おしゃべりなスピカ
- 1 名前:salut 投稿日:2008/09/17(水) 23:30
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短編ないしは中編をば。
ブラックからハッピーエンド、シリアスからコメディー…等々。
85年組を中心にベリキュー・新旧娘。…と様々なハロメンをミックスさせています。
せっかく色々なキャストでお送りするのだから、多くの方に楽しんでもらえる様、頑張りたいです。
とは言っても全くの未熟者ですが…どうぞよろしくお願いします。
○○○予告○○○
1本目:石川・吉澤
短編
2本目:主人公…矢島・夏焼・吉澤
相手役…梅田・菅谷そして後藤
中編予定
学園もの
- 2 名前:salut 投稿日:2008/09/17(水) 23:31
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◇◇◇◇◇
- 3 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:32
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デザイナー
- 4 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:34
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◇◇◇◇◇
- 5 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:35
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同じしがないOL仲間だと思っていた友人ー柴田あゆみが結婚した。
しかも相手は真っ赤な毛むくじゃらの某キャラクター…ではなく、超大手外資系貿易会社の次期社長らしい。
つまりは玉の輿。
セレブリティーの仲間入りだ。
しかも写真を見たら超イケメン。
同じ時間をお茶汲みやらコピー取りやらで浪費していると思ったのに、彼女は私を置いて勝ち組の階段を駆け上がっていたのだった。
最初その報告を、昼下がりのホテルのカフェラウンジでされたときは、いささか顔が引き攣るのを止められなかった。
柴ちゃん!騙されてんだよ!だってあんた珍じゅ…等々、親友に吐くべきではない言葉を、私はようやくミルクティーと一緒に飲み込んだ。
「でね!梨華ちゃんには友人代表として………」
幸せそうに頬を染める柴ちゃんの左手の薬指には、大粒のダイヤの指輪が輝きを放っていた。
- 6 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:36
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披露宴は、それはそれはもう盛大に行われた。
高級有名ホテルの大広間は各界の著名人や、見た目通り権力が衣を着た様なお偉いさんで溢れかえっていた。
なんと余興であの日本を代表する歌姫が結婚式の定番バラードを熱唱するほど。(最早余興なんかじゃない!)
私はそれをアリーナ最前並の近さで聞きながら、感動よりも安堵で胸をいっぱいにしていた。
よ…よかった、友人代表のスピーチ断っておいて。
えー、残念だなあ、と柴ちゃんは言っていたけど、にやけた顔は全然そう語っていなかった。
私は場違いな雰囲気に生きた心地がしないまま、大きなお皿にちんまりと盛られた、どこどこ牛のヒレステーキ何たらソース何とか添えを、ちびちびナイフで切っては口に入れていた。
- 7 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:37
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二次会もまた同様だった。
同じホテルの最上階のバンケットルームで開かれたそれは、さながらテレビで見る様な豪勢な立食パーティーだった。
時間が経って少し余裕が出て来た私は、辺りをざっと見回してみた。
わ!あの人、ニュースで見たことある政治家じゃん!
え!この人、野球の日本代表選手じゃん!
あ!その人、国民的アイドルじゃん!
住むところが違う、と私は実感させられ軽い目眩を覚えた。
皆が皆、近寄りがたいオーラを纏い、競う様にきらびやかな装いをしている。
その堂々たる振る舞いや佇まいに、一般ピーポー代表の私はもれなく圧倒されていた。
私はついてしまった身分の差を寂しく、悲しく、そして恨めしく思った。
有名人たちと対等な笑顔で挨拶を交わし歩く柴ちゃんにも、その光の洪水の中で埋もれてしまう自分にも。
- 8 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:38
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…お洒落してきたつもりなんだけどなあ。
一目惚れして買った、ジルスチュアートのワンピースドレス。
膝丈のスカートは甘いフリル使いで、V字の胸元が下品になり過ぎない程度に開いている。
ウエストのリボンがポイントなの。
色は勿論ピンク!
超絶可愛い!…はずよね?
私はその控えめに反射するシルクの裾に目を落とし、今日何回目かの溜め息をついた。
そのときだった。
「素敵なドレスですね」
- 9 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:40
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澄んだアルトの心地良い声。
初め、誰に対して言っているのか分からなくて、私は慌ててきょろきょろと周辺を探してしまった。
…もしかして私!?と自分を指差しながら、恐る恐る振り向くと、声の主は微苦笑を浮かべて立っていた。
その瞬間、私の胸は小さくだが確実に高鳴った。
とても美しい人だったからだ。
肩が若干コーンケーブした仕立ての良いジャケットと襟高の白いシャツ、細身のパンツをさらりと着こなした女性。
身長と線の細さ、柔らかな物腰から性別を判断したのだけれど、彼女からはそれを感じさせないほど中性的で神秘的な色気を放っていた。
薄茶色の髪から覗くアイスグレーの瞳は涼しげで、その膜にはばっちり困惑している私が映っていた。
「あちらで少しお話しませんか?」
「…え、あ…」
さながら英国紳士の様に手を差し出され、私はまるで催眠術にかかったみたいにその手を取っていた。
彼女の長い指は驚くほど冷たく、自分の上昇した体温が否が応でも目立ってしまって困った。
- 10 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:41
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◇◇◇◇◇
- 11 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:42
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「シャンパンでよかったですか?」
「あ、はい、ありがとうございます…」
彼女に促された場所は、ガラスの壁に面したカウンターだった。
在り来たりな表現だが、まるで漆黒のビロードに宝石を散りばめた様な都会の夜景に、私はしばし見入ってしまっていた。
しかしその中に彼女の影が揺らいだのに気付いて慌てて後ろを振り返る。
私はゴールドの液体が入ったフルート型のグラスを手渡され、左手のバーチェアに座る彼女を目で追った。
「新婦さんのご友人で?」
「あ、はい、中学からの親友で」
近くで見ると更に緊張する。
私の思惑を全て見透かす様に覗き込んでくる大きな瞳。
長い前髪が左サイドを隠し、片目だけの面容が彼女のミステリアスな雰囲気を強調していた。
- 12 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:43
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「じゃあ、それこそ仲が良いですね」
「はあ、まあ………あのあなたは…」
「ああ、私は新郎に仕事関係でお世話になっていて…申し遅れました、吉澤ひとみといいます」
「…吉澤さん…あ、石川梨華です」
「石川さん…どうぞよろしく」
彼女ー吉澤さんがふっと微笑んだのをきっかけに、一転して空気が柔らかくなったのを感じた。
ブルガリのパルファムが仄かに香り立つ。
こちらこそ、と私もその香水の様にふわりと自然に笑えていた…と思う。
再び差し出された手のひらから伝わる彼女の温度は、さっきより幾分か温かく感じた。
- 13 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:44
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喋ってみるとかなり話しやすい人だった。
歳は私の1つ下で、港区の高層マンションで一人暮らし。
予想した通りセレブな感じはしたけれど、それを鼻に掛けた様子がないのが好感度大だった。
初対面同士の自己紹介は、何だかお見合いや合コンみたいでくすぐったかったけど、私はもっと吉澤さんのことを知りたいと思っていた。
…まあ、金持ちと知り合えてラッキー!もっとお近付きになりたい!という邪な気持ちも若干交じっていたけれど。
「吉澤さん、お仕事は何をされてるんですか?」
「デザイナー…かな」
「デ、デザイナー!?」
デザイナー!
デザイナーといったら、モードの先駆け、流行の先駆者じゃない!
長年柴ちゃんに、梨華ちゃんのセンスは破滅的!世紀末!裸の方がマシ!…等と罵倒され続けた、まあちょーっと人より個性的で少ーし流行りに疎い私でも分かる。
ファッション業界っていうのは華やかで常に人々の脚光を浴びていて、選ばれた者しか踏み入ることの出来ない世界なのだ。
私みたいなどこにでもいる様な一小市民のOLから見れば、憧れの職業である。
- 14 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:46
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「わあ!!すごい!!どこのブランドですか!?」
「いや、ドイツの小さなとこで全然有名じゃないから多分知らないと思いますよ」
「…あ、そうなんですか」
「でも今度イタリアのコレクションに出ることが決まったんです。今はそれ用のデザインを考えてるところで」
見た目にも私のテンショングラフが急に下がったのが分かったのか、彼女は苦笑いをして答えた。
少々の恥ずかしさを感じつつも、私の熱は再度沸騰していた。
イタリア!
イタリアのコレクションっていったらミラノコレクションじゃない!
小さいブランドなんて所詮は謙遜だわ!
というかドイツだのイタリアだの、世界を股に掛けてるだけですごいじゃないの!
「興味…おありで?」
「はい!勿論!」
「本当ですか!」
吉澤さんの問い掛けに、私は噛み付かんばかりに興奮して即答した。
すると彼女も目を子供の様に輝かせて、自身のデザイン論を語ってくれた。
- 15 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:47
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例えば形。
「私、女性が好きなんです」
「ぶっ!!ごほっ!!…えええ!?!?」
「あ、そう意味じゃなくて!
………女性の身体…女性独特の身体のラインが1番美しいって思ってるんです。
だからデザインするときも、その線を壊さない様に、崩さない様に気を付けてるんです」
例えば色。
「今までは黒や茶を基調に差し色で勝負していたんですよ。
あとはピンクや白なんか…女性は良く好むでしょう?」
「あ、私も大好きです!」
「ね、でもこれからはちょっと緑系に挑戦しようかと思って。
ほら、緑って身体にない色でしょ?だから狙い通りに身体に馴染ませるのって難しくって」
例えばテーマ。
「最近は専らアニマルをフューチャーして作品をつくってるんです。
定番ものじゃなくて、斬新な動物をモチーフにしたくて。
今は鳥に凝ってるんですよ。
ビビットカラーのオウムとか、しなやかなフォルムのフラミンゴとかね。
ほら、これからの秋冬に羽なんて温かそうでしょ?」
「わあ、いいですね!素敵!」
- 16 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:49
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デザインの…仕事の話をする吉澤さんは大変饒舌で熱っぽかった。
身振り手振りを交えて生き生きと語る彼女を、私はうっとりとして見ている。
その中性的な容姿のせいか、私は目の前にいる人が女性だという意識が抜け落ちてしまっていた。
金銭力や肩書きは関係なしに…いや含めて、私は彼女に強く惹かれていたのだ。
初対面のなのに自分の信念だとか情熱だとか内側に宿すものを曝け出してくれ、話せば話すほど砕けた口調になる。
隔てていた壁が取り払われ距離が短くなっていくのが嬉しくて、話が終わる頃には私はすっかり酔わされていた。
- 17 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:50
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「あ、すいません、自分の話ばっかり…」
「いえ!続けて下さい!…すごく楽しいわ」
今度は私が彼女の顔を覗き込む様に見つめる。
作為的に、魅惑的な魔女の妖艶さを瞳の奥に燃やして。
しかしその魔術には彼女は掛からず(失敗した男なんていないのに!)ふっと表情を曇らせて寂しそうに呟いた。
「私、本当はデザイナーっていうよりアーティストや芸術家って名乗りたいんですよ」
- 18 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:51
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「近頃ちょっとスランプで…
最近契約したモデルの子にね、つくってあげたんですよ。
彼女、うさぎが好きだっていうからそれをモチーフにして。
でも思った様な仕上がりにならなくて…
彼女にこのコレクションのファーストルックを飾ってもらおうと思ったから、毛もわざわざピンクに染め直したりして気合い入れてたんですけどね」
自嘲気味に無理矢理笑って、吉澤さんはくしゃりと髪を掻き上げた。
その表情から焦燥感と悲愴さが垣間見える。
そこで先ほどの彼女の言っていた言葉を思い出した。
デザイナーではなくアーティストや芸術家。
普通は服をつくってから見合うモデルを探すものだと思うけど、変わったことに彼女はモデルを決めてから服をつくるらしい。
こういったスタンスから自分のことをそう位置付けているのだろうか。
- 19 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:52
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それにしても、うさぎがモチーフの服かあ…
私は発想が貧困だから、うさ耳とファービキニを身に付けたチープなコスプレしか思い付かないけど、きっと吉澤さんなら上品で都会的な洗練されたデザインを生み出すんだろうなあ…
「………いいなあ、着てみたい…」
「…え!本当ですか!?」
空想に耽って思わず口をついた言葉に、彼女は身を乗り出して食い付いて来た。
目がらんらんと輝いている。
まさかのリアクションに私は一瞬たじろいだが、すかさず手を両の手のひらで包まれて、違う意味でもどぎまぎしてしまう。
- 20 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:53
-
「あの、もし良かったらモデルやってくれませんか!?」
「え、え、えええええ!?!?」
「石川さんならきっと良いコレクションになる!」
「え、いや、ちょっと急にそんな…!わ、私身長だって小さいし!」
「東洋人なんて皆そうですよ!大切なのは自分の世界観に合うかどうかです!」
「で、でも色だって黒いし!」
「黒い方が引き締まって見えますよ!それに白が映える!」
私が!?モデル!?ミラノコレクションに!?
突然の誘いに混乱して慌てる私を他所に、吉澤さんのイマジネーションはむくむくと膨らんでいる様だった。
- 21 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:54
-
「うん!白!やっぱ白だな!黒豹なんてのも捨てがたいけど格好いい系より可愛い系でいこう!
白…白…白………あ!そうだ白みみずくなんてどうですか!?
最近シベリアから雪の様に真っ白くて美しいのを取り寄せたんですよ!」
「は、はあ…」
興奮して詰め寄ってくる吉澤さんに私は完全に気圧されていた。
展開の早さにまだ頭の整理がついていなくて、引き攣った笑顔で曖昧な返事をするしか出来なかった。
みみずくって何?ふくろう?と1人で目を回している私を、彼女は急に穏やかに見つめてきた。
ふいに目を伏せて、張り詰めた水面の如く落ち着いた様子で口を開く。
- 22 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:55
-
「そうだな…」
「?」
「ここに羽をあしらったら…素敵だと思いませんか?」
「…あっ………」
おもむろに、彼女の万年筆の先みたいに美しく尖った人差し指が、私の剥き出しの鎖骨のラインをなぞった。
その凹凸を愛撫する様な官能的な動きに、私は思わず艶っぽい息を漏らしてしまう。
顔を上げた吉澤さんは、確信犯か意味深に目を細めて、1度その薄い唇を舌で濡らしてから、確実に私を射抜きにきた。
「いかがですか」
「………」
「引き受けてはくれませんか?」
「………私で良ければ…」
- 23 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:57
- 魔女は吉澤さんの方だった。
狡い。
自分の魅力が男にも女にも通じることを、彼女は熟知している。
彼女の巧妙な妖術に掛かった私は、最早考えることを放棄していた。
いや、人生には考えないことも必要なのだ。
例えばガラスの靴を差し出されて、履いてみない馬鹿はいないでしょ?
もし舞踏会に行った覚えがなくったって、靴が入ってしまえばこっちのもの。
一気に形勢逆転で、勝ち組街道まっしぐら!
憧れのお姫様になれるんですもの!
嗚呼!まさにシンデレラストーリー!
さしずめ彼女は跪いてガラスの靴を差し出す王子様だわ!
柴ちゃん!私やっと分かった!
幸せってこうやって勝ち取っていくものなのね!
梨華、頑張る!
時間がないんで早速アトリエに行きましょう!と彼女に颯爽と誘われて、浮き足立っていた私は嬉々としてそのかぼちゃの外車に乗り込んだ。
車の中で、実は最初から狙ってたんです、と耳打ちをされて、体温が更にぐんと上がった私は、暫くシートから身体が3センチ浮いている様な感覚に捕われていた。
- 24 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:58
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◇◇◇◇◇
- 25 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/17(水) 23:59
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「…随分山奥にあるんですね」
長いこと車に乗せられ夜風に頭を冷やされた私は、目的地に着いた頃にはすっかり冷静になっていた。
鬱蒼とした森林に囲まれた奥多摩は夜中だと更に不気味で、風が木々を揺さぶる音しか聞こえない。
しかも目の前にあるのは大層趣きのある立派な洋館で、暗闇にそびえるそれはまさにホラーでしかなかった。
「その方が搬入や搬出とか何かと便利なんですよ」
「それに…すごい建物ですね」
「ああ、オーナーがドイツ人ですから。彼の趣味なんです」
搬出入に広い土地が必要ってことは、吉澤さんは私の思う以上に大掛かりな芸術的なものをつくるのだろうか。
苦笑しながら鍵束を取り出した彼女は、その重厚な扉を開けるとうやうやしく私を中へ招き入れた。
- 26 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:00
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アンティークな調度品や家具で統一された応接間に私は通された。
彼女の入れてくれた紅茶(カシスのフレーバーティーで、フランスから取り寄せたお気に入りらしい)をすすりながら、契約書に目を通す。
全てドイツ語で書かれていたそれを訳してもらって、サインをし拇印を押した。
胡散臭くないか、怪しくないか…と疑う気持ちは確かにあった。
むしろここに来たことを少しだけ後悔したりもしていた。(だって怖いんだもん!)
でもここで躊躇してたら輝かしい未来なんて一生掴めない。
だってほら、シンデレラだって魔法使いが現れたときに、不審人物が住居侵入してるなんて通報した日には、物語が終わっちゃうでしょ?
人生には思い切りが大切!
梨華、今がそのときよ!
私は自分を奮い立たせる様に、華奢なティーカップの取っ手を高々と持ち上げて、ずずずと紅茶を飲み干した。
- 27 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:01
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◇◇◇◇◇
- 28 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:03
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ちょっとアトリエを見てみませんか?という彼女の提案で、私たちは長い廊下を渡りその扉の前に来た。
彼女はまたもや鍵束を取り出し、観音開きの戸をゆっくりと開ける。
中は当たり前だけど真っ暗で、廊下からの光が絨毯の様に床に敷かれた。
顔だけ覗いてみると、部屋は少し獣臭く、闇の中に潜む無数の息遣いを感じる。
それはとても気味が悪かったけど、動物をモチーフにって言っていたから何かこの中で飼育しているのかもしれないと思い直す。
幾分か暗いのにも目が慣れてきて、戸の側に結構大きなケージがあるのが微かな明かりで分かった。
- 29 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:04
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「わ!何飼ってるんですか?」
恐怖心と緊張を隠す様に、明るい声を上げてそれに歩み寄った。
よく見えないから、格子に顔を近付ける。
薄暗がりにぼんやりとピンク色のものが浮かんでいる。
瞬きをした次の瞬間に、それは私のまさに目と鼻の先に来ていた。
こんな至近距離でうさぎの顔を見たのは初めてだった。
- 30 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:05
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「きゃあ!!」
私は驚いて退き、その拍子に尻餅を付いた。
小さくドレスが破ける音がしたが、そんなことには構っていられなかった。
私はその檻の中のものに釘付けになっていた。
「出して!!さゆみをここから出してよ!!助けてえええええ!!ああああああああああああああああああ!!!」
「それ」は大分興奮していた。
激しく格子を揺さぶり身体を打ち付けているが、檻は相当頑丈らしくびくともしない。
というか これは 一体 何 ?
- 31 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:07
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「それ」は見たことのない生物だった。
裸の女性が、うさぎの被り物をしている。
しかしそれは遊園地によくいるキャラクターの着ぐるみの様に、可愛らしくデフォルメなんてされていない。
恐ろしいほど、リアルに細密につくりこまれていた。
…つくりこまれていた?
…つくりもの?
いや、違う!!
じゃあ頭と身体の継ぎ目はどこにあるの!?
どうして顔面の筋肉が動いているの!?
