと聞いたっちゃ」
4人は色々言いつつ、とりあえずそれぞれ帰宅した。
142 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:50
「ただいま…」
新垣里沙は、そっと家の中に入り、母がいないのを確認してほっと安心しつつ、自室まで着替えと白セーラーを取りに行く。
さすがに外泊が続いており、昨夜も嘘をついて一晩出ていたので顔を合わせづらい。
ふと、ダイニングのテーブルに置手紙と封筒があるのに気付く。
「なになに…」
手に取って読み上げる。
『里沙へ
嘘をついて外泊することだけはやめなさい。
明日は卒業式ね。
式の後お友達と何処かに行くだろうし、少ないけど置いておきます』
簡素な文章に、余計新垣は項垂れる。
バレバレであった。
「ごめんなさい…ママ」
封筒を額に押し当て、拝むように押し戴いた。

新垣は電車の中で母にメールを送り、謝罪の言葉を綴る。
そしてお小遣いの礼も。
母から、
『今日は帰って来るの?』
とすぐ返事があり、朝比奈の寮に泊り込むことになりそうだと送る。
『行ってらっしゃい』
母は呆れて苦笑してるだろう。
そんな顔まで浮かんできた。
143 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:52
亀井絵里の家まで、彼女を迎えに行く。
「お〜、ガキさん」
亀井はバスローブを羽織り、呑気にサンドイッチを摘んでいた。
「なにやってんの?
しかも風呂上り?」
亀井の髪は、微妙に湿り気を帯びている。
新垣は心底呆れたように、カメさんに勧められてリビングの椅子に腰を下ろした。
「だってー、今日お風呂入れるかアヤしーじゃん。
いくら絵里がテキトーでも、明日卒業式だってのに、お風呂も入らず出るのはイヤですよ」
「ガキさんもサンドイッチどう?」
「あ…頂きます」
空腹には逆らえず、新垣はカメさんにぺこりと頭を下げた。
出されたサンドイッチは、自家製だというスモークサーモンだの、ふわふわのスクランブルエッグだの、
さり気に手の込んだ具が挟まれていた。
「おいし…こんなの初めて」
サンドイッチの断面を見つめて、新垣は感嘆する。
「まあね、カメさんは料理上手だから」
「おいしいです」
カメさんを見上げ、新垣は言う。
カメさんは『たくさん食べてね』と微笑んだ。

「ガキさんもお風呂入れば?」
新垣が一通り食べ終えた後、亀井はふと言った。
「え?」
「寮のお風呂って入れる時間決まってるし、そもそも今日入れるかアヤしいじゃん。
まだ時間あるし入んなよ。
絵里、支度してくるから」
「ああ…」
新垣がまだ言い終わらないうちに、亀井は自室へと向かった。
「なんか…いいんですかね」
新垣が我知らず呟くと、
「ガキさんのこと、かなり気に入ってるのよ」
カメさんがくすくす笑って言った。
「はあ」
「絵里ちゃんは内弁慶なところがあるからね、分かりやすいの」
「そうですか」
新垣は赤くなった顔を誤魔化すように、俯いてお茶の残りを飲み干した。
144 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:53
新垣同様、道重さゆみも田中れいなの家に迎えに行っていた。
田中もやはり風呂に入っている。
その間、道重はホットケーキをよばれていた。
「おいしいです、おばさま」
「そう?ありがとう」
頭にバスタオルを巻いて田中が出て来る。
「あんたも入るといいと。寮って結構早くお風呂締め切るやろ?」
「さゆみはいいの。
最悪、明日の朝学校の体育館のシャワー使うの」
「あんた明日の主役やのに。
疲れんっちゃか?シャワーだけて」
「遠慮しなくていいのよ」
「はあ…」
田中の伯母にも勧められ、道重はお風呂を借りることとなった。


「れいなちゃん、シャンプー変えたんだね」
学校へ向かう道すがら、道重は自分の洗い髪をいじって言った。
「そうっちゃ」
「同じ匂いがするの」
道重が髪をいじりつつフフッと笑う。
その様が大人っぽくて、田中はドキドキする。
145 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:54
体育館に戻ると、光井や久住、ジュンジュンとリンリンも来ていた。
「差シ入レダ」
ジュンジュンは大きな紙袋からタッパーをいくつも出した。
「おお!手料理!」
感嘆の声が上がる。
「辛イノハヤメニシタ。
味付ケハリンリン達ニ任セタ」
「?どういうことっちゃ」
田中がきょとんとすると、
「ジュンジュンのふるさとは、メチャ辛の料理で有名ですねん。
だから、ジュンジュンが料理したらデフォで辛なるからリンリンとうちらで味付けは手分けしましてん」
「へー」
光井の解説を聞いて田中は納得する。
「れいなちゃん、この唐揚げおいしいの」
「マジ?」
道重に言われ、田中はぱっと嬉しそうな顔をする。
それを見て、光井はちょっと悲しそうな顔で笑う。
146 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:54
「ちょっと」
久住小春は、光井愛佳の腕を引っ張り、体育館の裏に連れてった。
「なんですのん、久住さん。みんなおんのに」
「あんな悲しそうなカオするんならさー、はっきり言えばいいじゃん」
光井は黙って久住を見つめる。
久住は怒っている。
大きな目が、刺すように自分を見ている。
「言えます?
久住さんやったらもし」
「もしとかじゃないでしょーが。
あんたのことじゃん」
「もういいんです」
「よくないっての!」
次の瞬間、久住はしまったと思う。
光井はボロボロと泣き出してしまった。
「ああ…ごめん」
久住は制服のポケットからハンカチを取り出し、光井に手渡す。
光井はただハンカチを握り締めるだけで、涙を拭こうとはしない。
「泣くほど好きならさあ、言えば?」
所在無さげに、久住は言った。
光井は黙って首を振る。
「ああ、もう。
どうしたいの?」
「…さんが」
「あ?」
「田中さんが、幸せなら、エエんです」
「ふうん」
久住はもうひとつ納得いかない様子で、
「小春なら言うけどなあ、新垣さんに」
「そら、久住さんは可愛くてスタイルもエエし」
「それは別にかんけーないじゃん」
「可愛くてスタイルエエは否定しはらへんのですね」
「いやいやいや、てか元に戻ってるし」
光井はハンカチをきちんと畳んで、
「すみませんでした」
と返した。
「行こ。みんな、不審に思うよ」
久住はまた腕を引っ張って、光井を連れて行った。
147 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:55
「…ホントに泊まりになっちったよ」
小川はとほほ、というような笑いを浮かべる。
今夜は寮に泊まり込みだ、と聞いて、夜練習に合流した矢口は『マジ!?』と在校生に心底同情した。

「絵里とれーなはさゆの部屋に泊まるからいーけど…ガキさんどうする?」
「ん、ジュンジュン、部屋に来ていいって」
「あかん、ジュンジュンはアカンでー!」
何故か高橋が止めに入る。
「は?愛ちゃんどしたん?」
高橋の必死っぷりに、新垣はやや引く。
「ジュンジュンは危険なニオイがする。里沙ちゃんの貞操の危機や」
「…愛ちゃん」
「ジャ、リンリンノ部屋ニ来ルトイイデース」
「え、いいの?」
リンリンの好意で、新垣の貞操(?)は守られた。
そんなジュンジュンの部屋には、小川が泊まることとなった。
148 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:57
部屋割り

・朝比奈中高寮

道重(個室)→道重、亀井、田中
光井(二人部屋)→光井、久住


・留学生会館

ジュンジュン(個室)→ジュンジュン、小川
リンリン(個室)→リンリン、新垣

※留学生会館は基本個室


辻加護、高橋、紺野は寮の畳敷きの娯楽室に布団敷いて寝る事になった。
寮の個室よりずっと広いので、ある意味当たりだった。
149 名前:Messiah 投稿日:2009/07/20(月) 22:58
梨華は、車で来ていた矢口に送ってもらい、帰ることとなった。
「みんな、また明日ね」
「おー。またなー」
矢口と同じくらいちっこい車で学校を後にする。

「イシカワ、疲れてる?」
「いいえ、そんなに」
「じゃ、オイラとデートしねえ?」
「デート?」
梨華は可笑しそうに笑う。
「湾岸ぶっ飛ばそうぜ、湾岸」
「いいですねー」

カーステレオでタンポポの曲をガンガン流し、矢口はハンドル握りつつ『ラストキッス』を口ずさむ。
有明ジャンクションが近づいてきた。
「矢口さん、相変わらず歌上手いですねー」
「相変わらずってナンだよ」
キャハハハと笑い、矢口は
「ありがとうな」
不意に、呟いた。
「え?なんですか?」
「なんか、色々と」
「矢口さん、意味不明ですよ」
梨華はくすっと笑う。
「いやなんか、マジでイシカワいるから助かってる、オイラ」
「…矢口さん」
「キショイけどな」
「もー!どうして最後はソレでシメるんですかー!」
梨華の抗議の声も、矢口のキャハハハ!という笑いに消えた。
150 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/07/20(月) 23:00
更新しました。

次回は、きっと卒業式(多分)。
151 名前:Messiah 投稿日:2009/07/22(水) 22:41
その頃。

田中や道重が浴室の利用時間が終わったので、シャワーだけ浴びている時。
光井愛佳は下の洗濯室でアイロンを掛けていた。
横で久住は感心したように見ている。
「何やってんの?」
シャワーを終え、そこを通りかかった亀井はタオルで髪を拭きながら声を掛ける。
「田中会長の制服にアイロン掛けてるんですわ。
明日、会長、送辞読みますさかいに。
綺麗にしとこ思て」
「へえ、感心だね」
「うっとこの会長に恥はかかせられません」
「ふうん」
アイロンを掛ける光井の横顔を見て、
「つまり、れーなが好きなんだね」
何の気なしに、亀井は言った。
光井は一瞬前を見たまま手を止め、ぎょっとした顔で亀井の方を見た。
「いや、そんな驚かれても」
逆に亀井の方が驚く。
「な、なんで…」
なんでですのん、と言いたかったが、光井は最後まで言葉が出なかった。
「いっやー、だって女の子じゃん?
スキな人にはカッコよくいてほしー?みたいな?」
ウヘヘへ、とあまり乙女とはいえない笑い方をし、亀井は目を細めた。
「亀井さんは好きな人おるんですか?」
「絵里?ナイショ」
ウィンクして人差し指を自分の口元に持って来るという完璧なポージングを披露し、
「じゃあね、おやすみ」
とその場を去った。
「く…あの顔であの昭和ながらも完璧なポージング。
やられましたわ」
「なんか可愛いよね、亀井さんって」
「亀井さん…侮れませんわ」
何故か敗北宣言をし、光井はぐいぐいとアイロンを田中のセーラーに押し当てた。
152 名前:Messiah 投稿日:2009/07/22(水) 22:42
道重の部屋に入る前に、亀井は廊下の窓から外を見た。
「ガキさん…寝たかな」
羽織ったパーカーのポケットから携帯を出し、新垣の番号を呼び出す。
『もーしもし?なによ、カメ』
すぐに出て来た。
「あ、ガキさん?
別に何でもないんだけどさ、なんか…声、聞きたくなって」
『あっはっは!なにソレー。キモイんだけど』
「ひっどいなー。
あ、ガキさん、リンリンの部屋でお泊りだよね」
亀井が言うと、すぐ
『バッチリンリンデース』
とリンリンの声もした。
新垣が携帯を彼女に向けたらしい。
『カメー、今日は早く寝なよー。
さゆみんとか田中っちと喋って夜更かしすんじゃないよ』
「分かってるぅ」
笑いながら答えて、亀井はふと
「あの、ガキさん…ありがとう」
と呟くように言った。
『あ?どしたん、急に』
「なんでもいいの。ありがとう」
『お礼は明日言ってよねー。
ほんっとカメは』
「ウヘヘヘヘ、手の掛かるほど可愛いって言いますよ?」
『言うよねー。てか、言ったよーこのヒトー!』
「言いましたよ?何か?」
『上からだよー。てーかリンリン聞いてよー。
カメってばほーんと上から目線なんだよ』
『ビックリンリーンデース』
「…新語なんだ」
『アハハハハ!じゃあねー、カメー。おやすみー。
また明日ー』
「うん、おやすみ」

「明日、晴れたらいいな」
携帯を切って、亀井はまた窓の外を見た。
153 名前:Messiah 投稿日:2009/07/22(水) 22:43
翌朝。

練習の前に、亀井は学校の敷地内のチャペルに立ち寄った。
「神様…」
『あの子が、誰よりも幸せになれますように』
今まで、こんなに祈ったことはなかった。
亀井は長々と祈りを捧げ、ふっと息をついてチャペルのドアを開けた。
「わ」
チャペルを出たところ、シスターと出くわす。
「まあ、随分朝早いのね」
てっきり怒られるものと思い、亀井は
「ご、ごめんなさい、シスター。
し、式の前にちょっとお祈りをしたかったので」
としどろもどろに答える。
「そうですか。
何を祈ったのですか」
「えっと…。
とても大切な…友達がいて、その子のことを祈ってました」
「そうですか。
あなたのような優しいお友達がいて、その人もきっと幸せですよ」
「ありがとうございます」
小走りにチャペルを離れ、体育館に向かう。
「絵里、遅いとよ」
田中が腕組みをして文句を言う。
「チャペルに用事があるとか言うから行かせたけど、遅すぎなの」
道重も文句を言う。
「何をそんなに長々と祈ったっちゃ。
あ、ガキさんの事っちゃか?」
田中がニヤニヤすると、亀井は黙って赤くなった。
「ねえ、絵里」
「な、なに?」
「絵里はガキさんをどう思ってるの」
道重に言われ、亀井はしばしあって、
「…世界で一番大事な女の子だよ」
とだけ言った。
154 名前:Messiah 投稿日:2009/07/22(水) 22:43
朝5時集合なのにも拘らず、全員10分前には集まった。
全員練習で物凄い集中力を発揮し、7時半には
「よーし!解散!」
岡村の満足そうな声が体育館に響き渡った。


「カメ」
体育館からゾロゾロと全員が出て行く中、新垣は亀井に近づいて行った。
「なに?ガキさん」
新垣はまっすぐ前を見たまま、
「いま言う時じゃないかもしれないけど」
「うん?」
「あたし、今日マコっちゃんに言うよ」
亀井は一瞬目を細め、すぐ
「そっか」
と微笑んだ。
「絵里、応援してるから」
「ありがとう」
新垣は心から嬉しそうに笑った。
155 名前:Messiah 投稿日:2009/07/22(水) 22:44
『神様、あの子が笑った顔がとても好きなんです。
だから、あの子が幸せな笑顔になれる人が隣にいてくれれば、何も望みません』

亀井は新垣の後姿を見て、また目を細めて微笑んだ。

156 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/07/22(水) 22:45
更新しました。
次回も、多分卒業式。
157 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/07/22(水) 22:48
・訂正です

>147
11行目

誤:「…愛ちゃん」
正:「…愛ちゃん?」
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/29(水) 00:05
更新お疲れ様です。
数年このサイト事態から離れていて久しぶりにきました。
やっぱり面白いですね。
続きも楽しみにしてます。
159 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:12

寮の道重の部屋に戻り、道重や亀井、田中たちは支度をした。
田中は道重に手伝ってもらい、黒スプレーで髪を染める。
「うっわ…髪、バリバリっちゃ」
田中は顔をしかめ、『終わったら速攻落とすけん』と呟いた。
黒髪にし、ピアスも外し、サイドの髪をまとめ、後ろで結い上げ、仕上げに紺色のリボンで結ぶ。
物凄く清楚になった田中を見て、亀井は唇をプルプル震わせる。
「ぶ…ブハハハハ!誰!?」
堪えきれず、笑い出す。
「さゆの自信作なの」
道重は自慢げに自分の黒髪を後ろに流した。
「れーな!清楚じゃん!お嬢様だよ、れーな!」
言いながらまだ笑う亀井。 
目にうっすら涙も浮かんでいた。    
「うっさい絵里」
普段絶対しないような髪形にされ、田中はぶすっとしている。
「これなら誰にも文句言われないの」
「たるいっちゃ」
「文句言うと顔にもスプレーかけるの」
道重にヘアスプレーの缶を向けられ、田中は『あわわわわ』となる。
160 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:14

「うっわ…髪バリバリだよな。まいったまいった」
寮のロビーで集合し、また学校へ向かう前。
小川も自分の頭に手をやり、イヤそうだった。
「やっぱイヤっちゃね」
田中も頷く。
「終わったら速攻落とそうぜ」
「ういっす」
ふたりは頷き合った。
161 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:17

式の前に、中学と高校の3年生は各クラスに集まった。
付属中学3年B組も、ダークスーツでビシッとキメた岡村が静かに教壇の上に立った。
前を向いて教壇に手をつき、微笑みながら黙って生徒たちの顔を見渡す。
そして、強く頷いた。
「エエぞ、お前ら」
「は?」
すぐに新垣が反応する。
いつものやりとりとリアクションに、他の生徒は笑う。
「なーんですかー、せんせー」
「エエぞ、お前らみんなエエ顔しとるぞ。
ガキさんもエエぞー」
「いやいやいや、あたしはいいですからー」
新垣の律儀な返しにやっぱり笑う他の生徒。
「みんな、今日で卒業や」
岡村が話し出すと、一同は急に静かになった。
「みんな、1年間ありがとうな。
体育祭、文化祭、修学旅行。
そんなでっかいイベントだけやのうて、毎日めっちゃ楽しかったわ」
「ガキさんもいたからさー」
生徒のひとりがニヤニヤしつつ言うと、周りにくすくすという笑いが起こる。
当の新垣は赤くなって俯いた。
「ガキさんもありがとう」
「い、いえいえ」
岡村に真面目に礼を言われ、新垣はぎょっとしつつ手を振る。
そんな様子を、亀井は穏やかな表情で見つめていた。
そんな亀井を道重は後ろの方の席から頬杖ついて見ている。
162 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:18
「最後に、歌おう」
よっこらしょと、岡村はギターを抱えた。
修学旅行にも持って来たアコギだ。
「いーつまでも、絶えることなく」
岡村が弦を爪弾きつつ、静かに歌い始めると、
「とーもだちでいよう」
生徒たちがそれに続く。


明日の日を、夢見て。
希望の道を。
163 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:19


「信じあう よろこびを
大切にしよう」
3番を歌いながら、亀井は新垣を見た。
それに気付いたように、新垣は亀井を見てニッと笑う。

「今日の日は さようなら
またあう日まで」

またあう日まで…
164 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:22

演奏が終わり、岡村はギターを置き、
「みんな、ありがとう。
高校に進んでも、元気でな。
困ったことがあったら、いつでも俺のとこ来い。
いつでも相談乗ったる」


岡村が力強く言うと、道重がウサギのように赤くなった目をこすりつつ、
「先生、ずるいの」
と泣きじゃくった。
「ずりーよなー」
「ズルイー」
「マジかよー」
他の生徒も泣きながら続ける。
「先生、カッコいい。
今日は、一番カッコいい」
エヘへへ、と笑いながら、亀井はやっぱり泣いた目をこすった。
岡村も笑って、亀井を見た。
「さて、そろそろ行くぞ!
3−Bがホンキ出したらスゴイとこ見せたれ!」
「「「…エ?何を?」」」
張り切る岡村に反して、生徒たちは一様に引いた。
165 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:27

講堂では職員、卒業生の父兄、来賓、高校2年生や関係者が席に着いていた。
講堂へと続く道で、中学2年生が並んで腕を高く上げてアーチを作り、卒業生が来るのを待っていた。

「お、来た来た」
2年A組の先頭の生徒が言う。
高校3年が入場し、次は中学生がやって来る。
3年B組の時、
「ガキさん、今日のガキさんは綺麗っちゃよ」
田中がふざけて言うと、新垣は流し目を送り、
「知ってるぅー」
と返した。
「おめでとうございます」
「え…みっつぃ、1年なのにどうやって?」
道重が首を傾げつつアーチをくぐる。
「にぃーがきさん!にぃーがきさん!
おめでとうございまーす!」
「あ、アンタ…1年なのにどうやって…?」
約2名エセ2年生が混じっていたが、とりあえず無事入場。
166 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:33

卒業礼拝、来賓の挨拶と続き、いよいよ送辞となる。
「送辞。付属中学2年C組田中れいな」
高校2年の生徒の送辞が終わり、いよいよ田中の番となる。
進行役の教員が告げると、田中は前に出て原稿用紙を広げた。
「送辞。付属中学2年C組田中れいな」
父兄席では、わざわざ有休取ってハンディカム片手に妻と駆けつけた、田中の伯父
(田中が下宿してる家の主)がいた。
光井も会長の凛々しい姿を記録に残そうと、やっぱり撮影に勤しんでいた。
「今日、卒業式を迎えた先輩のみなさま…」
出だしはこんな風に普通に始まった。
だが、中盤からアヤしくなる。
田中が急に黙りこくったので、会場が『?』となる。
言葉に詰まったのか、急に緊張したのか。
一同が成り行きを見守っていると、
「れな、思うっちゃけど」
田中が急に、普段のように言い出した。
「…やりおった」
田中の伯父は呟いた。
「…会長」
光井もビデオカメラ片手に、行く末を案じた。
「世の中で、何が一番大切やってみんな思うと?」
送辞でいきなり質問形式。
新機軸だった。
「れなは、いっぱいあるけど、信じることやって思うと」
質問しといていきなりもう回答。
亀井は「ふはっ」と小さく笑った。
隣の席のキムラさん(3−B出席番号12番)が笑いを堪えつつ亀井の膝を軽く叩いた。
叩かれて、亀井の笑いの導火線に危うく火がつきそうになる。
さすがに厳粛な式なので、彼女も耐えた。
「れな、福岡から出て来て、地元でこの中学受けたんれなだけやったから、正直心細かったと。
でも、れな今日はマジメな格好ばしとるけど、普段はちょいヤンキーやから、いっぱい誤解もされたと」
笑っていた生徒も、何故か聞き入ってしまった。
「それでも、れなと仲良うしてくれる子もおると。
それって、れなを信じてくれおるってことっちゃろ?
やから、れな、それがばり嬉しいと」
道重は、くすっと笑ってやんちゃな後輩を見つめる。
いつの間にか、自分の心に入ってきたちっちゃい後輩。
でも、人を思う気持ちは大きい後輩。
道重の隣のワダさん(出席番号34番)が「ほほお」と道重の様子を見て何度も頷いた。
167 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:35

「れな、この学校で、たっくさん大事なもの見つけたと。
先輩たち、ありがとうっちゃ。
これからも、よろしくっちゃ」
田中は満足げに講堂を見渡し、
「れな、この学校を愛してるっちゃ!」
と締めた。
「…あの後なんてやりづらいからー」
新垣は物凄い拍手を送られる田中を見て苦笑いする。
田中の担任も、苦笑いしつつ拍手を送る。
168 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:36

おいしいとこを持ってった田中の次に、卒業生からの答辞。
高校の代表リンリンが、最後に
「朝比奈学園、バッチリデース!」
とオチた。
一体何の会なのか分からなくなってきている。
「…手厳しいねー」
新垣は呟いた。
169 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:37

「答辞。付属中学3年B組新垣里沙」
教員の声に、新垣は一歩前に出る。
深呼吸して、原稿を読み上げる。

「友情。
わたしは、それをいつも気にしてました」
またもや新機軸の答辞に、ちょっと場内がざわつく。
「いつも、人の目ばかり気にして。
いつも、人の評価ばかり気にして。
友達にも、本当のことが言えなくて」

『ガキさん悩み相談?』
『むしろカミングアウト?』
亀井とキムラさんはアイコンタクトし合う。
講堂の隅で、高橋は紺野と黙って聞いていた。
170 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:41

「ずっと、悩んだ3年間だったと思います。
これからも、もっと悩むかもしれません。
それでも」
新垣は前の方を見た。
「わたしは、負けずに悩んでいこうと思います。
だって、悩んでるわたしを、見守ってくれる仲間を見つけたからです」
「あ、そういく」
「だね」
道重はワダさんと頷き合った。
「田中っちに負けないくらい、わたしはこの学校が大好きです」
いきなり名指しの宣戦布告。
田中は地声で、
「ガキさんだけには負けないっちゃ!」
と笑顔で叫んだ。
「またやりおった…」
田中の伯父は嬉しそうだった。
「あなたはれいなに甘いわねえ」
伯母はのんびり言った。
「この学校には、大切なものがいっぱいあります。
いっぱい、見つけました。
先生も、仲間も、時間も。
だから、これからもありがとう」
新垣が『以上です』と締めると、一瞬静まり返った。
「ガキさんサイコー!」
生徒の一人が叫び、大きな拍手を送る。
すぐに『ガキさん』コールが起こる。
高橋も笑顔で拍手を送る。
「愛ちゃん、ガキさん好きすぎ」
拍手しつつ紺野がくすくす笑う。
「ああ、大好きやで」
誇らしげに、でも少し寂しそうに高橋は微笑む。
171 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:43

ハレルヤと学園歌を歌って、式は終了となる。

「会長ー!カッコよかったですぅ〜!」
光井は田中の元に速攻走った。
「見てたとか?」
田中は照れくさそうに鼻をこする。
「ええ、ばっちりです」
光井は笑顔でビデオカメラを掲げた。
「琳〜!!」
ジュンジュンは、まるで保護者のように、リンリンを抱きしめて号泣した。
「ジュンジュン、泣キスギデース」
リンリンは困ったように笑う。
「あんたが親かいな」
号泣するジュンジュンを見て、岡田は笑う。

「愛ちゃーん!写真撮ってー!」
「うええ!?あーし他校生やで?」
「いいのいいの」
高橋はいつの間にか朝比奈に出来ていた自分のファンの要請で撮影に応じる。

「さゆー!写真写真ー!」
「高くつくの」
「れいなと並んでーさゆー」
「へ?」
「れなさゆ!れなさゆ!」
一部マニアの生徒により、道重と田中は戸惑いつつ写真を撮られる。
172 名前:Messiah 投稿日:2009/08/10(月) 23:46

「よーし!ガキさん胴上げするっちゃよー!」
田中の一声で、新垣はその辺にいた生徒に胴上げされた。
道重と亀井も加わる。
「わっしょい!わっしょい!ガキさんわっしょい!」
「わー!ひゃー!」
新垣は嬉しそうな困ったような表情でぽんぽん宙に浮かぶ。
「あ…」
胴上げしていた道重が小さく声を上げた。
「…うん」
亀井も気付いていた。

「…ガキさん」
田中が胴上げしつつも、冷や汗をたらす。
「ガキさん…紐パンっちゃ」
胴上げされた新垣は、スカートがめくれ、中のインナーが露になった。
「パ、パステルイエローのギンガムチェック…」
胴上げを見ていた新垣里沙ファンクラブ『里沙ちゃんを守る会』一同は、
そう呟きその場で鼻血を噴きつつ倒れ込んでしまった。
何も知らず、新垣は
「うっひゃぁ〜!」
と笑顔で宙に舞っていた。
173 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/08/10(月) 23:49
更新しました。

レスのお礼です。

>158の名無飼育さん

(0^〜^)<おかえりだYO!

どれくらいぶりでいらしたんでしょうか。
おかえりなさい。
続きが楽しみだと言って頂けるのが一番嬉しいです。ありがとうございます。
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/12(水) 14:53
はちゃめちゃな卒業式ですねえw
会の職務に忠実でいられない守る会のみなさんワロスw
175 名前:Messiah 投稿日:2009/08/16(日) 00:51

「ま、マコっちゃん」
胴上げから解放された後、新垣は人混みの中にいた小川を呼んだ。
「ん?なんだ、里沙」
新垣の声を聞きつけ、そばに行く小川。
「は、話が…あるの」
きょとんとする小川の手を引いて、新垣は校舎の裏に引っ張っていく。
176 名前:Messiah 投稿日:2009/08/16(日) 00:51

「なんだよ、里沙。
こんなとこ連れてきて」
小川はおかしそうに笑い、新垣の言葉を待つ。
「あの…」
「うん?」
「マコっちゃんは…すきなひと、いるの?」
小川の顔が険しくなる。
新垣はしまった、と小さく後悔した。
「…ごめん」
「え?なんで謝る…?」
新垣が戸惑ってると、
「里沙は、妹としか思えない」
きっぱり言われ、新垣は哀しい気持ちで苦笑いする。
しかし、どこか心の中がすっきりした。
「ほんとに、ごめん」
小川はもう一度、頭を下げた。
「謝らないでよ。
てか、あたし、好きとも言えなかったじゃん」
あ、と小川は小さく声を上げた。
「マコっちゃんが、好きだよ」
「うん」
「ごめんね」
ふるふると、小川は頭を振った。
「里沙は、かわいいよ。
あたしには、かわいい妹なんだ」
「うん、ありがとう」
新垣はニッと笑って、手を差し出した。
「今日の『送る会』、頑張ろうね」
「ああ」
「じゃ、あたし行くね」
最後に笑顔を見せ、タッタッタッと小走りで新垣はその場を去った。
177 名前:Messiah 投稿日:2009/08/16(日) 00:52

「あ、ガキさん。
どこ行ってたの。お母さんが探してた、よ…」
グラウンドに戻ると、道重が声を掛けてきた。
新垣はとにかくダッシュで、そこも通り過ぎる。
「あ…行っちゃった」
道重がその遠くなった後姿を見送りつつ呟くと、その場にいた亀井がすっと歩いて行く。
「あ、絵里。
どこ行くのー」
道重の声など聞こえないように、亀井はすたすた歩いて行った。
178 名前:Messiah 投稿日:2009/08/16(日) 00:53

「う…ひっく…ぐす」
新垣は体育館入り口に続いてる階段裏手に潜り込み、ぐすんぐすん泣いていた。
ほっとしたと同時に、言いようのない寂寥感に襲われ、ここに逃げ込んだ。
「ガキさん?」
聞き覚えのあるほわっとした声がし、新垣はびくんとなる。
「どこ?声はするのに…」
どうやら、相手はまだ自分を見つけてないらしい。
新垣は息を潜めて見つからないようにした。
「ぶ…えっくしゅん!」
だが失敗。
その相手――――亀井は、
「ああ、ここかあ」
と階段の裏をひょいっと覗き込んだ。
「なにしてんの、こんなとこで。
出ておいでよ」
新垣は
「…ほっといて」
とぼそっと言った。
「女の子がそんな湿っぽいところで。
汚れるよ?」
「いいの」
「もう」
亀井はぐいっと新垣の腕を引っ張り、ずりずりと引き出した。
「なによ、離してよ」
「察するに」
「なに?」
「フラれて、ひとりになって泣きたかったんだね」
亀井は目を細めて新垣を見た。
「分かってんならさあ…」
新垣がムッとして苦情を言おうとすると、亀井は小さな頭を抱き寄せた。
「ガキさんは、かわいいよ」
さっきも小川に言われたな、と新垣はぼんやり考える。
「世界でいっちばんかわいい」
「…また心にも思ってないことを」
「ううん、心の底から思ってるよ」
「…テキトー」
新垣は亀井の肩先に顔を埋め、ちょっと可笑しくなってきたが少し泣いた。
179 名前:Messiah 投稿日:2009/08/16(日) 00:54

「ね、春休みなんだし、楽しいこといっぱいしよ?
ナンカレーも食べ行こ?
みなとみらいにも行こうよ」
亀井の腕の中で、新垣はちょっと心地よさを感じていた。
亀井は、さっきから自分を励ましてくれている。
「うん…ありがと、カメ」
肩先から顔を上げ、ちょっと微笑んでみせた。
「あ、そだ。
あげる」
亀井はスカートのポケットから、エンジ色の紐を取り出した。
夏の制服のシャツにつける細いリボンだった。
「あ…ごめん。
あたし、加護さんにあげちゃった…」
新垣が亀井のリボンを手にバツの悪そうな顔をすると、亀井は本気で膨れて、
「マージでー?」
と拗ねた。
「いいよお、じゃ、絵里コッチもらうから」
新垣が『え?』と思う間もなく、亀井の手が新垣のセーラーのスカーフに伸びる。
「ちょ…」
「もーらい!」
亀井はするっとスカーフを抜き取り、『こっちも』と新垣の白セーラーの襟を掴み、
「うーん!」
と唇を押し付けた。
白いセーラーの襟にピンクのキスマークばっちりである。
「…あーーー!」
自分の襟を見て、新垣は叫ぶ。
「ちょっとー!どーしてくれんのよー!」
「ウヘヘへ、苦情は受け付けませんよ?」
悪気なくニヤニヤし、亀井はスカーフをくるくる回す。
「――――返せーーー!!!」
新垣の怒声が、響き渡った。
180 名前:Messiah 投稿日:2009/08/16(日) 00:55

またグラウンドに戻った新垣を見て、新垣と面識のある生徒はちょっとざわつく。
「ガ、ガキさんの制服…スカーフ、ない」
「しかも…キスマーク」
その声を聞いて、道重は瞬時に亀井を見た。
亀井はすっとぼけた表情であさっての方を見、口笛を吹いていた。

「…今日はわたしらのお通夜だよ」
「とほほ…晴れの舞台の卒業式なのに」
「里沙ちゃんが…里沙ちゃんが」
『里沙ちゃんを守る会』一同は、鼻血噴いて倒れたショックから癒えた矢先にこんなものを見せつけられ、一気にお通夜ムードとなった。

「ガキさん、彼女いたんだねー」
顔見知りの生徒に話しかけられ、『ち、違うからー!』とぶんぶん手を振った。
顔は真っ赤だ。
「でも、キスマークついてんじゃん」
「こ、これは友達がふざけて」
新垣が必死に弁解する横を、すっと亀井が通り過ぎる。
亀井の一瞬の表情を見て、少し離れたところから見ていた田中は、
「あ、犯人、絵里っちゃか」
と小声で呟いた。
「いま気付いたのかな、れいな君」
道重はぽん、と田中の肩を叩いた。
「えー!小春もにぃーがきさんのスカーフ欲しいー!」
「もう遅いでっせ、久住さん。
なんなら、夏のタイを頼んでみはったら?」
「そうするー」
光井のアドバイスを受け、久住は
『にぃーがきさぁーん!』と駆けて行った。
181 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/08/16(日) 00:56
更新しました。

レスのお礼です。

>174の名無飼育さん

(;守)(;る)(;会)<<<…すみません

はちゃめちゃすぎてフリーダムですw
守る会のみなさんは、今回も酷い目に遭ってます(苦笑)。
182 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/08/16(日) 06:49
貼り忘れ。
朝比奈学園の卒業式でのスカーフ交換についての意味は、♯6の625らへんを
お読みください。
183 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/20(木) 18:34
すごい好きです!
とりあえずガキさんが可愛すぎます。
個人的には愛ちゃんと・・ってゆー形を望んでいます。
184 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:37
「にぃーがきさん!にぃーがきさん!」
思い立ったら即行動、の久住は新垣の元へ駆けて行った。
「お。何、小春ちゃん?」
「小春にもタイをください!」
「あ…ごめん。ない」
「えええ!?夏のもですかー!?」
「うん…ごめんね」
新垣は申し訳なさそうに、頭を下げた。
「うっそ!スペアとかもナシですか?」
「うん。
あたし、スペアのヤツ、去年の夏くらいに千切れちゃってね。
ほんと、ゴメン」
「えええ〜!」
光井は黙って見ていたが、
「もう行きましょう、久住さん。
あんまり新垣さんを困らせたらあきまへん」
とやんわり止めに入った。
「うわー!
誰ー!新垣さんのスカーフ取ったのー!」
「人聞き悪いですがな、あげはったんかもしれませんやん」
しかし、犯人は許可なく(ある意味)強奪したので、久住の表現は正しかった。
185 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:39
そしてその頃、犯人は。
道重と、世間話をしていた。

「やりおったの」
「なにを〜?」
「綺麗な花を、手折ったの」
道重の古風な表現に、亀井は思わずふっと笑う。
「人聞きの悪い。
絵里は、単にチャンスを自分の手で取りに行っただけですよ?」
そう言って亀井はちょっと妖艶に笑った。
186 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:40
「あー、あー」
高橋はしょっぱい顔をし、新垣たちを見ていた。
「やりおったか…」
「え、なにを?」
一緒にいた紺野がきょとんとする。
「里沙ちゃんの襟元、見てみ」
言われた通り見ると、可愛いピンクの口紅がついていた。
「あれ…キスマーク?
てか、ガキさんスカーフが…」
「…まったく」
高橋は難しい顔をし、腕組して道重たちを見た。
「誰にあげたんだろ?」
「…いや、あれはあげたというより取ったと思う」
「へ?」
「まったく…やり手やよ」
もう一度言って、高橋は道重と話してる亀井を見つめた。

187 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:41
「岡田、サッキカラ何ヲ気ニシテルダ」
そわそわしてる岡田に、ジュンジュンは声を掛けた。
「いや…うちの友達がまだ来うへんねん。
来て言うたのに」
岡田はちょっとショボンとなる。
「卒業式ニ間ニ合ワナカッタノカモシレマセーン。
キット、『送ル会』二ハ来テクレマスヨ」
リンリンが励ますように、肩を叩く。
「うん…なら、エエんやけどな」
岡田は何故だか胸騒ぎがした。
「今ノウチニ、飯ヲ食ウダ」
ジュンジュンが提案し、ふたりは頷いてグラウンドを去った。


柴田あゆみは、親友の石川梨華にOG用の『送る会』招待ハガキを貰って、学園を訪れていた。
「柴ちゃーん!見に来てくれたんだね!」
『送る会』の前に面会した梨華は、柴田の姿を見て喜ぶ。
「う、うん。
梨華ちゃん…髪。
矢口さんも」
「あ、コレ?」
梨華が自分の髪を弄って照れくさそうに笑う。
矢口もコンビニ弁当食いつつ、
「現役の生徒にだけってのも不公平だからな」
ニヤッと笑った。
188 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:42
昼1時――――。

体育館の中が、静まり返る。

「♪Fu woo…woo woo…」
ハミングのような歌声が何処かからし、急に舞台がライトアップされる。
『卒業生を送る会』有志一同、全員体育のジャージだった。
しかもダサい黒髪で統一。
あの矢口ですら、梨華と示し合わせて染めてきたのだ。
ある意味、客席がざわめいた。
『ディアアアアアアーーー!』
紺野が目を見開いて叫ぶ。
「DISCO!」
道重がいつものカワイさを捨ててクールに言い放つ。
「しゃゆうううううううううううううううう!」
客席にいる生徒のひとりが失神する。
「…どこかで聞いた声」
柴田は首を傾げた。
「♪あんたにゃ、もったいない」
で始まった『LOVEマシーン』だったが、ひとり変なオッサンがいることに客が気付く。
「ぶっ…岡村先生なにしてますのん」
「うっわ!脇剃ってるし(爆)!」
光井と久住は笑いで崩れ落ちそうになる。
岡村は、生徒たちに混じり誰よりもいい笑顔で歌い踊っていた。
ジャージの上を脱ぎ捨てた中はタンクトップで、見事に脇の剃り跡が青々していた。

それより、ジャージに全員黒髪のパフォーマンスはちょっと異様だった。
客もそれを感じながらもプログラムは進む。
189 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:44
その頃――――。

「早ク!ソレハコッチダ!」
舞台裏では、ジュンジュンが司令塔となり、進行が進んでいた。
「…うまくいくやろか」
岡田が呟く。
リンリンはニッと笑って、
「バッチリデース!」
と言った。



「セクシービーム!」
ちっちゃい矢口がステージの端から端へ所狭しと走りまくる。
『恋のダンスサイト』が終わったあと、いったん照明が落ちた。
「なに?」
久住が上を見る。
「セットちょっと変えるんちゃいまっか?」
「ああ、なるほど…」
やがて、『恋愛レボリューション21』のイントロが流れる。
190 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:45

『HEY YO! 恋愛 Revolution 21 行くぞ YO NOW!』
このくだりで客席はもううずうずして体を動かしている。
『WOO! HuHuHuHu!』
ここでライトがステージをカッと照らし、全員を映し出した。
全員、ジャージからギッラギラのステージ衣装に着替えていた。
全員デザインは微妙に違うが紫で統一し、無論ちっちゃいオッサンも着用していた。
「――――ああ!」
光井が声を上げる。
「しゃゆううううううううううう!」
さゆヲタの生徒はまた失神した。
「やっぱり…」
柴田は失神を見て呟いた。
「ぶっ!岡村せんせー、脚も剃ってるよ(爆)!」
またもやピンポイントにツボにきた久住。

『乾杯 BABY!』
『紙コップで YEAH! いいじゃない』

「「「OH YES!アイディア勝負!GO!」」」

客席も一体となって叫ぶ。
191 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:46

『Her He ha ha Tell me Right』

2番の後のラップ部分で激しく踊る亀井ステージ袖から見て、
『やっぱあの子、上手いがし』
と高橋は思う。
「でも、里沙ちゃん泣かしたら許さんがし」
誰にとでもなく呟き、高橋はステージに目を移した。



事件は起こった。
「ラブレボリューション21!」
梨華は自分のパートに張り切っていた。
ポーズのために腕を曲げて、
「ほ」
「ほい!」
ちっちゃいオッサンが『ほい!』を奪った。
取られた梨華は真顔でぎょっとし、岡村の方を見る。
岡村はめっちゃエエ笑顔だった。
客席はまたもや大ウケ。
今日のアイドルは岡村であった――――。
192 名前:Messiah 投稿日:2009/08/20(木) 20:47
「「「アンコール!アンコール!」」」

客席は大いに沸いた。
光井と久住も周りに負けじと声を張り上げる。
柴田も惜しみない拍手をステージの全員に送る。
舞台裏で、ジュンジュンはじめ、リンリンや岡田、ほかのスタッフは満足そうにハイタッチをした。




グラウンドで、矢口指揮で岡村の胴上げが始まる。
「わっしょい!わっしょい!おかたかリーダーわっしょい!」
「わー!オマエらちょっと加減せえ!」
と言いつつ岡村は嬉しそうだ。
「岡村隆史32歳!独身!好きな女性のタイプは女優の仲間由紀恵!!」
「コラー!矢口!余計なこと言うなー!」
胴上げされながら岡村は慌てて叫ぶ。
「『ごくせん』の録画は永久保存版です!」
「コラー!」
岡村が矢口にイジられた後は、また何故か新垣が胴上げされる。


「わっしょい!わっしょい!ガキさんわっしょい!」
また胴上げ。
今度は衣装のホットパンツなので、インナーは無事だった。
「わー!ひゃー!」
「ガキさんのだんごが揺れよる!ハッハッハ!」
田中は新垣が胴上げされるたび揺れるだんご頭を見て大ウケだった。

193 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/08/20(木) 20:50
更新しました。
ちなみに『しゃゆうううううううう!』の生徒は、『ヤッスー!今夜は離さないでー!!』の人の
年の離れた姉の子供です(つまりは姪)。

レスのお礼です。

>183の名無飼育さん

(*・e・)<ありがとうなのだ!

川*’ー’)<あーしもそう思うやよー

ありがとうございます、ガキさんを可愛く書くのが今月の月間目標です(違)。
愛ガキすごい人気だなあ(笑)。
194 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/21(金) 08:02
更新乙です
ガキさんのだんごw

ガキカメ派の俺ってもしかして少数派?
このままガキカメがいい感じになってほしい
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 08:52
乙です。
岡村先生がツボでした。
次回も楽しみに待ってます。
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/22(土) 18:08
各種ヲタネタが散りばめられまくりで楽しいです
>>193の細かい裏設定に噴きましたw
197 名前:Messiah 投稿日:2009/08/24(月) 23:28

「れな、ちょっと行ってくるっちゃ」
胴上げが終わると、田中は急にそわそわしだし、そばにいた亀井に告げ行ってしまった。
「なんだろ?」
「…紺野さんのところだよ」
道重は小さく呟き、溜息をついた。
198 名前:Messiah 投稿日:2009/08/24(月) 23:29
「紺野さん!」
校舎に入ろうとしていた紺野に、田中は大声で呼びかける。
「お疲れ様です、どうしたんですか?」
「ちょっと話があるっちゃ」
田中は真剣な表情で、紺野の腕を掴んだ。
199 名前:Messiah 投稿日:2009/08/24(月) 23:30
「これ」
生徒用出入り口で、田中は自分のスカーフを突きつけた。
「受け取ってほしいっちゃ」
紺野はしばらく田中の手元を見ていたが、
「これは、受け取れません」
とやんわり断った。
「…え」
「あなたは、まっすぐなひとです。
嘘もつけないし。
ずっと、わたしをまっすぐ見てくれてたのも、知ってます。
でも」
「な、なん?」
「いまは、違うひとを見ています」
田中は、目の前が真っ白になる。
周りの景色が見えなくなった。
「ごめんね」
紺野は、田中の肩を掴んでそっと唇を重ねた。
「…はじめてっちゃか?」
田中は、一筋だけ涙を流した。
「いいえ、はじめてではありません」
紺野は、首を振った。
「次は、大好きなひととしてください」
紺野も、ぼろぼろ泣いていた。
田中は、自分の唇に手をやり、静かに涙を流した。
200 名前:Messiah 投稿日:2009/08/24(月) 23:30

「…いつからいたっちゃか?」
「…いつでもいいでしょ」
「…のぞきなんて悪趣味ったい」
人気のない階段の踊り場で、田中は膝を抱え込んでめそめそ泣いていた。
隣には、道重がいる。
「勇気は、讃えるの」
「余計なお世話っちゃ」
「ん」
道重は、鞄から細いリボンを出した。
夏の制服のリボンだった。
「まずは、ここからなの」
田中の横で、道重は囁くように言った。
201 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/08/24(月) 23:32
更新しました。短いですが。

レスのお礼です。

>194の名無飼育さん

 ((○))
( ・e・)

从*´ ヮ`)<ガキさんのだんごが揺れよる!ハッハッハ!

この話に関して言えば、更に少数派に岡ガキ派(岡は岡村先生の岡)というのもいますから、
ご安心ください(何をやねん)。熱い気持ちは伝わりました、ありがとうございます(笑)。


>195の名無飼育さん

(;・e・)<あんまり褒めると先生調子に乗るのだ

川;*^ー^)<だよね

ツボでしたか(笑)。書いた甲斐がありました、どうもです。
ありがとうございます、岡村先生、やりたい放題です(苦笑)。


>196の名無飼育さん

从;*・ 。.・)<失神には驚いたの

川;σ_σ||<まさかとは思ったんだけどね、親戚とはね

書き手がヲタなので(苦笑)。『ほい』泥棒とだんごはいつか絶対使おうと狙ってました(笑)。
裏設定にも笑って頂いて嬉しいです(笑)。ありがとうございます。
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/26(水) 17:36
田中さんと紺野さんの会話に胸を打たれましたw・・・
作者さんは基本更新が早めなので嬉しいです。
次回も待ってます
203 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:33

新垣里沙は、卒業式の朝、教室に集合する前に加護亜依に夏の制服のリボンを渡した。

「ええのん〜?ガキさん」
加護はニマニマと自分の手のリボンを見つめた。
「はい、加護さんにあげよって思ってましたから」
新垣は微笑んで言った。
「なんや悪いなあ。ガキさん狙いも多いやろうに」
「え〜!あたしなんてそんなそんなー」
加護が言うと、新垣は昭和リアクションでぶんぶん手を振った。
「なんや聞いてんでー。『里沙ちゃんを守る会』やらいうファンクラブがあるて」
「えええ〜!?」
本人がその存在を知らないファンクラブ。
『陰ながら里沙ちゃんを見守る』という会の趣旨がある意味全うされてはいる。
204 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:34
「今日ですね、本番」
「ん?うん」
「頑張りましょうね」
新垣がニッと笑うと、加護は眩しそうに目を細め、
「ガキさん、恋してるやろ」
とニヤッと笑った。
「は?はああああ〜!?」
『いちいち昭和でオモロイわあ』と思いつつ、加護は、
「な、相手ダレ?愛ちゃん?猪木?」
「ち、違いますから〜!」
「ん〜?じゃ、亀井ちゃん?」
「もー、なんでカメなんですかー」
「ああ、なんでウチもあの子の名前出したんやろな」
自分で言っときながら、加護は首を捻った。
「意外なトコでシゲさん?れーな?」
「…加護さん、テキトーに名前挙げてるでしょー」
「あっはっは。
お、そろそろ3年集合の時間やないの?」
「あ、はい。
じゃ、また後で」
「おー」
ぱたぱたと駆けていく新垣の後ろ姿を見送り、加護は手を振った。
205 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:34
「しっかし、アタマ黒くすんのいつぶりだろ?」
寮で少し休憩した後、また学校へ向かう道すがら、矢口は自分の前髪を弄りつつ言った。
「少なくとも、あたしは中学以来です。
矢口さんの黒髪見んの」
梨華はうんうん頷きつつ答えた。
「おー、そっか」
「マリちゃんもあの頃は可愛くて…」
「ぶつぞオイ」
「なんか、純真でしたよね。可憐で」
「いまは純真じゃねーってのかよ」
矢口はキャハハハ笑い、梨華の腕をばしっと叩いた。
206 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:37
「加護さん」
中学と高校の3年が各教室に集合し、最後のホームルームが行われている時。
紺野は講堂の前にいる加護に駆け寄って来た。
高橋も一緒だ。
高橋は予告通り、自分の学校の制服を着て来た。
「よお、おはようさん」
「さっきも会ったじゃないですか」
紺野が苦笑しつつ言うと、加護もフッと笑った。
「いよいよですね」
「ああ」
ふたりは顔を見合わせて笑う。
「しかし、ええのんか?
ふたりとも、転校せなアカンのかもしれんのやろ?
なんや、第三者のあーしが聞いても腑に落ちんがし」
高橋はふたりを見て、不満げに眉を顰めた。
ふたりはほぼ同時に困ったように微笑み、しかしはっきりと、
「だからこそ、ここでギャフンていわせたるんや」
「ええ。みんなとの思い出を作りつつ、目にモノ見せてやるの」
「…あさ美、ほんま変わったの」
紺野の様子を見て、高橋はちょっと冷や汗をたらした。
207 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:37
「しっかし、岡村せんせいもアレやな。ロックやな」
岡田唯は、式の後、『卒業生を送る会』の準備でステージに立つ有志一同の『衣装』の準備をしつつ、そう呟く。
リンリンはほかの準備をしつつ、
「ロックデース!バッチリデース!」
「ウッホ!スッゴイ衣装ダナ!」
ホットパンツの衣装を広げ、ジュンジュンは顔を赤らめた。
「ちょっと、その衣装、亀井ちゃんのやで」
「カメーノカ…」
「なんでそこで恥じらうん?」
ジュンジュンは額の汗を拭った。
208 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:38
岡村は式の後、養護教諭の稲葉と控え室で仕出しの弁当を食べていた。
「しかし、先生よろしいのん?」
「何がや」
岡村はブリの照り焼きに齧り付く。
「…クビ覚悟て。無謀すぎますて」
稲葉が声を潜めて告げると、
「あいつらにだけ、辛い思いはさせられん。
大丈夫や、幸い俺は独身や。
自分一人食うくらいやったら、何とかなるやろ」
「…分かりました」
もう何を言ってもムダだと悟り、稲葉は小さく溜息をついて、
窓から見える、まだグラウンドに溜まってる式後の生徒たちに視線を移した。
209 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:39
出番前、ステージの袖で。
「加護さん」
「あ?」
「いっぱい、素敵な思い出を作りましょう」
紺野の穏やかな横顔に、加護はニッと笑い、
「おう」
とその頬にキスした。
「あ〜!あいぼん!」
辻がすかさず反応。
当の紺野はちょっときょとんと自分の頬を押さえ、
「エヘへ」
とすぐ加護の頬にキスし返した。

「よーし、お前ら!
お前らがホンキ出したら凄いトコ見せたれ!」
いつものように、岡村は檄を飛ばす。
「「「がんばっていきまっしょーい!」」」
円陣を組んで、全員で気合入れを行った。
210 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:42


その日の朝。

――――三好絵梨香は、明け方の銀座を歩いていた。

『5時半に松屋通りのスタバ前で』

待ち合わせの相手の指定で、この時間から都心に出ていた。

『確かに、渡したからね』
相手はこう言い、三好が受け取った現物を確認し、分厚い茶封筒を渡すと、
ひったくるように奪い、さっさと踵を返した。

「…こんなものの為に、3年もね」
封筒からさっき出して確認した写真を思い出し、小さく呟く。
自分も銀座を後にした。


『三好さぁん。約束ですよお。
絶対来てくださいねえ』

甘ったるい声を思い出し、苦笑する。

乗り込んだ地下鉄に、人が増えてきた。
そろそろ、通勤の時間帯だ。


一旦自宅に戻ってさっとPCに届いたメールに目を通し、朝比奈学園に向かう。
律儀に出掛けることもないが、何か引っ掛かるものがあり、足を向けた。
211 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:43
「こんにちは」
卒業式はもう始まっていた。
校門にいたブレザー姿の少女に声を掛けられた。
受付係のようなので、岡田にもらった招待状を見せる。
「どうぞ講堂に。もう始まっています」
軽く頭を下げ、足早に向かった。

講堂のドアを開けると、送辞を読んでいるところだった。
小柄な少女が最初こそ堅苦しく原稿を読み上げていたが、途中から敬語を無視して博多弁を喋りだした。
212 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 02:57
目立たない処でしばらく送辞だの答辞だの聞いていた。

『変な式…』

三好は心の中で呟いた。
一言で言うと、はちゃめちゃだった。
この後の答辞で、中国訛りのある少女が、
「リンリン、コノ学園愛シテマース!
ウォーアイニー!
朝比奈学園、バッチリデース!」
と叫んで爆笑と物凄い拍手を誘っていた。

笑っている生徒の中に、岡田唯がいるのを見つけた。
隣り合わせの生徒と肩を寄せ、可笑しそうに笑っている。


三好は彼女の姿を認めると、一息入れたくなり、そっと講堂から出て行った。


背後に、気配を感じる。

「…おいでなすったわけね」

三好が前を向いたままふっと笑うと、相手が足元の砂利を強く踏みしめる音がした。
213 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/08/30(日) 03:09
更新しました。

今日から新章です。
由来は、ヘンデルの『メサイア』第2部ラストの合唱曲からです。

この章は卒業式の日のアナザーストーリーという感じです。

レスのお礼です。

>202の名無飼育さん

从;´ ヮ`)<辛いけど…まあ、さゆも隣におったし

川;o・-・)<ちなみに下級生が上級生にタイを渡すのを『下克上』と
      この学園では呼ぶそうです

仕事のシフトが変則的なのでなかなか書く時間が取れないのですが、
そう言って頂けて嬉しいです。ありがとうございます。


前々回分の訂正です。

>191 2行目

誤:2番の後のラップ部分で激しく踊る亀井ステージ袖から見て、
正:2番の後のラップ部分で激しく踊る亀井をステージ袖から見て、




214 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 15:00
「…やってくれたわね」

高校の制服を着た少女が、一歩前に進み出る。
それを三好は特に感慨もなく見つめていた。
「最初の契約の段階で言った筈ですがね。期日までに決められた報酬が支払われない場合、契約をこちらから解除するって」
「偉そうに言ってんじゃないわよ、ハッカー風情が」
「決められた日までにちゃんとお金を払う。
これは綺麗な世界でも汚い世界でも常識ですよ、お嬢さん」
三好は口端だけ上げて笑い、相手の出方を伺った。
「ミサから写真を買ったそうね」
「ええ」
「いくら払ったの?」
「それは言えませんね」
その少女――――リエは、ぐっと唇を噛み締め、
「言いなさいよ」
と畳み掛けた。
「言ったら、それ以上の金額で買い戻すんですか?」
さも小馬鹿にしたように、三好は嗤う。
215 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 15:01
「写真を確認しましたがね、保存状態も最悪で被写体も辛うじて本人だと確認できる程度ですね。
あのミサって子、ポラ現物だけでコピーすら取ってないって言ってますよ。
本当に脅す気あんの?」
「な…」
リエが蒼白になったのを見て、三好はふと、
「聞いてないの?
まあ、あたしもスキャナーで読み込みくらいはしてるかと思ってたけど。
まさか、まあ…そこまでずさんだったとはね」
呆れつつ笑っていると、急に足払いをされる。
一瞬体勢を崩すが、辛うじて耐える。
216 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 15:01
「返しなさいよ!
その写真は、元はあたしのよ!」
「何を根拠に?
あんたがこの子を好きだってんならまだ理由は分かるけど、惚れた女が思いを寄せてる子の写真なのに?」
三好はその時、空が白くなった気がした。
今日は、朝からすっきり晴れてはいない。
しかし、更に色を失くした。
気がつくと、目の前に白い刃が光っていた。
不思議と恐怖はなかった。
いや、恐怖など、義理の父に首を絞められた幼い日に消えた。
217 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 15:02


「…またしょぼい凶器ね」
三好は掠れた笑い声を上げた。
講堂から、ハレルヤコーラスが聴こえてきた。
少女たちが原語で歌う声が聴こえる。

218 名前:Hallelujah 投稿日:2009/08/30(日) 15:04


『The Kingdom of this world is become』

この世の国は

「…死ねばいいのよ」

『the Kingdom of our Lord and of His Christ,
and He shall reign for ever and ever』

我らの神のものに
とこしえに

「…最初から、あの絵里って子を刺すつもりだったってことね」

『Hallelujah!』

「…死ねばいいのよ!」


『King of Kings, and Lord of Lords』

王の王、主の主

「いいこと教えてあげよっか」

「誰かを憎む時はね」
「相手も自分も地獄へ落とすくらいにやるんだよ」
「…ヒ、ヒッ…」
「あんたは」
「憎み方が、ぬるいんだよ!」

『and He shall reign for ever and ever』

主は変わることなく統治される、とこしえに

『Hallelujah…』

「――――ぐぅっ」
三好は腹で刃を受け止め、目を見開いた。
講堂の歌が、フェードアウトしていった。
219 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/08/30(日) 15:05
更新しました。
220 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/01(火) 22:08
なんだこの展開!?
やっぱりこの小説おもしろくて、毎日更新チェックしてます。
次回も期待してお待ちしております
221 名前:Hallelujah 投稿日:2009/09/07(月) 21:14
「少し早かったか」
「いや、遅いくらいだよ」

その頃。
市井紗耶香は幼馴染の後藤真希と朝比奈学園そばの駐車場にいた。
「…オマエの読みが外れるといいがな」
市井の言葉に、助手席の後藤は前を見たまま小さく頷く。

「どっちだっけか」
「んあ、こっちだよ」
後藤の案内で、学園まで歩いて行く。
222 名前:Hallelujah 投稿日:2009/09/07(月) 21:14
「…くっ」
三好絵梨香は、荒い息を吐きつつ、刃物が刺さったままの腹部を上着で隠し、
体を引き摺るように人目につかない裏門へと歩いていた。
「が…ぁ…。くっ…」
どうにか校門まで辿り着き、校門の壁にもたれ、そのまま座り込んだ。
223 名前:Hallelujah 投稿日:2009/09/07(月) 21:15

「…みーよ」

聞き覚えのある声を頭上に感じ、少し顔を上げる。
「お、おい…!」
やっぱりこいつも一緒だったか、と三好はひっそり苦笑する。
思えば、そうだった。
後藤のそばには、いつも市井がいた。
224 名前:Hallelujah 投稿日:2009/09/07(月) 21:15
「絵梨香!オマエ…!」
「…男の教師にやられましたよ。
元雇い主のガキにやられるかと思ったんですがね、男がとっさにその子から刃物を奪って刺しました」
「…な」
刺された、という言葉に、市井は初めて三好のGジャンの裏に、突き刺さったままの刃物を認めた。
中に着ている黒いニットに、色こそ分かりづらいが血で濡れていく跡があった。
「きゅ、救急車呼ぶからな!」
慌てて携帯を取り出す市井の袖を、三好は掴んだ。
「何考えてるの。
今日は卒業式よ、ただでさえ人が集まってる処に救急車なんか呼んだら騒ぎになる。
頼むから、あんたの車で連れてってよ」
「…絵梨香」
「あんたに頼みごとなんかしたくないし、まして借りなんかも作りたくないけどね。
あたしには、雇い主のあんたの依頼を最後まで全うする責任があるんだよ」
「…みーよ」
三好が顔を上げると、後藤が静かに涙を流していた。
この子の泣き顔は、まったく変わらない。
三好はまた苦笑した。
市井の携帯が鳴る。
アヤカからだった。
「アヤカ!?」
『ええ、いま車で朝比奈の学校のそばまで来てるの。
紗耶香たちが校門にいるの見えるけど、どうしたの?』
「アヤカ、頼む。
すぐ来てくれ、助けてくれ」
市井の悲痛な叫びに、アヤカは理由を聞かず、
『分かったわ』
とすぐ携帯を切った。

「…アヤカが来てくれる」
「…まったく、あのお嬢様にすべておんぶに抱っこなんですね」
「アヤカちゃんがいないと、うちのバンドは潰れるよ」
「…そう」
225 名前:Hallelujah 投稿日:2009/09/07(月) 21:17
厚い雲の切れ間から、光が差した。
それは、一瞬すべて忘れて見惚れるような光景だった。

「…天使の、階段ですね」
地上に降り注ぐ光を見て、三好は言った。
「天国から、迎えに来たんですかね」
市井は泣きながら、
「ばーか」
と三好の頭を軽くこづくフリをした。
「オマエみたいな悪人が、やすやすと天国に行けると思うなよ?」
腕でぐいっと涙を拭い、
「だから、生きろ」
「…みーよ」
三好は目を閉じた。
この世に天国があるなら、多分、あの光の中にあるのだろう、と少し考えた。
226 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/09/07(月) 21:19
更新しました。短いですが。

レスのお礼です。

>220の名無飼育さん

从*´ ヮ`)<お待たせっちゃ!

从*・ 。.・)<ありがとうなの

こうなりましたが、お待たせしました。
毎日更新チェックして頂いてるとの事、どうもありがとうございます。
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/08(火) 19:38
更新キター!!
220ですが、短くても作者様の作品は引き込まれます。
次回も更新期待してます。
228 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:09
卒業式の夜、道重さゆみは何故か田中れいなの伯父たちに招待され、
田中の下宿先ですき焼きを食べていた。

「たくさん食べてね」
「はあ」
何故よそのお宅ですき焼きをよばれることになったのか、
道重自身も今ひとつ分かっていなかった。
229 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:11
『さゆ、今日の夜はお母さんたちとかとごはん食べると?』
『あ、さゆみのお母さん、用事があってすぐ山口帰るの。
さゆが実家帰ってからお祝いとかしてくれるって』
『じゃ、じゃ。れなん家にすき焼き食べにくるといいと』
『…え』

昼間の田中とのやりとりを思い出し、道重は箸をすすめながらも
心の中で首を傾げる。


「さゆの卒業祝いっちゃ!」
「…うん、ありがとう」
「うちのれいながお世話になっとるお礼ったい」
田中の伯父も、博多訛りだった。
初めて会うが気の良さそうな人物だった。
230 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:11
柔らかくて高そうな肉、臭みがまったくない溶き卵。
こんなご馳走なのに、部外者の自分がよばれていいのか、と道重はちょっと困った。

「あのお」
「なん?」
田中が顔を上げた。
「さゆみ、何かお邪魔してよかったんでしょうか。
せっかくのご馳走だから、水入らずで召し上がった方がよかったんでは」
「水くさいこと言わんでよか」
田中の伯父が豪快に笑った。
田中も、
「さゆ、今更っちゃ」
と可笑しそうに茶碗を持ったまま笑う。
「そうですか…すみません」
道重は恥ずかしそうに、ちょっと俯いた。
231 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:13
「里沙ー、里沙ー」
その頃。
新垣家でも、卒業祝いのご馳走で手巻き寿司を食べていた。
「なに、パパ」
娘が返事すると、
「里沙は最近、全然パパに構ってくれないなー」
父はいじけだした。
「今日の卒業式も、終わったらどっか行っちゃうし」
「ぶすくれられても」
「里沙もお友達との付き合いで忙しいんだから」
母がそれとなくフォローに入る。
「パパ、何巻く?」
しょうがないなー、と心の中で苦笑し、新垣なりにフォローする。
娘の巻いてくれた寿司を、父は嬉しそうに頬張った。
232 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:15

――――三好絵梨香が刺された、という話は翌朝亀井たちの耳に入った。

その日、亀井は自宅にいた。
市井から電話を受け、犯人の名を聞き、亀井はその場に崩れ落ちた。
「…絵里のせいだ」
亀井は泣きじゃくった。
市井は胸が痛む。
電話の向こうで少女が号泣する声が聞こえた。
予めこうなる事が予想できたので、市井は新垣たちに亀井のフォローを頼んではいた。

亀井が急いで家を出て、市井に告げられた病院に向かおうとすると。
「…みんな」
新垣と道重、田中が門の前にいた。
「行くっちゃろ?」
「絵里、遅いの。
どうせまた寝坊したんでしょ」
「あーもー、カメは。
ほんっとしょーがないねー」
いつもと変わらない3人に、亀井は涙を拭いて、
「えへへ、ごめんごめん」
と微笑んでみせた。
233 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:16
4人が病院に向かうと、ロビーの長椅子に市井が座っていた。
「お、来たな」
一瞬微笑みを見せたが、市井はすぐ表情を硬くする。
「い、市井さん!
三好さんは…!」
亀井が息せき切って問うと、
「とりあえず、助かった。
今は、病室で寝てる」
悪運の強いヤツだよ。
そう言って、市井は苦笑した。
「絵里…どうやって償えば」
「それは違う」
市井は厳しい顔で言い切った。
「あいつが仮に行かなくても、あんたが刺されてた。
あのリエってのは最初っから、あんたを刺すつもりで卒業式に行ったんだ」
「だからこそです!
絵里が刺されてれば…!」
「絵里!」
「え?」
「ごめん!」
道重が一言謝って、物凄い勢いで平手を打った。
腕力のない道重とは思えないくらいの力で打たれ、亀井は頬を押さえて呆然とする。
新垣や田中、市井も呆然としていた。
「そんな事聞かされて、さゆみたちがどんな思いすると思うの!
絵里は猛省すべきなの」
「…ごめんなさい」
その様子を見ていた市井は、
「…とりあえず、病室行くか」
4人を促して歩き出した。
234 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:21
三好はICUにいた。
点滴やチューブが体に取り付けられているのが、廊下のガラス窓越しからも分かる。
顔色を失くし、ベッドに横たわっていた。

「三好さんは、ご家族は?」
道重が問うと、市井は
「いない」
とガラス窓の向こうを見つめたまま言った。
「正確には、いるのかもしれない。
でも、父親も母親もあいつを捨てて消えた」
「なん…それ」
田中がぽつりと呟く。
「あいつの母親は、誰の子か分からないあいつを産んで、ずーっとあいつを蔑んできたんだ。
育ち盛りのガキに、ロクにメシも与えずにな。
アタシは縁があって、あいつといっときおんなじ学校に通ってたが、
1回だけ見たあいつのお袋は、ロクな母親じゃなかったよ。
今思い出しても吐き気がしそうだ」
遠い昔、後藤と一緒に遊びに行った先で見た三好の母は、娘だけでなく、
市井たちも蔑むように見た。
どっか抜けたところもあり、厳しくも優しい自分の母。
いつ行っても温かく出迎えてくれる後藤の母。
それとなく親切にしてくれる、他の級友の母たちしか知らない市井には、
信じられない出来事だった。
自宅に男を連れ込んで、子供である自分たちにも容易に想像できる事をし、
子供達に気付くと、汚らしいものを見るような目で畳から少し体を起こし、
コップの水をかけてきた。

三好が何故、自分達に心を許さないのか、市井はその時初めて分かった。
235 名前:HOME 投稿日:2009/09/09(水) 22:24
市井が視線を移すと、話を聞いて泣きじゃくる亀井の背中を、新垣がさすってやっていた。
「あんたは、幸せだね」
ふっと笑って、市井は言った。
「絵里には、さゆみたちがついてるの」
「ああ」
「市井さん、れなたちを信じて、フォローしろって言うてきたんやろ?」
「まあ、言わなくてもキミたちは自然にしたと思うけどね」
いつものように、市井はヘラっと笑う。
「しかし可愛いね、さゆちゃんだっけ?」
市井が冗談めかして言うと、田中はむっとした顔を市井に向けた。
市井は『おや』というように、片眉を上げる。
「さゆみは世界のさゆみだから無理なの。
さゆみのカワイさはみんなのものなの」
「…意味不明っちゃ」
田中がややげんなりする横で、新垣は
『しっかりしな!』と亀井を慰めつつ叱っていた。
236 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/09/09(水) 22:37
更新しました。
今日から新章です。
タイトル由来はB'zの曲より。

从*・ 。.・)<『不夜城』って映画の主題歌にもなったの

川=´┴`)<金城武のほか、椎名桔平も出てましたなあ


レスのお礼です。

>227の名無飼育さん

从*・ 。.・)<またまたありがとうなの

川*^ー^)<ウヘヘヘヘ、期待されると照れますよ?

