I wrap You
- 1 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/30(金) 01:41
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夢板の『あの樹の下で』スレ内で書いておりました
「I wrap You」の続きです。
CPはいしよし。
- 2 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/30(金) 01:48
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ほんとに毎度毎度、あちらこちらに
スレが移動しまして、読みにくくてすみません。
前スレより。
>998:名無し留学生様
いつもありがとうございます。
>999:名無飼育さん様
毎度毎度、こんな展開ですみませんです。
>1000:名無飼育さん様
ありがとうございます!
作者もそう思ってます!
では、本日の更新です。
- 3 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:50
-
入口の前で、大きく深呼吸する。
ハロテン企画の自社ビル。
企画の詳細を届けるために、今日はここにやってきた。
仙石ちゃんに、屋上で宣言したあの日から
アタシはとにかく仕事に没頭した。
わき目もふらず、と言う表現がピッタリくるくらい。
けれど・・・
ずっと心に引っかかってる。
もう一度、アヤカさんにちゃんと謝らなきゃって――
今更どのツラ下げて・・・
なんてことも思うけど、やっぱりキチンとすべきだって・・・
だから、勇気を振り絞って彼女の携帯を鳴らすけど、
決まって留守番電話になる。
メッセージを残すことも出来ずに
何度もかけ直すアタシ。
- 4 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:51
-
ビジネスの付き合いは、もちろん残ってる。
この企画の詳細も、社長に説明しなければならない。
だから、昨日心配そうに見つめる仙石ちゃんに見守られながら、
ハロテン企画に電話をして、資料が出来上がった旨を伝えると
あっさりアヤカさんに回されて、何事もなかったかのように
『明日、14時にいらして下さい』
それだけを告げられて、電話を切られた。
「私が行きましょうか?」
なんて仙石ちゃんが言ってくれたけど、
これはアタシが責任を持って届けなきゃいけないものだ。
仕事に生きるって決めた以上、
ここで逃げる訳にはいかない・・・
もう一度、大きく深呼吸してから
思いきって、目の前の扉を開けた――
- 5 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:51
-
「いらっしゃいませ」
笑顔でそう言った受付の紺野さんの顔が
アタシを見て、フッと優しくなる。
何度も通ってるから、彼女とも
随分親しくなった。
「こんにちは。
長手さんと14時に約束してるんだけど・・・」
「伺ってますよ。
直接、社長室に来て下さいって」
「え?社長室?
そこの応接じゃなくて?」
ハロテン企画のビルは、5階建てで、
1階に受付と、応接室、喫煙室がある。
2〜4階は、各部署があって、5階に
社長室と重要書類を保管している書庫がある。
- 6 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:52
-
「私もお聞きしたんですけど、
間違いなく社長室って長手さんが・・・」
「アタシ、部外者だよ?」
5階は社員でも簡単に入れないって聞いた。
一度だけ、社長室を見せてもらったことがあるけど、
その時もほんの数分だ。
もちろん、社長とアヤカさんも一緒に・・・
「それも言ったんですけど、いいんですって。
吉澤さん、信頼されてますね」
そう言って、ニッコリ微笑んだ。
どうやら、ほんとに社長室らしい。
喜んで・・・いいのかな?
仕事ぶりが評価されたって、思っていいのかな?
「ご案内しましょうか?」
「あ、いや、大丈夫。一人で行けるよ」
紺野さんに一礼してエレベーターに向かった。
- 7 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:53
-
上昇ボタンを押すと、すぐに扉が開いた。
中に乗り込んで、『5』のボタンを押す。
上昇する箱の中で、頭の中にある説明を
素早く繰り返す――
あっという間に5階に到着して、
扉が開いた。
シーンと静まっているフロアが
緊張感を煽る・・・
――大丈夫。
そう言い聞かせて、一瞬天を仰ぐと
いつものように、握った拳を胸にあてた。
ちゃんと説明が終わったら、
アヤカさんに時間をもらおう。
きちんと話しをしよう。
社長室に向かって、歩き出した。
- 8 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:53
-
重厚な扉の前に立ち止まって、
大きく深呼吸してから、ノックをしようと拳を振り上げた。
『・・・んっ。ああっ・・・、しゃ、ちょう・・・』
え?
拳を振り上げたまま、体が固まる。
『・・・気持ち・・・んんっ。はぁ・・・いい』
『今日はまた、随分いい声出すじゃないか』
今日、は・・・?
『だって・・・、ああんっ!
社長の、ゆび、が・・・』
『ココもいいだろ?』
『イヤンッ!ダメ・・・そこは・・・ああっ!!』
なんなんだよ・・・、この声は・・・
今日はって、いつもこんなことしてたのか?
- 9 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:54
-
『そんな色っぽい声出したら、恋人が怒るぞ?』
『恋人・・・なんか。ンンッ・・・いま、せんよぉ』
『吉澤さんはどうしたんだ?エムラインの。
随分彼女に熱心だったじゃないか?』
『ヤダ、社長。
彼女は観賞用です』
――観賞、用・・・?
『どうせなら、キレイなものと仕事したいでしょ?
彼女キレイだもの。観賞するには最高ですよ?』
――うそ・・・だ、ろ?
『君は顔で仕事相手を選んだと言うのかね?』
『ええ。だって、なかなかいないでしょ?
あんなにキレイな顔の子・・・ああんっ!もう、社長のイジワルっ!』
- 10 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:54
-
そんな――
そんなことって――
・・・うそ、でしょ?
他社との競合を退けて、
自分の力でもぎ取った仕事のはずだ――
思わず書類の入った封筒を取り落とした。
慌てて拾って、駆け出す。
震える指で、何度も何度も下降ボタンを押した。
- 11 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:55
-
アタシをあざ笑うように、
ゆっくり開いたエレベーターに飛び乗った。
――冗談、やめてよ・・・
体が震えだす。
箱の中が歪んで見える。
『彼女は観賞用です』
『どうせなら、キレイなものと仕事したいでしょ?』
うそだ、そんなの・・・
フラついて、壁に寄りかかった。
(アイツが仕事とって来れんの、顔でだろ?)
(実力でとれる訳ねーじゃん。高校中退だぜ?)
(いいよなー。見た目がいいヤツは、努力しなくたって
簡単に仕事がとれんだぜ)
- 12 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:55
-
やめてくれっ!!
耳を塞いだ。
同時に扉が開く。
転がるように飛び出した。
「吉澤さんっ!」
出口へと駆け出したアタシを
追いかけてきた紺野さん。
「吉澤さん!待って下さい!」
扉を開いた所で、肩を掴まれた。
「どうしたんですか?
長手さん、いませんでしたか?」
- 13 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:56
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振り向いたアタシの顔を見て、
紺野さんは驚いたように目を見開いた。
「――吉澤、さん・・・」
ぽろぽろと零れ出す涙を止められなかった。
「――これ・・・」
のどの奥から絞り出すように声を出す。
最後の理性を振り絞って、アタシは封筒を差し出した。
「長手さんに渡して下さい。
今度の企画の詳細です。
見れば、分かると思います」
それだけ言うと、封筒を押し付けて
走り出した。
- 14 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:56
-
「吉澤さんっ!!」
紺野さんが呼ぶ声が聞こえたけど、
振り切るように、必死で走った。
冷たさを含んだ晩秋の風が、
傷ついたアタシの心に、更に追い討ちをかける・・・
――アタシには・・・何も、ない。
――恋も、仕事も、能力、さえも・・・
息苦しくて、溺れてしまいそうだった。
どんなに喘いでも、酸素がないみたいだ・・・
助けて、誰か・・・
お願い、誰か・・・
太陽に照らされた明るい街並とは裏腹な
真っ暗な心を抱えたまま、とにかくアタシは走り続けた。
――このまま、壊れてしまえばいい。
こんな自分、跡形もなく消えてしまえばいい・・・
そんなことを願いながら
アタシは走り続けた――
- 15 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:57
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- 16 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:58
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「あ、長手さん!」
吉澤さんを追いかけて、
無理矢理押し付けられた封筒を抱えたまま、
受付に戻ると、長手さんが立っていた。
「今、エムラインの吉澤さんがいらしてたんですけど、
これ置いて、出て行っちゃって。
社長室へ行くようにお伝えしたんですけど・・・」
「ありがとう」
そう言って、悲しげな笑みをこぼすと
封筒を受け取った。
――やっぱり、ちゃんと時間通りに来たのね・・・
「え?ああ、吉澤さんですか?きっちり14時5分前に
こちらにいらっしゃいましたよ?」
「ふふ。ほんと、約束は必ず守るし、
仕事が出来る人よね?」
「ええ。この前社長もほめてました」
- 17 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:58
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「あら、紺野さんも聞いたの?」
そう言って、長手さんは嬉しそうに微笑んだ。
「彼女、社長のお気に入りなの。
ほら、社長って周りがどんなに薦めても
自分が納得して、仕事のパートナーとして不足ない人にしか
心を許さないじゃない?」
――珍しいのよ、あんなに気に入られた人は・・・
長手さんがボソっとつぶやいた。
「私も薦めたかいがあったわ」
そう言って、ニッコリ微笑んだけど、
私には、長手さんが泣いているように見えた。
- 18 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:59
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これ、ありがとう。
封筒を軽く持ち上げて、私に礼を言うと、
長手さんは背を向けて歩き出した。
「長手さん!」
たまらず、声をかける。
「吉澤さん、泣いてたんです。
大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙をこぼして泣いてたんです」
長手さんの背中が動いた。
「何があったんですか?
どうして吉澤さん――」
振り向いた長手さんの瞳に
涙がたまっていて、言葉を失った。
「・・・これでいいの。彼女のためよ?」
そう言って微笑むと、指で涙を拭った。
「さてと!社長に肩マッサージもしてもらったし。
気合いれて、今日も頑張ろうっと!!」
ガッツポーズを一つして、
長手さんはエレベーターの中に消えて行った――
- 19 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 01:59
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- 20 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:00
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「ほんっとうに、すっとこどっこい占い師だわ」
「おかしいのよね・・・、絶対今日は来るはずなのよ」
柴ちゃんは頬杖ついて、圭ちゃんに
睨みをきかせてる。
当の圭ちゃんは、必死に弁解中・・・
「だってね!
昨日はちょっとした見間違いだったのよ。
今日は、絶対間違いないの。
3回やって、3回とも今日現れるって出たのよ?
これってすごいことよ?」
「当たればね」
「だから当たるってば!」
「そう言うけど、もう営業時間終わって
1時間経つんだけど」
「なんでかしらね・・・」
- 21 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:01
-
今日こそは、絶対ここに吉澤さんが来ると
言い張る圭ちゃん。
『占い師生命賭けてもいいわ。
今日は絶対来るから!!』
朝一でそう宣言して、午後9時を過ぎたと言うのに
ここに居座り続ける二人――
「名刺にすっとこどっこい占い師って
注意書きしとけば?」
二日連続で、がっかりさせられた柴ちゃんは
相当ご機嫌ナナメ。
「今日が終わるまで、あと3時間あるじゃない!」
「ちょっと!普通は店の営業終了まででしょ?」
「前は遅くに来てたんでしょ?」
「うん。まあ連絡は必ずくれたけど・・・」
- 22 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:01
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「「それって何時頃?」」
二人して身を乗り出して聞いてくる。
「営業時間が終わるまでには、必ず一報くれてた・・・」
はあ〜
二人が大きなため息をついた。
「ね?もうやめよう?
吉澤さんはもうここには来ないよ」
自分の心に踏ん切りをつけるように
強く言った。
- 23 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:02
-
「さ、片付けるから、柴ちゃんも圭ちゃんも帰って?
千聖ももう寝なさい」
部屋への入り口の所で
体育座りをしていた千聖に声をかけた。
カウンターから出て、
柴ちゃんと圭ちゃんの前にあるカップを片付ける。
「さあ!帰った、帰った!」
明るい声で、二人を追い立てた。
「・・・あら、随分雨足が強くなったわね」
店の扉を開けた圭ちゃんがつぶやく。
夕方から降り出した雨は、先ほどから急に強くなってきて、
まるでわたしの心を表しているよう・・・
- 24 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:02
-
今朝、圭ちゃんが『絶対来る!』って断言してからというもの、
まだやっぱり期待してしまっている自分がいて・・・
『絶対』なんて言われたら、
ほんとに来てくれるんじゃないかって。
お仕事の合間に、『ちょっと通りかかって』
なんて、笑顔で何事もなかったように
来てくれたりして・・・なんて淡い期待を抱いてた。
そしたらね、わたしも何事もなかったように
彼女に接しようって、
ちょっと頭の中で練習なんかしちゃったりもして――
夜になったらなったで、お仕事が終わって
ひょっこり顔を出してくれるかな?
なんて、さっきまでは、まだ思ってたんだ・・・
- 25 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:03
-
「おかしいな・・・絶対来ると思うんだけど」
「まだ言うか!」
表に出て、傘を差しながら
懲りずに言い合いしてる。
「今日はもうお店閉めるんだから!」
二人に向かって言った。
「それから圭ちゃん!
余計なこと、毎日占わなくていいからねっ!」
冗談ぽく、でも強めに言ったりして、
まだ少し何か言いたげの二人を笑って見送った。
店の扉を閉めると、
思わずため息がこぼれる――
- 26 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:04
-
「梨華ママぁ・・・」
振り返ると、いつの間にか
店の中に出てきていた千聖。
「ヤダ、千聖まだいたの?
明日幼稚園でしょ?もう寝なさい」
「うん・・・」
千聖はね、子供ながらに自分を責めているみたい。
吉澤さんが来なくなったのは、自分の運動会の次の日からだから。
自分が悪かったんじゃないかって・・・
「千聖」
視線を合わせるように、
目の前にしゃがんだ。
「何度も言ってるでしょ?
吉澤さんがここに来なくなったのは、千聖と関係ないって」
「でも・・・」
- 27 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:04
-
「わたしのせいだから」
千聖が驚いたように顔をあげた。
「わたしがね。吉澤さんがここに来れなくなるようなこと
しちゃったの・・・」
胸がギュッと痛む。
確かに触れたあなたの唇。
何度も優しく触れてくれた・・・
わたしだけを見つめてくれた大きな瞳――
その想い出さえあれば、もう充分。
大切に宝箱にしまって、時々取り出してみるの。
それだけで、充分だもの・・・
「ね。だから気にしないで、もう寝なさい。
後片付けが終わったら、わたしももう寝るから」
小さく頷いた千聖の頭を撫でた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
- 28 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:05
-
一人取り残されたお店の中で、
大きくため息をついた。
胸にわだかまる思いを振り切るように
テキパキと片づけをこなす。
――だけどやっぱり。
心の片隅に、『今日絶対来る』
そんな確信溢れた圭ちゃんの言葉が、頭から離れなくて・・・
もうちょっとだけ。
もう少しだけ待ってみよう。
そんな風に思って、普通の日には掃除しない
棚の奥や壁まで拭き上げたりなんかしちゃって――
雨足がまた一段と増した音で、
我に返って、自分が可笑しくなった。
――もう、あきらめよう。
- 29 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:06
-
日付が変わるまで、あと15分・・・
メニューから外したくせに、
やっぱり一人分の日替わりソースだけ、
毎日作っていたわたし。
中身を捨てて、お鍋を綺麗に洗って。
・・・明日からは、もう本当に作るのやめよう。
そう心に言い聞かせて、いつもより念入りに
お鍋を洗った。
外の雨が、また更に一段と強さを増してきて。
ちょっと外に出ようものなら、びしょ濡れになってしまいそうなほど。
――こんな日に来る訳ないじゃない、ねぇ。
そう自嘲気味に笑って、
日付が変わる前に、表の看板の電気を落とした。
- 30 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:06
-
ちょっとだけ、窓から外を覗いたら、
バケツをひっくり返したような大粒の雨が
すごい勢いで降っていて。
看板、少し中に入れといた方が安全かなぁ・・・
なんて考えて。
店の扉を開けて、傘を空に向けた。
- 31 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:07
-
思った以上に、雨足が強くて、
傘を差してるのに、跳ね返りでもう足元が濡れてしまった。
軒下から、看板を引っ張るけど
なかなか動かなくて。
仕方なく、反対側に回って
お店に向かって、看板を押した。
――こんなことしてる間に、日付変わっただろうな。
そう思って、これで綺麗さっぱり
諦めもつくって思ってたのに・・・
ふと店の植え込みの端に
誰かが腰掛けているのが視界に入って。
恐る恐る顔を向けると、
暗闇の中、うっすらと外灯に照らされている横顔が見えて――
- 32 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:08
-
・・・どう、して?
びっしょりと濡れた全身。
大きな雨粒に打たれて
うな垂れたまま、足元を見つめ続けている横顔は
紛れもなく――
「――よし、ざわ・・・さん?」
遠慮がちに声をかけたら、
ゆっくり顔が上がって・・・
雨の筋が伝わる頬は、
普段の色白さを通り越して、青白く光ってる。
紫色になってしまった唇を無理矢理動かすようにして、
彼女は力なく微笑んだ。
- 33 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:08
-
「吉澤さんっ!」
慌てて駆け寄る。
「こんなにずぶ濡れになって!
いつからここに?早くお店に入って下さい!」
彼女に傘を差しかけたけど、
それが無駄なほど、髪は濡れ、洋服は水を吸って完全に変色している。
「ねえ、早く!」
一向に動こうとしない、彼女の手を取ろうとして、
あまりの冷たさに驚いた。
「風邪ひいちゃう。早く、お願いだから
中に入ってくださいっ!!」
わたしの必死の叫びに
彼女の瞳が動いた。
- 34 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:09
-
幾筋もの雨が、彼女の頬を伝ってるけど――
・・・彼女は泣いていた。
声も出さずに、ただ静かに
涙を流してる。
わたしには分かるの。
だって、あの時と同じ瞳をしてるから。
退学したあの日、
体育館を見上げた、あの時と同じ瞳の色をしてるから――
たまらなくなって、傘を捨てて
彼女を抱きしめた。
体中が氷のように冷たくて、
かすかに震えてる・・・
- 35 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:09
-
「――ごめ、ん、なさい・・・」
絞り出すように彼女がつぶやいた。
「あな、たに・・・。いし、かわ、さんに、
迷惑、かける、つも、りなんて、なかっ、た、のに・・・」
きづ、いたら、ここ、にいて・・・
「――ぬれ、ちゃい、ます・・・
アタシ。もう・・・行き、ます、から・・・」
そう言って、わたしの腕から逃れると
立ち上がろうとして、大きくバランスを崩した。
「吉澤さんっ?!」
慌てて、彼女を抱きとめる。
- 36 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:10
-
「あし、力、入んないや・・・」
また力なく笑った。
「膝でしょ?
ね、わたしの肩に掴まって?」
彼女の脇の下に入り込んで、
腰を支えようとすると、やんわりと彼女がそれを拒んだ。
「・・・だい、じょう、ぶ、ですから・・・
もう、行き、ます・・・」
「ダメ!行かせない!
こんな姿のままのあなたを、絶対一人になんかしないから!!」
叫ぶように言ったら、
驚いたように目を見開いた。
「お願い。中に入って・・・」
もう一度、彼女の脇の下にもぐり込んで
腰を支える。
「――いし、かわ、さん・・・」
- 37 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:10
-
わたしに合わせて、
ゆっくり歩きだした吉澤さん。
けれど、2、3歩歩いた所で
また大きくバランスを崩した。
「吉澤さんっ!!」
全体重がわたしにのしかかってきて、
支えきれずに、そのままそこに倒れこんだ。
「吉澤さんっ、吉澤さん、しっかりしてっ!!」
抱えあげた彼女は、すでに気を失っていて
何度声をかけても、ピクリとも動かない。
「お願い、しっかりしてっ!!
起きて!目を覚まして!!」
頬を叩いても反応がない。
- 38 名前:第5章 1 投稿日:2009/10/30(金) 02:11
-
――ヤダよ、そんなの・・・
涙が溢れた。
目を覚ましてよ。
お願いだから、起きてよぉ・・・
抱えた体は、驚くほど冷たくて。
触れた頬からも全く温度を感じなくて・・・
「吉澤さんっ、吉澤さんっ!」
少しでも熱を分けてあげたくて
彼女の頬に、自分の頬をつけた。
「お願い・・・、起きて・・・」
誰か、助けて。
彼女を、助けて・・・
彼女を雨から庇うように
抱きしめると、わたしは叫んだ。
「誰かっ!誰か、来てっ!!」
- 39 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/30(金) 02:12
-
- 40 名前:I wrap You 投稿日:2009/10/30(金) 02:12
-
- 41 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/10/30(金) 02:13
-
本日は以上です。
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/31(土) 01:21
- うはぁっ!またいいところで切りますねw
次回がものすごく楽しみです
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/31(土) 08:30
- あー、どうなっちゃうんだよー
毎回ハラハラの展開で目が離せない二人…
更新がすごく待ち遠しいです
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/03(火) 09:58
- 新スレ見ーつけた!
毎回毎回、更新されるのを楽しみにしてます!
玄米ちゃさんの世界観が大好きです。
これからも楽しみにしてます
- 45 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/05(木) 11:09
-
>42:名無飼育さん様
いいところで切るのは作者のクセのようです(笑)
楽しみを裏切らないような本日分になればいいのですが・・・
>43:名無飼育さん様
さてさて、二人はどうなって行くんでしょう?
今後も目を離さないで下さい!
>44:名無飼育さん様
ありがとうございます!
大好きだと言って頂けるとほんと嬉しいですね。
これからも楽しんで頂ける様、頑張ります。
では、本日の更新に参ります。
- 46 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/05(木) 11:10
-
- 47 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:11
-
「――ん…、んん…」
皆が見守る中、吉澤さんの
眉が動いて、ゆっくり目が開く――
「…ここ、は…?」
眩しそうに目を細めて
覗き込んだめぐみさんに焦点が合った。
「病院よ」
「・・・びょう、いん…?」
――良かった…
安堵のあまり、思わずフラつく。
隣の柴ちゃんが、体を支えてくれた。
- 48 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:11
-
あれから、勤務明けで帰宅途中のめぐみさんが
ちょうど車で通りかかってくれて。
それと同時に『大雨の中に微かな奇声が聞こえて来たの』
なんて、柴ちゃんも様子を見に来てくれて。
気を失ったままの吉澤さんの脈を測って、
「救急車呼ぶより、このまま車でうちの病院運びましょう」
って、めぐみさんが言ってくれて――
吉澤さんを腕に抱えたまま、完全に取り乱しているわたしを、
「しっかりしなさい!大切な人なんでしょ!
梨華ちゃんが、助けてあげなくて誰が助けるの!」
そう言って、めぐみさんが叱ってくれた。
- 49 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:12
-
後部座席で、あなたの体を抱えながら
一体どれだけ、この大雨の中、
あそこに一人でいたんだろう?
そんな風に思ったら、涙が止まらなくて…
少しでも温めてあげたくて、あなたを包んであげたくて、
力の抜けた体を必死で抱きしめて、
何度も何度も頬を合わせた。
家に残ってくれた柴ちゃんが、
「圭ちゃん呼び出して、千聖ちゃん任せて来たから」って、
ついさっき、わたしの着替えを持ってこっちに来てくれた。
「梨華ちゃんが、風邪ひいちゃうでしょ?」
そう言って、温かい飲み物もくれたけど
あなたを見守ることしか出来ない自分が
不甲斐なくて、歯痒くて…
めぐみさんが何度も「もう大丈夫よ」って言ってくれたけど、
あなたが目を覚ますまでは、心配で心配で
気がおかしくなってしまいそうだった…
- 50 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:13
-
「――アタシ…」
そうつぶやいた彼女が、苦しそうに唇を噛み締めたから、
何も言わなくていいって伝えたくて。
一歩進んで、掛け布団の上に出されている白い手を握った。
「――いしかわ、さん…」
苦しそうに顔を歪めた。
何も言わなくていいから
そう伝えようとしたら、
「あなた死ぬ気?」
めぐみさんが怒ったように切り出した。
- 51 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:13
-
「一体、いつから雨に打たれてたの?
何時間もあんな雨に打たれて、外にいたら死ぬわよ?!
どうして、そんなことしたの?!
しかも栄養失調寸前じゃない。
胃の中もカラだし、何日食べてないの?!」
吉澤さんがまた苦しそうに
顔を歪めた。
「お願い、めぐみさん
今はやめて?」
「この膝だって、どれだけ無理させたの?
執刀した先生が聞いたら、怒るわよ?」
「ねぇ、お願い!それ以上は…」
「――はあ〜、わかった。
今日は梨華ちゃんに免じて、このくらいにしといてあげる。
ほんとは小1時間、問い詰めてやりたいけどね」
そう言って肩をすくめた。
- 52 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:14
-
「いい?しばらくは膝固定しとくから、動かしちゃダメよ?
それから今夜は、ここに泊まって」
ベッドの反対側にまわると、
点滴の様子を窺う。
「今夜は病床がいっぱいで、急患受け付けてないのに
あなたのために、個室を無理矢理空けたのよ?」
「――すみません…」
「看護師も足りないから、
今夜は梨華ちゃんについててもらうから」
「えっ!」
素早く吉澤さんの顔があがる。
- 53 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:14
-
「何?何か文句あるの?」
「…いえ、そんなことは…」
わたしを窺うように視線を向けたあなた。
頼りなく揺れる大きな瞳に、心が鷲掴みされる。
わたしなら大丈夫。
安心させてあげたくて、ニッコリ微笑んで、
握ったままのあなたの手を、もう一度強く握った。
「梨華ちゃん、点滴終わったら
ナースコール押して?」
「うん、わかった」
「じゃあ、後よろしくね。
消灯時間過ぎてるから、電気も消すわね?
ほら、あゆみ!行くわよ!」
握っている吉澤さんの手を優しく撫でて
ゆっくり離すと、二人を出口まで見送った――
- 54 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:15
-
**********
- 55 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:16
-
「お姉ちゃん、私もここに泊まりたいんだけど。
隣の部屋とか空いてないの?」
「壁に耳でもあてて聞くつもり?」
「当たり前でしょ」
「残念だけど、部外者はさようなら」
「なによっ!」
「あ、師長。」
「村田先生、何か?」
「あそこの1444号室、今夜は私が見に行きますから、
看護師さんは見回らなくて大丈夫ですよ?」
「でも先生…」
「中についてる付き添いが私の友人で
元看護師ですから、大丈夫です。
絶対に事故は起こりませんから」
「ですが…」
- 56 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:16
-
「ご心配なく」
「わかりました。先生にお任せします。
では、失礼します」
「――ねぇ、梨華ちゃんいつ看護師だったこと
あったっけ?」
「シーッ!!
だって二人の邪魔しちゃ悪いじゃない?
それに、点滴も速度おとしといたから朝まで、二人っきりよ?
もう、ワクワクしちゃう!!」
「やるね〜
で、隣の部屋は?」
「確保済み。行こう!」
「大好き、お姉ちゃん。行こ行こ!!」
- 57 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:17
-
**********
- 58 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:17
-
二人を見送って、振り返ると
ベッドサイドの明かりに照らされた、あなたの姿。
うな垂れて、捨てられた子猫みたいに儚げで――
「のど渇いたでしょ?
さっきスポーツドリンク買ってきといたんです」
ベッドのそばのテーブルに行って、
用意しておいたペットボトルを開ける。
飲みやすいように、ストローをさす。
「――ごめんなさい・・・」
消え入りそうな声で、一言そう言ったと思ったら
俯いたまま、あなたが唇を噛み締めた。
- 59 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:18
-
「――ほんとに、石川さんに迷惑かけるつもりなんか
なかったんです・・・」
握り締めた拳が震えている。
「――ほんとに・・・、ごめん、なさい・・・」
大きな涙の粒が、握った拳に落ちた。
俯いたままのあなたのそばに立って、
そっと頭を引き寄せて、優しく抱きしめた。
サラサラな髪を、震える肩を、
ゆっくり撫でる――
「迷惑なんて思ってませんよ?」
グッ・・・、うぐっ・・・
「今夜はずっとそばにいますから。
こうしてあなたのそばにいますから」
ううっ・・・グッ・・・
- 60 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:19
-
「だから思いっきり泣いて下さい。我慢しないで。
わたしが全部、受け止めますから」
遠慮がちに腰に回された両手。
わたしにしがみつくように段々と力が込められていくと同時に
腕の中の体が、大きく震えだす・・・
大丈夫。
全部、わたしが受け止めてあげる。
わたしが、あなたを包んであげるから・・・
『石川さんて・・・不思議な方ですね』
『あなたにお会いすると、何だか心が温かくなるんです。
まるでフワフワのタマゴに包まれたみたいな』
心が冷えてしまったのなら、わたしが温めてあげる。
心がひび割れてしまったのなら、わたしが包んで癒してあげる。
だって、どんなあなたでも
やっぱりわたしは、見ているだけで幸せになれるんだもの――
- 61 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:19
-
ひとしきり泣くと、あなたはわたしの腕に納まったまま
ゆっくり顔をあげて、照れくさそうに笑った。
「のど渇いたでしょ?」
腕の中の彼女の頬を撫でながら言うと、
コクリと頷く。
かっわいい・・・
小さな子供みたい。
愛しくて、この腕から離したくない、なんて思うけど、
そっと髪にキスを落として、彼女から離れた。
さっき準備したペットボトルを持って
ベッドの上に腰掛ける。
驚いた表情の吉澤さん。
- 62 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:20
-
「どうぞ?」
ストローを持って飲み口を
唇の前に差し出す。
「飲ませてあげます」
「・・・だ、大丈夫ですよ?」
そう言ってペットボトルを握ったけど、
離さないんだから。
「石川、さん・・・?」
飲んで?
その思いを込めてニッコリ微笑んで、
もう一度ストローを差し出した。
おずおずと唇を近づけてくる
吉澤さん。
遠慮がちにストローを口に含むと
ゆっくり吸い上げた。
- 63 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:20
-
「そのままゆっくり飲んで下さいね?
一気に飲むと、胃がビックリしちゃうから」
小さく頷いて、わたしの言った通り
少しずつ口に含んでいる。
ストローにあてがっていた手を離して、
そっと背中に回すと、彼女の肩を抱いた。
もう驚いたり、抵抗したりしない。
そう、わたしに委ねて?
全部受け止めてみせるから――
ストローから唇が離れた。
「もういい?」
小さく頷いたから、立ち上がって
テーブルにペットボトルを置いた。
- 64 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:21
-
「眠って下さい。
ずっとそばにいますから」
そう言って、ベッドサイドの明かりを小さくして、
付き添い用の椅子を引き寄せた。
椅子に腰掛けて、あなたの手を握る――
すべすべの肌。
綺麗な細長い指。
ゆっくり、いたわるように
手の甲をそっと撫でる・・・
「眠れませんか?」
一向に横になろうとしない彼女に声をかけた。
「何かわたしで出来ることがあれば
言って下さい」
- 65 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:22
-
「――石川さん・・・」
長い睫毛が薄明かりの中、
戸惑うように揺れている。
「あの・・・」
いいよ。
何でも言ってくれていい。
あなたの望むことなら、何でもしてあげる。
「その・・・」
言いづらそうに口ごもるから、
手を握ったまま、もう一度ベッドに腰掛けた。
隣に腰掛けると、遠慮がちに
彼女が身を預けてくる。
「――今夜だけでいいから・・・」
まるで、のどの奥から声を絞り出すように。
「今夜・・・今夜だけですから――」
握っていた手を、逆に握り返された。
- 66 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:22
-
「――あなたを、ひとりじめしたい・・・」
そう言って、わたしの胸に顔を埋めた。
吉澤さん・・・
「――今夜・・・
今夜だけって約束しますから・・・」
苦しそうに、声を震わせながら、
何度も『今夜だけ』と繰り返す。
「今夜だけで、いいですから・・・」
そっと彼女の頭を撫でて、
スリッパを脱ぐと、わたしはベッドの上にあがった。
「・・・石川さん?」
- 67 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:23
-
枕をずらして、上側の柵に背中をあてると
驚いた表情をしたまま、固まっている彼女に声をかけた。
「膝枕」
「え?!」
「おいで?」
そう言って、彼女に手を伸ばした。
遠慮がちに差し出された手を握って、
反対の手で髪を撫で、そのまま膝の上に導いた。
「いつだって、ひとりじめして下さい」
生え際を撫で、おでこにかかった前髪を
はらってあげる。
- 68 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:24
-
戸惑うように見上げている視線に
優しく微笑みかけた。
「わたしでよければ、いつだって
あなたのそばにいますから」
「――石川、さん・・・」
「あなたの大好きなフワフワのタマゴに
なりますから」
そう言って、頬を撫でたら、
嬉しそうに微笑んで、静かに目を閉じた。
薄明かりの中、わたしの膝の上で
目を瞑ったあなたの横顔は、とっても美しくて。
――やっぱりわたしは、あなたが好きなの・・・
言葉に出して伝える勇気は、まだないけど、
あなたが望んでくれるなら、わたしは何でもする。
だって、この胸の甘い痛みは、
あなたにしか感じないんだもの・・・
- 69 名前:第5章 2 投稿日:2009/11/05(木) 11:24
-
静かに寝息を立て始めた
あなたの唇に、そっと中指で触れた。
いつか――
あなたに伝えたい。
あなたがずっと好きだったって。
ずっとずっと、あなたを想い続けてきたんだって・・・
「好き・・・」
そうつぶやいて、あなたの唇に触れた中指で
自分の唇に触れた。
「好きなの、吉澤さん・・・」
もう一度、口にしたら
涙が溢れた――
- 70 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/05(木) 11:25
-
- 71 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/05(木) 11:25
-
- 72 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/05(木) 11:26
-
本日は以上です。
- 73 名前:名無し留学生 投稿日:2009/11/05(木) 16:46
- 柴ちゃん、村ちん GJ!
吉澤さん、石川さん、新たな一歩を踏み出してください!
作者様も色々宜しく御願いします。w
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/06(金) 21:09
- なんでだろう、涙が・・・
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/06(金) 22:06
- 更新お疲れ様です。
よ・よかった〜・・私も視界が潤みました
作者さま、楽しみに待ってます。
- 76 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/12(木) 10:16
-
>73:名無し留学生様
ありがとうございます。
頑張ります。
>74:名無飼育さん様
おっと。何故でしょう・・・?
それだけ感情移入して頂けたということでしょうか。
>75:名無飼育さん様
あら、こちらにも(笑)
作者にとっては意外な反応で喜ばせて頂きました。
では、本日の更新にまいります。
- 77 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/12(木) 10:17
-
- 78 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:18
-
「おはよう」
あれ?柴田さん…
――そっか。
アタシ、倒れて運びこまれたんだったっけ…
「よく寝てたねー」
「――今、何時ですか?」
まだ頭がボーッとしてる。
「11時過ぎ」
「えっ?!うそでしょ?!」
跳ね起きて、部屋を見回して、
時計を探す。
「ほら!」
目の前にぶら下げられた
アタシの腕時計。
- 79 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:19
-
「あれだけ濡れたのに、無事に動いてるよ〜
いいもんは違うね〜」
「ヤベッ!会社!
おもいっきし遅刻だ!」
ベッドから出ようとして
柴田さんに押さえつけられた。
「大丈夫。今朝梨華ちゃんが
連絡してくれたから」
――石川、さんが…?
『ずっとそばにいますから』
『おいで?』
『いつだって、ひとりじめして下さい』
思わず枕元に視線が行く。
――夢、じゃないよね…?
いや、でも、まさか…ね?
- 80 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:19
-
「よかったでしょ?膝枕」
目の前に満面の笑みの柴田さん。
「気持ち良さそうに、ぐっすり寝てたよ〜
梨華ちゃん、ずっとイケメンに膝枕してたから
足しびれちゃったんだって」
一気に顔が真っ赤になる。
「で、どうなのよ?
イケメンの気持ちは」
「アタシの、気持ち…ですか?」
<ガラガラ>
「柴ちゃん、ゴメン。
売店で買い物してたら、遅くなっ――」
石川さんがアタシを見て、笑顔になる。
「おはようございます」
「お、おは、おはよう、ございます…」
恥ずかしさのあまり
どもってしまうアタシ。
- 81 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:20
-
「よかった。顔色もいいみたい」
ベッドまできて、そっと額に触れた。
また一気に体温が上昇する。
「あれ?少し熱いかも…」
後ろで、柴田さんが笑いを噛み殺してる。
「あ、その…
えっと…、大丈夫です。
この通り、元気です!」
「ふふ、よかった」
ニッコリ笑ってくれた。
アタシもつられて笑顔になる。
- 82 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:20
-
「あの…
足、大丈夫ですか?」
「足?」
「えっと…その…
昨日アタシがあんなお願いしたから…
し、し、しびれちゃったって…」
「しびれる?
何が?」
「えっ?
だから、ひ、膝枕してくれたから
石川さん、足しびれちゃったって、柴田さんが――」
「ちょっと、柴ちゃん?!」
いつの間にか、出口まで到達してる
柴田さん。
「お姉ちゃん、呼んでくるね〜」
あっという間に、ドアを開けると
外に飛び出して行った。
- 83 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:21
-
「全くもう!
何で知ってんのよっ!」
「あの〜」
「まさか、盗聴器とか?!
それとも、隠しカメラ?!」
「い、石川さん?」
「窓から覗けるわけ――ないか」
「あの!」
「えっ?
あ、ごめんなさい」
部屋中を探していた石川さんが
アタシのそばに来る。
- 84 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:22
-
「・・・夢、じゃないですよね?」
「夢?」
「だから、昨日の夜…
アタシ、石川さんに――」
石川さんがベッドに腰掛けた。
心臓が跳ね上がって、うるさいほど暴れだす。
そっとアタシの頭を引き寄せて
優しく抱きしめてくれた。
「いつだって必要なら、言って下さい。
あなたが必要なら、わたしいつだって
こうして、そばにいますから…」
――すごく、安心する。
昨日もそうだったんだ。
こうして、あなたがアタシを大きく受け止めてくれて。
ドキドキしちゃうけど何だか温かくて、すごく落ち着くんだ…
石川さんの胸に顔を埋めた。
- 85 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:23
-
「また食べに行ってもいいですか?
石川さんのオムライス…」
「もちろん」
アタシの髪を撫でながら、
答えてくれる。
「毎日待ってます。
だから、前みたいに来て下さい。
あなたのために作りますから」
涙が溢れそうになって、ギュッと目をつむった。
あなたの温もりを感じるだけで
アタシはこんなに幸せになれる。
たとえ、あなたの一番になれなくてもいい。
手のかかる客だと、思われていてもいい。
あなたに触れるだけで。
あなたに触れられるだけで。
アタシはこんなに幸せになれるんだ…
- 86 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:23
-
「少し食べれそうですか?」
優しい声で、聞いてくれる。
「よく眠ってたから、朝ご飯は起こさなかったんです。
食べれそうなら、お粥頂いてきます」
浮かそうとした腰を引き寄せた。
「…吉澤さん?」
「もう少しだけ――
こうしててもらっても、いいですか?」
あなたの温もりに包まれていたい。
好きな人に、抱かれていたい…
「いいですよ」
そっとアタシの頭を撫でて
腿へと導いてくれる。
大人しく、石川さんの膝に頭を乗せて横になると
肩をなで、背中をなでて、何度も何度も優しく触れてくれる――
- 87 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:24
-
甘い胸の痛み。
こうして、許される限り。
アタシに許される限りでいい。
多くを望んだりしないから…
あなたを感じていたいんだ――
そっと手をあなたの膝の上に置くと
上から包み込むように、アタシの手を握ってくれた。
<ガラガラ>
「目が覚めたんだって?」
慌てて飛び起きたアタシ。
同じく、慌てて立ち上がった石川さん。
柴田さんのお姉さんの村田先生が
ニヤリと笑った。
「出直そうか?」
「だ、だ、だ、だ、だいじょぶです」
「そーお?」
思いっきり、二人で上下に首を振った。
- 88 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:25
-
「プッ!なんかお似合いよ?
あなた達」
そう言って、部屋に入ってくると
ベッドの端に松葉杖を一本立てかけた。
「しばらくはこれで生活しなさい」
いい?
絶対に無理したらダメよ?
そう言いながら、
聴診器をあてて、丁寧に診察してくれる。
「お粥食べたら、退院していいわ。
足のこともあるから、ちゃんと通院して?
それから食事。栄養のあるものを毎日、きちんと食べること」
「それは大丈夫。
毎日うちに来てもらうことにしたから」
「まじで?
梨華ちゃんやるぅ!」
からかうように柴田さんが言うと
石川さんの頬が、ほんのり赤くなった。
- 89 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:25
-
やべぇ。
めちゃめちゃ、かわいい・・・
「イケメン、よだれたれてるよ」
「うそっ!」
慌てて、口を拭ったら、
「うそだよ〜」って柴田さん。
村田先生に大笑いされたけど、
一緒に楽しそうに笑う石川さんを見て
また幸せな気持ちになった――
- 90 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:26
-
- 91 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:26
-
「いらっしゃいませ。お待ちしてました」
いつものように、石川さんが
笑顔で迎えてくれる。
カウンターまで行くと、
松葉杖を受け取ってくれて、そばに立てかけると
アタシが腰掛けるのを手伝ってくれる。
「毎晩すみません」
「もう!謝らないって約束したでしょ?」
そう言って微笑んでくれた。
退院した日から、毎日ここに通い続けているアタシ。
もうすぐ本格的な冬を迎えるけど、
心はポッカポカ。
だってこうして毎日
あなたの笑顔を見れて、
あなたの作った料理を食べれるんだもん。
- 92 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:27
-
「今夜はきんぴらと豚キムチです」
最近では、色んな料理を作ってくれる。
もちろん、オムライスが食べたいって言えば
作ってくれるんだけど、「栄養が偏っちゃうでしょ?」
って、色んなものを食べさせてくれるんだ。
手早く仕度をして、アタシの前にご馳走を並べると
隣に腰掛けた。
――いつの夜だったかな?
毎晩アタシだけのために
こうして料理を作って待っててくれるのが、
何だか申し訳なくって。
無理させてるんじゃないかって
すごく不安になっちゃって。
彼女に謝って、一日置きに来てもいいですか?
なんて聞いたアタシに、彼女は怒ったように言った。
「わたしの好きでやってるんです!
謝ったりしないで下さい。
それに毎日来ないなら、わたしが吉澤さんの家に
押しかけますから!」
- 93 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:28
-
あまりの剣幕に、驚いて固まったアタシの頭を
あの日のように、その胸に優しく抱いてくれて
「謝ったりしないで・・・
あなたが必要なら、いつだってそばにいるって
言ったでしょ?
だからもっと、ワガママ言って下さい・・・」
そう言ってくれたから、
アタシは隣に座って欲しいとお願いした。
カウンター越しじゃなくて、
あなたの温度を、もっと近くで感じたかったから――
「少し飲みますか?」
彼女がワインを見せた。
今夜は特に冷える。
「飲みましょ」
アタシがそう答えると、
彼女はニッコリ微笑んだ。
- 94 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:28
-
時々こうして、二人でお酒を飲んだりすることもある。
アルコールが入ると、石川さんは
すごくよくしゃべる。
いつもは高い声が、少しだけ低くなって
微かにかすれて、アタシの耳にはセクシーに響く・・・
そうなると、自分の欲望を抑えるのに苦労する。
隣に座るあなたの肩を抱き寄せて、唇を奪いたくなる。
この腕に閉じ込めて、アタシだけのものにしたくなる。
その髪に触れ、その頬に触れ、
その素肌に・・・、触れてみたくなってしまう――
- 95 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:30
-
「――吉澤さん?」
ほんのり赤くなった頬のまま
アタシを下から覗きこんだ。
酔っているのか、潤んだ瞳と
力のない視線が、アタシの心を惑わす・・・
「大丈夫?」
吐き出す言葉さえ、飲み込んでしまいたい・・・
思わず頬に触れてしまった。
そのまま包み込むように、石川さんの頬に手を添えた。
一瞬、驚きを見せた瞳に、
我に返って、慌てて手を離そうとした。
「離さないで・・・」
石川さんが、アタシの手の上から
その小さな手を添える。
「お願い。離さないで・・・」
- 96 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:30
-
カアッーと全身の血が、
一瞬にして沸騰したような感覚。
「――石川さん・・・」
親指で頬を優しく撫でると
彼女は小さく微笑んだ。
触れたい・・・
あなたに触れたくて、仕方ない・・・
見つめあったまま、
少しだけ顔を寄せると
彼女は軽くアゴを上げ、目を閉じた――
<♪♪♪♪♪>
こんな時に鳴り出すアタシの携帯。
驚いたように目を開いた彼女。
- 97 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:32
-
「――出ない、の・・・?」
「出たくない・・・」
彼女の頬に手を添えたまま、
彼女を見つめ続けるアタシ・・・
「――いい、の?出なくて・・・」
囁くような声が、窺うような視線が
愛おしくてたまらない。
携帯の着信音が止まって
再び静寂が流れた。
「ほら、切れたでしょ?」
いたずらっぽく言ったら
優しく微笑んでくれた。
- 98 名前:第5章 3 投稿日:2009/11/12(木) 10:37
-
頬に添えている手を
そのまま肩にまわして、彼女を引き寄せた。
燃えるような視線がぶつかって
また、体中の血がたぎる。
「――石川さん。アタシ、あなたのことが・・・」
<♪♪♪♪♪>
またかよっ!!
ガックリ肩を落として、うな垂れたアタシ。
可笑しそうに笑いながら、彼女がアタシの頭を
撫でてくれた。
しゃーない!出るか・・・
観念して携帯を取り出すと、
裕子姉さんからだ。
クッソー!!
あとで、しばいたるからな!
そんなことを思いながら、
アタシは通話ボタンを押した――
- 99 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/12(木) 10:37
-
- 100 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/12(木) 10:37
-
- 101 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/12(木) 10:38
-
本日は以上です。
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/12(木) 17:23
- きんぴらと豚キムチ!w
さすがです。
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/13(金) 09:41
- 続きが気になってしょうがない!!
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 00:46
- 小ネタの使い方に惚れます
そして二人と同じぐらい私もドキドキしてますwww
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 04:01
- 続きが気になります!
なので次回更新がいつになるか教えていただけると嬉しいです。
楽しみにしてます!!
- 106 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/19(木) 11:23
-
>102:名無飼育さん様
どうしても使いたくなっちゃいますよね(笑)
>103:名無飼育さん様
ありがとうございます。
ドSなもんで、そういう反応が嬉しくなります。
>104:名無飼育さん様
ありがとうございます。
小ネタ大好きなんです!
>105:名無飼育さん様
本日更新します。って遅いですね。
すみません。楽しんで頂けたら嬉しいです。
では、本日の更新です。
- 107 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/19(木) 11:28
-
- 108 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:30
-
「千聖、サンタさんのお人形
どこにやったっけ?」
「しらないよ〜」
「おっかしいなぁ?」
梨華ママは、いっつもそうだ。
どこにしまったか、すぐわすれちゃう。
「あれ〜?」
「おみせのなかには、きっとないよ。
梨華ママのおへやじゃないの?」
「え〜
そうかなぁ?」
「きっとそうだよ」
千聖がせっかく、おしえてあげてるのに
梨華ママはまだ、おみせのなかをさがしてる。
もう!ちょうがないなぁ!
- 109 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:30
-
「千聖が梨華ママのおへや、みてくる!」
おみせから、おへやへあがって
梨華ママのおへやにむかう。
きょうは、おみせのクリスマスツリーの
かざりつけのひ。
いつもより、梨華ママのきあいがはいってるのは
よしざわたんにみせるためだと、千聖はおもってるの。
あとで、しばちゃんとけいちゃんも
おてつだいにきてくれるって、いってたから、
きっとよるごはんは、おごちそうだよ。
よしざわたんが、はやくきてくれれば
いっしょにたべれるのになぁ…
よしざわたんがくるのは、いつも千聖がねたあとだから、
ちょっぴり、つまんないんだ。
- 110 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:31
-
梨華ママのおへやにはいって
ちらばってるモノのおやまをこえて、おしいれをあけた。
「わあっ!!」
あけたとたんに、いろんなものが
千聖にむかっておちてきた。
「もう!梨華ママ
また、おしこんでたんだ!」
めのまえに、あたらしくできたおやまをこえて
おしいれのなかに、もぐりこむ――
しばらくほってたら、
やっぱりでてきたサンタさん。
「ほら、千聖のいうとおりでしょ!」
こしにてをあてるポーズ。
これいま、きにいってるの。
- 111 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:31
-
また、おやまをかきわけようと
はいつくばったら、ほんのあいだから
はみだした、おしゃしんをはっけん!
「・・・あれ?これ――」
とりだしてみると、すごいえがおの
おしゃしんが、いちまい。
「――これ・・・、よしざわ、たん…?」
これ、このわらってるひと
よしざわたんだ!!
う〜ん…
でも、このおようふく、どっかでみたんだよなぁ…
「あっ!!」
- 112 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:32
-
『好きなの、このお写真』
『わたしが撮った中で一番のお気に入りだもん』
『好きだった・・・かな?』
あれだ!
あの、うえむいて、おかおがみえなかったひとの
おしゃしんだっ!!
そうかぁ。
あれ、よしざわたんだったんだ…
- 113 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:33
-
『千聖あったぁ?』
梨華ママのこえがしたから、
あわてて、そのおしゃしんを、おなかのなかにかくした。
「ねぇ、千聖」
梨華ママがおへやに、はいってくる。
「うわっ、何これ?
こんなに散らかしたの?!」
「もとからだよ!」
「ここまで酷くなかったでしょ?」
- 114 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:33
-
「サンタさん、あったから」
梨華ママにおしつける。
「良かったぁ!
これで可愛いツリーになるね?」
「ちょっと、千聖おでかけしてくるぅっ!」
「え?!千聖?!」
梨華ママのよこをすりぬけて、
かいだんをかけのぼって、じぶんのおへやにとびこむ。
- 115 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:33
-
おきにいりのキャラクターのポシェットに
かくした、おしゃしんをいれて、
ブタさんのちょきんばこをかかえた。
こんどは、かいだんをかけおりて
ちいさなタンスのところへ――
「あれ?どこかなぁ…」
よしざわたんの『メイシ』っていうのが、このへんに――
「あった!!」
おみせにかおをだして、
「でかけてくるね」って、
もういっかい、梨華ママにこえをかけた。
「ちょっと、千聖!どこに行くのっ?!」
梨華ママがさけんだけど、
千聖は、おうちをとびたした。
- 116 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:34
-
**********
- 117 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:35
-
「ホンマに行ってしまうんですね・・・」
「うん」
「寂しいけど、吉澤さんにとっては
大きなチャンスなんですよね?」
「そうだね」
「向こうで活躍されるの、祈ってます。
これ――」
そう言って、岡田さんが綺麗にラッピングされた箱を
アタシに向かって差し出す。
「あちらは寒いみたいやから・・・
良かったら使ってください」
「ありがとう。大切にするよ」
箱と手紙を受け取ると、岡田さんは
アタシにおじぎをして、帰っていった。
彼女の姿が見えなくなるまで見送って
松葉杖をつきながら、デスクに戻る。
- 118 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:35
-
「本日何人目のお呼び出しですか?」
デスクに戻ると、不機嫌そうな仙石ちゃんが
アタシに聞いてきた。
「さあ?何人目かな?」
「途中まで数えてましたけど、
もう数えるの、やんなっちゃった」
どんだけモテるんだか・・・
あきれたように仙石ちゃんがつぶやく。
「吉澤、あっちでも頑張れよ!」
「ありがとうございます」
既に就業時間を終えてるから、
フロアの人影も段々減っていく。
帰る前に、皆こうして一声かけてくれる。
- 119 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:36
-
「吉澤さん、まだ帰らないんですか?」
「これまとめたら帰るよ」
「私やりましょうか?
