こぉるど けーす season3〜
- 1 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:35
-
真実の扉がまたまた開かれる
- 2 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:39
- おもな登場人物
ハングリー
パンクなメス猫(20%はオス)のぬいぐるみ
ニンゲンと遊ぶのが仕事
アングリー
ゴスロリなメス猫のぬいぐるみ
ハングリーの首を斬るのが仕事
吉澤ひとみ
メスのニンゲン
適当な作り話をする
石川梨華
メスのニンゲン
お金の使い方が間違っている
こぉるど けーす
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1235822483/
こぉるど けーす season2
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1243253281/
- 3 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:40
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こぉるど けーす season3
副題 : ローマの休日 ── Roman Holiday
- 4 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:41
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ぬいぐるみとトレヴィの泉 ── Cats
- 5 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:42
- イタリアの首都、ローマ近郊にあるレオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港に、
吉澤ひとみたちが降り立った。
数日後に行われる、サッカーのチャンピオンズ・リーグ決勝戦を観戦するためだ。
「やっとついた」
「ひとみ! はやくいこ!」
ひとみの胸元で猫のぬいぐるみがはずんだ。
ワールド・カップよりもハイレベルであるともいわれるチャンピオンズ・リーグのチケットは、
ことに決勝戦ともなると何十万円という値段がつけられているのであるが、
ひとみたちは尋常とはいいがたい経緯で手に入れることができた。
- 6 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:43
- 「このあとどうするの?」
「荷物をホテルに預けて、適当に観光しよう」
ひとみたちは二台のタクシーに分乗して、ホテルに向かった。
チケットを手に入れたひとみは、同行者を募った。
石川梨華、藤本美貴、紺野あさ美、是永美記の四人は、快諾しないはずがない。
ひとみの出した条件は、以前に送ったぬいぐるみを持ってくることだった。
「ミキティが来るかどうか、ちょっと不安だったんだけど」
「ローマなんてめったに来れるわけがないんだから、当たり前じゃない」
美貴は、近々結婚を予定しているのだ。
梨華も、当然異存はなく、あさ美と美記はひとみが強引に連れてきた。
ホテルでは、荷物を置いたのち、ひとみが全員を一室に集めた。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:43
- 「どうしたの、よっちゃん?」
「えーと、全員ぬいぐるみを持ってきたよね?」
五人はそれぞれのぬいぐるみをテーブルの上に置いた。
猫が二匹、狼、狸、ヌーが一匹ずつだ。
「そういえば、ぬいぐるみを持ってこいって言ってたけど、どういうこと?」
「これからローマ観光に出かけるけど、外国語できる人いる?」
誰もできるとは言えなかった。
「ガイドの人がいるのかと思いました」
「パック旅行じゃないからガイドはいない」
「じゃあどうするの?」
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:43
- むずむずと動きたそうにしているハングリーを、ひとみがつかみ上げた。
「これがやるから」
梨華は困ったような顔をし、美貴はなるほどと腕を組み、残りの二人はぽかんとした。
しばらくしてあさ美がくすくすと笑いだした。
「吉澤さん、何の冗談ですか」
「こんにちは!」
「ああ、中に機械が組み込んであるんですね。でも日本語じゃだめでしょ」
ハングリーががまんできずにあいさつしたのだが、
あさ美は近代的な合理的精神を発揮して本気にしなかった。
たまらずハングリーがテーブルに飛び降りて、手足をばたばたさせてアピールした。
- 9 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:44
- 「ハングリーだよ!」
「げっ、動いた」
ハングリーの思慮のなさに怒ったアングリーが、鎌で頭を殴った。
ハングリーはたまらず崩れ落ちる。
狼のミキティがハングリーの横に片膝をついて、損傷の具合を見きわめていた。
「げげっ、なんかいっぱい動いた」
あさ美は顔面を蒼白にしつつも、目の前の出来事を冷静に処理し始めていた。
いっぽう、美記のほうは口を開けたままだ。
- 10 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:44
- 「じゃあ、もしかして」
あさ美は狸とヌーのぬいぐるみを持ち上げた。
「これもおんなじことができるんですか?」
「うん」
ひとみは大きくうなずいた。
この展開に、狸とヌーのぬいぐるみも内心慌て、やがてあきらめた。
「もうそろそろ、真実というか、ありのままを知ったほうがいいと思う」
- 11 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:45
- ひとみはぬいぐるみを手に入れた顛末を話した。
その後の、ハングリーやアングリーが繰り広げたドタバタ劇はカットした。
人間の死を呼びよせるぬいぐるみなど、怪談の中でも存在しない。
美記も、ようやく事態を飲み込めることができた。
「こっちがコンコンで、こっちがコレティだよ!」
ハングリーが、仲間をあらためて紹介した。
あさ美と美記は、それぞれのぬいぐるみを両手で持ち上げ、ぎこちなくあいさつした。
- 12 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:45
- 「よっちゃん、これが目的だったの?」
「これもある。それよりも、通訳できそうなのがハングリーしかいなかったんだ」
「ひとみ様、私も外国語できますわ」
「ほんとう?」
ひとみはアングリーを手のひらに乗せ、仔細をたずねた。
ハングリーのシアトルでの活躍に触発され、テレビの外国語講座で勉強を重ねたという。
「がんばったね。それで、何語?」
「中世ラテン語ですわ」
「これならヨーロッパのどこへ行っても大丈夫よ」
梨華が胸をはった。
ひとみはつっこもうと思い、しばし逡巡してやめた。
- 13 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:45
- まず、トレヴィの泉へ行こうという話になった。
ホテル付属のレストランで軽く食事を済ませると、五人と五匹はタクシーに乗った。
「どちらまで? 英語できるかい?」
「トレヴィの泉!」
「了解。お嬢ちゃんたち、アジア人かい。中国か?」
「日本から来たんだ!」
「ようこそローマへ、ジャッポネーゼ」
ひげ面の運転手はひとみに向けてウインクした。
もちろん、会話をしているのは、ひとみの首にぶら下がっているハングリーだ。
「日本ではぬいぐるみを首に下げるのが流行ってるのかい?」
「大流行だよ! パリス・ヒルトンもやってるよ!」
「パリス・ヒルトンはたぶんやってないし、日本に住んでもないし」
- 14 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:46
- トレヴィの泉のあるポーリ宮殿は、ローマでも有数の観光地だ。
ひとみたちは人をかきわけかきわけ、広場を進んでいった。
泉の向こう側の宮殿の壁には、ポセイドンなど三体の神の石像が並んでいる。
「梨華様、日本の仏像と違って、彫りが深い顔をしてますわ」
「阿弥陀如来像はのっぺり顔だしねえ」
「アングリーは仏像好きなんだ」
「梨華様と寺社仏閣巡りをしていますわ」
トレヴィの泉でやることはただ一つ、あさ美や美記は後ろ向きにコインを投げ入れていた。
ひとみもそれにならい、二枚の硬貨を投げ入れるのを見て、梨華も二枚投げた。
美貴は、コイン三枚を無造作に投げ入れた。
一枚は飛びすぎて、石像に跳ね返って泉の中に落ちて行った。
「ミキティ、どうして三枚にしたの?」
「どうしてって、いっぱい投げたほうがご利益ありそうじゃない?」
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:46
- 二枚投げると縁結び、三枚投げると縁が切れるという言い伝えがあるのだが、
当然ながらひとみは美貴にはだまっていた。
ぬいぐるみたちも興味津々なので、ひとみたちは首から外して泉のふちの上に並べた。
これがもし日本だったら、ぬいぐるみたちも警戒するだろうが、
ここはローマ、日本語が通じない場所である。
ぬいぐるみたちは体を動かすことは自重したものの、口々に感想を言いあった。
「なんだか面白いところだね!」
「泉の水が赤いって聞いてたけど、そんなことないようね」
「それ、どこかのテロリストの仕業じゃなかったっけ?」
「世間は灰色だもんね」
「人間たちも、大騒ぎするのが大好きなんだから」
「あたしたちぬいぐるみみたいに、静かに暮らすことができないのかしら」
「だから、アングリー、そうやってじわじわ押されると、静かに暮らせない……」
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:46
- ハングリーは顔から泉に落ちた。
体重はないのでぽちゃりという感じで水面にぶつかり、動くに動けず水面をただよった。
梨華たち四人はあっけにとられ、半ばパニックに陥った。
世の中はインターネットの時代、「日本から来た芸能人の集団がトレヴィの泉で大騒ぎ」
というニュースが世界中に流れるところを想像して、暗澹たる気分となった。
「よっすぃ〜、どうしよう」
「見てよ。うつぶせになってるけど、横から空気がぶくぶく泡を立ててる。
あいつも息をしてるんだな」
「ほんとだ」
「息が切れないのかしら」
「いやいや、吉澤さん、まずくないですか、これ」
「ふつうに拾うのも恥ずかしいしねえ」
「放っておきましょう、ひとみ様、梨華様」
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:47
- そういうわけにもいくまいと、ひとみは辺りを見回した。
広場というものには、餌を求めてさまよう小動物がつきものだ。
ひとみはジーンズのポケットからイカの燻製を出して、猫をおびきよせた。
(なぜそんな物があるのかというと、飛行機の中でビールのつまみにしていたのだ)
珍しい匂いにつられた猫が四、五匹集まったところで、ひとみは燻製を放り投げた。
猫たちは次々と泉に飛び込んでいき、泉周辺は大騒ぎとなった。
「ちょっと、よっすぃ〜!」
「ほら、ハングリー! みんなが気をとられているうちに戻れ!」
泉の中で猫が餌を奪いあっている中、ハングリーはそっと平泳ぎを始めた。
ふちのほうまで来たところで、ひとみはぬいぐるみを回収し、
広場から走って逃げた。残りの人間も、ぬいぐるみを握ってそれを追った。
- 18 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:47
- ようやく人気のないところで、五人は息を整えることができた。
ひとみはハングリーの体をはたいて、水気を落とした。
「どこへ行っても逃げてばかりいる気がする!」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「ハングリーって、いつもこんなことしてるの?」
「そうよ。まったく迷惑な話だわ」
「ここはどこ?」
狭い通りに人の気配はなく、左右に歴史を感じさせる古びた建物がみっしりと並んでいる。
おかげで太陽の光が地面にまで届かず、うす暗い。
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:48
- 「住宅街? それにしてはあまりいい雰囲気じゃないわね」
「貧民街でしょうか」
「大きな通りに行きましょうよ」
「年代物の家だねえ。それこそ古代ローマ帝国のころからありそうな……」
「でも、ここのところは新しそうだよ!」
ハングリーが、ひとみの手からすり抜けて、建物の壁をぽんぽんたたいた。
その部分だけ、昨日今日に塗り込められたように真新しい。
他のぬいぐるみもハングリーの周りに集まって、様子をうかがっている。
観光に来て、うかれているのは人間だけじゃないのだ。
ハングリーが調子に乗って叩いていると、アングリーも鎌を持って参戦し、
その結果、煉瓦が一つ、向こう側に落ちて穴が開いた。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:48
- 「あれ!?」
「ひとみ様、ハングリーが人様の家を壊しましたわ」
「吉澤さんも、いろいろと苦労してるんですね」
「これぐらいならいいんだけど」
「猫の鳴き声がする!」
これはいいことを聞いたと、アングリーは穴にハングリーを押し込んだ。
ぬいぐるみの天敵のひとつが猫なのだ。
ハングリーの憐みを乞う声もむなしく、穴の奥へハングリーの姿が消えた。
さすがに猫に蹂躙されるのは不憫なので、ひとみは残りの煉瓦も取り除いた。
人が一人ほど通れる穴になって、ハングリーを呼んだが返事がない。
「猫にずたずたにされたのかな」
「それにしても、簡単に崩れましたね」
「とりあえず、中に入ってみよう」
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:49
- すぐに狭い階段になっていて、おそるおそる五人は降りていった。
アングリーが持っている小さな電灯だけが頼りなので、梨華を先頭に進んだ。
「コンコン、これ、何て言うんだっけ?」
「何がですか?」
「ほら、ローマ帝国時代の、キリスト教徒の地下墓地」
「カタコンベですか?」
「そう、それ。そんな感じがする」
「さすがに、こんなところにはないでしょう」
階段が終わって、さらに進むと、大きな一室に出た。
中央に大きなテーブルがあり、その上でハングリーと黒い猫が対峙していた。
前脚を出して捕まえようとする猫に対し、ハングリーはテーブルの上にあった黒い匙で対抗した。
テーブルには、実験器具や薬品びんが乱雑に置かれていた。
ひとみがイカの燻製を出すと、猫が猫なで声をあげながら近づいてきた。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:49
- 「ひとみ! 助かったよ!」
「それだけならいいんだけど……」
「梨華様、死の匂いがしますわ」
アングリーがライトを向けた先に、腹から盛大に血を流したラテン民族の死体があった。
あさ美と美記の悲鳴が地下室にこだました。
慣れているひとみと梨華、そしてすでに体験済みの美貴は肩をすくめた。
ぬいぐるみたちは人間一般に対し、それほどの感慨を持っていないのでおとなしい。
「それで、恒例の謎解きタイム?」
「そんな気力はないよ。人を呼んでこよう」
- 23 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:49
- ひとみたちは通りに出て、通りすがりの若い男に事情を話した。
男はすぐに警察に電話をかけ、かけつけた警官を案内した。
「この階段の向こうの地下室で死体を見つけたんだ!」
「見てくるからここで待っていてください。死体を見つけたいきさつは後ほど」
警官の階段を降りる足音がだんだん小さくなっていくのを確認してから、
ひとみたちはその場から走って逃げた。
ぬいぐるみが死体を見つけたとは、いくら陽気なイタリア人でも信じるわけがないからだった。
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:49
- おしまい
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:50
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:50
- (0^〜^)
ハングリー:ケイタ!
- 27 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 09:51
- ( ^▽^)
アングリー:ベンゼマ!
- 28 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/05(土) 19:11
- 作者様おかえり!!
ハンアンもおかえり!!
- 29 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:42
-
ぬいぐるみとクイリナーレの丘 ── Distorted Pearls
- 30 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:42
- さて、警官を置き去りにして逃げた一行は、トレヴィの泉にほど近い、クイリナーレの丘にいた。
ローマ建国時からの遺跡も多い場所だ。
「ここには何があるのかな?」
「宮殿が多いそうよ」
ガイドブックを開いていた石川梨華が答えた。
「バロック建築の建造物が多いのよ」
「バロックって何!?」
「歪んだ真珠。西洋中世の建築様式のことよ、ハングリー」
「書院造や寝殿造と比較してみたいですわ」
吉澤ひとみは、彼女たちが何を話しているのか理解できなかったので黙っていた。
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:42
- まず向かった先は、サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会だ。
古代ローマの神殿風の門のところで、ひとみは見慣れた顔を見つけた。
「待ってたわ、よしこ」
「あれ、柴ちゃんも来てたんだ」
階段の上から見下ろすように、柴田あゆみと村田めぐみが仁王立ちしていた。
首には、ひとみたちと同じように緑と山羊のぬいぐるみがぶら下がっている。
「来てたんだ、じゃないわよ。どうしてあたしを誘ってくれなかったの?」
「それは……」
- 32 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:43
- ひとみは梨華のほうをちらりと見た。
梨華は顔をそむけて素知らぬふりだ。
ほんとうならガッタスのメンバー全員を誘いたかったのだが、
チケットは五枚しかなかった。
そこでひとみと梨華は苦渋の思いで他の三人をチョイスした。
美貴の都合が悪ければ、次の候補はあゆみだったのだが、そうはならなかった。
ひとみは後難をおそれて、ガッタスの他のメンバーには極秘としていたのだが、
あゆみが知っているということは、梨華がぽろっとしゃべってしまったに違いないとふんだ。
「でも、柴ちゃんもどうやってチケット手に入れたの?」
「あたしが伝手をたどったのよ」
隣のめぐみが答えた。
エキセントリックで何を考えているかわからないめぐみだが、
相当のお金持ちであることはひとみも承知していた。
ひとみたちよりもよっぽどいい席のチケットを入手していた。
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:43
- 「よかったじゃない、柴ちゃん」
「ちっともよくないわ。この屈辱、いつか必ずはらしてみせるから、おぼえときなさい!」
あゆみは緑のぬいぐるみの首をぎゅっと絞めながら、教会を去っていった。
「ああ、かわいそうに」
「ほんと、シバチャンがかわいそうだ!」
ひとみとハングリーが言及したのは、緑のぬいぐるみ、シバチャンのことだった。
シバチャンが生きて動きまわる存在だということは、早々にあゆみにばれていた。
ひとみが宅配便で緑のぬいぐるみをあゆみに送りつけると、
早々にあゆみが怒鳴りこんできた。
「こんなもの送りつけてきて、何かのあてつけ?」
- 34 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:43
- その後、一方的にひとみは詰問を受け続けた。
すると、当の緑のぬいぐるみが、あゆみの前で土下座した。
「ごめんなさい。私のせいであゆみちゃんが苦しい思いをするなんて」
最初はあっけにとられていたあゆみだが、今度は舌鋒をぬいぐるみに向けた。
「そうよ。あなたのせいよ。どうしてくれるの?」
土下座して下がった頭の後頭部を指でぐいぐい押し始めた。
ぬいぐるみはされるがまま、詫びの言葉を続けた。
「わ! シバチャンは重度のMなんだ!」
「そうなんだ。柴ちゃんは重度のSだから、いいコンビだね」
結果的に、ひとみの行動に誤りはなかったということになり、
あゆみは緑のぬいぐるみを小突きながら帰っていった。
このような事情があり、あゆみと緑のぬいぐるみは、それなりに仲良く暮らしていたのだった。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:43
- さて、一行は時間がもったいないと、
門の近くに立っていた花売りにチップをあげて、教会の中に入った。
サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会は、外見より内部が見どころだ。
大理石は白だけでなく、赤色のそれが映えている。
祭壇画は彩色豊かなキリストの磔の絵で、天井のドームからは暖かい日差しが飛び込んでくる。
「これはこれは」
「厳かだけど、なんだか高揚した気分になるわね」
「よっちゃん、これ何だろ?」
美貴が、壁の大理石のすきまにささっているカードを指した。
そこに黒い文字が書かれていた。
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:44
- 「ハングリー、読める?」
「英語じゃないとわかんない!」
「アングリーは?」
「これはイタリア語ですわ。ラテン語じゃないので読めませんわ」
美記が用意していた伊和辞典で解読すると、「協議会」とあった。
何のことかさっぱりわからない五人と五匹だったが、
三人寄れば文殊の知恵ということわざもある。
クーポラにある天使の彫像に囲まれるなか、
ひとみたちが辞書やガイドブックをひきながら、ああでもないこうでもないと相談していた。
「スペイン語で、人々が集まって会議することをコンスルタって言うらしいわ」
「コンスルタ? じゃあ、この地図のコンスルタ宮殿と関係あるのかな?」
「行ってみよ!」
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:44
- コンスルタ宮殿は、国会議事堂に使われている。
中に入ることはできず、前の広場をうろうろしていると、花売りがやってきた。
ひとみの腕をひっぱるので、チップを与えて追い払おうとしたところ、噴水の一角を指した。
「カードだ!」
今度は「ペスト」と書いてある。
噴水がわずかに与える冷気を浴びながら、ひとみたちは相談を再開する。
「ペストって何?」
「流行病の一つだけど、どういう意味があるのかしら」
「どうせ、ローマの何かと関係あるんでしょ」
「どう、コンコン?」
「ローマではなくミラノなら聞いた覚えがありますが」
「どんな?」
「ミラノでペストが流行ったとき、ミラノ大司教のカルロ・ボッロメーオが
お慈悲にも葬式をしてあげたという逸話が」
「治すのはあきらめてたのね」
「ローマでカルロ・ボッロメーオが関係するのは、クアトロ・フォンターネ教会よ」
「行ってみよ!」
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:44
- クアトロ・フォンターネ教会は、通称サン・カルリーノという。
ひとみはまたしても花売りにつかまり、チップを奪われた。
小さな教会だが、中に入って天井のドームを見上げると、
楕円形のドームが陽光によって奇妙に浮かび上がり、中央の鳩の絵が印象的に映えた。
「ああ、これはまるで真珠だね」
「だからバロック、歪んだ真珠なのよ」
例によってカードを見つけ、ひとみが読み上げた。
なぜなら、イタリア語でも英語でもラテン語でもなく、数式だったからだ。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:45
- 「ぶい・いこーる・ぱい・あーるのにじょう・えいち?」
「はい、コンコン、どうぞ」
「円柱の体積を表す公式です」
鳩の視線を受けながら、ひとみたちはあれこれと頭を悩ませた。
「円柱はイタリア語だとコロンナと発音するみたい」
「地図には、この近くにコロンナ宮殿というのがあるわ」
「行ってみよ!」
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:45
- コロンナ宮殿は、映画「ローマの休日」のラストシーン、王女の記者会見の場だ。
壁にも天井にも宗教画や肖像画で埋められている。
今は美術館となっているが、土曜日しか開いてないのでひとみたちは中に入れなかった。
しかし、ひとみたちの目的は、もはや観光地巡りではなくカード探しになっていた。
「見つかった?」
「こっちにはないわ」
「よっちゃん、こっちこっち」
周囲の観光客やそれを相手にしている商売人たちの目には、
ひとみたちが建物の外観というより、建物の壁の材質を調べているかのように映っていた。
ひとみは寄ってきた花売りを、やはりチップを与えて追い払った。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:45
- 「今度はイタリア語かな?」
「コレちゃん、辞書貸して」
「方向指示器?」
伊和辞典でもそれらしいことがわからなかったため、
梨華が持ってきていたGPS対応ノートパソコンを開き、Wikipediaで調べた。
「1908年に、イタリアのアルフレード・バラッキーニがアームの中の電球を……」
「それだ。バラッキーニ宮殿だ」
「行ってみよ!」
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:45
- ハングリーは解読に何一つ役に立ってなく、「行ってみよ!」としか言ってない。
バラッキーニ宮殿は観光地ではなく、門は鉄柵で閉じられていた。
例によって花売りにチップをせがまれたひとみは、
ハングリーに命じてどうやったら中に入れるか尋ねさせた。
「この中に入りたいんだけど!」
「もの好きなのね。柵の横に小さな出入り口があるから、運がよければ入れるわ」
開いてなかったのでひとみがノックすると、ややあって扉が開いた。
ハングリーがごにょごにょ話すと、警備員は中に通した。
受付で用紙を渡されたが、ひとみたちは英語で書くことができなかったので、
猫のぬいぐるみに代わりに書かせた。
もちろん、ハングリーが何を書いたのかはひとみの知るところではない。
ひとみたちは、別室に連れていかれ、そこで待つように言われた。
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:46
- 「ところで、ここどこなのかな?」
「歴史のありそうな建物だけど」
美貴や美記は、壁にかかった絵やテーブルの置物を吟味し始めた。
梨華はカードがあるに違いないと、じゅうたんをめくったり、カーテンの裏を調べたりしていた。
ひとみは今にも暴れだしそうなぬいぐるみたちを、両手いっぱいに抱えていた。
あさ美は、テーブルの隅にあるメモ帳とボールペンをいじっていた。
「コンコン、何か書いてある?」
「これ、カードじゃないんですけど」
「うん」
「ミニステーロ・ディラ・ディフェーザって印刷されてます」
「えっと、つまり?」
「イタリア国防省です。日本でいうと防衛省ですね」
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:46
- それはまずい、ということで、一行は逃げることにした。
正面玄関からでは目立つので、案内された部屋が一階であることを幸いに、
窓から全員抜け出した。
建物から出ることはできたものの、敷地から出るには先ほどの出入り口しかわかっていない。
そこには警備員が立っている。
となると、ぬいぐるみたちの出番だ。
陽が落ちかかっていて、そこかしこに陰があり、ぬいぐるみたちにはうってつけだ。
警備員の前に、ハングリーが立った。
何の生き物だと警備員がいぶかしんでいると、いきなり小石を投げつけた。
小石は頬に当たり、逆上した警備員はハングリーを追いまわした。
そのすきにひとみたち人間が扉を開けて外へ脱出した。
少し離れたところで身を隠していると、ぬいぐるみたちが意気揚々と現れた。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:46
- 「どうだった?」
「ミキティが転ばして、コンコンとコレティが蹴っ飛ばして、アングリーが突き刺したよ!」
「ああ、かわいそうに」
きっと、警備員は見たままのことを上司に報告しても、
信じてもらえることはないだろうと、ひとみは確信していた。
それでも、鉄柵が開いて、大男たちがわらわらと飛び出してきたのを見て、
一行は駆け足で逃げ始めた。
- 46 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:46
- 「何か叫んでるけど、何だって?」
「クワルト、クワルトって言ってるけど?」
「辞書には、四番目って載ってます」
「四番目って何が?」
「さあ?」
ひとみたちとハングリーたちは、クイリナーレの丘を走って脱出した。
おなかがすいたということで、手近なレストランで食事をすることとなった。
イタリアにも「脳みそプディング」はあるのだろうかと、ひとみは軽く疑問に思った。
- 47 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:47
- おしまい
- 48 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:47
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:47
- (0^〜^)
ハングリー:タマダ!
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 16:47
- ( ^▽^)
アングリー:オカザキ!
- 51 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/13(日) 13:03
- 柴ちゃんの緑のぬいぐるみの関係ひどいww
- 52 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:32
- >>28 >>51
ありがとうございます。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:34
-
ぬいぐるみとコロッセオ ── Futsal
- 54 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:34
- レストランで、お腹をふくらませた一行は、次なる観光スポットへ向かった。
ちなみに、その店には「脳みそプディング」は置いてなかったので、
ぬいぐるみたちはブルーベリーのジェラードを賞味していた。
「もう夜になっちゃったけど、どこへ行く?」
「コロッセオにしましょうよ」
「ラテン語ではコロッセウムですわ」
美記の提案で、円形闘技場跡地へ向かった。
かつては、剣奴たちが殺し合いをし、それを市民たちが熱狂して観戦していた地だ。
吉澤ひとみたちもその光景を頭に思い浮かべ、とはいっても映画のシーン、
フィクションでしかないのだが、気分が高まってきた。
「グラディエーターの世界よね」
「ラッセル・クロウだね」
- 55 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:35
- 夜のとばりは完全に下ろされてはなく、空が青暗く染まっている中、
コロッセオの大理石はオレンジ色に輝いていた。
「ひとみ、きれいだね!」
「ああ、きれいだね」
「梨華様、ひとみ様、死の匂いがしますわ」
またかよ、とひとみは思ったが、ここはもともと殺し合いの場所、
命の残滓がただよっているのをアングリーが感じ取ったのかもしれないと、思いなおした。
かつては公開処刑も行われていた場所であり、今では死刑廃止のイベントにも使われる。
ライトアップされるのは、死刑を廃止した国が出たときか、あるいは著名人が死刑になったときだ。
- 56 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:35
- 「ねえ、ひとみ! 肩掛けかばん出して!」
「え? ホテルに置いてきたよ」
「そんな!」
ひとみはハングリーのがっかりした顔を見て、いったい何を企んでいたのかわからなかった。
ハングリーはぬいぐるみ用のかばんを、ローマへ持ってきていたのだ。
コロッセオを離れ、ホテルに戻ろうとして街を歩いていると、
藤本美貴がひとみの脇腹をつついた。
「よっちゃん、ほら、あれ」
「お、フットサルやってるね」
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:36
- 金網の向こうでライトに照らされながら、フットサルの練習をしている一団がいた。
練習しているのはイタリア人の若い娘たちで、きゃっきゃっとはしゃぎながらボールを蹴っている。
金網を握りながら、ひとみたちはしばらく様子を眺めていると、
コーチの男が娘たちに注意した。
「ほら、もっと真剣にプレーしないと怪我するぞ。
もっと上達して、今度の試合で勝ちたいと思わないのか」
「大丈夫よ、コーチ。あそこで見ている日本人なんかよりずっとうまいんだから」
イタリア語なので、ひとみたちは会話の内容まで理解できなかったのだが、
あさ美が「じゃっぽねーぜ」という言葉に反応した。
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:36
- 「何か私たちのこと言ってるみたいですよ」
「どんなこと言ってるのかな」
「ねえ、日本人がどうかしたの! 教えてよ!」
ハングリーが大声で英語をまくしたてたので、ひとみはその頭を押さえつけた。
日本人の観光客など無視して練習を続ければいいものを、
英語ができるイタリア娘がこれに返事を返してきた。
「日本人より下手なプレイヤーなんていないのよ!」
「あはは!」
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:36
- ハングリーが多少誇張を交えて通訳した。
ひとみはいいかげんホテルに帰って休みたかったのだが、他の四人、
特に石川梨華と美貴が目にわかるように激昂した。
「何よ! そんなへなちょこパスしかできない奴らに言われたくないわ!」
「ボールじゃなくて、女ったらしのイタリア男でも追っかけてればいいのよ!」
これをハングリーが大声で、懇切丁寧に英訳して伝えたので、
イタリア娘の集団も色をなした。
言葉も通じないのに、日本人とイタリア人による金網越しの言い争いが勃発した。
これはこれでおもしろいと、ひとみが横でじっと傍観しているところへ、
イタリア人のコーチが英語で声をかけてきた。
- 60 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:36
- 「君たちは、いったい?」
「のんきな観光客だよ!」
「見たところ、フットサルに興味があるみたいだけど、できるのかい?」
「プロのフットサルプレイヤーだよ!」
ひとみの代わりにハングリーが答えている。
試合をやるたびに、客からお金を取っているので、ある意味プロで間違いない。
プロうんぬんは冗談だろうとコーチは受け取ったが、ひとみに練習試合を申し込んだ。
「伊日親善ということで、どうだろうか?」
「のぞむところだよ!」
遺恨はフットサルで晴らすこととなった。
ひとみたちは、ジャージとオレンジ色のビブスを借りた。
試合は十分ハーフだ。
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:37
- ガッタス・ブリリャンチス(輝ける猫たち)
FP 吉澤ひとみ
FP 藤本美貴
FP 石川梨華
FP 是永美記
GK 紺野あさ美
コリニー・ソレンニ(荘厳なる兎たち)
FP カテリーナ
FP エリザベッタ
FP シモーナ
FP パオラ
GK マッダレーナ
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:37
- 「猫なんかぐちゃぐちゃに叩きのめしてやる!」
「兎なんか引き裂いて焼肉にしてやるわ!」
コリニーのボールでキックオフとなった。
カテリーナは相手を侮って、ゆっくりとドリブルを始めた。
そこへ美貴が正面からつっかかっていった。
美貴の右足がボールに伸び、ボールが両社の足の間に挟まった。
一瞬動きが止まった後に、相手は吹っ飛ばされていた。
「コーチ、今の反則じゃない!」
「よくわからんが、ボールに向かってたしスライディングじゃないし、ノーファール」
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:37
- 美貴はすぐに後ろのひとみにボールを渡し、こちらもドリブルを始めた。
イタリア娘はまだ相手を見下していて、自陣に入られてもプレスにいかない。
ひとみはサイドに張っていた美記にパスし、美記はダイレクトでひとみに戻した。
慌てたパオラがひとみに向うも、ひとみはさらに美記にダイレクトパス。
ワンツーで美記はゴール前でボールを受け、右足を振りぬいた。
「ナイスゴール!」
「こんな程度?」
これで火がついたイタリア娘たちは、果敢な攻撃を始めた。
パス回しでひとみたちを翻弄し、うかつに飛び込んでいくことができなかった。
サイドをボールを受けたエリザベッタがひとみを交わしたところでギャップが生じ、
梨華が詰めようとしたのでゴール前にスペースが生まれた。
ゴール前でパスを受けたカテリーナが、あさ美を交わしてゴールを決めた。
「どんなもんよ!」
「今のはいい攻撃だったぞ」
コーチもご満悦な表情で笛を吹いた。
- 64 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:38
- さて、ぬいぐるみたちは、この試合を最初はおとなしく見ていた。
試合が見やすいようにと、ひとみたちの荷物の上に置かれていたのだ。
ところが、そのうち自分たちもプレーしたくてうずうずしてきた。
ハングリーたちも、ひとみたちと同名のフットサル・チームを持っていた。
もちろん、試合は相手がいないとできないのだが、
ハングリーはイタリア娘たちの荷物にあるそれらに気づいた。
同じように、兎のぬいぐるみが乗っかっていた。
「ねえ、アングリー! あれ、どう思う!?」
「イタリア製のぬいぐるみね」
「動くほうかな、動かないほうかな!?」
「試してみる?」
- 65 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:38
- アングリーは大鎌を両手で持つと、横なぎに振った。
鎌は回転しながらイタリア娘の荷物のほうへ飛んでいった。
兎のぬいぐるみは荷物から飛び降り、どうにかこれを交わした。
「動くほうのぬいぐるみね」
「やった! じゃあ試合しよ!」
ハングリーたちは、こそこそと移動を開始した。
人間たちは試合に夢中で、妙な生き物の行動に気づかない。
兎のぬいぐるみは、ハングリーたちが近よってくると、厳重なる抗議を行った。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:38
- 「危ないじゃない! もう少しで首をもぎ取られるところだったのよ!」
「首なんて、つなぎなおせばいいじゃない」
「それよりさ、フットサルやろうよ!」
イタリアのぬいぐるみたちも、人間たちの試合を見て羨ましがっていたので異存はなかった。
「どこかいい場所あるんですか」
「そこの建物に室内練習場があるわ。そこで勝負よ」
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:39
- ガッタス・ブリリャンチス(輝ける猫たち)
FP ハングリー(パンク猫)
FP ミキティ(狼)
FP アングリー(ゴスロリ猫)
FP コレティ(ヌー)
GK コンコン(狸)
コリニー・ソレンニ(荘厳なる兎たち)
FP リナ(ネザーランドドワーフ)
FP リサ(バク)
FP モナ(リャマ)
FP パオラ(チンチラ)
GK レナ(ハクビシン)
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:39
- イタリアのぬいぐるみたちも、フットサルのチームを持っていた。
なので、ぬいぐるみのサイズに合わせたボールやゴールもしっかり用意されていた。
オレンジ色の小さなビブスをハングリーたちは装着し、試合が開始された。
審判はいないので、自主申告制だ。
キックオフ直後、ハングリーがドリブルを始め、
激しいタックルを受けてころころ転がっていくのはすでに様式美となっている。
アングリーが鎌を持って相手に詰めより、もみ合いが始まった。
なんとかおさまってガッタスのフリーキック。
ハングリーが蹴ったボールは相手ゴール前にふわりと上がり、
飛び出して触ろうとする相手GKレナの動きをミキティが巧妙にブロックし、
コレティがボレーシュートを華麗に決めた。
ここでもひと悶着があったのち、今度は兎のリナが遠目からミドルシュートを打ち、
これはコンコンが弾いたものの、リサが飛び込んできて、
こぼれ球を拾おうとしたハングリーごとボールをゴールに押し込んだ。
また押し合いへしあいのもめ事となり、ということをぬいぐるみたちは延々と繰り返していた。
- 69 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:40
- いっぽう、人間たちの試合のほうだが、ガッタスの苦戦が続いていた。
フットサルは常に走りまわる球技なのだが、ひとみたちは五人しかいないので交替できない。
だんだん疲れがたまってきて、動きが悪くなるのは道理だ。
それでも体を投げ出す守備とあさ美の好セーブなどで失点だけは防いでいた。
「コンコン、こっちに!」
「寄せが早いから、あまり持たないで!」
- 70 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:40
- 梨華が中央付近でボールをキープしようとしたが、ボールを奪われた際に倒れてしまった。
ひとみのクリアでいったんプレーが途切れたものの、立ち上がる様子がない。
「大丈夫?」
「足くじいた?」
疲れて体力がなくなっただけだったのは、不幸中の幸いだった。
しかし、交替するメンバーもなく、四人だけでやるしかないかとひとみは思っていたところへ、
妙に自信ありげな声が響いた。
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:40
- 「何やってるの? 勝つ気あるわけ?」
「あら、柴ちゃん」
あゆみがコートの中に堂々と侵入してきた。
「しょうがないわね、あたしが出てあげるわ」
「何も返事してないんだけど」
あゆみは梨華の着ていたビブスをつけて、ピッチに立った。
「あと一点取って、絶対に勝つわよ!」
「あの、キャプテンはわたしなんで」
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:40
- あゆみは守備的なポジションが得意だったので、
現在の攻撃的なチーム編成の中では効果的な交替となった。
イタリア娘のパスが通らなくなり、ガッタスがボールを持てる時間が増えていった。
残り一分というところで、美貴がドリブルを始めた。
目の前に相手が立つと、相手にいったんボールを渡し、
それを強引に奪って前に進むという、世界にも類を見ない技だ。
あと一人抜けばというところで、パオラが何とかボールに触ってドリブルを止めた。
ボールはエンドラインを割り、ガッタスのコーナーキックとなった。
「あれでいくわよ、よしこ」
「だから、キャプテンは……」
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:41
- コーナーキックを蹴るのはあゆみで、ニアに美貴と美記、コート中央にひとみが立った。
イタリア娘も、ニアの二人にはパオラとシモーナ、
ゴール前にエリザベッタ、ファーにカテリーナが立った。
ひとみについては、ボールを取られた後の守備のためだと判断してマークはつけていない。
美記があゆみに向って走りだした。マークのシモーナもついていく。
あゆみは美記のちょこんと出すが、シモーナのプレスで振り向くことはできない。
美記はあゆみに返し、あゆみはダイレクトでニアの美貴に向けて鋭いパスを出した。
美貴がシュート体勢に入りながら前に進んだので、パオラもそこに向かう。
ところがボールは美貴の背後をすり抜け、ペナルティエリアの外に出ていった。
そこに走りこんできたひとみが、ダイレクトでトゥーキック。
FPの選手たちはとっさのことで対応が遅れ、
GKのマッダレーナはFPたちがじゃまでボールの軌道が見えなかった。
ボールはゴール右隅に吸い込まれていった。
ここで、コーチの男は終了の笛を吹いた。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:42
- 「ナイスゴール。そしてナイスゲームだった」
「コーチ、負けちゃった」
「悲観することはないぞ。ふだんからこれだけまじめにやってれば、もっと強くなれる」
両チームのわだかまりはなくなり、そろってシャワーを浴びることになった。
ひとみは、相手チームのキャプテンに話しかけようとして、通訳がいないことに気づいた。
そして、途中の室内練習場に、十体のぬいぐるみが散乱しているところを発見した。
ハングリーなどは首と胴体が離れ離れになっている。
イタリア娘たちは、なぜこんなところに自分のぬいぐるみがあるのか不思議に思いながら、
日本人たちは、またろくな遊びをしていなかったのだろう、
あるいはパンク猫にたぶらかされていたのだろうと思いながら、おのおの回収した。
あゆみの姿がいつのまにか消えていたが、ひとみは気になしないこととし、
ハングリーの頬を思いきり引っぱりあげた。
- 75 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:42
- おしまい
- 76 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:42
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 77 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:42
- (0^〜^)
ハングリー:ジェラード!
- 78 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/19(土) 09:43
- ( ^▽^)
アングリー:ランパード!
