バケツの水
1 名前:みら 投稿日:2009/08/25(火) 21:00
ベリキュー中心。
カプはご想像にお任せします。
2 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:00
  
3 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:01
 
4 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:02

苦笑いを浮かべたあの人の顔が忘れられない。
どうして口にしたんだろう。どうして隠しておけなかったんだろう。
「ごめん」なんて言われるの、分かってたのに。


弾きもしないのに、あたしの両手はピアノの鍵盤の上に置かれている。

最後に弾いたのはいつだっただろう。
それすらも思い出すのが億劫に感じる。
5 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:03

『これ弾いてよ』


そう言って差し出された楽譜は、まだとっておいてある。
何度も何度も練習して、早く聴いてもらいたくて。
弾き終わるといつものように頭を撫でてもらえることが、嬉しくて堪らなかった。
次の曲を催促するあたしに微笑んでくれるあの人のことが、好きでしかたなかった。

ちがう。今でも、好き。

それなのに、神様は意地悪だ。
結局一度も聴かせてあげられることなく、あたしの片想いは儚く散ってしまった。

6 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:03
どれだけの思いを重ねても足りない。あの人と過ごした時間は何にも変えられない。
目の前できらきら輝くあの人が、あたしの手の届かない遠くへ行ってしまった。
そう思うと虚しくて悲しくて、あの人を憎んでしまいそうになる。
期待なんてした自分が馬鹿だって今なら認められる。あたしには無理な恋愛だったのかもしれない。


『あたし音楽とかよく分かんないけど、愛理のピアノ大好き』

思わずピアノを弾く手を止めて、横顔ばかり見ていた。
あの人が頬杖をついて目を閉じている間中ずっとそうしてたなんて、きっと知らないんだろう。
そういう人だ。鈍感でちょっと無神経で、そのくせばかみたいに優しい。

7 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:04

そんなくさい台詞を言われたのは、これが最初で最後だと思う。
飾らない口調、優しい表情、何もかも。
忘れることなんて出来ない。

玉砕したこの恋に終わりなんてない。
あたしはずっと、舞美ちゃんを好きなままなんだ。

雨でぬれた窓ガラスに額をぶつけて、声が枯れるまで泣いた。
朝になってもウサギみたいに真っ赤な瞳をしたあたしをあの人が見たら、なんて言うんだろう。
そんなこと考えて、また泣いた。

8 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:04
 
9 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:04
 
10 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:05

悩みは時間が解決してくれる。
あれから数日、あたしは世間がよくいう台詞を頭に叩き込んで何事も無かったかのように毎日を過ごしている。
あの人と最後に言葉を交わした部室に一人でいるのも、もう慣れてしまった。
もう涙は出ない。まぶたが震えることはあっても、頬に冷たい感触が這うことはなかった。

ただ思うのは、もうこの気持ちに終止符を打たなければいけない頃だということ。

あのひとを想うのは勝手だけど。
叶う筈もない夢を抱いているのは、無いものねだりと同じことだってことに気づいた。
期待をしちゃいけない。それでまた傷付いたとしたら、この傷は修復不可能になる。
ズキズキと染みる傷跡。何を塗っても治らない気がした。



11 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:07




「栞菜、早く帰ろうよ」
「あーうん、これ描いたらー」
「それ言ってもう三十分経ってるんだけど」


とっくに下校時刻の過ぎた学校には、おそらくあたしと栞菜以外の生徒は残っていない。

美術部の顧問の先生は鍵を置いて先に帰ってしまった。
そういう自由な雰囲気の美術部が栞菜には合っていると思う。
一度梨沙子に誘われて仮入部をしたけれど、やっぱりあたしには音楽が性に合っている気がして、結局人気の無い合唱部に入部した。

ただこの美術室から見える外の景色がとてもきれいで、帰りがけにここへ寄るのが日課になっている。
夕日に照らされてきらきら光るプールの水面や、静まり返ったグラウンドの冷たさに何故かわくわくした。
何度かここからの風景を絵にしてみたけどあたしは栞菜ほど上手く描けない。
今日も部活帰りに美術室に寄ってみると、日が暮れてもキャンバスと睨めっこを続けている栞菜がいた。
12 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:07



本の虫。ついでに言うと、絵の虫。
栞菜は本を読む以外に一度キャンバスに向かうと、なかなかこっちの世界に帰ってこなくなる。
そのたびに早く帰ろうと急かすあたしに悪びれもせず手を動かし続ける栞菜はほんとうに変わっている。

芸術家ってこういうひとのことを言うんだと思う。
長い間一緒にいるあたしでも、栞菜の絵に対する情熱やら本能とやらは理解が出来ない。
栞菜にしてみれば、それはたぶん音楽をやってるあたしに対しても当てはまることなのかもしれない。
13 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:08

「ていうか、何描いてるの?展覧会の絵、とっくに完成したんじゃなかったの?」
「あー愛理ストップ!こっち来ないで」
「何で?」

慌てて立ち上がってキャンバスを隠す栞菜に詰め寄ると、栞菜は引っ張り出してきた布をその上に被せてしまった。

展覧会の準備で忙しいと聞いていたのは二週間くらい前のこと。
それについ先日絵が完成したことをあたしに報告してきたんだから、それ以外に描く絵など無い筈だ。
栞菜はそ知らぬ顔で絵の具でどす黒くなった水バケツを片手にあたしの肩を軽く押しやった。
14 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:09


「どうして隠すの?」
「まだ見せられないから。楽しみにしといてよ、あと少しで完成だから」


子供のように笑う栞菜にあたしはそれ以上なにも言えなかった。
そのあとはバケツを一緒に洗って部室を片付けてから、何事もなかったかのようにふたりで学校を出た。
栞菜はキャンバスの絵のことを決してあたしに教えようとしなかったし、今度の展覧会についても詳しいことは話そうとしなかった。

心なしか、高等部に上がってからは栞菜と話す機会も減ったように思う。
こうして部室を訪れるのは毎日のことだけれど、いつも栞菜が窓際に座って絵を描いているとも限らない。
一匹狼のように見える栞菜でもそれなりに人付き合いはきちんとしてるみたいで、部活に行かず新しく出来た友達と放課後を過ごしているらしい。
自由な風潮の部活だからこそ出来ることだけど、絵を描く以外に栞菜が夢中にになることがあると知って、なんだか安心した。


15 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:10

「展覧会、いつだっけ?」
「来週の日曜かな。嫌だな、自信ないんだよね今回の」
「そう?あたし、栞菜の絵好きだよ」

無意識にそう口にしたあたしは、とっさに栞菜から目を逸らして誰もいないグラウンドを見渡した。

どこかで聞いた台詞。
それは他の誰でもない、あの人の口癖だった。

こんなも簡単に言葉に出来る。
その安っぽさに、あたしはどれだけの期待をかけていたんだろう。

ピアノじゃなくて、あたしに向けてほしいその好意を少しだけ羨んだことを思い出す。
無条件で愛して欲しい。そんなおこがましい願いは当然届くはずもなかった。


16 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:11



「愛理?」

栞菜はあたしの顔を覗き込んで、目の前で手をひらひらとさせた。
取り繕ったような笑顔のあたしのうそを簡単に見破る。
昔から栞菜には隠せないことがたくさんあった。悩んでいればすぐに気づいてそばにいてくれる。
あたしの見渡したグランドに何もないことは分かっていても、栞菜は何も言わなかった。
上の空だったあたしの肩をぽんと叩いて、いつもと変わらない笑顔のまま。

こんな風に、親友と呼べる存在は梨沙子以外に栞菜だけだった。
栞菜とは家族ぐるみの付き合いで、幼い頃から一緒に育ってきた。
誰とも重ねられない。それは多分あの人とは違う、もっと別の形をした特別な存在。

思わずごめんと口にしたくなった。
気を遣わせている。そう思ったからだ。

お互いに何でも言い合える仲だと思い込んでいた。
誰にも言えないことが出来てしまった以上、栞菜に悪い気がしてしかたがなかった。
17 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:12



