Blue Flame2  −the white key−
1 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月24日(日)00時36分44秒
空板から引っ越してきました。
空板でやっていたやつの続編です。
幻想的能力系バトルもの(?)だと思います、多分。
主人公は辻ですが、他メンもバリバリ活躍します。
それでは、どうぞ。

前スレ:http://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/read.cgi/water/1038084353/
2 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時38分17秒

 精霊使い。
 世の様々な自然現象を司る精霊たち、彼らとコンタクトをとることによってその力を我が物とすることが出来る人々。
 精霊使いになれるのは数少ない、資質のある人間のみであり、様々な儀式を経た末に精霊に認められた者だけが精霊使いの称号を得ることができるのだ。
 しかし、その資質を秘めた人間が精霊の中でも性質の悪いもの ―邪霊― に魅入られてしまう場合がある。彼らは邪霊の思うが侭に行動し、一般社会を大きくかき乱す。それが“邪霊師”と呼ばれる者たちの正体である。
 そんな邪霊師たちの起こす事件を追い、彼らの力を喪失させることを生業とした精霊使いがいる。彼らは凶祓い(まがばらい)と呼ばれ、邪霊師たちの脅威となっていた。
3 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時39分55秒

 精霊使いの資質は早くて八歳頃から、遅くとも十六歳には発現する。
 特に能力の高い精霊使いはその有り余る力を制御することができず、周囲に多大なる被害を及ぼすことが多々あった。
 そこで国のバックアップを密かに受けている凶祓い組織は高度な能力を有すると思しき子供たちをスカウトし、子供たちがいち早く能力を制御できるように尽力した。そして彼らは能力を制御できない精霊使いの卵や名家(精霊使いで言うところの)の子息のために、精霊に関する様々な知識や実際の精霊の使役方法について学ばせる学校を設立した。
 
 精霊術師訓練学校、精霊使いたちが俗に言う「凶祓い学校」のことである。
4 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時41分37秒


 新潟県の山間に建てられた、古びた建物。
 北陸及び東北エリアの凶祓いの卵が集う、全国に四つしかない凶祓い学校の一つである。
 この学校の生徒である高橋愛は、放課後一人で図書室に向かっていた。
 今日の実技演習は上手くいかんかったで、資料を読んで復習しないと…
 愛には精霊使いとしての素質があり、さらにドのつく努力家だった。その甲斐あってか彼女の実力は学内で一、二を争うものになっていた。だが、肝心の実技演習においてはどうも精霊力が使いこなせない。そこで過去の生徒の実習記録を調べようと、図書室に向かっているわけである。
 三階にある図書室まで、階段を使って移動する。
 そして二階と三階の間の階段の踊り場で、奇妙な男に遭った。
5 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時43分01秒

 彫りの恐ろしく深い、背の高い男だった。年の頃は三十代前半あたりと愛は踏む。
「高橋…愛さんだね?」
「そうやけど…あたしに何か用ですか?」
 愛は不審に思った。この学校は学校関係者以外は立ち入り禁止のはず。男の顔に愛は全くと言っていいほど見覚えがなかった。
 何で知らん顔の人が…校門には凄腕の警備員もいるのに…
「警備員…ああ、警備員ね」
「え?」
 愛は普段びっくり顔と言われている顔を、さらに驚きで歪めた。愛は警備員のことなど一言も話していないからだ。
「警備員は…殺した」
 この人、今何て。殺した? 警備員さんを?
 懐疑と恐怖の入り混じった視線で男の顔を見る愛。彫りの深い顔立ちのせいか陰影はさらに色濃く映り、その影に隠された狂気の瞳を際立たせた。
 愛の持つ本能が強烈に反応する。この人は危険だと。
 男の足元の空気が歪みはじめる。それと同時に、男の体の動きが酷く緩慢になった。
「動くな! 動くと重力で潰れるやよ!」
 愛は右手を男の前に翳しながら、言葉でそう牽制する。
6 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時43分51秒
 愛は右手を男の前に翳しながら、言葉でそう牽制する。
 重力を司る精霊を使役する。それが愛の能力だった。今男の全身には空のアルミ缶なら簡単に潰せるほどの重力が掛かっていて、おいそれとは動くことの出来ないはずだった。
 だが、男は愛を馬鹿にするように首をコキコキ鳴らし、あまつさえ欠伸までしてみせた。
「ヌルい。ヌルいなあ。これが精霊術師訓練学校の首席を狙おうかという人間の実力? まったく馬鹿げてる」
「な、何やって!?」
 ここまであからさまに自分の術が利かないのを目の当たりにした愛は、ショックで体が震え出した。
「あ、いや。決して君が弱いんじゃなくて…何て言えばええんやろ。自分の力を無意識にセーブしてる、って感じかな」
 男は厳しい表情を緩め、愛に近づく。
「ボクについて来れば…今の力の何十倍もの力を引き出すことを約束しよう。だから…」
 愛は動くことがまったくできない。それは恐怖のためか。それとも男の口にした言葉の魅力からか。後者だとしても、その言葉に惹かれてしまう自分がまた恐ろしかった。
「愛ちゃん!」
 階下で声がする。それは愛の最も聞きたかった、もっとも信頼する人間の声だった。
7 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時45分01秒

 小川麻琴は今朝からずっと嫌な予感がしていた。
「ごめんの麻琴、今日はちょっと図書館に寄りたいから一緒に帰れないんよ」
 召喚学の時間が終わり、愛が言ったその一言が麻琴を酷く不安にさせた。彼女を一人にさせては絶対にいけない、麻琴は直感からそう感じていた。
 そして予感は完全に的中した。愛に今にも襲いかからんばかりの男。明らかにその男は排除すべき不審者だった。
8 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時46分51秒

「小川麻琴…か。一度に二人集まるのは計算外だったけど、まあ探す手間は省けたか」
 男は麻琴が現れたにも関わらず余裕の態度を崩さないばかりか、さらに相好を崩した。
「愛ちゃん、伏せて!」
 男の姿を確認した麻琴の眉が、きりっと上がった。
 麻琴が袖の下から取り出した何かを、男に向かって投げつける。男が最小限の動作で避けた先の壁に、鋭利な串のようなものが突き刺さった。
「君の能力は体中に仕込んである暗器に、風の精霊を宿らせて投げつける…そうだね? ただ、それだけでは凶祓いの世界でやっていけるかどうかわからない。そんな不安を抱えている、と」
 壁に食い込む暗器を引き抜きながら、男は麻琴を見つめる。
「愛ちゃんあいつ…」
「うん、あたしらの考えてることを読めるんやわ、きっと」
 顔を見合わせた二人は、意識を集中させる。男が二人の思考を読むことは不可能になった。
「わ、防御された。最近の精霊術師訓練学校じゃそんなことまで教えるんかい」
 男は苦笑しつつ、猶も愛と麻琴に近づこうとした。
9 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時48分10秒
「あいつ、ひったもん強いて。学校の先生なんか比べモンにならんわ」
「あのさ愛ちゃん」
 戦闘態勢を取る愛に、麻琴が小声で話しかける。
「何やの、麻琴」
「例のあれ、試してみようよ」
「…わかった」
 麻琴の呼びかけに、愛は即座に応えた。
 麻琴は素早く愛の背後に回ると、助走をつけて愛の両肩を踏み台に飛び上がった。
「これでも食らえっ!」
 麻琴は体中からありったけの飛び道具を取り出し、男に投げつける。
「何かと思えば…数が多ければ避けられへん、なんてことないんやで」
 しかし余裕の笑みを見せていた男の表情が、少しだけ変わる。
 男に向かって一直線に飛ぶ暗器は、急に加速したり減速したりとトリッキーな動きを見せた。というのも、愛が男の周りの重力を強めた後に弱めたりと交互に変えていたからだ。
「流石だねえ…これで『白い鍵の女』にいい手土産ができるよ」
 最後にそう言う男を、重力のかかった暗器群が襲いかかる。
「やったね愛ちゃん!」
「うん、大成功やよ!」
 手を取り喜び合う二人。だが次の瞬間、背後に薄寒い気配を感じる。
 しまったと思う間もなく、二人の首筋に強烈な一撃が走った。
 気絶した二人を、両肩に抱える男。
「さて…あの方にどやされる前に次の場所、行こか」
 次の瞬間には、三人の姿は踊り場から忽然と消えていた。
10 名前:序章「罅割れ a little clack」 投稿日:2003年08月24日(日)00時48分56秒

 それから数時間後。神奈川県にある精霊術師訓練学校で新垣里沙という少女が行方をくらました。最後に彼女と接触した生徒の証言によると、ちょっとトイレに行ってくると教室を出た矢先の出来事だったという。
11 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月24日(日)00時51分02秒
更新終了です。
前スレリンクするのにえらく時間のかかった屁タレな作者でした(涙)。
12 名前:つみ 投稿日:2003年08月24日(日)09時22分49秒
新スレキターーー!!
彫りの深い三十代前半の男・・・
この3人がさらわれたということはまさか・・・?
『白い鍵の女』編楽しみにしてます!!
13 名前:んあ 投稿日:2003年08月26日(火)09時06分00秒
早く続きがみた〜い!
   & 
早くののがみた〜い!
14 名前:和尚 投稿日:2003年08月26日(火)12時47分22秒
凄い出遅れましたが、新スレおめでとうございます。
序盤から物凄い展開が繰り広げられ(5期メン登場と)次回更新が気になります。
15 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月27日(水)15時00分29秒


 都心から離れた、郊外の住宅地。
 駅から伸びる商店街の外れにある古びた雑居ビルに、その小さな凶祓い事務所はあった。
 普段は何でも屋の「中澤事務所」として活動している事務所の地下室に設営された、トレーニングルーム。
 所謂普通のトレーニングマシーンの設置されている部屋、数体の木人形が並べられた射的場、そして畳の敷かれた広い空間。そこで、二人の少女が激しい組み手を交わしていた。
 矢口真里と吉澤ひとみ。どちらも近距離での格闘術を得意とする凶祓い。その二人が繰り広げる、火花の散るような攻撃と防御の応酬。
 ひとみが、真里にパンチのラッシュで攻め立てる。拳には青白い電光が迸り、掠っただけでも電撃の餌食になるだろうことは容易に想像できる。しかし、真里は風のような軽やかさで拳撃をかわしていた。
「ほらあ、一発でもいいからオイラに当ててみなよ」
「…じゃあ、お言葉に甘えて!」
 軽口を叩く真里を襲う、強烈なアッパー。それを体を逸らしてのスウェーで回避する真里だが、直後に少女の視界に稲光が映った。
「わわっ!」
 ひとみが発生させた稲妻を、体を右に傾けて避ける小柄な少女。稲妻は畳に小さな焦げ目を作り、白い煙を上げた。
16 名前:∬´◇`∬<ダメダモン… 投稿日:∬´◇`∬<ダメダモン…
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17 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月27日(水)15時08分33秒
「よっすぃーもまだまだだな」
「矢口さん…強過ぎ」
 真里の風を食らって床に倒れていたひとみが、辟易しつつ立ち上がった。
「ところで、あいつは?」
「一応ここへ向かう前に電話したんですけど…」
 二人がそんな話をしているところへ、ポニーテールの少女が駆けつけた。
「矢口さんよっすぃー、遅れてごめんなさい!」
 下げる頭とともに、ポニーテールも垂れ下がる。
「お前なー、二学期が始まる前に事務所の戦力になるようにおいら直々に格闘教室を開いてやってんのにさあ。遅刻するたあどういうことよ?」
 真里は大げさな表情で、遅刻して来た少女に詰め寄った。
「うう、寝坊しちゃって…」
「おいおい、夏休み気分は家の中でだけにしろよなー」
 少女の名前は辻希美。学生と凶祓いという二束の草鞋を履く、業界でも異色の存在。しかし凶祓いとは言え実践経験は少なく、見習い的立場で事務所に所属していた。
「取り敢えず遅刻の罰として、2対1の変則組み手やろっか。もちろん辻対あたしと矢口さんね」
 来て早々へこまされた希美を、ひとみの言葉がさらに絶望に追いやった。
「えー、そんなあ…」
「ほらほら、さっさとやるよ」
「…よっすぃーのいじわる」
 ひとみは希美の首根っこを掴まえ、格闘場の中心へと引き摺っていく。
18 名前:∬´◇`∬<ダメダモン… 投稿日:∬´◇`∬<ダメダモン…
∬´◇`∬<ダメダモン…
19 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月27日(水)15時18分19秒
 数時間後。
「あんれまあ、随分ひどいやられ方だねえ」
 事務所の室内で、希美はパンパンに膨れた顔を晒していた。そこに手を翳しているのは希美と同じくらい小さな背格好の、童顔の女性。
 彼女が目を閉じると、掌から溢れだした薄い水のヴェールが希美の顔を覆う。すると希美の顔から、みるみるうちに腫れが引いていった。
「ありがとうございます、安倍さん」
「いーえ。あんな顔で家に帰られたら、ののの親御さんに申し訳ないからねえ」
 安倍なつみ。癒しの水を操る高位の水使い。その治癒力はもちろん、凶祓いとしても優秀な彼女は中澤事務所の「顔」となっていた。
 希美となつみの横で、騒がしい声が上がる。ひとみと、ひとみとは対照に色黒で華奢な少女が何やらやっていて、その横で真里が爆笑しているのだった。
20 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月27日(水)15時20分42秒
「この腕輪を嵌めると…」
「はぁい、石川梨華でえす!」
「外すと…」
「…ってもうよっすぃー何するのー?」
「嵌めると…」
「うふ。ブリブリ石川でぇす」
「外すと…」
「だからよっすぃーやめてよお」
「キャハハハハ! 石川キショ過ぎそして面白過ぎ!」
 もうこんなことを何度も繰り返している。事務所の所長代行である飯田圭織が、今弄ばれている色黒の少女・石川梨華のために作った精霊力を込めた道具。この腕輪を嵌めた人間は必ずポジティブな性格になる、と言うのは圭織が度を超えたネガティブな性格な梨華のためについた嘘。何の変哲もない、ただのブレスレットなのだ。
 しかし根が単純な梨華はそれを頑なに信じていて、さらにからくりを知っているひとみによって遊ばれているのだった。
21 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月27日(水)15時23分39秒

 そんな中、事務所内の電話がちりりりりりん、と鳴った。
「毎度ありがとうございます、中澤事務所です!」
 元気良く電話に出たのは、真里だった。しかし、はじめ上機嫌だった真里の表情が段々と曇ってゆく。
「どうしたんですか?」
 真里の対応を見て、梨華がそう訊いた。
「何かさあ、ハーイとかベイベーとか言っててキショいんだけど」
 希美の脳裏にある人物が浮かぶ。予想が正しければ彼はきっと、受話器を片手にくるくるとターンしていることだろう。
 真里の対応を見兼ねたなつみが、代わりに受話器を取る。やり取りはスムースに行われ、無事に会話は終了した。
「どうだった?」
「うん、仕事の依頼だった」
 なつみは真里に向かって微笑む。それは久々の大きな収入の見込めそうな仕事を意味していた。続いて、梨華とひとみに囲まれるなつみ。
「で、どんな仕事内容っすか?」
「内容は直接会って説明するってさ」
「えっと、じゃあ誰が行くんですか?」
「ああ、それについては向こうから指定があるんだ。腕の立つ炎使いと、金髪のチビ。あとはいもを連れて来てくれってわけわかんないこと言ってた」
 少し考え込む一同。
「金髪のチビ…ってのはおいらのことかなあ」
 自ら発言しながら、納得の行かなそうな顔をする真里。
「て言うか矢口しかいないっしょ。腕の立つ炎使いって言うとごっつぁんなんだろうけど、今席を外してるから。でもさあ、「いも」ってのは誰のこと指してんだろうねえ」
 天然な発言をするなつみに、四本の人差し指が向けられた。
22 名前:第一話「未来視 投稿日:2003年08月27日(水)15時26分17秒


 結局依頼人の待つというとある屋敷に向かったのは真里となつみ、それに希美の三人だった。
「何でなっちがいもなのさ。納得行かないべ」
「なっちと言えばいも、いもと言えばなっちなんだからしょうがないじゃん」
「じゃあ虫と言えば矢口、矢口と言えば虫だね」
「おいらのこと虫って言うな!」
 先輩二人がじゃれ合っている中、希美は人知れず不安と緊張を抱えていた。
 大口の依頼、と言うからにはほぼ間違いなく邪霊の絡んだ仕事だろう。実戦経験は正確に言えばたった一度、しかも一人ではなかった。これが不安の原因。そしてなつみと真里という偉大な先輩と組むのは今回がはじめてである。これが緊張の原因だった。
「どうしたの、のの。さっきから元気がないよ?」
 なつみが振り向き、希美に話しかける。
「え、そんなことないですよ」
 急にそんなことを言われぴょんぴょんと跳ね回る希美だったが悲しいかな、表情が強張ったままだった。
「大丈夫。なっちたちがののを危ない目に合わせないから」
「そうそう。元々おまけなんだから、おいらたちに任せなって」
 そこへ真里も言葉を添える。
 緊急の用事ということで、不在の炎使い・後藤真希の代わりに抜擢されたのが希美だった。まあ事務所には、真希以外には希美しか炎使いがいないのだが。
「はあ…」
「何項垂れてるのさあ。ほら、屋敷が見えて来たよ」
 三人の視界に飛び込んで来たのは、白亜で出来た大きな洋風の建物だった。そしてその門の前に佇む、白いスーツ姿の男。
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25 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月27日(水)15時29分06秒

「ハァーイ、ベイベーたち!」
 男は希美たちに気がつくと、オーバーなリアクションで手を振りはじめた。
「何アレ…」
「多分、依頼人」
 顔を見合わせるなつみと真里。しかし希美は男に面識があった。予想通り、希美に近づいてくる男。
「辻ベイベー、元気だったかい? 何だかちょっと大人びて見えるよ、思春期って言うのは美しいよね!」
「は、はい…」
 曖昧に返事をする希美。
「あ、申し遅れましたベイベーたち。ボク、こう言う者です」
 男が差し出す名刺を見て、目が点になる二人。名刺にはこう書かれてあった。

 ミッチロリン星王子・及川ミッチー

「ミッチロリン星ってどこだよ! つうかお前宇宙人かよ!」
「さっき電話で『警視庁特殊犯罪取締課刑事』って名乗ってたでしょ」
 三村突っ込みを繰り出す真里と、冷ややかな指摘をするなつみ。やっぱりあの名刺はみんなに渡してるんだ、と希美は変に感心するのだった。
 及川光博。希美の親友である紺野あさ美が邪霊師に襲われ入院した時に、事件を担当した刑事だった。
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31 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月27日(水)15時34分43秒
何だか凄くパソコンの調子が悪いみたいで、原因不明の二重投稿、三重投稿
を繰り返してしまうので一旦ここで切ります。ついでに落とします。申し訳。
32 名前:∬´◇`∬<ダメダモン… 投稿日:∬´◇`∬<ダメダモン…
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34 名前:つみ 投稿日:2003年08月27日(水)17時16分12秒
期待してage
35 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時07分53秒
「あの、あれからあさ美ちゃんは元気にしてますか?」
「紺野ベイベーのことかい? 彼女なら順調に回復してるよ。もう病院に通う必要もないだろうね」
 希美の心に、大きな喜びと小さな悲しみが到来する。あさ美が元気になるということは、つまり伸び伸びになっていた札幌の高校への転校が行われるからだ。
「それより及川刑事、今回の依頼の件なんですけど」
「ああ、現場に着いてから説明するって約束だったね」
 なつみに促されて、及川刑事は事のあらましを説明した。
 ここ最近、三人の少女の行方不明事件が起きている。彼女たちに共通するのは、精霊術師訓練学校の生徒であるということ。故に特殊犯罪取締課に捜査が回されたものの、何の手がかりも掴めなかった。そこで及川刑事は知己であるこの屋敷の主に連絡を取ったのだが、要求されたのはなつみたちを同伴させることだったのだという。
「でも、その人は何でおいらたちを?」
「うーん、それは直接りんりんに訊いたほうがいいと思うな」
「りんりん?」
 思わずそう訊き返すなつみに、
「そう、りんりん。この屋敷の主」
と及川刑事はミッチースマイルで答えた。
 希美は何だか体の力が抜けるような思いだった。少なくとも邪霊とバトル、なんてことにはならなそうだ、そう考えたからである。
「じゃ、立ち話も何だから早速本人に会ってみよう。ベイベーたち、ボクについて来て」
 及川刑事が屋敷の前に構えた門を開く。
36 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時21分01秒


 屋敷の内部に入った四人を迎えたのは、小さい黒い猫。しかし猫はすぐにメイド服を着た少女に姿を変えた。
「お待ちしておりました、皆様。わたしはこの館で裕美子様の身の回りの世話をさせていただいてる者です。ニーチェ、とお呼び下さい」
 黒いおかっぱの髪と同じく黒い瞳を持つ少女は、静かに微笑みながらそう自己紹介した。
「ベイベー。りんりんはどこに?」
「裕美子様は今、二階の大広間でピアノをお弾きになっておられます。ご案内致しますので、どうぞ」
 そう言うと、ニーチェと名乗ったメイドは赤い絨毯の敷かれた階段をゆっくりと昇ってゆく。なつみたちが後に続く。
「……」
「何ぼーっとしてんだよ、行くぞ!」
 屋敷の内装に見とれていた希美を、真里が強引に引っ張っていった。
37 名前:: 第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時22分26秒

「あの…ニーチェさん」
 希美は列の先頭にいる少女に話し掛ける。年恰好が近いこともあり、希美は彼女に親しい感情を抱いていた。
「何でございましょう?」
「ここはその、裕美子さまって人とあなただけで住んでるの?」
「はい、そうです」
 少女は小さく首を動かしてそう言った。
「お父さんとかお母さんは?」
「おい、いい加減に遠慮しろよ」
 やり取りを聞いていた真里が、希美に注意する。しかし少女は構わないといった感じで、
「わたしは…生まれて間もなく裕美子様に拾われました。だから両親はいないんです。裕美子様もその能力ゆえに、ご両親とは幼い頃に生き別れになったそうです…」
と答えた。
「そうなんだ」
 聞いてはいけないことを聞いてしまったと、希美は後悔する。少女はそんな希美の気持ちを感じ取ったのか、
「悲しい顔をなさらないで下さい。今ではわたしも裕美子様も、二人きりの大切な家族なんですよ」
と微笑んで見せた。
38 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時23分33秒

「こちらでございます」
 奥の部屋の前で、少女は立ち止まった。扉の向こうからは、美しいピアノの旋律が聞こえてくる。
 及川刑事が扉を開く。ピアノの音が、ダイレクトに飛び込んで来た。
 大広間の奥に設置された、グランドピアノ。
 そのピアノの前で、一心不乱に鍵盤を叩き続けている女性がいた。黒いドレスに長い黒髪の似合う、妖艶な女性だった。
「やありんりん、言われた通りのベイベーたちを連れて来たよ!」
 大声で女性を呼ぶ及川刑事。しかし全く耳に届いてはいないのか、彼女の演奏は止まる気配がなかった。それどころか徐々にピッチを早め、旋律を激しくさせてゆく。髪を振り乱して指を鍵盤に叩きつけるその姿は、まるで鬼女のようだった。
 整然としていた旋律はやがて乱れ、音符を散らばせる。黒いドレスの女性は昇りつめるようにピアノを弾き続け、やがて果てるように十本の指を鍵盤に叩きつけた。両極端の音階が幾重にも重なり、重厚な余韻が部屋中に響き渡る。
 ピアノの前でぐったりしている女性を目の当たりにして、恐る恐る側へと近づく四人。
「りんりん…大丈夫かい?」
 再び及川刑事が女性に話しかける。来訪者の姿に気付いた女性はまず顔を上げ、それから体を起こして椅子から立った。
39 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時24分36秒
「ようこそお越し下さいました。わたくしはこの館の主・椎名林檎と申します。何卒、宜しくお願い致します」
 丁寧に頭を下げる女性。口もとの黒子が希美にはひどく印象的に映った。
「君に言われたベイベーたちだよ」
「おいら矢口真里」
「辻希美、十六歳です」
「安倍なつみです」
 それぞれ自己紹介をする三人。
「あの…」
 なつみが恐る恐る訊ねる。
「何でしょう?」
「林檎さんは、どうしてなっちたちを呼んだんですか?」
 すると林檎は一言だけ、
「其れは…運命だから」
と言った。
「見えたんだね、未来が」
 及川刑事が、林檎に確かめるように言った。林檎は四人の誰を見るともなく、うわごとの様に言葉を語り出す。
40 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時26分07秒
「三人の少女が消えた…其のことに関わるのは忌まわしき存在。黒き炎を鎮めた者たちの力を借りなければ、彼女を打ち倒すことは即ち不可能…」
「彼女はもしかして、未来視なんですか?」
 なつみの言葉に、真里もまた答えを求める瞳で訴えかける。及川刑事は、ゆっくりと頷いた。
 精霊使いの中でも未来を見通せるものを、未来視と呼ぶ。優れた未来視は過去・現在・未来の全てを知ることが出来るという。しかし未来視自体が稀少な存在であり、林檎クラスの未来視となると他に存在するかどうかさえ怪しかった。
「マジで? 何かまだ信じられないんだけど」
 訝しげな表情を作る真里に、林檎が反応する。
「貴方はこの間、ものを言う精霊刀に巡り合いましたね?」
「…!!」
 目を丸くする真里。
「そして貴方は、前の大きな争いの中で大切な友を失いましたね?」
 なつみが無言で頷く。
 林檎は最後に希美を見据えて、
「貴方は、辛い過去を歩んできましたね?」
と言った。首を傾げる希美。だが、なつみだけはその理由をよく知っていた。
41 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時29分09秒
「じゃありんりん。三人の少女をさらった存在について、詳しく教えてくれないかい?」
 本題に入ろうとする及川刑事。しかし、それを林檎が視線で遮る。
「その前に、貴方たちを試さなくては。此処で斃れるようなら、貴方たちは忌々しい運命に呑まれるのみ」
 林檎の表情が厳しいものに変わる。同時に三人の肌に突き刺さる、圧倒的な敵意。
「おいで、ディードリッヒ坊や」
 絨毯の敷かれた床が盛り上がり、それは床板ごと突き抜けた。濛々と上がる白い煙とともに希美たちの前に現れたもの、それは恐ろしく巨大な植物の幹。
「な、何でおいらたちが戦わなくちゃなんないのさ!」
 激しく不服を訴える真里。しかし、
「…弱きものに未来など、託すことはできない」
と静かに一喝された。
「戦闘は避けられない、か」
 諦めた様に、精霊力を高まらせてゆくなつみ。その姿を見て希美は思うのだった。
 やっぱり結局はこうなっちゃうんだよね…
42 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時30分20秒

 大広間の中心に現れた巨大な植物が、人間の胴体ほどの太さの蔓を縦横無尽に伸ばしはじめる。
「坊やを退けることが出来たら…須く示してあげる」
 蔓の一つが、真里に襲いかかる。ずばっ、と鈍い音とともに切断される太い蔓。
「植物なんかにおいらたちが倒せるかっての!」
「矢口、油断しないで。相手は手強いよ」
 林檎の植物使いとしての資質の高さを感じ取ったなつみが、真里に注意を促した。
「わかってるって!」
 そう言いつつ、かまいたちのような真空波を発射する真里。蔦が一本、また一本と緑色の断面を露わにした。しかし断面はすぐに塞がり、その先から新しい蔓が地面を這う。それはなつみが水球によって潰した蔓も同じだった。
「矢口ぃ、あんた風刃とか言う精霊刀持ってたよねえ? あれ使ってくれない?」
 左右から飛び交う蔓をかわしながら発した真里の言葉は、
「うざいから家の庭に埋めてきた」
だった。
「何なのそれ!」
「だってさあ、あいつ何かうるさいんだよ! 刀の癖にメシ食わせろとか言うし広島カープのナイター中継見せろとか、挙句の果てには合コン開けとか…」
 真里はそう言って眉を顰めた。
43 名前: 第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時31分24秒
「しょうがないね。やっぱ本体を叩くしかないか」
 幹の麓に佇む林檎に視線を向ける、なつみ。それを合図に、真里が目にも止まらぬ動きで林檎の元へ近づく。
「出番だよお前たち!」
 真里の呼びかけに答え突如現れる、五センチほどの三体の亜精霊。服装こそ違えど、そのどれもが真里にそっくりだった。
「行くっぱ!」
「任せろぴょん!」
「ドタマかち割るぞ!」
 部屋の中の大気がうねり、荒れ狂う。それはやがて球の形をとり始めた。
「これでも…食らえっ!」
 風の塊が、爆音を上げながら林檎目がけて飛ぶ。バラバラに切り裂かれた蔦の欠片が舞い上がり、林檎の長い髪がゆらっと揺らいだ。
 どおん、という爆発音にも似た、鈍い音。林檎の目の前には何本もの蔦が複雑に絡みつき、防御壁を作っていた。深く抉られた緑の壁は再びその傷を癒し、さらに自身の本数を増やしてゆく。
44 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時32分21秒
「くそ…あくまでも主には指一本触れさせないってか」
 悪態を吐く真里だが、突然奇妙な感触が左足を伝う。いつの間にか一本の細い蔓が、朝顔のそれのように螺旋状に足に絡みついていたのだ。
「ぎゃああああ!! キショいいいいい!!!」
 あまりの気味の悪さから、真里は風の精霊術を使うことも忘れ足をぶんぶん振り回す。だがそれくらいのことでは束縛は取れず、逆に蔦は全身へと向かおうとしていた。
「矢口!?」
 異変に気づき、真里の元へ駆けつけようとするなつみ。しかし、目の前の太い蔓が鞭のように左右に撓りなつみの行く手を遮る。
 そんな中、矢口の足元で赤い閃光が走る。床に這う細い蔦から水っぽい煙が上がり、やがて炎になって真里に絡みつく蔦を元から断った。
「辻!」
「ののにだって、これくらい出来るんです」
 得意げに胸を張る希美だが、真里の様子がおかしい。それどころか、なつみまでが頭を抱えている。
45 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時33分27秒
「あれ…どうしたんですか?」
 不機嫌そうに頭を掻き毟る真里に代わって、なつみがそれに答えた。
「のの…確かに植物属性の弱点は炎なんだけどさ。逆に中途半端な炎は植物の怒りを買うだけなんだよ」
「え?」
「辻逃げろおおお!!!」
 真里の頭から抜けるような叫び声とともに、それまで自由奔放に部屋の中を蠢いていた蔓たちが、一斉に希美目掛けて伸びてきた。
「走って! 走って!!」
「とにかくおいらたちが何とかするまで逃げ切れ!」
 無茶な注文をつける先輩二人の声など聞こえるはずもなく、希美はがむしゃらに蔦の追撃から逃れていた。細い蔓は炎で退け、太い蔓は身を捩ってかわす。
「何だよ、意外とやるじゃんあいつ」
 希美の格闘術における師匠になりつつある真里が、目を見張る。
「のの、あんたカッコイイよ!」
 なつみの声援に気付き、手を大きく振る希美。しかし。
 頭上から襲いかかってきた巨大なウツボカズラのような物体に、希美は一瞬にして呑み込まれてしまった。
46 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時35分03秒
「あ…」
「あ、じゃねえよなっち!」
「あんな場所で立ち止まってるんじゃないべさ!」
「つうかあんたが声かけたんでしょ!」
 緊急時にも関わらず漫才のような会話を繰り広げる二人に、袋の中の希美が情けない声を上げた。
「ふえええ、助けてくださーい…」
 植物の捕食トラップに、風の刃と水の砲弾をお見舞いする真里となつみ。袋は表面だけ傷つくも、すぐに修復されてしまう。
「おいお前、辻を離せ! そいつの飼主なんだからそれくらい命令できるだろ!」
 真里が拳を振り上げ抗議する。林檎はそんな真里に冷たい視線を投げかけた。まるで感情の伴わない、無味乾燥な瞳。
「此処で命尽きるなら、其れもまた運命」
「…運命なんて言葉、そんな使い方しないでよ」
 なつみが静かに、言った。
「運命は予め決められたものじゃない。自分の手で作り上げるものなんだよ」
「戯言を云わないで頂戴。人は運命には決して抗えない」
「そんなことない。人は…そんなに弱くない」
「…然らばその手で示すが良い」
47 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時36分26秒
 それまでより一際太い蔓が、なつみに向かってくる。なつみは真里に目配せすると、真里は何かを察したようで一心不乱に精神を集中し始めた。
「じゃあ見せてあげる。人間は運命なんてものに屈しないことを」
 なつみもまた、精神を集中させる。いくつもの水の珠が空中に浮かび上がる。
「辻、聞こえるか!?」
 目を閉じながら、袋の中の希美に呼びかける。
「はい…聞こえます」
「お前、炎で身を守ってろよ」
「え、はい、わかりました」
 わけもわからず指示通りにする希美。巨大なウツボカズラの中から、炎の明かりが洩れだした。
「じゃ、いくよ矢口」
「わかった!」
 空中を漂っていた無数の水球が、次々に蔓に襲いかかる。水球の勢いに断たれる蔓、砕け散る蔓、へし折られる蔓。それらはまるで巻き戻しビデオのように元通りになる。
「口ほどにもない」
「驚くのはこれからだっての」
 続いて真里が、三体の亜精霊を一列に並ばせた。耳を劈くような音を上げて、風は蔓に吹きつけた。するとどうだろう、うねうねと蠢いていた蔓たちはその動きを鈍くし、ついには完全に固まってしまった。
48 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月28日(木)00時37分07秒
 なつみの攻撃によってずぶ濡れになった蔓を、強烈な気化熱作用によって凍らせる。言わば合体精霊術によって、蔓は氷のオブジェと化した。
「おーい辻、まさか一緒に凍っちゃいないだろ?」
「寒いけど…大丈夫です…くしゅん!」
 寒さに震えながらも元気な声を出す希美。
「矢口、止めをお願い」
「わかってるって」
 なつみの言葉に弾かれるように、真里が蔓の本体である太い幹に向かって駆けだした。そして厚底シューズによる渾身の蹴りを食らわせる。幹からは大きな亀裂が走り、やがてそれは全身に伝わって蔓は徐々に崩落しはじめた。そして一際大きな音とともに、蔓の幹は爆破されたビルのように煙を上げて完全崩壊する。大きな氷の塊がピアノの上に落下し、押し潰した。
 潰されたピアノによる奇妙な不協和音によって、戦いの幕はようやく下ろされた。
49 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月28日(木)00時38分38秒
今日の更新はここまでです。
多重投稿、読み難くて申し訳ないです。
50 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月28日(木)00時44分28秒


>>つみさん
ということは、ということだったりします。(意味深)
これからどうなっていくのか、乞うご期待といったところでしょうか。

>>んあさん
辻ちゃん、こんな感じで活躍(?)です。
まだまだ作者と同様半人前なので、暖かく見守ってやってください。

>>和尚さん
ありがとうございます。
実は紺野以外の五期メンも早く出したくて仕方なかったのです。
51 名前:つみ 投稿日:2003年08月28日(木)07時23分21秒
林檎キターーー
やはり3人がさらわれたのは深い理由が・・
52 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時43分52秒

 氷の室となったウツボカズラに、小さな穴が空く。そこから這い出てきたのは希美だった。
「ううう、酷い目に遭いました…」
 涙目の希美を、なつみが抱きしめて頭を撫でる。
「よく頑張ったね」
「安倍さあん…」
 思いがけないなつみの優しさに泣きそうになる希美だったが、もう十六歳なので頑張って耐えた。
「いやあ、噂には聞いていたけど実際はそれ以上だね」
 氷の瓦礫の脇から、及川刑事が姿を現す。
「あったりまえだろ? …ってあんた今まで何してたわけ?」
「まあまあ…」
 真里の突っ込みを軽くいなし、及川刑事は砕け散った残骸の前に佇む林檎に話し掛ける。
「さありんりん。きみとの約束は果たした。きみの口走った『其のことに関わるのは忌まわしき存在。黒き炎を鎮めた者たちの力を借りなければ、彼女を打ち倒すことは即ち不可能』という言葉の意味。きみが知っていることの全てを教えてくれないかな」
53 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時45分01秒
 林檎は床に散らばる氷の欠片を手に取り、それから口を開いた。
「忌まわしき存在…今は姿は見えなくとも、何時か必ず姿を現す。黒き炎とは…」
「福ちゃんの…ことですよね?」
 少しだけ寂しそうな表情をするなつみ。
「そう。忌まわしき存在は、黒き炎を鎮めた貴方たちの力抜きでは決して斃せない。けれど…それは未だ、先のこと」
「で、少女たちをさらった実行犯について何かわかることは?」
 及川刑事の問いに、林檎はかぶりを振った。
「わからない…ただ、少女を攫った人間は近いうちにもう一度行動に出るだろう」
「ありがとう。それだけでも充分だよ」
 林檎の掌の氷から小さな若芽が芽吹く。緑色の小さなそれは掌から滑り落ちると、やがて絨毯に吸収されて消えた。
54 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時46分36秒

「一寸…待って戴けますか?」
 大広間を立ち去ろうとする一行に、林檎が声をかけた。
「どうしたんだい、りんりん」
「貴方たちにはこれから、幾つもの出逢いと別れが待っている。特に…」
 そう言って林檎は希美に双眸を向ける。
「貴方は、掛け替えのない何かを失うかもしれない」
「え…」
「それでも、運命に抗うことなく全てを受けとめなさい。それが人間にできる、たった一つのことだから」
「それは違うな」
 真里が一歩前に出る。
「さっきもなっちが言ったけど、おいらたちは運命なんて得体の知れないものなんかに絶対に屈しない」
「人間はさ…予め決められていることを打ち破ることができるから、人間なんだよ」
 なつみは、微笑みながらも強い意志を込めて林檎にそう言った。それは福田明日香という、彼女にとっての無二の親友を死の直前に救い出した経験の表れだった。
55 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時47分16秒
「……」
「じゃあなっちたち、行くね。ありがとう、林檎さん」
 大広間を出ていくなつみと真里、そしてその後をちょこちょことついてゆく希美。
 人がすっかりいなくなると、林檎は無残に破壊されたグランドピアノの黒い背に手を滑らせた。
「貴方に降り注ぐものが譬え、雨だろうが運命(さだめ)だろうが…」
 許すことなどできるわけ無い。言い切るには彼女は色々なものを見過ぎたし、色々なものを失い過ぎた。
 予め決められていることを打ち破ってこそ人間…
 林檎はなつみの残した言葉を思い、そして目を瞑った。
56 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時48分03秒

 メイドのニーチェに連れられ、元来た道を通る希美たち。
「ったく、未来視だか何だか知らないけどさあ…何かあの女やな感じ」
 真里は眉をひそめてそんなことを言う。
「しょうがないよ矢口、考え方は人それぞれだから」
 そんな真里を宥めるように、なつみは肩に手を置いた。
「裕美子様は…未来視であるが故に、運命というものの果てしない力を常に感じているからなのかもしれません」
 前を歩いていたニーチェが、その足を止める。
 廊下の壁にかけられた蝋燭の火が、静かに揺れた。
「幼い頃に未来視として覚醒されてから、様々な断片的な未来を見て来たそうです。それこそ、希望に満ちた未来から…絶望的な未来まで。その何れもが、自らの手ではどうにもできないというジレンマに、裕美子様は苛まれているんです。皆様、どうか裕美子様のことを、悪く思わないで下さい」
「…幸せな未来だけ、見れればいいのに」
 ふと希美が、そんな言葉を漏らす。
「未来を見せられること自体、不幸なのかもしれません」
 黒髪のメイドは首を横に振り、それから再び歩き始めた。
57 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時49分01秒


「御協力、感謝するよ。後はボクたちでうまくやるさ。りんりんの予言? 彼女自身が言ってた通り、それはずっと後のことになるはずさ。その時になったら、また仕事を依頼するかもね」
 及川刑事は軽いステップで屋敷を後にした。残された三人は、互いに顔を見合わせる。
「はあ…何て言うか、変な刑事」
 真里はこれ見よがしに、溜息を吐く。
「でも、いい人ですよ…多分」
 希美はフォローだか何だかわからないような言葉を真里にかけた。
「それよりさ。林檎さんの言ってた『忌々しき存在』、気になるね」
「何言ってんだよなっち。おいらたち凶祓いの敵は、いつだって忌々しき存在に決まってんじゃん! 取り立てて気にすることないって」
「うーん、そうなのかなあ…」
 そんなことを話し合っているなつみと真里の横で、ぐきゅるるる、と腹の虫が鳴く音。
「えへへ。いっぱい動き回ったんで、おなかすいちゃいました」
「辻ぃ、お前殆ど役に立ってないくせに…ま、いっか。おいらも腹ペコだし」
「じゃあさ、これからみんなでご飯でも食べに行こっか?」
 なつみの提案に、
「やったあ!」
「おいら焼肉食べたい!」
とはしゃぐ二人だった。
58 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時49分44秒


 この薄暗い場所に閉じ込められてから、どれくらいの時が経ったのだろう…
 麻琴は、鉄格子の嵌められた狭い空間で膝を抱えてそんなことを考えていた。
 麻琴の他に、愛と、どこから連れて来られたのかもう一人の少女がその場所にはいた。
「麻琴…うちらこれからどうなるんかの?」
 愛が、もう幾度となく口に出した言葉を吐く。
「あたしも、わかんないよ」
 麻琴も、何回繰り返したかも思い出せないくらいの受け答えをした。はじめはなるべく愛を励まそうと希望のある答えを出すよう努めていたのだが、最早そんな気力もなかった。
 愛と麻琴から離れた場所に座っている少女は、一番最初に名前を訊いた時の「新垣…里沙」という単語以来、一言も発さなかった。自分たちより幾分幼く見えるその少女は、光も余り届かない場所だからか、表情に翳りが色濃く映し出されていた。
 どうしてあたしたちは攫われたのだろう。これからあたしたちはどうなるのだろう。いくら考えても答えの出ない設問から逃れようと、麻琴は考えるのをやめた。
59 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時50分34秒

 麻琴の停止した思考が再び動き出す。
 この場所に近づく人の気配がしたからだ。
「何や、元気そうやないか」
 自分を睨みつける麻琴を前に、男が深い皺を寄せて笑う。男は愛と麻琴を攫った張本人だった。
「まあ…これからいい働きをしてもらうから、元気があるほうがいいか」
「おいこのガイジン顔! 金髪坊主! あっぱ! &%$@?@#%%&*$**#&!」
 それまで沈黙していた愛が、方言丸だしの早口で男に向かってまくし立てた。
「…何言ってるか、わからないんだけど」
「多分、あたしと同じこと…考えてるんだと思う」
「へえ。どういう事?」
「早くここから出せ、って」
 麻琴の言葉に男はわざとらしく身震いしてから、
「お望み通りにしたるわ。お前らに会いたいって言うて来てる人、おるからな」
と言った。
「…誰?」
「お前らの新しい…雇い主や」
 男は不敵な笑みを三人に見せた。
60 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時51分30秒

 しばらくして男が連れてきたのは、愛や麻琴より年が少し上に見える少女だった。
「この方がさっき言うてた人や。お前ら、よう言うこと聞くんやで」
 愛が少女の顔をまじまじと見つめる。
 くりっとした瞳。小さな鼻。アヒルのような口。一見するとアイドルのような、可愛らしい外見。だが、持ち前の精霊感応力が少女の存在自体に警鐘を鳴らしていた。
 少女が無言のまま、鉄格子越しに愛や麻琴たちに向けて手を翳す。そしてそれは突如、愛たちの身に起こった。
 麻琴は確かに見た。少女の手に、鍵のような物体が浮かび上がるのを。そしてその鍵で、心のどこかを開けられたような気がした。
「…これが鍵術か。はじめて見るわ」
 感心したように呟く男を、少女が一瞥する。
「はいはい、邪魔者は消えますよ。しばらくは自由にさせてやれって瀬戸さんも言うてたしな」
 男は苦笑すると、次の瞬間には煙のようにその姿を消していた。
 男の気配が完全に消えたのを確認するように、少女は辺りを見まわす。そして、
「もう一人オメーラの仲間になるやつをさっきの男が連れて来るらしいから、そこでヤギみたいに大人しく待ってな」
と顔に合わないやさぐれ口調でそう言った。
「あなた、名前は?」
「私か? 私の名前は…鈴木あみ」
 かつて凶祓い界を震撼させた稀代の邪霊師・小室哲哉。彼の起こした大反乱の後姿を消した、伝説の存在と同じ名前。
 少女の名乗った名前に、麻琴も愛も眩暈がしそうになった。
61 名前:第一話「未来視 a foreteller」 投稿日:2003年08月29日(金)23時52分45秒


「予定通り、鈴木とあいつらを会わせましたよ」
 地下牢のちょうど真上の地上部分。何の変哲もない空き地になっているが、地下牢からの精霊反応を外に漏らさない幾つもの装置が施されている。そんな場所で、二人の男が対峙していた。一人は金髪の坊主頭、そしてもう一人はスーツ姿の男。
「御苦労だった。平井、状況が整い次第最後の任務に当たってくれ」
「四人目の女の子、ってやつですか? あそこは言わば凶祓いだらけって感じですよね。あんな場所に一人で行くのは辛いですわ」
 わざとらしく弱気な態度を見せる平井に、スーツを着た男は、
「お前一人でも充分やれるだろう…とは思うが、念の為あの二人を敷地内に潜入させる予定だ」
と言った。
「そりゃ助かります…ところで、何のために鈴木は仲間なんて集めてるんですかね? 例の『箱』の鍵を開けるだけなら、一人でええんとちゃいます?」
 男は少しの間だけ沈黙を漂わせていたが、やがて観念したように、
「復讐、がしたいんだと」
と呟く。
「復讐? 誰に?」
「かつての小室の反乱を覚えているか? 凶祓い連合軍の勝利をもたらしたのは英雄つんくや浜崎あゆみの力だが、小室側だった人間がこぞって裏切ったのもまた一因」
「昔の仲間に死の制裁、ですか。面白そうですね」
 平井は低くくぐもった笑い声をあげた。
62 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月29日(金)23時54分12秒
というわけで、少ないですが更新終了です。
63 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月29日(金)23時56分37秒

>>つみさん
三人がさらわれた理由は、第二話で明らかに・・・なるのでしょうか?
書いている本人が非常に不安です。
64 名前:ぴけ 投稿日:2003年08月29日(金)23時57分17秒
というわけで第二話更新まで、ごきげんよう。
65 名前:つみ 投稿日:2003年08月30日(土)00時05分37秒
やはり平井堅か・・・
もう一人というのはやはり・・・
66 名前:和尚 投稿日:2003年08月30日(土)03時06分41秒
こりゃまた気になるトコで次回ですか(泣)
それにしてもりんりんって誰かと思いましたよ(笑)
ミッチー・・・面白すぎ(爆笑)
67 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時00分03秒


 夏が過ぎようとしていた。しかし残暑の暑さは強烈で、ここ中澤事務所でも「クーラー」がフル稼働だ。
「…あの、一つ聞いてもいいですか?」
 部屋全体に寒気を送り込みながら、梨華が事務所の人間全員に問う。
「何、石川」
 机の上のノートパソコンで、依頼内容の整理を行っているのは事務所の所長代行・飯田圭織だ。
「あれから幾つか仕事の依頼も入って来たじゃないですか。なのにどうしてクーラー、買わないんですか?」
「ちっ、気付きおったわ」
 梨華の斜め横の席に座る、お団子頭の少女が舌打ちをする。中澤事務所の次世代担当、加護亜依だ。
「うちの事務所もさあ、結構出入りが大きいんだよね。凶祓い協会に登録料を払ったり、トレーニングルームの消耗品を買い揃えたりさ。クーラー買う余裕なんてないっしょ」
 あくまでもモニターから目を外さない圭織。
「そうや。それに快適にうちらが仕事できるんも、梨華ちゃんの力のお陰なんやで。梨華ちゃんおらへんかったら、中澤事務所は終いやわ」
「…そっか。わたし、役に立ってるんだよね!」
 亜依のおだてに乗ってしまう、単純な梨華。圭織がパソコンのモニターの横から顔を出し、亜依にグッジョブの合図を送った。
68 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時01分53秒

 仕事の依頼が入って来たのは、昼過ぎのことだった。
 圭織のパソコンのメールボックスに送信された、一通のメール。
「練馬のウォーターアミューズメント施設で原因不明の機械故障。水温が異常に下がっちゃって商売にならないので何とかして下さい、だって」
 圭織がメールの内容を読み上げる。
「それってもしかして、邪霊師の仕業やろか」
「その可能性は充分あり得るね。で、誰が行く?」
 圭織は事務所内のメンバーを見渡す。なつみとひとみは地方に出張しているし、真里も先程別の依頼で事務所を出て行った。事務所の二枚看板のもう一人である後藤真希は…家で寝ているのかまだ事務所には顔を出していない。選択肢はほぼ無かった。
「うーん、じゃあ今回はあいぼんに…」
「よっしゃ! プールや!」
 はしゃぐ亜依。そこへ、希美がやって来る。
69 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時03分25秒
「おはようございます! うちの犬にラーメン食べさせてたら動かなくなっちゃって、遅れちゃいました」
 現れた希美の顔を見て、圭織の考えが変わる。
「と思ったけど、やっぱのんちゃんに行って貰おうかな。メールの内容から判断して、相手は氷系の邪霊師っぽいし」
「えーっ、何やねんそれ!」
 早速亜依は不満を漏らした。逆に希美は突如訪れた衝撃に身を固くしている。
「のんちゃんにもそろそろ個人での実戦を経験させないと。何か今回の標的は弱そうだし、ちょうどいいかな、って。のんちゃん、やれそう?」
「はいっ! がんばります!」
「気負わなくても大丈夫、圭織も一緒についてってあげるから…」
「ちょっと待って下さい!」
 それまで涼風を送っていた黒い人間クーラーが発言する。一斉に振り向く三人。
70 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時04分26秒
「相手が氷使いだったら、わたしが行きます! 飯田さんは事務所の所長代行だし、わたし一人でものののサポートは出来ます!」
 いつになく積極的な梨華の態度に、圭織は少なからず驚いていた。が、すぐに落ちつきを取り戻すと、
「わかった。そこまで言うんだったら石川に任せるよ」
と大きな瞳を細めた。
「ホントですか!」
「ええ。ただし、あんたはあくまでものんちゃんのサポート役だからね」
 圭織はそう付け加える。
「何だ、梨華ちゃんと一緒なんだ…」
 緊張していたくせに、希美はそんな不満を漏らした。しかし、その一方で緊張が解れてもいた。
「じゃあ…行こっか、のの」
 梨華に応じ、共に事務所を出る希美。
 扉の締まる音と同時に、圭織が感嘆の溜息を漏らす。
「石川も段々とポジテブになってきたね。あのブレスレットの効果テキメンってやつかな? 石川のためにアレを作った甲斐があるよ」
「え…あれ梨華ちゃんで遊ぶための道具とちゃうんですか?」
 亜依の的確な突っ込みに、圭織は視線を逸らした。
71 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時05分39秒

 大手の凶祓い事務所ならば専属の運転手に現場まで向かわせるところだが、中澤事務所は小さな規模の事務所。移動手段は、電車だった。
「そう言えば、ののと一緒に仕事に出るのってはじめてじゃない?」
 電車のつり革に掴まった梨華が、隣の希美に話し掛ける。
「梨華ちゃん、いっつもよっすぃーと一緒だったからね」
「わたしも、何時でもよっすぃーにべったりのままじゃ駄目だと思うから」
 どの事務所にも属していないはぐれ凶祓い時代から、梨華はひとみとのコンビネーションで普段の数倍もの実力を出すことが出来た。だが、ここぞという場面ではひとみに頼り切っていたのも事実だった。今回の立候補は、梨華自身の危機感の顕れだった。
「へえ…梨華ちゃん偉いね」
「向上心を持つのは凶祓いとして当然の義務よ」
 素直に尊敬の眼差しを向ける希美に、梨華は得意顔だ。
72 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時06分23秒
 うふふ、やっぱりのので正解だった。これがあいぼんや後藤さんだったらどうなるか…
 福田明日香の引き起こした「昏き十二人事件」が一応の終結を迎え事務所が落ちつくとすぐに、梨華は今回のようなチャンスを窺っていた。だが亜依では実力が伯仲してる上に何となく苦手、真希はさらに苦手、というわけで同年代では最も与し易い希美との同行を待ち望んでいたのだ。
 よし、今回はお姉さんの余裕ってやつを見せつけるとしますか。
「いい、のの。今回の相手は…あれ?」
 ふと隣を見ると希美はいなかった。停車した電車の外から希美の声がする。
「梨華ちゃーん! 電車出ちゃうよお!」
「え、ちょっと着いたんだったら着いたって早く言ってよ!」
 あたふたとキショい動作で電車を飛び出す梨華の姿には、威厳のかけらもなかった。
73 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時07分12秒

 遊園地の入り口で、職員らしき男が希美たちを出迎える。その顔にはさっそく疑問符がついた。
「もしかして…中澤事務所の方、ですか?」
「そうですが、何か?」
「いや、機器の修理をなさる方にしては…と思いまして」
 梨華に男は素直な感想を述べる。
 凶祓いの存在は世間に知られてはいけない。それが凶祓い界の暗黙のルールである。発覚した時の社会的影響を考慮してのものだ。ある時は私立探偵、ある時はエクソシスト、はたまたある時はぽまんげそれに則り、今回も水温調節機器の調整という名目で仕事を取って来たのだ。
「お任せ下さい。うちの事務所は仕事は迅速確実がモットーですから」
 希美はお決まりの宣伝文句をすらすらと諳んじた。事務所に入った当時に圭織に仕込まれたのだ。
「はあ、そうですか。じゃあ水温調整室でもう一人の職員が待ってますんで」
 水温調整室の場所を教えてもらい、梨華と希美は園内に入った。
74 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時08分21秒

「これでよし、と」
 椅子に背を凭れかけさせ、鼾をかいて眠りこけている職員を見下ろして梨華が言った。
「この人が眠ってる間にちゃっちゃと片付けなきゃね」
 希美の言葉に梨華が頷く。
 圭織お手製の霊具によって職員を眠らせている間に、水温低下の原因を作っているであろう邪霊師と決着をつける。そういう算段だった。
 急いで水温が低下しているというメインプールへと赴く二人。休業中なのだから当然だが、プールサイドには人一人見当たらなかった。
「のの、お願い」
「わかった」
 水際にしゃがみ込み、水面に右手を差し込む希美。氷水に漬けたような感覚に、思わず声を上げた。
「梨華ちゃん凄く冷たいー!」
 そんなことを言いつつ、希美は右手の掌に意識を集中させた。希美の操る炎の力によって水が徐々に温みはじめる。
「お嬢ちゃん、勝手にそんなことしないでくれるかなあ!」
「イヤーッハッハッハッ!」
 突如聞こえてくる、男女の声。
75 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時09分30秒
「現れたわね、邪霊師!」
 梨華は声のするほうへ向き直った。
 その中年の男女は、お揃いのピンクの派手な衣装に身を包んでいた。
「お嬢ちゃんたち、知ってるよ! そっちの色黒で顎の出てる子は石川梨華、誕生日は一月十九日! そいでもってそっちのちっちゃい子は辻希美、誕生日は…六月十七日!」
「キャー、ペーさん凄いー!」
 もっさりした髪型の男の言葉に、女は有り得ないくらいのキンキン声で賞賛した。
「な、何でののたちの誕生日知ってるの!?」
「て言うかピンクの衣装、似合ってないんだけど。ついでにおばちゃんの声、めちゃくちゃ頭に響くし」
 自分が見えないって可哀想だ、希美は梨華を横目にそんなことを思った。
「俺たちの邪魔、しないでくれるかなあ?」
「夏休みのプールを使えなくしちゃうなんて、悪事にも程がある! 月に代わってののがお仕置きよ!」
 希美はどこかで聞いたような決め台詞を放ってから、キッと二人を睨んだ。
76 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時10分29秒
「お仕置きだってさー、どうするパー子さん」
「ンマー! 返り討ちよペーさん!」
 希美は瞳を閉じる。掌から炎が生み出され、それはゴム張りのアスファルトを走りペーたちに襲いかかった。
「パー子さんあれを!」
 ペーがパー子に目配せをするとパー子は何を思ったのか、使い捨てカメラのようなものを炎に向けた。フラッシュが焚かれると、何とその炎が凍りつきはじめる。
「霊具の…一種なの、あれ?」
「そうみたい。のの、あの写真に映っちゃ駄目よ!」
 カメラを片手に、希美ににじり寄るペーとパー子だった。
77 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時11分41秒

 閃光を発する度に、アスファルトが凍りつく。
 希美は二人の攻勢に、回避行動を繰り返す一方だった。
「逃げてばかりじゃなくて攻めに転じないと!」
「そんなこと言ったってー!」
 梨華の叱責に、希美は叫びながら顔を顰める。敵の絶妙なコンビネーションが、希美に攻撃の隙を与えないのだ。
 こんなやつら、わたしだったら楽勝なのに…
 歯痒い思いで希美の戦いぶりを見守る梨華。だが今回は希美の実戦訓練のようなもの。梨華は自分が戦いに加わるのは最後の決断、と心に決めた。
 でも、もうあまり時間がない。
 あと十分ほどで、水温調整室の職員が目覚める。それまでに決着をつけなければ、取り返しのつかないことになってしまう。
 一方希美は敵のフラッシュを避けつつ、敵を倒す方法に頭を巡らせていた。
 …あいぼんだったら、上手い方法を思いつくんだろうけど。
 一応希美も考えてみた。ペーとパー子を向き合わせて同士討ちさせようと試みもした。しかし敵も霊具の扱いには慣れているようで、絶妙のタイミングでカメラのシャッターを切ってくる。普通に同士討ちを誘うのは至難の業だった。
78 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時12分33秒
 段々と息が苦しくなってくる。フットワークも徐々にではあるが、鈍ってきた。このままでは疲労で動きが止まってしまう。希美の胸に不安が過った。
「お嬢ちゃん大人しく捕まってよ、俺たちの目的はそっちの子にあるんだからさー!」
 カメラから目を離すことなく、希美を狙い続けるペー。
 わたしが目的…どういうこと?
 怪訝に思う梨華を他所に、ペーとパー子が希美を追い詰めてゆく。そしてついに、前後に挟まれる形をとられてしまった。動きを止める希美。
「やっと観念した? それじゃパー子さん、行きますよ!」
「ハイィィィ!」
 同時にカメラを構える二人。
「のの、あぶないっ!」
 希美の危機を目の当たりにして、右腕に冷気を集中させる梨華。だが、それはすぐに解除される。希美の表情がまだ終わっていないことに、気付いたからだった。
79 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時13分32秒
 希美は考える。はっきり言って自分は頭の回転が速くない。亜依のような作戦立てをしながらの戦いは到底出来ない。ならば…
「力ずくで、行くっ!」
 カメラに捉えられることも厭わず、希美はパー子に突進した。腕を顔面の前で交差させ、炎を纏う。それでも体は徐々に凍りはじめるが、それより早く希美の体当たりがパー子を直撃した。
「キャアッ!」
 一際高い悲鳴がプールサイドに響き渡る。二人は縺れ合いながら地面に倒れ込んだ。
「妻をやられてこりゃツマった!」
 しょうもないダジャレを言いながら、希美をカメラで撮ろうとするペー。だが、このままではパー子も一緒に凍らせてしまうことを悟り、攻撃に躊躇してしまう。それが一瞬の隙を生んだ。
 希美の手から放たれる、炎の球体。空気を焦がし、それは真っ直ぐにペーのカメラに襲いかかった。炎球とカメラの中の氷の邪霊が激しくぶつかり合い、熱の篭もった湯気を立てて消滅する。
「よしっ!」
 ペーとパー子の戦意が消失しているのを確認してから、希美はガッツポーズをとった。
80 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003年09月04日(木)16時14分33秒
「梨華ちゃん、やったよ!」
「のの、凄いじゃない」
 この子、初めて会った時よりかなり成長してる…
 梨華は希美の成長ぶりに舌を巻く。最初に梨華が希美と出会ったのは、市井紗耶香を巡っての争いの時。その頃は取るに足りないちびっ子だと思っていたが、今では凶祓いとしての実力も徐々につけ始めている。
 自分は、どうだろうか。梨華はそう思うと、暗澹たる気持ちに陥る。自分はあの頃より精霊使いとして、凶祓いとして成長しているだろうか?
「梨華ちゃん、何暗い顔してんの?」
「え、ううん、何でもない」
 気を取り直そうとする梨華。だがその気持ちは、突如として一転する。
「その二人であなたの今の実力を測ろうと思ったんだけどな」
 何時の間にか、プールの水の上に人が立っていた。その人物を見て、梨華は表情を凍りつかせる。
「…柴ちゃん」
81 名前:ぴけ 投稿日:2003年09月04日(木)16時19分45秒
少ないながらも楽しい更新(汗)。

しかし我ながら戦闘シーンの描写がヘタクソ…某板に能力バトルものを
連載されてる方がいらっしゃるのですが、あの描写の上手さは馬やらしい…
82 名前:ぴけ 投稿日:2003年09月04日(木)16時21分16秒
>>つみさん

彼はあややリスペクトらしいですから、
競演させたらさぞ楽しかろうなどと…
83 名前:ぴけ 投稿日:2003年09月04日(木)16時23分14秒
>>和尚さん

「りんりん」は実際にミッチーがそう呼んでいたとか。
芸能界のムダ知識がまさかこんなところで役に立つとは、って感じです。
84 名前:つみ 投稿日:2003年09月04日(木)16時24分23秒
リアルタイムだー!!
柴ちゃんがやってきた〜〜!!
梨華ちゃんを連れ戻しにきたんでしょうか?
85 名前:和尚 投稿日:2003年09月04日(木)21時20分55秒
辻ちゃんはやはりこーでないといけません(笑)
そして、また気になるトコで続くっすか(泣)
更新お待ちしています。
86 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/09(火) 19:30

「言ったはずよ。次に会う時は、覚悟して…って」
 その少女は、水の上に立っているのではなかった。プールの水を、凍気によって凍らせていたのだ。
「梨華ちゃん、あの人は…?」
「柴ちゃん…柴田あゆみ。わたしの、家庭教師だった人。ののは、下がってて」
 悲痛な表情を浮かべて希美にそう告げると、梨華はあゆみのほうへと歩を進めていった。
 梨華とあゆみが、向かい合う。
「お母さんから、頼まれたのね?」
「そうよ。梨華ちゃん、家に戻って」
 あゆみが張り詰めていたものを少しだけ緩め、梨華に語りかけた。
「あの時も言ったよね、柴ちゃん。わたしは絶対に、あの家には帰らない」
「残念ね。なら…わたしは力ずくであなたをあの家に連れて帰る」
 睨み合う二人の少女。火花散る、という表現が似合いそうなのに、希美には何故か肌寒く感じられた。
「ねえ柴ちゃん、わたし、柴ちゃんと戦いたくなんかないよ」
「あなたは帰りたくないと言う。わたしは連れて帰りたい。つまり、どちらかがどちらかの意見をねじ伏せなくちゃいけないの」
「ねえ、どうして…」
「それは…あなたが石川家の人間で、わたしが柴田家の人間だから」
 それが最後の交渉だった。最初にあゆみが、遅れて梨華が凍気を放ち始める。真夏にも関わらず、周囲は悴む程の寒さに覆い尽くされた。
87 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/09(火) 19:31
「梨華ちゃん…あれからどのくらい成長したのか、わたしが直接確かめてあげる」
 あゆみを取り巻く凍気が、形をとり始める。先の尖った、氷のナイフたち。それらはしばらく、不安定にかたかたと揺れていたと思うと、突然梨華に向かって降り注ぎだした。
「氷の精霊たちよ、高く聳える氷の壁を打ち立てよ!」
 梨華が地面に手をつけ、念じる。地面から盛り上破って盛り上がった氷壁が、氷の攻撃から梨華を守る…はずが二、三のナイフが死角から梨華の体を掠めていった。思わぬ痛みに、顔を歪める梨華。
「敵の攻撃は、何も正面からだけとは限らないわ。油断したわね」
「それは…お互い様っ!」
 氷壁に大きな亀裂。やがてそれは全体に広がり、崩壊した。大小の破片があゆみ目がけ、飛来する。しかし破片はあゆみに当たることなく、周りの水面に水飛沫をあげさせるにとどまった。
「防御手段を攻撃に変える…ただぬくぬくと外の世界で過ごしてた、ってわけじゃなさそうだけど」
「わたしだって、いっぱい色んなことを乗り越えて来たんだから!」
 か弱い声を精一杯張り上げて叫ぶ、梨華。だが。
「福田明日香の一件? 聞いたところによれば、つんくが最優先にあなたたちの事務所に回した事件みたいじゃない。他の大手ならもう少し手際良く処理出来たかもしれないし、仮にもし石川家に依頼されたのなら…」
 あゆみの瞳が、冷酷に光る。
「一時間半で、全員殺害できる」
88 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/09(火) 19:32
 思わず息を呑む梨華。
 確かにあの人たちなら、それくらいのことは簡単にやってのけるだろう。でも、そのやり方が嫌で、わたしはあの家を飛び出したんだ。
「だから何だって言うの!? あの人たちは殺しのエキスパート、わたしたちとは違う!」
 感情の波の高揚が、強烈な凍気を生み出す。しかし、少女はそれをまるでそよ風のように受け流し、ゆっくりと梨華に近づいていった。
「…そんな。わたしの術がまったく効かないなんて」
「同じ属性の術士の戦いの場合、相手が明らかに実力が上の時にはその属性は無効となる。わたしの動きを止めるには、あとマイナス10度は足りないわ」
 呆然とする梨華を他所に、あゆみは梨華の目の前に立つ。そして悲哀の色を瞳に浮かべて、
「お願いだから、石川家の人間としての本文を全うして」
と梨華の頬に触れた。その頬は涙で濡れていた。しかしその温かな涙さえも、少女の発する凍気によって冷却されてゆく。
「柴ちゃん…どうして、わかってくれないの?」
「…わからない、わからないよ」
「わたしは、自由になりたいだけなのに」
「自由は…時として秩序を乱す…」
 涙が、ゆっくりと凍りはじめた。
89 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/09(火) 19:33

 何を言い合っているのか、遠くで見守る希美にはわからない。梨華が泣いているのはわかる。そして、相見えている少女も泣いているような気がする。
 しかし、梨華の体が徐々に凍気に蝕まれているのは非を見るより明らかだった。
 梨華ちゃんが、危ない!
 感情はすぐさま行動に繋がった。掌から生み出した炎を、あゆみに放つ希美。だが、勢いのある炎も分厚い凍気を溶かす事はできない。ただ、あゆみの視線は希美へと移される。
「邪魔をしないで」
 あゆみの険しい表情に怯む希美。でも、それはほんの一瞬だった。
「梨華ちゃんっ!」
 希美は梨華の元へと、駆け出す。希美の声に薄れかけた意識が揺り起こされた梨華は、大きく叫んだ。
「のの、来ちゃだめ!!」
 希美の動きが止まる。それは梨華の呼びかけからでは、決してなかった。
 体が…動かない!?
 あゆみの凍気領域にうっかり足を踏み入れた希美は梨華同様、凄まじい凍気に身を絡め取られてしまったのだ。
90 名前:第二話「鉄鎖 a 投稿日:2003/09/09(火) 19:34
「柴ちゃん、ののを、ののを解放してあげて!」
「炎の属性を持っているとは言え、下手するとあの子は完全に凍りついてしまうかもしれない」
「そんな!」
「嫌なら、おとなしくわたしに従って」
 あゆみの意図するところではなかったが、成り行き上人質を取るような形になってしまった。だが、梨華に手ひどいダメージを与えるよりは、より安全な手法だと言えた。
 希美は自由の利かなくなり始めている体ながら、あくまでも梨華の身を案じていた。絶対に彼女を助けなくてはならない、そういった思いが彼女の心を支配する。それは首を大きく左右に振るという形で現れた。
「梨華ちゃん、そいつの言う事なんか聞かないで!」
 希美の方を振り返る梨華。
「あの子を助けるためには…わかってるよね?」
 だが、あゆみの言葉で、梨華は自らの右手をあゆみに預けた。
 だめ…梨華ちゃんが、遠くに行っちゃう…お願い…誰か、誰か助けて…
 梨華の手をとるあゆみの姿が少しずつおぼろげになって、希美は意識を失った。
91 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/09(火) 19:35
 その時、辺りを覆っていた凍気が一瞬にして熱気に変わった。
 あゆみの力で凍っていたプールの水に、再び動きが戻る。
「なにこれ…どういうこと!?」
 あまりの突然の変化に、あゆみは周囲を見渡した。気付いたのは、目の前の小さな少女が通常では考えられないような精霊反応を出しているということ。
 まさか、この子が…?
 そう思った時、あゆみに向けて、炎の軌跡が飛ぶ。見るもの全てを魅了させるような、蒼き炎が。
 この炎は危険だ。避けるだけじゃ駄目だ。本能が教える炎の危険性は、あゆみは蒼い炎に凍気をぶつけつつそれを右にかわし、さらに自らの身も凍気で包むという荒技を強制させた。
 標的を失った炎が、プールに着水する。炎は大量の蒸気を巻き込んで消滅するには飽き足らず、周囲の温度を異常に上昇させた。
 次にあゆみが希美たちを見ようとした時には、既に二人とも跡形もなく消えた後だった。
 しまった、逃げられた。
 自らの失態に顔を歪めるあゆみ。しかしすぐに表情を戻すと、ゆっくりとした足取りでその場を立ち去った。
 まあいい。次は必ず、梨華ちゃんを連れて帰る。でも…
 凍気で防御したはずの体が、熱気に痛む。
 あの子、一体何者?
92 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/09(火) 19:36

 あゆみが蒼き炎に気を取られている間に、梨華は気絶している希美を抱えて逃げ出していた。
 目を閉じて眠っているような希美の顔を見つめながら、梨華は思う。
 あの時と、同じだ。
 希美の親友である紺野あさ美が、邪霊師の一撃を受けて倒れた時のこと。希美はさっきと同じような蒼い炎を使役して邪霊師はおろか梨華たちまでも恐怖の底に叩き込んだ。あの時とは威力は違えど、確かに同質の力だった。
「一体この子のどこに、あんな力が…」
「さっきから何ブツブツ言ってるんですか?」
 急に背後から声をかけられる。梨華が恐る恐る振り返ると、そこには最初に自分たちを出迎えてくれた警備員がいた。
「もう仕事は終わったんですか?」
「え、あの、その…報酬は結構なんで、失礼しますっ!」
 梨華は慌てながら、希美を背負ってその場を逃げ出した。プールの水が全部蒸発しちゃいました、などとは口が裂けても言えないのだった。
93 名前:ぴけ 投稿日:2003/09/09(火) 19:39
更新終了。

少ない、お前の話は少ない!(大滝秀治風)
ごめんなさいっ! 今回の更新量に満足できない人は、
金板、緑板の作品を見て許してください(宣伝?)。
94 名前:ぴけ 投稿日:2003/09/09(火) 19:43
>>つみさん
はい、登場させました。
これからも黒い人との絡みでまた出ます。
実は密かに楽しみです。

>>和尚さん
辻ちゃん登場、ついでに隠し能力炸裂。
主人公の影が薄い作品、などと言われないようがんばります。
95 名前:つみ 投稿日:2003/09/09(火) 22:35
また覚醒しましたね^^
でも一時間半って・・・
96 名前:和尚 投稿日:2003/09/10(水) 12:07
しばちゃんといしかーさんの問題は深そうですね。
今後が気になる二人です。

いしかーさん、「報酬は結構」ってそれはヤバイんでないの?
97 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:20


