リアライズ
1 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/10(水) 11:09

夢板の『やさしい悪魔』スレ内で書いておりました
「リアライズ」の続きです。

CPはいしよし。

またもやお話の途中で移動となりましたことを
お詫び致します。

2 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:15

『もうほんとに怒ってないから』

昨夜、そう言ってくれた通り、朝を迎えると
吉澤さんは何もなかったかのように振る舞ってくれた。

柴ちゃん大絶賛の朝ご飯も、
仲良く3人で食べて――

けれど、名残惜しげに帰っていく柴ちゃんを
2人で見送ると途端に静寂が訪れた。


「――アタシ、今日出かけてきます…」

気まずさを破るように
彼女が続ける。

「大学の友達が、日本にいて
 まだ会えてないんで、今日会ってきます」

だから…

「夜遅くなるんで
 先に寝てて下さい」

3 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:16

「わかった」としか言えなかった。

けど、このままだとわたし達
どうなってしまうんだろう――

今までみたいに
楽しくは暮らせないのかな…?

もうわたしには
甘えてくれないのかな・・・?


仕度を終えた彼女が「いってきます」って
まるで独り言のように呟いて。
そのまま、リビングを出て行こうとして振り向いた。

「――目、冷やした方がいいですよ?」

視線を外したまま、そう言って
お家を出て行った・・・

4 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:17

止まっていた涙が再び溢れ出す…

自分だって、思い切り腫れてるくせに――


『――石川さんは・・・、何も分かってない』

『・・・何も、分かってないよ――』


あなたが涙を流したのは
わたしが約束を破ったから?

あなたが深く傷ついたのは
キスを拒んだからなの?

――ねぇ、わたしは何を分かってないの?


教えて、吉澤さん…


――ひとりは・・・、寂しいよ…

5 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:17

今までずっと一人だったのに。
一人でずっと過ごして来たのに。

一人の時間がこんなに寂しいなんて――

吉澤さんのいないお家が
こんなにも寂しいなんて――


いつものように、あなたに触れたいよ。
いつものように、あなたの温もりが欲しいよ。

ねぇ、吉澤さん…
帰ってきてよ…


昨夜と同じように、リビングで一人膝を抱えて
止まらない涙を持て余して――

もう約束破ったりしないから。
もうあなたを傷つけたりしないから。

だからお願い。

わたしのそばにいて欲しい――

6 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:18




――どれくらいそうしていただろう?

何もする気力が起きなくて
ただジッと彼女の帰りを待つ…

彼女も昨日、こんな風に
わたしを待っていたのだろうか…?

一人ぼっちの淋しさを
こんな風に持て余して――


 <ガチャリ>

玄関のカギが開く音で
ハッと顔を上げた。

7 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:18

『ただいま〜』

いつになく陽気な吉澤さんの声に
心が浮き立つ。

もしかしたら、このまま
何もなかったように、元に戻れるんじゃ――

『ちょっと、よっすぃ〜
 靴脱いでよ!』

・・・え?
誰――

立ち上がりかけた体が固まった。


「ようこそ〜、我が家へ〜」

吉澤さんが、誰かにもたれかかったまま
リビングに現れた。

8 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:19

「亜弥〜。アタシの部屋は〜
 あそこだぁ〜」

「もうっ、よっすぃ〜重いっ!」

すみません、ほんとに。
吉澤さんを担いだまま、彼女がわたしに謝る。

「何があったんだか、お酒がぶ飲みしちゃって・・・
 あ、あたし。松浦亜弥っていいます。
 よっすぃ〜とは、アメリカの大学で知り合って――」

「んなこと、いいから。
 早く部屋行こうよ〜
 今日は寝かせないぞ〜、なんちって」

「バッカじゃないのっ!」

「なんだよ〜つれないなぁ〜。おっ、そうだ。
 ようこそいらっしゃいましたのチューしようぜ」

吉澤さんの唇が、彼女のそれに重なった。

9 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:19

――ヤダ、見たくない・・・

思わず顔を背けて
ギュッと目を閉じた。

「もう!お酒臭いからヤダ!
 それに挨拶のキスはとっくにしたでしょ!」

――キス、してたんだ・・・

「まったく・・・、同居人さんがビックリしてるじゃない」

ねぇ?
相槌を求めるように、松浦さんが
わたしの方を見た。

10 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:20

「気にしなくていいよ。石川さんのことは・・・」

え?

「別にアタシが誰を連れ込もうが
 自分の部屋でキスしようが、エッチしようが
 石川さんには関係ない」

――吉澤、さん・・・

「それに先に破ったのは、そっちなんだから
 文句だって言えるはずないだろうし」

そんな・・・

「・・・アタシには亜弥がいるから。
 だから、もう・・・」

吉澤さんと目が合った。


「――毎日のドライヤーも
 おやすみのキスもいらない・・・」

11 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:20

涙が溢れ出して
自分の部屋に走った。

ベッドに突っ伏して、声を殺して泣く。

ただただ、胸が苦しくて。
どうしようもなく、悲しくて・・・


――ねぇ、吉澤さん。

もうわたしは、必要ないの・・・?


ベッドの中に潜り込んで、耳を塞いだ。
隣の声が聞こえないように。

2人の声が聞こえないように――


12 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:20



**********



13 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:21


「よっすぃ〜、いいの?
 彼女泣いてたよ?」

「・・・いいんだ」

胸がギュッと痛む。
だけどいいんだ。これで――

「きっと勘違いしてるよ?
 私達の関係」

「勘違い?じゃあ、ほんとにそういう関係になる?」

ソファーに腰掛けたアタシの前に、亜弥が跪く――

14 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:21

「似合わないよ、よっすぃ〜には。
 そういう役は」

「…分かってる」


けど――

もう心が折れちゃったんだ…


だってアタシは…


――アタシに負けたんだから…


15 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:21

「ねぇ亜弥?」
「何?」

隣に座った亜弥が
アタシの手を握ってくれる。

「…例えば、だよ?」
「例えば?」
「うん」

例えば、さ――

16 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:22

亜弥がずっと昔に、
ほんの数分で恋に落ちたとして…

そしてその人のことを何年間も
思い続けるの。

その人としたキスを忘れないために、
その人とまた出会ったときのために、
何年も他の誰ともキスさえせずにさ。

その人を思い続けてたとしてね…?

たった数分の出会いだったから
亜弥はその相手のことを、めちゃめちゃ美化しちゃうんだ。

優しくて
男らしくてって――

けどさ…

その相手が本当は、全然違ったらどうする?
ほんとはどうしようもなく甘えん坊で、女々しくてさ。

亜弥が思い描く人とは、全くかけ離れてて
本当の姿を知ったら、絶対にガッカリしちゃうんだ…

17 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:23

「ねぇ亜弥?
 亜弥は、そんな風に想い続けた人の
 情けない本当の姿、知りたいって思う?」

「急にそんなこと聞かれたって――」

戸惑い気味の亜弥。

「ごめん。だけど教えて欲しい」

「・・・それだけ好きなら、簡単にはガッカリしないよ…」

目線を合わせないまま答えた亜弥。

「本当に?ホントにそう思う?
 それが本当は――」

ギュッと目を閉じた。

「恋愛対象にはなりえない相手だったとしても?」

自分で発した言葉なのに
ひどく胸が痛んだ。

18 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:23

「8年がさ、バカバカしく思えてきちゃうと思わない?
 自分が想い続けた時間を返して欲しくならない?
 会わなきゃよかった。知らない方がよかったって思わない?」

それに・・・
その人を想っていたことさえ――

「――後悔しない…?」


「けど…」

「相手の気持ちとか考えないでよ。
 自分が…、自分のことだけ考えて答えて欲しいんだ」

ねぇ亜弥。

「そんな風に後悔しても
 亜弥は本当のことを知りたい?」

亜弥の目を真っすぐに見た。
正直な気持ちを聞かせて欲しいんだ――

19 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:24

「・・・絶対に後悔するの?」

黙って頷いた。

「・・・絶対好きにはならないの?」
「恋愛対象にはなりえないからね」

「だったら…」
「だったら?」

「――あたし、なら…」
「亜弥なら?」


「――知りたく、ない…」


「答えてくれて、ありがとう…」


俯いてしまった亜弥の肩を抱いた。
これで決心がついたよ。

「――ありがとう。亜弥」

20 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:24


その後部屋に行って、アタシのベッドで
寝仕度を整えても、亜弥はアタシに問い続けた。

「けど!だけど!
 よっすぃ〜の気持ちは?ほんとにそれでいいの?
 さっきの彼女なんでしょ?よっすぃ〜がずっと想ってる人って」

何度言っても曖昧な返事しかしないアタシに
亜弥はたまりかねたように言った。

「何のために、おじいさんに許しをもらって、日本に来たの?
 何の意味もなくなっちゃうじゃないっ!」

「そうかもしれないね…」

けどさ――

「綺麗な思い出のままが
 一番いいと思わない?」

好きになってくれたこと自体
後悔されるのは嫌だよ。

だったらいっそ
何も知らないままで…

21 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:25

「よっすぃ〜はほんとに
 それでいいの?」

デスクに向かったままの体を、クルリと回転させて
ちゃんと亜弥の目を見て頷いた。

「彼女の落胆する顔は見たくないんだ・・・」


「――わかった…。
 だったらもう一つ言わせて…」

「何?」

デスクの前から移動して
ベッドの上で言いづらそうに口ごもる
亜弥の隣に腰かけた。

22 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:25

「…本当のことを知らせてくれないなら
 想いを絶たせて欲しい――」

だって、ずっと想い続けちゃうじゃない。
その人がどこかに存在していると思う限り・・・

「――きっと、ずっと想いは消えない…」

そっか…
そうだね。

俯いた亜弥の頭を撫でた。


「ちゃんと、するよ。
 彼女が新しい恋に進めるようにさ・・・」

23 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:26

「よっすぃ…」
「何で亜弥が泣くんだよ」
「だって…」

「亜弥、今日は一緒にいてくれてありがとう。
 ゆっくりおやすみ?」

そう言って亜弥に
おやすみのキスをした。
立ち上がろうとして、袖を掴まれる。

「今日は、一人で寝ちゃダメだよ?
 ちゃんと隣で寝て」

真剣な目で訴えかけられる。

「…わかったよ」

「ほんとに?
 絶対、今日はダメだよ?」

「了解。あれをもう少し直してからね?」

24 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:26

昨日の夜、壊してしまった船の模型。

アタシ達を物語るように
船の先端が壊れて――

自分で落として壊したくせに
慌てて、くっつけたりなんかして…

――くっつけた所で、アタシ達がうまくいく訳じゃないのにね。


応急処置した模型を
彼女は感慨深げに眺めてた。

あの時
言ってしまえばよかったかな?

あの日の『Jack』は自分なんだよって――

25 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:27

あの日のようなキスを
今ここで、彼女にすれば
思い出してくれるかもしんない…

そんな風にも思った。


けれど――

アタシはあの日の自分に負けた。
彼女はあの日のアタシが好きなんだ。

本当の姿の。

――吉澤ひとみは、恋愛対象じゃない・・・

26 名前:第5章 3 投稿日:2010/11/10(水) 11:27


だから、もうね?


あなたを…



――石川さんを、あの日から解放してあげる…



27 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/10(水) 11:27


28 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/10(水) 11:27


29 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/10(水) 11:29

本日は以上です。
30 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/10(水) 11:34
リアルタイムで見てしまった!!!

はぁ〜

はぁ〜〜

はぁ〜〜〜

31 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/10(水) 12:24
うわあああああ
すごいや
続きがすごく気になります
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/13(土) 00:30
甘い展開を待ってます!
33 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/17(水) 14:05

>名無飼育さん様
 大きなため息が聞こえるようです。
 なので、少し反省・・・・・・しません(笑)

>名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 本日も楽しんで頂ければ。

>名無飼育さん様
 どうでしょうか・・・
 最初が甘すぎたのでねぇ・・・


では、本日の更新にまいります。

34 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/17(水) 14:05


35 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:06


激しい騒音が、さっきからずっと鳴りやまない・・・

――もうっ、何なのよ。一体・・・

グッと身を起こすと
頭から何かがゴトリと落ちて、静寂が身を包む――


・・・そっか。ヘッドホン。

お布団に潜り込んで、両手で耳を塞ぐだけでは、
2人の楽しそうな声が聞こえてきそうで・・・

ましてや、2人が愛し合う声なんて聞きたくない。

吉澤さんのそんな声・・・
他の誰かと愛し合う声なんて、絶対に聞きたくないもの・・・

だから、大きな音で
激しい曲をかけて寝たんだ。

36 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:06


ごめんなさい、中澤さん・・・

わたし、お目付け役失格です。
それ以前に、吉澤さんとの約束も破って――

もう、わたしは
ここにいる資格はない――

ちゃんと吉澤さんにお話して
中澤さんにもお話して、ここを出て行こう。

37 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:07

ヘッドホンから漏れる音楽を止めると
お家の中は、シンと静まり返っていた。

熟睡、してるのかな・・・?

そっと壁に手をあてた。
この壁の向こうで、吉澤さんは――

・・・ヤダ。考えたくない。

胸の痛みを堪えて
ベッドから出る。

――今朝は出かけよう。

そして、夜帰ってきたら
吉澤さんに話をしよう。

きっと簡単に了解してくれるだろうな・・・

  『・・・アタシには亜弥がいるから。
   だから、もう・・・』
  『――毎日のドライヤーも
   おやすみのキスもいらない・・・』

38 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:07

思わず涙がこぼれて
慌てて拭った。


2人が起きる前に、早くお出かけしよう。

今みたいに、思わず涙がこぼれたら
おかしいもの。

それに――

――2人でいる姿は、見たくない・・・


手早く身支度を整えて、部屋を出た。
洗面所へ向かおうとリビングを横切る。

まだ始発も出ていない時刻だけれど構わない。
駅までゆっくり歩いて行こう・・・

39 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:08


ソファーの所まで来て、ふと足を止めた。

(ハァハァハァ・・・)

微かに早い息遣いが聞こえる・・・

後ろから回り込んで、前側に行くと
ソファーの背に顔を向けて、体を丸めて眠る吉澤さんの姿・・・

「・・・吉澤、さん?」

肩が上下に動いている。
けれど、その呼吸が荒い。

「ね、吉澤さん?」

毛布の上から触った体が
異常に熱い。

まさか・・・

40 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:08

「吉澤さん!」

肩をつかんで、振り向かせた。

真っ赤な顔・・・
荒い呼吸・・・

慌てて額に手をのせる。

すごい熱――

「ね、吉澤さん!
 しっかりして?」

呼びかけても、顔を歪めただけで
荒い呼吸を繰り返している…

どうして一人でこんなとこで…
それに、何で昨日のお洋服のままなの?

41 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:09

「…だい…、じょぶ…」

うめくような声で答えて、起き上がろうとして体がグラつく。
慌てて彼女の体を抱えた。

熱い。すごく熱い…

「ヤベ…、クラクラ、する…」

「ちゃんとお布団で寝なきゃダメじゃない。
 ベッドに行こう?」

小さく首を振った彼女。

「…亜弥が、寝てる、から…」

そう言ってまた、ソファーに沈む。

42 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:09

こんなに具合悪いのに――

フツフツと怒りが沸き上がってくる。
何なの、あの子!

恋人が具合悪いことにも気付かずに、
しかもベッドを占領してるなんて――


「ちょっと待ってて?」

吉澤さんの髪を優しく撫でてから
吉澤さんの部屋の前に行く。

<ドンドン!>

扉をノックする手にも
自然と力が入る。

『…よっすぃ?』

なーにが、何が『よっすぃ?』よ!
甘えた声出すんじゃないわよっ!

無言のまま、もう一度強くノックすると
扉が開いた。

43 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:10

「何よもう、自分で入って来なよ」

そう言った彼女の姿を見て
思わず目を背けた。

上半身は裸のまま、下だけ下着をつけて
吉澤さんのパジャマを羽織りながら、部屋から出て来た彼女――

――やっぱり、昨日…

ズンと重くのしかかるような胸の痛み・・・

「よっすぃ〜は?」

間の抜けた声に
一気に頭に血が上った。

「あなた恋人なんでしょ!
 なんで気付かないの?!
 昨日一緒に寝たんでしょ!
 なんで彼女の体調に気付かないのよっ!」

叫びに近い怒鳴り声に目を丸くして
次の瞬間、真剣な目つきに変わると
彼女は一目散にソファーに向かった。

44 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:10

「バカッ!
 あれだけ言ったのに!」

吉澤さんを叱り付けて、額に手をのせ、腕を取ると脈を測る。
喉の辺りに両手で触れて、もう一度「バカ」って怒った。


「石川さんですよね?」
「えっ?は、はい…」

キリリとした眼差しにすっかり形勢逆転。

「ベッドに運ぶから手伝って」
「あ、はい…」

慌てて駆け寄る。

45 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:11

「…ひとりで、いける、よ…」

荒い息を吐きながら
吉澤さんが訴えたけど

「いい加減、強がるな!」

松浦さんに一喝されて
素直に体を預けた。

「石川さん、そっち側支えて」
「はい」

両脇を二人で抱えて
吉澤さんをベッドに運ぶ。

「着替えさせるから手伝って」
「ええっ?!」

早くも吉澤さんのブラウスに
手をかけてボタンを外してる。

46 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:11

「パジャマ出して」
「あ、はい!」

どこか分からないから、タンスを順番に開けて
パジャマを一組取り出すと、ベッドのそばに行く。

「よっすぃ〜、ちょっと起きれる?」

はだけたブラウスから、薄く色づいた真っ白な肌が覗いている。
苦しそうに寄せられた眉が、どれだけ辛いのかを物語っていて――

「ブラジャー外すよ?」

何のためらいもなく、松浦さんが手をかけたところで
吉澤さんがその手を掴んだ。

「…自分、で、着替え、る…」

松浦さんがチラリとわたしを見た。

47 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:12

そっか…
わたしがいるから――

2人はそういう仲だもんね…
2人きりなら、ためらいはなくても
わたしがいるから――

「あ、わたし。
 体温計とって来ます…」

慌てて部屋を出ようとしたわたしの背中に
「氷まくらも準備してくれる?」
そう声がかかって、振り向かないで頷くと
吉澤さんの部屋を出た…

48 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:13


薬箱から体温計を取り出し
タオルをとってきて、冷凍庫からアイスノンを取り出す――

わかってはいたけど
2人はやっぱり…

でも吉澤さん
何度もわたしにキスしようって――

挨拶のキスを求められている訳じゃないことは
これでもわかっていたつもり。
2人でベランダでお話しした時と一昨日と――

だからこそ、怖かった。
冗談では、挨拶では、
すまされないってわかっていたから――

49 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:13

ほんとは軽い人なのかなぁ?
中澤さんが、連れ込むことをあんなに心配してたし…

キスが好きなだけ?
それはありえるんだよなぁ・・・

触れるだけの挨拶のキスは
色んな人としてるし・・・

でもあの時は確かに――

触れるだけの、軽いキスなんかじゃ
済まされない雰囲気だった・・・

あのまま唇を重ねたらきっと・・・

そう考えたら、キスを拒んで正解だったのかも。
だって二股かけられちゃうってことでしょ?

意外と二股だけじゃないかもしれないし・・・

でもそうは見えないんだよなぁ。
そんなに器用な人じゃないと思うんだよねぇ・・・


50 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:14

「その通り」

え?

「あいつ不器用なのよ。
 その上、バカがつくほど一途だし」

わたし口に出してた?

振り向いた先には、松浦さんが
キチンとお洋服を着て立っていて・・・

「自分で着替えるって突っぱねられちゃった。
 しかもお前も早く服着ろって、病人のくせに
 医者に向かって怒るの」

医者・・・?

「あたし、これでもお医者さんなの。優秀な。
 まだ新米だけどねぇ」

どうりで手際がいい訳だ・・・

51 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:14

「よっすぃ〜とはね。大学時代、寮が一緒だったの。
 ほら、あっちは日本人少ないし、すぐ仲良くなってね。
 よくお互いの部屋も行き来してた」

固まっているわたしから
アイスノンを取り上げて、タオルに包む。

「学んでることは違うけど
 話しも合うし、ほんとしょっちゅう
 どっちかの部屋に入り浸ってたなぁ・・・」

あ、熱が高いから
脇も冷やした方がいいね。
小さい保冷剤とかない?

そんな風に言いながら
冷凍庫を探って、目的のものを見つけたようで
わたしに「タオルくれる?」と言った。

何枚かタオルを持参して、手渡すと
「石川さんて、ナース服似合いそうだね?」
なんて言われて、ちょっぴり恥ずかしくなる。

52 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:15

「あたしさぁ、よっすぃ〜との付き合い長いんだ」
「・・・付き合い、ですか・・・」

「ぷはっ。変な意味の付き合いじゃなくて
 友達としての付き合い。
 これでも親友なの」

「親友?恋人じゃなくて?」

「どこをどう見たら、恋人に見えるの?」

え、だって・・・

「ああ!裸だったから?」

楽しそうに笑って、松浦さんは続けた。

「あたし、寝るときは裸にならないと寝れないの。
 おかげでよっすぃ〜たら、こんだけ長い付き合いなのに
 一度も一緒に寝てくれない」

「え?」

「亜弥が裸で寝るからヤなんだ!
 とか言うんだけどね。
 ほんとはあたしだけじゃなくて、誰とも一緒に寝ないの」

松浦さんがわたしを見て微笑んだ。

53 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:15

「好きな人とじゃないと、
 同じベッドには寝たくないんだって」

松浦さんが肩をすくめた。

「潔癖症なんだか一途なのか、
 彼女の思考回路はイマイチ分かんないんだけど」

――ああ、だから・・・

前に寝ぼけてわたしが一緒に寝ようって言ったとき。
それで一緒に寝なかったんだ・・・

「もしかして、もう一緒に寝た?」

小さく首を横に振った。

「その逆です。わたしが寝ぼけて一緒に寝ようって
 言ったみたいなんだけど・・・」

「あはは」

声をあげて笑う松浦さんに
ムッとして思わず睨んだ。

54 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:16

「ごめん、ごめん。違うの。
 よっすぃ〜のバカさ加減に笑ったの」

あいつさぁ。
めちゃめちゃ優しいの。
ほんと『バカ』がつくくらい。
相手が望んでないと、絶対手出さないから。

あたしなんか、強引にキスでもエッチでも
押し倒して何でもしちゃえよ!
なーんて思ったりもするんだけど
よっすぃ〜は絶対しない。

――その人が望んでいない限り、絶対にね。

「石川さん、寝ぼけてたんでしょ?
 きっと頑張ってガマンしたんだろうな。
 ほんとは望んでないのに、今一緒に寝たら石川さん
 後悔するんじゃないかな・・・なんてさ」

55 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:16

  『石川さん、ほんとに何も覚えてないの?』

戸惑ったような、それでいて
悲しそうな色を含む大きな瞳を思い出した。

  『――安心してよ。何もなかったから』
  『・・・でももし、もう一度同じことがあったら』
  『そん時はガマンしないから』


「・・・ただ一度だけ」
「え?」

「昔一度だけ、望んでるかどうかわからないまま
 強引にキスしちゃった人がいるんだって」

すっごく昔の話しだよ?

そう言って、わたしの顔を見た。

56 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:17

「一目ぼれして、ロマンティックな雰囲気もあって
 ガマン出来なかったって。
 同じ気持ちだと思って、キスしたけど
 次の日に、その人いなくなっちゃって
 すっごく後悔したんだって」

よっすぃ〜ね。
その人のこと、今も忘れられないらしいよ?
日本に来たのもそのためだったりして・・・

窺うように、松浦さんがわたしを見た。

・・・そっか。
だから学んだことと全然関係ないのに、
中澤さんを頼ってうちの会社に――


「その方、日本人なんですか?」

松浦さんが呆れたように
ため息をついた。

「わたしで何か、吉澤さんのチカラになれれば・・・」

その人には、もう会えたのかな?
それともまだ探してるのかな?

「あ〜、ほんとよっすぃ〜が可哀想」

57 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:18

「これ以上、あたしが出しゃばるのは
 よっすぃ〜の思いを踏みにじっちゃうからしないけど」

そう言って、松浦さんは
わたしを見据えた。

「遠くばっか見てると
 目の前にある大事なもの、逃しちゃうよ?」

「――どういう、意味・・・?」

「そういう意味」

怒ったようにそう言って
体温計とアイスノンを抱えると、ドスドスと
足音をさせながら、吉澤さんの部屋に向かう。

松浦さんの言葉と態度に戸惑っていると、
不機嫌そうな声がわたしにかけられた。

「早くきて。手伝って」
「あ、はい!」

慌てて、松浦さんの後を追った。

58 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:18


ベッドの中にいる吉澤さんは
本当に苦しそう・・・

真っ赤な顔で、荒い息を繰り返してる。

「よっすぃ〜、ちょっと頭上げるよ?」

松浦さんが、吉澤さんの頭を抱えて
アイスノンを置く。

「熱測るからね?」

手際よく、脇の下に差込みながら
松浦さんが吉澤さんに問いかけた。

「あの人、鈍感だね?」

・・・もしかして、あの人ってわたし?!


「・・・おまえ、まさか・・・」
「大丈夫。核心は何も突いてないから」
「ぜってぇ・・・余計、なこと、言うなよ・・・」
「わかってるって」

あの人呼ばわりされたのに
こっちはさっぱり訳が分からない。

59 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:19

<ピピピピ・・・>

電子音が鳴って、松浦さんが
体温計を取り出す。

「39度か・・・
 やっぱ熱高いね。
 わきの下も冷やすよ?」

小さい保冷剤をわきの下に入れながら
「少しだったら、何か食べれそう?」
って吉澤さんに聞いた。

「・・・いらねぇ、なんも・・・」

「でも、昨日からお酒だけで、何も食べてないでしょ?
 薬飲む前に、ちょっとだけでも胃に入れてあげた方がいいんだけど・・・」

「・・・食べたく、ない」
「おかゆは?」
「・・・いらね」
「じゃスープ」
「・・・いらねって・・・」

ピコンとひらめいた。

60 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:19

「吉澤さん!ゆでたまごは?」

ベッドに駆け寄った。

「たまごなら、栄養あるし。
 吉澤さん大好きだし。
 食べれそうなら、わたしすぐ作ってくるよ?」

「・・・なら、食べる・・・」

「12.5分だよね?
 すぐ準備するから、待っててね?」

微笑んで頷いた吉澤さんに
微笑み返すと、わたしはすぐ様キッチンに向かった。

吉澤さんのお部屋を出るときに、
松浦さんが「よっすぃ〜って、分かりやすいのにね」って
呟いたのが、かすかに聞こえた。

61 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:20



「じゃ、あたし帰るから」

キッチンで、たまごの殻剥きに悪戦苦闘していると
後ろから声がかけられた。

「一応、注射も打っといたから。
 それ食べさせたら、よっすぃ〜に渡してある薬飲ませて。
 ったく・・・。ほんと、念のため注射持ってきといて良かったよ」

「帰っちゃうんですか?」

「これでも医者だから、忙しいの。
 昨日もバカな患者が邪魔しにきたから」

「大変なんですねぇ・・・」

また呆れた目で見られる。

62 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:21

「はあ〜〜。仕方ないから、これだけは
 教えておいてあげる」

そう言うと、松浦さんは
わたしに近づいた。

「よっすぃ〜が熱出したの。
 あなたのせいだから」

「え?」

「ということで、看病よろしく。
 熱下がらなかったら、あたしに電話して」

たまごを持ったままのわたしを見て
テーブルに名刺を置いた。

「じゃ」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「何?」

「何って・・・
 吉澤さんの熱が、わたしのせいってどういうこと?」

「分からない?」
「ぜんぜん」

63 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:21

「はああ〜〜
 何であたしがここまでしてやんなきゃいけないかな・・・」

――ほんと性にあわないんだけど。

そう言って、ダイニングテーブルの角に腰掛けた。

「石川さんさ、金曜日帰り遅かったでしょ?」
「はい・・・」

「帰らないって、よっすぃ〜にメールしたよね?」
「はい」

「だからよっすぃ〜は寂しくて、ビデオ屋さんに行きました」
「それは知ってます・・・」

  『今日帰らないって言うから
   寂しくてビデオ借りに行ったんだぁ。
   で、ついでにアタシ――』

――ん?ついで・・・?

64 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:22

「ビデオ屋さんにいる時にね、
 よっすぃ〜の隣で、ビデオを物色してた男の人の携帯が鳴ったらしいの」


  『なんだよ。お前今日帰らねぇっていったじゃん』
   一人だとやっぱ、寂しくてビデオ見ちゃうよね〜

  『どこにいんだよ。はあ?駅?』
   いーねぇ。キミは一人ぼっちじゃなくなるんだ・・・

  『迎え行くから待ってろ。危ないから駅で待ってろよ?』


その会話聞いて、もしかして――
って思ったんだって。

けど、よっすぃ〜は
ちょっとのつもりだったし、携帯置いてきちゃって。
もうあなたから、連絡ないと思ってたから
別に置いてっていいやって思ってたらしいの。

だけどね、彼の会話を聞いてて
今の間に石川さんから、連絡きてたらどうしようって。
今から携帯取りに行って、その間に石川さんが
駅から歩いてきちゃって、もし何かあったら・・・って。

  [あんまり遅くなるなら電話して?
   駅まで迎えに行くから]

65 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:22

「だったら、駅に行っちゃえって」


『ついでにアタシ、駅に行ったんだぁ』
そう言いたかったんだ、吉澤さん・・・


「ほんとバカだからさ、薄着で出ておいて
 終電まで駅で待ってたって」

「――終電、まで・・・」

「そう、約2時間。
 アフォとしか言いようがない」

――そうだったんだ・・・
だからあんなに怒って・・・

「もっとアフォなのがね」

松浦さんが、わたしを見つめた。

「あなたに何もなくて良かったって
 よっすぃ〜笑ったの」

ちょっとムカッとはしたけど
ほんと何もなくて良かったって――

66 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:23

「ったく。それで昨日あたしんとこ来て。
 薬くれって。カゼひいたみたいなんてさ」

こっちは忙しいのに
『ちょっと付き合ってよ〜』
『今日一日、ヒマなんだよ〜』
『勤務時間終わるまで待ってるから〜』
とか言ってさ。

せっかく薬も出してやったのに
飲みもしないで、お酒飲んじゃって・・・


「そういう訳だから、あなたの責任。
 ちゃんと看病してあげてよ?」

そう言って、松浦さんは
わたしの肩を叩いた。

「きっとあなたが看病した方が
 治りが早いと思うから」

67 名前:第5章 4 投稿日:2010/11/17(水) 14:24

「そうそう。もし注射持ち出したのバレたら
 昨日来たバカな患者が、看護師の目を盗んで
 持ち出したことにするからって、よっすぃ〜に言っといて」

明るいあたしの未来を
注射器1本で潰されたら、たまんない。

おどけたようにそう言って

あと、ヨロシクね〜

と手をヒラヒラ振って
お家を出て行った。


――吉澤さん・・・

ギュッと胸が締め付けられた。
同時に温かいものが胸の中に染みていく――

「ありがとう、吉澤さん・・・」

声に出したら、
温かい涙が、頬を伝った・・・

68 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/17(水) 14:24


69 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/17(水) 14:24


70 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/17(水) 14:24

本日は以上です。

71 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/17(水) 15:38
あ、やっとちょっと希望の光が…(笑)

次回も楽しみに待ってます!!
72 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/17(水) 23:50
私も胸が締め付けられました(泣)
73 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/18(木) 13:15

>71:名無飼育さん様
 希望の光があると見せかけて・・・

>72:名無飼育さん様
 今日はもしかしたら、痛みの伴う締め付けが襲うかもしれません・・・


では久々の連日更新です。

74 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/18(木) 13:16


75 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:17

そっとお部屋に入って
ベッドのそばに、小さなテーブルを引っ張ってきた。

まだ息は荒いけど、注射が効いたのか、
うつらうつらしてるみたい。

起こしたらかわいそうかな?
でもお薬飲まないと――


「…んんっ…」

吉澤さんがうっすら目を開けた。

「大丈夫?」
「――少しだけ、楽になった…」

そう言って起き上がろうとするから
横から体を支えてあげた。

やっぱりまだ、すごく熱い…

「食べれそう?」
「うん…
 でもその前に何か飲みたい…」

もちろん、準備済み。
家事とかは苦手だけど看病は得意だよ?
妹のさゆが熱出した時、よく面倒みたもの。

76 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:18

床に膝立ちして、コップを持って、
反対の指でストローを挟むと、吉澤さんの口元に差し出す。

「…飲ませて、くれるんだ…」

嬉しそうにそう言って
ゆっくり吸い上げた。

「たまご小さく切ったから、少しずつ食べよ?
 食べれるだけでいいから」

ストローから口を離した吉澤さんが俯く。

「起きてるの、辛いよね?」
「…だい、じょぶ」

少しでも支えになってあげたくて
隣に腰掛けると、片手で彼女の体を引き寄せた。

「より掛かっていいから」
「ありがと…」

グッタリした体から
熱が伝わってくる。

77 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:18

「…亜弥、帰ったの…?」
「うん」

「…何か、言ってた?」
「食べたら薬飲ませてって」

「…他には?」
「ううん、何も」

不安そうにわたしを窺う大きな瞳が
力無く潤んでいて――

あまりの危うさに、抱きしめたくなる衝動を必死で押さえて
お皿を膝の上に置いて、小さく切ったたまごをスプーンに乗せる。

「あーんして?」

言われた通りに口を開ける吉澤さん。

78 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:19

「も少し食べれそう?」
「うん…」

ゆっくり飲み込んで
また口を開けると思ったら――

「…石川さん、殻むくの、ヘタクソ…」
ボソッと呟いた。

「何よぅ」

唇を尖らしたわたしに
ニッコリ微笑んで、彼女は言った。

「…でもね。
 すごく、おいしい…」

どうしよ…
こんな時なのに、あなたをこの腕に
閉じ込めたくなってしまう――


もう一口だけ食べると、
「全部食べたいけど、今は無理みたい」
申し訳なさそうにそう言うから、
「食べかけはいつも通り、わたしが頂きます」
って、おどけてみせて、薬を飲ませてあげた。

79 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:19

ゆっくり横たわった吉澤さんの前髪を払って
おでこに新しいタオルをのせてあげる。

「後で冷えピタ買ってくるね?」
「…いらない」

「ダメだよ。
 他に欲しいものあったら、一緒に買ってくるから」
「なんも、いらない…」

「それじゃ元気にならないよ?」
「・・・大丈夫。すぐ、元気になるよ…」

「けど…」

「なんも、いらないから
 アタシの、そばに、いてよ…」

そう言って、ベッドの上に置いていた
わたしの手を握った。

「これからも、ここに、いて…?
 出ていく、とか、言わないでね…?」

「吉澤さん…」

80 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:20

「石川さん…、言い出しそうだから…
 …ほんとに、アタシ、怒ってなんか、ないからさ…」

  『あなたに何もなくて良かったって
   よっすぃ〜笑ったの』


「――ごめんね、吉澤さん・・・」

涙が溢れた。

「だから…、怒って、ないってば…」

わたしの手を握って
優しくポンポンと手の平で叩いてくれる。

「違うの。
 わたしの、せいだから…」
「ん?」

「吉澤さん、一昨日の夜、駅で待っててくれたって――」

「…亜弥のヤツ、
 やっぱ、言ってたんじゃん…
 ったく、余計なこと…」

81 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:20

「他にも、何か言ってた?」
「うん…」

「――何、て…?」

彼女がゴクリと唾を飲み込んだのがわかった。

「注射器持ち出したのバレたら
 吉澤さんが看護師さんの目を盗んで
 持ち出したことにするからって・・・」

「…何だ…、そんなことか――」

一気に力が抜けたような吉澤さんの声。
声と一緒に力の抜けた手を、逆に握り返した。

82 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:21

「ねぇ、今日はわたし、
 ずっとここについてるから、何でも言って?」

「…何でも?」

「うん。わたしのせいだから
 吉澤さんの熱…」

そう言って反対の手を
彼女に額にあてた。

――潤んだ瞳がわたしごと捕まえる…


握った手がゆっくりはずされて
わたしの頬に添えられた。

その手の平の熱で
頬がやけてしまいそうなほどに、熱い…

83 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:21

「――寒いんだ…」

「寒い?
 わたしの部屋から毛布持って来ようか?」

視線を合わせたままで、彼女がわたしの髪に指を通す。
熱い固まりが、耳の横で動く――


「石川さんに、温めてほしい…」

彼女が目を細めた。

「石川さんが、嫌じゃ、なかったら…
 …一緒に、隣に寝て欲しい…」

  『好きな人とじゃないと、
   同じベッドには寝たくないんだって』


「…嫌、なら、無理しなくて、いいから…
 風邪、移しちゃうかも、しれないし…」

断ってもいいよ?
そんな優しさと甘さを含んだ声音――

  『あいつさぁ。
   めちゃめちゃ優しいの。
   ほんと『バカ』がつくくらい。
   相手が望んでないと、絶対手出さないから』

  『よっすぃ〜は絶対しない』

  『――その人が望んでいない限り、絶対にね』

84 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:22

「ここに、いてくれるだけでも
 充分、だから…」


「――いい、の…?」

声がかすれた。

「わたしで、いいの…?」

そう問い掛けたら
布団を少しあげて、奥に移動してくれた。

なるべく振動させないように
静かにベッドにあがる。

彼女のいた場所が
驚くほど熱い――

85 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:22

横になって彼女の方に体を向ける。
下になった手はアイスノンにそって上側に
もう片方は、包みこむように吉澤さんの背中に回した。

「寒い?」
「うん…」

もう少し近づいて
吉澤さんを胸に抱いた。

「まだ寒い?」
「うん…」

ピッタリくっついて
吉澤さんの頭を胸に抱えた。

「苦しくない?」
「…だいじょぶ」

吐く息が熱い――

86 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:23

「…石川さん、キツクない…?」
「わたしは大丈夫」

吉澤さんの息がかかるたび、
胸の奥に燻っている、カタチのない炎が、
熱い吐息に煽られて、燃え上がろうとしている…

わたし、このままじゃ
あなたを――

触れているアイスノンが
懸命にわたしの意識を引き戻す――

87 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:23


「石川、さん…」

熱いよ…
グツグツとたぎりだすわたしの心。

「アタシの、じいちゃん、
 船乗り、なんだ――」

吐き出す息が、肌に触れるたびに
汗ばんでいくわたしの体。

「じいちゃんの、船に乗ってる人、
 ・・・アタシも、何人かよく、知ってて・・・
 その中に、情報通のヤツが、いてね・・・」

もうすぐ何かがカタチに
なってしまう…

88 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:24


「――アタシに・・・、似てるって言う彼・・・
 探して、もらうよう・・・、頼んだ・・・」


・・・え?


「そいつなら・・・、きっと・・・
 彼が、今、どうしてるか・・・、つきとめて、くれる・・・」

わたしの腰に添えられていた彼女の手が
拳を握ったのが分かった。


「――けど・・・、最悪の、場合も
 考えといて・・・」

「・・・さい、あく・・・?」

「・・・うん」

「――例え、ば・・・?」

喉がカラカラしている。

89 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:24

「・・・例え、ば、ね・・・?
 石川さん、に・・・、会い、たくても
 会え、ない・・・とか」

「――会いたくても・・・、会えない?」

心臓が早鐘を打ち出す。


「もう・・・、この世には
 いない、かも、しれない・・・」

そんな――

「ごめん。可能性の、話だよ」

わたしの胸元から
顔をあげた彼女が、わたしを見上げる。

90 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:25

「――もしも、ね・・・?
 彼が、もう・・・。石川、さんに
 会えない、としたら・・・」

苦しげに言葉をつなぐ彼女。

「・・・石川さんは、知りたい?
 本当の・・・、こと・・・」

彼女の視線が、わたしを捉えて
離さない。


――もしも。万が一の時・・・

わたしは知りたい?
彼の身に起きたことを・・・?

行き場がなくなってしまう想いを
どうすればいいの・・・?


――けど、だけど。

知らないままでは、いつまでも・・・


91 名前:第5章 5 投稿日:2010/11/18(木) 13:26

「――知りたい、わたし。
 どんなに辛い結果だったとしても
 本当のことを知りたい」

わたしを見上げ続けている
吉澤さんの目を見て答えた。

「でないと、わたし――
 いつまでも前に進めないもの・・・」

  『遠くばっか見てると
   目の前にある大事なもの、逃しちゃうよ?』

松浦さんの言う通り、
彼に縛られて、目の前のあなたを。

――吉澤さんを、逃してしまうもの・・・


「――わかった・・・」

それだけ言うと
彼女はまた、わたしの胸に顔を埋めた。


「・・・ごめんね。石川さん・・・」

胸の中で、彼女が謝ったけど
それが、今交わした会話のことなのか
一緒に寝ることへの謝罪なのか、わたしには分からなかった――

92 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/18(木) 13:27

93 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/18(木) 13:27

94 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/18(木) 13:27

本日は以上です。

95 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/18(木) 14:56
はぁ…

はぁ……

はぁ………

玄米ちゃ様…
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/19(金) 00:04
目頭が熱くなってしまった
97 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/19(金) 10:36
これは・・・
もうなんもいえねえ・・
98 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/24(水) 15:52

>95:名無飼育さん様
 またもやため息が聞こえるようです。
 なので今度こそ反省を・・・・・・しません。

>96:名無飼育さん様
 すみません。今日もかも・・・
 
>97:名無飼育さん様
 金メダリストと同じ感想を頂けるとは!
 すみません。違う意味でですよね・・・


では本日の更新です。

99 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/24(水) 15:52

100 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:53

卵でとじたおかゆなら
少しは食べれるかも――

そう思って支度をして
吉澤さんの様子を見に、お部屋に向かう。

しばらく添い寝していると、
お薬が効いたみたいで、随分熟睡してたから
わたしのお部屋から、毛布も持ち込んで包み込んであげた。

まだ寝ているようだったら
もう一度、抱きしめてあげようかな?

でも汗をかいているようなら
着替えさせなきゃ・・・

101 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:54

起こさないように、ノックはせずに
そっと扉を開ける――


 「The sooner,the better」

え?

英語で会話する声が聞こえて
大きく扉を開けた。

椅子に腰掛けて、携帯で会話をしていた吉澤さんは
慌てたように、2、3言また英語で話すと電話を切った。

「ダメじゃない!
 ちゃんと寝てなきゃ!」

「・・・すみません」

ズカズカと部屋に入って
吉澤さんの腕をつかむと、ベッドに連れて行く。

102 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:54

「・・・あ、あの。
 石川さん・・・?」

「治るまで携帯禁止」

「はい。すみません・・・
 でも・・・」

「言い訳は聞きません」

「・・・ごめんなさい。
 でも・・・」

「問答無用」

シュンとして、ベッドに座った吉澤さんの
額に触れる。

――良かった。だいぶ下がったみたい・・・

「汗かいてない?」

柔らかな髪に指を通して
そのまま首の後ろにも触れる。

103 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:55

「ほら、かいてるじゃない。
 そのままにしてフラフラしてたら、
 また冷えちゃって熱上がるでしょ!」

「・・・ごめんなさい」

さっき探したタンスから
また一組、パジャマを取り出すと
ベッドの上に置いた。

「タオル持ってくるから
 ちゃんと体拭いて、着替えるんだよ?」

「はい・・・」

すっかりシュンとしちゃってカワイイ・・・

体拭いてあげるなんて言ったら
どんな顔するだろう?

想像したら、おかしくて
ニヤニヤした頬を隠して
タオルを取りにお部屋を出た。

104 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:55

吉澤さんのお部屋に戻ると
さっきの姿勢のままで腰掛けて
パジャマを広げていた吉澤さん。

タオルを持ったまま、彼女の前に立って
額を拭いてあげる。

続いて首筋。
抱きかかえるようにして
後ろの首筋も――


「脱いで?」
「へ?」
「パジャマ」

みるみる吉澤さんの体が強張った。

105 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:56

「い、い、い、い、い、いい・・・」

「早く。脱がすよ?」
パジャマのボタンに手をかけた。

「や、やや。いいですって!!」
両手でわたしの手をブロック。

「なんで?」
「な、なな、何でって・・・」

おもしろーい!
予想通りの反応。

「わたしじゃヤなの?」
「そ、そんな・・・ヤダなんて・・・」
「じゃ、大人しくして」

動かそうとしたわたしの手を
再びブロック。

「じ、じぶんで、やります・・・」

ふふ。これ以上からかったら
また熱上がっちゃいそうだから
この辺にしておこう。

106 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:56

「ちゃんと拭いて、着替えるんだよ?」

そう言って、タオルを渡した。

立ったまま少しかがんで、
座っている彼女の体を抱きしめた。

そっと頬を合わせる――

「・・・良かった。だいぶ熱下がって」

さっきまでの燃えるような熱さは
感じられない。

「ありがと・・・、石川さんのおかげ」

「でもまだ無理しないでね?
 たまごのおかゆ作ったから
 少しだけでも食べて、またお薬飲もう?」

わたしの腕の中で
彼女が頷いた。

107 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:57

彼女から離れて

「おかゆ用意してくるね?」

そう言って、微笑みかけて部屋を出て行こうとすると
呼び止めるように、後ろから声がかかった。

「さっき、ね」

扉の前で振り向く。

「頼んだヤツからの連絡だったんだ・・・」

心臓が大きく跳ねた。


「彼の、こと・・・
 分かったって・・・」

うそ・・・

108 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:57

「メールで送ってくれるって言ってたから
 そろそろ、届いてると思う・・・」

「そう・・・」

「今、見てみようか?」

思わず、自分の胸元をつかんだ。


「――あとで・・・、いい」
「石川さん・・・」

「先に、おかゆ食べて?」

ちゃんと笑顔で言えただろうか・・・


109 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:57



110 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:58

わたしの緊張をほぐすように
吉澤さんは、大袈裟なリアクションで
「おいしい、おいしい、ほんとおいしいよ」
なんて言いながら、精力的におかゆを食べてくれてる。

「石川さん、おかゆ作りの名人だね?」
「…ありがとう」

何て言うか…
珍しく吉澤さんが空回り。

わたしはやっぱり、ドキドキが止まらなくて――

少しの期待と、大きな不安で
胸が押し潰されそうになる。
震える指先をどうにかしたくて
両手を組んで、ギュッと握った。

111 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:59


「――やっぱ、先にメール見よう」

そう言ってテーブルにお茶碗を置くと、
吉澤さんは、組んだままのわたしの両手を
自分のそれで、そっと包みこんでくれた。

優しい温もりに包まれて
少しずつ不安が溶けていく――


「パソコン立ち上がるの、少し時間かかるから
 石川さんはベッドに座ってて?」

そう言ってベッドから立ち上がると
手を包みこんだまま、わたしを座らせてくれた。

一度だけ、ギュッとわたしの手を握ると
ゆっくり離して、デスクの前の椅子に座る。

吉澤さんが、ノートパソコンを開けた――

112 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 15:59

シンとした室内に、
機械が唸る音が小さく響く。

カチカチとクリックする音が耳に入るたび
更に早まっていくわたしの心音…

わたしが8年も想い続けた彼。
忘れようとしても、どうしても忘れられなかった彼…

高まる緊張に自分自身が飲み込まれてしまいそうで、
ギュッと目を閉じた。


「――あの、バカ…」

え?