明日の準備とか、大丈夫なんですか?」
何だかんだ言って、
ほんとにこの子は優しい子だ。
「ありがと。でも荷物は粗方あっちに送ってあるし、
ほとんど準備出来てるから大丈夫だよ?」
「そうですか・・・」
「仙石ちゃん」
動かしていた手を止めて、
仙石ちゃんを見つめた。
「色々ありがとう。
仙石ちゃんには、ほんと助けてもらった」
「ヤ、ちょっと止めてください。
そういう言い方。ほんと止めて下さい」
- 120 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:36
-
「ほんとに、感謝してる」
「もう・・・」
大粒の涙をためたまま、
アタシを睨むと、仙石ちゃんは言った。
「それ以上言ったら、本気で怒りますから!」
「あはは。分かった」
大人しく言う通りにして、
作業を再開した。
大きく鼻をすする音がしたと思ったら、
突然仙石ちゃんが立ち上がって、アタシの隣にやってくる。
- 121 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:37
-
「それ、続きは私がやりますから
早く石川さんの所に行って下さい」
「いいよ」
「ダメっ!」
強く言ったと思ったら、
アタシの手から、書類を取り上げた。
「いいから、行って下さい!
まだ伝えてないんでしょ?
パリに行っちゃうことも、吉澤さんの気持ちも・・・」
お願いだから。
行ってあげて下さい――
仙石ちゃんを見上げた。
真剣な瞳で、アタシに言ってくれるけど・・・
- 122 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:37
-
「――今夜は、行かないよ」
「どうして?!」
「明日の朝、空港行く前に寄って
パリに行く事は伝えようと思ってる」
夜は――
この間みたいに、何だか気持ちが溢れてしまいそうで。
雰囲気に流されて、想いを告げてしまいそうな気がするから・・・
「後で今夜は行けないってメールは送っとく」
「もしかして、気持ち伝えないまま
行くつもりなんですか?!」
「そうだよ」
信じられない。
あきれた。
どんな神経してるんですか?
「アタシさ」
次々に放たれる言葉を遮った。
- 123 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:38
-
ちゃんと自分に自信が持てるようになってから、
彼女に想いを告げたいって思ってる。
ずっと自信がなかったんだよ。
この仕事続けてていいんだろうか?
ほんとに自分はこの道なんだろうか?とか・・・
やっと最近、自分に自信が持てるようになった。
誇りを持って、仕事にも取り組めるようになった。
パリに行って、必死に働いて
迷いをなくしたいんだ。
中途半端な自分じゃなくて、
地に足をつけて、アタシはこれで生きてくんだって
胸を張って、彼女に言えるようになりたいんだ。
それにね。
もっと強くなりたい。
彼女を守れる強さが欲しい。
だから、アタシにはもったいないくらいの
このチャンスに、思いっきりぶつかって、絶対成功させたい。
それから、彼女に想いを伝えようって――
- 124 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:39
-
「バッッカじゃないのっ?!!」
あまりの剣幕に、フロアに残っていた人々の視線が
アタシ達に集まった。
「ちょ、仙石ちゃん。落ち着いて」
小声で頼むよ・・・
周りに何でもないと声をかけながら
隣の席に、仙石ちゃんを座らせる。
「落ち着けるわけないでしょ?
気持ちも伝えないで、明日の朝突然行って、
今からパリ行くって言うんですか?!
はあ〜、吉澤さんの神経を疑います!」
いや、だから。
それはさ・・・
「この際だから言いますけど!」
私、調べたんです。
石川さん、結婚なんてしてませんよ?
あの子は、お姉さんの子で――
- 125 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:40
-
「――知ってるよ」
「え?」
「ちょっと前に村田先生が教えてくれた」
「じゃあ、どうして?
もう遠慮することないじゃないですか?」
「だから、だよ」
「はあ?意味わかんないです」
中途半端な自分のまま
彼女に想いを伝えたくないんだ。
アタシは――
- 126 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:42
-
「そんな悠長なこと言って、誰かにとられたって
知りませんよっ!!」
また、フロアの視線が集まった。
「・・・それはそうなんだけどさ。
ね、頼むから落ち着いて――」
「落ち着けませんっ!!」
大きな音を立てて、立ち上がると
仙石ちゃんは、アタシを見下ろした。
「ヘタレ!意気地なし!
おたんこなす!それから、それから――」
「あー分かったって。仙石ちゃんが心配してくれるのは
嬉しいけどさ。アタシにはアタシの・・・」
「ぜんっぜん!わかってないっ!!」
- 127 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:43
-
「吉澤さんは、女心が全く分かってないっ!!
もういいです!!見損ないましたっ!!」
勝手にどこにでも行っちゃえ!
後で泣いたって、慰めてやんないんだからっ!!
そう言って、思いっきり
あっかんべえすると、ドスドス音をさせながら
フロアから出て行った・・・
「――なんなんだよ。ったく・・・
大体、アタシも女なんだっつうの」
「エライ剣幕で怒られとったなぁ」
「姉さ――専務・・・」
立ち上がってお辞儀する。
「ええって。座っとき」
- 128 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:44
-
「ウチは仙石の言うてることも
よう分かるけどなぁ」
そう言いながら、さっきまで仙石ちゃんが
座っていた席に、姉さんが腰掛ける。
「かわいいし。
巨乳やし、な」
小声でアタシに囁く。
「どうせそれで味方してんでしょ?
すみませんね、ささやかで!」
ふてくされて、小声でそう言い返すと
姉さんは楽しそうに笑った。
- 129 名前:第6章 1 投稿日:2009/11/19(木) 11:44
-
「それはそうと、下で拾って来たんやけど」
「何を?」
どうせまたロクなもんじゃないんでしょ?
そう思って、仕事を再開しようと手を動かした。
忙しいんだから、つまんないことなら
他の人で遊んでよ。
「あんたのお客さん」
「アタシの?」
驚いて顔をあげる。
「ちっちゃいお客さんやで〜
可愛らしいなぁ。キャラクターもののポシェットを肩からかけて
ブタの貯金箱かかえとった・・・」
それって――
「どこにいるの?!」
「役員室」
松葉杖を引っつかむと、アタシは慌てて
役員室に向かって駆け出した――
- 130 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/19(木) 11:45
-
- 131 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/19(木) 11:45
-
- 132 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/19(木) 11:45
-
本日は以上です。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/19(木) 18:08
-
今回は千聖ちゃんバージョン来ましたね!
千聖ちゃん可愛い・・・
この作品の更新が毎日待ち遠しいです!
楽しみにしています♪
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/19(木) 21:30
- そこで終わるんかいっっと突っ込んでしましました
岡井ちゃんファイ
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 17:26
- 千聖ちゃん、君にかかってる
がんばってくれ!
- 136 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/24(火) 13:56
-
>133:名無飼育さん様
楽しみにして頂き、ありがとうございます!
残りわずかですが、最後まで楽しんで頂けるよう頑張ります。
>134:名無飼育さん様
すみません!
今日は突っ込まれることはないと思います(笑)
>135:名無飼育さん様
「梨華ママとよしざわたんのために、がんばるよ!!」
だそうです。
では、本日の更新に参ります。
- 137 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/24(火) 13:56
-
- 138 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 13:58
-
「千聖どこ行っちゃったのかなぁ・・・?」
「大丈夫でしょ。千聖ちゃんなら」
「そーそー、しっかりしてるもの。誰かと違って」
「ちょっと!」
はあ〜
でも、ほんと大丈夫かなぁ・・・
圭ちゃんと柴ちゃんはああ言うけど
千聖はまだ幼稚園児だもの――
「わたし、やっぱりちょっと見てくる!」
カウンターを出て、
店の扉に急ぐ。
開けようと手をかけた所で
勢いよく扉が開いた。
- 139 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 13:58
-
「い、いらっしゃいませ・・・」
驚くより先に、思わず言葉が出る。
意外と染み付いてるもんなんだなぁ・・・
なんて、ひそかに思った。
「お一人様ですか?」
驚いて固まっているお客さんに
声をかけた。
「――石川さん、ですよね?」
え・・・?
- 140 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 13:59
-
「あなた石川さんですよね?!」
何だか突然、すごい剣幕になって
肩を掴まれた。
「ちょっと、あんた何者?」
圭ちゃんが、声と顔で威嚇する。
「そーよ。何者よ!」
声は威勢がいいけど、
圭ちゃんを盾にして、いつでも逃げられる構えの柴ちゃん。
意外とビビリなんだよねぇ・・・
「あ、すみません。
私、こういう者です」
彼女がバッグに手を入れると
柴ちゃんが圭ちゃんの背中に身を隠した。
- 141 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:00
-
わたしの前に差し出されたものは、
ナイフや拳銃なんかでは、当然なくて――
「仙石みなみと申します」
差し出された名刺を受け取る。
名刺と分かるなり、わたしの隣に移動してきた柴ちゃん。
「――エムラインデザイン・・・」
「はい。私、吉澤さんの一番弟子です!」
一番弟子・・・?
胸を張って、きちんと
背筋を正している彼女。
- 142 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:00
-
「あの・・・。それでご用件は・・・?」
「あ、すみません。
どうしても石川さんにお聞きしたいことがあって・・・」
「わたしに、ですか・・・?」
柴ちゃんと顔を見合わせる。
「はい。ズバリ伺います!
石川さんは吉澤さんのこと、どう思ってますか?」
・・・え?
いきなり?!
「大事なことなんです。
教えて下さい。吉澤さんをどう思ってますか?」
そんな急に。
どう思ってるかって、聞かれても――
- 143 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:02
-
「あんたまさか、梨華ちゃんに
吉澤さんに近づくなとか言うんじゃないでしょうね?」
すっかりペースを取り戻した柴ちゃんが
彼女の前に出て凄む。
「ちょっと引っ込んでてもらえますか?!
私は石川さんに聞いてるんです!」
柴ちゃんを押しのけて、
再びわたしの前に立つと、彼女は言った。
「教えて下さい。石川さんの気持ちを」
真剣な瞳が、わたしを見据える――
どうして突然、そんなことを聞くのか分からない。
よく考えれば、初対面でこんな単刀直入に聞くなんて
非常識だと思う。
――けれど。
彼女の澄んだ瞳から
目をそらせなかった。
彼女に嘘をついてはいけない。
直感で、そう思った。
- 144 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:03
-
「――好きです。誰よりも。
この気持ちは、誰にも負けません」
しばし見つめあった後、
わたしは正直に答えた。
彼女の目が、ふっと優しくなる。
「吉澤さん、もうそろそろ家に帰る頃だと思います。
行ってくれませんか?吉澤さんの所に」
「え?だって・・・」
「今夜は吉澤さん、ここに来ないつもりです。
明日の朝、空港に行く前にここに寄るって・・・」
空港・・・?
「吉澤さん、海外赴任が決まったんです。
明日、パリに旅立ちます」
――うそ・・・でしょ・・・?
- 145 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:05
-
「向こうに行ったら、いつ帰るか分かりません。
もしかしたら、一生かも――」
「うそ・・・、どうして・・・?
それって――もう、会えなくなるって、こと・・・?」
「その可能性もあります」
そんな――
どうして、急に・・・
そんな、パリだなんて・・・
それも明日って・・・
もう、会えなくなるの?
もうここには来てくれないの?
もう・・・
――オムライスを食べてもらえないの?
- 146 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:05
-
「ただいま〜!!」
元気いっぱいの声が聞こえて
再び店の扉が開いた。
「千聖!どこ行ってたの?!
心配したのよ?」
「だいじょうぶだよ。
あのおばちゃんが、おくってくれたから!」
千聖が指差した先を見ると
入口に仁王立ちした女性が一人・・・
「誰がおばちゃんやって?」
「専務?!」
「よう!仙石、あんたもお人よしやなぁ」
専務って・・・
もしかして、あの人が吉澤さんの会社の?
- 147 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:06
-
「はじめまして。中澤裕子と申します」
一歩前に出て、わたしに向かってそう挨拶すると
柴ちゃんが今度はわたしの背後に隠れた。
「行きますか?吉澤のところに」
中澤さんに見据えられる。
「行くならウチが送ります」
「待ってください。
そんな、急に・・・」
頭がついて行かないよ。
突然こんな風に、吉澤さんがいなくなるって言われたって――
- 148 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:07
-
「ホンマですよ。吉澤が明日パリに行くって話」
あなたと一緒にいた時に、吉澤に電話があったでしょ?
あれ、ウチがかけたんです。
あの後、随分怒られました。
いい雰囲気だったのに、ジャマしやがってって・・・
『出たくない・・・』
『ほら、切れたでしょ?』
あの時嬉しかったの。
大事な電話かもしれないのに、わたしを優先してくれて――
あなたの澄んだ瞳にわたしだけが映ってて。
重ねた手が、燃えるほど熱くて…
ずっとこうしていたい。
ずっとあなたに触れていたい。
ずっとずっと、こうして二人の時間を過ごしていたいって。
そう思ってたの…
それなのに――
それなのに、ほんとなの・・・?
ねぇ、ほんとにパリに行っちゃうの・・・?
- 149 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:08
-
「今回の赴任は、吉澤にとっては大きなチャンスです。
きっと二度とは巡って来ないくらいの」
チャンス・・・
吉澤さんにとっての・・・
「けれど、あなたの想いはあなた自身のものです。
吉澤に伝えようと、伝えまいと、石川さん。
あなたの好きにしたらええ」
わたしの、想い・・・
「このまま黙って見送りますか?
それとも――」
「石川さん!
伝えなくていいんですか?!
吉澤さん、本当に明日行っちゃうんですよ?」
――わたしは・・・
いつか伝えたいって、ずっと思ってた。
あなたを、あなただけを想い続けてきたことを
わたしの正直な気持ちを、いつかあなたに伝えたいって・・・
- 150 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:09
-
「まあ、外野が出しゃばる事でもないし。
あなたが黙って見送るっていうなら、ウチはこれで帰ります」
「梨華ちゃん!
もうイケメンと会えなくなるかもしれないんだよ?
それでもいいの?!」
――会えなく、なる…
「あんた、ずっと好きだったんでしょ?
もうずっと。何年も想い続けて来たんでしょ?!」
あの日・・・
初めてあなたを、ファインダー越しに見つめたあの日から
わたしはずっと、あなたが好きだった。
あなたを想い続けて来た。
偶然ここを訪れてくれた事に感謝して。
たくさん、お話しも出来るようになって。
わたしのオムライスを美味しいって、食べてくれて――
時には、甘い雰囲気になったりして、
今度こそ、期待してもいいんじゃないかって。
今度こそ、間違ってないんじゃないかって、思ったりしてたのに――
ほんとにもう、会えなくなっちゃうの…?
- 151 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:09
-
「では、ウチは帰ります」
――そんなの・・・、ヤダよ・・・
――会えないなんて・・・、ヤダよ・・・
「待って下さい!!」
背を向けた中澤さんを呼び止めた。
「お願いです。吉澤さんのところに…
吉澤さんの家に連れていって下さい!!」
深々と頭を下げた。
「このまま、自分の想いも伝えられないまま
二度と会えなくなるなんて嫌です。
ずっとずっと秘めていた、わたしの想いを
彼女に伝えたいんです」
――だから、お願いです。
わたしの想いを、伝えさせて下さい・・・
- 152 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:10
-
「よく言った、梨華ちゃん!!」
「大丈夫。ケメコ占いでは二人は最高の相性だから!」
柴ちゃんと圭ちゃんが
口々に応援の言葉をかけてくれた。
「なら・・・、行きましょか?」
ゆっくり顔をあげると
中澤さんが優しく微笑んでいた。
「車、表に横付けしてますから」
そう言って、わたしの背中をそっと押して
歩きだそうとして、ふと気付いたように、後ろを振り返った。
「なあ、仙石。あんたホンマええ女やな。
良かったらウチの愛人にならへん?」
…愛人っ?!
- 153 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:10
-
「結構です!専務の愛人になるくらいなら
吉澤さんの愛人になる方がまだマシです」
「あいつは一途やから、無理無理」
「分かってます!
だからここに来たんじゃないですかぁ!」
ぷぅっと頬を膨らませたかと思うと
仙石さんは、わたしに向かって微笑んだ。
「吉澤さん、変なとこで頑固だから
ガンガン攻めないとダメですよ?」
「そうそう。自分からブチューっと行ったって。
なんなら石川さんから押し倒して――」
「専務っ!」
中澤さんが肩をすくめた。
さっきまでは中澤さんて、すごくスマートな
キレ者って感じだったのに…
イメージ、壊れちゃったかも――
- 154 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:11
-
「梨華ママ!」
千聖がわたしの前に走りよって来て
腰に手をあてて、仁王立ちした。
「きょう、千聖は、しばちゃんちにとまるから
梨華ママは、よしざわたんのおうちに、
おとまりしてきていいよっ!」
屈託ない笑顔で、『心配ない』と
胸を張って言う千聖。
そこに深い意味はないんだろうけど――
思わず顔が赤くなった。
「おー!千聖ちゃん。
君もいい女になりそうやなぁ。
どう?ウチの愛人の予約しと――」
「専務っ!!
早く行って下さいっ!」
仙石さんに背中を押し出されて
中澤さんとともに、外に出た。
- 155 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:11
-
- 156 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:12
-
『このマンションの4階の4号室やから』
『頑張ってな』
『それからこれ、吉澤に渡してくれる?』
そう言って、わたしに封筒を手渡すと
ウインクを一つして、中澤さんは去って行った。
エレベーターのボタンを押そうとして
自分の指が震えていることに気づいた。
緊張する――
だって、こんなに急に
伝えるなんて思ってなかったから…
どうしよう…
わたし、フラれちゃうかな?
わたしにそんな目で見られてたなんて
気持ち悪いとか思われちゃうのかな…?
だったらいっそ、何も知らないフリして
『いってらっしゃい』そう言った方が、
いい関係のままで、いられるのかもしれない…
- 157 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:12
-
けれど――
このまま離れ離れになってしまうのなら。
一生会えなくなってしまうのならば――
やっぱり知って欲しい。
わたしがあなたを好きだってことを。
恋におちたあの日から
あなただけを想い続けて、今日まで来たってことを――
吉澤さんの部屋の前まで来て、
深呼吸する。
天を仰いでから、拳を握ると
そっとその手を胸にあてた。
大丈夫。
絶対、大丈夫。
吉澤さんのおまじない。
どうかわたしにも、力を下さい――
- 158 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:13
-
<ピンポン>
どうしよ、押しちゃった…
『どうぞー、開いてるから』
え?
『入っていいよ』
は、入っていいって…
『んだよ。
入っていいってば』
でも、だって…
扉の前で躊躇していると、足を引きずる音が聞こえて、
乱暴に扉が開いた。
- 159 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:14
-
「何だよ、勝手に入って来いって言ってんじゃ――」
吉澤さんが、わたしを見て固まる。
大人になってから、始めて見る
あなたのジャージ姿。
昔と変わらず、良く似合っていて
かっこよくて――
「石川、さん…
どうして、ここに…?」
目を見開いたまま
やっと言葉を見つけたように、わたしに尋ねた。
ギュッと胸が締め付けられる。
わたし、こんなにあなたのことが好き…
- 160 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:14
-
「寒いですよね?
あがって下さい」
震える指を強く握ったのを
寒いからだと勘違いしたのかな…?
「何もない部屋ですけど
少しは温かいですから」
さ、早く。
そう言って、手を引いて
中に入れてくれた。
お部屋の中に通されて、
すぐに目に飛び込んできた大きなスーツケース。
――ほんとに行っちゃうんだ…
- 161 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:15
-
「ちょうどお湯が沸いたとこで。
もうインスタントしか置いてないから
あんま美味しくないけど――」
そう言いながら、二人分のコーヒーを
用意してくれる。
「石川さんみたいなプロにインスタントじゃ、
ほんと申し訳ないけど、ちょっとはあったまると思うから…」
あ、その辺
座って下さい。
小さなテーブルにカップを二つ置いてくれる。
綺麗に片付いたお部屋が、わたしの胸を締め付けた。
- 162 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:16
-
「これ・・・、中澤さんから預かりました。
吉澤さんに渡してくれって」
わたしが差し出した封筒を受け取ると
そのまま床に座り、わたしにも隣に座るよう促した。
おとなしく、言われた通りに隣に座る――
「さっきはすみません。てっきり姉さんが来たのかと思っちゃって・・・
あ、姉さんて、この手紙の主の中澤裕子のことなんですけど」
封筒の中身を確認しながら、わたしに尋ねてくる。
「それで、その姉さんが、石川さんをここに連れ出したんですか?」
「――わたしから…」
「え?」
吉澤さんの視線が上がって
わたしの視線とぶつかった。
- 163 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:16
-
「わたしからお願いしたんです。
あなたが今夜はお店に来ないって、聞いたから…」
そのまま、目をそらさずに続ける。
「仙石さんがお店に来て、教えてくれたんです」
「仙石ちゃんが?」
「吉澤さんが、明日パリに行っちゃうって。
だから、もう会えなくなっちゃうって…」
涙が溢れた。
「どうして教えてくれなかったんですか?
どうして何も言ってくれないの?
そんな突然、明日さよならされたって――
そんなの…、そんなの、わたしイヤです!」
「石川さん…」
「そんなの…、ヤダよぉ…
あなたに、そばにいて欲しいのに…
ずっとあなたのそばに居たかったのに…」
溢れ出した涙を止められなくて、唇を噛み締めた。
うまく言えない。自分の気持ちをうまく言葉に出来ない。
でも伝えたいの。
あなたに、わたしの気持ちを――
- 164 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:17
-
「もう会えないなんてイヤなんです。
吉澤さんに、二度と会えないなんてイヤなんです!
だってわたし…
だってわたし、ずっとあなたを――」
想いを告げようとしたわたしの唇に
吉澤さんの人差し指が触れた。
「それ以上言わないで…」
囁くように、あなたがわたしに言う。
――そんな…、ヒドイよ…
――言わせても、くれないなんて…
視線を合わせたまま、唇から指を離すと
そのまま包みこむように、両手でわたしの頬に触れた。
優しい眼差しで、溢れ続ける涙を
そっと拭ってくれる。
- 165 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:18
-
「その先は、アタシから言わせて欲しいんだ…」
えっ?
吉澤さんの胸に引き寄せられた。
「アタシからちゃんと言いたい。
アタシから想いを告げさせて欲しい」
抱き寄せられたあなたの胸から、
早い鼓動が伝わってくる。
優しい手つきで、わたしの髪を撫で、
肩を撫で、背中を撫でてくれる――
「だけどね、1年だけ待って欲しい」
1年、だけ・・・?
「必ず輝いて戻ってくるから。
石川さんが、また写真に納めたい。
そう思ってくれるようなアタシになって、必ず帰って来るから・・・」
- 166 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:18
-
「――写真って・・・?」
どうして知ってるの?
わたしが、写真を撮ってたなんて――
少しだけ体を離して、わたしを真っすぐに見つめると
彼女はいたずらっぽく微笑んだ。
わたしの肩を抱いたまま、
鞄に手を伸ばすと、一枚の写真をわたしに見せた。
「・・・うそ、これ――」
「千聖ちゃんが、今日会社まで持ってきてくれたんです」
「千聖が?!」
「ええ。たった一人で、アタシに見せなきゃって
大冒険して来てくれたんです」
千聖が出かけたのって、
これを吉澤さんに届けるためだったんだ・・・
- 167 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:19
-
「梨華ママの部屋から出てきたって。
この写真と同じ服を着た人が、上向いて拳を胸にあてている写真を
一番好きだって言ってたって・・・」
あなたがわたしの髪にキスを落とす――
「それって、これでしょ?」
そう言って、色あせた薄いピンクの封筒を
わたしに差し出した。
「アタシのお守りなんです」
これは――
わたしがあなた宛に書いた手紙・・・
ただ、あなたに伝えたくて。
あなたを見つめてるだけで、
幸せだったことをどうしても伝えたくて――
- 168 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:21
-
「苦しいとき、辛いとき、
いつもその手紙を、その写真を眺めてました。
いつだって、その手紙に・・・
その手紙をくれたあなたに包んでもらって、
アタシは今日まで来れたんです」
あの日――
初めて、石川さんの店を訪れた日。
窓に張り紙がしてあって、その文字を見たとき
なぜか愛らしいと思ったんです。
もちろん、絶品オムライスに惹かれたのも
あるとは思うけど・・・
今思えば、あの字に。
石川さんの書いた、あの愛らしい文字に惹かれて
アタシは、店の扉を開けたんだと思うんです――
- 169 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:21
-
いつも以上に優しく響く吉澤さんの声。
綺麗な細長い指が、わたしの髪を
何度も何度も梳いてくれる。
吸い込まれそうな瞳は、いつも以上に
優しい光りを放っていて、夢の中にでもいるみたい・・・
「千聖ちゃんが写真を持って来てくれるまではね、
ぶっちゃけ、アタシ自信なかったんです…」
照れたように微笑んで、言葉を紡ぐ彼女。
「あの夜、姉さんにパリ行きの話を聞かされて
正直すごく迷いました・・・」
石川さんに会えなくなるなんて耐えられない。
石川さんと離れたくない。
石川さんにずっとそばにいて欲しいって…
驚いて、彼女を見上げた。
- 170 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:22
-
「でもね、その時ハッとしたんです。
アタシ、石川さんに甘えてるって――」
きっとこんな自分じゃ、いつか愛想つかされちゃうと思ったし、
アタシだって、石川さんを守れるようになりたいって
そう強く思ったんです。
中途半端なままの自分を卒業して、
石川さんみたいに、人の心を温めてあげられるような
温もりのある作品を作れる、一人前のデザイナーになろうって――
自分の足元をしっかり固めて、それから勝負しようって。
じゃないとフラれた時、絶対後悔するって。
自分に自信もないままで、
想いを告げたとしても、きっと好きになんかなってもらえない。
万が一うまく行ったとしても
きっとアタシは、また石川さんに依存してしまうような気がしたんです――
- 171 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:23
-
「だけど、この写真を見て…」
千聖が持ってきたという写真を
持ち上げた。
「アタシ、ずっと石川さんに包まれてたんだって思った」
手紙をもらったあの日から
いつだってずっと、包んでもらってたんだって――
強く抱き寄せられた。
ドキドキと心臓が早鐘を打ち出す・・・
「今度は、アタシがあなたを包んであげたい。
何があっても、どんなことがあっても、
アタシがあなたを包むから――」
- 172 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:23
-
「アタシを信じて、待っててもらえませんか?」
アタシ、パリに行って絶対プロジェクト成功させて
もっとでっけぇ人間になって、必ず帰ってきます。
あなたの元に、輝いて必ず帰ってきますから・・・
体を離して、見つめられた。
「その時は、一緒に写真に納まってくれませんか?」
涙が溢れた。
もうファインダー越しに覗いていただけの
関係ではなくっていいんだ。
一番近くで、あなたの輝く姿を
見ていてもいいんだよね・・・?
- 173 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:24
-
言葉にならなくて、黙って頷くと、
また優しく抱きしめてくれた。
「ほんとは、こんなジャージじゃなくてバッチシ決めた姿で
信じて待っててくれって、言おうと思ってたんだけどな・・・」
照れたように、あなたが笑った。
ねぇ、でも――
一生って仙石さん言ってたのに・・・
一年で帰ってくるって、どういうこと?
一時帰国するの?
「ふはは。アタシが行くのは、1年だけです。
仙石ちゃん言うときに、『かも』とか『もしかしたら』
とか使ってませんでした?」
――言われて見れば、そうだったような・・・
「多分ね、言いながら心の中で言ってたと思います。
『だって行ってみなきゃわからないでしょ?』って」
「でも、中澤さんだって・・・」
「姉さんが会えなくなるって言ってました?」
素早く記憶を辿る――
・・・あれ?
確かに、中澤さんの口からは聞いてない。
周りが言ってただけで――
- 174 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:25
-
吉澤さんが「やられちゃいましたね?」
そう言って笑った。
「それにこれ」
中澤さんからの手紙をわたしに見せる。
「土産物のリストですよ。
一生行く人に、こんなの渡さないでしょ?」
箇条書きで、欲しいものがズラッと・・・
最後に『絶対こうて来てな!』そんな注意書きまで――
「けど、今回ばかりは姉さんと仙石ちゃんに感謝します。
こうして石川さんを抱きしめられたから・・・」
そう言って、再びその胸に
わたしを閉じ込めた。
- 175 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:25
-
「――今夜・・・、このまま吉澤さんのそばにいてもいいですか?」
「え?でも、千聖ちゃんが・・・」
「千聖が吉澤さんのところに泊まって来ていいって。
自分は柴ちゃんのお家に行くからって・・・」
驚いたように離された体。
戸惑うように揺れる大きな瞳。
「千聖ちゃんが・・・
そう言ったんですか・・・?」
黙って頷くと、
目の前の顔が、一気に真っ赤になった。
意外と純情なんだ・・・
吉澤さんて。
赤くなった頬に手を伸ばす。
ますます赤みを増して、首まで真っ赤になっちゃった。
- 176 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:26
-
「今夜、泊まってもいいですか?」
「あ、いや・・・でも・・・」
しどろもどろになって、硬直してる彼女。
ほんとかわいい・・・
でも、あなたの決意もちゃんと分かったから――
「ただ、そばにいるだけです。
こうして隣にいるだけで、いいですから・・・」
そう言って、あなたの手を握って
ぴったりくっついて、肩に頭を乗せた。
「あは、あはは、そ、そうです、よね・・・
それ以上の、意味なんて・・・」
何考えてんだ、アタシ。
そうつぶやいたから、あなたの耳に
唇を寄せて、息を吹きかけるように囁いた。
「一年後、それ以上のことしてくれるの
楽しみに待ってます――」
囁かれた耳から、紅色を注入されたみたいに
一気にまた、首まで真っ赤にすると、
彼女は小刻みに、首を縦に振った。
- 177 名前:第6章 2 投稿日:2009/11/24(火) 14:27
-
――その夜、わたし達はずっとずっと手を繋いでいた。
もちろん、唇を重ねることも
肌を合わせることもしなかったけれど、
お互いの温もりを感じていたくて、
ずっと寄り添って、硬く手を繋いでいた。
眠りたくなかったのに、
一緒にベッドに入ったら、何だか温かくて安心しちゃって・・・
明け方近くなって、ウトウトし始めたわたしの額に、
優しいキスを落としてくれたような気がするけど、
もしかしたら、夢の中の出来事だったかもしれなくて・・・
けれど、わたしの心は
幸せいっぱいで、すごく安らかで。
あなたの温もりを感じながら
わたしは静かに眠りについた――
- 178 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/24(火) 14:27
-
- 179 名前:I wrap You 投稿日:2009/11/24(火) 14:27
-
- 180 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/11/24(火) 14:28
-
本日は以上です。
次回、最終回となります。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/24(火) 14:55
- 更新された!!!
やっぱり1年待たされるのか!!!
ストーリーがいつ読んでも本当に面白いです。
楽しみに待ってます♪
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/24(火) 22:49
- 更新お疲れ様です。
あ〜〜(涙)作者様に じらされた分(笑)訪れるなんとも言えない
この幸福感・・次回最終回ですかぁ・・さみしさもハンパないです・・
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 15:44
- 石川さん、それある意味拷問だよw
- 184 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/02(水) 17:40
-
>181:名無飼育さん様
ありがとうございます!
最終回も楽しんで頂けたら嬉しいです。
>182:名無飼育さん様
さみしいと思って頂けるなんて、作者冥利につきます。
ありがとうございます。
>183:名無飼育さん様
なんたって、とある会場で皆に『S』だと
言われる方ですから(笑)
では最終回となります。
- 185 名前:I wrap You 投稿日:2009/12/02(水) 17:40
-
- 186 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:42
-
「それにしても、イケメンってマメだよね〜」
「ほんと、それに対してどうよ?
このずぼら人間は」
「あ〜、イケメン健気だわ〜」
「見てみて、これ」
柴ちゃん、圭ちゃんの前に置かれているのは
パリにいる吉澤さんから送られてきた
ポストカードと手紙の山――
ほんと彼女は予想以上にマメで、
わたしが返事を書く前に、次の郵便が送られてくる・・・
(Dear 石川さん
これがかの有名なエッフェル塔です。
いつか石川さんにも見せてあげたいって思いながら
このハガキを書いてます・・・)
「くぅ〜、見せてあげたいなんて
言ってくれるじゃん」
- 187 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:43
-
二人して次から次に読み上げては、
『かぁ〜』だの『くぅ〜』だの。
『こっちの方が照れる』だの言い合ってる。
大体、なんでこんな目にあってるのかと言うと――
「ね、今日でちょうど一年だよ?
イケメンから帰国するとか、そんな連絡ないわけ?」
そう言う柴ちゃんの一言から始まり。
「手紙とか来ないわけ?」
その一言に、千聖が反応して
「まいにちのように、おてがみいっぱい
とどいてるよ!」
なんて言っちゃったからで・・・
- 188 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:44
-
「千聖ちゃん、そのお手紙持っておいで。
梨華ママのために、柴ちゃんと圭ちゃんが
調べてあげるから」
なんて、巧みな柴ちゃんの話術で
千聖を仲間に引き入れたから、こんな事態になっていたりして――
「見て、圭ちゃん!
これすごいよ!」
(Dear 石川さん
今日、パリで出来た友人の家に招待されたんです。
そこで日本から来たアーティストの写真を見せてもらいました。
二人組の女の子なんですけど、その一人がなんと!
石川さんにそっくりなんです!!
ほんと驚いちゃいました。でも、もっと驚いたのは
その友人が、もう一人の方を指して、アタシに似てるって言うんです。
なんか、すごくないですか?
アタシ達に似てて、その二人でユニット組んでるなんて!
その子達は、アタシがパリに来る前に来て
もう日本に帰っちゃったらしいんですけど
会ってみたくなっちゃいました。
日本に帰ったら、二人で行きませんか?
彼女たちのコンサートに・・・)
- 189 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:45
-
「デートのお誘いですよ、これ」
「いやいや、遠まわしに結ばれる運命だって言ってるよ、これ」
「もう!いい加減にしてよ!」
「あら、梨華ちゃん顔真っ赤」
「もうさ、この手紙の数といい、完全に恋人だよね」
そう見えるかもしれないけど、
まだちゃんと『好き』って言ってもらってないもん・・・
「でもさ、こんなにせっせと送ってくるくせに、
いつ頃帰るとか一切触れてないのが、不気味だよね・・・」
ギクッ!
「ちょっと帰国が延びちゃいそうですとか
一言ぐらいあってもいいのにねぇ・・・」
ズキンッ・・・
- 190 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:45
-
「イケメンだけに心配だよね・・・
自分がそんな気なくても、言い寄られてさ」
「あちらの方はものすごく積極的な感じ
するもんね」
「無駄に優しいし、押しに弱そうだからね・・・
案外コロッといっちゃったりさぁ」
そうなんだもん。
心配なんだもん。
だって、仙石さんから会社ですごい人気だったって聞いたし、
パリ行きが決まって、何度も呼び出しされてたって聞いたんだもん・・・
「――ねぇ、そろそろからかうのヤバイかも」
「ほんとだ。黒いオーラが出てる」
- 191 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:46
-
今日で、1年経つのに
何も言ってきてくれないのは、そのせいなの・・・?
誰か他にイイ人が出来ちゃったの?
わたしの返事が遅いから、イヤになっちゃったの?
「もしもーし、梨華ちゃ〜ん!」
「お〜い、帰っておいで〜」
そうだ。きっとそうに違いない。
わたしの返事が遅いから、嫌になっちゃったんだ。
だって、だって。
書きたいことがいっぱいありすぎて、
まとまらないんだもん。
会いたいって書いたら、困らせちゃうし。
早く帰ってきてなんて、書けないし。
言葉を選んでるうちに
先にあなたから手紙が来ちゃうんだもん・・・
- 192 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:46
-
「うぇ〜ん・・・」
「ちょっと梨華ちゃん、何いきなり泣き出すのよ?!」
「あんた、そんな子供みたいな泣き方すんじゃないわよ!」
「だってぇ〜、ヤダもん。
吉澤さん、とられちゃったらヤダもん・・・」
「あー!!
しばちゃんとけいちゃんが、梨華ママなかしたぁ!」
お部屋に続く入り口から
慌ててとび出して来た千聖。
- 193 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:47
-
「ち、違うの。
千聖ちゃん、落ち着いて?」
「いじわるしたら、ダメなんだよ!」
「意地悪なんてしてないから・・・
ちょっとからかっただけよ?」
「だって梨華ママないてるもん!」
「あんた、ちょっと泣きやみなさいよ!」
「ほら梨華ちゃん、笑って?」
「うぇ〜ん!!」
「ほら梨華ママないてるぅ!!」
「「だから違うってば!!」」
フンだ!
もっと困っちゃえ。
- 194 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:47
-
<キイィ・・・>
お店の扉が開いて、全員が一斉に
入口を見る――
「ハーイ!ボンジュール!!」
「ママっ!!」
「千聖ただいま!」
空気も読まず、陽気に現れたのはひと姉。
千聖が入口まで、跳ぶ様に走っていって、
ひと姉に抱きついた。
「「「はあ〜〜〜」」」
な〜んだ。ひと姉か・・・
3人してガッカリして
自然と言い合いも収まった。
- 195 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:48
-
「何なの、そこの3人衆。
数年ぶりに、帰国したって言うのに
そのガッカリムードは」
「はいはい。おかえり」
「あゆみ、適当に言うな!」
「待ち人来たらず、ね・・・」
「何よ?待ち人って」
「悪いけど、今はイケメン待ちなのよ」
「イケメン?」
「オムライス王子のことよ」
「ああ、梨華のオムライス王子ね」
- 196 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:49
-
「ひと姉、帰ってくるなら帰ってくるって
言ってくれれば良かったのに・・・
コーヒー飲む?」
「ああ、じゃあ2つ頂戴」
「かけつけ2杯?
聞いたことないよ・・・」
そうボヤキながら、言われた通り
カップを2つ用意する。
ひと姉は服飾デザイナーだけあって
ちょっと感覚がズレてたりするんだよね・・・
「千聖、今日帰ってくること
皆に言わなかったの?」
「うん!だってママがないしょのほうが
おもしろいっていったでしょ?」
「それは、私じゃなくて・・・
ま、いっか」
- 197 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:49
-
<ゴンゴン>
「「「何、今の音?」」」
店の扉に何かがぶつかる音がする。
柴ちゃんが、いち早く圭ちゃんの背後に隠れた。
『ちょっと〜、瞳さん
開けて下さいよ〜。荷物いっぱいなんスから〜』
・・・え?
この声――
「ごめん、ごめん。
今開けるわね〜」
ひと姉が、わたしを見て微笑んだ。
店の扉に手をかける。
「さ、ごたいめ〜ん!!」
- 198 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:50
-
――う、そ・・・
<ドサッ>
「荷物多すぎです!」
そう言って、近くのテーブルに
両手いっぱいに抱えた荷物を置いた。
――夢、じゃないよね・・・?
あなたがカウンターにいるわたしを振り返る――
パンツスーツに身を包んだあなたは、
眩しいくらいに、素敵で・・・
肩にかかっていた髪を短く切っていて・・・
もう松葉杖もついていなくて・・・
1年前よりも、力強くなった眼差しは
もともと綺麗だった瞳を、更に輝かせていて――
- 199 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:50
-
「ただいま。石川さん」
優しい声で、優しく微笑んで
そう言ってくれた。
一気に涙が溢れ出す。
言葉が、出ない・・・
おかえりって。
待ってったって言いたいのに・・・
帰ってきたら、一番にかけたいって
思ってた言葉だってあったのに・・・
ただ涙が溢れるばかりで、
何も言えない――
「ほら、梨華」
ひと姉がカウンターから、わたしを引っ張り出すと
背中を押して、吉澤さんの前に差し出した。
- 200 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:51
-
「約束どおり、1年で帰って来ました。
プロジェクトも大成功しました」
頷くことしか出来ない・・・
「梨華、何とか言いなさいよ!」
「だってぇ・・・
ビックリしちゃって・・・」
あなたがわたしを見て微笑んだ。
眩しすぎて、直視出来ないよ・・・
「大体、何でひとみんが
イケメンと一緒に帰ってくるのよ?」
「ん?だって仕事のパートナーですもん」
- 201 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:52
-
そりゃー、ビックリしたわよ。
彼女が、オムライス王子だって知ったのは、
ほんの数日前。
彼女の帰国が決まる、少し前だったの。
あっちで、日本人の新進気鋭の
インテリアデザイナーがいるって、小耳に挟んでね。
私から会いに行ったのが始まりよ。
うちも服だけじゃなくて、
インテリアの方も手がけたいなんて
思い始めた時だったから、日本人ならちょっと話し聞いてもいいかな?
なんて軽い気持ちで、会いに行ったの。
そしたら、すっかり魅せられちゃって――
彼女のデザイン、
大胆かつ繊細で、ものすごく温かみがあるの。
- 202 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:52
-
こんな人と一緒に仕事したい!って
パリでの彼女のプロジェクトが終わったら、
私と仕事して欲しいって、随分口説いたわ。
でね、彼女からの条件が
『日本に戻ること』だったわけ。
パリで仕事して、認められてるのに
日本に戻りたいなんて不思議じゃない?
その時は、口説きたい一心だったから
何も聞かなかったんだけど、彼女の帰国が決まりそうだって聞いて、
飛んでいった。
で、日本での仕事のことも含め
これからの予定とか、詳しく話してるうちに
聞いちゃったの。
どうして、そんなに日本にこだわるの?って――
- 203 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:53
-
「「そしたら?」」
柴ちゃんと圭ちゃんは、興味津々。
もちろん、わたしもだけど・・・
「そしたらね――」
「瞳さん、それ以上はいいですって!」
「ダメよ。聴衆が許さないもの」
「そーだ、そーだ。
イケメンは黙ってろ」
「さ、ひとみん続けて」
――参ったな・・・
真っ赤になって照れたように、
頭をかいたあなた。
ふふ・・・
そういうとこ、変わってない。
ちょっとだけ、安心した。
- 204 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:53
-
『1年で必ず帰るって約束した人がいるんです。
その人は、アタシにとってかけがえのない人で・・・
アタシ、日本に帰って彼女にきちんと
自分の想いを告げるつもりです。
一生、離したくない
大切な、大切な人だから――』
どうよ?
このセリフ。
これを間近で真剣な顔して言う
彼女を想像してよ。
私の方が、落ちそうになっちゃったわよ。
- 205 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:54
-
「ちょっと!ひと姉!!」
「あら、だってホントだもの。
美しいって素晴らしいわ〜」
「「同感」」
「二人まで!」
「あ、あの〜
もうその話し、やめましょうよ〜」
吉澤さんを見ると、首まで真っ赤。
「あら、イケメン意外とかわいい」
「そんなに真っ赤になられると、
ケメコ心もキュンと来るわ」
- 206 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:55
-
「二人ともダメよ。
彼女は、梨華にメロメロなんだから」
「例えば?」
「これ、石川さんに似合いそう。
これ、石川さんに見せてあげたいなぁ。
これ、石川さんに食べさせてあげたい・・・
もう数え上げればキリが無いくらい!」
さすがに、頬が熱くなった。
「私が梨華の姉だって分かってから、
何十回、『石川さん』を聞かされたことか・・・
あ、何百回かなぁ・・・?」
「瞳さん!もうその辺でカンベンして下さい・・・」
「ふふふ。じゃあ、今日はこのくらいでカンベンしてあげる。
向こうでの話しは、また追々ね?」
「いや、もうホントに、カンベンして下さい・・・」
気まずそうに、わたしを窺うあなたと目が合った。
嬉しいよ、そんな風にいつも想ってくれてたなんて・・・
わたしも同じ想いだったから・・・
- 207 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:55
-
「あーっ!そうだっ!!」
いきなり、ひと姉が叫ぶ。
「なに?どうしたのよ?」
「何なの、その雄たけびは?」
そう言った、柴ちゃんと圭ちゃんを睨むと
ひと姉は、千聖を呼んだ。
「千聖、このお店の
『ニューTOKYOありす』の名前の意味を言ってごらん?」
「うん!『にゅー』は、にゅーよーくにパパがいるから。
『とーきょー』は、千聖がいるところ。
『ありす』は、梨華ママがうさぎさんスキでしょ?
でも、にゅーとーきょーうさぎじゃ、おかしいでしょ?
だからね、アリスのおはなしに、うさぎさんがでてくるから
それで、つけたんだよっ!!」
・・・・・・え?
うさぎ・・・??
なぜか、ギクリとした圭ちゃん――
- 208 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:56
-
「コラッ!ケメコ!
あんただったのね!!」
ひと姉が、声を荒げると
圭ちゃんが肩をすくめた。
「あんたが間違ったこと、千聖に教えるから
吉澤さんが、梨華が子持ちだって勘違いしたんじゃない!!」
「だってほら。ひとみん、いないし。
その方が何かと都合が宜しいんじゃないかと・・・」
「この、すっとこどっこい占い師!!」
- 209 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:56
-
『ニューTOKYOありす』の意味は、
途中までは合っている。
『ニュー』は、義兄さんがニューヨークにいるから。
『TOKYO』は、千聖がいるところ。
そして、『ありす』は――
本当は、ひと姉の洋服ブランドの名前だったりする・・・
「仲睦まじい家族を、引き裂くような
マネしないで!!」
「いや、ちょっとした出来心よ?」
<ガンッ>
柴ちゃんが机を叩いた。
「もうそんなことどうでもいいから!
早く、二人の感動の再会&告白タイムに移ろうよ!!」
- 210 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:57
-
それも、そうね。
それがメインだものね。
「「「じゃ、どうぞ〜」」」
なんて、3人に手を差し出されたけど、
そんな、ここで、ねぇ・・・
同意を得ようと、吉澤さんを見上げると
咳払いを一つして、真剣な瞳で見つめられた。
え、待って・・・
ここで?
みんなに冷やかされちゃうよ?
いいの?
- 211 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:57
-
突然、背中を向けたと思ったら、
さっき置いた荷物の山から、大きな箱を取り出した。
「石川さん」
箱を抱えたまま、
わたしの真ん前に立つ――
「1年も待たせてごめんなさい。
でも約束どおり、アタシ向こうで頑張って来た」
シンと静まった室内。
皆に聞こえてしまいそうなほど、
心音が激しく鳴り出す・・・
「どうかな?
アタシ、ちゃんと輝いてるかな?」
- 212 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:58
-
「――輝いてるよ、すごく。
眩しくて、目を細めてしまいそうなくらい・・・」
「良かった・・・」
心底嬉しそうに微笑むと
彼女は手に抱いている箱を、わたしに差し出した。
「これ、向こうにいる間に
石川さんを想って作ったんです」
わたし、を・・・?
「世界でたった一つ。
心を込めて、あなたのために作りました」
わたしの、ために・・・
「もらってくれませんか?」
- 213 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:58
-
そう言って、彼女が箱から取り出したのは
一台の電気スタンド。
カサの部分が、幾重にも広がる花びらみたい――
コンセントにコードを差し込むと
吉澤さんが、お店の電気を消した。
そして、「見てて下さい」
そうわたしに言って、スイッチを入れた――
「うわぁ・・・きれい――」
みんなからも思わず、
感嘆の声とため息がもれた。
- 214 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:59
-
一瞬にして、この場に
一輪の花が咲いたような感じ。
春が訪れたように、
温かくて、優しくて――
そっと体を包まれたような気持ちになった。
「石川さんのイメージなんです。
ずっとアタシを優しく包んでくれた石川さんの・・・」
驚いて吉澤さんを見た。
「これからは、アタシがあなたを包みます。
何があっても、アタシがあなたを守ります。
あなたを守るためなら、アタシは何でもします」
――吉澤さん・・・
「だから、ずっと。
ずっとずっと、アタシのそばにいてくれませんか?」
- 215 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 17:59
-
うぅ・・・
涙が溢れ出して止まらない。
真っすぐ見つめて、そう言ってくれる
あなたの胸に飛び込んだ。
「会いたかった。会いたかったよぉ・・・」
「ごめん。待たせて」
「ずっとそばにいるから。
ずっとずっと、吉澤さんのそばにいるんだから!
吉澤さんに、イヤだって言われたって
もう絶対、離れないんだからぁ・・・」
泣きながら、しがみつくわたしを
優しく抱きしめてくれた。
- 216 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:00
-
「石川さん」
耳元で、わたしを呼んで
少しだけ、体を離すと
綺麗な指で涙を拭ってくれた。
肩に手を置いて、ジッと
わたしを見つめる――
「――好きです。石川さん」
また涙が溢れて来た。
「あなたのことが、好きです」
「――わたしも・・・
ずっとずっと、あなただけ・・・」
1年前に言えなかった言葉。
もう伝えていいよね?
「――吉澤さんが・・・、好き・・・」
- 217 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:01
-
何度も溢れる涙を、その度に
優しく拭ってくれて――
「一緒に暮らそう?」
瞳さんも戻って来たし、
お店には通うことになっちゃうけど、
ずっと一緒にいたいから・・・
「だから石川さん、アタシと一緒に暮らそう?」
コクリと頷いたわたしに、嬉しそうに微笑むと
わたしの高さに合わせて、首を傾け、
触れるだけの優しいキスをくれた。
『続きは二人きりになったらね?』
抱きしめて耳元で言うから、
思わず赤くなって、あなたの腕の中で黙って頷いた――
- 218 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:01
-
**********
- 219 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:02
-
『クリスマス、どこ行きたい?』
初めて迎える二人のクリスマス。
彼女が喜ぶことをしてあげたくて、
彼女の素敵な笑顔が見たくて。
『綺麗なイルミネーションが見たい!
二人きりで、輝く光を見つめたいの・・・』
そう言われて、二人きりでなんて
そんな場所あるかぁ?