 一方、ここは都心の一等地。
 立ち並ぶオフィスビルや商業地の地下に、かつての凶祓い事務所として使用されていた場所があった。取られたスペースはかなり広く、吹き抜けの天井からは外の光が挿しこんでいた。
 六年前に凶祓い界を震撼させ、一般社会にまでその魔手を伸ばそうとした邪霊師・小室哲哉。彼はつんく率いる凶祓い連合によって打ち倒されたわけだが、つんくや浜崎あゆみらとともに大活躍をしたのは12,3歳の四人の少女だった。
 二人の炎術士と二人の風術士で構成される彼女たちは四人ならではコンビネーション攻撃で、次々と敵を打ち払っていった。
「SPADE」。それが彼女たちのユニット名だった。お互いの絆を示すためにトランプのスペードの絵札を身につけていたことが由来だとされている。
 小室の反乱が終焉を迎えた頃、彼女たちはそれぞれ別の道を歩み始めた。あるものは個人事務所を開業し、またあるものはシャーマンとしての修行を積むために海外へと渡った。成長した姿での再会を誓って。
 そして今日が、その約束の日。共に過ごしたこの凶祓い事務所で、四人は感動の再会を果たす…はずだった。
 しかし。
98 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:21
「…何だよお前ら。引退したんじゃなかったっけ?」
 四人の目の前立っている、ドナルドダッグのお面をつけた少女がそう言った。
「ていうかさ。あんた誰よ?」
 一歩前に出る、挑戦的な顎の女。
「お前に名乗る名前なんてねえよ。とにかく、この事務所はこのアミ…いやドナルドマスクがいただくから」
「何こいつ。ここがあたしたちの事務所だって知ってて言ってんのかね?」
「どうする、やっちゃう?」
 目の細い女とバタ臭い顔の女が顔を見合わせる。それを見ていた、一番年上らしき女が、最終決断を下す。
「精霊反応からすれば、相手は精霊使いに間違い無いでしょ。誰か、相手してあげなよ」
「じゃあヒロがやる」
「ええーっ、エリもやりたい」
 すると、突然ドナルドダッグが叫び出した。
「さっきからゴチャゴチャうっせえんだよっ! そこのバケモノアゴ女と審美歯科逝き決定とマネキン面とそれにキン肉マン、全員まとめてかかってきやがれゴルァ!」
99 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:23
 四人の間にどっと笑いが起きる。
「だってさ。あんたこの世界浅いでしょ? うちらが誰だか知らないからそんなこと…!」
 あっという間だった。音もなく顎女に接近した少女が、女の顎を掴んで背後の壁に叩きつけたのだ。
「がふっ!」
「私の前でシャクレていいのはなあ…永六輔とクシャおじさんだけなんだよ!」
「くそ、離せっ!」
 少女の手を振り解き、距離を取る顎女。
「エリ、大丈夫!?」
 三人が、顎女の元へ駆け寄った。
「何て馬鹿力なの…あいつ、ふざけたお面とは裏腹に手強い」
「エリってば第一戦を離れてたから、まだ勘が鈍ってるんじゃない? あんな奴、あたしが蹴散らしてやる」
 少女に向き直る、マネキン顔。足もとの影が盛り上がり、やがて二匹の豹を象った。
「サファイヤ、ルビー…行けっ!」
 名前を呼ばれた豹たちが一斉に少女の喉笛目がけ、飛びかかる。鋭い爪と牙が、獲物の血を求め鋭く光った。
 少女は平然とした顔で、懐から一つの小さな鍵を取り出す。すると鍵はみるみる巨大化し、少女の身の丈の倍を超える代物へと変化した。そして少女は難なくその巨大鍵の先を片手で握り、豹たちに向かってひと振りする。
「バッ!」
「ギャンッ!」
哀れ豹たちは、無残な肉塊と化して影に吸い込まれていった。
100 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:24
「な、なんなのよあの鍵…」
「まさか…鍵術?」
「そんな馬鹿な! 世界にたった一人の鍵術の使い手はあの時に死んだはず!」
 今しがた少女の揮った力に、それまでの余裕の態度を崩壊させる面々。
「おいおい、勝手に人を殺すんじゃねーよ! わたしは志村けんかよ!?」
 少女がそんなことを言いながら、つけていたドナルドダッグの面を投げ捨てた。
 邪霊師小室の秘蔵っ子と呼ばれた、鈴木あみ。
 四人の表情が、瞬時に凍りついた。
101 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:25


「早くかかって来いよザコキャラどもよぉ! 抵抗する間もなく瞬殺だなんてただのギャラドロボーだろうがよお!」
 巨大化させた鍵を振りまわしながら不敵に微笑む、あみ。
「確かに鈴木あみは、六年前に死んだはず…行方不明という情報も流れたけど、つんくさんが一騎討ちの末に倒したとも聞いた。それが…何故?」
 未だに驚きを隠せない、ドレッドヘアの年長の女。
「本物だろうがニセモノだろうが関係ない。あたしたちのあの必殺技の前にはね」
 目の細い女が、口元を歪めて笑う。
「久しぶりにやりますか」
「あれを食らって、生き延びたやつはいないからね」
 四人は互いに目配せをして、それから四方に散った。
「おっ、何だ何だ?」
 きょろきょろと首を動かすあみを他所に、それぞれの場所で詠唱をはじめる四人。
 彼女たちの精霊力は、今まさに究極に高められていた。
 突然、あみの手から巨大鍵が滑り落ちる。鍵の先端が床に突き刺さり、大きな罅割れを作った。
「…ぐ。テメーラ、何をした?」
「あたしたちの必殺技。合体精霊術『GOGO!HEAVEN』よ。鈴木あみの名を不用意に名乗ったことを後悔しながらあの世へ逝きな」
「おいちょっと、やめろよ!」
 あみの体が、徐々に白い光に包まれてゆく。光はまるで、天国へと誘う天使のようにあみの周りを飛び交っていた。
102 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:27
 四人の精霊力がピークに達したと同時に、白い光は急激に膨張、一気に天へと突き抜けて行く。あみの魂は白い光と共に天国に運ばれたと、信じて止まない三人。だが。
「あのさ。ぜっんぜん効かねーんだけど」
 何事も無かったように、その場に立つあみ。
「嘘…」
「何で生きてるの?」
「あたしたちの『GOGO!HEAVEN』が破れるなんて!」
 信じられないといった感じで口々に叫んだ三人は、あることに気付く。
「あ…あ、あ…」
 金魚のように口をパクパクさせている、顎女。最後の最後で、彼女だけが詠唱に失敗していたのだ。
「こう見えてもアミーゴ様は勉強熱心なんだよ。オメーラの技のことは知ってたから…その顎の声帯に…『鍵をかけた』。最後の最後でそれを発動させたってわけだ」
「ひっ!」
 自ら置かれた立場に気付いたのか、尻餅をついて後ずさりする顎女。あみは落ちていた巨大な鍵を持ち上げ、槍投げのようにそれを顎女に投げつけた。
「げぶじゅっ!」
 床に串刺しにされる、顔。
 女は顎を数回痙攣させ、絶命した。
「エリ!」
「いやあああっ!」
 飛び散った鮮血に、仲間の一人が悲鳴を上げる。
103 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:28
「第一の鍵…赤い鍵。でもまあ、槍として使うんだったらロンギヌスが一番だなこりゃ」
 そんな独り言を呟くあみの前に現れる、二つの影。
「よくも、よくもエリを!」
「あんただけは、絶対に生きて帰さないから!」
 細い目の女と、ドレッドヘアの女。二人は既に、いつでもあみをくびり殺せるような態勢に入っていた。
「吠えんな雑魚がっ! 雑魚は雑魚らしく、血ヘド吐いて踊ってな!!」
 あみの一言で、狂ったように二人が襲いかかる。
「くらえっ!」
 細い目の女が、五指から風の爪を作り出す。
「食らえと言われて食う奴がいるかよっ!」
 しかしあみは難なくそれをかわし、逆に細目の額に掌底を叩き込んだ。さらに言えば、それはただの掌底ではなかった。
 もんどり打って倒れる細目を見て、ドレッドヘアが攻撃をやめて駆けつける。
「大丈夫、ヒロ!?」
 返事の代わりに、ドレッドヘアの首が飛ぶ。
 何が起こったのかすら理解できない胴体は血飛沫をそこら中に撒き散らしながら、しばらく両手で宙を掻いていたが、やがてぱたりと床に倒れた。
 転がる生首をしばらく見つめていた細目。ドレッドヘアの返り血を浴びたことも気付いていないその顔には、意思は存在していない。
 一瞬だけ、細目の奥の瞳に光が宿る。かと思うと自らの胸に風の爪を打ち込み、絶命した。
104 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:29
「…つうかオメーラ歯応えなさ過ぎ。ホントにオメーラ、一世を風靡したあの『SPADE』かぁ?」
 最後に残ったマネキン顔の恐怖は計り知れない。目の前で仲間がもう一人の仲間の首を刎ねたのち、自ら命を絶ってしまったのだから。
「さて、と」
 狂暴な視線が、最後の一人を捉えた。
「ひぃ…こ、来ないでよぉ!」
 泣き叫ぶマネキン顔に、あみはゆっくりと歩み寄り、目の前に立った。マネキン顔は足が竦み、最早蛇に睨まれた蛙の状態だ。
「テメーにはメッセンジャーになってもらうか」
「な、なに…?」
 問いかけには答えず、マネキン顔の胸の部分に手を当てるあみ。刹那、閃光が走ったかと思うと小さな鍵のようなものが埋め込まれた。
「第三の鍵、紫の鍵を埋め込んだ。私の存在を凶祓いの誰でもいいから、伝えるんだ。でないとお前の体はジグソーパズルみてえにバラバラになるぞ」
「そんな…」
「制限時間は…30分」
「ひいいいいっ!」
 駆けずるようにしてその場を逃げ出すマネキン顔。そんな様子を、あみは満面の笑みを浮かべて眺めていた。
「あとは最後の手下を回収するだけだな。平井の奴、上手くやってんのかねえ」
105 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:30


 梨華たちの戻った中澤事務所。
 運の悪いことに、所長の中澤裕子が戻って来ていた。
 金髪にブルーコンタクトの女性は、梨華から事情を聞くなり凄い剣幕で怒鳴り散らす。
「何やってんねんアホ! 報酬いらんってうちらが仕事の見帰りに報酬もらわんでどない
せえっちゅうねん! 人間クーラーだけやのうて、人間製氷機になって貰うか? あん?」
「ごめんなさい…」
「まあええわ。あちらさんにはこっちで上手いこと説明して、報酬はきっちりもらっといたるから。それよりな、辻のことなんやけど…」
 裕子の表情が重くなる。
「この前と同じだったんです。急にののが意識をなくしたかと思うと、あの、その…蒼い、炎が…この前みたいに別人みたいになることは、なかったんですけど」
「そうか。詳しいことは圭織に聞いてみな、わからんのやろなあ…」
 幸か不幸か、圭織は先程入ったばかりの依頼で亜依と一緒に事務所を出ていた。
「それより中澤さん、ののは一体…」
「それは…それはいつか話したるから、もう少し待ってや」
 飯田さんと同じだ。梨華は思う。
「昏き十二人」との戦いで、謎の覚醒現象を起こした希美。そのわけを圭織に問い質した時、やはりはぐらかされてしまっていた。一体二人は希美の何を知っているというのか。梨華には知る由もなかった。
106 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:30
 事務所の別室で寝かされている、希美。
 傍らにはなつみが座って、希美の様子を見守っていた。
「あれ…」
「気がついた?」
 希美はゆっくりと、辺りを見回す。見慣れた事務所の内装。
「あれ…のの、何時の間に気絶して…」
「ここんとこ暑かったからねえ。立ち眩みみたいなものだと思うけど…念のためにみっちゃんにも連絡したけど、なあに心配いらないさ」
「平家先生?」
 なつみは頷いた。
 平家みちよ。裕子やなつみたちの知己であり、小さな医院の医師をしている彼女。しかし彼女にはもう一つの顔がある。
 解呪師。取り憑いた邪霊を浄化したりするなど、呪いを解くことに長けた精霊使い。
 彼女は希美の秘密を知る数少ない関係者の一人だった。
「のの、また肝心なところで倒れちゃって…せっかく少しは役に立てるようになったと思ったのに」
 自分が倒れた時のことを思い出し、しょげ返る希美。
「そうだ、梨華ちゃんから聞いたよ。のの、一人で邪霊師をやっつけたんだって?」
「…うん。でも、梨華ちゃんの…」
 そう言いかけたところで、言葉を止めた。
「ん? 梨華ちゃんがどうした?」
「ううん、何でもない」
 希美は首を振った。
 氷使い・柴田あゆみと対峙している時の梨華の悲しそうな顔。何となくあのことは口外してはいけないように、希美には思えてならなかった。
107 名前:第二話「鉄鎖 a chain」 投稿日:2003/09/16(火) 01:32

 部屋の外が騒がしい。
 若い女が泣き喚くような声が、なつみの耳元にも届いて来た。
「何の騒ぎだろう…のの、なっちちょっと様子見てくるね」
 希美にそう言って、部屋を出るなつみ。
 事務所のオフィスへの、来客。見慣れた顔だったが、その顔は迫り来る恐怖に歪んでいた。
「あ、なっちぃぃ!」
 その女はなつみの姿を確認すると、物凄い勢いで抱き着いてきた。
「多香ちゃん…どうしたの?」
「ハァッ、どうしよう、死んじゃう、わたし死んじゃうよお!」
 長い髪を振り乱し、大きな声で叫ぶ女。
「あんた…よう見たら『SPADE』の子やないか。どないしたん?」
 裕子が女の肩に手をやる。しかしその手を叩き落とす女。
「いたっ、何すんねん!」
「お願いなっち、わたしの言うことを聞いて! でないとわたし、わたし!!」
「多香ちゃん、落ちついて!」
 我を失っている女の脇腹に、鋭い一撃が打ち込まれる。後ろから現れた後藤真希が、刀の柄で腹を突いたのだ。
「これでおとなしくなるんじゃない?」
「ごっつぁん!」
 だが女は倒れない。寧ろ一層激しく暴れ出した。
「お願い、白い鍵の女が、白い鍵の女がわたしを…!」
「白い鍵の女って…!」
 女の言葉に反応する裕子、なつみ、真希。
 それと同時だった。女の体に何条もの赤い線が走った。
 そして夥しい出血と共に、まるで積み木細工のようにバラバラになった。
「多香ちゃん!」
 なつみが叫んだ時、女は既に物言わぬ肉塊と化していた。
108 名前:ぴけ 投稿日:2003/09/16(火) 01:38
これで第二話、終了。

>>つみさん
今後、辻の覚醒と秘密を徐々に描いていく予定です。
一時間半は、やっぱり凶祓い界でも最強クラスの暗殺者一家って設定ですから。

>>和尚さん
石川と柴田のお話も、サイドストーリーで続けていくつもりです。
報酬は後日、姐さんがきっちり回収しましたとさ(めでたしめでたし)。
109 名前:つみ 投稿日:2003/09/16(火) 16:43
白い鍵の女強すぎ!
鍵術は凄いですね!次の更新待ってます!
110 名前:んあ 投稿日:2003/09/26(金) 21:30
んあいいねぇ^^
まってまーす!
111 名前:和尚 投稿日:2003/09/27(土) 00:53
ハラハラ、ドキドキ、ワクワクの始まりですね。
しかし最強の四人がザコキャラ扱い・゚・(ノД`)・゚・。
112 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:29




 扉の外で恐ろしい出来事が起こった。
 希美の直感が、そう訴えかけていた。
 体は強張り、震えが止まらない。
 事務所を訪れた女性らしき人が、突然錯乱したような叫び声を上げて、そして沈黙した。沈黙の意味は、精霊反応からすると即ち…死。
 また、この前みたいな恐ろしいことが起こるの?
 希美はこれからのことを考え、そして布団を強く引き被った。
113 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:30

 裕子がなつみの肩を支える。
 四人組の凶祓いグループとして名を馳せた「SPADE」のメンバーである、上原多香子。彼女は、なつみの通っていた凶祓い学校時代の友人だった。親友というわけではなかったが、かつての友人が目の前でバラバラにされた衝撃は計り知れない。
「この人…白い鍵の女って、言ってたよね?」
 真希が鋭い眼光を裕子に浴びせる。
「ああ、聞き間違いやなかったら…な」
「聞き間違いなんかじゃないよ。後藤、三年前に白い鍵の女と戦ったもん! なっちだって、やぐっつぁんだってそれは知ってるはずだよ?」
 真希に同意を求められ、頷くなつみ。
「でもなごっつぁん。白い鍵の女は小室の反乱の時につんくさんが倒したんや。三年前にも言うたと思うけど、それはニセモノ…」
「ニセモノでも本物でもどっちでもいい。要は後藤の戦った相手が、また姿を現したってことなんだよね?」
 裕子の言葉を遮る真希。しかし裕子は真希が取ろうとしている行動を予測していたように、
「あかんで、勝手に行動するんは」
と言った。
「わかってる。裕ちゃんも大変だね」
 溜息混じりに真希はそう漏らす。裕子の責任者としての立場を慮っての言葉だ。
114 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:31
 そこへ勢い良く事務所のドアが開かれる。
「どうもみなさんお待っとさん、ってうわ! 何やねんこれ!」
 白衣姿で登場した女性はやって来るなり、凄惨な光景に顔を顰めた。
「みっちゃん」
「姐さん、確かあのちびっ子んことでうちは呼ばれたはずなんやけど…」
「ごめんなみっちゃん、仕事もう一つ増えてもうたわ。事情は後で説明したるから、まずは…」
 そう言いつつ、裕子は死体に目を走らせた。無言のうちに頷くみちよ。
115 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:31


「…これは、鍵術?」
 しばらく骸の前でしゃがみ込んで集中してみちよは、顔色を変えながらそう言った。
「やっぱり、そうか」
「ちゅうことは、姐さんたちは事情を知ってるんやね」
「その子は、鈴木あみにやられたって言うてたねん」
「…せやろな。鍵術使うんは、あいつ以外考えられへんからね」
 さも平然と言ってのけるみちよだが、その肩は僅かに震えていた。
 みちよは白衣から小さなビニールを取り出す。するとそれは徐々に大きくなり、やがては死体を覆い隠せるほどの大きさになった。
「ま、誰の仕業やってもこないなことする奴を野放しには出来ひんわな」
 みちよの言葉に、裕子は首を振る。
「何や、姐さんらしくないなあ。昔やったら暴れ馬みたいになってんのに」
「事務所の所長やからな。みっちゃんも一遍やってみたらええよ」
 軽く微笑むみちよ。
「ところで姐さん。例のちびっ子は…」
「みっちゃん、なっちが案内するよ」
 それまで裕子の隣で沈んでいたなつみが、声を上げた。
「なっち、もうええんか?」
「うん、大丈夫」
 言葉とは裏腹に、なつみの表情は険しい。しかし、他の何かをやることによって少しは気を紛らわそうとする意志がそこにはあった。
116 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:33


「のの、先生が来たよ」
 部屋に入ったなつみは、布団を頭からすっぽりと被っている希美に声をかける。すると恐る恐る、隙間から顔を出す希美。
「安倍さん…外で何が…」
「それはもう大丈夫。何にも、なかったからさ」
 いくら希美が凶祓いの見習いであろうとも、なつみには真実を伝えるには抵抗があった。
「はーい、先生やでえ」
 そんななつみの後ろから、おどけた表情をするみちよ。
「誰ですかこの人は」
「怪しいもんやないて。うちは人体改造が得意技の、キリングドクター・ミスヘイケや。ほんならまずはお嬢ちゃんをサイボーグにしたるわ」
 ひっひっひと不気味な笑い声を上げるみちよに、希美は身を縮めた。
「ちょっとみっちゃん! ののをからかわないの!」
「冗談やて。お嬢ちゃん、こっちおいで」
 みちよは椅子に座り、希美を招く。怪しげな白衣の女医に不信感でいっぱいの希美だったが、言われた通りにベッドから降りた。
117 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:34


 みちよの問診がはじまった。
 体の調子にはじまり、睡眠時間はどれくらいか、食事は何度摂るのか…いささか長めな質問が終わると、みちよはなつみに耳打ちした。
「処理班のやつら、もう終わってるかな?」
「うん。さっき来てたみたいだから…」
 死体処理班。
 精霊使いの中には、そういった役割を専門に担うものがいる。中澤事務所のように標的を殺さないという方針の事務所もあるが、大抵の事務所は「生死を問わず」である。よって惨殺された邪霊師の死体は世間に精霊使いの存在が明るみに出ないように、死体処理班が片付けるのであった。
「お嬢ちゃん、もうええで。ただの立ちくらみやろ」
「ほんとに?」
「ああ。この名張のDr.コトーが言うんやから間違いないわ。レバーとかほうれん草とか、たらふく食っとき」
「やった! ありがとう、先生!」
 希美はぺこりと頭を下げると、部屋の外へ飛び出していった。
「ははは、元気やなあ」
「うちの期待の新人だからね。元気でいてもらわないと」
 顔を合わせ、微笑む二人。しかし、和やかな時は長くは続かない。
118 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:34
「…見た目は普通の子やのにね。まあ精霊術を扱えるから普通やないんやけど」
「みっちゃん、どうなの?」
「ホンマは圭織と合わせて診たいんやけど…取り敢えずは封印は安泰やね。せやけど、そないな状態で蒼き炎を喚び出したっちゅうんは…」
 眉を寄せる、みちよ。
「ののが蒼炎王の力を使いこなせはじめてる、とか?」
「いや、それは有り得へん。あの子の体の奥から、僅かやけど空恐ろしい意志を感じるねん。奴が屈服してるとは、考えられへんわ」
 希美の体には、ある精霊が封印されていた。
 蒼炎王。
 それはあくまでも俗称であり、真の名を呼ぶだけでその者を灰にしてしまうという、恐ろしき存在。希美が十二の時に、裕子や圭織、なつみたちによって封じられた、荒ぶる炎の精霊。
 ありとあらゆる精霊・邪霊を本の中に封じ込める圭織の能力で蒼炎王はその意識を沈められた。しかし圭織には蒼炎王は荷が重過ぎた。結局圭織と希美とで蒼炎王を分かち合うことになったのだ。
「取り敢えずは、しばらく様子を見守らんことには何とも言われへんやろなあ」
 みちよは腕を組み、溜息をつく。
「いい子なのにね」
「誰がいい子やねん」
「いや、みっちゃんのことじゃなくて」
119 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:35


 時を前後して。
 死体処理班が部屋を片付けてから、裕子はとある人物に連絡をとっていた。
「はい…わかりました。じゃあ今からそちらに向かいます。では、後ほど」
 裕子は受話器の向こう側の人間にそう言って、電話を切った。
「つんくさん、何だって?」
「まずは事情が聞きたい言うて、呼び出されたわ」
 真希に尋ねられ、肩を竦める裕子。
「裕ちゃんも本当に大変だよね。後藤には真似できないよ」
「あんたも他人事やないんやで。自分くらいの能力やったら、いつかは独立せなあかんのやから」
「独立、ねえ」
 真希は考える。
 確かにいつかは独立して個人事務所を開くのは真希の夢だ。それが後藤家当主という重荷を背負わせてしまった弟や、陽世流抜刀術の担い手という期待を裏切ってしまった家族への、せめてもの誠意だと思っているから。
「とにかくや。裕ちゃん事務所をちょっと空けるから、留守番頼むわ」
「うん、わかったよ」
 栗色の頭をこくんとさせる真希を見てから、裕子は事務所を出て行った。
 事務所に静寂が訪れる。真希はそんな静けさに紛れ込ませるように、ひとりごちる。
「でも、今はまだみんなと一緒に、いたいよ」
120 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:36
 プルルルルル…
 電話が鳴っている。
 つんくさんからだろうか。困ったな、裕ちゃん今出て行ったばかりなのに。
 そんなことを思いつつ、受話器を取る真希。
「んあ、中澤事務所です」
 しかし相手は、つんくではなかった。
「師匠か!?」
「あいぼん?」
「大変なんや! 今すぐののを出して! 早よせんと、早よせんと!」
 受話器の向こう側の亜依は余程焦っているのか、早口でまくし立てた。
「辻? 今別室でみっちゃんに診てもらってるんだけど…」
 そこへ、希美が元気良く部屋を飛び出してくる。
「あっ、ちょうどよかった。辻、あいぼんから」
「え、なに、ごっちん」
 状況がよく飲み込めないまま、差し出された受話器を受け取る希美。確か、亜依は圭織たちと最近立て続けに起こっている凶祓い養成学校の誘拐事件が再発するのを防ぐため、学校周辺を警備する依頼を受けていたはずだった。
「もしもしあいぼん?」
「今すぐや! 今すぐ紺ちゃんのおる病院へ行け!」
「あさ美ちゃんの…? どうして…」
「邪霊師が病院に向かってるんや!!」
 希美の手から、受話器が滑り落ちた。
「こっちに怪しいやつらが来たから、ふん縛って吐かせたねん。本隊は病院に向かってる言うてて…おい、のの、聞いてるんかい!?」
 亜依の声も最早希美には届かない。
「…どうしたの、辻?」
「ごめんごっちん、ちょっと出て来る」
 希美は顔を青くしながら、事務所を飛び出した。
121 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:36
「ちょ、ちょっと!」
 突然の行動に慌てふためく真希。思わず受話器を拾い、亜依に呼びかける。
「あいぼん、何があったの?」
「師匠か!? 前にののが入院してた病院あったやろ、そこが邪霊師に襲撃されるかもしれへんねん!」
 そこへ別室にいたなつみとみちよが駆けつける。
「どうしたのごっつぁん、誰から?」
 真希は受話器をなつみに引き渡す。事情を全て聞いたなつみは、亜依に言い含める。
「あいぼん、それは圭織も知ってるの?」
「飯田さんは知らへん。うちがやっつけたヤツが、勝手に喋ったんや」
「じゃあ、圭織には絶対に内緒にしておいて。のののことは、なっちたちが何とかするから」
「ああ、頼んます」
 受話器を置くなつみ。一息ついてから、真希のほうを向いた。
「ごっちん、お願いがあるんだけど」
「わかってる。辻を連れ戻せばいいんでしょ?」
「うん。本当はなっちも行ってあげたいけど、足遅いから」
 苦笑いを浮かべるなつみ。真希はふっ、と鼻で笑う仕草を見せてから、希美の後を追うようにして事務所を後にした。
「…とは言ってみたものの、っちゅう顔してるで?」
 早速なつみに突っ込みを入れるみちよ。指摘の通り、なつみの表情はすぐれなかった。
「うん…」
「大丈夫やって。例の病院やろ? あそこが落ちることはまず、有り得へんわ。医者も看護士も精霊使いやし、腕利きの凶祓いだって常駐しとる。余程の手慣れが来いひん限りは…」
「わかってるよ。ごっちんもついてるし。でもね、何だか…胸騒ぎがするんだ…」
「そら、なあ。かつての友達があんな形で殺されとるから、心配すんのもわからへんことはないけど」
 みちよがそっとなつみの肩に手を置く。
 けれどもなつみの表情が緩むことは、なかった。
122 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:37


 東京郊外にある、大きな病院。
 一見普通の病院だが、怪我をした精霊使いや邪霊師に危害を与えられた一般人しか診療が受けられない。
 希美の友人である紺野あさ美もまた、この病院に入院していた。
 その病院の正門に、一台のトラックが停まる。荷台の扉が開くと、中から黒装束に身を包んだ仮面の集団が現れた。
 黒装束たちは、ゆっくりした足取りで正門に侵入する。驚いたのは門を守る守衛だ。堪らず詰め所から飛び出て集団に近づく。
「おい、お前ら…」
 黒装束の一人に掴みかかって、何かを問い質そうとする守衛。
 だが、次の瞬間には首と胴体が切り離されていた。
 噴水のように血を吹く守衛を無視し、黒装束たちは白い聖域を土足で踏み荒らす。
 そこへ、ちょうど病院から出て来た男と鉢合わせになった。
「…ふうん」
 男は黒装束たちを値踏みするように視線を這わせる。男が実力者と判断した黒装束は全員が戦闘態勢を取った。
「やろうってのか? 面白れえ。どこの差し金かは知らねえが、回復具合を確かめる物差しになって貰うぜ!」
 男が両手を黒装束に向ける。風の精霊たちが、騒ぎ出した。
 あっという間に吹き荒れた突風は、黒装束たちを切り刻み、吹き飛ばす。黒装束の軍団は、自らの精霊術を披露することなく全滅した。
「おいおい何だよ、全然大したことねえな。ま、俺の風の力が絶好調だってのはわかったけどよ」
123 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:38
「ありゃりゃ。折角瀬戸さんにお借りした兵隊さんたちなんですけど、あっさりやられちゃいましたねえ」
 どこからともなく聞こえてくる、可愛らしい声。
 男の目の前に現れた大きなシャボン玉は、やがて一人の少女を映し出す。
「どうもはじめましてー。松浦ぁ、亜弥でーす」
 鍔の大きな、花をあしらった帽子。ひらひらとした衣装の肩にも花の飾りつけ。ぱっちりとした瞳と小さく窄めた口。少女の表情からは、まるで敵意が感じられなかった。
 だが。長年凶祓いを生業としている男の勘が、その危険性を感じ取っていた。
 コイツは、やばい。
「おじさん強いんですねえ。あの人たちも一応、それなりの精霊と契約してた人たちなんですよお?」
 微笑みながらゆっくりと男に近づく、亜弥。男の脇から、嫌な感触の汗が伝わった。
「ち、ついてねえや。やっと退院できたのに、また病院送りかよ」
 男が構える。風は唸り、玄関先の空き缶を弾き飛ばした。
「そんな心配、なさらないで下さい。だってあなたは…」
 亜弥の瞳が、鈍く光る。
「ここで死ぬんだもの」
124 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:39


 希美は息を切らせて走っていた。
 事務所の最寄の駅から、どんなに急いでも三十分はかかる。しかしそうしている間にも、あさ美が危険に晒されるかもしれない。
 希美が今から病院に駆けつけるには、車を使う以外に方法はない。しかし最寄の駅にはタクシーなど滅多に通らなかった。そもそも希美の所持金では目的地には辿り着けない。
 こうなったらヒッチハイクしかない、そう思った希美はある人物を見つける。見るからに強力な精霊力を持っていそうな、その人物を。
「あの、すみません」
 希美は思いきって、話しかける。その少女は、夏の終わりとは言え燦燦と太陽の光が降り注ぐ中、黒のロングコートを着ていた。
 希美に声をかけられ、振り向く少女。端正な顔立ち、しかしながらその表情に温度はなかった。
「…なにかしら?」
「お姉さん、精霊使いでしょ?」
「そうだけど、それが何か?」
 少女の投げかける冷たい視線にたじろぐ希美だったが、怯む気持ちを抑えてこう言った。
「ののを、ある場所に連れて行って欲しいんだ」
「ある場所…?」
 希美は病院のある場所を説明する。一瞬だけ、少女が目を大きく見開いた。
「確かに私は精霊使いだし、その病院に瞬時に移動できる能力も持ってる。でも、あなたをそこへ連れていく義理なんて、ない」
「そんな、お願い!」
 希美の強い訴えにも、まるで態度を変えない少女。
125 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:40
 突然引っ張られる少女の体。コートの襟を、希美が両手で掴んでいたのだ。
「友達を、あさ美ちゃんを助けなくちゃいけないんだ!!」 
「…わかったわ。わかったから、その手を離して。話もできないじゃない」
「あ、ごめんなさい…」
 激情に駆られての行動に、恥かしさからぱっと手を離す希美。少女は襟を直すと、相変わらずの氷の表情で希美に話しかけた。
「いいわ。その病院に一緒に行ってあげる。ただし、条件が一つ」
 少女が懐から何かを取り出す。それは赤銅色の、綺麗な十円玉。
「今からこの十円を真上に投げる。手の甲で受け止めて、空いてるほうの手で覆い隠す。わたしとあなたが、表か裏かを当てる。表が出たら、一緒に病院まで行ってあげる」
「わかった」
 強く頷く、希美。年上のこの少女の提案に乗るしか、選択肢はなかった。
「コインを投げる前に、自己紹介がまだだったわね。私の名前は、藤本美貴。あなたは?」
「…辻、希美」
「いい名前ね。じゃあ、はじめましょうか」
 美貴が天を仰いだ。
126 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:41

 希美とは初対面ではあったが、美貴は松浦亜弥とともにつんくの片腕として、既に中澤事務所の人間と会っていた。だが、それはあくまでも表向きの顔。
 しかし実は謎の人物・山崎直樹の配下である瀬戸によって、つんくの監視を命じられているのだった。そして今も、瀬戸の命令であさ美のいる病院へ向かうところだったのだ。
 それだけに希美と会ったこと、そして彼女が病院に連れて行ってくれと懇願したのは恐るべき偶然だった。
 しかしながら美貴は神の齎したこの偶然に、寧ろ感謝さえしていた。
 ひと仕事する前に、この少女の絶望する顔を見ておくのもまた一興か…
 美貴の好む、コインの表裏当て。通常ならば面を当てる確率が五分五分になるところを、美貴は確実に自らの望む面を出すことが出来た。
 自分の「所有物」である金属を自在に操る能力。
 表裏の絵柄さえ自由に変える事で、一か八かのギャンブルを常勝のものへと変える。
 それは安全かつ確実に獲物を仕留めることを至上の悦びとする、美貴に相応しい勝利の方程式だった。
127 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:41
「…いくわよ」
 太陽の光を浴び赤く輝くコインを、空に放り投げる。指でコインを弾く音色が、希美の耳にすうっと響いた。
 希美は強く願う。
 表か裏か。そんなことはどうでも良かった。ただ、あさ美を助けたい。一刻も早く、彼女の元へと辿り着きたい。
 コインをキャッチする、軽い音。希美は美貴の手の甲をただ、じっと見詰めていた。
「選ばせてあげる。表か、裏か…どっち?」
 希美は空の青を胸一杯に吸い込み、そして言った。
「表っ!!」
「じゃあ私は、裏」
 美貴の瞳に、邪まな炎が灯る。
 勿体ぶるように手の甲に被せたもう片方の手を、ゆっくりと離していった。小さな金属片に刻まれた絵柄は…
128 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/09/29(月) 12:42


「そんな…」
 美貴の甲に乗った十円の絵柄を見て、希美が大きく肩を落とす。
 だが希美よりも遥かに衝撃を受けていたのは、他ならぬ美貴だった。
「表…ね」
「えっ?」
「十円玉は、平等院の建物が刻まれているほうが表なのよ。つまりは…あなたの勝ちってこと」
「えっえっ!?」
 萎んだ花のようだった希美の表情が、徐々に明るくなる。
「じゃあ、ののを病院に連れて行ってくれるってこと!?」
「そういうことに、なるわね…」
「やったああ!!」
 大きな声を上げ、希美が飛び跳ねた。
 希美とは対照的に、美貴の思考は不可解に混乱していた。
 どうして絵柄が変わらなかった? 確かに私はあの時、絵柄の表と裏を変えたはず。なのに、絵柄は元のままだった。私の所有物である金属が命令通りに動かないなんて、有り得ない。可能性があるとすれば。
 他精霊の干渉。
 美貴は知っていた。目の前の小さな少女の宿す、強大無比な精霊の存在を。
 …面白い。この娘の言う通りに動いてみるか。それにこの娘の身を守ることはあの方の命令に大きく背く訳でもない。
「早速行くわよ。急いでるんでしょう?」
「え、うん」
 喜びに浸っていた希美は、美貴の言葉に我に帰り、首を大きく上下させた。
「私に掴まっていて。瞬時に、移動するわ」
「はいっ」
 言われた通りに、美貴の左腕にしがみつく希美。
 美貴が目を瞑る。辺りの精霊たちが、ざわつき始める。

 次の瞬間には、二人の姿は町の景色から消えていた。
129 名前:ぴけ 投稿日:2003/09/29(月) 12:48
しばらく更新できなくて、申し訳ありませんでした。
書かなくてはならないものが山ほどあるというのに、さらに墓穴を
掘ってました。これからは定期的に更新したいので、生暖かい目で見守って
やってください…

>>つみさん
表設定になるかどうかはまだ未定ですが、鍵術は一子相伝です。
なのでそれなりの強さにしてみました。
…少し強過ぎですかね?
130 名前:ぴけ 投稿日:2003/09/29(月) 12:52
>>んあさん
待っていただいて、光栄です。
これからも期待に恥じぬ更新を心がけたいです。

>>和尚さん
彼女たちの技は4人揃ってはじめて完璧になるので…
アゴ…いや絵里子さんの慢心と、それを上手く突いたヤン…いや鈴木さん
のおかげで瞬殺ということに。
131 名前:つみ 投稿日:2003/09/29(月) 15:47
更新キターーー!!
まさかここでののみきがくるとは・・・
病院で狙われてるのはやはり・・・
132 名前:和尚 投稿日:2003/09/29(月) 22:06
無邪気と純粋は最強だなと思った今回の更新・・・。
急展開にドキドキしてます。
どうなるのか気になります〜。
133 名前:んあ 投稿日:2003/10/03(金) 22:01
彫りの深い方もやっぱり向かってるんですよね
それにしてもなんで鈴木さんはこの4人を・・?
134 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:17


 あさ美にとって、それは晴天の霹靂だった。
「紺野さん、今すぐわたしについて来て」
 表情を固くした看護士が、病室に入るなりそう言った。
 退院を間近に控えていたあさ美は、最初入院期間が延びるのかと思ったくらいのことしか考えていなかった。だが、事態はそれより遥かに深刻なことが、病室を出てすぐに判明する。
 自分と同じように看護士に連れ出された、入院患者たち。その顔のどれもが、不安と困惑に彩られていた。
「たった今、病院の敷地内に不審者が侵入しました。これからみなさんを安全な場所に誘導するので、絶対に列から離れないで下さい」
 何人かの看護士のうちの年長らしき女性が、言葉を選ぶように言う。
 患者の中には精霊使いもいれば、そうでないものもいる。彼らには精霊使いの存在は、知られてはならないのだった。
「わかった、案内してくれ」
 患者の一人が、意を決したように言い切った。彼は精霊使いであり、階下の只ならぬ精霊力を感知していた。
「それでは、こちらへ」
 看護士たちが、先頭を切って歩きはじめる。合わせて、患者たちも動き出した。
 戸惑いながらも、列の後ろにくっつくあさ美。
 両親の顔や、友人たちの顔が次々に浮かんでくる。
 そして最後に浮かんだのは、八重歯の少女の力強い笑顔だった。
135 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:18


「着いたわよ」
 美貴の声に、希美は辺りを見回す。さっきまでの町の風景とはうって変わって、遠くに見える緑の映える山々と、目の前に聳え立つ白い建物。
 あさ美の入院している病院だった。
「凄い…一瞬で着いちゃった」
 まだ目をぱちくりしている希美を他所に、美貴は早足で先へと歩いてゆく。
「あ、待ってよ!」
 希美が追いかけようとすると、急に美貴が振り返る。
「あなたに言いたいことがあるの」
「な、なに?」
「あなたと一緒にいてあげるのは、友達の病室の前までってこと。それ以上のことをしてあげるほど、わたしはお人好しじゃないわ」
 温度の変わらない瞳に身震いしそうになりながらも、希美は小さく頷いた。その様子を見てから、美貴はコートを翻して再び歩き出す。
 後ろから聞こえてくる小さな足音を聞きながら、美貴は考える。
 亜弥が正面から攻めて病院の防衛態勢をかく乱している間に、平井が標的を攫う…そしてわたしは二人のサポートを行う。いくら精霊使い御用達の病院とは言え、亜弥と平井の二人でも目的は充分果たせる。この子には悪いけど…わたしたちが病室に着く頃には、全てが終わっているはず。
 そうこうしているうちに、病院の正門に辿り着いた。希美が見たものは黒装束に身を包んだ死体の、山。
136 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:19
「ひどい…」
 希美は思わず目を背けてしまう。
 美貴は、冷静に事を判断する。
 こいつらは、瀬戸の私兵。風による傷もあるけれど、致命傷になっているのは、毒。
 まさか、亜弥が?
 だとしたら、厄介なことになりそうね…
「う…誰か、いるのか?」
 美貴と希美は同時に声のする方へ目を向ける。死体だらけの前庭、と思いきやまだ生きている人間がいるようだった。
「は、はは…えれえ目に遭っちまったよ。ほんとに今日は、ついてないぜ…」
 男の体は何かの酸によって、頭を除いて殆どゲル化していた。
「あんたら、病院の奥へ行くのは止したほうがいい…とんでもねえバケモノが…ぐぼっ!?」
「おじさん!」
 咳込むようにして血を吐く男。その表情の色は恐怖からくる青さなのか死期が近いことからくる青さなのか、最早判別できなくなっていた。
「はぁ…もう一度だけ忠告するぜ…命が惜しけりゃ…絶対病院の中には入るな。絶対に…」
 男の瞳から、光が失われてゆく。やがてそれは、完全なただの硝子玉になった。
「…行くわよ。あなたのお友達がこうなる前にね」
 目の前の死を、美貴は何事もないように一瞥してから希美にそう言う。
 ここに亜弥を向かわせたのは、瀬戸の失策だわ。
 そして美貴は考えても仕方がないといった風に瞳を閉じ、それから歩を進めた。
137 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:20


 一方、病院のロビーでは凄惨な殺戮劇が繰り広げられていた。
 次々と倒れてゆく、医師や患者、警備担当の精霊使いたち。ある者は猛毒にやられ、あるものは酸に侵されながら絶命していった。
「何だあいつの能力は! 一体こっちが何人やられたんだ!?」
「毒、酸…えげつない精霊を使役しやがる…」
「とにかくシャボン玉だ、シャボン玉に気をつけろ!」
 会話を交わす男たちに、余裕はまったく感じられなかった。次々に物言わぬ肉塊と化している仲間たちを目の当たりにすれば、当然なのだが。
 そして、多くの恐怖と憎悪の視線を向けられているにも関わらず、自ら築いた死体のステージで踊る少女。
「みなさん攻撃して来ないんですかあ? じゃあ、松浦から行きますよ」
「そうは行くかよ」
 一人の男が亜弥の前に立ちはだかる。
「用は貴様のシャボンに触れなければいいわけだ」
 男が床に手を置くと床がひび割れ、砕かれたコンクリートが全身を覆い始めた。その姿はさながら岩の鎧を纏ったかのように見えた。
「潰れたカエルにしてやる!」
 一段と分厚くなっている肩の装甲を前面に押し出し、亜弥に向かって突進する男。壁と岩のサンドイッチになってしまえば、亜弥の華奢な体などひとたまりもないだろう。
 様子見のためであろう、亜弥は男に向かって二、三のシャボン玉を漂わせた。酸のシャボンは岩の装甲を溶かすもののすぐに装甲は再生し、毒のシャボンは口と鼻を覆う岩のマスクによって阻まれた。 
138 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:21
「あれれ、これはまずいですねえ」
「貴様のシャボン玉など効かんわ、死ねっ!」
 男の体が亜弥のすぐ目の前まで来た、その時だった。
 突如男を包み込む、大きなシャボン玉。
「なんだ…?」
「松浦、警告しまーす。そのシャボン玉を出たら、あなたは死んじゃいますよお」
 手を口の横に添え、おどけた態度でそんなことを言う亜弥。そんな言葉に、男は鼻でせせら笑った。
「こんなもの…」
 男と亜弥とを隔てる薄い膜に、手を伸ばす。いとも容易く突き破るかと思われた男の手は、決して膜の外に出ることはなかった。
「うぎっ、手がああああ!」
「今あなたを覆ってるのは、特殊なシャボン玉なんです。無理に外に出ようとしたら、溶けてなくなっちゃいますよ?」
「くっ、くそおっ!」
 片方だけになった手を闇雲に振り回す男。しかしシャボン玉はぷるぷると震えるだけで、割れる気配などは少しもなかった。
「…じゃあ、そろそろ死んでくださいっ」
「やめてくれ!」
「あ、いくよ、ワンツースリー!」
 亜弥のカウントによって、急速に萎んでゆくシャボン玉。内包されていた男の体は、跡形もなく溶け去ってしまった。
139 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:22


 亜弥の異常なまでの精霊力の高揚を、いち早く美貴は感じ取っていた。
 病院の自動ドアの前で立ち止まる、美貴。
「…ここからは、別行動ね」
「えっ?」
 急にそう言われ、希美は戸惑った。
「この先に、危険な相手がいるわ。このまま正面から入ったら、あなた、殺されるわよ」
 美貴は羽織っていたコートを脱ぎ捨てる。すると見る見るうちにコートは姿を変え、いちまいの大きな絨毯となった。
「友達の病室…何階?」
「あ、えっと五階」
「乗って。『あの子』が、気付く前に」
「でもお姉さんは…」
「いいから、早く」
 美貴の言葉で、恐る恐る絨毯に身を任せる希美。突然、身が浮くような感覚と共に絨毯が宙に舞いあがる。
「ちょ、ちょっとどうすればいいのー!」
「屋上から五階に降りなさい!」
 あっという間に小さくなってゆく絨毯を見上げる美貴。
 そんな美貴に、声をかけるものがあった。
140 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:22
「美貴たん」
 声は明らかに親しきものに向けるそれだった。だが。
「亜弥…」
 美貴は決して警戒を緩めようとはしない。
「何で、あの子逃がしちゃったの?」
「今のあなたには、会わせられないから」
「どうしてえ? あの子と戦いたかったのにい」
 幾重にも重ねられた屍の上を、笑みを絶やさず歩んでゆく亜弥。
「亜弥、任務を忘れたの?」
「任務なんかより、聞いてよ美貴たん。ここに来てから、体が熱いんだ。喉が渇くの。命を奪いたくて奪いたくて、仕方がないんだ」
 病院。幾つもの命が消えゆく、密閉空間。亜弥の属性を考えると、やはりここに向かわせるべきではなかったか。
 美貴の唇の端が少しだけ、歪んだ。
「美貴たんは、あたしを潤してくれる?」
141 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:23


 あさ美は、病室の廊下からどこをどう移動したのかわからないまま、ある部屋に避難させられていた。
 普段は精霊術によってカムフラージュされている、隠し部屋。
 部屋からは、一人、また一人と消えてゆく。患者や看護士の中でも戦力になりそうな人間が、外敵の侵入を防ぐため外に出ているのだが、精霊使いではないあさ美にはわからないことだった。
 部屋の中に残ったのは、あさ美と同じ位の年頃の少女だった。
 少女はあさ美よりずっと大人びた顔をしていて、その長身を窮屈そうに折り曲げて座っていた。
 ふと少女と、あさ美の目が合う。
「な…何か凄い事になってるね」
 何とか気を紛らわせようと、少女に話しかけるあさ美。
「うん、そうだね…」
 少女もまた、口を開く。
「わたしあさ美。あなたは?」
「あたしは…優樹菜」
 それから二人はそれぞれの今までの経緯を話した。優樹菜は凶祓い学校に通う精霊使いだったため、全てを包み隠さずというわけにはいかなかったが。
142 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:23
「でも、どうして犯人たちは病院なんかに…」
「犯人たちの目的は、きっとあたし」
 あさ美が首を傾げる。
 優樹菜はここ最近の凶祓い学校の生徒が誘拐される事件を知っていた。被害に遭った生徒の特徴からすると、いつ自分が狙われてもおかしくないとは思っていた。
「どうして優樹菜ちゃんがそう思うのかは分からないけど、大丈夫だよ。だれかが警察に通報してるかもしれないし」
「警察…」
 あさ美の言葉に、優樹菜は溜息をつく。警察なんて当てにならない。邪霊師絡みの事件だとわかると、すぐに凶祓い事務所に全てを押しつけてしまうような組織を、どうして頼ることができようか。
 しばらく二人に重い沈黙が訪れる。そんな状況を何とかしようと、あさ美は持って来たポーチをごそごそと探りはじめた。
 やっぱりこんな時に人を幸せにするのは食べ物だよね。確か封を開けたばかりの干し芋が入ってたと思うんだけど…
 そこであさ美は思い出す。昨日の晩どうしてもおなかが空いてしまい、勢いに任せて例の干し芋を完食してしまったことを。
 しかしあさ美の手は、別の希望を掴み取っていた。
 携帯電話。
 そしてあさ美が最初にかけた先は、もちろん警察などではなかった。
143 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:24


 魔法の絨毯は希美を屋上まで運ぶと、ふわふわとその場に留まった。
 …どういう仕組みで動いてるんだろ、この絨毯。
 そんなことを考えていると、懐の携帯電話がブルブルと震えはじめた。メッセージウインドウを確認する事もなく、希美は携帯を手に取った。
「もしもし?」
「あ、ののちゃん!」 
 聞き間違うはずもない、紛れもなくそれは友の声だった。
「あさ美ちゃん! 今どこにいるの!?」
「えっ、と…それより今は大変なことが…」
「わかってる! それより今いる場所を教えて! 五階にいるの!?」
 希美は聞くまでもないと言った風にあさ美の言葉を遮る。
「それが、その…」
 あさ美は隣の優樹菜を見ながら、困った表情をした。どういうルートを辿ってここに着いたのか、わからないのだ。見かねた優樹菜が携帯を奪い取る。
144 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:25
「もしもし、あんた今どこにいるの?」
「え、屋上だけど」
 突然変わった相手に戸惑いつつも、希美は自らの居場所を教える。
「…どうやらあんたはあたしと『同じ』みたいね。じゃあ安心してこの子を任せられるわ。あたしたちは今、二階の隠し部屋にいるの。目印は、雪。それじゃ」
 優樹菜は手短にそれだけ言うと、電話を切ってしまった。
「優樹菜ちゃんちょっと!」
「敵に電波を傍受されるかもしれないから」
 断わりもなく電話を切った優樹菜を咎めようとしたあさ美だが、彼女の強い意志によって簡単に跳ね除けられてしまう。
 一階にある強烈な精霊反応。それをまったく刺激することなく屋上にいるということは、彼女は直接屋上に移動できる何らかの手段を持っているに違いない。優樹菜は少ない相手とのやり取りで、瞬時にそう判断したのだ。
 一瞬、薄寒い気配を優樹菜は察知した。思わず、辺りを見回す。
「…優樹菜ちゃん、どうしたの?」
 怪訝な表情で訊ねる、あさ美。
「うん、ちょっと…」
 気のせいか。そう思いかけた矢先の出来事だった。
「気のせいやないで、お嬢ちゃん」
 あさ美のすぐ後ろに、背の高い坊主頭が立っていた。
145 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:26


 その頃、真希は突然消えた希美の精霊反応に驚きつつ病院を目指していた。
 あの感じだと多分病院に瞬間移動したっぽい…あたしもやぐっつぁんみたいに高速移動できる能力があったらなあ…
 高速移動、で真希はある事を思い出す。
 そう言えば圭織にこんなもの、貰ったっけ。
 懐から取り出した、くしゃくしゃの護符のようなもの。
 以前真希が真里のように速く移動したいと言って、圭織にわざわざ作らせた霊具だった。にもかかわらず、今の今までその存在すら忘れていたというわけだ。
 …大丈夫かな、これ。
 霊具はまるで海の漂流物みたいにボロボロになっていた。何となく、込められた精霊も逃げ出してしまったかのような感じだ。
 取り敢えず、使ってみますか。
 結局大した考えもなく、真希は霊具に精霊力を通わせ始めた。真希の炎の精霊に反応し、霊具に込められた風の精霊たちが騒ぎ出す。
 あれ、ちょっとこれって…わ!
 火の出る勢いで遥か上空に飛ばされたかと思うと、次の瞬間に真希は見たことのある病院の正門に辿り着いていた。
 …瞬間移動の霊具だったっけ。ま、いっか。
 深く考えることはせず、真希は病院の敷地内に足を踏み入れる。と、刺すような鋭い精霊反応が彼女を襲った。
146 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:26
 何これ…かなり来てるんだけど。
 とてつもなく大きな精霊反応が、二つ。しかもそれらはどうやら交戦中のようだった。
 もしもこんな場面に後輩が巻き込まれていたら、と一瞬考える真希だったが、希美の精霊反応は何故か屋上にあった。
 少なくとも目の前に転がっている人たちみたいには、ならないと思うけど。
 真希の足が自然と速まる。
 気がかりな事は二つ。
 一つは、二つの巨大な精霊反応が何故戦っているのか。一つが病院を襲撃した人物であるのはわかるけれど、もう一つは誰? 
 それともう一つ、片方の精霊反応、どっかで見覚えがあるんだけど。どこだっけ。でも、凄く、嫌な感じ。
 しかしその気がかりなことは、あっと言う間に真希の頭からは消え去っていった。
147 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:27


 誰か、来る!
 美貴は亜弥と交戦しつつも、自分たちに近づく精霊反応に注意を向けていた。
 各種シャボン玉を浴びせかける亜弥に、自らの所有物となった金属から作った弾丸で応戦する美貴。一進一退の攻防だが、ここらで終わらせなければならない理由があった。
 近づいて来る相手は、後藤真希。中澤事務所で顔を合わせた事のある、炎の剣士。
 まずい。希美と同行した自分だけならともかく、この場に亜弥と一緒にいるのを目撃されると非常に良くない。下手をすると今回の事件との繋がりを感づかれてしまうかもしれない。
 こうなったら、やるしかない。
 覚悟を決めた美貴は、手持ちのコインを全て宙にばら撒く。
「どうしたの、美貴たん? もう捨て身の攻撃だなんて、らしくないなあ」
 相変わらずトランスモードの亜弥。
「そんなこと言ってる場合じゃないの」
 光のような速さで亜弥に襲いかかる、弾丸。そして弾幕の影に隠れながら、美貴は亜弥に向かって一気に差を詰めた。
「…甘いよ、たん!」
 亜弥の足元から、大量のシャボン玉が湧きあがる。
 触れれば溶けるか、毒が回るか。
 しかし美貴は顔の部分を腕でガードしながら、迷わずシャボンのバリケードに突っ込んでゆく。
 縺れ合った二人は、物影に隠れるようにして床に転がった。そしてちょうどその時、真希がロビーに入ってきた。
148 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:27
「あれ…さっきまでここで凄い精霊反応を感じたんだけど」
 ぼんやりとした表情のまま、辺りの様子を確かめる真希。確かにまだ精霊の燻りは残っていたが、その本体たちは見当たらない。
 今は辻を見つけることのほうが、先。
 真希はそう判断すると、迷わず二階へと続く階段を昇っていった。
「どうやらこちらの存在は、気づかれなかったみたいね」
 倒れた体勢のまま、物影の向こうの様子を窺う美貴。
「うん」
 美貴に抱きかかえられた状態の亜弥が、小さく頷いた。
「いくら病院だからって、はしゃぎ過ぎ」
「だって…美貴たんと戦いたかったんだもん」
「…まあいいわ。何だか、落ちついたみたいだし。わたしたちの任務は、病院の防衛体勢を霍乱すること。もう充分過ぎるくらいよ」
 立ち上がろうとする美貴だが、強い力で引っ張られる。
「何、亜弥」
「もう少しこのままで。何だか、訓練所時代を思い出す」
「そんな昔のこと、忘れたわ」
 美貴は無表情のまま、亜弥をちぎり離して立ち上がった。
「あ、待ってよ美貴たん!」
 そのまま病院を出て行こうとする美貴を、追いかける亜弥だった。
149 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:28


 希美は迷うことなく、隠し部屋の手前まで辿り着いていた。何故なら、そこへ向かって患者や看護士の変わり果てた姿が、道標のように連なっていたから。
 目印は、雪。
 なるほど。隠し部屋の入り口らしき場所には、小さな雪のような物体がうっすらと積もっていた。
 しかし今問題にしなければならないのは、目の前に敵らしき人物が立ちはだかっている事だった。
「お嬢ちゃん、どこ行くんだ?」
「友達のとこ」
 ソバージュにした髪を肩まで伸ばしたその男は、にやけた笑みを見せる。顔には皹のような、変わったメイクが施されていた。
「俺さあ、平井君に誰も通すなって言われてるんだよね」
「そんなの知らないよ! ののはあさ美ちゃんに、会いに行く!」
「聞き分けのないお嬢ちゃんだ。死んでゆく牛はモーって鳴くし、死んでゆく羊はメェーって鳴く。だけど君は言葉を無くしさよならさえも言えないんだね」
「わけのわかんないことを…言うなっ!」
 希美は男に向け、火を放つ。しかし男は小さな動作でそれをあっさりとかわした。
150 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:29
「君じゃ俺には敵わないよ。痛い目に遭う前にさっさとここから…」
「おっちゃん、燃えてる」
「誰がおっちゃん…って、アヂヂヂヂッヂヂ!」
 かわしたつもりが、炎はしっかりと男のソバージュに延焼していた。必死の形相で、髪についた火をもみ消す男。
「ののだって、凶祓いなんだよ。なめんなっ!」
 小さな体を前面に押し出し、希美は胸を張ってそう言った。
 男の顔からは、笑みが消えていた。しばらくぶつぶつと何かを言っていた男だったが、急に声を張り上げはじめた。
「デンジャラスっ! 非常にデインジャラスだぜお嬢ちゃんんんん!!」
 男の周りを電光のようなものが覆ったかと思った次の瞬間、目の前に頭でっかちの宇宙人のような生き物が姿を現した。体はスパークした電気の如く、激しく点滅を繰り返している。
「ふうううう、紹介しよう。俺のペットの…『赤とんがらし』だ。お嬢ちゃんを地獄へと誘う、邪霊だぜ」
 男は雷属性を持つ召喚士だった。
151 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:30
 希美は召喚された邪霊に目を向ける。邪霊は奇声を上げながら、希美に向かって襲いかかるような体勢を取っていた。
 こう言う場合の希美が取る手段は、たった一つだった。
「先手必勝!!」
 ありったけの炎を、邪霊に浴びせ掛けた。その姿はさながら、火炎放射器のよう。だが、邪霊はまったくダメージを負った風はない。
「アホかお嬢ちゃん。電気に、炎が効くかよっ!」
 男がそう叫んだかと思うと、邪霊は散り散りの電気に姿を変え、希美の体の上で集合した。切り裂く痛みにも似た電撃が、希美を襲う。
 そのまま床に崩れ落ちる希美を見下ろしながら、男は言う。
「お嬢ちゃんが水使いだったら、もう少し違う戦い方があったかもしんねえなあ。電気は水に弱いからよお。まあ、自分に炎使いの資質しかなかったことを恨むんだな」
「ふうん、炎使いには負けないって口ぶりだね」
 ゆっくりとした、それでいて男を威圧するような、言葉。
「だ、誰だ!」
 男が振り向くとそこには刀を携えた少女が、栗色の髪を靡かせて立っていた。
「ごっちん!」
152 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/13(月) 00:30
「片付ける? そんな台詞は、こいつを食らってから吐くんだなっ!」
 男は真希に向かって、雷の邪霊を放った。
 真希は向かってくる邪霊を落ち着き払ったように一瞥すると、刀の鍔に指をかけた。
 瞬きもできないほどの間だった。邪霊は、綺麗に真っ二つに切り伏せられていた。
「馬鹿が! 電気に炎や斬撃が効くわけ…」
「電気、にはね」
「な…どういう意味…」
 答えは男自身の体が教えることになった。胸から脇腹にかけての、鮮やかな刀傷と、傷の周りから噴き出す、炎。
「げえええっ!」
 男は突然の出来事と強烈な痛みに、卒倒した。
「ごっちん、どうして!」
 希美が、電撃に侵された体に鞭打ち立ち上がって言う。
「まったく、辻もちょっとは考えなよ。いくら友達が危険な目に遭うからって、一人で行くこたあないでしょ」
「…ごめんなさい」
 しょぼくれる希美。
 でもまあ、後先考えず行動するのって、凄く辻らしいけど。
 後輩の頭をぽんぽんと叩きながら、真希はそう思った。
153 名前:ぴけ 投稿日:2003/10/13(月) 00:33
更新終了

>>134−152
154 名前:ぴけ 投稿日:2003/10/13(月) 00:34
失敗。
>>134-152
155 名前:ぴけ 投稿日:2003/10/13(月) 00:43
>>つみさん
ののみきは11watarの時から書きたかったんです実は。
お互いの立場から、こんな絡み方ですが。
狙われてるのは・・・誰なんでしょうねえ(勿体付)

>>和尚さん
無邪気と純粋は辻の武器ですから。
第三話を次の更新で終わらせる予定なので、
この後衝撃の展開・・・を自分自身に希望。ということで。

>>んあさん
どうしてでしょうね>理由
第四話くらいで明らかになる・・・予定ではあります。
でも予定は未定かもしれません。
156 名前:つみ 投稿日:2003/10/13(月) 00:51
戦いたかったからってあややとミキティは一体何を・・・(w
ののを逃がしたミキティは本当は優しかったっぽいですね・・・
157 名前:んあ 投稿日:2003/10/13(月) 00:52
早くしないと金髪の坊主頭の彫りの深い男が!!
「理由」楽しみにしてます!
158 名前:名無しさん 投稿日:2003/10/13(月) 02:02
藤本カコ(・∀・)イイ!
159 名前:和尚 投稿日:2003/10/20(月) 13:24
更新お疲れ様です。
辻ちゃんカッケー!
ごとーさん・・・ま、いっかに爆笑。
衝撃の展開を自分自身に希望というコトで、私は不整脈を出しながら楽しみにしています。
160 名前:名古屋のヤンママ 投稿日:2003/10/22(水) 17:05
待ってます。
161 名前:名無し読者。。。 投稿日:2003/10/22(水) 18:49
ageないでくれよ
162 名前:アンコ 投稿日:2003/10/25(土) 21:20
期待して待ってます!
163 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/26(日) 00:43


 隠し部屋に入った真希と希美が見たのは、怯えている数人の患者たちと、血を流してうつ伏せに倒れている少女の姿だった。
「…あさ美ちゃん!?」
 少女の傍らに駆け寄る希美。
 あの日の悪夢が甦る。希美の目の前で邪霊師の攻撃に血に染まった、あさ美の姿。
 しかし少女は、あさ美ではなかった。
「そ、その子が急に倒れたと思ったら、もう一人の子が消えたんだ…」
 患者の中の一人が、未だに信じられないという感じでそう言った。
 希美の頭の中は、激しく混乱する。患者たちの中にあさ美の姿は見られない。倒れている少女はあさ美ではない。では、攫われたのは…?
「うっ…うう…」
 少女が、意識を取り戻したような呻き声を上げる。
「…あんた、精霊使いだね」
 何時の間にか、真希が少女の傍らに移動していた。真希の問いに、少女は弱々しく頷く。
「ここで、何があったの?」
「…あたしと、同い年くらいの、あさ美って子が…男に連れ去られた」
 希美の顔がさっと青くなる。
「わかった。もう、しゃべらなくていいよ」
 真希は立ち上がり、そして希美のほうを見た。真希の視線を感じ取った希美は、火がついたように喚きだす。
「ねえ、どうして! どうしてあさ美ちゃんが連れ去られなくちゃいけないの!」
 顔を真っ赤にして訴える希美に、真希は何の言葉もかけられない。理由など、真希にもわからないからだ。
「あさ美ちゃん、何もしてないのに! 普通の子なのに! どうして!? ねえごっちん、どうして!?」
 希美の悲痛な叫び声だけが、部屋にこだまする。それに応えるものは、いなかった。
164 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/26(日) 00:44


 拉致された三人の凶祓い学校生が閉じ込められた、檻の中。
 一人目、小川麻琴。
「あーあ、かぼちゃの煮付けが食べたいなあ」
 監禁生活がもう何日も続いているにも関わらず、麻琴は口をぽかんと開けながら暢気なことを呟いた。
 そんな麻琴を溜息混じりに見つめる、細面の少女。
 二人目、高橋愛。
「麻琴ってば、えれぇ悠長に構えとるね…」
「だってさ、鈴木さんは『悪いようにはしない』って言ってたし。これから先のことなんて考えてもしょうがないかなって」
「何のくてぇこと言うてるんやが。鈴木あみ、言うたらひって悪さしたっちゅう伝説の邪霊師でねえの。そんな奴の言うことなんて、信用できんでの」
 麻琴とは対照的に、自分たちのこれからに大きな不安を拭い去ることのできない愛。
「大丈夫だって。愛ちゃんは心配性だなあ」
 愛を宥めるかのように、言葉をかける麻琴。
 二人のやり取りを冷ややかに見つめる、太い眉毛が印象的な少女。
165 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/26(日) 00:45
 三人目、新垣里沙。
「のお里沙ちゃん。里沙ちゃんは、どう思う?」
 里沙と目の合った愛が、話を振る。するとそれまで二人とは離れて座っていた里沙が、身を乗り出すようにして近づいて来た。
「あの鈴木あみ、本物だったらいいなあ」
「おえー、どう言うこと?」
「だって、つんくさんたちを最後まで苦しめたのは小室哲哉じゃなくて鈴木あみだったって話も聞くし。もしそうだったら、史上最強クラスの人がわたしたちをスカウトしに来たってことじゃん。それって凄くない?」
 目を輝かせて語りはじめる里沙。それまで不機嫌そうに押し黙っていたのが嘘みたいだ、と麻琴は思った。しかし片や愛の表情は、険しくなっていた。
「里沙ちゃん、それは違うと思うて。うちらは凶祓いになるために凶祓い学校に入ったんじゃ? 邪霊師の言いなりになるなんて、おかしいが」
「じゃあどうするの? わたしは邪霊師になんか協力できませんって言うわけ? 瞬殺されるのがオチじゃない!」
 里沙も負けじと口角泡を飛ばす。
 困ったのは間に挟まれた麻琴だ。麻琴は内心、そんなことどうでもいいから、早くこの口論が収まってくれればいいなあ、と思っていた。
 そこへやって来たのは、金髪の坊主頭。後ろには、怯えきった少女を連れていた。
166 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/26(日) 00:46
「はいはいはーい、真剣10代しゃべり場はそこまでにしといてや。お前らの新しい仲間やでえ」
 檻の中の三人の視線が、平井と少女に集まる。
 最初に異変に気付いたのは麻琴だった。
 …この子、精霊使いじゃない。
 麻琴ほどではなくとも、他の二人も何となく違和感を感じたようだった。
「これから君たちには、鈴木さんが待ってる場所に行ってもらいます。あ、鈴木言うてもムネオハウスちゃうぞ。この前ここに来た、アヒル口の女や」
 平井はそう言うや否や、何やら詠唱を始めた。
 古来精霊術を使う際に、必ず必要とされた詠唱という行為。精霊術の技術向上により詠唱は簡略化され、ついには精霊に「語りかける」ことで精霊術を発動できるようになった。
 その詠唱を平井がわざわざ行うという事、それは強大な精霊術の発動を意味していた。
 四人の視界があっという間に変化する。
 ギリシャ彫刻と美しい模様の刻まれた柱に囲まれた、まるで女王の間のような瀟洒な空間。奥の玉座に足を組んで座るのは、空恐ろしき、鍵術師。
167 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/26(日) 00:47
「よう、全員揃ったみたいだな」
 四人の顔に品定めするが如く視線を這わせ、あみは尊大な態度でそう言った。
「あの鈴木さん、ちょっと聞きてぇことあるんですけど」
 最年長の愛が、一歩前に出る。
「何だよ、びっくり顔」
「うちら集めて、どないするんやけの?」
 するとあみは立ち上がり、こう宣言した。
「お前らには、わたしの手足になって働いてもらう。まあぶっちゃけ手下、ってやつだな」
 静まり返る部屋。様々な思考と困惑が飛び交い、誰一人口を開くものはいない。そこへ、一人だけ沈黙を破る者があった。麻琴である。
「あたしたちを手下にしたいってことは、何らかの実戦に投じるってことですよね?」
「ああ。キリキリ働いてもらうぜ」
「じゃあ、この子は解放してあげて下さい」
 麻琴は未だ怯えきっているあさ美を見て、言った。
 あさ美にとって、一連の出来事は恐怖と困惑の連続だった。いきなり病院に怪しい男が訪れたと思えば、薄暗い地下牢に連れていかれ、挙句の果てには「手下になれ」である。眉毛が限りなく八の字になってしまうのも無理はない。
 そんなあさ美の緊張を少しでも和らげようと、微笑みかける麻琴。あさ美の不安は消えなかったが、目の前の少女は決して悪い人間ではないことだけは理解できた。
168 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/26(日) 00:48
「あーん? どういうことだよ?」
 あみは、訝しげに言葉の真意を問う。下手なことを言えば、何かされかねない。そんな雰囲気をものともせず、麻琴は言った。
「この子…精霊使いじゃないじゃないですか」
 愛と里沙の視線があさ美に集まる。
「ほんまけ? 確かに精霊使いにしちゃ弱っちい思っとったでぇ…」
「そんな! どういうことですか、あみさん!」
「うっせえよこの悪玉ピロリ菌どもが!!」
 騒ぐ二人を、あみは一喝する。
「つべこべ言ってんじゃねーよ。オメーラが何て言おうが、今日からオメーラ全員私の犬だ名犬ラッシーだパトラッシュだ!」
 静まる一同。あみはそれに満足すると、一歩ずつ四人に近づいていった。
169 名前:第三章「拉致 abduct」 投稿日:2003/10/26(日) 00:48
「わたしはある人物から『箱』の解放を頼まれてる。で、解放をスムーズに行うためにはオメーラの力が絶対に必要なんだよ」
「あたしたちの…力?」
 首を傾げる麻琴に、あみは小さなネックレスを手渡す。他の三人にも、同じような形をしたネックレスを手渡した。
「な…何ですけの、これ?」
「平井から預かったオメーラ用の霊具だ。このネックレスに念じると、爆発的に能力が向上するらしいぜ。しかもそれはオメーラにしか使えねえっつう代物なんだとよ」
 そう言いつつ、あみは四人の間をすり抜けて部屋を出ようとした。思わず声をかける里沙。
「どこへ行くんですか?」
「仕事に取り掛かる前に、ある男を甦らせなきゃなんねえんだ」
「ある男って…」
「小室哲哉。わたしが昔、世話になった男さ」
 あみは目を細め、口を歪めて笑った。
170 名前:ぴけ 投稿日:2003/10/26(日) 00:51
更新終了…少なっ!
一応、第三話はこれで終わりです。
>>163-169
171 名前:ぴけ 投稿日:2003/10/26(日) 00:56
>>つみさん
それは松浦に聞いたほうが早いかもしれません。
そして藤本、そんなに優しくないのです。

>>んあさん
「理由」についてあんまり触れられませんでした。
次回こそは読者のみなさんを唸らせる「理由」を…(風呂敷広げすぎ)
172 名前:ぴけ 投稿日:2003/10/26(日) 01:02
>>158 名無しさん
ありがとうございます。
かっこいい、そして悪い藤本を描こうと日夜必死な作者です。

>>和尚さん
不整脈…治りました?(汗)
衝撃の展開を描くには十年早いようです。
そして自分の中の後藤はこんなキャラです。
173 名前:つみ 投稿日:2003/10/26(日) 01:04
更新キターーー!!
やはり紺野さんが・・・
でもやっぱり紺野さんには力は・・・どうなんでしょうかね?
非常事態にガキさんは一体何を言ってるんでしょうかv
そしてついにあの男が・・・
四人の力を期待しつつ次回を首を長くして待ってます!
174 名前:ぴけ 投稿日:2003/10/26(日) 01:08
>>名古屋のヤンママさん
更新遅くてごめんなさい。
なるべく週一で更新したいのですが…

>>161 名無し読者。。。さん
お手数かけます。
そうですね、揚げるよりも煮込んだほうが好きです。貧乏なもので(岡女ネタ)。

>>アンコさん
期待だなんてそんな、照れます。
しかし期待に添えるよう、がんばりたいと思います。
175 名前:んあ 投稿日:2003/10/26(日) 13:18
やつの復活ですか・・・
次回からのののの動きが気になります!
176 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:02


 歓楽街の路地裏を、女は必死の形相で駆け抜ける。
 弾き飛ばされたゴミ箱が、腐敗した生ゴミを撒き散らした。
 液体のようなものが足に付着した感触を感じたが、そんな瑣末なことを気にしている場合ではない。
 立ち止まれば、殺される。
 既に仲間たちは一人残らず惨殺され、残るは自分だけ。
 何としても捕まるわけにはいかない。あんな殺され方をするのは、絶対に嫌だ。
 そんな思いを打ち砕く現実。
 目の前は行き止まり、そしてそこには…忘れようにも忘れられない顔があった。
「久しぶりの再会なんだから逃げなくったっていいじゃないスか、センパーイ」
 赤いスタジャンを着込んだ少女が、ニヤニヤしながら女に近づく。
「いやあ、本当に久しぶり。北村さん、いや…TRFのyu−kiさん。それにしても、小室ファミリーの一員だった人が今や死体処理の仕事で食いつないでいるなんて…世の中わからないもんですねえ」
「…どうして、どうして仲間たちを殺した!」
 