驚いて吉澤さんを見る。


「…今、プリントアウトしますね…」

ガタガタとプリンターが無機質な音を立てた後、
唸るように紙を飲み込んで、吐き出していく――

113 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 16:00

「――新聞の、記事を送ってくれました」

「新、聞…?」

うんと一つ頷いて、吉澤さんが
プリントアウトされた紙を手に、わたしの前に来る・・・


「――いいニュースではないです」

そう前置きされて、差し出された紙を
恐る恐る手に取った。

英語で綴られた小さな記事。
見出しの文字の中に『died』という
単語を見つけて、体が硬直する――

右端の小さな丸の中に
記憶と同じあの日のあなた…

船員服に帽子がよく似合う
あの日のあなたがいて…

114 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 16:01

「――なんて、かいてあるの…?」

わたし、英語苦手だもん。
『died』て違う意味があるかもしれないじゃない…

吉澤さんは、わたしの隣に腰掛けると、
震えるわたしの手から紙を取った――


「海難事故で乗組員が一人死亡」

――うそ、だ。そんなの…

「昨夜未明、ハワイのクルーザーが
 ひょ…、障害物に激突し、転覆。乗組員が一人死亡した。
 乗組員の名前は・・・、ジャック・ドーソン。
 将来を有望された優秀な船員だった…」

吉澤さんが、わたしの手を取って
再びその紙を握らせる。

「2008年夏の記事です」

2008年…

わたしが会いに行った前の年――
だからいなかったんだ…

あの時もう、あなたは――

115 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 16:01

涙がこぼれ落ちた。
止めることが出来なくて
次々に落ちて、手にした記事を湿らせていく…

記事を胸に抱いて
わたしは吉澤さんの部屋を飛び出した。

そのまま、自分の部屋のドアを開けて、
中に入ると後ろ手にドアを閉めて
ズルズルとしゃがみ込んだ――


どうして…

どうしてなの?

何でわたしを置いて。

わたしの気持ちを置き去りにして・・・


遠くに行ってしまったの――


116 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 16:02


**********


117 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 16:02


「石川さん、ごめん…」

小さな声で呟いた。


――けどよかったんだよ、これで。

これであなたは、呪縛から逃れられる。

今度こそきっと、見かけだけじゃなくて
中身もちゃんと優しくて男らしい人が、必ず見つかるよ――


再び、椅子に腰掛けて
パソコンに向かった。

118 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 16:03

  [早けりゃ早い方がいいって言うから、作ったファイルをそのまま送るよ。
   俺の作った記事見て腰抜かすなよ?すごい出来栄えだぞ。
   写真は、昔みんなで写ったヤツを使ったんだ。
   ただ死んだことにすんじゃ面白くねぇから、少し脚色しといた。
   有り難く思え!  ダンより]

「ばーか・・・」

英語で書かれたメールに向かって悪態をついて
アタシもメールを返す。


  [映画そのものじゃないか。ハワイに氷山なんかないよ?
   しかも役名をそのまま使っちゃってさ・・・
   けどね…、サンキュー、助かった。
   お礼はそっちに帰ったらするよ。  ひとみより]


119 名前:第5章 6 投稿日:2010/11/24(水) 16:03

送信して、パソコンを閉じる。
熱のせいだけじゃなく、体が重い――

引きずるように歩いて
ベッドに転がった。

壁の方を向いた途端、言い知れぬ思いが
込み上げてきて涙が溢れた・・・



「I Love You」

「・・・But」


「Good-bye・・・」


120 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/24(水) 16:04


121 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/24(水) 16:04


122 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/24(水) 16:04

本日は以上です。

123 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/24(水) 16:27
はぁ〜

はぁ〜〜

はぁ〜〜〜

もう泣きそうです…
124 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/24(水) 23:59
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(涙)
125 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/25(木) 00:12
甘さと痛さの落差が・・・・
もう最高です
126 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/30(火) 11:34

>123:名無飼育さん様
 今回も深〜いため息が・・・

>124:名無飼育さん様
 大絶叫が聞こえるようです。

>125:名無飼育さん様
 いや〜。そんな最高だなんて・・・
 テレちゃいます。


では本日の更新です。
127 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/30(火) 11:34


128 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:35

平穏な日々が続いていた。

一緒に朝食を食べ、
一緒に通勤し、
一緒に仕事し、
一緒に帰宅して、
一緒に夕食を食べる。

2人で暮らし始めた当初から
変わらないわたし達のリズム――


けれど、変わってしまったことが
同じ数だけある。

ゆでたまごを分けっこしなくなり
電車では隣に並ぶようになり
髪を乾かすことがなくなり
おやすみのキスをしなくなり
そして、彼女はわたしに甘えなくなった――

129 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:35


「・・・髪の毛、乾かそっか?」

一つだけでも元に戻れればって
勇気を出して、言ってみたけど
彼女は優しい笑顔で
「自分で出来るよ?」
そう言って、ドレッサーに向かった。


「おやすみなさい」
「・・・おやすみ」

迷うことなく、自分の部屋の扉を開けて
中へと消えていく姿に、わたしはまだ慣れない。

ちょっと前までは

 『石川さんっ!おやすみのチューして?』
 『はいはい』
 『わ〜い!今日もいい夢見れるぞ!』

なんて、毎晩当たり前のように
彼女の柔らかな頬に触れていたのに――

今では、彼女にただ触れることさえ
すごく困難なことに思えてしまう。

130 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:36

彼女の背中を見送って、ため息を一つつくと
自分の部屋へ入る。

そのまま、ベッドへ行くと
壁に寄り添うように座って、耳を澄ます――

彼女が時折立てるかすかな物音を聞いて
彼女の温度を感じようと、全神経を集中させる。

そして、何も物音が聞こえなくなると
『今、壁の向こうのベッドにいるんだ・・・』って胸が高鳴る。
壁にそっと手をあてて、唇を寄せて小さな声で囁く・・・

「いい夢見てね・・・」

そのまま、お布団にもぐりこんで
壁の方を向くの。

そしてわたしは、吉澤さんのことを
考えながら、眠りにつく。

131 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:37

あの日、ね?

胸の奥に眠る、密かな想いがカタチにならなくて
良かったって心から思うの。
だって、おぼろげなままなら、
自分の気持ちに向き合わずに済むでしょ?

わたしは彼が好き・・・
ううん、好きだった。

その想いは本物。
誰よりも好きで、彼を想うと胸が熱くなって・・・

彼にもう会えないって分かって
彼がもういない人だって分かって
すごく辛かった。悲しかった。

だけど、真っ暗闇じゃないの。
あんなに恋焦がれていたのに。
あんなに想いをつのらせていたのに――

132 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:37

彼の笑顔を思い出そうとするとね?
なぜか、吉澤さんの笑顔が浮かぶの。

彼の優しい眼差しを思い出そうとするとね?
なぜか、吉澤さんの優しい眼差しが浮かぶの。

彼の温かな腕のぬくもりを思い出そうとするとね?
なぜか、吉澤さんに抱きしめられたことばかり思い出すの。

――なんでだろうね?

でもその答えは、今は見つけたくない。
だってきっと、吉澤さんをまた傷つけてしまうから。

・・・きっとあなたは。

自分は、いなくなってしまった
彼の身代わりだと思ってしまうから。

ただ彼に似ているというだけで、
わたしがあなたに想いを寄せていると
思い込んでしまうだろうから――

133 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:38

壁にそっと手の平をあてた。

吉澤さん。
わたしね、あなたを傷つけたくないんだ。
それにまだ、自分にも自信がないの。

わたしの気持ちが、
純粋にあなただけに向かっているのか。
彼の面影を、ほんの少しでも求めているのか・・・

今は考えたくないんだ。
まだカタチにしたくないの。

焦らず、ゆっくり。
自分の気持ちも、あなたの気持ちも
ちゃんとコトバにのせられるまで
大切にしていきたい――

134 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:38





135 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:38


「おはよう」

挨拶しながら、タイムカードを押したところで
声をかけられた。

「石川さん、2番に社長からお電話です」
「社長から?」

朝一で電話なんて
一体どうしたんだろう?

足早に自分の席に向かいながら
隣の席に吉澤さんがいないことを不思議に思った。

どこ行ったんだろ・・・

136 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:39

毎朝、一緒に電車で通勤して
わたし達は駅で別れる。

 『わたしはキャラメルマキアート
  飲まないと一日やる気が出ないの』

一緒に通い出した朝
そう言ったわたしに

 『無理してない?
  一緒に会社入るのマズイなら、アタシが後から行くよ?』

そう言ってくれたあなた。

ハッキリ言って図星。
だけど、先輩の意地。

そして、柴ちゃんにバレ
皆にも一緒に暮らしているのがバレてしまった今でも、
今更変えられない、つまらない先輩の意地だったりする。

137 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:39

そんなわたしを、彼女は必ず
自分の席で待っていてくれる。

そして、誰にも気付かれないように
2人だけでアイコンタクトするの。

なのにさぁ・・・
今日はどこ行っちゃったのよぅ・・・

心の中でボヤきながら
席につくと、受話器をあげた。


「お待たせしました、石川です」
『なんや、電車でも遅れたか?』
「いいえ、遅れてませんけど?」
『随分出勤が遅くなったやん』
「きょ、今日はちょっと・・・」

毎朝、しかもキャラメルマキアートのせいとは
非常に言いづらい・・・

138 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:40

『ま、遅刻でもないし、
 そんなちっちゃいこと、どうでもええわ』

ええ、ほんとに。
だから気になさらないで下さい・・・

『なあ、石川。
 あいつ迷惑かけてへんか?』
「・・・迷惑、ですか?全然」
『ホンマに?』
「ホンマです。わたしが面倒みてもらってます」
『それは良かった・・・』

心底ホッとしたような中澤さんの声。
やっぱり、心配してるんだよね?
かわいいイトコのこと。

『一つ、石川に頼みごとがあるんやけどええかな?』
「頼みごと、ですか?」
『今週末、アヤカの結婚式があったな?』
「はい」

139 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:41

アヤカさんは、まだ中澤さんが個人で
この仕事をやっていた頃、一緒に組んでいた仲間。

会社設立するときに、共同でやろうと持ちかけたけど
枠にハマリたくないと断られたらしい。

けれど、その後もよく一緒に仕事をしていて、
中澤さんとはまた違う感覚の鋭さを持っている人。
お互い持ちつ持たれつ、いい関係を保っていると思う。

そのアヤカさんが、今週末結婚式をあげる。
それも何と、船上ウェディング。

中澤さんと安倍さんと一番古株のわたしの3人が
うちの社から代表でお呼ばれ。
ほんとは、うちの社の全員を招きたかったらしいけど
船の定員の関係で断念したらしい。

140 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:41

『実はな?ウチとなっちが帰国できそうもなくてな』

え?

「そんな・・・、社長も安倍さんも行かないなんて、
 アヤカさんが、どれだけ残念がるか・・・」

『あ、アヤカにはもう話してある』

ええ?
二度目の驚き。

『なっちの代わりはな、柴田にお願いした。
 柴田も了承済み』

受話器を耳にあてたまま、柴ちゃんを見る。
離れた場所から、ニッコリ笑って手を振られた。

「柴ちゃんならいいと思いますよ?
 アヤカさんのことも、昔からよく知ってるし」

一緒に仕事するから、アヤカさんのことは
当然みんな知っている。
一番新しい社員の、吉澤さんを除いては。

141 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:42

「で、社長の代理は誰なんですか?
 飯田さん?」
『違う、違う』
「え?誰ですか?社長の代理なら・・・、そうだ!
 スピーチがあるじゃないですか!」

これは大ごとだ。
社長の代理で、友人代表スピーチなんて・・・

――荷が重過ぎて、絶対にやりたくない・・・

はっ!まさか・・・
頼みがあるって、このこと?
わたしにスピーチを?!

むり、ムリ、絶対に無理!!


「社長、わたし代理でスピーチだけは
 絶対にやりませんからね!」
『大丈夫、大丈夫。
 スピーチはもう頼んだ』

あ、そう・・・
ならいいんだけど・・・

142 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:42

『あんたには、ウチの代わりにスピーチするヤツの
 面倒を見て欲しいねん』

「面倒、ですか・・・?」

『やるときゃ、やる人間なんやけど
 心配で、心配で』

「そんなに心配なのに、
 一体誰に頼んだんですか?」

『ん?吉澤』

「えええっ!!」

3度目の驚き。

『吉澤とアヤカな、もう随分前から知り合いなんよ。
 大昔、あいつの家にアヤカ連れてったこともあるし』

「・・・そう、なんですか・・・」

てっきり、吉澤さんだけは
アヤカさんを知らないと思ってたのに・・・
しかも、大昔から知り合いだなんて・・・

――なぜか、ちょっとだけショック。

『悪いけど、面倒みたって。
 ちゃんとした席で挨拶するなんて
 初めてやろうから』

143 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:43

『社長代理、しっかり務めんとシバくぞって
 もう一回言っといてな〜、ほな』

そう言って、中澤さんはサッサと
電話を切ってしまった。

大きく、一回ため息をつく。

――だから、席にいなかったのね・・・


なんとなく、電話を受けてからの
吉澤さんの行動は予想がつく。

 『ヤダよ!なんでアタシが
  スピーチなんかすんだよ!』

なんて叫びながら、ジタバタ。
中澤さんに一喝されて、ションボリ。
電話を切ってしばらくの間、イジイジ。
で、すぐそばの本屋に、ダッシュ・・・

そして、今はきっと――

わたしは席を立つと、
小会議室に向かった。

144 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:43


 <コンコン>

[使用中]のプレートを
ちゃんと確認してからノック。

 <ドサッ>
 <ガサッ>
 『ちょ、ちょっと待って下さい!
  今開けますから!』

焦り気味の声。
でも、待ってなんかやらない。

「失礼しま〜す!」

さっさと扉を開けた。


「い、石川さん・・・」

目の前には、テーブルに覆い被さって
必死で何かを隠している吉澤さんの姿。

――予想通りすぎて笑っちゃう。

145 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:44

「・・・あ、あの・・・、その・・・」

顔だけを上げて、バツが悪そうにこちらを窺う彼女に、
やっぱり、ちょこっとだけイジワルしたくなる。

「今、業務時間中なんですけど」

目の前に立って、腕を組んで見下ろして言う。

「ご、ごめんなさい・・・」

うな垂れた瞬間に
彼女の脇から、本が一冊床に落ちた。

「あっ!」

慌てて拾い上げようと、テーブルの上でもがいたせいで
次から次に本のヤマが崩れ、床に落ちる。
素早く一冊を拾い上げると、題名を読み上げた。

「結婚式のスピーチ集、ねぇ」
「あ、ダメ!」

もう一冊。

「泣かせる結婚式の挨拶」
「ちょ、ダメだって」

さらにもう一冊。

「結婚式のHOW TO・・・
 これは必要ないんじゃない?」

諦めたように吉澤さんが起き上がって
ソファーに体を投げ出した。

146 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:45

ふて腐れて座る彼女の隣に腰掛けて
テーブルの上にヤマをなしている本を
一冊ずつ手にとってみる――

 結婚式の余興
 結婚式で使えるなぞなぞ
 結婚式のうた
 結婚式のビデオのとり方
 結婚式の仲人の心得

「ねぇ、吉澤さん。
 結婚式で何する気?」

「な、何するって、一応スピーチ・・・」

「とりあえず結婚式ってつく本、
 全部買ったでしょ?」

コクリと頷いた彼女。

「だってさ、不安なんだもん・・・
 姉さんの代わりなんて」

唇を尖らせて、膝を抱えて
そう言った彼女。

147 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:45

何だか久しぶりに見たな、その顔・・・

大人びた顔なのに、子供っぽい表情で
甘えるような仕草で・・・

そしてこの後彼女は、不安げな眼差しで、
わたしを見つめるの。


――ほらね?思った通り。

そしてわたしが、
『大丈夫だよ?一緒に考えてあげるから』
そう言ったら、途端に弾けた笑顔に変わるんだ。


「ほんと?!」

――ね?これも思ったとおり。

ホッとした無邪気な顔に
わたしの頬が思わず緩む。

148 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:46

それから、わたしの胸の中には
温かいナニカがじわじわと広がって行って
喜びと幸せに包まれるの。


そして――

彼女に、触れたくなるの・・・


「石川さん?」

澄んだ瞳がわたしを覗き込んだ。

ちょっと手を伸ばせば触れられる距離。
けれど最近は、ほんの少し触れるだけでも
すごく勇気のいることに変わってしまった――

149 名前:第6章 1 投稿日:2010/11/30(火) 11:46

「どうかしたの?」

心配そうに見つめてくれる優しい瞳。

――触れたいな、その柔らかな頬に・・・


「石川さん?」

伸ばしかけた右手を
ギュッと握り締めた。

「あまり日にちがないから、
 気合いれて頑張らないとだね?」

苦し紛れにそのままガッツポーズ。

「けど、考えるのは
 お家に帰ってからにしよう?」

そう言って、笑いかけると
嬉しそうに微笑んで、彼女が頷いた。

150 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/30(火) 11:46


151 名前:リアライズ 投稿日:2010/11/30(火) 11:46


152 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/11/30(火) 11:47

本日は以上です。

153 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/11/30(火) 15:40
この先どうなるんでしょうか!!

この先どうなるんでしょうか!!!!

大切な事なので2度いいました。
154 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/01(水) 01:03
石川さんと吉澤さんにほんの少しの勇気を与えて下さい!
155 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/06(月) 15:01

>153:名無飼育さん様
 さーどうなりますかねー

>154:名無飼育さん様
 了解!と言いたいところですが・・・


では本日の更新です。

156 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/06(月) 15:01


157 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:02

「大丈夫?」

「うん、大丈夫…だけど
 胃が痛い…」

アヤカさんの結婚式へ向かう電車の中。

パンツスタイルをそつなく着こなし、
いつもより少し濃いめにメイクをした彼女は、
車内の人々の視線を集めるほど、眩しく輝いている。

もちろん、わたしもその中の一人。
わたしの場合、彼女がお部屋を出てきてからずっとだけれど…

でも当の本人はそれどころじゃないみたい。

メイクでは隠しきれない目の下のクマが、
この度の大役の疲労を充分物語っていて――

158 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:02

中澤さんに頼まれて以来、
毎晩遅くまで原稿とにらめっこ。
昨夜なんか、入りからハケまでを通しでお稽古した。

 『そこまで練習したら、絶対大丈夫だから
  いい加減寝た方がいいよ?』

 『そうかなぁ…、大丈夫かなぁ…』

 『大丈夫だって、吉澤さんなら。
  中澤さんもやる時はやる人間だって言ってたよ?』

 『かもしんないけど!
  かもしんないけど、ちゃんと出来なきゃ
  シバくって言うんだもん…
  うがぁーもう!キンチョーするっ!!』

何度か同じようなやり取りを繰り返して
とうとう新聞配達のバイクの音が聞こえてきた。

 『ホントに寝ないと徹夜になっちゃうよ?』

そう言って、お互いの部屋に入ったけど
結局ずぅっと、彼女は『ダァー』とか『ウォー』とか叫んでた。

まさかわたしが、それを壁ごしに
ずっと聞いてたなんて、
露ほども思ってないだろうけど…

159 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:03


「あー、お腹痛くなってきた…」

意外と彼女は、ギリギリまで
プレッシャーを感じるタイプらしい。
わたしなんか、結構早くふっ切れて
腹くくるタイプなんだけど。


「うぅ…、近づいてきちゃった…」

次の駅がわたし達が降りる駅。
ふと見上げると、吊り革を握りしめている手が
小刻みに震えてる…

――何とかして、あげたいな…


目的の駅への到着を知らせる
アナウンスが流れる。

電車が速度を落として、窓外を流れる景色が
ゆっくり過ぎていき、やがて止まった――

160 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:04

「行こう?」

微笑みかけて、震える吉澤さんの手をとった。
ギュッと力を込めると、はにかんだように彼女が微笑む。

ただ手を握っているだけなのに
ドキドキと鼓動が脈打つのは、なぜなんだろう・・・


「――石川さんの手、あったかいね」

ホームに降り立つと
吉澤さんが言った。

「吉澤さんが、緊張しすぎで冷たいんだよ。
 このまま、握っててあげようか?」

半分、期待を込めた駆け引き。
あなたのことを心配しつつ、自分の欲望も満たしたい、
そんな小さな駆け引き――

161 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:05

「大丈夫。おかげで
 随分落ち着いたよ」


ありがとう。

そう言いながら、彼女はゆっくり手を離した。
手の平の温もりが一瞬で冷めてしまう・・・


「――もし、さ・・・」

言いよどんだ彼女を見上げた。

「もし、アタシがバッチシ挨拶できたらね?」
「出来たら・・・?」

「もう一度、手を握ってよ・・・」

あ、えっと。
ほら、ご褒美ってやつ。
そういうのないと何か頑張れないじゃん?

照れくさそうにそう言った彼女。

162 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:05

「いい子いい子してあげようか?」
「ガキじゃねぇし」

「いいじゃない。皆の前でしてあげるよ?」
「よくできました〜って?」

「そう。ついでにギュってしてあげる」
「おおっ!それいいかも。だって石川さんの・・・」

「コラ!どこ見てんのよぅ?」
「ん?さぁ、どこかなぁ?」


冗談交じりで、笑いながら言ってるけど
あなたが望むなら、わたし何でもするよ?

だってこんなに。
隣を歩くあなたに。

――触れたくて仕方ないんだもの・・・

163 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:06

「ちゃんとご褒美あげるから
 社長代理、頑張ってね?」

「うん」

2人並んで改札を出ると
冬の太陽が優しくお出迎えしてくれた。


「よっしゃ!いっちょ頑張りますか!」

明るくそう言った彼女に

「その意気、その意気」

なんて明るく返して。

わたし達は会場に向かった――

164 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:06




165 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:06


心地よい潮の香りが、体を包み込む――

海風にあたると、どうしても思い出してしまう。
あの夏の日のことを・・・

あの日とは違う日差しだけど。
あの日とは違う国だけど。
あの日とは違う船だけど。

今わたしの隣には、
あの日隣にいた彼にそっくりな彼女がいて――


「大丈夫?石川さん」
「え?ああ、大丈夫だよ?」

ふはっ。

なぜか彼女が吹き出した。

166 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:07

「石川さんてさ、嘘ヘタだよね」
「なによぅ」
「だってすぐ疑問系になるじゃん」

料理作れるって言った時だって
ずっと疑問系だったし・・・

「ほんっと、わかりやすいよ」

からかうように言う彼女にムッとして
あっかんべぇした。


「・・・アタシ、さ。それ・・・好きだよ。
 石川さんのあっかんべぇってやつ」

  『石川さんのそれ』
  『あっかんべぇってやつ』
  『すげーかわいいです』

前にもそんな風に言われたっけ・・・

167 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:07

「――傘お化けみたい」

「ちょっと!何よ、それっ!!」

思いっきり彼女の腕を叩いた。

「いてぇ!今ので骨折れた」
「そんなに簡単に折れるわけないでしょ!」

「折れた、折れた。ぜってぇ折れた。
 ほらほら、見てよ」

わたしの目の前に腕を突き出して
肘を折り曲げた。
おまけに手の先をブラブラさせる。

目の前で揺らされる手を
ベシッと叩いた。

「あー!今度は指が折れた。
 ほらほらぁ」

懲りずに今度は手の平を
わたしの前に差し出す。

168 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:08

「吉澤選手、負傷により本日の挨拶は
 欠場せざるを得ません・・・」

ったく。小学生じゃあるまいし・・・

「いやー、残念だなぁ。
 せっかく練習したのになぁ。
 仕方ない。この原稿は石川さ――」

「はい、行くよ!」

目の前にぶら下がる手を思いっきり引っ張って
桟橋に向かった。


・・・分かってるよ、ちゃんと。

わざと、おどけて見せてくれてること。

わたしに気付かせないように、
さりげなく気遣う言葉や仕草――

ありがとう。
言葉にしたら、涙が溢れ出してしまいそうで
握った手に力を込めた・・・


169 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:08


桟橋での受付を終えると
そのまま乗船する。

太陽の光が海に反射して、思わず目を細めた。


「よっちゃ〜ん、久しぶり〜!」

船上でお出迎えしてくれた
本日の主役のお2人。

「梨華ちゃん、来てくれてありがとう」

「ご結婚おめでとうございます。
 アヤカさん、すっごい綺麗!」

「ありがとう!」

純白のドレスに身を包んだアヤカさんは
潮風と太陽に包まれて、主役に相応しく
美しく輝いている。

170 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:09

「・・・まぁ、合格かな」

新郎をジッと観察しながら
吉澤さんがボソリと言った。

「まぁ、じゃないでしょ。
 とっても素敵な人なのよ?」

観察されている当人は、冷や汗をかきつつ
苦笑いを浮かべている。

「よっちゃんね、子供の頃
 私に憧れてたの。だからそんな言い方――」

「アヤカ!」

「何よ、ホントの事じゃない。
 可愛かったのよ〜
 会えば、アヤカ。アヤカって
 私の後ろばっかりついて回って」

「別について回ってねぇし」

「夜は夜で一緒に寝ようよぉ
 なんて甘えちゃってね〜」

・・・ズキンと胸が痛んだ。

わたしだけのはずなんか、ある訳ないことぐらい
分かってたつもりなのに・・・

171 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:10

「アヤカ、いい加減にしろよ」

「そうねぇ。よっちゃんの挨拶終わるまでは
 何されるか分かんないから、大人しくしとこうかしら」

笑いながらそう言って

「2人とも楽しんで行ってね?」

って付け足して
次のゲストと話し始めた。

172 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:10


係りの人に案内されて
ウェルカムドリンクを頂く。

何となく。
何とな〜くだけど。

聞きたくなかったかも、
さっきの話・・・


「あんま飲むと、船酔いするよ?」

吉澤さんに言われて気付いた。
あれ、もうグラス半分も飲んじゃってる・・・

「飲むんだったら、食べてからにしなよ」

そう言って、わたしの手からワイングラスを取り上げた。

「アタシのはウーロン茶だから
 始まるまでは、これ飲んでなよ」

差し出されたグラスを
おとなしく受け取った。

173 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:11


「梨華ちゃ〜んっ!吉澤さ〜んっ!」

大きく手を振りながら、柴ちゃんがやって来て
吉澤さんを見るなり、感嘆の声をあげた。

「おおっ!吉澤さん
 決まってるぅ!」

「そうっスか?」

照れたように微笑む彼女。
艶やかに濡れた唇が、ワイングラスに触れ、
中身を一気に飲み干した。

ドクンドクンと脈打つ心臓。
彼女の唇に釘付けになってしまう自分がいる・・・


――直接触れたら、どんな味がするんだろ・・・


174 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:11

「お飲みものはいかがなさいますか?」

係りのお姉さんが柴ちゃんに尋ねる声で
我に返った。

「私もコレ下さい」

吉澤さんの空のグラスを指差す。

「白ワインですね?
 かしこまりました」

「アタシはもう結構です」

お姉さんが尋ねる前に、
そう言ってグラスを返すと

「緊張ほぐしに向こうで少し
 風にあたってきますね」

と告げて、さっさと行ってしまった。

175 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:12

「…吉澤さん、カッコイイわ…」

柴ちゃんの目がすっかりハートになってる。

「電車でも、そんな目で
 皆に見られてたよ?」

「やっぱり?」

わたしもだとは言えない。

「素材がいいとさ、少しメイクしただけでも
 ヤバいくらいキマるんだねぇ」

2人で彼女の背中を見つめた。

海を見つめながら、風に吹かれる彼女を
なぜだか儚く感じてしまう…

176 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:12


「何かさ、バカみたいなんだけど
 こんな些細なものでも、同じものにしたくなっちゃうんだよね・・・」

柴ちゃんが手にしたグラスを
掲げながら言う。

「ほんと、バカげてるって
 自分でも思うの」

柴ちゃん…

「でもね?同じもの頼んだら
 そこから会話が弾むかな、とかさ…」

チクリチクリと棘がささるように
胸が痛む。

…ごめん、柴ちゃん。

「ねぇ、梨華ちゃん?」

何も言葉に出来ないまま
柴ちゃんに視線を向けた。

「私、いいんだよね?
 吉澤さんのこと好きで・・・」

177 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:13


『間もなく出港致します!』

船中に、アナウンスが響いて
船内が慌ただしく動き出す。

汽笛が響いて、ゆっくりと動き出した船体。

海風が強くなって、
一人で海を見つめる彼女の髪を揺らす――


「・・・今日私、吉澤さんに告白しようと思うんだ」

耳から入った言葉に
体が凍りついた。

柴ちゃんが、吉澤さん、に――


「いいよね?梨華ちゃん」

178 名前:第6章 2 投稿日:2010/12/06(月) 15:14

「開宴致しますので
 皆様どうぞ、中にお入り下さい!」

係りの人の呼びかけに
海を眺めていた彼女が振り向いた。

その眼差しの強さに思わず息を飲む――


わたし達に向かって、
彼女がニッコリ微笑んだけど、
その瞳の色は、ただ緊張をほぐしていたとは
思えないほど強く澄んでいて――

ゆらゆら波の上を揺れる光のように
わたしの心は、大きく揺さぶられていた・・・

179 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/06(月) 15:15


180 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/06(月) 15:15


181 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/06(月) 15:15

本日は以上です。

182 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/06(月) 16:50
!!!!

気になって眠れないパターンの終わり方!!!
さすが更新にもドS発揮される玄米ちゃ様ですね…w
183 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/06(月) 18:05
盛り上がって参りました!!
184 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/06(月) 23:43
ダァー ウォー 切ねぇ!
185 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/10(金) 13:21

>182:名無飼育さん様
 作者の得意なパターンです(笑)

>183:名無飼育さん様
 もっと盛り上がって頂きましょう!

>184:名無飼育さん様
 まさか作者が壁ごしに184様の叫びを聞いてたなんて
 露ほども思ってないでしょうねぇ・・・


では本日の更新です。

186 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/10(金) 13:21


187 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:22

「それでは、新婦のご友人を代表して
 吉澤ひとみ様にご挨拶を賜りたいと思います」


「頑張って!」

柴ちゃんから小さく声がかかる。
同じテーブルの子達からも「いってらっしゃい」
なんて声がかかって、吉澤さんが微笑んだ。

静かに立ち上がると、
最後にわたしに視線を合わせて

「いってきます」

小声だけど、力強くそう言って、
彼女は前方に向かった。

188 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:23

新郎新婦、そしてご両家への祝辞から始まった彼女の挨拶は、
時に可笑しく、時にジーンとさせて参列者の胸を打った。

挨拶自体は、一緒に考えたものだけれど
彼女の声からにじみ出る人柄の良さや、優しさが
聞く人の胸に響いたんだと思う。

だって、何度も何度も
練習に付き合わされたわたしでさえ
思わずホロッと、涙がこぼれそうになったくらいだから――


「どうか末永く、お幸せに」

そう結んだ途端、
会場から割れんばかりの拍手が響いた。

一瞬、驚いた顔をして
照れたように微笑んだ彼女が、テーブルに戻ってくる。

189 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:23

「すごく良かったよ!」

涙を拭いながら、柴ちゃんが言ったのを皮切りに、
同テーブルの子達が、それぞれ称賛の言葉を口にする。

頬を染めて、ホッとしたように
息を吐き出して、吉澤さんが席についた。

「あ〜、キンチョーした!」

「そうは見えなかったよ?」
「うん。すごく落ち着いてた」

周りの皆は、そう言うけど
わたしは知っている。

かすかにだけど、指先が震えていたのを。
そして今も、テーブルの下にある彼女の指先が震えているのを――

190 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:24

新郎の友人の挨拶が始まって
皆の視線が、そこに向くと
わたしは静かに隣の席に手を伸ばした。

冷たくなって、震える指先をそっと握る――

新郎の友人に視線を送ったまま
彼女がわたしの手を受け入れ、
指と指を絡ませると、強く握り返してきた。

まるで、抱きしめられたみたいに
体中が熱くなって、心臓が早鐘を打つ・・・

テーブルの下での、2人だけの秘め事――

彼女へのご褒美のつもりだったのに
わたしの方がドキドキしてしまって
このままずっと、新郎の挨拶が続いて
手を繋いでいられたらいいのに・・・

――そんな風に願ってしまった。

191 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:24





192 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:24


「梨華ちゃん、あゆみ
 今日は来てくれてありがとう」

デザートブュッフェを堪能しながら
デッキに出ていたわたし達の元に
アヤカさんが来て、声をかけてくれた。

「ほんとに素敵ですね。
 アヤカさん」

お色直しでオレンジ色のドレスに
着替えた彼女は、純白とは打って変わって
大人の色香が漂っている。

「ご主人も素敵な方ですね」

「でしょ〜。なのによっちゃんたら
 まあまあなんて、ねぇ?」

少し離れた所で、女性陣に囲まれる
吉澤さんを3人で見つめた。

「よっちゃんたら、すっかり人気者ね?」

193 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:26

歓談の時間になった途端、
吉澤さんはあっちこちに引っ張りだこ。

 『挨拶感動しました』
 『一緒に写真撮ってください』
 『メルアド交換しません?』

などなど…

まるで初めて会った日の飲み会みたい。
あの日も会社の皆に囲まれてたなぁ。

そして、わたしの顔を窺うのも
あの日と同じ。

ほら、今だって――


「吉澤さ〜ん!
 アヤカさんと一緒に写真とろ〜!」

そう呼びかけて、助け船を出したのは柴ちゃん。
大きく何度も頷いて、自分の腕に絡まっていた腕を解くと、
逃げるように彼女がこっちにやって来る。

194 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:26

「よっちゃんお疲れ〜
 主役の次に人気者ね?」

「ったく、なんでアタシが
 こんな目に合わなきゃ、いけねーんだよ」

ふて腐れたように言う彼女が
子供みたいでかわいい。

「だってほんとに素敵だったわよ?」

アヤカさんが人差し指で頬をつつくと
吉澤さんの顔が真っ赤になった。

「かわいい、よっちゃん」
「子供扱いすんなよ」

「あら、子供扱いなんかしてないわよ?
 よっちゃんと一度くらい恋人に
 なっとけば良かったかな〜って後悔してるの」

「こっちが願い下げだね」

うっとおしそうにそう言ったけど
彼女の態度を見てると、アヤカさんに憧れてたのは、
ほんとなんだって嫌でもわかる。

「そんなこと言ってると
 旦那に逃げられるぞ」

「それは大丈夫。
 彼は私にベタボレだから」

「どうだか?」

肩をすくめた姿さえサマになっていて、
周囲から小さく黄色い歓声があがった。

195 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:27


「あ、そうそう。
 よっちゃんには挨拶の他に
 もう一つお礼を言わなきゃだわ」

「はあ?
 アタシ、別に何もしてねーけど?」

アヤカさんが、無言で
足元を指差した。

「ここだけの話しね?
 彼、シークレットブーツなの」

「「ええっ??」」

わたしと柴ちゃんが、
同時に驚いた。

「背がちょっと低いのがねぇ、ただ一つ残念な所なのよ。
 あとは完璧なんだけど…。だからね?
 昔のよっちゃんのアイデアを借りて・・・」

「アヤカ」

遮るように、吉澤さんが言った。

「昔の話しはすんなよ」

「どうして?2人は知らないでしょ?
 よっちゃんがシークレットブーツ履いて――」

「いい加減にしろ!」

声を荒げたところで
吉澤さんに声がかかった。

196 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:28

「あの〜。
 一緒に写真撮って頂けませんか?」

「え?
 ああ…、いいですよ」

腕を引いて連れて行かれながら
釘をさすように彼女は言った。

「アヤカてめぇ、それ以上
 余計なことしゃべったら許さねぇからな!」

「おおっコワっ!」

アヤカさんが笑いながら
大袈裟に身震いする。


「――あの…
 吉澤さんがシークレットブーツって…?」

柴ちゃんが尋ねた。

「ごめんね、後が怖いから
 ナイショ」

人差し指を口にあてて
悪戯っぽく笑うアヤカさん。

197 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:28

「吉澤さん。背は高い方だと思うんですけど
 どうしてそんなものを?」

諦めずに食い下がる柴ちゃん。
黙ってはいるけど、知りたい気持ちは
わたしも一緒。

「ふふっ。周りの皆が高かったからね。
 その時だけなのよ?
 あ、いけない!
 本気でよっちゃんに怒られちゃう」

また大袈裟に身震いを一つして
アヤカさんは声をあげて笑った。

何気なく吉澤さんに視線を移す――


198 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:29


「Hey!Hitomi!!」

そう呼びかけられて振り返ると
吉澤さんの顔がはじけんばかりの笑顔に変わった。
嬉しそうに返事をしながら駆け寄って
声をかけた男性とハグをする――

――誰なんだろう・・・、あの人・・・

恋人とか、そういう関係ではないと思う。
だって年が離れ過ぎてるもの――


「アヤカさん。
 あの方って…?」

堪らずアヤカさんに尋ねた。

199 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:29

「ああ、彼?
 この船のクルーよ」

船員服姿で、立派な体格の彼が
間違いなくこの船の乗組員だとは一目でわかる。
けれど、昔からの知り合いのように
あんなにも仲良さげに、吉澤さんと話すのはなぜ…?

大きな手で吉澤さんの頭を撫でる彼。
照れたようにはにかむ彼女――

「彼、ハワイ出身なのよ。
 だからよっちゃんとも仲良し」

…え?
――ハワ、イ…?

どうしてハワイ出身だと
吉澤さんと仲良しなの?


微笑ましげに2人を眺めながら
アヤカさんは信じられない言葉を続けた。

200 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:30


彼、ここに来る前は、
よっちゃんの御祖父様の船に乗ってたんだって。
すごい偶然でしょ?

私も出航する前に聞いて、ビックリしたのよ。
だって私、乗ったことあるんだもの。
御祖父様の船に。

裕ちゃんに誘われてね、乗ったの。
ハワイのサンセットクルーズ。

ほんと綺麗だったなぁ…

あ、絶対ナイショだけど
その時なのよ?

よっちゃんがシークレットブーツ履いてたのって――


201 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:30

「アヤカ〜
 写真とろーよ」

「あ、ごめんね。呼ばれちゃった。
 2人ともまだまだ楽しんでね?」

爽やかな笑顔を残して
アヤカさんが立ち去る・・・


――どう、いう、こと…?

言ってる意味が、わからないよ――


吉澤さんが…?

ハワイ、に…?
サンセットクルーズ…に?


202 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:31


「ねぇ梨華ちゃん、吉澤さん、さ…」


――ヤダ、まさか…、
まさか、そんなはず――


彼女よりも少し高い彼の背丈。
隣に並ぶとわかる口元の位置の違い・・・

それは、靴のせいだったって言うの・・・?


「Oh!!」

吉澤さんと一緒にいる彼から、感嘆の声があがって、
わたしの視線が彼女の姿を捉えた――

203 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:31


――うそ…、で、しょ…

あまりの衝撃に、
わたしの視界から、余計なものが一切消えた。

ただ彼女だけが…
彼女の姿だけが・・・

彼の船員帽を被せられた彼女の姿だけが
わたしの目には映っていて――


 <ガシャンッ!>

思わず、ケーキ皿が
手から滑り落ちた。

音に驚いて、
わたしに顔を向けた彼女と目が合う――

204 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:32


  『中は飽きちゃいましたか?』
  『退屈してるなら、お詫びに
   良いところに連れていってあげます』


う、そ…よ…

そんな…、そんな、こと――

あるわけ――


慌てたように
彼女が帽子を取った。

205 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:32

「お客様!
 お客様!大丈夫ですか?!」

夢から覚めたように
現実が戻ってくる。

「…え?ああ…
 ごめんなさい。大丈夫です…」

「お怪我は?」

「いえほんとに。
 大丈夫ですから・・・」

手早く片付けてくれた係の人にもう一度謝る。
集まっていた視線が、それぞれの場所に戻って行く――

隣でずっと、押し黙っていた柴ちゃんが
呆然としたまま、わたしに問いかけた。

「・・・ねぇ、梨華ちゃん…
 梨華ちゃんの、好きな彼ってさ――」

一呼吸おいて、言葉を繋ぐ…

206 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:33

「――吉澤さんだったってことはない?」

似てるんじゃなくて
彼女が本物だったんじゃないの?

船員服着てたから、男の人に見えただけでさ。

だって、梨華ちゃん言ってたじゃない。

金髪じゃないし。
制服も着ていないし。
帽子も被っていないけど・・・

真っ白な肌が。
その大きな瞳が。
ハリウッドの俳優が負けてしまうほどの、
端正な顔立ちが、どれもあの日の彼とそっくりだって・・・


「だから、梨華ちゃん。
 ほんとは吉澤さんが――」

207 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:33

「違うよっ!」

違う、そんなはずないよ。
だって彼は――

彼は死んだんだもの…


  『海難事故で乗組員が一人死亡』

だって彼女が…
彼女が頼んで調べてくれたんだよ?


  『2008年夏の記事です』

彼女が彼は死んだって。
間違いなくそう言ったんだよ?

彼女が彼だったなら
そんなこと言うわけないじゃない!


208 名前:第6章 3 投稿日:2010/12/10(金) 13:34

「・・・ねぇ梨華ちゃん、その記事
 今持ってたりする?」

コクリと頷いた。

どうしても捨てることが出来なくて、
かと言って、しまい込むことも出来ずに
手帳に入れて持ち歩いている。

「ちょっと見せて?」

バッグの中をさぐって
手帳を取り出すと、それを柴ちゃんに渡した。


無言のまま、視線を走らせて
深いため息をつくと、柴ちゃんは言った。

「・・・船降りたら、吉澤さんを貸してくれる?」

「え?」

「悪いけど、梨華ちゃん。
 今日は、一人で家に帰って」

柴ちゃんがわたしを見据えた。

「やっぱり私、今夜吉澤さんに
 告白するから」

冷たい海風が
わたしの体を吹きぬけた。

209 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/10(金) 13:34


210 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/10(金) 13:35


211 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/10(金) 13:35

本日は以上です。

212 名前:名無し留学生 投稿日:2010/12/10(金) 13:52
研究室の昼休み中で拝見してので、思わず「あぁぁ〜」っと叫びことが出来なくて、つらいわwww

やっと、ドSの作者様も心機一転ですか?
頼むよ、柴ちゃん!悪いことしちゃダメ〜
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/11(土) 01:02
これはピンチなのか?チャンスなのか?どっちなんだ\(*`∧´)/?
214 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/13(月) 13:18

>212:名無し留学生様
 このドS全開な作者が心機一転なんて
 する訳がないじゃないですか(笑)

>213:名無飼育さん様
 さて、どちらでしょうかねぇ・・・


では本日の更新にまいります。

215 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/13(月) 13:18


216 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:19

「ごめんね、疲れてるのに」

アタシを気遣うようにそう言って、
柴田さんは向かい側に腰掛けた。

海沿いにある小さなカフェレストラン。

夜を迎えた海は真っ黒で
まるでアタシの心を映してるみたいだ…


正直、柴田さんが誘ってくれて感謝してる。
あのままの気まずい雰囲気を引きずって
石川さんと2人で家に帰るのは辛い。

こうして一呼吸置ければ
アタシは最後まで、嘘をつき通せる。

彼女を悲しませることなく
笑顔のまま、『さよなら』を言える――

217 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:20

「何にする?」

メニューを開きながら
尋ねてくる柴田さん。

「誘ったのは私だから奢るよ?
 好きなの頼んでね?」

微笑みかけてくれる笑顔は
本当に愛らしくて、思わずこっちまで笑顔になる。

「ずっと柴田さんのお誘いに乗らなかったから
 今夜はアタシがお詫びの意味をこめて奢りますよ」

そう言うと、驚いたように目を見開いて
それから嬉しそうに微笑んだ。

「一応、悪いとは思ってたんだ?」
「・・・え?あ、いや、まぁ・・・」

覗き込まれて、何ともバツが悪い。

218 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:20

ちょっと前まではずっと
石川さんのそばにいたかったんだ。

朝も昼も夜も
一番近くにいたかった。

誰よりも一番近くで
照れた笑顔も、優しい笑顔も、
困った顔も、すねた顔も
全部見ていたかった。
全部見逃したくなかった。

だからずっと、柴田さんの誘いを断り続けてきた。


だけどもう。
今のアタシに。

――断る理由なんて、ない。

219 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:21

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな?」
「どうぞどうぞ、甘えちゃって下さい」

そう言うとまた、嬉しそうに微笑んで
近くのウェイターを呼んだ。

「私、これ下さい」

メニューを指差しながら注文して
アタシの方を見る。

「じゃ、アタシも同じもので」

かしこまりました。
恭しくお辞儀して、ウェイターが下がると
柴田さんは頬を染めて、今までで一番嬉しそうに微笑んだ。

「・・・同じもの、頼んでくれるんだ?」
「ん?だって、寒いし温かいのがいいなって」

そういうの。
結構嬉しいんだよね。

つぶやく様にそう言って
柴田さんは窓の外に目を移した。

220 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:23

ロマンティックに輝く電飾が
真冬の夜の海をキラキラと照らす。

寒さをしのぐように
寄り添い歩く恋人達・・・

目で追っていた2人が立ち止まり
キスを交わすのを見て、慌てて目をそらした。


「・・・真っ赤になってやんの」

頬杖をついて、いつの間にか
アタシを凝視していた柴田さんに意地悪く言われ
余計に頬が熱くなる。

「もっと激しいキス、したことあるくせに」
「な、な、な、何を、急に」

見たことないくせに、
突然何言い出すんだ、この人は――

221 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:23

固まったアタシの鼻に
甘い香りが近づいて来て
目の前にグラスが置かれる。

「どうぞ、ごゆっくり」

愛想笑いを浮かべて
ウェイターが下がると

「いただきま〜す」

アタシに一声かけて
柴田さんがグラスに口をつけた。

「うわっ、何コレ。
 アルコール入ってるじゃん」

ぷはっ。
思わず笑っちゃった。

「知らないで頼んだんですか?」
「だってコーヒーって書いてあったよ?」

ふて腐れた顔が、子供みたいで可笑しくて
声をあげて笑った。

222 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:24

「何よ〜」

ますますふて腐れちゃった柴田さん。

「すみません。柴田さんでも
 子供みたいにふて腐れたりするんだって思ったら
 何だかおかしくて」

「ふ〜んだ」

唇を尖らせた柴田さんに説明してあげる。

「アイリッシュ・コーヒーってのは
 アイリッシュ・ウィスキーを使ってるカクテルなんですよ。
 でもホットだし甘いから、今日みたいな寒い日にはピッタリ」

そう言って、アタシも一口含んだ。
懐かしい味だな・・・

「吉澤さんは知ってて頼んだの?」
「ええ。もちろん」

「でも、ハワイじゃ飲まないんじゃない?
 こんなカクテルは」

「そうですね。だから大学に入ってからですよ。
 この味を知ったのは――」

そこまで言って、驚いて
顔を上げた。

223 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:24

「大学は、アメリカ本土だっけ?
 でもその前は、ずっとハワイだったんだよね?」

「――どうして、それを・・・」

「この前聞いちゃった。中澤社長に。
 安倍さんの代わりにアヤカさんの式に出てあげるから
 吉澤さんのこと教えて下さいって」

姉さんのヤツ。
会社に入る前に、絶対言うなって口止めしといたのに・・・


「ハワイのサンセットクルーズ」

その言葉に心臓が跳ねた。

「吉澤さんも乗ってたんでしょ?」
「――それも、姉さんに・・・?」

「残念ながら、社長は大学とハワイにいたことしか
 教えてくれなかった。今のはアヤカさんから」

「まさか――」

「そう。今日聞いたの。
 梨華ちゃんと一緒に」

一気に、血の気が引いていく気がした。

224 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:25

「今日はね?
 2つ話したいことがあって
 吉澤さんをお誘いしたの」

「・・・2つ?」

うん。
大きく頷いて、柴田さんは姿勢を正した。

「1つ目はね?」

コホンと咳払いを一つして
柴田さんは言った。

「吉澤さんのことが好きなの。
 だから私と付き合って」

グホッ!
思いっきりむせた。

「大丈夫?」
「・・・ケホッ、ケホ。だいじょ、ぶ、です・・・」

これって、告白ってヤツだよね?

