Youth
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:27
1 クラスメイト
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:27
「ねえ須藤。いっかいやらせてよ」


唐突に夏焼はそう言った。
わけがわからなくて、固まった。
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:28
夏焼雅はクラスメイトだ。
髪の色は金に近い茶髪。
スカートは膝上だしメイクはバッチリ。
授業はよくさぼる。
いわゆるギャルで、不良というくくりに入ると思う。
というより、実際そうだ。
他のクラスメイトとは一線を引いているところがあって、自分からは絡もうとしない。
浮いている存在だ。
学級委員長の私、須藤茉麻とは対極に位置しているようなのが彼女だ。
が。
私がクラスで一番よく話すのは、夏焼雅だった。
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:29
あまり認めたくないが、私もクラスで浮いている存在なのかもしれない。
夏焼とは別の意味で。
クラスメイトからさん付けで呼ばれるのは、「須藤さん」と「夏焼さん」だけだ。
その事実に気がついたのはいつごろだったか。

「夏焼さん」と話すようになったのは、学園祭の係に彼女がなったからだった。
準備は面倒だし学園祭の当日もあまり遊べないこの係を誰もやりたがらなくて、私は困っていた。
そんな時「夏焼さん」がすっと手を挙げた。
クラスはなんとも言えない空気になったが、他にやってもいいという人はいなかったのでそのまま決まった。
学級委員長は自動的に学園祭の係にされるので、苦手だなとは思いつつも一緒にやるしかないので準備のために話し合うようになった。
話してみると思い描いていたイメージと違った。
向こうもそれは同じだったようで、あっという間に打ち解けた。
須藤・夏焼とお互いをなぜか苗字で呼び捨てにして呼ぶようになった。
5 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:29
夏焼は極度の人見知りだった。
そして飛びぬけて美人だった。
この二つの要素が自然と近寄りがたい雰囲気を(夏焼本人は気がついていないが)作り出していた。
夏焼と話すと楽しかった。
私もよく笑うようになっていった。
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:29
3年生になった。
うちの学校は2、3年ではクラス替えをしないので、また夏焼と一緒である。
学年の最初のテストが今日で終わり、教室は、というより学校全体ががらんとしていた。
私は今教室で夏焼と二人きりだった。
夏焼は雑誌を読んでいて、私は携帯ゲーム機をやっていた。
会話はない。
お互いテストには全く関係ないものを持ち込んでいるあたりが、やはり似たもの同士であるのかもしれない。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:30
「ねえ、須藤」
夏焼が唐突に話しかけてきた。
「ん?」
私はゲームに夢中だったので画面から目を離さず、生返事をした。
「いっかいやらせてよ」
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:30
沈黙が起こった。
夏焼がそこで言葉を切ったためだ。
私はしっかりと話を聞いていなかったため、一段落したところで夏焼の言葉を思い出した。
―やらせて?
夏焼はたしかにそう言った。
いったい何を?
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:31
やらせて?
どういうこと?
私は勢いよく顔をあげた。
夏焼はいつの間にか雑誌を閉じてニヤニヤと私のほうを見ている。
いまさらだけど思い出した。
夏焼は、派手な噂が多いということを。

夏焼はモテる。
何度も告白されているという話も聞く。
しかし、特定の相手は作らない、らしい。
あくまでも噂なので真実かどうかはわからない。
10 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:32
「ねえ、どうなのさー」
夏焼の顔がどんどん近づいてくる。
やらせてってどういうことなんだろう。
いや、私も子供じゃないからそれくらいの意味はわかる。
でも私と夏焼とって、いったいどうよ?
2年目の(友人としての)付き合いで、いきなりそれはどういうことなの?


「須藤?おーい」
夏焼が私の顔の前で手を振っている。
「聞いてるの?自分の世界に入っちゃってるよ」
夏焼は笑いを堪えきれないようで、ふき出している。
「え?ちょっとどういうこと?」
私はパニックに陥っていて、うまく言葉が出てこない。
「何を勘違いしてるかわかんないけど、私が言ってるのは、それ」
11 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:32
夏焼が指しているのは携帯ゲーム機だった。
「めっちゃ流行ってるんだって?」
恥ずかしさのあまりに私は夏焼の顔を直視できなかった。
12 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:33
 
13 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:33
もし。
もし、夏焼が私が勘違いしているような…意味のことを言ってきたなら。
それは妄想だと言われればそれまで、だけど。
夏焼のことが頭から離れない。
もしかして私は夏焼のことを。
「そんなわけ、ない」
思わず声に出して呟いた。
自分自身を納得させるように。
14 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/19(火) 20:35
クラスメイト end
15 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/20(水) 22:36
夏焼さんにこんなこと言われたら誰だって勘違いする
というか意外な組み合わせにドキドキしました
16 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:02
>>15 名無飼育さん
感想ありがとうございます
とても嬉しいです
小説を載せるのも掲示板に書き込むのも初めてなので
おかしな部分が多々ありますがよろしくお願いします

夏焼さんは思わせぶりな感じがあると思います
この話はたしか王国のラジオに須藤さんがゲストで出た時に
お互いを名字で呼びあっていたのを聞いて刺激を受けて書いたと思います
本気ボンバーの頃だと思います
ちなみに須藤さんのやっている携帯ゲームはアニメ化されているあれです
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:02
 
18 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:03

迷子
19 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:03
「どうしよ…どこ行けばいいんだろ」
鈴木愛理は焦っていた。
大事な転校初日。それなのに愛理は道に迷ってしまい校舎を彷徨っていた。
20 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:04
中高一貫教育、おまけに大学院まであるこのBC学園の敷地は非常に広く、校門をくぐったのはいいもの、そこからは訳のわからないことになってしまっていた。
本来ならば高等部に在籍しているいとこと一緒に来る登校するはずだったのだが、朝練が入ってしまった為一人で行くことになった。
一度挨拶に来ているので大丈夫だと思っていたのだが、迷路のようなこの校舎をぐるぐると歩き回り、途方にくれていた。
とっくに始業の合図であろうチャイムは鳴っていた。廊下には全く人気が無い。
おまけにこの辺りは特別教室棟らしい。
愛理はパニックに陥り、来た道を戻るという考えは頭の中にない。今にも泣き出しそうになっていた。
「こんな所で何してるの?」
フラフラと歩いているところで不意に声をかけられた。
パッと声の方を向くと、少女が立っていた。
21 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:05
茶色に染められた髪、着崩された制服は、「通常時」であったら敬遠してしまっていただろう「分類」だったが、今はそんなことを言っていられるような場合ではなかった。
ようやく人に出会えた事に感激した「非常時」の愛理は、その少女にすがった。
「道に!…迷っちゃって、その」
今日が転校初日なんだけど、校舎広くてわからなくて。
ぼそぼそと付け足す愛理の話を聞き、少女はなるほどと呟き、頷いた。
「わかった。じゃあ職員室まで連れてったげる」
付いてきて、と少女は歩き出した。愛理は後を追う。
「この学校広いけど、ここ、高等部だよ。中等部とは繋がってるけど玄関違うし」
方向音痴なんだねと言われ愛理は俯き赤面した。
確かに方向音痴であることは自覚していたが、ここまでひどいものだとは自分でも思っていなかった。
しかもそれを見ず知らずの人に指摘されてしまった。恥ずかしかった。
22 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:05
しばらく歩くと職員室の前に到着した。
職員室は中等部と高等部が交わっているところにあった。
「じゃ、ここ入っていけばいいから。明日からは頑張って一人でおいでね」
少女は笑ってそう言うと、行ってしまいそうになる。
愛理は慌てて引き止める。
「あ、ありがとうございました。あの、お名前教えてもらってもいいですか?わ、私は鈴木愛理と言います」
「愛理ちゃんね。私は、『ミヤ』」
「『ミヤ』?」
「そう。みんなそう呼んでる」
名乗るほどのものじゃないよ、なんてねと笑いながら言い、「ミヤ」は手を振って行ってしまった。
笑った顔に何だかドキドキした。可愛い少女だった。
そんな事を考えていたら愛理はボーっとしてしまい、慌てて職員室に入った。
23 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:06



「マジで?散々だったね」
「ホントだよ。もう。舞美ちゃんも人事だからってそんなに笑うことないじゃない」
愛理は唇を尖らせる。
愛理のいとこである矢島舞美は、愛理の部屋に遊びに来ていた。
転校初日と思い、遅刻をしたが何とか登校した愛理だったが、中等部は高等部と一日遅れで学校が始まるということを教師から言われ、職員室で崩れ落ちそうになったのだった。
今日からだよなんて言っていた舞美を信じたのが失敗だった。
受け取った資料には明日の日付がしっかりと書かれていた。
「恥ずかしい。明日が憂鬱だぁ。今日も道に迷ったし…明日ちゃんと行けるかな」
「愛理方向音痴だもんね。来年は高校生になるんだからそろそろしっかりしたほうがいいんじゃない?」
舞美は愉快そうに言った。
「それにしてもどうやって職員室に行ったの?」
その言葉を聞いて、愛理ははっと思い出した。
「そう、それ!舞美ちゃん、『ミヤ』って知ってる?」
「『ミヤ』?それ何?」
「みや…本さんとか、宮崎さんとか、高等部で知らない?」
かなりきれいな人だったから目立つと思うんだけど。
24 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:07
「知らないなあ」
そういうの疎いからわかんないやと、舞美は首を傾げた。
「そっか。そうだよね」
仕方ないよね、と溜息をつく愛理を見て、舞美はにやにやと笑った。
「何、愛理その人のこと気になってるの?」
「そ、そんなんじゃないよ!」
何故だか愛理は勢いで余裕のない返しをしてしまった。
舞美は大きな声を出した愛理に驚いているようで、ごめんと弱弱しい声を出した。
「私のほうこそ、ごめん」
正気に戻った愛理は、ごもごもと謝った。
「そんなんじゃ、ないと思うんだけど、ちょっと気になってるのは確か。上級生っぽい感じだったから、舞美ちゃんなら知ってるかなって思ったんだけど、いいや、自分で探すよ」
後半のほうは早口で捲くし立てるように言うと、舞美は目を丸くしていた。
「そっか。ま、とにかく明日は一緒に学校行こう。愛理んちに迎えに行くから、待っててね」
どことなくぎこちない雰囲気になったのを察してか、舞美は学期始めのテストもあるし、そろそろ帰ると言って立ち上がった。
家は隣なのでそんなに慌てる必要もなかったのだが、愛理は頷いた。
舞美を見送ると愛理はベッドに体を沈めた。
「ミヤ」という少女にまた会いたいと、無性に思った。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:08
翌朝舞美は約束通りに迎えに来て、一緒に学校へ行った。
昨日はテスト勉強やったのか尋ねると、舞美は笑って誤魔化していたように思えた。
舞美は3年生で特進クラスらしい。
昔から勉強ができた舞美だが、特進クラスの偏差値は全国でもトップクラスなので、それには驚いた。
しかも舞美は陸上部の部長を務めているとのことだ。
学校ではかなりの有名人であるようだ。
それは一緒に登校していてわかった。
同じく登校している生徒の視線は、高等部、中等部関係なしに舞美に集まっていた。
隣にいる愛理は感じていた。
同じように自分にも注がれていることを。
いったい誰なんだろうと、その視線は「言っていた」
そんなことは全く気にしない舞美は口数の少ない愛理を緊張しているからだと思い、それをほぐそうとしているのか、どんどん話しかけてくる。
愛理は相槌を打つのに精一杯だった。
「じゃあそっちが中等部の玄関だから、ここでお別れだ。職員室はわかる?」
職員室は玄関からすぐのところにある階段を上がれば着くというのを昨日のうちに確認していたのでさすがの愛理も大丈夫だった。
舞美に手を振り、別れた。
26 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:09
「4組は結構にぎやかなクラスだから、戸惑うかもしれないけど、みんないい子達だから、その点は安心してね」
愛理は担任と一緒に教室に向かっていた。
廊下にいる生徒はさすがにいないが、新学年の始まりという特有の空気が教室から漏れてきている気がした。
3年4組と書かれた教室の前に辿り着く
教室の中はざわざわとしていた。
「入るよ。緊張してる?」
ドアの前で担任が歩みを止め、愛理に聞いてくる。
愛理は素直に頷いた。
あがり症であり極度の人見知りでもあるので、極限の緊張状態にあった。
「大丈夫だよ。みんな同い年なんだから」
笑って、と言い愛理にドアに手をかけた。
担任について教室に入るとざわめきは一段と大きくなった。
視線は愛理に集まっている。
登校していたときとは比べ物にならないくらい、愛理は見られているのを感じた。
27 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:09
担任は黒板に名前を書き、鈴木愛理さんですと紹介した。
「この4組も2年目になるけど、新しい仲間が来ました」
そして愛理に自己紹介をするように促した。
「鈴木愛理です。よろしくお願いします」
なんとか声を絞り出して無難な挨拶をした。
クラスメイトは大きな拍手で愛理を迎えてくれたようだ。
「じゃあ鈴木さんはそこの空いている席へ。みんな仲良くして、わからないことは教えてあげてください」
席に向かう間に、クラスメイトは口々によろしくと声をかけてきてくれたが、愛理はぎこちなく笑うことしかできなかった。
愛理の席は一番後ろだった。
その前の席に座る少女に、愛理は目が留まった。
お人形さんのような美しい少女だった。
少女は愛理を見ると微笑んで、よろしくと言った。
愛理はほとんど口を開けずによろしくと呟き、ほんの少し頭を下げてから席に座った。
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:13



「あの、先生」
転校初日は沢山話しかけられ疲れてしまったが、授業もなかったので無事に終わった。
帰りのSHRが終わり、愛理は尋ねたいことがあったので担任のもとへ行った。
「どうしたの?」
愛理が言いづらそうにしていたのを見て、担任は気を利かせて職員室に向かいながら話そうかと提案してくれたので愛理は助かった。
クラスメイトが愛理を待ち構えていたので少々気まずかったのもあった。
それもあったのだが、本当のところはなんと表現していいのかわからないというのもあった。
「あの、昨日のことなんですけど」
愛理は昨日迷っているのを助けてくれた少女のことが知りたかった。
しかし高等部の生徒なら、もしかしたら担任も知らないのではないかと気がつき、言葉に詰まってしまった。
担任は急かすこともなく、微笑みながら愛理の言葉を待っていてくれた。
その間に職員室の前まで来てしまった。
愛理は結局そこまで何も言えずにいた。
あの、あの、としか言葉が出てこなかった。
「失礼しーまーしーたっ」
その時、職員室の隣の生徒指導室から生徒が出てきた。
「こら、ミヤビ!まだ話は終わってないぞ!」
「もういいっていいって。私帰るんで、さよならー」
その生徒は颯爽とその場を去っていった。
29 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:14
「まったく…」
部屋から出てきた教師は大きな溜息をついて、また戻った。
担任とそのやり取りを目の前で目撃した愛理は言葉が出なかった。
「あらら。相変わらず問題児なのね」
担任はやれやれというように首をすくめた。
それはある程度親しいような言い方だったので、愛理は思い切って尋ねてみた。
「今の人、先生は知ってるんですか?」
担任は何を聞かれたのか直後は意味を理解しかねていたようだが、愛理の言わんとしていることがわかると、頷いた。
「ああ、ミヤビのこと」
「『ミヤビ』…?」
「ナツヤキミヤビ。高等部の2年生。」
「なつ…?」
聞きなれない苗字、知らない人の名前なのでわからないのは当然だが、漢字がパッと思い浮かばなかったので思わず聞き返した。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:15
夏焼雅。
それが彼女の名前らしい。
担任は丁寧に愛理に教えてくれた。
「知ってる子なの?」
大きな反応を示した愛理に、担任は聞いてきた。
「問題児、なんですか?」
「ああ、まあ、ちょっと色々と派手な子なのよね」
根は悪くないんだけど、と担任は付け足した。
愛理は担任が呟いた「問題児」発言を聞き逃していなかった。
「昨日も高等部の始業式を抜け出してどこかに行っていたみたいで、それでちょっと呼ばれたんじゃないかな」
その言葉を聞いて、愛理はハッとした。
「先生、あのっ」
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:15
どうしてかわからないが、愛理は必死になっていた。
担任はそんな愛理の話をしっかりと聞いてくれた。
担任はわかったと言ってくれた。
その後はどうなったかは知らないが、きっと何とかしてくれたに違いない。
愛理は夏焼雅のことが気になって仕方なかった。
今まで他人にここまで興味というものをもったことがなかったので自分で自分に驚いていた。
経験したことも知識もないが、単語だけは知っている。
よくわからない愛理は迷子になった時以上の混乱に陥っていた。


32 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:16
 
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:16
 
34 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/21(木) 21:17
 
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/27(水) 00:11
久しぶりに覗いたら新作だ!
最初のクラスメイトは、珍しい組み合わせでも、よかった。迷子つづき期待。
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 15:56
>>35 名無飼育さん
読んでいただきありがとうございます
クラスメイトはあまりない組み合わせだし初めて載せたものなので
緊張しましたがそう言っていただけて嬉しいです
迷子はもう少し続きます
新参者ですがよろしくお願いします
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 15:56
 
38 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 15:57
「おはよう」
転校してから二日目。
愛理が教室に入ると、愛理の前の席の少女が、声をかけてきた。
昨日ちらっと見て、お人形さんのようだと思った少女だった。
「おはようぅ」
驚いてうまく言葉が出てこずぎこちない挨拶を返した。
人と話すのは、いまいち慣れない。
愛理は目を逸らすように鞄を机の上に置き、椅子に座った。
するとその少女は、後ろの愛理の方を振り返って微笑みかけてきた。
「鈴木さんて、人見知り激しい感じ?」
「え、まあ」
「そうだよね、目合わせてくんないし」
少女はにこにこと笑っている。
愛理は見透かされたような気がしてドキッとした。
「愛理って呼んでいい?」
「う、うん」
「私のことは梨沙子って呼んで」
39 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 15:58
菅谷梨沙子。
それが彼女の名前だという。
顔をじっくりと見る。
美少女だなと、改めて思った。
「どう?学校には慣れた?」
「ううん。まだ、どうも緊張してるのか慣れなくって」
「ま、最初はそんなもんだよね。すぐ慣れるって」
梨沙子はどんどん話かけてくる。
「どこに住んでるの?」
「高校はこのまま付属に進学するの?」
「部活は決めた?」
など、愛理は答えるのに時間がかかってしまった。
おっとり系なんだね、と梨沙子に言われてしまった。
梨沙子こそおっとり系に見えるのに意外と、と愛理は言わなかったが心の中で思った。
そんな感じでしどろもどろになりながら梨沙子と話していると、教室に誰かが駆け込んでくる音が聞こえた。
「セーフ」
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 15:59
健康そうに肌が焼けた少女がすべり込むようにして教室に入って来た。
腕を野球のジェスチャーのように広げてポーズをとっている。
それを見てクラスメイトは笑う。
愛理は直感的に、この子はクラスの人気者なんだろうなと思った。
愛されるオーラを放っていた。
同じようなものを、目の前にいる梨沙子からも感じていた。
「千聖さ、もう少し静かに入ってこれないわけ?」
梨沙子が、その少女に向かって言った。
愛理と話していた時とは違う、低いトーンだった。
あまりの変わりように愛理は驚き声をあげそうになったが何とか我慢した。
「今年は遅刻しないって決めたんだもん。ゆっくり静かに入ってきたら間に合わないよ」
「だったらもっと早く家出てくればいいでしょ。寝癖、ついてるよ」
今日も寝坊したんでしょ、と梨沙子が付け足すと千聖は唇を尖らせて髪を撫で付けた。
どうやら図星だったようだ。
クラスメイトはそんなやり取りを見てまたドッと笑いが起こった。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 15:59
「あ、鈴木ちゃんだー」
少女は愛理の方へやってきた。
「岡井千聖です。千聖って呼んでね」
そう言うと手を愛理の前に出した。
「よろしく。愛理って呼んでください」
愛理は差し出された手を握り返した。
笑った表情が可愛らしくて、愛理は思わず見入ってしまった。
そうしているうちに他のクラスメイトもどんどん愛理の方へやって来て、気がつくと人だかりになってしまっていた。
順番に握手をして自己紹介。
そんなやり取りがしばらく続いた。
「ほらほら、チャイム鳴ってるよー。席に着いた」
いつの間にか担任が教室に入ってきたようで、愛理との握手会(?)は残念ながらお開きになってしまった。
それなのにまだ千聖は愛理のそばから離れず、延々と自己紹介をしていた。
「ほら、千聖!座んなさい」
遅刻にするよ、と担任が言うと、千聖は見事な俊足で席に着いたのだった。
クラスメイトが笑う中、梨沙子は振り返って、少々不機嫌そうな顔を向けた。
「みんなとばっか喋ってて、ちょっと面白くなかった」
どうやら拗ねてしまっていたようだ。
大人っぽい外見とのギャップが面白くて愛理はつい小さな笑みを零してしまった。
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 15:59
 