「行くよ、展覧会」
「え、ほんと?」
「うん。楽しみにしてる」

何歩か先を歩く栞菜の背中に向かってそう言うと、くるっと踵を返して満面の笑顔が返ってきた。
大きく頷いてみせると、目を細めて栞菜が笑う。
あたしには出来ない笑い方だ。何事にも素直で意地を張ったりしない。
あたしとは大違いだ。

素直になろうとすればするほど、自分の気持ちに嘘がつけなくなった。
あの時からずっと。
あたしは自分のことが怖くて、疑ってばかりで。

そういう時は栞菜の絵を見たいと思う。
何にも描いていない真っ白な紙に、さらさらと新しい線を描いてひとつの形にしていく。
どのスタイルにも当てはまらない栞菜の絵が、あたしは好きだ。
18 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:13


「梨沙子も出展するし、絶対来てよ」
「行く行く。約束する」

来週の日曜日。
ほんとうなら、栞菜との約束は守れないはずだった。


『今度大会があるんだ。愛理、応援来てくれるでしょ?』


あの言葉に少しでも期待したあたしは、もういない。
それなのに消えてくれないのはあの時の彼女と、まだこの悲しみを知る前のあたし。
嬉しさでいっぱいになって頷いたあとに撫でてもらった髪をすいて、ぽかぽかとした気持ちをただかみ締めていた。

19 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:14



家の前で別れた後、栞菜の背中が見えなくなるまで、あたしは手を振り続けた。
あの時もそうだった。ただ泣くことを堪えて、あの人の背中を見つめていた。
去っていく姿を追いかけることが出来たのは現実じゃなくて、夢の中のあたしだ。

夢の中だけなら、あの人の華奢な肩にすがり付いて泣いて甘えることができた。
嫌われたって構わない。もう一度頭を撫でて、あたしのピアノを褒めて欲しい。

諦められるなら、すぐにでもそうしたい。
そうさせてくれないのは舞美ちゃんだからだなんて、とっくに分かりきっていることが夕日の明るさと一緒にじわじわと体中に染みてくる。
栞菜の優しさが嬉しいはずなのに、今はそれが辛くて苦しくてどうしようもない。

どうしたの? 
そう尋ねて欲しい自分がここにいる。吐き出したい思いは積もるほどある。

20 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:14


たくさん涙を流したあの日。
ひとつづつそれを雨に溶かして、空に返したつもりだった。
ぽつり、と落ちてくる夕立が制服を濡らして、玄関のドアをくぐって部屋へ向かう。


あの涙が今日に返ってきた。空を渡って、またあたらしい雨を降らした。
突然の激しい雨音に、1階にいるお母さんがあわただしく洗濯物を片付け出した。


ざあざあと鳴り止まない雨音。
それに掻き消されたあたしの泣き声は、あの人にも、栞菜にも届かない。


21 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:14
 
22 名前:1、涙は透明 投稿日:2009/08/25(火) 21:15
 
23 名前:みら 投稿日:2009/08/25(火) 21:17
草板にもスレがありますがこちらでもやってみようと思います。
いつになるか分かりませんが、完結までどうかお付き合いお願い致します。

24 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2009/08/28(金) 22:39
走り出すあいかんに期待。
25 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:40
「あ、舞美先輩」


咀嚼していた卵焼きの味が分からなくなる。
梨沙子の一言に、普段なら美味しく感じられるお弁当が味気なく思えた。

ごめん、おかあさん。
心の中でそう呟いて、まだ残っている白飯と卵焼きを目の前に梨沙子を見上げた。
窓際に突っ立って、その中心にいるあのひとを見つけてあたしの顔色を伺う。
にやにやしていた梨沙子が何かを察したのか、口をつぐんであたしのお弁当箱をひょいと持ち上げた。

「残すなら食べていい?」

にこっと笑った梨沙子に静かに頷いた。
それを横目に窓際に立って、懐かしいあのひとの姿を目に焼き付けた。

26 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:41
どれくらいの間こうしていればいいんだろう。
いつもならこの場所からでも声をかけて、手を振ることが出来た。

梨沙子はもぐもぐとあたしのお弁当の中身を味わっている。
何も尋ねない。栞菜と同じで梨沙子もあたしに何の変化があったのか詳しく訊こうとはしなかった。
ただ、あたしの様子が少しおかしいということにはすぐに感づいたようだった。


「愛理のお母さんて料理上手だよね、羨ましい」


いつもの褒め言葉が心に染みた。
陸上部の大会は目の前に迫っている。あの人は昼休みの時間も惜しんで練習をしていた。

本当なら胸をときめかせて、その応援に駆けつけるつもりだった。
梨沙子はまだ知らない。あたしが展覧会よりそっちを優先するものだと思っている。

27 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:42

言うべきか否か。
迷った末に、結局お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、あたしは窓を閉めてそそくさと席へ戻った。


28 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:42
 
29 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:42
 
30 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:42

「かんちゃん、もう描けた?」
「こら、こっち来ない」
「けち。あたしは見ても良いって言ったじゃん」
「今はダメ」

部活終わりに美術室へ寄ると、こそこそと何かを話しているふたりを見つけた。
栞菜と梨沙子だ。
キャンバスを覗こうとする梨沙子を押しやって、栞菜が不機嫌そうに口を尖らせている。


31 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:43

窓際の白いカーテンが黒や赤で汚れている。間違いなく栞菜の絵の具だと分かった。
そこは栞菜の指定席で、窓際の木のイスでないと納得いく絵が描けないんだそうだ。
風になびいたカーテンが描きかけのキャンバスに被さって何度も絵をダメにしたことがあるくせに、栞菜は何故かその場所から動こうとしない。

不思議なひとだ。
栞菜に関しては何年付き合っていても、分からないことで溢れているように思う。

32 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:44



「あたしにだけ秘密なんだ、それ」
「あ、愛理だ」


二人のもとに近づくと、栞菜がイスから立ち上がってあたしに背を向けた。
描きかけのキャンバスを小さな体で隠すようにして、こそこそと奥の物置部屋へ行こうとする。
梨沙子はあたしの肩を抱いて、くすくすと笑っていた。
なにか面白いことでもあるんだろうか。あたしには決してそんな風には見えない。

欠伸なんてしながら部屋から出てきた栞菜に詰め寄ると、栞菜は肩をすくめておどけてみせる。


33 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:44


「なんで隠すの?」
「人聞き悪いな、別に隠してるわけじゃないよ」
「そうそう。秘密にしてるだけだもん」
「…それ、隠してるっていうんだよ」

二人は顔を見合わせてにやにやと笑って、開けっ放しだった部屋の扉に鍵をかけた。
意地でも見せないつもりらしい。
梨沙子は栞菜を後から抱きしめて、耳元でこそこそと何かを話している。
こんなに近くにいるのに、その話し声ははっきりと聞こえない。

34 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:45

梨沙子は邪魔になるほど身を寄せても追い払おうとしない栞菜や、梨沙子と幼馴染のみやのように甘やかしてくれる存在がいるとなると、とことんわがままを発揮することがある。
栞菜の肩にあごを乗せてふにゃふにゃと笑う梨沙子に、あたしは力なくため息を吐いた。


いいな、梨沙子は。
単純にそう思う。甘えられる存在がいて、羨ましい。

あたしにとって、栞菜はそういう存在のはずだった。
梨沙子ほどではないにしても、栞菜はあたしの言うたいていのわがままや願いは聞いてくれる。
それなのに、あたしはいつからかそのわがままを口にしなくなった。
だから栞菜も必要以上にあたしに甘えない。等価的に見てもそれが正しい。

35 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:46
梨沙子のようにべたべたと栞菜に甘えることは、今のあたしには出来ない。
栞菜が梨沙子に優しくするように、あたしにもそうやって甘えさせてくれるのか不安なのかもしれない。
大人になったということなんだろうか。でも、自分のことをそんな風に思ったことは一度もない。