どこ行っても込んでるし――
そう頭をひねって数日・・・
アタシの脳みそがピコンとひらめいた。
- 220 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:02
-
「どう?」
一面に広がるネオン――
東京タワー、ヒルズ、新宿まで見渡せるここは
アタシの会社の屋上。
二人きりで輝く光を見れる
なんて、ここしかない。
「すごい、キレイ…」
柵に手をかけて、辺りを眺める瞳は
キラキラ輝いてる。
よかった…
喜んでくれたみたいで。
- 221 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:03
-
彼女の営業時間が終わってから、洒落たレストランで食事して、
会社がひっそり静まったころ、ここに連れて来た。
アタシなりに頑張って演出してる
今夜の二人だけのクリスマスプラン。
日本に帰って来たのが、ついこの間だから、
なかなか予約がとれなくて・・・
完璧とは言い難いけど、出来るだけのことは考えたつもりだ。
――彼女の喜ぶ顔が見たいから…
- 222 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:03
-
「寒くない?」
「大丈夫」
そう言いながら、首をすぼめてる。
後ろから、アタシの中に閉じ込めるように
彼女を包みこんだ。
柵にかけられた小さな手の上に
自分の手を重ねる。
「これなら、あったかいっしょ?」
腕の中で、振り向きながら
頷く彼女。
可愛くて、思わず触れるだけの
キスをした。
「――ほんとはね。
ひとみちゃんといられるなら
お家でも良かったの・・・」
二人で暮らすようになって、
アタシは吉澤さんから、ひとみちゃんに昇格した。
そしてアタシも彼女を、梨華ちゃんと呼ぶ。
- 223 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:04
-
「でも、初めてだから。
やっぱり、特別にしたくて――」
――ごめんね。忙しいのに…
重ねていた手を逆に握り返された。
「わがまま言ってごめんね」
「わがまま大歓迎だって」
「でも――」
「アタシすげー楽しいよ。
梨華ちゃん、どんな顔して喜んでくれるかな?
とか考えると楽しくて仕方ない。
会社でもニヤニヤしすぎだって、仙石ちゃんに怒られてる」
「ほんと?」
アタシの腕の中で、体をグルリと回転させると
彼女がアタシに向き合った。
- 224 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:04
-
「すげー幸せだよ、毎日」
「わたしも…」
唇を重ねた。
胸が苦しい。
好きすぎて、アタシの心臓どうにか
なっちゃうんじゃないかって、時々思うくらい。
バクバク言って、
ギュウッて苦しくなって――
初めての夜なんて、そりゃヤバかった。
彼女の服に手をかけた指が笑っちゃうほど
震えて、ボタンも外せなくて…
彼女に触れるたびに愛しさで、
胸がいっぱいになって。
気持ちが溢れすぎて
アタシは思わず涙を零した――
- 225 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:05
-
「吉澤さん…?」
「ごめん…
胸が、苦しくて…」
「大丈夫?」
ベッドに起き上がって
アタシの頭を優しく抱きしめてくれた。
「――石川さんが、好きすぎて苦しい…」
あなたの素肌に包まれたアタシは
ほんとに幸せで――
「幸せすぎて、涙が出るんだ…
ほんと頼りなくてごめん…」
そうつぶやいたアタシに
「全然頼りなくなんかないよ。
すごく嬉しいよ?それにね、わたし
吉澤さんのそういう繊細な所も好きなの…」
そう言ってくれて。
「無理しなくていいから
吉澤さんのペースでいいから…」
ずっと抱きしめていてくれた。
- 226 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:06
-
彼女が受け止めてくれるから
アタシは大きく羽ばたける。
まだまだ包まれちゃうアタシだけど
あなたの幸せは、何があっても
アタシが守るって誓うから――
合わせた唇を離して
彼女を抱きしめた。
「幸せ、わたし…」
<ガタンッ!>
背後で大きな物音がして
慌てて振り向いた。
「裕ちゃん!何やってんだべさ」
「誰や、こんなとこにモノ置いとんのは!」
- 227 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:06
-
「姉さんっ!安倍さんっ!」
「メリークリスマス!よっちゃん、梨華ちゃん」
「いや〜、イトコのラブシーン見れて
裕ちゃん、感無量やで」
いまだ抱き合ったままだったことに気づいて
慌てて離れた。
「なんで姉さんがいんだよっ」
「アホ、それはウチらのセリフや。
毎年ここに来て、ブチューってやるのが
ウチらのクリスマスや」
「マジ?!」
- 228 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:07
-
「血が繋がってると
考えること一緒なんだね〜」
安倍さんが梨華ちゃんに
微笑みかけて近づいてくる。
ついこの間、アタシの帰国パーティーを
『ニューTOKYOありす』で開いてくれて。
二人はその時に、随分意気投合してた。
「ここ綺麗っしょ?」
「はい。こんなに静かで綺麗な所があるなんて
ビックリしました」
二人が話し始めたと同時に
姉さんの元に行って、小声で頼んだ。
「今夜は譲ってよ」
「なんでや?ウチらも一緒にええやろ?」
- 229 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:07
-
「やだよ!
もう少し、二人きりで甘い時間を過ごしたいんだって」
「ホテル予約してるんやろ?
はよ行って、ヤルことヤリ!
一回じゃもったいないで?!」
「シーッ!!
声がデカイよっ」
二人が振り向いた。
愛想笑いをして、手を振ってごまかすと
二人がまた話し始める。
「梨華ちゃんには、まだ内緒にしてんのっ」
「すごいな、インペリアルスイートやろ?」
コノコノ。
肘で突かれた。
「二人で写真も撮りたいんだよっ!」
『その時は、一緒に写真に納まってくれませんか?』
実は、今日までずっとバタバタしてて、
あの時の約束をまだ果たせていない。
- 230 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:08
-
「ウチが撮ったろうか?」
「結構です!タイマーで撮るから」
「わかった!
あれやろ、キスしながら撮る気やろ?」
「違うっつうのっ!!」
声を荒げたアタシに再び振り向いた二人。
これまた、手を振って誤魔化した。
「ね、頼む。
あと30分だけここ譲って?」
「なんで?」
姉さんに耳打ちした。
- 231 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:08
-
「リムジン頼んだんだよ。
30分後に下に来る」
「マ――」
んぐっ。
デカイ声になる前に、姉さんの口を塞いだ。
足を踏んづけられて、涙目になりながら手を離す。
「マジで頼んだんか?
あんた随分奮発したなぁ」
「パリで出来た友達が、何か連絡取ってくれたみたいで。
紹介されたとこに、お願いしに行ったら
よくわかんないんだけど、ちょー喜んでくれてさ。
PVで使ったリムジン貸してくれるって」
「ほぉ〜。ええなぁ。
それって、似てるからってだけなんやろ?
今度そのツテ、裕ちゃんにも紹介してーな」
「紹介してもいいけど、今回だけって
言われたから多分ダメだよ。
今回のことはトップシークレットだからって
言われたし――」
「トップシークレットねぇ…
ケチくさいなぁ」
渋る姉さんの耳元で再び囁いた。
- 232 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:09
-
「譲ってくんないと、仙石ちゃんに愛人になれって口説いたの、
安倍さんにバラすよ?」
一瞬にして、姉さんの顔色が変わった。
「なあ、なっち!
今夜は若い二人にココ譲ろうか?」
姉さんがそそくさと
安倍さんの手を引いて出ていく――
ヨッシャ!!
この手、しばらく使えるぞ。
「・・・ねぇ、急にどうしたのかな?」
梨華ちゃんが心配顔で
尋ねてくる。
「さあ?どうしてだろ?
それよりさ、写真撮ろ?
まだ撮ってないでしょ?二人の写真」
そう言うと、弾けんばかりの笑顔で頷く。
やべ、かわいい・・・
- 233 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:10
-
持ってきた三脚を、アタシが立てて
彼女にカメラをセットしてもらう。
初めての共同作業――
なんちって。
「ひとみちゃん、あっちに立ってみて?」
「はいは〜い」
ちょっと浮かれ気味に
軽くスキップなんかして、夜景を背に振り返ると
カメラを覗く彼女の姿――
あんな風にアタシを見ててくれたんだな・・・
――天を仰いで、握った拳を胸にあてた。
驚いたようにカメラから顔を離して
アタシを見る彼女。
- 234 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:10
-
「愛してる・・・、梨華」
「――ひとみちゃん・・・」
「早くおいで。
一緒に写ろう?」
「うん!」
大きく腕を広げたアタシの中に
彼女が飛び込んでくる――
軽く唇を合わせた所で
一枚シャッターが下りた。
見つめ合って、お互いに微笑んだ。
彼女の肩を抱いて、今度はしっかりポーズ。
カメラは次のショットの準備で
光りを点滅させている。
- 235 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:11
-
「ねぇ、さっきは安倍さんと何話してたの?」
「ん?恋人とずっと一緒にいられる秘訣」
「秘訣?」
「そう」
ニッコリ笑った所で<カシャリ>
うん。なかなかいい出来かも。
次が最後のショット。
最高の笑顔で、ね?
またカメラが点滅を始める。
「で、その秘訣って?」
「それはね――」
梨華ちゃんが、アタシの耳に唇を寄せた。
『シテモラッタラ、シテアゲルコト』
そう囁く艶っぽい声に驚いて、
思わず梨華ちゃんの方を見た。
- 236 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:11
-
<カシャリ>
多分、最後のショットは
真っ赤な顔で、梨華ちゃんを見つめる
アタシが写っていることだろう・・・
「行こう?」
いたずらっぽく微笑んだ梨華ちゃんが
アタシの手を引く。
天使みたいに微笑んだり、
小悪魔みたいに微笑んだり・・・
色んなあなたに、アタシの心臓は
ドキドキしっぱなしだよ――
「早くお家に帰って、あったまろ?」
カメラを片付けながら、可愛く言う彼女を、
今度はアタシが驚かせる番だ。
- 237 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:12
-
彼女の肩を少しだけ、強引に引き寄せて
耳元で囁いた。
「ホテルのスイート、予約してるんだ・・・」
「え?」
「今夜は寝かせないよ?」
そう言って、耳に軽くキスすると
一気に真っ赤になった。
「行こう?」
下に行ったら、もっと驚くことが待ってるから。
そう言って、彼女の手を引く――
- 238 名前:第7章 投稿日:2009/12/02(水) 18:13
-
握りしめた小さな手・・・
アタシはこの手を、絶対離したりしない。
驚かせたり、頼りなかったり、
ハラハラさせちゃうことがあったとしても・・・
絶対、あなたを悲しませたりしないって
天に誓うよ――
今までは、ずっとあなたがアタシを包んでくれてた。
きっとこれからも、あなたはアタシを包んでくれると思う。
だけどね、これからは――
『I wrap You』
それ以上に、アタシが大きくあなたを包んであげる。
だから、安心して
ずっとずっと、アタシのそばにいて?
- 239 名前:I wrap You 投稿日:2009/12/02(水) 18:13
-
- 240 名前:I wrap You 投稿日:2009/12/02(水) 18:13
-
終わり
- 241 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/02(水) 18:15
-
『I wrap You』無事完結致しました。
読んでくださった方々、レスを下さった方々
本当にありがとうございました。
今作はいかがでしたでしょうか?
是非、一言でもいいのでご感想など頂けると
ありがたいです。
さて、この作品は、前にもチラッと申し上げた通り、
とある居酒屋の板場での発見から、作者の妄想が始まりました。
まず『I』と『Y』が目に飛び込んできて。
よく見ると『I wrap You』と書かれていて。
『I』さんが『Y』さん包んじゃうの〜?
なんてスゴイ商品名!
と感動&興奮した日から、妄想が始まりました。
おそらくその日に一緒に飲んだ友人は
ニヤニヤする作者が、さぞ気持ち悪かったことでしょう・・・(汗)
- 242 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/02(水) 18:17
-
今回はドSな作者にしては、痛いシーンは
少なかったように思います。
(充分だと言うお声もチラホラ聞こえそうですが・・・)
酔った勢いで始まったせいか、
途中ストーリーをちょっと迷ったり
当初の設定から、大分変わった所も実はあったりして・・・
読みにくい部分があったかもしれませんが、
頂いたレスに励まされ、何とか完結にこぎつけられた次第です。
ありがとうございました!
いつもは今後のことに触れますが、
それは風の吹くままに。
この場を使わせて頂いていることに
心から感謝をしつつ、完結のご挨拶とさせて頂きます。
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/02(水) 20:26
- 完結おめでとうございます
大人のいしよしを毎回楽しみにしてました
私も『I wrap You』という言葉にすごく心を惹かれました
今回はタイトル通りふんわりしてましたね
そして小ネタが少ないな〜と思ってましたよw
感想いっぱい書きたいのですがここでは制限が・・・
玄米ちゃ様、自サイトとかお持ちではないですか??
次回作正座してずっと待ってます
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/03(木) 09:51
- 完結おめでとうございます!
更新を毎度楽しみにしていました。
途中ハラハラドキドキしてましたが
最後はあま〜くて読み終えた後に
すっごく気分がいいです!!
完結はおめでたいのですが、
毎回楽しみにしていただけに、楽しみが1つ
減ってしまった気分で寂しかったりもします・・・
また玄米ちゃ様の妄想が繰り広げられる事を
楽しみに待っています(笑
心が温まるお話、ありがとうございました。
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/03(木) 15:01
- 毎回おもしろくてドキドキでした!
素敵な作品ありがとうございます。
皆の前であんなことできちゃう
吉澤さんすごいですねw
- 246 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/12/03(木) 21:15
- 更新お疲れ様でした&完結おめでとうございます!!
続きが気になって眠れなくなってしまう堪え性の無い性格(笑)なので、
完結を待って一気に読ませていただきました。
いつものことながら、ストーリー展開に素晴らしさに感動しています。
泣きすぎて目が腫れてしまいました…(苦笑)
いつも癒される作品を読ませて下さる作者さんと、
この場を提供して下さっている管理人さんに只管感謝です。
今後も作者さんの作品を読める機会があるなら、
自分的にはクリスマスも近づいてきていることですし是非“Cake”の続きが読みたいなぁ…と。
この先も作者さんの作品が読めることを祈りつつ、先ずは完結お疲れ様でした!!!!
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 23:01
- 更新&完結お疲れ様でした。
作者様のほどよい(笑)じらしぶりに慣れつつも、ハラハラしながら拝見していました。
玄米ちゃさまは毎回手を抜くことなく完結される、その誠実さが素敵です・・。
え〜と・・(ほんの一人ごとですが・・)今回のお話で玄米ちゃさまの頭の中
ではストーリーが成されていたのでしょうが、文章として描かれなかった
時間・をいつか作者様の文章で読めれば至極幸せだなぁ〜・・なんて。
村田先生からホニャララを聞かされた時の吉澤さんの気持ちとか・・
ちーちゃんの大冒険の詳細とか・・
長くなりました。また、いつか素敵な「いしよし」が読めると嬉しいです。
ありがとうございました。
- 248 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/11(金) 16:57
-
>243:名無飼育さん様
ありがとうございます!
残念ながら作者には自サイトを作れるほどの
スキルがございません・・・
あれば色々なご指摘などもお伺いできるのでしょうね・・・
>244:名無飼育さん様
ありがとうございます!
楽しみが一つ減った気分とは、嬉しいお言葉。
感無量です。
>245:名無飼育さん様
ありがとうございます!
また楽しんで頂けるような作品を書けるように頑張ります。
>246:名無し飼育さん様
嬉しいお言葉ありがとうございます!
『Cake』は、きっといつの日か・・・(汗)
>247:名無飼育さん様
これまた嬉しいお言葉ありがとうございます!
サイドストーリーは、ざっくり頭の中にはあります。
気が向いたら、文字におこしてみましょうかねぇ・・・
皆様、ご丁寧なご感想
本当にありがとうございました!!
- 249 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/11(金) 16:58
-
さて本日は、こちらを使わせて頂ける感謝を込めて
クリスマス短編を一つ。
感謝を込めて――
と思ったはずなのに、なぜかおバカで
ちょっとエッチな方面に転がってしまいました・・・(汗)
クリスマス短編のくせに、
ロマンチックのカケラもないお話です。
それでもかまわん!
そんな大きなお心の方は
是非、お付き合い下さい。
一応3回の予定で、クリスマス前には
完結させるつもりです。
では、どうぞ。
- 250 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 16:59
-
『IY Castle』
- 251 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:00
-
とある山奥の、そのまた奥にある
小さな村のはずれの、木立の奥に。
西洋の城を模した
一軒のホテルが建っている――
その名も『IY Castle』
そのホテルのオーナーと支配人は
誰もがうらやむ容姿の持ち主だと、もっぱらの噂。
更には、そこに宿泊した者は、
誰もが幸福になるという。
真偽のほどを確かめに、多くの客から問い合わせが来るが
オーナーが、山の天気のようなお人で、
一日に一組の客しかとらない。
更には、かなりの気まぐれやと来ているから
予約時に、意にそわなければ、断られてしまうらしい。
そんな難関を突破して、このホテルに本日
久しぶりの宿泊客が来るようだ。
その幸運な宿泊客はというと――
- 252 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:01
-
[12/23〜2連泊
宿泊者氏名 小川麻琴 高橋愛]
おめでとうと言いたい所だが、
このホテルに宿泊する際には、以下の点に気をつけねばならない。
1.陽が沈む前に、必ずチェックインすること。
(暗くなると、ド田舎なので道に迷います)
2.可愛い子だとイケメン支配人に口説かれます。
(但し、その後必ずオーナーとの修羅場に巻き込まれるので
絶対に誘いに乗らないこと)
3.オーナーと支配人が、そこら中でイチャイチャし始めますが
決して驚かないこと。
(ひどい時は、接吻以上のものを目撃しますので
心の準備をしていくこと)
- 253 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:02
-
では、くれぐれもお気をつけて。
Have a nice Vacances!!
- 254 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:02
-
**********
- 255 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:03
-
「ひ〜ちゃ〜ん。久しぶりにベッドメイクしたら
疲れたぁ〜」
「も少し待って。仕込み終わったら
マッサージしてあげるからさ」
「やだ〜、今がいい〜」
「待って、待って!
あと5分。いや3分。やっぱ1分・・・
と思ったけど、先にチューしよっか?」
あっという間に、二人の唇が合わさる――
左手で器用に鍋をかきまぜながら、
右手で相手の腰を引き寄せて口付けているのが
このホテルの支配人兼料理人兼雑用係の吉澤ひとみ。
両手でしっかり抱きついて、うっとり顔で
キスに夢中になっているのが、このホテルのオーナーの石川梨華。
ここの従業員は、この2人だけ――
- 256 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:03
-
『2人だけのお城』
そんな甘い響きに引き寄せられて
この村の長老、保田のおばあちゃんから
梨華がこの城を譲り受けたのが、数年前のこと。
「ひーちゃん!2人だけのお城だよ?
一緒に住もうよ!!」
そう言われて、連れてこられたひとみは
『カッケー!!ここに住んだら城主だ、城主!』
としか思わなかったが、恋人の性質を熟知しているので、
「これだけ広かったら、夜どれだけ声出しても大丈夫だね」
そう言って、梨華の肩を抱き
「梨華ちゃんのアノ時の声、好きなんだ。
毎晩、聞かせてよ・・・」
そう囁くことも忘れなかった。
- 257 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:04
-
なぜ、保田長老がこの城を
梨華に譲ったのかと言うと――
実はこのお城、
いわゆる幽霊屋敷というヤツで。
何人もがゴーストハンターとして、雇われたが
誰一人太刀打ちできず、撃沈。
取り壊そうにも、立ち入ることもままならず、
もて余していた時に、たまたま東京から遊びに来た孫の梨華。
そして、その恋人のひとみ・・・
『ねえ、おばあちゃん。
あの建物なあに?』
村はずれのこの城を指して
そう尋ねた梨華。
『あれはねぇ、随分昔に変わり者の大金持ちが
建てたものらしいんだけどねぇ・・・
その大金持ちも、とうの昔に亡くなって、
あのままずうっと、放置されてんだよ・・・』
- 258 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:05
-
『コラッ!ひーちゃん!』
人の話の途中で、恋人を追いかけ回し始めた梨華。
どうやら、恋人が通りがかりの可愛いお嬢さんに
声をかけたのが、気に食わないらしい。
――全く・・・、今時の若い子は・・・
『ひーちゃんっ!!
何度言ったら分かるのっ?!』
怒鳴りあげられたひとみの方は
両手で耳を塞いでいる。
――まあ、あの超音波じゃねぇ・・・
んっ?!
超音波!!
もしかすると、もしかして。
あの超音波で、ゴーストを撃退できるんじゃ・・・
- 259 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:05
-
そんな保田長老の策略にまんまと嵌って
越してきた二人。
哀れ、ゴーストの餌食に――
と思いきや、夜の営みが激しすぎて
ゴーストに全く気付かない。
ラップ現象を起こしてみても
梨華のあえぐ声が大きすぎて、太刀打ち出来ない。
起きてる時に、頑張って脅かしてみても
そこら中で、チュッチュチュッチュして
2人の世界に入り込んでるから、気付いてくれない――
そして、深夜にたまたま起き上がった梨華を
脅かそうと試みて――
「あんた誰。ここは2人だけのお城なの!
出て行きなさいよっ!!」
そう言って、モノを投げつけられる始末。
- 260 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:06
-
困り果てたゴーストが
熟睡中のひとみを揺り起こして、
「お願いだから、ここにいさせて下さい。
行くとこないんです。
おとなしくしてますから、お願いします」
土下座して頼みこんで、
ひとみが梨華をなだめてくれて、
やっと居住を許された。
それ以来、このゴーストは
2人の生活を見守りつつ、時には力を貸してくれている。
「住んでるだけじゃ、つまんな〜い!」
そんなワガママな梨華の文句に
気ままなホテル経営をアドバイスしたのは
何を隠そう、このゴーストだったりする――
- 261 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:07
-
「んんっ、はあ・・・
ひー、ちゃん・・・」
ちゅっ。
最後に、音をさせて離れると
ひとみは、鍋の中身を確認して火を止めた。
「よし、出来た!
じゃあ、客が来る前に――」
梨華を引き寄せた。
「全身マッサージしよっか?」
そう言いながら、早くも手が
梨華の背中を撫で回す。
「耳ツボも、ね?」
梨華の耳元で囁くと
耳たぶをくわえた。
- 262 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:07
-
「――っん・・・、ねぇ・・・ちゃんと
ベッドの上がいい・・・」
「立ったままでも、たまには良くない?」
背中から、胸元へ移動するひとみの手が
いたずらに這いながら、梨華の服を脱がせようとする。
「あんっ。――だめぇ・・・」
「いいでしょ?」
ダメと言いながら、ひとみの背中に回された腕で
いいと確信したひとみが、口付けを深くして
本格的にはじめようとしたその時――
- 263 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:07
-
<ピンポーン!>
この城には不似合いな、インターフォンが
高らかに鳴った。
なんとタイミングの悪い――
「――客、来ちゃったね・・・」
そう言ったひとみに
不満そうに唇を尖らした。
玄関に向かう、ひとみの後ろについて行きながら
宙に向かって、拳をぶつける梨華を見て
ゴーストは思った。
今夜、ひとみは寝かせてもらえないな・・・
ご愁傷様。チーン――
- 264 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:08
-
玄関の扉を開けるのは、ひとみの役目。
最初に笑顔を見せるのは、梨華の役目。
「開けるよ?いい?」
梨華が頷いたのを確認して、
ひとみが、重い扉を開いた。
外の眩しい光が、開いたドアから
飛び込んでくる――
梨華が微笑んだ。
「小川様、高橋様」
「「ようこそ。HOTEL IY Castleへ!」」
- 265 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:08
-
**********
**********
- 266 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:09
-
ほんとだ――
噂通りの二人。
『可愛い』と『綺麗』の代表みたいな…
まるで正反対だけど、二人並んでたら
確実に人目を引くだろう――
「小川様と高橋様ですね?」
あ、この声。
てことは、こっちがオーナーさんで、
もう一人の方が、イケメン支配人さんか…
二人とも若いのにすごいなぁ…
- 267 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:09
-
「麻琴、麻琴
口開いとる」
愛ちゃんに揺さぶられて、我に返った。
クスッ
オーナーさんに優しく微笑まれて
恥ずかしくなる。
「お部屋にご案内します。
お荷物、お持ちしますよ?」
支配人さんが、愛ちゃんから荷物を受け取って
あたしにも手を差し出す。
慌てて荷物を差し出すと
受け取ってくれて、先に立って歩き出した。
- 268 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:10
-
愛ちゃんてば、ちょっと頬を赤らめちゃったりしてさ。
確かにイケメンだけど、そんなに見とれないでよ。
これでもあたし
すごい覚悟で、ここに誘ったんだから――
二人について行こうとしたあたしに
オーナーさんが、近づいて囁いた。
「あなたが、小川様ですね?
わたくし共で出来ることは何でもしますから
何なりとおっしゃって下さい。
最高のシチュエーションも、演出しますから。ね?」
そう言って微笑むから
真っ赤になった。
- 269 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:10
-
「麻琴、何してんの?
はよ、おいでよ!」
階段を上がった愛ちゃんが
あたしに声をかける。
「今行く!」
(頑張って)
口の動きだけで、そう言ったオーナーさんに頷いて、
階段を駆け上がった――
- 270 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:14
-
ひと月前、あたしはこのホテルの噂を
家に遊びに来た、大学の友人の新垣里沙から耳にした。
「このホテルに泊まって告白すると
絶対うまく行くんだって!」
うちのPCを手早く操って、画面を見ながら、
興奮気味にガキさんが言う。
横から画面を覗き込むと――
[ クチコミ情報 1444件 HOTEL IY Castle ]
「んな訳無いでしょ。
泊まっただけでうまく行くなら、苦労しないって。
世の中フラれる人、いなくなっちゃうじゃん」
「あ〜!まこっちゃん分かってない!!」
おでこに手をあてて、
あきれたように、あたしを見る。
- 271 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:15
-
「ここはね。まず宿泊予約にこぎつけられる確率が
25000分の4という超難関なの」
「確かに難関みたいだけど、何なの?その中途半端な数字は」
「これはね。第3回追加オーディションの確率と
一緒でね。大変興味深い、新垣里沙としては、
たまらない数字の一つであって――」
「ああ、もういいや!」
これ以上続けさせると、
どんどん遡って、もっとマニアックな話しになるに違いない。
「で、あたしにそんなホテルのクチコミ見せて
どうしろって言う訳?」
ほんと、時々ガキさんの考えてることは理解出来ない。
考えてると言うより、企んでる・・・かな?
- 272 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:16
-
「決まってるでしょ!愛ちゃんに告白しなよ!」
「ブハッ!!」
飲みかけたコーヒーを吐き出した。
「ちょっと麻琴!
神聖なIY Castleのクチコミ情報に
何てことすんのっ?!」
「ごめん。だって、ガキさんが変なこと言うから・・・」
って!
心配するとこ、間違ってるよ。
フツー、うちのPCの心配しない?
「麻琴」
丁寧に画面を拭き終えたガキさんが
あたしを呼ぶ。
キーボード、ちゃんと反応するかなぁ・・・?
大丈夫かな?修理とか出すことになったら、
来週のレポート、どうしよう・・・
- 273 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:17
-
「もうすぐ卒業だよ?
今度のクリスマスに動かないで、いつ動く気?」
「動くって・・・
別にそんなこと考えてないし・・・」
「うそつけ!」
愛ちゃんの誕生日もプレゼントだけ渡して、結局何も言えず仕舞い。
自分の誕生日もデートにこぎつけたくせに、やっぱり何も言えず仕舞い――
「あ〜、情けないったら、ありゃしない」
またまた、おでこに手をあてて
あきれられた。
「そーいうけどさ・・・」
勇気ないよ。
愛ちゃん、あたしのこと『ただの友達』としか思ってないよ。
それに、女同士だよ?
『好き』だなんて言ったところでさ・・・
- 274 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:20
-
「じゃあ、麻琴は今のままで
来年離れ離れになっちゃってもいい訳だ」
ま〜、あの愛ちゃんだからね〜
就職したら、そりゃー会社で人気出るだろうね〜
無意識にエロいとこもあるから
バンバン口説かれちゃったりして・・・
あ、その前に今年のクリスマスこそ
誰かにとられちゃうかもね〜
もう既に、クリスマスを過ごす相手、決まってたりして・・・
「泣きそうになるなら、誘いなよ」
「だってぇ・・・」
「ほら、このクチコミ見て!」
うな垂れた頭をガッツリつかまれて
持ち上げられる。
- 275 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:20
-
[ 女同士の告白成功率100%!!
ていうか、女同士の宿泊しか受け付けてくれません。
で、予約入れるときに、相手に対する切実な想いをオーナーに訴えて、
『絶対成功させたいんです!お願いします!!』と必死でお願いすれば
きっと面白がって、予約を入れてくれるはずです ]
「――ねぇ、『面白がって』って書いてあるけど・・・」
「そこはいいのよ。
大事なのは、成功率100%ってとこよ!」
「ほんとに、そうなの?」
「決まってるじゃない!!
そんな言い方、いしよしに失礼よっ!」
「いしよし?!」
- 276 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:21
-
「いいから、つべこべ言わず
電話してみるっ!!」
無理矢理、携帯を握らされ、
電話をするはめに――
そして、不機嫌そうに電話に出たオーナーに
クチコミ通りに、自分の愛ちゃんに対する想いを伝えた。
話しが進むにつれ、これもクチコミ通りに
オーナーの声が、はずんで来て・・・
最後に宿泊させて欲しいとお願いしたら
「わかりました。じゃあ、クリスマスイブとかどう?
あ、うまく行ったらイチャイチャしたいよね?
じゃあ、2連泊しちゃう?
23日から2連泊にしよっか?」
なんて勝手に話しを進められ――
現在に至る。
もちろん、愛ちゃんにはここのホテルの噂は伝えてない。
ただ、遊びに行くだけだと思ってると思う。
あたしがどんな思いで
今日まで過ごして来たかなんて――
これっぽちも気付いてないだろう・・・
- 277 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:22
-
「うわぁ・・・、ほんとにお城や・・・」
見て!
このベッド!!
映画に出てくるヤツみたいっ!
なんや、これ〜
ほんものや〜
あ、バルコニー!!
『おお、ロミオっ!』
なんちゃって〜
「はあ〜〜」
無邪気にはしゃいじゃって
あたしの気持ちも知らないでさ。
さっきから、カチンコチンで
楽しむ余裕なんて、ないっつーの。
- 278 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:22
-
「お荷物、こちらに置きますね?」
「あ、ありがとうございます!」
愛ちゃんが、バルコニーから振り返る。
支配人さんが、館内と部屋の案内をしてくれる様子を
目を輝かせて見つめちゃってる。
やっぱり――
ああいう人がタイプなのかな・・・?
あたしみたいのじゃ、ダメなのかな・・・?
「あの〜、支配人さん。
ここから見えるあの湖、なんて言うんですか?」
「ああ、あれですか」
支配人さんが、バルコニーに出た。
- 279 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:23
-
「あれはね」
外を見つめる愛ちゃんの後ろから
肩を抱いて、湖の方を指差すと
「恋人たちのしずく」
そう言って、愛ちゃんに微笑みかけた。
「恋人たちのしずく?
なんで?」
「ほら」
愛ちゃんの手を掴むと
人差し指を掴んで、空にハートを描いた。
「ハート型でしょ?」
「あ、ほんとや」
- 280 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:25
-
夜になると、ここの天空は
輝く星で、埋め尽くされます。
そして、たくさんの星座たちが
空で会話を始めるんです。
でね。
あの湖の上に来ると、
恋人同士は愛を囁きあって、
お互いを求め合うんですよ・・・
「――求め、合う・・・?」
「そう。情熱的に」
「情熱的、に・・・?」
「そう。だから、夜が訪れる度に
あの湖は、輝きを増すんです」
――求め合う・・・
――情熱的に・・・
って!
下ネタじゃねーかよっ!!
あのエロ支配人めっ!!
- 281 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:25
-
いまだに、愛ちゃんの肩を抱いて
手を握り締めたままの支配人の元へ
ズカズカと歩いていく。
あれだな。注意書きの2だ。
『可愛い子だとイケメン支配人に口説かれます』
「明日、二人で行ってみるといいですよ?
今日よりもずっと輝いてますから」
そう言って、愛ちゃんの耳元に口を寄せて
何かを囁いた。
あんにゃろっ!!
許さないぞっ!!
後ろから掴みかかろうとした
あたしを軽やかによけて、あたしの手を掴むと
今まで握っていた愛ちゃんの手を、あたしの手の平に置いた。
- 282 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:26
-
「では、ごゆっくり」
にこやかに微笑む支配人さんを
真っ赤な顔して見ている愛ちゃん。
視線を遮りたくて、握った手を強引に引いて
反対の手で、肩をつかむともう一度外を向かせた。
「愛ちゃん、明日見に行こうよ!あの湖」
「・・・え?」
何囁かれたか知んないけど
愛ちゃんは、渡さない。
「二人で、行こう」
「――うん・・・」
あたし達の背後で、扉が閉まる音がした。
- 283 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:26
-
『イデーッ!!』
何?!
今の叫び声。
愛ちゃんと顔を見合わせた。
『お願いだから、耳引っ張んないで』
『ひーちゃんが、やりすぎだからでしょ!!』
『んなことないよ』
『後ろから抱きしめてたでしょ?』
『誤解だよっ!』
『5階じゃないっ!ここは2階!!』
『さむっ!』
『ぬわんですって?!
もう一回言ってみなさいっ!!』
- 284 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:27
-
『イデデデデデ・・・
ごめんなさい。もう言いません
だからお願いだから、首根っこ掴まないで下さい・・・』
『他には?!』
『梨華ちゃんが世界一好きです』
『世界一?!』
『宇宙一です・・・』
『だから?!』
『全身マッサージさせて下さい・・・』
『ご奉仕します。何でもします。
お望みならば――んっ・・・』
「何か・・・急に静かになったね?」
心配そうに愛ちゃんが言う。
あ・・・
3.オーナーと支配人が、そこら中でイチャイチャし始めますが
決して驚かないこと。
(ひどい時は、接吻以上のものを目撃しますので
心の準備をしていくこと)
- 285 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:28
-
<コンコン>
突然、部屋のドアがノックされて
二人で顔を見合わせた。
小さくドアが開いて
ひょっこり顔を覗かせた支配人さん。
「悪いけど、夕飯の時間、
1時間遅らせて?ごめん」
「もう、ひぃ〜ちゃ〜ん。
はやくぅ」
「わかったって」
ちゅっ
「悪いね」
<バタンッ>
到着して、間もないのに
もう見ちゃったかも――
ほんとに上手く行くのかな・・・?
初日が始まったばかりだというのに、
あたしの心は限りなく不安になった・・・
- 286 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:28
-
- 287 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/11(金) 17:28
-
- 288 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/11(金) 17:29
-
つづく。
- 289 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/12/11(金) 21:24
- 更新お疲れ様でした!!!!
今後もこの場で作者さんの作品が読めることが出来とても嬉しく思っています。
引き続き運営して下さる管理人さんにも深く感謝です。
本編は完結した際に一気に読ませていただきます!!
相変わらず堪え性の無い性格だ…(汗)
作者さんのお時間の許す限り、これからも素敵な作品を読ませて下さいね♪
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/11(金) 21:30
- 新作きたー
つい大声出してガッツポーズしてしまいました
玄米ちゃ様ありがとう
そして管理人様ありがとう
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/12(土) 18:07
- 新作楽しそうですね。期待してます。
○期メンバーが登場してますが一人だけ、
「音のみ」ですね(笑)
出番はあるのでしょうか?
- 292 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/17(木) 10:47
-
>289:名無し飼育さん様
ありがとうございます。
完結後、是非またご感想を頂ければありがたいです。
>290:名無飼育さん様
ありがとうございます。
心待ちにして頂けるのは嬉しい限りです。
>291:名無飼育さん様
すばらしいっ!!よく気付きましたね。
残念ながら今回は音のみの出演です(笑)
山の天気のようなオーナーがまた宿泊予約を入れれば、
いずれ出番があるかもしれません(笑)
では、本日の更新にまいります。
- 293 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:48
-
- 294 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:49
-
「すごい・・・豪華やね・・・
これ全部、支配人さんが作ったんですか?」
「そうだよ。支配人兼料理人だから」
「雑用係もね」
ダイニングテーブルから、少し離れた場所にあるソファに
グッタリした体を、投げ出すように座っているオーナーさんが
口を挟んだ。
結局、夕食は予定の時間を2時間過ぎていて。
オーナーさんは、いかにもダルそうに
でもすごく満足そうに、支配人が働く姿を見つめていて。
その支配人はと言うと――
「支配人さん。その首の赤いアザ
どうしたんですか?
何か、たくさん出来てますけど――」
「愛ちゃんっ!!」
- 295 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:50
-
「ん?なんや?」
目をくるくるさせて、
不思議そうに、そして心配そうに
アザを見つめる愛ちゃん。
「もう!ヤダぁ・・・」
なんて、ソファの上で
勝手に悶えているのが1名。
「ここにもあるよ」
なんて、胸元を大きくはだけて
自慢げに見せているのが1名・・・
「ほんとや。どうしたんですか?」
「愛ちゃんてばっ!」
支配人さんがニヤリと笑った。
- 296 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:50
-
「教えてあげれば?
何なら実践で」
「ちょっと!
変なこと言わないでっ」
「麻琴、何ムキになってんの?
教えてよ」
「…いや、その――
愛ちゃんは、知らなくていいよ…」
「何で?ズルイよ
皆知ってるんでしょ?」
「そ、それは…
まあ、そうだけど――」
困った。非常に困った。
だって、こうなったら愛ちゃん
絶対引き下がらないもん・・・
「これはね。
愛のシルシなの」
- 297 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:51
-
いつの間にやら、オーナーさんが
支配人さんの背中に抱き着いて、妖しい笑みを浮かべている・・・
「見てて?」
愛ちゃんにそう言うと、
支配人さんの首筋にキスをした。
「…んっ――ダメ、だよ…
さっきシたばっかだから、感じやすいんだって――」
スッと舌を這わせて
また別の場所に吸い付いた。
「――ほんと…
マジで、ヤバいって…」
我慢出来ないように、身を震わすと
支配人さんはオーナーさんを強引に抱き寄せて
唇を合わせた。
- 298 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:51
-
エロすぎる…
この二人――
そっと横を見ると、顔を真っ赤にして、
でも二人の口づけをジッと見つめてる…
何なんだろ。
こんなの見せ付けられて、普通なら
怒鳴ったっていいはずなのに――
なんか綺麗なんだ。
この二人…
まるで映画のワンシーンでも見てるみたい。
こんな風になりたいって
思っちゃってる自分がいる――
- 299 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:52
-
「――続きは今夜ね?」
ちゅっ
最後に音を立てて、
やっと二人が離れた。
オーナーさんが、愛ちゃんに向かって
ニッコリ笑う。
「わかった?」
小刻みに首を上下する愛ちゃん。
刺激強すぎたんじゃないかなぁ…
大丈夫かなぁ…
それから、オーナーさんと支配人さんも一緒に食事をしたけど、
愛ちゃんはずっと黙ったままだった――
- 300 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:53
-
部屋に戻っても、
何だか妙に意識されてる気がする・・・
ぎこちない空気が漂ってて
あたしの胃はキリキリと痛む。
シャワーを浴びて、後は寝るだけなんだけど…
問題はベッドが一つなんだ。
まあ天蓋付のでっかいプリンセスベッドだから
あたしが端に寄ってれば、大丈夫かな?
そんなに警戒しないでよ。
泣きたくなっちゃうよ…
「愛ちゃん、先寝るね?」
「…あ、うん――」
ヤバい、本気で泣きそう――
そのまま、頭まで潜り込んで
隅っこによると、背中を向けた。
- 301 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:53
-
しばらくして、部屋の電気を消すと
愛ちゃんが静かに隣に入ってきた。
<ギシッ>
小さくベッドが軋む。
ここに来たばかりの時は、このベッド見て
あんなにはしゃいでたのに――
あたしだって、密かにはしゃいでた。
こんなロマンチックな場所で、好きな人と一緒に寝られるって。
うまく行けば寄り添って、あなたをこの腕に抱いて…
なんてことも、少しだけ脳裏をよぎったんだ。
けど今は・・・
今はただ、あなたに嫌われたくない――
- 302 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:55
-
「――麻琴…寝た…?」
囁くような声。
寝たフリした方がいいかな?
「寝ちゃったか…」
「――いや、起きてるよ…」
ゆっくり愛ちゃんの方を向くと
横たわったまま、彼女は窓の外を見ていた。
「・・・星。今求めあってるのかなぁ…?」
「え?」
「着いた時、教えてくれたやろ?
支配人さんが…」
- 303 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:56
-
ああ。
あの綺麗な話しと見せかけて
ただのエロ話ね。
「いいなぁ…」
「なにが?」
「――何でもない。おやすみ」
それだけ言うと、愛ちゃんは
あたしに背中を向けた。
まるで拒絶されたみたいで。
胸がギリギリ痛んで、その夜は
眠れなかった――
- 304 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:56
-
- 305 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:56
-
「おはようございます」
二人で食堂に行くと、
オーナーさん、支配人さんが揃って
出迎えてくれた。
良かった。
朝から2時間待たされなくて…
「いい匂い…」
そう言って、愛ちゃんが息を吸い込む。
「ベーグル焼いてるんだ。
もう焼きあがるから、座ってて」
「支配人の手づくりよ?」
「そうなんや?!
すごーい!」
「わたしは飽きちゃったけど」
「ひでーよなぁ
その言い方」
そう言いながら、二人とも目が優しい。
なんかほんと、うらやましい…
- 306 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:57
-
食卓に並べられたべーグル、サラダ
スクランブルエッグにオニオンスープ。
シンプルだけど、何だか一品一品が輝いていて
食欲をそそる・・・
「全部今朝のとれたてだよ。
格別においしいから」
そう言って支配人さんが、ニッコリ微笑んだ。
ほんと綺麗だよな、この人。
真っ白で、自信に溢れて見えて――
きっとフラれたことなんか、
人生で一度もないんだろうな…
- 307 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:58
-
「あの〜」
愛ちゃんが遠慮がちに尋ねる。
「これも、とれたてですか?」
「そう」
「ああ、だから。全部不揃いなんですね?
何かごぼうも、にんじんも変なカタチしてるから。
これ、この地方の煮物かなんかですか?」
「・・・きんぴら」
「え?」
「だからそれ。きんぴら」
- 308 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:58
-
「いや〜、そんなわけないで。
きんぴらって、こうマッチ棒くらいの細切りで、
こんな塊が、ゴロゴロしてないよ。なあ麻琴?」
――絶体絶命とはこのことだ・・・
支配人さんは、真っ白な顔を真っ青にして
あたしにその大きな目で、どうにかしろと訴えてる。
けど、この凍りついた空気。
あたしには無理ですって!!
「い、いや〜。り、り、梨華ちゃんのきんぴらは
すごく美味しいんだよ?
ちょっと切り方が特殊なだけで…」
何かオーナーさんから、
ものすご〜く大きな邪気みたいなのが出てる気がする・・・
- 309 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:59
-
「でもそんな、ちょっとブキッチョなとこも可愛くて。
アタシは好きなんだけどね〜」
支配人さんが、オーナーさんの肩を抱いた。
あ、少し邪気が弱くなったみたい・・・
「おいしいから食べてみ?」
支配人さんに必死の形相で促され
慌てて一口、口の中にほおりこんだ。
「ウマイ!!」
正直オーナーさんの刺すような視線が怖くて
味わかんないけど…
「でしょ?」
まるで自分が褒められたかのように
支配人さんが、弾んだ声を出した。
- 310 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 10:59
-
「ほんとに〜?」
愛ちゃんがあたしに疑いの目を向ける。
お願い、愛ちゃん!
頼むから、空気読んでよぉ・・・
「ねぇ、梨華ちゃん」
長い指で、オーナーさんの髪をそっと
耳にかけると、支配人さんが耳元で囁く。
「アタシ達の朝食は、後にしない?」
「どうして?」
口を尖らすオーナーさんの唇を
そっと指でなぞると
「先に梨華ちゃんを食べたくなっちゃった…」
また耳元で囁いた。
- 311 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:01
-
一瞬にして、霧が晴れたように
オーナーさんに漂っていた邪気が消えた。
支配人さん、愛ちゃんが
空気読めない人だって、わかったんだね――
その対応能力に
頭が下がる思いがした。
軽くキスを交わすと
支配人さんが、オーナーさんを抱え上げた。
あ、お姫様抱っこってヤツだ――
2、3歩ヨタヨタしながら歩いたと思ったら
支配人さんがヘタりこんだ。
「重い!無理!」
「なによぉ!」
「だって重いよ。梨華ちゃん・・・」
「アッタマ来た!来なさいっ!!」
- 312 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:02
-
「だから首根っこ掴まないでよぉ・・・」
さっきの甘い声とは、うって変わった
情けない声を出して、支配人さんが引きずられて行く――
ドアを出たところで、支配人さんが
あたし達を振り返った。
目を見開いて、あたしを見つめる・・・
――目は口ほどにモノを言う・・・
『こっちはお前らのせいで、これからヒドイ目に合うんだからなっ!
片付けぐらい、自分たちでやっとけっ!!』
支配人さんのメッセージ。
確かに承りました――
- 313 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:02
-
- 314 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:02
-
大きな庭園を二人で散歩してる内に
あっという間に、午後になっていた。
何だかここは別世界みたい。
夢の国。おとぎの国。
すごく穏やかな空気が流れていて――
「あの二人、ほんとに王子様とお姫様みたいやな」
「そうだね。黙ってれば」
「あはは。ほんとや」
あたしはうらやましい。
あんな風に愛し合えることが。
ちょっとエッチで、おバカな二人だけど
お互いを見つめる、ふとした瞬間の顔は
本当に信頼しきっていて、見とれてしまうほど美しい。
- 315 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:03
-
「――麻琴・・・
何でこのホテル、予約したの?」
どきんっ!
「な、なんでって・・・
何で?」
「いや、何か・・・
こういうホテルって珍しいって言うか・・・
こんな素敵なホテルなのに、イブの日に他に
宿泊客がいないなんて、何か・・・さ」
ううっ!
ヤバイ。どうしよ・・・
何て誤魔化そう・・・
「――あれ?」
愛ちゃんが前方を指差した。
「あれ、支配人さんだ・・・」
「何やってんだろ・・・?」
- 316 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:04
-
近くまで走りよると、大きなモミの木の下で
頭にタオルを巻いて、何やら大工作業をしている。
「ひーちゃん、頑張れ〜」
「おうっ!」
かたや、オーナーさんは
ベンチに腰掛けて、小旗を振って応援してるだけ・・・
「何やってんですか?」
支配人さんに声をかけた。
「ん?今日はイブだからさ。
せっかくでっけぇモミの木もあるし、
夜はここで、ちょっとロマンチックに
なっちゃおうかなって、さ」
「これ、何作ってんですか?」
「ベンチ」
「ベンチ?」
- 317 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:04
-
「ほら梨華ちゃんが座ってるヤツ。
あれはさっき作ったばっかの出来立てホヤホヤ」
「もう一個作るんですか?」
「そう。これは君たちの分。
あっちはウチラの分。二人ずつ腰掛けんの」
あ、そうだ。
座り心地、試してくれば?
支配人さんが、愛ちゃんに言って
愛ちゃんがオーナーさんの元に向かう。
ついて行こうとしたのに、
腕を引っ張られた。
- 318 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:05
-
「お前は手伝え」
お、お前って!
仮にも客に向かって――
「ほい、ここ。
釘が出ないように、しっかり打って。
じゃないと、彼女のプリケツに刺さるよ?」
プ、プリ、プリケツって!!
そういう目で見てたのかっ?!
ムキになって、トンカンやりだしたあたしを見て
吹き出すと、支配人さんは言った。
「もっと優しくやりなよ。
彼女が座る場所だよ。丁寧に、でも想いを込めてさ」
「――支配人さんて・・・
フラれたことないでしょ?」
「ん?」
- 319 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:05
-
「あたし・・・怖いんだ。
フラれることが怖い。ここには――
想いを伝えたくて、ここに連れて来たのに・・・」
唇を噛み締めた。
「ジャ〜ン!ビビっちゃいけないじゃん♪」
「はあ?人が真剣に話してんのに、何その陽気な歌!」
「悪りぃ、悪りぃ」
けどさ――
アタシだってあるよ。
フラれたことぐらい。
ってか、思いっきり捨てられた。
「え・・・?」
「まあ、そん時出会ったのが
あのお姫様ですよ」
優しい目で、オーナーさんを見つめた。
- 320 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:06
-
もし、フラれてもさ。
もっと素敵な人が。
自分の事を、もっともっと分かってるくれる人が
必ず現れるよ。
――まあ、君の場合は、そんな心配ないだろうけど・・・
「そんな心配ないって、
どういうこと?」
「しょうゆうこと!」
――この人・・・
真面目に話してんだか
ふざけてんだか、よく分かんない・・・
- 321 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:06
-
「そんなに伝えんのが怖いならさ」
――アタシと、賭けしよっか?
「賭け?」
今度は何言い出すんだ?
「今夜、雪降ると思う?」
「雪・・・?」
ここは山奥と言えど、
まだ12月には雪が積もることはないらしい。
ちゃんと下調べしたし。
それに――
今日の天気予報は『快晴』
残念ながら、ホワイトクリスマスにはならないって
朝、お天気お姉さんが言ってた・・・
- 322 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:07
-
「降らない」
「ほんとに?」
「だって空見てよ。
今日は結構暖かいし、雲だってないもん。
絶対降らないよ」
「よし、分かった!」
正面から見据えられた。
「降らなかったら、お前の好きにしろ。
但し、今夜雪が降ったら・・・」
「雪が、降ったら・・・?」
「彼女に想いを伝えろ」
約束だからな。
勝手に手をとられて、小指を繋がされた。
- 323 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:07
-
ゆーびきりげんまん。
うーそついたら、この城の掃除、一生やっても〜らう!
ゆ〜び切った!!
「マジっ?!」
「本気と書いてマジと読む」
もう指きりしちゃったからねぇ。
頼むよ、一生ここのお掃除。
「でも!でも!
雪降んないよっ!!」
「アタシは降る方に賭けた」
「けどさぁ・・・」
「もし降ったら、告白すりゃいいだけの話だ」
ガッツリ肩を掴まれた。
- 324 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:08
-
そんなぁ・・・
でも、降らないよ。きっと――
「麻琴〜!」
愛ちゃんが走り寄ってくる。
「恋人のしずく、見に行こ?」
「ああ、そう言えば・・・そうだったね」
「いってらっしゃい。きっと昨日より輝いてるよ?」
「はい!」
何だかちょっと吹っ切れた感じの愛ちゃん。
- 325 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:08
-
「・・・ねぇ、愛ちゃん。
今夜ってさ、雪降ると思う?」
「雪?降るわけないでしょ。
こんなに晴れてんのに」
「だよね〜」
ちょっと気持ちが軽くなった。
あたしは、このままの関係がいいや。
やっぱり無理に壊したくはない。
ずっと友達でいられればいい――
「はよ、行こ?」
腕をとられた。
「いってらっしゃ〜い」
やけに自信たっぷりの支配人さんに
見送られて、あたし達は湖に向かった。
- 326 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:08
-
- 327 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/17(木) 11:08
-
- 328 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/17(木) 11:09
-
あと一回つづく。
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/21(月) 04:50
- このホテル宿泊希望!