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 16:00
学校にもちょっとずつ馴染んできたある日
愛理はいつものように千聖と一緒に帰ろうとしていた。
玄関を出ると何だか騒がしかった。
胸騒ぎがした。
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 16:00
この学園は高等部と中等部の校門が一緒になっているので
授業も終わり帰宅する生徒で校門の付近の人数はかなり多い。
が今日は特に多い気がした。
ざわめきがあった。
人だかりができているようだ。
疑問に思いながらも、愛理はそのまま通り過ぎようと思っていた。
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 16:01
雅の姿を見つけるまでは。
46 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 16:01
他校の制服を着た生徒が、雅と向かい合っていた。
一緒にいた千聖が、あ、と声をあげた。
そんな千聖の反応を不審に思いながら、愛理は雅を見つめる。
その周りには梨沙子もいて、知り合いらしいということは想像がついた。
愛理は雅の表情を見て、胸が締め付けられた。
あんなに狼狽している雅を初めて見た。
そして雅をあんなふうにさせている相手は何者なんだろう。
「千聖…あの人誰か知ってる?」
ほとんど独り言のような問いかけに千聖は躊躇いながら答えた。
「夏焼先輩の、恋人だよ」
47 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 16:01
 
48 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 16:01
 
49 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 16:01
 
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:09
雅の恋人。
千聖が何を言っているかわからなかった。
しかし愛理は聞き返すこともできずに、全ての時間が止まった感覚に陥った。
「愛理?」
千聖は愛理を心配そうに見つめている。
「だいじょ、うぶだ。よ」
言葉をうまく出せなかった。
雅が少女と歩いていく姿を見つめることが精一杯だった。
頭はうまく回ってくれなかった。
「千聖は学年かぶってないしよく知らないから、なっきぃに聞いたほうがわかると思う」
あの少女は愛理たちよりも学年が3つも上だという。
だから千聖も入れ違いなので詳しくはわからないらしい。
そこで、愛理たちの1つ上の中島早貴に聞いてみることにした。
早貴は千聖が委員会で仲良くなった友人であり、愛理も千聖を通じて知り合い仲良くなっていた。
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:11
千聖と愛理はファーストフード店に寄り、早貴を呼んだ。
突然呼び出された早貴は躊躇いながらも話してくれた。
あの少女はここの中等部にいたが、高校は他の学校へ進学したのだという。
常に主席で、学年が違う早貴でも知っているくらいの有名人だったという。
「あの人が外部受験するってなったとき、先生たちは必死に止めたらしいよ」
それでも意志を曲げずに、外部の高校に合格し、この学園を去った。
「夏焼先輩は、彼女を止めなかったの?」
離れ離れになってしまうのがわかっているのに、なぜ。
一緒にいたいとは思わなかったのだろうか。
「そこはわからないけど、色々もめたらしいって話は、聞いたことあるよ。でもそれくらいしか…」
早貴は申し訳なさそうな、微妙な表情をした。
雅はそれから実際荒れたというのだし、なぜ、と愛理は強く疑問に思った。
「愛理は気になるんだね。夏焼先輩のこと」
早貴の隣に座っていた千聖が言った。
「わかんない」
素直な気持ちだった。
気になっているのがわからないのか、気になっているのかどうかもわからないのか、それ自体もわからないでいた。
「でも。本気なんでしょ?」
千聖は愛理のほうを伺いながらもはっきりと聞いてきた。
「夏焼先輩のこと、好きなんでしょ?」
愛理は目を逸らした。
「そのことはいいと思う。うちも、そこまで口出すようなことはしない。人を好きになるってのは自由だもん」
千聖の声は真剣だった。
「愛理のこと応援したいと思う。けど。本気だっていうなら、夏焼先輩を狙うんだったらそれは」
千聖は息を吸った。
が言葉は続かず、沈黙がおこった。
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:12
愛理は考えた。
千聖は自分のことを思ってこういうことを言ってくれている。
叶わない恋かもしれない。
叶ったとしても幸せになれないかもしれない。
愛理がここで引き返せば深く傷つかずに済むだろう。
愛理は考えた。
そして自分の気持ちに気がついた。
おそらく、愛理は本気だ。
おそらく、愛理は引くことはできない。
おそらく、この恋が叶わないものだとしても。
先ほどまでわからないはずだった自分の気持ちが、わかった。
「ありがとう。でも気づいた」
愛理は千聖と早貴のほうを見た。
二人とも心配そうな表情をしている。
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:12
「私、夏焼先輩が、好き」
54 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:13
この気持ちが報われなくても、大丈夫だと思えた。
目の前に、本気で愛理のことを考えてくれている人がいるのだから。
「応援する。愛理のこと」
早貴は言った。
「止めないよ」
「千聖も」
千聖は、いつもの賑やかさはなかったが、はっきりと言った。
「ありがとう」
二人の優しさに愛理は胸がいっぱいになるのを感じた。
「ということで」
突然千聖は声のトーンが変わった。
「そうと決まったら、いっぱい食べようじゃん」
愛理も早貴も、目を見開いた。
千聖は目を細めて笑顔を浮かべる。
「腹が減っては戦はなんとかっていうでしょ。悪いことするわけじゃないんだから明るくいかなくちゃ」
その言葉に噴き出し、そうだね、と頷いて注文をしに3人は席を立った。
「じゃあ千聖、ゴチになりまーす」
「なりまーす」
「ちょっと!」
愛理は早貴の真似をして喚く千聖を無視した。
気持ちが軽くなった気がした。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:14
その夜。
1人になってからある決断をした。
56 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:14
愛理はモヤモヤしていた。
この気持ちをどうにかしたくて、誰かに聞いてほしくて、気がついたら舞美の部屋に押しかけていた。
舞美は嫌な顔をせずに突然来た愛理を迎え入れてくれた。
愛理が何もしゃべらなくても何も聞かずにいてくれた。
人に甘えるのは得意ではないが舞美の前だと素直になれた。
「舞美ちゃん」
「うん?」
「誰かを好きになるって大変なことなんだね」
「そうだねー」
優しく微笑む舞美を見ていると、こちらもつい微笑んでしまう。
そんな魅力が舞美にはあった。
そう言えば、と思い愛理は舞美に聞いた。
「舞美ちゃんは好きな人いないの?」
「さあねー」
舞美は相変わらず微笑んでいたが、一瞬表情が曇ったようにも見えた。
何となくききづらくなってしまい、結局それ以上を知ることはできなかった。
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:15
「そ、それでね」
気まずい沈黙が流れるのが嫌だったので、愛理はすぐに話を自分に戻した。
「私、告白しようと思ってるの」
結構勇気のいる発言だったが勢いに任せて言ってしまった。
顔が赤くなるのを感じ目を伏せた。
「…まじで?」
「…まじで」
愛理は頷いた。
恥ずかしかったが、しっかりと頷いた。
視線を舞美の顔へ戻す。
舞美は目を見開いていた。
「いや。いいんじゃない。うん」
しばらく固まっていたが、愛理の視線を感じて戻ってきたのかぎこちなく笑おうとしていた。
58 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:15
「振られるのはわかってるんだよね。相手がいるみたいだから」
自分で言って泣きそうになったが、言い聞かせるように声に出して言った。
「でも、気持ちは伝えたいの。はっきりと言って、自分自身にけじめつけたいっていうか」
声が震えそうになってきたが、必死で抑えた。
「ちゃんと、ちゃんと…あったことにしたい!」
好きって気持ちが、なかったことにするのは嫌なの
最後は吐き出すように叫んでいた。
涙腺が決壊し視界が滲んでいた。
ギュッと目を閉じる。
温もりを感じて、舞美に抱きしめられていることに気付いた。
背中をさすってくれている。
言葉をかけてくれている。
舞美の優しさと温かさが嬉しかった。
改めて雅のことを思うと、胸が苦しくなった。
これが恋なんだなあと、そして失恋なんだなあと、舞美の腕の中でぼんやりと思った。
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:16
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:16
呼び出した相手がこちらに向かってくる。
結果はわかっているけど、愛理はなぜかわくわくしていた。
つらいことかもしれないけど、これまでと違った景色が見えることを信じているから何も怖くなどなかった。
あの時と状況は違うけれど、きっとこの人は救ってくれるだろう。
もう迷わない。
61 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:17



愛理は満面の笑みを夏焼雅に向けた。




「先輩、あのですね―」



62 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:18
迷子  end
63 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:18
 
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 21:19
 
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 22:37
更新お疲れ様です。
クライスメイトも迷子も続編を期待したいお話でした〜。
迷子は、先輩の彼気になりましたが、愛理の勇気に拍手。女とか、梨沙子と舞美の存在も
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 22:40
↑の。すみません。
文章が変に。先輩の彼女や梨沙子と舞美の存在も気になりましたが、愛理の勇気に拍手でした。
また次のお話期待してます。
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:46
>>65 名無飼育さん
感想ありがとうございます
迷子はこんな感じで終わりました
愛理さんにはがんばってもらいました

続編はこれからの話を読んでいただければもしかしたらもしかするかもしれませんので
これからもお付き合いいただけると嬉しいです
68 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:46
 
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:47
幼なじみ
70 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:48

「舞美、可愛い子と登校してきたらしいじゃん」
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:51
「舞美、可愛い子と登校してきたらしいじゃん」
教室に着くとおはようの挨拶よりも先にそう言われた。
クラスメイトの嗣永桃子だ。
「おはよう、もも」
舞美は適当に相槌を打ちながら自分の席に鞄を置いた。
「おはよう。じゃなくて、ちょっと。ももの話聞いてた?」
舞美はそれには答えず、鞄の中身を出して机にしまう。
「無視しないでよー。結構噂になってるよ?矢島舞美についに恋人が出来たんじゃないかってさ」
72 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:52
桃子は身を乗り出して舞美に話しかけてくる。
「しかも見かけない中等部の子。実際どうなの?」
「ももってそんなに噂好きだったっけ?」
舞美はマシンガンのように喋る桃子を見た。
「そうじゃないけど、舞美のことだったらこれは別。一大事だよ」
「まあ、期待させといて悪いけど、あれはいとこだよ」
ついさっきの出来事なのに情報早いねと、舞美は困った顔をした。
「舞美はわかってないんだよ。もう3年目なのに」
「情報に疎いって、言われたよ。そのいとこに」
そうじゃなくて、と桃子は呆れたような表情をしていたが、舞美にはどうでもよかった。
誰と登校しようが舞美の自由だというのに、何故か周りは(しかも一番よく話すクラスメイトまで)干渉してくる。
「いとこ?舞美いつからいとこできたの?」
「いとこはずっと昔からいますから。転校してきたの、今日から」
「そっか、転校生だったのか」
桃子は一人納得したように頷いた。
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:54
「もも、会ってみたいんだけど、舞美のいとこ」
「ももみたいな人には会わせられません」
どうしてそんなこと言うの、と大げさに叫ぶ桃子を無視して、舞美は読書を始めた。
愛理は今転校してきたばかりなので、色々と大変だろう。
だからしばらく落ち着くまではそっとしておこうと思っていた。
「もう少ししたらももにも紹介するから。今は待ってよ」
桃子はそう言われて渋々納得したようだった。
いつも自分をかわいいと連呼している桃子が人に興味をもつのは珍しいと思ったが、敢えて触れなかった。
舞美は本のページをめくる。
静かになったと思って横目で見ると、桃子はいつの間にか舞美の側からいなくなっていて、窓から外を見ていた。
「みやー。いそがないと遅刻するよー」
桃子の甲高い声が響いた。
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:55
時計に目をやるともうすぐ登校時間が終わりそうになっていた。
桃子は外にいる誰かと喋っていた。
大方2年生の夏焼雅といったところだろう。
問題児と言われているが、悪い子というわけではない。
桃子とは長い付き合いのようで、そして舞美の幼馴染とも友達なので、話す機会が結構ある。
噂されているように問題児というわけではなく、話していると楽しいし優しい子であるというのは、舞美は知っていた。
そして、昨日愛理には黙っていたが「ミヤ」という人物が雅のことであるとなんとなく気がついていた。
しかし愛理に言うことはできなかった。
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:56

―よりによって
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:58
それが舞美の本音だった。
他の人が相手だったら舞美も少しは力になれたかもしれないが、よりによって。
「ミヤ」という人を思い出して話す愛理はいい表情をしていた。
妹のような存在である愛理が嬉しそうにしていることは本来舞美にとっても嬉しいことなのだが、相手が悪い。
雅自身が悪い人間というわけではないが、相手が悪かった。
舞美は大きくため息をつくと、チャイムが鳴った。
ここから学校に入ってくる生徒は遅刻ですよ、という合図だった。
桃子もいつの間にかからかうのをやめて、席に着いていた。
すぐに担任が教室に入ってきて、朝のSHRが始まった。
担任が連絡事項を話している時にポケットに入れていた携帯が震えた。

『おはよ。今週土日どっちか遊ぼう』

メールの内容を見て舞美は顔が緩んだ。
いつも唐突だが、そんなところが好きだった。
OKのメールを送ったところで、SHRは終わった。
77 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 21:59
 
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:00

「高校違うとこいくから」


事後報告。
ショックを受けた。
高校では離れてしまうことに?
受験したことを隠されていたことに?
そんな複雑な思考ではなかった。
―置いていかれる。
ただそれだけが頭の中を渦巻いていた。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:02
 
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:03
「舞美ちゃんは好きな人いないの?」
愛理にそう聞かれ昔のことを思い出してしまった。
さあねーとどっちつかずな反応をするのが精一杯だった。
愛理はそれ以上突っ込んでこなかったので助かった。
ほっとしたのもつかの間、愛理は爆弾を落としてきた。

「私、告白しようと思ってるの」

「…まじで?」
驚きのあまり、ぽんと出たのはその言葉だった。
「…まじで」
しっかりと頷く愛理を見て舞美はショックを受けた。
再会してから何日も経っていないが、そのわずかな間で愛理は大人になっていた。
どういう言葉をかけたらいいかわからず、自身でも何を言っているのかわからなくなった。
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:04
愛理は涙を堪えながら言葉を続けている。
「好きって気持ちが、なかったことにするのは嫌なの!」
そう叫んだ瞬間、堪えていた涙がとうとう溢れ出していた。
舞美はそんな愛理を抱きしめた。
大丈夫だから、と背中をさすりながら声をかける。
愛理は大人になった思ったが、大人になりかけているの間違いだった。
成長している不安定なこのいとこを見守ってあげるのが自分の役目だと思った。
「ありがとう舞美ちゃん。お邪魔しました」
愛理はしばらく泣き続けたが次第に落ち着いていき、すっきりした表情をして帰って行った。
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:05
1人になった舞美は、愛理の言葉を思い出していた。

『好きって気持ちが、なかったことにするのは嫌なの!』

ぐさっときた言葉だった。
結局言えなかった気持ち。
あの時の舞美と同い年の愛理は、舞美と違いしっかりと自分と向き合っている。
その強さに嫉妬した。
あの頃に戻れるなら。
そう思って視線をやった先には携帯電話があった。
何度も見ては押せないでいた名前と番号がそこにはあった。
衝動的にその番号にかける。
呼び出し音が鳴り始め、舞美は携帯電話を握る手に力を込めた。
83 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:05
 
84 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:09
『そっか、久しぶりに喋ったったわけかぁ』
通話が終了すると幼馴染に電話をかけた。
『で、どうだった?』
ストレートに聞いてくるこういうところは好きだ。
お互いに何でも言えるし聞ける関係が、舞美は好きだった。
「何もなかったよ。世間話して終わり」
『なんだ、つまんない』
本当につまらなそうな顔をしているのが想像できた。
「つまんないってなんだよー」
『だってつまんないもん。3年越しの片思いの相手に3年ぶりに電話したってのに』
「本当になんもなかったんだもん」
舞美はそう言って頭をかいた。
「ま、ただちゃんと謝れたから良かったかな。気まずいまま離れちゃったし」
けじめつけられたから、良かった。
『そうかそうか良かったねー』
何でもないように明るい声が受話器越しに聞こえてくる。
「今までつらかっただろうね、良かった本当に」
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:09
唐突に優しい声に変わり、舞美は涙がこみ上げてきそうになった。
ばかと言うのが精一杯で、それ以上言葉が出てこなかった。
『舞美ちゃん、大人への階段一歩あがりましたね。おめでとうございます』
茶化しながらも、舞美のことをよくわかってあえてそう言っている幼馴染のことを、ありがたく思った。
『舞美はさ、優しいところはいいとこだと思うけど、たまにはわがままになったらいいんじゃない』
「うん。そうするね」
この幼馴染の言うことは素直に聞き入れられた。
『よしよし。じゃ、そろそろ観たい番組始まるから切るね』
「うん」
『あ、土曜日買い物だから忘れないでね』
「…そうだっけ?」
『コラッ!もう舞美は忘れっぽいんだから。またメールする。じゃ』
電話はあっさりと切られた。
そのことに少々寂しさを感じながらも、心が満たされた自分を感じていた。
舞美は携帯をそっと閉じて、お風呂に入ろうと部屋を出て行った。
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:10

幼なじみ end
87 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:10
 
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/17(火) 22:10
 
89 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2011/06/18(土) 01:09
また何か書いてくれないかな〜
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:21
>>89  名無し飼育さん。。。
お待たせいたしました。
気がつけば前回の更新から一カ月以上経ってしまっていました。
良かったらまた読んでいただけると嬉しいです。
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:22
問題児
92 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:22
「雅、ちょっと」
生徒指導室に呼び出された翌日、雅はまた呼び出された。
雅は問題児という部類に入るらしく生徒指導室は常連と言えるくらい入ったことがあるが何度来ても楽しい場所ではないことはわかっている。
昨日話を途中で切って帰ったので、怒らせてしまったかもしれないと、雅はダルそうにその教師の方へ行った。
「昨日のことなんだけど」
「それ聞きたくないですー」
雅は話が始まる前に遮ろうとしたが、教師は意外な事を言ってきた。
「悪かった。雅、人助けしてたんだってね」
「はあ?」
思わず高い声を出してしまった。
人助けなんで記憶にない。
「校舎で迷子になっていた生徒を案内してあげたんだってね。昨日その生徒の担任から言われたよ。雅を叱らないでくださいって、とても感謝しているって。だから事情も聞かないで叱ったりしてごめんね」
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:23
最初は何を言われているのかわからなくて、雅は首を傾げていた。
しかしどうやら怒られているわけでないようなので、いいかと思うことにした。
「いいよいいよ。間違いは誰にでもあると思うんで」
長く話すと余計なことを言われそうな気がしたので、雅はさっさと話を切り上げた。
確かあの日は始業式をさぼろうとお気に入りのいつもの場所に向かっていた。
その途中で迷子の中等部の生徒に会った気がする。
ずいぶんとお礼を言っていた気もする。
しかしもう顔も名前も忘れてしまった。
なんとなく可愛い感じの子だったかもしれないことは何となく覚えているが、それだけだ。
暇だったから気まぐれでやったことだなんで言えるわけもないが、とりあえず今回の件は何も言われないみたいなので、ラッキーだ。
そんなことを思いながら玄関に向かった。
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:26
歩いていると後ろから肩を叩かれた。
「千奈美かー」
「千奈美か、じゃないでしょ」
同じクラスの悪友、徳永千奈美だった。
小学校からの付き合いである。
「呼び出し、意外と早く終わったじゃん。もしかして今日も勝手に終わらせたの?」
「違うよ。なんか怒られなかった」
「へえ」
珍しいこともあるんだね、と千奈美は笑っていた。
怒られなかったと聞いて少々残念そうな顔をしたように見えたのは気のせいではない。
「それより待ってるなんて珍しいじゃん。どうした?」
そんな千奈美の反応を見て雅は少しだけ皮肉を言ってやった。
「はあ?今日はカラオケ行くっていう約束だったじゃん。もう忘れたの?」
千奈美は細い目を見開いて大きな声で言う。
そうだった、と雅は思い出した。
呼び出しが嫌すぎたので素で忘れていた。
「待ってたんだから。だから様子見とお迎えにきたわけ、私は」
「ごめんごめん。行こうか」
これ以上言われるのは面倒なことになるので雅は適当に謝った。
「ホントみやは馬鹿なんだから。梨沙子たちも待ってるよ。そう言えば梨沙子のクラスにさ、」
雅は方向音痴の少女のことを思い出そうとしていたので、千奈美の話は全く聞いていなかった。
しかし結局思い出すことはできなかった。
95 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:28
「みや、最近どうなの?」
嗣永桃子が小指を全開に立てて歌っている時に、隣に座っていた菅谷梨沙子が聞いてきた。
突然のことに、雅は何のことを言われているのかがわからなかった。
「会ったりしてる?」
そんな雅の反応を見て梨沙子は付け足した。
それを聞いて雅も何のことを言われていたのかわかった。
ああ、と反射的に返事をした。
「会ってない」
「メールとか電話とかは?」
「してない」
「連絡する気ないでしょ」
空いていた反対側の隣に、千奈美が座った。
軽く睨む雅を気にした様子もなく、間違ってないでしょ、とでも言うような目で見ている。
「意地張んなきゃいいのに」
「別に」
意地を張っているわけではない。
ただ、メールをしたとしても、電話をしたとしても、向こうの邪魔になるのではないかと考えたら、何も出来なくなってしまう。
そんなことがしばらく続いていた。
「素直になった方がいいと思うけどな」
梨沙子が優しい口調で言った。
雅は生返事をした。
「今、電話してみればいいじゃん。意外と暇かもよ?」
千奈美が無邪気な笑顔で言う。
しかし雅は電話する気にならなかった。
なぜと聞かれても答えられないが、遠慮している自分がいた。
千奈美と梨沙子は、それ以上何も言わなかった。
気を遣わせてしまった。
そう感じた。
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:28
「ちょっと、みやー」
雅は桃子からマイクを取り上げると立った。
「みやび、歌いまーす」
考えたくないことから逃げるのは得意だった。
というより得意になってしまった。
良くないのはわかっているけど、雅はいつの間にかそうなってしまっていた。
臆病な自分に気づかないふりをしていた。
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:30

