聖少女
1 名前:beru 投稿日:2014/09/30(火) 13:13
この作品は以前書いた物で、外には未発表ですが主役のさゆの卒業を控え、
このさい卒業記念として発表する気になりました。少し修正加筆して
人物設定も変えてあります。ブログに連載していたので、
もし似た作品を読んだという人がおりましたら、それは私の作品です。
ジャンルはミステリーになりますか。
2 名前:友男 投稿日:2014/09/30(火) 13:18
そのビルは、変わった形をしていて普通のビルのように四角では無く
円筒で、巨大な城の塔のようだった。
色はくすんだ灰色で、2階から上はまったく窓が見当たらないので
何階建てなのかわからなかった。
その円筒のビルは、一種異様な雰囲気をかもし出していて、これから
このビルである少女と一月に渡って生活する事になる私にとって
不気味な印象を与えた。


そのビルの最上階に上がって、ぶ厚い金属製のドアが開くと、
その少女が姿を現した。少女はにこやかな笑顔を浮べて私を見上げると、


「いらっしゃい。私の名前はさゆみというの。さゆって呼んでね」
3 名前:友男 投稿日:2014/09/30(火) 13:21
2056年。減少傾向にあった日本の人口は政府の
産めよ増やせの号令が功を奏し右肩上がりの上昇を
見せ、二億人に迫る勢いになった。
そうなればなったで、ある問題が浮かび上がってきた。
食糧不足の問題だった。
食糧を輸入に頼って来た政府の無策が響いてくるように
なってきた。


そんな折大学2年生の私はある募集にやって来て、面接に何とか
合格して、ある場所で働くことになった。
募集の要件は、「容姿端麗・学歴優秀」の項が
当てはまって幸運にも大勢の中から選ばれたのだ。
4 名前:友男 投稿日:2014/09/30(火) 13:22
私が応募した一番の動機は、豪華な食事がたっぷり
食べられるというのが魅力だったからだ。
昨今の食糧不足の影響で私のような学生の主食はおもに
政府から配給されるわけのわからない合成食品だけだった。
それらを庶民は「ペレット」と呼んでいるから、どんなものか
想像出来るだろう。


屑肉や野菜の屑を加工合成したペレットは、黒いかたまりに
過ぎず、とても食べられたものではない。
それが毎日の唯一の食事なのだ。
噂によると、政府のお偉方や一部の金持ちは豪華な食事で
毎日のように宴会を催していると聞いている。
5 名前:友男 投稿日:2014/09/30(火) 13:24
私は郊外のある建物に連れて行かれた。
そこは十階建てのビルだった。
そしてある部屋に通された。
重く分厚いドアが開くと、中から一人の女性が現われた。


まだ若いその女性は私を見上げると、
「すごいイケメンね。予想した通りね」
その言葉はよく聞かされる。


「いらっしゃい。私の名前はさゆみというの。
さゆって呼んでね」


彼女はこぼれるような笑顔で言った。
6 名前:部屋 投稿日:2014/09/30(火) 13:29
私はまだ20歳で学生だった。
目の前のさゆみという女性の年齢は、よくわからないが、
18歳前後に見えた。
胸の開いた足首まである薄いピンク色の部屋着を着ていて、
胸の辺りまである黒い髪。その大きな瞳で見つめられると
ドキドキするような女性だった。


私の役目はこのさゆみという女性をこの先一ヶ月間
世話をすることだった。
でも、なぜ女性の世話をするのに男の自分が選ばれたのか、
疑問に感じていた。


「写真で見たとおりの人ね。すごい気に入ったわ。
これからよろしくね」
なるほどと納得した。写真を見て自分は選ばれたのだ。


「素敵ね。すごいイケメンなのね、女の人にもてるでしょうね」
私は頭をかいたが、自分の容姿は自覚していた。
7 名前:部屋 投稿日:2014/09/30(火) 13:31
子供の頃から、その甘いマスクをもてはやされていた。
私は部屋を見回した。
部屋は女性一人が住むには十分過ぎるくらいの広さを保っていた。
居間、寝室、食堂、どの部屋も豪華な作りだった。
キッチンは無くて、階下で食事を作るようだった。


朝8時にやって来て夜8時に帰るまでこの部屋で
この若い女性、さゆみの世話しながら相手をして
時間を過ごす事になるのだ。
この女性の素性はあまり気にならなかった、自分には
関係ない事だと思っていた。
そして、この部屋で起こる事やさゆみの事は、絶対に
外に漏らしてはいけないと堅く口止めされていた。
8 名前:制限 投稿日:2014/09/30(火) 13:34
朝、目を覚ました。
住む所は、首都東京の郊外に高層アパートがいくらでも建って
いて、政府から無償で入居が許されていた。
朝起きて顔を洗ってしまえば何もする事も無い。
まず電気ガスが止まっていて使えるのは水道だけだ。


主食の穀物の大部分の輸入先のアメリカから突然輸入が
ストップしたのは15年前だった。
地球温暖化による天候異変が原因だった。
30年前から日本は穀物の生産を止めて、すべて輸入に
頼ってきたのだから事態は深刻だった。
続いて、OPEC(石油輸出国機構)からは原油の供給を制限
するという一方的な通告とともに、原油の輸入がそれまでの
十分の一以下に制限されてしまった。
原油の埋蔵量の枯渇だと噂されているが、さだかではない。
9 名前:制限 投稿日:2014/09/30(火) 13:43
現在、電気ガスは午後12時から午後18時までの一日6時間
しか供給されていない。
アパートの外に出て待っていると迎えの車が現われた。
いまだに動力をガソリンや軽油などの石油製品と電力に頼ってきた
せいで原油のほとんどが輸入されなくなると、
街から自動車の姿がほとんど見かけなくなっていた。
現在車を使えるのは政府高官などのほんの一部の人間達だけ
だった。


車で約1時間ほどで郊外の外れのそのビルに到着する。
その十階建てのビルは、1階は事務所になっていて、
2階は倉庫や厨房になっているようだ。
3階以上は住居になっているのだが、外から見ると2階以上は
窓がまったく無くて、なにか異様な感じがした。
入口には制服の男が立っていて、腰には拳銃を下げている。
10 名前:制限 投稿日:2014/09/30(火) 13:48
あの女性、さゆみの住んでいる所は最上階の10階だった。
前日は顔合わせだけで帰されたので、今日から本格的に
さゆみと過ごす事になる。


10階に着くと、別の制服の男が現れて案内されて部屋に入る。
私が入ると分厚いドアが重々しい音とともに閉められた。
おかしなことに、そのドアは中から開けることが出来ないようだ。
まるで何かを閉じ込めているようだった。
中には、さゆみがいるだけだった。


起きたばかりらしく、ピンクのレースのネグリジェ姿のさゆが
姿を現した。さわやかな笑顔で私を迎える。
11 名前:朝食 投稿日:2014/09/30(火) 13:53
すぐに朝食になってさゆと二人で食堂のテーブルにつく。
メニューは、バターをたっぷり塗ったトースト。ニンジン、
ジャガイモなども入ったスープ。野菜たっぷりのサラダ。
そしてベーコンエッグ。それにミルクとコーヒー。
ここ何年、見た事も食べた事も無いような朝食だった。


昨日までは朝に口に入れるものと言えば、水だけだった。
何も入ってない、只の水だった。
自分だけではない、ほとんどの日本人が同じだった。


デザートにはフルーツケーキまで出た。
いじ汚くそれらを全部平らげたせいで胃が重くなってしまう。
さゆはミルクを飲みながらそんな私をほほえましそうに
見ていたが、


「ねえ、あなたは生まれて何年になるの?」
「ぼくですか?ぼくは20歳になりますが」
12 名前:朝食 投稿日:2014/09/30(火) 13:56
さゆの年齢を知りたいと思ったが、女性に年を聞くのは
失礼だと思った。 するとさゆが、


「私は、生まれて14年と10ヶ月になるの」


その言い方になにか引っかかるものがあったが、
さゆがまだ14歳だということは意外だった。とてもそんなに
若いとは思えなかったのだ。


さゆは食後のミルクを飲み干すと、
「あなたをひと目見た時から、気に入ったの。
ついに私の王子様が現われたと思っちゃった」


私は思わず顔を上げてさゆを見た。
13 名前:命令 投稿日:2014/09/30(火) 14:04
 「きっとここには白馬で来たのね」


思わず笑ってしまって、
「僕はただの学生です。白馬も持ってないですし」
「そんなことないわ、白馬は家に置いてきたのでしょ」


「馬に食べさせるどころか、自分の食べる物さえ
ろくに無い生活をしているのです」


さゆはミルクのカップを置くと、
「そうだったの。ここでは何でも好きな物を食べられるわ。
あなたの好きな食べ物を注文してもいいのよ。
友男さんはお肉は好きなんでしょ?」


私はうなずいた。本当は好きも嫌いもない、
まともな肉なんてもう何年も口にしていない。
14 名前:命令 投稿日:2014/09/30(火) 14:08
「私は肉や魚は食べられないけど、友男さんのために
今後はお肉の料理を運ばせるわ」
「それはどうも・・・」
そういえば、さゆはベーコンエッグには手をつけていない。


その後、さゆは食事が終ったことを上に向かって告げた。
部屋の天井にあるインターホーンから返事の声がした。
それにマイクらしい物も見える。
とすると、この部屋の会話は外に筒抜けになっているようだ。
まもなく人が来て食器を片付ける。
私は何もすることが無い、


「僕はなにをすればいいのですか」
「あなたはなにもしなくていいのよ。ただ私の相手をして
一緒にテレビを観たり音楽を聞いてればいいのよ」
15 名前:命令 投稿日:2014/09/30(火) 14:11
テレビと聞いて部屋の中を見回した、
テレビはもう何年も観ていない。
壁に大きなスクリーンがあることに気づく、
さゆはうなずくと、そのテレビに向かって腕を伸ばして
指先をひらひらと動かした。
すると、パッと画面が点いてアナウンサーらしい人が映った。


私は思わずさゆを見て、
「今、何をしたんですか?」
さゆは笑って、
「何をって、テレビを点けたのよ」
「指先でですか?」
「そうよ。正確に言えばテレビに命令したの」
「・・・・」
「あのテレビは私の脳波にリンクしてるの。
だから頭の中で命令するだけで映るの」
16 名前:失格 投稿日:2014/09/30(火) 14:13
さゆとソファーに並んでテレビを観た。


「今は、どんな番組を放送してるんですか」
「たいてい、外国の放送をずっと流してるわ。
ほとんどニュースか音楽の番組ばかりだけど」


テレビのアナウンサーは英語を喋っている、
外国語は苦手だった。
それを言うと、さゆはまたテレビに向かって腕を伸ばし
指先をひらひらと動かした。
すると突然アナウンサーは日本語を喋りだした。


「世界保健機関(WHO)によると、アフリカ全体で
この一ヶ月間の餓死者が三百万人に達する見込みと
発表されました」
17 名前:失格 投稿日:2014/09/30(火) 14:19
人口増加による食糧不足は、地球温暖化の影響による
天候異変により加速度的に世界中に広がり、特にいまだに
発展途上国の多いアフリカでは、日常的に餓死、栄養失調に
よる病死が絶えないのだ。


「日本の番組は放送していないの?」
さゆがまた指でひらひらすると、画面が切り替わり、
日本人らしいアナウンサーが喋っている、


「警察から昨日の失格者の姓名を発表します」
アナウンサーは次々に名前を発表していく。


さゆが聞いてくる、
「ねえ、失格者って何の事なの、何に失格したの?」

私はため息をついて言った、
「あの人達は、人生に失格したんだ・・・
失格者の烙印を押されたと言う事は、直ちに処罰されると
言うことなんだ」
18 名前:失格 投稿日:2014/09/30(火) 14:24
民主主義という言葉は完全に死語になっていた。
政府に逆らうものは、失格者となり直ちに逮捕されるのだ。


「処罰って、どうなるの」
「食糧は不足してるけど、鉄砲の弾丸は有り余ってるから、
失格者は・・・」
そこまで言って、この会話を聞かれていることに
気がついて、口を閉じた。


逮捕されると、裁判など無くて簡単に取り調べて、失格者と
された者は銃殺されるのだ。
毎日何百人何千人の人間が処刑されている。
19 名前:風呂 投稿日:2014/09/30(火) 14:28
さゆはテレビを消した。
そして立ち上がると言った、


「お風呂に行くわ。あなたも来て」
「はぁ?どういうことですか」
「あなたも一緒にお風呂に入って私の体を洗うのよ」


「・・・それは、出来ません」
「ダメよ。ここにいる以上あなたは私に従うのよ、
さあ、一緒にお風呂に入るのよ」
20 名前:風呂 投稿日:2014/09/30(火) 14:32
さゆはそう言って指先を私に向けてひらひらさせる。
「僕はテレビじゃないから、簡単には命令に従えませんよ」


いくらまだ14歳とは言え女性と一緒に風呂など入れるわけがない。


「どうして私の言うことが聞けないの?」
「そんな事をするとは聞いてません。僕はあなたの召使では
ないのだから、そこまで出来ません」
「そうなの。じゃあ召使が嫌なら私の王子様になってくれる?」
「それは・・・」


さゆは私が困った様子を見て笑いながら、
「いいわ。仕方ないわね、お風呂は一人で入るわ」
さゆはそう言うなり、
それまで着ていたネグリジェを肩からすっと下ろして
脱いでしまう。
21 名前:風呂 投稿日:2014/09/30(火) 14:35
下着一枚になって、さゆは悠然と私を見た後バスルームの方へ
しゃなりしゃなりと歩いて行く。


私はため息をついてソファーに腰を降ろした。
さゆの体を洗うことまで仕事の内に入ってるとなると、
この先何をやらされる事になるのかわからない。
22 名前:マッサージ 投稿日:2014/09/30(火) 15:27
やがてさゆはお風呂から上がってきて、
バスタオルを体に巻いただけの姿で、上に向かって、


「マッサージお願いしま〜す」


するとすぐに白衣を着た中年の女性がやって来た。
さゆをそのまま大きなソファにうつむけに寝かせると、
さゆの体を揉みだす。


さゆは私の方を見ると、


「よく見て覚えてね。次から友男さんがやるのよ」
「そんな〜僕はマッサージなんて出来ないですよ!」
「大丈夫。簡単よ、ただ体を揉んでくれればいいの
23 名前:昼食 投稿日:2014/09/30(火) 15:33
マッサージが終わって女性が帰ると、さゆはタオルを体に巻いて
起き上がると、


「友男さん、そこの引き出しから下着を出してちょうだい。
そう、そこの一番下の引き出し」
開けて見るとカラフルな下着が何枚も入っている。


「それよ、そのピンクのショーツを出してきて」


その下着を指でつまんで持ってくると、
するとさゆは、体のタオルをストンと落としてしまう。
それを見た私はあわててさゆに背を向けた、
24 名前:昼食 投稿日:2014/09/30(火) 15:35
さゆは後ろから下着を受け取ると、身につける。
後ろでさゆは笑いながら、


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない、
女の子の裸なんて見慣れてるでしょ」
「そんなことないですよ・・・」


さゆはその後赤いドレスを身につける。


そうこうするうちに、壁に掛ったデジタルの時計が
午後12時になり、やがて料理を載せたトレイが運ばれて
来て、昼食になる。
昼食は、フレンチ風のランチだった、
見たことも無い豪華な料理がテーブルに並ぶ。
そして最後に女性の給仕がワインのボトルを一本テーブルに
置き、ワイングラスを二つ置くと部屋を出て行った。
25 名前:ワイン 投稿日:2014/09/30(火) 15:38
「さあ、食べましょう」
さゆはそう言うとワインのボトルを手に取り、まず私の
前のグラスに注ぐと、続いて自分のグラスにも注ぐ。


私は思わずさゆを見ると、
「これは何ですか・・・」


さゆは笑って、
「何って、ワインに決まってるじゃない」
「だって、まだ14歳なのにワイン、お酒を飲むなんて、
いけない事だよ!」
「あら、そんなこと誰が決めたの?」
「誰って、昔も今も子供はお酒を飲んではいけないって、
決まってるよ!」
26 名前:ワイン 投稿日:2014/09/30(火) 15:40
さゆはきっぱりと、
「私はもう子供じゃないわ」


私は憤然となって、
「14歳は、まだ子供です!」


さゆは私をじっと見つめていたが、


「人間なら14歳はまだ子供なのね・・・」


まるで自分は人間ではないかのようなさゆの口ぶりに
引っかかった。
どう見ても彼女は人間の女の子としか見えない。
27 名前:ワイン 投稿日:2014/09/30(火) 15:43
「でも、どうしてお酒を飲んじゃいけないの?」
「それは、子供がお酒を飲むと体に良くないんだ」
「そう。私の体を気づかってくれるのね。
ワインは血の巡りを良くして体を柔らかくしてくれるから
飲むようにと教えられたの。
でも友男さんがそう言うならよすわ。友男さんが飲んで」


さゆはワインのボトルを私の近くに置いた。
グラスを取ってぐいと飲み干した。
まともな酒を飲むのは初めてだった、いつもは怪しげな
何年前に作られたかわからない古い缶ビールや、
闇で作られた焼酎ぐらいだった。
28 名前:腿焼き 投稿日:2014/09/30(火) 15:46
さゆはワインを飲んでいる私に、


「どう?美味しいかしら」
「ええ。少し甘口で美味しいですね。きっとこのワインは
すごく良い物なんでしょうね」
「そうよ。気に入ってよかった」


やがて、昼食も終わり給仕の者が片付けに来た時
さゆが言った、
「そうだ、夕食は何が食べたいかしら、なんでもリクエスト
していいのよ」
「いや、結構です」
「そんなこと言わないで、肉でも魚でも何でも言ってみて」
少し考えて、
「じゃあ、お言葉に甘えて鶏の腿焼きをお願いします」
「わかったわ。夕食を楽しみにしていて」


昔、小さい頃に一度だけ食べた腿焼きの美味しさに
まるで天にも昇るような気持ちだったのを思い出していた。
29 名前:ジャスミンティー 投稿日:2014/09/30(火) 15:48
さゆは食後のお茶を運ばせて、私にもカップに入れて
進める。
ひと口飲むと、とても良い香りがした。


「良い香りでしょ。ジャスミンティーよ」
「本当にそうですね」
「毎日飲むと体が芳しくなると教えられたの」


体を芳しくする意味は何だろうと私は思った。


お茶を飲み終わると、さゆは鏡台に向かい髪を
梳かし始めた。
その後、鏡の中の自分をじっと見つめていたが、
急に振り返ると、私を見て言う、
30 名前:ジャスミンティー 投稿日:2014/09/30(火) 15:51
「私、可愛いと思う?」
「・・・可愛いですよ」
「本当に?本当にそう思ってくれるの」
「本当にそう思いますよ」


さゆはいかにも嬉しそうな笑顔で、
「ありがとう。とっても嬉しいわ」


さゆは立ち上がりソファーでくつろいでいた私の隣に
腰を降ろした。

「さあ、これからお勉強の時間よ」
「お勉強?」
31 名前:人魚姫 投稿日:2014/09/30(火) 15:55
「そう、お勉強。友男さんは優秀な大学生なんでしょ、私に色々教えてよ」
「優秀かどうかわからないけど、お望みなら教えますよ」
「でも、数学や化学とか難しいのはパスよ、私にも理解出来るような
お勉強を教えてね」


「僕も理数系はあまり得意ではないのだけど、好きなのは歴史の日本史かな、
それでよかったら」
「私も歴史は好きよ、歴史のお話をして。でも難しくないのを」
「いいですよ。さゆみさんにもわかりやすい歴史の話と言えば、じゃあ、
昔のあるお姫様のお話なんかどうですか」

「いいわね!お姫様の話をして。でもそれって童話じゃないの?」
「違います。ちゃんとした古代史の話ですよ。
ところで、さゆみさんはお姫様と言うと誰が浮かびますか」
32 名前:人魚姫 投稿日:2014/09/30(火) 15:58
「たくさん知ってるわ。まず、シンデレラ・白雪姫・眠り姫・人魚姫
かぐや姫・親指姫。こんなところかしら」
「どのお姫様が好きですか」
「人魚姫が好き・・・」


さゆの好きな人魚姫は、一番不幸なお姫様だった。
かぐや姫以外のお姫様はそれぞれ王子様が現われて幸せになる。
かぐや姫は、言い寄ってくる王子様達に無理難題を出して
結果的に追い払ってしまう。
しかし、かぐや姫だって故郷の月に帰ることが出来てある意味
幸せなのかもしれない。


しかし、人魚姫は海よりも深く愛していた人間の王子と
結ばれることなく、はかなく海の泡となって消えてしまう。
33 名前:人魚姫 投稿日:2014/09/30(火) 16:01
私には、さゆが人魚姫と自分とを重ね合わせているような気がした。
人間になりたくてもかなえられなかった人魚姫と。


さゆがせかした、
「早くそのお姫様の話をして」
「しようと思ったけど、実は少しうろ覚えなので今日帰って
もう少し調べて、話しは明日するという事でいいですか」


さゆは少し不満そうだったが、

「残念ね、でも楽しみは残しておいたほうがいいわ。
明日、楽しみにしてるわ」
34 名前:トレーニング 投稿日:2014/09/30(火) 16:03
午後、さゆはジャージに着替えてトレーニングスタジオに
向かった。トレーニングスタジオは広かった。
三、四十人の人間が楽にトレーニング出来るほどの広さで、
それにバレエのスタジオのように壁一面が鏡になっていて、
手でつかまるバーも付いている。



さゆはゆっくりとスタジオ内をウォーキングして行く。
時々立ち止まってストレッチをするぐらいで、もっぱら
歩くことが主だった。
私もさゆに付き合ってスタジオ内をウォーキングする。
35 名前:ポニーテール 投稿日:2014/09/30(火) 16:06
さゆは私に寄って来て連れ立って歩く。
さゆは胸ほどまである長さの髪をかき上げながら、
「友男さんは女の子のどんな髪型がお好きなの?」
「・・・後ろでひとつに縛ってたらしたのが好きですね」
「ああ、ポニーテールのことね」
「そうですね」


さゆはジャージのポケットからゴムの紐を取り出すと
長い髪を後ろにまとめ、やや頭の上の方で縛った。
前髪は切っていないので額があらわになる。


さゆは私の方に向き直る。


「これでどうかしら」
「・・・いいですね」
「可愛く見える?」
「ええ、すごく可愛いですよ」
36 名前:監視 投稿日:2014/09/30(火) 16:09
ポニーテールよりもさゆの額に目がいってしまう、
額を出すとよりおさなく感じる。


またウォーキングを続ける。
ようやくさゆが終ると、
しばらく歩き続けて体全体にうっすらと汗をかいた私は
さゆに断ってシャワーを使わせてもらうことにする。
家ではガスを制限されているのでお風呂は3、4日に一度
シャワーを使うだけなのだ。


ここのシャワーは栓をひねるだけですぐ熱いお湯が出る。
家では水しか出ない。
ガスの使える時間でもぬるいお湯しか出なくて寒い思いをするのだ。

ふとバスルームの上を見ると、マイクらしい物がある。
それにマイクだけでなく、カメラらしい物も見えた。
37 名前:監視 投稿日:2014/09/30(火) 16:11
別に見られても平気だったが、嫌な感じではある。
後で確かめて見ると、各部屋はもちろんのこと、トイレにも
マイクとカメラが仕込んである。

それらのカメラは私が変な事をしないか監視する意味も
あるのかもしれないが、大半はこの部屋の住人である、
さゆを監視しているものと思われた。

シャワーを終えて体を拭きながら、さゆの事を考えた、
まるでさゆは囚われの姫君のようだった。
しかし、さゆ自身はそんなことをまったく感じさせないのだが。
38 名前:一日の終わり 投稿日:2014/09/30(火) 16:14
やがて壁のデジタル時計の数字が午後7時を示していた。
そろそろ帰る時間だった、その前に夕食がある。
やがて料理が運ばれてくる。
今日の夕食は中華料理だった。
最後に、私の前に注文していた鶏の腿焼きが置かれた。
飴色に焼かれた2本の腿焼きだった。

さゆが微笑みながら私の食べるところを見つめている。

「どぉ、美味しい?」
「ええ・・・美味しいです」

確かに美味しいに違いないのだけど、あの子供の頃に
食べた時の天にも昇るような気持ちにはなれない。
あの時とはなにかが違うのかもしれない。
結局私は腿焼きを一本だけ食べてもう一本は
食べ残した。
39 名前:一日の終わり 投稿日:2014/09/30(火) 16:16
今日一日、朝昼夜と豪華と言える食事が出てきて、
それまでいつも腹を空かせていたのがウソみたいだった。
残った腿焼きを見つめた、ほとんどの人間が飢えていると
いうのに、自分はなんと恵まれていると思わざるをえない。

それを見ていたさゆが声をかけてくる。


「もう食べられないのなら、お家へ持って帰ればいいわ」
「・・・じゃあそうします」
家には食べる物は何も無かった。
ナプキンに腿焼きをくるんでGパンのポケットに入れる。

私はちらっと上のカメラとマイクに視線をやった、
もし、帰る時に咎められたらその時だ。
40 名前:一日の終わり 投稿日:2014/09/30(火) 16:22
やがて8時近くになり帰る時間になる。
私は立ち上がった、
さゆは下を向いて腰掛けたままだ、

「じゃあ今日はこれで帰ります」

声をかけると、ぱっと顔を上げたさゆは
立ち上がって近寄って来る。

「今日は本当に楽しかった・・・また明日も来てくれるのね」

「もちろん、また明日8時に来ます」

さゆはうなずいて、
「明日のお姫様のお話、とってもとっても楽しみにしてるわ」
私も笑顔でうなずいた。
41 名前:一日の終わり 投稿日:2014/09/30(火) 16:25
その時、ギギギィーと音を立てて出入り口のドアが開いて、
制服の男が姿を現した、帰る時間になった。

さゆは私の手を取りじっと見つめてくる、
突然泣きそうな表情になり、すがるような瞳で私を見る、
それを見て胸がつまりそうになり、私は思わず腕を伸ばし
さゆの頬に手のひらを当てた。
さゆはその手のひらに自分の手をかさねた。

私が手を離すと、さゆはくるりと背を向けた。
制服の男にうながされて部屋を出た。
ギギギィーガシンッとドアは閉まり、もう中からは絶対に
開けられなくなる。
42 名前:一日の終わり 投稿日:2014/09/30(火) 16:32
エレベーターに向かいながら、辺りを見回した、
どうやらこの十階のフロア全部がさゆの居住区に
なっているようだった。
さゆは、このビルでは特別な存在らしかった。


制服の男とエレベーターに乗り込む。
彼は黒い制服に身を包み、見たところ40代くらいに見えた。
体はがっしりとした感じで、私よりも背は少し低い。
唇がふっくらとして女性的なのが意外な感じがした。


エレベーターが動き出した時、男が言った、

「失格者になりたくなかったら、よけいな事を言わない
ほうが身のためだ」
43 名前:一日の終わり 投稿日:2014/09/30(火) 16:36
私は思わず彼を見た、
「お前は何も考えずにさゆみ様のお世話をしていれば
いいのだ。よけいな事は一切言わずに」

さゆに失格者の事を話したことを言っているようだ。

「外であのような事を言ったのなら、ただちに失格者に
なるところだ。しかしお前はさゆみ様のお気に入りだから
助かったのだ」
「それはどうも」

さゆみ様。どうやらさゆは彼にとって高貴な存在らしい。

「このビルは政府の所有なんですか、あのさゆみという
女性はどういう人なんですか」

その問いに、彼はじろりと私を見ると、
「だから、そんなよけいな詮索を一切してはならん!
お前は黙ってさゆみ様のお世話をしてればいいのだ」
44 名前:一日の終わり 投稿日:2014/09/30(火) 16:39
私はしぶしぶうなずくと、
「わかりましたよ。そのようにします」

毎日豪華な食事が出来て、ただ一日中女の子の相手をして
いればいい。こんな美味しい仕事を逃す手はない。

彼は私のGパンのポケットがふくらんでいることに
気づいて、
「何を持っているのだ」
私はそれを取り出して見せた、
「夕食の残りの腿焼きです。家には何も無いので
帰ってから食べるつもりなのですが、いけないですか」

彼は少し考えていたが、
「いいだろう。ただし他人に見せないで自分一人で
食べるのなら許す」
「それはどうも」

ビルの外に出ると、車が待っていた。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/10/01(水) 00:39
容姿端麗……女性に対しての言葉
眉目秀麗……男性に対しての言葉

ですよー
46 名前:光男 投稿日:2014/10/01(水) 09:43
車に乗り込もうとした時だった、

「おーい!待ってや〜友男やないか〜!」
振り返ると、見たことのある男が近寄って来る。

「俺だよ、同じ階に住んでる、光男だよ」
「ああ、こんな所でなにしてるんですか」
「ちょいと仕事や。今から帰るんか、ちょうどよかった
俺も乗せて行ってもらえんやろか」

私は制服の男に目をやった、
「ダメだ」
彼はにべも無く首を振って言った。

「そんな殺生なぁ〜!こんな夜中に家まで歩いて行くと、
ほんまに3時間も4時間もかかるんや、勘弁してや〜」
光男はなさけない声を出した。
47 名前:光男 投稿日:2014/10/01(水) 09:48
「僕からもお願いします、乗せてやってくれませんか」
頭を下げて言った、
彼は、じっと光男を見ていたが、
「・・・今度だけだぞ」
「すまねぇ、恩に着るよ」
光男はそう言うとさっさと車に乗り込む。