キリのいいとこで切ったらああなりました(笑)。
楽しみにして頂いてどうもありがとうございます。
237 名前:吉卵 投稿日:2009/09/10(木) 02:06
道重さん、光井さん。非常に言いにくいんですが、
不夜城のテーマは「HOME」ではなくそのカップリングの「The Wild Wind」です。
238 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/10(木) 17:05
今回もおもしろかったです。
次回も頑張ってください。期待して待ってまーす。
239 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:47
その頃。
村田めぐみは、打ち合わせの為にクライム出版社編集部を訪れた。
いつも恋人でもある、担当の斉藤瞳を仕事場まで出向かせているのに、自分が出向くのは珍しいことだった。

「こんちー…」
村田は瞬時に嫌な予感がして、くるりと踵を返す。
「よお」
事務椅子に窮屈そうに腰掛けた大男――――マックスこと、映画監督マキシミリアム・タカクラは片手を上げた。
優雅に足を組んではいるが、小忙しないオフィスの中で、はっきり言って彼は浮いていた。
「…なにしてんの」
吐き捨てるように、村田は言った。
「おやおや、随分なご挨拶だな。
日本で製作発表の会見をやるだろ?あちこち見て回りたいから前乗りしたんだよ」
相変わらずグッチのスーツをスキ無く着こなし、彼は『おやおや』と外国人がよくやる肩すくめをした。
「マックス、ごめんなさいね。
バタバタして。
…来てたの?」
パーティションの陰から、斉藤が現れた。
しょっぱい顔をしている村田に、顔を向ける。
「来てたの、じゃないでしょーが。
この男が来るなんてあたしはひとっことも」
村田がすべて言い終わらないうちにかぶせるように、
「ミス・ヒトミのせいじゃない。
オレが今日いきなり来たんだ」
さりげにフォローした。
それが村田には気に入らない。
「ま、まあ。
久しぶりの再会を祝って、いいじゃない」
斉藤も両者を気にして、冷や汗をかきながらフォローする。
「そういえばマックス、いつ日本へ?」
斉藤の問いに、
「昨日だ。
昨日はそのまま長野へ蕎麦を打ちに行った」
「蕎麦ぁ?」
村田は顔をしかめる。
「そうだ、蕎麦はいいぞ。
そうだ、これは土産だ」
マックスはいそいそと、紙袋から蕎麦饅頭の箱を出した。
「はあ…」
箱を受け取り、村田は更に顔をしかめる。
「マックス、今日はこれから何処へ?」
「ん?京都へ行く予定だ。
三十三間堂の石庭が見たくってな」
「うっわ…どこの修学旅行生だよ」
村田はぼそっと呟いて俯いた。
「そう。
ごめんなさいね、今日は夜まで仕事が詰まってて付き合えないわ。
出来たら案内したいんだけど」
斉藤が申し訳なさそうに言うと、マックスはちらっと村田に目を向け、
「借りていいか?」
と斉藤に断った。
「え?この子?
どうぞどうぞ、どーせ一段落ついてヒマだろうしね」
「は?」
「じゃ、行こうか。
ミス・メグミ」
村田が慌ててるうちにタクシーが手配され、そのまま京都へ向かうこととなった。
240 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:48
「…なんでアンタと京都へ行かなきゃならんのよ」
行きの、のぞみグリーン車で村田は冷凍みかん剥きつつ、ブツブツ言う。
斉藤から、『マックスにNYでお世話になったお礼なんだから、しっかり接待してきなさい』とタクシーに乗り込む前に言い聞かされた。
横のマックスは『るるぶ京都』を読み耽っており、聞く耳を持たない。

「アンタ、今日宿は?」
「まだだ」
「…どーすんの?日帰りで東京戻んの?」
「別にそれでも構わんが」
「東京の宿は?取ってんの?」
「パークハイアットを取ってる」
「パーク…」
村田は瞬時にまた嫌な予感が走る。
「か、変えて!
金渡すから変えて!」
「何でだ」
さすがのマックスもムッとし、るるぶから目を離した。
「理由は何でもいい!
帝国ホテルでもどこでもいいから変えろ!今すぐ変えろ!」
「もう荷物は送った。
今更変えん」
「何でよ!?」
「お前こそ訳の分からん女だな、人がどこのホテル取ろうが勝手だろうが」
マックスの言うことも尤もだった。
241 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:49
『うっわ〜…』
村田は困っていた。
実は明日、ひょんなことから知り合った、ある女性カップルにヌードモデルを
依頼し、その仕事をパークハイアットの一室で行うことになっていた。
別に彼と同じ部屋で行う訳でもないが、同じ屋根の下、
そんな仕事をするのは気分的にイヤだったし、何より彼に知られたくなかった。

「ビアンのカップルのヌードデッサンを見られたくないのか?」
村田はみかんにむせた。
「な…」
「ミス・ヒトミが教えてくれた」
「…あんのおしゃべり」
「まあ、いいじゃないか。
アンタの仕事なんてオレは正直興味ないしな。
ところで五色豆というのはウマイのか?」
「…さあねえ」
村田は憎々しげに言った。
横の男に、心底冷凍みかんをぶつけたくなった。
242 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:49
京都駅に着くと、またタクシーで三十三間堂に向かう。
休日とはいえ、さすがにもう夕方なのでさほど拝観する客もいなかった。
「拝観受付ギリギリか」
マックスは苦笑した。
「すまなかったな、忙しいだろうに」
思いがけず、労いの言葉を村田に掛けて来た。
「別に。
ここまで来たんならいいよ」
村田はさっさと中に入り、『こっち』とマックスを促した。

「…仏像見ないの?」
「この庭が見れたら充分だ」
「へえー」
彼は他のものを見ようとはせず、ただ石庭に見入っていた。
自分も曲がりなりにもモノを作る仕事だから分かるが、彼の興味は徹底していた。

縁側に彼から少し離れて腰掛け、ぼーっと石庭を見る。
「どう思う?」
不意に、マックスが話し掛けてきた。
「どう…って?」
「このロケーションだ」
春の夕暮れ、お堂、石庭。
文句はなかった。
「まあ、いいんじゃない。
あたしはあまり興味はないけど」
正直に言うと、隣から『くっ』という苦笑いが聞こえてきた。
「…身内のことで大変だったらしいな」
さっきとは打って変わって、マックスは呟くように言った。
他人に興味のない村田でも、自分への気遣いが見れる声音だった。
「それもミス・ヒトミ情報?」
「ああ。
彼女を怒るなよ?オレが結果的に言わせたようなモンだからな」
「…どうでもいいけどやけに瞳を庇うねえ」
「いい女だからな」
「あげないよ」
「お前に殺されるのはゴメンだ」
マックスはまた肩をすくめた。
「…寺だの、神社だの、興味なかったけど」
「ああ」
「ここは、いいね。
嘘でも、すっとした」
「だろ?」
「…自分のしたいことが、はっきり分かってきた」
「そうか」
243 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:50
「…あんたは、何でゲイのくせに結婚したの?」
二度も、と村田は付け足した。
「子供が欲しかったんだ」
「男って」
村田はくすっと笑う。
「自分で産めないのに、欲しがるねえ」
「産めないからだろ。
もしかしてそれをアンタに夢中な男に言ったことあるのか?」
「あるよ」
ぶたれたけど、と村田は顔を上げた。
「その男の気持ちが分かる」
マックスは苦笑した。
「アンタは最悪な女だ」

「帰ろう」
村田は立ち上がって、スカートの後ろを払った。
マックスも立ち上がり、不意に彼女の腕を掴んだ。
一瞬だけ、唇が触れた。
「参ったな」
マックスはまた苦笑した。
「びっくりするくらい、ドキドキしない」
「こっちもだよ」
村田は身長差のある男を見上げる。
「体を重ねても、冷静だろうね」
「ああ」
マックスは頷いた。

その夜は、京都駅そばの新阪急ホテルに宿を取った。
仕事が上がり、連絡の取れた斉藤に村田が無理に頼み、最終ののぞみで京都まで来てもらう。
「…あきれた女だな。
ミス・ヒトミがまた倒れるぞ」
マックスもさすがにあきれて、夕食を摂ったレストランでコーヒーを啜った。
「いくら別室でもアンタとふたりになりたくないからね」
「ああ」

斉藤が教えたホテルの部屋に向かうと、村田はドアを開けるなり部屋に引っ張り込んだ。
その様をビールを買いに部屋を出ていた、マックスが廊下から見ていた。
「…たく、元気な女だぜ」
彼は苦笑して、缶ビールのタブを上げた。
244 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:51
――――翌日。

夕方、三好がICUから個室に移ったと、市井から電話を受けた亀井は、ひとりで病院を訪れた。
市井に付き添われ、病室に入った亀井は、三好の姿を見た途端、ぼろぼろ泣き出す。
「さっき」
三好は掠れた声で、切り出した。
「あんたの親が、来た」
「え…?お父さんたちが?」
「うん。
ここの入院費、持ってくれるってさ」
「……」
「一応、礼を言うわ」
亀井は首を振った。
「絵里が悪いんです、全部」
「本当にそう思ってる?」
「はい…」
三好はくっと笑った。
「これだからお嬢様は。
まあ、いいわ。
これからは、付き合う友達をちょっとは選ぶのね」
「…はい」
亀井は返事しつつ、手の甲で涙を拭った。
「おい、そろそろ…」
三好のケガの状態から長居は禁止されているので、市井はそろそろ話を切り上げるよう促す。
「ああ、そうね。
じゃあね、今日はありがとう」
三好が礼を言ったことに、市井は少なからずや驚いた。
亀井は頭を下げ、
「どうぞお大事に」
と部屋を出た。
245 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:52
「今日は、ありがとうございます」
病院前まで見送ってくれた市井に、亀井は礼を言った。
「いいえー。
ね、今度デートしない?」
「アハハハハ、ダメですよお。
絵里、メッチャラブな子いるんですからー」
「ああ、あのガキさんって子か」
市井はジーンズのケツポケに手を突っ込み、ニヤッと笑った。
「え、あ、その…うん」
すぐに言い当てられ、亀井は素で照れる。
「アレは大人んなったらべっぴんさんなるぜー。
アタシの目に狂いはないよ?」
「アレって…」
亀井は少しあきれて笑う。
「顔がどうとかじゃないんです。
ただ、あの子が好きなんです」
「ほお」
「じゃ」
亀井は軽く頭を下げて駅へ向かって歩き出した。
市井は何となくいい気持ちになって、その後ろ姿を穏やかな表情で見送ったのだった。
246 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:53
同じ頃。
道重さゆみは、用事で朝比奈に来ていた。
「まったく…卒業式も終わったのに人使い荒いの」
ブツブツ文句を言いながら門をくぐる。
所属していたクラブの顧問に、部室の片付けを手伝うように言われたのだ。
どうにか終え、帰路につく。

「なあ、マックでも行こうよ。
おごるしさー」
「ええー。
れな、お腹空いとらんと」
「あ、じゃ、カラオケは?
れいなちゃん、歌好きじゃねーの?」
「まあ、カラオケは好きやけど…」

道重ははっと青ざめる。
田中れいなが、男子生徒たちに囲まれていた。
危機を感じて、道重はすぐ前に進み出る。

「あなたたち!何してるの!!
女の子ひとりに、男の子がよってたかって!」
『恥ずかしいと思わないの!?』と叫ぶ道重に、その場にいる全員がぽかんとする。
「さ、さゆ…」
田中が、ぎょっとしたように顔を向ける。
「こっち!」
道重は半ば強引に田中の腕を掴み、自分の方に寄せた。
「さ、さゆ!
誤解と!」
「何が!?
まったく、か弱い女の子にひどいの」
「誤解やって!
れな、この子らに絡まれてたとかやない!」
「え…」
道重はぽかんと田中や男の子たちの顔を見渡す。
誤解された男子生徒たちは、決まり悪そうにぽりぽり頭を掻いたりした。
247 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:53
田中の説明では、校門を出たところ、近くの男子校の生徒がいて、田中がナンパされた。
顔見知りの子もいたので、世間話なんかもしていたのだ。
「悪ィ、俺ら、帰るわ。
ごめんな」
とりあえず謝って、男の子たちは退散した。
「うん、ごめんっちゃ」
田中は彼らに手を振って、道重に、
「もー、さゆ。
早とちりしすぎっちゃ」
いつものように、ニヒヒと笑った。
「…さゆ?」
田中が顔を覗き込む。
道重は唇を噛み締めて、
「またね」
そのまま走って立ち去った。
「ちょ…!さーゆー!?」
田中の声など聞こえないように、道重はただ走って行った。


『さゆみは、どうして女の子なんだろう』
走りつつ、道重は心の底から思う。
男の子たちと談笑する田中を見た途端、頭の芯に火がついたようになった。
嫉妬?
いや、違う。
もっと、根源的なものだと道重は感じた。
248 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:55
寮へ戻り、靴を脱いで上がると、
「あ、せんぱあい。
もうごはん出来てますよお」
いつものように、ほんわかと後輩の光井愛佳が声を掛けてきた。
「…ごめん。
今日、体調悪いからいらない」
「え!?
風邪ですか?」
「ううん、頭が痛いの。
部屋で休むね…」
「そうですか…」
光井が戸惑ってるのを悪いな、と思いつつ、道重は階段を上がって行く。

制服から私服に着替え、ベッドに突っ伏す。
「道重さん、今日ごはんいらんって言うてはりますよー」
階下から、光井の声が聞こえる。
多分上級生か寮母さんに報告してるのだろう。
スリッパのぱたぱたいう音。
どこかの部屋で談笑する声。
「…学校の寮って、こんなとき不便なの」
雑多な音を煩わしく思いながらも、心のどこかで道重は『でも、気が紛れて助かった』と感じる。
ずきずきするこめかみを時々押さえ。
そのまま、眠りに落ちて行った。
249 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:56
「さーゆちゃん」
ドアをとんとん叩く音で、目を覚ます。
そのままぼんやりしてると、
「せんぱーい」
と別の声が聞こえた。
ベッドから起き上がり、道重は開錠しドアを開ける。
「さゆちゃん、お粥ができましたよ」
亀井絵里が、満面の笑みでお盆を手にしている。
「…なにしてんの」
寝起きの不機嫌そうな顔を向け、道重は目を細めた。
「いやね、亀井さん、お見舞い来てくれはったんですよ」
光井が笑顔でフォローする。
「お見舞い?」
「そ。
いやー、たまたま遊びに来たらさゆちゃん部屋に篭って寝てるっつーしさあ」
「…お見舞いじゃないじゃん」
「まままま、さ、ごはん食べなって。
あ、みっつぃ、ありがとね」
「いいえー。
ほな、ごゆっくりー」
光井が階下に下りて行く音を聞いて、亀井はドアを閉めた。
250 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:57
「ほら。
いつまでもフテ寝してないでごはん食べなって」
「…フテ寝って」
「それとも、こっちがい?」
亀井は持参した紙袋から、ごそごそとシルバーのスキットルを取り出した。
「…なに?
お酒?」
ベッドに腰掛けた道重は、目を丸くする。
「そ。
マッカラン18年。
美味しいよ?」
「…さてはお父さんのお酒だね。
とんだ不良なの」
「まままま、イヤなことがあった時はコレに限りますて、ダンナ」
亀井はそう言い、やはり持参した紙コップに父の酒をなみなみ注いだ。

「…喉にスルッと通るの」
「お、さすがさゆちゃん。
違いが分かるねー」
水割りにしたマッカランを、道重はゆっくり飲んだ。
亀井はこれまた持参した、タッパーに入ったスモークハムやらチーズを爪楊枝に刺してつまんでる。
「…普段ぽーっとしてるのに、どーしてこういう時だけ準備がいいの」
亀井の異常な用意周到ぶりに、道重は大いにあきれた。
「えー、チーズとハムはカメさんが持ってけって言ったんだよお」
更にアーモンドをぽりぽりやりながら、亀井は答える。
「…カメさんになんて言ったの」
「ん?
落ち込んでる友を激励してくるって」
「…はあ」
道重は溜息をついて、カーテンを開けて窓を見た。
251 名前:HOME 投稿日:2009/09/13(日) 21:59
「…れいなちゃんから聞いたの?」
「ん?
ん、まあ」
「…なんて言ってた?」
「『さゆが泣いてるから、話を聞いてほしいっちゃ』って」
「……」
「まあ、ひととーりあの猫から話は聞いたけどさ。
…否が応でも自分が女の子だって自覚しちゃったワケね、さゆちゃんは」
『はい、あーん』と亀井はハムに爪楊枝を突き刺して、立ち上がって道重の口元に持ってってやる。
「…違うの。
れいなちゃんが、あの男の子たちと話してるの見てたら」
「れーなも、女の子だって思ったんじゃないの?」
「…そう」
「別に、いいと思うけどね、絵里は」
またベッドに座り、チーズを刺して、もぐもぐと亀井は咀嚼する。
「どっちも女の子。
それでいいじゃん」
窓辺から、亀井に視線を移す。
「絵里は」
「んー?」
「どういう恋愛がしたいと思う?」
「は?絵里?」
思いがけない質問に、楊枝を手にしたままぽかんとする。
「そうねえ…」
「絵里は濃そうなの、恋愛が」
道重に先に言われ、亀井は無意味に
「そうだよ!絵里の恋愛は濃いよ!なんちゃって恋愛どころじゃないよ!!」
鼻息荒くまくしたてる。
「絵里と恋をするのはなんかイヤなの」
「あーあー。
こっちこそごめんこうむりますよ?」
ぐいっと水割りを呷り、
「誰かに夢中になってる女の子なんかごめんですよーだ」
ケラケラ笑って、道重の肩をばんばん叩いた。
「ありがと、絵里」
道重は微笑んで、酔っ払った親友の頬にキスした。
252 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/09/13(日) 22:09
更新しました。
物凄く久しぶりにマックス。
書くのは5年ぶりだが、話の中では1ヶ月ぶりくらいだマックス。

なお、マックスが出てくるエピソードはパート6の>443-535らへんをご参照ください。
ただ、現在管理人さんが移転準備中とのことで、過去ログが読めないのですが…。
すみません。

レスのお礼です。

>吉卵さん

>不夜城のテーマは「HOME」ではなくそのカップリングの「The Wild Wind」です。

曝ク;*・ 。.・)

柏;´┴`) 

マジですか(苦笑)。ご指摘どうもありがとうございます。

>238の名無飼育さん

(*・e・)<ありがとうなのだ!

川=´┴`)<ご期待に添えましたかねえ?

そう言って頂けて嬉しいです。どうもありがとうございます。 
253 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/15(火) 18:49
更新待ってました!!今回もよかったです。
でもガキさんが出てこなかったのが残念・・。
次回も頑張ってください。
254 名前:名無し飼育 投稿日:2009/09/16(水) 10:08
マックス5年ぶりですか!?
最近パート5から一気に読み直しをしたばかりだったので・・・
全く違和感無く「マックスキター♪」と読んでました^^;
朝比奈学園の亀猫ウサギは可愛いですね
255 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:26
道重が寝静まったのを確かめ、亀井は持参したミネラルウォーターをチェイサーにし、ひとりでマッカランをストレートで飲んでいた。
自分の携帯が鳴る。
ディスプレイには『れーな』と表示されていた。
「あーい?
絵里ちゃんですよお」
すぐに出ると、田中はもじもじしつつ、
『あ…さゆ、どうしてると?』
といきなり本題に入った。
「寝てる。
なんかー、絵里が来た時、このヒト頭痛いってごはんも食べずに寝てたんだってー」
『そうっちゃか…』
「さゆ、自分が女の子なのを、れーなが男の子たちにナンパされてんの見て、悔しく思ったってさ。
たく、勘違いとはいえひとりで男の子に絡まれてるのを止めに入ったり、お姫様がムチャしすぎだよね」
『……』
「れーなさー、いったい誰が好きなん?」
いきなりの核心攻めに、田中は言葉に詰まる。
「そろそろ、誰が一番自分を大切にしてくれるのか、考えてもいい時期じゃないの?」
そう言って亀井はグラスを呷った。
花のような香りが、鼻腔をくすぐった。
『…ごめん、遅くに。
もう切ると』
「うん。ほんじゃねー」
通話終了のキーを押し、亀井は『ふう』と息をついた。
「まったく、世話が焼けますよ?」
グラスに口をつけ、いったん置いた携帯をまた取り上げた。
携帯の画像データから、卒業式の日に新垣と一緒にふざけて撮った写メを表示させ、
亀井はしばらく見入っていた。
256 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:26
同じ頃。
保田と飯田は、新宿にいた。
ひょんなことから、漫画家村田めぐみこと、柴田めぐみのモデルを引き受け、いま指定された待ち合わせ場所にいる。

「お待たせ」
にこやかに、斉藤が現れた。
「緊張してる?」
やや硬い面持ちの飯田を見て、斉藤は声を掛けた。
「あ、や、だいじょう…ぶです」
横にいる保田もそっと苦笑する。
「行きましょう。
アイツはもう部屋で準備してるから」

「チェックインはもう済ませてるから、そのまま行きましょう」
「あ、はい」
到着したエレベーターから、偶然マックスが降りて来る。
「あら」
斉藤が声を上げる。
「よう」
いつものように、彼は唇の端を上げて笑った。
「マ…ママママ、マックスじゃ…」
保田の後ろに回り、彼女のシャツの端を掴んで飯田は震えながら言う。
「ふうん」
保田と飯田のコンビをまじまじ見て、
「クールだな。
特にデカイ方」
と感想を漏らす。
飯田は『え?』と顔を上げたが、もう彼は行ってしまった後だった。
「アタシ…クールじゃないんですかね」
エレベーターに乗り込み、保田がやや猫背気味にヘコむ。
「あ、や。マックスの好みが特にカオリちゃんだったってハナシで。
まあ、自分のカノジョが褒められてよかったって思えば」
斉藤の無理矢理なフォローに保田はハハハと笑う。
257 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:27
部屋を訪ねると、村田はもうスケッチブックを広げていた。
何故かバスローブ姿だった。
「先生…おフロに入ってらしたんですか?」
飯田がきょとんという顔で尋ねると、
「仕事前はコイツ、大体フロに入るのよ。
気持ちが落ち着くみたい」
斉藤がフォローに入り、
「あなた達も入って来たら?」
と続けた。
「あ、村とアタシは別に部屋取ってるから。
村も多分ここの部屋のおフロは使ってないから。
でしょ?」
「うん」
斉藤の確認に、村田は言葉少なに答える。
もうさっきから既に描き出していた。
飯田は村田の手元をちらっと覗いた。
見事すぎるデッサンに、眩暈がしそうになる。
「カオ、お言葉に甘えてお風呂入ろっか」
「う、うん」
保田に続いて、飯田もバスルームに向かった。

「何を、考えてる?」
浴槽に向かい合って浸かり、保田は優しい瞳で飯田に尋ねた。
「う、うん。
こんな…高そうな部屋、いいんかなって」
「違うっしょ」
保田は苦笑する。
「え…なんで分かんの」
「まあ、長いお付き合いですから」
保田の言葉に、飯田は膝を抱えてもじもじする。
「なんか…なんかね」
「うん」
「先生のデッサン見てたら…カオがやってることって、なんだろって思うの」
「そう」
「あんな…凄い絵見せられたら…自信失くす」
「見なかったけど、そんな凄いの?」
「うん。
ああいうのを天才っていうんだなって。
改めて思った」
飯田は膝に顔を埋め、
『凄いよ…』
と呟いた。
「アタシはスキなんだけどなあ、カオの絵」
頭をくしゃっと撫でてやり、保田は微笑んだ。
「そお?」
「ん」
「へへっ」
嬉しそうに目を細める飯田につられ、保田も笑った。
258 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:27
「まあ、いきなり脱げというのも酷だし、気分がノッたらでいいから」
ふたりが風呂から上がると、村田は既に部屋着に着替えていた。
そう告げられ、ふたりは顔を見合わせた。
「あ、なんならおっぱじめてくれても全然オッケーなんで」
斉藤は無言で村田をどつく。
「カ、カオ、初めてだけど一生懸命頑張ります」
「キミは新人AV嬢か。
て、アッチの現場は見たことないけど」
ツッコむ村田。
「あー、この子は妙に律儀なんで。
お気になさらないでください」
保田は苦笑し、
『どっこらしょ』
とベッドに上がった。
「どっこらしょ!?どっこらしょって言ったね、今!」
またもや食い付く村田。
「…そんなに強調しなくっても。
自分でもしまったって思ったんですから」
そうして、ふたりの初モデルは始まった。
259 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:28

「…やれやれ」
深夜2時。
仕事を終えた村田は、ルームサービスで取った熱いコーヒーを啜る。
村田と斉藤は、もう一つ取った部屋に引き上げ、いま描き終えたデッサンを見返していた。
「思ったより、はかどったじゃない」
斉藤は村田を労いつつ、自分は水割りを口にする。
「ああ、まあね…」
途中、保田たちに馴れ初めを聞いたところ、張り切った飯田が例によって訳の分からない喩えで説明し、
一同を混乱に招くという事態も起こったが、仕事自体はうまくいった。
『カオ、その説明じゃ分かんないから』
『すみませんねえ、この子、表現が独特なんで』
ところどころ入る保田のフォローを思い出し、村田はくすっと笑った。
「感覚派と常識人。いいコンビじゃん」
「出逢うべくして出逢ったって感じね」
斉藤も同意する。
「カラダの相性もよさそーだし」
「…なんでソコまで分かんのよ」
斉藤は少し赤くなった。
「え?気付かなかった?
ヤッてるふたりってさー、うまくいってたら肌がこー、吸い付くような感じするじゃん」
「…まあ、ねー」
全裸でシーツにくるまるふたりを思い出し、斉藤は遠い目をした。
「しかし受けのが背が高いって大変だろうね。
(ピーッ)とか(ピーッ)とかどうしてんだろ」
「…知らないわよ」
斉藤はぐったりしつつ、水割りを呷った。
260 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:28
「見て見てー。
圭ちゃん、キレイー」
その頃。
窓からの新宿の夜景を見て、飯田ははしゃいでいた。
仕事後もう一度風呂に入り、外を見ていた。
「カオ、風邪引くよ」
保田は苦笑してミネラルウォーターのボトルに口をつけ、ベッドの端に腰掛けた。
「…絵梨香ちゃんのこと、気にしてる?」
窓の方を向いたままの飯田に不意に問いかけられ、保田はビクンとなる。
幼馴染の三好が、朝比奈学園の卒業式の日に男に刺され、入院している。
幸い命に別状はなかったが、以前三好を怒りのまま殴ったことのある保田は、自分の母に言われ、
市井たちにも止められ、見舞う事を禁止されていた。
「大丈夫だよ、いつか、時間が解決するよ」
飯田が振り返って微笑んだ。

その時。
保田の中で何かが弾けた。
自分も窓辺に行くと、飯田のバスローブを後ろからめくりあげてやや性急に腰の紐もほどいた。
「きゃあ!」
さすがに飯田もびっくりする。
「圭ちゃん…やだあ」
甘えたように言い、飯田は足元の保田を膨れっ面で見下ろす。
「じっとして」
「うん…ん、ん」
窓に手をついて、飯田は荒い息を吐いた。


「今頃ヤッてるかな」
「早く寝な」
「あーあ。コッチも仕事明けでさえなかったらなー」
「…よかったじゃない。
ホラ、明日朝ごはん食べたいんだから」
「ウへー。
朝メシなんかイラネ」
「またそんなこと言って。
お母さんに言うわよ」
「ウへー」
もう一組のカップルの夜も、静かに更けていった。
261 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:30
翌朝。
朝比奈学園中高の寮では。

「えーり…えーり」
「…う、うう?」
道重に揺り起こされ、亀井は目を覚ました。
すっきりとはいかないが、さほど酔い覚めの嫌な感じはなかった。
「早く起きるの。
さゆ、今日は図書室の整理に行くの」
「日曜だってのに?
ご苦労さんなこって」
「何言ってんの。
絵里もでしょ」
言われて亀井は『あ』と思い返す。
クラス委員のほか、元生徒会メンバーの3年生で、図書室の整理を手伝うことになっていた。
「あ、そーだったそーだった。
絵里、その為に制服も持って来てたんだったー」
もうひとつの紙袋をごそごそ探り、亀井は悪びれずへへっと笑う。
「ほんっとテキトーなんだからー」
文句を言いつつ、道重は窓を開ける。
酒臭い部屋の空気を入れ替えたかったのだ。
朝の明るい空気と日差しは、沈んでいた気持ちに優しく沁みこんできた。
「さゆ、二日酔い大丈夫?」
残ったミネラルウォーターを飲みつつ、亀井が気遣う。
「うん…なんか、だるい」
頭痛は大分マシにはなったけどね、と道重は答えた。
「大体頭痛で寝込んでる友人に飲酒を勧めるってメチャクチャなの」
「ウヘヘヘヘ」
「まあ…気が紛れたからよかったけど」
「しんどかったらさあ、図書室もサボっちゃえばあ?
絵里が出動すっからさー」
「でも…」
「寝てなって。
絵里、いったんうちに帰ってお風呂にでも入って酒くささ抜いてくるけど、行くから」
「絵里…」
「ん、寝てなさい、チミは」
無理矢理ベッドに寝かせ、
「んじゃ、ね」
と亀井は部屋を出て行った。
ひとり残った部屋で、さっき入れ替えた、春の朝のまだ少し冷たい空気を感じながら、
道重は親友の気遣いに微笑んだ。
262 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:31
亀井が朝比奈に出向くと、何故か新垣がいた。
「おや、ガキさん」
「あ、カメー。
なにー?カメも図書室の整理ー?」
「ああ、うん。
ガキさんも?」
「うん、いやー、先生に頼まれてさあ。
日曜だから人が集まらないって」
「…まあ、そうだろうね」
ともに上履きに履き替えつつ、会話する。
新垣の黒いハイソックスに包まれた脚がちらっと視界に入り、
亀井は慌てて目を逸らした。
「さゆみん、一緒じゃなかったの?」
「ああ、あの人は昨日から頭痛で寝込んでる。
今朝も具合悪いみたいだったから寝てろって止めてきた」
「そうなの?
てか、カメ」
「ああ、昨日絵里たまたま寮に行ったから」
「へえー」
そこだけ言うと泊まりで看病したみたいだな、と亀井はちらっと思ったが、
まさか頭痛がするという友にウィスキー飲ませました、
自分もグビグビいきました、とは言えないので、そこの部分は黙っていた。
「カメ偉いねー。
泊まり?で看病したんだねー」
予想通り、新垣は誤解(?)してくれた。
ニコニコと嬉しそうだ。
若干良心の呵責を感じつつも、亀井は調子を合わせて微笑んだ。
263 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:32
図書室でバイトのジュンジュンの指揮のもと、亀井たちは資料の整理に励んだ。
「じょ、ジョセキってなに?」
『除籍資料』と貼り紙のされたプラスティックケースを見て、新垣は亀井に尋ねる。
「データを消すってことじゃない?」
「ソウダ。本ノ痛ミガ激シスギルノハデータ消シテ処分スルソウダ」
「「ほほお」」
ジュンジュンの解説に聞き入るふたり。
そこへ、
「すみません、遅れました」
と道重が現れた。
「さゆ、寝てなきゃダメじゃん」
亀井が真っ先に立ち上がった。
「道重さん、大丈夫なの?
遅れますって電話くれたけど」
司書の先生が、道重を気遣う。
「大丈夫です。
部屋で寝てても気が滅入りますし、体を動かした方が」
「そう、無理しちゃダメよ」
先生と道重の会話を聞きつつ、新垣と亀井は顔を見合わせた。
「ダイジョブカ、道重」
「大丈夫なの」
「疲レタラ言エ」
「はいなの」
ジュンジュンは大きな手でわしわしと道重の頭を撫で、自分の作業に戻った。
264 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:34
「さゆ、おると?」
しばらくして、やはり制服姿の田中がやって来た。
寮に行ったところここだと教えられ、いったん帰って制服に着替えて学校にやって来たのだ。
「ナンダ田中、手伝イ来テクレタダカ」
ジュンジュンは頭につけたバンダナを外して立ち上がった。
「手伝いは後でやると。
さゆは?」
亀井は無言で、伝記コーナーを指した。
道重が黙々と本を並べていた。
「さゆ!」
脚立に乗った道重は、怪訝な顔で振り返る。
「話があると」
「今じゃなきゃダメなの?」
田中は無言で頷いた。
「10分ナ」
ジュンジュンが自分の腕時計を見て言い渡した。
「10分休憩ダ」
「ジュンジュン、案外空気読めるなー」
亀井は人知れず呟いた。



「何、話って」
伝記コーナーの書架の前で、道重と田中は向かい合って立っていた。
「…さゆ、れなのこと、好きっちゃか?」
田中は俯いて、上目遣いに道重を見た。
「…それを聞いてどうするの?」
思いがけない冷たい言葉に、田中はカッと赤くなる。
「はっきり言ってほしいと。
れな、あほやけん、勘違いしてしまうと」
ふたりのやりとりを、新垣と亀井はこっそり物陰から覗いていた。
勿論、ジュンジュンもほかの生徒と違う場所から覗いていた。
「…さゆのことなんて、なんとも思ってないクセに」
道重は微かに震えていた。
握った拳からも、それが見てとれた。
新垣がヒヤヒヤする横で、案外冷静に亀井は親友の様子を見ていた。
「なん!
なんとも思ってなかったら、こげなこと言わん!
お願いやけん、はっきり言ってほしいと!」
次の瞬間、田中は道重にきつく抱きしめられていた。
強く口づけられ、田中は甘んじてそれを受ける。
「さゆ…なんか酒くさいと…?」
唇が離れた後の、強い口づけの甘い余韻の感想に、物陰の亀井は『あっちゃー』となる。
「れな、さゆが好きっちゃ…」
「さゆは、女の子なの」
「知っとる」
「誰よりも、可愛い女の子なの」
「…多少引っ掛かるトコはあるっちゃけど、一応同意しとくと」
「生意気なの」
「女とか、姫とか王子とか、そんなんやない。
れなだけの、さゆっちゃ」
田中はしゃくり上げて、道重を見つめた。
「バカね」
道重は微笑んで、もう一度小さな体を抱きしめた。

265 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:40
「ヨカッタ、ヨカッタダ」
覗いていたジュンジュンはふたりの姿に感動し、号泣していた。
物凄く涙もろいのだ。
隣で覗いていた3−Bの副委員長ワダさん(出席番号34番)は
ジュンジュンにハンカチを手渡してやり、うんうん頷いてふたりの姿を見つめた。


「良かったー」
心底安心したように、新垣は胸に手を当て、目をきつくつぶって安堵の息を漏らした。
彼女と亀井は書架に背をつけ、べたっと座り込んだ。
「まあー、一安心ですよ」
亀井はそう言って腰を浮かし、ちょっとスカートの乱れを直してまた座り直した。
「なんか、田中っち、さゆみんのこと酒くさいって…」
「え、あはは」
冷や汗をかきつつ、顔をそらす亀井の口元に、新垣は顔をぐいっと近づけた。
「…うっ。酒くっさ」
「え、嘘!?
絵里、今朝お風呂に入ったし、臭い消しに牛乳も飲んできたよ!?」
「あー、引っ掛かったー」
「な…?」
「ちょっとカマかけてみた。
実際はそんな臭わないから」
新垣はニッと笑い、『カメのバーカ』と人差し指で亀井の鼻先を弾いた。
「うー…」
亀井は膨れて、膝を抱えて背中を丸めた。
「なーに膨れてんのー」
新垣はケラケラ笑って、亀井の背中をばんばん叩く。
ひとしきり笑って、ふたりに沈黙が訪れる。
亀井は書架の向こうの田中たちを見ていた。
その意外に大人びた横顔を見つめて、新垣は何とも言えない気持ちになる。
ふと、亀井が座ったまま新垣の方を振り返った。
亀井の切れ込んだ目頭に目がいき、新垣がじっと見ていると、
亀井が手を前につき、すっと上体を傾けた。
唇を重ねてくる。
『やっぱ酒くさい…』
キスしながら、新垣は心の中で前言撤回した。
266 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:42
昼の1時過ぎに図書室の作業は終わり、生徒達はそれぞれ解散する。
田中と道重ははにかみながら一緒に帰って行った。
亀井と新垣は上履きからスニーカーに履き替え、並んで中庭のベンチに座り、
自販機で買った紙パックのドリンクを飲んでいた。
「きーもちいー」
伸びをしつつ、新垣が言う。
今日は割に天気がよかった。
「あ、うん」
カフェオレを啜り、亀井も一拍置いて頷いた。
「カメさー」
「あ?」
「さゆみんと田中っちが上手くいくように、取り持ったんでしょ、色々?」
新垣が目を細めて微笑むのを見て、亀井は、
「別に、絵里は何も…」
と戸惑いつつ否定した。
「れーなが行動起こして、さゆも勇気を持った。
ただ、それだけだよ」
カフェオレのパックをベンチに置いて、亀井は立ち上がった。
「でも、アドバイスとかしてそーじゃん、カメ」
新垣もつられて立ち上がり、ちょっとからかうように笑う。
亀井はややあって、
「本気で欲しかったら、自分で奪いにいくよ」
新垣の腕を掴んだ。
新垣はぎょっとし、うろたえつつ亀井の目を見る。
普段ぽけぽけしてる時からは考えられないくらい、強い瞳だった。
「絵里だったら、そうする」
付け足すように言い、亀井は新垣の腕をそっと離した。
「帰ろっか」
そう言った亀井の瞳は、普段の穏やかな色に戻っていた。
267 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:43
その頃。
「ほんまに大丈夫でっか」
岡田唯は、昨日喫茶タンポポに寄った市井に誘われたのもあって、三好絵梨香の見舞いに来ていた。
市井に連れられ、とりあえず訪れた。
「大丈夫大丈夫。
アイツは案外エロイから、でっかいパイオツ見たら元気が出るよきっと」
「…それ、市井さんちゃいますのん」
昨日、誘った時、岡田は
『うちも連れてってください!』
とかなり強く言った。
だが、いざ病院に来てみたらやはり戸惑いが出て来たようだった。
無理もない。
三好が刺されたのは、自分が卒業式に誘ったのが原因だと岡田が考えてるのが、市井には分かった。
三好が無事でも、亀井絵里が刺されていたかもしれない。
その複雑な事情を、まだ完全には岡田に伝えていなかった。

「こんにちはあ」
個室に岡田が恐る恐る入って行くと、
「来たの」
案外平静に、三好がベッドで微笑んでいた。
「へえ、来ました。
お加減いかがですか?」
「最悪。
まだ、傷も痛いし」
「それはそれは…」
岡田はビニールの袋から、リンゴを取り出した。
「リンゴなんか、食べはります?」
「食事はまだ水みたいなおかゆだけどね、食べれるようになったら食べるわ。
ありがとう」
またもや礼を述べたことに、市井は少なからずや衝撃を受ける。
『コイツ…人並みに礼を述べてやがる…。
誰の影響だ?』
市井が怪訝な表情で見守っている横で、
「言わないのね」
三好が、苦笑するような不思議な笑みで呟いた。
「なにをですか?」
「『刺されたの、アタシのせいですね』とか」
市井は険しい顔になって、何かあったら岡田を庇うよう自然に手を伸ばす。
「言っても、三好さんは憎まれ口叩いて言い返すでしょ?」
三好は呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。
市井も呆然とする。
だがすぐに、
「ぷ…ハハハハ!こりゃ岡田ちゃんの勝ちだな!」
「まったく…」
三好はあきれていたが、口元に薄く笑みを浮かべていたので決して嫌ではないようだった。
268 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:44
――――新垣は亀井と別れた後、銀座に出ていた。

母から携帯に電話があり、木村屋のあんぱんを買ってくるように言われたのだ。
「木村屋のあんぱんだったら、うちから新宿のデパートでも出たほーがよっぽど近いと思うんだけどな…」
ブツブツ言いながら、おつかいを済ませる。
「「あ」」
木村屋のビルを出たところで、偶然紺野と出くわす。
「ガキさん、偶然だね」
いつものように、紺野はふわっと笑う。
「あ、うん。
ママに言われておつかいに来たんだけど、こんこんは?」
「愛ちゃん帰るから、見送りに行くとこ」
「え、愛ちゃんいるの?」
「ああ、用事があるとかで出先から東京駅に行くって言ってる」
あの人、勝手だから。
紺野はそう言って笑った。

『あたしも愛ちゃんの見送り行っていい?』
そう言った新垣の申し出に、紺野は多少ならずともびっくりした。
『まあ…愛ちゃんは喜ぶか』
内心苦笑し、申し出を承諾した。
269 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:45
新垣を伴って新幹線の改札に紺野が出向くと、新垣の姿を認めた高橋が顔をくしゃくしゃにさせて喜んでいた。
「来てくれたがしか!」
「おお、来たがしよ」
新垣が訛り返して笑うと、高橋は更にヒャー!と笑った。

「愛ちゃん、マジメに学校行くんだよ」
高橋の乗る列車を待つ間、新垣が茶化すように言った。
「あーし、今学期は無遅刻無欠席やよ」
「へー」
「愛ちゃん、タラシだけどそういうのはマジメだから」
紺野の余計な補足に、高橋は
「何言うとるがし」
と笑いながら紺野の腕を叩く。
「あ、電車来たね」
新垣がホームに滑り込んでくる新幹線を見て明るく言う。
その横顔を見て、この子のこういうとこが好きやったんやな、と高橋は優しい瞳で思う。
紺野は黙ってふたりを見ていた。
270 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:47
高橋は発車ギリギリまでホームにいた。
「元気でね、愛ちゃん」
新垣が言うと、
「おう」
高橋は明るく笑った。
「来る時はとりあえず前もって知らせてね」
紺野が苦笑して言うと、高橋も同じように苦笑して頷いた。
「ほななあ。
またメールするがし」
「うん」
発車ベルが響く。
高橋は新垣の額に黙ってキスする。
そのままデッキに乗り込み、ドアが閉まる。
ドアの窓から高橋は見えなくなるまで手を振っていた。


キスされた額を押さえて、新垣はしばらく俯いていた。
彼女の肩を、紺野がぽんと叩く。
「お茶でもして帰ろっか」
「…うん」
「どこ行きたい?」
「えっと…」
新垣がしばし考えていると、
「もし思いつかないんなら、あたし行きたいとこあるんだけど、いい?」
紺野の言葉に、新垣は頷いた。
271 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:48
銀座に戻り、『ぶどうの木』にふたりは入って行った。
学校の制服で入って行くのを、新垣は少しためらった。
それくらい、見るからに高級そうな店だった。
「ガキさん好きなの頼んで。
奢るわ」
紺野は何か開き直ってるようだった。
「は、はあ…」
「さ、遠慮しないで」
差し出されたメニューをおずおずと受取り、新垣はあまり紺野の懐が痛まず、
何かあったら自分の小遣いでも支払えそうなメニューを選ぶ。

新垣はフォンダン・ショコラ、紺野はがっつり色々ケーキを頼む。
『やけ食い?いや、こんこんだったら普通か』
新垣はテーブルに広げられたプレートを見て、やや冷や汗をかく。
「おいし」
自分のケーキを食べて、新垣は嬉しそうに微笑む。
その表情を見て、紺野はそっと溜息をついた。
「なに?どしたの?」
「ううん、なんでも…」
紺野は実のところ、ちょっともやもやしていた。
もう気がないというなら、高橋は何故彼女の額に去り際にキスしたりするのか。
そもそも、新垣に気がないと言うなら小川は誰が好きなのか。
紺野は、はあ、ともう一度溜息をついた。
「おいしいよ、こんこん。
ちょっと食べなよ」
自分のプレートを、笑顔で新垣は勧める。
『カメちゃんもガキさんが好きだっていうし…』
ちょっと上目遣いでチラッと見てから、紺野はありがとう、とスプーンを伸ばした。
「おいし…」
「でしょでしょ!」
得意そうに笑う顔まで可愛い。
紺野はやや自信喪失していた。
272 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:51
「あたしね」
店を出て駅までの道すがら、紺野は苦笑しつつ切り出した。
「愛ちゃんのこと、好きだったんだ」
新垣は黙って頷いた。
「でも愛ちゃんは昔から自由で気ままだから」
「うん」
今度は、声に出して頷く。
「ガキさんは、いま好きなひといるの?」
「え…あ」
「即答できない?」
心を読まれた恥ずかしさで、新垣は赤くなる。
「ガキさん」
「うん?」
「ガキさんは、大事な人を間違えないでね」
それだけ言って、紺野は
『じゃ』と帰って行った。
「だいじなひと…」
呟いて、新垣は銀座の雑踏の中、佇んでいた。
273 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:52
その日の夜。
「ほんま奢ってもうてええのん〜?」
「ウン、構ワナイ」
「悪いなあ、リンリンだけやのうてうちまで」
岡田はジュンジュン、リンリンと中華料理店にいた。
ふたりの卒業祝いに、ジュンジュンが奢ってくれるというのだ。
「遠慮スルコトアリマセーン。
唯ヤンハ、今回ノ卒業式ノ功労者デース。
バッチリ奢ラレルンデース」
「言うとくけど自分も奢られる立場やねんで?
分かっとる?」
岡田のツッコミに、リンリンはペロリと舌を出す。
「なんや、ジュンジュン。チャイナドレスとか着てもてなしてくれるんちゃうのん?」
「ジュンジュンガ本気デモテナス時ハ全裸ダ」
「ド変態ノ意見ハ無視デース」
バカな事を言いながら、3人は奥の個室で店のおかみさんの心づくしの料理を味わう。
この店はいわゆる本場の家庭料理の店で、ジュンジュンとリンリンは同じ留学生会館にいる中国の仲間とたまに訪れていた。
「ウマイカ?」
「うん、しみじみ美味しいなあ。
中国のオカンの味やわ、てうち中国行ったことあらへんけど」
「ウン、中国ノオ母チャンノ味ダ。
ジュンジュンモヨク食ベニ来ル」
「へえ」
274 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:54
「三好ハ、大丈夫ダッタカ?」
不意に、ジュンジュンが尋ねたきた。
岡田は『うん』とだけ頷き、箸を置いた。
「命に別状あらへんかったし、今日見舞い行かしてもうたら、結構元気そうやった」
「ヨカッタデース」
「うち、よかったんかなあ」
岡田の呟きに、ジュンリンは顔を見合わせた。
「うちが、来て言わへんかったら、あないなケガせんですんだかもしれんのに」
「岡田…」
ジュンジュンが岡田の頭に手をやった。
リンリンも岡田の腕に手を伸ばした。
「うちどうしたらええか分からへん」
岡田は顔を覆い、ちょっと泣き出してしまった。

『せっかくごはん連れてきてくれたのに、ごめんなあ』
岡田は店を出しな、すまなそうに言った。
ジュンリンは岡田と別れて、帰路についていた。
「唯ヤン、大丈夫カナ」
夜空を見上げて、リンリンは言った。
「気ニナルダカ」
リンリンはふっと笑い、故郷の言葉で、
「唯やんは、あたしが日本に来て、初めて出来た日本人の友達だもん」
と告げた。
275 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:54

リンリンがふるさと中国を離れ、朝比奈学園に編入した日。
「ちょっとー、みんなちゅうもーく。
前からせんせーゆうてた中国からの留学生の子ぉやでー。
名前、なに?」
「銭 琳デス」
気さくすぎるクラス委員の岡田に若干苦笑しながら、リンリンは答えた。
黒板にも書いて説明した。
「琳ちゃんかいな。
向こうでなんて呼ばれてんの?」
「リンリン、カナ?」
「ほな、リンリンな。
みんなー、ちゅうもーく。
リンリン仲良うしたりやー。
言葉通じへんかっても、ハートで喋るんやハートで。
リンリンいじめたり、ハミにしたりしたら、岡田が岡田ギュー!か岡田キックすんでー」
「岡田意味わかんねーよ」
クラスメイトに苦笑されながらも、岡田は熱弁をふるった。
276 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 19:58
「唯やんは、大事なともだちなんだよ」
また夜空を見上げて、リンリンは囁くように言った。
ジュンジュンはぽりぽり頭をかいて、そっとリンリンの手を握った。
「岡田を、好き?」
「うん、好き」
物凄くいい笑顔だったので、ジュンジュンは
『ここで妬くのも大人気ない…』
と自制する。
「純も、好き」
ニッと笑うリンリンの笑顔を見て、ジュンジュンはまた頭をかいた。
277 名前:HOME 投稿日:2009/09/24(木) 20:02
川´・_o・)<ハミッテナンダ

川 ´^`)<仲間はずれのことや。仲間はずれにされた子は大阪でハミゴ言うんや

川´・_o・)<ナルホド。東京デイウ『ハブ』ダナ

川 ´^`)<せやせや。ハミなんかしたら岡田がギューすんでー  


更新しました。
レスのお礼です。

>253の名無飼育さん

>でもガキさんが出てこなかったのが残念・・。

从;*・ 。.・)<ムムムムム、ガキさんヲタなの!

川´・_o・)<ニガキ、今回沢山出テルダ

ありがとうございます、頑張ります。
しかしガキさん大人気(笑)。
 
>254の名無し飼育さん

>朝比奈学園の亀猫ウサギは可愛いですね

从*・ 。.・)<とりわけ、ウサギが極度に可愛いの。ほか2匹はおまけなの

从;´ ヮ`)<…

ええ、マックス、数えたら5年ぶりでした(苦笑)。
読み返しキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
ありがとうございます。
278 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/09/24(木) 20:04
川*^A^)<中ノ人、上ノレスデ自分ノコテハンニ変エ忘レテマース!HA HA HA!

川´・_o・)<全裸デ町内一周ダナ 
279 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/24(木) 22:14
ガキさんヲタまた来ました!!
ちょっと久しぶりにのぞいたら更新されてたんで。
今回も最高でした。
280 名前:吉卵 投稿日:2009/09/25(金) 03:29
更新おつかれです。
っ日<亀さゆに酔い覚ましにコーヒーどうぞ。(BOSSレインボーマウンテン)

愛さんお疲れ様でした。ゆっくり休んでまた数年後に。
281 名前:HOME 投稿日:2009/10/04(日) 00:34
――――時間は遡りその日の昼。

成田空港に、ひとりの女性が降り立った。
「さすがに直行便は楽だわ…」
小さく伸びをし、そのまま成田エクスプレスの乗り場へ向かう。
282 名前:HOME 投稿日:2009/10/04(日) 00:34
――――中澤家。
「ごめんください」
件の女性は、懐かしさを覚えつつ中澤家のインターホンを押した。
『はい?…て、ええ!?あ、明日香かいな!?』
「久しぶり、裕ちゃん」
その女性――――福田明日香は小さく笑った。
裕子は慌てて中から出て来る。
「ちょ、どしたん急に!」
「手紙送ったじゃん、近々帰るって」
裕子の慌てぶりに、福田は可笑しそうに笑った。
「スーツケース…成田からそのまま来たんか?」
福田の傍らにある黒いスーツケースに目を移し、裕子は言った。
「先に実家に電話したら、どうも全員出掛けてるみたいでね。
予定より早く帰って来たから」
そのままここに来た、と福田は続けた。
「ま、ま。
とにかく、上がり」
「うん、ありがとう。
お邪魔します」
玄関の匂いを懐かしく思いながら、福田は靴を脱いだ。
283 名前:HOME 投稿日:2009/10/04(日) 00:35
「明日香さん!?」
裕子に呼ばれた梨華のリアクションは、裕子と福田の予想通りだった。
ふたりは笑いを堪える。
「久しぶりだね、梨華ちゃん。
うん、綺麗になった」
笑顔で言われ、梨華はマジ照れする。
「いまは、下宿してる人3人だっけ?」
「うん、高校生の子2人と、あと」
「コイツの彼女の大学生や」
裕子のニヤニヤ笑いつきの補足解説に、梨華は赤くなって『もう!』と裕子の腕を叩く。
「へえー。
梨華ちゃんもオトナになったもんだ」
だから綺麗になったんだね、と福田は目を細めて微笑んだ。
284 名前:HOME 投稿日:2009/10/04(日) 00:35
「タンポポ、まだランチやってる時間帯だよね?」
腕時計を見て、福田は言った。
「ああ、せやな。
なんや、昼飯まだやったんかいな」
「うん、ついでに矢口に顔見せてくるよ」
「あ、あたしも行きます」
梨華とともに、福田は喫茶タンポポへ向かった。
285 名前:HOME 投稿日:2009/10/04(日) 00:36

「おうお!?
明日香!?」
カウンターにいた矢口は、店に入って来た明日香を見て、すぐ出て来た。
「久しぶりー、矢口」
「いやめちゃ久しぶりなんだけど。
ん?イシカワも一緒か」
「いいんですけどね、ついでみたいに言わないでくれます?」
矢口のイジリに、梨華は笑いをこらえつつ言った。
「梨華ちゃん、変わったね」
福田がちょっと感心したように言う。
「だろ?
アゴンのくせによー。
あ、何食う?
メニューちょっと変わってっから」
「あー、ホントだねー。
じゃ、あたしこの煮込みハンバーグセット」
「イシカワはカレーで」
「おうよ」
買出しに出ていた辻が、
「ただいまれす〜」
と戻って来る。
「おう、辻。
ご苦労。
あ、紹介すっよ。
中澤家に昔下宿してた福田明日香。
名前くらいは聞いたことあっだろ?」
「福田しゃんれすか!
初めまして、辻といいます。
中澤しゃんのお宅でいま下宿してます」
「初めまして。
可愛い子だね」
福田が言うと、辻は照れたようにはにかんだ。
「辻、いまのうちに賄い食って来いな。
あ、辻いまウチでバイトしてんの」
「へえ、感心だね。
朝比奈の子じゃなかったっけ?
あそこ、バイトとか自由なの?」
「まあ、昔からそんなうるさくはないですね。
あたしもちょくちょくやってましたし」
福田と梨華が会話してると、
「ちわーっす」
と吉澤がやって来る。
「おう、よっちゃん。
どしたい」
「へい。なっちさんからお届け物っす。
お、梨華様外食っすか」
「り、梨華様?」
矢口が首を傾げる横で、梨華は
「へい、外食っす」
と吉澤に調子を合わせて答える。
おかしなふたりだった。
「あ、明日香このコは」
「梨華ちゃんの彼女の人だね」
福田の言葉に、梨華はこれまでにないくらい真っ赤になる。
つられたように吉澤も赤くなり、頭をかきながら
「吉澤っす」
と福田に頭を下げる。
「じゃ、じゃ。梨華様」
「だからなんで『様』」
矢口のイジリをスルーし、吉澤は
「じゃ、戻るっす。毎度でした」
と店を出て行った。
「優しそうな子だね」
と福田が感想を漏らすと、
「はい、優しいです。とっても」
と梨華は照れながらもソコはしっかり主張する。
「へー。
たいてーよっちゃん見たらまずビジュアルに目、いくのに、さすが明日香だねー」
矢口が感心したように言うと、
「梨華ちゃんは気持ちの綺麗な子を選ぶだろうってね、付き合うなら」
「ほおー」
「でも、いまの吉澤さん、あたしどっかで見た気がすんだよね」
福田が首を傾げると、
「ど、どこですか!?」
梨華が食い付く。
「いや…随分前に見たような…どこだったかなー」
と福田はまだ考えていた。
286 名前:HOME 投稿日:2009/10/04(日) 00:36
その日の中澤家の夕食は、福田を囲んですき焼きだった。
出掛けていた加護は、裕子に福田を紹介され、慌てて頭を下げた。
「ウッホ。
すき焼きカッケー」
バイトから帰って来た吉澤は、玄関のドアを開けてまず第一声がソレだった。
「おかえりー、ひとみちゃーん」
梨華が茶碗を置いて玄関まで出迎えてやる。
「すき焼きすき焼き。
あの、今日の晩御飯は」
「勿論ひとみちゃんたちにも食べてもらうよ」
この日は日曜日なので、下宿人は夕食は基本自炊だった。
「ヤッター!
あの、すき焼きは生卵つけて食べるすき焼きですか?」
「ソコ?」
吉澤のとんちんかんな質問に、梨華は可笑しそうに笑った。
「何してんねん、自分。
早よう荷物置いて食べえや」
台所から、しょっぱい表情の加護がひょいと姿を見せた。
辻がごはんを頬張ったまま、
「よっちゃんのぶんもたべるれふよー」
と言った。
287 名前:HOME 投稿日:2009/10/04(日) 00:37
夕食後、福田は加護の部屋に招かれて入って行った。
「可愛い部屋だね」
懐かしさを感じつつ、自分がいた当時とはまるで違う女の子らしい色使いの部屋に、福田は目を細めた。
「本が好きなんだね」
書架には、びっしり本が詰まっていた。
「福田さんも」
加護が言うと、福田は
「そうね。
本ばっかり読んでた」
苦笑して答えた。
「あたしは恋愛オンチでね、周りは恋したりふたまたかけたりそれは華やかだったから、
内心軽蔑しつつ、それでもどっか羨ましく思いながら、この部屋で本ばっか読んでた」
「そう…ですか」
「いま、楽しい?」
「え、あ、はい」
加護は目をぱちくりさせて福田を見た。
「この家は、人を成長させる家だと思う。
圭ちゃんだって、あ、保田さんね。
圭ちゃんも、あんなにタラシだったのに、いまはカオリひとすじだっていうし」
「そう、そうなんですか…」
自分の知らない保田の過去に、加護は『オバチャンに何が…』と冷や汗を垂らす。
「梨華ちゃんも矢口に気軽に軽口叩けるくらい成長したし」
「福田さんも?」
「あたし?どうかな?」
福田が悪戯っぽく笑うと、階下から裕子の『明日香ー、お風呂入りやー』という声が聞こえた。
288 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/10/04(日) 00:40
更新しました。

レスのお礼です。

>279の名無飼育さん

从;*・ 。.・)<ムムムムム!ガキさんは今回出てないの

川;*^ー^)<あの、その冷や汗の意味はなんすか?

すみません、今回ガキさんお休みです(笑)。
どうもありがとうございます、ご期待に添えたらいいのですが。
 
>吉卵さん

 サユセマイ
日と川;*^ー^从*・ 。.・)っ日<ありがとうなの(ですよ?) 

>愛さんお疲れ様でした。ゆっくり休んでまた数年後に。

柏;*’ー’)
どうもです(笑)。


前回の訂正です。

>274
2行目

不意に、ジュンジュンが尋ねたきた。→不意に、ジュンジュンが尋ねてきた。

289 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 10:57
ガキさん休みでしたが、すごく面白かったです。
次回も楽しみに待ってます。
290 名前:吉卵 投稿日:2009/10/04(日) 21:07
更新お疲れ様です。
石川の彼女→彼氏
の間違いでは?(笑)

「ジュンジュンが尋ねたきた」ってジュンジュンがしゃべってるみたいすね。
291 名前:HOME 投稿日:2009/10/12(月) 19:14
同じ夜。三好の入院先にて。

「そろそろ帰るな」
市井は荷物を取り上げ、三好に声を掛けた。
「うん」
三好は窓の外に目を向けたまま答えたが、
「あんた」
やがて、ぽつんと呟いた。
「どうして、あたしの面倒見てくれんのよ」
市井は苦笑して、
「依頼人として、死なれちゃ困るからな」
「あたしを見殺しにだって出来たのに」
市井は一拍置いて、
「後藤がいたからな」
とだけ言った。
「あいつがいなかったら、見捨ててたかもしれない」
予想通りの答えに、三好はフッと笑う。
「なーんてな。
アタシは優しいんだ、なんてったって、オマエの下着まで洗ってやるんだからな」
「…頼んだ覚えないんだけど」
「あの日着てた服はどーする?
一応まだ取ってあるが、血がべっとりだぞ」
「…捨ててよ。
靴もどうせ使いものにならないくらい血で汚れたでしょ」
「…としたら退院した時の服も用意せにゃな」
「うん」
「オマエ、最近素直だな」
市井の言葉に、三好は微かに笑った。
292 名前:HOME 投稿日:2009/10/12(月) 19:15
「告訴しないんだってな、今回の事」
窓の外を見て、市井は言った。
「あの子を守る為か」
「…別に。
治療費の心配もないからよ」
「あのさゆみって子、自分のじいさんがやってる病院に転院したらどうかって言ってきたんだろ?実家のある山口だったか」
「ああ、亀井絵里の親にも交渉してるみたいだけど」
そこまで言って、三好は、
「たく、これだからお金持ちのお嬢様は」
と苦々しく笑った。
「世間知らずのくせに、ムダに勇気だけはあるわ」
「お嬢だからってより、あの子たちだからだろ」
「ああ」
三好は、少し体を起こし、
「友達の為なら何でも行動起こすって事ね」
呟くように言った。
293 名前:HOME 投稿日:2009/10/12(月) 19:15
その頃。

新垣が浴室から髪をバスタオルで拭きつつ出てくると、リビングのテーブルに置いていた携帯が鳴った。
「あー、カメ?
どしたん?」
電話の向こうの亀井は少し黙って、
『今日、ごめん』
とだけ言った。
「…へ?
何にごめん?」
また黙った後、
『図書室で』
と必要最小限の回答があった。
「ああ…。
てか、あ、謝るならしないでくれるかな〜!」
恥ずかしさもあり、新垣は冗談めかして言う。
『だからごめんて』
電話の向こうのつっけんどんな声を聞いていて、もしかしてこの子は自分が思っていたより、案外不器用な子なんじゃと、
新垣は思う。
優等生で、ソツがなくて。
皆に分け隔てなく、愛想がよくて。
どっちがカメなんだろ、と新垣は携帯を耳に当てたまま考えた。
294 名前:HOME 投稿日:2009/10/12(月) 19:16
『…ガキさん?』
沈黙を怒りと取ったのか、不審に思ったのか、亀井は少し不安そうに呼びかけてきた。
「あ、ちょ…場所、移動するから。
自分の部屋行くし」
『ああ…うん』
新垣はどたどたと階段を上がり、自室に入って行った。
「ごめん」
ドアを閉めてベッドに腰掛け、新垣は亀井に呼びかけた。
『あ、うん』
「カメさ」
『はい?』
「キスするんなら、好きな子にしなよ」
『……』
「もしもし?」
『本気で言ってんの?』
「へ?」
『絵里の気持ち知ってて本気で言ってるんなら、絵里、怒るよ』
「な、なによお〜」
携帯越しの怒気を含んだ声に、新垣はかなり理不尽なものを感じる。
『もう知らない。
ガキさんのバーカ』
「はあ!?
ちょ!もし…も!…切れた」
一方的に切られた電話に、新垣は心底とほほとなった。
295 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/10/12(月) 19:19
更新しました。
少しですが。

レスのお礼です。

>289の名無飼育さん

从*・ 。.・)<ガキさん休みなのに面白かったなんて嬉しいの

川*^ー^)<ありがとうございます!

壁|;・e・)<だからなんで我輩にご挨拶させてくれないのだ

今回は彼女、風呂上りですが(笑)。


>吉卵さん

(*^▽^)<正真正銘彼女ですよー

(*0^〜^)<正真正銘カッケー!

>川´・_o・)<ジュンジュンガ尋ネタキタ

本当だ(笑)。ジュン子の台詞みたいですな。
296 名前:吉卵 投稿日:2009/10/14(水) 23:52
更新お疲れ様です。
ガキさんのバーカ!亀派の意見です。(笑)
297 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 17:17
亀に同意しますw
298 名前:HOME 投稿日:2009/10/20(火) 17:55
その日の深夜――――。

「あー、明日終業式かー。たっるー」
「だるいよなー。どうせ通信簿渡すだけやのにー」
「愛佳はいいじゃんー。成績いいしー」
「まあなー(笑)」
「ムカツクー(笑)」

寮の自室で、光井愛佳は寝転がってルームメイトと話していた。
299 名前:HOME 投稿日:2009/10/20(火) 17:56
「…ん?」
窓に違和感を感じ、光井のルームメイト――――オンダさん(付属中学1年E組6番)は目をやった。
「どないしたん?」
「ちょ…何かいる!」
「マジ!?ち、痴漢!?」
光井はオンダさんの腕を取って、オタオタする。

『コンコン』

「誰か窓叩いた…」
「あれ…女の子?」
オンダさんは窓の外をすらっと伸びた腕を見て、目を丸くする。
『こんばんは』
外の木の枝にいた女の子――――久住小春は、口だけで室内のふたりにそう言った。
「く、久住さん!?」
「ちょ、マジかよ(爆)。
ここ3階だぜ!」
オンダさんはとりあえず窓を開けてやる。
「よっと!」
久住は窓枠に足を掛け、室内に入って来た。
靴のまま、床に着地する。
「…とりあえずドコからツッコんでエエですか?」
光井は溜息ついて、『靴、脱いでください』とまずソコをツッコむ。
「ああ、うん」
久住は言われた通り、床に腰を下ろして編み上げのブーツを脱ぐ。
「何してんですか、こんな時間に。
また家出ですか?」
「え、またって1回やってんの?」
オンダさんの問いに、久住はニカッといい笑顔を見せる。
「今日はお父さんいないから。
てか、家出じゃないし」
「じゃ、何ですのん?」
久住は一瞬光井の方を見、次にオンダさんを見た。
「あ、席外したほーがい?
んじゃ、怜の部屋で寝るしー」
物凄く空気が読めるオンダさんは愛用の枕を抱え、部屋を出て行った。
久住は笑顔で『ありがとう〜』と手を振る。
300 名前:HOME 投稿日:2009/10/20(火) 17:56
「『レイ』って誰だろ?」
久住は二段ベッドの下段に座った。
「言うてエエんかな…上級生と付き合うてはるんです。
その人の部屋行く言うてるんですわ」
「へえ〜!寮ってホントにそんなコトあるんだね!」
「まあ…ね。
いや、ソレはエエねん。
てか、何でまたこないな時間に。
明日でもエエですやん」
光井はふと、久住の頬に視線を落とす。
寒いのか、色が悪かった。
「…冷えますし、ココアでも入れますわ」
「うん、ありがとう」
冷蔵庫からミルクを出し、廊下の隅にある共用のレンジであっためる為、光井は一旦部屋を出た。
301 名前:HOME 投稿日:2009/10/20(火) 17:57
「はい」
差し出されたマグを、久住は大事そうに受け取り、ふうふう息を吹きかけ冷ます。
「おいしいよ」
「うん。
で、こんな時間の訪問の理由は何ですのん」
久住は一瞬、大きな目を開き光井を見た。
机の上にマグを置き、少し微笑んで
「あのね、小春、引越しするんだ」
とまた光井を見た。
「…へ?
そんなん、ちっとも…」
急な話なので、光井は目を丸くする。
「急に決まったの。
だから、明日も学校行けない」
「ちょ…」
光井がどう言おうか考えていると、腕が伸びてきた。
久住に抱きすくめられていると理解するまでに時間がかかる。
302 名前:HOME 投稿日:2009/10/20(火) 17:58
「…な、なに?」
立ったまま、光井はどうしたらいいのか困っていた。
「…好きだよ」
更に抱きしめられた時、耳元で囁かれた言葉に光井の頭が真っ白になる。
「…な」
「小春の彼女になりなよ」
「…意味、分からへん」
「意味?」
「自分、意味不明や」
光井はぼそっと呟き、相手の腕をほどこうとする。
「意味ねえ…」
久住は顔をしかめ、うーん、と口に出して頭も傾けた。
「ない」
「…はあ!?」
「好きに意味とかってあんの?」
「あ、あるやろ!
優しいから好きとか、ほっとかれへんから好きとか!」
「あー。
小春と違って頭いいから、マジ尊敬してるかな」
「お、おおきに」
光井は言ってから、はっと肝心な事を思い出す。
303 名前:HOME 投稿日:2009/10/20(火) 17:59
「てか!自分、新垣さん好きなんちゃうん!」
「ああ、好きだよ」
悪びれず、久住はへラッと笑う。
「でも、その好きとは違う。
いくら小春でも分かるから」
「……」
「ん」
久住はもう一度、光井を抱きしめた。
「う、うちは…田中さん、好きやねんで?」
「知ってる」
「じゃ、なんで?」
「なんで?
決まってんじゃん、好きだからだよ」
ちっとも回答になってない、と光井は思う。
「いつから…?」
「忘れた」
「ソコ、しっかり覚えとかな」
「こだわるなあ」
久住は苦笑して、腕の中の光井の顔を覗き込んだ。
「ね?
小春たち、けっこー気が合うと思うんだけど」
「…どっちかっつーと、うちが久住さんに合わせてるような」
「小春、大人になったらもっと美人になると思うし」
「…もう既に美人みたいな言い方やな」
「スタイルも背が伸びたら今以上によくなると思うんだー」
「…厚かましいな、自分」
久住は目を細めて微笑み、立ち上がった。
光井はふと、久住の目線が、自分と合わなくなってる事に気付く。
『この子…入学した時はうちとそう背ェ変わらへんかったのに、いつの間にこんな伸びたんやろ』
光井は不思議な心持ちで、久住を見つめる。
ぼーっとしすぎて、いつの間にか両肩に手を置かれ、久住がキスしてる事に気付かなかった。
されてから、はっと我に返る。
304 名前:HOME 投稿日:2009/10/20(火) 18:01
「ちょ、自分!
今何した!?」
「え、キスだけど?」
「何『しましたが何か?』みたいに言うてんねん!
何してしくさんじゃボケ!」
「…みっつぃって、怒るとクチ、悪いよね」
久住は顔をしかめ、しみじみ言う。
「は、初めてやねんぞ、こ、こっちは!」
「小春だって初めてだよ」
「返せ!」
「や、無理だし。
てか、返す気もないし」
「な、なんやと!?」
顔を真っ赤にして怒る光井を久住はまたぎゅっと抱き、今度は最初より深いキスをする。
唇を離して、光井の耳朶にもキスした。
「…何で泣くの?」
「…知るか!」
久住は苦笑して、コートのポケットからハンカチを出し、光井の涙を拭ってやる。
「バイバイ、またね」
靴を履いたと思うと、また窓を開けて出て行ってしまった。
呆然とした光井がようやっと我に返って窓の外を見て、久住を探した時は、出て行ってしまった。

『バイバイ、またね』
別れ際の笑顔の言葉に、光井は
「…あほお!
――――勝手にひっかき回すなや!」
部屋の隅で膝を抱えて、わんわん泣いた。
305 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/10/20(火) 18:04
更新しました。
ガキさんおたおめー。
せっかくの誕生日なのに、出番は名前のみですんません(苦笑)。

レスのお礼です。

>吉卵さん

>ガキさんのバーカ!亀派の意見です。(笑)

煤i;・e・)<うええ!?何で!?

若干デリカシーに欠けましたからね(苦笑)。

>297の名無飼育さん

>亀に同意しますw

川*^ー^)<ですよねー

亀派の方ですかね(笑)。同意ありがとうございます。
306 名前:吉卵 投稿日:2009/10/26(月) 21:16
更新お疲れ様です。
とりあえずミラクルさんの行動力はすごいですな。3階まで登るとは
307 名前:カメカメ 投稿日:2009/11/07(土) 18:10
更新お疲れ様です。
ずっと楽しく読ませてもらってます!!
私的に、よっちゃん梨華ちゃん、ガキカメ推しなのですごくニヤニヤしながら見させて頂いてます^^
308 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2009/11/07(土) 22:38
いつも楽しく読んでいます。

さゆれな推しですが、なかなか巡り合えないので、
たまにあるとテンションが上がります。

でも、落としておきますね!
309 名前:HOME 投稿日:2009/11/08(日) 18:59
鳥の囀りで、朝を知った。


光井愛佳は、泣き腫らした顔を上げ、床から立ち上がった。
「学校…支度せな。
いつまでもこうしてられん」
少しずれたデニムのオーバーオールの肩紐を直し、洗面道具を持って廊下に出た。
「わ」
部屋のドアを開けたところ、ルームメイトのオンダさんが立っていた。
「うっわ!何しとん、自分!しかも道重先輩も!」
2年上の道重さゆみは、照れて頭をかいた。
「いやね、さっき顔洗ってたら、オンダちゃんが面白いものが見れるってゆーからさあ」
「何もあらしませんから。
ホンマに自分、何言うてんねん」
光井はオンダさんをちょっと睨み、共同洗面所に向かおうとする。
「小春、帰ったん?」
背中越しのオンダさんの質問に、
「…さっさと帰らはった」
とだけ答える。
「え?小春ちゃん来てたの?」
道重がちょっと目を見開く。
「てか、愛佳にコクりに来たんじゃねーの?」
オンダさんの言葉に、道重は『おや』という顔をする。
光井は不機嫌さを全面に現し、
「ちゃうわ!アホ!」
そのままどすどすと共同洗面所に歩いて行った。
310 名前:HOME 投稿日:2009/11/08(日) 19:00
「はあ、小春ちゃんがね」
道重は『そっかあ』としみじみ繰り返す。
「ん?じゃ、オンダちゃん、昨夜どうしたの?」
「え?あ?
ああ、レイ…じゃなかった、ナカハラ先輩の部屋に」
「…え」
道重は自分の知らないところで、カップルが存在してることに少なからずや驚く。
オンダさんはともかく、道重のクラスメートでもあるナカハラさんは、普段ぼーっとしていて、そんな色っぽい事を
まるで感じさせない人物であった。
「知らなかった…ナカハラちゃんが」
「レイってすんごい巧いんスよ」
「…ほ、ほお」
何が、とツッコむ余裕もなく、道重は
「じゃ、お先でーす」
とオンダさんに爽やかに去られてしまった。
311 名前:HOME 投稿日:2009/11/08(日) 19:01
朝比奈学園――――。

「好きな子…好きな子」
呪いか何かの言葉のように、新垣はブツブツと繰り返していた。

今日は付属高校の制服の受け取りが昼から学校である。
昼から出て行くのもかったるいので、朝ちょっと早めに出た。

『何さ、カメのアホ。
謝ってきといて「バーカ」って』
昨夜の電話に、新垣はまだ怒っていた。
キスしてきたことはさほど怒ってないが、亀井の電話での態度にムカついていた。
312 名前:HOME 投稿日:2009/11/08(日) 19:01
「はーあ…」
亀井と顔を合わせたら、どう言えばいいのか。
溜息をついて歩いていると、当の亀井とばったり鉢合わせした。
「あ…」
どう言おうか新垣が考えてると、
「ちょっと来て」
亀井が腕を掴んで来て、そのまま連れて行かれた。
313 名前:HOME 投稿日:2009/11/08(日) 19:04
「ちょ、何」
人気のない校舎まで連れて行かれ、新垣は
『また湿っぽいとこに連れて行くなー』と顔をしかめる。
校舎内の階段そばの倉庫前で、亀井は立ち止まった。
「昨日考えてたんだけど」
いきなり、亀井は切り出してきた。
「う、うん?」
「絵里、好きな子にキスしたい訳じゃないよ」
「…は?」
「好きな子とキスしたいの」
「…はあ?」
「分からない?」
亀井はじれったそうに、顔をしかめた。
「い、意味が分からないんですけど」
新垣が笑ってごまかそうか考えていると、背中にひんやりとした感触を覚えた。
亀井が壁に自分を軽く押し付けていると気付き、新垣は『げっ!』と危機を感じる。
身を竦めて逃げようとし、きつく目をつぶる。
だが何も起きない。
目を開けると、亀井が苦笑していた。
「そんな顔しないでよ。
イヤならしないからさ」
「…な、何するつもりだったのよ〜」
ぶすくれながら、亀井の腹に『えいえい』と軽くグーを入れる。
「ん?
愛情表現?」
「その『?』はナニ?
てか、本気で危機を感じたんですけど」
「ごめん」
亀井は一瞬泣きそうな顔をし、ぎゅっと抱きしめてきた。
『カメって…あったかいんだな』
壁の冷たさと亀井の体の温かさの両方を感じながら、新垣は軽く抱き返した。

314 名前:HOME 投稿日:2009/11/08(日) 19:04

「つーか…」
新垣は自分の唇を押さえながら、眉間に皺を寄せて歩く。
『あんのバカカメ、どさくさに紛れて…』
あの後結構強めのキスをされ、新垣は亀井に対して腹を立て、一方自己嫌悪にも陥った。

抱き返したところ、亀井は切なそうな顔で新垣の頬に手をやり、その表情に見惚れていたら
どちらからともなくキスしてしまった。

『…何さ、好きな子とキスしたいって』
唇が離れた後の質問に、
『言葉通り』
『あたしの事どう思ってんの』
亀井は質問には答えず、フッと笑ってまた唇を重ねてきた。

「…くっそー」
赤くなりつつ、悔しさを滲ませながら、新垣は唇をぐいぐい擦り中学の校舎に歩いて行った。
315 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/11/08(日) 19:17
更新しました。
レスのお礼です。

>吉卵さん

>とりあえずミラクルさんの行動力はすごいですな。3階まで登るとは

リo´ゥ`リ<え?そんなことないよ〜

川;=´┴`)<ミラクル通り越して驚異ですわ

どうもありがとうございます。
愛のなせる業です(笑)。

>カメカメさん

(0^〜^)<ニヤニヤカッケー!

(*・e・)<ありがとうなのだ!

どうもありがとうございます。
从*・ 。.・)<後、出来たらsageでお願いしますなの
 
>308の名無し募集中。。。さん

从*・ 。.・)<さゆみの可愛さが分かるなんて通なの

从;´ ヮ`)<さゆれな推しって書いとうだけで、『さゆ可愛い』とかは書いてないっちゃから

どうもありがとうございます。
確かにさゆれなはなかなか出てきませんね(笑)。
从*´ ヮ`)<落としてくれてありがとうっちゃ!


訂正です。

>299

10行目

オンダさんは窓の外をすらっと伸びた腕を見て、目を丸くする。→オンダさんは窓の外のすらっと伸びた腕を見て、目を丸くする。

>304

11行目

呆然とした光井がようやっと我に返って窓の外を見て、久住を探した時は、出て行ってしまった。 →呆然とした光井が、ようやっと我に返って窓の外を見て久住を探した時は、既にその姿はなかった。
316 名前:名無しーさー 投稿日:2009/11/10(火) 08:51
うあ〜・・・すんごいガキカメが楽しいです!
更新お疲れさまです^^
317 名前:吉卵 投稿日:2009/11/10(火) 21:02
更新お疲れ様です。
「バカカメ」なんか笑いました。結局はガキさんがやられちゃったんですね。
318 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/12(木) 19:53
ガキカメいいですね!!
でも密かに愛ガキの場面が来ること祈る・・w
319 名前:HOME 投稿日:2009/11/21(土) 23:52
新垣と別れた後、亀井は時々唇に指で触れながら、嬉しさを隠し切れない様子で小走りにとりあえず中庭に向かった。
「おや、おさゆさん」
「おはようなの」
道重はベンチに腰掛けてブリックパックのコーヒー牛乳を飲んでいた。
「朝からなにニヤニヤしてるの?キモいよ」
「いや〜、それがダンナ!」
キモイ、と言われたことはいいのか、亀井は更に嬉しさ全開でばしばし道重の肩を叩く。
叩かれた道重は顔をしかめ、制服の肩を軽く掃った。
320 名前:HOME 投稿日:2009/11/21(土) 23:53
「ほお。チューですか」
もったいぶりながらの親友からの情報に、道重はちょっと目を丸くした。
「いつの間に進展してたの」
「うん、昨日、図書室で絵里からチューして…エヘへ」
亀井はもじもじしながら道重のブリックコーヒーを勝手に飲む。
道重はまた顔をしかめ、亀井の手元を見た。
「あの、ずっと疑問に思ってたんだけど」
「なに?」
亀井の手にはブリックがある。
まだ返していなかった。
「ちゃんと言ったの?『好き』って」
「あ…」
亀井は『しまった』という顔になる。
「ちゃんと言わないと、ただの欲求不満の人みたいに思われるの」
「そっか…」
親友のアドバイスに、神妙に頷く亀井。
その手元には、まだブリック。
「あ、ねえ。
ちょっと聞きたかったんだけど」
「なあに?」
亀井は何故か周囲をちょっと見渡して、
「ディープキスってさあ、どうすんの?」
と小声で尋ねた。
「…は?」
「いやだから、し、舌を入れるようなキスって…どーすんのかなーって」
『コイツ…』
道重は心底呆れ、
「…いやー、そういうのは好きな子とよろしくどうぞ」
若干投げやりに答える。
「えー、だってー。
よく小説とかで『舌を吸う』とかって書いてあるじゃん?
どうやって吸うの?」
『アンタはどんな小説読んでんだよ!』とか色々言いたいことはあったが、
「…さくらんぼの枝でも結んでろなの」
ブリックを取り返し、そのままベンチから立ち上がり去って行った。
321 名前:HOME 投稿日:2009/11/21(土) 23:53
『まったく…絵里はホントにアホなの』
道重は図書室に向かい、ちょっと溜息をついた。
図書室に向かう廊下で、偶然新垣と会う。
「「わ」」
ふたりは同時に声を上げた。
「お、おはよ」
「おはようなの」
新垣はぎこちなく笑い、ふっと顔をそらした。
『ん?』
道重はふと、新垣の口元にかすかについた、ピンクっぽいグロスに気付く。
今日の彼女はリップはつけてはいるが、色のついていないものだった。
「…すぐお化粧落とすかし直すかしたほーがいいの。
グロスがはみ出しすぎなの」
そっと相手に告げ、道重はそのまま歩いて行った。
322 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/11/21(土) 23:55
更新しました。物凄く短いですが。

レスのお礼です。

>名無しーさーさん

川*^ー^)<ウヘヘヘヘ、楽しいですか〜?ありがとうございます〜

(;・e・)<我輩はへとへとなのだ

楽しんで頂けて何よりです(笑)。ありがとうございます。
ガキさんは若干災難ですが(笑)。

>吉卵さん

(;-e-)<まったくバカカメなのだ

川*^ー^)<まあまあ。バカな子ほど可愛いって言いますよ?