- 79 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/22(火) 21:28
- 緑の人は後発隊だったはこのためかw
- 80 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:51
- >>79
ありがとうございます。
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:51
-
ぬいぐるみとジェラード ── Espana
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:52
- フットサルコートをあとにした一行は、夜風に当たりながらスペイン広場に向かった。
スペイン広場にあるスペイン階段で、
オードリー・ヘップバーンよろしくジェラードを食すのが目的だった。
「おーい、嬢ちゃんたち」
「なに!?」
スペイン階段の手前で、屋台の男に呼び止められた。
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:53
- 「ひとみ! ジェラード売ってるよ!」
「ここで買えばいいのかな?」
「嬢ちゃんたち、ぜひともうちでジェラードを買ってくれ。
だが、スペイン階段でジェラードを食べることは禁止されてるんだ」
「え!?」
「最近は当局もうるさくてな。この辺りでなら食べても大丈夫だよ」
スペイン階段でグレゴリー・ペップをつかまえる気まんまんだった石川梨華の気勢はそがれた。
壁によりかかり、街灯の明かりがあたらない位置で、
吉澤ひとみたちはこっそりとぬいぐるみにジェラードを与えた。
ハングリーは、ためらうことなくブルーベリーを選んだ。
「何回食べても飽きませんわ」
「うん、おいしい!」
「しまった。こいつらにあまりいいものを食べさせるんじゃなかった」
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:53
- あさ美や美記も、最初はおそるそるぬいぐるみに接していたのだが、
今ではもうかなり打ち解けていた。
その様子を見ながら、一度釘をさしておくべきはないかとひとみは考えた。
このぬいぐるみたちは単なるペットではない。
場合によれば人間に危害を加えることも厭わない、悪魔のような存在なのだ。
目的のスペイン階段だが、夜も遅いというのに人の姿が消える気配はない。
しかも、その多くはカップルだった。
そこへ観光客然とした日本人の集団が現れれば、違和感はぬぐえない。
階段の手すりに体を預け、市街の様子を観察しているところへ、
ある意味その場に似つかわしい集団が現れた。
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:54
- 「梨華様、敵が現れましたわ」
「あっ! バルサのユニだ!」
階段の上から、青とえんじのユニフォームをまとった男たちがのそのそと歩いてきた。
チャンピオンズ・リーグ決勝に駒を進めたFCバルセロナのサポーターたちだ。
「スペイン広場って言うから、バルサの旗で埋まってるのかと思いきや」
「のんびりしたもんだな、ディエゴ」
「イタリアってのはカルチョの国だと聞いていたのに、拍子抜けだ」
日常生活の何から何までサッカー尽くしという国があったら、
それはそれでおかしなところだろう。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:54
- ひとみは同じバルサを応援しているとはいえ、なんとなくうさんくさい人間とは目を合わさない。
しげしげと眺めているハングリーをつかんで、正反対の方向へ顔を向けさせた。
ところが、男たちは敵意を持った視線を送っている梨華の腕を取った。
「おい、ねえちゃん!」
「な、なによ、なんなのよ」
グレゴリー・ペップではなく、スティーブン・セガールみたいなのに腕をつかまれ、
梨華はぎょっとして、ひとみに助けを求めようとした。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:54
- 「おい、これ!」
「へ?」
男は梨華の腕を離し、首から下がっているアングリーを両手でつかんだ。
「イニゴ、こいつはすばらしいぞ!」
「ゴシック風味の猫か、これはたまらん」
「こんなの初めて見たぜ。どこで売ってるかわかるか、アルバロ?」
アングリーは大の男三人にもみくちゃにされた。
ひとみが注視すると、三人はそれぞれのベルトから、
オセロット、ユキヒョウ、ジャガーを模したぬいぐるみを下げていた。
やがて三人は大声で笑いながら、スペイン階段を下りていった。
あとに残されたのは、ぐったりとへたりこんでいる梨華とアングリー。
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:55
- 「なんだかわからないけど、なんだか悔しい!」
「梨華様、キズモノにされてしまいましたわ」
にたにたと笑いながら、ひとみは梨華の体を起こした。
ハングリーも、アングリーのへこんだ姿を見るのは久々だったので、同じくにやにやしている。
「すてきな新聞記者だったね」
「冗談よしてよ」
「それにしても、ぬいぐるみを着飾るのが流行ってるんですかね?」
「男がやるのはどうなのかな」
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:55
- そろそろ帰ろうとしたところ、ハングリーは容器を抱えてまだジェラードを食べていた。
「早く食べちゃえよ」
「少しずつ味わいたいんだ!」
ホテルへ戻るためにタクシーをさがしてうろうろしていたが、
なかなか見つからないので、もう少し大きい通りに出ようとしていた時だった。
闇の空から人間が一人降ってきて、ひとみたちのすぐ横に落ちた。
- 90 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:56
- 「ちょっと、よっちゃん」
「何、ミキティ?」
「あたしの顔に何かかかった?」
「たぶん、この人の脳しょうかな?」
「あ、やっぱり?」
あさ美と美記は、腰がくだけて尻もちをついた。
ひとみは上を仰ぎみると、建物のベランダから警官が見下ろしているのが見えた。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:56
- 集まってきた警官たちに、ひとみは見聞きしたことをハングリーに伝えさせた。
警官の一人は大卒で、ハングリーのブリティッシュ・イングリッシュは難なく通じた。
「空から人間が落ちてきたんだよ!」
「空というか、あの建物の五階からだね」
「五階だと、微妙な高さじゃない!?」
「そこの縁石に頭をぶつけたんだ。運が悪かった」
「どうして落ちてきたの!?」
「自殺と事故のどちらかだね…… なぜ警官である私のほうが質問されてるんだ?」
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:56
- 顔を拭いて戻ってきた美貴が、ひとみの横に立った。
警官がやってくるまで、ぴくりとも動かない死体に向かって悪態をついていたのは内緒にしてある。
警官は美貴のほうにも質問しようとしていたので、ハングリーが通訳をつとめた。
もちろん、ひとみが話した以上のことは知りようがない。
建物の入り口から、例の警官が仲間とともに降りてきた。
「おい、何があったんだ?」
「災難だったぜ」
その警官が話したところによると、この建物──安アパートの住民から通報があった。
空を飛んで命を落とした男が、部屋の中で暴れているという。
その男は重度のアルコール中毒で、妻は一年前に失踪し、小さな娘と二人で住んでいた。
仕事もほとんどしてなく、子供に暴力をふるうこともあった。
隣人が、今夜も暴力をふるっているのではないかと思い、通報したのだった。
- 93 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:57
- 「部屋に入れたのか?」
「ドアに鍵はかかってなかったので、少し開けて中を見てみた。
すると、まさに子供が折檻を受けていたところだった」
「酔っていたのか?」
「十メートル離れてても臭ってきたよ」
「それから?」
「制服姿の俺を見ると、ベランダに逃げ出した。
追いかけて俺もベランダに出たんだが、やつはもう飛び降りたあとだった」
このような会話があったことを、ハングリーが聞き出すことができたのは一つの才能だ。
別の警官が、女の子の手をひいて外に出てきた。
ひとみがそのそばによって、泣きじゃくる女の子の頭をよしよしとなでた。
梨華は幼女に同情の視線を、ひとみに軽蔑の視線を投げかけている。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 08:58
- 「もうだいじょうぶだから、泣かないでよ!」
「……うん」
「それで、何があったのか話せる!?」
「あたしがね、ジェラード食べてたら、お父さんの服を汚しちゃったの」
「ああ、それでお父さんは怒っちゃったんだね!?」
「うん。そうしたら、警察の人が中に入ってきて、お父さんは逃げたの」
「その先は見てないの!?」
「キッチンに行って、パイナップルのお代わりを探したわ」
ハングリーは英語しかできないので、先ほどの大卒の警官が間に入って会話した。
それを警官が許したのは、小さい女の子から事情を聴くには
女性が介在していたほうがいいと判断したからだった。
大卒の警官は、例の警官の肩をたたいた。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:00
- 「不幸な事故だったな」
「ああ。その子らは?」
「近くにいた日本からの観光客だ。こっちの人は脳脊髄液を浴びた」
「それは悪いことをしたが、俺のせいではないことを伝えてくれ」
例の警官が美貴の肩をたたこうとして腕を伸ばした。
腕はひとみの目の前を通って、美貴まで伸びた。
「もう帰ってもいい!?」
「すまないが、あともう少しだけがまんしてほしい。現場調査が終わるまで待ってくれ」
「どのくらい!?」
「一時間くらいで済むだろう」
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:00
- ひとみはこれを聞いて眉をしかめた。
日付がそろそろ変わろうという時間だった。
警察に協力するのは市民としての義務の一つだが、ひとみたちはローマ市民権はない。
ひと暴れしましょうかとアングリーの目が光ったのをひとみは抑え、
ハングリーに大卒の警官へ声をかけさせた。
「ねえねえ!」
「どうかしたか?」
「事故かもしれないけど、その人は嘘ついてるかもね!」
「ん、どういうことだ?」
「誰も見てないけど、その人は死んだ人と揉みあってたんじゃないかな!?」
「もしそうだとしたら過失事件にもなりかねんが、そんな形跡はないぞ?」
「あるよ! 女の子はジェラードで死んだ人の服を汚したんだよね!」
- 97 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:01
- ひとみはここで、英語の話せない例の警官の腕をとり、ひじのところを指さした。
「ほら、ジェラードがついてるよ!
死んだ人と揉みあって、そのときについたに違いないよ!」
例の警官が、だんだん蒼白になっていくのがひとみにもわかった。
警官は乱暴にひとみの腕をはらった。
「なんだって? 俺はこんなもの知らねえ!」
「落ちつけ、とにかく落ちつくんだ」
「ほら! 何か隠しごとしてるに違いないよ!」
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:01
- ハングリーが余計な一言をくわえたため、英語がわからないなりにも
ひとみが自分を告発していることに気づいた警官が、ひとみに手を伸ばしてきた。
これを大卒の警官が羽交い絞めにし、他の警官もわらわらと集まってきた。
これで例の警官はさらに逆上し、数人がかりでも抑えられそうにない。
「あの……?」
「いいから、あなたたちはいったんここから離れて!
あそこのパトカーのところで待ちなさい」
- 99 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:02
- ひとみたちは許可が出たので、その場をゆっくりと歩いて離れた。
当然のようにパトカーを素通りして、大きな通りに出るとタクシーを拾った。
車中、スペイン階段でのできごとを思いだしたアングリーが
ハングリーに因縁をつけようとするのをとどめていた梨華が、
先ほどのできごとについてひとみに尋ねた。
ひとみは、あの事件は警官の過失によるものかもしれないと話した。
「まあ。そんなことがあったのね」
「ほんとうは違うけどね」
「え?」
「美貴に警官が腕を伸ばしたときに、ハングリーが持っていた容器から
ブルーベリーのジェラードをこっそりつけたんだ。
早くホテルに戻りたかったから」
「つまり冤罪なわけ? そんなことして大丈夫かしら」
「つけたのはブルーベリーだけど、女の子が食べてたのはパイナップルだってことは、
警察がちゃんと調べればわかるでしょ。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:02
- ハングリーはまだジェラードをもぐもぐ食べている。
「ほんとに、適当な作り話が大好きなんだから」
「まあまあ。じゃ、ホテルに着いたら起こしてね」
ひとみは頭を梨華の肩にあずけ、寝息をたてはじめた。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:02
- おしまい
- 102 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:03
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 103 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:03
- (0^〜^)
ハングリー:くすみ!
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/26(土) 09:03
- ( ^▽^)
アングリー:こはる!
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/03(土) 12:36
- wktk
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:15
- >>105
ありがとうございます。
昨日は二日酔いで更新できませんでした。
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:16
-
ぬいぐるみとひったくり ── Snatch
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:17
- 翌朝、吉澤ひとみ一行は、昨日のさまざまな騒動はきれいさっぱり忘れて、
あらためてローマ観光に向かった。
今やイタリア警察とイタリア国防省のおたずねものになってしまったが、
そんなことはひとみやハングリーには何の障壁のもならない。
「まずどこから行く?」
「パンテオンに行ってみたいです」
パンテオンはローマ帝国時代の遺物で、ローマ帝政の初代君主アウグストゥスを
顕彰するために作られたので、キリスト教色が薄く、万物神を祀っていた。
とはいえ、今では中は教会になっていて、キリスト教文化に満ちている。
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:18
- 「外側は地味な建物だけど、中は全然違うわね」
「ここも天窓から光が差し込んでいるわ」
「大昔にどうやってこんな大きい建物作ったんだろうね!」
「天然のコンクリートみたいなもので作ったそうだよ」
教会だったところで美術品もそれほどなく、一行はざっと眺めると外へ出た。
ラファエロの墓などがあるのだが、死体好きのぬいぐるみといえども、
とうの昔に死の匂いが消えたものなどに興味はない。
「あそこで一休みしましょうよ」
紺野あさ美の目当ては、オープンカフェだった。
観光客目当てのカフェがいくつも連なっている。
ひとみは四苦八苦してもふもふした食感のプディングを注文することに成功し、
ハングリーたちは人目を忍びながら「脳みそプディング」を賞味した。
「外側は地味な建物だけど、中は全然違うわね」
「ここも天窓から光が差し込んでいるわ」
「大昔にどうやってこんな大きい建物作ったんだろうね!」
「天然のコンクリートみたいなもので作ったそうだよ」
教会だったところで美術品もそれほどなく、一行はざっと眺めると外へ出た。
ラファエロの墓などがあるのだが、死体好きのぬいぐるみといえども、
とうの昔に死の匂いが消えたものなどに興味はない。
「あそこで一休みしましょうよ」
紺野あさ美の目当ては、オープンカフェだった。
観光客目当てのカフェがいくつも連なっている。
ひとみは四苦八苦してもふもふした食感のプディングを注文することに成功し、
ハングリーたちは人目を忍びながら「脳みそプディング」を賞味した。
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:18
- あさ美はマローネドルチェをゆっくり味わいながら食べていた。
栗の甘みは、横の椅子に置いていた荷物の存在を忘れさせた。
細い手が椅子の上に伸びる。
紙袋と革のバッグがあったのだが、それに気づいたハングリーの大声のため、
紙袋のほうしかつかむことができなかった。
まだ十代の女の子が、獲物をつかんで走り始めた。
「泥棒だ!」
「追いかけよう」
会計と残りの荷物の番のために是永美記だけを残して、人間とぬいぐるみは追跡をはじめた。
昨日のフットサルの激闘の疲れはほとんどなかったのだが、
ひったくりになかなか追いつくことができないでいた。
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:18
- 「コンコン(人)、紙袋の中味は?」
「辞書とぬいぐるみです!」
「コンコン(ぬいぐるみ)がさらわれてるんだ!」
紙袋の中で、狸のぬいぐるみはおとなしく固まっていた。
ハングリーやアングリーほど世間ずれしていないのだ。
やがて、コンコンは小さな公園でひったくりと対面した。
ひったくりは紙袋の中を見て、大きなため息をついた。
「こんなんじゃ質屋に持っていっても一ユーロにもならないわ」
ひったくりの少女はぬいぐるみのしっぽをつかんで、ぶらぶらと振った。
- 112 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:19
- 「はあ、お腹すいたわ」
「アドリアーネじゃないか、こんなところで何やってる?」
背の高い警官がひったくり少女の前に立っていた。
すぐに、少女から紙袋を取り上げた。
「伊和辞典? どこから盗んできたんだ?」
「盗んだんじゃないわよ。拾ったのよ」
「嘘はもっとじょうずにつくもんだ。そっちのおもちゃもそうだろ?」
「違うわよ」
「どうせ間抜けな観光客からひったくったものだろうが。さあ、来るんだ」
「ちょっと、離してよ!」
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:19
- そこへひとみたちがやってきた。
ひとみは少女と警官がもめているのを見て、少し首をかしげた。
あさ美が指をさして声をあげた。
「あ、あれです」
「おや、被害者がやってきたようだ。もう観念するんだな」
「知らないわよ」
ひとみは少女からぬいぐるみを取って、あさ美に渡した。
「やあ、ローマへようこそ。我が国の恥部をお見せして申し訳ない」
- 114 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:19
- 観光客のために英語を学んでいるのだろうと思ったひとみは、さっそくハングリーにしゃべらせた。
「このとおり、大事な荷物は本官が取り戻したので、お手数だが署のほうで……」
「あ、昨日ここに忘れていっちゃったやつだ!」
「あ?」
「この子が見つけてくれたんだね! ありがとう!」
「いや、それはちが……」
「お礼しないとね! あそこの喫茶店でごちそうするよ!」
最後のはハングリーが勝手につけくわえたもので、ひとみは頭をぽかりと殴った。
あっけにとられている警官を置いて、一行は喫茶店に向かった。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:20
- 「よっちゃん、どうしてこのひったくりをかばったの?」
「昨日あれだけ大暴れしておいて、警察に行ったらどんな目にあうと思う?」
藤本美貴は納得して大きくうなずいた。
あさ美はぬいぐるみが戻ってきたので、とりたてて不満はない。
置いてきていた美記と合流して、六人は喫茶店に入った。
少女を奥に座らせて、ひとみと美貴がはさみこむように座った。
ひったくりのくせに、少女は不安げな表情を見せた。
「あなた、英語できる?」
「す、少しなら」
「よかった。じゃあ、何が食べたい?」
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:20
- ひとみはにこにこしながら、アドリアーネの身の上話を聞いた。
貧しい少年少女が生活に困って盗みをはたらく話はありふれているので割愛する。
窃盗は法律違反で道徳的もうんぬんとひとみは説教でもしようかと思ったが、
トレヴィの泉に猫をおびきよせたり、死体と警官をほったらかしにするのと
どちらかが不道徳なのかわからなかったのでやめておいた。
「はあ、これからどうしていけばいいのかしら」
「何か職でも見つけたら!?」
「それができていたら苦労しないわ」
「それもそうだよね!」
何かできることでもないかとひとみは思案したが、
イタリアではポラロイド写真に数ユーロ払う人間もいないだろう。
商売は自分向きではないと、ひとみはあっさりあきらめた。
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:20
- 喫茶店を出て、六人と五匹のぬいぐるみはぶらぶらと歩いていた。
沈黙状態に耐えきれず、石川梨華が何かしゃべろうとしたところ、ひとみが何事かつぶやいた。
「どうしたの?」
「こっちの方向はまずいかなあって」
一行はスペイン広場にまで来ていた。
例の安アパート近辺は、テープが張られて何人もの警官がうごめいている。
ひとみたちは物陰に隠れて、昨日の警官がいないかどうかを確かめた。
「どう?」
「いないみたいね。アパートの中にでも入っているのかしら」
「だいじょうぶだよ!」
- 118 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:21
- ハングリーが根拠のない自信をしめした。
昨日と同じ屋台で、六人はジェラードをおのおの注文した。
「景気はどう!?」
「ぼちぼちだねえ」
ひとみはフランボワーズをさくさくと食べていたが、
ハングリーが物ほしそうな顔でじっと見ていたので、
ひったくり少女には見えないように、スプーンですくってハングリーの口の中に押し込んだ。
そこへ、梨華の大声がひとみの耳に飛び込んできたので手元が狂い、
スプーンはハングリーの体の中へぎゅっと押し込まれた。
げぼげぼとえずくハングリーのことは放っておいて、ひとみは梨華のほうを見た。
スペイン階段が、バルサのレプリカユニを着た一団で埋まっていた。
- 119 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:21
- 「何これ?」
「おっ、昨日のねえちゃんじゃないか」
一団の中から、スティーブン・セガールもといディエゴが梨華に近よってきた。
そして、梨華ではなく、アングリーを愛おしそうになでまわした。
「どうかしたのかな!」
「お、こいつらか? ようやく我らがFCバルセロナの応援団が到着したんだ。
それで、なじみのありそうなスペイン階段で気勢をあげていたところだ。
ま、中にはカタルーニャ階段でないことに不満を持っているやつも多いが」
「とりあえずさ、みんなでジェラード食べようよ!」
「この暑さだし、そうするか。おい、おまえら!」
青とえんじのレプリカユニのかたまりが、屋台に殺到した。
屋台の男はその対応に大わらわとなった。
- 120 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:22
- 「いきなり忙しくなりやがった!」
「おじさん! 手伝ってあげよっか!」
「そうしてくれるとありがたい」
「一時間いくら出してくれる!?」
「しっかりした嬢ちゃんだ」
「働くのはこの子だよ!」
ひとみはアドリアーネを背中をどんと押した。
とまどっていたひったくり少女だったが、屋台の男にせっつかれて注文を聞いてまわった。
ひとみたちは、その様子をジェラードを食べながら眺めていた。
最後のジェラードを出し終わったのは、二時間たってからだった。
「もう在庫がなくなっちまった。売り切れだ」
「これだけ働いたのは久し振りだわ」
「これで終わりじゃないぜ。もっと仕入して、もっと売りまくるんだ。手伝ってくれるな?」
二人は屋台の車に乗って、スペイン広場から姿を消した。
- 121 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:22
- 「めでたし、めでたし?」
「どうかな。どれだけ辛抱強くできるか、わからないよ」
「チャンピオンズ・リーグが終わったら、観光客はもっと減るしね」
「そんなこと言って、吉澤さん。最後までちゃんと仕事できるかどうか見守ってたんでしょ」
「売上金を持ち逃げしないようにね。そこまで、骨の髄まで盗人じゃなかったようだけど」
厳しいことを話しているが、ひとみは満足げな笑みを浮かべていた。
ハングリーが自分の腹をぽんぽん叩いた。
「ジェラードでお腹がたぷんたぷんになったよ!」
「どんな体してるんだ?」
「おい、そこのジャッポネーゼ!」
- 122 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:23
- 見ると、昨日の大卒警官が血相を変えて走ってきていた。
「どうしましょ」
「ばらばらに逃げよう」
「そのあとは?」
「ヴェネツィア広場に集合」
ひとみたちは、スペイン人がいっせいにジェラードをほおばっているスペイン広場を
全速力で駆け抜けていった。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:23
- おしまい
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:23
- ┌────┐
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| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
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- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:24
- (0^〜^)
ハングリー:ケネディ!
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/04(日) 09:25
- ( ^▽^)
アングリー:かすみ!
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/09(金) 19:18
- 実は短編ごとの最後のハンアンのコメントで知っていたのは
今のところ「くすみ!」「こはる!」のみです
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:55
- >>127
ありがとうございます。
知らなくてもなんら問題ありません。
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:56
-
ぬいぐるみとウェディングケーキ ── Hanged man
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:56
- 警官が目をつけたのは吉澤ひとみだった。
ひとみはタクシーに飛び乗った。
「運ちゃん、とにかくまっすぐ進んで!」
「おお、わかった」
妙になれなれしい言葉で、ハングリーが英語で命じた。
それを見た警官も、後ろのタクシーに乗り込んだ。
「おい、前の車を追いかけてくれ!」
「料金はちゃんと払ってくださいよ」
「大丈夫だ。予算はある」
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:56
- ひとみはすぐに反対側のドアから抜け出していたので、
警官は空のタクシーを追い回すはめとなった。
ひとみはヴェネツィア広場に向かって歩きはじめた。
「ひとみ! お腹すいた!」
「さっきいっぱい食べてただろ」
とはいうものの、朝から腹もちのするものを食べていたわけではない。
紺野あさ美たちも勝手に昼食をとっているだろうと判断して、
ひとみも小さなレストランに入った。
カウンターに座ってアマトリチャーナを注文した。
ひとみは、というよりハングリーは、暇そうな店員ととりとめのない会話をした。
「ジャッポネーゼかい?」
「生粋のジャッポネーゼだよ!」
「ローマはどうだい?」
「なかなか刺激的なところだね!」
「今度のサッカーの決勝を見に来たのかい?」
「きっとバルサの圧勝だよ!」
- 132 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:57
- 料理が出てきたので、ひとみはこっそりハングリーにもパスタを与えた。
ふだんは普通の料理を与えたりはしていないのだが、観光旅行中の特別待遇だ。
ハングリーは初めて食べる本場のパスタを、ちゅるちゅると吸い上げて頬ばった。
勘定をすませてヴェネツィア広場へ向かうと、石川梨華と藤本美貴が待っていた。
「コンコンとコレティは? 警察につかまった?」
「まだ食事中よ。わかるでしょ」
あさ美の食事のスピードをひとみは思い出して納得した。
遅れてやってきたあさ美と是永美記と合流し、これまでの騒動を忘れて観光を続けた。
ヴェネツィア広場自体は大きなロータリーになっていて、道のわきにしかいられない。
観光スポットは周囲にある建築物だった。
- 133 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:57
- 「ね! あのおっきな建物は何?」
「ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世記念堂ね。記念堂だけど中には何もないみたい」
「百年ちょっとしか歴史がなくて図体がでかいだけだから、
地元の人は『ウェディングケーキ』って悪口言ってるみたいよ」
「そんなおいしそうな名前で呼んでて、悪口なんですか」
上にのぼることができるというので、一行は記念堂のエレベーターに乗り込んだ。
このエレベーターは有料だ。
ひとみたちの他にも、観光客とガイドが乗ってきた。
ガイドの説明に、ハングリーも耳を傾けている。
- 134 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:57
- 「ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世によるイタリア統一を記念して造られました」
「王様は何もしてないんじゃない?」
「どっちかっていうとカブールとガリバルディよね」
「ここからムッソリーニが演説してたみたいですから、あまり縁起のいい場所じゃないですね」
「エマニュエル夫人と関係あるかな?」
「コンクールによって選ばれた設計図をもとに、十六年かけて建造されました」
「今だと無駄な公共事業って言われてますわ」
「ハコモノ行政だね!」
ひとみたちの感想をいちいちハングリーが逐語通訳したので、
ガイドの女性はみけんにしわを寄せ、またたくまに不機嫌になっていった。
展望台に出ると、そこからローマ市街を大きく見渡すことができる。
- 135 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:57
- 「こりゃいい眺めだ。双眼鏡ないか、ヘンリー?」
「そんな物持ってこいとはガイドブックにはなかったぜ。なあ、アーネスト」
「クリストファーはいつもないものねだりしてるぜ」
「ひとみ! クイーンズ・イングリッシュで話してるよ!」
「イギリス人だねえ」
ひとみたちもヴェネツィア広場のほうを見下ろした。
石畳とレンガ造りの街並みが、ひとみたちを歴史の彼方へ送り込んだ。
「風情があるわ」
「日本で言うと、京都?」
「それとも川越?」
「川越に例えられるのもなんだかなあ」
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:58
- ひとみが、ハングリーにも見せてやろうと手すりの上にぬいぐるみを置いたのを見て、
他の四人も同じくぬいぐるみをそろえて並べた。
「なんだかよくわからないけど凄い光景だね!」
「どこかで見たことがあるわ」
「日常的な光景なの?」
「人間たちにとったらそうかもね」
「へえ、ぬいぐるみの世界ではそうそうないことよね」
「悪趣味だよね!」
「人間の嗜好に口をはさむ気は毛頭ないけど、これはねえ」
「人間ほど野蛮な生き物はいないわ」
「おまえたち、何の話してる?」
「これだよ!」
- 137 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:58
- ハングリーが、顔だけ振り向いて、下のほうをさした。
ひとみが手すりから身を乗り出して見ると、手すりにロープがくくりつけられていて、
その先に足を縛られて宙づりになっている人間の体があった。
ひとみは横にいるイギリス人たちにもこのことを知らせ、
数人がかりで展望台に引っぱりあげた。
すでに息をしていない。
「ビリーじゃないか!?」
「知り合いなの!?」
「仲間だ。今朝から姿を見せないと思ったら……」
「あれ!? 探さないで観光してたの!?」
「地元でもふらっとどこかへ消えてしまう癖があるやつだったんだ。
だからそのうちホテルへ帰ってくるだろうと思って」
「さかさまに吊られる趣味があったの!?」
「あるわけないだろ」
- 138 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:58
- ガイドの女性は携帯電話に向かって何かがなりたてていた。
これを見たひとみは、警察沙汰からどう逃れるかだけを思案した。
梨華や美貴たちも逃げる準備を整えている。
「梨華様。この死体は味方のようですわ」
「ほんと? あら、ユナイテッドのシャツね」
「ねえねえ! チャンピオンズ・リーグ見に来たの!?」
「そうだよ。だけど、こんなことになっちまって、はたしてのん気に観戦できるかどうか」
「ツアーで!? ガイドさんもイギリス人みたいだけど!?」
「そうだ。ちっぽけな旅行会社で、客はおれたち四人だけだが。
ローマ市内観光もセットで、けっこうな大金を振り込んだんだ。ん?」
- 139 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:59
- 男──クリストファーはひとみの胸に下がっているハングリーに目をつけた。
ぬいぐるみが英語を話していることがばれたのかとひとみは不安に感じたが、そうではなかった。
「君たちもぬいぐるみフェチなのかい?」
「フェチ!?」
男たちはバッグからそれぞれの所有するぬいぐるみを見せびらかした。
ジャワトラ、マーゲイ、コドコドのぬいぐるみは今にも動き出しそうだ。
「いいぬいぐるみたちだね!」
「そうだろう。だが、君たちみたいにぬいぐるみに服を着せるという発想はなかった。
今度いろいろ試してみよう」
- 140 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:59
- ひとみは、日本のぬいぐるみとイギリスの人間の国際交流を早々に終わらせ、
神経質そうにうろうろしているガイドのところへ足を向けた。
「ツアーとのことだけど、この記念堂もコースに入ってたの!?」
「そうよ。時間が押してるから早く次に行きたいんだけど」
「ねえ! お兄さん! ビリーって人もツアーで来たんだよね!」
「そうだ。そもそもビリーの発案だ」
「どんなところを観光するのか知ってる!?」
「いや、このガイドにまかせっきりだ。サッカーの試合が見れればいいんだから」
- 141 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 20:59
- ここで吉澤ひとみは、ガイドの女性を、少なくとも死体遺棄の罪で告発する。
そう、哀れなビリーの命の灯を消し去ったのかどうかは定かではないが、
栄えあるビットーリオ・エマヌエーレ二世を称える虚飾の塔にいけにえを吊るしたのは、
このか弱き旅行ツアーのガイドなのだと。
「何だって、それは本当なのか?」
「何を言ってるの、このジャパニーズは?」
ここに憐れな子羊を吊るしたのは、マンチェスターの純朴な田舎者たちに死体を発見させるため。
それは容疑者をこのイギリス人たちに絞らせる効果を持つ。
殺人は第一発見者を疑えが鉄則。
それが被害者の知り合いであればなおさら、容疑は濃くなるだろう。
ならば、それを狙ってこのウェディングケーキに死体を吊るしたのであれば、
真の犯人は標的の田舎者たちをここにいざなうことができる者、
すなわち、この細腕のガイド、彼女こそが悪魔のしもべなのだ。
- 142 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 21:00
- 「くそっ、こいつがビリーを……」
「何を話しているのか、さっぱりわからないわ!」
「よっちゃん、早くしないと、パトカーがこっちに向かってるよ」
「お兄ちゃんたち、その人しっかり捕まえてて! 警察に知らせてくるから!」
「まかせとけ!」
ちょうどそのときエレベーターのドアが開いたので、
ひとみたちは荷物を持ってためらうことなく飛び乗った。
階下で警官の一団とすれちがいになったが、幸いにもあの大卒の警官の姿はなかった。
- 143 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 21:00
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 21:01
- (0^〜^)
ハングリー:柿本!
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/11(日) 21:01
- ( ^▽^)
アングリー:阿部!
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:09
- 今週は二日酔なし
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:09
-
ぬいぐるみと法王庁の抜け穴 ── Peddler
- 148 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:09
- 世界最小の国、バチカン市国。
ローマ法王が国家元首をつとめ、聖職者と職員だけが国民となっている。
世界中が注目しているカトリックの総本山だ。
和解の道──カトリック教会とムッソリーニが和解したラテラノ条約を結んだときに、
それをアピールするために作られた直線道路──を日本人の集団が闊歩していた。
「ひとみ! あそこに大きな建物が見えるよ!」
「あれがサン・ピエトロ大聖堂だよ」
大聖堂手前の円形の広場、コロネードの中心にそびえたつオベリスクの前に立った。
「これは何!?」
「エジプトから盗んできたやつだよ」
「泥棒したんだね!」
「そう。それを堂々と飾ってるんだ」
- 149 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:10
- あれこれ騒いでいる日本人たちを見つけた若いイタリア人の男が近よってきた。
「ねえちゃんたち。面白いものがあるんだが、買わないか?」
「大聖堂のキーホルダーならいらないよ!」
「そんなちゃちなやつじゃない。いい気分になれるやつだ」
男はポケットから紙の小箱を取り出し、中から錠剤を見せた。
「麻薬!?」
「気分がどんよりするほうじゃなくて、しゃきっとするほうだ」
「こんな昼間から営業やってて大丈夫!?」
「盲点ってやつさ」
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:10
- 吉澤ひとみたちは善良に生きる市民だったので、丁重におことわりして、男を追い払った。
ひとみたちは大聖堂に入り、身廊部分を進んだ。
廊下の壁には多くの石像がひとみたちを見下ろしている。
「これがペテロで、あれがテレサで、それがヴィンセントだよ」
「こっちがカミッロで、あっちがイグナティオで、そっちがロンギヌスよ」
「誰が誰だか、さっぱりわかりませんわ、梨華様」
内陣に入ると、天井は大きな天蓋となっている。
そこから外の光が差し込み、それがやたらに大きな建物なので、荘厳さを増している。
- 151 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:10
- 「これがウルバヌス八世の墓碑だよ」
「ガリレイに『それでも地球は回る』って言わせた人だよね!」
「あれがパウルス三世の墓碑ね」
「ルターとけんかしてた人ですわ」
日本語なので、ぬいぐるみたちの失礼なもの言いは、スイス人の衛兵たちには
聞き取れていないはずだが、傍若無人な日本人たちをにらんでいるように藤本美貴には見えた。
身廊に戻り、いくつもの礼拝堂を順ぐりに見てまわった。
礼拝堂には様々な石像や宗教画が並べられている。
ことに、ミケランジェロのピエタは、ひとみたちに大きな感銘を与えた。
ピエタとは、死んだイエスを抱いている聖母マリアを描いた芸術作品のことだ。
「これは、なかなか雰囲気があるね」
「マリアのうつむきかげんの表情がいいわ」
「広隆寺の半跏思惟像に勝るとも劣らない気品がありますわ」
「ミケランジェロの署名があるそうですよ」
「服のしわとか、ほんとうに写実的ですね」
「なんか、成人した息子より母親のほうが体格がいいような……」
「このおねえちゃんのおっぱい、けっこう大きいよ!」
- 152 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:10
- ひとみとハングリーが余計なことを言ったので、石川梨華たちはにらんで黙らせた。
礼拝堂には有名な教皇たちのモニュメントが飾られていて、
一枚一枚、ハングリーとアングリーがその悪行を解説してまわった。
大聖堂を出て、今度はバチカン美術館へ向かう。
システィーナ礼拝堂でミケランジェロの「創世記」と「最後の審判」を見物しながら、
ミケランジェロがどれだけ嫌な奴かを議論した。
ラファエロの間では、ひとみたち以外の見物客はいなかった。
警備員が一人立っているのだが、不用心にも半分眠りこけている。
それを見たハングリーは、ひとみの首から床に降り立った。
アングリーもそれにならった。
「こら」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ!」
「『キリストの変容』がありませんわ」
「絵画館のほうにあるみたいね。非公開なのかしら?」
- 153 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:11
- ひとみたちが絵画を鑑賞している間、ハングリーとアングリーはあちこちを駆け回っていた。
そのうち、アングリーは鎌をかまえてハングリーを追いかけ、
ハングリーは斬首を恐れて逃げ回った。
足がもつれたハングリーは、頭から壁に激突した。
壁が押し出されて穴が開き、そこへ猫のぬいぐるみたちは転げ落ちていき、
壁の穴は閉じて元通りになった。
それにひとみたちは気づいていない。
暗闇の中、ハングリーたちは石段をころころ転がって落ちた。
終点でようやく回転が止まり、ハングリーはアングリーに押しつぶされた。
「ここはどこだろう!?」
「やれやれ。ハングリーにかかわるとろくな目に合わないわ」
- 154 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:11
- 素直に来た道を引き返せばいいものを、ぬいぐるみたちは探索を始めた。
何メートルかおきに壁の燭台から、ろうそくの光が小さく放たれていた。
行き止まりには、木製の古びた扉があった。
ハングリーたちは力を合わせて扉を押した。
少し開いたところで、アングリーはすきまから中をのぞいた。
「どう!?」
「誰もいませんわ」
ハングリーたちは部屋の中に躍り出た。
机の上に飛び乗って、乱雑に置かれた書類を吟味した。
- 155 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:11
- 「読めないよ!」
「一部読めるものもあるわ。
カール五世が公会議の開催に難色を示していたが、
ウルビーノ大公からカメリーノ侯を剥奪することには賛同したことに伴い……
何かしら、これ」
「ラテン語なんだね!」
「つまらないわ」
退屈を紛らわせようと、アングリーは無造作に鎌をふるった。
貴重な中世古文書の羊皮紙が、数分の一の大きさにまで切り刻まれた。
ハングリーたちは別のドアから廊下に出た。
廊下の電灯はすべて消されていて、薄暗くなっていた。
角を曲がったところで、白い僧服をまとった老人とぬいぐるみが出くわした。
一人と二匹はしばらく固まっていた。
- 156 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:11
- 「最近疲れ気味のようじゃな。こんなものが歩くわけがない」
頭を振って、アングリーに向かって腕を伸ばした。
触られるのはごめんだとばかりに、アングリーは鎌を振って応戦した。
「なんじゃ、この化外のものは!」
「逃げよ!」
悪魔だのなんだの叫びながら、老人はぬいぐるみを追い回した。
ハングリーたちはドアが少し開いているのを見つけ、そこに入っていった。
老人もそれを見逃さず、あとに続いた。
中では、若い法王庁の職員と、ひとみたちの声をかけた若いイタリア人が相談事をしていた。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:12
- 「これはこれは、法王様」
「ここに奇妙な生き物が入ってこなかったか?」
「いや、気づきませんでしたが、何かあったのでしょうか?」
老人は、自分の見たことを話した。
それによると、突如空中に大きな角を生やした悪魔の手先が現れ、自分を誘惑したという。
しかしそこは高貴で穢れなき聖職者なので、悪魔の誘惑をふりきり、
逆に神からさずかった力で退治してやろうとしていたのだ。
若い職員はさもありなんと、うんうんうなずいていた。
「そこの御人はどなたかな?」
「出入りの業者でして、備品の欠品状況について相談を」
「毎度お世話に……」
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:12
- ハングリーはその男の顔を覚えていて、ポケットに小箱があることも知っていた。
そっと机の陰から男のズボンにとびつき、中味をぶちまけた。
老人は若いころはドイツでいろいろやっていたので、それなりに世事にもたけていた。
男よりも先に錠剤の束を拾い上げた。
「これは何かな?」
「あの、風邪薬です」
「馬鹿者が。これが何であるかくらい承知してるわい。おまえもか?」
「いや、これは私のあずかり知らぬところで」
- 159 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:12
- アングリーが机の引き出しの取っ手に鎌の刃をひっかけ、勢いよく開けた。
そこに隠してあった錠剤を次々と引っぱりだして宙に投げた。
「ああ、それは……」
「なんたることだ。神のしもべたることを忘れて、このような悪魔の小道具に染まっているとは」
どかどかと音を立てて、派手な服を着たスイス人の衛兵たちがやってきた。
二人を拘束しようとばたばたやっているすきに、ぬいぐるみたちは部屋を出た。
「そろそろ帰ろ!」
「興味深いものは何もなかったわね」
- 160 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:12
- 梨華がノートパソコンを出して、GPS追跡システムを稼働させていた。
「この近くにいるみたいなんだけど」
「詳しい居場所はわかる?」
「法王庁の中みたいなのよ。あそこにどうやって潜り込んだのかしら?」
画面の赤い点が少しずつ移動を始め、現地点を表す中央の緑色の四角に近づいてきた。
やがて、壁の一部が開いて、猫のぬいぐるみが姿をあらわした。
「ただいま!」
「何もかもハングリーのせいですわ」
「なんだこりゃ。抜け穴になってる?」
「ほら、あれじゃない? 掛け軸の裏から脱出するやつ」
- 161 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:13
- ようやく警備員が目を覚ましてひとみたちを監視しはじめたので、
残りの絵画の鑑賞もそこそこにして、バチカン美術館をあとにした。
「何やってたんだ?」
「えっとね! 白い服着た悪魔みたいなおじいさんに追いかけられてたんだ!」
「悪魔というか、地球を侵略しようとする異星人みたいでしたわ」
「怖いめにあったのね。もう勝手に変なところへいっちゃだめよ」
こうして、いたいけな猫のぬいぐるみたちは、
危険きわまる悪の大王の魔の手から逃れることができたのだった。
※ ttp://www.vatican.va/holy_father/benedict_xvi/index.htm
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:13
- おしまい
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:14
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
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| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:14
- (0^〜^)
ハングリー:ホンダ!
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/16(金) 23:14
- ( ^▽^)
アングリー:モリモト!
- 166 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:01
-
ぬいぐるみとサンタンジェロ城 ── Abduct
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:01
- 吉澤ひとみたちは夕食をとった後、サン・ピエトロ大聖堂にほど近いサンタンジェロ城へ向かった。
サンタンジェロ城は、もともとはとあるローマ皇帝の廟堂として作られたものだ。
のちにとあるローマ法王が城塞として利用したときに「城」となった。
普通は逆だろう。
正面のサンタンジェロ橋から、ひとみたちはライトアップされた城を仰ぎ見た。
黄色い光とまだ青い空のコントラストが彼女たちの心をとらえた。
「趣深いねえ」
「橋の左右にあるのは何かしら?」
「天使の石像みたいね」
- 168 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:02
- その橋の神々しい石像の足元では、あやしげな物売りたちが観光客相手に商売をしている。
大きな袋を背中にかついで、うろうろしている行商人の姿も見えた。
城壁から削り取ったとおぼしき石のかたまりを売りつけようとする物売りに、
是永美記がしつこくからまれた。
お互い日本語とイタリア語しかできないので、話が通じない。
「いたいた、いましたよ、右京さん!」
「大声を出さなくても聞こえてますよ」
振り向いたひとみの目に、見覚えのある小柄な初老の男と、
ライダーズジャケットの男の二人組が映った。
- 169 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:02
- 「よっすぃ〜にチャーミー、久し振りっす!」
「はあ、こんばんは」
ひとみと石川梨華は、警視庁特命係の刑事、亀山に強引に握手された。
もう一人のナイスミドルは同じく特命係の杉下警部だ。
「それよりも、何かトラブルに巻き込まれているようですが」
「そうなんですよ」
事情を聞いた杉下は、物売りの男に声をかけ、一ユーロを与えて追い払った。
「イタリア語できるんですね」
「ICPOに出向したときに覚えました」
「こんなところで会うなんて、奇遇ですね!」
- 170 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:02
- 亀山は藤本美貴や紺野あさ美にも、愛想を撒き散らしていた。
美貴はうさんくさそうな目で亀山をにらんでいる。
「お仕事で来たんですか?」
「そうなんですよ、チャーミー。ま、仕事は明日からなんで、せっかくだからぶらぶらと」
「そういうことです」
ひとみは直感した。
この二人の、いや、杉下警部の話していることは半分嘘だと。
ローマでひとみたちと再会したことは偶然だろうか?
