花に願いを2
1 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/07(金) 14:49
夢板で書いておりました『花に願いを』
の続きでございます。

CPはいしよしです。



2 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/07(金) 14:56



3 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 14:57

あの日、わたし達の関係が変わらないことを、
ただひたすらに願ったけれど、
やっぱりそれは、無理だったみたい――


別荘ではね、ひとみちゃんは完璧だった。

柴ちゃんとも、美貴ちゃんとも楽しく過ごして・・・
本当に、全く普通に振舞ってた。

けれど、わたしは気付いてしまった。
ひとみちゃんが決して、わたしと視線を合わせてくれないことに――

4 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 14:57

翌日、帰宅して、柴ちゃんと美貴ちゃんが帰っていくのを
二人並んで見送って。

二人が見えなくなると、ひとみちゃんは
「荷物、部屋まで運びますよ」
そう言って、わたしのバッグを持ってくれた。

その時も、視線が合うことはなかったけれど、
ああ、わたしの判断は間違ってなかったんだ。
やっぱり、これでよかったんだ。
きっとまた、元の二人に戻れるって。

そう、思っていたのに――


ひとみちゃんは、靴を脱ぐこともなく、玄関に荷物を置くと、
先に部屋に入っていたわたしに
「帰ります」
それだけ言って、背中を向けた。

5 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 14:58

え?ちょっと待って。
一緒に部屋に上がるんじゃないの?
それが当たり前の毎日だったじゃない――


どう呼び止めたらいいのかわからず、立ち尽くすわたしに、
彼女は背中を向けたまま、小さな声でつぶやいた。

「花の願い、叶いましたね」

願い…?

そして、あなたは振り返って、わたしに視線を合わせた。

一日ぶりに見た、あなたの瞳は、
深く傷つけられたように、悲しげに揺れていて。
それだけで、わたしの胸はまた強く痛んだ。


「必ず来る幸福――
 先輩、頑張って育てたから…」


最後の言葉を言い終える前に、あなたは強く唇を噛み締めて、
そのまま部屋を出て行った。


6 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 14:59

「待って!」

目の前で扉が閉まる――

なぜか、もう二度と、あなたがここに来る事がないんじゃないか?
そんな嫌な予感が脳裏をよぎって、体が震えた。


それが、ただ怖くて・・・

そのまま、ドアの前でひざまずいた。


あなたが階段を降りていく音がする――


ねぇ、わたし、これで良かったんだよね?
明日には、きっと、今まで通りだよね?
明日、またここで一緒に、ご飯食べれるよね?

7 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 14:59


「お願い、わたしを嫌いにならないで…」

ドアに額をつけて、祈るように囁いた。



その夜は、ずっと涙が止まらなくて。
この涙と共に、あなたへの思いが流れて消えてしまえばいいのに――

そう願うのに、わたしの心は、
あなたへの思いを増していく。


ドアを開けて、階段を降りれば、
すぐあなたに会えるのに。
こんなに近くにいるのに・・・

苦しいよ、ひとみちゃん。


一度飛び出した思いを沈めるのは、
こんなに難しいの?


泣き続けて、眠ることも出来ずに、わたしは朝を迎えた。

8 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:00


もうきっと、体に水分なんて残ってない。

今までだってね、辛いことや悲しいことはたくさんあった。
けど、こんなに泣いたのは、はじめて。
次から次に涙が溢れて、自分でも止められなくて・・・


好きな人に――

心から愛する人に、愛してるって言えないことが、
こんなに悲しいことだって、はじめて知った。


でも、もう泣くのはやめよう。

シャワーを浴びて、全てを洗い流して。
今日からはちゃんと、あなたの前で笑えるように。

今から、またわたしは、ただの世話の焼ける先輩に戻らなきゃ。

9 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:00


今夜は、わたしが作ってあげようかな?

何事もなかったように、旅行でおいしい海鮮、
食べさせてくれたお礼だよって。

この前、ひとみちゃんに教えてもらった
野菜とホタテの春雨スープ。
他にも、頑張って作るから。

だから・・・

都合がいいかもしれないけど、
勝手かもしれないけど、

旅行に行く前のわたし達に戻ろう?

もう絶対、あなたへの想いを表に出したりしないから、
約束するから。

だから、お願い――


10 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:01


何度も考えて、何度も打ち直して、
今日の夕飯のことをメールしようと、送信ボタンに触れた途端、
あなたからメールが届いた。

作ったメールを下書きに保存して、
届いたメールを先に開く。



どうして・・・?

  『今夜、店に早く行くんで、一緒に食事出来ません。
   ごめんなさい』


もう泣かないって決めたのに、また涙が溢れ出す。
自分自身の体さえ、支えることも出来なくて、その場にしゃがみ込んだ。

枯れるほど泣いたのに、水分なんて残ってないはずなのに、
涙がとめどもなく零れて、床を濡らしていく。

11 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:01

今まで、こんなことなかった・・・
一度だって、あなたは――




――わたし、ほんとに自分勝手だ・・・


あなたはいつも、わたしとの食事の時間を大事にしてくれてた。
どんなにバイトで疲れてたって、
どんなに論文が差し迫っていたって――


それを破ったのは、わたしの方だ・・・

あなたに嘘までついて――

12 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:02


「ごめんなさい・・・」

携帯を握り締めたまま、つぶやいた。


ごめんなさい、ひとみちゃん。


わたし達、本当にもう、終わりかもしれない・・・
もう二度と、元には戻れないのかもしれない――


13 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:02



やっぱり、嫌な予感というものは、的中するもので。

翌日も、その翌日も、あなたから、理由とともに
『今夜は一緒に食べれません』
そんなメールが届いて――


ついに、『今週は忙しいんで、ごめんなさい』
たった一行のメールが届いた。


ひとみちゃん、苦しいよ。
あなたに会えないことが・・・

こんなにも、苦しいよ――

14 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:03



あなたが来なくなって、もう半月。

とっくに部屋は荒れ始めていて、
片付ける気力だって起きない。


はあ〜
ダメだな、わたし。

ダイニングテーブルに腰かけて
前に突っ伏す。

一つしか使われなくなった、ベネチアングラスに触れた。
帰宅してすぐ入れた、冷たい牛乳のせいで、グラスが汗をかいている。


もう一つは、もう使われることは
ないのかな…


15 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:03

あなたの好きな牛乳。
一度も切らしたこと、ないんだよ?


  『やっぱグラスが綺麗だと、
   おいしさが増しますね』

あなたがそう言ってくれる度に、
これ買ってきて良かったって、うれしくなった。



どうして、ひとみちゃんを好きになっちゃったんだろう…

わたしが、こんな思いを抱かなければ、
きっと今も、ここであなたと食事して、
このグラスを使ってて。

食後には、紅茶を飲んで、
毎日あなたの笑顔を、隣で見れてたはずなのに…

16 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:04

どこで狂っちゃったのかな…

やっぱりもう、二度と元には戻れないのかな…


ひとみちゃん、会いたいよ――


涙がこぼれた。

お花の番人なんて、探さなければ良かった。
あなたにお願いなんか、しなければ良かった。

苦しいよ。
ひとみちゃん――

17 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:04


流れ出した涙が止まらないの。
だから、ひとみちゃん。

肩を抱いてよ。

いつだって泣きたい時は、貸してくれるって言ったじゃない。
わたしが眠るまで、ずっとそばにいてくれたじゃない。


ねぇ、どうして、くしゃみをしても
来てくれないの?

どうして?

ねぇ、どうしてよ…

立ち上がる気力もなくて、
そのまま顔を覆った――


なんで、
なんで、わたし。
こんな気持ち、抱いちゃったんだろう――

18 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:05



19 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:05

今夜も副社長とお食事。
あなたに会えなくなった分、副社長と過ごしてる自分がいる。

副社長はわたしにすごく気を使ってくれて、
元気のないわたしを、一生懸命元気づけようとしてくれてる。

ズルイことしてるって、分かってるんだ。
けれど、今は、副社長の言葉に、思いに甘えてしまう。


「明日、オレ休み取れたから、一緒にどっか行かへん?」


明日は、会社の創立記念日。
わたしみたいな、平社員は普通に休みだけど、
会社を担う副社長は、そんなに簡単に取れるわけがない。


「でも・・・」
「心配せんでええよ。パッと遊びに行こ?
 平日やし、どこ行っても空いてるやろ?」

そう言って、笑ってくれた副社長に頷いた。

20 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:06

相変わらず、自宅から少し離れた所で、
車を止めてもらう。

今でも、あなたに見られたくないって思うの。


プラプラ歩いて、アパートの敷地に入る。
自分の郵便受けを覗いて、あなたの郵便受けにも目をやる。

やっぱり――

朝入っていた新聞がない。
毎晩そう。

いつ覗いても、朝そこにあった郵便物はなくなっていて、
ベランダから、1階を覗き込んでも、
お庭は綺麗に手入れされてる。

21 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:06

きっと――

ひとみちゃんは、わたしのいない時間に帰ってきているんだ。
わたしが必ずいない、会社に行っている時間に
部屋に戻って・・・


そんなに、嫌われちゃったか――

顔も見たくないほど、嫌われちゃったんだね。

どんなに日が経っても、この胸の痛みは癒えない。


あなたに一目会いたい。
会ってあなたに謝りたい。

あなたに嘘をついたこと。
あなたを傷つけたこと。

そして、どうすれば、元に戻れるのかを、
あなたに教えて欲しい――

22 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:07

だから、今夜も目が覚める。

外でバイクの音がして、
もしかして、あなたかもしれないって、とび起きて――

うつらうつらし始めた明け方に、
外で音がして、何も考えずに慌てて飛び出す。

けれど、そこにあなたの姿はなくて・・・


また、重たい気持ちを抱えながら、
部屋に戻る。

そして、部屋に戻ると、
勝手に涙が溢れるの。

呼吸が止まってしまうんじゃないかって思うほど、
胸がギュウって痛くなって、
しばらくうずくまってないと、立ち上がれない。


こんなにあなたに会いたいのに。
こんなにあなたに会いたいと願っていたのに――


再びあなたと会えたのは、最悪の状況下だった・・・

23 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:07


**********


24 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:08

あの日から、アタシは日が高く昇ってから、一旦家に帰る。


『毎日、バイトに入らせてほしい。
 出来れば、店が終わった後、そのまま寝泊りさせて欲しい』


ただ、頭を下げてお願いしたアタシに、
ママは理由を聞かず、許可してくれた。


店の皆には、
『ヨシの部屋、幽霊が出るんですって!』
なんて、真剣な顔で言って・・・

25 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:08

先輩の顔を、まともに見れる自信がない。
彼氏の話なんか聞きたくない。

先輩が、あの笑顔を誰かに向けている。
先輩が、誰かに抱かれている。

そんなことを考えたら、
胸が焼けるほど、苦しくて・・・

狂おしいほどの嫉妬が、体の奥から這い上がってくる。


アタシが、どんなに頑張っても、
先輩の夢を叶えてあげられない。

どんなに願っても、どんなに足掻いても、
あなたを幸せにしてあげられない。

26 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:08

せめて、そばにいるだけでも――

そう思っても、今のアタシには無理。


そばにいれば、触れたくなってしまう。
でも、一生かけてもぬぐえない罪が、アタシを許してはくれない。

そして、あなたへのこの狂おしいほどの想いを、嫉妬の炎を、
アタシはきっと、あなたにぶつけてしまう。

あなたに、牙をむいてしまう。


だから、今は――

ただじっと、この嫉妬の炎に燃えた心が静まるのを待つしかない。
ちゃんと笑えるようになるまで。


27 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:09

アパートへ向かう角を曲がると、
大きなベンツが止まっているのが見えた。

ちょうど、アパートの入り口を塞ぐように止めてあって、
邪魔なこと、この上ない。


ったく、誰だよ。

心の中で、悪態をつきながら、
黙ってベンツの横を通り過ぎ、敷地内に入った。


「あれ?アンタ、もしかして・・・」


後ろから、声がかかる。
振り向くと、派手な身なりの軽そうな男。
取立て屋か?

こんなヤツ、知らね。

28 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:09

黙って歩き出そうとすると、また声がかかった。


「ひとみちゃん、やろ?」

驚いて振り向く。

「やっぱ、そうかぁ。
 いやー、石川さんの言う通りや、
 色白のべっぴんさん」

まさか・・・
コイツが・・・!


「心配しとるで、石川さん。
 あんたに会えん。嫌われたんちゃうかって」

「――アンタが副社長さん?」
「そうや」

29 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:10

拳を握り締めた。

コイツが・・・
コイツが、先輩を・・・

妬けつくように、胸が痛む。
この助手席に乗って、先輩はコイツに笑顔を向けてるんだ。

そう思ったら――


  『わたし、お嫁さんになるのが夢なの』
  『――好き、だと、思う・・・』


秋を感じさせる冷たい風が、アタシの頬を撫でた。

30 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:10

「・・・伝えてください。元気だからって」


歩きだしたアタシに、また言葉が投げかけられる。

「それでええの?自分」

思わず、立ち止まった。

「あんた、オレのライバルやと思ってたんやけどなぁ」
「ライバル?」

アタシが振り向くと、そいつはそれまでとは全く違う、
真剣な顔をして、静かに、そして力強く言った。


「本気やで、オレ。
 近々、プロポーズするつもりや」


彼の目をじっと見つめた。


「石川さんは、あんたと何があったとかは、よう言わん。
 けど、一緒にいれば、察しはつく」

31 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:11

「必ず、オレの方に向かせて見せる。
 あんたには負けへん」

フッ・・・

思わず、笑いがこぼれる。

「何がおかしい?」


何が?って・・・
アンタの事、先輩は好きだってさ。

けど、教えてやらない。
これはアタシの意地。

黙って、背中を向けた。

「逃げるんか?」
「逃げる?」

「ああ、戦いもせず、逃げんのか?」

腹を抱えて、笑いたくなった。

逃げる、だと・・・?

32 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:11

これだけは、教えてやるよ。

アタシは振り向いた。
歪んだ笑いが出るのが、自分でも分かった。


「アタシは、ピッチにも立てないんだよ」
「はあ?」

「グラウンドに下りて、プレーすることさえ許されない」

アタシの言葉が理解できないのか、眉をしかめた。


「アンタの不戦勝だよ」

悔しいけど、どうしようもない。
どうしようもないことが、この世の中には存在する。

33 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:12

コイツなら、きっと・・・
先輩に苦労はさせないだろう。
先輩の夢を叶えてあげられるだろう――


頭ではそう思っても、体が悲鳴をあげる。
苦しい、息がつまる。
内側から、焼けつくされてしまいそうなほど、狂おしい。

あまりの胸の痛みによろけそうになって、
慌てて背中を向ける。



「――ひとみ、ちゃん・・・」

階段の上に、先輩の姿。

なんで?
どうして、いるの・・・?
平日なのに・・・なんで?


34 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:12

先輩が階段を駆け下りてくる。

先輩・・・

胸が苦しいんだ。
焼けるように痛むんだ。

あなたが好きすぎて・・・


「ひとみちゃん・・・」

そう言って、アタシに近づいてくる。
逃げなきゃ、ほら。早くっ!


「――こんなに、痩せちゃって・・・」

先輩が、アタシの頬に触れようとする――

35 名前:第6章 1 投稿日:2008/11/07(金) 15:13

「ご飯」

思ったよりも、低い声が出た。
先輩の手が止まる。

「一緒に食べるの、もう止めましょう」

目を見開いた先輩。

「だからもう、メールも送りません・・・」
「・・・ど、うし、て?」

「アタシ、留学の準備とか色々あって忙しいし、
 先輩も、恋人と過ごす時間、大切にして下さい」

そこまで言って、部屋まで走った。
自分の部屋に逃げ込むと、涙が溢れてくる。


やり場のない思いを、拳を丸めて床にぶつけた。


亜弥、アタシには幸せになる権利なんて、ない…

36 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/07(金) 15:13



37 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/07(金) 15:13



38 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/07(金) 15:15

本日は以上です。
これからお世話になります。
宜しくお願いします。

39 名前:名無し読書中。。。 投稿日:2008/11/07(金) 20:00
グスグス
40 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 23:24
毎度更新お疲れ様です。

うぬー・・・・・・・・・よっちゃーーーん。
悲しいね・・・。

更新楽しみに待っています。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 23:51
うわ〜ん、もっと二人とも我がままになって!!
42 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/08(土) 00:17
更新お疲れ様でした。

作者さんのことだから、こういう展開になるとは予想していたけれど…。
今の外の天気と同じように自分の心の中も猛吹雪です…寒いです…苦しいです…。

超特大の甘ぁぁぁぁいプディングのような展開になる日は来ますか?
ってか来るって言って!!!!(笑)
43 名前:925 960 投稿日:2008/11/08(土) 00:53
んー (ノ_・。)

いつもごちそうさまです(>_<)

もどかしいYO〜(>_<)
44 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/08(土) 00:57
よっちゃんが可哀想です(;_;)
梨華ちゃん素直にならなきゃ(>_<)
45 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/09(日) 09:55
初めまして。

ハルカゼから全て一気に読ませていただきました


正直・・・泣いたり笑ったり大変でしたw

作者さんのストーリーの作り方とか言葉の並びがすごく好きです

これからも頑張ってください!

46 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/14(金) 16:57

>39:名無し読書中。。。様
 泣かしてしまったようで・・・
 すみません。

>40:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 悲しいですね・・・ほんと。

>41:名無飼育さん様
 ですよね〜
 好きなら、突っ走ってまえ!!
 と、言いたいところですが・・・

>42:名無し飼育さん様
 北の方にお住まいでしたか。
 寒いというのに、物語まで凍えそうな展開ですみません。
 ただ甘いプディングは、一つしかないのでね〜

>43:925 960様
 いつもありがとうございます。
 今日はS加減が抑え目になるかな〜?

>44:名無飼育さん様
 ほんと可哀想ですよね。
 個人としては、なんとかしてあげたいのに、
 作者としては、どこまでも〜
 という、この矛盾・・・

>45:名無飼育さん様
 おおっ!!
 ありがとうございます!!
 一気になんて、結構大変じゃなかったですか?
 うれしいお言葉ありがとうございます。


では、本日の更新にまいります。




47 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/14(金) 16:57





48 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 16:59

「おはよう、柴ちゃん」

「おはよーって、梨華ちゃん、ひどい顔色してるよ。
 ちゃんと寝てる?」

曖昧に微笑んだ。

柴ちゃんも美貴ちゃんも
わたし達のことを心配してくれてる。

自分達が煽っちゃったせいじゃないかって、
責任まで感じちゃって…


「今晩さ、ミキティと梨華ちゃん家
 泊まりに行ってもいい?」

「うん、いいよ」

正直助かる。
あの部屋で、孤独を抱えて過ごすのは
本当にもう限界だから…

あの部屋にいると、自分が壊れてしまいそうになるから。

49 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 16:59

「ありゃ〜、散らかり放題だね」
「キッチンも使ってないでしょ?」

二人に言われて頷いた。


たくさんの食材を持ち込んでくれて。
「お外で食べよ」って言ったけど、せっかくだから、皆で作ろって。

ひとみちゃんとの思い出がいっぱい詰まったキッチンを、
それしか浮かばないキッチンを。

また違う思い出で、刻んでくれようとしてるんだと思う。


50 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:00

「待って、これ先に入れるんだって!」
「えー、違うよ。こっちだよ!」
「違うって、これなの!」

3人でワイワイやって。


「キッチンの使い方が、分からなかった梨華ちゃんが、
 1番料理出来るようになってやがる」

美貴ちゃんの一言に

 『そうだよ。だって、ひとみちゃん仕込みだもん!』

そう思って、胸が痛んだ。


柴ちゃんが、美貴ちゃんをつつく。

「ごめん、なんか…」
「ううん、大丈夫」

二人に笑顔を返した。

51 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:00


「満腹、満腹」

柴ちゃんがソファーに、寝っころがる。
続けて美貴ちゃんは、床に。


「紅茶飲む〜?」
「うん」
「頂く〜」

二人から声が返って来て、お鍋に水を張って、火にかけて、
ふと気付いてしまった。

食後の紅茶が、当たり前になっていることに――


いつも、この鍋に茶葉を浮かせて、
『ほら、いい香りでしょ?』
自慢げに、あなたがわたしに聞いて・・・

52 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:01

あなたとの習慣が、いつの間にか、
わたしの生活の一部になってる。

昔はそんなことなかったのに、
今では、ランチの後だって、必ず紅茶を飲んでるの…


こんな習慣を植え付けたくせに、あなたは――


「梨華ちゃん、大丈夫?」

わたしの様子に気付いた柴ちゃんが、そばに来る。

「大丈夫だよ」

そう言ったのに、
わたしの目からは、涙がこぼれた。


53 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:02


「梨華ちゃん、実はね。
 美貴、昨日よっちゃんのお店に、行ってきたんだ」

わたしの涙がおさまるのを待って、
美貴ちゃんは静かに話し出した。


「美貴が行った時ね、よっちゃんはいなかった。
 だからね、ちょうどいいかもって思って、ママに聞いたの」

美貴ちゃんが、わたしの様子を伺いながら
話してくれる。

「美貴ね、ずっとひっかかってた。
 始めてお店に行った日に、ママが話してくれたよっちゃんのこと。
 ほら、客突き飛ばしたって…」

お客さんからキスされそうになって、突き飛ばしたって話しだよね?
あの時、わたしも続きが聞きたかった。

「だから、ママに聞いたの。今の、その――
 梨華ちゃんとよっちゃんの様子を伝えて…」

54 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:02


「ごめん、勝手に」

黙って首を振った。

「よっちゃんね、大学行く以外は、ずっと店にいるんだって。
 ある日突然、店で寝泊まりさせてくれって、頼まれたって。
 家に帰りたくないって」

ズキンと胸が痛む。

「まともに…
 食べてないらしい。それに睡眠も…
 昨日、開店前に倒れたって――」


うそっ…

「あ、心配ないって。
 ちゃんと病院行って、点滴打って、逃げないように無理矢理入院させたって」

55 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:03

「あのね、梨華ちゃん。
 よっちゃんも苦しんでるよ。
 梨華ちゃんの事、嫌いで避けてるんじゃないと思う」

そんな、こと…
だって、会ってもくれないんだよ?
嫌いじゃないなら、どうして――


「よっちゃんが、あの日の夜、
 梨華ちゃんにキス出来なかったのには、理由があるんだよ。
 きっと、トラウマになってるんだと思う――」


56 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:03


**********


57 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:04

「とにかく、体休めなさい」

そうママに怒られて、2日も入院させられた。

やけにちっちゃい女医さんに
「せめて二日監禁しないと、矢口が圭ちゃんに怒られるからさぁ」
そんな風に言われて、
ちょっとトイレに行くにも、看護師さんが目を光らせる。

「わかりました。
 逃げませんよ」

そう言って、大人しく従った。


体が、そーとー悲鳴をあげてたんだなって、
今更思う。

お粥が喉を通った時、
胃の中に治まった時、
体中が求めていたように、吸収して行くのがわかった。

こうやって、体と共に、
きっと、心も回復して行くんだ。

いつか、笑って、あなたの幸せを祝福できる日が、
きっと、来る――

58 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:05


退院したその足で、アタシは
亜弥の元に向かった。

今日は亜弥の所に行く日だから――


亜弥が好きだったラナンキュラスの花。

  『この花、いっぱい花びらがついてて、なんか豪華でいいな〜
   すっごい魅力的!』
  『そうだよ、<晴れやかな魅力>って、花言葉だもん。
   それと、<あなたは魅力的>てのも』
  『えー、あたしみたいな花だ!』
  『おいおい。自分で言うか〜?』

あの時、アタシは隣で本当にそうだなって思った。
そう言えば、亜弥みたいな花だなって・・・


  『ひーちゃんは、お花見てる時が、1番いいカオしてるね』

亜弥がそう言ってくれて、自分の進路を
真剣に考え始めたんだ。

59 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:05

今は季節じゃないから、本物のラナンキュラスは用意出来ないけど、
いつもの店で、ブーケを作ってもらって、そこへ向かう。


そこに着くと、アタシはひざまずいて、
亜弥にそのブーケを捧げて、静かに手を合わせた――


亜弥、ごめんな。
亜弥をあんな目に合わせといて、自分は幸せになりたいと願った。

亜弥を死なせたくせに、自分だけ――

ほんと、ごめんな…


60 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:06




61 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:06

高校の卒業式の日、1学年下の亜弥は、
今までが嘘のように、アタシに近寄らなかった。

いつもは、まるで周りの目なんか気にしないで、
アタシにまとわりついてたくせに――


入学当初から、女子高だったせいもあって、とにかくアタシはモテた。
次から次にって表現が、ピッタリくるくらい。

けど、アタシの中では、女と付き合うなんて考えは更々なくて。
おそらく、アタシの恋愛感に、女なんていう選択肢は、
その頃なかったんだと思う。

そんな時、亜弥が入学してきた。

たまたまクラブが同じになって、
その日の帰りに、公園のベンチに一人で腰かけている
亜弥を見かけて、なんとなく声をかけて・・・

62 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:07

それ以来、亜弥はアタシになついた。
勝手に『ひーちゃん』って呼び出して、
いつもいつも、アタシの腕を取って――

  『ひーちゃんの二の腕、キモチイイ〜』
  『うるせー、プニプニしてるって言いたいんだろ?』


なんか新鮮だった。
他の人みたいに、アタシを潤んだ目で見上げることもなくて。

後輩なのに、友達みたいで。
後輩のくせに、偉そうにアタシに説教して。

  『ひーちゃんは、臆病すぎるよ』
  『すぐ、目の前の事から逃げようとする』


アタシにとって、亜弥は本当の妹みたいだった。

63 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:07

ある日、亜弥が妙に神妙な顔をして、家に来ないかと言う。
断る理由なんて、もちろんない。

亜弥が、どんなスゲー家に住んでるのか見てみたいって、純粋に思った。
けどこれは、完全にアタシの思い込み。

あんなに、なんの憂いもなく、
まるで太陽のようにキラキラと笑う亜弥は、
どんなにか、恵まれた環境で育ったことだろう。
そんな風に思っていたから――


だけど、亜弥が連れてきたのは、古ぼけた小さなアパートで。

通された亜弥の部屋というのは、
キッチンから繋がった部屋の一角で。
亜弥の勉強机は、ただの小さなテーブルだった――

64 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:08

「・・・驚いた?ひーちゃん」
「うん…」

目を伏せたままの亜弥の肩越しに、仏壇が見えて。

「あれって…」

小さな声で聞いたら、
いつもの太陽のような笑顔で、お父さんとお母さんだよって――


亜弥のご両親は、亜弥が小学生の頃、
事故で亡くなって。

一気に両親を亡くした姉妹は、
お姉さんが高校を中退して働いて、
亜弥を育ててくれてるらしい。


65 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:08

「だからね、お家のこと、何でも出来るし、
 節約も上手だよ〜」

なんて、おどけてみせた。

けど、アタシは気付いたんだ。
亜弥の声が、震えていることに。
目を合わせない、亜弥の睫毛が濡れていることに・・・


次の瞬間、思わず亜弥を抱きしめていた。

こんな小さな体で、精一杯頑張って、
いつも笑顔を見せている亜弥が、とってもいじらしくて――

66 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:09

「ひーちゃん、あたしを嫌いにならない?」
「なる訳ないだろ」

アタシの腕の中で、『良かった』ってつぶやいて、
はじめて涙を流した。


「お家に連れてきたの、ひーちゃんが始めてなの。
 ひーちゃんには、本当のあたしを知って欲しくて。
 でも、怖かった。本当の姿を知ったら、ひーちゃんに嫌われちゃうかもって…」


始めて知った亜弥の傷。

誰にも弱さを見せずに、太陽のように笑う亜弥の笑顔を、
アタシは守りたい。
その時、強く思った。

67 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:10

アタシは鈍感なのか、それとも女は恋愛対象外だと決め付けていたのか、
その後も、亜弥に特別な感情を抱くことはなかった。
いや、抱いていて気付こうとしなかったのかもしれない。

誰よりも守りたい存在だった事は、間違いないから――


そして、あの卒業式の日。

いつもはベタベタとくっ付いて来る亜弥が、
卒業式が終わっても、取り囲まれているアタシの元には、
近寄りもせず、たった一行のメールをよこした。

  『はじめて話した公園で待ってるから』

68 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:11

取り囲みから開放されて、公園に着いた時には、
もう日が暮れかけていた。

まるで、始まりのあの日のように、
亜弥はうつむいて、一人でベンチに腰掛けていた。


その横顔は、なんだか大人の女を思わせて。
あの日見かけた亜弥の横顔とは、全く別人に見えて。
アタシはごくりと唾を飲み込んだ。


「ひーちゃん・・・」

顔を上げた亜弥と目が合って、慌てて駆け寄った。

「ごめん、随分待ったよね」
「・・・うん」

おかしい。
いつもなら、『遅い!』って、怒りながら
アタシにぶら下がって、色んなものをおねだりするくせに・・・

69 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:11

「・・・卒業、おめでとう」
「あ、ああ。ありがとう」

なんか調子が狂う。
亜弥はアタシに向かい合って立つと、おかしそうに笑った。

「ひーちゃん、寒くないの?」

後輩たちに、すっかり剥ぎ取られたアタシ。
校章、ネクタイ、ボタンぐらいならまだしも、
ブラウスとスカート以外、全部剥ぎ取られた。

「寒いに決まってんだろ」

ちょっとふてくされて言ったら、
亜弥が大笑いした。

なんかいつもの亜弥に戻ったみたいで、
アタシは調子に乗った。

70 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:11

「人気者は困ります〜」

「――そうだよ、ほんと・・・」

え?

「もう、ひーちゃん、黒縁のぶっとい眼鏡かけて
 ボサボサ頭でいてよ」

「なんだ、それ?」
「その大きな目が見えてるのがいけない。
 そのサラサラヘアがいけないの!」

「意味わかんねーよ」


あきれたアタシに、亜弥は真剣な顔で言った。

「あたしにも、なんか頂戴・・・」

「なんかって・・・
 もう何も残ってねーよ」

71 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:12

そう言えば、亜弥に。
何か残して置くべきだったな・・・

そう考えてたら、亜弥が近寄ってきた。

「ひーちゃん、目、瞑って」
「はあ?」

「いいから瞑って!」

そう言われて、おとなしく目を閉じた。
亜弥の事だから、何かイタズラでもすんだろうって――


唇にやわらかい感触がして、驚いて目を開けると
亜弥が目の前にいて・・・

亜弥にキスされてるって気付くのに、数秒かかった。

72 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:12

ひどく混乱したアタシは、
気付いたときには、亜弥を突き飛ばしていた。

「お前!何やってんだよっ!!」

アタシに突き飛ばされた亜弥は、
地面に尻もちをついていた。

「ごめん・・・、そんなに強く――」
突き飛ばしたつもりじゃない。
亜弥に伸ばそうとした手を、亜弥は振り払ってアタシを見上げた。

「ひーちゃんのバカッ!!」

見たこともない程、ひどく傷ついた瞳が、
アタシを見上げていた。


73 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:13

  『やだ、ひーちゃん。真剣になっちゃって。
   冗談に決まってるでしょ?』

そんな言葉を、アタシは待っていたんだと思う。

けれど、次にアタシに投げかけられた言葉は、
全く違うものだった。


「ひーちゃんなんて、大嫌いっ!」

そして、亜弥は走り出した。


「亜弥!!」

アタシは動くことも出来ず、その場に固まっていた。

74 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:13

まさか。
亜弥が・・・アタシのことを?

大人びた横顔。
柔らかな唇の感触。
そして、傷ついた瞳・・・


かけがえのない者を、失いそうな気がして、
アタシが走り出そうとした、その時――

公園のすぐそばの道路で、
急ブレーキを踏む音と、夕闇を切り裂くような悲鳴が聞こえた。


「亜弥っ!!」

嫌な予感がして、慌てて走った。

公園を出ると、目の前にトラックが止まっていて、
その先に視線を送ると、亜弥が横たわっていた。

75 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:14

「亜弥!!」

駆け寄って、抱き起こすと亜弥は微笑んだ。

「・・・やっぱ、り、ひー、ちゃん。
 追いかけ、て、来て、くれた――」


「早くっ!誰か救急車!!」

「ひー、ちゃん・・・」

頭から血を流した亜弥が、手をさまよわせる。
その手を掴んで、自分の頬に引き寄せた。


「ひー、ちゃん。泣、いて、るの・・・?」

目を開けることが出来ないのか、
亜弥はその手で、アタシの顔を触ると、荒い息を吐きながら、
「・・・ごめんね」と繰り返した。

76 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:15

「あやまるのは、アタシの方だよ・・・
 もうすぐ、救急車来るから、絶対助けるから、
 お願い、頑張って――」

「ひー、ちゃん、アリ、ガ、ト」

そう言って、亜弥はアタシの腕の中で脱力した。



それから亜弥は、三日三晩、眠ったままだった。

亜弥が、戦ってる。
絶対、帰ってくる。

そう信じて、ずっと手を握って、
アタシは亜弥に付き添った。

77 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:15

「吉澤さん、一度お家に帰って?」

優しい声で、お姉さんにそう言われたけど、
アタシは首を振った。

ここに亜弥が運ばれた時、
自分のせいだと、泣き叫ぶアタシを
落ち着かせてくれたのは、お姉さんだった。

「亜弥は絶対、帰ってくる。
 あなたに会いに帰ってくるから」

そう言って――


78 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:16

「ご両親も、心配してると思う。
 それに、三日も寝てないじゃない。
 お願い、一度帰って、安心させてあげて?
 何かあったら、すぐあなたに連絡するから」

強い口調で、そう言われて、
「何かあったら、必ず知らせて下さい」
何度も念を押して、アタシは帰宅した。



家に帰ると、心配顔の母さんが、出迎えてくれたけど、
安心させてあげる言葉も見つからなくて、
黙って自分の部屋にこもった。

着替えるのも億劫で、
そのままベッドに寝転がって、天井を見つめた。

亜弥と出会ってからの事を、思い出している内に、
いつの間にかアタシは眠りに落ちていた――

79 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:16



『ひーちゃん、バイバイ』

耳元で、亜弥の声が聞こえて、とび起きた。


「亜弥!」

辺りを見回しても、見慣れたアタシの部屋で、
亜弥の気配すらない。

すっかり、辺りが暗くなっていて、
いつの間にか、随分眠っていた事を恥じた。

手早く着替えて、病院へ向かう。

道中、なぜか嫌な予感ばかりよぎって、
背中にじっとりと汗をかく。


  『ひーちゃん、バイバイ』


夢のはずなのに、鮮明に声が耳に残っていて、
胸苦しくなる。



アタシの予感は、見事的中して、
病院に駆け込んだときには、すでに亜弥は息を引き取っていた――


80 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:17




81 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:17

あの時、アタシが突き飛ばしたりしなければ、
亜弥は今も生きていて、あの弾けた太陽のような笑顔で、
人生を楽しんでいたに違いない。

アタシが・・・

アタシが亜弥の人生を奪ったんだ。


そんな自分が、幸せになろうなんて、
ムシが良すぎる。

亜弥のキスを拒んだくせに、
そして、亜弥の命を奪ったくせに――



「吉澤さん」

懐かしい声が聞こえて、振り向いた。



82 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:18

「めぐみさん…」

そこに立っていたのは、亜弥のお姉さん。
手にはアタシと同じ、ラナンキュラスのブーケを持っていた。


「毎月、ありがとう」

黙って首を振った。
アタシは彼女にとって、唯一の肉親を奪った仇のような存在。

立ち上がって、亜弥の墓前から
離れようとする。

「待って。
 少しだけ、お話させてくれない?」

アタシにそう言うと、めぐみさんは亜弥の墓前で
手を合わせた。

83 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:18


亜弥の眠っている場所が見えるベンチに、二人で腰かける。

ゆるやかな風が、流れて
アタシ達の間を抜けていく。

亜弥の笑顔のような太陽が、優しい光を注いで、
一面に広がる芝生をキラキラ光らせている。


小高い丘の上に作られた小さな墓地。
「亜弥に陰気な場所は似合わないから」
そう言って、めぐみさんは、無理してこの場所を購入した。


84 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:19


「今朝ね、夢に亜弥がでてきたの」

めぐみさんを見ると、彼女は亜弥の墓を見つめていた。


「怒られちゃった」

そう言って、おどけてみせた姿が
亜弥によく似ていて、やっぱり姉妹だなって思う。

「亜弥ったらね、
 『お姉ちゃん、ひーちゃんに本当のこと、伝えてないでしょ!』って…」


本当の、こと…?

85 名前:第6章 2 投稿日:2008/11/14(金) 17:20

めぐみさんは、アタシを見て微笑んだ。

「ずいぶん長い間、あなたにイジワルしちゃったな」

「イジワルって…
 アタシが、あなたを悲しみの淵に追いやった元凶です・・・」

言葉を押し出すように言うと、
めぐみさんは静かに首を振った。

「亜弥の言う通り。早く伝えてあげないと、ひーちゃん、
 一生、自分のせいだって、せっかくの幸せ逃がしちゃうんだからって。
 わかるでしょ?腰に手をあてて、仁王立ちして――」

めぐみさんが立ち上がって実演する。



「吉澤さん、亜弥が死んだのは、あなたのせいじゃない」


86 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/14(金) 17:20



87 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/14(金) 17:20





88 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/14(金) 17:21


本日は以上です。

やっぱ、痛いかも・・・


89 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/14(金) 17:28
更新お疲れ様でした。

う゛ぅ〜、今日も寒いです…。
でも暖かい時がやって来ると信じてます!!!!

気になることが色々ありすぎて困っちゃいます(苦笑)
次回更新も心待ちにしてます。
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/14(金) 23:44
HさんAさんのGIZA GIZA聞いてたらこの小説が思い浮かびました
親友コンビの活躍期待してます
91 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/15(土) 00:56
更新お疲れ様です。

二人ともやりきれない思いがあるんだろうけど、
どうにか乗り切って欲しいな・・・。

次の更新も楽しみにお待ちしています。
92 名前:43 投稿日:2008/11/15(土) 01:01
なーにーがーあったのー(ノ_・。)

本当の、こと・・・??

気になりまくりです(ノ_・。)
93 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/19(水) 14:44

>89:名無し飼育さん様
 暖かい時は、おそらく、きっと、多分来るでしょう・・・
 そちらは、ますます寒いでしょうから、
 カゼひかないで下さいね。

>90:名無飼育さん様
 曲から連想して頂けるなんて、光栄です!
 そして、親友コンビは、本日登場しますよ。

>91:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 温かいですね。作者も乗り切って欲しいとは
 思ってますよ?(なぜ疑問系・・・)

>92:43様
 いつもありがとうございます。
 過去は、今日明かされます。


それでは、本日の更新です。


 
 
94 名前:花に願いを 投稿日:2008/11/19(水) 14:44




95 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:47


あの日、あなたが帰って、一時間くらいした頃かな?
亜弥の意識が戻ったの。

まるで、それだけを伝えようとするかのように、
本当に一瞬のことだった。

亜弥が目を覚まして、私はとび上がるほど喜んだ。
そして、「すぐ先生呼ぶから」
そう言って、ナースコールを押そうとした。

けど亜弥は、その私の手を握って、こう言ったの。

『お願い、お姉ちゃん。
 ひーちゃんに本当のこと伝えて。
 ひーちゃんに、あたしの日記を見せて』って。

『ひーちゃん、悪くない。
 お願い、ひーちゃんに伝えて』

それがあの子の最後の言葉だった。

96 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:48

私ね、あなたに嫉妬したの。
たった2年くらいの付き合いで、亜弥にここまで思わせるあなたに――

私はずっと、あの子のために、
あの子を育てるために、高校を中退までして働いて。

私は17年一緒に暮らしたのに、
亜弥はたった2年を過ごした、あなただけを気遣って。
私には、何の言葉も残してくれなかった。

たった一人の肉親なのに――

悔しかった。
始めてあなたを憎んだ。
絶対に教えてやらない。
罪の意識に苦しめばいいって。

97 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:48

いつかね、あなたは亜弥の事なんか、忘れるだろうって思ったの。
最初の一年は、毎月必ず亜弥の所に来てくれてたって、
そのうち、ふた月に一度になって、三月に一度になって、
やがて、一年に一度になるに決まってるって・・・

けれどあなたはこの3年半、
どんなに嵐になろうと、雪がふろうと、
必ず亜弥の好きなラナンキュラスを持って、ここに来てくれた。


いつかは本当の事、言わなきゃって思ってたの。
でも、「今更?」なんて思ってたら、
とうとう、亜弥に怒られちゃった――

98 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:49




「読んで」

アタシの手に、真っ赤な日記帳が乗せられた。

「あの日の真実が書いてある。
 あなたは悪くないわ」

めぐみさんは、そう言って目を細めた。


「もう、亜弥から開放してあげる」

え?

「大事な人がいるんでしょ?」

驚いて顔をあげた。


「大学に入ってから、頑なに眼鏡をかけていたあなたが、
 春すぎあたりから、眼鏡をとって、パーマをかけて、金髪にした・・・
 好きな人に言われたんでしょ?」

黙って俯くしかなかった。

「きっと亜弥は、あなたが幸せになることを望んでる」


ほら、読んでみて

めぐみさんに促されて、ページをめくった――

99 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:50


  3月15日

   明日は、ひーちゃんの卒業式。
   もう、学校で会えなんだ。寂しいなぁ・・・

   ひーちゃんは、あたしの事を妹みたいに可愛がってくれる。
   でも、あたしお姉ちゃん、いるもん。
   あたしは、ひーちゃんの恋人になりたい。

   ねぇ、気付いてた?
   あたし、ひーちゃんの事、ずっと好きだったんだよ?
   でも、ひーちゃんの一番近くにいるためには、妹でいるべきだって思った。
   明日はね、それを破ろうと思うの。

   バッチシ作戦だって考えた。
   まずは、あの公園に呼び出して。
   いつもみたいに、甘えたりしないよ?
   鈍感なひーちゃんに「おや?」って思わせるんだ。

   そして、きっと・・・
   ひーちゃん人気者だから、あたしがもらえるもんがないくらい
   ぜーんぶ、取られちゃうから。
   だから――

   あたしからキスする!

100 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:51

   どうだ!この作戦。
   きっと、ひーちゃんの事だから、パニック起こしちゃって、
   あたしを突き飛ばすに決まってる。

   そしたら、わざと尻もちついて、言ってやるんだ。
   「ひーちゃんのバカッ!!」って。
   きっと動揺するよ、ひーちゃん。
   そしたらね、続けて言うの。

   「ひーちゃんなんて、大嫌いっ!」って。
   これ効くと思うな。

   そして、ここが大事!
   ひーちゃん残して、あたしは公園を出て行きます!

   にゃはっ!どうだ、この作戦!
   もちろん、公園の入り口で待ってるよ。

   追っかけてきてくれたら、ひーちゃんに告白する。
   ダメでもいいから、あたしの思いを伝えたい。

   もしね、どんなに待っても来てくれなかったら・・・
   その時は、あきらめる。
   「冗談だよ」ってメール送って、妹に戻る。
   賭けだよなぁ、これ。

   でも、明日しかないもん。
   ひーちゃんが、この街を離れる前に、
   ちゃんと伝えておきたいから――

101 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:52



「亜弥の葬儀から、3ヶ月が経ったとき、
 うちに小学生の女の子が訪ねてきたの」

日記を握り締めて、俯いたままのアタシに、
めぐみさんが言った。

「ずっと疑問だった。亜弥の日記には、入口であなたを待ってるって
 書いてあるのに、何で亜弥はトラックの前に飛び出したりしたんだろうって…」

めぐみさんが再び、亜弥の墓を見つめる。


「亜弥ね、子犬を助けたんですって」

子犬…?

「あの時、向かい側の道路を歩いていた女の子の腕から
 子犬が飛び出して、公園に向かって走り出したって」
 
102 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:52

「その子の視界に、トラックが走ってくるのが見えて、
 『危ない』って叫んだら、入口に立ってたお姉ちゃんが、助けてくれたって・・・」

めぐみさんが、悲しげに微笑んだ。

「その子、家でその子犬を飼えなくて、でもどうしても離れたくなくて、
 ご両親に内緒で、公園で飼っていたんだって。
 だから、本当のこと話したら怒られそうで、ずっと言えなくて…
 でも、亜弥が子犬を助けてくれたことを伝えなきゃ、
 そのせいで、亜弥が事故にあったことを謝らなきゃって、
 勇気を振り絞って、私に会いにきてくれたの」

めぐみさんが、アタシを見た。


「ね、あなたのせいじゃないでしょう?」

その柔らかな笑顔が、亜弥の笑顔と重なって見えた。


「ひーちゃんのキレイな目が好き。
 ひーちゃんのキレイな心が好き。
 ひーちゃんに出会えて幸せ・・・
 あの子、いつもそう言ってた」

不覚にも、堪えていた涙がこぼれた。

103 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:53

あの日以来、アタシはずっと思ってたんだ。

あの日、アタシが亜弥に話しかけたりしなければって――
あの日、見かけた亜弥に声をかけたりしなければって――

きっと亜弥はアタシに出会わなければ、
今もあの太陽のような笑顔で、輝いていただろうって・・・



「ラナンキュラスはね、ひーちゃんみたいだから好きなんだって」

え?

「<あなたは魅力的>
 その花言葉以外に、<美しい人格>っていう意味もあるんでしょ?」

驚いて、顔をあげる。
めぐみさんは、アタシを真っ直ぐに見つめると言った。

104 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:53

「お願い、吉澤さん。
 亜弥の分まで幸せになって。
 それがきっと、亜弥の願いだと思う」

そう言って立ち去った、めぐみさんの背中を見送りながら、
アタシは再び涙を流した。



亜弥・・・

日記を握りしめたまま、アタシは人目も気にせず、
声をあげて泣いた。


105 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:54





106 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:54

日記を抱えたまま、店に行く。
まだ昼間だから、誰もいないはず。

裏口から入ると、店の中から薄明かりが漏れていた。
大方、マコトが消し忘れたんだろう。

軽い気持ちで、店の中に入ると、
ママがカウンターに座っていた。


「あら、ヨシ。おかえり」
「どうしたんですか?こんなに早く」

「あんたが来たら、追い返そうと思って」

ママがアタシを睨む。

107 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:55

「どこ行ってたの?朝一で退院したって、矢口から連絡があったから
 こうして、店で待ってたのに」

「すみません。ちょっと行きたいとこがあって――」

ママがアタシの腕の中にある日記帳に目を留めた。


「――いいわ。あたしは何も聞かない。
 でも、今日は家に帰りなさい」

今日は土曜日。
こんな時間に帰ったら、先輩に会ってしまうかもしれない・・・

「この土日、あんたはこの店への出入りは禁止」
「どうして?!」

「まだ、体回復してないでしょ。
 入院中もおとなしくはしてたけど、眠れてなかったみたいって
 聞いてるわよ」

俯いたアタシに、ママは畳み掛けるように言った。

108 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:55

「あんたの大事なお花たち、2日間ほったらかしよ。
 この土日に帰らなきゃ、4日ほったらかしよね」

わかってる。けど・・・

「いいから、今日はこのまま帰りなさい。
 分かった?」

黙って頷いた。

ママだって、本当は色んな事を問いただしたいに決まってる。
アタシに何があったのか。
何で頑なに、家に帰るのを拒んでいるのか。
倒れてしまうほど、何を悩んでいるのか――

けれど、何も聞かないで、手を差し伸べてくれてる。
本気で、アタシを気遣ってくれてる――


「――今日は・・・帰り、ます」

「気持ち、整理しなさい。
 そして、どうしても辛くなったら、うちに来なさい」

そう言って微笑んでくれたママにお辞儀をして、アタシは店を出た。

109 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:56



110 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:56

土曜の午後って、こんなに静かだったけな?

そんな風に思いながら、アパートの敷地に入った。
この分なら、先輩はいないだろう。

先輩の部屋を見上げる。
まったく気配が感じられない。
とか言って、ドアがいきなり開いたらビックリだけど・・・


「ま、デートだろ」

自虐気味に、わざと声に出して言ってみたけど、
胸が締め付けられるように痛んだ。


まだ、ダメ、か・・・

参ったな。
重症だ、アタシ――


幸せになるのは、まだずっと先みたいだよ、亜弥。

太陽を見上げて、微笑んだ。

111 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:57

集合ポストの郵便物を取って、玄関まで行く。
鍵を取り出して、部屋のドアを開けた。

郵便を眺めながら、後ろ手でドアを閉めようとした、その時――


「どうだ!私の脚力!」

ドアの隙間に足を突っ込んで、
そのまま、こじ開けた柴田先輩が立っていた。

「侵入成功!!」

続いて、藤本先輩。


「「いざ、捕獲!!」」

はあ?