この二人の雰囲気が好きです
- 330 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/23(水) 23:45
-
>329:名無飼育さん様
作者も宿泊希望してるんですが、
オーナーに『帰れ!』って言われるんです・・・
では、ラストです。
どうぞ。
- 331 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:46
-
- 332 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:46
-
「おいっ!いるんだろ?
出て来いよ!」
支配人兼料理人兼雑用係の吉澤ひとみが
なぜか長箒の柄を天井にぶつけて、一人叫んでいる。
「早く出て来いっ!」
ジャンプ力には自信がある。
片手にほうきを持って、ジャンプ1番!
思いっ切り天井を打つ。
「いるんだろ?美貴!!」
「いい加減にしろっ!」
背後から声がして
ひとみが振り向くと、ほっぺに何かが刺さった。
- 333 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:47
-
「てめぇ!
まぁた、マジックつけやがったなっ!」
ひとみの真っ白な頬には、デッカイ真っ赤な点が一つ――
「だって昼間は呼び出すなって
前から言ってんのにさ」
「うるせぇ
用があるから呼んだんだよ!
しかもこれ油性だろ?」
「大丈夫、大丈夫。
こすりゃ落ちるって」
言われた通り、
必死でこすり出したひとみ。
「で、何なの?用って。
まだ明るいから、こっちは疲れんだからね」
- 334 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:47
-
「あのさぁ。
今晩、雪降らせてくんない?」
しばし見つめ合ったまま、沈黙が流れる――
「冗談言うために、起こしたんなら美貴寝る」
「冗談じゃないって!
真面目に言ってんの」
「はあ?
よっちゃん、頭おかしくなったんじゃない?
昨日から、梨華ちゃんに攻められすぎて」
途端にひとみの目尻が、3割増しで下がった。
「いや〜
ほんと参っちゃうよね〜。
マジで寝不足。ここんとこ激しくてさぁ…」
- 335 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:48
-
「・・・ノロケたいだけなら消えるよ」
「待って、待って。違うってば!
雪降らせてって、さっきから言ってんじゃん!」
「ねぇ、ほんとにバッカじゃないの?!
いくら美貴が幽霊だからって、どうやって雪降らせんの?
美貴は雪女じゃないっつうの!」
そうなのだ。
今ひとみが話しているのは、
この城に居住を許された、あのゴーストなのだ。
藤本美貴(ゴースト)
性別:女。年齢:不詳。
この世で1番苦手なもの:石川梨華。
- 336 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:49
-
半透明の朧げな物体に、普通に話しかけるひとみの姿を
見かけたとしたら、宿泊客は誰もが腰を抜かすだろう。
そして、注意書きに追加されるに違いない。
『幽霊と、その幽霊とまともに会話する支配人にご用心』と――
「美貴に雪を降らせる力がある訳ないなんて。
んなこたぁ、わかってるよ」
「なんかさ、よっちゃんいつも
なにげなく失礼だよね」
実はさ――
不機嫌になった美貴の機嫌をとることもなく、
ひとみは今、湖に遊びに行っている麻琴との
賭けを美貴に説明した。
居候している身としては、
こういう扱いを受けても仕方ないとは
思いつつ、やっぱりムカつく。
梨華ちゃんの機嫌だけは
必死でとるくせに・・・
- 337 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:50
-
「だからさ。ちょっと幽霊仲間誘ってさ。
上から、氷削ったヤツばらまいてよ。
あの二人の上だけでいいから、ね?」
「やーだよ。
何で美貴が、そんなことしなきゃいけない訳?」
「だって、見えないヤツがやんなきゃ
意味ねーじゃん」
「だからって、そんな面倒くさいことヤダね。
よっちゃんが木に登って降らせばいいでしょ?」
「アタシがやったら見えちゃうじゃん。
それじゃダメなんだよ。だからこうして――」
「ヤダ!絶対ヤダ!
ヤなもんはヤダ!!」
ひとみが美貴の背後を見て、ニヤリと笑った。
まさか――
- 338 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:50
-
「美貴ちゃん?」
ゲッ!
美貴がゆっくり後ろを振り返る…
「今、ヤダって声が聞こえたんだけど」
いつの間にか梨華が
部屋の入口に立っていた。
「そんなに嫌なら、いつでもここから
出て行ってもらって構わないんだけど」
「いやいやいや。
そんな嫌なんて一言も…」
「ひーちゃん、ほんと?」
「うそ」
てめぇ…
美貴が拳を握って
ひとみを睨みつけた。
- 339 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:51
-
幽霊がわなわなと怒りに震える姿は、
常人が見たら、さぞかし恐怖に違いない。
が、ここには、その常人は…いない。
「ねぇ美貴ちゃん。
今、わたしのひーちゃんに向かって
なんか言ったよね?」
小首を傾げて、可愛く尋ねてくるけど
彼女を知っている人間なら・・・失礼。
人間及び幽霊なら、これが噴火の前触れだと、重々承知している。
「やりますっ!やらせて頂きます!
雪でも何でも、お望みならば
幽霊仲間の100人や200人引き連れて
必ず降らせてみせますっ!」
「そう。ならいいの。
よろしくね?」
「も、も、もっちろん!
任せてよっ!!」
「ありがとう」
サッと身を翻して、梨華が出て行くと
美貴は「はあ〜〜」と大きくため息をついた。
- 340 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:52
-
生きていた時は、『滝川の狂犬』と言われてたのに…
ああ、なんと情けない――
「じゃ、美貴よろしくね?
アタシが指鳴らして合図するからさ。
そしたら、二人の上に降らしてよ」
「――わかった」
仕方ない…
ひとっ走り、仲間を募って来よう…
スッと姿を消すと、美貴は壁をすり抜け
外に飛び出した――
- 341 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:52
-
**********
**********
- 342 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:53
-
「ただいま〜」
静かな館内。
お城だけあって、玄関を入ってすぐの吹き抜けは
異様に広くて、物音がしないと寂しささえ感じる。
「オーナーさん達どこかなぁ?」
「さあ?このまま部屋に行っちゃう?」
「でも帰ってきたこと
伝えた方がいいやろ?」
確かにそうだ。
一言伝えといた方がいいだろう。
先に立って歩き出した
愛ちゃんの後を追った。
- 343 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:53
-
「さすがにもう外にはいないよね?」
「リビングとかかな?
寒いし、あそこなら暖炉があるし」
そう言いながら、愛ちゃんがリビングに
続く扉に手をかけた――
『あっ…んんっ・・・』
この声…
嫌な予感がする――
『…はぁ、いやんっ――』
扉を開けた愛ちゃんの背中が
固まった。
- 344 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:54
-
「ねぇひーちゃん、わたしのこと好き…?」
「うん」
「ちゃんと言ってよぉ・・・」
「好きだよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ、もう一回言って」
「梨華ちゃんが好き」
ちゅっ
「もっとぉ〜」
ちゅっ
「好きだよ。大好き」
ちゅっ
「言葉じゃたんないくらい好き」
ちゅっ
- 345 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:54
-
「あんっ、もう、ひーちゃん・・・ダメぇ…」
「いいでしょ?少しくらい」
「――っん、そこ、は…
ダメだってばぁ…」
「ここ?」
「あんっ」
「こっち?」
「んもうっ」
はあ〜〜
思いっ切りお取り込み中だ…
- 346 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:55
-
「愛ちゃん、行こう?
後で来よう」
「――いいなぁ…
うらやましい、あの二人」
「そこら中で、ちゅっちゅちゅっちゅしてんのが?
全く人目も気にしてないんだよ?」
「――けど…うらやましい」
愛ちゃんがつぶやいた。
愛ちゃんのそんな表情を目にする度に
あたしの心はざわつくんだ。
ねぇ、誰を思ってそんな顔してるの?
その心の中に、誰を住まわせているの?
ギュッと胸が鷲づかみされたように痛んだ。
- 347 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:55
-
「あれ〜?おかえり〜」
ソファーに座る支配人さんの膝の上から
ご挨拶したオーナーさん。
首だけ後ろに倒して逆さまから
こちらも「おかえり〜」って言ってくれた支配人さん。
「っん!不意打ちずりぃよ」
「ひーちゃんが、首筋見せるからだもん」
もう一回。
ちゅっ。
はあ〜〜
ほんと、この2人には
『ハジライ』というものはないのか?
あたし達に見られてたとわかっても
一向に離れる気配がない。
- 348 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:56
-
「愛ちゃん、部屋行こ?」
固まったままの愛ちゃんの手をとった。
「せっかくだからコーヒーでも飲んでけばぁ?
寒かったっしょ?」
支配人さんがそう言って
オーナーさんの頭を優しく撫でると、やっと二人が離れた。
支配人さんが立ち上がって動き出すのを
うっとりした顔で見つめているオーナーさん。
――この2人って、一体いつからこうなんだろう?
――どうしたら、こんな風になれるんだろう・・・?
「ねぇ、そこの2人。
入口でお手手繋いだまま突っ立てないで
早くこっちにおいでよ」
オーナーさんにそう言われて、
愛ちゃんの手を握ったままだったことに
気付いて真っ赤になった。
- 349 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:56
-
- 350 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:58
-
「It‘s party time!!」
オーナーさんの高らかすぎる声で始まった
夕食兼クリスマスパーティー。
昼見た時は、ただの大きな木だったモミの木には
たくさんのライトが飾られていて、まばゆい光りを放ってる。
それだけでも充分ロマンティックなのに、
夜空は、支配人さんが言った通り、
輝く星で埋め尽くされていて。
たくさんの星座たちが、愛を囁きあってるなんて話しも、
まんざら嘘じゃないように思えてきた。
「よし!乾杯しよう!」
支配人さん作のベンチに座り、
テーブルに並べられたたくさんのご馳走を前に
自然と笑顔になる。
寒くないようにって、
焚き火なんかもしてくれて――
- 351 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:59
-
ここに来なかったら、こんな素敵な
クリスマスを過ごすことなんて、出来なかったな・・・
そんな風に思ったら、もう充分な気がした。
想いなんか、伝えなくたって、
こうして愛ちゃんのそばで、笑っていられる。
『楽しかったね。また来よう?』
そんな風に、愛ちゃんが思ってくれれば、
それでいいや――
「せっかくのクリスマスパーティーだ。
高級ワイン開けちゃうよ〜」
支配人さんが、あたし達にボトルを見せた。
「いいんですか?」
「もっちろん!
君がカワイイから」
「ひーちゃん?!」
「イデデ・・・冗談だって」
ちゅっ
- 352 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/23(水) 23:59
-
何かもう、見慣れて来た。
ていうか、微笑ましくさえなってきちゃった。
きっと愛ちゃんも同じ気持ちだと思う。
だって、二人を見る目が優しいもん。
不思議なんだけど、心が温かくなるんだ。
この二人を見ていると。
グダグダ考えてる自分が、
すごくちっぽけに思えてくる――
好きなら、迷わなくていいじゃん。
キスしたいならすればいいじゃん。
自分の欲望に正直になればいいじゃん。
そんな風に言われている気がした。
- 353 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:00
-
「ねぇ、ひーちゃん。
アーンして?」
「アーン」
「どう?おいしい?」
「うん。おいしい」
「あれ、支配人さんが作ったんやろ?」
「だよね」
「君たち、分かってないなぁ。
誰に食べさせてもらうかってのが、大事なんだぞ!」
ほら、やってみ。
えっ〜!!!
ムリムリ。そんなの無理。
愛ちゃんに食べさせてもらうなんて、
そんなの恥ずかしくて出来ないよっ!
- 354 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:00
-
「はい」
オーナーさんが、チキンをフォークで指して
差し出した。
「いや、そのかたまり。ちょっとでかくないですか?
もうちょっと、小さくした方がいいんじゃないかと・・・」
「大丈夫よ、ねえ?これくらい」
「いや、でも・・・」
拳くらいの大きさなんだけど――
「ほら早く。食べさせてあげて?」
「好きな人に食べさせてもらうと、格別だからね〜」
好きな人って!
そんな言い方したら、愛ちゃんにバレちゃうじゃんっ!!
- 355 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:01
-
「何してんの?ほら早く!
麻琴ちゃんが、愛ちゃんに食べさせてあげるの」
ああ、あたしが食べるんじゃなくて
愛ちゃんに食べさせてあげるのか・・・
ん?
なんかおかしくない?
好きな人に食べさせてもらうと美味しい。
好きな人に食べさせてもらうと格別。
だから、あたしが愛ちゃんに
食べさせてもらうって話しなんじゃ・・・
- 356 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:01
-
「麻琴!アーン」
愛ちゃんが口を開けた。
え?
ちょ、ちょっと待って!
話しが違う。
逆だよ、愛ちゃん。
「何してんだ、お前。
早く食べさしてやれよ」
「はい、どうぞ」
オーナーさんにフォークを握らされた。
頭の中がパニック起こしてる。
あたしが・・・食べさせるの・・・?
- 357 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:02
-
半ば呆然としながら、
愛ちゃんの口元まで、フォークを差し出した。
あたしが差し出したチキンにかぶりつく愛ちゃんの口を、
まるでスローモーションでも見ているかのように、
ただジッと、息を潜めて眺めていた・・・
「――おいしい・・・」
消え入りそうな声で、愛ちゃんがつぶやく。
おいしいって・・・
「おいしい。すごく・・・」
真っ赤な顔をして、
もう一度愛ちゃんがつぶやいた。
- 358 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:02
-
うそ・・・でしょ・・・?
料理が、美味しいから。
支配人さんの腕がいいから・・・
こんなロマンティックな夜だから――
だから・・・でしょ?
「ひーちゃん、わたし達お部屋に戻ろうか?」
「そうだね」
ちょ、ちょっと待って!
この状況で、二人きり??
どどどどど、どうしよう・・・
- 359 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:03
-
「わたし達、寒いの苦手だから
お部屋に戻るね?」
そう言って、オーナーさんが
支配人さんの腕に自分の腕を絡ませる。
「こうすると、あったかいよ?」
「そう。裸で抱き合うともっとあったまる。
ていうか、汗かくよ?ね、梨華ちゃん?」
「もう!ひーちゃんたらぁ!」
――二人がこれからスルこと、容易に想像がつく・・・
「おい!お前」
支配人さんに指をさされた。
だから、客に向かって『お前』はないでしょ?
- 360 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:03
-
「賭け」
そう言って、そのまま指を
空に向けた。
「聖なる夜には、奇跡が起きる」
<パチンッ>
指を鳴らした。
「さて、愛し合おうか?」
支配人さんの言葉に、オーナーさんが嬉しそうに頷くと
二人は寄り添って歩き出した。
- 361 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:04
-
「――あれ?雪や・・・」
空を見上げていた愛ちゃんに言われて
慌てて上を向く。
「つめてっ」
大きな雪のかたまりが、
おでこにのっかった。
――ほんとに・・・降ってる・・・
空には星が輝いているのに、
なぜか雪が降ってる。
『聖なる夜には、奇跡が起きる』
ならば、あたしにも――
奇跡は起きるだろうか・・・
- 362 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:04
-
「麻琴、冷たいやろ?」
おでこにのったままの、雪のかたまりを
愛ちゃんが取ってくれた。
そのまま、その手を掴む。
「――麻琴・・・?」
『アタシと、賭けしよっか?』
『今夜雪が降ったら』
『彼女に想いを伝えろ』
あたしは賭けに負けた。
だけど、賭けに負けたからじゃない。
あたしは今、この想いを伝えたい。
愛ちゃんに知って欲しい。
あたしの、本当の気持ちを――
- 363 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:05
-
「好きだ」
握ったままの手を強く握った。
「あたし、愛ちゃんの事が好き。
友達としてじゃない。変な意味で愛ちゃんが好き。
愛ちゃんと、ここの二人みたいになりたいなんて
そう思っちゃってる」
「麻琴・・・」
「ごめん。困らせるつもりはないんだ。
ただ伝えたかった。迷惑なら、今夜でちゃんと諦めるから」
愛ちゃんが唇を噛み締めた。
目の前の目から、涙が溢れ出す・・・
「ごめん・・・」
握っていた手を離した。
- 364 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:05
-
「ほんとに・・・ごめん」
「バカッ!」
愛ちゃんが、あたしの胸に飛び込んできた。
「バカ、バカ。麻琴のバカ!」
「愛ちゃん・・・」
「好きだもん。あーしも麻琴のこと
変な意味で好きだもん」
「うそっ?!」
「うそじゃないっ!
だから・・・、だからあの湖に行ったんだもん!」
え?
- 365 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:06
-
それから、愛ちゃんは教えてくれた。
ここに来た日に、あの湖を見ながら支配人さんに
『好きな人と二人で行くと、結ばれるっていう伝説があるんです』
そう囁かれたこと。
今日の昼間、ベンチに座ってオーナーさんに
『二人で行くだけじゃダメよ?
湖の中にある輝く石を見つけて、それをプレゼントするの』
そう教えられたことを――
「だから、寒いのに湖の中に手を突っ込んでたの?」
「そうだよ。ちゃんと見つけて来たんだから」
そう言って、ポケットから
小さな石をたくさん取り出した。
「こんなに?!」
「だって支配人さんがつけてるキラキラの大きなネックレス。
あれ、オーナーさんが湖で見つけた石で作ったんやって」
「あの、黄色とピンクの髪の毛の
猫だかなんだかよく分かんないヤツ?」
「そう」
- 366 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:07
-
「だから、あーしもこれでなんか作ろうって・・・」
「愛ちゃん・・・」
作るのは、愛ちゃん不器用だし
無理しなくていいから――
「その代り、今抱きしめてもいい?」
嬉しそうに頷いてくれたから、
肩を抱き寄せて、彼女を包み込んだ。
腕の中の愛ちゃんと微笑み合う。
「昼間の質問」
「ん?」
「なんでここのホテル予約したかって」
「ああ」
「ここ、女同士の告白成功率100%なんだ。
だから――」
- 367 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:07
-
「知ってるよ」
「え?」
「ここの噂、あーしも知ってる」
「マジで?」
「だから、麻琴に誘われた時、
正直心臓飛び出そうやった」
「そ、そうなの・・・?」
「でも麻琴、全然そんな気配見せてくれないし、
だから昼間、オーナーさんに相談して・・・」
「それで石・・・」
「――うん」
あたし、頼りないけどさ。
ちゃんと愛ちゃんのこと大切にするから。
絶対幸せにするから。
だから、ここの2人みたいに――
- 368 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:08
-
「羨ましがられるくらい、人に幸せをわけてあげられるくらい
愛し合える二人になろう?」
「うん!」
嬉しそうに微笑んだ
愛ちゃんの頬に手を添えた。
そっと近づくと、愛ちゃんは静かに目を閉じた。
唇が触れ合うと同時に、あたしも目を閉じて
愛ちゃんの温もりを、その柔らかい感触を
涙がこぼれそうになるぐらいの幸せを――
ゆっくり、丁寧に味わった。
いつの間にか、雪はやんでいて。
また満天の星空と、大きなツリーが
あたし達の幸せを見守ってくれていた――
- 369 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:08
-
**********
**********
- 370 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:09
-
「はぁ、ああんっ!
ひー、ちゃん・・・ダメ・・・」
「梨華・・・、んっ。
うご、かすよ?」
「ああっ!・・・ンンっ。
――っちゃう・・・」
「いいよ。今夜は、何度もイカシテあげるから・・・」
「――ダメ・・・、ん、とに・・・
もう・・・、ああっ!んんっ!ああああっ!!」
ったく・・・
窓ガラス、曇りまくってんですけど。
腕組みをしたゴーストこと
藤本美貴が2人の行為を見守っている。
- 371 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:09
-
雪を降らせて、客の2人がちゃんと
くっついたことを報告しに来たっていうのに
このザマだ。
こいつら結局、客の幸せより
自分たちが愛し合うことに全力だからな!
何度か声をかけてみたが、
最中に無視されることは、もう何度も経験済なので
とりあえず落ち着くまで、こうして見守っているしかない。
「はあ・・・ひーちゃん。
今日、激しいよ・・・」
「いいじゃん。クリスマスイブだもん」
肩で息をする梨華の頭の下に
腕を伸ばすと、ひとみは仰向けに転がった。
今だ!チャンスっ!!
- 372 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:10
-
「お〜い!ちゃんと雪降らせて、
客くっついたよ〜」
梨華がいる時は、優しく話しかけることにしている。
「ねぇ、終わったってば」
「んんっ」
ひとみの上に乗って、
ひとみに襲いかかる梨華。
「今度は、わたしがシテあげる・・・」
「少し休もうよ・・・」
「ダメ!」
「んっ、・・・はあっ。ああっ・・・」
- 373 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:10
-
おいっ!
まだヤんのかよっ!!
お前ら、年中無休だな!
もういいっ!!
知らね。
美貴が消えようとした時――
「美貴」
ひとみに呼び止められた。
「・・・サン、キュ。んんっ!
食堂にご馳走並べってっから・・・ああっ!
仲間で・・・はあ・・・、食べて・・・」
美貴がいるの、気付いてたんなら
早く言えっ!!
「あと・・・ああっ、うっ!
ハアハア・・・、冷蔵庫のも、
今夜は・・・食べて・・・んっ、いい、よ・・・ああああっ!!」
- 374 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:11
-
はあ〜〜〜
ほんと、いいヤツなんだけどさ・・・
愛撫されながら、言うなっ!!
ってか、梨華ちゃんも、少しは待っとけ!!
声に出して言うなんて、
自殺行為は出来ない。
仕方ないから、無駄とは思いつつ、
悔し紛れにラップ現象を一つ起こして、
美貴は姿を消した――
- 375 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:11
-
- 376 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:12
-
「「お世話になりました!!」」
まばゆい日差しの中、幸せそうに手を繋いで帰っていく
2人の背中を見ながら、梨華とひとみは微笑み合った。
「あの2人、想いが通じ合って良かったね?」
「ほんと。めでたし、めでたし」
「ねぇ、いつも思うけど、
ひーちゃんて、よく毎回あの湖のデタラメな名前
とっさに思いつくよね?」
「だって、ほんとの名前言ったら
幻滅しちゃうでしょ?」
「まあね。そりゃ『ケメ湖』じゃ夢がないよね〜」
保田長老には内緒で、
あの湖の看板は抜き取って、地下室に隠してある。
- 377 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:12
-
「梨華ちゃんこそ、石の話し、うまく作ったよね〜
だってこれ、この前久々にマルイに行った時に買ったヤツじゃん」
「いいの〜。信じたんだから」
「それもそうだね」
――部屋、戻ろっか?
ひとみが、梨華の肩を抱いて
歩き出す。
「ねぇ、ひーちゃん。
最近のわたし、そんなに激しかった?」
「ん?なんで?」
だって・・・
梨華がひとみの頬に手を伸ばす。
- 378 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:12
-
昨日のお昼から、消えてないの。
ほっぺのキスマークが・・・
キスマーク?
ほっぺになんか、つけられたっけ?
「わたし、アノ時って、
燃え上がりすぎちゃうと覚えてないから・・・」
・・・あっ。
これ、マジックだ・・・
- 379 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:13
-
(頼む!言わないで!!)
ひとみの耳元で囁く声が聞こえた。
「・・・ごめんね。こんなにアトついちゃって・・・
痛かった?」
(お願い!!)
まあ、今回は美貴が大活躍してくれたし。
謝る梨華ちゃんも可愛いから、
黙っといてあげるか・・・
「痛かったよぉ・・・
だから慰めてよぉ」
ひとみの背後で、ホッと胸を撫で下ろす
気配を感じた。
- 380 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:14
-
「――わかった。
じゃあ、今日一日中、慰めてア・ゲ・ル」
梨華が背伸びして、ひとみの唇を塞ぐ。
ひとみが梨華の腰を支えたところで、かすかに
(ありがとう。それから、昨日の冷蔵庫の肉、美味しかった)
と囁くのが聞こえた。
「アアアアッ!!!」
何かを思い出したかのように、
ひとみが大声で叫んだ。
「どうしたの?!急に」
- 381 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:14
-
「やべぇ。昨日美貴に食べていいって言った
冷蔵庫の肉。去年のだ」
(ゲッ!)
「去年のクリスマスの残り?」
「うん。煮込んだら使えるかなとか思って
突っ込んだまま、一年間忘れてた」
「大丈夫よ。美貴ちゃんが食べたんなら」
「なんで?」
「だって、ゴーストでしょ?
お腹なんか壊さないよ」
「そっか・・・そうだよな。
うん、美貴なら大丈夫だ」
「ね?だから続き、しよ?」
手を繋いだ2人が
寝室へと駆け上がっていく――
- 382 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:15
-
オエ〜ッ!
冗談じゃないよっ!!
幽霊だって、食えば出るモンは出るし
あたるモノはあたる。
もちろん、全く食べなくても
何の支障もない。
当然、お腹も減らない。
けれど、久しぶりのご馳走。
懐かしい味を思い出して、時々食べたくなるのだ。
それなのに。
よりによって――
ウェエエエッ〜!!
- 383 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:15
-
フラフラと浮遊しながら
2人がいるだろう部屋を、思いっきり睨み付けた。
文句の一つも、ひとみに言ってやりたいが、
タイミングの悪いことに、今日は庇ってもらったばかりだ・・・
仕方ない・・・
「あいつら、いつか呪ってやるからな・・・」
一言だけ、そうつぶやいて
壁をすり抜けると、美貴は隣村の廃墟にある
幽霊診療所へと向かった――
- 384 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:15
-
- 385 名前:IY Castle 投稿日:2009/12/24(木) 00:16
-
おわり
- 386 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/12/24(木) 00:20
-
大変お粗末様でした。
皆様、素敵なクリスマスを。
そして、良いお年をお迎え下さい。
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/24(木) 00:25
- おもしろかった!
めっちゃ笑わせてもらいました
玄米ちゃさま、素敵なプレゼントありがとう
- 388 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/12/24(木) 15:58
- 更新&完結お疲れ様でした!!
さりけげなく散りばめられている小ネタに脱帽です(笑)
年内の更新はこれで終了でしょうか?
素敵な作品をありがとうございました。
来年も作者さんの作品を読ませていただけるのを楽しみにしています!!
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/04(月) 20:23
- 一気に読んじゃいました。エロいし笑えるしで良かったです。○期メンバーもオチをつけてくれてるしで最高です。
ぜひともの御願いしたいのがガキさん編なんてなかったりしませんか??
毎回すばらしい話をありがとうございます。
- 390 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/01/18(月) 16:21
-
>387:名無飼育さん様
喜んで頂けたようで何よりです。
しかしまた、クリスマス短編にどうしてこんな
アホっぽいのを思いついたのやら・・・(汗)
>388:名無し飼育さん様
小ネタも喜んで頂けたようで。
今年も楽しんで頂ける作品を書いていきたいなぁ
と思っております。
>389:名無飼育さん様
ありがとうございます。
ガキさん編、考えてみましょうかねぇ・・・
但し、わがままなオーナーが泊めてくれるか分かりませんが。
- 391 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/01/18(月) 16:23
-
さて、本日はリアルの短編をお送りしたいと思います。
本当は、梨華ちゃんの誕生日に新作を始めようと
思っていたのですが、この新作がまた、懲りずにイタイ風味なのです・・・
新年一発目で、イタイのもなぁ・・・
誕生日からこんなのもなぁ・・・
撃ち殺されたらヤダし・・・
なんてしばし逡巡して
リアルでも書くか・・・
と書き始めるものの
ネタが多すぎて絞りきれん!
これを使おうか
あれを使おうか
えーい、やっぱリアルやめた!
でも、新年一発目で・・・(以下略)
そんな堂々巡りを繰り返したあげくに
生まれた短編なので、サラッと流して下さい。
誕生日には全く絡めていませんので
あしからず。
クドクドと言い訳を並べ立てましたが
軽い気持ちでお読み下さい。
それでは、どうぞ。
- 392 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:24
-
- 393 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:25
-
『 味 』
- 394 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:25
-
「ただいま〜」
「おかえりなさ〜い。
あなた、お食事にしますか?それともお風呂?」
「うむっ、風呂だ!」
一徹風に腕組みなんかして、答えてくれるひーちゃん。
でも今日は、トメ子はやらな〜い。
「ダメよ?
先に小籠包」
「えっー!またぁ?
いい加減勘弁してよ・・・」
一気に脱力して、わたしにもたれ掛かってきた。
- 395 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:26
-
「だってぇ。
まだまだたくさんあるんだもん。
協力してよ、ね?」
「もう充分協力したってばぁ。
今月だけで、一生分食べてるよ・・・」
心底嫌そうな顔をして
ひーちゃんがつぶやく。
「だから買い過ぎんなよって
何度も注意したのにさぁ・・・」
「一緒に行こうって言ったのに
来てくれないからこうなるの」
「ヤダよ!何で小籠包買いに行くだけなのに
ついて行かなきゃなんねーの?」
だって…
- 396 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:26
-
「デート、したかったんだもん…」
「夜市行ったじゃん」
「あれは!」
思わずムキになる。
「…ハングリーとアングリーでしょ?
吉澤ひとみと石川梨華でしたかったの!」
池袋の時だって――
ハングリーとアングリーだったんだもん…
俯いて唇を尖らした。
ひーちゃんは思わないの?
そういう風には思わない?
ひーちゃんの人差し指が
そっとわたしの顎に触れ、顔を持ち上げられた。
- 397 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:27
-
「やっぱ梨華ちゃん
カワイイよ・・・」
「からかってるの?」
「そう見える?」
わたしだけを見つめてくれる大きな瞳。
優しくて、愛情がたっぷり込められた温かい眼差し――
黙って首を横に振った。
「ほんと、カワイイ・・・」
ひーちゃんに言われるとドキドキする。
ファンの皆に言われても『知ってる』とか平気で言えちゃうのに、
ひーちゃんにこんな風に見つめられて言われると、
わたしはたちまち固まってしまう。
あの時だって――
- 398 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:27
-
『全然関係ないんだけどさ
やっぱ梨華ちゃんカワイイよ』
ニコニコしながら、いつものように
わたしのオチのない話しを聞いてくれてると思ってたら
突然言われた言葉。
その言葉だけで、石にされたように
固まってしまったわたし。
『あれ?アタシなんか変なこと言った?』
こんなにドキドキさせるくせに
自覚なく言ってくれちゃう。
『私が白馬の王子様だからね』
あの時だって、固まっちゃいそうだったんだから――
- 399 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:28
-
「あ〜あ、わたし何でテレビで言っちゃったんだろ…」
ひーちゃんの胸に抱き着いた。
「わたしだけの秘密にして
おきたかったのになぁ…」
抱きついたわたしの髪を
優しく撫でてくれるひーちゃん。
「カオリンに対抗したかったんだろ?」
それももちろんだけど、最初に
火をつけたのはあなたなんだよ?
『みんな彼女みたいな』
『あの子カワイイ』
『どの子にしようかな』
なんて言うから…
- 400 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:28
-
「なんか梨華ちゃん、
昔みたいだったね?」
あの頃は、あなたがわたし以外の誰かに触れるだけで嫌だった。
誰かの肩を抱くだけで、誰かと絡むだけで
ムッとして、ヤキモチ妬いて…
面白がって、ますますエスカレートする
あなたに感情をぶつけて、何度も何度もすれ違いそうになった――
「懐かしかったよ?
それに嬉しかった。
梨華ちゃん、まだ妬いてくれるんだって」
そう言って、ひーちゃんは
わたしをギュッと抱きしめた。
当たり前でしょ?
今だって正直嫌だもん。
あなたが他の誰かに触れるのは…
あなたの指は、わたしだけに触れて欲しい。
あなたの頬も、わたしだけが触れていいの。
- 401 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:29
-
「OGの忘年会で、カオリンに優しくしてたり、
のんにチューされてるの、すごく嫌だったんだから…」
「圭ちゃんにテーブル越しに怒られたよ。
あんた、いい加減にしなさいって。
石川笑ってるけど、そろそろ限界よってさ」
ひーちゃんが耳元に唇を寄せる。
かすかに触れる唇に、わたしのカラダは素直に反応してしまう――
「でもさ…見たかったんだよ…
梨華ちゃんの、妬いてるカオ・・・」
向かい側で、少しだけ唇を尖らして
眉間にシワよせて、アタシを盗み見てくれる
梨華ちゃんをさ。
久しぶりに見ていたかったんだ――
- 402 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:29
-
「けど、ごめんね?」
少しだけ体を離して、窺うように
わたしの顔を覗きこんで言うひーちゃん。
そうされるだけで何もかも
許していいと思ってしまうわたしは、かなり重症だと思う。
「ねぇ、けど気づいてた?」
アタシ、人妻としか絡んでないよ?
ちゃんと遊びだって、冗談だってわかるようにさ。
ほんとだよ?
ちょっと梨華ちゃんのカワイイヤキモチガオ
見たかっただけなんだって・・・
ひーちゃんが少しだけ膝を曲げて
わたしの瞳を覗き込む。
- 403 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:30
-
「梨華ちゃんだけだから」
そっとおでこを合わせて、
ひーちゃんがわたしに囁く…
「カワイイなんて本気で思うの。
梨華ちゃんだけだから」
――好きだよ、梨華ちゃん。
ひーちゃんがくれる魔法の言葉。
わたしも、ひーちゃんが好き。
今すぐ閉じ込めてしまいたいほど、あなたの事が好き。
目の前の唇に、わたしから触れた。
あなたの唇に触れていいのは
わたしだけ。
ここだけは、誰にも絶対、触れさせないんだから・・・
- 404 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:31
-
梨華ちゃんの好きにしていいよ?
まるでそう言うように、
わたしの動きに全てを任せてくれてる。
好き・・・
愛してる・・・
カワイイ・・・
わたしだけに言って――
- 405 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:31
-
ゆっくり唇を離すと
目の前には、上気したひーちゃんのカオ。
こんなに色っぽい
ゆるんだ瞳を見れるのは、わたしだけ・・・
「――許してくれる?」
わたしの頬に触れて
親指で唇を撫でてくれる。
もっと欲しいときの
あなたの仕草――
小さく首を横に振った。
「うそっ!なんでっ??」
目を真ん丸に見開いて
夢から覚めたように驚いてるひーちゃん。
少しくらいこらしめないと…ね?
- 406 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:32
-
「小籠包、全部食べたら許してあげる」
「ゲッ!マジで?!
それ拷問だって!」
ニッコリ笑って、まだ何か言おうとする
ひーちゃんの唇に人差し指をあてた。
「オ・シ・オ・キ・・・だよ?」
わたしだって10年で成長したの。
もう無条件で許したりしないんだから。
ガックリうなだれたひーちゃんを尻目に
鼻歌まじりでキッチンに行くと、
我が家の冷凍庫を埋め尽くしている箱を次から次に重ねた。
「待って梨華ちゃん!
それ、マジで全部食べさせる気?」
「うんっ!!」
- 407 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:33
-
「はあ〜〜
ほんと、皆が言う通り梨華ちゃんSだよ…」
「ひーちゃんはMだから
嬉しいでしょ?」
「うれしくねーよっ!」
「またまたぁ!
ほんとは嬉しいクセに」
「ふはっ」
ひーちゃんが、小さく吹き出した。
- 408 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:34
-
「あ、今カワイイって思ったでしょ?」
「バレた?」
ひーちゃんが微笑みながら
わたしに近づいてくる――
こうして、あなたを待っているだけで
ドキドキするわたしは、やっぱり重症だ。
後ろから、抱きしめられて
耳たぶにキスされる。
「全然関係ないんだけどさ
やっぱ梨華ちゃんカワイイよ」
あなたに囁かれただけで
砕けそうになる体。
「梨華ちゃんが全部食べろって言うなら
頑張って食べるよ?」
でもさ――
ひーちゃんの手がわたしの頬に添えられて
顔だけ振り向かされる。
- 409 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:34
-
「アタシも小籠包味になっちゃうけど、いい?」
「え?」
「キスの味も」
触れるだけのキス。
「それから…」
ひーちゃんの指が、わたしのお腹を
ゆくっりすべって、下腹部に触れた。
「こっちの味も」
「うそっ!!」
驚いて体ごと振り向く。
- 410 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:35
-
「ほんとだよ?
台湾からずっと、梨華ちゃんの味は小籠包味」
「ヤ、ヤダ…
ほんと、に?」
信じたくない。
うそでしょ?ね?
「うそだと思うなら、今確かめる?
このままエッチして梨華ちゃんから溢れたの、
すくって舐めさせてあげようか?」
ひーちゃんの長い指が
スッとその場所を撫で上げる。
「っん、ヤ、ヤヤ、いい…です」
慌ててひーちゃんの指を捕まえて
その場所から離した。
- 411 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:35
-
「じゃあ、アタシがこれ全部食べたら
きっと小籠包味になるから、それで試し…」
「ダメぇ!
ひーちゃんはダメぇ!」
「なんで?」
だ、だって…
だって、ね?
「今のひーちゃんのがいいもん…」
「アタシ、おいしいの?」
「・・・もうっ。
そういうこと、言わせないで…」
「なんで?
教えてよ」
大きな瞳でわたしを覗きこむ。
ああダメ。その瞳に弱いの…
- 412 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:35
-
「今のままのひーちゃんがいい…。
…今のままが、おいしいもん・・・」
「じゃ、これ。
どうする?」
勝ち誇ったようにニヤけながら
ヤマを成している箱を指差すひーちゃん。
「もう一箱ずつ・・・
皆にあげる…」
「OK。
じゃあアタシから皆にメールしとくよ」
- 413 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:36
-
ねぇ、ひーちゃん。
「ごめんね・・・
わたし、小籠包味になってたなんて…」
ほんとに、ごめんなさい――
心から反省してるの。
だって、何も言わずに我慢してくれてたんでしょ?
「いいよ。
梨華ちゃんなら何でも許す」
俯いた顔を両手でグッと
持ち上げられる。
「カワイイから
何でも甘やかしちゃうんだって」
「もう・・・
カワイイを安売りしすぎだよ・・・」
「だってほんとに思うんだもん」
- 414 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:36
-
「カワイイ梨華ちゃん」
チュッ。
音を立てて、ひーちゃんが
わたしの唇を奪う。
「優しいひーちゃん」
チュッ。
負けじとわたしも。
「カワイイ梨華ちゃん」
「優しいひーちゃ…」
言い終える前に触れ合って、
自然と口づけが深くなっていく――
- 415 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:37
-
「おいしい梨華ちゃん」
唇を離して、一番に言ってくれた言葉。
「・・・もうやめるね。小籠包」
だって、この石川梨華が
小籠包味だなんて――
「だね。
アタシも梨華ちゃんのままの
味が一番好きだよ?」
ごめんね、ほんとに――
- 416 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:38
-
「このまま・・・しよっか?」
もう一度ひーちゃんが唇を合わせて
わたしの中に入ってくる。
ピリピリとしびれていくカラダ・・・
甘い誘惑に溺れてしまいそう。
だけど――
ひーちゃんの体を両手で押し返した。
「――お願い、待って…」
「どうして?」
掠れたひーちゃんの声。
この声にもわたしは弱い。
でもダメ…
- 417 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:38
-
「ひーちゃんが帰ってくる前にね、
一人で小籠包食べちゃったの・・・」
だから、せめて――
「シャワー浴びてくる。
それから歯磨きも…」
「・・・わかった」
もう一度、触れるだけのキスをして
ひーちゃんから離れてバスルームに向かった。
それにしても、わたしが小籠包味だったなんて――
思わず、頬が熱くなる。
きっと、ひーちゃんじゃなかったら
我慢してくれなかっただろうな・・・
だってひーちゃん、ほんと優しいもん。
わたしが気にしないように
言わないでいてくれたんだ…
- 418 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:39
-
そんな些細な気遣いも
愛情を感じちゃって、嬉しくなる。
そんな優しいあなたのために――
せめて、バラの入浴剤なんか入れて
いい香りに包まれよう。
まだ、その――
味の方は、今夜は変えられないかもしれないけど
香り好きなあなたのために、せめて・・・ね?
――あれ?
入浴剤がない。
この間まで、確かココにあった気がしたんだけど…
ひーちゃんが仕舞ってくれたのかな?
まーた出しっぱなしにして!
とか言って・・・
- 419 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:40
-
思わず一人で微笑む。
ほんと優しいんだ、ひーちゃんて。
マメだし。
――そして、やっぱり。
わたしの『白馬の王子様』だし。
キャッ!言っちゃった・・・
あー、恥ずかしい。
手でパタパタと顔を仰ぎながら、
脱衣所を出る。
あ、そうだ。
新婚さんにあやかって
引き出物のフリスクもいただこう。
小籠包味が
少しはマシになるだろうし・・・
- 420 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:40
-
「ねぇ、ひーちゃ――」
慌てて口を塞ぐ。
誰かと電話中みたい。
危ない、危ない。
外では『ひーちゃん』なんて呼んでないし・・・
バレたら大変。
身振りで伝えようと
そっとその背中に近づく――
「大丈夫だって。
もうぜってぇ、食べねえって」
「完璧大成功だね」
・・・ん?
大成功って、どういうこと?
- 421 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:41
-
「ふははっ」
ひーちゃんが可笑しそうに
笑い声をもらす。
「んな味する訳ないんだけどさぁ。
梨華ちゃん、信じちゃったよ」
何?どういうこと?!
「さすがイッチー
梨華ちゃんをよく分かってる」
イ、イッチー?!
「恋人として同じテツを踏ませる訳には
行かないからね〜」
同じテツ?
「それに梨華ちゃんじゃ、黒熊になっちゃうじゃん?」
な、な、な、な、ぬわんですって?!
- 422 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:41
-
「きっとさぁ、ツキノワグマとかヒグマとか
言われそうじゃん?」
フツフツと怒りが湧いてくる。
そーなの。
そういうことだったの!
そこで繋がってたってわけぇ?!
「・・・誰がツキノワグマなの?」
「誰がって、そんなの」
「・・・ヒグマって誰のこと?」
「そんなの梨華ちゃんに決ま――」
- 423 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:42
-
口をあんぐり開けたまま
ひーちゃんが後ろを振り返る。
「黒熊って、わたしのこと?」
声にならない声で
ひーちゃんが、小さく悲鳴をあげたのがわかった。
「あ、ちがっ!
え、えっと・・・」
ジリジリと後ずさりながら、
言い訳を並べ立てようと試みてる。
けど、もう遅いよ?
「で、わたしが黒熊にならないように
二人で騙したってわけ?」
「やべっ。
ねぇ、イッチー今からこっち来てよ。
今すぐだって。あ、ちょ、切るなよ!おいっ!」
「ねぇ、ひ・と・み・ちゃん?」
- 424 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:42
-
「うわぁぁぁ!!
目の前にアングリーがぁぁぁ!!!」
大きな声で叫んだ
ひーちゃんの首根っこをつかんだ。
もう一度、冷凍庫から
全ての箱を引っ張り出して
ひーちゃんの前に並べる。
「さてと!
小籠包、お腹いっ〜ぱい食べよっか?」
ね?ひーちゃんっ!!」
「ぎやああああ!!!」
- 425 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:42
-
**********
**********
- 426 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:43
-
「ねぇ、梨華ちゃん。
もうほんとに無理だよ・・・
苦しくて死んじゃいそう・・・」
「つべこべ言わない!」
「こんなに食べて
また白熊になったら、どうしてくれんだよ!」
「何よ。わたしを騙したくせに
逆ギレする気?!」
腕組みした石川梨華が
ギロリとひと睨み。
「・・・ごめんなさい」
うな垂れて謝る吉澤ひとみの脇には、
カラになった箱が14箱。
- 427 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:43
-
「はあ〜、頑張ったよアタシ。
ほんとによく頑張った・・・」
大きな瞳をうるうるさせて
梨華の片手を大事そうに両手で握る。
「反省してます。
だけど、この作戦はひとえに梨華ちゃんを
愛しく思う愛情ゆえであって・・・」
「問答無用!!」
握られていない方の手で
ひとみの手を叩くと、積み重なった箱を指差した。
「あと30箱!
頑張れ、ひーちゃん!!」
レンジでチンするのは
任せて?
なんて微笑みながら
可愛さたっぷりで言うけれど・・・
その目は全く笑っていない。
- 428 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:44
-
「ぐ、ぐるしいぃよぉ・・・」
「はい、次!」
この後、いつまでこの惨事が続いたのか
知る由もないが、翌朝、吉澤ひとみから次のような
メールが一斉送信されたらしい――
<もう一つずつ、お配りできる予定だった小籠包は
都合により、お配り出来なくなりました。
理由は聞かないで下さい。
また、しばらくは小籠包を見たくもないし、
その言葉すら聞きたくもないので
どうか私の前で、その言葉を発しないでください。
くれぐれも宜しくお願いします>
- 429 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:44
-
- 430 名前:味 投稿日:2010/01/18(月) 16:44
-
おわり
- 431 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/01/18(月) 16:46
-
ほんとうにお粗末様でした。
精進して頑張ります。
今年も宜しくお願いします。
- 432 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/18(月) 20:46
- 今日あたりなにかあるかなと思って覗いてみたら
やっぱりキテタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!
ああぁ、鼻血が・・・
新作も楽しみに待ってますYO
- 433 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/01/18(月) 23:06
- 新年一作目、更新お疲れ様でした!!
相変わらず小ネタが満載で笑わせていただきました!!!!
ただ、録り溜めたまままだ見ていないテレビ番組があるので、
恐らくあの番組のことかな?と想像しながら読みました。
録画を見た時に改めてニヤニヤします(笑)
どうしても分からなかったのが“○ッチー”
誰のことなのでしょう?
今年も作者さんの作品を読ませていただけるのを楽しみにしていますね!!
- 434 名前:名無し飼育さん 投稿日:2010/01/20(水) 19:34
- >>433の“○ッチー”は自己解決出来ました、失礼しました(苦笑)
新作を読ませていただけるのを楽しみにしています♪
- 435 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/01/22(金) 13:01
-
>432:名無飼育さん様
ありがとうございます。
興奮して頂けたようで(笑)
>433:名無し飼育さん様
ありがとうございます。
是非ニヤニヤして下さい。あれは必見です!
それでは、本日より新作を始めます。
先日申し上げた通り、痛い風味です。
- 436 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/22(金) 13:02
-
『やさしい悪魔』
- 437 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/22(金) 13:04
-
覚えていなくていい
だけど、覚えていて欲しいって願ってしまう
だから、最後のプレゼントを
キミにあげるよ――
- 438 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:04
-
「あのっ人はぁ〜 あーくまぁー♪
わた〜しをぉ〜 とーりこにするぅ♪」
「ほんと石川さんて、その歌好きですよね・・・」
「うん!自分でも、よく分かんないんだけどね。
なぜか好きなんだよね〜」
やさしい〜あくまぁ〜♪
わたし、石川梨華。
本日25歳になったばかりの
まだまだピチピチの女の子。
誰がなんと言おうと、
ピッチピチの、お・ん・な・の・子!
- 439 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:05
-
今夜は恋人の高橋愛ちゃんが奮発して、
素敵なディナーをご馳走してくれて
浮かれ気分で、只今自宅まで送ってもらっている最中。
だけどね――
「――ですよね?」
「え?」
「はあ〜、また石川さん、あーしの話し聞いてない・・・」
「ごめん、ごめん」
ずっと何かが引っかかってるの。
今朝からずっと――
いつも通りに靴を履き、いつも通りに玄関を出て
いつも通りに出勤して――
なに一つ変わらない一日の始まり。
もうずっと何年も、
変わらない一日の始まりなのに・・・
- 440 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:06
-
「今日の石川さん、ずっとおかしいで?
遠くを見つめてたり、突然考え事したり・・・」
不安げに揺れる愛ちゃんの瞳。
「ヤダ、愛ちゃんたら。
そんなに心配しないでよ」
明るく言って、笑いかける。
「ほら。あれだよ。
25歳って、四捨五入したら30でしょ?
だから何か・・・ね?」
愛ちゃんも直に分かるようになるよ?
なんて、微笑みかけて・・・
でも、違う。
そうじゃない。
朝から感じる違和感は、そんなに軽いものじゃない。
胸の真ん中に、大きな穴を開けられたみたいに
何だか自分が、とても大切な何かを忘れてしまっているような
そんな不思議な感覚――
- 441 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:06
-
だけど・・・
どんなに考えても分からない。
そこだけボヤけたみたいに、霞がかかっていて、
必死に取り出してみようとするんだけど、出てきてくれないの――
「あーしじゃ・・・ダメですか?」
「何よ、急に」
冗談めかして言う。
「あーしじゃ、やっぱ好きにはなれませんか?」
立ち止まって、腕を引かれた。
向き合った愛ちゃんの瞳は、悲しげで・・・
見ていられなくて、目をそらした。
「好きです、石川さん・・・」
痛いくらい抱きしめられる。
愛ちゃんの腕の中で小さく頷く。
- 442 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:07
-
でも何でだろう・・・
わたしは、答えられない。
『石川さん、あーしと付き合って下さい』
『うん』
『石川さんが好きです』
『ありがとう』
大切な言葉を。
『好き』とか『愛してる』とか
どうしても、言えない――
「さっき、今夜は石川さん家に
泊まっていいですよね?って言ったんです・・・」
え?
「いいでしょ?だって恋人ですもん。
もうすぐ1年ですよ?
そういう関係に・・・あーしはなりたい」
- 443 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:07
-
「――待って・・・
まだ、待って・・・」
「誕生日なのに?一緒にいちゃ、ダメなんですか?
いつまで待ったって、石川さんはこっちを向いてくれない」
「そんなことないよ」
「じゃあどうして。あーしを家にあげて
くれないんですか?」
それは・・・
愛ちゃんの瞳がわたしを責める。
だけど――
「――ごめん、なさい・・・」
お願い。
今はまだ、もう少しだけ、待って・・・
分からないの、自分でも。
何でこんなに、頑なになっているのか。
自分でも分からないの・・・
- 444 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:08
-
愛ちゃんの手が、わたしの頬をとらえて
俯いたわたしの顔を無理矢理あげさせる。
ゆっくり顔が近づいてきて
わたしの唇に、触れようと、する・・・
(梨華・・・愛してる)
「イヤッ!」
その声が聞こえたと同時に
わたしは愛ちゃんを突き飛ばしていた。
「触れないで・・・
わたしの、わたしの唇に・・・触れないで――」
自分で発した言葉にハッとする。
なんで?
愛ちゃんは、わたしの恋人なのに・・・
キスくらい――
そう思うのに、なぜか胸がギリギリ痛んで、
次から次にとめどなく涙がこぼれる・・・
- 445 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:09
-
「――泣きたいのはこっちやよ・・・」
傷ついた瞳で、愛ちゃんがつぶやく。
何か言わなきゃ・・・
そう思うのに、自分ではどうにも出来ない・・・
ポロポロポロポロ、涙が溢れて
止まってくれない。
早く。
愛ちゃんに謝らなきゃ・・・
頭ではそう思ってるのに、なぜか胸が苦しくて。
この唇に、誰にも触れて欲しくなくて。
あの温もりを忘れたくなくて――
あの、温も、り・・・?