五分五分の確率だが、そうではないほうにひとみは心の中で一ユーロを賭けた。
以前、ひとみたちの推理──というより、真相そのものを知っていたのだが──の前に、
杉下警部の明晰な頭脳は敗れ去っていた。
ひとみたちによい印象を持っているとはいいがたい。
- 171 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:02
- 「さ、右京さん。城の中へ行きましょう」
「そうですね。閉場時間が来る前に、美術品巡りと行きましょう」
右京は礼儀正しく一礼し、橋の奥へ消えていった。
ひとみたちも、一拍おいてから、サンタンジェロ城に入った。
通路はせまく、かつて牢獄と霊廟があったことを思わせる暗い雰囲気に包まれている。
城の上部には法王の私室だった部屋があり、多くの宗教画が並んでいる。
「こういう絵って、たくさん見ると飽きてきたわ」
「真言の曼荼羅のほうが、見ていて面白いですわ」
- 172 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:03
- 屋上に出ると、バチカンの光景を展望できる。
正面にサン・ピエトロ大聖堂のドームがどっしりと構えていた。
サンタンジェロ城は、いざというときに法王が逃げ込めるように、直線道路でつながっているのだ。
屋上には大天使ミカエルの像が飾られている。
倒れないように支柱とワイヤーで固定されている。
「この天使、なんだかかっこいい!」
「剣を振り構えているね」
「これは気品があるわ。相当の芸術品よね」
「梨華様、これはレプリカですわ」
- 173 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:03
- 本物は城内に展示されている。
気を取り直して城内の霊廟を見てまわった。
重そうな蓋を持つ石棺が展示してあった。
「さすがに中味は入ってないわよね?」
「警備員もいないし、ただの棺桶ですね」
ひとみは石棺をべたべたさわったり、とんとん叩いたりしてみた。
蓋のすきまから細い糸が何本かはみ出ていた。
城から出ると、イタリア人の娘がひとみたちを見つけて声をかけてきた。
前日にフットサルで対戦した、パオラという娘だ。
- 174 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:03
- 「ねえ、カテリーナ見かけなかった?」
「いや、見てないよ!」
パオラの話によると、カテリーナが何者かに拉致されてしまったという。
カテリーナの親は資産家なので、身代金目的の誘拐の可能性がある。
「なるほど。地元警察の警戒線が張られているのはそれのせいですね」
「あら、杉下警部さん」
「ちょっと確認してみましょう」
杉下は携帯電話を取り出した。
イタリア語で何を話しているのかは、ひとみにもハングリーにもわからない。
- 175 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:04
- 「その子を誘拐した車は、この前の道に乗り捨てられていました。
警察はこの近辺に隠れていると判断して、各所に検問を設置しています」
「蟻一匹這い出ることはできないっすね、右京さん」
「そして近辺の建物をかたっぱしから捜索しているそうですが、
そのカテリーナという子はまだ見つかっていません」
「煙のように消えうせたんっすかね」
杉下は亀山のほうを向いて、首を振った。
「まだ探してないところがありますよ」
「そうなんですか?」
- 176 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:04
- 杉下はサン・ピエトロ大聖堂を指差した。
「あそこの奥にある、バチカン宮殿です」
「え! あそこはローマ法王が住んでいるところじゃないですか。
あんなところに隠せるはずがないでしょう」
「消去法で、あそこしかありえません。
昼にも覚せい剤所持容疑でバチカン職員が逮捕されています。
何があってもおかしくはありません」
「伏魔殿ってところですか」
杉下と亀山は軽くひとみたちに会釈して、その場を去った。
イタリア警察の上層部に話をして、バチカン宮殿内を捜索するつもりだった。
しかし、ひとみやハングリーたちは、そんなことをしなくても宮殿への抜け道をすでに知っていた。
- 177 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:04
- ラファエロの間の警備員は、あいかわらず立ったまま眠りこけていた。
中に忍び込む要員を検討した結果、中の様子をある程度知っているハングリーとアングリー、
その持ち主の吉澤ひとみと石川梨華に決定した。
残りの人間とぬいぐるみはその場で待機する。
ひとみがそっと壁を押すと、蝶つがいが働いて、人間がなんとか通れるだけの穴が開いた。
ハングリーが懐中電灯を持って先頭に立ち、階段を照らした。
「足元に気をつけてね!」
「ハングリー、静かにしなさい」
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:04
- アングリーがハングリーの背中を鎌で押したので、階段をころころと転がり落ちていった。
階段を下り、暗い廊下をうねうねと歩き、いくつかの扉を開くと、法王の執務室に出た。
「どこを探せばいいのかな」
「人一人隠せる場所ねえ」
「いっぱいありすぎるような気がする!」
そういう隠し場所というのは、たいがい上方向より下方向にあるものだ。
ということで、二人と二匹は地下へ向かった。
杉下の言っていた職員の覚せい剤所持容疑の件で、
警察やマスコミへの対応のため、残りの職員はほとんど法王庁を出払っていた。
そのため、ひとみたちは廊下や階段で、姿を見とがめられることはなかった。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:05
- どこをどう歩いたのか、ひとみやハングリーもよくわからなくなってきたころ、
地下の廊下でわずかに光がこぼれている扉を見つけた。
ひとみが音をたてずに少しだけ開け、ハングリーとアングリーがのぞきこんだ。
そこでは、白い僧服を着た老人が祭壇に向かって祈りをささげていた。
「こんな不祥事が起こるとは、神は我を見離したのか」
ひとみと梨華は顔を見合わせた。
何を話しているかはわからないが、顔はテレビで見たことがあった。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:06
- 「あれは……」
「ひとみ! 昼間言ってたあの悪魔だよ!」
「ここで会ったが百年目、しっかり退治しますわ」
ひとみが止める間もなく、猫のぬいぐるみたちがそれぞれ得物を持って突進した。
老人も手にしていた十字架で必死に抵抗したが、
額や手の甲から血を流しながら、最後にはどうと倒れた。
その間、ひとみと梨華は祭壇のまわりを探したが、囚われの少女の姿はなかった。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:06
- 「ハングリー、アングリー、もう帰るよ」
「ちょっと待って!」
「霊験あらたかなお札ですわ」
アングリーが卍マークで埋めつくされたどこかの寺のお札を、
失神した老人の額に貼りつけた。
「完成だよ!」
「これでしばらくはおとなしくなるはずですわ」
「ああ、これは絶対に誤解される」
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:06
- しかし、ひとみたちはかつてヒトラー・ユーゲントに所属していたというその老人を放って、
伏魔殿をひっそりとあとにした。
サンタンジェロ橋に戻ると、パオラが立ちつくしていた。
「カテリーナは見つかった!?」
「まだそういう知らせはないわ」
ひとみは、パオラが腰のベルトにさげているチンチラのぬいぐるみに気づいた。
橋の外側に体を向け、ひそひそとハングリーに尋ねた。
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:07
- 「あのぬいぐるみ、知ってる?」
「昨日いっしょにフットサルしたんだよ! ノーゲームだったんだ!」
ひとみは、室内練習場に散乱していたぬいぐるみの集団を思い出した。
ぬいぐるみがフットサルをするくらいで、いまさら驚くひとみではない。
「じゃあ、カテリーナもぬいぐるみを持ってる?」
「うん! ネザーランドドワーフっていう種類の、もふもふした兎だよ!」
「あ、そう……」
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:07
- ひとみたちはパオラを連れてサンタンジェロ城の霊廟に向かった。
パオラは何も入っていないとされる石棺からはみ出ている、青っぽい毛をつかんだ。
「これ、カテリーナの兎のぬいぐるみのよ!」
「蓋を開けよう」
石の蓋は案外軽く、容易に半分ほどずらすことができた。
懐中電灯の光を当てると、石棺の縁のほうには耳をはさまれた兎のぬいぐるみと、
青白い顔で気を失っている少女の姿が見えた。
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:07
- 法王庁からすげなく捜索を断られ、すごすごと戻ってきた杉下と亀山に事情を話すと、
ひとみたちはあとのことを二人の刑事に任せて、サンタンジェロ城をあとにした。
「あんなところに隠してたんですね」
「あっというまに検問を張られて、行き場に困った誘拐犯が困った末にね」
「あのおっきな袋を背中にしょってた人があやしいね」
「もう逃げちゃってるかな」
梨華は、どうしてひとみがまじめにカテリーナを探そうとしたのか聞こうとして、やめた。
そのままにしておけば、捜索中の警官がうようよいて、
あらぬ疑いを──昨日の騒動数件についても──いろいろ痛くもない腹を探られて
貴重な時間をつぶすことになるのがいやだったから、
という答えが返ってくることが容易に想像がついたからだった。
そしてそれが本心であるか否かくらい、梨華はとうに承知しているのだ。
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:07
- おしまい
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:08
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:09
- (0^〜^)
ハングリー:トリニータ!
- 189 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/25(日) 11:09
- ( ^▽^)
アングリー:レイソル!
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:15
-
ぬいぐるみと石像 ── Termini
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:15
- ローマ国立博物館は、古代ローマ帝国の大規模な公衆浴場の跡地にある。
浴場の赤色の壁は今にも崩れそうなほどに古く、多くの美術品は別へ送られている。
その横に博物館が隣接し、彫刻品が展示されていた。
「おもしろい筋肉のつきかたしてるね」
「円盤投げの人かっこいい!」
「この彫像は腕がついてませんわ」
「時代ものだし、壊れちゃったのかな」
- 192 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:15
- あれこれ感想を言いあいながら一回りすると、
吉澤ひとみたちは博物館を出て、テルミニ駅へ向かった。
テルミニ駅はローマ市最大の乗降者数を誇る駅だ。
映画「終着駅」の舞台にもなった。
駅の中は現代風なつくりだが、駅を出てちょっと歩けば、いかがわしい通りもある。
新宿駅みたいなものだ。
ひとみたちはその雰囲気を味わいながら、どこか休憩できるところを探した。
そこで若い男に声をかけられた。
「ねえちゃんたち、観光にきたんだろ?」
「そうだよ!」
「じゃあ、土産の一つでも買っていったらどうだい?」
「どんなのがあるの!?」
「これぞイタリアってやつがあるぜ」
- 193 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:16
- 勝手にハングリーが返事をして話をすすめたので、
ひとみはハングリーの顔を両手で押しつぶした。
男は一行を路地裏にひっぱって、移動式の屋台に物を並べた。
「どうだい、よりどりみどりだろ」
「『ローマ法王プディング』っておいしいのかな」
「食べ物はちょっとね」
「『アダムの創造』を模したタペストリーですね、これ」
「荒い刺繍だなあ」
「『サン・ピエトロ大聖堂』百分の一プラモデル・キット?」
「ペーパークラフトのなら見たことあるわ。キヤノンのやつで」
「なんてこった。ジャッポネーゼはこういう土産が好きなんじゃないのか?」
ひとみたちがダメだしを繰り返すなか、ハングリーが屋台の端にひっそりと置かれた
ある物をじっと凝視していることに、ひとみは気づいた。
それは、手や足の石像だった。
- 194 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:16
- 「何これ!」
「おぉ、金髪のねえちゃんはお目が高いな。
そいつは大昔に作られた石像の一部さ」
「へぇ!」
「なんたって、ローマはギリシアの植民地だったころから、
こういう彫刻作りが流行ってて、そういうのがごろごろしてるんだ」
「高いんじゃないの!?」
「ここにあるのは、そういうアーティストたちが苦心して作り上げた失敗作さ」
「なんか、材料も安っぽいね!」
ハングリーがそれとなくひとみのほうへ顔を向けた。
この猫のぬいぐるみの価値観を、ひとみは共有できないでいたが、
それは人間の世界でもままあることだ。
- 195 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:16
- 「これなんかどうだい? ミランのカカのサイン付きだぜ」
「カカ?」
「もうすぐ売られちまうから、ACミラン入りのサインは価値があるぜ」
ひとみは、ハングリーが舐めまわすように見ていた右手の彫像を選んだ。
半跏思惟像のような手の形をしていて、中指には宝石つきの指輪がかたどられている。
結局、ジャッポネーゼたちが買ったのはこの十ユーロの手首の石像と、
十五ユーロのカカのサイン入りの足首の石像だった。
こちらは梨華が選んだものだ。
割れないように薄いスポンジでくるみ、紙袋に入れた。
大通りに出ると、ハングリーが楽しそうにぽんぽん弾んだ。
「ひとみ、ありがとう!」
「変なものを欲しがるんだなあ」
「それでさ、戻ろ!」
「へ?」
- 196 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:16
- ひとみたちはハングリーにせっつかれて、ローマ国立博物館に舞い戻った。
例の腕のない彫像の前に立つ。
「ねえ、ひとみ! くっつかないかな!?」
「あのね。こっちは手首から先だけで、こっちは腕の付け根からないの」
「そんな!」
ハングリーの浅はかな計画はすぐに頓挫した。
この日本人たちは何をしているのだという目で、館員が横目で見ているところへ、
数人の乱入者が大声を出しながら入ってきた。
- 197 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:17
- 「いたぞ、あそこだ!」
「おい、あんたら……」
乱入者たちは警備員を突き飛ばして、ひとみたちに向かって走り出した。
ひとみたちは、それをまるで心得ていたかのように、それぞれ逃げはじめた。
この二日間、国防省や警官たちに追いまくられていたので、
もはや体が勝手に動くようになっていた。
吉澤ひとみと石川梨華は地下へ、藤本美貴と是永美記は二階へ、
紺野あさ美はあらぬ方向へ向かって走った。
館内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
ひとみたちはぬいぐるみを放して自由にさせた。
こういう場合、小さなゲリラ戦士たちが意外に役立つのだ。
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:17
- 乱入者は三人いた。
目標物が三方向へ別れたのを見て、彼らもそれぞれ手分けして追いかけることにした。
一人でも捕まえることができれば、それを人質にすることができる。
だが、そう考えたのであれば、むしろ兵力を分散すべきではなかった。
一人は、あさ美を追い詰めていた。
その場をただぐるぐる走りまわっていただけだったので、捕捉されるのに時間はかからない。
ほかの観光客はすでに逃げ出していて、警備員は頭を殴られてうずくまっている。
あさ美はゆっくり後ずさりし、壁に背中をつけた。
狸のぬいぐるみは、その横で固まって転がっている。
- 199 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:17
- 「おとなしく、あれを返すんだ」
「?」
イタリア語だったので、あさ美には何と言ったのかわからなかった。
しかし、男のほうもすぐに何がなんだかわからなくなった。
ナイフを持った手を伸ばして脅そうとしたところ、
あさ美の右足が男の手首をとらえた。
ナイフが金属音を残して床をすべり、
そこへ目を向けたすきに脳天からかかと落としを喰らった。
- 200 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:17
- 二階に逃げた美貴たちを追いかけたのは、やたら体の幅がある男だった。
Tシャツの袖から伸びた二の腕は、美貴たちの太ももより太かった。
「どうしよう、ミキティ」
「大男総身に知恵が回りかね、って言うのよ」
男は無言で美貴たちに近づいてきた。
美貴の腕をつかむと、強引に引っぱりよせた。
「何すんのよ!」
- 201 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:18
- 美貴が向こうずねを蹴り飛ばしたので、男はたまらず腕を離した。
だが、神経がにぶいのか、すぐに美貴を追いかけまわした。
美貴は石像の間をちょこまか動き回って、相手をかく乱した。
しかし、このままではいずれ相手に捕まってしまうだろう。
美貴が男をひきつけているので、美記は比較的自由の身だ。
どうしようかと思案していたところ、美記の足をつつくものがいた。
「ん?」
「こっちこっち」
足をつついていたのは狼のぬいぐるみで、その奥で手招きしているのはヌーのぬいぐるみだ。
美記はぬいぐるみにいざなわれるまま、ふらふらと奥へ消えた。
- 202 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:18
- 美貴たちの追いかけっこも佳境に入っていた。
石像の陰から美貴が顔を出し、男がそれを見つけて移動する。
すると、違う石像の陰からまた美貴の小馬鹿にしたような顔がひょこっと出てくる。
男は怒り心頭となり、突進を始めた。
これまで、貴重な美術品に遠慮をしていたが、そういうわけにもいかなくなったのだ。
男は美貴の顔に向けて手を伸ばした。
今度は、美貴の顔はぴくりとも動かない。
男はかすかに笑みを浮かべ、床を蹴った。
次の瞬間、美貴の顔は粉々に砕け、その背後にあった壁のガラスも大きくひびが入った。
「まさか、こんなのに引っかかるとは」
「ほんとに知恵が回ってなかったのね」
男は、美記がトイレから外して持ってきた鏡に写った美貴を、
寸分たがわず本物だと信じ込んでぶつかっていったのだ。
そして背後のガラスに頭から突っ込み、そのまま気絶していた。
- 203 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:18
- 階段を下りて地下へ向かったひとみと梨華を追いかけたのは、
乱入者たちのリーダー格の男だった。
リーダーなので、持っている武器も格上だった。
通路の曲がり角からハングリーが顔だけ出して様子をうかがうと、
銃弾がハングリーの頭の上を通り抜けていった。
「ひとみ! あいつ変だよ!」
「おまえもじゅうぶん変だから」
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:19
- 命がかかるとなると、変なためらいは厳禁だ。
ひとみたちは扉が開いていた一室に飛び込んだ。
そこでは古ぼけた石像が所せましと並んでいる。
どれもこれも、頭や腕や足が欠けていた。
「どこか逃げ道はないかな?」
「こっちに出口があるわ」
ところが、鍵はかかっていないのだが、扉はわずかに開くばかりだった。
向こう側から南京錠とチェーンで閉じられていたのだ。
男が物音を聞きつけて、部屋に入ってきた。
拳銃をひとみたちのほうへ向けた。
- 205 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:19
- 「あれを返すんだ」
「あれ!? あれって何!?」
相手が観光客ということで英語で話しかけてきたので、ハングリーにも聞き取れた。
「さっき、うちの馬鹿から手首の石像を買っていっただろ」
「ああ、あれ!」
ひとみは紙袋から、右手首の石像を取り出した。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:19
- 「そう、それだ。それをこっちに投げろ」
「投げていいの!? 取りそこなったら壊れちゃうよ!」
「壊れていいんだよ」
「わかった!」
ハングリーから仔細を聞いたひとみは小さくうなずくと、
大きく振りかぶって石像を投げつけた。
スナップをきかせたので、石像はかなりのスピードで男の頭上を通過し、
壁にぶつかってぼろぼろと崩れ落ちた。
男は砂ぼこりをはらいながら、床に落ちた破片を調べはじめた。
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:19
- 「どこだ、宝石は…… ん、カカ?」
投げたのは、後にレアル・マドリードへ移籍したサッカー選手のサイン入り石像だった。
ひとみは梨華を突き飛ばして、自分も体を横倒しにして跳んだ。
その直後に、ひとみたちがいたところへ銃弾が飛んでいった。
男は拳銃を構えながらまっすぐ走った。
視線が上だったので、ぬいぐるみたちが正面から向かってくることに気づかなかった。
ハングリーが投げた甲賀忍者の棒手裏剣は男の眉間に当たり、
顔がのけぞり無防備になった首を目がけてアングリーの鎌がうなった。
男はすんでのところで鎌を避けたので、首には赤い線が引かれただけですんだ。
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:20
- 「なんだ、この変な生き物は!」
「人間のほうがよっぽど変な生き物だよ!」
小さな邪魔者たちのせいで、男はひとみたちの姿を失った。
ひとみと梨華は、男の左右に立っている腕の欠けた石像の後ろに隠れ、
アイコンタクトをした後、石像を押し倒した。
男は両側から倒れてくる石像を避けようと前方へ走ろうとしたが、
すかさずアングリーにすねを鎌で切りつけられ、その場に膝をついた。
二つの石像は、容赦なく男の背中へ向けて顔から落ちた。
石像はあっけなく体の真ん中で折れ、床にぶつかって崩れていった。
とはいえ、衝撃はかなりのものだったので、男は地面に腹から落ち、
落とした拳銃はアングリーが蹴飛ばした。
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:20
- 「く……」
「これが欲しかったんだよね!?」
ひとみは手首の石像を男に見せた。
話しているのは、もちろんハングリーだ。
「それを……」
「返すよ!」
ひとみは手首の石像を持って、男の頭に振りおろした。
石像はもろくも崩れ、小さく光る小石とともに薄汚い床に散らばった。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:20
- がちゃがちゃとチェーンがこすれる音がし、出口の扉が開いた。
そして中に入ってきた男──石像を売りつけた男が、ひとみたちの姿を見つけて後ずさりした。
「あ、さっきのにいちゃんだ!」
「な、なんでこんなところに……」
「にいちゃんの親分なら、そこでおねんねしてるよ!」
逃げようと背中を向けた男の腕を、ひとみと梨華がしっかり捕えた。
観念した男を縛りあげて問い詰めた結果、聞き出せた話は次のとおりだ。
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:21
- 男たちはふだんはこの博物館の倉庫に置いてある、
美術品として価値のない石像から腕や足を切り取って勝手に売り払っていた。
その仲間の一人が、どこからか宝石を盗んできた。
ふだんから警察に目をつけられている彼らなので、
いつ踏み込まれて家宅捜索されてもいいように、宝石を石像の指に塗りこんで隠していた。
ところが、この間抜けな男は間違えてジャッポネーゼに売りつけてしまったのだ。
気づいた仲間たちが、おっとり刀でひとみたちを追って国立博物館へ駆けつけた。
その後の顛末は、ご覧のとおりだ。
「あんたのせいで撃たれて死ぬところだったんだよ!」
「かんべんしてくれ」
「いいよ! 今のうちに逃げたほうがいいよ!」
「えっ! いいのかい!」
「うん! 屋台に戻らないで、すぐにローマから出たほうがいいよ!
今頃警官がうじゃうじゃやってきてるに違いないから!」
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:21
- ハングリーは、ひとみに言われたとおりに通訳した。
男を放して出口から階段をのぼり地上に出ると、美貴たちが待っていた。
「そっちはどう?」
「警備員が警察に連絡してるから、すぐに来るよ」
「じゃあ、早く行こう」
面倒ごとはたくさんとばかりにひとみたちは博物館からすぐに離れ、
怪しげな路地裏に入って屋台の前に立った。
ひとみの忠告どおり、男の姿はなかったが、警官もまだ姿を見せていない。
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:21
- 「どうするの?」
「いやあ、実はこれ、気になってたんだよね」
ひとみは『サン・ピエトロ大聖堂』プラモデルの箱を手にしていた。
「なあんだ! ひとみは変な物を欲しがるんだね!」
「おまえの名古屋城より立派なものを作ってやるよ」
ひとみたち一行は、パトカーのサイレンが鳴り響くテルミニ駅周辺を、
そしらぬ顔で通り抜けていった。
- 214 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:21
- おしまい
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:22
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 216 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:22
- (0^〜^)
ハングリー:明治大!
- 217 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/01(日) 09:22
- ( ^▽^)
アングリー:鹿屋大おすぃ!
- 218 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/02(月) 22:50
- 福島ユナイテッド!
こんこん強っww
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:23
- >>218 ありがとうございます。
柏レイソルは弱いです。
- 220 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:24
-
ぬいぐるみとラツィアーレ ── Lazio
- 221 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:24
- 何事もなかったかのように、一行はテルミニ駅前からバスに乗った。
向かうは今日の一大イベントが行われるスタディオ・オリンピコだ。
バスは、競技場の近くにあるマンチーニ広場で停車した。
近くのカフェに入って、吉澤ひとみたちはめいめいに飲み物とデザートを注文した。
「わたしはコーヒーでいいや」
「あたしはこのチョコのケーキとオレンジジュース」
「バニラのジェラード!」
「おまえはまたそれか」
- 222 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:24
- おのおの好きなデザートを堪能し、飲み物を飲みながらまったりしていた。
ハングリーたちぬいぐるみも、すっかり好物となったジェラードを食べきって、
満足した顔でテーブルの上に転がっていた。
ひとみと石川梨華は、バッグからかなり小さなTシャツを出した。
ぬいぐるみ用の、FCバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドのユニフォームだ。
ぬいぐるみの大きな首を通すと生地が伸びてしまうので、
前面から布を回して背中でマジックテープで留める作りとなっている。
「ひとみ! メッシと同じ番号だよ!」
「こちらはクリスチアーノ・ロナウドですわ」
「写真撮ろっか」
- 223 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:25
- 携帯電話で何枚か写真を撮っていると、突然ハングリーたちはころんと転がった。
ひとみが手にとって指でほおをつついても反応しない。
これは、人間たちが近よってきたことを意味する。
はたして、顔なじみの日本の刑事二人がやってきた。
「こんにちは」
「よっすぃ〜、チャーミー、ミキティ、コンコン、コレティのみなさん、こんちはっす」
警視庁特命係の杉下警部と亀山刑事だ。
ひとみたちは席をつめて、二人が座るスペースを作った。
- 224 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:25
- 「何かご用ですか?」
「昨日はお疲れ様でした。犯人は逃亡中ですが、おかげで被害者は無事元気を取り戻しました」
「お手柄っすよ」
わざわざ、ひとみたちを探しにきたのは、何か裏があるにちがいないとひとみは考えた。
ひとみはよそよそしいモードに入った。
梨華や藤本美貴たちもその雰囲気を察し、余計なことを言わないように努めた。
亀山は、テーブルにうつぶせになって転がっているハングリーをつまみあげた。
「かわいいぬいぐるみっすねえ。これはサッカーのユニフォームっすか?」
「ええ、そうですよ」
「亀山くん。それはFCバルセロナという世界的なチームのものです」
「ああ、今夜に何か大きな試合があるって聞きました」
「どうやらみなさんは、その試合を観戦するためにローマに来たようですね」
- 225 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:25
- ひとみは、杉下が何を示唆しているのかわからず、黙っていた。
「時間もないようですので、さっそく本題に入りましょう。
みなさんがローマに到着してからの活躍は、私も耳にしています」
「活躍?」
「ええ。これはイタリアの国家警察から聞いたことです」
ひとみは梨華と目を合わせた。
何やらおおごとになっていることだけは理解できた。
「国家警察だけではなく、国防省配下のカラビニエリ、
経済財務省配下の財務警察も注目しています」
「何があったんですか?」
「それはあなたたちが一番ご存じでしょう」
- 226 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:25
- 杉下は、ひとみたちが遭遇した事件を時系列順にあげていった。
トレヴィの泉の猫騒動、
クイリナーレ付近の地下室の刺殺死体、
サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会からバラッキーニ宮殿までの一連の暗号めいたカード、
スペイン広場近くのアパートでの事故死騒動、
パンテオンでのひったくり、
ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世記念堂の吊られた死体、
法王庁の麻薬汚染、
サンタンジェロ城の誘拐事件、
ローマ国立博物館での乱入事件。
それぞれの事件について、ぬいぐるみが重要な関係を持っていること以外について、
杉下は細かな点まで把握していた。
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:26
- 「実は、日本でのあなたがたについても調べさせていただきました。
日本でも、あながたは実に多くの変死体と遭遇している」
「そうかもしれませんが、それで?」
「気を悪くしないでください。あなたがたがそれらの事件に深く関係しているとは言いません。
ただ……」
「ただ?」
「あなたがたは、死体をひきつける何かを持っている、ということです」
それはひとみたちではなく、このぬいぐるみのせいではないかとひとみは思った。
が、そんなことを言えるはずもない。
- 228 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:26
- 「あの……」
「コンコン?」
「警察だけじゃなくて、どうして国防省もからんでくるんですか?」
「ああ、それですか。話は少しややこしくなります。
ご存じのとおり、今夜はFCバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドの試合があります。
当然、スペインとイギリスからサポーターが大挙して押し寄せています」
ひとみたちも、両国のサポーターたちと遭遇し、事件に巻き込まれている。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:26
- 「それにまぎれて厄介な連中も入国していると情報がありました」
「厄介?」
「暴力団みたいなやつらっすよ、よっすぃ〜」
「EUができてから、犯罪集団も国境がおかまいなしとなっています。
あなたがたが遭遇した事件の中には、そういう連中が関与していると思われるものもある。
こうなってくると内務省だけでは手が足りないので、
国防省の治安部隊が必要となっているのです」
「スペインやイギリスの犯罪集団が?」
「ええ。クイリナーレの地下室は、麻薬の製造場所だったことがわかりました。
殺されていたのはスペイン人です。入国してきたスペインの犯罪組織の一味でしょう」
「法王庁の人に麻薬を売りつけていた人も?」
「あれは生粋のローマ市民です。つまり、ローマという大きな市場を狙って、
地元ローマ、スペイン、イギリスの三つの組織が抗争を起こす可能性もあるのです」
- 230 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:26
- ひとつ、ふたつ、みっつと、ひとみは指を折り曲げて数えたところで、
ひとみはあることに気づいた。
間違ってイタリア国防省の建物に入り込み、そして職員に拘束されそうになったのだが、
どうして国防省にそんなことをされなくてはいけないのか、ひとみはずっと疑問に思っていた。
追いかけられたとき、「クワトロ」、すなわち「四番目」呼ばわりされていた。
これは、イタリア、スペイン、イギリスについで四番目のことを指しているのではないだろうか?
つまり、ひとみたちは四番目の犯罪組織だと国防省に思われているのだ。
「やりきれないなあ」
「ご不満でしょうが、あなたがたは抗争に巻き込まれる可能性があります。
そこで、警備のためにわれわれがごいっしょさせていただきますので、ご了承願います」
「心配無用っすよ。ちゃんと警護しますから」
- 231 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:27
- もう一度、ひとみは考え直してみた。
国防省がひとみたちをそうみなしたのには、何か理由があるはずだ。
国防省との騒動の時点では、まだ事件は地下室の刺殺しか起こっていない。
さすがにひとみたちが第一発見者とはいえ、犯罪集団とみなす根拠は薄い。
となると、事前に誰かがひとみたちのことを国防省や国家警察に示唆していたのだろう。
誰がそんなことを?
目の前に、かつてひとみたちに煮え湯を飲まされた人物がいる。
「あ、なるほど」
「ご了解いただけましたね」
- 232 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:27
- イタリアの役人たちにあることないことを吹き込んだのは、
杉下警部にちがいないとひとみは確信した。
そして警備にかこつけてひとみたちを監視し、しっぽをつかもうとしているに違いない。
ひとみたちに後ろ暗いことは──ぬいぐるみの所業は除いて──何もなく、
三国の犯罪組織が暗闘をくりひろげていることは間違いないので、
警備の人間がいる分には逆に心強い、とひとみは最終決断をくだした。
「警備ってどんなふうにやるんですか?」
「大丈夫っす、チャーミー。この力こぶを見てください」
亀山は袖をまくって筋肉を見せつけた。
- 233 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:27
- 「拳銃とかはないんですか」
「私たちには許可が出ていませんが、試合のときには現地の警官が……」
「ジャッポネーゼが何を粋がってるんだ?」
屈強なイタリア人が何人もひとみたちのテーブルを囲んでいた。
「ぬいぐるみにユニフォーム着せてるぜ、マルコ」
「わざわざ極東から試合見に来たのか?」
「金をありあまるくらい持ってんだろ、ペッピーノ」
「うらやましいこった。どうする、ルキノ?」
- 234 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:27
- このイタリア人たちは、ぬいぐるみを持っていること自体は何とも思っていないようだと、
ひとみは判断した。
なぜなら、このイタリア人たちもベルトから獣のぬいぐるみをぶらさげていたからだ。
「サッカーの強い国ではぬいぐるみが流行っているのかな?」
「吉澤さん。ジャングルキャットにタイゴンにボブキャットのぬいぐるみです」
「なんだか強そうな名前ね」
「何がたがた言ってんだ?」
「第一、おまえらジャッポネーゼのくせに、なんでスペインやイギリスのチームなんかを
応援してるんだ。自分の地元のチームを応援してろ」
- 235 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:27
- ひとみはこっそりとハングリーを胸元に引き寄せ、こそこそと通訳させた。
イタリア人たちの不満の内容がわかったので、ハングリーに適当に話させることにした。
「だって、浦和レッズじゃバルサみたいなパス回しできないよ!」
「あ? ウラワ?」
「おにいちゃんたちはどこのファン!?」
「おれたちは生まれる前からSSラツィオだよ」
「ナチス好きなフォワードがいたチームだね!」
「なんだと!」
数年前、ゴールパフォーマンスでナチス式敬礼を大観衆に向けてやったため、
大騒ぎとなった事件があった。
- 236 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:28
- 「だいたいラツィオなんて、チャンピオンズ・リーグにも進めないチームじゃない」
「長い間スクテッドからも見離されてますね」
「たぶん来シーズンも無理っぽいよね」
「八百長問題もありましたよ」
「どっちかっていうと、ASローマのほうが強いよね」
梨華や藤本美貴たちは、どうせ日本語など通じないだろうとたかをくくって、
言いたい放題していたのだが、ハングリーは逐一英訳することを忘れなかった。
怒り心頭に達したマルコたちは、ひとみたちに殴りかからんばかりだ。
警備を申し出ていた杉下と亀山は、男たちに羽交い絞めにされていた。
もがきながら杉下は、この娘たちはこんなに口が悪かったのか、
それならばいろいろな面倒ごとに巻き込まれるのも仕方がないと思った。
この危機に対し、ぬいぐるみたちも動けないでいた。
相手が一人か二人だったり、逆に群衆であるならちょろちょろ動いても気づかれないが、
十人くらいの少人数ではめだってしまう。
- 237 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:29
- 店員たちもおろおろし、店長が警察にいつ連絡しようか隙をうかがっていると、
カフェのドアが開いてベルの音が鳴り響いた。
「ん?」
「おい、マルコ……」
ひとみは立ち上がって大きく手を振った。
「ロニー! ロニー!」
「……ああ、いつかの横断幕の娘!」
- 238 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:30
- 入ってきたのは、ACミラン所属のロナウジーニョだった。
ひとみはことさら親しげに、ロニーと握手した。
「今日もバルサの応援に来たのか?」
「そうだよ! ロニーが移籍しちゃって残念だよ!」
「よくあることさ」
「ロニーも今日の試合見に来たの!?」
「もちろんさ」
「どっちを応援するの!?」
「そりゃあ、バルサに決まってるさ」
- 239 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:30
- イタリア人たちは半ば呆然としながら二人のやりとりを聞いていた。
イタリアのサッカー好きはもちろん地元のチームを応援するが、
人間の性として強いチームの魅力に引きよせされるものだ。
イタリアでは、地元のチーム以外でもACミラン、インテル、ユベントスの強豪三チームの
どれかを応援していると言われている。
マルコたちは、心中ではこっそりACミランを応援しているのだった。
それを感じとったひとみは、これ幸いと、ロナウジーニョに手を振って別れ、
危険極まりない──大半はハングリーのせいだ──カフェをあとにすることができた。
- 240 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:30
- おしまい
- 241 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:30
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 242 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:31
- (0^〜^)
ハングリー:ガムかみ!
- 243 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 10:31
- ( ^▽^)
アングリー:メダルはずし!