あっという間に二人に両脇を取られた。

112 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:57

「ちょ、ちょっと待って下さい。
 いきなり何ですか?」

「いきなりじゃないよ。
 ママに連絡もらってから、身を潜めて待ってたもん」

「マ、ママって・・・」

「あ、美貴がお願いして、よっちゃんが店に来たら、
 どうにか家に帰るように説得してくれって頼んどいたの」

ちょっと、そんなにあっけらかんと言わないで下さいよ!


「待って下さいよ!」
「ダメ」

家から、引きずり出そうとする二人に必死で抵抗する。

「先輩の家には、行きませんからね!」
「そんなとこ、連れてかないよ」

え?

一瞬、力が抜けたと同時に、表に引っ張り出された。

113 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:58

「どこに連れてく気ですか?」
「別荘」
「はっ??」

相変わらず、両脇を取られて、無理矢理引っ張られる。

「秋もなかなか、いい風情なのよ、あの辺」
「いや、別にいいですから・・・」

「一泊二日の旅行に、よっちゃんをご招待!」
「一泊って、何も用意してないですって」

踏みとどまって、抵抗する。

「何もいらないって」

いや、だから。
そういう問題じゃなくて・・・

「いいから、来い!!」

渾身の力で、アパートの脇に停められていた車の
後部座席に投げ入れられる。

114 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:59


「ちょっと!」

無理矢理、ドアを閉められて、
あっという間に二人は、運転席と助手席に乗り込むと
車を発進させた。

「あっぶね」

柴田先輩の運転、あぶねー。



「――ひとみちゃん・・・」

分かってた、さっきから。
隣を見ないようにしてたんだ。

久しぶりに見た先輩は、少しやつれていて。
申し訳なさそうに、アタシに微笑みかけた。

狂おしいほどの想いが、一気に込み上げてきて
アタシは先輩から、目をそらした。

115 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:59


――どうしたらいい?

口を開いてしまったら、アタシはあなたにこの想いを告げてしまう・・・


怖いんだ、アタシは。
震えるほど、怖い。

あなたを傷つけてしまいそうで・・・


シンと静まりかえった車内。

聞こえるのは、カーステレオから流れてくる穏やかな音楽と、
車が奏でる騒音だけ。


アタシはただ、窓の外を眺めていた。

隣に座るあなたの気配を感じながら、
心地よい揺れに身を任せていると、考えることに疲れた脳と体が、
少しだけ癒されて行く。

窓から差し込む、温かな太陽の光を受けながら、
アタシは静かに目を閉じた――

116 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 14:59



117 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:00


 『全く、ひーちゃんには、あきれちゃうよ』

その声は、亜弥・・・?


 『ひーちゃんは、臆病すぎるよ』

どこにいるの?亜弥・・・


 『すぐ、目の前の事から逃げようとする』

ここはどこ?
真っ白な世界で、何も見えないよ。


 『なーんで、勝手にトラウマになって、
  人を怨念持った幽霊みたいにするかなぁ』

亜弥、いるなら、出てきてよ。

118 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:00


 「ひーちゃんのバカッ!!」

「亜弥!!」

そこには、あの頃の亜弥がいた。
ぼんやりとしているけど、あれは間違いなく亜弥だ。

亜弥に駆け寄ろうと走り出すけど、
一向に距離が縮まらない。


 「ひーちゃんのせいで、あたしが死んだ訳じゃないって聞いたでしょ?」

「聞いたよ、めぐみさんに今日会ったんだ」

 「じゃあ、何でいつまでもウジウジしてんの?」

「ウジウジって何だよ?」

走りながら、追いつかない亜弥に語りかけているアタシ。

119 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:01

 「好きなんでしょ?
  キスしたかったんでしょ?
  すればいいじゃない」

「出来なかったんだって!」

 「臆病者」

「だって・・・」

 「目閉じて、勝手にあたしの事、思い出したりしないでよ」

「そんなこと言ったって・・・」

 「人をバケモンみたいに扱ってさ」

「んなことないって」

 「ひーちゃん」

亜弥が立ち止まった。

120 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:02

 「ひーちゃんの優しいとこ、好きだったよ。
  けど、今のひーちゃんは、ただ意気地がないだけ」

霞んで見えていた亜弥が、次第にはっきりと姿を現し始めた。


 「ただ、自分が傷つきたくないだけだよ」

「亜弥…」



 「幸せになって、ひーちゃん」

亜弥がニッコリ微笑んだ。
まるでホントの太陽みたいに眩しくて、目が眩んだ。

ホントにいいの、亜弥…?


121 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:02


 「バイバイ、ひーちゃん」

あの日のように、耳元で亜弥の声が聞こえた。

眩しさのあまり瞑った目を開くと、
辺りはまた真っ白な世界に戻ってしまっていて、亜弥の姿も消えていた――


「亜弥?」
「亜弥、どこ?!」

見渡す限り続く、真っ白な世界――


122 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:03


「亜弥っ!!」


目を覚ますと、アタシは車の中にいた。

相変わらず、静かな車内では、
カーステレオから流れる穏やかな音楽と
車の奏でる騒音だけが聞こえる。


夢、か…


「大丈夫?」

隣から声が聞こえて、顔を向けると、
心配そうにアタシを窺う先輩がいた。

123 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:03

やっぱり、あなたが好きだ…


先輩は手元のバッグから、ハンカチを取り出すと、
アタシに差し出した。

「泣いてるよ…」

えっ?

慌てて、自分の顔に触れると頬が濡れている――


「使って?」


いつの間に…
夢見ながら、泣いてたなんて――


好きな人に、泣き顔を見られたことが恥ずかしくて、
顔を背けて、袖で涙を拭った。

「大丈夫ですから」

「そう…」

124 名前:第6章 3 投稿日:2008/11/19(水) 15:04

そのままアタシは、窓の外を眺めた。
泣き顔見られるのって、なんか照れ臭い。


いつの間にか、高速を降りて、
車は海沿いを走ってる。


真っ赤な太陽が、穏やかな光りを放ちながら
海の中に消えていく。

沈みきる瞬間、太陽は真上に一筋の光りを放った。
まるで、アタシに勇気をくれるかのように――


――ありがとう、亜弥。


125 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/19(水) 15:04



126 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/19(水) 15:04



127 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/19(水) 15:05

本日は以上です。


128 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/19(水) 15:47
更新お疲れ様でした。

ほんの少し暖かくなれた…気が…。
しかーし!!まだまだ寒いです!!!!
まだまだ灯油は高値なのでこれ以上寒くさせるのは勘弁して下さい(苦笑)

作者さんもお身体御自愛下さい。
次回更新では更に暖かくなれること期待してます(笑)
129 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/19(水) 23:28
まいど更新お疲れ様です。

よっすぃーが元気になるといいなー。
みんな頑張れ!

次回更新を楽しみにしています。
130 名前:92 投稿日:2008/11/20(木) 06:24
そこに真実があった(>_<)
いろんな人の想いを胸に、よっすぃ〜がんばれ(>_<)

玄米ちゃさんいつもありがとう(>_<)
131 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/25(火) 16:58

>128:名無し飼育さん様
 お気遣い、ありがとうございます。
 期待にお応えしたいのは、ヤマヤマですが・・・
 本日の更新分は、暖房を強めにしてお読みになることを
 お勧めいたします。

>129:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 よっすぃー、元気にならないかも・・・
 いつかはきっと!

>130:92様
 こちらこそ、いつもありがとうございます。
 よっすぃ〜がんばれ!!
 とは、作者も常に思ってます(汗)


では、本日の更新にまいります。


132 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/25(火) 16:58




133 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 16:59


「亜弥っ!!」

うなされていたひとみちゃんが、
ハッキリそう言って、目を覚ました。


亜弥さんて、ひとみちゃんにとって、
やっぱり特別な人なんだね。

ひとみちゃんの涙、始めて見たよ。


「大丈夫?」

手元のバッグから、ハンカチを取り出して、
ひとみちゃんに差し出した。

「泣いてるよ…」

自分が、涙を流していたことに
気付いていなかったみたい。

134 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:00

「使って?」

そう言って差し出したけど、
あなたは、顔を背けてしまって、自分の袖で涙を拭った。

「大丈夫ですから」

「そう…」

胸がギリギリと痛む。
わたしは、踏み込んじゃいけないのかな?

――わたしじゃ、ダメなのかな?


それきり外を向いてしまった、あなたの横顔を見ながら思った。

わたしが、あなたを追い込んじゃったんだね。
あなたには大切な人がいるのに――


辛い思いをさせて、ごめんね。

決めたよ、ひとみちゃん。
もう、あなたを苦しめたりしない。

あなたが、好きだから――


135 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:01


別荘に着いた時には、もう辺りはすっかり暗くなってしまっていて、
今からご飯の支度をするのも大変だからって、宅配ピザを頼んだ。

途中で調達したアルコールを飲みながら、
美貴ちゃん、柴ちゃんが盛り上げてくれて、ひとみちゃんも楽しそう。

よかった…


ずいぶんシャープになってしまった横顔――

好きだよ、ひとみちゃん。
今でもあなたが好き。

だから――


136 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:01

「みんなに、話したい事があるの」

「梨華ちゃん、改まっちゃって、どうした?」
「うん…」

声をかけてくれた美貴ちゃんを見て、
柴ちゃんを見て、そしてひとみちゃんを見た。


「――わたし、副社長のプロポーズ、受けようと思う」


「はあ??何言ってんの?」
「冗談でしょ?」

黙って首を横に振った。

「梨華ちゃん!!」
「何考えてんの?!そんなの美貴が許さない!」

「決めたの」

詰め寄ろうとする二人に、強い口調で言った。

137 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:02

「決めたんだ、もう…」

もう一度言った。





「――おめでとう、ございます」

「よっちゃん…」

「アハハ…
 こりゃ、乾杯しなきゃですね」

そう言うと、ひとみちゃんは
美貴ちゃんの前に置かれた、ワインボトルに手を伸ばした。

「ほら、もう一回、酒注ぎ直しましょ?」

そう言って、皆のグラスに
ワインを注いでいく。

138 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:03

「ほらっ!
 みなさん、グラス持って下さいよ」

ひとみちゃんに笑顔で促されて、
グラスを手に取る。


「柴田先輩も藤本先輩も、ほらっ!」

二人のグラスを握って、目の前に突き出した。

「祝い酒ですよ!!
 ほら、早く!」

ひとみちゃんに促されて、
柴ちゃんと美貴ちゃんが、しぶしぶグラスを手に取る。

139 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:03

「では、先輩の――
 えっと・・・、先輩の、幸せに」


「乾杯!!」

ひとみちゃんは、明るく音頭をとると、
グラスの中身を一気に飲み干した。

「クハ〜ッ!
 やっぱ、うめぇ!」

そう言って、ひとみちゃんは
わたしを見て、笑顔で言った。

「よかったですね」

その笑顔を見て、わたしも良かったって思ったんだ。
これでやっぱり良かったんだって…

140 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:04

「――美貴、見てらんない」

美貴ちゃんが合わせただけのグラスを
乱暴にテーブルに置いて、2階に行く。

「ちょ、ちょっと、ミキティ!」

柴ちゃんが慌てて、美貴ちゃんを追いかける。


「何だよ、二人とも。飲みもしないで行っちゃって。
 なら、アタシがもらおうっと」

そう言うと、ひとみちゃんは、
美貴ちゃんのグラスと、柴ちゃんのグラスを掴んで、
2つとも一気に飲み干した。


「ひとみちゃん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ!
 アタシ、バーテンですよ?
 酒は、強いですから!」

そう言って、ニッコリ微笑む。

141 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:04

良かった・・・

ひとみちゃんが、うれしそうで。

あなたが喜んでくれるのは、正直複雑だけど、
これで良かったんだって、改めて思う。


「・・・先輩も、疲れたでしょ?
 先、休んでください」

体を投げ出すように、乱暴にソファに座って
ひとみちゃんはまた、自分のグラスにワインを注いだ。


本当の気持ちを隠して、あなたと一緒に飲むのは、
今のわたしには、無理だな。

幸せなフリは、わたしにはまだ、出来ない――

142 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:05

「じゃあ、先に休ませてもらうね」

ひとみちゃんのグラスだけを残して、
流し台に持っていく。


作るのは、あなた。
後片付けは、わたし。

また、そんな風に。
明日からは、きっと戻れるよね?

何も言わずに、グラスを傾けているひとみちゃんに、
心の中で問いかけた。

143 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:05

洗い物を終えて、キッチンからリビングに戻ると、
俯いて、ただ静かにグラスを傾けているひとみちゃんに
声をかけた。

「おやすみなさい」

何の反応も返ってこなくて、
重たい気持ちを抱えたまま、もう一度「お先に」と
声をかけて、部屋に向かおうとした。


「――壁側に、寝ていいですよ」

振り向くと、ひとみちゃんはまだ、
俯いたままで、グラスを揺らして、
ゆらゆら揺れるワインを見つめていた。

「――今日は、映画、見てないから」

あの夜が蘇ってきて、胸が締め付けられた。

144 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:10


「――おやすみなさい」
「おやすみ・・・」


寝室に入ると、嫌でもあの夜を思い出す。

ここで・・・
このベッドで、わたしはあなたの事を抱きしめてー―


  『――もっと…、くっついても、いいですか?』
  『すごい、ドキドキしてる、先輩…』
  『でも…、こうしてたい』


あの日のぬくもりが、まだこの腕に残ってるの。
あの日、あなたを抱きしめたぬくもりが――


145 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:11

ウウッ・・・

涙が溢れ出した。

布団にもぐりこむ。


これで良かったんだって、言い聞かせるのに、
涙が止まらない。


『おやすみなさい』

そうあなたに言われた日は、いつだって隣に
あなたがいたのに――

146 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:11

すべては、わたしのせい。

あなたに想いを抱いてしまった、わたしのせい――


わたしが、この想いを深い底に沈めてしまえば、
全てがうまく行く。

ひとみちゃんを苦しめなくてすむ――



何度も何度も、寝返りをうった。

涙を流すほど、想いをよせる人があなたにはいるんだって。

他の誰ともキス出来ないほど、
あなたには、守りたかった大切な人がいたんだって。

必死に、布団の中で、自分に言い聞かせた。

なのに、恋する気持ちは――

あなたを愛おしいと思う気持ちは、
少しも消えてくれない。

147 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:12

さっきの安心した顔、見たでしょ?
ひとみちゃんの笑顔、見たでしょ?

ひとみちゃん、本気で喜んでたでしょ?

わたしが結婚するって。
プロポーズ受けるって聞いて、あんなに喜んでたじゃない。


あの日、教えてくれた夢はね、
亜弥さんに誓った夢なんだよ。

  『――昔・・・、ある人に言われたんです。
   花を見てる時の顔が、一番いいカオしてるって』

ひとみちゃん、そう言ったじゃない。


148 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:13

車で、あなたの涙を見るまでは、
亜弥さんはもういなくて、わたしはここにいる。
だからきっと、あなたの心を、わたしに向けられるはずって、
そう思ってた。

だって、あの夏の夜は、幻なんかじゃなかったって、思うもの。
一瞬かも知れないけど、確かに気持ちが、想いが重なったって――


けれど、あなたのあの涙を見たら、
ああ、敵わないなって…

そして、車に揺られながら、窓外を眺めるあなたを見て、
ああ、邪魔されたくないんだなって思った。


ねぇ、ひとみちゃん。安心したでしょ?
わたしが、プロポーズ受けるって言って。

これでもう、あなたが必死で隠そうとした傷に、
誰にも触れさせないように、守ろうとしていた大切な人に、
不用意に踏み込んだりしないから――

149 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:13



もう、何度、くり返しただろう…

何度も自分に言い聞かせて
何度も寝返りをうって――


それなのに・・・
この扉の向こうには、あなたがいる。

そう思うと――


ダメよ、ダメ、ダメ!

ほら、ちゃんと自分に言い聞かせて。
それに恋愛は思われた方が、幸せなんだよ。
その方が浮気だってされないって、よく言うじゃない…

150 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:14

ああ、もう!

ガバッと布団をはいで、起き上がる。
もうずっと、このループから抜け出せない。

サイドボードの時計を見た。
あれから、2時間経ってる。



――ひとみちゃん、大丈夫かな…?

酔って、ソファーで寝ちゃったかな?
だったら、風邪ひいちゃう…

そろそろと、ベッドから出る。

様子を見るだけ。
眠っていたら、お布団をかけてあげよう。

それだけ。
それだけだよ・・・

触れようなんて、思っちゃダメなんだから!

そう、自分に言い聞かせてから、扉を開けた。

151 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:14


リビングの明かりは、既に消えていて、
代わりにお庭に出れる窓のカーテンが、全開になっている。
月明かりが明るく差し込んでいて、おぼろげに室内を照らす。

ソファーには、わたしが『おやすみ』と告げた時と全く変わらない、
俯いたまま、こちらに背中を向けているひとみちゃんが、そこにいて――


近寄ろうと足を動かそうとして、固まった。


ウグッ…、グッ、ウウッ…

鳴咽を堪えるような、
あなたの泣き声が聞こえて――


あなたは顔を上げると、窓の外に視線を移した。

152 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:15

月明かりに照らされた、あなたの横顔は
神々しいほどで。

けれど、その頬に、暗くてもハッキリわかる
幾筋もの涙の跡が見えて――

わたしの胸をまた、締め付けた。


その頬に静かに涙がつたって、
あなたは、また苦しげな泣き声をもらすと、
堪え切れないように、両手で顔を覆い、
うずくまるように、体を二つに折り曲げた。


――亜弥さんのこと、思い出してるのかな?


少しだけでも、あなたの力に、なれないかな…

背中を丸めてすすり泣く、あなたの後ろ姿を見て思った。


大切な人を思い出して、寂しさを募らせているあなたの髪を、
そっと撫でてあげるのは、いけないことかな?

また、邪魔することになるのかな…?

153 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:16


「――ひとみちゃん…」

遠慮がちに声をかけると、あなたは身を震わせて、
慌てたように、袖で涙を拭いた。

そして、顔を隠すように俯いたまま立ち上がって、
グラスとボトルを掴み、キッチンへ向かう。


「――眠れないの?」

悲しみを背負った背中に、問いかけた。

「大丈夫です。
 そろそろ寝ようと思ってた所です・・・」

そう言いながら、グラスを洗ってるけど、
その頬にまた、涙がつたうのが見えて、わたしは目をそらした。

154 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:16

「もし・・・、わたしで、力になれることがあったら――」
「月を見てたんです」

つぶやくわたしの声を遮るように、あなたは言った。

「今日、満月なんですよ」

窓の外を見る。
どうりで、差し込む光りが明るいと思った…


「あの日――
 覚えてますか?二人で花火を見た夜…」

えっ?

洗いものを終えたあなたが、水道を止める。


「新月だったんです」

驚いて、ひとみちゃんを見た。

シンと静まった暗い部屋の中で、
あなたはまるで、遠い昔のことを話すように
遠くを見つめながら、窓のそばへと足を運ぶ。

155 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:17

「月がないから、すごく星が綺麗で…
 いつも見上げてる夜空とは、桁違いに星が輝いてて。
 アタシ、花の事しかわかんないし、星の神話もよく知らないけど、
 もしかしたらこの中に、恋を叶えてくれる星座があったりすんのかな?
 なんて思ったりして…」

ひとみ、ちゃん…?

「星に願ったけど叶わなかったから、月なら叶うかな?なんて…
 なんか丸いし、デカイし、明るいし、
 叶いそうじゃないですか?」

そう言って、ひとみちゃんは振り返ると、
わたしに優しく微笑みかけた。

156 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:18

「ほら、綺麗でしょ?」

見てごらん。
そう言われた気がして、わたしも窓のそばに移動して、
あなたの隣に立って、夜空を見上げた。


「先輩が幸せになれるように、月にお願いしたんです」

驚いて隣を見上げる。


「けど――
 だけど、願うほどに、涙が出て来るんだ…」

端正な顔を歪ませたと思ったら、
あなたはわたしを、乱暴に引き寄せた。


抱きしめられてる――

そう気付いたのは、あなたの声が耳元で聞こえたから。

157 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:18


「少しだけ。
 少しだけ、このままでいさせて下さい…」

そう言うと、あなたは腕の力を強めた。
痛いくらい、強く抱きしめられる。

優しく肩を抱かれたことはあったけど、
こんなに強く、こんなに激しいあなたを感じたことは、
今まで、一度もなくて――




「梨華…」


まるで、体の奥から搾りだすような声で、
熱のこもった吐息まじりの声で、
あなたはわたしの耳元で、そうつぶやいた…

158 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:19

体中に電流が走ったみたいに、
体が強張り、全身がカッと熱くなる。

突然の事に、どうしていいかわからない。
あなたの熱い吐息を耳に感じて、体が震え出す――


あなたは、もう一度確かめるようにギュッと抱きしめて、
ゆっくりと、わたしから離れた。


「ごめんなさい…」

俯いたまま、小さな声であなたが謝る。

そして、すぐに笑顔を見せると

「これで、頑張れます。
 もう、充分です」

そう言って、わたしに背中を向けた。


「おやすみなさい」

背中を向けたまま、そう言って、寝室に入っていく――

159 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:19

どういう、こと…?

震える体を自分で抱きしめた。


寝室の扉が閉じられたとともに、
さっきのあなたの声が蘇って来て――


  『梨華…』


微かに感じた、あなたの熱い吐息。
確かに、確かに、わたしの名前を呼んだ・・・


――どうして?

立っていられなくて、その場にしゃがみこんだ。


160 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:20


  『先輩の髪の匂い、好きです・・・』

  『このまま、少しだけ…
   二人で花火、見て行きませんか?』

  『先輩が似合うって言ってくれたから、
   金髪は保ってるんです』

  『アタシは…
   アタシは、先輩に早く会いたかった――』


まさか・・・


  『いつだって、泣きたいときは、貸してあげるって言ったでしょ?』

  『アタシと踊りませんか?』

  『アタシがほめてあげます』


あなたの笑顔が、あなたの優しい眼差しが浮かんだ。

161 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:21

そんなことって――

だって、あなたは車の中で、
『亜弥』って・・・

はじめて見た、あなたの涙。
あれは、亜弥さんのために流した涙でしょ?

なのに、どうして・・・?


あんなに嫌がって、呼んでくれなかったわたしの名前を。
ふざけてだって、呼んでくれなかったわたしの名前を。

こんな時に、
あんなに強く抱きしめられて、
呼ばれるなんて――


162 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:21



複雑な気持ちを抱えたまま、
寝室の扉を開けた。

ひとみちゃんは、こちらに背を向けて、
窓側のベッドに寝ていた。


「――ひとみ、ちゃん・・・」

ピクリとも動かない背中。

その背中はまるで、わたしに話しかけられるのを
拒んでいるように見えた。

もう一度、勇気を出して、遠慮がちに
声をかける。

けれど、やはり、ひとみちゃんは、
振り向きもしなかった。

163 名前:第6章 4 投稿日:2008/11/25(火) 17:22

諦めて、わたしもベッドにもぐりこむ。
壁側のベッドから、あなたの背中を見つめた。

近くて遠い、あなたとの距離――


ねぇ、ひとみちゃん。
あなたの心は、どこにあるの?


わたしに掴むことは、出来ますか?



164 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/25(火) 17:22



165 名前:花に願いを2 投稿日:2008/11/25(火) 17:22



166 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/11/25(火) 17:22

本日は以上です。

167 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/26(水) 00:23
もぅ〜なんで苦しむんでしょ??
せつねえ〜(;_;)
168 名前:130 投稿日:2008/11/26(水) 01:23
素直になるんだ〜〜(>_<)

今夜もごちそうさまです☆
169 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/27(木) 23:07
なんか気持ちが沈んでくるな

早く明るいいしよしがよみたい
がんばって作者さん
170 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/02(火) 19:20

>167:名無飼育さん様
 すれ違いばかりの二人ですみません。

>168:130様
 毎度ありがとうございます!
 レスをつけて頂くと、励みになりますので、
 うれしい限りです。

>169:名無し飼育さん様
 気持ちが沈んじゃいましたか・・・
 明るいいしよしは、もう少し先になりますが、
 本日はお詫びとして、少し長めの更新をさせて頂きますゆえ、
 お許しくださいませ。


それでは、本日の更新に参ります。

171 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/02(火) 19:20




172 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:21


「梨華ちゃん、起きて!!」

ん、んんっ・・・

「大変なの!」

あれ・・・?
わたし、いつの間に・・・


「よしこが、消えたの!!」

え?

飛び起きて、隣のベッドを見る。

お布団が綺麗に畳まれていて、
昨夜ひとみちゃんが、そこに寝ていたという名残は全くない。

173 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:22

「何かあったの?」

柴ちゃんが、わたしに問いかける。

――あった、よ・・・


  『梨華…』

月明かりの中で、あなたに抱きしめられた――


「リビングにメモがあった」

美貴ちゃんが、わたしに差し出す。

174 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:23


  <急用が出来たので、帰ります。
   柴田先輩、藤本先輩、無理矢理連れて来てくれて
   ありがとうございました。
   感謝してます。

   それから、先輩。
   昨日は突然、ごめんなさい。
   あなたが幸せになることを、心から願ってます>


「これってさ、よっちゃん、
 どっか行っちゃうつもりじゃないのかな?」


  『これで、頑張れます。
   もう、充分です』


――追いかけなきゃ。

わたし、ひとみちゃんにちゃんと伝えなきゃ。
本当の気持ちを――

175 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:23



176 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:23

ひとみちゃんの家の前に座り込んで、
じっと待つ。

あれから、柴ちゃんが車を飛ばしてくれて、
すぐにアパートに戻った。

柴ちゃんも美貴ちゃんも、
一緒にいてくれようとしたけど、断った。

いつまでも、二人に甘えてちゃいけない。
わたしが、ちゃんとひとみちゃんと向き合う。

自分の心に向き合う。
正直に、なる――


177 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:24

朝まで待ったけど、ひとみちゃんは帰らなかった。

ひとまず部屋に戻って、
身支度をして会社に向かう。


また、わたしがいない間に、
ひとみちゃんは家に戻る気、なのかな・・・?


そう思ったら、自然に体が動いて、
来た道を戻っていた。

今の間に、ひとみちゃんが帰ってきてしまったら――


気持ちばかりが焦るけど、
体が動かない。

もっと早く!

ひとみちゃんに会いたい!
会わなきゃいけないの!!

178 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:24

必死で足を動かして、アパートまでダッシュした。

ひとみちゃんのポストを覗く。
2日分の新聞が、入ったまま。

良かった・・・
まだ、帰ってなかったみたい。



きっと、帰ってくる。

ここで待ってれば、あなたに会える。
そう思っていたのに――


この日も、あなたがここに戻ることはなかった・・・


179 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:25





180 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:25

「梨華ちゃん、大丈夫?
 一人で行ける?」

柴ちゃんは、終業時間までに、
何とか仕事を片付けて、ついてきてくれようとしてたけど、
気持ちだけで十分。


今、会社は来春の一大プロジェクトに向けて、
どこの部も準備で忙しい。

美貴ちゃんなんて、この土日、
ずいぶん無理をして、別荘についてきてくれたんだと思う。
朝早くから、声をかけるのがためらわれるほど、走り回っていたから。

柴ちゃんだってそう。
パソコンの前にずっと張り付いたままで、
一日中、画面とにらめっこしてた。

181 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:26

うちの部は直接関わってないから、
二人ほどではないけれど、それでも昨日休んでしまった代償は大きい。

でも今夜は、どうしても行かねばならない。

安倍部長に無理を承知で、
定時に帰らせてもらいたいとお願いした。


部長は、わたしをジッと見つめると
「行っておいで」と、一言だけ告げた。

驚いて、固まっていると、

「あれ?どっか行くんじゃないのかい?」
「あ、はい…」

「今日、行かなきゃなんないんでしょ?」
「はい」

「なら、行っておいで」

そう言って、微笑んでくれた。

182 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:26

みんなに感謝しなきゃ…

甘えてばかりいないで、自分の気持ちだもの。
たくさん、遠回りしちゃったけど、
あなたに自分の言葉で、きちんと伝えなきゃ。



賑やかな街並みを歩くと、次から次に
声をかけられる。

やっとの思いでやり過ごして、
重厚な扉の前に立った。

ずっと来たくなかった場所。
あなたとアヤカさんが踊る姿が、
いまだに目に焼きついていて離れない。

けれど・・・
ここには、いるはず。
ここなら、あなたに必ず会える――


深呼吸をして、重たい扉を開けた。

183 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:27

「いらっしゃっいま――、あ、石川さん…」

受付で出迎えてくれたのが、マコトさんで少しだけ安心する。

「ひとみちゃん、いますか?
 どうしても、話しがしたくて。
 忙しかったら、外で終わるまで待ってますから。
 だから、どうか――
 わたしがどうしても会いたがってると、伝えて欲しいんです」

一気にそう言うと、マコトさんは困ったような顔をして、
しばらく沈黙した後、ためらいがちに、わたしに告げた。


「――ヨシさん、辞めたんです」

え・・・?

「うそ…で、しょ…?」

マコトさんが首を横に振る。

「日曜の朝、ママのとこに電話があって、突然切り出されたって。
 何でも、留学が早まって、準備が忙しいらしくて…」

184 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:28

めまいが、した。

ひとみちゃんに、
ほんとにもう、会えなくなる――


「石川さん、石川さん、大丈夫ですか?!」


ひとみちゃん…

お願い。
これきりなんて、嫌だ――



185 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:28



186 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:28

「気がついた?」

目を開けると、ママがわたしを覗きこんでいた。
ハッとして、とび起きる。

「ここは…」

「店のスタッフルームよ。
 受付でいきなり倒れるから、マコトが血相かえて、
 石川さんが死んじゃう〜なんて、叫んでたわよ」

「すみません・・・」

「あんた達、ずいぶん重症みたいね。
 そのくせ、倒れる場所も、発見者も一緒なんだから…
 すれ違ってんだか、繋がってんだか、よくわかんないわね」

なんて答えていいのか分からずに、黙って俯く。

187 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:29

「ヨシ、今夜来るわよ」

「ほんとですか?!」

「あんたが倒れたこと、伝えたの。
 それに店の誰にも挨拶しないで辞めるなんて、非常識だって、
 思いっきり非難してやったわ」


「――待たせてもらっても、いいですか?」


「もちろんよ」

そう言って、ママは微笑んでくれた。


188 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:29




お店の入口が、騒がしくなったと思って視線を向けると――

「ヨシさん!」

マコトさんをはじめ、
皆がひとみちゃんの元に駆け寄る。

「何で、急に辞めるんですかあ?」

「ほんとごめん。
 留学が早まったんだ」

「いつ行くんですか?」

「ん?
 準備、出来次第ってとこかな?」

カウンターの隅で、その姿を眺めていた
わたしと一瞬、目が合った。

189 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:30


「アヤカがね、
 住むとことか、いろいろ力になってくれてる」

ひとみちゃんはそう言って、アヤカさんの肩を抱いた。

「ちょっと!いつからそんな関係なんですか?
 しかも呼び捨てしてるし」

ひとみちゃんとアヤカさんが、顔を見合わせて微笑む。


どうして…

なんで…?
ひとみちゃん――


またフラッとして、椅子につかまった。
マサオさんが、支えてくれた。

「大丈夫?」
「ごめんなさい」

「ヨシの近くに行く?」

小さく首を横に振った。

190 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:31


店内の照明が一段落ちて、
音楽が大きくなる。

  『アタシと踊りませんか?』

あの日、あなたの手を素直にとっていたら、
こんなに苦しまずに済んだのかな・・・


「最後くらい、踊ってよ」

そう言う、たくさんの人の誘いを断って、
あなたはアヤカさんの手を引いて、ステージに向かう。


やだ、見たくない…

191 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:31

二人でステージにあがると、
ひとみちゃんが、アヤカさんの腰を引き寄せた。

アヤカさんが、ひとみちゃんの頬をなで、
首の後ろに手を回す。

体を寄せ合って、音に合わせ揺れる二人――


ズキズキと音をたてる、胸の痛みに堪えられない。

これ以上、見てられなくて
カウンターを立ち去ろうと、腰をあげたとき…


あなたは、アヤカさんの頬に軽く手を添えて



――キスをした。


192 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:32

目の前の出来事が、信じられない。


だって――

だって、あなたは亜弥さんとのキスで…



  『よっちゃん、キスがトラウマなんだよ。
   また失うんじゃないかって』



  『ごめんなさい、アタシ…』

  『梨華…』


193 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:32

どれが、本当のあなたなの?

あなたの心には、誰がいるの?



たまらず、店を飛び出す。

走って走って、とにかく遠くまで――


喧騒をかきわけて、とにかく走った。


ひとみちゃん、あなたがわからない・・・


あなたの心が、見えないよ――

194 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:33


************



195 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:33


「フリするなら、本当にしてくれて良かったのに…」

アヤカさんが、アタシの頬を撫でる。


「ほんとにいいの?これで。
 あの角度だと、ほんとにしたって、彼女勘違いしてるわよ」

「いいんです、これで…」

ステージの上で、向かいあったままのアタシ達。
いつの間にか音楽は、いつも通りのかすかなBGMに変わっていた。


196 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:34

「ごめんなさい、アヤカさん。
 また、あなたを利用して…」

言葉に詰まった。

「やだ、よっすぃ〜ったら。
 わたし、結婚決まったって言ったでしょ?」

俯いたアタシの頭を、アヤカさんが撫でる。

「家にまで来て、
 『好きな人がいるんです。今日は、その人にフラれて、
 なんか気持ちがグチャグチャになっちゃって、あなたを利用しました』
 なーんて、頭下げられたら、諦めるしかないじゃない?」

先輩が、初めて店に来た日のことだ。

「・・・ごめんなさい」

197 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:34

アヤカさんが、俯いたままのアタシの両手を掴む。

「わたしが協力出来るのは、ここまで。
 結婚式来て欲しいけど、明日出発じゃ無理ね」

「はい…
 それから、そのこと――
 明日発つってこと、アヤカさんとママと、
 大学のゼミの人間にしか言ってないんです。
 アタシが行ってしまうまで、誰にも言わないで下さい」

「わかってる」


アヤカさんが、アタシの手をギュッと握る。

「さようなら、よっすぃ〜」

そう言って、少し背伸びすると、
アタシの頬にキスをした。

「最後だもの。これくらい、いいでしょ?」

返事の代わりに微笑んだ。

198 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:35

アヤカさんが、背を向けて、
ステージを降りる――


「アヤカさんっ!」


――お幸せに
――お元気で

どっちも違う気がする・・・



「楽しかったです。あなたとの時間」

そう言うと、アヤカさんは嬉しそうに微笑んだ。

「私もよ。今まで、ありがとう」

そして、また踵を返すと、
店を出て行った――


199 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:36

カウンターへ行くと、
ママが不機嫌そうに、アタシを見る。

「下手くそ」
「そんなにハッキリ、言わないで下さい」

「あんた、彼女があの角度にいたから、良かったものの、
 してないのバレバレよ。
 やっぱ、あんたはワルにはなれないわね」

「ならないからいいです。
 それより――」

「大丈夫。マコトに後追わせて、
 柴田さんに連絡するよう、言っといたから」

「すみません」

目の前にボトルが置かれる。

200 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:36

「これ、高いのに。
 開けちゃっていいんですか?」

「あんたの門出だもの。
 ほんとはもう少し、いてもらいたかったけど」

「すみません」
「客、減るだろうな〜」

「大丈夫ですよ。
 あ、アタシ開けます」

ママと入れ代わりで、カウンターの中に入る。
ここに立つのも、今夜が最後だ。


店で1番高級なシャンパンを開けて、
ママと乾杯する。

「うわっ、やっぱうめ〜!」

ママはアタシを見てニッコリ笑うと、
マサオさんを呼んで、「みんなに回して」と、ボトルを渡して、
フロアに行くように指示した。

あっという間に、みんながシャンパンに群がって、
カウンターにはママとアタシの二人きり。


マコト、怒るだろうな…

201 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:37

「いいの?あの子。
 あんたのこと、誤解したままよ」

「いいんです。
 アタシじゃ、あの人を幸せに出来ないから」

視線を落とすと、グラスの中では、
いくつもの泡が、次々に浮き上がっては消え、
また新しい泡が、浮き上がっては消えを繰り返している――


「努力してみたらいいじゃない」

「彼女が望むものを、アタシじゃ何一つ、
 あげられないですから」

幸せな家庭、子供、夫婦という証・・・


「彼女、あんたのこと、好きよ。
 ここに一人で訪ねてきて、ショックで倒れてしまうくらい」

今は――

そうかもしれない。
アタシが、思いにまかせて抱きしめたりしたから。

でも、それは勘違いだ。
冷静になった時に、先輩は夢を捨てたことを
きっと後悔する・・・

202 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:37

「深く考えないで、突っ走ってみれば?
 単純よ、恋愛なんて」

「そうかもしれませんね…」

曖昧に微笑んだ。

「そういうとこも、少しも変わらないわね。
 思いこんだら、何を言っても考えを変えない」

「ハハハ、参ったな」


グラスに浮かぶ泡が、随分少なくなって来た。
そう、泡は・・・

儚い泡は、いつか、消える――

グラスの中身を一気に呷った。

203 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:38

「彼女の…
 悲しむ顔は、見たくないんです・・・」

今、アタシを好きでいてくれたとしても、
いつか、きっと…
いつの日か、先輩はアタシをとったことを後悔する。

その時にアタシは――

どんなに努力したって、彼女の後悔を、
埋めてあげることが出来ない。

望んだものを、何一つ、与えてあげられない。


だから、アタシ達に、未来は、ない――


204 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:38

「独り言だと思って聞いて」

ママがアタシを凝視する。

「あたしはね、ヨシ。
 いつだって、そばにいて欲しい。いつだって、そばにいたい。
 お互いに、その思いさえあれば、
 どんなことだって、乗り越えられるって思ってる」

ママの目を見続けるのが怖くて、思わず目をそらした。

「幸せにしてあげたい、なんて思ったってさ、
 相手が、何に幸せを感じるかなんて、わからないわ。
 愛情が一番の人もいれば、お金に幸せを感じる人もいる。
 肩書、容姿、そんなものに幸せを感じる人だっているわ。
 それはね、本人にしか、分からない」

205 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:39

「あんたより、少し長く生きてきた、
 社会で一応、根を張って生きている人間として、一言言わせてもらうわ」

ママは、一旦言葉を切ると、
アタシが顔をあげるのを待って、言葉を繋いだ。

「こんな自分――
 そんな風に思うのは、そのままを受け入れて、
 あんたを好きになってくれた相手に、失礼だわ」



ズッシリ来る言葉の数々――


けど…
だけど、もう決めたんだ。

やっぱり、どうあがいたって、
アタシには、彼女を幸せにしてあげる自信が、ない・・・


206 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:39

もしもアタシが、男だったら――
何度も、そう思った。

だけど、こればっかりは、どうしようもない。

諦めるしか、ない・・・


「ママの言葉、心の奥にとどめておきます」

そう言って、微笑んだ。


「はあ〜、ほんとに頑固者」

ママは大げさにため息をついてから、
優しい笑みを返してくれた。

207 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:40

「今までのお礼に、ママにカクテル、プレゼントしていいですか?」
「新作?」

「はい。そのうち、披露しようと思ってたんですけど、
 もう披露する機会、なくなっちゃったから」

「頂くわ」


シェイカーを手にする。
これを振るのも、これで最後。


「やっぱ、似合うわね。その場所」
「ありがとうございます」

「いつだって、戻ってくればいい。
 あんたの気持ちが変わったら」

ママの言葉に、無言で微笑んだ。

208 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:41

ママの前に、コースターを敷いて、
グラスを置いた。

「HANABIです」

「このカクテルの名前?」
「はい」
「どうして、これが、HANABIなの?」

「ハナビって、夜空に浮かぶ美しいハナに見えませんか?
 まるで、夢の世界にいるような・・・
 見ている間、ずっとステキな夢、見れてたなって――」

「HANABI、ね・・・」

そうつぶやいて、ママはグラスを口に運んだ。


「おいしい」
「良かった」

ママはまだ何かを言いたそうだったけど、
アタシがそれを遮った。

「そろそろ、行きます」

209 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:41

「今日は、泊まるとこあるの?」

「まだ、研究途中の資料が、片付いてなくて。
 今日は徹夜で、ゼミ室にこもります」

「忙しいのに、呼び出して悪かったわね」
「いえ、おかげでスッキリしました」

カウンターを出て、ママのそばに行って
頭を下げる。

「本当に、お世話になりました」

「やだ、お礼を言うのはあたしよ。
 ヨシがいなかったら、この店潰れてた」

ママがアタシの手を取る。

「帰ってきたら、必ず寄って」
「はい」

ママの目が潤んでる。
もらい泣きしそうだ。

210 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:42

「皆には、ママからよろしく言っておいて下さい。
 なんか、見送られると、泣いちゃいそうで」

「たまには、思いっきり泣けばいいのに」
「後で、一人で泣きます」

そう言って笑った。


「愛!ちょっと来て」

ママが、フロアにいる高橋愛を呼ぶ。

「愛にだけ、見送らせるわ」
「いいですよ。一人で行きます」
「いいから」


黄色いドレスを纏った愛が、
アタシ達の元にやってくる。

「ママ、呼びました?」

211 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:42

「ヨシがもう行くって」

「えっ?
 最後まで、いるんじゃないんですか?」

「これから徹夜で、お勉強ですって」
「そうなんですか?」

また真ん丸の目をして、上目使いで見つめてくる。

「勉強っていうか、いろいろ片付けるもんがあってね。
 これから大学に戻るんだ」

「一人じゃ寂しいみたいだから、ヨシを送ってあげてよ」
「大丈夫ですよ、一人で帰れますって」
「いいから。ほら、愛、行ってあげて」

「わかりました。行きましょ?」

愛に腕組みされて、裏口に引っ張ってかれる。

あ〜あ。
これじゃ、思い出にひたる暇、ないな…



212 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:43



「ただ今、戻りました!」

「敬礼なんか、しなくていいわよ。
 マコトがやると、気持ち悪い」

「ひどい。
 ママに、気持ち悪いって言われた〜
 しかも、ママに〜」

「しかもって何よ!で、石川さんは?」

「バッチリです!
 ちゃんと、おっかけて、間違いなく
 柴田さんに引き渡してきました。
 あ、藤本さんも来てくれましたよ」

「そう、ありがと」

213 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:43

「しっかし、ヨシさん。
 なんで、あんなことしたんですか?
 へったくそな、キスするフリなんて」

「あんたもそう思う?」

「まったく。普段しなれないくせに、あんなことして。
 でも、梨華さん、かわいそうなくらい、ボロボロだったな…」

り、か…


「一人じゃ立ち上がれないくらいでしたよ。
 見てるあたしの方が、胸が痛くて…」


「マコト、りかさんて、どんな字書くの?」

「へっ?
 ああ、ナシにハナ。ハナは華やかの方のハナです」

214 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:44


  『夜空に浮かぶ美しいハナに見えませんか?』


HANABI――

なるほど、『華美』ね…


  『見ている間、ずっとステキな夢、見れてたなって――』

やっぱり、彼女のために作ったカクテルだったか…


215 名前:第6章 5 投稿日:2008/12/02(火) 19:45

「マコト!」
「ふぇい?」

「もう一回、走ってくれる?」

「え〜っ!!」

「特別にあんたに、店で2番目に高いシャンパン
 飲ましてあげるから」

「ほんとですか?!」

「もちろんよ。
 その代わり、ヨシを追いかけて、ハナビの作り方聞いてきて」

「わかりました!」


「それから――
 愛が泣いてたら、あんた慰めてあげなさい」

216 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/02(火) 19:45



217 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/02(火) 19:45



218 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/02(火) 19:45

本日は、以上です。


219 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 21:02
今回のママは格別かっこいい
そして作者様の小ネタの使い方に惚れ惚れします
220 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 23:12
圭ママカッケーっすね! 安倍部長もさりげなく登場。まこあい、柴美貴様の活躍を期待しております。
221 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/03(水) 00:49
ヤッスーママ、マコト、なっち部長そして柴美貴
本当に素晴らしい仲間に恵まれていますね!
いしよしファイッ!!
作者様更新お疲れ様ですm(__)m
最後まで見守ります(^O^)/
222 名前:168 投稿日:2008/12/03(水) 01:35
ママの優しさが浸みるし、頑固よっすぃ〜〜(ノ_・。)
あー、たかーしも切ないし(>_<)
アヤカもね、潔い(>_<)
みんな素敵だよ(>_<)

がんばれ、いしかー(>_<)
223 名前:168 投稿日:2008/12/03(水) 01:38
玄米ちゃさんいつもおつかれさまです☆次も楽しみにしてます☆

(間違って途中で送信しちゃいました涙)
224 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/09(火) 20:46

>219:名無飼育さん様
 惚れ惚れするだなんて!
 うれしいですね。ありがとうございます!

>220:名無飼育さん様
 近々、もう一度安倍部長の出番が来ます。
 他の皆様にも、もう一押しずつ活躍してもらおうかと・・・

>221:名無飼育さん様
 温かいお言葉、ありがとうございます。
 そして本日、もう一名素晴らしい仲間になる方が登場します。
 お楽しみに!

>222:168様
 みんな素敵ですか?
 ありがとうございます!!
 このお話しも残り少なくなってまいりました。
 最後まで楽しんで頂けたら、うれしいです。


では、本日の更新にまいります。


 


225 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/09(火) 20:46



226 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:48

朝を迎えても、残像が消えない。

アヤカさんの頬に軽く手を添えて、
あなたから、キスして――


ひとみ、ちゃん…


あの日、わたしを抱きしめたのは
どうして?

なんで、わたしの名前を呼んだの?