誰、の・・・、温もり・・・なの?
- 446 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:09
-
「あーしはキライです。さっきの歌」
「う、た・・・?」
「やさしい悪魔なんて、もうどこにもいないんですっ!」
「――なんの・・・こと?」
ハッとしたように、愛ちゃんは口をつぐむと
わたしに背中を向けた。
「――今日は・・・帰ります」
小さな背中が震えている。
引き止めなきゃ。
このまま、終わってしまう――
分かっているのに、去っていく愛ちゃんを
わたしは追いかけることが出来なかった――
- 447 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:10
-
――何なの、一体・・・
わたしの心は、どうしてこんなにざわついてるの?
トボトボと歩いて、一人家路に向かう。
楽しい誕生日のはずだったのに・・・
これまでも、時々あった違和感――
一歩外へ踏み出した所で、妙な違和感を覚えるの。
毎日通っている道なのに、何かが違って見えたりして・・・
空の色がいつもと違うから?
お向かいの家の塀の色が変わったの?
違う。
外は何も変わっていない。
何一つ変わっていないのに・・・
どうしてこんなに、違和感を感じるんだろう――
- 448 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:10
-
それに愛ちゃんとだって――
何がキッカケで、わたしは愛ちゃんにOKしたのだろう・・・?
『あーしがずっと、石川さんのそばにいます』
そうだ。
あの頃のわたしは、無性に誰かにそばにいて欲しかったんだ。
何か大切なモノを失ってしまったような
とてつもなく大きな喪失感に襲われていたから・・・
けれど、それが何なのかなんて
全く検討もつかない。
仕事で大失敗した訳でもないし。
身内に不幸があった訳でもないし。
失恋だって、していない・・・
- 449 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:11
-
あーもうっ!!
何なの、ほんとに。
(眉間にシワよってるぞ)
だ、れ・・・?
わたしの中の、ずっとずっと奥深くから
微かに聞こえてくる、穏やかな声。
(人間の特技は忘れることなんだ)
(だから大丈夫。キミはきっと忘れる)
ヤダ、忘れたくない・・・
またハッとする。
一体わたし、どうしちゃったの?
- 450 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:11
-
何だか自分が怖くなって、家に向かって走り出した。
アパートの階段を駆け上がって、
2階の端にある、自分の部屋を目指す――
たどり着く前に
突然、目の前の扉が開いた。
「キャッ!」
「あ、梨華ちゃん」
顔を出したのは、隣のお部屋に住む、藤本美貴ちゃん。
「おかえり」
おかえりじゃないよ。
今ものすごくビックリしたんだから!
ただでさえ、何だか今日は気味が悪いって言うのに・・・
「何かあった?」
のど元まで出かかる。
この胸につっかえている何かを
誰かに聞いてもらいたい・・・
- 451 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:12
-
「何かつまみでも持って、梨華ちゃん家行こうか?」
「・・・ううん、大丈夫。
ちょっと疲れただけ」
心配そうに窺う美貴ちゃんに笑いかけた。
「おやすみ」
そそくさと美貴ちゃんの横を通り過ぎて
自分の部屋に向かう。
「梨華ちゃんがいいって言うならいいけど。
何かあったんなら、いつでも聞くよ?」
「ありがとう」
もう一度、美貴ちゃんに笑いかけて
自分の部屋に入った。
- 452 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:12
-
後ろ手に玄関の扉を閉めると、
そのまましゃがみ込んだ――
いつからだろう・・・
誰かがこの部屋に入るのを
拒むようになったのは・・・
誰にも入って欲しくない――
そりゃ、部屋が汚いって言うのも
あると言えばあるんだけど、今までに一度も
誰もあげたことが無い訳じゃない。
いつの頃からか、わたしは
ここを他人に汚されたくないと思うようになった。
わたしと――
――わたし、と・・・?
- 453 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:13
-
さっきから、何かがカタチになりそうでカタチにならない。
心の中にも、頭の中にも霞がかかっていて・・・
考えれば考えるほど、
どんどん霞が深くなっていく――
自分のことなのに、よく分からない。
何だか気味が悪くて、怖いのに
もう一度、さっきの声を聞きたくて、耳を澄ます――
通り過ぎる車の音。
猫の鳴き声・・・
「あー、もうヤダ!」
何やってんだろ、わたし。
一言つぶやいて立ち上がると、
電気をつけて、お部屋にあがった。
棚の上に飾ってあるガラス細工の天使が、
蛍光灯に反射して、微笑んだように見えた。
- 454 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:13
-
「何よぅ、あなた達。わたしをバカにするの?」
そのまま棚の前まで行くと、膝をついて、
ガラスの天使を覗き込んだ。
これを見ていると、心が穏やかになる。
2人の天使が向き合って、口づけをしているだけの
どこにでもありそうなガラス細工。
だけど、わたしの宝物。
何よりも大切な、わたしの宝物・・・
<カタン>
「キャッ」
突然背後で物音がして、
ビクッとする。
おそるおそる振り返ると――
- 455 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:14
-
「なーんだ、郵便か」
ポストに落とされた封筒。
「よっこいしょ」
なんて言いながら、立ち上がって
やっぱ年とったのかなぁ
なんて、少し寂しくなった。
ポストを開けて、封筒を取り出すと
『石川梨華様』
とだけ書かれていて、差出人も書かれていない。
「なによこれ。気持ちわるい・・・」
考えてみれば、この時間に郵便が来るなんて
ある訳が無い。
イタズラ?!
- 456 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:14
-
封筒を握ったまま、玄関を勢いよく開けて辺りを見渡す。
まだ遠くへは行っていないはずだ。
「あれ・・・?」
人っ子一人いない。
気配すらも感じられない・・・
階下を覗き込んでみるけど、
誰もいない。
視界は悪くないし、死角も少ないから
あれくらいの時間なら、後姿くらいは見つけられそうなのに・・・
もう一度封筒を見た。
封が開いている。
何だか今日は、全てにおいて
気味が悪い。
少しだけ封筒を遠ざけて
なるべく距離をとって、封筒の中を覗き込んだ。
- 457 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:15
-
小さな箱が見える。
ちょっと緊張しながら、そっと取り出してみると、
一目で高級とわかるほど磨きこまれた木彫りの箱が一つ。
深い茶色が蛍光灯の灯りに照らされ、つややかな光を放っている――
なんだろう、これ・・・
思わず身震いして、凍てつく寒さに気付いた。
仕方なく、そのまま封筒と木彫りの箱を手にしたまま
部屋の中に戻る。
部屋に戻った途端、封筒からヒラリと舞い落ちた
一枚のメモ。
拾いあげて、目を通す――
- 458 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:15
-
[この箱の中に、あなたが知りたい答えがあります。
そしてそれを、月明かりにかざせば、
必ず答えを得られるはずです。
月の光りに宿る力が、きっとあなたの記憶を
呼び出してくれるでしょう。
だって彼らは、あなたに思い出してもらえるのを
今日も静かに、じっと待ち続けているんですから・・・
さあ、勇気を出して。その箱を開けてみて下さい]
何・・・?
この手紙・・・
- 459 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:16
-
これを開ければ、答えを得られる?
わたしの記憶を呼び出す・・・?
でもわたし、記憶喪失になったことなんて、
一度もないよ?
よく分からない違和感があるだけで・・・
その違和感が、思い出してもらえるのを待っている
記憶だとでも言うの?
(人間の特技は忘れることなんだ)
(だから大丈夫。キミはきっと忘れる)
さっき聞こえた声が、もう一度
どこかから聞こえた気がした。
- 460 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:17
-
このメモ通りにすれば――
今朝からずっと抱き続けている違和感の正体が
わかるのかもしれない。
まるで頭の奥底から
蘇ってくるような、さっきの声の正体も・・・
小さな箱を持って、ベランダに出た。
今夜は満月。
吸い込まれてしまいそうなほど、
美しい光りを放つ今宵の月――
深く深呼吸をして、その箱のフタに手をかけた。
何が飛び出してくるのかわからない恐怖と
期待する心が交錯する・・・
よしっ!
小さく気合を入れて、
思い切ってフタを開けた――
- 461 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:17
-
「・・・何よこれ?
ただのペンダントじゃない・・・」
はあ〜〜
大きく息を吐いた。
あんな大げさな書き方するから、
何かものすごいものが出てくるのかと思ったのに――
ガッカリしながら、
箱の中身を取り出す。
石の部分がカプセルのような形をした、
何の変哲もない、本当にただのペンダント。
石の部分を、親指と人差し指に挟んで
とりあえず書かれた通り、月明かりにかざしてみる。
「何が『さあ、勇気を出して。その箱を開けてみて下さい』よ。
期待して、損したじゃない!」
- 462 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:22
-
月光を浴びた石が、透明から徐々に色づいて行き、
紫色に妖しく光り出した。
「・・・あれ?わたし前にもこれを持ったことが
あるような気がする・・・」
その光を見つめる内に、一瞬脳裏に何かがよぎった。
けれど、そのカケラをうまく捉えられない。
――何?何なの?
指に挟んだ石は、月光をいっぱいに浴び、
一層妖艶に、だけど静かに光りを放っていく――
「・・・なんだろう?この気持ち――」
もう少しで、答えに手が届きそうな気がする。
何かが、蘇りそうな気がする――
霞がかった奥に何かが見えそうな気がして
目を細めた。
「・・・誰?」
脳裏にうっすらと人影が浮かんだ。
- 463 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:22
-
「誰、なの・・・?」
記憶の奥に見えたその人を見たくて
もう一度、目を細める。
ほんのヒトカケラずつ、ゆっくりと、
薄紙がはがれ、何かが音を立てて崩れていく――
不意に頬に冷たさを感じた。
我に返って夜空を見上げると、いつの間にか
大きな雲が月を隠し、雨を降らせていた。
雨粒がベランダの欄干にあたり、跳ね返って、
ひと粒、わたしの頬に跳ねた。
つめたっ・・・
そのひと粒が、頬を伝うと同時に
姿を現し始めた、たくさんの記憶たち・・・
まるで、その雫がすべてを拭うように
全てがむき出しになり、次から次へと噴き出し
わたしに襲いかかってくる――
- 464 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:23
-
(出会った日も雨だったね)
そうだ。
この声は――
(梨華・・・愛してる)
わたしも・・・
あなた、以外・・・
息が、つまる・・・
胸が・・・、苦しい・・・
あなたの優しい瞳が。
あなたの腕の温もりが。
一気に蘇ってきて、立っていられなくなって
そのままうずくまった。
涙が溢れてきて、止まらなくて
両手で顔を覆った。
- 465 名前:序章 投稿日:2010/01/22(金) 13:24
-
――どうして、いないのよ・・・
約束したのに。
ずっとそばにいるって。
そのために、わたし――
今朝から引っかかっていた違和感の正体も
ずっと前から、時々あった違和感の答えも
お部屋に誰もあげたくない理由も
わたしの唇に、誰も触れて欲しくない理由も
すべては――
あの日。
冷たい雨の降る、一年前のあの日の朝に始まったんだ――
- 466 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/22(金) 13:25
-
- 467 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/22(金) 13:25
-
- 468 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/01/22(金) 13:26
-
こんな感じでスタートしました。
以後、宜しくお願いいたします。
- 469 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/22(金) 20:21
- 新作待ってました
ハンカチ用意しときますね
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/23(土) 04:46
- すげー面白そうな予感!楽しみです
- 471 名前:名無し留学生 投稿日:2010/01/23(土) 21:35
- バンザイ〜新作きた〜〜
ようつべで「やさしい悪魔」を聞きました。面白い歌ですね〜
続きを期待します!
- 472 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/01/26(火) 14:37
-
>469:名無飼育さん様
ありがとうございます。
ハンカチはいずれ必要になると思います(汗)
>470:名無飼育さん様
ありがとうございます。
期待にお応えできるよう頑張ります。
>471:名無し留学生様
お喜び頂きありがとうございます。
念のため申し上げますと、
作者はこの歌ど真ん中の世代ではありません。
では本日の更新です。
- 473 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/26(火) 14:37
-
- 474 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/26(火) 14:38
-
運命を変えようなんて
思わなければよかった
けど、願ってしまったんだ
どうしてもキミを・・・、幸せにしたかったから――
- 475 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:41
-
――その日は、朝から冷たい雨が降っていた。
12月だというのに、ここ2、3日
ずっと雨が降り続いている。
「あーあ、また雨か。やだなぁ」
雨って嫌い。
だって、通勤電車はいつにも増して殺人的に込むし、
少しクセのあるわたしの髪は、湿気を帯びたこんな日は
うまくまとまってくれない。
もう一度、窓から外を覗いた。
今朝は、まるで大型台風が上陸したような荒れ方だ。
雨風が激しくて、外に出たら、
あっという間に濡れてしまいそう・・・
重たい気持ちを抱えながら、
朝の日課の『今日の占い』を見る。
- 476 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:41
-
支度中には、聞き流しているニュースも
占いのコーナーになると、姿勢を正して
テレビの前に座り込む。
[今日一番のラッキー星座は・・・
やぎ座のあなた]
ヤッター!!
ひとりガッツポーズをする。
[突然の出会いが、あなたの運命を変えちゃうかも。
直感には素直に従って]
突然の出会い?
どうしよう!わたしついに恋に落ちちゃうかもっ。
- 477 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:42
-
実はわたし、いまだ本気で恋をしたことがない。
寝ても覚めても、その人のことだけ――
なんて、狂おしいほどの恋を
命がけの恋をしてみたいなんて
ドラマを見るたびに、憧れちゃったりしてる。
お付き合いだって、この年だし
まあそれなりにしたことはあるけど、
『恋に落ちた』なんて言えるほどのものじゃなくて・・・
何だか自分の感情のどこかに、欠陥があるのかなぁ?
なんて、友達の話を聞くたびに思っちゃう。
だから、そんな運命を変えるほどの出会いが
本当に今日あるんだったら・・・
よしっ!!
いつも以上に張り切って、身支度を整えると
颯爽と部屋を出て、駅に向かった――
- 478 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:43
-
はあ〜〜〜
意気込んで出てきたのはいいけど
足元はすでにびっしょり。
更には、遅れ気味のバスが
普段の倍の客を乗せ、ロータリーに到着した。
徒歩組のわたしは、この集団と一緒になるのが嫌で
わざと時間をずらして、駅に着くように出てくるって言うのに・・・
だって、階段やらなんやら
ホームに着くまで、ほんっと人で溢れ返って
歩きにくいこと、この上ない。
ほんとに今日、ラッキー日なの?
もうすでに、ツイていない気がするんだけど・・・
- 479 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:43
-
あっという間に、バスから怒涛の如く、
人の波が押し寄せて、わたしも渦の中の一人になる。
「足元、お気をつけ下さい!」
駅員さんが大きな声で注意を促すけど
人波の音でかき消されている。
今日みたいな激しい雨の日は、
駅の構内は、水浸しでほんとに危ない。
うっかり気を抜くと、つるっと
スベッてしまうこともしばしば。
まあ、慣れてはいるから
そこまで気を張らなくても、もう大丈夫なんだけどね。
流れに身を任せて、ホームまで降りれば
問題はない。
満員電車の中の苦痛に比べれば
容易いものだ。
- 480 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:44
-
「キャッ!」
階段に差し掛かったところで、
大きくバランスを崩した。
普段は、電車なんか使ってないのだろう。
人の波を無理矢理かき分けてきた高校生のリュックが
わたしの右肩に後ろから勢いよくぶつかり、駆け抜けて行った。
階段を踏み外しそうになって、
無意識に、手にしている傘でバランスをとろうとする。
が、今日のこの雨。
頼みの傘は、床についた途端、
先がツルリとすべり、一向に役に立たなかった。
ダメ、落ちちゃう・・・
スローモーションのように感じる時間。
大きく揺らいだ体をどうにかしたくて、
必死で何かを掴もうと、手を伸ばしている自分。
- 481 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:45
-
ほんとに、もうダメ――
覚悟を決めた瞬間、伸ばしていた手が掴まれ、
わたしの体がふわりと浮いた。
「大丈夫?」
頭上から声がする。
とっても優しい声。
わたしの耳に、なぜか心地よく響く声――
「押されたの?危なかったね」
耳元でそう言われて、ハッとした。
この人が、さまよっていたわたしの手を
グッと掴んで、抱きとめてくれたんだ・・・
- 482 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:45
-
顔を上げると、あまりの美しさに固まる。
――綺麗な、人・・・
透き通るような真っ白な肌。
澄み切った大きな瞳。
「どしたの?」
「え?」
「まだ抱き合ってたい?」
「へ?」
わわっ。
わたしの方が、彼女にしっかり抱きついている――
「す、すいません!」
慌てて離れた。
さっきの人波は、多少減っているけれども
今だ混雑した構内で、向き合ったままのわたし達・・・
一気に恥ずかしくなって
頬が熱くなった。
- 483 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:46
-
「フハハ。おもしれぇ」
そう言って笑うと、彼女は階段の中程まで落ちていった
わたしのピンクの傘を拾ってきてくれた。
「こりゃ、ひでぇや」
美しい顔とは裏腹な言葉遣いに
ちょっとだけ戸惑う。
彼女が差し出してくれた、わたしの傘は
無残にも踏み荒らされ、歪みきった上に、
見事に誰かの足跡がくっきり印されていた。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
そう言って、受け取ろうと手を出した途端に
ヒョイと傘を持ち上げられる。
掴み損なって、手が泳いだ。
- 484 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:47
-
「これじゃ、さすの無理じゃね?」
「まあ、見た感じ無理な気はしますけども・・・」
「んじゃ、これあげるよ」
「え?」
彼女が、黒の無地の傘を差し出す。
「アンタの趣味じゃないだろうけど、
このブザマな傘より、マシじゃね?」
「で、でも・・・」
「ほい」
そう言って、無理矢理傘を握らされる。
「んじゃね」
軽く手をあげると、階段を下りて行く――
- 485 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:47
-
「ちょ、ちょ、ちょ
ちょっと待って下さいっ!」
慌てて彼女を追いかけて、
階段の中ほどで捕まえた。
「まだ何か用?」
「だって、傘・・・」
「はあ?」
「そんな、だって。
わたしが使ったら、あなたが濡れちゃうじゃないですか」
「ああ、そんなこと」
「そんなことって・・・」
「別に気にしなくていいよ」
また彼女が歩き出そうとする。
「ダメっ!」
「はあ?」
- 486 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:48
-
「落ちそうな所を助けてもらった上に、
そんな傘までなんて――」
「気にすんなって」
「だってこんなひどい雨じゃ
あなたがずぶ濡れになっちゃうじゃないですか」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないです!」
彼女の前に傘を差し出す。
「わたし、あとで傘買いますから大丈夫です」
「これ使えばいいじゃん」
「ダメ」
「何で?黒だから?」
「違くて」
「アタシ、濡れないから大丈夫」
「濡れないって・・・?」
「だから傘なくてもいいの」
- 487 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:49
-
どういうことですか?
尋ねようとしたら、体ごと引き寄せられた。
再び、彼女の声が耳元から聞こえる――
「アタシね、悪魔なんだ。
だから雨になんか濡れない」
そう囁く声に驚いて、
顔をあげた。
間近にまた、整いすぎた彼女の顔。
「じゃ、また今夜」
そう言って、羽織っていた黒いコートをひるがえすと
彼女はホームに駆け下りた。
「あ、ちょ、ちょっと!!」
人ごみを軽やかによけて
あっという間に、停車していた電車に飛び乗ると
彼女がもう一度、わたしに手を振る――
- 488 名前:第1章 1 投稿日:2010/01/26(火) 14:49
-
「待って!!」
慌てて駆け出したわたしの目の前で
無情にも扉が閉まった。
車内から、わたしを見て
可笑しそうに微笑む彼女・・・
見えなくなるまで、視線を合わせていたけど
電車が行ってしまうと、手の中にある黒い傘に
視線を落とした。
『じゃ、また今夜』
今、確かにそう言ったよね?
また今夜、あなたに会えるの?
なぜだか鼓動が早まって、
胸が高鳴りだす――
これが、運命の出会い・・・
しばらく呆然としていたわたしは、
当然の如く、会社を遅刻した。
- 489 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/26(火) 14:50
-
- 490 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/01/26(火) 14:50
-
- 491 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/01/26(火) 14:50
-
ちょっと短めですが
本日は以上です。
- 492 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/26(火) 16:24
- あぁ素敵なストーリーが始まってる!!!
ところで「やさしい悪魔」の2回目の更新以降でのお話は1回目の更新の時のお話から1年前にさかのぼっているのでしょうか?
それとも現実?
こんな質問すみません。
更新楽しみにしています☆
- 493 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/27(水) 02:32
- 待ってましたよ
次の更新が楽しみです
>492さん
おせっかいですが初回更新の最後が答えなんじゃないですか
- 494 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/27(水) 21:08
- いい。
やっぱ玄米ちゃ様の綴る文章が好きです。
- 495 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/29(金) 10:01
- 492です!
>493さん
やはりそうですよね!自分の理解力の無さに脱力・・・
玄米ちゃさん、質問は解決しましたw
次回更新楽しみにしております!
- 496 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/05(金) 11:36
-
>492:名無飼育さん様
ありがとうございます。
楽しんで頂けるように頑張ります。
>493:名無飼育さん様
お待ち頂けるなんて光栄です。
お気遣いもありがとうございました。
>494:名無飼育さん様
嬉しいお言葉ありがとうございます。
俄然やる気が出てきました。
では、本日の更新にまいります。
- 497 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/05(金) 11:36
-
- 498 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:37
-
・・・やっぱ、からかわれたのかなぁ?
『アタシね、悪魔なんだ。
だから雨になんか濡れない』
『じゃ、また今夜』
そんなこと・・・、ある訳ないよね。
正直言うと、ちょっとドキッとしちゃったんだ。
だってすごく綺麗な顔なんだもん。
今まで綺麗な人ってそれなりにいたけど
彼女はほんと、人間離れしてるって言うか…
- 499 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:38
-
『アタシね、悪魔なんだ』
顔はどっちかっていうと天使なんだけどな〜
それに肌の色も。
真っ白で、わたしと正反対。
あ〜あ、もうお家に着いちゃった…
会社出てから、ずっとゆっくり歩いて来たのになぁ。
愛ちゃんのお誘いも、当然断ったし。
すれ違う人をガン見しすぎて
変な目でみられちゃうし、最悪だ・・・
『また今夜』って言ったクセに――
- 500 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:38
-
「お〜い、悪魔さん出て来〜いっ!」
周りに誰もいないのを確認して
小さく呼びかけてみた。
前後左右、ぐるりと一回転、
辺りを見回して、念のため空も見上げてみる。
――いる訳、ないか…
ガックリ肩を落としたまま
アパートの階段を上がった。
大体、運命を変える出会いなんて
占いで言うから期待しちゃうんじゃない。
明日から、違う番組見てやるんだから!
- 501 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:40
-
バッグから鍵を取り出して、
玄関のカギを開け、扉を開く。
「ただいま〜」
誰もいない部屋に向かってご挨拶。
一人暮らしの寂しい習慣。
手探りで電気をつけた。
「おかえり〜」
…えっ?
ブーツを脱いでたから
一瞬反応が遅れた。
- 502 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:40
-
「な、な、な、な、な・・・」
「何?」
「なんで家にいるのよぅ!!」
「え?いちゃいけない?」
「い、い、い、い、い・・・」
「胃?」
「いいい〜〜」
「イイ?」
「あ〜〜〜!!」
片足をあげたまま、ブーツを脱いでいたわたしは
思いっきりよろけて、前につんのめった。
「あっぶねぇ
何やってんの?」
- 503 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:41
-
ギュッと目をつむったわたしを
包み込んでくれる優しい腕の感触。
「おっちょこちょいだな、アンタ」
言葉とは裏腹な、優しい穏やかな声。
――なんだろう?
わたし、そんなに勘は鋭い方じゃないけど
やっぱりこれが、運命の出会いなんじゃないかって
本能的に感じてる・・・
「アンタ、アタシと抱き合うのが
そんなに好きなの?」
・・・え?
- 504 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:41
-
「思いっきりしがみついてるけど。
お望みなら、このままベッド行こうか?」
・・・はい?
フワリと抱えあげられる。
1DKの狭い部屋。
あっという間に、ベッドに体を横たえられた。
え?ええ?!
ちょ、ちょっと、これって!
ものすごくピンチじゃないっ?!!
上から見下ろす彼女が、
そっとわたしの髪を撫でる。
「心配しないで?
優しくしてあげるから・・・」
や、やさ、やさしくって!!
- 505 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:42
-
「初めてなんだろ?」
うん・・・
って、そうじゃなくてっ!!!
「目を閉じて?」
優しい声で、優しい眼差しで促される・・・
頬に、唇に、そっと触れてくれる指が
すごく心地よくて・・・
「目、閉じてごらん?」
瞼に優しく触れてくれたから、
大人しく目を閉じた。
「・・・そう。そしたら
このキッタナイ部屋も分からないから」
- 506 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:42
-
ぬ、ぬ、ぬ、ぬわんですってっ?!!
今、汚い部屋っておっしゃいました??
カチンと来て、素早く目を開くと、
すぐ目の前に、からかうような眼差し。
「だってほんとでしょ?
少しは片付けろよ」
うぬぬぬぬっ
アッタマ来た!!
「服は脱ぎ散らかしたまんま。
雑誌もほったらかし。
洗濯もヤマのように溜まってるよ?」
何よ!何なのよ?!
勝手に人の家に上がりこんどいて
その言いようはっ!!
- 507 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:43
-
目の前で意地悪く笑う彼女を
思いっきり突き飛ばした。
ベッドから転がり落ちて
尻餅をついてる。
「イッテェ・・・」
「フンだ!
あんた何よ!人の家に勝手に上がりこんで
言いたい事言ってくれちゃって!!」
「たっけぇ声だな。耳がキンキンする」
両耳を人差し指で塞いだ彼女が
立ち上がったわたしを見上げる。
「今、警察呼んでやるんだからっ!」
「どうぞ、お好きなように」
- 508 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:43
-
「不法侵入で捕まるわよ!!」
「さあ、どうだか」
「に、逃げるんじゃないわよっ!」
「逃げねーよ」
何なの?このふてぶてしい態度は・・・
胡坐なんかかいちゃって、
ニヤニヤ笑って、わたしを見上げてる。
「ほ、ほんとに警察呼ぶからねっ!」
「どうぞ」
ムッとしたわたしは、電話を引っつかむと
110番をして、事情を説明する。
逃げないように、目を離さないんだから!
まるで興味がないように
伸びをしたり、ストレッチしたり・・・
あっ、逃げるための準備体操ね!!
- 509 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:45
-
「逃げようたって、そうは行かないんだから!」
電話を切って、彼女のすぐそばまで行って
仁王立ちしたわたしを、彼女が不思議そうに見上げる。
「すぐ来るんだからねっ!」
「警察が?」
「そうよ。逃げようとしたってダメだから。
顔もちゃんと見てるし、特徴だって、わたし全部言えるんだから!!」
ふはは。
アハハハハハ。
可笑しそうに声をあげて笑うと
彼女がわたしに言った。
「そんなに逃げんのが心配なら
手、つないどく?」
「手?」
「ほら」
彼女が自分の手を差し出した。
- 510 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:45
-
差し出された手に、おずおずと触れる。
触れ合った瞬間、グッとつかまれて
思いっきり手を引っ張られた。
「キャッ」
座ったままの彼女の胸の中に
納まったわたしの体・・・
「こうして、しっかり繋いでないと
心配なんでしょ?」
そう言われて、指と指を絡ませて
手を繋がれた。
なぜだか、心臓が早鐘を打ち出す・・・
ちょっと、わたしの心臓
落ち着きなさいよっ!
- 511 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:46
-
「逃げないよ、アタシは。
逃げたりなんかしない」
囁くように、耳元で言われて
思わず体が震えた。
彼女が怖いからじゃない。
彼女に強く魅かれてしまいそうな自分が怖いんだ・・・
「ちゃんと握って?」
優しい声でそう言われて、
繋がれた手に力を込めた。
腰に回された手の力に身を任せて
彼女に寄りかかった・・・
<ピンポーン>
我に返って、預けていた体を
慌てて離す。
『石川さん、大丈夫ですか?!』
「ほら、警察。来たよ?」
「・・・うん」
- 512 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:47
-
ゆっくり彼女から離れて、名残惜しさを感じながら
繋いだ手を離し、立ち上がる。
――どうしよう・・・?
どう考えてもアブナイ人だよね?
カギもないのに、いきなり部屋にいて、
いきなり押し倒されて・・・
不審者以外の何者でもない。
このまま彼女を警察に突き出せばいい。
そうすべきだって、分かってるのに・・・
勘違いでした。
見間違いでした。
そう言うのが一番いいのかなって、
思っちゃってる――
扉の前に立って、一度だけ振り返ると
彼女は座ったまま、優しく微笑んでいた。
ゆっくり扉を開く――
- 513 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:47
-
目の前に制服の警官。
開いた手帳を見せられる。
「不審者は?」
「それが・・・」
「どうかしましたか?」
「暗かったので、友人を見間違えてしまったみたいで・・・」
やっちゃった、わたし・・・
彼女を庇っちゃった。
ゆっくり、彼女の方を振り返った。
・・・え?
――う、そ・・・
「石川さん?」
慌てて彼女のいた所まで戻って、
中を見渡す。
- 514 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:48
-
どうして・・・?
誰もいない部屋。
さっきまで、ここにいたのに――
隅々まで、覗き込む。
タンスの脇を、ベッドの下を。
布団を上げてみてもいない。
ベランダにもいない。
トイレにも。
お風呂にも――
うそ、でしょ・・・?
どこに行ったの・・・
「石川さん、大丈夫ですか?
石川さん?!」
何度も声をかけられて、我に返ったわたし。
『ここにいたのに、消えちゃったんです!』
そう言おうとして、思いとどまった。
そんなこと、誰が信じるだろう・・・
まるで、煙のように
一瞬にして、消えてしまったなんて――
- 515 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:49
-
訝しげな顔をし始めた警官に、
自分の勘違いだったことを告げて、
何度も頭を下げて、引き取って頂いた。
警官を見送って、ドアを閉めると
大きくため息をつく。
シーンと静まり返った部屋の中。
もう一度、彼女が座っていた場所に視線を戻す。
――あれは夢だったの?
彼女は幻?
でも、はっきり残ってる。
繋いだ手の感触が・・・
細くて長い指が
わたしの手を包みこんでくれて。
もうずっと前から、
彼女とは、そうして来たような気さえしていた。
- 516 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:49
-
「どこに行っちゃったの・・・?」
今朝初めて出会った人なのに。
どんな人かも分からないのに――
こんなに強く魅かれてしまうのは、なぜだろう?
彼女と繋いでいた手を見つめる。
自分一人では、感じられない温度。
なぜか初めてじゃないと思った、心地よい彼女の温もり。
あのままずっと、彼女の温度を感じていたかった・・・
「ねぇ、出てきて?」
手の平に残っている、彼女の温もりを
閉じ込めるように両手を合わせた。
お願い、もう一度。
あなたに会いたい――
- 517 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:50
-
「・・・また雨降って来たな」
窓のそばで声がして、慌てて視線を向けた。
「よっ!」
片手を挙げて、ニッコリ微笑んだ
彼女の胸に思わず飛び込んだ。
「ちょ、おい、何だよ?」
やっぱり声は優しい。
勢いよく飛び込んだのに、しっかり抱きとめてくれて
あやすように背中を撫でてくれる――
「――どこ、行ってたのよぉ・・・」
「ん?ちょっとおでかけ」
「いきなり消えたじゃない」
「だって悪魔だから。そんなの自由自在だし」
彼女の腕の中で、顔をあげると
優しい眼差しが迎えてくれた。
- 518 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:50
-
「――ほんとに・・・悪魔なの?」
「そう。ワル〜イ悪魔ちゃんです」
おどけたように言う彼女。
わたしには見えないよ。
あなたが悪魔なんかに・・・
だって――
「じゃあ、どうして濡れてるの?」
「ん?」
「今朝、悪魔だから濡れないって
言ったじゃない」
「あ・・・」
そのまま固まってしまった彼女が可笑しくて
思わず吹き出した。
- 519 名前:第1章 2 投稿日:2010/02/05(金) 11:51
-
「笑うなよ」
「だって」
たった一瞬で恋に落ちるなんて
自分には起こりえないことだとずっと思ってた。
でも今は、これが運命の出会いだって
確信してる。
たとえ彼女が、彼女の言う通り
本当に『悪魔』だったとしても――
- 520 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/05(金) 11:51
-
- 521 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/05(金) 11:51
-
- 522 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/05(金) 11:51
-
本日は以上です。
- 523 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/05(金) 15:48
- おもしろい!ワロタしニヤけるw
ほんとに悪魔なのか気になるとこですね。
次回も楽しみにしています!
- 524 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/05(金) 16:10
- ちゃんと人間であって欲しいと思ってしまう・・・
幻覚とかだったら最後なんか切なくなってしまいそうだ。
いつも物語りに引き込まれます!
更新楽しみにしています。
- 525 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/12(金) 17:47
-
>523:名無飼育さん様
ありがとうございます。
はてさて、本当に悪魔なんでしょうかねぇ・・・
>524:名無飼育さん様
ありがとうございます。
はてさて、正体はどうなんでしょうかねぇ・・・
では、本日の更新に参ります。
- 526 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/12(金) 17:47
-
- 527 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/12(金) 17:48
-
そばにい続けることが
こんなに難しいことだったなんて知らなかったよ
ただ願うだけで
何もかもうまくいくって、ずっと思ってたんだ
・・・ごめんね
今はキミに、それしか言えない――
- 528 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:49
-
「ただいま〜」
「おかえり」
あの雨の日以来、
わたし達の奇妙な共同生活が始まった。
彼女いわく
『しばらくここに住むから。
落ちそうなの助けてやったんだし、文句ないだろ?
なんたって、命の恩人だからな』って。
もちろん、わたしに文句などない。
だけど、素直に承諾するのは何だか癪だったから
思いっきり、渋ってやった。
そして、『掃除、洗濯、料理などの家事全般をすること』
を条件に、彼女はわたしの同居人となった。
- 529 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:50
-
冷静に考えると、身元も分からない、
自分を悪魔などという、ふざけた人物と一緒に住むなんて、
普段慎重なわたしからは想像も出来ないことだ。
だけど、わたしは自分の直感を信じることにした。
だってあの日の占いで
[直感には素直に従って]
って、言われたんだもの。
それなのに、いざ同居を承諾したら、
『簡単に人を信じるなよ』
『悪いヤツに騙されるぞ』
なんて本気で怒り出した彼女。
- 530 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:50
-
『悪いヤツって、あなただって
ワル〜イ悪魔ちゃんなんでしょ?』
『アタシはいいんだ』
『なにそれ?』
『いいったら、いいんだ』
不機嫌そうに、そう言って。
『けど、ほんとに気をつけろよ』
なんて、ぶっきらぼうに呟いた。
その横顔が、なぜか苦しそうで
それ以上何も言えなかったんだ――
- 531 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:51
-
「風呂にする?飯にする?」
「先に温まりたい。
だって、今日ものすごく寒いんだよ?」
一目散に、ヒーターの前に行って
両手をこすり合わせる。
一人の時には、なかったこと。
自分でつけて、部屋が暖まるまでジッと待って・・・
「OK。紅茶でも入れるよ」
彼女はなぜか、わたしの好みを
よく知っている。
食べ物にしても
飲み物にしても
お洋服にしても
インテリアにしても――
『悪魔は何でも分かんだよ』
なんて、おどけて言う彼女。
- 532 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:51
-
『ねぇ?ほんとに悪魔なの?』
そう尋ねると、
『当たり前だろ。アタシが消えたの見ただろ?』
そう言って、
『アンタの命をもらいに来た、ワル〜イ悪魔だよ』
って彼女は笑う。
『あなたにだったら、
別に命をあげたっていいよ?』
あの日、ほんとは階段から落ちて
死んでたかもしれないんだし・・・
昨日の夜、思い切ってそう言ったら
困ったように微笑んで、黙り込んでしまった。
- 533 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:52
-
「ほい。ちょっとだけジンジャー入れたから
あったまるよ」
そう言って、わたしのそばにしゃがみ込んで
カップを握らせてくれた。
わたしの手を包み込んだ
彼女の手の方が冷たくて――
「ねぇ、ひとみちゃんの手の方が冷たいよ?」
悪魔さんなんて呼びたくなくて
強引に聞き出した名前。
「ああ、さっきまで洗い物してたから」
「一緒にあったまろ?」
そう言うと、優しく微笑んで
隣に座った。
- 534 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:52
-
両手で抱えたカップを
口に運んで、一口頂く。
「おいし」
「だろ?」
やっぱり彼女は、わたしの好みを
知っている。
「いい加減、コート脱げよ」
「だって、まだ寒いもん」
「ハンガーかけてやるから」
ほら、脱げ。
手を差し出されて、渋々コートを脱ぐ。
「部屋着に着替えて、手洗いうがいも
さっさとして来い」
- 535 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:53
-
「して来たら抱っこしてくれる?」
「アホ」
「じゃ、しない」
「してやるからサッサと済ませて来い。
体強くねぇんだから」
時々、ポロッと出てくる
彼女の言葉。
わたしのことを本当によく知ってるの・・・
わたしね。
やっぱりあなたは悪魔じゃないって思うの。
もし、本当に悪魔だったとしたら、あなたは
『やさしい悪魔』
わたしを一瞬でとりこにしてしまう
『やさしい悪魔』
- 536 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:53
-
手洗いとうがいを終えて、
お部屋に戻る。
抱っこしてくれるって言ったくせに
お夕飯の準備を始めちゃってる。
――いい匂い・・・
一人では、作るのもしんどくて
近くのスーパーでお惣菜を買ったり、
カップラーメンを食べていたわたし。
でも、あなたがここに来てから
わたし毎日が楽しいの。
寂しくないし、
寒くもない。
幸せだって。
ああ、今すごく幸せって。
心からそう言える。
- 537 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:54
-
「今夜は寒いから、シチューにしたんだ」
キッチンでお鍋をかき混ぜながら言う彼女。
「抱っこは?」
「アホか」
「寒いぃ!」
「ヒーターの前に座っとけ」
わたしに背を向けたままで
ヒーターを指差して、意地悪く言う。
フ〜ンだ。
約束したクセに。
守らないなら、いいもん。
そっと忍び寄って、
彼女の背中に抱きついた。
- 538 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:55
-
「こっちの方があったかいもん」
「アタシは湯たんぽか?」
「そう。だから一緒に寝てよ」
どんなに言っても、絶対に一緒には寝てくれない彼女。
ベッドの横の床に、何も敷かずに毛布だけをかけて寝てた彼女。
『体、痛くなっちゃうよ?』
『何度も言ってるだろ?悪魔だから平気だって』
そう言ってたクセに、この前起きた途端
腰をさすってたから、隣の美貴ちゃんに布団を借りに行ったんだ。
『親戚が来ててね。しばらく同居することになって・・・』
そのまま大家さんにも紹介して、
しばらく同居することを許してもらって――
今では、知らない間に
二人とすごく親しくなっちゃってて。
わたしにはあまり見せてくれない
人懐っこい笑顔で、ご近所中に愛想を振りまいてる。
- 539 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:55
-
「誰がアンタとなんか寝るか」
「どうして?」
「アンタの寝相が悪いからに
決まってんだろ」
「悪くないもん」
ぷぅっと頬を膨らませた。
その頬をいとも簡単に、親指と人差し指で潰される。
「悪魔なんかと一緒に寝たら
アンタ次の日、生きてないぞ」
もう・・・、だから――
「・・・あなたになら、いいって言ったじゃない・・・」
彼女の眉がビクッと動いた。
「・・・いいよ、ほんとに。
ひとみちゃんになら、わたし――」
- 540 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:56
-
半身だけ振り返っていた彼女が、
すごい勢いでわたしに正対する。
グッと腰を引き寄せられ、至近距離で見つめられた――
鋭い視線が、わたしを動けなくする。
まるで獲物を見つけた獣のような瞳・・・
だけど、その光りの奥に
微かに悲しい色が見え隠れしているのが分かる。
――ねぇ、どうしてそんな目をするの?
ほんとに悪魔なら
今すぐわたしを、殺めればいいじゃない・・・
どんどん悲しみの色が増して
彼女の瞳が潤んでいく――
- 541 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:56
-
・・・お願い、泣かないで。
そんなに
悲しそうな瞳をしないでよ――
彼女の頬に手を伸ばした。
潤んだ瞳から、涙が溢れないように
そっと指を添えた。
「――頼むから・・・
怖がってよ・・・、逃げてよ・・・」
そしたら、アタシ――
とうとう彼女の瞳から、涙が溢れた。
- 542 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:57
-
「ひとみちゃん・・・」
「悪魔なんだって、アタシは!
アタシはアンタの・・・、アンタを!」
グッと唇を噛み締めると
彼女は乱暴にわたしから離れた。
「お願い!消えないでっ!!」
叫んだときには、もう遅くて。
彼女はまた、わたしの前からスッと姿を消した。
「――ひとみちゃん・・・」
怖がるなんて無理だよ。
逃げることなんて出来ないよ。
だって、わたしは・・・
あなたに恋してしまったんだもの。
あなたが好きなんだもの――
- 543 名前:第2章 1 投稿日:2010/02/12(金) 17:57
-
自分でも、どうにも出来ないの。
あなたに魅かれてしまう気持ちは
自分ではもう、コントロール出来ない。
こんなの、初めてなんだもん。
全身から力が抜けて、
その場にうずくまった。
「――ごめん、なさい・・・」
苦しいよ・・・
溢れ出した涙が止まらなくて
両手で顔を覆った。
「ごめん・・・、ひとみちゃん・・・」
ごめん――
何度謝っても
その夜、ひとみちゃんは戻ってきてくれなかった――
- 544 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/12(金) 17:58
-
- 545 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/12(金) 17:58
-
- 546 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/12(金) 17:59
-
ちょっと短めですが
本日は以上です。
- 547 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/13(土) 08:05
- 甘いんだけど切なくて、ゾクゾクします
- 548 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/13(土) 11:24
- 切ない・・・
でもやっぱり引き込まれる。
幸せを期待していますが、更新を楽しみに待っています。
- 549 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/17(水) 11:07
-
>547:名無飼育さん様
ありがとうございます。
ゾクゾクするなんて・・・きっとMですね?
>548:名無飼育さん様
ありがとうございます。
今作は、ジワジワと切なくしていきたいなぁと。
では、本日の更新に参ります。
- 550 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/17(水) 11:08
-
- 551 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:09
-
「「カンパーイ!」」
「ほら、梨華ちゃんも!」
「あ、うん・・・カンパイ」
柴ちゃんと愛ちゃんとグラスを合わせた。
彼女が消えてしまって、もう3日経つ。
あなたと暮らすまでは、あの部屋でずっと一人だったのに。
一人で過ごす時間に、寂しさなんて感じなかったのに・・・
何もする気が起きなくて、
何も食べる気がしなくて――
ただ膝を抱えて、
彼女の帰りをあの部屋で待つ。
『よっ!』
初めて出会った日のように
片手をあげて、ニッコリ微笑んで
帰ってきてくれるんじゃないかって・・・
- 552 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:10
-
物音がするたびに
あなたなんじゃないかって。
帰ってきたんじゃないかって
バカみたいに、心臓が跳ねて・・・
昨夜だって、玄関の外で物音がして
慌ててとび出して――
虚しく真冬の冷たい風だけが
わたしの頬を撫でて、余計に悲しくて
あなたに会いたくて、どうしようもなくて・・・
一晩中、声をあげて泣き続けた。
おかげで、朝にはビックリするくらい
目が腫れてしまっていて・・・
そのまま出社したわたしに驚いた同僚の柴ちゃん、
そして、後輩の愛ちゃんに引きずられるように、
定時を迎えると居酒屋に連れ出された。
- 553 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:11
-
「で、その同居人が家出しちゃったから
そんなに落ち込んでるわけ?」
「親戚なんですよね?
だったら、その人の実家とかに電話してみれば
いいじゃないですか?」
まさか二人に、
『彼女は悪魔なの』なんて言えない。
それに、わたし自身も
彼女が本当に悪魔だなんて、まだ信じてない。
だって、助けてくれる悪魔なんて
聞いたことないもん。
- 554 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:11
-
「その内、連絡入るんじゃない?」
ジョッキを一気に飲み干して
おかわりを注文しながら、柴ちゃんが言う。
「石川さん、真面目だから。
その人の保護者のつもりなんでしょ?
責任感じすぎですって」
梅酒の中の梅をマドラーで突きながら
愛ちゃんが言う。
「わたしがちゃんと見てなかったから」
「あの子に何かあったら・・・」
「わたしの責任だ・・・」
「もし、もしも、あの子に何かあったら
御両親に顔向け出来ない・・・」
「もう!二人して代わる代わる
マネしないでよ!!」
- 555 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:12
-
「だーいじょうぶだって。
その子も大人なんだし、心配しなくたって
その内帰ってくるか、連絡してくるよ」
「柴田さんの言う通り。
さあ、飲みましょ?」
二人とも元気付けようとしてくれてるのは
よく分かってる。
普段の心配性なわたしの性格を知ってるからこそ
こうして、気持ちを楽にしてあげようって
思ってくれてるのも、よく分かってる。
だけど・・・
今は違うの。
そんなに単純じゃないの。
もう二度と彼女に会えないかもしれない。
もうわたしの所には、戻ってきてくれないかもしれない・・・
そんな誰にも言えない不安を
心の底に沈め込むように
わたしは、何杯もお酒を呷った――
- 556 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:12
-
**********
- 557 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:13
-
『じゃ、愛ちゃん。
あと梨華ちゃんのことよろしくね?』
『よ、よろしくって?』
『無事、家まで送り届けてよ』
『柴田さんは?』
『私はこれからデート』
『こんな時間からですか?』
『何言ってんの?夜はこれから!
あ、送り狼になっちゃえば?』
『な、な、何てこと言うんですか?!』
『いいんじゃない?
梨華ちゃん、今なら弱ってるから。
チャンス到来!でしょ?』
- 558 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:14
-
柴田さんは、ああ言ったけどさ・・・
「石川さん!しっかりして下さい!」
「うう〜」
はあ〜〜
タクシーを降りたのはいい。
問題は、このアパートの階段を上がれるかだ・・・
「石川さん、歩けますか?」
「うぃ〜」
あんたはフランス人か!
体から完全に力が抜けきっていて
まさにグデングデン。
こんな時、あーしにもっと力があれば
かっこよくお姫様抱っこなんかしちゃって
部屋まで運べちゃうのに・・・
――現実というものは、実に厳しい。
- 559 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:18
-
「石川さん、ほら階段。
いいですか?足上げて?」
腰を必死で支えて
体を持ち上げるけど、どうにもならない。
はあ〜〜
誰か、助けてくれ〜〜!!
ふと目の前に影が出来た。
足元に向けていた視線を上げると
階段の中ほどから見下ろす人影が一つ。
「重てぇだろ?」
蛍光灯を背にしているから
顔はよく見えないけど、そのシルエットは
申し分ないほどカッコイイ。
- 560 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:19
-
リズムよく階段を下りてくると
「かわるよ」
そう言って、石川さんの腕をとった。
「あーあー、何だって
こんなに酔っ払ったんだよ」
攻めるような言葉遣いとは裏腹な
優しい声音。
「よいしょっと!
重てぇな、しかし」
軽々と石川さんを抱えあげた。
階段を上り出すと同時に
蛍光灯に照らされた横顔に息をのんだ。
- 561 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:19
-
「きれい・・・」
思わずつぶやいていた。
「茶でも飲んでく?」
「え?」
「ここまで運ぶの大変だったろ?」
「ま、まあ・・・」
「良かったらくれば?」
そう言いながら、ズンズン上がっていく。
く、くればって
簡単に言われたって・・・
「あのさぁ!」
一旦視界から消えたのに、
廊下を戻ってくると、階下で戸惑っている
あーしに声をかけた。
- 562 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:20
-
「悪いんだけどさぁ!」
「よ、夜遅いんだから、
そんな大きな声で呼ばないで下さいっ」
慌てて階段を駆け上がった。
「玄関、開けてくんない?」
あ、そうですよね・・・
二人の横をすり抜けて
石川さんの家の玄関の前に行く。
「あ、カギは・・・?」
「ほい」
石川さんを抱えている手から
カギが差し出される。
受け取りながら、石川さんの顔を覗くと
今日一日中あった眉間のシワが消えていて
安心しきったように、眠ってる。
――ズキンと胸が痛んだ。
- 563 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:20
-
カギをあけて、扉を開くと
「どうも」
そう言いながら、彼女が中に入っていく。
――石川さんに、こんな幸せそうな顔させられるなんて・・・
ただの親戚。
そう思ってたのに・・・
二人は・・・
認めたくないけど、恋人なのかもしれない。
そうだとすれば、石川さんの落ち込み具合にも
納得がいく――
「わりぃ。コイツの靴脱がして」
「・・・は、はい」
我に返って、慌てて石川さんの靴を脱がせると
彼女は、部屋に上がった。
- 564 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:21
-
<ボスッ>
音がするほど乱暴に
彼女が石川さんをベッドの上に落とす。
「うう〜ん」
石川さんが唸り声をあげた。
そりゃ、そうだ。
あんな衝撃受ければ・・・
「コート脱げ」
片手を抜かせると、そのまま思いっきり
上に引っ張りあげた。
「そんな乱暴にしたら・・・」
面白いように、石川さんの体が
ベッドの上で一回転した。
あ〜あ、言わんこっちゃない。
「――イッタ〜イ・・・」
- 565 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:22
-
石川さんがゆっくり体を起こす。
まだ、脳が働いていないのだろう。
虚ろな目で、辺りを見回した。
面白そうに、石川さんの姿を眺めて
そっと頭を撫でると、彼女があーしに声をかける。
「今、お湯沸かすから。
上がって待ってて」
その声を聞いた石川さんの視線が
彼女に向けられた。
虚ろだった目に、力が宿って
焦点が定まる――
「ひとみちゃんっ!!」
玄関に上がりかけた
あーしの足が止まった。
- 566 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:22
-
まるで体当たりでもするように
石川さんが、彼女の胸に飛び込む。
突然の衝撃に、体を支えきれなくて、
彼女がそのまま床に転がった。
「イッテェ・・・」
「今までどこにいたのよっ!