「それ」の大きく裂かれた口からは発達した前歯が剥き出しになっていて、間から涎がぼたぼたと垂れている。
そこから発せられる悲鳴は高く、まだ幼さを含んでいる少女のものだった。
飛び出た漆黒の球面は水分で潤み、ぎらぎらと反射している。
「それ」の後頭部に当たる部分からは、艶やかな長い黒髪がむしり取られた様に生えている。
丸みを帯びたふくよかな白い肢体の体毛も当たり前の様に柔らかな桃色で、特に首周りはファーマフラーを巻いた様に厚く覆われ、そこからへそへ向かって直線に毛が伸びている。
「それ」はなおも金切り声で叫び続け、発狂していた。
- 32 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:08
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何これ何これ何これ
おかしい変狂ってる
やだ怖いやだやだやだやだやだ…
自分の意志とは関係なしに、身体が震えて言うことをきかない。
喘息を起こしたみたいに、動悸が乱れ上手く呼吸が出来なかった。
風を切った様な音が喉から漏れる。
寒い。
多量に流れる冷えた汗が背骨から私を溶かしていく。
ぱちんとした音が頭上でやけにくっきりと響いた。
それはまるで悪い魔法を解く合図…なんかでは当然なく、私を更に残酷な現実へ突き落とすための銃声だった。
- 33 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:09
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手前から徐々に天井のライトが付いていき、部屋の全貌が明らかになっていく。
それは、この洋館の一室として似つかわしくないほど無機質な空間だった。
無駄に広く天井も高い。
壁は全面が全面、白く塗られている。
その部屋を圧迫するこの巨大な装置。
中心に大きな長方形のテーブルがあり、その両脇に円筒形のカプセルが幾つも並んでいる。
それは透明の水溶液で満たされ、こぽこぽと絶えず水泡が立ち上っていた。
中に何かいる。
「それ」だ。
厳密に言えば、猫・猿・馬・魚・イグアナ・犬・カラス・豚…の頭を持った女性。
無数の細い管に繋がられている「それら」は皆、虚ろな目をして浮いていた。
- 34 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:10
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頭が、痛い。
こめかみをドライバーでえぐられて掻き回されている感覚。
吐き気がしたが、嘔吐いた口からは逆流した胃液しか滴らなかった。
脳みそを働かせるのよりも先に、ばたんと静かにドアが閉まる音がした。
咄嗟にその方に顔を向ける。
「改めまして、石川さん」
- 35 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:11
-
私を見下ろす吉澤さんの顔は慈愛に満ちた微笑を湛えていた。
ぞくっと全身に悪寒が走り、ひっ、と喉が引き攣った。
「遺伝子デザイナーの、吉澤ひとみです」
言い終えて、彼女は傍らにあった白衣を手に取った。
真白のそれを翻す姿は、さながら王子様がマントを風に棚引かせている様子に似ていた。
- 36 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:13
-
急に鈍痛の様な激しい眠気に襲われて、瞼が重くなっていく。
駄目!梨華!
眠っちゃ駄目!
眠っちゃ…だ…
眠…
ね………む……………
霞む視界の端に小さな鳥籠が見えた。
その中の白いものが、ほう、とか細く鳴いたのを最後に、静かな夜の帳が私を包んだ。
- 37 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:14
-
◇◇◇◇◇
- 38 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:14
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◇◇◇◇◇
- 39 名前:デザイナー 投稿日:2008/09/18(木) 00:15
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◇◇◇◇◇
- 40 名前:salut 投稿日:2008/09/18(木) 00:20
-
冒頭の言葉を初っ端から覆していますね。
1発目からいきなりストライクゾーンが狭い…
不快になられた方、期待していた方、すいませんでした。
この様に、私はラブラブ・甘々なCPが苦手です。
…が、2本目はほーんのり隠し味程度に。
いちごミルクをレモン果汁で割って青汁垂らしてとろろ掛けた感じにします。
甘酸っぱく、青臭く、むず痒く。
長いですね。
多くを語らない方が格好良いのに。
それでは、また。
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 00:29
- 怖いですね…
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 00:31
- 自分もラブラブ甘々のCP系は苦手なので
こういうお話が読めてありがたいです
期待してます
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 01:18
- ブラックなの好き!
- 44 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/19(金) 22:22
- 予想外に面白い展開に、
期待大です!!
続きが気になります。
- 45 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 01:01
- あわわわわ!たこ焼きと思って食べたらシュークリームだった!みたいな衝撃です
でもなんかクセになる、感じな。
次の青汁たらしてとろろかけたやつも楽しみにしてます!
- 46 名前:salut 投稿日:2008/09/20(土) 11:16
-
◇◇◇◇◇
- 47 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:17
-
「君は僕の太陽だ」
使い古された陳腐な言葉だと馬鹿にしてたけど、今なら分かる。
なるほどこんなに素直に自分の想いを代弁したものを、私は他に知らない。
- 48 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:18
-
2、3歩先を行くあなたがふいに私を振り返る。
制服の短いスカートの裾が揺れ、さらりと髪が風になびいた。
何か面白いことでも言っているのだろうか、口角の上がった口がスローモーションで動く。
音はない。
そしてあなたはさも楽しそうに笑った。
全身からきらきらと光の粒子が溶け出している。
私にはそれが眩しくて直視出来なかった。
手を伸ばしても届かない。
触れてしまえば焦がされる。
いつでも私を照らす、あなたはまさに太陽だ。
ああ、そうだ。
私はあなたになりたかった。
- 49 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:19
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◇◇◇◇◇
- 50 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:20
-
私のリリイ
- 51 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:21
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◇◇◇◇◇
- 52 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:23
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現像液の海の中に、印画紙という魚を泳がせる。
尾ひれを扇ぐ様にそれをピンセットで揺り動かせば、真っ白だった鱗に模様が浮かび上がる。
夏休み、アヤカとまいちんで海に行ったときの写真。
日も暮れた頃、ドライブの途中で急遽、花火をしようってなったんだよね。
これはまいちんが満面の笑みで手持ち花火を両手に振り回している1枚。
これはアヤカが線香花火を憂いを含んだ目で見つめてる1枚。
そのときの情景が、私の頭に鮮やかに蘇ってくる。
だから、現像している時間は好き。
セーフティーライトのオレンジ色の光に照らされた私の顔は、多分すごく穏やかな顔をしていると思う。
- 53 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:24
-
「いやあ、新卒の先生にお願いするのは何なんですが…
吉澤先生、美術部も見つつ写真部の顧問も掛け持ちでやってくれませんかね」
そう言って、たるんだ腹の前で申し訳なさそうに手を合わせる教頭の薄い後頭部を見下ろしながら、私は、は?まじで?と思った。
この春、美大をめでたく卒業し、奇跡的に教員試験に合格して、この花ヶ丘女子高等学校の教師になった。
お嬢様系でもなければ、ミッション系でもない、いわゆる普通の公立女子高。
ただ特色として、普通科9クラスに対して1クラスだけ美術科がある。
その専任教員に、私の大学のOGである洋画科の飯田さんという人がいて…まあ私がここにいるのは、詰まるところコネなのだ。
私は美術科の授業では彼女のアシスタントをしつつ、主に普通科の授業を担当することになった。
そのお陰でこのご時世、美術教師としては珍しく専任としてこの学校に配属されたのである。
ビバ!かおりん!
私は大学で写真を専攻していたから声が掛かるのは当然だったし、前出の負い目もあってか一応了承したんだけど、慣れるまでが大変だった。
授業をこなすだけでも一杯一杯だったのに、放課後の月・水は美術部のアシスタント、金は写真部の顧問。
それだけじゃ食べていけないから、学校に内緒で近所の絵画教室の講師も、火・木・土でやっている。
まじでハードで超痩せた。
- 54 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:26
-
今は9月の後半。
風も段々冷たくなってきて、暗室の中でも快適だ。
…といっても季節はあまり関係ないかもしれない。
この学校はロの字に校舎が建てられている。
南校舎は別名・新校舎と呼ばれ、主に普通科の生徒の教室で埋まっている。
建物も新しくて綺麗。
陽当たりも良くって活気に溢れているのだ。
…それに比べて北校舎ときたら。
新校舎に対して旧校舎と称され、特別教室・美術科の教室やアトリエとして使われている。(あと実際、校舎と離れたところに工房もある)
良く言えば趣きがある。
悪く言えば…というかはっきり言えばボロくて汚い。
おまけに全体的に東側は背の高い木々が鬱蒼と茂っているので、なかなか陽が当たらない。
年がら年中、暗くてじめじめしている。
私の1番嫌いなタイプ。
ちなみに、我が写真部の部室アンド暗室は、そんな北校舎1階の1番東側の教室をあてがわれていた。
まさに、どストライク。
アーメン。
ふいに、西隣の教室ー生物室から、ヴプァッ!と調子っ外れたホルンの音がし、追って、あっはっはっはっは!と豪快な笑い声が聞こえた。
この声は梅田えりかだ。
普通科2年3組で、私が授業を受け持っているクラスの子。
どうやら所属している吹奏楽部の練習をしているらしい。
教室の隅で、仲の良い矢島舞美に台風リポートの物真似を全力でレクチャーしている彼女の姿を思い出して、私は思わず噴き出してしまった。
- 55 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:28
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◇◇◇◇◇
- 56 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:31
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現像液に90秒、停止液に10秒、定着液に30〜60秒、そして水洗。
それぞれをバットに入れて、印画紙を移動させている様は、さながらコロッケをつくる行程に似ていると思う。
小麦粉をまぶして、卵液に浸して、パン粉を付けて、熱い油の中へジャボーン!
…あ、やばい、コロッケ食べたくなってきた。
今日の夕飯決定。
頭の中で某アニメのテーマソングがエンドレスリピートされる。
私はそれを鼻歌で歌いながら、着々と作業をこなしていく。
最後の1枚を仕上げたところで、ちょうどラストのフレーズになった。
思わずその替え歌が口を付く。
「♪揚げれーばふんふふーんふん
♪あいつーらどおしたーじゃんじゃかじゃーん
………いや、まじで」
そうだ、あいつら。
あの2人。
私はあいつらに呼び出されてここにいるんだった。
- 57 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:33
-
部活というものは、運動部か文化部かの他に、やる気があるかないかでも分けられる。
うちの学校は、運動部は大概力を入れていて、文化部も美術や吹奏楽なんかもそっちに分類される。
それ以外は、まるで荒れ地の雑草。
つまりは野放し。
言わずもがな、写真部もその一角だ。(私はそんな部活たちを、親しみと哀れみを込めて「影部活」と呼んでいる)
うちの学校は必ず何かの部に所属しないといけないから、放課後の青春!ってものに興味ない生徒は、流れる様にこっちサイドに集まってくる。
影部活の大半は週に1回、ひっそりと金曜日に活動する。
さて、今日がその金曜日なのだが、一応名簿にある十数名の生徒の誰1人として現れない。
それもその筈、この日は暗室を開ける日としてあるだけで、来るか来ないかは自由にしてあるのだ。
学祭やコンクールの前は集まる様にはなっているんだけど、それ以外はフリーダム。
緩い。
緩過ぎる。
根っからの体育会系気質の私には、なかなか許し難い緩慢さだ。
- 58 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:34
-
中には写真が好きでやる気のある生徒もいるんだけど、それこそ2、3人。
そういう子は、拘りのデジイチなり洒落てホルガなり、自分のカメラを持っている。
が、しかしだ。
それ以外の子は良くてデジカメ。
中には平気でマツキヨで何百円のインスタントカメラを持参する強者もいる。(もれなくポスカやシールのデコレーション済み)
その子たちは俗にいう、ヒト科ギャル属という新種の人類であって…と、私がギャル論を語ると長くなるから、また今度。
そう今は、あいつらを呼んでくる方が先だ。
先生、1年生に暗室の使い方教えたいんですけどー…って、もう入部から大分経って秋なんですけど。
あいつらを待ってたら冬になる。
私は光が入らない様に慎重に暗幕をすり抜けると、それがぴっちりと閉まっていることを確認して、必要最小限の隙間を開けてドアをくぐった。
- 59 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:36
-
◇◇◇◇◇
- 60 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:37
-
暗室、部室ときて薄暗い廊下に出る。
ちょうどすぐ、遠く上空からばたばたと騒がしい足音と一緒に、少女たちの弾んだはしゃぎ声が降ってきた。
私はその声に聞き覚えがあった。
間違いない、あいつらだ。
写真部の部室のすぐ東隣は階段になっていて、声はそこから聞こえてくる。
遅せーぞおめーら!と声を張り上げて今にでも仁王立ちで飛び出したかったが、そこはドッキリやサプライズが大好物な私。
壁に隠れてあいつらを脅かしてやる作戦を思い付いた。
私はケンケンよろしく、しししと笑いを噛み締めて壁に背中を張り付けて待っていた…が、音や声はすぐそこのところで途絶えてしまった。
…ちょっと何してんだよ、早く来いよ。
私が馬鹿みたいじゃん。
探偵ないしは警察の張り込みの如く、私は見付からない様にちらりと壁から様子を窺って…目を見開いた。
- 61 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:38
-
薄暗い1階の階段の踊り場。
長方形の窓から、申し訳程度に光が差す。
ぼやけた可視光線がゆるゆると彼女たちの縁を撫でる様に滑った。
見つめ合った2人はくすぐったそうに目を細めて、それからゆっくりと瞼を閉じる。
どちらともなく影が近付いていく。
茶色く透かされた互いの毛先が、戯れ合う子猫みたいに寄り添った。
そして…
接触。
それはまるで蝶が花にとまる様な、自然な流れと僅かな重なりで。
あ、写真、と私は咄嗟に思う。
認めるのは悔しかったけれど、その光景は1枚の絵として切り取りたくなるほど美しく感じた。
- 62 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:40
-
私は見てしまった。
2年の夏焼雅と1年の菅谷梨沙子がキスしているところを。
- 63 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:40
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◇◇◇◇◇
- 64 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:41
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◇◇◇◇◇
- 65 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/20(土) 11:41
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◇◇◇◇◇
- 66 名前:salut 投稿日:2008/09/20(土) 11:45
-
甘い…甘過ぎる…
これが私の糖分マックスです。
沢山のレスありがとうございます!
温かく迎えて下さって、とても嬉しいです。
>>41
彼女が一言も嘘を言っていないという現実があな恐ろしや…
>>42
同志ですね!
需要があって安心しました。
そして早速期待を裏切ってすいません。
でもCP苦手な私が書いてるんで、甘過ぎないはず…是非。
>>43
私も大好き!また書きます!
>>44
作者冥利に尽きるお言葉です。
短編ですから続きはないですが…あえて言うなら、イタリアのコレクションに出ます。
次回作のことでしたら、頑張りますんで見てやって下さい。
>>45
な、なんて嬉しい表現。
まさに目指していたところです。
次はシュークリーム食ってたら中身砂利だった、を目標にします。
この作品も是非味わってみて下さい。
中編が始まりました。
が、流れを読みつつ、自由にちょこちょこ短編も挟んでいきたいと思っています。
それに際して、次回から最後にインデックスを設けて、少しでも読みやすくなる様に努力しますので、何卒よろしくお願いします。
- 67 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/21(日) 01:34
- なにこれなにこれすげーおもしろいんですけど!
久々に自分の中でヒットしました
続きが楽しみすぎます
- 68 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/21(日) 04:41
- 予告に書いてあるCPが自分の好物とドンピシャなんですけど!!
楽しみにしています。
- 69 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/22(月) 23:51
- 語り口が軽妙でずんずん読めてしまいます
続きが滅茶苦茶楽しみです!
- 70 名前:& ◆T4OIpl8ZYE 投稿日:2008/09/23(火) 14:19
-
◇◇◇◇◇
- 71 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:21
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私は夏焼雅が苦手だ。
それを語るには、まず女子高生のヒエラルキーの話をしなければならない。
彼女たち女子高生の様な年頃の女の子が集まると、カースト制度も真っ青な残酷な階級が生まれる。
その恐ろしいピラミッドについて今から簡単に説明しよう。
全くの持論だけど、これを読めば彼女たちの生態が少しは理解出来る…と、思う。
ちなみに今は水曜4限、普通科2年3組の授業中。
課題は、自分のロゴマークをデザインする、で自由に制作させている。
ほら、ものづくりってやらされるもんじゃないじゃん?
自分でつくりたくなきゃ、いいもん出来ないじゃん?
…というのが私の密やかなモットーなので(学校側に知られたら怒られる)授業は出席すればOK。
課題を期日に提出さえしてくれれば、教室の中なら何やっても良しって事にしている。
その方が私も楽だし、生徒からのウケも良いしね。
一石二鳥、万々歳。
というわけで、私は美術室の教員用の大きな木机で、デッサンの構図を決めている…振りをして考えを張り巡らせてるって訳。
じゃあ本当にさくっと。
- 72 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:22
-
その女子高生の序列の三角形は、主に3つの層に分けられる。
名付けるならば、下から「地味女子」「普通女子」「派手女子」。
まず、地味女子から。
この教室で言うと…廊下側の奥でジャンプを囲みながらわいわい騒いでるグループ。
それから前の方で、1人黙々と作業ないしは内職(次の授業の宿題とか小テストの勉強とか)に没頭している子たち…かな。
性格は、大人しくて温厚。
もの静かで真面目な印象だが、皆が皆、暗いという訳ではなく底抜けに明るい子もいる。
一貫して、ファッションやメイクといったお洒落ー自分を磨く事には興味はないらしい。
彼女たちの関心は専らアニメや漫画の世界らしく、よく分からない言語で会話しているのをたまに耳にする。(ヤオイって何?)
大概は文化部に所属しているのだが、美術部の地味女子率は異常。
今受け持ってる美術科や、通っていた美大も、彼女たちが大半を占めていた。
私はよく、自分が高校生としてこの教室にいたら誰と仲良くなるんだろう?と妄想するんだけど、彼女たちとは絶対に一緒にはいない。
断言出来る。
テレビで…何だっけ、しょこ何とかって子を見てても思うんだけど、彼女たちとは外見的にというか、思考と嗜好の面で相容れないものがある。
- 73 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:23
-
次は普通女子。
一般的なクラスはこの子たちの比率が1番大きい。
いわゆるプレーンな女子高生。
普通女子の定義は難しい。
それこそ幅が広いから、騒がしかったり大人しかったり、運動部だったり文化部だったり、と様々。
人並みにお洒落に興味があるから、制服だって着崩したり化粧もしてきたりするけど、注意すれば渋々ながら分かってくれる。
うんうん、素直でよろしい。
恋に勉強に部活に…と、正しい女子高生のモデルだ。
このクラスでは、教室の真ん中にかたまって、お喋りしながら何かしら手を動かしてるあの子たちに該当する。
- 74 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:25
-
さて、いよいよ最後は、このピラミッドの頂点に君臨する派手女子だ。
彼女たちは別名、ギャルもしくはヤンキーと呼ばれ、クラスをコントロールしている支配者と言えよう。
派手女子の特徴は見た目に顕著に出る。
ワカメちゃんレベルのミニスカートに、だらしなく開いたシャツの胸元。
メイクは濃くて、とかく目元は凄い。
ばさばさに長い毛虫みたいな付け睫毛を装着し、マスカラの重ね付けを施す。
更にアイライナーで目の周りを真っ黒く囲っているのだ。
茶髪や金髪のロングヘアがスタンダードで、それにパーマを掛けたりコテで巻いたりしている模様。
デコレーションという単語が大好きで、携帯や鏡がかなり造形的になっている。
話題は専ら彼氏や男関係…といったところか。
そう、この教室でいえば窓際の1番後ろ、陽当たりの良い特等席に陣取っている、夏焼・久住たち4人チームを差す。
彼女たちは椅子ではなく机に腰掛けながら、お菓子を広げ、各々携帯を弄りつつ、きゃあきゃあと大声で騒いでいる。
うるさい、特に久住。
ほら、耳を澄ませば、彼女たちの会話が聞こえてくる。
「つーかまじエク取れかけてんだけど、どーしよ」
「じゃあ引き千切っちゃえばよくね?キャハハハハ!」
ちなみに「エク」とはエクステンションーつまりは付け毛のことを言い、「引き千切っちゃえばよくね?」は彼女たちの凶暴さを示唆している。
おお恐。
さすがヤマンバの末裔。
- 75 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:26
-
地味女子とはまた違った意味で、私は派手女子とも合わないと思う。
なぜなら、私は考える事が好きだからだ。
偉大な思想家ー例えばニーチェやゲーテの格言集や哲学書を愛読したり、こうやって人を細かく観察し分類したりする。
人はなぜ生まれ死んでいくのか、と一晩中頭を悩ませていた事もあったし、自分のアイデンティティーって何?と自問しては悶々とした事もあった。
全くの偏見だが、相対してギャルは考えない事を重んじている様に見える。
今が楽しければいいじゃん♪ケセラセラ♪という日和に流される生き方を、私は好まない。
本当にそれでいいの?青春は今しかないんだよ?
…と、基本体育会系の私は、松岡修造ばりの熱さで問い掛けたいのだが、我慢してる。
今の時代、そういった夕陽に向かって走ろうぜ!的なノリは、ウザい、の一言で切り捨てられるし、スマートで格好良い吉澤先生を演じるに当たって、それはどうしても排除しなければならないものなのだ。
- 76 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:27
-
おっと、話が逸れた。
夏焼の事だよね。
散々語っておいて何なんだけど、実は私、ギャルが苦手って訳じゃあない。
むしろ彼女たちは可愛いと思う。
特有の馴れ馴れしさで近付いてくるから。
あ、ここ!
私が夏焼の事を苦手なのはここにある。
夏焼はどうも私に冷たい。
素っ気ないし、懐いてくれない。
例えば4人の内、他は皆、私にため口を使ってくるが、夏焼は敬語だ。
久住なんか、せんせーファンデ何使ってんのー?キャハハー!とか私が遠くにいても近寄ってきてくれるし、私の周りをうろちょろしてくるのは子犬みたいで微笑ましい。(…それにしても久住は想像でもうるさいな)
が、夏焼は必要以上の事は話さないし、笑わない。
彼女が私を見る目は、まるで氷の様にひやりとしている。
…あ、ヘコんできた。
私、何かやったかなあ?