225 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:25

窺うように柴田さんを見る。
真っすぐな視線に、思わず目をそらしてしまう・・・

「返事を聞かせて?」
「・・・へ、返事、ですか・・・?」

「そう。私の恋人になってくれる?」
「それは・・・」

気まずくて、再びグラスに手を伸ばす。

「好きな人いるんでしょ?
 だったら2番目でもいいよ」

グホッ!!
再び派手にむせた。

「大丈夫?」
「・・・ケホッ、ケホ。だいじょ、ぶ、です・・・たぶん・・・」

226 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:26

「あはは。吉澤さんて面白い」

声をあげて笑う彼女にムッとした。

「・・・からかってるんですか?」

「そんな訳ないじゃない。
 玉砕覚悟で、告白してるんだから・・・」

消え入りそうな語尾でそう言って
彼女が俯いた。

「・・・いつの間にかね、好きになってた。吉澤さんのこと。
 吉澤さんに好きな人がいたって構わない。
 1番じゃなくたって構わない。
 ――そう、思ってしまうほど・・・」

「柴田さん・・・」

「2番目でいいから。
 違う人を想ってても構わないから・・・」

だから――

227 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:26

かすかに震える柴田さんの肩。

そんな風に思ってくれてたなんて
全然気付かなかった――


けど、好きな人がいてもいいなんて、
そんなの悲しすぎるよ。

だって、そんなの・・・

抱きしめたって
甘えたって

相手は空っぽなんだよ?

どんなに自分を見て欲しくたって
目の前にいる自分を愛して欲しくたって

心は別のところにあるんだよ?

そんな思いを
柴田さんにはさせたくないよ。

だってアタシはそれで・・・

――ずっと苦しんできたんだ。

228 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:27


「・・・ごめんなさい」

柴田さんが顔を上げた。

「ごめんなさい、アタシ。
 柴田さんとは付き合えない」

2番目とか、そんなの出来ないよ。
アタシは一番好きな人としか、恋人にはなれない。

「そっか・・・」

うな垂れた柴田さん。

「気持ちは嬉しいんだけど
 やっぱり・・・」

「良かった!」
「へ?」

顔を上げた柴田さんは
満面の笑みだった。

229 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:27

「いや〜、やっぱり私が好きになっただけはあるね」

かんしん。かんしん。
なんて言いながら腕組みしてる。

「これで私の恋は、綺麗さっぱり
 ここで終わり。
 短い片想いだったけど楽しかったよ?」

――ありがとう。

そう言って、バカ丁寧に頭を下げると

「じゃ、2つ目の話ね?」

って、何事もなかったかのように続けた。

柴田さんの、有無を言わせぬ勢いに圧倒されたけど――

グラスを持つ指先が、かすかに震えているのに
気付いてしまって、チクチクと胸が痛んだ。

230 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:28


「さて、ここからが本題ね?」

グラスの中身をグイッと呷って
柴田さんが続ける。

「どうして言わないの?
 梨華ちゃんに」

「――何を、ですか・・・?」

2人はアヤカから
どこまで聞いたんだろう…
全部か?それとも――

「だから本当のことだよ」
「本当の、こと?」

もしあの船で、アタシが船員だったことを
聞いたとしても――

「吉澤さん、ハワイのサンセットクルーズにいたんでしょ?
 あの日…、8年前の梨華ちゃんと恋に落ちたのは、
 あなたにそっくりな彼じゃなくて、あなた自身なんでしょ?」

あの日石川さんとキスしたことは、亜弥しか知らない。
アヤカにも、姉さんにも言っていない。
だからきっと、決定的なことは
何も知らないはずなんだ…

231 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:29

「何を根拠にそんなことを?」

思わず声がうわずった。

柴田さんがバッグから
紙切れを取り出して、アタシの前に置く。

これは――


「よく出来てるよね。この記事。
 けどハワイに氷山なんかない」

それに――

「映画の主人公と全く同じ名前だね」

私、話せないけど
ヒアリングとリーディングは出来るの。

船で、体格のいい船員さんと話してた時
『いつ船には戻るんだ?』って聞かれてたよね?
吉澤さんの声は、周囲の音にかき消されて
聞こえなかったけど、船に戻るって御祖父様の船なんじゃないの?

232 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:29

「吉澤さん。あの日・・・
 8年前のあの夏の日。
 その御祖父様の船で働いてたんじゃないの?
 船員服着て、船員帽を被って・・・」

「違うっ!」

思わずテーブルに拳をぶつけていた。

大きな音に、周囲が静まり
アタシ達に視線が集まる――


「…アタシの訳、ないでしょ」

声が震えた。

「どうして嘘つくの?
 梨華ちゃん、ずっと待ってたんだよ?
 ずっとあなたのこと好きだったんだよ?」

柴田さんの言葉が、一言一言胸に突き刺さる。

「今わたしに、一番好きな人としか恋人にはなれないって
 言ったのは、あなたじゃない。
 あなたも好きなんでしょ?梨華ちゃんのこと。
 なのにどうして、本当のことを言わないの?」

アタシじゃ、ないんだよ…

分かってよ、柴田さん。
石川さんが求めているのは
このアタシじゃ、ないんだ――

233 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:30

「…彼は、死んだんだ」

「彼じゃない!
 吉澤さんなんでしょ?」

「違うよ!
 違うったら…」

違うんだよ、柴田さん。

今日だって見たでしょ?
石川さんのあの顔…

驚きと困惑が入り混じった彼女の顔を――

嫌われたくないんだ。
ガッカリさせたくないんだ。

ましてや…

8年前のあの日を
後悔して欲しくないんだよ――

過去の人になったっていい。
石川さんの胸の中で大切な人として、刻まれていたい。
綺麗な思い出のまま、いつまでも刻まれていたいんだ…

234 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:31


「――彼は、死んだんだよ・・・」

「吉澤さん…」

「2008年の夏、彼はあの海で死んだんだ・・・」

アタシの想いと一緒に――


出会った夏以来、毎年欠かさず
夏休みはじいちゃんの船でバイトしてた。
あの船で待ってれば、もう一度
彼女に会えるかもしんないって――

名前も何も知らないけど、ずっと信じてた。
きっとまた会えるって。
きっとアタシ達は運命だって…

だけど諦めたんだよ。
何年も待つだけの自分に疲れて。
よく似た後ろ姿を見かけて
胸が高鳴ることにも、もう疲れたんだよ。

だからアタシは
2008年の夏を最後に、待つことを止めたんだ。

235 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:31

けれど次の年に
あなたによく似た人が
アタシに似た男を尋ねて来たって聞いて――

舞い上がって、残された乗客名簿から
彼女のことを徹底的に調べたんだ。
姉さんの会社にいるって知った時は
やっぱり運命だって思ったよ。

だけど笑っちゃうよね?
早く気付けばよかったんだ。
彼女が男を尋ねて来たということに――


彼女が求めているのは
アタシであって、アタシではない…

真実の姿のアタシは
彼女と恋は出来ないんだ。

魔法にかけられたアタシの
あの日、あの時間だけの夢物語。
魔法がとけて真実の姿になれば、物語はそこでおしまい。

お伽話のようには
現実はうまく行かないんだ。

だって、アタシが履いていたのは
ガラスの靴じゃない。

笑っちゃうほどマヌケな
シークレットブーツだったんだから…

236 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:32

「彼は、もういないんだ」

伝票を掴んで立ち上がった。

「どうして?どうしてなの?
 本当は吉澤さんだったんでしょ?
 お願いだから、梨華ちゃんに本当のこと教えてあげてよ!」

すがるようにアタシを見上げる
柴田さんに微笑みかけた。


――本当のことなんか。

真実なんか、知らない方がいいことだってあるんだ・・・


「今日は誘ってくれて
 ありがとうございました」

困惑した顔の柴田さんに向かって
深々と頭を下げた。

237 名前:第6章 4 投稿日:2010/12/13(月) 13:33

傍らにかけておいたコートとバッグを持って
レジに向かう。

「何でよ!
 何で認めないの?!
 あなたしかいないじゃない!
 なのにどうして?!」

無言のまま、手早く会計を済ませて外に出た。

凍てつく寒さが、身も心も
凍らせる――


「やっぱ日本は寒いなぁ・・・」

つぶやくと同時に、白い息が吐き出され
上へ昇っていく・・・


帰ろう。
暖かい場所へ。

もう全て終わったから
アタシの戻るべき場所へ

帰ろう――

238 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/13(月) 13:33


239 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/13(月) 13:33


240 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/13(月) 13:33

本日は以上です。

241 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/13(月) 23:54
きっとハッピーなエンドが...待っている......はず........
242 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/17(金) 11:50
っぅぅぅぅあああああぁぁぁぁx
243 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/22(水) 10:54

>241:名無飼育さん様
 戦場カメラマンかと思いました(笑)

>242:名無飼育さん様
 痛いの痛いのとんでいけ〜
 ・・・いきませんかねぇ。


では、本日の更新です。

244 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/22(水) 10:54


245 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:55

「うまく、行っちゃったのかな…」

船を降りて、2人と別れてから、
もう随分時が経っている。

もしも…
もしもね?

柴ちゃんの告白が成功して
2人が恋人になったとしたら――

わたしは笑顔で
喜んであげなきゃ…

だって、親友の恋が実ったんだよ?
だって、かわいい後輩に恋人が出来るんだよ?

こんなに喜ばしいことはないじゃない…


――なのに、ね。

さっきから、わたしの心は晴れない。

なぜかどんより曇って、ソファーで一人
膝なんか抱えちゃってる。
携帯を片手に、どちらかの着信を
今か今かと待ち受けている。

246 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:56

「連絡がないのは、いい知らせってことか…」

うまく行って、そのまま2人で
デートしてるのかもしれないし…

もしかしたら、今夜は帰らないかもよ?
大人の恋なワケだし…

ズキンと胸が痛んで
顔をしかめた。


「あー!もう!
 やめた、やめた!」

手にしていた携帯を
テーブルに放り投げる。

一人の部屋に、硬い音が響いて
思わず驚いて肩をすくめた。

――ほんっと、バッカみたい…

涙が出そうになって、唇を噛み締めると、
色んなことを振り切るように、勢いよく立ち上がった。

247 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:56

「よしっ!こうなったら飲もう!」

今日の引き出物に、赤と白のワインがあったし。
もし吉澤さんが帰って来たら
おめでとうって乾杯してあげよう。
もしかしたら2人で帰ってくるかもしれない。
そしたら、3人で…ね?

その時は――

柴ちゃんが吉澤さんと一緒に
寝るんだよね…


「あー!もうっ!ヤダ!
 こんなこと考える自分がヤダ!」

ドスドスと足音をさせて
キッチンに行くと、ワイングラスを一つ取り出し、
引き出物の入っている袋を持ってソファーに戻った。

248 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:57

  <♪♪♪♪♪>

テーブルの上で鳴り出す携帯に
思わず息を飲む。

サブディスプレイには
[柴田あゆみ]って表示されていて――


激しく脈打ち出した心臓を落ち着けようと
テーブルにグラスと袋を置いて、
胸に手をあてて、深く深呼吸すると携帯を手にとった。

震える指で、通話ボタンを押す――


「もしもし…」

『出るの遅いろ、こらぁ〜』

「ごめん…。ねぇその声。
 もしかして柴ちゃん、酔ってるの?」

『おおう!酔ってるろ〜』

「ちょっと大丈夫?」

『だいじょぶ、だいろぶ。
 やけ酒でぃ!』

「やけ酒って…」

『フラれたからに決まってるらろ〜
 ちくしょう!てやんでぃ!』

柴ちゃん…

249 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:58

『ああ〜〜!!』

耳元で絶叫されて
思わず一瞬携帯を遠ざけた。

『――らろ〜』

「え?なに?」

耳から遠ざけた分
最初が聞き取れなかった。


『今、梨華ちゃん…
 ホッとしたでしょ?』

突然しっかりした柴ちゃんの声。

『私がフラれたって聞いて
 安心したでしょ?』

「…な、そんな訳…」

『もう正直になりなよ。
 てか、梨華ちゃんも吉澤さんも
 どうして正直にならないの?』

「吉澤、さん…も?」

『私のカンて言うか、
 多分正解だと思うんだけどね?』

そう前置きをして
柴ちゃんは続けた。

250 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:58

吉澤さん。
梨華ちゃんが思い続けている彼本人だと思うよ?

だって、ハワイのサンセットクルーズなんて狭い範囲で
容姿がそっくりな人が、2人いるなんて有り得る?

吉澤さん、一人っ子だよ?
歳も近いし、肌の色も、大きな瞳も
そっくりなんて、本人以外有り得ないよ。

それにあの記事。
きっと偽物だよ?

ハワイ沖で氷山にぶつかって
彼は亡くなったことになってる。
しかもレオ様の役名と全く一緒だし…

まあ吉澤さん本人は
頑として認めなかったけどね――

251 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:59

『梨華ちゃんだって
 彼女が彼かもしれないって思ってるんでしょ?』

「――わたしは・・・」

思ってないといえば嘘になる。
でも、彼女が彼だとしたら、どうして言ってくれないの?
どうして死んだなんて嘘をつくの?

『う〜ん・・・、そうなんだよね・・・』

「それにね、柴ちゃん」

彼と彼女、違うところがもう一つだけあるの。
彼はやっぱり男性だってわかることが、一つだけ・・・

「のど仏がね、彼にはあったから・・・」

そう言うと、なぜか
受話器の向こうから深いため息が聞こえた。

「柴ちゃん・・・?」

252 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:59

『・・・ねぇ、一緒に暮らしててさ。
 吉澤さんのノド元見たことないの?」

「ん?う〜ん・・・
 あまり凝視したことないかも・・・」

だってどうしても、あの綺麗な顔に
目が奪われてしまうんだもの――

『彼のは見たのに?』

「日本語うまいなぁって関心して
 口元とか、のど元とか見てたから・・・」

『あのね、梨華ちゃん』

253 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 10:59

『のど仏ってさ、声帯の関係で
 女性でも目立つ人、いるんだよ?』

「うそ!」

『うそじゃないよ、ほんと。
 吉澤さんのノド元見てごらん?』

「吉澤さん、の・・・?」

『そう。自分の目でしっかり確かめてごらんよ。
 あの日見た、彼のと同じかどうか』

「同じかどうかって・・・」

『吉澤さんのノド元
 よく見ればわかるよ』

254 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:00

『男だとか女だとか、そんな先入観捨ててさ。
 ちゃんと真実を見ようとしてごらんよ。
 だって私、梨華ちゃんが言った通りになったんだよ?』

「…言った通り?」

『彼のこと、すごく素敵な人だよ?絶対柴ちゃんも惚れちゃうから。
 って言ったのは梨華ちゃんじゃない。
 で、私ほんとに好きになっちゃったんだよ?
 これも吉澤さんだって証拠の一つじゃないの?』

柴ちゃん…

『私は今日キッパリとお断りされたからさ。
 私のことは気にしないで』

梨華ちゃんが温めてきた想いをぶつけてごらんよ。
吉澤さんが彼なら、絶対受け止めてくれる。
てか彼でしょ、絶対。

状況証拠は完璧だもん。
あとは頑なな本人に自供させるだけだ。

ったく、なんであんなに頑なに否定すんのかなぁ?

ねぇ、なんかないの?
絶対本人だってわかること。

255 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:01

『この人が彼だって言い切れる
 何かってないわけ?』


「――ないことも…、ないかも…」

『マジ?』
「うん…」

わたしがずっと守ってきたもの――

彼の温もりを忘れないために。
彼に再び会えたときのために。

この8年、ずっと守ってきたものが
一つだけ、ある…

256 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:02

 <ガチャリ>

玄関の鍵が開く音がした。

「どうしよう、柴ちゃん。
 吉澤さん帰って来ちゃったみたい…」

『わかった。じゃ、切るから』

「えっ?ちょ、ちょっと待って!」

『いい?その梨華ちゃんが守ってきたもの
 絶対今夜、確かめてみるんだよ?』

「で、でも、そんな急に・・・
 今夜はまだ・・・、もう少し待って」


『――8年も待って、まだ待つ気?』

柴ちゃんの言葉が胸に刺さって
グッと言葉に詰まった。


『真実が知りたいなら
 あとは梨華ちゃんが動くしかないんじゃないの?』


257 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:02


――柴ちゃんの言う通りだ・・・

一番近くで、ずっとわたしを心配して
見守ってきてくれた柴ちゃん。

今夜、柴ちゃんが吉澤さんに告白したのは、
わたしのためでもあったはずなんだ――


「・・・分かった。頑張ってみる」

そう告げて、通話を切ったと同時に
吉澤さんがリビングに現れた。


「ただいま〜」

わたしの手元を見て

「ごめん
 電話中だった?」

申し訳なさそうに
そう言った彼女を見上げた。

今日一日、いつも以上に輝いていた彼女。
少し疲れは見えるけれど、その輝きは失せていなくて
またわたしの鼓動が一つ早くなる・・・

258 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:03

「ううん。大丈夫。
 ちょうど終わった所だから」

「そっか」

安堵したように微笑んだ彼女が

「ふぁ〜疲れたぁ〜」

大きく伸びをして

「先、着替えて来ちゃうね」

そう言って、自分の部屋へと消えて行った。


ふぅ〜っと、大きく息を吐く。

――わたしが動くしかない、か・・・


259 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:03

そっと人差し指で自分の唇に触れて
目を閉じる――

柔らかな感触。
映画のように、甘いキス。

何度もわたしの唇を包みこむように
優しいキスを繰り返しくれた、あの温もり・・・

『I Love You』

吐息まじりで囁かれて
波が深く、大きくうねるように激しく
わたしを求めてくれた、あの唇――

260 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:04


――わたし、やっぱりあの人が好き・・・

それが吉澤さんだとしたら、なおさら・・・


 <ガタン>

「あ〜、今日はほんっと疲れたぁ!」

部屋から出て来た彼女の声に
思わずビクッとする。

「も〜、スピーチだけはマジ勘弁」

そう言いながら、ドカッと
隣に腰掛けた彼女に心臓が跳ね上がった。

「おっ!このグラス。
 石川さん、もしかして一人でワイン飲む気だったの?」

覗き込まれて、
一気に頬が熱くなって、俯きながら頷いた。

261 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:04

…えっと・・・
――吉澤さんも一緒にどう?

そう言いたいのに
体が固まってしまって、言葉が続かない・・・


「アタシも一緒に飲んでいいかな?」

驚いて顔をあげた。

「一緒に…、いい?」

無言で何度も頷くと
彼女が嬉しそうに微笑んだ。

262 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:05

「あ、ねぇ。
 アタシ飲む前に、軽くシャワー浴びて来ていい?
 この分厚い化粧を何とかしてぇ」

「すごく綺麗なのに」

「ハハッ、あんがと。
 でも石川さんの方が綺麗だったよ」

わたしを見つめながら
サラリと言う彼女に、また頬が熱くなる・・・


不意にソファーに置いていたわたしの手に
彼女の手が触れた。

そのままわたしの手を持ち上げて、
彼女が両手で包み込むように握る――

あり得ないくらい鼓動が早くなって
体中が熱くなる・・・

263 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:05

「――ご褒美、ちゃんとくれて嬉しかった…」

再現するように、吉澤さんが
指と指を絡ませてわたしの手をギュッと握った。

――テーブルの下での2人だけの秘め事。

あのまま、新郎の友人のスピーチが
終わらなければいいのに…

わたし、密かにそんなことを願ってたの…

声に出せない想いが
体中に渦巻く――


「スピーチうまく行ったの、
 石川さんのおかげだよ?
 ありがとう」

そう言うと彼女は、繋いだままの手を
そっと持ち上げ、唇を寄せた。

カッと全身が熱くなる。

まるでスローモーションを見ているように
彼女がわたしの手の甲に口づけ
その唇がゆっくり離れて行くのを見守っていた…

264 名前:第6章 5 投稿日:2010/12/22(水) 11:06

「さて、シャワー浴びてくるかな」

スッと立ち上がって
バスルームへ消えていく彼女の後ろ姿を
呆然としたまま見送る――


頭の中が完全にショートしてる。
全身が心臓になったみたいに鼓動が激しくて、
体中が燃えるように熱い…

ただ一つ、彼女が触れた場所が。

優しいキスをくれた手の甲だけが
別物のように、彼女の温度を鮮明に残していて――


――彼、なんだろうか…

静かに目を閉じて
彼女が触れた自分の手の甲に唇で触れた。

知りたい。
真実を。

今夜、あなたの唇に触れて
わたしが自分で確かめるんだ・・・

そう心に決めて、
もう一つグラスを用意するために
キッチンに向かった――

265 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/22(水) 11:07


266 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/22(水) 11:07


267 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/22(水) 11:07

本日は以上です。

268 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/22(水) 11:45
寸止め地獄じゃあああああぁぁぁ!!!
はやく次の更新を!!!
269 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/22(水) 11:50
わ、わ、わ、きたよっ、きたよおおおおおおお
270 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/22(水) 12:46
わわわわっっっ!!!!
本当に地獄じゃ〜〜〜!!!!
271 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/27(月) 19:10

>268:名無飼育さん様
 すみません、ほんとに。

>269:名無飼育さん様
 えーっと・・・
 とりあえず、先に謝っときますね。すみません。

>270:名無飼育さん様
 すみません、悪趣味で。


では、本日の更新です。

272 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/27(月) 19:10


273 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:11

「あ〜!気持ち良かった!」

彼女にしては珍しく
短いバスタイム。

「だって石川さん寝ちゃったら
 一緒に飲めないじゃん」

超ソッコー
スゲー速さで浴びてきたんだよ?

なんて言いながら、
相変わらず髪をワシャワシャ拭いている。

「そんなに急がなくても
 ちゃんと吉澤さんが来るまで待ってるよ」

「うそだぁ!だって前に
 アタシがベッドに行きたくなるまで、膝枕してくれるって
 言ったクセに、サッサと先に寝ちゃったじゃん」

――初めて彼女の手料理を食べた日のことだ・・・

「ほんとマジ、見上げたらいきなり
 寝てるからビックリし・・・」

ワシャワシャし続ける彼女の手から
タオルを取り上げた。

274 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:11

「・・・でも、今日は寝ないよ」

「――石川さん・・・」

だって、今日は確かめたいことが
あるんだもの。

あなたが、あの日の彼なのかどうか。

それを確かめるまで
今夜はずっと、そばにいる。


「・・・そんな拭き方しちゃ、
 ダメだって言ったでしょ?」

動こうとする頭を
後ろからタオルで包み込んだ。

ツヤツヤ輝く髪を挟むようにして、
そっと水分を吸い取る――

275 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:12

「乾かして、いい・・・?」

小さく頷いた彼女にホッとして
ドライヤーを取りに行って、振り向くと
彼女と目が合った。


金髪じゃない。
制服も着ていない。
帽子も被っていない。

だけど、やっぱり。

その真っ白な肌が。
その大きな瞳が。
ハリウッドの俳優が負けてしまうほどの端正な顔立ちが。

どれもあの日の彼とそっくりで・・・


彼女の元に戻ると
震える指を伸ばして、
柔らかな髪に指を通した――

276 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:13

ゆっくり、丁寧に髪をひく・・・

轟音だけが部屋に響いて
心地よい感触が指をくすぐる。

――ずっと触れたかった・・・

無性に愛しさが込み上げて
涙が溢れそうになる――


カチリ。

ドライヤーを止めると
静寂がわたし達を包み込んだ。



「・・・ありが、と・・・」

長い沈黙のあと、
そう言った彼女の声が、なぜか震えていて。

「吉澤さん?」

後ろから覗き込もうとしたわたしから
逃れるように立ち上がると、彼女はキッチンに向かった。

277 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:13

「ワインオープナー、どこにしまったけなぁ?」

そう言った彼女の声は
もういつも通りの明るい声で。

「あった!あった!
 さ、飲もうゼ」

見つけたモノをわたしに見せながら
そう言った彼女の笑顔も、やっぱりいつも通りで・・・

わたしも笑顔で頷くと
2人並んで、ソファーに腰掛けた。

278 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:14


「「かんぱ〜い!!」」

カチン。

グラスを軽く合わせて
同時に口に含む。

「おっ!うめぇ!!」
「ほんと美味しいね!」

一口含んだだけで笑顔になれる。
引き出物って、実は幸せのおすそ分けなのかもしれないね?

「こんな風に、2人で飲むの。
 初めてですね?」

「ほんとだね」

「もっと早くから
 こうしてりゃよかったなぁ」

「じゃあこれから毎晩飲む?
 何たってボトルが、2人合わせて4本もあるんだもの」

「ですね」

視線を伏せたまま
返事をした彼女の横顔を盗み見る。

279 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:14

思わず見とれてしまいそうになる、
その美しい横顔。

グラスに触れる薄い唇を
どうしても意識してしまう…


「何?」
「え?」

「さっきからジッと見てるから」

…バ、バレてた?!

「ふはっ。何焦ってんの?」
「べ、別に焦ってなんかないわよ?」

彼女がニヤリと笑った。

280 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:15

「やっぱ石川さんて
 うそがヘタだよね」

あ…、また疑問形だったんだ…

恥ずかしくなって、グッと
グラスの中身を呷った。

「ケホッ、ケホッ…」
「大丈夫?」

「――慌てすぎて、むせちゃった…」

「何で慌てんの?
 ゆっくり飲もうよ」

優しい瞳で、そう言われて
おとなしく頷いた。

281 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:15


穏やかな時間が
2人の間を過ぎていく――

焦って確かめようなんて思わないで
こんな風にこのままの2人の距離で、
毎日を過ごすのも悪くないかな?

なんて、酔いの回った頭で思い始める。

隣を窺うと、白い頬をほんのり染めた
かわいい彼女。

酔いに任せて、マシュマロみたいなほっぺに
久しぶりに触れちゃおうかなぁ?


「さっきから、何一人でニヤニヤしてんの?」
「へ?・・・ヤダ、してないよ」

「してたよ?ずっと。
 あ、分かった!またエッチな妄想でしょ?」

「する訳ないでしょ!」

彼女の腕をペチッと叩いた。

282 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:16

「Ouch!」

大げさに腕をさする彼女。

「ふんっ!今度言ったら
 また、ほっぺつねるからね?」

「じゃあ、もっと言っちゃおう」
「え?」

視線がぶつかって
どぎまぎする・・・

無言の時間が重くのしかかって
呼吸が浅くなっていく――


「・・・石川さん。――アタシ、ね・・・」

落ち着いたトーンの彼女の声だけが耳に響いて
更なる緊張を煽り、わたしの胸を締め付ける・・・

283 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:16

苦しい、よ・・・

目の前にいるのに、あなたが遠くにいるみたいで。


ねぇ、何を考えているの?

どうしてそんなに、悲しげな瞳をしているの?


思い切るように、
彼女がグラスの中身を一気に呷った。


うそ・・・

――ほんと、だ…


わたしの視界に入った
彼女の真っ白なノド元。

ゴクリと動いた、彼女の――


284 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:17


「――教えて、吉澤さん・・・」

「ん?」


「…知りたい、わたし。
 本当のことが、知りたいの・・・」

「――本当の、こと・・・?」

戸惑う彼女の瞳を見つめて
何度も触れたことのある彼女の頬に手を伸ばした。


「――キス、して…」

大きく見開かれた目。

「お願い。
 キスして――」

「石川、さん…」

285 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:17


わたし、彼の温度を覚えてるって言ったよね?

次に彼に会えた時に、間違いなく、
わたしが恋した彼だって分かるように
他の誰ともキスしてないって言ったよね?

だから――

あなたが今ここで、わたしにキスしてくれたら・・・


286 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:18

頬に触れている手を強く握られた。

真っすぐな瞳が、わたしだけを見つめて
そのままソファーに押し倒される。


――知りたいの、わたし・・・

「真実を・・・知りたいの・・・」


彼女の長い指が
わたしの頬を撫で、そっと唇に触れた。


「・・・お願い。キスして――」

あなたのその唇で。


――静かに目を閉じた。

287 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:18

全身が心臓になったかのように
激しい鼓動を繰り返す。

祈るように、あなたが触れてくれる瞬間を
待ち望む――


知りたいの。

だから、わたしに・・・

あの日のように


触れて、欲しい――


288 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:19




「・・・キス、は・・・
 出来、ない・・・、よ・・・」

震える声が聞こえて
驚いて目を開けると、彼女の潤んだ瞳が
わたしを見つめていて――

「――アタシ、は・・・
 彼じゃ、ないから・・・」

――だから、石川さんにはキス出来ない・・・


そう言って、顔を背けると
彼女は体を起こした。

289 名前:第6章 6 投稿日:2010/12/27(月) 19:19

「アタシは、彼じゃないから・・・
 だから、アタシとキスしたら
 その温度を塗り替えちゃうよ?」

困ったように眉を寄せて微笑むと、
彼女はもう一度言った。


「――アタシは、彼じゃないから…」

だから石川さんの唇には
キス出来ない…

似てるかもしんないけど
アタシは彼の身代わりにはなれないよ――

「ごめんね?」

悲しげな瞳でそう言うと
彼女が背を向けたまま立ち上がる。


「いつか石川さんに、好きな人が出来たらさ。
 ・・・その、人に――」

彼女が振り向いた。

「キスしてもらいなよ?」

優しい笑顔を残して
彼女は、自分の部屋に消えて行った――

290 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/27(月) 19:20


291 名前:リアライズ 投稿日:2010/12/27(月) 19:20


292 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/12/27(月) 19:20

本日は以上です。

293 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/28(火) 00:10
アフォ!鈍感!意気地無し!
石川さん頑張れ!
294 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/28(火) 11:59
アフォアフォ!どアフォ!!!

玄米ちゃ様に対してじゃないですよ?笑
295 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/28(火) 15:56
おおおおおい
そうきたか
そうよね玄米ちゃ様だもの
296 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/12/28(火) 23:34
玄米ちゃ様お手柔らかに
297 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/11(火) 16:12

>293:名無飼育さん様
 ここの吉澤さんは相手のことを考えすぎて
 誤った方向に行く傾向があるようです。

>294:名無飼育さん様
 294様のレスを見て心地よく感じた作者は
 実は隠れMかもしれません(笑)

>295:名無飼育さん様
 すみません、相変わらずで。

>296:名無飼育さん様
 いや手加減は致しませぬ(笑)


皆様、明けましておめでとうございます。
今年も楽しんで頂けるように頑張っていきたいと思います。

それでは、本日の更新です。
298 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/11(火) 16:12


299 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:13

眠れなかった。

一日の出来事が頭の中をずぅっと
ぐるぐるぐるぐる巡り続けて――


ハワイにいたという彼女。
シークレットブーツを履いていたらしい彼女。
船員帽を被った彼女の姿。
そして初めて見た彼女のノド元…

自分は彼ではないと言った彼女。
だからキスは出来ないと潤んだ瞳で言った彼女。
真っすぐ見つめられて、唇に触れた彼女の長い指の感触。
手の甲に触れた薄い唇の温もり――


激しいうねりが、わたしを取り巻いて
深い闇の中へと引きずり込んでいく…

300 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:14

結局わたしは、また彼女を
傷つけただけなのかもしれない。

 『彼の身代わりにはなれないよ』
 『ごめんね?』

悲しげな瞳でそう言った彼女。

あの夜のように、またわたしは、
あなたを酷く傷つけてしまったのかもしれない。

 『――石川さんは・・・、何も分かってない』
 『・・・何も、分かってないよ――』


そうだね。
吉澤さんの言う通り。
わたしは何も分かってない。

あなたのことも。
わたし自身の気持ちでさえも――

301 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:15

重い体と気持ちを、無理矢理奮い立たせて
出社の支度を整える。

ガタガタと物音がしてるから
吉澤さんも起きているのは分かってる。

けど今朝は――
どう声をかけたらいいのだろう…

何もなかったように振る舞った方がいい?
昨日はごめんて謝る?

ねぇ、吉澤さん。
わたし、どうしたらいいかな・・・


 <コンコン>

『石川さ〜ん!そろそろ起きないと
 遅刻しますよ〜』

あまりにも、明るい声に
言葉を失う。

『お〜い!石川さ〜ん!
 開けるよぉ〜』

遠慮がちに扉が開いて
彼女がひょっこり顔を出した。

302 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:15

「何だ。準備出来てるじゃん」

ニッコリ微笑んで
そう言った彼女。

「・・・あ、うん。
 今ちょうど、着替え終わったとこ・・・」

「ちぇ!だったらもう少し早く来れば良かった」

残念だなぁ・・・
石川さんの着替えシーンなんて
滅多に見られるもんじゃないのに・・・

「あー失敗した。
 あー損した。
 あーせっかくのチャンスだったのにぃ!」

本気で悔しそうにそう言って
唇を尖らせた彼女を見て、思わず吹き出した。

303 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:16

「何で笑うんだよぉ」
「だって、可笑しいもん」

「見たいもんは見たいし。
 あ、でも興奮して鼻血出しちゃうかも・・・」

「やあだ」

あはは
フハハ

今度は同時に吹き出した。

304 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:17

「今朝ね、ちょー豪華な
 朝ごはん作ったんだ。一緒に食べよう?」

「うん!」

優しい瞳に向かって、大きく返事をすると
柔らかな笑顔が返ってきた。

――いつも通りでいいんだよね?吉澤さん。

心の中で問いかけた。


いつも通りの毎日の始まり。

一緒に朝食を食べて
一緒に通勤して
一緒に仕事して

一緒に帰宅して
そしてまた、一緒に夕食を食べるの・・・

それでいいんだよね?


ちょっとだけ勇気を出して
先に部屋を出て、歩き出した彼女の腕をとった。

また、柔らかな笑顔が返ってきて
間違っていないことを確信する。

ねぇ、吉澤さん。
今日からまた、2人で楽しく暮らそうね?

その想いを込めて
彼女に微笑み返した。


305 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:17


「うわぁ・・・、どうしたの、これ・・・」

「どう?すごいっしょ?」

自慢げに微笑む彼女。
褒めてもらいたいオーラが
体から出まくっているのが、よく分かる・・・

けど・・・

「朝からこんなに・・・?」

だって昨日は、すごく遅かったよ?
スピーチもして疲れてただろうに
早起きして、こんなに支度してくれたの?

「朝はやっぱ、モリモリ食べないと。
 一日の活力源だし」

「そうだけど・・・」

和食と洋食の共演。
夕食でも、こんなに作ってくれたことはない。

306 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:18

「ささっ、食べましょ。食べましょ?」

手際よく準備を進めてくれるのは
いいんだけど・・・

「吉澤さん、着替えないの?」

なぜか彼女は、昨夜と同じ
オレンジ色のスウェット姿のまま。

そこまでゆっくりしてる時間は
ないと思うんだけど・・・

「今日はアタシ直行ですよ?」
「え?そうだっけ?」

「あれ〜、教育係が把握してないなんて
 マズイんじゃないっスかぁ?」

意地悪く言う彼女。

「飯田さんの帰国のお迎えですよ」
「・・・そう、だったっけ?」

「ったく。ちゃんとスケジュールボード
 見てくださいね?」

「うん・・・」

一応ちゃんと確認したつもり
だったんだけどな・・・

307 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:19

「だから今日は、キャラメルマキアートの時間を
 アタシに下さい」

向かい側に座った彼女が言った。

「一緒に行かないから
 時間ずらす必要ないでしょ?
 その分、ゆっくり食事しません?」

「・・・うん。いいよ」

何となく戸惑う。
いつも通りのはずが、いつもと違うんだもん。


「いっただっきま〜す!」

元気よく言った彼女に習って
わたしも「いただきます」と言って、
お箸を取って、一口目を口に運んだ――

308 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:20

「おいしいっ!」
「でしょ〜」

嬉しそうに微笑む彼女。

「バンバン食べちゃって下さい」
「うん・・・、ねぇ、でもいつものゆでたまごは?」

これも違和感の一つ。

「今朝は封印です」
「どうして?」

欠かしたことなんかないのに・・・
やっぱり何かおかしいよ。

「空港でもっとおいしいもの
 飯田さんに奢ってもらおうと思ってるんです。
 だから今朝は、自分だけ美味いもの食べるんじゃ
 石川さんに申し訳ないなぁ・・・なんて」

悪戯っぽく微笑む彼女。

309 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:21

「罪滅ぼしみたいなもんですよ。
 だから、そんなに警戒しないで下さい」

苦笑しながら言う彼女に
もう一度確認する。

「・・・ほんとに、それだけ?」

だって何かモヤモヤする。
ほんとに。ほんとのほんとに、それだけなのかなって・・・


「もちろん。それだけですよ」

真っすぐな瞳。

信じていいんだね?
あなたのその澄んだ瞳を――

「さ、遠慮なくどうぞ」

ニッコリ微笑んだ彼女と一緒に
いつもの朝より、ゆっくり時間をかけて
わたし達は朝食を楽しんだ。

310 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:21




「せっかくだから、下まで送って行こうか?」

先に家を出るわたしを
玄関で見送ろうとして、後ろをついてきた彼女が言った。

「せっかくって何よ。
 そろそろ吉澤さんも支度しないとでしょ?」

「うん。まぁ・・・、そうだけど・・・
 何か新鮮じゃない?こういうの」

新婚さんみたいでさ。


「あなた〜
 いってらっしゃい」

「うむ。行ってくる。
 ・・・って、わたしが旦那さんはヤダぁ」

「ふはは。結構サマになってるよ」
「でも、ヤダ」

「・・・じゃあさ」

突然、真面目な顔つきになった彼女。

311 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:22

「ベランダから見てるよ」

見えなくなるまで
ずっと見てるから。

「・・・吉澤さん」

「それならいいでしょ?」

滅多にないよ、こんな機会。
こういうシュチュエーションも楽しもうよぉ。

「ね?
 いいでしょ?ね?」

途端に子供っぽい表情になった彼女。

4つめの約束を決めるときに
一生懸命、口説かれたことを思い出す――

312 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:22

 『アタシ待つ!
  無理する!』

 『ちゃんと大人しく
  待ってるからいいでしょ?』

 『ね?いいでしょ?』

窺うようにわたしを見る大きな瞳。


 『全部、石川さんと一緒がいい!』

そう言ってくれたあの頃――


わたし達、またあの頃に戻れるかな?

あなたの髪を乾かして
おやすみのキスをして

わたしに甘えてくれた、あの頃に――

313 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:23


「ちゃんと見えなくなるまで
 見送ってね?」

「もちろん!」

無邪気に微笑んだ彼女に満足して
玄関を出た。

エレベーターで1階に下りて
エントランスを抜けると、道路に出て上を見上げる――


「石川さ〜んっ!」

待ってましたとばかりに
手すりから大きく身を乗り出して
思いっ切り左右に手を振る彼女。

「危ないよぉ〜」

「大丈夫〜!
 いってらっしゃい!」

子供のようにはしゃぎながら
手を振る彼女に苦笑しながらも

「いってきま〜すっ!」

元気よく手を振りかえすと
駅に向かって歩き出した。

314 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:25

「石川さ〜ん!」

振り向くと、さっきよりも
大きく両手を振っている彼女。

「危ないってばぁ!」

「大丈夫だってば!
 最後まで見送るからね〜!」

段々と小さくなっていく彼女の姿を
何度か振り返りながら確認する。

なんかいいかも。
こんな風に見送られながら出勤って言うのも…

周囲の人に、にやけ顔がバレないように
マフラーで口元を隠した。

315 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:26


「石川梨華さ〜んっ!!」

突然フルネームで、
しかも一段と大きい声で呼ばれた。

歩きながら、振りかえって
シッて人差し指を唇にあてて、彼女を諭す。

「石川〜!梨っ華、さ〜〜んっ!!」

更にボリュームがあがる彼女の声。

もうっ!わからないの?

もう一度、さっきより大袈裟に
唇に人差し指をあてて、彼女にアピール。

それなのに、一向に止めようせず
挙げ句の果てには――


「い、し、か、わ、り、か
 さ〜〜〜んっ!!!」


316 名前:第6章 7 投稿日:2011/01/11(火) 16:26

いい加減、周囲の視線が痛い。

見送ってとは言ったけど
大声で叫べなんて、言ってないからねっ!

体ごと思い切り振り向いて、
ブンブンと大きく手を振る彼女に向かって
盛大に『あっかんべぇ』をした。

そのまま、彼女に背を向けて歩きだす――

わたしの作戦が功を奏したのか
彼女の声がピタリと止んだ。

角を曲がる時、チラリと振り返ると
約束通り見えなくなるまで、わたしを見送っている彼女の姿が、
やけに小さく、遠く見えた――


317 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/11(火) 16:27


318 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/11(火) 16:27


319 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/11(火) 16:29

本日は以上です。

320 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/11(火) 17:06
待ってました!!!

どどどどどどどどどうなるのっっっ!!!!
321 名前:名無し留学生 投稿日:2011/01/11(火) 21:50
なぜ!この滅茶苦茶嫌な予感とは。。。
322 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/11(火) 23:58
玄米ちゃ様あけましておめでとうございます.........が、しかし何ですか?この展開は!また今年も悶え苦しむのですね(0´〜`)←この人が
323 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/17(月) 16:13

>320:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 2人はどうなるのでしょうか・・・

>321:名無し留学生様
 するどい勘をお持ちで・・・

>322:名無飼育さん様
 こんな作者ですが今年も宜しくお願いします。
 悶え苦しむのが一人と言うのは、不公平ですよねぇ・・・なんて。


いや〜、あまりにヒドイ写真を目にして
作者の脳は崩壊寸前です。

なのでここは本編を小休止させて頂き
例年の如く、誕生日前のリアル短編を
お送りしたいと思います。

今年はひっそりスルーしようと思ったのに
写真集なんか出されちゃあ、アレを書くしかないでしょう・・・
ということで

『愛の結晶 Part3』です。


投下されたばかりのネタの衝撃の強さにより、
『ええいっ!こんなこと今やってられるか!』感が
最後の方にチラッと漂うかも知れませんが、お許し願えればと思います。

では、どんとこい!な方だけどうぞ。

324 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:14


  『愛の結晶 Part3』


325 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:15

「いやあ、何度見てもたまんねー」

椅子に腰かけて、ウキウキした表情で
ページをめくる彼女。

「これ、この表情とザ・谷間。
 ヤッバイな、こりゃっと!」

所々でなぜか、言葉尻に力が入る。

「みんな感謝しろよ〜、んしょっ。
 ワタクシがラブ注入してるおかげで
 健やかにお育ちになってんだからっYO!」


はあ〜

思わずため息が出た。

326 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:15

「ねー梨華ちゃん。
 今回の愛の結晶も最高にいい出来じゃね?」

足を浮かせて、ものすごく遠い親戚から
伝授された腹筋を続けながら
首だけ振り向いて、わたしに尋ねる彼女。

褒めてくれるのは嬉しいよ?
嬉しいんだけどさぁ…

何で『ながら』で見るかなぁ?


「よしっ!終わりっと!」

勢いよく椅子から下りて
いじめたお腹の筋肉を伸ばすように
手を上に伸ばして伸びをする――

と思ったら…

「どどすこすこすこ〜♪」

踊るんかいっ!

327 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:16

彼女の大のお気に入り。
おかげで本家がブレークする前から
そのギャグを字で見ても、スラスラ言えたわたし…

「ラブ注入っと♪」

写真集に注入し終わった彼女が
満足そうにわたしを見る。


あのねぇ…

注入する場所間違ってるから!
それにいくら発売日前でも、今更出来上がったものに注入した所で
何も変わらないんだから!

注入するなら、ほら…
他にもっとあるじゃない?

…ねぇ?

目だけで訴えると、ああと言う顔をして
彼女がわたしに近づいてくる。

328 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:17

そうよ、そう。
注入しなきゃいけないのはコッチ。
次の愛の結晶のためにも、ね?

向かい合って、大きな瞳で見つめられる。
そっと手が触れて、両手を握られて
一気に体が熱くなる――


ねぇ、ひとみちゃん。
今夜は、ずっと一緒にいられる日だよ?

長い長い夜を。
寒くて凍えそうな夜を。

いつもみたく二人で温めあおうよ?


更に期待を込めた視線を彼女に送る――

329 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:17

「ね、ひとみちゃん…」
「了解」

目を細めた彼女がわたしに一歩近づく…

ドキドキが加速して、
呼吸が浅くなる――


大好きな人。
愛しいあなた。

そして――

世界中の誰よりも美しい
わたしの恋人…


無邪気に微笑んだあなたが
繋いだ両手を大きく左右に振る。

――嫌な、予感…

330 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:17

「ねぇ、一緒に走ろ?」

見事的中する自分の勘が
恨めしい。

「楽しいよ?
 爽快だよ?
 あったまるよ?」

そして、目の前の無垢な瞳が
心の底から恨めしい…

「行こ?
 いいでしょ?
 走ろ〜よぉ〜」

走るよそのうち。

きっと。
多分。
おそらく。
Maybe.