ガキさんならいかにも言いそうかと思い(笑)。>バカカメ
ガキさん流されがちです(笑)。

>318の名無飼育さん

川*^ー^)<やっぱいいですか?ウヘヘへ〜、ありがとうございます〜

(;・e・)<いいですか?そ、そうですか…

ありがとうございます。
愛ちゃんもそのうち来るかもしれません。川*’ー’)<出すやよー
323 名前:名無し飼育 投稿日:2009/11/22(日) 09:08
いい!
ディープキスをさゆに聞くえりりん最高w
324 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/22(日) 10:57
さくらんぼの枝いいですねー!!
笑いました。
325 名前:吉卵 投稿日:2009/11/23(月) 03:14
亀に佐藤錦でも送ります。
326 名前:HOME 投稿日:2009/11/23(月) 19:42
一方。

卒業した中学3年と高校3年を除く全クラスで、終業式のシメの通知表配布が行われていた。
光井愛佳のクラスでも、担任が名前を呼んで生徒が次々取りに行く。
「小春、今日来なかったんだね。風邪?」
他のクラスメートたちが話しているのを、光井は前を向いたまま反応する。
「久住は引っ越しだそうだ。急な事なので残念だが、今日は来れなかった」
担任が手を止め、生徒たちに告げる。
「え、マジ!?
転校すんの?」
クラスメートのひとりが声を上げる。
光井も声に出さなかったが、少し縋るような目で担任を見る。
「あ、いや。
学校は変わらない。
ただ…事情があって前のマンションを引き払って新しい家に移ったそうだ」
「え?なんで?」
クラスメート一同『???』となってる中で、
「チョリース!」
とふざけた挨拶をし、ガラガラと誰かが教室のドアを開けて入って来た。
「こ、小春?」
クラスメートが唖然とした表情で言う。
「久住、来たのか」
担任も些か呆気に取られたようだった。
「引っ越し無事完了しました!」
ちっとも悪びれず、久住はいい笑顔で敬礼する。
「え?小春なんで私服?」
「ああ、それは事情があってな…」
担任が説明しようとすると、久住は
「いやー、時間ギリギリかと思ったんだけどー、みんなの顔最後だし見たくってー、片付けまだ終わってないけど
来ちゃいました!」
もー、小春はー、という声も何処かから漏れる。
そんな中、光井は自分の席で俯いて膝に置いた両手を震わせていた。
327 名前:HOME 投稿日:2009/11/23(月) 19:44
「…怒ってる?」
終業式の後、中庭で、久住は背中越しに怒りを表している光井に、さすがに恐る恐る声を掛ける。
光井は何も言わず、背中を向けて立っていた。
「ねえ」
「なんで嘘ついたん」
久住の問いかけにかぶせる様に、光井は背中を向けたまま言った。
久住は一拍置いて、
「嘘はついてないよ。転校するなんて言ってないし」
ここで初めて光井はくるっと振り向き、
「嘘はついてへんけど言葉足らずや!」
責める口調で詰った。
「…悪かったよ。
あのさ、小春ん家さ」
「うん」
「卒業式の日、マンションの上の階で火事があってさあ」
「え…」
ここで初めて、光井の顔色が変わる。
「知ってる?
マンションとかって、消防車がまとめてざーって火、消すから、下の階とかも水びたしになんのね。
で、うちは真下だからもう住めない状態なっちゃってさー」
「…うん」
「とりあえず家族全員ウィークリーマンションっての?
そこに移って家の片付けとかしてんだけど、服とかもめちゃくちゃなっちゃったから、お父さんとかも心折れちゃってー」
「…そんで、私服なんや」
「ああ、これ?
うん、新潟のお母さんに実家から送ってもらったの。制服も煤まみれな上、水浸しで着れないし」
昨日と同じ黒いロングコートを、久住は首を下げて見る。
「で、家は?
まだウィークリーマンション住んでんの?」
「ああ。
うん、お父さんの会社の人の紹介で、いい家見つかったから!」
「よかったな」
「うん」
にこやかな久住に対し、光井はふっと俯いた。
「…みっつぃ?」
久住が腕を掴み、顔を覗き込む。
光井は声が漏れないように、涙を啜る。
「ねえ、ちょっと。
小春が悪いんなら謝るからさ、泣かないでよ」
「うっさいボケ!」
しおらしく泣いていたかと思うと、急に言葉を荒げて光井は攻撃する。
「…出た」
久住はひっそり呟いた。
「誰のせいで泣いてる思てんねん!
大体あんたが悪いねんで!」
「そ…そうですね」
本気出した関西人の勢いに、久住は尻込みする。
それが普段ほんわかした光井なので、効果はより絶大だった。
「も、もう…会われへんて思たやんかあ〜!」
久住のコートの前開きの部分を掴み、光井はうわーん!と声を上げて泣いた。
久住はちょっと呆気に取られていたが、すぐに優しい瞳で、
「もし本当に転校になっても、会いに来るよ」
光井の頭を撫でて告げる。
「わ、分からんで?
転校した先で可愛い子と会うたら…」
「あらら、ヤキモチ?」
「違うわアホ!」
「鼻!鼻垂れてる!」
久住はコートのポケットからティッシュを出し、拭いてやる。
久住からティッシュを引ったくり、鼻を噛む光井を見て、
「小春ね、結構クチ悪い女の子って好きなんだー」
いつものように、悪気なく笑った。
328 名前:HOME 投稿日:2009/11/23(月) 19:48

午後1時から、内部進学の新中学1年、新高校1年向けの制服受け取りが行われた。
保護者同伴の生徒も多く、時間になるとぞろぞろと家族に付き添われた女の子が集まった。
一足早く会場の体育館に行っていた道重は、亀井と新垣の姿を認め、『こっちだよ』と手招きする。
「カメん家はお母さん来んの?」
新垣の質問に、
「いや、うちは多分来ない…げっ」
「『げっ』って」
新垣は亀井が目を逸らした方に目を向ける。
「あ、亀井ちゃんのお母さんこんにちは〜!」
新垣はこれ以上ないくらいの笑顔で、亀井の母に手を振る。
「やめてよ」
亀井は俯いて、新垣の手を振ってない方の袖を引っ張り、小声で言った。
亀井の母はすぐ気付き、
「こんにちは」
とふたりの元にやって来た。
「もー。来なくていいって言ったのにー」
亀井はぶすくれて内弁慶丸出しで拗ねた。
アヒル口を尖らせ、体育館シューズの爪先で床を擦ったり、体を揺すって嫌がったりする。
「カメー、そんな事言わないの!
せっかくお母さん来たんだからー」
新垣はいつものように咎めた。
娘の態度に苦笑しつつ、亀井の母は、道重にも挨拶する。
「里沙ちゃんのお家はどなたかいらっしゃるの?」
「お母さん来るって言ってましたが…あ、来た!」
新垣は母の姿を認め、
「ママー!ママー!こっちだよー!!」
物凄くデカイ声でぶんぶん手を振る。
その姿に、拗ねていた亀井ですら声を上げて笑った。
329 名前:HOME 投稿日:2009/11/23(月) 19:49
制服を受け取った生徒は、早速体育館の更衣室で着替え、制服が体に合ってるか、家族や友人に見てもらう。
「さゆみちゃん、上着もきつくない?」
道重母はさすがに山口から遠路はるばる来れないので、道重は亀井母に見てもらっている。
「はい、ちょうどいいです」
一方、亀井は適当に腕を通し、適当に上着のブレザーを脱いだので、
「絵里、どうだった?」
と娘の適当さを知り尽くしてる母が声を掛ける。
「うん、いいよ」
ふてくされたように答え、
「もう帰ろうよ」
とまで言った。
「ちゃんと着てみなさい」
「えー」
「ホラ」
亀井は渋々、母にブレザーを着せてもらう。
その駄々っ子ぶりは、道重や新垣、他の元3−Bの面々の笑いを誘っていた。
「ホラー、みんなに笑われてるじゃん!」
「あんたがちゃんと着ないからでしょう。
ホラ、ちゃんと前合わせて!」
亀井はふてくされながらも、母にされるがままにブレザーの襟を整えたりされている。
「お!カメ似合うじゃん!」
まだ更衣室の順番を待っている新垣が囃し立てるように言う。
「そう?」
新垣に褒められ、ちょっと亀井の機嫌が直る。
330 名前:HOME 投稿日:2009/11/23(月) 19:51
「里沙、ぴったり?」
「うん、ちょうどいい」
新垣も着替えて母に見てもらっている。
「もう身長も伸びないだろうし、これでいいかしらね」
「うっうっ、切ないこと言わないでよ!」
新垣は大げさに、袖で涙を拭うフリをする。
「もう制服のまま野球して、スカート破かないでよ。
お母さん、繕うの大変だったんだから」
「はあい」
新垣は中学に入学してすぐ、友達と放課後野球し、二塁にスライディングした際、見事にスカートを破いてしまったのだ。

「あの人がいつも話してる亀井ちゃんのお母さん?」
娘や道重と話してるスーツ姿の女性を見て、新垣の母は娘に尋ねた。
「うん。カメに似てるっしょ?」
「き、綺麗な人ね」
「あー、カメも美人だしねー」
「美人親子ね…」
「てか、ママも美人だよお」
うりうり、と肘でつつき、新垣は少し離れたところにいる道重たちに手を振った。
「ガキさんのお母さん、こんにちは」
道重はこちらにやって来て、軽く頭を下げた。
「こんにちは。
さゆちゃん、また遊びに来てね」
「はい」
「え、さゆ!
ガキさん家遊びに行ったことあるの!?」
「ああ、中2の時も一緒のクラスだったから、社会科の共同レポートとか、ガキさん家でみんなでやったの」
「ああー、あったあった!懐かしいねー!」
新垣と道重が若干盛り上がってる横で、亀井はひとり『さゆめさゆめさゆめ』と若干呪いをかけていた。
「えーっと、あなたが亀井さん?」
新垣の母に声を掛けられ、亀井は
「はい、亀井絵里です。
いつも里沙さんにはお世話になってます。
ご挨拶が遅れましてすみません、おばさま」
と物凄い速度で優等生モードに切り替えにこやかに挨拶する。
「ああ、いえ。
こちらこそうちの里沙がごめんなさいね。
この子、やんちゃで困るでしょ?」
「いえ、とっても元気でクラスの人気者です」
クラスメートの保護者には好印象を、が信条の亀井は、いつもの優等生モードの2割増笑顔になる。
331 名前:HOME 投稿日:2009/11/23(月) 19:52
その後、母とふたりになった時、新垣は
「どう?カメ、かわいいっしょ?」
と言った。
「うん、かわいいけどなんというか…」
「え、何?」
「気難しそうな子ね」
母が意外な事を言ったので、新垣は一瞬目が点になったが、
「あー、そうかもー。
結構すぐ拗ねるし、扱い辛いトコあるかも」
昨日の電話や、今朝学校に来てすぐ、ふたりきりになった時のことも思い返しつつ、言った。
「でも、いい子なんだよ」
「そうなの」
「うん、心?心が深いというか」
「そう」
ふたりで話してると、道重が向こうで、『ガキさーん、こっちー!』と手を振った。


「さゆ〜!」
体育館の入り口で、聞き覚えのある声がした。
「…来たよ」
亀井はそっと小声で呟いた。
「…来たね」
新垣も頷く。
「さゆー!ばり可愛かー!
さゆがさゆっちゃー!」
田中れいなは物凄い笑顔で体育館に飛び込んできた。
道重ははにかみながらも田中を出迎える。
「ツンデレのツン抜き…」
また亀井が呟く。
「むしろデレ?」
と新垣。
そこへ、
「亀井せんぱ〜い!
一緒に写真撮ってくださ〜い!」
中学の後輩がデジカメや携帯片手にわらわらと集まって来た。
「う、うん。いいよ」
一応人当たりのいい優等生という事になっているので、亀井は『ガキさんとまだ撮ってない…』と思いつつも、気軽に応じる。
「お、カメモテんじゃん」
人の気も知らず、新垣は横でニヤニヤしている。
「こ、高校の制服の里沙ちゃんキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!」
「萌え〜!」
「ばあさん、わしゃこの年まで生きててよかったようっうっ」
「じいさん、しっかりしておくれ」
「里沙ちゃん里沙ちゃん!」
『里沙ちゃんを守る会』も健在だった。
「ちょ、おわ!うええ〜!?」
急にファンクラブ一同に囲まれ、新垣は面食らった。
332 名前:HOME 投稿日:2009/11/23(月) 19:55
三々五々に体育館から人が散っていき、新垣たちもぞろぞろと中庭に向かう。
新垣の母と亀井の母は、
『うちの娘がいつもどうも』と大人の挨拶を済ませ、それぞれ帰って行った。
「れーな、通信簿もらったんでしょ?
どーだった?」
亀井の言葉に、田中はギクリと肩を竦める。
「見せてー」
「え、や。
見ても…楽しいモンやないけん」
「見せて」
亀井は一瞬どSな瞳になる。
だがすぐに笑顔を見せた。
『『『こ、怖っ』』』
3人はあまりの恐怖に泣きそうになる。
田中はおずおずと通信簿を差し出した。
「ふんふん…てかれーな、ヤバくない?」
「そんなに…?…あ」
道重が横から覗き込む。
彼女である道重ですらフォローできないような惨憺たる成績だった。
「あー…」
新垣も残念な声を上げる。
しかし『あたしが2年の時よりいい…』と心の中で呟いたのは内緒だった。
「う…分かってるっちゃ。
つーか、さゆと絵里、そんなによかと?」
「あー、このふたりはねー」
新垣は苦笑する。
「学年主席と次席だからー」
道重は困ったように笑い、亀井は調子こいて自分の髪をさっと後ろになびかせるフリをした。
「まあねー、今回絵里は頑張りましたよ?
それでも、さゆには敵わなかったけどねー」
「数学だけ絵里に負けたの」
「え、さゆ98点やったんやろ?
絵里、何点と?」
「あー、105点だった」
「「ひゃ、ひゃくごてん!?」」
新垣の田中の声がハモる。
「0点以上に信じられない点数っちゃ…」
田中がぼそっと呟く。
「何かさゆたちの数学の先生って、絶対生徒が100点取れない問題作るんだけど、思考力が高い生徒はたまに100点超えの
点数つけてくれるの。
トータル点数出す時は100点で換算するんだけどね」
「キムラちゃんなんか110点だったよ」
「へー」
ふたりの会話に、新垣と田中は項垂れる。
「…れな、3年上がったら頑張ると」
「…うん、頑張んなよ」
新垣はぽん、と後輩の肩を叩いた。
333 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/11/23(月) 20:01
更新しました。

レスのお礼です。

>323の名無し飼育さん

从;*´ 。.`)<本当にアホなの

川*^ー^)<うへへ〜?最高ですか〜?ありがとうございます〜

楽しんで頂けたようで何よりです、ありがとうございます(笑)。


>324の名無飼育さん

川*^ー^)<で、何でさくらんぼの枝なの?絵里、どうせなら実がいいな♪

曝ク;*・ 。.・)<(まさか分かってない!?)

笑って頂いてこちらも嬉しいです(笑)。ありがとうございます。


>吉卵さん

川*^ー^)っ〔佐藤錦〕<うへへ〜、もらっちゃった♪ありがとうございます〜!

从;*・ 。.・)<こんなアホのためにありがとうなの

こんなアホな子のために(笑)。ありがとうございます。

334 名前:吉卵 投稿日:2009/11/23(月) 23:26
お疲れ様です。
>「ばあさん、わしゃこの年まで生きててよかったようっうっ」
>「じいさん、しっかりしておくれ」
>「里沙ちゃん里沙ちゃん!」
>『里沙ちゃんを守る会』も健在だった。
里沙ちゃんを守る会は、年齢層が幅広いですな。(違?)
335 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 15:26
亀井は更に田中の通信簿をペラペラめくっていった。
「はっは。
れーな、『そそっかしく多少短気な所はありますが、明るく積極的でクラスのムードメーカー的存在です』だって。
良かったじゃん」
通信簿の所見欄を読み上げ、亀井はケラケラ笑う。
「どれどれ…『3年生になっても、今の明るさを忘れないようにしてください』か。
へえー」
道重も覗き込んで読み上げる。
田中は黙って照れくさそうに少し俯く。
ふと、新垣の方を見て、
「ガキさんは何て書かれてたと?」
と新垣の方を見る。
「え、あたし?」
新垣は少し斜め上に視線をやり、
「ん〜?
『いつまでもガキさんらしくいてください』とか書いてたような」
「「「ばはははは!!」」」
3人はマジ受けして爆笑する。
亀井は手を叩き、田中は
『チョー受けるんやけど!』
と涙を流す始末。
「ちょ、なに〜?
ソコ、笑うトコ〜?」
新垣はぷっと頬を膨らませた。
若干リスっぽくなる。
336 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 15:27
「あ、電話だ」
道重の携帯が鳴り、
「もしもし?」
と通話を始める。
残り3人は足をブラつかせたりして待っている。
「ごめん、友達から電話あって、ちょっと寮に帰らなきゃいけなくなったの。
またね」
「おー、お疲れ〜」
亀井は座ったまま、適当に手を振る。
真新しい制服の箱を抱え、道重は中庭を後にした。
「あの」
道重の姿が見えなくなったのを確認すると、田中はふたりを召集するように手招きした。
「なになに?」
「ん?」
新垣と亀井は田中に顔を寄せる。
「あの、ちょうどええ機会やからふたりに聞きたかったと」
田中は少し恥ずかしそうに、声を潜めた。
「なに?おさゆの好きな体位とか?」
新垣は少し赤くなり、黙って亀井の頭をはたく。
「すみません…」
叩かれた頭をさすり、亀井は素直に謝る。
「ん〜?無難にバックでいいんじゃないかな」
新垣は今度は握り拳を振り上げた。
「ごめんなさいごめんなさい!」
「アンタも適当に言わない!」
新垣のツッコミは微妙にズレていた。
そもそもドコが無難なの、と心の中のツッコミもズレていた。
田中は怪訝な顔でふたりを見ている。
「あ〜、ごめんごめん。
で、何?」
新垣が気持ちを切り替え田中の方を向くと、
「タイ…イ?」
と未知の言葉に戸惑ってるようだった。
「なん?タイイって?
新しいお菓子かなんかと?」
新垣と亀井は思わず顔を見合わせた。
「あ、や。
それはカメがふざけて言っただけだからいいとして〜。
で、何?
うちらに聞きたいコトって」
新垣はそれとなく話題を逸らす。
田中は本題を思い出したようで、
「あ、そうっちゃ。
あの…れな、相談したいことがあると」
微妙に元気がない様子で切り出した。
337 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 15:28
「あの、さゆってばり勉強できるやろ?」
「まあねー。
あのヒトは元々キレるし、更に努力すっからねー」
亀井の発言に、新垣も強く頷く。
「れな、こん通りの成績やのに、さゆみたいな賢い子と付き合っていいんか、
不安なってきたと」
「「はあ!?」」
ふたりは揃って声を上げた。
『てか、つい最近まで全国模試トップクラスの紺野さんラブだったヤツの発言か!?』
『今更か!?』
亀井と新垣は視線でそう会話する。
「あー、うん。
それはいいんじゃないかなー」
コホンとひとつ咳払いをし、亀井は言った。
「別に成績でさゆもれーなを好きになったワケじゃないっしょ。
れーなもっしょ?」
「…うん」
「学力の差が気になるんなら、せっかく1コ上で学年トップと付き合ってんだから、
勉強デートとかしてさゆに教わればいいじゃん」
『カメ、いいこと言うねー』
新垣は素直に感心して声を上げた。
「…れな、あほやし、迷惑かけんやろか?」
「かけてもいーじゃん。カノジョなんだし?」
亀井は田中のちっこい頭を撫で、ニッと笑った。
338 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 15:29
「ありがとうっちゃ。
なんか元気出たと」
田中はすがすがしい表情で礼を言う。
「で」
「うん?」
新垣が笑顔で返すと、
「タイイってなん?」
「あ〜…それはそのうち道重先生が手取り足取り教えて…てて」
新垣は田中に笑顔を向けたまま、亀井をはたく。
田中は不思議そうに笑って、帰って行った。
「たく…」
新垣は顔をしかめ、横の亀井を見る。
「アンタね、何言い出すのよ大体」
新垣が説教モードに入りかけたので、
「てかれーなって未経験?」
別の話題をぶつけた。
「あ、アタシも気になった」
元々好奇心旺盛な新垣は見事に釣られる。
「もしや初キスの相手もさゆとか?」
「おー!」
「さゆも責任重大だねえ」
亀井は腕組みして、しみじみ言う。
「あのさ」
ふと、亀井はさっき感じた疑問を口にする。
「ガキさんは…その、分かってるよね?」
「はあ?」
新垣は顔をしかめ、
「あ、当ったり前じゃん!
あたし、もう15だよ!」
ムキになって答える。
「だよね…」
亀井はふと寂しさのようなものを感じ、目を伏せる。
339 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 15:30
『…愛ちゃんに色々教わったんだろーなー。
愛ちゃん、巧そうだし』
そんな事を考え、余計ブルーになっていると、
「なによ〜。
カメだって知ってたんでしょー」
亀井の気持ちを知ってか知らずか、新垣は軽くグーで亀井の背中をパンチする。
「まあ…ね」
亀井の様子がおかしいので、新垣は
「…カメ?」
と顔を覗き込む。
亀井はやるせない表情で、新垣をそっと抱きしめた。
「なに?しんどいの?疲れた?」
次々問いかける新垣に首を振る。
「ねえ、カメー。
黙ってたら分かんないってばー」
新垣が困ったように亀井の腕を叩く。
亀井は何故か可笑しくなってきて、ぎゅっと新垣に抱きつく。
「ん?どした?」
新垣がまた亀井の顔を覗き込む。
「エヘへ」
亀井は顔を上げた。
この子が誰を好きでも、やっぱりこの子のことを好きだ、と改めて思う。
あまり心配して困らせないようにしよう、と思って、亀井は敢えてふざけて
「あのね、絵里はまずは正常位でいいからね」
と告げた。
340 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 15:31
「…おー、いて」
強くはたかれた頭をさすりながら、亀井は駅へ向かう。
「冗談なのにさー」
新垣はあの後、本気でぶったたいた。
怒って帰ってしまった。
「ガキさんは短気だなあ」
自分が斜め上すぎるのが悪いのに、亀井はブツブツ言う。
「やれやれ…電話でも掛けて謝るか。
…着信拒否?絵里、拒否られてる?」
「…メールでも送るかあ」
溜息ついて携帯を閉じ、駅までの道をとぼとぼ歩いて行った。
341 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/12/07(月) 15:37
更新しました。

((川;*´ー`) トホホホホ

レスのお礼です。

>吉卵さん

>里沙ちゃんを守る会は、年齢層が幅広いですな。

从*・ 。.・)<生徒がふざけてじいさんばあさんコントをやってるだけなの

从;´ ヮ`)<とりあえずガキさんはあんまし自分のファンクラブ、認識してないっちゃ

一応全員朝比奈の女子生徒です(笑)。>里沙ちゃんを守る会
て、マジレスするのもアレですが(笑)。


・前回の訂正です。

>330 12行目

誤:娘や道重と話してるスーツ姿の女性を見て、新垣の母は娘に尋ねた。

正:道重と話してるスーツ姿の女性を見て、新垣の母は娘に尋ねた。

>331 22行目

誤:「さゆー!ばり可愛かー!
   さゆがさゆっちゃー!」
    
正:「さゆー!ばり可愛かー!
   さすがさゆっちゃー!」

特に>331、すみません、ちょっと早漏すぎました(苦笑)。
342 名前:吉卵 投稿日:2009/12/07(月) 18:17
更新お疲れ様です。
亀、何度もどつかれるの巻、おもしろかったです。
まあデリカシーがないのはガキさんも同じだが。
343 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:33
光井愛佳は、久住小春と連れ立って朝比奈を出た。
「なあて」
「ん?」
久住は顔を上げる。
「今度、また寮に泊まりにおいでや。
お父さん、ええて言わはったら。
気晴らしになるやろ」
「それって、誘ってる?」
久住はニッと笑った。
光井は一瞬きょとんとしたが、すぐ意味を把握し、赤くなって久住の腕を叩いた。
「痛いよ!」
「じ、自分がアホなコト言うからやろー!」
まったく油断もスキもないわ、と光井はまだ赤い顔でぶつくさ言う。
「大体うち、あんたと付き合うとも何とも言うてへんで!」
「あんなに泣いといて?」
久住はしれっと言い放った。
それがちょっとカッコよかったので、光井は一瞬見惚れてしまう。
「大体、なんでうちなん?」
「さあ?」
「…いっこくらい気の利いた答え、用意せいよ」
「分かったー。次回までに用意しとくー」
「…はあ」
光井は肩を落とし、大きな溜息をついた。
「あ、言っとくけど小春、付き合うとか今までなかったからね」
「…何のアピール?」
「いやー、初心者です、みたいな?」
「…なんかかなりどーでもエエ情報やわ」
「ひどいなあ」
久住は苦笑しつつ、眉間に皺を寄せた。
光井は、
「もっと…エエ子おるやろうに」
久住と向き合い、呟いた。
「そうかもね」
またもやしれっと言う久住に、光井は正直ムッとする。
「でもさー、自分にぴったりくる子?
じゃないと、意味ないっしょ」
「…うちはぴったりくるんかいな」
「うん」
悪気なく、久住は満面の笑顔を浮かべる。
「…考えとくわ」
光井はぷいっと顔をそらし、久住の顔を見ないようにした。
344 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:34
同じ頃。

「ん?」
駅の改札を通ろうとし、亀井は見覚えのある手帳が落ちてることに気付く。
「あれ?うちのガッコの生徒手帳じゃん」
エンジ色のカバーの手帳を拾い上げ、亀井はパラパラと中を開く。
「ブッ…ガキさんのじゃん」
あの人、本当におっちょこなんだから。
亀井はブツブツ言い、新垣に携帯から電話を掛ける。
「…また拒否られてるしー」
相変わらず着信拒否されてるので、しばし考え、今度は道重に掛ける。
『はい?』
「あー、おさゆー?」
『その呼び方やめて欲しいの』
「あんさー、駅でガキさんの生徒手帳拾ったんだけどさー。
あの人、家、最寄り駅ドコ?」
『へ?
届けるつもり?』
「うん、色々困るでしょ。
コレないと」
ついでに直接謝ろうと、亀井は心の中で思った。
道重に告げられた駅名を、亀井は何度か暗唱する。
「わかったー。サンキュー」
『気をつけてなの』
「あ、そだ、あとひとつ」
『なあに?』
「ずっと気になってたんだけどー、何でさくらんぼの枝なの?」
『…今?』
道重の心底途方に暮れた声が携帯越しに聞こえた。


道重は寮で用事を済ませた後、また学校へ向かった。
「いくら寮生だからって…人遣い荒すぎなの」
一応優等生ということになっているので、何かと細々とした用事を人に頼まれることが多かった。
今も、他の寮生のお使いで図書室に返却期限の過ぎた本を返して来た。
借りた当の本人は風邪で寝ている。
「お疲れ様」
督促をした司書の先生は、代理で返却に来た道重に少し微笑んで労わりの言葉を掛けた。
「ありがとうございます。
すみません、よろしくお願いします」
軽く頭を下げて、図書室を後にする。
345 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:36
校舎を出たら、見覚えのある小さなお団子頭がぐんぐん近づいてきた。
「ガキさん」
「あ、さゆみん…」
走ってきた新垣は、膝に手をついて、ぜえはあ息を吐く。
「どしたの?」
「せ、生徒手帳お、落としちゃって…」
新垣はまだ息が荒かった。
相当走ったようだ。
「ああ、それなら…」
「え?」
「絵里が、預かってるよ。
ガキさん家届けるって言ってたけど、入れ違い?」
「ええ!?」
「てか、絵里、ガキさんに電話もメールもしなかったのかな」
新垣は今日亀井があんまりバカな事を言うので、怒って着信拒否にしたのを思い出し『あっちゃー…』となる。
「あ…あたしが電話に気付かなかったのかも」
「そう」
道重はふと、
「あのさ」
「ん?」
新垣の顔を見て、切り出した。
「今、ちょっといい?」
「うん?何?」
「ガキさんさ」
「うん」
「絵里のこと、どう思ってるの?」
新垣の顔に、困惑の色が浮かぶ。
「嫌いじゃないよね?
さゆみが見る限りは」
「う、うん…」
「じゃ、付き合いたいって思う?」
「……」
新垣が黙り込んだので、道重は、
「もし、絵里を好きでいてくれるなら、好奇心とか、興味本位とかで付き合うのはやめてほしいの」
「…え?」
「絵里を傷つける事だけは、やめてって事」
「な、どうして…」
新垣は呆然とする。
道重は言おうかどうか一瞬躊躇するが、敢えて覚悟して傷つける方を選ぶ。
346 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:38
「今のガキさんは、愛ちゃんと絵里、ふたりに言い寄られて、内心喜んでる風にしかさゆみには見えないの」
新垣の顔が一瞬くしゃっと歪む。
涙を流す事は、道重の想像通りだった。
嗚咽を漏らしながら、
「…どうしてよお」
新垣はやっと言葉を搾り出す。
道重は、自分の想像通りになった彼女を冷静な目で見つめる。
「ごめん。
でも、ガキさん、絵里の気持ち知ってて、愛ちゃんにもまだ気持ちがあるようにさゆみは思う」
新垣は涙を拭わず、道重の顔を見た。
その表情を見て、道重は、何故彼女が高橋と亀井に愛されてるのか、悟った。
悟って、そっと目を伏せる。
あんな激しい想いを見せられたら、触れたくなる。
道重は、ゆっくり目を開けた。
「さゆみん…あたしのこと…嫌いなの?」
道重はちょっと怪訝な表情になる。
新垣は弱々しく呟いた。
「そういう問題じゃないの。
ガキさんのことは好きだよ?
ずっと、同じクラスで仲よかったし」
「仲、よかったのに…どうして?」
まずったな、と道重は苦々しい思いで心の中で舌打ちする。
「どうしてよお」
新垣は号泣した。
道重がどうしようか考えていると、
「…何、やってんの?」
亀井が私服姿で、ふたりを青褪めた顔で見ていた。
「絵里…」
「さゆ、これは…」
亀井が近づいて道重を見ると、新垣は走って学校から出て行った。
「――――ガキさん!」
亀井は叫んだ。
「さゆ、あの子に何言ったの!?」
「……」
「さゆ!!」
ただ、夕暮れが、ふたりの影を長く映した。
347 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:39
『さゆのバカ』
電車に揺られながら、亀井は険しい顔になる。
あの後、道重がぽつりぽつりと語った事に呆然としながらも、亀井は気を取り直し、
『絵里、とりあえずガキさん家行くから!』
と明らかに傷ついてる親友をちらちら気にしながらも、駅まで走って行った。
「…おかあはんの言う事なんか無視して、さっさと届ければよかった」
新垣の住む街へ向かう途中、母から電話があり、事情を話すと、
『よそ様のおうちに行くのに、学校帰りで直接なんて。
着替えもしないで失礼でしょ。
一旦帰ってらっしゃい』
と言われ、渋々一旦帰宅し、着替えてまた出て来たのだ。
しかし何か予感するところがあり、自然と学校へ足が向かった。

『あー…生徒手帳に書いてる住所だけじゃ分かんないよー!』
道重に聞いた駅で降りたものの。
初めて来る街なので、土地勘がまるでない。
亀井はどうしようか考えて、思い切ってタクシーを拾う。
348 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:40
新垣は、リビングのソファーに膝を抱えて座り、ずっと泣いていた。
親友だとばかり思っていた道重にあんな事を言われ。
胸がひりつく位、傷ついた。
『ひりひりする…』
胸の痛みを持て余し、喉の渇きを自覚しながらも、まだ泣いていた。

『ピン、ポーン』
玄関のインターホンが鳴った。
今日は、父は出張で、母も学校から帰った後、沖縄の親戚の家へ向かった。
来客の予定もない。
『ピン、ポーン』
新垣は頭を上げたが、無視する事にする。
『ピン、ポーン』
「…ああ!うるさい!」
膝に乱暴に顔を擦りつけ、立ち上がってモニターの処へ行く。
『毎度』
画面には、亀井の悪気のないいつもの笑顔が映っていた。
349 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:41
「…何しに来たのよ」
とりあえず上がらせた後、新垣はぶすっと呟いた。
「ハイ」
亀井は、新垣の腕を取り、生徒手帳を握らせる。
「もー。
ガキさん、おっちょこなんだからー。
ダメですよ?」
いつものようにヘラヘラ笑う亀井に、新垣はムッとする。
「ありがとう。
悪いけど、帰って」
「何か、おうち静かだね。
お母さんとかまだ帰ってないの?」
「今日はあたしひとりなの。
だから帰って」
「帰らない」
「…はあ?」
「ひとりで泣くの、寂しいじゃん?
だから、絵里もいるよ」
「なに勝手に…」
亀井は鞄から携帯を取り出し、
「あー、おかあはん?
絵里、今日、ガキさん家、お泊りだからー。
うん、すんませーん」
もの凄く段取りよく、母への連絡を済ます。
新垣は呆れ果てた顔で、亀井の顔をまじまじ見る。
「つーことで、よろしく?」
亀井はニッと笑った。

「ガキさん、ごはん食べたの?」
立ったまま家の中を見渡し、亀井は言った。
「…まだ」
新垣はまたソファーに膝を抱えて座り、顔を埋めていた。
「いけませんねー、育ち盛りが。
キッチン、借りるよ」
「ちょっと」
新垣が何勝手にしてんの、と言おうとすると、亀井はさっさとキッチンへ入って行った。
350 名前:HOME 投稿日:2009/12/07(月) 22:42
「食べようよ」
リビングのテーブルに鍋敷きを置いたかと思うと、亀井は土鍋を抱えてやって来た。
「…いらない」
「え〜!
絵里、愛を込めて作ったんだよ?」
「カメ、食べなよ」
「ガキさんが食べなきゃ絵里食べませーん」
「…じゃ、食べなきゃいいじゃん」
「ラーメンなのに…のびちゃう」
蓋を持ち上げて、亀井はぽそっと呟いた。
「どうする?
のびるよのびるよ?」
「……」
「のびたラーメンはまずいよまずいよ?」
「…分かった」
はーっと溜息をつき、新垣は箸を取った。


亀井作ラーメン鍋は、意外に味がよかった。
最初は渋々箸をつついていた新垣も、黙々と平らげた。
「デザートもありますよ?」
「はあ?
いつの間に?」
「じゃーん!」
バニラアイスにヨーグルトをかけたものを、運んできた。
アイスの上に、ブルーベリーのジャムを乱雑にのせていた。
「…見た目がすごいんだけど」
そういや、ラーメンも野菜がカオスだったね、と新垣は呟いた。
「まあまあ、味は素敵ですよ?」
「…うん、まあ」
味はまともなので、新垣は眉間に皺を寄せながらも頷く。
「ジャム、ついてる」
「どこよ?」
新垣が自分の顔に手をやると、亀井は顔を寄せた。
新垣の唇の端に、舌を伸ばす。
舌で掬い取り、そのままためらいながらも相手の唇に自分のを重ねようとする。
だが顔の前で腕をクロスされ、拒否られる。
「…ごめん」
「…う…うっ」
「え、ちょ…ガキさん?」
新垣はまた泣き出した。
亀井はうろたえて、思わず土鍋の蓋に被せた布巾で新垣の顔を拭おうとする。
「ほっといてよお!」
「だ、だって…絵里が悪いんでしょ?」
「悪いって思うんなら、ほっといて!」
物凄く拒否られて、亀井は思わずムッとする。
しかし濡れた黒い瞳を見たら、何とも言えない気持ちになり、小さな頭を抱き寄せた。

351 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/12/07(月) 22:45
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

川*TーT)<おーいた、ですよ?

(;・e・)<なななな、なんで我輩がデリカシーないのだ!?
 
まあ、どっちもどっちですね(苦笑)。
レスありがとうございます。


あと、もひとつ。
小春卒業記念です。
352 名前:シャイニング・スター 投稿日:2009/12/07(月) 22:48
ある処にひとつの星が生まれました。

リo´ゥ`リ イエイイエイ!

星は、輝ける場所を目指し、ひとつの場所に辿り着きました。

   カッケー     エヘヘヘ
(0^〜^)  リo´ゥ`*リ

そこには、星が集まり、いつの間にか9個の星が輝いていました。

      隣が心配でしょうがない       両側からケツを撫でられてる
         ↓                   ↓
川*’ー’)||c|;・e・)|リo´ゥ`リノノ*^ー^)从*・ 。.・)从;*` ロ´)川´・_o・)川*^A^)(´┴`=川 

星は、ひと際きらりと輝きました。

リo´ゥ`リ ☆カナ

ある日。

星は、更に輝く場所を目指し、旅立っていきました。

何処かで輝く星を見つけたら、それはきっと、新しく生まれ変わったあの星かもしれません。



川*’ー’)<なあ、ガキさん

||c| ・e・)|<何よ、愛ちゃん

川*’ー’)<星を見に行くがし

||c| ・e・)|<…星?いいけど何で?

川*’ー’)<あーしらも負けずに、輝けるように

||c| ^e^)| プッ

川;*’ー’)<なんで笑うがし?

||c| ^e^)|<愛ちゃん、意味分かんないからー


   スネナイスネナイ   ブー
||c| ^e^)|川;*’ー’)  



その星は、きっと何処かにあります。
きっと、何処かで。


fin.
353 名前:吉卵 投稿日:2009/12/08(火) 11:13
更新お疲れ様です。
亀、いいこなのに…なんとかしてあげたいです。

ミラクルさん卒業おめ。
しかし、なぜれいなが両側セクハラを受けてる?(笑)
354 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 01:41
亀井はしばらく、新垣の頭を撫でていた。
新垣はしゃくりあげ、亀井の肩先に顔を埋めている。
「さゆに、意地悪言われた?」
腕を離して、自分の膝に頭を載せるよう、亀井は促す。
泣いて気が緩んでるせいか、特に抵抗せず、新垣は素直に亀井の膝にそっと頭を載せた。
「さゆ、ガキさん泣かすよーなこと言ったって?」
新垣は頭を載せたまま首を振る。
「あたしが…悪いの」
「いやー、さゆがキツイこと言うからっしょ」
「ちが…あたしが、優柔不断だからさゆみん…怒って」
「ガキさんはさゆがホント好きなんだね」
亀井がそう言って頭を撫でてやると、新垣がまた泣き顔になった。
「ちが…う。
さゆみんは、あんたの事が大事だから。
あたしには…親友がいないもの」
「へえ!?」
亀井は素っ頓狂な声を上げる。
いつも友達に囲まれている新垣とは思えない発言だった。
新垣は、
「誰も友達なんていない」
と泣きじゃくりだした。
亀井は困惑しつつも、彼女が泣くのに任せ、様子を見る。

しばらくたって落ち着いた頃。
「あたし…パパが東京の本社に行くから、家ごとこっちに引っ越すことになって、学校も朝比奈受けて。
ひとりで、友達もいなかった」
「…うん」
新垣の話に、亀井は静かに頷く。
「入学しても友達なかなかできなくて、その時他のクラスのさゆみんと知り合って、やっと友達できた…」
「へえ」
初めて聞く話に、亀井は少し目を丸くする。
355 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 01:42
中1だった新垣はその時、移動教室から戻って来て、廊下でペンケースを落としてしまった。
『はい』
それを道重が拾って手渡してやったのだ。
『あ、ありがとう』
『そのペンケース可愛いの。
どこで売ってるの?』
『横浜の雑貨屋さん…』
『横浜?凄いね、横浜まで買いに行くんだー』
道重は素直に目を丸くした。
『あ、あたし、前、横浜住んでたから』
『へえー、都会の人なんだね。
さゆみ、山口から出て来たから東京とかも全然分かんないの』
そこまで言って道重は自己紹介がまだだと気付き、
『さゆみ、道重さゆみっていうの。
そこのD組なの』
『あ、あたし、新垣里沙。A組』
『リサちゃん?可愛い名前だねー』
356 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 01:43
そこまで聞いて、亀井は、
「…さゆめ。
絵里でさえ、ガキさんと挨拶以外でトークするのに時間がかかったというのに」
大変アウトローな表情になる。
「…宿泊研修で亀井さんも一緒にって意見したせいか、アイツマジうざいとかでしゃばりとか同じクラスの子に言われて、
あたしも人見知りするから最初は同じクラスに友達いなくって」
「あ〜…それは絵里にも責任ありますね。
すみませんでした」
亀井は素直に頭を下げる。
「だから、あんたとさゆみんが羨ましかった」
新垣の呟きに、亀井は黙って頭を撫でてやる。
やがて、頭を下げて新垣に触れるくらいのキスをした。
新垣は黙って受けたものの、目を見開く。
「カメ…」
「絵里じゃ、ダメ?」
「……」
「絵里じゃ、親友になれない?」
新垣は、自分に向けてくる視線に、何も言えなくなる。
「絵里だったら、ガキさんが泣いた時もこうやって膝枕のひとつでもできるってなモンですよ?」
「日本語おかしいから」
「ガキさんのほしいものは何?友達?」
「……なにも」
「ウソウソ。とりあえず、おさゆに謝りたいって思ってるっしょ?」
「…うん」
「じゃ、明日一緒に謝りに行こう。
今日はひとまずお風呂に入って寝よう?」
「…マジで泊まる気マンマンだね」
「まあね」
亀井は無意味に胸を張った。
「…あんたの膝、気持ちいい」
新垣は寝返り打って、うつ伏せになる。
「贅沢ですよ?
ホットパンツにニーハイ姿の絵里ちゃんの膝を独り占め♪」
「…変態」
新垣はうつ伏せのまま、呟いた。
357 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 01:44
―――― 一方。
道重は、赤く腫らした目をこすりつつ、カップラーメンの出来上がりを待っていた。
寮食は今日は休みなので、夕食は部屋に備蓄してあるラーメンで済ますつもりだ。
「…悲しんでも、お腹は減るの」
道重はラーメン容器の紙ブタをめくり、溜息をついた。
親友の、新垣にひどい事を言ってしまった。
今度会った時、自分は亀井に責められるだろう。
何より新垣だ。
言うんじゃなかった。
道重は部屋で泣きつつも、空腹には勝てずラーメンを取り出した。

携帯が鳴った。
田中からのメールだった。
『さゆー、いま部屋におると?
れな、いま寮の玄関前(笑)』
道重は割り箸を置き、慌てて玄関まで走る。
「やっぴー!」
玄関では、田中はいつものようにギャル仕様の私服で、ピースしていた。
「どうしたの?」
走ってきたので、息を落ち着かせようと、道重は胸を軽く押さえつつ言った。
「ん?
おっちゃんが焼き芋買ってきたと。
ばりあるけん、さゆにも持ってきたと」
『ホラ』と田中は持参した鞄を開き、焼き芋を見せた。
「と、とにかく上がって!」
道重は慌てて、寮に上がらせる。
「お邪魔しまーす!」
田中は生徒手帳を受付で見せ、なんだかご機嫌で上がって行く。
「あ、せんぱーい!」
娯楽室から、光井愛佳が出てくる。
「おーす!」
「れいな、みっつぃにもおイモあげていい?」
「もちろんよかよ」
田中は『ほれ』と光井にイモを手渡してやる。
「わ〜!ありがとうございますう」
田中は前を向いたまま手を振って、階段を上がって行く。
そこへ道重も続く。
光井は一瞬、切なそうな顔をする。
「おイモ、まだあったかいわあ…」
まだぬくもりがある焼き芋を、頬に当てた。
358 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 01:44
「さゆ、ラーメンなんか食べてたと?」
道重が食べ途中のカップラーメンを見て、田中は可笑しそうに笑う。
「寮食休みだからだよ」
お茶入れるね、と道重は立ち上がった。
「なん?
さゆ、ばり目、赤いと。
なんかあったと?」
田中の言葉を背に受け、道重は茶筒を開ける手を止めた。
「…別に何も」
「れなでよかったら聞くと。
あ、イヤやったら言わんでもよか」
「うん…」
道重はそっと、田中を抱きしめた。

「…なんでそんなこと言ったと?」
一通り話を聞いた田中は、ちょっと道重から顔を上げ言った。
「…分からない」
「さゆ、ガキさん、好きやろ?」
「うん」
「だったら、なんで?」
田中は苦笑した。
「自分でも、分からないよ」
道重は目を伏せて、田中の肩に額をくっつけた。
「さゆ」
名前を呼ばれ、道重は薄く目を開いて顔を上げる。
田中は道重の両手を握り、額に口づけた。
額から、瞼へ。
瞼から、頬へ。
首筋まで唇が触れた時、道重は初めて田中の背中に両腕を回した。
「さゆ…」
耳朶にくすぐったいキスを受けて、ちょっと首をすくめていると、衣擦れの音がした。
田中は、立ち上がって自分の服のボタンに手をかけていた。
道重は夢のような感じで、それを見ている。
キャミソールとショーツだけになると、田中は座ったままの道重の許に行き、自分も腰を下ろした。
道重は田中の切ない表情で、火が着いた。
抱きしめて、ベッドへと倒す。
359 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 01:45
「あ…ああ。さゆ…!」
強いキスを降らし、道重は本能のまま、愛を見せようとした。
キャミソールをめくられ、田中は羞恥の表情を見せたが、自分から口づけていった。
「れ…いな」
荒い息を吐き、道重は自分のカットソーにも手をかける。
田中の手もそこに伸び、愛おしさに目を細める。
また抱きしめ、強く口づけていると、ふと、頭の中に昔の出来事が過った。

『こうされる事分かってて、来たんでしょ?』
『イヤ…!やめて!…怖い!』

道重は蒼白となる。
2年上の憧れていた先輩の部屋に、初めて行った夜。
無理矢理ではなかったが、未知の体験に怖がる自分をあまり気遣ってくれず、そのまま大人にされてしまった。
愛と、嫌悪。
両方を覚えた夜だった。


「…さゆ?」
道重の様子に異変を感じ、田中は体を起こした。
「ダ…メだよ。
絶対…ダメ」
「…え?」
「絶対ダメ!」
「さゆ!?」
道重は自分を抱きしめ、震えだした。
「さゆ、どうしたと?
れ、れな悪いことばしたっちゃか?」
「れな、さゆならよかって…」
道重が何も言わないので、田中は、
「…さゆなんか嫌いっちゃ!」
服をひっつかんで、そのまま出て行ってしまった。
360 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 01:46

『…付き合うかどうかはさゆが決めな』
終えた後、先輩は言った。
脱がされたパジャマを掴んで泣きながら、道重はその日、ひどい人だと知りながらも愛し始めていた。


「――――最低なの」
過ぎ去ったあの日を思い出しつつ、道重はベッドで膝を抱え、悔し涙を流した。
361 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/12/13(日) 01:47
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

川;*^ー^)<ホントですよお。どつかれるわ、拒否られるわ、踏んだりけったりですよお

从;´ ヮ`)<(…半分は自業自得っちゃ)

なんとかしてあげてください(笑)。

>しかし、なぜれいなが両側セクハラを受けてる?(笑)

セクハラメンバーの間に立つからです(笑)。曝ク;*` ロ´)ニャッ!?
362 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 21:18
ふたたび新垣家。

新垣は亀井の膝でしばらくうたた寝していたが、やがてむくっと起き上がった。
「ああ…お風呂沸かさないと」
亀井はニコニコして、
「お風呂ならい」
「カメ、先に入んな」
新垣は瞬時に亀井の言葉をかき消す。
亀井は途端に物凄くしょんぼりし、
「…まだ何も言ってないじゃーん」
唇を尖らせた。
「どーせ『絵里、一緒に入るう♪』とか言うつもりだったんでしょ?
丸分かりだっつーの」
モノマネつきで言い返し、ふふん、と新垣は胸を張った。
亀井は自分のモノマネ部分についふふっと笑い、『絵里、そんなあほの子みたいじゃないしー』とケラケラ笑いながら否定する。

「パジャマはともかく…替えのパンツがないねえ」
自分のジャージを亀井に手渡して、新垣は『うーん』と考える。
「あ、それなら心配御無用です。
このカメ、いつでもどこでも替えのパンツと靴下は持ち歩いてるんでさあ」
「…さいっしょから泊まる気マンマンじゃん」
新垣はちょっと呆れて言った。
「ちがーうよー。
何かあった時の為ですよ?」
「へー、感心だねえ」
あくまで棒読みな新垣。
「おほほほほ、レディーのたしなみですわ」
「あー、なんでもいいから早く入って来てよ。めんどくさい」
「え?ガキさんそんなに待てないの?大胆だなあ」
「グーで殴られるのと、パーでぶたれるのと、どっちがい?」
「…お風呂、頂きます」
亀井はすごすごと着替えを持ってリビングを出ようとする。
だがドアのところで振り返り、
「乱入歓迎♪」
満面の笑顔で告げ、クッションを投げつけられた。
363 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 21:19
亀井が上がった後、入れ替わりに浴室へ行き、新垣は心底ぐったりとシャワーを浴びる。
「カメ…わざわざ心配して来てくれたんだな」
ぽそっと、新垣は独りごちる。
ありえないくらい、優しく膝枕してくれたり。
食事まで作ってくれ。
もっと、優しくすればよかったな、と新垣は今更ながら思う。
「ハ…いかんいかん!
カメの思うツボだよ!」
頭を振り、更にシャワーに打たれる。

カサカサカサ。
微細な音とともに、目の端に、暗褐色の物体がよぎった。
間違いない。
視力2.0を誇る自分だ。
「…いーいやーあー!」
新垣は思い切り悲鳴を上げた。

「すわ!何事!?」
亀井は慌てて浴室に駆けつけた。
そしてドアを開けた。
「ガキさん、大丈夫!?…うわ!」
亀井は慌てすぎた。
新垣が入浴中だということをつい失念していた。
「…何すんのよおーーーーー!」
自分の体を左手で隠し、新垣は右手で見事な張り手を食らわせた。
364 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 21:22
「…ごめん、ホントにごめん」
風呂から上がった後、新垣はさすがに悪いと思い、亀井の左頬を濡れタオルで冷やしてやっていた。
ゴキブリの出現に悲鳴を上げてしまい、悲鳴に駆けつけた亀井をついぶん殴ってしまったのだ。
「…たく、絵里今日は踏んだりけったりですよ?
どつかれまくるわ、覗きの汚名は着せられるわ、殴られるわ」
「だからごめんて」
「ん〜」
亀井は甘えて、新垣の胸に右頬を傾けた。
「ちょ、なに?」
思わずタオルを外し、新垣はちょっと腰を浮かす。
「…気持ちい」
「…ぶつよ?」
「またあ?」
亀井は心底、うへーという顔をする。
「あ、あったり前でしょー!
付き合ってる訳でもないのに」
「付き合おうよ」
「…軽いなー」
「絵里ちゃんと付き合えば、今ならもれなく絵里ちゃんの彼女という呼び名がついてきます」
「…あの、どの辺にお得ポイント?」
「もー、絵里、ヤバイよ?」
「…知ってる。
てか、カメ、おかしいよね?」
しみじみ、確認するように新垣は言った。
「むう。
ヒトを変人のようにー」
「いや、『ように』でなくてまさしくそうなんだけど」
亀井は勝手に新垣の膝に寝転び、彼女の顎に手をやった。
じっと彼女の顔を見上げ、
「恋人になろう」
と囁いた。
新垣の表情を見て、
「…ごめん」
すぐ苦笑を浮かべる。
「…なんで、あたしなの」
「ん?里沙ちゃんだから♪」
「ちゃんづけかよ」
「じゃ、里沙?」
「…ムーカーつーくー」
「ま、これからも思い出したように言いますんでそこんとこヨロシク」
「…昭和ぁ〜」
「――――ガキさんに言われたよ!」
亀井は寝転んだまま目を見開いた。

『こうやって、カメとじゃれてる時が一番楽しいのにな』
夜が更けていく中、新垣はふと思った。
365 名前:HOME 投稿日:2009/12/13(日) 21:26
「あ、絵里はソファーに毛布で結構ですんで」
亀井の寝床をどうしようか新垣が思案してると、亀井はさっさとソファーの背にかかっていた毛布をひっかぶり、
寝る体勢に入った。
「…そう。
じゃ、おやすみ」
「おやすみ、ハニー」
毛布をかぶったままのふざけた挨拶に、
「誰がハニーよ」
と言い放ち、新垣は一旦リビングから電気を消して出て行った。

小1時間後。
うとうとしていた亀井は、何かに揺り動かされて目を覚ます。
新垣が毛布の上から、亀井の肩を揺すっていた。
「…なに?」
亀井は薄く目を開けた。
「上、おいでよ。
お客さんだし、そんなトコで寝かすワケにもいかないっしょ?」
新垣はぼそっと言い、先にリビングから出て行く。
ソファーから跳ね起きて、亀井はご機嫌で新垣に続いて2階に上がって行く。

「シングルだし、狭いけど」
ベッドのそばで新垣が言うと、亀井は先にベッドに入り、満面の笑みでポンポン、と自分のそばの布団を叩いた。
「…おやすみ」
敢えて背を向けてベッドに入り、新垣は告げる。
がっかり感を漂わせ、亀井も壁側に背を向けると、
「…寒い」
新垣が、背中に抱きついてきた。
亀井は暗闇の中、目を見開いたが、幸せを噛み締めつつ、くるりと向きを変え、正面から抱きしめた。
366 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/12/13(日) 21:27
更新しました。

367 名前:名無し飼育 投稿日:2009/12/14(月) 09:48
ガキさん+6期いいな〜〜〜〜〜
更新乙です!
368 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/14(月) 10:04
片方がうまくいけばもう片方に波乱が待ち受けてるし。

どうなっちゃうのか、ドキドキです。
369 名前:吉卵 投稿日:2009/12/15(火) 10:12
更新お疲れ様です。
いや〜また亀が踏んだりけったりの巻がおもしろかったです。

小春ちゃん卒業おめ。
みっつぃとりあえず小春ちゃんにも焼きイモをやってくれ。
っ◆
370 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 13:41
同じ夜。

吉澤は中澤家に一旦帰宅した後、裕子に頼まれ、保田宅にチャリでお遣いに出掛けた。
「こんちーす」
「お、よっちゃん、お疲れー」
矢口が出て来て、お遣いの品物を受け取った。
中身はタッパーに詰めた料理だった。
ホームパーティーのようで、飯田が料理を運び、平家もワインを開けている。
「やあ、楽しそうっすね」
「ああ、ウチらの昔なじみがいまイギリスにいんだけど、ちょうど帰国してっから飲みやってんの。
よっちゃんもなんか食ってきなよ」
「え…いいんすか?
身内の飲みにウチ入って」
「構わねーよ。
なー、明日香」
飯田がご機嫌で声を掛けると、苦笑しつつ福田が出て来て、
「どうぞ入って」
と吉澤を促した。

「保田さん、まだ帰ってないんすね」
上着を脱ぎながら、吉澤は言った。
「今夜も残業だよ」
溜息をついて、飯田が答える。
「いまが一番忙しい時やさかないな、大変やであの子も」
平家がそれとなくフォローに回る。
吉澤は黙って頷いて、矢口が手渡した缶ビールに口をつける。
「吉澤さんはどこの出身なの?」
福田に聞かれ、
「あ、埼玉っす」
口元を手の甲で拭って答える。
「ガッコから家、遠いんで思いきって東京出てくることにしまして」
「そう。
裕ちゃん、相変わらずバナナ嫌い?」
「辻とか加護がふざけて目の前で見せて阿鼻叫喚のような叫びがそれはもう」
福田はふふふ、と笑い、
「面白い人だね、吉澤さんって」
優しい目で言った。
「ウチより保田さんのほーがずっとオモシロイっす」
「圭ちゃんの面白さは自覚のない面白さだから」
「あ、ソレ同感。
あれ、天然だよね」
「ただいまー」
飯田が言うと同時に、天然が帰って来た。
全員顔を見合わせ、次の瞬間爆笑する。
笑われた当の本人は、きょとんと仲間の顔を見た。
371 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 13:42
さすがに遅くなったので、吉澤は矢口を送りがてら中澤家に戻る。
「矢口さん、軽いっすね。
小学校低学年並みです」
「うっせ」
チャリの後ろに矢口を乗せ、悪態つきつつ帰って行った。


「あー、あんな笑ったんヒサブリだよー」
楽しかった飲みを思い出し、矢口は幸せそうに目を閉じた。
「福田さんって頭んげーよさそうっすね」
「ああ、デキるよ、明日香は」
矢口はうんうん頷く。
「ところでオイラよっちゃんにチャリ、ケツに乗してもらってイシカワ妬かないかしらん」
「『かしらん』て。
まあ、ちょっと拗ねるかもしれませんがウチからフォローしますから」
「ああら〜、ナニ?そのヨユー!」
矢口はうりうりと吉澤は肘でつついた。
吉澤は『んははは!』と赤くなって笑う。
「あー、なんかきんもちいいなー」
「そうっすね」
今夜は割に暖かく、夜風に春の匂いも混じっていた。
「もうすぐ1年だね、よっちゃんこの街に来て」
「ええ、早いモンです」
「この街、気に入った?」
「ええ、マジ惚れです」
吉澤の穏やかな横顔に、矢口は、
「もっとあったかくなったら、1周年記念イベやるべ?」
と嬉しそうに告げた。


「ところでよっちゃん」
「なんざんしょ」
「カメちゃんって、ガキさんマジ惚れじゃね?」
「ああー、アレ、ヤバイっすよね!」
「オイラ、ジュンジュン、ぜってーリンリン狙いだと見てんだけど」
「ガチっすよね」
「あの小春って子も、ちょっとガキさんかなーって見てたんだけど、どーもちげーよーだし」
「青春っすね」
吉澤はうんうん頷いた。
「てか、辻加護、付き合ってんの?」
じれったそうに、矢口は言った。
「いや、ウチも分からんす。
なんかー、ベタベタベタベタしてる思ったら、急にクチ、利かなくなったり、もー分からんすよ」
吉澤はちょっとうんざりした口調で言った。
「へえ。
まー、どっちもまだおこちゃまだしなー」
「そっす」
だよなー、と矢口は頷き、吉澤も『そっす』とまた返した。
372 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 13:43
「たく、早々と酔いつぶれるとは」
缶ビールを握り締めたまま寝てしまった保田を見て、飯田は呆れ果てた顔をする。
「疲れてんだね」
福田も苦笑し、ビールを保田の手から取り、毛布を掛け直してやる。
「一緒になるんでしょ?」
福田の急な問いに、飯田はちょっと面食らって、
「う、うん」
と答える。
「カ、カオの、何処を気に入ってくれたのかはわ、分かんないんだけど」
「いや、圭ちゃんは結構昔からカオリの事は気に入ってたと思うんだけど」
「ウソお!
カオの片想いだったよー!」
「いや、恋愛感情は後から出てきたよーだけど、いつも何かしら、カオリの事気にしてたよ」
「へ、へえ…」
飯田はそう言われ、まじまじと保田の寝顔を見た。
「幸せになりなね。
て、もう幸せか」
福田が目を細めて笑うと、
「うん!」
飯田は元気いっぱい答える。
ふたりは冷蔵庫から新しいビールを出し、ふたりだけで乾杯した。
373 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 13:44
翌朝。

「ん…ん、ん」
新垣が目を覚ますと、亀井の姿はなかった。
亀井に貸したジャージがきちんと畳まれ、椅子の上に置いてある。
「…カメ?」
新垣はベッドから下り、リビングへ行った。
キッチンから何かを炒める音がし、いい匂いが漂ってくる。
「カメ」
「おはよ、よく眠れた?」
亀井はフライパンでウィンナーを炒めていた。
既に、目玉が微妙につぶれた目玉焼きが皿に盛ってある。
「眠れたけど…何、してんの?」
「ん?
朝ごはん作ってんの♪」
亀井はふと思い出したように、
「あ、ジャージは畳んでガキさんの勉強机んとこの椅子に置いといたから。ありがとね」
と付け足した。
「あ、や。それはいーんだけど。
…朝ごはん?」
「うん、泊めてくれたお礼」
『できた!』と亀井はフライパンの火を止めた。

ふたりでテーブルに向かい合わせ、朝食を摂る。
「パン…どうしたの?
確か、切れてたはずなんだけど」
新垣の疑問に、
「ん?
朝、マコっちゃんがガキさんの様子、見に来て、『何か買物ある?』って聞かれたから、『じゃ』ってお願いした」
「…いつ来たの、マコっちゃん」
「7時…過ぎだったかなあ」
亀井は視線を斜め上に向け、うーん、と首を傾げる。
時刻は8時を過ぎていた。
「マコっちゃん、いい人だね。
ガキさんのお母さんに頼まれて来たんだって」
「…うん」
新垣は渋い顔でパンを口にする。
大体、亀井はどんな顔で小川と会ったのだろうか。
そして小川の反応は。
考えれば、頭が痛くなりそうだった。
「マコっちゃん、アンタがいる事…何も言わなかったの?」
「え、ああ。
普通に『ゆうべお泊りした』って絵里、言ったけど?」
「マコっちゃんは?」
「『そっか』って」
小川は何か誤解して帰らなかっただろうか。
何となく、気になった。
そんな心を読んだのか、亀井はくすっと笑って、
「気になる?」
とトーストを千切る。
「別に…マコっちゃん、誤解してなきゃいいけどってね」
「絵里的には誤解してくれててエニッシングオッケーですけどね」
「出た、横文字。
いやいやいや、パパもママもいない時に…アンタを呼んでソンナことしてたとか思われてたら」
「ガキさんエッロー。
ソンナことってドンナことっすか〜?」
ニヤニヤ笑い、亀井はトーストを齧る。
「分かってて言ってんでしょー!」
新垣は赤くなり、テーブル越しに亀井の腕を叩いた。
374 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 13:45
「さてと、おさゆに謝罪行脚に出掛けますか」
「なにその政治家みたいなツアータイトル」
新垣のツッコミは無視して、亀井は『うーん』と伸びをした。
新垣は、ホットパンツから伸びた、亀井の褐色の脚を見て、少しドキッとする。
「なあに?絵里ちゃんのセクシーな足に見惚れましたか?」
「…いっぺん死ね」
流し目でニッと笑って言われ、新垣はぶすっと答えた。


ふたりが寮に着くと、光井愛佳が玄関に出て来た。
「あ、道重せんぱいですね」
「うん、頼むわ」
亀井が言うと、光井は子犬がしっぽを振るように、ぱたぱたと走って2階へ上がって行った。
375 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 13:46
ふたりの予想に反して、道重はすんなりと出て来た。
寮の玄関を出たところで、3人は話をする。
「さゆ、顔、ヤバくない?
目、腫れ過ぎだよ?」
亀井の言う通り、道重は泣き過ぎて目が腫れぼったくなっていた。
新垣も痛々しそうに道重を見る。
当の道重はそれには触れず、
「言ったこと、反省はしてるけど後悔はしないの」
と新垣を見据えて言った。
新垣も『うん』と頷く。
「傷つけたことは謝るの。
でも、発言は取り消さない」
『さゆ』と亀井はあきれたように、道重を見る。
「分かってる」
新垣もじっと見返した。
「女として愛されたいだけなら、恋愛なんてしない方がいいの」
新垣は黙って目を見開いた。
「ちょ、さゆ」
亀井が取成そうとする。
道重と新垣は、しばしお互いを見ていた。
やがて、
「ぷっ…くくく!」
「あははは!」
堪えきれなくなったのか、笑い出した。
亀井はふたりの様子に困惑し、唖然とする。
「さ、さすがさゆみんだね〜」
『あー、おかし』と新垣は笑いすぎてうっすら涙を流す。
目尻の涙を拭き取り、道重と笑い合う。
「さゆみにここまで言われて引かないのはガキさんくらいなの」
「え、ちょ。
なに認め合ってんの、キミたち」
亀井が慌ててふたりの顔を見る。
ふたりは余裕の表情で、
「ありがとね」
「うん。絵里には感謝してる」
と亀井を見る。
「まあ…これで一件落着?」
亀井は『ま、いっか』とポリポリ頭をかいた。
376 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/12/20(日) 13:48
更新しました。

レスのお礼です。

>367の名無し飼育さん

(;・e・川;*^ー^从;*・ 。.・从 ´ ヮ`)ノ<ありがとうっちゃ!

私も6期プラス( ・e・)、異常に好きです(笑)。
ありがとうございます。

>368の名無飼育さん

川*^ー^)<ま、ウマイこといったしいーんじゃないっすかあ?

(;-e-)<またテキトーに答えてー 

まあ、落ち着くように落ち着きました(苦笑)。
どうもありがとうございます。

>吉卵さん

川;*^ー^)<んで、一番肝心のガキさんまっ○を覚えてないんすよねー。衝撃すぎてー

(;-e-)<…覚えてなくていーのだ

まあ、亀井さんもこれで反省するかと(違)。
小春にもイモをありがとうございます。リo´ゥ`リっ◆<ホカホカ☆カナ 


・前回分の訂正です。

>359 6行目

田中の手もそこに伸び、愛おしさに目を細める。 → 田中の手もそこに伸び、道重は愛おしさに目を細める。
377 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 20:22
「さゆさー、泣きすぎじゃね?
目、ホントやばいよ?」
新垣と道重の仲直りを見届けた後、亀井は何気なく言った。
「うん、かなり赤いね…」
ちらっと道重の顔を見て、新垣も同意する。
道重は困惑したようにふたりを見た。
やがて意を決したように、
「ちょっと聞いてほしい話があるの
と亀井の上着の袖を引っ張った。
「あ、じゃ、あたしはこれで…」
親友同士、ふたりだけにしておいた方がいい、と判断した新垣は、一抹の寂しさを感じながらも踵を返す。
「ガキさんにも聞いてほしいの」
と道重は慌てて新垣の腕を取った。
378 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 20:22
寮の自室に上がらせ、道重はふたりにお茶を淹れてやる。
一口飲んで、安堵の溜息をつき、
「んで、話って?」
亀井は切り出した。
「あの…」
「あ、あ。
言いにくいならさゆみんのペースでいいから、ね?」
『アンタも急かさないの』
元来仕切り屋の新垣は、ベッドサイドに座り、足をぶらぶらさせてる亀井の膝の上あたりを軽く叩く。
「あのね、さゆみ…」
道重は、ぽつりぽつり話し始めた。
379 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 20:23

昨日の田中との事、先輩との過去の事。
黙って聞いていたふたりは、
「聞いてくれて、ありがとう」
という道重の言葉で、ようやっと再び口を開く。
「いや…」
新垣は少し俯いたまま首を振った。
亀井は上を向いて『うーん』と唸った後、
「要は、さゆがれーなを大事にすりゃあいいだけのハナシじゃないっすか」
亀井の簡易なまとめに、新垣はずっこける。
「あんたね、いったい何を聞いて…」
床に座っていた新垣が少し腰を浮かして亀井に詰め寄ると、
「…そういうことだよ」
道重がぽつんと呟いた。
「え…!?」
新垣が冷や汗をたらす。
「そういうことなの。
さゆみが、れいなを大切にすればいいの。
でも…」
道重は一旦言葉を切り、
「あの時みたいに、れいなを傷つけてしまわないか、それが怖いの」
また涙ぐみながら続けた。
「あー、だかられーなと幸せなえっちすれば済む事じゃん」
「カメ!」
「絵里は…怖くないの?」
道重は少し俯いたまま、上目遣いで亀井を見た。
「怖いよ」
前を向いたまま、亀井は答えた。
「カメ…」
「怖いけど、怖がってるだけじゃ前に進めないじゃん」
亀井は無表情だった。
淡々と言うのでいまいち真意が読み取れなかったが、新垣は知らず知らず亀井の手を握っていた。
気付いた亀井は自分の手元を見て、八重歯を覗かせて笑った。
「まあー、あのにゃんこには時間を置いて…」
亀井がまとめようとすると、新垣が亀井の肩を叩いた。
「ん、なに?」
亀井が薄目で見上げると、田中がドアを開けて立っていた。
「れいな…」
道重が立ち上がって行こうとすると、田中は啜り泣きながら道重に抱きついてきた。
「さゆ…」
田中がかぶっていたキャップが、はずみで落ちる。
それを拾い上げ、道重は手渡してやる。
「さゆ…れな、ひどいこと言ったと」
しゃくり上げ、道重の胸に顔を埋め、田中は謝る。
道重は田中の目尻の涙を指で拭いてやり、
「もういいよ…もう、いいから」
子供をあやす様に、背中をさすってやった。
380 名前:HOME 投稿日:2009/12/20(日) 20:24
亀井は新垣の肩を叩いて促し、ふたりはそっと寮を退散した。

「よかったね」
連れ立って歩きながら、新垣は嬉しそうに言った。
「んー、まあ。
雨降って、地、固まる?的な?」
亀井の言う事に、新垣はくすっと小さく笑う。
「ねえ、カメ」
「ん?」
「カメは…さっき、さゆみんに怖いって…」
新垣がどう言おうか言葉を探していると、
「そりゃあ、絵里ちゃんも女の子ですから?
いつか、だーいすきな人と、うーんとシアワセなえっち?
したいって熱望?いや、切望?してますよ?」
「『?』多すぎ」
「ソコ?」
亀井は目を細め、ちょっと苦笑しつつ八重歯を見せた。
新垣は少し黙っていたが、『そりゃっ!』と、亀井の上着のフードを頭にかぶせた。
「なにやってんの、ガキさあん」
いくらなんでも暑いってー、と亀井は手で払ってフードを下ろそうとする。
新垣は亀井の肩に額をつけ、
「…待っててくれる?」
と呟いた。
亀井はどう答えたものか一瞬考え、
「…絵里は、のんびり屋ちゃんだから無問題」
『ちょっと気が利いてないかな』と自分で苦笑するような返答をし、その細い肩を抱きしめた。
381 名前:ごまべーぐる 投稿日:2009/12/20(日) 20:26
更新しました。
382 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 21:00
固まっちゃいましたね(^◇^)┛

一歩ずつ前進あるのみ!!!
383 名前:吉卵 投稿日:2009/12/22(火) 12:17
「…絵里は、のんびり屋ちゃんだから無問題」
無問題と書いて「モウマンタイ」ですな。岡村先生の初主演映画ですな。
ほんとに亀はいいこです。

よっちゃんと矢口の二人乗りの会話がよかったです。
でも実際に二人乗りはしちゃだめですよ。
384 名前:HOME 投稿日:2009/12/31(木) 21:53
家に戻った亀井が部屋でうとうとしていると、道重から電話が掛かってきた。
「あーい?」
半分寝ぼけた状態で携帯を握る。
『今日、ありがとう。絵里』
道重は案外落ち着いた声音で言った。
「ああ…別に、いいよ。
てか…隣にれーながすやすや寝てたりしてないの?」
亀井なりの気配りだった。
道重は瞬時に気付き、
『も、もう…!』
と怒る。
『れいなはさっき駅で別れたってば!』
「はあ?
あ、あっちゅー間に終わったとか?若いねえ」
壁時計を見上げ、亀井は言う。
「2時間か。
まあ、ご休憩って設定だね」
『…はぁ〜』
道重の心底あきれた溜息が聞こえる。
385 名前:HOME 投稿日:2009/12/31(木) 21:54
道重によると、泣き止んだ田中を連れて、ちょうど昼前だったのでマックへ出掛けたとのことだった。
「はあ?何やってんの?」
今度は亀井があきれた声を出す。
「たく、どんくさいなあ。
絵里、気ィ利かせてガキさんとそーっと出て行ったのにー」
『…悪かったよ』
「あんなにれーなが泣いて仲直りしてチョー盛り上がって初えっち!最高のシチュじゃん!」
『…絵里って、思考の98パーはソレ?』
「まあ絵里は考える変態ですから?」
『まあ…とにかく、ありがとう』
「ああ、てか、ガキさんに電話した?」
あのヒト、案外寂しがり屋だから、と亀井は続けた。
「なんかー、めっちゃジェラシー感じちゃうくらいさゆみん大好きっ子なんですけどー」
携帯なのに、亀井はいじけて電話のコードをぐるぐる指に巻きつけるふりをする。
アヒル口も尖らせる。
『そりゃあ、1年から仲良かったし』
「ナニそのヨユー」
『絵里はずーっと優等生ぶりっこしてたのがいけないの。
だから仲良くなれなかったの』
まさか、大穴の開いた靴下でも平気で履くズボラだとは思わなかったけど、と道重も続けた。
『ガキさんは電話繋がらなかったからメールしたの。
電話は繋がらなくとも、心で繋がってるから平気なの』
「…ムーカーツークー」
『ホンット、コドモだよね』
電話の向こうで、道重は声を上げて笑った。
386 名前:HOME 投稿日:2009/12/31(木) 21:55
電話を切って、亀井は
「さゆムカつくー」
とちょっと怒っていた。
携帯をベッドに適当に放り出し、自分も掛け布団の上に大の字になった。

『…待っててくれる?』
新垣の思わぬ言葉に、亀井は信じられない気持ちになった。
両想いではないにしろ、希望が絶たれた訳ではない。
信じられるのは、あの娘の瞳と、細い肩と抱きしめた温もり。
「…にしても、ホンット細いよなー」
さっき彼女の肩を抱きしめた指を広げて翳し、その感触を思い出す。
「絵里ー、お昼よー」
主室の扉が開いて、母の声が聞こえてきた。
「絵里、聞こえてるの?
ごはん!」
「…うっさいなー」
眉間に皺を寄せ、亀井は
「たく、年度末で忙しい筈なのに、なんで家にいんだろ?」
子供のそばにいてやりたい母の気持ちも知らず、ベッドから起き上がって髪をかきあげた。
387 名前:ごまべーぐる@来年もよろすこ 投稿日:2009/12/31(木) 22:01
更新しました。
年内更新に間に合ったー(;´∀`)ミジカイケド
つー訳で今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。

今年最後のレスのお礼です。

>382の名無飼育さん

从*・ 。.・)<…お陰で固まったの ←すごく分かりにくいが紅潮してる

从*´ ヮ`)<一歩ずつさゆと進んでいくっちゃ!

固まっちゃいました(笑)。
このふたりは道重姐さんがリードしつつも、着実に歩んでいくかと。

>吉卵さん

川*^ー^)<そんなの、片想いに比べたら無問題ですよ?