あとは、名前のせいもあるかもしれない。
例えば、夏焼雅は三角で、吉澤ひとみは丸だ。
あ、顔の形のことじゃないよ。
もっと砕いて言えば、夏崎雅子だったら仲良くなれたかも、って事。
だって格好良過ぎじゃない?
初めて名簿で確認したとき、芸名つーか源氏名かよ!って突っ込んじゃったもん。
まあ、名前まではこじつけかもしれないけれど、夏焼を取り巻く全てが私を遠ざけてる様に感じるんだよね。
完全に壁をつくられているし、しかもそれは厚くて重いドライアイスで出来ていて、触ることすら危険なのだ。
…かといってどうすることも出来ないけどね、こればっかりは。
- 77 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:29
-
私はふと夏焼を見やる。
彼女は仲間の話に軽く相槌を打ちながら、窓の外を眺めていた。
綺麗な顔をしている。
すう、と筆を流した様な眉の下、長い睫毛に縁取られた、意思の強そうな目。
シャープな輪郭の横顔は涼し気で、口の端だけで笑う表情はとても大人びていた。
猫に似ている、と思う。
ほっそりとスタイルの良い、シャム猫。
いつもツンと澄ましてて、プライドが高そうで、つれない…
と、そこで突然夏焼が上体を動かしたので、私は慌てて顔を背けた。
危ねー、変態だと思われる。
これ以上嫌われたくない。
それはそうと、夏焼と菅谷が…ねえ。
…ああ、そう言えば菅谷も猫っぽい。
夏焼がシャム猫なら、彼女はペルシャ猫のチンチラだ。
彼女のふわふわと揺れる柔らかな髪の毛は、まるで長毛種のそれである。
けど、性格は正反対で、人懐っこくて甘えん坊って所か。
それにしても、うーん、意外だ。
夏焼なら彼氏の1人や2人いそうだけど…まあ恋愛の形は自由ですからね。
…でも…つか…うーん………
- 78 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:30
-
あ、ちなみに、私が女子高生だった頃はどの位置付けだったかっていうと、実はこのピラミッドの中に存在しないんだよね。
示すなら、三角形の右斜め上に、ちょん、とある点。
それが私。
…実際には2つの点だったんだけどね、ここでは割愛。
その点のある通り、クラスから浮いた、少々特別な存在だった。(自分で言うのは何なんだけど)
こういうのって学校組織の中では結構珍しいんだけど、なんといるんだよね、このクラスに。
それがこの2人。
矢島舞美と梅田えりか。
地味女子とも普通女子とも派手女子とも仲は良好なのに、どこにも属さないでふらふらと2人でいる。
そして実の所、彼女たちは私の密かなお気に入りでもあるのだ。
- 79 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:31
-
そんな彼女たちは今、教卓の目の前の席で、向かい合ってスケッチブックに鉛筆を走らせている。
互いの顔をちらちら見合っている辺り、似顔絵でも描いているんだろう。
矢島が落とした消しゴムを拾おうとしたとき、スケッチブックが傾いてその絵が見えた。
…ねえ矢島、それ完璧ラクダだよね?失礼だよね?
彼女たちの関係性は実に興味深い。
梅田は一見ギャルっぽい。
明るい茶髪で活発な印象。
が、それに対して矢島は清楚系って感じ。
艶々した黒髪で落ち着いたイメージ。
タイプの違う2人が一緒にいると異様に目を引く。
それに加えて、互いに背が高くて美形だから、目立って目立って仕方ない。
多分相当、性格や波長が合うんだろう。
なるほど、2人ともなかなかのマイペースだ。
そして、私は個々でも彼女たちを気に入っているのである。
- 80 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:32
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まずは梅田。
彼女はね、可愛い。
久住同様、見付けたら駆け寄ってくれるし、とても懐いてくれている。
彼女がはしゃいだ笑顔で話し掛けてくれると、ああ、もし私にイラン人の妹がいたらこんな感じなんだろうなあ、と思う。
…あ、ごめんね、梅田。
軽口がたたけるほど、彼女とは親しいって事で。
あと、顔のつくりが私の超タイプ。
外国人さながらの彫りの深さで、エキゾチックで大きな目はいつ見ても強い引力を持っている。
しかし、笑うとふくふくと頬が持ち上がって、年相応のあどけなさが見えて愛らしい。
もし次に生まれる顔を決めていい、って神様に言われたら、今の所、私は彼女の写真を持っていくことにしている。
黙っていれば良いのに、面白いキャラクターなのも高ポイント。
あーた、課題やってきたの?ってデヴィ夫人が憑依した様な口調で、唐突に矢島に話し掛けているのが聞こえて、私は笑いを堪えるのに必死だった。
矢島も矢島で、あはは!やってないよー!って普通に流していて、更に私を苦しめた。
- 81 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:34
-
それから、矢島ね。
彼女は…気に入ってるっていうより、気になってるっていう方が近いかな。
あ、やましい意味は全くないんで、ご心配なく。
私は主に被写体として、彼女を狙っているのだ。(…それこそやましく聞こえるな…)
彼女はそこら辺の子にはない、雰囲気、というものを持っている。
そう、10代後半の多感な少女期にしか出せない表情や仕草ってあるけど、今時の子はそれを隠すのが上手い。
派手な化粧や汚い言葉遣いで誤魔化して、曝け出すことを恥ずかしがっている様に思う。(私もそうだったけど)
その点、矢島は取り繕うということをしない。
黒く塗られた瞳は、いつだって正直に前を見つめている。
例えば、憂いを帯びた伏し目の横顔。
例えば、遠くを眺める儚気な影。
例えば、凛と息衝く存在感。
彼女には透明感がある。
大人でもなく子供でもない、少女の危う気な心の移り変わりを映す、限りなく澄んだ水鏡。
アイドルの写真集じゃないけど、そんな人間が側にいて、その瞬間を目の当たりにしているのに、絵として残さないのは勿体無い事この上ないでしょ?
- 82 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:35
-
…という一連の思惑は、実は半分妄想。
だって私、そんな矢島と仲良くないんだもん。
如何せん夏焼と同じに、どっか壁をつくられてるんだよね。
近くに来ても、梅田と私が喋ってるからそこにいるって感じ。
普通に世間話とかはするんだけど…なんかなあ…
…はあ…虚しい…
でも一目見たときから、私は彼女をレンズ越しに覗いてみたいと思っていた。
絶対良い写真が撮れると確信している。
何せ彼女には、こ!の!私を振り向かせる魅力があるんだから。(強調、御免)
あと、私が矢島を気になる別の理由なんだけど…私と矢島って何か似てない?って事なんだよね。(べた褒めした後に何だけど)
ほら、スポーツが得意な所とか。
一見賢そうに見える所とか。
でも口を開けば、ちょっと頭が飛んだ発言をしてしまう所とか。
…とか…とか…とか………少ない?
- 83 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/23(火) 14:37
-
まあはっきり言うと、ちょっとした表情なんだよね。
矢島舞美が梅田えりかといるときの顔付き。
ほら、まさに今。
梅田が何気なく面白い事を喋り、それに対して矢島が笑う。
この顔。
まるでお日様でも見上げているかの様に、眩しそうに目を細めるその笑み。
私はそれに、酷く親近感と懐かしさを感じるのだ。
きっと私はそれをどこかで………まあ今は深く考えない事にしよう、そうしよう。
前にも述べた、もし私が高校生としてこの教室にいたら誰と仲良くなるか、って話だけれど、この2年3組なら梅田と矢島が1番近いと思う。
けど多分3人で一緒にいる、って事はないだろう。
この2人には2人の重ねてきた年月と、お互いにしか分からないテレパシーが存在する。
私にはその間を割る自信はない。
そう、私のパートナーが彼女以外に有り得ない様に………ってあーーーあーーーあーーー!!
やめ、やめ、やめ。
この話、やめ。
あーどうもいかん。
この歳になると、お爺ちゃんの締まりのない口元よろしく、つい昔がだらだらと垂れ流れてしまう。
- 84 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:39
-
と、ちょうど良いタイミングでチャイムが鳴った。
4限の終わりと昼休みの始まりを告げる合図だ。
せんせーじゃあねー、またねー、とぞろぞろと生徒たちが美術室を出ていくのを、私はへらへらと手を振りながら、軽く受け流していた。
「………出来たー!」
「え、見せて見せて!」
「はい!」
「うっわ、凄い!えり、超上手じゃん!」
どうやら、梅田は今の今まで矢島の似顔絵を描いていたらしい。
その絵を覗きながら、2人できゃっきゃとはしゃいでいる。
どれどれ、と私は首を伸ばしてそっと後ろから拝見した。
そこには、極太の毛筆で書きたるが如し立派な明朝体の「汗」という文字が、どでかく黒鉛で塗り潰されていた。
後日、自分のロゴマークをデザインする、というこの課題の提出日に、こいつらはその「汗」と「ラクダ」を持ってきやがったのだった。
- 85 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:40
-
◇◇◇◇◇
- 86 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:41
-
◇◇◇◇◇
- 87 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/23(火) 14:41
-
◇◇◇◇◇
- 88 名前:salut 投稿日:2008/09/23(火) 14:44
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62 2 >>71-84
吉澤は語る、でした。
ほぼ主観な上に、長いしつまらないですね、すいません。
次は、夏焼は語る、です。
…がその前に1つ。
85年組の超ショートショートをば。
今日そう出来ればちょうど良かったですね。
それでは、彼女と皆様に良い1日を。
>>67
わー!ありがとうございます!
こんな感じに続きますが、ヒットが量産出来ます様に…
>>68
本当ですか!
なまじ素材が良いだけに、料理人が私っていうのが恐ろしいですが…
ありがとうございます、頑張ります。
>>69
テンポは気にしていたので、とても嬉しいお言葉です。
ありがとうございます!
- 89 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/23(火) 21:00
- すごく良い
としか書けなくて申し訳ないくらい良いです
今のところ多少苦味が混ざりつつ平和な感じだけどこれから話がどんな方向に転んでいくのか
想像できないところに作者さんの技量を感じます
続編はいつでも待ってます!
今回の更新がこんなに早く来るとは思いませんでしたがw
楽しませてもらっています ありがとうございます
- 90 名前:68 投稿日:2008/09/23(火) 23:01
- お疲れ様です。
次回も楽しみにしています。
それぞれのキャラ(吉澤さん曰く)がリアルの彼女たちとうまくリンクします。
- 91 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/24(水) 11:40
- マジで面白いです
メンバーも話もいい
作者さんがんばってください
かなり楽しみにしています
- 92 名前:salut 投稿日:2008/09/28(日) 12:29
-
◇◇◇◇◇
- 93 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/28(日) 12:30
-
「ね!梨沙子、見て見て!」
1年前の4月。
高校の制服のお披露目にと、私は菅谷家の玄関先に来ていた。
春の穏やかな日溜まりの下で、さながらバレリーナの様にくるりと1回転する。
まだ身体に馴染んでいない、真新しいブレザー。
ぱりっと糊付けされたスカートの裾が膨らみ、染め立ての赤茶けた毛先が後を追い掛けた。
「わ、素敵!みやいいなあ!」
猫っ毛を2つに結わえ、母校のセーラー服に身を包んだ梨沙子が、羨望の眼差しで私を見ていた。
「うん、決めた!私、みやと一緒の高校行く!」
頬をほんのり赤く染め、興奮した様子の梨沙子は、自分で確かめる様に何度もうんうんと頷き、高らかにそう宣言した。
あ、やばい。
どき、と小さな箱の中で心臓が跳ねた。
それを誤魔化す様に、私は彼女をからかった。
「えー!駄目駄目!私だってヤバかったんだから、梨沙子の頭じゃ絶対無理!」
「大丈夫!勉強するから!………それに…それにね…
………みやと一緒にいたいんだもん!」
そう言って梨沙子は、白い歯を零してはにかんだ。
どくん、とさっきよりも強く鼓動が響く。
心臓が弾けて、まるで桜の花弁みたいに散った。
- 94 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/28(日) 12:32
-
そのとき生まれた感情は、嬉しさでも、喜びでも、無論、愛しさでもない。
あ、こいつ言いやがった、とただ冷ややかな言葉が浮かんできただけだった。
- 95 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:33
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◇◇◇◇◇
- 96 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:35
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私は吉澤先生が苦手だ。
いや、好きじゃないって表現が1番しっくりくるかな。
これを小春や他の皆に告げると、何で!?と、もれなく目を丸くして聞き返される。
えー…だって嫌なんだもん。
理由は大きく2つ。
1つは、吉澤先生だけじゃなくて教師という職業を生業とする者全てに該当する。
はっきり言おうじゃん?
この人たちには、ギャル=馬鹿、という方程式が存在するからだ。
とかく芸術系を専門分野とする先生は、ちょーっと自分たちが他人とは違う視点を持ってるって勘違いしちゃってる辺り、救えないよね。
絶対私たちの事なんて、へらへら何も考えずに生きてる、って見下してるに決まってる。
あのねえ、私たちだって、夕陽を眺めて物思いに耽ったり、悲しいニュースを見たら心を痛めたりするんです。
年金問題や食品偽装の事件には腹を立てたりもするし、政治だってちゃあんと興味があるんですからね!
…あ、ごめん、嘘。
言い過ぎた。
と、とにかく、この人たちは私たちを色眼鏡で見過ぎって事!
スカートが短いとか、化粧が濃いだとか、外見だけで判断して欲しくない。
ギャルとか今時の女子高生とかって言葉で一括りにしないで、中身で1人1人判断してもらいたいんだよね。
えーごほん。
以上、夏焼雅の未成年の主張でした。
でもまあ、教師なんて皆そんなもんだし、期待するだけ無駄なんだけどね。
外見で判断されたくなかったらスカート伸ばせ化粧すんなー…って反論されるのが関の山。
だったら別にいいですよ、馬鹿で。
こんなことで熱くなるのはダサいし、深く付き合う必要性もないから、当たり障りなく接してくれればそれで良い。
という訳で、総じて私は教師という存在を蔑視してるのね。
- 97 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/28(日) 12:36
-
で、もう1つ。
これは他の先生とは違う、吉澤先生の特徴。
彼女はよく人の事を観察している。
私にはそれがどうも気に食わないんだよね。
ちなみに今は水曜の4限目。
件の吉澤先生の美術の授業中だ。
年季の入った北校舎の3階、埃っぽさと油絵の具の独特な匂いが交じった美術室。
私はいつもの4人で、窓側の後ろの席に固まっていた。
ちょっと肌寒くなった空気の中で、秋の柔らかな陽射しは実に心地良い。
もしこれが午後だったら、お腹も膨れてちょうど良いとばかりに、私たちは縁側の猫よろしく昼寝を始めていただろう。
が、悲しいかな今はお昼前。
睡眠欲は空腹に勝てず、じゃがりことポッキーで飢えを凌ぎながら、どうでもいい話に花を咲かせていた。
彼氏の愚痴、バイトの面白話、昨日のドラマのイケメン俳優について…
私は彼女たちの会話に適当に合わせつつ、窓から見える外の世界をぼんやりと見ていた。
殺風景な校舎裏の教員用駐車場。
その上空、澄んだスカイブルーに群れるふわふわの白いひつじ雲。
あ、梨沙子がいっぱい、と想像したら何だか頬が緩んでしまった。
- 98 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:37
-
あ、話が逸れちゃった。
吉澤先生の事だよね。
うーん、どこから話そうかなあ。
吉澤先生を否定すると驚かれる、という前述の反応が示す通り、彼女は生徒から人気がある。
小春曰く、えー、だって美人だし優しいし面白いし、授業だって楽じゃん!雅は一体何が不満なのさ!信じられな…以下略…との事。
確かにそれは大概事実だし、私も認めている。
神様が本気出して丁寧につくったって感じの、なかなかいない綺麗な顔をしてるし(褒め過ぎ?)すらっと細くて背も高い。
かといって、それを気取った風は微塵もなく、むしろフランクで砕けた性格。
他の先生みたく、校則や授業態度でしつこく説教することはないけど、緩過ぎず締める所は締める、みたいな。
そりゃ生徒たちから好かれるよね。
自分で言ってて何なんだけど、こんな先生嫌う方がちょっとおかしいんじゃない?的な。
- 99 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:38
-
でもでも!それは皆騙されてるんだって!
全部この人の計算なんだって!
私、気付いちゃったんだよね。
吉澤先生、私たちの事、滅茶苦茶見てるって。
その情報を頼りに冷静に分析して最善のアクションを起こす。
それがこの人のやり方なんだって。
あ、ほら、今だって私が窓の外を眺めてるのをいい事に、教卓方面からばしばし視線を感じるんですけど。
正直キモい。
何を考えてるか分かんないから、余計。
あーやだやだ。
分かってないとでも思ってんのかな?
- 100 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/28(日) 12:40
-
私、よく誤解されやすいんだよね。
この尖った目付きと派手な名前のお陰で、恐そうだのキツそうだの、第一印象はまずよろしくない。
加えて実は、すっごく人見知りでシャイガールなのね。
だから初対面の人と喋るのは超苦手。
緊張して冷たく素っ気なくなっちゃうし、打ち解けるのに時間が掛かる。
そんな私と、いつも受け身で後手後手の吉澤先生、合うと思う?
多分あっちは私の事、どこにでもいる今時の女子高生って軽視して、感じの悪い生徒って思ってるんじゃないかな。
私は私で、教師ってだけで毛嫌いしてるのに、じろじろ無遠慮に見られて勝手な判断をされるのは、気持ちの良いもんじゃないでしょ?
ほら、どうやっても噛み合ない人っているじゃん?
明らかに歯車の形が違う人。
私にとってそれが吉澤先生。
けどね、ただ授業を受け持ってるだけじゃなくて、部活でも一緒だから(私の所属している写真部の顧問なんだよね)彼女は何とか近付こうとして、距離を測りあぐねてる感じ。
そういうの、いいんだけどなあ。
長くなっちゃったね。
これが、私の吉澤先生を好きじゃない理由。
異論・反論は2年3組、夏焼まで!
以上!
- 101 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:42
-
ふと机に投げ出していた携帯電話が震えていることに気付く。
さっき梨沙子に送った『今日水曜だよねッ!バイトもないし映画でも行こ♪ポニョ観ようよ☆ワラ≧∀≦』というメールの返事に違いない。(あ、ちなみにカラフルで可愛いキャラクターの絵文字をたっぷり使ったデコメだからね!脳内変換よろしく!)
「何、彼氏?彼女?」
「梨沙子!」
彼氏なわけないじゃん、と心の中で毒づきながらも、私は嬉々としてメールを開いた。
『みやごめーん!今日愛理と遊ぶ約束しちゃった(⊃□;)今度でもいい?』
あ、また、フラれた。
愛理ちゃん、ね。
梨沙子と同じ1年1組で仲の良い、たんぽぽの綿毛の様にぽわんとした可愛い子。
最近、梨沙子は何かと愛理ちゃん愛理ちゃんだよね。
あーあ、何かなあ…
- 102 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:44
-
あ、梨沙子について話してなかったよね。
菅谷梨沙子。
私の………えっと、彼女。
あ!ちょっと勘違いしないでね!
彼女って言っても…あー何から説明しよう!
あのね、今、一部の女子高生の間で、彼氏の他に彼女をつくるのが流行ってんの。
もう仲良し過ぎて親友を超越したぜ!って子を指すのね。
だから、友達の延長って考えてもらって構わないから。
例えば人に梨沙子を紹介するとき、私は凄く困る。
幼馴染み、だと少し遠い感じ。
妹みたいな存在、っていうのも長ったるいし、親友、ってのもちょっと違う。
私たちのこの微妙な関係をどう表現しよう…って頭を悩ませていたときに、都合良く現れた、彼女、という単語。
何か流行ってるし、ちょうど良いじゃん!って事で、それを使わせて頂いてるのだ。
だって、仲良さ気だし、近いっぽいでしょ?