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/08(日) 00:23
- ロニーすげえ。覚えてたのかw
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:43
- >>244
ありがとうございます。
ロニーは永遠のファンタジスタ。
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:43
-
ぬいぐるみと優勝カップ ── Big ear
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:44
- 吉澤ひとみたちは、スタディオ・オリンピコ内にいた。
これから、チャンピオンズ・リーグ決勝戦、
FCバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドの世紀の大決戦が行われるのだ。
中東やロシアのオイルマネーが流入し、
近年まれに見るハイレベルなプレミア・リーグで常に優勝争いを演じるユナイテッド、
巧妙なパス回しによるゲーム支配と破壊力ある得点力が自慢のバルセロナ。
どちらのサッカーが世界一かを決めるにふさわしい組み合わせとなった。
石川梨華とアングリーはユナイテッドのサッカーこそが現代サッカーであると考え、
吉澤ひとみとハングリーはバルセロナの攻撃サッカーこそが一番だと信じている。
藤本美貴、紺野あさ美、是永美記はそこまでのこだわりはないが、
スタジアムの異様な雰囲気を体で感じとっていた。
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:44
- 「あそこにいるの、柴田さんじゃないですか?」
「ほんとだ。村さんもいっしょにいるね」
ひとみたちの席は、スタンドの上方だったが、
柴田あゆみと村田めぐみはそれよりもっとピッチに近いところに座っていた。
「いい席取ったんだね」
「でもさ、川崎フロンターレとベガルタ仙台のユニって、場違いじゃない?」
- 249 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:44
- ひとみたちの席からさらに上方、最上段の通路に、
二人の日本人の刑事とイタリア人の警官が立っている。
ひとみたちは監視されているので、めだったことはできないはずだが、
ぬいぐるみたちはそんなことにおかまいなしだった。
「ほら、メッシがいるよ!」
「ロナウドやルーニーも調子よさそうですわ」
「あのゴールキーパー、すっごく背が高いわ」
「テベス出るかな?」
「顔の作りではこっちのチームが圧勝ですね」
キックオフ直後から、ユナイテッドの猛攻がはじまった。
バルセロナが自陣でボール回しをしようとすると、
ルーニーやギグスら攻撃陣が激しくプレッシャーを与え、ボールを奪うと速攻をしかけた。
ロナウドが遠目からシュートを放ついっぽう、バルセロナはリズムがつかめないでいた。
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:44
- 「ユナイテッドが優勢ですわ、梨華様」
「当然よ」
ひとみたちは試合に見入って、すべての俗事を忘れていた。
ややもすれば、隣の梨華たちの存在を忘れてしまうほどだ。
それほど、スタディオ・オリンピコは熱狂の渦中にあったということだ。
引き気味に試合をするのではないかと言われていたユナイテッドの果敢な攻撃は、
しかしながら実を結ぶことはなく、すぐにバルセロナ守備陣も落ちつきを取り戻した。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:44
- そして前半十分。
ぽーんと高くあがったボールをユナイテッドMFがヘディングし、
これをバルセロナのイニエスタがカットした。
イニエスタはするするとドリブルで突進し、マークが中途半端なせいもあり、
バルセロナFWエトーに絶妙なパスが出た。
これを落ちついて決めて、バルセロナが先制点を奪った。
「やった! バルサがリード!」
「江藤が決めた!」
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:45
- ひとみは立ち上がり、手を叩いて喜んだ。
美貴や周囲の観客も興奮状態で拍手を叩きならす中、
梨華とアングリーはぶすっとした顔のままだったが、声のトーンは低いままだった。
「一点を守り切るなんてバルサにはできないから、勝負はこれからよ」
「梨華様の言うとおりですわ」
しかし、この先制点でバルセロナの中盤を支えるシャビとイニエスタのゲーム支配が始まった。
ユナイテッドがボールを奪おうとしかけてきても、
ダイレクトパスをぽんぽんつなげられて攻撃にうつることができない。
FWのメッシも、本来の右サイドを離れて中央付近にポジションチェンジを繰り返すので、
ユナイテッド守備陣もかく乱されてマークをつけきれないでいた。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:45
- 後半開始早々、切り札のテベスを投入し、さらにベルバトフもは入ったが事態は打開できない。
それでも、すんでのところで失点を防いではいたのだが、
後半25分、とうとうメッシのヘディングシュートで、ユナイテッドのゴールネットが揺れた。
決定的となる二点目だった。
立ち上がってガッツポーズをするひとみ、がっくりとうなだれる梨華。
ひとみの首から下がっているハングリーは、感無量だった。
ひとみたちに出会う前は、新聞記事でしかメッシのゴールを知らなかった。
ところが、ひとみのところで生活するようになってからわずか数か月で、
チャンピオンズ・リーグの決勝戦という最高の舞台で、メッシの生ゴールを目撃することができた。
ハングリーはこの世に自分がいることを自覚してから初めて、
自分はなんと幸せ者なんだろうと思った。
- 254 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:45
- 「ハングリー、どうしたの? メッシが決めたよ」
「うん! 最高の気分だね! 鳥肌がたったよ!」
「この生地はそんな器用なことができるのか」
この後もバルセロナの華麗なパス回しにユナイテッドは翻弄され続けた。
ユナイテッドは三人目の選手交代でスコールズを投入したが、
ラフプレーでイエローカードをもらう始末だ。
追撃の足がかりすらつかめないまま、タイムアップの笛が鳴った。
そして表彰式となり、相手チームがビッグイアーと呼ばれる優勝カップを受け取るところなど
見たくないというユナイテッドサポーターたちは、帰り支度を始めていた。
ビッグイアー(大きな耳)とは、優勝カップにつけられている大きな取っ手が
人間の耳に似ていることからつけられた愛称だ。
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:46
- 「あの辺りが空いてきたから、もっと前に行ってみよう」
「えー」
ひとみたちは梨華を引きずって、スタンド中央の前方めがけて進んだ。
最初に準優勝となったユナイテッドの選手たちにメダルが贈られた。
白いユニフォームの彼らは、当然ながら憮然とした表情だ。
自分たちの力を出し切れなかったという思いでいっぱいだったのだろう。
ひとみたちの背後に、二人の日本人が立った。
杉下と亀山だった。
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:46
- 「どうやら無事に試合は終わったようですね」
「お疲れ様です」
「これで我々は引き上げますが、あなたがたはまっすぐホテルに帰りなさい」
「どういうことですか?」
「このところ引き続き起こった事件について、少しずつですが解明されています。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世記念堂の死体ですが、
旅行会社のガイドが一時期疑われましたが、彼女にはアリバイがありました。
そしてその殺されたイギリス人は麻薬の運び屋をやっていたようです」
「例の、ローマにやってきたという犯罪集団の一味ってことですか?」
「その可能性があります。あなたがたも、事件に巻き込まれたくなかったら、
おとなしくしていてください」
- 257 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:46
- 二人の日本人刑事は小さく頭を下げて、ひとみたちの視界から消えた。
表彰式はつつがなく進んでいた。
そして、優勝したバルセロナの選手たちに優勝メダルとビッグイアーが渡された。
「ね、ひとみ! もっと近くに行こうよ!」
「大丈夫かな? 行ってみようか」
ひとみが階段を駆け足で降りて行こうとして、
他の観客にぶつかって足を取られた。
なんとか手をついて、顔面から階段を転げ落ちることだけはさけたが、
そのはずみでひとみの首にかけていたぬいぐるみの紐が、
顔から外れて前方へ飛んでいった。
- 258 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:46
- ぬいぐるみは重力加速度と、選手たちに向かってぶんぶんと振られている
観客の手にぶつかった勢いで、表彰式の選手たちに一直線に向かった。
バルセロナのキャプテンであるプジョルが、ビッグイアーを両手で高々と掲げ、
カメラマンたちに向けてポーズをとっていたのだが、
ハングリーはその優勝カップの中にすぽんと入り、中でころころと転がった。
この瞬間をおさめた写真は一枚のみで、失敗作として廃棄されることとなる。
プジョルは優勝カップを他の選手に手渡した。
優勝カップにキスしようとしたMFのシャビは、中に入っているぬいぐるみに気づき、
「何だこれ」と言いながら、その場に投げ捨てた。
- 259 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:47
- どうやって観客席に帰ろうかとハングリーは思案し、
UEFA会長のプラティニのズボンの尻に飛びついた。
スーツの上着のおかげで、なんとか見えない位置についている。
UEFA会長は表彰式が終わり、関係者に会うためスタンドに戻ってきたところで、
ハングリーはプラティニから飛び降りた。
こうしてどうにかして、ハングリーはひとみのところへ戻ることができた。
「何してたんだ?」
「ビッグイアーの中はつるつるだったよ!」
- 260 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:47
- スタディオ・オリンピコを後にした一行は、興奮冷めやらぬ中、屋台でビールで注文した。
おのおの紙コップを持って、近くを流れるテベレ河のほとりへ行き、乾杯した。
梨華はまたたく間に紙コップを空にし、次の紙コップに口をつけた。
「もう、悔しいなあ」
「しょうがないよ、梨華ちゃん」
「でもさ、今年はずっとバルサにやられっぱなしだったのよ」
「マドリーも、チェルシーも、マンUも、全部やられちゃいましたね」
「それだけバルサが凄かったってことよ」
「でも、こんな試合を生で見ることでできてよかったね」
「それはこいつらのおかげだよ」
ひとみはハングリーとアングリーを両手でつかみあげた。
二匹はほめられたので、万歳をしている。
- 261 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:47
- 「ふだんはどうしようもなくて、トラブルばっかり起してるけど」
「どんなトラブルなのかは、ローマに来てよくわかりました」
「よっちゃんも苦労してるね」
「なんだかほめられてない気がする!」
「でも、それはしょうがないよね」
ひとみは、前方を指さした。
橋や道路の街灯がテベレ河を優しく照らしているのだが、
そのゆっくりした流れに乗って、死体がゆらゆらとただよっていた。
「どうりで死の匂いがするわけですわ」
「アングリーは気づいてたの?」
「空気を読んで黙っていましたわ」
- 262 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:48
- ところが、せっかくのアングリーの気づかいも、ひとみがだめにしてしまった。
トラブルを引き寄せるのはぬいぐるみたちのせいかもしれないが、
それを増幅させているのは実はひとみのほうではないのかと、あさ美は思った。
美貴と美記が、転がっていた木の棒で死体を岸にたぐりよせた。
もうこの二人も、ぬいぐるみやひとみたちに毒されていて、
死体の一個や二個では気が動転しないようになっていた。
さすがに、岸の上まで引っぱりあげることはできなかった。
「着てるのは、ユニフォーム?」
「まさかサッカー選手とか?」
「下はジーンズだから違うよ。サポーターだね」
「これはラツィオのユニよ。番号からすると、シモーネ・インザーギかしら」
- 263 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:48
- わき腹に、ナイフが刺さったままだった。
とにかく、警察に知らせなければならないと、ひとみたちは近くのパブに入った。
中は、決勝戦を観戦していた客でいっぱいだった。
バルセロナのユニを着た客、ユナイテッドのそれを着た客、地元ローマの客だ。
店員を探そうときょろきょろしているところを、ひとみは声をかけれらた。
「よう! 『横断幕のジャッポネーゼ』じゃないか!」
ハングリーの通訳を聞いて、ひとみは声のほうへ顔を向けた。
男は、ジャングルキャットのぬいぐるみを腰に下げている。
- 264 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:48
- 「やあ! えっと……」
「昼間、マンチーニ広場の料理店で会っただろ。マルコだ」
「ああ、ラツィオサポの人だね!」
マルコの横に、タイゴンのぬいぐるみを下げたペッピーノが立った。
それだけではない。
スペインからやってきたディエゴ、イニゴ、アルヴァロも、
それぞれオセロット、ユキヒョウ、ジャガーのぬいぐるみとともに座っている。
それからイギリス人のクリストファー、ヘンリー、アーネストが、
やはりジャワトラ、マーゲイ、コドコドのぬいぐるみをぶら下げていた。
「みんな知り合い!?」
「さっきの試合をいっしょに見て、意気投合したんだ」
「いやあ、すばらしい試合だったぜ」
「メッシはやっぱりマラドーナの再来と言われるだけある」
「ロナウドも才能の片鱗を見せたが、まだまだ経験不足かな」
- 265 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:49
- これらヨーロッパ各国の人間たちとは、ひとみたちも顔見知りとなっていた。
すでにみんなできあがっていて、顔を真っ赤にしていた。
「いや、バルサの要はシャビとイニエスタだろ」
「あの二人に自由に持たせるとやばいんだが、マンマークをつけると引っぱられて、
中盤に大きなスペースができちゃうんだよな」
「そこにメッシやエトーが入り込んでくると、守備陣は混乱しちまう」
「だからいっそのことチェルシーのように、がっちり固めるしかないのか」
「そうすると、カウンターしか攻撃の手がなくなるんだよ」
「それでもチェルシーは最後の最後でゴールをこじ開けられちゃったし」
「ユナイテッドも最初はよかったんだよ」
「あの十分間でゴールできていたら、その後の展開は違ってただろうな」
「あとはテベスだな」
「いや、ルーニーが少々守備的だったのも問題だろ」
「スコールズが攻守で案外だったな。それでメッシに決められて終わっちまった」
「前からがんがんプレスをかけて、奪ってハーフカウンターで行くのが一番じゃないか?」
「それじゃあ90分間、体力がもたないだろう」
「こりゃ、当分プレミア・リーグとリーガ・エスパニョーラの独擅場が続くな」
「セリエAは経営が厳しいチームばっかりで、選手が揃わないんだよ」
「ミランのカカも、レアル・マドリードに売られるって話だぜ」
- 266 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:49
- 彼らは、ひとみたちに声をかけたことはすっかり忘れて、サッカー談議に花を咲かせていた。
ハングリーも、バルセロナやメッシがほめられているのが嬉しくて、
彼らの会話を逐一翻訳して、ひとみたちに聞かせた。
ひとみはハングリーの頭を殴って、本来の目的を思い出させた。
「あのー!」
「ああ、すまん。どうだ、ローマとサッカーを堪能できたか?」
「そりゃもう、たっぷりと!」
「そいつはよかった。ジャッポネーゼたちも、いっぱい飲もうぜ」
「そうじゃなくて、警察を呼んでほしいんだ!」
- 267 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:49
- ジャッポネーゼの説明に、ラテン民族とアングロ・サクソンたちは顔色を変えた。
さっそく、彼らはひとみの導きに従って、テベレ河のほとりに向かった。
「おい、こいつはルキノじゃないか!」
「あれ!? いっしょにいたんじゃないの!?」
「いや、試合が終わってから、いないのに気づいた。
どうせあの店に来るだろうと思って、あまり気にしちゃいなかったんだが……」
「警察を呼んで来るよ」
走りだそうとした男の腕を、ひとみが引っぱって引きとめた。
杉下たちの話を聞いていたひとみは、すでにこの男たちをかけらも信用していない。
今やローマは三国の組織犯罪者たちの抗争に巻き込まれており、
彼らもその手先である可能性が高いと、ひとみは考えていた。
- 268 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:50
- 「お、よっちゃんお得意の物語作りが始まった」
「今回はどんなふうにでっちあげるんですかね」
「そううまくいくかしら?」
「あんたたち、うるさい」
「おいおい、警察呼ぶんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど、それじゃ具合の悪い人もいるんじゃない!?」
男たちは人相を変えた。
三つのグループにわかれ、互いに距離を取った。
ひとみはため息をついた。
- 269 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:50
- 「どういうことだ?」
「それは自分たちの胸に手を当てて考えればいいよ!」
「じゃあ、ルキノってやつはこの中の誰かに殺されたのか?」
「この死体は、死んでから二時間くらいたってるんだ!」
「試合中に殺されて、河にぶち込まれたんだな」
「そうだよ! 試合中に姿を見せなかった人があやしいと思うね!」
ひとみは、多くの死体を見てきていたので、
死後何時間くらいたっているか、だいたい見当がつけるようになっていた。
因果なことだが、半ば自業自得だ。
そして、死体があったら、手近なところにいる者を犯人に指定するあたり、
ひとみの名探偵ぶりも板についてきた。
それが当たっているかどうかは関係なく、その場をどう乗り切るかが至上命題なのだ。
- 270 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:50
- 「試合中にいなかったっていってもなあ」
「夢中になってて、他人のことなんか気にもしてなかったぞ」
ひとみは大きくうなずいた。
自分も、せいぜい梨華の落ち込み具合を見ていただけで、
美貴たちのことはあまり覚えていなかったからだ。
「だけどさ、さっきパブの中での会話でなんとなくわかったよ!」
「なんだって?」
「ほら、スコールズが途中交代で入ったけど活躍できなかったって言ってた人!
その後にメッシに決められた、って言ってたけど」
「ん? スコールズは、確かメッシに決められたあとに入ったんだよな?」
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:50
- みなの注目は、
「スコールズが攻守で案外だったな。それでメッシに決められて終わっちまった」
と発言した、スペイン人のイニゴに集まった。
「おまえ、後半見てなかったのか?」
「……見たときには、スコールズがもう入ってた。
メッシが決めたのは、画面に映ってたからわかったけど、スコールズが入る前だったとは……」
「なんでそんなことをしたんだ?」
「あいつ、俺たちのことを最初から目をつけていたんだ。
ハーフタイムのときに呼び出されて、そこの河畔で……」
「ほんとうにおまえがやったんだな!」
「やっぱり、おまえら、このシマを狙ってやがったんだな!」
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:50
- ハングリーの通訳により、三者が麻薬取引の利権について争いを始めたことをひとみは知った。
ひとみのでっちあげられた推理についても、当たりのようだが、それはあまり関係ない。
さて、イタリア人、スペイン人、イギリス人たちが何をやるかと見ていると、
それぞれ三方向へ走っていってしまった。
拍子抜けしたひとみたちは、テベレ河沿いの歩道を歩きはじめた。
夜風は、ひとみにとってあまり心地よくはなかった。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:51
- おしまい
- 274 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:51
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 275 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:51
- (0^〜^)
ハングリー:甲府!
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 14:51
- ( ^▽^)
アングリー:フルボッコ中!
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/15(日) 23:43
- ハングリーは幸せものですね
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:43
- >>277
ありがとうございます
新聞でメッシのゴールを想像うんぬんは実話とかなんとか
ttp://www5e.biglobe.ne.jp/~gide/h008.jpg
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:44
-
ぬいぐるみとローマの戦い ── Riot
- 280 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:44
- 一行はバスに乗ってホテルに戻ろうとしたのだが、
バスは途中で止まって動かなくなってしまった。
吉澤ひとみはハングリーに命じて、運転手に質問をさせた。
「ねえ、何があったの!?」
「渋滞のようです。通行止めがあるとは聞いていないんですが」
渋滞は解消されそうになく、運転手の判断で乗客はすべて降ろされた。
地図を見ながら歩いていると、前方から多くの人々が走ってきた。
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:44
- 「早く逃げろ!」
「マフィアどもが撃ち合いをやってるぞ!」
群衆の叫び声の中に、英語もまじっていたのでハングリーにも理解できた。
それを聞いたひとみたちは、好奇心のほうが勝って、様子をそっとうかがうことになった。
もちろん、抗争の中に飛び込んでいくなど無謀なので、
近くのビルに忍び込んで、高いところから見物するのだ。
ちょうどいい高さのホテルを見つけて、宿泊客のふりをしてエレベーターに乗った。
適当な階で降り、外の様子を見るために通路を探しまわった。
- 282 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:45
- 「この窓から見えますよ」
「ほんとだ。何かやってるね」
「集団が三つあるわよ。もしかして、さっきの人たちじゃないの?」
「まさか」
「いえ、そのまさかですよ」
ひとみたちが肩をふるわせて振り向くと、杉下と亀山がいた。
「あれはイタリアとスペインとイギリスの犯罪者集団です」
「どうしてこんなおおごとに?」
「そりゃあよっすぃ〜。暴力団の抗争はこんなもんですよ」
「あなたがたが彼らの背中を押したんじゃないんですか?」
「いや、なんことだかさっぱり」
ひとみは否定したが、誰も信じなかった。
もちろん本人も信じていなかった。
- 283 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:45
- 「このホテルにお泊まりですか?
ここでじっとしていればだいじょうぶですから、早くお休みなさい」
「それじゃ、みなさん。我々はひと仕事あるので、お休み」
ひとみたちはこのホテルに泊っているのではないので、
いずれ抜け出して、戻らなければならない。
でも面白そうなので、観戦を続けた。
「警察とか来そう?」
「サイレンの音もしないですね」
「共倒れしたところを、まとめて捕まえる気なんじゃない?」
「あまり大人数でもなさそうだし、そんなところかもね」
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:45
- ここで、ひとみの胸元のぬいぐるみが暴れだした。
「ねえ、ひとみ!」
「どうしたの?」
あまりにも暴れるので、ひとみは首からハングリーを外した。
「ちょっと出かけてくる!」
「出かけるって、おまえ、正気か?」
「だって、心配なんだ!」
ハングリーが心配しているのは、人間たちのことではなかった。
ぬいぐるみにとって、人間一般は興味の埒外にある。
心配ごととは、ぬいぐるみのことだった。
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:45
- 「あの死んだ人も、ぬいぐるみ持ってたよね!」
「えーと、ボブキャットのぬいぐるみだったかな」
「死体にくっついてなかったよね! 河に流されちゃったかもしれない!」
「あのぬいぐるみ、おまえたちと同じ動くやつなのか?」
「わからない! でも、リナたちも動くぬいぐるみだったから、そうかもしれないよ!」
リナというのは、ひとみたちとフットサルをしたカテリーナのぬいぐるみだ。
そしてサンタンジェロ城で、ひとみがカテリーナを発見した契機となった、
ネザーランド・ドワーフのぬいぐるみでもある。
ひとみも、人間たちのほうには興味を失っていた。
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:45
- 「じゃあ、いっしょに探しにいこうか」
「うん!」
「ひとみ様、やめておいたほうがいいですわ」
「そうよ。悪い予感がするわよ」
「いや、でも、ぬいぐるみに罪はないしねえ」
とにかくこのホテルを出てから考えようと、ひとみたちはホテルを出た。
そこへ、黒い制服の一団が、ひとみたちをめがけて殺到してきた。
「いたぞ!」
「クワルト!」
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:46
- この言葉に紺野あさ美が反応した。
「吉澤さん! 国防省の人たちです!」
「え? 杉下警部が話をつけてたんじゃないの?」
どうやら話をつけていなかったようだ。
これは杉下のいやがらせにちがいないと判断して、ひとみたちは逃げ出した。
ところが、ぬいぐるみたちはそれぞれの所有者の首から飛び降りて、
反対方向へとことこと走り始めた。
「ハングリー! どこへ行く!?」
「探しに行ってくる!」
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:46
- ひとみは思いとどまらせるのをあきらめ、たいそう小さな肩掛けかばんをハングリーに投げ渡した。
かばんには発信機つきの懐中時計が入っていて、いずれ役立つことになるだろう。
「いざいというときは、これで!」
「ありがと!」
ひとみたちは、駐車していたタクシーの飛び乗った。
一台に五人が乗ったのだから、狭いにもほどがある。
「早く出して!」
「ん? 何をしゃべってるんだ?」
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:46
- ハングリーがいないので、言葉が通じない。
あさ美がけんめいに英語で話そうとしたのを、藤本美貴が横から割って入った。
「早く出しなさい。じゃないと、怪我するわよ」
もちろん、この言葉も通じていないのだが、ボディランゲージは偉大だ。
美貴がナイフを出して首元につきつけたので、運転手も事情をなんとか悟った。
先ほどまでは渋滞していたが、暴力団の抗争と知って、車はほとんど逃げ出している。
そのすいた道をタクシーが暴走していた。
「こっちはまずいよ、ねえちゃんたち」
「あ?」
「ミキティ、適当なところで止めさせて!」
- 290 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:46
- 美貴にうながされ、運転手はおとなしく車を止めた。
これでかなり距離をかせいでいた。
あとは夜陰にまぎれてホテルへ戻るだけだったが、場所が悪かった。
ひとみが宙を見ると、わずかな光に照らされたオベリスクが目に入ってきた。
その広場の周囲に百体を超える石像が並び、
その陰に隠れて男たちが撃ち合いをしていた。
「ここは?」
「サン・ピエトロ広場のようです」
よりによって、三国の犯罪者集団はバチカンで抗争していたのだ。
前門の虎、後門の狼という状況に、ひとみたちは追い込まれていた。
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:46
- 「武器なんて…… ないよね」
「あるわけないでしょ」
美貴が持っていたのは、ペーパーナイフなので無力にひとしい。
ひとみは、道路の消火栓に目をつけた。
国防省のカラビニエリの警官たちが迫ってきた。
石川梨華が格納庫からホースを出してきて、是永美記とともに転がした。
美貴が消火栓とホースをつなぎ、あさ美とともにホースを支えた。
「よっすぃ〜、準備できたよ!」
「いくよ!」
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:47
- ひとみは、警官隊のほうへホースの先を向けた。
梨華がバブルを回し、水流がローマの街を飛んだ。
水が一人の警官をかすめた。
直撃していたら、吹き飛ばされて怪我をしていたかもしれない。
ひとみたちはホースを離して姿を隠した。
水を止めるのを忘れていたので、和解の道はそこかしこが水浸しだ。
この暴挙に怒り心頭に達した警官隊は、全員がサン・ピエトロ広場に突入した。
警官が来たら応戦するか、逃亡するかを決めかねていた組織犯罪者集団は、
有無を言わさず警官たちと対峙することとなった。
暴力団の抗争があるとは国防省も聞かされていなかったので、装備は乏しい。
こうした四つどもえの争いが始まったのを見て、
ビルの陰に隠れていたひとみたちは、通りを逆に戻っていった。
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:47
- ぬいぐるみたちは、テベレ河をめざし、人気のない狭い通りを選びながら進んでいた。
川沿いの道をとことこと走りながら、川面にぬいぐるみが流れていないかどうか探した。
「なんか変なのが走ってます!」
「ほんとだ! 追いかけよう!」
変なのが変なのを追って、サンタンジェロ城付近の橋を渡った。
向かった先はアウグストゥス廟だった。
この霊廟は石造りで、周囲には木々も多く生えていてなかなか自然豊かだ。
その木のふもとで、ぬいぐるみたちが対峙していた。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:47
- 「何があったんだろう?」
「もっと近づいてみよう!」
ぬいぐるみたちは、三体ずつ三つのグループに分かれていた。
イタリア、スペイン、イギリスからやってきたサッカーのサポーター、
今や組織犯罪者であることを隠さなくなっていた彼らの所有するぬいぐるみたちだった。
「よくもルークをひどいめに合わせたな!」
「そっちのほうこそ、変なことたくらんでたんだろ!」
ルークというのは、ボブキャットのぬいぐるみのことだ。
所有者は殺されてしまったが、ぬいぐるみのほうが無事生きていた。
そして、所有者の対立がそのままぬいぐるみたちにも引き継がれていた。
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:47
- 「たいへんだ! けんかが始まっちゃう!」
「大丈夫よ。ぬいぐるみどうしの殴り合いじゃ、傷一つつかないわよ」
ところが、ぬいぐるみのグループは、けんかを始めないで散開した。
それぞれ、この霊廟に隠してある武器を取りにいったのだ。
ハングリーたちはイタリアのぬいぐるみグループのあとをこっそり追いかけた。
ジャングルキャットやタイゴンのぬいぐるみは、茂みの中から小さなレイピアを取りだした。
「刃物だよ! これじゃあとんでもない大けがしちゃう!」
「まあ、ハングリーみたいに首を斬られるのには慣れてないよね」
「止めよう!」
「どうやって?」
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:48
- ハングリーには知恵がない。
なので、実力に訴えてけんかを止めることとなった。
暴力を暴力で防ごうというのだから、何をかいわんやだ。
ハングリーは、ひとみからもらったかばんを開けた。
「これは……」
「さすがひとみ! このかばん持ってきてたんだ!」
ジャングルキャットは、レイピアをぶるんと振るった。
月光が刃に当たって反射する。
この切れ味なら、ぬいぐるみの布地など簡単に引き裂いてしまうだろう。
「よし、準備はできた」
「油断するなよ。あいつらも得物を持ってるはずだ」
「ざくざく突き刺してやる」
「待て!」
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:48
- イタリアのぬいぐるみたちが、突然の声にぎょっとして振り向いた。
そこには、日本の鎧かぶとで武装した、ぬいぐるみの一団があった。
「おまえらは!」
「奥州筆頭ハングリー、推参!」
「天我独尊アングリー、圧参!」
「神速聖将ミキティ、出陣!」
「冷眼下瞰コレティ、執行!」
「あの、これやらないといけないんですか?」
「そこは『天覇絶槍!』って叫ばないとだめだよ、コンコン!」
「あと『おやかたさまぁ!』とか」
「アングリーは愛のかぶとやめたの?」
「時代は松永久秀よ」
「自爆しないようにね」
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:48
- 日本語なので、イタリアのぬいぐるみには通じていなかった。
それでもただならぬ集団であることはわかったので、レイピアを握って襲いかかってきた。
「やっちまえ!」
「独眼竜は伊達じゃないよ!」
「いや、伊達でしょ?」
「馬鹿どもだわ!」
「さあ、めいふへといきなさい」
- 299 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:48
- 鎧かぶとは、ハングリーたちがコロッセオで合戦ごっこをするつもりで持ってきていたものだ。
装備に加え、数的に圧倒的に有利なハングリー軍がイタリア軍を蹂躙した。
一対一の対戦が二組で、残りの組は三対一だ。
三対一のほうの勝負がつくと、今度は四対一の対戦となるので、負けようがない。
コレティとコンコンが相手をはがいじめにし、
動けなくなったところをアングリーが鎌で首を切り取った。
こうなると、ぬいぐるみはすべての機能を停止してしまう。
イタリア軍全員の首を討ちとって、緒戦は終了した。
「さあ、今度はどこへ!?」
「敵がけんかを始める前に、各個撃破するべきです」
「そうね。共闘してこっちに向かってくるかもしれないわね」
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:49
- ハングリーたちは次の戦場へ向かって走りはじめた。
アングリーは三つの首を腰にぶらさげることを忘れなかった。
しかし、ハングリーたちのもくろみどおりとはいかず、
すでにスペイン軍とイギリス軍は戦闘を始めていた。
両軍はアングリーの腰に下がっている首を見て、新たな敵が現れたことを悟った。
すぐに休戦となり、合同してハングリー軍に向かってきた。
「どうする、ハングリー?」
「やるしかないよ!」
槍を持ったオセロットやユキヒョウのぬいぐるみが突進し、
その背後からジャワトラやマーゲイのぬいぐるみが弓矢で遠距離攻撃をしかけた。
繰り出される槍をよけ、空から降ってくる矢を刀で振り払うだけでせいいっぱいだ。
- 301 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:49
- 「どうしよう、アングリー!」
「劣勢ですわ。ハングリーの首を差し出して降伏しようかしら」
「そんな!」
ハングリー軍はじりじりと後退を始めた。
しんがりという危険な役目は、多数決でハングリーに決まった。
槍が縦に振りおろされ、兜の三日月の前たてで受け止めた。
おかげで三日月がぐにゃりと曲がってしまった。
「ハングリー、こっちに逃げてどうするの!」
「あんたはあっちのほうへ行きなさい」
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:49
- ハングリーだけ、仲間たちと正反対の方向へ後ずさりしながら下がっていった。
スペイン・イギリス連合軍は、ハングリーのほうを選択した。
一対六と圧倒的に不利であり、ハングリーはまたたくまに囲まれた。
「あーん、ひとみ、助けて!」
「やっちまえ!」
ハングリーは、ぬいぐるみたちにぽこぽこと殴られてその場に伏した。
それでも満足せずに、連合軍はたたみかけてきた。
- 303 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:49
- 「敵全軍、こちらに背中を見せてます」
「今がチャンスよ!」
「燃えろ、燃えたぎれ!」
アングリーが不敵な笑みを浮かべ、とととと走った。
連合軍の兵士たちは何が起こったか理解できなかった。
左から右に大鎌を振るうと、ぬいぐるみの首が三つ飛んだ。
さらに手首を返し、逆向きに鎌を一閃し、さらに三つの首が胴体から離れた。
「敵将、討ち取ったり!」
「えいえい、おう!」
「ぇぃぇぃ、ぉぅ……」
ローマ帝国の皇帝たちが眠る霊廟に、小さな勝鬨が起こった。
ハングリーは地面に伏したまま、死にそうな声をなんとかあげた。
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:50
- サン・ピエトロ広場を脱出したひとみたちは、GPSシステムでぬいぐるみの行方を探った。
そしてアウグストゥス廟に到着すると、紐で縛られたぬいぐるみの集団と、
それを取り囲んでいるハングリーたちを見つけた。
「何がどうなったら、こんなふうになるのかな?」
「さあ、何が起こったのかしら?」
「ひとみ! 大勝利だよ!」
「これくらい朝飯前ですわ」
ひとみたちはぬいぐるみを持ち上げ、しきりに首をひねっていた。
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:50
- おしまい
- 306 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:50
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 307 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:50
- (0^〜^)
ハングリー:アンリ!
- 308 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/21(土) 15:51
- ( ^▽^)
アングリー:神の手!
- 309 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/22(日) 21:32
- なんというコラボ!!
- 310 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:27
- >>309
ありがとうございます。
さあ、ラスト。
- 311 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:27
-
ぬいぐるみと最後の浪漫 ── bye bye, Roma
- 312 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:28
- 各国のぬいぐるみを回収した吉澤ひとみたちは、
ようやくのことホテルに戻り、ハングリーたちに事情聴取した。
そして、どういうわけだか合戦に及んでいたことが判明した。
「誰がそんなことしていいって言った?」
「だって、なりゆきでそうなっちゃったんだ!」
「そんな危ないことして、けがでもしたらどうするの」
「じゅうぶん痛いめにあった気がする!」
「アングリーや他のみんなも、ハングリーを止めないといけないよ」
「ハングリーの無鉄砲ぶりには、みんなあきらめてますわ、ひとみ様」
- 313 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:28
- ひとみは説教モードだったが、ハングリーやアングリーに届いているふうはなかった。
そして、今度はイタリア、スペイン、イギリスのぬいぐるみたちに向かった。
ハングリーが通訳に入る。
「あんたたちも、いったい何やってるの」
「けんかなんか無益なことだよ!」
「人間たちに見つかったら、たいへんなめにあっちゃうでしょ」
「人間たちは獰猛で野蛮だから、見つからないほうがいいよ!」
「だいいち、武器を持って暴れるなんて、非常識でしょ」
「ぬいぐるみは人間と遊んであげるのが仕事なんだから、本分を忘れちゃだめだよ!」
- 314 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:28
- ハングリーがでたらめに訳したので、やはり異国のぬいぐるみたちにも話は通じなかった。
ただ、このぬいぐるみたちは、ひとみたちとハングリーたちが仲良く会話しているのを見て、
度肝を抜かれていた。
ぬいぐるみと人間は、けして相容れることができない種族なのだ。
「おい、なんでこの人間たちはぼくたちのことを見ても、普通でいられるんだ?」
「ひとみたちのこと!? ひとみたちは普通じゃないんだ!」
「ハングリー、今アンユージャル言った?」
「確かにそう言ってましたわ、ひとみ様」
- 315 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:28
- ひとみがハングリーの首ねっこをつかんで、じゅうたんにぐりぐりと押しつけいてるときに、
石川梨華と藤本美貴、紺野あさ美、是永美記が部屋に入ってきた。
大きな紙袋をいくつも抱えていて、それをテーブルの上にどさっと置いた。
「なんとか売ってるところ見つけてきたよ、よっすぃ〜」
「お疲れ様。じゃあ、みんなで食べよっか」
袋から、「脳みそプディング」が転がり出てきた。
こんな時間帯に、美貴たちがどんな手段で調達してきたか、
ひとみは聞かないことに決めた。
ぬいぐるみたちは、歓声をあげてテーブルの上に群がった。
異国のぬいぐるみたちは、こんなに美味なものがこの世にあったのかと、
ただただ感心していた。
- 316 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:29
- 翌朝、ひとみはこの増えたぬいぐるみたちの処遇に頭を悩ませていた。
杉下から連絡があり、元の所有者たちは全員逮捕されたと伝えられていた。
そこに戻すのは、教育上よろしくないのではと考えていた。
ぬいぐるみは、人間と同じ価値観や道徳観を持つべきではないのだ。
「やあ、横断幕の娘!」
「ロニー!」
ホテルを出ると、ロナウジーニョが待ち構えていた。
ひとみたちの居場所を探していたという。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:29
- 「昨日の試合は堪能したかい?」
「もちろん! 凄く楽しかったよ!」
「来年は俺たちが出るから、楽しみにしていてくれよ」
「期待してるよ!」
FCバルセロナの連覇間違いなしと信じているくせに、
ハングリーは心にもないことを言う。
別れ際、ロナウジーニョはひとみにACミランのユニフォームを与えた。
ユニフォームには、ロナウジーニョだけでなく、ピルロやインザーギのサインがあった。
「もらっていいの!?」
「ぜひ受け取ってくれ。君たちに応援してもらうと、リーグ優勝できるから」
- 318 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:29
- それでは代わりにと、ひとみは例のぬいぐるみたちをロナウジーニョに押しつけた。
「これは何だい?」
「幸運をもたらすお守りみたいなものだよ!」
「そうか。じゃあ、チームのみんなにも配るとしよう」
アディオス、と二人は固く手を握りあった。
いずれ、二人が再び邂逅するときがくるだろう。
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:29
- 一行は駅で荷物を預けると、飛行機の搭乗時間まで観光を続けることにした。
どこへ行こうかとひとみがガイドブックとにらめっこしていると、
梨華がちょんちょんと肘をつついてきた。
「何?」
「えっとね。なんだか物足りないなあって」
「そうね。まだよっちゃんの作り話は不十分なところがあるよね」
「ふだんからそんなことやってるんですか、吉澤さん」
「いっぱい作り話を聞きたいね」
「ちょ、みんな」
他の四人がらんらんと目を輝かせているのを見て、ひとみは深くため息をついた。
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:29
- トレヴィの泉では作り話も何もなく、一行はクイリナーレの丘に向かった。
サンタンドレア・アル・クイリナーレ教会の前で立っている花売りを見つけ、腕を取った。
「きゃっ。あら、あなたは?」
「どういうつもりで、暗号めいたカードなんか作ったの!?」
「私の見込んだとおりだったわ。あなたたち、ちゃんと暗号を解いて、
先々の観光地に行って、私たちにチップをはずんでくれたもの」
「どうして最後は国防省だったの!?」
「そういえばそうね。なぜだったのかしら、私にもわからないわ」
「その暗号って自分で考えたの!?」
「こうしたらいいって、教えてもらったのよ」
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:30
- 電話でカードの話をしてきたので、どんな人物が教えてきたのか知らないという。
チップをはずんで花売りを解放すると、今度はスペイン広場に向かった。
広場の屋台では、アドリアーネはジェラードの売り子をしていた。
「あら、ひとみたちじゃない」
「人数分のジェラードちょうだい!」
ジェラードを賞味しながら、ひとみはアドリアーネにいくつか質問した。
どうしてひったくりの対象として、ひとみたちを選んだのか?
集団を襲うとは、かなりリスクの高い行動だった。
「どこかの誰かから、とろそうなジャッポネーゼがいるって電話があったのよ」
「誰!?」
「さあ、知らないわ。へたくそな英語だったわ」
- 322 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:30
- 満足したひとみたちは、最後の観光地、フォロ・ロマーノへ向かった。
フォロ・ロマーノは古代ローマ時代の遺跡群で有名だ。
ローマ帝国時代の公文書館や、神殿、凱旋門が廃墟の中に立ち並んでいる。
悠久の歴史を感じながら、ひとみたちは話をしていた。
「わたしたちが巻き込まれた事件は、大半が麻薬密売組織がらみか、
純然たる事故だったんだけど、そうじゃないものがあったんだ」
「さっき回っていたところのね」
「そう。その二つ、暗号カードとひったくりだけ毛色が違うっていうか」
「謎の人物が出てきましたね」
「杉下警部じゃないの?」
「いくら嫌がらせでも、こんな幼稚なことをしないと思う。
まあ、杉下警部の存在が、ある意味重要なんだけど……」
- 323 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:30
- ひとみが立ち止ったので、みなもそれにならった。
サトゥンヌル神殿の前で、遠くには、吊られた死体が見つかった
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂の白い建物が見える。
そして、神殿の柱の陰から、柴田あゆみと村田めぐみが現れた。
「柴ちゃん!」
「ああ、黒幕が出てきた」
「え?」
- 324 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:30
- ひとみたちとあゆみたちがにらみ合う中、風がひゅるりと通りぬけた。
なぜにらみ合わなければならないのか、当の本人たちもよくわかっていなかったので、
これではぬいぐるみたちにどうこう言える義理もない。
「黒幕って、柴ちゃんが?」
「よくわかったわね、よしこ」
ひとみが作り話をする前に、あゆみが自分から白状しはじめた。
そしてひとみに対するうらみつらみをこれでもかと並べたてた。
ガッタスのキャプテンがどうの、音楽ガッタスの入れなかったのがどうの、
メロン記念日のコンサートが開かれなくなったのがどうの、
ブログに変なコメントしかつかないのがどうの、
つんく♂の作詞がおかしいのがどうのこうのと、
あまりひとみに関係ないことも含まれていた。
- 325 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:30
- 「それで嫌がらせ?」
「わざわざローマにまでやってきて?」
「柴ちゃん、お金の使い方間違ってるわ」
「たぶん、梨華ちゃんには言われたくないんじゃないかなあ」
「でも、吉澤さん。この作り話はちょっと物足りないです」
「そうね。単なるいたずらにすぎないもんね」
「犯罪組織のもめごとに隠れちゃったし」
「そこ、ごちゃごちゃ言わない! これはあたしの仕組んだ壮大なシナリオの一部よ!」
あゆみがゆっくりと前に進んできた。
その迫力に、ひとみは思わず後ずさりした。
- 326 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:31
- 「この古代ローマの廃墟の地で、よしこ、あなたは斃れるのよ!」
「なんでそうなるの」
「宿命の対決だ!」
「ひとみ様のお墓は盛大なものにしますわ」
ひとみは頬を人差し指でぽりぽり掻いた。
そして、また一つ、大きくため息をついた。
- 327 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:31
- 「覚悟!」
「ちょっと待った」
「よっちゃん、ちゃんと受けてたたないとだめじゃない」
「そうじゃなくて。もう一つ、不可解なことがあるんだ」
「何かしら?」
「国防省でのこと。あの時点で、国防省はクワルト、つまり第四の勢力が
ローマに潜入したことを知っていたみたいだよね」
「そうですね。それでこっそり逃げたら追いかけられましたから」
あさ美の同意に、ひとみはしたりとうなずいた。
- 328 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:31
- 「でも、それは杉下警部のしわざじゃないの?」
「わたしも最初はそう思ってたけど、杉下さんがそのときに
わたしたちがローマにいることを知っていたのは変でしょ。
違う人が、国防省にタレこみの電話をかけたんだ」
「柴ちゃんじゃないの?」
「柴ちゃん、国防省に電話した?」
「してないわよ。それがどうかしたの」
「ほら。カードの暗号だって、柴ちゃんが考えだしたものとは思えないし」
「じゃあ、黒幕ってさっき言ってたけど、他に真の黒幕がいるのね」
「そう。柴ちゃんを操って、カードを作らせたり、
ひったくりの少女に電話をかけさせた真の黒幕がいるんだ。
そうだよね、柴ちゃん?」
ひとみに問い詰められて、あゆみは絶句した。
すべて自分の手で行っていたと思っていたが、そうではないことを薄々感じていたのだ。
- 329 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:32
- 「…… こっちに来て、ホテルの引き出しにカードや電話番号のメモがあったのよ」
「それだけ?」
「…… メモには、英文が書いてあって、そのまま電話で話したわ」
「そうだろうね。でも国防省に電話をかけさせるのは、さすがに無理だったので、
真の黒幕が自ら、わたしたちが第四の危ない勢力だって嘘を密告したんだ」
「ある意味、危ない勢力みたいなことしてましたよ」
「じゃあ、真の黒幕って誰!」
「ハングリーもよく知ってるはずだよ」
ひとみが指をさして糾弾したのは、
あゆみの腰からぶら下がっている緑色のぬいぐるみだった。
- 330 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:32
- 「な、なんだって!」
「その緑の変なのこそが、柴ちゃんを操ってわたしたちを貶めようとしていたんだ」
緑色のままなので、顔面が蒼白になっているかどうかわからない。
何も言葉を発しないのが、ひとみたちには不気味に感じられた。
「そんなことが、その緑のぬいぐるみにできるのかしら?」
「できるよ。元は南国の恐竜だけど、その恐るべき能力はみんな知ってるはず」
- 331 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:32
- スキー、バイク走行、ロッククライミング、ハングライダー、スキューバダイビング、空手、
体操、ボウリング、果ては宇宙飛行までこなしており、その活躍ぶりはつとに有名だ。
「ああ、なんとなくできそうね」
「でも、どうしてこんなことをしたんですか?」
「動機があるはずね」
「どうなの、シバチャン!」
「動機は、さ。たぶんこれからわかるはず……」
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:32
- あゆみは、腰のぬいぐるみをぎゅっと握った。
その顔は怒り、驚き、恐れ、辱め、哀しみ、妬み、軽蔑、興奮、罪悪感、困惑が入り混じっていた。
そして、それらはいつしか消え去り、喜びが全面むき出しとなった。
そして、神殿の柱に、緑のぬいぐるみをぐりぐりとこするように押しつけはじめた。
「よくもなめたことをしてくれたものね!」
「ああ、柴ちゃんのサド趣味がはじまった」
そして、ひどい目にあわされているはずのぬいぐるみは、恍惚の表情を浮かべていた。
「ああ! そしてシバチャンのマゾ趣味が!」
「所有者に虐めてもらうために、仕組んだことだったんだ」
「それが動機?」
「まあ、なんてまわりくどい」
- 333 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:33
- 梨華は、ひとみが眉間にしわをよせていることに気づいた。
首をかしげて少し考え、アングリーを手元に引き寄せようとしたが、
その前にひとみがハングリーとアングリーを両手に乗せていた。
「ハングリー、わたしの気持ちがわかる?」
「すごく怒ってるね!」
「そう、怒ってる」
緑のぬいぐるみの目的、つまりあゆみに加虐されるためには、
ひとみか誰かが一連の事件がぬいぐるみの陰謀であったことを明かさなければならない。
つまり、あゆみばかりではなく、ひとみも操られていたのだ。
- 334 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:33
- 「アングリー、どうしたらいい?」
「ぬいぐるみの本分を忘れた愚か者には、罰が必要ですわ」
「そのとおりだね!」
「よし、いっておいで」
ひとみの手のひらから飛び降りたアングリーは、地面を蹴って跳躍した。
その先には、地面であゆみに踏みにじられてよだれを垂らさんばかりの緑のそれがいる。
アングリーが両手で大鎌を高々とかざした。
緑色のぬいぐるみの首が大きく跳ねとび、すべての機能が停止した。
いかに全知万能のぬいぐるみとはいえ、首をはねられて動くことができるのは、
地球上ではハングリーただ一匹だけだ。
動かなくなったぬいぐるみを両手で拾って、うろたえているあゆみを残し、
ひとみたちはフォロ・ロマーノを後にした。
- 335 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:33
- レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港にて、ひとみたちは機上の人となっていた。
窓側にハングリーたちを並べ、当分のあいだは見ることもないローマの光景を見せるためだ。
ハングリーは、お気に入りのデジタルカメラを構えて、外の様子を撮りまくっていた。
「柴ちゃんには、フォローのメールを入れておいたわ」
「早まって捨ててなければいいけどね」
「ま、これでしばらくはおとなしくしてるでしょ」
- 336 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:34
- ひとみは小声でそっとぬいぐるみたちに声をかけた。
「楽しかった?」
「うん! また遊びにいこうよ!」
「今度は近代ラテン語を覚えて、会話できるようにしますわ」
ひとみは座席に深々と体を沈めた。
梨華が、いかにしてぬいぐるみたちに「脳みそプディング」を与えるか、
相談しようとひとみのほうに体を向けたが、ひとみはすでに夢の中に意識を移していた。
- 337 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:34
- おしまい
- 338 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:35
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:35
- (0^〜^)
ハングリー:伝統のクラシコ、バルサvsマドリッド!