どうして?
ねぇ、どうして…

227 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:48


「梨華ちゃん、大丈夫?
 今日、会社休む?」

首を横に振った。

ここにいたら、余計におかしくなってしまう。
この部屋にいたら、嫌でもあなたを思い出してしまうもの――



昨夜、店を飛び出したわたしを、
マコトさんが追いかけてきてくれて、柴ちゃんに連絡をしてくれた。

一緒に美貴ちゃんも、駆けつけてきてくれて、
泣き崩れて、ボロボロになったわたしを
家まで運んでくれて、ずっと一緒にいてくれた。


ごめんね、二人とも――
ただでさえ、疲れてるのに・・・

228 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:49

「わたし、今日、副社長に返事する」

「えっ?
 まさか、梨華ちゃん・・・」

心配そうに見つめる二人に、もう一度首を振った。


「わたし・・・、ひとみちゃんが好き。
 どんな風になっても、やっぱり好きなんだもん」

この気持ちは変わらない。
ううん、変えられないの。

だから――

「わかった。
 美貴が何とかして、よっちゃんの居場所突き止める」

「私は、よしこがいつ出発するのか、探ってみるわ」

229 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:50

「――ありがとう」

忙しいのに、ごめん・・・


「何、言ってんの。
 私たち、梨華ちゃんの夢、応援するって言ったじゃない」

「そうそう、今の梨華ちゃんの夢は、
 よっちゃんと一緒にいることでしょ?」

「それに、私たち」

「よっちゃんと一緒にいる時の梨華ちゃんの笑顔、
 好きなんだよ」

だから、ね。


ありがとう・・・

本当に、ありがとう――


230 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:50




231 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:51

「すみません、お忙しいのに」

「ええよ。石川さんから誘ってくれるの、始めてやし。
 なんぼでも、時間つくるよ」

副社長と待ち合わせした公園。

忙しいはずなのに、時間を開けてくれて、
こうして来てくれる。
どこまでも、わたしを1番にしてくれる人――


「ご飯でも行こか?」

首を横に振った。


夜の入口。
恋人達が、腕を組んで歩いていく――


「話し、あるんやろ?」
「はい」
「なら、少し歩こうか?」

並んで歩き出す。

232 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:51


「プロジェクト、なかなかうまく進んでてな。
 このまま行けば、大成功や」

「石川さんが、オレの活力になってる」

「絶対、幸せにする」

「絶対、大事にする」

「絶対に、石川さんを悲しませたりしない」


「泣かせたりしないって誓う」


そこまで言うと、副社長は足を止めて、
わたしに向き合った。


233 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:52

「石川さんの話し、聞く前に言わせて欲しい」

副社長はポケットから、箱を取り出して、
わたしに差し出すと、その箱のフタを開けた。


「もう一度言う。
 結婚して下さい」

差し出されたのは、大きな石のついた指輪。
多分、とてつもなく高いもの――


「ごめんなさい」
「お願いします」

「ごめんなさい。わたしには、好きな人がいます。
 ずっと黙ってて、ごめんなさい」

「それって、ひとみちゃん?」

黙って頷いた。

234 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:52

「女同士なのに?」
「はい」

「結婚出来へんで?」
「はい」

「子供も作れんよ?」

「それでも好きなんです。
 彼女のそばに、いたいんです」



「参ったな。
 女の子に負けるとは思わんかった。しかも、学生の…
 苦労するで?世の中はまだ、偏見ばっかりや」

「わかってます」

235 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:53

「この指輪、高いねん。
 こんなん、その辺の人じゃ、プレゼント出来へんよ?」

「すみません。
 でも、わたしの手には、そんな大きな石、
 似合いませんから・・・」

「どうせなら、大きい方がうれしいやろ?」

「そうかもしれません。
 でも、わたしは――
 わたしの手には、小さな石の方が似合います」

「それ、もしかしてひとみちゃんに言われたの?」

「はい」


  『かわいいお花みたいな小さなリングなら、
   きっとよく似合うと思うんだけどなぁ』

初めて食事をした日に、そう言ってくれたんだ。

236 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:54

「はあ〜
 負けたわ、完全に」

大きなため息をついて、
副社長は箱を閉じると、それをしまった。


「石川さんが、うちの社員やなかったらな、
 すがってでも、振り向かせたいとこやけど。
 立場上、これ以上は格好悪いしな」

そう言って、副社長は天を仰いだ。

「諦めるしか、ないんやろうな…」

「ほんとに、ごめんなさい」


「わかってたよ。
 石川さんの心に、誰かがずっとおるって。
 始めて、ひとみちゃん見た時に確信したわ。
 やっぱ、コイツかって」

「すみません」

「はあ〜
 負けたの、学生時代以来やなぁ・・・
 社会に出てからは、負けたことなかったのに。
 肩書にもつられない石川さんに、ますます惚れそうや」

237 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:54

「困った顔せんでよ。
 で、ひとみちゃんとはうまく行きそう?」

「わかりません・・・
 彼女、アメリカに留学に行くんです。
 だから、その前にどうしても自分の気持ち、伝えたくて…」

「そっかぁ…
 うまく行くとええなあ」


  <♪♪♪♪♪>


「携帯、鳴ってるよ。出たら?
 石川さんの話し、それだけやろ?」

「すみません」

「謝らんといて。なんかみじめな気分になる」

238 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:55

「ほな」

そう言って背中を向けた副社長に、頭を下げた。

嬉しかった。
好きだと言ってくれたこと。
いつも、わたしを1番に考えてくれてたこと――


副社長が振り向いた。

「はよ出んと、切れるで?」

もう一度、お辞儀をして、携帯を取り出した。

柴ちゃんからだ…


239 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:55

「もしもし」

『梨華ちゃん、今どこ?!』

「今、公園。副社長にちゃんと話ししたよ」

『そう。そんなことよりね』

「そんなことって…」

『いいから、落ち着いて聞いて?』

「うん」


『よしこ、今夜出発だって!!』


「えっ!!」

驚きのあまり、携帯を取り落としそうになった。

そんな――

240 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:56

わたしの様子を見て、去りかけた副社長が
怪訝そうな顔をして、近づいてくる。


『今、マコトちゃんが連絡くれて。
 店でママとアヤカさんが、話してたらしいの。
 「今頃、空港ね」って。
 それ聞いて、問い詰めたけど、何行きのどの便に乗るのかは、
 どうしても教えてくれなかったって』


う、そ、でしょ…
準備出来次第って、言ってたじゃない…


『もしもし!梨華ちゃん、聞いてる?』


だって、そんな…
わたし、気持ち伝えてない…
それなのに、いきなりいなくなるなんて――


241 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:56

「ちょっと貸して!」

携帯を取り上げられる。


「代わりました。寺田と言います」
『あ、副社長。PC事業部の柴田です』

「何があった?
 石川さんの様子、おかしいで?」


なん、で…?
もう、会えない、の…?
ひとみちゃん、もう、あなたに、二度と――


242 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:57


「行くぞ!」

腕を掴まれた。
衝撃と共に、浮かんでいた涙が流れる。


「泣く前に、行くしかないやろ!」

「行くって…」

「空港。
 間に合うかわからんけど、ここで泣いとるよりマシやろ!」

腕を引っ張られる。


「オレが空港まで、連れていったる!」


243 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:57


「アメリカに行くなら、成田に決まってる」
「どっちのターミナルか分からんけど、とにかく夜の便なんやろ?」
「アメリカ行きの便の搭乗者、全部調べたらええ」


車の中で、副社長はそう言って、
何度も大丈夫と言ってくれた。



空港に到着するなり、副社長は
「搭乗者調べに行くから、石川さんはとにかく、ひとみちゃんを探して!」
そう言って、足早に消えて行った。


一人残されて、空港の広いロビーを見回す――

こんなに広い中で・・・
こんなに人が多いのに・・・


244 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:58

ダメ、気弱になっちゃ!

この中のどこかに、いるはずだもん。


そうだよ、絶対いるよ。
絶対、会えるよ。

きっとまだ、アメリカ行ってないもん!


絶対、会わなきゃいけないの!
だってわたし、まだ気持ち伝えてないんだから――



手当たり次第、探して回った。

誰か、見かけた人はいないか?

とにかく、聞いて回った。


絶対、絶対、会える…

そう信じて――

245 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:59





「最後の便、飛んでもうたな…」


涙が溢れて来た。
副社長が、ソファーに座らせてくれる。

涙が止まらなくて、両手で顔を覆った。

「ごめんな。
 アメリカ行きだけじゃ、便が多すぎて、
 搭乗者調べきれんかった」


首を横に振る。
苦しくて、我慢出来なくて、鳴咽に変わる――

246 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 20:59


「梨華ちゃんっ!!」

呼ばれた方に、顔をあげると、
柴ちゃんと美貴ちゃんが駆け寄って来た。


「梨華ちゃん・・・」

堪え切れなくて、柴ちゃんに抱き着いた。


「ウウッ、ひ、とみ、ちゃん、
 行っ、ちゃ、った…」


人目もはばからず、柴ちゃんの胸でしゃくりあげて泣いた。

247 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 21:00


それからわたしは、どうしてもあの家に帰る気がしなくて、
柴ちゃんの家に泊めてもらった。

美貴ちゃんも一緒に居てくれて
一人にしないように気遣かってくれた。


ほんとにごめんね、二人とも…


だけど、お願い。
今夜だけは、甘えさせて――


248 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 21:00

次の日の朝、わたしは二人が会社に行くのを見送ってから
家に帰ることにした。

こんなに泣き腫らした顔で、
会社になんか行けない。


柴ちゃんは、家にいてくれていいって言ってくれたけど、
これ以上お家の方にまで、ご迷惑かける訳にはいかないもの。


それにいつまでも、
自分の家に帰らないという訳には行かない。


重たい気持ちを引きずって、
アパートに向かった。

249 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 21:01


もう、あの場所にひとみちゃんはいないんだ…


そう思うと、寂しさが込み上げてきて、
涙が零れそうになる。


今までは、どんなに気持ちがすれ違っても、
どんなに会えなくても、
同じ屋根の下にあなたがいて、
あなたの気配を感じることが出来た。

でも、もうそれさえ叶わない。

郵便受けを覗いたって、ベランダから覗いたって、
もうあなたのカケラさえ、感じることが出来ないんだ・・・


ひとみちゃん。
海の向こうだなんて、遠すぎるよ――


涙が溢れてきて、家路を急いだ。

250 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 21:01

見ないようにしようって、道中ずっと言い聞かせてきたのに、
アパートの敷地に入ると、自然と目が行ってしまった。


そこが、視界に入ると同時に、扉が閉じられる――

なんで?

いないはずなのに、
その部屋は、もう空のはずなのに――


駆け出していた。

チャイムを鳴らす。
扉を叩く。

「お願い、開けて!
 お願い、ひとみちゃん、開けて!」

何度も扉を叩いて、
何度も名前を呼んだ。

251 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 21:02

けれど、扉が開いて、現れたのは
見たこともない、女の子…


「うるさいなぁ。
 そんなに何度も呼ばなくても、出ますって」


「――あなた…、だ、れ…?」

「私?
 私、亀井絵里っていいます」

そう言って、目の前の彼女はニッコリ微笑んだ。


「あー、あなた、石川先輩でしょ?
 う〜ん、確かに吉澤さんが言う通り、肌の色似てるかも〜」

腕まくりして、わたしと見比べてる。

252 名前:第7章 1 投稿日:2008/12/09(火) 21:02

「ひとみちゃんのこと、知ってるの?」

「絵里、ゼミの後輩なんです。
 今日から、絵里がここに住むんですよ。
 あ、これから色々お世話になります」

深々と頭を下げられた。


「お近づきのしるしに、あがって行きませんか?」

半ば強引に部屋に通された。

253 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/09(火) 21:03



254 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/09(火) 21:03



255 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/09(火) 21:05

亀ちゃんが、ちょっとだけ登場しました。
次回は彼女が活躍してくれることでしょう。


ということで、本日は以上です。


256 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/10(水) 02:17
更新お疲れ様です。
ちょっと意外な人が登場しましたね。
これからどんな活躍をしてくれるのか楽しみです。

それにしても、副社長は本当にいい人ですね。
257 名前:222 投稿日:2008/12/10(水) 03:24
寺田ーー(ノ_・。)ええやつですね(>_<)

いつも更新ありがとうございます☆

新キャラさんに期待します♪
258 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/12(金) 18:46

>256:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 亀ちゃんは、本日活躍してくれますよ。

>257:222様
 結構、ええやつです。
 今日も楽しんで頂けたら、うれしいです。


では、本日の更新にまいります。

259 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/12(金) 18:47




260 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:48

久しぶりに訪れたひとみちゃんの部屋は
何一つ、変わっていなかった。

家具の配置も、カーテンの色も・・・
まるで、まだ彼女がここで暮らしているんじゃないかと
錯覚してしまうほど。

だって、彼女の甘い匂いでさえ、感じることが出来るもの――


「コーヒー、いれますね」

亀井さんが、カップを手にする。

それ、ひとみちゃんが使ってた――


261 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:50

「絵里ね、ちょうど住むとこ探してたんです。
 絵里がいたアパート、雨漏りするんですよ。
 いまどき、信じられます?」

コーヒーの香りが、鼻をつく。
この甘い匂いも、いずれ消えてしまうんだ…


「まぁ、我慢出来ないほどじゃないんですけど、
 来年春に取り壊されることが決まって。
 それ、吉澤さんが聞いてて、
 『なら亀ちゃん、アタシの後に住めば?』って。
 『来年春には、留学するから、ちょうど空くんだ』って」

コーヒーが目の前に置かれる。

「インスタントですけど。
 あ、ミルクと砂糖はご自由にどうぞ」

亀井さんが、ポーションのミルクと
スティックの砂糖を目の前に置いた。

262 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:50

「けど、吉澤さんの留学、なんかすっごい勢いで
 早まっちゃって。
 『急で荷物の整理出来ないから、良かったら使って』って言われたんです。
 で、これもね」

亀井さんが、カップを持ち上げた。

「吉澤さん、『いらなかったら、悪いけど処分してくれないかな』
 って言ったんですけど、結構いいものばかりですよね?
 昨日、来てみて驚いちゃった」

亀井さんが、部屋を見渡す。
「処分しないで、全部使っちゃおうかな?」
そう言って、微笑んだ。

263 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:51


「それにしても、ほんと急だったんですよ。
 日曜日の朝早くに突然、電話があって」

ひとみちゃんが、別荘からいなくなった朝だ…


「あっ、そうそう!」

亀井さんは、パチンと手を叩くと
かばんから、一枚の紙を取り出した。

「見て下さい」

机の上に、それを広げる。

「昨日ね、出発前に、吉澤さんからゼミ室で渡されたんです。
 吉澤さん、部屋の荷物はどうしてくれてもいいけど、
 花だけは面倒みてくれないかな?って。
 何を育ててるか、図にしたからって」

懐かしい、右上がりの綺麗な文字で、
お庭のどこに、何を植えてるかが書かれている――

264 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:52


「石川さん、一緒にお庭、見てみませんか?」

そう言って、亀井さんは立ち上がった。

そう言えば、お庭に出た事って、今までなかったな…



お庭に出ると、亀井さんは
ひとみちゃんの図を頼りに、「こっちが春に咲く花か…」
とつぶやきながら、一つ一つ確認している。


日差しが眩しい――

ひとみちゃんが、優しい眼差しで、
お花の手入れをしていたのを思い出す。

太陽の光を浴びて、キラキラ輝いていた姿――


もう二度と、あなたに会えないんだ・・・

そう思って、また胸が痛んだ。

265 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:53

「亀ちゃんになら、安心して任せられるって言われたんです。
 吉澤さんにそう言われるのって、すごく光栄なんですよ。
 ほんとに花を大事にする人だから・・・」

亀井さんが、はにかむように微笑んだ。

「あ、ハーブはこっちか。
 そうそう、石川さん、吉澤さんのハーブティー飲んだことあります?」

黙って頷いた。

一緒に食事をしてた頃、
毎晩、色んな紅茶を飲ませてもらってたもの。
『今日のは、紅茶とハーブをブレンドしました』とか、
『今日は、ハーブだけで楽しみましょうか』とか・・・


「そのハーブティーのハーブ、ここで栽培してたもの
 使ってますよ、きっと」

「そうだったの?」

「ええ。一度だけ、吉澤さんに無理言って、
 飲ませてもらったことがあるんです。
 でもね、吉澤さん、その時言ったんです。
 『これ、ほんとは特別な人にしか飲ませないんだからな』って」


特別な、人――


  『ほら、いい香りでしょ?』

いつだって、自慢げにわたしに聞いてた・・・

266 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:53


「えーっと。こっちはアスターか…」

アスター…?

「アスターって、見たことあります?
 この花ね、一度栽培したら、数年間は同じ場所で育てたらいけないんですよ」


  『結構、気難しい花なんですよ』

そう言えば、ひとみちゃん、
そう言ってたな・・・


「今年育てたから、ここにアスターを植えちゃいけないっと。
 あ、アスターの花言葉って、知ってます?」

亀井さんがメモしながら、わたしに尋ねる。


『紫のアスターの花言葉はね――』

267 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:54

「恋の勝利」

亀井さんが驚いたように顔を上げた。

「それ、紫のですよね?
 よく知ってますね」

「ひとみちゃんに、教えてもらったから…」

「じゃあ、他には?」

「他に?
 他にもあるの?」

「ええ」

亀井さんが、わたしを見つめる。

268 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:54

「この図をもらった時、吉澤さん言ってたんですよ。
 『ほんとは、恋人になったら、ここで育てたアスターを
 好きな人にあげたかったんだ』って」

えっ?

「<私の愛はあなたより深い>
 実は、アスターには、そう言う意味もあるんです。
 意外とロマンチストですよね、吉澤さんて」

亀井さんが楽しそうに笑った。


恋人に、なった、ら・・・?

269 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:55

「最後にここだ」

そう言って、亀井さんは、
何もない場所を指差した。

「ここ、何も埋まってないんです。
 変でしょ?ここだけ」

確かに――

不自然に、そこだけがポッカリ空いている。


「ここに植えるはずの種、
 吉澤さん、無くしちゃったんですよ。
 あの吉澤さんがですよ?
 誰よりも花を大切にする、あの吉澤さんがですよ。
 おかしいと思いませんか?」

それは思うよ。
だって、ひとみちゃんは、ほんとに大切にしてたもの――

270 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:56

「絵里ね、きっと誰かにあげたんじゃないかって、思ってるんです。
 中澤先生も、最初はめちゃめちゃ怒ったんですよ?
 だって、あの種、吉澤さんがすごい研究して、
 やっと品種改良に成功したものだったんです。
 従来より、育てやすくて、綺麗な花が咲くようにって」

亀井さんが、しゃがみこんで、
そこの土に触れる――

「吉澤さんがここで育てて、
 うまく行けば、論文発表することになってたんです。
 『そんな大事な種を吉澤は無くしたんか?!』
 って、中澤先生、そりゃー大変な剣幕でした」

なぜか、楽しそうに話しをする。

「中澤先生も、気付いてたんですよね。
 あれは無くしてなんかない。
 第一、吉澤が他のものならともかく、花に関係するものを無くす訳ないって」

亀井さんが立ち上がった。

「何度も、正直に言えって言われたのに、
 吉澤さんたら、無くしたの一点張りで・・・」

271 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:57

「中澤先生、ため息ついてたなぁ…
 大方、不幸な奴にやりよったなって」

亀井さんが、わたしを見つめた。

「吉澤さんが、その種を持ち帰ったの、
 去年のクリスマスイヴなんです」


去年の、クリスマスイヴ…?


「次の日の昼間には、無くしたって言ってたから、
 あげたとしたら、イヴの夜からクリスマス当日の朝にかけてですよね?
 中澤先生も言ってました。
 『あの花の花言葉が、花言葉やしな』って」


うそ・・・
まさか――


「ここに植えるはずだった種。
 エンドウ豆の種だったんです」


272 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:57





273 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:57


「メリークリスマス!!」

駅のロータリーのベンチで、俯いて座っていたわたしに、
誰かが声をかけた。

顔を上げてみると、真っ赤なサンタ衣装を着た
つけ鼻メガネとつけ髭の、見たこともない人――

無視して、そっぽを向いた。


わたしは今、クリスマスを祝う気になんか
なれないの!


「そんなとこに、ずっと座ってたら風邪ひきますよ?」

そう言って、その人はわたしを覗き込んだ。


そんなこと、わかってるわよ!

頭に来て、また無視して、反対方向に顔を向ける。

駅へと向かう、サラリーマンやOLが、
奇妙なものを見るように、ちらっと視線を送っては、素通りしていく。


もう!
からかうんだったら、他の人にしてよねっ!!

274 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:58

「あっち行ってよ!!」

思いっきり睨みつけたのに、
その人は、優しい目をして、わたしの前に缶を差し出した。

「あったかいですよ?」

そう言って、わたしの手の上に乗せる。

「ねっ?」


その缶を突き返した。

「あなたから、もらう筋合いないですから!
 それに毒でも入ってたら困るし!」

「毒?
 アハハ、じゃあ飲まなくていいです。
 ホッカイロ代わり」

「いらない」

「じゃあ、いらなくなったら捨てて下さい。
 でも、飲めば体の中からあったまるんだけどな…」

「いりません!!」

またそっぽを向いて、
わたしはその缶をベンチに置いた。

275 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:59

「仕方ないなあ。じゃあ特別に、
 あなたにクリスマスプレゼントをあげます」

その人は、サンタ衣装の中に着ている服のポケットをさぐると、
グーのまま、わたしの目の前に、手を突き出した。

「手、出してください」

「なんでわたしが?」

そう言ったけど、手を差し出したままわたしを見つめる瞳が、
あまりにも優しくて、少しだけ気持ちが揺らいだ。


「ほら、出して?」

そう言って、握った手を更にわたしの方に突き出す。


そういえば、今年はクリスマスプレゼント、
誰からも貰ってなかったな…

そう思っていたら、その人は空いてる方の手で、
突然、わたしの手を握った。

276 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 18:59

「何するのよっ!!」

きつく言ったのに、その人は労わるように、
わたしの冷えきった手を、そっと包み込んだ。

そして、かじかんで、固く閉じられた指を、
一つ一つ優しく開いてくれた。


すごく温かくて――
一つ一つの仕草が、とても優しくて――

涙がこぼれそうになった。



「これは魔法の種なんです」

まるでお伽話のようなことを言って、
その人は、わたしの手の平にそれをのせた。

「この花が咲くとき、
 あなたは必ず、幸せになれますよ」

そして、ニッコリ微笑んだんだ。

277 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:00


その人が立ち去ったあと、わたしは
その種をしばらく握りしめていた。

ふと傍らに、ベンチに置いたままのミルクティーを思いだして
プルタブを開け、思い切って口をつけた。

そのミルクティーには、もちろん、毒なんか入ってなくて
少しだけ冷めてしまったけど、甘くて、おいしくて、
心が温まっていくのを感じた。

さっきまでは、本当に辛くて。
もう何もかも、どうなったっていい、
どうせ、わたしは幸せになんかなれないんだって、
そう思ってたのに、ミルクティーを飲み干す頃には、
この魔法の種を信じてみようって、思い始めてた。

あの人を信じてみようって――




ねぇ、あの日、わたしを救ってくれたサンタさんは、
ひとみちゃんだったの…?

278 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:01



「ちょっと、待ってて下さい」

亀井さんがそう言い残して、
部屋にあがる。

かばんの中を探って、戻ってくると、
わたしの目の前に拳を突き出した。


「手、出して下さい」

「えっ?」

「ほら、早く!」


「あ、うん…」


わたしの手の平に、種がのせられた。
まるで、あの日のように――


279 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:01

「吉澤さんからです」

「え?ひとみちゃんから?」

「はい。
 もし、石川さんが来たら、渡してくれって」

わたし、に…?


「ほんとは何も言うなよって、何度も言われたんです。
 このお庭も、石川さんと一緒に見たって言ったら、
 きっと吉澤さん、怒るだろうなあ。
 でもね、せっかくここまでバラしちゃったから、全部言っちゃいますね」

亀井さんは、ひと呼吸おくと、
わたしに向かって言った。


「吉澤さん、それに願いを込めたんですって」

「――願い?」

280 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:02

「星に願っても、月に願っても叶わなかったから、
 花に願いをかけたんだ、って」


「花に、願いを…?」

「そう。
 まあ、先輩が育ててくれるかわかんないけど、
 最後に伝えたいことだったからって、言ってました。
 あ、でもこれだけは言えないや」

「えっ?」

「絵里、どんな花が咲くかだけは言いませんよ。
 一応私も専門ですから、種見て何が咲くかはわかるんですけど…」

亀井さんが微笑んだ。

281 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:02

「まあ、わかるからこそ、吉澤さんから
 願いをかけたこと、聞き出せたんですけどね」

悪戯っぽく笑う。


手の平にのせられた種を見つめた。

ひとみちゃんの、願い…


「かわいそうだから、ヒントはあげます。
 この花は、今植えれば、春に咲きます。
 でも、これ以上は言えませんよ」

そう言って、亀井さんはわたしの目を見て続けた。


「吉澤さんの願いを知りたかったら、
 自分で、頑張って育ててみて下さい」


282 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:03





283 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:03


亀井さんに言われた通り、
わたしはすぐに、その種を植えた。

新しいプランターを買ってきて、
毎日愛情こめて育てた。

亀井さんとも、仲良くなって、
育て方はこれであってるか、時々確かめた。


だって、絶対に失敗したくないもの――


絶対に花を咲かせて、あなたの願いを知りたい。


284 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:03

――ひとみちゃん。

不思議なことにね、去年はあんなに寂しいと感じていた
一人きりのクリスマスが、ちっとも寂しくなんかないんだよ?

あなたが残してくれた種と一緒だから――


あれ?
でも…
去年も、だよね…?

今思えば、去年も、あなたがくれた種と一緒だったんだ。


285 名前:第7章 2 投稿日:2008/12/12(金) 19:04

  『この花が咲くとき、
   あなたは必ず、幸せになれますよ』


あの日から、あなたはいつでも、
わたしのそばにいてくれたんだね。

毎日、毎日が楽しみで、
早く咲かないかな?
何が咲くんだろう?って、
種をもらってから、わたしずっと幸せだったの。


ねぇ、ひとみちゃん。
わたし、勘違いしてたみたい。


『必ず来る幸福』ってね、
わたしにとっては、あなたのことだったんだよ――


286 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/12(金) 19:04



287 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/12(金) 19:04



288 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/12(金) 19:06

本日は以上です。

やっと、明るい兆しが見えてきましたかね?
これで心おきなく横浜に行けます。


さて、このお話しはあと2回となります。
よろしければ、最後までお付き合い下さい。


289 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/13(土) 00:43
更新お疲れ様です。
期待以上の活躍でした。やれば出来る子ですね(笑)
あと2回ですかぁ…寂しいですが楽しみに待ってます。
290 名前:257 投稿日:2008/12/13(土) 03:11
ごちそうさまです。

自分もすっかり、いしかーさんに感情移入しちゃいました。亀ちゃん、やりますなぁ☆☆

あと2回、しっかりついていかせていただきますm(._.)m
291 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/13(土) 21:34
更新お疲れ様でした。

しばらく読めなかった間に色々と展開してますね…。
しかも辛い方向へ…(苦笑)

結末が早く知りたい反面、あと2回で終わってしまうのは寂しい限りです。
最後にはどど〜んと超特大の甘いプディングのような更新があったら、あぁいいな(笑)
292 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/17(水) 18:27

>289:名無飼育さん様
 そうなんです。やれば出来る子です。
 最後まで、楽しんで頂けるように頑張ります。

>290:257様
 おおっ。感情移入して頂けたなんて嬉しいです。
 あと2回、どっぷり浸かって頂けるように頑張ります。

>291:名無し飼育さん様
 毎度毎度、辛い方に進んでですみません。
 最終回、超特大になるかなぁ・・・(笑)


では、本日の更新にまいります。


 
293 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/17(水) 18:28




294 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:29

「石川さん、ちょっと来てくれる?」

安倍部長に呼ばれて、
そのまま先を歩きだした部長について行く。

わたし、何かしたかな…?


会議室に入ると、部長は部屋のど真ん中まで行って、
わたしに目の前の席に座るよう促した。

広い会議室の真ん中で、向き合って座って――


「あの・・・、わたし、何かまずいことしましたか?」
「うーん、非常にまずいね・・・」
「えっ?」

「副社長のこと、フッたでしょ?」
「あ、それは…、えっーと…、はい」

295 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:29

「彼ね、腹いせに石川さんのこと、本社から飛ばすって言うの」
「と、飛ばす…?」

「つまり、転勤」
「うそ!」

「いや〜、これがほんとなのよ。
 ひどいことするよねぇ」

そんな…
転勤だなんて――

「これがまたね、ずいぶん遠いのよ」
「そんなに、遠いんですか?」

「遠い、遠い。
 だって、アメリカだもん」

安倍部長がニヤリと笑った。


アメリカって――

296 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:30

「ねぇ〜、みっちゃん!」

「コラッ!
 みっちゃん、言うな!」

そう言って、会議室の奥に続く扉から
出てきたのは副社長。


「何やねん。あの言い方。
 オレがフラれたから、腹いせにって」

「その方が信憑性あるでしょ?」

「そんな、ニコニコして言うな」

「だから、なっちは言ったんだよ。
 石川さんは、みっちゃんには無理だって」

「だから、みっちゃん言うなって!」

297 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:31

「――あの〜、
 一体、どういうことなんでしょうか・・・?」

フリーズするとは、こういうことだ。
目の前の出来事に、完全についていけない。

そもそも、部長が自分のことを『なっち』って呼ぶのも、
はじめて聞いたし、
副社長に向かって『みっちゃん』って・・・
しかも、タメ口だし――


「あ、ごめん、ごめん。
 みっちゃんはね、なっちが小学生の時の、家庭教師の先生」

「そうなんですか?!」

「そう、でもまともに勉強教えてないのがバレて、
 クビになったの」

副社長を見る。
彼は、照れ臭そうに頭をかいて言った。

「まあ、昔の話しや」

298 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:31

「聞いてよ、梨華ちゃん!
 何で勉強教えてないの、バレたと思う?」

「さあ…」

ていうか、部長、今梨華ちゃんて…
完全にプライベートモードになってる。
部長の素顔って、こんなだったんだ――


「みっちゃん、色んな曲、聞かせてくれてね。
 勉強そっちのけで、二人で歌ばっか歌ってたの。
 して、なっちが歌うと、アゥッ!とか、
 ワォッ!とか変な合いの手ばっか入れるから、
 それが親に聞こえちゃったのよ。可笑しくない?」

「あれは、小さい声で歌えって言うたのに
 お前がデッカイ声で歌ったから、バレたんやって」

「違うよ!
 みっちゃんが、調子にのって、
 合いの手いっぱい入れたんだべさ!」

だ、だべさ?!

299 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:32

「聞いてよ!」

部長に腕をガシッとつかまれる。

「この金髪ね、まだミュージシャンに
 未練があるからなんだよ」

「コラ!余計なこと言うな」

顔を赤くして、必死に部長の口を押さえようとしている姿が
何だかおかしい。


フフ・・・

「あ、やっと笑ったな」

副社長が微笑んだ。

300 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:32

「最近、石川さんが笑わへんて、
 心配してたの、これでも」

安倍部長が副社長を指さす。

「指さすな!」

「だいたい、元生徒に頼み込んでさ、お茶くみだけお願いしてくれたら、
 後は自分で何とかするから〜とか言っといてさ。
 フタ開けてみたら、わざと手を動かして、
 服汚れたって食事誘ったなんて、言うんだもの。
 サイテーだ!って、なっち、怒っといたからね」

「だから、その…
 その時の罪滅ぼしと、少しだけでも
 一緒にいてくれた御礼をしたいって、安倍に相談したんやんか…」

「そ、そんな、御礼、だなんて…
 わたしの方こそ、ほんとにごめんなさい」

「梨華ちゃんは謝らなくて、いいべさ」

下げた頭を、部長が撫でてくれた。

301 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:33

「ひとみちゃんが、アメリカ行ってもうたやろ?
 うちの会社にも、いくつかあっちに支店あるし、
 一番近くに転勤して、会いに行ってみたらどうやろ?」

「それ、なっちのアドバイス。
 ねえ、梨華ちゃん、遠慮なんてしなくていいんだよ?」

安倍部長が、微笑む。

「まあ、上司としては、手放したくない人材なんだけど
 部下が幸せになるならいいかなって、なっちは思うの」

「でも…」

「ほんと、これはお詫びとお礼の気持ちなんや。
 それに石川さんには、笑顔が似合うしな」

「フゥ〜!
 みっちゃん、いいこと言う〜」

「茶化すなって。
 で、ひとみちゃんの居場所、わかる?
 わかれば、なるべく早く辞令出すし」

302 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:34


「――実は…
 ひとみちゃんが、アメリカのどこにいるのか分からないんです…」

「えっ?」
「つまり、あの日のままっちゅうこと?」

「・・・はい」


絵里ちゃんに聞いてみたことがある。
ひとみちゃん、どの辺にいるのかなぁって。

だって、今起きてるのか、寝てるのか。
寒いのか、暑いのか、全然わからないんだもん。

けど、誰も教えてもらってないって言ってた。
どこの大学に行ったかさえも、教えてもらってないって…
中澤教授は知ってるはずだけど、
『海の向こうや』としか言ってくれないんだって――

303 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:34


「ねぇ。それ、調べること出来る?」

「オレか?
 まあ、出来んこともないやろな」

「違う。
 そういうことは、梨華ちゃんが自分で調べなきゃ。
 全く誰も知らないって訳じゃないんでしょ?」

部長がわたしを見つめる。

部長の言う通り…
中澤先生だけじゃなくて、
きっと――

きっと、アヤカさんなら、
ひとみちゃんの住んでる所だって知っている…


  『アヤカがね、
   住むとことか、いろいろ力になってくれてる』

304 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:35

でも…
会いたくない。

嫌でも思い出してしまう。
ひとみちゃんが、アヤカさんの頬に、
そっと手を添えて、口づけたことを――


「石川さん。ちゃんと、自分で調べて、
 自分で、その人の元へ行くのか、決めなさい。
 そうしなきゃ私は、あなたの転勤を許可しません」

厳しい口調で、部長が言った。
その顔は、わたしがいつも、デスクで見ている部長の顔だった。



「少しだけ…、少しだけ考える時間を下さい――」


305 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:35


ひとみちゃんの元に行きたい。
けど、会いに行って、どうなるんだろう?

『今更?』
『何しに来たの?』
『帰って下さい』

そんな風に言われたら、どうしよう…


怖いんだ、とっても――


だって、わたしに会わずに行ってしまったのは、
会いたくなかったからでしょ?

それとも、わたしのことを、嫌いだから?


わからないんだよ、あなたの気持ちが――

306 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:36

それに、アヤカさんに会うのだって嫌なの…

わたしに出来なかったキスを、
アヤカさんにはしたんだよ?

それだけでも、わかるじゃない…

もしかしたら、向こうで二人で暮らしてるのかもしれない。


そしたら、最悪だな――


会いに行ったって、想いを告げたって、
それじゃあ、ただのピエロだ・・・

307 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:36




  『これは魔法の種なんです』

まるでお伽話のようなことを言って、
あの日、ひとみちゃんは、わたしの手の平に種をのせてくれた。

  『この花が咲くとき、
   あなたは必ず、幸せになれますよ』

つけ鼻メガネにつけ髭で、あなたはわたしに
元気をくれたんだ。


もう全てを投げ出してしまおう、
自分の命さえ、どうなったっていい。

そんな風に思ってた時、あなたはわたしの前に現れて、
ピエロになってくれた。


何よりも大切にしてきた、
大事な大事な種を、わたしなんかにくれたんだ――

308 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:37

プランターに目をやった。

ねぇ、ひとみちゃん。
あなたの願いが込められた種、毎日毎日、大事に育ててるの。

あなたの願いを知りたい。
あなたの心を知りたい。

でも、一番は・・・

あなたに、会いたい。


そっと、寄り添うようにそばにいてくれたあなたに
どうしても、この想いを届けたい。

だって・・・

わたしには、やっぱりあなたしかいないもの。



――わたしの答えは、出た。

309 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:37




310 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:38

「いらっしゃっいま――、あ、石川さん…」

重厚な扉を開けて、出迎えてくれたのはマコトちゃん。
やっぱり、それだけで少し安心する。


「ずいぶん、ご無沙汰しちゃって。
 その…、あの時はほんとにありがとう」

「いえいえ、たいしたことじゃないですから。
 さ、さ、とりあえず、中にどうぞ」

マコトちゃんに案内してもらって、店内に入った。

311 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:38

ここに来ると、やはり一番にカウンターに
目が行ってしまう。

シェイカーを振っていたのはマサオさんだった。

マコトちゃんに案内されて、カウンターに座る。
すぐにママがやってきた。


「お久しぶり」

「ご無沙汰して申し訳ありません。
 それから、いろいろご迷惑おかけしたのに
 ずっと伺わなくてすみません」

「堅苦しい挨拶は抜きよ。
 で、何か用があって来たんでしょ?」

「はい。
 ひとみちゃんの、居場所を知りたいんです。
 ママは知りませんか?」

312 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:39

ママは申し訳なさそうに、首を横に振ると言った。

「あたしは海の向こうに行っちゃったって、
 ことしか知らないわ」

「やっぱり、そうですか…」

「でもヨシの居場所なんて聞いて、
 どうするつもり?」

「会いたいんです。ひとみちゃんに。
 どうしても、会って自分の気持ちを伝えたいんです」


ママが無言のまま、わたしの目をじっと見つめる。

反らしちゃいけない…
なぜか、そう思った。


「いい目してるわ。
 今度は大丈夫そうね」

そう言ってママが微笑んだ。

313 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:39

「あの子はね、ほんとに頑固者だから」

目を細めて優しく微笑むと、わたしに向かって言った。


「自分じゃダメだと思って、あなたの前から消えたの」

えっ?

「全く。そのために、下手な芝居なんかしちゃってさ・・・」

ため息まじりにつぶやく。


芝居、って…?


目の前で、マサオさんが笑ってる。

314 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:40

「アヤカ、呼ぶわね」

「日本にいるんですか?」

「当たり前じゃない。
 何言ってるの?」

驚いたように、ママが目を見開く。

「あ、いや…
 もしかしたら、ひとみちゃんと一緒に暮らしてたり・・・
 なんて――」


一瞬の沈黙の後、ママが大声で笑った。

「ヤダッ!
 アハハハハ」

心底おかしそうに笑う。

そんなにおかしなこと言ったかな・・・?

315 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:41

「知らないの?アヤカ、結婚したのよ」

「へ?うそっ?!」

マサオさんまでが笑ってる。

だって、そんなの知らないよ・・・


「ねぇ、もしかしてあんた・・・
 フフフ。ま、いいわ。
 ちょっと、マコト来て!」

「ハイハイ!呼びました?」

「あたし、アヤカに連絡してくるから、
 アレ、彼女に作ってあげて」


「アレですね?かしこまりました」


316 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:42

マサオさんとマコトちゃんが入れ替わって、
カウンターにマコトちゃんが入る。

「マコト、ちゃんと作れよ」
「分かってますって!まかしといて下さい!」

「お前、心配だなぁ・・・」
「マサオさん、うるさいです。あっち行ってて下さい!」

「愛ちゃん、ちょっと!」

愛さんが、カウンターに来る。

「こいつが間違えないか、見張っててやってよ」
「了解です!」

「いいよ、愛ちゃん。
 ちゃんと出来るって」

「マコトは、彼女がそばにいるのが嫌だって言うのか?」

か、彼女?!

317 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:42

マサオさんが、わたしのそばに来て耳打ちする。

「この二人、恋人同士なんです。
 あ、でも秘密ですよ?
 従業員同士の恋愛は、お客様には内緒ですから」

「どうして、わたしに?」

なんとなく小声で返す。
わたしも一応、お客さんだと思うんだけど・・・


「ヨシの彼女になるんでしょ?」

そう言って、わたしの肩を励ますように、
ポンポンと叩いた。

「そうだ。愛ちゃん。
 石川さんに、ホントの事教えてあげてよ。
 石川さん、あの日のこと、まだ誤解したままみたいだから」

マサオさんは、そう言い残すとフロアに行ってしまった・・・

318 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:42

なんだか、色んなことが急展開すぎて
ついていけない。

ちょっと、自分の頭の中を整理しよう――


まず、アヤカさんは日本にいる。
やっぱり、ひとみちゃんの居場所は知ってるっぽい。

でも、アヤカさんは結婚した。
そして、マコトちゃんと愛さんが恋人同士・・・


  『ヨシの彼女になるんでしょ?』


ポッと頬が染まる。

319 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:43

「石川さん、何一人で赤くなってるんですか?」

愛さんが、隣に腰掛ける。

「あ、いえ、別に・・・」


「あーし、説明ヘタですけど、
 とりあえず、あの日のこと、誤解してるみたいだから
 教えてあげますね」

そう言って、ニッコリ微笑む。



「あーし、ヨシさんのこと好きでした」
「愛ちゃん!」
「何?」

ちょ、ちょっと待って・・・

愛さんは、マコトちゃんの恋人・・・
けど、ひとみちゃんが好き――


はあ?

320 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:43

「愛ちゃん、ほんとに説明ヘタすぎるよ。
 普通、そっからじゃないでしょ?」

「そうか?」

「そうだよ」

「あー、マコト!
 順番逆や!」

「あ・・・」

「作り直しやな」


「あの〜、ごめんなさい。
 わたし、話しがよく・・・」

「あ、今からもう一回、ちゃんと話しますから」


321 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:44

それから、愛さんとマコトちゃんが、
補いあいながら、あの日のことを話してくれた。


あなたがアヤカさんに、本当はキスしていなかったこと。
それに気付かなかったのは、わたしだけだったこと。

あなたがママに打ち明けてくれた、わたしへの想い。

そして、今マコトちゃんが作っているカクテルは、
あなたがわたしのために、作ってくれたものだということ。


そして、そのカクテルの名前が、
『華美』だということ――


322 名前:第7章 3 投稿日:2008/12/17(水) 18:44

ひとみちゃん。

わたし達、ずいぶん遠回りしちゃったね。

でも、もう離れないよ。
あなたが、嫌だと言っても、わたしが絶対に離れない。

ううん、離さない。


だって、わたしの夢は、
あなたのそばにいることだもん。

他には何もいらないよ?

だから――


あなたの所に行きます。


323 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/17(水) 18:45



324 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/17(水) 18:45



325 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/17(水) 18:45

本日は以上です。
次回、最終回となります。


326 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/17(水) 23:32
更新お疲れ様でした。

遂に最終回を迎えてしまうのですね…。
こんなに長〜く遠回りしたのですから…以下省略(笑)

胃薬を用意して次回更新を楽しみに待ってます!!!!
327 名前:290 投稿日:2008/12/18(木) 02:51
更新おつかれさまです(>_<)
いよいよ来ましたね。。。

最終回。。。
どんな結末が待っているのか!?

楽しみにしています☆
328 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/18(木) 09:02
長かったです(>_<)
みっちゃんええ人や。
みんなええ人やね(>_<)
作者様、最終回期待しております(^-^)
329 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/19(金) 18:17

>326:名無し飼育さん様
 ありがとうございます。
 本当に長〜く遠回りしましたよね〜。
 胃薬使うほど、超特大ではないかも・・・(汗)

>327:290様
 やっとここまで来ました。
 正直、作者もここまで長くなるとは・・・
 最後まで楽しんで頂けたら、うれしい限りです。

>328:名無飼育さん様
 ほんと長くてすみません。
 さんざん、引っ張りましたよね?
 の割には・・・
 にならないように、一応頑張ったつもりの最終回です。



では、『花に願いを』最終回となります。




330 名前:花に願いを2 投稿日:2008/12/19(金) 18:17




331 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:19


どこまでも続く高い空に、見渡す限り広がる大地――


雪がずいぶん融け始めてきて、
眩しい日の光りが、春が近づいていることを教えてくれる。

思い切って、ここに来て良かったと思う。


あれからもう、半年近く経つのか・・・


先輩、どうしてるのかな?


一日だって忘れたことはなかった。
自分がこんなに引きずる人間だなんて思わなかった。

けど、引きずるとか、そういう前に、
やっぱり本気で好きだったんだなって
今更ながら思う。


332 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:19

何度か見かけたことがある先輩を、
あの日、駅前のロータリーで見つけて・・・

――アタシは恋に落ちた。


その日は店でクリスマスパーティーがあって、
かなり飲まされるのが分かってたから、電車で店に向かおうとした。


駅前に着くと、たった一人でベンチに腰掛けている先輩がいた。

その時は、

そっか彼氏いるのか。
かわいいもんな・・・

くらいにしか思わなかったんだ。

333 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:20

けど、始発で帰ってくると、
彼女は行きに見かけたのと同じ姿のまま、
俯いてベンチに腰掛けていた。

その姿が、とても儚くて。
まるで一輪の花のようだと思った。


今にも折れてしまいそうで。
今にも枯れてしまいそうで。


冷たい風に吹かれるあなたを、
白い息を吐き出して、ため息をつき続けるあなたを、

アタシが守ってあげたい。


そう思ったんだ。

334 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:23

しばらく見ていたけど、
一向に動く気配がなくて――

日が昇って、だんだん明るくなる街とは裏腹に、
次第に青ざめていくあなたの顔を見ていたら、
何とかしてあげたくて。
どうにか、笑わせてあげたくて。

アタシはパーティーで使った衣装を着て、
彼女に近づいた。


思ったとおり、冷え切ったあなたを
ほんとは抱きしめて、温めてあげたかった。

だけど、そんなこと出来ないから、
せめて温かい飲み物でも――

そう思って、自販機でミルクティーを買ったんだ。

335 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:23

先輩。
今でもね、あの日はじめてあなたの手を握った感触を
覚えているんだ。

小さくて、冷たくて――

何とかしてあげたかった。


数ヵ月後、先輩がプランターを持って現れた時には、
正直驚いたんだよ。

アタシの言葉を信じて、育ててくれたんだって――

とび上がるほど、うれしかった。


あなたが笑顔でいられるためなら、
アタシは何でもする――

その時に、誓ったんだ。

336 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:26

なのに――

ごめんなさい。



あなたが、他の誰かと幸せになって行く姿を、
笑って見送る自信がなかった。

誓いを立てた時以上に、
いや、遥かにあなたを愛してしまって・・・

自分じゃもう、止められなかったんだ。


あなたが落胆する顔は、見たくない。
だから、他の誰かと幸せに暮らしてくれればって・・・

そう思うけど、心は苦しくて。

せめて・・・
せめてだけど、
アタシと過ごした時間だけは、忘れて欲しくなかった。

337 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:34

記憶の片隅でもいいから・・・

幸せな日々の、ふとした瞬間でもいいから・・・


ああ、あんなこともあったなって――

そう思ってくれるだけでいい。


そんな風に考えるけど、実際は胸が痛む。

そんな時は、空を見上げるんだ。

このでっけー空を見てると、
自分の悩みが、ちっぽけだって分かるから。


いつか、この大自然に自分の痛みが吸収されて、
笑って会いに行ける日が、きっと来るだろうから――

338 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:34


「Hey!ヒトーミ!!」

せっかく人が、ロッジのテラスに寝そべって、
空を見上げていたと言うのに、
ごっつい真っ黒な顔が、視界をさえぎる。

「Jack,Get out there」
「マタ、ソラミテルノカ?」

体を起こす。
バイト仲間のジャックだ。

専攻は違うけど大学も一緒だし、
住むアパートも同じ。
ここに来て、1番始めに言葉を交わしたのが彼で、
このバイトを紹介してくれたのも彼だ。

339 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:35

今の住まいは、アヤカさんが手を尽くして探してくれた。
急だったから、多少の我慢は必要だと覚悟してたけど、
かなりいい所で気に入っている。
ちなみに隣の部屋の住人が、今アタシの視界を阻んでいるジャックだ。

「晴れだし、
 休憩時間だもん、いいでしょ?」

「モチロン」

そう言って、彼は真っ黒な肌とは対照的な
真っ白い歯をむき出しにして、人懐っこい笑顔を浮かべた。

「アトデ、エッート・・・
 ウーン、『ranch』ハナンダッケ?」

「牧場」

「ソレ。
 テツダッテ」

「OK。
 後で行くよ」

そう答えると、彼はまた歯をむき出しにして笑って、
牛舎に戻って行った。

340 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:36

ここは、牧場と花畑が一緒になっている観光農園。

ジャックは、かなり屈強な体の持ち主だから、
ここで主に牛の世話をしている。
アタシは花が専門だから、花畑の管理。

ただし、今の時期はあまりやることがないから、
彼の手伝いをすることが多々ある。


彼は日本語を学びたい。
アタシは英語を学びたい。

だから、自然と彼とは一緒にいることが多い。
けれど、アタシ達に恋心が芽生えることはない。

なぜなら、彼は同性愛者なのだ。

あんな外見だけど、心は断然乙女。

だから、アタシの心の痛みを話したとき、
彼は涙を流して、分かち合ってくれた。

341 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:37

そんなジャックには、故郷に残してきた恋人がいる。
その人のために、今は離れていても、
勉強して、バイトも頑張って、いつかは一緒に暮らすんだって、
ついこの間、目を輝かして教えてくれた。


『ヒトミも、ここで頑張って、いつか彼女に告白したらどうか?』

ジャックはそう言ったけど、
アタシは首を振った。


アタシは彼女から、逃げてきたんだって――


彼女への想いを断ち切れたら、
彼女に会いに行くよ。

そう言ったアタシの頭を
ジャックは優しく撫でてくれた。

その時はじめて、
ここに来て、泣いた。

ほんとは狂おしいほど、
まだ彼女が好きなんだって、
彼女に会いたいんだって、
声をあげて泣いたんだ――

342 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:37


今だって…

こうして、空を見上げている今でさえ、
彼女を思い出してる。

でっけー空みて、忘れられるなんて嘘だ。
だって、日に日につのっていくんだよ。


先輩…



ダメだ、ダメ、ダメ。
しっかりしろ!

こういうときは、がむしゃらに働く!
これに限る!!

ヨシッ!!

気合いを入れて、立ち上がって見えた
視界の先に――

343 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:38


目を疑った。

まさか・・・


遠いけど、アタシが見間違える訳がない。


いや、幻だ。
想いがつのり過ぎて、幻覚を見たんだ。


思いっきり、目をこすってみる。

恐る恐る視線をあげると、
さっきよりも近づいている。

344 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:38

大きなかばんを肩からかけて、
手には袋を提げて。

ズンズン、ズンズン、
アタシに近づいてくる――


夢?

自分でほっぺをつねってみる。

「イテッ!」

よくのびるけど、痛いものは痛い。


目の前の出来事が、疑いようもなくなった時、
彼女がアタシの名前を呼んだ。

345 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:39


「ひとみちゃん」

胸が高鳴る。

駆け寄って、抱きしめたい。
そんな衝動にかられたけど、目の前の柵を握って、
ギリギリ踏み止まった。


「先輩…」


彼女はグッと唇を噛み締めると、
一筋の涙を流した。


「――やっと、会えた・・・」

そう言うと、次から次に涙が頬をつたっていく――


346 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:39

拭うのはもう、アタシの役目じゃない。

だから、もう一度、柵を握り締めた。


「――どうして・・・ここに?」

やっとの思いで、言葉を絞り出した。


会いたかった、あなたに。
まだ、こんなにも胸がギリギリと痛む――


「ひとみちゃんに会いに来たの・・・」


ねぇ、そんなに泣かないで。

アタシの心が、折れてしまう・・・
あなたを困らせてしまう・・・


347 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:40

「なんで、突然いなくなったりするのよ・・・」

自分で拭うこともせず、ただ静かに涙を流し続けるあなた・・・
その姿は、アタシが恋に落ちた、あの一輪の花を思い出させる。


「どうして、何も言わずにいなくなったりするのよ・・・」


「――ごめんなさい・・・」


言えないよ。

あなたの幸せを、
あなたが他の誰かと幸せになって行く姿を、
笑って見送る自信がなかった、なんて――


348 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:43

「――忘れられる訳なんて、ないじゃない」

彼女が、かばんを下に置き、
手に提げた袋をアタシに向かって差し出す。


それは――


アタシが願いをかけた・・・

育ててくれたの?