抱きしめて欲しいと思えたのはただひとり。
あのひとだけだから。

でもそれが無理なことだって分かってるから。
寂しいだなんて、栞菜にも梨沙子にも知られちゃいけない。

36 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:46




「…あ、そーだ愛理」
「え?」
「日曜の展覧会、やっぱ来なくて良いよ」

不意をついた栞菜の言葉が、やけにグサリと胸に突き刺さった。


37 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:47


「どうして?行くよ、行きたい」
「だってその日、陸上部の大会あるんでしょ?」

栞菜の言葉に梨沙子が思い出したように頷く。
どこで誰に訊いたのか分からないけど、栞菜なりに気を遣ってのことだと思う。

今のあたしにとってはそれが一番辛くて、惨めに感じる優しさだった。


38 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:48

「うん。でも、それはいい」
「どうして?」
「だって」

ふたりは知らなくていい。でも、幾重にもなったこの思いがそろそろ限界にきてる。
そばにあった栞菜の筆を手持ち無沙汰に握り締めて、大きく息を吸った。


「あたし、舞美ちゃんにふられたんだ」


思いのほか簡単に口にできたその台詞に、梨沙子は目を丸くしていた。
栞菜の肩に置いていた手をすっとあたしに伸ばして、小さな声であたしの名前を呼ぶ。
悲しいのは梨沙子じゃないのに。なぜか泣きそうな顔をして、じっとあたしを見ていた。

39 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:48
こんなこと、やっぱり言うべきじゃなかったのかもしれない。

いつもの賑やかな美術室が、うそのように静まり返った空間に変わる。
栞菜は黙ったままあたしの手から筆を取って背を向けた。

まるで、あたしのことなんか見えていないみたいに。

じわじわと迫ってくる影のようなものに押しつぶされそうな気がした。
あたしは栞菜に何を言って欲しかったんだろう。栞菜の背中を見つめながら、そればかり考えていた。

40 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:49


「…あたし片付けあるから、先に梨沙子と帰っていいよ」


無愛想な背中と声に、梨沙子は静かに返事をしてあたしの手を握った。
廊下に出ても尚栞菜はあたしに背をむけたまま、ひたすらに絵を描いていた。

やっぱり、あたしは栞菜に甘えられない。
分かっていたことを深く胸に刻み付けられたような気がして、隣にいる梨沙子の顔すらまともに見ることが出来なかった。



41 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:49


「栞菜、どうしていいのか分かんないんだと思う」
「…わかってる」
「ごめん、愛理。あたしもどうしていいかわかんない」

梨沙子の戸惑った口調に、あたしは何も言えない。
ふたりともそれぞれ思うことがある。でも、あたしにははっきりと言えないことなんだと思う。

いつも一緒にいる梨沙子にすら言えなかった。
親友と呼べる存在のはずなのに、あたしは梨沙子に裏切りに近いことをしてしまったのかもしれない。
でも、言わないと決めたのはあたしが決めたことだ。
なのに、耐えられなかった。苦しくて切なくて、この気持ちを誰かにぶつけたくて、ただ聞いて欲しかった。



42 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:50



答えがあるなら教えて欲しい。
迷ったときは、いつもどうしてたっけ。
どうがんばっても上手くいかないときは、誰を頼ってたんだろう。

外へ出ると、既に美術室の明かりは消えていた。じわじわと瞼の裏が熱くなっていく。

何もかも放り出してしまいたい。あの人を好きな自分も、あんなに夢中になって弾いた曲のこともすべて。
それなのに、どうしてこうも簡単に拭いきれない思いが此処にあるんだろう。
人を好きになるということがこんなに辛いなんて、誰にも教わらずに生きてきた。

どうせだったら、もっと早く知っておきたかった。
神様は本当に意地悪だ。あたしはもうひとつ、大事なものを失いかけているような気がした。




43 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:50
 
44 名前:2、秘め事 投稿日:2009/08/31(月) 12:50
 
45 名前:みら 投稿日:2009/08/31(月) 12:51
今日はここまで。


>>24
この二人どうなっちゃうんでしょう。私にもよくわからないです←
温かく見守って下さるとありがたいです。

46 名前:みら 投稿日:2009/08/31(月) 12:53
矢島さんが干され気味になってますが後々にちゃんとお話を書きたいと思います。
あと、梨沙子も。
47 名前:名無し 投稿日:2009/09/20(日) 10:11

続きを楽しみに待ってます
みらさんの小説はとても好きです。
48 名前:みら 投稿日:2009/09/24(木) 21:15
更新します。
49 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:17



「うぉーい、鈴木ー」


体育の授業が終って下駄箱に向かう途中、後からぱしんと日誌で頭を小突かれる。
気の抜けた声の主は、美術の吉澤先生だった。

真っ白い肌に大きな瞳が映えて、その目に見下ろされてあたしは思わずごくりと息を飲む。
先生の手に提がっているコンビニ弁当の匂いが空腹を誘って、隣にいた梨沙子が同じことを考えていたのか、あたしと顔を見合わせて頬を緩めて可笑しそうにしていた。
やたらとにこにことしている先生は持っていた日誌を脇に抱えて、あたしの頭をぽんぽんと撫でた。

50 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:18


「…あの、なんですか?」
「いやさ、ちょっと相談があるんだけど。二人きりで話せないかな?」
「…はあ」


『二人きり』

この言葉が何を意味しているのか、あたしには全く分からなかった。


先生は目を細めて笑うと、脇に抱えていた日誌であたしの背中を軽く小突いた。
この先にある空き室に行こうという合図だと分かって、梨沙子は一瞬躊躇った表情を作ってから
、渋々教室へ戻って行った。
51 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:18

梨沙子がひとりで教室に戻ることを渋った理由は単純明快で、単に先生のことが苦手だからだ。
吉澤先生は美術教師兼、梨沙子と栞菜の所属している美術部の顧問でもある。
ろくすっぽ部活に顔も出さない教師がたまに美術室にやってきたと思えば、教室は綺麗に使えだとか
部費を節約しろだのと口うるさくすることが気に入らないようだった。

…まあ、理由はそれだけじゃないみたいだけど。


52 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:19

吉澤先生とは美術の授業以外では全くと言っていいほど面識がない。
あたしが名前がきちんと知られている所以といえば、授業内で描いた絵の評価が思いのほか良いものだったから、という記憶しか検討がつかない。
話があると言われても、あたしには何一つピンとくるものがなかった。

吉澤先生は校内で一番若い先生で、そのボーイッシュな容姿故に生徒達から絶大な人気を誇っている。
うわさによるとファンクラブなんていうのも出来ているらしくて、現にあたしの知っている友達の何人
かは本気で熱を上げているようだ。

確かに背も高くてスタイルも良いし、美人でかっこいい先生だと思う。
それでもあたしは周囲の子ほど先生に関心はないし、追っかけなんてもってのほかだ。

そう言うのも、梨沙子の話を聞いている限り、吉澤先生に関してはあまり良い話を聞かないから。

53 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:19



「ま、座って座って」
「…はい」

空き教室へ着くなり、先生は生徒であるあたしに対して恭しくイスを引いて腰掛けるよう促す。
言うとおりにそこへ座ると、ずずっと先生の顔があたしの数センチ手前まで寄ってきた。
間近で見る先生の顔は本当に整っていて、今まで見てきた年上の女性で最も綺麗だと思える。
思わずその顔に見とれていると、神妙な面持ちで先生がゆっくりと口を開いた。
54 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:20

「鈴木さ、有原と仲良いでしょ?」
「え…?」

その言葉に驚いて目を丸くさせると、答える前に納得したような先生の頷きが返ってくる。
ぱっと顔があたしの目の前から消えて、先生はさまよい歩くように黒板へ向かっていった。
どこかのクラスが先ほどの時間にこの教室を使ったのか、黒板にはいくつかの計算式と
解が乱雑に消し残されていた。


「有原さー、最近美術部に顔出してないんだよ。鈴木、何か知らない?」


チョークの粉が宙に舞って、先生の周りに少しだけ白いもやがかかる。
あたしはその質問に咄嗟に首を横に振ると、先生は一瞬だけ難しい顔をしてから小さく笑みを浮かべた。


55 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:20


栞菜があたしを避けていること。そして、あたしも栞菜を避けていることを先生が知るはずもない。

あの日、あたしが舞美ちゃんとのことを栞菜と梨沙子に打ち明けて以来、栞菜とは口もきいていないし顔を合わせてもいない。
隣同士の家に住んでいるにも関わらず、朝の登校も放課後も栞菜の姿を見かけることは無かった。
梨沙子は気を遣って栞菜の話をあたしにしようとしなかったし、あたしも気まずさを感じて自分の部活が終っても美術室へ立ち寄ろうとしなかった。