177 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:03
 恐怖から喚き散らすyu−kiに、少女・鈴木あみは嫌な微笑を崩さずにこう言った。
「どうしてって…うちらを裏切ってつんく側についたからに決まってんじゃん」
「そんな! しょうがなかったのよ! そうしなければ生き残れなかったのよ!」
 yu−kiの言葉を最後まで聞かないうちに、あみは掌の中の鍵を巨大化させる。
「ザコの戯言は聞き飽きた…それより安室奈美恵の居場所、教えてくんねえかな?」
「安室を…? 安室もまさか復讐の対象…うぐえっ!!」
 鍵の頭が、yu−kiの左肩に振り下ろされる。骨が砕け、肉の千切れる音が路地裏に響いた。
「ザコは余計な詮索しなくていいんだよ。さっさと安室がどこにいるのか吐かねえと、今度はオメーの頭をかち割るぞゴルァ?」
 あまりの痛みでのた打ちまわるyu−kiの前髪を掴み、引っ張りあげる。弱々しい獲物の映る瞳は、狂気で澄み渡っていた。
「わ、わかった! 言うから! 安室は、あんたを殺すために姿を潜めてるのよっ! 今もどこかで、あんたの動向を探ってる筈だわ!」
178 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:04
「あーん? わたしには安室を探す理由があっても、あいつに殺される覚えはねえんだけどな…」
 あみのとぼけた口ぶりに、鼻で嘲笑うyu−ki。
「あんたが虫けらみたいに殺した「SPEAD」のメンバーは安室が可愛がってた後輩だし、うちのメンバーのSAMは安室の元ダンナなのよ! 小室を裏切った復讐だか何だか知らないけど、今度はあんたが狙われる恐怖を味わうがいいわっ!」
「…上等じゃねえか」
 前髪を掴んでいた手が、顔面全体を掌握する。ちょうどアイアンクローのように。
「ふがっ、何を!」
「わたしの第四の鍵・緑の鍵だ。精霊力の源の扉をこじ開け、精霊力を根こそぎ吸収する」
 あみの掌から緑色の光が溢れ出す。すると、yu−kiの体からは急激に精気が抜けてゆき、あっという間に骨と皮だけの物体に成り果てた。
 足元に崩れ落ちるパサパサしたそれを興味なさそうに見ていたあみだったが、
「狩られるだけの獲物のくせに、わたしを狙ってるだと? 面白いじゃねえか」
と低く笑いながら路地裏の向こうへと消えていった。
179 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:05


 一方、中澤事務所では。  
 事務所内で、裕子の帰りを待つメンバーたち。裕子は、急遽開かれることになった凶祓い事務所の長たちによる会議で事務所を空けていた。
「…ねえなっち。今回の会議の議題ってやっぱり…」
「多分、鈴木あみのことについてだろうね」
 真里の問いかけに、なつみは険しい表情で応える。
「じゃあおいらたちにも何らかの命令が下されるってことか」
「多分東京中、ううん、日本中の凶祓いたちに鈴木あみ討伐の指令が下る」
「凶祓い学校の学生誘拐事件に加えて、鈴木あみ…問題が山積みだね」
 真里となつみの会話を聞きながら、圭織が頭を抱える仕草をした。
 誘拐事件、というキーワードに希美は敏感に反応する。そうでなくてもあさ美のことで気持ちの沈んでいた希美の心に、暗澹たる追い討ちがかけられた。
180 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:05
「ノノ、大丈夫やて。紺ちゃんはうちらが絶対に助けたるから…」
 俯いたままの希美に声をかける亜依。だが、鈴木あみという存在に比べれば誘拐事件など取るに足りない事柄と上層部が捉えることは明白だった。仮に凶祓い全員に鈴木あみ討伐の命令が下された時、果たして自分はそれに逆らうことができるのだろうか。亜依の心にもまた、暗い影が挿した。
「そ、それより梨華ちゃんがおらへんやないか。よっすぃー、梨華ちゃんどこに行ったん?」
 話題を変えようと、ひとみに話を振る亜依。机に足を放り出しながら雑誌を読んでいたひとみは、
「知らない。最近梨華ちゃん、こそこそ何かやってるみたいだけど…何も話してくれないし」
と顔も上げずに言った。希美だけは思い当たる節があるのだが、自分のことで精一杯でとても言えそうにはなかった。
 そんな折、事務所の主が姿を現す。
「裕ちゃん!」
 真里となつみが裕子に駆け寄る。その顔は、色濃い疲労に覆われていた。
「どうしたんだよ裕子、そんな疲れた顔しちゃってさ」
「どうしたもこうしたもないわ…詳しいこと説明したるから、みんなこっちに集まりや」
 裕子は溜息をつきながら、メンバーに向かって手招きしはじめた。
181 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:06

「ええっ! うちらは今回は何もするなだって!?」
 真里が頭から出たような絶叫を上げた。
「せや。昏き十二人の一件が響いてな…まあそれだけやないんやけども」
 裕子は苦みばしったで、そう言う。
「ちょっと裕ちゃん、昏き十二人の一件って…」
「出る杭は打たれるってことだよ、なっち」
 なつみに、圭織が諦め顔で説明する。
「うちらの事務所は『昏き十二人の事件』で飛躍的に名を上げた。実質うちらだけで昏き十二人を壊滅させたんだから、当たり前のことだと思うんだけど。でも、それをよく思ってない連中がいた。そうだよね、裕ちゃん?」
 裕子は無言で頷いた。
「浜崎のやつだ! あいつがつんくさんに圧力かけたに決まってる! あんにゃろ、この前の件でおいらたちを目の仇にしてたからな…なあそうだろ裕ちゃん!?」
「ちゃうねん矢口…今回のことは、つんくさん直々に言われたことやねん」
 その一言に静まる一同。
182 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:07
「不安要素を色々抱えている事務所を、今回のプロジェクトには参加させられへん…つんくさんはそう言うてた。だから今回はうちらは静観や」
「そんな、裕子らしくないぞ! 不安要素って何だよ! 敢えて挙げるなら紗耶香が行方不明なのと、明日香との一戦でごっつぁんの刀が折れたままになってることぐらいじゃん!」
「動きがあったらまた変わるかもしれへん…とにかく、うちらは今回の事件にはノータッチや。ええな?」
 不満げな矢口を残し、裕子は自分の机に戻って行こうとした。
「あの、中澤さん」
 それを呼び止めたのは亜依だ。
「ちゅうことは、うちらは『凶祓い学校生誘拐事件』の件を続行するんですか?」
「…せやな」
 裕子は頷いてから思い出したように、
「おい辻、そう言えば自分の友達もこの前、誘拐されたんやってな」
と言った。
「はい、そうです」
「そのことでちょっと話、あんねん。裕ちゃんこれからちょっと奥で調べものせなあかんから、20分くらいしたら来いや」
 希美の頭をぽふぽふ叩くと、裕子は資料室へと入っていった。
183 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:08
「ノノ、良かったな」
 亜依がささっと希美に寄って来て、そう耳打ちする。
「うん…」
 それでも希美の返事は曖昧だ。自分のせいであさ美は連れ去られてしまったのではないかという罪悪感が胸を満たしているからだ。
 一方、納得いかないのはお姉さんチームだ。
「何だってんだよ一体! 鈴木あみって言ったらうちらの因縁の相手じゃん! それを今回はパスだなんて、裕子の腰抜け!!」
 未だ興奮の収まらない真里。
「やめなよ矢口。裕ちゃんだって本意じゃないって言ってたっしょ? それにつんくさんだって、状況が変わればって言ってたみたいだし」
「つんくさんもつんくさんだよ! おいらたちの味方じゃなかったのかよ! 不安要素って何だよちくしょう!」
 真里はいつまで経っても怒りの矛を収めようとしない。しかし宥めにかかったなつみにも勿論、納得いかない気持ちはあった。かつての友人が目の前で惨たらしく殺されたのだ。だが凶祓いの責任者であるつんくの命令とあらば、従わざるを得ないのだった。
184 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:09
「不安材料…か」
 虚ろな目をしながら、圭織は一人ごちる。それは自分が紛れもない不安材料の一つだからだ。
 市井紗耶香の失踪。
 真希の刀。
 最近様子のおかしい梨華。
 そして、希美と自分。
 思い当たる節だけでもこれだけの不安材料があった。特に最後は自分ではどうしようもないだけに、胃がキリキリと痛む。
 そんな中、ひとみは雑誌をぱらぱらとめくりながら、
 こんな時に梨華ちゃん何してんだろうなあ…
とぼんやりと考えていた。
185 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:10


 その時、梨華は某所で二人の少女と対峙していた。
 一人はぽってりとした唇が特徴的な大柄な少女。
 そしてもう一人はふっくらした頬の小柄な少女だ。
 三人は三角形の形をとりつつ、次第にその距離を縮めてゆく。
「梨華ちゃん、先に仕掛けていいよ」
 大柄な少女が、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。
「は、はいっ!」
 梨華は上ずった声で応えると、二人に向かって凍気の波を走らせた。
「遅いっ!」
 大柄な少女は力強いステップでそれを難なくかわすと、梨華目がけて突進しはじめた。その姿は、さながら暴れ馬のようだ。
 あっと言う間に梨華の懐に入り込む大柄な少女。予備動作を見せることなく、後ろ蹴りを繰り出す。
 これを受けたら…危ない!
 何回もそれを食らい、気絶したことのある経験が梨華に咄嗟の動作を促す。蹴りを防御したのは梨華の腕を分厚く覆う、氷の盾だった。
「…ちょっとはやるようになったね。でも、相手はりんねだけじゃないよ」
「えっ?」
 背後から聞こえてくる声。
 梨華が振り返ると、すぐ側に小柄な少女がいつの間にか立っていた。
「行け、精霊たち!」
 少女は掌から、二匹の犬を放つ。物凄い勢いで迫り来る犬たちに梨華は抵抗すらできずに、喉と腹に強烈な打撃を受けて気絶した。
186 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:11
「こらあさみ、ちょっとやり過ぎでないの?」
「でもさあ、ビシバシ鍛えてやってくれって保田さんに言われてるし」
 まったく悪びれることなく、笑顔を見せる小柄な少女。
 ここは北海道のとある牧場。いくつもある牛舎の一つがトレーニングルームに改造されているここは、実は凶祓いの経営する牧場だった。
 柴田あゆみとの一戦で自らの実力に疑問を感じた梨華は、そのことを事務所のOGである保田圭に相談した。圭は迷うことなくこの牧場を紹介したというわけだ。
 自らに駿馬の精霊を憑依させ、驚くべきスピードと破壊的な力を駆使する、りんね。
 猟犬の精霊を召喚し、意のままにそれを操る、あさみ。
 北海道では名の知れた二人の凶祓いが、この牧場を経営していた。
「しかしながらこの子は話に聞いてた以上の屁タレだねえ。何か自分の力を自分でセーブしてるみたいな」
「明日から新人が入るじゃん。その子と一緒に鍛えたほうが、梨華ちゃんにはいいかも」
 二人はそんなことを話しながら、梨華を救護室へと運んでいった。
187 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:11


 鈴木あみの根城である、地下事務所の一室。
 謎の霊具を手渡されたものの、自分たちの主であるあみ不在の今、四人の少女はどうしていいかわからず途方に暮れていた。
「ねえ…ここから逃げ出す、チャンスなんじゃない?」
「でも、あみさんはこっから逃げ出したらうちら死んでまうって言うて…」
 何度目かの麻琴の提案を、愛が否定する。
「ハッタリかもしれないじゃん、うちらをここから逃げさせないための」
「相手はあの鈴木あみやよ。ほんとに殺されるかも知れんが」
 あみが事務所から姿を消してから、幾度となく同じような問答が繰り返されていた。あさ美はと言うと、二人の間でただおろおろするばかりだ。大体が自分が置かれている状況すら把握できていない現状なのだ。
「逃げ出すなんて問題外。あたしはあみさんについていくから」
 そう高らかに宣言するのは里沙だ。
188 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:12
「またあんたはそんなこと言うて! あたしは悪の手先になんてならんがし!」
「はいはいそうですか。じゃあ愛ちゃんは正義面してここから出ていこうとして死んじゃえばいいじゃん」
「あんたなんか凶祓いと違うが!」
 歯を剥き出しにして、里沙に食って掛かる愛。そこへ、それまで黙っていたあさ美が二人の間に入った。
「あの…凶祓いとか、精霊使いとか、よくわからないけど…今はわたしたちで言い争ってる場合じゃないと思うな」
「あさ美ちゃんの言う通りだよ。今はどうしたら安全にここから逃げ出せるかを考えるのが先だよ」
 麻琴があさ美の意見に追随する。
「そりゃあ、のう」
「あんたらが何て言おうと、あたしはここに残るから」
 対照的な返事をする愛と里沙。
「凄い、あさ美ちゃん。あの二人を黙らせちゃうなんて」
「凄いだなんてそんな…わたし、言わなきゃいけないことを言っただけで」
 麻琴の言葉に、あさ美は顔を赤らめる。
 それまであさ美のことを引っ込み思案で大人しい性格だと思っていた麻琴は、あさ美の芯の強さを感じ取った。と同時にこの事件に巻き込まれてしまった一般人のあさ美を何としても守らなければ、という思いに駆られていた。
189 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:13
 突然、どおん、という爆発音が部屋の外から響いてきた。それとともに聞こえる、複数の男女の声。
「何や、何やでの!」
 愛はびっくり顔で慌てふためく。
「もしかして、凶祓いの人たちが助けに来てくれたとか!?」
 麻琴は安堵の表情を浮かべ、あさ美に視線を向けた。逆に里沙は落胆したような顔つきだ。
「そっかあ、ほんならもう安心やでの…」
 麻琴の話を受け、表情を緩める愛。だが、既に麻琴の顔つきは厳しいものへと変わっていった。里沙がそれを代弁する。
「愛ちゃん、差し伸べられたのは救いの手じゃないよ」
「なぁにおもっしぇ言うてるが。鈴木あみとあのバタくせぇ顔の男以外に来るやつぁ…」
 そう言いかけた愛の言葉が、突然止まる。
 そう、愛も感じ取ったのだ。自分たちに向けられる、殺意を含んだ精霊反応を。
190 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:14

 部屋の扉が、乱暴に蹴破られる。勢い良く飛び出したのは、瓜二つの顔をした、双子の兄弟。
「あれ…さっきまで確かに三つの精霊反応があったんだけど」
「もしかして逃げられた…? マジかよ」
 そこへ遅れて、三人の男がやって来る。年の頃は十五、六。先にやって来た双子と同じくらいの年代だ。
「おいお前ら、よく集中しろよ。子ネズミどもは別の部屋に移動したみたいだぜ。そんなんだから俺たちと違っていまいちメジャーになれないんだよ」
 三人のうちのリーダー格らしき少年が、ハイトーンボイスのよく通る声で双子を馬鹿にする。それを諌める、もう一人の少年。
「よせよリョウヘイ。今は鈴木あみを探し出すのが先決だろう?」
「そうだったな。でもあんなショボイ精霊反応が本当にあの鈴木あみなのかね」
 炎を操る双子の凶祓い『焔』。
 風の申し子である三人組『烈風』。
 ともに凶祓い・安室奈美恵の配下である新進気鋭の若手凶祓いたちだった。
191 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:14
「ねーえ、鈴木あみは見つかったあ?」
 そこへ四人の少女を従えた、利発そうな小柄の少女が現れた。「F5」のリーダー、明那である。
「寸前で逃げられちまったよ」
「あんたらがわかりやすい殺気を放つから…まあいいわ。ちょうど隣の部屋に続く扉は三つあるし、三手に分かれて標的を追うわよ」
 明那の提案に、頷く男連中。
「じゃあ、誰が鈴木に当たっても恨みっこなしってことで」
 先に双子の凶祓いが、左の扉を潜り抜ける。
「…もし標的の中に鈴木あみがいなかったらどうする?」
 三人組の一人が、明那に問いかけた。明那は少し考えてから、
「なら、そいつらを皆殺しにして安室さんの前に差し出すまで。きっと喜ぶわ」
と目を細めて笑った。
「了解」
 それだけ言うと、三人組も右の扉の向こうへと消えていった。
「じゃあ、あたしたちは真ん中の扉ね」
 明那は四人を振り返り、ゆっくりとドアノブに手をかけた。
 不運だったのは、彼らが凶祓い学校生誘拐事件について、何の知識もなかったこと。誰にとっての不幸になるのか、今はまだ双方知る由もないことだが。
192 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:15

 愛は複雑に入り組む通路を、必死になって走っていた。
「何で、何でこんなことになってるがし!」
 大声で喚く愛。当然のことながら、答える者など誰もいない。
 響き渡るのは床を叩きつける自分の靴音のみである。
「三手に分かれて逃げよう」
 麻琴の提案で、左の扉を開けた愛。
 だが、麻琴はついて来てはくれなかった。愛ならば一人でも大丈夫と踏んだ麻琴の信頼からなのだが、当の本人には伝わっていない。
 麻琴は、あたしよりあののくてぇ子を選んだんやげ!
 精霊使いでないあさ美を一人にしたらどうなるか、という考えは愛の中にはなかった。愛の精神年齢は以外と低いのだ。
 息を切らせつつ走る愛の前方に、人影が見えた。双子の凶祓いの片割れである。
「そんなに走ってどこに行くんだよ?」
 明らかに敵意を自分に向けた相手を目の前にし、踵を返す愛。だが。
「へへ、挟み撃ちだ」
 振り返ると、同じ顔。相手が瞬間移動したのかと勘違いした愛は、再び前方を向き直る。
 しかしそこにはやはり、同じ顔。
 こんなことを何度か繰り返し、ようやく愛は自分が双子に挟み撃ちされていることに気がついた。
193 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:15
「なあ、あんたもしかして鈴木あみ?」
「…違う、あたしは鈴木あみに攫われてんだ凶祓い学校生やって! 鈴木の奴はどっか行ってもてうちらは全然知らんのやて!」
 必死に自分の置かれている状況を説明する愛。しかし兄弟の耳には届かない。
「ああん? お前何言ってるかわかんねえよ。田舎者か?」
「この田舎モンうざいから、殺っちゃう?」
 双方からにじり寄る、凶祓い。その手には既に炎が携えられていた。
「黙って殺されるわけ、ないやろっ!」
 愛は双子の片方に、精神を集中させる。
「な、何だ!?」
 体の異変に気付く双子の片割れ。彼の体には、通常の倍以上の重力がかかっていた。
「くそ…体が、重い…!!」
「これであんたはもう動けんが…」
 そう言いかけた愛の背に迫る、熱い衝撃。もう片方の双子が、愛の背中に炎を走らせたのだ。
 しまった…片方に気を取られっつんでもう片方にやられた…
 前のめりに倒れる、愛。
194 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/11/08(土) 05:16
「大丈夫か?」
「ああ。この女、妙な精霊を使役しやがって…まだ骨が軋むぜ」
「でもあっけなかったな。たった一撃で倒せるなんて」
「まあ、俺たちの腕が良かったってことで」
 そんなことを話しながら、愛に止めを刺そうと近づく二人。
 朦朧とした意識の中、愛は禍禍しい二つの気配に気付く。
 あ…わたし、殺されるんやが…やだ…死にたくない…
 手を伸ばし、床を這おうとする愛。しかし背中の傷は予想以上に深く、僅かな力すら出すことができなかった。
 あ…もう駄目かも…そんな…こんなところで…
 あまりの悔しさに、愛は思わず両拳に力を入れる。そこには、何か固い感触があった。
 無意識のうちに愛が握ったもの。それは鈴木あみから貰った、ネックレスだった。
 ネックレスについた石を握った手のひらから、無数の光が溢れ出す。
195 名前:ぴけ 投稿日:2003/11/08(土) 05:19
更新終了。
>>176-194
196 名前:ぴけ 投稿日:2003/11/08(土) 05:21
>>つみさん
ガキさん、何気に野心キャラ仕立てになってます。
色んな意味で物語を引っ掻き回してくれる役回りを期待。
って作者が言ってどうするつもりなのか…
197 名前:ぴけ 投稿日:2003/11/08(土) 05:24
>>んあさん
区切り方があれなもんで、五期中心になってしまいました。
しかし次回更新分では必ず辻が活躍…の予定です。
お楽しみに!(何がやねん)
198 名前:つみ 投稿日:2003/11/08(土) 09:14
更新お疲れ様です。
ネックレスの力が解き放たれるのですか・・・
こんこんは一体どうなるんだろう・・・?
これから悲しい戦いが始まりそうですね
199 名前:んあ 投稿日:2003/11/08(土) 13:36
ののかわいそう・・・
中澤事務所はこれからどうなるんだろう?
でもやっぱり出会うのでしょうね・・・
200 名前:和尚 投稿日:2003/11/14(金) 22:37
あっち、こっちと気になる展開が広がってますね。
たかはしサンが特に気になってます。
ヤバイ事にならなきゃ良いけど・・・。
201 名前:名無し 投稿日:2003/12/02(火) 23:41
hozen
202 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:15


 真ん中の扉を選んだのは、麻琴とあさ美だった。
 しかしそこは食堂になっていたらしく、他に逃げ場らしきものはなかった。
「どうしよう、まこっちゃん…」
 不安げに麻琴を見つめる、あさ美。
「こうなったらやるっきゃないか」
 最早逃げられないと判断した麻琴は、追手を撃退する選択を採った。向かってくる敵は五人。数の上で明らかに向こうのほうが分がある上に、まだ修行中の身である自分と比べて相手は実際に外に出て活躍している凶祓いたちだ。しかもこちらには何の能力も持たないあさ美がいる。状況は明らかに最悪だった。しかしそれでも麻琴の心に影が挿さなかったのは、持ち前の楽天主義からであろうか。
 あさ美は、希美のことを思い出していた。病院で、必ず自分のことを助けると言ってくれた、親友。だが、自分がこんな地下深くにいてはどうしようもない。そんな状況の中で自分が絶望に潰されなかったのは、目の前の気さくな少女が常に支えてくれているからなのだろう。
 あさ美が温かな視線を麻琴に向けていた、その時だ。
「あんたたち、もう逃げられないわよ!」
 罵声を浴びせながら、食堂の扉を乱暴に開ける二人の追手。だが次の瞬間、彼女たちの顔は青色に塗り替えられる。
 音もなく降り注ぐ、銀色の雨。麻琴が予め仕掛けておいた、食堂にあったナイフやフォークたちだった。風の精霊によって力を得た凶器は、容赦なく二人の少女を切り刻む。
「…凄い。今の、まこっちゃんがやったの?」
 半信半疑で聞いてくるあさ美。だが、麻琴にはその問いに答える余裕などなかった。奥には三人の追手が控えていたからだ。
203 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:23

「だらしないわね。それでもあんたたち、F5のメンバー?」
「しょうがないじゃん、そいつらはうちらの中でも精霊力の足りないメンバーなんだから」
 蹲り倒れている仲間を冷たい視線で見下ろしながら、両脇の少女がせせら笑う。そして無言で佇む、真ん中の小柄な少女。一番手強いのは彼女だということを、麻琴は一目で見抜いていた。
「あっという間に二人をやっつけるなんて、さすがは鈴木あみの手下だけのことはあるわ」
 小柄な少女が口を開いた。華奢な外見には似合わない、重厚な威圧感が麻琴を押し潰そうとする。
「あたしたちは、鈴木あみの手下じゃない!」
「そうなの? まあ別にどっちでもいいわ。『鈴木あみの手下らしき二人』を仕留めたっていう実績があたしたちと安室さんに付くから」
 最早話し合う余地などない、そう感じた麻琴は三人のうちの一人に向かって走り出す。
 1対3にはなったものの、相変わらずこちら側が不利なのは変わらない。ならば、相手が自分たちを舐めている今が数を減らす最大のチャンス。麻琴に、迷いはなかった。
「不意討ちならあたしたちに勝てるとでも…えっ?」
 標的である二人のうち、一人にはまったく精霊反応がなく、もう一人の精霊力も弱い。そう高を括っていた少女の瞳に、麻琴の姿はもう映らなかった。目にも止まらぬ疾さで、麻琴は長袖に忍ばせていたキッチンナイフで相手を切り刻む。
204 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:25

 崩れ去る少女を目の前にして、残る二人の顔色が変わる。
「…ちょっとあんた、調子に乗り過ぎだよ。明那、やっちゃっていい?」
 すらりとしたスタイルの少女が、小柄な少女のほうを向く。
「いいわよ、ヒカリ。ただし、さっきのトラップと今のナイフ捌き。相手は暗器の使い手っぽいから、気をつけて」
 明那の言葉には答えず、ヒカリは独特の空手の構えを取った。空手のルーツとも言われる、琉球空手の構えだった。
「どっからでもかかって来なさいよ」
 小手調べに、懐からフォークを放つ麻琴。ヒカリに向かって一直線に飛ぶ銀色の軌跡は、まるで蝿を払うが如く防御の手によって落とされた。
「攻撃と防御を兼ねるこの構えに、死角なんてないわ」
「そうですかっ!」
 そんなのやってみないとわかんない、そう言いたげな顔をしながらヒカリに襲いかかる麻琴。手刀を繰り出しつつ、袖に隠し込まれたフォークを放つ。それをいとも容易くかわしたヒカリは、麻琴に向け高速のハイキックを三発、間髪入れずに叩き込んだ。華奢な体からは想像もつかない程の重い衝撃に、麻琴の腕の骨が悲鳴を上げる。
「あはは、あと何発受けられるかねえ」
 体勢を再び構えの形に戻し、余裕の表情でヒカリが言う。格闘家と暗器使いが真正面からぶつかった場合、暗器使いに不利があるのは明らかだった。しかも麻琴には食堂からくすねたナイフとフォークしかない。
 一歩、また一歩とヒカリの足技に後退させられる麻琴。不意に背中に訪れる、ひんやりとした感触。いつの間にか、壁際にまで追い詰められていた。
205 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:28

「どうする? 右に逃げても左に逃げても、もうあたしの蹴りからは逃れられない」
 どうしよう。このままじゃ…
 そんな麻琴の瞳に、あるものが映る。しばらく躊躇う麻琴だが、結局はそれを使うことにした。しかし相手は目の前にいるヒカリだけではなく、その遥か後方で悠然と戦いを眺めている明那がいる。
 でも、ためらってる暇なんて…ない!
 麻琴は何を思ったか、手足に隠していた全てのナイフとフォークを宙に放り投げた。その数は先に二人を仕留めた時とは比べ物にならない。
「こんなもんであたし達を倒そうなんて、考えが甘いじゃない!?」
 降って来る金属を手刀で払い落とすヒカリと明那。
 それは一瞬の出来事だった。
 黒い影がヒカリの背後に忍び寄り、電光石火の勢いで上段回し蹴りを決めたのだ。脳髄に叩き込まれた衝撃は、相手の意識を失わせるには充分の力があった。
「あさ美ちゃん!」
 倒れたヒカリの後方から、にっこりと顔を出したのはあさ美だった。
 壁際まで追い詰められた麻琴の目にしたものは、決意を胸に秘めたあさ美の表情だった。
 まこっちゃん、後は任せて。
 そう言いたげな瞳に、麻琴は全てを託したのだ。
「驚いた…そっちの子のことは計算外だった」
 感心しきりといった表情で、明那が近づいてくる。
「でもさあ、さっきので持ちネタ全部使っちゃったんじゃない? あたしと、どう戦うつもり?」
 明那の背後から現れる、半透明の丸い物体。麻琴には見えてあさ美には見えないもの。明らかに呼び出された精霊だった。
206 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:33


 明那の呼び出した精霊が、不気味な叫び声を上げる。
「クワセロオォォ…ハヤククワセロヨォォォォ!!」
「慌てないで。すぐに、食べさせてあげるから」
 精霊を宥めるようにそう言うと、明那は右手をあさ美に向けた。
「ッツシャアアアアアア!!!」
 まるでジェット風船のようにあさ美に襲い掛かる精霊。それに気付いた麻琴が、あさ美の前に立ち塞がった。精霊は麻琴の左肩を掠め、再び明那の元へと戻っていく。
 左肩を思わず弄る麻琴。目立った外傷はない。だが、そこには明らかな異変があった。
 肩が異常に、冷たい。痺れるような感覚は、肩の機能を完全に奪っていた。
「ど、どうしたのまこっちゃん!?」
 精霊の姿すら見えないあさ美には、麻琴の身に何が起こったすら理解できない。麻琴は大丈夫、と一言だけあさ美に声をかけてから再び明那のほうを向き直った。
「あんたの精霊、精霊って言うより邪霊に近いんじゃない?」
「ひよっ子のまだ凶祓いにもなってない人間に言われたくないね!」
 明那の指示で、再び麻琴に襲いかかる精霊。
「あううっ!」
 瞬時に右肩から温もりが失われてゆく。思わず麻琴は膝を落とした。
「いいこと教えてあげる。あたしの精霊はね…熱を食べる精霊なの」
「熱を…食べる?」
「聞いたこともないって顔してるね。学校で習うような八属性の精霊術の他にも、世の中には色んな精霊術があるってこと」
 自らのもとに引き戻した精霊を、頭上高く浮上させる明那。
207 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:34
「まあ…そっちの子を守りたきゃ、精々逃げ回ることね」
「ネツ、クワセロ! ネツ、クワセロォ!!」
 丸い物体が、狂気の声を上げて麻琴に向かう。
 とにかく、逃げなきゃ!
 麻琴は走り出した。とにかく走り回ってさえいれば、あさ美に被害が及ぶことはない。そんな算段からの行動だった。
「その頑張りがいつまで続くかねえ」
 麻琴が走れば走るほど体温が上がり、結果精霊の標的になってしまう。やがて自滅するのは自明の理だった。
 もちろん麻琴にしても、相手の思惑通りになるつもりなどない。精霊の突撃を避け、床を転がるどさくさに落ちているナイフを拾い、自由の利く左手で明那に向かって投げつける。だが、相手は雨あられのようなナイフをも避けてしまう反射神経の持ち主。麻琴の一撃はあっさりと空を切った。
「まこっちゃん、わたしも戦うよ!」
「駄目! あさ美ちゃんはそこでじっとしてて!」
 麻琴の必死な様子に叫ぶあさ美。だが麻琴はそれを断わった。
 ヒカリを一撃のもとに倒したとは言え、あさ美は精霊力を持たない一般人なのだ。しかも目の前にいる相手は、先に倒した面々よりも一段上の実力を持っていた。
「逃げ回ってるだけじゃ能がないね!」
 ついに、明那の放った精霊が麻琴の足を捉える。麻琴はバランスを崩して床に倒れ込んだ。
208 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:35

「くうっ…」
「ねえ、もしこの精霊があんたの体を覆い尽くしたらさあ…どうなると思う?」
 歪んだ笑みを浮かべて、明那が麻琴に近づく。
「試してみようか? あんたの体を使って」
 再び例の精霊を召喚する。だが、思いがけないことが起こった。
 食堂の奥のキッチンに、いつの間にかあさ美が立っていた。そして精霊が、あさ美目がけて襲いかかる。
「あさ美ちゃん!!」
 しかし精霊はあさ美を襲うことなく、手前のホットプレートにへばりついた。
「よくわからないけどその精霊って…熱を食べるんでしょ?」
「くそっ、戻れ精霊っ!!」
 精霊を自分の元へ呼び寄せようとする明那。だが、麻琴は動き出していた。
「うわあああああ!!」
「暗器もないあんたに、何が出来る!?」
 構えをとった空手使いに、正面から突っ込む。自殺行為に等しい、麻琴の行動。
 だが、麻琴は願った。誰から貰ったかなど、もうどうでもよかった。
 目の前の敵を倒すために。そして、自分を頼ってくれるあさ美を守るために。
 ペンダント…あたしに、力を!
 呼応するように、ペンダントが妖しく光る。
209 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:36


 あさ美には何が起こったのか、まったくわからなかった。
 ただ視界には、ボロボロになって倒れた明那と麻琴の姿が映っていた。
「まこっちゃん!」
 麻琴のもとに駆け寄る、あさ美。
「ねえまこっちゃん、まこっちゃん!」
 体を揺すりながら、何度も麻琴に呼びかける。だが、返事はなかった。
「そんな…」
「心配すんなよ。すぐにそいつの後追わせてやるから」
 顔を上げるあさ美。そこには、憎々しげに二人を睨みつける太目の少女が立っていた。麻琴のトラップにかかって倒された二人のうちの片方だ。
「でもラッキーだよねこれって。明那たちはチョーシこいて倒されてるし。ここであんたを殺せば手柄は全部あたしのもの、って感じ?」
 ニヤニヤしながら、少女はあさ美に向けて水球を飛ばす。不意を突かれたあさ美はそのままテーブルをなぎ倒しながら弾き飛ばされた。
「何だよ、ちょっとは抵抗しろよなあ。幾ら半人前の精霊使いって言っても、精霊くらい使役できんだろ?」
「わたしは、精霊使いじゃないです!」
 水の衝撃に咳込みながら、あさ美が反論した。
「あっそう。ならもっと都合がいいわ。あっさり殺せるし」
 あさ美の言葉など意にも介せず、少女は凶悪な表情を浮かべた。
210 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:38


「失礼しまーす…」
 希美が恐る恐る、資料室の扉を開く。机の両脇に資料本を山積みにした裕子の姿が目に入った。
「ああ、こっち来て座りや」
 裕子に手招きされ、正面に座る希美。
「話って、何ですか?」
「外でもないわ。攫われた自分の友達…何て言うたっけ?」
「紺野…あさ美ちゃんです」
「取り敢えず親御さんには上手く説明したらしいで。まあ傀儡師やら幻術師やら総動員やったらしいんやけど」
 裕子の言葉に、安堵の表情を見せる希美。自分が心配なのは勿論だが、それ以上にあさ美の両親が心配しているだろうと、気にはかけていたのだ。
「さっき言ってたのは、その話ですか?」
 ゆっくりと首を振る裕子。そして、ゆっくりと語り始めた。
「あんなあ辻…精霊使いの素質を持ってる人間は、色んなタイプがおんねん。ごっつぁんや石川、よっすぃーみたいに親からその資質を受け継ぐタイプ。それと、突然変異的に能力に目覚めるタイプ。この二つで、八割方は区分できる」
211 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:40

「あとの二割は?」
「…隔世遺伝って、知ってるか?」
 希美はへえっ? と情けない声を上げる。
「自分、学校の勉強もうちょっと頑張らなあかんで。隔世遺伝っちゅうのんは、親から子やなくて、じいさんから孫とか、そういう遺伝の仕方のことやねん」
「そのハクセイ遺伝がどうかしたんですか?」
「隔世や! カ・ク・セ・イ! まあええわ。これ、見てみい」
 呆れ顔で、裕子は希美に一冊の本を渡す。
「ちょっと、ここの部分を読んで」
「ええと…ヘイアン時代にかつ…したある精霊使い、…のシュウラク? に現れた…しきジャレイを…」
「あんたに読まそうとしたうちがアホやった。もうええから本返しや」
 希美の手から本を取り上げ、内容を音読し始める。
「特に平安時代に活躍したある精霊使いは、生野の集落に現れた禍禍しき邪霊を一撃のもとに討ち果たしたという。その偉大なる精霊使いの名前は…」
 裕子の視線が希美に注がれた。

「…紺大路弥丸(こんの・おじやまる)」
212 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:47


 あさ美の蹴りが、突きが、悉く水のカーテンに跳ね返される。
 相手がまったくの無傷なのに対し、あさ美は既に満身創痍だった。
「だからさー、何度やっても無駄だっての。あたしの水のカーテンは、物理攻撃は全部相手にそのまま反射されんだから。精霊力じゃないと、破れないんだよ。つまりは、あんたにあたしは絶対に倒せないってこと。ヒカリも何でこんなやつにやられたのかねー?」
 少女が喋っている間にも、あさ美は攻撃を仕掛ける。無論、床に伏すのはあさ美のほうだった。
「…あんたが自滅するの見るのも飽きたわ。先に倒れてるこいつ殺っちゃおうかなあ」
「まこっちゃんに手を出すな!」
「目障りなんだよっ!」
 少女の手から放たれる水球に、あさ美は壁に凄い力で押しつけられた。背中に走る衝撃は、あさ美の意識を白く掠っていった。
「順番は変わったけどさ、すぐにあんたも殺してやるから。そこでじっと待ってなよ」
 あさ美に背を向け、麻琴に近づく少女。
「…絶対に、手だしさせない…」
 わけのわからないまま拉致監禁されたあさ美にとって、麻琴の笑顔は唯一の救いだった。自分を守るために、一人で五人の追手と戦い、そして倒れた少女をどうして見捨てることができようか。
 あさ美は思い出す。
 手持ち無沙汰だったので、首にかけてそのままにしておいたペンダント。
 このペンダントに念じれば、爆発的な能力上昇が望めるとあみは言った。
 自分に能力があるとかないとか、そんなことを考える暇なんてなかった。
「うわあああああっ!」
 あさ美は少女に向かって走り出す。
 力が…欲しい!
 あさ美の首にぶら下がったペンダントが、悲しげに瞬いた。
213 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:50


 裕子の口から出た名前。
 確かに、紺野と言った。
「その人は…あさ美ちゃんの祖先なんですか?」
「せや。つんくさんが調べてくれたんやで。三人も凶祓い学校生を攫っておいて、一人だけ一般人を選ぶなんて絶対何かある、その考えは見事にビンゴやったっちゅうわけや」
 戸惑いを隠しきれない希美。
「そんな、じゃあ、あさ美ちゃんも精霊使いってことなんですか!?」
「精霊使いの素質があることは間違いないやろな。ただ、自分と違うて普通は潜在能力を具現化させるんは、滅多なことでできることやない。もし相手が隔世遺伝の事実を知ったとしても、紺野って子を持て余すだけやろな」
「そうなんですか…」
 ほっと胸を撫で下ろす希美。
 そんな素直な反応を見て、裕子の表情も思わず綻ぶ。だが、裕子には希美に口にしていない言葉があった。
 相手が邪法で無理やり潜在能力を引き出す霊具を持ってなければ、の話やけど。
 そんなことを希美に言っても仕方のないことだし、裕子も最悪の可能性など言葉にしたくはなかった。
 今となっては、虚しい願いなのだが。
214 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:51


 安室奈美恵。
 早熟の天才として凶祓い界に君臨し、浜崎あゆみが頭角を顕すまでは女王の座を占拠していた。小室哲哉が起こした反乱においては、最初小室側につくも大勢を見て離反。戦犯として処罰されることだけは免れた。
 さらに出産による能力減退。女性の凶祓いは出産行為を経ると大抵はその力を喪失してしまうものだが、彼女の場合は特殊だった。しかし全盛期の半分以上もの能力減退だったのは確かで、小室の反乱の件と合わせて彼女の凶祓いとしての地位低下は避けられなかった。
 それでも安室の元には、彼女を慕う若き凶祓いが集まった。それは安室のカリスマ性や後輩の面倒見の良さから来るものだった。
 そのことが大きな仇になるとは、彼女自身、思いもつかなかったことだろう。
215 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:51


 後輩たちの精霊反応を辿って、やって来た地下の事務所。
 安室の目の前に広がるのは、彼らの惨たらしい死体。
 カエルの轢死体のように床にへばりついたもの、何か鋭いものでズタズタに引き裂かれたもの、有り得ないくらいの強力な力で四肢を粉砕されたもの、そして、レーザー光線によって焼き切られたもの。
 自分を慕う後輩たちの無残な死に、安室は思わず目を背ける。それと同時に湧きあがる、鈴木あみへの激しい憎悪。
 絶対に…許さない。
 怒りをもって踏み出した歩み。だがそれは急に止められることになる。
 安室の前に現れる、四人の少女。
 その顔に、彼女は見覚えがあった。
 凶祓い事務所の責任者だけに配布された、誘拐事件の被害者たち。
 今安室の前に立ちはだかる少女たちは、彼女たちに良く似ていた。
「あなたたち、邪霊師に誘拐された子たちね…」
 そっと少女たちに話しかける安室。しかし、八個の瞳はあからさまな敵意に満ちていた。
「おーい、そいつらは完全にわたしの犬なんだぜ?」
 不意に背後から声をかけられ、安室は後ろを振り返る。
 鈴木あみ。そしてその横に立つ、薄笑いを浮かべた小男。
216 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:55

「そんな…小室、さん?」
「やあ。久しぶりだね、安室くん」
 小室哲哉は痩せた頬を歪ませながら、ばさばさの髪をかき上げた。
「どうして!? 小室さんは死んだはず!」
「あるツテで死人使いを紹介してもらったのさ。小室さんほどの人だったら生前の意識を保ったまま復活できると思ったけど、予想通りだったな」
 狼狽する安室を睨みつけながら、一歩、一歩と間合いを詰めてくるあみ。覚悟を決めたのか、安室は自らの身に精霊を纏わせ始めた。
「おっと勘違いすんなよ、落ちぶれたオメーの相手はわたしじゃねえ」
 凄まじい殺気に安室が振り返る。四人の少女は、既に戦闘体勢に入っていた。目に映る人物は凶祓い界のカリスマではなく、主人に逆らうただの敵。
「腐っても安室奈美恵だ、丁重にお相手してやんな!」
「うふふ、あみもいい駒を見つけてきたね。復活したばかりのぼくにもわかるよ、あの四人の凄さが。邪霊たちの狂乱の叫び声が、素晴らしいハーモニーを奏でている…」
 そう言いながらうっとりとした顔で様子を見ている小室に、あみが顔を向ける。
217 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:56

「ん、どうしたんだい? あみ」
「いや、相変わらずだなと思って」
「そうかい? まあ、安室くんを始末すればかつてぼくを裏切った連中は全滅だ。今夜は二人で祝杯をあげようじゃないか。あの頃よく通った、夜景の素敵なラウンジバーで…その後はお互いに生まれたままの姿で語り合いたいな」
 甘ったるい声で、囁くようにしてあみに語りかける小室。そんな小室に対して、あみは飛び切りの笑顔を見せた。
「でもさ…祝杯をあげる前に、最大の仇敵を始末しなきゃいけないんだ」
「つんくのことかい? それはいずれ決着をつけなきゃいけないだろうね。奴にぼくは卑怯な手で倒された。憎んでも憎みきれない存在さ。でも、ぼくがかつての力を取り戻すにはまだ時間がかかる」
 瞳に黒い情念の炎を灯しはじめる小室。だが、あみはゆっくりと首を振る。
「…違うのかい?」
「そいつはわたしのいた集落を焼き払い、幼いわたしを何食わぬ顔をして引き取り、育てた。そして、わたしはその男によって文字通りオモチャにされたんだ」
 小室の顔が引き攣る。
「え…誰がそんなことを…嘘さ、まったくのデタラメさ…」
「わたしはそのカマドウマ野郎を、復讐を果たすだけのために復活させた」
 もう一度あみの顔を覗き見る小室。そこにはもう、先程の笑みはなかった。
「あ、あんなにぼくらは愛し合ったじゃないかあ!!」
「死ね、ゲス」
 小室の頭が西瓜のように、四方八方に飛び散る。それはまるで夜空に打ち上げられた花火のように儚く、美しかった。
218 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:57
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219 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 00:57
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220 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 01:00
更新終了。
>>202-217

これにて第四話も終了。
しかし随分間が…倉庫落ちしなくて本当に良かった。
221 名前:第四話「復讐 vengeance」 投稿日:2003/12/26(金) 01:06
レス返し。

>>つみさん
全員の力が開放、これからどうなるのかってところです。
娘。同士の戦いはあまりさせたくないんですけれども…
紺野はある意味重要人物かも。

>>んあさん
辻には辛い結末になるかもしれません。
中澤事務所も徐々にですが、今回の騒動に巻き込まれていきます。

222 名前:ぴけ 投稿日:2003/12/26(金) 01:10
>>和尚さん
あっちこっちと話を広げ過ぎかも。
作者が欲張りでまとめ下手なだけなんですが…
高橋もパワーアップ、ですかね?

>>名無しさん
保全すんません。
これからは堅実に更新…したいです。
223 名前:つみ 投稿日:2003/12/26(金) 01:27
紺野さん・・・そんなことが・・・
鈴木さんと小室さんにもいろいろあるんですねぇ〜
しかしこうなると紺野さんとののが・・・
224 名前:んあ 投稿日:2003/12/29(月) 14:46
シリアスななかにも、なかなか紺野さんの先祖の
名前には笑いましたw
225 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2003/12/31(水) 20:31
どうも初めまして。
空板でちょこっと小説を書かして頂いている「聖なる竜騎士」と言うものです。
空板での「Blue Flame」を読んで、素直に感動しました。
「ぴけ」さんの小説は実在する?人物が出てきて、頭の中で場面を想像する時、
とても面白いです。
これからも陰ながら応援していますので、更新頑張って下さい。
(こんな事しか言えなくて申し訳ないです。)
226 名前:和尚 投稿日:2004/01/01(木) 22:27
あけおめでーす♪
シリアスでトハラハラするシーンがいっぱいで私自身ドキドキしてますが、
すみません〜『紺大路弥丸』で笑っちゃいました。
なにはともあれ、次の更新を楽しみにお待ちしてます。
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/01/30(金) 02:57
頑張って下さい。
228 名前:へっとずぴかる 投稿日:2004/02/13(金) 09:04
とりあえず保全。
数ヶ月前からROMってましたが初カキコ!
更新楽しみにしてますよ〜♪
229 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:42


 安室奈美恵の惨たらしい死体が凶祓師総本部に送りつけられたのは、それから一週間たった朝のことだった。
 総本部の奥にある、本部長、つまりつんくの部屋。そこにつんく自身と、二人の女性が沈痛な面持ちで立っていた。
 部屋の正面には、青とオレンジの二色旗が大きく張られている。凶祓い界の安定とさらなる発展を願う、つんくの意匠によりデザインされたものだった。
「…こらまた派手にやられたな」
 白い布に包まれた亡骸を見下ろし、つんくが呟く。
「きっと鈴木あみの仕業です! これはわたしたち凶祓いに対する挑戦状ですよ!」
 総本部内の事務局トップである、和服の女性が物凄い勢いでまくし立てる。
「直ちに情報網を整え、精鋭を揃えて鈴木あみを討つべきかと思いますが」
 その隣で、諜報局の女性がそう進言した。
「せやな。前田や石井の言う通りや。先に命令を下した凶祓いたちの報告を待つまでもない。俺らは一刻も早く鈴木の奴を始末せんとあかんわな」
「では…」
「前田は精神感応者を集結して、鈴木のアジトを調べてや。石井はしかるべき日時を設定して凶祓いの実力者に配布する書類を作成してくれへんか」
「わかりました」
「それでは早速」
 足早に本部長室を立ち去る二人。しかしつんくは、そのうちの一人を呼び止める。
230 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:43
「おい、石井」
「何ですか?」
「自分に頼みたいこと、あんねん」
 そう言いながら、石井に耳打ちするつんく。石井の顔色が、途端に青く変わった。
「自分くらいのテレパス(精神感応者)やないと、あそこには近づくことも出来へんやろ。頼むわ」
「…はい、わかりました」
 足取り重く、部屋を出て行く石井。つんくはそんな石井の後姿をぼんやり見つめながら、まったく別のことを考えていた。
「はあ…一大事やのに、松浦と藤本はどこほっつき歩いてんねん」
231 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:43


 夏が過ぎ去り、季節は秋へと移行していた。
 多くの人で賑わう、都心に近い繁華街。明るさの影に潜む、闇の漂う街並み。そんな雑多な街並みに溶け込むようにして、一人の老婆が路上で占い業を営んでいた。その皺に挟まれた双眸が、通行人を捉える。
「そこのオッサン、リストラされたんか? うちがええ占いしたるでえ」
「ねえちゃんねえちゃん、寄ってんか。うちの占いはばっちり当たるんやで」
 老婆の呼び込みも虚しく、通行人は靴音を鳴らして通りすぎるばかり。
「はーあ、占い業も楽やないわな…」
 本日何度目かのぼやきが出た時のことだ。老婆の目の前に、凛々しい顔の女性が現れた。
「よう、稲バアさん」
「誰が稲バアさんや! これは世を忍ぶ仮の姿やっちゅうねん!」
「じゃあ、スイートあんこさん」
「…もうええ。それより今日は何の用やねん、よっすぃー」
 目の前でにやけた笑顔を披露するひとみに、老婆を装った女性は話を急きたてた。
232 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:44
「実は…うちの事務所にいるちっこい奴の友達が、例の凶祓い学校生誘拐事件に巻き込まれたんすよ」
「へえ…確かそのちっこい子って、凶祓いやりながら学生やっとる変り種やろ。で、うちは犯人の居場所を突き止めればええんか?」
 女性の眼光が、鋭くなる。
「ええ。何だかんだ言っても、心配なんで。じゃ、お願いしますよ。稲葉さん」
「見つかったら、報酬たんまり戴くでえ」
「わかってますよ、長い付き合いですからね」
 背を向けたひとみが、ひらひらと右手を振る。
 やがてひとみの姿が雑踏に紛れて見えなくなると、稲葉はゆっくりと席から立ち上がった。
「おい婆さん、ちょっと占ってくれよ」
 稲葉は声をかけられたサラリーマンに、手に持ったルーペを手渡す。
「これで自分の手相でも見てや」
「は?」
 颯爽と立ち去る稲葉。剥ぎ取られた特殊メイクの一部が、風に舞ってひらひらと揺れていた。
233 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:45


 梨華がカントリー牧場で修行をはじめてから、二週間以上の期間が過ぎていた。
 途中から、新人としてりんねとあさみのもとに訪れた里田まい。彼女は優秀な糸使いで、自らの操る鋼糸に精霊を通わせ属性を持たせることができた。炎の精霊を通わせれば火を吹く灼熱の糸、風の精霊を通わせれば対象物を触れずに切り裂く疾風の糸、といった具合にだ。
 そういう意味において、梨華にとってのまいは思わぬ難敵だった。いくら梨華が氷の防御壁を築こうが、まいの炎糸によっていとも容易く切り崩されてしまうからだ。
 というわけで、今日も梨華はまいによってコテンパンにやられていた。
「…梨華ちゃんさあ、そんなんで本当に凶祓いの仕事こなしてたわけ?」
 鋼糸を仕舞いながら、まいは侮蔑の視線を梨華に送る。それに対して梨華は唇を噛み締めてじっと堪えているしかなかった。
 さっさとその場を離れるまいと入れ替わるようにして、梨華に近づくりんねとあさみ。
「あ…りんねさんにあさみちゃん」
「見てたぞ梨華ちゃーん、だらしないなあ」
 あさみが梨華の肩を小突く。
234 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:46
「何だか、まいちゃんとわたしって戦いの相性が良くないみたいなんです。ほら、ジャンケンでグーって絶対パーには勝てないじゃないですか。何かそんな感じで…」
「じゃあさ、グーしか持ってない人は一生パーに勝てないってわけかい?」
 笑顔で話すりんね。だが、言葉には力があった。
「それは…その…」
「例え苦手な紙でも、石で突き破らなきゃならない。それが凶祓いなんでないかなあ。梨華ちゃんの一番よくないところは、そうやって自分に壁を作っちゃうことだと思うよ」
 りんねの言葉に、項垂れる梨華。
「それじゃ、休憩終わったらまた稽古はじめるから。それまでゆっくり考えな」
 トレーニングルームの向かいにある小屋に引き上げる二人。梨華は膝を床につけたまま、ひとりネガディブな思考に陥るのだった。
 やっぱりわたしってダメなのかなあ…飯田さんからもらった霊具がなきゃ、ポジティブになれないのかな。ううん、弱い自分を変えたくてここに来たんじゃない。こんなんじゃこの場所を紹介してくれた保田さんにも申し訳が立たない。
 考えてみよう。まいちゃんに勝てる方法を。強くなれる、方法を。
 膝についた土を払い、立ちあがる梨華。彼女は少しずつ、変わろうとしていた。

235 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:47


 一方、中澤事務所。
 各メンバーが誘拐犯の特定に躍起になっている中、所長代行といつものコンビが留守番を任されていた。
「なあ飯田さん、何でうちらだけいっつも留守番やの?」
「あいぼん、留守番も立派な仕事の一つだよ」
 暇そうにぼやく亜依を窘める圭織。希美はと言うと、窓の外の景色をぼーっと眺めていた。
 あさ美の祖先に精霊使いがいて、しかもその素質が隔世遺伝であさ美自身に受け継がれていたという事実。
 裕子に告げられた日から、希美はそのことばかり考えていた。
 もしあさ美ちゃんが精霊使いとして目覚めてしまったら…矢口さんやあいぼんは能力の暴走にすごく苦しんだみたいだし。できれば目覚めて欲しくないなあ。
 自分もまた精霊使いであることなどすっかり忘れ、あさ美の心配をする希美。
 そんな様子を見兼ねてか、
「しょうがないなあ。じゃあ圭織の買い出し、手伝う?」
と圭織は二人に持ちかけた。
236 名前:第五話「家族 famiry」 投稿日:2004/02/15(日) 01:48
「ほんまか! 行こ! 今行こ!」
 途端にはしゃぎ出す亜依と、やはりぼーっとしたままの希美。
「のの、何ぼけっとしてんねん。買い出しやで買い出し、飯田さんが何でも買ってくれるんやて!」
「え…」
「え、やあらへんがな! いつもやったら『わーい、八段アイス食べるのれす!』とか言うて喜ぶやろ自分…何や、恋するお年頃か?」
「ううん、何でもない…行こう。飯田さん、買い出しって何ですか?」
 それは後でのお楽しみ、などと言いながら圭織は奥の押し入れから何やら引っ張り出してきた。その幾何学模様の布を見た途端、希美の顔が苦みばしる。忘れもしない、「昏き十二人」たちの本拠地に乗り込んだ時に使った霊具だった。
「飯田さん、あの…」
「あれから圭織も研究に研究を重ねたんだ。今度は大丈夫っしょ」
 心配する希美に、圭織は極上の笑顔を見せて言う。
「何やこれ、かおりんの作った霊具か? これで遠くまで移動するんか、うわあ、楽しみやなあ」
 亜依は何も知らず、未知の霊具に興味津々だ。彼女のこの笑顔も、数分後には萎れてしまうのだが。
237 名前:ぴけ 投稿日:2004/02/15(日) 02:22
生存報告代わりの更新です。
二ヶ月近く空いてしまいましたが…

>>つみさん
この二人についてはもう一ひねりあったりなかったり…
紺野と辻はどうなるのか、作者にもわかりません。

>>んあさん
こういうものを随所に入れてないと気がすまない性質なんでしょうね。
シリアスよりネタ書いていたほうがいいんじゃないかと思うこともたまに。

>>聖なる龍騎士さん
はじめまして。
娘。以外の芸能人が登場する作品は賛否両論ですが、気に入っていただけて
うれしいです。オリジナルのキャラと同じように注意を払って書いていますが
どうでしょうか。

238 名前:ぴけ 投稿日:2004/02/15(日) 02:26
>>和尚さん
年をまたいでしまいました…
今年もよろしくです。
多分これから戦いも激化してひとつの山を迎えそうなので。

>>名無し飼育さん
がんばります。なるべく更新期間を空けないように…

>>ヘットズピカルさん
はじめまして。
読んでいただけて光栄です。
これからは少しずつでも更新していきたいので、これからも読んでいただけ
たら幸いです。
239 名前:つみ 投稿日:2004/02/15(日) 12:14
久しぶりに更新来ましたね!
いよいよバトルの始まりって感じですね。
今から過酷な試練が始まっていくんでしょうね〜・・
最後の一文も気になりましたし・・・
次回までまってま〜す!
240 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/02/15(日) 15:18
更新お疲れ様です。
いや〜、待望の更新ですね。今回はまだまだ、大きな進展は無かったものの、
なんだか、これから1波乱ありそうな予感がしますね。

自分は、娘。小説内にも、他の人物が出てきても良いと思います。
(なにしろ、自分の書いている小説内に、メンバー以外の人物が主役を張って
 いるので・・・・・・・・・。)
これからも、引き続き更新よろしくお願いします。
241 名前:名も無き読者 投稿日:2004/02/18(水) 23:19
初めまして…ですよね?(ヲイ
ずっと読んでたんですが今まで書き込んでなかったデス。
特に意味もないんですが。。。w
しかし盛り上がって(?)ますね〜ww
これからもマターリ楽しみにさせていただきます。
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/03/04(木) 23:08
楽しみに待ってます。
243 名前:んあ 投稿日:2004/03/13(土) 17:48
まってます。
244 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/01(木) 08:59
保守がてら短編かいてもよろしいでしょうか?
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/05(月) 01:56
>>244
やめれ
246 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/04/13(火) 23:26


 まいちゃんの攻撃を封じる方法、それはしなやかな鋼糸の動きを止めることに他ならない。たとえどんな精霊の力を宿したとしても、武器が効力を失えば何の意味もないから。それには氷の精霊の力は最適だとは思う。でも…
 梨華はまい攻略に頭を巡らせていた。彼女の考えかたは理論上は穴のないものだった。だが、実践的なものではない。目にも止まらぬ速さで襲いかかるそれを、瞬時のうちに凍らせるには絶妙なタイミングが必要だ。さらに鋼糸が炎を纏っている場合には作戦の成功率は限りなく低下してしまう。
「でも、やるしかないよね」
 梨華は小さく拳を握って、立ち上がる。まいちゃんに勝てれば、きっとわたしの中で何かが変わるはず。そんな思いを心に秘めながら。だが彼女は、この時点で既にいつもの弱気な自分にはない強さが芽生え始めていることを、知らない。
 まいが待つ、牛舎を改築したスペースに赴く梨華。まいは余裕綽々といった感じで、入念なストレッチをはじめていた。
「梨華ちゃん、待ちくたびれた」
 梨華の姿を確認してから、ゆっくりと戦闘の構えをとるまい。そんな彼女に、後ろのりんねとあさみは注意を促す。
「あれれ、何か掴んだみたいだねえ梨華ちゃん」
「まいちゃん、気をつけたほうがいいよ」
 何を? とでも言いたげな顔を二人に見せ、まいは再び梨華に向き直る。
「梨華ちゃんのほうから、おいで」
「…じゃあ、遠慮なく!」
 梨華は凍気を身に纏い、まいへと突っ込んでゆく。
247 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/04/13(火) 23:27
 幾度も交わる、凍気と鋼糸。時折糸の斬撃が梨華の肌を掠め、赤い痕をつける。
「今回は氷の壁は作らないんだね」
 言葉を交わしながら、相手の動向を探ろうとするまい。はじめて対峙した時から一貫していた梨華の戦法が変わりつつあることにまいは気づいていた。
 すなわち、氷の防御壁を作り相手の攻撃を防ぎながら反撃を狙う戦い方から、防御を度外視した攻撃中心の戦い方へ。
 物理的な障壁を作ることのできる梨華のような精霊使いにとって、防御壁を作る戦法は定石とも言うべき方法。それを捨ててまで攻撃に拘る理由。
 梨華ちゃん、何か狙ってる。
 まいは梨華の動きに注意を払う。彼女の放つ凍気はまい自身ではなく、まいの操る鋼糸に向けられている。これらの要素が導き出す答えはただ一つ。
 鋼糸を凍結させ、武器として使い物にならなくする。
 でもね、甘いよ梨華ちゃん。
 うねる鋼糸に、紅蓮の炎が走る。
「どう? これで鋼糸を凍らせるなんてマネはできないよ」
 まいに打ち勝つ唯一の方法が打ち砕かれたはずなのに、梨華の表情には一点の曇りもない。まだ何かを隠してるか、あるいは諦めの境地か。まいは、後者をとった。
 指先に付けた輪状の霊具から伸びる、鋼糸。つまり十本の炎の鋼糸が梨華に襲いかかる。
 模擬戦なので多少の手加減はあるものの、それでも鋼糸は容赦なく梨華の肌を切り刻む。
248 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/04/13(火) 23:28
「いくら後で治癒するからって、少しは避けたら?」
 しかし梨華はまいの言葉にまったく耳を傾けようとしない。ただじっと一点を見つめるのみだ。その態度が、まいには気に入らない。
 ちょっとくらい凶祓い歴が長いって言っても、所詮は吉澤ひとみのおまけじゃない。実力の差ってやつ、見せつけてあげる!
 五指を広げ、両手を思い切り振り上げる。燃え盛る十の鋼糸が梨華目がけ迫ってきた、その時。
 指先に鈍い感触がして、まいは思わず身をひいた。梨華は、いくつかの鋼糸を鷲掴みにしていたのだ。握った手からは血が滴り落ち、煙が上がる。
「…捕まえた」
 苦痛に顔を歪めながらも、気丈に微笑む梨華。
 梨華がこれからしようとしていることに気付き、鋼糸を回収しようとするまいだったが、それよりも早く梨華の凍気が鋼糸を覆った。柔軟性を失った鋼糸は、途中で鋭い音を立てて折れてしまう。
「そこまで!」
 あさみの声が建物内に響く。続いて、りんねが梨華の元へ駆け寄った。
「梨華ちゃん、あんた無茶するねえ…下手したら指がちぎれ飛んでたよ? いくらうちの救護班でも指はすぐには繋げないよ」
「ごめんなさい。でもわたし、早く強くなりたくて…」
 りんねは梨華の肩を抱き寄せ、言った。
「確かに梨華ちゃんの気持ちはわかるよ。りんねも昔、自分の弱さが原因で友達を亡くしてるから。でもさ、焦りすぎってのも良くないんでないかな?」
「……」
「それにさ、そんなにしゃかりきにならなくても梨華ちゃんはもう随分強いからさ」
 何だか、梨華ちゃん「切り札」あるっぽいし。
 しかしりんねはそのことは口には出さなかった。
249 名前:ぴけ 投稿日:2004/04/13(火) 23:36
読者の皆さん、長らくお待たせして本当に申し訳ないです。
の割にはかなり少ないんですが、更新です。
恥ずかしいので落としました…

>>つみさん
いつもありがとうございます。
話がぜんぜん進んでなくて申し訳ないです。

>>聖なる竜騎士さん
大きな進展は…
まあ早く更新しろって感じですけどね。
次は二ヶ月も空けないようにしたいと思います。
250 名前:ぴけ 投稿日:2004/04/13(火) 23:40
>>名もなき読者さん
はじめまして。
更新が滞っていますが、なるべく続くようにがんばります。
作者本人はマターリというわけにはいきませんが、これから
もよろしくお願いします。

>>名無飼育さん
楽しみだなんて、恥ずかしいですね…

>>んあさん
お待たせしました。
251 名前:名も無き読者 投稿日:2004/04/14(水) 17:24
更新お疲れサマです。
成長し始めてますねぇ〜。。。
楽しみですw
あまり焦らずにマターリ頑張って下さいね。
ついていきますから。ww
252 名前:つみ 投稿日:2004/04/17(土) 00:26
いえいえいつまででも待ってますよ!
梨華ちゃんも成長していってますね〜!
次回までも待ってます!
253 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/04/29(木) 01:13
初めて見付て一気に読みました。
こう言うの大好きです。
あいぼんっていろいろな属性攻撃もできるんですよね?人の物まねとしてでしたっけ?
その辺ももっと見てみたいです。後ののとあいぼんの絆の強さ・・みたいなの見てみたいです。
陰ながら応援してますんでがんばってくださいね。
254 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:51


 その頃、飯田と辻加護はと言うと。
「なあ…ちょっと聞いてもええか?」
「なに? あいぼん」
「ここ、どこやねん!」
 亜依の突っ込みも虚しく、
「うーん、目的地の近く…だと思うんだけどさ」
と圭織はとぼけた口調で返すのだった。
「こないな山奥まで連れて来て何が買い出しや!」
 木々の生い茂る薄暗い山道に、亜依の大声が響き渡る。希美はというと経験済みのせいだろうか、諦めの色が顔に浮かんでいた。
「二人とも、何か暗いぞー。さあ元気出して、カオと歌おう! ♪おかーをこーえ、ゆこーおよー…」
 いかにも元気一杯ですといった感じの圭織の後ろで、溜息をつく亜依と希美。
「はあ…ちょうどええ暇潰しやと思ったら…こんなんやったら事務所で大人しく留守番してたら良かったわ」
「まあまあ、別に南海の孤島に飛ばされたわけじゃないんだから」
 希美は前回飛ばされた時も、何だかんだ言って目的地には辿り着けたことを思い出していた。それよりもまず最初に、聞かなければならないこと。
「あの飯田さん、買い出しってどこで…」
「ん、あそこ」
 圭織が指差した先には、小さな丸太小屋。
「何や、あないな場所でどんなもん買い出しするねん」
「ああ、それは…」
 圭織が亜依の問いに答えようとしたその時だ。丸太小屋から、どこかで見たような顔が飛び出てきた。
「何がhoーほら行こうぜ、だよ! こんなこと毎日やってる意味なんてあんのかよ!」
 鬼のような形相で喚きちらす、金髪のショートカット。
255 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:52
「え、紗耶香!?」
「おっ、圭織にちびっこ二人じゃん」
 平然とした顔で、手を上げ挨拶するこの少女の名は市井紗耶香。日本でも数人いるかいないかと言われてる「空間使い」である。
「紗耶香ねえ、あんた今まで一体…」
 事務所の主力の一角が突然失踪したのだ。所長代行の圭織が怒るのも無理はない。
 圭織が紗耶香に問い詰めようとした時、もう一人の人物が小屋から出て来た。
「コラ市井! 途中で抜け出しよるなんてええ度胸しとるやないか!!」
 短くした髪の毛、猿に似た顔。そしてその男は背が小さかった。
「小っさいおっさん出て来たわ」
「何、あの変なジャージ…」
 互いに顔を見合わせる、希美と亜依。その猿っぽい男は、水色の上下のジャージを身につけていた。
256 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:52
「変なジャージとちゃうわ! これは岡村女子高の制服やっちゅうねん!」
 わけのわからないことを熱弁する小男。良く見れば、市井もまた赤いジャージを羽織っているではないか。
 しばらく呆気に囚われている三人の前に、投げつけられる三組の赤ジャージ。
「お前らこれ着て教室入りや! 岡村先生の特別授業やで!」
 テンションも高らかに、男は小屋へと戻って行ってしまう。
「飯田さん、あの人は…」
「うん…カオが霊具を造るための工具を頼んでもらってる精霊鍛冶師の岡村さんって言うんだけど。前はあんなジャージ着てなかったような…紗耶香、どうしたのあれ?」
 首を傾げる圭織に紗耶香も、
「知らないよ。あたしが後藤の刀の件でここに来たら、あんな調子でさあ」
と項垂れる。
「何してんねん! さっさとこっち来い!」
 渋々岡村の言う「教室」へと足を運ぶ四人。ジャージは一応拾ったが、袖は通さなかった。
257 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:53


 紗耶香から事情を聞いた圭織。
「なるほどね、そういうわけだったんだ…」
 福田明日香との闘いで折れてしまった、後藤の愛刀「破魔御影(はまみえ)」。その修理を頼む為に、市井は腕利きの精霊鍛冶師・岡村隆史の元を訪れていたのだった。
「後藤に言うと色々うるさいからさあ」
「それにしてもカオや裕ちゃんには何か一言あっても…」
 口を尖らせる圭織に亜依があくまでも冷めた口調で、
「そんなんより、何でうちらこないな場所に座ってるんですか?」
と言った。四人は何故か、さながら教室のような部屋の椅子に座らされていた。机も椅子も、教室仕様である。目の前には御丁寧に、教壇と黒板まであしらえてあった。
「はいー、お前ら私語をしない!」
 手をパンパンさせながら、奥から登場する岡村。
258 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:54
「いいですかー、先生の名前はー…」
 くるりと後ろを振り向いたと思いきや、小さな体には見合わぬストライドで大きく「岡村隆史」と黒板に書き殴り出した。
「岡村です!」
 鼻息荒く自己紹介する岡村の後頭部を、さらに奥から現れた学ラン姿の男が叩く。
「あたっ?!」
「いい加減にしいや、娘さんたち、困ってはるやろ」
「矢部さん、これは一体…」
 ここぞとばかりに、矢部と呼ばれた男に聞く圭織。
「飯田さん、済まんなあ。このアホ、山ん中があんまり暇やっちゅうんで、オレに金八先生のビデオレンタルさせたんですわ。そしたら夢中になりおって、この有り様ですわ」
「何言うてんねん! ええモン造るからには、これくらいの設備が必要なんや!」
 背の高い矢部に、岡村は首を伸ばして反論する。
「精霊鍛冶師と全然関係ないやろ…」
 岡村を見る亜依の目は、あくまでも冷ややかだった。
259 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:54


 名目上は政府所有の土地とされている、半径5キロほどの一帯。そこに石井リカは、足を踏み入れていた。澄み渡った空気。生き生きと輝く草花や木々。敷地内には御丁寧に小川までが流されている。ここが日本だとはとても思えないような、のどかな風景だ。だが石井は、全くと言っていいほど、安らぎを感じる事が出来なかった。
 何故なら、ここが石川家の敷地だから。
 石川家。氷の精霊使いの頭領的存在かつ名家の顔とともに持つ、暗殺者一族としての顔。その石川家が邸宅を構えるこの敷地に踏み込んだものを待ち受けるのは、様々な精霊トラップ。石井クラスの精神感応者でなければ、あっという間に物言わぬ肉塊と化すことだろう。政府関係者ですら腕利きの精霊使いを使者として寄越さなければ、仕事を依頼する事もままならないという話も頷ける。
 暫く歩くと、遠くに大きな洋館が見えてきた。
 あれが、石川家の邸宅…
 精霊使いとしての経歴は決して短くない石井だったが、実際に石川家の人間に相見えるのははじめてのことだった。
 石井の体が、震え出す。突如石井に向けられた、身も凍るような殺気を感じ取ったのだ。
260 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:55
「だ、誰!」
「さすがはつんくご自慢の精神感応者ですね。ちょっと精霊力を解放しただけなんですけど、すぐにおわかりになるなんて」
 ほんの一瞬だった。目の前に、ピンクのドレスを着た色黒の少女が現れたのだ。
 先ほどの殺気には似つかわしくない、女の子らしい容姿と、良く通るアニメ声。あれは本当に目の前の少女が出したものなのか、と石井は思わず首を傾げたくなってしまった。
「つんくの使者ですね。話はお父さまから伺っております。屋敷へ案内いたしますので、どうぞ」
 少女はそう言って石井に微笑みかけ、踵を返そうとしたその時だった。
「あの…」
「何でしょう?」
 石井は少女の姿にすっかり安心してしまっていた。石川家の人間と言っても、噂ほどじゃないわね、とさえ思っていた。
「やはり、お姉さんにそっくりですね」
 だからそんな軽口がつい出てしまった。石井は一度、中澤事務所に身を寄せる梨華の姿を目にしていたのだ。
 少女の顔に浮かんでいた、微笑が消えた。次の瞬間には、その腕が石井の首を掴んでいた。
「ひっ!」
「言葉を謹んで下さい。次に私の前で姉の話をしたら…」
 少女が再び、微笑む。しかしそれは氷のような冷たさを伴っていた。
「殺しますよ?」
 何事もなかったかのように、再び歩き出す少女。後をついて歩く石井の震えは、しばらく止まることはなかった。
261 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:56


 時を同じくして、ここは東京のとある下町。
 自分の家に近づくにつれ、
「あ、お嬢さんおかえんなさい!」
「いつ帰ってきたんですか!」
「魚ってるねえちゃんだー!」
と声をかけられる回数が増えてゆく。ちなみに最後の無邪気な子供は、頭にきつい拳骨をお見舞いされた。
 何年ぶりかな、ここに帰るの。
 真希は決して大きいとは言えない自分の家を前にして、そんな感想を漏らした。
 炎使いの頭領とも言うべき存在の後藤家。精霊使いの剣術家では知らないものはいないと言っても過言ではない、陽世流抜刀術の家元。しかしそんな家柄や伝統は、真希にとっては埃くさい時代遅れの代物でしかなかった。13の歳には、真希は家を飛び出していた。弟のユウキにはたまに連絡は取っていたものの、実家に帰ることは決してなかった。
 そんな真希が、決意を従えてこの家を訪ねたのには理由があった。
262 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:57
 玄関の引き戸に手をかけようとした、その時だ。
「あんたが、後藤真希…」
 いつの間にか、背後を取られていた。振り返ると、そこには一人の少女が。
 意志の強そうな鋭い瞳に、特徴的な厚みのある唇。鍛えられた体はさながらボディービルダーのようだった。
「あんたは?」
「あたしはソニン。ユウキの従者をやってる。まあ、本来ならあんたの従者になるはずだったんだけど、あんたは当主の座を蹴ったからね」
 ソニンと名乗った少女は、ぶっきらぼうにそう言った。
「で、そんな当主の座を蹴ってブラブラしてる不肖の娘が…何の用?」
 この女は明らかにあたしに敵意を向けている。はて、どうしたものか。
 真希がそんなことをぼやーっと考えていると、ソニンは真希の横をすり抜けて玄関の引き戸を引いた。
「どうぞ。ユウキならいないわ。話なら、あたしが聞いてあげる」
 挑発するような眼差しをかわし、真希は頷いた。
263 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:58