- 340 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:36
- ( ^▽^)
アングリー:いざ、決戦!
- 341 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/28(土) 14:43
- これにて「こぉるど けーす season3」は放送終了です。
今までご愛顧ありがとうございました。
放送リスト
第01話 ぬいぐるみとトレヴィの泉 ── Cats
第02話 ぬいぐるみとクイリナーレの丘 ── Distorted Pearls
第03話 ぬいぐるみとコロッセオ ── Futsal
第04話 ぬいぐるみとジェラード ── Espana
第05話 ぬいぐるみとひったくり ── Snatch
第06話 ぬいぐるみとウェディングケーキ ── Hanged man
第07話 ぬいぐるみと法王庁の抜け穴 ── Peddler
第08話 ぬいぐるみとサンタンジェロ城 ── Abduct
第09話 ぬいぐるみと石像 ── Termini
第10話 ぬいぐるみとラツィアーレ ── Lazio
第11話 ぬいぐるみと優勝カップ ── Big ear
第12話 ぬいぐるみとローマの戦い ── Riot
第13話 ぬいぐるみと最後の浪漫 ── bye bye, Roma
次週より「しゃぁく かりすま敏腕検察官」をお楽しみください。
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/01(火) 01:35
- 緑…そこまでして…。
いつも素晴らしいお話をありがとうございます。
season4も期待しちゃって良いのでしょうか〜
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:29
- >>342
ありがとうございます。
どうなるかわかりませんが、いけるところまでいってみます。
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:38
- こぉるど けーす season4
副題 : もっと遊ぼ! ── Mat Up A Solving
- 345 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:38
-
ぬいぐるみとスイカ割り ── Sweets Cut Warily
- 346 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:39
- 梅雨のじとじとした季節がなんとなく終わり、ようやく夏本番というころの話だ。
吉澤ひとみがごろごろ寝ながらテレビを見ていると、
ハングリーがぴょんぴょん跳ねて、ひとみに飛びついてきた。
「ねえ、ひとみ! 遊びに行こうよ!」
「暑いから動きたくない」
「ねえってば!」
- 347 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:39
- そこへ石川梨華とアングリーがやってきて、同じようにわめきはじめた。
一人と二匹にせがまれて、まるで休日の父親のようだ。
「わかった、わかった。で、何をして遊ぶ?」
「海!」
「開放的な気分に浸りますわ」
というわけで、二人と二匹は電車に揺られて、海に向かった。
湘南のような、混雑の激しいところは論外だったので、
総武本線に乗って、人気の少なそうな銚子に向かった。
銚子であっても、人の多い海岸を避ければ、穴場のような海水浴場は存在する。
とある道路沿いに、台風時の大波を防ぐための高いコンクリート塀がある。
その向こう側は砂浜になっているが、行きにくいため盲点となっている。
- 348 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:39
- 銚子の駅から少し歩いて、土産物店で交渉して、パラソルや寝椅子を借りた。
さらに歩いて、ひとみたちは目についた八百屋の軒先をのぞいた。
いろいろ注文して、ビニール袋を二つ受け取った。
「あんまり力をいれすぎると、粉々になって食べにくくなるよ」
「ありがと、おじさん」
ひとみは、スイカをいくつか買ったのだ。
少年野球の子供たちが、八百屋の主人に大声をかけてきた。
「監督、今日の練習は?」
「昼過ぎまで待ってな。みっちり鍛えてやるぞ」
- 349 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:40
- ほほえましい光景を横目に、ひとみたちは先を進んだ。
ひとみたちが目的地に到着したときには、大学生らしき若い男女が数人いるだけだった。
ひとみは、ここへ通じる小道のわきに、ワゴン車が止まっていたことを思い出した。
「ね、ひとみ! スイカ割りやってるよ!」
「あとでやってみようね」
ひとみたちは、先客からは見えない位置を探し、大きな岩の陰を見つけた。
ぬいぐるみが自由に遊べるようにするためだ。
ひとみは大きなパラソルを広げ、砂地に突き刺した。
シートを敷いて、二人分の寝椅子を置いた。
泳ぐつもりはないので、水着は用意していない。
- 350 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:40
- ぬいぐるみたちは、砂浜を駆けて、波打ち際まで寄った。
本物の海を見るのは初めてだった。
波が引くと、その跡に走りより、波がやってくると走って逃げた。
「水が勝手に動いてるよ!」
「どういう仕組みになっているのかしら」
アングリーが大鎌を軽く振ると、ハングリーの足にかかった。
ハングリーが両手を投げ出してこてんと倒れ、そこに波が襲ってきた。
たちまちハングリーは沖のほうへ流され始めた。
- 351 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:40
- 「あーん、ひとみ! 助けて!」
ひとみは水の中に入って、ぷかぷか浮いているハングリーを回収した。
ハングリーはぺっぺっと、塩水を吐き出した。
「海の水ってしょっぱいんだね!」
「ひとつ勉強になりましたわ」
二匹のぬいぐるみは、めげることなく遊び続けた。
水分を含んだ砂で城を作るのだが、そのたびに波に崩されてしまう。
何が面白いのか、ぬいぐるみたちはきゃっきゃっとはしゃぎながら、
シーシュポスのごとく作業をくりかえしていた。
- 352 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:40
- 昼食の時間となり、人間はサンドイッチを、
ぬいぐるみは「脳みそプディング」をそれぞれ食した。
それでもぬいぐるみたちは物足りず、もっと食料をよこせと抗議した。
「それじゃ、スイカでも食べようか」
「うん、食べる!」
「じゃ、準備しないとね」
- 353 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:41
- もちろん、スイカ割りの準備だ。
大きなスイカを砂浜に置き、目隠しをしたら声だけを頼りに
スイカをたたき割るという、日本特有の遊戯だ。
早速、ハングリーが挑戦した。
ハンカチで目隠しをし、ひとみたちにぐるぐると体を回された。
この段階で足がふらついている。
それでも、「右!」「左!」「上!」などの、真偽のあやしい声に従いながら、
ふらふらとスイカのほうへ近づいていった。
「ハングリー、そこ!」
「えい!」
ハングリーは、頭上へかざしていたサインペンを振りおろした。
しかし、スイカは、ハングリーよりはるかに大きかった。
振りおろす前に力なくぺちっという音がし、ハングリーは反動でひっくりかえった。
- 354 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:41
- 「ひとみ! こんなの無理だよ!」
「ぬいぐるみには厳しかったか」
「ミニスイカでやってみましょ」
またもハングリーが挑戦したが、ミニスイカといえどもメロンほどの大きさだ。
ヒットしてもスイカが割れる気配はない。
ハングリーがやけになって何度もぺちぺちたたいているところへ、アングリーが乱入した。
「こうやるのよ!」
アングリーの大鎌が振りおろされ、ミニスイカはきれいに真っ二つに切られた。
「せっかく割ろうとしてたのに!」
「待ってたら、梨華様とひとみ様の寿命がつきてしまいますわ」
- 355 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:41
- 切られたミニスイカは、ぬいぐるみたちがスプーンできれいに平らげた。
ふつうの大きなスイカも、半分はひとみたちが食べ、残りを二匹がお腹に入れた。
残ったミニスイカで、ハングリーたちは遊び始めた。
少し切って赤い実の部分を露出させ、スプーンできれいに中味を食べた。
残った皮に、アングリーが鎌でざくざくと穴を開けた。
それをハングリーが頭にかぶった。
「ほら、ハロウィンのお化けだよ!」
「ふつう、かぼちゃでやらないか?」
- 356 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:41
- ぬいぐるみたちは、砂浜に穴を開け始めた。
そこにハングリーが入り込んで、アングリーが砂で埋めていった。
砂風呂のつもりらしい。
顔だけ出しているハングリーに、アングリーが先ほどのスイカの皮をかぶせた。
ぎざぎざの穴から様子をうかがうと、サインペンがにゅっと見えてきた。
「アングリー、何するの!?」
「何って、スイカ割りの続きよ」
- 357 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:42
- アングリーがスイカの皮を連打した。
鎌を使わなかったのが、せめてのもの良心というべきだろう。
しまいには、ひとみもいっしょになってたたきはじめていた。
「ひとみまで、ひどいよ!」
「いや、そこにスイカがあると、ついたたきたくなっちゃうんだよね」
「人間の哀しい性ね」
- 358 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:42
- 日はまだ高かったのだが、ひとみたちは帰り支度を始めた。
ぬいぐるみを首にかけ、借りていたパラソルや寝椅子をたたみ、砂浜を歩いていた。
来がけに見かけた若者たちの姿はもうなかった。
「お早い帰りのようね」
「や、その代わり、変なものを置いていったみたいだよ」
ぬいぐるみたちも、所有者の首から離れて砂浜を走っていた。
男がうつぶせに倒れていて、波に打たれるがままだ。
「うわ……」
「梨華ちゃん、両手で顔覆ってるけど、指の隙間からしっかり見てるでしょ」
- 359 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:42
- 男は半袖のポロシャツにゆったりした茶色のズボンをはいている。
全身砂まみれで、薄い頭髪のためざっくり割れている部分がはっきり見て取れた。
あたりにはスイカの皮が散乱していて、かなり無様な光景だ。
ハングリーが声をあげた。
「ね、あれが凶器かな!?」
「木製バットだね。血もついてるし、たぶんそうだよ」
「いいかげん、警察呼ぼうよ」
狭い町のことで、警察はおっとり刀でやってきた。
殺人事件など、年に一回あるかないかという土地だ。
興奮気味の警察官にひとみたちは根掘り葉掘り聞かれたが、
事件慣れしているひとみと梨華は、のらりくらりと適当にかわした。
- 360 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:42
- 「で、その大学生とおぼしき連中は?」
「はて、昼ごろには帰ったっぽいよね」
「でも、その人たちも何にも見てないかもしれないわね」
「いやいや、そんなことはあるまい。死亡推定時刻は午前十時の前後二時間だから、
こんなところに死体が転がっていたらいやでも目につくはず。
それを放置して逃げたということは、そいつらが犯人にちがいない」
「予断ありまくりだなあ」
ひとみは市民のつとめとして、覚えていたワゴン車のナンバーを教えた。
警察官は喜び勇んで飛んでいった。
「これでいいのかしら?」
「さあ?」
- 361 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:43
- ひとみたちは借りていたパラソルを返すと、八百屋のほうへとってかえした。
「やあ、スイカ、おいしかっただろ?」
「ええ、すごくジューシーで甘くて」
「もう一個買っていくかい?」
「いや、もう帰るんで。あと、自首するなら早いほうがいいですよ」
ぽかんと口をあけたままの店主を置いて、ひとみはすたすたとその場を去った。
- 362 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:43
- 帰りの総武本線は、思いのほか空いていた。
ハングリーとアングリーは窓辺に座って、おとなしく外の様子を眺めている。
「動機は何だったかはどうでもいいんだけど」
「スイカの皮と、血のついたバットがあることから、
八百屋のおじさんが犯人なのは明白だよ、ワトスン君」
「だから、それがなんでそうなるわけ」
「全身砂まみれってことは、あのあたりに首だけ出して埋まってたんだ。
そして首にスイカの中味をくりぬいた皮だけのものをかぶせる。
近くにバットを置いておく。
そこに無思慮な若者たちが現れる。
スイカ割りをやってくださいと言わんばかりの状況で、
若者たちはおじさんの期待にこたえ、バットを思いきり振りおろしたんだ」
「はあ。それで若者はスイカとは違う手ごたえにびっくりして、
死体を引きずりだして逃げちゃったって?」
「穴は、満潮で勝手に埋まってくれるし、これでしょ」
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:43
- 「それ、かなり根拠薄くない?」
「薄いけど、ゼロじゃないし。若者たちが、自分たちが殺したと勘違いして、
いろいろ現場をめちゃくちゃにしてくれれば、と期待もできるし」
「ちょっと説明不足ね」
「そうかな。こんなものだと思うけど」
「もし、バットが空振りで、死ななかったらどうするの?」
「それは困っちゃうね。それじゃ、こうしよう。もうすでに被害者は頭を殴られて死んでいた。
これなら、若者たちに勘違いさせることが可能でしょ」
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:43
- 「そんなんでいいわけ?」
「いいの、いいの。もし八百屋のおじさんが犯人なら、自首するかどうかはその人の判断だし、
犯人じゃないなら、変なことを口走る女性が一人いたというだけの話」
「犯人が当たってようがいまいが、被害者が生き返るわけじゃないしね!」
「頭を殴られるだけで死んでしまう人間がひ弱なだけですわ」
スイカ割りをするときは、辺りだけではなくスイカの中味にも注意しよう、
という結論を出したところで、二人と二匹のおしゃべりは違う話題へ移っていった。
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:44
- おしまい
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:44
- ┌────┐
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- 367 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:44
- (0^〜^)
ハングリー:バルサの勝ち!
- 368 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/05(土) 17:45
- ( ^▽^)
アングリー:(聞こえないふり)鹿島おめ!
- 369 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:31
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ぬいぐるみと花火 ── Hang Up A Bean
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:31
- クーラーの設定が二十八度ということは、体感温度は三十度を超す。
エコロジーに配慮してとのこととはいえ、
吉澤ひとみとハングリーは、暑さで何もやる気が起きず、布団の上でごろごろしていた。
「ひとみ、ジェラード食べたい!」
「さっき食べちゃったから、もうないよ」
「そんな! ひとみはいやしんぼだなあ!」
「おまえが食べたんだろ」
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:31
- 夜になって陽が落ちても、温度は落ちず息苦しいほどだ。
そこへ、夏も元気な石川梨華とアングリーがやってきて、
一人と一匹をむりやり外へ追い立てた。
「何、梨華ちゃん。どこ行くの?」
「公園よ」
公園で涼みながら、ビールでも飲むかと、二人はコンビニへ入った。
五百ミリリットル入りの缶ビールを数本選んでいると、
首にかけたハングリーが、あらぬ方向へ顔を向けていた。
小声でひとみにたずねる。
- 372 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:31
- 「あの赤いのとか青いのは何!?」
「花火だよ」
「花火!?」
「火をつけて遊ぶ道具」
「やりたい!」
それほど高い買い物でもなく、ひとみは花火セットを二つ手にした。
プラスチックの小さなバケツとろうそくも買い足して、コンビニを出た。
公園には人の姿はなく、ひとみたちの貸し切りとなった。
ひとみはさっそく缶ビールのプルタブを引っぱって、ごくごくと喉をうるおした。
「生き返った」
「ねえ、早く花火で遊ぼうよ!」
- 373 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:32
- ひとみはバケツに水を入れ、梨華はろうそくに火をつけた。
線香花火に火をつけて、ぬいぐるみたちに渡した。
ぱちぱちを音を立てながら、細長い光を四方に散らす火花を
ぬいぐるみたちはじっと見つめていた。
やがて火は消え、先の黒い部分がぽとっと落ちた。
「なんだか、はかなくておもしろい!」
「わびさびですわ」
次は大きめの棒に火をつけ、ぬいぐるみに渡した。
下に向けると地面に引きずってしまうので、ハングリーは顔より上に向けて持った。
激しく炎を燃やしながら、火花は宙に弧を描いていた。
- 374 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:32
- 要領がわかってきたぬいぐるみたちは、自分で花火に火をつけはじめた。
ハングリーはねずみ花火を手にしたまま火をつけてしまい、
手や体のまわりをまとわりつくように飛び跳ねる様に、すっかり驚いてしまった。
「なんだか、びっくりした!」
「自分の体に火をつけるなよ」
「梨華様、これは何ですか?」
「これはロケット花火ね。人に向けて火をつけちゃだめよ」
- 375 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:32
- アングリーは梨華のいいつけをちゃんと守った。
棒の部分を地面に突き刺し、頭の部分から伸びている紐にろうそくの火で点火した。
ぴぃという音を立てながら、ロケット花火は邁進した。
その先には、人間はいなかったがハングリーがいた。
ハングリーは「マトリックス」のキアヌ・リーブスのようにのけぞって避けようとして失敗し、
ロケット花火の棒の部分をつかんで、そのままいっしょに飛んでいった。
「ハングリーは?」
「そこのマンションに向かって飛んでいったみたい」
梨華は双眼鏡で様子をうかがったが、暗くても何も見えなかった。
- 376 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:32
- ハングリーは花火につかまったまま上昇していっていた。
どうなることかと思っていたが、やがてマンションの一室のベランダに飛び込み、
吊るしてあった物干し竿に頭をぶつけ、ぽとりと落ちた。
しばらくして、窓ががらりと開き、「何だこれ」とのつぶやきとともに、
ハングリーはベランダから放り出された。
立ち木の中をがさがさと落ちていき、ようやくのことハングリーは自由の身となった。
何事もなかったかのように公園に戻ってきたハングリーは、
花火のことはすっかり忘れて、ブランコに乗って遊びはじめた。
- 377 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:32
- 「どうしたんだろう?」
「きっとクルクルパーになってしまったのですわ、ひとみ様」
「ひとみ! トロが食べたい! 焼き芋食べたい!」
ブランコの上でじたばたしていたハングリーは、バランスを崩して地面に落ちた。
「ほんとうに、どうかしたのかしら?」
「どうせろくでもないことを耳にしたんでしょ」
ひとみはハングリーの首ねっこをつまみあげた。
- 378 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:33
- 「何があったんだ?」
「えっとね! 『ブランコがいいか、トロがいいか、焼き芋がいいか、どっちを選ぶ?』
って声が聞こえてきたんだ!」
「へえ……」
「ブランコで遊ぶのも楽しいけど、おなかいっぱいになるほうがいいよね!」
「トロの刺身か握りか、迷うところですわ」
「梨華ちゃん、寿司まで食べさせてるの?」
「江戸前よ」
食べ物が三つ並ぶのならともかく、ブランコがそこに入るのは意味不明だ。
しかし、ひとみは深く考えることなく、缶ビールをすべて飲み干した。
花火も尽きてしまったので、後片づけをして帰ることにした。
- 379 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:33
- 翌日、そのマンションで首吊り死体が見つかったというニュースが夕刊に載った。
この日もまた梨華とアングリーがひとみのところに遊びに来ていて、
テレビゲームの「ストリートファイター2」を遊んでいるところだった。
「まあ怖い。不景気だから、生活苦で自殺する人増えそうよね」
「不景気ではなくて、殺人事件の容疑者で、逃亡中に自殺した、って書いてある」
「まあ怖い。不景気だから、殺人事件も増えそうよね」
「まあ、不景気についてはおいといて、ハングリー?」
いきなりひとみがハングリーをつまみあげたので、
ハングリーが操作していたキャラクターは、アングリーに蹂躙されるがままとなった。
- 380 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:33
- 「あーん、もう! やられちゃったじゃない!」
「昨日のことだけど、本当に『トロ』って言ってたのか?」
「え!? マグロっていったら、やっぱりトロだよね!」
「それじゃあ、『トロ』じゃなくて『マグロ』って言ってたんだな?」
「うん!」
ひとみはハングリーを放り投げた。
ハングリーはテレビに当たって跳ねかえった。
テレビ画面の中では、あいかわらず中国娘のキャラクターが
「帝都物語」に出てきそうなキャラクターにぼこぼこにされている。
- 381 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:34
- ひとみは少し考え、ハングリーをもう一度拾い上げると、
外に出て公衆電話に向かった。
ひとみがハングリーにしゃべらせた内容はこうだ。
「もしもし! マンションの首吊り死体のことなんだけど!
うん! あのね、正義感の強そうな警察関係者が怪しいんだって!
理由!? わかんない! ひとうぐっ」
最後、ひとみの名前を出しそうになったときに、ひとみに頬をつねられた。
電話ボックスを出ると、梨華とアングリーが待ち構えていた。
「『トロ』と『マグロ』の違いで、警察の人が犯人なんてわかるの?」
「ん、逆探知で警察が来るかもしれないから、とりえあず戻ろ」
- 382 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:34
- 部屋に戻ると、ハングリーとアングリーがリアルなファイトをくりひろげはじめた。
アングリーのアッパーカットが、何度もハングリーの顎にヒットする。
「で、話を戻して」
「ブランコ、マグロ、焼き芋っていうのは、警察関係者のスラングで、
それぞれ首吊り死体、水死体、焼死体を意味するの」
「それで警察関係者が怪しいのね。正義感が強いっていうのは?」
「逃亡中の犯人を捕獲しておいて、自殺に見せかけて殺す警察官って、
自分の手で鉄槌をくだしたつもりなんだろうから、ある意味正義感が強いんじゃない?」
「出世するかもしれないのに、それをふいにしてるものね」
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:34
- 「ま、もちろんこの推測が当たってるかどうかは知らないよ」
「あら、そんなあてずっぽうで電話なんかしたわけ?」
「一応、市民のつとめとしてね。検証するのは警察の仕事」
「それで、もし無実の警察官が捕まったりしたら?」
「無実かどうか検証するのは、裁判所の仕事だね」
「ちゃんと仕事してくるといいわね」
「祈るしかないね」
アングリーに惨敗したハングリーが、泣きべそをかきながらひとみにとびついてきた。
その頭を、ひとみは優しくなでさすった。
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:34
- おしまい
- 385 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:35
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 386 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:35
- (0^〜^)
ハングリー:バルセロナダービーも勝利!
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/13(日) 09:36
- ( ^▽^)
アングリー:難敵ヴァレンシアに勝利!
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/14(月) 01:23
- 今の時代にスト2て(笑)
自分もハンさんと同じ春麗使ってたな〜
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:41
- >>388
ありがとうございます。
ガイル使うの禁止。
- 390 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:42
-
ぬいぐるみと夏祭り ── Not Madly Treat
- 391 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:42
- 日本では夏になると、おもに神社仏閣の空きスペースを利用して
サマー・フェスティバルが多数開かれることが伝統となっている。
この噂を、どこで聞きつけてきたのか、ぜひとも異文化を体験したいと、
生粋のぬいぐるみたるハングリーが、生粋の人間たる吉澤ひとみに申し込んできた。
「ねえねえ! 連れてってよ!」
「この暑い中、わざわざ人ごみの中に行きたくないなあ」
- 392 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:42
- そこへ、浴衣を着た石川梨華とアングリーがやってきて、同じようにひとみを誘った。
梨華だけでなく、アングリーも小さな薄紫色の浴衣を身にまとっている。
やれやれ、しょうがないと、ひとみも白い浴衣に着替え、
ハングリーにも小さな水色の浴衣を着せた。
なんだかんだ言いながら、ひとみもぬいぐるみには甘いのだ。
ところが、そわそわしながら神社に向かったのはいいものの、まだ昼前の時間だ。
「嬢ちゃんたち、夏祭りは夕方になってからだよ」
「だから、早すぎるって言ったのに」
出店の人々は、準備に大わらわだった。
食材や商品の入ったダンボールをあちこちに積み上げ、
ボンベや冷蔵庫を設置して配線をつなげている。
そんな作業を眺めているのも一興だったが、仕事の邪魔をするのも悪いだろうと、
ひとみたちは出なおすことにした。
- 393 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:42
- 「ひとみ! あれ何!?」
「綿菓子を作る機械だね。あそこに材料も積んであるよ」
鉢巻きをしめた中年の男が、砂糖の入った袋を奥にいくつも積み上げていた。
横に若い男がいて、あれこれ指図を受けている。
「あとで来ようね」
「楽しみにしてますわ、梨華様」
- 394 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:42
- そのまま帰るのももったいないと、ひとみたちは街中に出た。
麗しい浴衣姿の二人がうちわで扇ぎながらアーケードの下をねり歩くと、
何人もの男が振りかえって眺めることしきりだった。
デパートに入って軽い昼食をとり、洋服や装身具や電化製品をひやかしながら眺め、
ゲームセンターでのんびり遊んでいるうちに、夏祭りの時間が近づいてきた。
「じゃあ、行こっか」
「早く行こ!」
首からぶら下がっているハングリーがぽんぽん弾んだ。
夕陽が落ちかけるころ、境内に戻ると、そこはすでに人間でいっぱいだった。
石畳の両脇に出店が所狭しと並び、その前で老若男女が猥雑に集まっている。
- 395 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:43
- 「ひとみ、水の中で魚が泳いでるよ!」
「金魚すくいだね」
「やってみてよ!」
「うちには水槽がないからだめ」
水槽がないのなら、金魚ではなく風船を釣ろうということになった。
針のついたこよりでヨーヨー風船を釣り上げるのだが、
慌てて引き上げようとするとこよりが破れてしまう。
ひとみは二回、梨華は三回かけて、それぞれ一つずつ釣り上げた。
- 396 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:43
- 「どうやって遊ぶの!?」
「中指に輪ゴムを通して、こうやって手で弾ませるんだ」
ぱんぱんと、ひとみが派手な音を立てて見せた。
これを見たハングリーが、ぜひとも自分もやってみたいと申し出たのだが、
ぬいぐるみには指がない。
そこでハングリーは腕に輪ゴムを通して、風船本体をアングリーが引っぱった。
伸びた輪ゴムが縮むと、その反作用で風船がハングリーの顔面に衝突した。
これを何回も繰りかえしているうちに、風船が破裂してハングリーは水びたしになった。
ひとみはハングリーの浴衣をぎゅっとしぼって水分を飛ばしてから、首にかけた。
- 397 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:43
- 次にぬいぐるみたちが注目したのは、射的ゲームだった。
これなら、ひとみにも腕に覚えがある。
おもちゃの銃を右手に持って、体を前方に伸ばしながら的を狙う。
ぱちんと音がして、キャラメルの入った箱が向こう側に落ちた。
その後大物を狙ったのだが、これは明らかに失敗で、
そう簡単に倒れないような仕組みになっている。
それでも、ぬいぐるみたちは景品のキャラメルをおいしそうにしゃぶっていた。
その他にも、輪投げやストラックアウトなどを楽しんだ。
ひとみはお面屋で買ったアンパンマンのお面を頭に斜めにかけ、
梨華はくじ引きで当たったスーパーボールをぽんぽん弾ませていた。
- 398 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:43
- 「そろそろ何か食べよっか」
「何にする? 焼きそば? たこ焼き? リンゴ飴?」
「焼きトウモロコシ? かき氷? ラムネも飲む?」
ハングリーは、いろんな食べ物を想像して、よだれを垂らさんばかりだった。
しかし、初志貫徹、初めは念願の綿菓子に決めていた。
「おじさん、綿菓子二つちょうだい」
「あいよ!」
- 399 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:44
- 棒を機械に入れ、くるくる回していると、だんだん白い綿が棒のまわりに集まってきた。
ハングリーは片時も見逃すまいと、じっと凝視している。
ひとみはぱんぱんに膨れ上がっている綿菓子を受け取ると、人々の喧騒から離れた。
人前でぬいぐるみに食べさせるわけにはいかないからだ。
木の影を見つけて、少しちぎってハングリーの口元にやった。
「おいしい!」
「なかなか面白い味をしてますわ」
ひとみは、梨華の様子がちょっとおかしいことに気づいた。
ふん、綿菓子なんて子供っぽい食べ物なんかを欲しがるそぶりなんて
かけらも見せないことが大人の女のたしなみなのよ、という顔つきになっているのがわかった。
アングリーは気にせずもぐもぐ食べている。
「梨華ちゃんも少し食べてみたら?」
「え、え、いいわよ、別に」
- 400 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:44
- 帰りがけにこっそり買って渡してやろうかとひとみが考えていると、
ハングリーがもっと豪快に食べたいとごねはじめた。
「ちぎってもらうんじゃなくて、直接食べたい!」
「直接?」
ひとみは首からぬいぐるみを外し、ハングリーの目の前に綿菓子をもっていくと、
ふわふわした綿の中にハングリーが飛び込んでいった。
まるで体全体で綿菓子を食べているかのように見える。
- 401 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:44
- 「ああ、おいしかった!」
ハングリーはきれいに全部食べきったのだが、浴衣も顔も砂糖でべたべたになっていた。
洗濯するのはけっこうたいへんなのだとひとみが抗議しようとしたところ、
けものの唸り声が聞こえてきた。
「わっ!」
二匹の小ぶりな白い犬が、前脚で地面をとんとんと叩き、
それからばねのように弾んで襲ってきた。
- 402 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:45
- ひとみや梨華は、少しよけるだけで済んだ。
犬の狙いは得体のしれないぬいぐるみのほうだった。
ハングリーは恐怖に怯えながら走りだし、犬たちはそれを追った。
人々がごったがえしている中を逃げ回ったのだが、
人間の注意は犬のほうに集中されたのでまだよかった。
ハングリーは石につまずいて、金魚すくいの水槽の中に飛び込んだ。
犬たちはそれに気づかず、どんどん先へ走っていった。
その後ろを、警察官たちがどたどた追いかけていくのをひとみは見た。
「早くハングリーを見つけないと」
「梨華ちゃん、その綿菓子貸して」
- 403 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:45
- ひとみは綿菓子を少しちぎって口の中に入れた。
梨華とアングリーは物ほしそうな顔でそれを見ていた。
「あ、なるほど」
ひとみが残った綿菓子をごみかごに投げ捨てるのを見て、
梨華とアングリーはかすかな殺意を覚えた。
- 404 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:45
- ハングリーは、水槽の中で多数の金魚や出目金につつかれているところを発見された。
出店の男にわびを入れて、ひとみはハングリーを回収した。
「金魚に襲われるところだったよ!」
「そんなゲテモノ食いの金魚はいないと思うよ」
ひとみが顔を向けると、先に人だかりができていた。
駆けよって見物してみると、先ほどの二匹の犬が綿菓子屋の前でうなりをあげ、
それを警察官がおさえようと懸命になっていた。
- 405 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:45
- 「なんだってんだよ!」
「すみません。こいつら、ほんとにどうしたんだ?」
そこへひとみが助け船を出した。
「そこの奥に置いてある砂糖袋のどこかに、ヘロイン?が混じってますよ」
- 406 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:46
- 「まさか、その綿菓子屋のおじさんが麻薬持ってたわけじゃないんでしょ?」
「警察に追われてた誰かが、あそこに隠したんだと思う
で、不慣れな若い手伝いの人は、砂糖と間違えて機械に入れちゃったんだ」
ひとみと梨華は、狛犬によりかかりながらビールを飲んでいた。
ぬいぐるみたちは、つまみの枝豆をむしゃむしゃ食べている。
「あの犬は警察犬?」
「ラブラドール・レトリバーだから、麻薬捜査犬だね。麻薬のにおいには敏感だよ」
「それで、麻薬と砂糖が混じった綿菓子まみれになったハングリーに反応したのね」
「こいつらが味にもっと敏感だったら、もう少し早めに気づいたんだけど」
「あら、ひとみ様。『面白い味』がするって、ちゃんと言いましたわ」
「もっとはっきり言ってほしい」
「ぬいぐるみには、麻薬なんてこれっぽっちも効かないんだよ!」
「救急車の音が聞こえてきたわ」
「何も知らずに綿菓子食べちゃった人、どのくらいいるんだろ?」
- 407 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:46
- ふつうならば、祭りは中止になるのだろうが、
予定を予定どおりにこなす遺伝子が、日本人には組み込まれているのだろう。
太鼓の音が、拡声器を通じて流れてきた。
「じゃ、軽く踊ってから帰ろうか」
「ちゃんと踊れるかしら」
「ぬいぐるみだって踊れるんだから!」
「呼び戻された死者の霊が、そこかしこにさまよってますわ」
ひとみと梨華は、やぐらから放たれる光に向かって、
草履をひきずるようにして走っていった。
- 408 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:46
- おしまい
- 409 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:46
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 410 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:47
- (0^〜^)
ハングリー:バルサ世界一!
- 411 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 09:47
- ( ^▽^)
アングリー:マドリッド圧勝!
- 412 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:43
-
ぬいぐるみとカブトムシ ── Cabin To Moonseek
- 413 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:44
- サマー・フェスティバルも、どうにかこうにか終了し、
吉澤ひとみたちは帰路につくことにした。
それでも遊び足りないぬいぐるみたちは、近くの墓場に行って肝試しで遊ぼうと提案した。
「おまえたちは、お化けなんか怖くないんだろ?」
「だから、ひとみたちを脅かしてあげるよ!」
日付も変わってしまい、小さな墓場には人の気配はない。
五分もあれば一周できてしまうほどの狭さでは、肝試しも何もないだろう。
石川梨華が笑いをこらえながら言った。
- 414 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:44
- 「ほら、ハングリーのしっぽが見えてるわ」
「頭隠して、ってやつだね」
ひとみが墓石の陰から伸びている細長いものを、
ぎゅっとつかんでひっぱりあげた。
本体らしきものが見当たらず、ライトをさっとかざすと、
反対側から小さな頭がちろちろと舌を出してひとみのほうへ顔を向けた。
「あら、それって」
- 415 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:44
- ひとみは、梨華が何かを話し終るのを待たずに、
蛇を放り投げて走って逃げた。
その様子を見たぬいぐるみたちは、ふだんは見ることができない光景に大喜びだった。
「やった! ひっかかった!」
「これはまた、無様なありさまですわ」
ひとみは真っ青な顔のまま戻り、憤怒の表情でハングリーをつかみあげた。
「びっくりした!?」
「どこが肝試しなんだ」
- 416 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:44
- ハングリーは、顔をくしゃくしゃにされる前にひとみの手から脱出し、
墓石の上をぴょんぴょん跳ねていた。
そこへ黒いものが飛んできて、ハングリーの顔に覆いかぶさったので、
ハングリーはたまらず墓石から転がり落ちた。
「なにこれ!」
「へえ、大物だ」
立派な角を生やしたカブトムシが、ハングリーの顔につかまっていた。
ハングリーはじたばた手足を振り回したが、
昆虫の足がぬいぐるみの生地にフィットして離れなかった。
- 417 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:44
- 「どうする?」
「このまま持って帰るよ」
梨華たちと別れたひとみは、コンビニに入ってプラスチックの虫かごを買った。
カブトムシがついたままのハングリーを首にかけていたので、
店員もすぐに事情をのみこんだ。
自宅の戻ったひとみは、あいかわらずじたばたしているハングリーをテーブルに置いた。
虫かごに土とおがくずを敷きつめ、霧吹きで十分に湿気を与える。
太い木の枝を横にして置き、ハングリーごと虫かごに入れた。
すぐわきに切ったスイカを入れると、カブトムシはようやくハングリーを解放して食事にあたった。
ベランダで、ハングリーにくっついたおがくずを払い落すとき、
思いきり力をこめることを、ひとみは忘れなかった。
- 418 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:45
- ひどい目にあわせたこともあったこともすっかり忘れて、
ハングリーは虫かごの中を熱心に観察していた。
大きな角と光沢ある鎧のような体が、カブトムシの特徴だ。
「そんなに面白い?」
「うん! かっこいいよね!」
「ほんとにオスが混じってるんだなあ」
「ひとみだって!」
ひとみはハングリーがよく遊んでいるミニカーを持ってきた。
カブトムシをテーブルの上に出して、白い糸で角とミニカーを結びつけた。
カブトムシはよろよろと前進し、ミニカーをひっぱって歩いた。
「すごいね! 力持ちなんだ!」
「ほんとだね」
- 419 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:45
- 翌日の昼過ぎに、梨華とアングリーがまた遊びにやってきたので、
ハングリーはカブトムシを梨華たちに見せびらかした。
二人は百パーセントメスだったので、昆虫に興味はない。
アングリーはハングリーにオセロ七番勝負を挑み、カブトムシのことは無視した。
ぺちぺちとオセロの石がひっくりかえる音が響き、
そのたびにハングリーはうんうんうなっていた。
「白が三十四個ね」
「あーん、また負けた!」
「終わった? じゃあ、そろそろ行こうか」
「行こうかって、どこへ?」
- 420 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:45
- ひとみと梨華はぬいぐるみを首にぶらさげ、虫かごを持って神社に向かった。
やる気のなさそうな巫女がおざなりに境内を掃いていて、
ひとみは軽く頭を下げると裏の林に入った。
「じゃあ、カブトムシ放そうか」
「え、そんな!」
「狭い虫かごの中にいるより、空を飛んでたほうが気分いいでしょ」
「そっか! そうだよね!」
- 421 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:46
- せめてハングリーの手で、ということで、パンク猫は虫かごのふたを開けて、
カブトムシを両手でつかんだ。
両手を大きく振って、カブトムシが羽ばたいたところまではよかったが、
昨日のミニカーにつけていた白い糸がまだくっついていた。
糸はハングリーの首に巻きついて、そのままいっしょに空を飛んでいった。
「まあ、たいへん」
「ハングリーはお星さまになったのですわ、梨華様」
幸いにも、ハングリーはすぐ近くの木にぶつかって、枝の上でのびていた。
ひとみが声をかけると、ハングリーは手をあげて応えた。
- 422 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:46
- 「空を飛んだよ!」
「わかったから、早く下りておいで」
下りる途中、ハングリーは大きなうろを見つけ、好奇心には勝てずその中にもぐりこんだ。
「何やってるんだ」
「ねえ、なんだかぴかぴか光るものがたくさんあるよ!」
そのとき、がさがさと草を踏みしめる音がして、ハングリーがひとみのところへ落ちてきた。
小学生が数人現れたので、ぬいぐるみの本能が働いて機能停止したのだ。
- 423 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:46
- 「おい、ほんとうにこんなところにあるのかよ」
「まあ見てなって。そんなに慌てなくても、お宝は逃げないよ」
「ぼくたち、何して遊んでるの? カブトムシを捕りにきたの?」
「違うよ! 宝さがしに来たんだ!」
坊主頭のでっぷり肥った子供が、梨華に小さめの紙を二枚渡した。
一枚目にはオセロの図が、二枚目には平仮名が印刷されている。
紙の上部に「オセロ指南(私家版)」とあり、下部には数字が打たれていた。
「百五、百六…… ああ、ページ数か」
「これが宝の地図なの?」
「そうさ。怪盗キッドが隠したお宝さ」
生意気そうな顔としゃべり方をする、メガネの子供がこたえた。
- 424 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:47
- 一枚目のオセロの図はこうだ。
○○○○○○○○
●●○○○●●●
○○○○○○○○
○○○○○○○○
○○●○○○○○
●○○○○○○○
○○○○○○○○
○○○●○○○○
左端に、確かに「怪盗キッド」と、走り書きがある。
- 425 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:47
- 二枚目のひらがなの列はこうだ。
みこゐれり.いい.こ
.しえのそぬろ.し.ん
ゑておつるは.よ.こ
ひあ.く.ねをに.う う
も.さやな.わほおみ
せきま.らかへう よ
すゆけむよと.け.う
んめふう.たちふ.さ
右端に、神社のマークがついている。
- 426 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:47
- 「それで?」
「オセロの図と見せかけて、暗号になっているのさ。
文字は八×八に並んでいるから、オセロと対応関係にあるのがわかるだろ?」
「確かに、どんなふうにやったらこんな大差になるんだろうね」
「黒い部分に対応する文字を拾うと……」
し、え、ろ、し、ん、や、せ、う
「どういう意味?」
「アナグラムだ。これを並べ替えると……」
- 427 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:47
- え、せ、し、ん、し、や、う、ろ
「似非神社うろ、となる」
「似非神社って、この神社のこと? 確かにぐうたら巫女さんしかいないところだけど」
「この神社の木のうろの中に、怪盗キッドの盗んだ宝が隠されているのさ」
「うろって、あれのこと?」
梨華が指をさすと、こどもたちは躍りあがって喜んだ。
「あれだ! ミツヒコ、のぼって見てこいよ」
「えー、僕がですか?」
「体が軽いんだから、木のぼり楽だろ」
- 428 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:47
- ゲンタと呼ばれた子供が肩車をして、ミツヒコが枝に手をかけてよじのぼっていった。
アユミという名の女の子が、心配と期待が入り混じった目でそれを見ている。
生意気なメガネの子供は腕を組んで様子を見ている。
「ありました!」
「どうだ? 宝石? 金貨?」
「いや、これは…… ガラス玉です!」
ミツヒコは、いくつか手にとってぱらぱらと下に落とした。
そんなわけがあるまいと、メガネの子供は這いつくばってそれらを拾った。
しばらくして、あきらめて放り投げた。
- 429 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:48
- 「あーあ、せっかく暗号解いたのに!」
「もしかして、だまされたのかしら」
「怪盗キッドめ、見損なったぜ」
やさぐれた様子で林を抜けようとする子供たちを、ひとみは腕をひっぱって押しとどめた。
「ねえ、その紙はどうやって手に入れたの?」
「朝、うちのポストに入ってたんだ」
「少年探偵団への挑戦なんですよ」
「ろくでもない宝だったけどな」
ひとみは不要となった紙きれをもらって、子供たちを放した。
梨華の前をメガネの子供が通ったとき、アングリーの鎌が一閃、
はねている髪の毛がぱらぱら落ちたが、子供は気がつかなかった。
- 430 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:48
- 小学生たちの気配がなくなってから、ハングリーが動き出した。
「ねえ、何があったの!?」
「あそこのうろの中に、これがあったんだよね?」
ひとみがガラス玉を拾ってハングリーに見せた。
ハングリーは大きくうなずいた。
「そうだよ! 太陽の光が当たると、ぴかぴか光ってきれいだね!」
「どうする? 持って帰る?」
「返してあげようよ!」
- 431 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:48
- ガラス球をお腹に抱えたハングリーをつかんで、ひとみは木のうろに向けて投げた。
うろの中に宝を戻すと、ハングリーは地面に向かってダイビングした。
ひとみはキャッチし損ね、ハングリーは地面にキスをしたとき、
上空をカラスが旋回して、かあかあ鳴いた。
「ごめんね。ちゃんと宝は返したからね」
カラスには、きらきら光るものを集める習性がある。
- 432 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:49
- さて、二枚の紙をああでもない、こうでもないといじりまわしながら、
ひとみと梨華は神社の境内に戻った。
ぐうたら巫女は掃除を終えて、賽銭箱の横の縁側に座って絵本を開いていた。
横には、幼い子供たちがいて、じっと巫女のつむぐ物語を聞いている。
ひとみは巫女に声をかけた。
「こんにちは。いつも子供たちと遊んであげているんですか?」
「そうよ。毎日この時間。親が共働きの子の面倒を見てるのよ」
ひとみは腕時計を見た。
ちょうど四時ころだった。
- 433 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:49
- 「あ、この紙はこうしないといけないんだ」
ひとみは紙を一枚裏返して、背中あわせにくっつけた。
ページ数が百五と百六、つまり一枚の紙の裏表をそれぞれコピーしたものなのだ。
それを太陽に透かせてみると、オセロの石と平仮名の列が一致した。
「あら、じゃあオセロの石と平仮名は、どちらか左右逆にしないといけないのね」
- 434 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:49
- オセロの図のほうを逆にする。
○○○○○○○○
●●●○○○●●
○○○○○○○○
○○○○○○○○
○○○○○●○○
○○○○○○○●
○○○○○○○○
○○○○●○○○
みこゐれり.いい.こ
.しえのそぬろ.し.ん
ゑておつるは.よ.こ
ひあ.く.ねをに.う う
も.さやな.わほおみ
せきま.らかへう よ
すゆけむよと.け.う
んめふう.たちふ.さ
- 435 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:50
- 「黒石が重なるのは…… し、え、の、し、ん、ほ、よ、た」
「並べ替えると……?」
よ、し、え、ほ、ん、の、し、た
「ああ、だから四時なのね」
「四時絵本の下、だね」
巫女は不審な目でひとみたちを見つめている。
まさか、絵本そのものに何か細工はしていないだろう。
絵本が四時に神社で読まれる、ということが問題なのだ。
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:50
- 「何か?」
「ちょっと失礼します」
ひとみは縁側の下にもぐりこんでいった。
巫女や子供たちも、興味深げに暗闇をのぞきこんだ。
「あった、ひとみ!」
「しっ。大声出すなよ」
木の柱に、蜜がたっぷり塗られていて、何匹ものカブトムシがうごめいている。
数匹つかまえて子供たちに渡すと、みな無邪気に喜んでいた。
「うへっ、クモの巣まみれになった」
「子供たちにかわってお礼を言うわ。ありがとう」
「わたしは何もしてないから」
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:50
- 帰路、神社の石段を下りていくと、高校生らしき少年がぼんやり立っていた。
ひとみがぼそっとつぶやく。
「怪盗キッドの素敵な宝物だったね」
「……目当てのチビどもには、誤解されちまったなあ」
「次は、もっとうまくやったほうがいいよ!」
ひとみは胸元のぬいぐるみに拳を叩きこんだ。
少年は、最後の声の主が誰のものなのか、さっぱりわからなかった。
- 438 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:50
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 439 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:51
- (0^〜^)
ハングリー:今年はこれでおしまい!