だから栞菜が美術部に顔を出していないことなんて知らなかったし、吉澤先生がそれを
気にかけていることなんてあたしには寝耳に水だ。

56 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:21

「展覧会も近いし、ここらで息抜きして欲しくないんだよね。あの子、立派な腕持ってるし。
というわけで…顧問のあたしとしてはちょっと心配なわけですよ、鈴木クン」
「…そんなこと、あたしに言われても困ります」
「まあ、そうかもしれないけど心配じゃないの? 有原のこと」

先生は冗談めかした口調で、手のひらの上でチョークを転がしながら横目であたしの様子を伺う。
その顔には明らかにあたしと栞菜の仲を疑っているようで、余計に神経が逆撫でされた気分になる。
やっぱり梨沙子の言うとおり、あたしもこの先生のことを良いように思えない。
慣れなれしく肩に置かれた手をそっと振り落とすと、先生はおどけたように肩をすくめた。

57 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:21


それにしても、栞菜のことが全く気にかからないわけではなかった。

栞菜がここ最近部活に顔を出さない理由をいくつか挙げてみても、まず第一にクラスの友達と遊ぶために部活を何日も休むということは考えにくい。
栞菜にとって絵を描くことは生活の一部というより、生きるために必要不可欠な活動といったほうが正しいからだ。

58 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:22

――栞菜が絵を描かなくなった

今はただの気まぐれだとしても、万が一それがこの先も続くなら。
そんなのあたしには到底考えられないし、栞菜の絵が見られなくなることは嫌だと思う。

質問に答えないまま、あたしは耐え切れなくなってイスから立ち上がった。
先生に背を向けてドアノブに手をかけると、チョークの割れる音がしてそっと後を振り返る。
先生は尚も目を細めて笑っていた。可笑しそうに、愉快そうに。

59 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:22


「…なーんか、残念」
「何がですか?」
「鈴木なら、有原のことなんでも知ってると思ったのに」


手のひらで床に落ちて割れたチョークを転がして、先生は独り言のように呟いた。
それと同時に、あたしの中でふつふつと熱いものが込み上げてくるのが分かった。

あたしは今、栞菜と過ごしてきた十数年間を失いかけている。
それも理由が分からないから苦しい。ただ日々を追うごとに栞菜の存在が遠く感じられる。
舞美ちゃんとのことを隠していたことに栞菜が怒っているなら、それも当然なのかもしれない。
けど、あの時の栞菜の表情にはそんなちっぽけなことはひとつも表れていなかった。

どうせだったら、いつもみたいに笑い飛ばして元気づけてくれるほうがよっぽど良かったのかもしれない。
栞菜のたったそれだけの優しさであたしも笑顔になれる。そんな気がしていた。

60 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:23

優しくて面白くて、あたしのためなら涙を流すことくらい簡単にしてくれる。
あたしの知っている栞菜はたったそれだけで、あたしの知らない栞菜なんていないんじゃないかと
思うくらい、あたしは自惚れていた。


それでも、あたしは栞菜のことを何も知らない。
何一つ、分かっちゃいなかったんだ。

61 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:24


「有原のスランプの原因が、もし鈴木にあるとしたら」
「…え?」
「その時は、しっかり責任とってもらうから。よろしくねーん」


あたしの肩を退けてさっさと教室へ出て行った先生はふざけた調子でそう言い残すと、不恰好
なウインクをあたしに投げかけた。
黒板に残っていた計算式たちはいつの間にか綺麗に消されていて、跡形もなかった。

どうして先生があたしと栞菜の仲を知っているのか、何故あたしに栞菜のことを尋ねたのか。
聞きたいことは山ほどあったのに、すべて聞きそびれてしまった。
あの大きな瞳に見つめられると意識さえ吸い込まれてしまうようで、現実の世界とは違った
空間に引き込まれた感覚がからだに強く残っている。
62 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:24


吉澤先生は、栞菜とどこか似ている気がした。
だからあたしは苦手なのかもしれない。栞菜と似た目をした、吉澤先生のことが。


63 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:24
 
64 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/24(木) 21:24
 
65 名前:みら 投稿日:2009/09/24(木) 21:27
本日の更新は以上です。
エルダメンは出さない予定だったのですが、あの方は絵が上手だったことを思い出してつい…

>>47
ありがとうございますー。
励みになります…いつ完結するのやら、というペースになりそうですが
温かく見守っていただけると嬉しいです。


次回やっと栞菜視点に移行かと。
あっちこっちに視点が飛んでしまいそうな予感ですが宜しくお願い致します。


66 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/25(金) 00:58
ゲストキタ!!

栞菜視点たのしみです
67 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 21:58



―side K―



68 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 21:58


あの子の幸せを願っているのは他でもないあたしだと
自惚れてたんだ、自分自身に


69 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 21:59



どこまでも平行線が続くような気がしていた。
伸びた線は湾曲することもなく、まっすぐに目標を目指して線を描く。
もちろん、その先で線が交わることもない。

――これからどうする?

絵の中で微笑んでいる愛理が、あたしをまっすぐに見つめて尋ねる。
下へ落ちた筆が絵の具で白いコンクリートの床を汚す。
指先でそれを拭うと、汚れはますます酷くなった。


70 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 21:59

愛理があたしにどうしてほしかったのか。そんなこと、訊かなくても分かっていた。
あたしが一緒にいてあげれば愛理は笑ってくれるし、寂しさを紛らわせることだって出来る。
小さい頃からいつだってそうしてきた。

でも、もうここまでなのかもしれない。


71 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 21:59
 
72 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 21:59
 
73 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:00


『――へえ、矢島先輩?』


あたしがその名前を初めて耳にしたのは、高等部に進学してすぐのことだった。
梨沙子が興奮気味に美術室へやってきたと思えば、あたしの首根っこに抱きついて、あれこれとその話を繰り広げた。


――愛理に好きな人が出来た

持っていた筆を休めるわけでもなく相槌を打っただけのあたしに、梨沙子は幾分不服そうだった。

顔も知らぬその先輩をふと思い浮かべる。
梨沙子の話だと、背が高くてスタイルも良く、成績優秀で人望も厚い…

なるほど、愛理が好きになるのも頷ける。


74 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:01


『うん。陸上部の部長サンなんだって。栞菜、聞いてなかったの?』


何気ない梨沙子の言葉に、初めてあたしの筆先の動きが止まった。
単調な返事をしたつもりが声が震えてしまって、持っていた筆を水の入ったバケツへ
突っ込んだ。


75 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:01

そういえば、愛理から愛だの恋だのと色づいた話は聞いたことが無かった。
それはもちろんあたしが尋ねなかったせいでもあるし、普段の会話と言えば
それ以外でもたくさんある。

梨沙子には言えても、あたしには隠しておきたいことだったんだろうか。

愛理を責めるつもりは全く無かったけれど、そのことが胸の奥につっかえて、しばらくの
間はそのことが頭から離れなかった。
それでも時間が経てば答えが出るのは早いもので、梨沙子からその先輩の話を
耳にすれば、部活を終えて美術室へやって来る愛理を見てさまざまな想像を膨らませてみたりした。
76 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:01


あたしが愛理に出来ることは何だろう。
何のしがらみもなくそう思えることが出来ていたのは、あの時までだった。


77 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:02

美術室の向こう側。渡り廊下の先には、愛理のいる音楽室がある。
いつものピアノの音色と一緒に聞こえてきたのは、二人分の笑い声だった。


――ああ、あの人なんだ


78 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:02
窓から顔だけを出してこそこそと音楽室の様子を伺うあたしに便乗して、梨沙子が
あたしの肩につかまるようにして身を乗り出した。
初めて目にした先輩の姿は、それはそれは綺麗な人で…

「愛理、楽しそう」

その声に頷かないわけにはいかなかった。あたしにも梨沙子と同じように、そう見えたんだから。
梨沙子は微笑みながらあたしの肩に顎を乗せて、いいなあと呟いた。

79 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:03

誰から見てもお似合いの二人だった。
先輩も愛理のことを好いている。それがどんな愛の形なのかは、見てとれたわけじゃない。
それでも愛理が楽しそうにしている姿を見て、あたしは純粋に嬉しかった。