制服の男を残して車は走り出す。
光男は振り返りながら、
「おい友男、あのブリードビルで何をしてるんや?」
「あそこはブリードビルって言うんですか」
「まあな、そう呼ばれてみたいや」
「仕事なんです。これから一ヶ月間だけ雇われたんです」

「あそこでどんな仕事をしてるんや?」
光男はさりげなく聞いてくる、
「すみません、それは言えないんです」
「そうなんや、いやどうでもいいことなんやけどな」
「別になんてことない仕事なんですけど・・・」
48 名前:光男 投稿日:2014/10/01(水) 09:52
光男は、年は30代後半でぼさぼさの長い髪に
夜だというのに薄いサングラスをかけている。
確か家には奥さんと子供が二人いるはずだ。

「ほんまに助かったよ、まだ飯も食ってねぇへんのに
4時間も歩く事になってたところやったよ。
古い自転車があったんだやけど、2、3日前に
盗まれちまってよ、嫌な世の中になったもんだ」
と光男はぐちった。

「それは大変ですね。あ、そうだこれを食べてください。
夕食の残りで悪いのですが」
私は後で食べようと思っていた、ポケットの腿焼きを
差し出した。

「すまんなぁ、食い物かい」
光男は差し出されたナプキンで包んだ物を開けて見る、
「おい!腿焼きじゃないか!こないな豪勢なもんを友男は
食べてんのかいな」
49 名前:光男 投稿日:2014/10/01(水) 09:57
光男はさっそく腿焼きにひと口かぶりついた。
「うめぇ!こないなうめぇもんを食ったのは何年ぶりや!」
私は笑って、
「それは良かったです」

光男はもうひと口かぶりつこうとしてなぜか思い止まった、
「そうだ、家には飢えたガキ二人と女房が待ってるんや、
あいつらにも食わしてやらなあかんな」
光男は腿焼きをナプキンに包んで大事に仕舞った。

しばらくして私と光男の住んでいる高層アパートの前に着く。
「おお、もう着いたか。やっぱり車は、はぇ〜なぁ」
車を降りた光男は私に、
「ちょっと家へ寄って行ってや、こないなありがたいもん
貰って、女房からも礼を言わすから」
「いえ、残り物を差し上げただけですよ」

結局、光男の部屋に寄ることになった。
夜8時を過ぎて電気の供給が止まって暗い中を
二人の部屋がある12階に向かって階段を上って行く。
エレベーターはとっくの昔に無用の長物になっていた、
電気を節約するため一日中使用禁止になっていた。
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/10/01(水) 19:13
コメントなどにつきましては、すべて完結した後でお答えしますので、
失礼させていただきます。
51 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 19:54
光男は我が家のドアを開けると、
「おい、帰ったぞ」
と部屋の中に入っていく。
部屋の中は薄暗い電球が灯っていた。
電気の供給が止まっても、アパートの屋上に備えられた
共同の太陽光発電機のおかげで1、2時間ほどは明かりがある。


30歳ほどの光男の女房と、6歳ぐらいの男の子と
8歳ぐらいの女の子が出てくる。
子供は二人ともがりがりに痩せていた。
特に女の子は手足が異様に細い。

「あんた、お帰りなさい」
光男の女房は体は小さくて優しそうな感じだった。
52 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 19:57
「父ちゃん〜!」
男の子が光男に飛びついてくる。

光男は子供の頭を撫でながら、
「みんな飯は食ったのか」
「まだです・・・」
女房は後ろの私の姿を見て、不安そうな表情を浮かべた。 
他人に食わせる余分な食べ物など何ひとつ無いのだ。

光男は女房に、
「お前も知っとるやろ、はずれの友男さんや、
今日はいい物を貰たんや」
いつのまにか、『友男さん』になっている。

「とにかく、飯にしてや」
光男はどっかりとテーブルについた。
53 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 20:02
光男は、私にも座らせる。
女房が不安そうに食器を持ってきて私の前に置く、
あわてて手を振って、
「僕は結構です、夕食は済ませました。それに、
すぐ帰りますから」
すると光男が大きな声で、
「ええから、黙って座ってるんや!」
「はあ・・・」

女房は食べ物の入った鍋をテーブルに置くと、
お玉ですくって、まず光男の食器に入れる。
続いて子供達の食器に入れる。
それから私の食器にも、恐る恐る入れる。

その晩の光男達の食事は、ほとんど色が付いていない
スープ。トウモロコシの粒がいくつか入ってるだけの
しろものだった。
その他には、子供達には小さな芋を半分にした物、
光男の前には、芋が一個出ていた。
それが夕食のすべてだった。
今はどの家庭もこんな有様なのだ。
54 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 20:05
例の配給の合成食品のペレットも、毎日配給される
わけではなかった。
その代わり、時々トウモロコシが配給されるのだ。
芋は、アパートの住人達が共同で下庭を耕して栽培
していた。

光男は、懐から包みを取り出すと腿焼きを出して
子供の前に放った。
最初、子供達はそれが何かわからなかったようだ、
腿焼きなど生まれてこのかた食べた事が無かったのだ。
すぐに匂いでそれが食べ物だとわかり、二人の子供は
それに飛びついた。

たちまち奪い合いになり争い始める、
見かねた母親が子供達からそれを奪い取ると、
台所に行って包丁で骨の入った腿焼きを押し切り、
ニ等分した腿焼きを子供達に与えた。
55 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 20:09
すぐに口に入れた子供達の顔は輝いて、その美味しさに
目を細めて食べている。
それを見ていて自分の子供の頃に食べた腿焼きの
味が蘇っていた。

「どや、美味いやろ。その腿焼きはここにいる友男さんから
頂いたもんや。よく味わって食べるんや」
女房に向かって、
「おい、お前からもお礼を言わないか!」

子供達の食べる姿を嬉しそうに見ていた女房は気がついて、
私の方に拝むように手を合わせて頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
56 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 20:14
私は手を振りながら立ち上がった、
「お礼なんてとんでもないです。では僕は帰ります」
すると光男が、
「とても口にはあわんやろが家の食事も食べていってや」

私は前の食器を手に取るとひと口喉に入れた。
それは、かすかに塩味がするほとんど水のような物に
わずかにトウモロコシの粒が入っている。
とても人間の食べるような物では無かった。

「ご馳走様でした。では失礼します」
そう言うと逃げるように部屋を出た。
57 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 20:18
廊下に出た私を光男が追いかけて来て、腕を掴まえると、
「ほんまにありがとうな、何も無いから俺に出来る事が
あったら何でも言うてや」
いいえ。と首を振ったが、ふと思いついて、

「そう言えば、光男さんは以前、政府関係の仕事をして
いたと聞きましたが・・・」
「そうやったけど、このご時世や、人員整理とかで首になって
しもうたんや」
「あのブリードビルの事もよくご存知みたいですね」

「そうや。あのビルの事は多少は知っている」

「でしたら、あのビルに住んでいる、さゆみという女性の
事も調べて欲しいのです」


その事を言った時、一瞬光男の目の奥が光ったような
気がしたのは、なにかの錯覚だったかもしれない。
58 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 20:23
「なんでその女性の事を知りたいんや?」

「いえ、仕事というのはその女性の世話をする事なんですが、
さゆみさんの事は何も教えてくれないものですから」

「よっしゃ、わかった。昔のつてもある、今でも多少は
顔もきくからそれぐらい調べるのはわけもない」

「そうですか、お願いします。そうだ、明日も何か
食べ物を持って来て上げますから」

光男は一応とんでもないと手を振ってみせたが、
「そうかぁ、えらいすまんな〜」


やっと自分の部屋に入った。
最初、さゆの事には興味が無かったが、今日一日
さゆと過ごしてみて、段々とさゆの素性を知りたいと
思うようになっていた。
そして、あのブリードビルの秘密も知りたい。
59 名前:家庭 投稿日:2014/10/01(水) 20:26
部屋にいても何もする事が無いので、すぐにベッドに
寝ころがる。
ふと、ブリードという名前が気になってきた。

ブリードビル。外国語は苦手だったが、ブリードと
いう意味を考えた、確か犬を繁殖させる人達を、
ブリーダーと言う事を思い出した。
起き上がって、英語の辞書を取りに行く。


ブリードの項を引く。
『ブリード』 BREED 飼育。


あのビルは飼育小屋にしては豪華過ぎるなと、思った。
60 名前:素顔 投稿日:2014/10/02(木) 22:08
2日目、迎えの車でブリードビルに向かった。

午前8時、ビルに入るとあの制服の男が待っていた。
うながされてエレベーター乗り込む。
思い切って聞いてみる。
「差しつかえなかったら、お名前を聞かせてもらえますか」

彼は、私を見て少し考えていたが、

「・・・山口という名前にしておく」
「それはどうも。山口さん」
本名は教えないつもりらしい。

さゆの部屋に入ると後ろで重々しくドアが閉まる。
立ち止まって待ったが、さゆは現われない。
まだ眠っているのかもしれないと思い、寝室に行ってみる。

寝室に入ってみると、さゆはアラビア風の四角に柱がある
豪華なベッドに眠っていた。
さしずめ、さゆはアラビアのお姫様というところか。
声をかけようとしたら、さゆは敏感に目を覚ました。
61 名前:素顔 投稿日:2014/10/02(木) 22:10
ゆるゆると起き出してくる、
「あら、王子様がキスをして起こしてくれたの」

笑って、
「まだキスはしてませんよ」

さゆは腫れぼったい目をこすりながら、
「素顔を見られちゃったわね。あんまり見ないで」
「素顔も可愛いですよ」
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

ちょっと恥ずかしそうな笑顔を見せる。
そう言えば昨日はうっすらと化粧をしていたようだ、
素顔のさゆは子供っぽく見える。

すぐに朝食になる。
さゆは白のネグリジェのままテーブルにつく。
朝食は和食が出た。
湯気を立てたご飯が前に置かれた。
62 名前: 投稿日:2014/10/02(木) 22:13
米のご飯を食べたのは、もう忘れるほど昔のような気がする。
かっては日本人の主食だった米を、現在の日本人は
ほとんど口に出来なくなっていた。

米の生産を約十分の一に抑えて空いた田畑を
人口増加の策として住宅にしてしまった。
食糧の9割を輸入に頼った政策はいずれ破綻するのは
目に見えていた。
穀物のほとんどをアメリカからの輸入に頼った結果は
悲惨な事態に陥った。

アメリカの農業のほとんどは、地下水を汲み上げて必要な
水を供給していた。しかし、その方法には未来が無かった。
その恐れていた時がやって来た。
地下水が枯渇したのだ。


加えて、地球温暖化の干ばつが被害を拡大させた。
深刻な穀物の不作が続き、わずかの穀物は自国の
人間に回すため、アメリカ農務省は穀物の輸出を
大幅に制限した。
米、麦、大豆などの輸入がほとんどストップして
大部分の日本人は飢えるしかなかった。
63 名前: 投稿日:2014/10/02(木) 22:18
ご飯をひと口ほおばり、お味噌汁のお椀を取って
すすった。懐かしい味だった。
他に海苔が出ていて、小皿に醤油が入っていた。
大豆の輸入がストップしたので味噌、醤油はどれも今ではめったに
食べられなくなっていた。

「ご飯のお味はどうかしら」
「・・・美味しいです」
「そう良かったわ。お米は私も好きだけど、去年は
不作だったからめったに出てこないの」
「そうですか」

朝食が終わり、ひと息つくとさゆはいつものように
お風呂に入るため、ネグリジェをあっさりと脱ぐと
下着だけになってバスルームへ向かいかける、
途中振り返ってこちらに目をやる。
私は知らん振りをして目をそらす。
一緒にお風呂に入るつもりは無い。
64 名前: 投稿日:2014/10/02(木) 22:24
やがて、風呂から上がり体にバスタオルを巻いただけで
さゆが現れると、そのまま大きなソファにうつむけになる。
マッサージを呼ぶと思っていたら、違った。

「友男さん、今日からあなたがマッサージをして」
そう言えば、昨日そんなことを言っていたの思い出す。
「どうやればいいのですか」
「昨日マッサージを見ていたでしょう、あの通りに
やればいいの。難しいことはないわ、ただ優しく
揉んでくれればいいの」

ソファのさゆに近づいたが、どうやればいいかわからない、
昨日のマッサージは見ていたがなにしろ
マッサージなんてほとんどやったことがないし、まして
相手は女の子なのだ。
65 名前: 投稿日:2014/10/02(木) 22:26
「早くやってよ〜」
さゆがじれて言う。

困っていると、
「なにも難しい事はないのよ、ただ私の全身を
手のひらで揉んでくれればいいの。さあ、やって」

意を決してまずさゆの肩に手をやって揉み始める。
「そう、それでいいの。私の体をくまなくマッサージするの、
あ、もう少し優しくやって・・・」

うなずきながら、さゆの体を揉んで行く、
私の手がタオルを巻いた背中にかかると、さゆは
手を下の胸の辺りにやって、タオルを外してしまう。
思わず手を止めると、

「手を止めないで続けて。タオルの上からではなく、
直接手でマッサージする方が良いの」
66 名前: 投稿日:2014/10/02(木) 22:29
むき出しになったさゆの背中を見て私は逡巡したが、
観念してマッサージを続けることにする。

続ける気になったのは、さゆの態度だった。
私に肌をさらしても、恥ずかしがるでもなく自然な
物腰に、あまり意識せずにマッサージを続けることが出来た。
高貴な女性は召使の前で裸になって着替えをするのに
平気だと聞いたことがある。
やはりさゆはお姫様なのかもしれない。

「そう。すごく気持ち良いわ。
猫の体を手で優しく撫でてやるとうっとりと気持ち
良さそうにしてるわ。猫は人間の手が好きなのよ。
人間の手には不思議な力があるの」

そう言えば、手を人間に向けて『気』を送って病気などを
治癒する、気功というものを聞いたことがある。
しかし、そのことがさゆの口から出たのは意外な気がした。
さゆの全身をマッサージしていく内に額に汗が
浮き出してくる。
67 名前: 投稿日:2014/10/02(木) 22:32
さゆの肌は、まるで雪のように真っ白い。
全身しみひとつ無くきめ細かい肌だった。
そしてさゆの体はとても柔らかった。まるでほとんど
筋肉が無いみたいで、私の手が受ける感触がとても
心地よい。

ようやく終ると、そんなに力を入れていないはずなのに、
汗びっしょりになっていた。

「ご苦労様。こんなに汗をかいて一生懸命にやって
くれたのね」
さゆは起き上がり、タオルで私の額を拭こうとする、
そのタオルはさゆの体に巻いていたタオルだった、
当然さゆは裸だった。

あわてて手を振って断ると、さゆに背を向けて
さゆの下着や着るものを取りにいく。
68 名前: 投稿日:2014/10/02(木) 22:40
さゆは私の持ってきた服の中から赤いドレスを身に着ける。
そのノースリーブのドレスは薄すくてさゆの脚が少し透けて見える。
さゆは私の側に立つと見上げながら、どおと言う風に見た。
「とても似合ってますよ」

さゆは嬉しそうな笑顔を浮かべて、
「ありがとう。でも、友男さんってとても背が高いのね。
きっと180以上あるんでしょ」

「僕は176です」
「嘘!」
「本当です」
69 名前:明太子 投稿日:2014/10/03(金) 22:46
そうこうしている内にお昼になり昼食が運ばれてくる。
お昼はイタリア風のランチだった。

二人の前にパスタが置かれる。
もちろんそれだけではなく他に何皿もテーブルに並ぶ。
私の前だけには肉の料理が置かれる。
パスタはミートソースだったが、さゆの前には
別のパスタが置かれている。

そのパスタには赤い粒のような物が見えた。
私が見てるのでさゆは、
「このパスタには明太子をからめているの。
私はこれが大好きなの。今は明太子は中々無いのだけど、
私のために特別に作ってくれるの」
そう言って美味しそうにパスタを口に運ぶ。
70 名前:明太子 投稿日:2014/10/03(金) 22:50
昼食が終わりいつものようにジャスミンティーを飲みながら
さゆは私をソファに誘った。

二人でソファに腰を降ろすと、
「お勉強の時間よ。昨日言ってた古代のお姫様の
お話をして。すごく楽しみにしてたの」
「いいですよ」

実は昨夜帰ってから下調べをするつもりだったのだが、
昨日は色々あったせいで疲れてすぐ寝てしまったのだ。
さゆの顔を見てるとまた明日にするとは言えなかった、
でもだいたいは憶えているし、忘れたところは創作を
まじえて話すつもりだった。
71 名前:衣通姫 投稿日:2014/10/03(金) 22:57
今から約1600年前に、この国を支配していた
大王がいました。
その長子の二十歳の朋志王子とその同母妹の華林王女がいました。
華林王女は大変美しく可憐な16歳の姫君で、その美しさが衣を通して
光り輝くようだと言われ、衣通(そとおり)姫と呼ばれていました。
大王の王子王女は数多くいましたが、同じ母を持つ
朋志王子と華林王女は仲むつまじく暮らしていたのです。

いつの世でも王座を狙って肉親が争うのは世の常で、
それを心配した大王は、長子の朋志王子を世継ぎと
決めていました。
しかし朋志王子が王位につくことをよからぬことと思う
群臣達は、朋志王子の異母弟の赤利王子を立てて朋志王子を
亡き者にしようと虎視眈々とうかがっていました。
72 名前:衣通姫 投稿日:2014/10/03(金) 23:00
そんな折、ある朝赤利王子の腹心が朋志王子の寝屋を
うかがっていると、なんと王子の寝屋から王子の妹の
衣通姫こと華林王女が王子と一緒に出て来たのです。
二人が目と目を交わす有様は尋常ではなく、
明らかに男と女の情愛を感じさせた。
当時は異母兄妹の婚姻は認められていたが、
同母兄妹が情を交わすことは固く禁じられていた。

朋志王子はいつしか妹の華林王女に恋情を抱く
ようになっていました。
もちろん同母妹の華林と肌を重ねるのは禁忌だと
承知してはいたが美しい華林への恋心はおさえ難く
ある夜、ついに華林を抱こうとした、
華林も罪の重さにおののきながら許しを請うが、
華林も兄に対して思慕の念を抱いていたため、
兄の想いに負けてしまい肌を許してしまう。
73 名前:衣通姫 投稿日:2014/10/03(金) 23:03
やがて赤利王子の腹心がばらまいた噂で
朋志と華林の禁断の恋は世間の知る所となる。
その噂が大王の耳にでも入れば、朋志王子の世継ぎ
など吹き飛んでしまう。
しかし王子はそんな世間の噂など意に介さず、
華林王女を愛することを止めなかったのでした。
華林も兄の朋志王子を深く愛するようになっていた。
しかし群臣の多くは朋志王子の禁断の愛情を知って
王子から離れていき、王子は孤立してゆく。

そして、ついに父の大王が崩御してしまう。
大王亡き後は本来ならば長子の朋志王子が王位を
継ぐはずなのだが、華林王女との禁忌の恋が災いして
大臣達の多くは弟の赤利王子についてしまう。
それに勢いづいて赤利王子は朋志王子を亡き者にしようと
大兵を起こして争いを挑んでくる。
それでも朋志王子はかなわずとも、わずかの兵を率いて
赤利王子に戦いを挑むものの敗れて逃れるしかなかった。
74 名前:衣通姫 投稿日:2014/10/03(金) 23:05
華林王女は愛する朋志王子に付き従った。
二人は赤利王子の兵に追い詰められて、山奥の小屋の
中に潜んでいた。

朋志は華林を抱きしめながら言った、

「そなたは赤利の異母妹でもある。ここを出て行けば命は
取られまい。それに元の王女として暮らすこともかなう。
そなたを死なせたくない。私のことは忘れて生きなさい」

それを聞いた華林は涙を流しながら、

「なにをおっしゃいます、私は愛する兄上に何処までも
付き従います。もし私が邪魔なら私の命を絶って逃げて
ください。兄上のために死ぬのは本望でございます」
75 名前:衣通姫 投稿日:2014/10/03(金) 23:07
朋志も涙を流しながら、
「良くぞ言ってくれた、では二人共に死のう。
この世で結ばれぬ二人なら、あの世で結ばれよう」

二人はこれが最後と激しく愛し合った。

やがて赤利王子の軍勢が小屋を取り囲み、王子の命令で
火矢がかけられ、たちまち小屋は炎につつまれる。

すると入り口に華林王女が姿を現した、
赤利王子は声高く、
妹の命だけは助けるから出てくるようにと言った。
しかし華林王女は笑顔を見せて、もう一人の兄の元へ
炎の中に戻ってゆき、兄と妹は互いの喉を刀で突いて
自害して果てた。
76 名前:家族 投稿日:2014/10/03(金) 23:10
衣通姫の物語を終えてさゆを見ると、
さゆは涙を流しながら、

「感動したわ・・・衣通姫は強いお姫様なのね、
たとえ死んでも自分の愛を貫いたんだもの。
本当の兄妹なのに愛し合った王子様と王女様。
私はこの二人が羨ましいわ。
私もこんな風に死にたい」

さゆはそう言うと、私の胸に頭を付けた。
そんなさゆを抱きしめ、髪を優しく撫でた。
さゆの死にたいという言葉を考えていた、
まだ14歳に過ぎないのに、現実に死が迫っている
かのような口ぶりに聞こえる。

77 名前:家族 投稿日:2014/10/03(金) 23:13
「さゆにはまだまだこれから長い人生が待っているよ。
これから素敵な王子様がさゆの前にいくらでも現われるよ」
さゆは首を振って、
「私は若くて綺麗なままで死にたいわ。
それに王子様は今、目の前に現われているわ」
「・・・残念ながら僕は王子様にはなれない」

さゆは首を振りながら、私の胸にすがってくる、
さゆの柔らかくて黒い髪が頬をくすぐる。
私は上のマイクに拾われないように、さゆの耳に
口を当ててささやいた、

「さゆの親兄弟は、今何処にいるの?」

さゆは顔を上げて私を見ると、
「私は生まれて10年立った頃に母や兄弟とは
離れて暮らすことなったの・・・」
78 名前:家族 投稿日:2014/10/03(金) 23:16
10歳と言えばまだまだ親が恋しい年なのに、
親兄弟と離れて暮らさねばならないとは、
どんな事情かわからないが、酷な話だと思う。

「どうして離れる事になったの?お母さんや兄弟とは
会いたいだろうに」
さゆが何か言いかけた時だった、

「その辺で止めておけ」
と上から山口の声がかった。

ちらっと上を見てしぶしぶと、
「わかりました・・・」

どうやら、上のマイクは高性能らしい。少々のささやきでも
声を拾うようだ。
79 名前:フランスパン 投稿日:2014/10/03(金) 23:23
いつもの日課を過ごして、やがて夜になり夕食の時間になる
今夜はシチューだった。

さゆの皿には野菜だけだったが、私のシチューには
肉が入っていた。食べたことのない肉だから、たぶん牛肉の
ようだった。他にはパンがでた。
写真でしか見たことないが、どうやらフランスパンらしい。
他に魚介類の料理も何皿か並んでいる。

他の日本人が人間以下の物を食っているというのに
毎日豪華な食事が出てくる。
パンを光男の家族に渡すつもりで残した。

夕食も終わり、帰る時間になる。
さゆは昨日もそうだったが、今日も私が帰る時間になると
寂しそうな表情になる。
帰るため私が立ち上がると、近寄ってきて腕を取った。

80 名前:フランスパン 投稿日:2014/10/03(金) 23:26
「また明日ね。今日も楽しかったわ。衣通姫のお話、
すごく良かった。明日も楽しみにしてるわ」
「それは良かった、じゃあまた明日来ます」

さゆは私の腕を離そうとしないで、じっと私を見上げた。
何か訴えるような瞳だった。
さゆの肩を優しく抱いてその髪を撫でた。
時間になり、ドアが開いて山口が姿を現した。
「では帰ります」
私が入り口に向かいかけると、昨日にように背を向けないで
じっと見送っている。

エレベーターに乗り込む。
山口は背を向けたまま言った、
「何度も言うがよけいな詮索をするな」
さゆの家族を聞いた事らしい。
81 名前:フランスパン 投稿日:2014/10/03(金) 23:28
「家族の事ぐらい聞いてもいいじゃないですか、
ただの世間話に過ぎないですよ。誰にでも家族が
いるのだから、僕にもあなたにも」

「それがよけいな詮索だと言うのだ」
「はいはい、わかりました」
「さゆみ様には、お前の家族の話でもしてはならん」
「・・・わかりました」

山口は、私の持っているフランスパンの入った包みには
何も言わなかった。

外に出て車に乗り込む。
両親は田舎に住んでいた。
都会よりは地方のほうが食糧事情は多少はましだった。
私はひとりっ子だった。兄弟が欲しいと願っていた。
それもさゆのような妹が。

帰ると、光男の家のドアを叩いた。
82 名前:フランスパン 投稿日:2014/10/04(土) 22:52
すぐに光男が出てきて廊下に私を連れ出す、
光男にパンを渡した。
光男は包みを開けながら、

「えらいすまんなぁ、おっ美味そうなパンやないか、
子供が喜ぶやろ、ほんまにありがとな」
「いえ。それでブリードビルについて何か・・・」

「それはこれからや。あ、そうやブリードビルについて
各階の作りや間取りをわかるだけでいいんやけど、
教えて欲しいんや」
「いいですよ。今夜紙にでも書いて明日の朝持ってきます」
「そうか、ほな頼むわ」

自分の部屋に戻ると、すぐにブリードビルの様子を
わかるだけ紙に鉛筆で書き込む。
それが終わると、ベッドにもぐり込む。
83 名前:幽閉 投稿日:2014/10/04(土) 22:56
さゆの事を考えていた。
家族とも長く引き離され、ブリードビルに閉じ込められて
いる不幸な女の子の事をあれこれ考え続けた。
しかし、さゆ自身はそんな暗さをみじんも感じさせなかった。

例えて言えば、お城の奥深くに幽閉された囚われの
憂愁なお姫様といった所だった。 
贅沢な、何不自由ない生活を送っていても外には出られない。

段々とさゆに惹かれていく自分を感じていた、
妹としてのさゆよりも、一人の女の子としてのさゆに。

自分の容姿に引き寄せられてくる何人かの女達と
寝たことはあるが、さゆのような女の子は初めてだった。
14歳の女の子に恋してるかどうかはわからない。
さゆは年齢よりも大人びたところがあるのだけど。
84 名前:お握り 投稿日:2014/10/04(土) 22:59
翌日から3日間、いつものようにさゆと過ごした。
少しずつではあるがお互いの距離が縮まってゆくのを
感じていた。
触れ合う手と手、寄せ合う体の温もり、ふとした時交わす
視線。積極的なのはさゆの方で、ソファーに腰掛けていても
ぴったりと体をくっつけて来る。
自分はさゆの王子様になれるとは思わなかったが、
さゆを守って上げたいという気持ちが湧き上がってくる。


その日を終わり、アパートに帰り着いた私はいつものように、
光男の家のドアを叩いた。
その日は出て来た光男の女房に食べ物の包みを渡した。
夕食は和食だったのでご飯を多めに残し、お握りにして
持ってきたのだ。
光男も出てきて包みを開けてみて、お握りが4個入ってるのを
見て思わず声を上げる、
85 名前:お握り 投稿日:2014/10/04(土) 23:01
「おい!米の飯やないか!飯なんていつ食ったか忘れるほど
久しぶりや、ほんまにいつもいつもすまんなぁ」
光男の女房は拝むように手を合わせると、私の前に
ひざまずいて頭を深く下げた、
「本当にありがとうございます」

私は手を振って、廊下に飛び出した。
光男が追いかけてくる、

「ほんまにありがとなぁ、お礼のしようも無いけど、
例の事は今調べてる最中やけど、もう少し待ってや」
私がうなずいて帰ろうとした時、

「あっ、友男さん!」
なにかと振り返ると、
光男は私をじっと見ていたが、
「いや、なんでも無いんや・・・」
光男は語尾をにごらして口をつぐんだ。
86 名前:爆発 投稿日:2014/10/04(土) 23:04
翌朝、さゆの元へ行こうと部屋を出て階段を降りようとした時だった、
後ろで足音がして腕を掴まれた、見ると光男だった。

「友男さん、今日は行かん方がええんやないか、
今日ぐらい休んだらええんじゃないやろか」
私は笑って、
「どうしてですか、なにかあるのですか」

光男は言いよどみ、
「・・・いや、なにも無いんやけど」
「そうですか。休むわけにはいきませんよ、
では行ってきます」

私が背を向けると、
「友男さん、気をつけて行ってください」
と、光男は声をかけた。

何かおかしいとは思ったが、別に気にもとめず外に出て、
迎えの車に乗り込んだ。
後で考えてみると、今日起こる事を光男は
前もって知っていたかもしれなかった。
87 名前:爆発 投稿日:2014/10/05(日) 22:14
私の乗った車がブリードビルまで後わずかという
所まで来た時、
突然、車の前方でオレンジ色の炎と共に大きな爆発が
起こり、車は急停車した。

幸い、車内には爆発の被害は無かったが、
運転手は車を止めると私に、

「すぐに外に出ろ!出たら車の陰に伏せていろ!」
と大きな声で指示した。

外に出て伏せる、
運転手は拳銃を取り出すと車の陰から構える。
車の下から向こうを見ると、逃げて行く人影が見えた。

運転手はひとまず安全を確認すると、車の無線で
何処かへ連絡を取っている。
爆発の起きた前方をうかがうと、道路に爆発の
穴が開いていてまだ煙が上がっている。
88 名前:爆発 投稿日:2014/10/05(日) 22:16
やがてバイクで制服の男が駆けつけて来た。
頑丈なヘルメットに背中には自動小銃をさげていて
警官では無くて国軍の兵士のようだった。
彼は道路にあいた穴を調べていたが、