「願いをかけるくらいなら、いなくならないで・・・」


先輩が袋から取り出したのは、綺麗に咲いた『忘れな草』


花言葉は――

 <私を忘れないで>


349 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:44

なかったことにだけは、されたくなかった。

二人で、一緒に食事したこと。
二人で、笑い合ったこと。

確かに、アタシと過ごした時間があったということ――


ほんの少しでいいから、
記憶の片隅でもいいから。

幸せな日々の、ふとした瞬間でもいいから・・・


忘れないでいてくれたらって――

350 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:44

「忘れられる訳、ないじゃない」

もう一度、彼女が言った。


「どうしたって、忘れられる訳ないじゃないっ!」

そう叫んで、先輩はロッジの階段を駆け上がって、
アタシのいるテラスまで、一気にやって来た。


もう、柵がないから、
手が、届いてしまう・・・


グッと拳を握り締めた。

351 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:45

「何か言ってよ!」

唇を噛み締める。
今、口を開いたら、アタシは――


「どうして、何も言ってくれないのよ!」

どんどん溢れ出す涙を、拭ってあげたい。

目の前で、泣きじゃくるあなたを――


もう、ダメだ。

先輩の腕をつかんで、そのまま引き寄せた。
腕の中に閉じ込める。

「――好きだから・・・
 ずっと、好きだった、先輩のこと。
 今だって――」


352 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:45

鼻の奥がツンとした。


ずっと言えなかった言葉。
ずっとしまい続けた思いだったのに――


とび出してしまえば、もうなし崩しだった。
次から次に思いが溢れ出して、止まってくれない。


「好きなんだ、先輩が。
 どんなに遠く離れたって、忘れられなくて・・・」


「――わたしも、なの・・・」


え?

信じられない言葉が、腕の中から聞こえた。

353 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:46

驚いて、体を離す。


「今、なんて・・・?」

「だから、わたしもずっと好きだったの!!」


そう言うと、先輩は、
背伸びをして、アタシに素早く口づけた。


キ、キス、されて、る・・・・


先輩は静かに唇を離すと言った。


「ずっとひとみちゃんのそばにいるから。
 もう絶対、離れないから」


そう言って、抱きついてきた先輩を受け止め切れなくて、
後ろに倒れた。

354 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:46

「ちょ、ちょっと、ひとみちゃん・・・?」

寝そべったアタシの上に乗っかった先輩が
体を起こして、心配そうに窺う。


「――腰、抜けた・・・」
「もう!」


だって、いきなりなんだもん。
そんな、好きな人に急にこんなことされたら・・・


手を引っ張って、起こしてくれる。
座ったまま向かい合って、先輩がアタシを気遣う。


「トラウマ、大丈夫・・・?」

355 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:47

「それは、全然平気なんだけど」

何?

小首をかしげてアタシを見る。

――かわいい。
じゃなくて。


「あ、あの・・・
 ふ、副社長さんは?」

「とっくにお断りしたもん。
 ひとみちゃんが、旅立った日に」

「うそ!」

「ほんとだよ。
 きちんとお断りして、ひとみちゃんに告白しようって思ってたら、
 ひとみちゃん、空港だって、
 もう出発しちゃうって言うから
 わたし、成田に行ったのに」


ギクッ!!

356 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:47


「わたし、ここに来るのに、パスポート使ってないんだけど?」

ハハ、ハハハ・・・

「アメリカ行くって言ってたよね?」

「当初の予定は・・・」


「ここ、確かに海の向こうだけど、日本だよね?」

「そ、そうですね・・・」


「空港って、羽田から出発だったんだ?」

「はい・・・」


357 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:48

「どう言うことなのっ?!!」


あ、鳥が一斉に羽ばたいた・・・

この声じゃ、ね・・・


ジャックも、バンザイしながら、
こっちに来かけてたけど、くるりと背を向けて戻っていっちゃった――


つまり、だ。

来年の春なら、アメリカの研究室に受け入れてもらえるんだったんだけど、
どうしてもアタシが、すぐ行きたい。
今すぐ行きたい。
どこでもいいから、って中澤教授にお願いして、
紹介してもらったのが、今通ってる北海道の大学だったりする。


358 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:48

「急すぎて、受け入れてもらえなくなっちゃって・・・」

「おかげでわたし、アメリカに異動になる所だったんだからねっ!!!」


あ、北キツネが、逃げた・・・


両手でほっぺを挟まれて、
グイッと、首を先輩の方に向けられる。


「――もう、どこにも、行かないで・・・
 わたしも行かないから。
 ずっと、ひとみちゃんのそばにいるから」

「・・・会社は?」
「北海道支店の勤務になった」
「ほんとに?」

満面の笑みで先輩が頷く。

「わたしの夢は、ひとみちゃんと一緒にいることなの――」


359 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:49


「だから・・・、一緒に暮らそう?」

先輩の言葉に素直に頷いた。



座ったままの先輩の肩を抱き寄せる。
先輩の右腕が、アタシの腰に回された。

自然に、空いている方の手が触れ合って、
指と指を絡ませて、手をしっかりと繋ぐ。


「先輩、好きです」

もう逃げ道なんか探さないから。
真っ直ぐに想いを伝えるから――

小さく頷いて、先輩が目を閉じた。

360 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:50

――先輩。

アタシ達、ずいぶん、遠回りしたよね?


何度も辛い思いをして、
何度も涙を流した。

だけど、その分・・・

ううん、それ以上に、
あなたを大切にする。


目を閉じて、先輩の唇に触れた。


触れ合った瞬間に、愛しさが、より一層込み上げてきて、
涙が溢れた。

361 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:50


「――好きです」

唇を離すと共に、零れた言葉。


先輩の目から、また涙が溢れ出す。


これからは、全部、アタシが拭ってあげる。
どんなときも、クシャミ一つで駆けつけてあげる。

そう言ったら、嬉しそうに笑ってくれた。


362 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:51

二人で立ち上がって、空を見上げた。

雲ひとつない、でっけー空が、
アタシ達を祝福してくれた。


「先輩、もう一回、キスしてもいいですか?」

「じゃあ、敬語はやめて。
 それから、名前で呼んで?」


「ええっ?」

「あの日は呼んでくれたじゃない。
 『梨華』って」

「い、いや。あれは・・・」

「呼んで?」


「う、うっ・・・、なんかテ、テレます・・・」
「ほら、敬語!」

363 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:51

「ああ、うう・・・り、り――」

「しーらない!」

くるりと背中を向けられる。


「ま、待って下さい!」
「ダメ、敬語」

あ・・・


歩き出そうとした先輩の手を掴む。


「り、り、り、り、梨華」

「どもりすぎ」

楽しそうに、彼女が笑う。

ヨシッ!

364 名前:第8章 投稿日:2008/12/19(金) 18:52

掴んだ手を思い切り引いて、
また腕の中に閉じ込めた。


「梨華、キスしよ」

嬉しそうに目を細めて、彼女が腕をアタシの首にまわす。

腰を引き寄せて、もう一度
キスをした。

今度は長く。
そして、深く――


もう、ここから離さない。
だから、ずっと二人で歩いて行こう?

そして、今度は二人で、
花に願いをかけようよ。


ずっと、二人が幸せで、
ずっと、一緒にいられますようにって――


365 名前:花に願いを 投稿日:2008/12/19(金) 18:52





              おわり



366 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/19(金) 18:56

『花に願いを』
無事、完結することができました!

レスを下さった方々、読んで下さった方々、
今まで本当にありがとうございました!!
心から感謝致します。


さて、こんな結末になりましたが、
いかがでしたでしょうか?

読後に消化不良を起こす方がいないよう
願うばかりです(汗)


ぜひ、ご感想など頂けたら、有難いです。

367 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/19(金) 18:59

この作品は、とにかく二人を徹底的に
すれ違わせてみたい!!

という、作者のドS心から生まれたものです。
これでもかという位、すれ違わせちゃえ!
なんて・・・(汗)

なので、読んで下さった方の中には、
「またかよ!」と何度も思った方も
いらっしゃったかもしれません・・・

すみません、悪趣味で・・・

368 名前:玄米ちゃ 投稿日:2008/12/19(金) 19:04

完結してみて、これからの二人の甘い生活も
書いてみたいかも・・・
なんて、うっすら思い始めました。
需要があるかは、わかりませんが・・・(汗)


ひとまず、これで終わりますが、
スレも残ってるし、一応、新作の構想もあるので、
ストーリーが固まったら、またここで
ボチボチ書かせて頂こうかな?
と思っております。



最後になりますが、今まで本当にありがとうございました!

素敵なクリスマスを。
そして、よいお年をお迎え下さい。



369 名前:I 投稿日:2008/12/19(金) 20:08
前スレから拝見しています。
更新されるのを大変楽しみにしていました。
完結おめでとうございます。
次回作も大変期待しております。
370 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/19(金) 20:46
更新お疲れ様でした&完結おめでとうございます!!!!

めっちゃ甘すぎて胸やけ起こして胃薬…とはならずに済みましたが
ちょ〜っと消化不良…かも!?(苦笑)

自分的にはこれからの二人の甘々な生活が読みたいです!!
続編需要大アリです!!!!
1話完結の短編でもいいので読ませていただけると泣いて喜びます(笑)

何はともあれお疲れ様でした。
次回作も楽しみにしています。

作者さんもハッピ〜クリスマス&良いお年を!!!!
371 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/19(金) 23:50
更新お疲れ様です!
そして、完結おめでとうございます。

更新を心待ちにして楽しみに読ませていただきました。
いい作品をありがとうございました。

でもって、自分も完結の続きが気になります!
同じくらい次回作も楽しみにしています!
372 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/19(金) 23:58
ハッピーエンド万歳です。
完結おめでとうございます。

若干すっきりしない終わり方だったような気もします。
でも続編もあるかもということなんで、楽しみにしてます。

とりあえず、お疲れ様でした!
これからも応援しとります。
373 名前:327 投稿日:2008/12/20(土) 01:47
いしよしって、いいですね☆

更新おつかれさまでした。そして完結おめでとうございます(>_<)

2人のすれ違いっぷりというか、玄米ちゃさんのドSっぷりに、毎回、見事にはまってしまっていました(笑)

最後はよっすぃ〜が先に言ってくれてうれしかったです☆

いしよしの熱い恋物語プラス二人を取り巻く往年のやさしい仲間たちのお話が読めてすごくうれしかったです☆

ありがとうございましたm(._.)m
374 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/20(土) 04:53
ここまで来るのが本当に長かった(>_<)
ネガティブ梨華ちゃんの妄想も、
よっしぃーの潔さもへたれな感じで…
よっしぃー!もう梨華ちゃんを泣かせちゃダメだよ(>_<)
幸せにしてあげて下さい!

そして作者様、完結おめでとうございます\(^O^)/
是非とも、作者様の被害に合われた(笑)この二人に、
激甘な続編をお願いします(≧▽≦)
タイトルが本当に伝わって来ました。
375 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/21(日) 00:18
作者さんの作品ならいくらでも読みたいです
376 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/21(日) 20:46

      ∩                     ∩
( ^▽^)彡 これから!これから!  (0^〜^)彡 続き!続き!
  ⊂彡                    ⊂彡
377 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/01/04(日) 17:02

あけましておめでとうございます!
皆様、温かいご感想をありがとうございました!!

ただ、やはり心配した通り、消化不良の方が
チラホラいらっしゃいましたね・・・(汗)
すみません。

期待して下さる方もいらっしゃいますし、
思ったより需要もあるようなので、
これは前向きに続編を考えねば・・・
と思っている次第です。

378 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/01/04(日) 17:16

>369:I様
 温かいお言葉ありがとうございます。
 これからも頑張ります!

>370:名無し飼育さん様
 やはり消化不良をおこされましたか・・・
 いつも楽しいレスをありがとうございます。
 いずれ、胸やけおこすぐらいの甘々、頑張って書いてみます!

>371:名無し飼育さん様
 心待ちにして頂けたなんて、こちらこそありがとうございます!!
 ご期待にお応えできるよう、頑張ります。

>372:名無し飼育さん様
 消化不良で、すみません。
 精進して、頑張ります!!

>373:327様
 いつも温かいレスをありがとうございます。
 ほんとにドSですみません。
 また、楽しんで頂ける作品を目指して頑張ります!

>374:名無飼育さん様
 タイトルが伝わって良かったです。
 おっしゃる通り、二人は被害者ですよね(笑)
 罪滅ぼしに、激甘考えます!

>375:名無飼育さん様
 うれしいお言葉、ありがとうございます!!

>376:名無飼育さん様
 このお二人に言われたら・・・
 了解しました!!



379 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/01/04(日) 17:20

さて本日ですが、新年一発目と言う事で、
軽めの短編を一つ。

某HPがリニューアルされて以来、
書いてみたいとひそかに思っていた二人(二匹?)
が登場します。

この二匹だけで・・・
というのもアレなので、
以前、よっすぃ〜視点をお約束した
『Cake』と絡めて。


それでは、どうぞ。

380 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:21


  『Cake3 〜愛のカタチ〜』


381 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:24


 『いらっしゃいませ〜』


梨華ちゃんの明るい声が、店内に響く。
その度にアタシの心は不安になる。
そして、耳をすまして、いつでも会話に割って入れる準備を始める。

 『お決まりでしたら、お伺いします』

そう言って微笑むから、
落ちるヤツが出てくるんだ。

この前の飲み会で、密かにそうつぶやいたら、
柴ちゃんに殴られた。

「それじゃ、商売にならないでしょ!」って。

「それに、自分のお店持つんでしょ?
 店員が無愛想だったら、潰れるよ?」ってさ…

382 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:24

わかってるよ。
頭じゃ、わかってんだって。


けどさ…

最近、多過ぎんだよ。
梨華ちゃん目当ての客がさ。


アタシのもんだって。
アタシの彼女なんだって。
貼紙でもしちゃいたい。

383 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:25

 『脳みそケーキ下さい』
 『はっ?』

クッソー!
また変な客が、来やがった!!

ひそかに厨房から、顔を出して覗くと
モヒカン頭で、見るからに怪しいヤツ。

バンドマンか?

なんで、髪の毛も服も爪も、ピンクなんだよ?


 『――ノーミソケーキ…、ですか?』

梨華ちゃん、律儀に相手しなくていいって。

384 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:26

 『そう。脳みそケーキ。早くしろよ』

 『申し訳ございません。
  当店には、そう言った商品はございません』

 『なんだと?!』

あんにゃろ、梨華ちゃんに向かって、
何て口ききやがるっ!

 『無いわけねえだろ?』
 『そう言われましても…』

そうか、あれか!
アイツは梨華ちゃんの困った顔が好みなんだな?

385 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:26

 『無いなら作れ!』
 『作れと言われましても・・・』


アイツ、あのハの字眉毛を見たくて、困らせてるに違いない!
あれはな、アタシがあんなことしたり、こんなことしたりした時に
見せる顔なんだからなっ!!

そんでもって、もっとイジめたり、焦らしたら、
すげーかわいいんだぞっ!!



「また覗き見してんのか?」
「シーッ!!」


 『時間がねえんだよ!
  さっさと作れっ!!』

386 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:27

完全に困ってる。
だって、泣きそうな顔してるもん。

ヨシッ!
ここでアタシが出て行って、
「ここはアタシに任せて、アンタは向こう行ってな」
なんて言って、ビシッと決めれば、

  「ひとみちゃんて、やっぱりすごいね!!」
  「ひとみちゃん、カッコイイ!!」
  「見直したよ」
  「だぁい好き!!」

なーんて、言われちゃって、
ほっぺに<チュッ!>なんか、されちゃって、
今夜は寝かせないぞ〜
なんちって、照れるなぁ、もう!!

387 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:28

「お前、今度は百面相か?」
「シーッ!!」

さっきから、横でごちゃごちゃ、うるさいんだよ。
視線は梨華ちゃんに向けたまま、手でシッシッと追い払う。

アタシは今、忙しいんだ!!

「忙しそうには、見えないけどな・・・」


 『じゃあ、もういいから、それとそれとそれ。
  箱に入れて、グチャグチャにかき混ぜてくれ』

 『かき混ぜるん、ですか・・・?』


アイツ、人が魂込めて作ったケーキを、
よりによって、グチャグチャにしろなどと――

388 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:32

 『早くしてくれ!時間がないんだよ。
  もうすぐ、来ちゃうんだって!』

何が来るって?

 『ほら、聞こえるだろ?
  シャキーン、シャキーンって・・・
  マジでヤバい!お願い、急いで』

なんだ、アイツ。
急に涙目になったぞ?

梨華ちゃんが、不安げにケーキを箱につめる。


 『丁寧になんか、しなくていいって!!
  貸せっ!!』

箱を抱えた梨華ちゃんに、掴みかかろうとする。
こうしちゃ、いらんない!!

389 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:33

「てめぇ、何すんだよ!」

掴みかかろうとした腕をつかんで、
後ろにねじ上げた。

「イデデデデ・・・」

「人の恋人に気安く触るんじゃねぇ」


ヨシッ!
決まったぞ!

これで、梨華ちゃんの目がハートになってるはず――


  <カラン、カラン>

「もう、ハングリー、遅い」

 《シャキーン、シャキーン・・・》


「ア、アングリー・・・
 早かったね・・・」

390 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:34

なんだ?この姉ちゃんは。
やけに声が高いな?
ってか、梨華ちゃんの怒りが爆発する直前の状態に、
よく似てる気がする・・・


「ねえ、ハングリー。
 脳みそケーキは?」

 《シャキーン、シャキーン・・・》


アレ、本物の斧かな・・・?
もしかして、アタシの今の状況って、ものすごくヤバくね?


「こいつが、邪魔すんだよ」

モヒカンがアタシを振り返る。
慌てて、ねじり上げていた手を離した。

391 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:35

「フーン」

 《シャキーン、シャキーン・・・》


微笑みながら近づいてくるのに、一歩も動けねぇ。

まるでヘビに睨まれたカエル状態。
ってか、アタシ、ヘビ嫌いなんだって――


降参!
降参しますって!!

両手を上に上げて、抵抗しない意思を示す。


ネックチーフをつかまれて、
グッと引き寄せられる。


かわいい・・・
けど、目が笑ってねえ!!

392 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:35

「脳みそケーキが好きなの」

「・・・そ、そうですか」

背中に冷や汗が流れる。


マジやべぇ。
間近で見たら、この斧、ホンモノだあああ!!


「邪魔しないで、ク・レ・ル?」

ええ。ええ。
そりゃ、もう邪魔なんて・・・


答える間もなく、コック帽がはぎとられた――

393 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:36

シャキーンッ!!
ザクザクザクザク


あ、ああ、あああ・・・
アタシのコック帽が・・・


「はい。どうぞ」

アタシの手の上には、無残に切り刻まれた
ボロボロの白い布が・・・

また、ネックチーフをつかまれて
引き寄せられる。

そして、アタシの耳元に唇を寄せると、
囁いた。


「次は、ア・ナ・タ」

394 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:37

ヤベえ。マジ、ヤベえ!


笑顔のまま、スッと顎を撫であげられる。

ハンパねえ!
しのびねえ!

迫力ありすぎ。
本気で、チビリそう…

でも、なんだろ?
嫌いじゃないかも――


「行くわよ、ハングリー」
「うん!」

嬉しそうに頷いちゃって。
さっきまでの勢いは、どこ行ったんだ?
飼い馴らされた猫だな、あれじゃ。

395 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:37

  <カラン、カラン>

アングリーとやらについて、店を出て行こうとしてたモヒカンが
突然振り返る。

あ、ハングリーって言うんだっけ?

なぜだかズカズカと、
アタシを目指して一直線に近付いてくる。

な、何だよ?
仕返しか?
やる気か?
コイツとなら、負けないぞ!

396 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:38

「ちょっと貸して」

身構えたアタシの手から
ボロボロになった布きれを奪い取った。

と思ったら、突然腰にぶらさげたぬいぐるみから
針と糸を取り出して、縫い始める。

――そ、それって、入れ物だったの?



「すごい…」

隣で梨華ちゃんが感嘆の声をあげた。


確かに。
ほんとにスゲー

手品でも見てるみたい――

397 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:38

時々、モヒカンで針の滑りをよくしてる。
最後に糸を歯で切ると、そいつはそれをアタシに差し出した。

「はい」
「・・・あ、ありがと」

スゲー
改めてスゲー

直ってるよ。
カンペキ元の姿。
あのボロキレが、綺麗なコック帽に早変わり。

398 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:39

「ごめんね。
 アングリーは、悪い子じゃないんだ。
 ただちょっと、気性が荒くて」

そう言って笑ったそいつの顔が、
なぜか他人な気がしなくて、親近感が湧いた。

「じゃ、急がないと、
 また怒っちゃうから」

そう言って、店をダッシュで出ていく――


「あ、待って!」

店を出て行ったハングリーを、慌てて呼び止めた。
少し離れたとこから、振り向いてこっちを見る。


「そんなに食べたいならさ、今度挑戦してみるよ。
 その、脳みそケーキってやつ」

「ありがと!」

大きく手を振ってくれる。
アタシも思いっきり振り返した。

399 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:40

梨華ちゃんも隣に来て、
一緒に手を振る。

うん。
アイツとは、いい友達になれそうだ。


 《シャキーン、シャキーン・・・》


この音、まさか――

背筋がゾッとする。


 『ハングリー、遅い』
 『ごめっ…』

言い終える前に、すでにヘッドロックをかけられて、
モヒカンがナナメっちゃってる。

 『待つの、嫌いって知ってるでしょ?』

400 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:41

 《ゴンッ》

あ、頭突き・・・


 『ごめん、ちょっと――』


 《ドサッ》

あ、エルボ・・・


 『もう待たせないから』


 《ガンッ》

あ、かかと落とし・・・


 『今度、脳みそケーキ挑戦してくれるって』


 《ボスッ》

あ、膝ゲリ・・・

401 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:41

「ねぇ、大丈夫なのかな…?」

梨華ちゃんが、心配そうに見つめる。


あ、今度は、首根っこ掴まれた。
と思ったら、首の丸い輪っかを掴まれて、引っ張られてる。


「大丈夫じゃない、かもね…」

なんて言ってたら、突然二人の唇が重なる。


「えっ?」
「エエッ?!」

梨華ちゃんと顔を見合わせた。

「あれって、恋人ってことだよね?」
「そーみたいだね」

なんか、結構激しく絡ませてるっぽい気がするんだけど・・・

「色んな愛のカタチがあるんだね・・・」
「――だね」

402 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:42

 『イッテー!!』

ハングリーが突然、口を両手で押さえる。


 『アングリーが、舌かんだぁぁ!!』


やっぱ、スゲーやあの二人…



「――ねぇ、今度わたし達も試してみる?」

呆気にとられているアタシの隣で、梨華ちゃんが言った。

「何を?」

あーあ、また首の輪っか掴まれてるわ。
大変だね、君も・・・

403 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:43

「ああいう愛のカ・タ・チ」

「はああ?!」

梨華ちゃんの笑顔が、アングリーと重なる…


「だってひとみちゃん、ちょっと羨ましそうに見てたよ?」
「見てない、見てない!!」

全力で否定したのに、梨華ちゃんは
アタシのネックチーフを掴むと、グイッと引き寄せた。


「可愛がってア・ゲ・ル」


ゾクッとする。
ヤベー、アタシ嵌まったらどうしよう――

404 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:43


「今夜、ね?」

そう囁かれて、耳たぶを噛まれた。


マジでヤバイ。
なんかゾクゾクする。

ってか、夜までガマンできねーかも・・・


店へと戻りかけた梨華ちゃんの腕を、思わず掴んだ。

「どうしたの?」

405 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:44

ウッ・・・

言葉に詰まる。
だって、ここ店の前だし、ガマン出来ないなんて
言ったところで――


小首を傾げて、梨華ちゃんがアタシを見る。

「なに?」


ウウッ・・・

シタイ。
けど、い、いえねー。

「言ってくれなきゃ、わからないよ?」

406 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:45

そうだよね、そーだろーけど・・・

「ねぇ、言って?」

梨華ちゃんの目が細められる。
ねえ、分かってて、意地悪してるでしょ?

いつもと完全に立場が逆転。
あの二人のせいだ。


梨華ちゃんの右手が、アタシの腕を撫で上げる。
そのまま、頬を撫でられ、唇に触れた。

やべー。
マジで、限界に近い。

407 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:46

「――ま、すぐ、が、い・・・」

「ん?聞こえないよ?
 はっきり言って?」

今日の梨華ちゃん、スゲー意地悪だ・・・

目を細めたまま、アタシを見て、
今度は、人差し指で唇をなぞられる。

「ねぇ、ちゃんと言って?」


「い、今すぐ、アンタと、したい・・・」

「アンタはだめ」


クーッ!!
頑張って言ったのにぃぃ!

408 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:46

「ほら、ちゃんと言って?」

「・・・だ、だから――、梨華ちゃんと今すぐしたい」

「したいの?」

無言で頷く。

「して欲しいんじゃなくて?」


小、小悪魔だ、この人!!


やっぱ、言えねーよ。
だって、まだ昼間だし。
仕事中だし。

それに、す、す、するのは、アタシの方だったし・・・
どーしていいか、わかんねぇって!

409 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:47

「おいで」

突然、手を引っ張られる。

「ちょ、ちょっと、どこ行くの?」

店の裏手に回ると、
梨華ちゃんはアタシを、空いている木箱の上に座らせた。

「ここなら、誰も来ないよ?」
いや、待って。
こんなとこで??

確かにここは、誰も来ないと思うよ?
朝、仕入れたものを搬入する以外に
ここの通用口は、ほとんど使わないし。

けど、さ・・・

410 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:47

梨華ちゃんが、アタシの膝の上に向かい合って座る。
首の後ろに手が回されて、見下ろされる。

こんな体勢、日頃からよくしてるのに、
今日は、なんかいつもと違う。
梨華ちゃんのスイッチが入っちゃってるんだ・・・

「ひとみちゃん?」

顔をあげる。
スゲー余裕の笑み。

だけど・・・
何だか、妖艶で、アタシの中から何かが込み上げてくる。


「言って?」

アタシ、罠に嵌った獲物みたいだ。
魅入られて、堕ちて行く――

411 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:48


「ねぇ、言って?」

ゴクリとつばを飲み込んだ。
梨華ちゃんの腰に手を回す。
引き寄せて、キスしようとしたら、のけ反って逃げられた。


「ダメ。今日はちゃんと言わないと、してあげない」

そう言いながら、楽しそうに笑う梨華ちゃんに、完璧ハマッてる。

「いつも、ひとみちゃん、そう言うでしょ?」
「アタシ、そんな意地悪しねぇって」
「するよ。『欲しかったら言ってごらん』て、
 よく言われるもん」

それはさ、その・・・
二人で盛り上がった時でしょ?
今は、まだ、その・・・
その手前の段階な訳で――

412 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:48

じれったくなって、制服の裾から
中に手を入れようとする。

「ダメ」

上から、手を押さえられて遮られた。


「・・・イジワル」

思わず、口を尖らせた。

「かわいい、ひとみちゃん」

触れるだけのキス。

「それだけ?」
「ちゃんと言ってくれないと、してあげない」

ねぇ、もう限界だよ。
気付いてんでしょ?


「――キス、して・・・」

やっとの思いで、言葉にした途端、
梨華ちゃんは、まるで天使のように優しく微笑んで、
アタシの唇に、自分のそれを重ねた――

413 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:49


ちょ、待って・・・
息、できない――

梨華ちゃんが、執拗にアタシを求める。

アタシの髪をグシャグシャにかきまぜて、
もっともっとと求めてくれる・・・


ん、んっ・・・

理性が飛んじまいそう。

はじめてだ、こんな気分・・・
ヤバイよ、アタシ。
スゲー、興奮してる――


梨華ちゃんが、アタシの手を手繰って、
指と指を絡ませる。

414 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:49

名残り惜しそうに唇を離すと、
梨華ちゃんが言った。


「――ほんとはね、前から思ってたの。
 ひとみちゃんにも、してあげたいって・・・」

え?

「だから、今夜はわたしがするから・・・」

梨華ちゃんが、繋いだ手をギュっと握った。

「うちに、来て?」

黙って頷いた。

415 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:50

ねぇ、梨華ちゃん。
求められるのって、スゲー愛を感じるね。


素直にそう伝えたら、
弾けた笑顔を返してくれた。


どんどん、嵌ってく。
もう、アンタなしの生活なんて、考えられないな・・・


「ひとみちゃん、今夜はいっぱい可愛がってあげるね!」
「そんな、いっぱいなんて、いいよ・・・」

「今、求められるのって愛を感じるって言ったじゃない」
「確かに、言ったけどさ・・・」

416 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:50

「ねぇ、して欲しいって言って?」
「はああ??」

「言わないなら、おあずけするよ?」

そんな嬉しそうに言わないでよ・・・


「言わないなら、今日はなし」


分かったって。
言います、言いますよ。

言えばいいんでしょ?


一応、辺りを見回す。
よし、誰もいないな。


「・・・シ、シテ欲しい」

417 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:51

「もう一回」

「シテ欲しい」

「して下さいでしょ?」
「して、下さい・・・」

「かわいい、ひとみちゃん」


コロコロコロコロ・・・


ん?
視界の端に、何かオレンジ色の物体が見えたぞ?

418 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:51

コロコロコロコロ・・・

コロコロコロコロ・・・

コロコロコロコロ・・・



ひい、ふう、みい、よお――って!!

みかんが、コロコロコロコロ通用口から、
転がってくる。

あれ、今朝仕入れたみかんだよな・・・

ダンボールに入れたまま、通用口に置いてたよな・・・


まさかっ!
また、アイツら覗き見してんなっ!

419 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:52

慌てて、梨華ちゃんを立たせて、自分も立ち上がる。
音を立てずに、通用口に近づく――


クッソー!
密かに扉が開いてんじゃねえか!!

やっぱ、見てやがったな!


わずかに開いた扉を思いっきり開けた。


「てめーら、いい加減にしろよな!」


ゴロゴロゴロゴロ――


一気に飛び出してきたみかん達。
それを這いつくばって、両手で必死に食い止める
白い物体が一つ――

420 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:52

「やあ、よっすぃ〜、ごきげんよう」
「店長!何やってんスか?!」

「いや〜、今日のみかんは、粒ぞろいだねぇ〜」

這いつくばったまま言われても・・・


ふと奥に視線をやると、
足早に逃げていく3人の影――


「お前らも、ここで見てただろ?」

後姿が、ピタッと止まる。


「何のことかな〜?」
「美貴、しらばっくれんなよ」

「そんな、人のキスシーンなんて、見る訳ないじゃん」
「まいちん、見てたんだな」

「違うよ。マサオの作業を手伝ってたら、
 たまたまよ、たまたま」

421 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:53

「そうだぞ。3人に手伝ってもらってただけだ」

足元で這いつくばっていた店長が立ち上がる。


ゴロゴロゴロゴロ――


「あ〜あ、何で立ち上がるんスか?
 押さえてて下さいよ!」

次々と転がるみかんを、慌てて食い止めた。


「大体、お前がだな、店長に向かって、シッシッとか言うから、
 これはビシッと言わなきゃいかんと思って、様子を見に来たんじゃないか」

「そうそう、マサオが従業員にないがしろにされたって
 落ち込んでたから、慰めてあげてただけだし・・・」

422 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:53

「ぜってー、嘘だろ?」

「嘘も方便」


「だから、まいちん。
 無理矢理、覚えたてのことわざ使わなくていいから!」
「しかも、微妙だな。今日のことわざは」
「切れ味悪いね」


「ちょっと、よしこに梨華ちゃん、
 この人たち酷くない?」

まいちんが、アタシ達に助けを求めてくる・・・
梨華ちゃんが、まいちんの頭をヨシヨシって――



オイッ!
なんか、ちがくねーか?!

423 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:54

静かに、この場を去ろうとし始めた皆を呼び止めた。


「――いつから、ここにいた?」

「何?」
「何のこと?」
「何だろうね?」
「独り言でしょ?」

口々に言って、
また、立ち去ろうとする。


「どこから、聞いてた?」

「どこって?」
「さあ?」
「何にも聞いてないよね?」
「よしこから、キスしてなんて言ってたの
 聞いてないよね?」


バカッ!!

424 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:54

慌てて、3人がまいちんの口を塞ぐ。


ほお〜
そうか。
そうでしたか。
やっぱり、一部始終聞いてましたか。


ふつふつと怒りが湧いてくる。


「いや〜、よっちゃん。
 たまには、いいんじゃないかな?」

「そうそう、よしこのかわいい姿が見れたよ?」


あ・・・

『シテ欲しい』
『して、下さい・・・』


って、アタシ、言ったよな?

一気に、顔が赤くなる。

425 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:55

「よっすぃ〜、してもらうのもいいぞ」
「そうそう、より一層愛が深まるよ?」

店長と柴ちゃんが、腕を組む。
そんなアドバイスいらねーよ!


「梨華ちゃんも、やる気マンマンみたいだし」
「よしこも、される気マンマンみたいだし」

「まあ、今夜はたくさんしてもらえ」
「明日楽しみにしてるから」


てめーら・・・

「ぜってー、しねーよっ!!」

426 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:55

やっぱ、怒ったぞ〜


そう言って笑いながら、4人が店に戻ってく。


ゼエ、ゼエ・・・

ったく!
ほんっと、懲りないヤツらだ。


「そんなに、怒らないの」

梨華ちゃんはそう言って、アタシに向かい合って立つと
両手を握ってくれた。

「けどさ・・・」

「わたしは幸せだもん。
 ひとみちゃんと、こうしていられるだけで幸せ」

「梨華ちゃん・・・」

427 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:56

不意に梨華ちゃんが近づいて、小声で言う。

 (見せつけちゃおうよ)


ふはは。
それもいっか。

きっと、まだ覗いてるだろうヤツらに
いっちょ見せ付けてやるか!

アタシ達の愛のカタチを――


繋いだ手をグッと引き寄せて、
梨華ちゃんを抱きしめた。

そのまま、唇を寄せて
熱いキスを交わす――


428 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:56

「イテッ!」

思わず離れると、梨華ちゃんが不思議そうに
アタシを見る。

「わたし、舌かんでないよ?」
「違う。背中にみかん、ぶつけられた」

通用口を見ると、それぞれの手に
みかんが握られてる――


雪合戦じゃねえぞ、コラ!


慌てて逃げ出す4人組。

おじゃま虫で、イタズラ好きで
からかわれてばっかだけど、
お茶目で、憎めない、
いざと言う時は頼りになる、優しいあいつらが好きだ。

429 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:57

「追いかけないの?」

梨華ちゃんが、不思議そうに聞く。

「もう一回、キスしたいから」

そう言って、梨華ちゃんに素早く口付ける。


「続きは、家でして?」

素直にそう言ったら、最高の笑顔で頷いてくれた。



ねぇ、ハングリー。

最高の脳みそケーキ作って、待ってるからさ。
今度、二人で語り合おうか?

おいしい酒でも飲みながら、自慢し合おうよ。

それぞれの 〜愛のカタチ〜 ってヤツをさ。

430 名前:Cake3 〜愛のカタチ〜 投稿日:2009/01/04(日) 17:57




    おわり


431 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/01/04(日) 18:01

今回は、絶対1回で!
と決めて書いたので、脇役の方々の暴走を何とか食い止めて
こんな感じになりました。

ご感想を頂けるとうれしいです。


「Cake」は、書き出すと面白くなってしまいますね・・・(汗)
今回活躍しきれなかった脇役の方々が、
脳内で暴れております。

なので、そのうち4があるかもしれません・・・
どこまで行く気でしょうか・・・

なんだか昼ドラみたい。


ということで、万が一、4があった時はご容赦下さい。

432 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/04(日) 21:02
更新されてるかな?と思ってきてみたら・・・
Cake大大大好物です!この世界観たまらなく好きなんですよね
例のあの人たちまで登場しちゃってすごく楽しめました
てかわがままかもしれませんがCake4も花に願いをも
二つとも続編待ってます!!
433 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/04(日) 21:44
あの人達とのコラボ最高!
脇役の方々も相変わらずな感じで面白かったです
二人も楽しそうで何より
私も明日からの仕事頑張れます
434 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/01/04(日) 23:24
更新お疲れ様でした!!!!

>>376は自分の仕業です、すみませんでした!!

2匹って何のこっちゃ?と思って読み始めたら…そう来たか(笑)
上手くストーリーに絡ませてらっしゃって、さすが作者さん!!!!と思いました。
脇役の方々も変わらずいい味出してますしね。
新年早々楽しく読ませていただきました。

4と言わず1444回まで続けちゃう勢いで書いちゃって下さい。
(個人的には1話完結のが好きです。)

次回更新も楽しみにしています。
今年も素敵な作品を読ませて下さい、宜しくお願いします!!!!
435 名前:373 投稿日:2009/01/05(月) 04:40
明けましておめでとうです☆

新年初で読みに来たら、更新情報にあって、すっごい嬉しかったです♪♪

Cakeのいしよしも大好きです☆周りの4人もおもしろいですしね。笑いが絶えなかったf^_^;


一話完結も好きですが、毎回焦らされるのも嫌いじゃないですよ(笑)
436 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/01/09(金) 18:06

>432:名無飼育さん様
 大好物ですか?
 ありがとうございます!!
 そんなに気に入って頂けると、調子に乗ってしまいそうです(笑)

>433:名無飼育さん様
 仕事の励みにして頂けたなんて、これまた嬉しいですね〜
 楽しんで頂けたようで何よりです。

>434:名無し飼育さん様
 そう来ちゃいました(笑)
 さすがに1444回は、無理かな〜

>435:373様
 喜んで頂けて、何よりです。
 そして、作者の悪趣味を受け入れて下さって
 本当にありがとうございます!!


さて、本日は久々のリアル短編です。

なんとなく書き始めたら、
書きあがってしまった・・・(汗)


リアルな妄想にお付き合い頂ける方は、どうぞ。



 
437 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:07




438 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:07


  『愛の結晶』


439 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:08


「これ、ちょっと見せすぎじゃね?」


帰ってきた途端、テーブルにそれを放り投げて、
ドテッと座りこんだあなた。

腕組みして、まるで一徹みたい。

いつもはトメ子になって、
あなたのご機嫌取りをするけど、
今回は、絶対しないって決めたの。


だって、すごくいい出来なんだよ?
ホントはいつも、1番にあなたに誉めてもらいたいんだよ?

ジッと目を閉じて、わたしの事を待ってる――

440 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:08

「お仕事だもん。
 仕方ないでしょ?」


そう言って、読みかけの雑誌を広げた。
今回はご機嫌取りなんか、ぜっ〜たい、してやらないんだからっ!


おやっ?
と言うように片眉をあげたあなた。

フンだ。


「――なんだよ、その態度」

一気に低い声になる。

441 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:09

はあ〜
ホントに毎回、毎回、出す度に
一度は言い合いになる。


「これなんて、完璧誘う時の目じゃん」
「このビキニも小さすぎ!」


あーうるさい、うるさい。

そのまま無視を決め込んで、
背中を向けた。


「大体、オッパイ見せすぎだろ!」

「馬なんか乗っちゃってさ。
 じゃじゃ馬意識してんじゃねーの?」


バッカじゃないの!
ほんっとに毎回、毎回、チクチクと。

いい加減、慣れなさいよっ!

442 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:10

「はあ〜〜」

聞こえるようにわざと、大きなため息をついた。


今夜は、ケメちゃん家行こうかな…?
このままじゃ、喧嘩しちゃう――


雑誌を閉じて、立ち上がった。


ねぇ、わかってよ。
もうすぐ誕生日だから、喧嘩したくないの。


ひと足先に、事務所に届いた写真集を手にして、
あーだこーだ、言い続けるあなた。

黙ったまま、飲みかけのカップを片付けに
キッチンに向かう。

443 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:11

「なんで黙ってんの?」

あぐらをかいたまま、
わたしに問いかけた。


「何とか言えよ」

あー、なんか久しぶりだな。
こんな言い方されるの。

最近じゃ、正面からぶつかること
無くなったもんね。

お互い大人になって、
これ以上言ったら、喧嘩になるな
とか、微妙な駆け引きを覚えた。


しびれを切らしたように、
あなたが立ち上がって、わたしの所に来る――


444 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:11

きっと、あなたはわたしを抱きしめる。

 『何怒ってんの?』
 『ヤなんだよ、梨華ちゃんのこんな姿見せんの』
 『アタシだけが知ってたい』

そんな風に言いながら、キスしてくれるんだ。


それで仲直り。
長い付き合いの中で覚えた、二人のリズム――


445 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:12

「こっち向けよ!」

えっ?

驚いて思わず、ひとみちゃんを見た。


いつになく怒った顔。

どうしたの…?


「こんなの、これで抜けって
 言ってるようなもんじゃん」

446 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:12

「なによ、その言い方!」

キッと睨みつけた。


視線がぶつかる…


――ダメ、喧嘩、しちゃう…


わたしから先に、目を反らした。


「何だよ、言い返せよ」

手首を掴まれる。

「離してっ!!」

ひとみちゃんの手を
思いきり、振り払った。


唇を噛み締める。

なんで、今日はそんなに突っ掛かるの?
誕生日前に喧嘩なんて、ヤダよ…

447 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:13

「――ケメちゃん家に行ってくる…」

「逃げんの?」
「ちがう」


ねぇ、今日のひとみちゃん、変だよ。
そんな風に言うこと、最近はずっとなかったじゃない…


「はあ〜
 もういい、お風呂入ってくる…」

あなたの横を、すりぬけようとする。

お願いだから、頭を冷やして?


448 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:13

ひとみちゃんだって、ほんとはわかってるはず。
写真集見て、ただちょっと、ムカついてるだけだよね?


今度は腕をつかまれた。
強引に引っ張って、わたしを振り向かせる。


「痛いっ!」
「話し終わってない」

「話してどうなるのよっ!
 今から発売を中止しろとでも、言うつもり?!」

どうして今日は、そんなにこだわるの?
こんな時に喧嘩したいの?

449 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:14

「出来るもんなら、そうしたいよ」

「サイッテー。
 ひとみちゃんから、そんな言葉聞くと思わなかった。
 出来る訳無いでしょ?
 いい加減、手を離して!」


「ヤダ」
「何なの、もう!」


「離してよっ」
「ヤダ」


「ヤダ、ヤダって、子供みたいに
 言わないで!!」

振りほどこうとするのに
ひとみちゃんは余計に強く握る。

450 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:14

「痛いってばっ!」

力任せに振りほどく。


「何よ!!
 わたしだって、ヤなことあっても我慢してるんだからっ!」

「はあ?何、我慢してるって?
 言ってみろよ」


もうアッタマ来た。
そっちがそうなら、こっちだって言ってやる!!

451 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:15

「じゃあ、言わせてもらうわよ。
 大体、エッグの子たちに、キャーキャー言われてデレデレするし。
 ライブで仙石先生の顎つかんで、その気にさせるし。
 何のためにPVで、キスしたと思ってんのよ!!」

「カムトゥギャザーのこと?」


「そうよ!
 普段通りにしてって言うから、お家みたいに誘ったらキスしてくれて。
 よし、これで、音ガタの子たちには、見せつけたわって安心してたのに、
 ライブであんな事するから、仙石先生、ひとみちゃん見るとき
 目がハートになってるんだからねっ!」

「そうか?」


「そうよっ!
 さゆだって、ひとみちゃんにメロメロじゃない!
 それだって、あんたがラブラブ光線出すからよっ!」

「出してねぇし」

452 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:16

「出してるっ!!
 ガキさんに誘われたと思ったら
 泊まって来ちゃうし!」

「ガキさんは心配ねーだろ」


「そうだけど…
 でも、でも、肩抱いたりしたんでしょ!」

「したよ。
 けどガキさん、酔っ払ってまともに歩けねーから仕方ないだろ?
 それに、ちゃんと梨華ちゃんにも報告したじゃん」


「向こうがその気になったら
 どうすんのよっ!」

「ん〜、どうすっかな〜」

453 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:17

「キッー!!ムカつく!!
 そういうの、ヤなのっ!!」


「他には?」

「最近、人前で泣くのだって
 ヤなんだから!
 かわいい泣き顔は、わたしだけのものだったのにぃ!!」

「ほー」


「かわいいって、皆に言われてるんだからねっ!
 吉澤さんて、カッコイイのに
 あんな姿見ると、母性本能くすぐられちゃいますねって!」

「へー」

「へーじゃないっ!!」

454 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:17

「他にもあんの?」

「あるわよ!」

「何?」


「ひとみちゃんは、自分の魅力がわかってない!」

「はあ?」


「見慣れてるわたしでさえ、
 間近でその顔見たら、ドキッとするんだよ?」

目を見開くひとみちゃん。

ほら、その表情だって――


455 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:18

「――あんまり、不安にさせないでよ…」

涙がこぼれた。


前みたいに、無邪気に聞けなくなっちゃったの。
仕事でも、プライベートでも隣にいることが当たり前になりすぎて。


小さなことは気にしないって。
それ以上にあなたが、愛情をくれてるから、
安心していられるんだけど。
積み重なるとやっぱり、ちょっと不安になったりして…


「――ごめん、贅沢だよね?」


そう言ったら、
優しくわたしの体を包みこんで、抱きしめてくれた。

456 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:18


「やっと、吐いてくれたね」

えっ?

驚いて顔を見上げる。


ひとみちゃんは、いたずらっぽく微笑むと

「贅沢でいいんじゃね?」

そう言って、涙を拭ってくれた。



「吐くって、どういうこと…?」

「いや、最近さ。
 梨華ちゃん、なんか言いたそうにしてるのに
 飲み込んじゃうからさ。
 ちょっと心配だったわけよ」

そう言って、照れたように
鼻の頭をかく。

457 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:19

「梨華ちゃんて、溜まると爆発すんじゃん。
 結構溜まってんなって、わかってたし、
 どうにかしないと、突然出ていくとか
 言い出すんじゃないかって、心配してさ。
 圭ちゃんに相談したんだ…」


「いつの間に?」

「ん?
 リハのとき」


そういえば――

フロアの隅で、二人で話し込んでたな。
てっきり、見せ方の確認してるんだとばかり思ってた…

458 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:19

「圭ちゃんさ、喧嘩してみれば?って」

髪をひかれる。


ほら、そういう仕種。
眩しそうに細める目。
今でも、ドキッとする…


「あんた達、公開ノロケばっか、最近してるけど、
 肝心なこと言ってないんじゃないの?ってさ」

「肝心な、こと…?」


「好きとか、愛してる、とか?」


確かに言わなくなったかも…
もう言わなくても、お互いの気持ちが
わかるようになったから――

459 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:20

「それとね、わがまま」

「わがまま?」


「うん。
 『目を見ればわかるとか言ってるけど、
  あんた達は隠居した夫婦かっての。まだ20代でしょ?
  思ってること、ぶつけなさいよ。
  じゃないと、エッチだってしないでも一緒にいられる。
  なんて、そのうち言い出すんじゃないの?』
 なんて言われてさ」


頬に手を添えて、
親指で唇を撫でられる。

460 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:21


「それはヤだなって」

そう言って、触れるだけのキスをして、
わたしを強く抱きしめた。


「このエロい体、育ててんの、
 アタシだから」


わたしの髪に、キスを落とす。

「水着姿とか見られんのは、やっぱあんま好きじゃないけどさ、
 アタシのもんなんだぞって、自慢したくもなる」

そして耳にやさしく口付けて、あなたは囁いた。



「写真集、スゲー綺麗だよ」


461 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:21

「今回だけじゃないよ、いつも思ってた。
 サイコーにかわいい。
 サイコーにきれいだって」

そう囁きながら、わたしの顔のパーツの一つ一つに
キスを落としていく。


あなたの甘い吐息、甘い囁き…


「アタシの自慢の恋人」

唇が重なる――


久しぶり。
こんな風に言ってくれるの…


「――好きだよ、梨華ちゃん」


涙が溢れて、あなたの胸に顔を埋めた。

462 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:22

「ちょっと、アタシには
 言ってくれないの?」


髪を撫でながら、そう言うから、
わたしもあなたのその大きな瞳を、しっかり見つめて言った。


「ひとみちゃんが、好き。
 世界で一番!
 あ、宇宙一!!」

「さむっ」

もう!
そう言うこと言うから、
言わなくなっちゃうんじゃない!