あたしに先輩とのことを話せない理由――それは分からないままだったけど。
あたしが愛理に出来ること。それが何なのか、ようやく分かったような気がした。




80 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:03


『見たまんまのものや、本当にあるものを写す必要なんてないんだよ。
自分の心の中だけにあるもの。心の奥にあって言葉に出来ないものを、形にするんだよ』


吉澤先生の言葉が、筆を握るあたしの心に静かに染み渡っていく。
気付けばあたしのは勝手に動きだして、美術室の物置から新しいキャンバスを引っ張り出して無心で絵の具を搾り出していた。

何を描こうかなんて決めずに、ただ思うままに絵が描きたい。
素直にそう思えたのはこのときが初めてだった。被写体がなくたって、目を瞑ってでも描くことが出来る。

81 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:04

――喜んでくれるかな

先輩といるときの愛理はきらきらしていて、今まで一緒にいても気付けなかったものが少し
づつ見えてきたような気がしていた。

あのきらきらした笑顔を、このキャンバスに残しておきたい。

この先十年、何十年経ってもあの笑顔を忘れることがないように。
すらすらと進んでいく筆を握りしめて、愛理のよく弾いていた曲を鼻歌混じりにあたしは絵を描き続けた。


82 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:04





それなのに、どうしてだろう。
あたしの筆は宙を掠めて、何も描くことが出来ない。
愛理の笑顔も、泣きそうな顔も怒った顔も、何も思い出すことが出来ない。

先輩を想う愛理の気持ちは、届かなかった。
考えてもいなかった。愛理が悲しい思いをすることになるなんて、ちっとも考えていなかった。
いつだってみんなに笑顔を振りまいて、あたしと違って愛想が良くて、人気者で。

あの時に見せた愛理の笑顔が綺麗すぎて、それ以上のことなんて、なにも――


83 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:04


『あたし、舞美ちゃんにふられたんだ』


そんな悲しい顔、しないでよ。
いつまでも笑っていてよ。あたしの知ってる愛理は、そんな顔をしたりしない。


心のどこかで、もう一人のあたしが顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
まるで、愛理の悲しみを喜んでいるみたいに。

84 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:05


あたしは二人を応援しようなんてこれっぽっちも思っていなかった。
それがあまりにもリアルで、汚くて、ずるいものだと悟った。
でも、気付けなかった。

あたしはただ、愛理のきらきらの笑顔が見たかっただけなのに。
それが愛だの恋だの、そんなピンク色した感情だなんて知りもしなかった。

こんなの、絶対におかしい。
だってあたしと愛理は幼馴染で、今までずっとそうしてきたのに。
今更矢印の方向を変えることなんて出来っこない。そんなの、ルール違反もいいところだ。

85 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:05

愛理の小さな初恋が、どうか実りますように
いつまでも笑顔でいられるように

――ずっと、あたしのそばで笑っていてくれますように



キャンバスに描いた絵は、そんな汚い感情だらけで埋め尽くされていた。



86 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:06
 
ごめん
あたし、愛理が好きなんだ
87 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:06
 
88 名前:3、濃紺 投稿日:2009/09/25(金) 22:06
 
89 名前:みら 投稿日:2009/09/25(金) 22:08
さくっと更新しました。
栞菜が何を描いていたのか、本当はここで出す予定じゃなかったのにw


>>66
いよいよです。この先もじれったいと思います。
90 名前:三拍子 投稿日:2009/09/26(土) 00:18
あいかんてなんかじれったいの似合いますよね(笑)
この話お気に入りです(ノ><)ノ愛理が切ない!!!
これからも更新頑張って下さいm(__)m
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/29(火) 21:57
こんなところに素敵なあいかんみっけた!
92 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 08:58

今日も栞菜は美術部に顔を出していないようだった。
ひょっこりと音楽室に現れた梨沙子が寂しげに首を横に振って、ピアノのそばへ寄ってくる。
美術部は栞菜と梨沙子の二人きりの部だ。栞菜がいないせいで、梨沙子は退屈そうだった。
ピアノに触れた指先がやけに熱くて、あたしは鍵盤の上に腕を置いて伏せた。


「何弾いてたの?」
「…分かんない」
「分かんないって?」
「あたし、知らないんだ。この曲名」

楽譜をぺらぺらとめくりながらそう答えると、梨沙子は気まずそうに頷いた。
あたしの口調に棘があったとは思えない。それでも梨沙子はばつが悪そうな顔をしていた。

93 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 08:58

床に置いたカバンを拾おうと起き上がった拍子に、ピアノがみしりと軋んだ。
使い古されたこの古いピアノも、もう寿命なのかもしれない。
顧問の先生に頼んで新調してもらえないかと思ったけど、決して安い買い物ではないことくらい分かっているから、きっとあたしが高等部に進んでもこのピアノを弾くことになるんだと思う。
あたしは黒ずんだ鍵盤に視線を落としてから梨沙子を見た。


「それって、矢島先輩と弾いてた曲でしょ?」


梨沙子の声は穏やかで優しいものだった。
りーちゃんはいつでもそうだ。こういったことを尋ねても、決して嫌味にも皮肉にも聞こえない。
あたしはくすりと笑って答えた。

94 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 08:58


「舞美ちゃん、ピアノ弾けないよ」
「でも、一緒に弾いてるように見えた」
「え?」
「愛理も先輩も、楽しそうだったもん」

だだっこのように答える梨沙子に、あたしは頬が緩む。
梨沙子はたまによく分からないことを言う。そう、栞菜みたいに。

95 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 08:59

あのころは純粋に弾くことが楽しくて、もっと音に触れていたいと思えた。
それは決まって隣に舞美ちゃんがいたからであって、その他のものに心を突き動かされた
ことなんて無かった。
ふたりでいる時間は限られていてもその僅かな時間の間に感じた幸せだとか心地よさは、今の
あたしには少しも残っていないように思える。

あの時は古びたピアノでも満足だった。
どんなメロディでも、このピアノの音は幸せを運んでくれたから。


96 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 08:59


「愛理」
「なに?」
「今でも、好き?」

以前のあたしなら、そう尋ねられただけで泣いていたかもしれない。
あの人を想い続けることが苦しくて、辛くて。

「うん。好きだよ」

そう想い続けていないと、自分が自分でなくなってしまいそうで、怖い。

ほんとうは、もう思い出すことも出来ないくらい遠くにある笑顔に手を振って、この
ピアノと一緒に狭い物置へ押し込んでしまいたい。
それでも心のどこかで期待している自分がいて、また一緒の時間をこの音楽室で
過ごせるんじゃないかなんて考えていることも確かだった。

97 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:00


言葉にしなきゃ思いは伝わらない。
それでも、言葉にしたって伝わらないことは山ほどあるから。
だったら、人を好きになんてなりたくなかった。

あたしの子どもじみた考えはいつまでも尽きることがない。
それでも梨沙子はにっこりと笑って、どこか納得したように頷いた。


「栞菜、何してるんだろう」


ぽつりとそう呟くと、梨沙子は驚いたように俯いていた顔を上げた。
分厚い楽譜をカバンの中に押し込んでいるあたしに、梨沙子はさあと首を傾げて見せた。

98 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:00


「気になるの?」
「梨沙子は気にならないの?」
「なるけど。なるけど、どうしようもないもん」
「どうして?」
「栞菜、もう戻ってこないと思うから」

梨沙子の声は淡々としたものだった。
その言葉に、心臓がちくちくと痛み出す。


「それって、あたしのせいだよね」
「なんでそう思うの?」
「…わかんない」
「愛理は悪くないよ。こんなの、誰のせいでもない」

どうして自分を責めたくなるのか、答えはどこにも転がっていないように思える。
吉澤先生に言われたことを思い出して、行き場のない苛立ちがふつふつと湧いてきた。

99 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:01

絵の具で汚れたカーテン。古びた木のイス。日曜の展覧会。描きかけの絵。
栞菜を連想させるものはたくさんあるけれど、どれを選んで突き詰めてみても栞菜が
何を思っているのかは全く見えてこない。