 
98 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:31
朝教室に入ろうとしたところへ、千奈美が寄ってきた。
「ねえ、みやさあ、まだ連絡とってないの?」
千奈美は隣のクラスなのだが、どうやら雅が教室へ入ってくるのを待ち構えていたらしい。
「んー」
こないだのカラオケでもそうだったが、答えたくない話題だった。
というか考えたくない話題だった。
適当に流して教室へ入ろうとする。
しかし千奈美にしっかりと手首をつかまれてしまったので仕方なく千奈美の方を見る。
「どうなっても知らないよ?」
千奈美は険しい表情をしていた。
「みんな結構心配してるよ。なんだかんだ言って」
雅は千奈美の方を見ず溜息をつくように言った。
「みんなって…。まあいいけどさ、これは私の問題なんだからさあ」
「関係ないって言いたいの?」
千奈美の声が鋭くなった。
99 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:31
それに気がつき千奈美の方を横目で見る。
目は見れなかった。
「そんなの知ったことじゃないって言うならそれまでだけど、何人も諦めたんだから、それはわかっておいてよね」
その言葉を聞いて雅はびくっとする。
言われなくても、わかっている。
周りにいる友人達は、色々思っていたことがあっただろうに、諦めたのだ。
雅の為に。
千奈美は何も言い返さない雅を見て、自分の教室に入っていった。
頭をぽんと優しく叩いてから。
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:32
自分の席につき、心の中でごめんと呟いた。
言われて思い出した、というわけでない、
見ないでいようとしていたものを突きつけられた。
雅はポケットの中から携帯を取り出した。
ぶら下がっているストラップを眺める。
お揃いにしたものだった。
前回会ったのはいつだったろうか。
携帯から目を離し、今度は窓の外を見る。
向こうが忙しいだろうからと連絡を取ろうとしないのは言い訳にもならないことわかっている。
だが、わかっていても、連絡する勇気が出なかった。
重い人間だと思われたくないし、強い人間でありたかった。
我儘を言って困らせたくなかった。
それで呆れられて飽きられて捨てられたら―そんなことは想像できなかった。
したくなかった。
息ができなくなりそうだから。
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:34
 
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:34
 
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/03(日) 21:38

大したものではありませんがブログを始めましたのでよかったら遊びにきてください。

ttp://privatedaabeach.blog.fc2.com/


104 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2011/07/04(月) 01:26
茉麻の誕生日だし何か更新ないかなーと思ってのぞいたら新しいのきてて嬉しかったです
茉麻とはなんの関係もなかったですがw

続き楽しみにしています
105 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 16:57
>>104  名無し飼育さん。。。 さん

読んでださってありがとうございます。
感想、とても励みになります。

茉麻の誕生日でしたが何も考えずに更新していました。すいません。
お詫びと言ってはなんですが今回はちょっとだけ茉麻が出てきます。
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 16:59
朝教室に入ろうとしたところへ、千奈美が寄ってきた。
「ねえ、みやさあ、まだ連絡とってないの?」
千奈美は隣のクラスなのだが、どうやら雅が教室へ入ってくるのを待ち構えていたらしい。
「んー」
こないだのカラオケでもそうだったが、答えたくない話題だった。
というか考えたくない話題だった。
適当に流して教室へ入ろうとする。
しかし千奈美にしっかりと手首をつかまれてしまったので仕方なく千奈美の方を見る。
「どうなっても知らないよ?」
千奈美は険しい表情をしていた。
「みんな結構心配してるよ。なんだかんだ言って」
雅は千奈美の方を見ず溜息をつくように言った。
「みんなって…。まあいいけどさ、これは私の問題なんだからさあ」
「関係ないって言いたいの?」
千奈美の声が鋭くなった。
それに気がつき千奈美の方を横目で見る。
目は見れなかった。
107 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 16:59
「そんなの知ったことじゃないって言うならそれまでだけど、何人も諦めたんだから、それはわかっておいてよね」
その言葉を聞いて雅はびくっとする。
言われなくても、わかっている。
周りにいる友人達は、色々思っていたことがあっただろうに、諦めたのだ。
雅の為に。
千奈美は何も言い返さない雅を見て、自分の教室に入っていった。
頭をぽんと優しく叩いてから。
自分の席につき、心の中でごめんと呟いた。
言われて思い出した、というわけでない、
見ないでいようとしていたものを突きつけられた。
雅はポケットの中から携帯を取り出した。
ぶら下がっているストラップを眺める。
お揃いにしたものだった。
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:00
前回会ったのはいつだったろうか。
携帯から目を離し、今度は窓の外を見る。
向こうが忙しいだろうからと連絡を取ろうとしないのは言い訳にもならないことわかっている。
だが、わかっていても、連絡する勇気が出なかった。
重い人間だと思われたくないし、強い人間でありたかった。
我儘を言って困らせたくなかった。
それで呆れられて飽きられて捨てられたら―そんなことは想像できなかった。
したくなかった。
息ができなくなりそうだから。
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:01
 
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:01
「誰か立候補する人はいませんか」
ロングホームルームの時間、学級委員長の仕切りで学園祭の係決めをしていた。
教師は決めるまで帰れないからと言うだけ言って決まったら呼びにくるようにと、無責任なことに職員室へ行ってしまい生徒だけが教室に残されていた。
誰も係を率先してやろうせずぐだぐだとした雰囲気が漂い、委員長は必死になって色々と呼びかけているが係が決まる気配はなかった。
我関せずというように思っていた雅だったが、顔色を伺いお互いがお互いに誰かやってよというその雰囲気にだんだんといらいらしてきた。
自分もその中の一人ではあるがそれは置いておいて、一生懸命になっている委員長がかわいそうじゃないか、という同情もあったかもしれない。
雅はスッと手を挙げた。
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:02
「夏焼さん、どうしましたか」
委員長は驚いたように雅を見た。
どこかざわついていた教室が静まり返るのを感じた。
雅は立ち上がった。

「私やります」

一瞬間があって委員長は抜けたような声を出した。
「え、いいの?」
「はい。誰もやんないみたいだし、私がやる」
何か問題ありますか、と雅は周囲を見渡した。
全員が雅と視線を合わせないように目を逸らした。
ただ一人雅を見ていたのは委員長だけだった。
112 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:02
「夏焼さん、ありがとう」
ホームルームが終わると委員長が雅の所へやってきた。
雅は鞄に手をかけ帰ろうとしているところだった。
「や、別に」
早く帰りたかったし、委員長から礼を言われる筋合いはないと思い雅はそっけなく返事をして行こうとした。
「あ、待って」
手を掴まれ雅は委員長の顔を見る。
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:03
この子、きれい。
まじまじと見たことがなかったが美人なことに気づいた。
顔を見ていたら睨んでいたと勘違いされたらしく慌てて手を放される。
「えっと、係、一緒にがんばってこうね」
各学級の委員長は自動的に学園祭の係にされるので、雅と一緒に仕事をすることになる。
まだまだ先のことなのにがんばろうだなんて、随分と張り切っているなと思った。
なんだか顔も赤いし、学園祭のことを考えて興奮しているのかなと思った。
優等生でだけどなんとなく冷たい印象を持っていた委員長には意外と熱血な一面もあったみたいで、なんだか面白かった。
「そうだね、よろしく、須藤」
雅は笑ってそう言った。
しかし相手からは反応が返ってこない。
「あれ?須藤じゃなかったっけ?」
「いやいやいや須藤です。うん」
114 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:03
委員長―須藤茉麻は我に返ったようで慌てて小刻みに頷いた。
その様子が面白くて雅は声に出して笑った。
「面白いね。イメージと違う」
須藤茉麻はさっきよりも赤くなっていた。
なんかいじりがいがあるかも、と思いながら肩を叩いた。
「じゃ、私帰るから、バイバイ」
時計を見ると結構時間が経っていたので帰る約束をしている千奈美がそろそろ痺れを切らす頃だと思い帰ろうとした。
「な、夏焼さん。また明日ね」
「『さん』付けなしで」
「え?」
「明日までの宿題」
じゃあね、と言うと今度こそ背を向けて教室を出た。
「さん」を付けられるのは嫌だった。
クラスメイトとはどこか距離を感じているからその「さん」付けでも気にしていなかったけど、須藤茉麻はそれらとは一緒にしたくなかった。
なんとなく、の感覚ではあるけど。
だから雅もさん付けはしなかった。
115 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:04

 
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:04
千奈美と待ち合わせをしている校門へと急いだ。
放課後賑やかなのはいつものことだったが、今日はいつも以上の騒がしさを感じながら玄関を抜けて歩いていく。
校門の方に人だかりができていた。
何かあったのかと疑問に思いながらも、千奈美の姿が見えたのでそちらへ向かって歩いた。


「あ、みやー。遅いよ」
千奈美が雅に気づき手を振ってきた。
「みやが来たー」
学年が一つ上の桃子も一緒にいた。
うるさいのがいる、と内心溜息をついた。

そして、いるはずのない人物がもう一人、その隣にいた。
その姿を見て雅は心臓が痛くなった。
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:06


―どうして


足が止まってしまった。
その場から、動けない。
「照れてないで早くおいでよ」
千奈美が雅を引っ張っていく。
そしているはずのない人物の前まで連れてこられた。
中等部のものでも高等部のものでもないこの学校ではない制服を着た彼女が、なぜここにいる。
人だかりは他校生である彼女の出現によってできていたのだった。
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:06
「久しぶり」
笑顔でそう言った彼女は、ずるいと思った。
久しぶりなのに、なんでもないような顔をしている。
いつもは気にならない、周りの生徒の視線が気になる。
今日は非常に不快に感じた。
桃子も千奈美もからかったりしていたが、気を利かせたようで結局帰っていったため今は二人きりになっている。
雅はどうするべきかわからなかったが、とりあえずこの場を立ち去りたかった。
「帰ろっか」
それがやっと搾り出した雅の第一声だった。
彼女は頷いた。
そして当然のように自分の手を雅の方へ差し出した。
雅はその小さな手を見つめる。
彼女は微笑みながら小首を傾げる
彼女のそのしぐさは全く変わっていなかった。
119 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:07
雅はそれに弱かった。
しばらく会っていなかったとは言え、変わっていない。
いちいち雅の胸をどきどきさせる。
色々と言いたい事があったのに、全てどうでもよくなった。
反則だと思いながらその小さな手を握った。
手を繋ぎながら校門の外へ2人で歩いていく。
雅は横目で周囲を見ていく。
ショックを受けたような顔や、ひそひそと話していたりする姿が見えた。
その中で、なぜか雅が気になった生徒がいた。
眉を下げて悲しそうな顔をしていた。
あまり周囲に興味がなく記憶力も全くない雅だったが、どこかで見たような気がして頭に引っかかった。
誰だっけ。
そう思ったのも一瞬で、すぐに、隣にいる彼女のことで雅の頭の中はいっぱいになっていた。
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:08
「ごめんね突然来ちゃって」
歩き出してしばらくすると彼女は唐突にそう言った。
雅はどう反応していいかわからず、とりあえず首を横に振った。
謝らないでほしかった。
雅は会いたかったから、会えたことは純粋に嬉しかった。
「テスト、いいの?」
「今日で終わったから、来た」
「あ、今日終わったんだ」
「うん」
超有名進学校に通う彼女は、毎回のテストが戦いらしい。
勉強に追われ、雅と会うことも困難になっていた。
雅は、そんな彼女に無理を言って会うことは躊躇われた。
我侭だと思われたくなかった。
格好つけてしまった。
自分は大人だと思わせたかった。
だから会いたくてもそれは言えず、距離が自然と離れていったように感じられた。
「大丈夫なの?」
「何が?テスト?」
雅は頷く。
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:09
その言葉に彼女は笑った。
「大丈夫じゃなかったら会いにこない。それに」
彼女はそこで一旦言葉を切った。
不思議に思い、ん、と雅は彼女のほうを見る。
「さすがに、雅不足だよ」
その言葉に雅は顔が熱くなるのを感じた。
「寂しい思いさせてごめんね」
雅は手を握る力を強めた。
本当はテストのことなんてどうでも良かった。
頭の中を自分のことだけにしてほしかった。
だから、素直に今を思ったことを言う。
「ね、ね」
「うん?」
雅のほうが背が高いので自然と彼女が見上げてくる形になる。
恥ずかしくて目を見れなかった。
「うち、行こ」
「もちろん」
彼女は笑顔で頷いた。
二人は雅の家へと向かった。
会えばこんなに素直になれたのに。
でももう悩んでいた自分はどうでもよくなっていた。
雅の足取りは驚くほど軽くなっていた。

122 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:10

問題児  end
123 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:10
 
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/15(金) 17:12
一部が前回更新したものとかぶってしまいました。
読みづらくてすいません。
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:35


連鎖
126 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:36
デビュー7周年を迎えたBerryz工房のツアーの初日、アクシデントは起こった。
127 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:37
目が覚めた。
自分よりも3歳下の少女の寝顔が隣にあった。
体のダルさが昨夜の行為を思い出させる。
どうしてこのようなことになったのだろう。
起こしてしまわないように、小さく溜息をついた。
何も身につけていなかったので微かに寒さを感じ、布団に潜り込んだ。
まだ朝はきていなかった。


「おはよう」
楽屋に入る。
全員の視線が集まるのを感じた。
それから逃げるように下をむいて歩き、空いている席に荷物を下ろした。
最近は集合時間のぎりぎりに到着するようになってしまった。
そのことについてマネージャーの方から何か言われることはなかった。
遅刻しているわけではないし、仕事に支障をきたすようなことも今のところない。
ただ、以前はあった余裕が今は確実になくなっていた。
今日の段取りを確認して、準備に入る。
本番前にトイレに行こうと思い、楽屋を出る。
一人になりたかった。
しかしそれは許してもらえなかった。
128 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:37
用を済ませ手を洗っていると、鏡によく知っている顔が写った。
後ろに立っているその人物と鏡越しに目が合う。
思わずビクッと体を震わせたが、目を逸らして逃げるようにトイレから出ようとした。
その時腕をつかまれた。
足が止まる。
ちらりと腕をつかんでいる人物を見る。
口元には笑みが浮かんでいた。
「な、に?」
身を強ばらせたまま、しかしそれを悟られないように強い態度で臨んだ。
「そんなに怖がることないじゃん」
「別に」
最小限の言葉で答える。
「避けてんじゃん」
相手にしてられないというふうに無理やり腕を振り払って行こうとする。
がっちりとつかまれていたため、それは叶わなかった。
「ちょっと遊ぼうよ?」
まだちょっと時間あるでしょう、と個室に連れ込まれる。
鍵をかけられ壁に押し付けられた。
抵抗しようとしても、力ではまったく敵わない。
「や、めて」
声が出ない。
にやにやと笑いながら顔を近づけられる。
そのままいいようにされてしまった。
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:38
二人で楽屋に戻ると、遅い、と文句を言われた。
ごめんと小さな声で謝る。
もう一人はというと、特に悪びれる感じもなく、逆に優越感に浸ったような顔をしていた。
他のメンバーから睨まれても、全く気にしていない。
収録は、スムーズに進み問題なく終わった。
今日の仕事はこれで終わりだったので今度のスケジュールを少し確認して終わりになった。
素早く荷物をまとめ、さっさと帰ろうとした。
お疲れ、と早口で言って出て行こうとする。

「ちょっと待って」
早足で歩いているところを呼び止められてしまった。
聞こえない振りをしようとしたが、肩に手を置かれ無視をするのは難しくなった。
仕方なく振り返る。
「今日うち泊まってよ」
何を言っているんだという目で見るが、そんなのお構いなしという表情をしている。
「無理だから」
そう言って踵を返して歩き始めたが、肩に置いた手はそのまま回し、一緒に歩き出した。
「残念。もう決まったから」
「や。むり―」
拒否をしても、余裕のある表情は変わらなかった。
「もう迎えに来てるから」
「親に泊まるって言ってない」
「うちの親がもう伝えたから安心して」
その言葉を聞いて目を見開いた。
体が固まる。
「今日は楽しもうね」
その笑顔を見て絶望的な気持ちになった。
130 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:39
目が覚めた。
いつも変な時間に目が覚める。
誰としてもこれは変わらなかった。
早く朝が来てほしい。
そう思って再び眠りにつこうと布団を引っ張ろうとした。
そのときに手首をつかまれた。
自分の他にはもう一人しかいない。
はっとして相手の方を見る。
「眠れないの?」
その言葉に反応せず、黙って俯いた。
「じゃあ、もう一回しようか」
暗闇の中、ゆっくりと組み敷かれた。
これから起こることから逃げ出したくて目を瞑った。

131 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:42
今日の仕事はラジオの収録だった。
二人で楽屋に入ると、もう一人はすでに来ていた。
「一緒に来たの?」
「うん。うちんちに泊まったの昨日」
「へえ」
「じゃあ今日はうちに泊まろうか」
笑顔だったが、目は笑っていなかった。
ラジオの収録が終わり、いつもどおり足早に出て行こうとする。
「どこ行くの。今日はうち泊まろうって言ったでしょ」
ふるふると首を横に振るが、拒否権などなかった。
口調は優しいのに、行為自体は強引で、何度も追い詰められた。

連日の「外泊」で、もう疲れ切ってしまっていた。
オフの今日になってやっと久しぶりにゆっくり休むことが出来た。
しかしまた明日にはメンバーと顔を合わせることになる。
幼いながらにして始めたこの仕事。
好きでやっているし、何よりも自分はプロである。
泣き言なんて言っていられないのだ。
だが、限界は近づいていた。
これも仕事の一環だと言われれば何も言えないが、はっきり言って、つらい。
こんなことをするためにこの世界に入ったわけではない。
そう叫びたかった。
溜息をつくと、携帯がメールの着信を告げた。
見たくなかったが、メールを開いた。
送信者は、この憂鬱の原因を作った張本人からであった。
132 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:43
「手ついて」
言われるままに壁に手をつく。
逆らうという単語は捨てさせられ、代わりに諦めるという単語が頻繁に使われるようになっていた。
相手に背を向ける体勢になる。
「顔見れないのは残念だけど、まいいや」
躊躇なく行われるそれに、悲鳴のような声を出される。
「最初の頃に比べて、かなり感度よくなったんじゃない?」
耳元で囁かれる。
吐息がかかり、熱が伝わっていく。
言葉には反応しない。
反応してやらない。
「なんか言ってよ」
それでも反応せずにいると、小さく息を吐く音が聞こえた。
「ま、むりやりでも声出してもらおっか」
この日は何度意識を失ったか、いや、失わされたかはわからない。
133 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:43
気がつくとベッドの上にいた。
まだ呼吸は完全に落ち着いているわけではないようで、肩が上下しているのがわかった。
「あ、起きた?」
隣からからかうような声が聞こえた。
目が合うがすぐに逸らした。
「今日はいつにも増して激しかったね」
無視をした。
そんな反応を気にすることなく、逆に楽しむように相手は話しかけてくる。
「ホントは気持ちよくてしょうがないんでしょ?」
挑発だとはわかっていてもその言葉にカチンときて体を起こしベッドから降りようとした。
しかしそれはさせてもらえなかった。
肩をつかまれ、押され、目の前にはまた相手の顔があった。
押さえつけられ身動きができないが露骨に嫌な顔をして睨み付ける。
「そういう表情されちゃうとなぁ」
段々と顔が近づいてくる。
「益々意地悪したくなっちゃうなぁ」
この状況から逃げ出したい衝動に駆られ、思い切り目を瞑った。
耳元で囁かれる。
「もうね…求めずにはいられなくなるようにしてあげる」
134 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:44
肩を揺り動かされていることに気がつき目を開ける。
「今日朝からでしょ?そろそろ起きたほういいよ」
ぼーっとしながら時計に目をやる。
確かに入りの時間を考えると起きたほうがいい時間になっていた。
だるい体を起こして髪を撫で付ける。
ベッドの下に散らばった服をのろのろとつかむ。
「つけてあげる」
すでに服を着ていた相手は有無を言わせずに背後に回るとホックを留めた。
寝起きのため頭がうまく回っていない。
特に抵抗せずに服を着せられた。
「はい、とりあえず顔洗っといでよ。お母さんにご飯の準備できたか聞いてくるから」
タオルを手渡され洗面所へ行くよう促される。
小さく頷いてそれに従った。
鏡に写った顔はどんよりとしていた。
寝起きというのを差し引いてもそれはひどいものだった。
昨夜あったことを振り払うように冷たい水に顔をつけた。
バシャバシャと勢いよく顔を洗った。
全てが水で流されてしまえばいいのに。
135 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:46
今日も集合時間ぎりぎりに楽屋に入る。
すぐに近づいてくる人物がいた。
「おはよ。ちょっと遅いんじゃない?」
苛立っていることを隠さない言い方だった。
「時間にはちゃんと間に合わせてきたけど。問題ないでしょ?」
本日の「同伴者」が鼻で笑うように言い返してくれた。
他のメンバーの視線が痛かったが自分が喋らなくて済んだので助かった。
ほっとして息を吐くが隣では火花が散っている。
同伴者が手を引いて荷物を置こうと促してきた。
荷物を置いて上着を脱いでいると手首をつかまれた。
何、と聞く前に楽屋の外へと引っ張られる。