でも今言うことないじゃん。

331 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:18

外は寒いし。
風冷たいし。
こんな日は薄着で外に出たくないし。
てか、すっかりわたしはその気だし…

こんな気分で走る気なんて、
これっぽっちも起きる訳がない。

「ね、今夜は仕事じゃないでしょ?
 ほら、雨も降ってないよ?
 お月様もお星様も出てるよ?」

キラキラ光る大きな瞳。

「走りたいよ〜
 梨華ちゃんと走りたい!」

そんな顔されたって
わたしの欲望が冷める訳じゃない。

332 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:18

「今夜はイヤ」
「何で?」

「乗り気じゃないから」

あっさりバッサリ言い放った言葉に
途端に悲しげな色になる大きな瞳。

確かに走るって約束したよ?
誘ってとも言ったよ?

だけどさ――

今じゃないでしょ、今じゃ。
見たでしょ?わたしの期待に膨らむ瞳を。

333 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:20

「…ちぇっ。わかったよ。
 仕方ないから、今日も一人で走ってくる…」

肩を落としたまま、仕度を整えると
物憂げな視線を一度わたしに送ってから
彼女は部屋を出ていった。


あーあ、ほんとに行っちゃった…

わかってる。
彼女がすごく大事なレースを控えてて
日に日に緊張が高まってること。

だからこそ、ちゃんと
トレーニングしたいって気持ち。

痛いくらいわかってるの。

だから邪魔したくない。
足を引っ張りたくない。
変にイジけたりなんかしたくない。

334 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:20

だけどね。
やっぱりちょっとくらい…

――抱いてほしい。

抱きたいって思ってほしい。


これって贅沢かなぁ?

アスリートのお嫁さんて
こういうものなの?

たまりかねてアヤカちゃんに聞いたことがある。
けどそんなことないって。

それにひとみちゃん本人だって
ラジオでエッチしても構わないって
言ったんでしょ?

なのに何でかなぁ?

335 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:21

最近ひとみちゃんは、わたしに興味がない。
というか、わたし本体に。

写真集は嬉しそうに眺めてるし
ブログだって欠かさずチェックしてくれてるし。
だけど、わたし本体には
まるで興味がないみたいにさぁ…

だって今年に入ってから
まだ一度もシてないんだよ?
これって大問題じゃない?

わたし達のリズムでは有り得ないこと。
いつでも触れ合って、肌を合わせて愛を注入しあって…

本家が売れるずっと、ずぅ〜っと前から
ラブ注入しまくってたのに。

今夜だって、わざと
胸元が大きく開いた服を着たのに。

思わず触れたくなるように
目の前でかかんでみたりもしたのに…

336 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:21

「はああ〜〜」

飽きちゃったのかなぁ?
わたしの体に。

「今までは写真集出すたびに
 言い争いになってたのになぁ…」

ひとみちゃんが、ラブ注入してくれた
写真集を手にとる。

褒めてくれるのは嬉しいの。
でも、毎回文句言われるのも、
結構嬉しかったんだなと今更ながら気付く。

アタシだけが知ってたい、とか
こんな姿見られんのヤなんだ、とか…

妬いてくれてるんだ。
自分のモノだって思ってくれてるんだって

今思えば、すごく嬉しかったことなんだなぁって…

337 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:22

だって毎回、写真集で喧嘩した後は
お互いが愛しくてたまらなくて、
激しく愛し合ってたんだもん…

限界が見えないくらい愛し合って
ずっと離れられなくて――

「バカ…」

マラソンバカ
自転車バカ
筋肉バカ

――バカ、アフォ、鈍感。


隠してる気持ちに気付いてよ。
いつもみたいに、先回りしてよ…

338 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:23

あ〜あ、このままじゃ喧嘩しちゃうかも…

だってまた、トレーニングを終えたら
きっと疲れて寝ちゃうんだ。
シャワー浴びて、おやすみって
さっさとベッドに行っちゃうんだ。

そんなの耐えられない。
絶対キレちゃう。

でもさ。
自分から抱いてほしい
なんて、悔しくて言えないでしょ?

わたしばかりが、そういうの求めてるみたいで
ヤなんだもん。


「はああ〜〜」

仕方ない。
アヤカちゃんとこ、行こう…


書き置きもせずに、お家を出た。


339 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:23






340 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:24

「今日は何?
 よっちゃんと喧嘩?」

夕食準備中に押しかけてしまって
さすがに心苦しい。

「喧嘩じゃないよ・・・」

「食べてくでしょ?」
「うん…、ごめんね?」

「1人分増えるくらい、大丈夫よ」

優しい笑顔にホッとして
抱えている不安を洗いざらい吐き出す。

341 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:25

「う〜ん…
 よっちゃんなりの考えがあるんじゃない?
 ほら、何も考えてなさそうで、実は深く考えてたりするから」

「その逆もあるもん」

考えてそうで、実は何も考えてない。
ジッと一点を見つめてるから、何か真剣に考えてるかと思いきや、
何分で涙出るか試してんの、とかさ…


「でも、写真集気にいってるなら
 大丈夫じゃない?
 初見でひっくり返ったんでしょ?」

「うん。
 ソファーに思いっきり」

で、怒り出すと思ったら
ニヤニヤして

「やべえ、こんなの見れるなんてまさにラッキー!
 しかもこの中身を全て知ってるアタシは超ラッキー!!
 なんてさ」

「あはは。
 よっちゃんらしいよね」

楽しそうに笑うアヤカちゃん。

342 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:25

「もうっ!笑ってる場合じゃないの。
 わたし真剣に悩んでるんだからっ」

だってさ、この間のアヤカちゃんのアドバイス通り
わざと胸元の開いた服着たの。
なのに、ぜんぜん効果なかったんだよ?

「やっぱり、わたしの体に飽きちゃったのかな?
 筋肉フェチだから、ぷよぷよしてるの
 嫌になっちゃったのかな?」

「よっちゃんが梨華ちゃんに
 飽きることはないと思うけどなぁ
 だって、今年もチャーミーLOVE!
 とか呟く人だし」

「そうなんだけどさ…」



 <ピンポ〜ンッ!>

「あ、旦那様だ!」

ウキウキした顔でアヤカちゃんが
インターフォンをとる。
たちまち華やぐ表情。

343 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:26

いいなぁ…
はあ〜〜

また大きなため息が出た。


 『寒かったでしょ?』

アヤカちゃんの明るい声が玄関から聞こえる。

 『梨華ちゃん来てる』

また来てるのかって、ご主人に思われちゃうかな?

344 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:26

椅子から立ち上がって
営業用スマイルを作って、ご挨拶する準備をする。

まずは謝らなきゃだよね…

アヤカちゃんが戻ってきた所で
先に頭を下げた。


「今夜も突然、
 お邪魔しちゃってすみません」

「…ホントだな」

――えっ?

「ったく。
 邪魔して悪いと思ってんなら
 しょっちゅう邪魔すんな」

――どう、して…?

「なん、で…
 ひとみちゃんがいるの?!」

345 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:27

「アタシと何かあるたびに
 アヤカ巻き込むのやめろよな」

「私は告げ口なんかしてないわよ?
 もちろん今日も」

楽しそうにアヤカちゃんが言う。

「ブログ見てりゃ、わかんだよ。
 ちょっと言い争いしたら決まって
 『アヤカちゃんに会いました』
 『アヤカちゃんとデートしました』
 おまけに当てつけがましく、
 本当に楽しいだ、魅力もすごいだなんだ、
 2人揃って書きやがって」

アヤカちゃんが吹き出す。

「ヤダ、よっちゃん。妬いてるの?」

ひとみちゃんが意地悪くニヤリと微笑んだ。

「妬くかよ、んなことで」

346 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:27

むぅぅぅっ。

何よ、少しくらい妬けばいいじゃん。
それにその勝ち誇ったような顔が
わたしの感情を、余計に逆なでするんだからねっ!


「アヤカわりぃ、タクシー呼んで」
「はいは〜い」

ぶぅ〜っとふて腐れる。

何よ、何よ。
何でもわかるみたいな顔して
本当の気持ちはわからないクセに!

「ほら、帰るぞ」

ふて腐れたわたしの腕を容赦なく掴む。
振りほどこうとしたのに、掴む力が強くて
うまく振りほどけない。


――ちがう。振りほどきたくない…

347 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:28

どこかで喜んでるわたしがいる。

書き置きもしてないのに、
こんな風に迎えに来てくれたって…
ブログ見ながら、本当の本当は妬いてくれてるのかもって…

すねたフリして俯いて
ニヤけた頬をマフラーで隠す。

――可愛くないなぁ、わたし。

ねぇ、わたしのこと
ほんとに可愛いって思ってくれてる?
面倒くせぇって思ってない?

こんなわたしでも好きでいてくれる?
ほんとに今年も『チャーミーLOVE!』って
『アングリ〜LOVE。』って思ってる?

348 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:29

タクシーに押し込まれて
2人並んで後部座席に座る。

端と端に腰掛けて
まるで反発する磁石みたい。

正反対なわたし達。
白と黒。
マメとざつ。

外身も中身も正反対なんだよ。
だったらピッタリくっつくはずでしょ?

だから、ねぇ…
こっち向いてよ…

念力を送るように
横顔をジッと見る。

349 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:29

何を考えてるかわからない横顔。
綺麗で、美しい彫刻のようで・・・

だから彼女はよく勘違いされる。

黙ってると怖い。
冷たくみえる。
近寄りがたい。

でもそれは違う。

綺麗すぎるから。
整いすぎてるから。
真っ白すぎるから。

だからそう見えるだけ。

だってその内面が
誰よりも柔らかくて温かいのを
わたしが1番よく知ってるもの――

350 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:30

マンションの前に到着して
ひとみちゃんが先に下りる。

もしかしたら、このままもう一度タクシー乗って
帰っちゃうのかな…

少しの不安を抱えながら
彼女を見ると、マンションのエントランスへ
さっさと入っていく後ろ姿が見えた。

・・・ふふ。ちょっとうれしい。

ニヤけたわたしに
運転手さんが一瞬、不思議そうな顔をした。

そうだよね?
普通は仲悪く見えるよね?
喧嘩してるみたいに見えるよね?

だけど、わたしにはわかる。
わたしだけがわかるの。

彼女の背中が怒ってないよって
言ってるって――

351 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:30

小走りで追いかけて
エントランスで待つ彼女の腕を取った。

当たり前の出来事のように
彼女がわたしの行動を受け入れる。


好き。
大好き。

エレベーターが上がるのに比例して
わたしのテンションも上がっていく――


「ニヤけすぎ」
「悪い?」
「んにゃ」

そう言って、前を向いたまま
わたしの耳に唇を寄せた。


 (可愛くて、食べちゃいたい)


<チーン>

固まったわたしを溶かすように
エレベーターが到着した音が、二人だけの空間に響いた・・・


352 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:31


さっさとわたしの前を歩いて、お部屋の前に行くと、
鍵を開けて一人で中に入ってしまう。

ちょっと、ひとみちゃん。
また、わたしの気持ちを置き去りにするの?
言葉だけで、わたしを熱くしてほったらかすつもり?

だったらヤダ。
一緒の空間にいたくない――


「何やってんの?
 早く入ろうよ」

ドアからひょっこり顔を出して
立ちすくむわたしを覗き込むと
強引に腕を引いて、中に引き入れた。

抵抗した反動で、勢いよく
中に飛び込む…

353 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:32


「――梨華ちゃんてさ、やっぱ鈍感だよね」

温かい腕の中に
包み込まれたわたしの体。

「ほんと鈍いよ」
「何でよ〜」

口ではそんな風に言いながら
色んなワダカマリが、瞬時に体から溶けて
なくなっていくのを感じる・・・

「だって全然わかってないじゃん」

そんなこと、あなたに言われたくない。
わたしの奥にある欲望に気付いてくれない
あなたになんか――

ひとみちゃんだって。

そう反論しようとした
わたしの言葉は彼女に飲み込まれた。

354 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:32

靴も脱がずに
コートも脱がずに
玄関で交わす熱いキス。

――久しぶりだよ、こんな風に…


目を閉じて、あなたの動きだけに集中する。

どんどん熱くなるカラダ。
絡みとられていくココロ。

もっと、もっと。
モット。ホシイ…


砕けそうになる腰を、強く支えてくれた
彼女の腕に身を任せる。

あなただけなの、ひとみちゃん。
あなただけには、全てを委ねられるの。
あなただけしか、欲しくないの…

355 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:33

わたしの気持ちに応えてくれるように
情熱的に動く彼女の唇。
息つぎさえ許さないと言うように
彼女の舌がわたしを求め続ける…

――もう…、ダメ。立ってられない…

とうとう全身から、力が抜けて
しゃがみ込んでしまったわたしから
やっと彼女が離れた。


「はあ…、はあ…
 長い、よ…」

心臓がバクバクしていて
息が切れる。

もうガマンの限界…

『降参』

そう言おうとしたわたしに
彼女が同じ言葉をくれた。

驚いて見上げる――

356 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:33

「負けたよ、梨華ちゃん」

彼女がわたしの靴を脱がして
支えながら、立たせてくれる。

「もうダメ。ガマン出来ね。
 抱きたくて仕方ない」

艶やかな瞳が
わたしを捕らえて離さない。


「ほんとはね、梨華ちゃんが一緒に走ってくれるまで
 シないでいようと思ったんだ。
 だってさ、交換条件つけないと
 アタシの夢、いつまでも叶いそうにないんだもん」

薄紅色に染まる
あなたの頬。

357 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:34

「抱いてって言われたらね。
 じゃあ一緒に走ってくれたら
 って言おうと思ってたの」

でもダメ。
もうマジ限界。

「アタシの負けだよ」

わたしの手を握って
彼女の頬へと導く。

「写真集見ても、そういう気にならないように
 腹筋して気をそらしたりしてさ。
 これでも頑張って我慢したんだよ?」

だからさ…


「ひとみちゃん。シヨ…?」

素直に言ったら
彼女が嬉しそうに目を細めた。

358 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:35

グッと手を引かれて
抱き合ったまま、お部屋に上がる。

「今すぐシたいけど、ちょっと待ってて?
 アタシ、走った後で汗かいてるから
 先にシャワー浴びてく――」

彼女が言い終える前に
今度はわたしがその言葉を飲み込んだ。


「――抱いて…、今すぐ」

お願い。
これ以上、待たせないで。

359 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:35

「今すぐがいい…」
「梨華ちゃん…」

いいでしょ?
どうせ汗かくんだもん。

だから――

「――今すぐ、わたしを抱いて欲しいの…」
「梨華…」

乱暴に引き寄せられて
唇が重なった。

彼女の手が、わたしの体を這って
わたしの手が、彼女の体を這って
お互いのスイッチをONにした。

着ているものを剥ぎ取り合いながら
もつれ合うようにベッドに転がり込む。

360 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:36

激しい息遣いと湿っていくカラダ。
満たされていく欲望。

混ざり始めた2人の匂い。
生ぬるい空気が、わたし達を包み込む――

お互いを求めて
求めても求めても
まだ足りなくて・・・

奪い合い、いたわり合い
そして慈しみ合いながら
頂点へと上りつめる――


「好きだよ・・・」
「…んっ、わたし、も…」

361 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:39

何も考えられない。
あなたしか見えない。
あなたしか感じられない。

ううん、他に何もいらない。
あなたの愛だけが欲しい。

あなたに愛を注入されればされるほど
愛の結晶は、どんな宝石よりも綺麗に輝くんだから――


長い長い夜が終わりを告げる頃
わたし達はやっと重ねた体を並べた。


362 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:39


「――やっぱアタシってバカだな・・・」

天井を見つめながら
荒い呼吸を整えるわたしの腕に抱かれて
急にそんなことを言い出した彼女。

「どうして?」

優しく白い肌を撫でながら尋ねると、
わたしを見上げてニヤリと微笑んだ。

「だってこうして
 また君の元にさ」

「ん?」

「こんな風に閉じ込められるって
 わかってるのに」

導くようにわたしの両腕を引いて
わざと自分で閉じ込められると
嬉しそうに微笑んだ。

363 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:40

「お部屋の鍵、かけてないよ?」
「でも満足でしょ?」

「うん、満足!」

元気にそう言って、腕の中の彼女に口づけた。

受け身の彼女の動きが、だんだん激しくなる。
たまらず口づけたまま体を起こすと、彼女に覆いかぶさる――


「僕を見て?」

言われた通り
大きな瞳を見つめた。

「愛したいの?」

素直に頷くと
今度は彼女が満足そうにニッコリ微笑んだ。

「せーのっ」


「「Once again, Go!!!」」


2人の思いと言葉が重なって
また互いの体を重ね合った――

364 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:41

365 名前:愛の結晶 Part3 投稿日:2011/01/17(月) 16:41


   終わり


366 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/17(月) 16:41

本日は以上です。

367 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/17(月) 17:15
このシリーズ大好きです!!!
しかし、ひどいですねあの写真は(笑)

本編の続きが気になりますが、本編はドS具合を発揮されてる最中ですし、
本当の意味で心がホッと小休憩しました(笑)
368 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/17(月) 17:33
は、鼻血が止まらん
そしてたしかに締めがらしくないですw
本編も楽しみにしてます
369 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/17(月) 23:40
実話ですよね?
370 名前:名無飼育 投稿日:2011/01/18(火) 21:02
アヤカとデートにはそんな訳が隠されていたんですね・・・

タイムリーな出来事をこんな自然に織り交ぜられたら

実話としか考えられません。
371 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/25(火) 13:15

>367:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 これも当初はシリーズ化する気なんか全くなかったのに・・・
 喜んで頂けたようで、作者もホッとしました。

>368:名無飼育さん様
 やっぱそう思っちゃいました?
 もうオチなんかどうでもいっか。
 とリアルのお2人に思わされちゃったもので・・・

>369:名無飼育さん様
 ええ。脳内では。

>370:名無飼育様
 逆に実話だったらどうしよう・・・


なんて冗談はさておき。
本編の更新にまいります。

それでは続きをどうぞ。

372 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/25(火) 13:15


373 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:18

時計の針が3時を指している――

いくら何でも、遅すぎる。
今朝言ってたように、飯田さんに
食事をご馳走になっていたとしてもだ。

朝出社して確認すると、吉澤さんが言った通り
スケジュールボードの彼女の欄には
『直行』の札が貼られていた。

けど、やっぱり。

先週わたし、確認してから
帰った記憶があるんだよね…

374 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:19

「ただ今戻りました〜」

ちょうど柴ちゃんが帰社して
スケジュールボードに記入するのが見えて
慌ててそばに行く。

「柴ちゃん」
「おっ!梨華ちゃん!」

ニヤリとする柴ちゃん。

「ちょっとぉ、昨日どうなったのよぉ?」
顔を寄せて、小声で聞いてくる柴ちゃんに

「やっぱり彼じゃないって」
と同じく小声で答えた。

「そんな訳ないでしょ!
 だってさぁ!」

声を荒げた柴ちゃんの口を塞いで、
『その話しは後でゆっくり話すから』って
耳元で囁いて、塞いだ手を離した。

375 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:19

「ね、柴ちゃん。
 先週帰る前にスケジュールボード確認した?」

「したよ。
 当たり前じゃない」

不服そうに唇を尖らして
「じゃ、会議室行こ、会議室。昨日の話しが先」
そんな風に囁く柴ちゃんを制して、もう一度聞いた。

「吉澤さんのこのスケジュール
 先週末入ってた?」

柴ちゃんがスケジュールボードに
目を移す。

「あれ・・・?直行?どこに?」

やっぱり…
嫌な予感がする。

今朝の違和感とモヤモヤは
間違いじゃなかったんだ・・・

376 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:20

「飯田さんの迎えに行くって言ってたの。
 確かに飯田さん、今日の午前の便で帰国予定なんだけど
 迎えだけなら、遅すぎると思わない?」

「そうねぇ・・・
 てか、何で迎えになんて行った訳?
 飯田さん、いつも一人で帰って来てたじゃない」

不審に思った柴ちゃんが
社員のスケジュール管理をしている仙石ちゃんを呼んだ。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどさ」

俯いたまま、わたし達の元へやって来た仙石ちゃんに
柴ちゃんが尋ねる。

「吉澤さん、今日ほんとに直行なの?」

押さえ気味の柴ちゃんの声に
身を固くした仙石ちゃんが、小さく頷いた。

ただならぬ雰囲気に
何となく社内がシンと静まり返る。

377 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:20

「飯田さんのお迎えも本当?」

「はい…
 急遽決まったって…」

「そう…」


本当ならいい。
直に帰ってくるだろうし。

だけど…
なぜか胸騒ぎが収まらない――


「あの・・・、石川さん。
 実は私…」

仙石ちゃんが、言葉を繋ごうとした途端
飯田さんの明るい声が、フロアに響いた。

378 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:21

「たっだいま〜
 あら?何この重苦しい空気」

颯爽と歩いて、タイムカードを押すと
ボードの前にやって来る。

「はい、仙石。
 吉澤から」

飯田さんから仙石ちゃんに
大きな封筒が手渡された。

「あ〜疲れた、疲れた。
 あ、そうそう。社長から皆に差し入れ」

目の前にいる柴ちゃんに
お菓子の箱を渡す。

「社長って・・・?」

「あれ?言ってなかったっけ?
 昨日、社長のとこに寄ってきたのよ。
 進出大作戦、なかなかうまく進んでるみたいよ〜」

にこやかにそう言って皆を見渡す。

379 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:22


「でもこれからって時に、信頼してたイトコが辞めちゃうんだから
 裕ちゃんも可哀想だよねぇ〜」


・・・え?
――今、なんて・・・?


「カオも見込んでたのになぁ、彼女のこと。
 だって英語ペラペラだし、容姿端麗でしょ。
 カオの後を任せるにはピッタリじゃない?
 なのにねぇ、急に辞めるなんてさ」

ちょっと待ってよ。
飯田さん、何言ってるの・・・?


「裕ちゃんも、何だかんだ言って身内には甘いねぇ〜
 出張先に突然電話してきてさぁ。
 『吉澤に渡したいもんがあるから、ちょっと寄ってくれへん?』だもんね〜」

衝撃が体の中を突き抜ける。
全身がドクドクと激しく脈打ち始める・・・

380 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:23

「で、寄ってみたら、お祖父ちゃんに渡すお土産と
 吉澤への餞別だって言うんだもん。やんなっちゃうよね?
 まぁ一応本人には、空港で待ち合わせして渡してきたけど」

呆れたように肩をすくめて
ため息をついて、飯田さんは続けた。

「吉澤には、ほんとガッカリしちゃった」


――何、それ・・・

辞めたって何?
餞別って何?

わたし、何も知らない。
何も聞いてないっ!!

381 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:23

「飯田さん!今の話、どういうことですか?!
 吉澤さん、今どこにいるんですかっ?!!」

思いっきり肩を掴んで揺さぶった。

何よ、それ。
何なのよ!

「ちょっと、石川落ち着いて」

「落ち着けませんっ!
 どこなんですか?!吉澤さん、今どこにいるんですかっ?!」

飯田さんが、チラリと
壁の時計を見た。


「――もう、空の上だよ。
 3時の飛行機って言ってたから・・・
 うちの会社辞めて、ハワイに帰ったよ・・・」

382 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:23


――うそだ・・・、そんなの・・・


だって、わたし。

一緒に暮らしてるんだよ?
今朝も一緒にご飯食べたんだよ?


なのに、何も――

彼女から何も、聞いてないよ・・・


383 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:24

飯田さんを掴んでいた力が抜けた。
そのまま、ペタリと床に座り込む・・・

「ヤダ・・・
 悪い冗談・・・、やめてよ・・・」

ポタポタと涙が溢れ出して
堪えきれずに、両手で顔を覆った。


信じない。
そんな話。


わたし、一番近くにいたの。
彼女の一番近くにいたのは、わたしなの。

それなのに、どうして――


「石川・・・」

隣にしゃがみ込んで
飯田さんが頭を撫でてくれる。


384 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:24


「・・・違うんです」

仙石ちゃんが呟いた。

「吉澤さん、急に辞めたんじゃないんです・・・」


「仙石、あなた何か知ってるのね?」

飯田さんの問いかけに
仙石ちゃんは大きく頷くと、静かに話し始めた――


385 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:25


昨日、私どうしても社長から頼まれた仕事が終わらなくて
出勤してたんです。
結局夜までかかっても、終わらなくて
ちょうどため息ついた所に、結婚式帰りの吉澤さんが来て――

 『おっきなため息ついちゃって。どったの?仙石ちゃん』
 『いえ、別に・・・』
 『まあた、姉さんが無理なお願いでもしたんでしょ?
  親族として、お詫びに手伝いますよ』

なんて、冗談めかして言いながら
ほんとに手伝ってくれたんです。

あとは、最終チェックで終わり。
そこまで来たところで、吉澤さん言ってくれたんです。

 『しんどいかもしんないけど、
  姉さんは、仙石ちゃんに期待してるよ』って・・・

だけど、私ノロマだし、
こんな風に人を巻き込んで、仕事させちゃうし
この仕事向いてないかもしれません。

そう言ったんです。
そしたら、吉澤さん。

 『そんなことないよ。
  だって、アタシの仕事、後は誰に任せればいいって聞いたら
  仙石ちゃんだって、即座に返ってきたよ?
  あの子は骨があるから、大丈夫って』

そう微笑みながら言って

 『まあ、3ヵ月半の腰掛だから
  たいした仕事してないんだけどね。
  仕事増やしちゃってごめんね』

申し訳なさそうにそう言って
頭を下げたんです。

386 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:26

私、頭の中がパニックになっちゃって
吉澤さん、一体何言ってるんだろうって
固まったまま、何も言えずにいたら
吉澤さんが自分の席の引き出しから、
ファイルを取り出してきて――

 『ほんとはもっと早くに渡そうと思ってた』

って、わたしにそのファイルをくれて。
中を開くと、吉澤さんがやっていた仕事の手順が
事細かに書いてあって。

 『ひと通りは片を付けたから
  あまり迷惑はかけないと思う』

そんな風に言ったんです。
何かもう、とにかくビックリして

 『ヤダ、吉澤さん。
  辞めるみたいに聞こえちゃうじゃないですかぁ』

そう言ったら、急に真面目な顔になって

 『ほんとは皆にちゃんと言っておきたかったんだけど』って。
 『でもその前に石川さんには、一番に自分の口から伝えたくて』って。
 『毎日ノド元まで出かかるのに、どうしても言えないんだ』って――

387 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:27

 『・・・ごめん。泣くつもりなんか無かったんだけど・・・』

肩を震わせながら、嗚咽を堪えて。

 『元々年内の約束で、ここには来たんだ。
  けどね。もうここにいる意味なくなっちゃったから。
  だから、アヤカの挨拶を引き受ける代わりに
  少し早めて、明日帰ることに決めたんだ』って。

 『だけど、自分で決めたことなのに・・・』

 『自分で決めたことなのに、苦しいんだ・・・』って――


毎日、石川さんの顔見て
今日こそ言おうって思うんだ。
だけど、いざ顔見たらさ・・・

 『言えないんだよ。アタシこう見えて
  結構女々しいからさ、泣いちゃいそうなんだ。
  こんな風にみっともなく、泣いちゃいそうで・・・』

――言えないんだよ・・・


388 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:27

その姿が、あまりにも儚げで、
私、どう声をかけたらいいか分からなくて――

そんな気配に気付いたのか
吉澤さんは、乱暴に両手で涙を拭って
私に笑ってみせたんです。

 『なんか酒が入ってるからか
  感傷的になっちった』って。

そして

 『やっぱりちゃんとしないとだよね?
  姉さんにも自分から言うから
  飯田さん以外には、まだ言わないでって言っちゃったし・・・』

 『よし!今夜こそ石川さんに言うよ。
  で、明日飯田さんとの待ち合わせ前に
  会社に来て、皆に挨拶するね』

って、ガッツポーズして。


 『へんなとこ見せちゃってごめん。
  また明日ね』

そう明るい声で言って、吉澤さんは
笑顔で帰って行きました。

389 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:28

だけど――

今朝早く、私に直接電話があったんです。

 『やっぱ、アタシってダメなやつだね』って。
 『サイテーだって思うけど、このまま挨拶しないでいなくなるよ』って。


 『石川さんとは、笑顔でお別れしたくてさ』

 『石川さんの一番好きな顔見て
  バイバイしたかったからさ。
  言わないまま、見送ったんだ・・・』


 『ごめんね、仙石ちゃん。
  アタシの最後のわがまま
  一つだけ聞いてくれないかな?』


飛行機が飛んでしまうまで…


――アタシのこと黙ってて欲しいんだ…


390 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:29


「石川さん」

仙石ちゃんが、わたしの目の高さに
合わせてしゃがみ込んだ。

「吉澤さんを責めますか?」

黙って行ってしまった吉澤さんを
石川さんは、許せませんか?

でも私思うんです。
昨日、吉澤さん。石川さんにちゃんと、
お別れしようとしてたんじゃないかって。

だって吉澤さん・・・

仙石ちゃんが、大きな封筒から
何かを取り出して、わたしに差し出した。

「・・・吉澤さんの、社員証・・・」

「吉澤さん、これ以外の荷物は全て整理してあるんです。
 石川さんに話して、いつも通りに出勤して
 ちゃんと皆に挨拶するつもりだったと思うんです」

言いたくても、言えなかったんじゃないかって・・・
どうしても石川さんに言えなくて、
笑顔でお別れすることを、選んだんじゃないかって・・・

391 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:29


  『アタシも一緒に飲んでいいかな?』

  『こんな風に、2人で飲むの。初めてですね?』

  『もっと早くから、こうしてりゃよかったなぁ』


  『・・・石川さん。――アタシ、ね・・・』


もしかして、あの時――

なのに、わたし――


  『――アタシは、彼じゃないから…』

  『いつか石川さんに、好きな人が出来たらさ。
   ・・・その、人に――』

  『キスしてもらいなよ?』


392 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:30

仙石ちゃんが封筒の中身を
更に取り出す。

一つは仙石ちゃんへの謝罪のカード。
一つは皆への謝罪と感謝を綴ったメッセージカード。

そしてもう一つは――

「石川さん宛のお手紙です」

差し出された手紙を受け取った。


  <石川梨華様>

神経質そうな右上がりの字で書かれた宛名を、
そっと指でなぞってから封を開けた。


393 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:31


 [突然、辞めたりしてごめんなさい。
  でも今まで、すっげぇ楽しかった!
  石川さんと過ごした日々は、アタシにとって宝物です。

  ワガママ言って、勝手にいなくなるけど
  アタシは彼と違って、女々しくて甘えんぼだから
  笑って「さよなら」を言える自信がありません。
  だからごめんね。黙って帰国します。

  いつか石川さんに、彼を越えるほど好きな人が出来ることを祈りつつ・・・
  てか、石川さんなら、絶対できるっしょ!

  がんばれ!石川さんっ!!

  P.S.冷蔵庫にいっぱい食材入れといたよ。
      なるべく腐りにくいものにしといたから、
      しばらくは大丈夫でしょ?
      それから餃子を200個作って冷凍しといたから、
      少しずつ自分で焼いて、食べてください。
      それくらいは頑張ってしてね?

               かわいい後輩 吉澤より]


394 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:31


「バカ・・・」

涙が溢れて止まらなかった。


「・・・なんで黙って行っちゃうのよ・・・」

彼女の書いた字が、わたしの涙で滲んでいく――


「・・・何で・・・、いなくなっちゃうのよ・・・」

彼女の手紙を握りしめた。


「許せるわけ、ないじゃない・・・
 大っ嫌い・・・、吉澤さんなんて・・・」

大っ嫌いよっ!!!


そのままフロアをとび出して
小会議室に駆け込んだ。

395 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:31

止めようとしても、嗚咽がもれて
胸が抉られるように痛んで。

体が心が、千切れるように痛んで――


「大嫌いよ。吉澤さんなんて
 大嫌い・・・」

何度もそう呟くのに
心が悲鳴をあげて、涙となって零れ落ちていく・・・


396 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:32


 『――迷惑じゃ、なかったら・・・
  一緒にいてくれませんか?』

 『――そばにいて下さいって、
  言ったんです・・・』

 『ねーねー』

 『今朝一緒に行くつもりだったって
  今言ったけどほんと?』

 『じゃあ、明日からアタシも電車で通う!』

 『やだ、無理する!』

 『だって石川さんと一緒に
  行きたいんだもん』

 『石川さんと一緒に行きたいから
  無理する。ダメなこと?』


この部屋で過ごした、あなたとの想い出が
次々と蘇って、余計に胸を締め付ける・・・


397 名前:第7章 1 投稿日:2011/01/25(火) 13:32


 『いいもーん。いつか絶対、石川さんとブチューってするから。
  石川さんから、してくれって言っちゃうかもしれないよ?』


あなたの言う通り、わたし言ったのに・・・

わたしから、キスして欲しいって言ったのに・・・

どうしてしてくれないまま、いなくなっちゃうのよ――


「大っ嫌いっ!!」

もう一度、強く言ったのに
どうしても堪えることが出来なくて
声をあげて、その場に泣き崩れた・・・


398 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/25(火) 13:33


399 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/25(火) 13:33


400 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/25(火) 13:33

本日は以上です。

401 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/25(火) 15:51
(ノД`)・゜・。

心が…心が痛いよーーーー
402 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/25(火) 23:44
(涙)(涙)(涙)
責任とって下さい!玄米ちゃ様!
403 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/26(水) 11:56

>401:名無飼育さん様
 相変わらずですみません。

>402:名無飼育さん様
 では責任をとって久々の連日更新をば致しましょう。


ということで、本日の更新です。

404 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/26(水) 11:57


405 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 11:58

『心にポッカリ穴が開く』
この表現は当ってる。
だって今のわたしが、間違いなくそうだもの。

『涙が枯れる』
この表現は間違ってる。
だって、実際は枯れたりなんかしない。

泣きたくなんかないのに。
泣くつもりなんかないのに。

ふと気付くと、意識とは裏腹に
わたしの頬を伝うの。

一人の朝食が侘しくて。
一人の通勤が寂しくて。
一人の帰宅が心細くて。
一人の夕食が悲しくて。

そして、一人きりのお家が。
あなたの温度がなくなった、この家にいるのが辛くて――

今夜も、ただ。
ただただ、涙をこぼして一夜を過ごす・・・

406 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 11:58


彼のことは、本当に好きだったの。

8年もの間、ずっとずっと忘れられなくて
ずっとずっとわたしの心を占めていて――

けれど、あなたがわたしの前に現れて。

気がつけば、どんどんあなたがわたしの心を占めていった。
気がつけば、わたしの心はいつもあなたでいっぱいだった。

気がつけば――

あなただけだった。


407 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 11:59

今頃気付くなんて、遅すぎるよね?

自分のバカさに呆れてしまう。
この気持ちにもっと早く気付いていれば・・・

ううん。もっと早く
自分の気持ちに、ちゃんと向き合っていれば・・・


少しでも彼女の温度を感じたくて
彼女の部屋の扉を開ける。

何も入っていないタンス。
誰もいないベッド。

 『石川さん』

けれど聞こえる、
耳に残る彼女の優しい声・・・

408 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 11:59

「なん、で・・・
 なんで、黙って・・・、いなく、なるのよ・・・」

声に出せば、また勝手に涙が溢れ出す。

「バカ・・・
 吉澤さんの、バカ・・・」

ベッドに突っ伏した。
けれど、そこはひんやり冷たくて
彼女の温かいぬくもりは、もう感じられない。


 『石川さんに、温めてほしい…』

 『石川さんが、嫌じゃ、なかったら…
  …一緒に、隣に寝て欲しい…』


あれが、彼女の気持ちだって
あの時分かってたはずなのに――

一番バカなのは
わたしだ・・・

409 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:00


<♪♪♪♪♪>

お家の電話が鳴って、
あわてて涙を拭った。

吉澤さんの部屋に置かれたままの
子機をそっと持ち上げる。

彼女も、使ったのかな・・・?

そう思ったら、また胸が痛んだ。


「・・・もしもし」

『あー、良かった。
 いたいた』

この明るい声・・・

「もしかして・・・、松浦さん・・・?」

『ピンポーンッ!
 良かった、覚えててくれて』

「覚えてるに決まってるじゃない」

『あはは。光栄です』
おどけたようにそう言うと

『あたし時間ないから、手短に話すね?』
そう前置きをして続けた。

410 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:01


よっすぃ〜の部屋のデッキの下に
ビデオ屋さんの袋があるの。

今探せる?

え?よっすぃ〜の部屋にいるの?
ふ〜ん・・・

ね?あったでしょ?
それ悪いけど返しといてあげて?

すっかり忘れちゃってたんだって。
飛行機の中で、映画見て思い出したらしいよ。
ったく、どっか抜けてるよね〜

しかも、超延滞してるらしい。
それを払っとけって、このまつーらに言うわけよ。

あたくし、これでも優秀な医者よ?
駆け出しだろうと、なんだろうと
わざわざ、人の忘れ物を人の家まで取りに行って
それをわざわざ返しに行って、わざわざ延滞金払うなんて
そんなヒマないわけ。

普通さ、同居人さんに頼むでしょ?
そんなこと。
だって、喧嘩別れした訳じゃないんでしょ?
ねぇ、石川さんだって、そんなの嫌がらないよね?

なのにダメなんだって。
絶対、絶対。ダメなんだって。

石川さんにだけは、見つかっちゃダメだって。

気付かれないように、部屋に入って
ひっそり返しといてって言うの。

411 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:02


『――何でだと思う?』

急に真剣な口調に変わった松浦さん。


「わたしに、だけ・・・?」
『そう』

――あなたにだけは。

松浦さんが、一文字一文字を
言い聞かせるように、ゆっくり発する。

わたしにだけは、見つかりたくないって・・・

手にした袋に視線を落とす。
徐々に鼓動が早まって行くのを感じる――


412 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:02

『よっすぃ〜がそれ借りたの、あの夜だよ。
 駅でバカみたいにあなたを待って、
 帰らないと言ったのに、あなたが友達を連れて来た日』

あの夜、確かに
ビデオ屋さんの袋を持っていた。
寂しいからビデオ借りに行ったって――

『よっすぃ〜ね、勝負かける気だったみたい。
 その中のDVDをあなたに見せて』

「DVDを・・・?」

『そう。見ても、見なくてもいいけど
 とりあえず返しといて。で、延滞金も悪いけど
 払っといてよ。じゃ、よろしく〜』

「ちょ、ちょっと待って!」

『何?』

「勝負って一体・・・」

『それは、あなたが自分で考えること。
 ほんとあたしの性に合わないんだよねぇ〜、こういうの。
 じゃ!よろしく』

「あっ!ちょっと待って!
 もしもし?もしも・・・」

通話終了の乾いた機械音だけが
耳に響く――

413 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:03

勝負・・・?
勝負って一体何?

子機を置いて、手にした袋のフタに手をかけた。
ビリビリとマジックテープが剥がれる音が
余計に緊張を煽る・・・

中にそっと手を入れて
思い切って、それを取り出した。


「――タイタ、ニック・・・」

衝撃で指が震えた。

 
  『タイタニックって映画、知ってます?』

  『だったら、こうして』

  『船の規模は随分違うけど
   風は体感できるでしょ?』


やっぱり・・・
そうだったの・・・?

だって、わたし――


  『キミはRose?』

  『Rose,I Love You・・・』


彼女に、この話をしていない・・・

2人でタイタニックの真似事をしたなんて
彼女に一言も――


414 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:05


<♪♪♪♪♪>

再び、家の電話が鳴って
あわてて、すぐそばの子機を手に取る。

「もしもし!松浦さん?」

『なんや?誰かの電話待っとんたんか?』

今度の声の主は中澤さん。

『あんたが家にいてくれて助かった。
 悪いけど、急いでんねん。
 子機に変えて、ウチの書斎に行ってくれへん?
 そうそうカギは冷蔵庫の中やから』

まだ指が震えている。
衝撃が体中に巡って、体がガタガタと震えだす・・・

『なんや、何かあったんか?
 大丈夫か?』

「・・・だい、じょう、ぶ・・・です」

胸を押さえて、必死に心を落ち着けて
吉澤さんの部屋を出て、キッチンに向かう。

415 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:06

『・・・吉澤のこと・・・、ホンマすまんかったな』

急に弱弱しい声になって
わたしに謝った中澤さん。

お願いだから、
今その名前を出さないで――

『黙って行ったんやって?ホンマごめんな。
 悪気はないらしいんや。
 なんとなく言いづらかったなんて言いよったから
 ウチからキツク叱っといたし』

吉澤さんの代わりに、お詫びを言う。

「・・・カギ・・・、どこ、ですか・・・?」

精一杯、理性を振り絞って言葉を吐き出す。

『ああ、悪い。ジャムの容器があるやろ?
 その中に、吉澤が隠しとるはずやから』

[吉澤]という言葉が耳に飛び込むたびに
締め付けられるように胸が痛む。

416 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:07

『悪いけど石川。
 大急ぎで頼むわ』

彼女の手紙の通り
冷蔵庫の中は、食材でいっぱい。

『カギ見つけたら、書斎に行ってくれるか?
 机の上の左側に赤いファイルがあるから、
 その一番上に閉じてある書類をFAXして』

「わかりました。見つけ次第、すぐ送ります」

激しく揺れる心をなだめて
無理矢理、お仕事モードに切り替えて、電話を切った。


冷蔵庫の食材を次から次に引っ張り出して
ジャムの容器を探す――


「あった!」

急いで、書斎に行って
カギを開けると、言われた通りの場所から
ファイルを取り出して、すぐにFAXを送った。

417 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:09

ふぅ〜〜

大きく息を吐く。

お仕事モードに切り替えたせいか
さっきより、少し心が落ち着いた気がする。

ファイルを戻しに
もう一度、中澤さんの書斎に入って机の前に立った。


「・・・あれ?」

空の写真立て。

机の上にちゃんと立ててあるから、
常に見ていたい写真を飾りそうなものなのに
中身が抜かれていて、何もない。

不審には思ったけど
ここは、本当は入ってはいけない場所。

そのまま、何もいじらずに
ファイルだけ、元の場所に戻して
静かに部屋を出るとカギを閉めた。

418 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:13

書斎から戻ると、目に入った
食材のヤマ。

元の容器にカギを戻して
冷蔵庫を開けると、中に戻した。


・・・ん?
なんだろ、この箱・・・

ふと目についた
一番奥にある、小さくもなく大きくもない
中くらいのダンボール箱。

箱の横に、彼女がお取り寄せしていた
タマゴの販売会社の名前が印字されていて
痛みとともに、懐かしい思いが蘇る――

  『もちろん!全部ゆでたまごです。
   お取り寄せのチョー美味しいたまごですよ?』

嬉しそうに、頬張っていた
マシュマロみたいなほっぺを思い出す・・・


「10個なんて、普通食べれないんだよ?」

もう彼女はいないのに、
冷蔵庫に向かって、思わずそう呟いていた。

419 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:15

「タマゴをこんな奥に入れてたら
 腐らせちゃうじゃない」

文句なんか言いながら、その箱を取り出す。

「食材だって、こんなにあったって
 一人で食べきれないんだから」

キッチンの床を埋め尽くした
食材たちを、一つ一つ冷蔵庫に戻していく。

どれも、日持ちがするのばかり。
でも、ムリだよ。
こんなに一人じゃ、食べきれないよ・・・

「バカ・・・」

堪えていた涙が一筋、頬を伝った。


最後に、タマゴの箱を戻そうと持ち上げると
なぜか<カラン>と、軽い音がする。

不思議に思って、
箱を床に戻して、冷蔵庫を閉めた。

零れたままの涙を、袖で拭って
床にしゃがみ込むと、その箱のフタを開いた――


420 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:18


「・・・これは――」

そっと箱の中から、それを取り出す・・・
と同時に、先端が崩れて落ちた。

「――船の、模型・・・」

吉澤さんの部屋に、
机の上に飾ってあった、あの船の模型・・・

「何で、これが・・・?」


  『気になる?』
  『じいちゃんが乗ってる船の模型だよ』

  『姉さんがね〜
   大事なもんは、冷蔵庫にでも入れとけって言ってたもん』

壊れて取れた先端と
船の本体を両手に持ったまま、もう一度箱の中を覗いた。

421 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:19


それが、目に飛び込んで来た瞬間
強い電流に打たれたように、体中が激しく震えた。

全身がブルブルと震えて
心臓が大きく跳ねて、呼吸が苦しくなる――


取り落としそうになりながら、
やっとの思いで、模型を床に置くと
震える指で、それを取り出した。


――中澤さんと、笑顔で写る『彼』の姿・・・

船員服のまま
船員帽のまま

中澤さんの肩を抱いて写っている
『彼』の写真・・・

裏返すと、中澤さんの字で
ハッキリと書かれていた。


  [イトコのひとみと2ショット
    ハワイのサンセットクルーズにて]


一気に涙腺が崩壊して
次々に涙が零れて、写真を濡らしていく・・・

やっぱり・・・、そうだったんだ――


疑念が今、確信に変わった。

422 名前:第7章 2 投稿日:2011/01/26(水) 12:19


――見つけたよ、やっと。


彼女が眩しそうに微笑む写真を
大切に胸に抱いた。


見つけたんだよ、わたし――


あなたの真実も。
わたしの真実も。

ちゃんとこの手で、見つけたんだ・・・


423 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/26(水) 12:19


424 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/26(水) 12:20


425 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/26(水) 12:20

本日は以上です。

426 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/26(水) 12:23
初リアルタイムキタ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!
427 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/26(水) 12:27
ナマ更新に遭遇できて感動!

石川さん頑張れ!とにかく頑張れ!
428 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/26(水) 13:06
あぁ連日更新なんて夢みたいo┤*´Д`*├o

そして、石川さん!!!頑張れ!!!
429 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/26(水) 21:46
いやああああ
りかちゃんがんばってええええ
430 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/31(月) 00:18

>426:名無飼育さん様
 ありがとうございます!

>427:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 頑張ると思いますよ。

>428:名無飼育さん様
 喜んで頂けたようでうれしい限り。
 ありがとうございます!

>429:名無飼育さん様
 ( ^▽^)<は〜い!