「あたし、展覧会、行かないほうがいいのかも」
「え?」
「栞菜があたしに陸上の応援行けって言ったの、本当はあたしのこと避けたいから」
「違うよ、愛理。ぜんぜん違う」

早口でまくしたてるあたしに、梨沙子はなだめるように穏やかな声であたしを包んだ。
とくとくと心臓の音を感じる。乱れてはいないけど落ち着いてもいない鼓動が鳴り響く。

100 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:02

傷口に消毒液を吹きかけたときのような痛み。ズキズキと滲みて、我慢がならない。
あたしにとって栞菜は何だったんだろう。そして、栞菜にとってあたしは一体何なのか。
そんなことを今まで一度でも考えたことがあったかと思い返してみても、きっと答えはノーだ。

あたしと栞菜は当たり前のように同じ時間を過ごしてきた。
栞菜は誰にも変えがたい、特別な存在だ。
それは舞美ちゃんを好きになっても絶対に変わることはなかったし、その位置に栞菜じゃなく
他の誰かを置き換えることなんて出来ない。

――でも、きっと栞菜は違う


101 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:02


「…あたしじゃなくても、りーちゃんがいれば――」


無意識に口走った言葉の意味に、口を閉じた後に気付く。

あたし、今、何て言った?



102 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:03


「…違うよ、愛理」
「ごめん、変なこと言って。りーちゃん、今の忘れて!」

慌てて両手を梨沙子の前でぱたぱたと振って、あたしは後悔した。

なにも梨沙子を引き合いに出すことなんてない。
梨沙子は栞菜の後輩で、あたしと共通の仲の良い友達のような存在だ。
子どもじみた考えだと思う。それでもあたしからすれば梨沙子はあたしに出来ない
ことを簡単にやってのける、器用な女の子に見える。

「愛理、かわいい」
「ふぇ?」
「あたしにヤキモチやいてるでしょ?」

にやにやとした表情で、梨沙子は面白そうにそう言った。
近づいてきた手に思わず目を瞑ると、そっと髪を撫でられる。
ぺたぺたと手のひらで頬を撫でてみる。何故だか熱くて、火照っているのが分かった。
103 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:03



「心配しなくても、大丈夫だと思う」
「…心配っていうか。そういうんじゃなくて、あたし」
「どうして舞美先輩には好きって言えるのに、栞菜には言えないの?」

舞美ちゃんと栞菜は違う。あたしの中で二人はまるで正反対の位置にいる。
だけど、ふたりとも大切な存在。それにはもちろん、梨沙子も含まれているけど。

梨沙子の言った言葉は、あながち間違いじゃないのかもしれない。
美術室で楽しそうにしているふたりを見るたび、どこか懐かしさを感じることがあった。
梨沙子の腕が栞菜の腕に絡みつく。それを拒むわけでもなく、栞菜は微笑みながら絵を描き続ける。
ぐるぐると記憶を巻き戻してみても、溢れ出てくる感情はひとつに絞り切れない。

いつからかあたしの隣には栞菜じゃなく、舞美ちゃんがいた。
それは、栞菜のそばにはいつも梨沙子がいたから――

104 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:04

違う。
舞美ちゃんは栞菜じゃないし、栞菜は舞美ちゃんにはなれない。
梨沙子が悪いわけでもなんでもない。
無意識のうちに、あたしが栞菜から遠ざかっていただけのことだ。


「…栞菜はそういうのじゃないよ」
「そういうのって?」
「好きとは違うの」 
「じゃあ嫌いなの?」
「…そうじゃないけど」
「あたしのことは好き?」
「うん」
「ほら、やっぱりおかしいよ、愛理」


梨沙子はあたしの肩を掴んでぐらぐらと揺らす。白い歯を見せて、可愛く微笑みながら。
行き場のない視線を床に落とすと、あたしの腰掛けているイスにすとんと腰を下ろした。
長椅子とはいえ二人分のスペースをとるのにやっとなくらいで、窮屈なお互いの距離に
目を細めて笑い合った。
105 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:05


「栞菜も変だけど、愛理もそう。
舞美先輩のこと好きだって言いながら、栞菜のことばっかり考えてる」


反論することは出来なかった。だって、梨沙子の言葉に何の間違いもないんだから。
からかうような口調に困惑していると、梨沙子に体をぎゅっと抱きしめられる。

「…それって、いけないことなのかな」

絡みついた腕をつかんで尋ねると、梨沙子はゆっくりと首を横に振った。


「そうじゃないよ。ただ、愛理は今いろんなこと抱えちゃってるから」
「うん」
「たぶん、同じだと思う」
「同じって?」
「栞菜も、愛理のこと考えてる」

何故そう言い切れるのか分からない。
でも梨沙子が自信満々に言うから、あたしはそれに微笑むことしか出来なかった。

106 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:05


老いぼれたピアノに寄りかかって、梨沙子は続けた。


「栞菜にとって、愛理はトクベツだよ。
あたしといる時には絶対見せない顔するし、声も表情も違う。
…先輩とのことだって栞菜は何も言わなかったけど、ホントは――」

梨沙子の言葉は途切れて勢いを失った。
しまった、という顔をして、失敗を誤魔化すように笑う。

「ホントは、なに?」
「…ひみつー」
「なんでよ、もう」
「この先は愛理が直接聞いたほうがいいと思う。だから、ひみつ」

梨沙子は人差し指を目の前に突き出して、あたしの唇の手前で指が止まる。
どう答えたらいいか分からなくてとりあえず頷くと、すっかり日が落ちてしまっている
ことに気付いてこの日は二人で下校することになった。


107 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:06

梨沙子の言葉に、あたしはあのキャンバスの絵を思い出した。
梨沙子と栞菜の二人だけの秘密があのキャンバスの中にはある。
あたしはこれまでそれを確かめようとはしなかったけど、今になってあの絵のことが頭から離れなくなった。


「…栞菜、楽しみにしててって」
「え?」
「あの絵。もう少しで完成だから、それまで待っててって」


それがどんなサプライズなのか、気に留めていなかった。
ただ内緒にされていることに少しだけ寂しさを感じていただけで、栞菜が本当は何を
思ってその絵を描いていたのかなんて、少しも考えていなかった。

108 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:06

もう少しって、いつまで待てばいいんだろう。
栞菜はもう絵を描いてくれないかもしれない。そうだとしたら、もうあの絵は完成しない。
梨沙子は何も言わなかった。あの絵が何なのか、知っているのに。
あたしもそれを梨沙子に尋ねる気にはならなくて、黙り込んだままの梨沙子の手をとって
暗がりの廊下を一緒に歩いた。

結局あたしは何も知らないままだ。
梨沙子が知っている栞菜のことも、あたしの栞菜に対する気持ちが何であるのかも。

109 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:07
110 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:07
111 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:07






「じゃ、また明日ね」
「うん。気をつけてねー」


梨沙子があたしに手を振る影が地面に映る。
家まであとわずかという距離なのに、一人で帰ることがたまらなく寂しく感じた。

あたしはいつまでこうしているんだろう。
この寂しさに慣れるにはどうしたらいいか、答えは見つからない。


ふと気がつくと、後で地面を蹴る音が段々と近づいてくる。
その苦しそうな息遣いに、どくんとあたしの心臓が大きく脈を打った。

112 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:08



「――っ愛理!」


あの人に名前を呼ばれたのはいつ振りだっただろう。
そんなことを考えているうちに、舞美ちゃんは乱れた息を整えて額の汗を拭って
苦しそうな笑顔を浮かべた。


――どうしよう

そう思っていたのはあたしだけじゃなくて、舞美ちゃんも同じで。
あたしはただぼうっと立ち尽くして、舞美ちゃんの肩にかかる黒いエナメルバッグを見つめていた。


話したい事はたくさんあるはずなのに。
あなたに、逢いたかったのに。
113 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:08


「ごめん」


舞美ちゃんは深々と頭を下げて、はっきりとそう言った。


「あたし、その、馬鹿だからさ…愛理のそういう気持ち、知らな…」
「謝らなくていいよ。あたしこそ、ごめんなさい」


謝って欲しいわけじゃない。そんなこと、舞美ちゃんだって分かっているはずなのに。

舞美ちゃんは、あたしのことをこれ以上傷つけないようにしようとしてる。
叱られた犬のような顔をしてあたしの様子を伺う舞美ちゃんは、あの時と同じで――

114 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:09


「…謝らないで、お願いだから」


あなたは、何も悪くないんだから。


届かないと分かっていたのに、あたしはどこかで期待をしてた。
それが裏切られることも、すべて知っていて。
どんなに涙を流しても消えなかった想いは、今もちゃんとここにあるはずなのに。

「…愛理」

あなたを、今でも好きなはずなのに。

115 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:09

ただ、誰よりも一番近い場所であなたを見ていたくて。
特別な存在になりたいと思っていた。たとえそれが、独りよがりでも。
好きで好きでどうしようもなくて、舞美ちゃんのいるあたしの世界は美しい色で輝いていた。
大粒の涙で色あせていくその風景があたしの目の前から遠ざかっても、舞美ちゃんはずっと
あたしの心の中で太陽みたいに笑っていて。

それなのに、あたしは


――あたしは、何を考えてる?