(*・e・)<そ、そう… ←若干俯いてる

また懐かしい映画ですね(笑)。
从*・ 。.・)<あと、レスで肝心のシーンの台詞そのまんま引用は、ネタバレも避ける意味でできたらない方がありがたいの
よろしくお願いします。


・前回分の訂正です。

>377 8行目

「ちょっと聞いてほしい話があるの
と亀井の上着の袖を引っ張った。

   ↓
「ちょっと聞いてほしい話があるの」
と亀井の上着の袖を引っ張った。
388 名前:HOME 投稿日:2010/01/04(月) 21:11
その頃。朝比奈学園中高寮。

「すみませーん。
光井愛佳さん宛に宅配でーす」
「はーい」
たまたま1階にいた道重が荷物を受け取る。
「みっつぃー!
お母さんから宅配届いてるよー!」
「はあいー!」
道重が階下から呼ぶと、すぐ部屋から光井が出て来た。
「すいません、先輩。
あー、間に合ってよかったー」
「何が届いたの?」
「ええ、実家のオカンに頼んで、今日の追い出しコンパでやる余興の衣装、送ってもうたんですう」
光井はニコニコして、『ホラ』と紙袋からその衣装を広げた。
「うっわ…パンタ、ロンだ…」
もうひとつ広げた白いブラウスは、フロント部の縦方向に大きなフリルがついたものだった。
「何をするつもりなの、余興?」
「リンダですよ、リンダ!」
光井は鼻息を荒くした。
「へ、へえー…」
光井の張り切りようとは対照的に、道重はやや温度差があった。
『さすが関西人なの…。
芸に妥協を許さないの』
道重は納得しながら、光井と一緒に階段を上がって部屋に戻ろうとする。
「…ん?」
踊り場に面した窓の外をふと見やると、久住小春が手を振っていた。
「小春ちゃんなの」
「…ですね」
何しにきとんや、アイツは、と光井は顔をしかめた。
スリッパをパタパタいわせて、また下に降りていく。
389 名前:HOME 投稿日:2010/01/04(月) 21:12
「何しとん、自分」
玄関に出て、光井は早速久住に苦情を言った。
「ん?
あのさ、お別れを言いに来たの」
「…は?」
見ると、久住はスーツケース持参だった。
「本当に、転校なっちゃった」
久住は寂しそうに笑った。

久住の説明では、父が今度実家の農業を継ぐ事になり、会社の引継ぎがある父と、大学進学で東京に出てる姉を除き、
久住はひとまず先に郷里の新潟に戻る事になったのだ。

「前からお父さん、新潟帰りたい、帰りたいって言ってたんだけどねー」
久住は呆れたように肩を落として笑った。
「このまま…朝比奈通われへんの。
お姉さん、東京残らはるんやったら、一緒に住んでも」
「うーん、小春だけでも手元に置きたいみたい。
そもそもお母さん、小春が東京の中学受けるの反対してたし」
「…そっか」
「小春、高校、絶対朝比奈受かるから」
俯いていた光井は、顔を上げた。
「受かるからて…。
知っとるやろ?
朝比奈て、高校から入るん、メッチャ難しいねんで」
「だから絶対受かる」
高校からでも、一緒にいたいもん。
そう言って、久住は光井を抱きしめた。
390 名前:HOME 投稿日:2010/01/04(月) 21:13
「ま、待って!
せめて、見送りに行くから!」
「成田まで行くんだよ。
お金かかるよ?」
「は?
新潟まで行くのになんで飛行機?」
「経由して行くんだよ」
「なんでそないなしちめんどくさい手段で帰んねん!
あほかーーー!!!」
「知らないよ!
お母さんがチケット取ったんだからー!」
「ああ〜…」
光井はとりあえず、部屋に財布を取りに戻る。
「あ!」
玄関を入ったところで、光井は重要な事を思い出す。
「しもた…この前、Suika落としてもうたんや!」
その上最近調子こいて春物の服を買い込んでしまってあまり小遣いがない。
「うっわ〜…定期崩すしかないかな〜」
光井がヘコみながら廊下を歩き、階段を上がろうとすると、上がり口の隣の壁に、道重がもたれて立っていた。
無言で、Suikaを差し出す。
「せんぱい…」
「3000円くらいは残ってる筈なの」
「先輩!」
「初乗り分くらいは残しておいてなの」
「はい!」
光井は笑顔で受け取った。
391 名前:HOME 投稿日:2010/01/04(月) 21:14
成田では、久住はずっと光井の手を繋いでいた。
光井も今日ばかりは嫌がらずに、そのままにさせている。
「コドモって、つまんないね」
久住は、ぼそっと言った。
「なんでや」
「小春がオトナだったら、みっつぃを新潟へ連れて行けるのに」
「あの…うちの意向、ムシ?」
「だって、小春のそばにいたいでしょ?」
「確定かい」
「小春がみっつぃのそばにいたいって思ってるもん。
みっつぃも当然そう思ってるし」
「…はぁ〜あ」
光井は深い溜息をついた。
「その根拠のない自信はどっから…」
「根拠?あるよ」
「え?」
「だって、小春のこと、愛してるでしょ?」
久住はいつものように笑い、『じゃあね』と頬にキスして旅立って行った。
392 名前:HOME 投稿日:2010/01/04(月) 21:14
光井は虚脱感のようなものを抱え、帰宅する。
もう夕暮れだ。
寮に戻ると、道重が食堂で一足早く夕飯を食べていた。
「おかえり」
「ただいま…」
光井は借りたSuikaをテーブルに差し出して、
「ありがとう…ございました。
助かりました」
と頭を下げた。
「うん」
「うちも…ごはん、食べます」
「うん」
光井は自分でごはんをつぎ、黙々と食べ始める。
道重はお茶を入れてやった。
『あ、すんません』と光井はごはんを頬張ったまま、頭を下げる。
「小春ちゃん、無事、帰ったんだね」
「…はい」
「遠恋確定だね」
「……」
「さゆみ思うんだけど」
光井は顔を上げた。
「距離がふたりを試すんじゃなくて、信じる心がふたりを試すんだよ、たぶん」
「信じる心…」
「事実がどうでも、信じるか信じないかで凄く違うの」
「…道重さんは、信じてるんですか」
「うん」
道重は頷いた。
「れいなが遠くに行っても、信じるよ。
だって」
「はい?」
「れいなは、さゆみを愛してるからね」
道重はそう言って微笑み、味噌汁を飲んだ。
393 名前:HOME 投稿日:2010/01/04(月) 21:15
同じ頃。朝比奈女子大学留学生会館。

留学生のリンリンこと銭琳は、大好物の弁当をロビーで広げて食べていた。
「マタオリジン弁当ダカ」
そこを通りかかったジュンジュンこと李純は、あきれたようにリンリンを見た。
「美味シイヨ」
「タマニハ自炊シナイト、栄養偏ルダ」
リンリンは意に介さず、笑顔で弁当を頬張る。
「ソウイエバ」
「ナンダ」
「コノオ弁当買イニ行ク時、クッスミサンニ会ッタヨ」
「ウン」
「クッスミサン、新潟帰ルラシイダ。転校ダッテ」
「…ソウカ」
「寂シクナルヨ」
「ウン。生意気ダケド、イイ奴ダ」
リンリンは箸を止めて、俯いた。
それに気付き、ジュンジュンは大きな手でリンリンの頭を撫でる。
「泣クナ」
ジュンジュンは立ったまま、リンリンの顎を掴む。
そのまま、一瞬唇を重ねた。
リンリンは元々大きな目を更に見開き、
「…アイヤー」
と呟いた。
「ステーキソースノ味シカシナイダ…」
ムードも何もない感想に、ジュンジュンはずっこけそうになる。
ムキになったジュンジュンは鞄の中にあったペットボトルのコーラをガッと飲み、もう一度口づけた。
「…変ナ味スルダ」
リンリンは自分の舌を出し、嫌そうな顔をする。
はーっと溜息をつき、ちょっと心が折れそうになったが、ジュンジュンは、
「…ソノママ舌、出シテルダ」
座ったままの彼女の肩を掴み、自分の舌を絡ませた。
394 名前:ごまべーぐる@あけおめことよろ 投稿日:2010/01/04(月) 21:16
更新しました。
395 名前:吉卵 投稿日:2010/01/05(火) 13:19
あけおめことよろ。更新おつです。
さゆみ先生、めちゃカッケーっす。
396 名前:HOME 投稿日:2010/01/11(月) 20:22
その日の夜。
朝比奈学園中高寮にて、卒業生をはじめとした退寮者の追い出しコンパが行われた。
光井は宣言通り、パンタロンを着用し、山本リンダの『狙いうち』を踊り狂った。
「♪ウララ〜ウララ〜」
光井の芸人魂に、寮生は大盛り上がりとなる。
同じように踊り狂う寮生までいる始末。
手拍子しながら、道重はその寮生を『イッちゃってるの…』という目で見る。
「愛佳、困っちゃう♪」
最後はポーズつきで締め、光井は絶賛の拍手を浴びる。
『みっつぃ、小春ちゃんがいなくなる寂しさなど感じさせないキレのよさなの。
むしろ、寂しさを芸にぶつけた?』
道重はちょっと思ったが、同じ学年の友人に話しかけられ、考えを中断する。


同じ頃。
ジュンジュンとリンリンは、散歩がてら近所のコンビニに出掛けた。
急に、リンリンが立ち止まり、ジュンジュンの上着の袖をつまんだ。
「何ダ」
立ち止まり、リンリンの方を振り返る。
「…ドウシテ」
「ア?」
リンリンは一拍置いて、母国語で、
「どうして、キスしたの?」
と小声で囁いた。
「欲しかったから」
やはり母国語であっさり答え、ジュンジュンはまた歩みを進める。
「アーホ!
ジュンジュン、アーホ!」
関西人の岡田唯仕込みのベタなアクセントで、リンリンは立ち止まったままアホアホ言う。
「アホ言ウ奴ガアホダ」
むっとした顔で振り返り、『ホラ』とジュンジュンは片手を差し出す。
仕方なく手を繋ぎ、リンリンは難しい顔で歩く。
「…妹、ミタイニ思ッテル言ッタダ」
ぽつんと、リンリンは言った。
「思ッテル」
「妹ニ、アンナキスシナイダ」
「妹ダケデナク、女ダト思ッテル」
「?」
「分カラナイカ」
「子ドモダナ」
ジュンジュンは手を繋いだまま、唇を重ねた。
リンリンは顔をしかめ、ジュンジュンを引っ掻くふりをする。
「ジュンジュンノ妹ハ言ウ事聞カナイ」
「ナ!」
「皆ニ優シイノニ、頑固デ。
スグ泣クシ」
「ソレハジュンジュンダ!」
「マアイイ、オ菓子買イニ行クダ」
飴買ッテヤルダ、とまたもや子ども扱い発言に、リンリンはまたもや岡田唯仕込みで『イーダ!』と顔をしかめた。
397 名前:HOME 投稿日:2010/01/11(月) 20:22
追いコンが終わった後、光井の携帯が鳴った。
「誰や…」
光井はディスプレイを見て、ちょっと顔をしかめて
「もしもし?なんやの?」
とややつっけんどんに出た。
『なんやのはないでしょー。
無事新潟に着きました』
横にいる道重は聞かなくとも、漏れ聞こえる甲高い声で誰からなのか分かり、そっと笑った。
「そうか。よかったな」
『あのさー、文通しない?』
「はあ?文通?」
文通、という声に『クラシカルだね』とか『この21世紀に逆に新鮮』という寮生の声が次々上がる。
『メールだけってのも素っ気無いし、携帯で話すのもお金かかるじゃん。
だから、文通』
「…まあ、ええよ」
唇を尖らせる光井の様子に、『ツンデレだ』『ツンデレだね』とまたもや声が上がる。
『じゃ、携帯に寮の住所と、実家のとメールしてよ。
時間できたら書くから』
「…うん」
光井ははっと周りを見渡し、
「ちょ、部屋行くさかい。
待って」
と自分に注目しすぎな他の寮生をかきわけ、自室に向かった。

「逃げられたの」
パタパタとスリッパの音をさせて去っていく光井の後姿を見て、道重は苦笑いした。
「あ、さゆみも電話だ」
傍らの電話を出し、
「もしもし?お母さん?」
と通話を始める。
398 名前:HOME 投稿日:2010/01/11(月) 20:24
その少し後。
亀井は自室でうとうとしていた。
昼寝してもなお、夜もきっちり眠れる亀井だった。
携帯が鳴り、
「ん〜…ガキはん?」
と寝ぼけながら出る。
『ちょーっと!
カメ、寝ぼけすぎだからー!』
即、ツッコミが入る。
「なに?
会いたくなった?」
『…はぁ?』
「『はぁ?』て」
亀井は本気でしょんぼりする。
『あ…や、そうじゃなくってね』
新垣は慌ててフォローし、
『さゆみんからメールきた?
さゆみんの実家行かないかって』
「へ…?」
『ああ、あんた寝てたっぽいもんね…。
いまさっき、さゆみんからメールきてさ、あたしとかあんたとか、田中っちに、
さゆみんの地元ご招待してくれてるワケよ』
「へー」
『なにその、気のない返事』
新垣はあきれて笑う。
『あんたも行くよね?』
「ガキさん行くんなら行く」
『いや、あたしを主体にしなくていいってば』
「絵里にはソコ重要なんですが」
一瞬、携帯の向こうで声が詰まった様子だった。
亀井はちょっとおかしくなって、へへ、と笑う。
『な、なに言ってんの…』
「メンバーにガキさんいるかいないかで絵里的にはすっごい変わってくるっていうかあ」
『もー…。
ま、いいか』
いいの…?
亀井は心の中で少しがくっときた。
新垣はそのまま続け、
『ね?行くよね?
あたしも行きたいし』
「あー…わあった」
『よっし!
じゃ、決定ー!』
新垣のはしゃぐ声を聞いて、亀井はやや平坦な声で、
「ねー」
と問いかける。
『なに?』
「さゆと絵里さー、ドッチ好き?」
『なに?ドッチって…』
「なんかー、ガキさん、絵里よりさゆのが好きっぽい」
『なによー、さゆみんは1年から仲いいし、友達なんだってば』
「ふうん」
『ふうん、て。
てか、カメがなに言いたいのかさっぱり分からないよ』
「むー。
ガキさんおたんちん」
『はあ!?』
おたんちん呼ばわりされた新垣は、携帯越しに物凄い声で怒鳴る。
「んじゃ、あんぽんたん」
『てか変わんないって!』
「まー、絵里もオトナゲないこと言ってアレなんですが、まだ絵里ちゃんも15の少女ですからー、
その辺は大目に見てやってくださいよ?」
『自分で言うな』
「へへ、やっぱガキさん好き」
亀井のケラケラ笑う声についほだされ、新垣は、
『…嫌いじゃ、ないから』
ちょっと赤くなりつつ、ちょっとふてくされた様に言った。

『さゆみの実家に集合なの。
欠席すると焼きそばUFOにお湯と一緒にソース入れてよおくかき混ぜるの』
亀井が携帯に届いたメールに気付くのは、新垣との電話を切ってからだった。
399 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/01/11(月) 20:25
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

( ・e・)<あけおめことよろなのだ!

从*・ 。.・)<なんで先生なのか分からないけど、ありがとうなの

もう11日ですがあけおめことよろです。
さゆは頼れる先輩なのです。
400 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/12(火) 00:32
ガキカメはかわいいなあ
UFOの呪い、昔カオリンもヤッスーにやってましたねw
401 名前:吉卵 投稿日:2010/01/13(水) 21:08
更新お疲れ様です。
UFO。確か昔ここでも、のんさんとぼんさんが深夜に焼きそばを作ってステンレスの
「ボン!」
に、驚いてのんさんが麺を落としてしまいましたよね。(笑)
402 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:45
目覚ましの音で救われた。


亀井絵里は、寝苦しい夢からようやく解放された。

幼なじみに呼び出され、彼女の自宅を訪れた日。
もうひとりの幼なじみにいきなり頬を張り倒され、馬乗りになられた。
手首に巻かれたロープの痛みを、まだ覚えている。

亀井は、滴る汗をようやく拭った。

「…忘れなきゃ」

ベッドに起き上がったまま、顔を伏せて呟いた。
403 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:45
肌に張り付いたような汗を流す為、シャワーを浴びる。
下肢に、違和感があった。
排水口に流れていく、細い血液の筋を見つけ、げんなりする。
「あ〜あ…今月遅いと思ったらー」
もうすぐ旅行だというのに、心からがっかりする。
太腿を伝う血液に、忌々しい思いでシャワーをかけた。


「絵里ちゃん、顔色悪いわよ。
具合でも悪いの?」
朝食の席で、お手伝いのカメさんに声を掛けられる。
亀井はトーストをもぐもぐ食べながら首を振り、
「違う、ただの女の子の日だから、大丈夫」
とだけ答えた。

ミルクティーを飲み干して、部屋のベッドでまた横になる。
下腹部に鈍い痛みがあり、鎮痛剤を飲み下してやり過ごす。
404 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:46
気がついたら母が、傍らに座っていた。
スーツ姿で、自分を見ている。
時計を見たら、午後1時を回っていた。
今日は家族でホテルに行き、食事をすることになっている。
その前に、母と買物の約束をしていた。
昼まで会社にいて、早退してきたんだな。
亀井はぼんやりと考えた。
「お腹痛いの?」
母はベッドサイドに座り、娘の頭を撫でた。
「いや…大丈夫。
ちょっとずきずきするだけだから」
「お父さんに言って、今度にしてもらう?」
亀井は首を振り、
「いいよお。
だってふたりとも、会社忙しい時期なのに、時間空けてくれたんでしょ?
絵里、薬飲んだから大丈夫だって」
「そう」
母はもう一度頭を撫でた。
「洋服、買ってくれるんでしょ?」
亀井は痛みの中、へへっと笑った。
405 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:46
母と買物を一通り終え、有楽町界隈を歩いていた。
前方から、見覚えのある少女が歩いてくる。
「ああ!」
こちらが言うより先に、彼女の方が声を上げた。
もとより、声を掛ける気もあまりなかったが。
元々大きな目を更に大きくし、彼女――――高橋愛は、
「久しぶりやの!」
と顔をくしゃくしゃにして笑った。
笑うと鼻に大きく皺が寄るな。
彼女の笑顔を見て、亀井はそんな事を考えた。
「えっと、お友達、だっけ?」
母が娘の顔を見て問うと、
「高橋愛さん。
紺野先輩のお友達だよ」
とだけ素っ気無く答える。
「まあ。
いつも、絵里がお世話になってます」
母が軽く頭を下げると、
「いいえー。
こちらこそ、お世話になりっぱなしですよ。
いや、絵里ちゃんも可愛いけどお母さんもお綺麗でびっくりしました」
いきなり何言うんだ。
亀井はスマートにお愛想を振りまく高橋を見て怪訝な顔になる。
だが母を気をよくしたようで、
「高橋さん、お時間あるかしら?
よかったら、一緒にお茶でも」
と声を掛けた。
406 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:47
今日は天気がいいな。

ミルクティーに口をつけながら、亀井はそんな事を考えた。
あれから母に帝国ホテルのラウンジに連れて行かれ、高橋も入れて3人でお茶ということになった。
銀座界隈の買物の合間にでも立ち寄ったのか、平日の昼間なのに、ラウンジは結構な人数が席を埋めていた。

「まあ。
愛ちゃんはバレエを習ってるの」
「ええ。
アメリカ行ったりしてましたんで、ちゃんと同じ先生に長いこと習うってことはしてないんですけど。
今も、時間があったらちょこちょこレッスンに行ってます」
「そう。
うちの絵里も、子どもの頃やってたんだけどね。
成長期の時にちょうど体調が思わしくなくてね、お医者さんの勧めもあって、可哀相だったけどやめさせたの」
「そうなんですか」
母と高橋の会話を、外の景色を見ながら話半分に聞いている。
そんな事もあったな、と亀井は半分他人事のように思い出していた。
そういえば、自分は踊るのが好きだったな。
今更ながら、何となく思い出していた。
バレエを習って、同時進行でフィギュアとピアノも習って。
フィギュアは時間が続かなくなってすぐやめて。
バレエをやめるように言われたから、体調がちょっとよくなった時にジャズダンスを始めたらそれもすぐやめるように言われて。
つまらない人生だな。
亀井は人知れず苦笑した。
いつも、人の言いなりで。
自分で選べるものなんて、なかった。
407 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:48
「絵里ちゃんは踊るの、好きかの?」
高橋に声を掛けられ、亀井はハッと我に返った。
「え…あ」
「またぼうっとして。
ごめんなさいね、この子すぐぼーっとするの」
母が苦笑しつつ高橋に謝る。
高橋は『いいえ』と微笑み、
「ダンスのセンスええし、指使いも綺麗やから、絶対初心者ちゃうなって思っとったがし。
今も、したいなって思わん?」
彼女の言う事に亀井は怪訝な顔をし、
「別に…もう、済んだ事だよ」
眉間に皺を寄せ、ぐいっと紅茶を飲み干した。
408 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:48
母が『ちょっと席を外すわね』と中座した後、亀井はまた窓の外を見た。
「可愛い服やね」
高橋は亀井の服に目をやった。
「ありがとう」
素っ気無く答え、また窓を見る。
「あんた、本当にお嬢様やねんな」
「だから何?」
「お嬢様な格好して、ホテルの高いレストランで学校の卒業祝いに家族で食事」
「…何が言いたいの?」
「いや、羨ましいなって話や」
亀井は膝のナプキンをぐっと掴み、
「そうだよ。
お小遣いは普通だけど、言えば大抵のものは買ってくれるし、洋服も他の子が羨ましがるような、
流行のものを結構すぐ買ってくれるし、恵まれてるよ」
一気にまくし立てた。
高橋は無言だったがすぐ苦笑し、
「コラコラ。
自分の親御さんを、そんな風に言うたらいかんがし。
お母さん、可哀相がし」
綺麗なだけやのうて、優しいお母さんやないの。
高橋は続けた。
「あんたの事、よう考えてるようやし」
「ひとん家の事、口出ししないでくれる?」
そう言われ、高橋は少し黙った。
俯いて笑い、
「分かった」
とだけ返事した。
409 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:49
「それじゃ」
高橋はホテルのロビーで、亀井の母に礼を言って踵を返した。


亀井は洗面所に向かい、ポーチに入れた筈の替えのナプキンがないことに気付く。
「あ!…やだ、忘れちゃった」
急いで出て何処かで調達するか、ロビーで待ってる母に聞いて分けてもらうか考えていると、
「おお」
高橋に出くわした。
「どうしたん」
亀井がどう言ったものか考えてると、高橋は鞄からポーチを出し、
「ホラ」
と軽く投げて寄越した。
「愛ちゃん…」
「次、会うたとき、返してくれたらええがし」
それだけ言うと、高橋は行ってしまった。
「あ、もひとつ」
少し歩いて彼女は振り返った。
「な、なに?」
「その服、よう似合うとるがし」
高橋に言われ、亀井は自分のウィングチップのストラップシューズの爪先を見つめた。
410 名前:HOME 投稿日:2010/01/17(日) 12:51
――――食事を終え、帰ってきた亀井は、着替えもせずベッドにつっぷした。
赤いチェックのワンピースの、裾の部分が少し捲れ上がる。
「ガキさん…」
何だか自分が情けなくなり、情けない気持ちを抱えたまま、目を閉じる。
思わず携帯を手にしたが、彼女の番号を呼び出そうとしてやめた。

ダメだ。
こんな気持ちに、巻き込んじゃいけない。
自分は弱いけど、あの子を巻き込んじゃダメなんだ。

亀井はきつく目をつぶり、携帯を放り出した。
「ガキさん…」
いつの間にかしゃくり上げ、何度も何度も手の甲で涙を拭った。
声、聞きたいけど、絵里は弱い子だから、きっと流されてしまう。
「う…ひっく」
仰向けになって、泣いていると、携帯が鳴って点滅した。
「…ガキさん?」
『カーメ!
やっぱ寝てたー!』
携帯の向こうの彼女は、勝ち誇ったように言った。
「なに?」
慌てて目をこすり、起き上がる。
『あのねー、さゆみんから電話あってー。
て、聞いてる?』
「うん、聞いてる」
携帯を手に、亀井は心から嬉しそうに笑った。
411 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/01/17(日) 12:52
更新しました。

レスのお礼です。

>400の名無飼育さん

川*^ー^)<かわいいなんて、そんな当たり前ですよお〜。ウヘヘへ

(;−e−)<と、とにかくありがとうなのだ

会話はアホアホですが、かわいいふたりなのです(笑)。ありがとうございます。
>UFOの呪い、昔カオリンもヤッスーにやってましたねw
懐かしすぎて吹き出しました(爆)。ありがとうございます。

>吉卵さん

从*・ 。.・)<これまた懐かしいネタなの

( ・e・)<確か顔文字ネタで書いたヤツなのだ

また懐かしいネタを(笑)。ありがとうございます。
あれから何年経ったか、考えるのも恐ろしいです(苦笑)。ありがとうございます。
412 名前:吉卵 投稿日:2010/01/18(月) 02:39
あれ?愛ちゃん、意外に早く再登場しましたね。(笑)
413 名前:HOME 投稿日:2010/01/23(土) 20:19
その日の午後。

亀井が母や高橋とお茶を飲んでる頃、田中れいなはカートをガラガラ引き摺って、羽田空港第2ターミナル内を走っていた。
「あ〜…時間読み違えたと」
飛行機で実家に帰るのに、親戚宅から空港までの所要時間を勘違いし、予約してる便に間に合うかどうかギリギリだった。
「…うっわ!」
カートを引くのに勢いをつけすぎて、人にぶつかりそうになる。
先方の若い女性は、咄嗟によけてくれ、事なきを得た。
「うっわ!ご、ごめんなさい!
だ、大丈夫ですか!?」
田中は慌てて謝った。
謝ったと同時にかぶっていたキャップが落ちる。
その女性はキャップを拾い、にこやかに手渡してくれながら、
「ううん、わたしこそごめんなさいね」
と言ってくれる。
「す、すみませんでした」
「ううん、いい旅をね」
ウィンクつきで女性は去って行き、
『なんか…アメリカンな人っちゃ』
田中は一瞬あっけにとられたような表情で見送ってしまう。


『アラかわい』
木村絢香は、自分にぶつかりそうになってきて、必死に謝ってる女の子を見て、微笑ましく思う。
中学生ぐらいだろうか。とても小柄だ。
髪をふたつに分けて縛り、キャップをかぶっているのが可愛かった。
「す、すみませんでした」
少女は、また頭を下げた。
「ううん、いい旅をね」
ウィンクして、その場を去って従妹を迎えに行く。

従妹のミカが、父の演奏旅行先のソウルから日本へ直接遊びに来るというので、迎えにやって来た。
アヤカは腕時計をチラッと見て、足を速めた。
414 名前:HOME 投稿日:2010/01/23(土) 20:20
再会の熱い抱擁も束の間、車に乗せて自宅マンションへ向かう。


ここでアヤカは珍しく、ミスを犯す。
久しぶりで流石の彼女も余裕を無くしていたのか、ミカをベッドまで連れ込んだはいいが、
行為の途中で何処で入手したのかディルドを取り付け、その様子を見たミカは少し身を起こし、一瞬真顔になった。
「――――アヤカ?」
少し温度の下がった声で声を掛けると、アヤカは避妊具の袋を口で破り、中からゴムを取り出した。
「…バカ」
ミカは小さく呟き、
「帰る」
とベッドから下りた。
「え?ちょっ…」
慌てて装着した道具を取り外し、その辺に落ちていた衣類を身につける。
タッチの差でミカの着替えが早かったので、出て行かれてしまう。
「ちょっ!帰るってそう簡単に帰れる距離でもないでしょーが!?」
アヤカの叫びは空しく玄関ドアにただ反響するだけだった。


「で、迎えに来たワケ?」
保田は、自宅にやって来たアヤカをとりあえず迎え入れる。
「うん、とりあえずメールしたらそっちに行ってるっていうからさ」
アヤカは『頂きます』と出された紅茶を口にした。
「こっちも食べて」
と飯田はお手製のクッキーも出してやる。
「ミカちゃん、カオの家でいま、オフロ入ってる」
飯田からの情報に、
「お風呂…」
アヤカは安心したような、がっかりしたような妙な気持ちになる。
「んで、ケンカの原因ナニ?
ヒサビサに会ってがっつきすぎた?」
保田の言葉に、
「いや…さほどがっついてはいな…や、がっついてたのかな」
アヤカは苦笑しながら首を傾げる。
「珍しいね、アヤカちゃんが。
もっと、こう〜、ムダのない、スマートさでバッ!バッ!と抱く感じがしてた」
飯田が独自の表現で、アヤカの人物像を語る。
当のアヤカと保田は飯田の独自さに苦笑いした。
「そうね〜、木村さんはことエッチにかけては天才的にテクニシャンで」
「ちょ、圭ちゃん!」
「ウソ!?圭ちゃんよりテクニシャンなの!?」
「試してみる?」
「コラー、カオ!」
3人で騒いでいると、頭にバスタオルをかぶったミカが現れる。
「あ、ミカちゃん。
上がったんだね」
飯田が声を掛ける。
アヤカを見て、ミカはちょっと目を丸くする。
「探したわよ」
アヤカが敢えて優しい声を出すと、
「イーダ!」
ミカは大人気なく、顔をしかめて舌を出し、保田の家から出て行った。
「カオ、呼ばれた?」
「呼んでない呼んでない」
「なななななに?迎えに来たのになんでこの扱い?」
「あー、もー。
アンタは今日のトコは帰んな。
一晩、アタマ冷やしておいで」
保田はアヤカの肩をぽん、と叩いた。
415 名前:HOME 投稿日:2010/01/23(土) 20:21
翌朝。
羽田から、今度は道重、新垣、亀井の3人が出発した。
道重の実家へ向かう。

「れーなは昨日、実家帰ったんだよねー」
「うん、直接宇部に来るって言ってる」
「へー。
どんくらいかかるの?」
「うーん。
博多から新幹線と在来乗り継いで、乗換えがうまくいけば1時間かからないの」
機内の席で、亀井の質問に道重は読んでる本からちょっと顔を上げて答える。
「ちょ、ごめん。
お手洗い」
3人掛けの真ん中の席の新垣は、通路側の亀井に断って、足を引っ込めてもらい出て行った。
出て行った新垣の背中を見つつ、
「いいよねー、ソッチはうまくいってさあ」
亀井は道重にフッた。
「ねー。
ガキさん、全然絵里ちゃんの気持ちに応えてくれないんですけどー」
やや唇を尖らせて道重に訴える。
「絵里は斜め上すぎるからダメなの」
本から目を離さず、道重は尤もなアドバイスをおくる。
「斜め上って〜?」
「人にディープキスのやり方を聞いてくるのは、とりあえず斜め上だと思うの」
「え〜?
初心者だから仕方ないじゃーん」
『初心者でソレかよ』
道重は心の中でチラッと思ったが、読書に戻る。
「ガキさん、絵里のこと好きなのかな〜?」
「さあね」
「…今日のさゆ、冷たいんですけどー」
亀井はプッと膨れ、道重が読んでる本を下からひょいっと覗き、タイトルを見る。
「『バーでモテるコツ』?
モテたいの?」
それには答えず、道重はとりあえず亀井に静かにしてほしい、と考えるのだった。
416 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/01/23(土) 20:22
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん
川;*^ー^)<絵里には気を抜けない人物の登場ですよ?

(*・e・)<久しぶりの人なのだ ←亀井の焦りに気付いてない 

とりあえず、誰が出て来たか、ボカして頂けると有難かったです(笑)。
レスありがとうございます。
417 名前:吉卵 投稿日:2010/01/25(月) 02:14
更新お疲れ様です。
すいません、またポカしました(苦笑)
久しぶりにデカい人がボケましたね。(笑)
418 名前:HOME 投稿日:2010/02/10(水) 22:18
一行は宇部空港に降り立った。
そのまま徒歩で最寄の駅に向かう。
「うっわ…田舎だねえ」
都会っ子の亀井は、小さな駅舎を見て感想を漏らす。
「文句を言うななの」
「いいじゃん〜、のどかで」
新垣がフォローし、
「ガキさんはいい子なの」
気をよくした道重と
『ねー』と仲良く顔を見合わせ、今度は亀井がひとりムッとする。

電車に揺られ、宇部駅に向かう。
「れーな、駅で直接待ち合わせだっけ?」
「うん、新幹線乗る前にメール送ってくれたんだけど」
道重は携帯を開く。
「あ、電車乗り遅れたみたい。
ちょっと遅れるって」
「ふうん」
亀井はキョロキョロと辺りを見渡す。
「東京とさすがに違うねえ」
「そりゃあ。
さゆみも、最初はびっくりしたもん。
東京の人の多さに」
学校は寮から徒歩で通っているが、休日に遊びに出た時などに目にする、ホームに吐き出されるように降りていく乗客の多さに、
のどかな地域で育った道重にはカルチャーショックだった。
「あー、都会は半端なく人、多いからねー」
新垣が適当に言って頷く。
「そうだねえ」
亀井も適当に答え、なかなか普段見られない、車窓からののどかな風景に目をやった。
419 名前:HOME 投稿日:2010/02/10(水) 22:18
「ご、ごめんっちゃ!」
待ち合わせ場所に、田中がぱたぱたと走って現れる。
慣れない土地で在来の乗り換えに手間取り、結局1本乗り遅れたとの事だった。
「ちーこくー。
れーな、昼ゴハンおごりね」
仁王立ちで腕組し、亀井がどSな目で宣言する。
「なんでれなオゴリと!?」
田中がぎょっとして顔を上げると、道重が、
「ハイ、そこまでー。
絵里もあんまりいじめないー」
とやんわり止めに入る。
「これ以上いじめると、今日の晩ゴハンのふぐ刺し、絵里だけナシなの」
「えええ!?」
「アハハ、カメ、一本取られたね」
新垣はニヤニヤし、亀井の肩を叩いた。

「さてと」
道重は全員の顔を見渡し、
「それじゃ、揃ったから出掛けるの。
絵里」
道重は確認するように、亀井に視線を移す。
「あ、うん…」
亀井は頷いたものの、すぐ俯いた。
「なに?どっか行くの?」
新垣が言うと、
「お見舞い。
三好さんの」
亀井の代わりに、道重が答える。
「え…あん人、東京のあの病院にいたんじゃ」
田中の疑問に、
「さゆが、おじいさんに頼んで、こっちの病院に転院できるようにしてくれたの。
三好さん、ケガの治療に時間がかかりそうだし、いっそ環境のいい場所で療養したらって勧めてくれてね」
亀井の言葉に、事情を知らなかった田中と新垣は、黙って驚いていた。
「え…じゃ。
うちらを誘ってくれたのは」
新垣がやっと口を開くと、
「勿論、さゆみのふるさとを見てほしかったのもあるの。
れいなは近いから土地勘はまだあるだろうけど、ガキさんも絵里も、こっちは初めてでしょ?」
「う、うん」
新垣は詰まりながらも頷いた。
420 名前:HOME 投稿日:2010/02/10(水) 22:19
道重の祖父が経営しているという病院は、規模は大きいものの、静かな環境の中にあった。
花を買い、4人は三好の病室に向かう。
「来たの」
ベッドに起き上がって座り、窓の外を見ていた三好は、4人の姿を認めるとフッと笑った。
「ええ。
お加減は如何ですか」
亀井は一歩前に出て声を掛けた。
「田舎だけど、のんびりしてていいわ。
都会みたいな気ぜわしさがないし。
ありがとね」
と、三好は後ろにいた道重の顔を見る。
「さゆみは何もしてません。
お礼を言うなら、絵里のご両親に」
「でも、あんたがおじいちゃんにクチ、利いてくれたんでしょ?」
「空き部屋があるか聞いただけです」
「まあ、とにかく色々助かったわ」
三好は可笑しそうにくすくす笑った。
「大分顔色がよくなったと」
田中が言うと、横にいた新垣も『そうだね』と頷いた。
「ああ、そうね。
のんびり過ごせてるし」
三好が答えていると、
「お」
部屋のドアが開いて、市井が現れた。
「来てたの、お嬢さん方」
いつものように、市井はニヤニヤ笑う。
「…ノックくらいしてくれる?
一応、女がいるんだから」
三好がイヤそうに顔をしかめると、
「オマエが乙女ぶってどーすんの。
ホラ、言われたモン持ってきてやったぞ」
市井の言葉に、三好は
「ああ」
すぐ反応した。
「なん?なん持ってきたと?」
田中の言う事に返事せず、三好は手渡された封筒の中身を確認する。
「…ありがとね。
わざわざ、東京から」
「いいえー。
ホラ、渡してやんないと」
市井に促され、三好は真っ直ぐ亀井を見た。
「?
何ですか?」
「中身、見てみなよ」
渡された封筒の中を見て、亀井の顔色が変わる。
「これ…」
誰の目から見ても顔面蒼白になり、新垣は思わず、
「カメ…」
と手を伸ばす。
「それをどうするかは、あんたが決めな。
あたしは、取り返しただけだから」
三好の独り言のような言葉に、亀井は不安そうにもう一度封筒の中を探る。
「…絵里、こんなもののせいでみんなに」
「ハイ、ストップ」
市井がいつものふざけた口調で止めに入る。
ニヤけた口元がすぐに厳しいものになる。
「どう後悔しても、もう戻せないよ。
あんた、そこの女の子と幸せになりたいんだろ?」
新垣は『え?』という顔になり、隣の亀井を見、すぐ市井に視線を移す。
市井はふっと優しい目になったが、すぐ真面目な表情に戻り、
「なら新しい一歩を踏み出しな。
みんなに見てもらってな」
亀井はぽろぽろ泣きながら、黙って頷いた。
421 名前:HOME 投稿日:2010/02/10(水) 22:19
「あの、ありがとうございました」
廊下に出て、新垣は同じように中座した市井に頭を下げる。
「いいっていいって。
てか、キミも律儀だねえ」
市井はニヤニヤし、新垣の小さな頭を撫でる。
新垣は何か腑に落ちないものを感じつつも、若干唇を尖らせ頭を撫でられる。
「あの子の事、好きか?あんた」
「え…」
「まだ自分の気持ち、分かんないってヤツ?」
「違うんです…」
「ん?」
「カメが…あの子が本気なんだって分かるから、あたしもいい加減な気持ちで応えたくないんです…」
新垣は俯いた。
「ズルイ、ですよね?」
「うん」
「フォローなしですか?」
「いやだってさあ」
市井は苦笑し、
「自分で分かってんなら、アタシがどうこう言うコトじゃないっしょ」
「そう…ですよね。
すみません」
新垣はまた俯いた。
「あれはいい女になるよ」
市井は廊下から見える窓の外に目をやった。
「え…あ。
そう、ですね。
カメ、美人だし」
「美人だけど、悪い女になる可能性も高い」
「え…」
「だから、キミみたいなちょっと口うるさいくらいの子が、ちゃんと見張ってないと」
ちゃんと掴まえときなよ、と市井は新垣の方を笑って振り返った。
「どういう事ですか?
カメ、いい子なのに」
新垣がちょっと食って掛かると、
「いい子だけど、悪いことに引き摺られやすいの、ああいう子は。
だからちゃんと見ときなさいって事」
「……」
「まあ、戻るか。
そのうち分かるよ、アタシが何を言いたいか」
難しい顔をした新垣の頭を撫で、市井は先に病室に向かった。
422 名前:HOME 投稿日:2010/02/10(水) 22:21
ふたりが戻ると、道重たちはそろそろ帰ろうかと話しているところだった。
「亀井さん」
三好が声をかけると、
「火は、持ってるの?」
亀井は、
「え…いいえ。
どこかで100円ライターか何か買おうかと」
何度かまばたきし、
「…どうして、燃やすって気付いたんですか?」
静かに告げた。
「あたしなら、そうするから」
三好は口端だけ上げて笑った。

「絵里、燃やすってなにを燃やすと?」
田中が後ろから声を掛けると、代わりに道重が
「…後で、言うから」
それだけ答えた。
病室で三好からオイルライターを受け取った時、道重は何となく分かっていた。
亀井が過去と訣別するために、封筒の中身を燃やそうとしていることを。
そして今、亀井に特に言う事もなく、自然に自分の知る場所へ歩みを進めている。
423 名前:HOME 投稿日:2010/02/10(水) 22:22
「ここは…」
ある河原に着いて、田中は声を上げた。
「ここなら、大丈夫なの」
それだけ言うと、道重は亀井の顔を見た。
亀井も道重の目を見て、しっかり頷く。
「何を…」
何を燃やすの、と新垣が言おうとすると、
「三好さんが、絵里がレイプされそうになった時の写真、取り返してくれたの」
亀井は悲しそうに笑い、封筒を掲げた。
「見る?」
そう言われて、3人は返答に困った。
やがて、道重が
「絵里が、嫌じゃないなら」
と告げる。
「ひどい写真だから、絵里も無理に見てとは言わない。
でも、燃やすのは見てて」
今度は、穏やかに微笑み、亀井は封筒から写真を出して3人に見えるようにした。
3人は言葉を無くした。
一番最初に、田中が涙を流す。
「こん…こんな、ひどかこと…」
田中が泣きじゃくりながら言葉を絞り出す。
「絵里も、ここまで写真が劣化してるって思わなかった。
でも、よく見たら絵里って分かるよね。
…燃やすね」
もう一度写真を自分の顔に近づけて眺め、亀井はふっと笑って
『さよなら』と告げた。
三好に借りたライターで、写真の端に火を点ける。

「見ててね」
亀井は3人の顔を見た。
「絵里、皆と友達になりたいの。
この先絵里のこと見てくれるんなら、ちゃんと見てて」
言葉というより叫びだった。
3人は灰になっていく写真を見た。
声を出さずに泣いた。
田中も、新垣も。
道重は、亀井が写真の入っていた封筒も燃やすのを見て、
「さよなら」
と呟いた。

「悪い夢は、もう醒めたんだよ」
424 名前:HOME 投稿日:2010/02/10(水) 22:23
「さて、帰るとしますか」
しばらく経って、亀井はジーンズのお尻をぱんぱん、とはたき、3人の方を振り返った。
3人は黙っていたが、田中がまず苦笑いし、
「たく、絵里はほんっと世話が焼けるっちゃ」
と言った。
「ほーんと」
新垣も笑う。
「絵里は罰として、この後さゆみたちにケーキ奢るの」
「ええええ!?」
「あー、いいねー。
ね、さゆみんのおススメの地元ショップ連れて行ってよ」
「まかせるの」
「ちょ、ガキさんまでー!」
3人が笑って歩いていくのを、亀井は拗ねながら走って追いかける。
紫の帳が、空を覆いだした。
425 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/02/10(水) 22:26
更新しました。宇部編はまだ続きます。

レスのお礼です。

>吉卵さん

レスありがとうございます。
デカイ人、相変わらずです(笑)。

从*・ 。.・)<でも、デカイ人、綺麗なの

从;´ ヮ`)<…… ←何も言えない
426 名前:吉卵 投稿日:2010/02/12(金) 03:03
更新お疲れ様です。
これで中等部編は一件落着でしょうか?
しかし、たま〜にあの人はいいこといいこと言いますよね。
普段はどうしようもないダメなヤツ(ごと〜談)て感じですが。
427 名前:HOME 投稿日:2010/02/14(日) 13:08
道重は実家に3人を連れて行った。
家には、道重の母、姉がいた。
『あれが姉重…』
常日頃、道重から姉のオモシロエピソードを聞かされている新垣たちは、
生姉重を見て心の中で呟く。
しばらくして東京に下宿してる、大学生の兄重も帰ってくる。
『お兄ちゃんは普通すぎて面白くなく』と妹に言われる兄重だったが、
常識人のようで3人に『いらっしゃい』と声を掛けた。

夜は道重の宣言通り、ふぐ刺しで歓待だった。
「うっわ。
ばりおいしいんやけど」
「アラれいなちゃん、博多の子なのね。
近いし、休みの時とかいつでもいらっしゃいね」
母重に言われ、田中は
「ありがとうございます」
と満面の笑みで答える。
428 名前:HOME 投稿日:2010/02/14(日) 13:09

順番に入浴後、たまたま廊下で亀井とすれ違った道重は、亀井の寝巻きの袖を引っ張る。
「なに?」
引っ張られたまま廊下の端まで連れて行かれ、亀井は顔をしかめる。
「分かってるだろうけど」
と前置きし、
「やめてよね、人ん家の実家で初体験とか」
道重は敢えて釘を刺した。
「はあ〜?
いくら絵里でもソコんとこは弁えてるってばよ」
「ならいいの」
「ソッチこそお〜」
亀井は悪魔の笑みを浮かべ、道重に顔を寄せる、
人差し指を道重の鼻に近づけた。
「ネコを可愛がってるうちに、イイ声で鳴かせないでよ〜?」
『コイツは…』
道重は眉を顰め、
「するわけないでしょ」
忌々しそうに告げた。
「なーんてね。
絵里もチャンスなのは分かってるけど」
『イヤ違うだろ』と道重は心の中でツッコむ。
「チャンスだけど、絵里ちゃんは生憎女のコの日でねえ」
「アラ、そうだったの」
「そうですよ」
「あ、だからお風呂最後でいいって言ったのか」
「そうですそうです」
「絵里は変態だけどそういうところデリカシーがあるね」
「…あの、不思議と嬉しくない」
亀井がしょぼくれた顔で肩を落としてると、客間の襖が開いて、
「なにやってんの〜、ふたりともー」
新垣が床にしゃがんだまま声を掛けてきた。
429 名前:HOME 投稿日:2010/02/14(日) 13:13
和室の客間に敷かれた4組の布団。
一番窓際から2つ目の布団に座った亀井は、若干頬を赤らめて心の底からの笑顔を浮かべ、新垣の顔を見やり、
窓際の布団をぽんぽん、と叩いて大きく両腕を伸ばした。
新垣は真顔で、一番出入り口の襖側の布団にいた田中に、
「あ〜…田中っち、ゴメン。
アタシ、ソコ、いいかな。
代わってくれる?」
「れなは構わんとよ」
「ハーイ、絵里。
いっこズレるの」
亀井の右隣にいた道重は、宣言して『ホレ、ホレ』と亀井を追いやる。
「ションな!?」
亀井は眉をハの字にし、今度は心底情けなさそうな顔になった。
「ふえ〜ん…ガキさあ〜ん」
掛け布団を握り締め、襖側を見る。
「おやすみ、カ〜メ」
ニヤっと笑い、新垣は頭から布団をかぶった。
430 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/02/14(日) 13:14
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

从*・ 。.・)<一件落着だけど、さゆみのかわいさがまだまだみんなに伝わってないから登場は必然なの

从;´ ヮ`)<…まだ足りないっちゃか?

どうもありがとうございます。
ええ、あの人はたま〜にいい事を言うんです(苦笑)。
431 名前:吉卵 投稿日:2010/02/20(土) 22:16
更新おつかれです。
ガキさんの方が一枚上手でしたか。
亀、残念だったな。
432 名前:HOME 投稿日:2010/02/21(日) 15:38
翌朝。

「ん…んん」
道重は掛け布団から片手を出し、目をこすった。
「…絵里?」
窓際の布団はもぬけの殻だった。
トイレにでも行ったのだろうか、と半身を起こして襖の方を見ると。
「…絵里」
道重は寝起きだから、という理由以上に険しい顔になった。
亀井は新垣の枕元にしゃがみ込み、じっと新垣の寝顔を覗き込んでいた。
「ああ、おはよ」
道重の方を一切見ずに、朝の挨拶。
「なにやってんの、絵里」
道重があきれながら声を掛けようとすると、
「ん…ヒッ!キモッ!」
目を覚ました田中が、新垣の枕元にいる亀井の様子を見て即座に感想を言う。
ケタケタ笑いながら、
「えっり、マジやばいと〜」
田中は腹を抱えて笑い出した。
「うん…」
うつ伏せに寝ていた新垣が寝返りを打って寝顔が確認できると、亀井は嬉しそうな表情になる。
可愛いというよりただただキモかった。
「…うっわ!」
枕元に人の気配を感じ、頭を上げた新垣は亀井を認めて飛び上がる。
「――――何やってんの!アンタは!?」
「え?ガキさんが起きたら、一番におはようを言おうと思って」
「ウソばっか!さ、触ろうとしてたでしょ!?」
昭和な感じで、新垣は右肩を後ろにやり自分をかばうように抱きしめた。
「えー、それはガキさんの自意識過剰ってモンですよー。
絵里は単にガキさんのカワイイ寝顔を枕元で覗き込んで見てただけですうー」
亀井が唇を尖らせると、
「…マジでキモか」
田中がぽつりと感想を漏らす。
「田中っち、アタシの心を代弁してくれてありがとう」
新垣も田中の肩をぽん、と叩く。
「あー、とりあえずこの場は絵里がマジキモって事でそろそろみんな起きて顔洗うの。
そろそろ朝ごはんなの」
道重が強引にまとめ、ふたりは元気よく返事し、約1名は渋々同意した。
433 名前:HOME 投稿日:2010/02/21(日) 15:39
「朝食のあとは、散歩に行くの」
道重の提案で、近所の川までぼつぼつと歩く。
「あの、この川って昨日のとは…」
新垣が恐る恐る言うと、
「川は続いてるけど、昨日の河原とは別な場所だよ」
道重は淡々と答えた。

「あ、そういえば」
川沿いの道を散策している時、田中がふと思い出したように言った。
「昨日、れな、羽田の空港行きおる時、駅で愛ちゃんっぽい人見たんやけど、気のせいやろか?」
「気のせいじゃないよ」
亀井が温度のない声で答える。
「東京来てるよ、いま。
絵里、一昨日、うちのおかーはんと一緒のとき、銀座で偶然会ってお茶したし」
「へ?
てかカメー、どうして黙ってるのよー」
新垣があきれたように笑って、亀井の肩を叩く。
「言う必要あるの?」
新垣に聞こえないように、亀井は呟いた。
新垣は聞こえていなかったが、道重と田中はばっちり聞こえた為、ふたりは顔を見合わせた。
「愛ちゃん、もう起きてるかな?
メール送って聞いてみよっと」
新垣が自分の上着のポケットから携帯を取り出してカチャカチャ操作するのを見て、亀井は後ろを向いた。
あとのふたりはモロに、憤怒の表情を見てしまう。
激情に駆られて、震えさえしていた。
亀井は足元にあった石を拾い上げ、川に向かって投げた。
水面(みなも)を鋭い勢いで石が跳ねていく。
「絵里…もうそれくらいにしとくと」
亀井が5個目の石を掌で軽く2〜3度バウンドさせて更に投げようとした時、田中はさすがに止めた。
新垣は気付いていない。
「あー、やっぱまだ寝てたかなー。
ま、いっか」
メールを打ち終え、またポケットに新垣が携帯をしまったのを見て、
「行こっか」
亀井は穏やかに微笑んだ。
434 名前:HOME 投稿日:2010/02/21(日) 15:40
「絵里、ガキさんのハダカ見るの禁止なの」
「……」
温泉の脱衣所で道重が申し渡すより先に、亀井は物凄く真剣な表情で隣で服を脱ぐ新垣を食い入るように見つめている。
「変態」
新垣はぽそっと呟き、タオルで胸から下半身までを隠し、そそくさと温泉へ行った。
新垣が前を向いた時、しっかりお尻を見るのも忘れない亀井だった。
「変態だって」
「うん、変態っちゃ」
田中は不満そうな亀井に力強く頷いた。
「れなでもさゆのハダカ、そこまで見ないっちゃ」
「ふうん」
亀井はつまらなそうに答える。
当の道重はさすがに恥ずかしそうに、『なに言うの、この子は』とブツブツ言いカットソーを脱いだ。
435 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/02/21(日) 15:43
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

从*・ 。.・)<ガキさん、やりおるの

川;*´ー`)<絵里、いいトコなしですよ? トホホ 

ガキさんの先手必勝が功を奏しました(笑)。
まあ、亀井さんにはこれくらいの扱いの方が(ry


前回分の訂正です。

>427 7行目

『お兄ちゃんは普通すぎて面白くなく』 →『お兄ちゃんは普通すぎて面白くない』

>429 2行目

新垣の顔を見やり、 →少し離れたところに立っていた新垣の顔を見やり、
436 名前:吉卵 投稿日:2010/02/23(火) 02:13
更新お疲れです。
逆にさゆの方がれなのを見とるんではないかと…
437 名前:HOME 投稿日:2010/03/08(月) 16:10
温泉を後にした彼女たちは、再び三好を見舞った。
三好に昨日借りたライターを返す為でもあった。

「で、燃やしたの?」
ライターを受け取った三好は、相変わらず感情が読めない声で言った。
「はい、さゆに連れてってもらった河原で。もう、全部燃え尽きました」
亀井のどこか吹っ切れた声に、三好はフッと笑う。
「面白いですね、そのライター。
オルゴールついてる…」
「あ、本当と」
亀井が言うと、田中はライターの下部についているオルゴールのねじに触れた。
「何の曲と?」
「『ライムライト』のテーマ曲よ」
「へえ、チャップリンの」
「中学生なのによく知ってるわね」
三好はちょっと目を丸くして道重を見た。

少しすると、市井が『よ!よ!』と調子よくヘラヘラ現れた。
「こんにちは」
亀井が屈託なく笑うと、
「やっぱ惜しいな。
ね、こっそりデートしない?」
市井は即亀井の肩を抱いた。
「ウヘヘへ〜、ダメですよお〜」
亀井もヘラヘラ笑い、少し離れたところにいた新垣と田中は市井たちの様子を見てしょっぱーい顔になる。
438 名前:HOME 投稿日:2010/03/08(月) 16:10
『びゅん!』と風を切るような音がしたかと思うと、市井が「ぐほ!」とよろけた。
「ご、ごとーさん…」
田中の目の先には、ホットパンツ姿で市井に左ミドルを華麗に決めた後藤がいた。
「おす。久しぶり」
「ど、どうも…」
「く…油断した」
市井は右の脇腹を押さえ、呻いた。
辛そうだった。
「たく、油断もスキもない…」
後藤は呻いてる市井を見て、『フン』と鼻を鳴らした。
「オマエ、ソレやきもち?」
「ハア?」
「あ、あのお…」
道重が恐る恐る声を掛けると、ふたりは一旦中断し、持参した三好への見舞い品を荷物から取り出した。
「…ムエタイなら、外でやってくんない?」
三好は冷ややかな目を向ける。
「ごとーさん、市井さんと一緒に来たと?」
「いや」
田中の方を見て、後藤は渋い顔をした。
「コイツ今日出て来て、コッチで合流してさあ。今夜は温泉宿でふたりきりでしっぽりと♪」
市井に肩を抱かれ、後藤は前を向いたまま市井の手の甲をつねる。
『な、ナニ?このヒト?さっき、カメをナンパしといて…』
新垣が面食らっていると、亀井はそっと
「あっちが本命だから」
とフォローした。
「絵里には冗談だよ。社交辞令?」
「て、へえー。
てか、なんで…」
「ん?いま、眉間に皺が寄ってたから♪」
新垣の眉間を人差し指で押さえ、亀井はニカッと笑った。
439 名前:HOME 投稿日:2010/03/08(月) 16:12
三好や市井たちに別れを告げ、道重たちは空港へ向かった。
「え〜、みんな東京帰んないの〜」
ひとり先に帰京する亀井は、ぶすくれて3人を見た。
「予め言っといたでしょう。
さゆみは、れいなの実家にお邪魔するし」
「うん、ゴメンね、カメ」
このまま田中たちと一旦福岡に出て、そこから飛行機で沖縄の親戚宅に向かう新垣は気遣うように言った。
「…いいけどお」
亀井は上着のポケットをまさぐり、さっき市井から受け取ったチケットを取り出した。
「みんなコレには来てよ?」


『コレ、急なアレなんだけど、明日渋谷であるんだ。
よかったら見に来てよ』
先程、自分のライブのチケットを病室で渡し、市井は懲りずに、
『近くに夢のお城みたいなホテルあるからライブ後にど?』
と今度は新垣の肩を抱き、後藤と亀井両名のチョップを受けた。


「行けたら行くと」
「ただ、時間が間に合うか微妙なの」
「あー、あたしはムリかも」
新垣の声に、亀井は頬を膨らませた。
「もー、カメはー。
膨れてもムリなモンはムリ!」
「なにさ、ガキさんのすっとこどっこい!」
「アタシがすっとこどっこいならアンタは分からず屋だから!」
「うう〜…」
亀井はべそをかきだした。
「ね、東京帰ったらいくらでも遊んであげるから。
カメの好きなとこ行こ?」
思い切り甘やかし、新垣が亀井の頭を撫でると、
「絵里、そろそろ乗らんと」
「時間ギリギリなの」
田中と道重が搭乗を促した。
「ふーんだ!ガキさんのハゲー!」
思い切り大人気ない捨て台詞を吐き、最後に『あっかんべー!』して亀井は搭乗口へ向かった。
440 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/03/08(月) 16:16
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

从*・ 。.・)<そんなに見てないの

从;´ ヮ`)<れなもそないに見とらんとよ

まだ未経験(但し未遂)だからさほどお互い見てないようです。
レスありがとうございます。

・前回分の訂正です。

>434の冒頭に下記の1行が抜けてました。すみません。

更に一行は道重の通っていた小学校を校門の外から冷やかした後、いったん帰って荷物をまとめ、温泉に向かった。
441 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/08(月) 20:58
ごっちんの左ミドルが目に浮かぶようですw
442 名前:吉卵 投稿日:2010/03/13(土) 22:46
更新お疲れ様です。
市井さん、さゆとれいなは口説かなかったんですね。
443 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/03/21(日) 21:53
――――再び病院。
「ようやっとちびっこたちも帰ったし、オトナの時間だな」
市井が言うと、三好はあきれたように笑った。
「と、オトナでもないヒトがそろそろ来るな」
市井が自分の腕時計を覗き込む。
三好と後藤が怪訝な顔をしていると、
「お邪魔しますう」
のんびりした口調が聞こえドアが開いた。
「来客の多い日ね」
現れた岡田唯の姿を見て、三好は少し目を丸くした。
「オマエにどうしても会いたかったんだとさ」
市井のフォローに
「何故?」
三好は無表情で岡田に問い掛けた。
無表情だが、視線をまっすぐに向けている。
岡田はぐっと自分の手を握り締め、
「会いたいからです」
と言った。
「それはもう聞いた。
だから何故?」
「三好さんの事が気になるからです。
それじゃアカンのですか?」
岡田は少し怒ったような顔で、まくし立てるように言った。
「ふうん」
三好はそれだけ呟くと、黙ってしまった。

岡田は市井たちに連れられて、ある温泉にやって来た。
「ほんまによろしいんですか、ふぐなんかよばれて」
市井が笑顔でふるまうふぐ鍋を、岡田は申し訳なさそうに箸をつける。
「せっかく山口やって来て日帰りなんだからさあ。
ふぐくらい食べないと」
「すんませえん」
岡田は明日はタンポポでバイトの為、新幹線で今日中に帰る。
気を利かせて、市井が自分たちの泊まる宿でふぐを食べさせてやってるのだ。
「温泉まで浸からせてもうて。極楽ですわ」
岡田がのほほんと言うと、後藤は小さく『プッ』と笑った。

「ほんまおおきに〜」
駅まで岡田を送ってやり、何度も頭を下げる彼女に手を振って別れる。
彼女の乗った新幹線が見えなくなると、後藤は、
「ほんっと、女の子にはムダにやさしーよね」
と呟いた。
「女の子にじゃない。
可愛い子にだ」
「なんの訂正よ」
「誤解があっては困るからな」
「はあ〜」
踵を返し、後藤は上着のポケットに両手をつっこんで歩き始める。
市井は自然に後藤の肩を抱き、ちょっとだけキスをした。
444 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/03/21(日) 21:54
――――その日の午後。東京。
「高橋?」
朝比奈女子大学のキャンパスで、留学生のジュンジュンこと李純は見覚えのある少女に声をかけた。
「あ…ジュンジュン」
「ドウシタダ、東京来テタンダナ」
肩の鞄を掛け直し、ジュンジュンは高橋愛に近づいて行った。
「高橋、オナカ空イテナイダカ」
「いや、オナカは…」
高橋が言うより先に、彼女のお腹が鳴った。
ジュンジュンは大人びた微笑みを浮かべ、
「コッチダ」
と高橋の腕を引っ張って行った。

「旨イカ?」
キャンパス内のカフェテラスで、ジュンジュンは高橋にパスタを奢ってやった。
高橋は
「うん、おいし」
と小さく笑顔を作った。
「髪ノ毛、切ッタンダナ。
ショートモ似合ウダ」
ジュンジュンの大きな手で頭を撫でられ、高橋は困ったように笑う。
「ドウシタダ?」
ジュンジュンが大きな目を見開いて肩に手をやると、
「ジュンジュンは、優しいがし」
高橋は少し俯き加減で呟いた。
フォークをそっと、皿の縁に置く。
「ニガキト、ケンカデモシタダカ?」
ジュンジュンの問いに、首を振る。
「ナンダ、浮気デモシタカ、ニガキ?」
「浮気やなんて。
あーしと里沙ちゃんは、なんもないがし」
「ナンダ、デキテタンジャナイダカ?
フタリトモ、イイムードダッタダ」
「…あかんかった」
更に俯いた高橋の頭を、ジュンジュンは困った顔で撫でた。

「東京ハ、遊ビニ来タダカ?」
「いや、進路決める参考の為に、色々調べてるがし」
「進路?
高橋、受験カ?」
「うん、あーしこの春で3年なるがし。
いつまでもフラフラしてられん」
「感心ダナ。
ケーキモ食エ」
「あ…ありがと」
ジュンジュンが自分の分のケーキ皿も差し出し、高橋はちょっとあっけにとられた。

『明日マタココニ来ルトイイダ。
大学案内シテヤル』
ジュンジュンに一方的に約束させられ、高橋は朝比奈を後にした。


――――中澤家。
「よっほっはっ!」
吉澤は居間でデカイ体を動かし、ストレッチしていた。
「ひとみちゃん、張り切ってるね」
「うん、明日ライブだべ?」
梨華は横でお茶を淹れてやり、
「いいの…ひとみちゃん?」
声を潜めて言った。
「仕方ないべ。
明日が勝負だわさ」
吉澤はいつものようにニヘッと笑い、ストレッチを続ける。
梨華は目を細めて微笑む。
「ところでひとみちゃん、また自分で染めたパツキンがまだらになってるよ。スソのとこ」
「マジでか!?」
そうして、夜は更けていった。
445 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/03/21(日) 21:56
――――翌日。

「急いで!」
後藤は珍しく声を荒げて、後ろの市井に声を掛ける。
ふたりは羽田のターミナルをダッシュしていた。
「そう慌てるな。
開場には余裕で間に合うべ」
「もう〜!」
後藤は心底地団駄を踏んでいた。


「気ニ入ッタダカ?」
朝比奈女子大学の研究室などを案内し、ジュンジュンは高橋に笑いかけた。
「――――あーし、ここ受験する!」
目を輝かせて、高橋は宣言した。


「ライブ、行くの?」
遅いブランチを終え、ミカはぽつんと呟いた。
「うん、おいでよ。
梨華ちゃんたちも来るって行ってるし、一緒に」
ミカは黙ってアヤカの背中に腕を回し、
「うん、行く」
とだけ言った。


「間に合うとかいね?」
「遅れたら遅れたでいいの」
道重が前を向いたまま言うと、田中は
「さゆは、腹が据わってると」
と何故か嬉しそうに微笑んだ。
「さすが、れいなの惚れたおなごったい」


「よう」
ライブ会場前で大谷に声を掛けられ、梨華は
「久しぶりです」
と目を細めた。
「柴ちゃんは?」
「コンビニで何か買ってる。
あ、出て来た」
柴田は買った品物を持ったまま、その手をふたりに振った。

「――――ガキさん!来てくれた!」
亀井は顔面いっぱいに喜びを浮かべ、新垣の手を握った。
「いや…マジ、疲れたんだけど」
膝に手をつき、新垣は疲労の色を浮かべつつも微笑んだ。

446 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/03/21(日) 21:57
「CUBIC-CROSS、しゅーごー」
市井の掛け声で、メンバーが全員集まって円陣を組んだ。
「さーて、渋谷ライブ、皆さんケガに気をつけて、がんばってーいきまっしょい」
「「「おう」」」
掛け声を掛けた後、アヤカは、
「圭ちゃん、泣いちゃダメよ」
と笑いながら保田をイジった。
「ば、ばーか。
泣くもんですか」
保田は慌てて目元を拭った。


「あ、さゆいた」
開演前、フロアで亀井が上手側にいた黒髪の少女を認める。
「メール送ったら気付くかな」
「田中っちも一緒かな」
「じゃない?ちっこいから見えないんでしょ。
送信、と」


ライブが始まった。
いつものように、市井が客を煽り、盛り上がっていく。
保田が随所でイジられ、後藤がなだめ、いつものように進んでいく。

アヤカアレンジの、ピンクレディの『マンデー・モナリザ・クラブ』が終わったあと、
「今日は大事なおしらせがあるからみんな聞いてね」
とアヤカが静かに微笑んで切り出した。
客席が少しざわつく。
梨華はついにか、と思い目を伏せた。
事情を知らない田中たちは
「なんやろ?」
と隣の道重と首を傾げる。
447 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/03/21(日) 21:58
「CUBIC-CROSSは、今日で解散します」
唐突に保田が切り出すと、客席は一瞬あっけにとられ、やがてすぐに笑い出した。
冗談だと思ったのだ。
「ごめん、やっぱ圭ちゃんに言わせたの失敗」
市井が苦笑しつつ、保田からマイクを取る。
「これはマジなんだ。
アタシたちは今がベストメンバーだと思ってる。
だから、ベストなまま終わりたい、ってみんなで相談して決めたんだ」
「なんでだよ!
意味わかんねーよ!」
客席で、若い男が叫んだ。
「まあ、聞いてくれ。
これ以上、続けられない事情ができて、アタシたちはもう誰も失いたくない。
だから、いまここで終わりにしようって決めたんだ」
「市井!
後藤そんなにデビューさせたいのかよ!」
客の声に、メンバーの表情が一瞬変わる。
客席にいた石黒彩は腕組みして成り行きを見つめていた。
「なんだ、ごっちんデビューすんの?」
「スカウトきてるんだとよ」
「ああ〜、なるほど」
ざわつくフロアに、黙っていた後藤が
「後藤は、デビューしません」
地声で叫んだ。
石黒の表情が変わる。
「ごとーは、ただのCUBIC-CROSSメンバーだよ。
ごとーは、ごとーだし」
マイクを通して伝えた言葉に、他のメンバーは苦笑する。
「だから、みんなとまた会えるために、いったんサヨナラします。
ごめんね」
しんみりとする中、何処からか拍手が聞こえ、他も続いた。
その音がひときわ大きくなろうとする頃、
「ふざけやがって!」
怒声が響いた。
「金返せよ!」
「お、おい。
やめろよ」
止める声とほぼ同時に拳がめりこむ鈍い音がした。
「うっわ!
ケンカだケンカだ!」
「ちょ!やめろって!」
フロアは騒然となる。
「逃げるぞ」
柴田に耳打ちし、大谷は走り出した。
梨華もミカを伴ってフロアを出た。

「ガキさん!こっち!」
混乱を増したフロアの中、亀井は新垣の腕を掴んで走り出した。
448 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/03/21(日) 22:01
更新しました。
今日から新章です。
タイトルはレイ・チャールズのHit The Road Jackより。

レスのお礼です。

>441の名無飼育さん

それは見事に入ったようです(笑)。

>吉卵さん

さすがにそこまで手が回らなかったようです(笑)。
449 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/22(月) 18:56
驚きの展開、この先が楽しみです

それはそれとして岡やんが可愛くてなんか微笑ましいですね
450 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/23(火) 00:26
むーん。むむむむ…。
そっかあ。
そこに向かっていくんだよなあ。
続き待ってます。
451 名前:ごまべーぐる@8周年 投稿日:2010/04/13(火) 20:49
飼育デビューして昨日でちょうど8年でした。
なんかここまで掛かるとは思わなかったので、普通に眩暈がしてますが(苦笑)。
読んでくださってる皆さん、場所を提供してくださってる顎さん、
この場をお借りして、お礼申し上げます。
いつもありがとうございます。

今日は先にレスのお礼です。


>449の名無飼育さん

川*´^`)<いややわ〜、可愛いなんて照れるやぁ〜ん

楽しみって言って頂ける続きになったどうか(苦笑)。
これからもよろしくお願いします。


>450の名無飼育さん

(0^〜^)<向かったYO!

まあ、そこに辿り着くのにかなりかかりましたが(苦笑)。
これからもよろしくお願いします。 


今日は最近勢いが止まらないアノ人の視点で。
452 名前:ウサギの目 投稿日:2010/04/13(火) 20:50
さゆみたちは、渋谷にいた。

れいなの福岡のおうちをお暇してしばらく、羽田まで飛行機で行って、京急で品川まで、そんで山手線で渋谷っていう風に
行った。

「間に合わんかもしれんとよ」
れいなが飛行機乗る前、ぼそっと言うから
「間に合わなければ間に合わないでいいの」
とさゆみ、言ったの。

「ぜーったい来てよー!
やくそく!」
ワガママな絵里に仕方なく付き合う形になったけど、さゆみ、ライブとか見るの初めてだからワクワクしてた。
アイドルのコンサートとかならあるんだけど。
ライブハウスでバンドのとか見たことないし、うん、東京って感じ。

「うっわ、ラブホあるやん」
ライブハウスに向かう道すがら、れいながちょっと引くように言った。
…ウワサではきーてたけど、この辺、ホントすごいの。
「さゆ、ラブホ行ったことあると?」
「ないよ」
ちょっと呆れたように言ったら、
「よかった」
ってれいなうれしそう。
どういいの…?