- 440 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/27(日) 10:51
- ( ^▽^)
アングリー:また来年!
- 441 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/29(火) 21:43
- 作者さんもハンさんアンさんも良いお年を!!
- 442 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:07
- ありがとうございます
- 443 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:08
-
ぬいぐるみとしゃぼん玉 ── Sharp Bone Damage
- 444 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:08
- ぬいぐるみのハングリーとアングリーが、仲良くテレビゲームに興じていた。
アングリーが操作を間違ったのに乗じて、ハングリーがここぞとばかりに攻撃する。
「やった! これで二連勝!」
「不覚だわ……」
「アングリーなんてちょろいもんだよ!」
瞬時にハングリーは首を斬られ、テレビ台の下に転がっていった首を取り戻そうと
胴体が短い手を伸ばしていた。
アングリーが泣くふりをしながら石川梨華のほうに歩みよってきた。
- 445 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:08
- 「梨華様、ハングリーなんかにやられて気分がすぐれませんわ」
「よしよし、いい子いい子」
「今のでけっこうストレス解消したんじゃないかなあ」
ここで、何事かを思いついた吉澤ひとみが部屋を出ていった。
残された梨華が、ハングリーの首と胴体をつなぎ合わせていると、
コップとストローを持ったひとみが戻ってきた。
コップには白くにごった液体が入っている。
復活したハングリーが正座した梨華のひざの上でぴょんぴょん跳ねた。
- 446 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:08
- 「何するの!?」
「愛する人はあなただけ〜♪」
ひとみは、先の広がったストローをコップの中に入れて軽く吸い、
すぐに出して息をふき出した。
ストローの先から大きな球体が広がり、ストローから離れて宙をゆっくり進んだ。
「わ!」
「あら、しゃぼん玉ね」
ハングリーが目の前を飛んでいるしゃぼん玉に、おそるおそる手を伸ばした。
ちょっと触れると、壊れて消えた。
- 447 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:09
- 「やってみたい!」
「面白そうですわ」
ひとみは、ぬいぐるみのサイズに合わせて、ペットボトルのキャップに液体を注ぎ、
小さく切ったストローといっしょにハングリーたちに渡した。
ハングリーは加減をまちがって液体をのどに吸い込み、しばらくげほげほと咳きこんだ。
アングリーはそれを横目に小さなしゃぼん玉を量産していた。
「部屋の中だと石鹸水で部屋が汚れるから、ベランダに出なさい」
- 448 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:09
- ベランダでしゃぼん玉遊びをぬいぐるみたちが楽しんでいる間に、
ひとみたちは別の作業にうつった。
正方形の発泡スチロールの板を用意する。
その上に大きな皿をさかさまにかぶせて、縁に沿って円を描く。
その円に合わせて、幅一センチ深さ一センチほど彫っていく。
針金を用意して、できた溝と同じ大きさの円を作る。
針金の端はつなぎわせてねじり、取っ手にする。
円周に沿って、毛糸をすきまなく巻いていく。
ひとみたちが道具を持ってベランダに出ると、
ぬいぐるみたちがお互いにしゃぼん玉を飛ばし合っていた。
- 449 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:09
- 「何やってる?」
「弾幕シューティングゲームごっこだよ!」
「しゃぼん玉に当たると、残機が減っていきますわ」
「ボムはなさそうね」
ひとみは発泡スチロールを置き、その上にハングリーたちを乗せた。
溝に石鹸水を注ぎ込み、そこに毛糸つきの針金を入れた。
「何するの!?」
「動くなよ」
- 450 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:09
- ひとみが針金の取っ手を持って、さっと真上に引き上げた。
ぬいぐるみの周りに、石鹸水の膜ができあがった。
「しゃぼん玉の中にいるみたい!」
「虹色に光ってますわ」
ハングリーが
喜んで飛び跳ね、手が膜に触れて割れてしまった。
おかげでぬいぐるみたちは石鹸水まみれになった。
この様子を見ていた梨華が、自分も巨大しゃぼん玉の中に入りたいとだだをこねた。
大の大人が、だ。
ぬいぐるみに甘く人間に厳しいひとみだが、今回はそれも一興だと考えた。
- 451 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:10
- 近くの公園へ、大工道具を背負ってひとみたちたちは向かった。
公園は誰もいなかったので、ぬいぐるみたちはしゃぼん玉を飛ばして遊んだ。
ひとみは一メーター四方の発泡スチロールの板を数枚重ねて貼り合わせた。
かなりの厚みがないと、人間の体重を支えきれないのだ。
その上に、持ってきたフラフープを乗せて、先ほどと同じように円を描く。
その円に合わせて、カッターナイフで切りこんでいった。
切りこむ深さは、発泡スチロールの板一枚分だ。
一周すると、円形の板が一枚外れる。
その外れた板の周囲を、少し削って円を小さくする。
できあがったら、元の位置に戻して貼り合わせる。
これで、フラフープが入るくらいの溝ができているはずだ。
フラフープには二か所、小さな取っ手をくっつける。
発泡スチロールのほうにもそれに合わせて溝をほる。
- 452 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:10
- 「できた?」
「できたけど、一人じゃ無理っぽい」
ぬいぐるみたちも戻ってきた。
子供連れの母子の集団がやってきたので、ぬいぐるみたちの自由時間は終わった。
「すみませーん」
ひとみは、群れの中で一番若くてきれいな母親に声をかけた。
「あら、何をしてるのかしら?」
「ちょっと手伝ってもらえませんか?」
- 453 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:10
- ひとみは母親とその幼女の手をとって、巨大しゃぼん玉作成器までひっぱっていった。
他の親子連れは、少し離れたところで眺めている。
ひとみはその母親に趣旨を説明すると、相手は快諾した。
「あとでうちの子にも頼むわね」
「いいですよ」
母親は、そばの木製ベンチにハンドバッグを置いた。
板の上に裸足になった梨華がしゃがんだ。
グリセリンを含んだ石鹸水をたっぷりと溝に流し込み、フラフープを設置した。
ひとみと母親は取っ手をそれぞれ持ち、合図とともに引き上げた。
巨大な石鹸水の膜が、高さ百五十センチにまで達した。
梨華は両手を振って、笑顔になった。
アングリーも、どうせばれないだろうと、いっしょに手を振っていた。
- 454 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:11
- 次のその母親の女の子が中に入り、その喜ぶ様子を見ていた他の母親たちも、
次はわが子をと、ひとみに申し出てきた。
母親たちは、巨大しゃぼん玉の中で歓声を上げるわが子の写真を撮った。
順番待ちの子供たちのために、梨華は近くのコンビニでしゃぼん玉セットを買ってきて、
子供たちに遊ばせた。
最初の若い母親の娘も、ベンチの近くで一心不乱に大小の球形をいくつも飛ばしていた。
こういうふうに、近所の幼女たちと遊ぶことができるのは、ひとみたちが女性だからであり、
さえない男性が同じことをやろうとすると、警察に通報されるから要注意だ。
- 455 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:11
- ではお開き、となったところに、若い母親の大声が飛んだ。
「私のバッグはどこ?」
ひとみが振りかえると、確かにベンチに置いてあったハンドバッグが見当たらない。
ずっと近くにいた幼女にやさしく聞くと、見知らぬ女性が持っていったという。
「財布やカードが入ってたのよ。取り返さないと!」
- 456 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:11
- 母親は、どこに当てがあるのか、公園を飛び出してどこかへ走っていった。
ひとみたちは帰りたいのだが、子供を置いていったので待つしかない。
幼女は、無垢な心の持ち主だったので、何が起きているのか理解できず、
しゃぼん玉を飛ばし続けていた。
ひとみの首からぶら下がっているハングリーを見つけて、
それに向けてふうふう息をふいていた。
やがて、母親が中年女性の腕を引っぱって戻ってきた。
「あなたでしょ!」
「知らないわよ、失礼な」
- 457 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:11
- 確かに同じ色のハンドバッグを肩にかけている。
交番に行かずにここに戻ってきたのは、目撃者をつのるためだった。
しかし、しゃぼん玉遊びに夢中で、中年女性を見かけたものは誰もいなかった。
バッグの中をあらためても、中身はすっかり変わっているかもしれないので無益だ。
言い合いが水掛け論になってきたところで、ひとみが声をかけた。
「まだ革がぴかぴかですけど、このバッグは最近買ったものですか?」
母親は一週間前、中年女性は四日前に買ったと答えた。
- 458 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:11
- 「レシートはもう捨てたわ」
「いや、買った店がどこかまでは聞きませんよ」
ひとみは中立公正な第三者としてバッグを手に取り、右手に持って観察した。
左手は、幼女の頭をなでている。
「そろそろ効果が出るかな、と」
「効果?」
「しゃぼん玉の液に、洗剤を使ったんですよ。
この子が飛ばしたしゃぼん玉がこのバッグにぶつかって割れて、
液がふりかかると、そこだけ色が落ちてくるんです」
- 459 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:12
- ひとみはバッグをひっくりかえして、底を見せた。
わずかだが、液体が跳ねたような跡がついていた。
「新品ですから、買ってすぐにこんな汚れはつかないですよね」
中年女性は言葉が出なくなり、ただ口をぱくぱくさせるばかりとなった。
これを見た別の母親が交番に通報するため、携帯電話に指を伸ばした。
- 460 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:12
- コンビニで買ってきたしゃぼん玉セットのうち二つをのぞき、
巨大しゃぼん玉作成器をふくめ、母親たちにすべて譲りわたした。
帰り道、ハングリーとアングリーはしゃぼん玉を作っては飛ばし、
ひとみと梨華は歌をうたった。
「泣いてすむなら、泣きやがれ〜♪」
「すべての恋はしゃぼん玉〜♪」
二人と二匹はしゃぼん玉が舞い飛ぶ中、オレンジ色の夕陽の中を歩んでいった。
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:12
- おしまい
- 462 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:12
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 463 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:13
- (0^〜^)
ハングリー:あけこと!
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/02(土) 18:13
- ( ^▽^)
アングリー:おめよろ!
- 465 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/06(水) 10:19
- おめよろ〜
今年もいっぱい楽しませて下さい
- 466 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:41
- >>465
ありがとうございます
今年もいっぱい死体が出ます
- 467 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:41
-
ぬいぐるみとアサガオ観察日記 ── As A Girl Oath
- 468 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:41
- 話は少しさかのぼり、六月あたまのことだ。
夜中にこっそりと抜け出したハングリーが、何かを手にして戻ってきた。
ベッドの上で正座して、吉澤ひとみの説教を受けているときも、
ちらちらと視線は横に置いた小さな紙包みに向いている。
「それは何?」
「わかんない! 拾ったんだ!」
ひとみが包みを開けると、植物の黒っぽい種子が数個出てきた。
- 469 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:42
- 「アサガオの種かな?」
「アサガオって何!?」
「花の名前だよ。今頃の時期に撒いておけば、夏にきれいな花を咲かせるんだ」
「じゃあ、撒こう!」
ひとみは植木鉢に腐葉土を入れて、ベランダに置いた。
ハングリーがぱらぱらっとおおざっぱに種を撒いたので、
種子の丸くなっているほうを上に向けなおし、土を軽く被せた。
「いつ芽が出るの!?」
「数日待たないとね」
- 470 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:42
- おもちゃの小さなじょうろを使って、ハングリーは水をちょろちょろと与えた。
「いい機会だから、観察日記を書いたら?」
「うん、書く!」
ハングリーは、黒革の手帳を頭の上にかざした。
見開きのページに、一週間分の記入欄がわかれている。
さっそく、種を撒いた日付のところに、「たねをまいた」と鉛筆で書き込んだ。
- 471 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:42
- 「写真も撮ろうか」
「いっしょに写してね!」
ハングリーが植木鉢のへりに飛び乗ったので、
ひとみはデジカメでその様子を写真に撮った。
プリンターでL判に印刷して渡すと、
ハングリーはしばらくまじまじと見つめてから、手帳にはさんだ。
ハングリーは水をやれば花が咲くと思っているので、
肥料をやったり余計な葉をつみとったり、
つるを支柱に巻きつけたりするのは、もっぱらひとみの役目となった。
- 472 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:43
- そして八月になって、ハングリーがベランダからひとみを呼んだ。
「ひとみ! アサガオが咲いたよ!」
「ん、どれどれ?」
まだ早朝のこと、ひとみは眠い目をこすりながら、デジカメを持ってベランダに出た。
小ぶりの青い花弁がせいいっぱいに広がって、ハングリーのほうに顔を向けていた。
- 473 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:43
- 「ああ、ちゃんと咲いたね。きれいだね」
「早く、写真撮ってよ!」
ハングリーがちょこんと植木鉢に飛び乗り、危なっかしい手つきで支柱によじのぼり、
ラッパのような花弁のそばにまで顔を寄せた。
ひとみが三枚写真を撮ったところで、ハングリーは力尽きその場に落ちた。
ひとみが印刷している間、ハングリーは例の手帳に熱心に何ごとかを書き込んでいた。
「できた!」
「観察日記、どんなふうになった?」
ひとみは、ハングリーから手帳をとって、ぺらぺらめくってみた。
- 474 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:43
- 六月二日
たねをうえた
みずをまいた
どんなふうになるのかな!
六月三日
みずをまいた
はやくでてこないかな
六月四日
みずをまいた
まだかなあ
六月九日
めがでてきた!
いっぱいみずをまいたら
ひとみにおこられた
- 475 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:43
- 六月十日
下見
六月十三日
ふたばになった
でもなんだかちっこい!
みずをまいた
六月十五日
下見
六月二十日
横浜
六月三十日
はっぱがよんまいになった!
めがでたのはみっつ
みずをまいた
- 476 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:44
- 七月六日
下見
七月十一日
まだまだはっぱがちっこい
ひとみが、もうすぐつるがのびてくるといってた
みずをまいた
七月二十日
つるがのびてた!
ひとみが、ぼうにつるをまきつけた
もっとのびるんだって!
みずをまいた
(この日、ハングリーは一日じゅう、つるがのびる様を観察していた。
そのまま夜も鉢の中でねむってしまい、
翌朝ハングリーの体につるがまきついているのをひとみに発見される)
「あさがおに ハングリーとられて ってねえ」
- 477 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:44
- 七月二十二日
場所・人員決定
七月二十四日
訓練
七月二十五日
訓練
七月二十六日
訓練
- 478 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:44
- 七月二十七日
つるがたかくまでのびてた!
はっぱもすごくおおきい!
ひとみがはっぱをなんまいかきった
みずをいっぱいまいたけど、ひとみはおこらなかった
(切った葉には細かいうぶ毛が生えていて、
これでひとみはハングリーをくすぐって遊んだ)
七月三十日
実地下見
八月一日
訓練
- 479 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:44
- 八月四日
あおっぽいつぼみがあった!
くるくるしててかさみたいだ
みずをまいた
八月六日
車
八月七日
はながさいた!
八月八日
◎
- 480 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:45
- 手帳には、それぞれのページにひとみの撮った写真が何枚もはさみこんである。
その中から、四つに折りたたまれた薄い紙が落ちてきた。
ひとみがそれを拾って開くと、左側には線と点を使った簡単な地図が、
右側にはビルの各階の間取りがぎっしりと印刷されていた。
「ハングリー?」
「何!? 写真できた!?」
「いや、この手帳、どこから持ってきた? うちにあったっけ?」
「アサガオの種といっしょに拾ったんだ!」
ひとみは首をひねり、携帯電話を手にとった。
- 481 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:45
- 翌日、梨華とアングリーがひとみを訪ねると、ちょうどひとみは出かけるところだった。
首にかけられたハングリーは、ぐったりしていた。
「あら、ハングリーはいったいどうしちゃったの?」
「昨日の晩から、アサガオが少しずつ花開くところを観察してたんだ」
「朝があけるまで?」
「それで疲れちゃったんだ」
ひとみもいっしょに見るよう誘われたのだが、
ひとみはビデオカメラを設置することで、申し出をやんわり断っていた。
ハングリーは、自分の目で、ぜひその瞬間を見たかったのだ。
- 482 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:45
- 「梨華ちゃんもいっしょに行く?」
「どこへ?」
「ちょっと遠くなんだけど、おもしろいものが見れるかも」
電車に乗って揺られること一時間ほど、郊外の小さな都市の駅前に出た。
「目的地はどこ?」
「あのちょっと赤いマークが見えるビルなんだけど」
- 483 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:46
- 何台もの緊急車両がサイレンをけたたましく鳴り響かせ、
交差点を我が物顔に通り過ぎていった。
「間違いない、行ってみよう」
「ちょっと、何があったの?」
非常線が張られ、ビルの周りにはパトカーとジュラルミンの盾を持った男たちが群がっていた。
ひとみは野次馬たちとともに、その様子をうかがった。
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:46
- 「何があったんです?」
「銀行強盗みたいだよ。中に立てこもってる」
ガラスが割られ、何かが投げ込まれた。
銀行の店内に煙がたちまち充満していくのが、ひとみたちにもわかった。
すぐに警官隊がどかどかと突入していった。
「あれ、もう終わっちゃったの?」
「二階も地下も、すでに警察官でいっぱいだったろうからね。じゃ、帰ろう」
- 485 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:46
- ハングリーが手に入れたのは、銀行強盗を企んでいた一味が落とした手帳だった。
そこには、その準備についての日程が記されていた。
当然、漢字は読めても書けないハングリーが記入したものではない。
地図からどこの場所か見当がついたひとみは半信半疑ながらも警察に通報し、
警察も半信半疑ながらも銀行を張り込んでいたのだった。
帰り道、ハングリーがひとみから飛び降りて、草むらの中に入っていった。
そして、何ものかを見つけ、ひとみに差し出した。
- 486 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:47
- 「これ何!?」
「これはヒマワリの種だね」
「じゃあ植えよ!」
「うちじゃ無理」
数日後、ハングリーがアングリーにアサガオを自慢したおり、
しおれたつぼみごとアングリーが大鎌で首を切り落としたため、
ハングリーのアサガオ観察日記は終わりを告げた。
- 487 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:47
- おしまい
- 488 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:47
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 489 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:48
- (0^〜^)
ハングリー:山梨学院大附属!
- 490 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/10(日) 18:48
- ( ^▽^)
アングリー:青森山田!
- 491 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:46
-
ぬいぐるみと密室 ── Missing Sweets
- 492 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:47
- 人間の主食が米穀であるか小麦であるかという議論については、
東西の論客たちがけんけんがくがくの論争をかわしているのでここではふれないが、
ぬいぐるみの主食が「脳みそプディング」だということに異論はないだろう。
もちろん、ぬいぐるみたちはゴキブリと同じく、何日も食べないことで餓死することはない。
しかし、それでも数か月も食事にありつけなければ、彼らにも恐るべき死が訪れる。
心当たりがある人は、すぐにでも所有するぬいぐるみにプディングを与えるべきだ。
もし、プディングを前にしてもぬいぐるみがぴくりとも動かなければ、
残念ながらもうそのぬいぐるみは手遅れだということになる。
- 493 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:47
- では、吉澤ひとみの場合といえば、そこはぬかりなく、
自分の寝室に備えつけてある小型の冷蔵庫に複数のプディングを常備していた。
もともとは、小さなペットボトルに水道水を入れたものを一本、
そこに放り込んでいただけで、
たまにジーンズに付着したガムを取り除くのに使用していただけだった。
ところが、今やそこはハングリー専用冷蔵庫と化していた。
- 494 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:47
- 夜分遅くに、ハングリーは冷蔵庫の扉を開け、
おずおずと「脳みそプディング」を両手で取り出す。
おなかに抱えてひんやりした容器を体で感じ、
それからふたを開けて、スプーンをプディングの中に差し込む。
わずかな時間、ぷるんとした震えがおさまってから、おもむろに口の中に移動させる。
舌でおしつぶすように口の中に広げ、濃厚な甘みをじゅうぶん堪能してから
ごくりと飲み込んで体内に取り込む。
そして満面の笑みを浮かべ、「おいしい!」と純真な感想を述べるのだ。
- 495 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:47
- 容器を空にすると、それとスプーンをひとみに渡す。
水洗いしてから「燃えないゴミ」専用のごみ箱に放り込むのは、ひとみの役目だった。
ぬいぐるみがそんなことをしてるのを、家族に見られるわけにはいかないからだ。
そのとき、ハングリーは期待を込めた瞳でひとみを見つめる。
石川梨華ならそのつぶらな瞳にやられてしまうのだろうが、
ひとみは冷たく首を振るだけだ。
「もう一個食べたい!」
「だめ。一日一個って約束だろ」
「ひとみのケチ!」
「ケチっていうのは、ガムを一枚もらおうとしたら、
『なんで?』って問い返す人のことを言うの」
- 496 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:48
- 最初のころ、ハングリーは幼児のように手足をじたばたさせて懇願していたのだが、
さるぐつわを噛まされベランダの物干しざおに一晩吊るされてからは、
大人のぬいぐるみとしてのわきまえを身につけている。
その日も、ハングリーはゲーム機のコントローラーを放り投げて、
いとしい冷蔵庫のほうへとととと走っていった。
梨華とアングリーを呼んで、テレビゲームで遊ぶ約束をしていたのだが、
一人と一匹がやってくるのを待ち切れずにゲームに興じ、
それで飽きてしまったのだから浅ましいというほかない。
冷蔵庫の扉を開けようとしたとき、ちょうど梨華がひとみの部屋に入ってきた。
- 497 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:48
- 「あ、梨華ちゃん!」
「ハングリー、元気にしてた?」
「無駄に元気だよ、こいつ」
ハングリーは梨華の胸元に飛びついて、親愛の情を示した。
扉のあたりでハングリーたちはわいわい話しこんでいたが、
ハングリーはようやく当初の目的を思い出した。
「あ! プディング食べるから待ってて!」
「梨華ちゃん、ご飯は?」
「さっき外で済ませてきたわ」
- 498 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:48
- ハングリーは喜び勇んで冷蔵庫の扉を思いきり引っぱった。
扉は全開し、百八十度以上に開いた。
「あ!」
ハングリーがそこに見たものは、
無残にも食い散らかされたプディングの空の容器の山だった。
「これも、あれも! 全部食べられてる!」
「どうしたの?」
- 499 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:48
- ひとみも冷蔵庫の中をのぞきこんで、その惨状を確認した。
「ひとみ、ひどいよ!」
「わたしじゃないよ」
「ネズミに食べられたとか?」
「自分の大事なお菓子を管理できないようでは、ぬいぐるみ失格ですわ」
コントローラーを握り、画面から目をそらさずにアングリーが言った。
画面の中では、多数の一般市民が銃弾を浴びて血を流している。
一時間ほど前に、ひとみはプディングを五個補充した。
それから今まで、ひとみもハングリーも、扉は開けていないと主張した。
- 500 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:49
- 「ネズミは見たことないけどなあ」
「開けたとき、ネズミなんかいなかったよ!」
「そうね。ちゃんとフタがあいてて、プディングのついたスプーンもそこにあるわね。
ネズミだったらそんな律儀な食べ方しないわね」
ひとみは銀色のスプーンを拾い、容器とともに部屋を出て流しに持っていった。
戻ると、アングリーのとなりに座ってもう一つのコントローラーを握った。
このゲームは協力プレーで遊ぶこともできるのだ。
- 501 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:49
- 「ひとみ様、さっきから撃ってる標的は私のキャラですわ」
「あ、ごめんごめん」
アングリーの操作しているキャラクターのとあるゲージが短くなっている。
そこへハングリーが抗議の声をあげた。
「ひとみ! 犯人をつかまえてとっちめようよ!」
「あんな怠け者なんか放って、あたしにまかせなさい」
梨華が胸をはってどんと叩いた。
ハングリーが目を輝かせた。
- 502 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:49
- 「ほんと!?」
「ええ、いつもよっすぃ〜ばかりに妙な作り話をさせるわけにはいかないわ。
大船に乗ったつもりでいなさい、ハングリー」
「で、犯人はどこのだれ!?」
「待ちなさい。この事象は慎重に検討しなければいけないわ」
「どうして!?」
「なぜなら…… これは密室だからよ」
密室という言葉に、ハングリーは身もだえしながら感動した。
梨華は得意顔で話を続ける。
- 503 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:49
- 「冷蔵庫を開けたとき、中には誰もいなかったわよね?」
「うん!」
「でも冷蔵庫の中に、容器とスプーンがある、ということは、
この冷蔵庫は密室だったのよ!」
「そうなんだ!」
ひとみとアングリーは、二人の会話に耳を傾けているのかいないのか、
視線はテレビ画面から片時も離していない。
「ひとみ様、右のルートのほうが安全ですわ」
「でも、こっちのほうが弾薬いっぱい拾えるよ」
「ならそうしますわ」
- 504 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:49
- 「で、密室ってどんなの!?」
「あら、ハングリーには難しかったかしら?」
いいわ、と梨華は鼻高々に講義を始めた。
いわく、密室とは、閉じられて誰も出入りできない空間である。
ところが、その空間に自殺とは思われない死体があればどうなるだろうか。
殺害犯は煙のように消えうせたことになってしまう。
「じゃあ、プディングを食べた犯人は煙になっちゃったの!?」
「そうじゃないわ。そこにトリックが仕掛けられているのよ」
- 505 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:50
- 梨華の講義はまだまだ続く。
仕掛けは、大きく二つにわけられる。
密室に犯人が入ったのか、入らなかったのかのどちらかだ。
「どういうこと!?」
「犯人が冷蔵庫に入って、何らかの方法で閉じたまま脱出したのか、
それとも最初から中に入ってなくて、
空の容器とスプーンを何らかの方法で中に入れたかのどちらかなのよ」
「そういうことか!」
- 506 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:50
- どうしてわざわざそんな面倒なことをしなければならないのかを問うてはいけない。
合理的だとか、必然性だとか、そんな形而下的な問題は探偵には無意味だ。
梨華は小さな冷蔵庫の中に頭をつっこんで、あれこれ調べた。
「秘密の抜け穴はないようね」
「そんな陳腐なやり方はなしだよね!」
そんなもんあるわけないだろ、と、ひとみがぼそっとつぶやいた。
「じゃあ、針や糸を使って、どうにかして出られないかやってみましょ」
- 507 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:50
- ハングリーが針と糸を持って中に入り、閉じ込められた。
そんなものを持ってもどうしようもなく、ハングリーはとんとんと扉を叩いた。
「あーん、真っ暗で何にも見えないよ!」
「アングリー、小さなライト持ってたでしょ。それ貸して」
「梨華様、今手が離せませんわ」
画面内では、大きな化け物を相手に二つのキャラクターが散弾銃で闘っている。
梨華は冷蔵庫を開けて、ハングリーを引っぱりだした。
- 508 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:51
- 「それじゃ、容器とスプーンを中に入れたんだわ」
「どうやって!?」
閉じた冷蔵庫を梨華はつついてみたが、やはり秘密の抜け穴はどこにもない。
油汗を額に浮かべながら、梨華はうんうん唸って考え続けた。
「中から出るのは不可能、中に入れるのも不可能……」
「どうやっても無理だよ!」
「そう、そうよ。犯人が殺人を犯して脱出したのでもなく、
死体を後から投げ込んだのでもないなら、これは自殺よ!」
- 509 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:51
- 古今東西の推理小説のどれかに当てはまらないかと考えながらやってるので、
そっちのほうが梨華の口に出てしまったが、こういうことだ。
ある人間が別の人間を深く恨みながら自殺を考えている。
別の人間に容疑がかかるような状況にしておいてから、密室で自殺する。
凶器はもちろん、トリックを使って室外に出るようにしておく。
密室なのに凶器がなければ、誰も自殺とは考えず、
別の人間に無実の罪がかかるというわけだ。
「いや、それ別に密室にする必要ないんじゃない?」
「きっとこれよ!」
ひとみの至極ごもっともな感想ははねのけられた。
- 510 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:51
- 「で、どういうことなの!」
「つまりね、ハングリー、あなたが犯人よ。
あなたはプディングを全部たいらげ、容器とスプーンを中に残して冷蔵庫から出た。
そうしておいて『誰かに食べられた』と嘘の主張をしたのよ」
「ああ、狂言なんだね」
「そんなことやってないよ!」
「ハングリー、あなたには動機もあるのよ。
一日一個とそこの怠け者に決められたのを、あなたはずっと不満に思っていた。
そして今日、とうとうその禁を破ってしまった。
ばれたら前みたいに物干しざおに吊るされてしまう。
それを恐れたあなたは、このような重罪を犯してしまったのよ」
「梨華様、すばらしい推理ですわ」
- 511 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:52
- おしおきしなくてはと、梨華が紐でハングリーをぐるぐる縛り始めたので、
さすがにかわいそうだとひとみが声をかけた。
「何、よっすぃ〜? あたしの完璧な推理はどう?」
「いやいや、犯人はこっちだから」
テレビ画面の中で、ひとみの操作しているキャラクターが、
もう一つのキャラクターをマシンガンで攻撃し始めた。
避けるいとまもなく、そのキャラクターのゲージがなくなり、どうと倒れた。
- 512 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:52
- 「ひとみ様、不意打ちですわ」
「さっきのスプーンにね、ちょっとだけどアングリーの毛がついてたよ」
「ちょっとちょっと、犯人はハングリーしかありえないのよ」
「冷蔵庫にプディングを補充してから、
梨華ちゃんたちが来るまでずっとハングリーを見てたから、
ハングリーに冷蔵庫に入る余裕はなかったよ」
「じゃあ……」
「冷蔵庫から目を離したのは梨華ちゃんたちが来てそこで話をしていたときだけ。
その場にアングリーがいたかどうかは覚えてない。
そのときに冷蔵庫にもぐりこんだんだろうね。
小さなライトも持ってるから、暗闇の中でもプディングを食べることができるし」
- 513 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:52
- 「でも、ハングリーが冷蔵庫を開けたときは誰もいなかったんでしょ」
「いなかったよ!」
「扉のジュース入れるところにいたんだろうね。勢いよく開いたから、
ハングリーには見えなかったんじゃないかな。
あとはそ知らぬ顔でゲーム機のところに移動するだけ」
「ばれてしまいましたわ」
「悪いことするとおしおきがあるんだよ!」
- 514 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:53
- この後、アングリーはぐるぐると紐で縛られてベランダに吊るされるのだが、
おまけということでハングリーも同じ目にあった。
しばらくひとみと梨華はゲーム機で遊んだ後、こっそり部屋を出てコンビニに向かった。
店の冷蔵ケースの中には、プディングがちょうど二個並んでいた。
- 515 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:53
- おしまい
- 516 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:53
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 517 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:53
- (0^〜^)
ハングリー:副題の英語はでたらめ!
- 518 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/17(日) 10:54
- ( ^▽^)
アングリー:単なるだじゃれ!
- 519 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/22(金) 10:32
- ケチな人の定義すごいわかるわ〜
- 520 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:41
- >>519
ありがとうございます。
( ^▽^)<???