ずっとずっと不安だったんだから!!」
馬乗りになって、泣きながら
彼女の胸をポカポカと叩く。
「もう会えないんじゃないかって
不安で不安で、仕方なかったんだからぁ!!」
振り回し続ける石川さんの手を
彼女が掴んだ。
「――もう・・・どこにも行かないで・・・」
彼女の胸に静かに
顔を埋める石川さん。
「お願い。約束して・・・」
見てられなくて、そのまま
石川さんの部屋を後にした。
- 567 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:23
-
「アホらし・・・」
送り狼なんて――
少しでも期待した自分がバカみたいだ。
まさか、家まで送って
失恋するなんて、予想出来なかったよ・・・
ランランと目を輝かせて、
期待の目を向けてくるであろう
柴田さんに何て言おうかな・・・
いつの間にか、シトシトと
雨が降り出していた。
――まるで、あーしの心みたいだ。
冷たい雨を全身に感じながら
そう思った。
彼女は、親戚なんかじゃない。
石川さんの大切な人なんだ・・・
- 568 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:23
-
**********
- 569 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:24
-
「お願い。約束して・・・」
「重いから、早く降りろって」
「イヤ。約束してくれるまで離れない!」
下になったままのひとみちゃんに
更に強く抱きつく。
「アタシを圧死させる気か?」
口では、そんな憎まれ口を叩くクセに
喚くわたしをあやすように、背中と頭を撫でてくれる。
「――約束して。もう絶対
突然消えたりしないって」
顔をあげて、真剣な目で
彼女をみつめる。
「約束、して・・・」
涙が溢れた。
- 570 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:25
-
「・・・泣くなよ。
全部アタシに降ってくるだろ?」
優しい手つきで
涙を拭ってくれる。
「お願い。約束・・・」
頭を引き寄せられて
もう一度、彼女の胸に顔を埋める。
「わかったから。
約束するから」
「ほんと?」
「ああ。だからもう泣くな」
さっきは、圧死させる気か?
なんて言ったクセに、抱きしめる腕に
力を込めたのは、彼女の方だった。
- 571 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:25
-
「辛かったの。
ひとみちゃんがいなくなってから…」
ゆっくり目を閉じた。
「すごく苦しくて
おかしくなりそうだった」
「・・・ごめん」
「――もう・・・、一人にしないで・・・」
一人での過ごし方なんて、忘れちゃったよ。
だから、責任とってよ…
「2度と消えないって、約束して…」
「ああ。約束するよ」
- 572 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:26
-
彼女の温もりに包まれて
彼女の心音を感じることが出来て――
「絶対だよ?」
「わかった」
今すごく幸せ…
昨日、泣きじゃくったのが嘘みたい。
「ひとみちゃんのせいで
今朝思いっきり、目が腫れちゃったんだから!」
冗談ぽく言ったのに。
また憎まれ口を返してくると思ったのに――
「…ごめんな、ほんとに」
そう言って、
抱きしめる腕に更に力を入れてくれた。
- 573 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:26
-
なんだか、今だったら
拒み続けたあなたが、わたしのお願いを
聞いてくれそうな気がする…
「…罰として
今夜から一緒に寝てよ」
突然消えた罰として。
わたしを泣かせた罰として・・・
「――わかった」
「え?ほんとに?」
あまりにも素直に承諾するから
思わず体を起こして、彼女を見下ろした。
- 574 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:27
-
「毎晩この体勢で寝たら、
アタシ苦しくて悪い夢見ちゃいそうだから
腕枕で許してくれる?」
予想外の反応。
信じられない展開だけど
ひとみちゃんの目、からかってなんかいない。
「…いいよ。
腕枕で許してあげる」
そう答えたら、優しく微笑んで
わたしの頬に触れた。
触れてくれた手に
上から自分の手を重ねる。
「ねぇ、それからもう一つ…」
もう一つだけ、いい・・・?
「まだ罰なの?」
そうだよ。
あなたの罪は重いの。
わたしの心を奪った罰だよ・・・?
- 575 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:28
-
「明日のお休み。
二人でデート、しよ…?」
どこでもいいから。
二人でどこかに行こ?
「――いいよ。
デート、しよっか…」
見詰め合ったまま、
優しい眼差しで答えてくれる彼女。
「アンタのオススメの場所に
連れていってよ」
重ねた手を強く握って、頬から外すと
あなたの指先に、そっと口付けた。
「いいよ。
連れていってあげる・・・」
だけどね――
- 576 名前:第2章 2 投稿日:2010/02/17(水) 11:28
-
「もうアンタはやめて?
梨華って呼んで・・・」
「――梨華・・・」
反対の手で、引き寄せられて
体ごと彼女に預ける――
「もう少し・・・こうしてていい?」
あなたの胸に抱かれたまま
静かに頷いた。
- 577 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/17(水) 11:28
-
- 578 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/17(水) 11:28
-
- 579 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/17(水) 11:29
-
本日は以上です。
- 580 名前:名無し留学生 投稿日:2010/02/17(水) 15:45
- 悪魔様の態度の変化が気になる!
しかし、今回は甘いですね〜〜
実験からいくつの衝撃を受けた私は癒されました。
ありがとう、玄米ちゃ様!
- 581 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/18(木) 10:52
- あぁ・・玄米ちゃ様。
やっぱり甘いいしよしが好きです!
切なくなると予告されているのでせめて最後は!最後だけは!!
甘くしてください・・・
- 582 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/22(月) 11:17
-
>名無し留学生様
お役に立てたようで何よりです。
が、お話は段々とイタイ方向へ進みそうです・・・
>名無飼育さん様
ありがとうございます。
う〜ん。今作は糖分CUTになりそうです。
では、本日の更新に参ります。
- 583 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/22(月) 11:18
-
- 584 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:19
-
「――さっきはごめんね」
『もういいですって』
「でも、家まで送ってくれたのに・・・」
『あーしなら、大丈夫ですから』
携帯電話を片手に、見えない愛ちゃんに向かって
頭を下げているわたし。
ひとみちゃんが、愛ちゃんがここまで
送ってきてくれたんだって教えてくれた。
お茶でも飲んでくって言ったんだけどさって・・・
ひとみちゃんしか見えてなくて
愛ちゃんの存在に、全く気付かなかった。
- 585 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:20
-
「ほんとに・・・ごめんね?」
受話器の向こうから
深いため息が聞こえた。
「・・・ごめ――」
『石川さん』
もう一度謝ろうとしたわたしの言葉を
愛ちゃんが遮った。
『――あの人・・・、親戚じゃないでしょ?』
『――恋人・・・ですか?』
キッチンで温かいココアを入れてくれている
ひとみちゃんの背中を見つめた。
- 586 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:20
-
――恋人・・・、なのかな?
「好き」とか「愛してる」とか
「付き合おう」とか
そう言う始まりは、わたし達にはない。
ただ、わたしは
あなたに魅かれている。
ただ――
それだけ――
『石川さん?』
「――親戚じゃない。ごめん・・・」
『はあ〜やっぱり・・・
恋人なら、恋人って言ってくれれば良かったのに』
恋人って言っちゃっていいのかな?
ひとみちゃんは、どう思ってるのかな?
彼女の世界に――
悪魔の世界に、恋人っていう概念はあるのかな・・・?
- 587 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:21
-
「ねぇ、愛ちゃん」
『はい?』
あのね・・・
「――わたし達、恋人に見えた?」
ひとみちゃんに聞こえないように
小さな声で尋ねる。
『え?』
「だから」
ひとみちゃんに背を向けた。
「愛ちゃんには、わたし達が恋人に見えたの?」
『違うんですか?』
「違うって言うか・・・」
- 588 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:25
-
突然携帯が奪われた。
「あ、ちょっと!」
「アタシら恋人じゃねーから」
『え?』
「ひとみちゃん、返して!」
「キスもセックスもしてねぇから安心しなよ」
『キ、キ、キスって!それに、セ、セ、セ・・・』
「何言い出すのよっ?!」
「だって恋人って、そういうことするだろ?」
ほら。
そう言って、ベッドに携帯を放り投げた。
慌てて取りに行くわたし。
- 589 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:26
-
フハハ。
犬みてぇ。
お腹を抱えて笑うひとみちゃんを
睨みつけながら電話に出る。
「ごめんね、愛ちゃん」
『あ、い、いえ・・・』
「という訳で、わたし達
恋人じゃないから!」
『そ、そうですか・・・』
「遅くにごめんね。じゃあ」
ムッとしながら、電話を切った。
- 590 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:26
-
「あーあ、かわいそ。
ヤツあたりする女はヤダねぇ」
「べ、別に、ヤツあたりなんかしてないもん!」
「ほお〜」
意地悪くニヤケながら、
ひとみちゃんがキッチンに戻る。
ちょっと頭にきちゃったけど、
一つだけホッとしてるの。
悪魔の世界でも
恋人って存在するんだ・・・なんて。
人間と一緒で、
ちゃんとキスしたりするんだ・・・なんて。
- 591 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:26
-
「ほら、ココア」
カップを2つテーブルに置いて。
「梨華の方は、砂糖少なめだからな」
ちゃんと名前で呼んでくれてる。
「少し痩せてくれ。
重くて仕方ない」
本気で圧死するかと思った。
こりゃ、腕枕したら腕が潰されるな。
――やっぱり。絶対言うと思った。
- 592 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:27
-
「ダメだよ、もう」
温かいココアを一口頂いて。
「約束したもん」
甘くないけど、ミルクをたくさん入れて
苦くないようにしてくれてる。
「毎日一緒に寝るんだから。
もう絶対、逃げられないからね」
隣に移動して、ひとみちゃんの肩に
もたれかかった。
「腕枕、してもらうんだもん・・・」
「――わかってるよ・・・」
腰に腕をまわして
わたしの体を支えてくれた。
- 593 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:27
-
「梨華」
「ん?」
顔を上げると
穏やかに微笑む彼女がいた。
好き・・・
思わず零れそうになる言葉。
だけど、またあなたの瞳に悲しい色が宿ってしまいそうで
唇を噛み締めて、一番伝えたい想いをグッと飲み込んだ――
「どした?」
優しい声でそう言って、
そっと額にキスしてくれた彼女。
「眉間にシワよってるぞ」
そう言って、今度は眉間にキスを落としてくれた。
- 594 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:28
-
――ねぇ、次はどこにしてくれる?
黙ってゆっくり目を閉じた。
そのまま下がって鼻筋に?
それとも頬に?
それとも今閉じた瞼に?
それとも――
腰に回されている腕に
力が入ったのが分かった。
- 595 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:28
-
「梨華・・・」
あなたの吐息を間近に感じる――
迷わないで。
あなたの思う通りに。
思うままにしてくれていい・・・
目を閉じたまま、
震える手をそっとあなたの膝の上に置いた。
「梨華」
もう一度だけ、わたしの名前を呼んで
彼女はわたしの唇にそっと触れた。
体中が震えるほどの想いが
込み上げてくる。
離れたくなくて、膝に置いた手を
彼女の頬に添えた。
- 596 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:29
-
お互いから感じる
甘いココアの味。
でも、それ以上に感じる
あなたの甘い甘い温度。
こんなに欲しいと思った人はいない。
こんなに愛しいと思った人はいない。
狂おしいほど、ひとみちゃん。
あなたが、好き・・・
- 597 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:29
-
ゆっくり離された唇。
優しくて、温かくて・・・
激しく暴れる心音に反して
わたしの胸には、穏やかにジワジワと幸せが広がっていく――
「――梨華・・・」
胸に抱き寄せられた。
わたしと同じくらい早鐘を打っている彼女の心音。
・・・ドキドキ、してくれてるんだね。
「――ごめん・・・」
え?
「ごめん・・・」
震える声で、苦しそうに
そう繰り返す。
- 598 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:30
-
「――どうして、謝るの・・・?」
そっと顔をあげると
悲しい色を含んだ彼女の瞳。
への字に口を結んで
必死に涙を堪えるように、唇を噛み締めた。
・・・ねぇ、どうして?
どうしてあなたは、そんなに悲しい目をするの?
「――ごめ、ん・・・」
・・・お願い、泣かないで。
彼女の頬にもう一度手を伸ばした。
潤んだ瞳から、涙が溢れないように
そっと指を添える。
- 599 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:30
-
「ごめ・・・」
再び謝ろうとした彼女の唇を
自分から塞いだ。
謝らないで。
そんなに悲しそうな瞳をしないでよ・・・
苦しいなら、辛いなら
全部わたしの中に注ぎ込んで。
わたしが全部受け止める。
あなたの背負っているもの
わたしが全部受け止めるから・・・
- 600 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:31
-
もっとさらけ出して欲しくて、
彼女の痛みを注ぎ込んで欲しくて
彼女の首に腕をまわした。
わたしを抱きしめる腕に力が入って
そのまま、ゆっくり床に押し倒される・・・
――静かに唇が離れた。
半身を起こして、ひとみちゃんがわたしを見下ろす。
片手でそっと生え際を撫でて、包み込むように
頬に手の平を添えた。
「・・・梨華」
優しい色の瞳。
あなたの悲しみを少しでも吸い取れたかな・・・?
「――ありがとう」
嬉しくて、思わず涙が溢れた。
少しは役に立てたみたい。
- 601 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:31
-
「腕枕」
ん?
視線だけで、ひとみちゃんに問いかけた。
「腕枕、だけじゃ、なくて・・・」
毎日、抱きしめていい?
朝まで、ずっと――
「ひとみちゃん・・・」
「梨華の温もりが、欲しいんだ・・・
このまま・・・ずっと・・・、梨華を――」
上から包み込むように
抱きしめられた。
「梨華を抱きしめていたい」
- 602 名前:第2章 3 投稿日:2010/02/22(月) 11:31
-
震える背中に腕を回して
彼女を強く抱きしめた。
上になっているのは彼女の方なのに・・・
すがり付くかのように
体を震わせながら、わたしにしがみ付いた。
「ひとみちゃん・・・」
「――梨華」
アタシは、バカだ・・・
――ほんとに、ごめん・・・
わたしを抱きしめたまま
まるでうわ言のように、
ひとみちゃんはずっと、そう繰り返していた――
- 603 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/22(月) 11:33
-
- 604 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/22(月) 11:33
-
- 605 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/22(月) 11:34
-
本日は以上です。
- 606 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/22(月) 23:15
- なんて切ない
そしてなんてキレイな情景なんだろう
- 607 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/25(木) 19:21
-
>606:名無飼育さん様
嬉しいお言葉ありがとうございます。
では本日の更新です。
- 608 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/25(木) 19:21
-
- 609 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/25(木) 19:23
-
ウソを吐いた自分を許して欲しい
ウソを吐いた自分を抱きしめて欲しい
とめどなく流れる涙を
キミに拭って欲しい――
どうか、キミの未来が
明るい光りで満たされますように
ただそれだけを願うから――
だから何をしても、ユルシテ欲しい・・・
- 610 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/25(木) 19:23
-
- 611 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:24
-
「ねぇねぇ、これなんてどうかな?」
「いいんじゃね?」
「こっちはどう?」
「いいんじゃねーの?」
「じゃあ、これとこれならどっちがいい?」
「いいんじゃねーか?」
「んもうっ!
ぜんっぜん、人の話し聞いてないじゃない!」
ひとみちゃんの目線はわたしではなく
『セール』と大きく書かれたワゴンの中。
- 612 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:24
-
「だって梨華が迷いすぎなんだよ。
さっさと決めろよ、さっさと。
インスピレーションでスパッとさ」
「だってぇ…
これもかわいいし、こっちもかわいいんだも〜ん。
ね、だからひとみちゃんが選んでよ?」
あ、やっと視線を向けてくれた。
ひとみちゃんに選んでもらおうと
候補にあげたお洋服を、代わる代わる体にあててみせる。
「ど〜ちらに、しよ〜おかな?
はいこっち」
「それじゃ、ヤダ〜!!」
- 613 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:25
-
わたし達はただ今、
昨夜の約束通り、二人でデート中。
『デート』なんて言うと、とても響きがよくて
腕を組んだり、手を繋いだり、
時には人目を盗んでキスだって――
なんて甘いムードを期待してたのに
ムードなんてあったもんじゃない。
『オススメの場所に連れていってよ』って、自分が言ったくせに、
サッサと前を歩いて、わたしはついて行くのに必死。
ちょっとでも脇目をふろうものなら
置いていかれる始末――
- 614 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:25
-
「餃子スタジアム行くんじゃねーの?
早くしろよ」
何よその態度!
自分だって、『いいよ。デートしよっか』って言ったくせにぃ。
まるで、わたしが無理矢理連れて来たみたいじゃない――
思いっきり頬を膨らませて
ぶーっとふくれた。
「フグか、お前は」
またもやいとも簡単に
2本の指でほっぺを潰された。
「梨華、これ買え」
「アイヨ、ホレ?」
「は?なんだって?」
クスクス笑っちゃって!
あなたが指で挟んでるからでしょ!
- 615 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:26
-
お洋服で両手がふさがっていて
手を外せないから、思いっきり睨んでやった。
「ふははっ。
ぜんぜん怖くねぇ」
指を上下に動かして
人の顔で遊ぶんじゃないわよ!!
…だけどね。
デートし始めて、初めてなんだよ?
わたしに触れてくれたの。
だから、ちょっと嬉しい――
- 616 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:26
-
「あったか靴下だよ」
ひとみちゃんが反対の手に握っている
モコモコくつ下をわたしに見せた。
「梨華の足、冷たいからさ」
優しい眼差しに
胸がキュンとなる。
『梨華寒い?』
『ううん。あったかいよ?』
昨日の夜、抱きしめあって
ベッドに入ったわたし達。
ただ抱きしめ合っていただけだけど、
好きな人の温もりを感じながら眠るって
こんなに幸せな気持ちになれるんだ…
なんてひそかに感動してた。
『梨華?』
耳元で囁くように呼んでくれる名前に
いちいちドキドキして。
『苦しくない?』
ギュッと抱きしめてくれながら
わたしを気遣ってくれるあなたが、心から愛おしくて――
- 617 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:27
-
「冷てぇ足、くっつけてくんなよな」
一気に現実に戻された。
わたしの胸に押し付けて
「早く買ってこい」って…
何よ、もう!
もう少し、優しくしてくれたっていいじゃない。
『抱きしめていたい』って言ったのは
そっちのクセに!
早く行けとばかりに、手をヒラヒラ振って
自分はまた、別のもの見ちゃってさ・・・
イィ〜〜ダッ!
今夜、思いっきりくっついて
キスだってしちゃうんだから!
それからあんなことだって
こんなことだって――
勝手に一人で想像して
真っ赤になった。
- 618 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:28
-
レジを終えて、ひとみちゃんが覗いていた
ワゴンまで戻る。
「お待たせ〜」
あれ?
いない・・・
キョロキョロと周りを見回してみても
ひとみちゃんがいない。
まさか――
消えてないよね?
あの日の夜が蘇る。
わたしの目の前から、スッと姿を消した彼女。
――そんな・・・ヤダよ・・・
- 619 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:28
-
「何ボーッと突っ立ってんだ?」
「ひとみちゃん!」
思わず抱きついた。
「おま、ちょっと!
離れろよ」
「どこにいたの?!
また消えちゃったんじゃないかって
心配したんだからぁ!」
「――すぐ傍にいたけど?」
・・・え?
「梨華のすぐ横に立ってたけど?」
・・・うそ――
- 620 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:28
-
「――ごめん。知らない男の人かと思っちゃった・・・」
「アホか」
脳天にゲンコツを落とされた。
「いったぁ〜い!!」
「勝手にアタシを男にするな」
「だってぇ・・・
何か見間違えちゃったんだもん」
思った以上に脳天が痛い。
そんなに強く殴ることないじゃない!
自分で頭を撫でていると
目の前にひとみちゃんの手が差し出された。
「ほら」
ん?
どうしたの?荷物もってくれるの?
- 621 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:29
-
「早く手を貸せ!」
そっぽを向きながら言う
ひとみちゃんの顔が赤い。
これって――
「・・・手、繋いでくれるの?」
「迷子になって、アナウンスなんかされたら
こっちが迷惑だからな」
早くしろ!
なんてぶっきらぼうに言うけれど――
そっと手を重ねると
予想していたよりも遥かに優しく
わたしの手を包み込んでくれた。
- 622 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:29
-
「・・・なんか、嬉しい」
素直に気持ちを言葉にした。
「ほんとにデートみたい」
だって今度はね。
わたしの歩幅に合わせて
ゆっくり歩いてくれてるもの――
「さっきの・・・」
ん?
隣を歩くひとみちゃんを見上げた。
「両方似合ってた。でもどっちかって言うと
右の方が、梨華によく似合ってた」
前を向いたままで
耳まで赤いあなた。
- 623 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:30
-
「――今日の・・・そのカッコも。
・・・すげえ、カワイイよ・・・」
ひとみちゃん・・・
「メイクも・・・すごくいいよ」
嬉しさがジワジワと
体の中に広がっていく。
今朝、支度をしている間は
なに着たって大して変わんねーよ、とか。
いつまで化粧に時間かけてんの?とか。
早くしねーと行くのやめるぞ、とか・・・
次から次に文句を並べていたのに――
「いつも可愛いけど、
今日の梨華は、一段と可愛いよ・・・」
そう言って、ぎゅっと手を
握ってくれた。
- 624 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:30
-
嬉しいなんて通り越して
飛び上がりたいくらい。
手を繋いだまま、あなたの腕に飛びついて
反対の手で、ギュッと抱きついた。
「うざい」
「どうして?」
「歩きにくい」
「いいじゃない。ゆっくり歩こう?」
ひとみちゃんの肩から
フッと力が抜けた。
「好きにしろ」
- 625 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:31
-
ヤッター!!
好きにするもん。
指と指を絡めて
しっかりと手を繋ぎなおす。
仕方ねーなー
そんな表情をしたあなたの唇に
背伸びして軽く触れた。
「おまっ!ひ、人がいんのに・・・」
「いいじゃない。したかったんだもん」
「したかったってなぁ」
「だって好きにしろって言われたもん」
「はあ〜
だからってするか?普通」
- 626 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:31
-
「・・・せめて人目のないとこで
隠れてしろよ」
「隠れてならいいの?
人目がなければ、またキスしていい?」
「ばっ、ばか。そういう意味じゃ・・・」
「じゃ、どういう意味?」
おもしろ〜い!
照れてるひとみちゃん、めちゃめちゃカワイイ!!
「ね。後で隠れてもう一回しよ?」
背伸びして耳元で囁いたら
そっぽを向いて「勝手にしろ」って・・・
- 627 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:32
-
どんどん加速していく
あなたへの想い。
もう止められないよ?
だって、完全に溺れちゃってるんだもの
あなたに――
あなたの瞳
あなたの指
あなたの仕草
あなたを成すもの全てに
わたしは恋してるの。
だからね、あなたになら
何をされても構わない。
この命さえ
差し出したって構わないって
本当に思ってるんだよ?
- 628 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:32
-
「あれ・・・珍しいな」
ひとみちゃんの視線の先には
ガラス細工をその場で作っている、小さなお店。
常設ではなく、臨時の出店なのだろう。
小さなワゴンを置いて、フロアの隅でひっそりと営業している。
[あなたにピッタリのガラス細工を
この場でお作りします]
二人で近くまで行くと、
作業中の職人さんが顔をあげた。
「いらっしゃいませ」
長い髪を後ろで束ねた
細身の綺麗なお姉さん。
- 629 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:33
-
「どうぞ。手にとってごらん下さい」
そう言って優しく微笑んだ。
んもうっ!
ひとみちゃんたら、デレっとしちゃって!
テーブルに展示された作品に触れながら
お姉さんに愛想よく話しかけてる。
「これ、すごいですね?」
わたしの前では『すげぇ』とか
乱暴な言葉で話すクセに。
「細かいですね〜」
そこは『細けぇ〜』でしょ!
- 630 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:33
-
「この場で作って頂けるんですか?」
い、い、いた、いただ、頂けるですって?!
「もちろん。少し時間かかりますけどいいですか?」
「ええ。構いません」
か、かま、かまい、構いませんなんて!
そんな言葉遣い、出会ってから一度も聞いたことないっ!!
思わずムスッとする。
フン、何よ。
綺麗な人には、そんな丁寧な言葉使うんだ。
「アタシ達二人に相応しいの
作ってもらえませんか?」
・・・え?
- 631 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:35
-
「何か今日の記念になるものを」
「そうねぇ・・・、カオの直感で作っていい?」
「ええ。お姉さんの直感でお願いします」
「わかったわ」
そう言うと、穏やかな顔つきが一瞬にして変わって
早速作業に取り掛かる。
「見てていいですか?」
「ええ」
――ねぇ、ひとみちゃん。
興味津々で、作業中の手元を覗き込む
ひとみちゃんの袖を引っ張った。
- 632 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:35
-
「どした?」
「・・・今日の、記念って――」
ひとみちゃんが、わたしの耳元に唇を寄せる。
「初めてのデートだから。
アタシからのプレゼントだよ」
ドキドキと鼓動が早まっていく。
隣にいるあなたに聞こえてしまいそうなほど・・・
そっと指先が触れて、再び手を繋がれた。
先に指を絡ませてきてくれたのは、あなたの方。
それだけで、涙が出そうなほど嬉しい――
- 633 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:36
-
どれくらい眺めていただろうか?
滑らかな手つきで、バーナーにかざし
魔法のように象られていく小さなガラス細工に釘付けになって、
息をのんで見つめていた。
「よしっ。出来上がり!」
満足そうに、そう言ったお姉さんが
差し出してくれたのは、ガラスの天使たち。
2人の小さな天使が向き合って、手を繋いで
口づけをしている。
「これ、あなた達よ?」
「・・・わたし達、ですか?」
「恋人なんでしょ?
すごくお似合いよ?」
カオには分かるの。
一目見て、ピンと来たもの。
運命の糸で結ばれた二人。
それも、すぐ切れちゃいそうなヤワな糸じゃなくて・・・
どんなものでも切れない
硬くて太い頑丈な赤い糸――
- 634 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:36
-
「だからね、ほら・・・」
お姉さんが、天使の小指を指す。
2人の天使を結ぶ1本の赤い糸――
「カオには見えるんだよね。
あなた達の赤い糸」
繋いだ手にグッと力が込められた。
嬉しさと恥ずかしさを抱えたまま
隣のひとみちゃんを見上げた。
「――それ、下さい・・・」
そう言ったひとみちゃんの横顔は
すごく複雑で。
喜んでいるのか、怒っているのか、
それとも悲しんでるのか・・・
どの言葉にも当てはまらない顔をして
その天使を見つめていた。
- 635 名前:第3章 1 投稿日:2010/02/25(木) 19:37
-
なんだか、胸騒ぎがする――
得体のしれない何かが、
わたし達に襲いかかるんじゃないかって。
大きな渦が、わたし達二人を
飲み込んでしまうんじゃないかって・・・
お金を払おうと離された手に
何とも言えない不安がよぎって
もう一度、ひとみちゃんを見上げた。
――ねぇ、ひとみちゃん、どこにも行かないよね?
心の中でそう問いかけたけど
当然、答えなど返ってくる訳がなかった・・・
- 636 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/25(木) 19:37
-
- 637 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/02/25(木) 19:37
-
- 638 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/02/25(木) 19:38
-
本日は以上です。
- 639 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/27(土) 08:20
- あのネタにはちゃんと続きがあったんですね
さすがは玄米ちゃ様っ
しかし切ないなぁ
- 640 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/04(木) 10:15
-
>639:名無飼育さん様
ありがとうございます。
今日はもっと切なくなりそうです。
では、本日の更新にまいります。
- 641 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/04(木) 10:15
-
- 642 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:16
-
「すっかり遅くなっちゃったね?」
「そもそも、梨華のせいで着いたのが
午後だからな」
暗くなった街並みを
並んでゆっくり歩く。
右手には、あなたが似合ってると言ってくれた
お洋服とモコモコくつ下を。
左手には、あなたの手を握って――
「寒くない?」
そうわたしに尋ねながら
繋いだ手をコートのポケットに入れてくれた。
- 643 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:16
-
土曜日の住宅街。
お夕食も済んで、一息ついた頃の時間――
ポケットに入れたまま、
繋いでいるひとみちゃんの手を少しだけ
自分の方に引っ張る。
「どした?」
「・・・人目、ないよ?」
「それが?」
んもうっ!
ニヤリと笑って、繋いでいた手を離すと
ひとみちゃんがわたしの肩を抱いた。
そのまま、すぐそばの自販機の陰に隠れる――
- 644 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:17
-
「・・・キス、したいの?」
掠れた声。
至近距離で見つめられて、わたしは動けなくなる。
「梨華?言ってよ・・・」
「――イジワル・・・」
んんっ・・・
外は凍えるほど寒いのに
体が熱くなる。
合わせた場所が燃えるように熱い。
何度も何度も角度を変えて
ひとみちゃんの唇が、舌が
わたしを求める。
砕けてしまいそうで、
ひとみちゃんにしがみついた。
- 645 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:17
-
「・・・んっ、梨華・・・」
激しくてめまいがする。
息があがる。
「――はぁ・・・、ひと、み、ちゃ・・・んっ」
ゆっくりひとみちゃんが離れた。
・・・寂しいよ、何だか。
もっと、ずっと触れていて欲しい――
「・・・ねぇ、梨華?」
目線だけで問いかける。
暗くてもわかる、ひとみちゃんの上気した頬。
ゆるんだ瞳――
良かった・・・
悲しい色じゃない。
- 646 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:18
-
「家に帰って、もう一度キスしよっか・・・?」
――もっと・・・梨華に触れたいんだ。
ひとみちゃんの鎖骨におでこをあてて
小さく頷いた。
きっと、さっき感じた不安は
わたしの思い違い。
だってこんなに幸せだもん・・・
ひとみちゃんがわたしの手をとって
歩き出す。
何だかちょっと照れくさい。
寒さなんて全く感じない。
風の冷たさだって全然平気。
恋の力ってすごいな・・・
- 647 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:18
-
「よう!ごきげんよう!」
関西独特のイントネーションで
突然、わたし達の目の前に現れた男の人。
派手な身なりにサングラス。
夜なのに、それ必要なの?
「ま、元気そうで何よりやな」
ひとみちゃんの体が強張っている。
「知ってる、人・・・?」
ひとみちゃんに尋ねると
頬を引きつらせたまま、コクリと頷いた。
- 648 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:19
-
「――梨華、悪い。先に帰ってて」
「でも・・・」
繋いでいる手をギュッと握りしめられる。
「大丈夫だから。
アタシがこの世界に来るのに
世話になってる人だ」
――ひとみちゃん・・・
そう言えば。
ひとみちゃんは、悪魔なんだ。
見た目も、言葉も
どれ一つ、普通の人間と変わらないけど
彼女は悪魔なんだ・・・
- 649 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:19
-
「ほんとに大丈夫だから。
先に家で待ってて」
「だけど・・・」
「大丈夫やって。
別に吉澤に危害は加えんよ。
危害を加えるとしたら――」
ひとみちゃんの視線が
鋭くなった。
「おおっ、コワッ」
「少しだけ話したら、家に帰るから」
「・・・ほんとに、ちゃんと帰って来るよね?」
「ああ、約束する」
繋いだ手が離された。
しぶしぶ歩き出す――
- 650 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:20
-
「ほな、サイナラ」
男の横を通りすぎる時に
かけられた言葉。
不自然ではないけど、
なぜか意味ありげで・・・
ひとみちゃんを振り返ると
大丈夫だと言うように頷いてくれた。
不安に押しつぶされそうで、
歩きながら何度も振り返った。
角を曲がる時、もう一度振り返ると
二人がすぐそばの公園に消えていく所で――
「・・・ひとみちゃんを信じよう」
一言つぶやいて、わたしは
お家に向かった――
- 651 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:20
-
**********
- 652 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:20
-
「吉澤、随分悠長にしとるな」
「まだ時間は充分あります」
「そやな。まあどうせ、彼女には消えてもらうんや。
少しくらい、楽しませてあげなな」
先を歩くテラダが肩を揺らして笑った。
「けど吉澤。
ミイラとりがミイラになっちゃいかんよ」
「・・・わかってます」
立ち止まったテラダが
アタシを振り返った。
「彼女は一番似とるからなぁ。
まるで瓜二つやろ?あんたの恋人に」
そうなんだ。
本当に、よく似ている…
- 653 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:21
-
片手でガシッと肩をつかまれた。
肩に手を置いたまま、ゆっくりとアタシの背後にまわる――
「なあ、大切な恋人が待っとるよ?
いい加減、はよせんと」
耳元に顔を寄せて、アタシに教え込むように
彼が囁く・・・
「もう道はないよ、吉澤。
あんたが自分で選んだんやろ?この道を。
もう今更、戻れんやろ?」
戻れない…
それくらい、アタシだって、わかってる・・・
- 654 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:21
-
「ま、なるべくはような。
準備はとっくに出来とるから」
そう言ってテラダは
アタシの肩をポンポンと叩くと、姿を消した。
大きく息を吐き、空を見上げる――
グレーの分厚い雲が
月を隠しては現し、また隠しては現しを繰り返している。
選択肢はほんとに
一つしか残されてないのだろうか…
アタシに残された道は
もう本当に――
- 655 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:22
-
『あなたにだったら、
別に命をあげたっていいよ?』
梨華…
本当にそう思ってくれるの?
アタシにキミの命をくれる…?
『・・・あなたになら、いいって言ったじゃない・・・』
『・・・いいよ、ほんとに。
ひとみちゃんになら、わたし――』
雨粒が額にあたって、我に返った。
ぶらさげた袋に視線を落とす。
中には、あのガラスの天使たち・・・
――今夜が・・・相応しいのかもしれない。
「梨華…、ごめん」
一言つぶやいて、アタシは梨華の待つ家に向かって
駆け出した。
- 656 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:22
-
少しずつ勢いを増す細い雨から
身を守るように手をかざして、アパートの敷地に入る。
目の前に人が立っていたのに気付かずに、
思わず声をあげて驚いた。
「おかえり、よっちゃん」
「び、びっくりした…
藤本さんか…」
目の前には、傘を差した隣人の
藤本美貴さん。
「コンビニでも行くの?」
ゆっくりかぶりを振る。
「どこかにおでかけ?」
ニヤリと微笑んで
もう一度首を横に振ると、藤本さんはアタシに言った。
「よっちゃんを待ってたの」
- 657 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:23
-
意味深に細められた目。
意地悪く微笑む口元。
獲物を追い詰めたハンターのように
彼女がアタシを見つめる――
「ア、アタシを・・・待つって・・・?」
思わず声が裏返った。
彼女がそっとアタシの手を握る。
「ねぇ、今度。梨華ちゃんのいない時に
二人でお話しましょ?」
「ど、どうしたの?急に・・・」
「悪い話じゃないわ」
握られた手が外され、その手がそのまま
アタシの腕を撫で上げて、頬に添えられた。
「美貴なら二人を幸せにしてあげられる」
- 658 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:24
-
思わず目を見開いた。
「あんな男の言いなりになることないわ。
美貴が、よっちゃんと梨華ちゃんを幸せにしてあげる」
添えられた手が、頬からすべって
唇に触れる。
「もう、ミイラになっちゃったんでしょ?」
「・・・何もんだ、お前」
「それは、今度。
二人でゆっくり話しましょ?」
<ガタンッ>
反射的に音がする方に目がいった。
梨華の部屋の扉が大きく開いて、
中から梨華がとび出してくる・・・
- 659 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:24
-
「ひとみちゃんっ!」
階段駆け下りんなよ。
あぶねーって。
視線を戻すと、
藤本美貴の姿がない。
ほんの一瞬、視線を動かしただけなのに――
確かに今、目の前にいたはずなのに――
辺りを見回しても
姿が見当たらない。
まるで、煙のように消え・・・
――まさか・・・?
まさか、アイツも?
背筋に冷たいものが走った。
- 660 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:25
-
「ひとみちゃんっ!!」
体当たりするように、
梨華がアタシに抱きついた。
「良かった。無事で・・・
良かった。帰ってきてくれて・・・」
――ほんとに・・・良かった・・・
そう言って笑った顔に
苦しいほどの愛おしさを感じた。
「だから大丈夫だって言っただろ?」
「でも、心配だったんだもん」
――梨華・・・
力いっぱい抱きしめた。
藤本の言う通り、アタシはもうミイラになっちまってる。
だとしたら、アタシに残された道はなんだ?
アタシに、何が出来る・・・?
答えの見つからないまま
アタシは梨華を、もう一度強く抱きしめた――
- 661 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:25
-
**********
- 662 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:26
-
手を繋いでお部屋に戻った。
あなたがどこにも行かないように。
あなたがここにちゃんといるって、確かめていたくて、
しばらく離すことが出来なかった。
いつものあなたなら――
きっと「いい加減手を離せ」とか
「大丈夫。ここにいるから」とか
何かしら、わたしを安心させるような言葉を発してくれるのに・・・
手を離そうともせず、
雨に濡れたままのコートを脱ごうともせずに
部屋の真ん中で立ち尽くしたままだった――
- 663 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:26
-
「――ひとみちゃん・・・?」
遠慮がちに声をかけても
何かを考え込むように、一点を見つめたまま動かない彼女。
「コート・・・脱ぐ?」
「ん?ああ・・・」
やっと返事はしてくれたけど
多分言葉が素通りしているんだと思う。
だって、一向に動き出そうとしないから・・・
でも、濡れたままのコート着て
濡れたままの髪でいたら、カゼ引いちゃうよ・・・
そっと手を離して、彼女の前に立つと
コートのボタンを一つ一つ外して
脱がせてあげる。
そのままタオルを取りにいって
その場に彼女を座らせると、後ろから包みこむように
彼女の髪を拭いてあげた。
- 664 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:27
-
「――梨華・・・」
ひとみちゃんが、拭いているわたしの手を
優しく掴んだ。
「これ・・・、どこに飾ろっか?」
ひとみちゃんが指さしたのは、
ガラスの天使の入った袋。
「決めてるよ、もう」
わたしが指さしたのは、
この部屋のどこからでも見える小さな棚。
玄関からも真っすぐに見えて、
キッチンからも、ベッドからも見える場所。
「ひとみちゃんがいない間に
片付けといたの」
すぐに飾れるように準備してたんだ。
そう言ったら、やっと微笑んでくれた。
- 665 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:27
-
丁寧に梱包材を解いて
2人で一緒に、棚の上に置いた。
蛍光灯の光りに反射して、一瞬
ガラス細工の天使が微笑んだように見えた。
「アタシが天使だってさ」
――笑っちゃうよな。
ガラスの天使を覗き込みながら
作ったお姉さんではなくて、まるで自分を傷つけるように放たれた言葉。
「ひとみちゃんは、天使だよ」
「アホか。アタシは悪・・・」
「ちがう。天使だよ」
わたしにとっては天使だよ・・・
- 666 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:28
-
初めて会った日も、天使みたいな人だって思った。
真っ白で、澄んだ瞳をしていて――
それにひとみちゃんは、
わたしの願いを叶えてくれた。
狂おしいほどの恋を教えてくれたんだよ?
だからね――
「誰がなんと言おうと、
ひとみちゃんが違うと言っても
わたしにとっては、あなたは天使なの・・・」
「――梨華・・・」
- 667 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:29
-
ねえ、ひとみちゃん。
わたし嬉しいの。
あなたと赤い糸で結ばれてるなんて言われて。
永遠を繋ぐ糸で結ばれてるなら
わたし、何も怖くないんだ。
だから・・・
「ねぇ、梨華?」
「なに?」
「――ひとつ・・・聞いてもいいかな・・・?」
視線を落として、
俯いたまま、そう尋ねたあなた。
「いいよ」
すぐに答えたのに、
俯いたまま、何も言ってくれない。
- 668 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:29
-
ほんとはね、わたしからも
聞きたいことは山ほどあるの。
さっきの男は何者?
信用出来る人なの?
何をそんなに思いつめてるの?
だけど――
きっと聞いてはいけない。
もし本当にあなたが・・・
前に言っていたように、
わたしの命をもらいに来た、ワル〜イ悪魔なんだとしたら
きっとそれで思いつめているんだろうから。
わたしの命を奪えずに、思い悩んでいるんだろうから・・・
- 669 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:29
-
「・・・もし、梨華のさ・・・」
梨華の大切な人が
梨華の命をあげることで
幸せになれるとしたら、だよ?
「梨華は・・・、どうする・・・?」
――やっぱりそうか。
「決まってるじゃない」
ひとみちゃんの手をとって
微笑んだ。
「喜んで、差し出すよ?」
「梨華・・・」
- 670 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:30
-
「だって、わたしの命をあげたら
わたしの大切な人が幸せになるんでしょ?」
――だったら・・・
「何も迷わない」
ひとみちゃんと視線がぶつかった。
だからね・・・
だからいいんだよ?
ひとみちゃん・・・
もう一度、ひとみちゃんに
微笑みかけた。
- 671 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:30
-
「今日楽しかったよ」
なるべく明るい声で。
「それにすごく嬉しかった」
だってあなたとデート出来たんだもん。
「あ〜、何か今夜なら
悪魔にでも吸血鬼にでも、襲われたって
悔いは残らないなぁ〜」
ちょっと強がってるけど、いいでしょ?
ほら、心配しないで。
わたしの本心だから――
- 672 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:31
-
「・・・ばーか」
呟くような小さな声が聞こえた。
「・・・悪魔も、吸血鬼も
おいしいヤツしか、襲わねーよ」
グッと手を引かれて
あっという間にひとみちゃんに抱きしめられた。
「梨華のことなんか襲ったら
腹下すに決まってる・・・」
ひとみちゃんの声が、震えてる・・・
「梨華なんか・・・、襲ったら――」
強く抱きしめられた。
- 673 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:31
-
たくさんの雨が
わたしに降り注ぐ。
「冷たいよ…、ひとみちゃん…」
「――ガマン、しろ…」
涙まじりのあなたの声は、
いつも以上に優しくて――
手繰るようにわたしの手を握ると
小指と小指を絡ませた。
そっと顔をあげると
幾筋もの涙が、あなたの頬を伝っていて…
わたしはもう一度、あなたに微笑みかけると、
ガラスの天使と同じように、そっと口づけた。
- 674 名前:第3章 2 投稿日:2010/03/04(木) 10:31
-
ねぇ、ひとみちゃん。
あなたが幸せになるならね。
わたし、命なんて惜しくないよ…?
- 675 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/04(木) 10:32
-
- 676 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/04(木) 10:32
-
- 677 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/04(木) 10:32
-
本日は以上です。
- 678 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/04(木) 18:46
- なんかもうやばい切ない
どうか幸せにしてあげて!(涙目)
- 679 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/04(木) 18:59
- 昼休み中だったのに号泣
- 680 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/05(金) 00:44
- 切ないです!
まだまだ謎だらけですが号泣です。
もっともっと切なくなりそうですね。
- 681 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/05(金) 08:34
- 切ない…
切なすぎる…
幸せになってほしいなぁ。
- 682 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/11(木) 10:05
-
>678:名無飼育さん様
切ないですよね〜
作者も書いていて胸が痛くなります。
>679:名無飼育さん様
午後の生活に支障なかったですか?
>680:名無飼育さん様
謎はまだ引っ張ります。
切なさは・・・予想されている通りになりそうです。
>681:名無飼育さん様
幸せは常日頃、作者も願ってるんですが・・・(汗)
では、本日の更新にまいります。
- 683 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/11(木) 10:06
-
- 684 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/11(木) 10:06
-
あの日の決断を
間違ってるなんて思わない
後悔だってするわけがないんだ
そう、すべては・・・
キミのためだから――
- 685 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/11(木) 10:06
-
- 686 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:07
-
雨が降っていた。
小さくカーテンを開けて
ひとみちゃんはジッと外を眺めてる――
あの夜、わたしは死を覚悟した。
ハッキリとは言葉にしていないけど、
あなたが幸せになるなら、命をあげていいと
今でも本気で思ってる。
だから、今夜がひとみちゃんの腕の中で眠れる
最後の夜かもしれない――
そんな風に思いながら
毎晩眠りにつくの。
クリスマスも、毎年実家に帰省するお正月休みも
悔いを残したくないから、ずっとひとみちゃんと二人で過ごした。
それなのに…
わたしはまだ生きている。
あの夜以降、わたしをからかうことも
イジワルを言うこともなくなった
あなたとともに――
- 687 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:08
-
「雨、止まないな」
「うん」
「梨華は雨は嫌い?」
「昔は嫌いだった」
「今は?」
「今は…好き」
「どうして?」
「だって…、ひとみちゃんと一緒に
傘に入れるし、それに――」
「出会った日も雨だったね」
そう言ってひとみちゃんは
振り返った。
- 688 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:08
-
優しい笑みは変わってない。
優しい眼差しも変わってない。
だけど何かが違う。
ものすごく穏やかなんだ。
あの夜以来、
まるで何かを決めたように、迷いのない顔をしている。
瞳に悲しい色を覗かせることもなくなった。
なのに…
そんな表情を見るたびに
わたしは不安になる。
なぜだか、もうすぐあなたが。
わたしではなく、あなたが
ここからいなくなってしまいそうな
根拠のない不安に、打ちのめされてしまいそうになる…
- 689 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:08
-
「何泣きそうな顔してんだよ」
「べ、別に。
いつもこんなだもん」
「眉間にシワよせんなって」
つかつかとひとみちゃんが近づいてきて
わたしの前にしゃがみ込む。
優しく眉間を指でなぞられた。
「ほら。
この方がかわいい」
嬉しいのに…
こんな風に言ってもらえて
すごく嬉しいのに――
わたしの心には、また不安が増す。
- 690 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:09
-
「っつ…」
ひとみちゃんがこめかみを押さえて
小さくうめき声をあげた。
「どうしたの?!」
「・・・大丈夫。ちょっと頭痛がしただけだ」
顔をしかめて、なおも
こめかみを押さえてる。
「痛むの?
頭痛薬もってくる?」
「いらないよ」
「でも…」
「効かないから。
そんなんじゃ・・・」
「けど・・・」
- 691 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:09
-
「抱きしめててよ」
梨華が抱きしめていてくれれば
それで治まるから…
そう言ってわたしに
体を預けてくる。
「横になる?
その方が楽?」
小さく頷いたあなたをベッドに導いて、
いつもとは逆に、わたしが腕枕をして
彼女の体を包み込んだ。
うっすらと滲む額の汗…
「ね、病院行こ?」
「行っても、何も見つからない。
病気じゃねーから」
「だけど…」
顔色が悪い。
このところずっとそうだ。
もともと白い肌が、より一層色を失って青白い。
- 692 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:10
-
「ひとみちゃんが心配だよ。
すごく顔色が悪いもの」
「ほんとに大丈夫だって。
すぐ治まるから・・・」
痛みが激しいのか、
わたしの腰に添えられている手に
グッと力が入った。
どうしたらいいの?
どうしたら、あなたの痛みを和らげてあげられる?
空いている方の手で、彼女の生え際を撫でた。
――かわってあげたい。
出来ることなら。
あなたの痛みをわたしに注ぎ込んで
わたしがその痛みを受けてあげたい・・・
- 693 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:11
-
「・・・泣くなよ」
胸元から優しい声がする。
「ううっ・・・、ご、めん」
だってわたし。
あなたのために、何もしてあげられない・・・
「もう大丈夫だから。
治まったから、泣くなってば」
ひとみちゃんが、わたしのおでこに
自分のおでこを合わせる。
「頼むから。
泣かないで・・・」
「――ごめ、ん・・・」
「泣かないで・・・梨華」
唇が重なった。
涙の味がする・・・
唇が離されて、目を開けると
あなたの瞳からも涙が溢れていて――
- 694 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:11
-
「梨華には、笑顔でいて欲しいんだ」
ほっそりとした綺麗な手で
両頬を包み込まれる。
「ずっとずっと笑ってて欲しい・・・」
な、んで・・・
どうして、そんな言い方、するの・・・?
「梨華・・・愛してる」
心が震えた。
「ずっとキミだけを愛してるから・・・」
- 695 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:12
-
唇をふさがれた。
嬉しいのに、涙が止まらないの。
初めてあなたに『愛してる』なんて言ってもらえて、
素直に喜びたいのに、胸が苦しくて仕方ないの。
口づけの合間に、思わず嗚咽が漏れる。
「――す、き・・・。わた、し、も・・・
ひと、み、ちゃんを、あい、して、る・・・」
お願い、ひとみちゃん。
ずっと、ずっとそばにいて――
あなたを引き寄せて
がむしゃらに口づけた。
どうして、こんなに苦しいの?
どうして、こんなに胸が引き裂かれそうなの?
――教えてよ、ひとみちゃん・・・
- 696 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:12
-
「――梨華が・・・欲しいんだ・・・」
梨華と・・・、ひとつになりたい――
搾り出すように発せられた
あなたの声は、なぜか苦しそうで・・・
「――約束、して・・・
ずっとそばにいるって・・・」
「梨華・・・」
「お願い、約束して――」
ひとみちゃん、お願い。
どこにも、行かないで・・・
止まらない涙を、優しく拭ってくれながら
あなたは約束してくれた。
- 697 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:12
-
「・・・約束、するよ。
梨華のそばにいるから。
ずっとずっと、そばにいるから――」
梨華・・・愛してる。
ゆっくり、お互いを確かめ合うように
長い長いキスを交わした。
そっとなぞるように、
わたしの肌をすべる指。
柔らかくて温かな
あなたの温度。
- 698 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:13
-
「・・・はぁ・・・、んんっ!」
甘い唇。
甘い舌。
「・・・ああっ、んっ・・・」
優しく触れる手。
優しく触れる指。
「あっ、ううっ・・・、ひと、み・・・ちゃ・・・んんっ
はぅっ・・・」
合わせた肌の感触。
合わせた肌の温もり。
- 699 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:13
-
「ハァ・・・、梨華・・・」
耳元で何度も呼んでくれる名前。
熱い吐息。
「・・・好きだよ。愛してる・・・」
わたしを大きな渦へと誘いこむ濡れた声。
甘い囁き。
「・・・いい?」
遠慮がちにわたしの中に入ってきた
細くて長い指――
- 700 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:13
-
「んっ!ああああっ・・・、ひと、み・・・」
「ううっ・・・はああ!・・・梨華・・・」
どれも、初めてのはずなのに――
あなたとこうするの、
初めてじゃない・・・
体が、本能が、
あなたを覚えてる――
・・・わたし、ずっと。
ずっとあなたと、こうして愛し合って来た――
- 701 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:14
-
「んんっ!・・・あああっ!!」
「・・・っぐ!んああっ!!」
ほら。
一緒にハジケタ今、わたしの中のあなたでさえ
わたしの本能は、覚えてるもの・・・
やっぱり、あのお姉さんが言っていた
赤い糸は本当だよ。
わたしとあなたは運命なんだ。
だってね。
わたし、あなたのすべてを
こんなにも覚えてるもの――
- 702 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:14
-
「・・・ひー、ちゃん・・・」
どうして、そんな風に呼んだのか
自分でもわからない。
あなたとの運命を悟った今
自然と口からこぼれ落ちた呼び名。
「――梨華。今・・・なんて・・・?」
荒い息を整えながら
わたしを上から見下ろしていた彼女の目が見開かれた。
「ひーちゃん・・・」
目の前の瞳に、あっという間に涙が溢れてきて
大きな粒が頬をつたう。
- 703 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:19
-
「――もう一度、呼んで・・・」
「ひーちゃん」
「・・・もう一度」
「ひーちゃん」
とめどなく溢れる彼女の涙。
指で拭ってあげても、すぐに溢れて
わたしの指を濡らしていく――
「ウウッ、梨華・・・」
わたしの胸に顔を埋めて
子供のようにしゃくりあげて泣き出したあなたを
そっと抱きしめた。
- 704 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:19
-
むき出しの背中を何度も撫でて
わたしは囁く。
「ひーちゃん、愛してる・・・
あなただけを、ずっと愛してる・・・」
「・・・うぐっ。・・・っぐ。
アタシ、も。梨華、だけ・・・」
あなたの涙が、あなたの震える声が
狂おしいほどに、わたしの胸を締め付ける。
「あい、して、る。梨華、だけ・・・」
堪えきれずに、わたしの目からも
涙が溢れた。
そっと手が触れ合って
お互いの小指を絡ませた。
- 705 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:20
-
ねぇ、ひーちゃん。
わたし達って、運命なんでしょ?