「久しぶりー!」
会場前で石川さんと柴田さんに会った。
柴田さんのカノジョだという、金髪でピアスびしばし開けた、大谷さんってヒトも一緒だった。
「あたしたち、ちょっと楽屋覗きに行くけど、来る?」
「え、いいんですか」
「うん、ふたりなら歓迎だと思うし」
石川さんはふんわり笑った。

お言葉に甘えて楽屋にお邪魔すると、
「おー、シゲさんじゃん」
物凄くムラのある金髪の吉澤さんがいた。
どうでもいいけど、シゲさんはヤなの。
「こんにちはなの」
「おっす」
自分の髪を整えながら、鏡越しに挨拶する後藤さん。
「あらま、かわい」
ニコニコしてるスラッとしたお姉さんを見て、
「あ、空港の!」
急にれいなが叫んだ。
「ああ」
お姉さんも思い出したのか、小さく微笑んでるの。
「なんだ?
ナンパしたんか、アヤカ」
「紗耶香じゃないんだから。
いやね、ちょっと羽田でぶつかりそーになって」
あの時はゴメンね、とお姉さんはれいなに笑顔を向けた。
453 名前:ウサギの目 投稿日:2010/04/13(火) 20:52
しかし美しいバンドなの。
これでロックバンドなんてありえないの。
楽屋を出てフロアーに向かうと、既にたくさんお客さんがいた。
「オレ、ヤッスーに今日ウィンク貰ったら、お前らにそこの回転寿司奢ってやるし」
「おう、乗った」
「ぎゃははは!寿司食う前に死ぬな、食らったら」
横で高校生くらいの男の子たちがなんかよくわかんない賭けしてる。
「人気あるとかいね」
「みたいだね」
アヤカさんに貰ったフリーペーパーをペラペラとめくり、開演を待つ。

「あ、メールだ」
上着のポケットから携帯を出すと、絵里からだった。
ガキさんと一緒らしい。
ガキさん、沖縄からだからさゆみたちより帰ってくるの大変だったろうに、ホントに絵里に過保護なの。
そう思うと脳裏に絵里が能天気にヘラヘラ笑ってる画像が浮かんで来て、ちょっとムカついた。

ライブが始まってしばらく。
いきなり解散宣言が始まった。
みんな唖然としてたけど、メンバーの言葉から本当だと分かり、一時は拍手したりいい雰囲気だったんだけど。
ひとりの男の人が『ふざけやがって!』って叫んだとこから空気がおかしくなった。

逃げた。
れいなの手を引っ張って。
とにかく逃げたの。

「さゆちゃん!れいなちゃん!こっち!」
石川さんの声がして頭を上げると、入り口の近くで柴田さんとかと石川さんいた。
「石川さん、みなさんも無事だったんですね」
「ケガは?ふたりとも」
柴田さんが気遣って聞いてくれた。
「大丈夫と。
さゆが引っ張ってくれて逃げれたと」
「おお、頼もしいな」
大谷さんが愉快そうに笑う。
「さゆは頼り甲斐があるっちゃ」
それを聞いてさゆみはなんだか知らないけど、悲しくなった。
れいなは誇らしげというか、嬉しそうだけど。
さゆみも、ココ、喜ぶトコなんだろうけど。

大谷さんのワンボックスカーに乗せてもらい、寮まで送ってもらうことになった。
ライブハウスは警察が来たりして騒ぎになってるらしい。
パトカーのサイレンとか聞こえてきた。

れいなは窓から夜の光景を見てる。

さゆみは、この子を男の子の気持ちで好きなのか。
どの気持ちで見てるんだろう、この子を。

なんでさっき悲しくなったか。
きっと、れいなには分からないだろう。

そう思っていたら、れいながそっと手を握ってきた。
少しびっくりして手元とれいなの顔に視線を往復させたら、
「さゆは度胸があると。
れなが惚れたおなごだけあるったい」
にひひ、といつものように笑った。
もう。人の気も知らないで。

「ハイそこ、いちゃつくの禁止」
助手席の柴田さんからなんか禁止令が出た。
「ちょっとね…あたしもはしっこで見ててちょっと…」
「石川さんもかいね!?」
「かぁ〜!若いっていいなー!!
チクショー!よーしヘビメタかけて飛ばしちゃうぞー!」
大谷さん、テンション上がりすぎでしょ。


にしても、ガキさんと絵里、大丈夫だったかな…。
どうして、あのふたりのことこんなに気になるんだろ。
『ウサギはニンジンでも食ってろよ』って自分が大嫌いなニンジンさゆみに押し付けるようなひどい絵里なのに。
いつまでたっても好きな人すら絞れない、優柔不断なガキさんなのに。

「もしもし?」
さゆみは、携帯を取り出してとりあえず掛けてみた。


从*・ 。.・)<そして>447の続きに戻るの。平常運転なの
454 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/04/13(火) 20:55
朝は晴れていたのに、会場を出るとほこりっぽい匂いを漂わせてにわか雨が降っていた。
亀井が向かった先は、ライブハウスのすぐそばのホテルだった。
「ここって…」
普通の、家族と泊まったようなホテルではない事は新垣にもすぐ分かった。
「ご宿泊ですか?」
「あ、はい」
亀井が受付の男性に返事をする。
「お好きなシャンプーとコンディショナーをそちらからお選びください」
「ガキさん、どれにする?」
「…どうぞ、お好きなので」
「んじゃ、これ」
お徳用サイズのシャンプーが入ったカゴを手に、亀井は、
「行こ」
と促した。


「…やっぱラブホじゃん」
部屋に入って、ソファに腰掛け新垣は大きな溜息をつく。
「どうすんの、こんなとこ来て…」
新垣がブツブツ言ってると、亀井の携帯が鳴った。
「あ、さゆから電話だ。もしもし?」
『ふたりとも無事?』
「無事だよ」
『よかった。
さゆとれいなは、大谷さんって石川さんのお友達に助けてもらって、車に乗せてもらったから。
ライブハウスはいま、警察も来てるの』
「ああ、サイレン鳴ってたね」
『ふたりとも、いまどこ?』
道重の質問に亀井はちょっと黙り、
「ああ、適当にその辺のカラオケ屋に避難した。
落ち着いたら出るから」
『気をつけて』
電話を切って、
「ここのどこがカラオケ屋なのよ」
亀井はソファでクッションを抱えてる新垣に非難の目を向けられる。
「え?
通信カラオケつきだからあながちウソじゃありませんよ?」
「…もうお〜」
新垣が膨れると、亀井は立ったまま新垣の頭に手をやり、
「髪、濡れてる。
お風呂入って来なよ」
新垣は返事せず、抱えたクッションに顔を埋めた。
455 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/04/13(火) 20:56
「ねえ、まだ怒ってんの?」
新垣と入れ替わりで風呂に入り、浴室からバスローブ姿で出て来た亀井は、
同じくバスローブでベッドに突っ伏してる新垣の肩を叩いた。
「怒ってない」
「ウソ、怒ってるっしょ」
「怒ってないってば」
「ホラ、怒ってるじゃん」
「ア、アンタがしつこく聞くからでしょー!」
服着るから向こう向いてて、と新垣は言い、着替えだした。

亀井もつられたように服に着替える。
そのままふたりでベッドに並んで座った。
亀井は何となく手持ち無沙汰になって、ベッドサイドにあった小袋を破いて中身を出してみる。
「へえ、ゴムっていうからゴム製かと思ったら違うんだね」
「あ…あんた、何やってんのよ…」
亀井が手にしているものを見て、新垣はあっけにとられる。
「うっわ…なんかしんないけど手が微妙にベタベタする」
顔をしかめつつ、亀井はゴムをするすると伸ばし、口元に持っていき膨らませた。
「ば…っか」
風船状になっていくゴムを見て、新垣は眉根を顰めた。
「絵里がおとーさんのこっそり失敬して観察した時は、まさしくゴムって感じだったけどねえ」
風船を新垣にトスし、亀井は言った。
「あ、あんたそんな事してたの!?」
受け取って、新垣は目を丸くした。
「誰でも通る道っしょ?
絵里は幼なじみの女の子と親の寝室に忍び込んでパクって、今みたいに風船とかして遊んだけどねえ。
まあ、家で捨てたらバレるから遠くの公園まで行ってゴミ箱に捨てて来たけどね」
「バッカじゃない。
どーしてそんなことばっか悪知恵が働くんだかー」
「ウヘヘヘヘ、絵里ちゃんは知恵者ですから」
「いや、知恵者じゃなくて馬鹿者」
「ひどいなあ」
新垣からレシーブで返ってきた風船を、亀井はしっかり受け止める。

「そーれ!」
風船をサーブする新垣の掛け声に、
「なに不健康きわまりないものに健康的な掛け声かけてんの」
亀井は吹きだしつつトスで返す。

風船に飽き、なんとなくふたりに静かな空気が流れた頃。
亀井は新垣の二の腕を掴み、口づけた。
抵抗こそしないものの、新垣はきつく目をつぶる。
「…そんなつもりないから」
唇が離れた後新垣が顔を背けて言うと、
「分かってる」
亀井も呟いた。
「ガキさん、キスが乗り気じゃなかったもん。
いくら絵里がアホでも分かるよ」
「じゃ、なんでこんなとこ連れてくんのさ!」
新垣が語調を荒くする。
亀井もムッとしたように、
「しょうがないじゃん。
ガキさん連れて逃げるのに必死だったんだからさあ」
「だからって…!」
新垣はベッドから落ち着かないように立ち上がる。
「あんた、あたしの事好きなんだよね?」
「そうですが?」
亀井が座ったまま怪訝な顔をする。
新垣は
「帰ってくるんじゃなかった。
もっと沖縄のおばあちゃんの家にいればよかった!」
「な…。
た、確かに絵里がワガママ言ったのが悪いよ?
だからって今…」
新垣はカットソーを頭から抜き、次々脱ぎだした。
「ちょ…ガキさん?」
亀井の戸惑いをよそに、新垣は散らかすように脱ぎ、次々投げた。
最後の一枚が手から離れた後、
「すればいいじゃん!」
新垣は叫び、ベッドに仰向けになった。
「そんなにヤりたいんなら、しなよ!」
叫びが天井に吸い込まれてしばらく、亀井は難しい顔で新垣の頭のすぐそばに腰掛けた。
「あのさあ」
亀井は新垣の頭に手をやる。
「泣くんなら、最初っからそういうことすんのやめなよ」
顔に腕をやり、新垣は泣きじゃくった。
「絵里は、ガキさんがヤリたくないんならしないからね?」
「うっ…く」
自分の顔を覆うように、新垣は掌を広げて嗚咽を漏らす。
「ごめんな」
新垣を起こして抱きしめ、亀井は背中をさすってなだめた。
「絵里、考えなしだった。
ごめん」
「カメのばかあ…」
「うん、バカですよ?」
新垣が亀井の胸から顔を上げる。
目が合って、もう一度キスをした。
456 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/04/13(火) 20:58
新垣がようやく落ち着いた頃。
「あ、あのお、ガキさん」
亀井が落ち着かないように切り出す。
「なに?」
「あの、そろそろ服、着ませんか?
さすがにまっぱで抱きつかれてると、絵里もそろそろ理性が…」
新垣は亀井の首に自分の腕を巻きつけ、顔を埋めたまま、
「…脱いでよお」
と呟いた。

「え、ちょ…ま」
抱きつかれた亀井は真っ赤な顔で、
「わ、分かった。
待ってて」
新垣から離れ、立ち上がって後ろを向いて着ていたパーカーを頭から抜いた。
キャミソールも脱いでブラのホックを外していると、急にベッドサイドの電話が鳴った。
「な、なに?」
亀井が受話器を取ろうとする新垣を制し、自分が電話に出る。
『君たち、中学生だろう。
悪いけど帰ってくれ』
フロントからの電話は、そうふたりに告げた。


「たく、絵里たちなにをしたってゆーの」
亀井はブツブツ言いながら、いったん外した背中のホックを腕を回して留めようとする。
新垣が無言でホック部分を手に取って、留めてやる。
「あ、ありがと」
新垣が自分のブラを床から拾ってつけていると、亀井は、
「つけてあげる」
とホックに手を伸ばした。
留めた後、新垣の肩甲骨のあたりにキスし、思わず振り返った彼女と、
「次は、最後までしようね」
「ん」
唇を重ねた。

「あーあ、派手に飛ばしたね」
行方不明の新垣の片方の靴下を探しながら、亀井は苦笑する。
「あ、あった。
ライトのスタンドに引っ掛かってた」
ソファーのそばにあった背の高いスタンドライトから、靴下を取る。
黒いニーハイを手にし、ベッドに腰掛けた新垣に履かせてやった。

「チョー盛り上がってたのに空気読めない電話だよねー。
まー、宿泊料金なところを1時間ご休憩にしてくれたからよかったけどー」
「…ばか」
新垣は赤くなって俯いた。
ふたりはホテルを出て、手をつなぎ、タクシーが拾えるところまで歩いていた。
「…ねえ」
「ん?」
「なんで、あたしのこと、好きなの?」
「あー、なんでだろうね」
亀井は前を向いたまま答える。
「ほんっと、絵里より勉強できないし、おバカだし、運動神経も微妙だし、ガサツだし、乱暴だし、すぐ殴るし、
おせっかいだし、口うるさいし、胸もぺったんこだし、おしりがあるわけでもなし、微妙にズン胴だし、
特別美人でもないし、ヒトの話全然聞かないし、そそっかしいし、一途じゃないし、ヒトの事待たせてばっかだし、
マザコン気味だし、完璧ファザコンだし、気は多いわ、適当だわ、あとなんだ?」
「…ちょ、黙って聞いてれば」
さすがの新垣もムッとして口を挟むと、
「でも、世界で一番好きだよ」
亀井は今夜の月のように目を細めて笑った。
457 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/04/13(火) 21:01
更新しました。
458 名前:名無飼育 投稿日:2010/04/17(土) 00:22
最後の行の笑うえりりんの顔が浮かびました♪
459 名前:吉卵 投稿日:2010/04/18(日) 22:24
テンションのあがるマサオがけっこうツボでした。(笑)
460 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/12(土) 21:37
「お前ら」

一方。
吉澤たちはライブハウス会場の裏手で、ある人物と対峙していた。
「後藤、出来レースに乗っかってそんなに芸能界に入りたいんかよ」
ライブ中に『金返せよ!』と罵声をバンドに浴びせた女は叫んだ。
「『金返せ』って決して品のいいクレームではないわね」
アヤカは苦笑しつつ相手を見据え、
「久しぶりね」
と続けた。
「アヤカさん、知って…」
吉澤がちょっと目を丸くする。
「昔、あたしがパンクバンドやってた頃、何度か対バンした子よ。
ついでに、その子もベーシストよ」
「『エコーズ』のベースだな。
色んな意味で有名人だよな」
市井がクックと可笑しそうに笑う。
それが気に障ったようで、彼女は市井の胸倉を掴んだ。
「ちょっと」
保田が止めに入ろうとすると、パトカーのサイレンが近づいてきた。
「げ。
誰だー、おまわりさん呼んだのー」
市井はあくまでふざけて顔を上げた。
その隙に相手に一発殴られた。
「圭ちゃん、逃げろ」
顔を押さえつつ、市井は言った。
保田は瞬時にメンバーの顔を見渡した。
「お姫様は逃げなって」
「んあ、けーちゃん、職を失いたくなかったらトンズラしなよー。
無職だとカオに逃げられるよー」
「保田さん、あとはまかせるっす」
「アンタら…」
保田は震えながらも、そこに留まろうとする。
「だー!
もう逃げろって!
んもー、後藤!
ソコのお嬢様連れてオマエも行け!
あとはウチらがなんとかすっから!」
「ほいきた」
『行くよ』と後藤は保田の手を掴んで走り出す。
「…ごめん!」
去り際に、保田は振り返って叫んだ。

「場所替えだ。
オマエの言い分を心ゆくまで聞いてやるぜ」
どうにか警察に見つからず、市井たちは人目につかない場所に出た。
市井の言葉に、アヤカの旧友は地面に唾を吐いた。
「言い分?
それなら、オマエの大事な姫にだな」
「後藤は悪くない。
大体、アイツは最初からデビューする気ねーんだし」
「アンタ、ごっちんのこと嫌いなのか?」
市井に続いて、吉澤が口を開いた。
チラっと吉澤に視線を移したかと思うと、相手はクッと口を曲げて嗤い、
「ビジュアルだけで入れたんだな、コイツ。
ベースも大してうまくねーし」
ふざけた髪の色だな、と吉澤に蔑みの目を向けた。
「少なくとも、あんたよりは上手いわよ」
アヤカが静かに返す。
相当怒ってるな、と市井は声音に滲んだ怒りを感じ取る。
「寝たのか?」
相手の声に、吉澤は眉を顰める。
「ハメたのか?
それともハメられたのか?
男も女もイケるアヤカちゃん」
吉澤の拳を市井は力ずくで止めた。
「やめとけ。
オマエの腕はこんな腐った奴を殴る為にあるんじゃねーよ」
「…なんで平気なんすか」
「平気なものか」
「ちょっと!」
アヤカの切羽詰った声にふたりは振り返った。
吉澤のベースをケースから出し、アヤカの旧友は頭上から振りかざし地面に叩き付けた。
「――――ウチのベース!」
吉澤は叫び、全力で止めようとする。
「やめてよ!」
相手の腕を掴み、振りほどかれ地面に転がっても、脚を掴んで止めようとする。
「このガキ!チャラチャラチャラチャラ、バカみたいな色に染めやがって!
大して腕もないのに、リッケンなんか弾きやがって!」
「アンタに何が分かる」
吉澤は相手の脚を掴んだまま、
「髪の色とか、ウチがガキだとか、そんなんで!」
「ウチの何が分かるっていうんだよ!!」
吉澤の視界が白くなった。
相手はとどめに、自分をベースで殴ろうとしている。
もうダメだ。
そう思った時、覚悟していた痛みが一向にないので、吉澤はキツく閉じていた目を開いた。
「…つ」
代わりのように、アヤカの呻き声が聞こえる。
「――――アヤカさん!」
「ウチの看板ベーシストに、やめてくんない?」
不敵に微笑み、アヤカは自分の腕を押さえた。
相手にタックルするような形で、吉澤が殴られるのをかばったのだった。
「――――アヤカ!」
市井が倒れているアヤカに駆け寄って、体を揺する。
「くっそ!」
吉澤は地面から体を起こし、憎悪の目を相手に向ける。
ひりつくような空気の中、またパトカーのサイレンが響く。
「いいザマだよ!」
まだ倒れているアヤカに捨て台詞を吐き、相手は走って去って行った。
461 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/12(土) 21:38
「…ウチらも逃げるか」
市井は吉澤に声を掛ける。
「…いちーちゃん」
声のする方に、市井は顔を上げる。
後藤が青褪めた顔で立っていた。
「…おっせーよ、おめーは。
たく、セックスもとんだ遅漏だしよー」
わざと明るい声で言い、
「オメーはそこのデカイの連れて帰ってくれ。
アタシはこのお姫様を病院に連れてく」
市井は吉澤の方をちょっと振り返った。
「…んあ
後藤はそれだけ言い、吉澤に肩を貸して歩いて行った。

「…紗耶香」
アヤカが目を開ける。
「たく、おめーはホントいいオンナだなー。
いまここでハメてーくらいだ」
市井はアヤカを抱き起こしつつ、優しい目で笑った。
「…ばーか」
アヤカも笑い返す。
「病院に連れてってやるよ。
どこがい?」
「ん。
パパの知り合いがいるから…」
雨はまだ、降り続いていた。
462 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/12(土) 21:40
その頃。
朝比奈学園中高の寮では。

「…ホントに遅いの」
道重が苛々して、携帯片手に部屋の中を落ち着かず歩き回っていた。
「さゆ、座ると。
イライラしても始まらんと」
ベッドに座っている田中は寝巻き姿で、自分のそばを叩いて座るよう促した。
道重は、亀井か新垣からの連絡をずっと待っていた。
『落ち着いたらまた連絡するから。
そのまま寮行くしー』
と亀井からメールが来て3時間弱。
未だ、何の連絡もなかった。
「…ヘンな人に連れて行かれたんじゃ」
「携帯も繋がらんと?」
道重は携帯を握り、黙って頷いた。
田中の鞄の中で、携帯が震えた。
「あ、れなの携帯なんか来とる」
一旦切れてまた掛かる。
「あ!絵里!
いま、どこおると?」
携帯を耳に当てて話す田中の声に、道重は顔を上げた。
「外?
寮におるとか!?」
田中は携帯を押し当てたまま、部屋の窓を開ける。
そこには、同じように携帯を耳に当てて手を振る亀井と、バツの悪そうな新垣がいた。

「どうして連絡しなかったの」
ふたりが寮の部屋に入ってくると、開口一番、道重は厳しい声を上げた。
「へ?
絵里、メールしたよ?」
亀井は自分の携帯を弄くって送信フォルダを見る。
「あ…未送信なってた」
「絵里〜」
田中はあきれたように笑い、亀井の肩を叩く。
次の瞬間。
道重は亀井、新垣の頬を次々に張る。
「ちょ…!
この子まで殴ることないでしょ!」
亀井は殴られて頬を押さえる新垣を、抱きしめて庇う。
「どれだけ心配したと思ってんの!」
道重は掠れた声を張り上げ、一気に噴出すように泣き出した。
田中は3人の顔を見渡し、道重の背中に腕をやる。
「その匂いはなに!?
カラオケ行ってなんでシャンプーの匂いがするの!?
カラオケ行ったってウソでしょ!!」
道重が叫ぶと、亀井は薄く笑い、
「あ〜…れーな、アンタぜーったい浮気できないよ?
このウサギ、異常にハナ、いいもん」
「れなはそんな事せん」
「答えなさいよ!」
道重の詰問に、亀井は顔をしかめ、
「そうだよ。
お察しの通り行ったよ、ラブホに。
ガキさんと」
亀井の腕の中にいる新垣が、ここで初めて顔を上げた。
「まあ、なんもしてないケドね。
ホテルの人になんか知んないけど追ん出されたし」
「…する気やったとか」
「この子がオッケーならね」
亀井の言葉に、新垣はちょっとしゃくり上げる。
「泣かないの」
新垣の頭を撫で、亀井は
『しょうがないガキさんだねえ』と抱き直した。

「もう遅いし、今日は寝ると」
田中の言葉に、3人は疲れ果てたように横になる。
新垣と亀井は床で同じ毛布にくるまった。

「ガキさん、まだ泣いてんの?」
毛布の中から聞こえる亀井の甘い言葉に、
「…ホンットに、好いとお子にだけは優しいと」
田中は誰にともなく、呟いた。
463 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/06/12(土) 21:49
更新しました。

ttp://twitter.com/goma_bagle


呟いてます。


レスのお礼です。

>458の名無飼育さん

>最後の行の笑うえりりんの顔が浮かびました♪

川*^ー^)<そうですか〜?ウヘヘヘヘ

それはもう憎らしいくらい、いい笑顔だと思います(笑)。
 

>吉卵さん

>テンションのあがるマサオがけっこうツボでした。(笑)

( `_´)<テンションが上がるのは、恥ずかしいことではありません

ツボでしたか(笑)。マサオにも注目してくださってどうもです(笑)。
464 名前:吉卵 投稿日:2010/06/13(日) 03:45
おつかれれす。
亀が、このウサギ言うたのがおもろかったです。
465 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/13(日) 17:17
翌朝。

「起きて。
起きて、ふたりとも」
「う…ううん」
亀井と新垣は、道重に揺すられ、目を覚ます。
「…まだ6時前じゃん〜。
たく、どんだけ早起きだっつーの」
亀井は傍らの携帯で時刻を確認し、ふあ〜あ、と欠伸する。
「れいなは手続きしたからいいけど、あんたたちは夕べ寮が閉まってから入れたから、無断で泊めたことになるの。
寮長に見つかったら面倒なことになるの。
早く。みんなが起きないうちに帰って」
「へいよ、へいよ。
わっかりましたよ。行こ、ガキさん」
亀井が差し出した手を、新垣はしばらく逡巡してそっと握った。
「裏のドアを開けるから、そっとついて来るの」
「れなも帰ると」
田中がそう言うと、道重は一瞬目を開き、
「…そう」
と呟いた。
「アンタはまだ寝ておればいーじゃん。
ちゃんと手続きしてんだからさあ」
亀井が言うと、
「色々やることあるから帰るけん」
と田中は鞄を手にした。

「こっちだよ」
道重の手引きで、3人は寮の裏手に出るドアから、靴を片手にこっそり出た。
「もうこれ以上胆を冷やさせないでほしいの」
「すんませんねえ」
亀井はふざけて頭を下げ、新垣は、
「…ごめんね」
小さな声で呟いた。
それを見て、亀井は顔をしかめた。
「帰ると。
じゃ、またっちゃ、さゆ」
ぱたぱたと遠ざかって行く靴音を聞いて、道重はは〜っと溜息をついた。

「たく、ナニ怒ってんだろね、あのウサギは」
道すがら、亀井が言うと、
「れな、あんたらが羨ましいと」
田中が少し俯いて唐突に言った。
「はぁ?」
「さゆは、れなに何かあってもあそこまで心配ばしてくれん」
亀井と新垣はそれぞれ、
「なワケないっしょ」
「そんなこと…」
否定する。
「あいつが一番執着するのはアンタに決まってんじゃん。
忘れた?
れーなが下駄箱のスプレー犯、見た時、なんかあったらいけないって、あいつ、朝晩あんたの事送り迎えしたじゃん」
「…うん」
「まあ、うちらはユージョー?
ユージョーによる心配ですよ。
オンナに対する心配のが遥かにウエだから」
亀井にかぶせるように、
「…さゆみんは、ホントに田中っちのこと好きなんだよ」
新垣もフォローした。
「これだけは分かってほしいと」
それには答えず、田中は続けた。
「さゆは、あんたらの事、ほんとに心配してたと」
466 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/13(日) 17:19
駅前で田中と別れ、新垣と亀井は連れ立って歩き出した。
「どする?
ウチ、来る?」
「…ん」
「そろそろカメさんも出勤してくる頃だと…あのさ、ガキさん、おねむ?」
「…ん」
「ものっそい生返事だねえ。
んじゃ、うちに来たまえ」
「…うん」


亀井は新垣の手を引いて、自宅の勝手口にそっと回った。
「7時か…」
腕時計を確かめ、勝手口のドアを小さく叩く。
「あら、絵里ちゃん」
すぐにお手伝いのカメさんがドアを開けた。
「ガキさんも」
亀井は人差し指を立て、『しー!』と小声で言う。
「うちの親、帰ってる?
夕べは帰って来ないって言ってたけど」
「旦那さん達はまだお帰りじゃないわよ」
「そう。よかった」
「絵里ちゃん、オールしたの?」
「いや、オールじゃありませんけどね。
昨日絵里、鍵忘れて行ったのよ。
その後うちの親が出掛けたようでさ、まあ、玄関開けっぱなのは免れたけど。
…お願いだから、この事は黙ってて」
「まあ、絵里ちゃんも無断外泊する年になったのね」
「てかなんで嬉しそうなのよ、カメさん」
「ガキさんも朝ごはん食べる?」
カメさんが問うと、新垣は意識朦朧と頷いた。
「…ダメだこりゃ。
ごめん、カメさん。ごはんは後でいいよ。
このヒト、絵里の部屋で休ませるから」
「はいはい」
「じゃ、また後で」
ほらガキさんしっかり、と勝手口から上がらせ、亀井は眠くてグダグダな新垣を連れて行こうとする。
「大事な」
「うん?」
「宝物なのね」
カメさんに言われ、亀井は決まり悪そうに頭をかき、
「…うん」
とだけ答えた。


新垣を寝かせ、自分はベッドサイドに座り、寝顔を見つめる。


――――昨夜、寮へタクシーで向かう時。
新垣はうつらうつらしていたので、
「…寝ていいよ。
着いたら起こすから」
と亀井は囁くように言った。
自分の肩に頭をもたげて眠る新垣を見て、
『…すごく幸せな筈なのに、どうして悲しいんだろう』
亀井は泣きそうな気持ちで、新垣の頭をそっと撫でた。


――――そのことを思い出しながら、亀井はそっと新垣のあどけない頬に触れた。
467 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/13(日) 17:21
中澤家。

吉澤は半分眠って、半分起きていた。
喉がへばり付くように渇き、水を欲している。
あまりの渇きにじっとできず喉を掻き毟ろうとすると、柔らかい手がそっとそれを制し、下に下ろされた。

ゴムのような感触が口元に触れたと思ったら、焦がれるほど望んでいた水が口の中に落ちてきた。
吉澤は派手に喉を鳴らし、貪る様に体内に入れた。
「もっと飲む?」
無意識に頷いて、含まれる水を嚥下した。


「ひとみちゃん、返事しなくてもいいから聞いてね」
梨華の声だろうか。
吉澤ははっきりしない意識のまま思う。
「アヤカさんね、夕べ病院に運ばれてそのまま入院したの。
腕と脚、折ったって」
アヤカが。
吉澤は何か言おうとしたが、喉が掠れ、体が鉛のように重く声が出なかった。
「ひとみちゃんも怪我してるから、そのまま寝てなさい。
いい?熱が下がるまで、大人しくしてるんだよ」
柔らかい手が、すっと吉澤の額に触れた。
気持ちいいなあ。
吉澤は心地よい冷たさにふっと頬を綻ばせ、そのまま意識を手放した。


――――梨華は大きく息をついて、吸い呑みやタオルを片付けた。
ドアがノックされ、
「はい」
と小さく返事する。
「んあ、おぱよ」
後藤が入って来た。
「あ、おはよ。
ごっちん、昨日はごめんね」
「んあ、いいってことよ」

夕べ、大谷に車で送ってもらい、家でそわそわ待っていたら。
後藤に連れられて、ずぶ濡れな上、怪我をした吉澤が帰ってきたのだ。

「熱、どうよ」
「なかなか下がらなくってね」
梨華は困ったように眉を下げた。
「ゆうべ、連れて帰る時にこのヒト、道の端でゲロゲロやっちゃってさー。
もー、大変だったさ」
「ごめん」
梨華は更に眉を下げた。
「や、梨華ちゃんのせーじゃないし。
コイツが目、覚めたら、ごとーのお気にのアウターを汚した罪でぶっとばしますから」
後藤がニシシ、と笑うと、梨華も眉を下げながらもつられて笑った。

「保田さんは?」
梨華はもうひとつ気にかけてることを問うた。
「んあ、シャカイテキ?タイメン?を気にして、ウチらを見捨てて逃げたって、家でメソメソ泣いてるってさ。
カオリ情報」
「…そっか」
「まあ、カオリが甘やかして慰めてるだろーから、あんま気にしてない。
それに、けーちゃんが仕事クビになっちったら、ウチらを見捨てるドコじゃないでしょーし」
後藤の言い方は素っ気無かったが、保田への配慮が感じられた。
梨華はふっと微笑んで、
「ごっちんは、保田さんが好きなんだね」
と言った。
「けーちゃんですから」
後藤はそれだけ言い、ニッと笑って
「んじゃ、バイビー。
また様子見に来るわ」
部屋を出て行った。
468 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/13(日) 17:23
後藤が中澤家を出ると、家のそばで石黒彩が腕組みして立っていた。
「んあ、また朝早くから」
後藤はチラッと見て、それだけ言った。
「夕べは、お疲れ様。
大暴れしたわね」
石黒の苦笑に、
「んあ、おかげさんで」
無表情で返す。
石黒は薄いグレーのA4サイズの封筒を差し出した。
後藤は、
「んあ?」
と首を傾げる。
「オーディションの書類。
明後日消印有効だから」
「んあ、いりません」
「…後悔しないの?」
「後悔?」
後藤はまた首を傾げた。
「デビューしたいって子は、山ほどいるのよ。
それこそ掃いて捨てるほどね」
「ははあ」
「人が望んでも、手に入らないものをあなたは持ってる。
後悔しないの?」
後藤はふっと俯いて、穏やかな横顔で、
「望むものが違うってことですよ」
と呟いた。


「やれやれ」
後藤真希の後姿を見送って、石黒は溜息をついた。
「立ち去る姿までムダにオーラあるわね。
さて」
「プロデューサーに何て言えばいいのかしらね」
石黒は頭をかいて、自分もそこから立ち去った。


中澤ハイツに戻った後藤は、下のポストの処で、偶然平家に会う。
「んあ、おっはよ」
「よー。
歌姫の座を蹴ったらしいな」
いつものように、笑みを浮かべつつのらりくらりと平家は言った。
「んあ、歌姫は世界のへーけみちよだけで充分だぽ」
クッと笑い、平家は後藤の頭を撫でた。
「けーちゃんは〜?」
「まだ泣いとるらしいわ。
夜通しヤッとったんは確かやけどな」
わざと情報通の奥様のような声を出し、平家は
『ちょっと奥さん!』と右手をスナップを利かせて振った。
「んっあ〜…ゲンキだねえ。
カオリ攻め?」
「多分な」
「んあんあ」
後藤は心底感服したように、2階を見上げた。
その横顔を見て、平家は、
「ところでな、うっとこの実家からエエ松坂牛送ってきて、焼肉ピラフでも作ろうかいなて思てんねんけど、作り方が
もひとつ分からんでな。
アンタ、作ってくれへんか」
「んあ、構わんけど。豪勢だねい」
「好きなだけ食べてエエさかい」
「乗った」
後藤は平家の腕を取って、ぶらぶら振った。
469 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/06/13(日) 17:31
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

川*`ー´)<このウサギ

きっとこんな顔で言ったかと(笑)。 
人それぞれ笑いどころってあるんですね(笑)。ありがとうございます。


・前回の訂正です。

>461 12行目

「…んあ  →「…んあ」

( ´ Д `)<…カッコをとじわすれるなんて、ダサイまちがいだぽ
470 名前:吉卵 投稿日:2010/06/14(月) 03:34
てかごと〜さん、んあんあ言いすぎ(笑)

ガキさん、眠ったまま亀に引きずられてるのが目に浮かびます。
471 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/15(火) 13:03
自然体のごっちんが素敵ですね〜
472 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/20(日) 19:53
その日の昼前――――。

新垣が目を覚ますと、バスローブ姿の亀井がタオルで髪を拭いていた。
「起きた?」
「え…あ、うん」
新垣は記憶を手繰り、目をこすった。
寮を出たところまでは確実に記憶がある。
うっすらカメさんと会話をしたのも覚えている。
そこからもうフェードアウトしている。
「さすがに床で寝るのはキツイやね。
絵里も体の節々が痛いざますよ」
そう言って亀井は伸びをした。
新垣はまだ上手く働かない頭でぼんやり部屋の中を見渡す。
「よく眠れた?」
「…うん」
新垣は頭に手をやり、ぽりぽり掻いた。
また迷惑かけたなあ、と亀井が髪を拭いてるのを見て思う。
昨夜はさすがにタクシーに乗る前に、寮へ泊まる旨自宅に電話したが、帰ったら母から小言のひとつは言われるだろう。
それを思うとげんなりした。


「ごはんでも食べる?カメさん、支度してくれてるけど」
「あ…うん」
亀井の言葉に、傍らのワゴンテーブルにサンドイッチの皿やカップがあることに気が付いた。
「カメは?」
「絵里はもう食べたから」
『どこで食べる?』と亀井はワゴンを押して続き部屋に視線を移す。
「じゃ、じゃ。ソファーに座って」
「ほいきた」
亀井は八重歯を覗かせて笑った。

亀井がテーブルに配膳してくれ、新垣は『いただきます』と手を合わせた。
亀井は隣に腰を下ろし、少し立てた膝に肘を置き、頬杖ついて新垣が食べるのを見ている。
「ん、おいし!」
保温用のスープケースに入ったミネストローネを、新垣は特に気に入ったようだった。
「おいしいっしょ?
カメさんのミネストローネはニッポンイチだと絵里は思うよ」
「うんうん!」
物凄くがっついて、新垣はちょっとむせた。
それを見てケラケラ笑う亀井に、背中を軽く叩いてもらう。
473 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/20(日) 19:54
「おなかいっぱい!」
満足そうにお腹に手をやって、笑顔で『ごちそうさま〜』と言う新垣に、亀井は目を細めた。
「ついてる」
「ん?」
亀井は新垣の口のはたについた、スープの具材のカボチャの小さな皮を、指で拭う。
至近距離でじっと見つめられ、新垣は思わず息を呑む。
顎に親指が触れたかと思うと、亀井に吸い込むようなキスをされる。
「ん…んん」
息苦しくなってきて、新垣は覆いかぶさろうとしている亀井の背中をばんばん叩く。
一旦唇を離して、息を整え、すぐにまた亀井はキスしてきた。
『アホカメ…ホッント、ヒトの気も知らないでさ』
心の中でクレームをつけながらも、新垣はいつの間にか、亀井の背中に手をやって、くちづけに応えていた。
まだ湿っている、風呂上りの亀井の髪から、新垣が知らないシャンプーの香りがする。
新垣は亀井の髪に指を入れ、耳にかけてやった。
そこで何か火がついたようで、亀井は新垣のカットソーの首元に鼻を埋めた。
少し顔を上げて、次は首筋をぺろっと舐める。
「ひゃんっ!」
「『ひゃん!』て」
亀井は新垣がそう言って首をすくめる様に、思わずツッコんだ。
「アンタが首なんか舐めるからでしょー!」
「ガキさんの首が可愛いから舐めちゃったんでしょー!」
「はぁ?」
「『はぁ?』はコッチですよ」
まったく、と言いながら、亀井は決まり悪そうに新垣を抱き寄せ、何故か『よしよし』と背中を撫でた。
「…うん」
亀井の胸に頬を埋め、新垣は、
「…お風呂上りだから、いい匂いすんね」
と呟いた。
「普段はくさいですか」
「言ってないから」
「ん〜」
そのままゆるくハグし合ってると、新垣が
「…さゆみん、すっごく怒ってた」
とちょっと顔を上げ、亀井の顔を見て言った。
亀井は心底しょっぱい顔をし、
「…せーっかくいいムードだったのにい。
またおさゆですか」
やれやれ、と大袈裟に首を振り、自分の肩を揉んだ。
「ね、今から寮に行って謝りに行こうよ」
「行くのはいいけどさあ」
亀井は立ち上がって顔をしかめた。
「寮は今日、新学年の部屋替えの引っ越しだよ。
いまちょうどやってるだろうし、行っても邪魔になるよ?」
「うちらで手伝おうよ、お詫びに」
亀井はしばし新垣の顔を見ていたが、
「あ〜…わあったー。
行くよ、行けばいいんでしょ」
頭に手をやってめんどくさそうに折れた。
「うん!
あ、洗面所借りるね」
「へいへい」
「ありがと、カメ」
亀井の肩を掴み、新垣は頬にキスした。
真顔で目を見開き、新垣が鼻歌を歌いながらバスルームに向かった後も、亀井はキスされた頬に手をやっていた。
474 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/06/20(日) 19:55
その頃。
朝比奈学園中高寮。

道重は、同級生で寮生の千葉に手伝ってもらい、私物をまとめていた。
「さゆ、アイドルの写真集多すぎ(爆)。
しかも女性アイドルじゃん。ガチだよ、ガチ!」
「可愛い女の子を見ないのはそれだけで罪なの」
道重は段ボールを部屋の中央に寄せ、
「ふう。
後は運ぶだけなの」
と額の汗を拭った。
「さゆって小物とかもいちいち可愛いよねー」
「かわいいものは、かわいいさゆみに自然と集まるの」
道重のナルシス発言はスルーし、千葉はふと、
「あー、そういや、1年ときだっけ?
さゆ、部屋にガラスのこっまかい細工の人形みたいなの置いてなかったっけ?
あれ、どしたん?」
道重はふっと顔を曇らせ、
「あれは」
「もう、いいんだよ」
困ったように微笑んだ。

「えー?
かわいかったのにー。
おじいちゃんだったかおばあちゃんだったかに貰ったって言ってたじゃん」
「よく覚えてるね」
「そりゃあねえ」
千葉が答えながら、ドアに目をやると、
「お、さゆにお客だよ」
道重が顔を上げると、
「おっす。
今日、部屋替えやったとね」
田中がいた。
「うん。
…どうしたの?」
忙しいんじゃ、と続けようとすると、
「用事は済んだと。
ヒマやったけん、遊びに来たと」
田中は、
『なんか手伝うことあると?』
と床の段ボールに視線を落とした。
「ううん、後は運ぶだけだけど…さゆみの新しい部屋、まだ引っ越し済んでないから。
待機してるの」
「ふうん」
「田中さん、ジュースでも飲む?」
千葉が気を利かせて部屋を出て行こうとすると、
「あ、お構いなく」
「さゆもなんかいる?
コンビニ行って来るわ」
「あ、うん。
お願いなの」

千葉が出て行った後、ふたりはベッドに腰掛け、微妙な空気になる。
「ゆうべ」
やがて、田中がぽそっと切り出した。
「さゆ、ばり怒ってたやん」
「…うん」
「もう、大分おさまったと?」
「……」
「心配かけるふたりも悪いっちゃけど。
それだけっちゃか?」
「え?」
「ガキさんに、なんか別なことで怒ってるんやなかと?」
道重はカッと紅潮する。
「怒ってなんて…。
ただ、自分でなんにも言わないで、絵里に全部言わせてるのが、イラッとしたの」
「ふうん?」
田中はちょっと、片眉を上げた。
「絵里のことを別に好きとかじゃなくてもいいの。
ただ、仮に絵里に気があるとして、女の子として単に愛されたいのか、どうか…」
途中で遮るように、
「それは、悪いことと?」
田中の意外な言葉に、道重は思わず顔を上げた。
「ガキさんは女の子やし。
女の子として愛されるのはダメちゃっか?」
「それは…」
道重が言葉を探していると、
「れなはあほやけん、さゆみたいに頭いい子の考えてることは分からんと」
田中は立ち上がり、
「確かに絵里もガキさんも迂闊やけど」
「あんな風に殴るのは、よくないと」
ドアのところで少しだけ振り返り、
「他の子の手伝いしてくるけん」
そのまま出て行った。
ぱたんと音を立てて閉じられたドアに、今まで感じた事のない、阻害を感じた。

田中が出て行って、ベッドに腰掛けたまま、道重はちょっと泣いた。
475 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/06/20(日) 19:59
更新しました。
さゆの同級生の千葉さんは、ギター部のチバちゃん(本名:千葉亜季)の従姉です。


レスのお礼です。

>吉卵さん

>てかごと〜さん、んあんあ言いすぎ(笑)

( ´ Д `)<んあ〜、そんなことないぽ

カメは家まで連れて行くのも大変だったろうなと(笑)。


>471の名無飼育さん

>自然体のごっちんが素敵ですね〜

( *´ Д `)<素敵なんて照れるぽ

とにかく恐ろしいくらいナチュラルなヒトなのです(笑)。
476 名前:吉卵 投稿日:2010/06/20(日) 22:48
更新おつかれさまです。
写真集は多くなるとすごく重くなるの。
運送屋泣かせなの。
477 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/06/20(日) 22:58
さゆみんの思いがなんか切ないですね…
478 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:17
「早くー、カメー」
朝比奈の寮への道すがら、新垣は少し後ろでダラダラ歩く亀井を振り返って手招きした。
「へいよへいよ」
亀井は適当に返事し、ぽりぽり首の後ろを掻く。
「『早くぅ』はベッドの中で言ってほしいってモンですよ」
「なんか言った?」
亀井が独り言を言うと、新垣がまた振り返った。
「いいえ〜、なあんにも〜」
新垣は不審そうな顔をしたが、また歩き始めた。
やっぱり少し離れて、亀井はわざとらしく口笛を吹く。

その頃。朝比奈学園中高寮。

道重と同じクラスで寮生のナカハラは、自室でじゃれついてくる恋人兼後輩のオンダを振り払いながら荷物の整理をしていた。
「なーんで、こんなちっこいカバンに収まるの〜?」
ナカハラの私物は小型のボストンバッグに収まっていた。
それをイジリつつ、オンダは真昼間からまさしく本番に突入しそうな勢いでじゃれていた。
「うっさい」
顔をしかめ、ナカハラは不要品を黙々とゴミ袋に投入する。
「アタシがあげたストラップも、全然つけてくれないしー」
「ねー、アタシのこと嫌いー?」
「ねーってばー」
ナカハラはくるりと振り返り、
「イヤなら別れる?」
と告げた。
オンダは一瞬まばたきし、
「なんでそうゆうこと言うの」
とまたもや拗ね出した。

拗ねるオンダを疎ましく思いつつ、立ち上がって窓を開けた。
「…ん?」
「どしたの?」
オンダも立って、ナカハラの背後から肩に顎を載せる。
「あいつ…何しに来たんだ」
「あいつって?…ああ、いま、玄関来た人?」
ある来訪者に目をやり、ナカハラは、
「さゆは?今どこ?」
とオンダを自分の肩から離し、やや切羽詰った様子で問う。
「え…知らないよう。
部屋で自分の荷物まとめてるんじゃないの?」
「さゆを絶対部屋から出すな」
それだけ言って、ナカハラは凄い勢いで部屋を出て行った。



道重はひとしきり泣いた後、ゴミを出そうと思い、たまたま玄関へ出ていた。
「久しぶり」
声の主に、道重は固まる。
もう会う事はないだろうと思っていた、中1の終わりまで付き合っていた恋人だった。
「せんぱい…」
ゴミ袋を手にしたまま、道重はか細く呟いた。
479 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:19
寮の隣の空き地で、道重はかつての恋人――――田所と向き合っていた。
「元気そうね」
「…何しに来たんですか」
言った後、道重は自分で自分の言葉の棘を感じた。
「別に。
たまたま日本に帰る用事が出来たから、寄っただけ」
胸元まで、嫌なしこりが押し寄せている。
道重は、目を伏せた。
「もう、会いたくないって思ってました」
「どうして?」
相手の意外な言葉に、道重は目を見開いた。
「どうして?
あんな事しといて…!」
吐き捨てるように怒りを表に出し、握った拳を震わす。
田所は、腕を伸ばして道重の肩に手をやった。
触れた手を乱暴に肩を引っ込めて払い除け、道重は、
「あなたは――――さゆみの大事にしてたものを何でも壊していった!
おじいちゃんがくれたガラスのお人形も!
さゆみの好きって気持ちも!」
「――――だから?」
渇いた言葉と眼差しに、道重は一瞬だけ昔に返った。
何を言っても温かい言葉やぬくもりが返ってこない相手。
何故その寒々とした腕の中にいたがったのか。
改めて自覚した。
「お人形も、わざと壊したじゃない!」
嗚咽するように、道重は叫んだ。

「そこで見てる子は、人形を壊しても、同じものを返してくれるの?」
田所の言葉に、道重はびくっとして振り返る。
少し離れたことろから、田中が青褪めた顔で自分達を見ていた。
「れいな…」
田中は返事せず、目を大きく開いて見ていた。


「ど、どうしよ…」
空き地から少し離れた物陰から、新垣と亀井は成り行きを見守っていた。
「しっ」
亀井は人差し指を自分の唇に押し当てた。
「だ、誰か呼んできたほーが…」
「誰か呼んでも、さゆが惨めな目に遭うだけだから」
「ど、どうして…」
「分かんないかなあ」
亀井はちょっと新垣の方を振り返った。
「プライドってヤツですよ」

しばらく空き地の様子を見ていると、亀井は新垣の隣にナカハラが来ていることに気付いた。
「おろろ」
「…遅かったか」
亀井の言葉には反応せず、ナカハラは親指を立てて軽く歯を立てた。
「ナカハラちゃん…どうして?」
新垣の言葉にも構わず、ナカハラは出て行くタイミングを伺っていた。

480 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:20
「あんな安っぽい人形がそんなに大事なら、返すよ」
田所はバッグから、新聞紙の包みを出して地面に放り出した。
「あの人形の欠片だよ」
道重は咄嗟にしゃがみ、新聞の包みを開いて割れたガラスを素手で掴んだ。
「――――あのバカ!」
亀井は声を上げた。
それまで黙って見ていた田中は、
「さゆ――――!やめり!」
ガラスから道重の手を引き剥がそうとする。
「さゆみん!やめて!」
新垣が悲鳴を上げる横で、ナカハラは左の拳を震わせた。



「ごめん、みっつぃ。
なんでもいいからタオルを貸して」
光井が寮の娯楽室を掃除していると、亀井が血相を変えて飛び込んで来た。
「え…どうしはったんですか」
「詳しい事は後で話す。
さゆがケガしたんだよ」
「え!?
道重さんが!?」
手にしてた空拭きの雑巾を思わず落とし、光井は呆然とした。
「あ――――あ!
タオルですね!
待っててください、今、洗濯して乾いたのが」
「頼むね」

光井が遠巻きに見守っていると、亀井にタオルで手をくるまれてる道重の姿があった。
「すみません、先生。
道重さん、裏で割れたガラスの後始末してて、ケガしたんです。
血も止まりませんし、傷も深いかもしれません。
はい、さっきタクシー呼びましたから病院へ付き添いをお願いします」
寮の専任の教師に、てきぱきと報告する亀井を見て、
『やっぱりこの人は、優等生なんやなあ』と光井は改めて思う。
それもだが、いつもからは考えられないくらい憔悴しきってる道重が気になった。

481 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:22
日曜なので、道重は緊急外来で処置を受けた。
傷は案外浅く、寮の先生に付き添われて帰る。
「ごめんね」
同じくついてきた新垣と亀井に、帰り際にか細い声で言った。



「う…ひっく」
外来の総合待合室の長椅子に座り、新垣は泣いていた。
亀井は黙って、隣に座っている。
「よく泣くねえ」
やがて、ぼそっと言い、新垣の頭を撫でた。
「カメは…平気なの!?」
亀井の言葉に、新垣は顔を上げて泣きながら睨みつけた。
亀井は難しい顔をし、
「平気だったら」
「ここまでついて来ないよ」
静かに呟いた。
新垣は目を開き、隣の亀井の怒りの熱が伝わってくるのを感じた。
「あの人が割れたガラスをさゆに見せた時、さすがにゾッとしたよ。
なんでいっときでも付き合ってた彼女に、そんなことできるんかってね」
「…うん」
新垣はしゃくり上げながら頷いた。
「あのばかさゆも、頭で分かってただろうに」
「…え?」
「あの人が見せたの、ただの割れたガラスだよ。
さゆが大事にしてたって人形のじゃない」
「分かるの?」
「さゆがガラスに触るの止めに入った時、人形の欠片にしては大きいなって思ったから」
立ち上がって言う亀井の横顔を、新垣は何とも言えない気持ちで見ていた。
「カメは、やっぱ頭いいね。
あたしは、バカだから」
新垣は笑いながら自分の涙を拭き、自分も立ち上がって亀井の背中に抱きついた。
頬を強く擦りつけるように泣いて、亀井の腕に自分のを重ねた。
「カメ…手」
新垣に言われて、亀井は自分の血まみれの掌をまじまじと見て苦笑した。
「ああ。
さゆを寮へ引っ張ってく時、ついたんしょ。
さすがにちょっとキモイよねえ。
洗ってくる」
洗面所に入って行く亀井の背中を見て、また新垣は悲しくなってきた。


「落ち着いた?
コーラでい?」
自動販売機で紙コップのコーラを買い、亀井は新垣に手渡した。
「喉渇いたっしょ。
あんだけ泣いたら」
悪戯っ子のように笑い、亀井は新垣がコーラを飲むのを見守る。
「カメ、そのジャージも…」
掌だけでなく、亀井のジャージの袖口も、血がついていた。
「ああ、洗えば落ちるでしょ」
袖口に目をやり、亀井は事も無げに答える。
「あたし、持って帰って洗う」
「へ?」
新垣の宣言に、亀井はきょとんとする。
「洗うから」
「ちょっと待った」
「だから洗うから」
「『だから』の意味が分かんないんだけど」
亀井は、はあっと溜息をつき、新垣の両肩に手を置いた。
「よく考えてごらんよ。
ガキさん、ガキさんの着る服って殆どママチョイスって言ってたじゃん。
洗面所だかお風呂場で見慣れない服を娘がコソコソ洗ってて、しかも血だらけなのを見たら、お母さんどう思うよ?」
亀井の言葉に、新垣は何も言えなくなる。
「気、使ってくれなくていいから」
ふわっと抱きしめられ、新垣はまたしゃくり上げた。
「カメぇ…」
「うん」
「カメは」
「うん?」
「あ、あんな事、しないよね?」
あんな事?と、亀井は心の中で思い顔をしかめたが、どの事か思い当たり、
「まあ、ああいう気持ちは分からなくもないけどね」
本心を告げた。
「え…」
「同じ間違った気持ちでも、絵里はああいう風には出さないから」
「どういう事?」
「愛してるって事だよ」
482 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:24
病院の待合室の隅で、中学生くらいの女の子たちが長い長いキスをしていた。
たまたま従姉のアヤカの見舞いに来ていたミカは、それを見かけ、『Oh!』と目を開いて驚く。
『最近のジャパニーズ・ガールは大胆ネ。
と…あの子たち』
よく顔を見て、昨日、アヤカのライブで一緒だった少女たちだと気付く。
唇を離した彼女たちは、しばし余韻に浸った後、ハッと自分の存在に気付いたようで固まる。
「ミカさん…」
エリと昨日名乗った少女の方が呟いた。
さすがにバツの悪そうな顔をしている。
「あ…ご、ごめんなさい。ソーリー。
あなたたち、今日は…?」
「と、友達がケガをしたので、つ、付き添いで来てました」
リサです、と昨日言った少女がしどろもどろに説明した。
「Oh!それは大変ネ」
「ミカさんは?」
亀井に言われ、ミカは、
「実は、アヤカが昨日ケガしてね」
苦笑しつつ述べた。
「え…アヤカさんが?」
新垣は大きな目を更に見開いた。
亀井も黙っているが、驚きの表情をしている。
「脚、折ったり、腕も…利き腕じゃないけど骨が折れてね。
熱も大分あるから、いまアヤカのママがついてるんだけど」
「お見舞いは、日を改めた方がよさそうですね」
亀井は、大人っぽい横顔で言った。
「ありがとう。
また落ち着いたら来てあげて」
「ええ」
ミカはくすっと笑い、
「カワイイステディー・ガールね」
とちょっと新垣の方を見た。
亀井は一瞬、素の表情になったが、いい笑顔で新垣の肩を抱き寄せた。
「ちょ!
ナニ?ステディーなんちゃらって!?」
意味が把握できてない新垣はうろたえて、間近から流し目で自分を見てくる亀井に訴える。
「ステキな彼女ね」
ミカに言われ、新垣はやっと意味が分かり、
「どーこがステキなモンですかあ!このアホカメの!
コラ!離せ!」
「あー、病院で騒がない」
「じゃ、またね」
ケンカしつつじゃれるふたりを残し、微笑みながらミカはそこから去って行った。

「もう!
このバカカメ!」
「あんぽんたんに言われたくねいですねえ」
「もう〜!
…ととと」
興奮しすぎて、新垣が履いていたミュールタイプのスニーカーが脱げてしまう。
「あーあ。何やってんの」
亀井は『はい、座って』と長椅子に座るように促し、脱げた靴を履かせてやる。
恨めしげに立ち上がった亀井の顔を見上げた。

『さ、早よう行き、シンデレラ。
王子様がガラスの靴を持って、そこまで迎えに来とるがし』

『愛ちゃんの嘘つき…』

新垣は自分の足元に目を落とした。

『いるのは、スニーカーを持ったカメじゃん』

帰ろ、と亀井は軽く肩を叩いて言った。
483 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:26
その夜。

亀井が夕食を摂って、部屋でくつろいでいると、不意に携帯が鳴った。
覚えのない番号なので、スルーした。
何となく気になって切れてからすぐ留守電をチェックすると、
『光井です。
突然すみません』
と覚えのある声が聞こえてきた。

『何か用?
てか、番号教えてたっけ?』
すぐ掛け直してくれたものの、冷たい声に、寮にいる光井は息を呑んだ。
「す、すみません…。
田中先輩にお願いして教えてもらいました…」
『ああ、れーなか。
なら、いいよ』
間があって、
『で、何?』
と亀井はまた冷たい声で問うてきた。
「あ、あの。
道重さんの事なんですけど」
『さゆ?
どうかした、あれから』
「お願いです、道重さんを救ってあげてください!」
光井が切羽詰ってそう懇願すると、電話の向こうが静かになった。
やがて、
『…救う?』
独り言のように返ってきた。
「はい。
道重さん、今日病院から手当てしてもうて帰ってから、部屋、閉じこもってもうて。
ごはんはどうにか他の人が下の食堂連れ出して食べはったんですけど、みんな、腫れ物に触るように接してもうて…」
『さゆちゃんのプライドがボロボロになったってワケね』
さっきとは違い、少し可笑しそうな、苦笑するような声が流れてきた。
光井は少しホッとする。
『まあ、傷は大したことなかったけど、心が大流血だしね』
『ほっときなよ』
その一言に、光井はカッとなった。
「なんでそんな冷たいこと言わはるんですか!?
友達やないんですか!?」
『そうだよ』
「だったら…!」
『だったら、何?』
この人、ほんとに冷たい人やないんやろか。
携帯を握ったまま、光井は心が冷えていくのを感じた。
「分かりました。
夜遅うすみませんでした」
『おやすみ』
最後の亀井の声にまでムカっときて、光井はいつもよりずっと強く終話のキーを押した。


「たく…」
キーを押して通話を終わらせ、亀井はベッドに携帯を放り投げて自分もマットに沈んだ。
勝手に電話掛けてきて、友情論をふっかけてきてねえ。
天井を見上げ、額に手をやって小さく溜息をつく。

しばらくそうやってやり過ごしてると、また携帯が鳴った。
「あ〜、おーさーゆー?」
寝転んだまま、適当に返事して出ると、
『メール、ありがとう』
開口一番、道重は言った。
「ああ…」
亀井は夕方送ったアレか、と思い出す。
『ネコはとりあえず家に帰った模様。
なにも考えず寝ろ』
とだけ、新垣と別れた後、携帯からメールしたのだ。
「あんた、ドコいんの?」
『うん…』
少し間があり、
『絵里の家のそば』
「――――はぁ!?」
携帯を当てたまま、亀井は自室の窓を開けた。
玄関のそばで、道重が同じように携帯を当てたまま、自分に手を振っている。
484 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:28
「で、これは家出って解釈でよろしいか?」
道重を家に入れ、とりあえずカメさんに夜食を作ってもらって食べさせた。
「家出じゃないの。
みんなが…目を離した隙に外泊願をこそっと出して抜け出して来たの」
「ああ〜…アンタって、そーゆートコ、抜け目ないよねー」
腕組みして、亀井はうんと目を細めて棒読みで言った。
「で、その大荷物は?」
「うん…」
大きなボストンバッグをふたつを抱え、リュックも背負ってきた道重は、恥ずかしそうに目を伏せた。
「最初はね、コインランドリーに行くつもりだったの」
「ほお。
てか、あの辺、コインランドリー、あったっけ?」
寮の近辺の地理を思い出し、亀井は首を傾げた。
「駅とは反対の方にあるから、通学生の子は大抵知らないの。
寮のね、ちょっと離れたトコにあるの。パン屋さんの隣なんだけど」
「へえ」
一旦間を置き、
「で、洗濯のつもりが何故家出?」
「家出じゃないってば。
大荷物持ってコインランドリー行こうとしたら、下級生の子が
『自分がやるから部屋で休んでてください』って慌てて止めに来て」
「…ああ〜」
目に浮かぶようだ、と亀井は思った。
「そもそも、何でコインランドリーなん?」
寮にも洗濯機あるのに、と亀井が問うと、
「寮のは10時までしか使えないし、これ以上洗濯溜めると着る物がないの」
「そのくらいになるまで溜めるなよー」
「ここのところ忙しくて、洗えなかったの」
道重が強い口調で弁明する。
「ああ、わあったわあった。
で、それがなんで家出に繋がんの?」
「みんなが」
道重はふっと俯いた。
「さゆみのこと、なんか触れちゃいけないモノみたいに見たり、声、掛けたりしてきて、
それに気付いて気が付いたら、外泊願、書いてたの」
「…アンタ、マジ危ないわ」
亀井はしょっぱい顔で腕組みし、壁にもたれてそれを聞いていた。
「今日、病院で鎮痛剤、処方されたでしょ?
見せてみ」
「ああ、うん」
道重はリュックのサイドポケットから、今日病院で貰った薬を出した。
「ふん、これだったらまあぐっすり寝れるな。
今日はもう寝な。
寮は今多分大騒ぎだから、絵里、先生に電話掛けてフォローしとくから」
「ありがとう。
てか、なんで薬を見ただけで分かるの?」
「ダテに病弱じゃありませんから」
「…先生、怒んないかしら」
「まあ、こーゆー時、優等生ってカードは役に立つんですよ?」
亀井はニッと笑った。
485 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 01:29
「あのウサギは、手ェケガしてんだから、無理しなくていいのに」
寝る間際まで洗濯を気にする道重に、『明日まとめてすればいいじゃん、うちの洗濯機使っていーから』と言って
亀井は寝かせた。
「ふむ…」
カゴの中のちょっとした量の洗濯物を前に、亀井は思案顔となる。
「てか、このビニール袋は…ヒッ!」
洗濯物の中にあったビニール袋を開けて、亀井は小さく悲鳴を上げる。
血まみれのタオルが出てきたからだ。
「ああ…みっつぃに借りたヤツか」
ここまで汚れたんなら、無理に洗わないで新しいのを買って返すとかすればいーのに。
亀井はタオルを手に顔をしかめたが、
「…仕方ないか」


「あら絵里ちゃん、お洗濯?」
カメさんの声に気付き、亀井は顔を上げた。
「まあ、ね」
「染み抜き?」
「うん…もう固まっててね」
キッチンの片隅で亀井が丸めたガーゼを白いシーツに叩きつけてるのを見て、カメさんは
「落ちないなら、台所用の洗剤つけて歯ブラシで擦ったら?」
とアドバイスした。
「うん、こっちも試してもいっかなーって」
「いつも自分の部屋でこそっと洗ってるのに。
今日はまた、どうしたの」
大量に作られた大根おろしに目をやり、カメさんは言った。
「絵里のじゃないよ。
なんかさゆが手をケガして、洗濯も一苦労みたいだからさ」
「そう」
「流し台の洗面器のタオルも?」
「そう。
そっちは炭酸ソーダに浸けたんだけどね」
素っ気無く言い、亀井は染み抜きを続ける。
その様子をカメさんは目を細めて見つめ、
「何か手伝うことはない?」
と申し出た。
「いいよお。
カメさん、今は勤務時間外でしょー」
「今はプライベート・タイムよ」
澄まして言うカメさんに、亀井はぷっと噴き出した。


翌日。
昼過ぎに、道重は目を覚ました。
明け方に一度目を覚ましたが、うつらうつらしてるうちにまた眠りに落ちたのだ。
「よう、お目覚め?」
「うん…」
ベッドを見て、絵里の家に泊まったんだった、と道重は再確認する。
左手に巻かれた白い包帯を見て、昨日の出来事を思い返した。
亀井はいつものようにふにゃふにゃ笑い、
「メシ食う?」
と聞いてきた。
「うん…ごめんね」
包帯の手を翳し、道重はレースのカーテン越しに入ってくる光に目を細めた。
「まあ、気が済むまでいていいよ。
寮にはゆうべ電話しといたから」
「…ありがとう」
道重は立ち上がって、寝室を出て行った。
「え…」
ソファーに置かれた、畳まれた自分の衣類を見て一瞬固まる。
「え、り…。
洗濯、してくれたの?」
亀井は黙って、得意げに鼻を擦った。
「うそ!?
すっごい、フカフカ!
なんで〜?」
道重はバスタオルを広げて、亀井を見た。
てか、さゆみのパンツ見たでしょ?という発言に亀井はちょっとげんなりし、
「見たくもないのに、見てしまいましたよ、ええ!
顔をそらして洗いましたよ、ええ」
「ハンカチ、シミついてたのに、綺麗になってる!
え、うそ!アイロンまでかかってる!」
道重は自分のハンカチを鼻に押し当て、
「なんか…いい匂いする。バラ?」
「ああ、うちのおかあはんがそーゆーの好きでねえ」
「そういえば、絵里の夏の制服も、たまにいい匂いしてたの」
「変態だなあ」
「変態に言われたくないの」
ケラケラ笑いながら、バシンと腕を叩き、亀井は
「もうじきごはんだよ」
と告げた。
「絵里、大好き」
道重は亀井の腕に抱きついた。

486 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/07/20(火) 01:32
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

从;*> 。.<)<やなのやなの!全部運ぶの!

(;・e・)←自分もヲタなのでなんかシンパシーを感じてる

ブッ○オフに不要な写真集を泣く泣く売りに行って、その足で行きの倍以上買って帰ってるタイプです(笑)。


>477の名無飼育さん

川*^ー^)<あー、れーな!泣ーかしたー!

从;´ ヮ`)←何も言い返せない

今回、もっと切ない目に遭ってます。しかも手も心も流血です。
487 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 21:58
その頃。朝比奈学園中高寮。

光井愛佳は引っ越しを終えた部屋で、膝を抱えてうずくまっていた。
ちなみに今年もルームメイトはオンダだった。
オンダは早速、上級生のナカハラの部屋に押しかけている。
昨日の道重のケガや、病院から帰宅後の彼女の態度、携帯で聞いた、亀井の冷たい声。
まだ13歳の光井に、かすり傷のようなものを残した。

『いったいわ…。
亀井さん、なんのつもりなんやろ?』

とことん落ち込んでいると、携帯が鳴った。
「はい?」
気だるい声で出ると、
『みっつぃ?』
いつもの、甲高い声で鬱陶しさと妙な安心感の両方を感じた。
久住だった。
「なんや、自分かいな。
なんやねん、昼間っから」
『彼女からの電話に出てる子とは思えない態度だねえ。
まあ、そういうツンデレ風味もツボ?』
「しばくぞ」
『てか、なんかあったん?』
光井は髪をかきあげ、
「…分かんの?」
思わず目を見開いた。
『いっやー。
ツンデレの中にもクノウ?
苦悩ですよ、苦悩』
「3回言うたな。
1回言うたら分かるから」
『小春、彼女だもん。
分かるよー』
彼女。
改めて言葉を差し出され、光井は変な心持ちになる。
「ああ…。
で、何の用なん?」
『ああ、用は大した事ないからいいよ』
「ええんかい」
『小春でよかったら話してみ?』
光井は一瞬黙り、また髪をかきあげた。

『ほっとけば?』
昨日からの一連の流れを説明すると、久住から単純明快な回答が返って来た。
「ちょ!
うち、相談しとんのに!」
『いくら悩んでもさあ、人のココロはどうしようもないからねえ』
「…もう〜…ええわ!」
光井は怒って、通話終了のキーを押した。

5分後に、久住から、
『あんた、短期すぎ。
時間、置いて様子みなよ』
とメールがきた。
指摘にも腹が立ったし、微妙な誤変換にもムカつくのだった。

488 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 21:59
ナカハラは、引っ越しを終えた部屋で昼寝をしていた。
新しいルームメイトは個室が与えられる新中学3年生と付き合ってるので、そちらに早速入り浸っている。
ナカハラの隣では、早速オンダが肌寒そうな格好で腕枕されて昼寝していた。
「ねえ〜…レイー」
「うん…?」
「昨日、なんでさゆ先輩かばってあのヒト、殴ったの〜?」
オンダは昨日空き地の入り口で、道重がケガして亀井に寮に連れて行かれるのを見ていた。
『消えろ!』
道重が去った後、ナカハラが飛び出して来て、左ストレートを田所に食らわした。
全体重をかけたのではないかという、重く鈍い音が響いていた。
『二度と来るな』
殴った後、ナカハラが告げると、田所は無言で切れた唇を拭い去って行った。
『さゆを…さゆを、もう傷つけるのはやめると』
下級生の田中れいなは、震えていた。
涙か怒りか、恐怖かは分からない
掠れた声で去っていく相手に言った。

「さゆ先輩の事、好きなの?」
「くだらない」
「じゃ、どうして?」
「…強いて言うなら、クラスメートだから?」
「分かんない」
「まあ、世話になったし。色々」
「ああ、レイ、ルームメイトにイヤがられて、部屋替え多かったもんね。
さゆ先輩、犠牲になっていっときレイと同部屋にされたってみんな言ってたし」
「うっさいな」
ナカハラはオンダの頭を腕からどけて起き上がり、
「まあ、単純にアイツがムカついたから?」
薄く笑った。
「え〜?
もしかして、さゆ先輩と姉妹とかあ?」
「まさか」
「襲われそーになった時、返り討ちにはしたけど?」
ナカハラはいつものように、やっぱり薄く笑った。
オンダはぽかんと口を開けて、しばらく呆気にとられた。
489 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/20(火) 22:00
市井はアヤカが入院してる病院の前で、面会時間を待っていた。
「う〜む。
ちーと早かったか」
花壇の縁に座り込み、腕時計を覗き込む。
誰かが、目の前に立った気配がした。
顔を見なくても、分かる。
「おっす。
来たか」
後藤は黙って、隣に座った。
「バイトは?」
「夕方から塾講だけ」
「そ」
後藤はそう言って、ヒップバックからタバコを出して咥えようとする。
だが、やめた。
「見なかったことにしといてやる」
前を向いたまま、市井は告げた。
「アイツらの前では、絶対泣くなよ?」
後藤は泣きじゃくりながら頷き、そのまましばらく泣いた。


アヤカは昨日よりは熱が下がり、ようやっと食事らしい食事を口に出来た。
といっても、おかゆだったが。
アヤカの母が用事を席を外しており、ミカが甲斐甲斐しく面倒を見ている。
「おいし?」
「まあまあ」
アヤカは苦笑いする。
「リンゴ、食べたいな。
擂ったやつ」
「それだけリクエストが出てきたら大丈夫ネ」
ミカにニヤニヤ笑われ、アヤカはまた苦笑した。
「ちーす」
市井が現れ、
「ハイ、お見舞い♪」
腕に抱えたリンゴの入ったビニール袋を、隣の空いてるベッドの上にどさっと置いた。
「嬉しい!
ちょうど、リンゴ食べたいって思ってたの」
アヤカが目を輝かせると、
「向こうで下ろしてくるヨ」
ミカは『ごゆっくり』と微笑み、部屋から出て行った。
「んあ、熱、下がったってね」
後藤はジーンズのポケットに手を突っ込み、いつものように素っ気無く言った。
「うん、明け方くらいからやっとウトウト出来て。
もー、不便でしょうがない」
アヤカは吊るされた脚を見て、悪戯っぽく笑った。
「よっちゃんは…?」
「んあ、今日はまだ行ってないけど、梨華ちゃんメールによると、水からポカリ摂取に進化を遂げたそーです」
「まだ食べれないんだね…」
アヤカがしゅんとした顔をするので、
「ミカちゃん、面倒見てくれてんの?」
市井がわざとニヤニヤして言った。
「あ、うん。
帰国を延ばして、来てくれてる」
「ほほお」
「うん」
「病室で騎乗位って、夢だよな。
ロマンだよな」
「もう〜!ぶつよ!」
「んあ、ご安心を。
ごとーが既にしばいてますから」
市井は後藤にぽかぽか殴られ、『イテテテ』と嬉しそうに頭を抱えた。

後藤もトイレで席を外し、病室にふたりだけになった。
「ま、しばらくのんびりすれば?」
「うん」
アヤカは、困ったように笑う。
「パパとママの事もあったし、しばらくぼーっと、何も考えないでここにいるわ」
「おう」
「ごっちん、大事にしてあげなね」
「大事にされてないのは、アタシのほーだ」
「ぷっ」
「ソコ、笑うトコじゃないから」
市井は苦笑して、アヤカの折れてない方の腕を軽く叩いた。
490 名前:ごまべーぐる@有休消化中 投稿日:2010/07/20(火) 22:02
更新しました。
491 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/22(木) 12:47
カメはん素敵です (T_T)
さゆみんをきちんと理解してるって事ですかね…

アヤカさん体は大丈夫そうでなにより
よっすぃーも大丈夫なのかな?
492 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/22(木) 20:30
亀井は夕食前に『買物に行って来る』と出掛け、田中が下宿してる家に行った。
いくら電話しても出ず、メールも返って来ないので、直接やって来たのだ。
インターホンを鳴らすと、田中の伯母が出て来た。
「すみません。
れいなちゃんに、借りた本を返しに参りました」
「まあ、ごめんなさい。
れいな、今朝実家に帰っちゃってねえ。
わざわざ来てくださったのに、ごめんなさいね」
「そうですか…」
亀井は持参した缶入りの煎餅を差し出し、
「お土産に持って来たんですが、おばさま、ご家族の方とよろしければ召し上がってください。
海老のお煎餅です」
物凄い優等生スマイルを浮かべた。

「ふん。
とりあえず、居場所は分かったからいっか」
田中の下宿先を後にし、亀井は呟いた。
『たく、あのヘタレニャンキー。
どこに行ったかと思ったら…』
バス停に向かう道すがら、携帯が鳴った。
「へい、えりりんですよ?」
『ちょ!
なにノンキに名乗ってんのよー!』
携帯越しにギャーギャー騒ぐ新垣に、亀井は顔をしかめ、ちょっと耳元から携帯を離した。
「なにさ、なんか用?」
『なんか用じゃなくってさー。
さゆみん!家出したってきーたけど!』
「実際には、家じゃないから寮出ですね」
『屁理屈言わなーい!
てか、アンタ、居場所知らないかってきーてんの!』
「あの道重の野郎なら、亀井宅にいますぜ」
『…へ?』
新垣は一瞬呆気に取られたようだった。
「ソッチこそー、誰にきーたか知んないけどー、親友なら黙って見守ってやんなよ。
あいつはアレ、ホレ、ココロ、ボロボロだから」
『…うん』
「ちなみに、ゆうべうちに直接来てねえ。
寮にも電話したし、気が済むまでいろとは言ってる」
『…そう』
「気になる?
てか、絵里は間違っても、おさゆとはえっちしないから」
『…ば!
そ、そーゆーことを言ってるんじゃな、なくってえー!』
「そういう事じゃないの?」
『アンタね、なんでもかんでもそーゆーことをね!』
「ああー、絵里が愛してるのガキさんだけだからー」
『棒読みで言うな!しかもいま無表情だったでしょ!目に浮かぶよ!』
「ジュッテーム、リサ」
『死ね!』
乱暴に言い放ち、一方的に切ってしまった。
「チェ、ホントなのにさ」
自分も携帯を切り、亀井はまた歩き出した。
493 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/22(木) 20:31
――――その夜。

道重は亀井に手伝ってもらって入浴を済まし、風呂上りにパソコンを借りてネットしていた。
尤も、左手は包帯を巻いてるので、検索のキーワードは亀井に打ち込んでもらった。
「お豆、M.Mワールド、で検索してなの」
「ん〜」
言われた通り、キーワードを打ち込む。
「てか、お豆って?」
検索結果一覧が現れ、道重はあるサイトへ繋げた。
「これって、モー娘のサイトかなんか?」
TOP画面を見て、亀井は言った。
「そう。
ガキさんがやってる、ファンサイトだよ」
「へ?
そんなことやってたん?」
「まあ、最近、あんま更新してないからねえ。
さゆみも、久しぶりに見たし」
BBSのページを開き、
「あ〜あ…エロ業者ばっかじゃん」
「しかも、なんか妙なヒトいない?」

『まだ再開しないんですか?』
『お豆さんのコンサレポ、待ってるんですよ』
『忙しいのは分かりますが、お願いします。
待ってる人もいるんですよ』

「う〜む…この『オマメさんLOVE』ってヒト、相当アレだねえ」
あるコテハンの書き込みを見て、亀井は呟いた。
「相当粘着なの。
ガキさんが比較的マメに更新してた頃なんか、もっとスゴかったよ」
「こーゆーのってさあ。
実際、会ったりすんの?
オフ会だっけ?
ネットで知り合って、何人かで集まって飲み行ったりするヤツあんじゃん」
「ガキさんは中学生だから、サイトの常連さんと会うのはライブ会場らしいけど。
でもなんか、1回さゆみも一緒だったけど、結構カオ、広いみたいよ、ガキさん」
「ふうん…」
Macのディスプレイを見つめ、亀井は眉を顰めた。
それを横から見て、道重は
「ヤキモチ?」
ニヤッと笑う。
「いや…2002年の秋から、全然更新ないなあって思って」
「ああ、このオマラブさんとBBSで言い合いみたいになって、モチベ落ちたみたい」
「オマラブ?」
「さっきの『オマメさんLOVE』」
「ああ…」
「言い合いって?」
「なんか、常連さんどーしケンカになって、ガキさんが『やめてください』って止めに入ったらとばっちり食って」
「へえ〜」
「連絡先にしてるフリーメールにその人から鬱陶しいメールがガンガン来るから、さすがのガキさんもげんなりしたみたいで。
メールのアカウントも取り消したんじゃないかな」
「ふへえ〜…」
「『ふへえ〜』じゃないでしょ」
亀井のげんなり顔と台詞に、道重はぷっと笑って亀井のおでこを指で弾く。
「こーゆーのってさあ、サイトごと閉じたりしないの?
こんだけ荒れてたら続けててもアレでしょ」
「迷ってるみたいよ」
道重はコンサレポのページを開けて言った。
494 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/22(木) 20:33
夕べは道重をぐっすり寝かせてやりたかったので、自分は主室のソファーで寝たが、今日は道重に言われ、
亀井は道重の隣で横になった。

「たく…まだガキさんのぬくもりを感じてたいのに…」
「襲わないでほしいの」
「それはコッチの台詞だよっ」
「でも絵里、胸は筋肉質でいい張りしてるよね」
亀井は慌てて、自分の胸を庇う。
「な〜んてね♪」
「く…このウサギ野郎が」

両腕を頭の下に敷き、亀井は天井を見上げた。
「えり…」
「あー?」
「ガキさんのこと、どのくらい好き?」
「ヘンなこと聞くねえ」
亀井はちょっと顔をしかめた。
「ガキさんが、サイトやってたこと、絵里に教えてなくても好き?」
「なんか例えがアレだよ」
「ガキさんが、絵里の知らない子と、仲良くしてても好き?」
「まあ…ね。それは…」
「絵里、すんごいヤキモチ焼きだし、しかも嫉妬深いし、独占欲も強いからねえ」
「…うるさいな」
亀井は頭から腕を外し、ごろんと横になった。
「さゆみは、絵里とガキさん、お似合いだと思うけどなあ」
「…ほう」
横になったまま、亀井はそれだけ呟いた。
495 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/07/22(木) 20:34
更新しました。

レスのお礼です。

>491の名無飼育さん

川*^ー^)<やー、素敵なんて照れますよお!