- 521 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:43
-
ぬいぐるみと昔話 ── Moon Cut Shiver Nothing
- 522 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:43
- 吉澤ひとみの住むマンションの近くに、小さな公園があることは何度もふれてきた。
その公園は、すべり台やブランコ、砂場など遊具が設置されいている区画と、
ボール遊びができるよう、細かい砂利で整地された区画にわかれている。
ひとみたちがフットサルの練習するのは後者のほうで、
わきにベンチが二つ並んで置いてある。
夜中、公園は人気がなくなり、防犯のために設置されている街灯が
むなしく光を放っている時間をねらって、
ひとみたちはボールを持ってフットサルの練習を行っている。
やんちゃなぬいぐるみたちは、遊具で遊んだり、ベンチの上で寝っころがったりするのが常だ。
- 523 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:44
- 遊び疲れたハングリーが、アングリーの魔の手から逃れて
ベンチの上であおむけになりぐったりしていると、
視界が暗くなり体全体を押しつぶされた。
むぐむぐと抵抗するのだが、ぬいぐるみの力ではいかんともしがたい。
「むーむー」
「ありゃ、何か声がするのぉ?」
石川梨華が異変に気づいてベンチのほうへ駆けよった。
ベンチには、杖をついた老婆がちょこんと座っている。
- 524 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:44
- 「おばあちゃん、ごめんなんさい。おしりの下……」
「ん、ああ? 赤ん坊でもおったのかい。すまないねぇ」
いくらなんでも乳幼児を押しつぶしていたのならとんでもないことなのだが、
ほとんど惚けが始まっているので、細かいことは気にしない。
なんとかどかせてぬいぐるみを救出すると、老婆の親族がやってきた。
「おばあちゃん、もうお休みの時間ですよ。帰りましょ」
「ああ、もう朝ごはんの時間かい」
- 525 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:44
- 老婆は手をひかれて公園を出ていった。
きょとんとしている梨華の横に、ハングリーとアングリーがほっと息をはいた。
「窒息死するかと思ったよ!」
「おまえは酸素を取り込んでどうするんだ?」
「ひとみ様、あのおばあ様は?」
「あそこに医院があるでしょ。あそこのうちの人だよ」
「今の、惚け老人の徘徊?」
「そうなんだろうね。九十超えてるんだって」
「おうちの人もたいへんだね!」
「昔は元気いっぱいだったんだけど、相当痴呆が進んじゃって」
- 526 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:44
- ひとみはよくこの老婆につかまって、わけのわからない話を聞かされているのだ。
「どんな話!?」
「昔々の話のようだよ」
「聞かせてよ!」
「おまえたちに話してもわかんないと思うよ」
「えー、あたしも聞きたいな」
やれやれ、と、ひとみはベンチに座って真偽の定かでない話をはじめた。
ひとみがこの話をするにあたって、
登場する固有名詞はぬいぐるみたちになじみの深いものに変えている。
それは実際に存在するものとは、まったく関係がないことをおことわりしておこう。
- 527 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:46
- その老婆──ヒトミおばあちゃんは、その昔看護婦をしていた。
七十年も前のことで、悪化する戦況──当時日本は戦争をしていた──にともない、
ヒトミは従軍看護婦として中国大陸に渡っていた。
ヒトミの所属していた大隊では、大隊長のマリ、小隊長のリカ、
軍曹のアイ、上等兵のリサ、二等兵のマコト、アサミなどがいた。
本当はもっと多くの兵士がいるのだが、話をわかりやすくするために単純化する。
「あら、あたしが出てくるの?」
「いや、だからこれは仮名だって」
- 528 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:46
- 南方の石油をめぐってきなくさい話がとびかっているころのことで、
軍はアメリカにどう対処するかに神経をとがらせていたのだが、
大陸の戦線のほうも楽観視できる状況にはなかった。
海沿いの大都市を占領しても、相手は降伏することなく、
どんどん奥地へ逃げていくものだから、戦争は出口が見えなくなっていた。
マリの率いる大隊はとある小村の警備を担当していたが、
兵士たちの士気は落ちる一方で、本国に帰れるかどうかをばかり考えていた。
「甘いものがほしいなあ」
「米をたらふく食べたいよ」
「ふるさとのみんなは元気かなあ」
「おなかぺこぺこで、よだれも出なくなってきた」
- 529 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:46
- あくまでもアイとかリサとかいう名前は仮名であるので、
どれが誰のセリフであるかを詮索しても無益であることを指摘しておこう。
とにかく兵士たちはいつも腹をすかせていた。
食料の輸送も途絶えがちで、現地調達にも限度があるから仕方がないことだった。
そんな兵士たちを叱咤するのが大隊長マリの役目だった。
「おまえら、たるんでるぞ!」
「そんなこといっても、力がいっこうに入りませんよぉ」
「弱音を吐くな! そんなんだから、おまえたちはいつまでたっても半人前なんだ!」
こんな調子で鉄拳制裁されるのだから、理不尽な話だ。
- 530 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:46
- 「あれ、その隊長さんは元気いっぱいなんだね!」
「名前からもちょこちょこと動き回りそうな感じがしますわ」
「だから名前は関係ないって」
大隊長ともなれば、相応の役得があり、食料には不足しないのだ。
食料だけでなく、酒の類が手に入れば、階級が上の者から順に与えられる。
この大隊が占領している村は酒の生産地だったが、
それでも恩恵にあずかれるのはせいぜい小隊長までだった。
- 531 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:47
- 「ふだんはどんなことしてたのかな!?」
「敵をいっぱい撃ち殺していたに決まってますわ」
「いや、その頃になると組織的抵抗もほとんどなく、戦闘はそれほどなかったそうだよ」
となると、相手はゲリラ活動にいそしむことになるので、
表面上はのんびりしていても、神経をとがらせる必要がある。
マリ大隊長以下、緊張して小村の警備にあたっていた。
そして初秋のある日のこと、村のはずれにある石造りの家に
ゲリラが立てこもっているとの情報が入った。
小隊長のリカは、部下を引き連れて他の小隊ととともに家を包囲した。
- 532 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:47
- 「あら、大隊長じゃなくて、あたしが指揮をとったの?」
「大隊長は、前日に本国から送られてきた日本酒をしこたま飲んで、
そのときは前後不覚に陥ってたんだ」
「みっともない話ですわ」
相手がどれだけの兵力なのか見当もつかなかったので、
眠りこけている大隊長を置いて、全小隊がくだんの家に向かった。
リカの小隊は家の背後に陣取り、逃げ出そうとするゲリラの掃討にあたった。
リカは、家の前方から一斉に放たれる小銃の乱射音を聞きながら獲物を待ったが、
敵はしぶとく中に居座っていると考えた。
そこで、自慢の大口径の大砲で、家の裏側から砲撃することにした。
軍曹のアイ以下四人が、次々と大砲を発射した。
石造りの家は、とけるように形を崩していく。
- 533 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:47
- 「小隊長、伝令です」
「わかった。なんだ? 敵の戦力はどうなっている?」
「梨華ちゃん、なんだかかっこいい!」
「さすがですわ」
「おまえら、話の中の会話に割り込むな」
敵から攻撃がまったくないこと、こそこそ逃げていく姿も見えないことが報告された。
それは家の裏側も同じだったので、その旨を伝令に伝えて帰した。
その間も、四人の兵隊たちは砲撃を続けていた。
それからしばらくして攻撃をやめさせたのだが、それは砲弾がなくなったからだった。
しばしの静寂の後、リカは意を決して石造りの家に近づいていった。
屋根は崩れてなくなり、窓ガラスはすべて割れ散っている。
その破れた窓からそっと中をのぞくと、人の気配はなかった。
- 534 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:48
- 「ねえ、ほんとにゲリラなんていたわけ?」
「嘘情報だったんだね。死体が一つあるだけだった」
「死体!?」
「まあ、物騒な話ですわ」
「うん。偉大なる大隊長マリの、ぼろぼろの死体が寝っころがってただけだった」
リカは、ゲリラがいないことを慎重に確認してから、窓を乗りこえて入った。
マリの死体がぼろぼろだったのは、砲撃を受けていたせいだったが、
死因は、胸から流れているおびただしい血の跡から、刺殺であることは明らかだった。
- 535 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:48
- 「あれ、おかしくない? マリは酔っぱらって置いていかれてたんじゃないの?」
「そうだね。表も裏も完全に包囲されてて、家から外へ逃げ出した者はもちろん、
外から家の中へ入った者など誰も見ていなかったってさ」
「密室殺人だね!」
「不可能犯罪だわ」
マリの死は戦死ということになり、骨の一部は本国へ、残りの骨は現地に埋葬された。
すぐにリカが大隊長に昇任し、村の占領は引き続きこの大隊が行うこととなった。
はい、おしまい、よかったよかった……。
- 536 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:48
- 「何がよかったよかったのよ、そこで終わり?」
「しきりれとんぼだね!」
「ひどい作り話でしたわ」
「いや、だっておばあちゃんの話、ここで終ってるし」
あの老婆は、従軍看護婦としてこの事件を目の当たりにしたのだ。
しかし軍隊組織のことであり、警察や探偵の出番はまったくなかった。
大隊長が死亡したという事実だけがあり、真相を究明することが業務ではない。
「ほとんど惚けかかっていても、強い印象が残ってたんだろうね。
歳をとって食事の時間すらわからなくなっても、
会う人会う人にこの話をくどくどと話すんだから」
「で、どうなの?」
「何が?」
「話の続きよ」
「ちゃんとひとみが作ってあるんだろうしね!」
「楽しみですわ」
「あのねえ」
- 537 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:49
- ひとみはベンチから立ち上がった。
そして梨華をひきつれて(ぬいぐるみはそれぞれ首にかけて)コンビニに行き、
まだしつこく売りつけようと陳列してあった花火セットを購入した。
そしてまた、公園に戻った。
「こういうことなんだろうね」
「ん?」
ひとみはロケット花火を地面に突き刺し、花火の頭にハングリーをしがみつかせた。
点火すると、ひゅーとかん高い音を立てながら、ぬいぐるみつき花火が宙を飛んでいった。
- 538 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:49
- 医院の二階は、医者一家の住居で、当の老婆もそこで寝起きしている。
朝の食事を与えられなかった恨み事をぶつぶつつぶやきながら、
窓をあけて月をまんじりと眺めていると、
細長い棒のようなものが部屋に飛び込んできた。
あまりのことに老人とは思えぬ素早さでぱっと飛びのくと、
敷いてあった蒲団の上にそれが落ちてはずみ、棒から布のかたまりが落っこちた。
それが花火と奇妙な髪形の猫のぬいぐるみであることが、老婆の目にもわかった。
「どこのいたずら小僧のしわざかのぅ」
「すんごくひどいめにあった! まったくひとみったら、いつもこうなんだから!」
- 539 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:49
- 猫のぬいぐるみはぷりぷり怒りながら、開いている窓からとことこ出ていった。
老婆のほうといえば、今起こった不可解な現象のことは頭になかった。
記憶ははるか昔、つらく苦しかった戦争中のあの事件に飛んでいた。
「そうじゃったのかぁ。大隊長様は兵隊さんらにそこまで恨まれておったのかぁ。
それで、小隊長様が目を離している隙に、刺し殺された大隊長の死骸を大砲に入れて、
石の家めがけて発射したんじゃのぉ」
老婆は目を閉じ、両手をすり合わせて、小声でつぶやきはじめた。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。
- 540 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:50
- おしまい
- 541 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:50
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
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- 542 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:51
- (0^〜^)
ハングリー:世界三大カップ戦の一つ!
- 543 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 09:53
- ( ^▽^)
アングリー:ちばぎんかっぷ(ジェフvsレイソル)!
- 544 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:12
-
ぬいぐるみとお葬式 ── Orthodox Secret
- 545 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:12
- 人間である吉澤ひとみと石川梨華、そしてぬいぐるみであるハングリーとアングリーは、
一言も話さず、列車の窓から飛び込んでくる風景を眺めていた。
稲刈りが終わった田んぼが延々続くだけでは、すぐに飽きてしまうものだ。
東京駅から新幹線に乗って二時間と少し、
そこから在来線の特急に乗って一時間ほどで、目的の駅に到着した。
特急が止まる駅とはいえ、こじんまりとした田舎駅だ。
改札を出ると、ひとみはかすかに見覚えのある人に声をかけられた。
「ようこそおいでに、吉澤さん、石川さん」
「このたびはどうも」
- 546 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:12
- ひとみたちは五年前に、とある番組の収録で、田舎を旅したことがあった。
そのとき一泊した先のおじいさんが亡くなったと、
梨華が聞いてひとみのところに飛び込んできた。
「お葬式に行かないと」
「行くのはいいんだけど、もう喪服着てるの?」
「似合ってる?」
「それはどうでもいいことなんだけど」
確かにお世話になったのだが、かなり赤の他人だ。
そんなところへ押しかけても迷惑じゃないだろうかと、ひとみは意見した。
ところが梨華は首を振った。
- 547 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:12
- 「お葬式は、まあどうでもいいっちゃいいんだって。遊びにおいでってこと」
「ああ……」
ひとみは、しばし思い出にふける。
大きな屋敷で歓待を受け、近くの神社の境内で子供たちと遊んだ記憶だ。
ぬいぐるみたちも、二人の昔話を聞いて、ぜひ案内をと頼み込んだ。
「ねえ、早くいこ、いこ!」
「喪服なら用意してありますわ」
- 548 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:13
- 迎えに来たのは、死んだおじいさんの次男夫婦だ。
ここから山のほうへ向けて、車で一時間ほど移動しなければならない。
「お食事はすみました?」
「いや、まだです」
「じゃあ、かつ丼でも食べに行きましょう」
卵を使わずソースだけがかったかつ丼だが、
こっそり与えられたぬいぐるみたちの口にもあったようだ。
次男夫婦の死角で、ハングリーたちはもぐもぐと口を動かしている。
「息子さんは?」
「家を出て、働いてますよ」
「もうそんなに大きくなったんですねえ」
「お二人こそ、すっかり大人になって」
- 549 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:13
- 川沿いの狭い道を走り、山をかけあがるような道を進み、ようやく目的地に到着した。
木造りの門を入ると、大きな二階建ての屋敷があった。
「あいかわらず、おっきな家だなあ」
「この辺は、時間が止まってるようなもんですよ。その分、維持がたいへんですが」
玄関から中に入り、広い廊下を進んで、襖を開けた。
「みんな、吉澤さんと石川さんがいらしたよ」
「こんにちは」
「このたびは……」
- 550 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:13
- さらに広い座敷には、十人ほどが座っていた。
ひとみはかすかな記憶をたぐりよせた。
次男夫婦、三男夫婦は覚えている。
次男夫婦の一人息子はまだ来ていないようだ。
三男夫婦も子供が、たしか二人はいたはずだった。
奥に座っているのは長女夫婦だろうか、五年前のときにはいなかったようだ。
中学生らしき少女が立ち上がって、ひとみたちに頭を下げた。
ああ、三男夫婦の娘だっただろうか、小さな女の子と遊んだ記憶がひとみにあった。
一人いない。
たしか、かなりお世話になった人がいたはずだったが……。
- 551 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:13
- 「あの、おばあちゃんはどちらへ?」
「母は、三年前に……」
「あ、ごめんなさい」
五年前の収録のとき、ひとみたちをもっとも歓待したのがおばあちゃんだった。
どのような番組で、何のための収録だったのかも覚えてはいないのだが、
温かく接してくれたことは、ひとみの記憶にある。
「ほら、あんたは宿題でもしてなさい」
「えー」
「あとでいっしょに遊ぼうね」
- 552 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:14
- 少女は廊下へ出ていった。
階段をとんとんと駆け上がる音が聞こえてきた。
奥の襖が開き、ひとみの記憶にない初老の夫婦が顔を出した。
長男夫婦だと、ひとみたちは紹介された。
「準備できましたんで、こっちへ」
「昼間からお通夜ですか?」
「お通夜は今夜から明日までかけてやりますわ、その後が本葬」
「今は?」
「まあ、お通夜の準備みたいなもんで」
- 553 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:14
- ひとみたちは誘われて奥の座敷に入り、座布団にすわった。
奥の床の間の横に、天井まで届こうかという仏壇が置かれている。
線香の匂いがほのかに部屋を満たす。
そのそばに白い布団が敷かれてあり、上にやせ細った老人がいた。
仏壇の前に僧侶が、布団の横に葬儀屋の若い男が正座し、一同に深々とお辞儀する。
経を唱える声が始まった。
葬儀屋の男が、白い装束を箱から出し、それを老人にあてがった。
ひとみの目には、老人は裸のように見えた。
これから、死装束を着せるのだった。
- 554 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:14
- 葬儀屋の男は、ちらとひとみのほうを見やり、老人の体を隠すように前に出て、
老人の両腕を装束を通した。
いや、もうそれは人ではない、死体なのだ。
上半身は終わり、下半身のほうに作業は移った。
死体の顔がひとみのほうを向いている。
その濁った目が、ひとみたちを射抜く。
ひとみが横目で梨華を見ると、彼女はぼろぼろ涙を流し、
数珠を両手でこすりあわせながら、適当な念仏を唱えていた。
- 555 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:15
- 「あの、目は閉じないんですか?」
「夜中に亡くなったんだが、気づいたのが朝で、硬直して動かないんですよ」
その閉じない目のあたりを、小蝿が二匹飛んでいる。
ようやく装束を着せ終えた葬儀屋の男が、再び深々と礼をし、お経が止んだ。
遺族の男たちが数人がかりで死体を持ち上げ、隣室の木棺に安置した。
みな、額から脂汗を流している。
お通夜は今夜、明日の昼と夜の三回にわけて行われる。
地元の名士だったので弔問客が多く、それだけ時間がかかるわけだ。
そして本葬ののち、長男の跡目襲名があるという。
田舎の大きな家には、いろいろと面倒な手続きがあるのだ。
ひとみたちは、二階にあがって荷物を置いた。
- 556 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:15
- 「ここ、ここ。懐かしいわね」
「よく覚えてるね、梨華ちゃん」
「だってこの部屋に泊ったんだもん」
梨華は押し入れの襖を開けた。
そこは押し入れだが、広い空間があり、電灯もついている。
「ここでかくれんぼとかやったわね」
「そうだったっけ」
- 557 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:15
- 押し入れの中には、誰かが使っていた勉強机が置いてあった。
横には布団がいくつも積まれている。
その上でぬいぐるみたちがぽんぽん飛び跳ねていた。
「なんだか面白かったね!」
「人間なんて、儚いもんですわ」
さっそくぬいぐるみたちは、死装束ごっこを始めた。
ハングリーが横になり、アングリーが服を着せている。
「なんだか、不気味だったわ」
「九十過ぎてたから、大往生だね」
「骨と皮ばかりで、目だけがぎょろっとしてて」
「薬のせいか、髪の毛も抜け落ちてたし」
- 558 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:16
- ぬいぐるみたちがこてんと横に倒れ落ちた。
騒ぎをききつけた少女が、押し入れの中に入り込んできたのだ。
「あ、猫のぬいぐるみ!」
「いいでしょ」
少女は、ハングリーの赤いとさかのような髪の毛を人差し指でつついた。
「ね、サイクリングしようよ」
「自転車?」
- 559 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:16
- ひとみたちは、少女に手を引っぱられて、玄関を出て駐車場の奥にある納屋に入った。
そこには田植えの道具などはなく、いくつものレース用の自転車が並んでいた。
「これはすごい」
「こんなのがあったのね。壮観だわ」
「お父さんの趣味なの」
適当に見つくろって、三人は道を走った。
ブレーキはハンドルについてなく、止まる時はペダルを逆回転させなければならない。
梨華はこれに慣れず、何度も倒れそうになった。
坂道を駆け下りたところに神社がある。
数年前は、この神社の境内で少年たちと野球をしたのだが、今は誰もいない。
「明日、秋祭りがあって、その準備中」
「葬式に祭りねえ」
- 560 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:16
- 境内の奥に石の階段があり、本殿はその先にある。
その石段にすわって、三人は会話を楽しんだ。
次男夫婦は少し離れた町に、三男夫婦は隣の市に住んでいる。
三男夫婦にも息子がいたはずだとひとみが尋ねると、結婚して県庁で働いているという。
「みんな大きくなったんだねえ」
「みんな子供だったのに」
その番組は、全国放送されていたが、この地域では放送されなかったので、
あとでひとみがビデオテープに録画して送った。
そのテープはダビングされて、親戚中に回されたという。
「そうだ、吉澤さん。あとでそれ見ようよ」
「そうだね」
- 561 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:16
- ひとみは、五年前自分が何をやったのか懸命に思いだそうとした。
場合によったら、ぬいぐるみたちに弱みを握られないために、隔離しなければならない。
しかし、ぬいぐるみたちは断固として拒否した。
すぐに屋敷に戻り、少女の部屋でビデオを見たのだが、
しっかりとひとみや梨華の恥ずかしい場面が映っていた。
テレビ画面の中には、柔和に微笑んでいる老婆があった。
「おばあちゃん……」
少女が小さくつぶやいたのを、ひとみは聞き逃さなかった。
さらに画面が変わり、次男夫婦と三男夫婦、そしてその子供たちが映った。
長女夫婦の姿はやはりなく、この収録にはいなかったことを確認した。
- 562 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:17
- 「あれ、おじさんたちって、この家に住んでいたの?」
「ううん、違うよ」
この収録のときに住んでいたのは、老夫婦のほかには三男夫婦だったという。
「あれ、じゃあこのあとは?」
二年前に長男夫婦が戻ってきて、入れ替わりに三男夫婦が居を移した。
「あれあれ?」
「ちょっと、よっすぃ〜。他人の家のことを詮索しちゃだめよ」
梨華がこつんとひとみの頭を叩いた。
少女は黙ったまま、ハングリーのお腹のあたりをぐりぐりと指で押していた。
- 563 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:17
- その晩、お通夜が始まった。
最初は静かなものだったが、弔問客たちが昔話で盛り上がり、
やがて宴会のように大騒ぎとなった。
ひとみも、湿っぽいのよりはこちらのほうが気が楽だと感じた。
酒も出て、みながいい気分になったところを見計らって、
ハングリーたちにもこっそりビールを飲ませた。
ぬいぐるみたちはだんだん上機嫌になっていったが、
ひとみはだんだん難しい顔になっていた。
- 564 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:17
- そして夜中、並んだふとんにもぐりこんだひとみに、梨華が声をかけた。
「怒ってるからって、台無しにしちゃだめよ」
「怒ってる? そんなことないよ」
「いいえ、怒ってるわ。ほら、作り話を聞かせなさいよ」
ふうと、ひとみはため息をついた。
五年前、少女はこの屋敷にいた。
ひとみはこの少女を三男夫婦の娘だと思っていた。
だが、三男夫婦が家を出たあとも、この屋敷に住んだままだ。
ならば、少女は三男夫婦ではなく、長男夫婦の娘なのだろうか?
- 565 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:17
- 「何かの事情で、ここに預けられてるのかもしれないわ」
「逆に、何かの事情で三男夫婦の子供として育てられたのかもしれないね。
二年前になるまで、長男夫婦はこの屋敷にいなかったのは、
何かの事情があっていられなかった──消息不明だったんだろうね」
「どうしてそんなことが?」
「三年前に死んだのは、おばあちゃんじゃなくておじいさんのほうだったんだよ」
葬儀屋の男が死体に白い装束を着せるとき、
死体の裸をひとみたちには見せないように隠していた。
それは、死体が男ではなく、女であることをばれないようにするためではないだろうか。
- 566 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:18
- 「それで?」
「三年前死んだのがおじいさんだったとすると、当然相続の問題が出てくる。
相続すべき長男は行方不明で、次男も三男は相続したくない」
「どうしてそう言えるの?」
「事実として、長男がこれから相続するから。
本来なら、いったんおばあちゃんが相続するべきなんだけど、相続税が余計にかかる」
「相続対策で、おじいちゃんが死んだことを隠したわけ?
いろんな人の目をごまかさないといけなくない?」
「みんな黙認したんだね。お医者さん、葬儀屋、お坊さん、近所の人たち、
みんな事情を知ってて、それに加担することにしたんだ。
そうでないと、この大きなお屋敷を手放さないといけなくなったのかもしれない」
- 567 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:18
- しばらく沈黙が続き、それから梨華が小さな声で尋ねた。
「で、なんで怒ってるわけ? あたしたちには関係のないことでしょ」
「そういう場にどうしてわたしたちが呼ばれたのか。
これまでみんな苦心して、いろいろとごまかしてきたのに、
最後の大事な場面でわたしたちを呼んだら、すべてがばれてしまうかもしれない」
「今まさにばれかかってるわね」
「それなのになぜよそ者を引き入れたのか。
無関係の第三者を呼ぶことで、
自分たちの後ろめたい心を少しでも薄くしようとしたかもしれない」
「はあ。そんなごまかしのために自分が利用されていることに怒ってるのね」
- 568 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:18
- 襖ががらりと開いたので、ひとみがそちらに目をやると、
少女が枕を持って立っていた。
「どうしたの?」
「いっしょに寝てもいい?」
二人の返事を待たずに、ひとみと梨華の間に少女がもぐりこんできた。
ひとみたちは目と口を閉じて眠りについたのだが、
ぬいぐるみたちの姿が消えていることに、注意を払うものはいなかった。
- 569 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:18
- おしまい
- 570 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:18
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 571 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:19
- (0^〜^)
ハングリー:絶賛ツアー中!
- 572 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/31(日) 10:19
- ( ^▽^)
アングリー:次は名古屋と大阪!
- 573 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:57
-
ぬいぐるみと古屋敷 ── Fool, Young, Sick
- 574 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:57
- 昼間はおとなしく、かつ丼を食べたりビールを飲んだりしただけで、
これといって変なこともしなかったぬいぐるみたちだったが、夜が来たら話は異なる。
吉澤ひとみや石川梨華が寝静まったことを確認して、
こそこそ動き始めた。
「こっちこっち!」
「そっと襖を開けなさい」
猫のぬいぐるみたちは、昔は部屋として使われていた押し入れの中に入った。
布団の上でぽんぽん弾んで遊んでいるハングリーのことは無視して、
アングリーは机の棚の上にのぼり、天井に向けてライトを向けた。
- 575 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:57
- 「何してるの!?」
「古い日本屋敷の天井裏には、お宝が隠されているものよ」
「そうだったんだ!」
ハングリーがぴょんぴょん跳ねて、天井の板にとりついた。
どこにそんな握力があるのか、忍者というかヤモリのように
板のあちこちを逆さまになりながら動き回り、
やがて少しだけ板がずれているところを発見した。
「あったよ!」
「もっとあけて」
- 576 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:57
- ハングリーは板のすきまに短い腕を差し込み、すこしずつ板をずらした。
ぬいぐるみの体なら、じゅうぶんに入ることができるすきまができた。
二匹は天井裏に侵入した。
ライトを持ったアングリーが先に進み、意外と臆病なハングリーがそのあとをついていった。
天井裏は敷居がなく、がらんと広い空間が広がっている。
板の上を歩くと、下のどうもうな人間たちに気づかれるので、
桟や柱の上をそっと移動していった。
「ねえ、お宝はどこ!?」
「あわてない。必ず見つかるはずよ」
- 577 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:58
- ほどなく、ハングリーが古い雑誌を見つけてきた。
三兄弟の誰かが隠しておいたものだろうか、相当古い雑誌で虫食いの跡もはなはだしい。
その内容も人間が服を着ないで何かやっている写真ばかりだったので、
ぬいぐるみたちはすぐに興味を失った。
あちこちをぐるぐるうろついても、お目当てのお宝の姿はかけらも見当たらない。
天井裏など掃除をする奇妙な癖を持っている人間はいない。
おかげでぬいぐるみたちはほこりまみれになってしまった。
押し入れに戻ったアングリーは憤怒の表情を隠さなかった。
「ハングリー、ちょっとそこにすわりなさい」
「どうして!?」
「腹いせに、ちょっと首を斬らせなさい」
「とばっちりだ!」
- 578 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:58
- 押し入れの中での追いかけっこは騒々しく、ひとみも目を覚ましたのだが、
隣で寝ている少女と梨華が、ひとみの体にがっちり抱きついて離さないので、
ひとみはいろんな意味で布団を離れることができないでいた。
ハングリーは、とうとう押し入れの隅に追い込まれ、
アングリーがにたりと悪魔の笑みを浮かべながら、大鎌を高々とかかげた。
「わっ!」
- 579 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:58
- ハングリーはすんでのところで刃をかわし、その勢いでころころと転がった。
押し入れの奥の板にぶつかるかと思いきや、板のすきまにすぽんと入ってしまった。
そこから先は真の暗闇で、あちこちぶつかりながらハングリーは転がり続けた。
しばらくして少し広い空間に出たのだろうか、ハングリーはうつぶせに倒れて止まった。
おそるおそる首をあげて様子をうかがうも、やはりまっくらで何も見えない。
四つん這いで這いずりまわり、あちこちぶつかったりしたが出口がわからない。
「あーん、ひとみ! ここどこ!?」
- 580 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:59
- ハングリーが泣き声をあげると、それに呼応したかのようにいくつかの声が響いた。
「何かいるの?」
「何、何?」
「こんなところに?」
「人間?」
「まさか、そんなわけないよ」
「でも、声がしたよ?」
「もしかして、お化け?」
ハングリーは、得体の知れぬ声の連続に怖れおののいた。
「あーん、お化けだ!」
- 581 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:59
- そこから先のことを、ハングリーはほとんど覚えていない。
闇の中、走り回って体をあちこちにぶつけ、どうにかこうにかそこを脱出していた。
そして翌朝、棺おけの上で突っ伏しているところをひとみに発見された。
ひとみはそれをつまみあげて、何か言ってやろうかと思ったが、
横に少女がいたので自重した。
「あ、こんなところにぬいぐるみだ」
「ねえ、この奥の部屋は?」
「おばあちゃんの部屋だよ」
- 582 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:59
- ひとみたちは縁側に向かい、庭先でぬいぐるみのほこりをはたいた。
もちろん、手加減なしだ。
少女が長女に何かの用事で呼ばれたときを見計らい、
ひとみはハングリーに事の詳細を尋ねた。
天井裏での冒険のことは、すでにアングリーから聞いており、
アングリーへのおしおきは済んでいる。
「お化けがいたんだ!」
「お化け、ねえ」
「お化けがハングリーをお化けって言うかしら」
「そうだよねえ」
- 583 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:59
- ひとみは、屋敷の中に戻り、棺おけの横を通り過ぎて、奥の半開きの襖を開けた。
「勝手に入っていいの?」
「いいの、いいの」
ひとみは部屋の様子をうかがった。
部屋の片隅に、たんすと積み重なった座布団があるだけだ。
奥は窓があり、外から光が差し込んでいる。
右手のほうには押し入れがある。
ひとみはかがんで、畳のへりを指でこすった。
「どうしたの?」
「ほこりがついてた」
- 584 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 09:59
- ひとみはほこりのあとをたどり、押し入れに行きついた。
「ここからハングリーが出てきたの?」
「そうっぽいね」
押し入れの中は、上段に布団がうずたかく積まれていた。
「ハングリー、布団の感触はあった?」
「覚えてない!」
「あれ、ここの押し入れ、ちゃんと閉まってたわよね。
ハングリーが閉めたの?」
「ハングリーにそんな細やかな神経はありませんわ、梨華様」
「じゃあ誰が?」
「お化けだろうね」
- 585 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:00
- ひとみは押し入れの下段に入り、奥の板をたたいた。
やはりわずかなすきまを見つけ、そこにもハングリーがつけたほこりを確認した。
指をすきまに入れて、がたがた動かすと、左側にするする動いた。
梨華から懐中電灯を受け取って照らすと、奥に階段のようなものが見える。
「ほら、何かあった」
「きっとお宝の倉庫ですわ」
「やった!」
「お化けの倉庫かも」
押し入れの部分を抜けると、少々狭いが不自由なく動けた。
木の階段を少し腰をかがめてとんとんとのぼり、ドアのような木の板をゆっくり押した。
- 586 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:00
- 「お、これは」
「何があるの?」
ひとみはたどりついた小部屋に、梨華とぬいぐるみたちを引き入れた。
紐をひっぱって電灯をつけると、部屋の左右に小さなたんすやショーケースが並んでいた。
そこには、所狭しとあまたの人形やぬいぐるみが陳列してあった。
ひとみは、そのひとつ、青い目をした金髪の人形を手に取った。
「さて、こいつはしゃべるかな?」
「どうかしら?」
がしゃがしゃ動かしてみたが、うんともすんとも言わない。
- 587 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:00
- 「おかしいな。ハングリーの幻聴かな?」
「ハングリーも歳をとって老いたのですわ」
「ちゃんと聞いたもん!」
「ちょっと、どういうことなの、これ!」
「あら、しゃべったわ」
人形は、猫のぬいぐるみが人間と会話していることにびっくりして、
思わず声を出してしまったのだ。
金髪人形のへまに観念したのか、他の人形やぬいぐるみたちがひとみたちを取り囲んだ。
しつけがいいのか、みなていねいにあいさつした。
- 588 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:00
- 「君たちは、おばあさんが集めたものなんだね」
「そうよ、おばあさんはいい人だったわ」
「でも、こんなふうに会話まではできなかったけど」
「でも、この変な猫たちはいいなあ。
人間とふつうにおしゃべりできて、外をふつうに歩くことができて」
「おかげで、ふだんひどい目にあってるけど」
人形たちは、おじいさんとおばあさんが入れ替わっていたことも知っていた。
おじいさんと長男の確執がどうのこうの、
生活が貧しく一人娘だけが引き離されてどうのこうの、
おばあさんがその少女をかわいがってどうのこうの、
だがおじいさんが死んでしまってどうのうこうの、
長男をなんとか探しだしてどうのこうのと、まとまりのない話を人形たちが話した。
- 589 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:01
- 「おばあさんが病気になってからは、ここへ誰も来なくなったの」
「入院してたら来れないよねえ」
「それで昨日の夜中、変な声が聞こえてびっくりしたのよ」
「こっちのほうがびっくりした!」
梨華は、ひとみがまた怖い顔をしていることに気づいた。
人形たちの話を聞いて、まだ利用されたことに怒っているのだ。
- 590 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:01
- 「ちょっと、よっすぃ〜」
「何、梨華ちゃん?」
「ここの人たちがあたしたちを呼んだのは、変なことに利用するためじゃなかったのよ」
「え?」
「おばあちゃん、あたしたちのことかわいがってくれてたでしょ。
それはみんなが知ってること。だから、おばあちゃんのお葬式に呼んでくれたのよ。
いろんなことがばれるかもしれないけど、それでも呼んでくれたのよ」
「なんだか梨華ちゃんがいいこと言った!」
「さすが梨華様ですわ」
- 591 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:01
- ひとみはハングリーの頭をこづいた。
「梨華ちゃんの作り話は、やっぱり下手だね」
「何よ、もう」
「さて、この人形たちなんだけど、やっぱり」
「やっぱり?」
「おばあちゃんが集めたのはあの子のためなんだろうから、こっちも相続してもらわないとね」
「そうよね。じゃあ呼んできましょ」
- 592 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:02
- 梨華が秘密の部屋を出ていくと、ひとみは象のぬいぐるみをつまみあげた。
「さっき、外の世界に出たいって言ってた?」
「うん、いろんなことを見てまわりたいんだ」
「どうする?」
「出してあげてよ!」
「探究心はぬいぐるみの成長に不可欠ですわ」
「あの子のことはいいの?」
「だいじょうぶ、他のみんながちゃんと見ててくれるから」
他の人形やぬいぐるみたちがいっせいにうなずいたので、
ひとみは頭をかきつつも、まあいいかと思った。
- 593 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:02
- 「じゃ、小春のところにでも送るかな」
「その人間とお話してもいい?」
「それは小春次第だなあ。ま、がんばって」
こうして、この象のぬいぐるみが、久住小春に送られることとなる。
しばらくして、秘密の部屋の秘密の宝の山に、少女が目を見張った。
人形たちがあるかぎり、少女はおばあちゃんの記憶を思い出し続けることができるだろう。
たとえ物質的に存在しなくなっても、思い出は思い出すかぎり消えることはないのだ。
- 594 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:02
- おしまい
- 595 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:02
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 596 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:03
- (0^〜^)
ハングリー:宮間!
- 597 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 10:03
- ( ^▽^)
アングリー:近賀!
- 598 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 17:06
- なでしこは快勝でしたね!
岡田JAPANは…どうでもいいか
- 599 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:23
- >>598
ありがとうございます
男のほうはもう諦めました
- 600 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:23
-
ぬいぐるみと焼き芋 ── Yankee Immodest
- 601 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:23
- 意外なようではあるが、実はぬいぐるみは繊細な生き物だ。
人間とはちがい、細やかな神経とあふれる感情を抱いていることは、
これまでのいくつものノンフィクション・ストーリーで記されてきたとおりだ。
つまり人間とは正反対の性質を備えているということであり、
ふつうならけして相容れることのない両者なのだ。
あなたの所有するぬいぐるみが、動いたりしゃべったりするところを
見たことのない人が多いことは容易に想像されるところだが、こういう理由のためだ。
ところが、吉澤ひとみや石川梨華の性格が問題なのか、
それともハングリーやアングリーの性格が問題なのかは定かではないが、
彼女たちは前述のような関係にはなく、どうにか共同生活を保っていた。
それでも、本来有している性質のせいで、衝突することはままある。
- 602 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:23
- 「ひとみのわからず屋!」
「ハングリーの考えなし!」
ここに記述することがためらわれるほどの些細な理由で、
ひとみとハングリーはケンカをはじめた。
お互い顔をそむけながら言い争いというか愚痴をこぼしていた。
「梨華ちゃんだったら、話をちゃんと聞いてくれるのに!」
「だったら梨華ちゃんところに行っちゃいなさい」
- 603 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:24
- ハングリーは、梨華のところへお世話になる自分を想像してみた。
五秒後には、アングリーに首を斬られて涙目になっている自分を思い浮かべていた。
この世の中には、自分の居場所がない。
人間ならば、小学生か中学生くらいに一度は口にしていることを頭に浮かべ、
ハングリーは圧倒的な絶望感にとらわれた。
自分はいらない子だったのだ、橋の下で拾われてきたのだと。
(実際、ゴミ捨て場で拾われてきたのだが)
ハングリーは肩掛けカバンに自分のおもちゃや「脳みそプディング」を詰めはじめた。
ちょうどそのころ、梨華とアングリーがやってきて、ハングリーの行動に興味を示した。
- 604 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:24
- 「あら、ハングリー。どこかにお出かけ?」
「どうせろくなことじゃありませんわ、梨華様」
「家出するんだ!」
「あら、反抗期?」
「ほら、やっぱり」
「梨華ちゃん、かまっちゃだめだよ」
ハングリーは窓を開けて、地面に向かってダイブした。
「行っちゃったわよ」
「どうせすぐに泣いて戻って来るよ」
「意外とひとみ様も酷薄ですわ」
- 605 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:24
- 夜もじゅうぶん更けていて、ぬいぐるみがちょこちょこ歩いていても誰も気づかない。
ハングリーはひとみの悪口を言いながら、町を進んだ。
時には犬に追いかけられ、時には車にひかれそうになりながらも、
ハングリーの冒険は続いた。
「お腹すいた!」
閑静な住宅街の一角で、ハングリーはきょろきょろあたりを見回した。
食事は静かな場所でするのがいちばんだ。
何千坪もあろうかという巨大なお屋敷を発見したハングリーは、
コンクリート塀を駆けのぼって庭に入った。
枯山水の古風な庭で、小高く盛り上がった築山にハングリーは腰をおろした。
- 606 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:24
- 「いただきまーす!」
わずか五分でたいらげたハングリーは、空の容器を池の中に投げ捨てた。
人間ではなくぬいぐるみなので、その不道徳を責めることは難しい。
もっと食べ物はないかと、猫のぬいぐるみはかばんをあさった。
出てきたのは、生のサツマイモだった。
「生じゃおしいくないよね!」
- 607 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:25
- ハングリーは、焼き芋にすべく、何か燃えるものはないかと庭を探した。
と、庭の奥に枯葉がこんもりと盛り上がり、さらに盛大に燃え上がっているのを発見した。
これは手間がはぶけたと、ハングリーは枯れ枝に芋を突き刺し、
焚き火というにはちょっと火の勢いが強すぎるそれの近くであぶりはじめた。
「もういいかな!?」
皮はほとんど黒く焦げてしまっているが、これくらいあぶらないと中まで火が通らない。
半分に折り、息をふうふうかけながら、ハングリーはもぐもぐ食べた。
もう半分を食べようと口を開けたところで、ハングリーの体が宙に浮いた。
- 608 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:25
- 「こんなところで何してる?」
「あら、いいもの食べてるのね」
「ハングリーには分不相応ですわ」
梨華にせっつかれて、しょうがなくという感じでひとみはハングリーを探していたのだ。
ハングリーはひとみとケンカしていたことも忘れて、焼き芋の残りをすすめた。
「ひとみも食べる!?」
「いや、わたしはいいや」
「あら、じゃあいただこうかしら」
「どうしてもって言うなら、食べてあげてもいいですわ」
- 609 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:25
- 梨華とアングリーがふうふうと息を吹きかけながら焼き芋を味わっているのを横目に、
ひとみは燃え上がっている枯葉の山を観察した。
「ずいぶんと広いお屋敷だなあ」
「家はずっとあっちに見えるよ!」
「この火、おまえがつけたのか?」
「違うよ! 最初からこうだったんだ!」
家の人が近くにいる様子はない。
ということは、これは放火の一種に違いあるまいと考えたひとみは、
近くに転がっていた鉄製のバケツで池の水を汲み、炎にかけた。
- 610 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:25
- 「あれ、消しちゃうの!?」
「変なにおいもするしね」
焼き芋を食べ終えた梨華は、懐中電灯で焚き火のあとを照らした。
ひとみはその光をたよりに、煙を出している枯葉の山を棒で突いた。
「中に何かあるね」
「ひとみ、あそこにスコップがあるよ!」
- 611 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:25
- ぬいぐるみに、大きなスコップは持てない。
梨華は懐中電灯を持ったまま、動こうとしない。
ということで、ひとみがスコップで枯葉の燃えかすをひっくり返すことになった。
そして燃えかすの中から現れたのは、案の定、人間の死体だった。
梨華の絶叫が、闇の夜空にこだまする。
「おい、どうしたんだ。何があったんだ?」
「ん?」
- 612 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:26
- コンクリート塀から、中年男が顔を出していた。
「隣の家の者なんだけど」
「火が燃えていたのを見つけて、それを消したら人間の死体が出てきたんですよ」
「それはたいへんだ!」
中年男の顔が消えた。
どたどたと走っていく音がかすかに聞こえた。
「あら、今の『二番目の人』じゃない」
「知ってる人?」
「『二番目の人』って何!」
「けっこうこの辺の有名人よ。なんでも二番目がいい、っていう人」
- 613 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:26
- たとえば、テレビを買うとしよう。
同じメーカーで同じ画面サイズのものが数種類用意されている。
それぞれ、チューナー数や機能の違いがあり、値段も違う。
ふつうの人なら、値段や自分のほしい機能を参考にするだろう。
ところが、『二番目の人』の判断基準は、『二番目』にいいものかどうかなのだ。
「一番いいものは機能も凄いんだろうけど、値段もかなり高いので、
コストパフォーマンスは悪くなりがちなのね」
「まあ、フラッグシップ機ってのは、値段は度外視だよね」
「下のレベルのものは安かろう悪かろうで、どんなものだかわからない。
それで、二番目のものを選んでおけば、機能もよくて値段もそこそこなんだって」
- 614 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:26
- しかし、これだけでは『二番目の人』呼ばわりはされはしない。
近所のスーパーで特売会があれば、二番目に並ぶ。
早朝の新幹線は始発ではなく、次のに乗る。
本屋で新刊を買うときは、平積みの上から二番目を選ぶ。
風呂は二番目に入る。
「なんていうか、偏執的人なんだね」
「変質者ね。それより、よっすぃ〜?」
「何?」
「死体が燃えてるの知ってて、焼き芋食べなかったんでしょ!」
「変なにおいがするって、さっき言ったよ」
「もっと早く教えてよ!」
「焼き芋おいしくなかったの!?」
「おいしかったけど、死体の脂で燃えてる火なんかで食べたくないわよ!」
- 615 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:26
- 遠くで門が開かれる音がして、交番の巡査と中年男が走ってきた。
巡査は、懐中電灯で焼け焦げた死体らしきものを照らし、吐息をもらした。
「これはひどい。あなたたちが発見者ですか?」
「そうです」
巡査は無線機を出して、どこかに連絡をはじめた。
おそらく、県警に報告して応援を頼んでいるのだろうと、ひとみは思った。
- 616 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:27
- 「この死体は誰か知ってますか?」
「いや、わかんないです」
「この体型からして、ここの家の主人だと思います」
中年男が横から割り込んで答えた。
さらに巡査の質問が続いた。
「どんなふうに、この死体を発見したんですか?」
「どんな理由でこの近辺にいたんですか?」
「この家の人とはどんなかかわりを持っているんですか?」
- 617 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:27
- ひとみは、ぬいぐるみが家出して焼き芋を食べたというところは省略して話した。
巡査は熱心にメモをとっている。
その他にも根掘り葉掘り尋問されて、ひとみはうんざりしてきた。
面倒事に巻き込まれるのは、いつもこの猫のぬいぐるみのせいだと憤りながら、
ひとみはあることに思い至った。
このように執拗に話を訊かれるのは、自分たちが第一発見者だからなのだと。
第一発見者をまっさきに疑うのは、捜査の鉄則だ。
- 618 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:27
- 「あ、そうか」
「どうかしましたか?」
「いや、おじさんに聞きたいんだけど、おじさんはずっと家にいたの?」
「ああ、もちろんだとも。こんな遅い時間だし、布団に入っていたさ」
「それ、おかしいよね。梨華ちゃんが悲鳴あげてすぐに来たんだけど、
お隣っていってもすごく離れたところでしょ。
ほんとに悲鳴が聞こえたの?」
「な、何を言いだすんだ」
ひとみは芝居がかったそぶりで、屋敷をぐるっと見まわした。
広大な枯山水の庭で、ずっと向こうに二階建ての家が見える。
- 619 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:27
- 「お宅の家は、あの家のさらに向こうですね」
「それはそうなんだが」
「悲鳴が聞こえたとしても、すぐにそこから顔出してきたでしょ。
向こうから道路をぐるっとまわってこっちがわにくる時間は?」
「ないわよねえ」
ようやく巡査も、ひとみの言いたいことを理解した。
- 620 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:28
- 「おまわりさんも、この人が『二番目の人』ってあだ名されてるの、知ってますよね」
「ああ、風のうわさに。変なジンクスを信じているようだと」
「それなんですよ。この人は第一発見者にはなりたくなかった。
誰かがこの死体を見つけてくれるのを待ってたんです。
だから、すぐにそこから顔を出すことができた」
「どうやら、あなたにじっくり話してもらう必要ができたようですな」
「いや、私は……」
「近隣トラブルで殺人事件にいたる、ってよく聞きますよ」
車が何台か止まる音がして、門から警察官がおおぜいやってきた。
署のほうで話の続きをということで、中年男はむりやり任意同行させられていった。
ひとみたちはいったん解放されることになり、
ひとみは巡査にこっそりと、連絡先として梨華の家の住所と電話番号を教えた。
- 621 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:28
- 帰り道、ハングリーが石焼き芋の屋台を見つけた。
「ねえ、焼き芋食べようよ!」
「そうだね。お腹すいたし」
「ちゃんと石で焼いたお芋が食べたいわ」
「もしかしたら違うので焼いているかもしれませんわ、梨華様」
「不吉なことを言う猫だなあ」
何で焼いているかは定かではないが、
焼き芋の甘いかおりの誘惑には勝てず、二人と二匹は屋台に向かって走っていった。
- 622 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:28
- おしまい
- 623 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:28
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
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| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
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| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
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- 624 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:28
- (0^〜^)
ハングリー:大野!