116 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:09



『大丈夫だよ、愛理』


迷ったときはいつもそう言ってくれた。
あたしの一番近くにいてくれたのは、舞美ちゃんじゃなくて、梨沙子でもなくて。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、あたしはそれを躊躇ってばかりだった。

小さなころから、あたしのそばにいてくれた。
あたしが失ったのは舞美ちゃんじゃない。
舞美ちゃんと出会うずっと前から、あたし達は――




117 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:10
118 名前:4、andante 投稿日:2009/10/08(木) 09:10
119 名前:みら 投稿日:2009/10/08(木) 09:14
おはようございます。
ちょっと多めの更新でした。
視点が再び愛理に。掘り下げていかなきゃいけないことが増えてる笑



>>90
お互いうじうじしっぱなしの話ですが、どうかこれからも見てやってくださいorz
三拍子さんの作品も心待ちにしております。
完結までお互い頑張りましょう!


>>91
そんなことを言っていただけると創作意欲が湧くものです。
これからも宜しくお願いします!
120 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/08(木) 11:49
あいかん2人とも切ない感じですね
その雰囲気が気に入ってます
りーちゃんの存在が良いアクセントになってるなぁと思います
栞菜の未完成の絵の内容がかなり気になってきました(笑)

お互いの本当の気持ちに気付いた時
2人がどういうアクションを起こすのか…
今後の展開が楽しみです!
121 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/09(金) 00:28
何かどっかで読んだことあるような話の流れな気が‥‥。
でもやっぱり楽しみです。
122 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:24

この気持ちがニセモノだとしたら、あたしの初恋は何処へ消えてしまったのだろう。
心の隅っこに追いやられてしまったのか、それともすっかり形を失って、どこかへ
蒸発してしまったのかもしれない。

目の前にいるのは、あたしの愛した人。
じんわりと浮かぶ涙の向こうには、小さな影が見える。

「大会、来てくれるよね?」

こんな時でも舞美ちゃんは舞美ちゃんだ。
あたしの気持ちなんて、まるで分かってない。
今更分かって欲しいとは思わないけど、少しくらい察してくれたって良いと思う。

まっすぐすぎる。だから、人の裏をかくのは苦手な人だと知っている。
こんなあたしが、舞美ちゃんの元へ素直に駆けていけるわけがないのに。
本当に厄介な恋だ。あたしはいつまでも、この人のことを想い続けなければいけない。

落ちた夕日を見送って、オレンジ色に重なる舞美ちゃんの顔を見つめていた。

123 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:25

「あたし、愛理のこと、好きだよ。でも、愛理の気持ちとはきっと違う。
けど、だからって愛理のことを無視したりできない。だって、ずっと傍にいたんだもん。
今更愛理があたしから離れていくなんて、考えられない。
勝手なこと言ってるって分かってる。愛理のこと、たくさん傷付けて、本当に悪いと思ってる。
あたしの我侭だけど、愛理は――」

聞きたくない。咄嗟に耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
けれど、あたしの両手は重力に従ってだらんと地面へ向かって下ろされたままだ。

「愛理は、あたしの大切な人だから」

あたしだって、あなたを誰よりも大切に思ってる。
そう言いたくても動かない唇を噛み締めて、あたしはまた涙を流した。

こんなのって、残酷すぎると思う。
いくら願っても届かないのに、優しい言葉が胸に染みていく。
けど、乾ききった心は潤されることはない。水をいくら吸い込んでも、割れた地面が元に戻ることはない。
どうしたら元のあたしに戻れるのか、そればかりを考えていた。


124 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:25

ばかみたい。ばかみたいだよ、舞美ちゃん。
そんなあなたを好きになったあたしは、もっと馬鹿。
その優しさに甘えたくて、溺れたくて仕方が無い。
情けない顔をしてあたしを見るその瞳は、ひどく怯えている。

あたしは、こんなことで壊れたりしない。
舞美ちゃんを失うことくらい、どうってことない。

そう言い聞かせることで、涙を堪えてきた。
けど、止まらない。舞美ちゃんのことだけじゃない。あたしが失ったのは、あなただけじゃない。


125 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:25

「あたし、大会には行けない」

喉の奥から引っかきだした言葉を告げると、舞美ちゃんは顔をさらに曇らせた。


「でも、応援してる。ずっと、舞美ちゃんのこと応援するって、決めたから」


誰よりも近くで舞美ちゃんを感じていたかった。
その優しい目で、いつまでもあたしを見ていて欲しい。そう思っていた。
グラウンドを走る姿を追って、幾度も胸を焦がした。
伝えなきゃ、伝えなきゃ。毎日そう焦っていたことを、あなたはきっと知らない。

126 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:26

「それに、間違ってるよ、舞美ちゃん」
「え?」
「あたし、傷付いてなんかない。大丈夫だから、この位」

精一杯の強がりと嘘を並べて、頬をつたう涙を制服の袖でごしごしと拭った。
赤く腫れた頬をこすると、舞美ちゃんが見ていられないといった様子で手を伸ばしてくる。
あたしはその手をそっと避けて、一歩後へ下がる。

もう近付けない。舞美ちゃんを追い続けるのは、止めた。

泣いてるくせに、叫びたいくせに。嘘で固められたあたしを、誰が助けてくれるだろう。
目の前にいる舞美ちゃんに甘えることは容易い。こんなあたしに、手を差し伸べてくれる。
それは、恋でも愛でもない。名前の付けようが無い、脆くて壊れやすい膜で覆われたもの。
その膜を突き破ってしまったのは、あたしだから。
127 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:27

言葉にするには余りにも難しすぎることだと思う。
あたしは、舞美ちゃんの隣にいつまでも居られると思っていた。
ふわふわとしたあたたかな気持ちが恋だと気付くのに、そう時間はかからなかった。

「ごめん、愛理」

舞美ちゃんは何度も何度も、同じ言葉を繰り返す。
それでも、あたしの心に鮮やかな花が咲くことはない。
求めているのはもっと違う色で、誰も手にすることが出来ないような優しさだ。

それを与えてくれるのは、誰なのか。
答えはもう出ている。じんわりと瞳に浮かんだ涙の向こうに、栞菜の姿が見えた気がした。

128 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:28

129 名前:4、andante 投稿日:2009/12/04(金) 19:28

130 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:30


事態はおかしな方向へ向かっていた。
滅多に足を踏み入れることのない場所へ馬鹿丁寧に招致されたあたしは、呆然として
やたらふかふかとした高級そうなソファへ縮こまって腰を下ろしている。
校長室に不似合いなジャージ姿で部屋中をうろちょろとしている吉澤先生の背中を目で追いながら、
あたしの頭の中はいよいよ迫ってくる展覧会のことでいっぱいだった。

「あの、先生」
「んー?」
「その花瓶高そうだから、触らない方がいいと思います」
「それ売り飛ばせば、弁償できる程度だよ」

知ったかぶりした口調でそう言った先生は、大人しく胸に抱えた高級そうな花瓶を元の位置へ戻す。
校長先生の私物であろうそれにべたべた気安く触るなんて、吉澤先生だから出来ることだと思う。
怖いもの知らずというか、無神経というか。
あたしの座るソファの横に丁重に置かれた金色の額縁入りの絵を指差して、先生は不器用にウインクをする。