从;*・ 。.・)<悔しいけど、いまのところ、一番の理解者なの

カメは人と視点が違うので、案外真実が見えてたりします。
アヤカも骨は折れましたが、まあ無事です。
吉澤さんは、まだ熱にうなされてますが。(;0´ 〜`)クルシイYO…  
496 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/24(土) 11:27
翌朝、亀井が目を覚ますと、道重は既に起きてキッチンでカメさんの手伝いをしていた。
「おはようなの」
「早いねえ」
亀井は寝ぼけ眼をこすり、ふあ〜あと欠伸をする。
「ごはん出来たから、絵里座るの」
「へいへい」
カメさんと仲睦まじく会話し、皿を運んだりする道重を見て、亀井は目を細めた。

朝食の後、ふたりは付属高校の入学式で読み上げる、新入生代表の挨拶を考えていた。
ひとり400字詰め原稿用紙1枚程度と学校から言われたので、内部生首席と次席のふたりはMacの前に向かっていた。
「めんどいから、ぱーっと打っちゃおうよ。
さゆ、口頭で言いな。
絵里、打っちゃるから」
「そんなぶっつけで考えつかないの」
「あー、めんっどちー。
挨拶なんか『よろしくお願いします』でいいじゃんねえ」
次席の亀井は適当に言って、頭を掻いた。
「今年の外部生の首席の子は、ハンパなく出来がいいから、お前、負けずにいいの書けよって先生に言われたの」
「誰に?」
道重が挙げた教師の名を聞いて、
「…ああ、あのせんせー、昔からあんなんだしなあ」
その教師に付属小学校の頃から書道の授業で教わってる亀井は、ややうんざり、という調子で呟く。
「てか、今年の外部首席って寮生?」
「寮生かはまだ分からないけど、自宅生じゃないらしいから、遠方の子だろうね」
「ほへー。
デキいいってどんくらい?」
「加護さんより点数良かったらしいの」
「マジで?」
亀井はそれまで眠そうだった目を見開いてがばっと立ち上がった。
「まあ、学年も違うし、入試問題がそもそも違うから単純に比較は出来ないけどね」
「あ〜、おさゆ、首席の座を新年度の学力テストで奪われるかもねえ」
また椅子に座り、亀井はニヤニヤする。
「別に構わないの。
優秀な人間が競い合うのは悪い事じゃないの」
「サラリと自分が優秀ってったね」
「絵里こそ、次年度は本気出してなの。
いくら自分の体調を気遣ってとはいえ、手加減して2位はちょっと腹立つの」
「へいよへいよ」
「絵里は本気出せば。誰も敵わないんだから」
「べっつにべんきょーで一番取ったってねー」
「それ、ガキさんに言ったらホンキでどつかれるから注意なの」
「ふへっ」
新垣の名前が出て、亀井はちょっと嬉しくなったのか、変な笑い方をした。
椅子の頭のところで手を組んでぶーらぶらしつつ後ろに体重をかけていた。
「――――うっわ!」
弾みでそのまま椅子ごとひっくり返ってしまう。
「あほなの!」
「うっさいなあ、エロうさぎ!」
「言うに事欠いてなの!
さゆみがエロうさぎなら、絵里は変態カメなの!」
「あ、ちょっといいカモ」
「ええ!?」
亀井はちょっと嬉しそうに頬を赤らめた。
497 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/24(土) 11:29
――――中澤家。

「…うう」
吉澤は汗だらけのシーツを掴み、低く呻いた。
日差しは春とは思えないくらい強く、鋭角的な陰を布団の上に作っていた。
「り〜かちゃん…」
思わず声に出すと、
「はいはい、なんですか?」
ガラッと戸が開いて、梨華がスーパーの袋を提げて入って来た。
「あ、え…?
ウチ…?」
体を起こし、吉澤は汗だらけの髪をかきあげて思考をめぐらす。
途端に頭痛が押し寄せてきたが、不思議と体は軽かった。
「やっと返ってきたね。
ひとみちゃん、ライブの後大喧嘩したとかでケガして帰ってきたんだよ。
丸3日間、うんうん熱出して呻いて」
「あ…」
吉澤の脳内画像に自分を庇ってベースで腕を叩きつけられたアヤカが浮かぶ。
「――――アヤカさん!そうだ、アヤカさんは!?」
「入院してるよ。
左腕と右脚、折ったんだって」
「……」
「ひとみちゃんがもっと良くなったら、お見舞いに行こう?
とりあえず、コレ、飲みなさいね」
梨華が差し出したポカリスエットを、吉澤は蓋を開けて喉を鳴らして飲んだ。
「ありが…ぶへへっ」
吉澤は急に飲んだので、むせてしまう。
背中を叩いてやり、梨華は、
「無茶しちゃって…。
もうこんな心配かけないでね?」
眉をいつものようにハの字に下げた。
「ごめんちゃい」
吉澤は叱られた犬のように、しょぼんと顔を下げた。
498 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/24(土) 11:30
新垣は自宅のリビングで携帯片手にウロウロし、意を決して道重に電話をかけた。
『もしもし?』
案外あっさり道重で出て来て、思い悩んで意気込んだ分肩透かしを食らったが、
「さ、さゆみん…」
新垣はほっとした声を出した。
『ガ〜キさ〜ん!
ゴメンね、心配かけて。
さゆみは今日も極度にカワイイの』
『うぜえ』
後ろから、亀井らしき声がかぶさって聞こえてくる。
「あ、カメ…も、いるんだね」
『絵里は変態なの』
「知ってる…て、ええ!?
さ、さゆみんに何かしたの、ヤツ!?」
『ちょっと!もしもし!?』
亀井が慌てた様子で電話に出てくる。
「ちょっとカメ!
さ、さゆみんに何を…」
『してないから!
絵里が変態なのは100歩譲らずに認めるけどお!』
「そのまんま進んでないんだね」
『とにかく!
絵里がなんかしたいのはガキさんだけだから!
ユーシー?ユーアンダースタァ〜ン?』
「そ、そんなことカミングアウトされても困るんだけど」
『キャハハハ。
絵里、やっぱり変態なの』
『ユー、黙るネ』
亀井と道重のバカなやりとりに、新垣は物凄く置いてかれ感を感じる。
「分かった。
とにかく、さゆみん、元気そうで良かった。
また、ドーナツでも食べ行こ?」
『うん。
ありがとう、ガキさん』
『リサ〜!
もう愛が止まんないんだけど!』
「ちょっとさゆみーん。
カメ、脳に何か埋めたでしょ?」
『埋めなくてもこうなの。
ヤヴァイの』
「あはは!
まったね〜!」
明るく電話を切って、新垣はすぐ表情を曇らせた。
携帯を握ったまま、
「さゆみん…カメとホント仲、いんだ」
肩を落とし、ソファーに背の方に向かって乗った。
499 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/07/24(土) 11:31
更新しました。
500 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/24(土) 23:55
うお怒涛の更新!
これはまた新展開ですか…ドキドキ
しかし、ガキさんはなんというかほんとまっすぐですねえ
501 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/26(月) 21:45
――――その頃。

紺野あさ美は朝比奈女子大学のキャンパスにいた。
所蔵している専門誌を閲覧する為、図書館へ向かっていた。
「「あ」」
図書館へ続く道で、偶然幼なじみの高橋愛と顔を合わせる。
高橋は、大学の留学生のジュンジュンこと、李純と一緒だった。
「愛ちゃん…」
「エ、エヘ…」
高橋は照れ笑いを浮かべると、物凄い勢いでダッシュしだした。
「愛ちゃん!!」
「高橋!?何処行クダ!?」
俊足の紺野は、すぐ高橋に追い着く。
やや遅れて、ジュンジュンも追いかけて来る。
「ハア…高橋モ速イガ、紺野モ韋駄天ダ」
膝に手をついて、ジュンジュンは
『疲レタダ』とぼやいた。
「ちょっと愛ちゃん!」
「ひゃっ、怒らんといてえな」
「怒るに決まってるでしょ!
あたしん家に泊まってることにして、フッラフラしてたんだから!」
「アーラー。
高橋、紺野ノ家ニイルッテ家ニ言ッテタノカ」
「愛ちゃんのおばさんから電話掛かってきた時、心臓がきゅうってなるかと思ったよ!」
「…すんません」
「マ、マ。
立チ話モナンダカラ、ジュンジュンノ部屋来ルダ」
ジュンジュンのとりなしで、ふたりはとりあえず、留学生会館のジュンジュンの部屋に向かった。
502 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/26(月) 21:46
「本場の中国茶なんですね…美味しい」
ジュンジュンが淹れてやったお茶を飲んで、紺野は感想を漏らす。
「ジュンジュンノフルサトハ、オ茶ノ生産モ盛ンダカラナ」
「湖南のご出身でしたっけ。
『紅楼夢』にも君山銀針の事が書かれてますね。
政治の世界でも、毛沢東は湖南の韶山、劉少奇は寧郷出身なんですよね」
「ヨク知ッテルナ」
ジュンジュンは感心したように紺野を見る。
「あさ美ちゃんは賢いだけやのうて、物知りがし。昔っから」
言葉を挟んで、高橋は自分も中国茶に口をつけた。
「ソウカ。
幼馴染ダッタナ、オマエタチハ」
「幼馴染と言っても、アメリカの中学で知り合ったんですけどね。
家も結構近かったし」
「高橋、モテタカ?」
「ええ、それは。
よく女の子とめんどくさい事になってましたよ、ええ」
「プレイガールダナ、流石ダ」
ジュンジュンは腹を抱えて笑う。
高橋はチラッと紺野を見、
「余計な事は言わんでええがし」
不機嫌そうに呟いた。
「それはさて置き、愛ちゃん、いつまでジュンジュンさんの部屋でご厄介になってるつもりなの?」
高橋は少し俯いて膝を抱えた。
彼女は、大学の進路の事を調べたりするのに、ジュンジュンの好意でこの部屋に連日泊まりこんでいた。
福井の母には、『あさ美ちゃんの家におるがし』とウソをついていたのだ。
「ジュンジュンナラ、イクラ泊マッテクレテモ構ワナイダ」
「ホラ、ジュンジュンさん、優しいからって。
愛ちゃん、お母さんにまでウソついて、出歩くのはやめなよ。
泊まるんなら、うちを使ってくれていいから。
ずっとここんとこ、うちにいたから気兼ねしてんだろーけど」
「…うん」
高橋が顔を合わさず小声で返事すると、ドアがノックされた。
「誰ダ」
「バッチリデース」
ドアを開けて同じ留学生のリンリンこと、銭琳がいつものバッチリ笑顔で入って来た。
何故か某海賊漫画のキャラT着用だった。
「オ、コンコンモ一緒デスネ。
実家カラ、オ菓子送ッテ来マシタ。
オ裾ワケデスヨ」
「アリガトウダ。
皆デ食ベルダ」
「チョッパー…お好きなんですか」
紺野がリンリン着用のキャラTについてイジると、
「コンコンハオ目ガ高イデース!」
と得意げに胸を張った。
「リンリン、日本ノマンガトアニメ大好キデース!」
「部屋、マンガトカ同人誌トカキャラグッズダラケダ。
メッチャ、汚イ」
ジュンジュンがこそっと、紺野に耳打ちする。
「まあ、わたしもDBが大好きなんですよ」
「ワ〜オ!DBモ面白イデスネー!」
「マタ腐女子ガ増エタダ…」
ジュンジュンの呟きに、ちょっと膨れていた高橋もつい笑ってしまった。

「いい?愛ちゃん。
あたし、先に帰るけど、今日は絶対うちに来てね」
「へーいへい」
「『はい』は1回!」
「あ〜、はい」
紺野に躾けられてる高橋を見て、
「高橋、尻ニ敷カレテルナ」
ジュンジュンはニヤニヤする。
「やめてくださいよ、こんな妻イヤです」
恋人を通り越していきなり妻。
紺野の台詞に、ソッチ方面にあまり興味のないリンリンもつい吹き出してしまった。
「ジャア、夫ガアマリ心配シナイウチニ帰ルダ」
「あ〜、せやな。わあった」
「誰が夫ですか。
じゃあね、愛ちゃん。
来てよ?」
「おー」
紺野が部屋から出て行った後、
「独占欲強イダカ、紺野?」
ジュンジュンが高橋に言う。
「あー、ホンキなったら強いがし」
「モッテモテダナ、高橋。
憎イオンナダ」
ヒューヒューと冷やかすジュンジュン、それに乗っかるリンリンに苦笑いし、
「さて、あーしも行くがし。
あさ美ちゃん家行く前、用事済まさんと」
と立ち上がった。
「行クダカ」
「うん。
ありがとうな、ジュンジュン。
何日も泊めてくれて」
「気ニスルナ。マタ何時デモ来ルダ」
高橋とジュンジュンがハグする横で、リンリンもニコニコして頷いている。
そのリンリンを見て、
「リンリンと、上手くいくとエエな。
応援しとるがし」
と高橋はジュンジュンにこそっと囁いた。
ジュンジュンは真顔で固まってしまう。
そのジュンジュンを見て、リンリンは段々怪訝な顔になる。
「ジュンジュン…?」
リンリンが問うと、
「アハハ、何でもないがし。
またな、リンリン」
「ア、ハイ。
マタデス、愛チャン」
高橋がリンリンの頬にチュッとキスすると、ジュンジュンはやっと我に返ったようで、
大きな目を見開いて驚いた。
503 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/26(月) 21:48
――――その日の夕方。

「絵里。
さゆみ、帰るね」
入浴と食事を終えた後、道重は亀井に声を掛けた。
「へ?
もう、気、済んだん?」
「うん、色々ありがとう」
「送ろうか?」
「うん、大丈夫。
カメさんに、車で送ってもらう事になったから」
「いつの間に」
亀井は道重の大荷物を一緒に運んで車の後部座席に積み込む。
ふと思い出して、
「ちょい待ってて」
と部屋に戻る。
「なんだったの?」
「いや、なんでも…」
袋を手に戻って来、亀井はちょっと息を整えた。
「ありがとうね、絵里」
「ああ、うん」
「さゆみ、色々言われてるんでしょ?」
亀井は少し目を見開いた。
「絵里も、そう思ってたんじゃないかって不安だったんだけど」
「え…まあ」
亀井は言葉を濁す。
「正直、あんたが割れガラスを握った時、田所先輩を逆に庇った方がいいんじゃないかってチラって思ったけど…」
「…けど、何?」
道重は腕を下げたまま、拳を握って奮わせた。
「まあ、さゆの事だから、人形の割れたガラスだって言われて、混乱して触っただけだろーなってのは考えた…」
そこまで言って、亀井はハッと止めた。
道重が、今まで見た事もないような憎しみの目で、自分を見ていた。
哀れみ、憎悪、悲しみ、すべて一緒くたになった眼だった。
「酷い…絵里だったら、分かってくれるって…さゆみ」
「だから…!」
亀井は思わず、縋るような目で道重を見た。
「絵里なんて…大っ嫌い。
世話になっといてこんな事言うのなんだけど、絵里、なんでも持ってるけど、全部絵里のものじゃないよね?」
亀井は一瞬言葉に詰まり、
「そうだよ。
ムダにバカでかい家に、普通の家以上になんでも揃ってる。
何ひとつ、絵里がお金を出したわけじゃないよ」
「…帰るね」
道重は踵を返し、車に乗り込もうとする。
「忘れ物」
取りに戻った袋と手ぬぐいのようなタオルを押し付け、亀井は無言で車が出るのを見送る。

「『金持ちだからっていい気になりやがって』か…」
その場に立ち尽くしたまま、亀井は呟いた。
「久々に言われたな、あんな事」
薄く笑い、玄関先が完全に夜に包まれるのをただ見つめていた。

504 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/07/26(月) 21:52
更新しました。

レスのお礼です。

>500の名無飼育さん

川*^ー^)<ウヘヘヘヘ〜。ホーント、絵里のリサはまっすぐでね〜

从*・ 。.・)<勝手に私物化するななの

新展開かどうかは分かりませんが、結構書けました(笑)。
ガキさんは、普通以上にまっすぐです(笑)。
505 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/07/27(火) 22:41
愛ちゃんは自由ですねw

かたやさゆみんとえりりんは切ないですね〜
親友であるが故に…ですかね
506 名前:吉卵 投稿日:2010/07/28(水) 02:04
ひさびさ見たらすごく更新されてましたね。
いしよしが久しぶりにちょっとあったのがうれしかったです。
507 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/28(水) 22:45
「う…うっへへへ」
少し咳き込みながら、吉澤はよろよろと台所前を通る。
「ああ、ひとみちゃんひとみちゃん。
どこ行くの?」
台所で皿を洗っていた梨華は目ざとく見つけ、中から出て来た。
「ノ、ノドが渇いた上、運動も兼ねて…下界に下りようかと」
「下界って。今までドコにいたのよ。
待ってて、一緒に行くから」
「ご面倒おかけします…うっへへへ」
また咳き込み、吉澤は
「ふえ〜」
と廊下にしゃがみこんだ。

梨華に半ば支えられながら、吉澤はコンビニまでの道を歩く。
途中、『喫茶タンポポ』から矢口が出て来て、
「ああ、よっすぃ〜!
もういいの?」
安否を気遣った。
「へい、ご心配おかけしまして」
「アヤカちゃん、入院したってマジか、イシカワ?」
「ええ。
ひとみちゃんがよくなったらお見舞いに行こうって言ってるんですが…」
「そっか…。
にしても、許せねーよなー。
なっちも怒ってたよ」
矢口は険しい顔で腕組みした。
「なっちさんが…」
「おう。
『ベース弾きの風上にも置けないべさ』ってな」
安倍の訛りを真似し、矢口は唇を尖らせる。
「まー、出歩けるくらいになったんだから、後は日にちグスリだろーけど、養生しろよな?
てか、まー、イシカワついてっから安心か」
シシシ、と矢口が笑うと、吉澤は負けじとニヤニヤ笑い、
「へい、よく出来た女房ですから」
と返した。
「ちょ、ひとみちゃん!」
梨華が照れて、吉澤の腕を叩く。
「ああ〜ら、言うじゃな〜い。
んじゃな、オイラもシメの作業に入るわ」
「ういっす」
「ええ。
それじゃ、また」
508 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/28(水) 22:46
コンビニでポカリやらゼリーやら買いこんで、梨華と吉澤は家路を急ぐ。
吉澤の脳裏に、介護、という単語が浮かんだ。
いつか遠い未来、自分が本当に殆ど歩けない日が来たら、こうやって梨華に支えられて歩くのだろうか。
また、その逆かもしれない。
その未来もいいな。
てか、梨華ちゃんトナリ、ってのが重要っしょ。
そこまで考え、吉澤はニヤニヤした。
「ひとみちゃん?」
梨華は怪訝な表情で、吉澤の顔を覗き込んだ。
「いつも、ふたりで歩くのです」
「うん?」
「いつでも、ふたりなんですよ。
ソコ、肝心」
「うん」
梨華は頬を綻ばせた。
「肝心だね」


アヤカは夕食を終え、休憩していた。
複雑骨折した脚は、患部の腫れが引いてから手術すると医者に言われている。
大学の単位はほぼ取れているので心配ないが、2ヶ月は入院を見た方がいいとも言われたので、
『その後の通院も入れたら、長期戦になりそうだな』と小さく溜息をついた。
ドアがノックされたので、
「はーい」
と返事する。
「アタシ」
と保田が花束片手に現れた。
「アラ、お仕事は?」
「奇跡的に早く上がれた。
面会時間、間に合ってよかったわ」
『プレゼント』と保田は花束を差し出した。
「綺麗。
圭ちゃんのシュミ?」
「半分はカオのシュミ。
アイツはバイトがあるから来れなかったけど。
また時間ある時来るってさ」
「ありがとう〜。
カオちゃんが来てくれる方が嬉しいな」
「ちょっとー」
保田はアヤカの折ってない方の腕を軽く叩いた。
509 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/07/28(水) 22:47
「絵梨香さんのお見舞いは、行ったの?」
アヤカが問うと、保田はちょっと唇を噛み締め、
「さすがに、ね…山口は。
まだ、行くなって周りにも止められてるし」
「殴ったんだって?
女の子には優しい圭ちゃんが。どうして?」
「…許せなかったのよ」
保田は膝に置いた拳を握った。
「昔、うちの祖父があの子に自分が大切にしてたオルゴールつきのライターをあげたことがあってね。
あの子はあまり物にも人間にも関心を示さないのに、珍しく欲しがったから、祖父は気前よくあげたのよ。
それを見てたから、あの子がライターをタンポポのゴミ箱に捨てたのを見て…頭に血が上っちゃって」
俯いて、また拳を握る保田を見て、
「…そうだったの」
アヤカは静かに呟いた。
「近くにいても、案外気付かないものよ。
本当のことっていうのは」
「うん?」
保田が顔を上げると、ドアが開いて、アヤカの母が入って来た。
「アラ、いらっしゃい。
久しぶりね、圭ちゃん」
「こんばんは、突然すみません」
「アヤカ、保険証、手続きしてきたわよ」
「ありがとう、ママ」
「じゃ、圭ちゃんの飲み物でも買ってくるわね。
ごゆっくり」
「あ、お構いなく」
アヤカの母が出て行った後、保田は、
「あの…保険証って」
疑問を口にした。
「ああ、うちのパパとママ、離婚したのよ」
「え…」
「ホラ、近くにいても案外気付かないモンでしょ?」
アヤカは苦笑いして言った。
「あたし、ママの方に行ったから、色々手続きを頼んだのよ」
「離婚って…どうして?」
「どっちかが浮気したとか、飽きたとか、嫌いになったワケじゃないわよ」
アヤカはまた苦笑する。
「愛してても、どうにもならない事ってあるのよ。
だから、パパとママは別々になる道を採ったの」
「そう…」
「あ、でも。
また、恋人同士に戻れるからいいかってパパが呑気な事言ってるけど。
でもまあ、別れても、もしママに何かあったら、世界の何処にいても、パパはきっと飛んでくるわ。
それがパパって人よ」
「うん」
保田は優しい目で笑った。
「ついでに言うとね、ミカに昨日フラれちゃってね」
「え!?」
保田は思うわず、椅子から腰を浮かした。
「どうして?」
「いやー、やっぱ距離?
ミカから、一度リセットしたいって申し出がありまして」
「リセット?」
「そ。
自分がもっとオトナになって、あたしがミカにもっと惹かれるくらいになりたいんだって」
「うまくいってたのに…」
「愛し合ってても、相手の孤独までは覗けないのよ」
「あんたは、いいの?」
「いいわけないでしょー。
向こうがソノ気なら、コッチももっといいオンナになって惚れさせてやるわよ!」
「…アンタって、そういや、ヘンなトコで負けず嫌いだったわね」
保田はしみじみ言った。
「努力しなくても、充分いいオンナだわよ」
アヤカの頭を撫でてやると、
「ソレ、前にフッた時に言ってほしかったなー」
アヤカにニヤッと笑われ、保田は決まり悪そうに頭をかいた。

亀井は、自室で何をするでもなく、ソファーに寝転んでいた。
携帯が鳴る。
珍しい人からだった。
「カメさん?」
『今、いいかしら?』
「ああ、うん」
『さゆちゃん、寮まで送って来ました』
「ありがとう。
ごめんね、面倒な事頼んで」
それには答えず、
『気にしたらダメよ』
とカメさんは穏やかな声で言った。
「…ああ。
聞いてたんだね」
『本心で言ったわけじゃないと思うの。
絵里ちゃんがどれだけ心配してたか、きっと分かってるだろうし』
「大丈夫だよ。
分かってる、ありがとう」
『それじゃあね。
今夜は嵐らしいから、戸締りしっかりして休んでね』
「ああ、うん。
おやすみなさい」
電話を切って、
「嵐?」
窓を開けて顔を出し、亀井は首を傾げた。
くっきりと月が出て、曇りのない夜空だった。
510 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/07/28(水) 22:49
更新しました。

レスのお礼です。

>505の名無飼育さん

>愛ちゃんは自由ですねw

川*’∀’)<そんなことないやよー

川o・-・)<…とりあえず、殴っていい?

愛ちゃん、フリーダムです(笑)。
さゆとカメは、ぶつかるべき時なのです(多分)。

>吉卵さん

>いしよしが久しぶりにちょっとあったのがうれしかったです。

申し訳程度のいしよしですみません(笑)。

(;^▽^)<やっと出番が…

(;0^〜^)<病み上がりだYO!
511 名前:吉卵 投稿日:2010/07/30(金) 04:21
更新お疲れ様です。
ちっちゃいののナッチのマネはいいから、本物の安倍さんが出てきてほしいです。(コラ)
512 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/08/08(日) 18:32
同じ頃。

梨華の携帯に、柴田から電話があった。
『よう』
「うん、元気?」
『まあ、ぼちぼち。
ダンナの具合、どうよ?』
柴田は梨華や市井から、吉澤がライブの大喧嘩後、熱を出して寝込んでいると連絡をもらっていた。
「うん、熱も大分下がった。
アヤカさんのこと、知ってる?」
『ああ、市井さんに聞いたよ。
もうすぐ手術らしいから、また落ち着いたらお見舞い行くよ』
「うん」
『んで、マサオだけどね』
梨華は一瞬黙り込み、
「うん」
と頷いた。
『6日の便で成田から行くから。
見送り、来てやってくんない?』
とだけ柴田は告げた。
梨華はふっと口許を綻ばせる。
「もう、許したの?」
『許すも何も』
一旦無音がし、
『しょうがないじゃん、アタシの意思などお構いなしに全部段取りついてんだから』
「全然しょうがなく思ってないでしょ?」
梨華の可笑しそうな声に、
『梨華のクセに生意気だ』
といつものように憎まれ口が返ってくる。

『じゃ、詳しい時間はメールするから』
「うん」
梨華は優しい声で頷いた。
『んじゃ、今日は多分嵐だろうからしっかり窓閉めて寝ろってうちのかーちゃんが言ってる』
「へ?もんのすごく晴れてるけど?
月も煌々としてるし』
『ま、そーゆーこと』
柴田は意味深に笑い、切った。
梨華は切られた携帯を首を傾げて見つめ、
「嵐?」
と呟いた。


その頃。
新垣は、朝比奈の寮にいた。
ミスタードーナツで道重の好きなドーナツをいくつか買って、お見舞いにやって来たのだ。
道重はすぐ出て来た。
しかし、不機嫌この上なかった。
「あ…元気、そうでよかった」
道重の不機嫌ぶりに、おずおず言い、
『コレ、よかったら食べて』
と新垣は袋を差し出した。
「ありがとう」
とだけ言い、道重は
「じゃ」
と踵を返す。
「あ、あの。
さゆみん」
「なに?」
「その…」
「絵里に何か聞いたの?」
「え…?
カメ、どうかしたの?」
道重はちょっと新垣の方を振り返り、
「知らないならいいの」
と余計気になるような口調で言う。
「ねえ、カメがどうしたの?
カメ、なんかしたの?」
「気になるんだ」
「そ、そりゃあ…」
道重がクッと唇を歪ませて笑うのを見て、新垣は少し呆然とする。
「安心して。
ちょっと絵里とケンカしただけだよ。
ガキさんが心配するようなことはなかったから」
「し、心配って…」
「絵里のこと、その気もないのに振り回してるくせに、他人に盗られるのはイヤなんでしょ?」
「さゆみん…」
「絵里、優しいからね。
美人でお金持ちで、勉強もスポーツもなんでもできるし」
「…そうだけど。
さゆみん、どうしたの?
今日のさゆみん、なんかおかしいよ?」
心配した新垣が道重の肩をそっと掴んで顔を覗き込むと、道重はバッと険しい顔で振り払った。
「どうせガキさんだって、さゆみがあの人を刺そうって思ったって考えてるんでしょ?」
「ち、違…!」
「どう違わないの?
もう、たくさんだよ!」
ぐしっと目尻の涙を手の甲で拭い、道重は足早に寮に入って行った。
513 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/08/08(日) 18:34
――――新垣はフラフラと歩いて行き、いつの間にか学校から少し離れた高架橋にいた。
小雨がパラつきだし、見る見るうちに本降りになった。
家に戻る気にもなれないので、仕方なく橋の下で雨宿りする。
「あれ」
何処かで聞いたような声が、素っ頓狂な響きを含んで聞こえてきた。
「里沙ちゃん?」
声の主を確信し、新垣は冷えた気持ちがあったかくなりホッとする。
笑顔を見せ、
「愛ちゃん」
と言葉を返した。
高橋は少し離れたところで、ハンカチで首筋を拭っていた。
「いや、近道して駅に行こうとしたら急に降り出すがし、仕方なく雨宿りやよ」
『あんたは?』と返され、新垣は少し言葉に詰まったが、
「寮まで、さゆみんのお見舞いに行ったの」
とだけ言った。
「ああ、あの子、ケガしたんやてな。
可哀相に」
「かわいそう…」
新垣が渇いた声で呟くのを聞いて、
「どしたん?」
高橋は異変を感じて近づいて来た。
新垣はしゃくりあげ、高橋の腕を掴んで俯いた。
高橋は黙って抱きしめてやる。
「ダメだよ」
新垣は苦笑いして、泣き顔のまま高橋を離す。
高橋は構わず、新垣の首筋に手をやって抱き寄せた。
「愛ちゃん、髪、切ったんだね」
高橋の肩に頬を埋め、新垣は言った。
前まで、抱きしめられると顔に触れていた高橋の髪。
綺麗に切り揃えられた首筋の髪の裾を見て、新垣は強く、額を擦り付けるように高橋の肩につけた。
ふっと離されたかと思うと。
雨の匂いの中、熱を注ぎ込まれるようなキスをされた。

新垣は一瞬何か分からず、次の瞬間、高橋の肩を引き剥がそうとする。
「ん…んん!」
息ができないような苦しさの中、甘い香りが鼻先を掠める。
高橋の髪の香りだ。
耳朶の裏、項、鎖骨。
激しい雨の埃っぽい香りの中、あの夜と同じ、高橋の匂いを嗅いだ。
「や…愛ちゃん、ヤだ!」
高架橋の柱に背中を押さえつけられ、新垣はなおも口づけを続ける高橋を剥がそうとした。
「その跡、絵里やろ?」
首筋にすっと高橋の指先が走る。
「もう、絵里のものになったんか?」
新垣は泣きじゃくりながら、黙って首を振る。
「…ごめん」

「やっぱり、忘れられん」
514 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/08/08(日) 18:35
「愛ちゃん…!
痛い、やめて…!」
首の付け根に噛み付く高橋に、新垣は泣きながら訴える。
「…痛い」
ひりつくような熱の中、新垣は繰り返した。


「…ごめん」
新垣をひとり残し、高橋は雨の中出て行った。
本当は、亀井が残した跡だけでなく、すべて消し去るように自分のものにしたかった。
しかし、彼女の涙に負けた。






首筋を押さえて、新垣はずるずると柱に背をつけたまま崩れ落ちる。
「…帰んなきゃ」
新垣は、涙を拭わず呟いた。


無意識に電車に乗り、どこかの駅で降り、体を引きずるように歩みを進め、電話ボックスに入る。
携帯は、とっくに充電が切れていた。
震える指で生徒手帳のページをめくり、友人のアドレスが記載された箇所を当てる。





515 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/08/08(日) 18:36
「ん?」
風呂から上がった亀井は、携帯が鳴っているのに気付く。
「公衆?
なんじゃ?」
スルーしようかと思ったが、何故か気になり、
「もしもし?
と出る。
呼びかけても、先方は黙ったまま。
『うっわ、無言電話?
イタ電?
出なきゃよかった』
亀井が顔をしかめつつ、もう一度
『もしもし?』
と呼びかけると、啜り泣く声が聞こえてきた。
「え…」
亀井は小さく声を上げ、
「あの…誰?」
返答なし。
ただ泣くばかり。
亀井は段々分かってきたのか、
「…ガキさん?」
とひとつの可能性を賭けて問うてみた。
『…カメ』
か細いが、あの子くらいしか呼ばない呼び方が聞こえ、亀井は心底ほっとする。
「もしもし?
どしたの、ガキさん?
ねえってば」
『カメ…』
「うん」
『助けて、カメ』
亀井は新垣のここまでか細い声を初めて聞いた。

「うっわ…すんごい雨。
前、見えないよ」
新垣から居場所を聞き出し、黄色いレインコートに雨靴まで身につけ、亀井は彼女を迎えに行く。
『いい?
その電話ボックスから動くんじゃないよ?』
場所は亀井の家から少し離れた場所だった。
『こんな大雨の中…何してたんだろ』
亀井は顔に叩きつけてくるように降りしきる雨に、きつく目をつぶって顔をよけ、歩みを進めた。

教えられた電話ボックスに、ずぶ濡れの少女がいた。
「よかった…」
亀井は新垣の姿を見て、ほっとする。
持参したレインコートを着せ、亀井は
「行こう」
と雨の中引っ張って行った。


「ここから入って」
前もカメさんに入れてもらった勝手口を亀井に開けてもらい、新垣は上がって行った。
「玄関から入ると、親に見つかるとこの状態は色々面倒だからね」
亀井がニヤッと笑う。
「こっち」
慌しくレインコートを脱ぎ、手を引っ張ってもらい、亀井の部屋に向かう。

バスタオルを渡され、バスローブに着替えるように言われ、
『絵里はこっちにいるから』
と亀井は寝室から出て行った。
「カメ」
着替えた新垣は寝室のドアを開け呼んだ。
「お風呂の支度したげるよ。
待ってて、お湯、入れてくるから」
まだ濡れてる頭を軽く撫で、亀井はバスルームに消えた。

「はあ、ひどい雨だね。
絵里ちゃんのダサメガネも曇るっちゅーモンですよ」
迎えに行く時掛けていたメガネをカットソーの裾で拭きつつ、亀井はバスルームから出てくる。
「すぐお湯溜まるから。
シャワーでも先浴びてなよ」
亀井が優しい声で言うと、新垣は相手の肩に顔を埋めた。
「…ガキさん?」
とりあえず肩は抱いたが、何か気になって、一旦彼女の体を離す。
「――――その傷」
新垣の肩の歯型に気付き、亀井はそっと指で触れた。
敢えて理由を聞かず、
「お風呂、上がったら、薬、塗ってあげるから」
穏やかな声で告げる。
「お風呂入っておいで。
風邪、引くよ?」
やはり穏やかな声で言い、亀井は新垣の額にキスしてやった。


『…遅い。
もしや、貧血で倒れたとか?』
あまりに出てくるのが遅いので、亀井は本気で心配になってきてバスルームを開けた。
「ガキさん?」
シャワー音は聞こえるが、返事はない。
意を決して、亀井はシャワーブースのドアを開けた。
新垣はバスローブのまま、床にしゃがんだように崩れ落ちてシャワーに打たれたままでいた。
亀井は
「ちょ!ガキさん!」
腕を掴んで起き上がらせようとする。
ずるずるとすべり落ちようとするのを、慌てて支えてやる。
亀井の腕の中に落ちるように行き。
急に強く、亀井にしがみついた。
「…ガキさん」
「抱いて」
最初は小声だったが、
「抱いてよお!」
涙の混じった、悲鳴のような声に変わった。
516 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/08/08(日) 18:37
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

(・´ー`)<本物だべさ。お待たせだべ

(〜^◇^)<キャハハハハ!悪かったな!

マネはいいから、てのが笑えました。
ヤグチって一体(笑)。
517 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/08/08(日) 23:30
ガキさんさゆみん…
普段ならわかり合える二人だろうに(T_T)
518 名前:吉卵 投稿日:2010/08/12(木) 22:22
お疲れ様です。
愛さん切ないの〜。
519 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/04(土) 23:44
「遅い」
紺野は、エプロン姿でリビングの時計を見上げた。
高橋の携帯に電話を掛けたが通じず。
念の為、さっき小川に連絡をしたが、
『いや、来てないよ』
という返事だった。

「愛ちゃんの好きなお鍋、作ったのに…」
今日は家族がいないので、ひとりで腕によりをかけて高橋の好物を作った。
イライラし、溜息もついてキッチンの椅子に腰かけた。

不意に、インターホンが鳴った。
出ると、びしょ濡れの高橋がドアホンの画面に映っていた。



「愛ちゃん、言ってくれたら迎えに行ったのに」
「今までどこにいたの?」
「コンビニで傘とか買えばいいのに。
びしょ濡れじゃない」
高橋を家に入れ、矢継ぎ早に紺野が言ったが、高橋は何も返さず、虚ろな目で見返した。
「愛ちゃん?」
紺野が不審そうに見ると、高橋は、
「あの子を、傷つけてもうた」
虚ろな声で呟いた。
「え…。
あの子って…ガキさん?」
高橋は何も答えない。
「ちょ、ガキさんに何したの?」
高橋の服の袖を引っ張る。
雨で濡れているのは見た目で分かったが、びっくりするくらい冷えていた。
それと同じくらい、高橋の唇も冷えて青くなっている。
「ねえ愛ちゃん?
何も言ってくれないと分かんないよ。
ねえ」
「あーし、どうしたらええ?」
突然、高橋が叫び、紺野に抱きついてきた。
「あさ美、あーし、どうしたらええ?」
高橋は繰り返す。縋りつくような眼で。掠れた泣き声で。
紺野は黙って抱きしめる。
520 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/04(土) 23:46
『あたしの…大好きだった人は、こんなにも、弱くて、情けなくて、みっともない人なんだ』

高橋の背中を撫でながら、紺野は思う。


「大丈夫だよ。
今夜は、ゆっくり休んで。
明日、どうすればいいか、考えよ?ね?」
高橋は泣きながら頷いた。
紺野はあやす様に、濡れた髪を撫でてやった。
521 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/04(土) 23:47
道重は寮の自室のベッドで、うつぶせになって眠ろうとしていた。
親友だと思っていたふたりに一番傷つくことを思われていたり、逆に自分が言ったり。
感情の揺れ動きの激しさに、自分自身疲れてしまい、ただ、眠ろうとしていた。

「道重さん」
控え目にドアがノックされ、聞き覚えがある声がした。
光井だった。
誰とも会いたくないので無視しようかと思ったが、仕方なく起き上がってドアを開けた。
「なあに」
腫れぼったい顔で現れた道重に多少面食らいながら、
「あ、あの。
ナカハラ先輩がこれ渡してくれって」
「ナカハラちゃんが?」
光井の手には、チーズの箱があった。
「実家から、送ってもらわはったみたいです」
光井の言葉に、道重はかつて実家が牧場だというナカハラに、『本場のチーズ食べたいの』と冗談でねだったのを思い出す。
「チーズは体力つくから、傷の治りもよくなるって言うてはりました」
「…うん」
箱を受け取って、道重はベッドに腰掛けた。
522 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/04(土) 23:48
「そうだ」
道重は思い出したように、鞄から手ぬぐいのようなタオルと袋を出した。
タオルは道重が怪我した際、光井に借りたものだった。
「これ、タオル、ありがとう」
「ああ、いいえ。そんな」
光井は恐縮しながらタオルを受け取る。
「これ…」
光井は少し目を丸くしてタオルを広げる。
「すっごい、キレイになってません?」
「絵里が洗ってくれたんだけど…どれ」
道重はまた受け取って、改めてタオルを見つめる。
やがて、ぽろぽろと泣き出した。
「道重さん?」
光井は慌てて顔を覗き込む。
「さゆみ…絵里に酷いこと言ったの。
あんなによくしてくれたのに」
「ケンカでもしはったんですか?」
道重は黙って頷く。
「タオル、血、いっぱいついてたやろうに、めっちゃキレイに洗ってくれはったんですね」
また道重は頷いた。目元の涙を拭って。
「あんなに普段テキトーな子が、多分浸け置きしたり、手洗いしたりして、丁寧に洗ってくれたんだよ。
そこまでしてくれたのに、さゆみ、絵里に…」
「きっと分かってくれはりますって。
怪我がようなったら、直接会うて謝らはったらええですやん」
「許してくれるかしら」
「大丈夫ですって」
道重の肩に両手を置いて、光井は励ました。
523 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/04(土) 23:49
「この袋は…」
ひとしきり落ち着いた後、光井はさっき渡された袋について尋ねた。
「さゆみも分かんない。
帰り、絵里にタオルと一緒に押し付けられたんだけど」
「道重さんへプレゼントなんじゃ」
「…開けてみるね」
袋を開けると、光井の私物タオルとよく似た手ぬぐいと、手紙が出て来た。
手紙をしばらく無言で見ていた道重は小さく笑って、
「やっぱり、みっつぃにプレゼントだよ」
と手紙と共に手ぬぐいを渡した。

『みっつぃ。
タオルありがとう
よく洗ったけど、完全には血が落ちませんでした
ゴメンね
代わりといってはなんだけど、使ってね

           さゆ』
           

「え…道重さんの名前、最後に書いてますけど」
手紙から、光井は顔を上げた。
「絵里が偽造したんだよ」
道重はまた少し泣きながら笑った。
「さゆみっぽく書いて、さゆみからのプレゼントってことにしようって思ったんだよ。
絵里は、あまのじゃくだから」
涙を拭い、道重は笑う。
「やっぱり、エエ人なんですね」
「ひねくれてるけどね」
道重が笑って言うと、光井も
「そんなん言うて〜」
と笑った。
524 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/04(土) 23:50



――――激しいシャワーに打たれながら、亀井は何度も何度も新垣に口づけた。
奪うように。
慈しむように。
新垣も亀井にしがみつき、自身も何度も口づけを返した。


ただ、シャワーの音だけが響いていた。
525 名前:ごまべーぐる@夏バテ中 投稿日:2010/09/04(土) 23:57
更新しました。

レスのお礼です。


>517の名無飼育さん

( TeT)<さゆみん…

普段なら分かり合えるふたりだからこそ、すれ違う時もハンパないのです。

>吉卵さん

川*TーT)<ホントに切ないやよ〜。ありがとうやよ〜

愛ちゃん、傷だらけです。ガキさん以上に傷だらけです。
526 名前:吉卵 投稿日:2010/09/06(月) 11:04
愛さん…ポンちゃん優しくしてやってくれ。
しかしポンちゃん、愛さんがみっともないのは今に始まったことではないと思うが。
527 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/09/07(火) 18:17
みんな心を癒す時が必要なのか
それだけでは足りないのか…
528 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/21(火) 20:29

「う…あ」
新垣は掠れた声を上げ、首筋に亀井からのキスを受けた。
不意に、亀井の手がシャワーの栓に伸び、締められた。
さっきまで雨のように降っていた飛沫の音をぼんやり思い出していると、亀井が
「ベッドに、行こう」
肩先に顔を埋めて呟いた。

濡れて用をなさなくなったバスローブを新垣はシャワーブースで脱ぎ捨て、亀井も同様にローブを脱いだ。
新垣の肌を見た途端、一瞬照れたような笑みを浮かべ、亀井は唇を覆うように口づけてきた。


長い夜になりそうだった。



バスルームにすぐ続いてる、亀井の寝室のベッドにふたりで横たわる。
そっと布団を剥がして入るとかそんな余裕はなく。
掛け布団の上に、直に倒れた。
ベッドに斜めに倒れている自分たちを、新垣は少し滑稽に思い苦笑した。
亀井も同じ事を考えたのか、目が合って照れくさそうに笑った。
「もう、いいよね?」
返事の代わりに、亀井の耳朶にそっと口づけた。

529 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/21(火) 20:30


甘いような、肌の香りだった。


仄かなぬくもりを覚え、うっすらと目を覚ました。
手を伸ばすと、亀井の褐色がかった肌があった。
「おはよ」
亀井は既に目覚めていた。
新垣は少し驚いたように顔を上げる。
「よく眠れた?」
「…うん」
額にキスをされ、新垣は多少落ち着かない気持ちになる。
「こんなエロイ格好だけど、残念ながらなんにもなかったからね」
先に言われ、新垣は
「…え」
素のリアクションを取ってしまう。
「出来なかったの」
少し怒ったように、亀井は言う。
「出来ないって…」
「ベッドで愛し合おうとしたら、ガキさん、ビービー泣いちゃうし」
「……」
「愛ちゃんに、つけられたんだよね?」
亀井の指が肩の歯型に触れ、新垣は俯いた。


夕べ、亀井と抱き合っていた時、亀井が新垣の肩の歯型に強くキスしようとした。
『やめ…!』
新垣は慌てて押しとどめようとした。
『どうして?
絵里、こんな痛い事しないよ』
『やだ…、やめて』
また新垣が泣き出してしまい、亀井は新垣をあやしながら肩の傷の真相を聞きだしたのだった。


「まあ、泣き止んだのを待ってまた愛し合おうとしたら、今度は絵里が脳味噌沸騰しそうなくらいアツくなっちゃってねー」
亀井は苦笑する。
「分かる?
本気で好きだから、震えて抱けなかったんだよ?
可笑しいでしょ?
笑っていいよ、ヘタレだって。
自分でも、そう思うもん」
新垣は黙って首を振る。
そして、
「ありがとう」
小声で言って、亀井を抱きしめた。
530 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/21(火) 20:33
「も少し寝てようか。
さすがにまだ早いし」
新垣を少し抱っこし直してすぐ離し、
『寝るべ?』と亀井は自分が先に横になってニッと笑った。
新垣もくすっと笑って自分も布団に潜った。
亀井に抱きついて、
「カーメ」
とちょっと甘い声を出す。
素肌で抱きつかれ、亀井は
「おーちーつーかなーい」
とおかしな声を出して苦笑する。
「なにさ」
「なにさってねー。
惚れた女に全裸で乳首がくっつくくらいハグされてみなさいよ、アンタ。
落ち着かねー、落ち着かねー」
新垣は悪戯っ子の表情で余計くっつくように抱きつく。
「ちょガキさん…!
絵里、ほんとまじアタマ沸騰しそーなんだってばあ!」
亀井の切羽詰った声に、新垣は悪戯が半分、切なさと嬉しさが混じったおかしな気持ちになる。
今までと違ったのは、さっき『抱けなかった』と言った亀井に対して思ったのと同じ、愛おしさだった。
新垣は顔を上げ、目を細めて亀井を見た。
まだ明け切ってない、朝の光の中、褐色の腕がシーツに陰影を作り、綺麗だな、と思った。
亀井も黙って新垣を見ていた。
新垣は少し舌を出し、亀井の唇を舐めた。
すっとなぞるように通りすぎて行き、亀井はびくっと体を強張らせる。
しかし腕は相手を求め、
「おいで」
迎え入れるように、抱きしめた。


「ん…んん」
口づけが止まらなくなり、新垣の下にいる亀井は、脚を少し広げ、新垣のそれを挟むように絡めた。
体勢が逆転し、亀井は上から新垣の顔を覗き込んだ。
亀井の真剣な表情が可笑しくて、新垣はふっと微笑んだ。
亀井の頬に手をやり、
「いいよ」
と述べた。



静かな中に、携帯の呼び出し音が響く。
少し鳴って切れて、また鳴った。
「カメ」
新垣は亀井の背中を叩いた。
「うー…オカンめオカンめ」
携帯はなお響く。
「出て」
新垣は促す。
「ヤだ…」
亀井が新垣の胸に頬を埋めようとするので、新垣は無理矢理起こして携帯を手渡した。


「なんでガキさん泊めてるって分かったんだろ?」
携帯を切った後、亀井は首を傾げた。
「親って、そんなもんだよ」
新垣は言う。
「うちのママも、何でもお見通しだもん」
亀井は『そう』と頭を掻いた。
531 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/21(火) 20:36

「じゃ、じゃ。
絵里は先にシャワーついでに向こうで着替えるから」
亀井は腰をかがめ、クローゼットから出したバスローブを着、不自然な姿勢でバスルームへ向かった。
慌ててシャワーをひねり、下肢を確認する。
さっきから、なんだかむずむずして落ち着かなかったのだ。
「な、なんでなんで!?
な、なんもしてないのに…」
下肢のあまりの洪水っぷりに、戸惑いうろたえていた。
下半身が鈍く痛いような、妙な心持ちだった。
「あ…!」
亀井はハッと何かに気付き、ローブを纏って慌てて寝室に戻る。
『い、いけない…!
あ、愛の跡が…!
今、本体ですらこんななんだから!』
新垣は借りた部屋着を身につけ、シーツに落ちた髪を丹念に拾っていた。
「な、なにやってんの…?」
「え、なにって。
髪の毛、いっぱいついてるから」
そう言いながら、ひとつひとつ拾っていく新垣。
「そ、そんなことしなくていいのに…」
亀井はその心遣いを嬉しく思いながらも、シーツについてるであろう濡れた跡が物凄く気になっている。
新垣が一本の短い毛髪を手に取って凝視し、真顔になる。
『あ…あれは明らかに頭髪でない毛!』
亀井は慌てて、
「そ、それはこっちで引き取るから」
真っ赤になって顔をそむけながら受け取り、ティッシュでくるむ。
『ど…どっちのだろ』
亀井がどきどきしながらくるんだティッシュを握っていると、新垣はくすっと笑った。
「ん?」
亀井が視線をやると、
「カメのバーカ」
優しい瞳で、新垣は抱きしめた。
532 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/09/21(火) 20:38
更新しました。

レスのお礼です。


>吉卵さん

>しかしポンちゃん、愛さんがみっともないのは今に始まったことではないと思うが。

川o・-・)<ですよね。よく分かってらっしゃいます

川*TーT)<ひどいやよー

まあ、愛ちゃんには心優しい幼馴染が今はついてますしね。


>527の名無飼育さん

>みんな心を癒す時が必要なのか

从;*´ 。.`)<さゆみ、もうクタクタなの

川;=´┴`)<先輩もでっけど、高橋さんも新垣さんも、エライ目に遭うてはりますなあ

とりあえず道重さんはよく気の回る後輩がついておりますし、多分大丈夫です。
533 名前:吉卵 投稿日:2010/09/21(火) 23:25
お疲れ様です。
ガキ亀、よかったですね。
さて、愛さんは?
534 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/23(木) 20:07
亀井は昨日、新垣が着ていた服一揃いを差し出した。
「ハイ。一応洗って乾かしたけど、着て帰る?」
「え…いつ洗ってくれたの?」
服を受け取って新垣が不思議そうに顔を上げると、
「昨日チミが眠りについてからコッソリ洗ったのさ、ハニー」
「ハニーいらないから」
「つれないなあ」
亀井はふざけて返した後、ふっと真面目な顔をし、
「靴はさすがにまだ濡れてるから、絵里のミュール貸したげるよ。
絵里のスニーカーだとガキさん、ブカブカだろうし」
「なんでそこまでしてくれるの?」
新垣にじっと見つめられ、亀井は
「愛ゆえです」
わざと大真面目に答える。
「もう。真面目に聞いてるのに」
亀井がふざけたと思った新垣がブツブツ言うので、
「マジメに答えたじゃん」
亀井も同様にブツブツ言った。

朝食の席に着くと、亀井の母が慌しそうに、
「ごめんなさいね、里沙ちゃん。
私は仕事に行くけど、ゆっくりしてってね」
新聞を鞄に入れ、そのまま出て行こうとする。
「あ、はい。
すみません…」
新垣が言い終わらないうちに、ドアは閉じられた。
「お母さん、忙しいんだね」
「今朝は会議の日だからね」
亀井は事も無げに言い、カメさんからコーヒーを受け取る。
「お父さんは?
もう出掛けたの?」
「えーっと…ああ、今日から出張だった」
「明日の夜お帰りですよ」
「そうだったそうだった」
カメさんのフォローも入り、亀井はうんうん頷く。
それぞれ家庭の事情はあるが、ひとりで朝ごはんって寂しくないのかな、と新垣は思う。
「もう少し」
「ん?」
「早く起きれば、お母さんとごはん、食べられたのにね」
少し申し訳なく思い、新垣は呟く。
「んー。
カメさん、うちのおかーはん、今朝はカイシャ飯?」
「ええ。
お時間がないようですから、サンドイッチを包みましたよ」
「な、なに?
カイシャ飯って?」
「朝も食べてるヒマもない時は、カメさんのごはん持ってって会社で食べるんですよ。
だからカイシャ飯。
絵里のおとーはんが言い出したんだけどね」
「か、会社で朝ごはん食べるの?」
「そうだよ。
ガキさんとこのパパさんはしない?」
「いや、分からないけど…」
記憶の限り、新垣の父はほぼ毎朝家で朝食を摂って出勤している。
自分が寝坊して顔を合わせられないこともあるが、朝食を家族で囲むのが普通だと思っていた。
「まあ、絵里が早起きしてもおかーはんがこうなので気にしなくていいよ」
亀井に言われ、
「う、うん」
釈然としないまま頷く。
「ガキさんのお家は、いつもみんなでごはんを食べるの?」
カメさんにコーヒーのおかわりを注いでもらい、
「あ、はい。
みんな家にいる限りは…」
顔を上げて答える。
「このヒトん家、めちゃアットホームだし。
ハナシきーてる限り。
もー、ママさんのお誕生日にはおとーさんと娘が結託してビックリパーティーとかするしー。
なんか羨ましい」
亀井が素直に羨ましい、と口にしたので、新垣は思わずカメさんと顔を見合わせた。
「絵里ちゃんもお父さんと何かすればいいじゃない。
お母さんのお誕生日の時」
「ああー、そうだねー」
亀井はカメさんに適当に返事し、サンドイッチを口にした。

535 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/23(木) 20:09
いいというのに、亀井は新垣の家まで送ると言い張り、ついて来た。

「ママさんに謝らなければならぬこともありますし」
「は?なんでうちのママに?」
そう言って新垣は、
「あ!む、無断外泊した!?あたし、ゆうべ…」
寮に行くとは言ったが、泊まる事は言っておらず新垣は即座に慌てた。
「…またママに怒られる〜」
頭を抱えていると、
「無問題。
ゆうべチミが風呂に入ってる間、ワタシ電話したアルね。
ユーシー?」
「…どこの国のヒトよ。
てか、なにそのシュートー?」
「周到?」
「うん、シュウトウっぷり」
「まあまあ」
「てか、それならなんであんた、ママに謝んなきゃなんないのさ」
「まあまあ」
亀井は適当にかわし、新垣の背を押して門扉をくぐった。

「ただいま…」
恐る恐る、新垣はリビングに入って行った。
「あら、亀井ちゃんも一緒なのね。
里沙、送ってもらったの?」
「あ、うん…」
「ゆうべは、すみませんでした。
あの、ガキさんのお母さん」
「はい?」
「彼女、怪我をしてるので病院に連れてってあげてください」
亀井の思いがけぬ発言に、新垣は一瞬意識が飛ぶくらい驚く。
「ちょ、カメ」
「すみません。
ゆうべ、彼女が大雨で帰れなくなった時、絵里、家に泊めたんですけど、その時、絵里、ふざけてガキさんの肩に
噛み付きました。大分跡は消えましたが、念の為病院に連れてってあげてください。
本当にすみません」
「ち、違うのママ…」
新垣が慌てて訂正しようとすると、それまで難しい顔をしていた新垣の母はふっと笑い、
「亀井ちゃん」
声を掛けた。
「は、はい」
「ウソは、もっと上手につくものよ」
「え…」
「詳しい事情は分からないけど、あなた、里沙をかばってるでしょ?」
「……」
「いいわ、とりあえず病院に行きましょう。
里沙、支度しなさい」
「う、うん」
新垣はすぐ階段を上がって自室へ向かった。
536 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/09/23(木) 20:10
「あ、あの。
どうして、絵里がウソついてるって…」
しばらくして、亀井は新垣の母に問い掛けた。
「人の親なんかやってると、それくらいのウソは見抜けるものよ」
「そうですか…」
「それに、カメちゃんウソ、ヘタだもん」
新垣の母は可笑しそうに笑った。
「……」
「カメ?」
2階から降りてきた新垣が、俯いた亀井の顔を覗き込む。
亀井の頬に涙が伝っているのに気付いた新垣は、
「カメ!?」
と驚く。
「え…り、いままで、大人の人に、そんな事、言ってもらったこと…なかった」
亀井は泣きながら言った。
「カメ…」
「あの子ん家と関わると厄介だから一緒に遊んじゃいけないとか、ぎゃ、逆に…あの子と仲良くなっとくとあの子ん家はお金持ち
だからトクだよとか…そんなんばっかで」
いつもすっとぼけてる亀井がそんな事を言うのは初めてだったので、新垣は亀井の泣き顔にまじまじ見入った。
「里沙が選んだ友達に間違いはないでしょ。
ね」
新垣は母の言葉に目尻の涙を擦って、『うん』と頷いた。


亀井は『絵里も行っていいですか?』と病院までついて来た。
「カーメはー、過保護なんだからー」
「そんな風に言うもんじゃないわよ、里沙」
「はあい」
待合室でそんなやりとりをし、名前を呼ばれて母と診察室に入って行く。


「あの…どうでした?」
診察室から出て来た新垣親子を見て、亀井はソファから腰を浮かせた。
「うん。大したことないって。
ほっといても、治ったくらいだって」
「…そう。よかった」
新垣の言葉に、亀井は小さく安堵の声を出した。
自分がつけた訳ではないが、気が気ではなかった。
安心したと同時に、高橋に対する怒りも改めて湧いてくる。

『女の子に、こんな傷つけて…』

亀井は人知れず、厳しい眼差しを床に向けた。

537 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/09/23(木) 20:15
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

んー、前回のガキカメ部分はできればボカすか分からないように書いて頂ければ有難かったです。
すみません。

从*・ 。.・)<ごめんなの 
538 名前:吉卵 投稿日:2010/10/14(木) 09:17
更新おつです。
さゆ、こちらこそごめんなの。
539 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/11/23(火) 22:02

我々はどこから生まれてきたか ―――― 愛から。

我々はいかにして滅ぶか ―――― 愛無きため。

我々は何によって自己に打ち克つか ―――― 愛によって。

我々も愛を見出し得るか ―――― 愛によって。

長い間泣かずに済むのは何によるか ―――― 愛による。

我々を絶えず結びつけるのは何か―――― 愛である。

(『ゲーテ格言集』より)



――――紺野は、小さく溜息をついて本を閉じた。
彼女はいま、学校の図書室にいる。
まだ春休みなので、殆ど室内に生徒はおらず、自分のほかは2〜3人、読書したり問題集を広げたりしていた。

――――ゆうべ、高橋はずぶ濡れで帰って来て、泣きながら『里沙ちゃんを傷つけた』と繰り返していた。
一体何があったのか考えるのも怖かったが、ずぶ濡れでしゃがみ込んで泣きじゃくる高橋を放ってはおけず、風呂に入らせ、
いらないと言うのを叱り無理矢理食事させ、彼女が寝付くまでそばについていた。

今朝も、高橋が休んでいる客間の様子をそっと襖を開けて覗くと、頭から布団を被っていた。
『愛ちゃん、朝だよ』
『…頭、痛い』
『いま起きなくていいから。
いい?テーブルに朝ごはんの支度したから食べるんだよ。
あたし、学校行って来るから。
夕方には帰る。
お昼、カップラーメンならあるから適当に食べて』
『…わかった』
布団から出ず、一切顔も見せないで、高橋は返した。


『…昨日の今日だから仕方ないけど』
紺野はまた溜息をついて、そっと本に手を置いた。
540 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/11/23(火) 22:05
「難しい本読んでるナ」
ふと顔を上げると、大学の留学生・ジュンジュンこと李純がいた。
そういえば、彼女はこの図書室でバイトをしているのだった。
紺野は、『こんにちは』と会釈した。

何となく一緒に図書室を出て、これから昼の休憩だというジュンジュンに、『一緒にどうダ』と誘われた。
断る理由もないので、ついていく。

売店でパンをまとめて買い、ジュンジュンは『好きなの食べるダ』と手渡してくれた.
紺野が慌ててお金を払おうとしたら、『遠慮は不要ダ』と聞かない。

「そういえば、忘れるとこだったダ」
中庭のベンチで並んでパンを食べていると、ジュンジュンは傍らのバッグのサイドポケットから、小さなジップロックみたいなものを
取り出した。
「なんですか」
「これ、高橋がジュンジュンの部屋に忘れていったダ。
ピアスとネックレスだ」
「あらー。
分かりました、渡しておきます。
すみませんでした」
紺野が受け取ると、
「これが浮気相手の部屋にとかだったら、オオゴトダ。
くわばら、くわばらダ」
「言っておきますけれど、愛ちゃんとはなんともないですからね」
「モテる女を繋ぎ止めておくのは大変ダナ」
「わたしは別に繋いでませんから」
ジュンジュンはニヤニヤしていたが、ふと真面目な表情に戻り、
「ゲーテの本なんか読んで、紺野は賢いんダナ」
と言った。
「なんとなく、手に取ってパラパラ開いてみたら、面白そうだったので」
「へえ」
「人が愛するのはどうしてだろうとか、最近よく考えるので」
「『わたしたちはどこから生まれてきたか――――愛から』ってヤツダか」
「そうです」
「ジュンジュンは中国人だから、やっぱり中国の哲学者とか思想家の言ってることの方がすんなり入ってくるダけど、
ゲーテは偉大だと思うダ」
「そうですか」
紺野はふと思い立ち、
「ジュンジュンさんは、何故日本にいらしたんですか」
と問うた。
「別に中国の大学に進んでもよかったけど、日本で日本語の勉強したかったダ。
高校出て、あ、中国では高校は高級中学言うんダけど、高級中学出て、一年中国で日本語勉強して、こっち来たダ」
「まあ、そうだったんですか」
「なんとなくフランス語もやりたかったから、フランス語学なんか専攻したダ」
「そうなんですか」
ふと言葉を切り、紺野は
「卒業されたら、どうなさるんですか」
と続けた。
ジュンジュンはついと顔を上げ、
「ジュンジュンは中国人だから、いつかは中国に帰るダ。
人生の最後がいつなのかは分からないけれど、最後は自分のふるさとで死にたいダ」
と空を見ながら言った。
「生まれ育った国を愛してらっしゃるんですね」
「ウン。紺野もそうダロ?」
「そうですねえ」
紺野も空を見上げ、
「一度、アメリカに行ってから好きになりました。
『あー、日本に帰りたいなあ』って」
「そうカ」
ふたりは空を見上げた。
「ところで豆知識ダガ」
「はあ」
「リンリンのヤツは、同人誌買い漁りたいから日本来たダ」
「――――マジですか」

ジュンジュンは別れ際、『難しいのは、愛することよりも愛されることダ』とニヤっと笑って去って行った。
苦笑いしつつ、紺野は小さく手を振って見送った。

「あー、いい天気…」
大きく伸びをし、紺野はそのままベンチに残り、借りて来た本を広げた。
しかし穏やかな日差しで、ついうとうとしてしまう。


――――誰かに肩を叩かれ、夢うつつで『すみません』と呟く。
『おい、起きろよ。
いくら天気いーからって風邪引くぞ』
どこかで聞いた声だとうっすら目を開く。

「――――小川さん!?」
「おお、起きたか。
てか、リアクションデカすぎてコッチがフツーに驚いてんだけど」
「す、すみません!
あー…あたし、寝てたんだあ」
「おお、それはもうぐっすりと。
てか、いつからココいんの?」
紺野は腕時計を確認し、
「2時過ぎくらいからだから…あ〜、1時間は余裕で寝てました」
「あーあー。
アタシが通りすぎなんだら、もっと寝てましたね、アナタ」
「すみません…」
「や、いーよ」
ケラケラ笑って、小川は自分もベンチに腰掛けた。
541 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/11/23(火) 22:07
「小川さんは、学校へは…」
「ああ、部活の顧問に呼ばれて、ちょっと出て来た」
「そうですか」
「いや、田中がウチのクラブやめるっつーから、引き止め頼まれてさ」
「田中さんが…」
「背が伸びねえし、いっそマネージャーになったらいいって顧問が本人に打診したら
どうもアイツ拗ねちまったようで」
「…そうですか」
「アタシも、今はスタメンやれてっからいーけど、もしなんかあってやれなくなって
マネージャーやれって言われたら、複雑な気持ちになるだろうなって思う」
「うん…」
「まったく、気が重いよ」
小川は溜息をついて空を仰いだ。

「愛ちゃん元気?」
ふと小川が尋ねると、
「え、ええ…」
紺野は少し戸惑いながら答えた。
「なに?
ケンカでもしたん?」
「いえ、そういうのじゃ…」
「ふうん。
よかったら聞くけど?」
小川はベンチの背もたれによりかかり、紺野に視線を送る。
「別に…大したことではありません。
ちょっと色々考えてしまって」
紺野の脳裏に、昨夜の高橋の姿が浮かぶ。
あんなに誰かに激しい思いを注いでいる高橋を見るのは、いつ以来か。
遠い日の、高橋に対して、自分の気持ちを持て余していたのを思い出す。

「わたしは、心が狭いです」
「へ?」
突然の告白に、小川はきょとんとなる。
「愛ちゃんにかつて好きな人がいた時も、自分の気持ちを押し込めて、うじうじしてるだけでした」
「あ、ああ?
オーストラリアの時の…」
「いえ、それもですが。
アメリカにいる時、愛ちゃんが初めて…多分一緒に夜を過ごした相手です」
「はあ」
モテんだな、やっぱ、と小川は小さく呟いた。
「その子は、愛ちゃんとはすぐ上手くいかなくなって、離れていきました。
でも…」
「でも?」
紺野は一瞬表情をゆがめ、
「愛ちゃんに、絶対許せないような事をして裏切ったんです」
「え…浮気、とか?」
「浮気ならまだマシです。
人として、許せない事をしたんです」
「…うん」
小川は神妙に頷いて、少し視線を落とす。
「それでも愛ちゃんは、彼女を庇いました。
『あの子は悪くない』って。
信じられませんでした。
愛ちゃん、彼女にボロボロにされたのに。
自分の…気持ちも信じられませんでした。
愛ちゃんをボロボロにしたのに…それでも愛ちゃんに大事に想われてる彼女に、わたしは激しく憎悪して…嫉妬、してました」
いつも穏やかな紺野から『憎悪』や『嫉妬』という言葉が出て来て、正直小川は戸惑った。
しかし、受け止めようと思い、黙って聞く。
「…だからわたし…、心が」
「フツーじゃね?」
紺野が全部言い終わらないうちに、小川は紺野の方を見て言い切った。
「小川さん…」
「フツーじゃね?
片想いの相手が、他のコ、大事にしてたりしてムカつくのとかさ。
フツーだよ、フツー」
「…見損なわないんですか?」
「なにを?」
「わたしを…」
紺野のか細い声に、小川は、
「いや、いたってフツーっしょ。
てか、紺野もそーゆートコあんだなって、なんかアンシンした」
小川の穏やかな笑顔に、紺野はカッとし、
「どう…思ってたんですか。
わたしのこと…」
「へ?
いや、なんか、色々アタシと違っていっぱい考えてそーだなーって。
ムズカシイこととかさあ」
「…バカにして」
自分でも訳の分からない怒りを覚え、紺野はすくっと立ち上がった。
542 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/11/23(火) 22:10
「ちょ、待てよ、紺野ぉー!」
訳の分からない小川は、走って逃げる紺野を追いかける。
「あたしなんか言ったか?
謝るからさー」
「ついて来ないでください」
「待てってー」


自分たちが普段使う本校舎とは別棟の校舎まで追いかけ、小川は、
「なに怒ってんだよ、紺野。
ワケわかんねーよ」
不満をぶつけた。
紺野はじっと見上げていたが、
「ゲーテって知ってます?」
突然言った。
「は?」
「ドイツを代表する文豪のひとり、ゲーテです」
「そのゲーテがどうしたよ?」
「ゲーテの言葉で、『我々はどこから生まれてきたか ―――― 愛から』
という言葉があります」
「ふうん」
「愛によってこんな苦しい思いをするんなら、もう…誰も好きになりたくないんです」
「へ?」
「ごめんなさい…あなたが優しいからって、わたしちょっと八つ当たりしました。
あなたは悪くないのに。
本当にごめんなさい」
「や…そりゃあ、いいけど。
ゲーテってのはそんなにエライのか?」
「まあ…文豪ですから」
「ゲーテの言うこととアタシの言うこと、どっち信じる?」
「え…?」
今度は紺野がきょとんとする。
「ゲーテのオバハンの言うことと、いまいるアタシ。
どっち?」
「…ゲーテは男性ですよ」
「ドッチでもいーよ。
ゲーテとかいうオッサンのいうことと、アタシ、どっち信じんだよ」
「…さっぱり掴めません」
「大体ゲーテに会ったことあんのかよ」
「…あるわけないでしょ。
ゲーテは18世紀半ばに生まれたんですよ」
「じゃ、尚更だな」
「…何を言いたいんですか」
「ん?
ん〜…なんだろ?」
紺野は心底がっかりし、
「…分かりました。
じゃ」
と背を丸め、立ち去ろうとする。
「待てよ、まだ話は終わっちゃいねえ!」
「イキオイで何か言うのやめてください」
「イキオイでもなんでもいーだろ!
大事なハナシなんだよ!」
「もう!
やめてください!」
紺野は耳を塞いで、その場にしゃがみ込む。
「…もう、誰か好きになって、苦しむのはたくさんです」
「じゃ、苦しい恋をしなきゃいいハナシだろ。
シアワセな恋っつーのがいいんだろ?」
「ええ…でも」
「アタシにしろよ」
「……」

「苦しいのヤなら、アタシにしろよ」
紺野は何も言わず、小川を押しのけて別棟の校舎の階段を上がって行く。
「ちょ!
なんでまた逃げんだよー!
返事ー!」
小川も続いて上がって行く。
「紺野、待てって」
「もう!
イヤなんです!」
紺野は階段の上から叫んだ。
「なにが!」
「もう、イヤなの!
誰かを好きになって、ぐちゃぐちゃな、情けない思いするの!」
「させないよ」
「ウソつき!」
「いや、まだなんも始まってねーし」
「こうやってあなたを好きでいるだけでも、情けない気持ちでいっぱいなんだよ!」
階段の上から叫ばれ、小川はしばし、無言で紺野を見る。
口元がちょっと綻んだ。
「そっかあ」
「なに幸せそーな顔してんですか!」
「や、幸せだし。へへ」
ニヤケが抑えきれず、制服の腕で顔を擦り、迎えに行くように階段を上って行く。
「来ないで」
「行くよ」
「来ないでって言ってるのに」
「いや、行く」
ずんずん上がって行く小川に対して身構えていると、足が滑って階段を少し踏み外した。
「きゃあ!」
「ちょ!
あーあ…大丈夫か?」
「たたた…だいじょ…ぶ。
捻ったりはしてない」
「ん」
階段の踊り場で小川に膝枕してもらうような形になり、紺野は慌てて顔を上げる。
「も、も…いいです」
「あのさあ」
「え?」
「恋人になっても敬語なん?」
小川のあきれたような、でも優しい目の微笑みを見て、
「マコ…っちゃん」
紺野は自然に抱きついた。
「マコっちゃん…好き」
「よしよし、マコっちゃんだぞ」
小川はぐしゃぐしゃと頭を撫でてやり、
「『あさ美』でい?」
瞳を覗き込んで尋ね、笑顔の頷きに満足しつつ唇を重ねた。

543 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/11/23(火) 22:13
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

>さゆ、こちらこそごめんなの。

从*・ 。.・)<ま、いいってことなの

(;・e・)<誰目線よなのだ

いえ、こちらこそすみませんでした。
544 名前:吉卵 投稿日:2010/11/27(土) 04:50
やるなあ、大将。

ジュンジュン、こんこんに正しい日本語を教わりなさい。
545 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/28(日) 00:04
こんこんが素直になれる幸せをかみしめてくれたら嬉しいな〜
546 名前:tama 投稿日:2010/12/11(土) 11:39
やれやれ、ようやくだ。
まったくまどろっこしい。

と加護さんあたりが言ってそうです。
547 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/12/11(土) 20:40
書き手の中の人です。

実は今、ベース弾きを書き進めることについて迷ってまして。
詳しい理由はブログに書きましたが、ある事情で気持ちがいま切れてまして。
もう読んでる人もあまりいないだろうし、ここら辺が引き際かなという気持ちになってます。
しばらく自分自身の様子を見て、最終的な判断を下そうと思います。

すみません。
時間をください。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
548 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/22(水) 11:38
お疲れ様です。
いつまでも待ってますので、ゆっくり時間かけてください。
549 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2010/12/22(水) 22:12
自分も続きをと願う一人です。

お待ちしてますね。
550 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/12/31(金) 22:03
小川と並んで、紺野は学校を後にする。
「いっやー、夕焼けがキレイだなー」
「そうだね」
微笑みつつ返事しながらも、紺野は家でくすぶっているであろう高橋の事が気がかりだった。
「どっする?
どっか寄ってナンカ食う?」
「あ、あの。
マコっちゃん」
「なんだべ」
「あ、あたし家来ない?」
「へ?
いーの?」
「う、うん。
愛ちゃん、いるんだけど…」
「へえ?」
いま、家にひとりで帰ったら、あの状態の高橋とガチで過ごさなければならない。
ずるいと分かっていても、いまひとりで帰るのはイヤだった。
「愛ちゃん、泊まってたんだ」
「うん…」
「あー、なんかケンカして気詰まりなんだろ?
いーよ、アタシ行って役、立つか分かんねーけど、カンショーザイ?クッションくらいにはなんだろ」
「マコっちゃん…」
紺野はちょっと感動した。
若干女心に鈍感でデリカシーに欠けるところはある。
その上紺野が家に帰りたくない理由をちょっとひとりで勝手に勘違いしてはいるが、紺野的にはかなり合格だった。
「ケ、ケンカしたワケじゃないんだ。
ただ、愛ちゃん、ちょっと落ち込むことがあったみたいで…」
「ふうん?
ま、アタシ行ってガールズトーク?愛ちゃん好きなだけ喋り倒したら、気晴らしにはなんじゃね?」
「…凄いね、マコっちゃん。
あたしより、愛ちゃんのコト、把握してるカモ」
小川は苦笑して紺野の頭を撫でる。
「や、紺野のコトを理解してーだけだよ」
551 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/12/31(金) 22:04
「ホラー、行くべー」
小川は振り返って少し遅れた紺野に手を差し伸べる。
「待ってください」
「ケーゴはいーっつってんのに」
「自分だってさっき『紺野』って呼んだじゃん」
紺野は追いついて、しっかり手を握った。

ふたりが紺野家に着くと、
「おかえりやよー」
エプロンをつけた高橋が出迎えた。
「愛ちゃん…もういいの?」
紺野が恐る恐る尋ねると、
「いつまでもフテ寝してれん」
高橋は苦笑して、人差し指で鼻を擦った。
「今日もみんな帰って来ないんだけど」
「ああ、せやったな。
マコも上がるがし」
「あ、うん。
お邪魔シマス」
小川が靴を脱いで上がるのを見て、靴を脱いで上がり口に足を掛けたと同時くらいに、
高橋は小川の肩を抱いて洗面所に連行した。
「な、なに!?」
呑気な小川もさすがに慌てる。
でも笑っている。
「あさ美とうまいこといってんな」
「…へ?
なんで分かんの?
てか、あさ美、メールでも送ったん?」
「帰ってきたふたり見て分かった」
高橋は微笑んだ。
若干寂しそうではあるが。
「あんたなら大丈夫や思うけど、あさ美は自分の言いたいことをなかなか言えん子や。
その辺、フォローしてやってほしいがし」
「うん」
小川が強く頷いたのを見て、高橋は頷き返して軽く肩を叩くのだった。
552 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2010/12/31(金) 22:06
高橋が作ったトマト鍋を食べながら、ふたりは高橋にずーっと冷やかされていた。

「後はお若い方たちだけで」
高橋はニヤニヤ笑う。
余計な気を利かし、高橋はゆうべ自分が使った客間に布団を新婚さん仕様に並べて、真っ赤になった紺野にどつかれた。
小川は横でぽりぽり頭をかいて照れ笑いしている。
「なんや、若いのにまだなんもないがしか」
高橋に言われ、ふたりは一瞬固まる。
「あ、チューはしたくらいか、チューは」
「に、2回言わなくていー!!」
紺野は更に赤くなり高橋をばしばし叩いた。
553 名前:ごまべーぐる 投稿日:2010/12/31(金) 22:08
更新しました。

ご心配おかけしてすみませんでした。

お詫びにガキ使終わったら全裸で町内1周してきます(違)。
554 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/31(金) 22:21
更新乙です
とりあえずトマト鍋食べたい
555 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/01/03(月) 22:26
バイトから帰ったジュンジュンは、留学生会館のロビーで自分宛の郵便と一緒にリンリン宛のものを見つけ、
リンリンの部屋へ持って行ってやった。

「郵便ダ」
「あー、パパからダ」
自室のドアの近くで立ったまま、リンリンは封を開ける。
「…相変わらず汚い部屋ダナ」
リンリン越しに部屋の中を見て、ジュンジュンはうんざりしたように呟く。
「これはー、片付けてる途中ダヨ」
リンリンは特に恥ずかしそうな様子もなく、悪びれず笑う。
「図書室の先生に、クッキー貰ったけど食べるカ?」
「オオー、食べるヨ」
リンリンは自室に入れ、ジュンジュンにベッドに座るように促し、自分はお茶の支度を始めた。
待ってる間、床に散らばっていた、薄っぺらい割に妙に小ぎれいな装丁の冊子を広げ、ジュンジュンは読み進めていく。
「…アイヤ」
本場のリアクションで思わず声に出し、漫画の中の、小ぎれいな男の子同士が股を擦り合わせてるような場面に愕然とする。
「…ア」
一番マズイ漫画を読まれてることに、お茶を運んできたリンリンも思わず声に出す。
「よくこんなの読むダ」
破廉恥ダ、とジュンジュンは小さく呟いた。
「BLは日本が世界に誇っていい文化だと思うヨ?」
絶対違う、とジュンジュンは心の中でツッコんだ。
「経験もないのに、こんなの読んで面白いノカ?」
「?」
「エッチしたことないんダロ?」
「それは姐姐もデショー」
リンリンはあきれたように笑った。
「失礼ナ。
ジュンジュンは大人ダ」
「ホホウー」
大袈裟に言い、リンリンは肩をすくめる。
いきなり何の前触れもなく、ジュンジュンはリンリンの横から近づき、自分の方に向かせ、両肩を掴んでキスした。
リンリンはすぐ唇を離し、顔をしかめて拒否る。
「嫌カ」
「当たり前ダヨ」
訳が分からない、と呟き、リンリンは『今日の晩御飯なにカナ』と続けた。
「…ジュンジュンよりゴハンか」
「ゴハンは食べられるヨ」
リンリンは悪戯っぽく舌を出した。
その舌に誘われるようにジュンジュンは自分の舌を近づけていき、リンリンのそれと絡めた。
「…ん…苦し…い」
リンリンが肩を叩いて抗議しても止めず、そのまま体重をかけていく。
上からリンリンの瞳を覗き込み、鎖骨に舌を這わせる。
困惑した表情でジュンジュンを引き剥がそうかどうかリンリンが考えていると、
「…あれ?」
ジュンジュンの項から香る匂いに、ふと止まった。
「何ダ」
「愛ちゃんと同じ匂い、するヨ」
「…高橋に貰った香水だからナ」
ジュンジュンの部屋に高橋が連泊していた時、高橋の香水を褒めると、彼女は気前よく、香水の入ってたアトマイザーごとくれたのだ。
「…愛ちゃんといるみたい」
ジュンジュンの動きが止まる。

「…ゴメン」
ジュンジュンは一言だけ言い、部屋から出て行った。

556 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/01/03(月) 22:28
翌朝。

亀井は朝から学校の用事で家を出ていた。
朝比奈学園に着くと、よく立ち寄るベンチに見覚えのある姿があった。

「おーう」
亀井が声を出すと、ベンチに座っていた道重が、
「待ってたの」
と切り出した。
「何だね」
「まずは、ごめんなさい」
「ん?」
「さゆみ、嫌な子だった」
道重はそこで切って、亀井に隣に座るように促した。
亀井もスカートの裾を直し、腰をかける。
「みんなが…絵里もガキさんも、さゆみのことを思って一生懸命になってくれてたのに、よくしてくれたのに、さゆみ…テンパって、
ワケ分かんなくなって、ひどいこと言ってごめんなさい」
「うん」
「絵里…さゆみが女の子の日でうっかり血で汚したシーツとか、あの…先輩が来た時、怪我して手をくるんでくれたタオルとかも、
いっぱい、手洗いとか面倒なのに、いっぱい洗ってくれて…ほんとはすんごい嬉しかったの…。
絵里が…ここまでしてくれる子だって、さゆみ…知らなくて」
道重は既に大きな目に涙を溜め、啜り上げていた。
膝に置いた手の甲にも、涙が落ちる。
「これからも…友達でいてくれる?」
道重の質問に、亀井は無言でいつものようにニッと唇の端を上げて笑う。
「お」
先に気付いた亀井が、見上げて目を丸くする。
「なに?」
道重も顔を上げると、田中が目の前に立っていた。
「れいな…」
「さゆ」
田中はそう言うと、立ったまま道重に抱きついて、
「ごめん」
短く詫びた。
「ちょ…キミ、一体いつ福岡から帰ってきたんだね」
横の亀井はちょっとあきれたように、道重にまだ抱きついてる田中の背中を軽く叩いた。
「てか、実家で何してたん?」
「カレー、作ってたと」
「…は?」
亀井は本気で顔をしかめた。
「さゆ、元気なかったやろ。
さゆの好きなカレー、作ろうと思ったと。
そんで、この前、れなん家来た時、うちのママのカレー、さゆ、おいしい、おいしいって言ってばりおかわりしたけん、
れな、実家帰って、ママにカレー教わってたと」
れなだけじゃ、ママのカレー、作れんけん。
田中は続けた。
「は…?
じゃ、アンタ、電話にも出ないって思ったら、実家でママにカレーの作り方伝授してもらってたの?」
「あ、れなの携帯、水没させて壊れたけん。
新しいのにしたと」
アドレスとケー番、教えると、と田中は制服のポケットから真新しい携帯を出した。
「ちょ…アンタ、行方不明だと思ったら、実家でカレー作ってたの!?
マジ、ウケるんだけど」
「別にれなはウケは狙ってなか」
「いやー、天然天然」
亀井がケラケラ笑う横で、道重は、
「…ありがとう」
と田中に抱きついた。
「いや、れなは何も…」
「その気持ちが嬉しいの」
亀井はそっと席を立ち、無言で立ち去った。
ふたりの照れ合いながらのやりとりを一旦振り返って見つめ、
「まあ、めでたしめでたしですよ?」
と呟いた。
557 名前:ごまべーぐる@2011年もよろすこ 投稿日:2011/01/03(月) 22:33
更新しました。

『姐姐』は『お姉さん』とか『お姉ちゃん』という意味の語です。

川*^A^)はブログでジュン子を指して、よくこう書いてます。

レスのお礼です。
前回と前々回分もまとめてですみません。

>吉卵さん

>やるなあ、大将。

∬*`▽´)<よせよー、照れるぜ!

ジュン子はあれでも来日当初より上達してるんですよ。


>545の名無飼育さん

>こんこんが素直になれる幸せをかみしめてくれたら嬉しいな〜

川*・-・)<は、恥ずかしいです…でも、ありがとうございます


>tamaさん

>やれやれ、ようやくだ。
>まったくまどろっこしい。

>と加護さんあたりが言ってそうです。

…>川o・-・) (‘д‘;)<ウ、ウチは何も言うてへんがな!