「でも、うれしいよ・・・」

そう言って優しく微笑む。
ほらまた、わたしの心臓がトクンって…

463 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:23

「しかし、相変わらず、ヤキモチやくなぁ。
 今のアタシ見てたら、梨華ちゃんしか
 見えてないの、わかるっしょ?」

そりゃー、前からすれば、
こっちの方が照れちゃうくらい
態度に出してくれるようになったけど…


「先生のアレね。
 梨華ちゃんが、MCで遠回しに触れたでしょ?
 袖で聞いてて、チョーガッツポーズだったんだけど」

ニシシと笑う。
悪戯っ子の時の顔。


「わーい、妬いてる、妬いてるって」

「ばかっ」

「公開ヤキモチ、キターッ!!
 なんつって、まいちんに殴られた」

ほんっとにもう!
そういうとこ、子供っぽくて
全然変わってない。

464 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:23

「それに最近、泣くの我慢出来なくなったのは、
 梨華ちゃんのせいだから」

「わたしの、せい?」

「梨華ちゃんが、
 『我慢しないで。わたしが隠してあげるから、
  安心して泣いていいよ?』
 って、いつも抱きしめてくれるから、
 クセになっちゃって、我慢きかなくなった」


「そうなの?」

「そう。
 だから、梨華ちゃんのせい」


465 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:24

「梨華ちゃんが、大きく包んでくれるから、
 アタシ、安心して素直になれるんだよ?」

「ひとみちゃん…」


違うよ。
大きく包んでくれてるのは、あなたの方。

いつだって、こうして先回りして、
わたしの小さなわだかまりを、きれいに拭い去ってくれる――


「ひとみちゃん、大好き・・・」

「もっと言ってよ」

ほら、肝心な時は、
あなたは、決して茶化したりしないもの。

466 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:24

「――好き。
 言葉にならないくらい…」

いつぶりかな?
こんな風に、あなたの目を見て伝えたの。


「ドキドキしてるよ、アタシ」

あなたがわたしの頭を抱えて、
自分の胸にあてる。


「梨華ちゃんに見つめられたら、
 今でもこんなに、ドキドキするんだ」


「うれしい…」


わたし達、最近落ち着きすぎてたかな?


467 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:25

「圭ちゃんがさ、面白くないって言うんだ。
 いしよしは、もっとハラハラさせてくれないとって」

「何よ、それ」


「それは勘弁してよって、言っといた。
 今年はもっと、イチャイチャするんだからって」

「皆があきれるくらい?」


「そう。
 そしたら、圭ちゃん、
 『それはそれで大歓迎よ』だってさ」


「じゃ、久々にケメコハウス行かなきゃね」

「なんなら、ケメコハウスで
 エッチしちゃう?」

「ばかっ」


ふははっ


あなたは笑って、
わたしの耳元で、「もっと愛し合おう」って囁いた。

468 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:25

賛成

その意味を込めて
あなたに口づける。


触れた途端、溢れた思いをぶつけるように、
お互いに激しくなる――


んっ、んんっ…

ひとみちゃんの息も荒い。


「ハア、ンッ…
 ねぇ、梨華ちゃん、ベッド、いこ…」


お互いの衣服を剥ぎ取って、
もつれあうように、ベッドに転がりこんだ。

469 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:26

「なんか、すげー
 バックンバックンしてるよ、アタシ」

上から見下ろすあなた。


「はじめてシた時みたい…」

そうだね。
わたしもすごくドキドキしてる…


「ごめん、今日はやさしくする余裕ねーかも」

いいよ。

あなたの好きなだけ。
気のすむまで、触れてくれていい。


「んなこと言ったら、
 おわんねーよ?」

「望むところよ。
 どこまでも、ついて行くから」

「出た。
 負けず嫌い!」


ふはって吹き出して、
あなたは優しいキスをくれた。

470 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:27


始まりの合図。


優しく出来ないなんて言いながら
いつだって、優しく触れてくれるあなた。


愛を感じる瞬間――

やっぱりあなたは、永遠にわたしの王子様だね。


「梨華ちゃんはお姫様」

「また、ディナーショーで
 思わず出ちゃうよ?」

「構わないでしょ?」
「うん・・・」


ひとみちゃんの手が舌が唇が、
再びわたしを熱くする――

471 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:28


「さあ、夢の世界にお連れしますよ。
 アタシのかわいいお姫様――」



あなたとなら、どこまでだって行ける。
あなたとだから、わたしのすべてを委ねられる――


真っ白な滑らかな背中に
腕を回した。

「次の写真集までに、もっとココ育てなきゃね」

そう言って、ふくらみを
ゆっくり、撫で回す。


んっ…はぁ、ああ…

あなたが愛情をくれる分、
わたしのカラダは満足するの――

472 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:28

「愛してるよ、梨華…」

「−−わたしも、ンッ、愛、してる…」


愛ってすごいね。
こんなにずっと一緒にいるのに、
限界が見えない。

まだまだ深く
もっと、もっと、もっ〜と
あなたを愛せる自信がある。


「梨華ちゃんの写真集は、
 アタシたちの愛の結晶だから」

473 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:29

「だから、サイコーの出来になるに
 決まってるでしょ?」

そうだね。

あなたがそばにいてくれる限り、
わたしは輝いていられる――


あなたと出会えて良かった。
あなたを好きになって、本当に良かった。

あなたに愛されて、最高に幸せ。


ありのままの思いを、言葉にのせた。


474 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:29

「ねぇ、飲み込んだら毒に変わったりする?」

「なんのこと?」


「食べたふりして、吐き出した方がいい?」

ニヤリと笑うあなた――


「試しに、食べてみる?」
「もちろん」

そう言って、唇をふさがれた。


ダメ、それじゃ・・・
もっと、ちゃんと食べて?

475 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:30

体勢を入れ換えて、
わたしが上になる。

あなたの舌を追いかけて、
何度も何度も絡ませた。


もっと、ほら。
溶け合って一つになっちゃうくらい――



静かに唇を離す・・・

476 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:30

「――どう?」

ひとみちゃんを見下ろした。


「チョー甘いよ。
 めちゃめちゃ、おいしい・・・」

そう言って、わたしを引き寄せると
またキスをした。


「――全部、食っていい?」


いいよ。
わたしはあなたのものだもの。

477 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:30

「ココも思いっきり
 食っていい?」


言葉は乱暴なのに
触れる手は優しい。

いいよ。
好きなだけ、召し上がれ?


あなたは、少し体を起こして、口にふくむと
おいしそうに先端を舌で転がす。

478 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:31

「はぅ、あんっ…、ふぅん…
 ね、おいし、ンッ、い…?」

「――ハア、んっ、はっ
 スゲー、ンンッ、おいし…い」

ひとみちゃんが、興奮してる。

「ごめっ。今日は、ハア…
 んとに、強く、ンッ、しちゃい、そ――」


こんなひとみちゃん、
久しぶり。


もっと、もっと求めてくれていいよ――


「はあ…、っん、梨華…」


再び体勢を入れ換えて
ひとみちゃんが上になる――

479 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:34


<ポタッ・・・>


えっ?


「キャーッ!!
 ひとみちゃん、鼻血〜っ!!」

「マジッ?!」

慌てて上を向くあなた。


「ほら、早くティッシュつめて!」


枕元に手を伸ばして、
ティッシュを渡した。

480 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:35

「横になった方がいいよ?」


わたしの上から降りて、隣で横になる。
裸で横になって、
鼻にティッシュ詰めてる姿って――


「ハア〜
 情けね・・・」

「大丈夫?」

「大丈夫だから、
 詰めたまま、続きしていい?」


「ダメ」
「ですよね〜」

481 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:36

「梨華パイ、下から見たら
 興奮しすぎた」

「いつも見てるじゃない」


「いや、なんか今日は
 一段とエロかったんだって」


なんかコントみたい。


「ごめん。
 すぐ、止めるから!
 3秒で止めるから!」

「じゃあ、3・2・1」


詰めたティッシュをとる。

482 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:36

<タラ〜>


「失格」

「ちょっと待って、ちょっと待って!
 あと5秒ちょーだい」


「ダメ!
 ちゃんと横になって?」


たかが鼻血かもしれないけど、
心配なんだから。

483 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:37

ベッドから起き上がって、
下に落ちてる下着を身につける。


「ちょっと、なんで着ちゃうの?」

「待って、待って!
 お願い。本気で止めるからっ!」


「ちゃんと横になってて」


安心してよ。
ちょっと氷を取りに行くだけだから。

冷やすといいんだって。
大阪のライブの後、ちゃんと聞いといたんだよ?

484 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:38

「待って。タンマ。
 梨華ちゃ〜ん・・・」


少しイジワルしちゃお。
だって、あんな所で止められたんだもの。


黙って部屋を出ようとした所で
背後から、<ドスッ>っと音がした。


「イッテー!
 今度は足つったぁぁ!!」


ベッドから転がり落ちて、叫んでる。


はあ〜、全く何やってんだか…

「待って!
 お願い、リベンジさせ――」

<バタン>

扉を閉めた。

485 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:38


氷と湿布を持って、
お部屋に戻る。


ベッドの下で裸のまま、小さくなって、
鼻にはティッシュ――


王子様には、程遠い姿・・・


それでもわたしの大事な、
大好きな、大好きな、愛しい王子様。


486 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:39

「ほら、横になって?
 足に湿布も貼ってあげるから」


「ねーねー
 続きしてもいいよね?
 今夜はダメとか、言わないよね?
 ねっ?ねっ?」

「はいはい。
 言わないから、安心して」


ヨッシャ!!

ガッツポーズなんてしちゃって。


「ぜってー、今日するから」
「はいはい」

「夜通し、頑張っちゃうから」
「ほんとに大丈夫?」

487 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:39

「ん?
 多分、おそらく、きっと…」


もうっ!


でもほんとは、構わないよ?

夜はまだ長いから、
ゆっくり二人で昇りつめよう?


今日無理なら、明日でもいい。

だって、これからもずっと
いつだって、あなたの隣にいるんだから――


488 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:40




489 名前:愛の結晶 投稿日:2009/01/09(金) 18:40


      おわり


490 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/01/09(金) 18:42

以上です。



491 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/01/09(金) 21:29
更新お疲れ様でした!!!!

久々にリアル設定の小説が読めて嬉しかったです!!
話のあちこちに散りばめられた小ネタにニヤニヤが止まりません(笑)

出勤前に良いエネルギー充電が出来ました。
作者さんのおかげで今夜は良い気分で仕事に行けます。

次回更新も楽しみに待っています!!!!
492 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/09(金) 21:46
さすが玄米ちゃ様!
甘々なのに大爆笑です
これだけの小ネタを昇華できるのは玄米ちゃ様ぐらいだと思います
ホントに二人の部屋を覗き見してる気分です
もう一回読ませていただきます
493 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/10(土) 00:29
玄米ちゃ様サイコーです!!
いしよしサイコー(≧▼≦)
超リアル設定ですねw
ご馳走様でしたww
494 名前:435 投稿日:2009/01/10(土) 03:03
どこまでも着いていきます(笑)

今週のラジオを聞いてたので、リアルなお話嬉しかったです☆

そして、最後にやらかすよっすぃ〜は素敵です☆


495 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/10(土) 23:55
某スレのスレタイになってるぞwww
496 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/11(水) 02:46

>491:名無し飼育さん様
 このような妄想が、果たして受け入れられるのだろうか・・・?
 と心配していたので、仕事の活力にして頂けたとは、嬉しい限りです。

>492:名無飼育さん様
 小ネタ、気に入って頂けたようで(笑)
 うれしいお言葉の数々、ありがとうございます!
 
>493:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 楽しんで頂けたようで、ホッと一安心です。

>494:435様
 そんな、「どこまでも」だなんて(笑)
 どうも作者は、甘い系にはオチをつくってしまいがちです(汗)

>495:名無飼育さん様
 おっと、これはなんとも・・・(汗)









 
497 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/11(水) 02:54

さて、本日より新作を始めます。
今回もまた、例の如く痛いものになってしまいました・・・

ほんと、すみません!!


そして、今作は藤本さんを筆頭に、
周辺の幾人かが、非常に黒いです。

あ、どなたかの肌の色ではなく・・・(汗)


なので、お読みになられる際は、お気をつけ下さい。
なお、このままsageで、なるべく進めて参りたいと思います。


では、新作『あの樹の下で』です。

どうぞ。
498 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/02/11(水) 02:55


  『あの樹の下で』


499 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/02/11(水) 02:56


ねぇ、もしアタシたちが別れちゃったらさ。

別れないもん。

もしもの話だよ。

もしもの話なんかしないでよ・・・

アハハ。分かった。
けどさ、その時は――

その時は?


アタシたちが初めてキスした日に、
あの樹の下で、必ず待ってるから・・・


500 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 02:58

「梨華ちゃん、梨華ちゃん。あの人なんかどう?」
「どれよ、どれ?」
「ほら、ここから正面にいる、こっち向いて話してる人」
「あ、ほんとだ!ねぇ、でも、左の薬指に指輪してるよ」
「あー、もう!また売却済かぁ・・・」


石川梨華、24歳。
今わたしは、会社の新薬完成披露パーティーの会場にいる。
中堅まではいかないけれど、そこそこ安定した製薬会社。

完成披露などというと聞こえはいいけど、
ワンマン社長の自己顕示欲ともいうべきか、
ほとんどが大企業の二番煎じなのに、新薬ができる度、
こうして盛大にパーティーを開いている。

501 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 02:59

わたしと、隣にいる同僚の柴ちゃんこと柴田あゆみちゃんは、
さっきまで入り口で列席者の受付をしていたけど、
もうあまり人も来ないし、あとは若い子たちに――

何て言って、後を後輩に任せ、こうしてパーティー会場に入り、
列席者の品定めをしつつ、立食の食事をいただいている。


「だってさ、せっかくのパーティー、
 食べなきゃソンじゃない」

柴ちゃんが、口にチキンをほおばりながら言う。

「だよねー。
 まあ、一通りいただいたら、また交代してあげよっか?」

「えー!もっとワイン飲みたい!」
「じゃ、受付にボトルごと持ってっちゃう?」
「それ、いい!!」

なんて、二人で盛り上がっていたら、
遠くから駆け寄ってくる人物が一名――

502 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 02:59

「石川さーんっ!!」
「ほら、梨華ちゃん。ペットが来たよ」

「やだ、やめてよ」
「いいじゃん。そろそろあの辺で手を打ったら?」
「やめてよ。もう年下はこりごり」



「――石川さん。よかった、お会いできて」
息を切らせながら、麻琴ちゃんが言った。

「おんなじ会社なんだから、毎日会ってるじゃない」
「そう言わないで下さいよ〜
 ね、せっかくだから、この後どこか、二人で食事に行きませんか?」

「もう、お腹いっぱい」
そっけなく言うと、隣で柴ちゃんが肩を揺らしている。

503 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:01

「じゃ、じゃあ、飲みに行きませんか?」
「もう、飲んでる」

持っているグラスを持ち上げた。


「じゃあ、じゃあ――」
「ごめんね。今日はこの後、柴ちゃんと約束してるの」

「ちょっと、梨華ちゃん?!」
柴ちゃんが小声で言って、わたしの横っ腹を肘でつつく。

「ねぇ〜、柴ちゃん」
懇願するように柴ちゃんを見ると、

「――そ、そう。ごめんね〜。
 ついさっき、約束しちゃったのよ」

と言って、柴ちゃんが横目で睨む。

504 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:02

「――そうでしたか。じゃあ、次の機会にします・・・」

そう言うと、麻琴ちゃんは肩を落として、去っていった。


「ありゃりゃ、かわいそう。あんなにしょげちゃって――
 一応、うちのワンマン社長の一人娘なんだからさ、もう少し優しくしてあげなよ」

「だってさ、めんどくさいもん」
「出た!梨華ちゃんのめんどくさい病」

「ちょっと、柴ちゃん?」
「だって、そうじゃない」

「まあ、そうなんだけどさ・・・」

そうなんだけど、ね・・・

505 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:03

「――ねぇ、梨華ちゃん。
 もしかしてさ、まだ1年前の事、ひきずってる?」


引きずってないって言ったら、嘘になる。
というか、忘れられない。今でも――

あの眼差しも、あの声も・・・
手のぬくもりだって、抱きしめられた腕の温かさだって・・・

何度だって忘れようと思った。
けど、忘れられないの。


わたし、捨てられたのに――

506 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:04

「ごめん、変なこと聞いた」
「ううん、いい。昔話はよそう?」
「そうだね」

わたしの心の傷は、まだやっとカサブタが出来たくらいだ。
ちょっと触れば、いつでも剥がれて、血が噴き出してきてしまう――

だから――

「ごめん。お手洗い行ってくる」

そう言って、柴ちゃんに笑ってみせた。

507 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:04

柴ちゃんは、麻琴ちゃんを勧めてくれる。
『恋愛の傷は、恋愛で癒すのが一番だよ』って・・・

頭では分かってるんだ。
でもきっと、比べてしまう。

どんなときでも、彼女だったらこうしてくれる。
彼女だったら、きっとこう言ってくれるって・・・


そんなわたしを、本気で心配してくれてるのも分かってる。
だって、彼女に捨てられたとき、ボロボロになったわたしを
支えてくれたのは、柴ちゃんだもん。

早く想い出にしなきゃって、
早く忘れなきゃって思うのに――

508 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:05

「キャッ!!」

女子トイレに入ろうとした瞬間、
飛びだして来た人と、危うくぶつかりそうになった。

「ごめんなさい」

ちゃんと謝ったのに、
相手は一言も発しないで、そのまま駆けていく――

ちょっと!!
俯いて歩いていたとはいえ、そっちも悪いでしょ!!

509 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:06

「待ちなさいよっ!」

ムっとして、ふり向いて、わたしは凍りついた。


あの横顔、背格好――

「――うそ、で、しょ・・・」


足早に階段を下りていく、その後ろ姿――

心の傷口が、静かに開いていくのを感じた。


510 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:06



「梨華ちゃん、顔色悪いよ?」

トイレから戻ったわたしの顔を、柴ちゃんが心配そうに覗き込む。


「――が、いたの・・・」
「え?」

「間違いないよ。わたしが間違えるわけ――」
「梨華ちゃん?」

「ぶつかったの、わたしに・・・」
「ぶつかったって、誰が?」


なん、で、いるの?
どうして、ここ、に――

511 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:07

「もしかして、梨華ちゃん・・・」
「わかんない。チラっと見ただけだから、でも多分――」

「ほんとに見たの?!」

小さく頷くと、柴ちゃんが駆け出そうとする。

「待って、柴ちゃん!」
「何よ!今度あいつに会ったら、梨華ちゃんの代わりに
 私が引っぱたいてやるって、決めてたんだから!!」

「ねぇ、どこにいるの?!
 トイレ?会場?」

首を横に振る。

「じゃあ、どこ?」
「・・・もう、出て行っちゃった」
「はあ?」

「だから、ぶつかってすぐ、走っていっちゃった――」
「なんで、追いかけないの!」
「だって、あんまり急で。動けなくなっちゃったんだもん・・・」

512 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:08

はあ〜

柴ちゃんが、深々とため息をついた。

「ごめん・・・」
「違うよ。梨華ちゃんに怒ってるわけじゃない」


分かってる。
柴ちゃんが怒ってるのは、彼女に対してだって。


あの日、たった一つの手紙を残して、
わたしの元を去った人――

わたしと夢を秤にかけて、
夢をとったあの人――

513 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:09

「あいつ、日本に戻って来てるんだ?」
「そう、みたい、だね・・・」

さっき開いた傷口からドクドクと血があふれ出す。
それなのに、どこかで、あなたに出会えたことに
胸が高鳴っている――


間違いなくあれは――

ひーちゃんだ・・・


  『ずっと一緒にいよう』
  『梨華ちゃんと一緒がいい』
  『約束する。絶対離さないから――』


514 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:09

「梨華ちゃん、大丈夫?」
「え?あ、うん・・・
 大丈夫だよ」


ひーちゃん・・・

ギュッと胸が鷲掴みされるように痛む。
今でもこんなに、あなたが好き。

だって、あんなに愛し合ったんだもの――

515 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:10



 「ひーちゃんの瞳、ほんとに綺麗・・・」

 上から見下ろす、ひーちゃんの頬に手を伸ばす。

 「夢、ちゃんと持ってるからだね」

 ひーちゃんが頬に伸ばしたわたしの手を握って、
 そっと口付けてくれる。


 「アタシの一番の夢は、梨華ちゃんとずっと一緒にいること」

 そっと生え際を撫でてくれる。

 「絵はその次だよ」
 「ひーちゃん・・・」

 「梨華ちゃんがそばにいてくれるから、
  いい絵が描けるんだ。心が綺麗になるんだよ」

 「ほんとに?」
 「ほんと。梨華ちゃんに見せてあげたいって
  思いながら、いつも描いてる」


516 名前:第1章 1 投稿日:2009/02/11(水) 03:12


うれしかったの、ひーちゃん。
あなたがわたしを一番って、言ってくれて。

あの頃は、ずっと一緒にいられると思ってた。
ずっと、ひーちゃんのそばにいられるって・・・


ねぇ、ひーちゃん。

あなたの腕のぬくもりも
あなたの強い眼差しも

あなたの優しいキスも
あなたの甘い香りも・・・

なにもかも全部、覚えてるの。


忘れられないの。ひーちゃん・・・
今でも、ずっと。

どうしても、あなたが忘れられないんだよ・・・


517 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/02/11(水) 03:13


本日は以上です。


518 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/11(水) 11:06
あぁ玄米ちゃ様
新作を首をなが〜くして待ってました
また楽しみが増えてうれしいです
519 名前:435 投稿日:2009/02/12(木) 03:08
おぉぉー♪♪♪

新作が来たー☆

今作も楽しみにしております(>_<)

ついていきます☆
520 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/19(木) 19:00

>518:名無飼育さん様
 大変、お待たせ致しました。
 今度も楽しんで頂ける様に、頑張ります!

>519:435様
 こんな作者に、ついてきて下さるなんて
 感謝カンゲキです!
 ご期待を裏切らないように、頑張ります!!



では、本日の更新です。


521 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/02/19(木) 19:00



522 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:01

「あー、飲んだ。食べた」

柴ちゃんが、お腹をポンポンと叩きながら言う。

「やめなよ。マサオさんに幻滅されるよ?」
「だいじょぶ。マサオはこんなことで、私を嫌いになったりしないもん」
「すごい自信」

完成披露パーティーの帰り。

『有言実行』といえば、聞こえはいいけど、
実行させられたというのが、本当のところ。

麻琴ちゃんの誘いを断る口実に使った代償に、
行きつけのお店で、柴ちゃんにたんまりとおごらされた。

523 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:02

「ねえ、梨華ちゃん。久々に梨華ちゃん家、泊まっていい?」
「いいよ」

「よし。今宵は飲み明かそう!!」

明るく拳を突き上げた柴ちゃん。


――ありがとう。
わたしを気遣ってくれてるんだよね?

524 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:03


「うわっー!相変わらず、散らかり放題!!」
「もうっ!これでも、今日はマシな方なんだから」

柴ちゃんが、目を見開く。

「何よぉ〜」

ぷうっとふくれてみせる。


「仕方ない。今夜はガマンして、
 このままカンパイと行きますか」

ため息まじりに、そうつぶやいて、
その辺に落ちてる雑誌やらリモコン、癒しグッズを足で脇によける。

「ちょ、ちょっと!
 足でよけないでよ」

「踏まれるよりマシでしょ?」

そりゃ、そうだけど・・・


525 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:04

ひーちゃんは、ちゃんと
手で片付けてくれてたんだからっ!


  『また、散らかしてる』
  『雑誌は、このラック』
  『ここにまとめて入れとけば、
   毎朝リモコン、探さなくて済むでしょ?』


「ほら、梨華ちゃん。
 何ボーッとしてんの?早く乾杯するよ」


あ、うん・・・

526 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:05

「では、改めて。カンパーイッ!」

柴ちゃんが、元気よくグラスを合わせて、
一気に中身を呷る。

「クゥッ〜!やっぱ自家製梅酒は最高だねっ」


「――ごめん。柴ちゃん・・・」

「どしたの?急に?」

柴ちゃんが、チーズ鱈をつまみながら
不思議そうに見つめる。


「わたし・・・、忘れられない。
 ひーちゃんのこと――」

二人の間に沈黙が流れた――


「なーに言っちゃってんの?
 そんなのとっくに分かってるよ」

「柴ちゃん・・・」

「ただね、私は許せないだけ。
 よしこが手紙一つで、梨華ちゃんを置いてったことに」

527 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:06

「あんなに好きだって言ってたくせにさ、
 梨華ちゃんが一番って言っといて、
 目の前にエサつるされたら、フラフラって――
 ・・・ごめん。言い過ぎた」

ううん・・・
その通りだもの。


「私、よしこの事、信じてたんだ。
 この子なら、梨華ちゃんをほんとに幸せにしてくれるって・・・」

柴ちゃんが唇を噛み締める。


はあ〜
顔がいいって、得だよね?

そう言って、柴ちゃんは笑った。

528 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:07



そっとベッドから起き上がった。

隣では、柴ちゃんが
規則正しい寝息を立てて熟睡してる。


ほんと久しぶりだな。
こうやって二人で飲み明かすの。

入社したばかりの頃は、こうして二人で朝まで飲み明かして
グチったり、慰めあったり・・・


そのうち、わたしはひーちゃんと過ごすようになって、
柴ちゃんは、マサオさんと過ごすようになって・・・

でも、いざと言う時は、こうして優先してくれる。
ありがたいな、親友って――

529 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:08

柴ちゃんが、ひーちゃんを悪く言う気持ち、わかるの。
だって、ひーちゃん、柴ちゃんに言ったんだもの。

  『アタシは、ずっと梨華ちゃんのそばにいます。
   何があったって、ずっと梨華ちゃんだけを愛します』って・・・


それを聞いて、柴ちゃんはまるで自分のことのように
喜んでくれたんだ。

「梨華ちゃん、よしこと出会えて良かったね」って。


ひーちゃんは、いつかわたしの両親のところにも
ちゃんと挨拶に行くって言ってくれてたって。

ひーちゃんと柴ちゃんと3人で、ここでお酒を飲んで
わたしが酔っぱらって、ひーちゃんに寄りかかったまま寝ちゃった時に、
愛おしそうにわたしの髪をなでながら、

  『アタシが、梨華ちゃんとお父さんを
   必ず仲直りさせますから』

そう言ってたって――

530 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:09


父と喧嘩して、実家をとび出してから
もう6年になる。


『東京になんか、絶対行かせないからな!』

『わたしは東京に行って、もっと勉強したいの!』

『この町で結婚して、子ども産んで。
 それがお前にとって、一番の幸せなんだ!』

『そういうの時代遅れだよ!』

『うるせえ!時代遅れなもんか!東京に出たからって何になる!
 お前はこの町に残って、うちを継ぐんだ!』

『ヤダ!こんなさびれたお店、継ぐなんて!!』

『なんだと?!もう一遍言ってみろっ!!』

『お父さんが反対したって、わたしは行くもん。
 絶対東京に行ってやる!こんな辺鄙な田舎町で一生を終わりたくないの!』


  <バシッ!>


531 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:09


  『お前なんか俺の子じゃねえ。
   どこにでも好きなとこに行っちまえ!!』


今でも、あの時の父の顔を覚えてる。

怒っているけど、悲しそうだった――


意地になって、無理矢理、東京の短大を受験して、
東京で就職して――

一人娘なのに、ずっと実家にも帰らなくて・・・


もともと東京に出てきて、特別になりたいものがある訳じゃなかった。
とにかく東京に行けば、何か自分の夢が見つかる気がしていた。

田舎にいては、自分の将来までしぼんでしまう。
都会に行けば、東京に行けば、何かが変わる。
きっと、傾きかけたお店を立て直す何かだって、掴んで帰れるはず。
そう信じてたんだ・・・


532 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:10

でも、結局何も見つからなかった。
普通にOLになって、どんどん日々の生活に流されて――


そんな時に出会ったのが、ひーちゃんだった。

ひーちゃんは一瞬にしてわたしの心を。
冷え切っていたわたしの心を、大きく包んで、温めてくれた。


  『そのままでいいんじゃね?』
  『もっとありのままの自分を好きになりなよ』


何度もそう言ってくれたんだ。


あなたがわたしの心の支えだった。
わたしの全てだった。

それなのに――

533 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:10

ある日突然、彼女はわたしの前から消えた。

全くなんの未練もないかのように、
わたしに置き手紙を一つだけ残して――


次の日、2日前に父が倒れて入院したって
お母さんに聞かされた・・・

ひーちゃんが、いなくなったら
わたしの全てが崩れる。

なにもかも、壊れていくの・・・



ひーちゃん――


534 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:11

整理ダンスの一番下の引き出しを開けた。

小さなアルバムがたくさん入っていて、
その一番下から、一冊を取り出す。

もうずっと見ていなかった。
見たらダメだって、自分に言い聞かせていたアルバム・・・


ひーちゃん――

彼女の笑顔を指でなぞる。


「もう一度、会いたいよ・・・」


そうつぶやくと、涙がこぼれた。


535 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:12


**********


536 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:12


「おはよう、美貴」

あなたの腕の中で目覚める。


「――おはよう、よっちゃん」


あなたに覆いかぶさって、唇を塞いだ。


「――抱いて?」
「朝から?」

いつだって、こうしていたい。
この部屋から、出したくない。

537 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:13

「もう一度、復習しないとさ、
 アタシ、ボロ出るよ?」

分かってる。
けど、不安なの。
あの子と同じ職場だなんて――


あなたが体を起こす。

「ねぇ、もう少し」

むき出しの白い肌にしがみつく。


「美貴が困るんでしょ?
 アタシのことがバレたら・・・」

538 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:13

そういうことにしただけ。
美貴は困らない。
ただ、あなたの腕に抱かれていたい――


「えっと、これが保田圭さんで、部長さんなんだっけ?
 こっちは柴田あゆみさんで、この人が石川梨華さんだったよね?」

その名前を聞くだけで、
不安が襲いかかる――

昨夜、枕元に置いたままのファイルを広げて、
確認するあなた。


「あれ?違った?」
「あってるよ」

ヨシッ!完璧だ。

そう言って、スルリと美貴の腕から逃げ出す。

539 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:14

「ねぇ、お願い。
 もう一度だけ、抱いて?」

そうしないと、不安なの。
罠を仕掛けたのは、美貴。
そして、罠にかかったのは、あなた。

だけど――


いつか、自分が・・・

自ら仕掛けた罠にかかるんじゃないかって、
不安で仕方ない。


「今夜、ね」

540 名前:第1章 2 投稿日:2009/02/19(木) 19:14

そう言って、美貴を置き去りにする。


「お願い。
 今夜、ちゃんと帰ってきてね」

あの子みたいに、
突然、あなたを失ったら、
きっと美貴は、生きて行けないから――


「当たり前でしょ?
 何言ってんの?」

そういい残して、
あなたは部屋を出て行った――

541 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/02/19(木) 19:15



542 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/19(木) 19:15


本日は以上です。


543 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/19(木) 21:29
なにやら様子がおかしい。。。
ひとまず静観
544 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/20(金) 00:19
うん?どういうことだ?
545 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/22(日) 20:23

>543:名無飼育さん様
 おかしいですよね。
 今作は、作者にとって初ジャンルでして、かなり冒険してます(汗)
 が、あくまでも、いしよし小説です。

>544:名無飼育さん様
 回を追うごとに徐々に明かされて行きます。
 作者の技量が、ちと心配・・・(汗)


では、本日の更新です。



546 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/02/22(日) 20:23




547 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:24

「おはようっ!!」

保田部長の元気な声が響く。


隣で柴ちゃんが、顔をしかめた。

「二日酔いに、あのテンションはきっつい・・・」


「柴田!!
 顔色、悪いわよ?
 朝はもっとシャキっと、キリキリ行きなさい!」


「余計、悪くなりそ・・・」

「何か言った?」

「いえいえ、何も。
 今日も部長はお美しいなって・・・」

548 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:25

「当たり前よ」

フロアの時が、一瞬止まったように
わたしには見えた。


「さて。懐かしい人を紹介するわよ!
 いらっしゃ〜い!!」


部長の視線を追って、フロアの視線が一斉に
入口に注がれる――


「失礼します」

一礼をして、中に入ってきたのは――


549 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:26

うそ、でしょ・・・


「今日からまた、お世話になります」

そう言って、ニコッと笑う。


「――梨華ちゃん、どういうこと・・・?」

呆気にとられたまま、柴ちゃんがつぶやく。


わからないよ、わたしだって――


保田部長の元へ歩き出す。
わたしの横を素通りして行く――


550 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:26

「以前、ここでバイトしてくれてた吉澤ひとみさんです。
 実は昨日も、ひそかにパーティーに来てたのよ。ね?」

「はい。お久しぶりの方も、はじめましての方も、
 これからお世話になります。
 頑張って働きますんで、宜しくお願いします」

「今回は正社員としての採用だから、
 宜しく頼むわね」

保田部長が、肩を叩いた。
それに応えるかのように、大きく頷く。


正社員って・・・

「おい!お前留学してたんだろ?
 絵描きになるのが夢じゃなかったのか?」

フロアの一角から、声がかかる。

551 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:27

「ああ、それなら――」

不安がよぎる・・・

「留学はしてましたよ。
 けど、夢はもうあきらめました」


そんな・・・

  『夢を叶えたいんだ』
  『さよなら、梨華ちゃん』


一瞬、めまいがした。

「大丈夫?」

柴ちゃんが、体を支えてくれた。

552 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:28

そんなに簡単に諦められる夢だったの?

そんなに簡単に捨てられる夢のために
わたしは――


一人ひとりに挨拶を交わしながら、
笑顔で談笑してる。


変わらない笑顔。
あの頃もあんな風に、みんなに可愛がられてた――


「お前が来てくれるなら、また楽しくなるなぁ」
「今夜、飲み行こう」
「歓迎会だ、歓迎会」


――ひーちゃん、どうして?


553 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:28

一通り挨拶を済ませて、わたしと柴ちゃんのところに
まっすぐ向かって来る――


問い詰めたいことは、たくさんある。


どうして、突然いなくなったの?
どうして、夢を諦めたの?

どうして、わたしを捨てたの・・・?


「柴田さん」

なのに、どうしよう。
あなたが目の前に来たら、胸が張り裂けそう。

ひーちゃん・・・

目が合った。

554 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:29

「石川さん」


え?

「これから、お世話になります」

頭を下げられる。
ニコッと微笑む――


「ちょっと!それだけ?!」

去りかけたひーちゃんを
柴ちゃんが、呼び止める。

「何か?」
「ちょっと、あんたねぇ!」


――目の前が、真っ暗になった・・・


555 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:29



556 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:29

懐かしい腕のぬくもり・・・

何度も思い出した、あの感触――


ん、んんっ・・・


「梨華ちゃん、大丈夫?」

柴ちゃんの声。

おかしいなぁ・・・
確かにひーちゃんのぬくもりなのに――


お願い、夢なら覚めないで。
まだ、もう少し、このままでいさせて欲しい・・・


557 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:30

「医務室、どっちですか?」

ひーちゃんの声だ!

「もうすぐ、着きますから」

ああ、やっぱりひーちゃんだ。
これは間違いなんかじゃなくて、
ひーちゃんのぬくもりだったんだ!


ゆっくり目を開ける――

「・・・ひー、ちゃん」

ああ、こんなに近くにひーちゃんが。
わたしが愛した――

558 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:31

「気がつきましたか?石川さん」

目を見開いた。

「突然、アタシの前で倒れたんです。
 貧血ですか?」


ひーちゃん・・・


「降ろして!」
「ちょっと、いきなり暴れないで下さい」

「いいから、降ろしてっ!」

涙が溢れた。

ひーちゃんはもう、あの頃のひーちゃんじゃないの?

559 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:31

「なんだよ。人がせっかくここまで運んで来たっていうのに」

その一言で、今まで黙っていた柴ちゃんがキレた。


「あんた、いい加減にしなさいよ!!」

ひーちゃんに掴みかかった。

「一体、どういうつもりよ?!」

柴ちゃんの声が、廊下に響き渡る。


「どういうつもりって・・・」

壁に体を押し付けられて、
胸倉をつかまれたひーちゃんが、戸惑ったように言う。

「どうして、平気な顔してられるわけ?!」

眉をひそめたひーちゃん。

560 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:32

何一つ変わってない。
困ったように、ひそめる眉も。

わたしを射抜いてしまう、その大きな瞳も。

笑うとシワがよるスッとした鼻筋も。

何度も『愛してる』と囁いてくれた、その薄い唇も――


どれも、あなたのままなのに・・・

それなのに、どうして?
わたしとはもう、係わりたくないの?

『愛してる』なんて
『ずっと一緒にいたい』だなんて

全部、全部、嘘だったの?


561 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:32

「答えなさいよ!
 梨華ちゃんのこと、あんな目に合わせといて、
 どの面さげて、ここに来たのよっ!!」

「柴ちゃん、やめて」

「あんた、どれだけ梨華ちゃんを苦しめたか
 分かってんの?
 どれだけ、梨華ちゃんが・・・」

「柴ちゃんっ!」


涙を流して問い詰める柴ちゃんを横に促して、
代わりにわたしが、ひーちゃんの前に立つ。


「――ひーちゃん・・・
 どうしても、一つだけ聞きたいことがあるの」

562 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:33

また、眉をひそめるひーちゃん。


ねぇ、ひーちゃん。
あなたにとって、わたしは何だったの?

ただの別れた昔の恋人?
もう、愛情のカケラもない?
もう、話しかけられることも迷惑?


「夢・・・、ほんとに諦めたの?」


  『画家になりたいんだ』
  『世界中の子供たちに、希望を与えられるような』
  『苦労させちゃうかもしれないけど、
   一緒について来てくれる?』


あなたとなら、どこまでだって行く覚悟は出来ていたのに。
あの日、あなたは約束の場所に現れることはなくて。
代わりに、たった一枚の置き手紙が残されていて――

563 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:35

  梨華ちゃんへ

    何も言わずに、あなたの元を離れることを許してください。
    アタシは、どうしても夢を叶えたい。
    世界に通用する画家になりたいんだ。

    そして今、その夢がアタシの目の前にぶら下がってる。
    イギリスへの留学を全面的に応援してくれる人がいるんだ。

    ただ、その留学にはたった一つ条件がある。
    それは、絵に打ち込む為に、今の恋を終わらせること――

    これでもすごく迷ったんだ。
    けど、ごめん。
    アタシは夢をとる。

    だから・・・

    さよなら、梨華ちゃん――


564 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:35



「――夢、なんて、アタシには、もともと
 ない・・・」


熱く夢を語ってくれた、その唇から、
甘いキスを何度もくれた、あなたのその唇から、
そんな言葉を聞くなんて――


  <バシッ!>


思わず頬を叩いていた。
俯いたまま、頬を押さえるひーちゃん・・・


ひどいよ・・・

ひーちゃんの夢を叶えるためなら、
仕方ないって。
ひーちゃんの夢を邪魔したくない。
応援しなきゃって、今日まで、ずっとそう言い聞かせてきたのに――

565 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:36

「サイッテー・・・」

あなたも最低。
でもあなたを愛したわたしの方が、もっと最低だ・・・


もう、何も言葉がみつからない――


思い続けた人が、こんな人だったなんて・・・





「――教、えて、下さい」

ひーちゃんが、まるで絞り出すかのように
言葉を吐く。


「アタシは――
 アタシは、ほんとに夢を追いかけてましたか?」

566 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:37

「教えて下さい。
 アタシはどんな人間でしたか?
 おとなしかったですか?それとも活発でしたか?」


何を言い出すの・・・?


柴ちゃんと顔を見合わせる。


「あなたに、石川さんにひどいことしたんでしょうか?」

ひー、ちゃん・・・?


頭を抱え込んで、ひーちゃんが
その場に座り込んだ。


「アタシには――
 記憶が、ないんです・・・」

567 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:37


「――記憶がないって・・・、冗談でしょ?」

柴ちゃんが、戸惑ったように聞く。

ひーちゃんは、悲しげに微笑むと
小さく首を横に振った。

「気付いた時には、イギリスにいました・・・」

「留学、したんでしょ?」

何も言えなくなってしまったわたしを気遣いながら、
柴ちゃんが尋ねてくれる。
 

「わかりません。
 それより前のことを、何も覚えてないんです・・・」

「何も?」

568 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:38

「はい。なんで自分がイギリスにいたのか、よくわかりません。
 アタシは、本当に留学に行ったんでしょうか?
 本気で画家になりたいなんて、言ってたんでしょうか?」

柴ちゃんと顔を見合わせる。


「すみません。自分がどんな人間だったかも
 よく分からなくて・・・
 人に関する記憶が、完全に抜け落ちてるんです」

人に関する、記憶・・・?


「生まれてから、誰と過ごしてきたのか?
 子供の頃に誰と、どんな遊びをしたのか?
 ――そして、誰から産まれて来たのか、さえ・・・
 だから、自分がどんな人間だったかも、よくわからないんです」

そんな――

569 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:39

「わかるのは、アタシのそばには、ずっと美貴がいてくれて、
 アタシは美貴の恋人で――」

思わず、息を飲んだ。

「ちょっと恋人って何よっ!
 よしこの――」

「柴ちゃんっ!!」

口を挟もうとする柴ちゃんを制した。


「美貴はずっとそばにいてくれた・・・
 もうずっと、何年も――
 それだけは、覚えてる・・・」

まるで熱にでも浮かされたように
話すひーちゃん。

「何年もって、何言ってんの?
 あんたのそばにいたのは――」

「柴ちゃん、お願い」
「でも、梨華ちゃん・・・」

黙って首を横に振る。

570 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:39

「ほんとは、言っちゃいけないんだ――」

自分をかき抱いて震えだす、ひーちゃん。


――どうしたの・・・?


「記憶がないこと、誰にも言っちゃいけないんだ・・・
 だから昨日も今朝も、勉強して。
 昔の人間関係、頭に叩き込んで。
 誰が誰か、わかるように写真見て、覚えてきて――」

どうして怯えてるの?
何がそんなに怖いの?
何があなたを、こんなに苦しめてるの?


「どうして言っちゃいけないの?」

出来るだけ、優しく問いかける。

571 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:40

「――美貴に・・・、美貴が、困るって・・・」

まるで、懺悔でもするかのように
ひーちゃんはひざまずいて、震える手で、震える体を抱えた。


ひーちゃん・・・


目の前でガタガタと震えて、
自らの体を、必死に両手で掴んでる――

ねえ、一体何があったの?


ひーちゃんに向かい合って、ひざまずいた。


ひーちゃん・・・

そんなに怖いなら、わたしがあなたを守ってあげる――


静かに手を伸ばして、
そっと、ひーちゃんの頭を抱きかかえた。

572 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:40

「――石川、さん・・・?」

ひーちゃんが、わたしを見上げる。


頼りなく潤む瞳・・・

ねぇ、ひーちゃん。
わたしを見ても、何も感じない?
何とも思わない?

わたし達、本気で愛し合ってたんだよ?

573 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:41


そっと、わたしの頬に手が触れて
目の淵を、指でなぞられた。


「――どう、して・・・、どうして、
 石川さん、泣いてるんですか?」


堰を切ったように、次から次に溢れ出す涙を
止められない。

――ひーちゃん、今でもあなたが好き・・・


「アタシのせい、なんですか・・・?」


首を横に振る。
ひーちゃんを、これ以上傷つけたくない。

574 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:42

「――石川、さん・・・?」

ああ、ひーちゃんの優しい声。
わたしが涙を流すと、いつも囁いてくれた。
大好きだったの、甘く響くその声が――


  『好きだよ、梨華ちゃん』
  『愛してる』


「――ハンカチ、使いますか?」

真っ白なハンカチが差し出された。
わたし達が出会った、あの日のように――


ハンカチを受け取って、
静かに、ひーちゃんから離れた。

「ありがとう・・・
 あなたは何も悪くない。さっき倒れたのも、ただの貧血だから」

「でも・・・」

ニッコリ微笑む。


「これから、よろしくね。――吉澤さん・・・」

575 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:42


**********


576 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:43

「おかえり」
「――ただいま」

「初出勤、どうだった?」

よっちゃんの首に、腕をまわす。


「・・・先に、着替えたい」

「よっちゃんの就職祝い。
 レストラン、予約してるの」

羽織っているジャケットを
向かいあったまま、体のラインをなぞるように脱がせる。


「着替えは、三好に用意させるから…」

背伸びして口づけた。
よっちゃんの手が、美貴の腰に回される。

577 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:43


「――んっ…、
 はあ…、よっ、ちゃん…」

両手に力を込めて、
引き寄せる。

そう。約束したでしょ?
帰ったら抱いてくれるって――


「…はぁ、んんっ。
 ――ねぇ、予約、取り消すわ。
 料理、ここに運ばせて、いい…?」

また、キスをして、
そのままベッドに誘う。

自らベッドに沈んで、
あなたの手を引く。

578 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:44

ほら、もう何も考えないで?
考えてもムダよ。


「――いい、でしょ?」


あなたには、何も残ってない。
記憶も、愛する心さえも…


「ねぇ…、返事は?」


あなたが自ら手放したのよ?
あの子のために――


もう一度引き寄せて、
噛み付くようにキスをして、誘いをかける。

579 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:45

「ほら、答えて?
 あなたにはもう、美貴しかいないでしょ?」


答えるように、
熱い舌が、美貴の首筋を這い出す。

そう、その調子…
美貴だけ、見てればいいの――


「んんっ、ハア…
 美貴、美貴――」


そうよ、美貴だけを見て?
だって、あなたは――

ひたすら美貴の上を這いまわる
愛おしいサラサラの髪を撫でる。

580 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:47

「ひとみ」

名前を呼ぶと、顔をあげる。
頬を紅潮させて、美貴を見下ろすあなたは、
もう、美貴だけのモノ――


「アタシは――」

潤った薄い唇から、言葉がもれる――


「アタシは、美貴がいないと…」

「美貴がいないと?」

581 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:48


「イキテイケナイ――」


よく出来ました。

ご褒美に今夜は
美貴がシテあげる。

自ら全てを脱ぎ捨てて、上に乗る。


美貴を見上げるあなたの目は、まるで――


ガラス玉…

何も映してない。
けど、それでもいい。

全てが、偽りでも、構わない。

だってわたしは、
あなたを手に入れたんだもの。

そうでしょ?
よっちゃん。

582 名前:第1章 3 投稿日:2009/02/22(日) 20:49

「はあ…、あっ、美貴…」

いい子にしてて?
そしたら美貴が、よっちゃんを守ってあげるから。

「ハア…、こんな、アタシを
 んんっ、守って、くれるの…?」


何も心配しないで?
美貴の言う通りにしてれば、何も怖くない。
だから、美貴だけを見て…

「あんっ…、ハア…、わかった。
 っん、美貴だけ…、美貴、だけ――」


583 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/22(日) 20:50




本日は、以上です。



584 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/22(日) 23:28
あ、なるほどそういう事ですか、
でも、まだなにか有りそうですね。
次回も楽しみにしています。
585 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/22(日) 23:53
事情が見えましたな
藤本もまさしくなパーソナリティーなんでハマり役と言うかなんと言うかw
全てのきっかけを知っていそうだという意味でも注目しています

586 名前:519 投稿日:2009/02/23(月) 02:57
役者がそろってきた感じですね♪

いろいろ気になることだらけです(笑)

楽しみに待ってます☆
587 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/24(火) 19:18
切ないけど、いつものように
作者様に付いて行きます。
更新お疲れ様です。
588 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/27(金) 17:45

>584:名無飼育さん様
 ありがとうございます。
 お察しの通り、まだ何かあります。

>585:名無飼育さん様
 作者の中で、今作でのミキティのイメージは、
 リボンの時の役柄が、ベースになっていたりします。

>586:519様
 ちょっとダークな感じですが、
 楽しんで頂けてる様で、ホッとしています(笑)
 
>587:名無飼育さん様
 うれしいお言葉、ありがとうございます!