トイレの個室まで連れて行かれた。
心の中で溜息をつく。
「時間ないんじゃないの?」
文句を言おうと口を開いたが、その言葉が出る前に塞がれていた。
呼吸が苦しくなったので肩を叩いて訴える。
ようやく離れてくれたが相手の瞳には怒りが見えた。
今度は抱きしめられ、驚き目を見開く。
首筋に指先が触れられた。
そしてある一点を抑えられる。
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:47
「コレ…つけられてる」
耳元でぼそりと言われた。
最初は何のことかわからなかったが、指が抑えている場所で検討がついた。
「それは」
「ここだと見えちゃう。今日髪アップにしない方いいね」
指が離れると今度は代わりにぬるっとしたものが触れた。
舌だとわかったが何か言う前にそこを吸われる。
「消毒」
そう言うと体を離されまた正面で向き合う形となった。
目を見る限りまだ怒りは収まっていないようだ。
そんなことを考えているうちにシャツの裾から手を入れられた。
入れられるだけでなくシャツを捲られる。
「ちょっと!」
焦って強く言うが全く気にされない。
下着をずらされ今度はそこに口付けられ、音を立てて吸われた。
顔が離れ目が合い、さすがに文句を言おうとすると、再び抱きしめられた。
「渡したくない」
大きな声ではなかったが、その言葉は頭の中に強く響いた。
「誰にも、渡したくないの」
それを聞いて目を閉じた。
普通だったら、いや、異常な状況でなかったらそれはどれだけ嬉しい言葉となるだろう。
しかし今は、それはただ重いものになるだけだった。
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:48
続く
138 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:48

139 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/28(木) 19:48

140 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2011/07/30(土) 01:24
新作キテター
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 19:57
>>140  名無し飼育さん。。。 さん

いつもありがとうございます。
新作になります。
あまり楽しい話ではありませんがよろしくお願いします。
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 19:59
今日の仕事は新曲のジャケット撮影だけだった。
髪型も髪を下ろしたものにしたので痕は見えず咎められるようなことはなかった。
いつまでこんなことが続くのだろう。
撮影終了後、スタッフと打ち合わせがあったため一人早く着替え楽屋を出た。
それも終わり打ち合わせのあったその部屋でソファにもたれていた。
はっきり言って、もう限界だった。
Berryzは秋のコンサートが終わったばかりだったが、次に発売される新曲に向けての準備があるし、すぐに正月のハロコンへのリハーサルもある。
スケジュールが次々とあることは芸能人としては嬉しいことなのかもしれないが、負担があまりにも大きすぎた。
6人のメンバーはそれぞれ溜まったストレスなりなんなりをぶつけてくるが、こちらの溜まったストレスを解消する方法はなかった。
食に走ることで少々は満たされたが、消耗の激しいコンサートとメンバーの相手をするというスケジュールに、体は細くなっていくばかりだった。
全てを投げ出したい衝動に駆られる。
すると、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
143 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:02
ソファに身を預けたまま電話に出る。
「もしもーし」
『もしもし佐紀、今いいー?』
「うん。今打ち合わせ終わったとこだから大丈夫。どしたの舞美」
電話の相手は℃-uteのリーダー矢島舞美だった。
舞美はグループは違うものの、シャッフルユニットでは一緒だし学年も一緒なので気をつかうことなく話せる相手だった。
今みたいに突然電話がかかってくることもよくあることだった。
内容はお互い忙しく会えない時間が長かったので近況報告というかただの世間話だったが、ずっと心の休まることのなかった佐紀にとってはありがたいものだった。
『それでね、アロマとコロンがこの前ね―』
通話し始めてから5分くらい経った時、佐紀はすっかりリラックスしていた。
だから突然部屋のドアが勢いよく開かれるとは思ってもいなかった。
「えっっ」
佐紀は思わず声をあげた。
『ん、どうした?』
今日の仕事は終了していたし、打ち合わせは佐紀だけだったので他のメンバーも全員帰っているだろうと、そう思い込んでいた。
驚いている間に佐紀は口を塞がれ携帯を取り上げられてしまった。
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:03
「ごめん急に打ち合わせ入っちゃったから切るね。またかける。うんごめんね」
うん、うんと何度か相槌を打つと、通話は切られてしまった。
電話越しだったし、人を疑うということをまずしない舞美だったので声の主が佐紀から変わったことに気づかずに騙されてしまったようだ。
ついでに携帯の電源も落とされた。
「ちょっと、何するのさ!」
口は解放されたが、体は押さえつけられている。
部屋に入ってきたのはメンバーだった。
まだ帰っていなかったのだ。
メンバーは皆ニヤニヤと何かを企んだ表情をしている。
佐紀は冷たい汗をかいた。
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:03
「佐紀ちゃんなかなか帰ってこないから、迎えにきたの、みんなで」
嗣永桃子がなんでもないように言った。
でも、と桃子は一呼吸置く。
「ちょうどいい部屋あったし、ここでいいか、みたいな」
桃子は笑顔で頷く。
「スタッフさんにはメンバーだけで話し合いたいことあるからって言っておいたから、邪魔入らないと思うし」
何を言われているのか意味がわからない。
「さすがにメンバー全員の相手は佐紀ちゃんが大変だと思うから今日は一人ってことにしたの。さっき打ち合わせしてる時に決めたんだ」
「で、ゲームで勝ったから今日は私になったの」
よろしくね、キャプテン。
そう言って佐紀の目の前に立ったのは菅谷梨沙子だった。
「本当はキャプテンと二人きりが良かったんだけど、皆がどうしても見たいって言うからさぁ」
もったいぶったように梨沙子は佐紀の方へゆっくりと進んで来る。
年下とは思えないような妖しい笑みを浮かべている。
耳元で、梨沙子が囁いた。
「だから、見せ付けてあげようね、佐紀」
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:04


「もう限界みたいだからここら辺にしようよ」
桃子がそう言うと梨沙子は顔をメンバーの方へ向けた。
唇を尖らせ物足りないという顔をしている。
「そうだよ。そろそろ時間も時間だし」
須藤茉麻がたしなめるように言う。
梨沙子は不服そうだったが、跨っていた佐紀の体から離れソファから降りた。
佐紀はソファの上で荒い呼吸をしている。
目の焦点は合っていない。
梨沙子はもったいぶった手つきで佐紀に服を着せた。
佐紀を見るその目は大切な愛しいものを見つめるものだった。
「梨沙子はやっぱりドSだね」
徳永千奈美がからかうように言った。
「たしかに。初めて見たけど、すごいね」
熊井友理奈が相槌をうっている。
その隣で夏焼雅は穴が開くんじゃないかというくらい、服を着せている梨沙子の背中を睨んでいた。
「はい。終わったよ」
梨沙子は先ほどまでの雰囲気と打って変わって年相応の可愛らしい笑顔を佐紀に向けた。
佐紀の視線は力なく宙を漂っていた。
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:05
佐紀はその夜一睡も出来なかった。
目を瞑ると楽しそうに佐紀に跨る梨沙子の顔が現れ、それを興味深げに眺めるメンバーの視線が佐紀を刺す。
全く身動きが取れない状態で、佐紀は一方的な苦痛を受けるのだった。
もう思考も殆ど働いていなかったが、一つだけ理解できていることがあった。
―狂っている。


ハロコンのリハーサルになった。
全員で合わせたりグループで合わせたりソロがあったりと、今回もパターンが複数あるので覚えることも一層複雑なものになっていた。
なのでコンサート以外のことを考える余裕がなかったが、佐紀にとってはありがたかった。
Berryzのメンバーとは極力一緒にいないようにした。
ハロコンのときはメンバーも普段会えない他のグループの人の所へ行くので佐紀は助かっていた。
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:06
「なんか佐紀痩せたんじゃない?」
休憩時間に舞美が隣に座ってきた。
今はHigh-Kingのリハーサルをしていたので、舞美と一緒になっていた。
「そう?」
佐紀は適当に流して持っていたペットボトルに口を付けた。
実際痩せていた。
外見にはあまり出ていないと思っていたが、体重はかなり減っていた。
原因はわかっているが今は考えたくなかった。
「ベリーズはこないだまでツアーだったからかな。もともと細いけど引き締まった感じがする」
「だといいな。いっつも食べすぎちゃうから」
「わかるー。私も食欲半端なくてさ。そうそう、おいしい焼肉屋さん見つけたんだけど―」
話がうまく流れてくれてほっとする。
しばらく世間話をしたら休憩時間も終わり、レッスンに集中した。
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:18


モーニング娘。のリーダー高橋愛が卒業する。
そのことは発表の当日に知らされた。
ショックだった。
悲しいとか嫌とかそういう意味ではなく、衝撃的だった。
愛は自分自身で将来について考え決めたのだろう。
また一人上がいなくなるという事実と同時に、佐紀自身は何に向かって進めばいいのだろうかという不安がぐるぐると渦巻いた。
不安は佐紀の周りを取り囲んで、進むべき道をわからなくさせた。
とりあえず、今は目の前のことに集中することにした。

あっという間に正月のハローのコンサートは終わり、月日は流れ、2011年3月3日。
150 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:19
デビュー7周年を迎えたBerryz工房のツアーの初日、アクシデントは起こった。
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:19
続く
152 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:19
 
153 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/11(木) 20:19
 
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:17
佐紀が倒れた。
過労が原因ということらしい。
ドクターストップがかかってしまい、最低でも2週間は休養を取らないといけないほどのものだという。
メンバーは動揺した。
これまで体調不良でメンバーの誰かが欠けての公演も何度か経験したことがあったが、ツアーの初日でというのはなかったし、何よりもBerryz工房が佐紀を欠いて活動したことは無に等しかった。
佐紀が抜けたことにより構成が大幅に変更された。
メンバーは淡々と修正をしていく。
この非常事態に、普段騒がしいメンバーの誰もが口を閉ざした。


初日が終了した。
そこには本来あるはずのBerryz工房の姿はなかった。
彼女たちもプロである以上仕事に手を抜くことは許されない。
手を抜く者はいなかった、むしろ必死だった。
しかしメンバーたちは自身を見失ってしまった。
Berryz工房になることができなかった。
終了後の楽屋ではスタッフから檄がとんだが、何の意味もなかった。
抜け殻のようなメンバーに、スタッフは言葉をかけることを諦めた。
メンバー自身でないと立て直すことができないと判断し、部屋にはメンバーだけになった。
しかし誰一人として言葉を発する者はいなかった。
日付が変わっても、沈黙は続いたままだった。
スタッフが入ってきてこれ以上は翌日に響くから、ということで解散となったが、何一つ解決されなかった。
全員が佐紀のことで頭がいっぱいだった。
「いて当たり前」そう思っていたのに。
155 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:18
二日目のステージでも、佐紀の不在は引きずられていた。
前日よりは良いステージにしなければ、というメンバーの意気込みとは裏腹に、何一つ手ごたえのあるものは返ってこなかった。
笑顔になろうとしても引きつった笑いしか出てこなかった。


佐紀の情報は一切入ってこない。
佐紀が倒れたのは仕事のことが原因とされているため、メンバーをはじめ事務所の人間は連絡することを医者から禁止されていた。
唯一連絡することができたのはマネージャーだったが、佐紀と直接連絡を取ることはできず、佐紀の親を通してという方法が取られていた。
極力佐紀には仕事のことが耳に入らないようになっていた。


「もう、どうしていいかわかんないよ」
沈黙が続く楽屋の中で、梨沙子が弱弱しく呟いた。
視線が集まる。
「いくら笑顔作っても、心から笑えないよ。歌うたっても、何にも楽しくない!どうすればいいのさ!!!」
最後のほうは悲鳴となり、響いた。
梨沙子は俯いて顔を覆った。
全員がわかっていた。
どうしてこんなにもBerryz工房が崩壊してしまっているかを。
今までメンバーが直前で欠けることがあっても、なんとか乗り越えてこられたのに、どうして今回はそれができないのかを。
佐紀を倒れるまで追い込んでしまった原因が自分たちにあることを自覚しているからだ。

156 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:18
デビュー当時は全員が小学生だったBerryz工房。
アイドルである彼女たちは今、遊びたい年頃であるがそれは許されない。
頭ではわかっていても、不満は溜まっていくばかりである。
そんな時、ある提案がされる。
最初は遊びのつもりだった。
少々過激ではあったが、止まらない好奇心はそれを快楽として定着させてしまった。
日常化されたそれは時間が経過するほど抑えが効かなくなり、いつか競うように行われていくようになった。
そしてついに崩壊してしまった。
メンバー全員の相手をしていた佐紀は倒れた。
結果としてBerryz工房はメンバーたち自身によって壊されてしまった。



梨沙子が叫んだのをきっかけにその後、メンバーが各々思っていることを口に出し、解散になった。
結局何も解決されてはいない。
翌日のツアー三日目は2公演行う。
不安は大きくなるばかりだった。
157 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:19
ツアー三日目。

朝一で会場入りしたメンバーたち。
楽屋でリハーサルの準備に取り掛かる中、唐突にドアが開けられた。
マネージャーか誰かが入ってきたのだろうと誰も気にすることなく準備をしている。
今日こそは何とかしなければならない。
メンバーの誰もがそう思い、準備に集中していた。
しかしどこかおかしな雰囲気だ。
開けられたドアから聞こえてくる音がいつになく慌しい。
おかしいと思い誰がというわけでなく、メンバーの視線が、開けられたドアの、入ってきた人物に向けられた。
全員が息を呑んだ。
そこには、佐紀が立っていた。
マネージャーが後を追うように走ってきたが、佐紀は視線をそちらへやることなく静かに言った。
「みんなと話したいからちょっとの間メンバーだけにして」

7人だけになった楽屋は、先ほどと打って変わって物音一つしなかった。
時間が止まったようだった。
佐紀は大きな溜息をするとそれが合図のように話し始めた。
「昨日の分も一昨日の分も撮ったやつ見たけどさ、なんなの?あれ。あんなのお客さんに見せられるモノじゃないよ。プロとしての自覚ないわけ?」
叫んでいるわけでもないのに、佐紀の声は響いた。
「メンバー一人欠けたくらいでそれ言い訳にしてガタガタになるようなくらいのレベルだったの?Berryz工房ってその程度のモンだったのかよ。ふざけんな」
佐紀はそこで言葉を切り一人一人を怒気のこもった目で睨み付けていく。
メンバーはそんな佐紀を見つめることしかできなかった。
佐紀の顔を見ると、とても倒れた人間のようには見えなかった。
生気が漲っていて、今にも殴りかかってくるのではないかと思わせるくらい迫力があった。
沈黙がどれだけ続いたかわからないが、それはドアをノックする音によって破られた。
もうリハーサルをしなければいけない時間だと、マネージャーが知らせにきたのだ。
佐紀は今行くと返事をするとメンバーに背を向けた。
「今日のライブには私も出るから。変更とかあると思うけどよろしく」
そう言うと楽屋を出て行った。
一瞬何を言ったのか理解できなかったが、我に返ると佐紀を追いリハーサルに向かった。
158 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:20
佐紀が戻ったため構成は従来のものに戻された。
変更ばかりで戸惑いがあるはずなのだが、リハーサルの段階から昨日までと雰囲気が変わったのを実感していた。
芯が通ったという表現が合っているだろう。
いくら必死にやってもなれなかったBerryz工房というものを取り戻せていた。
佐紀も二日間休んでいたブランクを感じさせなかった。
本番ぎりぎりまで真剣な表情でスタッフと打ち合わせをしていた佐紀を見て、メンバー全員今までにないくらい集中していた。
開演直前の気合入れの円陣の時、佐紀は語りかけるように言った。
「思い切り楽しみましょう」
誰もが強く頷いた。
コンサートが始まった。
佐紀が復活していることに気づいた観客からは最初はどよめきが起こりそれは次第に歓声に変わった。
最初のMCで佐紀から欠席したことに対するお詫びがあると、温かい拍手が起こった。
昼公演は無事に終了した。
昨日までとは格段にパフォーマンスが向上し、Berryz工房が戻ってきた。
メンバーも実感していた。
しかしすぐ夜公演に備えなければいけない。
昼と夜ではパターンが変わるため、再び確認が始まる。
休んでいる暇はない。
159 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:21
夜公演も無事に終了した。
スタッフを含めた反省会のしょっぱなで佐紀は全員に頭を下げた。
穴を開けてしまったことを詫び、声をかけられるまで頭を下げ続けていた。
佐紀はプロとしての自覚が無かった、等ステージに穴を空けたことを詫びていたがそれを責める者はいなかった。
Berryz工房を立て直すことができたのは佐紀だということは誰の目にも明らかだった。
反省会も佐紀の体調を考慮してすぐに終わった。
メンバーは楽屋に戻った。
そこで佐紀は再び頭を下げた。
「本当にごめんなさい…そしてありがとう」
顔を上げた佐紀の目は涙が滲んでいた。
「こんな私を、これからもメンバーの一員として扱ってくれますか?」
その言葉に全員が頷いた。


すぐに解散になりメンバーが帰り支度をしている時、佐紀の母が迎えにきたので、「お先」と言ってさっさと楽屋を出て行った。
ドアが閉まる直前、佐紀は母親のほうへ倒れたように見えたがドアが完全に閉まったためどうなったかはわからなかった。
誰も指摘はしなかったが、佐紀の腕には点滴をしたような痕が青々とついていた。
露出度の高い衣装でそれは目立つので、ファンデーションで必死に隠されていた。
佐紀は昨日、確認用に撮っていたを映像を観るや否や病院側に相当な無理を言って病院を出てきたのだという。
今日のパフォーマンスは、昨日までのバラバラだったBerryz工房を微塵も感じさせないものだった。
Berryz工房は7人揃ってこそBerryz工房であると再認識させられた。
160 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:22


その後、佐紀は無事退院したが、極力負担がかからないように代わりのきくものは周りのメンバーで分配しながら仕事をこなしていった。
最初はどうなるかと思われたツアーも無事に千秋楽を終えることができた。


そしてある日、仕事終わりの楽屋で、佐紀は全員の前であることを告げた。
「私はもう、前みたいなことはやめたいと思ってる。たしかに最初は私も自分でOKしてしまったけど、やっぱりみんなとはああいう関係でいちゃだめだって思うんだ。
だからここではっきり言わせてもらう。みんなとは、メンバー以上の関係にはなれない」
佐紀の言葉を聞けば自惚れているようにも聞こえるが、誰もそんなことは思わなかった。
最初は不満を発散するためという目的だったのだが、いつからか佐紀を取り合うようになっていったのは佐紀自身に惹かれていったためということは全員が共通で理解していた。
佐紀もそれに気づいていたのだろう。
だからこそ、全員に告げたに違いない。
もちろん今回のように倒れてしまい本末転倒になってしまわないようにするのもそうだが、Berryz工房としてやっていくためにはそれが正解であることは明確だった。
遠回りはしたかもしれないが、仲間としての絆を深めたBerryz工房は、これからも輝きを放っていくに違いない。
161 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:22
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:28