 家の奥にある、板間の鍛錬所。
 真希の幼い頃の記憶も、血も汗もしみ込んだ場所だ。記憶の中にはもちろん、亡き父との鍛錬の記憶もあった。
 そんな因縁の深い場所で、真希はさっき会ったばかりのソニンと顔を向き合わせていた。
「で、何の用?」
 何だか偉そうだな、とは思いつつ真希は質問に答えることにした。
「陽世流抜刀術の、最終奥義を教えてもらいに来たんだけど」
 ソニンは、顔を歪める。
「あんた、正気? 陽世流抜刀術の最終奥義は正当後継者にしか伝授されることのないものよ。無責任に家を棄てたあんたの得るものじゃないわ」
「あのさあ…」
「何よ」
 気の抜けたような話し方に、明らかに苛立った態度を露わにするソニン。
「ごとー、今日はじめてあんたに会ったばかりなのに、なんでそんなに嫌われてんの?」
 至極当然な質問だった。しかしソニンは、呆れたように鼻で嗤う。
264 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:58
「…あんた、何にもわかっちゃいないんだね。あんたのせいで、ユウキがどれだけ苦しんだか。自分とあんたの間に広がる素質の差に絶望して、バイクを乗り回してキャバクラでストレスを発散させることしかできない人間の気持ちがあんたにはわからないんだ」
「え、それって…」
 真希がソニンに問いかけようとした時だ。鍛錬所の入り口に馴染みの精霊反応を感じた。
「姉ちゃん、ソニン!」
 ライダースーツに身を包んだ少年は、真希と瓜二つの顔をしていた。
 真希は何を思ったか、鍛錬所の木刀掛けのところまで歩き、ひと振りの木刀を少年に投げつける。
「な、姉ちゃん?」
 木刀をキャッチし戸惑いの表情を見せるユウキに、真希はこう言った。
「ユウキ、支度して来な。久しぶりに稽古つけてあげるから」
265 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:59


 その頃、教室(?)では精霊鍛冶師・岡村によるレクチャーが行われていた。
「♪hoーほら行こうぜっ!」
「修学旅行行こうぜっ!」
「♪hoーほら行こうぜっ!」 
「修学旅行行こうぜ…」
「こら飯田! 委員長のお前が率先してやらなあかんやろ! 市井、お前もや!」
 赤いジャージを無理やり着せられ、妙なステップ(掛け声付き)を強要される四人。楽しそうに踊る辻加護とは対照的に、いやいや従っているのがすぐにばれた飯田と市井は理不尽な叱責を受けていたのだ。
「なあ圭織…こんなのが毎日続いてるんだぜ? 逃げ出したくもなるさ」
 眉を顰めてそんなことをこぼす市井を、岡村先生は見逃さない。
「市井! そんなんやったらいつまで経っても先生、『破魔御影』を渡すことはできません! 辻加護を少しは見習え。見てみい、楽しそうに踊ってるやないか…」
 視線を移す岡村だが、すでにそこには二人の姿はなかった。
「あれ、どこ行った!」
 すると教室の奥から、矢部の慌てふためく声が聞こえてくるではないか。
266 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 15:59
「ああ、それは触ったらあかん!」
「ええやんか別に。あっ、ののこれ見てみ。ネイルやでネイル」
「ほんとだ! リボンがついててかわいい!」
 奥の作業場に置いてある、霊具の数々を漁っている辻加護。二人の暴走に、矢部は激しく突っ込むわけにもいかず、ただその様子を困った顔をして見ているしかなかった。
「ん、何やこれ」
 そんな時だ。亜依は霊具置き場の片隅に、妙な柄の小剣が落ちていることに気付いた。それをいち早く見つけた矢部が、亜依の手を思い切り引っ張る。
「あかん、それだけは!」
 しかし小剣を手にしたのは、亜依ではなかった。
「これ、何だか矢口さんが持ってたやつに似てる」
 そう言いつつ鞘から刀身を抜く希美。紫の刀身から、電光が迸る。
「ああ、『雷刃』を抜いてしまいおった…」
 頭を抱える矢部。岡村たちが駆けつけた時には、すでに時遅しといった様相を呈していた。
267 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:00
「おいこのクソガキ、勝手に鞘から抜くんじゃねえ!」
 どこからともなく聞こえてくる濁った声。希美は辺りを見まわすが、岡村たち以外は、誰もいなかった。
「のの、そいつや! その刀が喋ってんねん!」
「え!?」
「え、じゃねえよこのガキ! ふざけたマネしやがって、泣かすぞオラァ!!」
 そう言うや否や小刀は宙に浮き上がり、辺りに電撃を撒き散らした。
「きゃあ!」
「久しぶりにオレの暴れっぷり見せてやるからよ!」
 電撃はさらに激しくなる、かと思いきや刀身は急に浮力を失い落下した。ゼエ、ゼエという奇妙な呼吸音が刀から聞こえてくる。
「せやった…『雷刃』抜くんは久しぶりやったから、喘息の発作が出たんやな」
「矢部さん、どういうこと?」
 圭織の質問に、岡村が答える。
「この『雷刃』は、大昔の名匠が拵えた名刀や。対になってる刀と合わせて使うとめちゃめちゃ強力な威力を発揮することから、『ドラゴンフライ』って呼んでるもんもおるらしい。せやけど、単品やと色々問題がある言うことで俺んとこに回って来たんや…」
「対になってる…」
 しばらくどこかと交信していた圭織は、ふと何かを思いついたようで、
「岡村さん、この精霊刀カオにくれません?」
「何やて?」
「何か、いいアイデア出そうだし。岡村さんが嫌だって言っても、注文しておいた工具と一緒に持って帰りますから」
「マジでか!」
 困惑する岡村。一方矢部は、
「まあぼくらもその刀を持て余してたとこもあるから、持ってってもらうんは助かるんやけど…」
と言い添える。
「じゃあいいんですね!」
 嬉々とする圭織は、その遥か後方で希美が首をぶんぶん横に振る姿など見えてはいなかった。
268 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:01


 激しく散る、火花。
 木刀同士で打ち合っているはずなのに、まるで真剣で鍔迫り合いをしているようにソニンには感じられた。
 さすがは腐っても後藤真希、と言ったところか。
 先ほどまではあれほど憎んでいた真希だが、その太刀捌きを見せられてしまってはソニンは舌を巻くしかない。突然の出奔さえなければ彼女が後藤家の当主になっていたのだから、当然のことなのかもしれないが。
 でも、ユウキだって負けてはいない。
 真希の一太刀一太刀を、正確な動作で受け流すユウキ。いくら日頃不摂生をしているからと言って、彼もまた並々ならぬ実力の持ち主だということの証拠である。
「姉ちゃん、外に出て弱くなったんじゃねえの!?」
「あんたこそ、キャバクラ通いで体なまってるんでしょ!」
 そんな軽口をひと通り叩いた後、二人はまったく口を利かなかった。この打ち合いが、真剣勝負の色を帯びてきたということだ。いや、寧ろ二人は木刀の打ち合いで会話をしているのかもしれない。
269 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:01
「はああああっ!」
 一瞬の出来事だった。
 真希が隙を狙った中胴への薙ぎを、紙一重で交わすユウキ。木刀の先が掠った胴衣が、燻った煙を上げる。そして標的を見失った木刀を、斬撃が襲いかかった。
 ユウキの振るった木刀が、真希の木刀を打ち砕く。粉々になった木屑が、赤い炎をあげて燃え尽きた。
「さすがだね、ユウキ」
 真希は弟に向かってゆるやかに微笑むと、握手の手を差し伸べた。しかし、ユウキはその手を払いのける。
「ふざけんなよ! 真希ちゃん、手え抜いてたろ!」
 真希ちゃんか。懐かしいなあ。
 真希は久しぶりに呼ばれた幼名に、かつて目の前の弟とともに父親の指導を受けていた思い出を振りかえる。しかしユウキは、真希を睨みつけたままだ。
270 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:02
「ところでさユウキ。あんた陽世流抜刀術の最終奥義って、知ってる?」
 真希は額に流れる汗を拭いながら、ユウキに訊ねた。だが、彼の答えは非常にそっけないものだった。
「知ってるけど、教えねえ」
「けち」
 そこへ、それまで黙って見ていたソニンが口を出す。
「後藤真希! あんたがいくらユウキのお姉さんだからって、それ以上の侮辱は…」
 しかし、ユウキはソニンに向かって首を振り、そして言った。
「陽世流抜刀術の最終奥義が後藤家の当主にしか伝授されないのは、姉ちゃんも知ってるだろ」
「わかってる。でも、あたしは鈴木あみを倒さなくちゃいけないんだ」
 詰め寄る真希に、ユウキは再び表情を険しくした。
「だったらさ、今からでも姉ちゃんが後藤家の当主になったらいいだろ! もともと当主には俺じゃなくて姉ちゃんがなるはずだったんだからさ!」
「それは…」
「自分が当主になるのが嫌だからって家飛び出してさ、で都合がいい時だけ戻って来て何様のつもりなんだよ! 俺は、俺は…!!」
 下を向き、歯を食いしばるユウキ。真希は、何も言えなかった。
「ユウキ」
 ソニンが真希を押しのけ、ユウキの肩を抱く。そして真希を、これまで以上の憎悪をもって睨みつけた。
 真希は、踵を返し鍛錬所を後にする。
 虫が、良すぎたよね。やっぱり。
 その表情はいつもの眠たげなものだったが、瞳には深い青が映し出されていた。
271 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:03


 一面ピンクに覆われた、落ちつかない空間。
 壁も床もピンク、柱もピンク、壁にかかった絵画までもがピンクを基調としたデザイン。思わず好奇の目で見まわしたくなるような外装だが、石井リカは身動き一つできずにいた。
 目の前の存在が、石井の心に凍えた風を送り続けていた。
 暗殺者という属性が故に滅多に人前に顔を出すことのない石川家の面々が、一同に会していたからだ。
「まあまあ、そんなに堅くならないで。リラックスして下さいよ」
 石井を出迎えた、石川家の三女。
「…用件があるなら、さっさと言いなさいよ」
 冷たい視線で石井を睨む、石川家の長女。彼女もまた、妹である石川梨華に良く似た面立ちをしていた。
「まあ、お客様に何て口の利き方を…ごめんなさいねえ、うちの娘たちは暗殺に掛けては優秀なのですけど、いざこういう場面になると。おほほ」
 三女の母である、石川家当主の妻。微笑を浮かべてはいるものの、目は笑ってはいなかった。
 そして三人に囲まれ、玉座に座るは石川家の当主。
「噂は聞いている。鈴木あみが、復活したのだろう?」
「は、はいっ!」
 絶対零度を操るという、至高の暗殺者。彼に纏わる様々な伝説を思いだし、石井は生きた心地がしない。
272 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:03
「で、つんくは俺たちに何を?」
「あのですね…わたしたち凶祓師総本部で、鈴木あみ討伐のメンバーを募っているんですけれども、是非ご参加していただきたく…」
 すでに石井の唇は紫色になっていた。一流の精霊感応者である石井には、4人もの高位氷術師(しかも悪意を持った)に囲まれること自体が拷問であろう。
「おいきさま」
「はい!」
「俺たちが誰だか、知ってるだろう」
 玉座から立ち上がる石川家当主。狂暴な精霊反応が、石井に襲いかかる。
「ひ、ひいいいいい!!」
「わたしたちは、あまたの精霊術師をくびり殺してきた石川家の人間よ! それをそこらのものと行動を共にするなんて…屈辱だわ!!」
 ヒステリーな声を上げる石川家長女。彼女の声もまた、アニメ声だった。
 最早風前の灯火かと思われた石井の命だが、それを救ったのは石川家の三女だった。
「お父様もお姉様も。そういうつもりで言ったんじゃありませんよね、石井さん。それにこう考えるのはいかが? 自分たちこそが精霊術師の頂点みたいに振る舞ってるつんくにわたしたちの力を見せつける絶好の機会だと思えば、そのような戯れもまた一興ですわ」
 石井は首が取れてしまいそうなほど、頷いた。
「そうですわね…ならば、わが石川家の中の一人だけをつんくのところへ向かわせると言うのはどうでしょう」
 母が、娘に追従する形で発言する。
「む。なら考えぬことも、ないか」
 当主はゆっくりと頷き、それから玉座に座り直した。
「あっありがとうございます!!」
 石井は涙を流しながら、詳しい説明をする。具体的な報酬内容から鈴木あみの凶行の様子、さらには決行日時などを伝え、彼女の任務は終了した。
273 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:04

「ありがとうございます、お陰で何とか話も纏まって…」
 再三、石川家三女にお礼を述べる石井。
「いえ、いいんです。あの人たち…とくに父と姉はどうも血の気が多いみたいで。わたしがいつも宥め役に徹しなければだめなんですよ」
「いえいえ、さすがは石川家に三姉妹ありきと謳われるだけのことはありますよ。みなさんお美しくて」
「……」
 一瞬、どこからか風が吹いてきたように感じられた。だが精霊反応はまったくなかったので、石井はそれを思い過ごしだと処理した。思えば長時間あの空間に晒されていたのである。多少精霊反応に過剰敏感になっても仕方があるまい、そう石井は思っていた。
274 名前:第五話「家族 family」 投稿日:2004/05/15(土) 16:04
「それではつんくさんに伝えておきますので。宜しくお願いします」
 そう言って石井は後ろ手で玄関のドアノブを回す。ぽきり、と小枝が折れるような音が聞こえた。
「その必要はなくてよ…あなた、御自分の手をよく御覧なさい」
「え?」
 石井がドアに向き直ると、そこには不思議な光景があった。ドアをしっかりと握った石井の左手。それは、根元からぽっきりと折れていた。
「え…あれ…わたしの右手…」
「言ったでしょう? 次に姉の…石川梨華の話をしたら、殺しますよって」
 石井を見つめる彼女の瞳には、文字通り温度がなかった。
「ぎゃあああああああああ!!」
 恐怖の叫び声をあげる石井。彼女の体は、自らの発した大声によって粉々に崩れていった。先程感じたそよ風のような風、それは体全体を凍りつかせる恐ろしいものだったのだ。
「わたしはあの姉を…石川梨華を姉だとは認めないわ」
 その場から立ち去る石川家三女。ピンク色の絨毯に、氷の屑がゆっくりと溶けて染み込んでいった。
275 名前:ぴけ 投稿日:2004/05/15(土) 16:06
訂正
274  ×わたしの右手
   ○わたしの左手

エスパーは左利きだって。
276 名前:ぴけ 投稿日:2004/05/15(土) 16:11
更新終了です。
もう一個のほうもこれくらいさくさく進めれば…(嘆息)。

>>名も無き読者さん
過度な成長にならないよう、気をつけて書いてます。
完結はいつのことやら、ですががんばります。

>>つみさん
あの頃の石川を思い浮かべつつ、書いてます。
今回も更新に間が開いてしまいましたが。
277 名前:ぴけ 投稿日:2004/05/15(土) 16:12
>>名無飼育さん
はじめまして。
そうですね、加護はそんな感じです。
いつか能力表でもまとめてみようかなと思ったり思わなかったり。
278 名前:名も無き読者 投稿日:2004/05/16(日) 09:11
更新お疲れ様です。
いや怖ッ!!
皆さんそれぞれ色々あるんですな〜。。。
続きも楽しみにしてますw
279 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/05/19(水) 15:24
更新お疲れ様です。
そしてお久しぶりです。最近、忙しくて中々小説を読む時間が無くて、久しぶりに
読んでみたら、岡村や矢部が出てきたり、石川一家が登場したり、はたまた最後には
怖いシーンが出てきたりと、内容がとても充実していて、本当に読み飽きないですね。

これからどう言った進展を見せるのか、楽しみです。
これからも順調に更新の程、よろしくお願いします。
280 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/02(金) 23:37
続き楽しみにしてます。
281 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/07/21(水) 23:52
そろそろ更新こないかな〜?
282 名前:習志野権兵 投稿日:2004/07/31(土) 04:53
始めまして。何度も小説を書こうとして挫折している者です。構想としてまとまっていてもいざ文章として書くとなにかが違うんですよね。だから、これだけ長い期間書き続けた事に関して素直に関心しちゃいます。色々と大変でしょうが是非完結してください。
283 名前:第六話「包囲網 coalition 」 投稿日:2004/08/06(金) 01:09




 三歩先さえ見通すことのできない、闇の中。
 その闇が、めらめらと音を立てていた。
「いるんでしょう? さっさと出てきなさいよ」
 女はあくまでも高慢な態度を崩さずに、闇の中の人物に声をかける。ゆっくりと浮かび上がる
少女の姿に、女は身を固くする。
「…あんた、まだ生きてたのね」
 少女は答えない。
「あたしに大層な口を利いておいて、噂だと名もない精霊使いに倒されたそうじゃない? ナン
バーワンだけが全てじゃない、だっけ? 笑わせんなよ!」
 女は精霊術の詠唱を始める。進歩した精霊術には詠唱の必要がない故に、詠唱をわざわざ要す
る精霊術には恐ろしいほどの破壊力が秘められている。女は、目の前の少女を一撃で屠るつもり
だった。

 だが、女の詠唱は途中で止まってしまう。
284 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:10

 少女の瞳に女は、釘付けにされたのだ。
 覗き込めば覗き込むほど、闇の深淵に飲み込まれてゆく。
「あなたはわたしには絶対に勝てない」
「生に執着するあなたが、最強である筈がない」
「あなたも本当は、わたしの手に入れた力が羨ましいんでしょう?」
「そうだ、あたしはあんたの得た力を羨ましく思う」
「死人(しびと)になってでも、あの力が欲しい」
「譬え悪魔に魂を売ろうとも」
 少女の言葉なのか、自分の脳に直接語りかけている言葉なのか、自分自身の言葉
なのか。女は激しく混乱した。そしてその隙を突いて、少女が女の眼前に迫っていた。
 昏き炎が、女を包む。
285 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:12


「うああああああああああっ!!!!」

 女が、浜崎あゆみが悪夢から解放された時には、既に寝室のベッドを覆う天幕
は半分ほどが焼け落ちていた。
 また、あいつの…福田明日香の夢を。
 額を伝う汗を拭い、それから浜崎は口惜しげに唇を噛んだ。
 浜崎は一度だけ、福田明日香と炎を交えたことがあった。もっとも、その時の
福田明日香は呪いの霊具によって既に闇の住人と化していたのだが。しかし浜崎
がその昏き炎を怖れ、自ら戦う意志を無くしたのもまた紛れのない事実だった。
 くっ…あたしは、あゆはあんなやつになんか負けてない!
 その時だ。浜崎の悲鳴を聞きつけて、彼女に仕える氷の精霊術師が寝室にかけ
つけた。
「は、浜崎さま、何事ですか!」
「…タカヨか」
 タカヨ、と呼ばれた氷術士は悲鳴を上げた当の本人がけろりとしているのを見
ていささか拍子抜けした。てっきり自分たちの事務所を逆恨みした輩が押し入っ
たのではないかと危惧したのだ。
「何でもない。夢に、うなされてただけ」
「そうですか…何か心配事でも?」
 タカヨは浜崎の配下である、4人いる氷術士の中でも一番の年長であるためか、
相手を労わるという癖が身についていた。
「いや、気にしないで。夢見が悪かっただけだから」
「そうですか…では、おやすみなさいませ」
 そう言ってタカヨが寝室の照明を消した時のことだ。訪れた闇が、浜崎を悪
夢の世界へと再び引きずり込んだ。
「ああっ、う、う…」
「どうかなされました、浜崎さ…」
 言い終わらないうちに、浜崎はタカヨに向かって襲いかかっていた。
 その顔は、恐怖と狂気に歪んでいた。
286 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:13


「しかしあんたも手ひどくやられたもんだねえ」
 歯並びの悪い少女が、タカヨの傷ついた頬に薬の染みた脱脂綿を押しつける。
「イタタタ…うっさいよミズホ!」
「うっさいって何だよおめえ! 人がせっかく手当てしてやってんのにさ!」
「あんたの甲高い声が傷にしみるんだよ! 死ね!」
 何故か口喧嘩を始める二人。
「まあまあ、二人とも落ちついて」
 タカヨとミズホの間に割って入る、リスっぽい顔の少女。仲がいいほど喧嘩す
るのはトムとジェリーで照明済みだが、仲裁役はそれでも必要ではある。
 そんな様子を無言で見ていたもう一人の少女。ふくよかな頬とあどけない瞳は
幾分幼さを含んでいたが、瞳の奥には決意のようなものが宿っていた。
「ねえタカちゃん、ミズホ、マイコ」
「どうしたのよ、ミユ」
 タカヨが訝しげに訊ねると、ミユは意を決してこう言った。
「あたし、もう浜崎さまにはついていけない!」
287 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:15
「ちょっと、突然何を…」
「もう限界だよ! この前の『昏き十二人』の事件の時も、中澤事務所の矢口
と一緒に燃やされそうになったしさ。浜崎さまはあたしたちのこと、ただの氷
術が使える駒くらいにしか思ってないんだよ!」
「ミユ、そんなことないよ! 今日はたまたま浜崎様の機嫌が悪かっただけで…」
 ミユを宥めにかかるタカヨだが、今度は思わぬところから攻撃が入った。
「でもさあ、あたしたちの今後を考えたらそろそろ事務所を移ったほうがいいか
もね。『浜崎色』がつく前にさ」
「ミズホ、あんた何てことを!」
 うろたえるタカヨは救いの手を求めるようにマイコを見るが、
「…実はこの前さ、お得意先の組織の人に言われたんだ。『あんたんとこ、最近
いい評判ないよ』って」
という消極的な批判に撥ね返される。
288 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:16
 会長である浜崎を筆頭として高位精霊術師を多く抱える、凶祓い組織「A」。
しかし浜崎の意向による強引な仕事ぶりに組織内部からも疑問が出ていること
は、タカヨ自身も知っていることだった。それでも。
「あんたたち、忘れたの? あたしたちが異端の存在として多くの凶祓い組織
をたらい回しされた時に救いの手を差し伸べてくれたのが、浜崎さまだってこ
とを」
「……」
 三人は、言葉が返せない。浜崎の存在無くしては、自分たちが今こうして生
きていることは有り得ないからだ。
「とにかく、あんたたちが何と言おうとあたしは浜崎さまについていくから」
 タカヨは、強い調子でそう言った。それは、自分自身に対する意思確認にも
似ていた。
289 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:17


 翌日。
 土曜日だということもあり朝早くから事務所に顔を出す希美。そこで目にした
のは、慌しく出発の準備をしている先輩メンバーたちだった。
「みんなどこか行くんですか?」
 希美は、その中でも一番バタバタしているなつみに声をかける。
「何だかさ、凶祓いの総本部で鈴木あみ討伐に駆り出される精霊術師たちの会合
があるんだってさ。なっちたちは総本部の依頼で本部周辺の警護に当たるんだよ」
 なつみの話を聞いていて、疑問符の浮かぶ希美。その疑問は、すぐに解かれた。
「確かにおいらたちは鈴木あみの件に関しちゃ蚊帳の外らしいけど、その他雑務
には回されんだってさ。都合のいい話だよなー」
 不服そうにぼやく、事務所の切り込み隊長・真里。
「ほらほら、矢口も文句ばっか言ってないで早く用意しな。九時半には総本部で
他の事務所さんと待ち合わせなんだから」
 背後から圭織が、真里の頭をぽんぽん叩きながら出発の準備を促す。
290 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:18
「じゃあなっちたちは行って来るから留守番たのんだよ、のん」
「おいらたちがいないからって、悪さすんなよ!」
「後であいぼんやよっすぃーも事務所に来るからね」
 そう言って三人の先輩は足早に事務所を後にした。後姿を見送って
いた希美だが、急にポケットから携帯を取り出すと徐にボタンを押し
始めた。
「もしもしあいぼん?」
「おう、カオリンたちもう出たか」
「うん、暫く戻って来ないと思う」
「よっしゃ! 今すぐそっち行く!」
 亜依がそう言うや否や、どたどたと大きな足音が聞こえてくる。
「のの、待たせたな!」
 突如事務所のドアを開けて登場した亜依に、希美は鳩が豆鉄砲を食ら
ったような顔になった。
291 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:19
「あ、あいぼん!」
「よっちゃんから紺ちゃんの居場所教えてもろてから、居ても立っても
いられなくてな。隣の喫茶店でずっと待ってたんや」
「昨日頼んでた情報屋から、やっとそれらしき話が来たからさ」
 得意げに語る亜依の後から、大柄なひとみが姿を現す。
「よっちゃんの言う情報屋って、例の三十路やろ?」
「うん、そうだけど」
「まあ胡散臭い三十路言うたって、貴重な情報源には間違い無い。とに
かく情報が確かなもんやと信じるしかないやろな」
 亜依は顰め面をしながらも、隣のひとみに縋るような視線を向けた。
「ところで、あさ美ちゃんは今どこに…」
 希美が、一番聞きたかったことを訊ねた。
「新宿の地下街に、閉鎖した漫画喫茶があるんだ。その店は昔、凶祓い
事務所のダミーだったんだけど、今は怪しい連中がたむろしてるらしく
て。紺野はその連中の手に落ちてるらしい」
 希美はあさ美の笑顔を思い浮かべた。
 すぐに、助け出してあげるから。

 希美は知らない。あさ美が既に、あさ美としての意識を失っているこ
とを。
292 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:20


 凶祓い総本部。正式名称を全国凶祓師協会総本部といい、協会に加入している
凶祓いたちを総括する組織である。
 東京の郊外。新興ベッドタウンを望む丘に構えた施設は、外観だけで見る者を
圧倒する。その施設の地下深く、広大な会議室では物々しい雰囲気が漂っていた。
「…わー凄いよ美貴たん、強そうな精霊使いさんがいっぱいいるよ!」
 まるではじめて都会に出て来た田舎者のように、亜弥が周囲をきょろきょろさ
せる。
「当たり前じゃない。鈴木あみを討伐しようって人間が弱いなんてお話にならな
いでしょ」
「まあそうだよねー、でもさあ…」
 亜弥が言おうとしている言葉を察知して、美貴が意味を込めた視線を送る。亜
弥はわざとらしく驚いた表情を作ると、目を閉じて俯いた。美貴もまた、亜弥と
同じように瞳を閉じた。
293 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:21


「だからさあ、秘密の話する時はここを使えっていっつも言ってんじゃん」
 真っ白な空間。そこにいるのは、亜弥と美貴の二人だけだ。
 意識だけを遠方へと飛ばし、特定の相手と会話をする。空間は使用者の精
霊力に守られ、他者を寄せつけない。ネット世界のチャットルームのような
ものだ。
「わかってるよお。でもたん、ちょっと神経質過ぎー」
 口を尖らせる亜弥。
「亜弥ちゃんさ、うちらが山崎様のスパイだってばれたら色々面倒臭いこと
になるでしょ?」
「まあねえ…でも松浦とたんの二人だったらつんくさんにだって勝てるかも
よ」
 その言葉に、美貴は答えない。代わりに、
「それよりもさっき言いかけてたこと、何?」
と亜弥の言葉を促す。
294 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:22
「えっと、あんだけの駒を揃えられたらさしもの鈴木あみもやばいかも
って。それってうちらとしてはどうなのかなってね」
 美貴は少しだけ考えてから、
「美貴たちがこっそり鈴木側として参戦すればいいだけの話じゃない? 
多分山崎様からそういう指令が下されると思うし」
と答えた。
「にゃはは、そうだね」
「笑い事じゃないっての。美貴たちの一行動が、山崎様の計画に影響す
るんだから」
 話を聞きつつも、美貴の顔を注視する亜弥。
「どうしたの、美貴の顔になんかついてる?」
「たんさあ…いっつも思うんだけどさ、こっちとあっちで雰囲気違うよ
ねー」
 美貴は面白くもなさそうに、
「さあねえ」
と答えるだけだった。
295 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:23
 刹那、美貴の表情が厳しくなる。
「どうしたの、たん」
「…誰か、来る」
 白い壁がうっすらと透け、人影を映し出す。黒く長い髪を持った、長身の
女性。
「確かさあ、うちらの場所には誰も近づけないはずじゃなかったっけ」
「とにかく、一旦落ちるよ」
 二人は、瞳を閉じる。次の瞬間には白い空間に二人の姿は、消えていた。
 一方、誰もいない場所に入ってくる、長身の女性。
「あれー、誰かの声がしたと思ったんだけど」
 女性の正体は、交信中の飯田圭織その人だった。
「…ま、いっか」
 再び、ふらふらとその場を後にして歩き出す圭織。
 こうして彼女は、意識を遠くへと飛ばした相手とコンタクトを取る。時には、
意識が肉体に収まったままの相手に話しかけたりもする。これが彼女の、交信
と呼ばれる行為のメカニズムなのだった。
296 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:24


 亜弥と美貴が再び意識を体に戻した時には、つんくの挨拶がすでに始ま
っていた。
「みんな、遠いとこからご苦労さん。知っての通り、あの鈴木あみが復活
して暴れまわっとる。安室にTRF、それと安室んとこの若いもんも殺ら
れてもうた。あいつらは…小室哲哉の元手下やのうて、立派な俺らの仲間
や。違うか?」
 いつにない真面目な表情で、つんくは目の前の精霊術師たちに問う。頷
く者、鼻でせせら笑う者、まったく聞いていない者、反応は様々だ。
「御託はいい。要するに、鈴木の首を取ってくればいいんだろう?」
 銀の毛皮のコートを身に纏いサングラスをした若者が立ちあがり、言い
放つ。隣には同じような格好の若者が足を組んで座っている。こちらの毛
皮のコートは金色だ。
「おう、ジェイズんとこの若いもんか。最近売りだし中やってなあ。期待
してるで」
 つんくの掴みどころのない対応に、二人の男はふん、と鼻を鳴らした。
297 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:25
「ねえたん、あの二人…随分いきがってるみたいだけど、何者?」
 そんな様子を見て、亜弥は美貴に耳打ちする。
「ジェイズの若手の成長株と言われる、fall&wingって二人組よ。中居率いる
ファイブリスペクトの後継と目されている山風を凌ぐ実力の持ち主」
「…たん、元に戻ってる。つまんないの」
「細かいことを気にする子ね。わたしは、わたしよ。それより、今のうちにこ
の会合に集まってる人間の顔をよく覚えておくことね」
 鈴木あみのアジトで、極秘裏に始末する人間がいるかもしれないから、とい
う言葉を美貴は暗に忍ばせておいた。
 亜弥はずらりと顔を揃えた精霊使いたちに、視線をやる。
 北海道からやって来た、カントリー牧場のりんね。
 武士道を重んじていることから「ラスト・サムライ」の異名を持つ仙台の凶
祓い・独眼竜。
 名古屋の妖怪と恐れられている双子の老婆、悟琉童と汁婆。
 大阪からやって来た、チハラブラザーズ。
 広島の一発屋、猿(ましら)と巌(いわお)。
 そして激戦区・博多においても大物ヤクザとしても名を知られている、蜻蛉。
298 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:27
 凶祓いを数年続けていれば、嫌が上でも耳にするビッグネームばかりである。
しかし亜弥の視線は彼等ではなく、会議室の隅に立っている仮面の少女に注が
れた。この場にそぐわないピンクのワンピースは、身につけた白い仮面とはあ
まりにも不釣合いだった。
 亜弥の背中にぞくぞくとした感触が伝わる。別に彼女の格好に悪寒がしたの
ではない。彼女の持つ、圧倒的な精霊力に痺れてしまったのだ。
 松浦が戦うとしたら、あの子かな…でも、あの黒い肌、どっかでみたことあ
るんだよなあ…まあ、いっか。
 仮面の少女は紛れもなく、梨華の妹。つまりは石川家の三女であった。
「みんなにはこれから、鈴木あみがおる場所に行ってもらいたい。場所は…え
えと、どこやったっけ前田」
 前田に説明をさせようとするつんく。前田は会議室のプロジェクターに地図
を映し、説明をはじめた。
「はい。場所は、新宿の地下街。閉鎖された漫画喫茶が入り口になります。鈴
木あみは先の精霊術師訓練学校生誘拐事件の被害者を洗脳、配下にしていると
いう情報もあり…」
299 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:28


 各エリアの担当の配分や、鈴木あみと直接対峙した場合の連絡方法など
を議論した後、会合は解散となった。後はこのまま、直接新宿の地下街へ
と責め込むのみである。
 精霊使いたちが次々に会議室を出て行く中、その流れとは逆行する派手
ないでたちの女が一人。浜崎あゆみだった。
「つんくさん」
「何や浜崎、遅かったなあ。会議なら、もう終わったところやで?」
 余程急いでいたのだろう、浜崎は肩を大きく揺らしながら、
「今回の鈴木あみ討伐、先陣はあたしに切らせて下さい」
と言った。
「ほう、珍しいこともあるもんやな。あんだけ泥臭い仕事は嫌がったお前
がなあ」
「いいから、やらせて」
 浜崎の、追い詰められたような表情に思わず息を呑むつんく。
300 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:28
「…まあ、思うところもあるんやろう。好きにせえ」
 浜崎は無言で踵を返し、そのまま会議室を出る。彼女の頭の中には鈴木
あみを葬り去り、あの忌まわしい天才の影を振り払うことしかなかった。
「女王様が焦ってたねえ」
 ぼそっと、その場に残ってた亜弥が美貴に囁いた。
「…ドレスの袖に火がついた、ってところかしら。そう言えば亜弥は、浜
崎あゆみと戦いたいとは一度も言ったことないわね」
「だってあの人…つまんなさそうなんだもん」
 亜弥は頬を膨らませ、それから悪戯っぽく目を細めるのだった。
301 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:30


 新宿地下街の、ちょうど真上。
 とある靴屋に、亜依、希美、ひとみの三人は来ていた。
「…なあ、よっすぃー」
「ん、何?」
「こっからどうやって漫画喫茶に入んねん。まさか靴屋の床くり抜いて、
そっから入るんとちゃうよなあ?」
「え、そうだけど」
 思わず目が点になる亜依。
「まあ、あいぼんの能力があれば楽勝でしょ」
「あんなあ、そういう問題ちゃうやろ! ここは日本の中心、首都東京
やで? そんなアホな真似できるか!」
「えーっ、でも稲葉さんが裏口に回るにはこのルートが確実だって」
 口を尖らせるひとみ。
「あーかわいこぶっても無駄やで。うちそんなんようでけへんから。大
体裏からこっそりやなんて、よっすぃーのキャラとちゃうやん。なあ、
のの?」
 相棒に同意を求める亜依だが、
「でも、裏口から侵入だなんてかっこいいじゃん。何かスパイ映画み
たいで」
と当の希美は気の抜けたことを言う。
「そうそう。ミッションインポシブル、かっけー!」
「…はあ、自分らと行動を共にする時点で慎重さを求める方が間違い
やったわ」
 亜依は思わず、頭を抱える。普段は血液型など気にも留めない亜依
だったが、この時ばかりは「O型が…」と呟くのだった。
302 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:31


 数分後。店の主人を倉庫に行かせている間に亜依の能力で床を繰り抜き、
漫画喫茶の厨房に忍び込むことに成功した三人。
「ここは…キッチンか」
 辺りを見回すひとみ。
「よっすぃーの話によると、この先に地下の敵さんのアジトへと繋がる階
段があるんやったか」
「…この地下に、あさ美ちゃんが」
 希美は、小さな拳をぎゅっと握り締めた。
 病院であさ美を強奪されてから、片時もあさ美のことを思わない日はな
かった。彼女を無事に助け出す、それが希美にとって全てであった。
 その時だ。厨房の扉の向こう、ちょうど漫画喫茶の正面出口のあたりで
凄まじい爆音が轟いた。精霊反応から、精霊使いの仕業であることを知る
希美たち。
「今のは?」
「火系の攻撃や! 敵か?」
「二人とも落ちつけよ…それにしても、凄い数」
 ひとみが、精霊反応の多さに目を見張る。
 そう。つんくによって集められた精霊使いたちが、正面突破を図った
のだ。
303 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/08/06(金) 01:33
 暫く聞こえていた爆音が、収まった。どうやらさらに地下へと続く階段
を見つけ、下に降りていったようだ。
「何やねん一体…あんだけの精霊力を持ったやつが何人も。あいつらが、
うちらの敵っちゅうんかい」
「あいぼん、あいつらが敵かどうかまだ決まったわけじゃないんだ。とに
かく、うちらは誰にも見つからないように紺野を探し出すことだけに専念
するんだ」
 年長らしく、そう諭すひとみ。
「あっ、みんな行っちゃったみたいだよ」
 そう言って、希美は駆け足で外へと続くドアへ向かおうとする。
「あ、ちょっと待ちいや!」
 亜依が静止する間もなく、希美はそっとドアを開いた。鼻腔を突く、何
かが焦げたような臭い。ここから精霊力が放たれた場所が少し離れている
のを考えると、相当派手にやったらしい。
 希美は周囲の安全を確認もせず、廊下へと飛び出して行った。
「ったく、あいつ紺ちゃんが心配やからって無理して!」
「あいぼん、追うよ」
「あ、ああ」
 ひとみと亜依も、希美の後を追って厨房を出るのだった
304 名前:ぴけ 投稿日:2004/08/06(金) 01:38
更新期間が2ヶ月も空いてしまい、自分でもびっくりです。
このままだと読者さんに忘れられてしまいそうな予感。

>>名も無き読者さん
これからも色々ある感じです。
あり過ぎて自分自身、対応できるかどうか。

>>聖なる竜騎士さん
岡村矢部の件は今回更新のほうがタイムリーだったかもしれ
ませんね。それもこれも更新が遅いという(ry
305 名前:ぴけ 投稿日:2004/08/06(金) 01:40
>>280さん
>>281さん

非常に申し訳ないです。
色々あってここまで更新が伸びてしまいました。
まあ企画とか企画とか色々あったんですが…
もう少しこまめな更新を心がけるので、よろしく
お願いします。
306 名前:ぴけ 投稿日:2004/08/06(金) 01:43
>>習志野権兵さん
長く書いているということは、更新が滞っているという
証拠でもありお恥ずかしいです。
同時期にはじめた作品が次々と完結していくさまを見る
のは複雑な気分ですね。

ちなみに今回更新分は、
>>283-303 です。
307 名前:名も無き読者 投稿日:2004/08/06(金) 11:00
更新お疲れサマです。
忘れてませんよ〜w
いよいよ盛り上がって来ましたね。
娘。以外のキャラ達も面白そうです。
続きもマターリと待ってます。
308 名前:習志野権兵 投稿日:2004/08/07(土) 02:40
更新お疲れ様です。
途中で投げ出す人もいる中、続けようと言う姿勢は立派だと思いますよ。
これからも応援させてもらいますんで、自分のペ-スで頑張ってください。
309 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/08/16(月) 03:21
お疲れ様で〜〜す。いや〜〜、お久しぶりです。

辻・加護・吉澤の3人が遂に動き出しましたか。
無事に紺ちゃん救出できるんでしょうか?でも、「あさ美が既に、
あさ美としての意識を失っていることを。」って、まさか・・・・・・・・・。

うわ〜〜〜〜、早く続きが読みたいです。
310 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 03:58


 一方その頃階下に降りた精霊術師たちはと言うと。
「浜崎のやつ、何を焦ってるのやら」
 五分刈りのサングラスが、不精髭をいじる。
「まあ、いいじゃないですか蜻蛉さん。露払いを彼女が引き受けてくれるおかげで、
ぼくたちは楽ができるわけですから」
 毛皮コートの二人組の一人が、ニヤニヤと笑いながらそう言った。事実、彼らが
敷地内に侵入したと同時に襲いかかってきた悪霊の類は、浜崎によって殲滅されて
いた。
「…さて、これからどうするよ?」
 精霊使いたちの目の前にある、4つの扉。片目を眼帯で覆った男・独眼竜は愛刀
を肩にかけて、周囲に意見を求めた。
「まあ、普通に考えたら4手に別れて進むべきやろ?」
「せやせや」
 同じような顔をしたじゃがいもみたいな顔が、頷く。
「したら、りんねはこっちに進むよ」
 一番左の扉を指差す、りんね。
「じゃあ俺は、こっちだ」
「ぼくたちはあの扉を選ばせてもらう」
 次々と自分たちの進む扉を選んでゆく精霊使い。
「決まったな。ぐずぐずしてる暇はない。行くぞ」
 独眼竜はそう言うと、自分が選んだ扉を一刀のもとに斬り伏せる。意外と頑丈そう
な扉だったが、見事に斜めに切り落とされた。
311 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:07
「ひゅー、おっさんやるねえ。じゃあ俺らも」
 独眼竜の後に続くのは、fall&wingの二人。
「先にあみを倒されたらかなわんわ。俺らも急ぐで」
 そう言って先に進もうとするチハラブラザーズ。だが、服の端を何かに引っ張られるような感触。
「な、なんやねん」
「おみゃーさんよう」
 振り向くと、そこにはしわがれた小さな老婆がいた。御丁寧にも、老婆の片割れも同じように男の弟を引きとめている。
「何か用か、ばあさんども」
 すると、双子の老婆はその体には似合わない大きな声で叫び始めた。
「年寄は大事にせにゃーのう!」
「そうじゃ若いの、あたしらをおぶって行け!」
「何をいきなり…うわ何すんねん!」
 徐に、兄弟の背中に負ぶさる老婆たち。
「ほれほれ、早く早く」
「ひいいっ!」
 背中を蹴飛ばされ、老婆の乗り物と化した二人は扉の向こうへと走って行った。
「……」
 無言のうちに三つ目の扉をくぐる蜻蛉の背中を見送りながら、
「あれ、うまいこと分かれたもんだねえ」
とひとりごちるりんね。
「さて、したら予定通りに一番左の扉に行くとしますか」
 ゆっくりと前に進むりんね。りんねが扉の向こうに消えるや否や、物影から三人が姿を現した。
312 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:15
 ゆっくりと前に進むりんね。りんねが扉の向こうに消えるや否や、物影から三人が姿を現した。
「や、やっぱりりんねさんの許可なしにここに来たのって、まずいんじゃないですか?」
 眉毛を八の字にして、おろおろとしているのは梨華だ。
「だったら、一人で帰れば?」
 冷たく言い放つまい。
「え…でも…」
「はっきりしない子ね。一度だけとは言え、どうしてこんな子に負けたのか理解に苦しむんだけど」
「…まあ、りんねは一人で大丈夫って言ってたけどね。やっぱり同じ牧場で育った仲間だから。あんたたちのことはあたしが守るから、実地訓練だと思って頑張んな」
 三人の中で一番小柄なあさみだったが、経験、実力ともに他の二人の上位にあることは間違いなかった。
「あたしは平気ですけど。どこかの臆病風に吹かれてる子とは違って」
「なっ…あ、あたしも平気です!」
 まいの挑発に反論する梨華。その時、洞窟の奥から二匹の白い犬が走ってきた。あさみの精霊犬である。
「…急ぐよ。どうやら後発隊も来るみたいだから」
 あさみの言葉に、二人は神妙な顔つきで頷いた。
313 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:18


 扉を潜りぬけ、大きな部屋に辿りついたチハラブラザーズと二人の老婆。
 そこは、何もないがらんどうの空間。のはずが、突如景色が歪んだかと思うと凄まじい轟音と共に巨大な船が姿を現した。
「な、な、何やねん!!」
 思わず腰を抜かすチハラ兄。
 風にたなびくマストには、骸骨をあしらったデザインがされていた。骸骨なのに何故か眉毛、それもかなり太いものが描かれていたが、それには敢えて誰も突っ込まなかった。
 船上には屈強な男たちを従えた、眉毛の太い少女が立っていた。身につけている、肩当てのついたジャケットとつばの反り返った帽子はまるで海賊のようだ。
「おまえら聞けーい! わたしは海賊船『チャンポンチャン』の新垣船長であーる!! おまえらがあみ様に盾突く侵入者どもか?」
 意気揚揚と身を乗り出す里沙。
「うっさいわ! お前こそ逆賊鈴木あみの一味やろが!」
 チハラ弟がそう言った途端、海賊船の砲門が火を吹いた。慌てて逃げる兄弟。
 撃たれた大砲の衝撃で、コンクリートの床が大きく抉られる。
「ものども、かかれ!」
 里沙の号令で、海賊たちは一斉に船を飛び降り襲いかかってきた。
「…くそったれ、なめた真似しおって!」
 チハラ弟は、地面に手をやると力強くこう叫ぶ。
「深く、潜れ!!」
 海賊たちの足が止まったと思った時には既に遅く、液状化した床に成す術もなく次々と沈んでいってしまった。
314 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:20
「ほう、おみゃあさんなかなかやりおる」
 感心してにやりと笑う、老婆の片割れ。
「へっ、こう見えても弟は泥沼のジュニア呼ばれてるんやで!」
 しかし、里沙の背後から先ほどと同じくらいの人数の海賊たちが現れる。
「何や、どんだけおんねん!」 
「ほれ、またさっきみてえに沈めんか」
「無茶言うなや! あんだけの大技、連発なんてでけへんわ!!」
 首を横に振るチハラ弟。
「やれやれ…あたしらの出番だぎゃあねえ」
 それまで沈黙していた老婆のもう一人が、よっこらしょと立ち上がった。
「おみゃあさんたち、よう見とけ。これが、100年生きた精霊使いの戦い方だで」
 二人、一歩前にでる。目を閉じ、詠唱に集中し始めると目の前の海賊船が突如激しく揺れ、やがて船上の海賊ごと光の彼方へ消えていった。
「なんちゅう、ばあさんどもや…」
 呆気に取られている二人に、老婆が話しかける。
「ほれ、今のうちじゃて。早よう奥へ進め」
「あ、ああ。恩に着るわ」
 大部屋を駆け足で抜けてゆく、兄弟たち。その後姿を見送りながら、老婆が呟く。
「これからは若い世代が精霊使いを支えていかないかんだぎゃあ…」
「そうじゃな、汁婆」
 海賊船のあった場所、そこには里沙が立ち尽くしていた。その瞳は自分の術が破れたことへの憎悪に満ちていた。
「こんな老婆ごときに私の術が破られるなんて…許さない!」
 深く息を吸い、天を仰ぐ。突如目の前に現れた巨大な魔法陣が、里沙の胸元のペンダントに呼応するように眩い光を放ち始めた。
「出でよ、ピン・チャポー!!」
「ピン・チャポーじゃと!?」
 魔法陣から姿を現したのは、身の丈3mはあろうかという、巨大な黒い外套を纏った男だった。
「まさか、魔人ピン・チャポーを生きてるうちにこの目で拝むことになろうとはのう…」
 精霊使いの中でも里沙は精霊召喚士という召喚術に長けた能力を持っていた。彼女の潜在能力と禁断の霊具であるペンダントの力が、召喚術で最も怖れられている魔人を喚び出すことを可能にしたのだった。
「やれやれじゃ、こりゃ骨が折れるのう…」
 二人の老婆は、どちらともなくそんな台詞を口にするのだった。
315 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:21


 一方、別の扉を選んだ独眼竜とfall&wingの二人は。
 通路から大きな部屋へと出るや否や、一行を銀閃が襲う。
 激しい金属音。突然降ってきたひと振りの剣は、独眼竜の刀によって一刀両断された。
「あっぶねえ…誰だよ、こんなマネする奴は?」
 部屋の中に向かって怒鳴る、銀の毛皮を着た若者。すると、ぱち、ぱちと緩慢な拍手の音が聞こえてきた。
「さすがですね。奥羽の独眼竜の話は、わたしの住む新潟でも聞いていましたが」
 白いTシャツにジーンズとラフな格好ではあるが、そんな服装に似つかわしくない視線の光を少女は湛えていた。
「わたしの名前は小川麻琴。あなたたちを、あみ様のもとには行かせません!」
 麻琴が叫ぶと、頭上からは信じられない数の剣が降ってくる。その数はざっと50を超えていた。
「うわっ、このままじゃみじん切りになっちまうよ!」
 サングラスを外し、大声で喚く金の毛皮コートの男。
「ならば、全て叩き斬るまで!」
 自ら剣の雨に突っ込んでゆくのは独眼竜。彼は鞘から再び刀を抜くと、次々に襲いかかってゆく剣を破壊していった。
316 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:22
「すっげえ…さすがは『ラスト・サムライ』と謳われた男だぜ」
「感心してる場合じゃないだろ、翼。あいつは独眼竜に任せて、俺たちは先へ進むぞ」
 金の毛皮に促されて、銀の毛皮は瞳を閉じ、念じた。見る見るうちに、男の背中からは白い翼が生え始めた。
「行くぞ!」
 金の毛皮を纏った男を背に乗せ、剣の舞を擦り抜ける様にして飛ぶ翼。
「待て、ここから先は誰にも通さない!」
 そう言って二人を追撃しようとする麻琴の喉もとに、いつの間にか独眼竜の刀が迫っていた。
「おっと、お前の相手は俺の筈だぜ?」
「くっ!」
 二人はあっという間に大部屋を抜け、奥の通路へと飛び去っていった。
 麻琴は一旦後に引き、独眼竜との間合いを広げる。
「まあいいでしょう。邪魔をするなら、あなたを地面に縫い付けるまでの話」
「…なまくらな剣で、俺の刀に敵うものか!」
 再び無数の剣が、独眼竜目がけ飛んできた。
317 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:25


「おいおい、さっそくやられちまってるよ…お前、大丈夫か?」
 猿岩石、ヤー! とか言いながら先走って奥へと進んで行った猿(ましら)と巌(いわお)を追って大部屋まで来た蜻蛉が目にしたのは、ぐちゃぐちゃに押し潰された二人のお哀れな姿だった。
「こんな…んだったら精霊使いなんてやめ…て、ホ…ストにでも…」
 胸から下が引き潰されたように破壊された男は、そう言ったきり動かなくなった。蜻蛉は、これらの所業を行ったと思しき少女に目を向ける。
 少女は髪をポニーテールに結い、黒いワンピースを着ていた。首もとに目立つのは、心臓の形をした、時計。
「あーしの名前は高橋愛。あんたも、直にこうなるやざ」
 言葉は酷く訛っていたが、その表情はまったくと言っていいほど冷めていた。
「へっ、この博多の暴れん坊を舐めたらあかんたい」
 蜻蛉はぴゅう、と口笛を吹く。どこからともなく現れたのは人二人分の大きさはあるであろう、ゼブラ模様の化けトンボだった。
「いくぜ、ツネ!」
「シャアアアッ!!」
 ツネと呼ばれた化けトンボが、風を切って低空を飛ぶ。蜻蛉は身を翻し、その硬い甲殻に覆われた背に飛び乗った。
318 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:25
 右に、左に、縦横無尽に部屋を飛び回る一人と一匹。
「…うざいやよ」
 愛は蜻蛉たちには目もくれず、深い溜息をついた。
「さすがに部屋ん中じゃ、ツネを自由には飛ばせないが…こげんこともできるばいっ!」
 化けトンボが、かっと口顎を開く。灼熱の炎が、愛に浴びせられた。
 炎の中で踊る人影を見て、満足そうに笑う蜻蛉。しかし、愛にはほんの僅かな火傷すら与えられなかった。
「無駄やよ。この空間であーしに勝てるやつなんて、おらん」
 そう言って愛は心臓の形をした時計を、飛んでいる蜻蛉に見せる。
「3分。3分後には、あんたとその生き物は地に這いつくばってる」
「ほう、クソガキが言うじゃねえか」
 愛が手のひらから黒い塊を作り出し、蜻蛉たちに向かって投げつけた。蜻蛉は自らがかけていたサングラスを、黒球に投げつける。するとサングラスは球体に飲み込まれ、原型を留めることなく粉々になって地面に落下した。
「重力球ってやつか。でも俺たちはそんなもんに飲み込まれるほど間抜けじゃなか」
 蜻蛉が、硬い殻に手を置く。それを合図に、化け蜻蛉がフルスピードで愛に向かって突っ込んでいった。
319 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:26


 4つの扉にほぼ同時に突入した先発隊だったが、りんねはその中で一番最後に敵に遭遇することになった。
 大きな部屋の中心に佇む、頬のふっくらした少女。
「あんた…確か誘拐された子だね?」
 柔らかい表情で話しかけるりんね。しかし少女は顔に似合わない強い調子で、こう言った。
「今すぐこの場から立ち去って下さい! わたしは、あなたを傷つけたくない」
「へえ、随分な自信だねえ。訓練学校も卒業してない、ひよっこが」
「わたしは自分の力で、一人の女の人を殺めてしまいました。あみ様は、その人はセイレイジュツシ…で最高の実力を持っていた人だと説明してくれました。わたしは、正直自分の力を使うのが、怖いんです!」
 身を震わせ、叫ぶ少女。か弱いながらも、澄んだ声が大きな部屋に響いた。
「なるほどね…じゃあ悪いけど、そこ、通してくれないかなあ」
「それはダメです! あみ様のもとには、絶対に行かせません!!」
 少女は大きく、首を振る。
「そんなこと言われてもさ、こっちも仕事だからね。無理にでも、通らせてもら…」
 りんねが一歩足を踏み出そうとしたその時だ。眩い光がつま先の先の床を、まるで定規で綺麗に線を引いたかのように切り裂いた。
「脅しじゃ、ないんです。お願いだからひいて下さい! でないと、わたし…」
 潤んだ、大きな目で目の前の相手を睨みつけた。
「あなたを、殺さなくちゃいけない」
 りんねは表情を崩すことなく、相変わらずの柔らかい笑みを浮かべたまま、
「やってみなよ、できるものならね」
と挑発した。
 少女の目の色が、変わった。
320 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:27


 長く続く通路の向こうで、大きな音がした。
「ちょ、今の音、なに!?」
 明らかにうろたえた表情を見せる梨華。
「激しい精霊反応。多分敵とりんねが、やりあってる」
 あさみは横を歩く精霊犬を撫でながら、ことも無さげに言う。
「えっそんな、じゃあすぐにでも行かなくちゃ!」
 急いで先に行こうとする梨華の手を、まいが掴んだ。
「ちょっと、まいちゃん何するの!」
「そうもいかないみたいよ」
 まいが苦虫を噛み潰したような表情で見つめるその先。
 そこには、氷のような表情を湛えた少女が立っていた。
「…柴ちゃん」
 柴田あゆみ。
「どうして梨華ちゃんがここにいるのかわからないけれど…」
 彼女は少しだけ驚いたような仕草を見せたものの、
「会ってしまった以上は、あなたを連れて帰るわ」
と言い切った。
 そこへ、ひょこひょこと間に入ってくる眼鏡をかけた飄々とした女。そのあまりに突拍子もない登場に、梨華の後ろの二人は目が点になる。
「あのー、お取り込み中申し訳無いんですが」
「邪魔しないで」
 強く言うあゆみだが、当の女はどこ吹く風。ストレートにそろえた髪をぽりぽり掻いている。
321 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:27
「柴田くん。あたしら何しに来たんだっけ?」
「それは・・・鈴木あみの、討伐」
 言葉ではそう言ってみせるあゆみ。しかし、どうみてもその口調は納得したものではなかった。
「その子とあゆみがどんな関係だか知らないけどさあ、それってさあ、個人的な話だよね?」
 暗がりから登場したのは、金髪巻き毛の派手な化粧をした女だった。
「・・・ひとみん」
「今回の仕事は総本部からチーム『メロン』に依頼された仕事なんだ。それを個人の意向で勝手なことされちゃ困るんだよ、あゆみ」
「・・・・・・」
 ひとみん、と呼ばれた女の言葉にあゆみは二の句を告げない。
 眼鏡の女が、小さくなった肩をぽん、と叩く。
「今は任務優先。ってことで」
 そこへ、それまで傍観者だったまいが口を挟む。
「それはいいけどさ・・・あんたたちのもう一人がやる気だってのは、どういうことかしら?」
 と言いつつ、通路の柱に鋼糸を打ち込んだ。柱の影からは、逆立てた銀色の短髪をした女が不敵な笑みを浮かべ現れる。
322 名前:第六話「包囲網 coalition 投稿日:2004/09/19(日) 04:30
「ごめんなさい、マサオはそういう奴なんですよ」
 大して申し訳なさそうに、眼鏡の女が軽く頭を下げた。
「でもまあ、うちのあゆみとその子が何か問題ありっぽいから先に行かせて貰いますね。そのほうがお互いにとってベストでしょうから」
 まだ逡巡しているあゆみの背中を、軽く押す眼鏡。先に歩いてゆく、金髪の巻き毛。銀髪のボーイッシュな女は、いつの間にか姿を消していた。
「梨華ちゃん」
 去り際に、再び梨華を見つめるあゆみ。氷のように冷たい表情と、その瞳に宿る悲しい色は前に会った時とまったく変わっていなかった。
「柴ちゃん・・・」
「わたし、絶対に梨華ちゃんを連れて帰るから」
 梨華はその強い視線を自らの意志で跳ね返しながらも、心のどこかがひどく痛むのを感じていた。もしかしたらもう分かり合えないのかもしれない、そんな諦めの気持ちとともに。
 こつこつと遠ざかっていく靴の音が梨華の頭の中で響き渡り、あさみが先に行くことを促した後もその音が鳴り止むことは無かった。
323 名前:ぴけ 投稿日:2004/09/19(日) 04:33
更新終了です。
いつもながらに更新量が少なくて申し訳ないです。
324 名前:ぴけ 投稿日:2004/09/19(日) 04:39
>>名も無き読者さん

何だか非娘。キャラが多いので、心苦しいです。
その上新キャラまで・・・
何とかがんばります。

>>習志野権兵さん

何だかんだでもう2年近くも・・・
去年の今頃は早く5期出したいなと思っていたら
もう7期ですか・・・orz

325 名前:ぴけ 投稿日:2004/09/19(日) 04:43
>>聖なる竜騎士さん

今回辻加護吉澤書けませんでした・・・
紺野のことについては次回にでも。

今回更新分
>>310-322 
326 名前:習志野権兵 投稿日:2004/09/19(日) 21:33
更新、お疲れ様です。
FUNネタか・・・懐かしいな。
FUNは娘を扱うのが上手い番組だった。
それだけに番組の終了が悔やまれる。

それはそうと、キャラの扱い方が上手いッすね。
次回、更新を楽しみにしてます。
327 名前:名も無き読者 投稿日:2004/09/20(月) 22:10
更新お疲れサマです。
相変わらず素敵なリアルネタとの兼ね合いで。。。w
紺野さんは何やら他3人とはちょっち違うみたいですね。
その辺も楽しみに、次回もマターリお待ちしてます。
328 名前:習志野権兵 投稿日:2004/09/21(火) 15:41
FUNじゃなくて、馬鹿女だった。
それにしても前述にも書いたけど何度見てもキャラの扱い方が巧いっすね。
メロンの中では、大谷って雑魚キャラにされやすいんだけど
ベジータ的な大谷ってのも良い、いや、むしろしっくりくる。
大谷の強さがどれくらいか、楽しみです。
次回も楽しみにしてます。頑張ってください!
329 名前:名無し飼育さん 投稿日:2004/10/08(金) 16:02
おっぱいハァハァです!
がんば
330 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/10/14(木) 04:55
更新お疲れ様です。

おお〜〜!5期メンバーが出てまいりました。
それも中々強そうなんではないですか?
しかも、今度はメロン記念日のメンバーも登場ですか?
彼女たちもこれまた強そうですね。
うわ〜〜〜、これからの展開に眼が離せません。
次回更新も頑張ってください。
331 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:21


 一方、4つの部屋の裏側を通る様に、地下通路を足早に抜けてゆく亜依とひ
とみ。焦りで先を急ぐ希美を追うためだ。
「あいぼん、ののは?」
「大丈夫、まだ精霊反応はしっかり残ってる。大掛かりなトラップも先にはな
いみたいやし。けど、早めに追いつかなあかんな」
 どこまでも真っ直ぐに伸びる地下通路を駆け抜けながら、亜依は何か拭いが
たいような違和感を感じていた。一見何の変哲も無い、古びた抜け道。だが、
彼女の第六感がしきりに警告を発していた。
「さっきから、どうしたんだよ」
 亜依のしかめ面に、思わず声をかけるひとみ。しかし、亜依は答えない。自
分でも理由がよくわからないからだ。
 何や、何やねんこのざわざわ感は…!
 答えはすぐに出る。
 どこまでも続く通路に突然現れた、人影。
「ようこそお嬢ちゃんたち」
 まるで異国の人間を思わせる、彫りの深い容貌と不精髭。謎の人物・山崎直
樹から使わされた精霊術師、平井堅だった。
332 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:22
「離せっ! 離せっ!」
 希美は平井に首根っこを掴まれ、足をばたばたさせている。そんなコミカル
な光景なのにも関わらず、亜依とひとみの顔色はすぐれない。
「…罠か」
「くそ、そういうことだったんかい!」
 亜依が感じていた違和感、それは通路の新しさだった。土の力を操る亜依は
それを微妙に感じ取っていたわけだが敵も馬鹿ではない。急造した通路を抜け
道風にカムフラージュしていて、それが違和感となって亜依に伝わったのだっ
た。
「辻を、離せ」
 ひとみが左手に紫電を走らせる。それを見た平井は不敵な笑みを浮かべると、
希美を床へと放り落とした。
「いてっ!」
「のの、大丈夫か!」
 すぐさま亜依が、希美のもとに駆けつける。
「う、うん。平気だけど…」
 希美の視線は平井に向けられていた。
「あいつ…何か変、だった」
「安心せえ。あんな大きなノッポのガイジン顔、よっちゃんがやっつけてくれ
るて」
 そんな二人を他所に、ひとみは今にも飛びかからんかという勢いで平井を睨
みつけた。平井はと言うと、腕時計に目をやる余裕ぶりだ。
「鈴木あみが言うてた時間までまたあるな…ちょうどええわ。お嬢ちゃん、ボ
クと遊びますか」
 ゆらりと、平井の体が動く。
 こいつ、強い。
 ひとみは無意識のうちに、自分の持ちうる最大の力で雷撃を放っていた。
333 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:23


 梨華たちがりんねのもとへ辿りついた時には勝負は既に決していた。
「りんねさん!」
「あー、何だいあんたたち」
 いくら目の前で倒れている少女−紺野あさ美−が霊具によって強力な力を得
たとは言え、戦闘に関してはただの素人。彼女が精霊術訓練学校生ではないこ
とに気付いたりんねはその点を巧みに突き、見事に打ち倒したのだった。
「大丈夫ですか!?」
「りんねは大丈夫だけどさあ、こんなとこで何やってんのさ」
 特に怒るわけでもなく、普通にそう聞くりんね。
「まあ、実地訓練を兼ねての東京見物ってとこかな」
 あさみの言葉に、
「うーん、危なくなったら帰るんだよ」
とりんねはあっさり答えた。お咎めがあるのではないかと身構えていた梨華は
いささか拍子抜けしたような形だ。
「ところでこの子、どうします?」
 まいが倒れているあさ美を指差す。
「そうだねえ、とりあえず後続の隊に引き渡すのが一番だと思うんだけど…」
 梨華を除く三人は、あさ美との面識がなかったので彼女が紺野あさ美だとい
うことがわからなかった。そして梨華にしても、うつ伏せで倒れている少女を
即座にあさ美だと判別することは不可能に等しかった。
 しかし。
334 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:24
「あれ、もしかして…」
 梨華が少女をあさ美ではないかと気づき始めたその時のことだった。
「あさみ、梨華ちゃんとまいちゃん連れて、先に行って」
「え、何で急に…」
「いいから! 早くっ!!」
 突然のりんねの豹変に戸惑いつつも、承服するあさみ。
「わかった。気をつけてね。梨華ちゃん、まいちゃん、行くよ!」
りんねとあさみの様子にただならぬものを感じた梨華は、思わずりんねに、
「まさか、敵ですか!? ならわたしも残ります!」
と詰め寄った。しかしりんねは笑顔でやんわりとそれを否定する。
「ただの後続隊だよ。さっきまでこの子と戦ってたから、つい殺気立っちゃっ
てねえ。それに他の人間に見つかると、やばいっしょ。梨華ちゃんとこ、今回
の作戦には参加しないように言われてるみたいだし」
「あ…」
「だから、早く」
りんねに諭され、後ずさる梨華。
「わかりました…」
「ほら、さっさと行くよ」
先を行くあさみとまいに促され、梨華もまた広間を出て行った。
しかし梨華は気づかなかった。あさみとりんねが、アイコンタクトで会話して
いたことを。そして、あさみが歩いている間じゅうずっと、両こぶしを固く固
く握っていたことを。
335 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:25


「さて、そろそろ出てきたらどうだい?」
自分と倒れている少女以外誰もいなくなった広間で、りんねは語りかける。
数秒の静寂の後に聞こえてくるのは、かちゃり、かちゃりという金属が擦れ合
う音。
「さすがですね。それにしても私の殺気を包み隠してしまうほどの精霊反応を
出すなんて。北の大地にりんねあり、と言われるだけのことはあります」
声と共に、何も無かった空間に現れる、黒いコートを着た少女。
「あんた、確かつんくの傍らにいた…」
「藤本、美貴です」
美貴は感情ひとつ見えない瞳で、りんねを捉える。
「へえ。それじゃあんたは、りんねたちの味方のはずだよね」
そう言いつつも、いつでも精霊魔法が発動できるように構えを取るりんね。
「そうしたいのはやまやまなんですけど、生憎私にもやらなければいけないこ
とがあるんですよ…」
じり、と美貴がりんねとの間合いを一歩、詰める。
「ひとつはあなたの横に倒れてる少女の回収、もうひとつは」
コートが翻る。露にされたのは、りんねに向けて突き出された、いっぱいに広
げられた、両の手のひら。

「あなたの抹殺」

夥しい量の銃弾が、美貴の両手から一斉砲射された。
336 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:27


鈴木あみがSPADEの元事務所を急襲してから、僅かな間。
もともと事務所というより秘密基地の様相を呈していた場所だったが、鈴木が
外敵を迎え撃つためにさらに手を加えたため、中は複雑怪奇な構造に。
それでも彼らは、あみの元へとたどり着く。
薄暗く照明の落とされた、まるで中世の城で見るような謁見の間のような場所。
床に敷かれた赤い絨毯の先には派手な装飾の玉座、そしてそこにはショートボ
ブのアヒル口。
そして、彼女の視線の先には。
「へへへ、やっと会えたわ。あみちゃん、久しぶりやな」
 不敵に微笑む、チハラブラザーズ・弟。
「おいお前、あいつと知り合いなん…」
弟の様子に不審がる、兄。しかし弟は兄のジャガイモのような顔面を手のひら
で押さえつけると、
「うっさいわ、深く潜っとれ」
と言ってずぶずぶと床の中に沈めてしまう。何が起こったのかわからぬまま、
無言のまま消えてゆく、兄。
「何を言ったかと思ったら、仲間割れかよ! ハハハッ、おもしれーな!!」
そんな様子を高らかに笑いつつ眺める、あみ。弟は、あみに向かって歩を進め
る。
337 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:28
「なあ、ホンマ俺のこと覚えてるやろ?」
「オメーみてえな腐れワカメ、知らねえっての! って言うかオメーそんなで
たらめ言って私に取り入る気だろ?」
あみは弟の話にまったく聞く耳を持たない。
「わ、忘れたんか? 7年前の精霊術師合宿のことを。あの島で、俺ら恋人同
士になったやんか? キスだって…」
あみの笑みが、消えた。
「笑えねえ、冗談だなオイ」
「いや、マジやって。俺ら、ソウルメイトだったやん…」
「ソウルメイト? きもいんだよ!」
あみは弟の目にも止まらないほどの速さで巨大な鍵を召還、勢いよく振り回す。
溶岩のように赤く巨大な鍵が、弟の痩躯をめしめしとへし折った。
「がはっ! お前、あみ…ちゃう、やろ…」
そう言い残し、弟は息絶えた。
338 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:29
「おっ、あのブサイクたち鈴木あみにやられたみたいだぜ」
「まあ、俺らじゃないと正直あみは無理だろ」
精霊術の純化を目指し事務所の凶祓いを男ばかりで構成、一躍業界の雄となっ
た「ジェイズ」。その中でも若手の注目株と名高い、その名もfall&wi
ng。
「汚いジャガイモ面の次は弱そうなイケメンかよ。今度は私を楽しませてくれ
るんだろうな、おい?」
あみが玉座から立ち上がる。
「もちろんだ。なあ、滝沢?」
二人が毛皮のコートから、金と銀の薔薇を模したレイピアを取り出してあみに
突きつける。
「気取ってんじゃねーよ!」
すかさずあみは、二人のいた場所に先ほどの巨大な鍵を振り下ろした。しかし
滝沢と翼は、既にその場にはいなかった。
あみはすぐに二人の移動した場所を察知する。高く造られた天井、そのぎりぎ
りの場所に滝沢を抱えた翼が、翼をはためかせ浮遊していた。
「さっそく行くか、翼」
「おう!」
上空に漂っていた翼が、急降下を始める。途中で滝沢を放し、その滝沢も着地
と同時にあみのもとへ走った。
空中から、そして地上からの同時斬撃。彼らの最も得意とする「愛想曲(セレ
ネイド)」と言う名の必殺技だった。上空からの攻撃に気を取られれば、地上
からの攻撃を受ける。地上からの攻撃に対応すれば、上を取られる。彼らが対
峙した邪霊師の中で、これを防ぎきるものは皆無だった。
339 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:30
「もらった!」
勝利を確信する二人。その通りに、あみは二方向からの斬撃に対応しきれず、
紙一重で交わすも露出した腕から鮮血を迸らせる。
「ち、雑魚のくせにやるじゃねーか」
「何余裕かましてんだよ。次は決めるぜ?」
ゆっくりと地上に着地する翼。だが、あみはその様子を見て腹を抱えて笑い出
す。
「ははははははっ!」
「な、何がおかしい」
「やるじゃねーか、って言ったのはそっちのしゃくれの方にだよ! オメーな
んて眼中にねえの!!」
あみの言葉に憤慨する翼。顔は怒りのためか、赤く染まっていた。
「どう見ても劣勢なのは鈴木あみ、きさまのほうだ! 俺たちの剣捌きになす
すべも無く血を流したではないか!? なあ、滝沢?」
向かいにいた滝沢に同意を求める翼だが、滝沢は静かに首を横に振るだけだっ
た。
「え、何を…した?」
一歩後ろに、下がる翼。そう、翼には見えなかったのだ。あみが斬られざまに、
剣状に変化させた鍵で翼の全身を切り刻んだのを。
「第六の鍵、青い鍵。オメー、もうバラバラ」
「そ、ん、な」
その白い翼が落ち、腕が落ち、最後に首が落ちた。
340 名前:第六話「包囲網 coalition」 投稿日:2004/12/17(金) 03:31
「…にしても」
あみはその亡骸に目もくれず、滝沢のほうに顔をやる。
「オメーも相当悪党だな。形勢不利と見るや相方盾にしてわたしの剣から逃れ
るなんてよ」
「やっぱばれてた?」
けろりとしてそんなことを言う、滝沢。そして。
「実はあみ、俺がここに来たのも実は目的があってのことなんだ」
「ハァ?」
「俺は事務所の目を誤魔化し、そして…」
そう言いかけた時、滝沢たちの背後にどさり、という音。
希美、亜依、ひとみの3人と、坊主頭の金髪・平井。
「何や、お客さんかいな。折角あみちゃんにお土産持ってきたっちゅうに」
平井は両手で3人の首根っこを掴んでいたらしく、だるそうに指をクニクニ動
かしてそう言った。
「お前、いきなり何すんだよ!」
いきなりの状況に、ひとみは声を荒げて抗議する。しかし、すぐにこの場を包
む禍々しい空気に身を縮める。
亜依や希美に至っては、恐ろしさのあまりに目が対象に釘付けになっていた。
彼女たちの目の前にいるのは、紛れもなく敵の総大将・鈴木あみ。
「よお、待ってたんだぜ?」
あみはまるで待ち合わせでもしていたかのように、明るく言った。
341 名前:ぴけ 投稿日:2004/12/17(金) 03:33
更新終了。
>>331-340

3ヶ月も更新絶えてたのに量少な過ぎですね。
って言うかここを覚えてる人がいるのかどうか…
342 名前:ぴけ 投稿日:2004/12/17(金) 03:39
>>習志野権兵さん

懐かしめのとこからネタを拾うのが趣味なもので。
キャラの扱いですか。自分ではまだまだな気もしますが。
大谷さんは某有名娘。小説のイメージで(汗

>>名も無き読者さん
リアルとの融合は同ジャンルの偉大な作品がお手本だったりします。
連載期間の長さだけはその話と遜色ない感じになりつつありますが。
待たせ過ぎてごめんなさい…

343 名前:ぴけ 投稿日:2004/12/17(金) 03:42
>>329名無し飼育さん
がんばります。

>>聖なる竜騎士さん
5期もメロンもと、節操なさすぎな気もしますが…
その上いつかは6期もキッズも出した(ry
その前に話を進めないといけませんね。まったく。

次回更新はなるべく間をあけずに、と願って。
344 名前:マシュー利樹(旧名:習志野権兵) 投稿日:2004/12/18(土) 08:15
お疲れ様です。
うわぁ・・・・キッズもっすか。
大変ですね。
でも、正直、キッズの名前を言われても
中島ちゃんしか覚えていません(ベリーズは嗣永の名前だけ)・・・・orz。

焦らず、のんびりとやって下さい。
345 名前:ロココ 投稿日:2004/12/20(月) 00:04
更新お疲れ様です^^
密かに、ROMってました、ロココですw
ののヲタのσ(⌒▽⌒;) ボクには、
この小説は、もうタマラナイ感じです〜。
いろいろと忙しいと思いますが、
これからも、がんばってくださいね^^
それでは、(´・ω・`)ノ チャオ♪
346 名前:名も無き読者 投稿日:2004/12/20(月) 10:55
更新お疲れサマです。
偉大な作品、、、自分も多大な影響を受けてる気がします。(ぉ
なんとなく実力の関係図がリアルと(ry
相変わらずマターリ待ってますのでご自分のペースで頑張ってくださいね。
続きも楽しみにしてます。
347 名前:聖なる竜騎士 投稿日:2004/12/21(火) 04:55
お久しぶりです。待ってました。

でた〜〜、遂に総大将鈴木あみが姿を現しましたか・・・・・・・・・・。
チハラブラザーズといい、滝沢・翼といい、何か・・・・・・・人死にすぎじゃないですか?
しかも、辻・加護・吉澤、あっさり捕まっちゃったの?だめじゃん。

ああ、早く続きが読みたい。でも作者さんのペースで頑張ってください。
待ってます。
348 名前:名無飼育さん 投稿日:2004/12/21(火) 21:20
ネタバレは控えた方がいいんでない?