では、本日の更新に参ります。


 
589 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/02/27(金) 17:46




590 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:47

「信じる?よしこの話」

隣で大の字に寝そべった柴ちゃん。

今夜も、泊まりに来てくれた。
ごめんね、心配ばかりかけて…


「信じるって言ったら、反対する気でしょ?」

「もちろん」
即答して、起き上がる。

591 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:48

「記憶喪失だってことにしてさ、梨華ちゃん置いていったこと、
 責められないようにしてるだけかもよ?」

「それなら、戻って来なければいいじゃない」

「だからそれは、美貴とか言う人に言われて
 仕方なく…」

「人に言われたくらいで、
 行きたくない所に行くような人だった?」

「そりゃま、そーだけどさ」

「もし、ひーちゃんに記憶があるなら、
 ひーちゃん、絶対戻ってなんか来ないよ」

それは、はっきりと断言できる。
脅されたりしたくらいで、自分を曲げるような人じゃない。

自分よりも、相手の気持ちを大切に出来る人。


だから――


592 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:48

「柴ちゃん、わたしね。
 ひーちゃんの事、
 心のどこかでずっと信じてたの」

ひーちゃんが、ひーちゃんに限って
あんな事するわけないって――


「もし、わたしを嫌いになったとしても、
 あんな別れ方だけは、絶対にしないと思う」

「けどさ、あの手紙は間違いなく、よしこの字だったじゃない。
 あんな特徴ある文字、見間違う訳ないでしょ?」

「うん…」


だから、わたしも信じたくないのに信じた。
ひーちゃんに捨てられたことを、受け入れようって・・・

けど、今日のひーちゃんの様子、おかしいよ。
絶対に何かあったんだ。

593 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:49

「ねー梨華ちゃん。やっぱ、やめた方がいいって。
 仮に、記憶喪失が本当だったとしても、よしこには恋人いるんだよ?
 また梨華ちゃんが苦しむだけだって」

「そうかもしれないね・・・」

曖昧に微笑んだ。


でも、あんなひーちゃんを、わたしは放っておけない。

あんなに震えて。
あんなに苦しそうで…


「きっと何かあったんだと思う。
 わたしを捨てたのは、ひーちゃんの本心じゃない」

「はあ〜、1年前の再現だ、これじゃ」

そう言って、肩をすくめると、
柴ちゃんは、梅酒に手をのばした。

594 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:50

「いいの?ほんとに。
 よしこ、梨華ちゃんの事、覚えてないんだよ?」

胸が痛む。
あんなに愛し合ったのに
わたしのことを、全く覚えてないなんて――


  『美貴はずっとそばにいてくれた・・・
   もうずっと、何年も――
   それだけは、覚えてる・・・』

まるで熱にでも浮かされたように、話してた。
 

どうして、そうなったんだろう?
なんで、ひーちゃんの記憶には、美貴さんという人だけが、
刻まれているんだろう?


  『人に関する記憶が、完全に抜け落ちてるんです』


そう言ってたのに――

595 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:51

「ねぇ、ハッキリ言っちゃいなよ。
 自分が、梨華ちゃんが恋人だったんだって。
 愛し合ってたんだよってさ」

静かに首を横に振った。

「なんで?!教えてあげなよ。
 私が言ってあげたっていい。二人は本気で愛し合ってたって。
 いくらだって、証明してあげるよ?」

「ありがとう、柴ちゃん。
 でも、いいの」

きっとね、今のひーちゃんに言っても、
混乱させるだけ。


ひーちゃんの様子、尋常じゃなかったもの。
本当の事を言ったって、ひーちゃんを苦しめるだけだよ。

596 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:52

「じゃあ、どうするの?
 どうやって、よしこに伝えるの?」


「――待つ」

「はあ?」

「ひーちゃんが、思いだしてくれるまで
 待ってる」

「待つって、本気?」

「本気だよ。
 だって、待つしかないじゃない」

「いつ思い出すか、わからないんだよ?」


わかってる。
もしかしたら、思い出してもらえないのかもしれない。
一生このままなのかもしれない。

でも、無理矢理説得したって、
どんなに証拠突き付けたって、心がなきゃ意味がない。

心が伴わなければ、ひーちゃんを苦しめるだけだもの…

597 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:52

――それとね、柴ちゃん。


「わたし、ひーちゃんに会えてうれしい。
 それだけは、素直に喜べる。
 だから待つのなんか、へっちゃらだよ?」



「――すごいな…、梨華ちゃん」

柴ちゃんがため息混じりにつぶやいた。


「私には、真似出来ないや…」

そう言って微笑んだ。

598 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:55

「本気でよしこの事、愛してるんだね。
 うらやましい・・・」

「何言ってんの。
 柴ちゃんは、マサオさんとラブラブじゃない」


「う〜ん…
 そうなのかなぁ…」

グラスを揺らしながら、
そう言った柴ちゃんの顔は、どこか寂しそう。

「どうしたの?
 あ、二日連続でうちに来てくれたから
 喧嘩しちゃった?
 それなら、わたしがマサオさんに謝らなきゃ――」

599 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:55

「違う違う」

慌てたように柴ちゃんは、手を振って

「ちょっとね、倦怠期ってやつかも」

そう言って、笑った。


「・・・何か、あったの?」

「何もない。いつも通りだよ。
 優しいし、言うことなんでも聞いてくれるし・・・」

「何よ、ノロケ?」

「違うよ。なんて言ったらいいんだろ?
 さっき、梨華ちゃんがよしこの頭を抱きしめたでしょ?
 すごく、綺麗だなって・・・」

「どうしたのよ、急に」

600 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:56

「ほんとだよ?
 時が止まったかと思った。
 まるで、絵画でも見てるみたいだなって・・・
 それくらい、絵になる二人だったよ?」


柴ちゃん・・・

「あの頃もそうだったけどさ。
 すごくお似合いだった。なんか、運命ってあるんだなって思えるくらい」

柴ちゃんが微笑んだ。

「それが、ちょっと羨ましいのかもしれない」


「何言っちゃってんの。柴ちゃんの恋人なんか、
 将来有望で、超優秀な外科医さんでしょ。
 そっちの方がうらやましいよ」

「おー、じゃあ、梨華ちゃんもやっぱり麻琴にすれば?
 うちの次期社長なんだから」

いたずらっぽく笑う柴ちゃん。

601 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:56

「ま、どんなご令嬢でも、
 よしこには、敵わないか・・・」

そう言って、柴ちゃんは勢いよく梅酒を飲み干した。


「応援する。
 梨華ちゃんとよしこの事。
 あ、そうだ!マサオにも聞いてみよ。
 脳外科だし、何かいい方法、教えてもらえるかもしれない」

ありがと、柴ちゃん・・・

「ヨシッ!
 もう一回、乾杯だ!」

「うん!」


元気にそう言って、
二人でグラスを合わせた。

602 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:57


**********


603 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:58

「お嬢様、準備が整いました」

ドアの外で、三好の声がする。

「着替え、もってきて」
「かしこまりました」

カツカツと、遠ざかっていく足音――


「起きて?」
「――う〜ん、もうちょっと・・・」

そう言って、美貴にしがみついてくる。
かわいい・・・


「お料理が来たの。
 一緒にお祝いしよ?」

「後でいい・・・」

604 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:58

「ダメ。ちゃんと食べなきゃ。
 明日も会社に行くんだよ?」

「――もうちょっと。甘えたい・・・」


ふふふ。
良かった。

抱きついてきた、あなたの髪をなでる。

今日一日、心配してたの。
もし、あなたがあの子の事を、思い出してしまったらって。

絶対にありえないって。
そう言われていたって、やっぱり心配だった。

でも――

605 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:59

耳の後ろに残る、あなたの傷跡に触れる。

――取り越し苦労だったみたい。


「ん、美貴・・・?」

「もう少しだけ、こうしててあげる」

嬉しそうに、あなたが美貴の肌に頬ずりする。


もう、あなたは完全に美貴のモノ。
あの子には渡さない。

よっちゃんの心に、もうあの子はいないの。

606 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 17:59


今度こそ、美貴の勝ち――

だって、最初によっちゃんに目をつけたのは、美貴よ。
それなのに、よっちゃんの心は・・・


フン。
所詮、愛なんてお金に勝てないわ。

欲しいものは、どんな手を使ってでも手に入れる。
この世の中で、富に勝てるものなんて、
何一つないもの。


今度は、あの子が敗北感を感じればいい。
美貴が味わった、あの敗北感を――


607 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:00



「スッゲー!!
 さすが、大病院のお嬢様だね。
 ちょー、金持ち」

たくさんの料理を前にして、
よっちゃんが感嘆の声をあげる。


「全部、よっちゃんのためよ?」

「こんなにいいの?
 しかも、魚じゃん。美貴、いっつも肉ばっかなのに」

「いいの。今日はよっちゃんのお祝いだもの」

「サンキュー」

そう言って、美貴に口づけをくれた。

608 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:01

「お嬢様、ワインはどうされますか?」
「今夜は、白にして」
「かしこまりました」

スッと下がって、三好が準備を始める。

「いつも思うけど、ひつじさんて、スゲーね」
「執事でしょ」
「あ、そうだっけ?」

お父様にお願いして、建ててもらった美貴だけのお屋敷。
ここには、美貴とよっちゃんと、三好とお手伝いが数人だけ。

誰にも邪魔させない。
美貴とよっちゃんの、愛の巣。

美貴が蜘蛛なら、よっちゃんは美貴の張り巡らせた糸にかかった
美しい蝶。

だから、ここから、
美貴のこの巣からは、逃れられない――


609 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:02


静かに注がれたワイングラスを持ち上げる。

「乾杯」
「乾杯」


今、すっごく幸せよ。
あなたが目の前にいてくれて。

「うっめー。ひつじさん、コレ何?」
「執事の三好です。それは、レバーをこしたもので――」


さすが、父が見込んだだけはある。
若いけれど、腕は一流の脳外科医――

「美貴も食べようよ」

そう言って、よっちゃんが微笑む。

「うん。頂くわ」

610 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:02


大谷先生、完全に成功よ。
あなたの手術――


目の前で、ニコニコしながら、
ご馳走を頬張る。

あなたは、美貴の・・・

『獲物』


美貴だけの、あなた――

もう、誰にも邪魔させない。


あなたの心が手に入らないなら、
全ての記憶を消してしまえばいい。

そして、その上から、
新しい記憶を植え付けてしまえばいいの。


611 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:03

自分の身を差し出したのは、あなた。

あの日、よっちゃんが頷いたのよ?


美貴は、ちゃんと約束を守ったわ。


あの子のためにと言うのが、気に食わないけど、
今となっては小さな事。


だって、あなたの心に、
もう、あの子はいない。

あなたには、美貴しかいないもの・・・

612 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:03

「何ニヤついてんの?」

「よっちゃんが嬉しそうに食べてるから」
「だって、うまいもん」

そう言って、フォークを口に運ぶ。


「ねえ、初出勤はどうだった?
 馴染めそう?」

「ん?皆、いい人だったよ」


よっちゃんが、美味しそうにワインを飲み干す。
グラスを置いたと同時に、三好がワインを注ぐ――

613 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:04


「ねぇ、美貴。一つ、聞きたいことがあるんだ」
「何?」

よっちゃんが、美貴を見つめる。
いつになく、強い視線・・・


「アタシと石川さんて、
 どういう関係だったの?」


 <カシャンッ>

思わず、フォークを取り落した。

「お嬢様」
「あ、ごめん。ちょっと手が滑って・・・」

三好が新しいフォークと取り替えてくれる。
落ち着けというように、そっと背中に手が触れた。

614 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:04

「――何か・・・、あったの?」

「いや、アタシを見て、いきなり倒れたから
 昔、なんかあったのかなって」

また、食事を再開しながら、
なんでもない事のように、あなたが言う。

三好と目が合った。
力強く三好が頷く。


「実はね・・・、よっちゃん――」

この時のために、用意していた答え。

「よっちゃんのために、言わない方がいいかなって
 黙ってたの・・・」

「アタシのため?」

そう言って、眉をひそめる。

615 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:07

「彼女、ストーカーだったの」
「ストーカー?」

「そう。随分、よっちゃんのこと付け回して。
 周りは気付いてなかったけど、
 よっちゃん、相当参ってた」

「アタシが?」

「だから、美貴がイギリスに連れて行ったの。
 このままじゃ、よっちゃんがおかしくなっちゃうって」

「皆には、留学って事にして?」

再び、よっちゃんが美貴を見る。
背中に冷や汗が流れた。

「――そうよ」

「ふ〜ん。で、イギリスで事故にあって
 記憶喪失ってわけか・・・」

よっちゃんが、つぶやく。

616 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:07

うまく言えただろうか?

三好を見ると、大きく頷いている。
大丈夫、きっと大丈夫だ・・・


「じゃあさ、アタシが記憶喪失になったのって
 石川さんのせいなんだね」

「――そうよ。あの子のせい」

「そっか・・・、わかった」

笑顔を見せてくれて、
ほっと胸をなでおろした。

全て、筋書き通り。

617 名前:第1章 4 投稿日:2009/02/27(金) 18:08

「――他に・・・、変わったことはなかった?」
「変わったこと?」

考えるように、よっちゃんは
宙を見つめた。


「・・・ないよ。
 勉強したかいあって、記憶がない事、誰にもバレなかったし――」

「そう、それは良かった」



その夜、疲れたと言って、
あなたはすぐに眠ってしまった。

胸騒ぎがするのは、気のせいよね?
隣で眠る、あなたの傷跡に触れる。


美貴だけの、あなた――

どんなことがあっても、
あなたを離さないから――

618 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/02/27(金) 18:08



本日は、以上です。



619 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/27(金) 19:26
怖ぇ〜!!超怖ぇ〜!!!
しかも…(自主規制

620 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/27(金) 19:31
超波乱の予感が
621 名前:名無し読書中。。。 投稿日:2009/02/27(金) 21:51
話のスケールがデカイっすね
622 名前:名無し読書中。。。 投稿日:2009/02/27(金) 21:52
すみませんあげてしまいましたorz
623 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 00:47
美貴めっちゃものごっつう黒いですね
624 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/28(土) 00:48
大谷さんがキーパーソン?
625 名前:586 投稿日:2009/02/28(土) 03:36
今夜も楽しませてもらいました☆

ダークですね〜(>_<)
まさか、あの人が繋がってるとは。。。

ミキティが怖くて夜も眠れない・・・と思いましたが、更新が楽しみなほうが大きいので、果報(更新)を寝て待ちます♪
626 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/02(月) 02:32
黒美貴様も案外様になっていてw
ある意味好きですw
これからが楽しみですww
627 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/03/09(月) 19:25

>619:名無飼育さん様
 今後も怖い部分をチラホラ出せたら・・・
 何て思ってます。

>620:名無飼育さん様
 予感的中です。

>621:名無し読書中。。。様
 そうでもないと思われます・・・(汗)

>623:名無飼育さん様
 ええ。黒いです。

>624:名無飼育さん様
 う〜ん。どうでしょうか・・・?(笑)

>625:586様
 果報だなんて。
 楽しんで頂けてるのが伝わってきて、嬉しくなります。

>626:名無飼育さん様
 おっ、こんな感じ、お好きですか?
 ありがとうございます。



では、本日の更新に参ります。
ちなみに本日は、あまりダークではありません。



628 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/09(月) 19:25



629 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:26

「石川、これお願い」


あれから一週間が経ったけど、
ひーちゃんとは、一度も話せていない。

柴ちゃんには、待つって言ったけど、
すごく忍耐がいることだって、今更ながら実感する。


「――石川?」


従業員の中には、
『あれ?石川さんと吉澤さんて、前は仲良かったよね?』
って言う人もいたけど、何とか誤魔化した。

かつての二人の仲を知ってるのは、
柴ちゃんしかいない。

630 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:27

毎日、ギシギシと音を立てるように痛む胸。
伝えたい思いを、伝えられないもどかしさ。


わたしはあなたを、まだこんなに愛してるのに――

ねぇ、カケラも思い出してもらえないのかな?


「石川さん?」

突然、ひーちゃんの顔が目の前に現れて
飛び上がった。

「ひーちゃっ――?!」
慌てて、自分の口を両手で塞ぐ。

631 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:27

「あたしがいくら呼んでも、返事しないから
 吉澤が覗きこんだのよ?」

保田部長が、ため息をつく。

「あんた、最近仕事に集中できてないわね」
「すみません…」

「ったく…
 昔はストーカーみたいに、吉澤に纏わり付いてたくせに、
 吉澤とも話してないみたいだし・・・」


「――ストー、カー…?」

部長の隣で、ひーちゃんがつぶやく。

632 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:28

「あんた達、なんかあったの?」

部長が交互にわたし達を見る。

「いえ、なにも…」

うなだれたまま答えた、わたしの手の上に、
書類の束が載せられた。

「これ、ちゃんと仕上げといてね」
「はい・・・」

足早に保田部長が去っていく。
ひーちゃんはなぜか、呆然として
その場に、立ち尽くしたまま――

633 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:28

「吉澤、さん…?」

遠慮がちに声をかけると、ハッとしたように我に返って
二、三度瞬きをすると、わたしの方を向いた。

「あ、あの…」

向かい合うと、ドキドキする。

ひーちゃん…


「吉澤!早く来なさい!
 続きやるわよ!」

「あ、はいっ!」

ひーちゃんは、わたしに軽く頭をさげると
部長の元に走って行った。

634 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:29

はあ〜

脱力して、席にすわる。


すぐさま、隣の柴ちゃんが椅子に腰掛けたまま、
近寄ってきた。

「なんか、梨華ちゃんかわいい。
 憧れの先輩に声かけられた女子高生みたいだったよ?」

「ちょっと、からかわないでよ!」

でも、結構あたってる。
好きな人を目で追って、声かけられて喜んで――


「きっとさ、思い出さなくても
 よしこはもう一度、梨華ちゃんに恋するよ」

「そうかな?」

「言ったでしょ?運命の二人だって。
 大丈夫だよ」

そう言って柴ちゃんは、
わたしの肩をポンと叩いた。


ありがと、柴ちゃん…

635 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:29



保田部長に頼まれた仕事を
猛スピードで仕上げて、しばし休憩をとりに屋上に向かった。


一面に広がる青い空。
ときおり吹き抜ける風が、気持ちいい。
手摺りにつかまって、体いっぱいに風を感じた。


はじめて、ひーちゃんに出会った日も
こんな風に、いたずらな風が吹き抜けていったんだ・・・


その風のおかけで、わたし達
近づいたんだよね――

636 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:29




637 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:30

「ふざけるな!どれだけ苦労したと思ってんだ!」

フロア中に、日頃は温厚で有名な課長の罵声が響き渡った。

「申し訳ございません!」
「謝って済むなら、何も言わん!」

そう言って、課長は席を立つと、
わたしを睨みつけて立ち去った。


「梨華ちゃん・・・」

柴ちゃんが心配して、課長がいなくなった後も、
なお、頭を下げ続けているわたしの肩を抱いてくれた。


「ごめん、柴ちゃん。一人になりたい・・・」

やっとの思いで、その言葉だけを押し出すと、
走って廊下に出た。

638 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:30

(泣かないもん。絶対泣かないもん)

そう自分に言い聞かせながら、廊下を走り、
会議室に向かった。

[空き]の表示を裏返して[使用中]に直すと、
ドアを開け、中に入る。

入ると同時に、こらえていた涙が、一気に溢れ出した。
後にも先にも、あんな失敗をしたのは、この時だけだった。


取引先の電話を取り次ぐ――

ただそれだけのことだったのに・・・

639 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:31

入社2年目の春。

結局、東京に出てきても、何も変わらない自分に
苛立ちを感じていた。

日々の生活に押し流されて、
仕事にやりがいを感じることもなくて・・・


何のために、父と喧嘩してまで東京に来たのか?
何のために、ここにいるんだろうか?

友達と遊んでいる間は、それなりに楽しい。
けど、一人になると急に寂しくなって、ため息ついて・・・


わたしは一体、何がしたかったんだろう・・・?

そんな風に思うと、どんどんネガティブになって。
そんな自分も許せなくて――

640 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:32

仕事に身が入っていなかったのも事実。
もう辞めてしまおうか、なんて思っていたのも事実。

だから、聞き逃してしまった。

課長が苦心をして、他社から奪ってきた取引先の話を――


聞いたこともない会社名。
不遜な態度で、課長の名前さえ覚えていない。

フロアを見渡しても、課長は席にいない。
とりあえず、「折り返し電話をさせる」と伝えて電話を切った。


メモを残そうとシャーペンを握ったところで、
同僚に声をかけられた。

「梨華ちゃん、今日の合コン、どうしても人数が足りないの。
 お願い!最初だけでいいから来てくれない?」

目の前で、手を合わせられる。

641 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:32

「柴ちゃんも来てくれるから」
「う〜ん・・・」

「お願いっ!!」

ま、柴ちゃんがいるなら、いいか。
気晴らしにもなるだろうし。

ステキな人がいれば、お付き合いしてみるのもいいかも。


『恋すれば、きっと人生がパッと明るくなるよね!』

なーんて、この前、柴ちゃんとも話してたんだし・・・


「わかった。いいよ」

軽い気持ちで答えたわたしは、
さっきの電話のことなんか、すっかり頭から飛んでしまったんだ――

642 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:32



一番手前の椅子に腰掛けて、机に突っ伏した。


あんなミスをした自分が許せない。
中途半端なままの自分がイヤ。

もう何もかもヤダよ・・・


次から次に涙が溢れて、
袖を濡らしていく。

誰も居ない会議室。
もう我慢するのはやめよう。

声をあげて、しゃくりあげながら、思いっきり泣いた。


誰か、誰か、こんなわたしを助けてよ――


643 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:33

不意に、目の前に人が立つ気配を感じた。

恐る恐る顔をあげると、
真っ白なハンカチが、差し出されている――


「良かったら、どうぞ」

そう言って、その人は優しく微笑んだ。


まさか、人がいるなんて思ってなかったから、
わたしは彼女を見上げたまま、固まってしまった。


「あ、ちゃんと洗ってあるから、綺麗ですよ?」

彼女がハンカチを広げて見せる。

「ほらね?」

その仕草が、なんとも言えず温かくて、
一気にまた、感情が涙になって溢れ出した。

644 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:36

「ご、ごめんなさい。
 あの、アタシ、なんて言ったらいいか――」

そう言いながら、遠慮がちにハンカチを差し出す彼女。

「アタシ、今日からここでアルバイトしてるんです。
 書類の整理を頼まれて、広げるところが無いから、
 会議室でやらせてもらってたんですけど、クリップ落としちゃって・・・
 机の下に潜って拾ってたら、
 あの、その・・・、あなたが入ってきて――」

よく見ると、机の上には、たくさんの書類が広げられている。
そんなことに気が付かないほど、わたし、切羽詰ってたんだ――


「わ、わたしの方こそ、突然ごめんなさい・・・」

恥ずかしくなって、顔を背けた。

645 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:37

「使ってください」

再びハンカチが差し出される。


「ごめん。洗って返すね?」

そう言って、素直に受け取ると、
涙を拭いた。


「そんな乱暴に拭いたら、目が腫れちゃいますよ?」

彼女が、わたしの前にしゃがんで、
包みこむように、わたしの手を握る。


「アタシが拭いてあげます」

どうしてだろ?
泣き顔なんて、人に見られたくないはずなのに――

なぜかわたしは、おとなしく彼女に従った。

646 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:37


「――ありがとう」

涙でかすれる声でお礼を言って、笑顔を見せると、

「月並みだけど、笑顔の方がステキですよ」

少しだけ照れて、頬を染めながら、彼女はそう言ってくれた。


「どんだけ辛いことがあったのか、
 アタシには分からないんですけど――」

突然、彼女がわたしの手を引く。
そのまま、窓辺に引っ張って行かれる。


手を握ったまま、彼女は片手で、大きく窓を開け放つと、
窓外を見つめて、わたしに言った。

647 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:38

「今、こんなに風が冷たいでしょ?」

言われた通り、夕暮れの冷たい風が、
涙で濡れた頬を吹きぬける。

「でもね、明日の朝になれば、また温かな優しい風が、
 やってくるんです」

穏やかな声で話す、彼女を見上げた。

「アタシ、思うんです。
 今日のこの風は、今この時だけしか吹かないって。
 明日になったら、明日の風が必ず吹く――」

繋いだままの手に力がこもる。

648 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:38

「だから、今すごく辛いかもしれないけど、明日はきっと。
 今日より、もっとずっと温かな風が、
 あなたの心を包んでくれるはずです」

そう思いませんか?

そう言って、彼女がわたしの顔を覗き込んだ。

とても優しい眼差し。
手の平から伝わってくる、優しいぬくもり――


再び涙が込み上げてきて、
思わず、彼女の胸に飛び込んだ。


「――好きなだけ、泣いていいですよ・・・」

そう言って、彼女は両手で
わたしを優しく包みこんでくれた。


それはまるで、彼女が教えてくれた、温かな優しい風のようで、
ゆっくりとわたしの心を、温めてくれたんだ・・・

649 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:39


「――ごめんね。Tシャツびしょびしょになっちゃった・・・」

彼女の胸には、わたしがつけた大きな涙のシミ。


「全然大丈夫です。もう平気ですか?」
「うん、あなたのおかげで元気が出てきた」

大げさに、力こぶを作ってみせる。

「それはよかった!じゃあ、アタシから
 一つだけ、お願いしてもいいですか?」

「もちろん!」

こんなに親切にしてくれたんだもの。
こんなに冷え切った心を、温めてくれたんだもの。
一つと言わず、幾つでも聞いちゃうから!

650 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:39


「じゃあ、これ、集めるの手伝って下さい」

彼女が机の上を指差した。

あれ?
さっき、広がってた書類たち、は・・・?


「窓開けたままにしてたんで、風で全部飛んじゃったんです」

うそっ?!


辺りを見渡すと、床一面に書類が落ちている――

クスッと笑って、彼女が言った。

「そう言えば、自己紹介してなかったですね。
 アタシ、吉澤ひとみって言います」

651 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:40




<バサッ>


背後で、何かが落ちる音がして、
振り返った。


ひーちゃん…?


フラついたと思ったら、
頭を抱えて、その場に座りこんだ。


「大丈夫?!」

慌てて、駆け寄る。

652 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:40

「触らないで!!」

えっ…


「――大丈夫、ですから…」

指でこめかみを押さえたまま、
立ち上がろうとして、またフラついた。

とっさに、ひーちゃんの体を支える。

「大丈夫?」

ひーちゃんの体が強張る――



「…なん、だろ」

ん?


「――あった、かい…」

ひーちゃんの体から緊張がとけて
行くのがわかった。

653 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:41

「吉澤さん?」

「なんでだろ?
 石川さんて、あったかい…」

「寒いの?
 どこか、具合悪い?」

わたしの腕の中で、
ひーちゃんが、小さく首を横に振った。


「ごめん、なさい…
 大丈夫です」

ひーちゃんがわたしから
離れる。


「ほんとに大丈夫?」

顔色が、ものすごく悪い。

654 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:42

「絵を、描いてて…」
「絵?」

落ちた画用紙を拾う、ひーちゃん。


「あ、クレヨン折れちゃった…」

一緒にしゃがんで、
散らばったクレヨンを拾うのを手伝った。


「何を描いてたの?」

「景色、です」
「景色?」

ひーちゃんの手元を覗き込む。

「ここから見た景色。
 さっき、屋上来たら、なんか無性に描いてみたくなっちゃって・・・
 画用紙とクレヨン買いに、コンビニに走っちゃった」

そう言って、はにかんだ笑顔を向けた。


655 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:42


  『梨華ちゃんに見せたいと思って』
  『会社の屋上から見た景色だよ』
  『ほら、この間二人で見上げた空の色みたいでしょ?』


ううっ…

ダメ、泣いたりしちゃ――


「石川、さん…?」

「なんでもないの」

慌てて涙を拭った。

656 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:43

「――これ・・・、石川さんにあげます」

そう言って、画用紙を差し出す。

「絵の具じゃないから、あんま綺麗に描けてないけど――」
「・・・いい、の?」

「うちに持って帰ったら、美貴に怒られちゃうから」

「どうして?」

「よくわかんないけど、絵、描いちゃダメだって。
 随分前にも怒られたんだ…」


ひーちゃんの大切なものを取り上げるなんて――

何故そんなことする必要が、あるんだろう…?

657 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:44


「すみません。迷惑だったら捨てて下さい」
「ううん、うれしい・・・」

懐かしいひーちゃんの描いた絵。
あの時と全く同じ構図、色使い――

ひーちゃんの描いたラインを、そっと指でなぞる。

あなたの痕を感じたくて、
あなたが見た景色を、一緒に感じたくて…


  『まだ絵の具渇いてないのに』
  『指、汚れちゃうよ?』


描いた絵じゃなくて、
いつだって、わたしの指を心配してくれてたあなた――

658 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:44


「指、汚れちゃいますよ?」


驚いて顔をあげる。

ひーちゃん…


再び溢れ出した涙。

「わわっ、なんで泣くんですか?!
 アタシ、何かまずい事しました?」

「ううん、違うの」
「じゃあ、どうして?」

659 名前:第2章 1 投稿日:2009/03/09(月) 19:44


「嬉しいの」

「・・・嬉しい?」

不思議そうな顔をしたあなたに、
笑顔で頷いた。


大丈夫、あなたはきっと思い出してくれる。

わたしを、
わたしと愛し合ったことを
必ず、思い出してくれる――


「ありがとう。大切にするね」

そう言って、画用紙を胸に抱くと
あなたは、嬉しそうに微笑んだ。

660 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/09(月) 19:45



661 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/09(月) 19:45



662 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/03/09(月) 19:45


本日は、以上です。


663 名前:value 投稿日:2009/03/10(火) 22:33
頑張れ、梨華ちゃん
頑張れ、よっすぃー
664 名前:625 投稿日:2009/03/11(水) 04:15
634の柴田さんのセリフ良かったです☆

少しずつ絡み合いはじめてますね(>_<)どうなっていくんだろ。。。。

今後も楽しみにしてます♪
665 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/03/19(木) 11:31

>663:value様
 ありがとうございます。
 しかと伝えておきます。

>664:625様
 柴田さんのセリフ、良かったですか?
 さて、今後はどうなることやら・・・
 まだ、波乱はあるみたいです。


では、本日の更新にまいります。

666 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/19(木) 11:32



667 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:34

「大谷先生、本当に大丈夫よね?」

「何がそんなに心配なんですか?
 この私の手術が、失敗したとでも?」


「――いえ、ごめんなさい。
 気を悪くされたのなら、謝るわ」


コーヒーをすすりながら、足を組む。
その態度から、絶対の自信が伺える。

けれど――

668 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:35

「――不安なの」

「吉澤ひとみに、記憶が戻る兆候でも?」

それはない。
だけど――

何かがおかしい。
この1ヶ月、よっちゃんは、美貴を求めてくれない。
何度せまっても、『疲れた』『眠い』って、そればっかり・・・


「それで心配に?」

「だって、前はこんなことなかったもの。
 美貴しかいないって。美貴がいないと生きていけないって」

甘えてもくれないの。
求めるのは、いつも美貴ばかり――


「お嬢様」

大谷が、ソファーから立ち上がって
美貴に近づいてくる。

669 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:36

「私の手術に失敗はありえない。
 きっと新しい環境で、ほんとに疲れてるだけですよ」

「でも…」


「そんなにご不満なら、私がお相手しましょうか?」

グイッとあごを掴まれる。

「うまいですよ?」
「先生には、彼女がいるじゃない・・・」

「もう用済みです。
 近々、別れます」

ひどい人――

670 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:36

「あゆみに近づいたのは、
 あなたのためでも、あったんですよ?」

グッと腰を掴まれて、
引き寄せられる。


「どうです?
 あなたを悦ばせてあげます。
 たまには、違う人と試しませんか?」

顔が近づいてくる――

671 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:37


「やめてっ!!」

顔を背けて、突きとばした。


「アハハハッ!
 冗談ですよ、冗談」

「・・・ごめんなさい」


「しかし、そんなに吉澤ひとみがいいですかね?
 本気で愛してもらえないって、分かってるのに」

再びソファーに腰かけて、
タバコに火をつけると、ゆっくり煙を吐き出して、
大谷が言う。

672 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:38

「大丈夫ですよ。彼女に記憶が戻る兆候なんて、全くない。
 石川梨華も、記憶が戻るのを待つなんて、
 あり得ない事を望んでいるようですから・・・」

大谷がニヤリと笑う。

「お嬢様、あなたの勝利です」


勝利――

今度こそ、美貴の・・・


「手術は成功してます。だから、心配御無用。
 それに――」

それに?


「記憶にフタをする催眠だって
 かかってるんですから――」

673 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:38


**********


674 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:39

「石川、ちょっといい?」

保田部長に呼ばれて、部長席まで行く。

「悪いけど、これ、吉澤に追加分って言って
 渡してきてくれない?」

ズッシリ重い、書類の束――

「あの子、会議室で一人で作業してるから。
 持ってったついでに、あんたも手伝ってやって?」

それは大歓迎だけども・・・

この量、ハンパないっ!


「じゃ、よろしくね〜」

ヒラヒラと手を振って、部長は去っていった。

675 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:40

ちょっ、ほんっとに重い――

会議室に運ぶだけで、両腕がプルプルしてる。

もうっ!
運ぶのだけは、男性社員に頼んでよね!

何とかたどり着いて、
会議室の扉をノックした。

 <コンコン>

う〜、重いっ!!

もうダメ。
返事を待たずに、扉を開けた。


「吉澤さん、部長から追加分だって。
 書類預って来たよ?」


あれ?

勢いよく入ったのはいいけど
肝心のひーちゃんが、見当たらない。

676 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:41

<ゴンッ!>

「イテッ!!」

一番窓に近い机の下から、
声がした。


「どうしたの?!」

近寄って、机の下を覗き込むと
座り込んで、脳天を押さえてる。


「クリップ落としちゃって、机の下に潜って探してたんです。
 で、名前呼ばれたから、返事しようと思って起き上がったら、ぶつけちゃった」

そう言って、頭をさする。

677 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:41

フフフッ


「笑わないで下さいよ〜」

可笑しい。
だって、相変わらずおっちょこちょいなんだもん。

はじめて会った日もね、
ひーちゃんは、クリップ落としちゃって、
机の下に潜ってたんだよ?


「はあ〜
 アタシ、こういう作業、ぜってー向いてない」

そう言って、窓の下の壁に
座ったまま、寄りかかった。

678 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:42

「わたしも手伝うから」

近くの机に、運んできた書類の束を置いて
腕まくりをする。

「まさか、それが追加分ですか?!」
「うん」

ゲー、マジ勘弁。

心底イヤそうにそう言うと、
ひーちゃんは手を伸ばして、窓を開けた。


「この閉ざされた空間が、余計に
 ゲンナリすんだよな」


あ、待って。
そんなことしたら――

679 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:43

勢いよく風が吹きこんで、
部屋の中を走った。


わたしが置いた書類が、フワリと宙を舞う。

次々と舞い上がった白い紙が、ゆっくりヒラヒラと
落ちてくる――


我に返って、
慌てて、書類を押さえた。

「ほら、吉澤さん。
 窓なんか開けたら、書類が飛んじゃうよ?」


宙を舞う書類を見つめたまま、
身動きひとつしない、ひーちゃん。

「吉澤、さん・・・?」

680 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:43


「――これ・・・、どっか、で――」


え?

まさか、ひーちゃん。
思い出してくれたの?!


イタッ!ウウッ・・・

ひーちゃんが、うなり声をあげて
頭を抱えて、倒れこむ。

「どうしたの?
 大丈夫っ?!」

681 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:44

慌てて駆け寄って、座ったまま
ひーちゃんを抱きかかえた。


クソッ・・・
アタマ、痛い――


苦しそうに、顔を歪めて
歯を食いしばっている。


「今すぐ、誰か呼ぶから!
 少しだけ、待ってて!!」


682 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:45


「行かないでっ!」

え?

抱きかかえたままの腕をつかまれた。


「ダイ、ジョブ、だから・・・
 お願い、そばにいて――」

ひーちゃん・・・

「石川さん、そばにいると
 あったかいんだ・・・」


あなたの体を包み込むように
強く抱きかかえた。


683 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:45

苦しそうに時折、顔を歪める。

少しでも、楽にしてあげたい。
少しでも、その痛みをとってあげたい――


荒い呼吸を繰り返すひーちゃんの額に、
そっと手をのせた。

「まだ痛む?」

「石川さんの、手、
 気持ち、いい・・・」

眉間に寄せられたシワが、少しだけ浅くなる。


「なんか、安心する――」


ひーちゃん・・・


  『梨華ちゃんの手、気持ちいい』
  『そうしてくれてると、安心する』


昔、ひーちゃんが、高熱出したときも、
こうしたんだよ?

684 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:46


ハア、ウウッ、グッ、ハア・・・

再びうめいて、
ますます苦しそうな声を出す。


「ね、医務室行こう?」

目を瞑ったまま、首を振る。

「でも・・・」

「いいから、お願い――
 このままで、いて・・・」


ハア、ハア、グッ!
ウグッ・・・

苦しそうなひーちゃん――


685 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:47

見てられないよ。

ねぇ、どうしてあげたらいい?
どうしたら、あなたの苦しみを、痛みを和らげてあげられるの?



「ひーちゃん・・・」

あなたを抱えたままで、そっとあなたの髪に唇で触れた。
あなたの痛み、苦しみ。

全部、代わってあげたい――


686 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:48



「――、か・・・ちゃん?」

今、なんて?!

驚いて、顔をあげた。

「ひーちゃん?」


ググッ・・・

また、痛みをこらえるように
顔をしかめた。

ウグッ、ぐあっ、ううっ・・・

びっしょり冷や汗をかいて、うなされてる。


「大丈夫?!ひーちゃん!」

687 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:48

あああぁぁっ・・・!


悲痛な声をあげて、わたしの腕からとび出すと、
ひーちゃんは床に転がった。

額を床にこすり付けて、必死に痛みと戦っている――


「ひーちゃんっ!」

背中から抱きかかえた。

ぐうううっ!
痛いっ!割れそうに痛い!


「ひーちゃん、しっかりして!」

「助けて、誰か。アタマが、割れる・・・」

688 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:49

頭を抱えたまま、うずくまる。


「イタイッ!苦しいよ!
 お願い、誰かっ。誰か・・・」

「ひーちゃん!今助けてあげる。
 だから、しっかりして!!」

もう一度、抱きかかえたわたしを、力ずくで振り払う。
そして、転がるようにわたしから離れると、
ひーちゃんは言った。



「――助けて・・・、美貴――」


ひー、ちゃん・・・

689 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:50

<ガチャッ!>

「どうかしました?!」

麻琴、ちゃん――


涙が溢れた。

「石川さん?」

苦しいよ・・・
胸が、引き裂かれそう――


「吉澤さん、ですよね?
 どうかしたんですか?」

頭を抱えて、今だにうずくまっているひーちゃんを、
麻琴ちゃんが心配そうに伺う。

690 名前:第2章 2 投稿日:2009/03/19(木) 11:51

「――麻琴、ちゃん・・・」


もう、ダメ。
胸が苦しくて、壊れてしまいそう。


両手で、顔を覆った。

麻琴ちゃんにふわりと包まれる。


今だけ。
今だけ、胸を借りてもいい・・・?


麻琴ちゃんの腕の中で、
声をあげて泣いた。

691 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/19(木) 11:52



692 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/19(木) 11:52



693 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/03/19(木) 11:52


本日は、以上です。


694 名前:value 投稿日:2009/03/22(日) 22:10
切ないなぁ
読んでる自分も胸が苦しい…
695 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/27(金) 22:41
待ってます
696 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/03/28(土) 23:56

>694:value様
 申し訳ありません。
 けど、まだ序の口かもしれません・・・(汗)

>695:名無飼育さん様
 ありがとうございます。


では、本日の更新にまいります。

697 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/28(土) 23:56


698 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/28(土) 23:57

「お帰りなさいませ」
「ただいま。よっちゃんは?」

「お部屋でおやすみです」

そう…

バッグを三好に預けた。


「お部屋に行かれますか?」
「先に温かいもの、飲みたい」

「かしこまりました」

三好が一礼をして、リビングを出て行く。
ソファーに、体ごと投げ出した。

699 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/28(土) 23:58

――よっちゃん・・・


リビングに一つだけ飾られた絵。
はじめてよっちゃんを見かけた日、あなたはそれを描いていた。

大学の校舎を出ると続く、桜並木。

毎日そこを通っていたのに、美貴は何も感じた事がなかった。

満開になろうと、花びらがまるで吹雪のように舞い散ろうと、
美貴には関係ない。

関係ないものには、興味がない。

ずっと、そう思っていた――

700 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/28(土) 23:59




701 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/28(土) 23:59

「落としましたよ?」

美貴が振り向くと、ジーパンにパーカー姿の女の子が立っていた。

新入生かしら?
まあ、どうでもいいけど。

ただの貧乏学生が、美貴の落し物を拾ってくれた。
ただ、それだけ。
だって、こんな人が美貴に声をかけられるのは、
こういう時しかないもの。


「ありがとう」

それだけ言って、美貴は歩き出そうとした。

702 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:00

「ねえ、どうしてそんなに、淋しそうな背中してるの?」

驚いて振り返った。
彼女の澄んだ瞳が、始めて目に入った。


いきなり、そんなこと言われて、
いつもの美貴なら、怒っていたはずだ。

あんたに関係ないでしょ?
誰に向かって、そんな口叩いてんの?


けれど、美貴は目を奪われたんだ。

彼女の上に降り注ぐ、桜の花びら・・・
真っ白な肌に、優しい色を帯びた大きな目を輝かせて、
彼女は美貴を見ていた。


はじめて、桜を綺麗だと思った。

703 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:01

「これ、あげるよ」

そう言って彼女は、イーゼルからそれをはずして、
美貴に差し出した。

「自然は心を優しくしてくれるから・・・」

衝撃だった。

いつだって美貴は、与える側で。
美貴のおこぼれに預かりたくて、人は近寄ってくる。

そして、そうでもしなければ、誰も美貴になんか
近寄って来てはくれなかった。


それなのに――

目の前の彼女は、優しく微笑んで、
美貴の手を掴むと、それを握らせた。

704 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:01

そこには、さっきはじめて綺麗だと感じた桜が
キャンバスいっぱいに描かれていた。

体を温かく包み込むような桜色。
大地から伸びる太い幹は、美貴に強く生きろと
訴えかけているようにさえ感じた。


「もらって、いいの・・・?」
「もちろん」

「――ありがとう」

涙がこぼれた。
絵を見て感動をしたことなんて、生まれて始めてだった。

705 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:02


翌日、美貴はお礼に、最高級の絵画セットを持って、
彼女に会いに行った。

その日もやっぱり彼女はそこにいて、
絵を描いていた。

きっと喜んでくれる――

彼女の笑顔を想像するだけで、うれしくなった。


「昨日はありがとう!」

そう声をかけると、彼女は振り返った。
そして、また優しい笑顔をくれた。

「美貴、すごく感動したの!
 初めてなんだ。絵を見て涙が出るなんて」

「ほんと?
 そんなにいい絵だった?」

「うん」

706 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:04

スゲー、うれしい。

はにかんだように、彼女が微笑んだ。

「あれ、初の風景画なんだよ。
 ずっと抽象画ばっか描いてて・・・
 そう言ってもらうと、ちょっと自信ついたな」


正直、風景画とか、抽象画とか、よくわからない。
だけど、すごく感動したんだ。

そう興奮気味に伝えたら、
また嬉しそうに笑ってくれた。
そして、教えてくれたんだ。
最近、景色を描くことに強く心をひかれて、
はじめて仕上がった絵が、昨日の桜の絵だったと・・・

707 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:06

「そんな大切なもの、美貴がもらっていいの?」
「いいよ。アタシの絵を褒めてくれた最初の人だもん」

嬉しかった。
美貴が、あなたの初めてになれた――

その事が、純粋に嬉しかった。


「これ、昨日のお礼なの」

リボンをかけて、綺麗に包装されたそれを
あなたに手渡した。


「マジで?いいの?」
「うん」

708 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:07

開けていい?

美貴に確認して、あなたはリボンを解いた。


どんな風に喜んでくれるだろう?
最高の笑顔をくれるだろうか?

ワクワクしながら、美貴は彼女の横顔を見ていた。



「――気持ちだけでいい」

突然、彼女の横顔が曇ったように見えた。

「どうして?あなたのために買ってきてもらったのよ?」
「こんな高価なもの、もらえないよ」

そう言って、彼女は包みを美貴に返した。

709 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:08

「アタシは、こんな高価なものをもらうために
 あの絵をプレゼントしたんじゃないよ」

「でも・・・」

「とにかく、これはもらえない」

そう言って、彼女は頑として受け取らなかった。


ショックだった――
プレゼントを拒まれたことなんて、一度も無い。
いつだって、美貴がプレゼントをすれば、
相手はひれ伏すように喜んで、美貴の側にいてくれるようになる。

あなたの近くにいたいと思ったから、
あなたに好意を持ってもらいたいと思ったから、
プレゼントを持ってきたのに――


「お金なんか使わなくたって、藤本先輩は充分に魅力的だよ?」

710 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:09




よっちゃん・・・

あなたのそばにいるとね、
美貴は、自分が浄化されていくような気がしてたの。

こんな美貴でも、あなたのそばにいる時は、
素直になれた。

ただ、絵を描いている姿を見ているだけで、
本当に幸せだったの。


そして、いつか――

いつか、美貴の想いが通じる。
いつか、あなたは美貴だけを見てくれる。

そう信じてたのに――


あなたは、後から現れた人に、
簡単に心を奪われてしまった・・・

711 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:10


許せなかった。

最初に、よっちゃんに目をつけたのは美貴。

それなのに。
それなのに、あの子は・・・

あの子は、簡単に美貴から攫っていった。


美貴の大切な人を――

美貴がはじめて愛した人を――


712 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:12

涙がこぼれた。

ソファーにしみこんでいく――


愛してるの。
こんなに深く、あなたを愛しているの。

あなたがいれば、何もいらないの。

だから、だから――


美貴は決断したの。
あなたを手に入れるって――


713 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:12



714 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:13

以前から、大谷が優秀なことは、
お父様から聞いていた。

何度か二人で食事をしたこともある。
話し上手で、気遣いが出来て――


幾度目かの食事のあと、
美貴は大谷に、苦しい胸のうちを話した。


 ――好きな人が振り向いてくれないの。
 ――彼女を好きになったのは、美貴の方が先なのに・・・

 ――彼女の夢だって、叶えてあげようとしたんだ。

  『美貴の恋人になってくれたら、イギリスに留学させてあげる』
  『有名な画商も紹介してあげる』
  『成功は約束されたようなものよ?』


それなのに――

人生で始めて味わった敗北感。

715 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:14

  『アタシは、梨華ちゃんのそばにいたい』
  『梨華ちゃんがそばにいないと、いい絵なんか描けないよ』


体中が、焼け付くような嫉妬を感じた。


どうして、どうして、あの子なの?!

始めて、あなたを大学で見かけた日から、
美貴はあなたを好きだったと言うのに――


なぜ、後から出会ったあの子に、心を奪われるの?!

716 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:15

お酒が進むほどに、美貴は大谷に胸のうちを話した。


 ――どんなことをしても、あの人を手に入れたい。
 ――あの人を手に入れるためなら、悪魔に魂を売っても構わない。


「本気ですか?」
「本気よ」

そう言った美貴の耳元で、大谷は囁いた。


「少し、時間をくれませんか?
 私がお嬢様の願いを、きっと叶えてみせますから・・・」

717 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:16

数カ月後、大谷から連絡が入った。

 ――良い話しがあるんです・・・


早速、藤本総合病院内の大谷の研究室に向かった。

大谷の研究室は、病院の裏口近くの古い別棟にある。
この棟には、古参の医師達の研究室のほかは、あまり部屋がない。

若い医師で、別棟に自分の研究室まであてがわれているのは
大谷だけだ。
それだけ、父も大谷を見込んでいるということ。

そして、誰の目にも触れずに、来ることが出来るこの研究室は、
美貴にとってありがたい。


これからする密談には、もってこいの部屋だから――

718 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:17

「失礼します」

ノックをして、研究室の扉を開けた。
はじめて見た、大谷の白衣姿。

様になっていて、やっぱり優秀な医師なんだと
実感する。


「お嬢様、わざわざお越し頂いて
 申し訳ありません」

「構わないわ。美貴の頼みだもの。
 で、良い話しって?」

「まあ、そう焦らずに。
 おかけ下さい」

そう言って、笑いながら
大谷は美貴にソファーに座るよう勧めた。

719 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:17

一呼吸置いて、大谷が話し出す。

「昨日、石川梨華の父親が倒れました」
「それが?」

「結構、時間かかっちゃいました…」

笑いながら美貴を見つめる。

――どういう、こと?

「現在、脳死状態です」

「もしかして――
 先生が…、何かしたの?」

大谷が、ニヤリと笑った。

720 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:18

「さて、本題ですよ?」

背中に、悪寒が走って
身震いした。


「石川梨華は父親と喧嘩し、家をとび出しました。
 それをひどく後悔してることを知って、
 吉澤ひとみは、仲直りさせたいと思っています。
 石川の親友にも誓うほど、真剣に思ってるんです」

少しだけ、ムッとした。

「だから何?」

何で美貴が、よっちゃんのあの子を思う気持ちを
聞かされなきゃいけない訳?