「どうやら手投げ弾のようだな・・・」
兵士は運転手に事情を聞いた後、バイクにまたがった。
運転手が私に車に乗るように言う。
車は、バイクの兵士の先導を受けて走り出した。

そしてようやくブリードビルに到着した。
ビルから山口らが緊張した面持ちで出てくると、
運転手の報告を聞いている。
私も一階の事務所で少し待たされた後、ようやく
さゆの待つ10階に上がっていった。
89 名前:爆発 投稿日:2014/10/05(日) 22:18
部屋に入ると何も知らないさゆが笑顔で出てくる。
さゆは私の腕を取って寄りそってくる。
朝食が終わった後、テレビを見ていると、

アナウンサーが今日の午前に東京の各地で爆発が起きた
ニュースを読み上げていた。
そして治安警察の発表によると、反政府組織のテロ攻撃に
よるものだと告げる。

政府の無策によって食糧、石油などの輸入がストップして
国民の不平不満がつのるのは当然のことだったが、
政府はそれを強力な警察と軍隊の権力で抑えつけてきたのだ。
政府に反感を持つ者を失格者として捕らえ、
処刑を繰り返してきたのだが、地下に潜って活動して
きた反政府組織の反撃のテロ攻撃が始まったのだ。

テレビ画面には、警察署、軍事基地、また国会や
放送局などを完全武装した兵士が厳重な警備を
敷いている模様が映し出されていた。
そして市街地の道路を戦車が走り回っている様子も
映し出されている。
90 名前:爆発 投稿日:2014/10/05(日) 22:21
熱心にテレビを見ている私にさゆは、
「何かあったの?」
と聞いてくる。
さゆの肩を抱くと、
「外では色々物騒な事が起こってるらしいけど、
心配しなくていいよ」

私の乗っていた車が手投げ弾で襲われた事は
さゆには話していなかった。
今時、街を車で走っているのは政府関係者に限られていたから、
あれはを特定の個人を狙ったわけでは無さそうだった。
政府関係者が乗っていると見て攻撃してきたのだろう。

「なんだか怖いわ」
さゆは私にしがみついてくる。
「大丈夫だよ。ここは安全だよ」

こんなビルをテロリストが狙うとは思えなかった。
しかし、その私の認識は甘かった。
91 名前:ミサイル 投稿日:2014/10/05(日) 22:25
都下の山中に、反政府組織の手によって
小型のミサイルが密かに設置されていた。
その日の午前、ミサイルは発射された。
ミサイルは二発、射ち出された。
そのミサイルはコンピューターが搭載されていて
セットされた目標に向けて正確に突き進んでいく。

目標は、ブリードビルだった。
2発のミサイルはレーダーに捕捉されないように
超低空を飛び、ブリードビル上空に差しかかった。
その小型ミサイルはビルを一瞬で吹き飛ばすほどの
威力は無かったが、ビルの窓などから中に飛び込んで
爆発すれば、中にいる人間を確実に殺す事が出来た。

その頃、私とさゆはトレーニングスタジオ内を
ふたりで歩いている時だった。

ミサイルにはカメラが搭載されていて、コンピューターで
自動的に目標の弱い部分、すなわち窓に向けて突入して
行くことが出来る。
しかし、ブリードビルには窓がほとんど無かった。
だが各階にはわずかにトイレに小さい窓があった。
最初の一発目のミサイルはそのトイレの窓に命中して
中に飛び込んで爆発した。
92 名前:ミサイル 投稿日:2014/10/06(月) 23:24
ズズズズズズゥーーーーンンンッと腹に響く爆発音が階下でした後、
辺りが地震のように揺れ動き、
はずみで天井の蛍光灯の一部が外れて下に落ちて割れる。
他の蛍光灯も点いたり消えたりする、

さゆは驚いて悲鳴を上げながらしがみついてくる。
さゆを抱きしめながら、何が起こったのかと辺りを
見回し、そして上のマイクに向かって声を張り上げた、

「どうしたんですかぁ!何が起こったですか!!」
やや置いて、山口の声がした、


「今調べている、何処かで爆発があったらしい、
そのまま動かないでじっとしていろ」
上に叫び返す、
「冗談じゃない!ビルが爆発したのなら、外に出ないと
危ない!出口のドアを開けてください!!」
「ビル全体が爆発したわけではない、外に出ると
かえって危ない、そこで動かず待機していろ」
93 名前:ミサイル 投稿日:2014/10/06(月) 23:28
外では、2発目のミサイルが上空に差し掛かり、
窓がほとんどないブリードビルに目標がとれないミサイルは
そのままビルの屋上に突入して着弾した。

屋上のすぐ下の10階にいた私とさゆの頭の上で
爆発が起きた。

ドドドドドドドドォ〜〜〜〜〜〜ゥンンンンン!

爆発の振動で10階全体が木の葉のように揺れ動き、
続いて、天井からはがれた建材の塊りがバラバラと
私とさゆの上に落ちて来た。


キャアアァ〜〜〜〜〜〜〜!!!
と悲鳴をあげるさゆの上に庇うように重なった。

私の体に、こぶし大の塊りが落ちて来る。
それが背中に降って来て、その痛みに思わずうめき声を
あげながら振り返って天井を見た時、

今度はこめかみに鈍い音とともに塊りが直撃した。
一瞬目の前が真っ暗になりながら、じっと耐えた。
少しして目を開けると、実際に辺りが真っ暗になっていた。
停電していたのだ。
94 名前:キス 投稿日:2014/10/06(月) 23:30
やがて辺りが静かになるとともに、
非常用の自家発電に切り替わったみたいで、わずかに
暗い灯りがぽつんと点いて、部屋の中がぼんやりと見えてくる。
もうもうと埃が舞う中二人は抱き合ったままでいた。

しばらくして私とさゆは目を開けてお互いを見た、
さゆは恐怖にブルブルと震えながら大きく瞳を見開いて
私の目を見詰めている。
お互いの大きくはく息が顔にかかる。
いつ天井が落ちて来て二人とも下敷きになって圧死しても不思議なかった。


私はさゆの頬を両側からは手で挟みこむと、
自分の唇を寄せて、さゆの唇に重ねた。
さゆはキスされて戸惑ったように瞳を動かしたが、
すぐに目を閉じた。
95 名前:包帯 投稿日:2014/10/06(月) 23:33
ようやく私が唇を離すと、さゆはゆっくりと目を開けた。
そして私の額に手を伸ばしてきて、

「血が出てるわ。怪我をしたの・・・」
さゆの指に血がついている、
自分の額に手をやると生暖かい血に触れた、
手を見るとべったりと血がついている。

天井から落ちてきた破片が額に直撃した時傷を負った
ようだった、
「大丈夫、大したことないよ。少し切れただけだよ」
さゆを安心させるために言った、
実際は頭がくらくらするほど痛み出していた。

さゆは体を起こすと、
「大丈夫じゃないわ、血がふき出してるわ、
何かで包帯をして血を止めないと」

そう言うと、さゆは自分の着ているドレスの裾を
ビリビリと引き裂くと、その切れ端を私の額に
巻いて包帯代わりにした。
96 名前:包帯 投稿日:2014/10/06(月) 23:35
二人は何とか立ち上がり、体をぴったりと寄せ合いながら、
安全な場所を求めて歩き出した。
やっと出口のドアの所まで行って、その前に座り込む。
山口がドアを開けてくれるのを待つしかなかった。

さゆはしばらく私の胸に頭をつけていたが、
顔を上げると、じっと私を見ながら、

「さっきは、どうして私にキスしたの・・・?」

どうしてキスしたのか、自分でもすぐには
説明出来なかったが、少し考えてから、


「お姫様を元気づけるために・・・」

さゆはそれを聞いてほほえんだ。
「確かに元気が出て来たわ」

さゆはまた私の胸の頭をつけた。
そんなさゆの髪を優しく撫でた。
97 名前:包帯 投稿日:2014/10/08(水) 23:04
しばらくして、ようやく入り口のドアが開いて山口が
姿を現した。
山口は私の血が付いた頭の包帯を見ると、すぐに
携帯電話のようなものを取り出して、
「すぐに10階に医者を寄こしてくれ」
と連絡を取る。

そしてさゆの方を見ると、
「さゆみ様は大丈夫ですか」
さゆはうなずくと、
「私は大丈夫。友男さんが上になって庇ってくれたの」

やがて医者が来て私の治療を始める。
傷口を消毒して包帯を巻く。
「立てるか」
と医者が聞いたので、
「立てますよ。多少頭がずきずきするけど」
「では痛み止めの薬を置いておく」

立ち上がった医者に山口が声をかけた、
「爆発した8階の者はどうなった」
医者は眉をひそめると小さく首を振った。
98 名前:角度 投稿日:2014/10/08(水) 23:09
やがて何人もの男達が部屋に入ってきてこの10階の
被害状況を調べていた。
その間私とさゆは居間のソファーに座っていた。
さゆは、気遣うようにぴったりと私に寄り添っていた。
しばらくして山口が二人の前に来て、

「一番被害の大きかったトレーニングスタジオだが、
幸い天井が落ちるような事は無い見込みだ。
しかし、当分あのスタジオは閉鎖することにする。
他の部屋は被害はほとんど無かった。
だから、さゆみ様には引き続きこの部屋に住んでいただく」
そう言うと山口は出て行った。

私は肩をすくめると、
「上と下で爆発があったというのに安全な場所に
避難もさせず、ご親切なことだ」
はき捨てるように言うとさゆを見た、
さゆは私の肩に頭をつけると、
「私は友男さんと一緒にいられるならどんな所でも
いいわ」
私はそんなさゆの肩を抱いた。
99 名前:角度 投稿日:2014/10/08(水) 23:12
一発目のミサイルは8階の小さいトイレの窓から
飛び込んで中で爆発して、8階にいた人間を全員
死亡させた。
二発目のミサイルは屋上で爆発した。
幸い、非常に浅い角度で着弾して爆発したので
爆風はほとんど上に抜けて、二人のいた
10階の天井を破ることなく、屋上に少し穴を
開けただけですんだ。

もう少し深い角度で突っ込んで来て、天井を突き抜けて
爆発したならば、二人の命は無かっただろう。
ミサイルが超小型だった事と、コンピューターなどの
制御装置を積んでいたため炸薬が少なかったのだ。
100 名前:食欲 投稿日:2014/10/08(水) 23:15
10階では引き続き停電の復旧作業が始まった。
その内お昼になり私とさゆに弁当が届けられた。
階下の厨房では主に電気を使って料理していたからだ。
外で作られた弁当は豪華だった。
鳥の唐揚げや鯛の塩焼きなどが入っている。

さゆは肉や魚を食べられないこともあるし、爆発の
ショックなのか、ほとんど食べなかった。
私はさゆの分も全部食べた。
頭の傷や背中の痛みもあったが食欲はあった。
私が食べる姿をさゆはじっと見つめていた。

「男の人がもりもり食べる姿って頼もしいわ」
私は口を動かしながら、
「人間食べられなくなったらお終いですよ。
食べた物が活力になり人間は生きていけるんだ」
「本当にそうね。でも私は食べさせる方だから」


なんとなくその言い方は引っかかった、
さゆが料理をしてるのをこれまで見たことなかった。
さゆのおかげで私が毎日豪華な料理を食べさせて
貰ってることは事実だが。
101 名前:食欲 投稿日:2014/10/08(水) 23:18
電気の復旧作業が行われてる間、私とさゆは
居間のソファーに座って過ごした。
さゆがちらっと上を見て、

「今なら停電してるから、誰にも見られたり聞かれたり
しないわよ・・・」
うなずいてさゆの肩に腕をまわした。
「そうですね。何をやっても咎められることはない」

さゆは私に顔をぐいと近づけると、
「お願い、また私を元気づけて」
私は一瞬、何の事かわからなかったが、さゆが目閉じて
顔をそらしたので気がつく。
近くには誰もいなかったし、上の監視カメラと盗聴マイクも
作動していない。

目を閉じたさゆの顔をじっと見つめた、
そして自分の衝動に身をまかした。
さゆを抱きしめて、その唇にキスをした。


私はこの謎の少女、まだ14歳の女の子に恋し始めて
いる自分を感じていた。
102 名前:監視 投稿日:2014/10/08(水) 23:23
電気の復旧作業は夜になっても終わらなくて、
どうやら明日までかかるようだった。
そして夕食の弁当を食べ終わると、私の帰る時間に
なり、出入り口のドアが開いて山口が姿を現した。

しかし、さゆは私に強くすがり付いてきて、
「お願い、今夜だけは側にいて・・・とても怖いの」
今にも泣きそうな表情で訴えた、

私も同じ思いだったので、
山口に向かって言った、
「どうかお願いします。今夜だけはさゆの側に
ついてやりたいのです」

山口は、じっと二人を見ていたが、
「わかった。今夜だけここに泊まることを許す」

それを聞いたさゆの顔がぱっと輝いた。
103 名前:監視 投稿日:2014/10/08(水) 23:27
さゆが着替えるため寝室のある自分の部屋に
下がった後、

「ありがとうございます」
と、山口に頭を下げた時、
山口は表情を変えずに言い渡した、
「キスぐらいは大目に見る。それ以上のことは許さん」

「はあぁ〜?!」
驚いて、上の監視カメラと山口を見比べた、
「だって、監視カメラは停電で作動しないはずじゃ
なかったのですか?」
「外からの送電が止まったら、ただちに自家発電に
切り替わって監視カメラは引き続き作動しているのだ」

思わず首を振ってソファーに座り込んだ、
爆発直後の最初のキスは見逃しただろうが、
2回目のあの情熱的なキスは見られてしまったのだ。

山口は続けて言い渡した、
「それから念のために言っておくが、あの監視カメラは
暗視装置が付いてるから、例え明かりが消えても常に
監視されていることを忘れるな」
104 名前:監視 投稿日:2014/10/08(水) 23:30
私は肩をすくめて、
「わかりました。するとあなたは一晩中モニターの前で
監視を続けてるというわけですね」
と皮肉を込めて言うと、

「もちろん、私が24時間監視しているわけではない、
他の人間が代わりをする場合もある、それに夜は
録画して後で見ることになる」

私が納得して、立ち上がると、
「さゆみ様は今日の爆発で非常に不安定な状態にある、
お前が側についてやるしかない」
「わかりました。それで僕はさゆの寝室で休んでも
いいのですね」
「それはかまわない。しかし、繰り返すがキス以上の事は
許されない」

私はむっとして、
「キス以上の事とはどんな事なんですか!
あの子はまだ14歳なんですよ、キス以上の行為なんて
出来るわけがない。
確かに僕はあの子とキスした。それはあの子が好きだから
です。好きになるのも許されないと言うのですか」

山口はそれには答えず、背を向けるとドアを重々しく
閉めて出て行った。
105 名前:ベッド 投稿日:2014/10/09(木) 22:26
ベッドのあるさゆの部屋に入って行くと、
自家発電の淡い明かりの下で、
さゆは鏡台の前に腰掛けてブラシで長い髪を梳かしていた。
艶々と輝いている黒髪は、とても柔らかそうでつい触れたくなる。

さゆは紅色の足首まであるネグリジェに着替えていた。
さゆの肌が雪のように真っ白いせいで、淡い紅色のネグリジェと
肌の白さが混じり合い、脚の部分がピンク色に透けて見える。
まさに衣通姫≠フような美しさだった。

さゆは髪を梳かし終わると立ち上がり、
ベッドに腰を降ろしほほえむと、
「このベッドは結構広いから、友男さんも一緒に休めるわ」

思わず苦笑した。
ちらっと上を見て、一緒のベッドで休むのは明らかに
キス以上の行為とみなされるかもしれない。
106 名前:ベッド 投稿日:2014/10/09(木) 22:30
「僕は、そこの下で休ませてもらいます」
さゆはちょっと不満そうに、
「私は王子様の腕枕で休むのが夢だったのよ」
「その、ご期待に添えないのは残念ですが・・・」

さゆはすぐに諦めたらしく、
「そこのドアを開けると一人分の寝具が入ってるわ」

そこから毛布を取り出すとベッドから少し
離れた所に敷いた。
寝室にはふかふかの絨毯が敷いてあってそのまま
毛布を被るだけで寝られそうだった。
停電でエアコンは止まっていても、6月になっていて
夜になっても寒くはなかった。

やがて消灯の時間になったらしく、明かりが消えて
あたりは暗くなる。
もちろん、暗視装置付きの監視カメラが見張っている。
107 名前:ベッド 投稿日:2014/10/09(木) 22:32
さゆが話しかけてくる、
「この頃、友男さんが帰ってしまうと寂しくて
寝られないことがあるの。以前の一人だった頃には
こんな事は無かったのに」

「それはよくわかります。ずっと一人だった頃は寂しく
無かったけど、二人で過ごすことになって、一人に
なるのは寂しいものですよ」
「そうなのね。でも今夜は安心して眠れそうよ」

やがてさゆは眠りについたようだが、私はなかなか
眠れなかった。
今日起きたあまりにも衝撃的な出来事を考え、そして
さゆの事を考えているうちに、いつしか眠りについた。
108 名前:腕枕 投稿日:2014/10/09(木) 22:34
夜半過ぎ、妙に右腕が重く感じて目が覚めた、
暗い中、それを確かめようと右手を上げてみると、
右腕に何かが乗っていて腕が動かせない、

そして何か柔らかくて暖かい物体が達也の毛布の中に
入って来ていた・・・。

顔を近づけると、柔らかい髪が鼻をくすぐった。


さゆが、私の腕に頭を乗せてやすらかに寝入っていた。
109 名前:作者 投稿日:2014/10/09(木) 22:37
修正
×「暖かい物体が達也の毛布の中に入って来ていた」
○「暖かい物体が私の毛布の中に入って来ていた」
110 名前:戦車 投稿日:2014/10/09(木) 22:40
同時多発テロが起こった日から4日立った。
ブリードビルに通うようになって10日目だった。
あの後、残りの食べ物を持って光男の家へ行ったが、光男は不在だった。
昨日も光男は帰っていなくて、光男の女房も行き先を
知らないようだった。
同時多発テロの直後から姿を消したと言うことは、
光男は反政府組織になんらかの関係があるようだった。

迎えの車に乗り込む。
車には、助手席に護衛の警官が乗り込んでいる。
昨日までは、武装した兵士が乗っていた。
到着して車から降りると、
ビルの正面脇には、巨大な戦車が鎮座している。
何時の世になっても戦車の威圧感は辺りを圧倒する。
入り口には完全武装した兵士が立っている。
111 名前:戦車 投稿日:2014/10/09(木) 22:43
エレベーターはミサイル攻撃で故障したままなので、
山口を伴って階段を歩いて登っていく。
各階の入り口には兵士が陣取っている。
各階には、姿を見たことは無かったが、
さゆのような少年少女が居住していると聞かされている。
ミサイルが直撃した8階は完全に閉鎖されていた。

10階に入ると、さゆが出てきて胸に抱きついてくる。
ちらっと山口を見ると、
彼は何も言わずに部屋を出て行った。
すぐに朝食になる。
相変わらず豪華だ。今朝は中華粥と飲茶が出た。
食事がすむとお茶を飲みながらテレビを見る。

画面には国軍の首都防衛司令長官が現われて、
反政府組織が政府の主な建物に向けて発射された
弾道ミサイルは、軍の防御兵器によって残らず
打ち落とされて被害は無かったと強調した。
112 名前:入浴 投稿日:2014/10/09(木) 22:45
ブリードビルの甚大な被害には一切触れなかった。
続いて、警察と軍によって反政府組織のアジトが
突き止められ、次々とテロリスト達が逮捕される
模様が映し出される。

そして、逮捕された人間の名前と顔写真が次々と
画面に映し出される。
光男の顔写真が出ないかと注目したが、幸い
光男の写真は無かった。
逮捕された者は即刻処刑されたと告げられる。
ため息をついてテレビを消した。


いつもは朝食が終わると、さゆは入浴してその後
マッサージとなるのだが、
「今日は友男さんが先にお風呂に入って。私は
その後で入るわ」
そのさゆの言葉に戸惑ったが、さゆの言うとおり
先にお風呂に入る事にした。
さゆはなぜか私と視線を合わせようとしない。
113 名前:入浴 投稿日:2014/10/09(木) 22:48
浴室に入って服を脱ぎながら、
この頃さゆが私の前で着替えをする時、恥じらいの
様子を見せていることを思い出していた。
これまでそんな様子はまったく見せなかっただけに
その変わりようが意外だった。
だから、この後さゆがあんな大胆な行動に出るとは
思ってもいなかった。

バスルームに入ると熱いお湯を出して、
シャワーを浴びていた時、ふと更衣室に物音がした
ような気がしてシャワーを止めた。
誰かが浴室に入ってきたようだった・・・。
さゆしか考えられなかった。


ガラス戸が開いて、さゆが姿を現した、
もちろん何も身につけていない。
114 名前:入浴 投稿日:2014/10/09(木) 22:52
さゆの青く輝く長い髪、透き通るような白さの裸身。
そして異様に光る瞳を見て体が震えた。

「・・・ここへ来ちゃダメだ、戻りなさい」
かろうじてそう言うと、

「私はお風呂に入るの。あなたの指図は受けないわ」
さゆはおごそかに言い放つ。

私は上のマイクとカメラに向かって叫んだ、
「山口さん!見てるんでしょ!さゆに止めるように
言ってください、戻るように言ってください!」

「友男さんに体を洗ってもらうの。それが友男さんのお仕事よ」
さゆが言った。もう瞳は光ってはいない。

ややあって山口が言った、
「さゆみ様の体を洗ってやれ」
115 名前: 投稿日:2014/10/09(木) 22:55
「はああぁ〜?!」
あの男は何を考えてるのだと思った。
「見ての通り、二人とも裸なんですよ!
僕がキス以上の行為をしてもいいんですかぁ!」

「お前にそんな勇気はない」

山口はあっさりと言った。
図星だったので何も言い返せない。

さゆはシャワーのお湯を出して浴び始める。
私が首を振りながら出て行こうとした時、
さゆが何か言っているようだった、シャワーの
流れる音が浴室に反響してよく聞こえない、
さゆが私に近づいて大きな声を出した。
116 名前: 投稿日:2014/10/09(木) 22:57
「私の髪を洗って欲しいの!」

その瞬間、あることに気がついた。
静かな所でいくら声を低くしてもマイクに拾われて
聞かれてしまうが、ここではシャワーの音がうるさくて
会話を聞かれる心配がないのだ。
特にここのお風呂はカメラとマイクが取り付けてあるせいか、
天井が高くて反響音が高いようだ。


さゆにぴったり体を寄せると、その耳に口をつけて囁いた。

「さゆの耳は可愛い。食べちゃいたいくらい」
さゆは瞳を動かして達也を見たが、
117 名前: 投稿日:2014/10/09(木) 23:00
さゆは頭のいい子だった、すぐ私の意図を理解した。
ちらっと上を見た後、私の耳に口をつけて、

「食べて」
と囁き返す。

調子に乗ってさゆの耳たぶを咥える。

二人はシャワーのお湯を頭から浴びてずぶ濡れに
なりながら、お互いの顔を見合わせて笑った。

背の高い私がさゆにかぶさる感じになると、
上のカメラからも死角になってよく見えないはずだ。
118 名前: 投稿日:2014/10/09(木) 23:05
その後さゆの髪を洗ってやる。
腰掛けさせ、後ろからシャンプーをかけ、手で
ごしごしとさゆの長い髪と頭皮を洗ってやる。
さゆはいかにも気持ち良さそうな声を上げる。


「すごく良いわ、もっともっと強く洗って。自分では強く
洗えなかったの。すごく気持ちいいわ」

後ろから髪を洗ってやりながら時折さゆの背中に触れるのが
刺激的で気持ちよかった。
119 名前:象徴 投稿日:2014/10/10(金) 21:08
その日も終わり、午後8時となって帰る時間になる。
さゆは私にぴったりと体を寄せると、背に両手を回し
じっと見つめてくる。
瞳の奥がきらめいていたが、やがてその瞳を閉じてつんと上を
上を向く。
その期待に応えてさゆの唇にキスした。

その時、部屋のドアが開いて山口が姿を現した。
横目で彼が見えたがかまわずキスを続ける。
山口は黙って二人を見ていた。
ようやく二人は唇を離すと、お互いの目と目を見やって
別れを交わした。

部屋を出ると山口と共に階段を降りていく。
先に降りていた山口は踊り場で私を待って言った、

「見せ付けるような真似はするな・・・」
120 名前:象徴 投稿日:2014/10/10(金) 21:12
山口の顔を見たが、怒っているようには見えなかった。
「それはすみません。キスは大目に見てくれると
お許しを得ていたので。これから気をつけます」

山口はうなずくと、また先に立って階段を降りていく。
どうしても彼に聞きたい事があった。

「今後、またここがテロリストの標的になる可能性は
あるのですか」

山口は立ち止まって、
「それは無い。それにここの警備も当分は軍の協力で
強化されている」

「あの表の戦車ですか。でも、あんなものがでんと
居座っていたら、またテロの目標になるようなもの
ではないのですか」
「お前はよけいな心配をしなくてもいい」
そう言うと山口は背を向けると降りていく。
121 名前:象徴 投稿日:2014/10/10(金) 21:14
その山口の背に声をかけた。

「僕とさゆは死ぬところだったんですよ!
そして現実に、爆発した8階にいた何の罪も無い
子供達が大勢死んでしまったんだ!
僕とさゆが命拾いしたのは幸運としか言えない」

山口は振り返って私を見た。

「これだけは聞かせて欲しい。なぜ、このビルが
テロリストたちの攻撃目標になったのですか?
僕には不思議でならない。
このビルにはさゆのような少年少女が住んでいる
だけのはずです。
それがなぜ標的になってミサイルを打ち込まれなくては
いけないのですか?」

山口は黙って私を見ていた。
122 名前:象徴 投稿日:2014/10/10(金) 21:16
「ここが攻撃されて大きな被害を出したことは秘密に
なっているようですが。それはともかく、なぜこのビルが
狙われたのか、それを危うく死にかけた僕は知る権利が
あると思う。何時また攻撃を受けないとも限らない。
あなたはそれは説明する義務があると思う」

山口は見つめたが、内心は彼は答えずに無視
するだろうと思った。
しかし、山口は口を開いた。

「この場所は、ある意味現在のこの国を象徴している」
「象徴・・・?」

「そうだ。この場所にはこの国の主だった人間が大勢
かかわっているし、その象徴たる事をテロリストも知り、
ここを攻撃してきたのだ。言えるのはそれだけだ」
123 名前:象徴 投稿日:2014/10/10(金) 21:18
ある言葉が浮かんできて、それを言った。
「それは、負の象徴と考えていいのですね」

山口は口を閉じていたが、否定はしなかった。


「そして、さゆはその象徴の最たるものなんですね」

山口は口を堅く閉じ、くるりと背を向けると足早に
階段を降りて行った。
124 名前:象徴 投稿日:2014/10/10(金) 21:23
アパートに帰りつくと、さっそく光男の家へ
向かった。ぜひ光男に会って聞きたいことがある。
しかし、光男はあの日以来帰ってきていなかった。

女房は私に光男の居場所を知らないかと問うたが、
それは私も知りようが無いとしか言えなかった。
女房に食べ物の包みを渡すと部屋を出た。

自分の部屋に戻ると、ベッドに横になりながら、
山口の言った言葉を考えていた。
象徴、それも負の象徴。
もしかしたら、自分もその負の象徴に加担させられてる
のかもしれない。

後はさゆの事は考えた。
さゆの唇の感触を思い出していた。

私は、完全に深みにはまっていた。
あのブリードビルの深遠さと、そして、さゆみに。
125 名前:光男 投稿日:2014/10/10(金) 21:26
真夜中にドアがノックされたような気がして目が覚めた。
思わず飛び起きて、ドアを開けて廊下に出た。
灯りはすべて消えていて暗かったが、わずかに窓から
漏れる月明かりに人影が見えたような気がした。

「光男さん!」
その人影に近づいた。

やはり光男だった。
光男は屋上に誘った。
満月で外は明るかった。

光男は屋上のコンクリートの床にひざまずいて
私に頭を下げた。

「すまない・・・俺はブリードビルを攻撃するのは
止めてくれて頼んだのやけど、上の連中がどうしても
あのビルを攻撃するといって聞かんやった・・・」
126 名前:15歳 投稿日:2014/10/10(金) 21:28
「頭を上げてください。あなたを恨んではいませんよ。
確かに僕とさゆはひとつ間違えば死ぬところでした。
でもこうして何とか生き残れた」

光男が反政府組織にかかわっていることを知らずに、
ブリードビルの内部をおおよそではあるが書いて
光男に渡したのだから、ある意味、
ビルが標的にされた遠因は自分かもしれない。

山口の言ったあのビルがこの国を象徴しているという言葉を伝えて、
その意味を光男が知っているか問いただしたが、
光男はそこまでは知らないと言った。
そこでブリードビルとさゆの事で何かわかったかと
聞くと、光男はブリードビルに住んでいる子供達について
ひとつだけわかった事があると話してくれた。
127 名前:15歳 投稿日:2014/10/10(金) 21:31
「あのブリードビルには、何人もの子供達が集められて
いるが、その年齢が15歳以下の子供に限られてることや、
10歳ぐらいからあのビルに収容されて、何年かして
15歳を迎えるとその子供はいなくなってしまうらしい」
「・・・・」

光男は、言い換えて、
「15歳になると、その子供は何処か他へやられるみたいや。
その子供がどうなるかは、誰も知らないらしい、
その後の子供の姿を誰も見てないそうや」