ああ、自分もお待ちしていました。
次回も頑張って下さいね。
349 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/09(日) 06:38
>>347
ジャ○ーズの名前は出しちゃダメ!
作者さんもうまく隠してるんだからさ
350 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/09(日) 21:24
いや、滝沢翼って子の話をしているだけで、
あのユニットの事じゃないよ。きっと・・・。
351 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:10


一触即発の空気が鈴木あみの根城に流れているその時。
ここ全国凶祓師協会総本部は違う意味で、緊迫した空気が流れていた。
「これは一体どういうことなんですか! つんくさん、答えてください!!」
凶祓師協会総本部長の机をばん、と叩きながら迫るのは、猫目が特徴の警視庁特殊犯罪取締
課所属刑事・保田圭。かつては中澤事務所に席を置いていたこともあり、つんくは言わば親
同然の存在でもあるわけだが。
「どういうこともこういうこともないわ、見たまんまやで」
しらっとした顔をして、つんくはそう答える。
「何ですかそれ! まじめに答えてください!」
「ふむ…」
つんくは背もたれによっかかっていた体を起こし、じっと圭を見据える。
さすがはたった一人で小室哲哉の軍勢を壊滅させた男。圭は普段とぼけているつんくの本当
の顔をそこに見た気がした。
「保田、鈴木あみがいると思しき場所に精霊反応、いくつ感じた?」
「8つです」
「上出来や」
つんくはそう言うと、傍らにいる前田有紀を呼び寄せて資料を持って来させた。
352 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:12
「これを見てみ。ここ1時間でうちの精霊感応班が感知した精霊反応をデータ化し
たもんや…凄いやろ?」
圭は資料に目を通し愕然とする。能力は大方喪失してしまった圭だが、かつては精
霊感応士のトップレベルとまで呼ばれた逸材だった。その彼女が感じ知ったそれよ
り、8つの精霊反応の数値は上を行っていた。
「鈴木あみどころか、他の7つの精霊反応さえAクラス級の反応じゃないですか! 
これじゃ鈴木あみにたどり着く前に討伐隊は全滅…それに」
感情を高ぶらせてしまいそうになる自分を落ち着かせるように、圭はすう、と息を
吸いそしてあくまでも冷静にこう言った。
「いくら名のある凶祓いとは言え、召集されたのはいずれも若い凶祓いたちやロー
トルばかり。鈴木あみを本気で討伐するのなら、五大老への協力の要請も致し方な
いかと」
「…せやろな」
「せやろなって…」
つんくの予想外の反応に鼻白む圭。
「ま、浜崎が参加してくれたから一応形にはなるやろ」
「そんな! いくら凶祓い最強クラスの彼女でも…」
「それに、ええ具合にあいつらも紛れ込んだみたいやしな」
ニヤリと白い歯を見せて笑うつんく。圭は眩暈がしそうになった。つんくの言うあ
いつらが誰だかは知らないが、そんなものでこの最悪の状況が覆るとは到底思えな
かったからだ。
「そう言えばつんくさん、いつも側につけている二人の姿が見当たらないんですけど」
「藤本と松浦のことか。あいつら俺が目え離してる隙に、よういなくなるねん」
つんくは大したことではないとばかりに、欠伸をしながらそう言った。
353 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:14


響く銃声。
間髪なく打ち込まれる、銃弾。
目の前の標的に対し、感情のない視線を向ける美貴。
りんねはそれらを丸い小さな盾で防ぐので精一杯だった。
りんねの所持する小盾は普通の金属ではなく、精霊鍛冶師によって鍛えられた
特殊な金属によって出来ているため、いかに美貴の銃弾と言えどそれを破壊す
ることはできずにいた。
突然、攻撃を止める美貴。そして、無表情のまま、
「つまらない、退屈だわ」
と呟く。
「戦闘はそんな面白いもんじゃないさ」
小盾を構え、りんねがそう言った。
「かわいそう。あなたは獲物を『狩る』楽しみを知らないのね。狩りの醍醐味
は、抵抗する獲物の断末魔を聞くこと。あなたのように逃げ回ってる獲物から
は、いい声が聞けそうにないわ」
「…いい趣味を持った暗殺者さんだねえ。目的は?」
「あなたに答える義務など、ない」
再び両手をりんねの前に差し出す美貴。彼女の銃弾は、両の手のひらに握られ
ているコイン。これが形を変え、超高速で襲い掛かるのだった。
354 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:15
「そうかい。じゃあ、チカラづくでも答えてもらうしかないねえ」
「できるものなら…!?」
一瞬標的を見失う美貴。相手は、既に背後に移動していた。
気配に気づき振り向く美貴だが、りんねは既に蹴りのモーションに入っていた。
避けることができずに、渾身の蹴りを胸に食らってしまう。
ずささと地面を倒れ滑る美貴を見ながら、
「あれ、ちょっとやり過ぎちゃったかな」
と口にするりんね。しかし。
倒れたまま笑い声を上げる、美貴。
「ふふふふ、やればできるじゃない。さすがに今のは不意を突かれたとは言え、
結構効いたわ」
美貴は身を屈め、その反動で一気に起き上がった。先ほどまでが嘘のように、
笑みを湛えた表情。だがそれは同時に、獲物を見つけた時の喜びのようでもあ
った。
「ふむ。さすがに一撃では倒せないか」
「でも、あばらが何本か折れてしまったわ」
口についた血を拭い、不敵に笑む美貴。
「敬意を表して、美貴の得意なやり方で、あなたを殺してあげる」
そして黒いコートを翻し、まっすぐにりんねのもとへ突っ込んでいった。
355 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:17


その頃、希美たちは突然現れた鈴木あみの存在にすっかり気おされてしまって
いた。正確に言えばあみの前に希美たちが突然、現れたのだが。
「待ってたんだぜ。オメーラのことを」
「……」
三人は言葉すら発しない。それは、目の前にいる人物の放つ禍々しい気をその
身に感じ取っていたからであった。
ひとみは、すぐさま先日の福田明日香との戦いを思い出した。対峙しただけで
冷や汗の流れるような、押しつぶされそうなほどの強大な力。それがあみから
も放たれている。この前はまだ、なつみや真里、裕子や圭織たちがいた。しか
し、今回はひとみと亜依、希美の3人だけ。
いざという時には自分が命をかけてでも2人を逃がさなきゃ。でも、こいつら
相手にそんなことできるかな…
ひとみの心は不安に満ちていた。
一方亜依は。
彼女もまた、明日香に立ち向かった時の記憶が鮮明に蘇っていた。
いくら石の壁を作ろうが、岩盤で押し潰そうが、まるで紙細工でも扱うように
容易く振り払った明日香。あの時亜依を襲った、どうしようもない絶望感。
こいつとはやりあったらあかん。絶対かなわへん。
とにかく、何とかしてこっから逃げ出す算段考えなあかん。
亜依の思考は、逃走経路の確保と実行のための手段をひねり出すためにフル回
転していた。
356 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:24
そして希美はと言うと。
ぽかんと口を開けたまま、完全に思考停止してしまっていた。無理もない。何
度か戦闘を経験したとはいえ、まだまだ駆け出しの凶祓い見習い。あみほどの
強敵を前にして意識を正常に保てというのは酷な話であろう。
「おい、そこのチビ」
真っ白になっていた意識を、目の前のアヒル口が揺り起こす。
「ふぇ、の、のんのこと?」
「そうだ、隣のハゲチビじゃなくてオメーのことだ」
あみはずい、と一歩希美の前に歩み寄る。ひとみがまず立ち塞がり、次に亜依
が続いた。
「…なんだよ、ホクロ七星にハゲチビ」
躍り出る二人を一瞥する、あみ。その威圧感たっぷりの視線に、亜依は思わず
腰が抜けそうになってしまった。
くそ…何が凶祓いの次期エースや。こんなんで足が竦むなんて、情けないわ!
心でそう反駁しつつも、亜依は本能の力に逆らえない。
しかしひとみは。
「お前、うちらに何の用だよ。て言うかどうやってあたしたちをここまで移動
させた?」
いつでもフルパワーで雷撃を放つ準備はできている。ただ、あみに対してどれ
だけの効果があるのか。相手はあの小室哲哉の秘蔵っ子と言われた邪霊師、こ
こから逃げ出す隙だけでも作れれば御の字か。
357 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:25
そこへ割って入ってきたのは、先ほどまで蚊帳の外だった滝沢だった。
「あみ、そんなやつらどうでもいいじゃないか。今は俺の話を…」
「あー? 何だよ?」
振り向きもせず面倒くさそうに返事をするあみ。
「俺がここに来た理由を話させてくれ。でないと…」
そう言いかけて、急に笑みを浮かべる滝沢。
「なるほど。俺はまずあみの信頼を得ないといけないらしい。あいつらを排除
することによって」
「…好きにしな」
あみはそれだけ言うと、すたすたと元いた玉座へと歩いていってしまった。
「自分、凶祓い協会の討伐隊やろ? こいつら一応味方ですよ?」
後ろのほうで平井が茶々を入れる。
「手下風情が何を言う。まあ、話はこいつらを片付けてからだ」
そう言いながら、滝沢は薔薇のレイピアを希美たちに向けた。
358 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:27


さて、いきなり剣先を向けられた希美たちは。
何やら顎のしゃくれた美青年が、いきなりこちらに敵意を向けた。そう三人は
判断した。
滝沢の攻撃に備え、身構える希美と吉澤。一方、亜依は後方の平井に警戒を配
りつつ。
「のの、今は目の前のこいつをどうにかすることに集中するんだ。もしかした
ら、ここから逃げ出せる隙が作れるかも知れないし…」
「で、でもあさ美ちゃんが」
あさ美のことが心配な希美は、ついそう言ってしまう。しかし。
「ばかやろう、ここで生きて帰れなかったら紺野と会うことすらできなくなる
んだぞ? それでもいいのかよ!」
とひとみに叱責されてしまった。
「せやで。命あっての物だねやからな」
二人の背中を守る亜依も、ひとみの言葉に頷く。
「…っつーかさ、全部聞こえてるんだけど」
三人の会話は、滝沢に筒抜けだった。
「へっ、わざとだよ!」
「そうか、じゃあ『何とか』してもらおうじゃないか。この魔剣士・滝沢様をな」
滝沢は片手に持ったサーベルを、ゆらりと動かした。細身の刀身から、紫色の
煙が立ち昇ってゆく。
359 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:28
「魔剣士か、ちょっとやっかいだな」
眉をひそめ、呟くひとみ。
「マケンシ?」
「自分、ホンマ何も知らへんなあ。魔剣士、っちゅうのは邪霊の瘴気を身に纏
って戦う剣士のことや。魔剣士の操る剣の切っ先に触れてもうたら、体の内側
から破壊されてくっちゅう話やで」
亜依の説明に、希美は唾を飲み込んだ。
「どうした。そっちからは来ないのか? 来ないんだったらこっちから行くぞ」
まず、滝沢が動き出した。それに合わせてひとみが、遅れて希美が迎え撃つよ
うにして走り出す。
「いっけえ!!」
後ろの希美が、ひとみ越しに炎を放った。弧を描いて滝沢に襲い掛かる緋色の炎。
「のの、そんなんもできるようになったんかい」
ついこの前までは炎のコントロールさえ拙かった希美の成長ぶりに、亜依は思
わず舌を巻いた。
しかし滝沢はレイピアをひと振り、あっという間に炎を散らせてしまう。
「この俺をなめてるのか?」
そこへ突如現れる、ひとみ。
「よそ見してたら痛い目見るよっ!!」
ひとみの両手から青白い雷撃が迸る。直撃を受けたかと思われた滝沢だったが、
身にまとうマントを焦がしただけで少しのダメージも受けていない様子だった。
「…この俺を誰だと思ってるんだ。ジェイズのエース候補、滝沢だぞ? 俺に
かすり傷ひとつでも負わせたいんだったら」
滝沢は金色の髪をなびかせて、
「三人まとめてかかってくるんだな」
と言った。
360 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:30


勝負は既に決していた。
それは、りんねにとって晴天の霹靂だった。
ナイフが、胸から生えてきた。そうとしか、思えなかった。
「…全然食い足りなかったわね」
まるで庭先の石ころを見るような目で、美貴は言った。
コインの銃弾を打ち込んでいる間に、ほんの少しずつ、余ったコインを気化さ
せてゆく。りんねに気づかせないようにそれを吸い込ませ、ある程度の量にな
ったらそれを短剣状に変化させる。
りんねの呆気にとられた表情は美貴を刺激したものの、その熱はすぐに冷めて
しまった。自分の実力に見合うだけの相手の罠に嵌める、これこそが彼女の最
も好むやり方なのだ。
「あの時の、福田明日香との戦いで得た時以上の愉しみを得るにはやはり後藤
真希クラスでないと駄目なのか」
右手を擦りながらつぶやく美貴。その言葉を、りんねは決して聞き逃さなかった。
「まさか…あんたが?」
そしてそのことに動じることもなく、美貴は抑揚のない口調で、
「…今更死に逝くあなたに隠し事をしても仕方がないわね。そうよ、福田明日
香は、私が殺したわ」
と告げた。
361 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:31
そ、そんな…確か福田明日香は無名の凶祓いに始末されたと聞いていたのに。
その言葉さえ絞り出せないほどに、りんねの命の灯火は弱まっていた。
「さて、私の仕事は終わったわ。亜弥ちゃんも後続隊をうまく片付けてくれ
たみたいだしあとは、この子を鈴木あみのもとへ送り届けるだけね」
倒れていたあさ美を小脇に抱え、美貴はりんねから離れる。霞みゆく視界は、
彼女がこの場から立ち去る姿を捉えることはできなかった。
りんねは最後の力を振り絞り、手のひらに力を集める。手のひらに集まった
力はやがて形を作り、大きな白馬の姿になった。
お願い、無事に…届いて…
白馬は倒れているりんねに顔を近づけて、それから名残惜しそうに美貴が去
っていったのとは逆方向に走っていった。
その後姿を見届けてから、りんねは大きく息を吐いた。

あさみ。まいちゃんと、梨華ちゃんを…頼んだよ。

彼女は、ゆっくりと瞳を閉じる。その瞼が開くことは、二度となかった。
362 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:32


薄暗い通路を、無言で歩いていたあさみの動きが急に止まる。
「どうしたんですか…?」
彼女の行動にただならぬものを感じた梨華が、恐る恐る声をかける。さらに後
ろに続くまいもまた、怪訝な顔をして様子を窺っていた。
「…いや、何でもない。先、行くよ。でも、あたしたちの目的は、あくまでも
敵情視察。それ以上でも、それ以下でも、ないから」
後ろを振り返ることなく、あさみはそう言った。
その一言で、梨華たちは気づいてしまった。りんねがもう、この世にはいない
ということを。りんねは自らの死すら悟られないように死の直前においてすら
強力な対精霊反応バリアを張っていたのだが、共にカントリー牧場で働いてい
たあさみはそれを決して逃さなかった。
りんねの死。それを知ってしまった梨華の感情は一気に涙となって溢れ出た。
「そ、そんな。わ…わたしがあの場に残ってたら、りんねさんは」
「ストップ」
まいが静かな口調で、梨華がそれ以上のことを言うのを留めた。
「まいちゃん!」
「梨華ちゃんがもしあの場にいたとしても、梨華ちゃんも同じ目に遭っただけ
だから。それはきっと、あたしも一緒だけど」
冷静を装っているまいだが、彼女の顔に赤みが注しているのに梨華は気づく。
それ以上は、何も言えなかった。
あさみが再び歩き出し、まいがそれに続く。梨華は、しゃくり上げながらも、
彼女たちの後に続き、歩き始めた。
363 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:35


滝沢は大手凶祓い事務所・ジェイズに研修生として入所して間もなく、期待の
新人として注目を集めた。しかしながらその評判とは裏腹に、彼の元に舞い込
む依頼は駆け出しの凶祓いに相応しいものでしかなかった。
ユーはうちの切り札ね。だから、もうちょっと待って欲しいの。
自らの不遇を事務所のオーナーに訴えても、その言葉が返ってくるだけ。滝沢
は悶々とした日々を送らざるを得なかった。
そんな彼が、ついにチャンスを掴んだ。正規凶祓いとして、事務所に登録され
ることになったのだ。但し、彼より数段実力の劣るパートナーをつけられて。
「これからは一緒だ。よろしくな」
そう言って握手を求めるパートナーに向けて爽やかな笑みを見せる一方で、滝
沢の腹の底は煮えくり返っていた。
これが長年俺を飼い殺しにした挙句に下した俺への評価なのか。俺は所詮その
程度の存在なのか…いや、違う! 俺の実力は最早ファイブリスペクトや光剛
兄弟にさえ匹敵するはずだ!!
こんなものが、こんなものが俺に対する事務所の評価なら、俺にも考えがある!
その時、滝沢の胆は決まっていた。
静かに、その時を待った。自分が、事務所の枠に縛られることなく正当な評価
を得る時を。そしてそれは鈴木あみの登場と共に現れた。自分が感じたものの
正体が確かならば、それは間違いなく自分が彼女たちを支配下に置くことがで
きる。そうすれば、彼女たちを使って自らの立場を優位にすることができる。
そう滝沢は踏んでいた。
その前にはまず、目の前にいる闖入者を始末することによって鈴木あみの信頼
を得なければならない。絶対にしくじることは、できなかった。
364 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:36


滝沢の軽やかなレイピア裁きに、近寄ることすらままならないひとみと希美。
ならばと遠距離から相手を叩こうという戦法に切り替えたものの、今度は紫
色の煙を飛ばしてくる。防戦一方、という言葉がぴったりな状況だった。
後ろで見守る亜依もどうしたものかと考えあぐねていた。
あいつを倒すんは、正攻法やと厳しいやろな。となると、あとは奇襲か。
そんな時だ。
「そろそろ後ろのチビも参戦させたらどうだ。この俺相手にたった二人じゃ
辛いだろう?」
紫の煙で身を守りつつ、じりじりとひとみたちとの間合いを詰めて滝沢が言う。
だが亜依は戯言でも耳にしたかのように、鼻でせせら笑った。
「…何がおかしい?」
「いやー何を抜かしてんのやろこの田吾作は、って思うてなあ」
滝沢のこめかみが軽く、痙攣した。
「どういう、意味だ?」
「あちゃー、皆まで言わなわからへんか。要するにお前なんてそこの二人で、
いや、のの一人で十分やっちゅうことや」
神経を逆撫でするかのような亜依の言葉に滝沢は一瞬だけ鬼の形相になった
が、やがて一笑に伏すと、
「おいそこのチビ、悪く思うなよ? 恨むんだったら後ろのチビを恨むんだな」
と言って希美に襲い掛かった。
365 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:38
「わわっ!」
急に矛先を向けられ慌てる希美。しかし。
「のの! ごっちんの剣技、思い出し!!」
という亜依の言葉に、素早く滝沢のレイピアを交わした。
福田明日香との戦いで真希が見せた、高速の抜刀術。それに比べれば、滝沢の
剣技など避けられなくはない。もちろん、希美の卓越した運動神経でなければ
成し得ぬことなのだが。
「なにっ!」
「確かに…」
まさか自分の初太刀が避けられるとは思ってもいなかった滝沢を前に、希美は
臆することなくこう言った。
「ごっちんのと比べると、だいぶ遅いかも」
「言わせておけば、このクソガキ!!」
完全に頭に血が上った滝沢は、勢いに任せて突きを次々に放つ。それを紙一重
で避けていく希美。だが、背中にひんやりとした感触。いつの間にか、壁際ま
で追い詰められていた。
「…やばい」
「馬鹿めが。この滝沢を甘く見るからだ」
高速の突きを放つモーションをとる滝沢。しかし希美も黙ってはいない。自ら
の身の丈よりも大きな炎の壁を目の前に繰り広げた。
366 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:39
「ははは、無駄な足掻きを。貴様のいる場所は既に把握…」
そこで滝沢の顔色が変わる。炎を掻き分けたあとに現れたのは、希美ではなく、
ひとみだった。
「魔剣士さま、頭に血がのぼり過ぎでは?」
ひとみはウィンクをひとつすると、ありったけの電流を滝沢に流した。不意を
突かれた滝沢は防御することもできず、まともに電撃を食らいその場に倒れた。
「それにしてもあいぼん、よくあいつの特質見抜いたよね」
一息ついて、ひとみが亜依に小声で話しかける。
「ああいう自分の肩書きを鼻にかけるようなやつは、大体似合わないプライド
持ってんねんて」
外壁の色に自らを紛れ込ませた亜依が、自信ありげに言った。
滝沢が精霊術師として類稀なる資質を持ちながら正規の凶祓いとしてなかなか
登用されなかった一番の理由。それが彼の持っていた精神的脆さだった。それ
を瞬時に見抜いたのは、亜依ならではということか。
367 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:40
「で、これからどうするの?」
不安そうに尋ねる希美。
「これからよっすぃーにも保護色かけて、炎が燃え盛ってる間にこっから脱出や」
「わかった、あいぼん頼むよ」
ひとみは辺りの様子を窺ってから、そう言った。幸いにも鈴木あみは遥か向こ
うの玉座の上、平井もこの謁見の間風の部屋の入り口でぼーっとしている。抜
け出すなら今しかない。
「走ってもうたらいくら保護色で偽装されてる言うても、平井にばれてまう。
風の力で一気に通り抜けるで」
「わかった」
風の精霊を使役した高速移動術。初歩的な技術とは言え、見よう見まねで会得
するとは。ひとみは思わずかっけー、と言いそうになるのを堪えた。
「ほな、行きまっせ!」
精霊たちがざわめき始める。一陣の風が亜依たちを運び、たどり着いたのは。

「おお。お前ら、ご苦労さん」
平井の、前だった。
368 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:41


鈴木あみの居城へと繋がる地下街の一部を「ガス漏れの可能性」という名目で
警官隊が封鎖。そのさらに奥を、凶祓いたちが警備していた。その中には、な
つみや真希たち中澤事務所の人間もいた。
「何か、妙じゃねえか?」
そんな中、一人の男が言った。
「何がだよ」
「さっきからビリビリ感じる精霊反応、あるよなあ」
「浜崎さんのだろ。それくらい…」
「そうじゃねーよ、それ以外の反応が…しなくねえか?」
男の言葉に、
「そう言えば…」
と押し黙るもう一人の男。
その時、急に事務所の入り口付近がどよめく。原因は、這うように逃げ出して
きた一人の凶祓いだった。
「おい、どうした!」
「や、やばい…後続隊は、全滅…先発隊も、ほとんどが…」
息も絶え絶えに言葉を吐く男。その顔の半分は、強い酸のようなもので溶けか
かっていた。
369 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:43
「つ、つんくさんに伝えてくれ…相手は、相手は悪魔…げほっ!!」
急に体が痙攣し、大量に吐血する男。息は既に、なかった。
凶祓いたちの間に動揺が走る。周りの同士たちと相談をする者、所属事務所に
連絡を取る者。誰もが見えない不安を感じはじめた、その時だった。
「ごっちん!」
なつみが制止するのも聞かず、事務所の入り口へと走り出す真希。
「おいお前わかってるのか、これは重大な規約違反…」
入り口脇を守っていた男の言葉は、そこで止まる。真希が刀で峰打ちを食らわ
せたからだ。
カウンターを抜け、階段を駆け下り、通路をひた走る。
真希の脳裏に、かつて鈴木あみと一戦交えたときの記憶が鮮やかに甦る。
闇に心を奪われた、福田明日香。彼女が持っていたもの言わせぬ圧力に似た、
圧倒的な精霊力。結局一太刀合わせただけで彼女の姿を見失ってしまったが、
あの時の震える気持ちは今も強く心に刻み付けられていた。
どうしてあたし、走ってるんだろう。
真希は自問してみる。
あの時のリベンジなのか、それとも。
背負わされてしまった「最強」の二文字が成せる業なのか。
370 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:44


真希が地下深くを目指しているその頃。
メインの通路から外れた場所で、二人の少女が対峙していた。
壁のあちこちが酸で腐食し、床一面が分厚い氷によって覆われていた。物凄い
戦闘が行われたことは想像に難くないが、当事者の本人たちはまるで無傷だった。
一人は、松浦亜弥。そしてもう一人は、白い仮面をつけた、ピンクのワンピー
スの少女。
「その話、乗りましたわ。何だか面白そうですし」
仮面の少女が、くぐもった声でそう言った。
「じゃあ、そう言うことで。それより、約束は守ってくれるんですよね?」
「ええ。あなたたちの計画、全面的にバックアップさせてもらいますわ」
すると、亜弥は口を尖らせて、
「違いますよー! 強い人を紹介してくれるって話で・す・よ!」
とアクセントをつけた。
「ああ、それのことですか。時が来たら、こちらのほうで手はずを整えますわ。
それまで、待ってて下さらない?」
371 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:45
「いいですけど…松浦は、今ここであなたと戦うのもいいかなあって」
亜弥の目が、興奮のためかやや潤み始めた。
「遠慮しておきますわ。私、こう見えても分を弁えてますから」
それにあなたと戦うのは、仕事じゃないですから。と仮面の少女は心で付け加
えた。
「残念だなあ。じゃああなたのと対戦は、後に取っておきます。こういうのっ
て『とりひき』って言うんですよね? みきたんがそう言ってました」
「そうですね。では、取引成立。と言う事で」
亜弥は右に、そして仮面の少女は左に別れる。そしてそのまま、歩き出していった。
後に残るは、朽ち果てた外壁と、氷によって破壊された床で象られた、地獄の空間。
ある者はそのまま溶けて壁と一体に、またある者は表情を強張らせたまま氷に閉じ
込められて。

372 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:47


その場から逃げ果せたと思った希美たちは、何故か再び目の前に現れる金髪坊
主の長身に驚きを隠せない。
「あんなあ…鈴木のお姉ちゃんが自分らにまだ用があるんやと」
嫌らしい笑みを浮かべながら、平井は三人をつまみあげて赤い絨毯の上に放り
出す。
「痛っ!」
「自分さっきから何すんねんな! うちら野良猫ちゃうで!!」
元気よく亜依が怒鳴ったのもつかの間。周囲に冷たい瘴気が張り詰める。
「おーい、ツマンネー戦闘は終わったかー?」
暢気な声をあげて、玉座から立ち上がるあみ。だが、彼女の発する気は最早尋
常でないくらいのレベルに達していた。
「さて、ゲーハーとゴマ団子は邪魔すんじゃねーぞー? これは私と八重歯チ
ビの問題だからなあ」
一歩、また一歩と希美に近づくあみ。
「さ…さっきから何やねん自分! ののに何の…」
亜依がそう言いかけた時。目の前の絨毯が弾け飛び、床のコンクリートが1メ
ートル弱の深さに抉り取られた。
373 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:48
「おい。あんまりうるせえと、殺すぞ」
あみに射竦められ、亜依は呼吸さえままならない。
今の、今の攻撃、何や? 精霊反応すらなかったで? さっきのガイジン顔
が使ったっぽい変な術といい、何なんやこいつら!
恐怖と混乱で、思わず涙が出そうになる亜依。一方ひとみは。
この状況においてもなお、窮地からの脱出に思いを巡らせていた。
こうなったらフルパワーで雷球を呼び出して、閃光で目くらましをするしか…
しかしその願いは、儚くも崩れ去る。
「そこのお前の妙なマネすんじゃねーぞ。おい、オメーラ入って来い!!」
あみの指示によって、玉座の裏から現れる四人の少女。その中の一人を見て、
思わず声を上げる三人。
「あさ美ちゃん!」
「紺ちゃん!」
「紺野!」
しかしその声は、あさ美には届かない。まるで敵を睨み付けるような、いや
敵意そのものを希美たちにぶつけてくる。希美の脳裏に、「あさ美は古の大
精霊術師の子孫」という裕子の言葉が強く思い起こされた。
374 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:50
「オメーラはその二人がおかしなマネしないように、見張ってろ。私は、こい
つとちょっと話があるからよ」
こくん、と小さく頷くあさ美たち。彼女たちはまっすぐに赤絨毯を歩き、そし
てひとみたちの前に立ち塞がった。
「自分ら、そこどけや! ののが、ののが!!」
亜依が四人のガードを乗り越えようとするも、突き飛ばされてしまう。
「痛ったあ…ちょっといい加減にしいや!」
尻餅をついた状態で下から睨み付ける亜依。だが、彼女たちの持つ通常ではな
い精霊力にぎょっとする。
何やこいつら…って何で紺ちゃんまで精霊力、持ってんねん! この子は、普
通の子だったはずや。それが、どうして…?
その思いはひとみにしても一緒だった。
最後に会った時と、何かが違う。どうやら鈴木あみに操られているらしいとい
うのはわかる。だからと言って、これだけの精霊力を短期間で身につけられる
わけがない。一体、紺野になにをした?
目の前の少女は、冷ややかにひとみと亜依を睨み付けるだけだった。
375 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/01/14(金) 02:51
そんな状況とは対象的に、逆にあみのことを強い視線で射る希美。
胃を押しつぶすような圧迫感、手のひらだけではなく、全身から噴きだす脂汗。
体は震え、立っていることすらやっとの状況。
それでも希美は、崩れることなく立ち続けた。そして声を絞って、叫ぶ。
「あさ美ちゃんを、あさ美ちゃんを元に戻せ!!」
しかしあみは、そんなことはどうでもいいといった感じで希美の肩に手をかけた。
「なあ、今から私とお話しようぜ?」
「はっ話すことなんてない!」
あくまでも抵抗の意志を崩さない、希美。あさ美への思いだけが、彼女を支え
ていた。
「まあいいさ。オメーが口を開くことなく、会話をする方法を私は知ってるからな」
あみが右の手のひらを上にすると、そこに藍色の小さな鍵が現れた。
「何を…」
「第五の鍵・藍の鍵。効能は、オメーが確かめな」
鍵を逆の手でつまみ上げそれをゆっくりと、希美の額に押し当てていった。それを
避けようとする希美だったが、体がまったく動いてくれなかった。やがて鍵が小さ
く半回転すると、希美は白目を向いて倒れてしまった。
「なっ、のの!?」
「お前、ののに何したんやあああ!!!!!」
くっくっく、と低く笑うあみ。そしてひとしきり笑った後に、静かに、
「封じられた記憶を、思い出してもらってるのさ」
と呟いた。
希美の封じられた記憶が、水が紙に染み込んでゆくように、徐々に溢れてゆく。
376 名前:ぴけ 投稿日:2005/01/14(金) 02:55
更新終了。
>>351-375

何とか1ヶ月更新(期間が)を果たすことができましたが、
まだまだ筆の遅さを痛感する昨今です。
377 名前:ぴけ 投稿日:2005/01/14(金) 03:02
>>マシュー利樹さん
キッズもどうやら個性的なキャラクターが揃っているようで、
使おうと計画(いつになることやら)している自分にとって
は非常に楽しみな反面、不安な面もあります。

>>ロココさん
自分も「辻主役のバトルってないなあ」からスタートしたん
ですが、最近は徐々に増えてきているようで嬉しいです。

>>名も無き読者さん
多分同じ作品ですね。と想定して自分も最初に読んだ能力バトル
はあれです。ああ言う話が書けたら、と常日頃思っていますが、
なかなか形にはなりませんね。
378 名前:ぴけ 投稿日:2005/01/14(金) 03:11
>>聖なる竜騎士さん
多分バトロワ並みに死者の多い話かもしれないですね(汗
今回は割に主人公たちをクローズアップした場面が多かったように
思います。

>>348 名無飼育さん
ありがとうございます。
ちょっと今回は更新量多目(当社比)です。

>>349 名無飼育さん
げほげほ。
何卒よしなに…

>>350 名無飼育さん
そうですその通りです。
この作品は実在の人物・団体とは(ry

次回更新は一ヶ月よりもう少し早くしてみようと無謀なことを夢見て
がんばりたいと思います。
379 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/01/14(金) 21:32
あわぁぁ、何か凄い事に・・・。
どいつもこいつも・・・。
ああ、言いたい。でも言えない!
だって、ネタばれになるから!!!。


更新速度は、1ヶ月のままで良いです。
自分のペースで書こうとして、短縮なら良いんですが、
読者の事を考えて、やろうとすると変に力が入って、
煮詰まってしまいますんで。

次回、更新を楽しみにしてます。
380 名前:名も無き読者 投稿日:2005/01/15(土) 20:50
更新お疲れサマです。
わお、てことは次回・・・。
夢は見なけりゃ始まらないそうなのでジャンジャン見て下さいw
続きも楽しみにしてます。
381 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/01/22(土) 03:11
一日ではじめから一気に読みました。
ストーリーに多々伏線が入っているから、充実した内容になってますね。
またキャラにバラエティが富んでいてかつその使い方がうまいと感じました。
(特に松浦・藤本の位置付けとか)
読み始めたら止まらない感覚を久しぶりに味わいました。
個人的には石川の覚醒を期待してます。
(ちなみに石川家ってハンターハンターのあれを元にしているのですか?)
また続き楽しみにしてます!
382 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/02/05(土) 22:25
書き込むのは初めてです。
毎回更新を楽しみにしています!
寒いですので体に気をつけてくださいね。
383 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 13:52


低く垂れ込めた闇の中に、希美はいた。
ここは、どこ?
よっすぃー?
あいぼん?
しかし、語りかけるべき相手は、いない。
途方に暮れていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ぼけっとしてんなよ」
声はやがて輪郭を形作り、人になる。同時に周りの闇が、波が引くようにすうっと引いていった。
希美が立っていたのは、鄙びた田舎の集落だった。稲の刈り取られた田んぼの中に、小屋のよう
な家がぽつぽつと建っていた。その先にはこんもりとした小さな山があって、そこからカラスの
間抜けな鳴き声が聞こえてきた。
「ここは…」
希美の呟きに、
「私に聞くなよ。オメーが一番よく知ってるはずだぜ?」
先ほどの声の主が答えた。希美が見たことのない女。けれども、初めて会った気がしなかった。
384 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 13:53
そして、確かに彼女の言う通りだった。この場所には、見覚えがある。
というより、記憶の湖に沈んでしまった何かが、そう教えてくれるよ
うな感じがした。
「ほら見なよ、あいつ…オメーだろ?」
女に言われ希美は指を指されたほうを向く。
そこには今の希美よりも幾分幼い、希美がいた。
見たこともないデザインのスウェット。沈んだ表情を浮かべ、とぼと
ぼと歩いている姿はとても自分だとは思えなかったが、あくまでも直
感が、
あれは、自分自身だ。
と訴えかける。
「何で…のんはこんなとこに来たこともない、のに」
混乱する希美。そこで女は、思いもかけない言葉を口にする。
「オメーが、記憶操作されてるからだよ」
385 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 13:55


倒れてしまった希美は、ぴくりとも動かない。
そして、あみもまた何かに集中しているらしく、目を瞑ったまま微
動だにしない。
「ののっ!!」
ついに亜依が抑えきれずに飛び出す。しかし、火の玉のような勢い
だったはずの彼女のスピードが何かに遮られ、そのまま強力な力で
地に伏せさせられた。
「ぐあっ、な、なんやねん!?」
力に逆らおうとする亜依だったが、辛うじて首をあげてしゃべるの
がやっとだった。
「あみ様の邪魔をしねえで下さい」
倒れた亜依の前に現れる、黒髪の少女。言葉はかなり訛っている。
愛だ。
「あんた、加護亜依やろ?」
「うちは確かにあいぼんやけど、そんなんどうでもええやろ! 
この変な力、何とかしいや!!」
人を食ったような質問をする愛に、亜依は目を剥く。
「あたし、あんたのファンなんです。養成学校ん時から」
「は?」
「でも今は…そこでおとなしくしといて下さい」
「くそ…」
かなりきつい重力のかかった場所で、手足をじたばたさせる亜依。
その横を、物凄い勢いで駆け抜けるひとつの影があった。ひとみだ。
386 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 13:57
「しまった!」
「何か知んないけど、狭い範囲でしかその精霊術使えないみたいだね!」
ひとみの目指す先はただひとつ、希美だ。
だが、やはりひとみの前にも少女たちが立ち塞がる。
「ここは通さない」
「あみ様の邪魔をするな」
「…排除します」
ふっくらした頬の少女・あさ美が一言呟くと、掌から光が溢れひとみの顔
の前を横切る。体を仰け反らせ、一撃をかわすひとみ。
放たれた光はまるで網の目のようにひとみの前に張り巡らされ、じりじり
と音を立てている。これに触れたらただでは済まないことは明らかだ。
「紺野! お前、何やってんのかわかってるのかよ! こんな奴らの味方
しやがって!」
ひとみはやり場の無い怒りを、目の前のあさ美に向けた。
「あみ様の邪魔をする人間は、排除するだけ。完璧です」
しかしあさ美は、無表情にそう答えるだけ。
ひとみは昔、希美たちとあさ美の送別会を開いたことを思い出す。その時
のあさ美のにっこりとした笑顔。それが信じられないくらい、今の目の前
の少女の表情は冷たかった。
ちっくしょう…鈴木あみ、紺野に何しやがったんだよ…
ひとみが光のフェンスの向こう側を苦々しく睨み付けたその時だ。
それまで憎々しげに輝いていた光線がばらばらになり、消滅した。
「し、師匠!」
亜依がぱっと顔を明るくして言う。
あさ美の光線を消し去った人物、それは紛れもなく後藤真希その人だった。
「鈴木…あみ!」
真希がそう呼ぶと、あみは待っていたかのように目を見開き、そして邪悪
な笑みを見せるのだった。
387 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 13:59


「おっ、何だか外が騒がしくなったな。まあいい。意識の半分だけ
あっちに飛ばして、続きをやるとするか」
女はそう言うと、瞳を閉じる。希美の目には、一瞬だけ女の姿が薄
くなったように見えた。
「な、なに?」
「気にすんな。それより、先を急ぐぜ。オメーには、全てを知って
もらわないとな」
突然、周りの景色が乾ききっていない水彩画のように流れてゆく。
全体が黒に塗りつぶされ、次に希美の視界に色が戻った時、そこは
もう外ではなかった。
薄暗い、部屋の中。時代劇でよく見るような、屋敷風の内装。何人
もの人間が輪になって座っていて、その真ん中に先ほど見た幼い希
美がいた。
「ここはきっと、この一族の集会所か何かだな。何だか、お前のこ
とについて話してるみたいだぜ」
希美は、人々の話に耳を傾けてみる。すると。
「希美は疫病神だ!」
「うちのトン吉もチン平もカン太も、みんな希美の炎で大火傷だ!!」
「このままでは我が新藤の一族は滅んでしまう!」
「忌み子が!!」
「お前なんて、生まれてこなければ良かったんだ!」
次々に口汚い言葉が幼い希美に向かって浴びせかけられる。当の本人
は、周りの異常な雰囲気に怯え、体を震わせていた。
388 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:01
希美はこの状況を思い出していた。
のんが前に見た夢に、似てる…
「似てるんじゃないぜ。同じ、なんだよ」
まるで希美の心を読んだかのように、女が言った。
「それって、どういう」
希美が女に訊く前に、輪を形成していた人だかりの中心人物らしき
男がひときわ通る声をあげた。
「それでは、村人の総意として希美を処刑する。蒼炎様も憑り代
(よりしろ)を間違えた。力を制御できない希美を選ばなければ、
こんなことには…いや、今更悔やんでも詮なきこと。希美の両親よ、
良いな?」
希美の両親、と呼ばれた二人はゆっくりと頭を垂れる。
「ちょっと…あの二人、のんのお父さんと、お母さんじゃない」
「そりゃそうだろう。今のオメーの両親は、本当の両親じゃねー
からな」
「え」
希美が女の言葉に気を留める間もなく、輪の中に動きがあった。
人だかりの中から若い二人が、幼い希美の両脇を抱えて立たせたの
だ。それとともに、先ほどの村の長らしき男が一振りの刀を携えて
幼い希美の前に立つ。
「希美、一族のためだ…許せ」
ようやく自分が何をされるのか理解した幼い希美は、火かついたよ
うに泣き始めた。
「え、のん、殺されちゃう! ちょっとあんた何とか…」
隣の女にそう言いかけて、希美ははっとする。
もし今見ている光景が、自分が見たあの夢と一緒ならば。
389 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:02
「見ろよ、これがオメーの能力発現の、瞬間だぜ?」
女はにやりと、意地の悪い笑みを見せる。
男が、鞘から刀を抜き、幼い希美に向かって振り上げる。
「や、やめてええええ!!!!」
希美の悲痛な叫びは空しく響き、それは起こった。
男を襲うは、蒼色の炎。
次の瞬間には、男は影だけを残して消滅してしまった。
「な、なんだ今のは!」
「蒼…蒼の炎だ! まさか蒼炎の力が」
「はやく、早く希美を!!」
数人が立ち上がり、禁断の力を放った希美を抑えつけようとする。
だが。
まるで炎が踊っているかのように、希美には見えた。
蒼色の踊り子は次々に人々の顔を舐め、かき消してゆく。周囲に
は肉の焼ける臭いが立ち込め、数分もしないうちに屋敷は炎に包
まれた。
その場で逃げ出そうとする人間は悉く炎の洗礼を受け、運のいい
人間は骨ごと蒸発し、運の悪い人間は火だるまになって悶絶のうちに死んでいった。
全身炎に包まれた人間がゆっくりと、女と現実の希美に向かって倒れる。男の顔に
肉はもう失われていて、虚ろなくすんだ骨がむき出しになっていた。
命あるもの全てを焼き尽くす紅蓮の炎と、その真ん中で妖しく輝く蒼い炎。炎の中
の少女は薄笑いさえ浮かべ、次から次へと蒼い炎を生み出している。その壮絶な光
景に言葉を失っていた希美が、ようやく口を開く。
390 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:04
「何これ…ひどい、ひどいよ!」
「ひどい? 凄い力じゃねーか。あの福田明日香ですらこんな炎は
出せねえぜ」
女はさもうれしそうに、笑って言った。そして、
「これは過去のオメーの真実だ。オメーは昔、力を暴走させて村の
人間を皆殺しにしたんだよ」
と耳打ちした。
「そんな! のんはこんな田舎に住んだことないし、それに能力だ
って…」
「だから、記憶操作。なんだよ」
記憶操作。あまりに恐ろしく、冷たい響き。
希美は今までにも記憶操作を施された人間たちを見てきた。邪霊師
に巻き込まれた一般市民たち。彼らは自らの身を襲った恐ろしい出
来事を忘れ、何もなかったように日常を送っている。
そして、紺野あさ美。邪霊師の攻撃によって倒れたあさ美だったが、
病状が回復してからの彼女の記憶からは例の事件のことがすっぽり
と抜け落ちていた。
それほどまでに強力な力が、まさか自分にも働いているなんて。信
じられない話だった。だが。
自分が今見ている光景。
隣にいる女の、意味を含んだ笑い。
その全てに、現実の重量感があった。
「のんは信じない…だって今自分の中にある記憶だけが、のんの真
実だから。でも。でももし、これが本当のことだったら」
希美は女を、睨み付けながら言い放つ。
「こんな力、要らない!!」
391 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:05


「…久しぶりだなァ、後藤」
あみは真希の姿を確認すると、にたりと笑う。
「あの時の借りを、今返すよ」
振りかざした名刀「紅葉曼戎(もみじまんじゅう)」には傷ひとつ
なく、室内の照明に照らされて鋭い光を放っていた。
三年前、「白い鍵の女」と刀を交えた真希の記憶が、目の前の女を
見たことによって完全に合致する。やはりあれは、鈴木あみだった
ということ。最早、確信と言ってもよかった。
「こっ、これ以上近づくな!」
あみに近づこうとする真希を、あさ美が体を乗り出して止めようと
する。しかし。
彼女の繰り出す一太刀によって、真っ二つにされてしまった。もち
ろん本当にそうされたわけではなく、真希と目があった瞬間に脳裏
をよぎったイメージだ。しかし、あさ美の動きを止めるには十分だ
った。
「おいお前ら、手ェ出すんじゃねえぞ。私は、ずっとこの時を待っ
てたんだからなあ」
あみの言葉に、わずかな違和感を覚える真希。しかし、それにこだ
わっている暇もなく巨大な鍵が振り回される。
直撃すれば人の体など簡単にひしゃげてしまうほどの重量。しかし
真希は、宙を舞う羽毛のような動きでそれをかわした。
392 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:07
「相変わらず余裕の表情だな、おい。でもすぐにその魚ってる面を
真っ青に変えてやるぜ?」
「…御託はいいからさ、さっさと来なよ」
「っのやろう!」
真希の言葉が癇に障ったのか、あみはいきなりどこからともなく禍
々しい紋様の刻まれた巨大な槍を取り出した。
「槍?」
「オメーやる時ぁこれでって昔から決めてたんだよ。 そのちゃち
な刀、へし折ってやるから覚悟しな!」
あみの鋭い一閃。空を裂く魔槍を紙一重で避け、懐に飛び込もうと
する真希。しかし直後に襲い掛かる薙ぎ払いに、後退せざるを得ない。
「バーカ、槍使いが簡単に相手を懐に入れるかっての!」
「……」
真希の脳裏に3年前の対戦が思い浮かぶ。確かその時はあみもまた
鍵術によって創られた剣を使っていたはずだった。
3年の間に、誰かに教わった?
考える間もなく、間髪ない突きが繰り出された。
穂先を刃先で弾く。止める。また弾く。その度に、真希の両手に重
い衝撃が走る。いくら「紅葉曼戎」が名刀とは言え使い慣れた彼女
本来の愛刀「破魔御影(はまみえ)」と比べるといささか見劣りが
してしまう。
「ははっ、どうした? 凶祓い最強の力はこんなもんか!」
「まだまだ、これからだよっ!」
刀身から紅蓮の炎が溢れる。炎の剣士・後藤真希の本領発揮である。
393 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:08

ひとみは真希が勝つことを確信していた。
あの福田明日香との戦いで見せた、神速の重ね居合い斬り。あれさ
えあればいかに鈴木あみと言えどひとたまりもないはずだった。
刀に炎を纏ってからの真希はあみと互角の勝負を、いや、どちらか
と言えばあみを押している勢いで戦っていた。懐に入り込まれまい
と、一方のあみは防戦一方だった。
あみの僕と化した四人の少女たちは、あみと真希の戦いに目を奪わ
れていた。はじめて見る、高位の精霊術師同士のぶつかり合い。誰
もが、機会さえあれば真希と一戦交えることを想像していた。特に
精霊術師としての経験の無いあさ美への影響は、絶大だった。
「どや! これがうちの師匠の実力や!」
床に押し付けられている亜依だが、姿に見合わぬ勇ましさで叫ぶ。
だが、当の真希の表情には余裕がない。
この刀が、どれだけもつかだよね…
炎を刀身に纏わせることで飛躍的な攻撃力を得る真希の剣術。それ
は同時に刀自身にもダメージを与えていた。刀匠が炎の精霊に祈り
を捧げつつ作ったと言われる「破魔御影」に比べれば「紅葉曼戎」
の耐久力はたかが知れたものだった。
394 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:10
静かに息を吐き、刀を鞘に納める真希。
「次で決めるよ」
「得意の抜刀術か、やってみな!」
あみが再び槍を構え、間合いを広げて得意の乱れ突きを繰り出そう
とする。だが、それよりも早く真希の体があみの傍まで来ていた。
「なっ!」
「間合いを広げる前の一呼吸、隙だらけだよ?」
鍔にためられた力が、爆発する。朱の混じった銀色が、あみの体を
幾度となくなめあげる。はずが、最初の一撃が何か硬いものに遮ら
れた。
「今の私には、鍵術ってのがあるんだよ」
抜刀術を不発に終わらせたのは、あみが左手に持つ青い鍵の剣。
「右手で槍を持ちながら、左手で剣を扱うなんて…やるじゃん」
「何か余裕かましてるみてーだけどよ、今のオメーの立場、わかっ
てねえだろ?」
あみが鼻でせせら笑うと、それがまるで合図だったかのように真希
の刀に大きなひびが入り、そして粉々に砕け散った。
395 名前:第七話「過去の記憶 her backward」 投稿日:2005/03/10(木) 14:11
「くっ…」
「そして、ここからが本番だぜ?」
あみは丸腰の真希を蹴り飛ばすと、瞳を閉じて集中し始めた。
「ごっちん!」
「師匠…! あー、邪魔くさっ!!」
ひとみが倒れた真希に駆け寄ると、続いて亜依も圧し掛かっていた
重力を払いのけてそれに続いた。
「ごっちん、大丈夫?」
「んあ…やっぱ借り物の刀じゃ、ダメだねえ」
ひとみの問いかけに、力なく笑う真希。
「くっそ…師匠の刀があれば、あんな奴」
亜依がそう言いかけた時のことだ。
場の空気が、恐ろしくひんやりとした。精霊たちがざわめき、それ
から沈黙する。
あみの手から溢れるもの、それは紛れもなく蒼い炎だった。
ひとみと亜依は、目の前の蒼炎に見覚えがあった。思い出したくも
ない記憶。そう、鈴木あみの横で倒れている少女がかつて振るった、
この世のものとは思えないほどの恐ろしい力。暗く蒼く蠢く炎は、
あの真希ですらも身動きさせない。
「間に合ったなあ…このチビの力はこの私がもらったぜ。ははっ、
ははははははははは!!!」
高らかに笑うあみ。炎が映し出す彼女の影が、狂ったように揺ら
めいていた。
396 名前:ぴけ 投稿日:2005/03/10(木) 14:13
更新終了。
>>383-395

二ヶ月あいてしまいました…
返レスは後ほど。
397 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/04(水) 23:03
どうなるんやろ??
めっちゃきになるわ〜
398 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:43




それまで何をするともなく広間の出口に突っ立っていた平井の彫りの深い顔を、
蒼い光が照らす。平井は閉じられていた瞳を薄く開くと、
「ほお、これが噂の蒼炎っちゅうやつか」
と感慨深げに呟いた。
もちろん平井自身は蒼炎の存在を彼の主である山崎との連絡役・瀬戸から聞か
されてはいたが、実際に目の当たりにするのははじめてであった。
とは言え特に恐れることもなく、ただ珍しいものを見るような好奇の目でそれ
見るだけだった。新しい炎の持ち主が自分に矛先を向けるとは思っていないの
か、あるいは。
どちらにせよ、これから起こるであろうことも彼にとってはただの余興に過ぎ
ないのだろうが。
399 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:45


蒼い炎の余波はあみのいる場所から離れたところにも及んでいた。
突然の衝撃。
急造りの通路の天井にひびが入り、ぽろぽろと欠片を落としていく。
鈴木あみが蒼炎の力を手に入れたことにより、全体的に脆弱な構造だった地下事
務所(基地と言ってもいいくらいの規模ではあるが)が悲鳴をあげていた。
「うわわわ…」
そう言って大げさに身震いをしてみせたのは、先頭を歩く村田めぐみ。
「ちょ、何これ? どう考えてもやばいでしょ。この精霊反応」
斉藤瞳は隣を歩く柴田あゆみに同意を求めた。が、当のあゆみはお構いなしに先
に進み続ける。
「さっきの子のことで柴田くん、こうなっちゃってるから」
めぐみは両手を顔の脇にやってまっすぐ前に出すジェスチャーをする。瞳はしょ
うがないわね、と言いたげに肩を落とした。
「ま、何とかなるって」
あくまでも楽観的なめぐみ。そして後ろではもう一人の問題人物が逆立った銀髪
を不気味になびかせていた。
はあ、何でうちのチームってこんなんばっかなんだろ。
そんなことを考えながら派手な外見とは裏腹に仲間一常識人な瞳は、諦めモード
で3人についていくのだった。
400 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:46


その頃、地下施設の上層部で合流した亜弥と美貴。
「すっごいねー!!」
目をきらきらとさせて、美貴に語りかける亜弥。もちろん、あみの放つ強烈な精
霊反応に対してである。
「鈴木あみの持つ精霊力に加えて、あの少女の蒼炎の力。当然と言えば、当然ね

あくまでも落ち着き払った態度に見える美貴。亜弥にはそれが面白くないのか、
「たん、鈴木あみと戦いたいんでしょ? 顔に書いてあるよ、にゃはは」
とわざとからかうようにして言う。
「本音は…そうね。でも、これはあくまでもあの方が描いた計画のほんの一部。
だから…」
美貴がそう言うか言わないかのうちに、通路の天井を支えていた柱に、大きな亀
裂が走る。
「どうやらここも持たないみたいね。亜弥、顔を見られた人間は全て始末した?

その問いかけに亜弥は、
「んー、ひとりだけ」
と言い、自分が仮面の少女と接触し取引をしたことを告げた。はじめは強張って
いた美貴の表情も、相手の正体を知ってからはやや緩んだようにも見えた。
「…あの家の人間なら心配ないだろうけど。特に依頼とか取引には厳しいらしい
から。でも亜弥。気をつけることね。あの方は失敗を、絶対に許さない」
「わかってるよお」
あくまでも対照的な二人は、崩れゆく通路を出口に向かってゆっくりと歩いてゆ
く。
401 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:50


場面は再び、戦慄の大広間へと戻る。
強大な力の前に晒されている、真希、ひとみ、亜依。
真希には、刀がない。それ以上に、ひとみと亜依には最早戦う意志が、ない。
それほどまでに彼女たちの前で怪しく蠢く蒼い炎は、絶大な力を放っていた。そ
の炎は彼女たちだけではなく、あみの忠実な僕であるはずの愛やあさ美たちでさ
えも恐れおののかせていた。
しばらく炎を手のひらで遊ばせていたあみだったが、やがてゆっくりと真希のほ
うを向くと、薄笑いを浮かべてこう言った。
「やっとだ。やっと積年の恨みってやつが晴らせるぜ。後藤ぉ、わたしはこの時
をずっとずっと、待ってたんだ…」
真希の心の奥深くにあった違和感が、大きく広がる。
一度刃を交えただけの相手にここまで恨まれる筋合いはない、いや。もし、自分
自身が目の前の相手を誤認しているのだとしたら?
「あんた…もしかして鈴木あみじゃ、ない?」
半ば確信に近いものがあった。雰囲気、槍の捌き、そして言動。全てが真希が三
年前に対峙した人物との照合を否定する。
だが、目の前の女はそれには答えず低く笑うだけ。
402 名前:第八話「旧友 old 投稿日:2005/05/13(金) 12:50
真希は周囲を見渡す。顔面蒼白になっているひとみ、亜依。希美はあみの横で倒
れたまま、動かない。何か刀の代わりになるものはないかと探してみたが、麻琴
が持っている剣ではとてもではないが代用できそうにないし第一奪う時間もない
。かと言って玉砕覚悟で隙を作ったところで、後ろの出口には平井が待ち構えて
いる。
とりあえず、やってみるしかなさそうだね…
そんな最後の希望ですら、あみの次の言葉で吹き消される。
「わたしが誰か、だって? そんなことはもうどうでもいいだろ…これから死ん
でゆくオメーにはな!」
あみが左手を高く掲げ、蒼い炎の刃を真希に振り下ろす。最早これまで。そう思
いかけた真希だったが。
突如真希とあみの間を隔てるようにそびえ立つ、氷の壁。
まさか、梨華ちゃん?
そう思いかけて真希は首を振る。梨華はカントリー牧場で修行中のはず。だった
ら…
と振り向きかけて苦笑する。
「ま、非常事態だし。あんたらでも文句は言えないか」
真希が見たのは、きらびやかな衣装に身を包んだ女の不敵な笑み。
高飛車な表情を浮かべた炎の女王・浜崎あゆみ。そして彼女に仕える4人の氷の
戦士だった。
403 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:52
「最強の炎の剣士、が聞いて飽きれるわね。黙って見てな…あゆが、格の違いを
見せ付けてあげるから」
それだけ言うと、今度はあみのほうを向いて、
「小室の亡霊が今頃になって出てくるなんて、はっきり言って感じ悪いよねえ…
消えてくんない?」
という言葉とともに凄まじい熱量の爆炎を放った。
炎は天井を焦がし床を溶かし、一直線に標的に向かってゆく。
だがしかし。
涼しげな顔をしたあみの炎の一振りで。たった一振りで、浜崎の炎はかき消され
てしまったのだった。
「…オメー、弱っちいなあ。全身整形のアンドロイドの分際でこのあみ様に消え
ろとか、100万年早いんだよ」
あみの言葉に、浜崎の表情が歪む。彼女の怒りは、そのまま炎となって周囲に大
きく影響する。
いくつもの炎が空間に現れ、バルーンのように大きく膨らんでゆく。
「いきなり大技…よっすぃー、つーじー頼んだ」
真希は呆れた顔をしてひとみに告げると、傍らの亜依の手を引き安全圏へと退避
する。ひとみもまた気絶したままの希美を抱えて浜崎から距離をとった。
「浜崎様の援護を!」
叫ぶのは氷の4人組のリーダー・タカヨ。他の三人も追随し、あみの援護のため
に氷のバリケードを厚くしてゆく。氷壁はあみからの攻撃を完全に防ぎ、さらに
は浜崎の炎を通しやすくするための通路ともなる。彼女たちの基本的な戦法のひ
とつだった。
「この身に受けた侮辱はお前の命をもってここに赦す」
詠唱と共に空間に浮かぶ炎が急膨張し、あみを呑み込む。彼女の切り札のひとつ
である「 forgiveness 」だ。
「ちっ…」
先ほどのように自らの蒼炎でそれを振り払おうとするあみ。だが。
404 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:53
「そうはいくかっての。うちらのスペシャルフィニッシュをお見舞いしてやるよ

「スペシャルフィニッシュ? ミズホあんたほんとにセンスないわね。死んで」
「ああん?お前が死ねよ」
「二人とも喧嘩してる場合じゃないでしょ…」
「みんな、いくよ? それええ!」
あみを取り囲む4人が、夥しい量の凍気を浴びせる。凍気は多孔質の氷となり、
内部の炎を一層激しく燃え上がらせた。
「ぐ、ぐあああああああっ!!!!」
断末魔と共に炎上するあみ。と、思いきや。
「なーんてな。こんなの効くかよバーカ!」
あっという間の出来事だった。
煙の中から姿を現した無傷のあみは、床に転がっていた愛用の槍を、タカヨめが
けて。
投げつけた。
タカヨの氷の防御壁も、浜崎の炎ですらも間に合わなかった。
銀色の刃は、タカヨの胸を深く、貫いていた。
「え…」
あまりの突然のことに、反応できない三人。
浜崎は呆然と自分の部下が倒れるのを見届け、そして。
405 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:53

アナタハワタシニハゼッタイニカテナイ。
セイニシュウチャクスルアナタガサイキョウノハズガ、ナイ。

昏い瞳の少女の顔が頭を過ぎる。
彼女は周りの空気を切り裂くような声を、あげた。
床が割れ、いくつもの火柱があがる。まるで空気さえ焼き尽くさんばかりに、溢
れる炎。
いつもは気品さえ感じられる彼女の横顔はまるで獣のように。なりふり構わずあ
みの元へ突っ込んでいった。
「やればできるじゃねーか! だったらこっちもフルパワーでいかせて貰うぜえ
?!」
あみもまた、自らの内で高ぶる衝動を抑えるつもりなど、毛頭なかった。
床が溶解を超えて気化しはじめる。壁が流れるように崩れ落ちる。天井が、大き
く湾曲してゆく。
ただでさえ崩れかけていた建物は、今まさに終焉の時を迎えようとしていた。
「あかん…浜崎が切れるのは計算外だ。鈴木のやつもそれに煽られとる。ここは
僕の出番か」
それまで淡々と戦況を見つめていた平井だったが、さすがに今の状況をほっとけ
ないと思ったのか、重い腰をあげた。
406 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 12:54
聞き取れぬほどの速さで高位精霊魔法を詠唱し続ける浜崎。
しかし、目の前に平井が現れたのはその間隙を縫った一瞬の出来事だった。
突如、視界を塞ぐようにして前に立つ、黒のカットソーを着た背の高い男。さす
がの浜崎も驚かずにいられない。
「おまえは…?!」
「姐さん、ちょっと頭に血い、昇り過ぎと違います?」
どうやってここまで瞬時に移動できたのか。
いかに手練の者と言えど、浜崎とあみの作り出した高熱領域の中にこれだけ容易
く入るのは至難の業。目の前の男からは敵意こそ感じられないものの、明らかに
不可解であった。
「ここで史上最強の決戦を見たいのはやまやまなんですけど、ぼちぼちこの地下
施設も限界に近いんですわ。一旦、引かせてはもらえませんかね?」
あまりに痴れたものの言いざま。浜崎の脳裏に、あみに虫けらのように殺された
タカヨの姿が浮かぶ。
「ふざけるな! 仲間を殺されてその上むざむざ引き下がれなどよくも」
言葉は途中で強制的に止められた。平井の姿を見失った次の瞬間には、倒れたタ
カヨに寄り添うようにして付き添っていた三人の少女の背後に移動していた。
後ろを振り向く暇さえ与えず、両手で二人の首ねっこを掴み、真ん中の一人の背
を踏みつけた。
「犠牲者、たったひとりで済んでよかった。とは思えませんか?」
「貴様…!!」
「ぼくもほんまはこんなんしたくないんですけど、一応任務やし」
平井の顔はあくまで平静だった。それが逆に、ためらうことなく三人の少女の命
を奪えるという証明にもなっていた。
浜崎の戦意が完全に喪失したことを確認してから平井は少女たちを解放し、
「ほな鈴木はんも、用意はええですか?」
とあみに呼びかける。
「バーカ。オメーが邪魔したときからこっちはやる気ゼロだっつーの」
あみは呆れたように笑い、それに応えた。
407 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/05/13(金) 13:02
どうやって平井の目をかいくぐりこの場から逃げ出そうと考えていた真希たち。
そこへ突然のチャンス到来。平井自ら持ち場を離れ、浜崎とあみの争いに加わっ
たのだ。今のうちに、とばかりに広間を出ようとする三人だが。
「おい、どさくさに紛れて逃げようとしてんじゃねえよ」
出口に翻る、蒼い炎。
「んあ…気づかれたか」
「言っただろ? オメーには積年の恨みがあるってよ。後藤真希」
まんまと標的の退路を塞いだあみの顔には薄笑いさえ浮かぶ。
「はじめて会った時から、ずっとオメーのことが嫌いだったよ。そこのホクロと
薄毛には悪いが、一緒に死んでもらうぜ」
ナイフのような鋭さを持つ視線で、傍らの亜依とひとみを撫で回すあみ。蒼い炎
の威力がわかってるだけに、二人とも手出しすらできない。
亜依の思考も、さっきからずっと固まったままだ。いつものような奇策など、望
むべくもない。ひとみは先ほどからずっと、まったく動かない自分の体を叱咤し
てはいるものの、恐怖と言う名の原初的本能には打ち勝てずにいた。
「あんたさ、さっきから昔からごとーのこと知ってるような口ぶりだけど」
真希の出した結論。とにかく時間を稼ぐこと。何もやらないよりは、遥かにまし。
しかしそれすらもあみにとってはお見通しだった。
「答えを出してやるほど私は優しくない」
あみの瞳が蒼く染まりはじめたその時だった。
出口を覆っていたはずの蒼い炎が、大量の水蒸気とともに衰え消えてゆく。
「じゃあ代わりになっちが答えてあげようか」
蒼い炎を消すことが出来るほどの、高位の水使い。中澤凶祓事務所の顔こと安
倍なつみだった。
408 名前:ぴけ 投稿日:2005/05/13(金) 13:06
今回更新分
>>398-407

かなり時間が空いた上に更新少。自分の開いた口がふさがりません…
しかも前回レスをしたと思っていたのに、手違いからかうpされてない
ことに気づきますます OTL な感じです…
409 名前:ぴけ 投稿日:2005/05/13(金) 13:14
>>379 マシュー利樹さん
更新速度は…ごめんなさい。でも出来る限り漫喫から送り続けます
ので、どうかお見逃しを。

>>380 名も無き読者さん
夢を見ようよ〜と言いつつだいぶ夢の中でしたごめんなさい。
こんな感じでよければ引き続きお付き合い願いたいのですが…

>>381 名無飼育さん
ゾディアック家! 言われて自分でああなるほどと思いました。
あそこの家ほど彼女の理解者はいなさそうな感じですが。
410 名前:ぴけ 投稿日:2005/05/13(金) 13:16
>>382 名無飼育さん
はじめまして。
体もそうなんですが、経済面でも気をつけます。家にPCがないので
いつも漫画喫茶からの更新をしているので

>>397 名無飼育さん
こんな感じになりました。
これからも読んでいただけるとありがたいです。

次回更新は前よりは多少は早くなると思います。
ではまたその時まで。
411 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/24(火) 01:23
更新乙です。
また良い所で切りますね。
彼女の登場でどうなるのか楽しみです。
412 名前:第八話「旧友 old friend 」 投稿日:2005/06/02(木) 01:54


互いに視線を交わす、二人。
「差し詰め『ピンチランナー』ってとこかあ? オホーツクの海獣みてーだっ
たオメーがよくそこまで痩せたもんだな。褒めてやるよ、豚なっち」
「相変わらず口の悪い子だね…どうしてあんたが鈴木あみの姿をしてるかは、
なっちにはわからないけどさあ」
距離はあるものの、お互いの精霊反応は既に至近距離とも言うべき状態にあった。
そして臨界点は程なく、訪れた。
あみが掌から蒼炎を浮かび上がらせ、なつみもまた水の球体を喚び寄せる。
「今夜のメシはポークソテーだぜっ!!!」
しかし愛たちと既に遠くに退避していた平井が大声で、
「そんなんしてる暇ありまへんでー。早よ行かな」
と呼びかけた。あみは小さく舌打ちをすると、
「後藤。安倍。オメーラとは次できっちりカタつけてやるから、首を洗って待
ってるんだな。中澤のババアやチビンバ、ウドの電波大木にも伝えとけ」
と言い残し、崩れ行く玉座の間の向こうへと消えていった。恐らく、緊急脱出
用の通路でもあるのだろう。
413 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 01:55

「ごっつぁん! 勝手に中に入っちゃ危ないっしょ!」
珍しくなつみが、真希を叱りつける。この状況ならば仕方がないの
かもしれないが。
「ごめんごめん、鈴木あみって聞いたら何か体が勝手にねえ」
当の真希はまったく意に介さない様子だが。
「そ・れ・に」
さらに矛先は亜依やひとみにまで向けられる。
「あんたたちどうしてここにいるべさ? 返答次第じゃあ、なっち
怒るよ?」
と言いつつも既になつみの表情には太陽のような笑顔はかけらもない。
思わず首を竦めて小さくなる二人。普段怒らない人が怒ると本当に
怖いんだな、とひとみは改めて思うのだった。
「そっそれよりほら、早く行きましょ! このままやったらうちら、
あっちゅう間にホットサンドやで!」
「む。じゃあお説教の続きはここ出た後ね」
亜依の機転で、怒りを収めるなつみ。
「なっちが通ってきた道があるから、こっち行くよ。なっちの水術
があれば、まだまだ通れると思うし。あんたたちは、どうする?」
広間の片隅に横たわる少女の傍らに無言で立ち尽くす浜崎あゆみに、
呼びかけた。
しかしながら、返事はなく。
「わたしたちは、大丈夫ですから。もう少し、ここに…」
安らかな顔のタカヨの髪を撫でながら、代わりにミユが答える。そ
の顔には血の気はなく、辛うじて残されていた気丈さだけが彼女を
支えていた。
「うん、そっか。ここももうじき崩れるから、無理しないで」
なつみの言葉に頷く三人。
「…行こうか」
そして言葉で真希たちを促すと、未だ狂熱の篭る空間を後にした。
414 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 01:57


凶祓組織総本部。
今回の作戦を総指揮する場所でもあるここは今まさに、混乱の最中
にあった。
テレパスの能力を持つ精神感応士。現場である新宿地下街と総本部
の玄関前に配置された感応士たちが、情報のやり取りを続けている
ものの、その多くは圧倒的な戦況の不利を伝えるものでしかなかった。
「前田さん! 凶祓師『蜻蛉』の死亡が確認されたそうです!!」
「ジェイズ所属の『CARTON』、2名を除いて全滅です!」
「広島の凶祓師、猿(ましら)と巌(いわお)の精霊反応が途絶え
ています!」
本来ならば感応士たちの陣頭指揮を取っているはずの、石井リカ。
しかし彼女が突然に行方をくらませてしまった(もちろん梨華の妹
に殺されたことなど誰も知らない)ため、事務方のトップである前
田有紀が代わりに業務を執り行っていた。慣れない作業のためか、
それとも次々と入ってくる情報のためか、前田の顔には疲れが色濃
く浮き出ていた。
そんな時のことだった。
紋付袴を身に纏った、三人の男。小柄で太め、中背だが筋肉質、大
柄の痩身、と不揃いの体型の三人に守られるようにして、派手なオ
レンジの着物を着た男が総本部の敷地内に入ってゆく。
415 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 01:58
「失礼」
当然のことながら、正門前を警備する若い凶祓師に呼び止められた。
「なんだ?」
「お見受けしたところ凶祓師関係者の方と思いますが、これより先は」
「あんだって?」
「いや、ですから」
「あああんだって?」
耳が遠くもなさそうなのに、わざと聞こえない振りをする男。しばら
く押し問答が続くとさすがに緊急時、別の凶祓師が前田を呼んで来た。
「この忙しいのにまったく…」
と愚痴をこぼす前田だったが、男の顔を見て仰天した。ペンキで塗っ
たような白い顔、天を突かんばかりの大きな髷。疑いようもなかった。
「こっこれは大変失礼しました! 本日はどのようなご用件で!」
「おうおう、苦しゅうない。遊びに来ただけだからよー」
「かしこまりました! どうぞこちらへ!」
男は金色の扇をぱたぱたと仰ぎ、大またで前田の後ろをついてゆく。
呆然とする警備員に、それまで遠くで様子を見ていた年配の警備員が
近づき話しかけた。
416 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:00
「あれが噂の…変わったお方とは聞いてはいたが」
「おやっさん、知ってるんですか?」
「あの方は『馬鹿殿』だよ」
それを聞き、思わず腰を抜かす警備員。
「ば、バカ殿って言えば」
「うむ。五大老の一人『馬鹿殿』こと志村けんだよ」
五大老とは。
第二次世界大戦後、それまで個々に権力中枢と契約していた凶祓師
たちを組織化、近代化に導いた人物たち。『座頭市』『若旦那』
『黒眼鏡』『大将』、そして件の『馬鹿殿』を合わせた五人を、界
隈の人間は敬意と畏怖を込めて五大老と呼んでいたのだった。いか
に全国の凶祓師を統括する立場にいるつんくと言えど、彼らの意向
に逆らうことは即ち失脚に等しい。そのうちの一人が何故凶祓師協
会の総本部を訪れたのか。
417 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:02