でなければ、こんなに魅かれあう訳がないもの。
あなたは、それを知っていて
わたしの元に来てくれたんでしょ?
「・・・ひーちゃん」
絡ませた小指をゆっくり解く。
大きな瞳に涙をためたままの
あなたの頬に手を添えて口づけた。
――もう一度、一つになろう?
わたし、あなたにずっと愛されていたい・・・
今も、これからも――
- 706 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:21
-
「――梨華・・・っんん・・・」
好き。愛してる。
この気持ち、どうしたらあなたに伝わる?
ずっと一緒にいたいの。
離れたくないの。
ずっと・・・、永遠に――
ねぇ、だからもう一度約束して。
わたしのそばにいるって・・・
わたしと一緒にいるって・・・
お願いだから。
約束して――
- 707 名前:第4章 1 投稿日:2010/03/11(木) 10:21
-
「・・・約束、するよ」
「ほんとだよね?」
絶対、絶対。
ほんとだよね?
「――心配、すんな・・・」
そう言って、わたしをその腕に閉じ込めてくれたけど
なぜだろう?
どうしても不安が消えてくれない・・・
助けてよ・・・
言葉に出来ない不安に押しつぶされそうで、
あなたにしがみついた。
「・・・ほんとに約束だよ?ひーちゃん」
小さく頷いたあなたを失わないように
わたしはあなたを強引に誘いこんで、
再び二人だけの世界へと身を沈めた――
- 708 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/11(木) 10:22
-
- 709 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/11(木) 10:22
-
- 710 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/11(木) 10:22
-
本日は以上です。
- 711 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/11(木) 10:49
- ひーちゃん。・゚・(ノД`)・゚・。ウワァァン
行かないで・・・
- 712 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/11(木) 12:44
- また号泣してしまいました
- 713 名前:名無し留学生 投稿日:2010/03/11(木) 13:31
- 「ひーちゃん」の呼び方はもしかして、昔の恋人から?
じゃなくて、前世?
頭に大パニック状態になっちゃった。
ますます目が離れない。
- 714 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/17(水) 10:54
-
>711:名無飼育さん様
泣かないで・・・
>712:名無飼育さん様
おっと。またもや午後の生活に支障なかったですか?
>713:名無し留学生様
さてどうでしょう・・・?
パニックとか言われるとニヤニヤしてしまいます。
さて、本日の更新に参ります。
- 715 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/17(水) 10:54
-
- 716 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:55
-
はあ…
今日何度目のため息か、
自分でもわかんない。
もうすぐ、24回目の石川さんのバースデーがやってくる。
告白するならこの日だと、もうずっと前から決めていた。
それなのに――
『今度の石川さんの誕生日なんですけど…
夜って空いてますか?』
『あ、ごめんね。
その日、わたしお休み頂くから…』
『お休み、ですか…?』
正直、あの真面目な石川さんが…
そう思って固まった。
有給を何に使おうと構わない。
けど、あの石川さんが…
- 717 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:56
-
『――そばに、いたいの…』
そう言って悲しげに笑った石川さんが綺麗すぎて、
あーしはまた固まった。
『今も、そばにいたいって思っちゃうの・・・
バカみたいだって思うでしょ?』
切なげにそんな風に言って…
『…あの時の…人ですよね?』
コクリと頷いた石川さん。
胸にグサリと刃物が突き刺さる音が聞こえた気がした。
- 718 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:56
-
わかってたんだ。
あの人を見た時から。
きっとそうだって――
『という訳で、わたし達
恋人じゃないから!』
随分前に、そんな風に言われたけど
石川さんを見ていれば、嫌でもわかる。
恋してる顔を――
間違いなく綺麗になっていく横顔を
毎日見つめているから…
- 719 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:57
-
幸せならいいんだ。
好きな人が幸せなら、それで諦めもつく。
すぐには諦められなくても
諦めようって、幸せを願おうって
自分に言い聞かせられる。
なのにどうして?
石川さんはちっとも幸せそうじゃない。
すごく切ない顔をして、苦しげに眉間にシワを寄せるんだ。
よく見ていないと、気付かないほど
わずかな時間だけど。
憂いを帯びたその横顔に
あーしの胸は痛みを覚える。
- 720 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:57
-
頼りなく見えて、実は強くて。
辛いそぶりなんか、めったに見せない人が
ふとした瞬間に見せるその表情に
あーしの心にフツフツと沸き上がる怒り――
大事にしないのなら。
あの人が石川さんを幸せにしないと言うのなら
あーしが石川さんを貰う。
石川さんにこんな顔をさせるようなヤツに
石川さんを渡す訳にはいかない――
鼻息荒く、石川さん家までの道を急ぐ。
急がないと弱気な虫が、あーしの心を埋め尽くして、
足を止めてしまうから・・・
- 721 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:58
-
石川さんの心に
あーしの入る隙間はこれっぽっちもないって、
痛いくらいわかってる。
石川さんの心が、あの人でいっぱいなのも
よくわかってる。
わかってるけど――
けど、だけど!
許せないんだ。
石川さんを泣かせるなんて。
石川さんを大切にしないなんて…
一言いわなきゃ、気がすまない。
石川さんが想いをよせるあの人に
石川さんを幸せにしろって
あんな顔させるなって、直接言ってやるんだ。
でないとあーしは…
このままではあーしは
負けを認められない…
- 722 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:58
-
目の前に大きな公園が見えてきた。
ここを突っ切った方が石川さん家には近い。
夜ならば、怖くて必ず回り道をするけど
今は平日の昼間。
遊具では、小さな子供達が遊んでる。
そのすぐそばのベンチには、子供達のママが談笑してる。
この時間なら、あの人だけが家にいる。
だって石川さんは、今会社にいるから――
『ちょっと歯医者に行ってきます』
そんな嘘をあーしにつかせたのも
あの人のせいだ。
「絶対、言ってやるから!」
声に出してそう言って
あーしは公園に足を踏み入れた――
- 723 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 10:59
-
「なぁ、吉澤。いつまで待たせる気や?」
公園の中ほどに差し掛かったところで
遊具とは反対側にある並木の奥から聞こえた声。
「だから焦らないで下さいよ」
聞き覚えのある声に
思わず歩みを止めた。
「準備はとうに出来とる。
何を今更迷ってる?」
「迷う?このアタシが?
笑わせないで下さい」
この声――
間違いない。
足音を忍ばせて、近くの木にそっと身を隠した。
- 724 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:00
-
「なら、はよ殺せ」
・・・こ、殺す?!
「まあ落ち着いて下さい。
時間はまだあるはずです」
「あると言っても、ヤツらに感づかれたら
そこまでや。全てパーになってまう」
「それはあなたの仕事でしょ?
うまく押さえて下さいよ。絶対大丈夫だと言ったのは
テラダさん、あなたの方だ」
ふぅ〜っと、大きく息を吐き出す音が聞こえた。
「わかった。それはオレが何とかする。
だから、あんたは。
間違いなく石川梨華を・・・」
「分かってます。梨華はアタシが必ず」
「頼むで。あんたにしか出来んねん」
- 725 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:00
-
手の平にじっとりと汗をかいていた。
・・・一体、どういうことだ?
あの日に聞いた優しい声音とは
正反対の冷えきった声。
耳に残る不気味な言葉――
『はよ殺せ』
『梨華はアタシが必ず』
何者なんだ?あの人は・・・
石川さんをどうするつもりなんだ?
張り詰めていた空気がゆるんだような気がして
彼女達が話している方を、そっと覗き込んだ。
- 726 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:01
-
いつの間にか、男の方はいなくなっていて
あの人が、頭を抱えてベンチに一人で座り込んでいた。
・・・アッ!
思わず息をのんだ。
――彼女が・・・、透けている・・・
確かに目の前にいるのに――
頭を抱えて、ベンチに腰かけているのに
おぼろげな輪郭を残して、向こう側の木が・・・見える・・・
「誰だ?!」
彼女が顔をあげた。
- 727 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:02
-
慌てて身を隠したけど
気配を察知したのか、彼女が近づいてくる――
背中に冷や汗がつたった。
「――なんだ・・・」
殺気が抜けた彼女の声。
その姿はもう透けてはいない。
見間違い・・・、だったんだろうか・・・?
いや、そんなはずはない。
この目で確かに見た。
「高橋、さん・・・だったっけ?
どしたの?こんなとこで」
優しく微笑んで、話しかけてくる。
その声は初めてあった日のように穏やかで
さっきまで、物騒な会話をしていた人とは、とても思えなくて・・・
この声に、この微笑に、この澄んだ瞳に、
石川さんが騙されている――
そう思ったら、無性に腹が立った。
「そうやって微笑んで。
そんな風に優しい声を出して。
石川さんを騙してるんですか?!」
- 728 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:04
-
「どしたの?急に」
目を大きく開いて
とぼけた顔して――
「何者なんですか?!
あなたは石川さんをどうするつもりなんですか?!」
思わず胸倉をつかんでいた。
「何者って?」
まだとぼける気か?!
「あんたが男と話してるの、全部聞いたんだ!」
不思議なくらい
自分の感情が爆発してる。
好きな人を守るためなら
この人がバケモノだって、あーしは・・・
「あんたが透けて見えたんだ!」
- 729 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:04
-
初めて、彼女の瞳が揺れた。
「――透け、てた・・・。アタシ・・・が?」
「そうだよ!あんたを通して向こう側が見えてた。
あんた一体、何者だ?
石川さんをどうするつもりなんだっ!」
恐怖と怒りが自分の中で混在してる。
もし、本当にこの人がバケモノかなんかだったら――
「・・・透け、てた・・・。・・・もう、そんなに――」
深い悲しみが、彼女の大きな瞳から
あーしに伝わってくる。
「・・・そっか・・・。そんなに・・・もう・・・
気を抜くと、もう・・・ダメなん、だな・・・」
悲しげに笑った顔が、石川さんとダブって見えて
思わず胸倉を掴んでいた手を離してしまった。
- 730 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:05
-
「・・・参ったな。思ったより、
早いみたいだ・・・」
その声は、なぜか震えていて。
「――こんなに・・・。こんなに、早いなんて・・・」
そう言って、何かをこらえるように
強く唇を噛み締めた。
一体、どうなってるんだ?
今、あーしの頭の中は混乱している。
さっきまで感じていた激しい怒りや恐怖は
彼女のこんな姿を見せられて、徐々に治まりつつある。
それとも、それが狙いで
油断させるために・・・?
- 731 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:05
-
「――高橋、さん。でいいんだよね?」
黙って頷いた。
「高橋さんは梨華のことが好きなの?」
言葉に詰まる。
「言わなくても分かるよ。
アタシもそうだから」
「じゃあ、どうして殺・・・」
思わず口走りそうになった。
「どうして殺すなんて言ってたのか・・・でしょ?」
彼女が背中を向けた。
- 732 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:06
-
「梨華も知ってるよ。
アタシが梨華を殺そうと思ってること。
――知ってて、命をくれようとしてる・・・」
何を言い出すんだ、この人は・・・?
そんな、自分を殺そうとする人のそばにいたいなんて
誰が思うだろうか――
「・・・もし、さ。梨華が幸せになるために
高橋さん、あなたの命が必要だって言われたらどうする?」
「・・・ど、どうって――」
この人、正気か・・・?
本気でこんな質問してるのか・・・?
「梨華に命をあげられる?」
見据えられた。
「無条件でだよ?
自分に見返りは何もない。
残るのは、その人のためになったと言う自己満足だけ」
強い意思を持った大きな瞳。
「それでも差し出そうって思える?」
――この人、本気で聞いてるんだ・・・
- 733 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:06
-
思える。
そう断言したい。
好きな人のためなら、自分が犠牲になったって構わない・・・
さっきのあーしは確かにそう思った。
この人がたとえバケモノでも
石川さんを守るためなら・・・って。
けど――
確かに存在した恐怖心。
それが、あーしの心の中で
徐々に大きくなって行くのを感じていた・・・
もし、あの時。
彼女が、あーしに逆上してきてたとしたら・・・
牙を剥いて、あーしに襲いかかってきていたとしたら・・・
認めたくないけど、あーしは。
――逃げ出していたはずだ・・・
- 734 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:07
-
「ごめんね。こんな質問」
優しい眼差しに戻った彼女が
あーしに微笑みかける。
「気にしないで。
ちょっと聞いてみたかっただけだから」
俯いたままのあーしの頭をそっと撫でてくれた。
彼女の声が優しくて・・・
彼女の手の平が温かくて・・・
張り詰めていた糸が切れたように
あーしの目から、思わず涙が溢れた。
「・・・ご、ごめん。ほんとに。
悪気なんかなくて――」
途端にオロオロしだした彼女。
その姿が、なんだか可愛らしくて
あーしは思わず吹き出してしまった。
- 735 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:07
-
「・・・あれ?笑ってんの?」
驚いたように、目を見開いて
首を傾げてあーしを覗き込んだ。
「・・・なんだ。笑ってんのか。
なら良かった」
そう言って笑った顔が
ほんとに綺麗で、可愛くて。
石川さんは、この笑顔に惚れたのかなぁ?
なんて密かに思った。
「・・・少しだけ、お話したいんですけど
いいですか?」
そう尋ねたら、一瞬迷った顔をして
また優しい笑顔で「いいよ」と言ってくれた。
- 736 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:08
-
二人で並んでベンチに座る。
さっき頭を抱えて、彼女が一人で座っていたベンチ。
彼女が透き通って見えた場所――
彼女のおぼろげな姿を思い出すと
一瞬、恐怖が蘇る。
けれど、今隣で彼女が醸し出す雰囲気は
決して怖くなんかない。
「何から聞きたい?」
彼女の優しい声音が
少しだけ怯えていたあーしの心を
後押ししてくれた。
「――あなたは・・・、何者なんですか?」
驚いたように、彼女があーしを見る。
「いきなり、そっから聞くのか」
そう言って、楽しそうに彼女が笑った。
- 737 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:08
-
「アタシはね。悪魔なんだ・・・」
「あ、くま・・・?」
「クマじゃないよ、悪魔だよ。
あ、でも。昔シロクマなんて言われてたことが
ちょっとだけあったっけ・・・」
彼女がアタシの顔を見て吹き出した。
「そんな鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔
しないでよ」
「はあ・・・。でも悪魔なんて言われて
ハイそうですか、とは・・・」
フハハ。
柔らかに笑って、あーしを見ると
彼女はもう一度言った。
- 738 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:09
-
「アタシは悪魔だよ。
梨華の命を奪いにココにやって来た
ワルーイ悪魔なんだ・・・」
なのに梨華はね。
アタシを天使だって言うんだ。
可笑しいだろ?
もし本当に悪魔だったとしたら
『やさしい悪魔』だともね。
この間なんか、着うた見つけてきやがって
『ひーちゃんの歌があるの』
なんて言ってさ。
「今じゃ毎日のように
その歌、口ずさんでんだ・・・」
- 739 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:10
-
そう話す横顔は、石川さんと同じように
憂いを帯びていて――
「・・・あーしにも悪魔には見えないです」
石川さんの言うように、
天使の方が彼女には似合うと思う。
その背中に大きな羽根をつけて
今すぐここから飛び立ってしまいそうな
儚ささえ身に纏っている。
「――そっか・・・。やっぱり、悪魔失格だな」
そう言って立ち上がると
目の前の自販機へと足を運ぶ。
- 740 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:10
-
「高橋さんも何か飲む?」
振り返って尋ねてくれた彼女に
首を横に振った。
「――もうすぐ・・・、終わるから」
再び、自販機の方を向いた彼女から
呟くように発せられた声。
「何もかも終わるから」
お金を入れて、温かいココアのボタンを押した。
「誰の記憶にも残らない」
派手な音が鳴って
機械から『大当たり』が告げられる。
- 741 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:11
-
「すげぇ!当たっちった。
高橋さん、どれにする?」
「え?」
「当たっちゃったから。
ほら早く。どれにする?」
「・・・あ、じゃあ、レモンティーで」
彼女がレモンティーのボタンを押した。
ゆっくりしゃがんで、取り出し口から
2本の缶を取り出す――
しゃがんで、あーしに背中を向けたまま
彼女はもう一度言った。
「あと、もう少しで
全て終わるから」
- 742 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:11
-
「何が終わるんですか?」
そう聞いて、ハッとした。
彼女がここに来た目的は――
さっき言っていた話が
本当に本当だったならば――
思わず立ち上がった。
まさか――
「どうかした?」
振り返った彼女が不思議そうな顔をする。
「ほい、レモンティー」
目の前に差し出されたレモンティーを受けとって、
彼女が再びベンチに腰掛けるのを見て、
あーしももう一度座った。
- 743 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:12
-
「あったけーな・・・」
両手で缶を包みこんで
少しだけ暖をとってから、彼女がプルタブを開ける。
ほんとに――
彼女は石川さんを殺す気なんだろうか…?
お互い好き合ってるのに
どうして二人とも、こんなに悲しげに笑うんだろう…?
「あれ?もしかして。
高橋さんも梨華と一緒で開けられないの?」
「えっ?」
「缶」
「そ、そんなことないです。
ってか、石川さん。
フタ開けられないんですか?」
「ふはは。
子供みたいでしょ?」
その瞳は愛しい人を
思いだしている瞳だ。
ココアをゆっくり口に含んで
彼女はまた微笑んだ。
――今度は何を思い出してるのかな・・・?
- 744 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:13
-
「高橋さん」
「はい?」
「あと、頼むね」
「…何が、ですか?」
沈黙が流れた。
整ったその横顔は、感情を押し殺しているようで
何も読み取れない。
沈黙に耐えられなくて、
プルタブを開けるとぬるくなったレモンティーを
ぐっと飲み込んだ。
――頼むって、何を?
言おうとして、突然視界がグラついた。
- 745 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:13
-
「…て言った所で、高橋さんも
アタシのこと、忘れちゃうけどね」
大きく視界が揺れた。
足元にレモンティーの缶が転がり
中身が溢れ出す…
回るように揺れる視界。
歪んだ世界に、体がついていかなくて
倒れそうになる。
「ごめんね」
あーしの体を抱きとめた
彼女が耳元で囁いた。
「もう少しで終わるから
邪魔しないで欲しいんだ」
邪魔…?
邪魔って、どういうこと…?
――もしかして、石川さんを…
彼女を見上げた。
- 746 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:14
-
歪む視界の中で
揺れる世界の中で
とらえた彼女の笑顔――
『アタシはね。悪魔なんだ・・・』
強烈な恐怖を感じた。
同時に、彼女の支えがなくなり
ベンチに寝転がされる。
――誰か…、助けて…
うすれゆく意識。
きかない体を何とかしようと
動かしてみるけど、どうにもならない。
深い深い海の底に
投げ出されたような不自由さと
引きずりこまれるような重み…
このままじゃ、死んじゃう――
お願い、誰か…
誰か、助けて――
- 747 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:15
-
「大丈夫。
少しの間、眠っててもらうだけだから」
頭上で彼女の声が聞こえた。
優しく頭を撫でる彼女の手の感触――
「どうしたっ!!」
遠くから聞こえる声。
走り寄ってくる誰かの足音…
力を振り絞って、閉じかけた目を開けた。
――どう、して…?
あーしに走り寄ってくるのは、紛れも無く――
- 748 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:15
-
「どうした?!
大丈夫?!」
彼女の切羽詰まった声に、
遊具のそばで談笑してたママ達まで
ここに走り寄ってくる。
「大丈夫?
しっかりしてっ!!」
そうあーしに声をかけて
彼女は周囲に向かって言った。
「誰か救急車をっ!」
- 749 名前:第4章 2 投稿日:2010/03/17(水) 11:16
-
…何が、どうなってるの?
今の今まで感じていた
彼女の手の温もり。
なのに彼女は、向こうから走り寄ってきた――
まるで、今はじめて
あーしをここで見つけたように…
抵抗する心とは裏腹に
確実に引きずられていく意識。
一体、あなたは何者なんだ…
完全に意識が途切れる瞬間
もう一度、彼女の声が耳元で聞こえた。
「さよなら」
- 750 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/17(水) 11:16
-
- 751 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/17(水) 11:16
-
- 752 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/17(水) 11:16
-
本日は以上です。
- 753 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/18(木) 07:58
- うわぁ〜どうなってしまうんだろう
っていうかほんとに悪魔・・・
- 754 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/24(水) 16:01
- 行ってしまうのか・・・
- 755 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/25(木) 09:53
-
>753:名無飼育さん様
さて、どうなることやら・・・
>754:名無飼育さん様
さあ、どうでしょうねぇ・・・
では、本日の更新にまいります。
- 756 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/25(木) 09:54
-
- 757 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 09:56
-
「ひーちゃんっ!」
ロビーに一人で座っている
ひーちゃんに声をかけた。
ひーちゃんはゆっくり顔をあげて立ち上がると
わたしに視線を合わせてから、隣にいる柴ちゃんに軽く頭を下げた。
「同僚の柴田と言います」
「はじめまして。吉澤です」
二人が挨拶を交わす。
「ひーちゃん、愛ちゃんが倒れたって・・・」
「ああ。今そこの治療室にいるよ。
ご両親が到着されたら、検査の許可を得るって」
「容体は?」
柴ちゃんの問いかけに、一瞬困ったような
表情を浮かべると、ひーちゃんは言った。
- 758 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 09:56
-
「意識は、ない。
それに――」
「・・・それに?」
「いわゆる脳死状態だって・・・」
うそっ・・・、
どうして、そんな・・・
「先生もよく分からないって。
一通り調べたけど外傷はなさそうだから、
薬か何かを服用した可能性が大きいみたい・・・」
- 759 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 09:57
-
ガラス越しに覗いた愛ちゃんの姿――
大きな機械につながれて
口には、呼吸器がはめられていて・・・
ひーちゃんが目を伏せた。
「とにかく、ご両親の到着を待ってから
詳しい検査を始めるそうだよ。
――ご両親は?」
「吉澤さんから、会社に電話をもらって
すぐに連絡取ったから、もうこっちに向かってると思う」
絶句しているわたしの代わりに
柴ちゃんが答える。
「でも、実家が遠いから夜になっちゃうんじゃないかな・・・」
「そうですか・・・」
- 760 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 09:57
-
「けど、愛ちゃん。何で歯医者に行くなんて言っといて
吉澤さんの所に?」
「アタシにも分かりません。
昼間、突然電話があって、アタシに話したいことがあるって・・・」
愛ちゃんが、ひーちゃん、に・・・?
「ちょうど、夕飯の買い出しでも行こうと思ってたとこだったし、
だったら公園でって、待ち合わせしたんです。
けど行ってみたら、彼女がベンチに横たわってて・・・」
『…あの時の…人ですよね?』
「その時はまだ微かに意識はあったんだけど
救急車が到着する頃には、何の反応も示さなくなっちゃって・・・」
『今度の石川さんの誕生日なんですけど…
夜って空いてますか?』
『あ、ごめんね。
その日、わたしお休み頂くから…』
- 761 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 09:58
-
「すみません。アタシがもうちょっと早く行ってれば
もしかしたら・・・」
ひーちゃんが唇を強く噛んだ。
「吉澤さんが責任感じることないよ。
詳しいことは、まだ何も分からないんだもの」
「けど・・・」
『今も、そばにいたいって思っちゃうの・・・
バカみたいだって思うでしょ?』
「――ひーちゃんの、せいじゃないよ・・・
きっと、わたしの・・・、わたしの、せい・・・」
「どうして梨華ちゃんのせいなの?」
- 762 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 09:58
-
「わたし、愛ちゃんに誕生日、誘われたのに・・・
ひーちゃんと、一緒にいたくて。
ひーちゃんのそばにいたいからって・・・」
両手で顔を覆った。
きっと愛ちゃん。
それで――
「梨華のせいじゃないよ」
そっと抱きしめてくれる。
わたしを丸ごと包み込んでくれる、やさしい温もり・・・
「梨華のせいなんかじゃないから」
わたしを椅子に座らせると
横から肩を抱いて、再びその胸に抱きしめてくれた。
「そうだよ。まだ原因がわかった訳じゃないんだし。
梨華ちゃんにフラれたからって、無茶するような
愛ちゃんじゃないでしょ?」
そう言って、柴ちゃんも
隣に腰掛けた。
- 763 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 09:59
-
「愛ちゃんを信じよ?ね?
自分を責めたって、愛ちゃんの意識が戻る訳じゃないんだもの
信じて待ってあげよう?」
力強い柴ちゃんの声に
黙って頷いた。
――そうだよね。
今は、信じよう。
絶対意識が戻るって。
繋がれた手をギュッと握ると
大丈夫だと言うように、ひーちゃんはまた
わたしの頭をグッと引き寄せて、抱きしめてくれた――
「・・・ねぇ、二人ってさ。
もしかして親戚じゃなくて、恋人だったりする?」
遠慮がちに尋ねてきた柴ちゃんに
いち早く答えたのは、ひーちゃんだった。
「ええ。アタシは梨華を愛してます。
誰よりも、ずっと」
あまりにもハッキリと言うから
わたしも、そして尋ねた柴ちゃんでさえ
真っ赤になった――
- 764 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:00
-
予定よりも、随分早く到着された
愛ちゃんのご両親。
取るものも取りあえず、駆けつけたという出で立ちと
取り乱しようが、わたし達の胸をまた締め付けた。
『何でも遠慮なくおっしゃって下さい』
『会社の方はご心配なさらなくて大丈夫ですから』
この場にいても、何が出来るわけでもないわたし達は、
会社とそれぞれの連絡先を渡し、
何度も頭を下げて恐縮されるご両親にそう伝えて、失礼させて頂いた。
わたしと柴ちゃんが、ご両親の対応をしている間
ひーちゃんはずっと遠巻きにそれを眺めていて――
――そう言えば、ひーちゃんには家族はいるんだろうか・・・?
――悪魔の世界には、そういう繋がりとかってないんだろうか・・・?
ひーちゃんの悲しげな横顔と、
ますます色を失う白い肌を見ながら
ふと、そんなことを思った。
- 765 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:01
-
「何かあったら、連絡するよ。
きっとこっちに先に連絡が入るだろうから」
病院の玄関を出た所で、柴ちゃんがわたしに言った。
柴ちゃんは、愛ちゃんと同じ課で
愛ちゃんにとっては、すぐ上の先輩。
だからきっと、連絡が入るなら柴ちゃんの方へ先に行くはず。
「うん。万が一こっちに来たら・・・」
言いかけたわたしの腕を、柴ちゃんが引っ張って
耳打ちする。
「明日から梨華ちゃんは3連休でしょ?」
「うん」
「彼女と過ごすんでしょ?」
そう言って、少し離れて歩く
ひーちゃんに視線を移した。
「素敵だね。梨華ちゃんの恋人」
「・・・あ、ありがと」
- 766 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:01
-
「誕生日、楽しんでおいでよ。
17、18、19日の三日間。
イヤってほど、イチャイチャしてきなよ」
「・・・で、でも――」
「梨華ちゃんさ。気付いてないかもしれないけど
すごく綺麗になったよ?
いい恋してるなって思ってた。
いつ明かしてくれるかなぁって待ってたんだけど」
「――ごめん」
「いいって、いいって。愛ちゃんのことは私に任せて?
明日からの土日月は、思う存分楽しんでおいで?ね?」
そう言って、柴ちゃんはウィンクした。
「その代わり、今度ゆっくり紹介してよ?」
小声でわたしにそう言うと、
少し離れた場所にいるひーちゃんに声をかけた。
「じゃ、私はこれで!」
大きく手を振りながら、柴ちゃんが去って行く――
20日は絶対、根掘り葉掘り聞かれるだろうな・・・
- 767 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:02
-
「柴田さん、いい人だね」
柴ちゃんに手を振り返しながら
近寄ってきたひーちゃんが言う。
「恋人、素敵だねって言われたよ?」
「あったり前だ」
「え〜?」
「なんだよ。不満か?
梨華にはもったいないくらいじゃね?」
「なによ〜」
「だってアタシって、ちょーかっちょいい王子様じゃね?」
「自分でそういうこと言っちゃうわけ?」
「言っちゃうよ。いくらでも言っちゃう」
思わず笑みが出る。
やっぱり優しいひーちゃん。
沈み気味の心がふわっと軽くなった。
- 768 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:04
-
ひーちゃんがわたしの正面に立つ。
「今から王子様がお姫様に
元気の素を授けます」
イタズラっぽい眼差しに
クスリと笑って、ゆっくり目を閉じた。
唇に触れる感触。
だけど・・・
「何よっ!これ〜っ?!」
「バカっ。口離すな」
無理矢理、口に押し込まれる。
それをくわえたまま、ひーちゃんを睨みつけた。
「ふははっ!キスすると思っただろ?
残念でした〜!それさっき売店で買ったの。おっぱいアイス」
わたしの口に突っ込まれているのは
昔懐かしい、あのたまごアイス。
口を離すと、次から次に
溢れて来てしまうから、どうしてもくわえたままになってしまう。
- 769 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:05
-
「おいしいでしょ?おっぱいアイス」
「おいひぃだないでひょっ!」
「サイズは梨華よりちっちゃいけどね〜」
そう言いながら、わたしの胸を
人差し指でつつく。
「弾力も梨華の方が上だな」
「もうっ!なにふんのよぅ!」
手を叩こうとしたのに、簡単に逃げられて
見事に空振り。
「あ、でも。味はアイスのがいいな」
「ほんなことないっ!!」
言ってしまってから、シマッタと思った。
案の定、ニヤリと笑ったひーちゃん。
- 770 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:06
-
「どれどれ?」
わたしの肩に腕を回して、思いっきり抱き寄せると
その長い腕を伸ばして、コートのボタンの隙間から、
わたしの胸元に手を忍ばせる。
「ちょっ、なにひてんのひょ…」
病院の敷地内で変なことしないでっ!
セーターの上から、指で撫でられて
尖った部分にコートの上からキスされる・・・
・・・ヤッ、…んっ、だ、め…
突然くわえていたアイスが奪われた。
- 771 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:06
-
「コレくわえてたら、声だせないっしょ?」
だいぶ小さくなったアイスを
今度はひーちゃんがくわえた。
「おいひぃ…」
「ばか・・・」
「でもやっぱ。
梨華のココの方がおいひぃかも…」
残りわずかのアイスを一気に吸い込むと
ひーちゃんは言った。
「ね、もしかして感じちゃってる?」
「…そんな、んんっ…こと――」
「でもたってるよ?
梨華のココ…」
イタズラな指がわたしをくすぐる。
「ばかっ…」
- 772 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:07
-
「梨華の感じてる顔
もっと見せてよ・・・」
耳元で囁くようにそう言って、意地悪く笑うひーちゃん。
その顔は、本当にやさしい悪魔のようで・・・
初めて出会った日。
こんな風に、耳元で囁かれんだ。
『アタシね、悪魔なんだ』って――
人をいきなりベッドに押し倒して
こんな風に、意地悪く微笑んで・・・
『目、閉じてごらん?
そしたらこのキッタナイ部屋も分からないから』
なんて、わたしをからかったあなた・・・
- 773 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:07
-
愛ちゃん、ごめん。
愛ちゃんが大変な時なのに――
わたし、今うれしい。
ひーちゃんが元に戻ったみたいで。
儚くて、今にも消えてしまいそうなひーちゃんじゃなくて、
わたしをからかって、意地悪い色の中に、優しさを滲ませた
あの日のあなたに戻ったみたいで――
「何で泣きそうな顔してんだよ?」
言葉は乱暴なのに、優しい声音に
涙が溢れそうになる。
- 774 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:08
-
「梨華?」
不安そうな声を出して、
わたしの胸元から引き抜こうとした手を
上から捕まえた。
心配そうに覗き込んでいる
あなたの隙を狙って、唇を奪った。
「・・・責任、とってよ」
「責任?」
わたしの体に火をつけたのは、あなただよ?
だから、ちゃんと責任とってよ・・・
「早く、お家帰ろ?」
ひーちゃんの腕に、自分の腕を絡ませた。
意味を理解したひーちゃんが、再びニヤリと笑う。
「家まで我慢できる?」
- 775 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:08
-
「出来なかったら、ここでしてくれるの?」
そう言ったら、目の前の整った顔が
一気に真っ赤になって、視線が泳ぎだした。
意地悪く言うクセに
いざとなると、急にカワイクなるんだから・・・
「ね、急ごう?」
コクリと頷いたあなたの腕を引いて
走り出した。
「おいっ!あぶねーって!」
「早く早く!」
いつでもわたしは、
目の前のやさしい悪魔に溺れたい。
少しだけ意地悪で、すぐにわたしをからかって。
だけどほんとはシャイで、誰よりもやさしい悪魔に――
- 776 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:09
-
お家に着いた途端、抱きすくめられた。
小さく燻っていた炎が、一気に燃え上がる。
「ひーちゃん…」
「梨華…」
お互いの名前だけを呼びながら
暗闇の中、わたし達は激しく愛し合った。
無我夢中で、わたしはあなたを求め、
あなたはわたしを求めてくれた。
あなたに触れられれば、触れられるほど
わたしの中の炎は勢いを増して、静まることがない。
そして、あなたも――
- 777 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:09
-
やさしくシテなんて言わない。
ロマンティックなんて求めない。
ただ、あなたと想いを重ね合いたいだけなの・・・
この燃えたぎる、わたしの想いを
あなたに受け止めて欲しい。
そしてあなたの想いも
全部わたしが受け止める。
だからね、ひーちゃん。
もう一人で抱え込まないで。
その澄んだ瞳に、悲しい色が滲みそうになったら
全部わたしに注ぎ込んでいいから。
その痛みなら、わたしきっと耐えてみせるから。
だから、お願い。
お願いだから、いなくなったりしないで――
- 778 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:10
-
幾度目かの絶頂を迎えて
あなたの腕に納まった時には、
もう外はすっかり明るくなっていて・・・
差し込む光を、眩しそうに反対の腕で遮る
あなたの姿を見て、わたしは思わず苦笑した。
「――何か、飲む?」
「・・・ああ、さすがにノド、渇いたな」
二人で微笑み合った。
幸せが体中に溢れて、自然と笑みが零れてしまう。
重たい体を無理矢理起こして
ベッドに起き上がった。
そこら中に散らばっている二人の衣服。
光の中で、身をさらけ出すのも
何だか恥ずかしいけれど、思い切って立ち上がろうと
布団をめくった。
- 779 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:13
-
「待って」
捕まれた手。
「アタシも一緒に行く・・・」
「キッチンにミネラルウォーター
取りに行くだけだよ?」
「・・・一緒に行く。
今日は、片時も梨華と離れたくないんだ」
グッと手を引かれて、
彼女の腕の中に納まった。
- 780 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:13
-
「――離れたく、ないんだ・・・」
触れ合った肌が、思ったより冷たくて
わたしの心に不安が渦巻く。
「・・・ひー、ちゃん・・・?」
「抱きしめてよ、アタシを。
ずっと抱きしめてて・・・」
ひーちゃんの腕に力が込められて
わたしの手を手繰るように掴んで持ち上げると
願いを込めるように目を閉じて
そっとわたしの小指に口づけた。
「梨華・・・愛してる」
わたしをベッドに押し倒して、
ひーちゃんは、再びわたしを求め始めた。
- 781 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:14
-
「・・・んっ、あっ。
ね、ひーちゃん?」
「はああ・・・梨華・・・
っん。梨華・・・」
壊れた機械のように
わたしの名を呼び続けるひーちゃん。
――ひーちゃん、教えて。
何をそんなに焦ってるの?
何をそんなにおびえているの?
お願いだから、わたしに教えて欲しい・・・
- 782 名前:第4章 3 投稿日:2010/03/25(木) 10:14
-
「・・・んんっ、はぁ・・・
あああっ、ね・・・、ひーちゃ、んんっ!」
「・・・梨華・・・、梨華・・・」
まるで、わたしの全てを自分に刻みこむように、
ひーちゃんは、一つ一つを丁寧に愛してくれて。
どんなに止めようとしても
『離れたくないんだ』
何度もそう言って、時の流れを惜しむように
一日中わたしを求め続けた。
その姿は、どうしてもわたしに
最後を予感させて・・・
しがみついたわたしに
何度も、何度も
「梨華・・・愛してる」
そう囁いてくれたけど
無性に涙が溢れて仕方なかった――
- 783 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/25(木) 10:15
-
- 784 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/03/25(木) 10:15
-
- 785 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/03/25(木) 10:15
-
本日は以上です。
- 786 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/25(木) 10:35
- 更新待ってました!
号泣です。
- 787 名前:名無し留学生 投稿日:2010/03/25(木) 11:44
- 更新キタ!
しかし、なによ!この凄く切ない予感?
いや、きっと気のせいです、きっと二人は幸せになれます!
- 788 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/01(木) 15:19
-
>786:名無飼育さん様
ありがとうございます。
号泣シーンはまだまだ続きそうです(汗)
>787:名無し留学生様
予感は・・・、気のせいじゃないかも・・・?
では本日の更新です。
- 789 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/01(木) 15:19
-
- 790 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:20
-
「ほんとに大丈夫?」
「何が?」
明らかに顔色が悪いひーちゃん。
「ね、お家帰ろう?」
「大丈夫だって」
分厚い雲が太陽を覆ってるのに
時々眩しそうに目を細める。
「昨日頑張りすぎたからだよ」
イタズラっぽくそう言うけど
さっきから肩で息してるの
わたしが気付かないとでも思ってるの?
- 791 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:21
-
本当ならば、明日来るはずだった遊園地。
『梨華の誕生日。
梨華が一番して欲しいことしてあげるから』
あなたと過ごしたくて、
お誕生日にお休みをとったことを告げたら
そんな風に言ってくれて――
『二人で旅行とか行く?』
『ううん。一緒にいてくれるだけでいい』
『それじゃ、普段と変わんねーじゃん』
『だって一緒に過ごせればそれでいいもん』
『じゃあデートしようよ!遊園地とかどう?』
そう言って、渋るわたしを
無理矢理頷かせた。
- 792 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:22
-
だってね、ひーちゃん。
わたし知ってるんだよ?
あなたが、最近頻繁に頭痛に襲われてること――
だから、無理させたくなかったのに。
一緒にいられれば、それでいいのに・・・
少し前に、テレビで遊園地を特集してて
『こんなとこ、ひーちゃんと二人で行けたらなぁ』
そう思わず、わたしが呟いたのを聞いてくれてたんでしょ?
一番近くの遊園地でいいって言ったのに
どうせならでっけぇとこ行こうよって
ここに連れて来てくれたんだもの・・・
- 793 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:22
-
だけど、嬉しいよりも
あなたが心配だよ。
今朝だって、体中に冷や汗をかいて、
顔を真っ青にして痛みを堪えてたの
隠そうとしたって、気付いてた。
どこにも行かなくたって
ただそばにいるだけで、構わないのに――
『梨華、遊園地デート今日にしよう』
『どうしたの?急に・・・』
『今から行こう!』
そう言って、無理矢理支度をさせた。
- 794 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:23
-
「ねぇ、ひーちゃん。
もういいよ。もう充分だから、お家に帰ろう?」
「心配すんなよ。
大丈夫だって」
「ね、だったら、また来よう?
また別の日に来ようよ?
特別な日じゃなくていいから、
ひーちゃんの体調がいい日に、また連れてきて?ね?」
どうして、そんなに焦ってるの?
どうして、こんなに無理するの?
昨日の嫌な予感が、現実になりそうで怖いよ・・・
また来よう。
そう言ってよ。
ねぇ、お願い・・・
- 795 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:23
-
「――ごめん、梨華…」
呟くようにそう言って、
繋いでいる手をギュッと握られた。
「あと一個だけ。
あと一個だけ、一緒に乗ろう?
そしたら、大人しく帰るから…」
わたしの涙を指で拭って
やさしい眼差しで、そう言ったあなた。
「最後、何がいい?」
やさしい声で聞いてくれるけど――
まるで愛し合うのは、これが最後だというように、
昨日一日中わたしを抱いたのは、なぜ?
離れなくないと呟いて、何度も何度も、
確かめるようにわたしを抱いたのは、どうしてなの?
- 796 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:24
-
「――最後って・・・言わないで・・・」
最後なんて言葉、使わないでよ。
もう、ここには来ないみたいな言い方しないで・・・
「・・・連れてきてよ、また。
半年後だって、一年後だって、どんなに遅くなったっていいから
またわたしを・・・、わたしとここに来てよ・・・」
「梨華・・・」
「――最後なんて言葉、使わないで・・・」
頭を抱き寄せられた。
胸が苦しいよ、ひーちゃん。
「・・・ううっ。お願い・・・、ひーちゃ、ん・・・
また来ようって・・・、言って、よ・・・」
- 797 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:24
-
「――悪かった、ごめん。
二人でまた来よう?
今度来た時には、思う存分朝から晩まで楽しもう?」
はっきりとそう言ってくれる優しい声に
波立ったわたしの心が静まっていく・・・
「けど、せっかく来たんだ。
もう一つくらい乗ろうよ?
アタシなら、ほら。この通り大丈夫だから」
そう言って、力こぶを作ってみせた。
「試しにぶら下がってみる?」
イタズラな色を含んだ瞳。
「・・・ヤダ。絶対落とすもん」
「バレた?」
優しい笑顔。
優しい瞳。
- 798 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:25
-
「――じゃあ、ジェットコースターがいい」
「げっ・・・」
凍りついたひーちゃん。
「あの思いっきり落ちて、一回転して、
グルグルうねってるやつがいい」
固まったまま、ゴクリとつばを飲みこんだ。
「・・・あ、あれだけは勘弁してくれって
来てすぐに言っただろ?」
「だって乗りたいんだもん」
「・・・ほ、ほ、ほ、ほんとに乗りたいの?」
ジェットコースターを見上げて、
通り過ぎる轟音に目を丸くしたひーちゃん。
――ぜってぇ、無理だよ。あれ・・・
ふふっ。かわいい。
- 799 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:25
-
「うっそ。観覧車にしよ?」
だって、あの中なら休めるもの。
あなたがゆっくり休めるもの――
「おおっ、そうだよ!やっぱ観覧車だよ。うん」
心底ホッとした様子で、
サッサと歩きだすひーちゃん。
あなたがどんな風になっちゃうのか
ちょっと乗せてみたい気もしたけど、
それは次にとっておくね?
「待ってよぉ」
後ろからあなたの腕を取って、ピッタリくっつく。
少しでもあなたの負担が、軽くなればと
組んだ腕を自分の方に引き寄せた。
「ありがとう」
ひーちゃんがそう言って微笑んでくれたから
わたしもとびきりの笑顔を返した――
- 800 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:26
-
「ハイ。笑ってくださーい」
<カシャッ>
「あ、ちょっとそちらの方が目をつぶっちゃいましたね〜
もう一枚いいですか〜?」
「いや、いいっス」
「え?」
「梨華、行こう」
眩しそうに顔をしかめて
わたしを促した。
観覧車に乗車する前の
記念の写真。
一周回って、降りる頃には
今撮った写真が貼り出してあって、
購入出来るようになっている。
- 801 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:26
-
「ひーちゃん、フラッシュが眩しいの?」
「足元、お気をつけくださ〜い」
陽気な声のお兄さんに促されて
中に乗り込む。
「では、いってらっしゃ〜い!」
陽気に手を振って、見送ってくれたけど、
向かい側に座るひーちゃんの様子が心配になった。
「大丈夫?」
眉間を指で押さえて
なおも顔をしかめている。
「ひーちゃん?」
「――大丈夫。すぐ治まるよ・・・」
「でも・・・」
額に滲む汗。
- 802 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:27
-
「ちょっと眩しかっただけだから・・・」
そう言えば昨日も。
窓から差し込む光に目を細めていた・・・
でも――
前はこんなことはなかった。
初めてデートした日だって、日中だったし
陽が差し込んでいても、こんなに眩しがったりしなかった・・・
「ひーちゃん・・・」
まるで肖像画のように
生気を感じられない。
「ね、ひーちゃん?」
- 803 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:28
-
「・・・大丈夫だよ。
それより梨華。いいもの見せてあげる」
そう言って顔をあげたひーちゃんの顔色は
真っ青だったけど、かすかに微笑んで
両手をわたしの前に出した。
「よく見てて?」
二人きりの空間の中で、ひーちゃんが
ポケットからコインを取り出して、右手の手の平に乗せた。
「このコイン、よく見ててよ?」
手の平にコインを乗せたまま、
静かに両方の手の平を合わせる。
「ワン、ツー、スリー。
開けるよ?」
ひーちゃんがゆっくり手を開いた。
- 804 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:28
-
「うそっ!」
手の平からコインが消えている。
手を開閉しただけで、他には何も動かしてないのに。
ひーちゃんが、手の平と甲を
わたしに向かって交互に見せる。
「どうして?」
「梨華の片手貸して?」
右手を差し出した。
その手を優しく握ってくれて、
向かい合ったまま握手をしたような形になる――
「ワン、ツー、スリー」
「・・・なんで?!」
合わせた手を離すと、わたしの手の平に
さっきのコイン。
「悪魔だから・・・とか言いたいとこだけど
実は特技、手品なんだ」
- 805 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:29
-
「すごいよ、ひーちゃん!
ね、どうやってやるの?」
コインと自分の手の平を交互に見ても
何も分からない。
「ひーちゃんの手、見せて?」
「いいよ」
差し出されたひーちゃんの手を握ろうとした途端
逆に掴まれてグッと引かれた。
そのまま体ごと引き寄せられて
ひーちゃんの膝の上に座らされる――
「ホントはこれが目的」
ひーちゃんがわたしの胸に
ゆっくりと顔を埋めた。
「だって梨華、反対側に座るんだもん…」
初めて聞く甘えた声に
胸がキュンとなる。
ゆらゆらと揺れる二人だけの空間。
子供のように、わたしに身を預けるひーちゃんの髪を
そっと撫でてあげた。
- 806 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:30
-
もうすぐ頂上に着く。
そこは誰にも邪魔されることのない
二人だけの世界――
「ひーちゃん」
「ん?」
「人目、ないよ?」
顔を上げたひーちゃんに
優しく微笑む。
「ここなら人目ないよ?
隠れなくたって、誰にも見られないよ?」
嬉しそうに頬を緩めて、
ひーちゃんが目を閉じた。
いたわるように、そっと頬を手で包み込むと
頂上に到着したのを確認して、わたしを待つ薄い唇に触れた。
- 807 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:30
-
ひーちゃん、好き…
ずっとこのまま二人だけの世界で
生きていけたらいいのに――
名残惜しさを感じながら
ゆっくり唇を離した。
「ずっと頂上で
止まっててくれればいいのにな…」
そう呟いたひーちゃんに
わたしも同じ思いだと告げると
また嬉しそうに微笑んだ。
- 808 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:31
-
ひーちゃんの膝を降りて隣に座ると、
肩に腕を回されて、体を包みこまれた。
二人だけの空間は、今度は地上に向かって
下降を始める。
「――綺麗だな…」
少しずつ夜を迎える準備を始めた下界。
それと入れ代わるように、ゆったりと沈んでいく太陽。
さっきまで空全体を覆っていた分厚い雲は
そこだけ裾が足りないかのように、
地平線に沈む夕日を浮かび上がらせている。
- 809 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:31
-
「なんであんなに、綺麗なんだろうな…」
夕日を見つめながら、ひーちゃんが呟いた。
昼と夜の狭間――
闇を迎えゆく世界と、
最後の力を振り絞るように光を届ける
真っ赤な太陽のコントラスト。
ひーちゃんの温度を感じながら
『また明日、一緒に夕日を見よう?』
そう言おうとした瞬間、完全に姿を隠そうとした太陽に向かって、
ひーちゃんは言った。
「バイバイ、太陽さん…」
あまりにも悲しげな声音に
そっとひーちゃんを窺うと、
彼女は一筋の涙を流していた。
- 810 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:32
-
「――ひー、ちゃん・・・?」
その横顔はあまりにも神々しくて
そして、あまりにも儚げで――
太陽と同じように、わたし達もまた
深い闇へと沈んで行くような気がして・・・
どうしてもその涙の理由を、聞くことができなかった――
- 811 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:32
-
「ご乗車ありがとうございました〜」
明るいお兄さんの声に
「ちょー楽しかったですよ」
って、さっきの涙がうそのように
明るい声で返したひーちゃん。
「梨華に抱きしめてもらったから
すっかり元気になっちった」
なんて小声で話すひーちゃんに
グダグダ考えるのはやめよう。
そう思った。
- 812 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:33
-
「お写真出来てますよ〜
どうぞ、ご覧下さ〜い」
その声に引き寄せられるように
乗車を終えた人たちが、人垣を作る。
素通りしようとした、ひーちゃんの腕を引っ張って
掲示された写真の前まで行った。
「いらねーよ」
「ちょっと見るだけ」
腕を組んだわたし達。
ピースをしたわたしの隣で、
予想通り、完全に目をつぶってるひーちゃん。
でもちゃっかり、ポーズなんかとっちゃってる。
けど、これ――
「ねぇ、ひーちゃん。
このポーズって何?」
「しらねぇの?」
首をひねるわたし。
人差し指と小指だけを立てて
手の甲を見せているんだけど・・・
- 813 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:33
-
「デスピース」
「デスピース?」
「あれ?流行ってないの?
これ」
そう言って、もう一度
そのポーズをしてくれる。
「こう?」
真似してみるけど、
う〜ん・・・、何か違うなぁ・・・
「ちっちぇえ手だな」
クスリと笑うと、自分の手とひーちゃんの手を
見比べていたわたしの手を丸ごと包み込んで
「流行ってないなら、覚えなくていいよ」
そう言って、引っ張った。
- 814 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:34
-
「ね、写真は?」
「いらねーって」
「でも欲しいよ」
手を引かれて歩きながら
抗議する。
だって、初めてだもん。
二人で写真撮ったのなんて・・・
「アタシ、そこのベンチに座ってっからさ。
梨華、なんか飲み物買って来てよ」
「どうしたの?具合悪い?」
途端に心配になる。
- 815 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:34
-
「いや、大丈夫。家まで結構遠いじゃん?