では皆様の声援を受け止めて
石川さんはどんな風に頑張ってくれるんでしょうか・・・

本日の更新です。


 
431 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/31(月) 00:18


432 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:19

「じいちゃ〜んっ!!」

大きく腕を振って
ウェットスーツのまま走り寄ってくる
かわいい孫に思わず目を細めた。

「じいちゃん、聞いてよ!
 今カメさんと泳げたの!
 ね、すごくない?
 こ〜んなでっけぇのっ!!」

身振りで大きさを示す。
興奮のあまり、1.5倍くらいにはなっているだろう。

「ラッキーなことが起きる
 前兆かもしれんね?」

「マジ!
 ヤッター!!」

大きな瞳を輝かせて
両腕を上げる。


「けど、運は使っちゃった気がすんだよな…」

ボソッと呟いた。

433 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:20

ひとみが言っているのは
つい先日、採用通知が来た航海のことだ。

一流の誰もが憧れる大きな船。
ものすごい倍率で、まさかひとみが
採用されるなんて微塵も思わなかった。

仲間は誰もが喜んだ。
幸運だ。奇跡だと…

搭乗期間は丸2年。
世界中を巡って、一流の技術を
身につけて帰ってくるはずだ。

元々器用な子だ。
わしを遥かに越える
腕を身につけるに違いない。

『じいちゃん、いい後継ぎ持ったな』

人々は口々に言う。
わしも嬉しいし、誇りに思う。

だが、わしはひっかかるのだ。
ひとみの表情が――

434 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:20

船に乗ると、ひとみは決まって
懐かしさと痛みを交えた瞳をする。

本人は誰にも気づかれないように
隠しているつもりだろうが、わしには分かる。

子供の頃、ひとみは
いつもあんな瞳をしていた。

大切な人を失い
その誰かを思い出し、
懐かしさに心を痛めているあの瞳を――

435 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:21

日本に行く前は、希望に燃え
決意に溢れた瞳をしていた。
あんな瞳をするようになったのは
日本から戻ってからだ。

数年ぶりに見た痛々しいほどの
あの瞳は、なぜか諦めの色と後悔の色を伴っていた。

近しい誰かが亡くなったのかと
裕子ちゃんに聞いてみたが、そうではないらしい。

だとしたら――


  『じいちゃんお願い!
   何も言わずに少しの間、日本に行かせて欲しいんだ』

  『どうしても会いたい人がいるんだ・・・』


会えなかったのか?
いや違う。会えなかったのなら
後悔の色が浮かぶ訳がない。

ひどく拒絶されたのか?
それも違うだろう。
それならばもっと、痛みが先走る。

436 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:22

あの子の瞳には、懐かしさと痛みと
諦めと後悔が、一緒くたに浮かんでいる。


あの色はきっと――

そんな瞳をさせるほど想いを寄せた
誰かの手を、自ら手放したに違いない。


この子は優しい子だ。
優しすぎる子だ。

だからその優しさが
時にアダとなり、自分の気持ちをねじ伏せてしまう。


果して本当に・・・

――手放さなければならなかった人なのだろうか・・・?


437 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:22


「なぁ、ひとみ」
「なあに?」

無邪気な瞳を向けてくる。

「日本には一体、何をしに行ったんだい?」

途端に、瞳の奥に痛みと後悔が走った。


「――もう、終わったことだよ・・・」

そう言って、眩しそうに
海を眺めたその瞳に、懐かしさと諦めの色が追加される。

――間違いないな…

438 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:23

「なあ、ひとみ。
 今ならまだ、採用を拒否出来るんだぞ?」

「やだなぁ、じいちゃん何言っちゃってんの?
 すっげーチャンスだよ?
 あんなの手放すバカ、どこの世界にいるんだよ」

時には、バカになっていいんだ。
そしてもっと、ワガママを通してもいいんだ。

お前は昔から、自分を抑えすぎた。
無邪気な瞳の奥に、両親を一度に失った悲しみをしまい込み
わしに迷惑をかけないよう、無意識にいい子を演じてきた。

だから、わしは嬉しかった。
初めてワガママを言って、
『日本に行きたい』と言ってくれたことが・・・

439 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:23

「お前は自由なんだ。
 無理してわしの後を継ぐ必要もないんだぞ?」

驚いたように、目を見開いて
わしの顔を覗きこんだ。

「好きな道を行けばいい」

一つ息を吐いて、隣に座り込と
フィンやスノーケルを抱え込んで、小さな声で呟いた。

「好きな道は、じいちゃんみたいな
 船乗りになることだよ・・・」

ただ、今は――

「――あの船に乗ってたくない…」

440 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:23

「違うんだ。じいちゃんの船が嫌いなんじゃない。
 いつかアタシも、じいちゃんみたいになりたいって
 本気で思ってる。それがアタシの夢だよ?」

けど、今は…

「心の整理がつくまでは
 あの船に乗るのが、苦しいんだ・・・」

俯いて、泣き顔を隠してしまう。
歯を食いしばって、手を握りしめて
自分の気持ちを押し殺す・・・

――お前はいいのか?本当にそれで・・・

441 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:24

「・・・誰かとの想い出があるのか?」

そっと頭を撫でると
俯いたまま、頷いた。

「叶わないのか?」

大きく頷く。

「ひとみは、本当にそれでいいのか?」

また大きく頷く。


「――後悔、しないか?」

一瞬の間を置いたが
ひとみはゆっくり顔をあげて
涙を拭うと、ニッコリ笑って頷いた。

442 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:24


「・・・分かった。
 じゃあ、もう何も言うまい」

でも、そんなに辛いなら・・・

「じいちゃんの船、今日は乗るのやめるか?」
「ううん」

即座に大きく
首を横に振った。

「旅立つ前日まで、毎日ちゃんと乗る」

強い眼差しが返ってくる。
本当にこの子は、綺麗な瞳をしている――


「じゃあ、今日も頼むな」
「ハイ!」

大きく返事をすると
勢いよく立ち上がった。

「早速、準備に向かいます!
 キャプテン!!」

背筋を伸ばして敬礼すると
あっという間に走り去って行く――

443 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:25


立派になったな・・・

後ろ姿を見ながら、目を細めた。

「わしの腰ぐらいしかなかったのになぁ・・・」

手を引いていたわしが
いつか、あの子に手を引かれるように
なる日が来るのだろうか・・・




「エ、エ、エ、エクスキューズミー」

何だ、何だ?
この思いっきり日本語なまりな英語は。

声のする方に振り向く。

おやおや。
南国の花のような、可愛らしいお嬢さん。

444 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:25

「アイ、ウォントトゥ、アスク・・・」

必死に手元の紙を見ながら
カタコトの英語をつないで行く。

「えっと・・・、ディス、ピクチャー」

そう言って、がさごそを
カバンを漁り出す。

そろそろ助けてあげようか・・・


「日本からお越しですか?」
「Yes!Yes・・・、へっ?」

手を止めて、マジマジと顔を見る彼女に
微笑みかけてあげる。

「日本人ですから、日本語で大丈夫ですよ?」

「良かったぁ・・・」

たちまち花開いたかのように
破顔した。

445 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:26

「わたし、英語苦手で
 うまく説明出来なくて困ってたんです」

写真見せて尋ねても
相手が言ってることも分からなくて
どうしていいか途方にくれかけてたんです。

「でも、ほんと良かった・・・」

「お力になりますよ?」

その英語力じゃねぇ・・・
常に通訳が横にいないと、何も伝わらないだろう。

「誰かをお探しですか?」
「はい!」

さっき出しかけた写真を
目の前に差し出される。

446 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:27

「この人を探してるんです」

彼女の指差した先に
息をのんだ。

これは――


「随分前に撮ったものだと思うんです。
 でもこれしか、わたしの手元に写真がなくて・・・
 あと、ここに写ってる船は、これです」

もう一度、カバンを漁って
彼女がそれを取り出す。

「先端が壊れちゃってるんですけど
 きっと彼女、この船で働いていると思うんです」

なんと言うことだ・・・
この船は――

「この船に行けばいいのかもしれないんですけど
 サンセットまでは時間があるし、どうしても
 ジッとしていられなくて・・・」

恥ずかしそうにそう言って、頬を染めた。

447 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:27

「この方とは、どういう・・・?」

「ご存知ですかっ?!」

途端に前のめりになる。
あまりの勢いに思わず身を引いた。

「すみません。つい・・・」
「いえ、大丈夫ですから」

笑顔を見せると
安心したように微笑む。

若い頃なら、口説いとったな・・・

などと余計なことを考えた。

448 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:28


「――彼女、ひと月前まで日本にいたんです」

実は、わたし。
彼女と一緒に暮らしてて・・・

ずっと一緒にいたのに
ある日突然、彼女が帰国してしまって・・・

彼女はすごく優しい人だから
わたしのことを思って、そうしたみたいなんですけど
そんなこと、わたしは望んでないんです。

というか、彼女はいっぱいサインをくれてたのに
わたしが甘えて見逃していたんです。

ほんとは、誰よりも大切なのに
それに気づかないフリして、伝えずにいました。

「でも、ちゃんと伝えたいんです!
 彼女に、わたしの本当の気持ちを
 真実の想いを伝えたいんです!!」

449 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:28


正直、圧倒された。

その勢いに。
その想いの強さに――

「すみません。ほんとに・・・
 わたし、何言ってるかわからないですよね?」

「いいえ。そんなことありませんよ。
 それにわしは、この方をよく知っています」

「本当ですかっ?!!」
「ええ」

ひとみ。
お前は間違っている。

このお嬢さんは本気だ。
本気でお前を好いている。

450 名前:第8章 1 投稿日:2011/01/31(月) 00:29

お前が日本に行ったのは
このお嬢さんに会うためだったんだろう?

でなければ、この模型を。

いつの頃からか、お前が毎晩、
大切に手入れし続けていたこの模型を、
このお嬢さんが持っている訳がないのだから・・・


「わしに全て任せて下さい」
「え?」

ひとみ、わしはまだまだお前に手は引かれんぞ。
そして今はまだわしが、お前の手を幸せの一歩前まで引いてやる。

だから、後は自分で掴むんだ・・・


「この方とあなたを、必ず会わせて差し上げます」


451 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/31(月) 00:29


452 名前:リアライズ 投稿日:2011/01/31(月) 00:29


453 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/01/31(月) 00:29

本日は以上です。

454 名前:名無し留学生 投稿日:2011/01/31(月) 01:16
やった!つい、ついに、梨華ちゃんが追い着きた!
玄米ちゃ様、今回は邪魔すんなよ。

お願い!(ー人ー)
455 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/31(月) 08:45
まだまだ油断してはいけない
なぜならそれが玄米ちゃ様だから
456 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/31(月) 11:49
玄米ちゃ様がこれからどう転ばせるのか…

期待してもいいんですか?

どうなんですか?w

更新が待ち遠しいです!!!
457 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/01(火) 22:12
とりあえず泣いた
458 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/03(木) 11:05
先が気になって眠れない…
459 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/04(金) 13:46

>454:名無し留学生様
 さてどうでしょう・・・

>455:名無飼育さん様
 随分警戒されてしまいました(笑)

>456:名無飼育さん様
 さあどう味付けしましょうか・・・

>457:名無飼育さん様
 涙もろいお方ですね。

>458:名無飼育さん様
 また不眠症にさせてしまうかもしれません。


では本日の更新です。

460 名前:リアライズ 投稿日:2011/02/04(金) 13:47


461 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:48

「ちぇっ。ダンのやつ・・・」

思わずグチがこぼれる。
自分が照らす懐中電灯の光りを頼りに
薄暗いエンジンルームを進む――


乗客の乗船開始時間になって、入り口で準備を始めた所で
じいちゃん・・・じゃなくて、キャプテンに命令された。

 『ダンがお腹壊して、ちょっと前に船を降りたんだが
  点検中にエンジンルームに忘れ物をして来たらしい。
  悪いが、代わりに回収して来てくれるか?』

船の上では、船長の命令は絶対だ。
心の中では、「あのバカ」と毒づいてやったが
二つ返事で元気よく引き受けて
エンジンルームに下りてきた。

462 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:48

「・・・ったくアイツ。
 何忘れて来たんだ?」

足元を照らしながら慎重に探して行く。
危険物ではないだろうが、万が一トラブルでもあったら大変だ。

ジッと目を凝らしていると
暗がりに慣れた目が、隅っこに落ちている
何かを捉えた。

ゆっくり近づいて
懐中電灯で照らしてみる――


「・・・何だよ。封筒かよ」

ピンク色の封筒を拾い上げて
開けられたままの封を、上から覗きこむ・・・

463 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:49

「何だ。この船のチケットじゃん」

ははぁ〜ん。
さてはアイツ、女の子にでもあげようとして
隠し持ってて、ここに落としたな。

で、見つかる前に
アタシに探し出して欲しくて
じいちゃんに名指しで頼んだんだな。

うまいこと考えたなぁ。
アタシなら、じいちゃんに
うまく誤魔化して報告してくれると思ったんだろ?

ば〜か。おあいにく様。

と言いたい所だが
例のニセ新聞記事で、借りがあるからな。

仕方ない。
これは隠しておこう。

封筒を胸ポケットに入れて
エンジンルームを後にした。

464 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:49

甲板に出ると、眩しい光に
一瞬目がくらむ。

目の上に手をかざして
ゆっくり目をならしてから、空を見上げる――

あ〜あ・・・
今日のお客さんは可哀想に・・・

さっきまでは、晴れていたのに
いつの間にか大きな雲が、モクモクと空を覆っている。


――石川さんも、見れなかったんだよね・・・

あの日、妹の背中に向かって
『あっかんべぇ』をしていた彼女。

無邪気な仕草に思わず笑ってしまった。
そして、恥ずかしそうに真っ赤な顔して俯いた彼女に
一瞬で恋をした。

サンセットを見れずに、ガックリと肩を落として
海を眺めていた彼女の後ろ姿を、今でも忘れない。

近づきたくて。
喜ばせてあげたくて・・・

465 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:50

いつか、石川さんに好きな人が出来たら
一緒に見に来ればいいよ。

その頃にはきっと
アタシも一人前の船乗りになってるだろうし。

その頃にはきっと。
心からあなたの幸せを祝ってあげられるように
なっているだろうから・・・

――まぁでも、こんな姿見たらビックリしちゃうか。


ズキズキと痛む胸を抑え付けるように
大きく深呼吸すると、遠ざかり始めた陸に目をやった。

お出迎えしていたダンサー達が
大きく手を振ってくれている・・・



――ん?

1人だけ浮いた人間が・・・

なぜか横断幕を両手いっぱいに広げて
船に向かって、笑顔を振りまいている・・・

466 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:51

「ダンッ!!」

思わず叫んだ。

あのヤロ、腹イタ起こしたんじゃ
なかったのかよ!!

 [Do your best!
  Good Luck!!]

はあ??
何なんだ、あのメッセージは。
しかも意味わかんねぇし。

思いっきりダンに向かって叫ぼうと、
大きく息を吸い込んだ所で、ハタと気付いた。

・・・今、勤務中だ。

客のせた船で、船員が大声で叫んだら
こっちの方が大目玉だ。


「アイツ、降りたら覚えてろ・・・」

小さな声で呟いて
通常の持ち場へ戻ろうと、甲板の上を歩き出した。

467 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:52


乗船する誰もが楽しみにするサンセット。

だが今日は、見られそうもなく
一様に残念そうな顔をしている。

こんな日こそ、自分たち乗務員は
いつも以上の笑顔でおもてなしをし、
少しでも楽しかったと思える時間にして欲しいと願う。

歌も踊りも食事も最高だから、
その浮かない顔が、船を降りるころには
笑顔になりますように――

そんな願いを込めながら
乗客一人一人に微笑みかけた。

468 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:52

サンセット見学を諦めた乗客が、
次々と船内へと入っていく。

その中にあって、たった一人だけ
今だにジッと、雲の向こう側で沈んでいく太陽を見つめている――


アタシの視線が、その後ろ姿を捉えて
思わず息をのんだ。

体は凍りついたように動けないのに
心臓だけが、何度も大きく跳ね上がる・・・


――うそ、だろ・・・

あの日・・・
出会った日と同じドレス。
同じように、肩を落とした後ろ姿。


――そんな、まさか・・・

ジリジリと後ずさる。

違う。
別人だ。
似てる人だ・・・

469 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:53

ワナワナと震えながら
後ずさって、誰かにぶつかった。

「どうした?ひとみ?」

ぶつかった乗客係りの責任者が
心配そうにアタシを覗き込む。

「――乗客、名簿を・・・」

顎が震えて、うまく声が出ない。

「大丈夫か?」

「・・・すみません。
 今日の・・・、乗客名簿を、見せて・・・下さい・・・」

「ああ、いいよ」

快く彼が差し出してくれた名簿を
上から順に指で追っていく――

470 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:53

一枚目、いない。
二枚目、いない。

やはり別人か・・・

安堵と落胆が入り混じる中
三枚目も上から順に、指で追う――


――あっ、た・・・

なぜか枠外に、手書きで記載された彼女の名前・・・


「これ・・・」

震える指で、彼女の名を指差すと
彼は教えてくれた。

471 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:54

キャプテンの特別なゲストだそうだ。

どうしても、今日招待したいって
キャプテンが言うんだけど、あいにく定員オーバーでさ。

今日は厳しいですって伝えたら
じゃ、代わりにダンを降ろすって、本人に直談判したみたい。

まあ、ダンは急に休みがもらえてラッキー!って
喜んでたらしいけど――


そこまで聞いて
操舵室に走った。

どういうことだ?!
じいちゃんっ。

何で、じいちゃんが石川さんを――


472 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:54


「じいちゃんっ!!」

操舵室の扉を開くなり
大声で叫んだ。

「何だ?!どうした?」

じいちゃん以外の2人が
心配そうにアタシを見る。

「どういうこと?!」

勢い込んで、じいちゃんのそばに行くと
やっとじいちゃんが振り向いた。

「静かにしなさい。
 それに船の上では『キャプテン』と呼べと
 何度注意したら分かるんだ?」

落ち着き払った声で言われて
余計にイライラが募る。

473 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:55

「・・・キャプテン。今日の最後の乗客。
 あれはどういうことですか?」

感情を抑えて
低い声で尋ねる。

「最後の乗客?」

「ダンを降ろしてまで、乗せた客のことです!」

「はて・・・?
 ハッキリ名前を言ってくれんか?」

グッと詰まる。
じいちゃん、わざととぼけてやがる。

「乗客の名前は?」
「――名前、は・・・」

「分からんなら、話にならん。
 もう一度確認してきなさい」

クルリと背を向けられる。

「漠然とした質問では対処のしようがない。
 それが事故の元ともなる。
 出直してきなさい」

474 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:56

唇を噛んだ。

名前なんて、分かってるに決まってるじゃないか。
だってアタシは、彼女を――


「・・・リカ、イシカワ」

その名前を口にしただけで、
ギュッと胸が痛む。

「おおっ!そのお客様なら」

じいちゃんが嬉しそうに微笑む。

「わしの大切な客人だ」

「だから何で!
 彼女を乗せたのかって聞いてるんだ!」

「大切な客人だと、今言ったろ?
 聞いとらんかったのか?」

「聞いてますっ!」

クッソー!
おちょくりやがって。

475 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:56

「彼女とは今日、偶然浜辺で出会った。
 そこでわしは彼女に、必ず尋ね人に会わせると約束をした。
 だからどうしても、今日この船に乗せて差し上げたかった。
 その約束を果たすためには、お前には
 船にいてもらわなければならなかった。
 だから代わりに、ダンに船を降りてもらった」

正面から見据えられた。

「この説明では、不服か?」

視線を外して
ゆっくり首を横に振った。

「ひとみ」

俯いた顔を上げる。
思った以上に優しいじいちゃんの瞳。

「お前に頼みがある」

476 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:57

「わしは船長だ。一人の乗客だけを特別扱いして
 おもてなしをする訳にはいかん。
 だが、彼女はわしの大切なお客様なのだ。
 だからひとみ。わしに代わって、
 彼女のおもてなしをお願いしたい」

帽子を取って、じいちゃんが頭を下げる。

「どうか、わしの代わりに
 このクルーズが終わるまで、
 彼女に付き添って差し上げてくれないか?」

じいちゃん・・・
心が揺さぶられる。

――彼女に、会う・・・

まだ心の整理も出来ていないのに・・・
きっと彼女の前で、うまく笑えない。
冗談さえ言えない。

こんな状態のまま、
彼女に会うなんて・・・

477 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:57

「ああ、そうだ。
 ダンの忘れ物、回収してきたか?」

「え?ああ・・・」

胸ポケットから
封筒を取り出す。

「たいしたもんじゃなかったよ。
 船降りたら、返しとく」

ほら、こんな心のままじゃ
うまい言い訳さえ出来ないよ。

だから、今
彼女に会うなんて――


「それはダンの忘れ物ではなく
 彼女の・・・、石川さんの宝物だ」

えっ?

「中を見てごらん?」

確か、この船のチケットだったはず――

478 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:58


――待てよ?まさか・・・


慌てて、中身を取り出してみる。

これは・・・


「それを彼女にくれた人物が
 彼女の尋ね人だそうだ」

こんなものを
何年間も――


  『明日、またこの船においでよ』
  『キミを招待してあげる』


あの夏の日。
アタシが渡したチケット――


479 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:58

「その人に、本当の気持ちを伝えるために
 ここまで来たと言っていた」

――本当の、気持ち・・・


「なあ、ひとみ。
 彼女のおもてなしは、お前にしか出来ない任務なんだ。
 引き受けてはくれないか?」

――じいちゃん・・・


「それとも、船長命令にせねば
 頼みを受け入れられないほど、お前は腰抜けか?」

唇を噛み締めた。

会いたいよ、アタシだって。
駆け寄って、抱きしめたいよ。

だけど――

ほんとにいいの?石川さん。
アタシは彼とは違って、
甘えんぼで、女々しいんだよ?

――それでも本当に・・・?


480 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 13:59



「――分かりました。お引き受け致します」

じいちゃんが満足そうに微笑んだ。

「ひとみ。お前の良い所は、とことん優しいところだ。
 誰に対しても、優しく出来る心の広さを持っている。
 だが、それが一番のお前の弱点でもある」

「弱点・・・?」

「自分の気持ちをねじ伏せ、目を背け
 それが相手にとって、一番いいことなのだと
 勝手に一人で結論づけてしまう」

じいちゃんが、アタシの肩を
グッと掴んだ。

「相手が望まない優しさは、ただの押し付けであって
 本当の優しさではない」

じいちゃんの言葉が
胸に響いた。

481 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 14:00

「時には強引に、自分の懐に引き込んでも
 いいんだぞ?」

じいちゃんの大きな手が
アタシの頭をゆっくり撫でた。


「結論を出すのは、お前じゃない。
 彼女自身だ」

思わず涙がこぼれた。


「行きなさい。彼女が待ちくたびれてしまうぞ?」
「・・・はい」

涙を拭って、一つ深呼吸をする。


「行ってまいります!」

キャプテンに向かって、敬礼を一つして、
アタシは操舵室をとび出した――


482 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 14:00


高鳴る心音が、体中に響き渡る。
笑っちゃうほど震えている自分に呆れてしまう・・・

あの日と変わらない後ろ姿を前に
アタシは立ちすくんでいた。


――何て声をかけたらいいんだろう・・・?

 『石川さん』
 『久しぶり。元気だった?』

違う。これじゃダメだ。

 『ようこそハワイへ』
 『何見てるの?』

これも違う。

 『突然いなくなってごめんなさい』
 『怒ってる?』

483 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 14:01


はあぁぁぁ〜〜〜

ほんとダメだ。
アタシって・・・

彼女の宝物を入れた
胸ポケットに手の平で触れる。

ここまで来て、まだビビってる。
彼女が会いに来たのは、どっちなんだろうって――

カッコイイあの夏のアタシなのか。
日本で一緒に過ごしたアタシなのか・・・


このチケットの送り主が尋ね人ってことは
あの日のアタシを求めて来たのかもしれない。

でももう、彼が死んだなんて嘘
バレちゃってるんでしょ?
だとしたら、甘えんぼで女々しいアタシのままで、
あなたに会ってもいいの・・・?

484 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 14:01


「もうっ!いつまでそこで
 突っ立ってる気?」

え??

突然彼女が背を向けたまま
声を荒げた。

左右をキョロキョロと見渡すけど、誰もいない。
甲板の上には、間違いなくアタシと彼女の2人きり。

じゃあ・・・、独り言??


「このままの体勢で待つのも
 いい加減、疲れちゃうんだけど」

待って。もしかしてアタシに言ってる?
後ろに目でもついてんの??

小さく首を動かして、
そっと彼女の様子を窺う・・・

485 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 14:02


「声かけてくれないなら、
 わたしから勝手に振り向くよ?」


――そっか・・・

石川さん、待ってくれてるんだ・・・


あの日と同じシチュエーション。
けれど、一緒に暮らしていた時のような、くだけた口調。


――石川さんはきっと。

あの日のアタシにも
一緒に暮らしたアタシにも、会いに来てくれたんだ・・・


486 名前:第8章 2 投稿日:2011/02/04(金) 14:03


大きく1回、深呼吸をした。

勝手にあの日の自分を殺して
勝手に彼女の前から消えたアタシ・・・

そんな自分勝手なアタシに
彼女はわざわざ、海を越えて会いに来てくれたんだ――


  『結論を出すのは、お前じゃない。
   彼女自身だ』

じいちゃんの言う通りだ。

彼女のためだと思い込んで出した答えは、
もしかしたら間違っていたのかもしれない――


真っすぐに、彼女の背中を見つめた。
大きく息を吸い込む――


「Excuse me」


出会った日と同じように
思い切って彼女の背中に声をかけた。


487 名前:リアライズ 投稿日:2011/02/04(金) 14:04


488 名前:リアライズ 投稿日:2011/02/04(金) 14:04


489 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/04(金) 14:13

得意の寸止めです(笑)
そして次回最終回となります。

490 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/04(金) 14:28
寸止め地獄!!!!w

やだやだ!!次回が最終回だなんて(ノД`)・゜・。
491 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/04(金) 14:50
じいちゃんGJ!
最終回は甘甘で!
492 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/05(土) 10:00
とりあえず泣いた(鼻水たらしながら)
493 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/07(月) 17:16
最終回で甘甘を楽しみにしています!!
494 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/08(火) 15:17

>490:名無飼育さん様
 書き手としては最高に嬉しい駄々です(笑)

>491:名無飼育さん様
 甘くなるかなぁ・・・

>492:名無飼育さん様
 目→鼻と来たら・・・
 次はよだれですね?

>493:名無飼育さん様
 甘甘希望者がまた一人(笑)


さて、いよいよ最終回となりました。
甘くなるかどうかは読んでのお楽しみ・・・

ではラストをどうぞ。


 
495 名前:リアライズ 投稿日:2011/02/08(火) 15:17


496 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:18


「Excuse me」


やっと声をかけてくれた・・・

込み上げる想いを堪えようと
一度目を閉じる――


 『船に乗ったら、あなたはずっと海を眺めていて下さい。
  尋ね人から声を掛けられるまで、決して振り向いてはいけませんよ?』


浜辺で出会ったおじいさんに、そう約束させられて
ずっとこの体勢のまま、待っていたわたし。

少し前から、視線を感じていたのに
一向に声をかけてくれなくて・・・

振り向きたい衝動と必死で戦って
背を向けたまま集中して、彼女の気配を
窺っていたけど、もう限界だった。

497 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:19


  『もうっ!いつまでそこで
   突っ立ってる気?』

思わず発してしまった言葉に
慌てる彼女の姿が目に浮かんで、可笑しくなった。


  『このままの体勢で待つのも
   いい加減、疲れちゃうんだけど』

少しだけイジワル。
たった一人きりで、ずぅっと待ってたんだから。


  『声かけてくれないなら、
   わたしから勝手に振り向くよ?』

もう待てないもの。
今すぐ、会いたい・・・


498 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:20


――ゆっくり目を開けた。

船の光りに照らされて、大きく揺れる波。
雲に遮られて姿を現さなかった太陽に代わって、
お詫びをするように夜空にまたたく、たくさんの星たち・・・

思わず、涙が溢れそうになる。

けど泣いちゃダメ。
涙を見せたら、優しい彼女は一番に謝ってしまうから。

『ごめん』が聞きたい訳じゃない。
そんなために、わたしは彼女に会いに来たんじゃない。


わたしは、わたしの――

――真実の想いを伝えたくて、ここまで来たんだから・・・


そっと胸に手をあてて
思い切って、彼女の方を振り向いた。


499 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:20


ああ・・・

堪えきれない想いが
とび出しそうになる。


あの夏の日より、随分大人びた顔。
けれど、誰よりも真っ白なマシュマロみたいな可愛い頬。

華奢だけど、スラッとした体型によく似合う船員服姿・・・
帽子の下から覗く、窺うようにわたしを見る大きな瞳・・・


あの夏の日の彼と
かわいい彼女の姿が同居していて、
わたしの心を鷲づかみにする――


500 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:21

戸惑いの表情を浮かべ、
固まったままの彼女に、助け舟を出す。

だってわたしの方がお姉さんだし、
本当は甘えん坊な人だし。


「次のセリフはそっちだよ?」

一瞬不思議そうな顔をして
すぐに納得した表情を浮かべると、彼女は言った。

「中は飽きちゃいましたか?」

やっぱり。
あの日のこと、全部覚えてくれてるんだね?

「Yes!Yes!」

あの日のように答えると
優しい笑顔を返してくれた。

501 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:21


「あのね。わたしずぅっとここにいて退屈してるの。
 どこか良いところに連れて行ってくれないかな?」

大きな瞳を見つめたまま、近づいて行くと
彼女がそっと手を差し出してくれた。

その手の平に、自分の手の平を重ねる――


わたしの手を優しく包み込むと
そのまま手を引いて、エスコートしてくれる。

わたしよりも高い位置にある口元。
普段より背が高い彼女。

すごくドキドキするの・・・
あの夏の日以上に。

ハッキリと自分の気持ちを認めているから
あなたに手を握られているだけで、
こんなにも胸がときめくんだよ?


502 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:22


「ここ、段になってるから」

そう言って、グッと手を引くと
そっと背中に手をあてて、わたしを支えてくれる。

隣に並んで、その横顔を見つめると
帽子の下から覗く、優しい眼差しが見えた。



「ついたよ」

彼女がそっと、わたしの背中を押す。
全身に海風が吹き付ける。

あの日は、背後に回って
危なくないように、後ろから腰を支えてくれたくせに
今日は距離を置いて、わたしを一人にする。

ねぇ?
まだ迷ってる?
掴めないでいる?

わたしが、何を求めて
ここまで訪ねてきたのかを――

503 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:23


「吉澤さん」

今日始めて呼んだ名前に
驚いた表情を浮かべる彼女。

何よ。だって、あなた
吉澤ひとみさんでしょ?


「その場所で船が折れたら
 吉澤さんはどうする?」

「・・・え?
 どうするって・・・?」

「そっちに残る?
 それとも、わたしのそばに来る?」

あなたなら分かるでしょ?
その場所。あなたが今いるその場所・・・

そこは、あなたの模型が壊れた場所だよ?


504 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:23


「――どうして・・・?」

見つけたのかって?


「わたしだって、冷蔵庫くらい開けます」
「――いや、でも・・・。随分奥に入れたよ?」
「タマゴの箱なんかに入れるから」

「だって。ちょうどいいサイズがなかったんだもん・・・」

――石川さんなら、絶対気付かないと思ったのに・・・

ボソッと失礼なことを言う。
でも、その姿のままで
名前を呼んでもらえるの、なんか嬉しいな。

505 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:24

「ね、で。どうするの?」

再び同じ質問をぶつける。

わたしをこのまま一人にする?
それとも――


「――そばに・・・、行くよ」

そう言って、彼女がわたしに近づいて来る。
見つめ合ったまま微笑んで、背を向けると
彼女がそっと腰を支えてくれた。


――夢の中にいるみたい・・・

感じる海風も。
目の前にうねる海原も。

温かな優しいぬくもりに
わたしは安心して、身を委ねる。

ゆっくりと自分で、両腕を持ち上げた。

506 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:25


「I’m flying!」


驚いた彼女の気配。

ふふ。
あの日より随分うまくなったでしょ?
発音、超いいでしょ?


「・・・練習でも、したの?」

彼女の腕の中でクルリと振り返る。
外そうとした腕を引き寄せて、また腰に添えさせる。

離しちゃダメ。
これからが大事なんだから。

507 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:26

「延滞金、高かったなぁ・・・」
「え?!」

「誰かさんが忘れたりするから」
「ちょ、待って。ええ??」

「でもおかげ様で、いっぱい練習出来たよ?」

「――くそっ。亜弥のヤツ・・・」

アイツ自分が返したって。
延滞金分、今度おごれとか・・・

視線を背けてブツブツ呟く
彼女の両頬を、両手で挟みこんだ。


「――ねぇ。次は・・・?
 次は何するんだっけ・・・?」

途端に赤くなる頬。
彷徨いだす大きな瞳。

見てよ、ちゃんと。
わたしのこと――

508 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:26


「・・・ねぇ。次だよ・・・」

挟み込んだ両手に少しだけ力を入れて
引き寄せると、自分から唇を重ねた。


柔らかな感触。
映画のように、甘いキス・・・


――ほら、やっぱり。

やっぱり、あなただ――


忘れられない感触を。
他の誰とも塗り替えなかった温度を。

今ハッキリと
あなたの唇から感じる・・・


509 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:27


名残り惜しさを感じながら、彼女の唇から離れると
なんとも言えない顔をした彼女がいた。


「・・・アタシ。女々しいんだよ?」
「知ってる」

「それに甘えん坊だよ?」
「それも知ってる」

「女だよ?結婚出来ないよ?」
「関係ないもん」

頬に触れていた両手を
彼女の首の後ろに回した。


「好きなの・・・」

吉澤さんが好きなの。
彼の身代わりとかじゃなくて。

そんな単純なものじゃなくて――

510 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:28


――わたしが見つけた真実。

それは、わたしの魂は
いつだって、あなたの魂に魅かれるって言うこと。

あの夏の日のあなたにも。
一緒に暮らしたあなたにも。

どっちにも恋をして。

男でも。
女でも。

そんなこと関係なく
あなたを好きになった。

だからね――

もし、あなたが
悪い魔法使いに魔法をかけられて
どんなに醜い姿になってしまったとしても。

511 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:28


「またわたしは、あなたに恋をするの」

絶対だもん。
これがわたしの真実だもん。

絶対、絶対。
自信あるんだもん。


「石川さん・・・」

大きな瞳から
溢れ出してくる涙。

「好きなの、吉澤さん」

大好きなの。
愛してるの。

あなたに出会った日からずっと――


「わたしは、あなただけなんだから・・・」

512 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:29

嗚咽を堪える彼女に
わたしから、また口づけた。

――あの日みたいに抱きしめて。
――あの日みたいにキスをして。

同じ想いでいてくれるなら・・・


「――アタシも、ずっと。
 出会った日からずっと、石川さんが好き・・・」

腰に添えられた手にグッと力が入って、
身動き出来なくなるほど、強く抱きしめられた。

「好きで、好きで。
 どうしようもなく好きで・・・」

――ずっと、キスしたかった・・・

彼女の言葉に、我慢していた涙が
一気に零れ落ちる。

513 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:30


「Rika,I Love You・・・」

耳元で、囁くようにそう言うと
今度は彼女からキスをくれて。

何度も包みこむように、
優しいキスを繰り返したと思ったら。

あの夏の日のように、
波が大きくうねるように激しく、深く
わたしを求めてくれた――


514 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:30

結ばれた唇が離れると
恥ずかしそうに、はにかんだ彼女。

あまりにも可愛い彼女に
胸がキュンとなる。

「・・・参っちゃうな」
「何が?」

「だって、そんな顔されたら
 もっとして欲しくなっちゃう・・・」

蒸気が上がりそうなほど
真っ赤になった彼女の頬。

「・・・い、石川さんが、望むなら
 えっと・・・、その・・・。いいよ、しても」

嬉しくなって、また唇を寄せようとしたら
突然、乾いた破裂音が鳴り響いた。

515 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:31


 <パンッ!パパパンッ!!>


「Congratulations!!」


大きな声がする方に、視線を移すと
この船の一番高いところから、クラッカーを片手に
こちらに帽子をブンブン振っているおじいさんが1名・・・

あ・・・
あの人、浜辺の――


「じいちゃんっ!!」


・・・へ?
じいちゃん??

てことは、
もしかして
もしかして
もしかすると・・・??

516 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:31

「あの方って・・・」

「アタシのじいちゃん。
 でもって、この船の船長」

うっそ〜!!
信じられないっ!!

わたし、すごい人に声かけちゃってたんだぁ・・・


「Hey!Hitomi!!」

また、おじい様から声がかかって
2人して、視線を向ける。

517 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:32

おじい様が、一枚の紙を
高々と掲げた。

「ああああっっ〜〜!!」

吉澤さんの絶叫に
船内から、デッキに集まりだした
乗客と乗務員が不思議そうな顔をして、成り行きを見守る――


「おいっ!ちょっと!!
 じいちゃん、やめろってばぁ!」

隣で必死の形相で叫ぶ吉澤さん。

一体、何なんだろう。
あの紙――

518 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:32

おじい様が、不敵の笑みを浮かべ
ギャラリーを見渡す。

そして、次の瞬間。
風にはためく真っ白な紙を、
勢いよく真っ二つに、両手で引き裂いた。


「うわぁぁぁ・・・」

ヘナヘナと横で崩れ落ちる吉澤さんとは対照的に
嬉々として、手元の紙をどんどん小さく引き裂いていくおじい様。

「・・・大丈夫?」

しゃがみ込んでしまった吉澤さんに
寄り添うように一緒にしゃがんで、肩を抱いてあげる。

519 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:33

「――あれ、採用通知なんだよ・・・」

力なく吉澤さんが答える。

「誰もが憧れる、超スゲー船の
 乗組員に決まったんだよ・・・」

すごいことなんだよ?
奇跡的なんだよ?

「一生分の運、使っちゃったんじゃないかってくらい
 スゲースゲーことなのに・・・」

そこまで言って、頭を抱えた。


――そんな大事なものをどうして・・・


「・・・そりゃ、2年間帰って来れないけどさ・・・」

ん?
なんですって?!

520 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:34

しゃがみ込んだままの吉澤さんを
そのまま放置して、勢いよく立ち上がる。

大きく息を吸い込んで
高い場所にいる、おじい様を見つめた。


「Thank you very much!!!」


船中に響き渡るほど、大きな声でわたしが叫ぶと
おじい様は豪快に笑って、親指を立ててウィンクしてくれた。

ギャラリーがわたし達のやり取りを見て
微笑みながら、拍手をくれる。

そして、そのギャラリーの上に振りまくように
おじい様が手にしたままの、切り刻まれた採用通知を
空高く舞い上げた。

船上にヒラヒラ舞い落ちる
雪のような真っ白な紙吹雪に
ギャラリーが大歓声をあげる。

この船でたった一人だけ
浮かない顔の彼女を無理矢理立たせて
もう一度口付けた。

521 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:34

「2年も会えないなんて
 こんな風に、キス出来ないなんてヤダよ」

彼女の柔らかな頬を両手で挟んで
視線を合わせた。

「もう絶対離さないんだから。
 ずっとずっと、そばにいるんだから」

――1日だって、離れたくないんだから・・・


「アタシもだよ・・・」

カッコつけようと思ってたのに
じいちゃんが、いいとこ全部持ってっちゃうから・・・
しかも、石川さんにウィンクまでしちゃってさ。

ふてくされたように言う彼女が
可愛くて、またわたしから唇を重ねた。

522 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:35


 「Wow!」
 「Bravo!」

 「「「「Congratulations!!」」」」


船中の人々が、わたし達を見守り
祝福してくれてる。

真っ赤になって照れた彼女が
可愛くて、愛しくて、クセになっちゃいそう・・・


「・・・これ以上は、今夜ね?」

わたしの心を読んだかのように
彼女がクギを刺す。

もう、ケチ・・・
いいじゃない。日本じゃないんだから・・・

523 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:36

唇を尖らしたわたしを見て
クスクス笑うと、彼女は言った。

「今夜一緒のベッドで寝よ?
 もうガマンしないから」

「今夜だけ?」

「まさか!毎日に決まってんじゃんっ!」

髪乾かしてもらってぇ。
膝枕してもらってぇ。

ほっぺにも、唇にも
それ以外の場所にも
チューしてもらうから!

子供みたいにはしゃぐように言う彼女が
可笑しくて、思わず吹き出しちゃった。

524 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:36

「あ〜!笑うなんてヒドイや」
「だって可愛いんだもん」

「でもやっぱ、船降りるまでガマン出来ないそうもないから
 もう一回だけ・・・」

・・・んっ。

強引に奪われた唇。
甘い甘い彼女のキス。

――足りないのは、わたしだけじゃなかったみたい・・・


たくさんの歓声が聞こえるけど
きっといっぱい、はやし立てられちゃうけど今はいいよね?

2人だけの世界にいても・・・

525 名前:第8章 3 投稿日:2011/02/08(火) 15:38



映画のような出会いで始まった
わたし達の恋物語は

これからもきっと映画のような
ステキな愛を育んでいく・・・


そしてその物語は、
絶対にハッピーエンドなの。


だって。

どんなに辛いことが
2人の間に起きたとしても

わたしの魂は
あなたの魂に魅かれるの。


   それがまぎれもない

      わたしの真実なんだから――


526 名前:リアライズ 投稿日:2011/02/08(火) 15:39


527 名前:リアライズ 投稿日:2011/02/08(火) 15:39


        おわり



528 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/08(火) 15:42

『リアライズ』無事完結致しました。
レスをつけて下さった方々、最後まで読んで下さった方々
本当にありがとうございました。

さて、今作はいかがでしたでしょうか?
題名はもちろん、某ユニットの歌詞から拝借致しました。
お気づきの方も多いでしょうか?
『きっと本当は僕は何も知らない 君が○○?』
この箇所が前々から気になってまして
気がつけばこんな妄想を繰り広げるという・・・(汗)

途中、書いてる自分が気持ち悪くなるくらい甘くし過ぎて道を外しかけ
この物語のキーとなる、あの場面がパチンコ台のCMで蘇り、萎えかけるという
難関にぶつかりましたが、何とか完結出来ました(笑)
是非一言でもいいので、ご感想頂けると嬉しいです。

さて今後は、今のところ全く白紙状態ですが
甘くし過ぎた反動で、思いっきりイタイのを書きたくなってしまいました。
イタイの大好き、どんとこい!な
ドMな方は、ゆっくりまったりお待ち頂ければと思います。

529 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/08(火) 15:43

530 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/08(火) 15:44

531 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/08(火) 15:44

532 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/09(水) 00:22
最終回お疲れ様です!
最高です!
そしてやっぱりじいちゃんGJ!

次回作は痛めですか?
私は甘甘甘甘甘甘希望です!
533 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/09(水) 06:54
キュンキュンする場面がたくさんある作品でした
(自分的にはちょっと意外なラストでした)
やっぱり玄米ちゃ様最高ですYO

次回作、よだれたらして待ってます
534 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/09(水) 07:04
今夜が気になるぅぅ!
535 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/09(水) 08:58
お疲れ様でした。
そして、やっぱり玄米ちゃ様は最高です!!!

痛いところからの甘甘はなんすか!!!笑
このギャップにいつもやられているので、
次回作が痛痛の予定と聞き困惑…w

ところで私も今夜が気になります!!
536 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/19(土) 13:44

>532:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 そんなに甘いのがお好みですか・・・
 が、しかし。作者は甘党ではないものでねぇ。

>533:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 ラスト意外でしたか?最高と言って頂けたということは
 いい意味で意外だったんだと勝手に受け取り、喜ばせて頂きました(笑)

>534:名無飼育さん様
 作者の脳内では、あんなことやこんなことやそんなことまで
 してくれちゃってます(笑)

>535:名無飼育さん様
 ありがとうございます!
 どうしても、甘い後は辛いものを欲してしまいます。
 2人の今夜は是非、好きなだけ妄想して楽しんで下さい。


さて、本日ですが・・・

痛い新作は、もちろん構想中なんですが
ドリムス結成記念とでも申しましょうか。
この方々に敬意を表してと申しましょうか・・・

と前置きはこのくらいにして、本日からはしばし
『IY Castle U』をお送りしたいと思います。
実はこの作品は、今まで書いた中ではじめて
続きものにしたいと思いながら書いた作品です。

はじめてこの作品に触れる方は、先に
同じ幻板の『I wrap You』スレ内の250〜385を
お読み頂いてからの方が、より楽しんで頂けると思います。

今回は全5回の予定です。
それではどうぞ。

537 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:46


   『IY Castle U』

538 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:49

とある山奥の、そのまた奥にある
小さな村のはずれの、木立の奥に。

西洋の城を模した
一軒のホテルが建っている――

その名も『IY Castle』


そのホテルのオーナーと支配人は
誰もがうらやむ容姿の持ち主だと、もっぱらの噂。

更には、そこに宿泊した者は、
誰もが幸福になるという。


真偽のほどを確かめに、多くの客から問い合わせが来るが
オーナーが、山の天気のようなお人で、
一日に一組の客しかとらない。

更には、かなりの気まぐれやと来ているから
予約時に、意にそぐわなければ、断られてしまうらしい。

そんな難関を突破して、このホテルに本日
久しぶりの宿泊客が来るようだ。

539 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:49

しかし、このホテルに宿泊する客は
以下の点に気をつけねばならない。


 1.陽が沈む前に、必ずチェックインすること。
   (暗くなると、ド田舎なので道に迷います)

 2.可愛い子だとイケメン支配人に口説かれます。
   (但し、その後必ずオーナーとの修羅場に巻き込まれるので
    絶対に誘いに乗らないこと)

 3.オーナーと支配人が、そこら中でイチャイチャし始めますが
   決して驚かないこと。
   (ひどい時は、接吻以上のものを目撃しますので
    心の準備をしていくこと)


540 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:52

以上を踏まえた上で、
快適なホテルライフを満喫して頂きたい。

それでは。

  Have a nice Vacances!!




・・・と、その前に。
本日の宿泊者を紹介しよう。

本日の幸運な宿泊客は――


  [2/19〜無期限宿泊 
   宿泊者氏名 中澤裕子]


なぜ無期限で、しかも珍しく1名なのかと言うと
話しは、数日前にさかのぼる――


541 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:53




542 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:53


「ねぇ美貴ちゃん、つまんな〜いっ!!」

超音波に限りなく近いその声に
半透明でおぼろげな体が、ビクリと固まる。


「つまんないったら、つまんないの〜〜っっ!!」

おかしい。
感覚器官は、既にその活動を停止しているはずなのに
なぜか耳を塞いでしまう。


「あ〜〜!もうっ!!
 ほんっとに、つまんな〜〜〜いっっっ!!!」

ううっ・・・
ムリだ、この騒音――

ただでさえ、おぼろげな輪郭が
徐々に薄れ、消えかけて行く・・・

543 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:54

「がんばれ、美貴。
 今消えたら、後で痛い目にあうと思うよ?」

すました顔で雑誌を読むイケメン。

いつも思うが、こいつは絶対何かがおかしい。
こんな超音波を聞いても、平気な顔してるし
こんな超音波を発する本体を、毎晩のようにその腕に――

ぶるぶるぶる。

思わず身震いが走る。
ってか、今のは身震いなのか?