さて、本部長室にはつんくと圭の二人きり。
現在警視庁の邪霊師対策のための情報セクションに所属する圭だが、
元はと言えば彼女も凶祓い。かつての古巣の恩人でもあるつんくに
現在の状況の説明を求めたのではあるが。
当人は至ってのん気なもので、鼻くそをほじってリラックスしてい
るほどだ。
やっぱりこの人、わからないわ…
凶祓師時代から抱いていた思いを、こっそりこぼす。今回の作戦の
結果はどう考えてもつんくの失策であり、一時期とは言え精霊術界
を二分したほどの人物に若手やロートルたちを差し向けるべきでは
なかったのだ。
終始険しい表情を崩さない圭だが、さすがに例の地下組織に希美た
ちが侵入、挙句の果てにはとんでもないことになっているとは夢に
も思わない。現場から精霊反応が漏れないように何重もの防護壁を
施されてしまっては、いかに一流の精神感応能力を持つ彼女と言え
ど中に誰がいるかなど推測すらできなかった。
418 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:03
そこへコンコンというノックの音。前田が、志村と三人の従者を連
れて部屋に入ってきたのだ。前田はこちらへ、とだけ言うとそそく
さと部屋を出て行ってしまう。
志村の姿を確認した圭は、ますますその顔を強張らせた。五大老の
一人がアポもなく突然訪問、とあっては無理もないが。
「おー志村さん」
「遊びに来てやったぞ」
そう言って志村は、来客用のソファに体をどっかと沈める。
「遊びにって…」
この非常時に何を、と気色ばむ圭だが何と言っても相手は五大老。
黙っているしかない。
「そうそう。この前紹介してもらったオネエチャンの店だけどよ
ー、ブスばっかで全然盛り上がんなかったってーの」
「ほんまでっか? 志村さんは目が肥えとるからなあ」
「そんなことねーって。あ、でもその前の店は良かったぞ。みん
な乳がでかくてよー」
「あそこはおっぱい星人御用達の店なんですわ。『黄株』の野田
さんも喜んではったし」
まるで場末の飲み屋で中年同士が交わすような会話。圭は思わず
志村のことを非難がましい目で見てしまう。すると。
「そこの狛犬も下がってよいぞ」
扇でしっ、しっと言いたげに払う仕草をこちらに向ける志村。
「こ、狛犬…」
ちょっとあんた、誰が狛犬よ! と叫びたい気持ちでいっぱいの
圭だったが相手は五大老、おとなしく従うしかなかった。
419 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:06
おずおずと部屋を出る圭。
「遊びに」というのは勿論嘘で、鈴木あみのことが絡んでいるのは
ほぼ間違いない。彼女は早々とそう結論づけていた。
にしても、この反応はちょっと早過ぎるわね…
こちらの一挙一動を監視でもしていなければ、できない行動。
少し、調べてみるか。
相手は五大老。ちょっとのことでは情報が得られるはずはないし、
逆にこちらの身が危なくなる危険性だってゼロではない。
だが、こちらもルートがないわけではない。
圭の足取りは、ここに来る時と比べて明らかに軽かった。
420 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:07


「さて」
部屋の外の気配が消えたのを確認してから、つんくが話を切り出す。
「今回は何の用で?」
「とぼけんじゃねえよ」
先ほどまでの甲高い声ではなく、低くドスの効いた声。そこにはバ
カ殿の緩んだ表情はなく、五大老の貫禄に満ちたそれがあった。
「今回の件、俺たちが知らねえと思ったら大間違いだぞ。凶祓いの
若い連中を、鈴木あみにぶつけたらしいじゃねえか」
「さすがは五大老、ええ情報網持ってはるわ。うちもあやかりたい
もんですなあ」
まるで人をおちょくるかのような物言い。突然、二人の間にあった
テーブルが吹き飛んだ。おお怖、とそれでもつんくは軽口を叩くこ
とを忘れない。
「やるんだったら、全力で叩き潰せ。中途半端なマネして上に睨ま
れでもしたら、俺らが築き上げた何もかもがなくなっちうまうんだ。
それに幾らお前が小室との争いを勝利に導いた英雄だとしても、若
い奴らを捨て駒にするなんてこと、黙って見過ごすわけにはいかね
えんだよ!」
最後はぎろりと、血走った目でつんくを睨み付けた。
まるで切れ味鋭い日本刀のような視線を受け流し、つんくが口を開く。
421 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:09
「もし仮にですよ? 鈴木あみの復活に、ある事務所の元メンバー
が絡んでるとしたら…どないします?」
「なに?」
志村はつんくの意図を読むことが出来ない。そんな志村をせせら笑
うように、つんくはにやりと笑ってから再び言葉を継いだ。
「もちろん、事務所の人間たちは先陣を切ってことに当たるでしょ
うなあ。他の事務所の人間も、自分のケツは自分で拭け、てな具合
に無視を決め込む。ただでさえ前例のある事務所やし、手助けしよ
うっちゅう事務所もあらへんでしょうなあ」
「まさかお前」
「ま、もちろん俺はそこの事務所を最大限にバックアップ…させて
もらいますけど」
まるで自分の思いついたアイデアを人に話すかのような自慢げな顔。
そこには何のためらいも見られなかった。
志村はその邪気のなさ、底の見えなさに空恐ろしささえ覚える。
「俺はあいつらを日本一の凶祓い集団にしたいだけなんですわ。福
田明日香の一件も、圧力使うてあいつらが真っ先に動けるようにし
た。あいつらには俺の期待に応えられるだけの力、ありますねん。
あいつら伸ばすためなら、俺はどないな労力も惜しいと思わんのですわ」
純度の高い、熱意。志村は口を挟むことすら、できなかった。
422 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:10


崩れてゆく地下通路を、一気に駆け抜けてゆくなつみたち一行。
火の属性を持つ浜崎とあみが一度に精霊力を放出したため、引き寄
せられた火霊たちが床や壁を侵食し始めていた。もちろん、彼らと
交戦して無駄な時間を費やすわけにはいかない。
「なああいぼん。ここに侵入した時みたいにさあ、上の天井がばっ
と開けちゃって、ぱぱっと抜け出せない?」
「あんなあ…こないにアホみたいに火霊が飛び交ってるとこで、地
の精霊なんか使役したないわ!」
他の属性を持つ精霊が支配する場所と言ってもいい場所で属性の違
う精霊に呼びかけること、それは戦闘の意思表示をするのと同じだ
った。相反する水や氷の精霊でない限り、それは賢明な行為とは言
えないだろう。
「だってお前モノマネで氷の精霊とか呼べるじゃん」
「…元があの梨華ちゃんやし、そもそも完全にコピーすら出来へん
っちゅうねん」
「うわー使えねー」
「何やとゴルァ!!!」
ひとみと亜依が言い争っているのを他所に、真希はなつみに気にな
っていたことを尋ねる。
423 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:11
「ねえなっち」
「なに? ごっつぁん」
「ごとーさ、鈴木あみと戦ったんだよね」
「うん」
「でも、三年前に戦った時と、何か違ったんだ」
「だよね」
「なっちはさっき、鈴木あみとずっと昔の知り合いみたいに話して
たよね。もしかしてさ、あの『鈴木あみ』は…」
そこでなつみが立ち止まる。まるで、意を決したかのように。
「そうだよ。ごっつぁんの思ってる通り、あの子は『鈴木あみ』じ
ゃない。少しの間だったけど、一緒に戦った『仲間』だったから、
なっちにはすぐにわかったんだ」
「え、それって…」
真希が言葉を止める。自分の足元に渦巻く、強烈な精霊反応。
「みんな、下がって!」
その言葉に気づいたなつみたちが、瞬時に後ろへと退く。彼女たち
がいた場所の床がひび割れ、オレンジ色の光が漏れる。じわじわと
染み出てくる、マグマにも似た物体。離れていてもむせ返るような
熱を浴びせるそれは、人の形を成して一行の前に立ち塞がる。
424 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/06/02(木) 02:12
「火霊が床を溶かして実体化したみたいだね」
「大丈夫、ここはなっちに任せて」
そう言ってなつみは一歩前に出ると、目を閉じて集中しはじめた。
「あいぼん、うちらは安倍さんの時間稼ぎだ」
「まかしとき!」
続いてひとみと亜依が火霊の前に飛び出し、相手を霍乱する。もと
もと体術に優れたひとみと、真里のマネをすることで驚異的な移動
力を得ている亜依のコンビネーションはマグマの怪人の目をくらま
せるには十分の効果があった。
なつみの目の前でふよふよと浮いていた水球が徐々に膨らんでゆき、
やがて大きな塊となる。そして相手を冷却し破壊する絶好の機会、
という時になつみを強烈な疲労感が襲った。
まさか…さっきの蒼炎で?
なつみが消した蒼い炎。しかしあの炎を消滅させるのに、意外なほ
ど大量の精霊力を消費していたのだった。
来るはずの援護射撃が来ない。それが亜依に、一瞬の隙を作らせた。
ほんのわずかの瞬間、なつみのほうを見た亜依に、火霊がここぞと
ばかりに灼熱の腕を振り下ろした。
「危ない!」
しかし腕は亜依の頭に達することなく、白く輝き崩れ落ちた。水で
冷やしたのではなく、明らかに凍気によるその攻撃を放ったのは。
「梨華ちゃん!!」

ひとみが目にしたのは、紛れも無く石川梨華その人であった。
425 名前:ぴけ 投稿日:2005/06/02(木) 02:14
今回更新分
>>412-424
426 名前:ぴけ 投稿日:2005/06/02(木) 02:16
>>411 名無飼育さん
今回も何だか似たような感じの区切り方になってしまいました。
色々とパターンを変えてみないといけませんね。

何とか一ヶ月以内に更新ができました。
次回もこれくらいの間隔と量で。
427 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/08(水) 23:26
更新乙です。どんな目的で彼女がひとみたちの前に現れたのか気になりますね。
428 名前:ぴけ 投稿日:2005/08/13(土) 17:09
生存報告です。
お盆中には更新しようかと(汗
429 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 18:10
生存報告来てた〜
よかった
430 名前:マシュー利樹 投稿日:2005/08/19(金) 02:11
とある事情により、一時的にこのコテハンとレスをつけるのを
止めてましたが、生存報告があってほっとしてます。
(絶対に完結してくれると思ってましたが、整理の事については
 知っているかどうかが不安だったもので・・・)
色々と大変でしょうが、頑張ってください。
431 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:04


凍気によって片腕をもがれた、火霊が憑依した溶岩の人形。だがその勢いが衰
えたのは一瞬だけで、今度は凍気を放った梨華目掛け襲い掛かる。
しかし梨華は微動だにしない。彼女の後ろには、頼もしい二人の仲間がいるから。
「行け! ダニー、アーノルド!!」
小柄な女性がそう叫ぶと、その傍らから二頭の精霊犬が飛び出す。喉元と足を
噛み付かれた溶岩の人形はたまらず体勢を崩した。
さらに、梨華の背後から大柄な女性が現れる。彼女の両手の指に装着された金
属糸が、風に揺らめいたかと思うと瞬く間に人形に絡みついた。氷の属性を付
与された10の糸が、マグマの中の火霊ごと、引きちぎる。哀れ火の精霊は、
そのままむせ返るような煙と共に消えていった。
432 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:05
「久しぶり、だね」
一仕事終えた梨華が、ひとみのもとへ歩み寄る。ひとみは久しぶりのパートナ
ーとの再会に、ただ目を丸くするばかり。
「どうしたのよっすぃー?」
「い、いや。強くなったなあ、って」
ひとみだけではない。亜依はもちろんのこと、真希やベテランのなつみでさえ
も感心するような精霊術の上達ぶり。梨華はあさみやまいたちとの修行によっ
て、確実に能力を伸ばしていた。
「あれ…梨華ちゃんは北海道に行ったって聞いたんやけど」
「今回の作戦で『カントリー』にも声がかかったの。りんねさんには来るなっ
て言われたんだけど…」
そこで梨華はりんねのことを思い出したのか、辛そうな表情を浮かべた。あさ
みがそれを察し、肩に手をやる。
「そっか。梨華ちゃんも色々あったんだねえ。とにかく助かったよ。ところで、
その子たちは」
「自己紹介は全部終わってから」
真希の言葉を制したまい。その瞳が見つめる廊下の奥から、象か何かのような
大きな足音が、ゆっくりと近づいてくる。
433 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:07
それは身の丈3mはあろうかという、マグマの巨人だった。しかも嫌なことに、
先ほど倒したのとよく似た人形を数体、取り巻きのように従わせている。
氷の精霊によって火霊が過剰刺激されたことにより、巨人が生み出されたと言
っても過言ではない。即ち、彼らを撃破しつつ先に進むのが唯一の方法。
「…あさみさん、まいちゃん」
梨華は二人の顔を見つめる。そこにはあたしたちがやるしかない、という暗黙
の意思が込められていた。
「やるっきゃないね」
「梨華ちゃん、あの子がいるからってちょっと強気になってる?」
「ちょ、何言ってるのまいちゃん!」
ひとみを振り返るまいに、梨華は赤くなって抗議する。が、気を取り直して、
「あたしが凍気であいつらの足止めをするから、その間にあさみさんとまい
ちゃんで一体ずつ倒して」
と二人に指示を出した。
「簡単に言ってくれるよね。でもまあ、それしかないか」
「わかったよ、梨華ちゃん」
あさみとまいが頷き、今まさにマグマの巨人たちに立ち向かおうとしたその時
のこと。
434 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:10
「あーダメダメ。それじゃあ時間がかかりますって」
どこかとぼけたところがあるような、そんな声。どこかで聞いた声、そう梨華
が思った時には既に彼女たちが行動をはじめていた。
ぱあっ、と白くなってゆく視界。
「な、何や! 何が起こったん!?」
「氷の属性結界を張ったんだよ。あの子、なかなかやるべさ」
慌てふためく亜依に、なつみは説明を加えながら一点を見つめる。そこに立つ
のは、眼鏡をかけた飄々とした女性。
属性結界を張ってしまえば、そのエリアにおいては周りの火霊を刺激する心配
はなくなる。さらに、味方の氷術が強化されるという利点もある。
「そんなとこに敵溜めてたら、あたしら通れないんだよねえ」
刹那、強烈な吹雪が溶岩人形の群れを吹き抜ける。巻き添えを食らわないよう、
急いで自分たちの前に氷の衝立を作る梨華。
「危ないじゃない!」
「ごめーん、あんたたちのことよく見えなくて」
金髪の巻き毛をなびかせ、けらけらと下品に笑う肉感的な女性。
さらに氷の彫像と化した人型が、瞬く間に崩れ落ちてゆく。氷の瓦礫が生み出
す煙を掻き分け、銀髪を逆立たせた冷たい表情の女性が現れる。
「へえー。凄い動きするんだねえ」
「え、ごっちん今のあいつの動き、見えたの!?」
「嘘やろ、うち全然見えへんかった…」
真希の言葉に、ひとみと亜依は動揺を隠せない。二人の目は銀髪の女性の動き
を捉えることができなかったのだ。
435 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:11
突然現れた三人の女性の顔を見て、梨華は確信する。最後の一人の、存在を。
取り巻きたちを一掃されたマグマの巨人は、怒り狂い熱気を撒き散らした。張
られた属性結界をものともせず、さらなる前進を続ける。
「おーおー、血気盛んですなあ」
「……」
「一番おいしいとこ残してあげたんだから、しっかりやるんだよ! あゆみ!!」
長い金髪の巻き毛が叫ぶ。
その場にいた全員の視線が、巨人の頭部へと注がれる。
そこに立っていたのは。
「柴ちゃん!!」
しかし呼ばれた当の柴田あゆみは梨華に視線を合わせることなく、無言のうち
に煮えたぎる巨人の頭へと手をやった。真っ赤に燃え盛っていた部分が輝きを
失い、白い氷に徐々に蝕まれてゆく。完全に冷え固まった巨人は己の重みを支
えることができずに、ついた肩膝から大きなひびを走らせ、崩壊していった。
「凄い…あれだけの大きさの敵を、一瞬に」
まいが思わずそう呟く。その横で、
「柴ちゃん!!」
梨華はもう一度だけ、かつての友の名を呼ぶ。けれど。
436 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:13
「あたしは通路を塞ぐ障害物を排除しただけだから。別に梨華ちゃんを助けた
わけじゃない。地上に出たその瞬間から…あとは、言わなくてもわかるよね?」
俯く梨華。なおも冷たい視線を放つあゆみの前に、一つの影が立ち塞がった。
「お前、昔うちらの学校に来たやつらだろ」
ひとみはかつて目の前の人物が自分たちの通っていた高校に姿を見せたことを
覚えていた。もちろん、その時に放った台詞も。
「梨華ちゃんは…渡さない」
「彼女は帰るべき場所に帰らなければならない。あたしは彼女を、連れて帰ら
なければならない」
「そんなことは絶対にさせな…」
ひとみの台詞が凍りつく。いつの間に自分とあゆみの間に、銀髪―大谷雅恵―
が割り込んでいたからだ。ご丁寧に、手刀を喉元に突き付けつつ。
「オマエ、楽しめそうだな」
「!!」
雅恵の言葉に、嫌が上にもひとみの闘争心は燃え上がる。
「はいはいストップストップ! まったくあゆみもマサオもこんなとこで喧嘩
売らないでよ。そっちの子も、とっとと下がって」
金髪の巻き毛―斉藤瞳―が心底呆れた顔をして二人を制止した。
「そうそう。お楽しみは後で、ですよー」
とぼけた眼鏡―村田めぐみ―が先の道を氷属性結界で覆いながらそんなことを
言う。そういう問題じゃないだろ、という言葉は瞳の胸の奥に仕舞われた。
437 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:14
無言のうちにその場を立ち去る四人。旧友の背を見送る梨華に、ひとみは声を
かける。
「あいつがさ、あの時にも梨華ちゃんのお母さんがどうのこうのって言ってた
の、覚えてる。それに、さっきも『帰るべき場所』って」
梨華は答えない。それでもひとみは話を続けた。
「梨華ちゃんが話したい時でいいんだ。でもうちらはずっと一緒に仕事してき
たし、これからもそうありたいって思ってる。だから、待ってる」
小さく頷く、梨華。
「さ、何にせよあの子たちが作ってくれた氷の道が溶け出さないうちに、脱出
するよ。それに、のんの容態が気になるしね」
なつみが背に負う希美を横目に、言った。なつみが先を進み、次いで真希、さ
らに亜依、あさみとまい、最後にひとみと梨華が続いてゆく。
438 名前:第八話「旧友 old friend」 投稿日:2005/09/20(火) 02:15



こうしてつんくによる鈴木あみ討伐作戦は、大きな犠牲を出しつつ幕を閉じた。
あみの策略によっておびき出された希美は秘めた蒼炎の力を奪われることにな
り、また、あさ美を救出することもままならないままひとみたちは敗走する。
凶祓師総本部としてはひとみたちの単独行動を詰問したいところなのだが、多
数の死者・負傷者が出てしまったことへの諸対応に追われ、その日はそのまま
家に帰されることになった。

そして、一夜が明けた。
439 名前:ぴけ 投稿日:2005/09/20(火) 02:19
今回更新分
>>431-438
440 名前:ぴけ 投稿日:2005/09/20(火) 02:22
お久しぶりです。そしてお待たせして本当に申し訳ないです。
ここまで間が開いてしまうと心苦しいのでsage更新で。
更新間隔(と量)が段々自分が昔楽しみにしていた作品に似てきたので、その
結末だけは避けたいですね(汗
441 名前:ぴけ 投稿日:2005/09/20(火) 02:27
>>427 名無飼育さん
大して面白みのない理由でした。期待させてごめんなさい。

>>429 名無飼育さん
なんとか生きています。ご心配をおかけしました。

>>430 マシュー利樹さん
いつもありがとうございます。
完結だけは絶対にさせます。とは言えこのペースだとかなり時間がかかって
しまうので、何とかして更新速度をあげたいものです。漫画喫茶からの更新
なので、なかなかうまくいかないんですけどね。

かなり更新が開いた後なので、次はなるべく早めに。できるだけ。
442 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/24(土) 15:57
更新おつです。
現れたの違う人かと思ってた。
それにしても4人組みもかっけーですね。
これからどうなるかも楽しみです。
443 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:46



ひとみ、亜依、梨華、真希、なつみの5人は中澤事務所に呼び出されていた。
もちろん、このような事態になった経緯を説明させるためである。
深く、深く垂れる五つの頭。
その一つ一つを、苦虫を噛み潰したような顔をして睨みつけるのは、怒りのメ
ーターが今にも振り切れそうな事務所の所長だった。
「まったく何してんねん、自分ら!!」
自分でも能力が抑えられないのか、机の上の立てかけカレンダーやノートパソ
コンが次々に石化してゆく。
「あーあ、またノーパソ買わないと」
キャハハと笑いながらそんなことを言うのは、今回唯一騒動に加わっていなか
った真里。が、裕子の視線がこちらに行きそうになるのを感じたのか、それっ
きり黙ってしまう。
「とりあえず石川のほうはカントリーのあさみから事情は聞いてるわ。でもな、
吉澤と加護はホンマええ加減にしいや! 裏口からこっそり、ってガキの秘密
基地ごっことちゃうねんで!?」
鬼の形相と呼ぶに相応しい表情で、裕子はなお目の前の後輩たちを叱り飛ばす。
「大体なっちとごっつぁん! あんたらは事務所の「顔」やろ? こんなこと
したら周りの事務所から何言われるかくらい、わかるやろ!! 『またあそこ
の事務所が』って陰口叩かれるんはまあええわ。浜崎のアホに嫌味言われるん
も、まあ、ええ。せやけどな、最終的にはつんくさんに迷惑かかるんやで?」
444 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:48
「ちょっと待ってや!」
裕子の息が切れてきたのを見計らうように、亜依が叫んだ。
「何や、加護」
「安倍さんやごっちんのことはうちらを助けるためにやったことな
んや、悪いのは全部…勝手に鈴木んとこに忍び込んだうちらですわ。
でも……」
亜依は僅かの間俯き、それから裕子をまっすぐ見つめ、言った。
「友達がわけわからんヤツに攫われて、そないな状況で黙って指を
咥えて見てることなんて。あいつにはできへんかったと思います。
もちろん、うちだって!!」
「加護、うちらは何や? 凶祓師やろ! 一時の感情で軽々しく動
ける存在と違うやろ!!」
顔を真っ赤にして裕子に噛み付く亜依の肩に、ひとみが手を置いた。
「中澤さん。確かにうちらの行動は軽率だったと思います。けど
もし中澤さんの身近な人間が紺野みたいな目に合ったとしても…同
じことが言えますか?」
「ぐっ」
気まずい沈黙が部屋を包む。その沈黙を破ったのは裕子自身だった。
「ふう…もうええわ。とりあえずこれからつんくさんが事務所に来
ることになってるから、そん時はうちが上手いこと言っとくわ。自
分らはしばらく外にでて、頭でも冷やしや。後で…辻のことで話し
たいことも、あるしな」
一際大きなため息をつく、裕子。
「裕ちゃん、そんなため息ついてると幸せが逃げるよ」
「うっさい!」
真里の茶々をあしらいつつ裕子は再び、ため息をついた。
445 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:49


警視庁特殊犯罪取締課。
凶祓師協会とは別に、国が邪霊師対策のために精霊術師を集めて作
った部署。もちろん公の目に触れさせることはタブーだったために、
必然的に彼らの職場も一般市民に発覚することが少ない地下に設け
られていた。
そこへ、一人の男が連行されていた。取調室に入れられた彼は、凶
祓師の身でありながら鈴木あみの側に与しようとした魔剣士・滝沢
であった。
「タッキーベイベー、君が取った行動はどう考えても理解できない
な」
滝沢の正面に座っている、白いスーツを着た男が眉を顰めて言った。
「ふん……警視庁特殊犯罪取締課の及川刑事と言えば、奇抜な言動
の割には有能だと聞いていたが」
「いやあ、それほどでもないよ」
言葉に込められた皮肉を理解しているのかいないのか、及川は糸目
をさらに細めて笑う。
「聞きたいことがあれば拷問でも何でもするなりして聞き出せば良
いさ」
「イエス、アイデュー。と言いたいところだけど生憎ボクはそうい
う手荒い真似が好きじゃないんだ。時間もたっぷりあるからね」
446 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:50
「時間、か。大方ジェイズも俺のことを見放しただろう。罪人に与
えられた時間は…気の遠くなるくらいに膨大だ」
滝沢は己の境遇を嘲笑うがごとく、口元を歪める。そして、
「いいだろう。暇つぶしがてらお前の聞くことには何でも答えよう
じゃないか。どの道待っているのは能力の剥奪だ」
と言った。
「素直なベイベーだ。じゃあ早速聞くけど、どうして君は鈴木あみ
と手を組もうとしたんだい? 確か君と鈴木はかつて恋人同士だっ
たと聞いているけど」
「あいつは」
よく、通る声だった。
「あいつは、俺の愛したあみじゃない。俺にはわかったのさ。だか
らこそ、その秘密をネタにあいつに近づこうとしたのさ」
447 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:51


ひとみ、梨華、亜依が事務所を退出した後。
「さて」
気を取り直すように、裕子が言った。
「なっち、ホンマやろな。鈴木あみが、鈴木あみとちゃう…っちゅ
う話は」
「うん。あの子は。あの子は確かに『ヤンジャン』だった」
なつみの一言が真里を驚かせる。
「おいなっち! お前今何て言った! 『ヤンジャン』ってあのヤ
ンジャンかよ! だってあいつはあの時……」
「ねえ、ヤンジャンって誰?」
そこへ、真希の一言。
「ごっつぁん、覚えてないのかよ!」
「んあ?」
「お前がこの事務所に入ってきた時、テストしてやるって言って襲
い掛かってきたやつのことだよ!!」
448 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:53


時は遡る。
福田明日香が失踪して数日。中澤事務所は彼女の抜けた穴を埋める
ために、新しい凶祓師を補充した。
幼い頃に正体不明の精霊使いの一団に住んでいた集落を焼き払われ
たその少女には、名前がなかった。ゴミ捨て場に倒れていた彼女を
見つけた育ての親が、彼女が握り締めていた漫画雑誌から「ヤンジ
ャン」と名づけた。そして当然のように、彼女は中澤事務所の面々
の前でもその名を名乗った。
「つーわけで今日から私がこの事務所のエースになるから」
大胆不遜な発言ではあったが、当時の中澤事務所の戦力からすれば
止むを得ない面もあった。設立当初に若き天才として名を馳せた明
日香が失踪、彼女に次ぐ事務所の顔であったなつみは明日香の失踪
による精神的ショックからか、自己管理を怠り激太りしてしまって
いた。沙耶香は自らの空間術を剣術に応用することができていなか
ったし、真里もまだ発展途上の実力であった。あまり戦闘向きとは
言えない裕子、圭、圭織を含めてヤンジャンに太刀打ちできる素材
はいなかったと言っていいだろう。
449 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:55
「ねえヤンジャン、あなたの歓迎会をやりたいと思うんだけど」
最初に彼女に声を掛けたのはなつみだった。明日香を失い、新しい
絆を欲しがっていたのかもしれない。しかし。
「ハァ? 何でそんな恥ずかしい真似しなくちゃいけないんだよ。
ババアと妖怪姫と何か影薄い奴と電波女、ミニ冷蔵庫と仲良しごっ
こなんてゴメンだね。何ふざけたこと言ってんだよこのキング・ザ
・100トン!」
心無い彼女の発言に、誰しもが「あーどうっやたらバレずにコイツ
殺せるかねぇ!」と思ったとか思わないとか。
しかしそんなヤンジャンの言動がただの照れ隠しだと気づいた周り
のメンバーたちが、徐々に彼女を受け入れていった。ある時には彼
女のマンションで酒盛りをした挙句部屋を半壊させてしまうくらい
に盛り上がったこともあったと言う。
そんな平和な日々も、つんくがある一人の少女をつれてくることで
終焉を迎える。そう、福田明日香の再来と後に謳われる、後藤真希
だった。
炎術士の名家、13歳という年齢に見合わぬ実力。当然ヤンジャン
にとっては真っ先に叩き潰しておきたい存在、すぐに彼女は真希に
実力審査と称した勝負を挑んだ。
450 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:56

勝負は一瞬だった。
アフリカのシャーマンが持ちうる力を全て使い精錬したという、魔
槍ロンギヌス。かのキリストを貫いた件の槍と同名なことを気に入
ったヤンジャンがわざわざ取り寄せた武具。
それが、くるくると宙に舞い、天井に突き刺さる。
たった一太刀で、ヤンジャンの槍は弾き飛ばされた。太刀筋は彼女
の目に捉えることはできず、その瞬間、敗北が決まった。
「間合いを広げる前の一呼吸、隙だらけだよ?」
幼い真希が何気なく発した一言が、ヤンジャンのプライドを激しく
傷つける。誰もが若い真希の実力に驚き、そして感嘆の声をあげる。
それが彼女には、仲間が自分を捨て真希に走った瞬間のように思え
てならなかった。
数日後。ヤンジャンは当時殆どの凶祓師が嫌がっていた厄介な邪霊
討伐の仕事を独断で受け、そして命を散らすことになる。
そして程なくして小室哲哉が凶祓師協会に反旗を翻し、中澤事務所
の面々も彼女の死を悼む間もなく戦場に狩り出されたのだった……
451 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:57


「もし、もしなっちの勘が正しいとして、じゃあ何で鈴木あみの姿かたちをし
てるんだよ! そんなのおかしいじゃんか!!」
真里が声高に叫ぶ。
「外法である反魂術なら一時的に死者を蘇らせることもできるだろうけど、な
っちが見たあの子は血色もよかったし」
なつみもそう言って首を傾げるばかり。反魂術で蘇らせた死者は、例外なく生
ける屍、つまるところのゾンビになってしまうからだ。
「でもさあ、ごとーがあの時に会った鈴木あみとそのヤン…ジャン?っての、
何かちょっと違ったんだよねえ」
「またあんたはそういうわけわかんないこと言う。で、わけわかんないで思い
出したんだけどさ、カオリは?」
なつみが思い出したように言う。すると真里の表情が、にわかに曇りはじめた。
「カオリは…カオリは倒れたんだ」
452 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2005/10/24(月) 00:59
「それってまさか」
「何かわかんないけど急にふらっとなってさ、そのまま意識もなく
なって…ってごっつぁん今『まさか』って言った? 何だよ、何か
知ってんのかよ?」
真希の漏らした一言を聞き逃さなかった真里が、小さな体で掴みか
かる。
「ちょ、ちょっとやぐっつぁん」
「なあ、おいらに隠し事してんのか? もしかして一緒に倒れてる
辻と関係あんのかよ?
黙ってないで教えろよ!」
「ヤグチ!」
いたたまれなくなって、なつみが真里を諌める。それすらも、今の
彼女には逆効果。
「何だよ、なっちも知ってるのかよ。もしかして裕ちゃんも? お
い、待てよ。おいらたち事務所の仲間だろ? なのに何でおいらだ
け」
「矢口」
それまで眉間に深い皺を刻んで何か考え事をしていた裕子が、口を
開く。
「何だよ、裕子」
「石川たちが戻ってきたら…全部話したるから。それまで、何も聞
かんといて」
苦しげに台詞を吐く裕子に、真里は何も言えなかった。
453 名前:ぴけ 投稿日:2005/10/24(月) 01:03
今回更新分
>>443-452

参考文献
ttp://mseek.nendo.net/meicos/bob/bob01.html
454 名前:ぴけ 投稿日:2005/10/24(月) 01:06
>>442 名無飼育さん

ようやく物語も後半に入りました。
なるべくぐだぐたした展開は避けたいものです。
455 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/25(火) 00:08
ボブおもしろい
456 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/20(日) 21:35
ボブおもしろい
457 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:25
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
458 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/17(火) 00:14
更新楽しみにしてます。
459 名前:ぴけ 投稿日:2006/02/13(月) 21:20
心苦しいですが、自己保全。
460 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:03


その頃、ひとみたちはと言うと。
事務所の目と鼻の先にある、公園。そこで何をするともなく、ただ徒に時を費
やしていた。
亜依はブランコに座り、ひとみと梨華は亜依に向き合うようにして防護バーに
腰掛ける。
「ののは、ののはどないなるんやろ……」
亜依の独り言のような呟きが、3人以外は誰も居ない公園に響く。昼下がり、
子供たちも寄り付かない空間は、本当に静かだった。
「平家さんが看てくれているから、多分大丈夫だとは思うけど」
ひとみの言葉に、自信のなさが顔を覗かせる。確かに命に別状はないのだろう。
それは精霊術師でありながら医師を務める平家みちよに希美を引き渡した時に、
彼女から既に告げられているのだが。
「でも、ののが倒れた後に鈴木あみは青い炎が使えるようになったんだよね?
 それって、能力を奪われたってこと?」
希美があみによって意識を失わされたその場にいなかった梨華だが、二人の話
を聞き推測を立てる。亜依はそれには答えず、ブランコの上に立って立ち漕ぎ
をはじめた。
金属の軋む音が、緩慢に続く。徐々に大きくなっていったブランコの振り幅も、
亜依自身が漕ぐのをやめたのをきっかけに再び小さくなってゆく。
461 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:04
「前からおかしいとは思ってた。あの青い炎の力、どう考えても一介の精霊術
師が使えるもんとちゃう。それも、凶祓師になって一年も経たへんやつが。か
おりんに聞いてみてもいつも誤魔化されてた。けど……」
ブランコの動きが完全に止まった。
「とにかくさ。中澤さんが辻のことについてうちらに説明してくれるって言っ
てたし、一旦事務所に戻ろう」
停滞しがちな空気を払いのけるように、ひとみが立ち上がる。
「そうだね……」
梨華がそう言いながら亜依のもとへ歩み寄り、その小さな肩に手を置いた。
462 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:06


数十分後。
中澤凶祓事務所に、ほぼ全員の所属凶祓師が顔を揃える。
「あの、飯田さんは…」
圭織の不在に気づいた梨華が、裕子に尋ねる。
「そのことも、一緒に話すわ」
の一言であっさり片付けられてしまう。それがかえって梨華たちに深刻さを伝
えていたが、誰一人そのことについて言及しようとはしなかった。全員が「裕
子の口から聞きたい」、そう願っていたからだ。
空気が落ち着くのを見計らって、事務所の長はゆっくりと口を開く。
「それじゃ、辻がうちの事務所に来るようになった経緯から話そうか」
463 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:08

裕子が語る真実。

希美はもともとは炎使いの名家である新藤家という家の人間であるということ。
炎の精霊の中でも最高位にある「蒼焔王」と呼ばれる存在が、幼き日の希美に
憑依したこと。
希美が未熟だった故、その力を制御できずに集落ひとつを一族の人間もろとも
焼き払ったこと。
そして。

「焼け跡で倒れてた辻は、すぐに当時の凶祓師連中を統括してた組織に預けら
れることになった。名前出すのも忌々しい、あの『警視庁特殊犯罪対策』や」
警視庁特殊犯罪対策。その名を聞き、事務所にいた誰もがその表情を強張らせ
る。遠い昔、まだ組織化されていなかった凶祓師たちを統括していた組織。そ
して、かつて中澤事務所に所属していた福田明日香を狂気に走らせる原因を作
った、組織。
「あいつらは凶祓師たちを管理すると同時に、その力の源・精霊についても研
究しとった。そこで辻は過去の記憶を抹消・操作され、それとともに奴らの研
究材料にもなってたんや」
「研究…材料」
亜依が忌々しげにそう言った。研究材料にされた希美が何をされていたかは想
像に難くない。しかし、その怒りをぶつけようにも彼らは福田明日香の手によ
ってもうこの世にはいないのだ。
464 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:09
「あいつらは蒼焔王の憑依した辻を手中に収めたつもりでいたんやろな。せや
けど、それはただの驕りやった。うちの事務所に『研究材料の暴走の抑制』の
依頼が来たのは9ヶ月前。複数の死傷者を出した研究所の所長は、大粒の涙流
してうちらに泣きついてきた」
裕子の言う研究所の所長こそが、福田明日香の運命を狂わせた男である徳光そ
の人なのであったが、その事実は今や誰も知る由はない。
「そしてその依頼を完遂するために研究所に向かったんは、別の仕事で東京を
離れとった矢口以外の事務所の人間全員やった」
その言葉に目を剥いたのは、真里だった。
465 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:12
「9ヶ月前…それってまさか、あの時か?」
裕子に、そしてなつみ、真希に視線を走らせる真里。真希が、無言で頷く。
「だって…しょうがなかったんだよ。紗耶香に大怪我を負わせて、圭ちゃんの
力を奪ったのんを事務所に置くなんてこと…言えなかったんだよ」
なつみの言葉が、真里に火をつけた。
「っちっくしょう!!!!」
真里の怒りが、事務所のソファーを瞬時に切り刻む。
「何で!何でおいらに何も言ってくれなかったんだよ!!おいらたち、仲間だ
ろ?違うのかよ!!」
「矢口!」
裕子が諌めるが真里は聞く耳を持たない。
「何だよ、裕子もなっちも圭織もごっつぁんもみんなで口裏合わせてさ!要す
るにおいらだけ信用できない、そういうことだろ!信用できないで何が仲間だ
よ!!」
「ヤグチ!!」
裕子の平手が真里の頬を打つ。頬を押さえた真里は裕子をひと睨みすると、そ
のまま事務所を飛び出していってしまった。
「待って矢口!」
真里を追いかけようとするなつみ。だが、
「なっち、矢口にはうちから話、するから」
と裕子に止められてしまう。遠ざかってゆく小さな後姿を、ひとみたちはただ
見ていることしかできないでいた。
466 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:14
「さて、話の続き、しよか。どこまで話したんやったか」
「依頼で研究所に行った、までや」
亜依は不服そうに、そう漏らした。
「せや。うちらは『精霊学総合研究所』っちゅうけったいな場所に向かった。
そしてそこで、蒼い炎を躍らせるあいつに会うたんや」
「そして、戦ったんですね」
ひとみの言葉に頷いてから、裕子は天を仰ぐ。
「結果、辻の能力は圭織の力で封印された。で、記憶操作を施された後に精霊
術師ゆかりのあるご家庭に引き取られたわけや。ほんで、監視の意味合いも兼
ねて辻にあたかもあいつが自らの意思で選んだかのように、うちらの事務所の
門を叩かせた。これが…あいつがここに来た経緯、や」
事務所の窓から挿す光が、部屋全体を薄明るく染める。その色合いはまるでセ
ピア色のようで、裕子たちに降りかかった悲劇が決して風化していないことを
物語っているようだった。
「任務は完遂した。けどな、失うんたもんも大きかった。6対1や、口が裂け
ても引き分け、ちゅう言い方は恥ずかしくて出来へんなあ」
裕子は溜まったものを搾り出すかのように、大きく息を吐いた。彼女の、そし
てこの事務所自体の大きな傷について語ることは、ひどくエネルギーがいるこ
とだったに相違ない。
467 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:15
しばらく沈黙が続く。遠慮がちに口を開いたのは、梨華だった。
「…飯田さんの力、ってあの本のことですよね。あの本に、ののの能力が?」
「その通りや。でもな、いくら精霊力に長けてるとは言うても、圭織は人間や。
精霊の最高位にある蒼き炎の王を完全に封じるまでには至らんかった。圭織が
選んだんは、封印の共有、やった」
「じゃあ今、飯田さんは」
身を乗り出すひとみに、なつみが静かに答える。
「圭織は今、みっちゃんの病院。もう、ずっと眠ったままらしいんだ」
「そんな…」
相次ぐ悪い知らせは、ひとみたち3人の心を沈ませるに十分な衝撃があった。
「自分らの話からして、恐らく辻は『蒼焔王』を中途半端な形で奪われたん
やろな。中途半端やから、辻と圭織に及ぼす影響は…甚大や」
亜依の体から血の気が引く。少しして戻ってきた血の気が引き連れてきたのは、
言い知れようのない怒りだった。
「どうしてこないなことに…なんで、何でののを凶祓師の事務所なんかに入れ
たんや!遅かれ早かれ、こうなることはわかってたんやろ!?」
小さな体が、所長デスク越しに裕子に噛み付く。
468 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:16
「事件を知ったつんくさんは、うちらに辻の監視とともにもう一つの使命を与
えた。精霊力の馴致。そう遠くない未来に、封印が綻びよった時にあの悲劇を
繰り返さんためにな。加護が言う、『遅かれ早かれ』、それが、ちょっとだけ
早く来たんや」
「何言うてんねん! ちょっとだけ早く来てもうたー、で済まされる話とちゃ
うやろ!! 大体なあ、あいつは、ののはめっちゃ才能ないんや、うちなんか
の、足元にも及ばへん。そんなののが何でそんな、くそ、何でうちが泣かな…
あかんねん…」
誰も、亜依の問いには答えられない。最悪の状況を突破する糸口さえ、見つか
らないのだ。鈴木あみから奪われた希美の力を取り戻す。平時の真希やひとみ
なら、そう簡単に言ってのけたかもしれない。しかし今の状況は、こちら側が
あまりにも不利過ぎる。希美は力を奪われた。真希は刀を折られた。圭織は眠
っていると言うしこんな時に紗耶香は帰って来ない。事務所全体を、絶望が覆
いつくそうとしたその時だった。
469 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:17
開け放たれた事務所の入り口から、真希目がけ何かが飛んでくる。普通ならそ
のまま右手でキャッチするところだが、どういうわけか投げられた側の真希は
そのまま顔面で受けてしまった。どうやら突然現れた人物に気を取られてたら
しい。
「お前なー…それお前の刀なんだから、ちゃんと受け取れって」
「い、い…」
目を白黒させる真希に向かって、そのショートカットの女性はニカッと笑って
見せる。
可愛い後輩の歓迎を想像しての笑み。だがしかし。
「いちーちゃんの…ばかぁ!!」
投げつけられる、雨あられの火の玉。
「うわ、な、なんでいつもこうなんだよっ!!」
かなり必死の形相で逃げ回る紗耶香の背後に、これまた見たことのある人物が
三人、立っていた。
「おうお前ら、元気にしとったか」
一体この状況の何を見たらそんな台詞が吐けるのだろう、と言いたくなってし
まうような軽いノリ。
「相変わらずですねぇ、ここの事務所は」
「……」
そして、彼の両脇を固めるようにして傍らに立つ、黒いロングコートを着た少
女とピンクのシルクハットを被った少女。

確実に何かが、始まろうとしていた。
470 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/02/26(日) 01:20
今回更新分
>>460-468

板統合記念更新です。
4ヶ月ぶりの更新でもありますね(汗
471 名前:ぴけ 投稿日:2006/02/26(日) 01:28
>>455 >>456 名無飼育さん

今回のお話を書くに当たって参考にした話です。
某長編能力バトルものにおける「市井紗耶香・我が闘争」みたいな関係だと
思ってくれるとありがたいです。

>>457 名無飼育さん
面白そうな企画、と思ったら結構前に終わってるんですね。
参加できなくて申し訳ないです。

>>458
ありがとうございます。
4ヶ月も開いてしまったのに、少ない更新で恥ずかしいです。
472 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/12(水) 00:46
これからどうなるんでしょうね?
次回も楽しみにしてます。
473 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/05/09(火) 03:07


都内某所のマンション。
一見普通のマンションと何ら変わりのない外装。しかし、一度その門を潜れば
何重ものセキュリティーシステムと、手慣れの精霊感応士たちの洗礼を受ける
ことになる。ここは、鈴木あみを裏で操る謎の人物・山崎直樹の息のかかった
マンションだった。
その一室にて。けばけばしい電子音とともに、一人の女の絶叫がこだまする。
「ちっくしぉおお、またやられた!」
テレビの画面を、コントローラーを握り締めながら凝視する5人。先ほど叫び
声を上げた女−鈴木あみ−を除く4人の顔はあまり愉快そうではない。
「なあ、もっかいやろうぜもっかい!」
「えー…」
一斉に不平の声をあげる愛、あさ美、麻琴、里沙。
「何だよ何だよオメーラ、おもしろいじゃんか『イーアルカンフー』」
「だってキャラがカクカクしてるし、音楽だってしょぼいし」
「ああ? ったくこれだからプレステ時代のお子様はよお! このレトロ感が
いいんだろう? じゃあ次は『バンゲリングベイ』な!」
あみがファミコン本体からカセットを抜こうとしたその時だ。テレビ画面が真
っ暗になり、次に何かのスタジオらしき場所が映し出された。軽快な音楽とと
もに彫りの深い背の高い男が現れ、両脇から現れたタヌキとモグラの着ぐるみ
とともにくねくねと踊りはじめる。
474 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/05/09(火) 03:09
「何だよこれ? 誰か隠しコマンドでも入力したのか?」
「あみ様、こいつあの平井とかいうやつでねえの?」
愛の指摘で、はじめてプレスリー風の格好をしている男が誰だか気づくあみ。
「たぶんビデオテープか何かを仕込んでたんだと思いますけど」
あさ美が恐る恐る、そんなことを指摘する。
「…なんだよ、何がしたいんだよコイツは」
「ただの暇つぶしですわ」
それまで愉快なダンスを繰り広げていた平井がこちらを向き、そう答えた。
「うわっ、コイツ話しかけてきやがった! キモッ!!」
「そないなこと言われたら僕かて傷つきまっせ。まあ直接指令を伝えに行って
もよかったんですけどねえ」
平井はおもむろにスタジオを映しているカメラに近づいてきた。画面いっぱい
に平井の顔が映し出される。
475 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/05/09(火) 03:10
「…顔濃ゆっ!」
里沙が思わずそんなことを口にする。
「お嬢ちゃん自分の眉毛も相当濃いやんか。まあええ。自分らにはこれから、
ある場所に向かってもらいます」
「なっ…なんであたしたちがそんなこと、ってうわっ」
「いよいよ実行するんだな?」
画面に食って掛かる麻琴を押しのけ、あみが平井に問いかける。
「ええ。これから僕の言う場所に行って、『箱』を解放してもらいます。した
ら、もう自分らには干渉したりせえへん」
「オメーは私の復讐のお膳立てをしてくれる。私はオメーの言うことを一つだ
け聞く。最初から、そういう約束だからな」
そう、全ては筋書き通り。あとは最高の舞台で復讐の対象たちを待ち受ければ
いい。希美から奪った蒼炎の力も徐々に自らのものにしつつある今、誰にも負
ける気がしない。
平井から『箱』のある場所を聞くと、あみはテレビに手を翳し、そして青い炎
を吹きかける。まるでアメのように変形し始めたテレビは、やがてただの茶色
い水溜りになってしまった。
「オメーラ、目指すは秩父の山奥だ。いくぞ」
立ち上がったあみが、四人を見下ろして邪悪な笑みを見せた。
476 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/05/09(火) 03:11


一方、中澤事務所では。
「何やみんな、浮かない顔しとるなあ」
白のスーツに赤いシャツ、金髪に青サングラスという趣味の悪いいでたち。し
かしこの人物が凶祓師を束ねる存在であることには間違いない。
「つんくさん。ここに来たってことは…」
裕子が青白い顔をつんくに向ける。既にひとみたちが鈴木あみの地下事務所に
潜入したことはつんくの耳にも入っているはずであり、ややもすると鈴木あみ
の正体すら調べられている可能性すらある。となると凶祓師協会に敵対する人
間を輩出した事務所として責任を取らされるのは自明の理であり、先の福田明
日香の件も合わせると相当厳しい処分になるはずであった。
「鈴木あみ。確かに今回の事件の首謀者はそう名乗っていたらしいけど」
黒いコートの女−藤本美貴−が口を開き、裕子に冷たい視線を送る。
「でも実は、ここの事務所にいたヤンジャンって子だったんですよねえ」
ピンクの帽子を被った少女−松浦亜弥−が嬉しそうに言った。
477 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/05/09(火) 03:13
「姿かたちは鈴木あみ。でも中身は、中澤事務所に所属していたヤンジャンと
いう人物。どういう原理でそうなっているのかは知らないけれど、裏は取れて
いるわ」
「くっ…」
「短期間の間に福田明日香、ヤンジャンという反逆者を輩出した事務所に、ど
ういう審判が下されるか」
美貴は事務所の面々を次々に温度のない瞳で射る。それは明らかに哀れみと侮
蔑を含んだものだった。
「最悪能力剥奪の上に収容所送りかもねっ!」
心底楽しそうに言う亜弥に、亜依は苛立ちを隠せない。
「そもそも、友人を救うために謹慎処分が出ているにも関わらず危険人物の待
ち構える事務所に潜入するなんて、考えられないわ」
「今更友情ごっこなんて、流行らないよねー」
バキッ、と何かが割れる音が室内にこだまする。ひとみが机を叩き割った音だ
った。
478 名前:第九話「再生 rebirth」 投稿日:2006/05/09(火) 03:15
「あんたらさ…うちらに喧嘩売りに来たわけ?」
「そんなわけないじゃない、『よっちゃんさん』」
怒りを逆撫でするように、ひとみの肩に手をかける美貴。
「誰がよっちゃんさんだよ!」
「あら、いい名前だと思ったんだけど」
その手を、もう一つの手が掴む。
「よっすぃーに、気安く触らないでよ」
梨華が、体に仄かな凍気を漂わせながら美貴を睨み付けた。が、体を翻した美
貴が梨華の腕を捻る態勢を取る。
「痛たたた!」
「あまり無軌道な行動を取るものじゃないわ」
「おいお前、梨華ちゃんに何すんねん!!」
亜依がついに耐え切れずに大声をあげる。部屋の中が一気にぴりぴりとした空
気に覆われた。
「みなさん落ち着いてくださいよお。でないと松浦…切れちゃいますよ?」
亜弥の背後に、数個のシャボン玉が浮かび上がる。黒と虹色の混ざったような
色をしたそれは、不吉な存在であることは誰の目からも明らかであった。
自然に真希の手が刀に伸び、なつみが両手に水を迸らせたその時だった。
「いい加減にしいや! つんくさんの前やで!!」
裕子の声で我に帰る面々。さすがの亜弥も不承不承ながらシャボン玉を消して
ゆく。
「…俺はおもろいなあ、て思ってたんやけど」
「はぁ?」
裕子のひと睨みに、わざとらしく咳をするつんく。
479 名前:ぴけ 投稿日:2006/05/09(火) 03:21
今回更新分
>>473-478

段々と更新頻度が旧金板の某能力バトル系に近づいてる気がします。
もちろん、大好きな話だったんですが。
今回はストックを多少残しているので、次回はもう少し早く更新できるかと
思います。
480 名前:ぴけ 投稿日:2006/05/09(火) 03:24
>>472 名無飼育さん
ありがとうございます。
脳内ストーリーでは6期はおろかキッズまで出ているのですが、筆が追いつか
ない感じですね…
481 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/14(日) 23:37
更新乙です。
中澤事務所どうなっちゃうんでしょうか・・・
次回も楽しみにしてます。
482 名前:第十話「「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:16


「まあ確かにや。謹慎中にも関わらず鈴木あみのアジトに忍び込んだこと。反
逆者を短期間に二人も輩出してること。お前らももちろん、俺にも監督責任が
問われるやろな」
「そんな、つんくさん」
「話は最後まで聞けや。でな、お前ら福田ん時を思い出し。事務所出身の人間
があんだけ大きな事件起こしたのに事務所に処分が下らなかったのは何でやと
思う?」
にやにやし始めるつんくを訝しく思いながらも、
「それはうちらがあの事件を解決したから…」
と答えるひとみ。言ってからあることに気づき、そしてつんくを見る。梨華は
まだ理解していない。
「え、どういうこと?」
「アホやなあ梨華ちゃん、つまりや。このおっさんは福田明日香ん時みたいに、
うちらで事件を解決せえ、そう言いたいんや。せやろ?」
つんくは嬉しそうに頷く。
「ちょ、そんなつんくさん」
「鈴木あみに追討部隊を派遣する云々の会議をした時にな、各事務所のお偉い
さんに言われたんや。『まずは問題の事務所の凶祓師たちをぶつけるべきだ』
ってなあ」
簡単に言えば、犠牲を前提とした先兵隊。福田明日香の時とまったく変わりは
ない。ただ、逆に言えば事態を覆す最大のチャンスでもあった。
483 名前:第十話「「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:18
「お前ら、どうする? このまま何もせえへんかったら、ほんまに松浦の言う
通りになってまうで」
周りの人間を値踏みするような、つんくの目線。それにいち早く答えたのは、
なつみだった。
「確かにヤンジャンは強かったよ。その上、のんの力まで奪って。もしかした
ら明日香と同じくらい、ううん、それ以上に手ごわいかもしれない。でもね、
なっちたちはあの子を止めなくちゃいけないんだよ。これ以上犠牲を出さない
ためにも」
邪霊師となってなつみの前に立ち塞がった、かつての親友。結果彼女を失うこ
とになってしまったが、同時に彼女を救うことができた。そのことが、なつみ
自身を強くしていた。
「だねえ。そのヤンジャンって子はごとーに用があるみたいだし、無事これも
戻ってきたしさ」
真希が戻ってきたばかりの愛刀の鞘を撫でながら、そんなことを言う。いつも
ながらの眠たげな顔、しかしその瞳の奥には真紅の炎が宿っていた。
「つんくさん、中澤さん! わたしたち、やります!!」
真剣な目で訴えかける梨華。彼女にとって、それは恩師とも呼べる存在だった
りんねの弔い合戦をも意味していた。
「ヤンジャンだか革ジャンだか知らないけどさ、うちらで叩き潰してやろうよ!」
地下事務所で鈴木あみと対峙し、圧倒的な力の差を見せ付けられたひとみ。し
かし今は、そんな過去の恐怖は足枷にすらならなかった。
「せや。うちらで紺ちゃん、救ったるんや。かおりんと、ののもな」
鈴木あみの力であさ美が精霊使いになってしまったという事実を聞かされ、亜
依はあみに対し激しい怒りを覚えた。それはかつて自分が能力を発現させた時
に受けたひどい仕打ちと決して無関係ではない。だがそれ以上に、ただ純粋に
友人を救いたいという心に突き動かされていた。
484 名前:第十話「「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:19
「つんくさん、あなたって人は…」
裕子は呆れ返るとともに、目の前の飄々とした男の底知れなさを痛感する。さ
すがは凶祓師の陣頭指揮を取るだけの人物であるといったところか。
「おっと、ひとつ言い忘れたことがあったわ」
そんなさなかのつんくの発言。事務所にいる全員が、顔を向ける。
「この前みたいに事務所の人間総出で、ってのはなしやで? これはピクニッ
クとはわけが違うんやからな」
つんくの表情が厳しさを帯びる。若手とロートルの集団とは言え、たった5人
で全滅させてしまった相手の実力を見たつんくの判断だった。
「どういうことですか?」
「俺から見て、あいつらとまともにやり合えるんは…安倍・後藤、あとサポー
トとして中澤くらいやろな。あとは話にならん」
「な、何やて!」
噛み付かんばかりの勢いの亜依。だがつんくは、
「自分、鈴木あみと対峙して…何ができんねん?」
と非情な一言を放つ。
「そんな! あたしたちだって…何かの役には立てるかもしれな」
「何かの役? そんな考えやったら、一生かかっても何の役にもたたへんで。
足手纏いや」
言いかけた梨華の言葉を遮り、再びつんくは突き放した。
「何か! 何か、方法はないんですか!!」
やり場のないひとみの叫び。つんくは待ってましたとばかりの表情をする。
「せやなあ。ないことも、ないけどなあ」
485 名前:第十話「「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:20
「何ですか! うちら、何でもしますから!!」
「吉澤。石川。加護。自分らには、簡単な試験を受けてもらう」
試験、という単語に首を傾げる面々。亜依に至っては学校のテストを思い浮か
べたのか、明らかに渋い顔をする。
「まあ試験って言うてもそない難しいことやない。こいつらと戦ってもらえば
ええ、それだけの話や」
そう言ってつんくが指を指すのは。
「つんくさん…本気ですか?」
「まつーらはいいですよぉー?」
藤本美貴と、松浦亜弥。常につんくに寄り添うように行動する彼の懐刀。
「さっすがつんくさん、うちらのことようわかってるなあ。前からこいつら、
気にいらんかったんやわ」
亜依は既にやる気なのか、指をぽきぽきと鳴らし始める。
「で、どこでやるんですか?」
「せやな。もうあんまり時間もないことやし…これ、使わしてもらうで?」
つんくが瞳を閉じると、精霊たちがざわつきはじめる。大地が揺れ、空気が振
動する。事務所内の精霊反応が飽和状態に近づいてゆく。
「ちょ、つんくさん!」
「心配すんなや。じき終わる」
そして何かが弾けたような音がしたかと思うと、それまでのざわめきが嘘みた
いに静寂が訪れた。
486 名前:第十話「「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:21
「な、な、なに今の!?」
涙目になりながら、なつみが誰にともなく聞いてくる。
「あいつらを戦いに相応しい場所に送ったった」
「あいつら? あっ!」
先ほどと殆ど変わらない事務所。しかし、亜弥と美貴、ひとみと梨華と亜依の
姿はまるで最初からそこにいなかったかのように消えていた。
「俺が人前で能力見せることなんてそうそうないで? まあ、大サービスっち
ゅう感じやな」
裕子ももちろん、つんくの能力を見たのははじめてであった。一体どのような
精霊を使役したのかすらわからない。真っ先に思いつくのは目の前でぽかんと
口を開けている紗耶香の得意とする空間術だが、彼女がこのような状況ではそ
れを使ったとは思えない。とにかく、この界隈に決して短くない期間身を置い
ている裕子にすら理解できない能力であることは確かだった。
「…あれ、後藤は?」
紗耶香の一言で、全員が真希もまた姿を消してしまっていることに気づく。
「あ、しもた。この力使うん、久しぶりやったからなあ」
つんくの乾いた笑いがこだまする中、なつみが裕子に話しかける。
「ねえ裕ちゃん、矢口のこと…」
「まかせとき。あたしの勘が正しければ…多分あいつは、あそこや」
裕子は苦笑交じりにため息をついた。
487 名前:第十話「「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:22



一方。
今自分たちの居る場所が事務所ではないことは、ひとみと梨華の目に明らかで
あった。
「ここは…」
「つんくさんの力で飛ばされたみたいだけど」
あまりにも突然の出来事に、立ち尽くすばかりの二人。でこぼことした地面が
どこまでも続き、見渡す限りは灰色の空しか映らない。まるでこの世の果ての
ような光景。
「私が相手をするのは、あなたたちに決まったわけね」
女性にしては低く通る声。振り向いた先には、黒いコートが立っていた。
「らしいね」
「あなたたちが鈴木あみに立ち向かえる実力を持っているかどうか試験しろ。
そうつんくさんは言ってたわ」
冷たい光を湛えた瞳。それに見据えられただけで心の奥まで寒くなってくるよ
うな気持ちに襲われるひとみ。梨華もまた似たような思いを抱いてはいた。し
かしそれ以上に、美貴とこのような形で向き合って気づいたことがあった。
この人は、あちら側の人間だ。
あちら側。梨華が決して受け入れることのできなかった、彼女の家族。
488 名前:第十話「「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:23
「でもね。私は弱者を通すような甘い気持ちは持っていないわよ」
「上等。こっちも最初からあんたをぶちのめす気持ちでいるからさ」
ひとみは自らに絡みつく冷たい視線を撥ね退けるように、言う。
「できるかしらね、『よっちゃんさん』」
美貴の言葉を合図にするがごとく、弾かれたようにひとみが飛ぶ。目指すは、
不気味に佇む黒コート。しかし。
「よっすぃー!!」
ひとみの体が美貴に届こうとしたその時に、梨華の叫びがひとみの耳に届いた。
美貴は、懐に飛び込もうとしたひとみをコートを広げ待ち構えているところだ
った。
咄嗟のことで身を引くひとみのいた場所が、土煙に覆われる。まるで機銃掃射
でもしたかのように、地面にいくつものの穴が開いた。
「最初に言っておくけど、一人でわたしに勝てるなんて、思わないほうがいい
わよ?」
美貴がコートのポケットに両手を入れる。じゃら、というコインの音が、三人
の戦闘の合図となった。
489 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:25



ほぼ同時刻。
亜依は、自分のいる場所に目を疑った。
まるでどこかのスタジオセットのような、パステルカラーに覆われた大きな部
屋。天井からはおもちゃの兵隊やらくまのぬいぐるみやらがぶら下がっている。
床にはいくつものリボンをかけられたプレゼントボックスが転がっていた。
「な、なんやねんここ…」
あまりのふざけた内装に、亜依がひとりごちる。すると、目の前の身の丈ほど
のプレゼントボックスが、ポンと音を立てて開く。
「わわっ!」
思わず尻餅をついてしまう亜依の前に現れたのは、奇抜な部屋に負けず劣らず
の格好をした少女。
「アナタノオナマエ、ナンテーノ?」
光沢を放つピンクの衣装に身を包む亜弥。まるでロボットの真似でもするかの
ような声色と動き。彼女がカクカクと動く度に、ヘアバンドにつけられたハー
トの飾りがみょんみょんと揺れる。
「なっ何や、けったいなカッコしくさってから」
相手の感情を読み取ることに長ける亜依だが、目の前の少女のようなタイプは
最も苦手としていた。
「アナタノオナマエ、ナンテーノ?」
「うっさいボケ!」
すると亜弥は口を尖らせ、
「なーんだ。あいぼんだったら乗ってくれると思ったのに」
と拗ねはじめた。
490 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:26
「知ってるやないか」
「これでも一応つんくさんの秘書でもあるからね」
亜弥は大きく頷く。そしておもむろに亜依の周りを、
「加護亜依。中澤事務所の次期エースとして期待される存在。地の精霊を駆使
するほか、一度見た相手の精霊術を自分のものとして使いこなせる器用さを持
っている」
とまじめくさった顔を作りながらうろうろしはじめる。
「出身は奈良の地方都市。幼い頃に能力が萌芽、数年間の矯正期間を経て道頓
堀の顔役・和田アキ子に拾われる。そして中澤事務所にスカウトされ、現在に
至る。なお…」
亜弥の足が、ぴたりと止まった。
「現在は格下だと思ってた辻希美の思わぬ能力に自信を失いかけている」
「なっ!!」
「あれー? 図星だったかなあ?」
「言わせておけば!!」
亜依の手のひらに拳大の岩石が現れ、亜弥めがけ飛ぶ。亜弥はひらりと余裕の
動きを見せて、それをかわした。
「危ない危ない、あいぼん、いきなり攻撃してくるのは反則だよー」
「うっさいわ! 今に自分のそのなめくさった態度、改めさせたる」
亜依の剣幕を前にして、なおも余裕の表情を崩さない亜弥。しかしその瞳の奥
には、僅かながらも好奇心の光が漏れ差す。
491 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:27



事務所のある商店街から20分ほど歩くと、大きな川の河川敷に出る。休みの
日の昼間には少年野球のチームが練習を行っている姿を見ることができるが、
今は人一人いない。
裕子は河川敷の草をかき分け、目的地に向かう。程なくして、激しい水しぶき
の音が聞こえてきた。よくよく耳を済ませると、水しぶきに合わせて何やら甲
高い声が聞こえてくる。
「ちくしょー!! ちくしょー!! 裕子のバカヤローッ!!」
小さな背中を震わせ、金髪の小さいのが水面に向かってかまいたちを撃つ。風
の刃を打ち込まれた川は少しだけ表面の形を変えるが、すぐに元の緩やかな流
れに戻る。それが気に食わないのか、真里はさらに苛立ちの声をあげる。
「裕子のバカッ! アホッ! オタンコナス!!」
真里のそんな姿を微笑ましく眺めながら、裕子は昔のことを思い出す。
真里が中澤の事務所にやってきた当初のこと。当時駆け出しの凶祓師だった真
里は先輩である裕子たちに厳しく指導されることが多く、その鬱憤を同じ頃に
事務所入りした紗耶香や圭とこの場所で晴らしていたのだった。
「わからずや! 頑固もの!! 飲んだくれ!!」
「……」
「犬ッ鼻! 行き遅れ!! しわしわ三十路!!」
そこまで言ったところで真里の頭に激痛が走る。
492 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/05/22(月) 03:28
「いてっ! 何すん…って」
頭を押さえながら振り向いた真里の前には、拳骨をさする裕子の姿があった。
「ゆ、裕ちゃん!」
「お前なー、誰が行き遅れの三十路ババアやねん」
予期せぬ相手の登場に一瞬真里はうろたえかけるが、すぐに表情を硬くして背
を向けてしまった。
「矢口…」
「わかってる」
裕子が予想していたのとは違う返答が返ってくる。
「おいらだって子供じゃないんだ。さっきはあんなこと言っちゃったけどさ、
当時の裕ちゃんたちが何でおいらに本当のことを言ってくれなかったのか、自
分でもわかってるつもりなんだ」
真里は裕子に背中を向けたままおもむろに川原の石を拾い上げ、水面に向かっ
て水平に投げつけた。飛び石は二度ほど水面を撥ねただけで、すぐに川底へと
吸い込まれてゆく。
「圭ちゃんや紗耶香、みんなを傷つけた辻を、おいらは多分許せなかった。事
務所に置いておくなんて、絶対に反対したと思う。だから、わかってる」
一陣の風が、吹く。真里の起こしたものではない、自然の風。それは川面を波
立たせ、河川敷の草むらをさわさわと揺らした。
「けど、やっぱどうしても納得できなくてさ。あいつが帰ってきた時に、笑顔
で迎え入れられるかどうか不安でさ」
裕子の胸がきりりと痛む。真里の姿を、かつての自分に重ね合わせる。事務所
を立ち上げた5人のメンバー。一度は事務所を去り、再び裕子のもとを訪れた
彼女を、笑顔で迎えることができなかった。
だからこそ。真里には、同じ思いをして欲しくはない。
「なあ裕ちゃん。おいら、辻を許すことが、できるかな?」
裕子はただ、無言で頷くだけだった。
493 名前:ぴけ 投稿日:2006/05/22(月) 03:31
今回更新分
>>482-492

まだストックが残ってるので、しばらくはこれくらいの頻度で更新が出来そう
です。あとは更新量…ですね(汗
494 名前:ぴけ 投稿日:2006/05/22(月) 03:34
>>481 名無飼育さん
これだけ更新が滞っていると見捨てられても仕方が無いだけに、その言葉は
本当に励みになります。
495 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/23(火) 00:23
更新ありがとうございます!いつも楽しみにしてます。
こちらの裕ちゃんは、娘。リーダーをやってた頃を彷彿とさせる雰囲気ですね。カッコイイ!です。
496 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/05/30(火) 20:49
更新乙です。
角上の相手に4期メンがどう立ち向かうか楽しみです。
497 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/07/18(火) 04:24



誰にも、会いたくない。
誰とも、話したくない。
少女は、果てしなく白く塗り込められた場所で、膝を抱え蹲っていた。
耳を澄ます。何の音も聞こえてこない。
閉じた瞳は、何の光も捉えない。
何も見たくない。何も聞きたくない。何も知りたくない。
この場所は、わたしを全てのことから守ってくれる。だから。
ずっとここに、わたしはいるんだ…
「のんちゃん」
懐かしい声が、聞こえてくる。けれど、もう聞きたくはない声だ。
「のんちゃん」
もう一度、声の主は少女に呼びかける。暖かな、春の日差しのような声。でも。
「のんちゃん、お願いだから聞いて」
意識を遮断しているはずなのに、声は直接少女の意識の内に向かって語りかけ
る。耳を塞いでも、頭を振っても、その声が途絶えることはなかった。
「嫌だ、嫌だ!!」
「確かにさ。カオたちはのんちゃんを騙してきた。それは言い逃れできないこ
とだし、何を言っても許してくれないと思う」
だ・ま・し・た。
そうだ。この声の主は、ずっと自分を騙してきた。尊敬していたのに。信じて
いたのに。
いや、この声の主だけじゃない。いくつもの顔が浮かんでは、消えてゆく。彼
女たちはみんな、自分のことを欺いていたのだ。
498 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/07/18(火) 04:25
「でもね。カオは、カオたちは。のんちゃんを、守りたかったんだよ」
その言葉が、少女の頑なに閉じた瞳に光を当てる。
「…いいだ、さん」
顔を上げた希美が見たもの。黒髪の美しい女性。
「のんちゃん…」
女性は微笑みながら、希美から少しだけ離れた場所で佇んでいた。手を伸ばせ
ば届きそうな、そんな距離。だけど。
「どうして…どうしてののを守ろうと思ったの?」
希美の問いかけが、圭織の表情を曇らせる。脳裏に蘇る、蒼い炎。
燃やす焦がす焼き尽くす。
お父さんお母さん村長さんとなりの家のおばさん近所のおにいさん。
みんなみんな消し炭になって崩れてく。
連れて行かれた難しそうな機械が並ぶ場所。
体を縛り付けられいっぱい血を取られ殴られ電流を流される。毎日毎日毎日毎日。
だから、いじわるな白い服を着たおじさんたちを燃やしてやった。
立ち塞がる、お姉さんたち。何でののの邪魔をするの? 面倒くさいから、み
んな燃やしちゃえ。
ののが何をしたの? 何でお姉さんたちはののをいじめるの? いやだいやだ
もうこんなのいやだかえりたいどこへかえるのかえるばしょなんてないからじ
ゃあののはどこへいけばいいのだれかおしえておしえてよなんでおしえてくれ
ないよみんなひどいよやっぱりみんなもえちゃえきえちゃえいなくなっちゃえ
!!!!!
「あああああああああああ!!!!!!!」
希美の意識が激しく歪む。圭織は、その波に押し流されるようにして、姿をか
き消されてしまった。
499 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/07/18(火) 04:27



これが藤本美貴の能力。ひとみは感心する。
どうやら彼女は懐に仕込んだコインを弾丸のように打ち出す能力を持っている
らしい、というのがひとみの解釈だった。ひとみの本分は何と言っても肉弾戦、
飛び道具を操る美貴との相性は最悪とも言えた。
間合いを詰めようと、ステップを踏みながら機を窺うひとみ。対して美貴は、
隙を与えることなく銃弾による威嚇射撃を行う。このような膠着状態が、数分
の間続いていた。
「何を怖がっているの? 来なさいよ、よっちゃんさん」
「言われなくても!」
それまでより鋭い反応で、ひとみは大きく飛躍する。あっという間に美貴の目
の前まで躍り出たひとみだが、美貴にとってこれ以上の的はない。
「…言っておくけど試験とは言え、本気で貫くわよ?」
手でピストルの形を象り、まっすぐに向ける。ぱん、と乾いた音がした刹那。
美貴の弾丸が何かに阻まれる。梨華の作った、氷のバリア。
「あたしがいること、忘れないでよね!!」
美貴は小さく舌打ちすると、迫る脅威に向けて身を構えた。
ひとみはありったけの力を込めて拳を振るう。遠距離攻撃を得意とするのなら、
接近戦には弱いはず。この一撃で終わらせるつもりだった。
500 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/07/18(火) 04:30
だが。美貴は黒いコートを翻してひとみの攻撃を防ぐ。拳に帯電していた電流
はかき消され、無防備になったひとみの体は美貴の蹴りによって遥か向こうへ
飛ばされた。さらに、体勢を整え両手を遠くの梨華へ翳す。一斉に放出された
弾丸が梨華めがけ飛んでゆき、咄嗟に張った氷のバリアで威力は軽減されたも
のの、梨華を弾き飛ばした。
「あなたたち、コンビで組んで凶祓師の仕事をしていた割にコンビネーション
が悪いのね。これじゃとてもじゃないけど合格点は出せないわ」
冷たく言い放つ美貴。
「ほんの小手調べだよ。うちらの本領発揮はこれからだっての」
立ち上がるひとみ。寸前で防御を固めたおかげで、ダメージはほとんどない。
「いくよ、梨華ちゃん!」
「うん!」
二人はほぼ同時に、美貴に襲い掛かった。
「あたしが格闘だけ得意だと思ったら大間違いだよっ!」
美貴に向かって一直線に駆け出しながら、ひとみは雷撃を飛ばす。美貴はあっ
さりそれをかわすが、ひとみの背後から迫るもうひとつの精霊反応に気づく。
「氷の精霊たちよ、あの女の足を絡めとって!!」
梨華の地を走る凍気が、美貴の足に茨のように絡みついた。
「こんなやわな凍気でわたしの動きを止められると思われてるなんて、なめら
れたものだわ」
足元に気を取られている隙にと一気に距離を詰めたひとみの姿が、美貴の前に
晒される。
「くそっ!」
「失態を二度も見逃すほど、私は甘くない」
スローモーションがかかったように、美貴はゆっくりと右手をひとみに向ける。
黒革の手袋から、数発のコインが打ち出された。コインの銃弾は旋回しながら、
無防備のひとみの足を、肩を貫いた。しかし。
501 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/07/18(火) 04:31
「かかったね」
美貴の背後から聞こえる声。打ち抜いたはずの標的は、傷口から血を流すこと
なくひび割れていた。
「まさか、氷の鏡」
初撃時におけるひとみを守るための氷のバリアで基礎を作り、梨華は美貴の目
の前にひとみを映し出す氷の鏡を作り出すことに成功していた。足止めのため
の凍気は彼女の注意を逸らすためのブラフであり、その隙にひとみはまんまと
美貴の背後に回ることができたのだ。
「遅い!!」
痛恨の一撃が、美貴の腹を襲う。ひとみの腕には電流を標的の体に行き渡らせ
た手ごたえが。ゆっくりと、黒いコートが崩れ落ちる。
「やった、よっすぃ!」
梨華が満面の笑みでひとみに駆け寄る。が。
「全然、なってないわ」
地に這い意識を失ったはずの美貴が、ゆっくりと立ち上がる。二人の目には、
美貴はまったくの無傷のように思えた。
「よっちゃんさん。あなた、もしものことを考えて力をセーブして美貴に攻撃
したでしょ。例えば」
美貴の表情にはじめて、笑みのようなものが浮かんだ。
梨華の立っている地面から突然、数本の金属でできた鍾乳石状の物体が生える。
無防備の梨華を襲う切っ先、それらは突然天から降ってきた雷によって打ち砕
かれた。しかし折り損なった一本が、梨華の足を貫く。
「なっ!」
「仕掛けが見破られて彼女が標的になった時に、いつでもカバーに回ることが
出来るように」
成す術もなくその場に崩れる梨華。地面が、鮮血に塗れる。
「お、お前梨華ちゃんに何を!!」
「わたしから言わせればそんなのはコンビネーションでもなんでもないわ。た
だの足かせ。でも、誰でもそう言うわよ?」
再び表情を消した美貴が、ひとみを色のない視線で捉えた。
502 名前:ぴけ 投稿日:2006/07/18(火) 04:33
>>497-501
申し訳程度の更新ですが。
二ヶ月空けた口が何を言うかですが、近日中に続きをあげますので…
503 名前:ぴけ 投稿日:2006/07/18(火) 04:36
>>495 名無飼育さん
ありがとうございます。
やっぱりあの中澤さんのリーダー像は強烈な印象がありますよね。