足音が聞こえ振り返る。
呼び出された人物は時間ギリギリに現れた。
きっと来てくれないだろうと諦めていたので、いい意味で裏切られた。
「来てくれたんだね」
思わず口元が緩む。
しかし呼び出された人物―佐紀は、浮かない表情をしている。
「そりゃ、『来てくれなきゃ死ぬ』なんて言われちゃ、ね」
佐紀は溜息をついた。
「あはは。ホントに死ぬと思ってくれたんだ。ありがと。心配してくれて」
嬉しさを隠さずに笑みを佐紀に向ける。
佐紀は眉を下げ困った顔で見てくる。
「冗談じゃなかったでしょ?それくらいわかるよ」
長い付き合いなんだから、と佐紀は足元に視線をやる。
たしかに長い付き合いである。
もう出会ってから9年ほどになる。
幼いときから一緒にいたので考えていることは嫌でもわかってしまう。
あんなに小さかったのに、時が経つのは早い。
たくさんのことがあった。
楽しいこともつらいことも経験した。
発見があったり、別れがあったり。
163 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:30
「で、なんの用」
思い出にふけっていると、現実に戻される。
早くして、と佐紀は急かしてきた。
これ以上引っ張るのもよくないと思い、本題を切り出した。
「やっぱりさぁ……寂しいよぉ」
主語が無いそれは独り言同然だった。
それでもどんな意図があるか汲み取ってくれるとわかっているのでそれ以上は言葉を添えず佐紀の返事を待った。
佐紀は黙っている。
どう答えようようか考えているようだ。
じっと見つめていると目が合った。
しかしすぐに逸らされ、視線は再び足元見ていた。
「じゃあ私に、どうして、ほしいわけ」
佐紀は上目遣いで見上げてくる。
「わかってるでしょ」
笑みを絶やさずに返す。
佐紀はまた目を伏せる。
「『つらいときは私を頼ってよ』って言ったじゃん」
「でもあの時みたいに」
「知ってるよ。大変なことになったしこっちも責任感じてる。でも私には佐紀が必要なの。佐紀じゃないとだめなの。この寂しさ、埋めてよ。前みたいに」
「…あの時、倒れた時。プロとして失格だと思った。だからメンバーにも無理って言ってきたの。
あれからはそういう暇がなかったっていうのもあったけど有耶無耶になってて。今日、改めて言ったの。みんなも納得してくれた」
「ふーん。で?」
「だから、メンバーを裏切ることになっちゃう。そんなのできない」
164 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:30
「それが本音?ほんとにそれが本音?」
「…」
「佐紀の本音は違うね。断るんだったら危なくなる前にできたでしょ。限界まで関係を続けたのは佐紀のわがままでしょう。わかってるんだから。
ホントは嬉しかったんでしょ?メンバーに必要とされてることが嬉しかったんでしょ?」
「…」
「沈黙ってことは肯定ってことでいいよね。佐紀が私のことわかってるように私も佐紀のことわかってるんだよ。伊達に長い付き合いじゃないからね」
「…そうだよ。私は、誰かに必要とされることを必要とされてる。さすがだね」
佐紀はふっと寂しそうに笑う。
「だからちょうどいいよね。必要としてる私と必要とされたがってる佐紀。ぴったりだよ」
そこからお互いに無言で見つめ合う。
わかっている。
付き合いは長いから。
お互いの目に寂しさが映っていること。
そして、現実から目を逸らしていること。
その場しのぎで、苦痛から逃げて快楽を求めている。
崩壊という未来が待っていることを知っているのに。
一度犯した罪を再び犯そうとしている。
「じゃ、いいよね?」
切り出すと佐紀は頷く。
佐紀を抱きしめる。
佐紀も抱きしめ返してくる。
佐紀の体温が伝わってきて、寂しさが埋められたような錯覚を起こす。

どこに進んでいるのかわからなくなっても立ち止まるわけにはいかなかった。
そのためにもこの関係を切ることはできなかった。

165 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:31
連鎖 end
166 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:31
 
167 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/08/27(土) 19:31
 
168 名前:名無し飼育さん。。。 投稿日:2011/09/01(木) 02:22
こうきたー
169 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/09/15(木) 23:31
黒いなー
でも、そこが良かった。

170 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:48
>>168  名無し飼育さん。。。 さん
ラストは迷ったのですが色々と考えた結果こうなりました。
感想ありがとうございました。


>>169 名無飼育さん  さん
全体的に黒い内容になってしまったのでいいのかな、と思いましたが
良かったと言っていただけてほっとしました。
感想ありがとうございました。
171 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:53
後輩
172 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:54
「おーい須藤」
昼休みに廊下を歩いていると呼ばれた。
苗字の呼び捨てで呼んでくるのは一人しかいない。
教師ですらそう呼ぶ人間がいないのに気づいたのは最近だ。
「聞いてんのー?」
呼び捨てで呼ぶ唯一の存在である夏焼が、手を振っている。
夏焼が私を呼ぶたびに、反応してしまうこの何かは、いったい。
「聞いてるよ。なに?」
「もしかしてこの人が『須藤』?」
「須藤」という呼ばれ方に違和感があった。
今日の夏焼は一人ではなかった。
「そうだよ。須藤、これは千奈美。隣のクラス」
「これってなんだよ。それに『ミヤ』に馬鹿扱いされたくないんですけど」
「ミヤ」と夏焼を親しげに呼ぶ「千奈美」に、なんとも言えない感情が沸き起こる。
「千奈美うるさい声でかい」
「目力すごーい。美人さんだね。須藤なにちゃん?」
夏焼が顔を顰めて言うが「千奈美」は全く気にせず私に話しかけてくる。
「須藤茉麻」
「まーさ?そんな感じする。ぴったり」
勢いに押され気づいたら素直に答えていた。
「私は徳永千奈美。千奈美って呼んで。よろしくね。『ミヤ』、人見知りするから。じゃっ」
千奈美はそう言って夏焼を私の方へ押しやるようにし、行ってしまった。
残された茉麻たちはその場に立ち尽くした。
173 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:55
話したのは初めてだったが、周りにあまり興味を持たない茉麻でも千奈美のことは知っていた。
徳永千奈美は有名人だった。
声がでかく、弁当もでかく、背もそこそこでかい。
勉強の成績があまりよくないらしく、教師たちも頭を痛めているという。
噂では宿題をシュレッダーにかけたこともあるとかないとか。
とにかく、夏焼と同じように、彼女は目立つ人間だった。
いや。
茉麻が千奈美を知っていた理由は有名人だからではなく、夏焼と一緒にいるところを何度も見かけたことがあるからだった。
だから自然と知っていたのだ。
夏焼は大げさに溜息を付くとおせっかい、と呟いていた。
でもその表情は普段見せないような、素の夏焼に近いような顔だった。
親しい者にしか見せないような。
何だか胸がざわざわして、自分の手をギュっと握った。
すると予鈴が鳴り、夏焼が教室に戻ろうと促してきたのでそれに従った。
それからの授業は集中できなかった。
「ミヤ」と呼ぶ千奈美のことが頭にちらついていた。
174 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:56
「ミヤ、帰ろー!」
放課後、大きな声が教室に響いた。
周りの生徒は声の大きさに驚いて全員が振り返っていた。
呼ばれた夏焼は「馬鹿、うるさい」と顔を真っ赤にして声の主、千奈美の方へ行った。
「あ、まーさだ。数少ないミヤの友達」
「余計なこと言わない」
千奈美が声をかけてくる。
夏焼がいいから、と千奈美を押した。
千奈美はそんな夏焼を気にすることなく話しかけてくる。
「まーさ、委員長なんだってね。そんな感じしないなぁ」
千奈美は茉麻の肩に手を置く。
「いい体してるし、委員長ってよりは総長って感じ。強そう」
あははと無邪気な笑顔を向けてくる千奈美。
「ちょっと、イメージ悪くなるじゃん。やめてよー」
ふざけてパンチをするふりをすると、千奈美はすぐに茉麻から離れて夏焼の後ろに隠れた。
「ミヤ、助けて!総長に腕折られるよ〜」
夏焼は手を叩いて笑っている。
我慢できなくて茉麻も噴き出した。
午後の間ずっとあったモヤモヤした感情は、どこかへいってしまった。
うまく表現できないが、千奈美と話していると楽しい気持ちになれることに気がついた。
もういいでしょ、と夏焼が背中に隠れる千奈美を剥がした。
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:56
千奈美はニコニコとまた私の肩に手を置いてきた。
「まーさ。ミヤとこれからも友達でいてあげて。ミヤは恋人はいるけど友達はほとんどいないから面倒見てやってね」
千奈美が夏焼をからかうように笑顔で言い放った言葉に、目を見開いた。
「もう。それ以上余計なこと言うなよ。帰ろーぜ」
夏焼は千奈美を教室の外へと追いやった。
そしてこちらを振り返るとバイバイと手を振って帰ってしまった。
しかし振り返すことができなかった。
千奈美の言った言葉が、正常な思考をすることをストップさせていた。
―恋人はいるけど友達はほとんどいない
意味を理解するのに相当な時間がかかった。
理解したくなかったというのが本心だった。
今まで知らなかった、失恋というものを初めてした瞬間だった。
176 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:57
「―というわけなのよ」
近所に住む年下の友人萩原舞の家に来ていた。
舞は中等部に通っているが3歳下のため学年が被らず学校ではほとんど会うことはなかった。
しかしなぜか気が合い、よくお互いの部屋を行き来していた。
「ふーん。茉麻ちゃんも恋というものをする時がきたんだね」
微笑んでそう言う舞を見ていると、本当に年下なのだろうかと思ってしまう。
いい意味で歳の差を感じていないつもりだったが、知らないうちにむしろ自分よりも大人なのでないかとも思ってしまう。
「まあ、恋を知った瞬間の失恋だったけどね」
自虐的に言って笑い飛ばそうとしたその時に、あるフレーズが頭の中に浮かんだ。

愛のつぼみ咲く前に 恋の花びら舞い散る

「そういうこと…なのかな」
「独り言?これは重傷かな?」
舞は優しく頭を撫でてくれた。
甘えることにしてしばらくされるままにしていた。
「舞ちゃん勉強してるの?」
勉強机の上にプリントの束を見つけたので聞いてみた。
「うん。舞、家庭教師始めたんだ」
舞は嬉しそうに話す。
「え、なんで?」
舞も一応は受験生だが高等部にそのまま進むだろうと思ったので必死に勉強をする必要はあまりないはずだ。
そう聞くと舞はちょっと間を置いてから言った。
「外部受験することにしたの」
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:58
目をこすりながら登校する。
舞が外部受験をすることに何とも言えない寂しさを感じていた。
3歳差はすれ違いの学年だから関係ないと言ったらそうなのだが、妹のように可愛がっていた舞がいつの間にか遠くに行ってしまったような気がしていた。
そのせいか昨夜はなかなか寝付けず、寝不足になっていた。
あくびをかみ殺して玄関で自分の靴箱を開けた。
すると内履き以外にいつもは入っていない何かが入っていた。
うん?と首を傾げそれを手に取ってみる。
白いシンプルな封筒には、丁寧な字で「須藤茉麻さんへ」と書かれていた。
寝ぼけていた頭もしっかりと動き始める。
これはなんだろう。よくわからないけど、あつい。
「果たし状とかではなさそうだけど…」
そう呟いていると後ろから突然肩を叩かれた。
驚いて目を見開いて振りかえると千奈美のニヤニヤとした顔がそこにはあった。
「よっ。おはよーさん」
「びっくりするじゃんか、おい」
茉麻は千奈美から離れる。
反射的に封筒は鞄の中へ放りこんでいた。
「玄関でずっと立ち止まってたら他の生徒の邪魔になるよ?ただでさえ貫禄あるんだからさ」
ちょっと、と抗議するのを無視して千奈美はそのまま茉麻を押して進んでいった
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:59
クラスが違うので、教室に着くとやっと千奈美から解放された。
クラスメイトと挨拶を交わしながら席に着く。
前とは違ってクラスメイト達とも気軽に話せるようになっていた。
それは千奈美が教室に来て大声で茉麻をいじっていくからというのが大きかった。
高校3年にしてようやく、という気もするが、学校にいても気が楽になったのは大きかった。
鞄から教科書などを出していると、先ほど慌ててしまった封筒を見つけた。
周囲が特に茉麻を気にしていないのを確認して、こっそりとそれを開けた。
手紙だった。
それはいわゆるラブレターというものだった。
生まれて初めてこのようなものをもらったので、動揺していた。
なんだかあつい。
何度もゆっくりと読み返した。
「『放課後、中庭に来てください』、ねー」
突然後ろから読んでいた部分を読み上げられ、とっさに手紙を折りたたんだ。
「夏焼!」
「おはよーすどー」
心を読まれたような気がして動揺している茉麻をよそに、夏焼は涼しい顔をして自分の席に着いた。
よりによって夏焼に見られてしまった。

179 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 20:59
放課後になった。
今日は気持ちが重くて立ち上がる気にならなかった。
ここ最近は千奈美が夏焼を迎えに来てそのついでに茉麻をからかっていくのが恒例になっていたが、今日はそれが無かった。
というより、夏焼が意味ありげに千奈美に耳打ちをして、それを聞いた千奈美は茉麻をからかっている時以上に楽しそうに笑い、ウインクをすると帰って行ってしまった。
夏焼も親指を立てて「頑張んな」と言うと千奈美に続いて帰った。
茉麻は無理やり聞きだされるだろう明日のことを想像してより一層気が重くなったが、気持ちを奮い立たせて中庭へと向かった。
相手はだ誰かわからない(差出人の名前は書いていなかった)が、きっと勇気を出して行動を起こしたのだろうから、行かないことは失礼だ。
既にそこにはもう人がいた。
おそらく呼び出した相手だろう。
まだ距離があったが人気も無かったせいか茉麻が近づいていくと気づいたようで顔がこちらに向けられた。
そこにいたのは知っている人物だった。
180 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 21:01
「先輩。来てくれたんですね。ありがとうございます」
声が十分に聞こえるところまで近づくと、茉麻は足を止めた。
相手は嬉しそうに笑顔を向けてきた。
「熊井ちゃん、だったんだ」
熊井友理奈、1つ下の2年生だった。
文化祭の係で担当が同じだったので知っていた。
たくさん言葉を交わしたわけではないが、真面目でいい子、という印象がある。
そして、彼女は美しかった。
モデルのような体型と整った顔。
人を覚えるのが苦手な茉麻でも一度見たら忘れられない人物の1人だった。
「先輩に伝えたいことがあります」
まっすぐに見つめてくるその視線を、そのまま見つめ返して頷き続きを促した。
「須藤先輩の、優しいところが大好きです」
言葉の意味は頭の中へ入ってこなくてただただ真剣な表情に見入っていた。
181 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 21:02
後輩 end
182 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 21:02
 
183 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/04(日) 21:02
 
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:55
クラスメイト 卒業
185 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:55
卒業を間近に控えた登校日、須藤茉麻は早めに教室に来ていた。
「おはよ、須藤」
後ろから声をかけられ挨拶を返そうと口を開いたが、出てきたのはおはようという言葉ではなかった。
「ちょい、夏焼、髪、それ」
長かった夏焼雅の髪の毛はバッサリと切られ、ショートカットになっていた。
「切った。邪魔だったから」
毛先に触れながら夏焼はどうでもよさげに答えた。
「随分とまあ、思いきったね」
驚いた。
髪を切った夏焼は少年のようだった。
長いのも似合っていたが、ショートもかなり似合っている。
それを伝えると、「ありがと」と笑みを返してくれた。
胸が痛んだ。
ふっきれたと思っていたが、まだだったようだ。
卒業したら、会えなくなる。
その現実が近づいてくるのが嫌になった。
担任がやってきて、連絡事項や卒業式当日の流れを確認した。
186 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:56
そして卒業後の同窓会の連絡係ということで、委員長だったから、という理由でクラスメイト全員にアドレスを教えることになった。
黒板にアドレスを書いて受信を待つ。
クラスメイトのアドレスは1人も入っていなかったことに今更気付いた。
どうせ形だけの交換で、連絡をすることなんてないんだろうな、と考えた。
マナーモードにしていた手の中の携帯が振動した。
誰かがもうメールを送ってきたようだ。
早いな、と思ってメールを開くと、そこには「夏焼雅」と書かれていた。
慌てて夏焼の方を見るとこちらを見てニヤニヤしていた。
「一番乗りでしょ?」と、得意げな顔だった。
すると続々と他のクラスメイトからもメールが届いた。
そのメールを確認するのに夢中になったふりをして、夏焼から目を逸らした。
ドキドキして、それ以上見ていることはできなかった。
187 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:56
登校日だったのでこの日は午前中で終わった。
夏焼は笑顔で手を振り、帰ってしまった。
次に来るのは卒業式当日である。
それまで会えないと思うと、寂しさを感じた。
そしてもしかしたら会えるのがそれで最後になるかもしれない。
さっきはあんなにドキドキしていたのに、この落差はなんなんだろう。
ちょうど昼休みになったので、校舎はなんとなくざわざわしていた。
楽しそうに食堂や購買へ走る後輩たちが、眩しく見える。
流れに逆らうように玄関へ向かっていたからか、なおさらそう見えた。
「須藤先輩?」
下を見ながら歩いていると上から声をかけられた。
「熊井ちゃん」
顔を上げると長身である自分よりも長身な1学年下の熊井友理奈がいた。
以前告白されたことがあり断ったが、それからも仲の良い先輩・後輩という関係で交流をもっていた。
「帰るんですか?」
「うん。登校日だったけど、さっき終わったからさ」
「そうなんですか」
「それよりご飯いいの?混むよ?」
いいなあ早く帰れて、なんてのんきに呟く友理奈の手には財布があったので聞いてみた。
「あ、そうだった。ビーフシチュー売り切れちゃう」
思い出した、というように手をポンと叩いた姿が漫画のようで噴き出してしまった。
「じゃあ行きますね。またメールします。先輩さようなら」
早口でそう言うとスタスタと友理奈は去っていた。
長い脚で軽く駆け足する後ろ姿は、やはり眩しかった。
「『いいなあ早く帰れて』、か」
友理奈の言った言葉を口にしてみる。
玄関を出ると風が冷たくて思わずマフラーに顔をうずめる。
風が冷たかったのは、例年より冬が長引いているだけではないような気がした。
188 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:57


「いいなぁ、高等部は明日で終わりとか、マジうらやましい」
卒業式の前日、舞が部屋に遊びに来ていた。
「卒業式とかマジ信じらんない」
舞は明後日、中学校を卒業する。
ベッドでくつろぐ様子を見ると、すでに合格が決まっているからか、言葉とは裏腹に緊張とか、寂しさといったものは全くないようだ。
その方が舞らしいが。
「ま、人生で限られてる卒業式だし、楽しもうよ。区切りだし」
舞の手が肩に置かれる。
本当に、どちらが年上なのかわからなくなる。
なんとなく、舞の頭を撫でた。
「茉麻ちゃん、やり残してることあるんじゃないの?」
唐突に舞はじっと見つめてきた。
言葉に詰まりそのまま固まってしまう。
「物事にはタイミングってあると思うよ。後から後悔しても、手遅れになるんじゃない?迷ってるんだったら、行動してみたらいいんじゃない?」
舞の場合はそうしたよ、大人びた表情でそう言う舞が、遠く感じられた。
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:57