考えて、聞いた。
「その15歳になった子供がビルの外に出るところを誰か
見たのですか」
光男は首を振った。
「その事を教えたくれた人間によると、入るのは見たが、
その後、外に出るのを一度も見たことはないそうや」
128 名前:15歳 投稿日:2014/10/10(金) 21:36
その後光男は、残された光男の家族に毎日のように
食べ物を渡していることに、くどいように礼を言うと、
自分は警察に追われているから後を頼むと言い残して
姿を消した。

部屋に戻るとベッドの上で、山口の言った象徴の意味や
今夜の光男の言った事を考えていた。
そしてこれまで知った事柄をあれこれつなぎ合わせていくと
ある事が浮かび上がってきた。

15歳になるとその子供はビルからいなくなってしまう。
私が、このビルに通うようになった初日に、さゆが
自分は生まれて14年と10ヶ月ほどになると言ったのを
思い出していた。

という事は、この後私が一ヶ月間の勤めを終えて
数日でさゆは15歳に達する事になる。
その日に、さゆの身に何かが起こることになる。
129 名前:誕生日 投稿日:2014/10/10(金) 21:40
一晩中考えたあげく、ある結論に達した。
到底許しがたい事だった。
幸い、まだ何日か時間が残されている。それまでに何とか
さゆを救い出す決意を固めていた。


翌日、朝食を取りながらさりげなくさゆに聞いた、
「さゆの誕生日は何日なの?」
「私は2041年の7月13日に生まれたの」

今日は2056年の6月20日だった。

「7月10日で僕の仕事は終わってしまう。
さゆの誕生日を祝えないのは残念だな」
130 名前:誕生日 投稿日:2014/10/10(金) 21:44
さゆは食事の手を止めて私を見ると、

「今年は私にとって特別な日なの。盛大なパーティーを
開いてくれるそうよ。そうだ、友男さんもそのパーティーに
招待するよう頼んでみるわ」

「それはありがたいな。何かプレゼントを持って行きますよ」

さゆの表情をうかがったが、さゆは別に何事も
ない風に聞いてくる、

「ありがとう。友男さんのお誕生日は何日なの?」

「僕は、2035年の8月3日生まれです」

「そうなの。でも私は友男さんのお誕生日を祝う
事は出来ないわ」
「どうしてですか、ぜひさゆにも祝ってもらたいな」

「その頃には、もう私はいないの」
131 名前:誕生日 投稿日:2014/10/10(金) 21:46
さゆは小さく首を振ると後は黙って食事を続けた。

さゆの言葉の意味を考えた。
まるで8月にはもうさゆはこの世界に存在しないように聞こえる。


さゆの誕生日の日、パーティーに参加することは、
重大な意味がある事を後で知った。
132 名前:明日 投稿日:2014/10/10(金) 21:51
その日が終わり、帰る時になると、
さゆはいつも名残惜しそうに私の胸にすがってきて
キスをねだってくる。
優しくキスしてやり、唇を離すとさゆの髪を撫でながら
「明日、また来ますよ」

さゆは見上げながら潤んだ瞳で、
「明日、必ず来て。きっとよ」

私はそんなさゆに笑って、
「もちろん明日、必ず来ますよ」


明日という日は、誰にも平等に必ずやってくる。
しかし、もしかしたらさゆにとっての未来は
やって来ないのかもしれない。
もう一度さゆを強く抱きしめてから、出て行った。
133 名前:桃子 投稿日:2014/10/10(金) 21:55
翌朝、ドアを激しく叩く音で目が覚めた。
時計を見ると朝の6時過ぎだった。
ドアの前に行って、どなたですかと問うと、
「友男!あたしよ、ももよ!」


ドアを開けると、若い女が立っていた。

同じ大学に通っていた桃子だった。
134 名前:桃子 投稿日:2014/10/12(日) 15:47
ももは私の顔を見ると嬉しそうに飛びついてくる。

ももはヘソが見える短い派手な金色のTシャツに、下は
太ももがほとんどあらわになったホットパンツを穿いている。
髪の毛は長くはないが派手なピンク色に染めている。

「大学にも全然姿が見えないし、昼間来て見たけど、
何度来ても留守だったから、朝早く来てようやく
捕まえたわ」

ももは何度かこの部屋に泊まった事がある。
ベッドの上のもものことを思い出していた。

あまり女の子に興味が無い自分がお気に入りの数少ない
女の子のひとりがももだった。
可愛かったし最初は付き合って楽しかったが、最近は
鼻についてきていたし、今はさゆの事で頭がいっぱいで
彼女の事はすっかり忘れていたのだ。
135 名前:桃子 投稿日:2014/10/12(日) 16:06
ももの父親は輸入品を政府に納めてこの混迷の中で生き抜いて
いる言わば悪徳業者の一人で、家は裕福だった。

「本当に会いたかったわ!」
ももは首に腕をまわしてきて、強引にキスしてくる。
思わずももの肩に手をあてて突き放した。

「何すんのよ〜!」
ももはよろめきながら口をとがらして私を睨んだが、
唇に手をあてて、
「あっ〜なんか他の女の匂いがするわ、さてはあたしを
避けてるのは新しい女が出来たのね!まだどっかに居るんでしょ!」

ももは勢い込んで部屋の中を歩き回り、トイレや風呂場の
ドアを開けて回る。

「女は何処にいるのよ!隠してるんでしょ!」
136 名前:桃子 投稿日:2014/10/12(日) 16:08
あわててももを掴まえると、
「誰もいないよ!今はバイトが忙しくて大学へは行って
ないんだ、お前なんかの相手をするヒマはないんだ、帰れよ!」

ももを勢いよく外に放り出してドアを閉めた。

ももはしばらくドアの外で叫びたてていたが、
ようやく帰ったらしく静かになった。

さゆとキスしたのは昨夜なのに敏感にその匂いを
嗅ぎ付けた女の嗅覚は恐ろしいほどだった。
137 名前:嫉妬 投稿日:2014/10/12(日) 16:13
翌日、ブリードビルに着くと戦車は姿を消していたが、
ビルの側にテントが出来ていて、兵士が常時駐留
しているようだった。

部屋に入ると、すぐにさゆが満面の笑みを浮かべて現れた。

あんなあばずれと違って純なさゆの顔を見ると、
ほっとする思いだった。
さゆは私の腰に腕をまわして見上げると、
目を閉じてキスをねだってくる。
熱いキスをかわした後、私が唇を離すと、
さゆは小首をかしげて私をじっと見つめると、

「なにか友男さん以外の匂いがするわ、
昨日、誰かと会ってたのね・・・」


驚いてさゆを見た。
138 名前:嫉妬 投稿日:2014/10/12(日) 16:16
何も言えなくて立ちすくんでいると、

さゆは瞳を光らして私を見据えると、
「昨夜会ったのね、女の人と」

「・・・昨夜は誰も会っていないよ」
かろうじてそう言うと、

「じゃあ今朝、女の人と会ったのね」

さゆの大きな瞳に見据えられて嘘は言えなかった。
「今朝、会った」
139 名前:嫉妬 投稿日:2014/10/12(日) 16:20
さゆはうなずくと、
「どんな女の人?」

「大学の友達なんだ、最近大学へ顔を出さなかった
から、会いに来たんだ」

「ガールフレンドなのね。それでキスしたのね」

「今はガールフレンドじゃないよ、それにキスは、
桃子のやつがいきなりしてきたんだ」

「桃子さんていうのね。どんな人、可愛い人?」
「そんな事はどうでもいいよ」


さゆは首を振ると、
「大事な事よ。私よりも可愛い人なの・・・」

ももとさゆの可愛さは質が違うものだし、較べられる
ものではない。
140 名前:嫉妬 投稿日:2014/10/12(日) 16:24
「もうやめよう。ももとは今は何でもないし、
これからは二度と会わないよ」

しかし、さゆは追求を止めなかった、
「前は好きだったのでしょ。恋人同士だったのね」


思わず声を荒げて、
「だから!今は違うと言ってるだろ!
ももとはもう終わったんだ!それだけだ」

さゆは、暗く悲しそうな表情で下を向いた、

たまらなくなって、
「今は好きなのは、さゆだけだよ!」


さゆは小さく首を振ると、背を向けて行ってしまう。
141 名前:嫉妬 投稿日:2014/10/12(日) 16:28
その日、さゆはほとんど私に口をきかなかった。
帰る時間になっても、
さゆは背中を向けたまま動こうとはしなかった。


山口とエレベーターに乗っていても苛立ちで
いても立ってもいられない気持ちだった。

山口が声をかけてくる、
「どうした、今日はキスしてやらないのか」

思わず強い口調で言い返した、
「からかうのはやめてください!
お姫様は今日はご機嫌斜めなんですよ!
さゆも女なんですね、一人前に焼いたりして」

山口は、面白がっているような目をしていた。
「お前が悪い」
「ええそうです、僕が悪いのはわかってますよ」


その後、面白がってはいられない事態に発展して、
私とさゆの関係が新しい局面を迎えようとしていた。

142 名前:納豆 投稿日:2014/10/14(火) 11:09
翌日、いつものようにブリードビルへ向かった。
休みは原則として無かったが、私が希望すれば
休みを取れることになっている。
仕事はさゆの相手をするだけだし、最近は毎日さゆに
会うのが楽しみだったが、今日は少し気が重かった。

山口がドアを開けると、さゆは少し離れた所に立っていた。
山口は少しの間さゆと私の顔を見比べていたが、
何も言わずに出て行った。

「おはようございます」
少し重苦しい空気を破るように大きな声で言うと、
さゆがおずおずと近づいてくる。

「今朝は誰かと会わなかったの」
「誰にも会ってません」

さゆをぐいと抱きしめると、キスをした。
唇を離すとさゆの目を見て、
「誰かの匂いがしますか」
さゆは小さく首を振った。
143 名前:納豆 投稿日:2014/10/14(火) 11:13
すぐに朝食になる。
今朝は和食で、ご飯にお味噌汁、鰯の丸干しを焼いた物、
それに卵と海苔が付いていた。納豆もあった。
納豆の中に生卵を入れて箸でぐりぐりとかきまぜる。
その納豆をご飯にかけると海苔をちぎってふりかけ、醤油を
たらした後、豪快に口の中にかき込んだ。
それを見ていたさゆが、

「そんな食べ方気持ち悪い〜」
と、いかにも気持ち悪そうな顔をする。
さゆは納豆は食べられないようだった。

納豆かけご飯を口の中にいっぱいにして、
「なにが気持ち悪いんだ!これが一番美味いんだ」
私の唇に生卵入りの納豆の黄色い汁がたれているのさゆは、

「そんな物を食べる人とはキスしたくない・・・」
さゆは調理した卵は食べられるようだが、生卵は
いっさい食べない。

「そうですか。なんなら今すぐキスしてあげましょうか」

「意地悪ね」
144 名前:納豆 投稿日:2014/10/14(火) 11:18
子供の頃、田舎の両親の実家で食べた、卵を入れた
納豆かけご飯が大好きだった。
食糧事情の悪い都会ではまったく食べられなかったのだ。

いつもは納豆を食べないさゆも、今日は納豆を一粒づつお上品に
口に運ぶ。
なにかそのやりとりで、二人の間のわだかまりも少しは
ほぐれたようだった。

朝食が終わり一息いれた後、さゆはいつものように
お風呂に向かう。
私は一瞬迷ったが、思い直してさゆの後に続く。
シャワーを浴びながらの会話は、誰にも聞かれる心配の
ない二人だけの貴重な時間だった。

浴室に入ると、さゆはシャワーのお湯を勢いよく
出して浴びていた。シャワーの音が狭い浴室内に反響して
大きな音を立てている。
後ろからさゆにかぶさるようにその耳に口をつけて、
145 名前:シャワー 投稿日:2014/10/14(火) 11:21
「今は誰よりもさゆのことが好きなんだ」
さゆは振り返り伸び上がって私の耳に口をつけて、

「桃子さんのことも好きだったんでしょ、
桃子さんとはどこまでの関係なの?」

またももの事を持ち出したさゆにうんざりして、
「どこまでって、ももとは何でも無いよ」

さゆは私の顔をうかがいながら、
「ウソを言わないで。桃子さんを部屋に泊めたのでしょ」

「以前の事だけど、泊めたよ。夜遅かったし、仕方なかった」

「そう。じゃあ寝たの・・・」
146 名前:シャワー 投稿日:2014/10/14(火) 11:23
さゆの口からそんな言葉が出るとは意外だった。そして、
自分の中の意地悪な気持ちが言わせたのかもしれない、

「・・・ああ、ももと寝たよ」

言ってしまって後悔したが、遅かった。


さゆはさっと私に背を向けると、浴室から出て行った。
147 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:27
浴室から出てみると、
ソファーにうつ伏せになったさゆを白衣の中年の女性が
マッサージをしていた。

それをやるせない思いで見ていた。
最初の日以外はいつも私がさゆをマッサージしていたのに、
お役御免になってしまった。

その後もさゆは私と視線を合わそうともしない。
すべて自分が悪いのだと思うし、何も言えない。

やがてフレンチの昼食になって、
さゆはテーブルに置かれたワインをグラスに注ぐと、
あおるように飲み干した。
それを見た私は、たまらなくなって言った、

「僕にあてつけるつもりかもしれないけど、
そんな飲み方をしちゃいけないよ、それに・・・」

「私はもう子供じゃないわ!何を、どんな飲み方を
しようと、あなたの指図は受けないわ」
さゆはそう言うと私を見据えた。
148 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:30
とりつくしまも無くて黙った。
さゆはさらにフォークとナイフを持つと、
普段食べられないと言ってたはずの肉料理を
どんどん口に運び出した。
いつもはゆったりとお上品に食事をしていたさゆとは、
別人のようだった。

さゆは料理に手をつけない私を見て、
「どうしたの、食べないの?人間食べられなくなったら
お終いよ」

どっかで聞いたような文句だなと思いながら、
さゆが食べ物を詰め込む姿を唖然として見た、
さゆは食べ物を口いっぱいに頬張り、ワインをあおった。

そんなさゆに私は皮肉を込めて言ってしまった、

「まるで、豚みたいな食べ方だな」
149 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:33
それを聞いたさゆは、さっと顔を上げてこちらを睨んだ、
顔色が変わっていた、

「そうよ、私は豚よ!」

さゆはそう言うと、いきなりワイングラスをつかむと、
床に叩きつけた、
ガチャンッと大きな音を立ててグラスは砕け散った。
私は驚いて立ち上がった、

「私は豚よ!汚らしい豚なのよ・・・豚なのよ」
さゆの目には涙が浮かんでいた。
150 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:36
「どうしたの?落ち着いて!」
思わずさゆに近づこうとすると、

「嫌!来ないで、私に近づかないで!!」
さゆは立ち上がり泣き叫ぶと、テーブルの皿を辺りに投げつける、

「さゆ!いったいどうしたというの・・・」
さゆに何が起きたのかさっぱりわからなかった、

さゆは大声で泣き喚き、手当たり次第に皿やグラス辺りに
投げつけている。

ももの事でさゆが怒っているにしても、あまりにも
異常な興奮のしかただった。
151 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:39
その時、ドアが開いて山口が部屋に飛び込んで来た、
興奮して泣き叫んでいたさゆが、突然床に倒れ込んだ、
それを見た山口は携帯電話を取り出して、

「大至急10階に医者を寄こしてくれ!」

そして、私に目をやり開いたままのドアを指差して、
「お前は外に出ていろ!」

さゆは気を失っていた。
152 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:42
ドアの外で茫然と立ちすくんでいると、
医者が鞄を持って駆け込んでくると部屋に入った。

しばらくして、ようやく山口が部屋から出て来た、

「さゆは、大丈夫ですか・・・」
私の問いに山口はうなずきながら、

「今、鎮静剤を打って眠らせたところだ。
少し興奮し過ぎたようだ、心配は無い」
「そうですか」

山口は少しの間、私を見ていたが、
「今日は、このまま帰れ。すぐ車の手配をする」
153 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:44
「わかりました」
背を向けて行きかけたが、振り向いて、

「明日は・・・」

「お前もたまには休むのもいいだろう、
明日は来なくていい。そうだ、これを渡しておく」
山口は携帯電話を私に手渡した。


「明日、今後をどうするか連絡をする。これの
使い方はわかるな」
私はうなずいて受け取った。
154 名前:興奮 投稿日:2014/10/14(火) 11:46
さゆとは少し距離を置いた方が良いのかもしれないと思った。
それに、この事で自分は首になる可能性もあった。

帰りの車の中で、さゆの言った言葉を考えていた。


『私は豚よ・・・』

その言葉の意味を後に私は思い知らされる事になる。
155 名前:図書館 投稿日:2014/10/14(火) 11:50
アパートに帰ると、
今日は昼間のうちに帰らされたので光男の家族に渡す食べ物は無かったが、
もしかしたら光男が帰っているかもしれないと思って
光男の家のドアをノックしてみたが、
中には誰もいないらしく返事は無かった。

部屋に戻ってベッドの寝転がったが、考えることはさゆの
事だけだった。
可哀相なさゆ。ほんの子供の頃から親兄弟と引き離され
飼育小屋のようなブリードビルに閉じ込められている。
そんなさゆの気持ちを思いやりもせず軽率な事を
言ってしまった自分自身に呆れ返る思いだった。

『今、好きなのはさゆだけ・・・』
この想いに間違いは無いはずだった。
ベッドから体を起こして時計を見た、
まだ、3時過ぎだった。
久しぶりに大学へ行ってみることにする。
図書館で調べたい事があった。
156 名前:図書館 投稿日:2014/10/14(火) 11:52
同時多発テロが勃発して以来世の中が不安定に
なっていて、大学も休校状態になっているようだったが、
警備員は学生証を見せると構内に入れてくれた。

政府は、権力に対して従順な若者だけを選別して大学に
入れていたので、一世紀も前のような過激派の学生は
存在しなかった。
私もそんな従順な学生の一人だったのだが。

電力が制限されているので、コンピューターの類は
使えないことが多いので、原始的な情報収集の
方法として、紙に印刷された本が復活していた。
157 名前:図書館 投稿日:2014/10/14(火) 11:55
図書館で古代史の本を抜き出して読みふけった。
特に古代中南米文化の、アステカ、インカ、マヤ文明などに
関する本を熱心に読んで調べた。

そしてその中の生贄に関する記述に目が止まった。
それらの古代国家の中には、聖なる生贄として少女の命を
絶った後、儀式を行いミイラにして祭ったとある。

それらが、さゆの今後の運命と何らかの関係があるか
どうかは、わからない。
しかし、考えていた事と一致するところがあった。
さゆは生贄にされるのだと見当をつけていた。

しかし、何の為の生贄かはまったくわからない。
それに単純に生贄として命を絶たれるわけではないと
考えていた。
さゆの15歳の誕生日の日に、何か儀式のようなものが
行われるのかもしれない。
158 名前:携帯電話 投稿日:2014/10/14(火) 11:58
翌日の朝、目を覚まし時計を見て、午前8時前だと
気がついて、ブリードビルに行かなくてはいけないと体を
起こしたが、山口から今日は来なくていいと言われた事を
思い出した。

ベッドから起き上がると、山口から渡された
携帯電話を取り出した。

私が生まれる頃から約30年ほど前は誰でも携帯電話を持って
いたと聞いた事があるが、今では政府の方針で携帯電話は
ほとんど見かけなくなっていた。
たぶん、国民によけいな情報を知られないためかもしれない。
159 名前:携帯電話 投稿日:2014/10/14(火) 11:59

その頃の携帯電話は、カメラやメールなどの機能もあり、
コンピューターとしても利用出来たみたいだったが、
この携帯電話は、電話としての機能しかないシンプルな
物だった。
その日の午後だった、突然携帯電話の着信音が鳴り始めた。
携帯電話を耳にあて、ハイと返事をした。

山口からだった。
もしかすると、仕事を解雇されるではないかという
不安がよぎったが、
どうやら、そうではないようだった。
160 名前:携帯電話 投稿日:2014/10/14(火) 12:02
山口は、すぐに車を回すから直ちに出て来いと言う。
何かただならぬものを感じて、
「何かあったのですか?」
と問うと、
山口は少しおいてから、言った。


「さゆみが自殺をはかった」


思わず息を呑んで、
「それで、さゆは・・・さゆはどうなったのですか」

「それを知りたければ、直ちにこちらに来ることだ」
山口はそれだけ言うと、電話を切った。
161 名前:儀式 投稿日:2014/10/16(木) 21:44
ブリードビルに到着すると、待っていた山口と共に
さゆの部屋に入った。
さゆはベッドで眠っていた。
山口の顔を見ると、彼は毛布をまくりさゆの
左腕を示した。
さゆの左手首には包帯が巻かれていた。

「さゆみは今日の朝、食事用のナイフで自分の手首を
切りつけたのだ。
今朝になってお前が来ない事を知り、朝食の時私が
目を離した隙に自殺をはかったのだ」


ベッドの脇にひざまずいてさゆの寝顔を見つめた。
すべては自分のせいなのだ。

「幸い、ナイフは血管をはずれていて出血も大したことは
無かったので命に別状はない。しかし、問題は精神的に
深い傷を負っていることだ」

自分が側についていればこんな事にならなかったと思ったが、
しかし、さゆが自殺をはかった原因は自分にあるとしか言えない。

162 名前:儀式 投稿日:2014/10/16(木) 21:48
山口は私をソファーに座らせると、話した。

「この事について上層部の考えは、自殺の原因は
お前にあるとして直ちにお前を外して、場合によっては
さゆみをこの『儀式』から除外するというものだ。
さゆみがこのような精神的に不安定な状態では、
とてもこの先続けられないと思っているようだ」

「僕を首にするという事ですか」

「解雇などという生やさしいものでは無い。
『儀式』が行われる前にお前を外すということは、
知りすぎているお前を失格者として処分することだ」

「僕は何にも知らないし、何も知らされていない!」

「上層部はお前は十分に知りすぎているから、放免すると
この事が外部に漏れると考えている」

私は首を振りながら、
「失格者として処分ということは、銃殺されるという
ことですね・・・」
山口は私を見たが、否定はしなかった。
163 名前:儀式 投稿日:2014/10/16(木) 21:51
「さゆみが除外されるということは、さゆみの担当者の
私も責任を問われて、お前同様に処分されるという事だ」

「それはお気の毒な事ですね。
それで僕らが助かる道はあるのですか」

山口はうなずくと、
「もちろん、まだ決定したわけではない。
私は上層部に、さゆみが自殺をはかった原因がお前に
あったとしても、さゆみの不安定な状態を回復出来るのは
お前しかいないと伝えた。
それはお前とさゆみがまだ信頼関係を保っている事が
前提だが」


ふと、山口が『さゆみ様』と呼ばないで、
さゆみとだけ言っていることに気がついた。
164 名前:儀式 投稿日:2014/10/16(木) 21:55
「それで、お前を呼び寄せて1日だけ様子を見ることに
なった」

「そうですか」
私は山口の言った言葉が気になった、

「さっき、『儀式』と言いましたね。それは、まさか
『Ritual abuse』の儀式の事じゃないでしょうね」

「・・・それはどういう儀式なのか」

私は山口に説明した、
『Ritual abuse』 悪魔崇拝の儀式で行われる児童虐待。
それは昨日、図書館で調べた事柄だった。


山口はじっと私を見ていたが、

「違う。虐待など無い」
と、きっぱりと言った。
165 名前:儀式 投稿日:2014/10/16(木) 21:58
確かにこれまでのさゆは、虐待などされていない。
むしろ、大事にされている。
しかし、生贄にされる者は生贄の祭壇に上がるまでは
大事にされるはずだ。

さゆと二人だけにして欲しいと頼むと、
山口はうなずいて出て行こうとした、
その背中に私は声をかけた、

「あなたは、なぜ僕とさゆがまだ信頼関係を保っていると
思ったのですか。さゆは僕に絶望して自殺をはかったのかも
しれないのに」


山口は振り返って、
「お前が来る前、さゆみがうわ言でお前の名前を
呼んだのだ。『友男さん』と」

山口は私がさゆの事をどう思っているかは問わないで
部屋を出て行った。

166 名前:下僕 投稿日:2014/10/16(木) 22:01
私はベッドのさゆの側に戻った。
おそらく薬で眠らされているのか、さゆは一向に
目を覚まさない。
さゆの寝顔を見ていると、魔女の手にかかって永遠の
眠りに落ち入った童話の中のお姫様のようだ。

ベッドのさゆに顔を近づけた。
眠っているお姫様を目覚めさせるには、王子様のキス
しかない。
さゆの息が感じられるところまで近づいたが、
思いとどまった。
やはり、自分はまだ王子様にはなれないと思うし、
その資格もない。
王子様にはなれないが、下僕ならなれると思う。
さゆの一生の召使となって償うしかない。


さゆの寝顔から少し視線をそらして再び見ると、
さゆは目を開けていた。
大きな瞳を見開いて私を見つめている。
167 名前:下僕 投稿日:2014/10/16(木) 22:04
さゆに言うべき言葉はひとつしかなかった。


「愛してる。誰よりもさゆを愛してる」
人を愛している。と言ったのはさゆが初めてだった。

さゆの瞳から一筋の涙が流れた。
体を起こし腕を伸ばしてきて、私の首に両手を
回してくる。私もそんなさゆを抱きしめた。
168 名前:招待 投稿日:2014/10/19(日) 23:10
翌日からまた二人の生活が再開された。
近づく、「儀式」までのつかの間の時間でしかないが、
出来るだけさゆと楽しんでいたいと思っていたが、
もちろん、私の頭の中にはどうやってさゆを救い出すか、
その事を常に考えていた。

前と少し変わった事と言えば、さゆがますますお姫様然と
してきたことだ。私を王子様よりも下僕として扱うように
なってきた、それは私の方からし向けたからでもあるが、
意外にその方がお互い合ってるかもしれない。

さゆは午前のお風呂の時間に、私の目の前で服を脱ぐことに
前のように恥じらいを見せる事はなくなった。 
さゆは脱いだ物すべてを私に渡すと、そのまま浴室に
向かう。もちろんその後を私もお供をする。
169 名前:招待 投稿日:2014/10/19(日) 23:12
二人で浴室に入ると、さっそくシャワーを勢いよく出す。
浴室の会話だけが誰にも聞かれることの無い二人だけの
時間だった。
二人は熱いシャワー頭から勢いよく浴びながら語り合う。

私はさゆの後ろからぴったり体を寄せ、その腰に腕を
回した。そして、上の監視カメラを避けるため、かぶさる
ようにしてさゆの耳にささやいた。

「さゆの誕生日にどんな儀式が行われるの?」
さゆは顔を振り上げて言う、
「さゆみのお誕生日を祝ってご馳走をみんなで食べるの」
「それだけじゃないはずだ・・・」
170 名前:招待 投稿日:2014/10/19(日) 23:15
さゆはいつもその問いに、はぐらかすような答えしか
言わない。さゆは自分の運命を承知しているはずだ、
私の考えが正しければ、さゆは生贄として祭壇に
祭られることを受容しているように見える。

「ここから逃げ出して、僕と一緒に暮らそう。
そしてさゆが大人になったら、結婚しよう。
ここみたいに贅沢な暮らしは出来ないかもしれないけど、
僕が必ずさゆを幸せにしてみせる」

さゆは向き直ると、私の顔をじっと見つめていたが、
何も言わずに私の胸に顔をつけた。
さゆの柔らかく暖かい体を抱きしめた。
171 名前:招待 投稿日:2014/10/19(日) 23:18
その日が終わり、いつものように別れのキスを
さゆとかわして部屋を出た。

エレベーターの中で山口が背を向けたまま、
「いつもシャワー浴びながら、二人で何を話してる」

私は思わずびくっと体を震わして、
「何も話してないですよ・・・」

山口は振り返ると、
「まあいい。さゆみ様は何も喋らないはずだ」


もしかしたら、さゆはマインドコントロールを受けているの
かもしれないと思った、肝心な事を話さないのも
そのせいかもしれない。
私は気になってる事を聞いた、
172 名前:招待 投稿日:2014/10/19(日) 23:19
「この前、僕がこの役目を途中で外される時は、
失格者として処分されると言いましたね、
そうなると、この役目を終えた後でも僕は処分される
事になるんじゃないですか、口封じのために」

山口は首を振ると、
「その心配は無い。役目を終え、儀式が終了すれば
お前は解放される。それに、さゆみ様からお前も
儀式に招待したいと要望が出ているが、それも
承認される見込みだ」

「そうですか。その儀式とはどんなものかそろそろ教えて
くれてもいいのではないですか」
山口は視線をそらすと、
「それは招待された席でわかることだ」
173 名前:招待 投稿日:2014/10/19(日) 23:22
帰りの車の中で、さゆの言葉を思い返した、
『さゆみのお誕生日を祝ってご馳走をみんなで食べるの』
後になって、この言葉はその儀式を象徴していたとわかった。


その日もいつものように、ブリードビルに到着した。
約束の一ヶ月の仕事は残り10日を切っていた。
何か秒読みに入ったようで、私は焦り気味だった。
頭をしぼってさゆをこのビルから救い出す方法を日夜
考えていたが、まったくめどが立っていなかった。

山口と共にさゆの待つ10階に上がり、部屋のドアの前に
立つ。山口がドアの小さな小窓に手をかざすと、ロックが
開くのだ。
174 名前:大ホール 投稿日:2014/10/19(日) 23:25
「一度聴こうと思ってたのですが、どういう仕組みでドアが
開くのですか、手の指紋か何かで解除するのですか」
「そうではない、私の脳波を感知して開くのだ」

感心して、
「それはすごいですね。では僕でも開くことが出来るのですか」
「それは簡単だ、お前の脳波を登録しておけばいいのだ」
「なるほど」

二人は部屋の中に入った。
さゆが嬉しそうに近づいてきて、体を寄せ私の腰に腕を
まわす。二人は顔を寄せると軽くキスをする。
そんな二人を山口は見ていたが、すぐに背を向けて部屋を
出て行こうとした、
その時声をかけた、