>>496 名無飼育さん
そうですよね。
個人的にはこの対戦は見せ場の一つだと思って気合を入れて書いてます。
504 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/07/24(月) 19:48
うぉっどうなるんだろ?
505 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:47


一方、こちらは亜弥と対峙している、亜依。
「まずは様子見、と行こか」
亜依が意識を集中させる。彼女の前に現れたのは、岩でできた亜依と同じくら
いの背格好の人形たち。
「へえー、そんなことできるんだ。器用だねえ」
「上から目線でもの言うてると、痛い目に遭うで」
亜依の叫びとともに、人形たちが一斉に亜弥のもとへと押し寄せる。が、亜弥
の体に届く前にまるで飴細工のようにどろどろと溶けてしまった。代わりに彼
女の周りには、桃色のシャボン玉がふわふわと浮いている。
「酸の精霊を操る、そんなとこか」
「ご名答♪」
亜弥の周りをゆっくりと周回していたシャボンは徐々に動きを速めてゆき、そ
の数を増やしてゆく。強酸性の泡の前ではいかに強固な岩でさえも綿菓子に等
しい。
「さあ、どっからでもどうぞー」
余裕たっぷりの亜弥の態度。
「今にそのサル顔、蒼ざめさせたるわ!」
亜依は亜弥に向かって、いくつもの野球ボール大の岩を撃ち出す。砂糖が水に
触れるがごとく、泡の前で形を崩してゆく岩たち。それでも亜依は岩の射出を
やめない。
「そんなに精霊力使ってたら、バテちゃうよ?」
「うっさい、これでも食らえや!」
小隕石群のような岩の陰から、槍状の岩が現れる。大人の背丈ほどもあるそれ
は、亜弥目掛けまっすぐに飛ぶ。
506 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:48
「なるほどー、これなら松浦の泡のバリケードを破れる、そう踏ん
だわけだ。石礫で気を反らせといてさ」
亜弥はにっこりと微笑んだまま、右手を岩槍の前に翳す。現れたひ
ときわ大きなシャボン玉が岩槍を包み込み、じゅううと音を立てな
がら溶かしてしまった。
「…やっぱ通用せんか」
「って言うか、小ざかしいんだよね」
「何やて?」
亜弥はわざとらしく手を腰にあて、頬を膨らます。
「あいぼんの戦い方はさ、いつもそんな感じでしょ? いかに相手
を出し抜くか、そんなことばっか考えてる」
「それの何が悪いねん!」
「悪いなんて言ってないよー、でもね」
刹那、亜弥の目が妖しく光る。
「純粋な力の前には、太刀打ちできない」
亜依の背中に、強烈な寒気が走る。しかしその逆らいがたい生理現
象を抑えるが如く、
「上等や! その大層な力っちゅうやつ、見せてもらおか!!」
と大声で叫び、亜弥に向かっていった。
507 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:50



白く拒絶された世界は、果てしなく続く。
希美の虚ろな瞳には、何も映らない。
しかし彼女の停滞した精神を、強く揺さぶるものがいた。この世の
ものとは思えない、強く、美しい蒼き炎。
「…あんたは」
「我が真名を口にしたものは須らく灰燼と化す。故に人は我を『蒼
焔王』と呼ぶ」
そう、えん、おう。希美は耳にした言葉を口で象ってみる。もちろ
ん彼女の心は、微動だにしない。
「あの程度の過去を見せられただけでここまで腑抜けるとは。黒き
炎術士との戦いで、少しは使える奴だと思っていたのだがな。どうやら見込み違いのようだな」
「……」
希美は答えない。だが。
「愚かな人間ごときを屠って、何を苦しむ?」
その一言で希美の意識を縛る鎖のようなものが、はじけ飛んだ。
「あんたみたいな化け物に、のんの気持ちなんてわかるはずがない
!!」
「ほう」
「確かにあの人たちは、のんを殺そうとしたよ。でも、だからって
あんな風に簡単に殺しちゃ、いけないんだ! 一緒に暮らしてきた
村の人たちを…でものんは、この手で。市井さんや保田さん、みん
なのことも傷つけて」
希美は両の手をまじまじと見る。眩暈がしそうだった。
508 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:51
「…話にならん。我は今、お前と魔本の封じ手、それとあの槍使い
によって封印を共有されている。今は槍使いが我の力のかなりの部
分を手に入れているようだが。それでもこの状態が不安定なことに
は変わりない」
「お前なんて消えちゃえ! いなくなれ!!」
「言われなくても、いずれお前とは別れることになるのだろう。あ
の槍使いは我の力を手に入れるために、お前ら二人を殺さねばなら
ぬのだから。無論、我も奴の好きなようにはさせん」
蒼い炎が、少しずつ、勢いを失ってゆく。
「え、いきなり消えないでよ!」
慌てふためき炎に駆け寄る希美だが、蒼い炎は完全にかき消えてし
まった。代わりに、小さな明るいオレンジ色の炎が、灯る。
「えっ?」
「はじめまして、希美ちゃん」
少年のようなソプラノは、目の前の小さな炎から聞こえていた。
「こっこんどは誰!?」
「ボクかい? ボクは…そうだなあ。『蒼焔王』の力が無闇に発露
しないように、植えつけられた精霊って言ったらわかるかい?」
希美は力いっぱいに首を振る。小さな炎は彼女に原理の説明をする
ことを諦め、別の角度から自己紹介をすることにした。
509 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:52
「きみが記憶を消されて、普通の子として育てられて、中澤さんの
凶祓師事務所にアルバイトの申し込みに来たよね? あの時に契約
した精霊が、ボク」
「あ…」
希美は思い出す。
どのような属性の精霊を使役できるかが一目でわかるという霊具。
そんな触れ込みで、圭織は希美に一枚の布を握らせた。結果は炎。
その時、傍らにいたつんくが呟いた言葉。
−やはり炎か−
つんくは知っていたのだ。そして、圭織も。あの時彼女が眉を顰め
たのは、懐疑ではなく非難。全ては、仕組まれたことだった。改め
てそれが身に染み、希美の心は再び打ち砕かれようとしていた。
「でもね。飯田さんを責めないで欲しい」
「でも、かおりんはのんを騙して…!」
「これを見ても、そんなことが言えるかい?」
小さな炎が、何かを映し出す。
病室。ベッドの中で、圭織が横たわっていた。しかし彼女の表情に
は、苦悶の色がにじみ出ている。
510 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:54
「これって」
「飯田さんは、きみが蒼焔王を奪われた反動でここまで苦しんでい
るんだよ」
「…のんの、せい?」
炎が映し出す圭織は、しきりにのんちゃん…のんちゃん…とうわ言
のように言い続ける。
「きみのせいじゃない。ただ…彼女はきみのことをとても大切にし
ている。封印の共有、ということを抜きにしてもね」
希美の脳裏に、圭織と過ごした日々が浮かぶ。
最初の記憶は、蒼焔王に支配された自分に立ち向かう、黒髪の女性
の姿。目を見開き襲い掛かってくる彼女は、希美にとって恐怖その
ものだった。
次に、記憶を消された希美が何も知らずに中澤事務所に導かれた時。
右も左もわからない希美に、精霊と凶祓師について懇切丁寧に教え
てくれた。
時は流れ、飯田さんがかおりんに変わっても。
彼女はずっと、希美を見守ってきたのだ。
511 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:55
「のんは。のんは…」
希美の頑なな気持ちが、大きく揺さぶられる。
「そして、飯田さんだけじゃない」
炎は別の光景を、映し出す。
まるで西部劇に出てくるような荒野で、二人の女性が何者かと戦っ
ている。相手の姿は見えないが、立ち向かう二人の姿は見間違える
ことは決してなかった。
「よっすぃー…梨華ちゃん…」
炎が揺らぎ、別の場所を映す。先ほどとはうって変わって、おもち
ゃ箱のような部屋。そこでも、一人の少女が懸命に戦っていた。希
美の親友であり、ライバルでもある存在。
「あいぼん…」
「みんな、戦ってるんだ。鈴木あみとの決戦に備えて。彼女の力は
強大だ。なのにあの子たちは絶対に逃げたりしてないんだ。何故だ
と思う?」
「それは」
希美の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。鈴木あみによって精霊使い
にされてしまった、かけがえのない親友。
「そう。あさ美ちゃんを救うため。そして何よりも」
炎が一際、大きくなる。映し出されたのは他でもない、希美自身の
姿。
「君を救うために」
512 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:56


草木一本すら生えていないこの場所。
二人には、それが目の前の女の心情そのもののように思えた。
彼女の双眸には、慈悲の色は見えない。
「さて。そろそろこんな茶番は終わらせてもらうわ」
美貴の右手が、正面に伸びる。銃口はひとみに向いているのか、そ
れとも後ろで膝をついている梨華に向いているのか。
おそらく、両方だ。
ひとみは即座に答えを出す。二つの標的を同時に狙い撃ちすること
など、彼女にとって造作もないことだろう。
「ねえあんたさ」
「何?」
ひとみに話しかけられ、美貴は視線を移す。
「そんなに強いんだったらさ、あんただけで鈴木あみとか倒せるだ
ろ?」
「…そんな瑣末なことじゃ、私たちは動かないわ」
「言ってくれるじゃん!」
513 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:57
「よっちゃんさん、あなた学習することを知らないのかしら。無防
備のまま私の前に現れることが何を意味するか…」
「知ってるさ」
不敵に微笑みひとみに構わず、銃弾を打ち込む美貴。しかし銃弾は
ひとみの振るう拳によって弾かれた。
「何ですって?」
二回、三回と銃砲が鳴り響く。が、やはりそれらは拳の防御によっ
て跳ね返される。
美貴の視線の先には、詠唱を続けている梨華。
「あたしはよっすぃーのお荷物なんかじゃない!」
「そういうこと」
ひとみを懐にまで近づくことを許してしまった美貴には、コートで
防御する余裕など残されていなかった。
「氷の精霊よ。鋼より頑なな拳となれ!!」
氷のナックルが嵌められたひとみの拳が、美貴の体を深く抉る。次
の瞬間、電流が相手の全身を駆け巡る手ごたえを感じた。
再び地面に崩れ落ちる黒コート。
514 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 03:58
「今度こそやったよ、梨華ちゃん!」
ひとみが梨華に駆け寄る。笑顔でそれを迎える梨華、その笑顔が、
青く染まる。
「よっすぃー危ない!!」
「え?」
気づいた時には遅かった。頭上から降り注ぐ、コインの雨。梨華に
よる氷のコーティングが鎧的役割を果たしてなければ、ひとみは間
違いなく蜂の巣になっていたことだろう。しかしながらダメージは
決して小さいものではなく、ひとみはそのまま崩れ落ちてしまう。
「さすが、と言いたいとこだけど」
地面に散らばったコインが美貴のもとに集結し、再び黒いコートの
形を成す。
「あなたのせいかしらね。よっちゃんさん、本気が出せないままだ
った」
「そんな…」
そして次に放つ言葉が、梨華の胸を深く刺す。
「あなたが本当の力を解放しないから」
515 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:00


その頃、亜弥と対峙している亜依は、終わりの見えない膠着状態を
続けていた。
岩を容易く溶かしてしまうシャボンの壁の前に、亜依の攻撃はまっ
たくと言っていいほど無力であった。
「くそ…どないしたらええねん」
「下手な考え休むにニタリ、だよ?」
「ああん?」
目を剥く亜依。
「小難しいことを考えるをやめると、幸せになる。そんな感じの意
味だね」
「アホか。下手な考えは休むのに等しい、そういう意味やろ」
「あー、そういうことか」
亜依に指摘され、感心した顔を作る亜弥。
「自分とことミックごっこやってる暇なんてないわ!」
亜依の集中力が高まり、地面が激しく揺れ始める。
「あんまり無理するとこの部屋自体崩れちゃうよー」
「うっさいわ、うちは土の精霊の使い手やぞ? そないな間抜けな
ことするかい!」
突如、地面から筍のように岩柱が突き出す。
「うわっ、あいぼんえげつなーい」
「まだまだいくで!!」
次々に床を突き破り生えてくる岩柱。その度に亜弥の周りを覆うシ
ャボンを掠め、アイスキャンディーのように切っ先を溶かしてゆく。
516 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:02
「だからいくらやっても無駄だって」
「そうか?」
そしてそのうちの一本が、はじめて亜弥のシャボンバリケードを突
き抜ける。
「ご自慢のシャボンも、モノ溶かすうちに薄くなってたんとちゃう?」
「あいぼんの頭みたいに?」
「やかましい! その減らず口、利けんようにしたるわ!」
亜弥のシャボンの中に顔を出していた岩柱の先端が突如、爆発を起
こす。さしもの亜弥も思わずバリケードを解いてしまう。
「今や!」
亜依がそう叫ぶと、背後から二体の亜依そっくりの岩人形が現れた。
間髪入れずに、一人と二体が入り混じりながら亜弥の元へと突っ込
んでいく。
「あいぼんが昔戦った『昏き十二人』の能力、だっけ。さっきのや
つ。相手の精霊術を真似て自分のものにするなんて、さっすが」
亜弥は身じろぎもせず、その場に立ち尽くしている。
何やこいつ、爆発のショックが大きかったんか?
そんな亜依の考えを、目の前の本能が強く否定する。
あかん、こいつは、そないなええ性格、してへん!
517 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:03
急ブレーキをかける亜依。対照的にそのまま亜弥のほうへと突っ込
んでいった影武者たちは、見えない何かに阻まれ、溶けた足を絡ま
せ崩れ落ちていった。
「お利口だね。あたしのシャボンは何も見えるものだけじゃない。
でもさ、そういうのって…つまんないよね?」
「何やと?」
亜弥の周りを、再びシャボンが取り囲む。一つの泡が二つに、二つ
が四つに、そしてあっという間に無数のシャボンの群れが出来上が
る。
「さっきも言ったけどさ。小手先の策なんて、圧倒的な力の前には
意味がないんだよね」
シャボンは無制限に増えてゆき、床を、天井を蝕んでゆく。泡に包
み込まれることは、すなわち死を意味していた。
「うっ、うわああああああ!!!!!」
泡がなだれ込むように亜依に向かって押し寄せるのと、亜依が天井
を崩すのはほぼ同時のこと。二人の姿は泡と土煙に遮られ、やがて
見えなくなった。
518 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:04


あなたが本当の力を解放しないから。
目の前の相手が、どういう意味を込めてこの言葉を発したのか。
梨華は、能面のような美貴の顔を睨み付ける。
「なぜそんなことを、とでも言いたげな表情ね。わたしはつんくさ
んの側にいる存在、あなたの出自を知ることくらい、わけもないわ」
石川家。氷を操る精霊術師の最高峰であり、かつ暗殺業を生業とす
る血塗られた一族。
「あたしは、あの家とは関係ないわ!」
叫びが、凍気となって美貴の身を襲う。しかしそんなものは彼女に
とって、ただのそよ風に過ぎない。
「家出娘が自立を気取って凶祓師稼業? それって、ただ逃げてる
だけじゃないの?」
「そんな!」
「それとも、自分が凶祓師として功績をあげたら家族が認めてくれ
るとでも思った?」
表情を1ミリも変えることなく、美貴は痛烈な言葉を浴びせる。
519 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:06
「あんたなんかに言われる筋合いはない!」
梨華の叫びに呼応するように、大地に氷の波が立つ。研ぎ澄まされ
た刃が地を走りながら美貴のもとに押し寄せるが、そのどれもが難
なくかわされてしまう。
「単調な攻撃、弱い凍気。現実から逃げてる子には、相応しい代物
だわ」
「あたしは逃げてなんかない!!」
梨華はひときわ大きく叫ぶと、瞳を閉じて詠唱を始めた。
「空を翔る氷の竜たちよ地に這う邪悪な輩にその凍てつく牙を突き
たて…あうっ!!」
しかしその詠唱は美貴の銃弾によって途切れてしまう。左の肩を貫
通した銃弾は、真っ赤な糸のような血を纏わせて空の彼方へと消え
てゆく。
「馬鹿な子。そういう大呪文は一人の時にやるものじゃないわよ?
 いくら図星を突かれて頭に血が昇ってるからって、そんな基本的
なことも忘れちゃうなんて」
痛みに耐え切れずに地に伏せる梨華のすぐ目の前に、美貴が立つ。この至近距離では、いくら無詠唱の氷壁を立てたとしても間に合わない。
絶望の中、美貴の右手の人差し指が梨華の額に当てられる。
520 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:07
「力をセーブしてるわたしに追い詰められる程度なら、ここを出た
ところで何の役にも立たないわ。つんくさんには不慮の事故だった
と報告しておくから」
二人の視線が交わる。美貴の瞳はまるで温度がないかのように、鈍
く光るだけだった。
梨華の脳裏に、さまざまな思考がよぎる。
どうすればこの窮地から抜け出せる?彼女はあたしを殺す気だから
…って何で彼女があたしを殺す必要があるの?でも彼女ならやりか
ねない…でもあたしはこんなとこで倒れるわけには。そうだ、よっ
すぃーは。よっすぃーは無事なの?
「どうしても助かりたければ」
意識の濁流をせき止めたのは、美貴の発した声だった。
「あなたの本当の力を出すことね。ずっと昔に、あなたが妹にした
ように」

ワタシハアナタヲ、ゼッタイニユルサナイ。

梨華の頭の中に、忌まわしい記憶が広がってゆく。
あれは、あれは仕方なかったのよ。だってああしなければわたしが
やられてたかもしれないから。でも、でもわたしは。
大きく映し出される、血まみれの少女の顔。
「いやああああああああああ!!!!!!!」
悲痛な叫び声とともに、辺りが白く包まれてゆく。
521 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:08


それより少し前のこと。
亜依と亜弥が戦っていた場所は、一面がほぼ瓦礫の山に覆い尽くさ
れていた。亜弥は咄嗟に自らの頭上にシャボンを展開し瓦礫に押し
つぶされることはなかったが、亜依のほうはどうなってしまったか
は亜弥にも容易に想像がついた。
「あれくらいのプレッシャーで切れちゃうなんてねー。もうちょっ
と楽しめると思ったんだけど」
亜弥は誰にともなく頬を膨らませる。
それにしても。亜弥は憂鬱そうに天を仰ぐ。
どさくさ紛れとは言えあの子もやってくれるわ…
周囲が瓦礫によって埋め尽くされ、亜弥はまるで井戸の底にいるよ
うな状態に陥っていた。推測からすれば、空間全体がほぼ瓦礫に覆
われていると亜弥は考えた。さしもの彼女の泡の能力でもここから
抜け出すの至難の業だ。
「こっから登ってくしかないか……カッコ悪う」
そう一人ごちながら、亜弥は両側の瓦礫の壁に手をついた。酸によ
って腐食した岩肌に、両手がずぶずぶと沈みこんでゆく。酸の強さ
と量を調節し、亜弥は井戸状の穴を登っていった。
522 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:09
亜弥がクライミングを始めてから少しばかり時が過ぎた頃。
彼女の頬に、小さな石つぶてが当たる。
「ん? 上の瓦礫が崩れたのかな?」
しかし次の瞬間、頭上の穴から小さな人影が躍り出る。
「アホが! かかったわ!!」
「あいぼん!」
亜依は亜弥が油断して穴を登ってくるのを待ち構えていたのだ。身
動きのままならない穴において彼女はまさしく罠にかかった獲物だ
った。
「この状態やとうちの攻撃も避け切れんやろ!終いや!!」
穴から飛び降り、亜弥目掛け重力に任せて急撃する亜依。
だが。追い詰められた側であるはずの亜弥は余裕の表情を崩さない。
「甘いなああいぼんは。あたしがこんな罠に簡単に引っかかるとで
も思った?」
「何やて?」
「もう避けようがないだろうから、あいぼんにもよく見えるように
してあげる」
うっすらと彼女の頭上に現れたそれは、極限まで薄く延ばされた、
シャボンの膜。
「!!」
「おいであいぼん、スライスにしてあげる」
523 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:11
急降下する亜依とシャボンの膜との激突は最早避けられないかと思
われたその時だった。弾けるように、彼女の身体が爆発する。
「えっ?」
亜弥の思考がすべての可能性を模索する。あのあいぼんはダミーで、
爆発の能力を使って爆破、ということは。
「本命はこっちやで!!」
反対側から亜依の声がする。亜弥が見たものは、猛スピードで岩壁
を駆け上ってゆく、小さな姿。
「自分が壁をええ具合に溶かしてくれたせいで、めっちゃ登りやす
くなってるわ!」
「にゃはは、やるねえ。でもシャボンの膜を下に張っちゃえば…あ
れ?」
張られるはずのシャボンの膜が、形を成さない。
「さっきのダミーは爆発の能力で壊したんとちゃうで? うちの本
来の力で、粉塵レベルに分解したんや」
ただでさえ狭い井戸のような竪穴でそんなことをすれば、シャボン
がしばらく形を成さないのは、自明の理。
「うちもええこと教えたろか。ただの馬鹿力はよう練られた策の前
には、無力や」
亜依が打ち出した岩の槍が、亜弥の身体を直撃する。
524 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:12


亜弥の口から小さな血の花が咲く。体勢を崩し、竪穴を落下してゆ
く亜弥をかわした亜依は、安堵のため息を漏らした。
「さっきのうちの攻撃をまともに食らった上にこの高さからの落下
や。しばらくは、起き上がってこれへんやろ」
そして、穴から出るために岩壁をよじ登りはじめた。
でもただの試練の割にはめっちゃハードやったなあ。ちゅうかアイ
ツ、狂ってるわ。
先ほど叩きのめした相手のことを、思う。戦いを余裕で楽しんでい
るかのような姿は、まるで戦闘狂。そんな危うい狂犬をなぜつんく
は側に置いているのか。ややもするとつんくへの批判に考えが傾き
そうになるが、敢えてそうはしなかった。
「しっかし、しんどいなあ。うち運動不足やろか…」
最近少し丸くなってきた自らの体を恨めしく思う亜依。大地の精霊
の加護を受けた人間は概ねふくよかな体つきになると言う嫌な噂を
思い出し、彼女の気持ちを沈ませた。
でも、おかしいな。そろそろ穴の出口にたどり着いても、ええはず
やのに。
そして亜依は異変に気づく。空間の天井が、遠くなっている。つま
り…
思わず穴の下を見る亜依。その表情が、固まった。
525 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:13
下に広がるのは、おびただしい数のシャボン玉。それが、竪穴を岩
ごと溶かしているのだった。
「あかん、このままやったらうちまで溶けてまう!!」
必死の形相でスピードを上げる亜依。何とか穴の上まで這い出ると、
ぱちぱちと緩慢な拍手の音が聞こえてきた。
「オマエ…!!」
「おめでとうあいぼん」
先ほどと変わらない、亜弥の穏やかな表情。しかしそこには間違い
なく狂気の炎が宿っていた。
「それだけの力があればきっとつんくさんからも合格がもらえるよ。
というわけでまつーらの任務はおしまい。これからプライベートモ
ードに入っちゃってもよいのかな?」
「何を……」
「あいぼんのこと、殺したくなっちゃった」
亜弥の目の前の空間から、高速で打ち出される何か。
何や、シャボン玉か…いや違う、シャボン液や!
まるでピストルの弾丸のように一直線に向かってゆく液体の玉。標
的は、どう考えても亜依の心臓だった。
526 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:15
くそっ、岩のバリケードを…ってこいつの酸の力で溶かされてしま
うわ。でも、弾道は反れるかもしれへん。どのみち、何もしなけれ
ば待つのは…死!!
亜依の顔が急激に青ざめる。何枚もの岩板が立てられるがそれらは
まるで障子紙のように容易く打ち抜かれてゆく。
最後の岩板を突破した弾丸、しかしそれは鋭い一閃によって綺麗に
半円に断たれ、互いに意図しない場所へと墜落していった。
亜依の目の前に姿を見せた後ろ姿。栗色の長い髪と、腰に据えられ
た日本刀は、最早見間違いさえ許されないものだった。
「ごっち…師匠!!」
「あいぼん、下がってて」
二人の前に立ちふさがる相手は、感動の再会を喜ぶ隙すら与えてく
れない。
「あれえ、何でごっちんがここにいるわけ?」
「さあ? それより感謝するよ。あんたの酸のおかげで、変なプレ
ゼントボックスから出ることができたから」
「師匠…あそこにおったんか…」
亜依はこの場所に最初に降り立った時のことを思い出す。変にメル
ヘンチックな空間。そして不自然に置かれた、プレゼントボックス。
「そんな余裕かましてていいのかなあ。ごっちんはさあ、あたしの
殺しちゃいたいリストのナンバー2なんだよ?」
亜依の顔からはせっかくの喜びを邪魔された不快感などとうの昔に
消えていた。ひょんなことからメインディッシュがやってきてくれたのだから。
「へえ、ありがと。で、ナンバーワンは?」
「教えてあげない」
二人を守護する精霊たちが、俄かにざわめき始めた。
527 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2006/08/07(月) 04:18
更新
>>505-526

世間的には普通の量ですが、書いてる本人的には大量更新に感じるのはきっと気のせいです(汗
528 名前:ぴけ 投稿日:2006/08/07(月) 04:21
名前欄もミスったところでレス返しなどを。

>>504 名無飼育さん

こうなりました。
そろそろお話は次の展開へと進みます。


というわけで次回もこれくらいの量を更新できたら、と夢を見つつ今日はこの辺で。
529 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/11(金) 01:16
更新乙です。
うぉーこうなりましたか・
次の展開も楽しみです。
530 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/02(土) 03:27
忙しいでしょうが頑張ってください
531 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/03(日) 02:33
通りがかりの読者です

がんばってください

がんばります
532 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/02/13(火) 02:15
続き楽しみにしてます。頑張って下さい。
533 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:20


その頃中澤事務所では。
なつみたちが見守る中、時計に目をやるつんく。
「そろそろ…やな」
そう呟いたかと思うと、時計をしてないほうの手のひらを握った。
「プロデュース、解除」
言葉をきっかけに、精霊たちが騒ぎ始める。
「ま、また!?」
紗耶香が思わず身構える。それほどに、この状況は異常だった。とは言え、つ
んくが能力を発動させた時に一度同じ状況を体験しているわけだが。
まるで多重奏のように折り重なる精霊の声。やがてそれらが引いてゆく波のよ
うに収まると、なつみと紗耶香の前に三人の人影が現れた。
「こ、ここは…」
「どうやら、元の世界に戻れたようね」
景色の激変に戸惑う梨華と、何事もなかったように落ち着き払った態度の美貴。
しかし、彼女の片腕は激しく損傷していた。
「よっちゃん!」
「吉澤!!」
ひとみが倒れているのを知るや否や、側へと駆け寄るなつみと紗耶香。
「心配は要らないわ。気絶しているだけだから」
そんな二人を尻目に、美貴がつんくに近づいてゆく。
「派手にやられたなあ」
「…義手ですから」
平然と言ってのける美貴。金属製であるはずの義手が、何らかの急激な温度変
化によって激しく破損していることにつんくは目を見張る。
「合格、やな」
「ええ。まだあの子にこんな力があるなんて、信じられませんけど」
そう言いつつ、美貴が梨華のほうへ目を移す。捉えた梨華の、迷いのような、
後悔のような、それでいて恐れのような表情。それを確認して、美貴は再びつ
んくへと視線を戻した。
534 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:23
「ところで、亜弥は」
「…そろそろ限界やな。あっちも『戻す』わ」
先ほどとは違い、やや苦みばしった顔でつんくは言った。さっきと同じように
精霊がざわめき、そして沈黙と同時に複数の人影が浮かび上がる。
突如としてその場にいる者全員の肌を刺す殺気。それは、限界まで力を溜めた
二人の放っているものだった。
数え切れない程のシャボン玉を空中に舞い上がらせている、松浦亜弥。
漲る刀気を、切先に集め開放の時を待つ、後藤真希。
突如登場した真剣勝負に、目にしたもの全てが立ち尽くす。
つんくはしばらく頭をぽりぽりと掻いていたが、やがて、
「お前ら、いい加減にせんかい!!」
と大声を張り上げた。
つんくの声に振り向く二人。先ほどまでの緊張は、すでに解かれていた。
「…ったく、ただのテストや言うてるのになあ。まあええ。松浦、加護のほう
はどないやった?」
「まつーら、あいぼんに一杯食わされちゃいましたっ♪」
舌を出しおどける亜弥を見て、亜依は苦い顔をする。
「こっちも文句なしやな」
「えっ…ということは」
なつみが聞くまでもなく、つんくの答えは出ていた。
「石川。吉澤。加護。全員、合格や。お前らやったら、ヤンジャンの手のもの
と合間見えたとしても負けへんやろ」
「ほんまか!」
目を輝かせる亜依の頭を撫でながら、つんくは力強く頷いた。
「じゃああたしたち…」
「やったね、梨華ちゃん!」
「う、うん…」
梨華の顔はどこか浮かないようにひとみには思えた。しかしそんなことはつゆ
知らず、なつみが、亜依が、真希が喜びを分かち合っている。
535 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:24
しばらくその様子をみていたつんくに、なつみが話しかける。
「何や、安倍。矢口のことなら中澤がしっかりやってくれてると思うで?」
「それはぜんぜん心配してないんです。それより」
真剣な表情を作る、なつみ。
「松浦亜弥と藤本美貴。あの子たちは、今回の件に参加しないんですか?」
「ん…」
口淀むつんくに、
「あの子たち、ここに戻ってきた時に…かなりの精霊の力を纏ってました。つ
んくさんならあの子たちの実力、わかってるんじゃないかと思って」
となつみはさらに言葉を継いだ。
しばらくして、つんくはなつみのほうを見ずに、
「あいつらには、やってもらわなあかんことがあるんや。せやから今回のこと
には、使わへん」
と言いながら、両の手を二度ほど大きく叩いた。
「あー、急やと思うけど明日には動いてもらうで。他の事務所の目もあるから、
あんまり時間もかけられへんしな。その代わり、今日はゆっくり休むとええ。
ほな、解散!」
三々五々、事務所をあとにする若き凶祓師たち。なつみだけは、つんくの最後
の言葉を理解できずに何度か振り返っていたが、やがて外へと出て行った。そ
の後姿を、亜弥と美貴はただじっと見つめ続けている。
「お前らもご苦労やったな。もう帰ってええで」
「正直、石川梨華。彼女の力には驚かされました。少し休んでからにします」
「さよか。ほな俺は先に失礼させてもらうわ。自分らも日が暮れないうちに帰
るんやでえ」
さもしんどそうに、肩を回しつつ部屋を出るつんく。しばらくの静寂。亜弥と
美貴は、瞳を閉じていた。
536 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:26


使用者の精霊力に守られ他者には決してその存在を知られることのない、秘密
の空間。そこに二人は、意識を飛ばしていた。
「機嫌悪そうだね、みきたん」
開口一番、亜弥がそんなことを言う。美貴はぐしゃぐしゃに破壊された左手を
ちらりと見て、それからふんと鼻を鳴らした。
「亜弥ちゃんだってあの子にやられたじゃん」
「そうだね、あいぼんは…楽しみだねえ」
にゃはは、といつもの笑い声を上げる亜弥。
「へえ。亜弥ちゃんにそんなこと言わせるなんてね。そんなに凄かった?あの
子」
「凄いって言うか、小賢しいって言うか。でも、全力で叩き潰しちゃいたいね」
「でも亜弥ちゃんが本当に戦いたいのは、後藤真希」
大きく目を見開く亜弥。
「せーいかーい! さすがだね、たんは」
「あんなに殺気放っておいてわかんないとでも思った?」
「ま、隠そうとも思ってないけどさ。けど、楽しみだよね。中澤さんとこの子
たち。皆殺しにしちゃうたいくらいに…ね?」
いつもの癖がはじまった、とばかりに美貴は肩を竦める。
その一方で、確かに、とも思う。自分に立ち向かっていった吉澤ひとみと石川
梨華。特に、福田明日香に手傷を負わされたのと同じ場所を破壊した梨華。
「ところでさ」
亜弥が突然、美貴に顔を近づける。
「なに?」
「つんくさんが言ってたさあ、『あたしたちにしてもらいたいこと』って何だ
ろうね」
美貴は亜弥から顔を外して、さあね。と一言だけ言った。
「なにその反応。たんさあ、何か知ってんでしょ」
「…どの道山崎様からの命令が下されれば、つんくさんはそれを実現すること
なくあの世に行くわけだし」
「えー、何かそう言うのってずるくない?」
亜弥を適当にあしらいながら美貴は思う。
不意を突かれたとは言え、梨華に与えられたのは屈辱以外の何者でもない。
与えられたものをただで返す、あたしじゃない…
美貴の頭の中では、既に他人が聞いたら吐き気を催すほど卑劣な罠が描かれて
いた。
537 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:27



夜の帳が下りる。
夕食の支度のために買出しに出かけていた主婦の群れもすっかり姿を消し、静
かになった商店街の外れ。煌々と明かりをつけている事務所の中で、裕子は残
務整理に追われていた。ただでさえお上の仕事に追われていた上に、所長代行
を任せていた圭織がダウン。例の騒動まで起こってしまい裕子の仕事は爆発的
に増えた。
「こら圭織が元気になったらいつもの三倍は働いてもらわんと…」
一人ごちる裕子に、声をかけるものがあった。
「裕ちゃん」
扉を開けて事務所に入ってきたのはなつみだった。
「ちょうどええとこに来たな。これ、少し手伝い」
「えー、なっち事務職なんてやったことないからさあ」
笑って誤魔化し、裕子の隣に椅子を寄せて座る。
「それより裕ちゃんさあ、矢口は」
「ああ、矢口なら心配ないわ。あいつも、わかってる」
「だね…」
ふと訪れる沈黙。二人は、同じことを思っていた。
「あのさ裕ちゃん、ヤンジャンのこと…」
「ヤンジャンは」
一際と通る声。まるで自分自身をこれから説得させるかのような。
「短い間やったけど、確かにうちらの仲間やった。それだけは、絶対に変わる
ことなんか、ないから」
強く頷く、なつみ。彼女も、そして裕子も福田明日香の死というあまりにも大
きい悲劇を乗り越えてきた。もしかしたら、今回もその時と同じ道を辿ってし
まうかもしれない。それでも。仲間だから。仲間だったから。ヤンジャンのも
とへ訪れなければならない。それがかつての友の死を代償にして得た、答えな
のだから。
538 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:29


夜になると、繁華街は水を得た魚のようにいきいきと輝きだす。
その一角にある小さな居酒屋。人でごったがえす店内で、ひときわ目立つ巨体
があった。男は、歯の出た男と四国風の男に何やら指示を出している。一通り
男の話を聞き終わると、二人は心底嫌そうな顔をしながら店から出て行った。
「今日は久々の娑婆だ、ハメ外しまくるぞーぐへへへ」
「何を外しまくるって?」
「ひっ?」
背後からの声に、男は体に似合わない情けない声をあげる。振り向きざまに声
の主を確認し、たちまち顔を青くした。
「ごっご主人様」
「お前さーこんなとこで何やってるわけ?」
声の主−矢口真里−は小さな体で男を威嚇する。
「いやその、俺も庭に埋まったままじゃ力が衰えるから…って言うかご主人様
のために情報収集を!!」
腹の贅肉をブルブル震わせ、男は手足をじたばたさせた。
539 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:30
そこへ運悪く、先の二人組が。後ろにはいかにも女子高生といった感じの二人
連れがこちらを伺っている。
「センパーイ、言われた通り連れて来ましたよ」
「ちょ、おまえら!!」
「はあー、情報収集ねえ…」
早速疑いの視線を向ける、真里。
「そっそうそう情報収集っすよ!ご主人様たちが戦ってる敵の目撃情報をです
ね」
「何言ってんすか先輩、ナンパして来いって言ったのは先輩じゃないですかー」
「そうそう。『平成生まれが解禁だ!!』とか言いながらめっちゃ乗り気やっ
たもんなあ」
「いやそれはごか…ぎべっ!!」
男が弁解する間もなく、真里のスペシャルブローが脂肪に覆われた腹を直撃す
る。
「お前おいらたちが一生懸命戦ってる時に女子高生ナンパとかいい度胸してる
じゃんか!!もう一度うちの庭で謹慎生活はじめるか?!」
「そんなあ!って、イテテテテテ!!!」
「思いっきりこき使ってやるからな、覚悟しとけよ!!」
男の耳を引っ張りながら、ずるずると引きずるように店を出てゆく真里。
「て言うかお前めちゃくちゃ重い!早く刀型に戻れ!!」
「は、はいっ!!!!!」
真里の怒声に身を縮めた男は、煙とともに薄緑色の短刀に姿を変えた。
540 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:31


高級ホテルの一室。
凶祓師ユニット「カントリー」の一員であるあさみと里田まいは、本来ならば
ユニットのリーダーであるりんねが使うべき一室にいた。
「失礼します」
こんこん、というノックの音とともに特徴的な声が聞こえる。
「いいよ、入って」
あさみの促しで、梨華はおずおずと部屋に足を踏み入れた。
「何突っ立ってんの。早く座んな」
「う、うん」
窓際の、あさみとまいがついている小さなテーブル席に、梨華も座る。窓の外
から、夜景のネオンに炙られた闇が漏れ出していた。
「私…明日、鈴木あみたちとの決着をつけに行くんです。でもわたしは今はカ
ントリー預かりになってるし、それに…りんねさんのこともあるから…」
遠慮がちに切り出す梨華。それを遮ったのはあさみだった。
「昼過ぎに、凶祓師協会から通達があったよ。鈴木あみの一団に先兵をけしか
けるから、その結果が出るまでは他の凶祓いたちは手出ししないように、って。
要するに、梨華ちゃんたちを相手にぶつけて動向を探るってこと。意味、わか
るよね?」
「つまり協会は梨華ちゃんたちを捨て駒にするつもりでいる」
まいが、さらっとそんなことを言う。しかし梨華も覚悟の上のことだった。
541 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:32
「わかってる。でも…これはわたしたちがやらなきゃいけないことだから」
梨華がまっすぐあさみを、まいを、そして夜の闇に映った自分自身を見つめる。
結果は、実にシンプルなものだった。
「あたしたちの答えはたった一つだよ。行っておいで」
「え、でも…」
りんねさんのことは。考えれば当然の疑問だった。カントリーのリーダーだっ
たりんねの敵を取りたいのは目の前にいる二人のはず。でも、自分だって。
「梨華ちゃんは中澤さんとこの所属であると同時に、うちらカントリーの一員
じゃん」
言いたいことは、まいが代弁してくれた。梨華は大きく首を横に振る。
「気をつけて行って来るんだよ」
あさみが梨華の手に、自らの手を重ねる。そして、まいも。
絶対に負けられない。この二人のためにも、そしてりんねさんのためにも。
梨華は自らの体に、新たな活力が湧いてくるのを感じていた。
542 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:33


中澤事務所の地下トレーニングルーム。
亜依は、ひたすら自らの力を練習用の木人形に叩き込む。
昼間の亜弥との一戦。あのまま戦っていたらおそらく、命はなかっただろう。
とんでもない、化け物。しかし明日は亜弥を遥かに上回る禍々しい気を放つ相
手と相見えなければならない。体の強張りが、ついつい必要以上の打撃を生む。
焦り。不安。恐怖。
そして、亜弥の放った一言。
−現在は格下だと思ってた辻希美の思わぬ能力に自信を失いかけている−
「こなくそおおおお!!!!!!」
手のひらから生み出される、亜依の体の何倍もあるような巨大な、岩。
「ちょっとあんた!そんなものぶつけたら木人形こわれちゃうでしょ!!」
咎めるような声に、亜依は我に返る。事務所のOGである、保田圭だった。
543 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:34
「何や、おばちゃんか…」
「上覗いたら誰もいなくてさ。地下のほうで凄い精霊反応があったから何事か
と思って来てみたわけ。確かあんたたち、明日は大事な日でしょ?こんなとこ
で暴れてる時間あったら、家で休みな」
亜依は思い切り顰め面を作り、
「そんなんうちの勝手やろ。それにこれくらいエネルギー出しとかんと、本番
でオーバーヒートするさかいな」
と悪態をついてみせた。
この子、見た目と違ってナイーブなとこあるのね。そう圭は感じたがもちろん
口に出すことはしない。
「なあおばちゃん」
「あんたさっきからおばちゃんおばちゃんって…」
しかし圭の言葉に耳を傾けることなく亜依は続ける。
「この戦いが終わったら、しばらくは戦わんで済むんやろ?」
「えっ…」
「この前の昏き十二人との戦いから間髪置かずに鈴木あみや。さすがのうちも
もう休み取りたなってきたわ。せやなあ、海外旅行とかええなあ」
しばらく複雑そうな顔をしていた圭だが、
「あんたねえ、ちょっとは緊張感持ちなさいよ。相手は精霊術師の一団を撃破
した強敵なのよ」
とさも呆れたといった風に笑った。
「緊張感なんて、未来の事務所のエースのうちには似合わへんわ」
「言うわね。でも安心したわ、それだけの軽口が叩けるんだから。ガス抜きも
いいけど、程々にしときなさいよ」
「はいはい」
あしらうような亜依の返事を背に、トレーニングルームを出る圭。
544 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:35
―この戦いが終わったら、しばらくは戦わんで済むんやろ?―

眉間に自然と寄る、皺。
あの子には、いや、みんなにはまだ真実は伝えられない。
五大老がつんくと接触したのを機に、圭は独自にこの数ヶ月に起こった出来事
について調べていた。そして決定的になったのは。
繁華街の地下で息絶えた、りんねが放った精霊馬。りんねはもっとも的確に処
理してくれる人物に、全てを託したのだ。そして自らの元にやって来た精霊馬
から全てを読み取った圭は、あるひとつの結論に辿り着きつつあった。しかし。

まだ断言するには、危険すぎる。

圭の胸のうちはまだ、圭自身にしかわからない。
545 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:36


とあるマンションのベランダ。
紗耶香と真希の二人が、星空を眺め立っている。
「♪いちーちゃんと一緒っ、いちーちゃんと一緒っ」
紗耶香といるせいか、ご機嫌の真希。昼間に事務所で紗耶香に炎の雨を降らせ
た人物には、到底思えない。
「しっかしさあ。お前マジで最近まであの時の子が辻だって、わかんなかった
わけ?」
「まあねえ。昔のことだし」
「おいおい…」
呆れつつ、紗耶香は希美と再会した時のことを思い出す。圭が希美を紗耶香の
隠れ家に連れてきた時、当時の恐怖が憎悪とともに甦った。それほど希美の中
の荒ぶる精霊を沈めるのは、凄まじい戦いだったのだ。そんなことをあっさり
と忘れていたとは、真希は余程の大物かはたまた。
「ともかく。あの時の精霊の力を、鈴木あみ…いやヤンジャンはあっさり手に
入れちまった。おそらくあの時の、ううん、それ以上のキツい戦いになる」
「大丈夫だよ」
険しい表情をする紗耶香に、真希は気の抜けたような返事を返す。
546 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:37
「ごとーには、いちーちゃんが直してくれたこれがあるからね」
紗耶香が名匠のもとで鍛えなおした、真希の愛刀「破魔御影」。腰に据え付け
られた鞘を撫でながら、真希はにっと笑ってみせた。
「だよな。あたしも山奥まで行ってきた甲斐があったよ。何せあそこは空間術
の干渉が一切利かないからさ。おまけに精霊刀鍛冶がすげえ変な奴でさ。赤い
ジャージ着せられたと思ったら、そいつ何やらせたと思う? 期末テストだぜ? 
まったくいい加減に…」
そこで隣から安らかな寝息が聞こえてきたことに、紗耶香は気づく。真希はベ
ランダの手すりに器用に顔を乗せて眠りについていた。
「おいおい、お前はのび太くんかよ」
そんなことを言いながら、真希を寝室に放り込む。
「いちーちゃん、それはごとーのピスタチオだよ…むにゃむにゃ」
わけのわからない寝言に苦笑しつつ、紗耶香は明日の決戦のことを考えていた。
希美の炎を扱う、かつての事務所の仲間。
紗耶香や中澤事務所の面々にとっては、二重に因縁のある相手。彼女を打ち破
ることは恐らく困難だろう。何人の犠牲者が出るかなど、想像もしたくなかっ
た。
でも、勝たなくちゃいけない。一人の犠牲者も出すことなく…か。ったく今夜
は眠れそうにないなあ。
あっさりと眠ってしまった真希を恨めしく思いながら、紗耶香もまた床につく
のだった。
547 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:39


人もすっかりいなくなった、駅の往来。
アフロヘアの占い師が、あくびをしながら何時来るともわからない客を待って
いた。
そこを通りかかる、一人の女。
「そこのお姉さん、占いまっせ。安いから。なあ」
待ってましたとばかりに食いつく占い師。しかし女は無言のまま、ゆっくりと
占い師に近づく。刹那、白い布で覆われたテーブルを女が蹴り上げた。テーブ
ルは宙に舞い粉々に砕ける。
「乱暴なことすんなあ、よっすぃー」
「あんたが悪いんだろ」
ひとみは占い師・稲葉貴子を冷たい視線で睨み付けながら、そう吐き捨てた。
「地下事務所の裏口の情報のことか。あれはうちのせいとちゃうで。それに、
背後に怪しいやつらがおるって言うても、どうせあんたのことやから突っ込ん
どったろ。ちゃうか?」
悪びれた風もなく淡々と語る貴子に、ひとみはそれ以上追求する気がなくなっ
ていた。
「それよりさ、変な力を使うやつがいたんだ。瞬間移動みたいに、いつのまに
かうちらの後ろにいてさ」
「へえ。空間術を扱う精霊術師がおる話は聞いとったけど、そんな力を使いこ
なすやつもおるんやな。さすがのアツコ姉さんもそらわからんわ」
「そっか…」
もし明日の決戦に「ヤツ」が現れたら。ひとみはあの男−平井堅−の前にまっ
たくと言っていいほど歯が立たなかったことを思い出す。
548 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:40
「そうそう、あんたがもう一個頼んでた例の件な」
「えっ、何か掴めたんすか!?」
ひとみの顔がぱっと輝く。父の仇だと思っていた相手が死の間際に放った名前
「山崎直樹」。このことについても、貴子に調査を依頼していたのだ。
「まったくわからんかったわ」
「あー、そうすか」
がっくりと肩を落とすひとみ。
「ま、これからもよろしゅうな。うちとあんたは『いきなりイナバ・よろしく
ヨッスィー』の仲やもんな。これからも懇意にしたってや」
「わかってますよ、貴子さん」
そういいながら、街灯の向こうに消えてゆくひとみ。本当は明日の決戦場の情
報を仕入れたかったのだが、さすがに思い直した。貴子は確かに腕利きの情報
屋ではあるのだが、精霊術師ではないのだ。そんな彼女を巻き込むことだけは、
したくなかったのだった。
549 名前:第十話「再生 rebirth‐2」 投稿日:2007/03/22(木) 04:41



決戦前夜は、静かに更けてゆく……


550 名前:ぴけ 投稿日:2007/03/22(木) 04:42
更新
>>533-549
551 名前:ぴけ 投稿日:2007/03/22(木) 04:50
何と半年以上も間が開いてしまいました。これは放棄と取られてもしょうがないな
と思いつつの更新です。やる気だけはあります。

>>529 名無飼育さん
お待たせしてすみません。
次の展開が楽しみという言葉に耳も心も痛く…

>>530 名無飼育さん
忙しいというか筆が進まなかったというか…
そのくせ6期やキッズが出てくる今後の展開だけはしっかり考えていたり。

>>531 名無飼育さん
ほんとがんばらないといけませんね。
次こそは定期的な更新ができるように(最早たわ言…)。

>>532 名無飼育さん
日付を見たら何と2月!
待たせてしまって本当に申し訳ありませんでした。


というわけで次回こそは定期的な更新を…ああ何度目の台詞だろう(涙)
552 名前:マシュー利樹 投稿日:2007/03/22(木) 23:22
ご無沙汰してます。
書ききろうと言う気持ちがあるだけで充分ですよ。
頑張って下さい。
553 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/23(金) 00:25
あきらめず待ってましたよぉ。
続きが読めるだけで幸いです。作者さまペースで続けて下さいね。
でも次を今から楽しみにしてます。
554 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/23(金) 00:38
更新キタ━━━\(T▽T)/━━━!!
こんな事言うと失礼かもしれませんが、続きが読みたいけど放置・・・orz
と思っていたいくつかの作品の一つだったので正直に嬉しいです!いつまでも待つのでこれからもお願いします!
555 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:34



夜が明けた。

中澤事務所の前に集まる、凶祓師の面々。
裕子、なつみ、紗耶香、真希、梨華、ひとみ、亜依。
そこへどたばたと大きな音を立てながら真里が駆けつけた。
「ヤグチ!」
「矢口さん!!」
「おそいわよっ!」
それぞれが、小さな真里を取り囲む。
真里と裕子が、視線を合わす。
「おいらなら、もう大丈夫だからさ」
照れくさそうに言いながら、真里はぶんぶんと腕を振り回した。
「あの、ののは…」
亜依の問いに、首を振る裕子。
「まだみっちゃんからは、何の連絡もない。圭織と同じように、いや、それ以
上に苦しんでるんやろうな。せやけど、うちらには何もしてやれん」
「……」
556 名前:第十一話「砕けない、氷 The 投稿日:2007/11/20(火) 01:35
「うちらにできることは、ただひとつ」
そこへひとみが口を挟む。
「あの馬鹿アヒルをぶん殴って、辻の力を取り戻す。で、紺野のことも助ける。
だろ?」
「ああ、せやな…って何すんねんよっすぃー!!」
後ろから組み付かれ、頭をくしゃくしゃにされた亜依が、手足をばたつかせた。
緊張の中に生まれた、ほんのひと時の安らぎ。
そして、裕子が皆の前に立つ。
「日が高くならんうちに、敵の陣取る場所に侵入。電光石火でヤンジャンを叩
き潰す。これが最良の策やと思う。下手にまごついてたら、あいつの炎で全員
黒こげや」
「だねー。ごとーも賛成ー」
「お前は普段から猪突猛進型だろ」
紗耶香に小突かれながらも、真希は半分寝てるような顔で頷いた。中澤事務所
のダブルセンターの一人の最大の弱点は早起きなのだ。
「圭坊があいつらの居場所、きっちり突き止めてくれたわ。場所は秩父山中の
小さな神社。そないな場所で何すようとしてんのか知らんけど、隠れるつもり
はまったくないみたいやな」
「うちらを誘ってるのかも、しれないね」
なつみが神妙な顔をして、言った。
「上等やないか。その誘い、乗ったろうやないの」
裕子の言葉に、周りから喝采が送られる。そんな中、一人だけ「ヤンキーみた
い…」と呟いた梨華はそれを地獄耳で拾った裕子に顎を掴まれていた。再び一
同に笑いが起こる。

中澤事務所の威信を賭けた戦いが、はじまろうとしていた。
557 名前:第十一話「砕けない、氷 The 投稿日:2007/11/20(火) 01:36


鬱蒼と茂った木々の葉の隙間から、日の光が零れ落ちる。
裕子の指示通り、鈴木あみのいる神社へと3手に分かれて進んでゆく一行。行
く手を塞ぐ茂みや枝葉を切り裂きながら進むのは、真里・紗耶香・亜依の3人
で構成される第一班だ。
「矢口、最初っから飛ばしてると持たないぞ!」
「おいらなら心配御無用、こいつがあるからさ」
紗耶香の言葉に、真里は手に握られた鮮やかな緑の刃を翳す。
「ご主人、のっけから人…いや刀使いが荒いですよぉ〜・・・」
「うるさいっちゅうの! お前みたいなやつは、怠け心が起きる間もなくこき
使ってやんないとな!!」
「そんなあ…」
泣き言を言いつつも、自らが起こした旋風で目の前の障害物をなぎ倒してゆく
刀。
「矢口さんも市井さんも、ええなあ」
「どうした、加護」
不意にそんなことを漏らす亜依に、紗耶香が問いかける。
「だって、うちだけやろ。精霊刀持ってへんのは。何やうらやましいなあ思っ
て」
「おいおい、加護らしくもない。お前には精霊刀よりも切れ味のいいもの、あ
るだろ?」
「・・・そう言えば、そうやったな」
そう。自分には誰にも負けない、策を生み出す頭がある。
昨日のあのバカの言葉、真に受け過ぎやっちゅうねん。
亜弥に言われた言葉。まるで自分が希美よりも劣っているかのような、物言い。
そんなはずはない、と思いつつも何度か見たあの蒼い炎が自信を激しく揺さぶ
る。でも。
ののにはのののいいとこがあるように、うちにはうちのいいとこ、あるねん。
強がりなのかもしれない。それでも今は、前に進むしかなく。
558 名前:第十一話「砕けない、氷 The 投稿日:2007/11/20(火) 01:37
「おい!」
紗耶香が、突然大きな声を上げる。立ち止まる、真里と亜依。
「どうしたんだよ、紗耶香」
「隠れてるのは分かってるんだよ。出てこいよ」
言葉と共に、腰のふた振りの剣を抜く紗耶香。
「さすがは空間使いにこの人ありと謳われた市井さんやな」
「感心してる場合じゃないでしょ、愛ちゃん」
木の陰から姿を現す、二人の少女。亜依は彼女たちの顔を、覚えていた。
「自分ら、あん時に鈴木あみと一緒にいた…」
片や、黒髪のストレートロングヘア。釣り目気味の瞳と、薄く引かれた唇。
片や、綺麗に分けられたツインテール。特徴的な太い眉毛と、挑戦的な視線を
湛えた目。
「あらためまして。あーしは高橋愛やよ」
「わたしは、新垣里沙」
鈴木あみの起こした事件の前に、謎の失踪を遂げた凶祓師候補生と同じ名前。
失踪事件からして鈴木あみが関与していたことは明らかだが、今となってはそ
れほど重要なことではなかった。
「あーあ、いきなり足止めかよ」
初対面の真里が、候補生とは名ばかりの強力な精霊力を肌で感じぼやく。
「足止め? そんなつもりはないですよ」
「あーしたち、最初からあんたらを葬るつもりでここに来たんやからの」
二人の頭上を、黒い球体が覆いはじめる。
「重力球、か。やるじゃん」
重力使いと空間使いは精霊学上、親戚のようなものである。紗耶香は目の前の
相手が一筋縄ではいかないことを早くも理解していた。
「あんたたちを血祭りにあげて、あみ様の前に差し出してやるよ!」
里沙の叫び声が、戦闘開始の合図となった。
559 名前:第十一話「砕けない、氷 The 投稿日:2007/11/20(火) 01:38


森をショートカットして神社に進む紗耶香たちとは対照的に、山裾を流れる川沿
いを通るのは真希・ひとみ・梨華の第二班だ。
「ふええ、いちーちゃんと一緒が良かったのに…」
組分けで最後まで文句を言っていた真希。そんな彼女をよそに、梨華とひとみ
は河原をひたすら走り続ける。
「ごっちん、先を急ぐよ」
そう言って梨華は水辺に走り寄り、底まで透き通る川の水に手を浸した。
「氷の精霊たちよ、たゆたう川の流れを止めて!!」
するとどうだろう、それまで音を立てて流れていた川が、ゆっくりとその動き
を止めてゆく。ついには流域一面を、白い氷が張り巡らされた。
「うわあ、かっけー」
「へえー。やるじゃん、梨華ちゃん」
ひとみは目を丸くして驚き、真希はしばらく見ない間に梨華の氷術の精度が上
がっていることに、素直に感心する。だが。
氷の面が突然、荒々しく盛り上がる。いくつもの山を作った氷が、三人の行く
手を阻む。
「な、何だ?!」
「待ってたよ、梨華ちゃん」
梨華の顔が、険しくなる。聞き慣れた声。けれど今は、聞きたくなかった声。
560 名前:第十一話「砕けない、氷 The The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:40
氷の柱から現れる、4つの影。そのうちの一人が、前に出る。
「今度こそ、わたしは自分に課せられた使命を全うするわ。たとえ、力ずくで
もね」
「柴ちゃん…」
柴田あゆみ。主の石川家に対する従の柴田家。なれば石川家の人間が柴田家の
人間に下した命令は、絶対。
交じり合う、凍てつく視線。
その間に、ひとみと真希が割って入る。
「あのさあ、今はあんたたちと遊んでる暇はないんだけどね」
「とは言え、そうもいかないみたいだよ。ごっちん」
ひとみが突き刺さる視線を感じ、苦笑する。
あゆみの傍らに立つ、三人。
「話がわかる人で助かります。すぐ、終わるらしいですから」
眼鏡の縁を指で上げ、村田めぐみが淡々と言った。
「何だかんだ言ってもあゆみはうちらのかわいい妹だからさ。邪魔するんだっ
たら、それ相応の覚悟をしてもらわないとね」
金髪ロングのウエーブが特徴的な、斉藤瞳が満更でもない感じで微笑む。
「……」
終始無言の、大谷雅恵。だが、挑戦的な視線をひとみに向かって注ぎ続ける。
「あんたは相変わらずってわけだ。でもまあ、嫌いじゃないね」
雅恵の口元が、わずかに緩んだ。刹那、矢のような動きでひとみに襲い掛かる。
針のような細い体をひとみの前に滑らせ、ナイフのような切れ味の上段蹴り。紙一重でかわしたつもりのひとみだったが、自らの前髪がわずかに凍らされていることに気づく。
「凍気のおまけつきかよ!」
今度はひとみが反撃に出る。上段蹴りを交わされわずかに崩れた体勢の隙を突
き、一気にがら空きの懐に、姿勢を低くし潜り込もうとした。しかし雅恵もそ
れは予想済み、返す刀でひとみを狙う高速のローキック。ひとみは寸前で踏み
留まり、氷の蹴りの餌食になるのを防ぐ。
「反応が早いな。なかなか楽しませてくれる」
「それはこっちのセリフだっての」
ひとみと雅恵が電光石火のやりとりをしているのを横目に、あゆみは正対する
梨華に向かって口を開く。
「こっちもはじめようか。今度こそ、終わりにするためにね」
気おされそうなほど、激しい冷気。それを、跳ね除けるように梨華が叫んだ。
「あたし、やらなきゃいけないことがあるから!! だから、柴ちゃんには
絶対に負けられないんだから!!」
二人の使役する氷の精霊たちが、激しくぶつかり合った。
561 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:43


ひとみと雅恵、梨華とあゆみが交戦している中。
「で、あんたたち二人は、ごとー担当ってわけ?」
真希が眠たげな目で、瞳とめぐみを見据える。
「いやいやいや。凶祓師最強の剣士と名高い後藤真希さんをまともに相手する
ほど、わたしたちもバカじゃないですから」
めぐみがへらへらと笑いつつ、そんなことを言う。
「さっきも言ったよね? あんたたちと遊んでる暇はないって」
「あたしらも遊びたくなんかないわよ。あんたがあゆみの決闘を邪魔しないな
らね」
だが、言葉とは裏腹に瞳の呼気から凍気が迸る。
「でも・・・あくまで邪魔するとおっしゃるなら」
めぐみが川面に手をかざすと、みるみるうちにその手に白く輝く氷の刀が現れた。
「それ相応のことはさせてもらいますよ?」
「へえ。やってもらおうじゃん」
真希の目の色が、変わる。腰の刀が、炎と共に引き抜かれた。
562 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:44
めぐみと真希、二人の距離が一気に縮まる。刀と刀がぶつかり合い、白煙を上
げた。
「悪いけど、すぐ終わらせるから」
「そうもいかないんですよね。わたしもこれでも『氷の知将』なんて二つ名が
あるもんで」
一旦間合いを取り、再び刃を交えるめぐみ。そのトリッキーな動きは、並みの
剣士なら翻弄されたちまち切り刻まれてしまうことだろう。
確かに動きはみょうちくりんだけど、見切れない動きじゃない。それに、氷で
作った刀にも大して力があるとも思えない。ということは。
「さすがですね。この氷で覆われた悪い足場でも、平然とした顔で動けるなん
て」
「そう?」
真希の刀が、閃光を放つ。並み居る剣豪をも震え上がらせる、陽世流抜刀術の
極意。しかし。
最初の一太刀がめぐみの刀身を折ったと思いきや、真希の刀がめぐみの刀に飲
み込まれるようにして氷に巻き込まれていた。
「わたしの刀、って言ってもただの氷ですから。折られたところでどうでもい
いんです。最初の目的さえ、果たせればね」
めぐみの眼鏡の鏡面に、氷に縛り付けられた真希の刀が映る。
「なるほどね……」
真希が刀に炎を走らせ氷を溶かしても、すぐにまた凍結してしまう。その視線
の先には、瞳の姿が。
「あたしが凍気を供給してる限り、その刀は自由にならないよ?」
川を凍らせることは、その場の属性が氷属性になったことを意味する。こうい
った属性場においては、当該属性はその威力を何倍にも膨れ上がらせる。
「まいったねこりゃ」
口にしてはみるものの、真希の表情に焦りの色はまったく見られなかった。
563 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:46


川べりの3組の中で一番最初に火蓋が切られたカード。
ひとみと雅恵の、それこそ火の出るような拳と蹴りの応酬が続く。ひとみのス
トレートは雅恵の足捌きに遮られ、雅恵の上中下段のキックはひとみの拳に弾
かれる。だが、リーチと手数に勝る雅恵が、少しずつ、ひとみを押しはじめて
いた。
恐らく相手のフィニッシュは一撃必殺に特化されたものだろう。このまま長期
戦にもつれ込めば、一瞬の隙が敗北を招く。だが、幸いなことに雅恵はひとみ
の力量を測るかのような様子を見せている。決めるなら今しかない、ひとみは
そう思っていた。
「どうした? 最初の勢いだけか?」
「みくびるなって!」
一歩前に大きく踏み込み、雷撃の含んだ一発を叩き込もうとするひとみ。待っ
てましたとばかりに雅恵の鋭いハイキックが鎌のようにひとみの首を狩りにか
かる。一旦身を引きそれをかわそうとするが、雅恵は身を翻し、空を切った蹴
り脚を即座に軸足に変えもう片方の足で中段蹴りの姿勢に入る。
564 名前:第十一話「砕けない、氷 The 投稿日:2007/11/20(火) 01:47
「それを待ってたんだよ!!」
「なにっ?」
常人ではあり得ない反応。ひとみは引きかけた身を振り子のように再び雅恵へ
の元へ戻し、軸足になっている右の足の甲を思い切り踏みつけた。
「またヒラヒラかわされたら困るんでね」
そして軸足を奪われ無防備に晒した針金のような体に、渾身の力で拳をめりこ
ませる。電撃が体を通り抜けると同時に、雅恵は白目を剥いて倒れた。
「あんたが余裕こいて手抜いてなきゃ、長期戦になってたよ」
そう言いながら、ひとみは交戦中の真希に、そして梨華に視線を送る。どうや
ら真希は刀を相手の氷に絡め取られてる様子だったが、まったく動揺していな
い。それどころか、目で早く行けと言われる始末。肩を竦めつつ、再び梨華の
ほうを見やる。
膠着状態、と呼ぶに相応しい凍気のせめぎ合い。おそらくこの均衡が破れた時、
二人の勝敗の行方は大きく動くであろうことはひとみにも理解することが出来
た。
信じてるよ、梨華ちゃん。
そんなことを思いつつ、ひとみは先へと向かっていった。
565 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:49


一方こちらは二人の若き刺客と対峙した紗耶香、亜依、真里。
「おいで、チャンポンチャン!ハニホヘト!!」
里沙が片手を掲げると、目の前に二匹の異形の化け物が姿を現す。背格好こそ
普通の大人と変わらないものの、まるで人狼のような風体と身体からにじみ出
る瘴気がそれを否定していた。
「召喚師か。やっかいな相手やな」
亜依がひとりごちる。
「あたしが、出る」
「市井さん」
そう言うと、紗耶香はふた振りの精霊刀を掲げて構えの態勢に入った。
「あんたは確か・・・市井さんやったっけ。凶祓師きっての剣士て聞いてるけど、
やめとけ。この子のペットは、並みの刀で切れんやよ」
愛が言い終わる前に、二匹の怪物は風のような速さで紗耶香に襲い掛かる。振
り下ろされる鋭い爪、しかしそれは紗耶香の身体を捉えることなくバラバラに
崩れ落ちた。
「遅いよ、ワン公」
566 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:50
痛みに転げまわる相棒を目にして一旦は怯んだ召喚獣だったが、今度は身を思
い切り低くして紗耶香に突進する。足元をすくいバランスを崩したところを自
慢の顎で噛みちぎる、そういう狙いがあってのことだった。しかし。
「吹き飛ばせ、退聖(たいせい)!」
手にした魔剣の名を叫ぶ紗耶香、するとどうだろう、人狼の勢いがぴたりと止
み、ついには遥か向こうの大木へと吹き飛ばされてしまう。体をしたたか打ち
つけた魔物は、ギャンと情けない声をあげて失神した。
「何を、やめとけだって?」
「ううっ…」
自信満々に、愛と里沙を上からの目線で挑発する紗耶香。
「さすがやわ。でもな、この子舐めたら痛い目見るやよ」
愛はそれだけ言うと、紗耶香の戦いぶりにほんの少しだけ気を取られていた亜
依に向かって呪符を投げつけた。途端にかき消される、亜依の体。
「なっ、お前加護に何を!!」
「あんたらの相手は、里沙がするやよ。あーしは、本懐を遂げるがし」
そして、愛自身も空気に溶けていった。
567 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:53


河原では、相変わらずの膠着状態が続く。
お互いに睨み合ったまま動かない、梨華とあゆみ。そして、刀を氷に絡め取ら
れた真希。
しかし、時は動いた。しびれを切らしたあゆみが梨華に攻勢を仕掛けてきたのだ。
あゆみが天に手を掲げると、空にきらきらした無数の何かが浮かび上がる。や
がてそれは、巻き込まれた凍気と共に鋭利な氷のナイフに変わり、梨華目がけ
て土砂降りのように降り注ぐ。
「氷の精霊よ、凍える空気を纏い我が盾となれ!!」
梨華の詠唱で半円状の氷盾が現れ、あゆみのナイフを次々に弾き返した。
「いたずらに精霊力を消費する大きい氷壁でなく、必要最低限の大きさの盾を
作る…この前よりは成長した、ってことか。でも」
地面に転がっていたナイフが一つに集まり、あゆみの身の丈の数倍はあろうか
という大きな鎌を形作る。
「これならどう? 下手に受ければ盾ごと真っ二つだよ!!」
モーションのないまま、素早い動きで鎌が横に振るわれる。凶悪な刃が狙いし
は、盾に守られた梨華の胴。しかし梨華は、避けようとするしぐささえ見せな
い。華奢な体が鋼の湾曲にすくい取られたかに見えた瞬間、鎌の中心に皹が入
る。皹はやがて全体に広がり、ついに氷の大鎌は粉々に砕け散ってしまった。
568 名前:第十一話「砕けない、氷 The 投稿日:2007/11/20(火) 01:53
「・・・・・・そっちから先は梨華ちゃんのテリトリー、ってわけ」
梨華は自らのごく狭い周囲を、完全に使役する氷の精霊の支配下に置いていた。
他者の作った氷ですら支配できるほどに、それは完璧なものだった。
「柴ちゃん。あたし、絶対に負けられないの」
「それはわたしも・・・同じよ!」
あゆみの凍気が、爆発的に膨張する。
「同じ属性同士の精霊使いが対峙する時、場を支配された側の精霊使いは双方
の精霊に襲われる。梨華ちゃんもそれは知ってるよね?」
わかってる。でも、ここだけは…退けない。
梨華の発する凍気があゆみのそれに抗うように、勢いを増し始めた。
569 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/11/20(火) 01:55


一方、めぐみと瞳のコンビ攻撃により動きを封じられた真希は。
「いいの?あんたたちの仲間、よっすぃーにやられちゃったみたいだけど」
するとめぐみは、
「別に構いませんよ。私たちの目的はあなたたちを足止めすることじゃありま
せんから」
と梨華とあゆみのほうを見ながら言った。
「梨華ちゃんの問題は梨華ちゃんの問題だから、ごとーたちは口を出さないよ」
「それはどうですかね。口では何とでも言えますからね」
刀を絡め取った氷の力を強める、めぐみ。
できれば「あと」のためにも、余計な力は使いたくなかったんだけどなあ。
考えながら、足で器用に足元に転がっていた小さな枝を真希は拾い上げた。
「ふむ、なかなかしっかりしてる。さすが霊峰で育った木の枝、一回くらいは
もつかな」
「いったい何の…まさか、その小さな枝を刀代わりにするつもりですか?」
真希は、小さく頷いた。
「後藤さんそんなもの、一瞬で燃え尽きちゃいますよ」
「大丈夫、一撃で決めるから」
めぐみが常に浮かべていた薄笑いのようなものが、消えた。
570 名前:第十一話「砕けない、氷 The 投稿日:2007/11/20(火) 01:56
「私もシュールな笑いは嫌いじゃないですけど。さすがにそれは…笑えません
ね!」
真希の刀を封じていた氷から、猛獣の牙のように湾曲した氷柱がいくつも生え
る。
「動きを封じる程度で済ませようと思ってたんですけど後藤さん、あなたが悪
いんですよ!!」
口の中の獲物を噛み砕くように、一斉に襲いかかる氷の牙。しかし。
一瞬だった。
氷の牙はことごとく炎の太刀筋に折り取られ、その斬撃はめぐみの体を捉えて
いた。
「は、はは…さすがは天才、といったところですか」
眼鏡が真っ二つに割れ、めぐみはそのまま昏倒した。
ふう、とため息をつく真希の背後から、金髪の巨体が急襲する。
「あたしがいるってこと、忘れた!?」
瞳は自らの勝利を確信していた。相手がいくら凄腕の剣士とは言え、刀がなけ
れば精霊すら使役できないただの人だ。武器代わりの小枝が燃え尽きた今、相
手に反撃の術はない。しかも完全に自分のことはノーマークだった。これで負
けることなど、あり得ない。
直前まで溜めていたマイナス100度のブレスを、一気に吐き出そうとする瞳。
しかしそれは真希に吹き付けられることもなく、弱弱しく外へと漏れ出してい
った。
膝を地につけ、倒れる瞳。背中には、ばっさりと炎の斬撃の跡が。
「陽世流抜刀術・火燕。ブーメランみたいに、斬撃が返ってくんの。ごとー、
言ったよね。一撃で決めるってさ」
刀を鞘にしまい、川向こうの凍気の立ちこめる場所を見る。
「あとは梨華ちゃんか。がんばるんだよ」
そう言い残し、真希も川の上流を目指し走り始めた。
571 名前:ぴけ 投稿日:2007/11/20(火) 01:58
>>555-570
更新終了。

最後の更新から7ヶ月…色々あったから、というのも言い訳にはなりませんね。
話の主要メンバーがアレしたりアレになっちゃったのがまったく影響なかった
と言えば嘘になりますが。
572 名前:ぴけ 投稿日:2007/11/20(火) 02:04
>>552 マシュー利樹さん
お久しぶりです。
お待たせして本当にすみません。
話を書いていこうという気持ちはあるんですが。

>>553 名無飼育さん
楽しみにしていただいたのに次が7ヶ月後とかもう。
穴があったら入りたい気持ちですが、そんなことする暇があったら話の続き
を書いたほうが得策な気もします。

>>554 名無飼育さん
危うく放置しかけました。ごめんなさい。
とにかくこの話だけでも完結にはこぎつけたいものです。
次の更新が1年後、なんてことにならないためにも。
573 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/21(水) 00:38
ただ一言!
嬉しいです!!
574 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/21(水) 03:03
お、例の代作屋さんですか
あのスレで作者さんの後継者が見つかってよかったですね