- 103 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:46
-
だから、彼女って言ってもやる事は友達と一緒。
まあチューくらいはするかな、って感じ。(今時の女子高生は結構誰でもするけどね)
それも、恋愛感情っていうよりは、赤ちゃんのお餅みたいなほっぺを見たら、つい触ってみたくなるでしょ?って感覚に似てる。
至極、可愛いものなのです。
梨沙子は綿菓子みたいな女の子。
きっと舐めたら甘いし、口に入れたら溶ける。
緩くウェーブした量の多い髪も真っ白な肌もそれを連想させるけど、勿論性格もそんな感じ。
蝶よ花よと可愛がられて育てられたせいか、梨沙子は小さい頃から甘ったれの泣き虫だ。
私がいなきゃ何も出来ない。
外国のお人形さんみたいな容姿をしてるけど、私から見れば本当に手の掛かる妹、もしくは大きな赤ん坊、みたいな。
でも、彼女の天真爛漫で無邪気な所は………良い、と、思う。
…あ、ほら、私にはないものだからさ。
くるくる変わる表情は見ているだけで飽きないし、その子供っぽさも愛嬌があって憎めないんだよね。
- 104 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:47
-
と、いう訳で、私と梨沙子はそんな関係。
女子高で彼女っていうと違った解釈されそうだけどね。
だってまあ私、彼氏いるし。
…そう呼ぶのも怪しいんだけどね。
1ヶ月は会ってないし、連絡だってそんなしない。
多分、そろそろ別れる。
何か、そんなんばっかだなあ。
短くて1週間、長くて3ヶ月。
数ばっか増えていくけど、中身が空っぽの彼氏彼女ごっこ。
大体あっちから告白してきたのに、終わりは大概フラれるか、自然消滅。
そして去り際にいつも呪文の様に言われる台詞。
それは心臓を鋭角にえぐっては、ゆっくりと血管を伝って毒素を全身に巡らせる。
言葉の表面に縛られた私は、身動き一つ取れずに蝕まれていくんだ。
その度に分厚く固くなっていく、卵の殻の様な保護膜とコンプレックス。
中にいれば安全だし、それを破って壊す術を、私は知らない。
きっとこれからも、そこに閉じこもって生きていく。
だって私は梨沙子には………と!駄目駄目駄目!
この事に関して梨沙子を絡めると、自分が凄く嫌な奴になる。
梨沙子は私の可愛い彼女。
それだけ!
- 105 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:49
-
と、そこで教室内にチャイムが響いた。
お腹減ったー!雅、購買行こ!と、小春が大きく伸びをしながら声を弾ませる。
それに私は思わず安堵した。
ナーバスになっているときに、晴れやかで明るい彼女の存在はとても救いになる。
「いいねー!私プリン食べたい」
「あ!小春も小春も!」
そんな事を話しながら教室を出る前、教卓の所で、小春が吉澤先生に、じゃーねせんせー!とちょっかいを掛ける。
頭を撫でようとした小春を華麗にかわしながら先生は、課題やってこいよー、と苦笑いをして釘を刺してきた。
私は軽く会釈をしてその前を通り過ぎる。
背中に若干の視線を感じたけど、それは当然の如く無視だ。
課題ー自分のロゴマークを考える、ねえ。
どうしよっかなあ。
あ、花王の三日月のイラストみたいなの、いいんじゃない?
小春と一緒にさ。
夏焼雅と久住小春、2人合わせてアゴ☆シスターズ!
何てね。
- 106 名前:& ◆7ODsfXUAQc 投稿日:2008/09/28(日) 12:50
-
◇◇◇◇◇
- 107 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:50
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◇◇◇◇◇
- 108 名前:私のリリイ 投稿日:2008/09/28(日) 12:51
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◇◇◇◇◇
- 109 名前:salut 投稿日:2008/09/28(日) 12:53
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>92-105
夏焼は語る、でした。
女子高生って難しい…
次回、矢島は語る、です。
あと、予告を裏切ってしまってすいません。
自己嫌悪。
読み返すほど超絶下らなさが目に付いてお見せ出来ないので自重しました。
>>89
読み込んで頂けて感無量です。
ありがとうございます。
いやー自分が気になるんでガツガツいきたいんですが笑、ついにストックが…;;
その分丁寧にやっていきますので、最後までお付き合い頂けたら光栄です。
>>90
その言葉が聞けて安心しました。
その人らしさがちゃんと出ているか不安だったので…今回は特に…
ありがとうございました。
>>91
ありがとうございます。
現実ではなかなか有り得ない組み合わせですが、このお話はこの3人そして6人でしか成立しないんで、そういう所に目を付けて頂けて嬉しいです。
- 110 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/29(月) 00:19
- 更新乙です
雅語りのリアリティがハンパ無いです
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/01(水) 00:04
- 吉澤さんも夏焼さんもとても魅力的なキャラクターですね
次の矢島さん視点の話がどんなものになるのか楽しみです
- 112 名前:salut 投稿日:2008/10/04(土) 21:23
-
◇◇◇◇◇
- 113 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:24
-
スターターピストルの破裂音で私は覚醒する。
地面を蹴る。
低い弾道。
タイミング。
良い。
いける。
イメージは風。
200メートルトラックを駆ける、一陣のはやて。
爪先からふくらはぎ、そして太腿。
感覚の伝達。
しなる筋肉。
音も。
光も。
全て置き去りにして。
私が。
私が1番。
もっと。
もっと疾く。
腕を振れ。
もっともっともっと。
肺。
苦。
喉。
痛。
筋肉が。
悲鳴を。
酸素を酸素を酸素を。
もっと。
前へ。
もっともっともっと。
まだだ
もっと
疾く疾く疾く疾く疾く
もっと疾くーーーーー
- 114 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:27
-
「まーいみー!!」
初夏の陸上競技場。
決勝レースを走り終え、サブトラックを流している私に、応援スタンドから注がれる歓声と賞賛。
その中にえりの声を見付けた。
客席がどんなに超満員でも、私は彼女を探し当てる自信がある。
「おーめーでーとー!!!!」
身を乗り出し、さも自分の事の様に大喜びしているえり。
声を張り上げて大手を振るう彼女に、私も満面の笑みで両手を振り返そうとした。
が、思いとどまる。
きっとあの人なら、こんな事はしない。
きっとあの人なら………
私はえりを見据え、端を少し上げる様に口を引くと、高々と右手の拳を突き上げて格好付けた。
- 115 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:28
-
◇◇◇◇◇
- 116 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:29
-
私は吉澤先生が苦手だ。
苦手っていうか…嫌いじゃないよ?
むしろ好きな感じの先生。
でも総合的にマイナス。
うーん、この感情を説明するのはちょっと難しいんだ。
でも理由は分かる。
えり。
彼女が絡んでる事は間違いない。
例えば、水曜日のえりは、いつもより少し可愛く見える。
メイクも普段より気合い入れてるみたいだし、朝から鼻歌なんか歌っちゃってご機嫌だ。
なぜなら美術ー吉澤先生の授業があるから。
えりは吉澤先生が好き。
勿論それは憧れっていう意味で。
私、クールビューティー目指してるから!!と常々えりは鼻息荒くそう公言しているのだが、なるほど吉澤先生は彼女の目標のそれだ。
ね、今だって。
- 117 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:31
-
ちなみに現在、私とえりは向かいに合わせに座って、課題として互いのロゴマークを描き合っている。
水曜日の4限、まさしく吉澤先生の美術の授業中だ。
女子高校生たちの甲高い喧噪に塗れた美術室。
目の前の教卓、古い作業用の大きな木机に彼女はいる。
エスキース帳を広げ、モチーフだろうか水の入ったガラス瓶やティッシュの箱と静かに対峙している辺り、デッサンの構図を決めている様子だ。
…けど、明らかに焦点が合っていない。
きっと何か考え事をしているんだろう。
そこでほら見て。
吉澤先生のこの表情。
長い睫毛の影を落として、薄目で遠くを眺めている。
細い腕で頬杖を付き、顔の角度はベストアングル・右斜め30度。
ただぼうっとしているだけなのに、まるで絵になる。
もしかしたら頭の中では、お腹すいたーって何でもない事を思っていたり、授業だりーって悪態を付いているのかもしれない。
けどその整った顔のせいで、何かよく分からないけど難解で崇高な考えを巡らしているかの様に見えるのだ。
…得だなあ…
そう、先生は何をやっても様になる。
どんな事でも、涼しい顔してさらっとこなしてしまう印象。(私はちょっと動いただけでも汗だくなのにね)
他にも優しい所とか面白い所とかあるけど、えりは先生のそういった部分に、自分の理想像を重ねてるんじゃないかな?
とか言って!
- 118 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:32
-
そして私はえりが好き。
勿論それは友達として。
…多分。
だって私、女の子が好きって訳でもなければ、えりと付き合いたい訳でもない。
でもね、えりと吉澤先生が仲良くしてるのは、何かすっっっごく気に食わないんだよね。
えりがきらきらした目で先生と話してるのを見ると、胃が拒絶反応を起こした様にむかむかする。
えりがにこにこと笑顔で先生の話をすると、胸が引っ掻き回されたみたいにざわつく。
…ねえ、これってちょっとおかしいよね?
普通じゃないよね?
そこで私は考えた。
この感情の正体を明かすべく、悩んで悩んで悩んで…
それはそれは超悩んで………
やめた。
だって頭使い過ぎるとお腹すくでしょ?
最近食欲ヤバいんだよね。
今日の朝練の後、菓子パン2個も食べちゃったんだよ?
いっその事、お弁当を重箱に詰めてくるとか、炊飯ジャーごと持参するとか目論んでるんだけど…
女子高生が風呂敷包み背負って登校したらドン引きする?
とか言って!
…え、大丈夫だよね?
- 119 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:33
-
あ、話が逸れた。
…えっと…何の話してたっけ…
………まあいいや。
ここら辺でえりー私の親友・梅田えりかの紹介をするね。
えりとは中学校も一緒で、その2年生のときに同じクラスになって以来、ずっと仲が良い。
見た目のタイプも趣味も全然違う2人だけど、なかなかどうして気も話も合うんだよね。
絶妙な間とシンクロするテンポが、上手く重なった二重奏みたいに私たちの間に流れている。
息継ぎをするのがとても楽で、心地良いメロディーラインの音楽。
彼女はそんな存在なんだ。
えりはまるでどこぞのモデルみたいだ。
雑誌からそのまま飛び出てきた様な彼女は、言わずもがな背は高くスタイルも抜群。
しかも今流行りのハーフ顔で、そのはっきりした目鼻立ちに私は時々本気で見とれてしまう。
加えて性格も明るくて面白いから、男女問わず友達が多い。
そう、特段笑いにおいては、そこいらの半端な芸人より鋭い感性を持っている。
初対面の人はその容姿から、クールな印象と話し掛け辛いオーラを感じちゃうんだけど、喋ってみると皆必ず、外見と中身のギャップに驚く。
これもえりの魅力なんだよね。
うんうん!
- 120 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:35
-
それにね、えりは超センスが良いんだよ!
特にファッション。
いつもモノトーンでスタイリッシュ且つカジュアルなコーディネートできめている。
自分の1番似合う服装や見せ方を熟知してる感じ。
例えば他の友達も一緒に遊んだときなんか、大人っぽい!超格好良い!と皆が皆、彼女を絶賛し羨望の眼差しを送っている。
その様子を見ていると、私の親友凄いでしょ!って思わず横から自慢したくなって堪らないんだ。
…え?ちなみに私の服?
私はピンクとかフリルとか、実は乙女チックな甘いファッションが好きなんだけど、特にそれについては皆何も………
あ!でも舞ちゃんがよく褒めてくれるよ!
舞ちゃんっていうのは、お隣に住む中学1年生の女の子で、いつもディオールのサングラスとD&Gのベルトをしている様なお洒落さん。
そんな子が、舞美ちゃん今日も可愛い格好してるね、って会う度会う度、言ってきてくれてさ!
ほら、恥ずかしいやら照れるやらで、えー舞ちゃんの方が可愛いよー!なんて返すと、大概薄ら笑いで肩をすくめて去っていくんだけど…
うーん、今時の子は大人びてるよね、やっぱ。
- 121 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:36
-
あー、また話が飛んじゃった!
…何だっけ…
そうだ、思い出した!
えりと吉澤先生の事だ!
えりは本当にセンスが良い。
彼女の選ぶもの全て、薄らと金色の光で縁取られている様にすら見える。
彼女の持ちものは全部洗練されているみたいに感じるし、彼女が格好良いって言った男の子は無条件でイケメンに思えてしまう。
でも吉澤先生は駄目。
とにかく絶対駄目。
何なんだろうね、これ。
………悔しいの、かなあ。
何かほら、私ばっかりえりを好きみたいじゃん?
いやさ、私たちは親友だから、えりが私を好いてくれてるのは当然分かってるんだけど、それとは何かちょっと違って…
何か…何か何か何か………
………あー!!
考えちゃ駄目駄目駄目!!
お腹減る!!
- 122 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:37
-
と、私の小さく鳴った腹の虫の音を掻き消す様に、ちょうどチャイムが流れた。
ほっと一息付いて、鉛筆を置いた。
ざらざらした白い紙の上で、睫毛と鼻の下が長いラクダが歯を剥き出しにして笑っている。
私は誰にも気付かれない様に、それに倣って小さく、いっ、と奥歯を噛み締めた。
「………出来たー!」
「え、見せて見せて!」
「はい!」
そして暫くして、えりがご満悦の様子でスケッチブックを高々と掲げた。
どうやら私のロゴマークが完成した様だ。
ほら、この課題だって本当は自分のは自分で描かなきゃいけないんだよね。
でもえりが、うち、自分のより舞美の描いた方が良いの出来そう、って言ったから、お互いのを描く事にしたの。
何か凄く嬉しかった。
私も同じ事考えてたから。
そう、私は誰よりもえりの事を知っている自信がある。
それは彼女も同じって思っててもいいよね?
だからさ、教卓の真ん前の席に座ってる理由も、時々ちらちらと見やっていたその視線の先も、気付かなかった事にするよ。
- 123 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:38
-
うっわ、凄い!えり、超上手じゃん!と、覗いた先にはどっしり構えた「汗」の文字。
ね、このダイナミックで力強い字体、私の豪快な性格をよく表しているでしょ?
さんずいのはねなんて、スピード感があってぴったり!
…何か私、えりに関する事全て、手放しで肯定しちゃいそうで恐い。
こういう状態、何て言うか知ってる?
恋は盲目。
とか言って!
………あーもーだから違うんだってば!!
えりは親友!!
それ以上はないからね!!
- 124 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:39
-
◇◇◇◇◇
- 125 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:39
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◇◇◇◇◇
- 126 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/04(土) 21:40
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◇◇◇◇◇
- 127 名前:salut 投稿日:2008/10/04(土) 21:42
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>92-105
4 >>113-123
矢島は語る、でした。
彼女、面白い人ですね。
三者三様の思いを抱え、やっとこれから各々絡み合い、物語が動き出します。
次回、本編スタート!
…の前に短編を挟みます、今度は必ず。
主なキャストは、石川・紺野・道重そして嗣永。
よろしくお願いします。
>>110
ありがとうございます。
いやあ、まだまだ全然ですけど、彼女は特に繊細に書こうと思っていたので、とても嬉しいです。
>>111
光栄です、ありがとうございます。
夏焼さんは若干キャラクターをいじってるんで、受け入れられるか心配だったんです。
そして矢島さんは…こんな感じに………
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 00:01
- 想像よりも夏焼さんも矢島さんも可愛いなぁと
そう感じるのはきっと自分が年取ったからでしょうね…
これからどうなっていくのか楽しみです
- 129 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 00:44
- 更新お疲れ様です
物語が動き出すのはこれからですか!
すでに充分濃いので色の違う三人がどう絡んでいくのかますます楽しみにしています
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 06:30
- すっごい面白いです!
主観的な語り口がそれぞれの独特な個性を伺えます。
ホントに…w
続き楽しみに待ってます。
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/08(水) 09:30
- 本当面白い
お気に入り一番のスレッドです!
- 132 名前:salut 投稿日:2008/10/11(土) 22:20
-
◇◇◇◇◇
- 133 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:21
-
4人のピンク
- 134 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:21
-
◇◇◇◇◇
- 135 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:23
-
『☆ぴんく☆ちゃん…もうだめ…死にたい…』
『そんなこと言わないでcapちゃんッ!
そうだ、今度会おうよ!
☆ぴんく☆でよければ会って話聞くよ?(ノ_・。)』
『本当?…ありがとう…』
『じゃあ今週の土曜日、渋谷のハチ公前に6時とかどうかな??』
『うん、大丈夫…』
『私はピンクの服着て来るからッ!』
『じゃあ私は青いキャップを被ってくね…』
『分かった!それまで自殺なんて考えちゃダメだよッo(≧□≦)o』
『うん…頑張る…』
じゃあまたね、と返信して桃は携帯を閉じた。
- 136 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:24
-
あ、こんばんわ!
超ハイパープリティー女子高生の、嗣永桃子です☆
えっとお、桃の可愛さとか可憐さとか、他にいっぱい喋る事はあるんだけど、さっきのやり取りについて、さくっと説明するね。
今、若い女の子の間で大人気の携帯小説があるんだけど、capちゃんとはそのサイトで知り合ったの。
し、か、も!
2人共Berryz工房(知ってるよね?超美少女アイドルグループ!)の大ファンって事で意気投合。
お互い携帯のアドレスで連絡取り合う様になったんだ。
…でも、capちゃんには悩みがあって…
何かね、学校でいじめられてるらしいんだ。
それで最近、本当に追いつめられてて、真剣に自殺を考えてるらしいんだよね。
そういうの、ほっとけないじゃん?
だから今度会う約束をしたって訳。
…ってあああ!もうこんな時間!
夜更かしは美容の大敵!
って事で桃はもう寝まーす♪
おやすみなさい☆
桃はピンクの熊の縫いぐるみを抱いて布団に潜り込むと、すやすやと健やかな寝息を立てて夢の世界へ旅立った。
- 137 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:25
-
◇◇◇
- 138 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:26
-
「ピンク様、奴隷の手配が出来ましたが…」
「了解」
「日にちは今週土曜の午後6時、待ち合わせは渋谷のハチ公前は如何ですか?」
「…随分早いわね」
「ならもっと遅い時間に…」
「いいわ、さっさと済ませるから」
「かしこまりました。奴隷の特徴は…」
「あーどうせどこにでもいるサラリーマンでしょ?
私、いつもみたいにピンクの服を着てくから、あっちで探してもらって」
「はい…ああ、もう内金の振込は完了致しましたのでご確認く…」
「はいはい」
「…では」
「はーい、おやすみー」
私は気怠く前髪を掻き上げると、携帯の通話を切った。
- 139 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:27
-
私の名前は石川梨華。
それこそどこにでもいる普通のOL。
…なんだけど、実はその界隈では有名なS嬢だったのね。
あ、昔の話よ?
今は惜しまれつつも華々しく引退して、ちゃあんとまともなお仕事をしてるんだけどさ。
ほら、まだ私目当ての客が後を絶たないらしくて、たまーに相手してあげてるって訳。
お小遣いになるし、腕を鈍らせないためにはちょうど良いんだけどね。
でも本当はお金より才能。
私腹ばっか肥えた豚より、プライベートで好きなときに楽しめる、素質のある奴隷を手に入れたいの。
ま、それはそれとして、久しぶりだからちょっと浮かれてる自分もいるのよね。
緊縛にー蝋燭にー…浣腸や拡張プレイなんかも良いかも♪
うふ♪
私は鼻歌を歌いながら、クローゼットからショッキングピンクのボンテージを引っ張り出すと、鏡の前で身体に当てて、にっこりと微笑んだ。
- 140 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:28
-
◇◇◇
- 141 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:29
-
『返事、遅くなってすいません。
最近またちょっと調子悪くて…』
『え!?大丈夫ですか!?(;>□<)』
『あ、ごめんなさい、変な心配掛けてしまって…
ところで、いよいよ今週の土曜日ですよね、お会いできるのは^^』
『はい!すごく楽しみにしています☆
待ち合わせ、どうしますか?』
『じゃあ、渋谷のハチ公前に18時とかどうですか?』
『あ、ちょうどいいです(*^_^*)
私、名前になぞらえて、ピンクの服を着てきます♪笑』
『PINKさんですもんね笑
じゃあ、自分はベーグルを持って行こうかな笑』
『あはは!≧∀≦
分かりました!
ではでは、お身体に気を付けて…
おやすみなさい☆』
『おやすみなさい』
BAGELさんから来たメールを何度も復唱した私は、頬が緩むのを抑えられませんでした。
- 142 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:31
-
どうも、紺野あさ美です。
とある有名私大に通う、まあ一般の人よりちょっっっと頭の良い、ただの学生です。
まあ、普通の大学生なんで、人並みに恋もしている訳です。
そう!その相手がこのBAGELさん。
某mixiのコミュニティーで知り合って仲良くなった人なんです。
都内に住む医大生23歳。
親は有名病院の医院長。
メールの文面から分かる、柔らかい物腰と優しく穏やかな性格。
しかもしかも!
写メで見た顔が超イケメンなんです!
キャー!!
これは好きになるしかないですよね!
完璧です!