感覚を備えた人間が耐えられて
感覚を失った幽霊に耐えられないなんて
一体全体どうなってんだ?

544 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:54

「居候の幽霊くん。
 分からんかね?それが愛の力というものだよ」

声を低くして、キザったらしく言うイケメンに
超音波女が気を良くして、キスをねだる・・・

「ひぃ〜ちゃぁ〜ん・・・」
「・・・このまま、しちゃおっか?」

始まりやがった・・・
真っ昼間から、人の事呼び出しといて
おっぱじめやがった・・・

「・・・んぅ・・・、ゃん・・・」
「・・・ダメだよ。逃げちゃ・・・」
「だってぇ・・・、んもうっ・・・いじわる・・・」

はあああ〜〜
やってられん。

確かに自分は居候だ。
ある日突然、自分よりだいぶ後に
この城に越して来たこの2人に居住を許して頂いて、
今の自分の住処を確保出来ている。

だが、こんな状態なら。

その辺の墓場で、浮遊していた方が
よっぽどマシなんじゃなかろうか・・・

545 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:55

いやいやいや、そんなことはない。
こんな状況でも、あの吹きすさぶ風の中を、墓石に隠れて
必死に飛ばされないようにしがみ付くよりは、絶対マシだ。

昨日、幽霊仲間の是ちゃんに
とうとうと語られたではないか。

うらめしくなんかないのに
墓石にしがみ付いているだけで、勘違いされてしまう。
横になる場所もないから、塔婆を敷いて寝てたら
墓荒しと間違えられて、人間界で事件になってしまう・・・

目の前で、エッチされるぐらい
何でガマン出来ないんじゃ、ボケぇぇっ!って。

あの温和な是ちゃんが、あんなにキレるって
相当過酷なはずなんだ――


546 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:55

「ぁん・・・、もうダメ・・・っちゃう・・・」
「いいよ・・・、んっ、はあ・・・」

お?おお?
今日はもう終わるのか?

そうだよなぁ。
朝から晩まで、毎日ヤッてばかりだもんなあ。


「んっ!あ!ゃああああああ・・・・」

よしよし。
これでスッキリサッパリしただろ。
これで自分にも平穏が訪れるってもんだ。

547 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:56

「り〜かちゃん。じゃあ今日は消えるね?」

彼女に声をかけるときは
優しく、と〜っても優しく。

そろ〜り。
そっと背を向ける。

「・・・・・・はぁはぁ・・・、ダメ」

なぬ?

「まだいっちゃダメ」

そんな。
あなた今、満足してるでしょ?
もうつまらなくないでしょ?

「ダメなのぉ〜」

そんな甘えた声だしちゃって。
充分満たされたでしょ?
こんな居候が暇つぶしのお相手なんかしなくても
ちょっとおかしなイケメンが身も心も
満たしてくれたでしょ?

548 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:57

「いっちゃダメだってばぁ・・・」

そんなに?
まあ、そんなにも
自分のことを必要としてくれるならば?


「わかった。じゃあ美貴がつまらなくないように
 何か考えてあげ――」

振り向きながら、そう言いかけて固まった。


「ひーちゃん、まだイッちゃダメだよぉ・・・」



――そっちかいっ!!!


549 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:57

あったま来た!
完全にあったま来た!

もう2度と出てくるかっ。
頼まれたって、何にもしてやらないからな!

こうなったら、ストライキだ。
幽霊ストライキ!!


悔し紛れにラップ現象を起こそうと
力を集中する――


「あ、美貴ちゃん。
 もうすぐ終わるから待ってて?」

「・・・梨華、ちゃん・・・、んぅ・・・はやくぅ・・・」
「もう・・・、ひーちゃんカワイイ〜〜」

「んっ!ああっ!んぁああああああ!!!!」

飛ばそうとしたカップが
力なく床に落ちた――


550 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:58



「で?美貴ちゃんの名案は?」

ちゅっ。

「最近、ほんとつまんないんだもん」

ちゅちゅっ。

「宿泊希望も楽しめそうな人がいないし…」

ちゅ〜っ。


ピキピキとこめかみが音を立てる…
――気がする。

だって幽霊だし。
おぼろげだし。

551 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:58

「そうそう、そう言えば毎日かけてくる子。
 なんだっけ?ニイガキって言ったっけ?
 とうとうあの子、『コンノって言います』とかって偽名使って来たわよ。
 そのくせ、同じ電話からかけてくるから、番号見ればすぐわかるっつうの。
 ねぇ、ひーちゃん?」

「んー。
 梨華ちゃん好き〜」

完全に骨抜きにされてやがる。
もともとタレ気味の目尻が、更に3割増しで下がってる。
いや4割か?いやいや5割かも…

「で、美貴ちゃん。
 め・い・あ・ん・は?」

ハッと我に返る。
マズイ。何か楽しいこと考えないと追い出される――

552 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:59

「梨華ちゃん、ちゅ〜」

いいぞ!
今は許す。そのままもう一回ヤッちまえ!

「梨華ちゃんのイジワルぅ〜。
 もっとちゃんと、ちゅーしようよぉ〜」

よし。
名案が浮かぶまで、時間稼ぎしてくれ!
頑張れ、よっちゃん!!

「もぉ、ひーちゃんたらぁ・・・
 でも今日はもうダ〜メ。腰が痛いのぉ。
 ひーちゃんだって、この前痛めたばっかでしょ?」

――アホだ、こいつら…

553 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:59

「ねぇ、梨華ちゃ〜ん。
 今美貴がアタシ達のこと
 アホだって言ったよぉ〜」

あのバカ…

「今度はバカだって」

「美貴ちゃん、ほんと?」

小首を傾げる。
ヤバい。非常にヤバい。

鈍感な梨華ちゃんと違って
よっちゃんは時々、美貴の心の声が聞こえるらしい。
人より繊細な分、幽霊の思いも聞こえるのだろうか――

「今はねぇ、アタシが繊細で
 梨華ちゃんがどん――」

「あああ!
 いいこと思い付いたっ!」

大声出して、余計な言葉を遮る。

554 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 13:59

「なあに?」

一層可愛らしく首を傾げるけど
その目が笑ってない…

ピンチだ
大ピンチだ!


――冷や汗が流れる…

という気がする。


だってやっぱり幽霊だし。
汗かかないし。


555 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 14:00

<♪♪♪♪♪>

ピコン!
いいこと、思いついた!

「梨華ちゃん!この電話が宿泊希望だったら
 無条件で予約受け付けちゃうっていうのはどう?」

「はあ?」

「なんかロシアンルーレットみたいで
 面白そうじゃない?ね?ね?」

く、苦し紛れの答え…
名案が浮かばないこの頭を
自分自身で呪ってやりたい――

556 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 14:03

「う〜ん・・・、そうねぇ・・・
 ・・・うん!確かに面白そう!」

山の天気のように
あっという間に変わる機嫌。

ふぅ、助かった…


「もしもし。ホテル IY Castleです!
 宿泊希望ですね?お客さんラッキー!
 今日は特別、無条件で何でも受け付けちゃいますっ!」


――え?なんですって?!

一人で?!
しかも無期限?!

確かに無条件って言いましたけど
冗談じゃないわよ!

そんな強気に…


「わかりました!
 じゃあ、お待ちしてますっ!!」


そろ〜り。そっと。
消える準備を――


「コラッ!居候!!
 消えんじゃないわよ!!」

557 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 14:06




この後の惨事は、生前の滝川の狂犬の異名に
深い深い傷がつくので、可哀想な居候幽霊に配慮して
ここでは控えさせて頂きたい。


大変、前置きが長くなったが
そろそろ宿泊客が到着する頃だろう――


 <ピンポ〜ンッ!>


ほら来た。
それでは今度こそ――


  Have a nice Vacances!!


558 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 14:06



「ひーちゃん、居留守使おう?」
「居留守?だって予約受け付けちゃったんでしょ?」

「でも、怖そうな人だったもん」
「可愛かったら、アタシは別に怖くても・・・」

「ひーちゃんっ!!」
「イデデデデ!!!」


 <ピンポ〜ンッ!
  ドンドンドンドンドンッ!!>

「は〜〜いっ!」
「コラ、ひーちゃん!何で返事しちゃうの?!」
「あ・・・」

 『はよ、開けんか!』


「仕方ない・・・」
「・・・行こうか?」

559 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 14:07


玄関の扉を開けるのは、ひとみの役目。
最初に笑顔を見せるのは、梨華の役目。

「開けるよ?いい?」

梨華が頷いたのを確認して、
ひとみが、重い扉を開いた。

外の眩しい光が、開いたドアから
飛び込んでくる――


梨華が微笑んだ。

「中澤様」


「「ようこそ。HOTEL IY Castleへ!」」

560 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 14:07


561 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/19(土) 14:08

562 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/19(土) 14:08

つづく。

563 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/19(土) 21:27
イケメン支配人の体力が持つか心配です
564 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/20(日) 21:27
オーナーと支配人きたあああああ
どんな展開になるのかたのひみです!!
565 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/23(水) 19:20

>563:名無飼育さん様
 (0´〜`)<そのために鍛えてるYO!
        けど正直しんどいYO・・・

>564:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 ここの2人はただひたすらにおバカでエッチです。


では、本日の更新にまいります。

566 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:20


567 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:21


ほう・・・。これが噂の――

「中澤様。早速お部屋にご案内致します。
 お荷物、お持ちしますよ?」

ニッコリ微笑んで、手を差し出してくれる。
えらいべっぴんさんやなぁ、この子。

「ありがとう」

こちらも微笑んで
カバンを差し出す。

なぜか横から、刺すような視線を
感じるのは、気のせいやろうか・・・

「中澤様、無期限でご宿泊とのことですが
 大体どのくらいの滞在のご予定ですか?」

えらい甲高い、尖った声が聞こえて
視線を横に移す――

うわっ!黒っ!!

色もやけど、オーラもめっちゃ黒い。

568 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:22

「あんた、黒いなぁ」
「な、な、な、ぬわんですって?!!」

「真っ白なべっぴんさんとは、正反対や」
「そ、それは、わたしがべっぴんじゃないと言いたいんですか?!」

「ウチのタイプじゃないな」
「ムキーッ!!」

「ちょ、ちょっと梨華ちゃん。
 お客様に向かって・・・」

「何よ!ひーちゃん。
 どっちの味方する気?!」

「いや、味方とか目方とかそういうんじゃなくて・・・」

「目方?!目方ですって!!
 人が気にしてることを、よくもまあ・・・」

「ちがっ!そういう意味じゃなくて!!」

ぷはは。
おもろい、この子ら。

569 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:22

「こっちいらっしゃいっ!!」

「イデデデデ・・・、待ってよ。
 耳引っ張んないで・・・」

「待てないっ!
 今すぐオシオキしますっ!!」

「ダアーッ!待って、待って。
 お客様がいるってばぁ」

うるうるした大きな瞳が
ウチに助けを求めてる。

しゃーないなぁ・・・

570 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:22

「あんた、ほら、そっちの可愛い方」

2人の動きがピタリと止まる。

「・・・可愛い方って?」

戸惑い気味に、甲高い声が
ウチに問いかける。


「あんたが可愛いオーナーさんやろ?
 で、そっちがべっぴんさんの・・・」

「支配人兼料理人兼雑用係の吉澤ひとみです!」

助かったとばかりに
オーナーの手から逃れて、恭しくお辞儀した。

「・・・もう・・・、ヤダぁ。
 可愛いなんて・・・。そんな当たり前のことぉ・・・」

わっ!こいつ今度はクネクネし始めよった!

571 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:23

「ささ。中澤様、今のうちにお部屋へ・・・」

色白支配人に腕を引かれて
そそくさとその場を後にする――

「ヤッダぁ、もう。
 可愛いなんて、知ってるってばぁ。
 ねぇ、ひーちゃん?・・・・・・って、あれ?」


「キョロキョロしとるけど
 放っておいてええの?」

「ええ。今捕まると
 2時間は拘束されるんで」

「2時間??」

「たっぷりフルコースを催促されますから
 ・・・さ、こちらです」

重そうな扉を開いて
中へと促される。

572 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:26


ほぉ〜、確かにすごい部屋やわ・・・

天蓋付きのベッドで
夜はムード満点ってやつか…


「中澤様、お荷物はこちらでよろしいですか?」

「ああ、ええよ。
 しっかしすごいホテルやね〜」

「ありがとうございます」

「一人の客は珍しいの?
 予約の時、オーナーが言うてたやろ?」

「初めてですね。
 今回はまあ、成り行き上…」

伺うように、大きな瞳を動かす。

573 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:26

それにしてもこの支配人、めっちゃ美人やわ…
思わず見とれてしまうな。

「――あの…、何か?」

綺麗、カッコイイ、可愛い。
どの言葉も見事に当てはまる。

「支配人さん」
「・・・は、はい?」

戸惑いを浮かべる彼女に、ゆっくり近づいてく――


「何でのけ反るの?」
「いや、何となく…」

「ウチ可愛くないか?」
「はい??」

「可愛いと口説くんやろ?」
「いや、そうでもないです――」

574 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:27

ヤバっ。吹き出しそう。
大きな目をクリクリさせて、冷や汗かいとる。

「ウチなら、オーナーとの修羅場に
 巻き込まれてもかまわんよ?」

「いや…、その・・・、修羅場ってか
 そんな生温いものじゃなくて、地獄絵図のような…」

しどろもどろしている支配人の肩を抱いた。


「なあ、ウチ上手いよ?」
「う、うまい??」

ふぅ〜っと、耳に息を吹きかける。
腕の中で、ビクンとはねた体。

「たまには違う人と試すのもええ――」

575 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:28

「だめぇぇぇ〜〜〜〜!!!!」

鬼のような形相で、激しい奇声を発して
部屋の中に飛びこんで来たオーナー。

 <ガタンッ>

ん?
天井で何かがひっくり返ったような音がしたけど
ねずみが気絶でもしたか?

ズカズカとウチの前に来ると
支配人の腕を引っ張って、自分の後ろに隠した。


「そういうサービスはしてませんっ!!」

キッと睨みつけられる。

――久しぶりやな。睨まれるのなんて・・・

思わず笑いがもれた。


「いくわよ!ひーちゃんっ!!」

「イデデデデ・・・、だからお願い。
 耳引っ張んないで・・・」

「ったく!誰のせいでこんな目にあってると思ってんのよ!
 覚悟しておきなさいっ!!」

また天井で
<ガタン>と物音がした。

576 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:28

「なあ」

涙目で引きずられていく支配人に
もう一度、声をかける。

「このホテルに、
 村が一望できる場所あるか?」

「トー」
「糖?」
「とう」
「・・・ああ、塔?」

「ひーちゃんっ!!」

体勢を立て直そうとして、再び引き戻された支配人が
扉を出た所で左を指差し、そのまま上に向けた。

「ごゆっくりおくつろぎ下さいっ!!」

<バタンッ!!>

力いっぱい扉を閉めて
2人が部屋を出た途端、シンと静まり返った。

そっと足音を忍ばせて
扉に耳をつけて様子を窺ってみる――

577 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:32


『・・・っん、・・・ねぇ。
 浮気しちゃダメだよ・・・』

『しないよ・・・』

『ほんとに?』

『ほんとだってば・・・
 だって梨華ちゃん、こんなに美味しいもん・・・』

『・・・待って・・・
 ここじゃ・・・、んっダメ・・・』



勢いよく、扉を開けた。

支配人の背中に腕をまわしたままのオーナー。
オーナーの胸を掴んだままの支配人が
揃って、顔をこちらに向ける・・・

――注意書きの3か・・・

578 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:33

「塔はここを左に行って、
 上にあがればいいんか?」

同時に頷く2人の頭。


「勝手に行ってもええんか?」

またまた同時に頷く。


「廊下でスルの大変やろ?」

またまたまた同時に頷く。


「ウチ今から塔に行ってみるから
 良かったら、この部屋のベッドでどうぞ」

今度は顔を見合わせた。

って、いい加減
オッパイから手ぇ離せっちゅうの!

579 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:33


彼女らに背を向けて
長い廊下を歩き始める――


  『ねぇ、どうする・・・?』
  『でも客室はさすがに・・・』

小声で話してても、聞こえるっちゅうねん!


  『でも、あのベッド気持ちいいよ?』
  『そうだけどさ・・・』

したことあんのかいっ!


  『あ、だったら、今日は久しぶりに別棟に行こ?』
  『それいいね。回るベッドだぁ!』

近所のラブホのことかいっ!!


580 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:34


はあ・・・、疲れんなぁ・・・

こんなヤツらに金払って
宿泊するとか、アホらしくてしゃーないわ。


けど――

この目でちゃんと、確認したい。
それまでは・・・


塔へと続く階段を見上げた。


「辛抱、辛抱」

何度も呟きながら、
一歩一歩階段を上がった――


581 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:34


582 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/23(水) 19:34


583 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/23(水) 19:35

まだつづく。

584 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/23(水) 23:39
イケメン支配人とオーナーはちゃんと仕事をしているのでしょうか?ほかのことに夢中な様子で......
585 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/28(月) 18:47

>584:名無飼育さん様
 ここの2人の場合はほかのことがメインの生活ですので。


本日の更新に行く前に一言だけ言わせて下さい。

よっすぃ〜感動をありがとう!!


では本日の更新にまいります。


586 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:48


587 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:49

「姉さん、そろそろお昼ご飯にしません?」
「ん?ああ、ほな行こか」

ここに来て一週間。

オーナーは相変わらずだけど
支配人の方は、すっかりウチになついて
いつの間にか『姉さん』なんて呼ぶようになった。

ウチが本気で迫ったりしないって
すぐに気付いたらしい。

ホンマ、敏感で繊細な色白の王子様やな・・・

588 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:49

「ねぇ、いっつも村ばっか見て面白い?」

ウチが眺めていた場所に立って
眼下を見下ろす。

「景色だったら、湖側の方が
 数倍いいのに・・・」

「生活風景が見れておもろいよ」

何やったっけ?
ほら、あの保田のばあちゃんなんか
無駄に動きがデカくて、見てて飽きないし・・・

支配人の隣に並んで、
もう一度眼下を見下ろした――

589 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:50



あ・・・

――ほんまに・・・、おった・・・


探し求めていた、その姿を見つけて
一気に心臓が跳ね上がる。


でも何で・・・?
笑うてないやん・・・

幸せな結婚したんやろ?
玉の輿やったんやろ?

なのに何で?
何で、そんな――


590 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:51


「姉さん?」
「・・・え?ああ。ご飯・・・やったな?」

大きな瞳がジッとウチを見つめる――


「・・・何や?なんか顔についてるか?」

冗談めかして言う。

いつからやろな、
自分の気持ちを封じ込めるのが
こんなに上手くなったのは――

「今日の献立は?」

今だにジッと見つめる支配人の肩を抱いて
眼下の村に背中を向ける。

「あんたの料理、ほんま美味いからなぁ。
 朝採りの野菜も極上やし。
 毎日楽しみやねん」

591 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:51

「手先器用やろ?
 それにあんた、手が綺麗やしな。
 そういう人はあっちも上手いって言うからなぁ。
 やっぱり一度、試してみたいわぁ…」

軽口を叩きながら
塔を降りようと階段に向かう。

けどウチの意識は、背中にある――

何で?
どうして?
玉の輿が、土にまみれて畑仕事なんかしてんねん?



「ああああぁぁぁ〜〜〜!!
 ちょっとぉぉぉ〜〜〜!!」

下から猛然と駆け上がって来たオーナー。

592 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:52

「な〜んでなんでなんで
 肩なんか組んでるのよぉぉぉ〜〜〜!」

ぜぇぜぇ言いながら
一気に駆け上がってくると
ウチの腕から、支配人を奪い取った。

「ひーちゃんに手ぇ出したら
 絶対許さないからっ!」

鋭い視線に射ぬかれて
あの日の瞳が脳裏にフラッシュバックする…


  『そんなの絶対許さないから!
   なっちの幸せは裕ちゃんと一緒にいることだよ?』

  『ねぇどうして?
   どうして別れなきゃいけないの?』

  『ついてく。
   裕ちゃんについてく…』

  『さよなら、裕ちゃん・・・』


593 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:52

ふと嫌なカオリがして、
我に返る。

「な、バナナ!
 近づけるな、コラ!この部屋から出せ!」

「なんでぇ?
 美味しいのに」

いつの間にか食堂にいた自分。
意識がすっかり過去に飛んでた。
それでもこうして、周りに迷惑かけんと普通を装ってしまう…

――大人になるって嫌なことやな。


「はい梨華ちゃん、あ〜んっ」
「あ〜ん…、うんおいちぃ!」

「アホか…」

口ではそう呟きながら
ズキンと胸が痛む。

594 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:53

「はい姉さんも、あ〜ん」

「わ、バカ!
 近づけるなっ!」

顔を背けて、扉まで逃げる。

「何で?美味しいってば!」

「いらんいらん。嫌いやねん!
 ごちそうさま!ウチはもう部屋戻るわ!」

慌てて食堂を飛び出した。

廊下に出た途端
ホッと息を吐く。

バナナは死ぬほど嫌いや…

595 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:53

けど――

  『はい、裕ちゃん、あ〜ん』
  『あ〜ん…、うんおいしぃなぁ』

蘇るんや。
あの頃が…

幸せでいて欲しい。
幸せでいてくれたら、ウチは――


――きっと、諦められるのに…


あの日を
一緒に過ごしたあの日々を

大切な宝物にして、しまい込むことが出来たのに…


596 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:54



**********
**********



597 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:54

「ねぇ、ひーちゃん」
「ん?」

「さっきのわざとでしょ?」
「さっきの?」

「姉さん、あ〜んって」
「さすが梨華ちゃん!」

眩しそうに目を細めたひとみの表情に満足した梨華が
ソファーの上で抱っこを要求する。

向かい合わせに座れば
当たり前のように重なる唇。

「・・・よく・・・んっ、わかったね?」
「だって・・・、んぅ・・・、ひーちゃんの背中が
 今は何も言わないで見ててって言ってたから・・・」

ひとみの背中に回された指が
妖しくさまよう。

598 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:55

「・・・腰、大丈夫?」
「激しくしなければ平気だよ・・・」

「このくらいは?」
「・・・ぁんっ・・・、んっ・・・もっとぉ〜」

「これはどう?」
「ゃんっ。・・・もう、梨華ちゃんのいじわるぅ・・・」


「「はああああ〜〜〜」」

熱を含む吐息交じりの会話に混ざって
大きな深いため息が2つ・・・


「てか、何で是ちゃんがココにいるの?」
「吉澤さんに呼ばれました。
 居候を上回る活躍をしたら、藤本さんを追い出して
 ココに居候させてくれるって」

「何?!何だと!!!」

599 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:55

「美貴ちゃん、うるさい」

「すみません・・・
 大人しくしてますから、どうぞ続けて下さい」

おぼろげな物体が
裸体で交わる2人に、頭を下げる・・・

――世にも珍しい光景だ。


「それにしても、受けが吉澤さんなんですね。
 私逆だと思ってました」

「甘いよ、是ちゃん。
 今がそうなだけ。次はあの白い方が野獣と化す」

2体の視線が、ソファーに注がれる――


「ガオーッ!
 今度はこっちの番だ」

「いやんっ、もうっ!ひーちゃんたらぁ・・・」

ね?
と言わんばかりにドヤ顔をする居候幽霊。
常人が見たら、恐怖におののくことだろう。

600 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:58

「――腰大丈夫なんですかね?」
「あれだけ動きゃ、お互い大丈夫でしょ」

「おっ!」
「うわっ!」

2体の幽霊が同時に声をあげた。

それぞれが慌てて飛び込んで
落下物をキャッチする。

「「ふぅ〜〜」」

激しすぎて、ソファーが動いて
棚にぶつかるとか・・・

しかも、当の本人たちは2体の気苦労もしらず
今だに真っ最中とは・・・

「藤本さんも大変なんですね?」
「やっとわかってくれた?」

そりゃそうだろう。
ラップ現象を起こす幽霊自身が
時には、落下物を守るなんて話し、聞いたことがない。

601 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:59

「んんっ!ひーちゃぁん・・・」
「・・・うっ、ああっ、梨華・・・」


「そろそろ終わりますかね?」
「ソファーだからね。後は寝るときでしょ。
 本人たち忘れてるだろうけど、まだ昼間だから」

そうなのだ。
昼間は疲れると何度も言っているのに
今日も真っ昼間から呼び出され、今に至っている哀れな幽霊たち・・・

その両手には、棚の上に飾られていたセトモノが
無傷で保護されている。


「ぃやあぁぁぁぁぁぁ!!」
「んぁあああああああ!!」

2人が大きく果てたのを見届けて、
2体は保護したモノを元の場所に戻した。

602 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 18:59


「あの〜」

遠慮がちに人間に声をかける1体の幽霊。
便宜上、ここでは墓場の幽霊と呼ぼう。

「で、私は何をすれば
 ココに居候させて頂けるんでしょうか・・・」

視線を外して、恐る恐る語りかける墓場幽霊。

「あー、やることなくなっちゃったんだよね・・・」

気の抜けた返事をしながら
イケメン支配人の手は、オーナーの背筋を撫でている。

ウシシ。
と笑って、ホッと胸を撫で下ろしているのは
すでにココに居候中の居候幽霊。

603 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:00

「そんなぁ・・・」

情けない声をあげて、墓場幽霊が支配人を責めようとするが
視線を外したままなので、なんとも迫力がない。

「いやね。姉さんが毎日村ばっか見てるから
 是ちゃんに見張っててもらおうと思ったのよ。
 何見てるのか知りたいじゃん?」

別に・・・
とは口が裂けても言えない。
口が裂けたら、口裂け女になってしまう。
それは幽霊のプライドが許さない。

「アタシが見張ってたらバレちゃうから
 幽霊に見張っててもらおうと思ってさ。
 でも美貴はめんどくさいの嫌いじゃん?
 それにいい加減な見張りしかしないだろうし・・・」

こいつはやっぱり、何気なく失礼なことを言う。

「だから、是ちゃんならキッチリやってくれそうだし。
 使えそうなら、いっそのこと美貴を追い出して・・・」

「よっちゃんっ!!」

604 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:01

「でもひーちゃん、わかっちゃったんでしょ?
 中澤さんが、何を見てるのか」

居候の存在を無視するように
ウットリした視線を向けながら尋ねるオーナー。

「そう、わかっちゃったの」

ニンマリ微笑む支配人。

「やっぱり、ひーちゃん天才」
「でしょでしょ?」
「それに優しいし」
「うんうん」
「カッコいいし、可愛いし、綺麗だし」
「ふへへ、もっと言って」
「エッチもうまいし」
「ほんと?」

「ほんとだよ。だってすんごくキモチイイもん・・・」
「やっべ。超やべぇ。すっげぇ嬉しい」

ちゅーっ。ちゅちゅっ。

605 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:01

「また始まるんですかね?
 用なしなら、私帰ります・・・」

肩を落とした哀れな墓場幽霊。


「あ〜っ!!ちょっと待った、ちょっと待った!
 是ちゃん待って!」

「もうっ!ひ〜ちゃんたらぁ・・・」

「待って、梨華ちゃん。いいこと思いついたの」
「いいこと?」
「うん」

「美貴も是ちゃんもこっち来て」

幽霊2体が人間2人に近寄る・・・
と思ったら、墓場幽霊が躊躇する。

606 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:02

「どしたの?是ちゃん」

「いや・・・、その・・・、あの・・・」

しどろもどろになる墓場幽霊。

「あれ?是ちゃん赤くなってる?
 やぁだ、わたしにはわかるよぉ。
 わたしも赤くなっても、なかなか分かってもらえないから」

地味に自虐だ。


「・・・美貴思うんだけどさ」

居候幽霊が、今だソファーにいる
人間2人を見下ろす。

「美貴は慣れてるけどさ。
 是ちゃんははじめてだから」

「「何が?」」

心底不思議そうに、オーナーと支配人が
居候幽霊を見つめる――

607 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:02

「いい加減、服着たら?
 ずっと裸で抱き合ったまま、会話してるし。
 しかもよっちゃん、さっきから梨華ちゃんのおっぱい
 揉みながらしゃべってるから」

「ダメ?」

支配人がオーナーに尋ねる。

「ぜんぜんオッケー」

また2人して、不思議そうな視線を
居候幽霊に向ける。

――やっぱりココに常人はいないらしい・・・


「2人はよくても、是ちゃんは恥ずかしいの!」


「・・・仕方ねぇなぁ」
「幽霊なんだから別に気にしなくていいじゃない」

・・・人間の前でも、平気でスルくせに。

「美貴、何か言ったか?」
「いえ何も」

また、出もしない冷や汗を
かいたようだ。


608 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:03



「で?ひーちゃんが思いついた
 いいことってなあに?」

しぶしぶ服を着て、
ノドが乾いたとミネラルウォーターを呷り、
運動したから、やっぱり腹が減ったと軽食を食らい
ホッとひと息、コーヒーブレイクが終わって
やっとこ今に至る――


「いやさ、姉さんが村見てたのって
 誰かを探してんのかなぁ・・・ってのは
 薄々気付いてたんだ」

「やっぱり、ひーちゃん天才」
「でしょでしょ?」
「それに優しいし」
「うんうん」
「カッコいいし、可愛い・・・」

「そのくだりは、もういいから!」

むぅっと尖らしたオーナーの唇に
支配人が軽く触れ、あっという間に機嫌が戻る。

609 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:03

「姉さんが探してたの、安倍さんだと思うんだ」
「え?あの野菜畑の安倍さん?」

コクリと頷いて、無駄に真剣な顔になると
支配人は続けた。


今日、塔から安倍さんが見えた途端、姉さんの顔色が変わったんだ。
今週安倍さん、保田のばあちゃんの代わりに町に行って、
祭りの相談とか、村おこしの相談とかしに行ってたじゃん。

だから、ずっと畑には保田のばあちゃんだけでさ。
泊まりで町に行ってたから、通りかかることもなかったし、
今朝帰ってきて、姉さんが来てから、はじめてあの視界に
安倍さんが見えたんだよ。
そん時に突然、サーッて青ざめてさ。

前にね、畑仕事を手伝った時に、安倍さん言ってたの。
東京で大恋愛して、大失恋したことあるって。
何度もついていくって行ったけど、その人の夢を
ジャマすることになっちゃうんだって分かって
結婚するって嘘のハガキを出して、親戚を頼って
この村に来たんだって。

610 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:04

「そう言って、涙を流すからさ。
 何かこうウガーッてなって、この胸で
 好きなだけ泣かしてあげたわけよ」

誇らしげに胸を叩いて
嬉々として語る支配人。

「――髪とか撫でてあげたの?」

「うん!だってさ、ヒクヒクしてるし
 肩も震えて可哀想だったから、ギュってして
 背中も撫でてあげた」

「――安倍さん、可愛いもんね」

「そうなんだよ!
 その後、ニコって笑って
 『よっちゃん、ありがとう』なんて
 言うから、思わず・・・」

「思わず?」

やっと隣の般若顔に気付いた支配人。

611 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:05

「違うんだ!梨華ちゃん!」

「何が違うのかな?」

可愛らしく首を傾げるけど
目の奥には怒りの炎が灯っている。

「で、ひーちゃん。
 思わず何しちゃったの?」

ジリジリと後ずさり
支配人がソファーから落ちた。

「イデデデデ!
 耳、耳引っ張んないで」

耳だけで、体を持ち上げられ
再び隣に座らされる。

「で、ひーちゃん。
 思わず、なあに?」

「ご、ご、ご、ごめんなさ〜いっ!!!」

612 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:05


しばし、地獄絵図が繰り広げられた後
やっと今回の作戦会議が開かれた。

世にも恐ろしい
人間2人と幽霊2体のナイショ話――


  『だからね、今回はあの湖を
   [龍神のうろ湖]って名づけて・・・』

全身に真っ赤な引っかき傷をこさえた支配人が
適確に役割をふって行く――

  『アタシがうまいこと行って、あの湖に誘いだすから』
  『美貴と是ちゃんは、龍神になって』
  『梨華ちゃんは、龍神に見える衣装を作・・・
   ――アタシが作ります』

  『明日の朝、濃霧らしいんだよ。
   濃霧の方がボロが出にくいでしょ?
   だから決行日は明日の朝』

  『そうそう。後でアタシ
   町に出て、必要なものを買い出ししてくるよ』
  『美貴と是ちゃんは、濃霧でも辿りつけるように
   このホテルから湖までの看板を作ってよ』
  『後は当日の朝、アタシが安倍さんを呼びに・・・
   ――その役は梨華ちゃん、お願いします』

613 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:06

役割分担も明確になったようだ。

「では皆、打合せ通りに」

頷きあう面々。
引き締まった2人プラス2体の顔。

円陣を組んで、手を差し出すと
白い手の上に黒い手が重なり
その上におぼろげな手が続けて2つ乗せられた。

白い手がそっと全部の手を上から包む――


「頑張っていきまぁっ」

「「「「しょい!!」」」」


食堂に2人と2体の声が響いた。

614 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:06


615 名前:IY Castle U 投稿日:2011/02/28(月) 19:07


616 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/02/28(月) 19:07

も少しつづく。

617 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/02/28(月) 21:20
おお
どうなるんだこれ
618 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/03/01(火) 01:06
幽霊2体がとてもいじらしい
619 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/03/07(月) 10:49

>617:名無飼育さん様
 どうなるでしょう?

>618:名無飼育さん様
 この2人の元では幽霊も化け物もひれ伏します。


では、本日の更新です。
620 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:50


621 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:50


 <コンコン>

部屋の扉がノックされた。

『失礼しま〜す』

明るい声が聞こえて、
ベッドに寝そべっていた体を起こした。

「姉さん」
「ん?もう夕食か?」

部屋に入って来た支配人に尋ねた。

「いんや、まだ。
 だってまだお腹すいてないでしょ?」

いつの間にか、オレンジ色の柔らかな光りが
窓辺に差し込んでいる。

622 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:51

「今日は特別に、姉さんに
 この村に伝わる伝説を教えてあげようと思って」

「伝説?」

「好きなんでしょ?そういうの」

そう言うと、支配人は手にした紙袋から
一冊の本を取り出した。

「あ・・・」

「『NATSUの風景 中澤裕子写真集』
 姉さん、有名な写真家だったんだね」

「いつの間にそれを・・・」

「さっき町に買い出しに行ってみつけちゃった」

イタズラっぽく、ニシシと笑いながら
ページをめくっていく――

623 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:51

「・・・夏の風景が好きだ。
 そして、そこに流れる空気が好きだ。
 むせ返るような暑さ。スッとした涼しさ。
 そして、輝く太陽の笑顔・・・」

ウチの前書きや・・・

「2つの顔を持ち合わせる<夏>に
 心は踊り、自然とシャッターを押す・・・
 へぇ〜、姉さんカッコイイや」

勝手に窓際のテーブルに腰掛けると
パラパラとめくり、最後のページで手を止めた。


「・・・伝説を追いかけるとき、自然と鼓動が早まる。
 なぜなら、伝説を真実として残すチャンスを与えられているからだ。
 いつの日か自分の手で、伝説を真実にしたいと密かな夢を抱いている・・・」


624 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:52

「カッケぇ!姉さん」

あとがきの一部を読んで
写真集をパタンと閉じると
ウチの前に来て、そのまま手を引っ張る。

「アタシがね、この村のとっておきの伝説を
 教えてあげる」

綺麗な顔が得意げに微笑んで
ウチをベランダへ連れ出した。

湖の向こう側に、沈んでいくオレンジ色の太陽。
人の心を丸ごと包み込むような、優しい光りは
彼女の笑顔を思い出させて、ウチの胸を痛くする――


「ねぇ、あそこ。
 見えるでしょ?あの湖」

「うん」

「あれね」

625 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:52

「龍神のうろ湖って言うんだ」

「龍神の・・・ウロコ?」

「ウロコじゃなくて、うろ湖。
 まあでも当たってる。だって形が魚のウロコみたいでしょ?
 だから龍神のうろ湖」

「へぇ〜、それに何の伝説が?」

ウォッホン。

咳払いを一つして、
支配人は芝居がかった口調で話し始めた――


626 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:53


むか〜し。むかしのそのまたむかし。

あの湖には、たいそう心優しい龍神さまの夫婦がおったそうじゃ。
村の人間は龍神さまにお供え物をし、村を守ってもらっていた。

ところが!

ある日、悪〜いアクダマン・・・じゃなかった。
悪代官と悪徳商人がやってきて――

『お主も悪よのう』
『ウシシ』

世間で噂の龍神さまをとっ捕まえて、
見世物にしようと企んだ。

夫龍神が出張・・・
当時は出張なんて言うのかなぁ?
とりあえず、お出かけでいいや。

夫龍神がお出かけをしているスキに
妻龍神を大網にかけ、暴れる体を痛めつけた。

『おやめ下さいまし』
『え〜い、手篭めにしてやるわ』

そんな会話があったかもしんない。

627 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:54

まあ、そんなこんなで
妻龍神は最後まで抵抗し、何とか連れて行かれずにすんだが
傷つき、弱り、夫龍神が戻る頃には、息絶えてしまった。

夫龍神の怒りは、並大抵ではなかった。
激しく憤り、村を竜巻で襲い、雷を落とし
龍神の涙のような豪雨で、村全体を押し流してしまった。

あの優しい優しい龍神が
まるで鬼のように、怒り狂い
ふと我に返った時には、辺りはこの湖しか残っていなかった。

もともとたいそう心根の優しい龍神は

『悪人と善人の区別もつかず、全てを押し流してしまった・・・』

と激しく後悔した。
そして、龍神は言ったんだ。


『罪滅ぼしに、皆の願いを一つだけ叶えてしんぜよう』と――


628 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:55


「どう?かっけぇ話っしょ?」
「まあ、ありがちやけど」

「チッチッチ。
 大事なのは、ここからだよ」

得意げに唇の前で
指を左右に振ってから、支配人が続ける。

「ただしがつくんだよ」
「ただし?」

「うん。
 ただし、善人に限る」

「あたり前やろ」

「ちょっとぉ。そんなにアッサリバッサリ
 言わないでよ。これでも一生懸命考え・・・覚えてきたのに」

口を尖らして、ベランダの手摺によりかかった支配人。
少しだけ気の毒に思って、先を促した。

「で?どんな願いが叶ったんや?」
「それは、それぞれ、思い思い」

「なんやそれ?じゃ、悪人は?」

そうこなくっちゃ!
そんな表情を浮かべて、瞳を輝かせると
また咳払いを一つして、支配人は続けた。

629 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:56


龍神は悪人を恨んでるんだ。
そりゃあ、ものすごく。
なんたって、我を忘れるくらいなんだから。

だからね。

そいつらには同じ目に合わせたの。
奴らから一番大切な人を奪って
目の前で傷つけ、自分と同じ苦痛を味あわせた――

630 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:56

とまあ、ここまでなら
ただの昔話になっちゃうでしょ?

本題はここから。

なんとこのお話、昔だけに留まらないの。
龍神を、自分の私利私欲に使おうとする輩には、
必ず同じ天罰が下る〜って訳。

現にね、数年前にいたんだよ。
ここに伝説を求めて来た人がさ。

彼は売れない写真家だったのかなぁ?
一発逆転、勝負をかけて、あの湖を張り込んだらしい。

で、現れた訳よ。
本当に龍神が。

そしてその姿を、確かにカメラに収めたんだ。
が、次の瞬間、東京に残して来たはずの恋人の悲鳴が聞こえて
龍神の手に、その恋人が握られていた。

631 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:57

夢か幻か――

だが、確かに
恋人は泣き叫んでいる。

龍神の爪が、皮膚に食い込み
徐々に衰弱していく姿を目の当たりにして
彼は我に返って、必死で許しを請った。

けれど、時すでに遅し。

彼はもう、カメラに収めてしまったんだ。
自分の私利私欲のために、あの龍神の姿を――

そして、とうとう彼の目の前で、
恋人は息絶え、龍神の餌食となりましたとさ。

632 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:57


「最後の『さ』がえらい軽い言い方やな」

「だって、せめて最後くらいは明るくしたいじゃん。
 悲しい話、ほんとは嫌いだもん」

そう言いながら、ベランダの手摺に手をかけて
すっかり暗くなって、見えなくなってしまった湖の辺りを見つめた。

「・・・その彼もね、その後あの湖に身を投げたんだって。
 今でも、その時のことを悔やんで
 あの辺を浮遊してるらしい」

「浮遊って・・・幽霊になって出るってこと?」
「そう」

思わず、ゾクリとした。

「あ〜、姉さん、もしかして
 幽霊のこと信じてないでしょ?」

「信じるも、何も・・・」

怖いことは怖いよ。
人間なんかじゃ到底
太刀打ち出来ないんだろうし・・・

633 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:58

「結構その辺にいるんじゃない?
 見えないようにしてるだけでさ」

「そ、その辺にいるとか
 変なこと言わんでよ・・・」

「ほら、そこっ!」
「え?!」

門の外を指差す。

――何だよ。何もいないやん・・・


ホッとした人の顔を見て、ニヤニヤ笑うと

「だ〜いじょうぶだって」

なんて、やけに自信満々に言って

「意外と使い勝手もいいんだから・・・」

ボソッと訳分からんことまで呟いた。

634 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:58


「ねぇ。姉さんてさ、恋人とかいないんでしょ?」
「何?突然・・・」

「だっていなそうじゃん」
「失礼な」

「じゃあ、いるの?」
「・・・今はいない」

ふう〜ん。

「じゃあさ、今ってすげーチャンスじゃないの?」
「チャンス?」

「この伝説が真実かどうか、
 確かめる絶好のチャンスじゃん」

635 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 10:59

「だってさ、恋人がいないんなら何も怖くなくない?
 失うものがないってことじゃん。
 だったら、姉さんがカメラに収めて伝説を真実にしちゃえば?
 あとがきに書いてた密かな夢、叶っちゃうかもしれないよ?」

確かに言う通りだ。
だが、愛する人はいる・・・

「そう言ってくれんのは嬉しいけど、実はウチ
 カメラ持ってきてないねん」

ガックリ肩を落とすと思ったら
一層目を輝かせて、足元に置いた紙袋から
それを取り出した。

「じゃあ〜んっ!!
 さっき買ってきた」

「わざわざ?」
「そ、わざわざ」

ご丁寧に首から下げられるように
ヒモまでつけてある。

「だってさ。写真家なのにカメラ持ってないなんて、ダッサイよ。
 梨華ちゃんの私服よりダサイ。
 戦場カメラマンだって、平和な日本にいても肌身離さず
 カメラ持ち歩いてるんだよ?」

そう言って、手にしたカメラを
無理矢理押し付けられた。

636 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:00

命のカメラを置いてきたのには理由がある。
ウチだって写真家や。
どこに行くにも、カメラは必ず持ち歩く。

けど、今回は
わざと置いてきたんや。

理由はただ一つ。

――撮りたくなかったから・・・


彼女の姿を見つけたら、
夢中でシャッターを切ってしまう。

夏の景色に彼女を重ねた、この写真集のように。
閉じ込めたはずの感情が、あっという間に
外にとび出してきて、我を忘れて彼女を撮ることが
自分でも容易に想像できたから・・・

637 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:00


「おおっ、ナイス。明日の朝は霧が出るな・・・」

なぜか支配人は、隣で眉間にシワを寄せ
人差し指を立てて、風向きを確かめている。

「霧が何か関係あんの?」
「霧が出る日の朝、龍神さまは姿を現すんだって」

「ほんまかいな」
「ほんまですわ」

「霧でよく見えなくて、龍神と間違えるんじゃないの?」
「さあ〜ねえ〜。どおでしょ〜」

ふざけたように返事をしたと思ったら
急に真剣な眼差しをして、ウチを見据えた。


「姉さんの目で、確かめればいいじゃん。
 真実ってやつをさ――」


638 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:01



早朝に目が覚めた。

目覚ましなんかかけてないのに
なぜか耳元で、大きな音がした気がして
勝手に目が覚めた。

そろりとベッドから抜け出て
窓辺に行き、カーテンを開けた。

「・・・真っ白や・・・」

想像していた以上の濃霧。
これなら、龍神に会えるやろうか・・・


なあ、なっち――


「ウチ、龍神に
 賭けてみてええか?」

湖に向かって、そう呟くと
静かに支度を始めた。


639 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:01


**********
**********


640 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:02


「よしっ!
 寝たふり終了!!」

珍しく服を着たまま
ベッドに横になっていた2人が、勢いよく起き上がる。

丑三つ時を終え、本来ならば
深い眠りについているはずのおぼろげな物体も
どこからともなく現れて、ベッドの傍に集合する。

「準備はいい?」

そう言って、一同を見渡した支配人の元に
遅れてもう1体のおぼろげな物体が現れた。

「マルタイが今、玄関を出ました!」

おぼろげなまま、敬礼をしているのは墓場幽霊の方だ。
どうやら、こっちの幽霊は刑事ドラマが好きらしい。

641 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:02

「ねぇ、是ちゃん。
 どうやって、姉さんを起こしたの?」

「はっ。定番のフライパンにおたまを
 耳元でカンカンと鳴らしたであります!」

「そのしゃべり方やめて。
 朝からウザイ」

ここで暮らしたいなら、オーナーが低血圧だと言うことと、
服を着たまま、横になっていたということは
今朝は満足していないんだということを
早めに察知するクセを身につけた方がいい。


「とりあえず、皆
 今日の自分の役割は分かってるよね?」

無駄にキリリとした支配人の顔に
ウットリした表情を浮かべ、大きく頷くオーナー。

642 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:03

「わたし、安倍さん迎えに行って
 ちゃんと湖に連れて行くね?」

「よろしく。
 愛してるよ、梨華ちゃん」

ちゅぅ〜ちゅちゅっ。
ちゅっちゅちゅっちゅ・・・


「ねぇ2人とも。
 それ以上すると、間に合わなくなるよ」

慣れた感じで居候幽霊が、
2つの舌が絡み合う前に忠告する。

「・・・全て終わったら、しよう」
「今夜はずっとだよ?」
「もちろん、一晩中頑張るから」
「大好き!ひーちゃんっ」

「・・・あの〜」

墓場幽霊が見つめ合う2人に
遠慮がちに声をかけた。

643 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:03

「この布でほんとに
 大丈夫なんでしょうか…」

墓場幽霊が手にしているのは、緑色の布。
何枚かを切って繋げているので、だいぶ不格好だ。

「大丈夫だよ。
 その柄、いい具合に龍のウロコに見えるっしょ?」

得意げに支配人が指差したのは、
帽子にサングラスの怪しい人間が
右手を思いっきり突き上げているプリントのことだ。
そして、龍のどこのパーツに当たるかは全く不明だが、
ご丁寧に缶バッチまでついている。

「この子ちょ〜かわいいのぉ。
 丈が短いのもキュートでしょぉ?」

なぜかオーナーが崩れ落ちてまで
喜んでいる。

644 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:04

「龍神の頭は美貴ね。で、足は是ちゃんがやって。
 あとは全て、君たちの演技力次第だ!」

神妙な顔で、ビシっと指差した支配人に
何となく腑に落ちないまま頷く2体の幽霊。

「では諸君、よろしく頼むよ」

仰々しく時計を合わせようなどと
支配人が右腕を差し出すが、
そもそも幽霊は腕時計などしていない。

「ちぇっ、使えねぇ奴らだなぁ」

この件に関しても
幽霊は悪くないと断言できる。

「それじゃあ各自
 行き当たりばったりで頼んだよ」

結局いつもの通りだ。

645 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:04

「そうそう。龍神の登場のタイミングは
 アタシが木陰から笛を吹くから」

じゃ、みんな。
くれぐれも頼んだよ?