これからも応援してます
575 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:08



中澤凶祓事務所の面々が秩父の霊山を駆け上っている間、目標である鈴木あみ
は神社の地下に作られた通路を歩いていた。人一人通れるかぎりぎりの狭い通
路、思わずあみが根を上げる。
「おい、本当にこんな古臭い隠し通路の先にそんなもんがあるのか?」
黴の漂う空間からすぐに、長身の男の姿が現れた。
「山崎さんがそう言うてる。僕は、ただの道案内やからね」
不思議な精霊術を操る男、平井堅。
そのまま、先を歩き続ける。
「全てを破滅へ導く、禍々しき『匣』…か」
「あれ、もしかして興味あります?」
後ろを振り返り、さも面白そうな顔をする平井にあみは、
「けっ、ばかばかしい。私は力を既に手にした。興味のあることは、あいつと
決着つけることだけだ」
と吐き捨てた。
576 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:09
「欲のない人ですなあ。世界中の権力者たちが喉から手が出るほど欲しがって
る伝説の『匣』でっせ?」
「興味ないね」
「しかし山崎さんも慎み深い人や。『匣』の存在を随分昔から知っとったのに、
稲垣吾朗を動かすまで何のアクションも起こさへんかった」
「よく言うぜ。伊勢神宮に奉られてるとか言うデマは、オメーの親玉が流した
って話じゃねえか」
平井はそれには答えず、靴音だけを暗闇の通路に響かせた。
しばらく続いた靴音がぴたりと止んだのは、それからしばらく歩いた時のこと。
「さて。楽しいおしゃべりをしてる間に着いてもうたな。このすぐ近くに精霊
術師による強力な『鍵』がかけられてます。ほな、頼みますわ」
あみは目を閉じ、何もない暗闇に向かって力を集中させる。
かちり、と何かが開く音が聞こえ、程なく目の前に巨大な鉄扉が姿を現した。
その大きさは、長身の平井でさえ首を大きく上に曲げなければならないほど。
「強力な封印術に加えて、空間術で空間を捻じ曲げてるわけか。厳重ですな」
「……私の鍵術の前には、ハナクソ以下の拙策だけどな」
強く念じたあみの目の前に、腕の長さほどの大きな鍵が現れた。
577 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:12



都内某所の高級マンションの最上階。
永田町を一望できるその位置は、そのまま主の力を現しているかのようだ。
その一室で、膨大な書類に目を通している初老の男。と、突然、部屋に黒服の
男が閃光と共に現れた。
「瀬戸か」
初老の男はそれだけ言うと、再び書類の束に目を向ける。
「政治家や官僚どもへの献金、孤児への慈善事業、凶祓組織への資金援助。
「表」の仕事もそれなりに大変だよ」
「…山崎様以上に多忙なお人を、私は知りません」
「私が本来なさねばならんことから比べれば、取るに足りない暇潰しだがな」
くっくっく、と低い笑い声を漏らし、それから山崎直樹は顔を上げる。
「鈴木あみが『匣』の間を開放したようです」
「そうか」
「寺田の飼い犬が秩父山中に入ったようですが、例の凶祓師候補生4人と、そ
れから我が私兵も数人送り込んでおります。失敗することは、考えられません」
瀬戸は自身に満ちた表情で、報告する。しかし。
578 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:14
「第六期計画の3人の経過は?」
「…順調です。あとは実戦に投入するだけで……山崎様?」
山崎の言葉の意味を図りかねた瀬戸が、眼鏡の奥を曇らせる。
「あの寺田の飼い犬だ。念には念を入れんとな」
「しかしまだ臨床段階で」
瀬戸がそう言いかけた時、部屋の扉が開けられた。
「何事だ!」
「瀬戸様、ご報告申し上げます。ま、松浦様が第六期計画の3人を連れて秩父
に!」
「なんだと!!」
狼狽する瀬戸を尻目に、山崎が口を歪めて笑う。
「やつの無鉄砲さもたまには見習ったほうがいいぞ、瀬戸」
「…はっ」
「あの、それともうひとつ。藤本様も、姿を消しました」
山崎は首を、ゆっくりと振った。
「あいつには別の任務を与えていたはずだが。つくづく、読めない二人よ」
579 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:18



あゆみと梨華は、お互い動くことが出来ずにいた。
どちらかが少しでも押し負ければ、自分と相手の使役する氷霊の餌食になって
しまう。
つまり、拙速な行動は命取り。
二人を、言い知れない緊迫した空気が包む。
極限まで、張り詰められた空気。草花はおろか地を這う虫ですら、とっくの昔
に身を縮こめて息絶えていた。
額から流れた汗が、雫になる前に凍らされる。
それほど凄まじい凍気の中で先に動いたのは、あゆみのほうだった。
次いで梨華もあゆみ目がけて走る。しびれを切らせて動いた相手の出鼻をくじ
くのは、戦闘のセオリーに則った基本的な行動。だが。
「甘いよ、梨華ちゃん」
氷に覆われた大地が、大きく口を開く。裂け目から天高く展開した無数の氷の
柱がアーチを描いて、再び地面に突き刺さった。氷の柱同士は複雑に絡み合い、
さながら檻の様相を呈す。その中に、梨華は捕らえられた。
580 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:22
「氷霊同士の均衡状態の中、ただ立っているだけだと思った? わたしの目標
はあくまでも梨華ちゃん、あなたを石川家の人間に引き渡すこと」
あゆみは梨華を確実に捕らえるために、敢えて時間をかけていた。そう、この
氷の檻を仕込むだけの時間を。
「くっ、氷の精霊よ! 禍々しき檻を破る鋭き槍を放て!!」
脱出を試みようと梨華が放った氷の槍も、その堅固な作りの前には成すすべも
なく崩壊した。
「無駄よ。わたしの作った『氷の鳥籠』から逃れた精霊術師はいない」
「絶対に…諦めない!!」
なおも梨華は堅く閉じた檻に攻撃を試みる。
「わたしは、ののや、紺野ちゃんや、飯田さんを助けなきゃいけないから!」
鳴り止まぬ衝撃音、そして砕け散る氷。全てが梨華によるものだった。
「……梨華ちゃん、変わったね」
「変わった?」
あみゆみが、ゆっくりと頷く。
「今までの梨華ちゃんだったら、こんな状況下に置かれたら、絶対に諦めてた。
なのに」
「変わった…うん、変わったかもね」
腕にはめられた、霊具の腕輪を見やる。圭織が梨華のために作った、心がポジ
ティブになる効果があるという、霊具。いや、梨華はもう気付いていた。それ
が圭織が彼女にかけた魔法であったことに。
「のの、あいぼん。ごっちん、矢口さん。中澤さん、安倍さん。市井さん。保
田さん。りんねさんにまいちゃん、あさみさん。そして、よっすぃー」
梨華の中の精霊力が、飛躍的に高まってゆく。彼女の周りを、氷の結晶がぐる
ぐると次第に円を大きくしながら回り始める。円はやがて恒常的な輪となり、
檻を形作る氷柱を火花が出そうな勢いで削りだした。
「みんなとの出会いで、わたしは変わった!!」
梨華の作った氷のリングが、ついに堅い氷の柱を破壊する。一度強度を失った
檻は、自身の重量を支えきれずに白い煙をあげて崩壊していった。
581 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:33
「そんな、わたしの『鳥籠』が!!」
篭の中に捕らえた獲物は、逃したことがない。そう言い切ることができたのは
氷を操る凶祓師集団「メロン」の、そして氷術士有数の名家の出身であるあゆ
み自身のプライドからだった。
しかし現実には、檻は彼女のプライドと共に粉々に破壊された。柴田家が仕える、
石川家の人間によって。
いつからだろう、梨華ちゃんを梨華ちゃんとして見れなくなったのは。いつの
間にか二人の間にできた壁のようなものを、思えばずっと妬みながら過ごして
いたのかもしれない。主に従が、敵うはずはないのだと。
でも。でも…まだ終わりじゃない!!
凍気を纏い、矢のようにまっすぐに梨華目がけて飛び込んでゆくあゆみ。
しかし、彼女は最大の必殺技とも言うべき『氷の鳥籠』を使ってしまった。僅
かな精霊力を振り絞って繰り出す攻撃は、梨華にとって最早脅威ではなくなっ
ていた。
「ごめんね、柴ちゃん」
あゆみの渾身の攻撃をかわし、梨華は凍える一撃を彼女に食らわせた。
582 名前:第十一話「砕けない、氷 The ice which does not break」 投稿日:2007/12/18(火) 23:35
かつて任務において一度たりとも敗れることのなかった、あゆみの切り札。そ
れが梨華に打ち崩された時から彼女の心は完全に折れていた。飽和状態に達し
ていた場の氷霊は、力を失った使役者目がけて一気に襲い掛かる。
「きゃあああああ!!!!!」
「柴ちゃん!!」
無数の精霊が、焼夷弾のようにあゆみ目がけ降り注ぐ。最早抵抗する術さえ持
たない彼女は、その攻撃にただ身を踊らせるしかなかった。
地面を覆っていた氷が、急速に溶け始める。それは二人の勝負の終わりを意味
していた。
河原に横たわる、あゆみの姿。思わず梨華は、駆け出していた。
「柴ちゃん! 柴ちゃん!!」
「甘い…ね。もしさ、これが…演技だったら梨華ちゃん、捕まってるよ?」
あの日梨華の通う学校に姿を見せてから、はじめて見るあゆみの笑顔。
「捕まったら、また柴ちゃんと戦ってやるんだから」
「ふふ、前言撤回。やっぱ・・・変わってないや、梨華ちゃん」
二人はお互いに、昔のことを思い出していた。主の石川家、従の柴田家。そん
な事情など、何一つ知らなかった、幼き頃のことを。

だが二人を狙う殺意はすぐ側で、息を潜めていた。
583 名前:ぴけ 投稿日:2007/12/18(火) 23:39
今回更新分
>>575-582

短くてすいません。
更新速度はもう少し急ぎ目にしたいものです。

584 名前:ぴけ 投稿日:2007/12/18(火) 23:43
>>573 名無飼育さん
待っている人がいるということ自体、うれしいです。

>>574 名無飼育さん
代作屋?例のスレ?わかりません。
ともかく期待にこたえられるかどうかはわかりませんが、これからもよろしくお願いします。
585 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:37



彼女は、生まれながらの精霊術師だった。そのことが、そして彼女を取り巻く
環境が運命を決定付けた。
物心がつく頃には一流の暗殺者として名を馳せるようになる。以降、数え切れ
ないほどの命をその手で葬ってきた。彼女を支えるものは、歩んできた血塗ら
れた道と、そしていつの間にか覚えた、獲物を罠に嵌めて狩るという喜び。
そのプライドが、一人の標的によってひどく傷つけられる事件が起こる。
相手は、魔道に堕ちた炎術士。その瞳は決して光を失ってはいなかったが、元
から光など知らない彼女には嫌悪の対象でしかなかった。任務通りに相手を始
末したものの、片腕を失うという暗殺者としては屈辱とも言えるべき結末を迎
えた。屈辱を晴らすべき相手はこの世になく、ただただ憎悪を募らせる日々。
だが、代わりの人間は見つかった。
奇しくもその炎術士と同じ年の精霊術師が、ご丁寧にも義手にした部分を破壊
していった。
これ以上の理由は、彼女には必要なかった。
586 名前:第十二話「5と6 five 投稿日:2008/02/05(火) 00:39
梨華とあゆみがお互いの凍気を漲らせ対峙する中、藤本美貴は鬱蒼とした木々
の隙間で息を潜めその瞬間を待っていた。
標的は、彼女が身に受けた汚辱を晴らすべき存在の梨華。では決してなく。
美貴の手の銃口は、梨華の前に立つあゆみに向けられていた。
今のこの時点で梨華を手にかけるのは、美貴が仕える人物の意に反することに
なる。それに、受けた屈辱はただでは返さない。目の前で幼馴染が凶弾に倒れ
るさまを見て苦痛と悲しみに歪む、その表情が見たかった。
そして、いつか美貴が梨華を狩る時に。その命を刈り取る前にこう耳元で囁く
つもりだった。
「あなたの幼馴染にしたように、あなたも同じ方法で殺してあげる」と。
そして、機は熟した。
目にも止まらぬ速さで、あゆみの心臓を打ち抜く。飛ばした弾丸は跡形もなく
霧散させる。呆気に取られる梨華、そして訪れる絶望。目の前で罠に嵌めるよ
りは劣るものの、それでも上質の快楽を得ることができる。
587 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:40
ゆっくりと照準をあゆみの背中に合わせ、瞳を閉じる。
向こうの二人に気付かれないよう、まるで本物の銃の撃鉄を起こすように、精
霊力を練る。静かに溜めに溜められた力は、解放の時を待っていた。ここから
が、狙撃手の本領発揮である。
上空から聞こえる、鳥の鳴き声。凍っていた川の水が徐々に融けることによる、
水の流れる音。緩やかに吹いている、風の音。
美貴の目が、かっと見開かれた。
しかし、その集中力は突如として別のものに向けられる。
反射的に、美貴の銃弾は背後の草むらに打ち込まれた。手ごたえはまるでなく、
代わりに少女らしき声が別の方向から聞こえてきた。
「お姉ちゃん、何やってると?」
美貴が見た先には、般若の面のイラスト。そんなものがデザインされたTシャ
ツを、少女は着ていた。
「見てわからない?」
「わからんけど。後ろから狙うんは、卑怯っちゃろ」
茂みの遥か向こう、標的は既に消えていた。機は失われた。
588 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:42


猫のような瞳、愛嬌のある鼻。どう見ても、普通の少女だった。
しかし、美貴は目の前の少女の持つ膨大な精霊力をいち早く察知する。
瀬戸の私兵か。いや、瀬戸程度がこの少女を飼い慣らすことは不可能だろう。
ならば一体。
美貴の自問はそこで終わる。少女が何者かなど、瑣末なこと。
目の前の相手は、美貴の楽しみを、奪った。
行動するには、十分な理由だった。
ゆっくりと立ち上がる美貴。そして前行動さえ起こさずに突然、発砲した。
打ちされたコインの銃弾が凶悪に少女の背後の大木をなぎ倒す。
「乱暴やね。いきなり撃ちよるなんて」
「私としては一撃で仕留めるつもりだったんだけど」
美貴は着ていた黒いコートを脱ぎ捨てる。宙に舞ったコートはすぐさま大量の
コインに姿を変え、主の両の手に収まった。
「れいなはやる気、なかと」
「そんな余裕出してたら、死ぬわよ?」
薄く笑う美貴の手から放たれる、散弾。蜂の巣になった木々が、次々に倒れて
ゆく。
しかし、少女は身じろぎ一つしない。
589 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:43
避けられた?いや、違う。
思い直し、もう一度少女の額目がけてコインを打ち出す。禍々しい金属片は、
目標を打ち抜く前に何らかの力によって消滅した。
「お姉ちゃんの弾は、れいなには届かんけん」
理由はわからない。しかし彼女の目の前に強力な精霊エネルギーが発生したこ
とは明らかだ。
ならば、その力の正体を確かめるまで。
一気に少女のもとへと駆け出す美貴。一旦コインに変えたコートを、再びコー
トの形に戻しそして少女の目の前に翻した。
コートが、一瞬にして蒸発する。
「……炎?」
「勘が良かね。そう、れいなの能力は『炎』」
でも、ただの炎じゃない。美貴は瞬時にそう判断した。
と同時に、目の前の相手を撃破する方法を模索する。手のひらには、既に十分
なほどのコインが作り出されていた。
「私の目の前に現れたこと、後悔しなさい」
両手をれいなの前に翳し、マシンガンのようにコインを打ち出す。しかし彼女
はそれら全てを見えない炎で防ぐ。まるで激しい外の雨を硝子越しに覗いてい
るかのように、れいなの表情はあくまで涼しさを保っていた。
590 名前:第十二話「5と6 five 投稿日:2008/02/05(火) 00:44
「無駄っちゃよ。何をしてもれいなには指一本…」
「果たしてそうかしら?」
「え?」
美貴の変わらぬ表情に不審がるれいな。刹那、先ほどのマシンガンとは比べ物
にならないほどの激しい銃撃が天から襲い掛かる。降り注ぐ銀色の雨、それす
らもれいなの無色の炎に弾かれてしまう。しかし、彼女の表情は明らかにさっ
きまでのものとは変化していた。
「…さすがに今のは、堪えるわ」
「まだ勝負は終わってない」
怒涛の攻撃を凌ぎきって安心していたれいなを、黒い影が襲った。美貴の目に
も止まらぬ突進に、れいなは炎を発動させることすらできない。すぐさま美貴
の義手のほうの手がれいなの首を掴み、そのまま後ろの木の幹へと体ごと、叩
きつけた。
「ぐはっ!!!」
「言ったはずよ。余裕出してたら、死ぬって」
本来なら最上級の絶望を与えてから殺してやりたいところだけど。
今は目の前の相手を消すことが、最重要。
美貴は冷たい鉄の腕に力を込める。呼吸の音が、完全に遮られた。
れいなの顔が青紫色に変わりかけたその時、美貴は背後に新たに二つの気配を
感じた。
「それ以上、れいなをいじめないで」
「だよねー。絵里たち、同じ山崎様の仲間じゃないですか」
まさかとは思ったけど、三人揃うと疑いようもないわね。美貴は頭を振りなが
ら、ひとりごちた。
「あなたたち、『第六期計画』の子たちね?」
振り返らずに美貴が言う。手を離すと、れいなは既に白目を剥いていた。
591 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:46



一方。
霊峰の森にて召喚師・里沙とにらみ合いを続ける紗耶香と真里は。
「紗耶香。こいつはおいらがなんとかするから、あんたは先に行きな」
「はぁ?だってあいつあたしとやる気満々じゃん」
不満を露にする紗耶香。しかし真里は、
「おいらは逆にその態度が許せないっての。ハナからおいらは無視かよ!みた
いな」
と譲らないようだった。
「へいへい。じゃああのガキンチョは矢口に任せるわ」
「さっすが紗耶香、やっぱ持つべきものは同期だね」
そんな様子を見ていた里沙だが、ついに痺れを切らして怒鳴りつける。
「おい市井紗耶香!そんなチビと喋ってる暇があったら、早く私と対決しろ!
!」
「ちょっと誰がチビだって!お前だってチビじゃんか!!」
「私はまだまだ成長期の途中なの!これからさらに縮んでくようなおばさんチ
ビと一緒にするな!!」
「お前誰がおばさんチビだよ!!」
早くもヒートアップする口撃の応酬に、紗耶香は頭を振る。
「とにかく、ここは任せたよ」
「おいらもこの口の減らないクソガキやっつけて、後を追うから!」
真里の言葉を受け、走り出す紗耶香。
592 名前:第十二話「5と6 five 投稿日:2008/02/05(火) 00:47
「待て市井紗耶香!」
行く手を阻もうと、一歩前に出た里沙の足元を鋭い風が襲った。
「お前おいらの話聞いてるか?生意気なガキはおいらがやっつける、そう言っ
たんだけどさ」
「さっきからガキガキ連呼するな!私には新垣里沙って名前があるんだ!!」
里沙が瞳を閉じて詠唱を始める。すぐさまペンダントが巨大な魔方陣を描き、
そして真里の何倍もの大きさの巨人を呼び出した。
「ピン・チャポー、その小うるさいチビを叩き潰せ!!」
黒い外套を身に纏った大男が、真里を踏みつけようと足を上げる。
「そっちが仲間呼ぶんだったら、こっちだって使わせてもらうよ。あんまり使
いたくないけど」
そう言いながら、真里が懐から小さな刀を取り出す。何故か油に塗れた緑の刃、
精霊刀「風神」だ。
「やっと俺の出番だぜ!平成生まれが解禁だ!!」
「バカ、まずは目の前のデカブツを倒すんだよ!!」
「えーっ…」
不平を漏らしながらも、精霊刀は激しい風を帯び始める。
593 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:48
「一気に決めるぞ…そらっ!」
小さな体で、大きなストライド。巨人に向かって鋭い風の奇跡が牙を剥く。
だが、巨人は外套から自らの身長と変わらぬ大きさの剣を取り出してそれを容
易に弾き飛ばしてしまう。
「古代精霊語で『戦った人』を意味するピン・チャポー。あんたみたいなチビ
に倒せるはずがない」
里沙は巨人の後ろで自慢げに語る。
「言ってくれるじゃんか。後で眉毛下げて泣いても知らないからな」
「ご主人、あれは無理っすよー」
「うるさい!!」
情けないしもべを叱り飛ばしながらも、真里は考える。
ピン・チャポーと言えば召喚師の中でも特に優れたものでないと呼び出すこと
すら叶わない。そう学校で教わった。いくらヤンジャンの力を借りているとは
言え、一介の精霊学校生にそんなマネができるはずがない。絶対何かカラクリ
があるに決まってる。
もう一度、風神で風を起こしピン・チャポー目がけ走らせる。またも大剣によ
って、阻まれる。
逸らされた風が、里沙のペンダントを揺らす。
あれか。
真里は既に、この勝負に勝つための糸口を見つけていた。
594 名前:第十二話「5と6 five 投稿日:2008/02/05(火) 00:49



真里たちが里沙と遭遇する少し前のこと。
最後の一班であるなつみと裕子は正面から神社への侵入を試みていた。
もちろん相手側はそうさせないために最強の布陣をそこへ敷いているはず。そ
う考えて裕子は自らと中澤事務所最強の精霊術師の一人であるなつみをこの場
所に投入したのだ。
「静かだね、裕ちゃん」
「…気いつけや。正面突破には大概、分厚い壁が立ち塞がるからな」
石畳の参道がしばらく続いた後に、大きな鳥居が見える。そこを越えれば、今
回の最大目標であるヤンジャンの待ち構える神社にたどり着く。二人が今まさ
に参道に足を踏み入れようとした、その時だった。
砕け散る石畳。
割れ目から、腐臭を漂わせる人の形をした何かが這い上がってきた。肌は腐り
中の灰色の肉が剥き出しになり、所々から骨が露出していた。まるで雨後の筍
のように、次々と現れる腐った何か。その数、ざっと4、50。そのどれもが、
二人に敵意をあらわしながらにじり寄ってくる。
595 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:50
「ゾンビ、か。どうする?」
「どうするって。やり合わな、しゃあないやろ」
裕子の言葉に意を決するなつみ。瞳を閉じると、空中にいくつもの水球が生ま
れる。
しばらく宙を漂っていた水の塊、しかしそれがやがて無数に分裂し、そして一
気に地上に降り注いだ。
激流と化した水が、ゾンビたちを押し流してゆく。水があらかた引いてしまう
と、すっかり元の参道の風景に戻っていた。
「なっち、自分さらに技に磨きがかかったんとちゃうか?」
「まあね。事務所のマザーシップ、なんて二つ名に胡坐かいてるわけにもいか
ないしさあ」
鼻をこすりながら、照れ笑いを浮かべるなつみ。しかし、その表情も瞬時に引
き締まる。
「ほう、さすがはあのつんくが拾ってきた精霊術師だね」
「誰?!」
誰もいないはずの参道の真ん中に黒い霧のようなものが現れ、人の形を作り上
げる。
貴族が晩餐の時に着るような黒の燕尾服に、襟元にフリルのついた白いワイシ
ャツ。蒼白い顔にその伯爵然としたいでたちは、不気味なまでによく似合って
いた。
薄笑いを浮かべながら、その男が長めの髪をかき上げる。
596 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:51
「やあ。お初にお目にかかる…かな?」
「お前…小室、哲哉」
裕子が忌々しげに名を呼ぶと、男は満足そうに微笑んだ。
「有名人の功罪、か。まあぼくはかつてつんくと凶祓師界隈を二分したほどの
人間だからね」
「そのつんくさんに討伐された有名人さんが何の用ですか?」
「くくく、これは手厳しい」
裕子の毒吐きに、嫌味な笑顔で小室は受け流す。
「君たちも知ってのとおり、あみ君は僕の大切な教え子でね。彼女のしようと
していることを、手助けしてあげようと思ってやって来たのさ」
「…彼女は、あなたの知ってる鈴木あみじゃない」
静かに、けれども力強くなつみは言った。しかし。
「知ってるよ。僕も手ひどくやられたからね。でも、彼女に直に触れてわかっ
たことがある。彼女の中に『鈴木あみ』はまだ…存在してる」
「なんやて?!」
厭らしい笑みを浮かべ、小室は破壊された石畳に手をかざす。地の底から、再
び無数のゾンビたちが這い上がってきた。
「立ち話もなんだから、僕のしもべと戯れながら話の続きをしようじゃないか。
世界有数の死人使い(ネクロマンサー)と謳われた、この小室哲哉とね」
597 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:53



その頃、愛によって何処かへ連れ去られた亜依は。
…ここは、どこや?
辺りを見回す、亜依。しかし光も差さぬこの場所がどこなのか、まったくわか
らない。どうやら先ほどまでいた秩父の山中でないことは間違いないだろう。
建物の中、それも黴臭い空気からして相当古い建物の中にいることだけは理解
できた。
亜依の疑問に答えるかのように、暗闇に小さな灯りが灯される。揺らめく炎の
前には、愛の顔が。
「おっお前、ここはどこや! うちをどこへ連れてった?!」
愛は肩を竦め、それから何事もなかったように部屋を見渡す。重厚なインテリ
アや装飾が施された内装は、まるでフランスの古い屋敷を髣髴させた。
598 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:54
「ここ、『仮面のロマネスク』に出てくるお屋敷みたいやろ? あみ様に無理
言って貸してもらったんやよ」
「はぁ?」
「何や、『仮面のロマネスク』も知らんの? 宝塚やよ、宝塚」
呆れたような顔をする愛。
「宝塚やろうが帝塚山やろうがどうでもええねん。うちはお前の茶番に付き合
うてる暇、ないねん!」
「まあそう言わんであーしの話、聞いてよ」
愛は低い声でそう言うと、胸元のペンダントを握りしめる。刹那、亜依の体に
空恐ろしいほどの重圧が襲い掛かる。堪らず亜依は、毛足の長い絨毯に体ごと
顔を押し付けられるような形となった。
「ぐあっ!!」
「まあしばらくはあーしの昔話を聞いて。ほやの、あーしがこの力に目覚めて、
凶祓師の学校に入りたての話や」
忌々しげに愛を睨み上げる亜依を他所に、愛は一人語りをはじめる。
599 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/02/05(火) 00:55
「凶祓師の卵たちが通う精霊術師訓練学校。邪霊師にとっては目障りな存在。
いつもならそういう輩から守ってくれる専属の精霊術師がおるんやけど、その
日はたまたま非番やった。その隙を突いて、あいつらは襲ってきた」
「あいつら?」
「そいつらはあーしらの最初の野外実習で討伐された、邪霊師の一派の残党や
った。そいつらがどういう方法かは知らんけど、持て余すほどの力を身につけ
て学校に乗り込んだ。でもな、そいつらは学校の敷地に踏み入ることなく一人
の凶祓師によって倒されたんや」
そう言いつつ、愛は下にひれ伏している亜依を見下ろす。
「加護さん。あんた、凶祓師の仕事で新潟の精霊学校に行ったこと、あるやろ」
「…確かに行ったことあるけど、ってまさか」
「そう、その凶祓師は加護亜依。あんたのことやよ」
愛は顔をくしゃくしゃにして、微笑みながらそう言うのだった。
600 名前:ぴけ 投稿日:2008/02/05(火) 00:59
更新
>>585-599

この話もいつの間にか5年目を迎えてしまいました。
ちなみに今回出てくるどこぞのプロデューサーさんの職業は某ファイナルクエスト
のアレを思い切りリスペクトしてますね。申し訳。
601 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:45



「で、『第六期計画』で生み出されたあなたたちが、私に何の用?」
美貴の前に現れた、三人の少女たち。先ほどまで美貴と交戦していたれいなは
殺されかけたこともあってか今にも襲い掛かりそうな顔をしていたが、後から
現れた二人の表情はあくまでもにこやかだった。
「簡単に言えば、社会科見学ですよ」
浅黒い、前髪をぱっつんにした少女がそんなことを言う。
「…意味がわからないんだけど」
「要するに、さゆみたちは今回の戦いで色々勉強したいんです」
色白の、おとなしそうな少女が補足した。
「私に、あなたたちの引率をしろってこと?」
「けっ、いきなり生徒を殺そうとする先生なんていないっちゃけど」
あさっての方向を向いて、れいなが毒づいた。
美貴はしばらく難しい顔をしていたが、やがて諦めるように、
「仕方ないわね。勝手になさい。私は何も言わないから、あなたたちの目と耳
で学ぶことね」
と首を振った。
602 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:46
その言葉を聞いた二人は、手を取り合って喜ぶ。
「ありがとうございますー。じゃあ早速自己紹介。絵里の名前は亀井絵里。趣
味は隙間に挟まることですよ?」
と、色黒の少女。
「私は道重さゆみ。精霊術師の中で一番かわいいの。よろしくなの」
と、色白の少女。
「えーっ、絵里のほうがかわいいもん」
「さゆみのほうがかわいい」
「絵里だもん」
「さゆみ」
「絵里」
何故か言い合いをはじめる二人を無視し、美貴は不満げなれいなの前に立つ。
「あなたの名前は?」
「さっきも言ったやろ。れいな。田中、れいな」
「人の邪魔をしといて不貞腐れるのは勝手だけど、変な正義心で行動してると、
死ぬわよ?」
れいなは何も答えなかった。
603 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:49


振るわれる巨剣が、周りの木々をなぎ倒す。
戦う魔人と称された「ピン・チャポー」が容赦なく真里を追い詰める。
「あはははは!さっきは威勢のいいこと言ってたけど、小バエみたいに逃げ回
ってばっかじゃん!」
その魔人の後ろで高笑いをする、里沙。
「誰が小バエだよ、バカにすんなよ凶祓師学校のひよっ子!!」
大きく精霊刀を振りかぶり、そのまま振りぬく。まるで台風でも来たかのよう
な凄まじい風が、周囲に巻き起こった。さすがのピン・チャポーもこれには動
きを止めざるを得ない。
「あたしはあんたたちを倒して、あみ様を助ける! 行け、ピン・チャポー!!」
里沙の勇ましい掛け声に、風をなぎ払い真里のもとへ突進し始めるピン・チャ
ポー。しかし真里はピン・チャポーのほうではなく里沙の首元で怪しく光るペ
ンダントを凝視していた。
「勝負は一瞬、外したら殺す!」
「そっ、そんなあ〜」
情けない精霊刀の声には耳を傾けず、ターゲットに集中する真里。
あのペンダントを相手に気づかれないうちに破壊する。それしか、おいらに残
された道はない。
「細く、力が一点に集中するように風を出しな。あの子に傷つけたら、へし折
る!」
「いやあ俺のキャラからいって太く重くがモットーなんですけどね」
「ごちゃごちゃ言ってるとまたあの庭に埋めるぞ!!」
「ひぃぃぃ!!!!」
604 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:50
狙いを定め、ピン・チャポーに刀を翳すフェイントを経てから里沙へとかまい
たちを放つ。本来、召喚術士は自らの身を守るために攻撃用の召喚獣とは別に
防御用の召喚獣を側に置かなければならないのだが、経験の浅い里沙にはそれ
ができていなかった。よしんば知っていたとしても、ピン・チャポークラスの
召喚獣を呼び出しながらもう一体を喚び出すことなど、不可能に等しいのだが。
驚いたのは里沙だ。ピン・チャポーに向けて放たれると思った攻撃が自分のと
ころへ来るなど、まさに想定外の事態。
避けなきゃ、やられる!
反射神経の全てを駆使し、何とか風の軌道から自らの体を逸らそうとする。し
かし。
パキッ。
体一つ分ちょうど避けた場所、首元から流れるように揺れているペンダントの
核を、風の刃が捉えた。破壊されたペンダントからはまばゆい光が溢れ出し、
いずこかへと消えていった。
光がすっかり消えてしまうと、そこにはうつ伏せになって倒れてる里沙がいた。
「ふう。この子が凶祓師の卵の割にできるほうだったから、助かったわ。ま、
この子が避けること想定してかまいたちを打ったんだけどさ」
「さすがご主人様! …って、あれ?」
「何だよおブタ様」
「ご主人、まだ終わってねえよ……」
向こうには、大剣を構えた黒い外套の魔人が。
そう。里沙のペンダントを壊したまでは良かったが、ピン・チャポーは一緒に
消えてはくれなかったのだ。
「ちっくしょう、楽しようと思ったのに」
恨み言を吐きながら、真里は巨人へと向かっていった。
605 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:52


それより少し前のこと。
すっかり小室率いるゾンビの軍団に取り囲まれた裕子となつみは。
「どうだい、僕のtrf(tetsuya reproduction factory)は。最高の人材プロデ
ュースだろう?」
倒されても、倒されても、這い上がる死人の軍団。小室はそんな様子を遠巻き
に眺めながら、気味の悪い笑みを湛えている。
「はっ、こんなんプロデュースと違う。ただの隷属や」
「言うねえ。さすがつんくの教えを忠実に守る犬、と言ったところか。余りに
も違いすぎる、彼のプロデュース方法と僕のプロデュース方法…僕たちが決別
したのも、また必然だったというわけだね。けどまあ、今から僕が正しかった
ことを身を持って証明してあげるよ。うふふふ」
「それより、さっきの言葉はどういう意味? ヤンジャンの中に鈴木あみが存
在してるって」
なつみの問いかけに、小室は馬鹿にしたような笑みを見せる。
「意味?そのままさ。どういう仕組みでそういうことになったのかは知らない
けど。でも非常に興味深いね。一つの体に二つの人格を入れ込む、か。恐らく高次の精霊術師の仕業なんだろうけど、僕にもできるかもしれないな、ウフフ」
一人悦に入る小室を他所に、裕子がなつみに耳打ちをした。
「なっち、今からうちが隙作るから、その間に脇の林道から迂回して神社に向
かって」
「えっ、ちょっと裕ちゃん」
突然の作戦変更。戸惑うなつみに、裕子は一歩前に出ることで答えを示した。
606 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:54
「何だい?君から僕の下僕たちの餌食になりたいのかい?いいけど、本当は後
ろの童顔の子がよかったな。死人使いも、できるだけ若い術士のエキスが欲し
いからね」
「寝言は、寝てから言いや。この皺くちゃ小男が」
「なっ」
裕子が懐から、一枚の護符を取り出す。圭織が作った、対魔用護符。
「うちのこと年増扱いしたこと、後悔しな!」
大きく叫ぶと同時に、護符を大空へと投げ放つ。護符から、清らかな光が死者
たちに降り注いだ。
「くそっ、こんな隠し玉を持ってるなんて!」
小室が眩しさに耐えて目を開けると、彼自慢のゾンビたちは跡形もなく浄化さ
れ消えていた。そして、気づいた変化がもう一つ。
「どさくさ紛れに一人いなくなってるじゃないか。まあいいさ。僕のtrfはい
つでも」
表情を戻す小室。地割れから、三度、骨と腐肉のついた亡骸の群れが現れる。
「復活できるからね。うふふふ…仲間の代わりに犠牲になるって言う君の気持
ちに免じて、君もこのtrfの仲間にしてあげるよ」
「誰が犠牲になるなんて言うた?」
裕子の言葉が意外に聞こえたのか、小室は耳を傾けた。
「うちの精霊術の本領はな、人がいるとこやと使えへんの。だから、なっちを
遠ざけた」
607 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:55
小室を無視し両目に手をやり、眼球の表面を軽く摘む。カラコンの柔らかい感
触。それを、地面に投げ捨てた。裕子の両目から、禍々しい色の光が溢れる。
しんと静まり返る、参道。
「うちの精霊術は、土の精霊の眷属の石化術。もともと命の通わんものには効
果が高いけど、あんたの下僕とはさらに相性がええはずやで?」
取り囲んでいたゾンビたちは一体残らず、全てもの言わぬ石と化していた。
「そして、カラコンを外して最大出力で照射した石化光は…まあ言わんでも、
己の体で味わってるか」
「う、く…動けない」
小室の体はすっかり硬化していた。
「一晩は身動きできんはずや。先、行かせてもらうから」
「く、このつんくと互角以上に渡り合ったこの僕が…たかが三十路のおばさんに」
小室の恨み言を無視し、裕子は先を歩く。かに見えたが。
「だーれーがー、みそじのおばさん、やて!?」
振り向きざまに炸裂する、後ろ回し蹴り。
哀れ小室は、そのまま参道脇の崖を転がり落ちていった。
608 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 00:59


その頃、山中の洋館にて。
カーテンによって光を遮断された古びた建物の中は、蝋燭の光を持ってしても
なお、薄暗い。
「あん時にうちのファンとか言うてたんは、そないな理由があったからか…」
相変わらず地に伏せられたままの亜依。
「ええ。そやで。あーし、加護さんにずっと憧れてた。そして」
「ぐうっ?!」
愛の顔から笑みが消える。と同時に亜依を押さえつけている力が加速度的に強
まった。
「超えたい、そう思うとった」
「くっそ…あいぼんさんをそう簡単に超えられると思ったら大間違いやで!お
らぁ!!」
渾身の力で亜依が立ち上がる。
「へえ。大の大人なら身動きすらできんくらいの重力をかけたつもりなんやけ
ど。さすがやね」
「今度はこっちの番やで、訛り重力使い!」
亜依が強く念じると、巨大な岩柱が絨毯ごと床を突き破って生えてくる。
「あーあ、その絨毯高かったんやよ」
「うっさいわ!」
岩柱が一瞬のうちに分解され、そして亜依の手元に集まってくる。
609 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 01:01
「これでも食らいや、そらっ!!」
まるで雹のように、大量のこぶし大の岩が愛目がけて降り注ぐ。しかし愛は避
けようとすらしない。
最初の一撃が愛の額を直撃する。だが、愛の額には傷一つついていない。
さらに岩が愛の肩を、足を打ち据える。それでも、まったく影響がないかのよ
うに立っている。
「な、なんやねん自分…」
「こんなもん。何発食らおうが、痛くも痒くもないやよ」
「はっ! ハッタリもそこまでにしとき!!」
亜依が、愛の頭上に巨大な岩を発生させる。天井ギリギリにまで育った大岩は、
今まさに彼女を押しつぶそうとしていた。
「わからん人やね」
「これでも、強がれるか!!」
大岩が、愛の華奢な体を押しつぶす。かに見えたが、何と愛は自らの体の何倍
もあるような岩を片手で支えていた。
「・・・無駄やよ」
「なっ、何でやねん」
大げさに驚く振りをしながら、亜依は目の前の不思議な光景について考える。
あの細い体からして、とてもこないな芸当ができるタイプとちゃう。なら、
何でや。こいつの使役する精霊は、重力の精霊。もしかして…
亜依は咄嗟に背後の書棚にあった本を掴み、愛に向けて投げつける。すると愛
から数メートル離れた場所で、本がふわふわと浮かび始めた。
610 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 01:03
「そういうことかい。お前、重力の精霊で岩を軽くしたやろ」
「ほやの。そういうことになるかの」
「タネさえ分かればお前なんぞ倒すのは簡単や」
「理由がわかったところであーしに勝てるとは限らないやよ」
愛が瞳を閉じる。胸元のペンダントが輝き、彼女の周りに張られた重力場が一
層力を増す。
「この重力場はあーしの思うままに、重力を変化させることができる。どんな
手を使おうが、無駄やよ」
「無駄かどうかは、やってみいへんと分からんやろ!」
再び床面が隆起する。突き出た二本の岩柱。亜依は数個の拳大の岩を作り出し
て、愛目がけ投げつけた。当然のことながら、愛によって容易く払われてしまう。
「まだまだいくで!!」
激しさを増す亜依の攻撃。しかし全ては、愛の重力操作によって無力化されて
しまう。
611 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2008/03/01(土) 01:05
「無駄やって」
「くそっ、けったいな攻撃しくさってから」
忌々しげに吐き捨てる亜依を見た愛が、にたりと笑う。
「加護さん。あーし、加護さんのファンなんやよ」
「…それがどないした。ファンやから、重力場を解いてうちの攻撃をまともに
食らってくれるんか?」
愛はゆっくりと、首を横に振る。次の瞬間、ロケット砲さながらの勢いで亜依
に向かって来た。岩の障壁を立てる間もなく、亜依は敵の接近を許してしまう。
「道頓堀での、邪霊師横山ノックの討伐」
亜依の体に圧し掛かろうとする、凄まじい重力。亜依は寸でのところで重力場
の範囲を抜け出す。が、愛の身のこなしは重力操作で自らの身を極限まで軽く
しているために恐ろしく速い。
「アメリカ村での異臭騒動。引き起こした邪霊師・タージンの討伐」
今度は、亜依の体が宙に浮き上がる。バランスを崩した亜依は、重力を元に戻
されたことにより床に激突してしまう。
「ぐあっ!!」
「他にもあんたが解決した、有名な事件。そのどれもが、あんたの奇策で解決
しとる。今やって、あーしを倒す方法、考えてるんやろ?」
心底うれしそうな顔をする、愛。
「はっ、もう思いついてるかも知れへんな…ぐっ!」
亜依の体を、重力が押え付ける。
「だから。そんな暇、与えんわ。あーしは今日、あんたを超えるがし」
612 名前:ぴけ 投稿日:2008/03/01(土) 01:07
更新
>>601-611

ちょっと更新量少な目かなと思いつつ。
次回はもう少し多く更新したかったり。
613 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/02(日) 00:59
更新お疲れ様です。
裕子さんVS某プロデューサー対決、当人さんたちには
申し訳ないですが笑ってしまいました。
次回も楽しみに待たせてもらいますね。
614 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/14(金) 06:16
レスするのは初めてですが、連載開始当初から更新楽しみにしてました。
続きが気になります。
615 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/15(日) 02:23
「哀れ小室は、そのまま参道脇の崖を転がり落ちていった。」
作者様の予言てばスゴイ!

冗談はさておき、続きを楽しみにしてます。
616 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 18:54


その頃、山中の洋館にて。
カーテンによって光を遮断された古びた建物の中は、蝋燭の光を持ってしてもなお、薄暗い。
「あん時にうちのファンとか言うてたんは、そないな理由があったからか…」
相変わらず地に伏せられたままの亜依。
「ええ。そやで。あーし、加護さんにずっと憧れてた。そして」
「ぐうっ?!」
愛の顔から笑みが消える。と同時に亜依を押さえつけている力が加速度的に強まった。
「超えたい、そう思うとった」
「くっそ…あいぼんさんをそう簡単に超えられると思ったら大間違いやで!おらぁ!!」
渾身の力で亜依が立ち上がる。
「へえ。大の大人なら身動きすらできんくらいの重力をかけたつもりなんやけど。さすがやね」
「今度はこっちの番やで、訛り重力使い!」
亜依が強く念じると、巨大な岩柱が絨毯ごと床を突き破って生えてくる。
「あーあ、その絨毯高かったんやよ」
「うっさいわ!」
岩柱が一瞬のうちに分解され、そして亜依の手元に集まってくる。
「これでも食らいや、そらっ!!」
まるで雹のように、大量のこぶし大の岩が愛目がけて降り注ぐ。しかし愛は避けようとすらしない。
最初の一撃が愛の額を直撃する。だが、愛の額には傷一つついていない。
さらに岩が愛の肩を、足を打ち据える。それでも、まったく影響がないかのように立っている。
「な、なんやねん自分…」
「こんなもん。何発食らおうが、痛くも痒くもないやよ」
617 名前:ぴけ 投稿日:2009/11/27(金) 18:56
>>616
投稿ミス。
申し訳ありません・・・
618 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 18:57


途中から梨華とは別行動を取ったひとみは、一足先に神社の裏口へとたどり着いていた。
「この先に、あいつが…」
ひとみの脳裏に鮮やかに蘇る、新宿の地下基地での出来事。
圧倒的な、恐怖。
あの時は興奮して我を忘れていたが、日が経つに連れヤンジャンの恐ろしさが身に染みてくる。
確実に殺される、本能がそう訴えかけている。
だが、ひとみには退けない理由があった。
希美を救うため。あさ美を元に戻すため。そして、自分自身のため。
生前は名凶祓師として名を馳せた、ひとみの父親。いつか彼の仇を取るため、そして彼を超えるため。
あたしはこんなとこで躊躇してる暇なんて、ない。
鋼の意志で神社の敷地内に足を踏み入れた、その時だった。
光のような勢いで、ひとみの足元に刺さる剣。
619 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 18:58
「誰だ!」
叫び声をきっかけに、はるか向こうから銀色の何かが迫ってくる。
本能的にその場を飛び避けるひとみ。数秒後、その場所には無数の剣が刺さっていた。
「姿を現さないつもりなら、こっちからいくぞ!!」
剣が飛んできた方向に、雷撃を放つ。しかし別の方向から飛んできた剣によって遮られてしまう。
「避雷針、知ってますよね? 私の能力がある限り、あなたの雷は私には届かない」
敷地内に立つ木の影から、声がした。現れたのは、ややつり目の、髪にウエーブのかかった少女。
ひとみは少女の顔に、見覚えがあった。
「お前…あの時の」
「小川麻琴です。あみ様から、ここを誰も通さないように言われてます。もちろん、あなたもね」
挑戦的な視線を送る、麻琴。
「へえ。精霊学校生がでかい口叩くじゃん」
「…私はもうただの精霊学校生じゃない!!」
ひとみの挑発に麻琴が乗る。胸のペンダントが輝くと同時に麻琴の頭上から、無数の剣が降りてきた。
「あんたなんか、あみ様から貰った力でズタズタに引き裂いてやる!」
「やってみなよ」
さらに挑発を続けるひとみ。麻琴の頭上を舞っていた剣が、一斉にひとみの方向へと刃を向けた。
620 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 19:01


主を失い暴走を続ける魔人に、真里は少々手を焼いていた。
「ちっくしょう、早く自分の世界に戻れったらこのデカブツ!」
握り締めた小刀で、風を巻き起こしピン・チャポーにぶつける。しかし当の魔人は涼しい顔。
「こうなったら気絶してるあいつ起こして力ずくでも戻してもらうしか…」
「ご主人様、怖っ」
「うっさいこのデブ刀!!」
毒づきながら、真里は茂みの向こうで倒れている里沙を見る。当分は起きなさそうだ。
やっぱ直接対決しか、ないか。
相手は伝説の巨人と謳われたピン・チャポー、地に沈めるのは相当の労力を要する。一線を退いていたとは言え名古屋の妖怪の異名を持つ悟琉童・汁婆姉妹ですら倒せなかった巨人を、真里が倒せるかどうかはまったくの未知数であった。
覚悟を決め、真里が自らの出しうる最大の精霊力を練っていたその時だ。
ピン・チャポーの周りを水の壁が取り囲み、やがてその巨体を包み込んだ。息のできなくなった巨人は哀れ、もがきながら自分のいた世界へと消えていった。
「まさか…」
「ヤグチー、間に合ったみたいだね」
林の間から姿を現したのは童顔の、中澤事務所きっての水使い。
「なっち!!」
「不意打ちだったし、たまたまなっちが水術使えたから倒せたけどさ。あんなすごいの呼び出した子は?」
「召喚師のお子様はおねんね中だよ」
真里が里沙の寝ているほうを指差す。
「ありゃー…派手にやったねえ矢口も。しかも精霊術師の卵相手に」
621 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 19:02
「うっさいなあ、これでも手加減したんだぞ」
渋い顔をする真里。そんな様子に微笑みながら、なつみは里沙の元へ向かう。
その足元で、ぴくりとも動かない里沙。その顔はまだ子供のものだった。
「気絶してるだけで大した外傷もなし、か。これくらいで十分かね」
なつみが指先から、一滴の水を迸らせた。里沙の顔に当たって弾けたそれは、光を放ちながら彼女の肌に吸収されていく。
「ん…私、一体……」
「お目覚めだべか?」
声の主がすぐそばにいることに気づき、火の出る勢いでその場を飛びのく里沙。
「くそっ、さっきは不覚をとったみたいだけど次は!出でよ、ピン・チャポー!!」
しかし里沙の意図に反し、それらしきものが出る気配すらない。
「あれ?もう一度…」
「わかんねえヤツだなあ。お前にはもうピン・チャポーは喚び出せないっての」
呆れたような真里の一言。
「お前は!さっきはよくもやってくれたな…って、あっ!!」
そこではじめて里沙は首にかけていたペンダントがなくなっていることに気づいたのだった。
「ない!あみ様から貰ったペンダントがない!!」
慌てふためき、しゃがみ込んで失くし物を探す里沙。しかし草むらを掻き分ける手が触れるのは、小石や土くればかり。苛立つ真里は思わず言葉が出てしまう。
「あのヤバいペンダントは壊した。あんたと『鈴木あみ』を繋ぐ鎖も、壊れたってわけ」
「そんな、せっかく精霊術師の最強レベルのあみ様に目をかけてもらったと思ったのに」
「お前、この期に及んでまだそんなことを…!」
感情を露にしようとする真里を制止し、なつみが里沙に語りかける。
622 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 19:03
「あなた、名前は?」
「新垣…里沙」
「里沙ちゃん。あなたは『鈴木あみ』によって精霊学校から拉致された。それはとても不幸な事件だった。けどね」
なつみの表情が、引き締まる。
「あなたは、多くの人の命を奪った」
人の命を奪った。人を殺した。その言葉は、予想以上に里沙の心を揺さぶる。
「そんな、私」
「操られてたのかもしれない。意識が残っていたのかもしれない。どちらにしても、あなたが奪った命はもう、戻ってこないわ」
「わたし、どうしたら…わたし」
思いがけない暖かい感触。なつみが里沙を、抱きしめた。
「でもね、大丈夫。悪い夢は、終わったの」
「うっ…う、う、うわぁぁぁぁん!!!」
里沙はその時、確かになつみに天使を見た。その優しさに、暖かさに、涙が止まらなかった。
623 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 19:04


山の麓の洋館で続いている、亜依と愛の死闘。
しかし愛は既に詰みの段階に入っていた。
「あーしがあと少し、この重力を強めればあんたはぺしゃんこやよ。思えば、意外と大したことねえ憧れやったわ」
「何を…」
「憧れはいつの日も儚い。あんたって言う存在もあーしからしたら儚い存在やったんやろな」
亜依の背中を踏みつけながら、そんなことを言う愛。
「はは。自分、うちのファン失格やな…」
「これから死んでくやつのファンになんかもう、なれんがし」
「ほざけ!!」
突然、愛の足元で爆発が起こる。思わず足を引っ込める愛。同時に、亜依にかけていた重力をも緩めてしまう。その隙に、亜依は愛の重力フィールドの範囲から抜け出していた。
「これで振り出しに戻ったかの。でも、近づいたらまた同じ目に遭うから」
「振り出し、やて?」
そこではじめて、亜依の表情に笑みが浮かぶ。
624 名前:第十二話「5と6 five and six」 投稿日:2009/11/27(金) 19:04
「何がおかしい」
「いやいや、自分があんまりにもおめでたい田舎者やって思うたら、な」
憤る愛。しかし自らの体が急に傾き始めると、俄かに狼狽しだした。
「なっ何やこれ!!」
愛の足元の床が、どろどろに溶け、その細い足を飲み込もうとしていた。
「あんま使いとうない術やったんけどなあ。何せ術の主があの性悪猿やからな。まあ自分も猿っぽい顔しとるし、ええかなと思って」
亜依は先日戦った松浦亜弥の能力を、基本の部分だけ習得していた。愛によって床に這いつくばされている時に、酸によって愛が立っている場所を少しずつ、溶かしていたのだった。
「ああ鬱っとおしいわ!こんなの、足を抜きさえすれば…」
しかし、愛の意に反して足はなかなか抜けない。それどころか、何か別の力で下のほうへと引っ張られているような感覚すらある。そう、それはまるで。
「それとな。自分と戦うてる時に、重力操作の能力、コピーさせてもろたわ。まあうちはモノを重くすることしかできひんし、そもそも重力フィールドどころか体の一部くらいしか重くでけへんけどな」
亜依の言葉に、愛の顔が青ざめる。まさか、たったこれだけの戦いで基礎とは言え重力術を使うとは。それが愛に、極度の焦りを生むことになる。
625 名前:第十二話「5と6 five 投稿日:2009/11/27(金) 19:06
「こんな俄か仕込み、あーしの重力軽減で破ってやる!!」
足に掛かる重力を軽くし、何とか体勢を立て直そうとする愛。
「かかったわ!」
「何やて、ってうわあっ!」
愛は焦るあまり、自らの足を軽くさせ過ぎてしまったのだ。必然的に体のバランスは崩れ、よろけるような形になってしまう。
「だから言うたろ、うちのファン失格やってな!」
亜依が風の術を使い、目にも止まらぬ速さで愛の懐に飛び込む。
咄嗟に亜依に重力をかけて動きを止めようとする愛。しかし、亜依のほうが速かった。
両拳を岩で固めたナックルを、愛の鳩尾に叩き込む。すると愛の細い体はくの字のように折れ曲がりながら、足だけ軽くしていたことも手伝ってか遠く離れた書棚のほうまで勢いよく飛んでいった。彼女のしていたペンダントの石が、弾けるように砕け散る。
「うちのファン名乗りたいんやったら、もっとうちのこと研究しいや。自分が言うてたように、うちに考える暇なんて与えたらあかんのや。たとえ、それがたったの1秒やったとしてもな」
崩れ落ちた本の山に埋もれた愛の返事は、なかった。
626 名前:ぴけ 投稿日:2009/11/27(金) 19:07
更新
>>618-625

久しぶりすぎて声も出ません。
というわけでレスは後ほど。
627 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 12:08
うおおおおおおおおおお待ってたぜええええええ!!!!!
628 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/18(土) 07:20



大空を舞う剣、その数、300以上。
雷の力を操る吉澤ひとみにとって、あまり喜ばしいことではなかった。
現状としては目の前の敵である小川麻琴に、近づくことができない。
「さっきの大口は偽物だったわけ? じゃあこっちから行くよ!」
麻琴が動く。
一直線に向かってくる麻琴を、雷の放電で迎え撃とうとするが、前方の剣に阻
まれてしまう。
遠距離攻撃は無理か。しょうがない、肉弾戦で…
目の前に迫った麻琴に、ひとみは拳を固めて応戦しようとした。しかし。
嫌な気配がして攻撃をやめ、身を屈める。麻琴が口に含んだ含み針は、標的を
捉えることなく彼方に飛んでいった。
「なにすんだよ!!」
「何するんだって、あたしは暗器使いだから!」
「なんだと、卑怯者!!」
「暗器使いに卑怯も糞もあるか!!」
麻琴は懐から、数個のボールを取り出し、ひとみに投げつける。反射的に、拳
で打ち落とすひとみ。だがそれは罠だった。割れたボールから、網のようなも
のが飛び出す。
「なっ!」
あっと言う間に、ひとみの体は網に掛けられ身動きが取れなくなってしまった。
「せこいマネしやがって、こんなもの! あれ?」
網を跳ね除けようとするが、びくともしない。
「あはははは、無駄だよ! それは召喚獣ですら捕獲できる精霊具の暗器さ。
あんたごときがどうこうできる代物じゃないよ!!」
勝利を確信しつつ、高笑いする麻琴。
629 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/18(土) 07:21
「くっそ・・・」
「そして上を見てみなよ」
ひとみが空を見上げると、それまで不規則な動きで空を飛んでいた剣が、一箇
所に集中しはじめた。
「身動きできない状態で、あの剣が雨のように降り注いだら?」
その言葉とともに、切っ先を下に向けた剣が次々と落ちてくる。
「ははは、バカなやつ! お前みたいな単純キャラは暗器使いにとっちゃ楽勝
の相手なんだよ!!」
「・・・単純キャラで悪かったな」
「え?!」
麻琴が見たものは、網を両手に抱えて頭上に広げているひとみの姿。傷一つす
らついておらず、一滴の血すら流れていない。
「そんな、どうして…」
「この網は、磁力を使った精霊具だろ。電気流して、剣は全部弾かせてもらっ
たよ」
磁力を逆手に取り、ひとみは網を剣を弾く盾に変えたのだった。
「そんな!バカのくせに!!」
うろたえる麻琴に向かって、ひとみが網を投げつける。とっさにその場を飛び
のく麻琴、しかしひとみの動きは疾かった。
麻琴の胸部にひとみの拳がヒット。麻琴はそのまま倒れ、ちょうど拳が当たっ
た場所にあったペンダントの石は砕け散った。
「…ったく。バカバカ言いすぎだっつうの」
さて、先を急がなければ。
ひとみは意を決し、走り出す。
目指すは鈴木あみ、ただ一人。
630 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/18(土) 07:22



その頃、藤本美貴は3人の少女たちを連れ、山を回りこむようにして神社に向
かっていた。
「藤本さん、神社に行けば鈴木あみさんに会えるんですか?」
亀井絵里が、緊張感のない声を出して言う。
「ええ。あの子には、使命があるから」
「使命? 使命って何? それってかわいい?」
「人によっては、そう思うのかもしれないわね」
淡々と答える美貴。鈴木あみ、いやヤンジャンの抱えている使命など、彼女に
とって毛頭興味のあるものではなかった。
「で、あんたはれいなたちに、どういう社会見学を見せてくれると?」
半ば挑発気味に、田中れいなが問う。彼女の真っ直ぐさは、美貴の勘に触った。
しかしそれも、彼女の心をそよ風のように揺らすくらいの動きしかもたらさな
かった。
「そうね。こんなのはどうかしら?」
言うや否や、美貴は側の茂みに銃弾を打ち込む。現れたのは、ニット帽を被っ
た中年の男だった。
631 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/18(土) 07:24
「ひどいじゃないですかぁ、藤本さん」
「あなた、誰?」
「私はですねえ、戦場カメラマンをしているー、渡部とー申します」
独特の口調で、男はそう名乗った。
「一介の戦場カメラマンが、どうして私の名前を?」
「実はですねえ。私、凶祓師協会から頼まれましてぇ。藤本さんの密着取材を
ですねえ」
一瞬の出来事だった。渡部が瞬きをする間に、美貴は彼の背後に回りこみその
頬にナイフを突きつけていた。
「あなたの言葉には嘘がある。凶祓師協会は私がここにいることを知らない。
あなたは一体何者? 返答次第では頬に憂鬱の鬱の文字を刻むわよ」
しかし男は顔色一つ変えなかった。
「私はぁ、嘘などついておりません。ああ、そう言えば彼らは凶祓師協会には
所属していませんでした。申し訳ありません」
「そう。残念ね」
手に持ったナイフに力を込める美貴だが、銀の刃は渡部の頬に刺さることなく
空を切る。渡部は、いつの間にかれいなたち三人の前に立っていた。
632 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/18(土) 07:24
「藤本さん。あなたこそぉ、一体何者なんです? そしてこの子たちはぁ、た
だの子供じゃあ、ありませんよね?」
「そうね。ただ、あなたに答える義務はないわ。五大老の手先さん」
そこで初めて男の顔に戸惑いの色が浮かんだ。
「な・・・」
「私が何も知らないとでも? あなたが最初から私たちの周辺を嗅ぎまわって
いることは知ってた。もちろん、その背後の存在にも。そして、あなたを始末
しやすいように、わざわざこの場所を選んだ・・・」
表情ひとつ動かさずに、美貴は男に言い放つ。
「すごい、藤本さん」
「さすがだね」
顔を見合わせ、絵里とさゆみは感心する。
「確かに、でも」
れいなが言いかけたことを、
「私を始末できたらの、話ですけどねえ」
男が繋いだ。首にぶら下げていたカメラを、美貴に構える。が、それより早く
美貴がコインの銃弾でファインダーを打ち抜いた。
633 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/18(土) 07:25
「ちっ、手ごたえなしか」
渡部の姿がかき消える。代わりに頭上から声が響き渡る。
「さすがはつんくの…いや他の誰かの右腕と言ったところでしょうか。驚きま
したか? 私の雇い主は、すでにそこまで突き止めてぇ、いるんですよ。もち
ろん、後ろにいる子たちのこともですよ?」
名指しされ、身構える三人。そこへ、美貴が義手のほうの手で制す。
「言ったでしょう? 社会科見学だって。生徒は引率する先生の言うことを聞
くものよ」
「余裕を見せていられるのも、今のうちです。すぐに、五大老に睨まれたこと
のぉ、意味を知ることになると、思いますから」
美貴が、空に向かってありったけのコインをばら撒いた。
634 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/19(日) 05:15
「あなたたち、死にたくなければ防ぐことね」
美貴がれいなたちに、静かに告げる。間もなく、頭上から暴風雨のような銃弾
が注がれる。
1秒、2秒、3秒。
その間、木々は蜂の巣になり、地面には無数の弾痕が穿たれた。
「れ、れいなたちを殺す気?!」
慌てながら、見えない炎で防御を図るれいな。他の二人もそれぞれの方法で銃
弾の雨を凌いだようだった。
れいなの抗議を無視し、美貴はため息をつく。
「さすがはぁ、つんくの懐刀と言ったところでしょうかぁ。ただ、私はいくつ
もの死を、見てきた戦場カメラマンなんです。あなたの敵う相手では、ありま
せんねえ」
またも頭上から響き渡る声。
「そうかしら? あなたの目的は、私を捕獲し情報を得ること。でも、私の目
的は…あなたの抹殺。これだけでもあなたは相当不利な立場のはずよ」
「何とでも、言ってください。あなたたちはぁ、篭に囚われた、小鳥なんです
から」
それまで、何の表情も浮かべていなかった美貴が、はじめて笑みを浮かべた。
「…三流が」
両手を合わせ、まっすぐに、太陽に向かって、伸ばす。どこからともなく集ま
ってきた銃弾が一点に集中し、そして、開放された。
635 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/19(日) 05:15
銃弾、というよりも砲弾と化したそれは、力強く太陽のような何かを打ち抜く。
ぎゃっ、という悲鳴と共に、周りの景色が一変した。
「えっ、ここは…」
戸惑うれいな。美貴の焼夷弾によって悉く破壊されたはずの森は、傷一つなく
青々と茂っていた。
「なるほど、そういうわけか」
絵里がある方向を指差し、うなずく。そこには、腹から大量の血を流している
渡部の姿があった。
「さゆみたちは気づかない間に、あいつの精霊具に封じ込められていたの」
さゆみの言う通り、四人は森を行く道の途中で渡部の持つカメラ型の精霊具に
封印されていた。美貴が渡部を見つけたのは、その後の出来事だったというわ
けだ。
「私に気配を悟られずに罠を仕掛けたのは褒めてあげるわ。でも…その後の対
応がお粗末だったようね」
美貴は男のいる方向に人差し指を向け、そして銃弾で打ち抜く。言葉を発する
こともなく、男は絶命した。
636 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/19(日) 05:16
「これで私が山崎様から戴いた指令は完了したわ。周辺を嗅ぎ回る煩い犬を始
末しろ、という指令はね」
美貴が、空中から現れた黒いコートを羽織ながら、言う。その言葉に大きな含
みがあると、れいなたちは感じていた。
「…亜弥は?」
やっぱり。それを今まで聞かないほうが逆に不思議だったのだ。
「何やったっけ。確か取引がどうのこうのって」
「れいな!!」
慌てて口をつぐむれいな。だが時既に遅し。
三人を連れ出し、自分は何の目的かは知らないけど雲隠れ。何のために。しか
し、美貴にはたった一つだけ、思い当たるふしがあった。
仮面の少女。亜弥が例の地下施設で「取引」をしたという少女だ。取引の内容
までは聞かなかったが、どうせ亜弥のことだ、誰か強い相手を紹介しろとか、
その手の類のことだろう。だが、仮面の少女、いや、石川梨華の妹は。
637 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/19(日) 05:17
今やこの秩父の山は精霊反応の塊と言ってもいいくらいに、精霊が飽和してい
る。だからこそ先ほどの追手はここを犯行現場に選び、美貴もまたここを追手
の始末場所に選んだ。そう言った考えを、仮面の少女が考えるのなら。
冗談じゃない。あの子は、梨華は、私の獲物だ。
となるとこの三人は足止め要因か。亜弥、やってくれるじゃない。
れいな、絵里、さゆみ。三人の視界から美貴が消えるのは、ほぼ同時だった。
「あーあ、行っちゃった」
「引率の先生が急にいなくなって、どうすると」
れいなが呆れたように言う。
「じゃあ、社会科見学は終了ってことで」
絵里が楽しそうに言う。もともとこの外出にはあまり乗り気ではなかったらしい。
「帰ろ、帰ろ」
「社会科見学、何か勉強になったことあった?」
「わからん。れいな首絞められ損っちゃけど」
それぞれ言いたいことを言いながら、山を後にするのだった。
638 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/20(月) 05:49



その頃、石川梨華は柴田あゆみたちと別れ、川の上流から神社へと抜ける小道
を走っていた。
「私のことは気にしないで。それより、あの人が不穏な動きをしてる。気をつ
けて」
あゆみの残した一言。あの人とは、おそらく。深くは聞きはしなかったが、見当はついてはいた。いつか
は話し合わなければならない、そう思ってはいた。けれど、まだ。
そんな思案にふけっていた梨華の前に、小さな影が躍り出る。敵? そう思い
身構えたが、すぐに警戒は解かれた。相手も同じ事を思っていたようで、一瞬
だけ緊迫した空気はあっという間に穏やかなものに変わっていった。
639 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/20(月) 05:50
「なんや、梨華ちゃんか」
「あいぼん」
よくよく見ればお互いに傷だらけ。すぐに敵の手によるものと理解した。
「梨華ちゃん、ヤンジャンの手の者とやりあったんか?」
「ううん、でも、何とかなった。あいぼんは?」
「例の凶祓師の卵の1人とな。まあ、ぶちのめしたったわ」
言いながら亜依は余裕の笑みを見せた。
「そっか。紺野ちゃんも、誰かと戦ってるのかな…」
「わからん。せやけど、うちらがもし紺ちゃんに会うたら」
正気を失ったあさ美の顔を思い出す。
「解放してあげなきゃ、駄目だよね?」
「せや、な」
辛い選択肢だった。亜依も梨華も、あさ美とは面識があった。けれど、その時
は覚悟を決めなければならなかった。希美のためにも。
640 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/20(月) 05:50



神社の参堂。
小室哲哉を退け、先に進む中澤裕子が出会ったのは、双剣の剣士。
「紗耶香。矢口はどないしたん?」
裕子は共に行動してると思っていた小さな風使いがいないことに気づく。
「例のひよっこの一人がいてさ。おいらにまかせろ、って先急かされたよ」
市井紗耶香は頭をぽりぽり掻きながら、そんなことを言った。
まあ、矢口なら大丈夫やろ。
ひとりごちる裕子に、紗耶香が声をかける。
「裕ちゃん。目」
「は?」
「さっきから肌が痛いんだけど」
そこではじめて裕子は、石化能力を開放しっぱなしだったことに気づいた。
「あ、ごめん」
そそくさと替えのコンタクトレンズを探す。が、紗耶香がそれを遮った。
「ごめん裕ちゃん、やっぱいい」
「・・・せやな」
二人とも、目の前の違和感に気づいていた。誰かが、いる。
641 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/20(月) 05:51
「せっかく暇になったと思うたのに。いきなり君らの相手せなあかんとか」
裕子と紗耶香が、同時に身構えた。
だぼだぼのシャツに、無精髭を蓄えた、金髪坊主。
「自分は」
「はじめまして、やったかな。僕、今回の鈴木さんのサポートやらせてもろう
た平井言います。ま、もう終わったんやけど」
とぼけた口調。彫りの深い顔ではあるが、緊張感はない。
なのに、裕子と紗耶香が警戒を解くことはない。目の前の敵が、非常に危険で
あることを、本能的に察知していた。
「何が終わったのか知らないけどさ、ここ、通してくんないかな」
紗耶香が、双剣の片割れを平井に向ける。
「ああ、終わった言うても、まだ『運搬』があるんで。せやからちょっとだけ、
僕と遊んでくれへんかな」
「遊びで済めば、ええな」
裕子の言葉をきっかけに、二人はほぼ同時に左右に動いた。
642 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/20(月) 05:52



その頃。
鈴木あみ、いやヤンジャンがいるであろう神社に最初に着いたのは、後藤真希
だった。
「・・・誰もいない、か」
それはそれでいいけど、心の中でそう付け加える。元々誰かと共同戦線を組ん
で戦うのは、得意ではない。
鳥居を潜り抜ける。目の前には小さな社。仕掛けがありそうな場所を、ゆっく
りと確かめる。社のすぐ下にある、石畳。真希は己の精霊力を、その一点に向
けた。石があった場所が、ぼんやりと薄れ、地下へと続く階段が現れた。
「さっさと来い、ってことかな」
どうやら相手は逃げも隠れもしないようだ。ヤンジャンの性格からして、下手
な小細工は仕掛けていないだろう。真希は、ゆっくりと階段を下りていった。
山の中を丸々くり抜いたとしか思えないくらいに、階段はどこまでも続いていた。
「…これじゃ下に着くまでに疲れちゃうよ。ある意味罠だったり」
文句を言いながらも、その歩みは止まらない。
643 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/20(月) 05:53
禁断の青い炎の力を手に入れたヤンジャン。かつて真希と刀を交えた、闇に魅
入られた福田明日香と同等か、あるいはそれ以上の力を持っていることは容易
に想像できた。ただ、自分も明日香に単独では歯が立たなかったあの時とは、
違う。
「待ってましたよ、後藤さん」
階段が終わるのと、その声が聞こえてくるのは、ほぼ同時だった。
天井の高い、広い空間。ただ、全面が鏡張りになっていた。
「あんたは、確か」
目の前に立ちふさがる少女に、目をやる。確か、SPEADの地下事務所で会
った、ヤンジャンに付き添っていた4人組の一人。
「紺野、あさ美です」
「…駄目だよ。あんた、精霊術師じゃないじゃん」
そう言って一歩歩み出た真希の足元に、光が走る。
「わたしは、あみ様に力をいただいたんです」
「あんた、ののの友達でしょ」
「そんなことは、いいんです。わたしと、戦ってください」
あさ美の言葉には、力が篭っていた。真希はふう、とため息をつくとやおら懐
の刀を抜いた。
「ごとーが教えてあげるよ。戦うことの意味を」
切っ先から迸る炎が、ゆらりと揺らめいた。
644 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/21(火) 06:05
あさ美が両手を広げる。手のひらから幾筋もの光が、溢れ出した。
「光の精霊、か」
先ほどの光線が抉ったと思しき床面を見る。鏡張りの床がひび割れ、大きな裂
け目を作っていた。
出力のコントロールがまだ出来ていないみたいだけど…
真希が考える間もなく、あさ美の光線が襲う。試しに、肩口のあたりをわざと
掠らせた。服に、焦げ目がつく。まともに喰らうと少し厄介そうだと判断した。
「余裕ですね、後藤さん」
「まあね。凶祓師としての教育も受けてない素人にごとーのことをどうこうで
きるとか、思ってないから」
「そうですか」
あさ美から放出されていた光線が、一気に増加する。各方位に照射された光線
は鏡面に反射し、一斉に真希のもとに襲い掛かる。
645 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/21(火) 06:06
1、2、3・・・ざっと20くらいかな。
瞬時に光線の数を数える真希。構えていた刀はそのままに、体の位置を微妙に
変えて光線を交わしてゆく。右に、左に、そして後ろに。高く跳躍し、宙返り
をしたところで予想外の一撃。さすがにこれは真希も刀を使い弾かざるを得な
かった。
「へえ、なかなかやるじゃん」
「愛ちゃんや麻琴と、毎日特訓してましたから」
「ふうん…」
あさ美が一歩、前に出る。
「私、後藤さんのこと、素直に凄いなって思います。あの地下事務所であみ様
との戦いを見た時から。確かに私は精霊使いでもなんでもなかったけど、いつ
かは後藤さんの域に辿り着きたい。そう思えたんです」
「……」
「だから、試させて下さい」
再び光線を発するあさ美。前よりも、明らかに条が多い。しかし、真希の表情
には少しの揺るぎもない。
「仮初の力でそんなこと言っても、意味がない。さっきも言ったよね、戦うこ
との意味を教えてあげるって。だから、ごとーはもう刀を抜かない」
646 名前:「第十三話 憧れ admiration」 投稿日:2010/09/21(火) 06:07
銀色の刃を鞘に収める真希。あさ美の目が、見開かれた。
「馬鹿にしないでくださいっ!!」
放たれた光が、真希に向かって収束する。だが、真希は避けなかった。正確に
言えば、あさ美には真希の動きがまったく見えなかった。そして彼女の視界か
ら真希が、完全に消えた。
次の瞬間、あさ美の腹部に、鈍い痛み。一瞬にしてあさ美の懐に潜り込んだ真
希が、拳による一撃を加えたのだ。
「痛いでしょ? 戦うってのは、相手に痛みを与えること。そしてその痛みを
背負っていくこと。あんたには向いてないよ、紺野」
「そ、んな…」
あさ美は襲い掛かる悔しさと裏腹に、自分の意識が急速に遠のくのを感じていた。
ごめんね、紺野。でも…すぐに開放してあげるから。
奥の部屋から、禍々しい気を感じる。吐き気すら覚えるくらいの、重圧感。お
そらくあいつは、そこで待っているのだろう。真希がかつて与えた雪辱を晴ら
す機会を。
上等だよ、ヤンジャン。
真希はしっかりと前を見据え、部屋の奥へと歩いていった。

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