でも、彼、その繊細な性分が災いしてか、最近凄く悩んでいるみたいなんですよね。
だから、土曜日は相談に乗ってあげようかと思いまして。
もしかしたらそこから恋愛に発展しちゃうって事も………!
キャー!!
私は近くにあった、ピンクの水玉のクッションに顔を埋めて、暫しじたばたと悶えていたのでした。
- 143 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:31
-
◇◇◇
- 144 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:33
-
『マサ男>渋谷のカラオケ館予約取りました!』
『 ノノ*^ー^)>乙です!』
『ピンク♪>わー!ありがとうございます!』
『マサ男>集合は一応ハチ公前に18時で』
『きら☆りん>わっかりました〜♪』
『K>楽しみだわ( `.∀´)』
『美少女の人>いよいよだみゅん!』
『マサ男>最終的に参加人数は11人で』
『マサ男>あ、ちなみに自分カラフルな髪してるから分かりやすいですw』
『ピンク♪>じゃあ私はピンクの服着てきますね☆』
『ノノ*^ー^)>ベタにバラなんか持って来ちゃったりしてwww』
『K>どぶろく片手に行くわ』
『れいnyan☆>でおくれたっちゃ!』
『れいnyan☆>れいnyan☆は紫のパーカー着て来るけん!』
さゆみは、れいnyan☆さんが入室したのを確認すると、挨拶をして速やかにチャットルームから退室した。
- 145 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:34
-
こんばんピンクー♪
道重さゆみです☆
あっ、これはね、今度行われるオフ会の打ち合わせをしてたの。
えっと実はさゆみ、musume-seekこと飼育っていう掲示板に、自分の書いた小説を投稿してるんだ。
かの有名なアイドル集団・ハロー!プロジェクトの二次小説を専門にした板なんだけど…詳しくはググってみてね☆
で、今度、女性の作者さんだけで集まろうって事になって、その相談をしてたんだ。
もうさゆみ、すっごいドキドキわくわくで!
あ、ちなみに、ノノ*^ー^)ことキャメさんは、書いてるものこそアレだけど、チャットやメールのやり取りで仲良くなった人なの。
ちょっと会うのが楽しみなんだよね!
さゆみはピンク色の手鏡を覗きながら、パソコンに『れいnyan☆>あれ?誰もいないと??』と浮き出ているのを横目で見やると、はん、と小さくほくそ笑んだ。
- 146 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:35
-
◇◇◇◇◇
- 147 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:36
-
渋谷ハチ公前、17時45分。
ピンク色のジャケットを羽織った私は、15分前に待ち合わせ場所にやって来た。
…ちょっと早かったかしら。
何か張り切ってるみたいじゃない!と、心の中で自分を否定してはみたものの、確実に私はそわそわしていた。
久しぶりに振るう鞭の感触を想像して、恍惚に背骨が小さく震える。
するとそこで突然背後から声が掛かった。
「…あの…ピンクさん…ですか?」
来た!
瞬時に妖艶な微笑を張り付けた私はゆっくりと振り返って…唖然とした。
- 148 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:38
-
そこにいたのは、1人の少女だった。
とても背が低く、高校生…もしかしたら中学生にすら見える女の子。
青いキャップ帽から覗くショートカットの髪は黒々と艶めき、太い眉毛と相まって一層幼い印象を受けた。
俯いた面持ちや丸まった背中が殊更彼女の小ささを強調し、今にも消え入りそうな、どんよりとした暗い顔をしている。
私はまじまじとその子を見ながら、愕然として呟いた。
「まさか女の子…しかもこんなに若いなんて…」
「…私もこんなに年上だとは思いませ」
「何ですって!?」
「す、すいません!!」
おずおずと発言してきたその子に私は速攻鋭く噛み付くと、彼女はますます縮こまった。
しかし困った。
こんな小さな少女を相手にする訳にはいかない。
あー最悪。
今日はもう帰ろう。
「…じゃ、私行くわ」
「え!?ちょ、ちょっと待って下さい!!」
「…何?何か用?」
「…よ、用っていうか…そのう…」
踵を返した私の腕に、彼女が必死でしがみついてくる。
私はじろりと睨んで立ち止まったが、彼女は勢いの割に煮え切らない様子で、まごまごとしているだけだった。
もう何なの!?
私だって忙しいんですからね!
苛立ちがピークに達した私は、ついこう叫んでいた。
「何よ!あんたみたいなガキが私に何して欲しいってのよ!!」
「ひっ、引っ叩いて欲しいんです!!」
- 149 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:40
-
………え?…今…何て?
「私、ピンクさんに頬を叩いてもらって、目を覚ましたいんです!!」
決死の表情の彼女は、更に声を荒げて付け加えた。
叩く?目覚めたい?
こ、この子、この歳で自分の性癖を………!
真っ直ぐに見つめてくるその真摯な眼差しに、私の心は激しく揺さぶられた。
そこまで熱い思いを抱いてるのに、放っておける訳ないじゃない…!
「………行くわよ」
「え、え?」
「付いて来いって言ってんのよこの豚が!!」
「はっはい!」
「とろとろしてんじゃないわよ!!」
私は彼女の腕を引っ張ると、ラブホテルのひしめく円山町方面に向かった。
- 150 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:41
-
◇◇◇
- 151 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:42
-
渋谷ハチ公前、17時57分。
薄ピンクのアンサンブルのカーディガンを纏った私は、3分前に待ち合わせ場所に到着しました。
うん、時間ぴったり!
完璧です!
緊張し過ぎて、私、昨日は全く眠れませんでした。
早る気持ちを持て余しながら、BAGELさんまだかな、と腕時計を眺めていた、そのときでした。
「…あのう、ピンク様ですよね?」
来た!
はあい♪と可愛らしい声色をつくり、私は満面の笑みで顔を上げて…凍り付きました。
- 152 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:43
-
そこにいたのは、1人のオヤジでした。
くすんだスーツに包まれた、ぽっこりとお腹の出ただらしの無い肉体。
バーコードに禿げた頭は脂でてかり、吹き出る汗を絶えずハンカチで拭っています。
彼は困った様に眉毛をハの字に下げ、にやにやと笑みを浮かべてそこに佇んでいました。
だ…騙された!!!!
私が今まで胸をときめかして恋い焦がれていた相手がオッサンだったなんて…!
うわ、最悪…
泣きたい…
私は意識が朦朧として、そのまま卒倒しそうになりました。
が、彼が右手に何かを持っているのを、私は視界の端に捕えたのです。
それは約束の目印であるベーグル…ではなく、同じく円形で穴の開いた食べものでも、ドーナッツの包みでした。
そこで私ははっとしました。
知り合った最初の頃『同じ形でも、私はベーグルよりドーナッツの方が好きですね笑(◎>∀<◎)』というメールを、私はBAGELさんに送っていた事を思い出したのです。
まさかこんな昔の些細なやり取りも覚えてくれているなんて…!
- 153 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:45
-
私は胸がいっぱいになり感動で少々目が潤んでしまいました。
その私の視線の先に彼はようやく気が付いた様で、いや、女性は甘いものが好きだと思って…と照れ臭そうに頭を掻いています。
そのいじらしい仕草に、思わず私はきゅんとしてしまいました。
よく見れば、脂肪に埋もれた目は円らで愛らしく、ずんぐりとした体型も、どこぞのプーさんを彷彿とさせます。
そこで私はやっと気持ちを持ち直しました。
じゃ、じゃあ早速ホテルに…と誘おうとする彼に、私ははっきりと言い放ちました。
「そんな事より、何か悩みがあるんじゃないですか?
私で良ければ、お話伺いますよ?」
「!」
そうです。
本日、私はBAGELさんの悩みを聞いてあげようと思っていたのです。
姿形は偽っていたとしても、彼の奥底に眠る闇は真実でしょう。
BAGELさんは、心の中を読まれたと言わんばかりに目を見開き、そして、ううっ、と嗚咽を漏らして一目を憚らず涙を流し始めました。
まさか泣かれるとは予想していなかった私は、慌てながらも近くの居酒屋まで彼を連れて行ったのでした。
- 154 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:46
-
◇◇◇
- 155 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:47
-
渋谷ハチ公前、18時3分。
濃いピンクのミニスカートを履いた桃は、待ち合わせにちょっと遅れて着いた。
…が、青いキャップを被った子ーcapちゃんらしき人は見付からない。
どうやらまだ来てないみたいだ。
セーフ!
暫くきょろきょろと辺りを見回していると、そろりと桃に近付いてくる気配を感じた。
「もしかしてピンクちゃん!?」
来た!
うん!と期待を多分に含ませた、当社比120%の高音で返事をし、桃はその声のする方を向き…拍子抜けした。
- 156 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:48
-
そこにいたのは、1人の女の子だった。
緩く巻いた髪をアップにし、大人っぽい服装をした高校生くらいの子。
だけどその見た目から受けるイメージとは裏腹に、垂れ目を更に下げて終始けらけらと笑っている姿は、あどけない子供みたいだった。
というか、その高いテンションと活発そうな雰囲気に、メールでのcapちゃんが全く結び付かない。
「え、えっとあの、キャ、capちゃんだよ、ね?」
「えー!すごおい!
何で小春が村のキャプテンやってたって知ってるのお!?」
混乱した桃は恐る恐る訊ねてみたけれど、彼女からはあまり要領を得ない解答が返ってきた。
それ所か、あー言っちゃった!本名が小春っていうんだよー!小さな春で、こ・は・る!皆には内緒ね!キャハハ!と、マシンガントークが発動し、一層気圧される形になってしまった。
…ん?皆って?
っていうかこの子、青いキャップなんて被ってないよね?
絶対悩んで自殺考えてるって感じじゃないよね?
あのお、人違いじゃ…と進言する間もなく、じゃ行こうか!うちらで最後だってー!レッツゴー!と彼女に半ば引き摺られる様に、桃はスクランブル交差点を渡ってしまった。
- 157 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:49
-
◇◇◇
- 158 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:50
-
渋谷ハチ公前、18時21分。
ピンク色の清楚系ワンピースに身を包んださゆみは、待ち合わせに大分遅れてしまった。
やだもう!こんなときに電車が止まるなんて!
改札をくぐって、急いで駅を飛び出る。
すると、像の付近で待ち合わせをしている集団の1人がこちらに向かって、小さく手を振っているのが分かった。
「ピンクさん!」
いた!
遅くなってすいません!とその人物にさゆみは駆け足で近付いて…胸が高鳴った。
- 159 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:51
-
そこにいたのは、1人の女の人だった。
高そうなジャケットを着こなした、すらっと背の高い女性。
佇まいは上品で落ち着いていて、中性的な顔に優しそうで穏やかな微笑を湛えている。
その容姿はまさしく、さゆみの理想の王子様像そのものだった。
こ、これが一目惚れってやつ?
自分のうるさく響く心臓の音で、周囲の雑音が聞こえなくなる。
世界が急に切り取られ、さゆみの目には彼女の姿しか映らなくなった。
裾から覗く白い手には、右になぜか某有名ベーグルチェーン店の紙袋。
そして左にバラの花束を抱えている。
………ん?バラ?
引っ掛かったキーワードに、さゆみは記憶を遡る。
そしてその答えは呆気なく見付かった。
『ノノ*^ー^)>ベタにバラなんか持って来ちゃったりしてwww』
- 160 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:53
-
………えええええええええええええええええええええええええ!!!!!!
ここここここの人がキャメさん!?!?
ああああああんな小説を書いてる人が!?!?
うそうそうそ!!!!
がらがらと音を立てて、彼女のイメージが崩壊していく。
人は見かけに寄らないという事を、さゆみは底知れぬ落胆と共に思い知った。
が、人間は思いの外、単純につくられているらしい。
これ、ピンクさんのためにと思って…と彼女はそのバラの花束を差し出してきた。
そのポーカーフェイスを崩した照れ笑いを見た瞬間、もうさゆみはどうでもよくなっていた。
うん、どんなに変態な文章を書いててもいいじゃない!
だってこんなに格好良いんだもん!
じゃあ行きましょうか、と彼女が歩き出した。
恋の微熱に浮かれたさゆみは、はいっ、と語尾にハートマークを付けて、ふらふらとその背中を追い掛けた。
- 161 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:54
-
◇◇◇◇◇
- 162 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:56
-
渋谷区円山町、某ラブホテル。
「こんな事されて感じてんじゃないわよ!!
このド変態がっ!!」
「アッ…アアッ!す、すいませんピンク様ッ!!」
私は縄で縛られた、彼女の白い小さな背中に鞭を振り上げる。
そしてその赤いミミズ腫れを、鋭いヒールでぐりぐりと踏み付けた。
嗚呼、快感!
彼女の出す高い嬌声と柔肌の感触が、私の興奮を更に煽る。
しかしそれと同時に、私は大きな脅威を覚えていた。
この子、凄い…
10年に1人の逸材だわ…
この飲み込みの早さ…然るべき従順さ…反応…体力…
何て高いポテンシャルを秘めているの…!
つう、と頬を一筋の汗が伝う。
私はにやりと口を歪め、一層声を張り上げた。
「豚のくせに生意気に死にたいとかほざいてんじゃないよ!!」
その言葉に彼女は涙を流して悦んでいた。
ホテルのどぎついピンクの照明が2人の影を浮かび上がらせる。
私たちは一晩中愛し合った。
- 163 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:57
-
「ピンク様、ありがとうございます!
私、何だか生きる糧を見付けました!」
「…そう」
翌日の朝、ホテル前での別れ際。
彼女は目を輝かせ、私に何度も頭を下げた。
ちょっと待ちなさい、と言って私はプライベートの電話番号とメールアドレスを走り書きした紙を彼女に渡す。
「これからはこっちに連絡なさい」
「は、はい!ありがとうございます!」
くたびれた渋谷の朝靄の中、彼女の背中が小さくなるのを私はずっと見届けていた。
そしこれからまた始まるであろう、めくるめく調教ライフに期待を膨らませ、まばゆい朝日を仰いだ。
- 164 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:58
-
◇◇◇
- 165 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 22:59
-
渋谷井の頭通り、某居酒屋。
「…それで会社が経営難になってしまいましてね…」
「はあ」
「…いわゆるリストラってやつですよ…」
「まあ」
「…妻には邪見に扱われ、娘にも無視される毎日で…」
「うんうん」
「分かります!?まるでゴミを見る様な目で私をっ…!」
そう言って彼は、ううっと呻いて俯きました。
焼酎の入ったロックグラスを握る両の手が、僅かに震えています。
私は、泣かないで下さい、とポケットティッシュを差し出しました。
土曜の夜とあって、このチェーン系居酒屋も大勢の客で賑わい、活気に溢れています。
が、カウンター席で男泣きするサラリーマンと、テーブルいっぱいに無数の料理を侍らせている若い女が一緒にいる光景は異様みたいで、私たちはもれなく浮いていました。
どうやら彼は、なかなか大きな食品会社の工場長でしたが、度重なる偽装問題と不景気の煽りをもろにくらい、会社を首になった様です。
家族とも上手くいかず、退職金を全てSMクラブに注ぎ込んで…
と、彼の性癖まで聞かされながらも、私は生返事をしつつ箸を止めることはありませんでした。
- 166 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:01
-
私が全ての料理を平らげた頃には、彼はすっきりした顔をしていました。
そして泣き腫らした赤い目を伏せ、私に向かって深々と頭を下げました。
「今日は話を聞いて下さってありがとうございます」
「いえいえ、私は何もしてませんよお」
「これ、約束のものです…受け取って下さい」
彼は黒い革の書類鞄から茶封筒を取り出すと、私の手に握らせました。
中身を覗いてみると…そこには福沢諭吉がなんと10人分!
「そ、そんな!受け取れません!」
「いえ、持って行って下さい」
「でも!」
「あなたのお陰で、明日から私は頑張れそうなんです!
駄目な自分と区切りを付けるためにも、どうか」
さっきまでの情けない表情から一転、彼はきりりとした顔付きでそう言いました。
そのほんのりピンク色に染まった頬を眺めながら、私は既に10万円の使い道について、綿密な計算をしていたのでした。
- 167 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:02
-
◇◇◇
- 168 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:03
-
渋谷センター街、某カラオケ店。
完 全 に 人 間 違 い だ ! !
桃は、持たされたオレンジジュースのコップを見つめながら、これからどうするかを頭をフル回転させて考えていた。
桃が連れて来られた場所はカラオケ店の一室。
中には既に10人ほど集まっていて、流されるままに席に座らされた。
部屋にいるのは全員10代から30代くらいの女性。
そこかしこで見られる浮き足立った様子から、皆、互いに初対面だという事を察した。
そしてなぜか左隣に座った人が桃をじろじろと見てくる。
桃はとりあえず場に同調する様に、笑顔を張り付けて大人しくしていた。
- 169 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:05
-
「じゃあ皆集まったって事で始めまーす!」
「「「いえーい!!」」」
出入り口のドアに1番近い所にいた、奇抜な色の髪をした人が、急に立ち上がり仕切り始めた。
「えー今回、幹事をやらせて頂いてます、マサ男です!
森でメロンの短編書いてまーす!
では、第3回、ドキッ!女だらけの飼育オフ会開催を記念して…乾杯!!」
「「「かんぱーい!!」」」
え?
森?メロン?飼育?
JAか何かの会合なの??
更に頭がこんがらがった桃をよそに、じゃあ早速ですが自己紹介しましょうか!と、マサ男さんが提案した。
えええ!?
どどどどうしよう!?
人間違いですって言う!?
いや、桃は空気の読める子!!
そんな事は桃のプライドが許さない!!
桃はだらだら流れる冷や汗を隠しつつ、皆の自己紹介を一言一句聞き逃さない様に集中した。
- 170 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:06
-
そしてついに桃の番の1つ前になった。
桃の左隣に座っていた、茶髪の大学生くらいの女の子が立ち上がる。
「えっとお、ちょっと言うの恥ずかしいんですけどお、黒板でキャメって名前で書いてまあす」
その人ーキャメさんがへらへらと締まりのない喋り方で挨拶をした瞬間、その場にいた全員が激しくざわめいた。
「え!?キャメさんってあの!?」
「伝説のえりりん疑男化シリーズの!?」
「中澤さんからマイマイまで陵辱していくあれ!?」
「ああ!あまりにも性描写が激しく鬼畜過ぎて、度々物議を醸していたやつか!」
「つか超若いしこんな可愛い子が、あんな人道を外れたもの書いてるなんて信じられない!」
「ええ!私大ファンなんですけど!」
「『絵里の巨根をしゃぶりなさい☆』が1番良かったです!」
「茉麻兄貴はもう出て来ないんですか!?」
…何これ…
ヒートアップする卑猥な18禁単語の応酬。
その熱い加速に、桃だけが取り残されていた。
左隣のキャメさんは、相変わらずくねくねしながら、マイクを厭らしい手付きでいじってにやついている。
うん、でも桃にもはっきり分かった。
この人、とんでもない変態だ。
- 171 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:08
-
散々盛り上がった後、じゃあ次ね、と急にふられ、ぼーっとしていた桃は焦った。
そうだった!
次は桃の番だったじゃん!
えー!!どうしようどうしよう!!
期待に満ちた20数個の瞳が、桃に向けられている。
桃は意を決してマイクを掴んだ。
「えっとお…ピ、ピンクって言いまあす☆」
くらえ!
極上のアイドルスマイルと、愛らしく立てた小指!
おまけに、えへっ♪と、握り拳を顎に付ける、往年のぶりっ子ポーズのスペシャルコンボだ!
- 172 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:10
-
…場が凍った。
のは一瞬で、直ぐさまキャメさんとはまた違った風に皆、色めき立った。
「あ!空板の!」
「凄いですね!もう4スレ目とか!」
「いしよしとかさゆえりとか…新旧王道CP勢揃いの超長編ラブストーリーの傑作ですよね!」
「あーいつも号泣して読んでます!」
「私も大好き!」
「特に吉澤さんが性転換をしにタイに行こうとするシーンが良いね!」
「そうそう!それで梨華ちゃんがバンコクで女医に変装して止めるんだよね!」
「いやあ、さゆえりも感動したー!」
「2人して土俵入りしたときはどうなる事かと思いました!」
「いつも楽しみにしています!」
よ、よかった!
予想以上に温かく迎えられて、桃は胸を撫で下ろした。
そのときだった。
「ピンクちゃん!会いたかったよう!」
「!!」
私はキャメさんに抱きすくめられてられていた。
思わず固まってしまった桃の耳に、ああ、2人チャットとかで仲良さそうだったもんねえ、という声が入ってきた。
はっきり言って、巨根の人に触れられるのは不快以外の何ものでもなかったけど、そこは空気の読める女・桃子。
あははははピンクもだよー!と半ばやけくそ笑って、桃はひっしと彼女にしがみついた。
- 173 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:11
-
◇◇◇◇◇
- 174 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:12
-
「桃子ー!日曜日だってのにいつまで寝てるの!