高校生最後の朝。いつもの登校ルートを母と歩いていた。
昨夜の舞の言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「じゃあ保護者控室はこっちみたいだから、行くね」
最後なんだから寝ないでしっかり話聞くのよ、と母は言った。
その言葉に頷き、教室へ歩いて向かった。
そう、今日で最後なのだ。
卒業式の日という独特の雰囲気が、今日はある。
毎年あるのだから知っているはずの雰囲気だったが、今回はいつもと別物のように感じられた。
教室へ入ると半分以上が既に来ていて、はしゃいでいたり、リラックスしていたり、それぞれの時間を過ごしていた。
誰に、というわけではなくおはよう、と声をかけるとおはよう、と返ってきた。
挨拶だなんて当たり前のこと、と思えるが、それがいつの間にか自然にクラスメイトとできるようになっていた。
それはいつからだったのだろう。
ずっとどこかぎこちなかった関係がスムーズになって、退屈だった学校が楽しくなったのは。
席に着いてそのことをぼーっと考えている。
考え事をしていると外部の音は遮断されるような感覚に陥る。
今まではそれをよく行っていたが、いつからかそうでなくなった。
いつからだったのだろう。
教室がちょっとにぎやかになったような気がして、思考を周囲に向けてみようとした時、肩に手を置かれた。
「おはよー、須藤」
「お、おはよう」
振り向くといきなり夏焼のどアップが現れ、思わず顔を離した。
「元気ないぞーご飯食べ忘れた?」
須藤に限ってそれはないか、と笑いながら夏焼は斜め前の自分の席に着いた。
難しいことを考える必要なんてなかった。
答えはそこにあった。
気がつくと席を立って行動を起こしていた。
教室を出ながら時計に目をやる。
卒業式まで時間はまだにある。
190 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:58
「どうしたのよ、須藤?」
廊下は卒業式を控えた生徒が何人かいたので、人気が少ない端の方へ夏焼を引っ張ってきた。
夏焼は驚いたような顔をしていたが文句は何も言わなかった。
ちょっと呼吸を整える。
改まって言うのは緊張したが、思い立ったが吉日、とりあえず即行動に起こしてみた。
昨夜舞に言われたことが影響しているのかもしれない。
夏焼は茶化さずに黙って待っていてくれた。
音を立てずに息を吸い込み、夏焼の方を見つめた。
「今日、卒業式でさ、最後、じゃん」
「でさ、夏焼に言いたいことがあって」
「いきなり引っ張ってきて、ごめんね」
「あ、時間、大丈夫?」
呼吸は落ち着いたものの頭の中は落ち着いていなかった。
出てくる言葉はあちこちにいっていて、自分自身に突っ込みどころが満載であることに気がついたがどうすることもできなかった。
それでも夏焼はにこにことしていて、黙って待っていてくれた。
その夏焼の笑顔を見て、ぱっと浮かんだ今一番言いたいことを叫んだ。
191 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:58

「今まで、本当に、ありがとう!」

最後の方はもしかしたら叫んでいたかもしれないし声が掠れていたかもしれない。
夏焼は驚いたのか目を大きく見開いて固まってしまっていた。
そう思ったのも束の間、今まで見たことのないようなふにゃりとした笑顔になった。
「こっちこそ、ありがと。いっぱい楽しかった、須藤」
そう言って手をこちらに差し出してきた。
「あ、うん」
何をしているのか自分自身を把握できないままその手を握り返していた。
「最後だからさ、楽しもうねー。うちらが主役なんだから!」
夏焼ははしゃいだように手を握ったまま振りそのまま引っ張られた。
気付いたら廊下には誰もいなくなっていて、やばい、時間が、と頭の片隅で思ったりして、夏焼に引っ張られるまま教室へなだれ込んだ。
担任に小言を言われた気もするが時間がなかったので聞き流して、お祝いの花を付けたり、髪型をみんなでチェックしたりしてで、あっという間に式の開始時間がきてしまった。
192 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:59
会場である体育館へ続く渡り廊下に卒業生が順番に並んでいく。
列は少しずつ進んでいく。
先に入場する隣のクラスの千奈美が前方で手を振っているのが見えて、夏焼と一緒に振り返した。
もう入口が見えてきた。
卒業式の時の定番のちょっとかしこまった音楽と、拍手が聴こえてくる。
もうすぐ入場、という時にそっと後ろを振り返ってみる。
間に何人か挟んでいたがその後ろにいる夏焼に視線を送ってみた。
夏焼は笑顔で親指を立ててくれた。
笑って頷き、前を向き、入場した。
193 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:59


クラスごとに立ちあがり、一礼をして退場していく。
自分たちの番になり同じように一礼をし、教師、保護者、在校生たちに囲まれながら前へ進んでいく。
門出を沢山の人に祝福されながら前へ進んでいく。
今、須藤茉麻はとても良い表情をしていると自分で思う。

194 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/04/30(月) 23:59
クラスメイト 卒業 end
195 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/01(火) 00:00
196 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/01(火) 00:00
197 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:05

side story@
198 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:06
「私、夏焼先輩が、好き」
そうはっきり言われた時の衝撃は、今でも忘れられない。
199 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:06
愛理が帰り、早貴と二人きりになった途端、千聖はテーブルに突っ伏した。
ずっと抑えていたものが込み上げてくるのを感じた。

「応援するって言ったんでしょ」
頷く。
「自分で言ったことなんだから責任もちなさいね」
頷く。
「わかってるならいい加減泣くのやめな」
頷く。
頷く。
頷く。
全部わかっている。
自分で言わせたくせに、自分で勝手にショックを受けて、泣いている。
口調とは裏腹に頭を撫でる早貴の手は優しかった。
手の温かみを感じながら、声を出さずに泣いた。
200 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:07
4月からクラスにやってきた転校生鈴木愛理は、激しい人見知りをしていたが、千聖が毎日必死に話しかけたかいがあってか、仲良しになることができた。
特に決めたわけではないが、昼休みは一緒にご飯を食べたり、移動教室では隣に座ったり、お互い用事がない限り一緒に下校したり、というのが自然と当たり前になっていった。
くだらないことを教室で少しだべってから一緒に帰る、といういつも通りの流れに、それは突然割り込んできた。

下校のピークは去っているはずの時間帯だが、なぜか人が多い。
校門付近には、人だかりができていた。
背が低いため何が起こっているのかはよくわからなかった。
立ち止まる人間がいるためにできている渋滞に愛理と滑り込みながら少々強引に進んでいった。
この渋滞の原因となっている中心に近づいていくと、知っている顔が見えた。
クラスメイトの菅谷梨沙子の姿が目に入ってきた。
他には名前を知っている高等部の人達もいて、更に―思いがけない人がいた。
「あ」
気付いたら声が出ていたようだ。
その声に反応したのか、隣の愛理は立ち止まっていた。
行こうと促そうとして愛理の方を見ると、視線は、先ほど自分が見ていた部分と同じところに固定されていた。
高等部の夏焼雅。
そして―
「千聖…あの人誰か知ってる?」
ぼそっと呟いた愛理の声は、震えていた。
201 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:08
転校生の愛理が高等部の人を知っている可能性は殆どない。
視線の先には高等部の人が何人かいたのだから、愛理が指す「あの人」というのが誰であるのかはわからないはずである。
しかし。
「夏焼先輩の、恋人だよ」
単調な説明がさらっと口から出てきた。
改めて声に出すと思い知らされる。
愛理のこの問いには現実を突きつけられる気がして正直答えたくなかった。
今まで目を逸らしていた思いを告げられない自分と、思い人に相手がいるということ、そして、友人も同じ人を思っていた、という現実を、同時に突きつけられた。
じっと「夏焼先輩とあの人」を見つめる愛理は、千聖が知らない表情をしていた。
「愛理?」
どう言葉をかけていいかわからなかったが、躊躇いつつも名前を呼んでみた。
「だいじょ、うぶだ。よ」
我に返ったように愛理は口を開いた。
視線の先は、校門を出ていく二人に向けられていた。
愛理は俯き、考え事をしているようだった。
沈黙するその姿を見て、気付かれないようにため息を吐く。
それを大きく吸い込んでから、今度は俯いた愛理をこちらに向かせられる言葉を吐き出した。
「千聖は学年かぶってないしよく知らないから、なっきぃに聞いたほうがわかると思う」
それは嘘だ。
よく知っているくせに、保身のために、早貴を巻き込んだ。
ごめん、と心の中で謝った。
202 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:09
急な呼び出しに戸惑いつつも、事情をすぐに察してくれたみたいで、早貴は肝心な部分に触れずに一連のことを説明してくれた。
一通り聞き終わった愛理の表情を見る。
自分自身のことをよくわかっていないような愛理に苛立った。
「愛理は気になるんだね。夏焼先輩のこと」
棘のある言い方をした。
考え込んでいる愛理にはそれは通じてなかった。
返ってきた言葉は、
「わかんない」
「でも。本気なんでしょう?」
今度は悔しさが沸き起こった。
早貴が隣から目でたしなめるのを感じながらも、止まれなかった。
「夏焼先輩のこと、好きなんでしょ?」
自分が直面できないことを突きつけると、愛理は目を逸らした。
「そのことはいいと思う。うちも、そこまで口出すようなことはしない。人を好きになるってのは自由だもん。
愛理のこと応援したいと思う。けど。本気だっていうなら、夏焼先輩を狙うんだったらそれは―」
そこまで一息に言って、大きく息を吸い込む。
言おうとしたその言葉は、かろうじて追いついた理性が止めた。
そして冷や汗が吹き出てきた。
今自分は何を言おうとしていた。
自分自身に向けた言葉を愛理にぶつけていた。
弱い自分への不満だった。
愚かなことをしたことに気づき震える自分を必死にこらえる。
沈黙がおこった。
明らかに理不尽なこと言った千聖を、責めるかもしれない。
203 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:10
恐る恐る愛理の方を盗み見ると、何かを考え込んでいるようだった。
「ありがとう。でも気づいた」
沈黙が苦しくて、耐えられなくて、とにかく謝ろうと口を開くと、それより先に愛理が話し始めた。
顔をあげてこちらを見てくる。
「私、夏焼先輩が、好き」
その言葉と意志のある目は、千聖がずっと隠し続けていたものを打ち砕いた。
からっぽになってしまった頭で、とにかく愛理をお祝いしなくては、という考えがぼんやりとうかんだ。
その後は早貴のフォローに助けられながら、愛理に特に怪しまれることなくなんとかやり過ごせたようだ。
笑顔で帰っていく愛理の後ろ姿は、細い体なのに力強く見えた。
それが眩しくて、羨ましくて、そして自分が虚しくて、視界がぼやけた。
テーブルに伏せて声を出さずに泣いた。
「ヘタレ!いつまで泣いてんの。いい加減行くよ」
撫でていた手の心地良さに身を委ねてたら、頭をぺしっと叩かれた。
顔をあげるとティッシュを差し出される。
思い切り鼻をかんでから、袖で涙を拭った。
「誰がヘタレだっ!なっきいには言われたくない」
「や、あたしこそキングオブヘタレの千聖にだけは言われたくないから!」
言葉は乱暴だけど、傍にいてくれた早貴の存在が、本当にありがたかった。
204 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:11


「まじショックなんだけど、あー信じらんない」
そう言いながらポテトを口に放り込む。
「何で言ってくんないんだよって感じ。ちさとはその程度の存在だったってこと?へこむわー」
「うぜー」
そう言う早貴は目の前で呆れ顔をしていた。
気を使わない関係だが、年々早貴の口は悪くなって言っている気がする。
わかってはいても、落ち込んでいるときには結構響いたりする。
とりあえずポテトをどんどん口に放り込んでいく。
味がいつもよりしょっぱく感じ、ケチャップのつけ過ぎかと思っていたら、早貴がティッシュを差し出してきた。
「鼻水、垂れてる」
「え、うそぉ」
慌てて鼻をかむ。
涙は我慢できていたが無意識に出ていた鼻水は止められなかったようだ。
「ありがと」
そう言うと早貴はしょうがないんだから、という顔をしていた。
「なんか前にもこういうことあった気がする。デジャブってやつ?」
まだ中学生だった頃、この店で同じように泣いたことを思い出した。
「もう2年くらい前?になるのかな。早いなー」
つい最近のようにも、ずっと前のことのようにも感じられる。
「散々付き合わされるこっちの身にもなってほしいんですけど」
「ごめんごめん」
そう言ってあの時もティッシュもらったな、と思いながら早貴にティッシュを返そうとして、あることに気がつく。
「そういやこのティッシュ入れさ、これも前と一緒だね。すっごい偶然」
「え、え?そうだったっけ」
そのことに感動して早貴に教えると予想外の反応が返ってきた。
ひったくるようにゾウのデザインのティッシュケースを取られ、様子がおかしいことに気がつく。
「ねぇなっきぃ、そのティッシュ入れ、どうしたの?なっきぃにしては珍しく長く使ってるみたいだけど」
「こ、これは、クラスの子とお揃いで、そんでっ」
面白いくらいに動揺している早貴の様子を見て、これは突っ込まずにはいられないと思った。
「詳しく聞かせてくれるよね?中島早貴さん」
どん底まで落ちた自分を引っ張り起こしてくれた早貴。
今度は自分が早貴の背中を押してあげる番であると感じた。
あの時よりは少しは成長できたかな、と頭の片隅で考えた。
からかいたいという気持ちもあったが、それを頭の中から追い出して、腕まくりをして身を乗り出した。
困りながらも嬉しそうに話す早貴を見て、千聖は無意識に微笑んでいた。
205 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:11
side story@ end
206 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:11
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/06(日) 20:12
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/05/07(月) 09:28
控えめながらも存在感のある風景描写がいい。
岡井ちゃんイイヤツですねー
209 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/05/24(木) 01:54
新しいお話しがきてたんですね
茉麻の話しが爽やかでよかったです!
210 名前:名無し飼育さん 投稿日:2012/07/31(火) 23:56
そろそろ新しいお話しが読みたいです
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/17(水) 22:17
side storyA
212 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/17(水) 22:18
「高校外部受験したから。よろしく」
そう告げると相手は固まった。
言われたことを理解できていないのだろう。
理解してからの様子は容易に想像できたので騒がしくなる前に立ち去った。
後ろから絶叫が追いかけてきたが無視して立ち去った。
涙は流れなかった。流したくなかった。


「―というわけなのよ」
近所に住む年上の友人、須藤茉麻が家に来ていた。
舞は中等部に通っているが3つ離れている茉麻とは学年が被らず学校ではほとんど会うことはなかった。
それでも二人は気が合い、よくお互いの部屋を行き来していた。
「ふーん。茉麻ちゃんも恋というものをする時がきたんだね」
そう言うと茉麻は頬を赤らめた。今まで見たことのない表情だった。
「まあ、恋を知った瞬間の失恋だったけどね」
今度は沈んだ表情を見せた。これも今まで見たことのない表情だった。
「そういうこと…なのかな」
なんと声をかけようか考えていると、1人で納得したように呟き出した。
「独り言?これは重傷かな?」
いつも茉麻が舞にやってくれるように頭を撫でてみた。
年下にそうされるのには抵抗があるかな、と一瞬考えたが、茉麻は特に抵抗せずしばらく撫でられていた。
「舞ちゃん勉強してるの?」
茉麻は勉強机を見ていた。
「うん。舞、家庭教師始めたんだ」
「え、なんで?」
茉麻に話そうと思っていたがなかなか言えずにいたことがあった。
気づかれないように息を深く吸い込んだ。
「外部受験することにしたの」
声が少し震えた気がした。
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/17(水) 22:19
きっとああいう表情をされるというのが予想できていたからなかなか言えなかったのだ。
茉麻は明らかにショックを受けた様子だったが何も気にしていないという風にぎこちなく笑顔を作って帰って行った。
内部進学したって今年度いっぱいで卒業してしまうくせに。
そして、もっと面倒になりそうな人物のことを思い出してため息がでた。
きっと喚かれるんだろうな。
知ったら全力で止めようとしてくることが予想されたので、そちらには受験に受かってから報告しようと決めていた。
3年に進級して最初の実力テストがあまりに酷い成績で、今まで舞を甘やかしているだけだった親が豹変した。
家庭教師をつけられることになりそれを拒絶しようとした舞だったが、親のあまりの激昂ぶりにそんな言葉は呑み込むしかなかった。
どういう伝手で見つけてきたのか知らないが現れたのは今年有名大学に受かったばかりの現役女子大生だった。
最初はやる気はほとんどなかったが、大嫌いだった勉強も教え方が上手いせいか要領がわかると好きになっていったし、成績も面白いように伸びた。
本当に4歳離れているのかわからなくなるくらい、同じ目線で話せて気の合う彼女との時間は楽しかった。
進路の話がより具体的になってきたあたりに、彼女が舞と同じ学校に通っていていたことを知った。
そして彼女が内部進学せずに外部受験をしたことも同時に知った。
いつの間にか自身を彼女に重ねるようになっていて、舞は自分も同じ学校を受験することを決めたのだった。
そのことに関して彼女はあまりいい表情をしなかったが、舞がやりたいならやってみればいいと言ってくれた。
親は成績がぐんと上がってから勉強のことには口を出さなくなっていて、以前の甘やかしが復活していたので反対することはなかった。

宿題のプリントの束を机の上にそのまま放置していたのを思い出した。
明日来ることになっている綺麗好きの彼女に見られたら非難されるだろう。
片付けつつ、その時の反応思い浮かべると、散らかしたままも悪くはないような気がしてきた。
214 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/17(水) 22:20
人を待つのは嫌いだ。
だけど待ち合わせに遅れるのは嫌だからどうしても早めにきてしまう。
今も待ち合わせ時間の10分前に来てしまっている。
待っている相手はよく知っている仲だから、ちょっと遅れたくらいでも特に気にすることはない。
むしろ相手は絶対に遅刻してくる。
待っている時間は本当に嫌いだ。
余計なことを考えてしまう。
待ち合わせ場所を校門にしたのは失敗だったかもしれない。
下校する他の生徒の楽しそうな声が絶えない空間は、今の舞には居心地が悪かった。
これから伝えるのは気が重くなる内容だった。
相手がどんな顔をするのかが想像つくからだ。
それでも、伝えなければならない。
打ち明けるのには勇気がいった。
言おう言おうと思っても踏ん切りがつかなかった。
そんな舞の背中を押してくれたのは家庭教師の彼女だった。
自分にとって大切な人にこそ伝えるのは難しいけど、逃げるのは良くない、相手が大切だからこそ、自分から伝えないといけない、と。
踏ん切りがつかないで迷っている間に、他の人から伝わってしまって、相手を傷つけてしまった。
だから舞にはそうなって欲しくない、その時のことを思い出しているのか彼女は寂しそうに話してくれた。
あまり他人の意見に耳を貸さない舞だが、彼女の言葉はそのまま受け入れることができた。
そして行動に移すことにした。
コートのポケットの中に突っ込んでいた手を出して擦り合わせる。
まだ日が出ていても、寒さを感じるような季節になっていた。
「おーい舞ちゃーん」
待ち合わせ時刻から10分程経ったあたりに、ようやく現れた幼馴染は、寒さをも吹き飛ばす太陽のような笑顔で走ってきた。
自然と口元が緩む。
そしてそっと手をポケットの中に戻し、遅い、と文句を言った。
今からこの笑顔を奪うのだと思うと、苦しいような、嬉しいような気持ちになった。
自分がなかなか病んでいることに気づいたが、それを受け止め、意を決して告げた。
「高校外部受験したから。よろしく」
215 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/17(水) 22:20
end
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/17(水) 22:20
 
217 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/10/17(水) 22:28
久々に更新したら失敗して上にきてしまった…

>>168 名無飼育さん
この話では岡井さんが何かと苦労しているような気がしますが、イイヤツと言ってもらえて良かったです。
感想ありがとうございました。

>>169 名無し飼育さん
須藤さんはこのシリーズでは主人公のつもりなので、そう言っていただいて嬉しいです。
感想ありがとうございました。

>>170 名無し飼育さん
長い間お待たせしてすみませんでした。よろしかったら今回の話も読んでください。
218 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/12/10(月) 02:00
じーん…こんな小説が読めるなんて本当に幸せです。
続きを楽しみにしています!
219 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:44
一番乗りした体育館は朝の日差しのおかげか空気が爽やかに感じられる。シューズを履いて軽くストレッチをしてからボールを弾ませる。響く音が大きくて、思わずにやける。
そのままゆっくりとゴールに近づき、膝を軽く曲げてからボールを放つ。思い描いた通りの軌道でゴールへと向かっていった。