721 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:19

「おやおや、わかりませんか?
 父親がこのまま死ねば、石川梨華は父親と
 二度と仲直りすることは出来ない。
 さぞかし、悔やむでしょうね〜
 一生後悔することでしょう」

大谷は立ち上がると、楽しげに話しながら、
美貴に近づいてくる。


「助けられるのは、藤本総合病院の
 優秀な脳外科医の大谷しかいない」

グッと美貴の手を掴んで、立ち上がらせる。


まさか、先生――

「助けてやる代わりに、
 吉澤ひとみ自身を差し出せ」

722 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:20

「いかがですか?」

そんなこと――


大谷が美貴を抱きしめた。
耳元で囁く――

「吉澤の脳にメスを入れるんです」

メス・・・?

「記憶の回路に傷をつけるんです。
 全て消し去ってしまいましょう。
 そうすれば、石川梨華のことも忘れる・・・」

「そんなことが・・・本当に出来るの?」
「ええ。この大谷になら・・・」

大谷の腕に力が入る。

美貴の耳に息を吹きかけるように、
一段とトーンを落として囁く――

723 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:22

「その後で、あなたを愛していると、
 新たな記憶を植えつけてしまえばいい・・・」


美貴を愛している、と…?

「そうです。
 そうすれば――」

そうすれば・・・?


耳たぶをくわえられた。

「こんなことも」


首筋を舐め上げられる。

――あんっ・・・

「こんなことも」


胸をわしづかみされて、唇を塞がれた。

っん、んんっ…

「こんなことだって、
 吉澤ひとみがしてくれるんですよ?」

724 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:23


「ほんと、に?」
「ええ」


――彼女は、もうあなたのモノです。


美貴、の――

美貴の、モノ…


「そう。
 好きにすればいい」

「うまく、行くかしら…」

725 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:24

「石川の母親は、ここに入院することを望んでます」

「もう話したの?」

「娘にはまだ、内緒にしろと言ってあります。
 あなたの決断が出来てから、動きます」

「美貴の、決断・・・」

「そう。すべては、あなた次第だ――」


726 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:24


1年前のあの日、美貴に決断させたのは、
よっちゃん、あなたなの・・・


ソファーに投げ出したままの、重たい体を持ち上げて、
手をついて、無理矢理起き上がる。


あの日、美貴はあなたにもう一度だけ、
チャンスをあげたのよ?

あなたが、何も言わずに美貴だけのものになってくれれば、
こんなことしなくて済んだのに――


踏みにじったのは、よっちゃん、
あなたの方なんだ・・・

727 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:25



728 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:25

「よっちゃん、もう一度言うわ。
 美貴はよっちゃんの才能をかってるの。
 だから、美貴の恋人になってくれるなら、
 あなたの夢を叶えてあげる」

「才能を認めてくれるのは、嬉しいよ。
 けどアタシは、藤本先輩の恋人にはなれない」

「美貴を選べば、成功は約束されるのよ?」

「そんな成功なら、いらないよ」


体の奥で、炎が燃え盛っている。

せっかく最後のチャンスをあげたのに。
黙って美貴のものになってくれるなら、
何も言わずに、あの子の父親の命だって助けてあげたのに――

729 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:26

気が狂いそうなほどの敗北感。

なぜ、そんなにあの子がいいの?
どうして、あの子にこだわるの?!


あなたが頷かないのなら、頷かしてあげる。

そして、あの子への思いなんて、消してやるわ。

あなたの中に何も残らないように、
すべて消し去ってやる。


さあ、選ぶのはあなたよ。

どうする?
よっちゃん・・・

730 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:27


「石川梨華さんのお父様が、倒れたのは知ってる?」
「えっ?!」

さあ、あなたを徐々に追い詰めてあげる・・・


「脳死状態で、時間の問題みたいね――」
「ウソだ!」

「嘘じゃないわ。
 石川さんがまだ知らないだけ」

診断書と数枚の写真を投げつける。

「それでも嘘って言える?」

よっちゃんの顔が、みるみる
青ざめて行く――

731 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:28

「そこに書いてある通り、その病院ではお手上げ。
 あとは心臓が止まるのを待つだけね」

「――何が、言いたい・・・?」

「石川さんのお父様の命を救えるのは、
 うちの脳外科医の大谷だけ。あなたが美貴の言う通りに
 してくれれば、美貴からお願いしてあげる」


「――救える、のは・・・、その医者だけとは
 限らない、でしょ・・・?」


まだ、抵抗する気なの?

732 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:29

「よっちゃんが、他の医者を探せるのなら、ね
 難しい手術よ?」

「探すよ。アタシが探してみせる!」

「ただ、探したところで、手術費用はどうする?
 石川さんのご実家、随分事業が傾いてるみたいじゃない。
 簡単に出せる額ではないでしょうね・・・」


よっちゃんが、拳を握り締めた。

「――アタシが・・・、何とか、する・・・」


アハハハハッ!

「ただの学生が、何言ってるの?
 それに、そんなお金にならない手術、
 どこの病院が引き受けてくれるのかしら?」

733 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:29

よっちゃんの肩に手を置く。
後ろから、あなたを抱きしめた。

もうすぐ、あなたは、美貴のモノ――


「早くしないと、命が危ないわ。
 ほら、こうしてる間にも・・・」

肩から手を這わせて、あなたの手を捕らえる。


「お父様が亡くなったら、あの子、
 さぞかし後悔するでしょうね・・・」

よっちゃんの背中が強張った。

「一生、家をとび出した自分を責め続けて
 生きて行くことになるんじゃないのかしら?」

もう少し、もう少しで・・・


耳元で、わざと甘い声を出す。

「ねぇ。美貴、よっちゃんが欲しいの。
 あなたが、言うことを聞いてくれれば、助けてあげる。
 入院費用だって、全部美貴が出してあげるわ」

734 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:30

すべすべの頬に口付ける。
うっとりするほど、白くてキメ細やかな肌――

ずっと望んでいたの。
こうして、あなたに触れたかったの・・・


「――アタシ、が・・・
 藤本先輩の、恋人になれば――
 それで、いいんですね?」

手で顎を掴んで、美貴の方を向かせる。

「美貴を、愛してくれる?」


よっちゃんが、顔を背けた。

735 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:31


美貴ね、よっちゃんの全部が欲しい――


あなたの心に、あの子への想いが残ってるのが嫌なの。
全部、消して欲しい・・・


「――出来ないよ、そんなこと・・・」

大きな瞳から、涙が溢れ出す。

「あなたごと、欲しい・・・」

無理矢理、唇を合わせた。
少し身をよじったけど、逃げないあなた――

736 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:31

固く結んだ唇を割って、舌をねじ込む。

んぐっ、グッ・・・


「――ヤメ、て。お願い・・・、だか、ら」

「美貴の言うこと、聞くんでしょ?」

「聞く、聞くけど・・・
 お願い、一日だけ待って――」

「ダメ。そんなに待てない」

「じゃあ、一度だけでいい。
 梨華ちゃんに、会わせてください。
 せめて、声だけでもいいから・・・」

うなだれて、泣きながらお願いするあなた・・・

「そしたら、何でも言うこと聞く。
 アタシの命をあげてもいい――」

737 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:32



「お嬢様?」

「あ、三好・・・」

「大丈夫ですか?
 随分、思いつめていらっしゃるように見えました」

目の前にグラスが置かれる。

「ホットワインに致しました」
「ありがとう」


グラスを口に運ぶ。

「おいしい・・・」

三好が微笑んだ。

738 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:33

「隣に座って?」
「よろしいんですか?」

美貴が頷くと、三好が静かに隣に腰掛けた。


「・・・昔のことを、思い出していたの」
「吉澤様のことですか?」


どうして、こうなってしまったんだろう?

739 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:34

「大丈夫ですか?お嬢様」

「――三好、美貴は間違ってる?」


「――お嬢様のような、愛し方も・・・
 愛情の一つです」

「ねぇ、このままで美貴は・・・」

お嬢様。

三好が、美貴の手を握る。
勇気付けるように、ポンポンと優しく叩いた。

740 名前:第3章 1 投稿日:2009/03/29(日) 00:34

「考えすぎはよくありません、お嬢様」

でも、不安なの――

よっちゃんが、遠くに行ってしまいそうで。
美貴の元を去って行くんじゃないかって・・・


「全て、大谷先生にお任せしましょう」

三好が美貴を見つめる。


「もう、戻れません。
 進むしかないんですから・・・」


741 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/29(日) 00:35



742 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/03/29(日) 00:36



743 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/03/29(日) 00:36

本日は以上です。


744 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 00:59
そんな訳があったんですね、
なんか美貴も可哀想かもと思ったり。
でも、梨華ちゃんの味方です!
745 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/29(日) 19:51
大谷さんの方が恐いですね…
746 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/01(水) 21:50
藤本の歪んだ愛とマッドサイエンティストなマーシーが生んだ悲劇やね
よっすぃーと梨華ちゃんの真っすぐな愛の強さがカギか

747 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/02(木) 18:31

>744:名無飼育さん様
 作者も同意です!

>745:名無飼育さん様
 ですね・・・
 ですが・・・

>746:名無飼育さん様
 確かに真っすぐな愛の強さは、今後のカギになります。
 が、歪んだ愛をお持ちの方が、まだいらっしゃるかもしれません・・・


と、意味深めに言ってみたり・・・


では、本日の更新です。


748 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/02(木) 18:32


749 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:33

「石川、ちょっといいかしら?」

保田部長が、わたしの席に来て
声をかけた。

立ち上がると、そのまま歩き出して、廊下に出る。


部長は左右を見渡して、誰もいないことを確認すると、
いきなりわたしに向かって言った。


「あんたと吉澤の事なんだけど」

ふぇ?

てっきり、仕事を頼まれるものと思ってたから、
素っ頓狂な返事になった。

750 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:33

「『ふぇ』じゃないわよ!
 あんた達、付き合ってたんでしょ?」

「部長!何でそれを!」

シッー!

口に人差し指をあてて、小声で話せと
たしなめられた。


「あたしの目はフシアナじゃないのよ。
 前から、ひそかに応援しててやったのに。
 その昔、吉澤をけしかけて、あんたに告白させたの、あたしなんだからね!」

「部長がっ?!」

「だから、静かにっ!!」

751 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:34

「吉澤ったら、肝心なとこでヘタレだから、苦労したのよ。
 『石川って可愛いから、いつ彼氏出来てもおかしくないわよね〜』とか、
 『押しに弱そうだから、先に告白したもん勝ちかもね〜』とか、
 遠回しにさんざん、けしかけたのに、なかなか動かなかったのよ?」

「そうだったんですか?!」

得意げに部長が続けた。


「『石川が誕生日、一人で過ごしたくないなって言ってたなぁ…』
 このあたしの独り言風なセリフが、吉澤を後押ししたのよ」

どうだ!とばかりに、腰に手をあてて、
自慢げに胸をそらす。

752 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:35

――確かに。

ひーちゃんが、告白してくれたのは、
わたしの誕生日。

ケーキを持って、うちの前にいたの。


何も知らないわたしは、仕事の帰りにそのまま、柴ちゃんとお食事して。

どうせ、家に帰ったって誰もいないしって、
コンビニで、雑誌の立ち読みなんかもしちゃったりして・・・

帰宅したのは、随分と遅くなってから。

のん気にプラプラ歩いて帰ったら、
玄関の前に、ひーちゃんが座ってたんだ――


753 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:35



754 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:35

あー、寒い。寒い。

集合ポストの郵便を取って、
アパートの階段を昇る。

ほとんどがDM。

「全部、ゴミじゃない」

なんて、一人でボヤキながら、階段を昇りきって、
顔をあげて驚いた。


誰かが、うちの玄関の前に座りこんでる――


その人が、こっちを向いた。
目があうと、慌てて立ち上がる。

755 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:36

「い、石川さん」

「吉澤さん、どーしたの?!
 よくうちがわかったね?」

「保田さんに、聞きました…」


白い息を吐く彼女に駆け寄った。

「ねぇ、いつからいたの?
 寒かったでしょ?電話くれたらよかったのに」

そう言いながら、慌ててカバンから
鍵を取り出す。


「――彼氏と・・・」

え?

「彼氏と一緒だったら、
 邪魔しちゃ悪いなって…」

うつむきながら話す彼女を見つめた。

756 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:37

「や、やあだ!
 わたし、彼なんかいないよ?」

「ほんとですか?!」

大きな目を見開いて、すごい勢いで
尋ねてくる彼女に、少しだけときめく。


「ほんとだって。ね、寒かったでしょ?
 入って?」

そう言って、彼女を促した。


なんだか、ちょっとドキドキしてる。
彼女の白い頬が染まっているのは、寒さでかな?

それとも――

757 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:37

「寒かったでしょ?
 今、ストーブつけるね。あと温かいのも、入れるから、
 お湯が沸くまで、少し待ってて?」

何だか嬉しくて、矢継ぎ早に言ったのに、
あなたは玄関を上がって、立ち尽くしたままで――


「どうしたの?
 ね、早く入って?」


「石川さんっ!!」

突然、大きな声で呼んだと思ったら、
真剣な瞳で、わたしを見つめる・・・

758 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:38

「誕生日ケーキ、買ってきたんです!」
「わたしに?」

大きく、何度も頷く彼女。

「ありがとう。ね、寒いから早くおいで?」


「い、一緒にお祝いさせて下さいっ!!」

カチンコチンになっちゃってて、かわいい。


「もちろんだよ。
 だから、早くおいでってば」

「そーじゃなくて」

え?


759 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:39

「あなたの恋人になりたいんです。
 恋人として、一緒にお祝いさせて下さいっ!!」

そう言って、彼女は頭を下げた。


「――石川さんが、好きなんです・・・」


嬉しかった。
わたしもずっと、あなたを好きだったから。

出会ったあの日から、ずっとあなたに
惹かれていたから――


760 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:39

ケーキの箱を握り締めたままのあなたに抱きついた。


「わたしも・・・
 わたしも、吉澤さんのことが、好き――」


その夜は、二人でお祝いして。

奥手なあなたは、キスさえしてくれなかったけれど、
朝まで、ずっとわたしを抱きしめていてくれた。


最高の誕生日。
これから毎年、こうしてお祝いしてくれるって。
二人でお祝いできるって、そう信じていたのに――


次の年の誕生日、
あなたはわたしの元から、消えた・・・

761 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:40



「あんた達は、隠してたつもりなんだろーけど、バレバレなのよ。
 二人して、お互いを見るときだけ、顔が違うんだもの」

保田部長が、呆れ顔で言う。

「ねぇ、あんた達、何があったの?」

それは――


「色々気になって、あたしなりに調べたのよ。
 さっき吉澤とも話したんだけど、あの子――」

「保田部長」

保田部長が、わたしの背後を見て固まる。
部長の視線を追って、振り向いた。

762 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:41

「社長が、お呼びですよ?」

そう言って、ニッコリ笑う麻琴ちゃん。


「――私を、ですか?」
「ええ、保田部長をお呼びです」


「・・・わかりました」

静かに部長がわたしの横をすり抜ける。
すれ違う瞬間、部長が囁いた。


「あとで、連絡する。
 あんたは、吉澤を信じてあげなさい」


部長・・・?

並んで歩く二人の背中を見送った――

763 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:41


**********


764 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:42

不安が渦巻いている――


どうしても、大谷が自分の手術の成果を
この目で見たい、試したいと言うから、日本に帰って来たのだ。

美貴はあのまま、イギリスで暮らしたって良かった。
よっちゃんがいれば、どこだって構わない。


だけど――


やっぱり、ここは・・・
やっぱり、あの子の近くにいさせるのは――

・・・怖い。


765 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:42

<コンコン>


返事がない。
ついさっき戻って、先に部屋にいるって
言ってたのに――


「よっちゃん、入るわね?」

寝室の扉を開けた。

部屋の電気もつけず、着替えもせず、
あなたは窓辺の椅子に腰掛けて、一点を眺めていた――

月明かりだけが、あなたを照らしていて、
真っ白な肌が、ますます白く感じる。

けれど、どこか神々しくて、
なのに、全く温度を感じなくて。

まるで、外国の石膏像のよう・・・

766 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:43

「どうしたの?」
 電気もつけないで」

努めて明るい声を出して、電気をつける。


眩しそうに目を細めて、
かったるそうに、よっちゃんは視線を上げた。


「美貴・・・」

「何を見てるの?」

近寄って、その手元を覗いた。


767 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:43

「帰りに、拾ったんだ。
 ハートの形してんだよ、こいつ・・・」

あなたの手に握られた、一枚の葉っぱ――


「こいつね、すごい風に吹かれてんのに、
 なかなか枝から離れないんだ――
 今にも吹き飛ばされそうなのに、必死にしがみついてるみたいでさ・・・」

力なく葉っぱを見つめて、言葉をつなぐ。

「木の方もさ、こいつの事、離したくないみたいだった・・・」


あなたが静かに顔を上げた。

「――ねぇ、美貴。
 美貴は、愛したことある?」

え?

768 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:44

「愛って、何だろ?」
「どうしたの?急に・・・」

言葉に出来ない不安が、美貴に襲いかかる。
逃げないように、どこにも行かないように、
静かに隣にひざまずくと、そっと寄り添って、白い手を握った。


「人間に一番大切なものって、愛なんだって」

「誰がそんなことを?」
「ん?保田さん・・・」

「木や葉っぱにも、愛ってあるのかな?
 木が愛しいから、この葉っぱも離れたくなかったのかな?」

よっちゃん・・・


「アタシ、よく分かんないや・・・」

769 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:45



あの手術のあと、あなたは確かに記憶を無くしていた。

あとは、『美貴を愛している』という、
新たな記憶を植えつけるだけ。

万事、うまく行くはずだったのに――

あなたは、それを頑なに拒んだ。
あなたの中は、もう空っぽになっているはずなのに。
もう、あの子はいないはずなのに。

何度、試みてもダメだった。


きっと、あの日から――

美貴と取引を交わしたあの日から、
あなたは誰も愛さないって、決めていたんだと思う。

770 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:45

異国の地で、誰の目にも触れさせないように、
そして、あなたが何も見ないように監禁して・・・

体の自由を奪って、随分痛い目にも合わせた。

飼い犬にしつけをするように。
何度も何度も、美貴を愛してると繰り返し教え込んだのに――

どうしても言うことを聞かない。


何もない更地に、新たな建物を建築するのは、
容易いはずなのに。

あなたは、どうしたって美貴を見てくれなかった。
美貴に心を開いてはくれなかった。

どんなに痛い目にあっても、苦しい目にあっても、
あなたは美貴を拒んだんだ。


だから――

愛する気持ちそのものを、奪うことにした。

771 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:46

誰も愛さないと決めているなら、
それでいい。

それでいいから、美貴を必要だと思ってくれればいい・・・


朦朧とした意識のあなたに、
繰り返し、暗示をかけた。

――あなたは、もう誰も愛さない。
――あなたに、もう愛は必要ない、って・・・


ギリギリで、保たれていたあなたの意識は、
あっという間に落ちた。

あれだけ手こずったのが、嘘のように
あなたは、美貴の手に落ちたんだ。

772 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:46

それからのあなたは、
今までが嘘のように従順だった。

赤子の手をひくように、
一つ一つ、地道に積み重ねて教え込んだ。


そして、あなたはついに、
美貴を恋人と思い込み、美貴がいないと生きていけないと、
本気で思い込んでくれた――


あなたが手に入るなら、
美貴は、罪悪感なんて感じない。

あなたがそばにいてくれれば、
他に望むものなんてないもの。

ただ、あなたがいてくれるだけで、
ただ、それだけでいい・・・

773 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:47

けれど、どうしても
不安が拭えなかった。

だって、あなたの中にいる美貴は、
いつ崩れるかわからない、砂の城だもの――

何かがきっかけで、波にさらわれてしまうなんて、
美貴には耐えられない。

あなたの心が離れて行くなんて、考えたくもない。


だから・・・

――フタをした。


決してあなたの気持ちが、崩れないように。
砂の城が、いつまでも波にさらわれないように・・・

774 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:47

記憶のフタが、少しでも開きそうになったら、
メスを入れた、あなたの脳が悲鳴をあげる。

激しい頭痛が、あなたに襲いかかって、
あなたを苦しめる。

それは、言葉に出来ないほどの苦痛。

考えることを、思い出すことを拒否しなければ、
際限なく続き、激しく痛む。


全てに従順になったあなたは、
何の抵抗もなく、この催眠を受け入れた――


775 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:48




「ねぇ、美貴。
 一番大切なものが分からないアタシは、欠陥品なのかな?」

よっちゃん・・・


「――生きてる意味、あるのかな?」

「・・・ごめんなさい」

たまらず、あなたに抱きついた。


「どうして、美貴が謝るの?」

黙って首を振る。


言えない――

776 名前:第3章 2 投稿日:2009/04/02(木) 18:48

「ねぇ、どうして同じ顔をするの?」

え?

「美貴も、石川さんも、同じ顔をする。
 アタシを見る時、すごく痛そうな顔をするんだ・・・」

よっちゃんが、美貴の頬に手をあてる。


「それに、泣く・・・」


ねぇ、美貴――


「アタシ、もう疲れたよ・・・」

777 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/02(木) 18:49



本日は、以上です。



778 名前:value 投稿日:2009/04/02(木) 20:44
胸が締め付けられますね
どうかみんなを幸せにしてあげてください
779 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/03(金) 19:35

>778:value様
 いつもありがとうございます。
 作者も、早く幸せにしてあげたい気持ちはヤマヤマなんです。
 が、どうもお話しは暗い方向へ進んで行ってしまってます・・・(汗)


本日は、少なめなので、
久々の連日更新をさせて頂きます。


780 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/03(金) 19:36



781 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:37

「おはよう、柴ちゃん」
「あ、おはよう、梨華ちゃん」

いつも通りの朝の始まり。
けれど、何かがおかしい。


「ねぇ、何?
 このざわつきようは」

「保田部長が事故ったって」

え?

柴ちゃんが、声をひそめる。

「昨日の夜、酔って車に乗って、自爆だって・・・」
「うそだぁ」

だって、保田部長は。
そういう所は、キッチリしていて、
飲んだ時は、必ずタクシーを使うもの。

782 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:37

「それが、ほんとらしくて――」
「でも、柴ちゃん」

「知ってる。私も知ってるよ。
 法を犯すとか、世間の道理をはずれることを
 保田部長が嫌ってるって・・・」

「だったら――」

「けど、意識不明の重体で病院に運び込まれたのだけは
 本当だもん」


  『あとで、連絡する。
   あんたは、吉澤を信じてあげなさい』

あれから結局、何の連絡もなくて――

一体、部長に何があったんだろう・・・?

783 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:38

「えー、静かに!」

突然、大きな声が聞こえて、
ざわめきが静寂に変わる。

社長の後ろから入って来た女性は、
誰だろう?


「大方の人が知ってるとは思うが、
 保田君が今日から出社出来なくなった。
 よって、新しい部長を紹介する」

フロア中が、一瞬息を呑んだ。

待ってよ。
いきなり、部長交代?
普通、代行とか立てて、本人の帰りを待つもんじゃないの?

784 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:38

「この件に関して、文句は一切受け付けない」


でた。ワンマン社長のワンマン発言・・・

柴ちゃんが、小声でつぶやいた。


「では、新しい部長を紹介する。
 稲葉貴子君だ」

「稲葉です。
 これから、わが社のために全力で頑張ります」

いかにも、切れ者。
キャリアウーマンって感じ。

社長が、新部長の実績を紹介する――

785 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:39

「あれ?」
「どした?」

小声で柴ちゃんとやり取りする。

「ひーちゃんの様子が変・・・」
「え?」


かろうじて立っているというくらい、
呆然として、小刻みに震えている。

新部長を見つめる横顔は、真っ青で
今にも倒れてしまいそう――


786 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:39

「――では、今日も一日、宜しく!」

社長の一言で、フロアの緊張が一気に解ける。

新部長が、軽く会釈をして、
社長が去ると、真っ直ぐにひーちゃんに向かって
歩き出した。


「吉澤さん、ちょっといいかしら?」

見ている方が驚くくらい、
ひーちゃんは一瞬、体を震わせると、小さく頷いた。


二人して、フロアを出て行く――


787 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:40

「なんだろ、あれ?」

一緒に見ていた柴ちゃんがつぶやく。


怯えていた。
わたしにも、はっきりわかるくらい、
ひーちゃんは怯えていた・・・


あの人と何の関係があるんだろう・・・?

いてもたってもいられなくなって、
二人を追いかけようとした時に、課長に呼び止められた。


「石川さん、ちょっとこれ手伝ってくれる?」


――はい。

後ろ髪をひかれる思いを抱えたまま、
わたしは、課長席に向かった。

788 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:40


**********


789 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:41

「さ、入って?」

促されるまま、部屋に足を踏み入れた。

強烈な匂いが鼻につく。


――あの時と、同じ匂い・・・


思わず、フラついた。


「あら、大丈夫?」

笑い声を滲ませて、彼女がアタシを支える。


ヤダ・・・
この匂い――

キライだ・・・


790 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:41

「お久しぶりね。覚えてるでしょ?」

彼女に聞かれる。

「何で、何で、ここに・・・?」


めまいがする。
この匂いが耐えられない。
吐き気を覚えて、思わず顔をしかめた。


「ソファーにでも座ったら?
 立ってるの、つらいでしょ」

ソファーに目をやる。
そいつと目があった。

途端に体の力が抜ける――


そのまま、床に倒れこんだ。

791 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:42

「随分、聞き分けのいい子になったんだね。
 おとなしくしてれば、前みたいに痛いことはしないから」

そいつが立ち上がって、顔を近づけてくる――


ヤダ、嫌だ!

倒れこんだまま、頭を振る。


――大事な、約束を、したんだ・・・


頬を掴まれる。

「こっちを見ろ!」

ダメだ、いいなりになっちゃ。
また、大事なことを・・・、忘れてしまう――


――せっかく、思い出したんだよ・・・


  『あの樹の下で、必ず待ってるから・・・』



「いい?
 君は、誰も愛さない。
 君に、もう愛は必要ないんだ――」

792 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:42


**********


793 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:43

課長に頼まれた仕事を手早く済ませ、
わたしは廊下に出た。

どうしても、ひーちゃんが気になる――


一通り、全フロアを回ってみたけど、
二人はいない。

外にでも、行ったんだろうか・・・



「あ、石川さん!」

名前を呼ばれて振り向いた。
麻琴ちゃんが、走りよってくる。

794 名前:第3章 3 投稿日:2009/04/03(金) 19:43

「何か、お探しですか?」

息をはずませながら、麻琴ちゃんが言う。

「ううん。なんでもないの。
 麻琴ちゃんこそ、お出かけ?」

「はい。今日はこれから、開発部の研修で」


開発部――

そうだ!
地下をまだ見てない!!


「ちょ、ちょっと!
 石川さんっ?!」

わたしは、早々にその場を後にすると
地下に向かった――

795 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/03(金) 19:44


本日は以上です。


796 名前:value 投稿日:2009/04/03(金) 21:53
連日の更新、お疲れさまです
なんだか物語が大きく動く匂いがします
797 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/07(火) 14:28

>796:value様
 匂っちゃいましたか?
 御察しの通り、次回は大きく動きます。


さて、本日ですが、本編が非常に重く進んでるので、
よっすぃ〜誕生日に向け、一つくらい
何か明るいのを書きたいなぁ・・・
などと、ここ数日漠然と考えておりました。

そーいえば、梨華ちゃんの時は、
誕生日前のお話を書いたゾ。

ならば、よっすぃ〜も誕生日前のお話で――


と言う事で、これまた何となく書き始めたら
書きあがってしまいました・・・


続きのような、続きじゃないような
リアルのお話し。

リアルな妄想、ドントコイ!!
という方は、どうぞ。


798 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:29


  『愛の結晶 Part2』


799 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:30

「ハングリーで〜す。アングリーで〜す。
 もうすぐシアトルですよ〜」


ローテーブルの前で、胡坐をかいてるひとみちゃん。
その両手には、アノ人形が握られていて、
現在、一人人形劇の真っ最中――


「あちらで、ハングリーのお友達は
 なんとお誕生日を迎えま〜すっ!」

「ホテルも同室にしてもらったんでしょ〜?」

「異国で迎える二人だけのハッピーバースデー!!
 ちょー楽しみじゃね?」


ちょっと!
最後に、本人が登場してるじゃないっ!!

800 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:30

全く――

あれ以来、すっかり人形劇に夢中になっちゃって・・・
ベッドに入ってからも、ちょくちょくあーして遊んでる。
シアトルにだって、同行させるだなんて言ってるし――


「ハングリー、やっぱ誕生日はさ、
 大サービスしてくれるよね?」

「アングリーだったらさ、
 どうする?ね?どうする?
 やっぱ、ちょースケスケの下着とかで
 挑発しちゃったりしちゃうの?ねえ?ねえ?」


ぶわっかじゃないの?!
それに、何で本人からの質問に変わってんのよ?
どーせやるなら、二匹の人形劇で通しなさいよっ!!

801 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:31


「やん。ハングリーのエッチ〜!」
「アングリーがそんなカッコするから〜。ムフフ」

あ〜あ。

あんなことしたら、ハングリーの首が
飛ぶに決まってるじゃない。
なにが『ムフフ』よっ!


はあ〜〜

楽しそうに、一人人形劇を続ける
ひとみちゃんの背中を見つめた。


わたしは、こっちで気が重いのになぁ・・・

すぐそばにある東京アリスのチラシを手に取る。


眩しいくらいの白い肌。
わたしよりも短い丈。

すごく綺麗、ひとみちゃん――

802 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:31


 『キャラ真逆じゃんか』
 『これ、アタシのガラじゃねぇし』
 『しかも、ヤッてばっかじゃん!』

 『舞台じゃ、そんなシーン、きっとないって』



原作を一緒に読んだ時、
喚くあなたを、必死でなだめたのに・・・


いつの間にか、あなたはその役を
自分のものにしてしまう。

803 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:32

あの代役の時もそう。

まわりの心配なんか、一瞬にして蹴散らすように、
いつでも予想の遥か上を行ってしまうの・・・

だから、不安――


こんな女の子な姿。
見せたくない。

あなたの本当の姿を、見られてしまうようで・・・


わたしだけが、知ってたいのに――

804 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:32

「どした?」

人形を手にしたまま、不安げにわたしを振り返る。


やっぱ、ヤダな・・・
あなたのかわいい姿。
この腕に閉じ込めちゃいたい――


「梨華ちゃんもやる?
 ハンアンごっこ」

ううん。
小さく首を振って、すぐそばにおいてある
あなたのメガネをかけた。

805 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:33

「なにしてんの?」

不思議そうに、わたしを眺めるあなた。
あなたが、ハンアンごっこなら、わたしは――


胡坐をかいたままの、ひとみちゃんの背中に抱きついた。


「どうしたの?」

優しい声でそう聞いて、
前に回した、わたしの手を握ってくれる。


「アリスごっこ」
「え?」

「ひとみちゃんが、ハンアンごっこなら、
 わたしは、アリスごっこがいい」

「アリスごっこ、って・・・?」

806 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:33

「触れんのはオレだけ。
 あとオレに触るんもダメ」

「え?ちょ、ちょっと梨華ちゃん?!」
「違うでしょ。ちゃんと役になってよ」

そう言って、ひとみちゃんのシャツの裾から
手を入れる。


「ま、待って。待って。
 ちょっと待ってよ!」

「ダメ。今日の課題はオレのほう
 向かへんこと」

そう言って、無理矢理前を向かせて、
首筋に唇を這わせ、耳を甘噛みする。

807 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:33

んっ・・・
・・・ねぇ、やっ、梨華、ちゃん・・・


「何度言ったらわかるの・・・?」

吐息交じりの声で、
耳元で囁く。


――耳、弱いもんね?

ひとみちゃんの体から力が抜けたところで、
一気にシャツを脱がせた。
808 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:34

綺麗な背中――

何度見ても、うっとりするほど白くて、
滑らかで・・・

甘くておいしい、わたしだけの宝物――


ブラをずらして、優しくふくらみを撫でる。


ンッ、はあ・・・
アッ、ふぅんっ・・・

ひとみちゃんの口から
つやを帯びた声が漏れ始める。


――ダメ、わたしの方が興奮してる。

809 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:34

肩から首筋を這うわたしを捕まえるように
ひとみちゃんが手を伸ばす。


――ねぇ、すごく、色っぽいよ・・・
乱れてく姿が、とっても――


「――んんっ、メガネ、とって・・・」

そう言って、わたしの顔に手を伸ばす。


潤んだ瞳。
上気した頬。

熱い吐息がもれる唇――


ダメ、わたしの方がもう、ガマン出来ない・・・

810 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:34

そのまま、ひとみちゃんを押し倒して
唇を重ねる。


ンンッ、っん・・・

追いかけて、追い詰めて
深くなる口付け。

ひとみちゃんの長い指が
わたしの髪をかきまぜる。


わたしだけの、ひとみちゃん。

こんなに女の子で、
こんなに美しく乱れる――

811 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:35

「・・・キス、ダメなんじゃなかったっけ?」
「もういいの」

わたしに触れようとする
ひとみちゃんの手を制する。

「今日はダメ。わたしがするの」

再び、白い肌に手を這わす。


「ンッ、ハア・・・わかった、から
 梨華、ちゃんも、脱いで、よ・・・」

頷いて、全てを取り払う。
ひとみちゃんの下着も全て。


すべすべの腿を優しく撫でる――

812 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:35

「見せたくなかったな・・・」

思わずつぶやいた。

「何が?」
「女の子なひとみちゃん」

「ちょっと!アタシは正真正銘、女の子だって。
 男の子発言しちゃったけどさ・・・」

「違うよ。なんか、あのチラシ見てると
 すごく色っぽいから、わたしだけが知ってるひとみちゃんの姿、
 見られちゃうみたいな気がして、ちょっと悔しい」

「何言ってんの。
 こんな姿見せんの、梨華ちゃんだけじゃん」

「そうなんだけど、さ・・・」


ひとみちゃんは静かに起き上がると
わたしを抱きしめた。

813 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:35

「関西弁ヘタすぎ」
「エセ関西人に言われたくない」

そっとわたしの髪に長い指が触れて
耳にかけられる。

ひとみちゃんよりも短くなってしまった髪。
失敗したかな・・・


「可愛いよ、梨華ちゃん」

そのまま、わたしの手を握って
耳元で囁いた。


「ねぇ、続きしてよ・・・」

814 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:36

「ひとみちゃん・・・」

「今日はシテくれるんでしょ?」
「・・・うん」


「アタシのこと、こんな風に出来るの。
 梨華ちゃんしかいない。
 梨華ちゃんがアイシテくれるから、
 色っぽくなっちゃうんだって」

「そうかなぁ?もともとひとみちゃん、綺麗だし、
 すごく色っぽい時あるもん・・・」


そう言って、尖らしたわたしの唇に
そっと指を押し当てて、ひとみちゃんは言った。

「じゃあ、教えてあげる」

815 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:36

「アタシが色っぽいって言われんの。
 梨華ちゃんに抱かれた次の日だから」

「え?」

「梨華ちゃんがシテくれた次の日に出た番組とか、
 色っぽいって言われる」

「うそ?!」

「ほんとだってば。思い出してよ。
 あのチラシ撮った前の日も、梨華ちゃんシテくれたじゃん」


あ・・・

816 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:36

「ね?
 だから、アタシの色っぽさは、二人の愛の結晶Part2なの」


いたずらっぽく笑って、
もう一度、わたしの耳元に唇を寄せる・・・


ハヤク、シヨウヨ――


黙って頷いて、
ベッドに移動した。

817 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:37

はじめからやり直して、
ひとみちゃんの全てを堪能する。

その度にかわいい声をあげて、
しなやかな身をくねらす。

わたしの手で、指で、舌で
あなたが色づいていく――


こんなひとみちゃんを見れるのは、
世界でたった一人だけ――

わたしだけが、あなたのこの姿を、
ヒトリジメできるの・・・


818 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:37

「っく、あん、ハア・・・
 ねぇ、もう・・・、お願い・・・」

「まだ、ダメ」


もっともっと、寝乱れるあなたを見たい。
わたしの腕で、可愛く美しく彩られるあなたを――


アッ!んんっ、クゥ・・・


いいよ。もっとしがみついて。
きっと、シアトルでは逆になっちゃうから。

 『ハングリーは20%オスなんだから!
  色っぽくちゃダメなんだよ』

なんて、言って、
きっとさせてくれないもの・・・

819 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:37

今度のあなたの誕生日。

最高の誕生日にしようね?
あなたが喜ぶことを、たくさんしてあげるから・・・

楽しみにしてて?



だけど、今は――

目の前のカワイイあなたに
夢中になりたい・・・

820 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:38

「・・・もう、っんとに、
 アアンッ、だめ――」


――わかった。

イカセテアゲル。



明日も、色っぽいって言われちゃうのかな?

そっか・・・
とゆーことは、舞台のある日は毎日シテあげなきゃだ!!

821 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:38

「・・・ね、他のこと、考え、ないでよ・・・」
「ひとみちゃんのこと、考えてたよ?」

「ほんと?」
「ほんと」


潤んだ瞳で微笑むあなたは、
ほんとに綺麗。

わたしだけの宝物――


あああっ!!んんっ!
梨華っ!!

ハア、ッン!!


好きよ、ひとみちゃん。
誰よりも愛してる。

だから今日も、全力であなたを・・・

――アイシテ、ア・ゲ・ル。


822 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:39



    おわり



823 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:39



824 名前:愛の結晶 Part2 投稿日:2009/04/07(火) 14:40

まさか、自ら打ち間違いであげてしまうとは・・・(泣)


それはさておき。

いかがでしたでしょうか?
真昼間からこんな更新――

ま、お二人はとっくにシアトルに
到着されてるようだし、あっちが夜だから、いっか・・・(汗)

きっとステキな夜を過ごしてるんだろうな・・・

ああ、行きたい!
ちょっとでいいから、覗いてみたいっ!

以上、負け組な作者の妄想とたわ言をお届けしました。

825 名前:value 投稿日:2009/04/07(火) 22:42
お昼から鼻血出そうです
本編もとーっても気になるところですが、最近いしよしネタ豊富なので短編心待ちにしてました
きっと今頃二人は異国の地で…
あぁ妄想が止まりません

二人の勇姿見たかったなあ
826 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/09(木) 22:39

>825:value様
 ほんとに勇姿見たかったですね。
 空を見上げては、思いを馳せるばかりです・・・



では、本日の更新に参ります。


827 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/09(木) 22:40



828 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:41

階段を下りて、地下一階に向かう。
ここにいるとは思えないけれど、他のフロアは全部探した訳だし、
とりあえず覗くだけ――


開発部は、新薬に関する情報を取り扱っているせいで、
基本、一般の従業員の立ち入りは許されていない。

こんな所にいることがバレたら、大目玉だろう。
けど、その時はその時。

今は、ひーちゃんの行方が先だもん。


薄暗い廊下。
人の気配を全く感じない――

そっか。
さっき、麻琴ちゃんが研修って言ってたんだっけ?

じゃあ、誰もいるはずないか・・・

どの部屋も鍵だって、かかってるだろうし――

829 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:42

引き返そうとして、ふと気になった。

なんだろ?
お香の匂いが、する・・・


このフロアには、薬品庫がある。
だから、なにかしらの香りがするのは分かるんだけど、
それにしても、強すぎる気がする。

まるで、今焚いているように、
はっきりと感じることができる――

830 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:43

少しずつ、奥に歩みを進めた。

まだ、業務時間中だって言うのに、
ここだけ切り離された世界のよう。

薄暗い廊下が、不安を煽る・・・


奥に進めば、進むほど強くなる香り。

一番奥にあるミーティングルームの
曇りガラスに映った影が、一瞬揺れた。


――誰か、いる。

あの部屋に、誰かが、いる・・・

ゴクリと唾を飲み込んだ。

831 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:44

もし本当にミーティング中ならば、
ここに何しに来たのか、どこまでも追求されるだろう。
他の会社からのスパイだと、言われるかもしれない。


でも――

でも、わたしは、ひーちゃんが心配。


ヨシッ。

小声で、気合を入れて、
ドアをノックした。

「失礼します!」

832 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:44

何の返事もない。
さっきの影は気のせい?

けれど、曇りガラスの向こうで、
小さな明かりが揺らめいているように見える。

思い切って、ドアノブに手をかけた。


 『来ちゃダメだ!!』


ドアの向こうから、ひーちゃんの声がした。

やっぱり。
やっぱり、ここにいたんだ!!

833 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:45

「ひーちゃんっ!!」

鍵がかかっていて、
ドアが開かない。


 『帰るんだ!!グッ・・・』

ひーちゃんのうなり声が聞こえる。


「大丈夫?!
 ねぇ、お願い。ひーちゃん、開けて?」


 『ダメ、だって・・・うぐっ!!』

「ひーちゃんっ!!」

必死で、ドアを叩いて、
ひーちゃんを呼んだ。

834 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:46


 『そんなに激しく叩いたら、
  壊れちゃうじゃない』


間延びした声が、中から聞こえて、
目の前の扉が開いた。



「いらっしゃい。石川梨華さん」
「――稲葉、部長・・・」

「いい所に来てくれたわ」

妖しい笑みを浮かべて、
彼女はわたしを中へと導いた。

835 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:46

「――来ちゃ、ダメ、だ・・・」

切れ切れに言うひーちゃんの声で
我に返る。


「ひーちゃんっ!!」

床に倒れている彼女に駆け寄って、
抱き起こした。

「ダメ、だって・・・」

わたしから離れようと、身をよじる。

「今、なら、まだ、間に合う。
 ここ、から、出て行って。
 全部、ぜん、ぶ、忘れて・・・」

836 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:47

「ほらやっぱり、あなた思い出してたんじゃない」

ひーちゃんが、激しく首を振る。

「――思い、だして、なんか、ない。
 だから、いいか、ら。
 早く、帰って。アタシの、ことは、放っておいて・・・」

苦しそうに、途切れ途切れに言葉を絞り出して、
ひーちゃんが、わたしの腕から離れようとする。

「イヤ!思い出してくれなくたっていいもん!
 こんなひーちゃん、放っておけないよっ!!」

ひーちゃんが目を見開く。
と同時に、凄まじいうなり声をあげて、頭を抱えると、
わたしの腕をとび出して、そのまま床を転がる。


「ひーちゃんっ!!」

837 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:48

「アハハハハハッ!
 もう遅いわよ」

稲葉部長が、心底可笑しそうに笑う。

「痛むでしょう?
 今度は我慢出来ないほど」


ウグッ、ググググ・・・

ひーちゃんが頭を抱えて、激しくうなる。


部長が、ひーちゃんの目の前にしゃがみ込む。
ひーちゃんの顎を掴んで、無理矢理視線を合わせると、
彼女は言った。

「ねぇ、いつから記憶、戻ってたの?」

えっ・・・

記憶が戻って、た・・・?

838 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:49

「――アタシ、には、何のこと、か・・・」

ぐあああああ!!
うぐぐぐぐっ!!

言い終える前に、ひーちゃんが叫び声をあげる。
部長が掴んだままの顎を離した。

「もう。だから、さっきから、おとなしく
 薬を飲みなさいって言ってるのに」

うふふふふ。


「ひーちゃん、大丈夫?!」

駆け寄って、もう一度ひーちゃんを抱きかかえた。
さっきよりもグッタリしてる。

839 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:50

「あなた・・・、一体何者?」

わたし達を見下ろす部長を見上げた。


「なんで?
 どうして、ひーちゃんはこんなに苦しんでるの?」

「ダメだ。何も、聞かずに、今すぐ、帰って――」

ひーちゃんが、わたしの腕をつかむ。



「――梨華、ちゃんを、巻き込みたく、ない・・・」

840 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:50


「――ひーちゃん・・・、今、なんて・・・?」

確かに今、ひーちゃんの口から、
『梨華ちゃん』って――


「ほら。やっぱり思い出してたんじゃない。
 往生際が悪いのよ」

もう一度、しゃがみ込んだ彼女から、
ひーちゃんが顔を背ける。


「いいわ。我慢強いのだけは、褒めてあげる。
 けど――」

部長の目が細められる。
背筋がゾッとした。

841 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:51

「今度はそうはいかない」


言ったでしょ?
これ飲まないと、あなた死ぬわ――



死ぬ・・・?
ひーちゃんが・・・

――どうして?


ひーちゃんを抱えたままのわたしの目の前に、
ペットボトルと怪しげなカプセルが置かれる。


「あなたに、石川さんに決めさせてあげる」


わたし、に――?

842 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:52

「そう。彼女を見殺しにしたくないのなら、
 それを飲ませればいい」

彼女は立ち上がると、
再び、わたし達を見下ろした。

「ただし――」

ただ、し・・・?


「今度こそ、吉澤ひとみは空っぽになる。
 記憶も感情も、綺麗さっぱりなくなる」


だから――

もうあなたの事を思い出すことは二度と、ない。


843 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:52

――どういう、こと・・・?

何言ってるの、この人・・・


「何がきっかけで、記憶が戻ったのかは
 分からないけれど」

そこで、言葉を切ると、
彼女はソファに腰掛けた。

「やっと完璧になったの。
 1年前とは比べ物にならないわ」


――1年、前・・・?

「もしかして、あなたが――
 あなたが、ひーちゃんをこんな目に・・・?」

844 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:53

「ヤダ。昔みたいに手荒なことはしてないわ。
 この子、随分おとなしくなったもの。
 痛いことなんて、な〜んにもしてない」

さも、愉快そうに、彼女が続ける。

「ただ、催眠をかけ直しただけ。
 だって、この薬を飲むのを、拒むんですもの」

目の前の薬を眩しそうに見つめる。


「彼女は、それを飲んで生身のロボットになるの」


ロボット・・・?

845 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:54

「あら?理解しがたい?
 とっても簡単なことよ?」

軽い口調で、話しを続けるけど、
わたしには、到底信じられなくて――


 彼女は脳にメスを入れてるの。
 それだけで、済むと思ったのに。
 脳って複雑ね。

 催眠にも、限界があるわ。
 覚めてしまえば、それで終わりだもの。
 まあ、魔法みたいなものよね?


だから――


――やっぱり、薬が必要なのよ。


846 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:55

「3つが揃って、はじめて完成する。
 まずは、被験者の脳にメスを入れ、記憶を抹消する。
 そして、その記憶が蘇らないようにフタをする催眠。
 最後に感情を手放す、この薬――」

麻薬みたいなものね。
即効性のある・・・
 

――何なの、この人・・・


「ヤダわ。そんな目で見ないでよ。
 結構需要があるのよ?
 全ての記憶も感情も手放した生身のロボットって。
 石川さんも欲しいと思わない?」


おかしいよ。
――狂ってる・・・

847 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:56

「狂ってる?
 でも、世の中の無駄な金持ちはね、そんな人ばかりよ?
 温もりを持った、持ち主に従順な生身のロボットに
 巨額を投じる腐った人間は、この地球上には、たくさんいるの」

彼女も、それで望まれた訳だし。


――ひーちゃんが?

「誰にかは、教えられない。
 一応、守秘義務ってものがあるしね」


ただ、吉澤ひとみは、その第一号の被験者。
いずれ、歴史に名を残すわ。

848 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:57

「それって――
 人体実験じゃない・・・」

「あら、人聞きが悪い。
 でも、そうとも言うわね」

そう言ってニヤリと笑う。

「そんなっ!!」

ひどい・・・
人を、まるでおもちゃのように――


うああああっ!!

「ひーちゃんっ!!」

849 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:58

「ほら、その薬を飲ませてあげて?
 そうしないと、その子、死んじゃう」

ケタケタと笑いながら、
わたしに向かって言う。

「催眠をかけ直したって言ったでしょ?
 傷を負った脳を集中的に攻撃したの。
 今、彼女の脳はパニック起こしてるわ。
 その頭痛が、何よりの証拠」


ウグググッ!!

ひーちゃんが、また悲痛な叫び声をあげた。


「おとなしく飲まないから、苦しむのよ?
 早く飲まないと、あなたの脳は自らその活動を停止するわ」

850 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:59


「ほんとにタッチの差だったのよ?」

ソファーから立ち上がって、
またわたし達に近づいてくる――

「石川さんが来る、ほんの少し前に、
 彼女、催眠かけられちゃったんだもん。
 あなたが、もう少し早ければ、助けられたかもしれないのにね・・・」

驚いて、見上げる。


――ホント、ザンネンデシタ。


そんな事、微塵も思っていない口調で。
まるで、面白がっているように、わたし達を見下して――

851 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 22:59


「さあ、どうする?
 石川梨華さん」

その薬を飲ませる?
それとも、見殺しにする?


そんなこと、言われても――


だって、こんな馬鹿げた話。
信じられる?

これを飲んだら、記憶も感情もなくなる?
飲まなかったら、死んでしまう?


――そんな現実離れした話しを、信じろだなんて・・・

852 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:00

アハハハハハハハッ!!