だから、帰る前にちと休憩。
あ、ラブホで休憩するって言うなら頑張るけど」
「もう、ばかっ。
大きな声で言わないでっ」
ニッコリ微笑んだひーちゃん。
良かった・・・
さっきより顔色が良くなってる。
「ちょっと待ってて?」
「おう」
そう返事をして、ひーちゃんは
ベンチに腰掛けた。
「いってらっしゃ〜い」
小さく手を振ってくれたから
わたしも笑顔で振り返して、ジューススタンドへと急いだ――
- 816 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:35
-
「えっと・・・」
「いらっしゃいませ。
お決まりでしたらどうぞ」
笑顔で促される。
でも、何にしよう・・・
ひーちゃんは、あんなにわたしの好みを知っているのに
よく考えたら、わたし、ひーちゃんの好みをよく知らない・・・
一緒に暮らした、このひと月半で
随分わかったつもりになっていたけど、
こうして『何か飲み物』って言われると、
どれにしていいか迷ってしまう・・・
メニューを見ながら、迷っていると
後ろに人が並んでしまって焦ってくる。
何がいいか聞きに戻るのも何だし――
- 817 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:35
-
「ホットココア下さい。2つ」
うん。これなら大丈夫。
今日は寒いし、ホットならあったまるし。
何より、初めてキスした時に、二人で飲んでたんだもの――
忘れられない、あの日のひーちゃんの温度。
もう何度も唇を重ねたけれど
あの日の、体中が震えるほどの想いは
忘れることが出来ない。
あなたが欲しくて・・・
あなたが愛おしくて・・・
狂おしいほどの想いが
わたしの体を支配して、呼吸が止まってしまいそうだった――
- 818 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:36
-
「お待たせしました」
お代を払って、カップを2つ受け取ると
思わず笑みがこぼれる。
――初めてキスした日の味にしたよ?
なーんて言ったら、
ひーちゃん真っ赤になっちゃうかな?
それとも、あの日みたいに
甘いキスをしてくれるかな?
ニヤけてしまう口元を
マフラーで隠して、歩き出す。
辺りはすっかり暗くなってしまったけど
煌びやかな電飾たちが、ロマンティックな雰囲気を醸し出して、
恋人たちが寄り添いあって、楽しそうに歩いてる。
- 819 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:36
-
ほんとはこれからが、恋人たちの時間なんだよね・・・
でも、今日は。
これを飲んだら、絶対連れて帰らなきゃ。
どんなに素敵な夜よりも。
わたしには、ひーちゃんが一番大切だもん。
ムードなんかより、
ひーちゃんが元気で、そばにいてくれることが
一番嬉しいんだもん・・・
手にした写真を寄り添いあって見ながら
じゃれあう恋人たちとすれ違った。
そうだ!
少しだけ冷めちゃうけどいいよね?
- 820 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:37
-
カップを2つ手にしたまま
観覧車の降り口まで急ぐ。
ひーちゃんはいらないって言うけど
やっぱり欲しいんだもん。
二人の記念写真。
失敗かもしれないけど、わたしは欲しいもん。
それにひーちゃん。
目をつぶってたって、充分綺麗だもん・・・
写真が掲示されている場所まで戻ると
ちょうど、お姉さんがわたし達の写真を
外そうとしている所だった。
- 821 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:38
-
「待ってくださいっ!」
驚いたように手を止めたお姉さん。
「それ、くだ、さい・・・」
急いだせいで、若干息を弾ませながら言うと
お姉さんが優しく微笑んだ。
「お綺麗ですね。お二人とも」
写真を丁寧に、台紙に入れてくれる。
お代を払おうとして、両手がふさがっているのに気付いて
キョロキョロしていると、お姉さんが受け取って、
カップを台に置いてくれた。
「あ、ごめんなさい。
ありがとうございます」
「もしかしたら、こんな言い方
失礼かもしれないんですけど・・・」
お代を受け取りながら、
遠慮がちにお姉さんが言った。
- 822 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:38
-
「すごくお似合いです。
お二人」
ボッという音が聞こえそうなくらい
一気に顔が赤くなる。
「違ってたらごめんなさい。
でも、他のどのカップルよりも
お似合いだなぁなんて・・・」
「あ、え、いや・・・
嬉しいです・・・」
湯気が出そうなくらい
真っ赤だと思う。
きっと今、タコちゅ〜になってるな、わたし・・・
- 823 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:39
-
真っ赤になった頬を隠すように
俯いたまま、台に置いたカップを一つ持つ。
ひーちゃんみたいに指が長ければ
二つを片手で持てるかもしれないけど、
わたしのこの短い指じゃね…
でも問題ナシゴレン!
写真を受け取って脇に挟めば、
もう一つ持てるもんねっ。
「大丈夫ですか?
持てますか?」
心配そうなお姉さんに
「大丈夫です」と微笑んで、写真を受け取った。
- 824 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:39
-
…えっ?
なに、これ――
受け取った写真を見て
体が凍りついた。
「・・・どうかされました?」
気をきかせて、台に置いたままの
もう一つのカップを取ってくれたお姉さんが、
心配そうにわたしを窺うけど――
――な、んで…?
――さっきはちゃんと写ってたじゃない…
持っていたココアが
手から滑り落ちた。
- 825 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:39
-
「お客様っ?!」
「ひーちゃんっ!!」
駆け出していた。
そんなのヤダよ。
消えないって約束したじゃないっ!!
手にした写真の中のひーちゃんは
さっきまでは、ちゃんと写っていたのに
なぜか消えかかっていて――
- 826 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:40
-
「ひーちゃんっ!!」
――ヤダ…
――うそ、でしょ…
ベンチに一人で座るひーちゃんは
写真と同じように朧げで、そこにいるのに
向こう側が透き通って見えていて…
涙がボロボロと溢れ出す。
――お願い、消えないで…
約束したじゃない。
絶対、消えないって約束したじゃないっ!
- 827 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:40
-
「ヤダッ!
ひーちゃん、消えないでっ!!」
必死で走り寄って、座っているひーちゃんの胸に
飛び込んだ。
「な、なに?!
いきなりどーしたんだよ?」
よかった…
まだちゃんとひーちゃん、ここにいる…
驚きと焦りと
あなたを失う恐怖と
今感じる温度に安心したのと…
色んな感情が入り混じって
堰を切ったように、一気に涙が零れ落ちた。
- 828 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:41
-
「どーしたの?梨華?」
抱き着いたまま、しゃくりあげて泣く
わたしの背中を、ひーちゃんが優しく撫でてくれる。
「…ね、がい…」
「ん?」
「――いなく、なら、ないで…」
「何だよ、急に」
「ヤダ、よ…
約束、した、じゃない…」
「約束?」
ひーちゃんの腕の中で、顔をあげた。
- 829 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:41
-
確かめるように、ひーちゃんの頬を両手で挟んで
目に、鼻に、唇に、自分の指で触れる。
「消えないで、絶対…」
ひーちゃんの頭を引き寄せて
胸の中に閉じ込めた。
「梨華…?
そんなに強く抱きしめられたら、苦しいって」
くぐもったひーちゃんの声が聞こえる。
けれど離さない。
閉じ込めないと、ひーちゃん消えちゃうもん――
「一体どうしたんだよ?」
ひーちゃんが、もぞもぞと動いて
わたしの腕を少し緩めると、胸の中から顔を出した。
- 830 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:42
-
「何かあったのか?」
優しい瞳がわたしを窺う。
「お願い。
消えないで…」
「消える?」
「ひーちゃん、さっき透き通ってた。
写真も、ひーちゃん自身も――」
先ほどの写真を見せようと、ひーちゃんから離れて
地面に放り出されていたそれを拾った。
- 831 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:42
-
「ほら」
…あれ?
元に戻ってる…
ひーちゃん、ちゃんと写ってる…
ヤダ、わたしの勘違い?
そう思いたかったのに
目の前のひーちゃんは、肩を落として
わたしから視線を外すと呟いた。
「――もう、コントロールも出来ないのか…」
「ひーちゃん…?」
- 832 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:43
-
「気を張ってれば、まだ持つと
思ってたんだけどな…」
「…なに、言ってるの?」
視線をあげたひーちゃんは
泣いていた。
「…時間、ないみたいだ」
ひー、ちゃん…?
- 833 名前:第4章 4 投稿日:2010/04/01(木) 15:43
-
「梨華…」
立っているわたしを引き寄せて
グッと抱きしめた。
「帰ろう、家に。
早く、帰ろう…」
いつの間にか降り出した冷たい雨。
きらめく世界の中で
わたし達だけが取り残されたような
そんな息苦しさを感じた・・・
- 834 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/01(木) 15:44
-
- 835 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/01(木) 15:44
-
- 836 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/01(木) 15:46
-
本日は以上です。
大切な記念日だと言うのに、こんな展開・・・
反省してます。
- 837 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/05(月) 23:09
- 甘いのがすごく久しぶりな気がしました
- 838 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/09(金) 12:18
-
>837:名無飼育さん様
若干甘い箇所もありつつ、こんな展開・・・(汗)
さて本日は。
お話の途中ではありますが、
誕生日前の恒例になりつつある
リアルの短編をお送りします。
痛くなっていきそうな本編の箸休め程度ですが
よろしければ、お付き合い下さい。
- 839 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:19
-
『HANA』
- 840 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:20
-
『次の交差点を右折です』
几帳面に10時10分の位置に
両手でしっかりハンドルを握ってる彼女が
チラッとミラーを見て、ウインカーを出す。
へー、車線変更出来るんだ。
まあ免許取れたんだから
当たり前なんだけどさ。
女の子にありがちな、シートを思いっきり
前に出して、背筋をピンと伸ばして運転する彼女。
まさか、梨華ちゃんの助手席に座る日が来るとはね――
てか、乗せるならアタシの方が先だと思ってたんだけどな…
- 841 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:21
-
いつの間にか、ひっそり教習所通いをしていた彼女。
大抵なにかを始めるときは
アタシに一番に相談に来るクセに…
『ねぇ、よっすぃ〜
今度わたし、これやってみようと思うんだけどどうかな?』
気持ちは半分決まってるクセに
背中を押して欲しくて、そんな風に言う彼女。
だからアタシは、ちゃんと期待に応える。
『やってみなよ。
梨華ちゃんなら、きっと出来るよ』って。
- 842 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:21
-
けど、今回は全くなんの相談もなくて。
気配すら見せずに、いそいそと教習所通いをしてた彼女。
気づいた時には、もう随分通ってて
かなり驚いたっけ――
一瞬、なんで相談しないんだよ。
なんて寂しく思ったけど、すぐにわかったんだ。
今回はアタシに背中を押されちゃ
ダメだったんでしょ?
だって、アタシの誕生日に
合わせてとるつもりだったから・・・
- 843 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:22
-
梨華ちゃんが思ってること
手にとるようにわかる。
なんたって、長くて濃い付き合いだもの。
3月に免許とって、一ヶ月練習して
ちゃんと乗せられるようになってから
アタシを乗せようなんて、ざっくり計画してたんでしょ?
綿密にじゃなくて、月単位の
ざっくり計画が梨華ちゃんらしいけど。
- 844 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:22
-
「よっすぃ〜、のど渇いた」
「んだよ、自分で飲めよ」
そう言いながら、すでに手を伸ばしてる自分。
「だって〜
まだ片手離すの怖いもん」
「そんな状態で人を乗せんな」
文句を言いながら、
ストロー握って、彼女に差し出してやるアタシは
彼女に甘すぎると思う。
この間のコンサートでも、リハの時から
当たり前のように、彼女の大好きな飲み物のフタを
何も言わずに開けてやるアタシ。
こんこんとまいちんは、『またかよ』って目で
半ば飽きれながら見ていて。
是ちゃんと先生は、固まってたっけ――
あ、のっちだけは、『キター!』なんて叫んでたな…
- 845 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:23
-
大体開けられないクセに
カンばっか飲もうとするからいけないんだよ。
「――おいしい」
ストローから唇を離した彼女が
前を見たまま微笑む。
飲みやすいようになんて、
いつもの缶にストローさしてやるアタシは
だいぶ重症だ。
「まだ飲む?」
「ううん、ありがと」
そう言って、唇でアタシの指に触れた。
「ありがとうのキス」
「ば、ば、ばっかじゃね」
指にされただけなのに
思いっきり吃ったアタシ。
- 846 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:23
-
「かわいい」
「なんだよ」
「だって真っ赤だよ?顔」
「赤くねぇよ」
めっちゃ頬が熱い。
「おちょくってんだろ?」
「ふふっ、そう」
楽しそうに笑う三日月の目。
仕方ない。
体は正直だから。
- 847 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:24
-
昔は随分子供だったよな…
なんて、しみじみ思う。
こんな風に仕方ないなんて、思えなかったし。
わざとキツクあたってみたり。
でもやっぱり、大切には変わりなくて
泣き出した背中を抱きしめてみたり。
他の子にチョッカイ出しても
やっぱり大事な時に、手を繋いで欲しいのは彼女で――
帰る場所はここだ。
随分大人になってから、そう気づいたら、
余計な力がふっと抜けて、今じゃ隠しもせず
サラっと『かわいい』とか言えちゃう自分が
時々可笑しくなる。
- 848 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:25
-
アタシにとって、梨華ちゃんは
誰にも変えることが出来ない大切な同期、
かけがえのない友人、
一緒にすべてを乗り越えてきた大事な戦友・・・
そして――
そろそろさ、いいかななんて
アタシも思ってるんだよ?
アタシ達の関係に、名前をつけてもさ。
- 849 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:25
-
「何一人でニヤニヤしてんのよ?」
「別にしてないよ。
危ないから、前見て運転しなよ」
「ちゃんと見てるよ。
よっすぃ〜がニヤニヤしてるの
気配でわかるんだから」
ヤベ、またニヤついちゃった。
気配でわかるなんてさ、梨華ちゃんも重症だよね。
「おっ!すげぇ、あれキレイ」
「えっ?何、どれ?」
わざと助手席の窓に顔を近づける。
ちょっとしたイタズラ。
運転してると、景色見れないんだよね〜
かわいそーに。
- 850 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:26
-
「・・・うそついたでしょ」
「あらバレた?」
「だから、よっすぃ〜のことはわかるの!
よっすぃ〜がわたしをわかってくれるのと
同じだけ、わたしだって分かるんだから」
高い声で、口早に反論する彼女に
思わず頬が緩む。
――なんかさ、いい感じだよね、アタシ達。
きっとお互い、他の誰かと恋愛しても
こんな風にはなれないよ。
だからもういいよね?
素直に一番大切な人を選んじゃっても。
そう思ったのも、きっと同じ時期な
気がするよ?
そして、お姉さんだから
『切り出すのはわたしから』
なんて、無駄に張り切っちゃってんでしょ?
だから今夜は、梨華ちゃんに身を任せるよ――
- 851 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:27
-
「すげー!
めちゃめちゃ綺麗じゃん、ここ」
梨華ちゃん自慢の地元の景色。
この前、横浜とか言ってこっぴどく怒られたからなぁ・・・
「やっぱ海のある街っていいねぇ」
「横浜とは一味違うでしょ?」
あ、根に持ってる・・・
「断然こっちのがいいって」
そう言うと、嬉しそうに微笑んだ。
梨華ちゃんのその華やいだ笑顔
昔から好きなんだ。
二人並んで、ゆっくり歩きながら
海を眺める。
「いいね〜
この開放感。たまんね〜」
大きく伸びをして、思いっきり空気を吸い込んで
潮風を楽しむ。
- 852 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:27
-
「――今度はね…」
立ち止まって戸惑いながら、
隣でポツリとそう言った梨華ちゃん。
「…えっと、ね?」
言いづらそうにしてんな…
このまま待ってあげた方がいいかな?
それとも、この伸ばした手で肩でも抱いて
アシストした方がいいかな?
しばし逡巡して、後者に決定。
伸ばしたままの手を肩にまわして、引き寄せた。
- 853 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:28
-
「よっすぃ〜の生まれた街にも
行ってみたい・・・」
さすがアタシ。
アシスト成功!
「あそこは畑しかねーよ?
夜行っても、こんな綺麗じゃないし
真っ暗なだけだよ?」
「――いいの、それでも…」
コツンと肩に頭を乗せてきた。
そっと髪を撫でてあげる。
「もっとよっすぃ〜のこと知りたい。
出会う前のことも
まだ見たことないあなたのカオも・・・」
全部、知りたいの――
トクン、トクンと伝わってくる彼女の心音。
- 854 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:28
-
アタシだって知りたいよ?
まだ見たことない、梨華ちゃんのカオ・・・
きっと名前がついた時に
始めて見れるカオとかさ。
「――そう思っちゃ、ダメ?」
上目遣いで聞いてくるその顔を見ると
思わず頬が緩むんだ。
- 855 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:29
-
「全部教えてあげるよ。
梨華ちゃんにだけ」
「ほんと?」
「もちろん。だから梨華ちゃんも教えてよ。
まだ見たことない梨華ちゃんを」
「ありのまま受け止めてくれる?」
「もちろん」
「ほんとに?」
「ノーダウト」
ふふっ。
楽しそうに微笑んだ梨華ちゃんを
抱きしめた。
- 856 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:29
-
「助手席にはね、よっすぃ〜しか
乗せないの・・・」
「梨華ママは?」
「ママもお姉ちゃんも妹も
後ろに乗ってもらったの。
よっすぃ〜の指定席だからって」
「マジで、そんなこと言ったの?」
「言ったよ」
「ママ達、何だって?」
「よっすぃ〜じゃ、仕方ないわねって」
「すげー、すでに家族公認なんだ」
そう言ったら、また嬉しそうに微笑んだ。
- 857 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:30
-
「ドライブデート
いっぱいしようね?」
「そのために免許とってくれたんでしょ?」
腕の中でコクンと頷いた彼女。
そろそろ、かな?
アタシから言っちゃう?
いや、もうちょっと待とうか。
きっと、描いてるストーリーがあるんだろうから――
「ねぇ、よっすぃ〜」
「ん?」
鼓動が早まっていく――
10年経った今、やっと
二人のぬるい関係に名前がつく。
きっとあまり変わらないだろうけど
今よりずっと、素敵な毎日が待ってると思うよ?
- 858 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:30
-
「さぁ!恋人になろう」
…は?
「ちょっとぉ、なんで固まってんのよ?」
なんでって…
もうちょっと言いようがあるでしょ?
こんだけいいムードをさ…
ガックリ肩を落とした。
ったく…、なんていうかさ…
- 859 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:31
-
「一緒に歌いたかったの?」
「だってぇ、いい歌なんだもん・・・」
「か弱き乙女ってフレーズが、気に入ったんでしょ?
キャーわたしみたいって」
「だって乙女だもん!」
頬を膨らました彼女。
こうして間近で向かい合うとさ、
やっぱかわいいなんて、思っちゃうんだよね…
- 860 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:31
-
この世界に入ったばかりの頃。
アタシんとこ来て、泣きだして。
こうして抱きしめると、華やいだ笑顔を見せるんだ。
『よっすぃ〜の腕の中って、安心する』って。
あの頃から、もう特別だったよね?
アタシ達――
「っんとに、仕方ねーな」
ちょっと不安げに眉を寄せた梨華ちゃんに
微笑みかける。
「二人しか知らない
新しい地図を作ろっか?」
途端にまた、アタシの腕の中で
華が咲いた。
- 861 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:32
-
「ね、ライブでやった最後の『愛してね』ってところ」
「はい?」
「よっすぃ〜、すごい可愛かったの!」
うっ、やな予感…
「やって?」
やっぱり…
「ねぇ、やって?
毎回後ろにいたから、ちゃんと見れなかったのぉ。
だからぁ、やってぇ〜」
「甘えた声だすな」
「ねぇ見せてよ。
みたいぃ!!」
「やだね」
「なんでぇ?ケチ」
「見たことない顔、見たいんじゃねーの?」
「見たいよ?
でもあのかわいい顔も見たい」
- 862 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:32
-
「ちょっと照れてて、かわいいの。
よっすぃ〜照れるとすごくかわいいんだよ?
ギュッて閉じ込めたくなるの・・・」
そう言って、アタシの首に腕を回すと
ぐっと頭を引き寄せて、言った通り閉じ込められた。
「…好き、ひーちゃん」
「――アタシも…、りっちゃんが好き・・・」
「恋人になろう?
ドライブしよ?」
顔をあげた。
「二人しか知らない地図
一緒にいっぱい作ろうね?」
彼女の言葉に、ニッコリ微笑んで頷いたら
「ひーちゃんの笑顔、大好き」って
おでこにキスをくれた。
- 863 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:34
-
「愛のボタン、連打しちゃうよ?」
「愛のボタンって?」
「二つあるじゃん」
一つに服の上から唇で軽く触れたら
途端に真っ赤になったりっちゃん。
さっきの仕返しだかんな、なんて
ちょっと喜んでたら、耳元で囁かれた。
「連打じゃやだよ?
優しく…シテ?」
ぶわっと音がした気がするくらい
一気に真っ赤になったのが、自分でわかった。
- 864 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:34
-
「かわいい、ひーちゃん」
ダメだ、やっぱ敵わないや。
りっちゃんには…
全部見せるって約束したしね。
カッコイイアタシも
頼れるアタシも
抜けてるアタシも
アフォなアタシも
そして――
かわいいアタシも。
まだ見たことない恋人のカオも。
全部全部、見せてあげる。
- 865 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:35
-
「優しくするからさ。
家かえろっか?」
「うんっ!」
また腕の中で、嬉しそうに咲く華。
でもその前に――
「順番、守ろっか?」
夜空の下で唇を重ねた。
出会って10年。
初めて重ねた唇。
したように見せたことはあっても
一度も重ねたことがなかった唇。
――やっと、友達から恋人になったね。
- 866 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:35
-
「10年後は何かなぁ?」
「10年後?」
「10年後は、ひーちゃんの奥さんに
なってたいな」
「なんでそっちが奥さんなんだよ?
中身は逆だろ?」
「じゃあ、わたしが一徹やる?
あの時のハロモニみたいに」
「あんなたけー声の一徹じゃ
ダメだよ」
「ひーちゃんのトメ子姿は
可愛かったから、トメ子は譲ってもいいのに…」
「ってか、10年後の目標が
一徹トメ子って、なんかおかしくね?」
「ふふっ、そうだね」
楽しそうに咲いた華が可愛くて
アタシからキスした。
- 867 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:36
-
「一回越えちゃうとへーきなクセに
それまではヘタレなんだよね…」
――キルキスの最後、何度も誘ってたのにな…
「えっ?!
あれってマジ誘いだったの?!」
アタシの唇を見つめて、薄く唇開けて…
「結構ショックだったんだから。
誘ってるのに、してもらえなくて」
「だ、だ、だ、だってさ。
皆見てるじゃん」
「暗くなれば、わたし達にしかわからないよ?」
「い、いや、いや、だってね?
あれは…、ほら。パフォーマンスの一つで。
そんなとこで、勢いでしちゃうのも
なんつーか…」
「なんつーか?」
――大事に、したかったから…
りっちゃんのこと…
- 868 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:37
-
「だ〜いすきっ!!」
そう言って、そのままアタシの唇を塞いだ。
だいすき、ひーちゃん…
好き・・・
ひーちゃんが大好き…
口づけながら、何度もそう囁いてくれる。
「――ねぇ、りっちゃん?」
「…っん。なあに・・・?」
艶っぽい声。
色っぽい瞳。
OFFだからあげてないのに
濡れたように光る、彼女のまつげ――
そのすべてにゾクッとした。
- 869 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:37
-
――はじめて、見たよ…そんなカオ。
「すげー綺麗だ、りっちゃん…」
「ひーちゃんのそんなに緩んだ瞳も
はじめて見たよ?
すごく、色っぽい…」
もっと見せて?
わたしだけに――
甘い吐息を吐きながらそう言うと
またアタシの唇を奪った。
「・・・早くりっちゃんハウスに帰ってさ。
10年分の想いをぶつけ合っちゃおうか?」
「結構激しいよ?わたし」
「そうなの?!」
「多分…だってひーちゃんに
いっぱい触れたいもん・・・」
- 870 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:38
-
「早く帰ろ?」
「ちょっと待てって」
腕を引っ張って車へと走り出す。
「ドアに挟まれないでよ?」
「挟まれたら車両変える」
「ダメっ!!」
「ふはは。
怒ったカオ、かわいいよ」
「んもうっ。
最近すぐかわいいで誤魔化すんだから!」
赤い顔して、ブツブツ呟きながら
車に乗り込むりっちゃん。
だから、それがかわいいんだって。
- 871 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:39
-
ほんと、りっちゃんの言う通り
一回越えちゃうと、ペースを掴むのはアタシの方。
――どんどん、からかっちゃうから。
運転席に乗り込んだ彼女の耳元に
唇を寄せた。
「もっと見たいな。
りっちゃんのかわいいカオ・・・」
真っ赤になると思いきや
「いいよ」
そう色づいた声で返して
アタシに覆いかぶさってきた。
- 872 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:40
-
「待てないなら
ここでシヨ?」
そう言ってシートを倒す。
小悪魔の微笑み。
「そんなにシタイなら・・・」
アタシのパーカーに手をかけた
彼女の手を慌てて掴む。
「ま、待てるから。
ね?お家帰ろ?」
「もっと見たいって言ったじゃない・・・」
そう言って今度は、自分の服を脱ごうとする。
「ま、ま、ま、ま、待って!
ね?家で、ゆっくり、ね?」
「ふふっ
シナイヨ」
人差し指でおでこを突かれた。
- 873 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:41
-
はあ〜
ったく…
鼻歌混じりに、ハンドルを握った
彼女の横顔を見て、思わず微笑んだ。
なぜなら
今まで見た中で、一番幸せそうだったから。
アタシがそんな顔をさせてるんなら
こんなに嬉しいことはない。
ってか
アタシしかいねーじゃん。
こんなカオされられるヤツって。
- 874 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:41
-
「もうっ!また一人でニヤけないの」
「あれ?また気配で分かっちゃった?」
「分かっちゃった」
ふふっ。
ふはは。
二人だけの空間で
二人の笑い声が重なった。
りっちゃん。
アタシ、なんかすげーワクワクしてる。
これまでの10年より
もっとずっと素敵で輝く毎日を
あなたとなら、過ごせる自信があるんだ。
- 875 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:42
-
「わたしも」
「え?」
「ひーちゃんが今考えてることと同じこと、
わたしも思ってるよ?」
りっちゃん…
やべ、ちょっと泣きそうかも
怖いくらい幸せだよ、今――
「・・・すげーよね。10年てさ」
零れそうになる涙をごまかすように
窓の外を眺めて、人差し指で鼻を拭った。
『泣いてもいいのに』
そんなやさしい彼女の心の声が聞こえて
微かに微笑んだ気配を感じた。
- 876 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:43
-
「ねぇ、りっちゃん」
「ん?」
前方の信号が黄色から
赤色に変わる
車がゆっくり停止して
彼女がアタシを見てくれるのを
静かに待つ――
曲なんかにのせなくたってね。
ちゃんと可愛く言えるよ?
――あなたにだけなら。
彼女がアタシを見た。
「愛してね?」
「うん!!」
また、アタシだけの華が咲いた。
- 877 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:43
-
- 878 名前:HANA 投稿日:2010/04/09(金) 12:45
-
終わり
- 879 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/09(金) 12:46
-
次回から、また『やさしい悪魔』に戻ります。
- 880 名前:名無し留学生 投稿日:2010/04/09(金) 18:53
- 甘〜いいしよし大好き!
愛のボタン連打の処、思い切り吹いた。のっちの「キタ!」もGJ過ぎる。
次回の「やさしい悪魔」も甘くなればいいでけど、ドSな玄米ちゃ様には無理だろう。
シクシク TT0TT
- 881 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/11(日) 12:06
- よっすぃ〜誕生日おめでとう
玄米ちゃ様のリアルネタの使い方に感動しっぱなしです
やさしい悪魔もバスタオル用意して待ってます
- 882 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/14(水) 16:30
-
>880:名無し留学生様
喜んで頂けたようで何よりです。
お察しの通り『やさしい悪魔』は甘くなりません(喜)
>881:名無飼育さん様
ありがとうございます。
小ネタが大好きなもんで(笑)
では、本日の更新にまいります。
- 883 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/14(水) 16:31
-
- 884 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/14(水) 16:32
-
大好きなキミの笑顔
大好きなキミの香り
大好きなキミの温もり
キミを構成する全てを愛してるんだ
それはずっと変わらない
永遠に変わらない想い
だけど、二人の運命は――
今ここで
この手で終わらせる・・・
- 885 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/14(水) 16:32
-
- 886 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:33
-
お家の玄関を開けた途端、
ひーちゃんは倒れ込んだ。
「ひーちゃんっ!」
「――大丈夫。
まだ…、大丈夫だから…」
そう言って立ち上がろうとして
フラついた。
そのまま転がるように、お部屋に上がって
床に座ったまま、ベッドにもたれかかった。
大きく肩で息をしながら
ベッドに背を預け、天井を仰ぐ――
「…梨華。そばに、来て…」
- 887 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:34
-
――ひーちゃん…
ねぇ、一体何が起きてるの?
あなたの体に、何が――
言われた通りに、そばに行って
あなたの体を、包み込むように抱きしめた。
「…ごめんね。梨華――」
少しでも楽にしてあげたくて
グッタリしている体を引き寄せた。
「――泣か、ないで…」
ひーちゃんがわたしの手を握る。
「…頼むから、泣かないで…
梨華には、ずっと、笑ってて、欲しい、から…」
「――ヤダ、よ…
どうして、ひーちゃん、そんな言い方するの?」
握られた手にグッと力が入った。
- 888 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:35
-
「アタシの、最後の、願いを
聞いて欲しい…」
「イヤよっ!最後って何?!
最後って…、最後なんて、言わないで…」
「梨華…」
「最後なんて…
言わないでよ…」
ひーちゃんを強く抱きしめた。
「…梨華、聞いて?」
諭すような優しい声。
「アタシ、に、たとえ、何が起きても…
最後の瞬間まで、キミの、腕の中にいたいんだ…
だから…このまま…
このまま、抱きしめてて、欲しい…」
「ヤダ!ヤダよ…
何で…、どうして…」
嗚咽に変わる――
- 889 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:36
-
「――もうすぐ、アタシは…消えるから…」
腕の中のひーちゃんが、
わたしを見上げた。
「ずっと黙っててごめん。
アタシ、梨華に嘘ついてた…」
ひーちゃんがわたしの頬に手を伸ばす。
溢れ続ける涙を、白くて長い指が優しく拭ってくれる。
「…アタシ、ほんとは悪魔なんかじゃないんだ。
梨華と同じ、ただの人間だ」
――ただし、ずっと先の未来のだけど…
- 890 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:36
-
ずっと先の、未来・・・?
「――どういう、こと…?」
ひーちゃんが、わたしの腕を抜け出して
再びベッドに背を預ける。
「・・・アタシはね・・・、梨華・・・
キミを殺すために、未来から来たんだ」
――冷静に考えれば、そんなこと出来るはずないのに・・・
そう呟きながら、自嘲気味に笑うひーちゃん。
「・・・悪魔には――、なりきれなかったよ・・・」
そう言って、天井を仰いで
一筋の涙を零した。
- 891 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:37
-
「アタシと梨華はね。遥か昔から・・・
そう。人間として生を受けた時から
いつの時代も、同じときに生まれ合わせ、
そして、必ず恋に落ちたんだ――」
それはまるで、定められた出来事のように。
性別なんて関係なく、いつ、どんな時も
ひと目合った瞬間に、アタシ達の魂は魅かれあって
激しい恋をしたんだ――
この時代でも、キミはもうすぐ
この時代のアタシと出会う。
アタシもまた、未来の世界で
キミと出会って、一瞬で恋に落ちたんだよ・・・
好きだ。愛してる。
言葉だけでは足りないくらい
アタシはキミを愛していた。
いつの時代も、それは変わらない
アタシの想いだった。
自らの命なんかよりずっと
アタシはキミを愛していたのに――
- 892 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:37
-
ひーちゃんが両手で顔を覆った。
「・・・アタシは、いつだって・・・
いつの時代も、アタシは、愛するキミを――」
――この手で、殺してしまうんだ・・・
長い指の間から零れ落ちる
大粒の涙。
「ある時は銃で、ある時は刀で切りつけて・・・」
全部わざとじゃない。
キミを守ろうとしてなんだ。
キミを守るつもりが、
アタシはいつだって、キミを殺めてしまう――
- 893 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:38
-
「グホッ!」
「ひーちゃんっ?!」
突然、咳こんだひーちゃんの背中を
慌ててさする。
「ゲホ、ゲホッ・・・」
口元を拭ったひーちゃんの白い手に
真っ赤な血がついていて――
ひーちゃん…
ボロボロと涙が溢れ出す。
「大丈夫。
大丈夫だから…泣か、ないで…」
「だって…」
- 894 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:38
-
「ごめんね」
ひーちゃんがわたしを抱き寄せた。
「結局アタシは、キミを苦しめてばかりだ…」
「そんなことないっ!
そんなことないよっ!!」
「もう、終わりにするから…」
――終わりにするって・・・?
――どういうこと、なの…?
「もう二度と、キミを苦しめることも
殺めることもなくなる・・・」
――ひーちゃん・・・?
- 895 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:39
-
「――アタシさえ、いなくなれば・・・」
「何言ってるの?!
いなくなるって、どういうことよ!」
勝手なこと言わないで!!
抱き寄せられたままの
ひーちゃんの胸を何度も叩く。
「こんなに好きにさせといて
急にいなくならないでよっ!!」
――いなく、ならないでよ・・・
このまま、そばにいてよ・・・
約束したじゃない。
ずっとそばにいるって、約束したじゃない――
- 896 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:39
-
「梨華。もうすぐキミと出会うはずの、この時代のアタシは、
どうやって、キミを殺すんだと思う?」
ひーちゃんがわたしから体を離した。
真っすぐ見つめられる…
「――医療ミスだよ」
大して難しくない手術だった。
ミスなんか犯すはずもない、キミが命を落とす可能性なんて
これっぽっちもないほど、簡単な手術のはずだったのに――
運命に導かれるように、
医者だったアタシは、この手でキミを殺した…
そしてまた、生まれ変わって、
アタシ達は出会うんだ――
それが、今ここにいるアタシだよ…
そして、このアタシもまた、この手で――
- 897 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:40
-
「だからね、梨華。アタシが存在する限り
キミは長くは生きられないんだよ」
「構わないよ!それで構わない!!」
「梨華・・・」
「何度殺されたって
ひーちゃんと恋が出来るなら、わたし――」
「――もう・・・、たくさんなんだ・・・」
ひーちゃん・・・
「もう、アタシが無理なんだよ・・・」
- 898 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:40
-
「この手が・・・、アタシのこの手が・・・」
グッと拳を握ったと思ったら、
そのまま床に叩きつけた。
「こんな・・・手の、ために――」
「やめてっ!!」
何度も叩きつける拳を、両手で捕まえて
自分の胸に抱え込んだ。
「――お願い、やめて・・・」
キレイな手が・・・
やさしい温もりの、あなたの手が・・・
「・・・どうして・・・、こんな――
こんな、手の、ために・・・」
- 899 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:40
-
「――命まで、投げ出すなんて・・・」
ひーちゃんの手を胸に抱いたまま
顔をあげると、彼女はきつく唇を噛んで
涙を流していた。
「――こんな手を守るために、未来のキミは・・・」
キミは――
もう・・・
イヤなんだ。
キミのあんな姿を見続けて
生きていくのは――
「あの日もキミは、アタシの手を
そうやって、その胸にかばってくれたんだ・・・」
- 900 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:41
-
あの日、アタシと未来のキミは、
婚姻届を出しに行く途中だった。
その日は、朝から激しい雨が降ってたよ。
アタシ達が初めて会った日のように
雨風が激しくて、一歩外に出ようものなら
たちまち濡れてしまいそうなほど、ひどい雨だった――
やだなぁ雨。
せっかくの記念日なのに…
髪だってまとまらないし。
あー、もうヤダ!
ひーちゃんはいいよ。
ストレートだし、サラサラだし…
キミはそんな風に言っていた。
- 901 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:41
-
ねぇ、ひーちゃん。
子供は何人がいい?
女の子がいい?それとも男の子?
そうだ!
産むのはどっちにする?
あーでもやっぱ、わたしが産む!
矢継ぎ早にそんな風にまくし立てて――
わたしね、3人姉妹がいいな!
5人家族になるよ?どう?
楽しいよ、きっと!
全員女で、友達みたいでさ。
えっと。名前はね…
ヒカ、トカ、ミカでどう?
楽しそうに話し続けるキミを眺めながら
アタシは幸せいっぱいだった。
- 902 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:42
-
アタシがいた時代はね。とってもいい時代だよ?
この時代よりも遥かに便利になって、
女同士でも結婚できるし、科学の力で子供だってできるんだ…
この時代みたいに、後ろ指さされることもないし、
ちゃんと籍を入れて、夫婦として世の中に認めてもらえるんだ。
アタシ達には、家族がなかったから。
アタシもキミも、親に捨てられた孤児だったから
自分に家族が出来ると思うと
嬉しくて仕方なかったんだ――
ほら、いい加減
一人でくっちゃべってないで、行くぞ。
笑いながら、そんな風に言って
思いっきり頬を膨らませた
キミの頬を指でつぶして、からかった。
- 903 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:43
-
未来の世界はね、車はもう地面を走っちゃいない。
空を走っているんだ。その代わり今道路がある場所には
緑が広がっていて、この時代より随分空気もキレイなんだ・・・
――いい時代だって思ってた・・・
だって、キミと出会えたんだ。
そして、恋に落ちたんだ。
これからずっと、生涯二人で
手を取り合って生きて行く――
そんな期待に溢れて。
これ以上ない幸せに包まれて。
アタシ達は車に乗り込んだ。
- 904 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:43
-
『一緒に百歳まで生きようね』
車に乗り込むと、キミはそんな風に言った。
アタシ達の時代では、成人すると
自分で自分の寿命を決めるんだ。
なぜなら、死ぬことが生きることより
難しくなったから。
医学がめざましく発展して
どんな病気になっても、どんなに老いても
機械にさえ繋がっていれば、生きていける。
それも、高橋さんがつけられていた
あんなデッカイのじゃなくて、携帯出来る便利なもの。
よほどの重症じゃない限りは
いくつになっても、それなりに普通の生活を送れるんだよ・・・
- 905 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:44
-
だからね、梨華。
アタシはキミとずっと百まで
手を繋いで生きて行けるって信じて疑わなかった。
何があっても、二人で手を取り合って
乗り越えて行けるって信じてた。
それなのに――
――視界が悪かったからだよ。
――相手の貨物車が居眠り運転してたせいだ。
周りの皆は、そう言ってアタシを慰めた。
けど、そんなの
アタシには無意味だった。
なぜなら、キミは
アタシのこの手をかばったせいで
2度と目を開けることが出来なくなったんだから・・・
- 906 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:45
-
『しっかし、すげぇ雨だな
何も見えねえ』
『他の日に行ければいいんだけど
仕事休めないから、ごめんな』
そんな風に言いながら
アタシは注意深く運転してた。
いつもより、より丁寧に。
いつもより、より慎重に。
だけど、それは突然アタシの視界に現れた。
大型の貨物車が、気が付いた時には、もう目前に迫ってた。
ダメだ、ぶつかる・・・
そう思って、アタシはキミに手を伸ばした。
キミをこの胸に抱きしめようと思ったから。
けど、キミはね。
そのアタシの手を掴んで、さっきしてくれたように
アタシの手をその胸に抱え込んだんだ。
『ダメッ!』って叫んでね――
- 907 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:45
-
「おかげで、ほら無傷だよ・・・」
ひーちゃんが、わたしにその手を差し出す。
「未来のキミが守ってくれたから」
さっき床にぶつけた箇所が、赤くなっている。
いたわる様に、そっと撫でた。
「バカだよ、キミは・・・
こんな手を守るために――」
グッと手を引かれて
抱きしめられた。
「こうしてれば、あんな目に
合わなかったのに・・・」
- 908 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:46
-
激しい衝撃の後、ゆっくり目を開けると
アタシの手をかばったキミの体を
貨物車が運んでいた、大きな鉄の棒が貫いていたんだ――
さっきまで、幸せそうな顔をして
隣に座って笑っていたキミは、もうそこにはいなかった。
苦しそうに顔を歪めて、
体に大きな穴を開けられて・・・
地面へ向かって落ちていく車内で
アタシは必死に、キミに呼びかけた。
けれど、もう
2度と目を覚ますことはなかった。
それなのに、キミは――
アタシの手だけは、離そうとしなかったんだ。
- 909 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:46
-
病院に運ばれたキミは
大きな機械に繋がれたよ。
2度と目を開けないって
もう2度と話すことも出来ないって
分かっているのに・・・
さっき、寿命を自分で決めるって言ったよね?
『一緒に百歳まで生きようね』
そう約束して、アタシ達は
自分の寿命を申告していた――
- 910 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:47
-
「自分で、話せるなら・・・
寿命を変えることだって、出来るんだ・・・」
喉の奥から
声を絞り出すように、話し続けるひーちゃん・・・
「・・・それが、無理なら・・・
親族が、すれば――」
ひーちゃんが拳を強く握った。
「――アタシ達は・・・、婚姻届を出しに行く途中だった・・・
だから・・・」
体を震わせながら、ひーちゃんが続ける。
「家族のいないキミは、あの姿のまま
百まで生き続けなければいけないんだ・・・」
機械に繋がれて
ただ息だけをしているキミを・・・
「誰も・・・、変わり果てた姿のままのキミを――」
大粒の涙を零したまま
わたしを見つめた。
- 911 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:47
-
「アタシの、せいだ・・・」
崩れ落ちるように、ひーちゃんが体を伏せた。
「アタシの仕事は、手品師だったんだよ。
だから、キミはこの手をかばって・・・」
わたしの膝にすがりつくようにして
何度も何度も、謝る・・・
「――ごめん、なさい・・・
アタシが・・・、アタシの、せいで・・・」
――ほんとに、ごめん・・・
しゃくりあげて泣く
ひーちゃんの両手を握った。
- 912 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:48
-
「――良かった、無事で・・・」
ひーちゃんがゆっくり顔をあげた。
「ほんとに、良かった・・・」
ひーちゃんの目が、驚いたように
見開かれた。
「今、同じことが起こっても
わたしは、ひーちゃんのこの手を守るよ?」
「――梨華・・・」
キレイな手を口元まで持ち上げて
そっとキスした。
- 913 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:48
-
「あなたを守るためなら
わたし、命なんて惜しくないもの・・・」
目の前の大きな瞳から
ポロポロと涙が零れ落ちる――
ほんとだよ?ひーちゃん。
未来のわたしね。きっと幸せだったと思う。
あなたを守れたんだもの。
「――アタシは・・・、いつだって、キミを・・・
それなのに――」
握っていたひーちゃんの手が、
逆にわたしの手を包み込んで、ギュッと握られる。
- 914 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:49
-
「アタシは、キミを殺しに来たんだ・・・」
――運命を変えたかった。
キミを殺せば、きっと全てがうまく行く。
そう言われたから。
キミを殺せば、歴史が変わる。
そう言われたんだ。
呼吸だけを続けるキミを目の前に
ただ、ただ、自分を責め続けるアタシの元に
あいつはやって来た・・・
『このままだと、あんた
また彼女を殺すで?』
それからテラダは・・・
初めて梨華とデートした日に現れたあの男のことだけど
彼は、アタシとキミが人間として生を受けて以来
ずっと同じことを繰り返してきたことを教えてくれた。
- 915 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:50
-
『そんなバカな・・・』
アタシには受け入れられなかった。
こんなに愛しているのに、このアタシが
何度もキミを殺してしまうなんて。
到底受け入れられなかったんだ。
『なら、見に行くか?』
言われるままに、遥か昔から続く
アタシ達の運命を、この目で見てきたよ。
彼の言う通りだった。
アタシはいつだって、この手でキミを殺めてきたんだ。
この時代まで来て、もううんざりしたよ。
『未来も見に行ってみるか?』
アタシは首を横に振った。
その先の未来まで、見に行く気にはなれなかった。
だって、同じなんだ。
いつだって、アタシはキミを――
- 916 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:50
-
『一つだけ、方法があるんや。
あんた達の運命を変えられる方法が』
藁にもすがる思いだった。
アタシ達の運命を変えられるなら。
キミを幸せに出来るのなら――
『一つ前の時代の彼女を、あんたが殺してしまえばいい』
時空を越えて、一つ前の時代の彼女を、その時代の君に殺される前に
次の時代を生きる君が殺してしまうんや。
そうすれば、今病院で眠り続けたままの
君の彼女の歴史が変わる。
君自身の歴史も変わる――
それにな、いつもは言わば
不可抗力で君は彼女を殺してしまうんや。
それを、別の時代の君自身が
故意を持って、彼女を殺したとしたら・・・?
- 917 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:51
-
「大きな、時のひずみが起きる・・・」
ひーちゃんがそうつぶやいて、
わたしの手をギュッと握った。
「幾つもの時を越えても、これだけ強く
結びつく二人は、なかなかいないんだよ」
だから――
もしアタシが、梨華。
キミを殺したとしたら・・・
凄まじいほどの時の混乱を招くんだ。
その隙に、アタシは未来に戻って、未来のキミを連れ去って・・・
- 918 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:51
-
「二人だけの世界で生きていければって
そう思ったんだ・・・」
太陽の光も届かない
真っ暗な世界だとしても
二度と二人に未来が訪れなかったとしても
この運命を断ち切ることが出来るなら
一度くらい『悪魔』になって、キミを殺めるくらい
なんでもない。
そう思ってたよ・・・
「――けど・・・、出来なかった・・・」
ひーちゃんの手が、わたしの頬に触れて
そのまま優しく包み込む。
- 919 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:52
-
「あの日、階段で落ちそうになったキミを
そのまま突き飛ばしてしまえば、それで終わりだったのに――」
反対の手で、わたしの手を手繰って
指と指を絡ませると、強く握った。
「この手に触れた途端、涙が出そうになった。
ああ・・・、キミに、触れられる・・・
キミを、抱きしめられる・・・って・・・」
大きな瞳から
ポロポロと零れ落ちる涙。
「気付いた時には・・・、キミを、抱きしめてたよ・・・
・・・狂おしいほどの想いを、隠したくって
冷たくあたったりもして・・・」
初めて出会った日のように
握った手をグッと引かれて、抱きしめられた。
- 920 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:53
-
「――時を越えても、アタシはキミに魅かれたんだ・・・」
何度も自分に言い聞かせて
何度もキミをこの手にかけようと思った。
けど、やっぱり。
出来ないんだ、アタシには・・・
キミのことを意思を持って
殺めるなんて、到底出来っこないんだ――
「グホッ!」
「ひーちゃんっ?!」
わたしから離れて、体を折り曲げて
激しく咳き込むひーちゃん。
慌ててさすった背中が
薄っすらと透き通って、チラチラと床を映し出す・・・
- 921 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:53
-
「ヤダ、よ・・・。ひーちゃん・・・
・・・ヤダ。消えちゃ、ヤダ、よ・・・」
激しく咳き込む背中を抱きしめた。
「・・・いなく、ならないでよ・・・
ずっと・・・、ずっと、そばにいるって・・・、約束したじゃない・・・」
――約束、したじゃない・・・
「梨華・・・、キミの腕の中にいたい・・・」
肩で息をするひーちゃんを
横から強く抱きしめた。
「――笑って?梨華・・・」
やさしく涙を拭ってくれるけど
次から次に溢れ出して止まってくれない。
- 922 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:54
-
「――高橋、さんは、大丈夫だから・・・
梨華のせいじゃ、ないよ」
申し訳なさそうな顔をして
ひーちゃんがわたしを窺う。
「アタシが薬を飲ませたんだ・・・」
――少し、薬の量が多すぎたみたい。
はじめて使うから、分量がよく分かんなくて・・・
ちょっと眠っててもらおうと思ったら
かなり深いとこまで誘眠しちゃったみたい。
今の医学では脳死に見えるみたいだけど、
深い眠りについているだけだから・・・
「びっくりさせて、ごめんね?」
「・・・どうして、そんなことしたの?」
「――透き通ってるとこ、見られちゃったんだ・・・」
梨華には、まだ知られたくなかったから。
なるべく不安には、させたくなかった。
- 923 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:54
-
「遊園地、楽しみたかったから・・・」
ひーちゃんの声が震えた。
「最後だって、きっと最後になるって
分かってたから・・・」
ひーちゃんの目から
熱い涙が零れた。
「――ありがとう・・・
楽しかった・・・」
「――ヤダ、よ・・・
お願い、ひーちゃん。消えない、で・・・」
――ひとりに、しないでよ・・・
「わたし、何でもする。
ひーちゃんと一緒にいられるなら
何でもするから」
それが出来ないなら、
わたしもひーちゃんと一緒に・・・
- 924 名前:第5章 1 投稿日:2010/04/14(水) 16:55
-
「さすが梨華ちゃん。
いい覚悟」
突然、背後で声がして振り向いた。
「――美貴ちゃん・・・、どうして・・・?」
一体どこから、この部屋に・・・?
「――帰ってくれ。協力はしないと
言ったはずだ」
ひーちゃん・・・?
「相変わらず、分からず屋。
でも、いいの。」
そう言って、美貴ちゃんは
わたしに微笑みかけた。
「美貴が梨華ちゃんとよっちゃんを
幸せにしてあげる」
- 925 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/14(水) 16:55
-
- 926 名前:やさしい悪魔 投稿日:2010/04/14(水) 16:55
-
- 927 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/14(水) 16:56
-
本日は以上です。
次回最終回となります。
- 928 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/15(木) 07:23
- なんか、なんか、すごい展開になってる
ちょいちょい小ネタ挟まれても
バスタオルでは間に合わないぐらい涙が止まりません
最終回ではみんな幸せになれることを祈ってます
- 929 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/16(金) 09:35
- 今回も泣きました…
次回が最終回ってだけでで淋しいのに、
さらに悲しい事になったらどうしていいものやら…
皆幸せになりますように。
- 930 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 12:11
-
>928:名無飼育さん様
バスタオルで間に合いませんでしたか・・・
では、本日はタオルケットをご用意下さい(汗)
>929:名無飼育さん様
毎度すみません。
え〜、作者も幸せになることを望んでいるんですよ?
なぜか疑問系ですけど・・・
- 931 名前:玄米ちゃ 投稿日:2010/04/22(木) 12:20
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さて、まだスレ自体には残りがあるんですが・・・
最終回が異様に長くなり、ここに入りきらなくなってしまいました(汗)
なんと読みの甘い・・・
ということで、夢板に『やさしい悪魔』スレをたてました。
続きはそちらにて。
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