クラッチタイム



週の始め、月曜日。
重く感じる足を引きずりながら廊下を歩く。 今日は気分が優れない。
教室に入ると挨拶もそこそこに自分の席に座って机に伏した。
眠いわけではなく、周りからの声をシャットアウトしたかった。そういう気分だった。
始業までは時間があるし、スポーツクラスなのでもともと人が少ない。教室はがらんとしていた。
目を瞑って昨日の出来を思い出す。納得できないシーンが浮かび、結局いらいらして身体を起こす。
あー、と低い声を無意識に出してしまい、机を軽く叩いた。
「荒れてるねー」
すぐ後ろから声をかけられる。
振り返らなくてもわかる。
からかうような笑みを浮かべて立っているのは徳永千奈美だった。
おそらく不機嫌な顔を向けているだろうがそんなのは全く気にしていないようだ。
「おはよー」
千奈美の余裕のある感じが、自分の余裕のなさをさらに実感させられる。
「おはよう」
目を逸らして挨拶を返した。
「まだ昨日のこと気にしてんの?」
わかっているくせに全く気にしないで触れてくる千奈美とは、こういう少し傷ついている状態で接するのはつらい。
「わかってんなら言わないでよ」
「もう終わったことだし前向きにいこうじゃん」
そう言われて肩を叩かれる。そんなこと表面上はわかっているつもりである。しかし気持ちというのはそう簡単に切り替わるものでないこともわかっている。
何があっても10秒後には切り替えられる千奈美がうらやましく思う時がある。
「あ、みやおはよー」
「おはよ」
みやこと夏焼雅が教室に入ってきたようだ。
隣の席に雅が座り、さすがに無視はできないので挨拶をし、すぐに前を向いた。
「まあ、今日は朝練行かなかったんだね」
思わず視線を雅に向ける。
「え、みや行ってきたの?」
疑問に思ったことを千奈美が代わりに聞いてくれた。
「や。ちょっと覗いてきただけ。軽く打とうかなって思ったけど結構人いたし着替えるの面倒だったからやめた」
「遠征の次の日なのにみんながんばるねー」
千奈美はほう、と顎に手を当てて感心した様子だ。
「控えの子ばっかだったけどねー」
雅は荷物を鞄から出し始めた。しかし一瞬こちらを横目で見た。
「でも熊井ちゃんは来てたよ」
なに、と問おうと口を開いた瞬間そう言われ、そのまま固まる。
千奈美はさすが熊井ちゃんだね、とのん気に言っているが、雅は含みのある視線を向けてきた。
チャイムが鳴ったので千奈美は自分の席に戻って行った。
「熊井ちゃん、まあのこと待ってたんじゃない?」
雅の視線は教室に入ってきた担任教師に向かっていたが、確実にこちら―須藤茉麻に対してその言葉は投げかけられていた。
茉麻は答えることができず下を向いたのだった。
220 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:44
2階のギャラリーから体育館を覗くと、シューティングをしていた1年生たちが一斉に挨拶をしてくる。軽く手を挙げてそれに答えて、メインコートのリングを独占している背中に視線をやる。予想はしていたが、今日は相方が不在のようだった。一人で黙々とフリースローを打つ姿は頼もしく見えた。
渡り廊下を通って校舎の方へ行く。
「おはよーみや」
教室へ向かうのに階段を上っていたら後ろから声をかけられた。
「お、りーさん」
菅谷梨沙子は階段を一段飛ばしでかけてきて雅の隣に並んだ。
「朝練行かなかったんだ?」
「うん」
「寝坊?」
今度は、ううんと首を横に振った。
「目覚めはスッキリだったんだけど、のんびりしてたら遅くなったの」
たしかに今日の梨沙子は朝の割には意識がはっきりしているような感じだった。
「昨日帰りのバスで爆睡してたもんね」
よだれもたらしてたし。そう言うと、やめてよーと梨沙子は雅の肩を軽く叩いた。
「だって昨日はさ、ほとんど休みなかったし、しかも4番やるのとか中学以来だったし、まじ疲れたー」
たしかに昨日の梨沙子のプレイタイムはかなり長かった。
「疲れ、残ってない?」
「全然」
うーん、と伸びをした梨沙子の言葉に嘘はないらしく、話し方もしっかりしていた。
「じゃ、授業寝るなよー」
「みやこそ。あとでね」
教室は階が違うので途中で別れた。教室に入ると千奈美が茉麻に絡んでいた。
いつもの光景だが今日は茉麻の反応が鈍い。予想通りだったので、雅は内心溜息をつきながら自分の席へ向かった。
「あ、みやおはよー」
「おはよ」
千奈美の明るさと茉麻の暗さの見事なコントラストに内心溜息をつく。
茉麻は形だけこちらを見るとすぐに前を向いた。
「まあ、今日は朝練行かなかったんだね」
仕方ないので自分から切り出すと、茉麻が反応した。
「え、みや行ってきたの?」
返事をしたのは千奈美だった。
「や。ちょっと覗いてきただけ。軽く打とうかなって思ったけど結構人いたし着替えるの面倒だったからやめた」
「遠征の次の日なのにみんながんばるねー」
千奈美はほう、と目を見開いている。
「控えの子ばっかだったけどねー」
ほとんど入っていない鞄の中身を取り出す。
「でも熊井ちゃんは来てたよ」
横目で見てから、茉麻が欲しがっていただろう情報を教えてやる。
メインコートでシュート打っていた熊井友理奈の名前を出すと、茉麻はわかりやすく反応を示した。
さすが熊井ちゃんだね、とのん気に言っている千奈美とは対称的に、茉麻は固まっていた。
雅がシューティングをしないにも関わらずわざわざ体育館に寄ったのは茉麻がいるかどうかを確認しに行ったからだった。毎日欠かさず一緒に朝練をしているパートナーを今日は放っておいている。
きっとそうだろうなと思った。茉麻は昨日の遠征であからさまに「干された」。その分さっき会った梨沙子だったり他のメンバーに負担がかかった。
もちろん雅にも影響は出ていた。
しかしチームスポーツなので誰かの分はカバーするのが当たり前だし、そんなこと一々気にしていたらきりがない。
あそこまで出番がなかったというのはおそらく茉麻にとって初めてのことだったので、予想通り落ち込んでいた。
監督の意図というのもなんとなくわかっていたから雅はそこまで深刻に感じることはないと思っていた。と言っても雅も当事者だったらきっと同じような状態になるだろうから気持ちもわかるのだけれども。
責めるような言い方になってしまったのは少し反省すべきかもしれないが、他にどう声をかけていいかもわからなかった。全く気にしていないように見える千奈美の能天気さがうらやましかった。
チャイムが鳴り、千奈美は自分の席に戻って行った。
教室には担任教師が入ってきたので茉麻の方を見ることはできないが、聞こえるように話しかけた。
「熊井ちゃん、まあのこと待ってたんじゃない?」
それでも茉麻は答えずに、ずっと下を向いていたのだった。
これは相当重傷で、何かきっかけがないと立ち直れないような気がする。
どうしようと思い、千奈美の方を見るがあくびをしながら携帯をいじっていた。
雅の視線に気づきピースをして、すかさず担任に注意された千奈美から視線を前に戻し、一瞬でも頼ろうとしたことを反省した。
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:45
「すーちゃん落ち込んでるかな。昨日もバスの中で全然しゃべんなかったし。どうしてるかな。心配だなー」
「落ち込んではいると思うけど、別に出来が悪かったわけじゃないんだし、監督も考えがあったからああしたわけだし、気にしてなきゃいいんだけど、無理だろね」
新チームになってから茉麻がいなくなったオプションというのは実は一度もやったことがなかった。そのためあえて外してそのシチュエーションを作る。ずっと出ずっぱりだった茉麻のリフレッシュも兼ねていたのだけれど、それは本人に伝わってないと思われる。
「焦ってるんじゃない。くまいちょーとか梨沙子の前で恥かいたって思ってるのかも」
「それはあるね」
「今週試合だから、へこんでる場合じゃないんだけどなー」
「まあの課題を挙げるとしたらメンタル面だからね。克服してくれればいいんだけどね」
そこで会話は途切れ、嗣永桃子は何も言わずに隣に座る相手を見つめた。
「なによ」
桃子の視線に気づいたのか、少し尖ったような声を出された。
「調子はどうなのさ」
「あたし?」
どうしてそんなこと聞くんだよ、というような表情をされるが、それにひるんでいてはいけない。
「ももが、見てる通りだと思うけど」
「ちゃんと佐紀ちゃんの口から聞きたいの」
それは桃子から見た見解であって本人の状態がわかるわけではない。
長い付き合いで、清水佐紀の性格はわかりきっている。はっきり言わないとはぐらかされるのだ。
「異常は感じないかな」
遠回しな言い方ではあるが、問題ないということを言っているようだ。
「ももこそどうなのよ」
「佐紀ちゃんが見てる通りだと思うけど―ちょっと、そんな顔しないでよ」
真似をしたら冷やかな目で見られた。佐紀は意外と冗談が通じない。
どうしよう、と考えていると始業のチャイムがなった。自然な流れで桃子は自分の席に戻った。
桃子としては首脳会談(のようなもの)だと思っているのだが佐紀がどう思っているかはわからない。昨日のことやこれからのことを気軽に話す、いつもの朝のやり取りだった。この流れももう3年目になる。一日が始まる。
222 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:45
昼休み。いつもだったら梨沙子と一緒に食堂へ行くのだが、今日は体育館へ来ていた。今週は試合なので、わずかな時間でも無駄にしたくないと思いシューティングをしに来た。
休む時は休まないと駄目だよ、と梨沙子は言っていたが、熊井友理奈はじっとしていられなかった。
そんな友理奈の性格をわかっている梨沙子だから、それ以上は引き止めるようなことは言わずに、頑張ってと笑顔で送り出してくれた。
買ってきた昼食を食べ終えると、すぐに着替えて部室からボールを一個持ち出す。
朝と同じく誰もいない体育館に音が響くが、朝と違うのは校舎から人の気配がすることだ。友理奈はどちらの雰囲気も好きだった。
一番乗りの特権であるメインコートのリングに向かってシュートを放った。
高校に入ってポジションが一つ上になったため、以前よりも長い距離のシュート力を要求されるようになった。
距離が長くなるとより力が必要なのでフォームがブレやすくなる。
そう簡単にシュートが入るようになるわけがないのだから、シューティングを繰り返して少しずつ精度を上げていくしかない。性格上できないままにはしておきたくない。
しばらくして、自分以外のボールをつく音が響き、それで初めて人が来たことに気づいた友理奈はシュートを打つのを止めた。汗をかいていることにこの時初めて気づいた。
「まあさん」
制服姿の茉麻が立っていた。
「朝練行かなくてごめんね」
申し訳なさそうな顔で茉麻は言ってきた。
「ううん。気にしないで。それよりさ、せっかくだからいつものやろうよ」
友理奈はフリースローラインに立った。
「フリースローならスカートでも大丈夫でしょ」
茉麻は戸惑っているようだったが、友理奈の提案に笑って頷き、後ろに並んだ。
毎朝二人で行っているフリースロー対決。
一本ごとに二人して一喜一憂し、時にふざけながらやっていくのだが、一人で淡々と集中して打っていた時よりもシュートタッチが良くなっていることに友理奈は気づかなかった。
223 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:46
224 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:46
 
225 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/03/13(水) 00:57
>>219 名無飼育さん
幸せだなんて言っていただいてとても嬉しいです。
しかし学園もののシリーズはしばらくおやすみするので申し訳ないです。
感想ありがとうございました。


ということで新しい話始めました。
専門的な用語も出てきたりするのでわからなかったりしたら言ってください。
この前の学園ものとは舞台が違います。よろしくお願いします。
226 名前:名無し飼育さん 投稿日:2013/07/31(水) 04:07
更新楽しみに待ってます。。。
227 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:01
味噌ラーメン(大盛り)をトレイに載せ、窓際の特等席に座る。
いつの間にか指定席になったその一角には、既に千奈美と雅がいて定食(大盛り)を食べていた。
「お、梨沙子。またラーメンなの」
千奈美がフライを口に入れたまま言った。
「ラーメンじゃなくて味噌ラーメンだもん」
梨沙子は顔をしかめる。一緒にしないでほしい。味噌ラーメンは50円も高いのだ。
「熊井ちゃんは?」
れんげを使いながら麺を口に近付けていると、雅に聞かれた。
「シューティングだって」
答えると同時に一気に麺をすすった。口の中に広がる味に舌鼓を打つ。
「おいしー」
ラーメンは味噌に限る、と改めて思っていると、雅の苦笑いした顔が見えた。
少しだけ恥ずかしくなって、勢いよく食べるのはやめた。
半分くらい食べ進んでから友理奈の他にもう一人いない人がいることに気がついた。
「あれ、そう言えばママは?」
「教室で食べるって言ってたけど」
千奈美がパンをつまみながら答えた。(定食は既に食べ終えていた)
茉麻がいないことに気づかないなんて。お腹が空いて味噌ラーメンのことしか考えていなかった自分を反省した。
「元気なかったよね昨日」
「疲れてたんじゃない。きっとそうだよ」
疑問に思ったことを言ったら雅にあっさり流されてしまった。茉麻のことには触れるなと言いたいのだろうか。
そんな雰囲気があったのでこれ以上聞けないと思った。
「昨日あんまり出てなかったじゃん。外されたのがショックだったんじゃないの」
そう言ったのは千奈美だった。
「朝しゃべった時もあからさまに落ち込んでたからさあ、ポジティブにいこうよって言ったんだけど、まだ引きずってるし、困っちゃうよもう」
千奈美がそういうふうにはっきり言ったことに驚いた。
「それ言っちゃうかなー」
雅が呟いた。困ったような、呆れたような表情をしていた。
そんな雅を気にせずに千奈美は続ける。
「気つかって触れなかったら茉麻もっと落ち込むでしょ。だから普通にしたの」
意外と考えてるんだなと思いながら千奈美を見ていたら、それが伝わったらしく睨まれた。すぐに目を逸らす。
「ラーメン伸びるよ」
指摘されて梨沙子はあわてて残りを食べた。
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:02
昼休みが終わる5分前、予鈴がなった。友理奈は着替えなければいけないので茉麻がボールを片付けた。
タオルで汗をふきながら大慌てで走って行った友理奈と別れて、茉麻も駆け足で教室へ向かった。
教室へ入ると同時に本鈴がなったが、まだ教師は来ていなかったようで、軽く息をついた。
「茉麻どこ行っていたの?」
席につくと同時に千奈美が近づいてきた。からかうような笑みを浮かべている。
「そうだよどこ行っていたの?」
隣にいる雅も同じような笑みを浮かべている。二人ともわかっていて聞いている。何ともたちが悪い。
こういう時は沈黙するに限る。下手なことを言うと更に突っ込んでこられるからだ。
そうしているうちに教師がやってきて、千奈美は風のように席へ戻って行った。
午前中とは全く違ってやる気がみなぎってきている自分の単純さに呆れながらも、気にしてくれていたであろう二人の悪友に、心の中でありがとうと呟いた。
いつまでも落ち込んでいられない。今週はもう試合なのだから。そう思うとじっとしていられなくなってきた。
ホームルームが終わった瞬間立ち上がり鞄を掴んだ。
廊下に飛び出すと誰かが追って来た気配がする。
「茉麻早いねー。待ってよー」
千奈美だ。振り向かずにスピードを上げた。
「体育館まで競争ね」
隣で声がしたと思ったら雅だった。
一瞬で茉麻の横をすり抜けていってしまう。
雅に気を取られた間に千奈美に追いつかれ、体を前に入れられた。
広いとは言えない廊下で抜き返すことは難しく、結局体育館に着いたのは最後になってしまった。
「ビリはジュースおごりだからねー」
そんな話聞いてないと抗議したがうまく言いくるめられ、茉麻は仕方なく練習後に二人分のジュースをおごったのだった。
229 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:03
女子校の私立ベリーズ高校にスポーツクラスが新設されて、今年で3年目となる。
スポーツクラスは個人競技の生徒が多く、今のところ団体競技で唯一力を入れているのがバスケットボール部である。
日本代表で活躍し人気選手だったが、ケガのため若くして引退した保田圭を監督として招き、創部2年目でウィンターカップに出場し、新人戦で関東でベスト4進出とあっという間に強豪チームの仲間入りをした。
部員数は3年生2人、2年生3人、と昨年までは少人数だったが、大物ルーキーを含め15人の1年生が入り、かなりの注目を集めている。
週末の県大会に向け、ゲーム形式の練習に入っていた。
チーム分けはレギュラーメンバーを分散させたものだったので、いつになく白熱していた。
今度の大会は新年度になってから最初の大会となる。各チーム新戦力の1年生が加わっているので、大きな変化があることが予想される。
女子はボールのサイズが中学から一般まで同じなのでそれが関係してか、中学時代活躍していたルーキーが華々しくデビューを飾ることの多い大会となっていた。
新人戦の県チャンピオンであるベリーズ高校にとっても、油断のできない大会となる。
遠征の翌日の練習であっても、気合いの入り方はいつも以上であった。
しかし大会まで1週間を切ったというのに、スターティングメンバーは未だに固定されていない。
監督の保田にとって大きな悩みだった。贅沢な悩みでのあるのだが。
「調子、どう?」
練習後キャプテンの佐紀を教官室に呼んだ。佐紀とはチームのことをよく話し合ったりする。
話のとっかかりにそう聞いたら、佐紀は苦笑いを浮かべたので、疑問に思い尋ねた。
「朝、ももにも同じこと聞かれたんで」
あいつと同じ思考かと落ち込んだが、保田も佐紀の状態は気になっていた。
佐紀は冬の新人戦で試合中に膝を痛めていた。
その時は5人しかいなかったため無理をしてでも出るしかなかったのだが、その回復具合はいったいどうなっているのか。
外から見ている分には問題なさそうに見えるのだが、実際のところがどうなのか判断できないでいた。
一緒にプレーしている桃子もわからないでいるのだろうから、はぐらかされる可能性もあるが本人に直接聞くしかないと思っている。
「アップやケアに気をつけてるおかげか、痛みもないし、問題はないと思います」
「そう」
淡々とありのままだけ伝えるような言い方だった。
保田は頷き、言葉をそのまま受け止めることにした。
「それで、話ってなんですか?」
ここから本題にどう繋げようか考えていると、佐紀の方から聞いてきてくれた。
230 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:04
今レギュラーメンバーとして考えられているのは7人。2、3年生5人と、友理奈、梨沙子の1年生2人だ。
この7人はミニバスからずっと同じチームでプレーをしてきた。そのため先輩後輩の学年の壁のような遠慮はないし、連携も取れている。
どの5人でいってもレベルが落ちることはないだろう。しかしそれぞれの持ち味というものが違い過ぎるので、メンバーが一人変わるだけでチームの色が全く別のものに変わってしまうという短所もあったりする。それぞれが代えの利かないピースであるのだ。
そこが保田を悩ませている根源といっても良い。

「失礼しました」
「はい。お疲れー」
佐紀が出て行ってから大きく伸びをした。気づかないうちに体に力が入っていたようだ。
佐紀の意見は意外なものだった。
それによって、選択肢は増えたのだが、より一層保田を悩ませた。
自分のチームをもつというのは初めてだったが、プレーをしていた方が気楽だとは思ってもみなかった。
他の指導者がうらやむような戦力が保田の手元にある。しかし同時に重かった。
嬉しい悲鳴をあげるというのは、こういうことなのかと感じる。
よし、と声を出してから立ち上がり、練習後にも関わらずボールの音が響く体育館へと向かった。
231 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:05
4月の終わりから始まる連休の初日。神奈川県の県春季大会が始まった。
第一シードのベリーズ高校は、2回戦からの登場となっている。
シード校は地区予選を戦わずに県大会からの出場なので、自然と注目は集まる。
新チームはどうなっているのか、ライバル校以外からの視線も熱い。
昨年彗星のごとく現れ、県チャンピオンの座をかっさらっていったベリーズ高校に、全中チャンピオンである熊井友理奈と菅谷梨沙子が加わっているからだ。
特に友理奈は、全国の強豪校全てからスカウトを受けたと言ってもいいほど注目されていた。
本日は大会二日目。回戦が低いと高校の体育館で試合をすることが多く、シード校も例外ではない。
ウォームアップをするようなコートはないので廊下やロビー、外でおこなう必要がある。
アップをする場所を探すのに歩いていると、すれ違う人の視線が友理奈を追いかけているのは隣にいる茉麻にもわかった。
当の友理奈は不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「緊張してるの?」
大舞台を経験してきた友理奈にとって県大会あたりのレベルは問題ないとは思うのだが、デビュー戦だから固くなっているのかもしれない。そう思って茉麻は友理奈に声をかける。
「…って聞こえる」
「え?」
ぼそりと呟かれたため聞き取れなかった。聞き返すと友理奈は一層不機嫌そうな顔を茉麻に見せ、ずんずんと進んで行ってしまった。
「『でかいって聞こえる』だってさ」
苦笑いしながら桃子が教えてくれた。茉麻はすぐにああ、と納得してしまった。
バスケにとって最大の長所とも言える身長は、友理奈にとっては最大のコンプレックスでもあった。だからか普段は猫背気味である。
しかし自分と同じくらいの身長の相手を見ると途端に姿勢が良くなることも、周知の事実だった。
身長に触れられて不機嫌になった友理奈に若干八つ当たりされたが、緊張されるよりはいいかと思い、スペースに腰を下ろしストレッチを始める。
しっかりと準備はしてきた。県大会ではなく全国を勝ち抜くための準備を。格下ばかりの今大会は、眼中になかった。
息を吐き出しながら体の状態を確かめ、気持ちを昂らせていく。
全員のストレッチが終わったあたりに、佐紀がメンバー全員を集め円陣を組んだ。
「一戦一戦目の前の相手に集中していきましょう」
佐紀は全員を見渡してから、それだけ言って、ウォームアップの指示を出した。
茉麻はドキリとしながら、自分の安易さを反省して、気持ちを引き締めた。
隣に並んだ千奈美が固まった笑みを浮かべているのを見て、同じことを考えていたのだろうと悟った。
千奈美は茉麻の視線に気づくといたずらっぽく笑って、掛け声を出した。
つられるように茉麻も口元を一瞬緩め、その声に続いた。
(大声を出してはいけなかったので二人とも仲良く怒られた)
232 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:05
233 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:05
234 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/08/19(月) 23:08