>548の名無飼育さん

川o・-・)<ご心配をおかけいたしました

案外早く復活しました(苦笑)。すみませんでした。


>549の名無し募集中。。。さん

∬;`▽´)<悪ィ、心配かけちまって

お待たせしました(苦笑)。存外早い復活でした。


>554の名無飼育さん

川*’∀’)っフ<一緒に食べるがし。そしてあーしの話聞いてやよー

食べて愛ちゃんの話を聞いてやってください(違)。
558 名前:吉卵 投稿日:2011/01/07(金) 09:26
愛さん、YES,NOマクラもつけて。もちろん表は…っ〔YES〕
てか、愛さん絶対覗くなあ。
559 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/02/27(日) 17:26
一方。朝比奈女子大学留学生会館。

ジュンジュンは、せわしくなくロビーをうろうろしていた。
「何やってるダ」
同じ留学生の同郷の女性が声を掛ける。
「いや…別に何もないダ」
特に用もなさそうなのに行ったり来たりしているので、ジュンジュンは怪訝そうに見られる。
「おはよう、リンリン」
女性の声にハッと顔を上げるジュンジュン。
「おはよーございマース」
にこやかに声を掛け、食堂に向かうリンリン。
「あ…おはよう」
ジュンジュンが声を掛けると、まるでジュンジュンがいないかのようにリンリンはスッと横を通り過ぎて行った。
ジュンジュンはぎょっとして食堂の方を振り返る。
「ケンカでもしたダか?」
女性に声を掛けられたが、ジュンジュンは黙って首を振った。


朝から入学式のリハーサルに参加させられ、亀井と道重は昼前にくたびれた顔で講堂から出て来る。
「やれやれ、やっと解放されたの」
「たるいなう」
「は?なにそれ?」
ふたりが出て来ると、そばのベンチで待っていた田中がひょこっと立ち上がる。
「おつかれーなー」
「なんだ、あんたいたの?」
亀井はちょっとうざそうに田中を見た。
「もー、絵里はー。
さゆみを待っててくれたの」
「ケッ、仲良くやってろよ」
指で耳をほじりだし、亀井は
「んじゃーねー」
踵を返そうとする。
「あ、えりー。
ごはん、帰って食べんのー?
よかったら寮に来ないー?」
少し離れた距離から道重に声を掛けられ、
「…悪い、用があるから」
亀井は表情を変えて俯いた。
「…絵里?」
「なん?
具合でも悪いと?」
田中も近づいて、亀井の顔を覗き込む。
560 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/02/27(日) 17:30
「ちょ、絵里!
本気っちゃか!?
決闘とかって!
ヤバいやろ!!」
30分後、田中はずんずん歩いて行く亀井の背中に声を掛ける。
「決闘じゃないよ、話し合いだよ」
振り向かずに、亀井は答える。
「…行くんだね」
道重はそっと溜息をついた。
「ああ、行くよ」

「このまま黙ってらんないからね」
亀井は鋭い目で前を見据えた。



学校から少し離れた河原に、亀井たちはいた。
そばには高架橋があり、電車が通って行く。
亀井が新垣から聞いた、嵐の日に高橋と雨宿りした場所だった。

しばしあって、高橋がやって来た。
少し遅れて、紺野も来た。
「待たせたがしか」
「いや。こっちが呼び出したんだから」
亀井は首を振る。すぐに続けた。
「なんで呼び出したか分かってるよね」
「ああ」
高橋は目を逸らさず、亀井を見る。
「里沙ちゃんのことやろ」
「…分かってんじゃん」
亀井は唇を震わし、俯いて拳を握った。


561 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/02/27(日) 17:32
空気が切り裂かれた。


道重はそう思った。
亀井の平手打ちが乾いた音を立てる。
高橋ははずみで地面に転がってしまう。

「女を取られたんが、そんなに悔しいがしか」
頬を押さえて、高橋は立ち上がろうとする。
「ふ」
亀井の唇が歪んだ。
「ハハハハハ!」
亀井の哄笑の真意が掴めず、田中は戸惑う。
道重は黙って、ふたりを見ていた。
紺野は離れたところから、見守っている。
「悔しい?
そんなことで殴ったと思ったの?
バッカじゃない!?
絵里はね」
「あの子の信頼を、裏切ったのが許せない!」
また乾いた音が響いた。


「ちょ…あれ。
止めた方がええやろ。
…さゆ?」
田中が声を掛けると、道重は人形のように色のない瞳で高橋を一方的に殴りつける亀井を見ていた。
「…やめて!」
「あ、姫や」
新垣の声に、田中は思わず声を上げた。
「なにやってんのカメ!
やめて!!」
新垣の金切り声に近い悲鳴に、さすがの亀井も手が止まる。
「さゆ…呼んだと?」
田中が新垣の方をそっと指差し、小声での問い掛けに、道重は首を振った。
「あたしが呼んだの」
紺野は、携帯を手に答えた。
「ああ…」
「愛ちゃんがカメちゃんに呼び出された時、不穏なものを感じて、愛ちゃんには内緒でガキさんにメール送ったの」
「そうっちゃか…」
「愛ちゃん!愛ちゃん、大丈夫!?」
新垣の声に、3人は振り返る。
亀井は厳しい顔で、それを黙って見ている。
「来てたんか」
地面にのびたまま、高橋は少し微笑む。
「どうしてこんなこと…」
新垣は眉を顰め、誰にともなく呟く。
「絵里だよ。
愛ちゃんを呼び出したのも、殴ったのも絵里だよ」
同様に、呟くように亀井が答える。
「どうして…」
「許せなかったの。
あなたを、あんな目に遭わせて」
『「あんな目」?』
道重と田中が言葉に反応する。
紺野はそっと目を伏せた。
「好きな子が、あんな嵐の晩に酷い目に遭わされて。
黙ってられると思う?」
「…だからって!」
新垣は目に涙を溜めて、亀井の頬を打った。
「あ」
田中は思わず声を上げる。
「確かに…」
新垣は声を震わせた。
「愛ちゃんに、キスされて肩を噛まれたのは確かだよ。
大雨だったから家に帰れなくなって、カメを頼ったよ。
ただ、それだけだよ?」
「それだけ?」
亀井は片眉を上げた。
「本当に?」
新垣は黙って頷く。
「正直、最悪の事態を想像してたけど、彼女の言葉を信じるよ。でも」
亀井はまた高橋の頬を打った。
田中が慌てた表情でおろおろする。
「あんな雨の日に、女の子をこんなとこにほっぽり出して、最悪だよね。
何もなかったからいいようなものの、何かあったら、どうするつもりだったの?」
亀井の冷たい目と言葉に、高橋は黙って頬を押さえる。
「もう、やめると…」
田中が小声で呟いた。
「どうするつもりだったのよ!?」
亀井は激昂し、高橋の胸倉を掴む。
「やめて!」
新垣が亀井の手を剥がそうとする。
「愛ちゃん」
地面に横たわって浅い息を繰り返す高橋のそばに、新垣は行った。
「愛ちゃん、大丈夫?」
高橋の背中をさする新垣を見て、亀井は唇を震わせて噛み締めた。
「ちょ…この雰囲気、ヤバない?」
田中が道重の背中に手をやる。
亀井は踵を返し、走り出した。
「絵里!」
道重が叫ぶ。
「ガキさん!絵里を追いかけて!!」
新垣が背中をさする手を止め、怪訝な顔をする。
「いま絵里を追いかけなきゃ、あの子、ガキさんを諦めるよ!!」
「…どうして?」
「いいから!」
重い足取りで、新垣は亀井を追う。
堤防の途中でどうにか追いついたが、足を止めた亀井は目に涙を溜め、歪んだ笑顔で
「さゆが言わなきゃ、追いかけてくれなかったよね?」
いつもの可愛い声で告げた。

「――――絵里!」
走り去る亀井の背中に、ただ道重の声だけが響いた。


562 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/02/27(日) 17:35
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

>愛さん、YES,NOマクラもつけて。もちろん表は…っ〔YES〕

愛さんに用意させたらYES,YESマクラですよ(笑)。

>てか、愛さん絶対覗くなあ。

川*’∀’)<アッヒャー!そんなことないやよー!

確実に覗きます。
563 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/27(日) 18:21
うわ〜どうなるんだろう?
それぞれの思いが切ない…
564 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/02/27(日) 21:27
「絵里!」
亀井の後を、道重は追おうとする。
「――――きゃあ!」
堤防の斜面の芝生の、草が輪っか状に生えていたところに足を引っ掛け、転んでしまう。
「痛たたたた…もう!こんな時に!」
「さゆ!大丈夫っちゃか!?」
駆けつけた田中の顔を、道重は芝生に横たわった姿勢で下から見上げる。
『れいな…今日、優しいの』
非常時なのに、道重はぼんやりとそんなことを考える。
「さゆ?」
道重が無反応なので、起き上がれないのかと思い、田中は道重の腕を取った。
「起きれると?」
「う、うん」
手を貸してもらいながら、道重は起き上がる。

「大丈夫か」
道重が起き上がって痛めた足を引きずって歩いて行くと、高橋はいたわりの言葉を掛けてきた。
「大丈夫なの。
…ガキさんは」
新垣は斜面の下で膝を抱え、顔を埋めて肩を震わせていた。
「ずっと、泣いてる」
紺野が、小さいが確かな声で伝えた。
「さゆみたちは、帰るの。
今日のところは」
「ああ」
高橋はそっけなく返す。
「ねえ」
立ち去る前に、道重は少し振り返って言った。
「なんや」
「なにも思わないの?
さゆみが絵里を庇うことを」
「親友やし、当たり前がし」
鼻を鳴らして、高橋は嗤った。
「あそこで、絵里を追わなかったら、もう一生絵里はガキさんを諦めると思ったの」
高橋の方を見ず、横顔を向けた姿勢で道重は言った。
「あんたは、やっぱり賢いやよ」

「計算づくでもなんでも、欲しかったんや」
565 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/02/27(日) 21:29
歩いて、道重は寮に帰る。
ずっと、田中がついて来る。
「足、痛くないと?」
「うん、大丈夫。
捻ったかと思ったけど、大丈夫っぽい」
「痛かったら、言うっちゃ」
「うん」

足は、不思議と痛くなかった。
しかし、心の中がヒリヒリする。

『計算づくでもなんでも、欲しかったんや』

高橋の、強い瞳の言葉。

あの人は、あの強くて綺麗な瞳で、信じられないくらいの心を切り刻んできたのだろう。
そう思うと、自然と溜息が零れた。
「さゆ?」
田中が自分の顔を覗き込んでくる。
それが分かると、知らず知らずのうちに笑みが零れた。
「どうしたと?」
「れいなが」
「隣にいてくれて、よかった」
道重は、田中の手を握った。


寮の道重の部屋で、ふたりはベッドに腰掛けた。
「疲れたと」
「うん」
田中は小さく息をついた。
「なんだかさゆみも、疲れたから、休みたい」
「れなも」
ふたりはそのまま横になって見詰め合った。
「痛かったと?」
道重の怪我した手を取って、田中は自分のほっぺに押し当てた。
「ああ、うん。
もう、痛みはないし大丈夫だよ」
包帯ももうすぐ取れるって、と道重は続けた。
唇に、少し濡れた感触があった。
拙いキスだった。
「絵里も大事やけど」
田中は道重の首筋に顔を埋める。
「さゆのが、れなは心配っちゃ」
「うん?」
田中が少し震えていたので、彼女の肩を優しく掴み、道重は顔を上げさせた。
「絵里が、愛ちゃんボコってるとき、さゆ、人形みたいな顔で見ててれな、ばり怖かったと」
「そんなトコ見てたの?」
少し可笑しくなって、道重は口元だけで小さく笑った。
「大丈夫だよ。大丈夫…」
拙いキスのお返しに、道重は深いキスをする。
脚が絡んで、道重の脛に田中の手が触れる。
「さゆの脚、ばり綺麗っちゃ」
うっとりしたように言う田中が可笑しく、道重は田中の膝当たりを軽く触り、
「れいなのが綺麗なの」
微笑んだ。
ふたりは顔を見合わせ、くすくす笑う。
「れなたちあほっちゃ」
「アホなの」
室内に、ふたりの笑い声だけが響いた。


「ふあ〜あ…マジ寝したと」
夕方頃、昼寝から目覚めた田中は、道重と共に1階に下りて行く。
「あ、田中さん。
来てはったんですね」
洗濯室から、光井が出て来た。
「ういーす。
今から帰るトコっちゃ」
「また来てくださいねえ」
「おう」
光井の頭を撫でて、田中は微笑む。
ふと、田中の後頭部の寝癖に目をやり、光井は目を見開く。
くすっと笑い、道重は、
「案ずるようなことは、何もなかったの」
余裕の笑みで、すれ違いざまに言った。
光井は真っ赤になって、咄嗟に道重の方を振り向く。
「なん?」
「なんにもないの。
送るの」
「うん」
ふたりが出て行くのを、光井は溜息ついて見つめた。
566 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/02/27(日) 21:30
更新しました。

レスのお礼です。

>563の無飼育さん

>うわ〜どうなるんだろう?
それぞれの思いが切ない…

川*TーT)<ホントどうなるんですかねえ

川*T∀T)<それはあーしの台詞やよー

ガチすぎて書く方も疲れました(苦笑)。どうもありがとうございます。 
567 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/28(月) 01:04
ガキさんの心は動き出せるのだろうか…
568 名前:吉卵 投稿日:2011/02/28(月) 08:54
どうしたみっつぃ?何を想像したんだ?
愛さん、はい赤チン。っ凸
ポンちゃん塗ってやってくれ。
569 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/14(木) 19:01
『手術、成功しました。
ちょっと前に目を覚ましましたが、ノド渇いた…』

保田の携帯に届いたアヤカからのメールを見て、
「おー、成功したんだ。
よかったよかった」
飯田は笑顔を浮かべる。
「あの、勝手に見ないでくれる?」
保田は携帯を取り上げて、
「まったく…」
とブツブツ言いつつ、一旦閉じられた受信フォルダを開く。
「昨日お見舞い行った時、明日手術ってきーて心配してたんだけどね」
「ああ、アヤカも昨夜電話してきた時、アンタのこと言ってたわ」
飯田は椅子に腰かけたまま、じっと保田の顔を見上げる。
「なに?」
「まったくー、ホンット女の子には甘いよねー」
「アンタに一番甘いじゃない」
「よくまー、しれっとそーゆーこと言うよねー」
「あー、アタシもノド渇いたなー。
散歩がてらにスタバでも行こっかなー」
「カオも行く!!!」
保田は上着を持ち、どたばたと支度をする飯田を見つつ、くすっと笑った。


紺野は新垣を家まで送ってやり、疲れ果てて帰宅した。
高橋は無言で、キッチンのテーブルについていた。
前には緑茶を入れたグラスがあった。
あまり口をつけていないようで氷が殆ど溶けてお茶が薄まり、グラスが汗をかいている。
「送ってきたよ、ガキさん」
「そうか」
目を合わさず会話し、紺野は上着を脱いでソファーの背に掛けた。
緊迫した空気が充満した頃、不意にインターホンが鳴った。
「あ、まこっちゃんだ。
忘れ物取りに来るって言ってたから…」
紺野はインターホンの受話器を上げ、二言、三言話してからドアを開けた。
「よう。
悪ィな、うっかり定期入れ置いて帰っちまって…て、愛ちゃん…なん!?その顔!?」
玄関に現れた高橋の腫れあがった頬を見て、小川は驚愕する。
「なんでもないがし。
ちょっと転んだだけや」
「こ、転んだだけって…」
小川がおろおろしてると、
「うん、ごめんね、マコっちゃん。
愛ちゃん、ちょっと疲れてるんだ。
送るから、今日のところは…ごめんね」
紺野がやんわり遮って小川を伴ってドアから出ようとした。
「あさ美はいつでもそうや」
高橋の渇いた笑いが響く。
「なに?」
小川が少し目を丸くして振り返る。
「…どういうこと?」
紺野は振り返らず問うた。
「いつでも、最悪の事態からあーしを逃がす時も、適当に誤魔化して、そればっかや」
「あ」
小川が声を上げた時には、紺野は高橋の頬を打っていた。
「あーし、知っとるで。
あさ美、あーしに惚れとった女の子と付き合ってキスとかして。
キスだけやないやろな、もっと」
紺野は冷静に、高橋の肩を掴み背中を壁に打ち付けた。
「た…」
高橋は顔をしかめ、痛みを訴える。
「いまどうしてそのことを言うの?」
冷たい言葉が高橋の頭上に降りかかる。
「最低だよ、愛ちゃん」

570 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/14(木) 19:02
「待てよ!待てって!あさ美!」
マンションを飛び出し、夕闇の迫る街に消えようとする紺野を、小川は走って追いかけた。
「ちょ…!」
マンションから少し離れた公園で追い付き、小川は紺野の肩を掴んだ。
「ほん…と、アシ、はえーな」
息も絶え絶えに言い、小川は
「座ろうぜ」
と傍らのベンチを指した。


「なあ」
「なに?」
「昔のこと、アタシが知って怒るとかって思った?」
そう言われ、紺野は軽く唇を噛んだ。
「あのとき…あそこであんな風に言う愛ちゃんに…怒ったの」
紺野はそう言って俯いた。
「ああ、まあ…なー」
小川は首を傾げ、
「愛ちゃん、ヤキモチ妬いたんじゃね?
あさ美に甘えたくって」
「…甘え?」
「ん。
いや、あんなケガして帰ってきてほっとかれたら、ムカつくんじゃね?」
「…だからって」
紺野はまた俯いた。
「やー、愛ちゃんに惚れてる女の子はいっぱいいんだろうけどさー、最後まで味方して庇ってくれるの、あさ美くらいだと思うよ、うん」
「……」
「リカイシャ?そう、理解者だ、うん」
小川の横顔を見て、紺野は落ちる寸前の夕陽にそのまま視線を移し、情けない気持ちになる。
愛ちゃんを理解できない。
麻琴も分かってくれない。
こんなことで怒って。
麻琴の言う通りだ。
でも、愛ちゃんを許せない。
一通りの感情が通り過ぎたあと、紺野はまた顔を伏せた。
「あさ美、いままで何人のコとキスした?」
唐突な質問に、紺野は思わずぎょっとした。
顔を上げると、小川はちっともふざけてないようで、真摯な表情で自分を見ていた。
「…ふたり」
「アタシ入れて?」
小川の顔を見ないで、紺野は首を振った。
「ん」
気がつくと、小川が自分の肩を掴んでキスしていた。
「これで、ひとりぶん」
「…」
「これで」
次に深いキスをされ、紺野はそっと目をつぶった。
「ふたりぶんな」
「…マコのエッチ」
「エッチって、失敬なっ」
小川は赤い顔をして、ケラケラ笑う。
「やー、あっちーなー。さすがに…」
「…怒ってないの?」
「いや、怒った」
小川は首を振る。
「怒ったっつーか、ヤキモチ?
アタシ、自分で思ってるより、ヤキモチ焼きだったみたいだ」
「…そう」
「許してやれよ。あさ美に見捨てられたら、愛ちゃん、行くトコねーぞ。
あさ美的には『なんであたしばっかなのよ』とかムカつくかもしんねーけど」
「…麻琴も、そんなこと言うんだ…」
「あ、や、そーじゃなくって」
紺野が俯いてポロポロ涙を流すので、小川は慌ててハンカチを手渡してやる。
「な?ずーっと一緒だったんだろ?
親友だったのに、こんなことくれーで縁、切れるなんてもったいねーよ。
あさ美の昔の彼女のこととかなら、アタシ、構わねーから」
「…付き合ってた、ワケじゃない」
「へ、そなの?」
「…愛ちゃんを好きってコがいて、あたしとも仲よかったんだけど、お互い愛ちゃんへの気持ち、知ってて、
でもうまくいかなくて、ある日、話し込んでて…キスしたの」
「…『ウチらなんであんな人好きなんだろね』みたいな流れ?」
「まあ…そう」
「そっかあ」
小川は少し考え、
「でも、もひとりって誰?」
「言わない」
「えー」
「秘密」
「愛ちゃん?」
「愛ちゃんだったらフツーに言う」
「愛ちゃん、扱いひでーな」
「愛ちゃんだからね」
「アタシが愛ちゃんなら泣くよ、いまの台詞」
「ふふっ」
紺野がやっと笑ったので、小川は少し微笑んで頭を撫でてやり、また口づけた。
「で、ふたりめってアタシ知ってるヤツ?」
「言わない」

夕陽は完全に落ちて辺りは夜に包まれた。
571 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/14(木) 19:03
ふたりが手を繋いでマンションに戻ると、高橋の姿はなく、テーブルに置き手紙がしてあった。
『もう、疲れた。ごめん』
手紙も衝撃的だったが、ぐしゃぐしゃになった段ボールがリビングにあり、小川はそれを手にとって唖然とする。
「なん…だ、これ」
「多分愛ちゃんだよ。
癇癪起こすと、段ボールぐしゃぐしゃに踏みつぶしたりするから」
「はあ…」
段ボールをまじまじと見つめ、小川は目を見開いた。
紺野は小さく溜息をついて、携帯を取り出した。
「あ、ジュンジュンさんですか?
突然すみません、紺野です。
愛ちゃん、そっちに…ああ、やっぱり。すみません」
そのまま20秒ほど会話を続け、紺野は
「それでは、お願いします」
と電話を切った。
「なに?
ジュンジュンとこいんの、愛ちゃん?」
「うん、『頭を冷やす』って言ってるらしいよ」
「そっか。よかった」
小川は優しく笑い、ちょっとふてくされてる紺野の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。


「こう言っといたゾ」
携帯を切ってジュンジュンは、ベッドにつっぷしてる高橋に声をかけた。
「冷えピタ、換えるダ」
頬に貼ってやった冷えピタを剥がすと、
「つっ…!」
剥がし方が強すぎたのか、高橋が呻いた。
「ああ、すまんダ。
大丈夫カ?」
新しい冷えピタを貼ってやろうとすると、高橋が抱きついてきた。
「高橋…」
「あさ美も…あーしを見放したがし」
「ちょっと喧嘩しただけダロ?
大丈夫、次会ったときは仲直りできるダ」
「見放されても、しょうがないことしたやよ…」
高橋は自嘲するように笑った。
泣きながら。
強く抱きしめてやり、ジュンジュンはそっと唇を重ねた。
572 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/14(木) 19:04
翌朝。

「起きてるカ」
高橋をそっと揺すり、
「シャワーなら、今の時間でも浴びれるダ」
ジュンジュンは気遣うように言った。
高橋は全裸にシーツを纏い、微笑んだ。
「ジュンジュンは、優しいやよ」
ジュンジュンは困ったように頬笑み、首を振る。
「大好きやよ」
首に両腕を回し、高橋はジュンジュンの胸に頬を寄せた。


「ジュンジュンは洗濯物纏めるダ。
先にシャワー浴びてくるといいダ」
「うん!」
子供のように無邪気に笑う高橋にふっと頬笑み、ジュンジュンは洗濯物をまとめて部屋を出た。
廊下でリンリンとすれ違う。
すれ違いざま、
「愛ちゃんの匂いがする」
それだけ言って、リンリンは行ってしまった。


『絵里のところに行くの』

田中から届いたメールにそう返信し、道重は寮を出た。
「やっぴー!」
朝比奈学園の最寄り駅改札にいた田中を見て、道重は目を丸くする。
「いたの」
自分からのメールを確認して家を出ていたとしたら、確実に着くのが早すぎる。
メールを最初送ってきた時点でここにいたんだな。
道重はそう思って田中の顔を見た。
「や、ヨカン?
多分、さゆ、絵里んとこ行きおるやろーって予感したと。
ヒマやし、れなも行くと」
「うん」
それだけ言い、改札を通った後、
「れいながいてくれて心強い」
ちょっとだけ田中の手を握って繋いだ。

亀井家を訪れると、亀井の父がいた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは、お邪魔します」
「お、お邪魔します」
道重に続いて、田中も靴を脱いで上がる。
「知ってると思うけど、アイツ、昨日から引きこもっててねー。
メシも食わずに」
「ええ。
そう思って陣中見舞いに来ました。
おじさま、これ、お土産です。
朝比奈の近くの和菓子屋さんの桜餅です」
「ほう。それは風流だね。ありがとう」
菓子の包みを受け取って、亀井父はニッと笑った。

「あのおっちゃん、何してるヒトと?」
「会社社長だよ」
「なんで平日の昼間に家におると?」
「さあねえ」
田中の問いにのんびり答え、道重は亀井の部屋をノックした。
「絵里ー。
ポテチ買ってきたから食べようよー」
『食べ物で釣るとか…』
田中はそっと呟いた。
しばらく経ってドアが開き、中から死人のような表情の亀井が出て来た。
「ひい!」
田中は思わず悲鳴を上げる。
「…なに?」
めんどくさそうに言い、亀井は顔をしかめた。
「陣中見舞い」
ハイ、と道重はコンビニで買ったポテチとドリンクの袋を手渡す。
「ありがとう…じゃ」
袋の中をがさがさ探って中身を確認し、ちょっと目を丸くしてから亀井はドアを閉めようとした。
「まーま、さゆみたちとトークするの」
「うぜえ」
亀井は本気で厭そうに顔をしかめた。
「うっわ、うぜえやて」
田中が何故かそうするしかないようにケラケラ無理して笑う。
亀井はしかめっ面でふたりの顔を代わる代わる見たが、
「入れば?」
と先に部屋に入った。
573 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/14(木) 19:05
「適当にくつろいで、適当に帰って」
亀井はソファーにつっぷして、そう言った。
「ちょっと絵里ー。
絵里がソファーに寝ちゃったら、さゆみたち座れないの」
「うるさいなー。
床にでも座ってろよ」
「うっわ。
感じ、悪っ」
田中が苦笑まじりに言うと、亀井が顔だけ上げて一瞬田中を睨みつけた。
『なんでれな、この扱いと!?』
亀井のどSぶりにちょっと泣きそうになりながら、でも悪い気はしない自分に揺れながら田中はその辺に転がっていたクッションを拾い、道重にも勧めた。

「ガキさん、なんか言ってきた?」
道重が言うと、亀井はつっぷしたまま頭を振った。
「あのままでいいの?
引きこもってても、解決しないよ。
好きなんでしょ?」
「…追いかけて、くんなかった」
亀井の呟きに、田中は『あ?』と首を傾げたが、すぐに『ああ!』と思い出す。
「追いかけたやん、ちょっと間はあったっちゃけど」
「さゆみが言ったから、追いかけたって」
「ああ…」
道重が付け足して田中は納得、という風に頷く。
「ここで下がったら、本当に愛ちゃんのものになっちゃうよ。
いいの?」
亀井はしばらく無言だったが、顔を上げ、
「…今度は、ガキさんをあきらめたらいいの?」
不思議な笑顔を浮かべた。
「え…」
さすがの道重も茫然とする。
「いっぱい、あきらめてきたよ?
対等に見てくれる友達も、元気に学校に通うことも。
好きなダンスも。バレエも」
「えり…」
田中が小声で言う。
「今度は、ガキさんを諦めたらいいの!?」
堰を切ったように泣き出した。
「もう、絵里、どうしたらいいか分かんない」

「ああ、いまお茶持ってこうって思ってたところだったよ」
ふたりが『帰ります』とキッチンにいた亀井の父に声をかけると、彼は『ごめんね』と出て来た。
「アイツ、言うこと聞かないでしょ?」
父が楽しそうに言うと、
「今日おうちにいるのは、絵里のためですか?」
道重の問いにフッと笑うだけで彼は答えなかった。
田中が亀井父をじっと見上げる。
「何?」
「おっちゃん、若く見えるけどいくつですか?」
ちょっと、れいな、と道重は苦笑して窘める。
「俺?39だけど」
「へえ。若い時に結婚したっちゃね」
「ああ、ウチ、出来婚だから」
しれっと言う父に受けて、田中が手を叩いて笑う。
「ちょ、おっちゃん!
マジウケるんやけど」
「おじさん早漏でねえ。
気が付いたら絵里が作られてて」
「作られててて!」
田中がまた手を叩く。
笑いすぎて声もなく笑う。
道重は傍でいたたまれないように赤くなって笑っていた。
「君は、田中さんだっけ?
朝比奈の卒業式で送辞読んでた人でしょ」
「ああ、はい。
1コ下の田中れいなです」
「さゆみの彼女なんです」
今度は道重がしれっと言う。
さっきまで笑っていた田中も真顔でぎょっとする。
「ちょ、さゆ…」
田中が小声で腕を叩く。
亀井の父もちょっと目を見開いたが、
「やるじゃん」
ヒューッと冷やかし、ニヤッと笑った。

「また時間ある時、ゆっくり遊びにおいで」
父に見送られ、ふたりは亀井家を後にした。
574 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/14(木) 19:06

「ちょ、さゆ!
…いいっちゃか?あんなん言うて」
先を歩く道重を追いかけて、田中は慌てて言った。
「あのおじさんは、そんなくらいで驚くようなタマじゃないの。
自分のお父さんの代で潰れかけてた会社を立て直したくらいの人だよ」
「…まあ、さゆがそう言うんやったら」
田中がまだブツブツ言っていたが、道重は
「行くよ」
特に構わず、颯爽と駅に向かった。


田中の想像通り、道重は新垣の家に向かった。
「へえ。ガキさん家、おっきいやん。
この辺、土地とか高そーやん」
「ガキさんはお嬢だよ。
本人あんまり自覚ないけど」
言いながら、道重はインターホンを押す。

新垣はすぐに出て来た。
亀井とは対照的に、特に荒んでる様子もなかった。
普段通りだった。
亀井が可哀想になるくらい。
道重たちはそう考えた。
「なに?」
本当に普段通り、新垣は言った。
道重は一瞬躊躇したが深呼吸して、
「絵里の家に行って来たの」
新垣は顔をしかめ、
「それで?」
と返す。
「絵里、部屋に閉じこもってごはんも食べてないの。
ロクに寝てないみたいだし。
おうちの人も心配してるみたい」
「それで?」
新垣の言葉に、田中は顔を上げた。
「それで、どうしてあたしにそれを言うの?」
「ガキさんのせいだよ」
道重は小さいがはっきりした声で告げた。
「さゆ…」
田中が戸惑ったように言う。
「さゆみは必ず自分が正しいと思わないし、寧ろ間違いだらけだと思う。
でも、これだけは言えるよ。
ガキさんは絵里をこれ以上ないくらい傷つけたよ!」
言い切って、道重は踵を返して歩き出した。
田中は新垣を気にしながらも、慌てて道重を追い掛けた。

575 名前:ごまべーぐる@9周年 投稿日:2011/04/14(木) 19:14
更新しました。
諸事情により、しばらく更新を見合わせてました。
遅くなってすみません。

4月12日で最初に森板にスレ立てて9年経ちました。
未だに終わらなくてすみません。
管理人さんいつもありがとう。
読んでくれてる方ありがとう。
遅漏にもほどがありますね、すみません(;´∀`)
今回量がキモすぎですね、すみません。


ではレスのお礼です。

>567の名無飼育さん

>ガキさんの心は動き出せるのだろうか…

从*´◇`)<どうなんだろうね

動いた…んですかね(苦笑)?


>吉卵さん

>どうしたみっつぃ?何を想像したんだ?

川;*´┴`)<な、なんでもあらしません

赤チンと聞くと、ハロモニ@の国王を思い出します(違)。
ありがとうございます。
576 名前:tama 投稿日:2011/04/14(木) 22:38
9年かあ・・・私が読み始めたのは途中からでしたが、それでも7〜8年は経ってる気がします。
当時高校生だった私も今や社会人・・・なんということでしょう。

途中放置かとも思われましたが、続きそうで嬉しいです。
577 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/17(日) 20:18
愛ちゃんもえりりんもガキさんもそれぞれが切ないですね
自分の心に本当に向き合えるかって事なのでしょうか…
578 名前:吉卵 投稿日:2011/04/21(木) 16:33
9周年おめでとうございます。
娘。も今は9期生(笑)

やばいなあ。また愛さん余計なことを…あっちの二人の仲が心配ダ。
579 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/23(土) 23:28
――――その頃。

朝比奈学園では、新年度からの編入生を集めて教科書配布などが行われていた。
「一緒のクラスになるといいね」
「どうなんだろうね」
付属小学校の真新しい制服を着た女の子の二人連れが、連れ立って会場の体育館に歩いて行く。
「待ってー、香音ちゃん歩くの速いー!」
二人連れの小柄で華奢な方が文句を言う。
文句を言われた方は気付かずさっさか歩いて行った。
「みずきちゃん!」
先に歩いて行った方が、自分より年長の少女を見つけてぱっと顔を輝かせる。
「あ、香音ちゃん。
久しぶり、編入試験以来?」
二人連れの歩くのが速い方――――鈴木香音は、満面の笑みで
「一緒の学校になれてよかった!」
素直な感想を口にした。
みずき、と呼ばれた少女は、
「香音ちゃん、頑張ったから」
と優しい眼差しで応える。
「みずきちゃんが消しゴム分けてくれたから」
と鈴木は甘えるように年長の少女の腕に触れる。
少女は微笑んで自分より小柄な鈴木の頭を撫でた。
580 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/23(土) 23:30
――――その日の夜。

亀井の父は昼過ぎから知人の見舞いに出掛け、用事を済ませて帰って来た。
「あいつはこの家に呪いでもかけようとしてんのか?」
娘の激しいピアノ演奏を玄関先で聴いて、ピアノのある地下に続く階段に視線を落とした。
「部屋から出て来たと思ったら…あーあー、タッチ荒いなー。
ショパンが台無しだろ」
「夕飯に呼んでも出て来ないのよ」
仕事から先に帰って来ていた亀井母はそっと溜息をついた。
「絵里ちゃん、お夜食でも作っておきましょうか?」
お手伝いのカメさんの申し出に、
「いいわ。
今日のところは。
後は私がやります」
「分かりました。
では、今日はこれで」
カメさんが車で帰るのを見送って、亀井の母は、
「どうしたものかしらね」
と隣の夫を見上げた。

亀井はピアノを散々弾いて疲れ、部屋に引き上げてまたソファーにつっぷしていた。
ふと、部屋の外から漂う香りに眉を顰める。
廊下の甘ったるい匂いに、
「ちょ!何やってんのよ!」
亀井はドアを乱暴に開け、部屋の前でドラ焼きを焼いている父を睨みつける。
「え?ドラ焼き焼いてんですけど?」
父はちっとも悪びれない。
「はあ?ドラ焼き?」
父はワゴンテーブルにカセットコンロを載せ、フライパンでこんがりドラ焼きの皮を焼いていた。
「あっつあつをアンコ挟んで、と。
いっただきまーす!」
出来立てのドラ焼きを頬張る父を唖然と見つめ、
「なんで廊下でドラ焼きなんか作ってんのさ!
キッチンでやんなよ!」
亀井はキーッというように地団駄を踏む。
「ここは俺ん家だ。
何処で焼こうが勝手だろうが」
「はあ?
意味分かんないんですけど」
「食べる?」
差し出された食べさしのドラ焼きを亀井は無言で睨み、すぐひったくって貪った。
「ハッハ。いー食いっぷりだなあ」
父は呑気に言い、また新しい皮を焼き始める。
ボールからレードルでタネを掬い、フライパンに落とすジュウッという音に、亀井はコクリと喉を鳴らす。
「旨そうか?
旨そうだと思ったら続きはキッチンでやるから来るように」
コントの暗転のようにワゴンを引っ込めて退場する父に、
「――――何さ!」
これまたコントのように、亀井は悔しさで地団駄踏んだ。
581 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/23(土) 23:32
――――同じ頃。

新垣は、夕食後、部屋で卒業式に皆で撮った写真を見ていた。
アルバムを広げ、おどけた顔で写るクラスメート達を眺めていた。

一枚の写真に手が止まる。

亀井と撮ったものだった。
アップで写っており、亀井は八重歯剥き出しで笑っている。
隣の自分も亀井に何か文句を言いたそうだが、目は笑っていた。

「…アホづらじゃん、カメ」
他の亀井の写真も、殆どとぼけた表情で写っている。
「ぷっ…なんじゃこりゃ」
亀井が田中とふたりアイーンをしており、左端に道重が見切れている。
ひどい写真だった。

『いま絵里を追いかけなきゃ、あの子、ガキさんを諦めるよ!!』
『さゆが言わなきゃ、追いかけてくれなかったよね?』
『でも、これだけは言えるよ。
ガキさんは絵里をこれ以上ないくらい傷つけたよ!』

次々、自分に投げられた言葉が頭に浮かぶ。

『ガ〜キさあ〜ん!』
遠くから手を振る、のんびりした甘えた声を思い出し、新垣はベッドの上で膝を抱え、顔を埋めて泣いた。


――――亀井家。

「おかわり!」
「太るぞ、オマエ」
亀井は父にチャーハンも作ってもらい、平らげていた。
カラの皿を差し出しておかわりをリクエストし、亀井は口のはたの飯粒を手の甲で拭った。
582 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/04/23(土) 23:34
更新しました。

レスのお礼です。

>tamaさん

川=´┴`)<中の人はアラサーどころかアラフォーですわ

どうも長いことご愛読ありがとうございます。
つーか、高校生の人が社会人になるくらいの時間をこれ書くのに費やしてたんですね(苦笑)。


>577の名無飼育さん

川*T∀T)<もう破れかぶれやよー

心が大流血ですね(苦笑)。>愛ガキカメほか
切ない上に泥沼ですがよろしくおながいします。


>吉卵さん

川=´┴`)<うちも先輩メンバーに仲間入りですわ〜

ありがとうございます。9期は、娘。結成時にはまだ生まれてなかった子もいるんですよね(苦笑)。
愛ちゃんは自由すぎて(ry
583 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/24(日) 18:56

――――同じ日。中澤ハイツ。

「んあ、へーけさんならいませんよ?」
ハイツの階段下でしゃがみ込んでいる青年に向かって、後藤は声を掛けた。
青年は無言で後藤の顔を眺め回し、また顔を伏せた。
『んっあ〜。
アンタがそーゆーことすっから、みっちゃん、家に帰れないのにー』
後藤は心の中で呟き、階段を上がって行く。
途中で携帯が鳴り、パーカーのポケットから取り出す。
「なに?変態」
電話の向こうの市井は、
『何が変態だ。
失敬だな、キミ。
あー、単刀直入に言うわ。
いま名古屋にいんだけど、絵梨香連れて警察行かなきゃなんないんだわ』
「…なんで?」
『アイツの母親が亡くなったんだと』
市井の声に、後藤は目を伏せて黙り込む。
「それ…で、みーよは…?」
『外泊許可取って、あのさゆみちゃんの家の人に連れて来てもらうんだよ』
アイツが唯一の親族だからな、と市井は続けた。
「――――そう」
『じゃあな、また連絡すっわ』
「うん」
『愛してっからな』
「バカじゃない?」
後藤は呆れながら通話終了キーを押す。
2階まで上がって下を見ると、さっきの男はまだ座り込んでいた。


――――同じ頃。中澤家。

「なんやなんや」
雑誌を読んでいた裕子は部屋のカーテンを開けて、ワゴン車から女性が降りて来るのを見た。
「なんや、みちよかいな。
芸能人みたいな登場しおってからに」
インターホンが鳴ると、裕子はすぐ笑いながら
「なんやオマエー。
仰々しい現れ方しやがって」
平家の腕をバンバン叩いた。
平家は困ったように笑い、
「ちょーっと、抜き差しならん事情が出来てなあー」
よっこらしょ、と玄関の上がり口に腰掛けた。
「何や」
「しばらく、会われへんかも」
平家は穏やかに、立ったままの裕子を見上げた。
「何で?」
「いやー…最近、うっとこの家に若いモンがふたりほどチョロチョロしとってなー。
事務所周辺くらいならまあまだ勘弁したるけど、ハイツの下で張っとったりしとってな。
中澤ハイツはべっぴんさん揃いやからな、迷惑掛かるし、しばらく雲隠れすることにしたさかい」
「…雲隠れ?」
裕子は眉を顰めた。
「まー、事務所の保養所みたいなトコで缶詰で曲、作らされるか、ホテルに連泊やろうな」
「あの家は?
あの家は、どうすんねん」
「そのままにしとく」
平家は淡々と答える。
「はあ?
金、勿体ないやろ」
「あの家はウチの原点や。
そうそう簡単に引き払わん。
あ、ちゃんと当面の家賃は引き落とせるように残高は確認したさかい」
「…分かった」
俯いた裕子を見て、平家はゆっくり立ち上がった。
抱き締めて、強いキスをする。
「泣くんなら、ちゃんと泣いてくれへん?」
平家はまた困ったように笑う。
「ホンマになー、みっちゃんは姐さんとイチャイチャしたいだけやねんけどなあ」
「……」
「連絡する。ごめんな、待たせてばっかで」
裕子の頭の後ろを撫で、平家は
「あげる」
持参したバーボンの瓶を下駄箱の上に置いた。
「何や?」
「姐さんの好きなバーボン。
次、みっちゃんが来た時にちょっと飲ませてなあ」
「…知るかい」
平家はしゃがみ込んだかと思ったら、手をついて、
「頼むから、別れるとか、迷惑になるからとか足手まといになるからウチの事捨てろとか、
そーゆーの、言わんといて」
「頭、上げろ。
世界の歌姫のクセに。みっともない」
「世界の歌姫に、ここまでさせるんアンタくらいや」
平家はニヤッと笑って、軽く膝を掃って立ち上がった。


「まるで護送車やで」
事務所のワゴン車に、平家は苦笑して乗り込む。
『またな』とか『ほなな』とも言わず、黙って笑って平家は去って行った。


『世界の歌姫へ。平家みちよ。
近日公開の米映画の音楽を全面プロデュース』
裕子がさっきまで読んでいた雑誌には、そう書かれていた。
584 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/24(日) 18:57
――――その夜。亀井家。

亀井はようやっと部屋から本格的に出て来て、1階のジャグジーつきの風呂で入浴を終え、ぷらっとリビングに立ち寄った。
「よう。お疲れ」
亀井の父が、一人で飲んでいた。
「珍しい、ラムなんか飲んで」
テーブルにあった酒瓶を見て、亀井は言った。
自分も一人掛け用のソファーに腰掛け、テーブルにあった缶コーラを勝手に開けて飲んだ。
「海外出張の土産とやらで貰ったからな」
父はそう言い、ラムコークのグラスに口をつける。
「へえ」
「あ、そういえば」
父はふと思い出したようにグラスを置いた。
「何?」
「譜久村の家の、真ん中の子な。
朝比奈に入ったらしいぞ」
「へ…なんで?」
「さあな」
「だってあの子、すんごい偏差値高い学校通ってたじゃん。
何で今更朝比奈なの?」
「本人に聞いてみりゃいいだろ。
てか、お前、面倒見てやれよ?
高校と小学校じゃ校舎違うけど」
「…まあ、いいけど」
「じゃ、パパはそろそろ寝るわね。おやすみー」
立ち上がった父を見て、
「どうせ嫁とエッチすんでしょ。金曜だし」
と娘は小声で毒づいた。
「悪いか?」
「別にー」
「じゃ、嫁を待たせてるからな」
「ねえ」
「あ?」
「その…フェラって、気持ちいいの?」
娘の突然の質問に、さすがに普段適当な父も目を丸くし、
「おま…!部屋に引きこもってたのはオトコ絡みか!?
男か!?男が出来たんだな!!」
娘の両肩を掴み、ぶんぶん揺すぶった。
「違…!」
「いいか、いきなりフェラさせる男なんかロクなモンじゃないぞ?
まずクンニさせろ、話はそれからだ」
「あの…おとーはん、色んな意味で間違ってる」
「まずうちに連れて来い。
俺が見定めてやる」
「…そういうトコだけ父親だねえ」
「あー、ガキはもう寝ろ寝ろ。
あー、お父さんびっくりしちゃったよ」
「なにさ、嫁にはフェラさせてんでしょー?」
「させてんじゃない、してくれてるんだ」
「どう違うのさ」
「お前、めんどくせーな」
「ふんっだ」
コーラの缶を手にし、亀井はあっかんべーしてリビングを出て行った。

『まあ…出来るとしたらフェラでなく…あ、考えてたら気が滅入ってきた』
新垣の顔を思い浮かべ、亀井は溜息をついた。
585 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/04/24(日) 18:58
――――その夜。

市井は三好や道重の母と合流し、警察に向かった。

「大丈夫?私も行きましょうか?」
霊安室に入る前、道重の母は気遣ってくれたが、
「いえ、大丈夫です。
待っててください」
市井は笑顔で言った。

霊安室に入ると、三好の表情が硬くなる。
遺体の顔に掛けられた布を三好は剥ぐように取り、一瞬遅れて見ようとした市井に
「――――見るな!」
切迫した声で叫び、三好は走って部屋を出て行った。
「もう、こうなったら原形を留めてないからね」
立ち会った刑事が言った。
「お姉さん、身内の人?」
「いや…娘さんの古い友人です」
「じゃ、見ない方がいい」
刑事の傍で、スッと線香の煙が細く上がった。

三好は洗面所に飛び込み、洗面台に顔を突っ込むようにして嘔吐していた。
「あー、あー。
大丈夫か、オイ」
後から追い掛けて来た市井は背中をさすってやり、しっかりしろ、と声を掛ける。
蛇口から水が迸る音と、三好の荒い息、排水口に水が飲み込まれるゴーッという音だけが響く。
「可哀相になあ。
ただでさえ、ケガ人なのに」
市井が言うと、
「ロクな死に方しないって、ずっと思ってたわ」
洗面台に縋りつくように手をついて、三好は目の前の鏡を見上げた。
「そうか」
市井はそれだけ言って、また背中をさすった。


三好の母の遺体は荼毘に付す為、警察から運び出された。
道重の母が、明日の火葬まで遺体を安置しておく葬儀会社なども手配してくれた。
「すみません、何から何まで」
自然に礼を言う三好を横で見て、市井は驚きのあまり小さく『おお』と声を上げる。

「ホテルに先に戻りなさい。
後は私がやるから」
道重の母の言葉に甘え、市井の運転のレンタカーで宿に向かう。
「少し休むか?
お前、あんだけゲロゲロしたから胃が落ち着いてからのがよくねーか?」
「構わないわよ」
「あ…そ」
しかし少し走っただけで三好が青い顔で『止めて』と言い、降りてすぐ道端にしゃがみ込みえずきだした。
「あーあー。
だから言っただろー。
待ってな」
市井は辺りを見渡し、民家のすぐ傍にあった自販機でサイダーを買い、やっと落ち着いた三好に手渡した。
「それで口を濯げ。
少し車で横になって休め」
言われた通り口を濯いだ後、三好は後部座席に横になった。
市井は運転席に戻り、
「お前が初めて人間に見えた」
ドアミラーを見つめて言った。
586 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/04/24(日) 19:00
更新しました。
587 名前:吉卵 投稿日:2011/04/26(火) 20:09
更新おつかれさんです。
亀井さんちの人は基本全員アホなんですか?
特に亀パパ、ハライテー(笑)
588 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/07(土) 23:24
翌日。

『さゆみ、先生に学校の茶室の掃除頼まれてるんだけど、手がまだ包帯取れないから、
拭き掃除とかあんまり出来ないし、手伝ってほしいの。
もちろんお礼はするの』

朝一番にこんな携帯メールを受け取った亀井は、
「茶室ぅ?」
と眉を顰めた。


『ガキさん、昨日はゴメンね。
ちゃんと謝りたいから、学校へ来てくれる?
1時に茶室の前で待ってるの』

新垣は無言で携帯を眺めたが、
「ママー、今日、お昼から学校行ってくるー」
と洗濯中の母に呼び掛けた。


昼1時。朝比奈女子中学高校1階茶室――――。

――――顔を合わせた新垣と亀井は、お互い顔を顰めた。
「なに?」
口火を切ったのは、新垣だった。
亀井は前を向き、新垣の顔を見ないで、
「別に――――。
さゆに、呼ばれただけだから。
掃除を手伝えって」
『そっちは?』と、亀井は小声で続けた。
「さゆみんに…呼ばれただけだよ。
ちゃんと、謝りたいからって…」
そう言って、新垣は少しバツが悪くなり、俯いて床に爪先を2、3回少し滑らせた。
「謝る?
アイツ、なんかしたん?」
亀井がまた怪訝な顔をする。
新垣は顔を上げ、少し目を丸くし、
「知らないの?」
と、今日初めて亀井にはっきり顔を向けた。
「なにも…聞いてないよ。
昨日、うちにれーなと来て、なんかちょっと話して帰ったけど」
「…そう」
言ったきり、新垣は黙ってまた俯いた。

「じゃ、絵里は掃除して帰るから」
亀井は職員室から持って来た茶室の鍵を、戸の鍵穴に差し込み、新垣の方を見ずに言う。
「手伝うよ」
背を向けたままチラッと振り返り、
「別にいい」
亀井が言うと、
「あんただけに任せてたら、色んなモンが割れるから」
新垣の可愛くない言い分に亀井は少しムッとしたが、
「分かった、お願いします」
大人になって、頭を下げた。
589 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/07(土) 23:26
掃除自体は大した事はなく、20分程で終わった。
「…疲れた〜」
拭き終えたばかりの畳の上に寝転がり、亀井は目を閉じた。
「うん」
新垣も腰を下ろし、何となく亀井の横顔を見ている。
「ガキさん」
「なに」
「ゴハン、食べた?」
「いや」
新垣は小さく首を振った。
「絵里、吉牛で牛丼買って来てるから食べようよ」
起き上がり、亀井は持参したビニール袋をがさごそいわせてたぐり寄せた。
「ハァ?」
と言ってるそばから、新垣の腹が鳴った。
「卵かけていい?」
「う、うん…」

生卵を割ったはいいが、器への投入に失敗して折角拭いたばかりの畳にこぼし、亀井は死ぬほど新垣に怒られる。
「アホ!アホ亀!」
「あほあほ言わないでよぉ。
分かってますってー」
「言いたいこと言う前に雑巾持って来て拭けー!!」
亀井は唇を尖らせながらせっせと畳を拭く。
新垣も手早く白身が垂れ流れた長机などを雑巾がけし、『ふう』と額の汗を拭った。

雑巾を茶室奥の流し台で洗い、絞って干して、黙々と牛丼を食べる。
少しばかり無事だった卵を丹念に飯粒に塗し、半分こしながら完食した。
食べたら気が緩み、ふたりは畳に横になった。
「また横になってー。
食べてすぐ寝たらすぐ牛になるよ。デブるよ」
「寝転がってる人に言われたくないですよーだ」
亀井はそう言って新垣に背を向けて寝返りを打った。
「別にー、ガキさんは絵里が痩せようが、デブろうが、背が伸びようが、縮もうが、興味ないんでしょー」
「何その言い方」
新垣は肘で身体を支え、半身だけ起こす。
「絵里を、好きじゃないんでしょ」
亀井は仰向けになり、天井を見上げて言った。
誰に言うとでもないように。
新垣は無言で近づいた。
亀井の口元に手をやる。
「や!なに!?」
亀井が身を捩ると、
「ついてる」
新垣は仏頂面で亀井の口元をごしごし拭う。
「たく、床に卵は零すし、口元に黄身つけたままだわ。
ホンットあほだね、カメ」
アーホ、アーホ。
新垣は繰り返す。
亀井は咄嗟に睨みつけて、
「絵里のことなんて、どうでもいいんでしょ!」
起き上がり、ここ数日の不満をぶちまけた。
「ねえ」
「な、なに?」
新垣の視線に、亀井はちょっとたじろぐ。
「なんで、愛ちゃん、殴ったの?」
「ソコ?今更?」
「なんでさ」
「言ったじゃん」
亀井は頭をかく。
「好きな子をあんな目に遭わされて、キレたって」
新垣は唇を噛む。
噛んだまま、亀井の胸に正面から凭れ掛かった。
「あんたが、わかんない」
「絵里だってガキさんのこと分かんないよ」
「あたしの言い分、ちっとも聞いてくんないし」
「それはお互い様だよ。
ガキさんだって、ちっとも絵里の話、聞いてくんないじゃん」
「さゆみんは、少なくともあんたより聞いてくれるよ」
「ここでさゆ?」
亀井があきれたように溜息をつく。
新垣の両肩を掴んで、少し自分から離した。
「あんたが悪いんだよ!
さゆみんとあんたが仲良くなってからいっぱいめんどくさいこと起こって!
大体、あんたのせいで、あたし、1年の時、全然クラスに友達出来なくて…!
みんなあんたが悪いんだよ!」
590 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/07(土) 23:27
亀井は黙って聞いていた。
新垣はごしごしと目をこすり泣き出す。
感情に任せて亀井に吐き出し、すっきりしたような嫌悪感が残るような、言いようのない感情に包まれる。
「分かった」
亀井は立ち上がった。
「絵里が、いなくなればいいんでしょ?」
亀井はこれ以上はない笑顔だった。
「今年度はもう無理だろうけど、伯父さんに頼んでさゆやガキさんと絵里、これから先、同じクラスにならないようにしてもらうから。
廊下で会っても無視すればいーだけだし。
ああ、いっそ、学校変わろうか?
家から離れて、遠くの学校に通うよ。
絵里の貯金崩せば、他校へ通う学費くらいワケないし。
大人になって、大学も就職も、さゆもガキさんも受けないよーなトコ受けるから。
安心して?」
いつもの可愛らしい笑顔。
新垣はただ、亀井の顔を見た。
「もう、あなたの前に現れないから」
亀井は静かに立ち上がり、戸を開けた。
「さよなら」
亀井の背中を見て、この子は冗談でなく、本当にやる。
さよなら、と言ったら、もう二度と自分の前に現れないだろう。
新垣はそう思った。
何か言おうとして、新垣は喉に言葉が引っ掛かる。
それをもどかしく思い、出て行こうとする亀井の背中に無理矢理抱きついた。
「――――いった!なに!?」
強すぎる力に、亀井は思わず振りほどこうとする。
「…イヤ」
「え?」
「何処にも――――行かないで!」
新垣は号泣だった。
困った顔で背中で泣かせ、
「…絵里の気持ち、全然受け入れないくせに、傍には置いときたいんだね」
「自分勝手すぎるよ、ガキさん」
言葉は残酷だが、振り向いて優しい手で新垣の顎に手を添える。
「顔、上げて。ガキさん」
言われるまま顔を上げると、
「愛してるよ」
さっきの手より優しい口づけが降って来た。
591 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/07(土) 23:29
「ん…ん、あ…」
乱暴に戸を閉め、後ろ手で中から鍵を掛け、止まらない口づけのまま畳に倒れこむ。
亀井は丹念に新垣の鎖骨に唇を這わせ、顎のラインをスッと指でなぞった。
新垣のセーラー服のスカーフを外し、裾から手を入れてキャミソールの中のブラに手を触れようとする。
「も…胸とか、いいか…ら」
「え…?」
むしろ絵里は胸とか触りたいんですけど…。
ガキさん、大人だなあ。
亀井は感心するようなあきれたような顔で、仰向けの新垣を一瞬横目で見下ろし、
「…いくよ?」
傍に膝をつき、新垣の脚に手を伸ばしていった――――。



「――――うん」
ベシッ、ベシッ。
「――――起きろ。バカ」
「――――あー、あとちょっとー」
「――――起きろー!!!」
思いっきり頭をはたかれ、亀井は痛さに呻きながら目を開ける。
「…あ?
あれー、絵里…?」
亀井はむくっと起き上がり、自分と新垣の格好を見て、
「…ああ!」
物凄くいい笑顔でポン、とグーの右手を左の掌に打ちつけた。
新垣は赤くなって、無言でまた亀井の頭をはたいた。



『ガキさぁん…舐めていい?』
『…コーラー!』
クンニを行おうとする亀井の顔を慌てて手で押しのけ。
『ねえ、パンツ履いたまま手マンってすんごい手が疲れるんですが』
『…知らん!』
新垣のパンツのゴムが手に食い込んできて疲労を訴える亀井の背中に踵落としを食らわし。
『あのお…貝合わせって、どうやるんですかね?』
『――――ハァ!?』
ビギナーな質問に思わず上半身を起こし。


ようやっと下着を脱いで脚を絡ませたはいいが。
大喧嘩による疲れか、はたまた慣れない行為の所為か。
――――ふたりとも、爆睡してしまったのだ。




592 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/07(土) 23:31
「ん」
亀井は心底嬉しそうな顔で、新垣に軽くキスした。
「ちょ…やーだー。
エロいってー」
新垣が恥ずかしそうに身を捩ると、
「絵里たちの今の格好を見てごらんなさいよ。
これよりエロイもんはないってー」
新垣はそっと自分たちの下半身に視線を落とした。
下半身のみまっぱという、とんでもない格好だった。
しかも靴下は何故か脱がなかった。
「…マヌケだよね」
新垣はぼそっと呟いた。
「マヌケじゃありません、エロイんです」
亀井は無意味に胸を張った。
バーカ、とあきれる新垣を抱き寄せ、
「ちょっとは、絵里のコト、好きになってくれた?」
耳元で囁いた。
「ん…う〜ん」
「まだ、絵里、ガキさんのカノジョになれない?」
顔を上げた亀井は悲しそうに微笑む。
新垣は胸がチクンと棘が刺さるように痛んだが、何も言えなかった。
「ま、いっか。
待つ楽しみがあるし〜♪」
大して構わずか気遣ってくれてるのか、亀井は鼻歌交じりにスカートを履き出した。
新垣もつられるように傍のスカートとショーツを持ち上げる。
「「あ」」
ふたりともほぼ同時に声を上げる。
「わりー、わりー。
ガキパン持って来てたわ」
はいよ、と亀井は新垣にショーツを握らせる。
「ちょ…!
ソレ、アタシの…スカート!」
「あ?
あー、どーりでウエストきっついなあと思った」
すぐ脱ごうとする亀井に新垣は咄嗟に、
「ちょっと…!あ、あんた、パンツ履く前にスカート履いたの!?」
「え?いーじゃん。
てか、パンツは間違って履いてないんだし」
「よ、汚れたらどーすんのさ!」
「ああ、スカートね…。
分かったよ、クリーニング代払えって言うんなら出しますよ」
亀井はちょっとめんどくさそうに頭をかく。
「そーゆーコト言ってるんじゃない!
あんた、恥ずかしくないの?」
「何を?」
「だから…!」
新垣が真っ赤になりつつ言葉を探してると、亀井は自分のショーツを履いて新垣のスカートを脱いだ。
新垣の手から自分のスカートを取り、あっけにとられる新垣を尻目に、黙々と履いた。
「ちょっと失礼」
新垣のスカートと自分の鞄を手に、奥の流し台に消える。
新垣がそっと覗くと、亀井はタオルをお湯できつく絞って、新垣のスカートをさっと拭いていた。
「カメ…」
「これでいい?」
ゴメン、と亀井は呟き、スカートを手渡した。
新垣は受け取って、黙って首を振る。
「あの…ガキさん、いい加減、パンツくらい履かない?
絵里、さすがにおかしな気持ちになってまいりましたよ?」
亀井の頬にスッと朱が差す。
新垣はハッと我に返り、
「――――変態!」
亀井をまたボコって慌てて下着をつけた。

「…疲れた」
新垣は疲労困憊で呟き、また横になった。
「うーむ。
では、腕枕でも」
亀井はちょいちょい、と自分の伸ばした片腕を指した。
新垣は黙って、ごろんと亀井の腕の下辺りに寝返りを打つ。
「里沙」
「…なにさ」
「りーさ」
「…なに?」
「里沙」
「…だからなに?」
「…里沙」
亀井はぎゅっと、小さな頭を抱き締めた。
593 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/05/07(土) 23:37
更新しました。

愛ちゃんの凱旋コンに行ってきました。
アンコールで愛ちゃんのメンバーカラーのサイリウムで、客席一面黄色に染まりました。
愛ちゃんは川*’∀’)<あーしみんなに愛されてるやよー
と嬉しそうでした。(注:やよー、は言ってません)

レスのお礼です。

>吉卵さん

>亀井さんちの人は基本全員アホなんですか?

多分(笑)。从;*・ 。.・)<特に絵里とお父さんは残念な美形なの
亀母は比較的マトモです。
594 名前:吉卵 投稿日:2011/05/09(月) 03:24
「あ〜し」は言ったんですね。

更新おつかれさまです。
まったく、亀パパのせいで娘も影響されて…しようと。
595 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/12(木) 00:29
新垣と亀井はしばらく畳に寝っ転がっていたが、先に新垣が半身を起こした。
「カーメ…パンツ見えちゃうよ」
亀井のスカートの端がめくれていた。
亀井は『うー』と小さく呟き、
「パンツくらい見せてあげますよ、ホーレホーレ」
と自分のスカートをうつぶせになったまま更にめくる。
「もう」
新垣は眉を顰めて亀井の腕を叩く。

ふたりは揃って茶室を出た。
亀井が鍵を掛けてるのを見て、
「ねえ」
新垣が言った。
「なに?」
鍵の方を見たまま亀井は答える。
「…なんでもない」
「うん」
亀井も特に追求せず、
「鍵、職員室に返してくるね。
一緒に帰ろ」
と続けた。


駅であっさり亀井と別れ、新垣は帰宅した。
家に帰った途端、ドッと疲れが生じ、『ただいま』と母に声を掛けるやいなやトイレに入る。
「う〜…」
便座に腰を下ろしてしばらく、体内から何か柔らかいものがドロリと落ちてくる感じがあり、慌てて少し腰を上げ、
水たまりの中を確認する。
「あ〜…あ」
剥がれ落ちてきた血の塊だった。
水たまりの手前の面にも細い血の筋がついている。
「今月くるの早いよお〜…」
顔をしかめ、ペーパーで自分を拭ってから、棚の上のナプキンに手を伸ばした。
『こんな早くきて…カメがあんなトコこするからだ…』
半ば八つ当たりのように思い、剥離紙を剥がしてナプキンを取り付ける。
ショーツのクロッチ部分もよく見ると、うっすらと薄く血液がつき、何よりも、今日学校でしたことの名残もあった。

596 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/12(木) 00:31
トイレから出た後、母に「ごはんまで寝る」と伝え、部屋に行く。
ベッドにつっぷしていると、携帯が鳴った。
道重だった。
「はい?」
『あ、ガキさん。
ごめんね、今日と昨日は』
道重は特に怒っている様子はなく、むしろ妙に機嫌がよさそうだった。
『ごめんね、なんかだまし討ちみたいになって。
絵里、来た?』
新垣は少し間を置き、
「うん」
とだけ答える。
『仲直りした?』
「まあ…」
仲直りといえば仲直りだろうか。
但し、とんでもないおまけもついていたが。
エッチだけど、カメ、優しかったな。
新垣は無意識にそんな事を思い、ハッと我に返り慌てて首を振る。
『れいなも気にしてたから。
ガキさんと絵里、仲いいから、れいなもケンカしないでほしいみたい』
さゆみも、と道重は続けた。
「…うん」
だから騙して自分たちが鉢合わせするようセッティングしたのか。
亀井の姿を見た時から、何となく道重の意図は見えていたが。
『じゃあね。
ちゃんとさゆみ、ガキさんに謝りたいからまたゆっくり話そ?
直接お話、したいし』
「うん、ありがとう」
『絵里のこと、好き?』
新垣は言葉に詰まる。
「す、好きだよ」
『どういう好き?』
「え…えーと」
携帯の向こうで、バッテリー切れ寸前のアラームが鳴った。
『あ、大変。
ごめんね、また』
慌しく言って、道重は先に電話を切ってしまった。

『どういう好きなんだろう…』
携帯を片手に、新垣はまたベッドに突っ伏す。

597 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/12(木) 00:32
考えているうちに、浅い眠りに入る。


夢を見る。

新垣が中学に入った夏、放課後、学校のトイレに入ったら。
不意に便器の水たまりに真っ赤な塊が浮かび上がっているのを見て、大人になったのを知った。
予備知識はあったものの、いきなりのことだったので不安と心細さにシクシク泣いていたら、
『ガキさん?』
聞き覚えのある声が個室の外からした。
『さ、さゆみん…』
啜り上げながら応えると、
『どうしたの?具合でも悪いの?』
何も答えられず、ただ泣いていたら、
『大丈夫なようなら開けて?
なんか、予感?みたいなのするから』
ある程度察したのか、道重が外から呼びかけてきた。
新垣が黙ってドアのかんぬきを滑らせて開けると、
『ああ…』
道重は一目で察したようで、肩の学校指定のサブバックを掛け直した。
新垣は何故か、この時の道重をよく覚えている。
道重はまだ今ほど髪が長くなく、輪郭も幼かった。
まだ昼間で、日当たりがさほど良くない女子トイレ内も明るかった。
その中で、夏の制服姿で鞄を掛け直した時の道重をよく覚えている。
『ガキさん、初めてだよね?』
新垣は無言でコクンと頷いた。
『おなか、痛い?』
いつもの腹痛とは違う、ひきつるような下腹部の痛みを果たして腹痛と答えていいのか考えあぐねていると、
『コレ、使って』
道重はサブバックからピンク色のポーチをがさごそ取り出した。
『使い方は分かるよね?
包みを剥がしてパンツに敷くんだよ。
パンツ、汚れてない?
大丈夫?』
『…汚れた』
新垣がようやっと言葉で回答する。
実際、制服の紺色のスカートも経血で染みていた。
「あ〜…しょうがないな。
困ったな、さゆみのクラス、今日体育じゃないからジャージもないし。
ガキさんのクラスもなかったよね?」
「うん…」
「てか、ガキさん、うちに帰れる?」
新垣はふっと気が緩んだのか、またべそをかき出す。
「ああ…泣かないの。
分かった、さゆみ、送ってあげる」
だから泣かないで、と道重は新垣の肩に手を置いた。
その手のぬくもりにほっとしたのを覚えている。


約束通り、道重は家まで送ってくれた。
「あら、里沙。
さゆみちゃん、一緒だったのね」
道重はそれより以前、一度新垣の家に遊びに行っていたので、新垣の母とも面識があった。
「えーと…ガキさんのお母さん」
「はい?」
「あのお…ガキさ、いや、里沙ちゃん、今日学校で初めて…生理になっちゃって。
お腹も痛いようですのでさゆみ、お家まで送ろうと思って…」
「あら。
あらあらまあ」
新垣の母はあらあらまあ、を連発し、
「ごめんなさいね。
あらー、だから里沙、ベソかいてるのね。
子どもねえ〜」
新垣の母は、そう言って我が子にデコピンをくらわした。
「それで…制服も汚しちゃって…。
夏服だし、すぐ乾くと思うので洗ってあげてください」
「分かったわ。
まあ、立ち話もなんだしさゆみちゃん上がって頂戴。
お菓子でも…」
母が勧めようとすると、
「いえ、さゆみ、部活の途中抜けてきたんでこのまま戻ります。
すみません」
「まあ…ごめんなさいね」
「いえ。
じゃあね、ガキさん。
また明日」
「う、うん。
ありがとう」
笑顔で手を振って去って行く道重。


そこで、目が覚めた。
トイレでの会話から意識が戻りかけていたので、途中から夢だな、と気付いてはいた。

「さゆみん…」
クッションに顔を埋めて、道重を全面的に信頼して頼るようになったのはあれからだったな、と新垣は思い出していた。
598 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/05/12(木) 00:35
更新しました。

川=´┴`)快復祈願で琵琶湖の方に向かって祈ってみる。


レスのお礼です。

>吉卵さん

>「あ〜し」は言ったんですね。

川*’∀’)<中の人が多少盛ったやよー

実際は「アタシ、みんなに愛されてる〜!」と舞台裏だったか楽屋だったかでメンバーに言ってたそうです(笑)。

>まったく、亀パパのせいで娘も影響されて…しようと。

影響でもなく、ただ単に娘も(ry
599 名前:吉卵 投稿日:2011/05/12(木) 04:34
私は伊勢の方に向かって祈ります。

お疲れさまです。
さゆ、今は自分大好きなナルだが、昔は優しいいいこだったんだな。
600 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/29(日) 16:36
――――その頃。

道重は田中の下宿先でホットケーキを食べていた。
先に食べ終えた田中は、道重が食べるのを見ている。
「うん…おばさまのホットケーキは絶品なの」
「れなのおばちゃん、料理うまいと」
「うん、ハズレがないの」
上から目線で褒める道重に苦笑し、田中は道重が座ってる足元にある、携帯に目をやった。
「ガキさん、仲直りできるっちゃかね」
「それは神のみぞ知るなの」
「なーん?
自分、昨夜さんざんれなに『どうしよー』って愚痴っとったクセに」
田中はニヒヒと笑い、道重の鼻を人差し指で押し、ついでに口元のホットケーキのカスを拭ってやる。
「あ、あれは…」
道重は真っ赤になり、
「言い過ぎた…と思ったからだもん」
口ごもりながら答える。
田中はニッと笑い、ベッドに腰掛けた。
道重も自然に隣に座り、田中の顔にかかった髪をはらって直してやる。
田中は嬉しそうに目を細め、リアルにネコのような表情になる。
道重のカットソーの肩先に額をつけ、そっと見上げた。


『この子…分かってやってんのかな?』
田中に上目遣いで見られ、道重は心の中でそっと苦笑する。
「さゆ…」
『出たよ、甘い声』
田中を少し離し、道重は舌を伸ばして田中の額に音のするようなキスをした。
田中は更に目を細め、道重の二の腕を掴み、体重をかけていく。
ベッドに逆の方へ斜めに倒れ込み、
「ちょ、れいな〜」
道重は足元の枕から、とりあえず行儀が悪いと思って足を外し、甘えてくる田中を困りながらもケラケラ笑って受け止める。
田中がふっと真顔になったかと思うと、道重を覆うようにキスしてくる。
「ん…」
『この子、ヤりたがってるのかなあ』
田中のキスを受けながら、道重はそんな事を考える。
『まあ、年頃だからね…。
さゆみも、先輩とのコトがなかったら依然絶賛バージン中だったろうし』
『さゆみ、案外モテないしなー。世界一カワイイけど』
そう思いながら田中の後ろ頭を撫でてると、田中が顔を上げた。
トロンとした目で、自分を見ている。
『やっば…この子、スイッチ入った?』
上げたと思ったら、また自分の肩に顔をこすり付けてきた。
『なんなんだろ…マーキング?』
とりあえず頭を撫で、田中の様子を見る。
『もしかして…さゆみ待ち?
さゆみの出方を見てる?』
そういや、この子、バージンだったな。
道重はしみじみ思う。
601 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/29(日) 16:38
今度は道重が田中の肩に顔を埋め、
「れいな…したい?」
物凄くストレートに囁いた。
田中はビクッとし、頬を赤らめて道重を見ていたが、
「う、うん」
上ずった声で返事し、頷いた。


『さゆみリードでい?』
今更馬鹿丁寧に聞く道重に無言で頷き、田中は仰向けになった。
道重は田中の胸元のボタンをゆっくり外し、鎖骨にまず唇を這わせた。
「ひ…う」
田中は思わず声を上げる。
前にも道重にこうされた事はあるが、その時はお互い激情にかられた状態だった。
その時よりは冷静である今、改めてこうされると、おかしな感じだ。
「あ…ん。
ちょ…イヤやって、そこ」
道重の手は服の上から胸を揉んでいた。
「痛い?」
「痛ないけど…は、恥ずかしいやん」
「恥ずかしい?」
道重が問うと、田中はこっくり頷いた。
「さ、さゆはおっきいからいいっちゃけど、れな…小さいけん。恥ずかしか」
「バカね」
道重は優しく笑った。
「さゆみだって、大しておっきくないよ。
ホラ」
道重はカットソーを頭から抜いて、ブラまで外した。
その思い切りの良さと、肌の白さに田中はちょっと身を起こして呆然とする。


602 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/29(日) 16:40
荒い息だけが、部屋を占領した。
「さゆ…さゆ」
田中が何かを訴えるように、道重を呼ぶ。
「なに?」
田中の胸から、顔を上げた。
「れな…なんか気持ち悪か」
具合が悪くなったのかと思い、道重は
「ごめん!すぐ服着て」
田中の体を起こさせ、足元にいっていた田中のブラなどを拾って着けさせようとする。
「ち、ちが…!」
田中は慌てて、真っ赤な顔で、
「下が!気持ち悪か!」
小声で怒鳴った。


田中の背中にクッションをあてがってやり、道重はそっと、ホットパンツの中に手を差し入れた。
「…うっわ」
あまりの濡れ具合に、
「田中さんに何が」
思わずボケてみると、
「自分やん!」
田中はばしっと道重の腕を叩いた。
「どうする?
指でイキたい?」
道重のまたもやストレートな質問に、
「…よう分からんけん。
任せると」
田中は呟くように答えた。
603 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/29(日) 16:41
ショーツごとホットパンツを脱がされ、ニーハイも抜かれ、田中は
「…ああ、恥ずかしいんやけど」
思わず目の上に右手を置いた。
「そう?綺麗だよ?」
田中の腰の辺りでは、道重が田中の下肢に触れ、指で濡れた箇所を伸ばしていた。
「な、なんしてると!?」
田中が思わず体を起こすと、
「れいなの気持ちいいトコ、見つけ出してるの」
道重が皮を剥いて蕾を剥きだしにすると、ジュルっという音を立てて吸った。
「はあ…!」
田中は目を見開いて、身を捩る。
「アタマ…吹っ飛ぶと」
「そんなに気持ちい?」
頷く田中。
「いいなあ」
道重はまた吸った。
「やあ…!おかし、おかしなるって〜!」
花弁を指で固定し、蕾に熱い舌を往復させる。
田中は声にならない悲鳴を上げた。
体の中に熱い塊が生まれ、道重が蕾を舐める度、それが大きくなる。
道重の髪を掴み、快感を遣り過ごす。
塊が堪え切れないくらい大きくなり、それがある時フッと消えた。

「あ、あ…!」
田中から一旦力が抜け、道重は顔を上げて
「イッた?」
唇を腕で拭って聞いた。
「よう…分からん。
アタマの中、痺れたと思ったら、真っ白なったと」
悪戯を咎められた子供のような表情で、田中はぼそぼそ答える。
「多分、それがイッたって事だよ。
おめでと」
「お、おめでとう?」
田中はぽかんとする。
「その分じゃ、れいな、イクって事、分かってなかったでしょ?」
その通りなので、田中はちょっと拗ねたように頷いた。
「ありがとね」
道重はぎゅっと抱き締めてやり、『よく頑張った、田中』とやはり上からで言い、
田中に『誰や!』と笑われながらツッコまれた。
604 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/05/29(日) 16:45
「あ…あ、ああ!もっと、して…」
その後、横向きに寝て抱き合い、田中の耳に舌を入れて、道重は田中の好きなだけ蕾を指で擦ってやる。
いよいよクライマックスかという時、
「れいなー、ちょっと出掛けてくるからねー。
留守番しててー」
階下から田中の伯母の声がした。
ふたりとも同時に動きが止まり、ややあって仕方なく笑う。
「ふう〜…」
「さゆ、重!
重いって!」
自分に倒れ込んできた道重の背中を、田中はぺちぺち叩く。
「だ〜れが重いって〜?」
「わあ!
体重かけすぎやって!」
「続きする?
れいな、イキそうだったでしょ?」
道重の余裕すら感じる発言に、
「や、もう、よか。
なんか恥ずかしくなってきたと」
日常に帰って更に田中は恥ずかしくなり、適当に拾った道重のインナーで胸を隠した。
「セックスってさ」
道重がくすっと笑う。
「我に返った時がイチバン恥ずかしいでしょ?」
図星の発言に、田中は答えなかったが耳まで赤くなる。
「初めてが」
「うん?」
「さゆで、よかったと」
ふたりは抱き締め合って、キスした。
605 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/05/29(日) 16:50
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

川=´┴`)<祈ってくれておおきにな〜

从*・ 。.・)<さゆみは昔から優しくないの。ただカワイイだけなの

( *・e・)<まーたまーた

まあ、段々朝比奈に慣れてきて、本来の性質が出て来たと(笑)>さゆ
606 名前:吉卵 投稿日:2011/05/31(火) 02:08
更新おつです。
発情期のネコをなだめるウサギがおもしろかったです。
特にネコが甘えたがりで可愛かったです。
607 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/02(木) 06:19
ウサギがネコを、ってこういう事でしたか〜
ドキドキしながら読ませてもらいました(☆∀☆)
608 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/06/02(木) 23:37
――――同じ日。

朝比奈女子大学付属小学校の編入生・鈴木香音は、同じ編入生仲間2人と連れ立って出掛けていた。
編入試験の時に知り合った、譜久村という上級生の少女に、『家に遊びにおいでよ』と誘われたのだった。
「東京は電車の本数が多いよねー」
鈴木と同学年の鞘師里保は感心したように言った。
「なんかお屋敷みたいな家ばっかりっちゃ」
やはり試験の時に知り合った、ひとつ年上の生田衣梨奈は辺りを見渡して言う。
「あ、あれじゃない?」
鞘師が指差す先には、その界隈でひと際立派な邸宅があった。
「す〜ご〜い!」
はしゃぐ生田。
「豪邸なんだろうね」
鈴木は何故か見えないシャモジを持つフリをして、『有名人のお宅拝見・突撃!隣の晩ごはんです!』と色んな番組を
ごっちゃにして笑わせた。

豪邸の住人・譜久村聖は、『いらっしゃい』とはにかみながら3人を迎えた。

「すぐ分かった?」
譜久村は『駅まで迎えに行くよ』とあらかじめ言っていたが、3人は『大丈夫、大丈夫』と言い、
譜久村に書いてもらった地図を頼りにやって来たのだった。
609 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/06/02(木) 23:38
「みずきちゃんの部屋、かわいいよね」
譜久村の個室に通された3人。
鈴木の言う事に他の2人は頷いて同意した。
「やー!
聖、お姫様ベッド〜!」
生田は白を基調としたベッドを見てはしゃぐ。
「なんか上から下げてるカーテンみたいなのないの?」
「天蓋のこと?
そこまでは…」
譜久村は恥ずかしがって、赤くなって俯いた。
「いいぬぁ〜それ〜」
鈴木が変顔であちこち踊り狂う。
鞘師もケラケラ笑い、そのヘンな踊りに付き合う。
「さ、ちっさい子は踊らせといて、えりが持って来た『ハリケンジャーVSガオレンジャー』見るっちゃ。
出たばっかりとよ」
特撮ヲタである生田は、鞄からさり気なくDVDを取り出した。
「あ、それともハロプロのDVDがいいっちゃ?」
更にアイドルDDでもあった。
「色んなアイドルの女の子のDVD、家にあるっちゃ。
いつでも貸すから言って!」
ただの女の子大好きっ子だった。
「えり、女の子だーいすきっちゃん!」
「へ…へえ」
鈴木はちょっと引いて、若干鞘師の背中に隠れた。
610 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/06/02(木) 23:41
「あ、写真」
白いチェストの上に飾ってあった写真立てを見て、鞘師は
「みずきちゃんの隣の人、だれ?」
と手に取って言った。
「親戚のお姉ちゃんだよ」
鞘師から写真立てを受け取って、譜久村ははにかむように答える。
「見して。
…か〜わいい!」
生田は頬に手を当てて、興奮気味に叫ぶ。
「美人なんだろうね」
写真の譜久村の隣の少女を見て、鈴木もニコニコする。
「へ〜。
名前なんていうの?」
「絵里ちゃん」
鞘師に聞かれ、譜久村は嬉しそうに言った。


夕方になり、3人は譜久村家を後にする。
「お肉、美味しかった!」
昼食に出してもらったローストビーフのサンドイッチに、鈴木は思いを馳せる。
「グレープフルーツのスカッシュもおいしかった!」
炭酸好きの鞘師はほっぺに手を当てて、手作りのオサレカフェ風ドリンクに思いを馳せる。
「聖の親戚のお姉ちゃん!可愛かったっちゃ!」
生田が興奮気味に言うと、他のふたりは真顔に戻った。
「えりちゃんって」
と鞘師。
「KYなんだろうね」
と鈴木。
「え〜!?えり、KY?」
「うん、KY、KY」
「ガチなんだろうね」
「うそ〜!?」
夕暮れの中、KY生田は叫んだ。

『夏休みになったら、絵里ちゃんのお父さんがキャンプとか連れてってくれて、とっても楽しかった』
親戚の絵里という少女のことを語る時、譜久村はとても嬉しそうだった。
親戚の結婚式で撮ったという、写真立てのツーショットも、譜久村ははにかんで写っていた。

『聖は絵里さんが好きっちゃね。
うまくいくように、えり、協力するったい!』
他のふたりが先に行った中、人知れず、生田は決意するのだった。
611 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/06/02(木) 23:43
更新しました。

レスのお礼です。

>吉卵さん

>発情期のネコをなだめるウサギがおもしろかったです。
>特にネコが甘えたがりで可愛かったです。 ありがとうっちゃ

曝ク;*` ロ´)<は、発情期って!