一同の顔を見渡して
力強く頷くと支配人が号令をかけた。


「れっつえんじょいらんにんぐ!」


2人と2体が一斉に
それぞれの目的地に向かって走り出した。


646 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:04


647 名前:IY Castle U 投稿日:2011/03/07(月) 11:05


648 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/03/07(月) 11:05

あと1回だけ続く。

649 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/03/07(月) 12:28
クライマックスですね〜

それと小ネタ最高っす!
650 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/03/07(月) 18:34
小ネタが素晴らしすぎるw
651 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/03/14(月) 12:11
玄米ちゃ様ご無事ですか?心配です。
652 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/03/15(火) 03:24
このたびの地震により、亡くなられた方々のご冥福を
お祈り申し上げますとともに、被災された皆様、
またそのご家族の方々に、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧復興をお祈り申し上げております。

651様、ご心配頂きありがとうございます。自分は無事です。
本当に小さな小さな一人の力かもしれませんが、
出来る事は何でもしていきたいという思いが
日々強くなってます。

現在連載中の作品も、最終回を残すのみとはなっていますが、
当面の間更新は控えさせて頂きたいと思います。
653 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/01(金) 00:12
玄米ちゃ様!
4月ですよ!
ずっと待ってますよ!
654 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/04/06(水) 17:32

お久しぶりです。
連載中の作品が、思いっきり
おバカでエッチなだけの作品なので
再開すべきかどうか悩みましたが、
お待ち下さっている方もいらっしゃるようですし
本日より再開します。

それでは、『IY Castle U』
最終回です。

655 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:33


656 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:34


「さすがドがつくほどの田舎やな…」

辺りを真っ白な霧が覆っていて
先を見通せない。

ホテルの庭を抜けて
門を出た所で、思わず弱気になる。

「こんなんで迷子にならんかいな…」

一応持参した懐中電灯も
ないよりマシな程度で、あまり効果がない。

「右か左か?」

無造作に辺りを照らすと
わずかな光りが何かを捉えた。

「おっ、看板や…」

細長い平たい棒に
紙切れが張り付いている――

657 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:35


  [うろ湖はこっち]

一応矢印も書かれているが、その文字が何とも気色悪い。
まるでホラー映画にでも出てくるような、怨念こもった血文字――

思わず身震いした。

「なんかこの通りに行ったら、
 地獄にでも連れてかれそうやな」

やっぱやめとくか…
だが龍神には会いたい…

逡巡しながらもう一度辺りを照らすと
2、3メートル先に、また看板を見つけた。

――意外と親切やん。

何となくホッとして
看板通りに進んでみることに決めた。

658 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:35

親切な看板は、文字を除けば
それはもう、迷うヒマもないほど小まめに
道案内をしてくれる。


  [杉の木を越えたら右へ]

  [綺麗なキノコの横の細い道を左へ
   注:これは毒キノコです。食べてはいけません]

  [右手のモミの木を3本過ぎたら開けた場所にでます。
   そこがうろ湖です]


この木か…

1本。

2本。

3本――


  [目的地付近です。
   お疲れ様でした]


659 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:36

「おおっ、ホンマや…」

真っ白な霧の中に浮かぶ小さな湖。
こんなとこに本当に龍神がいるんやろか・・・

けど伝説なんて、そんなもんや。
なっちと別れた後、各地を回ってみたけど
結局、まともな伝説に出会ったことがない。


小石と砂が混ざり合った地面を
ゆっくりと歩いて、湖に近づいて行く――

辺りはシンと静まりかえっていて
自分が踏みしめる地面のザリザリという音だけが耳に届く。

湖のほとりまで来ると
期待と不安が入り混じって、微かに震えが起きる。
グッと拳を握り締めて、心を静めるために
深呼吸しようと、大きく息を吸い込んだ。

660 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:37

  <ヒュ〜ドロドロドロ>

突然の音に驚いて、更に息を吸い込んで
激しくむせた。

なんや、なんや?!
今の音は!

ん?待てよ。
この音楽は――

  『・・・その彼もね、その後あの湖に身を投げたんだって。
   今でも、その時のことを悔やんで
   あの辺を浮遊してるらしい』

龍神やなくて、こっちが出るんかいっ!!

じょ、冗談やない。
幽霊なんかに会ってたまるか!
伝説の生き物と幽霊じゃエライ違いや!

ジリジリと後ずさって、
この場を逃れようとするが、
今度は恐怖による震えで、足が思うように動かない・・・

すぐ近くで風が起き、目の前の霧が少しだけ薄れた。
そして、焦るウチの視界に、緑色の何かが映った――


661 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:38


――龍神、や・・・


震えが止まる。


ホンマに龍神や・・・

伝説が、今
真実になる――


思わず、首からさげた
カメラを構えた。

が、すぐに我に返って
カメラを首から外した。

662 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:38

「龍神さん、今の
 誓って撮ってないで」

手にしたカメラを湖の中に放り投げた。

「これで信じるやろ?
 カメラマンの習性で思わず構えてしもうただけや」

ポッチャンという水音がしただけで
龍神はそのカメラを拾おうとも、しゃべろうともしない。


「龍神伝説を聞いて
 この湖に来ました」

丁寧に頭を下げてみる。

――シーン・・・


「勝手にウチがしゃべってたら
 いいんですか?」

微かに頭が下に動いた気がした。


「それでいいんですね?」

もう一度微かに動く。


よし。
腹を決めた。

663 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:39


龍神さま。
ウチ、あなたにお願いがあります。
善人なら、一つだけ願いを叶えてくれるんですよね?

実はウチには、好きな人がいます。
かつては恋人でした。
けど、どうしてもウチじゃ幸せに出来ないと思って
自ら手放したんです。

――あんたがいたら、夢のジャマになるって・・・

その時のウチは、自信がなかった。
毎日写真ばっか撮ってるのに、一向にうまく行かなくて・・・

焦れば焦るほど、思うように撮れなくなって
ずっと貧乏暮らしが続いて。
そんな生活を彼女に強いている自分が
どんどん許せなくなった。

そして、その頃から
ある想いが強くなったんです。

こんなウチなんかより
彼女の温かな笑顔を守り、彼女自身を
輝かせてあげられるヤツが世の中には、きっとおるって・・・

664 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:39

だから、別れようって
ウチから切り出しました。

そして、何を言っても別れないと言い張る彼女に
最後の一言を突きつけたんです。

あんたがジャマなんやって――


自分で吐き出した言葉に
身が切られるようでした。

そして、彼女はウチの元を去りました。
これで良かった。
そう言い聞かせるのに、毎日涙が溢れて止まりませんでした。

数ヵ月後、彼女から一枚のハガキが届きました。

  [結婚します。
   お相手は、超エリートの資産家で、とても素敵な人です。
   だから心配しないで、夢に向かって頑張って下さい]

665 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:41

なんや、やっぱ
ちゃんとおるやん・・・

これで綺麗さっぱり諦められる。
ウチも自分が信じた道を、思いっきり進める――

そう思ったのに、ダメでした。

挙句の果てには、彼女の面影を求めて
夏生まれの彼女に、夏の景色を重ねて
夏の風景ばかりを夢中で撮ってました。

皮肉にもそれで認められて――

やっぱりウチには、彼女しかいないんや。
そう思い知らされました。

けど彼女は、もう人のもの。
今更、もう遅いんです。
彼女の幸せを壊す気なんてありません。

ウチは彼女の笑顔が
太陽のようなあの笑顔が、一番好きでしたから。
その笑顔を曇らすようなことは、絶対したくありません。

666 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:42

だから最後に、最後にもう一度だけ
彼女の太陽のような笑顔を、ひっそり眺めて諦めよう。
そう思って、なんとか彼女の今の居場所を探しあてて
この村のホテルに来ました。

幸せに暮らす姿を、この目で見れば
きっと諦められる。
心から彼女の幸せを、祝福してあげられる。

そう信じて、この村に来ました。


けれど――

幸せそうじゃないんです。


幸せそうに微笑む彼女の笑顔を想像してたのに
それを見て諦めようって、そう思ってたのに・・・


――笑ってないんです・・・


667 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:43


「龍神さま。お供えものなら何でもします。
 だからどうか、ウチの願いを一つだけ、聞いて欲しいんです」

その場に跪いた。

「あなたが妻を大切に想うように
 ウチも彼女を心から大切に想っています」

だから、どうか――

「どうか彼女を幸せにしたって下さい」

そのまま土下座をした。

「彼女が心から笑えるような幸せを
 どうか、どうか・・・」




「バッカじゃないの?!」

背後から懐かしい声が聞こえて
驚いて振り向く。

そこには彼女が・・・

ウチが愛してやまない彼女が
怒った顔のまま、大粒の涙を次から次に溢れさせて
あの日のような、鋭い視線でウチを見下ろしていた――

668 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:43

「ほんとにバカだよ。
 裕ちゃんは・・・」

「どう、して・・・」

「・・・何度も、言ったじゃない・・・
 なっちの幸せは裕ちゃんと一緒にいることだって・・・」

そう言いながら
ウチに近づいてくる。

――夢、か・・?・

龍神が、つかの間の夢を
ウチに見せてくれてるんやろか・・・


「何度も何度も
 ちゃんと言ったじゃない・・・」

すぐそばで、言い聞かせるようにそう言うと
両手を伸ばして、その腕の中に丸ごとウチを包み込んだ。

669 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:44

「なっちは裕ちゃんとじゃなきゃ幸せになれない。
 心から笑えるのは、裕ちゃんが隣にいてくれる時なんだよ」

「なっち・・・」

懐かしい彼女のカオリ。
確かに感じる彼女の温度。

「・・・けど。旦那、は・・・?」

「いないよ、そんなの。
 始めからいない」

「はあ??!」

素っ頓狂な声をあげて驚いたウチに
なっちは極上の笑みをくれて、教えてくれた。


裕ちゃんは、絶対責任感じちゃうから。
なっちを捨てたことに責任感じて、
夢にも新しい恋にも躊躇しちゃうって思ったから。

だから――

670 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:45

「あの結婚案内のハガキ送ったの、
 裕ちゃんにだけだもん」

「マジ?」

「ごめんね」

体から一気に力が抜けた。


なんや、それ。
なんなんや、それは。

今までのウチの苦悩は一体・・・


「――ごめんね?」

うな垂れたウチの顔を覗きこみながら
もう一回謝った彼女を引き寄せて、今度は自分の腕に抱いた。

671 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:45

「こうしても・・・ええよな?」

腕の中で頷いた彼女に気をよくして
もっと強く抱きしめた。

「もう絶対離さへんから」

背中に回された彼女の手に力が入った。

「絶対絶対、手放したりせんから」

ウチと一緒にいることが幸せだと言ってくれるなら
ずっとそばにいる。

ウチが隣にいたら心から笑えるなら
死ぬまで隣にいてあげる。


だから――

「ウチの元に戻ってきて」

672 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:46

腕の中で力強く頷いてくれた彼女。
少し体を離して顔を覗きこむと
涙でグショグショになってる。

けど、その笑顔は。
ウチの大好きな、最高に輝く太陽の笑顔やった。


「愛してる、なっち・・・」
「愛してるよ、裕ちゃん」

吸い寄せられるように、目の前の唇に触れ
包み込むように優しく、何度も何度も感触を味わった。

――ウチ、幸せや・・・

彼女を幸せにしてくれってお願いしたのに
ウチが一番幸せや・・・

673 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:46

「・・・幸せだよ、裕ちゃん」

唇を離して一番に言ってくれた言葉。

「こうして、裕ちゃんのそばにいられるのが
 何よりも幸せ・・・」


「龍神さんに、お礼言わなな」
「ん?」

「ウチの願い、叶えてくれたから・・・」

そう言って、湖に視線を移すと
もう龍神の姿は消えていて、
力強い太陽の光が、湖にふりそそぎ、
あれだけ真っ白だった霧もなくなっていた。

674 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:47

「すごいな・・・」
「何が?」

片時も離れたくなくて、
湖に視線を向けたまま、彼女の肩を引き寄せた。

「この村の龍神伝説」
「・・・ふふ」

「なんで笑うの?」
「なんでだろ?」

「なんでって、何で?」
「何でも」

でも、嬉しかったよ。
裕ちゃんが夢よりなっちを取ってくれて。

はにかむようにそう言って
肩に頭を乗せてきた彼女。


・・・ん?

あれ?
そう言えば――

675 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:47

「何でなっち、ウチがここにいるって分かったん?」

「ふふ。龍神伝説を裕ちゃんに教えた人」

ああ!

「支配人か?」
「ここに連れてきてくれたのは、オーナーの方」

何や。
ああ見えて、お人よしやん。

思わず笑いがもれた。

「いいホテルでしょ?」
「そやな・・・、て行ったことあるんか?」

「だって、あのホテルの朝食の朝採り野菜は
 なっちの畑のだもん」

「どうりで!」
「どうりで、何さ」

――1番おいしいと思った。

耳元で、そう囁いたら
とびきり嬉しそうに微笑んでくれた。

676 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:48

「なあ、今日一緒に
 あのホテルに泊まってくれへん?」

だって、あのバカップルにお礼を言わなあかんし。
もう離れる気なんてないし。

それに――


「それに?」

「久々に」
「久々に?」

「心ゆくまで」
「心ゆくまで?」

――愛し合いたいし。

また耳元で囁いて、そっと耳たぶにキスしたら
一気に真っ赤になった。

677 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:49

「行こ!」

固まっている彼女の手を引っ張った。

「ちょっと待って。
 待って待って、裕ちゃん」

「いいや、待たん」

「違う。待ってよ」
「絶対待たん」

「だからそうじゃなくて。
 どこに行くのよ?」

はい?

予想外の言葉に、足を止めた。

「どこって、ホテルに帰るに決まってるやろ」
「道違うよ?」

「だって、ウチは看板通りにずっと歩いて・・・」
「ずっとってどれくらい?」

「30分くらい」

678 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:49

はあ〜〜

大きなため息をついたと思ったら
彼女は言った。

「こっちから行ったら
 あのホテルまで5分だから」

なに?
なんやと?!

あんなに丁寧で、親切だと思っとった看板が
まさか不親切だったとは・・・

「くそっ!」

「まあ、いいじゃない。
 早く行こう?」

逆に腕をとられた。

「ほら案内してあげるから」

早く行って愛し合おう?

いたずらっぽく言う彼女に、すっかり気をよくして
久しぶりに山道を、全速力で走った――


679 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:49



**********
**********



680 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:50


「いやあ〜、皆の衆ご苦労だった。
 ご苦労だった」

「今回もいい仕事したね。
 カメラはちょっと残念だったけど」

「大丈夫。姉さんに請求するようにしてるから」

満足そうに頷きあった支配人とオーナー。

「あ、美貴。
 扇風機回収してきてくれたよね?」

無言で、モノを指差す居候幽霊。

「ね、あの笛のあと
 霧がこうサーッと薄れていくシーンの演出
 サイコーじゃなかった?」

身振りつきで、自慢げに
オーナーに相槌を求める支配人。

「良かったよぉ。
 さすがひーちゃん!って思ったもん」

「でしょでしょ〜
 惚れ直した?」

「もうバカ。
 いつも、いつでも惚れ直してるもん」

「クハ〜ッ。そんな風に言われちゃたまんねぇ」

お約束どおり、2人の唇が重なる。


――地味に筋書きが違ったクセに・・・

ボソッと居候幽霊が心の中で突っ込む。

本来の作戦は、龍神を撮るか撮らないか葛藤して
最終的に撮らないことを選択したところで
感動の再会という筋書きだったはずだ・・・


「結果オーライならいいんだよ」

やっぱり聞こえてたか・・・

681 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:51

「・・・んっ、ねぇ。
 わたしも、ほめてよぉ・・・」

ちゅ〜っ。

「あの龍神のこと、安倍さんすごい不思議がってたの。
 どうやって動かしてるの?って」

ちゅっちゅ。

「だから、ね・・・。ゃんっ。
 ひーちゃん昔、ねぶた作ってたんですって言ったのぉ・・・」

ちゅ〜、ちゅぱ。

「ぁんっ。もう・・・
 安倍さんすっかり信じちゃってぇ。
 雪国出身だから、あんなに色が白いんだね。なんて
 妙に納得したんだよぉ〜」

ちゅっ。ちゅぱちゅぱ。
ぶちゅ〜〜っ。

682 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:52

「もうっ。ひ〜ちゃぁん。
 先にほめてよぉ」

「・・・んっ、もう・・・最高。
 梨華ちゃん・・・、超おいしい・・・」

「やあだ。でも・・・うれしい」


っん、はぁ、ああっ。
んんっ。も、ガマン、できね・・・


「・・・ね。ベッド、行こ・・・」

胸元をもてあそぶ支配人の手を掴み
潤んだ目で懇願するオーナー。

683 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:52

「けど、姉さんと安倍さんの
 朝食作んないと・・・」

「・・・大丈夫だよぉ。
 ねぇ、夜まで待てないもん。ちゃんと・・・しよ?」

こんな風に甘えられると
支配人はコロッと落ちる。

「だよね!」

一瞬の葛藤もなく、自分の手の内に落ちたことを
ひっそりこっそり喜ぶオーナー。

「どうせ、あの2人だって
 今頃部屋でアンアンしてるんだろーし」

ランランと輝く大きな瞳。

「うちらがアンアンしたって
 文句言えないよね?」

彼女たちはあくまでも客だということを
忘れないで欲しい。

684 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:53

「ということで梨華ちゃん。
 うちらもアンアンしよう」

そう言って立ち上がると
オーナーを引っ張りあげて、耳元に唇を寄せた。

「新しいベッド、さっき到着したの」
「ほんと?」

オーナーの目も輝く。

「超大きいし、回るよ」
「ヤッター!」

「ちょっと奮発しちゃったけど
 姉さんがいっぱい泊まってくれたから、その代金で、ね?」
「ひ〜ちゃん、だ〜いすきっ!!」

「だって、別棟ってやっぱイマイチじゃん?
 でもこれからは毎日部屋で、別棟気分だぜ!」

「ね、もう早く行こ?」

待ちきれないというように
オーナーが支配人の手を引いた。

685 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:55

「ちょぉ〜っと待ったぁ!!」

居候幽霊がなぜか叫ぶ。

「何?どしたの?」

不思議そうに見つめる支配人の横で
刺すような視線を送るオーナー。

「いや、だから。そのさ・・・
 美貴も頑張ったと思うんだけど・・・」

ああ、そうか!

納得した表情を浮かべた支配人に
居候が先にクギをさす。

「ご馳走はもういいから」

肉にあたるのは、二度と御免蒙りたいらしい。

686 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:55

「ちょうどいいよ、美貴」

こいつのちょうどいいに
ぬか喜びしてはいけない。

「今日新しいベッド来たじゃん」

回るんだろ。
だから何だ。

「古い方のベッド、あれ
 美貴にあげる」

ん?
今なんとおっしゃいました?

「美貴の今のベッド、昔の使用人用だから狭いって言ってたじゃん。
 だから、中古だけど、ところどころ愛の証のシミとかあるけど
 キングサイズだから、欲しいなら今日のご褒美であげるよ」

687 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:56

マジ?
まじですかスカ!

居候なのに、そんなでっかいベッド
もらっちゃっていいんすか?

「よっちゃぁ〜〜ん!」

幽霊が感動に
打ち震えている。

「ありがとう。ほんとにありがとう。
 これからも美貴頑張る。居候として2人にいっぱい貢献する!」

だって、これで
梨華ちゃんの奇声が聞こえたって
ベッドから落ちる心配ないんだ。

「居候くん。これからも宜しく頼むよ?
 それから、今の心の声は聞こえなかったことにしてやるから」

「恩にきりますっ!」
「ねぇ、心の声って何?」

ギクッ。

688 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:57


「今すぐ、梨華ちゃんを抱きたくてたまんない
 っていう、アタシの心の声」

「もう・・・、ひーちゃんたらぁ」

「超うるとらアンアン言わせちゃうから!」

ちゅっ。

軽くキスを交わすと
跳ねるように部屋を出て、
2人が階段を駆け上がっていく――


「好きなだけ、アンアンしちゃって〜」

珍しくご機嫌な居候が
手を振りながら、笑顔で2人を見送る――


689 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:57

「さ、じゃあ屋根裏部屋を片付けに行きますかっ!」

やけに張り切った居候幽霊が
天井に向かおうとしたところで、後ろから声をかけられた。

「あの〜」

現れたのは、忘れてはいけない墓場幽霊。
手にはたくさんの塔婆が抱えられている。

「言われた通り、看板回収してきました」

「あ・・・」

昨日、居候と墓場で準備した看板を
全て回収するよう指示したのをすっかり忘れていたらしい。

690 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:58

「あ・・・えっと・・・ご苦労さま。
 それ返さないとマズイよね?」

「はい。うちの墓だけじゃ足りないから
 一列分、ズラッと借りてきたんで」

「あ、じゃあ。よくお礼言って
 返しといて?悪いね?」

「分かりました。
 じゃあ、使う分だけここに置いといていいですか?」

そう言って、なぜか
抱えた塔婆を数本、床に下ろす。

「ちょ、ちょっと!
 何してんの?」

「え?何って・・・
 どうせここで使うから、とりあえず置かせてもらって・・・
 ・・・あっ、ここに置いとくのマズイですか?
 お部屋は屋根裏でしたっけ?そこまで先に運んだ方が――」

691 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:58


「ちょぉ〜っと待ったぁ!!」

本日2回目の居候幽霊の叫び。

「何か?」
「何でそれを屋根裏に置くの?」

最高に嫌な予感がするのか
居候幽霊のおぼろげな体が、小刻みに震える。

「何でってベッド代わりです」

あっけらかんと答える墓場幽霊。

「さすがに床に寝そべるんじゃ寂しいじゃないですか。
 だから・・・」

「だからって・・・
 だからって、まさか――」

692 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:59

「たった今、そこの階段でお2人にお会いして
 このお城への居候を許して頂きました!」

よく頑張ったって。
是ちゃん使えるねって。
そりゃあもう、ほめて頂きました。

嬉々として答えるおぼろげな物体と
ガックリと膝をついて、ワナワナと震えているおぼろげな物体。

「・・・やっぱり――
 ぬか喜びするんじゃなかった・・・」

「どうかしました?
 先輩」

「せ、先輩?」
「はい!居候の先輩ですから!」

宜しくお願いしますって
深々とお辞儀をして

「とりあえず、使わない塔婆
 返してきますね?」

ニッコリ笑って、数本を残して
立ち去ろうとする。

693 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 17:59

「待って・・・」

完全に力が抜けてしまった
哀れな先輩幽霊。

「この塔婆も、全部返してきていいから」
「え・・・でも・・・」

「いいから返して来い!」
「でもそれじゃあ、私は床に・・・」

「あるんだよ!」
「はい?」

「だから、あんだよ。
 ベッドが」

へ?

驚きのあまり言葉を失った後輩幽霊。

694 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 18:00

「さっき今日のご褒美で、美貴はキングサイズのベッドをもらったの!
 だから、是ちゃんは美貴が今まで使ってたベッドを使えばいいの!」

「ほ、ほんとですか?!」

「ほんとも何も。
 それが今日のご褒美だよ」

「やっほ〜い!!
 嬉しい!ベッドなんて嬉し過ぎるぅ!!」

塔婆を抱えたまま
クルクル回って、嬉しさを体で表す後輩幽霊。

「だからもう早く全部返して来て。
 ベッド運ばなきゃ行けないんだから」

「かしこまりました!!」

元気よく返事をして
全ての塔婆を抱えると、勢いよく壁に向かって駆け出した。

695 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 18:01

 <バキッ。バキバキッ。
  ガタガタ、ガタンっ>

一度壁を通り抜けたおぼろげな体が
慌てて中に戻ってくる。

「塔婆は物質なのを忘れて
 自分だけ通りぬけちゃいました」

へへっ。

頭を掻きながら、
折れた塔婆を集め、今度は窓を開けて
律儀に外に出ると、一目散に駆け出した。

「塔婆はちゃんと見えるんだから、
 気をつけて」

「分かりました〜!」

喜びに溢れたおぼろげな体が
右に左に大きく揺れながら、
たくさんの塔婆を抱えて、道を進んで行く――

696 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 18:02


はああ〜〜〜

残された幽霊の大きなため息。

まさか、快適な一人部屋が
脅かされる日が来るとは――


クッソー。

「やっぱりあいつら、
 いつか呪ってやるっ!」


2人が体を重ねているであろう場所を、ひと睨みして
先に片づけを始めようと、天井をすり抜け屋根裏部屋に向かった――


697 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 18:02


698 名前:IY Castle U 投稿日:2011/04/06(水) 18:02

    おわり

699 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/04/06(水) 18:03

大変お粗末さまでした。

700 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/07(木) 00:40
待ってましたよ!ホントに嬉しすぎです!やっぱりあのお二人はどこにいても熱々なんですね。

次回作期待してもいいですよね?
701 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/07(木) 06:39
よかった。玄米ちゃ様帰ってきてくれた。
エロ満載だけどほっこりしました。
702 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/04/12(火) 10:10

>700:名無飼育さん様
 お待たせ致しました。
 ありがとうございます。

>701:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 迷いながらの更新でしたので、そう言って頂けてホッとしました。


落ち着かない日々が続きますが、やはりお誕生日は祝いたいヲタ心・・・
と言う事で、本日はリアル短編です。
相変わらずしょーもない妄想ですが、それでも構わんという方は是非。
誕生日なのに、誕生日は絡めていませんので、あしからず。

ではどうぞ。

703 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:11


 『shake me』


704 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:12

「何か不思議…」

後ろから抱きしめて、
何度も首筋にキスを落とす。

「何が不思議なの?」

耳たぶに口づけたまま
そう聞くと、彼女がくすぐったそうに首をすくめた。

「だって初めて会った時、ひーちゃんと
 こんな風になるなんて思いもしなかったもん・・・」

「こんな風って?」

からかうようにそう言って
わざと首の付け根に歯を立てた。

705 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:12

「んっ、もう…
 噛んじゃダメだってば…」

前に回している手が
ギュッと掴まれる。

「いいじゃん。
 しばらく水着着ないでしょ?」

「でもダメ。
 リハで皆に見つかっちゃうでしょ?」

諌めるように、手の平で
ポンポンと優しく叩かれる。

「アタシにつけられたって言えばいいじゃん」

「だ〜め」

アタシの腕からスルリと抜け出して
向かい合わせに座った彼女。

706 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:14

「すっごいからかわれるの。
 ひーちゃんだって知ってるでしょ?
 ドリムスはそういうこと遠慮なく聞いてくるんだから」

「からかわれてもいいじゃん」
「わたしはヤダもん」

ちぇっ。
いいじゃん、別に。

どんなHしてるとか
みんなに自慢してやりたいくらい。

梨華ちゃんが、
どんな風に感じて、喘いで、
どんな声を出すのか。

めちゃくちゃ色っぽくて
アタシの腕の中で色づいていく彼女を
ちょー自慢してやりたい。

みんな見たことねぇだろ?って――

707 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:14

「…ねぇ、いじけてるの?」

俯いたアタシの顔を覗き込んで
小首を傾げて言った彼女。

「すっげえ、いじけてる」

わざと唇を尖らせる。
仕方ないというように寄せられた眉。


さあ、梨華ちゃん――

――どう慰めてくれんの…?


708 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:15

「・・・ヤダもうっ!か〜わいいっ!」

正面から頬を挟まれて
チュッと口づけられる。

ごまかされるもんか。
そんなんじゃ、足りないっつーの。

不満の声をもらそうと思ったら
今度は強く唇が押し当てられて、
そのまま押し倒された。


暴走モード突入――

アタシの中をめちゃめちゃに
暴れ回る彼女の舌…
もどかしげに脇腹をなぞる小さな手の平…

709 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:15

「…んっ、だよ…、急に積極的じゃんか…」
「ひーちゃんが…、いじけるからだよ…」

吐息交じりの会話。
再び合わせた唇で、お互いの熱を伝え合う――


「カッコイイのに可愛くて・・・。
 触れ合ったらこんなに色っぽくなるなんて…」

――絶対誰にも知られたくない…

濡れた唇から、
熱い吐息と共に吐き出された言葉。

アタシを見下ろす彼女が、
まるで存在を確かめるかのように
ゆっくりと、アタシの頬を首筋を指でなぞり、
胸元をあらわにしていく…

710 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:16

「わたしだけが知ってるひーちゃんの姿は
 絶対誰にも知られたくないの。
 こんなにせつなく見上げるひーちゃんは、
 わたしだけのものなんだもん…」

囁きながら、幾度もキスが降ってくる。
麻薬のように癖になる、甘い声、甘い囁き――


「真っ白な肌に触れるたびに、独占欲が増していくの。
 他の誰にも触れさせたくないし、
 他の誰にも触れて欲しくないって…」

ゾクゾクとアタシの中を
何かが駆け上がっていく…


「だからね、ひーちゃん…」


711 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:17


「…っつ…」

「わたしだけの証し」


「…んだよ、人にはつけるなって…
 言っと、いて……」

言葉では強がっても
体は素直に反応してしまう。

アタシの表情に満足したのか、
妖艶に微笑んだ彼女が、再び唇を這わせ出す――


「…ね、アタシだって…さ、
 アト、…ダメだってば…」

「ひーちゃんはいいの」

彼女が触れた箇所が熱をおび
残り少ないアタシの理性を徐々に奪っていく――

712 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:17

「…んで、アタシ、だけ・・・
 い・・・んだよ…っん…」

理不尽でわがままな彼女。
自分はダメでアタシはいいなんてさ。
ぜってぇ、おかしいよ。
だって、うちら同じ職業じゃん。


「もう…
 少し黙ってて…」


713 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:18

梨華ちゃんはいつだってそうだ。
理屈なんか気にもせず、本能だけで
こうしてアタシを丸ごと囲い込む。

今ではそれが心地好いけど
昔は不安だった。

アタシの抱える独占欲と
彼女が抱える独占欲の違いが――


アタシは皆にいいたい。
言って誰も手を出すなよって牽制したい。

けど彼女は違う。
すっげぇヤキモチ妬くくせに、いざとなると
自分だけの腕の中に囲い込んで、誰にも教えない。

密かに育む愛は、本当は隠さなきゃいけないからじゃなくて
都合よく隠したいだけなんじゃないかって疑ったこともあった。

だから、わざと他の人にちょっかいかけて
彼女の気持ちを煽って、試したりして――

ベクトルの違う互いの独占欲のせいで
完全にすれ違いそうになったことも、何度もあった。

714 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:18


「・・・ふふ。いっぱいつけちゃった・・・」

体中が熱くてたまんない。


「ね、ひーちゃん…」

起き上がって、いたずらっぽい瞳で
アタシを覗き込む彼女。


「――すごく、綺麗だよ…」

自分でつけたアトを数えるように
順番に触れていく細い指――


もう限界。

必死で掴んでいた理性を自ら手放して
見下ろす彼女を強引に引き寄せた。

715 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:19

「…んっ……はぁ…」

本能に任せて、彼女を求める。
待ち望んでいたように、すぐに応えてくれる彼女。

荒々しい息を重ね合って
欲するままに求め合う・・・


ねぇ、梨華ちゃん。
今はもう、アタシ達のベクトル
ぴったり一致してるよね?


だからさ・・・

今夜も2人だけの熱い世界に行こうよ――


716 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:19




717 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:19

気が付けばベッドの上なんて
いつものこと。

「…ね、ひーちゃん…」

気だるさを残した声で
腕の中から見上げてくる彼女。

「ん…?」
「・・・やっぱり、わたしの方が少しだけ独占欲強いよね?」

あれ?
もしかして、ちょっと反省なんかしちゃってる?

「少しじゃないっしょ。
 めちゃめちゃ強いと思うけど・・・」

「だよね・・・。
 ごめん・・・」

そうそう、少しは反省しなさい。
だって見てごらんなさいよ。
この体に無数につけられた、あなたのモノだという証しを――

718 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:20

「だってぇ、ひーちゃんが
 かわいい声たくさん出すからぁ・・・」

「アタシのせいか?」

「そうだよ。止まらなくなるんだもん。
 仕方ないじゃない」

「うわっ・・・
 開き直ったし」

むぅっと尖らせた唇。
反省すんのか、むくれるのか
どっちなんだよ。

「どっちもなのっ!」

最後にはキレた。
こんな時も、やっぱり理不尽な彼女。

719 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:21

「それにしても、すごくね?
 このアトさ・・・」

半身を起こして、顔を背ける彼女に見えるように
彼女の上にまたがって、右に左に動いて体を見せる。

「なんで、いつもより
 こんな気合入っちゃったのさ」

「だってぇ・・・」

ハの字に下げられた眉。

アタシの体には、数え切れないほどのアトがくっきり。
普段から全力な彼女は、こんな時も遺憾なくその力を発揮する――



「・・・しかも、赤通り越して青くなってんですけど」


720 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:21

「ごめん。ひーちゃん。
 ほんとごめん!」

だってね。
ちゃんとわたしのモノだってシルシつけとかないと
ドリムスにはいっぱいいるじゃない。

ひーちゃんだって、
調子に乗ってお相手するし・・・
抱きしめたり、甘えたり、一緒にピースしたり・・・
チューするフリだってしてるじゃない。

一緒に歌えるのは、嬉しいけど
アンちゃんみたいに、ハンちゃん独占!
とか出来ないしさぁ・・・

721 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:23

「・・・もしかして、すっげぇヤキモチ妬いちゃってる?」
「悪い?」

下から睨む彼女。
ニヤニヤしそうになる頬を
内側から噛んで、必死に堪える。

「・・・だって、ヤダもん。
 ひーちゃんは、絶対わたしだけのものなのぉ!
 なのに皆、ひーちゃんにベタベタしちゃってさ。
 ひーちゃんもひーちゃんだよ。
 ニヤニヤして、黙って受け入れちゃって・・・」

余裕で見てたいよ?
見てたいけどぉ!
やっぱり無理なのぉ!


「あ〜あ・・・、ヤダな・・・
 結局いつもわたしばっか、ひーちゃんに転がされるんだもん・・・」


722 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:24

「ふぅ〜ん・・・
 だからか・・・」

「何よぉ」

ふてくされた彼女の声。


「思うけど、アタシとっくに転がされてると思うよ?」

理解できないと言うように
不思議そうに寄せられた眉。

「ほら。この小さい手の平で
 ゴローン、ゴロンて」

彼女の手を握って手の平を上に向けると
その上に自分の拳を乗せて、左右に動かした。

「ね?梨華ちゃんの手の平で
 とっくの昔に転がされてると思わない?」

723 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:28

「思わな・・・」

そう言いかけて、ハッとしたように
口をつぐむ彼女に追い討ちをかける。

「アタシのこと、手の平で転がしたいって
 言ってたらしいじゃん」

「――やだ、もしかして…」


  『キラキラ光るタマゴって
   ひーちゃんみたいじゃない?』

  『いっつもね、わたしが転がされてるから悔しいの。
   まあ、アノ時はわたしが転がすときもあるけど…』

  『でももっと!
   もっともっと、もぉ〜っとひーちゃんを転がして
   わたしがいなきゃダメだ〜!って言わせたいのぉ!』


「もうっ!いっちぃでしょぉ?
 そうやって結局、全部ひーちゃんにバラすんだから…」

この前事務所で会ったとき、ひっそりこっそり
発言者本人そっくりに手の平でそれを転がしながら
再現して教えてくれた彼女の元マネージャー。

 『吉澤さんがそばにいれば、安心して異動できますから』

なんて、いつになくまぶしい笑顔で言われちゃって
ちょっとだけウルッとしたりなんかもしちゃってさ・・・

おかげでアタシは、その日一日、嬉しさと寂しさが入り混じって
気持ちを抑えるのに、必死だったんだから。

724 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:30


「なによ、もう・・・
 いっちぃってば、一体どっちの味方なのよぉ。
 今度会ったら覚えておきなさいよ・・・」

ブツブツ呟き続ける彼女の腰を掴んで
クルリと回転すると、アタシの上に乗っけた。

「ほら、転がされちゃった」

いたずらっぽく言うと

「自分が転がしたクセに・・・」

なんて、むくれたように言いながらも
優しいキスをくれる。


「アタシがずっと、そばにいるからさ」

寂しさを隠すように微笑んだ目尻に口付けて
彼女のつややかな背中に腕を回して、体ごと引き寄せた。

725 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:31

「・・・もっと好きなだけ。
 梨華ちゃんが好きなだけ、転がしちゃっていいからさ・・・」

耳元で囁いたら
うふっ。なんてかわいい笑いを漏らして。

「そんなこと言っちゃって
 知らないよぉ?」

って、またアタシの肌に唇を寄せた。

「…っつ」

新しく出来たアト。

どんだけつける気だよ・・・
明日から着る服困るなあ・・・

なんて、ボーッとし始めた頭で考える・・・


――ま、いっか。

726 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:31


好きにしていいよ。

体の力を抜いたアタシに満足して
嬉々として、アタシの上を
行き来する彼女。

やっぱりさ、転がされてると思うよ?
アタシの方がとっくにさ――


「やっぱりひーちゃんのせいだよ?
 こんな風に止まらなくなるのは・・・」

「・・・アタシの・・・?」

「そう。全部ひーちゃんのせい」

ふふ。なんて可愛く微笑んでるけど
これだけはよく覚えておいてね?

明日のリハ。

冷やかされるのは、
間違いなく、梨華ちゃんの方なんだから――


727 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:31


728 名前:shake me 投稿日:2011/04/12(火) 10:32

729 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/04/12(火) 10:33

以上です。
730 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/12(火) 11:58
よっすぃ〜お誕生日おめでとう!
梨華ちゃん今日に限ってはよっすぃ〜を他のメンバーにも
いじらせてあげてね。
731 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/12(火) 21:11
あいかわらずオメデタイ人たちですね
よっすぃー誕生日おめでとう

玄米ちゃ様
おたおめ更新ありがとうございました。
いろいろな事情、考え方、あると思いますが
こういうときだからこそ玄米ちゃ様の作品が読みたいのです。
1日でも早く安心して妄想できる日々がくることを祈っています。
732 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/04/28(木) 12:56

>730:名無飼育さん様
 ありがとうございます。

>731:名無飼育さん様
 うれしいお言葉ありがとうございます。


さて本日からは、5回ほどに分けて
中編をお送り致します。
宜しければお付き合い下さい。
733 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 12:57


   『雨のち快晴』


734 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 12:59



 『これあげる』
 『いいの?』

 『だいじにしてよ?』
 『うん!』

 『またあした、いっしょにあそぼーね?』
 『いっぱいあそぼ!!』

 『バイバ〜イ!』
 『ばいば〜い!』


735 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 12:59




736 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:00


「あ〜あ、ついてねぇなぁ・・・」

どんよりとした空から、ポツポツと落ち出した
雨粒を見上げて、一人つぶやいた。

雨の日は嫌いだ。
なぜなら、カサをさすのが面倒くさいから。

しかも今日のように、朝からどんよりして
降るか降らないか分からない日は、もっと嫌いだ。
だって、降らないかもしれないのに
カサを持ち歩くなんて、うっとおしくて仕方ない。

だからこんな日は、
カサを持ち歩かないことに決めている。

737 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:00

空を見上げていた視線を戻すと
ちょうど駅前の大型ビジョンに、
今日の天気予報が映し出された。

 [降水確率50%]

半々の確率に賭けた
アタシの負け。

ちぇっ。

とりあえず、パーカーのフードを被って
家に向かってダッシュ開始。

このくらいの雨なら、まだいける。

むき出しになっている顔と手に
冷たい雨粒があたるけど、気にせず交互に足を踏み出す――

738 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:01

つい、ふた月ほど前
アタシはこの街に、一人で越して来た。

とは言っても
ばあちゃんが暮らしていた街。

小さい頃は、夏休みに
何度か遊びにこの街に来てた。

そのばあちゃんは半年前から施設にいる。
時々会いに行っても、もう孫だとは分からないみたい。

だから毎回ちゃんと教えてあげるんだ。
そして、今は亡きおじいちゃんとの大事な家を
おばあちゃんの代わりに守ってるからねって言うと
嬉しそうに微笑む。

739 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:02

学生として最後の1年を、埼玉の実家からより
都内にあるばあちゃんの家からの方が
大学に行くにも、就職活動をするにも何かと便利だからと
両親を説き伏せて勝ち取った、優雅な一人暮らし。

一人で暮らすには、広すぎる家だけど
ばあちゃんの大切な想い出を守りながら
暮らすのは、案外楽しい。

あったかい想い出に包まれて
迎える朝や夜や休日。

畳の匂いを感じながら、
白黒の写真を眺めると不思議と心が落ち着く。

その中には、アタシの小さい頃の写真なんかも
混じってたりして、ちょっと嬉しくなってみたり・・・

740 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:02

ふと雨足が強まる。

この公園を抜けて、10分ほど行けば
ばあちゃん家に到着。

けど、だんだん強まる雨足が
アタシのパーカーの色を濃くしていく・・・

「やっべ。少し雨宿りでもした方がいいかな?」

灰色の雲としばしにらめっこして、
潔く負けを認めると、公園内にある
石造りのぞうさんすべり台の中に飛び込んだ。

741 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:03

「結構濡れちった・・・」

手でパタパタと体をはたいて
ポケットからハンカチを取り出す。

懐かしい、ぞうさんのお腹の中――

小さい頃は、ここが秘密基地みたいに思えて
すべるよりもこの中で遊ぶのが大好きだった。

かっけぇぞうさんのお腹の中で遊べるのが
それだけで何かもうワクワクして、
ここに来たときは、日が暮れるまでこの中で遊んだ。

しっぽが階段で、鼻の部分がすべり台の
たいして珍しくもない遊具だけど、アタシは飽きもせず
このくりぬかれたお腹の中で、近所の子達と遊んだんだ。

742 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:04

「この前、久しぶりにこの公園に来て
 ぞうさんの小ささに驚いたんだよな・・・」

ちびっ子たちがいて、さすがに中に入りはしなかったけど
あの頃は巨大に感じていたぞうさんが、
自分の背丈より、ちょっぴり高いくらいで苦笑した。

そして、十数年ぶりに
この中に入ってみて、またその小ささに苦笑する。

「まだ幼稚園生だったもんな・・・」

身を縮めて、膝を抱えてつぶやいた。

743 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:04

ひどく大きく感じた
ぞうさんのお腹の中。

足を伸ばしても、両手を広げても
でっけぇぞうさんが、アタシを守ってくれたんだ・・・

試しに両手を広げてみる――

両方の手の甲に降り注ぐ雨。
びしょ濡れになっていく感触に
思わず笑いがもれて、手を引っ込めようとした。


「いっしょに、はいってもいい?」

突然聞こえた可愛らしい声。

ランドセルを背負った小さな女の子が
両手を広げたままのアタシを窺ってる。

びっしょり濡れた肩。
新入生かな?
少しサイズの大きい黄色い帽子が
雨で変色して、オレンジ色になってしまってる。

744 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:05

「傘ないの?
 早くおいで」

伸ばしていた手を、更に伸ばして
その子の手を引くと中へ導いた。

ぞうさんのお腹のギリギリのとこまで
体をずらして、女の子のスペースを作ってあげる。

「びしょ濡れじゃん。
 学校の帰り?」

そう尋ねながら、ハンカチで
女の子の顔や髪、肩を拭いてあげる。

「うん・・・」

「傘忘れちゃった?」
「うん・・・」

俯いたまま、固く拳を握っている
小さな手をそっと包みこんだ。

745 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:05

「じゃ、お姉ちゃんと一緒だ」

「え?」

「お姉ちゃんも学校の帰り。
 そんでもって傘忘れちゃった」

いたずらっぽく言ったら
途端に女の子の顔が、ぱあっと晴れた。

「おねえちゃんも、りーたんといっしょで
 おっちょこちょこちょい?」

「ふはっ。おっちょこちょこ?」

「ちがうよ。おっちょこちょこちょいだよ」

いっちょ前に眉間にシワなんか寄せちゃって・・・
思わず頬が緩む。

746 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:06

「りーたんは、おっちょこちょこちょいなの?」
「そうだよ!ママにもいわれるし、パパにも!」

ニコニコ微笑む顔が
ちょーカワイイ。

「そっか。お姉ちゃんもりーたんと一緒。
 おっちょこちょこちょいだよ。
 しょっちゅうケガするし」

「そうなの?」

「そう。ほらここも」

そう言って、指先の絆創膏を見せる。

「今朝もケガしちゃったんだ」

実はさかむけだけど・・・

747 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:06

「いたい?」
「ん〜、ちょっとだけ痛いかな?」

「りーたんね。あめのようせいさんだから
 なおしてあげるぅ!」

そう言うと、小さな手が
アタシの人差し指をキュッと握る。

「いたいの、いたいの、とんでいけ〜っ!」

ね?治ったでしょ?
そう言わんばかりのドヤ顔。

いちいち仕草がカワイイや。

「すっげ〜!りーたんすごいね。
 痛いの治っちゃった!」

「へへへ〜」

嬉しそうに笑う愛らしい顔。

本気で痛いときは、りーたんのお父さんとお母さん
思いっきり頑張ってるんだろうね。

748 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:07

「ね。りーたん、ランドセル下ろしなよ。
 痛いのとってくれたお礼に、これ貸してあげる」

そう言って、自らパーカーを脱いだ。

雨に濡れたりーたんのブラウス。
このままじゃ、カゼひいちゃうよ?