早く起きなさいよ!」
「…ふぁあい」
いや、一睡もしてないんだけどね、と反論するのも面倒臭くなって、桃は間の抜けた返事をドアの越しにした。
昨日の1日を通して、桃は己の環境適応能力の高さに改めて驚いた。
自己紹介の30分後には、桃は、うんうん駅弁はないですよね、と有名なみきよし作者さんの愚痴を聞き、Berryz工房とBuono!のメドレーを熱唱していたのだった。
家に帰って、そのオフ会で仕入れたキーワードを元に、パソコンで検索したら1つの掲示板に辿り着いた。
詳しい事は割愛するけど、それは桃の大好きなBerryz工房も所属する、ハロプロの小説を投稿する場所で…
とにかく面白いの!
ああ、こんな世界もあったんだあ!って、すっかりはまっちゃって、徹夜して作品を読みあさってたんだ。
ちなみに桃が間違えられたピンク♪さんは『桃色☆ラブレター』って恋愛小説を書いてたんだけど、もう感動の嵐で涙が止まんなかったよね。
しかも、次回でいよいよ最終回!
終わって欲しくない気持ちもあるけど、ラストがどんな風になるのか楽しみなんだ♪
…あ…そしてキャメさんのアレは…嗚咽が止まんなかったよね…
何か全部放送禁止用語みたいな小説だったよ。
- 175 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:14
-
桃は疲れ目を擦りながら1階に降りて来ると、テレビの電源を付けた。
もうすっかり陽は昇りきっていて、ちょうどお昼のニュースがやっていた。
「…今朝未明、埼玉県の山道を散歩していた男性が不審な車を発見。
警察に通報した所、2人の女性の遺体が発見されました。
残された所持品から、東京都港区に住む吉澤ひとみさん(23)と杉並区に住む道重さゆみさん(19)と断定。
道重さんの首には締められた様な痕がある事と、吉澤さんの鞄から遺書が見付かった事から、警察では吉澤さんが道重さんを殺害した後、睡眠薬で自殺を図ったものと見て捜査を進めています。
吉澤さんは都内の有名医大に通う学生で、地元で有名な私立病院の1人娘でした。
吉澤さんと親しかった友人の証言によりますと、前々から進路を巡って両親との口論が絶えず、酷く悩んでいたとの事です。
精神安定剤の服用や精神科への通院記録から、只今事件との関連性を調査中で………」
- 176 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:16
-
うええ、嫌なもの見ちゃったよ、と桃は顔をしかめた。
原稿を読んでいた男性キャスターと入れ替わる様に、現場の映像が流れた。
仄暗い山林の脇に停めてある1台の黒い乗用車。
警察関係者や報道陣の群れの間から、鮮やかな色彩が飛び込んでくる。
開けっ放しにしていた後部座席のドアの向こう、シートを埋め尽くす様にピンク色のバラの花弁が厚く敷かれていた。
この中で若い女の子が、バラのベッドに寝かされるみたいに葬られていたのだろうか。
一抹の風にさらわれた花弁は、ひとしきり宙を彷徨った後、乾いた地面に散っていった。
桃はテレビを消すと、お母さんお昼ご飯なにー?と、醤油の香ばしい匂いのする台所にぺたぺたと歩いていった。
- 177 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:16
-
◇◇◇◇◇
- 178 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:17
-
◇◇◇◇◇
- 179 名前:4人のピンク 投稿日:2008/10/11(土) 23:18
-
◇◇◇◇◇
- 180 名前:salut 投稿日:2008/10/11(土) 23:20
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
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4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
何か色々すいません。
次回からまた中編の続き書きます。
雰囲気変えていきます。
よろしくお願いします。
>>128
いやいや、女子高生の一人称という事で、私、若干浮き足立って書いてるのが分かりますね。
お恥ずかしい。
ありがとうございます、コントラストを楽しんで頂けたら幸いです。
>>129
嬉しいです、ありがとうございます。
更に濃く!深く!を目指して頑張りたいです。
>>130
いやあ、本当に光栄です、ありがとうございます。
そんなばらばらの3人がどうなっていくのか見届けて下さったら嬉しいです。
>>131
わわわ!恐縮です!
ありがとうございます、泣きそうです、頑張ります。
- 181 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/12(日) 19:57
- つじつまが合いすぎて鳥肌が立ちました
空気がガラッと変わって作者さんの引き出しの多さに驚きです
本編の方も楽しみにしています
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/13(月) 15:16
- 只でさえ面白いのに…!!
最高の展開です!!
キャラクター一人一人の個性が際立っていて、
引き込まれます。
作者様最後まで付いて行きます!!
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/14(火) 01:24
- おもしろすぎる……
作者さんの振り幅の大きさが大好きです
- 184 名前:salut 投稿日:2008/10/15(水) 21:26
-
◇◇◇◇◇
- 185 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:27
-
あなたに抱く感情を、言葉で表すのは難しい。
それは喉を通る前に複雑に絡み合い、引っ掛かっては飲み込んできた。
そのもどかしさに、私の胸はいつも潰されそうだった。
- 186 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:29
-
私の直ぐ隣にはあなたがいた。
目が合えば顔を綻ばせ、下らない話に大笑いしていた。
並んで歩く2人の上に、淡いブルーと白、そして濃いオレンジのグラデーション。
一緒に見上げた夕陽の様に、互いの境界線が溶けていく。
そうだ。
そもそもこの感情に名前なんて要らなかったんだ。
私に触れる空気があなたのものである。
それだけで良かったんだ。
けれど少し。
ほんの僅かだけど私は歩みを止めてしまった。
ゆっくりとあなたの背中が遠ざかる。
私は呆気なく、黒く伸びた影に落ちていった。
- 187 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:30
-
◇◇◇◇◇
- 188 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:32
-
Xデーは割と早くやって来た。
「つーか別れねえ?」
真夜中の電話。
珍しい着信に携帯が震えたときから、予感はしていた。
「うん、分かった」
「………」
「………」
即答の後の気まずい沈黙。
私はベッドの上で体育座りをしながら、色の抜け始めた毛先を弄りつつ、脚の爪を眺めていた。
あ、ペディキュア剥げてきちゃった。
次は何色に塗ろうか。
「…何か言う事ないの?」
「…別に」
事実だった。
未練というかそこまで到達する感情すらない。
一方的に好きになられて「彼女」という言葉に縛られていただけな気がする。
付き合ってから好きになるかもしれない、という希望的観測は人見知りの激しい私にはとことん合わないみたいだ。
- 189 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:33
-
はあ、とそいつの大袈裟な溜め息が、耳元でやたら大きく響いた。
あ、嫌だ、この感じ。
早く切らなきゃ。
じゃあ、と口にしようとした瞬間、被せる様にそいつが言い放った。
「お前、本当かわいくねえな」
心臓が小さく跳ねて、全身が徐々に強張っていく。
皮膚に薄い氷膜が張られたみたいに身体が固まった。
やだやだやだ。
私は大概次にくる台詞を知っている。
注射針を刺されるのを構える様に、目をぎゅっと瞑って唇を噛んだ。
「もうちょっとさあ、甘えるとか、してくれてもよかったんじゃねえの?」
「…じゃあっ…!」
かっと血が上って、思わず口を付いた言葉を、私は既の所で飲み込んだ。
こいつに言っても意味がないし、口に出してしまえば認めなきゃいかないからだ。
…じゃあね、と言い直して、通話を切った。
ツーツー、と無機質な鳴き声が聞こえる。
ピンク色のラインストーンでデコレーションした携帯を放り投げて、私は膝に顔を埋めた。
- 190 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:34
-
◇◇◇◇◇
- 191 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/10/15(水) 21:36
-
眠れない。
壁掛け時計のコチコチという音がやたら耳障りだった。
ベッドに仰向けに寝転び、両手の甲で目元を隠した私は、ガス抜きをする様に大きく息を吐いた。
頭に影がちらつく。
それは、さっき別れた奴じゃない。
梨沙子だ。
彼女が無邪気にはしゃぐ姿が、浮かんでは消えていく。
じゃあ、の本当の続きは、じゃあ梨沙子と付き合えばいいじゃん、だ。
- 192 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:38
-
いつからだろう。
自分と梨沙子を比較する様になってしまったのは。
…いや、きっかけは分かっている。
1年前の春だ。
「みやと一緒の高校行く!」
「みやと一緒にいたいんだもん!」
そう言って、照れ笑いを浮かべた梨沙子を、私は一生忘れないだろう。
あのとき私ははっきり気付かされた。
私は梨沙子にはなれない。
梨沙子みたいに素直に甘えられないし、梨沙子の様に伝えたい事をストレートに表現出来ない。
恥ずかしさが先行して、いつも何も言えないまま、自分の中で留めるだけになってしまう。
「一緒の高校行きたい」
「一緒にいたい」
あのとき素直にそう伝えられたならば、別れずにすんだのかなあ?
- 193 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:39
-
ごめんね、梨沙子。
あなたの事は大好き。
それに、あなたは何も間違った事はしていない。
でもね、たまに憎くて憎くて仕方ないの。
嫉妬だって事は分かってる。
でもプライドの高い私はそれを認められないんだ。
例えば、可愛さ余って憎さ100倍、ってことわざがあるけど、私のこの感情は、可愛さを越えた所にはない。
梨沙子を大切に思うその裏にべったりと張り付いては、彼女をそういう目で見続けていたのだ。
もうやだ。
こんな自分が1番嫌い。
ごめんね。
ごめんね、梨沙子。
- 194 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:40
-
涙が出そうになって、私はまた下唇を噛んだ。
薄暗がりの中で、自分の胸だけがゆっくりと上下している。
こんなときは、何か気分転換しよう。
髪の色、変えようか。
それとも思い切ってばっさり切っちゃおうか。
ピアスの穴を開けるのも良いかも。
でも今直ぐ、手っ取り早く何か………
あ、そうだ。
思い立った私は、ベッドから這い出た。
そして机の3番目の引き出しから、それ、を取り出した。
煙草、と100円ライター。
未開封のそれは、可愛い淡い桃色のパッケージで至極軽い…いわゆる女煙草というものだ。
私は何となく煙草は自分に合わない気がして、今まで1度も吸った事がなかった。
が、高校に入って、周りの殆どの皆が吸っていることに驚いた。
吸った事ない、と正直に告げると、え、雅が!?意外ー!と笑われた。
…意外ってなんだろう。
夏焼雅は私なのに、何で違和感を感じなきゃいけないんだろう。
- 195 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:42
-
そのときは曖昧に笑ってやり過ごしたけど、悔しくって直ぐこの煙草を買った。
けど、なぜだかずっと封を開けるのが躊躇われた。
ここでも、梨沙子だ。
どうしてか彼女に後ろめたさを感じて、今一歩踏み出せなかったんだ。
でもここで振り切らなきゃ、一生梨沙子を意識して生きていかなきゃいけない気がする。
私はフィルムを剥がし、中から1本取り出してフィルターを口にくわえた。
ライターを手にして…思い直す。
部屋の中で吸ったら、匂いでお母さんにばれるかもしれない。
私は音を立てない様にベランダの窓を開けると、そこ用のサンダルを履いて外に出た。
勿論、部屋の明かりは付けないままだ。
こういう小心者な所は、すこぶる私っぽいと思う。
- 196 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:43
-
10月初旬の夜風は既に冷たく、私は小さくうずくまっては、手の甲をスウェットの袖で隠した。
昼間が曇りだったせいか、月も星も出ていない。
ただ微かに鈴虫の輪唱が響いている。
気を取り直して、私はライターの火を付けた。
揺らめく炎に煙草の先端を近付ける。
戸惑いながらも少し息を吸っただけで、口の中に煙たい苦みが広がった。
直ぐに煙草を離して、まっず!と思わず眉を寄せて呟いた。
果たしてこんなものが美味しくなったり、手放せなくなったりする日が来るのだろうか。
私には理解し難い。
でも、これじゃちゃんと吸った事にならないんだよね。
肺に入れなきゃ。
ぶっちゃけ、ちょっと緊張してる。
心の中で、1・2・3、と唱え、大きく深呼吸してーーー
咽せた。
涙目になりながら、ごほごほと咳をする。
何これ!
喉痛いし鼻にくるし最悪!
まるで大量に花火をやった後の、くすぶった空気に閉じ込められているみたいだ。
- 197 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:45
-
暫く私は呼吸が整うまで、じっと煙草の火を見下ろしていた。
もう2口でうんざりだったけど、何か勿体無かったから、煙を口に含んでは出して遊んでいた。
ぽかんと開けた唇の間から、ゆらゆらと淡い煙霞が立ち上る。
それは梨沙子の家の方角へ溶けていき、時間を掛けて漆黒の空に同化していった。
ほら、やっぱりそうだ。
昔から、大人っぽいと言われ続けてきたけど、何て事はない。
こんな軽い煙草で咽せてしまうほど私はまだまだガキなんだ。
いつもイメージばっかり先走って、私自身は置いてけぼりにされたままだ。
気を許した人にしか自分を出せない、人見知りで緊張しいの小心者が、私だ。
プライドばっか高くて上手に甘える事が出来ない恥ずかしがり屋が、私だ。
もしかしたらこの宇宙上で、本当の私を知っている人なんて誰もいないんじゃないだろうか。
冗談じゃなく、そう思った。
特にこんな真っ暗な世界にいると。
1年前の春には、ぷつりと針で突いたみたいな穴だった。
胸に開けられた、小さな小さな点。
今じゃ、この闇夜の様に私を覆い隠すまで大きくなってしまった。
星のないプラネタリウムに私は1人、何をするでもなくただ佇んでいるだけだ。
- 198 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:46
-
この日を境に、眠れない夜は煙草を吸う様になった。
1週間ちょっとで1箱吸い終わって、次は少し強いのを買ってみた。
梨沙子と全く連絡を取らないまま、時間だけが徒に過ぎていく。
空っぽの私を満たしていたのは、薄灰色の煙だけだった。
- 199 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:47
-
◇◇◇◇◇
- 200 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:48
-
◇◇◇◇◇
- 201 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/15(水) 21:48
-
◇◇◇◇◇
- 202 名前:salut 投稿日:2008/10/15(水) 21:50
-
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ことごとくタブーを犯してる気がしますが、全て読み終えた頃にはもっと彼女を好きになっているはずですきっと。
レス本当にありがとうございます!
私にしてはちょっと冒険だったんで、かなり不安でした。(何かいつも緊張して投稿してますが笑)
書いて良かったです。
>>181
結構強引ですけど、偶然って素敵だな…って事で笑
こいつこんなんも書けるんだな、って思って下さればいいなと目論んでたんで、そのお言葉とても嬉しいです。
>>182
このオチを気に入って下さる辺り、気が合いそうですね笑
ハローは個性の宝庫だから、いつも書いてて楽しいです。
わわわ!私で良ければ、どうぞよろしくお願いします!
>>183
感涙です;;
ふんわーり高ーく上げて、一気に叩き落とすのが好きなんで、気に入って頂けて光栄です。
- 203 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/15(水) 22:49
- 更新乙です
以前雅がリアルって書いた者ですが今回もまた更にリアルに感じました
甘すぎないほろ苦い状況が彼女のもつ雰囲気にぴったりな気がします
早くも続きが気になるところです また楽しみにしてます!
- 204 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 23:14
- 更新お疲れ様です。
ここの雅が大好きです!
彼女の雰囲気がすごくあってますね。
- 205 名前:salut 投稿日:2008/10/19(日) 14:08
-
◇◇◇◇◇
- 206 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:10
-
物心付いたときから、私たちは一緒にいた。
お姉ちゃんがみやで、妹が私。
すたすた先を行くみやを私がちょこちょこ追っ掛け回す。
ずっとそうして過ごしてきた。
繋がれた、私の右手とみやの左手。
同じ時間を共有し過ぎて、私は、自分の半分はみやで出来ていると信じて疑わなかった。
でもそれは間違ってたんだ。
- 207 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:12
-
私が中1で、みやが中2の夏。
みやに初めて彼氏が出来た。
1つ上の先輩で、みやが大好きだった事を知っていたから、祝福してあげなくちゃ、と思った。
でも出来なかった。
薄暗い水槽の隅で、何か嫌だな、という感情が、こぽこぽと静かに浮かんでいた。
100パーセントで喜んであげられない自分が嫌で、胸がしくしくと痛んだ。
それから春になって、私たちは学年が1つ上がり、先輩は卒業して高校生になった。
程なくして2人が別れたのを知ったのは、制服が半袖になる前だった。
目を赤く腫らして落ち込んでいたみやを見て、慰めてあげなくちゃ、と思った。
でも出来なかった。
広い草原の端で、何か嬉しいな、という感情が、ぴょこぴょこと小さく跳ねていた。
100パーセントで悲しんであげられない自分が嫌で、また胸がしくしくと痛んだ。
- 208 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:13
-
あれ?おかしいぞ?
私の半分はみやで出来ている筈なのに、どうして気持ちがずれるんだ?
そこでやっと私は自分に起きた異変を感じた。
ノートを破く様に、背中の中心からぺりぺりとみやが剥がれていく。
私の半分はみやじゃない。
ようやく私は1人の菅谷梨沙子なんだと気付き始めた。
- 209 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:14
-
◇◇◇◇◇
- 210 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:15
-
からりと乾いた秋晴れの空。
風は冷たいのに、強い陽射しが照り付けているせいで、薄らと額に汗が滲む。
日焼け止め効くかなあ、と見下ろした、体操着から生えた腕がもう既に若干赤くなっていて、私は口を尖らせた。
「わわわ!りーちゃん見て見て!あの人超速い!」
ツインテールに白いハチマキをした愛理が、頬を紅潮させて私の肩をばしばし叩いている。
い、痛いよ、愛理。
手加減してよね。
彼女の視線の先、人だかりの奥の運動場。
まさに今、午前の最終種目のクラス対抗リレーが行われていた。
ちなみに現在は2年生のレース。
トラックを囲む応援席はオールスタンディング状態で、今日1番の盛り上がりを見せている。
- 211 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:16
-
それもその筈。
なんと最下位グループで競っていたオレンジ組が、アンカーにバトンが渡った途端に猛追を始めたのだ。
その凄まじたるやスピードは、見目に顕著に表れる。
アンカーはトラック1週。
前を走る人との距離がぐんぐん縮まり、それはもう鮮やかに抜き去っていく。
その数、1人…2人…3人4人…5人………6人!
凄い!!
まるで黒いたてがみをなびかせた駿馬だ。
長い手足としなやかな筋肉を駆使した、なんて美しい走りをするんだろう。
彼女はゴール前でデッドヒートを繰り広げながらも、ついには1番でテープを切ったのだった。
うぎゃー!格好良い!と私は愛理と手を取り合い、ひとしきりはしゃいだ。
周囲も歓声の嵐が吹き荒れている。
高まった熱気の中を、ただ蜻蛉だけがどこ吹く風で飛んでいた。
そう、何を隠そう本日は、私にとって高校生活初の体育祭なのだ。
- 212 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:17
-
ね!オレンジ組って雅先輩のクラスじゃん!と、興奮冷めやらぬ様子の愛理が私の体操服を引っ張った。
その単語に私は敏感に反応してしまう。
…みや。
もう何週間も連絡していないし、会ってない。
それだけなのに、何か凄く懐かしく感じる。
いや、そうだ。
こんなに離れた事がなかったから、私たちの数週間は一生に等しいんだ。
私と愛理がうろうろしている、入場口と本部のテントの間の中途半端な場所の対角に、オレンジ組の陣地があった。
こんな離れた場所でも、私はみやを真っ直ぐ見付ける事が出来る。
みやは、明るい茶髪をアップにし逆毛を立てた頭で、オレンジ色のハチマキをネクタイの様に緩く結んでいる。
そして隣にいる小春先輩と抱き合ってきゃあきゃあと喜んでいた。
ぱっと大輪の花が咲いたみたいな、まばゆい笑顔。
ああ、やっぱりみやだ。
- 213 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:18
-
みやは目立つ。
もともとみやはクラスでいつも中心のグループにいる様な子だけど、きっと街の雑踏の中にいても、太陽を纏うコロナの如く、彼女は1人赤い光線で縁取られて見えるだろう。
そう、みやのイメージカラーは赤だ。
本人はピンクが好きだと公言しているけど(そのせいで小さい頃、私はピンク色の服を着せてもらえなかった。つくづくジャイアンみたいな姉だ)彼女が似合う色は絶対赤だと言い切れる。
インパクトのある名前も、艶やかな声も、勝ち気そうな吊り目の派手な顔のつくりも、お喋りで明るい性格も、人の目に1番に飛び込む強い色彩の赤。
自己主張が激しくて人を選ぶ色だけど、みやにはそれに負けない華がある。
昔から一緒にいて、彼女の裏の表情も逆の性質も知っている私ですら…いや、だからこそかもしれないけど、やっぱりみやは赤に選ばれた人間だと思う。
みやとは姉妹の様に育ってきた。
というか、私は中学校に入学するくらいまで彼女を本当の姉だと思い込んでいて、どうして名字も帰る家も違うんだろう?と本気で頭を悩ませていた。
幼いときから、要領が良くて面倒見の良いみやと、何かにつけて覚えが悪く鈍臭い私。
小学生のとき、お洒落な彼女のさらさらの茶色いロングヘアーに憧れて、私も同じ色に染めたんだっけ。
いつも戯れ合いながら、私はその光に透ける金色のしっぽに手を伸ばしていたんだ。
- 214 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:20
-
「でも駄目」
「え?何が?」
あ、思わず考えていた事が口から漏れてしまった。
愛理が不思議そうに覗き込んでくる。
ハの字の眉の下の、くりくりした瞳。
「んー…何だろ、姉離れ、するの」
「姉離れ?」
「うん」
「するんですか」
「するんです」
「そうですか」
「そうなんですよ」
「………」
「………」
「あはぁ」
「んふふふ」
私たちはたっぷり見つめ合って微笑んだ。
突拍子のない私の発言に、いつも愛理はぴったりついてきてくれるから、嬉しい。
そうだ、姉離れ。
私はみやからちょっと離れなくちゃいけない。
だって、みやにはみやの世界がある。
格好良い彼氏はいるし、焼き肉屋でバイトもしていて他校の友達も多い。(頭の良い佐紀ちゃんとか、元気な千奈美ちゃんとか…いっぱい!)