从*´ ヮ`)<でも可愛いって嬉しいと。


>607の名無飼育さん

>ウサギがネコを、ってこういう事でしたか〜
>ドキドキしながら読ませてもらいました(☆∀☆)

从*´ ヮ`)<そ、そういうことっちゃ…

从*☆ 。.☆)<そのAAはさゆリンスレを思い出すの!






612 名前:登場人物紹介 投稿日:2011/06/02(木) 23:47

ノノ刀e _l‘):譜久村 聖(ふくむら みずき)小5。
東京都出身。朝比奈の編入生。亀井の関係者らしい。名家のお嬢様なのでおっとりしているが、何気に毒舌。
家のリビングは側転で移動できるくらい広い。小5にして団地妻の異名をとるくらい色香がある。
サウスポーで絵が上手い。ちなみにカラオケは未体験。


|||9|‘_ゝ‘):生田 衣梨奈(いくた えりな)小4。
福岡県出身。同じく編入生。ナマタではない。ゴルフ好きの父の影響で、自分もコースを回る。
編入試験で知り合って早々、年長の譜久村に『聖って呼んでいい?』と聞いたくらい物怖じしない。
本人なりに気を配っているがKY呼ばわりされる。でもめげない。


ノリ*´ー´リ:鞘師 里保(さやし りほ)小3。
広島県出身。やっぱり編入生。野球はカープが好き。ダンスやケン玉、書道が得意と多才。
炭酸に目がなく、ご当地サイダーにも関心を持っている。
鈴木をかなり気に入っていて、よくじゃれている。


从*´◇`):鈴木 香音(すずき かのん)小3。
愛知県出身。編入生なんだろうね。モノマネが好きで入試の面接でコントを披露した。
食べることが大好きでごはんを5杯おかわりし、日々母親に怒られている。
上司が神様で、森でフェアリーとも出会った。(本当かよ)
613 名前:吉卵 投稿日:2011/06/04(土) 04:42
9期キター!
もう9期を入れるあたりが、ごまさんのすごさを目の当たりにします。
前々からこの顔誰だ?矢口かマコの変形か?と思ったら鈴木さんだったんですね。

ちなみに私も絵里さんが好きです。
614 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/07/10(日) 21:34
――――同じ日。

「みなさま、こんにちは。
吉澤ひとみです。
わたくしはただいま、横須賀にやってきております」
海の方に向かって、吉澤はひそひそ声で囁いた。
「ひとみちゃん?
どこのみなさま?」
吉澤の肩あたりから、梨華は覗き込んだ。


ふたりは、横須賀にやって来た。
梨華の実母の墓参と、観光がてら東京から出て来たのだ。


「お墓参りまでありがとうね。お母さんも喜んでるよ」
「いえいえ、なんの。
未来のお母様ですから」
吉澤が胸を張って答えると、梨華は素で照れ、
「さ、さ。
早くパン屋さん行こ」
とせかした。


「パンにポテチうんめ〜!」
「よかった、気に入ってくれて」
名物のポテチを挟んだパンを頬張る吉澤を、梨華はにこにこと見守る。
615 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/07/10(日) 21:46
「さっきから思ってたけどさ。
横須賀ってトンネル多くね?」
腹ごなしの散策中、吉澤はふと疑問を口にする。
「うん、多いね。
東京出て来た時、違和感あったもん。
『あ、トンネルない』って」
梨華はおかしそうに笑った。


「海、きんもちいいー!」
港に出て、海風に吹かれ吉澤は伸びをする。
今日は天気がよく、吉澤の金髪に太陽の光が当たる。
それを梨華は眩しそうに目を細めて見る。


「いいの梨華ちゃん?」
どぶ板通りの店で、梨華は吉澤の誕プレにスカジャンを買ってやった。
「うん、本当はオーダーメードのをあげたかったんだけど、
ネットで値段見てびっくりしちゃって…」
梨華はすまなそうに眉尻を下げて微笑む。
「似合う〜?」
吉澤は梨華の見立てのスカジャンを羽織り、前身頃を持ってモデルのようにくるっと回る。


「やっぱシメはカレーだね」
「うんうん」
梨華もカレーを頬ばって頷く。
少し早い夕飯を摂り、ふたりは互いの注文したカレーを少し交換して食べたりしていた。
616 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/07/10(日) 21:52
――――やはり同じ日。

柴田はバイトを終え、帰路についていた。
疲れ切った表情で溜息をついて顔を上げると、大谷が
「お疲れ」
笑ってるような、ビクついてるような微妙な表情を浮かべ、柴田家の壁にもたれて立っていた。
「なに?」
柴田は至極機嫌が悪い。
「ついてきてくれ」
「へ?」
「あら、あゆみ。
あ、マサオちゃん?来てたのね。
上がってくれたらいいのに」
玄関か柴田の母が出て来ると、
「お母さん。
あゆみ、今夜借ります。
すみません」
「まあ〜、若いっていいわね〜。
明日の飛行機までに間に合うようにほどほどにね」
「すみません」
「ちょ!?」
柴田の抵抗も無視して、大谷は腕を掴んで歩いて行った。


まずは向島の言問団子に連れて行かれる。
「なに?日本サヨナラツアー?」
名物の団子にくろもじを入れつつ、柴田は問う。
「アタシが上京して、初めてデートしたとこ」
遠くを見るような目で、大谷は言う。
「…そうだったね」
俯いて、柴田は団子を頬張る。
「食べ終わったら、出よう。
他にも行くとこあるから」
「何処へ?」


次は入山せんべいだった。
焼きたてを嬉しそうに頬張る大谷を見て、柴田はちょっと頬を綻ばせた。
617 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/07/10(日) 21:54
『この分だと次は万惣くるな…』

梅むらで豆かんを完食し、そろそろ腹が膨れてきた柴田はそう予想した。
大谷の給料が入ると、ふたりでよく行った。
フルーツパーラーのホットケーキを、とろけた笑顔で頬張る大谷を容易に思い出せる。

「次は…」
大谷が言うより先に、
「万惣でしょ?」
得意げに答え、柴田はニヤっとする。
大谷は黙って笑い、柴田の頭をポンポン、と軽く叩いた。


「あゆみは付き合ってすぐ、資生堂パーラーでオムライスを奢らせた」
ホットケーキにナイフを入れ、大谷は小さく微笑んだ。
「根に持つねえ」
フルーツオムレツと格闘しつつ柴田は顔をしかめた。
「あゆみはワガママもビッグだからな。
付き合いがいがあった」
「『あった』?」
柴田はまた顔をしかめる。
「これから先も、きっとあゆみにアタシは振り回されるんだろーなー」
「なにソレ?
イヤなら…」
柴田が思わず『じゃあ、別れる?』と言葉を発そうとすると、
「この役割は、譲りたくないよ。誰にも」
大谷は穏やかに告げた。
618 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/07/10(日) 21:57
道重はベッドから起き上がり、衣類を身に着けた。

「帰るん?」
気怠さの中に拗ねたような感じを滲ませ、田中も体を起こしてショーツに脚を通す。
「お母さんが東京来てるの」
「へ?入学式、もうちょっと先っちゃろ?」
前倒しで上京した割には早過ぎするな、と田中は目を丸くする。
「うん」
道重は言おうかどうか考え、
「三好さんのお母さんが亡くなったの」
戸惑うような表情で告げた。
「え…。
あの絵梨香って人っちゃろ?」
「そう。
お母さん、名古屋にいたそうなんだけど、他殺体で発見されて、唯一の肉親の三好さんが名古屋の警察まで
身元確認に行かなきゃなんなくて…れいな?」
田中が話の途中で『ひっ…』と小さな悲鳴を上げたので、道重は困ったように笑い、
「やっぱ…言わない方がよかったね」
背中を軽くさすってやった。


「三好さんの事で色々手続きがあって、東京に来たんだって」
「そうっちゃか…」
玄関で靴を履く道重を見ながら、田中は小さく呟いた。
「入学式までずっといるかは分かんないけど、今日はさゆみとゴハン食べて寮に泊まるの」
「うん」
田中は頷いて、柱にもたれかかって手をついた。
「そんな顔しないでよ」
道重は少し困ったように笑い、田中にこちらに来るよう促す。
田中は自覚なく、仏頂面だった。
「ん」
道重は田中の肩を寄せ、少し深いキスをし、
「じゃあね」
ばいばい、と小さく手を振ってドアを開けた。
「あ、お、送って行く…と」
「れいなはお留守番してなさい。
おばさまに言われてるでしょ?」
人差し指で田中の唇を押さえ、ウィンクして出て行った。


『れいな…大好き。可愛い』
リビングのソファーに田中は膝を抱えて座っていた。
クッションを抱え、熱っぽい顔でさっきまで自室で起きていた事を思い出す。
「…さゆのあほ」
何故だか悔しくなってきて、でもまた思い出すと甘い気持ちになり、頭の中がごっちゃになる。
顔が熱くなってきて、目尻から涙が零れる。
玄関で鍵を開ける音がする。
伯母が帰って来たようだ。
「れいなー、ちょっと手伝ってー。
買い過ぎたわ、やれやれ」
「すぐ行くっちゃ」
手の甲で涙を拭き、田中は立ち上がって玄関へ向かった
619 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/07/10(日) 21:58
バス停へ向かう道すがら、道重は新垣に電話を掛けた。

「ごめんね、なんかだまし討ちみたいになって。
絵里、来た?」
亀井と仲直り出来たかが気がかりで聞いた。
新垣は考え込んでいるのか、間を置いて
『うん』
とだけ言った。
「仲直りした?」
『まあ…』
今度はもっと間があり、新垣はそう言ったきり黙り込んだ。
「れいなも気にしてたから。
ガキさんと絵里、仲いいから、れいなもケンカしないでほしいみたい」
自分の気持ちを告げ、さゆみも、と続ける。
「じゃあね。
ちゃんとさゆみ、ガキさんに謝りたいからまたゆっくり話そ?
直接お話、したいし」
新垣は『うん、ありがとう』と返事した。
ふと気になり、
「絵里のこと、好き?」
と前も聞いた質問を再びする。
新垣は戸惑うように、
『す、好きだよ』
と答える。
更に畳み掛けるように
「どういう好き?」
と道重が問うと、携帯のバッテリーが切れかけ、アラームが響いた。
「あ、大変。
ごめんね、また」
慌てて切り、息をついてやって来たバスに乗り込んだ。
620 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/07/10(日) 22:11
更新しました。

時間的には、>618は>604の後で、>619が>596と同じ頃です。

そしてお忘れでしょうが、この小説はいしよし小説です。
作者が一番忘れてんじゃね?というのはきっと気のせいです。


レスのお礼です。

>吉卵さん

从*´◇`)<困惑した小川さんじゃないんだろうね

鈴木さん(愛理に非ず)はホクロのあるバージョンも確かあるのですが、
自分はこっちを使ってます。

>ちなみに私も絵里さんが好きです。

|||9|*≧_ゝ≦)<キャー!えり、どっち応援したらよか!?
621 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/11(月) 01:09
更新お疲れ様です!なんか横須賀を散策したくなりましたw

そしてガキさんの気持ちの行方は何処へ?と再び気になったり(^_^;)
622 名前:吉卵 投稿日:2011/07/11(月) 03:51
乙です。
いしよしいしよし!最近ガキ亀小説になってたんで、溜まってた分をもっとラブラブさせてください。
万惣フルーツパフェ1260円。フルーツパフェが!マサオさん、私にも奢って。

忘れてたついでに、ガキ亀がくっつくに満貫全席を賭けたジュンジュン。
当たり。はい満貫全席。っ◇□
代金は外したリンパイの二人が出します。
623 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/08/27(土) 02:04
道重は寮に母とともに戻って来た。
母が1階の浴室を使ってる間、ロビーで他の寮生と喋りつつ出てくるのを待つ。
「さゆ、今日お母さん来てるんだっけ」
同じ3−Bだったチバに聞かれ、頷く。
「用事で東京出て来てるの」
「へえ」
そう言ってると、『ただいまー』とやっぱり3−Bだったナカハラが帰って来る。
「レイ!」
2年下でナカハラのセフ、いや恋人であるオンダが嬉しそうに椅子から立ち上がる。
「あ!ナカハラの前髪がない!」
「てか初めて目ェ見た!!」
「なんだ!?あのオサレ髪型は!」
「青山でも行ったのか!?カリスマ美容師作か!?」
物凄く髪型が垢抜けたナカハラを見て寮生たちが驚愕していると、
「あ、神楽坂。
オンダが教えてくれたトコ行ってきた」
「単語以外で会話してるの初めて見たーー!!」
地元民の小川麻琴もたまに行く、オサレだけど学生の懐にも優しい人気美容室帰りのオンダは、
「…なんか、眩しいぞ」
「…メークまでしてる」
「…なんだこの美形っぷりは。
高校デビューか?」
寮生に様々な動揺を与えていた。
「レイ!
カバン、使ってくれてるんだね」
自分が誕生日にあげたバッグをナカハラが斜め掛けしてるのを見て、オンダはやっぱり嬉しそうにはしゃいでナカハラの腕に
まとわりついてはしゃぐ。
「ああ、コレ、すげー使いやすい」
「ウフフ、よかったー」
ふたりの様子を見て、一部の寮生たちに暗雲が立ち込める。
ナカハラがオンダの頭を抱き寄せて瞼のあたりにキスしてやる。
624 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/08/27(土) 02:07
「…う。うがあぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
茶が引っ繰り返る。
「破廉恥!破廉恥千万!!」
塩を撒く者あり。
「神はワシらに生きてこの恥辱に耐えろというのかーーーー!!
殺せー!今すぐ殺してくれーーーー!!」
己の頤にエア切先を向ける者あり。
道重は目の前のナカハラたちを呆然と見ていた。
『ナ、ナカハラちゃんってこんなスイートだっけ?』
「いっやー、まいったねー」
同じ元3−B仲間チバは、クラスで1,2位を争う異端児だったナカハラの(ちなみに6位は道重)、
信じられない姿に苦笑しながら言った。
「う、うん。
オンダちゃんのこと、まあ多分マジなんだろーなーって僅か2パーセントくらいの確信で思ってたけど」
「確率少なっ」
「うーうっうっうっうー。
ワシらは明日にでも隣の駅そばの『90分焼肉ガチンコ食べ放題1500円・学生さんは夜6時までの入店なら20パーセントオフ』の
焼肉で哀しみにまみれに行くぞ、煙と脂臭いにおいにまみれに行くぞ!!」
先程動揺してた連中が決起していると、
「あ、いいな。
さゆみも一緒に…」
道重が言い切らないうちに、
「なんだとー!?
リアルモテモテのカワイコちゃんに用はねえーーーーー!!!」
物凄い形相で連中に睨まれてしまう。
「カ、カワイコちゃんて…」
道重が冷や汗をたらすと、
「そうだそうだ!
年下の『ちょいヤンキー入ったツンデレ美少女』系のカノジョ持ちはアッチ行けー!シッシッ!』
更にその中のひとりに手で払われてしまう。
「え、ええ?」
「モテはアッチ行けー!!」
「貴様に非モテの気持ちが分かるかーーーー!!!」
「みんなさゆみのこと嫌いーー!?」
「うるせー!『朝比奈学園中高2002年度嫌いな女ランキング』9位入賞おめでとうのクセに!」
「うわーん!」

→その日、道重が亀井に送ったメール。

『从*T 。.T)<寮でみんなにハブられたの。絵里のせいなの』

『柏;*^ー^)<なんで!?』
625 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/08/27(土) 02:09

「なんやなんや、にぎやかですねえ」
光井愛佳がひょこひょこと現れる。
松葉杖を突いていた。
「みっつぃ!足…」
道重が息を呑む。
光井の左足には、ギプスが装着されていた。
「なんだなんだ」
他の連中も背伸びしたりしてロビーに近づいてくる光井を見る。
「いやー。
ガッコでドジってまいましてー」
光井は頭をかいて照れ笑いする。

学校に用があって出掛け、考え事をして階段を下りていたらうっかり踏み外してしまい、左足首のあたりを折ってしまった。
養護教諭の稲葉たちに病院に連れてってもらい、今帰って来たのだ。

「痛い?」
自分も最近怪我した道重は、痛そうな表情で聞く。
「あ、や。
階段から落ちた時は痛かったですけど、今はだいぶ」
「しばらく階段の上り下りが大変だな」
ナカハラが腕組して言う。
「とりあえずこの子が松葉杖に慣れるまで1階の娯楽室で寝泊りできないか、先生に掛け合ってみるよ」
そう言って専任の教師へ頼みに行くナカハラを見て、一同唖然とする。
「ああいうキャラだっけ?」
「周りのコトとかどーでもよさそーなヒトじゃなかったっけ?」
「てかいつも寝てるし」
「その割には成績30位以内にはいつも入ってるし」
一同は顔を寄せ、ヒソヒソとナカハラの変わりようを称した。

→その日、道重が亀井に送ったメール。

『从;*・ 。.・)<ナカハラちゃんが確変したの。大フィーバーなの』

『柏;*^ー^)<うそーん!?』 
626 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/08/27(土) 02:10
更新しました。
レスのお礼はまた後程。
いつもありがとうございます。
627 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/09/19(月) 01:38

――――同じ頃

「あ〜、横須賀堪能したよ。
カレーチョコも土産に買ったし」
吉澤は梨華と満足げに帰り道を歩いていた。

「ごっちん、いるかしら」
中澤ハイツまで行って、後藤はまだバイトから帰っていないようだったので、
梨華はドアノブにメモと土産を入れた袋を下げた。
飯田も保田も不在だったので、梨華は保田宅にもふたり分の土産を
まとめてドアノブにかけた。


「あら?
誰かしら?」
帰り際、ハイツのそばにいる女性を見て、梨華が言った。
「あんま見ない顔だね」
吉澤も言う。
ふたりは首を傾げたが、もう遅い時間なのでそのまま帰って行った。


「あれ?」
その少し後、中澤ハイツを訪れた市井は、ハイツの下にしゃがみ込んでる若い女性を見て、
「君、誰か待ってるの?」
と声を掛けた。
女性はちょっと顔を上げたが、無視してまた俯いた。
『なんだ?』
市井もそれ以上追求せず、後藤の家に向かう。

「なんか、外に小奇麗な格好したねーちゃんがしゃがみ込んでたぞ。
ありゃなんだ?」
後藤宅に入るなり、市井は言った。
「ああ」
後藤は素っ気無く返す。
「最近、ハイツの周り、うろついてんだよね。
若い男のコはいた?」
「いや、アタシが見たのは女だけど」
「あー、今日はおひとりさまだけか」
「なに?
ワケあり?」
市井は身を乗り出した。
「んあ、へーけさんの追っかけ?」
「あー」
「ここんとこ頻繁でねえ。
みっちゃん、帰れないのさ」
「ほお。
そりゃ災難だな」
「んー。
ウチらもうんざりしてんだけどね。
カオリなんか、ホウキ持って追い払うとか言ってるし」
「いや、ヤバイだろソレ」
「いや、カオリだから」
「なんか妙に納得すっけど普通にダメだから」


「お疲れさんだったねえ」
後藤はカシューナッツと鶏肉や、ブロッコリーを炒めたものを出してやる。
三好の為に名古屋まで走った市井を労って。
市井は出来上がるまでに、『梨華ちゃんヨシコ土産』と出されたチョコをつまんでいた。
「おー、キンキンに冷えてんなー」
アーリー・タイムズのハイボールを出され、市井は更に満足する。
「オレンジピール入りか。やるな」
スッとエビのフリッターも出され、
「お前今日、優しいな」
市井は目を丸くする。
「んあ、まあね〜。
わざわざ名古屋まで行って帰ってきたんだから」
「えっちでもする?」
市井は寸座に、思い切りデコを平手でぶたれる。

「旨い酒があって、旨い酒があって、オマエがいる。
これ以上、望むモンはねえよ」
後藤はじっと市井を覗き込んで
「気は確か?」
「これ以上ないくらい確かだ」
「そう」
後藤は立ったまま、市井にそっと唇を重ねた。

「なあ」
後藤の肩に頬を埋めて、市井は呻くように言った。
「あんな、死に方する人生ってどうなんだ?」
後藤は黙って市井の手に自分のを重ねる。
「自分の娘にも悲しんでもらえない」
市井の体が震える。
「なあ」
「うん」
後藤はぐしゃっと市井の髪をかきまぜるように撫でた。

628 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/09/19(月) 01:44

―――― 一方。

連れて行かれたホテルを見て、柴田は『やっぱり』と思った。
一番最初に会った日に大谷と泊まった、帝国ホテルだった。
この前、自分の誕生日にもここにふたりで泊まったが、今日はまた違う感慨があった。

「今日、ひとり分で予約したん?」
「いや、ふたりで」
フロントに向かう途中、そう聞いて柴田は『始めからその気かよ…』と思う。

「あー…ハラ爆発しそー」
部屋に入り、柴田はわざとベッドにどすんと寝そべった。
「やー、食った食った」
「満腹なのにうつぶせなったら苦しいぞ」
荷物を置いて、大谷は声を掛ける。
カチャカチャと音を立て、お茶の支度をする。

『着替えすら持って来てないのに…』
ベッドに横になって、柴田はムッとしたように顔をしかめる。
完全に仲直りはしておらず、まだ大谷に対してわだかまりはあった。


「するの?」
沈黙を破って柴田が言うと、聞き取れなかった大谷は
「ん?」
と緑茶の入った湯飲みをテーブルに置いて、顔を上げた。
「するんでしょ?」
柴田が起き上がって挑発するような瞳で言うと、
「別に」
大谷は短く返した。
「は?」
「別に、アタシはあゆみをそういう風なだけに見ていない」
「そういう風にって…」
「好きだけど、なんも出来んって事もある。
覚えてるか?最初会った日」
ふたりは、元々文通がきっかけで知り合った。
東京へ大谷がたまたまやって来る事があり、その時初めて顔を合わせた。
大谷が1人で予約していたこのホテルに、こっそり柴田も潜り込み、
その時、大谷がキスをして、ふたりは正式に付き合う事になった。

『しないの?』
それなりにモテてきて、元々斜め上というかオッサンな柴田は
付き合う事が決まった後、いきなりそう聞いて大谷を脱力させた。

「あゆみを何で好きになったか、よーく分かった。あれがきっかけで」
「いや、ソコ、分からなくなるトコでしょ」
「あゆみがどうしてもしたいんなら寝かせない覚悟でする。
でもなあ、分かってくれ。
なんか、今日は時間を大事にしたいってか。
じっくり、話すコトなくても語りてーってか」
「…うん」
柴田は、差し出された湯飲みを受け取った。



――――その頃。亀井家。

「お前さ」
亀井父は、茶碗と箸を置いて言った。
「卵かけるか、こぼすか。
どっちかにしてくんない?」
父に言われ、亀井はハッと我に返る。
卵を器から茶碗の飯にかけようとして、ぼーっとしていたので殆どテーブルにこぼしていた。
「あ!あ〜!」
慌てて布巾で拭い、亀井は泣きそうな顔になる。
「卵かける時に余所見すんなよ。
あんぽんたんだなあ」
「うるさいなー」
父をちょっと睨み、流しで拭いた布巾を洗い、戻ってきてまた茶碗を取った。

亀井家は、今日はすき焼きだった。
「松阪牛だぞ、松阪牛。
有難く食え」
亀井父は、はしゃいでどんどん肉を入れた。


――――同じ頃。新垣家。

「里沙、大人になったなあ」
夕食時、父に声をかけられ、新垣ははっとする。
「え…ええ?」
「いやー、里沙も大人になったなーって」
「そ、そう?」
自分の顔を触りまくり、新垣は困ったように笑う。
629 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/09/19(月) 02:00

――――生田家。

生田衣梨奈は、部屋で何となく寛いでいた。
「えりー、お風呂!」
「もうー、お姉ちゃんって呼ぶと」
風呂が空いた事を知らせに来た弟に呼び捨てを注意し、
生田は着替えを持ってバスルームに向かう。


『絵里ちゃんってすっごく可愛くて、勉強も出来て、スポーツも出来るの。
自慢のお姉ちゃんなの』
湯船に浸かり、譜久村が今日言っていた事を思い出していた。

「あ、あれ?
えり…何で…悲しいと?」
聖、絵里さんが好きやろ、きっと。

壁の鏡に映った自分が泣いてるのに気付き、生田はびっくりして顔に手をやった。



――――朝比奈学園中高寮。

光井愛佳が着信に気付いて携帯の通話ボタンを押すと、
『もしもし』
押し殺したような久住の声がした。
「び…っくりした。
なんちゅう声出してんの」
『なんで黙ってたの。
ケガしたこと』
「は?…ああ」
光井は一旦黙り、
「てか、あんた、誰から聞いたん?
情報早いなー」
ちょっと笑って茶化そうかと思ったら、
『誰でもいいじゃん。
なんでさ、そーゆーの、黙ってんのさ』
苛々する様な声で返って来た。
「黙ってたわけやないで。
ケガしたん、そもそも今日やし。
病院行って帰ってきたとこやさかい、ウチもくたびれて。
ウチが言うより早よう、誰かあんたに知らせてくれたんやろ?
アレや、タイミングの問題や」
『うん』
久住は黙ってしまった。
許した訳でも、納得した訳でもない。
久住の声の様子から、明白だった。
「なあ、ウチがケガしたかて、実際問題、あんた、何か出来るわけやないやろ?
別に、何かしてくれるわけでもないのに…」
光井が全て言い切らないうちに、
『どうしてそんな事言うの!』
切羽詰った声が聞こえてきた。
「な、何怒ってるんな…」
『もういい!』
一方的に切れ、光井はディスプレイを見つめ、
「…あほ!」
乱暴に携帯を布団に投げつけて、頭から毛布をかぶった。



――――再び亀井家。

亀井はベッド入り、今日あった事を思い出していた。
『やぁ…カメェ』
蕾を擦るたび溢れてくる声に、亀井はくらくらしそうだった。
思い出してる今も、実際くらくらしている。
『ひゃぁ〜…寝れませんよ?』
シーツにきつく頬を埋め、亀井は嵐が通りすぎるのを待った。
「あ〜…やっば。
腰…熱くなってきた」
ムズムズする腰をさすってなだめ、布団を思い切り頭からかぶった。



―――― 一方。新垣家。

新垣もやはりベッドに入り、天井を見つめていた。
『里沙…ここ、熱いよ?』
亀井の耳元での囁きを思い出し、新垣はぶんぶんと頭を振った。
ワケの分からない、波のような感覚。
腰にくる熱さ。
亀井の熱っぽい瞳。
どれを思い出しても恥ずかしかった。

「バカカメ。寝れないじゃん…」
枕に顔を埋め、新垣は赤くなって呟いた。
630 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/09/19(月) 02:02
更新しました。

前々回のレスのお礼です。
遅くなりすぎてすみませんでした。


>621の名無飼育さん

>なんか横須賀を散策したくなりましたw

( ^▽^)<よかったらひとみちゃんとふたりで案内しますよ?

>そしてガキさんの気持ちの行方は何処へ?と再び気になったり(^_^;)

从*・ 。.・)y-<ホントいい加減にしてほしいの。じれったいの


>吉卵さん

>最近ガキ亀小説になってたんで、

从*・ 。.・)<繰り返すけど、これはガキカメ小説じゃなくていしよし小説なの(キリッ

>代金は外したリンパイの二人が出します。

柏;*^A^川;´^`)<ま、まだ決まってへんでー!
631 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/19(月) 21:30
みっちゃん心配ですな…

しかしガキカメのお二人は〜。こっちも寝られなくなりそうですw
632 名前:吉卵 投稿日:2011/09/20(火) 01:25
ホウキを持ったいいらさんに追いかけられるのは恐怖ですな。
633 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/06(木) 00:37
『今、出て来れる?』

亀井は三好の電話で起こされた。

『家の横手に車をつけるわ。パジャマのままでいいからおいで』

怪訝に思いながらも、亀井はパジャマの上からカーディガンを引っ掛け、そっと家を出た。


「どうしたんですか、こんな時間に」
亀井の質問に、三好は敢えて何も言わない。
三好は個人タクシーらしき車でやって来た。
後部座席にふたりで並んで座る。
運転席の男は、iPodのイヤフォンを耳につけこちらの話など無視してる様子だった。
「結果から言えばいいのかしらね。
アンタの幼馴染たちがしでかした茶番について」
「あの…」
三好が切り出した言葉に、亀井が運転席の男を気にしつつ言うと、
「コイツなら大丈夫。
今は足を洗って個人タクシーの運転手なんかやってるけど、元はアタシと同業よ」
「は、はあ」
「仕事が出来る人間ってのは、自分が関係ない事はスルーするものよ。
まあ、仕事で組んだ事もあったし、今日も昔のよしみで来てもらったのよ」
「ええ…」
亀井が自分の膝に視線を落とすと、
「リエ、アタシを刺した教師と大阪に逃げてたわよ」
三好はいきなり本題から切り出した。
「え…」
亀井はハッと顔を上げ、声に殆どならず、まじまじと三好の顔を見つめる。
634 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/06(木) 00:40
「それ…誰から」
「昔の仲間よ」
「仲間?」
「情報屋のね。
道重さんの奥さんから、あの男がアタシを刺した後行方不明になったってのは聞いてたんでね。
多分、リエも道連れにしてるだろうって思ってあちこち心当たりのあるトコを尋ねてみたの」
「ふたりは…いま、なにを」
亀井が途切れ途切れに問うと、
「パチンコ屋で偽名使って働いてるそうだけど、まあ、どうかしらね」
亀井は俯き、
「リエちゃんは…幸せなんでしょうか」
「さあね。
偽名を使うような生活なんだから、もう元には戻れないわね」
「……」
「次は、残りのふたりね」
亀井は顔を上げなかった。
「ふたりとも、ハマ校やめたわよ」
「……」
「ミサは、どっかの通信制の高校に編入。
エミは、家ごと引っ越したようよ。
まあ、どっか学校も変わったのかもしれないけど」
「…はい」
「分かってると思うけどね」
三好は今日初めて、亀井の目を見つめた。
「あんたの好きなあの学校は、ちょっと信じられないほど内部が腐ってる。
あんたは伯父さんが元理事で、更に親御さんがたっぷり学園に寄付してくれてるおかげで色々守られてるけどね、
それがなかったら、あんたみたいな体も意思も弱い子は、あっという間に潰される。
それでもあんたは、あの学校が好きなの?」
亀井は前を見つめた。

「それでも、私の学校です」




「おやすみなさい」
夜のドライブから戻り、タクシーを見送って亀井はふう、と息をついて家の門をくぐった。
635 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/06(木) 00:42
高橋は意を決して、留学生会館のリンリンの部屋を訪ねた。
ドアを何回かノックしても反応がなく、溜息をついて一旦その場を離れることにする。

「愛…ちゃん」
リンリンは、風呂上りなのか、首にバスタオルを掛け、やや紅潮した頬で現れた。
「風呂行ってたんやな」
高橋はちょっと微笑む。
「金髪…したんですカ。
似合ってます」
リンリンは困ったように笑い、『じゃ』とドアを開けて入ろうとする。
「待ってって。
話があるがし」
「なんですカ」
「ジュンジュンのことや」
リンリンは一瞬前を向いたまま真顔になったが、
「リンリンは別に…。
オヤスミナサイ」
「待つがし。
リンリン、あーしがジュンジュン寝取ったって思て怒ってるんやろ?」
リンリンは真顔のままだった。
こんなに静かな表情はない。
高橋は却ってゾッとした。
「リンリンには、関係ありまセン」
「好きなんやろ?
あーしを殺したいくらい、憎んでるんやろ?
あーしやったら、そうするわ」
「殺すナンて…」
リンリンがふっと笑う。
「腹が立つんやったら、あーしを殴ればいい」
『さあ』と高橋がリンリンの腕を取ると、リンリンは
「愛ちゃんは、友達いますカ?」
思いがけぬことを言った。
「え…ま、まあ」
高橋が面食らって手に取ったリンリンの腕を下げる。
解放されたリンリンは、
「リンリンは、中国にいる頃、子役でドラマとか出たりしてましタ」
「え?芸能人なんか?」
「今は、殆ど引退してるようなものでス」
ふっと笑い、
「成長して、子役として伸び悩んで、日本で学ぼうと留学を決めましタ。
日本人の子役の皆サンも、学校行けなくて大変ダと聞いてマス。
リンリンも、殆ど学校行ってまセン。
遠足なんか知識としてあるだけデス」
「…そうやったんか」
「だから、リンリン、友達いないんデス」
リンリンはまた、困ったように笑った。
「愛ちゃんは、殴れまセン。
日本で出来た、友達ダから」
高橋は、見る見るうちに、目に涙を溢れさせた。
リンリンにしがみついて、号泣する。
「あーし…あーし、ごめん。
ジュンジュンは、悪くないがし。
あーしの、心が、弱いのが…悪いやよ」
しゃくり上げながら訴え、更に泣く。
「人間は、何故、愛を得ようとするんデショウね」
「え…」
「こっちの話デス」
リンリンは穏やかに笑った。
「泣かないでクダサイ。
愛ちゃんは、笑った方が魅力的デス」
高橋はまた泣いた。
636 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/10/06(木) 00:45
更新しました。

愛ちゃんの凱旋コンと武道館2日目に行きました。
あの人は、日本一カッコいいリーダーです。


レスのお礼です。

>631の名無飼育さん

>しかしガキカメのお二人は〜。こっちも寝られなくなりそうですw

川*^ー^)<ウヘヘヘヘ…  ← 一応照れている 

みっちゃんの心配までありがとうございます(笑)。


>吉卵さん

>ホウキを持ったいいらさんに追いかけられるのは恐怖ですな。

( +゜皿 ゜)ノ【箒】

なるほど、確かに怖い。
637 名前:吉卵 投稿日:2011/10/08(土) 03:53
お疲れす。
リンリン、感動した!

愛ちゃん卒業おめ。っ(花束)
638 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/10/08(土) 16:28
更新前にレスにお礼です。

>吉卵さん

>リンリン、感動した!

川*^A^)<オウ!ありがとうデース!

川*’∀’)っ(花束)<アッヒャー!ありがとうやよー!あーしみたいに可愛い花やよー
639 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:29
光井が朝、松葉杖突きつつ寮のポストまで朝刊を取りに行くと、表に物凄く見覚えのある人物が外壁に
凭れて携帯を打っていた。
「――――何しとんねん自分!」
「おはよう」
久住はしれっと言い、
「今、メールしようって思ってたトコ」
携帯をそのままパタンと閉じた。
「てか何しとんねん!?
「会いに来たんじゃん」
光井の言葉に、少し怒ったように言う。
「――――ハァ?」
「『実際問題、何かしてくれるワケやないんやろ』って言うからさー」
顔をしかめたまま、小さく欠伸をする。
「ふああ、眠いわ。
さすがに高速バスはキツイし」
「高速バスで来たんかい!?」
「や、もう新幹線終わってる時間だったし。
後は寝台特急かバスって選択肢しかなくってねえ」
「いやだから朝イチにフツーに来ればエエがな。
無理せんかて」
「朝イチじゃ遅いんだよ」
真っ直ぐな目で見られ、光井はちょっとたじろぐ。
「お父さんに車で送ってて言ったら普通に拒否られたし」
「当たり前じゃ」
光井は溜息をついて、『入りぃや』と寮の扉を杖の先で指した。
640 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:30
「あれ…小春ちゃん」
洗濯のため降りて来ていた道重は、ロビーで久住の姿を認め、目を丸くする。
「来ちゃいました」
久住は携帯を握ったまま小さく手を振り、いつものように屈託なく笑う。
「どうしたの?
というか、いつ来たの?」
「今です」
「え?…今、7時だよね?」
「新潟から池袋へ行く夜行のバスがあるんですよ」
「…それ、しんどくない?」
「腰、痛いっす」
道重は視線を泳がせ、
「あ〜…なんならさゆみの部屋で休む?
みっつぃはとある事情で一時的に娯楽室住まいするから、部屋が引っ越しでごちゃごちゃしてるだろうし。
まあみっつぃの相部屋は今年もオンダちゃんだし、どうせ気を遣うこともないだろうけど」
さりげに酷い事も挟みつつ、道重は年上の気遣いを見せた。
「いいんですか?すみませ〜ん」
「コラー!自分、気ィ遣えよ!」
「ああ、いいからいいから。
じゃ、ちょっと片付けるから」
「お邪魔しまーす」
「だからちょっとは遠慮せいよ!」

道重は今年度は、幸運にも一人部屋が当たった。

――――ひとつき前の道重さん

「一人部屋…来いっ!」
寮の部屋を決めるくじ引きで、見事一人部屋を引き当てた。
「なんでモテに一人部屋あてがうんだよー!」
「どうせかわいこちゃん引っ張り込んでやりたい放題なんだろ」
「ソレ、ナカハラだから」
寮生からの数々のブーイングをスルーし、
「やったよ!やったよ、山口のお母さん!
東京のお姉ちゃん!ついでにお父さんとお兄ちゃん!」
道重はガッツポーズで最後は雄叫びを上げた。


「わあ…相変わらずアイドルのポスターだらけ」
部屋に入って行った久住は、ガチのアイドルヲタのヲタ部屋に軽く引く。
以前家出して泊めてもらった時よりも、ポスターの類が増えていた。
「しかも写真集、増えてないっすか」
「うるさいの」
「田中さんみたいな可愛いカノジョいるのに、なんで?」
「それとこれとは別なの」
道重はムダにキリッとして言い放った。
「はあ、まーいいや。
おやすみなさーい」
「早っ」
掛け布団をめくり、久住はさっさと眠りについた。
641 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:31
リンリンは、上野にいた。

高橋に昨夜上野動物園の入場引換券を貰った。
『これあげるやよ。
頼むから、ジュンジュンと動物園でも出掛けて仲直りするがし』
土下座する勢いで頼み込まれ、仕方なく出掛けた。
『ジュンジュンには、あーしから渡して頼むやよ。
動物園の前で直接待ち合わせや』
一方的に待ち合わせ場所と時間も高橋が決め、ジュンジュンが来るのを家族連れなどで賑わう中、待っていた。

「「阿」」
同時に母国語で発する。
「高橋に言われて来タだか?」
ジュンジュンに言われ、リンリンは黙って頷いた。
「行こう」
チケットを引き換えてもらう為に、ジュンジュンはリンリンを促して歩き出した。


――――銀座

資生堂パーラーに、柴田と大谷はいた。
柴田は大谷の奢りで遠慮なくオムライスをがっつく。
「後でクリームソーダも飲もうな」
「いえわたくしはストロベリーパフェで」
「あのここパフェって2000円近くするよね?」
「さいざんす」
「そんだけオムライス食ってまだいくー?」
「ええ、ええ」
大谷は仕方なく笑った。


――――吉澤と梨華は、アヤカを見舞っていた。

アヤカの姿を見た途端、吉澤は滝のような涙を流す。
「アヤガじゃん、ウチ、ウチ…う、ウエッエ」
「よっちゃん、ハナ、鼻」
アヤカは苦笑し、『梨華ちゃん、そこのティッシュ渡してあげて』とベッドサイドの箱ティッシュを指差す。
「気にしないの。
あたしが、選択したことなんだから」
「選択…」
「そ。
どっちを選んでも後悔するんなら、少しでも、道が開ける方がいいでしょ?」
「…アヤカさん」
「まー、アイツ、思きしどついてくれたから、ホーント痛かったけどね」
アヤカはケガをした脚をさすって苦笑する。
「よー、お揃いで」
そこへ、市井が現れる。
「あ、市井さん」
吉澤が振り向くと、
「ぷっ…オマエ、なんでそんなチン毛みたいなパーマかけてんの?」
「んあ…冒険だねい」
市井と一緒に来た後藤も、吉澤のニューヘアーを見てとりあえず感想を漏らす。
「可愛いでしょ?ダビデ像みたいで」
「んあ、梨華ちゃん。
ダビデ像って可愛い?
しかも野郎じゃん」
「チーン毛、チン毛♪」
「ちょ、いちーさん!」
吉澤は真っ赤になって怒った。

「今夜ね、マサオくん」
アヤカが言うと、梨華は『はい』と頷いた。
「残念ながら行けないけど、よろしく言っといて。
オオタニブランドのTシャツとか将来的に出たら、並んで買うし」
「んあ、マニアックな柄とかになりそーだね」
「とりあえずコイツの車で成田まで出るべ?」
と市井は後藤を指した。
「車?ごっちんの?」
吉澤と梨華が同時に見ると、
「んあ」
「いつ買ったん?」
「きのー、納車だったんさ」
「…ぜっんぜん、気付かなかった」
梨華は肩を落とした。
中澤ハイツの住人が借りている駐車場はよく傍を通るが、まったく気付かずにいた。
「んあ、梨華ちゃん。
ドライブ行こ、ドライブ。
おべんと持って。
ごとー、運転すっからさあ」
「あ、楽しそう…」
「コラー!ごっちーん!」
病室に笑い声が響く。
『あ、やべ。
病院だった』
と市井は舌を出して身を竦めた。
642 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:34
――――ふたたび朝比奈学園中高寮

久住は4時間ほど爆睡し、11時頃目覚めた。
「よーし、よーし」
意味もなく腕を振り回したりストレッチを始め、部屋から出て行く。
寮内は、ちょうど光井の部屋移動の作業中だった。
「あ、荷物運ぶんだね、手伝うよ」
久住は光井の友人に声を掛け、次々荷物を運び出して行く。
光井の元の部屋は2段ベッドで動かせないので、当面の間使用するベッドマットを寮生たちと久住も運ぶ。
その様子を見て、光井はちょっといたたまれなくなる。
娯楽部屋の隅の方に衝立で囲み、光井プライベートルームは完成した。
「「「「おー」」」」
完成し、意味もなく拍手をする寮生たち。
久住もぱちぱち手を叩いた。



――――同じ頃。青山。

「おや」
所属している音楽プロダクションを訪れた平家は、見覚えのあるふたりがフロアの片隅で葉書の整理をしているのに気付く。
「おお、久しぶりやな」
「どうもお元気そうで」
エグゼクティブ・プロデューサーの男に声を掛けられ、平家はとりあえず頭を下げる。
元ミュージシャンで関西出身のこの男が、平家は微妙に苦手だった。
「あの、新しいバイトさん雇わはったんですか?」
片隅でせっせと葉書の宛名書きをしている若い男女をちらっと見て、平家は尋ねた。
「ん?
あの子ら、平家みっちゃんの熱烈なファンやから、その熱意を社会に生かしてもらお思てなー」
「…うっとこのマネージャーからハナシ、いったんですか」
ふたりは、最近、平家の住まい周辺に頻繁に姿を見せていた。
「いや、若いモンが今朝事務所連れて来おって、俺、ちょっと話してんけど、
『ここで働いたら大好きなみっちゃんにいつでも会えんでー』言うたらふたつ返事やったわ」
プロデューサーはのらりくらりと答えた。
「ウチを餌にして、ここで飼うんですか」
「飼うんやない」

「潰すんや」


『ハア、ウチ、独立した方がええんやろかね』
平家は自販機でペーパーカップのコーヒーを買い、窓から日曜の都心を見下ろす。
他社から引き抜いてきたエグゼクティブ・プロデューサーは、うさんくさいことこの上なかった。
普段はのらりくらりとかわしているが、ふとした時に先程のような酷薄さを感じた。
『独立するにもカネ、いるしなー」

「ウチは姐さんと幸せになりたいだけなんやけどなあ」
小さく言葉に出し、向かいのビルの窓を見つめる。

「働くか。まずは夢のマイホームやなー」
カップをゴミ箱に捨て、平家は小さく伸びをした。

「おーい、昼メシまだかー?
食いに行こうや、おごったるさかい」
平家の元迷惑ファンを誘い、連れ立って食事に出掛けるプロデューサーを見て、
「面倒見エエのか悪いんかよう分からんわ」
平家は首を傾げた。
643 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:39
『頼むから仲直りしてって。
あーしが言える立場やないのは分かっとるけど。
でも、一生のお願いや』

ジュンジュンは、昨日の高橋の言葉を思い出していた。
昨夜、高橋に拝むように頼まれ、今日仕方なくやって来た。
今更動物園なんて、と思ったが、色々動物を見てはしゃいでる彼女を見て、
自然に口許が綻んだ。
そろそろ動物園も閉園なので、帰ろうとリンリンを促し、駅へ向かう。


上野の雑踏で、ジュンジュンは立ち止まって、夕闇の中自然に涙を零す。
「純…」
リンリンが思わず声を掛けると、
「我愛…琳」
しゃくり上げながらも、ジュンジュンはまっすぐリンリンの方を見て言った。
リンリンはじっと見つめ、手を差し伸べる。

「…好」
リンリンはバッグを持ってない方の手で、ジュンジュンを抱き締めた。
644 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:41
夕方になり、久住は光井と道重に東京駅まで送ってもらう。

光井は足を折ったばかりなので、なるべく混雑するルートを避けて向かう。
『あー、さゆみが大人だったらタクったり車出したり出来るんだけど。
みっつぃには悪いけど今日だけ我慢してもらうか』
道重はふたりの様子を見つつそんな事を考える。

銀の鈴のそばで、ふたりは何か話し合っている。
道重は少し離れたところから、手持ち無沙汰で見ていた。

「東京駅はパラダイスなんだろうね!」
「も〜、香音ちゃんまだ食べるのー?」
小学生らしき女の子の二人連れがそばを通り、道重はハッとなる。
涼しげな瞳の、小顔で華奢な少女の方に、釘付けとなった。
「里保ちゃんもバンバンいくんだろうね!」
「太る〜」
『――――なに?この胸を吹き渡る春風のようなトキメキは!!!』
去って行くコンビを見送り、道重はうっとりする。
「…道重さん?」
背後から光井に声を掛けられ、道重はハッと我に返る。
「なななな、なに!?
ささささ、さゆみの好きな少女のタイプはあくまでも可愛くてー愛らしくてー」
「聞いてませんて。てか、知ってますって」
「そ、そう」
「久住さん、帰るそうです。
道重さんにも挨拶したいからて」
「あ、挨拶ね…」
「色々お世話になりました!」
久住は笑顔で敬礼する。
「うん。
気をつけてね」
「はい。
じゃ、愛佳」
久住は光井の頬にキスし、顔をしかめた光井に『もう〜』と軽く腕を叩かれる。


「みっつぃって…やっぱれいなのこと、好きなんだよね」

帰りのバスの中で、道重はそんな事を考えた。
645 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:45
――――亀井は表参道にいた。

お茶でもしようかとブラブラしていると、前から物凄く金髪なんだけど、物凄く見知った顔がやって来る。
「絵里!」
相手は気軽に片手を上げてるが、亀井は顔に縦線を入れてふっと顔をそむける。
「えーり!
顔をくしゃくしゃにして笑い、高橋は走ってやって来た。

「愛ちゃんと仲良くなった覚えなんかマジないんですけど」
「まーま。
ここは奢ったるがし」
「いや、結構です」
ツン、と顎を上げて亀井に無視され、高橋は困ったように笑う。
ふたりはカフェにいた。
日曜の昼下がりの賑わうカフェでも、美少女のふたりは目立っていた。
「てか、なんなのその金髪。
なに?
どこへ向かおうとしてんの?
あんたの学校、校則ないの?」
スムージーを一口飲んで、亀井は一気にまくし立てる。
高橋は『アッヒャー!』とちょっと手を叩いてウケてから、
「よう似合うてんで」
と亀井の頭を撫でる。
「あんたの新しい髪形見て、里沙ちゃんはどう言うやろね」
新垣の名前を出され、亀井は勢いを削がれる。


――――紺野は、小川の家に遊びに来ていた。
お茶を飲みながら、小川は先日より気になっていた事を切り出す。
「なあ、聞いてい?」
「え?」
「愛ちゃんが…元カノって酷い目に遭わされたって…どういう事だ?」
紺野は黙って小川の顔を見ていたが、
「分かった。話しますね?」
最近小川に使っていたタメ語を失くすくらい緊張して切り出す。


「またなんで髪切ったん?
高校生なるから心機一転か?」
運ばれてきたカフェラテに口をつけ、高橋は穏やかに微笑む。
「…それもある」
亀井が俯くので、高橋は飲んでいたラテのカップを置いた。
「なに?
どうしたんや?」
「別に…」
「言わへんとキスすんで」
亀井の顔をぐっと掴んで、高橋は顔をしかめた。
「…勘弁してください」
亀井は溜息をひとつ吐いて、三好がやって来た事を話し出す。
幼馴染たちの事も、包み隠さず言った。
高橋は何も言わず、じっと亀井の顔を見て話を聞いていた。


「あんたは…どう思たんや」
亀井が話し終えた後、高橋は静かに言った。
「…絵里は、別に。
いいんだよ、わたしは。
どうせ、周りに守られてるだけの、体の弱い死に損ないみたいなモンだし。
あたしなんかいなくたって…別、に」
亀井が言い終わらないうちに、高橋は亀井の頬を打った。
高橋は泣いていた。
亀井が驚いて頬を押さえたまま、高橋を見上げる。
「あーし、の…、あーしの彼女、一番最初に付き合った子ぉは、クスリで死んだんや」
「え…」
「オーバードーズって知っとるか?」
「…ドラッグとかやり過ぎたってこと?」
「せや。
あーしが…あーしが、悪いんや」
646 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:49
「…ドラッグ?」
小川は思わず顔を上げた。
「ええ、愛ちゃんの最初の彼女は、元々精神的に弱いところがある子だったんですが、
愛ちゃんと付き合って、でも愛ちゃんがああいう子で全然自分に構ってくれなくて、愛ちゃんが他の子と遊びに行ったりしてるうちに、
クスリに手を出すようになったんです。
リスカとか、狂言自殺とか、その子は愛ちゃんを心配させて振り向かせようとしたんですが、
愛ちゃんは段々疲れ果ててしまって、結局話し合って別れたんです」
「クスリは?」
「愛ちゃんと別れた頃はまだセーブしてたようですが、別れてからは歯止めが利かなくなって、摂取する量も段違いに増えて…」
紺野はそこで言葉を切って、
「…愛ちゃんに、許せないこと…したんです」
ぐっと拳を握り締めた。



『愛ちゃん…?愛ちゃん!』
ある日の放課後、紺野が自転車を押して中学の裏門から出ようと歩いていたら、校庭の隅の倉庫から呻き声がして思わず自転車を止めて
覗いてしまった。
中には。
着衣が乱れ、あちこち痣を作り、ケガで流血した高橋がいた。



「それって…」
小川が思わず息を呑むと、
「ええ、その子は、愛ちゃんを呼び出してレイプしたんです」
「…な」


『愛ちゃん!しっかりして!』
紺野が必死に揺すると、
『あさ美ちゃんか…いててて…あんま、揺すらんといてえや』
高橋は腫らした顔で苦笑いした。


「それから、わたしは愛ちゃんを連れて帰りました。
自転車の後ろに乗せようとしたら、愛ちゃん困ったようにすぐ降りて」
「どうして?」


『愛ちゃん…乗らないの?』
紺野が自転車に乗ったまま後ろを振り返ると、
『いや…乗られへんがし。
ごめんな、痛くて…跨がれへんざ』
高橋の脚には、下着から伝い降りた不正出血がついていた。


「愛ちゃんを横座りさせて、わたしは泣きながら愛ちゃんの家まで送りました。
ケガさせて、ひどく血が出るくらい傷つけて、あの子を、一生許さないと思いました」
647 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:51
「あーしは、元カノにレイプされたんや」

亀井は一瞬周りの声が聞こえなくなった。
高橋はそのまま続ける。
「あーしが勝手やから、不安なってクスリやって、それにも最初は気付かんかったんや。
電話で前の晩ハナシあるて呼び出されて、学校ん中にあった倉庫で待っとったら、
突然殴られてメチャメチャされた」
高橋が静かすぎて、亀井は怖くなった。


「愛ちゃんは、『あの子は悪くない。クスリが悪いんや』って」
「なるほど」
小川は静かに目を伏せた。
「そんで、愛ちゃんが庇うから疑問に思う反面、嫉妬したんだ」
「ええ」
紺野は息を詰めるように頷いた。



「クスリが、あの子をボロボロにしてもうたんや」
高橋は涙を溢れさせた。
「何よりあーしや。
あーしが、ちょっとでもあの子に優しくしてたら」
高橋は涙を袖で拭い、
「あんたは、間違わんといてや」
「絵里は…別にいいでしょ。
あなたには、関係ないじゃん」
「なんで生きてることを、もっと大事にせんがし!」
高橋はまた殴った。
周囲がざわつく。
自分たちがさっきから注目されていることに、いたたまれなくなってきた亀井は、
「…出るよ?」
伝票をひっつかんで、高橋の手を取ってレジまで歩いて行った。
648 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 16:55
高橋はようやっと泣き止んだ。

「東京駅まで送ってくれるやろ?」
「――――ハァ?」
「送ってえや〜」
物凄くロリ声でおねだりし、高橋は亀井の腕を掴んでぶんぶん振る。


「じゃあね、パツキン」
「おう」
高橋は新幹線の発車ベルが鳴り響く中、亀井の首筋を掴み、キスをした。
「じゃあな〜♪」
「ば、バカ――――!
さっさと福井に帰れ――――!」
涙目で赤くなり、亀井は唇をごしごし拭う。
「アイツ!舌まで入れやがった!!」
勝ち誇ったような顔で離れ、閉まったドアの向こうで笑顔を手を振る高橋を見て。
何故新垣が惹かれていたか、少し分かった気がした。

「ハァ。帰ろ」

外は深い夕暮れ。
うっすらと、気の早い星が瞬いていた。
649 名前:旅立て、ジャック 投稿日:2011/10/08(土) 17:00
――――その日の深夜

成田空港には、大谷を見送りに来た吉澤たちがいた。
「マサオちゃん、これ持って行きなさい、これ。助六寿司」
柴田の母は、手製の海苔巻きと稲荷寿司の包みを持たせた。
「母ちゃん、国際線乗るのに手弁かよ」
村田は心底あきれるように言った。
「あ、マジ嬉しい…。
おばさんの助六、マジ最高っす」
大谷は目尻にうっすら涙すら浮かべて包みを抱え上げる。
「うわ…泣いてるよ」
村田は若干引いて、隣の斉藤に、
「助六だよ、助六。
飛行機乗るのに、ねえ」
同意を求めるように言う。
「心のこもったプレゼントじゃない」
斉藤はスルーし、
「元気でね」
と小さな餞別を渡した。
「なんスか?」
「入浴剤のセットよ。
あっちに着いたら、お風呂に入って疲れを取って。
トランジットあるし、長旅なんだから」
「すみません」
「マサオさん、ウチはポテチです」
「ごとーはいちーちゃんと連名で機内で使う首枕」
「あたしはすみません、クッキーです」
「ありがとう、みんな」
餞別を一通り受け取った大谷は、柴田の方を見る。
柴田は険しい顔をしていたが、
「餞別だよ」
近づいて、結構な濃厚キスをかます。
「「「「おおおー」」」」
一同は、どよめきの声を上げる。
「浮気は許す」
「ほう」
「アタシより、しょぼい女に手を出したら、そりゃあなぶり殺すけど」
柴田の宣告に、
「あゆみより面白いオンナなんかいねえよ」
大谷は、この言葉を残して笑顔で旅立って行った。


大谷が旅立った後、柴田は号泣して床に崩れ落ちた。
「柴ちゃん…」
梨華はしゃがんで背中をさすってやり、
「柴っちゃん、しっかりしなって」
吉澤も、一緒になってさすってやる。
「もうー、手の焼ける子ねえ。
ほらあゆみ、帰るわよ」
「お母さん、お母さんには分かんないんだ〜!」
泣きながら、むせながら訴える柴田に、
「コラあゆみ!立て!立たないと姉ちゃん公衆の面前でお前にセクハラするぞ!」
「…帰ります」
そうして、柴田一家と斉藤は、斉藤運転の車で帰って行った。

「ウチらも帰るべ?」
市井の提案に、3人は同意した。
深夜の空港は、静寂が広がっていた。

また、新しい道が始まる。
650 名前:Sunrise, Sunset 投稿日:2011/10/08(土) 17:01


 日はまた昇り、また沈んでいく
651 名前:Sunrise, Sunset 投稿日:2011/10/08(土) 17:03


――――吉澤は、梨華と一緒に連れ立って歩いていた。
今日は、保田と飯田の結婚式だ。

保田たちは両方の親を根気強く説得し、ようやく今日、ゴールインする。
さすがに書類上での婚姻は出来ないが、飯田が好きな小さな教会で親族や親しい友人を招いて式を挙げることとなった。


『アタシ、カオリのお父さんに殴られてくるわ』
札幌の飯田の実家に挨拶に行く時、喫茶タンポポで保田は笑いながらそう言った。
飯田の父に殴られこそはしなかったが、飲み勝負を挑まれ、保田の圧勝で最終的に結婚の許しを得た。

「梨華ちゃん、のののヤツ、来るって行ってた?」
「うん、一番下の子、お姉さんに預けてから来るって」
「そっか」
辻は高校卒業の少し前に身籠り、そのまま卒業後に結婚した。
加護は、大学を出た後、税理士事務所で働いている。
時々辻の家に行き、子供の遊び相手をしている。

「愛ちゃんとこのアナスタシアちゃん、今度何年生だっけ?」
「えーっと、日本で言えば小学校4年生だったかしら。
インターナショナルスクールだからねえ」

梨華は目線を戻し、
「あー、ここ、工事始めたんだね」
複合モールの建設予定地に資材が次々運び込まれるのを見て、梨華は感慨深げに言った。
「ココ、前なんだっけ?」
「えーっと…スーパー?
あんまり、こないトコだからねえ」
吉澤は、ぎゅっと梨華の手を握った。

日は昇り、また沈んでいく。

街も、人も変わっていく。
でも、この手だけは離さない。

「どうする?保田さんのブーケトス、自分にきたら?」
「ゲ。マジ勘弁」

ふたりはまた、歩いて行った。



〜The Bassist Under The Roof〜

THE END.
652 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/10/08(土) 17:06
これで『屋根の下のベース弾き』は終わりです。
長らくのご愛読、本当にありがとうございました。
管理人さん、書く場所を提供して頂いて本当に感謝しております。
この場をお借りして、お礼申し上げます。

色々他書きたいことあるんですが、とりあえず疲れたので一旦休みます(苦笑)。
653 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/08(土) 19:15
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁびっくりした
とにかくとにかく長い間ありがとうございました
本当にありがとうございました
654 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/08(土) 21:19
感動しました
この物語を読めてよかったです
655 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/10/09(日) 01:36
それぞれの旅立ちですね。単なる読者だった自分にも感慨深いものがあります。

なにはともあれお疲れ様です。
いい物語をありがとうございました!
656 名前:吉卵 投稿日:2011/10/09(日) 04:13
ごまさん。長い間お疲れ様でした。
657 名前:ごまべーぐる@ご挨拶 投稿日:2011/10/10(月) 12:30
『しばらく休んで続編書くの?』と知り合いに聞かれて、誤って伝わっていたと焦っている祝日の午後です。
最終回の更新が終わったらもう何もしたくないくらい体力ガタ落ちだったので、少し休憩してから改めてご挨拶しますね、
と言いたかったんですが、言葉が足りずに全然違う風に伝わってびっくりしたなーもー。

レスのお礼です。

>653の名無飼育さん

川*’∀’)<びっくりさせてごめんやよー

こちらこそ、長い間ありがとうございました。


>654の名無飼育さん

(0T〜T)<感動カッケー!

ただのモーヲタの妄想なのに、そう言って頂けて有難いやら申し訳ないやらです。 


>655の名無飼育さん

(;^▽^)<それを言うなら書き手はただのヲタですよー

人生ってこういうことじゃね?って思うんですがどうでしょうね。


>吉卵さん

川*^ー^)<ウヘヘヘヘ、ほんとに感謝してますよ?

こちらこそ、長い間ありがとうございました。というか吉卵さん亀井好き過ぎです(爆)。



書き始めたのが2002年4月ですから、放置期間(爆)も入れて9年半ですか。
書いてる間、公私共に色んなことがありました。
それでも変わらないのは、モーニングが今も、キラキラした存在であるという事ですかね。
10期も入って、また進化したグループになっていくんでしょうね。

ひとりのキモヲタの妄想に過ぎない物に、ここまで付き合ってくださって有難うございます。
また、どこかで会えたら。

ごまべーぐる拝 
658 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/11/26(土) 14:25
随分前に書いて、途中で倉庫行きになった番外編を、この度かなり改訂しました。
内容もかなり変わってますが上げます。
ちなみに書いたのは♯6の最後らへんです。

ttp://m-seek.net/kako/sea/1078667258.html

これの961-965
659 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:28
ラブレターズ


「んあ」
後藤は家で片づけをしていて、以前撮った写真を見つけた。
「んっあ〜、これはまた…」
自分の高校時代のもので、誰かに焼き増ししてもらったのか、
ジップロックのようなチャックつきの袋に束になって入っていた。


この度、平家が中澤ハイツを引き払って、近くにマンションを借りた。
そのまま後藤が平家の部屋を借りることになり、そこで市井と共同生活を始める。
なので、自分の今の住まいを片づけ、不要なものなどを整理していた。
660 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:29

後藤は袋を開けて、写真を広げた。
「あれまあ。
けーちゃんも若いこと」
写真に入ってる日付から、ちょうど保田が大学卒業前で、『CUBIC−CROSS』に
加入したばかりの頃だった。
661 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:31

市井が昼過ぎに車でやって来た。

「おーす」
「おー」
後藤はドアを開けて、市井を入れる。
市井には、新居のオーダーカーテンの受取を頼んでいた。
「どうだ?荷物まとまったか?」
「ん」
市井が何故か嬉しそうな顔をし、後藤の肩を抱いて軽くキスした。
こうされても、特に嫌な気がしなくなった。
物凄く嬉しいという訳でもないが、ほんのり温かい気持ちになる程度には後藤の心も変わっていた。
662 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:33

平家宅は、荷物が全て運び出され、ガランとしていた。

「もう掃除もしたんだっけ」
「んー。掃除機はかけた。
今朝めっちゃ天気悪かったから、床は拭いてないけど」
「んじゃ、カーテンつけるついでに床掃除するべ」
市井は腕まくりして、雑巾と洗剤を手に出て行った。
朝、後藤が掃除機をかけてる途中に雨が降り出し辟易したが、
いま窓を開けると、日差しが注ぎ込んできている。
663 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:34

平家から引っ越しの際譲ってもらった諸々の品。
アンプ、味噌、エフェクター、所属事務所のビンゴ大会で当たったうまい棒100本セット、古いジャズのレコード、
手作りカレーキット。
使い差しの洗濯用洗剤。その他諸々。

色々譲ってもらったが、うまい棒100本はどうしたものか、と後藤は考えた。
664 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:35

「それなら早う捌ける場所を知ってまっせ」
加護に言われ、後藤は最近メアドを交換した道重に連絡を取る。
665 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:37

『シゲさん、ちょっと協力してくんない?』
と事情を説明すると、道重はふたつ返事でノッてくれた。
666 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:39

「後藤さん!お久しぶりです!」
ぱたぱたと、道重は走ってやって来た。
朝比奈学園の最寄り駅改札で待ち合わせ。
後藤は新居の掃除を済ませ、中澤家にいた辻に50本うまい棒を託すと、
そのままこの駅へやって来たのだ。
「わあ!うまい棒だらけ!」
後藤からうまい棒が大量に入った袋を受け取り、道重は目を輝かせる。
寮生のパーティーがあるから助かります、と続けた。
「40本でい?」
「充分です。すみません、こんないっぱい」

この後、亀井と待ち合わせてるという彼女と、時間があるのでちょっとお茶することになる。
駅前のミスドに入り、互いの近況を語る。
667 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:41

「後藤さんは、市井さんと同棲するんでしたっけ」
「同居」
「同じじゃないですか。しかも恋人同士なら」
「んー、恋人ねえ」
なんとなく正式に付き合いだしたが、人に言われても正直ピンとこなかった。
「そーいや、ガキさんとか元気でやってんの?かめーさんも」
「あー、あのふたりは相変わらずですねー」
「んあー、そっか。あ、田中ちゃんどしてる?」
「元気でやってますよ」
道重の目が優しくなった。
「いいなー、年下のカノジョ!」
ヒューヒュー、と冷やかし、後藤は道重を肘でつつく。
道重は照れたように笑い、アイスカフェオレのストローに口をつける。
668 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:43

「矢口さん、お元気ですか?」
店を出て、そのまま駅へ向かうふたり。
道重の問いに、
「んあ、いまちょーど店休んで、なっちとヨーロッパ行ってる」
「へえ、旅行ですか。いいな」
「やぐっつぁんは本場のチョコの食べ歩きアーンド研究アーンド店のインテリア用品諸々の買い付け、
なっちはUKロック三昧とヨーロッパ楽器めぐりの旅だって」
「いいなー。
そうやって、別々の趣味なのに、同じトコ行けるって」
「んあ、理想だわねい」
そのまま手を振って別れ、後藤は改札を通って行った。
669 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:44

後藤と別れた道重は、そのまま駅裏のスーパーへ向かう。
そこで亀井と待ち合わせていた。
待ち合わせ時刻は10分後だったが、亀井はもう来ていた。
「絵里!どうしたの!?」
「失敬だぞ、君ぃ!」
たまに早く着くと、この威張り様だった。
670 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:48

寮生の懇親会を兼ねたパーティーを開くことになり、道重はその買い出しに来た。
昨日昼休みにそんな話をしてると、『ヒマだし絵里も付き合うよ』と気分屋の亀井がノッてきて、
待ち合わせとなったのだ。

「あ、さゆみ、『熱海温泉プレゼント』申し込もうと思ってたんだ」
スーパーのサービスカウンターの上で、道重は応募用紙を記入する。
「今日何日だっけ」
「5月24日」
自分の携帯を見て、亀井が答える。
「えーっと、今年って平成に直すと何年だっけ」
「15。もー、しっかりしてくださいよ、道重さん」
道重は照れくさそうに笑った。

671 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:50

「なに買うん?」
カートを押す道重の横で、亀井が面倒くさそうに問う。
「んー、めんつゆとか」
「めんつゆ?」
「うん、寮の子とざるうどんパーティーしようって言ってるから。
みっつぃがホラ、今ケガしてるでしょ?
まあ、励ましの意味も込めて?」
「ふうん」
「めんつゆって便利なんだよ。
1本あれば結構なんでも使えるし」
道重がめんつゆの瓶を手に取って言うと、
「なにがめんつゆだ!ココはもうつゆだくじゃねえか!」
亀井が言う。どSな視線で。ムダにキメ顔で。
道重がめんつゆの瓶に手を伸ばしたまま振り向いて、冷たい目で亀井を見る。
「…ごめんなさい」
亀井は小声で呟いた。
「もう言いません」
「ん」
道重は満足そうに頷いた。
672 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 14:55

スーパーを出て、道重と亀井は寮までの道をてくてく歩く。
亀井は更にパーティーの手伝いまで申し出た。

「三好さん、退院したんだよね」
「うん」
亀井は頷いた。
「いま、引っ越しの準備してるみたい。
家、決めて」
「へえ」
「うちのオカンが、家探してあげたみたい」
「そう」

亀井の母は、不動産会社を経営していた。
道重の母の好意もあり、三好は亀井の母に不動産探しの相談に乗ってもらったのだ。
三好は前の住まいを引き払い、前とさほど遠くない所に部屋を借りた。
実母が亡くなって、相続放棄の手続きなども済み、ゴタゴタが片付いた。
来春の大学受験の為にも、新たに部屋を借りた。
尤も、予備校通いなどうんざりだと、周囲の説得も聞かず、自宅浪人の道を選んだのだが。
673 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 15:01

「あ」
旅から戻り、喫茶タンポポの表を掃除していた矢口は、夕闇に紛れたシルエットに思わず声を上げる。
三好だった。
「あんた!退院したん!?」
「どうも」
三好は唇の端を上げて笑った。
「最近、休んでたんですね」
「あ、ああ。
ちょっと食器の買い付けとかでヨーロッパ行ってたから…どしたの?」
「これを」
三好は手にしていた袋を矢口に渡した。
「岡田さんが来たら、彼女に」
「へ?
岡田ちゃんに?」
「ええ。
じゃ」
踵を返して去ろうとする三好の腕を、矢口はがしっと掴んだ。
「なに?」
三好は思わず顔をしかめる。
「そーゆーのは、本人に直接渡したのがいーんでないの?」
「だって、私、彼女の連絡先知らないんですよ?」
「あー、おっけおっけ。
待っててー」
矢口は早速ケツポケから携帯を取り出して岡田にかける。
あまりの素早さに三好があっけにとられてると、
「あー、岡田ちゃん?
うん、オイラオイラ、矢口ー。
ごめんな、店閉めててー。
おー。あ、そだ、いまココに三好さんいんのね。
代わるわ」
ハイ、と差し出された携帯を、三好は怪訝な顔で受け取る。
「もしもし?」
『三好さぁーん!
退院しはったらしいですねー。道重ちゃんに聞きましたよー!
ちょー、もう花見はムリやけどぉー、バラ見に行きましょうよー、バラ!
いまめっちゃ綺麗で見ごろですよぉー』
相変わらず一方的な誘いに、三好は
「分かった」
とだけ返した。
674 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 15:06

「ご、ごっちーん!」
その日の夜、中澤ハイツに梨華が大荷物で現れた。

「んあ、梨華ちゃん。
どったの」
片づけを一段落させ、市井とどん兵衛食べていた後藤は、
大きな紙袋で現れた梨華を見て、目を白黒させる。
「ひ、引っ越し祝い!」
後からひとみちゃんも来るから、と梨華はゼーハー息を吐いた。
予告通り、吉澤もよたよた大荷物で現れる。
「なんだなんだなんだ」
市井はどん兵衛置いて、ドアから顔を覗かせる。
「なにオマエ。
ベース持参?アヤカにでも借りたんか」
「違いますよ。
前言ってた、なっちさんの知り合いの人に安く譲ってもらったんです。
あ、これ、中澤さんから預かってきたっス」
大荷物の大半はこれだった。
全て新生活にすぐ必要なものだ。
「ベースまで持ってきて。
そんなに見せたいんか〜?
新しいカワイコちゃんを〜♪」
市井はニヤニヤし、『見せろよ』と優しい目で促す。
吉澤は頬を綻ばせ、ケースを開ける。
「おー、今度はゴールドか」
吉澤の新しいベースが姿を現す。
「んで、また4003にしたのね」
「ハイ」
吉澤は笑顔で頷く。
「まー、前のカワイコちゃんもローンの途中でお亡くなりになって大変お気の毒でしたが」
市井がわざと神妙に言うと、
「それは言わない約束ッスよ」
吉澤も『ううう〜!』と袖で顔を隠し、泣きマネをする。
「んで、きーた?オマエら?」
「へ?」
「後藤が蹴ったオーデ、覚えてる」
「あ、はい」
「あれねー、誰に決まったと思う?」
「え?」
「『エコーズ』のベース。アヤカをオマエのベースでどついたヤツだ」
「…へ?」
「なんか、ブリッブリのギャルバンドでデビューらしいよ?」
「はぁ」
吉澤は思わずへなへなー、と床に座り込んだ。
675 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 15:07

「デビューイベとか行く?キャー!とか歓声上げて」
「市井さん、ソレただの嫌がらせっすよ」
「なんか…凄いですね。デビューって」
梨華は息をついた。
「ひとみちゃんもデビューとか考えてるの?」
「あー、やー、ウチは」
言葉を濁すような吉澤に、市井と後藤も目を向ける。
「デビューってか、趣味でもなんでもいーから、一生ベースが弾けたらヨシコは満足?」
「そっかあ」
梨華は目を細めて笑った。
676 名前:ラブレターズ 投稿日:2011/11/26(土) 15:10

「あー、来てたんだね」
ベランダに出て市井がタバコを吸ってると、上の階の飯田が、
保田宅のベランダより顔を出して見上げ、『おっす』と声を掛けてきた。
「アラ、カオリちゃん。
相変わらずべっぴんさんで」
「いや〜ん。
そんなホントのこと言って。
あ、あのさー。ごっつぁんとかもいんの?」
「ああ、いるよ。
吉澤と石川も」
「んじゃさー、ちょっと圭ちゃん家までザンギ食べに来てくんない?ザンギ」
「ザンギ?ああ、唐揚げみたいなヤツね」
「そう。
ちょーっと揚げすぎてさー。
カオたちふたりじゃ処理しきれないから来てくんない?山盛りあんのよ」
「おー。
じゃ、ビール持ってくな」
「頼むわ」
室内に戻り、市井はまだわいわい騒いでる後藤たちに目を向ける。
「なんかカオちゃんがザンギ山ほどあるから食いに来いっつってるぜ。
ビール持って圭ちゃんち行くべ。
吉澤もそのニューカワイコちゃん、圭ちゃんに見せてやれよ」
「うっす」
「じゃ、あたしビール持って行きますね」
「んあ、梨華ちゃん。
そんなんオッサンにやらせばいーし」
「誰がオッサンだオラ」
4人はケラケラ笑いながら、保田の家に向かった。


end.
677 名前:ごまべーぐる 投稿日:2011/11/26(土) 15:14

以上です。
お邪魔しました。
678 名前:ごまべーぐる@過去ログ貼っておきます 投稿日:2011/11/26(土) 15:29

最終回済んだあとでなんですが、>1に貼った過去ログのリンクが切れてると
ご指摘があったので、貼っておきます。
よろしくお願いします。

ttp://m-seek.net/kako/wood/1018614026.html 森板最初のスレ

ttp://m-seek.net/kako/sea/1020511804.html 海板

ttp://m-seek.net/kako/sea/1026291110.html 海板♯2

ttp://m-seek.net/kako/sea/1032237720.html 海板♯3

ttp://m-seek.net/kako/sea/1040300502.html 海板♯4

ttp://m-seek.net/kako/sea/1049203127.html 海板♯5

ttp://m-seek.net/kako/sea/1078667258.html 海板♯6

ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1127916379(水板♯7)
(倉庫行きになったら多分こちらになる予定です→ttp://m-seek.net/kako/water/1127916379.html)

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