「待ってください!お願いがあります!」
山口は振り返った、
175 名前:大ホール 投稿日:2014/10/19(日) 23:27
「さゆを、さゆを一度でいいからこの部屋から出して
上げてください。たまには外の空気を吸わせてあげたい
のです」

山口は黙って私を見ている、
「外から来た僕でも、朝から晩まで部屋の中に籠もって
いると、息が詰まりそうになるんです。まして、さゆは
僕の知る限り、一度として外に出てないはずです。
このままじゃ病気になってしまう。どうか、わずかでも
いいですから、外に出してあげてください」

さゆがこの部屋にいる限り逃げ出すチャンスは巡って
こない。さゆが外に出さえすれば、一縷の望みがある。
しかし、山口はきっぱりと言い渡した。
176 名前:大ホール 投稿日:2014/10/19(日) 23:29
「さゆみ様を外に出すことは、絶対に許されない。
病気については、今日からは毎日医者が診察する事に
なっている」
山口は取り付くしまも無くそう言うと部屋を出て行った。

私の胸に顔を付けていたさゆが、
「私は外になんか出なくても平気よ。友男さんと一緒に
この部屋にいられるだけで幸せなの」
私はそんなさゆの髪を優しく撫でた。

午後になって、医者が診察に訪れた。
傷の手当てを受けた事のあるいつもの男性の
医者ではなく、初めて見る顔の女医だった。

白衣の彼女は、髪は茶色で美人だったが、
少し冷たいような印象を受けた。
その医者にさゆが診察を受けている間、私は部屋の外に
出された。
177 名前:大ホール 投稿日:2014/10/19(日) 23:32
ぶらぶらと部屋の外を歩いていたが、試みに
階段を降り始めたが、廊下に立っていた顔見知りの
警備員は何も言わなかった。

私はゆっくりと階段を降りて行き、
各階にはそれぞれ警備員が立っているが、ほとんどが
顔見知りで、私が軽く挨拶をするとうなずくだけで、
咎められることは無かった。

三階まで降りたが、その階には警備員がいなかった。
辺りに誰もいないことを確かめると、何気なく
ドアに手をかけた、幸いロックが掛かってなくドアは開いた。
ドアの向こうは大広間だった。

フロアすべてが大ホールになっているようだ。
まるで結婚式場のようで、テーブルがいくつもあった。

私は、この大ホールで儀式が行われるのだと直感した。
もしかしたら、さゆはここで生贄として祭壇に祭られる
のかもしれないと思うと、思わず唇を噛み締めた。
178 名前:大ホール 投稿日:2014/10/19(日) 23:35
ホールの外に出ると階段を上って行き、10階に戻る。
ドアの外にしばらく立っていると、ようやく女医が出て来た。
その女医は私を一瞥すると、エレベーターに乗り込んだ。
部屋に入ると、さゆはベッドに寝かされていた。

顔を見ると、目は開けていて眠ってはいないようだった。
しかし、表情はうつろで瞳は天井を見つめたまま焦点が
まるで合ってなく、私がいくら声をかけても反応は無く、
背筋に冷たいものが走るのを感じた。


あの女医は、さゆに何かを施したに違いないと感じた。
ベッドの脇に膝をつくと、さゆの手を握りしめた。

それから一時間ほどして、さゆは頭を動かして側にいる
私の方を向いてほほえんだ。
ようやく、いつものさゆに戻ったのだ。

179 名前:処分 投稿日:2014/10/21(火) 15:06
さゆにどんな診察を受けたのか聞いてみた、
するとさゆは、何か薬を飲まされた後に話をするだけで、
そのうちだんだん気持ちがよくなり、後は覚えていないと
答えた。
やはり、さゆはマインドコントロールを受けているのだと
確信した。

その後はテレビを見た。画面にはアナウンサーが
失格者の名前を読み上げ、顔写真も同時に映される。
家に帰っていない光男の名前が出ないかと、
気をつけて見ていたが、アナウンサーがある名前を
読み上げ、映された顔写真に釘付けになった、

子供二人と一緒に映された女性は、紛れもなく光男の
女房だった。
最近、光男の女房と子供の姿が見えなかったが、警察に
失格者として拘束されていたのだ。
180 名前:処分 投稿日:2014/10/21(火) 15:11
帰りのエレベーターの中で山口に頼んでみることにした。
彼しか頼れる人間がいなかったのだ。

「実は、僕と同じアパートの住人なのですが、親しくしてる
知り合いが今日失格者として拘束されてるとわかったのです、
その人が今どうなってるのか、ぜひ知りたいのです。
あなたに頼むしかないのです。どうかお願いします」
そう言って山口に頭を下げた。

山口は少し考えていたが、携帯電話を取り出すと、
私の顔を見た、光男の女房の名前を言った。
山口は、何処かへ掛けて話していたが、
「その人だが・・・今日、二人の子供と共に処分された
そうだ」

処分された・・・茫然と声も無く山口を見つめた。
私が食べ物を持っていくと、女房は私の手に
すがるように礼を言い、子供達が食べる様子を、嬉しそうに
見る姿が思い出された。子供や光男を見る優しそうな目が印象的だった。
181 名前:処分 投稿日:2014/10/21(火) 15:14
山口が、
「同時多発テロに関係した者の家族だそうだ、
お前はその関係した者を知っているのか」
私は首を振った。

光男はともかく、その何の罪も無い女房と子供を処分・・・処刑するなんて、
自分の胸に苦い物が湧き上がるのを感じた。

その日の深夜、ドアをノックする音で目を覚まし、
起き上がった。
ドアを開けると、やはり光男が立っていた。
光男と二人で屋上に上がった。

光男は、女房と二人の子供の行方を知らないかと尋ねた。 
光男はまだ知らないのだ。
女房と二人の子供が処刑された事を言うしかなかった。
182 名前:処分 投稿日:2014/10/21(火) 15:17
光男は自分の家族の死を知ると、頭をかかえて座り込んだ。
そして彼は泣き出した。
言葉のかけようもなく、立ち尽くすだけだった。

下に崩れおちて泣いている光男の腕を取って起こしてやる、

「俺が殺したようなもんや・・・」
光男は自嘲気味につぶやいた。

「そんなこと無いですよ」
光男に肩を貸すと階段を降りた。

「今夜はどうされるんですか、もう遅いしご自分の家に
泊まっていったらどうですか」
光男は首を振った。

「家に居ると、女房や子供の事を思い出してとても
耐えられそうもないよ」
「そうですか・・・」

「それに、やつらのことだから家に盗聴マイクやカメラを
仕込んでいるに決まってるんや」
確かにその可能性は高い。
183 名前:総統 投稿日:2014/10/21(火) 15:20
「友男さんに頼まれたブリードビルの事やさゆみとかいう
女の子の事は、今はとても調べられる状態やないんや、
堪忍してや」
「いえ、もういいんです。これまで調べたもらった事で
十分ですよ」
「えらいすまんな、それで友男さんの方はこれからどない
するんですか、ブリードビルにはいつまで通うんですか」

考えがあって、光男に今後の事を話した。
「僕は7月10日まで仕事があるのですが、その後は
7月13日に、ブリードビルで大きな儀式みたいなものが
催されるようです。
一応僕も招待されて出席出来るのですが、なんでも、
政府の主だった人間がほとんど参加するようです」

それを聞いた光男の眼の奥が、暗い中で光ったような
気がした。

「その儀式とやらには、総統も出席するんやな」
「そうだと思います」
184 名前:総統 投稿日:2014/10/21(火) 15:22
現在の日本は、総統という独裁者が支配していた。
その人間は、かってはカルト集団の教祖として君臨して
いたが、
食糧事情の悪化、石油の輸入ストップでのエネルギーの
悪化などで、国内が騒然とする中で徐々に信者を増やして
行き、ついには数々の政党をも吸収していった結果、

JSCLP『日本社会主義人民労働党』という政党を立ち上げ、
その党首となり、

ついには国民投票で絶大な支持を得て、
国家元首として、総統に就任した。
かって20世紀の、ドイツ、イタリア、スペインの総統達の
ように、強大な軍事力を背景に独裁者しての権力を
握っていた。
185 名前:総統 投稿日:2014/10/21(火) 15:26
光男はアパートの外に出ると、私に頭を下げた後、
隠しておいた自転車に乗って去っていた。

光男の口から7月13日の儀式の事を知った反政府組織が
再度最後の力を振り絞ってブリードビルに攻撃を仕掛けてくる
可能性が高い。

10日までに、さゆを救い出せるめどがまったく立たない
現状では、13日の儀式の日にブリードビルにテロ攻撃を
誘い、その混乱に乗じてさゆを救うしかないと私は
考えていた。

前回のミサイル攻撃では、さゆと私が危うく難を逃れた
ように非常に危険な賭けでもあるのだが、
今回は、総統を始め政府の主だった者が参加する
儀式だけに、軍隊を総動員しての厳重な警備を行う
ものと想像出来る。

反政府組織の方も先のテロ攻撃の結果、相当の人数を
逮捕されて失い、かなりの打撃を受けていたが、
政府の権力者が一ヶ所に集まると言う事は、主だった者を
亡き者にすれば、政府転覆の絶好の機会だけに総力を
振りしぼって、最後の総攻撃をかけてくると思われるから、
混乱するのは間違いない。
186 名前:百万本の薔薇 投稿日:2014/10/21(火) 15:31
翌日、ブリードビルに到着して10階に上がると
それまで一人だけだった入口の警備員が二人になっている。

段々と儀式の行われる7月13日が近づいて来るに
したがって警備が強化されていくようだった。
そして朝食になると、山口がそのまま残り、一緒に
テーブルに付くとさゆや私と朝食を共にする。

さゆが食事用のナイフで自殺をはかったこともあり、
山口が監視のために付いているようだ。
結局、山口は昼食と夕食も共にした。

山口と一緒の食事は何となく味気ない気がして、
私もさゆも押し黙って食事をとった。
187 名前:百万本の薔薇 投稿日:2014/10/21(火) 15:33
さゆの日課のマッサージも山口に言われて私は
外されてしまい、中年の女性のマッサージ師が
やってきて行った。

それに午後はあの女医がやって来て、毎日さゆを
1時間たっぷりと診察をする。
その後、いつもさゆは約1時間はぼうとなったままで、
さゆと私の二人だけの時間が本当に少なくなって
しまった。

その中で、唯一二人だけの会話と時間が持てるのがシャワーの
時だった。
部屋では私を召使のように扱うところのあったさゆも、
浴室では甘えるようにして来て、二人にとって
貴重な時間だった。

私はいつものように会話を聞かれない様にシャワーを
勢いよく出して、さゆとの秘密の会話を楽しんだ。
188 名前:百万本の薔薇 投稿日:2014/10/21(火) 15:35
「さゆのお誕生日のプレゼントは何がいい?」
「そうね、私の好きなピンク色のお花をいっぱい
プレゼントして」

「よし、ピンク色の薔薇の花を百万本贈るよ」
「素敵。約束よ、指切りして」

二人は小指と小指をからませる。
「嘘ついたら針千本飲ます〜」
さゆは小さい子供のように瞳を輝かしている。

何気なく聞いた、
「さゆは自分の生まれた所を憶えてるの?」
「私は山口県で生まれたそうよ」
「10歳までそこで暮らしたんだね」
「そうよ」

「両親は一緒だったの」
「母とは10歳まで一緒だったけど、お父さんの
事はよく憶えてないの。私が物心つく前には
お父さんは何処かへ行ってしまったの。他に兄と姉がいたわ」

189 名前:百万本の薔薇 投稿日:2014/10/21(火) 15:39
「それで、10歳になって東京へ来たんだね、
それから母親とも離されてこのビルに来たわけだ。
それで僕が来る前までは、儀式を受けるための
教育をされていたのじゃないの」

すると、さゆは私から目をそらすと言った、
「プレゼントのピンクの薔薇は楽しみだけど、
百万本も揃えられるの?」

いつもそうだった。
私が肝心な事を聞きだそうとすると、さゆは
突然スイッチが切れたようになり、
はぐらかすように全然別な事を言い出す。

その時、急にシャワーのお湯が止まってしまい、
浴室の中が静かになったと思うと、
上から山口の声が響いた。

「シャワーの時間が長すぎる。もう出るんだ」
「はい・・・わかりました」
諦めてさゆと共に浴室を出た。
190 名前:警備員 投稿日:2014/10/21(火) 15:42
やがて、午後8時になり帰る時が来た。
いつものようにさゆと別れのキスを交わし、
顔を上げて見ると、いつもは山口一人だけなのに、
今日からは、警備員が後ろに控えていた。

さゆと過ごせる7月10日までの間に、
唯一、さゆを連れて脱出する方法として、山口を
何とか倒して二人で外に逃げ出すことを私は
考えていたのだが、
拳銃を持った警備員がいては、どうにもならない。


それから1週間が矢のように過ぎて行き、
とうとう7月10日になり、さゆと過ごす最後の日を
迎えてしまった。
191 名前:フェミニン 投稿日:2014/10/22(水) 16:12
ブリードビルに着き、10階のさゆの部屋に入ると、
さゆはいつものように私を出迎えてくれる。
さゆは今朝は早く起きたらしく、ピンクのドレスに着替えている。

そのピンクのドレスは、ネックラインと肩紐にレースとフリルを
あしらい、アンダーバストにはサテンリボンを結び、膝上までの
ワンピースドレスにフレアを持たせている。

ドレスのピンク、大きく開いたVネックから見える雪のような白い肌、
艶のある長い黒髪。それぞれがマッチしてとてもよく似合う。

「今日のさゆは素晴らしく綺麗ですね。それに素敵なドレスがよく
似合ってて最高ですね」

さゆはこぼれるような笑顔を見せて、
「ありがとう。褒めてもらえてとても嬉しいわ。
これは、フェミニンドレスと言うの。このままパーティーに
行けるわ」
192 名前:フェミニン 投稿日:2014/10/22(水) 16:16
それに較べて自分のジーンズとTシャツのだけの姿に少し引け目を
感じて、
「後は、そのドレスに釣り合う王子様を見つけてお城の
パーティーに行くことですね」

自分はパーティーに着て行くような服を持っていなかった。

さゆは体をぴったり寄せてくると私の腰に腕を回し、
「7月13日のパーティーには友男という素敵な王子様が
やって来ることに違いないわ。
あなたに似合うフォーマルスーツを注文してもらっていたの。
帰る時には届くはずよ」


すぐに朝食になる。
山口は今朝は朝食に同席しないで部屋を出て行った。
最後の日なので気をきかしてくれたのかもしれない。
193 名前:フェミニン 投稿日:2014/10/22(水) 16:19
朝食はリゾットに温野菜とゆで卵、さゆにはオレンジジュース、
自分にはコーヒーが付いている。

自分のリゾットには海老や貝が入っているが、
さゆのリゾットには、ほうれん草やトマトが入っていた。
ここで朝食を食べるのも今日で最後になると思うと、
ゆっくり噛み締めながら食事を味わった。

「明日からはここの美味しい料理を食べられなくなりますよ」
残念そうに言うと、

「可哀想〜。でも友男さんは帰ったらどんな物を食べてるの?」

ゆで卵の中身をスプーンですくってひと口食べると、
「普通は、アパートには食べる物など何も無いですね。
電気やガスは止まってる事が多いですからね、ガスが
通っていても料理する食材がまったく無いですしね。
あるのは、水だけです」
194 名前:ペレット 投稿日:2014/10/22(水) 16:23
「でも、食事はどうしてるの?何も食べないわけには
いかないでしょうに」

「それは、大学に行けば給食として食事が配給されます。
とても食べられたものでは無いですが、飢えるよりは
ましですから、仕方なく食べてますが」

「どんなものなの?」

「いつもはペレットと言う合成食品です。屑肉や野菜屑を
固めたものです。それと水みたいなスープがつきます。
たまに、小麦粉をねって薄く伸ばして焼いたパンが出ます」

「どんな味なの?」

「ペレットですか?ひどい味ですよ。とても人間の食べるもの
では無いですね。なにか栄養剤が入ってるそうで、それを
食べれば何とか一日生きられるというしろものです」
195 名前:ペレット 投稿日:2014/10/22(水) 16:25
「そうなの。私は毎日贅沢な食事をしてるから、悪いみたいね」

首を振った、
「さゆが悪いわけでは無いですよ。悪いのはこの国を支配して
いる連中なのです」
ちらっと上を見た、
どうせ今日が最後なのだから言いたい事を言わせてもらう。

「お肉なんかも食べられないようね」

「そうですね。家畜の餌を人間が食べるてる状態ですから、
家畜も数が少ないですね、特に牛や・・・」

『豚』と言いかけてあわてて口を閉じた。
今、さゆの前では『豚』は禁句なのだ。
196 名前: 投稿日:2014/10/22(水) 16:29
食事が終わり、私はコーヒーを飲み、さゆは
ジャスミンティーを飲みながらくつろいでいた。
そして二人はソファーに並んで腰を降ろし、
さゆは私の肩に頭をつけて目を閉じている。
さゆがぽつりと言った。

「友男さんはこの後どうするの・・・」

「この後ですか?何も無ければ、また大学に通う生活を
続けると思います」


何も無いという意味は、さゆが生贄になるという私の想像が
間違いで、7月13日に何も起こらないという事だった。
197 名前: 投稿日:2014/10/22(水) 16:31
「友男さんの夢は何なの」


その言葉を聞いて思わずさゆの顔を見た、
夢。ここ何年も夢などという事を考えた事が無かった、
夢さえも持てない、現実の世界があった。

「小さい子供の頃の夢でいいですか」
さゆはうなずいた。

「子供の頃、宇宙飛行士になりたいという夢を持っていました」

さゆはほほえんで、
「素敵な夢ね。男の子らしくとても素晴らしい夢だと思うわ」
198 名前: 投稿日:2014/10/22(水) 16:33
「さゆはどんな夢を持っているのですか」

さゆは少しの間黙っていたが、やがて私を見ながら、
「私は小さい頃、可愛いお嫁さんになりたいと思っていたの」

はっとなってさゆを見た、
ごく普通の女の子のような夢をさゆも持っているのだと
思うと、なんだかさゆがいじらしくなってくる。


「素敵な王子様と結ばれて、可愛い双子の女の子を
産みたいと思っていたわ・・・」
199 名前: 投稿日:2014/10/22(水) 16:35
「そうなんだ。さゆにはこれからそんな未来がいくらでも
やって来るよ。素敵な王子様もきっと現われるよ」


自分が果たしてその王子様になれるのかと思った。
さゆを幸せにさせてあげたいと願った。

しかし、さゆは首を振りながら、

「夢は夢でしか無いのよ。今の私には大事な役目が
あるの。その役目を負うために私は生きてきたのよ」

200 名前: 投稿日:2014/10/22(水) 16:38
「そんなことはないよ!夢を必ず叶うと信じる事が
大切な事なんだ、
その役目とはいったい何なの!」

私は思わず大きな声を出してしまった、

なぜか監視してるはずの山口の声は無かった。

さゆは首を振りながら何も答えずに立ち上がった。
「お風呂の時間よ。ドレスを脱がせて」
201 名前:バスタオル 投稿日:2014/10/22(水) 16:42
後ろからフェミニンドレスを脱がせてやると、
さゆは肩紐の無いチューブトップのブラをつけている。
ドレスの肩紐だけにするためのようだった。
色はこれもピンクだった。

今日は一人だけでお風呂に入ると言って、さゆは
一人で浴室に向かった。
少しがっかりしてソファーに腰を降ろした。
シャワーの音で誰にも会話を聞かれる心配の無い、
お風呂の時間は、二人だけの秘密の時だったのにと
残念に思った。


その時、上のマイクから山口の声がかかった。
202 名前:バスタオル 投稿日:2014/10/22(水) 16:44
「私は所用があってしばらく席を外す。
替わりの者がいないし、録画装置は今故障している。
私は午後3時に戻る予定だが、それまで監視のカメラと
マイクは切る事になる。
監視装置が無いからといって不穏な行動をとらないように。
以上だ」

今11時過ぎだから、後4時間近く山口の監視から
逃れられるわけだ。しかし、なぜそれを私に告げるのか
山口の意図を測りかねた。
黙っていれば私には皆目わからないことなのに。
203 名前:バスタオル 投稿日:2014/10/22(水) 16:47
しばらくして、さゆの呼ぶ声がした、
「友男さん、バスタオルを持ってきて〜」

バスタオルを出してくると、浴室のドアを開けた。
さゆは背を向けて立っていた。
いつものように大きめのタオルでさゆの濡れた全身を
タオルで包むようにして拭いてやる。
首から下をくまなく拭いた後、髪の毛をゴシゴシと拭く。

拭き終わるとさゆはくるりと振り返ると、自分と私の間に
あるバスタルを取ると下に落とした。
そして背中に両腕をまわしてきてぴったりと抱きついてくる。


着ているTシャツを通じて素裸のさゆの湿り気をおびた温かく柔らかい
肌が感じられる。
さゆは顔を上げてキスをせがむように目を閉じた。
さゆを抱きしめながら、お望み通りさゆの唇に自分の唇を合わせた。

204 名前:ディープ 投稿日:2014/10/22(水) 16:51
山口が見ていないと思うと、つい大胆になってしまい、
キスは今までに無い情熱的なものになってしまう、
口を開き気味にしてお互いの舌が触れ合うほどの
ディープなキスに発展していく。
さゆの背中に回した私の手が下がってさゆのお尻に触れた。

自分自身に危険なものを感じて、思わずさゆの唇から逃れた。
生まれたままの姿のさゆを抱きしめている状況は、
強く自制しなければいけなかった。

さゆを女性として性的なものを感じないと言えば、嘘になる
205 名前:ディープ 投稿日:2014/10/22(水) 16:54
さゆは光る瞳で見詰めながら、

「今、この瞬間にあなたは何を考えているの?」

「何も・・・」

「嘘よ。桃子さんのように、私を抱きたいと思っているのよ」

その言葉に、残念ではあるがさゆから体を離しながら、
「僕は子供を抱く気は無い」


幼い頃からこのビルに閉じ込められていて、おそらく男性と一切
接していないはずの、まもなく15歳になる少女を抱けるはずがない。
将来はともかく、今はダメだ。
206 名前:ディープ 投稿日:2014/10/22(水) 16:58
落ちていたタオルを拾うと、まだ濡れているさゆの髪の毛を
ゴシゴシと強く拭いてやる。

さゆは不満そうにそのタオルを掴むと、
「私はもう子供じゃないわ」

その濡れたタオルをさゆの手から取ると、乾いたバスタオルを
出してくると、さゆの体を巻いてやる。
胸の前で留めようとして指が内部に入って乳房に触る。


さゆはいきなり自分の胸にある私の手を、自分の手で上から押さえつけた。
「こんなに胸だってあるんだから」


さゆの柔らかい乳房を掌に感じる。
冷静さを装って、
「15にもなれば誰だって胸は大きくなるよ」
207 名前:下着 投稿日:2014/10/22(水) 17:10
さゆは何か言いたそうだったが、
そのまま浴室を出て行く。私も後に従う。さゆはまっすぐ寝室に入ると
巻いていたタオルを取り去るとベッドに腰を降ろした。
そして片方の足を上げて私に向ける。

もちろん、それは下着を穿かせろという思し召しなのだ。

私は衣装タンスの下の引き出しを開けて収めてある下着を
選びにかかる。さゆのお気に入りの下着を選び出すのは
結構難儀な事なのだ。

ピンクのフリルのショーツを取り出すと、さゆの前にひざまずいて、
さゆの片方の足に通してやる。続いてもう片方の足を上げさせて
通してやってから、つつーと太腿まで上げてやる。


幸いこのショーツはお気に入りだったようで、さゆはベッドから
腰を上げると、ショーツを腰の上の所定の位置まで上げた。
208 名前:下着 投稿日:2014/10/22(水) 17:12
続いて、タンスから同じようなピンクのブラを取り出すと、
背中を向けているさゆに後ろから付けてやり後ろで留める。

不思議なもので、ここまでやっていると、さっきの素肌の
さゆを抱きしめていた時のたかぶった感情は収まっていて、
なにか、義務的な感じで下着を付けさせてやる事が出来た。

さゆは下着をつけ終わると、衣装タンスの中を見渡し
この後身につけるドレスを選んでいる。
209 名前:キャミソール 投稿日:2014/10/22(水) 17:16
さゆの選んだドレスは、ピンクのワンピースのショートドレスで、
キャミソールの胸元に少しだけドレープ(ひだ)ができるのが
上品で、膝くらいのスカートの4段ものフリフリがキュートな
感じだった。

さゆはドレスを着け終えると、可愛くポーズをつけて、
「どうかしら、これはキャミドレスっていうの」


「ものすごく可愛いよ。スカートのフリフリがとっても良いね」

「ありがとう〜」
さゆは嬉しそうに輝くような笑顔で私の腕を取った。


「踊りましょう」
210 名前:雪の華 投稿日:2014/10/22(水) 17:22
戸惑って、
「僕は踊れませんよ」

「大丈夫、ただ音楽に合わせてればいいのよ」

さゆは壁に向かって腕を伸ばし指先をひらひらと動かした。

すると、音楽が流れ出した。
二人は寄り添いながら体を動かした。

どう踊ればいいのかわからないので、さゆの背中に
そっと片手をやると彼女の動きに合わせた。
音楽はバラード風な感じだった。
さゆに聞いた、

「この曲はなんていうの」
「これは50年も昔の曲で、雪の華っていうの」

二人は手を握り体を寄せ合っていつまでも踊り続けた。
211 名前:金貨 投稿日:2014/10/23(木) 22:13
午後になると、あの女医がやって来てさゆの診察を
始めたので部屋の外に出ると、
所用を済ませた山口が現われて、私を階下の事務所へ
連れて行った。

山口は自分の部屋に入ると私をデスクの前に座らせると、
「一ヶ月間、色々な事があったが何とか無事に最終日を
迎える事が出来たわけだ。ご苦労様と言っておく」

テロリストによるミサイル攻撃で死にかけたり、
さゆの自殺未遂騒ぎなど、波乱万丈の一ヶ月だった。

「さて、報酬だが、米ドル、欧州ユーロ、中国人民元と
揃えている。希望の外貨を選んでくれ」
212 名前:金貨 投稿日:2014/10/23(木) 22:18
「そうですか。良かった、円で支払れるのかと思って
いましたよ」

国内の惨状で円相場は、かって約百年前の固定相場時代の360円まで
下落した後、外国為替相場から取引停止になっていた。

「通貨が嫌なら、金貨も用意している。
オーストラリア政府から発行された純度99・99%の金貨だ。
米ドルで三千ドルの価値がある」

「ありがとうございます。では、金貨でお願いします」
「よし。帰る時までに渡す」

「その金貨で百万本の薔薇を買えますか」
冗談めかして言った。

山口は顔を上げて、
「百万本は無理だが、一万本の薔薇を買えるだろう」
彼は真面目な顔で言った。
213 名前:金貨 投稿日:2014/10/23(木) 22:28
「なるほど」
通貨としての円が無価値になっている今は、金が
もっとも信じられる財産なのだ。

「どうするのだ、さゆみ様に贈るのか」

この薔薇を贈る話は、例のシャワー室での二人だけの
会話の中の話だった。
「・・・そんな所です」

10階に戻ると、部屋から女医が出て来た、
女医は私を見ると、
「今日は、あなたも診察するようにと言われてるの」
「僕はいたって健康ですよ。その必要はありません」

しかし、女医は私をつかまえると、廊下に置かれた
椅子に座らして診察を始めた。
胸のネームに「SUGAYA」とあった。
214 名前:女医 投稿日:2014/10/23(木) 22:33
二十代後半ぐらいで、長い茶髪を後ろでまとめた彼女に
大きな黒い瞳で見据えられると従うしかなかった。
女医が脈をはかるため手首を取った時、
チクリと手首に痛みを感じて、そのまま意識を失ってしまう。


すぐに飛び起きたが、意識を失っていたのは、
ほんの一瞬のような気もするし、数時間のような気もする。
あの女医は自分に何かを施したのかと気になった、
別に体の異常は何も感じなかったのだが。
215 名前:運命 投稿日:2014/10/23(木) 22:41
さゆは診察が終わるといつもしばらくは、ぼんやり
してるのだが、今日はわりとしっかりしていた。
さゆは、ソファーに腰を降ろしている私の隣に寄り添うと、

「さっきの私がもう子供じゃないという話の続きだけど」

さゆの腰に腕をまわして、
「さゆは、まだ子供に間違いないよ」

そうきっぱりと言うと、
さゆは眉をしかめると、顔を近づけてきて、

「だから考えて見てよ、70年の寿命の人間と20年足らずの
寿命の猫がいるとすれば、15歳の猫はりっぱな大人なのよ」
216 名前:運命 投稿日:2014/10/23(木) 22:43
「へえ〜するとさゆの正体は猫だったのか」

「そうよ。さゆみは猫なのよ、にゃんにゃん〜」

さゆはそう言って、握った両手の手首の先を折り曲げて
可愛く猫の仕草をしてみせる。

笑いながら、さゆの腰に回した腕をぐいと力を込めて
引き寄せたのでさゆは半身になりながら私の膝に乗った。
二人は顔を見合わせて、いつしか唇をかさねていた。
217 名前:運命 投稿日:2014/10/23(木) 22:45
唇が離れると、
「たとえ猫と言えども生きる権利はあるんだ。
寿命で死ぬのなら仕方ない事だけど、でも他人によって
命が左右されることは絶対あってはならないんだ」