狭い空間の中で、器用にランドセルを下ろし
膝に抱えたりーたんの背中に、パーカーを羽織らせた。

ブカブカのパーカーに袖を通させて
前のチャックを閉めてあげると、ニッコリと微笑む。

「あったかぁい・・・」
「それは良かった」

思わずつられて微笑んだ。

749 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:07

「あのね、あのね。りーたんね?」

――きょうのあさ、すっごいのみつけたの!
――おひるやすみには、おともだちがね?
――それでね。かえりのかいでね?

延々と続くりーたんの話し。
間に相槌を打つだけで精一杯。

ランランと瞳を輝かせて
カワイイ声で、ひたすらしゃべり続けるりーたん。

ふはは・・・
かわいい・・・

「きいてる?おねえちゃん?」
「ん?聞いてるよ」

そう言うと安心したように、
再び話し出したりーたん。

750 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:08

雨が降り注ぐ音と
りーたんの声が、アタシの耳に心地よく響く――


  『ねぇ、ひーちゃん。きいてる?』


ふと脳裏に蘇った声。

秘密基地の装飾に夢中だったアタシに
こんな風に必死に語りかけてきた子がいたっけ・・・

――何ちゃんだったかな?

うっすら記憶に残る顔は、すっかりぼやけてしまって
雰囲気さえもままならない――

751 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:09


「あ・・・、あめやんじゃった・・・」

りーたんの声で我に返った。

ぞうさんのお腹から顔を出して覗くと
灰色の低い雲は今だ健在だけど、いつの間にか雨は止んでいる。

「りーたん、今のうちに
 お家に帰ろう?」

むぅっと尖らせた唇。

「帰りたくないの?」
「・・・まだあそびたいもん」
「お姉ちゃんと?」

大きく縦に振られた首。
そのまま俯いてしまったりーたんの
小さな手を持ち上げると、小指と小指を絡ませた。

752 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:11

「また遊ぼ?」

凄まじい勢いであげられた顔。

「ほんと?」
「ほんと。この通り約束する」

ゆ〜びきりげんまん――

二人で声を揃えて歌うと
りーたんが、うれしそうに微笑んだ。

「あめのひがいい!」
「え?雨の日?」

「うん!りーたんはあめのようせいさんだから
 あめのひがいいの」

それにおねえちゃん、
あめのひじゃないと、このなかであそぶの
はずかしいでしょ?

――確かに・・・。ごもっともだ。

753 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:12

アタシが頷くのを確認すると、りーたんは、あっという間に
アタシのパーカーを脱いで、ランドセルを背負い
軽やかにぞうさんのお腹をとび出して、公園の出口に向かって駆け出した。

「ちょ、ちょっと待って!りーたん!
 危ないから送ってくよ!」

「だいじょうぶだよ!またね〜」

慌ててアタシも、お腹の中をとび出して追いかけたけど
風のように走る小さな体は、角を曲がるとすでにいなくなっていた・・・


「――雨の妖精さん、か・・・」

小さな妖精さんのおかげで
大嫌いな雨の日が、少しだけ楽しみになったよ?

りーたんの消えた方向に向かって
そっと呟いた。

754 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:12


755 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/04/28(木) 13:12


756 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/04/28(木) 13:12

本日は以上です。

757 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/28(木) 14:45
新作きた!!
待ってました!!!
誰かさんのような子供が…w

続き楽しみにしています。

758 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 00:22
新作キタ━(゚∀゚)━!
ん?先が読めないぞ。
楽しみに待ってます!
759 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/04/29(金) 10:51
よっしゃー新作きたーーー
その子、すっごく気になるぅっ
760 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/08(日) 17:24
ドキドキワクワクソワソワ
761 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/09(月) 12:05

>757:名無飼育さん様
 お待たせしました。
 ありがとうございます。

>758:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 はてさて、どんな展開になりますでしょうか・・・

>759:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 本日も気になって下さい。

>760:名無飼育さん様
 ありがとうございます。


リアルが楽しすぎて、妄想が追いつかない日々が続いていますが
頑張って更新したいと思います。

それではどうぞ。
762 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:05


763 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:06


――次の雨の日は、その3日後にやってきた。

あの日からアタシは、毎日折りたたみ傘を持ち歩くようにしている。
なぜなら、おっちょこちょこちょいな小さな妖精さんのため。

カサを忘れた妖精さんが、
冷たい雨に濡れないようにするため。

いつものアタシなら、
『あ〜あ、ついてねぇなぁ・・・』なんて
どんよりとした空を恨めしく見上げるところだが、今日は違う。

駅前の大型ビジョンに映し出される
[降水確率30%]の表示。

へへ〜ん。勝ったぜ!
何%だろうと、どんとこいっ!


764 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:06

公園の中に入ると、普段とは比べ物にならないほど
静けさが漂っている。

アタシが先か、妖精さんが先か――

ぞうさんのお腹をそっと覗き込むと
膝を抱えた小さな妖精さんを発見。

「りーたん。一緒に中入ってもいい?」

ぱっと顔があがる。

「おねえちゃんっ!!」
「あそぼ?」

「うんっ!!」

大きな声で返事をすると
お腹の中に招いてくれた。

765 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:07

カバンからタオルを取り出して
りーたんの頭や顔、肩を拭いてあげる。
これももちろん、目の前のおっちょこちょこちょいな妖精さんのため。

「あのね、あのね」

拭いてもらいながら、
待てないと言うように動き出した口。

顔を拭うと、三日月のように微笑んだままの目をギュッとつむる。
包み込むように、少しクセのある髪を拭うと、
くすぐったそうに肩をすくめる。

どれをとってもカワイイ仕草で
思わず抱きしめたくなる――

「りーたんのお母さんとお父さんが
 うらやましいなぁ・・・」

心で思っていたことが、思わず言葉になった。

「どうして?」
「だってさ」

766 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:08

「りーたんカワイイから。
 お姉ちゃんもりーたんみたいな良い子が
 自分の子供だったら嬉しいなぁって」

「・・・りーたん、いいこじゃないもん・・・」

微笑みながら覗き込んでいた
アタシの顔から、徐々に笑みが消える。

「・・・ぜんぜん・・・、いい、こ、じゃないんだもん・・・」

目に涙をいっぱい溜めて
肩を震わせながら呟いた。

「・・・パパも、ママも。
 いっぱい、なかせちゃったもん・・・」

「――イタズラ、とか・・・しちゃったの?」

大きく首を横に振る。

「ちが、う・・・」

――ちが・・・、う、もん・・・

767 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:08

ヒクヒクとしゃくりあげ始めた小さな体を
思い切り抱きしめた。

「ごめんね?
 もう聞かないから・・・」

複雑な家庭なのかもしれない。
こんなに小さな体で、抱えきれない悲しいことを
背負いながら、毎日けなげに生きているのかもしれない・・・

しがみつくように泣く小さな体を
力いっぱい抱きしめた。

少しでも痛みが消えるように。

この小さな体を痛めつける何かから
この子を守ってあげられるように――


768 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:09



――ひーちゃん・・・

え?

震える肩がおさまると同時に聞こえた
囁くようなかすかな声。

驚いて、腕の力をゆるめて
りーたんを覗き込んだ。

「おねえちゃん、おひさまみたいにあったかいから
 ひーちゃんてよぶ」

なんだ・・・
びっくりした。

「・・・ダメ?」

不安そうに窺うりーたんに微笑みかける。

769 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:09

「ひとみちゃん」
「え?」

自分でひとみちゃんなんて言って
頬が熱くなる。

「お姉ちゃん、ひとみって名前なんだ。
 だからね、昔よくひーちゃんって呼ばれてた」

「そっか・・・
 ひとみちゃんかぁ・・・」

「呼んでいいよ。
 りーたんの好きなように」

「じゃあ、ひーちゃん!」
「はあい!」

「いいおへんじです」

人に抱っこされといて
人の頭をいい子いい子する。

770 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:10

「りーたん、ひーちゃんが
 だあいすきっ!!」

再びしがみついた小さな体を
優しく抱きしめた。

「ひーちゃんもりーたんが
 大・大・大好きだよ」


安心したように、預けられた体を
しっかりと支えながら、雨があがるのを2人でジッと待っていた――


771 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:10



772 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:10

梅雨に入ると、毎日のように雨が降った。

雨の日だけ遊べる彼女は、とても喜んでいた。
もちろんアタシも――

雨嫌いなアタシを知っている友人は
声をそろえて気味が悪いと言った。

なぜなら、雨の降る日は
どうしても頬が緩んでしまうから・・・


「よっすぃ、今日カラオケ行かない?」
「わりぃ、今日はやめとく」

「ねぇ、何か最近付き合い悪いじゃん。何で?」
「ん?」

窓の外を見る――

773 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:11

「雨降ってるから」

「その割には、顔が二ヤついてんだけど・・・
 もしかして恋人でも出来た?」

「そーだねー。
 小さい恋人ならね」

「何それ?
 ね、恋人の写真見せてよ。
 どんな人か見て見たい!」

「見たら驚くよ」

好奇心いっぱいの友人をかわして
サッサと荷物をまとめ、教室を出る。

774 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:11

「ね?驚くって超綺麗とか?
 逆に超ブサイクとか?」

食い下がるようについてくる
友人を見てニヤリと笑った。

「めちゃくちゃかわいいよ。
 会うとずぅ〜っと抱っこしてるし」

あっけにとられた友人を置いてけぼりにして、
折りたたみ傘を広げると校舎をあとにする。

あ〜、おもしれえ。
笑いがとまんねぇ。

ホンモノみたら、もっとビックリするよ?
ほんとに小さな小さな恋人だからさ・・・

775 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:12



「もう、ひーちゃん、
 ツルもおれないのぉ〜?」

すっかりお気に入りになったアタシの膝の上で、
自慢げに鶴を折ってみせるカワイイ彼女。

「すげぇな、りーたん」

ほめると心底嬉しそうに笑う。
その愛らしい顔が見たくて、調子にのってほめると

「ひーちゃんて、なんでもほめるから
 ときどきうそくさい」

なんて眉をひそめてしまう。

そんな時、慌ててご機嫌とりを始めるアタシは
ほんとに彼氏みたいで、時折自分で自分が可笑しくなる。

こりゃ、りーたんに彼氏なんか出来たら
本気で嫉妬しそうだな――

776 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:13

「ねぇ、りーたん。
 今度遊園地でも行こうか?」

雨の日だけ、しかもこんな狭い場所で遊ぶのが、
何だかとっても気の毒な気がして。

「ひーちゃんが、お父さんとお母さんに
 ちゃんと言ってあげるから。ね?」

会うたびに、『お家の前まで送るから』
何度そう言っても、『ダメ』と顔を曇らせて
お腹の中をとび出して、駆け出してしまうりーたん。

「じゃ、遊園地嫌いなら、動物園にしようか?
 一緒に本物のぞうさん見に行こ?」

りーたんが怒られたりしないように、
ひーちゃんがちゃんと説明してあげる。

「なら、うちに遊びにくる?
 結構広いんだよ?」

777 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:13

アタシの、どの言葉にも首を横に振ると、
突然りーたんは言った。

「つゆ、おわっちゃうんだ…」

「つゆ?
 あ、梅雨のこと?」

少しだけ首を出して、空を見上げる――

まだまだ自分が主役だと、存在感を主張する
低くて分厚い灰色の雲。


「まだまだだよ、きっと」

「まだじゃないよ。
 きょうでおわりだよ」

「そうかなぁ?
 天気予報でも、そんなこと言ってなかったよ?」

「りーたんは、あめのようせいだから
 わかるんだもん!」

778 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:14

「そっか。そうだったね」

唇を尖らせた妖精さんの
ご機嫌をとるべく、彼女が乗る膝を左右に揺らして
頭を撫でてあげる。

「でも妖精さん。
 梅雨が明けたら、楽しい夏がくるよ?」

今年の夏は、ひーちゃんが楽しくしてあげるから。
絶対、絶対。約束するから――

小さな手をとって、指切りしようとすると、
ヒラリと身をかわして、ぞうさんのお腹を飛び出した。

「もうかえろ?ひーちゃん」

いつものように、そのまま駆け出したりせず、
アタシがお腹の中から出てくるのをジッと待っている――

779 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:15

「一緒に行っていいの?」
「うん!」

大きく頷いて、手を差し出すりーたんに
思わず破顔する。

傘を空にむけて、差し出された手を握ると
りーたんが濡れないように気をつけながら、並んで歩き出す――



「・・・りーたんね」
「なあに?」

曲がり角の手前で、突然立ち止まると
アタシを見上げたまま、何も言わないりーたん。

カサを差しかけたまま、
りーたんの目の高さに合わせて、しゃがみ込んだ。

「どしたの?りーたん」

780 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:15


「――ひーちゃんと・・・
 もういちど、あそべてたのしかった・・・」

え?

驚くと同時に、
りーたんの唇がアタシのそれに重なった――

ただ押し当てられただけの
柔らかくて、小さな唇・・・


スローモーションのように
りーたんがアタシからゆっくり離れる・・・


「ばいばい、ひーちゃん」


驚いて固まるアタシを尻目に
りーたんは駆け出した。

781 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:16

「あ、待って!
 りーたん!!」

追いかけようと慌てて立ちあがり
りーたんが曲がった角を曲がる――


「ばいば〜い!」

大きく手を振ったりーたんが
お家の門の中に消えていく・・・

突然のご褒美に、思わずアタシの頬が緩む。

「バイバ〜イ!」

同じように大きく手を振ると、にやけた頬を隠しもせず
アタシはその場を後にした――


782 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:16


783 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/09(月) 12:16


784 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/09(月) 12:17

本日は以上です。

785 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/09(月) 17:45
わおーどうなるのーーー!!
786 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/10(火) 00:16
懐かしいネタがありましたね!
それとあとなぜか目頭が熱くなってきそうです。
787 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/13(金) 10:27

>785:名無飼育さん様
 どうなりますかねぇ?

>786:名無飼育さん様
 あの頃はまだこんなにどっぷり浸かってなかったのに・・・


では本日の更新に参ります。

788 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:28


789 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:28

りーたんの予言どおり
次の日から、パタリと雨が止んだ。

一週間ほど様子見していた予報も
『関東地方が梅雨明けしました』なんて
宣言してくれたおかげで、街は夏一色に変身。

ジリジリと焼けるような日差しに真っ青な空――

雨の妖精さんに出会うまでは
こんな日が待ち遠しかったのにな・・・

「今日も降んないか・・・」

いっそのこと、雨乞いでもしてみようかな?

やり方なんか分かんないから
とりあえず、太陽を睨みつけてみる。

『雨よ降れ〜風よ吹けぇ』

心の中で念じてみても、あざ笑うように
刺すような日差しを浴びせてくる太陽――

790 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:29

ダメに決まってるし。
そんな力、アタシにないし。

憂鬱な気持ちを抱えたまま
アタシは公園を横目に見ながら、やり過ごす・・・

晴れた日の公園――

甲高い子供の声がたくさん聞こえて
その中に、あの特徴のある妖精さんの声がないか耳を澄ます。
そして、視線を子供たち一人ひとりに素早く注ぐんだ。

けれど一度も。
アタシが探す彼女の姿を見つけられない。

それはまだ、妖精さんと会っていた時でさえ――

791 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:30

――雨の日だけ遊んでいい。

そんな風に言う親がいるんだろうか?
それとも、友達がいないのだろうか?

雨が降らなくなってからのアタシは
こんな心配ばかりをしている。


元気ならいいんだ。
笑ってるなら安心なんだけど・・・

――ひと目でいい。

くるりと方向転換をすると
アタシはあの日、彼女と別れた場所に向かった・・・


792 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:30




793 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:30

 『ばいば〜い!』

あの日、大きく手を振りながら
消えていった門の前に立つ。

表札には、一番右に男の人の名前。
その隣に女性。そしてもう一つ、女性の名前。
たぶん順番に、お父さん、お母さん、そして――

「石川梨華ちゃんか・・・」

予想通りのかわいい名前。

梨華ちゃんで、りーたんね。
思わず頬が緩む・・・

――何かアタシ、小学生みてーだな。

一目惚れした子の名前がわかってニヤリ。
みたいな・・・

ガタガタと家の中から音が聞こえて
慌てて辺りを見渡して、近くの電柱の影に身を隠した。

794 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:31

「いって来ま〜す!」

家の中に一声かけて、門から出てきた女性。

マジ?!もしかして、あれが母ちゃん?!
わけぇー。アタシと同じくらいか?

清楚な身なりに、小麦色の肌。

りーたんによく似てる。
間違いない、彼女がママだ。

にしても、いくつで生んだんだよ。
10代?

そんなことを考えていると
りーたんママがこっちに向かってくる・・・

ヤベッ、これ以上隠れる場所がねぇ!

795 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:32

一人でプチパニックを起こしていると
ママがアタシの存在に気付いた。

うわっ!ヤベ!
どうしよ、完全にアタシ不審者じゃんっ!!


「こんにちは」
「・・・へ?あ、えっと・・・、こんにちは・・・」

「どこかお探しですか?」
「へ?」

「携帯電話を持ったまま、キョロキョロされてたから
 道に迷われたのかと思って・・・
 この辺入り組んでるんで、迷う方が多いんです」

「そ、そ、そ、そ、そうなんです!
 まよ、まよ、迷っちゃって!」

少し落ち着け、自分。
しかし、携帯イジルくせがあって助かった・・・

796 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:32

「ふふ。良かったらご案内しますよ?」

ご案内?!

ヤバイよ、ヤバイよ。
どこに案内してもらうって言うんだYO!

「あ、あー、えーっと・・・
 だ、大丈夫です!何とか分かりそうです!
 ありがとごじゃいます」

ゲッ!噛んだ・・・

「クスッ。それなら良かった。
 では、お気をつけて」

ニッコリ微笑んで、お辞儀をすると
りーたんママが去っていく・・・

797 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:33

ふぅ〜〜〜

大きく息を吐いて
思わずしゃがみ込みそうになる。

全身にびっしょり冷や汗・・・
企業との面接でもこんなに焦らないっつーの。


でもさ・・・

――素敵なママじゃんか。


もっと酷いの想像してたよ。
こーんな目がつり上がって、りーたんを叱りつけてさ。
晴れの日には遊ばせなくて、超教育ママで・・・みたいな。

798 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:33

ちょっと話しただけだけど
絶対悪い人じゃない。

だって、こんなご時勢で
しかも東京で、他人に声をかけるなんて
相当の勇気がいるし。

人の心を包み込むような
優しい笑顔だったし。

何より、りーたんによく似て
ちょーかわいかったし・・・


安心した。
きっと、りーたんは元気だ。

――大人しく雨の日を待とう。

そう決意して、アタシは来た道を引き返した・・・


799 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:33




800 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:34


「うめぇ〜!」

風呂上り、ビールを片手に
肴はリモコン。

チャンネルをガシガシ変えては
天気予報を探す――

 『明日の天気予報』

そんな字が見えて、慌てて
変えたばかりのチャンネルに戻す。

 『関東地方は、午後から雨が降るでしょう』

「よっしゃあ〜!!」

待ちに待った10日ぶりの雨予報。
始めて見た予報士に感謝を述べて
傍らのカバンをたぐりよせる。

801 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:34

しまいこんだままの折りたたみ傘とタオル――

タオルは洗ったばかりのに替えよう。
『ひーちゃんくさい』
そんなこと言われたら、しばらくショックで立ち直れないだろう。

ばあちゃんの部屋に行って
タンスの中から、一枚タオルを取り出す。
鼻を寄せて匂いを確認。

「うん。いい匂いだ」

タンスを閉めて、ふとその上に
小さなアルバムを発見した。

「この前、母さんがばあちゃんの着替え
 取りに来たって言ってたっけ・・・」

802 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:35

 『あんたいないから、勝手に上がったわよ。
  一人だからって、あんまりハメ外さないように。
  あと、あんたの可愛い可愛い頃のアルバム発見しちゃった。
  わかるようにタンスの上に置いといたから』

ゼミの飲み会の日に抜き打ちで来て、
遅くなるって言ったら、そんな風に言った母さん。

一応心配してくれてんだろうけど
今が可愛くないみたいな言い方しやがって・・・

充分可愛いですよ、まだ。
りーたんにチューしてもらえるくらい
可愛いんですから、ええ。

一人でグチりながら
タオルとアルバムを手に取って、居間に戻った。

803 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:36

「どれどれ〜」

今度はビールを片手にアルバム観賞。

「うわっ!可愛い」

自分で言うのもなんだが、
大福みたいで可愛い。

ばあちゃん家に来て、遊んでる写真。

その中には、もうこの世にはいないじいちゃんもいて。
嬉しそうにアタシを抱きかかえるばあちゃんもいて・・・

「もっと遊びに来れば良かったね?
 じいちゃんとばあちゃん・・・」

804 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:36

小学生になって、習い事を始めて。
サッカークラブとかにも入っちゃって、弟も出来て。
いつの間にか、アタシはここに来なくなり
じいちゃんやばあちゃんが、家に来ることが多くなった。

おこづかいをくれたり。
父さんや母さんに叱られるアタシをかばってくれたり。

いっぱいいっぱい可愛がってくれたのに
アタシはいつの間にか、それを当たり前だと思っていたんだ。

「今ならちゃんと、ありがとうって言えるのにな・・・」

じいちゃんは、もういない。
ばあちゃんは、もう分からない。

「気付くのが、遅かったね。
 ごめんね・・・」

思わず涙が溢れた。

805 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:37


「・・・あれ?」

最後のページをめくって
滲む視界を拭って、その写真を覗き込んだ。


「・・・りー、たん?」

りーたんにそっくりな子が
小さいアタシと一緒に写っている。

しかもあの、ぞうさんすべり台の前で――


806 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:37


姿、形、顔・・・
何もかも全てがそっくりだ・・・



「あっ!」

りーたんママか?!

もしかして、小さい頃
アタシとりーたんママ、友達だったのか?!

「すっげぇ縁じゃん!!」

ちょっと感激。
これをネタにママとも仲良くなれるかも!
そしたら、遊園地にも動物園にも連れて行ってあげられるかもしんない。

「よし!明日これ持って行こう!」

その一枚を抜き取ると
折りたたみ傘とタオルと一緒に、カバンの中にしまい込んだ――

807 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:38


808 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/13(金) 10:38


809 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/13(金) 10:38

本日は以上です。

810 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/13(金) 11:49
切ない展開ですか?
甘甘でお願いします!
811 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/13(金) 13:14
いったいどんな展開に・・・
812 名前:名無し留学生 投稿日:2011/05/17(火) 19:45
複雑な展開になりそうですね。
しかも、謎だらけでず。

玄米ちゃ様にお願いしても無理だと思っておりますが、甘甘で欲しいよ!!
813 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/18(水) 11:12

>810:名無飼育さん様
 う〜ん・・・

>811:名無飼育さん様
 どうなるでしょうかねぇ・・・

>812:名無し留学生様
 まだ謎は残します(笑)


では本日の更新です。


814 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:12


815 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:13

予報の通り、午後から雨が降り出した。

――久しぶりに、りーたんに会える。

それだけでアタシは、浮かれていた。

午後から予定していた卒論の文献探しを来週に延ばし
夕方からのバイトも仮病をつかって休みを取った。

準備は万端。

だって今日は、りーたんのお家に
行っちゃうつもりだから。

あの写真を持って、ママとご対面。

  実は先日、あなたを探していたんです・・・
  いきなりでビックリしちゃって、あんなに焦っちゃって・・・

なんて言い訳も通用するかもしんない。

816 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:14

いざ、公園へレッツゴー!!

浮き立つ気持ちを抑えながら・・・
なんてーのは無理で、早歩きからすぐにスキップになり
やがて駆け足になった。

久しぶりに静寂に包まれている公園。
一目散に、ぞうさんすべり台まで行って、中を覗き込んだ。

「りーたん!」

おやおや。
先に着いちゃったか・・・

傘を小さく畳んで、
中へと潜り込む。

じきにすべり込んでくるであろう
おっちょこちょこちょいな妖精さんのために
カバンの中から、タオルを取り出して待機した。

817 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:48


雨が一層はげしくなる――

「遅いなぁ・・・」

いつもなら、とっくに来ている時間だ。
授業だって、もう終わったはず・・・

「居残りでも、させられてんのかぁ?」

だとしたら、また1から10まで
全部聞かせてくれるはずだ。

そうだ!
苦手な教科があったら教えてあげよう。
無料で家庭教師なんて、最高にお得じゃね?

我ながら、ナイスアイデア!

これなら雨の日だけじゃなくて
毎日、りーたんのそばにいてあげられる。

818 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:52

窮屈なぞうさんのお腹の中で
一人膝を抱えて、雨の妖精を待ち続ける・・・

 『ひーちゃんのおひざ、あったかぁ〜い』
 『ひーちゃん、おはだしろ〜い。びはくしてるの?』
 『おめめおおきいの、うまらやしい』
 『おうじさまみた〜い!』

可愛い声が、耳の奥で聞こえる。

 『りーたん、ひーちゃんが
  だあいすきっ!!』

アタシもだよ、りーたん。
だから早くおいで?
一緒にあそぼ?


  『・・・りーたんね』

  『――ひーちゃんと・・・
   もういちど、あそべてたのしかった・・・』

  『ばいばい、ひーちゃん』


ハッとした。

819 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:53


もう一度・・・

――もう一度って、その前はいつだ?


ばいばい・・・

――あの日まで、りーたん一度も『ばいばい』なんて使わなかった!


820 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:53

雨の中をとび出した。

「りーたんっ!!」

胸騒ぎがする。
考えすぎならいい。

けど、だけど――


「りーたん!!」

辺りを見回して、もう一度呼びかけたけど
返事は返ってこない・・・

お腹の中に置いたままのカバンを引っつかむと
アタシはりーたんの家に向かって駆け出した――

821 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:54


びしょ濡れのまま、
りーたんの家の門の前に立ち尽くす。

――良かった・・・

引越ししたんじゃないかって
そんな気がしたから。

3人の名前が刻まれた表札。
人が住んでいる証の鉢植えの花たち。
そして、部屋に灯る明かり・・・

良かった・・・
ほんと、良かった・・・

カゼをひいたのかもしれない。
どうしても、今日は来れない事情があったんだ。

りーたんが無事なら、それでいい――

822 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:55

 <ガチャ>

「キャッ!」

玄関を開けて、門前で立ち尽くすアタシを見て
小さな悲鳴をあげた人・・・

りーたんママだ・・・

「あ、あの〜
 うちに何か・・・?」

ものすごい警戒されてる。
当たり前だ。
ずぶぬれで、しかも人様の門前で。

823 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:55

「すみません、あのアタシ・・・」

「・・・あれ?もしかして、
 この前、そこで――」

「あ、はい。不審者みたいですみません。
 でも、あの。誓って不審者じゃないです。
 アタシ隣町に住む、吉澤ひとみっていいます。
 お宅のお子さんと仲良くさせてもらってて・・・」

「お子さん・・・、ですか?」

「ええ。雨の日にはいつも。
 ここから、少し行ったところの公園で2人で遊んでたんです。
 勝手なことして、ほんとにすみません。
 あ、あの・・・、でも、りーたんは叱らないであげて下さい」

「りーたん・・・」

824 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:56

あれ?
何かヘンだ。

りーたんママが驚いて固まってる・・・

自分の娘が、他人と、
しかもこんな大人と遊んでたのがショックだったんだろうか・・・


「――あの・・・、今りーたんて
 おっしゃいました・・・?」

「え?あ、はい。
 ほんとに今まで黙っててごめんなさい。
 でも絶対、変なこととかしてないです」

口に手をあてたまま
絶句をしているりーたんママに、恐る恐る尋ねた。

「それで・・・、えっと・・・
 りーたんは・・・、梨華ちゃんは元気ですか?」

825 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:57


まるで、時が止まったように感じた。

りーたんママは、アタシを信じられないという目で
ジッと見つめている。

けど、それは。

汚らわしいものを見るような
そんな目つきではなくて・・・

驚きと喜びを混ぜ合わせたような
そんな複雑な色を含んでいて・・・


「――もしかして・・・
 ひーちゃん、ですか?」

「え?ああ、はい。
 りーたんは、そう呼んでくれてました」

「ほんとに?!
 ほんとに、りーたんに会ったの??」

途端に、門を開けて
駆け寄ってきたママ。

826 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:58

「ほんとに遊んだの?!
 ほんとにほんと??」

「――あの・・・、お母さん、
 濡れちゃいますよ?」

目がテンになると言うことは、このことだ。

雨に打たれたまま、アタシの腕を掴んで
揺さぶっていたママの目は、今度は呆気に取られて固まっている。


「――お母さんって、もしかして
 わたしのこと言ってます?」

「え?だって、あなた以外・・・」

だって、この家。
3人暮らしなんでしょ?

表札の一番右の名前がパパ。
その隣がママ。そしてりーたんの名前、梨華・・・

827 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:58

「やだ・・・。わたし、まだ結婚もしてないのに・・・」
「え?!」

今度は、こっちが驚いた。
どうりで若いと思ったよ・・・

「もちろん、子供も産んでませんよ?」

イタズラっぽく微笑む笑顔。

「――じゃあ、あなたは・・・?」


「わたし、石川梨華です。
 この家の娘の」

「へ??!」

今度は、こっちの目がテンになった。

「どうぞ、あがって下さい」

そう言って、アタシの手をとった彼女の手は、
りーたんにそっくりだった・・・

828 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:58


829 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/18(水) 11:59


830 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/18(水) 11:59

本日は以上です。
次回最終回となります。

831 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/18(水) 12:09
リアルタイムで読んだどー♪

もちろんハッピーエンドですよね?
832 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/19(木) 06:48
むむむ なんだなんだ
最終回楽しみにしております
833 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/26(木) 12:05

>831:名無飼育さん様
 結末は本日!

>832:名無飼育さん様
 ありがとうございます!


では最終回です。

834 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:06


835 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:06

「こちらへどうぞ」

タオルを手渡されて、リビングに通される。

「今、温かいお紅茶淹れますから」
「あ、お構いなく」

落ち着いた雰囲気の家の中。
とても小さい子がいる家とは思えない。


「・・・あの〜、良かったらどうぞ?」

差し出されたグレーの上下のスウェット。

「わたしのですけど、良かったら・・・
 そのままじゃ、かぜひいちゃいますから」

「すみません、ご迷惑かけて・・・
 でも、りーたんの様子さえわかれば
 すぐ帰りますから」

そう言って、辺りを見渡す。

「――お会い・・・できますか?」

836 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:07

彼女はなぜか俯くと
そっとスウェットをその場に置いて、アタシを促した。

「では・・・、先に――」

どうぞ、こちらへ。

彼女の案内で、廊下に出て
奥へと進む。

りーたんと同じ匂いがする。
ほんのり甘い、優しい香り・・・

その襖の前に立つと、彼女は一度
アタシの方を振り向いた。

「驚かないで下さいね?」

驚く?
何を?

そう尋ねる間もなく、そっと襖が開かれた――


837 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:07






――なに・・・、これ・・・?


悪い冗談・・・


やめてよ・・・・・・





838 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:08

入り口で立ちすくむアタシの手を引いて
彼女がその写真の前に導く――


りーたん・・・
――どうして・・・



「わたしの姉です」

隣に立つ彼女が信じられない言葉を言った。


「姉が亡くなって、もう16年になります」

・・・じゅう、ろく・・・ねん・・・?


「わたしたち、双子の姉妹なんです」

――どういうこと・・・?


愛らしく微笑むりーたんの写真の前で
彼女はゆっくりと語り出した・・・

839 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:08


わたしたち、とても仲の良い双子だったんです。
生まれた時から、何するにも一緒で――

2人とも名前の最初に『り』がつくので
姉が『りーたん』、わたしが『りっちゃん』と呼ばれていました。

あなたが、りーたんと遊んだという公園。
あの公園で、わたしたちはよく2人で遊んでいました。


あの年――

幼稚園最後の年。
わたし、ケガしちゃって夏休み中入院してたんです。

 『りっちゃんがいないとつまんな〜い!』

病室に来るたびに、姉がそう言っていたの
よく覚えてます。

840 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:09

そんな風に、つまんない、つまんないって
言っていた姉が、ある日突然すごく楽しそうにやってきて――

 『りっちゃん、りーたんね、
  すてきなおともだちができたの!!』って。

 『ぞうさんすべりだいのおなかのなかで
  ふたりで、ひみちゅきちつくってるの』

 『ひーちゃんていうんだ。
  おめめがとぉ〜ってもおおきくて
  おはだがまっちろで、かっこいいんだよ!』

立て続けにそう言って。

 『りっちゃんといっしょにみた、
  えほんにでてくる、おうじさまみたいなんだよ』

って、自慢げに言ったんです。

841 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:09

わたしはずっと病室の中で遊べないのに、
りーたんだけズルイ!

そう言って、わたしはりーたんに
あたりました。

――りーたんのバカ。
――りーたんのイジワル。

――りーたんなんて大ッキライって・・・


わたし達、その時始めてケンカしたんです。
ほんとに仲が良くて、ケンカらしいケンカを
それまで一度もしたことなくて・・・

それから2、3日後だったでしょうか。
りーたんが病室に来て、プレゼントをくれたんです――

842 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:12

「ひーちゃんがくれた宝物なんだって。
 大事にしてよ?ってくれたんだって・・・」

彼女がりーたんの写真の横から
箱を持ち上げた。

「それが、これです」

ゆっくりフタを開けて
中が見えるように、アタシの前に差し出してくれる。


「――これは・・・」

ガチャガチャのカプセルに入った
おもちゃの指輪。

キラキラ光る飾りがついていて――

843 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:12

「りーたんがもらったものだけど、
 これはりっちゃんにあげるって・・・」


 『すごくすごく、りーたんもほしいけど
  りっちゃん、あそべなくてかわいそうだから』

 『りーたんは、あしたもひーちゃんとあそぶから
  またおねがいしてみる』

 『ひーちゃん、おうじさまだから
  きっと「いいよ」っていってくれるもん』

 『りっちゃんもなおったら
  3にんでいっしょにあそぼ?』


「姉はそう言って、その大事な宝物を
 わたしにくれました」


844 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:13


――うっすら残っている記憶をたぐり寄せる・・・


 『りーたん、ひーちゃんのおよめさんになるぅ!』
 『いいよ』

 『ほんと?ほんとにいい?』
 『いいよ』

 『じゃあ、やくそくして』
 『やくそく?』

 『うん。まずチュー』
 『いいよ、チュー』

装飾に夢中になって、
手を動かしながら適当に合わせた唇――


――あの、時の・・・

秘密基地の装飾に夢中だったアタシに
必死に語りかけてきた女の子・・・

 『ねぇ、ひーちゃん。きいてる?』


845 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:13


 『つぎは、ぷぜれんとしてくれるんだよ』
 『いいよ』

 『りーたんゆびわがいい』
 『いいよ』

 『ほんとにくれる?』
 『いいよ』


そんな会話を、うわの空ながらも覚えていて・・・

かっけぇ動物の消しゴムが欲しかったのに
ガチャガチャから出てきたのは、この指輪で――


846 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:14

 『これあげる』
 『いいの?』

 『だいじにしてよ?』
 『うん!』

 『またあした、いっしょにあそぼーね?』
 『いっぱいあそぼ!!』

 『バイバ〜イ!』
 『ばいば〜い!』


アタシ・・・、りーたんと――
あの日、また遊ぼうって約束しといて――

あの日から、公園に・・・

――行って・・・、ないんだ・・・


847 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:15

「姉はどうしてもわたしに、
 ひーちゃんと会わせてあげたいって・・・」

あの夏も、そして小学校に上がってからも
毎日一緒に、あの公園に行ってたんです・・・

もういいって。
別にわたし、会わなくてもいいしって
何度も言いました。

だってわたし、ひーちゃんを見たこともなかったですから。
そこまで執着もなくて・・・

だからあの日。
雨も降ってたし、いい加減めんどくさくなっちゃって・・・

 『もう!りーたんだけ、かってにまってなよ!』

そう言って、姉の手を振り払って
一人で家に帰りました。

848 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:15


「――それが・・・、わたしが姉と交わした
 最後の、言葉です・・・」


――なんて・・・、ことだ・・・


「・・・姉は、時折吹いていた強い風に傘をさらわれて
 それを追いかけて、公園の外に出て・・・」

グッと唇を噛み締めて
膝の上で、拳を握ると彼女は言った。

「車に・・・」

「申し訳ありませんっ!!」

謝らずにいられなかった。
アタシのせいだ・・・

――アタシのいい加減な約束のせいで、りーたんは・・・

849 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:16

「謝らないで下さい」

「けど・・・、アタシが・・・
 アタシの、せいで――」

次から次に、遅すぎる後悔が
涙となってあふれ出す。


「お願い。泣かないで」

優しい温もりが、アタシの頭の上に乗せられる。

「わたしずっと、後悔してたんです。
 あの日、わたしがりーたんを一人にしなければって・・・」

どうして、一人にしちゃったんだろう・・・
どうして、一緒にいてあげなかったんだろう・・・
どうして・・・、どうして・・・って――

「・・・わたしのせいで、りーたんは死んじゃったんだって・・・」

850 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:17

「ずっと苦しくて。
 ずっと自分を責めてて」

りーたん、きっと
わたしのこと恨んでるって。
怒ってるって。

だから夢にさえ
出てきてくれないんだって・・・

――ずっとずっと、そう思ってました・・・

851 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:17

「お願い。頭を上げて下さい」

優しい声で促されて、
うな垂れたまま、ゆっくり頭を上げた。


――ごめんなさい・・・

――アタシの、せいで・・・


グッと握った拳の上に、涙が零れ落ちた。


852 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:17

「10日ほど前だったでしょうか・・・
 この部屋でウトウトしていたわたしの夢に
 初めてりーたんが、最後に別れたその時の格好のまま
 出てきてくれたんです」


 『りっちゃん、りーたんね
  ひーちゃんといっぱいあそんだの』

 『すっごくたのしかった!』

 『りーたんね、すっごくすっごくしあわせだよ』

 『だからりっちゃん、もうなかないで』

853 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:18

「そう言って、わたしの頭を撫でてくれました。
 そして言ったんです。りっちゃんにお願いがあるのって・・・」


 『ひーちゃんが、おうちにきたら
  これからは、りっちゃんがあそんであげて?
  もうりーたんは、いかなきゃいけないんだ』

 『ひーちゃん、おうじさまだけど
  おっちょこちょこちょいなの。
  すぐケガするし、ツルもおれないの。
  だからりっちゃんが、これからはめんどうみてあげてね?』

 『ひーちゃんがないちゃったら
  いいこいいこしてあげて?
  すごくうれしそうに、わらってくれるから』

854 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:18

涙が止まらなかった。

――りーたん・・・


再び、アタシの頭の上に
手の平が乗せられた。
そのまま、そっと優しく撫でてくれる――


「・・・笑ってください。
 姉は、あなたにまた会えて・・・
 きっと・・・、幸せでした・・・」


  『――ひーちゃんと・・・
   もういちど、あそべてたのしかった・・・』

855 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:19

「だから・・・」

――笑ってください。


袖で乱暴に涙を拭って、
写真の中で、愛らしく微笑むりーたんを見つめた。

頑張って、口角を上げる。


りーたん・・・

アタシも、りーたんとあそべて
すげえ楽しかったよ――


856 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:19





857 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:19


あれから、アタシとりっちゃんは
毎日のように会っている。

雨の日も。
そして、晴れの日も――


「ちょっと、ひーちゃん。
 まだツル折れないのぉ!」

今日ね。
りっちゃんと2人で、
りーたんのお墓参りに行くんだ。

綺麗に折れるようになったツル
見せてあげるから、ちょっとだけ待ってて?

858 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:20

「何でこんなに、恐竜みたいに
 なっちゃうわけぇ?」

「この方が、かっけぇじゃん」

「ダメ!やり直し!」

目の前には、腕組みをして
眉間にシワを寄せて、鼻息の荒いりっちゃん。

りーたんのお願い通り
りっちゃんは、ちゃんとアタシと遊んでくれるんだけどさ・・・

「こえ〜よ・・・」
「何よ?何か言った?!」

「いえ、何も・・・
 もう一度、最初から教えて下さい・・・」

「だ〜か〜ら〜」

859 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:20

こうでしょ、こうでしょ。
それから、こうやって――

「ねぇ、ひーちゃん。きいてる?」

ふはは。
さすが双子。言うこともそっくり。

「聞いてるよ。こうやって、こうでしょ?」
「――なんだ、出来るじゃない」

あったり前じゃん。
手先器用だもん。


「これ、どうよ?」
「上出来!」

ニッコリ笑って、いい子いい子してくれる。

860 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:21

「よし!じゃあ行こっか?」
「うん!」

手を繋いで家を出た。

真っ青な空に、真っ白な雲。
降水確率はもちろん0%。

「ねぇ、りっちゃん。
 帰りにぞうさんすべり台のお腹の中で遊ばない?」

「え〜、だって晴れてるよ?」
「いいじゃん、ちょっとだけ」
「恥ずかしいよ」

「ちょっとだけだよ。
 チューするだけ」

「へ・・・?」

目を真ん丸にして、固まっちゃったりっちゃん。

861 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:21

「りーたんとは、もう2回してるし」
「そうなの?!」

途端にムスッと口が尖る。

「アタシ、2人の王子様だから。
 公平にしないとさ」

「じゃあ」

りっちゃんが、アタシの耳に
唇を寄せる。

  それ以上してもいい?って
  今日、りーたんにお願いしちゃおう。

吐息まじりに囁かれて、
一気に真っ赤になった。

862 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:21

「ほら王子様。
 固まってないで、行くわよ?」

「・・・う、うん」


えっと・・・
りーたん。

いつの日か公平じゃなくなったら、ごめん。

でも、りーたんのこと。
ほんとに大好きだから。

ずっとずっと大好きだからね?
それは、ほんとにほんとだよ?


けどもし、その時が来たら――

怒らないで、ちょっとだけ
あっち向いてて?


863 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:22


864 名前:雨のち快晴 投稿日:2011/05/26(木) 12:22


    終わり


865 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/05/26(木) 12:24

だいぶ季節を先取りしすぎましたが、
今作はいかがでしたでしょうか?
是非一言でもご感想を頂けると嬉しいです。

今作を終えて、ふと振り返ると自分、
随分書いてるんですねぇ。
ドキドキしながら『ハルカゼ〜』を載せた当初は
こんなにハマルなんて想像もしませんでした。
それもこれも、リアルのお2人が年々エスカレートしていくおかげ(笑)
どのいしよしがお気に入りか一度読んで下さっている方に
お聞きしてみたいものです。

今後は全く未定ですが、こんなどうしようもない
妄想の垂れ流しで宜しければ、気長にお待ちください。

866 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/26(木) 19:55
長編では特に「花に願いを」の優しいひとみちゃんと
「CAKE」のツンデレひとみちゃんが大好きです。
もちろんりかちゃんも大好き。


短編ではやはり玄米ちゃさんの2人への透視能力が
冴えわたる「リアル短編」が素晴らしいですね。


いつも楽しませてもらって本当に感謝しています。


またステキな2人に逢わせてくださいませ。
867 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/26(木) 23:50
最終回お疲れ様です。ウルっとしてしまいました。おそらくこの続きはきっとあるはず!期待して待ってます!
私はやっぱりCAKEシリーズの二人が好きかな。
でも玄米ちゃ様の描くいしよしはなんでも大好物でっす!
868 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/05/27(金) 00:00
完結お疲れ様でした&ありがとうございます。
そうきたか!って感じで今回も途中で涙したりなど、楽しませていただきました。

「ハルカゼにのって」もスキですがやっぱりハッピーエンドが良いので
「花に願いを」に私も一票!

いつも玄米ちゃ様にはドキドキ、ハラハラ、キュンキュン、ランラン、させて
いただいていますw
まったりお待ちしてますね〜

869 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/04(土) 11:34
玄米ちゃ様は素晴らしい!!
完結おめでとうございます。
また素敵な作品を読ませて下さいね。

私はCAKEのツンデレ吉澤が大好きですが、
書かれた作品の中では「花に願いを」が一番好きです!!
「I wrap you」のできる女吉澤も好きなんですよね…

どれも大好きなのには間違いないw
また作品お待ちしてます〜
870 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/06/05(日) 22:00
「雨のち快晴」が完結してからずっと考えてたんですけど、
やっぱり「ハルカゼにのって」の衝撃はすごかったです。
情景描写が抜群に素晴らしい作品でした。

「やさしい悪魔」は玄米ちゃさんの作風の広さと構成に感服しました。

短編ではCakeが好きですが、他の短編も大好きです。
なにしろ小ネタの使い方が上手すぎます。

笑ったり泣いたりドキドキしたりキュンキュンしたり
お世辞抜きでどの作品も大好きです。

コンスタントに作品を上げつづけるのは大変なことだと思いますが
これからもどうぞよろしくお願いします。
871 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/07/13(水) 15:33

作者のわがままな呟きに、皆様誠実にお答え下さり心から感謝致します!
本当にありがとうございます!!

予想に反して、『花に願いを』が人気なのには驚きました。
消化不良の方がチラチラいらっしゃったので、正直意外でした。

ちなみに作者はですね・・・
などと語ることが出来るなら、思う存分語ってみたいなどと
皆様のレスを読んで思ってしまいました(汗)


872 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/07/13(水) 15:33

>866:名無飼育さん様
 ありがとうございます。こちらこそ感謝です。
 実はリアルは一番苦手なんですよ・・・

>867:名無飼育さん様
 続きは・・・全く考えておりません(汗)
 なんでも好物だなんて、嬉しいお言葉ありがとうございます!

>868:名無飼育さん様
 パンダの名前のような心理表現ありがとうございます(笑)
 今後も精進して頑張ります!

>869:名無飼育さん様
 いきなりお褒めのお言葉をありがとうございます!
 これからも魅力的な2人を書いていけたらなぁと思います。

>870:名無飼育さん様
 作者の中でも『ハルカゼ』は別格です。
 初作品なので拙い表現も多々あるんですが、やはり一番思い入れがあります。
 真摯にお答え頂き、本当にありがとうございました!

873 名前:玄米ちゃ 投稿日:2011/07/13(水) 15:36

さて、こちらで新作を開始しては
また途中で移動になりますので、
夢板に新スレをたてさせて頂きました。

タイトルは恐れ多くも
『未来ノトビラ』です。

874 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/13(水) 22:36
玄米ちゃ様が帰ってこられた!!
リアルの二人が盛り上がってるのにいまいちついていけない理由は
玄米ちゃ様の作品が読めなかったからだ!
今気づいた!
正座して夢板行ってきます!
875 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/07/13(水) 23:15
玄米ちゃ様〜〜〜〜〜!
一言いっていいですか?
私はあなたの大ファンでーーーす!

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