131 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:31

「高くつくよ、きっと」

あたしはそうだとは思えない。
たかが高校1年生が描いた絵だ。
何のスポンサーもつかない素人の絵に、大金がかかっているとは到底思えない。

「本当に、あたしが選ばれたんですか」
「うん。だから、ここに呼ばれたんじゃん」
「でも、信じられなくて」

全校生徒の前で表彰をする。
そう言って担任の先生はあたしより喜んでくれていたけど、吉澤先生は
当然だとばかりに鼻を高くしているようだった。


「プロも顔負けだよ。有原は、もっと自分の才能を信じたほうがいい」

頭をぐしゃぐしゃと撫でられて、切りそろえたばかりの前髪が乱れる。
先生は、あたしが部活をさぼっていたことには何も触れない。
ただ目の前にあるあたしの描いた絵をまじまじと見つめて、時折嬉しそうに目を細めるばかりだった。
てっきり叱られるものだと思っていたから、拍子抜けだった。

132 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:31

「才能、ですか」
「そう、才能」
「あたしにそんなもの、ありませんよ」
「いんにゃ、そんなことない。誰にだってあるものだよ」
「そうでしょうか」

どんなに高い評価を得ても素直に喜ぶことが出来ないのは、あたしの
性格がひねくれているからだと思っていた。
絵を褒められることは嬉しいと思う。
けど、自分の絵が人と比べてどうとか、上手くなりたいとか、そんなことは考えたことが無い。

才能って、なんだろう。それはあたしに何か利益をもたらしてくれるのかどうかさえ、分からない。
周りはあたしをもてはやす。そのことに疎ましさを感じているのは確かだった。
吉澤先生に褒められて嬉しい反面、濁った感情が渦を巻く。
あたしが求めているのは、名声なんかじゃない。
133 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:32


「オーロラってさ、北極光っていうの。知ってた?」


俯いていた顔を上げて即座に頷くと、先生は残念そうな顔をした。
何故そんなことを尋ねるのか分からなかった。
首をもたげたあと、先生は金色の額縁を指でそっとなぞる。

「どうしてオーロラを描いたの?」
「さあ、覚えてないです。去年のことだし」
「うそこけ。なーんかあると思ってたんだよね、最初にこれ見た時」
「別に、なにもないですよ」
「待って、あててやる」

ソファに座ったまま足をぶらつかせて、先生の言うとおり何秒かの時間を与えた。
その間、あたしの頭の中にめぐっていた記憶がピタリと過去へ重なる。
一枚の紙の上に広がるオーロラをぼうっと見つめて、思い出す。
忘れたなんて、嘘だった。今になって濃く色づいていく感情を隠すように黙りこくって
いると、先生の口角が緩やかに上がる。

134 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:32

「鈴木、でしょ」

低く落ち着いた声色が、静まり返った校長室ではやけに大きく聞こえた。
先生の口から愛理の名前が出たことに驚いて、あたしはぶらつかせていた足の動きを止める。
首を横に振ることが出来ない。嘘がつきたいならそうすればいいのに、あたしは頷いてみせた。

『オーロラって、北極光っていうんだって』

それは、昔愛理があたしに教えてくれたことだった。
飛び出す絵本シリーズ。あたし達がまだ小学生だった頃、あたしが誕生日プレゼントにあげたものだった。
そのうちの一冊に、北極のオーロラと白熊の物語がある。愛理はその話が大好きだった。

冬の寒いある日、ホットカーペットに寝転がって、一冊の絵本を二人で読んだ。
美しいオーロラの色に、波立つその姿に目を奪われた。


135 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:34

「話さなきゃだめですか?」
「いいや。けど、興味あるから」
「オーロラのことなら、自分で調べてください」
「そうじゃない。鈴木のことだよ」

思い出から現実に引き戻されて、はっとする、
先生はポケットに手を突っ込みながら、気だるそうにあたしの隣へ腰を下ろした。

「このオーロラも、部活に出ないのも。鈴木となんか関係あるのかなって」
「なんでそんなこと分かるんですか?」
「あたしが鈴木に聞いたから」

先生はさらりとそう言うと、にやにやと厭らしい表情であたしを見る。

「有原が絵を描かないのは、あの子のせい?」

ゆっくりと立ち上がってあたしの顔を覗き込む先生の顔は、人形のように整っている。
ひとつひとつのパーツがきめ細やかで、端正に出来ている。

「愛理のせいにはしたくないけど、そうなのかもしれません」

136 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:34

愛理を責めるなんて、間違っている。
頭では分かっていても心は追いつかない。追いついてくれない。
愛理の笑顔を見たいと思う反面、愛理に近づくことを何よりも恐れている。
だから描けない。だから、描かない。

「あたしは、愛理が喜ぶ絵を描きたくて…今までずっと、そうしてきたから」
「今も、でしょ?」
「分からないです。あたし、愛理にどんな顔して会えば良いかも分からない」
「どうしてさ。あの子、不安そうだったよ。こーんな風に、眉下げて」

頼りなく下がった眉。愛理は何かあると決まってそんな表情をする。
先生はこめかみに指をあてて、その真似をしておどける。
もともとの顔立ちに似合わず酷く不細工なその顔に、思わず笑ってしまった。


137 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:35

「鈴木は、有原を必要としてる。描くことが無意味だなんて、思うなよな。
絶対、逃げちゃだめだから。こんなところで立ち止まってるようじゃ、笑われるよ」

笑われる、か。それであの子が笑ってくれるなら、それはそれで良いのかもしれない。

しばらくしてから、やっと校長先生が現れた。
どれくらいの間先生と言葉を交わしていたのか、壁掛けの時計を見上げてもろくに分からなかった。


あたしは、何処へ向かって逃げているんだろう。
愛理を好きだと思いながら、愛理から離れようと必死になっている。
梨沙子や先生にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けど、部活には顔を出さない。

138 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:35

どんどんわがままになっていく。
昔から愛理の視線の先には、いつだってあたしがいたんだ。
それがどんな意味を持っていたのかなんて考えたことはなかった。考える必要も無かった。
愛理が誰かを好きになって、少しづつあたしの知らない愛理になっていくなんて、一度も――


「君の絵はすばらしいよ。どうしてだろう、見ているだけで心地良くなるんだ」


校長先生は胸に手をあてて、静かな声色でそう言った。
そんなことを言われたのは初めてだった。胸の奥をぎゅっと押しつぶされたような感覚がする。

吉澤先生は微動だにしないあたしの顔を覗き込んで、にっこりと笑った。
描きなよ、有原。
そう言われた気がして、あたしは無意識のうちにこくんと頷いた。


あたしと愛理の距離を埋めてくれるものは、一体何だろう。
放ったらかしにしていた「秘密」の絵のことを、あたしは密かに思い出す。
今なら、描ける気がした。愛理の表情を、笑顔を、ひとつも違わず頭に浮かべることが出来る。

描こう。帰ったら、真っ先にあの絵を完成させなきゃ。

139 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:35

140 名前:5、才能 投稿日:2009/12/04(金) 19:36

141 名前:みら 投稿日:2009/12/04(金) 19:41
久々の更新です。
愛理視点が中途半端で長くなってしまったorz
のろま更新で申し訳ないです。


>>121
梨沙子は無駄に賢くさせたくなります笑
これから登場人物がちょいちょい増えていきそうで混乱しそうですが…
なにとぞ完結まで見守っていただけるとありがたいです。
未完成の絵、楽しみにしていてくださいw

>>122
個々の設定が似た作品が他にもあることは存じていますが、あくまでも
このスレのお話は私のオリジナルだということを知って頂ければと思います。
ご指摘とともに、読んでいただいてありがとうございました。
よければ、これからもよろしくお願いします。

142 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/11(金) 01:52
更新お疲れ様です!
栞ちゃん頑張れ!!私も愛理の笑顔が好きだw
143 名前:sage 投稿日:2011/09/25(日) 01:25
まってます
144 名前:名無し 投稿日:2011/09/25(日) 01:26
おち

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