さゆはじっと私の顔を見つめていたが、
「友男さんは運命というものを信じているかしら?」

首を振って、
「運命なんて信じられない、自分の人生は自分で
決めるしかないんだ」

「運命は逃れられないものだと思うの。
私の運命は、私が生まれるずっと前から決まっていた
のかもしれないわ。それを受け入れるのも運命なのよ」
218 名前:運命 投稿日:2014/10/23(木) 22:49
ただ首を振るしかなかった。
さゆは私の膝から降りると立ち上がって、

「友男さんとこうして巡り合ってこの一ヶ月間を過ごす事が
出来て、とても幸せだったわ。
一時は私の元から去ってしまったと思い絶望してしまい、
消えてしまいたいと考えたけど、こうしてまた戻って来て
私を愛していると言ってくれて嬉しかったわ」

立ち上がりさゆの手を取った、
その包帯が取れた手首には傷が残っていた。
私のせいでさゆは自分の身を傷つけたのだ。
これから一生その傷の重みを背負って行くしかない。
219 名前:運命 投稿日:2014/10/23(木) 22:53
さゆは私の手を優しく両手で包むと、
「さゆみは、本当は猫では無くて人魚姫なのよ」
「人魚姫?」

「そうよ。知ってる?人魚姫は永遠の命を持っているの。
たとえこの身が滅んだとしても、別の人間の中で永遠に
生き続ける事が出来るの。
友男さんもその人間の一人なの。でもそれには条件があるの、
13日のさゆみのお誕生日の儀式に参加しないといけないの。
だから、必ず友男さんには来て欲しいのよ」

「必ず行きます」


さゆは、私の中で永遠に生き続ける。
すべてが終わった時に、その言葉の意味がわかるのだが。
220 名前:脳波 投稿日:2014/10/23(木) 22:56
やがて一日の終わりの時間がやって来た。
長くもあり短くも感じた一日が終わろうとしていた。
さゆはいつもと変わらずに送り出した。

私もこれが最後ではなく13日にまた会えると思って
いたので何事もなくさゆと別れる事が出来た。
さゆは最後のキスをかわしていると、山口が入ってきた。

山口は、スーツケースと小さなバッグを渡したきた。
スーツケースには13日の儀式用のスーツが入っている。
バッグはずしりと重かった、
221 名前:脳波 投稿日:2014/10/23(木) 22:58
山口が言った、
「それには金貨が入っている。米ドルで100ドルの価値が
ある金貨が30枚だ」
礼を言って受け取った。

その後山口はカードを渡す、
「それは身分証明用のカードだ。それは、13日に来た時
それを示してビルに入れる」

ドアを閉めて行きかけた山口に声を掛ける、
「もうこの部屋に来る事も無いでしょうけどこのドアは、
いつか人間の脳波で開けると言ってた事がありますね、
僕にでも開ける事が出来るのですか、試してみたいのですが」

山口はうなずくと、ドアの小さな小窓に私の手を当てさせ、
少しすると、

「これでお前の脳波を覚えさせた。もう一度手を当ててみろ」
小窓に手を当てると、
ギギィ〜と重々しくドアは開いた。
222 名前:人魚 投稿日:2014/10/24(金) 21:01
山口に、
「忘れ物があるのでほんの少しだけ時間をください」
山口はうなずいた。
ドアが開き、帰ったはずの私が入ってきたので、
さゆはぱっと立ち上がり近づいてくる。

そんなさゆを強く抱きしめると、耳元に口をつけて
囁いた。

「13日に必ず迎えに行くよ、待っていて」
さゆは何も言わず私の瞳を見つめていた。

エレベーターの中で後ろから山口に言った、

「最後に聞かせてください、さゆは自分は人間は
無いと言っています。
教えてください、さゆは人間ではないのですか」

振り返った山口に、
「さゆは、猫ですか?それとも・・・・豚ですか?」
223 名前:人魚 投稿日:2014/10/24(金) 21:03
「さゆみが豚に見えるか」

私は首を振った、
「見えません」

「さゆみは、猫でもないし、まして豚でも無い。
しいて言えば、人魚なのかもしれない」

その山口の言葉にさゆの言葉を思い出した、
「ではさゆは本当に人魚姫なのですね」

山口はそれには答えず、
「もう一つの人魚伝説がある。私が言ったのはその事だ」
山口はそう言うと、前を向いた。
エレベーターは一階に着いた。
224 名前:発信機 投稿日:2014/10/24(金) 21:06
待っていた車に乗り込もうとすると、
「わかっていると思うが、さゆみ様やこのビルの事は
いっさい口外してはならない」

「わかっています」
私が答えると、
「念のためにお前にした事がある。耳の後ろを触ってみろ」

右の耳の後ろを触れてみると、なにか絆創膏のような
物が指に触れた、

「これは何ですか、何をしたのですか!」
「発信機をお前の体に埋め込んで置いた。
一ミリほどの超小型発信機だ」

「はああぁ〜?!」
あの女医の仕業だと思った。
225 名前:発信機 投稿日:2014/10/24(金) 21:08
「この発信機はお前の位置を知らせると同時に、お前の
話すこともこちらに送ってくる。
それと断っておくが、発信機を下手に取り除こうとすると
発信機は脳の中に侵入して害を及ぼす事を言っておく」

「冗談じゃないですよ!僕はどうなるんですか!」

「心配するな。13日に来た時に取り除いてやる。
これから三日間大人しくしていることだ」
山口は車のドアを外から閉めた。
226 名前:闇市 投稿日:2014/10/24(金) 21:10
アパートに帰りつくとすぐにそのままベッドに
寝転がった。
この一ヶ月の事がさまざまに浮かんでくる。
思いはさゆみの事だけだった。
結局、来る13日にやってくるさゆみの運命は具体的には
ほとんどわからないままだった。

耳の後ろに手をやった、
埋め込まれているという超小型発信機の感触は無かった。
直径一ミリというから、別に違和感も無かった。
他人にブリードビルやさゆの事を話すつもりは無いから
気にしない事にした。


ふと、光男の事が思い出された、ことによると接触を
はかってくるかもしれない。
会話を発信機によって盗聴されるのだから、その時は
何か考えなくてはいけない。
227 名前:闇市 投稿日:2014/10/24(金) 21:13
翌日の早朝、起き出すと外に出てみる。
ブリードビルに通ってる頃は、毎日豪華な食事にありつけたのだが、
今は、食べ物を自分で調達しなくてはいけなかった。
幸い、報酬として貰った金貨がある。

表向きは食糧はすべて配給となっているが、そこはそれ、
闇市場というものが存在している。
地方の農家や漁村などから野菜や魚介類を運んできて
早朝にアパートの裏などで売っているのだ。

売っていると言っても、円という通貨は今は無価値になっていて
物々交換が主流なのだが、
その他、貴金属の金銀や宝石などが通貨の替わりになっている。

闇市が開いている場所に行って見ると、いくつかの
店が開いていた。
並べられているのほとんどは食べ物で、ジャガイモ、サツマイモ
カボチャなどが並べられている。
魚介類は、塩なども不足しているので干物が多かった。
鰯、鯵などやイカの干物が並んでいる。
228 名前:闇市 投稿日:2014/10/24(金) 21:17
それらの物を買い求める人達は、主に洋服などの衣類や
下着、靴下などの生活用品などを持ち寄って食べ物と交換していた。
中には、円の札束を示す人もいたが、まったく相手に
されなかった。

見ていると、腕時計を出して交換しようとする人がいた、
売主は、その時計を調べていたがジャガイモを三個ほど包んで
寄こした。

時計を出した男は不満そうな声を上げた、
「何だそれっぽっちかい、この時計は何百万もしたんだよ!」

売主はそっけなく、
「今はいくら高級時計でも安いんだよ。昔ならいざ知らず、
今の世の中は、正確な時間がわかっても腹の足しにならんよ」
男は諦めてジャガイモを受け取った。
229 名前:闇市 投稿日:2014/10/24(金) 21:19
店の前に立つと、ジャガイモにイカと鯵の干物を指差した。
売主はじろりと私の顔を見た、
Gパンのポケットから金貨を一枚取り出して渡した。

売主はその金貨をしばらく手で触っていたが、最後に歯で
噛んで確かめると、うなずいて籠に山盛りのジャガイモと
イカと鯵の干物を合わせて十本ほど寄こしてくる。

その他に大きめのキャベツもつけてくれる。
持ってきたリュックにそれらを詰めると背負う。
これだけあれば当分は食いつないでいける。

帰ろうとした時、呼び止められて振り返ると、
帽子を深く被った男が目に止まった。
光男だった。
230 名前:筆談 投稿日:2014/10/24(金) 21:22
人目につかない所へ光男を連れ出すと、
口を開きかけた光男を制して、小さなノートを取り出した、

鉛筆でノートに書いて光男に指し示す。
『僕の体には発信機が埋め込まれています。
僕の会話も盗聴されています、だから筆談でお願いします』

光男はうなずいて、鉛筆を受け取るとノートに書いた、
『組織の上の者には13日のパーティーの事は伝えた。
総統をはじめほとんどの政府幹部が出席するとのことで
全力を上げて攻撃する事に決定した』

『そうですか、しかし政府の方も軍隊を動員してブリードビルの
警備を行うと思われますが』

『それなのだが、外から攻撃を掛けると同時にビルの内部にも
ひとり潜入することになった。
その役目を自分が遂行する事になった。何とかパーティーに
出席出来る方法がないだろうか』
231 名前:筆談 投稿日:2014/10/24(金) 21:24
『わかりました。何とか当日までに考えて見ます』

光男はうなずくと、最後にノートに走り書きした、

『俺の家族を殺したやつらを、絶対に許さない』


光男とは13日の午後にここで落ち合う事になった。
迎えの車が午後3時に来る事になっていた。

アパートに帰ると調べたい事があって収納庫を探った、
山口が言っていた『人魚伝説』というのが気になっていた、
大学の図書館へ行けばいいのだけど、何か外へ出る気に
なれないので、自分の書物の中に人魚の関しての記述が
無いか探してみることにした。

たしか、人魚に関した本を読んだような記憶があった。
232 名前:人魚の森 投稿日:2014/10/24(金) 21:27
ようやく奥の方からその本は出てきた。
古ぼけて黄色く変色したその本はかなり昔のものだった、
破れそうなページを慎重にめくってみると、それは漫画だった。

タイトルは、「人魚の森」だった。


その本を読み終えると、さゆの事を考えた。

さゆと人魚。

さゆの身に起こる事をこの本は暗示しているのかもしれない。
233 名前:最後の日 投稿日:2014/10/26(日) 18:09
とうとう7月13日がやって来てしまった。


朝起きて、預かったスーツを身に着ける。
そのタキシードは私の体にぴったり合った。
そして黒い蝶ネクタイをつける。

今夜の儀式の事を考えた、どんな次第に儀式は進むのか、
かいもく見当もつかないがこの儀式でさゆの
運命が決まると思うと、暗澹たる思いだった。
さゆを救い出すめどはまったくつかない。

頼みは反政府組織のテロ攻撃だけだった。
前回のテロの時のような、ミサイルがビル全体を破壊するには
至らない1、2発がビルに命中して、大混乱に陥って
くれれば何とか活路が開けるはずだった。
234 名前:最後の日 投稿日:2014/10/26(日) 18:11
迎えの車がやって来る時間になった。
光男はまだ姿を現さない、彼がビルの内部に潜入すると
いうことだったが、どういう意図なのかわからない。

外で待っていると前に迎えの車が到着した。
乗り込もうとした時だった、

「待ってくれ〜!!」
と、光男が走ってやって来た、
見ると、光男は私と同じようにタキシードを身につけ、
長髪だった髪も短く刈り、サングラスもなく別人のようだった。

「いや〜遅れてすまなかった、では行こうか」
光男はそう言うと車に乗り込もうとする、

運転手は光男を見ると戸惑ったように、
「乗せるのは一人だと聞いてるけど・・・」
235 名前:最後の日 投稿日:2014/10/26(日) 18:14
私は光男の顔を見た、
「私は友男の兄貴だ。さゆみ様のお誕生日を一緒に祝うために
パーティーに出席することになった。早く出さないと遅れて
しまう、早く車を出してくれ」

光男は自信たっぷりの物言いで、さっさと車の後部座席に
腰を降ろした。関西弁だった言葉も直している。
運転手は首を捻っていたが、不承不承に車を出した。
その運転手は、私を毎日のように送り迎えしていた
運転手では無く、あまり事情をわかってない様子だった。

車がブリードビルに近づくに連れて、軍隊のトラックや
兵士の姿が目立つようになる。
前方に検問所が見えて来た。道路にゲートが出来ていて
道をふさいでいた。

車が止まると、自動小銃をかまえた兵士が近寄ってくる。
運転手がカードの証明書を見せると、ゲートを上げて
車を通してくれる。
236 名前:最後の日 投稿日:2014/10/26(日) 18:16
辺りに建物が少なくなって、遠くにブリードビルが見えてくる、
少し道路を外れた所に、巨大な戦車が何両も待機しているのが
見えた。


このブリードビル周辺には総統の命令により、一個大隊約千名
ほどの兵士が展開し、戦車中隊の三十両の戦車も動員されていた。
そして、ビルの周辺一帯に一種のバリヤー網を張り巡らし
上空を弾道ミサイルが通過すればたちどころに察知して、
すぐさま迎撃のレーザー砲でミサイルを打ち落としてしまう、
完璧なシステムで、テロ攻撃を待ち構えていた。


私と光男を乗せた車はブリードビルの前の広場に到着した。
近くには一両の戦車が威圧するように止まっていた。
戦車は60トン以上の大型で、主砲は140mmの滑腔砲を
装備し、対空ミサイルも搭載している。
237 名前:最後の日 投稿日:2014/10/26(日) 18:20
車から降りた光男は私の顔を見た、
光男をどうやってビルの中に入れようかと考えていた。

ビルの入口には両側に武装した兵士が並び、ビルの
警備員の一人が次々と車でやって来るゲストの人達から
証明用のカードを受け取り、機械に読み取らせてから
中に入れていた。

その係員の警備員は、都合のいい事にさゆがいた10階の
警備員で、毎日のように顔を合わせていた。
私は決心すると山口から貰った証明用のカードを光男に渡した。
光男はうなずくと一人で入口に向かった。

私のカードは無くなったが、何とか顔見知りの警備員に
頼んで入れて貰うしかない。
光男は、車で到着した年配の男女のゲストの後から、
何食わぬ顔で続くと、カードを示した。
光男は無事にビル内に入って行った。
238 名前:最後の日 投稿日:2014/10/26(日) 18:23
私は警備員に近づいた。
顔見知りの警備員に、笑顔で言った。

「実は、うっかりカードを忘れてきたのです。
何とか入れないでしょうか、お願いします」
そう言って頭を下げた。

警備員は少し考えていたが、
「君だという事はわかっているが、私の一存だけでは
入れるわけにはいかない規則になっているのだ」
その警備員は携帯電話を取り出すと、誰かに報告していたが、

私に向き直ると、
「須藤さん、いや責任者の許可が出たから、入ってよろしい」

「責任者とは、僕の担当者の人ですね」
警備員はうなずいた。
山口に違いなかった。本名は須藤というのか。
礼を言って中に入った。
239 名前:10階 投稿日:2014/10/26(日) 18:30
儀式は3階で行われる。
待っていた光男と一緒にエレベーターに乗り込む。
儀式に参加する人達が何人も乗り込んでくる。

エレベーターは三階で止まり、他の人が降りたが、
光男は私に向かって小さく首を振ったので、
二人はそのまま残り、10階で二人は降りた。

10階のさゆの住んでいた部屋のドアの前に立った。
さゆは前日から身体検査のために病院に移ると聞いていた。
だから、もうこの部屋にいないはずだった。
ドアの小窓に手の平をかざした。
そしてドアノブを握って回すと、ギギッ〜と開いた。

三日ぶりに入ったさゆの部屋は静かで人の気配は無かった。
かすかにさゆの匂いがするような気がする。
光男に目配せしてここで待つように合図する、
光男はうなずいてソファーに腰を降ろした。
240 名前:10階 投稿日:2014/10/26(日) 18:32
そしてタキシードの上着を脱ぐと、下にはベストをつけていた。
その厚めのベストを彼はゆっくりと脱ぐと、
不自然なほどのゆっくりとした慎重な動作でそのベストを
前のテーブルに置いた。そしてひと息ついて座りなおした。

何となくその光男の様子が気にかかったが、
部屋を出ると、エレベーターに乗って一階の
事務所まで降りると、山口の部屋に行った。
山口は私を見ると立ち上がった。

山口は私を医務室に連れて行くと、顔見知りの医者に声を掛けた。
山口は私を残して出て行った。
医者は座らせると、耳の後ろをピンセットのような器具で探っていたが、
やがて極小の発信機を取り出した。
241 名前:10階 投稿日:2014/10/26(日) 18:35
大きく息を吐き出した、
「ふぅ〜これでようやく盗聴機から解放されたわけだ」

医者は不思議そうな顔で、
「盗聴機とは何の事だ?」

「その発信機ですよ。僕の会話も盗聴出来るそうじゃないですか」
医者は首を振った、

「これは電波発信機だが、会話を盗聴するなんて出来んよ」
「はあぁ〜?!」

「何かの間違いだろう、この発信機は約一キロ範囲に近づくと
電波をキャッチ出来るが、あまり遠くだと役に立たん」
242 名前:10階 投稿日:2014/10/26(日) 18:38
このビルから私のアパートまでは70キロ以上はある。
山口にまんまと騙されたのだ。

医者は立ち上がると、
「さて、もうすぐ晩餐会が始まるな。
もちろん、君も出席するんだろう」

うなずいて、
「もちろん出席します。そのために来たのですから」


さゆにとって、そして私にとっても最後の晩餐になるかも
しれないパーティーの事を思った。

医務室を出ると光男のいる10階のさゆの部屋に戻ることにした。
パーティーの始まる6時にはまだ少し時間があった。
243 名前:レーザー銃 投稿日:2014/10/26(日) 18:41
エレベーターはゲストが続々と到着して使用するため
込み合っているので、階段を上がって行くことにする。
この一ヶ月はさゆの部屋にほとんど居続けたので、
いささか運動不足で、10階まで階段を上がっていくのに
息が切れる。

ようやく10階の部屋の前にたどり着いた時、ある事に気がついた、
大変な事を忘れていた、さゆの部屋にはカメラとマイクが
仕込まれているのだ。

さゆがいないからと言ってカメラとマイクが作動していないとは
限らない。万が一作動していれば、
部屋に不審な人間(光男)が居る事がわかってしまう。
244 名前:レーザー銃 投稿日:2014/10/26(日) 18:43
いそいでドアを開けて部屋に入った、
光男は部屋の隅に座り込んで煙草を吸っていた。
少し離れた部屋の中央にあるテーブルにはベストが置かれた
ままだった。

「光男さん、この部屋には監視カメラとマイクがあります!
もしかすると見られてるかもしれません」

光男は天井を指差した。
見ると、天井の角に設置されていたカメラとマイクの様子が
おかしい、よく見ると黒く変色していてカメラのレンズ部分は
壊されているようだ。マイクも同様に壊れている。

「何をしたのですか?」
光男は脇の下に吊ったサックから何か拳銃のような物を
抜き出して見せた。
「これで始末したのや」
245 名前:レーザー銃 投稿日:2014/10/26(日) 18:46
「それは拳銃とは少し違うようですね」

光男はうなずいて、
「レーザー銃というものや。威力はせいぜい人間一人を
殺せるぐらいのものだけど、拳銃と違って音が出ないから
すぐには騒がれなくて済む」

「そうですか。では僕はこれから始まるパーティーに出ます、
光男さんはここに隠れているのですね」

「そうする事にする。どうせ会場に入る人間は検査装置で
体や体の内部まで厳重に調べられるに決まってるから、
色々と危ない物を所持している俺は簡単には入れないんや」
246 名前:会場 投稿日:2014/10/26(日) 18:50
テーブルに置かれたベストに目をやって、
「あれも、その危ない物何ですね」

「そうや。俺の最後の切り札や」
「・・・それで外部からのテロ攻撃は何時頃始まるのですか?」

光男は腕時計を見て、
「今から一時間後の7時から始まる予定や。だから、7時に
なったら、ここに戻ってきて俺を出してくれないと困る」
「わかりました。7時になったら戻ってきます。だからそれまで
この部屋から出ないでください」

光男は首を振って、
「出たくても、ドアは内から開けられへんわ。
この部屋に、そのさゆみという女の子は閉じ込められて
いたのやな」
247 名前:会場 投稿日:2014/10/26(日) 18:54
「そうです。僕が通う前から、もう何年もこの部屋から一歩も
出る事も無く、一見お姫様のように大事に扱われていても、
実際はこの日だけのために・・・飼育されていたのです」

光男は黙って聞いていた。
もしかすると彼はさゆの運命をある程度は知っているのかも
知れない。今さら聞き出す必要も無かった。
この後の晩餐会ですぐに明らかになるのだから。

部屋を出て、ドアを閉めると階下の会場へ階段を
降りて行った。
会場の三階の大ホール前の廊下には、10メートルおきに
警備員が並んでいた。

武装した兵士はまだビルの中にはいない模様だった。
そして光男の言ったように会場の入口では、次々と会場に
入ろうとするゲストの体を厳重に調べているようだった。
248 名前:会場 投稿日:2014/10/26(日) 19:05
何か小型カメラのような物を持った警備員が、入ってくる
ゲストの体にそのカメラをかざすと、脇に置かれたデスクの
モニターに、それこそ体の内臓までが映し出されている。

私の番になって、警備員がカメラを体から10センチほど
離してくまなく調べている。
何事も無く会場に通された。


広い会場は、やはり結婚式場のように何人も座れるテーブルが
いくつも配置されている。
ざっと見ると、6人ほど座れるテーブルが約30ほどあるようだ。
正面奥には、ステージが設えていて両サイドには楽団が控えて
いて、音を鳴らしてリハーサルを行っている。
249 名前:会場 投稿日:2014/10/26(日) 19:09
ほとんどのテーブルは人でうまっていたが、ステージの前の
いくつかのテーブルには誰も着いていなかった。
まだ姿を見せない総統や政府のお偉方の席のようだった。

白い制服を着けたホール係の者に案内された私の席は
最後方のテーブルで、後ろは壁だった。
そのテーブルには誰もいなかった。

椅子は二つだけしか無い。後で誰か一人来るようだ。
席に着くと、
ジャーンと音楽が鳴り響き、ステージ上に白いタキシードの
男性が立つとマイクを持って喋り始めた。
どうやら彼が司会者のようだ。

「これより、2056年度のディナーパーティーをとり行います。
皆様方はお時間までゆっくりとお楽しみください」
250 名前:会場 投稿日:2014/10/26(日) 19:13
まだ、総統を始め政府の要人達は姿を見せない。
他のテーブルを見ていると、誰かがテーブルにやって来て腰を降ろした。
タキシードに着た山口だった。

山口は給仕を呼ぶとワインと料理を運ばせるように言う。
そして私を見て、
「そんな風にタキシードで決めていると見違えるようだな」
さゆの部屋に通う時は、GパンとTシャツだけの事が多かった。


「さゆは今どうしてるのですか、何時ここに出てくるのですか」
「あわてる事は無い、まだ先は長い。さゆみ様は準備をして
待機中だ。今は前菜を食して待つことだ。主菜は後で出てくるのだ」

251 名前:前菜 投稿日:2014/10/26(日) 19:17
やがて前菜の料理とワインが運ばれてくる。

ギリシャ風野菜のマリネ
サーモンとキャベツのテリーヌ
シェーブルチーズと生ハムサラダ
マグロの燻製と新玉ねぎのキッシュ
イカのトマトソース煮込み

魚介類と野菜を中心としたフレンチの前菜が次々と運ばれてくる。

楽団の演奏が始まり、男女の歌手が登場して昔のポピュラーを
歌い出した。
それが終わると、マジックショーも演じられる。
252 名前:会場 投稿日:2014/10/26(日) 19:20
ゲストの人達を見回してみて気がついた事は、
子供の姿がまったく見えないという事だった。
夫婦、家族らしい人達はいても、20歳以下の若者や子供の
姿は見当たらなかった。

この後、ブリードビルの住人だったさゆなどの子供達が、
主役として登場してくるはずだった。


その時、遠くの方でドォーンという爆発音らしきものが聞こえた。

その音を聞いた山口はすぐに立ち上がり、足早に会場から
出て行った。

時計を見ると、7時を過ぎていた。
いよいよ反政府組織のテロ攻撃が始まったのかもしれない、
私も立ち上がると会場を出て階段を上って、
光男が潜んでいる10階の部屋に向かう。
253 名前:爆発 投稿日:2014/10/27(月) 21:32
ドアを開けて部屋に入ると、
ベストを着け、上着のボタンをかけながら光男はやって来て、
部屋を出ると光男にうながされて屋上に出た。

7月の午後7時過ぎなので空はまだ明るかった。
ビルの下を見ると、一両の戦車が待機してその周りには多数の
兵士が展開している。
その時、遠くの地上でオレンジ色の光が輝いたと思うと、
ドドォ〜ン!!爆発音が散発的に響いてきた。
その合間に、ダダダダッと自動小銃の連続音が聞こえてくる。

少ししてまたオレンジ色の光とともに爆発音が響いてくる。
私は光男を見た、
光男は爆発の後に立ち上る煙を見ながら、

「あの爆発はもちろんテロによる爆弾攻撃なのだが、
どうやって爆発させたかわかるか?」
「・・・わかりません」
254 名前:爆発 投稿日:2014/10/27(月) 21:34
「このビル周辺は軍が24時間警備しているので、時限爆弾を
仕掛ける事はとても出来ない。
そして大人の男が爆弾を持って近づこうとしても警戒されて
すぐに射殺されてしまうだろう。
しかし、女や子供だったらどうだろう」
「・・・・」

「何人もの女や子供に爆弾を背負わせて近づいて、油断を
させておいて爆弾を爆発させるのだ」

「ということは」
「自爆テロだ。50年以上前に強大な国家の軍隊に対して、
虐げられてきた組織の唯一の攻撃手段を、踏襲しているのだ」

「何も子供を犠牲にするなんて・・・」
「並みの男達よりも、女や子供の方が自分の身を犠牲にして
組織に殉じてくれるのだ」

「そこまでする必要があるのですか」
「今や我々は追い込まれていて手段を選ぶ事など出来ないのだ、
このまま座して政府のやつらに殺されるより自爆テロでの死を
選択するしかないのだ」
255 名前:爆発 投稿日:2014/10/27(月) 21:36
またもオレンジ色の光と共に爆発音が響く、
「爆発で混乱するのに乗じて色々なテロ攻撃を仕掛けるのだ」
光男は暗くなってきた空を見上げた、

「そろそろミサイル攻撃は始まるな、ほら第一弾がやってきた」
光男が指差す空の方向を見ると、
まるで流星のように光の尾を引きながらミサイルが飛来して
くるのが見えた、

すると、地上から一瞬光が一直線に伸びたかと思うと、
ミサイルはビルに達することなく上空で爆発してしまう。
迎撃のレーザー砲がミサイルを捕らえたのだ。
それから次々に弾道ミサイルが襲ってきたが、ことごとく
レーザー砲の餌食となって打ち落とされてしまう。

続いていた爆発音は収まり、ビルの周囲では自動小銃の
鳴り響く音がひときわ大きくなる、
「小銃をもったテロリスト達が突撃して来たようだ・・・」
しばらく続いていた激しい銃撃戦は、そのうち断続的になり
銃声も遠のいていく、
256 名前:爆発 投稿日:2014/10/27(月) 21:39
ミサイル攻撃が止むと、上空にヘリコプターの爆音がして、
何発も照明弾が打ち上げられて辺りが真昼のように
明るくなる中、上空の攻撃用ヘリコプターが低空に降りて
くると機銃を撃って地上のテロリスト達を掃討しているようだ。


やがて辺りは静かになった。
どうやらテロリスト達は撃退されたようだ。

私は光男を見て、
「これで終わりなんですか!総力を上げて攻撃を行うはず
じゃなかったのですか!」

テロ攻撃で混乱する中でさゆを救出するという、
私の思惑は見事にはずれてしまったとしか言いようが無い。
257 名前:戦車 投稿日:2014/10/27(月) 21:41
光男は意外に落ち着いた声で、
「まあ見ていろ、これで終わりになったわけではない。
ほら来たぞ・・・切り札のひとつが」

何処からか、キュルキュルという戦車のキャタピラの音が
聞こえてきた、
目をこらすと、向こうの道路からライトを照らしながら
一両の戦車がビルに向かってやって来る。

投光器のライトがその戦車を捉えたが、すぐに味方の戦車だと
わかり、辺りの兵士達も警戒する様子は無かった。
その戦車はビルの広場に入ってくると、いったん停止すると、
二、三十メートル先で待機しているもう一両の戦車の方へ
向けて砲塔を動かすと、主砲の狙いをつけると発砲した。

至近距離から140mmの滑腔砲弾を直撃された戦車は
大爆発を起こし、たちまち赤い炎に包まれた。
炎上している戦車はビルからほんの数十メートルぐらいの
距離しかない。
258 名前:戦車 投稿日:2014/10/27(月) 21:43
思わず腕で顔を覆って屋上に座り込んだ、
「これはどういうことなんですか!」

「これが最後の切り札のひとつだ。
政府軍の内部にも反政府組織の者が潜んでいるという事だ。
あの戦車を動かしている人間もその一人なのだ」
光男は屋上から見下ろしている、
私も起き上がると、そろそろと下を覗き込む。