>>226 名無し飼育さん

長らくお待たせいたしました。
久々に更新しましたので良かったら読んでください。
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/19(木) 23:56
試合開始1分半前のブザーが鳴り、シューティングをやめてベンチ入りしている全員が保田の前に集合する。
スターティングメンバーは上に着ていたTシャツを脱ぎユニフォーム姿になる。
初戦のスターティングメンバーは1番から順に、桃子、雅、梨沙子、友理奈、茉麻の5人だ。これは前日の練習で発表されていた。
「ディフェンスもオフェンスも積極的に。最初から全力でいくよ」
保田の言葉に全員が返事をする。
その後は選手だけで円陣を組み、キャプテンの佐紀が一言話す。
いつもの気合い入れをしてから、スターティングメンバーの5人がハイタッチをかわしてベンチから出ていく。
5人はコート上に並び、対戦相手と向かい合う。
審判の笛が鳴り挨拶を交わす。
最初のジャンプボールのジャンパーである友理奈以外はセンターサークルに入らないでポジションをとる。
自分のマークを確認して相手のナンバーをそれぞれコールする。
全員の動きが止まったのを見て主審がサークル内に入り、ボールをトスアップする。
ティップオフ。
高さで勝る友理奈は後方にポジションをとっていた桃子をめがけてボールを弾く。
桃子は跳んで左手でボールを素早く引き寄せると、既に走り出していた梨沙子へパスを飛ばす。
45度、左のウイングの位置でボールを受けた梨沙子はゴールに視線をやり、すぐに中へパスを出す。
走りこんでいた雅がボールを受けるとそのままステップを切って左手でレイアップを放った。ボードを使わずリングを直接狙ったシュートは軽く音を立ててネットを揺らした。
開始5秒でベリーズ高校が先制した。
236 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/19(木) 23:57
相手チームは立ち上がりに不意をつかれていきなりの失点となった。
ベリーズ高校のディフェンスはハーフコートマンツー。
センターライン付近で待ちかまえ、マークマンを捕まえていく。
試合開始直後にも関わらず強くプレッシャーをかけていく。
マークがきつく、ショットクロックが少なくなっていき、相手選手は焦って強引にシュートを打つ。
ショートして手前のリングに当たり、シュートは落ちる。
茉麻がボックスアウトして相手を押さえ、リバウンドをとる。
ボールをもらいに来た桃子へすぐにさばく。桃子は前へドリブルを2回ついてディフェンスをかわすと前を走る雅へボールを出す。
右のウイングで受けた雅がシュートを構えると、セーフティで戻っていたディフェンスが慌てて出てくる。
それはフェイクで雅はバウンズパスを出す。
トップの位置からディフェンスを振り切った梨沙子がボールを受け右手でレイアップを打つ。
ボードを使い、シュートが決まる。
あっという間の先制攻撃二発。
どちらもディフェンスが戻りきる前に攻めていった。
立ち上がりから全力でいく。
シードチームにありがちな様子を見るようなことはしなかった。
格下の相手の調子に合わせているようでは最後まで勝てるようなチームにはならない。
新人戦で優勝したことにより、自分たちの実力を過信してしまうことを、保田は一番気にしていた。
メンバーには試合の入り方のことだけをポイントとして言っていたが、見事にそれに答えた。
相手選手は混乱した状態に陥っているのがわかる。
1年生二人をスタートから使うのは大胆な采配とも言えるが、保田も悩みに悩んで、スタートはこのメンバーでいくのがベストだと考えた。
二人は臆することなく積極的にゲームを楽しんでいるように見える。
友理奈がハイポストでボールをもらいゴールの方を向く。ディフェンスがわずかに反応したのを見てすぐドライブをする。
遅れて追いかけるディフェンスを置き去りにし、ランニングショットをねじ込んだ。
237 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/19(木) 23:58
試合はシードチームにありがちな初戦の立ち上がりの悪さはなかった。
立ち上がりを叩かれた相手チームは試合終了までペースを一度もつかむことはなかった。
大差がついたので途中から控えメンバーに交代するという余裕の試合展開だった。注目されていた友理奈と梨沙子も普段通りのプレーをし、高校の公式戦デビューを無事に終えた。
「それにしても圧勝だったね」
梨沙子がスコアを見ながら言った。
「言えてる。お父さんも…」
「え?何の話?」
茉麻と一緒にスコアを見ながら話していると千奈美がものすごい勢いで入ってきた。
アイスの量がどうのこうのと言ってきたので、二人で「違う」と否定しておいた。
確かに楽な試合だったが、千奈美は試合後とは思えないくらい元気だった。
その後は簡単にミーティングをして、一旦解散となった。
特に誰が言うわけでもなく、レギュラーメンバーの7人は学校に戻って自主練習をしていた。
それ以外の控えメンバーは会場に残ってテーブルオフィシャルをやっていてくれている。暗黙の了解でレギュラーメンバーたちは次戦に備えていた。
茉麻はフリースローを打っていた。いつものように友理奈も一緒だ。
今日の試合では茉麻はフリースローが4本中2本成功、友理奈は2本中1本成功と、二人とも半分しか入らなかった。
フリースローを打つ機会もあまりなかったのだが、それでもインサイド陣はフリースローが多くなることを予想されるので確実に決めておきたい。
確率を上げるためには練習しかない。
休憩しながらだが、開始から2時間近く経ったあたりに、反対側のリングでスリーポイントシュートを打っていた千奈美と雅と梨沙子の三人が上がるよと声をかけてきた。
どうやら控えメンバーたちが帰ってきたようだ。茉麻と友理奈も上がることにした。
おそらく彼女たちはこれから自主練を始める。
いつまでもコートを占領していてはいけない。労いの言葉をかけてから体育館を後にした。
部室に続く廊下の途中に、トレーニングルームがある。笑い声がしているので覗いてみる。
238 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/19(木) 23:58
「ほらもっとしっかり伸ばして!」
「まだキープしないと」
「あと10秒だよー」
マットの上でスタビリティトレーニングをしている佐紀と桃子がいた。
動けないのをいいことに先に出て行った三人が茶々を入れていた。
バランスをとっている桃子の腕や脚をわざと突っついたりしたせいで、桃子はものすごい形相になっていた。
タイマーが終了を告げる音を鳴らすと、三人はすぐに逃げ出した。
「こらー待てー!」
終了直後は一瞬マットに崩れ落ちた桃子だったが、すぐに起き上って追いかけた。
「もも遊ぶんだったら片付けてからにしてよー」
やれやれとした顔で佐紀も立ち上がった。
「手伝うよ佐紀ちゃん」
「わーありがとう。助かる」
周りに置いてあったバランスボールやチューブを茉麻と友理奈が一緒に片付ける。
「ずっとトレーニングしてたの?」
全てをしまい終わり、他に使っている部活もなかったので電気を消す。
「うん。やっぱり試合期でも続けていかないとねー」
佐紀は笑いながらそう言ったが、もっと高いレベルを意識していることはすぐにわかった。
まだまだ始まったばかりである。
もっと気を引き締めなければいけないと思いながら、笑い声の絶えない部室へと向かった。
239 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/19(木) 23:58
240 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/20(金) 00:01
○用語解説

・ウイング
スリーポイントライン付近の左右45度のあたり。(リングとリングを繋いで、スリーポイントラインと交わる90度のあたりをトップといい、コーナーは左右0度のあたり)

・ショットクロック
ボールを保持しているチームは24秒以内にボールをリングに当てなければならない「24秒ルール」があり、その残り時間を示している時計。0になるとブザーがなるが、時間内にシュートを放ち、ボールが空中にある間にブザーがなってシュートが成功した場合は得点として認められ、リングに当たった場合はそのまま試合続行となる。

・ポジション
梨沙子が「4番やるのとか中学以来だった」や、初戦のスターティングメンバーは1番から順に〜というのが本文に出てきますが、これはポジションの番号です。
ポジションは大まかに言うと、G(ガード)、F(フォワード)、C(センター)に分かれます。GはPG(ポイントガード)とSG(セカンドガード)、FはSF(スモールフォワード)とPF(パワーフォワード)と分類します。
ポジションを番号で呼ぶこともあり、
1番…PG
2番…SG
3番…SF
4番…PF
5番…C
となっております。
数字が小さいほどオフェンス時にゴールから離れた場所にいる時間が長く、体のサイズも小さめの選手が多いです。
チームや選手によって、呼び方が異なることもありますので、大体で考えてもらえればと思います。

他にもわからない単語がありましたら気軽にきいてください。

また、ブログの方で新しい話を始めたので、よろしかったらそちらもご覧になってください。
241 名前:名無飼育さん 投稿日:2013/09/20(金) 00:01
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/03/02(日) 23:20
平日が間に入る連休だったため、試合日程は2日間空いた。
5月の連休初日、大会3日目。ベスト4をかけた戦いが始まった。
会場も市の大きな体育館にうつった。
ベリーズ高校は第一試合に登場する。
他会場だったために試合を生で見ることができなかったライバル校も朝一番から会場入りをして注目している。
「今日は点取りにいくよ。どんどんシュート狙ってって」
試合開始直前に保田が出した指示は今まであまりなかったものだった。
それぞれの解釈をして頷く。
全員で気合い入れしてからスターティングメンバーはコートへ出て行く。前回と一緒の5人。
ジャンプボールで友理奈は後ろにいる桃子にタップする。
相手は引いてポジションをとっていたので速攻をするのは難しかった。味方が全員フロントコートに入ったのを確認してからドリブルで入っていく。
相手のディフェンスはマンツーマンのようだ。
桃子はハイポストに入った友理奈に向かってパスフェイクを入れてから右のウイングにいる梨沙子にパスを送る。
梨沙子はアウェイミートをして一瞬で自分のマークマンを抜き去りベースライン側にドライブをし、ヘルプが来る前にシュートを決めて先制した。
ディフェンス。
ハーフコートマンツーで守る。
4番をつけた相手フォワードがウイングでボールを持つと先程梨沙子がやったのと全く同じようにドライブをしかけてきた。
梨沙子は反応が半歩遅れて追いかけていく。
しかし友理奈がヘルプに来たためそのままシュートに持ち込むことはできなかった。
4番は二人に囲まれてから、友理奈がマークしていた味方にパスを渡そうとするが、予測して寄っていた茉麻にカットされる。
茉麻は素早く開いた雅にさばいた。
雅はそのままドリブルで加速していき、自分のマークマンを振り切った。
桃子が逆側の右サイドを走っていて、2対1のアウトナンバーになっている。
ディフェンスはぎりぎりまでこちらの様子を見るつもりのようだ。
ならばと、ステップを切ってシュートへもっていこうとする。
するとディフェンスがコースに入ってきたので桃子の方へ手渡すようにボールを軽く浮かせて横へパスをする。
飛び込んできた桃子がワンステップでランニングショットを決める。
再びディフェンス。
また4番がウイングでボールを持つ。
今度は味方にスクリーンをかけさせて攻めてきた。
梨沙子はかかってしまったので茉麻とスイッチする。
相手センターについたためミスマッチができ、うまく合わせをされてシュートを決められる。
243 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/03/02(日) 23:21
友理奈がすぐにスローインをして桃子はフロントコートまでボールを運ぶ。
雅がコーナーでボールを受け、ハイポストからローポストに下りてきた茉麻にパスを出す。
ゴールを背負ってボールをもらった茉麻は肩でフェイクを入れてから素早くターンをし、ワンドリブルをしてゴール下へ入ってシュートを決めた。
相手チームはまたまた4番がボールを持つ。
最初にシュートを決められたのが気に障ったのか、それとも元々4番が中心のチームなのか、とにかくボールを持ちたがった。
ディフェンスは気を抜くことが多い梨沙子だがさすがにこれだけあからさまに攻めてくる相手に対しては集中力を高めていく。
また、メンバーもすぐにヘルプにいけるようにポジションをとった。
「ワンマンチームだね」
ベンチにいる千奈美は自慢の脚を投げ出していた。
「ねー。あそこまであからさまだとすがすがしいわ」
佐紀は呆れたように淡々と言った。
4番がボールをもらおうと動き出した。
「もっとディフェンスしめろー。またやってくるぞ!りさこしっかり守れーい!」
千奈美がそう叫んだので梨沙子は気を取られてマークを空けてしまったが、パスコースを読んだ桃子がスティールして速攻になり雅がシュートを決めた。
梨沙子は千奈美を睨むように見て唇を尖らせている。
「梨沙子ー集中しないと交代だよ」
千奈美が挑発するように言って、保田に頭を軽くはたかれた。
「きっと今のうちの声援で梨沙子も燃えたからやってくれるよ」
「声援だったのかよ」
佐紀は苦笑いしながら突っ込む。
「もっと膝曲げろー梨沙子ならできる!」
千奈美の言葉に梨沙子は素直に従った。
相手チームはまた4番にパスを入れようとしている。
「ディナイ!ディナイ!」
マークを厳しくしてボールをもらいにくくする。
4番はなんとかボールをもらったが、いい体勢とは言えない。
「今度はドライブ来るぞー」
右へフェイントをかけてから左にドライブをしたが、梨沙子はそれに反応する。
「いいよー守れてるよー」
ショットクロックも残り少なくなり、強引にシュートを放つが、リングに弾かれる。
それを友理奈がしっかりとリバウンドをとり、雅へ渡す。
雅はスピードを上げ、左サイドをかけていく。
逆サイドを桃子が走っている。
一人下がって待ちかまえているディフェンスを、雅の方へ引きつけてから桃子へパスをする。
ようにフェイクし、ディフェンスが桃子の方へ寄ったのを見て真ん中を走ってきた梨沙子へパスを出す。
梨沙子はそのままステップを切ってレイアップをねじ込む。
「梨沙子ナイッシュー!」
千奈美は立ち上がり手を叩いて喜ぶ。
半分は千奈美がディフェンスしたようなもんだな、と佐紀は笑う。
244 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/03/02(日) 23:21
4番は千奈美の「声援」を意識していた。
ゲーム中でもよく通る千奈美の武器の一つだ。
「さて、梨沙子は4番を抑えきれるかな」
保田が佐紀と千奈美に問いかける。
「余裕でしょー。梨沙子はもうやられないと思いますよ」
千奈美が自信をもって答えた。しかし。
「集中力が続けば、の話だけど」とすぐに続けるのだから保田と佐紀は笑うしかなかった。
4番はスクリーンをつかってからボールをもらった。
梨沙子は少し遅れてつくがすぐに間合いを詰める。
またしてもフェイントをかけてくるが、それには引っかからずに対応してみせた。
もう4番のリズムには慣れた。
リズムを掴んでしまえば、1対1ではほとんどの相手を守れると梨沙子は考えていた。
なぜなら普段の練習でマッチアップしている相手の方が高いレベルにあるからだ。
ドライブの鋭さやシュート力、当たりの強さに視野の広さ。
対応できる。
確信した瞬間、4番は梨沙子の相手ではなくなってしまった。
梨沙子のディフェンスがプレッシャーを増す。
ドライブをしようとしてもリングに近づけない。
ブザーが鳴る。
24秒オーバータイム。
「オッケー!」
千奈美は立ち上がって親指を上げた。
それを見て梨沙子も親指を上げた。
攻守が切り替わったところで千奈美は座って、佐紀とタッチを交わした。
チームの「起点」が機能しなくなり、相手はもう戦意を失っているように見えた。
「さて、そろそろ準備しなさい」
保田がベンチのメンバーに声をかける。
その言葉に千奈美がすぐに立ち上がるが保田は制した。
「あんたたちは後半まで出さないから、座ってなさい」
千奈美は唇を尖らせてドカッと座ると脚を伸ばした。
佐紀はそんな千奈美の肩を軽く叩いたのだった。
結局試合はベリーズが主導権を渡すことなく、100点ゲームで終了した。
「キャプテン、帰ってシューティングしよー」
試合が終わってコートを後にした瞬間、不完全燃焼を隠さない千奈美が佐紀に声をかけた。
「ミーティング終わったらね」
「保田センセー、早く終わりましょう」
大声で発言する千奈美にチームメイトたちは苦笑いするしかなかった。
佐紀と千奈美の出場時間はたったの5分だった。
それも相手の集中力が完全に切れた第4ピリオドのラスト5分。
もちろん二人の実力が足りていないわけではない。
一発勝負のトーナメント。温存できる時は温存する。
それはわかっていても、有り余っている体を持て余すのは仕方ない。
いや、千奈美の場合わかっていないかもしれないが。
いつものように、簡単にミーティングをして解散となった。
千奈美は佐紀を連れ立ってすぐに会場を後にした。
他のメンバーも、誰が言うことなく学校へ戻り、自主練習をするのだった。
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2014/03/02(日) 23:23
用語解説

・アウェイミート
パスが来た方向から離れるようなボールの受け方。ミートというのはボールの受け方の種類のこと。
ボールミート(ボールを迎えにいく受け方)など様々な種類があります。ミートによって次の展開を有利に進めやすくなります。

・ヘルプ
マンツーマンディフェンス(人が人をマークする守り方)をしていて自分のマークマンがボールをもっていない選手が、ボールマンについている味方が抜かれるなどした場合にボールマンを止めにいくこと。
F1ボタンのことではありません。

・アウトナンバー
オフェンスの人数がディフェンスを上回っている状況のこと。

・スクリーン
オフェンスで味方についているディフェンスを「引っかける」ようなプレーです。壁になって邪魔をすることによって味方がボールをもらいやすくなります。
ただし動いたり押したりするとファールをとられます。
246 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/01/15(木) 20:43
準決勝の前に男女の順位決定戦が行われるため、千奈美はそれをぼんやりと眺めていた。
「ちい」
声をかけられたのでそちらを振り返る。
見知った顔があった。

「まいみー」
「おはよ」
自然と笑顔になり、声も高くなった。

「元気してた?」
「うん。ちいは?」
「いい感じ」

そういえばさ、と会話を続けようとしたが、申し訳なさそうに手を合わせられた。
「ごめん。もう行かないといけないんだ。試合頑張って」
「あ、うん。こっちも集合あるし。またあとでね」
突風のように去っていった。

話し足りないのはお互い様だが遊びに来ているのではない。試合がある。
「千奈美、そろそろ行くよ」
桃子が呼びに来た。
「はいはーい」

「宣戦布告でもされた?」
桃子が少しからかうように聞いてくる。
「せんせん、なに?」
「…なんでもない」
桃子は諦めたような笑みを浮かべたのであった。
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/01/15(木) 20:45
集合場所へ行くとテーピングを巻いたりストレッチしたりと、それぞれ準備を始めていた。
その向こう側の集団の中に、先ほどまで話していた相手の姿が見えた。
アップ会場が一緒なので当然なのだが。

千奈美に気が付くと、相手は小さく手を振ってきたので振り返す。
「デレデレしちゃってー」
それを見た梨沙子がにやにやと笑っていた。
「決勝で当たるんだからさ、気持ち引き締めてくださいねー」
隣でシューズの紐を締めながら、雅が悪戯っぽく言った。

「え、そうなの?」
千奈美はうんうんと頷いていたが、雅の言葉の意味を改めて考えて目を開く。
「知らなかったんかい」
思わず桃子が突っ込みを入れた。
やれやれ、と雅と梨沙子が呆れる。

「さすがちいだね」
「だね」
茉麻は手を叩いて笑っている。
佐紀は口元に微笑みを浮かべながらストレッチを入念におこなっていた。

「なんかやる気が出てきたー!」
意気込む千奈美をよそにメンバーは各々準備をしていく。
「早く紐結んで。アップ始めるよ」
佐紀に急かされ千奈美は慌てて紐を締めた。
そんな姿を見て、友理奈が笑う。

「ちい、舞美と決勝で当たるの気づかなかったんだ」
「え、今?」
目を点にするメンバーと対照的に、ちいは相変わらずだなあと微笑む友理奈であった。
248 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/01/15(木) 20:47
試合開始1分半前のブザーが鳴り、ベンチ前に集合する。
「今日もガンガンいくよ!」
いつものように保田が一言声をかけ、その後はメンバーだけで気合い入れをする。

「全員で声かけあって、気持ちでは負けないように、集中していきましょう」
キャプテンの言葉に頷くメンバー。
それぞれの気持ちを込めて声を出した。

スターティングメンバーがコートへ出ていく。
隣のコートも同時に試合を始まるようである。
嫌でも意識する。
しかし今その気持ちを向けるべきは目の前の相手である。

「お願いします!」
試合開始の笛が鳴った瞬間、隣のコートのことは完全に消える。
勝負の時間が始まった。



クラッチタイム END

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