けたたましい笑い声をあげたと思ったら、
わたしを睨みつける。


「じゃ、勝手にすれば?」

ゾッとするような微笑・・・



ぐあああああっ!!

また、ひーちゃんが叫び声をあげた。


「あなたに決めさせてあげるって
 言ったんだから、どうぞご自由に」

853 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:01

ひーちゃんが、震える体を起こして、
わたしの腕から逃れようとする。

「――もう、いい、から・・・、梨華、ちゃん。
 あとは、ハア・・・、アタシが、自分、で、決め、る、から。
 ハァハァ・・・、早く、帰るん、だ」

ひーちゃん・・・

力を振り絞って、わたしの腕から抜け出すと
ひーちゃんは、そのまま床に転がって、
うずくまった。


「もうすぐ時間切れ、かもね・・・」

そう言って、またソファに腰掛ける。


彼女の声色が変わった。

「――死へのカウントダウン、開始」


854 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:02

ひーちゃんは、苦しんでる。

体中に汗をかいて。
真っ青な顔をして。
うめき声をあげて――


わたしに背を向けて、背中を丸めて
必死に痛みに耐えてる。


もう一度、ひーちゃんのそばに行って、
体を抱き起こす。

手の平で、ひーちゃんの額の汗を拭ってあげる。

――ひーちゃん。

855 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:02

ひーちゃんが、薄く目を開けた。

「梨華、ちゃん――
 アタシ、は、もう、記憶、無くしたく、ない、んだ・・・」

ひーちゃんの目尻から
涙が一筋こぼれた。

わたしの腕をつかんで、
そのまま手を伸ばすと、わたしの頬に触れる。


「梨華、ちゃんを、忘れたく、ない――」


ひーちゃん――

涙が溢れた。

856 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:03

歯を食いしばった。

あなたのために、何も出来ないことが悔しい。
あなたを助けられない無力な自分が情けない・・・


次から次に溢れ出す涙が、
ひーちゃんの頬の上に落ちた。


「冷たい、よ。梨華、ちゃん・・・」

ひーちゃんが微笑む。

「お願い、泣か、ないで・・・」

震える指で、涙を拭ってくれる。

857 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:04

「アタシ、は、ずっと・・・
 梨華、ちゃん、だけ、だから――」

ひーちゃんを抱きしめた。

ひーちゃん。
あなたは、何も変わってない。

こんな目に会っても、わたしを愛してくれて。
こんな時でも、わたしを一番に考えてくれて――


ひーちゃんのために、
わたし、何ができる?
どうしたら、いい・・・?

858 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:05

「何、も、しなくて、ハア・・・
 ッグ、い、い、か――」

ギイイイイっ!

ひーちゃんが、歯を食いしばる。


「忘れ、たく、ウグッ、ない、ん――」

ああああぁぁ!

ひーちゃんが、わたしに抱きつく。
痛みをこらえるために、背中にしがみつく。

859 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:06

「どうする?
 彼女の望み通り、このまま見殺しにする?
 それとも、この薬を飲ませて、助けてあげる?」


「――それを・・・
 それを飲めば、ほんとにひーちゃん助かるんですね?」

「ええ。命は保証する」
「ほんとですね?」

「ダメ、だ・・・」

ひーちゃんが、朦朧とした意識の中、
懸命に首を横に振る。

ひーちゃんの青白い頬を撫で、
力いっぱい、抱きしめた。


ごめんね、ひーちゃん。
わたしは、あなたを、愛する人を見殺しになんて出来ない――

860 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:06


「――ひーちゃん、愛してる」

ずっと、あなただけ。

たとえ、あなたが、わたしを分からなくなってしまったとしても。

これからも、ずっと。


あなただけを、愛してる――


861 名前:第3章 4 投稿日:2009/04/09(木) 23:07

片手でひーちゃんを抱えたまま、
ペットボトルを掴んで、水を口に含む。

そのまま、カプセルを取り出して、
自らの口に含んだ。


ひーちゃんの頬に、そっと手をあてて、
唇を重ねた。


久しぶりに、直に感じる
ひーちゃんのぬくもり――


好きよ、ひーちゃん。
ずっとずっと、愛してる。

だから――



――さよなら、ひーちゃん・・・

862 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/09(木) 23:08



863 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/09(木) 23:08



864 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/09(木) 23:09


本日は以上です。


865 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 01:48
更新お疲れ様です。

うぅぅ・・・涙が溢れて止まりません。。
この選択しかできないですよね愛していたら。。
梨華ちゃん&よっすぃの愛は本物ですね。
866 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/10(金) 22:23
二人の愛にキュンとしつつ涙でモニタの文字がかすんでしまいました
867 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/16(木) 18:06

>865:名無飼育さん様
 泣かしてしまいましたね。すみません。
 おっしゃる通り、二人の愛は本物ですので・・・
 おっと、これ以上は言えません。

>866:名無飼育さん様
 今作は、キュンキュンが少なくてすみません。
 リアルのお二人には、キュンキュンさせられっぱなし
 だと言うのに・・・


では、本日の更新です。


 
868 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/16(木) 18:06



869 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:07

あれから3日経った。

ひーちゃんは、本当に生身のロボットになってしまったかのように
目の前の事を、ただ黙々とこなしている。

何事にも興味を示さないし、
誰にも興味を持たない。

もちろん、このわたしにも――


あの日が、嘘のように、
何の意思も映さない瞳で、わたしを見る。


その度にわたしの胸は、張り裂けそうになる。
本当にこれで良かったんだろうか?

本当にこれで――

870 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:08


 『いい?訴えようとしても無駄よ?
  証拠もないし。ましてや、吉澤ひとみ本人が、
  こちらに従順なロボットになっちゃってるんだから』

満足げに、ひーちゃんを見つめる稲葉部長に、
くぎを刺された。


 『まあ、あなたにそんな元気が残ってるとも
  思えないけど。だって、あなたが選んだ道だもの。
  彼女の願いを踏みにじってね』

871 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:08

ねぇ、ひーちゃん。
わたし、間違ってたかな?

今もね、あなたの声が聞こえるの。

  『梨華、ちゃん――
   アタシ、は、もう、記憶、無くしたく、ない、んだ・・・』

  『梨華、ちゃんを、忘れたく、ない――』

  『アタシ、は、ずっと・・・
   梨華、ちゃん、だけ、だから――』


ひーちゃん、ごめんなさい。
ほんとに――、ごめん・・・


「梨華ちゃん、お昼だよ?
 大丈夫?」

溢れそうになる涙を、
唇を噛み締めてこらえた。

872 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:09

柴ちゃんと連れ立って、外に出る。
爽やかな初夏の風が、わたしの頬を撫でた。


  『明日はきっと。今日より、もっとずっと温かな風が、
   あなたの心を包んでくれるはずです。
   そう思いませんか?』


ひーちゃんはもう、この風を優しいと
温かいと感じることはないのかな?

ひーちゃんが教えてくれたのに――

ひーちゃんがわたしに――


ううっ・・・

思わず顔を覆った。

873 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:10

「梨華ちゃん?」

「ごめん、柴ちゃん。
 苦しいよ、わたし・・・
 ――どうしたら、良かったの?」


間違っていたかもしれない。
あなたに薬を飲ませたこと。

あなたの願いを。
わたしを忘れたくないと言ってくれた、あなたの願いを、

どうして、どうして、わたしは――


立ち止まって、泣き出したわたしを柴ちゃんが
そっと包んでくれた。


だけど――

ぬくもりが違うの。


ひーちゃん・・・

本当に、ごめんなさい――

874 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:10



875 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:11

「――柴ちゃん、ごめんね」
「へーき、へーき」

わたしの涙がとまるまで、
待っててくれた柴ちゃん。

せっかく外に出たのに、
結局、食べる時間が無くなってしまって――


「てか、私も一応傷心だからさ、
 食欲、あんまないのよ」

会社のすぐそばのコンビニで、
手軽なものを物色しながらつぶやく柴ちゃん。

傷心って…

876 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:11

「別れたの、マサオと」

うそっ!

「結構前なんだけどね、
 梨華ちゃん、それどころじゃなかったでしょ?
 なんか言いそびれちゃって・・・ごめん」

明るく微笑んで、ごめんだなんて。
わたしの時は、柴ちゃんが支えてくれたって言うのに――


「――ごめん、大事な時に役に立たなくて…」

「ヤダ!やめてよ。
 言うほど、傷心してないの」

だって…

877 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:12

「前にも言ったでしょ?
 なんかずっと違和感があったんだよね」

御会計を済ませて、二人で外に出る。

「自分でも、びっくりするくらいよ?
 マサオに別れようって言われて、
 わかったって、すんなり言ってた」

柴ちゃん…

「なんだろな〜
 ほんと不思議なんだけど、私スッキリしてるの」


二人でエレベーターに乗り込む。

878 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:13

「ほんとに、柴ちゃんは
 それでいいの?」

「やだ、梨華ちゃんがそんな顔しないでよ。
 ホントにホント。
 さっぱり過ぎる自分に、傷心してんの」

そう言って、柴ちゃんはカラカラと笑った。


エレベーターが止まって、
扉が開く。

目の前に、課長がいて驚いた。


「よかった!
 さっき病院から連絡があってね。
 石川さんのお父さん、意識戻ったって!!」

879 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:13


そのまま、早退させてもらって、
急いで病院に向かった。


全く目を覚まさなかった、
何度話しかけても、何の反応も示さなかった、お父さん。


もしかしたら、このままずっと、
意識が戻らないんじゃないかって・・・

そしたら、わたしお父さんに嫌われたままだって――

お父さんを悲しませたままだって――

880 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:14

社会に出て、初めてわかったの。

どれだけ、お父さんが、
わたし達のために、必死で働いてくれてたのかって。


本気で好きな人が出来て、初めてわかったの。

どれだけ、わたしがお父さんに、
愛されてたのかって。


それなのに、わたし
勝手なこと言って、家を飛び出して…

ずっと、意地を張ったままで――

881 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:14

謝りたい。
あの日のこと。

生意気言って、お父さんを怒らせたこと。


ちゃんと謝って、
あなたの娘に戻りたい――



深呼吸して、病室の扉を開けた。

882 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:15


「おう、梨華!」

ベッドに起き上がって
笑顔でわたしの名を呼んだ。

――お父さん…


「何、入口で突っ立ってんだ?
 早く入れ」

涙が溢れて、止まらない。
ちゃんと謝らなきゃ、わたし…

そろそろと父に近付く。
すぐそばまで来て立ち止まったわたしの背中を
お母さんがそっと、押してくれた。

883 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:16

「お父さん…、わたし――」

「頑固なとこは、俺にそっくりだ」

ニッコリ笑って、手を伸ばすと、
わたしの頭を引き寄せた。


「お前は、俺の大事な娘だ」

「ごめんなさい・・・
 生意気ばかり言って、わがまま言って、
 本当に、ごめんなさい――」

数年ぶりに、父の胸で泣いた。


884 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:16



「梨華のお友達?」

久しぶりに3人で笑い合って、
落ち着いたところで、お母さんが花瓶を指さして言った。


「梨華が来る、ほんの少し前に
 それを持って来てくれたのよ」

そこに活けられているのは――

「色白で、すごく綺麗な子だったわよ?
 背もスラっとしてて、ホントに素敵な子」


  『あの樹はね、梨華ちゃんの誕生日の頃には、
   赤い実をつけて、アタシ達を祝福してくれるはずだよ?』


885 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:17

「それ、飯桐の実よね?
 時季じゃないのに、よく手に入ったわよね」


  『見せてあげたいんだ』

  『今度の誕生日、二人で一緒に見に行こう?』

  『アタシ達がはじめてキスした、あの樹の下で
   もう一度、ちゃんと誓い合いたいから・・・』


まさか――


「ちょっと、出てくる!」
「え?ちょっと、梨華?!」


886 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:17


ひーちゃん、どこ?

出口に向かいながら、病院内を探す。
待合室も、喫茶室も。
売店かもしれない。


だって、あれは・・・

あの樹が分かるのは、
ひーちゃんしかいないもの――

887 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:18





888 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:18


「ずっと、二人で見に来たいって思ってたんだ。
 いつもはさ、アタシが見た景色を絵に描いて、
 梨華ちゃんに見せるけど、この樹だけはどうしても二人で見たかった」

小高い丘の上に立っている
たった一本の樹――


「すごいでしょ?
 どんなに大風が吹いても、こいつ踏ん張って
 ここにいるんだよ?」

遮るものは何もなくて、
本当にその樹が、一本だけそびえている。


手を繋いだまま、ひーちゃんとその樹を
見上げた。

889 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:19

「ほら見て。この樹、葉っぱがハートの形してるんだよ?」

ほんとだ・・・


「よく見てごらん。小さな花がたくさん咲いてるでしょ?」

大きな葉に見え隠れして、
小さなお花が見える。


「『恵まれた恋』っていう花言葉なんだって」
「恵まれた恋?」

「アタシは、梨華ちゃんとこうして
 恋が出来るだけで、恵まれてるって思う」

――ひーちゃん・・・


樹を見上げたまま、頬を染めるあなたを
心から愛おしいと思った。

890 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:20


「この樹がすごいのはね」

あなたの視線を追って、
再び、その樹を見上げる。


「冬が来て、このハートの葉っぱが全部散っちゃうでしょ?
 どの樹も、寒そうに枝だけになっちゃうのにさ」

眩しそうに目を細める。


「この樹だけ。この飯桐だけは、真っ赤な実を
 たくさん、ぶらさげてるんだ。
 寒々しい景色の中で、こいつだけなんだよ」

すごいよなぁ・・・

太陽の光が、ただでさえ輝く彼女の瞳を、
より一層、美しく彩る。

891 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:20

「地中に深く根を張ってさ、『明日はきっと心地よい風が吹くさ』って、
 どんな嵐の日も、きっと悠然と構えてるんだと思う」

ひーちゃんが、わたしの手を強く握った。


「何があっても、どんなに辛いことがあっても、
 アタシはずっと梨華ちゃんと一緒にいたい」

見上げていた視線をおろして、
ひーちゃんが、わたしを見つめる。

吸い込まれてしまいそうなほど、大きくて綺麗な瞳・・・

その澄んだ瞳が今、わたしだけを見つめている。
それだけで、わたしは射抜かれてしまう――


892 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:21

「この樹の下で、初めてキスを交わした恋人は、
 一生、添い遂げられるんだって」

わたしを見つめたまま、ひーちゃんはそう言って、
大きく息を吸いこむと、言葉を繋いだ。


「あなたを愛し続けるって、誓います。
 だから――」


・・・だか、ら?


「ここで、キスしよう」

893 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:21

繋いだままの手を引っ張って、
グッと引き寄せられた。

ひーちゃんの胸に抱かれる。


すごくドキドキしてる、ひーちゃん・・・
でも、わたしも同じくらいドキドキしてるよ?


わたしの誕生日に、お付き合いを始めて、
早4ヶ月。

いつも抱きしめてくれるだけで、
それ以上、進もうとしなかったのは、こんな理由があったんだね。

894 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:22

ゆっくり顔を上げて、静かに目を閉じた。

陽の光がさえぎられて、
あなたが近づいてくるのを感じた。

高鳴る胸の鼓動が、
少し邪魔だけれど、あなたも同じ音を刻んでいるから、
あなたの思いを感じるから、すごく幸せで――


そっと唇が触れ合ったとき、
嬉しくて、涙が溢れた。

初めて直接感じた、あなたの温度は、
何よりも、温かくて。
誰よりも、優しくて・・・

心の底から、幸せを感じた。


絶対にあなたのそばを離れない。

その時、強く思ったんだ――

895 名前:第4章 1 投稿日:2009/04/16(木) 18:23



ひーちゃん・・・


必死で探したけど、見つけることが出来なかった。

どこにいるの、ひーちゃん?
ひーちゃんは、あの樹を覚えてくれているの?

わたしを・・・
わたしをまだ、覚えていてくれてるの?


夕暮れの冷たい風が、どこかから不安を連れてきて、
わたしを包みこんだ。


ねぇ、またひーちゃん、いなくなっちゃうの?
どこか、遠くに行ってしまうの?

なぜか分からないけど、
深い闇に落とされてしまうような、得体のしれない不安に襲われて、
わたしは、しばし病院の外で立ち尽くしていた――

896 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/16(木) 18:23



897 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/16(木) 18:23



898 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/16(木) 18:24


本日は以上です。


899 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/16(木) 20:57
なるほど、そんないきさつがありましたか・・。
初めてみる名前だったのでググりました。
知ってから読み返すとさらに感慨深いです。
900 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/20(月) 16:47

>899:名無飼育さん様
 うれしいお言葉、ありがとうございます。
 なかなか素敵ですよね?
 二人が一緒に見上げていたら、なおさら・・・なんて(笑)


では、本日の更新にまいります。




901 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/20(月) 16:48



902 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:48

「美貴は、よっちゃんを
 あんな風にして欲しいなんて、言ってないっ!!」

目の前の3人にくってかかる。


「まあまあ、お嬢様。
 そう怒らないで」

大谷が近寄って来て、美貴の肩を抱いた。


「触らないでっ!」

大谷の手を振り払って、3人と距離を置くと
壁に寄り掛かる――


よっちゃんが会社にいっている間に、
どうしても、問いただしたくて、
美貴の屋敷に、3人を呼びつけた。

903 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:49

だって――

こんなはずじゃなかった。
美貴が望んだのは、あんなよっちゃんじゃない…


「今更、こんなはずじゃないって、
 言われてもねぇ・・・」

肩をすくめて、ため息をつき、
ニヤニヤと美貴を見ながら、稲葉貴子が続ける。


「イギリスでは、随分痛めつけたけど、
 今回は、傷一つ負わせてない。
 あなたのお望み通り、あの綺麗な顔に傷一つつけずに、
 あなたのものにしてあげたのよ?何がご不満?」

904 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:49

あれはよっちゃんだけど、よっちゃんじゃない。
美貴のよっちゃんは、綺麗な目をしてたんだ。

はじめて会った日、桜吹雪を背負って立つよっちゃんの瞳は
キラキラと輝いていた。

美貴は、あの瞳に恋したんだ。


たとえ、美貴と肌を合わせているときは、
ガラスのような目をしていても、普段は違った。

よっちゃんから、愛は奪っても、
他のものは・・・

他の感情は奪ってない!
そんなことは、望んでないっ!!

905 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:50

「お嬢様、私たち姉妹にあたるのは
 やめて下さいよ」

再び、大谷が近づいてきて言う。

「でも、ロボットにしろだなんて…
 全ての感情を消せなんて、美貴は頼んでない!」


あんなに無気力になって――

美貴が大好きだった瞳は、うつろになってしまって、
何の感情も示さない。

何を聞いても、何をしても
全く興味を示さない。


返事だって、生返事ばかりなんだ――

906 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:51

「貴子姉さん、薬もう少し改良した方が
 いいんじゃない?」

「雅恵こそ、手術の腕をあげてよ。
 記憶戻っちゃったんだから。商売にならないわ」


悪魔だ・・・

人の命を持て遊ぶなんて――


そうつぶやいた美貴を、大谷が睨んだ。
目の前で、左手が振り上げられる。

叩かれる――

そう思って、首をすくめた美貴の耳をかすめて、
壁に手をついた。

右手で、グイッと顎を掴まれる・・・


907 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:52

「悪魔に魂売っても構わないって言ったのは、あんただよ。
 そうだろ?金しか取り柄のない、お嬢さん」


アッハッハッハ!

「その顔、最高よ?」

貴子が手を叩いて喜ぶ。
そして、真顔に戻ると覚めた目で美貴を見つめた。


――金持ちは、ダイッキライ。

908 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:52

獲物を追い詰めるかのように、
ゆっくりと、貴子が美貴に近づいてくる――


「けど、この世の中は金がある者が勝つの。
 ほんとにヘドが出そうだわ。
 私達3姉妹はね――」



  『ダメです!そこに入られては!!』

廊下で、三好の声がした。


「何事だ?」

大谷がドアに近づいたのと同時に、扉が開いた。

909 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:53


「――よっ、ちゃん・・・」

勢いよく飛び込んできたのは、会社にいるはずのよっちゃん。


「何してるの、吉澤さん。会社に戻りなさい」

いち早く、我に返った貴子が、
よっちゃんに向かって言った。


「稲葉部長――
 こう呼ぶのも、これで最後です」

「吉澤さん、何言ってるの?」

910 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:53

「美貴、もう終わりにしよう」

え?

よっちゃんが、美貴をみつめる。
その瞳には、強い光が宿っていて――

一体、どうなってるの?


「すぐに社に戻りなさい!」


「そろそろ警察が到着する頃じゃないかな?
 会社に」

再び、よっちゃんが貴子を見て言う。

「なんなら、一緒に戻りますか?」

「どういう、こと・・・?
 あなた、何言ってるの?」

911 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:54

「開発部のミーティングルーム。
 その奥には、隠し金庫がある。
 そこに、この薬が入ってるはずだ」

よっちゃんの手には、小さなビニール袋。
そして、その中にカプセルが一つ――


「飲まなかったのねっ!!」

貴子が驚きの声をあげた。


「薬をカプセルにしてくれたおかげだよ」

よっちゃんの一言で、大谷が貴子を睨んだ。

「じゃあ、感情を無くしたフリをしてたって言うの・・・?」

貴子の質問に、よっちゃんがニヤリと笑った。


「でも、確かに・・・」

912 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:54

「そう。一度は含んだよ。
 けど、口に含んだまま、スキを見て吐き出したんだ。
 もう、記憶を無くしたくなかったから」

「でも、どうして?
 催眠は、ちゃんと効いてたじゃない・・・」

貴子がソファーを振り返る。


「催眠には、限界がある。魔法みたいなもんだ。
 覚めてしまえば、それで終わり。
 そうアタシに言ったのは、稲葉さん、アンタだよ?」

よっちゃんに言われて、慌てたように
貴子が弁解する。

「誤解よ。そんなつもり・・・」


「貴子姉さん、もういいよ」

彼女が、ソファーから立ち上がった。


913 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:55

「どうして君はいつも、あたしの邪魔をするの?」

「邪魔してるつもりはない」


「みんな嫌いだよ。
 梨華さん以外は、みんな嫌いだ・・・」

そうつぶやいてから、
彼女が美貴を見る。


「自分で稼いだ金なんてないクセに、
 偉そうに文句ばかりつけて。
 あんたはいいじゃないか。いい思いをしたんだ。
 なのに、あたしは――
 あたしの幸せを、こいつがいつも邪魔をするっ!!」

凄まじい形相で、彼女がよっちゃんを睨んだ。


914 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:56

「痛いことは嫌いなんだけど、
 もう仕方ないよね?」

彼女が、貴子と大谷に確認する。

「なあに。すべての暗示がとけた訳じゃない。
 もう一度、かけてあげるよ。
 今度こそ、死なせてあげる・・・」

そう言いながら、彼女がゆっくり
よっちゃんに近づいていく――


よっちゃん、お願い。
逃げて――



「残念だけど、もう効かないよ。
 魔法はとけたんだ」

「フン。そんなバカな」

915 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:56

「昔から・・・、そう遠い昔から、
 魔法をとく方法が、一つだけある」

よっちゃんが、彼女を見据える。

「そんなのないよ。
 ハッタリだ」

「そうかな?」

よっちゃんが微笑む。


貴子が小さく「アッ」と声を発した。

「お姉さんは、分かったみたいだよ?」

一呼吸おくと、よっちゃんは更に
強い光を湛えて、彼女を見つめた。


「愛する人の口づけで、
 悪い魔法から解き放たれるんだ。
 だからもう。アンタの――小川麻琴の出番はない」


916 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:57


「――あの時、石川梨華が、口移しで薬を・・・」

貴子のつぶやきに、
麻琴の横顔が強張った。


「もし、梨華ちゃんが口移しで飲ませてくれなかったら、
 アタシはアンタ達の望む通りになってたかもしれない。
 けど、真実の愛は、絶対に負けないんだ」


よっちゃん・・・

力強く輝く目。
あの瞳に、美貴は恋したの。

ねぇ、美貴はもしかして――


917 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:57

「ハハハハハッ!
 聞いてて、虫唾が走るな。
 何が真実の愛だ、アホくさっ」

大谷が、冷めた目で美貴を見た。

「それに、私達は、あのお嬢さんの
 いわば、使いっぱってヤツだ。
 所詮、愛は富に勝てないって、大金つぎ込んだのは
 あのお嬢さんだよ?」

何でもカネで解決しようとしやがって!
サイテーの人間は、あっちの方だ!

吐き捨てるように、言葉を浴びせられた。


918 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:58

「違う。美貴は利用されただけだ」

なんですって?
よっちゃんの言葉に、耳を疑った。


「美貴。美貴は最初から目をつけられてたんだよ。
 3人は、美貴がアタシのことを言い出す機会をずっと狙ってた。
 大谷が美貴に近づいたのも、そのせいだよ」

うそ、でしょ・・・

「この実験が成功すれば、裏ルートを使って、
 全世界で巨万の富が得られる。
 手術のあと、最初に外国に行こうって、
 そそのかしたのは大谷だったでしょ?」

919 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:58

  『お嬢様、異国の地へ行って、誰の目にも触れさせないように、
   した方がいい。そうだ、イギリスはどうでしょう?
   私が力になります』

あの時、大谷は確かにそう言った。

「イギリスで、この実験が成功したときの足がかりを
 作ってたんだよ。
 貴子はそのために、ずっと向こうにいたんだ」


「いいがかりは、よして欲しいな」

大谷が肩をすくめる。

「お嬢様、どっちを信じますか?」

920 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 16:59

「美貴。こいつらは万が一、この計画が失敗した時、
 すべての首謀者は美貴だと、すべては美貴が計画したことだと
 罪を全部、押し付けるつもりだったんだ」


そんな――

「人聞きの悪いこと言うな」

「思い出してごらん、美貴。
 何かをする時、全部美貴の判断を待つって、
 そう言われたんじゃない?」


  『あなたの決断が出来てから、動きます』
  『すべては、あなた次第だ――』

そうだ。
確かにそう言った。

921 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:00

「こいつらは、それを全部証拠として残してある。
 薬のルートも全部、藤本総合病院からだ。
 美貴は、こいつらに踊らされたんだよ」


そんな・・・

あんなに、美貴に親身になってくれていたのに、
心の底じゃ、笑っていたの?


心から、美貴に服従しているように見せかけて――


922 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:00

「大谷さん、アンタも余裕かましてるけど、
 今頃アンタの研究室にも、捜査員が踏み込んでるよ」

「バカなっ!!」


「油断しすぎたんだよ。
 アタシがもうロボットになったと思って、
 アタシの前で、薬のありかも話してくれた。
 大谷の研究室に、金庫のカギは預けてあるってね」



フフフフフ・・・
アハハハハハッ!!

「あー、可笑しい。
 残念だけど、カギがあってもあの金庫は開かないわ」

貴子が高笑いとともに、勝ち誇ったように言った。

「私達を見くびらないで」


923 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:01

「ミーティングルームのソファーの裏側に
 スイッチが隠してある」

「どうしてそれを?!」

「アンタ、あの部屋でアタシに薬を飲ませる時、
 すごく不自然だったんだよ」

「何ですって?」

「ずっと、気になってた。
 アタシが床に転がると、まるで視界を阻むようにしゃがみこんだ。
 それに、ソファーに腰掛けるのも、不自然な位置だったんだ。
 普通、2人がけで坐面がフラットだったら、アタシが転がっている側に
 座るはずだ。だけど、アンタ必ず反対側、つまり遠い方に腰掛けてた。
 あの時、そこに何かあると漠然と思ったんだ」

924 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:02

「あんなに苦しんでたくせに、
 そんなとこまで見てたの?」

「麻琴、アンタがもう一度、
 催眠をかけようとしてくれたおかげだよ。
 あの匂いで――
 そう、あの部屋に焚かれた、あの日と同じ匂いで
 アタシは、梨華ちゃんを思い出したんだから」

「なんだって?」

「アンタ達は、アタシの記憶が戻ったって
 勘違いしてくれてたみたいだけど、あの匂いを嗅ぐまでは
 うっすらとベールがかかったままだった。
 あの匂いを嗅いで、はっきり監禁された時のことを、
 そして、忘れちゃいけない記憶が蘇ったんだ」

925 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:02


「匂い・・・か――」

麻琴がつぶやいた。

「皮肉なもんだね・・・」


「嗅覚は――
 アタシの嗅覚は、はっきり記憶してくれてたんだ。
 あの日のことを」


「ハア〜、参ったな。
 けど、あたしは諦めないよ」

麻琴の目つきが変わる。

――ずっと、恋焦がれているんだ。
――あんたなんかに、邪魔させない。


「もう全て、終わったんだよ」

926 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:03

「終わってない。これからだ・・・」


麻琴が美貴を見る。
ゆっくり近づいてくる――


「美貴、ダメだ!目をそらせっ!!」


「あんた、騙されてたんだよ?
 可哀想に・・・
 結局、誰にも愛してもらえなかった――」


――そう・・・、美貴はいつも一人・・・


927 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:03

「美貴!」

よっちゃんの声が遠くに聞こえる。


「やめるんだっ!!」

よっちゃんが、麻琴に掴みかかった。

「ほら!また邪魔をするっ!!」
「美貴に何の暗示をかけるつもりだ?」

「離せっ!まだ、途中なんだ!」


  『誰にも愛してもらえなかった――』

  『金しか取り柄のない、お嬢さん』
  『――金持ちは、ダイッキライ』
  『何でもカネで解決しようとしやがって!』
  『サイテーの人間は、あっちの方だ!』


928 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:04

――そうよ・・・、美貴はサイテーだ・・・

愛する人を、手に入れようとして
その心を奪った。

自分のことしか考えてなかったの・・・


よっちゃん・・・

力強く輝く目。
あなたのその瞳に、美貴は恋したの。

それなのに――
美貴は、その輝きを奪おうとした。


ねぇ、美貴はもしかして――

違う。
もしかしてじゃない。

929 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:04


――美貴は、間違ってた。


背後の壁に飾ってある短剣に手を伸ばす。

間違いは消さなきゃ・・・


だって小さい頃から、
間違いは、消しゴムで消せって。

何かあったら、無かったことにすればいいって
お父様に教わったもの――


だから――

存在を消せばいいの。


大谷も、貴子も、麻琴も。

そして、美貴自身も――


930 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:05

「お嬢様っ!!」

三好の声が聞こえた。

けど、もう美貴は止められない。
鞘を抜いた短剣を強く握り締め、
前に突き出したまま、歩き出す。


まずは、一番入り口近くにいる大谷――

それから、貴子。
次に麻琴。

逃げられないように、
ちゃんと順番だって――


931 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:05

「美貴!やめるんだ!!」

ごめんね、よっちゃん。
美貴、ちゃんと全て消すから。

あなたの言った通り、
これで終わりにする。

そして、あなたを自由にしてあげる――


「やめろっ!!」

大谷の脅えきった顔が見えた。

そのまま、加速する。
真っすぐ体ごと、大谷にぶつかっていけばいい・・・


――ギュッと目を閉じた。

932 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:06

<グサッ!>


――これが、人を刺した感触・・・

――確かな手ごたえ・・・



「キャーッ!!」

耳をつんざくような、貴子の悲鳴が聞こえた。


次は、あんたよ?

大谷の体から、短剣を引き抜こうと
体を離そうとした途端、抱きしめられた。


バタバタと足音がして、
扉を開ける音がする――

933 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:06

ダメ、逃げちゃう――

力ずくで離れようとするのに、
美貴を抱きしめたまま、
大谷は離してくれない。


「離してよっ!!
 追いかけなきゃ!皆殺して、美貴も死ぬの!!」



「美貴・・・」


え?

恐る恐る顔を上げる――


――どう、し、て・・・?


934 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:07

「もう・・・、これで、終わりに、しよう・・・」

よっ、ちゃん・・・


そのまま、よっちゃんが床に崩れ落ちた。


「イヤあああっ!!」


慌てて、よっちゃんを抱きかかえる。

「どうして、どうして、
 よっちゃんが――
 そんなつもりじゃなかったのに!!」

突き刺さった短剣の周囲に
血が広がっていく――

935 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:07

「イヤ、嫌だよ、よっちゃん。
 どうして、何で、よっちゃんなの?!」

涙が溢れる。
ごめんなさい。
美貴、よっちゃんにこんなことするつもり無かったのに。

あなたを守りたかったのにっ!!


「――美貴を・・・、人殺しには、したく、なかった・・・」

途切れ途切れに、息を吐きながら
よっちゃんが続ける。

「アタシ、の、絵を、最初に・・・
 ウッ・・・、褒め、て、くれ、た、人だ、から・・・」

よっちゃん――

936 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:08

「あの、桜、の、絵・・・
 ハア・・・、飾って、ウッ、くれ、て・・・」

――あり、がとう・・・


「よっちゃん、ごめんなさい」

溢れた涙がよっちゃんの上に落ちる。


「お願い、よっちゃんを助けて!!
 お願い、死なないで!!」


「すぐに、救急車を手配いたします!」

「あっ、ひつじ、さん、待って・・・」

よっちゃんが、手招きして三好を近くに呼ぶ。

937 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:09

「ひ、つじ、さん・・・
 今の、ぜ、んぶ、グッ・・・、見て、た、よね?」

「――はい」

「アタシ、おっちょこ、ちょい、だから・・・
 この、短剣・・・」

よっちゃんが、美貴の腕に抱かれたまま、
腹部に刺さっている短剣を握り締める。


「カッケー、なん、て、言って・・・
 手に、取っ、て、見てたら、転ん、じゃった・・・」


――よっちゃん?


「――ドジ、だよ、ね?」

「吉澤様・・・」

「見てた、で、しょ?
 ひ、つじ・・・、ウッ、さん・・・」

「よっちゃん、何言ってるの?!」

938 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:09

「ねぇ、見て、た、グッ・・・、よね・・・?」


よっちゃんと、三好が見つめあう――


「――ええ、確かに」

「三好っ!!何を言うの?!」


「――よかっ、た・・・」

よっちゃんが微笑んだ。


「ちゃん、と、証言・・・ウグッ・・・ハア・・・
 してよ、ね?」

三好が頷くのを確認すると、
よっちゃんは美貴の腕の中で脱力した。


939 名前:第4章 2 投稿日:2009/04/20(月) 17:10

よっ、ちゃん・・・?

ねぇ、よっちゃんっ!!


「起きてっ、起きてよぉ!!」


ダラリと腕が落ちる。

――どうして・・・?

こんなはずじゃ・・・
こんなはずじゃなかったのに――


「イヤぁぁぁぁぁッ!!!」


940 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/20(月) 17:10



941 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/20(月) 17:10



942 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/20(月) 17:11


本日は以上です。
こんなとこで、とめちゃってすみません。


943 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/20(月) 22:26
うわぁぁぁ
あの人とあの人とあの人が・・・・。
っていうか、よっちゃんが、よっちゃんがぁぁぁぁ
944 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/22(水) 00:44
良い所であの人も黒かったんですね。
よちゃんガンバッテ!!
945 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/27(月) 01:35

>943:名無飼育さん様
 こんな展開で申し訳ないです。
 でも、主役が死ぬなんて、そんなことありえませんので・・・
 って、作者には前科があったんでした・・・(汗)

>944:名無飼育さん様
 実は、あの人が黒かったんです。
 薄々、勘付かれてましたでしょうか?


では、本日の更新です。

946 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/27(月) 01:35



947 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:37

「全く、何が何だかさっぱりわかんない」

隣で、柴ちゃんがボヤく。


わたしが早退して病院に向かった後、
しばらくして、会社に警察が押し寄せてきたらしい。

事情も飲み込めず、
呆然と従業員が見守る中、社長は逮捕され、
開発部が徹底的に調べられた。


ひとまず、関係のない社員は自宅待機を命じられ、
役付きだけは、今も会社にいる。

「自宅待機って言われてもさ、
 大人しく、はいそうですか、なんてねぇ・・・」

そう言って、電話をしてきてくれた
柴ちゃんと落ち合って、いつもの店に向かった。

948 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:37

保田部長が、紹介してくれた小料理屋さん。

すっかりわたし達のいきつけになっていて、
嫌なことがあると、ここに寄ってから帰る。

ママさんが、すごくユニークなんだよね。
だから、重たい気分を抱えた時には、
ここに寄って、少しだけ軽くしてもらうの。



「あ、ちょっと!」

柴ちゃんが、叫ぶと
入り口にいたママさんの手が止まった。

949 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:38

「まだ早いのに、もうのれん、下げちゃうんですか?」

柴ちゃんの問いかけに、
ママさんは微笑んで言った。

「招かれざる客が来ちゃってね〜
 今夜は仕方ないから、店締めようと思って」

「招かれざる客?!」

「そーなの。
 あんなの見たら、お客がみ〜んな帰っちゃう」

クスクスと笑いながら、
ママさんがのれんをしまう。

950 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:39

「あなた達、見る勇気ある?」

――見る、勇気?

柴ちゃんと顔を見合わせた。


「まあ、のぞいてみたいならどうぞ。
 中に入って?」


店の中に入ったママさん。
そして、振り返ると小声でわたし達に言った。

「バケモノだから、気をつけて」


951 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:39

バ、バケモノ?!

もう一度、柴ちゃんと顔を見合わせた。


 『ちょっと、母さん!
  小声で言ったって、聞こえてんのよっ!』


え?
今の声って・・・

ママさんが、クスッと笑って
肩をすくめた。


柴ちゃんが、店の中に一歩踏み入れる。
わたしも、後に続いた――

952 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:40


「ギャーッ!!
 ほんとにバケモノっ!!」

柴ちゃんと、ひしと抱き合う。


「ちょっと、あんた達、
 上司に向かってバケモノはないでしょ?」


「保田部長っ?!」


目の前には、全身を包帯でグルグルと
巻かれた――


「やっぱ、バケモノ」

「しばたぁ!」

953 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:41

アイテテテ・・・

立ち上がろうとした部長が、
足を押さえた。


「ほらほら、無理しないの。
 あんた、死ななかったのが驚きだって医者にも言われたでしょ?」

「――ったく。
 大体、母さんが最初にバケモノ扱いするから
 この子達も・・・」


ちょ、ちょっと待って下さい。

「部長、お母さんて・・・?」

954 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:42

「ああ、ここ。あたしの実家」
「マジで?!」

「小料理 ケメ子。
 母さんの名前なの」


そういえば――

似てる・・・


この前会社で、部長の走り方、
どっかで見たことあるなあって思ってたら、
ママさんが急いでビール運ぶ時の走り方だ・・・

通称、ケメ子走り――

955 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:42

「そ、それより、部長。
 大丈夫なんですか?
 面会謝絶で、絶対見舞いに行くなって言われてたんですよ?」

わたしより、一足早く立ち直った
柴ちゃんが尋ねる。


「大丈夫も何も。
 ほんと、ひどい目に会った」

「酔って、自爆したって・・・」
「んな訳ないでしょ!」

「いや、わたし達も思ったんですよ?
 けど・・・」

「嵌められたの」
「嵌められた?」

「そう。色々調べてたから」

956 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:43

「もしかして、今日の――」

「そう。うちの会社、随分裏であくどい事しててね。
 薬事法違反、不正取引等々。数え上げればキリがない。
 それもこれも、今の社長が婿養子に来てから」

「社長、婿養子なんですか?」

「そうよ。先代はいい人だった。
 本当に熱心だったもの。より良い薬を作りたい。
 患者のために、弱ってる人のために
 持っている知識を全部生かしたいって」

部長がため息をついた。

「あたしも小さい頃から、随分可愛がってもらった。
 おじい様の病院に遊びに行って、よくお会いしたわ。
 二人とも、医療は人のためにあるって。
 金儲けに使うなんて、言語道断だって言ってた」

957 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:44

「医者を目指さなかったあたしに、うちに来いって
 言ってくれたのは、先代なの。
 けど、すぐに亡くなって、あいつが社長に就任してからは
 すっかり社風が変わってしまった・・・
 だから、おじい様も怒って、うちの会社とは手を切ったの」

え―っと・・・

「藤本病院と手を組んでからは、
 ひどくなる一方だったわ・・・」


「あの〜、部長?」
「なに?」


「その、おじい様の病院って――」

「保田記念病院だけど?
 今は、父が継いでるけど何か文句ある?」

958 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:45

「も、文句なんて――
 でも、まさか部長が、大病院のお嬢様だったなんて・・・」

柴ちゃんが、ボソッとつぶやく。

「まさかって何よ?」
「いや、お嬢様には、到底――」

思わずそう言った柴ちゃんが、
ギロッと睨みつけられる。


「見えないわよね〜」
「母さん!!」

「いいじゃないの。
 あんたにはあんたの良さがあるのよ?」

959 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:46

「私は趣味で、このお店、やらせてもらってるの。
 少しでも、お医者さんにかからなくてもいい人が増えるように、
 心のケアが出来る場所にしたくてね」

そう言いながら、ママさんが
冷えたビール瓶を運んできた。

「立ち話もなんだし、ほら座って?」

部長の座ってるテーブルに、
コップが置かれる。

そのコップに手を伸ばそうとした
部長の手が叩かれる。

「あんたはダメ!」
「ケチ」

「治ってからにしなさい!」
「はーい・・・」

うな垂れる部長が新鮮で、
柴ちゃんと二人で笑った。

960 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:47


「部長。さっき保田記念病院って言いましたよね?」
「ええ」

「あの〜、うちの父、今藤本病院に入院してて、
 今日、意識が戻って・・・
 それで、今まで、その――」

チラリと柴ちゃんを見る。
大丈夫だよ。
そう言うように、柴ちゃんが頷いた。


「柴ちゃんの知り合いが、そこの外科の先生で。
 手術もしてもらって、すごくお世話になって――」

「大谷雅恵でしょ?」

961 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:47

「部長!マサオを知ってるんですか?」

「知ってるわよ。柴田の恋人だったことも・・・」
「そこまで?」

「新しい担当医に、転院勧められたんでしょ?
 勧められた先が、保田病院だった」

「何で知ってるんですか?!」

驚いて、柴ちゃんと顔を見合わせた。


「うちの会社のこと、調べてる内に
 色んな事が見えて来てね・・・
 今日、会社が摘発されたのも、
 石川のお父さんの意識が戻ったからよ?」


お父さん、の・・・?


部長が目を伏せた。

962 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:48


「もし真実を話したら――」

部長が視線を上げる。
交互にわたしと柴ちゃんを見た。


「多分あなた達は、すごいショックを受ける」


わたし、達・・・?


「それでも聞きたいって思う?」

突然、そんな風に聞かれても・・・


963 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:49

「聞かない方が、いいかもしれないわよ?」

それって――


「ひーちゃんのことと
 関係ありますか?」

無言で頷く部長。

「だったら、わたしは真実が知りたい」


小さく頷いて、部長が柴ちゃんを見る。

「柴田は?」

「私も・・・、ショックを受けるんですか?」
「ええ」

柴ちゃんが唇を噛み締めた。
そして、部長に強い視線を返すと言った。

「教えて下さい」

――わかった。


そして、部長の口から聞かされた真実は、
わたし達に、確かに衝撃を与えた――

964 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:50


**********


965 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:50


「お目覚めになりましたか?」

ん、んんっ・・・

――ここは・・・、どこだ?


白い天井。
何かが、アタシの口を塞いでる・・・

それを剥ぎ取った。

酸素マスク・・・?


――そっか・・・、アタシ刺されたんだっけ?


起き上がろうとして、
腹部に痛みを感じた。


「ダメですよ、まだ」
「あ、ひつじさん」

966 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:51

「覚えててくれましたね?」

そう言って、ニッコリ微笑んだ。


「だって、今度はココ、いじられてないでしょ?」

そう言って、自分の頭を指差す。


「ええ。刺し傷をちゃんと手術してもらいました。
 短剣を手入れしていなかったのが、幸いしたようです。
 傷も思ったより、深くなくて、大事には至りませんでした」


「そっか・・・
 あ、ねぇ、美貴は?」

967 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:52

「お嬢様は大変取り乱されていて・・・
 安定剤を打ってもらって、屋敷へ戻しました」

「そう・・・」

「吉澤様。大変ずうずうしいと承知しています。
 ですが、今一度確認させて頂いても宜しいですか?
 本当に――」


「おっちょこちょいは、困るよね?
 そう思わない?ひつじさん」

「吉澤様・・・」
「いや〜、参った。参った」

「本当に宜しいんですね?」
「だって、ひつじさん、見てたでしょ?」

968 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:53

目の前で、深々と頭を下げられた。


その代わり――

「アタシが、最後に描いた絵。
 返して欲しいんだ」


屋敷の地下室に、そっと忍び込んで見つけた絵。
あれは、アタシが・・・

梨華ちゃんの誕生日にプレゼントしたかった絵。

あの樹を。
あの樹を描いたんだ。

心を込めて。
誓いを込めて――


969 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:53

「――分かりました。
 すぐお持ちします」

「捨てないでいてくれて、ありがとう」

「それは、お嬢様に伝えておきます」

黙って頷いた。



「――吉澤様」
「なに?」

「もう一つだけ、お聞きしてもいいでしょうか?」
「どうぞ」

970 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:54


「――本当に・・・
 記憶、戻っていらっしゃるんですか?」

驚いて見上げた。

「私はずっと、美貴様のそばにお仕えしてきました。
 だから、あなたの事もよく存じています。
 記憶を奪われた後も。その前も――」

彼女の目を見つめた。

「あなたは、記憶を奪われる前、お嬢様の事を
 『藤本先輩』とお呼びでした。
 そして、奪われた後は、『美貴』と・・・
 けれど、記憶が戻ったとおっしゃたあなたは、
 『美貴』と呼ばれていました」

971 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:55


「深く、考えすぎでしょうか?」


――参ったな。

「さすが、ひつじさんだね」
「では、やはり――」

「やっぱ、あの大谷ってセンセ、天才だよ。
 その才能を他に活かせばよかったのに――」

972 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:56

「部分的に戻っただけだよ。
 ほんの一握り。
 あの匂いを嗅いで、あの時受けた痛みを思い出した。
 体が覚えてたんだね、きっと・・・」

そっと目を閉じる。
アタシが覚えていること――


あの日、受けた痛み。
何かを守るために、アタシは歯を食いしばった。

何かを忘れちゃいけないって。
それは――

973 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:57


  『あの樹の下で、必ず待ってるから・・・』


誰かにそう誓ったんだ。


そう、あの赤い実がなる樹だ。
見せてあげたかったんだよ。

そして、もう一度誓いたかった。
一生、そばにいるって。

あの樹の下で、初めてキスを交わした恋人は、
一生、添い遂げられるんだ。

だからアタシは、あの樹の下で、彼女にキスをしたんだ。


大切にしたい彼女の笑顔。

梨華ちゃんの、あの天使のような笑顔を
忘れちゃいけないって――


974 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:57

「後は本当に断片的なんだ。
 写真のように静止画で、部分部分切り取られたように
 かすかに覚えてる・・・」

「では、お嬢様が最初に絵を褒めた人だと言うのは・・・?」

静かに首を振る。

「あの桜の絵を誰かに褒められて、
 嬉しかったのは覚えてる。けど、それが美貴だったかは・・・」

――ごめん。


「いえ。お嬢様は、嬉しかったはずです。
 あなたが命をかけて、守ってくれたことを。
 初めて、人から愛をもらったのですから」

975 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:58

「愛なら・・・
 ひつじさんが、いつもあげてたじゃない」

「いえ、私は執事ですから」

「アタシはもう、美貴のそばにはいられない。
 心から愛してる人がいるから」

「承知しています」

「だから、もう遠慮しないで」

「え?」

驚いたように目を見開いた。

976 名前:第5章 1 投稿日:2009/04/27(月) 01:59

「美貴のこと、好きなんでしょ?」

「そんな!とんでもない!!」

「もういいじゃない。
 これからは、美貴をあなたが守ってあげるんだ」

「でも・・・」

「アタシと美貴が、肌を合わせるのを見るのは、
 辛かったでしょう?」

「そんな、ことは――」


「ごめんね」

アタシがそう言うと、
彼女は涙をこぼした。


「三好さん、美貴をよろしくね」

977 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/27(月) 02:00



978 名前:あの樹の下で 投稿日:2009/04/27(月) 02:00



979 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/27(月) 02:00

本日は以上です。


980 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/27(月) 22:01
とりあえず良かった…のか?
981 名前:玄米ちゃ 投稿日:2009/04/28(火) 15:29

>980:名無飼育さん様
 今回は、喜んで頂いて大丈夫かと思います。
 これ以上の波乱は、起こりませんので。



またまた、お話の途中で
スレ移動となる事をお許し下さい。

本日分が中途半端になってしまいますので、
夢板に『あの樹の下で』スレを立てました。

続きはそちらにて。
スレの使い方が、ヘタで本当に申し訳ないです。





982 名前:(ノ∀`) 投稿日:2009/05/31(日) 13:46
がんばって!

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