下では、裏切った戦車目掛けて兵士が自動小銃を乱射して
いたが戦車相手ではどうにもならない。
投光器に照らされた戦車の主砲がビルに向かっているのに
気がついた。
その砲身が徐々に上に向いていき、明らかにビルに狙いを
つけているのがわかる、

光男が叫んだ、
「頭を引っ込めて下に伏せていろ!砲弾を撃ち込んで来るぞ!」
259 名前:戦車 投稿日:2014/10/27(月) 21:45
戦車が、ドドドゥォーン!!と発砲すると、
ガガガガガガーーーーーーゥンンンン!!!!!
と、ビルの外壁に着弾して爆発が起こった。
ビルはグラグラと大きく震動して揺れ動いた。

下に伏せて頭を抱え込んだ、
ビルが崩壊したかのような爆発だった。
少しして顔を上げてみると、別にビルは崩壊はして
いないようだった。

「よし、下に降りるんだ!混乱している隙に会場へ入り込む」
光男はそう言うと走り出した。
私も続いた。
260 名前:戦車 投稿日:2014/10/27(月) 21:47
外では、戦車の裏切りを知った上空のヘリコプターが高度を
下げてくると、下の戦車めがけて機関砲へ撃って来る。
すると戦車から対空ミサイルが発射された、
そのミサイルがヘリコプターに命中して爆発が起こった。
ヘリは炎上しながら墜落してくる。

地上で、砲弾で破壊された戦車と撃ち落されたヘリが炎上
する中、戦車はまたもビルめがけて主砲を撃ち込む。


ビルの中を階段を降りていた私と光男は、
また襲ってきた大爆発と激しい震動に、その場に伏せた。
すぐ側の外壁に砲弾が着弾して爆発したと感じた、
しかし、砲弾はビル内部に貫通した様子は無かった。
どうやらこのビルの外壁は相当頑丈に作られているようだ。
261 名前:戦車 投稿日:2014/10/27(月) 21:52
外では、一両の戦車の裏切りを知って他の戦車が何両も
やって来ていた。
ビルに向けて発砲している戦車を発見すると周囲から包囲する、
そして一斉に主砲をその戦車に向ける。

続いて、主砲が次々に発砲された、
何発もの砲弾が命中した戦車は大爆発を起こした。
夜空の高く上がった炎でブリードビルが浮き上がる。


戦車砲を何発も撃ち込まれながらブリードビルは、
崩壊することなくなおも建ち続けていた。
262 名前:総統 投稿日:2014/10/29(水) 13:18
私と光男がようやく会場の3階にたどり着いてみると、
会場の入口には警備員が一人だけ立っていた、
その警備員も浮き足立っていて、二人が会場に入るのを
見ても何も言わない。

会場内は騒然としていた。
幸い停電していないのが救いだったが、
突然の戦車砲の攻撃でほとんど全員が立ち上がり、
何事が起こったのかと口々に声を上げていた。

砲弾はビルの外壁に3発命中していた、しかしいずれも
外壁に大きな穴を開けたにもかかわらず、内部には貫通して
いなかった。
263 名前:総統 投稿日:2014/10/29(水) 13:20
ステージにMCの男性が上がり、静粛にするようにと
マイクで呼びかけて、

「テロ攻撃により、このビルに砲弾が撃ち込まれましたが、
幸い被害はほとんどありません!
テロリストも軍によって殲滅撃退されました!
総統閣下も、この晩餐会を続ける事に支障はないと言明
されました。
よって、ゲストの皆様方はご安心して席に着いてください」


MCの男性の指示で楽団の演奏が再開されて、
会場を落ち着かせるように、ゆったりとしたクラシックの
音楽が会場に流れる。
それによって人々は席に着いていき、騒然とした雰囲気は
収まっていった。
264 名前:総統 投稿日:2014/10/29(水) 13:23
私と光男もテーブルに着いて腰を降ろした。
外の様子も銃声や爆発も止み、静かになっていた。
光男はワインのボトルを取るとグラスに注いで一口飲む。
そして私を見ると、

「どうやら、外から攻撃した連中は全滅したようだな」
と、人事のように言う。

私は少し呆れ気味に、
「もうこれで終わりなのですか!女子供まで自爆テロで
犠牲にしてまで行った攻撃が何の成果もないなんて」

光男は口に指を当てて制して、
「場所をわきまえろ、聞かれたらどうする、
まだ終わったわけではない。これまで作戦は予定通りに
進んでいる。これからが本番なのだ」
265 名前:総統 投稿日:2014/10/29(水) 13:31
その時、音楽が止みMCの男性がマイクで、
「皆さん、ご起立をお願いします。
そして拍手で迎えてください。総統閣下のご入場です」

会場の全員が起立して拍手する。
山口もそれにならって立ち上がり拍手をする。
私もしぶしぶそれにならう。

ステージの袖から軍服のでっぷりと太った50歳ほどの
男がステージの中央に出てくる。

この国の独裁者の、総統だった。

拍手が一段と高鳴り、
「総統閣下万歳!」の声もかかる。

20世紀の旧ドイツだったら、「ハイルヒットラー!」
と声がかかるところだろう。
266 名前:総統 投稿日:2014/10/29(水) 13:39
総統の軍服は、20世紀に第二次大戦を引き起こした
張本人の旧ドイツの総統を思い起こす軍服だった。
20世紀の総統は写真で見る限り痩身だったが、
この国の総統は軍服のボタンが弾け飛びそうなほどの
肥満体だった。

国民の多くが飢えに苦しんでいると言うのに、
毎日のようにたっぷりと美食を重ねてきたような、
醜悪な体と言える。

続いて軍服の国軍の最高司令官や幹部将校、モーニング服姿の
政府の閣僚や高官達が続々と現れてステージの最前席の
テーブルに総統と共に腰を降ろした。
267 名前:総統 投稿日:2014/10/29(水) 13:41
同じテーブルに腰を降ろしている光男に、
「また山口が戻ってくるかもしれませんよ、
確か、山口は光男さんと会った事がありますね、
今顔を合わすとまずい事になるかもしれませんよ」

光男はうなずくと、ワインと前菜のひと皿を持って他の
テーブルに移った。
誰もいないテーブルがいくつか空いていて、光男は
こちらのテーブルからひとつ置いたテーブルに背を向けて
腰を降ろした。

まもなく山口が姿を現した、
外の様子を聞いてみる、

「さっき様子を見に行ったら、戦車がこのビルに向けて
砲弾を撃ち込んでいましたね、被害はどの程度なんですか」
268 名前:総統 投稿日:2014/10/29(水) 13:43
山口は給仕を呼んでワインを注文すると、
「戦車砲が3発ほど撃ちこまれて、ビルの外壁に大きな穴が
あいたが、内部には貫通しなかった。
このビルの外壁はこういう事も想定して特別頑丈に設計されて
いると聞いている」

「なるほど、用意周到なわけですか。その戦車は
どうなったのですか」

「すぐに他の戦車によって破壊された。
テロリスト達は残らず殲滅された。自爆テロらしい爆弾攻撃で
多少の被害が出ただけだ」

「・・・そうですか」
269 名前:少女 投稿日:2014/10/29(水) 13:49
その時、壇上に十数人の少女が出て来た。
見たところ14、5歳ぐらいに見える。
同じくらいの少年も何人か混じっている。

そして総統が立ち上がり拍手をすると、他の者も一斉に
立ち上がり手を叩くとともに歓声を上げる。

少女達は白いギリシア風の布を肩から腰にかけて掛けている。
腕は出し膝から下の脚も出ている。
少女達は舞台から降りると、まず総統の前に止まる。

総統は少女達の腕や体を撫で回した、
その光景を見ていると、なぜか背中がぞくっとする
ような不快感を覚えてくる。

それから少女達は二、三人ずつに分かれて各テーブルを
まわり始める。
じきに私達のテーブルにもやって来る。
270 名前:少女 投稿日:2014/10/29(水) 13:56
近くに来て見ると、少女達の体に掛けた布は透いていて
体の線が見える。
少女達は貼りついた様な微笑を浮かべ視線は遠くを
見ているようで、表情が無くまるで人形のようだった。

そのひとりの少女はたぐい稀な美少女で、ハーフのような
日本人離れの面立ちで、髪は金髪で面長の美少女だった。
彼女は私と山口に一礼すると、パーティーに参加したお礼の
口上を述べた後、ワインを一瓶置くと去って行った。


彼女たちの姿を見たことは無かったが、
さゆと同じように、ブリードビルで長い間閉じ込められて
飼育されてきたに違いない。
やがて少女達は舞台に戻ると袖にかたまり、舞台の
中央を空ける。
271 名前:主役 投稿日:2014/10/29(水) 13:58
すると、MCの男性にエスコートされてピンクのドレスを着た
女性が舞台に姿を現した。
ゲストの大歓声と拍手が耳をつんざくほどに鳴り響いた。


現れたのは、さゆみだった。


「いよいよ、主役のお出ましだ」
山口が言った。

私はさゆを凝視した。
272 名前:主役 投稿日:2014/10/29(水) 14:30

さゆが現れると前列の総統をはじめ政府要人達は
立ち上がり拍手で迎えた。
さゆは頭に花のティアラを飾り、薄いピンクの膝下ぐらいの
ドレスを着ていた、そのドレスも透けて見える。

他の少女達はステージから下がって行った。


さゆはステージから降りていき、総統の前に立った。
総統は少女達と同じようにさゆの腕や腰を撫でまわした。
それを見た私は、まるで毛虫が背中を這い回るような
耐え難い嫌悪感を覚えて体が震えてくる。


その総統の行為は、性的なものと言うより何かさゆを
物として扱って値踏みしているような気がしたからだ。
その後さゆは各テーブルをまわり始めた。
273 名前:主役 投稿日:2014/10/29(水) 14:33
さゆを迎えるゲストの中で興味深い事をする人達がいた。
一部のゲスト達がさゆに向かって手を合わせて祈るような仕草を
見せた、中にはさゆに向かって膝をつき、
その手を押し頂いて頭を下げる人までいる。
その光景は、まるで聖母マリアを拝む信者のようにさえ見えた。


やがてさゆは私と山口のいるテーブルにやってきた。

さゆの表情は、少女達と同じように貼りついたような笑みと
目には感情が無く遠くを見ているようだ、
たぶんさゆはマインドコントロールを受けているか、それとも
薬物を投与されているものと思われた。
274 名前:主役 投稿日:2014/10/29(水) 14:36
私は立ち上がってさゆと目線をあわした。

「友男です。またお会い出来ましたね・・・」

さゆは私を認めると、
「よく来てくれました。御礼を申し上げます」

おごそかに言う。ひと月一緒に親密な時を過ごしたさゆとは思えない、
他人行儀な言い方だった。

「薔薇の花を贈っていただきありがとうございます」
275 名前:主役 投稿日:2014/10/29(水) 14:46
思わずさゆの顔を見た、
ステージの両脇には多くの花束が置かれていた。
それぞれに贈り主の名前が付いていた。

私はあちこち苦労して花を売ってる所を探し出し、
報酬の金貨をすべて費やして百万本とはいかないが、
買えるだけのピンクの薔薇の花を贈ったのだ。

さゆは私の名前に気がついたのだ。さゆはコントロールを
受けていても自分を完全に失っていないのだと思う。
276 名前:主役 投稿日:2014/10/29(水) 14:48
さゆは、山口に対して一礼して口上を述べる。

「お越しいただき誠にありがとうございます。
今まで私を見守り、育ててくれたお礼を申し上げます」
そう言うと頭を深々と下げる。

山口も立ち上がり頭を下げると、その顔は万感の思いで
涙ぐんでるようにも見えた。

それを見ていると、まるでさゆが結婚式で両親に挨拶する
花嫁のように見えてきた。
277 名前:主役 投稿日:2014/10/29(水) 14:51
さゆは別のテーブルに向かう。
思わずさゆの後を追おうとした、まださゆと話す事がある、
すると山口が私の腕を押さえた、

「座っていろ」
山口の顔を見ると、彼はさりげなく後ろを指し示した、
後ろを見ると、

いつの間にか、会場の後ろの壁一帯に5メートル置きに
自動小銃を背負い、武装した兵士が並んでるのが見えた。

総統や政府要人の警備のためのようだった。
近くにいた兵士が、背負っていた自動小銃を降ろして私に
向けて構えた。
それを見てそろそろと席に腰を降ろした。
278 名前:主役 投稿日:2014/10/31(金) 12:44
各テーブルをまわり終えると、さゆや少女達はステージの
袖から何処かへ姿を消して行った。
また楽団が音楽を奏で始めた。

さゆが現れてからは、会場の雰囲気が一変していた。
それまでの賑やかな感じから、なにか固唾をのんでなりゆきを
見守るような気配になってきた。
279 名前:屠畜の方法 投稿日:2014/10/31(金) 12:50
『食肉にする家畜は屠畜される前に疾病に感染してないか
健康状態を確認します。
すこしでも疾病の疑いのあるものは、はねられ健康な
家畜だけが屠畜される。

屠畜の第一段階として、家畜の額をスタンニングボルトで
銃撃します。火薬によってボルトが数センチ飛び出し、
頭蓋骨を強打して家畜を失神させます。

苦しませないため銃撃は確実に行います。
失神した家畜の喉を速やかにナイフで切り開き、
心臓に近い大動脈を切断して失血死させます。』
280 名前:屠畜の方法 投稿日:2014/10/31(金) 12:52
『解体するため屠体の足にチェーンを巻き吊り上げます。
喉の切断部分周辺の外皮を剥皮した後、頚椎部分を
ナイフで切断して頭部を切り離します。

腹部を切開し、胃・腸・肝臓・心臓等を取り出します。
バンドソー(ノコギリ)などで脊柱の中心部分を背割りを
して切断します。

背割りした枝肉の脊柱に残っている脊髄はナイフで
完全に除去されます。
枝肉は0℃前後の冷蔵庫に保存された後調理される』
281 名前:サロメ 投稿日:2014/10/31(金) 14:09
さゆや少女達は下がってから一時間近くたっていた。
これから何が起こるのか、いらいらと落ち着かない気分だった。

山口に、
「これからどんな儀式が始まるのか、さゆがどうなるのか、
そろそろ教えてくれてもいいじゃないですか」

山口はワインのビンを空にして飲み干すと、
「知りたいか」

「もちろん知りたいです。何が起こるのか、心構えをした方が、
安心出来ます」

「心構えか確かにそうだ。よし、その心構えの元が来たぞ」
282 名前:サロメ 投稿日:2014/10/31(金) 14:11
山口が指し示す方を見ると、白い服のコック帽の男がお盆を高く
掲げて会場に入ってくるのが見えた。

お盆には金属製の覆い(クローシュ)がしてあった。

山口が、
「あれは給仕長だ。最後の前菜の食材を皆に見せに来たのだ」

給仕長は最初に総統や政府のお偉方のテーブルを回って、
テーブルに置いてクローシュを開けて中身を見せているようだが
遠いので、それが何なのかこちらから見えない。

その後給仕長は次々と各テーブルを回ってお盆の中身を見せて歩いている。
そのお盆が回って来ると、各テーブルのゲスト達は手を合わせて祈るような
仕草をしていた。
283 名前:サロメ 投稿日:2014/10/31(金) 14:14
ようやく、私達のテーブルに給仕長がやって来た。

お盆をテーブルに置くと、おもむろにクローシュに手をかけて開けた。


そこには、あの金髪で面長の美少女の生首があった。


少女の生首は、まだ生きてるかのように目を開けて無表情のままだった。
一瞬、その首がまるで作り物の人形の首に見えて思わず凝視した。

すぐに本物の少女の生首とわかって、全身があわ立つ様な震えを感じて、
大きく腕を振って、給仕長にそれを持って行くようにと示した。
給仕長はお盆の生首の上にクローシュを被せると持ち去って行った。
284 名前:主菜 投稿日:2014/10/31(金) 14:21
私は全身の震えが止まらないので、テーブルに突っ伏したまま
しばらく唇を噛み締めていた。

ようやく顔を上げて山口を睨みつけて、
「これは、いったいどういう事なのですか!」

山口は、給仕を呼びまたワインを持ってこさせて、
ワインをひと口呑むとおもむろに口を開いた。


「今夜の晩餐会の主菜、メインディッシュは、さゆみ様なのだ」
285 名前:主菜 投稿日:2014/10/31(金) 14:24
「それは、比喩的な事として言っているのですか・・・」

山口は首を振ると、
「文字通りの意味だ」

私は目をみはって、
「まさか・・・今夜の主菜としてさゆを」

山口はうなずいた。
「そうだ。この後さゆみ様は優秀なコックの手によって
調理されるのだ」

「はあああああああぁっ〜〜〜??!!!」
私は思わず椅子から立ち上がった。
286 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/10/31(金) 14:27
立ち上がった私に近くの兵士が銃を向けて牽制する。
腰を降ろすと、震える手でワインのボトルを掴むとグラスに注いで
あおるように飲み干す。
そして山口を睨みつける。

山口もワイングラスを傾けながら話した。
「事の起こりは二十年ほど前にカルト集団の教祖だった
総統がこの国の政治にかかわり始めた事からだと思う。
その前からそのカルト集団では、少女を生贄として
聖壇に祭り上げた後に、密かにその少女の肉を食べて
いるという噂を聞いた事がある」

「・・・・」

「その後、総統がこの国の権力を握った時、この儀式は
形を成して行き、俗に言うこのブリードビルが建設されて
からは年に一度、晩餐会と称して少年少女の肉を食べる
儀式が行われて来たのだ」
287 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/10/31(金) 14:29

「それを指示したのは総統なのですね」

「そうだ。すべて総統の指示によって行われた」

「総統は、人食いなのですか・・・」

「噂では日常的に人肉を食っているという人もいるが、確証は無い」

「まともではないのは確かですね」

「15年ほど前、さゆみが生まれた頃になると、
ある選ばれた少女の肉を食べると、不老不死の命を
得られるという伝説がささやかれるようになった」

「人魚伝説ですね。人魚の肉を食べると永遠の命を
得られるという伝説がありますね」
288 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/10/31(金) 14:31
「それからは、毎年選ばれた一人の子供を幼い頃から
育て上げ、『聖少女』として祭り上げて15歳になると
食するようになった」

「・・・今年の聖少女は、さゆなのですね」

「そうだ。その聖少女の肉を食べると不老不死の命を
得られると信じて一部の人間達がその肉に群がりよって
食してきたのだ。
もちろん公には秘密にされていたが、近年ではかなりの
人が知る所になっている」

「気が狂ってる・・・総統を始めこの会場に集まっている
連中はすべて狂ってる」

私は吐き捨てるように言った、

「確かにそう言われても仕方のない事だな」
289 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/10/31(金) 14:34
「山口さんも、その仲間なんですね、あなたも少女の肉を
食べたのですか?!」


「私は少女の肉を食べた事は無い。しかし、この儀式に加担して
いると言われればそうに違いない」

「もちろんそうです、あなたもこのケダモノのような連中と
同じなんですよ。
いや、ケダモノ以下だ、少なくともケダモノは共食いはしない」

「何とでも言うがいい。しかし、お前も関係無いとは言えない」
290 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:18
その言葉に憤然と山口を睨んだ、

「それはどういう事ですか!僕も関係しているとは
何の意味ですか!
確かに僕はさゆという生贄として食される運命の少女の
世話をしてきました、しかし、僕は何も知らされていなかった、
知っていたらこの仕事は断っていましたよ!」

「そうではない。私が言うのは別の事だ。
お前は、配給の合成食糧の『ペレット』を食べた事があるな」

「ありますよ。他に食べる物が無い時は」

「以前、ある噂が立ったのを知ってるな」

私は首をかしげた、
「噂というのは?」

「ペレットには、人肉が混入されているという噂だ」

はっと思い出した、確かにそんな噂を聴いた事がある。
291 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:21
「一時問題になって騒がれた時、政府は噂を否定して、
ペレットには外国から輸入された屑肉が混入されていると
発表されて騒ぎは収まったのだが」

「その噂は聴いた事があります・・・まさか」

「そのまさかだ。その噂は本当なのだ、
ペレットには、失格者として処刑された人間の肉が
混入されているのだ。お前も人肉を食べたのだ」

急に胃の奥から苦い物がこみ上げて来て、
テーブルの下に向けて食べた物をゲーゲーと吐いた。
知らなかったとは言え、自分も人肉を食べさせられて
いたという事実に激しい嫌悪感で体が震えていた。
292 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:23
山口は給仕を呼ぶと、私が吐いたものを片付けさせた。

ようやく少し収まると、山口を睨みつけて、

「この国の狂った連中は全部死ぬべきだ、
出来る事ならこの手で殺してやりたい、害虫のような
連中がすべて死ねば少しはこの国は良くなる・・・」

山口は答えずにワインを口に運んだ、

「あなたは、良心の呵責に堪えないのですか!
人食いの連中に加担して人間として恥ずかしくない
のですか!あなたはそうではないと思っていたのに」

山口は私を見て、

「なぜそう思う」
293 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:25
「あなたを見ていて、あなたは本当は悪い人間では無い
気がしていたのです、でもそれは間違いでした」

「私にはどうにもならない事なのだ。
私だって、自分や家族の身が可愛いのだ。
この国で生き残るためには仕方の無い事なのだ」

「自分の身が可愛いために、さゆを人食いの連中に
渡すために育て上げてきたわけだ。
随分とごりっぱな話ですね」
294 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:28
「言いたい事はそれだけか、負け犬の遠吠えは
それぐらいにしておけ。お前は何も出来ない」

むっとして、
「負け犬の遠吠えかどうか、これから思い知りますよ、
僕には切り札がありますよ」

「ほお〜それはどう意味だ、何をたくらんでるか
知らないが、切り札とは何なのだ」

「すぐにわかりますよ・・・さゆは、さゆは今どうしてるのですか、
まさか、もう調理されてるのじゃ」

「心配するな。あの生首の少女は今頃調理されているが、
さゆみの方は、まだその前に儀式が残っている。
いわゆる、昔の相撲で言う断髪式みたいなものだ」

「断髪式?」

「始まるようだ、さゆみ様が現れた」
295 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:30
ステージにさゆが現れて置かれた椅子に腰掛けた。

「これから、総統を始め選ばれたゲストがステージに上がって、
さゆみ様の髪の毛を鋏で切っていくのだ。
髪の毛を料理に混入させないためだ」

思わず立ち上がって、さゆの元へ行こうとした、
それを山口が止めた、

「そこから動くな、お前は断髪式には選ばれていない。
邪魔をする者は、ただちに捕らえられて外に連れ出されて
銃殺になるだけなのだ」

かろうじて踏み止まり、腰を降ろした。
296 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:34
「切り札があるのなら、あわてて死に急ぐ事はない、
あせらずにチャンスを待つことだ」

その言葉は、まるで私をおもんぱかるような口ぶりで、
山口の真意を測りかねていた。


ステージでさゆの頭に鋏が入れられていき、
さゆの黒くて艶のある長い髪が切り落とされるのを
見ていて、また沸々と憤りが沸き上がっていた。

さゆの頭に鋏を入れたゲスト達はその髪の毛を大事そうに
しまい込んでいる。
その後さゆの頭に剃刀が入れられ丸坊主に剃り上げて
しまう。
さゆをこんな目に合わせたやつらを絶対に許さないと
誓い、さゆを自分の命にかえてもやつらの手から
救い出したいと決意していた。

297 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:39
さゆはステージに置かれた寝台の上に寝かされた。
そのまま、また楽団の演奏が始まり給仕係が各テーブルを
まわって料理を運び出した。
二人のテーブルにも料理が運ばれてくる。


その後次々と色々な料理をテーブルに運ばれて来た。

ホタテ貝と海老のテリーヌ
穴子の白焼きと茄子のコンフィ
天然車海老のマリネ
<桜鱒のポワレブールブランソース

穴子のグリルバルサミコソース有機野菜添え
和牛フィレ肉の薄切り 白アスパラガスのピカタとそのソース
仔羊のロースト
イベリコ豚のカツレツ、ラビゴットソース
298 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:42
今朝からほとんど食べていなかったので、
さっき前菜と魚料理を口にしたが、それもすべて吐いてしまった。
運ばれてきた肉料理にはとても手が出なかった。

それを見た山口が、
「どうした、肉料理は食べないのか」

山口を睨みつけて、
「よくそんな事が言えますね!こんな場合に
食べられるわけがないでしょ!」

あの美少女の生首を思い出して、思わず首を強く振った。

「まさか、この肉はあの子のじゃないでしょうね・・・」
299 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:46
山口は、仔羊のローストにナイフとフォークを入れて
口にしながら、
「肉料理は、まだ若い家畜を処理して料理するのが美味しいのだ」

「こんな時にふざけないでください!」

「心配するな。この肉はあの子達のではない。
あの子達の肉を食べられるのは、総統などの限られた人間だけと、
希望して選ばれたわずかな人間だけだ。
私達が食べられるのは、主采のさゆみ様の肉をほんの少しだけ
分け与えられるだけなのだ」

山口はナイフとフォークを置くと向き直って、
300 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:48
「なぜ、さゆみ様がお前をこの晩餐会に招待するように
言ったかわかるか」

「わかりません」

「それは、さゆみの肉体の一部がお前の体の中に
取り入れられる事によって、さゆみはお前の中で
永遠に生きつづけるのだ。
それがさゆみの最後の願いなのだ。
だから、さゆの肉を食べる事がお前の最後の努めなのだ」


最後の日のさゆの言葉を思い出した。

『私は人魚姫なの。人魚姫は永遠の命を持っているの。
たとえこの身が滅んだとしても、別の人間の中で永遠に
生き続ける事が出来るの。
その人間とは、友男さんのことなの。
だから、さゆみのお誕生日の儀式に必ず友男さんに
来て欲しいのよ』
301 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:52
「さゆの肉を食べる事なんて死んでも出来ない、
さゆは僕が必ず救い出します。
僕はさゆの肉ではなく、将来さゆが作ってくれた
料理を食べるつもりです」

山口は笑顔を見せた、
「さゆみと結婚するつもりなのか」

「もちろん、そのつもりです。
さゆが私のプロポーズを受けてくれたらの話ですが。
最後に一つ質問があります。
なぜ僕がさゆの世話をする係りに選ばれたのですか?
まだ大学生に過ぎない僕が選ばれたのは、
不自然な気がしてならないのです」
302 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 18:56
「お前を選んだのは、さゆみだ。
聖少女として、最後の一ヶ月を過ごすさゆには
自分の世話をする者を選ぶ権利が与えられる。
2ヶ月前、偶然お前をテレビで見たそうだ」

「そう言えば、その頃大学でインタビューを
受けた事があります」

「それで、さゆみはどうしてもお前を世話係りに
したいと言い張ったのだ。
まだ学生のお前を世話係りには出来ないと説得すると、
出来ないのなら、この場で舌を噛み切って死ぬとまで
言い切ったのだ」
303 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 19:00
「それで、私の責任においてお前を世話係りにする事を
決断したのだ。もちろんお前の素性、思想などすべて
調べて、安全な人間だと確信したからだ。
さゆみに、なぜあの男を選んだのかと問いただすと、
あの人は、私の王子様だからだと言ったのだ」


「・・・そうでしたか」


ステージに寝かされているさゆを目の前にしながら総統は
料理をもりもりと腹に収めている。
304 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 19:02
「あの気の狂った豚のような、いや、豚の方が高尚な
生き物のような気がする。
あの豚にも劣るやつらは、いつまでこのような行為を
続ける気なのですか」

山口を食事の手を休めると総統の方へ目をやりながら、

「このような晩餐会の儀式は、今年限りになるかもしれない。
政府内にも少しずつだが批判の声も上がってきているし、
反政府組織の暴動も、何度軍の力で押さえつけても
何度も繰り返されてきりがない。
この事が総統をやり玉にあげる口実にもなっている。
さゆみ様が最後の聖少女となるだろう」
305 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/02(日) 19:05
その時、寝台に寝かされたままのさゆがステージから、
下がっていき、袖に引っ込んでいった。

私は立ち上がった。
いよいよその時が迫っていた、一刻の猶予も許されない今、頼みの綱は
光男だけだった。


光男のいるテーブルに行き声を掛けた、
「光男さん、お願いします。切り札を見せてください」
306 名前:最後の晩餐 投稿日:2014/11/05(水) 18:11
顔を向けた光男のその顔は青白く見え、そして限りなく暗かった。

少し間を置いて、光男は立ち上がった。
「よし、どうやらその時が来たようだな」

その時、山口がやって来て光男に、
「お前の顔は見覚えがあるぞ。
最初の日に、彼と一緒に車に乗って帰った男だな」

光男はゆっくりと懐に片手を入れた。

「そしてもうひとつ思い出した事がある、
お前は、失格者として手配されている者だな、
何の目的でこの会場に潜り込んだのだ」
307 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:17
光男は懐に片手を入れたまま立ち上がり、山口に近寄った、
隠し持ったレーザー銃を握りしめていた。

山口も光男に近寄ると光男の上着の胸の膨らみに
気がつくと、光男の上着に手を掛けてボタンを外して
中のベストを見て、

「きさま!そのベストに隠しているのは爆弾だな、
しかも強力なプラスチック爆弾のようだな」

光男は山口に触れるほど密着すると、レーザー銃を
抜き出して山口の胸に銃口を押し当てて引き金を引いた。

一瞬、山口の胸を上向きに貫通して背中から天井へ向けて
一筋のレーザー光線が抜けるのが見えた。
308 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:19
光男はレーザー銃で撃ちぬかれて倒れかかる山口を
抱きかかえると、私に向けて目で合図した、
気がついて、光男と二人で山口を両側から抱えると、
会場の出口に向かう。