- 625 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/14(日) 12:29
- ( ^▽^)
アングリー:山口!
- 626 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:10
-
ぬいぐるみと首なし死体(前篇) ── Cubic Nursery
- 627 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:10
- ある日のこと、ぬいぐるみたちが頭に鉢巻きをまいて、
権力者たちに団体交渉を挑んでいた。
「なんなの、いったい」
「待遇改善の要求だよ!」
「脳みそプディングの増量を要求しますわ」
「話にならないわ」
ハングリーとアングリーが実際にもらっている脳みそプディングの数に違いはあれど、
吉澤ひとみも石川梨華もじゅうぶん与えているつもりなので、団交は決裂した。
憤慨したぬいぐるみたちはダイ・インを決行したが、
人間たちの目には、座布団の上で昼寝をしているとしか映らない。
- 628 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:10
- 「相手にもしてくれない!」
「か弱き労働者の権利は、力で勝ち取るしかありませんわ」
ぬいぐるみたちは、空箱や新聞紙などを使って、部屋の一角にバリケードを築いた。
その陰から、ピーナツやらビーズやらを投げて人間たちに攻撃をはじめた。
さすがにうっとうしいので、ひとみは椅子から立ち上がると、
労働者を守る神聖なバリケードを、くしゃくしゃにしてゴミ箱に押し込んだ。
「ああ、なんてひどいことを!」
「権力の横暴ですわ」
「バリケードってのは、三日間しかもたないからこそ美しいんだよ」
「だいいち、あなたたちって労働者なの?」
「ひとみたちと遊ぶことが仕事だから、立派な労働者だよ!」
- 629 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:10
- さて、仕事に疲れると、ストレスがたまっていくことは巷でよく言われることだ。
そんな場合、ひとみは体を動かすことで、
梨華はマネキンの着ている服を一式買うことで発散している。
つまり、適度に遊ぶことがストレスの解消につながるのだ。
では、遊ぶことが仕事のぬいぐるみの場合、どうしたらいいのだろうか?
「ねえ、ひとみ! ストレスがたまった!」
「どういうこと?」
「えっとね! ひとみと遊んでてストレスがたまったんだ!」
ひとみはハングリーをちょこんとこづいた。
かなり失礼な物言いだ。
- 630 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:11
- 「わたしと遊ぶのがそんなにつらいって?」
「ちがう、ちがうよ! ぬいぐるみは遊ぶことが仕事で、
それでいっぱい仕事したからストレスがたまったんだ!」
「あら、ハングリーはけっこう繊細にできてるのね。
アングリーはそんなこと、一言も口にしたことがないわよ」
「梨華様、どうせハングリーは何かの本で読んだことを適当に話してるだけですわ」
「じゃあ、ストレス解消のために、何して遊ぶ?」
「えっと、遊ぶと仕事したことになるし、仕事するとストレスたまるし!」
ハングリーは頭をかかえてうずくまった。
- 631 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:11
- 「梨華様、ひとみ様。阿呆はほうっておいて遊びましょう」
「そうだね。何しようか」
「たまには、ぱーっと散財したいわ」
「梨華ちゃんにまかせると間違ったお金の使い方するしねえ」
「遊園地に行こ!」
トートロジーに陥ることをあきらめたハングリーの提案に、みな素直にしたがった。
明日も休みなので、遊園地で遊んだ後は近くのホテルに泊る計画をたてた。
ふつうのホテルのツインでは、散財にならないので、スイートルームを早急に予約した。
「あいてるって」
「よかったね」
「人気の部屋なんでしょ!」
「不況のおかげですわ」
- 632 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:11
- 本体の遊園地のほうは、これまで何度も遊びにいったことがあるので、
こうなってくるとホテルのスイートルームのほうが主役になってくる。
電車を乗りついで最寄りの駅で降り、すぐホテルに入った。
ごてごてのじゅうたんの上を歩いて、ホテルマンの後ろをついていく。
ぬいぐるみたちも、無言だが、それぞれの所有者の首にぶらさがり、
体をぽんぽん弾ませることで期待と興奮を表していた。
「こちらの部屋でございます」
「どんな部屋なのかな」
- 633 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:11
- ドアが開き、さすが何十万円も払っただけのことはあるという、豪華な調度が見えてきた。
ただ、入ろうとする気にさせないのは、すでに部屋の住人がいたからだ。
ふわふわのソファに座っていた中年女性が、ひとみたちに気づいてつかつかと歩いてきた。
「何かご用かしら?」
「ああっ、失礼しました。部屋を間違えてしまいました」
ホテルマンは何度も頭を下げて、ドアを閉じた。
隣のスイートルームに案内されて、ひとみたちはソファにどしんと腰をおろした。
ぬいぐるみたちもそれぞれ首からおりて、部屋のあちこちを走りまわった。
- 634 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:11
- 「すごく広い部屋だね!」
「家具に傷つけるなよ」
「こたつがないのが残念だわ」
「梨華様、感想がおかしいですわ」
「もう一段階、高い部屋があったんじゃないの?」
「ちょっと色使いが派手な部屋だったから」
ひとみはソファに、背を思いきり預けた。
普段の疲れが取れるような気がするから、人間の精神も案外安っぽいものだ。
ぬいぐるみたちは、隣室のダブルベッドを見つけて、わいわいと跳ねて遊んでいる。
ハングリーは、ストレスのことなどとっくに忘れていた。
- 635 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:12
- 「梨華ちゃん、さっきの見た?」
「ちょっときつそうなおばさんのこと?」
「そっちじゃなくて、部屋の奥の棚の上に、ぬいぐるみがずらっと並べてあったよ」
「見ましたわ、ひとみ様。そこの遊園地のキャラクターでしたわ」
「おみやげで買ったものをわざわざ並べてるってこと? 一泊しかしないのに?」
「いや、たぶんこのホテルに住んでるんじゃないかな。年間契約とかで」
「すごくお金かかりそうね」
「それで、アングリー、さっき見たぬいぐるみは動きそうだった?」
「生気が感じられませんでしたわ」
「そう」
高層ホテルの最上階の窓から遊園地の様子を眺めていたハングリーが、
早く行こう行こうとせがむで、人間たちとぬいぐるみたちは、遊園地に向かった。
- 636 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:12
- いろいろなアトラクションを楽しみ、陽が落ちたらホテルのレストランで夕食をとった。
さすがに高級レストランだけあり、ウェイターたちの視線は常に客に向けられ、
何かご用の向きはないかと隙がない。
おかげで、ひとみたちがぬいぐるみたちに食事を与えるいとまがまったくなかった。
それで、部屋に戻ってルームサービスを頼み、ぬいぐるみたちの不満を解消した。
フルーツの盛り合わせとワッフルで数千円もするのだから、世の中何か間違っている。
「おいしかった!」
「まあまあでしたわ」
「ほら、花火が上がってるよ」
- 637 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:12
- 窓辺にしがみついてハングリーたちは花火を鑑賞していたのだが、
こんな狭いところではなく、もっと広いところで見たいとわがままを言い始めた。
「狭いって、ここスイートルームだよ」
「ラウンジで見たほうがいいよ!」
「みんなで見るのが楽しいと思いますわ」
ひとみは、先ほど通りかかったラウンジに、子供連れの家族がいたことを思い出した。
なかなかかわいく将来の見込みがありそうな幼女だったことを認め、
ひとみはぬいぐるみたちの申し出に賛意をしめした。
さて、梨華のほうはというと、先ほどの夕食で頼んだワインのせいで酔っぱらっていた。
もちろん、ラウンジで花火を鑑賞することに異存はなかったが、
気が大きくなっていて、どうせならさっきのおばさんも誘おうと、
隣の部屋のドアをどんどんと叩きはじめた。
- 638 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:12
- 「ちょっと、梨華ちゃん」
「何よ、みんなで見たほうが楽しいんでしょ」
ところが、何度ドアを叩いても、出てくる気配がない。
異変に気づいたホテルマンがとんできた。
「何かあったのでしょうか?」
ひとみが簡単に説明した。
- 639 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:12
- 「きっと食事に行ってるんだよ」
「いえいえ、ここのお客様は毎晩ルームサービスを頼んでいます」
「今日は?」
「今日は……確かにご注文をいただいておりません」
「それなら、やっぱりレストランにいるんでしょ」
「いえ、来客があるときはレストランにまいられることもありましたが、
そのときは必ず私どもに一声かけられています」
ひとみは、ドアを叩きすぎてさらに酔いのまわった梨華の首にぶら下がっているアングリーが、
「死の匂いがしますわ」と小声でつぶやくのを聞き逃さなかった。
- 640 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:13
- 「それはおかしいですよね。もしかしたら病気か何かで倒れているのかもしれません」
「そのおそれはあります」
ホテルマンは、ラウンジの方向へ向かい、しばらくして戻ってきた。
「室内の電話にも出られませんでした」
「ホテルを出て外出したんですか?」
「ええ、それも気になってフロントに聞いてみたのですが、
ホテルを出ていった姿は見ていないそうです。レストランにもいないようです」
ホテルマンはマスターキーを出して、ドアの鍵をがちゃがちゃやりだした。
ドアをそっと開けると、室内の電灯は明るくともっていた。
おかげで、ソファ近くのじゅうたんの上で、
膨大な血を流して倒れている人間の死体が、ひとみの目にもはっきりわかった。
- 641 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:13
- 梨華は廊下の壁ぎわに、崩れ落ちるようにぐったりとしていたが、
これは人間の死体を見たショックによるものではなく、酔って眠りこんだだけだ。
ホテルマンはすぐに部屋を出ていった。
すぐに警察がやってくるので、その前にいろいろ見ておこうと、
ひとみは二匹のぬいぐるみを引き連れて、部屋の中に侵入した。
ひとみたちは、これまでにいくつもの死体を見てきたが、
(そのことについて、ひとみはぬいぐるみたちのせいだと考え、
ぬいぐるみたちはひとみのせいだと考えている)
ここまで陰惨な死体を見たのは初めてだった。
- 642 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:13
- 胸のふくらみらしきもので、死体はあおむけに倒れているとわかった。
なぜこんな回りくどい確認の仕方なのかといえば、死体の首が切断されていて、
顔の向きで判断できなかったからだ。
血は死体の首があったあたりを中心に、じゅうたんに染みついている。
近くのソファにも、血痕が散らばっていた。
「すっぱり、って感じじゃないみたいだね!」
「かといって、のこぎりで切ったのでもなさそうだわ」
ぬいぐるみたちが首の切断面をしげしげと眺めている。
風がゆらりと入ってきた。
ひとみが見やると、窓が小さく開いていた。
- 643 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:14
- 犯人の遺留品については、ひとみにはそれを判断する知識がなかった。
そっと歩き、初めてこの部屋を見たときに気になったぬいぐるみの一団を探した。
木製のショーケースの上に、十体ほどのぬいぐるみが陳列されている。
ぬいぐるみは、ネズミのオスやメス、アヒルなど、人気のキャラクターのものばかりだった。
自分の指紋がつくことを恐れ、手に取ることはしなかった。
「ひとみ様、物盗りの犯行ではなさそうですわ」
アングリーがテーブルの上のスーツケースを、大鎌でつんつんと突いた。
蓋が大きく開いていて、宝石箱がいくつか見えた。
その一つをアングリーはこともなげに開けて、中身を見せた。
- 644 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:14
- 「ほら、こんな大きな宝石がありますわ」
「ぬいぐるみだから指紋がつかないか。盲点だね」
そろそろ警察が来るかもしれないと、ひとみはあちこちをちょこちょこ走りまわっている
ぬいぐるみたちをつかみあげて、部屋の外に戻った。
スーツ姿の刑事を先頭に、警察官の集団がぞろぞろやってきた。
警察への対応はホテルマンがてきぱきとこなしていった。
刑事たちが部屋の中へ入っていったので、ひとみもそれについていった。
「君はなんだね?」
「こう見えてもわたし、第一発見者なんですよ」
- 645 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:14
- 単に第一発見者というだけなら、部屋の中に入る必要はまったくないのだが、
警察の捜査の様子をうかがおうという魂胆だ。
はたして、他の捜査員の話し声がそこかしこから聞こえてきた。
「死因は、この大量出血か?」
「検視するまでわからないな」
「この切断面は? どんな刃物なんだ」
「包丁か大きなナイフで、少しずつ切った感じだ」
ホテルマンが、被害者が室内で包丁を使用していたことを証言した。
果物を切るのに使っていたという。
- 646 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:14
- 「その包丁はどこにしまっていたんですか?」
「あの戸棚にあるはずですが」
「中にはそれらしき包丁がありません」
「犯人が持ち帰ったな」
「この窓が開いているが、ここから侵入した可能性は……」
捜査員が窓を大きく開いた。
顔だけ窓の外に出して左右を見回した。
- 647 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:15
- 「細い配管があります」
「地上まで伸びているが……」
「ああ、この細さじゃ人間の体は支えられない」
「配管をよじのぼって侵入するのは不可能だな」
「ふだん、被害者はこの部屋で暮らしていたんですか?」
「ええ、宝石商の未亡人で、仕事を引き継いでいたそうです。
この部屋を事務所がわりに使って、客と商談していました」
「今日も客は来ていましたか?」
「ええ、何人かいらしていました」
ここで、栄えある第一発見者のひとみにも質問がまわってきたのだが、
ひとみの知っていることを答えてあっさり終わった。
第二ラウンドは、あの中年女性を訪れたという客を吟味することから始まるのだ。
- 648 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:15
- 後編へ続く
- 649 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:15
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 650 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:16
- (0^〜^)
ハングリー:チッ、うっせーな!
- 651 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/21(日) 08:16
- ( ^▽^)
アングリー:反省してまーす!
- 652 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/25(木) 21:22
- 犯人はアングリー!
お前だ!!
- 653 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:49
- >>652
ありがとうございます。
(0^〜^)<な、なんだって!
- 654 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:49
-
ぬいぐるみと首なし死体(後編) ── She's Tired
- 655 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:50
- 廊下に突っ伏しているところを発見され、
あやしげな人物ということで警察官に尋問されそうになっていた石川梨華を抱えて、
吉澤ひとみは自分たちのスイートルームに戻った。
ひとみは梨華をベッドの上に放り投げると、ソファに座って今日の出来事を反すうした。
そこへハングリーが飛びかかってきた。
「これは密室事件だよね!」
「え、どうして?」
「だってホテルの人が鍵をあけてたじゃない!
窓からは脱出できないから、犯人はどうやって鍵のかかった部屋から抜け出せたんだろうね!」
「ああ、あれはオートロックっていって、ドアを閉めると勝手に鍵がかかるんだ。
犯人は普通に部屋を出ていっただけで、わざと密室にしたわけじゃないよ」
- 656 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:50
- 大好きな密室事件じゃなくなったので、ハングリーはしょぼんと落ち込んだ。
「日本の警察は優秀だから、明日にでも容疑者が捕まってるよ」
「そんなのつまんない!」
ひとみは、二匹のぬいぐるみをつまみあげて、ベッドに潜り込んだ。
さて、ひとみは、警察はとりあえず怪しい奴を逮捕する能力は優秀だと認識しているが、
正しい犯人を逮捕、起訴する能力が百パーセントあるとは考えていない。
翌日、仕掛けておいた盗聴器で隣室の様子をうかがっていると、
案の定、容疑者を三人ばかりひっぱったはいいが、
どれが真犯人なのか決めかねている様子がありありとわかった。
- 657 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:50
- 「あら、三人も捕まえちゃったの?」
「三人が共犯、ってことはなさそうだね」
「だれか一人でがまんしておけば、面倒にならずにすんだのですわ」
「なんだか、ひどい会話をしてる気がする!」
まず一人目は、被害者の顧客だった貿易商を営む男性だ。
具体的な供述はまだしていないが、声が震え体が震え、見るからに挙動不審だという。
「この貿易商というのが一番あやしいわね」
「刑事の見立てでは、はじめは観念したように見えたそうだよ」
「はじめは?」
「被害者の首が切断されていたことを告げられたら、貝のように黙秘してるんだって」
「ひとみ様、その男は被害者の部屋に入ったのですか?」
「最初は認めたそうだよ。でも今は否認してるんだって」
「首を持ち運べるようなカバンは!?」
「ホテルの人が、この男を見てるんだけど、そんなカバンは持っていなかったって」
「どこかで処分したのかもしれないわ」
「どうだろうね」
- 658 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:52
- 二人目は、被害者の甥で、借金の申し込みにきていたという。
「遺産目的だね!」
「お金に目がくらんだ人間はろくなことしませんわ」
「それがね、被害者の遺産はその妹──容疑者の母にいくんだけど、
その親子の仲が最悪で、今は勘当されてるみたい」
「あら、それじゃ遺産はすんなり入ってこないわね」
「母親を殺しでもしたら確定だね!」
「それを待つのは、人間としてどうなのかなあ」
「わたしたちはぬいぐるみですわ、ひとみ様」
「ホテルにいたことは間違いないの?」
「ホテルに来たことは本人も認めている。でも部屋には入ってないって」
- 659 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:52
- 三人目は、被害者に雇われていた私立探偵だ。
「職業そのものがあやしいわね」
「どんな依頼を受けていたのかな!」
「なんでも、最近被害者の身辺に不審なことが起こるから、その調査を依頼されたんだって」
「不審なこと?」
「スイートルームに常泊してるんだけど、物の配置が変わってるときがあったんだ」
「泥棒だ!」
「それが、盗まれたものはないんだ」
「部屋には入ったの?」
「でかいカバンを持っているところを、ラウンジで見られている。
でも、携帯電話に今日の報告は無用だってメールが来て、そのまま帰ったんだって」
「ほんとうかしら」
- 660 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:52
- さて、隣室をあらためて調べていた刑事たちが出ていったので、
盗聴ごっこはおひらきとなった。
それでは遊園地に向かおうと、ラウンジを通り抜けようととしたとき、
ひとみはホテルマンに声をかけた。
「何かありましたか?」
「もう一泊したいんだけど、部屋はあいてますか?」
「ありがとうございます。今ご利用されている部屋があいております。
さらにご一泊でよろしいでしょうか? 手続きはこちらでさせていただきます」
- 661 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:52
- 人間とぬいぐるみたちは、アメリカからやってきた夢の国に迷い込んだ。
ジェットコースターでぐるぐる回っているうちに、ひとみの記憶がだんだん薄れていく。
なぜ、ここは夢の国なんだろうか?
なにをもって、ここを夢の国たらしめているのだろうか?
ほんとうにここは夢の国なんだろうか?
あのキャラクターたちは、ほんとうにかわいいのだろうか?
わたしは、ここに何をしに来たのだろうか?
- 662 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:53
- ジェットコースターから降りて、四つん這いになっているひとみの肩を梨華がやさしく叩いた。
「だいじょうぶ?」
「だいじょばない」
「ほんとうに、ひとみはだらしがないなあ!」
「人は見かけによらないものですわ」
「ああ、危なかった」
「ん、何が?」
「悪魔にとりつかれるところだった」
「まあ、それは残念ですわ」
「天使のほうが悪魔だよ!」
- 663 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:53
- ひとみたちは部屋に戻って、盗聴活動を再開した。
捜査員たちの話によると、首から下に外傷はなく、おそらく死因は頭部だということだ。
そして間もなく、このホテルにほど近い荒地の地面の下から、被害者の首が発見された。
「それで、その荒地の土は、被害者の甥の靴に付着したものと同じなんだ」
「なんだって。それじゃあそいつがやったんじゃないか」
「甥はこの部屋に入った証拠を残している。
そこのアヒルのぬいぐるみにも同じ土がついてるんだ。
他の人間が荒地に行った証拠はないし、そいつが残したとしか考えられん」
「本人は何て言ってる?」
「被害者から携帯のメールでそこへ出向くよう言われたと言っている。
それで荒地に向かったが、待っている途中に取り消しのメールが来たんだとさ」
「それで、見つかった頭部の外傷は?」
「何か硬いもので殴られた傷が、ぱっくりとあいていた。死因はおそらく脳挫傷だ」
「じゃあ……」
「そこの金色の派手な置時計が凶器かもしれん」
「鑑識を呼んで来る。ルミノール反応が……」
- 664 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:53
- ここでひとみはヘッドホンを外し、みなに情報を伝えた。
「重要な情報ばかりだね!」
「メールが来たのは間違いなさそうだけど」
「携帯の履歴とか、携帯電話の会社で調べれば一発だね!」
「だけど、直接は関係ないかもね。
ちょうどそのときに、頭部の隠し場所にもってこいと考えたのかもしれない」
「首を切り落としたのは、死因を知られたくなかったからかしら?」
「それにしては、あっさり首が見つかってるけど」
「人間のやることは不可解ですわ」
さて、ひとみたちは警察ではないので、犯人を捕まえることは職務ではない。
どうやら借金の申し出を断られた甥の犯行だと、結論が出そうだった。
結論を証明する気にまでは、ひとみたちはならなかった。
- 665 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:53
- 「なんだかあっけなかったね!」
「でも、裁判になったらもめそうね」
「どれだけ物証が出てくるかにかかってるね」
「ひとみも裁判員に呼ばれるかもね!」
「関係者になっちゃったから、それはないんじゃないかな」
「支点は首ですわ」
驚いたひとみは、アングリーの顔をぬっとのぞきこんだ。
鎌をぶんぶん振って、そ知らぬ顔をしている。
支点、という言葉を使ったことに、ひとみは眉をしかめていた。
- 666 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:54
- 「もしかしてさ、これは悪魔のしわざ?」
「そうですわ。世の悪行はおしなべて悪魔のしわざですわ」
「一般論じゃなくてさ。これは、観念の悪魔?」
いかにも、といった感じで、アングリーは首をたてに振った。
ハングリーは何のことかわからず、短い手を口元にあてて首をかしげた。
「それなら、犯人は決まりだね」
「決まりですわ」
ひとみたちはレストランで夕食をとった。
今度の席は店の一番奥の角だったので、
ぬいぐるみたちはその死角で、値段だけはやたらに高い肉料理を味わった。
- 667 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:54
- 夜が更けて、ひとみたちは部屋に戻り、窓をあけた。
警察の人間が立ち去ったことを確認してから、
ひとみは梨華が遊園地で買ってきた細長いバルーンを隣室まで渡した。
「どうしたの!?」
「行きたいんだろ、アングリー」
「恩に着ますわ」
「どうやって中に入るの?」
「そこの換気窓は、昨日鍵をあけておいた」
わけのわからぬハングリーを連れて、アングリーは無事に隣室に侵入していった。
ひとみがソファに座ってヘッドホンを右耳にだけあてた。
左のほうは、梨華との会話のためにあけたのだ。
- 668 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:54
- 「どういうこと? 支点って何の話?」
「支点ってのは、まあ、物事の大事なポイントみたいなものだよ」
「首が、今回の事件のポイントってこと?」
「そうなるね」
「首を切断した理由? 首を外へ持ち出すことができる人?」
「そうじゃなくて、首を切断することが何を表しているかを考えるんだ」
またひとみの作り話がはじまったと、梨華は内心あきれていた。
- 669 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:54
- 「もうちょっと詳しく話してよ」
「わたしたちは首──というより顔で相手を認識する。
初対面で初めに見るところは、まず顔だよね」
「あら、胸や足を見る人もいるんじゃない?」
「誰のこと? とにかく、社会生活を送るうえで、重要なのは顔だ。
首を切断するってのは、その顔を奪うこと」
「アイデンティティが奪われちゃうのね」
「死体をバラバラにして運びやすくするためでなく、首だけが切断されてるから、
それが意識的にか、無意識にか、目的となってるのは明らかだよね。
単なるうらみつらみでも、首を切断することはまずしない」
「殺人者にしたら、相手が死ねばそれで済むものね」
「死因を悟られたくなくて隠したわけでも、身元を知られたくなかったわけでもない。
すぐに頭部は見つかってるし、体が残ってればDNA鑑定で身元はわかる。
だから、首を切断した意味は、顔を奪うことしか残ってない」
「その言い方だと、殺人と首の切断は別物みたいね」
「実際、別々なんだ」
- 670 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:54
- 二匹のぬいぐるみは、換気窓から室内へちょこんと飛び降りた。
電灯のスイッチに飛びついて、オレンジ色の室内灯が部屋を薄暗く照らした。
死体はとうに運ばれているが、じゅうたんには赤黒い跡がしみついている。
「ねえ、どうするの!」
「うるさいわ、ハングリー」
アングリーは部屋をきょろきょろ見回して、ケース棚を見つけた。
棚の上には、遊園地で売られているぬいぐるみが並んでいる。
アングリーは大鎌をかまえて、棚の上を目がけて跳躍した。
- 671 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:55
- 「わっ!」
左端のメスのネズミをのぞいて、
オスのネズミやアヒルのぬいぐるみたちが、左右に飛んだ。
ぬいぐるみが座っていた板に、アングリーの鎌が深々と突き刺さっている。
「何するんだ!」
「やっぱり、人間の首を切断したのはあなたたちだったのね」
- 672 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:55
- 「部屋の中に入ったと確認できてるのは、警察の調べでは貿易商の男だけだから、
殺人をおかしたのはその人なんだろうね」
「明らかに挙動不審だしね」
「事情はわかんないけど、かっとなって置時計で殴り殺した。
そんなんだから、びっくりしてそのまま逃げたとみるのがふつう。
工作も、せいぜい指紋を拭くぐらいしか思い浮かばないでしょ」
「首を切る理由も、運ぶ手段もないわね」
「あとの二人はどうだろう? 部屋の中に入ったことは明確じゃないし、
やはり首を切る──顔を奪う理由がない。
金に困ってるから首を切るなんて、どう飛躍しても意味が通じない」
「そもそも、オートロックで鍵かかってるから、被害者が死んだあとじゃ中に入れないしね」
- 673 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:55
- 「おまえたちは、何者なんだ!」
「猫のぬいぐるみだよ!」
「ハングリー、あなたは黙ってなさい。
あたしが知りたいのは、首を切った理由よ」
「理由? それは、世界をかく乱するためだ」
オスのネズミのぬいぐるみが、落ち着きを取り戻した。
相手を説得しようとする口調になっている。
- 674 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:55
- 「人間といっしょに過ごしているんならわかるだろう。
この世界が、どうしようもなくろくでもないところだってことを」
「それで?」
「だけど、ぬいぐるみの力じゃ世界を変えるなんてことは不可能だ。
どうあがいても、いや、反抗分子があがくことさえもシステムに組み込まれている。
人間もぬいぐるみも、実体をつかむことができなく、
システムが生み出す幻を見せられ続けるだけなんだ」
「だから?」
「唯一の解決方法は、システムをシステム自身に崩壊させることだ。
そこでは、顔は不要だ。もともと顔なんか持ってないのに、
顔を持とうとすることがシステムの一部だから」
「ふん、ボードリヤールね」
アングリーは、ふっと顔を小さくふった。
- 675 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:55
- ひとみは、梨華に話を続けていた。
「となると、首を切断したのは、室内に最初からいたぬいぐるみたちしかありえない」
「あら、アングリーは『生気がない』って言っていたわよ」
「そのへんは、アングリーに詳しく聞かないとわからないね。
でも、ぬいぐるみなら首を外に持ち出すことができる。
首を切って、窓からそれを落とし、自分たちも落下する。
そして荒地に埋めて、配管をよじ登って戻ってきたんだ」
「あ、それで荒地の土がぬいぐるみについていたのね」
- 676 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:56
- 今度は、海兵のコスプレをしているアヒルのほうが声をあげた。
「システムは、それでも壊れないかもしれない。
でも、かく乱することならできる」
「それで、人間の首を埋めてきたわけ?」
「そうだ。そうすることで、警察の容疑は別人にもかかる。
容疑者が二人いて、それぞれに証拠がある。
人間たちは異常な事態を前にして、決定不可能な場面に直面する。
こうすることで、彼らはシステムの維持ができなくなるんだ」
「やれやれ、今度はドゥルーズなのね」
アングリーが鎌をぶんと振ったので、ネズミやアヒルはぎょっとして後ずさりした。
- 677 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:56
- 「あななたちの作り話は、ずいぶん昔のひげもじゃのユダヤ人の亜流よ。
そんなんじゃ、ちっとも根源的な解決になんか向かわないわ」
「人間にべったりくっついて過ごしているお前たちに、何がわかるんだ!」
「あら、あたしは人間に寄生しているなんて、これっぽっちも思っていないわ」
「そんな言い訳が……」
「だいたい、あなたち自身がそのシステムとやらが産み落としたものではなくて?
だったら、やることは他にもいくらでもあるでしょ」
反論しようとして、ぬいぐるみたちは黙った。
そして十体ほどのぬいぐるみがひそひそと相談をはじめた。
アングリーは鎌を肩にかついでそれをにらみ、
ハングリーは「ふわぁ」と大きなあくびをした。
- 678 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:56
- 「わかったよ、僕たちは、自分ができることをやるよ」
「あら、そう。じゃあ行きなさい」
ぬいぐるみたちは窓をあけて、次々と飛び降りていった。
ハングリーは窓をのぞいて、様子をうかがった。
「遊園地のほうへ向かってるよ!」
「破滅への道とも知らずにね」
アングリーはにやりと笑い、再びケースのほうを見すえた。
- 679 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:56
- 「でも、どうしてぬいぐるみがわざわざ首を切ったの? いたずら?」
「そうかもしれないね。それをはっきりさせるために、アングリーが向かったんだ。
人間あいてじゃ、話もしてくれないだろうから」
ひとみは、盗聴器でアングリーたちの会話を聞いているくせに、
その内容を梨華に伝えようとしなかった。
観念の悪魔には、ふれないでいるほうが幸せだからだ。
「そろそ戻ってきそう?」
「もうちょっと待って」
- 680 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:57
- アングリーは、唯一残った、メスのネズミのぬいぐるみを鎌でつついた。
やがて、それはもぞもぞと動き始めた。
ハングリーは、もう何がなんだかわからないので、据えつけの暖炉で遊んでいた。
暖炉に見せかけているが、スイッチを押すとガスが出てきて点火するのだ。
「ねえ、アングリー! ほら、火がついたよ!」
「自分の体を燃やさないようにね。
ところで、あなた、仲間を放っておいていいの?」
「あんなやつら、仲間にしたのが間違いだったわ」
猫とネズミのぬいぐるみが、距離をたもってにらみあった。
ハングリーはその険悪なムードにおどろき、おろおろと首をふっていた。
- 681 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:57
- 「あなたの目的は、さっきのやつらが言ってたようなろくでもないことじゃないんでしょ」
「もちろん違うわ。ぬいぐるみによる、人間の支配よ」
「な、なんだって!」
「死んだ女は遺産とともに妹のところに行くでしょう。もちろん、私たちぬいぐるみもね。
抜け目ない商売人と違って、妹のほうは温厚なだけの無能な女だから、
私たちの操り人形にちょうどいいわ」
「それで、莫大な遺産を使って、世界征服?」
「世界にどれだけの数のぬいぐるみがあると思う?
それらすべてのぬいぐるみが、所有者である人間をコントロールするの。
組織さえ出来上がれば、そんなこと造作もないことだわ」
「あら、さっきの間抜けな仲間たちの思惑では、甥に容疑がかかるんじゃなくて?」
「甥に容疑がかかっても、妹への相続には問題ないわ。
どうせ警察も、ちゃんと客の男を逮捕するでしょうし。
それより、どう? そっちの遊んでいる猫のほうはともかく、
あなたは賢そうで、力になりそうだわ。私の計画に手を貸さない?」
- 682 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:57
- アングリーは鎌を前につきだし、即座に却下した。
「あなたの計画は、もう頓挫しているのよ。
あなたの仲間はここを出ていった。
仲間を統率できず、あたしを説得できないようじゃ、計画なんて絵に描いた餅よ」
「仲間になると、脳みそプディング食べ放題!?」
「あんたは黙ってなさい」
脳天を鎌でたたかれ、ハングリーはその場で悶絶した。
メスのネズミは、ふうと息をはいた。
- 683 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:57
- 「そうね、あなたのいうとおりかもしれない。
でも、あなたはどう考えてるの? ずっと人間にくっついているつもり?」
「さっきのあいつらもそうだけど、勘違いにもほどがあるわ」
「え?」
「梨華様やひとみ様は人間じゃないの。石川梨華、吉澤ひとみという生き物なのよ。
そんな不可解な生き物を相手に、あたしは遊んであげているだけよ」
「そうだよ! ひとみはまったくとんでもないやつなんだ!」
「じゃあ、私はどうしたらいいの?」
「自分で考えなさい」
アングリーが背中を向けた。
そこへ、絶望したメスのネズミが突進してきた。
- 684 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:57
- 「アングリー、危ない!」
「あら?」
ネズミのぬいぐるみは、アングリーに向かっていったのではなかった。
暖炉風の装置の中に飛び込み、噴出し続けているガスの炎に全身が包まれた。
ハングリーが慌ててスイッチを切ろうとして、間違えて横のつまみをひねってしまい、
炎の勢いがいっそう増していった。
ようやく火を消したときには、暖炉の中には黒焦げの繊維のかたまりが転がっていた。
「焼身自殺だ!」
「ふん。こっちにかかってきたら、首を切り落としてやろうと思っていたのに」
- 685 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:58
- ひとみはヘッドホンを外し、半ば眠っていた梨華に声をかけた。
「へ?」
「終わったみたいだよ。迎えにいこう」
ひとみは窓をあけて、バルーンを突き出した。
換気窓からぬいぐるみがひょいと顔を出し、バルーンをつたって戻ってきた。
「おなかすいた!」
「さっきお肉食べたばかりでしょ」
「どうだった、アングリー?」
「悪魔は退治してやりましたわ」
- 686 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:58
- 翌朝未明、遊園地の一角にある物置倉庫でボヤが起こる。
火はすぐに消し止められたが、その焼け跡から
いくつもの焼け焦げたぬいぐるみの残骸が発見されたことを、ひとみたちは知らない。
かのぬいぐるみたちは、自分たちを生み出したシステム──夢の国を消し去ろうとしたのだ。
「さあ、もう寝ましょ」
「茶番につきあわされて、疲れましたわ」
「いや、ちょっと待て」
「なに、ひとみ!? おやつ食べていいの!?」
「さっき、人間じゃないとかとんでもないやつとか言ってたよね」
「ええっ!」
「盗聴器のこと、すっかり忘れてましたわ」
- 687 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:58
- アングリーは取り戻してきた盗聴器をひとみに渡した。
二匹のぬいぐるみは、軽くおしおきを受けたあと、
昼間に買っておいた脳みそプディングをおいしそうに口にふくんだ。
そして二人はベッドに入り、二匹もその間にもぐりこんだ。
すぐに寝息をたて、夢の中の住人となる。
夢の国は、夢の中でのみ存在しているのだ。
- 688 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:58
- おしまい
- 689 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:59
- ┌────┐
___l l二ニニ二l l ___
/ └┘ └┘ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ | |
| ミヾリノ/゙| .|`ヽ _l^^^っ| |
| 〃ヽソ' ゙ヽl .レ::::::+:::::::ヾ | |
| (●〜^0)((●▽^ ):) | |
| [hANGRY(.&)ANGRY] |/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
- 690 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 09:59
- (0^〜^)
ハングリー:ハングリー!
- 691 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 10:00
- ( ^▽^)
アングリー:アングリー!
- 692 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 10:00
- これにて「こぉるど けーす season4」は放送終了です。
今までご愛顧ありがとうございました。
放送リスト
第01話 ぬいぐるみとスイカ割り ── Sweets Cut Warily
第02話 ぬいぐるみと花火 ── Hang Up A Bean
第03話 ぬいぐるみと夏祭り ── Not Madly Treat
第04話 ぬいぐるみとカブトムシ ── Cabin To Moonseek
第05話 ぬいぐるみとしゃぼん玉 ── Sharp Bone Damage
第06話 ぬいぐるみとアサガオ観察日記 ── As A Girl Oath
第07話 ぬいぐるみと密室 ── Missing Sweets
第08話 ぬいぐるみと昔話 ── Moon Cut Shiver Nothing
第09話 ぬいぐるみとお葬式 ── Orthodox Secret
第10話 ぬいぐるみと古屋敷 ── Fool, Young, Sick
第11話 ぬいぐるみと焼き芋 ── Yankee Immodest
第12話 ぬいぐるみと首なし死体(前篇) ── Cubic Nursery
第13話 ぬいぐるみと首なし死体(後編) ── She's Tired
4クール52話、ちょうど一年かかりました。
こんな感じかな、と。
(0^〜^) <わたしたちの冒険はこれからだ!
( ^▽^) <次回作にご期待下さい!
- 693 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 10:53
- 次回作と聞いて安心しました
- 694 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/28(日) 19:24
- ぬいぐるみが動くのが目に浮かぶような文章で楽しく読ませてもらいました
次回作も楽しみにしています
- 695 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/01(月) 23:40
- ハングリー?脳味噌プディングあげるからうちにおいで?
- 696 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/11(木) 21:28
- >>693-695
ありがとうございます
アンケートの順位が低くて打ち切り食らいました
(0^〜^)<Au revoir!
- 697 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/16(火) 19:52
- えぇーーー!?!!
- 698 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/03/17(水) 20:41
- ションナ!
- 699 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/04/05(月) 23:09
- 待ってます
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