でも私には何もない。
ずっと彼女の後ろを引っ付いてきたから、自分、というものが足りないんだ。
今の私じゃ彼女の隣は釣り合わない。
だから、だから………
- 215 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/10/19(日) 14:21
-
「おー矢島、速かったねえー」
「「先生!」」
突然掛けられた、背後からの間延びした声に私たちは振り返った。
その主は、私たちの美術の授業を受け持ってくれている、吉澤先生だった。
普段のシャツとパンツのスタイルじゃなくて、全身黒いジャージの格好。
心なしかいつもよりそわそわしていて上機嫌に見える。
「や、矢島?」
「うん、今のアンカー」
「ややややじまやじまやじま………」
愛理がぶつぶつと念仏を唱えている横で、先生はにこにこ(にやにや?)と首に下げたカメラを弄っていた。
「あ、先生カメラ違う」
「これ?」
先生がそれをひょいと持ち上げる。
それは彼女が常時大切にしている一眼レフじゃなく、古いタイプのごついデジタルカメラだった。
「これは学校の備品。今日、私、撮影係だから」
「ふうん」
「所で菅谷さ、デッサン調子どうよ?」
「描いてますよ、いっぱい!」
私はそう力強く言って、小さく拳を握ってみせた。
すると先生は、うんうんよろしい、と愛理とお揃いの私のツインテールの髪を、ぽんぽん叩いた。
- 216 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:22
-
実は私、最近美術部に交じって絵の勉強をしているのだ。
放課後は先生に組んでもらったモチーフのデッサンをし、家では自分の手のスケッチをひたすらしている。
みやと会えないのは、こういった理由もあるんだ。
そう、私の隣にいる彼女ー鈴木愛理。
私は彼女に影響されて、自分と向き合う様になった。
愛理は美術部で、将来は芸大や美大へ進む事を希望している。
この学校は美術科がある通り、それに力を入れていて、先生も有名な美大卒が多いし、そこへの進学率も高い。
愛理は頭も良いしお嬢様だから、親は私立の進学校に入れたかったみたいだけど、彼女はわざわざ家から遠い、この学校の美術科に行きたいと主張した。
愛理は大概おっとりして物腰柔らかな性格をしているけど、結構負けん気が強くて頑固だ。
親と激しくバトルして、普通科なら、って渋々認めさせたんだ、と彼女はとろんと目を細めて、てれてれと頭を掻いていた。
それを聞いて、私は愕然とした。
私も絵を描くのが好きだったけど、そこまで将来に対する明確なビジョンを持っていなかったからだ。
みやがいるから、という理由で選んだ高校に、入学してから美術科がある事を知った。
愛理と出会って、浅はかな自分に気付かされた。
こんなんじゃ駄目だ。
何とかしなきゃ。
…と思い悩んで、今がある。
やっぱり、絵を描くのは楽しいし毎日が充実している。
そして他の事は余り考えない様にしているのだ。
- 217 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:23
-
「あ、吉澤先生じゃん!」
「おー梅田」
「え!?何、吉澤先生いんの?」
入場口の方から、人が近付いて来る。
そのオーラと貫禄は間違いなく年上の先輩が発するものだった。
梅田と呼ばれた、ハーフのモデルみたいな美人な先輩と、その隣にはなんと件の矢島先輩!
そしてその背の高い2人の後ろに隠れていたのは、嬉しそうな顔をした小春先輩とーーーみやだった。
「お前ら何してんの?」
「午後の応援合戦の最終チェックー!」
「うちら、ダンス踊るんですよー!」
先生に駆け寄って騒ぐ、梅田先輩と小春先輩。
そして、みやと矢島先輩が1歩引いた場所で、顔を見合わせて苦笑していた。
愛理は愛理で、私の右手をぎゅうぎゅう握って、小さく喜びを表現している。
そして私は私で、がちがちに緊張していた。
みみみみやだ。
ち、近い。
ひ、久しぶり過ぎてどうしたらいいか分かんない。
えっとえっと何か話し掛けなきゃ…!
みやは直ぐに私に気付いて、少し陰りのある微笑を見せた。
私も笑い返したけど、自分でも顔が強張っているのが分かった。
- 218 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:25
-
「よし!6人で写真撮ってやるから並べ!」
「え、まじで?」
「わーい!」
先生に促されて、私たちは1つに固まった。
私と愛理が中腰になって、先輩たちが後ろ。
背後にみやがいるのが分かって、私は既に頬が引き攣ってしまっていた。
「あ、ポーズどうする?」
「可愛く!」
「じゃあ皆でウインクね」
「おーい、撮るぞー」
はいチーズ、と先生がシャッターが押す。
赤い光が瞬いてびくっと瞼が跳ねた。
…ううわ、最低。
絶対半目だし、不自然な笑顔だよ。
先生は無言で首を傾げて画面を眺めた後、もう1度カメラを構えた。
「ごめーん、もう1枚」
「「「はーい」」」
「悪いねえ、梅田、ちょっと切れちゃった」
「えーしっかりして下さいよお」
「顔全部」
「ちょ!最初から撮る気ないじゃないですか!」
梅田先輩の華麗な突っ込みに、全員思わず噴き出した。
暫く皆で顔を合わせて爆笑していたけど、先生の、撮れたよー、という一言で我に返った。
そして即座に、ええええええーーー!!!!!と非難の声の大合唱。
先生だけが1人、うんうん良い顔、と満足げに頷いていた。
- 219 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:26
-
皆がカメラの画面を覗いてぎゃーぎゃー喚いてる脇で、ふと、みやと目が合った。
僅かに困惑を混ぜた、寂し気な面持ち。
喧噪が遠のく。
「…久しぶり、だね」
「…うん」
「………」
「………」
みやの囁く様な、優しい声色。
けど、私はどうしたらいいか分からなくてずっと下を向いていた。
沈黙。
何か、何か言わなくちゃ。
雅ー!行くよー!と小春先輩。
いつの間にか先輩たちは先に歩みを進めていた。
…じゃあね、とみやも私に背を向けてそちらへ向かう。
あ、みや待って。
私、言いたい事、言いたい事ある。
- 220 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/10/19(日) 14:28
-
「みや!」
思ったより大きくて上擦っていて、表面の掠れた声だった。
それでいて、語気はやっぱり情けなく潤んでいた。
ああ、たった2文字なのに。
今まで、何度となく口にしていたのに。
みやが振り向く。
無表情。
静かに視線がぶつかる。
私はごくりと唾を飲み込む。
枯れた気管がちくちくと痛んだ。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
口を開く。
- 221 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:29
-
「私、写真部、辞める。
美術部、入る」
予想以上に強くはっきりした口調が際立って、私は内心焦った。
愛理が、先生が見てる。
そしてみやもーーー
肩越しの、消え入りそうな弱々しい光環。
微かにすぼまった瞳と、薄く噛まれた下唇。
あ、泣く、と思った。
みやの唇を噛む癖。
昔から泣く前の合図。
あの日の赤い目が重なる。
- 222 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:30
-
でもみやは泣かなかった。
その表情を見せたのは一瞬。
次には、眉をひそめて、口の端を歪ませて、嘲笑気味に、吐き捨てる様に、一言。
「勝手にすれば?」
冷たい切っ先が心臓に引っ掛かって、裂けた。
あ、痛い。
血だ。
赤い。
溢れていく、鮮烈なバーミリオン。
また、ぺりぺりと音を立てて傷が開いていく。
私とみやが剥がれていく。
- 223 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:31
-
そうだよね。
もうみやはこんな事じゃ泣かないよね。
遠ざかる華奢な背中。
揺れる栗色の髪。
フラッシュバックする光景。
でも違う。
あの頃と何も変ってないのは、私だけだ。
みやの世界は私がいなくても回っていく。
でも私はあなたに拒絶されただけで、こんなにも………
あ、泣く、と思った。
今度は私が。
目頭が熱くなって、思わず下を向いた。
みやに倣って唇を噛み締めたが、むしろ逆効果だった。
何だよこれ。
こんなんで涙が我慢出来る訳ないじゃん。
親指をぎゅっと握って堪えていたが、ついにスニーカーの爪先が滲んだ。
- 224 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:32
-
愛理がおろおろしているのが気配で分かる。
ごめんね愛理。
心配掛けてごめんね。
でもね、今はちょっと無理みたい。
肩が震える。
喉がしゃくった。
「………菅谷さあ、今日の放課後、時間ある?」
ぼやけた輪郭の声が染み込む様に降ってきた。
本格的にぼろぼろと涙を零し始めていた私は、それに3回大きく頷いていた。
- 225 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:33
-
◇◇◇◇◇
- 226 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:33
-
◇◇◇◇◇
- 227 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/19(日) 14:34
-
◇◇◇◇◇
- 228 名前:salut 投稿日:2008/10/19(日) 14:36
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
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6 >>206-224
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
密にいきます。
>>203
引き続き読んで下さってありがとうございます。
本当にそのお言葉、光栄です。
数多くいるメンバーの中から、なぜ彼女にスポットを当てたかを表現出来たらなあ、と思っています。
>>204
ありがとうございます、とても嬉しいです。
彼女のこの個性を生かしつつ、更に魅力的に描いていきたいです。
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/23(木) 05:11
- 続きが楽しみすぎる
- 230 名前:salut 投稿日:2008/10/26(日) 19:43
-
◇◇◇◇◇
- 231 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:44
-
これら全ては今朝の星座占いにおける、乙女座最下位の呪いだと思う事にした。
1時間オーバーで寝坊したのも。
前髪の寝癖が半端無かったのも。
自転車がパンクしてて結局遅刻してしまったのも。
数学で抜き打ちテストがあったのも。(ちなみにほぼ白紙で提出)
体育の授業がマラソンだったのも。
スカートが短い!と放課後長い間、学年主任に捕まってしまったのも。
親指の爪が欠けたのも、下半身が痩せないのも、教頭がハゲなのも、景気が悪いのも、全部全部全部!
そして………
「おー!夏焼、奇遇だねえ」
学校帰りの駅前で、よりによって吉澤先生に出くわしてしまったのも。
- 232 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:46
-
「は?え、せんせ、学校…」
「だって今日、金曜じゃん。部活、結局お前ら来ないし」
ただ純粋に驚いている私に、先生はけろっとそう言ってのけた。
いやいや、それはまあそうだけど。
つか絶対待ち伏せしてたよね。
この駅、北口しかないし。
あー最悪。
今日は珍しくバイト休みだから、早く帰って夕飯まで寝てようと目論んでたのに。
…それじゃあ、とそそくさとその場を去ろうとした私の手首を彼女が突然掴む。
「あー先生急に甘いもん食べたくなっちゃったなあ!
うん、夏焼、ちょっと付き合え」
「はあ!?ちょ、ちょっと!」
大根役者よろしくの棒読みで、先生は有無を言わさず私を引っ張って行く。
私も私で、半ば引き摺られる様に連行されてしまっていた。
あーもー!一体何だってのまじで!
- 233 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:47
-
連れて来られたのは、繁華街の外れの雑居ビルだった。
ここで親友2人が店やってんの、と先生は脇の階段をずんずん上がって行く。
なるほど、外にあった木製のA型の立て看板には「cafe loco →3F」という文字が、白く筆記体で書かれていた。
アヤカーまいちーん来たよー、という先生の声とドアベルの軽やかな音の後ろに立って、私は店に入った。
そこはお洒落なカフェだった。
陽当たりの良い店内は、木目調のオールドアメリカンの内装で統一されている。
中央に不揃いのヴィンテージソファーのボックス席が幾つかと、壁際にバースツールのカウンター席。
面積自体はそこまで広くないものの、開放的で落ち着いた印象を受ける。
その空間を、スローテンポの陽気なジャズが満たしていた。
なぜかレイを首から下げた木彫りの熊(北海道の文字付き)がレジに置かれていたけど、それは見なかった事にしようと思う。
あ、よっちゃん、いらっしゃい、と奥から出て来たのは、緩やかな巻き髪の、おっとりした優しそうな女性。
先生を見付けて柔らかく微笑むその表情はまさに、大人の女、という感じだ。
簡単な挨拶を終え、その人ーアヤカさんの案内で、ソファー席の1つに座る。
身体を革張りのそれに沈み込ませた瞬間、ふと冷静になった。
この状況で、膝を突き合わせてる相手が吉澤先生って…いやいや有り得ないでしょ。
私は激しく違和感を覚えながらも、奢るから好きなもん食え!と差し出されたメニューに目を通した。
- 234 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:52
-
今どきのカフェらしく、メニューのラインナップも小洒落た創作系が多かった。
甘いものだけでも結構種類があって迷う。
「…オススメって何ですか?」
「オススメ?そーだなあ…
あ、これは?ピーカンナッツとオレンジのブラウニー。
洋酒きいててほろ苦で、甘過ぎなくて夏焼好きなんじ…」
「めっちゃ甘いのないですか?」
「…めっちゃ甘いの?」
「はい、すっごく甘いの」
上目で先生を伺う。
すると彼女は意外、とでも言いそうな顔で、へえ、と眉を持ち上げた。
…何?そのリアクション。
そりゃ生クリームだの苺だの可愛い系は梨沙子の方が似合うかもしれないけど、私だって超甘いもの好きで…
と、いつの間にか変な方向に卑屈になっている自分に気付く。
ああ、駄目だ、私、どうかしてる。
たかがこんな事に過敏に反応するなんて。
「じゃあ、ストロベリーパンナコッタのパフェは?
生クリームたっぷりだし見た目も可愛いよ」
「…じゃあそれ」
「飲み物は?」
「これ、マンゴーラテで」
「よっしゃ」
決まった?とちょうどの所で、また違う店員さんがやって来た。
褐色の肌が健康的で、明朗快活そうな人。
水の入ったグラスを机に置いてくれるのを見上げながら、私は軽く会釈をする。
それを見付けた彼女は、うっわ、女子高生じゃん!若っ!可愛いねー!と豪快且つ取っ付きやすい笑顔を見せた。
それにしても先生、美人な友達ばっかだな。
まさか選んでるんだろうか。
…うん、有り得る。
- 235 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:53
-
先生はその人ーまいさんに注文を通すと(ちなみに先生はコーヒーといちじくのスコーンを頼んでいた)あ、吉澤ひとみで付けといてね、と加えた。
「はああ!?またあ!?」
「え、駄目?」
「この前ので9280円!もう直ぐ1万円の大台なんですけど」
「え!?まじで何で!?だってワイン奢りって…」
「グラス1杯に決まってるでしょ!
どこの馬鹿が1本開けんのよ!」
「うっそ!ねーえーアヤカあー!まいちんがいじめ…」
「よっちゃん、1万超えたら出入り禁止だからね」
オープンキッチンから響く容赦ない援護射撃に、ちぇ、と先生は口を尖らせていた。
ふうん、先生、プライベートでは妹キャラなんだ。
ま、どうでもいいけど。
黒いサロンを翻してまいさんが行ってしまうと、急に静かになってしまった。
グラスに口を付ける。
水は仄かにレモンの香り付けがしてあった。
うん、このお洒落な雰囲気といい、細部に凝ってある所といい、気に入った。
お母さんとまた来よう。
- 236 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:55
-
で、何か用なんですか?と私から話を切り出す。
面倒臭いのは嫌いだから、さっさとパフェご馳走になって帰りたい。
先生は、うーん、いや、あのその…と暫く言い淀んで目線を彷徨わせた後、やっと口を開いた。
「最近、何か嫌な事あった?」
「特にないです」
ばっさりと斬る様に否定。
あったとしても言う訳ないじゃん。
居心地の悪さに、私は辺りを見回す。
客は私たちの他に2、3組。
離れたソファー席で楽しそうに会話を弾ませてるカップルに、カウンター席には若い女の人が1人で文庫本を…
「だって夏焼、煙草臭い」
「…!」
不意打ちに心臓が飛び出そうになって、弾ける様に先生に視線を戻した。
嘘!部屋の中では吸ってないし、制服に匂いが付く事なんて…!
動揺の隠しきれていない私に、先生は全てお見通しとばかりに、不敵な笑みを浮かべて続けた。
「らしくない事はやめなって」
「…はあ?」
この人に私の何が分かるっていうんだ。
ついかちんときて、鋭い視線で彼女を睨む。
- 237 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:57
-
「どういう事で…」
「本当はさ、真面目でシャイなミヤビチャン、でしょ?」
「すっ…!」
かっと顔に熱が集中する。
誰だ、この人にこんな事吹き込んだのは!
先生はにやにや笑いを止めない。
まるで格好の遊び道具を見付けた悪戯っ子の顔をしている。
ムカつく!
まじでムカつく!
「いやさ、若い頃から煙草はいかんよ。
ほら、未成年なら尚更じゃん?
いけない事だしさ、健康的にも良くないし、おっぱいの成長の妨げにもな…」
「じゃあ先生も吸ってたんですね」
…あ、しまった。
売り言葉に買い言葉。
痛い所か、はたまた図星か。
どっちにせよ、私はいけないツボを串刺しにしてしまったらしい。
い、言うねえ、と先生は格好付けた笑みのまま固まり、口の端だけをひくひくと引き攣らせていた。
あっはっは!間違いないわ!と絶好のタイミングで、まいさんが飲み物を持って来てくれた。
た、助かった。
先生は、うっさいまいちん、とつまらなさそうにコーヒーを啜った。
私は私で、ほっと一息付いて、底の果肉をマドラーで潰してからマンゴーラテを口に入れた。
あ、良い。
瑞々しくて美味しい。
- 238 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 19:58
-
カップから口を離した先生は、たっぷり時間を置いて一呼吸付いた。
そして私から視線を外しながらも、こう静かに語り出した。
「菅谷の事なんだけど」
「………」
やっぱり。
何となく予想はしていた。
この前の、体育祭の事だろう。
余計なお世話って言葉、知らないのかな。
「いや、2人の問題だからさ、私が口を挟むのは見当違いだって分かってるよ。
本当、それは、うん。
でも…でもさ………」
「………」
「このまま何も言わずに離れていったら絶対後悔する。
一生残るよ」
「………」
「何か、そういうの、駄目なんだ。
見てられないんだ…よ、ね」
私と先生の目がゆっくりとかち合う。
いつものふざけた様子から完全に一線を引いた、真剣な眼差し。
微動だにしない瞳。
その黒く塗られた瞳孔の奥から、寒気がするほどの吸引力を感じて、私は一瞬たじろいだ。
身体が空気に縛られる感覚。
そして先生はそれを誤魔化す様に、なあんてね、と情けなく笑った。
…どうしよう話してしまおうか。
いや、でも相手は苦手で避けてきた先生だ。
けどこんなに考えてくれているのに無下にするってどうなの?
ひたすらに葛藤していた私の背中を押したのは、今朝の乙女座最下位の結果だった。
いいや!ついてないならとことん!
もしかしたら、どうにかなるかもしれないし!