光男は出口に立っている兵士に、
「ワインを飲みすぎて酔っ払ったんだ。少し休ませないと」
兵士はうなずくと3人を通した。


山口を通路にある長い座席に寝かせる。
山口は急所を外れたのか、まだ息があった。

309 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:21
光男は私にレーザー銃を手渡した。
「俺にはもうそれは必要ない。何かの役に立つだろうから
持っていればいい。使い方は拳銃と同じだ」

胸ポケットに銃をしまうと、
「光男さん、これからどうするのですか・・・」

「これから始末をつけてくる。すべての幕が降りるのだ。
友男さんには本当にお世話になった。
俺の家族に食べ物を持って来てくれて、本当に感謝している。
子供達のあんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだった。
この後俺は妻と子供達の所に行くから、俺から礼を言っとくよ。
いまから15分間だけ待つから、その間に外へ逃げてください」

光男はそう言い残すと、会場の中へ入って行った。
310 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:25
私は少しの間光男を見送ったが、山口の方へ視線を戻した。

山口はうつろな目で私を見ていた。

彼の上にかがみ込むと、
「医者を呼んできます」

山口は小さく首を振って、
「その必要は無い。お前はさゆみの所にただちに行くのだ、
時間が無い、さゆみはこの下の厨房に連れて行かれてる」

うなずいて行こうとすると、
「待て。私が山口と名乗った理由がわかるか・・・」
311 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:26
何を言い出すのかと、彼を見ると、

「私は山口県の生まれだから、そう名乗ったのだ」

「何ですって!まさか」


さゆも山口県で生まれたと言っていた、


「そうだ、私はさゆみの父親だ」
312 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:28
息を呑んで彼を見つめた、
「・・・そうですか、それでその事をさゆには?」

彼はうなずくと、
「これまで言えなかったが、今朝、さゆみに本当の事を話した」

「そうでしたか。それでさゆは」

「さゆみは、すべてわかってくれた。これまで育てて
くれて感謝していると言ってくれた」
313 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:34
彼を見つめて、
「そうですか。しかし、人食い共に捧げる為にさゆを人身御供として
育てきたあなたに父親の資格は無い」

彼はかすかに笑った、
「その通りだ。私はある意味総統よりも罪が深い。
そして母親についても本当の事をさゆみに話した、
私は秘密を守るために、私の実の妹と結婚させられた、
その妹が、さゆみの母親なのだ」

さゆが衣通姫が実の兄と愛し合った伝説を聞いて
涙を流した事を思い出していた。
314 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:35
「早くさゆみの所へ行くのだ、あの男はこれから会場で
隠し持った爆弾で自爆するつもりなのだ、
あの爆弾の量からすると、このフロアが吹き飛ぶだけでは
すみそうに無い、このビルが倒壊するかもしれない、
早くさゆみと共に外へ逃れるのだ」

彼は、そう言うと目を閉じてがっくりと首を垂れた。

315 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:37
すぐさま直ぐ下の2階に階段を駆け足で降りると、
厨房の入口のドアに手を掛けたが、どうしても開かない、
レーザー銃を取り出したが、分厚いドアを破ることは
出来そうにも無い、

ふと気がついて、ドアの小窓に自分の手の平を当てた、
見事ドアは開いた。

中に勢い込んで飛び込むと、寝台にさゆが裸で寝かされて
いるのが見えた、
白い服の男が何人かおり、そのうちの一人が、
なにか銃のような物を持ってさゆの側に立っている、
316 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:41
「待て!さゆから離れろ!!」
叫ぶとその男達は振り返った、

どうやら手に持っているのは、『スタンニングボルト』らしかった、
それでさゆの額を銃撃して失神させてから
喉を切り開いて失血死させてから処理するのだ。

私は怒りにまかせてレーザー銃の引き金をしぼり、
スタンニングボルトを持ったその男を撃った。

他の者は茫然として私の持っているレーザー銃と
倒れた男を見比べた、
317 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:43
「死にたくなかったら、ただちに部屋から出て行け!」
私の命令に、全員手を上げながら出て行った。


さゆに駆け寄って顔を見ると、さゆは目を開けた、
そして起こしてやりながら、

「さゆ!もう大丈夫だよ、僕と一緒に行こう」
タキシードの上着を脱ぐと、裸のさゆに着せる。

「私の王子様が救いに来てくれたのね」
さゆはそう言って私の胸に顔をうずめた。

丸坊主のさゆの頭をそっと撫でた。
318 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:46
「時間が無いよ!すぐに外へ出るんだ!」

さゆを立たせると、その手を引いて外の通路に走り出た。


会場に戻った光男はテーブルに腰掛けていたが、
時計を見て15分経った事を確めると、
ゆっくりと総統のテーブルの方へ歩いて行く。
上着のポケットの中の、爆弾の起爆装置を握りしめていた。

総統の方へ向かう不審な男に気がついた兵士が光男の
後を追いかけたが、
大勢の人間がいる会場内では発砲は出来ない、
319 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/05(水) 18:48
総統は、近づいてくる光男に気がついて顔を上げた。
二人の兵士が光男に追いついて両側から光男を押さえた、


「俺と共に地獄へ行くがいい・・・」


光男は爆弾の起爆装置のスイッチを入れた。


さゆの手を引いて階段を降りて、一階にたどり着いて、
一瞬安堵した時、爆発が起きた。
320 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:02
光男はダイナマイトの1・5倍の威力があり、マッチ箱ほどの
大きさでレストランほどの広さの中の人間を全員死傷させる
事が出来る強力なプラスチック爆弾を、
着ているベストの中にいくつもびっしりと隠していた。

それがすべて爆発した時、ブリードビルの強固な外壁のせいで、
爆風の圧力はすべて内部に向けられ、
三階の会場に居た人間全員を即死させた後、床を崩壊させ
二階、一階の天井をつき抜け崩れていった。
321 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:05
友男とさゆみは、爆発で一階の天井が崩落した時、
ちょうど比較的狭い通路に出た時だったので、
奇跡的に即死を免れた。
二人は、崩落した壁のわずかの隙間にかろうじて
重なり合って横になっていた。

頭の直ぐ上に壁が覆いかぶさり、ほとんど身動き出来ない
程の空間しか無かった。


私は片足が壁の下敷きになっていて、まったく
その足には感覚が無く、重大な損傷を負っているに違いない。
自分の体の下にいるさゆみの様子を見ようとしたが、
夜ということもあり真っ暗闇で何も見えなかった、
手でさゆの顔を触れると確かにその存在を感じるのだが。
322 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:08
ようやく、さゆが意識を取り戻した気配を感じた、
埃が立ち込めていて、さゆは激しく咳き込んだ、
さゆも私の顔に手を触れてその存在を確めた。

「・・・大丈夫?どこか体は痛くない?
すぐに助けが来るからそれまで我慢出来るね」

私の問いかけにさゆは返事をした。
幸いさゆは体のどこも怪我をしていないようだった。

「友男さんは大丈夫なの?」

「僕の方も大丈夫だよ」

まったく感覚が無い片足の事は、心配させない
ために触れなかった。
323 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:10
「必ず助けが来るから、希望を捨てないで。
それまで僕が守っているから」

「何が起こったの?真っ暗で何も見えないわ。
体も身動き出来ないわ・・・」

「またビルが爆発したんだ。今度の爆発は大きくて
ビルが崩れ落ちたんだ。僕たちは奇跡的にまだ命を
つないでいるけど」

それもいつまで保てるかどうかわからない。
何時、ビルが完全に崩壊してしまうかわからない、
そうなれば二人の命は風前の灯にすぎない。
324 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:13
少しでもさゆを楽にさせようと、体を捻って
さゆの上から自分の体をずらそうとした、
とたんに、下敷きになった片足に激痛が走った、
思わずうめき声を上げるほどの激しい痛みだった、

「友男さん!どうしたの!」

さゆに返事も出来ず、しばらく歯を食い縛り痛みを堪えた。

どうやら下敷きの足は骨折とかいう生やさしいものでは
無いようだった、片足は潰れてるようだった。
325 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:16
ようやく声を絞り出して、
「何でもないよ・・・心配無いから安心して」

かなりの失血もしているかもしれない、
そうなると、自分がいつまで命を保てるかわからない、

「本当に大丈夫?」
さゆは心配そうに私の頬に手を当てて言った。

しばらくして、何とか足の痛みも我慢出来るところまで
収まってきた。と言うより足の感覚が無くなってきたのだ。

さゆの体に触れようとして、その柔らかい胸に
直接手を触れてしまい、思わず手を離した。
さゆは私が着せた上着だけで下は裸だという事に
気がついた。

幸い今は7月で寒くはなかった。
そっとさゆの上着の襟を合わせた。
326 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:19
さゆの気を紛らわせるために喋った、

「もうさゆは自由の身だよ。これまでさゆを縛っていた
人間達は、この爆発で残らず死んでしまったに違いない」

「お父さんはどうなったの?」

私は山口、さゆの父親の顔を思い出した、
今思い起こせば、父親としての顔を見せていた部分が
あったかもしれない。

「残念だけど、お父さんも亡くなったと思う。
今はそんな事は忘れて、これからさゆの将来だけを
見据えて、これからの楽しい事だけを考えるんだ」
327 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:21
「そんな事は今は何も考えられないわ」

「考えるんだ、まだ小さかった頃の事でもいい、
やってみたかった事、なりたかった職業とか、
お嫁さんの他に何かあったはずだよ」

しばらく考えていたさゆは、やがて口を開いた。

「自分の将来の事など何も考えられなかったわ、
でもね、もしさゆみが生まれ変わったら、
なりたいものがあったわ。
テレビを観ていて、時々昔の映像が流れるの。
もう40年も50年も昔の映像なのだけど、
その頃はアイドルっていう人達がいたそうよ」
328 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:25
「アイドル?」

「そう、アイドル。さゆみと同じ位の年頃のアイドルと呼ばれる
男の子や女の子達がいたの。その子達は歌ったりダンスしたり
して、皆の憧れの存在だったそうよ」

今では、アイドルという言葉は死語になっていて、そのアイドルの
存在も無くなっていた。

さゆは続けた。
「それで、さゆみが生まれ変わったら、アイドルになりたいと
思った事があるわ・・・・到底かなえられない夢でしかないけど」

「なれるさ。生まれ変わらなくても十分にかなう夢だよ。
さゆはまだ15歳になったばかりなんだ。これから無限の
可能性のある将来が待っているんだよ」
329 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:28
「本当になれると思う?」

「本当になれる。だってさゆはこの世の誰よりも可愛いのだから」

「嬉しいわ。友男さんにそう言ってもらえたら、なによりも
嬉しいわ。でも、こんな丸坊主の頭でアイドルになれるかしら」

私は笑って、さゆの坊主頭を撫でて、
「そんな頭のさゆも可愛いと思うよ。それに、髪の毛は直ぐに
伸びてくるよ。後半年もしたら髪も伸びて、そのアイドルに
なれるよ、必ず」
330 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:31
自分の潰れた片足は、痛みを通り越して痺れ始めていた、
失血のせいか意識も少しずつ薄れはじめていた、
今夜か、明日いっぱい持つかどうか疑わしい。
自分はどうなってもいい。さゆだけは助けたいと思った。

さゆはそれまでの疲れからか、うとうとと眠りはじめた。

私の方は、眠るというより足の負傷の出血のせいで、
意識が遠のいていった。
331 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:33
そして時間が立ち、日の出の時間になって辺りが
明るくなっていき、友男とさゆの閉じ込められた所にも
わずかに陽が差してきた。


外では、昨夜まで警備していた兵士達が放心したように
見守る中、ブリードビルは外から見ただけでは何事も
無いかのように見えるが、

実際は、三階で起きた大爆発で三階より下の内部の
構造物が完全に崩落し、それより上の4階以上の建物も
三階以下が無くなったために、建物全体が完全崩壊の
危機が迫ってきていた。

その証拠に、耳をすませてみれば、ギシギシ、ミリミリと
建物の崩壊する前兆の音が聞こえてくるはずだ。
332 名前:最後の審判 投稿日:2014/11/07(金) 21:35
兵士の一人が、一階の入口から恐る恐る中を覗いた、
3階から下が完全に崩落して、一階には天井や壁などが
うずたかく積もっていて、とても生存者がいるとは思えない、
しかし、友男とさゆはその中でまだ生きていた。

ふと、その兵士はかすかに人の話し声を聞いたような
気がして、思わず耳をすました。
333 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:04
さゆは目を覚まし、わずかに朝の光が差し込み友男の顔が見えて、

「友男さん!起きて!目を開けて〜!」
友男の頬に触ってみると、まだ温もりがあるのでほっとして
声を上げ続けた。

そのさゆの声で、ようやく友男は意識を取り戻し、目を開けた。

「友男さん、朝よ!」

友男は目を開けたが意識は朦朧としていた、
「・・・これはお姫様、お早う」

さゆの頭が丸坊主だと気がついて、
「お姫様ではないな・・・尼さんだったか」

さゆは友男の頬を叩いて、
「何を言ってるのよ!私達は生き埋めになってるのよ!」
334 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:07
友男は辺りを見回して、二人が瓦礫の中に埋もれて身動き
出来ない状態だという事を思い出した。
その時、ギシギシと辺りが揺れ埃と共に瓦礫の破片が
バラバラと落ちてくる、今にもビルが崩壊するかもしれない、

「もう僕らは助からないよ・・・運は尽きたよ」

さゆは強く首を振って、
「そんな事無いわ!昨夜は必ず助けが来るって
言ってたのは友男さんじゃない!
そんな弱気な事は言わないで」
335 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:09
「もうダメだよ・・・最後に思い残した事があるよ、
さゆにまだ返事を貰ってない」

「返事って?」

「僕はさゆにプロポーズしたはずだよ。
その返事をまだ貰ってない。その返事を貰えないうちは
死んでも死に切れない」

さゆは友男の手を探りその手を握りしめた、
その手は、ゾッとするほど冷たかった。


「もう一度言う、僕と結婚してくれないか」

さゆは小さくうなずくと、

「はい。こんな私で良かったら」
336 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:11
「ありがとう。こんな嬉しい事はないよ。
もう思い残す事は無い。いつ死んでもいい」

友男はまた意識が薄れていって、目を閉じた。


さゆは友男の頬を叩きながら声を上げた、
「友男さん!死んじゃいや!目を開けて〜!」

その声は友男には聞こえなくなっていた。


「誰かいませんか〜!誰か助けて下さい〜!!」
さゆは声を張り上げて助けを求めた。
337 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:16
その若い兵士は確かに女の子の声を聞いて、一階の瓦礫の
山の中へ向かって声をかけた、
「誰かいるのか〜!!聞こえたら返事をしろ!」

さゆもその声を聞いて、
「ここにいます〜!!助けてください!」

兵士はその声を聴いて入口から瓦礫の山を覗き込んだ。


「どうかしたのか」
もう一人の兵士が入り口から入ってきて言った。

「生存者がいるようです、声をかけたら返事をしました。
すぐそこみたいです、直ぐに助け出さないと」
338 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:18
その時、ビルの上の方から不気味な震動が伝わってきて
破片がバラバラと落ちてきた、
二人の兵士はあわてて外に出ると、ビルの上を見上げた、
ビルの建物が細かく震動して揺れているのがわかる。

爆発で内部が崩落して半ば残骸と化していたブリードビルは
外壁はかろうじて形を保っていたが、いつ全体が崩壊するか
わからない。


「このビルはまもなく崩れ落ちる、早くこの場を離れるんだ!」

若い兵士はビルを振り返りながら、
「まだ生存者がいるんですよ!あの声は女の子みたいだった、
早く助け出さないと」
339 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:19
もう一人の兵士は首を振った、
「ダメだ、いつビルが崩れ落ちるかわからないし、
あの瓦礫の山の中に埋もれている人を人間の手だけで
助け出すのは到底無理だ。
重機があればともかく、ここにはそんな物は無い、
かわいそうだが、どうにもならない」

若い兵士は辺りを見回し、あるものに目をとめた、
「重機はあります、あそこに・・・」

見ると、戦車が見えた。
「バカな、戦車が何の役に立つと言うんだ」
340 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:23
兵士は戦車に走って行き、側にいた戦車の操縦士に
事情を話していた、
操縦士はうなずくと戦車の中に入り、戦車を動かした。

戻ってきた若い兵士に、
「止めろ!戦車で瓦礫の中に突っ込んで行ったりしたら、
瓦礫が崩れ落ちてかえって危険な事になりかねない!」

若い兵士は、ビルに向かって行く戦車を見ながら、
「危険な事はわかっています、でもこのまま放っておいても
ビルが崩れて助からないのです、やってみる価値はあります」
341 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:28
砲塔を後ろに回した巨大な戦車は、しゃにむに瓦礫の山の
中に突入して行った。

さゆは、突然すぐ側に轟音と共に戦車が突っ込んできて
瓦礫が崩れ落ち、さゆの上になっていた友男の
頭に大きな瓦礫の塊りが落ちてきて直撃したので、

「友男さん!!」
と悲痛な声を上げた、


戦車の後に続いた兵士が、さゆの声でその方向を見て
さゆの姿を確認すると、
ただちに、戦車に向かって操縦士に戦車を止めるようにと叫んだ。
342 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:30
兵士はさゆの体に手をかけて引っ張り出した、
さゆは引きずられながら叫んだ、
「私はいいから友男さんを助けて!怪我をしてるの」

兵士は友男の方を見た、身動きひとつしない。
「・・・その男はもう死んでるよ」

さゆは泣き叫びながら、
「そんなことない!友男さんはまだ生きてます!!
早く助けて上げて!」

兵士は友男の口の辺りに触ってまだ息があるのを
確めると、友男の体を瓦礫の下から引き出そうとしたが
まったく動かない。
重い瓦礫が友男の片足に覆いかぶさっているせいだ、
343 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:32
「早くしろ!今にも上から瓦礫が崩れ落ちてきそうだ!」
戦車の操縦士が叫んだ、

兵士は友男を置き去りにして行こうとした、

さゆは泣き叫びながら友男にすがりながら、
「お願い!友男さんも助けてください!
でないと、私もここに残ります・・・」
344 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:35
そのさゆをじっと見ていた兵士は決断すると、腰の銃剣を
取り出した。その銃剣で瓦礫の外に出ている友男の
膝の上を切り落として引き出すつもりだった。

そしてさゆに、
「これしか助ける方法が無い、わかったね」

さゆはうなずくしかなく、兵士が銃剣を友男の脚目がけて
振り上げると、目を覆った。


兵士と戦車の操縦士は友男を戦車の上に抱え上げ、
さゆも戦車の上にあげ砲塔につかませると、
ただちに操縦士は戦車の中に入り、戦車を発進させた。
345 名前:復活 投稿日:2014/11/09(日) 19:37
戦車が速度を上げてビルから離れた直後に、
ブリードビルは大音響を上げて崩れ落ちていき、
ほんの数十秒後に、巨大な瓦礫の山と化していた。


ようやく安全な場所に戦車はたどり着いて止まった。
戦車の上の兵士は近寄ってきた兵士達に、
すぐに軍医か衛生兵を呼ぶようにと言うと、
友男の切り落とした左足の根元をベルトできつく縛る。

さゆはその友男の頭を強く抱きしめていた。
346 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/11(火) 14:32
ブリードビルが爆発崩壊して約一ヶ月が立っていた。
私は収容されていた病院でようやく意識を取り戻した。
瓦礫の塊りが頭に直撃して脳に障害が起きてずっと
意識不明のままだったのだ。

さっそく医師が質問した、自分の名前、年齢、家族の事などを
覚えているか聞いて記憶傷害の有無を確めた。
私は何とかそれらを答える事が出来た、
しかし、ビルが崩壊する一ヶ月前までの記憶が無かった、
つまり、6月10日から7月13日までの記憶が飛んでいたのだ。

頭をかかえて何とか思い出そうとしたが、どうしても
思い出せない。
6月9日に、明日から一ヶ月の間、ある女性の世話をする
仕事を引き受けた事までは覚えていたが、それ以降の記憶が
まったく飛んでしまって無いのだった。
自分がどうなってこの病院に収容されたのかもわからなかった。
347 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/11(火) 14:34
「頭を強く打ったりするとよくある記憶障害なのよ、
時間がたてば少しずつ思い出してくるから心配ないわ」

看護師がそう言って私をなぐさめた。
二十代半ばの日焼けした人懐っこい感じの看護師だった。

「そうですか・・・なんで思い出せないのだろう」

「そうだとしたら、毎日のようにあなたを見舞いに来てた
女の子の事も覚えてないのかしら、15、6歳の子よ、
妹さんのようにも見えなかったけど」

首を振った、
「そんな女の子は全然覚えていないです、それに僕には
妹はいません」
348 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/11(火) 14:36
友男は、一ヶ月間共に過ごしたさゆみの事をまったく
記憶していなかった。


私はベッドの上に半身を起こした、別に体は痛い所も
無かった。急に足に痒みを覚えて掻こうと手を伸ばした、
不思議な事にいくら手を伸ばしても足が掻けない、

「すみません、足が痒いのですが掻けないのです、
悪いけど掻いてくれますか、左足の足首のあたりです」

看護師は、足元の毛布をめくってチラッと見ると、
「私にも掻けないわ。お気の毒だけど、あなたの左足は
膝の下から無いのよ・・・」
349 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/11(火) 14:39
「はぁああああ〜?!!」
私は驚いて、布団を取り払って自分の左足を見た、
自分の左足は、膝から下が無かった。

ショックで口がきけなくて看護師を見た、

看護師は気の毒そうに言った、
「消失した無いはずの足が痛みや痒みを覚えるのは、
『幻肢痛』といってよくある事なの。
でも今は良い義足があるから大丈夫よ。
自分の足同様に動くのだから、元気を出しなさい」
350 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/11(火) 14:41
私はすっかり落ち込んでベッドに倒れこんだ。
自分の左足を失ったのも大きなショックだったが、
なぜ負傷した事さえ思い出せないのが不安にさせた。

看護師は布団をかけてやりながら、
「毎日あなたを見舞いに来てくれてたあの女の子が
また来てくれれば元気が出ると思うのだけど、
とっても可愛い女の子よ。あなたの事を真剣に
見守ってる姿は、よほどあなたの事が好きなのね。
だけど、あの女の子は3日前から姿が見えないのよ」

その女の子の事を考えたが、まったく心当たりが
無かった、大学のガールフレンドの女の子のひとりを
思い出したが、彼女は20歳過ぎていて年齢的に合わない。
たぶん、記憶が飛んでいた一ヶ月の間に知り合ったのだと
思った。
351 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/11(火) 14:43
翌日、看護師が病室にやって来て、
「あなたに面会よ。とっても可愛い女の子よ。
でも、毎日来てたあの女の子とは違う子よ。あなたって
よほど女の子にもてるのね」

すぐにその女の子が病室に飛び込んできた、
「友男〜!!」

桃子だった。

ももはベッドに駆け寄ると手を握ってきて、

「友男が行方不明になってとっても心配してたんよ!
ようやくこの病院に入院してる事がわかったのよ、
病気は治ったの?元気そうじゃない、本当に良かった」

ももは涙を浮かべながら言った。
352 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/11(火) 14:46
ももはガールフレンドの中では私も気に入っていて、
何度かベッドを共にした事があった。

いつもは、髪の毛を真っ赤に染めていたり、派手な服を
着て化粧も濃かったのだけど、
久しぶりに見るももは、髪の毛も黒く戻しポニーテールに
していて、着ている物もジーパンにTシャツだけだった。

そして素顔のももは何だか子供っぽく見えて、
片足を切断して傷心の私にとって、たまらなく愛着を
覚えて、ももの手を強く握り返した。
353 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/15(土) 18:01
友男の中には、さゆの事はまったく念頭に無かった。
さゆを愛し、プロポーズまでした事は記憶の外だった。

その後、2、3日して郷里から友男の両親がやって来て
友男を退院させて連れて行った。 桃子も一緒だった。


一週間ほどして、病院にさゆみがやって来た。
病室に友男の姿が無いので、ちょうど居合わせた
顔見知りの看護師に聞いてみる。
354 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/15(土) 18:05
看護師は友男が両親に連れられて退院した事を告げた。
そして、若い女の子も一緒だった事もさゆみに言った。

「そうですか・・・」

看護師は、気落ちした様子のさゆみに友男の郷里の
地名を言うと、

「私にはあなた達にどんな事情があるかわからないけど、
あなたが本当に友男さんの事を好きなら、
どこまでも追いかけて行くべきだと思うな。
たとえライバルが居たとしても」
355 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/15(土) 18:10
さゆみは首を振ると、

「もういいんです。友男さんは、私が悪魔に食べられそうに
なった時、救ってくれた王子様なのです。
友男さんの事を生涯感謝して想い続けています。
私は、結局は報われない人魚姫に過ぎないのです」

さゆは看護師に頭を下げると出て行った。
356 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/15(土) 18:11
「人魚姫か」

看護師はおかしな事を言う女の子だなと思ったが、
何となくわかるような気もした。


「徳永さん、こっちを手伝って」
「は〜い!」

看護師は同僚に呼ばれて元気良く返事をした。
357 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/20(木) 14:49
それから約1年ほど立った、2057年の7月のある日、
ある野外の会場でイベントが行われていた。

新しくデビューした女の子三人組のユニットのお披露目の
イベントだった。

358 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/20(木) 14:51
一年前のブリードビルの爆発で独裁者の総統が死んでからは
民主的な政府が誕生して、元のような自由な社会に戻っていた。

独裁政治の原因のひとつだった食糧危機も、各国の二酸化炭素(CO2)削減の
効果が徐々に表れて地球温暖化が徐々に緩和したせいで、
世界的な天候異変も収まり、穀物の生産も順調に伸びていた。

食料を輸入だけに頼っていたこの国もそれを転換して農業に
力を入れるようになり、食糧危機も解消に向かっていた。
エネルギー問題も、石油に代わる動力として水素が
実用化されていた。
359 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/20(木) 14:53
ステージの上がった三人の女の子がMCから紹介される。
「『マーメイド娘』の、さゆみ、みずき、りほです!では三人に
自己紹介をお願いします」


「マーメイド娘のりほで〜す!ダンスが得意です!
よろしくお願いします」

「マーメイド娘のみずきです。大好きなアイドルになれて
幸せです。頑張ります」
360 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/20(木) 14:54
最後に、もうひとりの女の子がマイクを手に持った。

「マーメイド娘のさゆみです。
今日は、私の16歳の誕生日です。そんな良き日に、
夢だったデビューする事が出来てとても幸せなの。
では、デビュー曲の『Little Mermaid』を歌います」

集まったファンの大歓声が沸き上がった。
361 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/24(月) 00:37
ステージの前列に、友男は桃子と一緒に観に来ていた。
友男は、あまり気乗りはしなかったのだが、桃子に誘われて
やって来たのだ。

郷里からまた東京に戻ってきて、新しい生活を始めていた。
左足の義足も慣れてきて、以前と同じように歩けるように
なっていた。それまでリハビリをする友男の手となり足となって
献身的に支えてくれたのは、桃子だった。
362 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/24(月) 00:39
ステージのさゆみは、歌の途中で友男の存在に気がついた、
友男も自分をじっと見つめて歌うさゆみに気がついてた。

ステージの上と下で視線が合ってお互いを見詰め合った。
桃子はそんな二人を不思議そうに見比べていた。
363 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/24(月) 00:40
さゆみは、歌を終えるとステージから降りると友男の側に
近寄った。

「友男さん!やっとまた会えたのね」

「さゆ・・・」

突然、友男の記憶がよみがえっていた。
二人は抱き合った。


そんな二人を桃子は茫然と見ていた。
364 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/24(月) 23:38
さゆみは桃子に頭を下げると、友男との一ヶ月間を話した後、

「私は友男さんと一ヶ月間過ごすうちに友男さんを好きに
なっていきました。友男さんも私を好きになってくれて、
結婚しようと言ってくれたのです」


桃子は黙って聞いていた。
365 名前:人魚の娘 投稿日:2014/11/24(月) 23:39
「今こうしてアイドルとしてデビュー出来たのは友男さんのおかげです。
本当に感謝しています。でも今になって考えると、それと結婚とは別の
ような気がします。あの友男さんと私の一ヶ月間は異常な時間だったのです。
私は生贄になることを運命として受け入れるしか無かったのです。
そんな時現れた友男さんを愛するようになりました。
友男さんもそんな私に同情して、私を愛してると言ってくれたのです」

さゆみをそう言って友男を見た。
友男はうなずいた。
366 名前:旅立ち 投稿日:2014/11/26(水) 00:14
「でも、あれから一年経って事情は変わったのです。片脚を失った友男さんが
こうやって元気な姿になれたのも桃子さんのおかげです。
異常な時に愛し合った私達は、正常な時に戻った今は終わりなのです」

友男は首を振ってさゆみの手を取ろうとした、
しかし、さゆみは友男の手を離すと桃子を見て、

「桃子さんに本当に感謝しています。私は友男さんと桃子さんの間に入っていける
立場では無いのです。私は友男さんに会えただけで満足です。
もう二度と友男さんに会うつもりはありません」
367 名前:旅立ち 投稿日:2014/11/26(水) 00:16
さゆみはそう言うと桃子と友男に頭を下げると、行こうとした。


「さゆみさん!」

桃子の声にさゆみが振り返ると、
桃子は、友男の手を取るとさゆみの方に引いて行き、その手を取り、
二人の手を握らせた。

そうしてくるりと背中を向けると、去って行った。


終わり
368 名前:旅立ち 投稿日:2014/11/26(水) 00:17
道重さゆみさん
369 名前:旅立ち 投稿日:2014/11/26(水) 00:17
卒業おめでとう
370 名前:旅立ち 投稿日:2014/11/26(水) 00:19
完結しました。


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