勢い任せ。
でも、私は心の隅で誰かに何とかして欲しいってずっと思ってたのかもしれない。
信じたくないけど、すかすかの心と寝不足の身体は、知らない内にがたがきていたみたいだった。
- 239 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:01
-
「…先生は、素直に甘えられるタイプですか?」
「それは…友達に?恋人に?」
「両方で」
「…難しいね。私、人、選ぶから」
微妙に核心をずらした私の質問に、先生は丁寧に言葉を探している様だった。
コーヒーを1口飲みながら、彼女は続ける。
「例えば、さっきのあの2人には私、結構甘えられる。
弱い所を見せれるとか、信じてるとかって意味でね、手放しの状態」
「…はい」
「まあ当たり前だけど、友達と恋人って違うじゃん?
友達に対して心を開くには、この人なら大丈夫かな?って厳しい査定と長い目で見た時間が必要だと思うのよ、私は」
少数精鋭派ですから、と付け加えて先生はカップを置いた。
…ぶっちゃけもう既に難しくてよく分かんないんですけど…
もっと簡潔に話して欲しい。
流石、芸術系、語るタイプだ。
「恋人も基本は一緒だけど…そこはケースバイケース、かな。
気持ちの軸が違うからね。
それに私も基本、恥ずかしがりだしさ」
「…はあ」
そう言って照れ隠しか、んはは、と彼女は頭を掻いた。
「じゃあ、どうするんですか」
「どうするって?」
「不満とか言われません?」
「ないよ」
「何で?」
「そんな私も全部分かって愛してくれる人と付き合うから」
恥ずかし気もなく、平然と、涼しい顔で、さらり。
その一言に、思わずこっちが赤面してしまった。
愛!
愛って!
よくぞそんな普通に!
- 240 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:04
-
内心慌てふためいてる私を他所に先生は、近所のオバサンよろしく口元に手をやるポーズをして、やっぱりそれって菅谷の事?と声を潜めて訊いてきた。
…はあ?
何で梨沙子が?
熱が急激に冷やされる。
「関係してるけど、違います」
「じゃあ誰よ?」
「………元彼…かな」
しかも、何年も昔の、初々しくて幼かった不格好な恋の…なんて言わないけど。
すると先生は穏やかな佇まいから一転、テーブルにばしん!と手を突き、びっくりした顔で吠えた。
「はあああああ!?おまっ、菅谷と付き合ってんじゃないの!?」
「ちょっ!何で!」
「二股かよっ!!生意気なっ!!」
「待って!ていうか梨沙子とは付き合ってません!ないないない!」
「嘘だ!だってだってだって………!」
大声で散々喚き散らした後、急にしおらしくなった先生は、だってチューしてた、と不貞腐れた子供の様にぼそっと呟いた。
その台詞に、私は入っていた力がふにゃふにゃと抜けていくのが分かった。
はあ…
何だこの中学生男子みたいな純情っぷりは。
たかがキスでそんな。
「そういう意味でのじゃないです」
「じゃあどういう意味でよ?」
「…んー…ラブじゃなくてライク、的な?」
「はあ?じゃあ夏焼にとって菅谷って何なのよ?」
先生は怪訝そうに眉根を寄せる。
あーきた。
面倒臭い質問だ。
何て答えればいいんだろう。
どう答えても全部正解で、全部的外れな気がする。
私は、ストローを吸いつつ少し頭を巡らせてから、小さく溜め息を漏らした。
- 241 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:06
-
「………妹みたいな存在で、幼馴染みで、親友とはちょっと違う………カノジョ、みたいな?」
「ほら!やっぱ付き合ってんじゃん!」
「だーかーら!付き合ってんじゃないんですって!!
カノジョっていうのは親友の上、みたいな!
友達の延長線上です!」
「じゃあ親友でいいじゃん!
どうしてその上が存在するのさ!」
先生は、やたら興奮した様子で身を乗り出し、声を1オクターブ上げては食い下がってくる。
つか何でやけに噛み付くの?
どうでも良くない?
「だって、親友じゃ表しきれないんだもん、複雑過ぎて」
「じゃあ妹みたいな幼馴染み、でいいじゃん。
無理に名前つけなくてもいいじゃん」
「んーまあそうなんですけどお…ほらそれに流行ってるし?」
「え!?流行ってんの!?カノジョつくんのが!?」
「はい、まあ一部ですけど。
チューだって軽いノリですよ?」
絶句、といった風に、先生は眼球が零れんばかりに目を見開いた。
それから、はあああああ、と長く息を吐いた。
「うわーやっぱ平成生まれの考える事は理解出来んわ」
「………先生って意外と頭固いんですね」
あー疲れた。
まさかこんなにヒートアップするとは。
私は乾いた喉を潤すべく、グラスを持ち上げてストローに口を付けた。
…あれ?ノーリアクション?
ふと不思議に思って、目線を上げると、先生はきょとんとした表情のままフリーズしていた。
ヤバ、私また地雷踏んだ?
先生?と小さく呼び掛けると、彼女は大袈裟に身体を揺らして、あ、うん、そうかも、と大分遅れた返事をくれた。
そのとき見せた面持ちが、何かに怯えている様な焦っている様な切羽詰まったものだったから、私は、変なの、と小首を傾げた。
- 242 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:08
-
でも先生がおかしかったのはその一瞬だけで、その後は至極普段通りだった。
私はパフェを食べながら、彼女に今どきの女子高生の何たるかを、懇切丁寧にレクチャーしてあげた。
文字を書けば、何だこれ!崩し過ぎて読めない!象形文字か!と罵倒され、略語を教えれば、暗号かよ!機密事項かよ!命狙われてんのかよ!と突っ込まれたけど、その度に私は声を上げて笑っていて………何か、普通に、その………楽しかった。
もしかしたら、悪い人じゃないのかもしれない。
駅で別れた帰り際、ちゃんと仲直りしろよ、と頭を小突かれた。
分かってますう、と上目で小さく睨むと、先生は優しく目を細めた。
その夜、私はベッドに寝転がりながら、梨沙子にメールを打った。
『話したいことあるんだけど、ヒマな日ない?』
絵文字もなければ味気も素っ気もない、単刀直入な1通。
パフェを口に入れたとき、美味しい、梨沙子にも食べさせてあげたい、と思ったのと同じくらいのシンプルさ。
返事が来る前に、いつの間にか私は携帯を握りしめて眠っていた。
あ、煙草久しぶりに吸わなかった、と気付いたのは、ぐっすり寝て起きた次の日のお昼過ぎだった。
- 243 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:09
-
◇◇◇◇◇
- 244 名前:salut 投稿日:2008/10/26(日) 20:12
-
眠れない。
午前3時を回った私の部屋は、半ば闇に埋もれたままひっそりと静まり返っている。
ただ、1人掛けのソファの上でうずくまっている私だけが、か細い息遣いで身を潜めていた。
「先生って意外と頭固いんですね」
頭の中で何度も再生される、夏焼の言葉。
それは繰り返せば繰り返すほど、彼女の声に近付いていく。
のんびりと間延びして、鼻に掛かった、特徴的な彼女の………
「よしこって意外と頭固いよね」
- 245 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:15
-
些細な事だった。
私がもし本当にそう捉える事が出来たなら、こんな風にはならなかっただろう。
でもあのときの私にそれは不可能だった。
あの行動は間違えていた?
どこかで選択肢を誤っていた?
ともすれば、私と彼女が出会った事自体を否定する様になってしまう。
極論だ。
笑ってしまう。
ああ、こんな昔を掘り起こしてしまうくらいなら、関わらなければよかった。
放って置けば、無視してしまえばよかったんだ。
けど、私にそれが出来ない事は自分自身が分かっていた。
夏焼に放った言葉。
あのとき私の向かいに座っていたのは夏焼じゃない。
高校2年生ー17歳の、虚ろな目をした過去の自分だ。
これは必然だったのかもしれない。
あの日の夏焼雅と菅谷梨沙子を見たときから、絡まった糸は解け始めていたのかもしれない。
私は親指の爪を噛んだ。
胸にこびり付いた、頼りない光を放射する2つの眼窩。
長年見ない振りをしていた、彼女の悲し気に、それでいて恨めし気に濡れた瞳。
これをきっかけに、私はちゃんと向き合わなくてはいけないのかもしれない。
彼女に。
必死に気付かない様にしていたのに。
けどこの事で、私は認めざるを得なくなった。
矢島舞美が梅田えりかを見る目。
あれは私が後藤真希を見ていた目にそっくりなんだ。
- 246 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:17
-
◇◇◇◇◇
- 247 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:17
-
◇◇◇◇◇
- 248 名前:私のリリイ 投稿日:2008/10/26(日) 20:18
-
◇◇◇◇◇
- 249 名前:salut 投稿日:2008/10/26(日) 20:21
-
○○○インデックス○○○
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裏切ってる感は否めないですね、すいませんって感じで次回………
>>229
ありがとうございます、恐縮です。
そしてこんな感じで………
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/26(日) 21:08
- 読む度に雅ちゃんのキャラにハマっていきますw もー可愛すぎる
吉澤先生は過去に何があったのか気になるけど何だか読むのが怖いような…
でもがっつり続き楽しみにしてます!
- 251 名前:名無し飼育 投稿日:2008/10/26(日) 23:42
- 雅と梨沙子のこれからが気になって気になって、こっちも眠れないw
- 252 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/26(日) 23:56
- 吉澤さんと夏焼さんの掛け合いが楽しかったです。
また一つ動き出した感じですね。
- 253 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/27(月) 00:51
- 今回もまた気になるところで…眠れないw
読んでると映像がすぐ頭に浮かぶんですよね
次回も楽しみにしてます
- 254 名前:salut 投稿日:2008/11/02(日) 22:49
-
◇◇◇◇◇
- 255 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 22:51
-
それは高校時代に遡る。
そう、終わりが些細なものならば、始まりはもっと取るに足らないものだったんだ。
「なあ吉澤よ」
「はい」
「何だ?その目の色は」
「泣き過ぎたんです、夏休み中。そしたらこんな感じに」
「…じゃあ、耳のそれは?」
「耳くそです耳くそ。光る耳くそ」
「………髪は?」
「地毛です。親、ロシア人なんで」
…お前なあ、と目の前で担任がくたびれた溜め息をついて、がっくりと肩を落としている。
対して、グレーのカラーコンタクトを装着し、シルバーのピアスを金髪のショートカットから覗かせていた私は、毅然とした態度でその場に立っていた。
おいおい、それはこっちがしたいよ。
何が悲しくて新学期早々呼び出されなきゃならんのだ。
はああああ、と無意識の内にうなだれていた私に、お前がするな、と彼は丸めた教科書で脇腹を叩いてきた。
- 256 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 22:52
-
長期休みが終わった後の、どこかぎこちなくて新鮮な喧噪の中。
私は服装云々について、職員室で担任の数学教師からお叱りを受けていた。
夏休み明けに見た目が派手になる、なんて今考えたら馬鹿っぽい事この上なくて、我ながらうんざりしてしまう短絡さだ。
けれど、春に推薦で入ったばかりのバレー部で早くも半月板をぶっ壊し、全回復の見込みなし、の烙印を押され、現役引退を余儀なくされたこの頃の私にとっては、気分転換の1つでもしなきゃやってらんねーよ夏、的な心境だったのだ。
だから、さっきの1/3は本当なんです。
夏休み中泣き過ぎたんです。
そしたら瞳の色が灰色になってたんです。
…なんてね、えへ。
我が女子高の無駄に厳しい校則に乗っ取って、担任が在り来たりな説教を繰り返しているのを、私は無になって聞き流していた。
だるい、うざい、長い、の三重苦。
あー早く帰りたい。
その私の様子を知ってか知らずか、どっかと腰を据えた回転椅子から彼は、神経質そうな三白眼で私を見上げて命令してきた。
「とりあえず明日までに頭直して来い」
「だからこれは地毛です」
じ!げ!とわざと区切って付け足すと、彼の血管が静かに切れた音が聞こえた…気がした。
やばい、嫌な予感がする。
- 257 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 22:56
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「…ロシア人だっけなあ、お前のご両親は」
「あ、いや、厳密に言うとファザーが…」
「じゃあロシア語喋ってみろ」
「…!」
ガッテム!
冗談の通じない奴め!
私はそれこそ中指を立てて、やってられっか!とその場から立ち去りたかったが、それはエベ…エレベ………何とか山脈より高い私のプライドが許さない。
ない頭を雑巾よろしく擦り切れるまで絞って絞って絞って、私はようやく口を開いた。
「………ソ…ソビエト………」
「…単語だなあ、ん?まあいい、他は?」
「………マト…マトリョー、シ、カ?」
「次」
「………」
「………」
「………」
くそ!ここまでか!
名詞2つで言い淀む私を、担任はサディスティックに口を歪め、ふん、と鼻で笑いやがった。
その様子を睨み付けながら、私は憎々し気に唇を噛んでいた。
そのときだった。
- 258 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 22:57
-
「せんせー、それ本当ですよ」
突然割って入ってきた、抑揚のない弛緩した声。
私と担任はびっくりして、咄嗟にその方へ顔を向けた。
そう、その声の主こそ、ごっちんー後藤真希だったのだ。
ごっちんは怠そうに身体の重心を右に傾けて、すらりと伸びた腕を腹の前で組んで立っていた。
その眼差しは冷たく、軽蔑した様にこちらを見据えている。
「ご、後藤、お前なん…」
「課題、提出しに」
そう言って、彼女は手に持っていたテキストをひらひらと扇いでみせた。
逆に担任は明らかに面食らった様子で、小さな黒目を忙しなく泳がせている。
なぜ彼がこんなに動揺しているのか。
それは私にもよくよく理解出来た。
なぜなら彼女はクラスで滅多に喋らないからだ。
私に構うな、的な拒絶オーラを常に纏っていて、いつでも一匹狼を貫いていた。
そのため、彼女が話しているーしかも自分から話し掛けているのを見るのは、大層希有な事なのだ。(反対に無視している所はよく見掛ける)
だから私も、内心感動に近い驚きを感じていたのを覚えている。
- 259 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 22:59
-
ごっちんは、つかつかとこちらに近付いてきて、私と担任の間に身体を滑り込ませた。
彼女のさらさらとした栗色の長い髪が私の鼻先を掠める。
甘いフローラル系の香水の中に、微かに同じシャンプーの香りを見付けた。
そして、ぼうっとしていた私の耳に飛び込んできたのは更に驚愕の台詞だった。
「この人、ロシア人ですよ。
だって、今日のお弁当、ピロシキだったもん」
一瞬、確実に目が点になった。
え?え?え?
な、ななな何を言ってるんだこの人は!
まさかのフォロー?に耳を疑い、ぽかんとしている私。
しかしそんなのはお構いなしに、あろう事か彼女は、ね!と突然こちらに話を振ってきたのだ。
初めて至近距離で見る彼女の瞳。
それはまるで、純真無垢な子供の様にどこまでも澄んでいて、尚且つ、悪ガキが悪戯を考え付いたときみたいにきらきらと輝いていた。
最初は唖然としていた私も、それを見て何だか楽しくなってきて、ついには、はい、ボルシチと一緒に食べました、と進言していたのだった。
ただ1人呆気に取られている担任にごっちんは、これ、と課題の冊子を突き出した。
その表紙には、小学6年生のよくわかる算数ドリル、というゴシック体が踊っていた。
「…じゃあ、もう行っていいすかね?」
「あ、ああ」
間抜け面のまま担任がうわ言みたいに呟く。
かくして私たちは、失礼しまーす、と声を揃え、颯爽と職員室を後にしたのだった。
- 260 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:00
-
ぴしゃん、と私は後ろ手にきっちりと引き戸を閉めた。
クーラーの効いた室内から生温い廊下へ。
しかし、私の肌が感じた違和感は、温度差ではなく右隣に佇む人物にほぼ持っていかれていた。
…一体何のつもりなんだろうか?
私は恐る恐るごっちんを見やった。
当の彼女は、俯き黙りこくっている。
しかし私が、あ、あの、後藤さ…と話し掛けるのと同時に、彼女は細い肩を振るわせ、ぶはっ!と噴き出していた。
そして、耳くそって!!ロシア人って!!と腹を抱えて爆笑し始めたのだった。
そこにいたのは、教室にいる後藤真希ではなかった。
無愛想で、取っ付き辛く、素っ気なくって、いつもつまらなそうな、言葉少なで、仏頂面の彼女ではなかった。
眉毛と目尻を下げた彼女の笑い顔は幼く無邪気で、げらげらと無防備に身体を投げ出す姿に壁はなかった。
あ、この人、こんな顔で笑うんだ。
心にじんわりと温かなものが染み込んでいくのが分かって、独りでに口元が緩んだ。
ナイスピロシキ、と意味不明な言葉を口走り、私も堪らなくなって、声を上げて笑った。
笑顔の伝染。
掛ける掛ける掛ける、の相乗効果。
もうこうなると本格的に止まらなくて、私たちは壁をばんばん叩いたり、苦しそうに身を捩ったりして笑い転げていた。
道行く人が皆、白い目で私たちを見ていたけど、全く気に入らなかった。
お互いの閉じた環は、いつの間にか相手を取り込んで交わっていたから。
- 261 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:02
-
◇◇◇◇◇
- 262 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:04
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1年生の初秋の、この出来事をきっかけに、私たちの仲は急速に深まっていった。
互いを、よしこ、ごっちん、とあだ名で呼び合う様になり、一緒にいる事が当たり前になった。
ごっちんとは気が合った。
趣味も、話も、笑いのツボも、自分の右手と左手を重ねる様な具合に合った。
例えば、ジャンルは違えど2人共洋楽が好きだった。
だからよく、お節介にも自分の好みの曲を薦めては、片方ずつのイヤホンで聴き合っていた。
例えば、テイストは違えど2人共同じブランドの服が好きだった。
だからよく、休日には買いものにも出掛けたし、待ち合わせに偶然お揃いのアイテムを着て現れたときには、街の中という事も忘れて馬鹿笑いをし合った。
ともすれば、言いたい事があって彼女に視線を向ける。
すると大概彼女も私の方を向いていて目が合う。
その視軸に言葉を絡ませ合えば、私たちは口を開かなくとも会話が出来た。
これは考えている事が限りなく似ているから出来る事なのだが、私はこのとき初めてテレパシーの存在を認めなければならなくなった。
私はそれが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
もしかしたら自分たちは幼くして引き裂かれた双子ないしはクローンなのかもしれない!と、隠れロマンチストの私はそこまで本気で妄想した事もあった。(ちなみに、戸籍は操作してあって、どちらかが整形手術を受けているという設定ね)
しかしこの絵空事は、妙な所でリアリストの彼女に告げた事はただの1度もなかった。
けれども彼女がきっと同じ思いを抱いているであろう事は、私からしてみれば驕りもなく歴然だった。
つまる所、お互いがお互いを特別な存在として考えていたし、それが極自然な事だったのだ。
だが面白い事に、数えきれない共通項の次に見付かったのは、沢山の相違点だった。
これから私とごっちんの違いについて大好きな持論をこねくり回すけど、私は基本説明下手だし多分全くつまらない。
だから出来れば話半分に聞いて欲しい。
- 263 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:05
-
まず大きく違ったのは、アクションを起こすときの主体だ。
私は他人に重きを置いて行動をする人間だった。
そして今もそれは変わらない。
私は、外からの評価で自己は形成され、それをフィードバックする事で理想の自分へと近付いていくものだと信じている。
つまりは、他人という鏡を使って自分を映し顧みるのだ。
だからかなり人の目は気にするし、見られている事を前提として、自ずから周囲を注意深く観察する様になった。
そうなると、相手の求める自分を演じる事は、他愛のないテレビゲームみたいなものだった。
よくよく見ていれば、その人が欲している言葉や所作は自然と掴めてくる。
そしてそれを提供するのは、私にとって一種のサービスやパフォーマンスに過ぎなかった。
前にも述べた通り、私は心理学や哲学なんかにも興味があり、それも人付き合いには良い勉強になった。
そうやって処世術を磨く事で私は、人当たりの良い吉澤ひとみ、という存在を築き上げていった。
相対して、ごっちんは良い意味で、自分中心の人間だった。
眠たいときは眠る。
食べたいときは食べる。
ヤリたいときは………まあ、ここは置いといて、人間の三大欲求を主軸に、彼女は己の欲望に忠実だった。
とことんマイペースですこぶる頑固。
興味・関心のない事は徹底無視。
かといって、聞き分けがない程の我が侭でも、全く節度がない訳でもなかったから可愛いものだけれど、周りの人間に誤解される事も多かった。
でもそれすら、どーでもいーじゃん?とあっけらかんと言ってのけてしまう人だったのだ、彼女は。
- 264 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:06
-
そしてそこから波及する、対人方法に関する選択肢の数だ。
私は、分析や考察が大好きだ。
その人物を観察する上で、外見や仕草、それから過去の対人データを元にして、細かくカテゴライズする。
そしてその人の行動パターンや思考パターンを想定して、最善のアクションを起こすのだ。
全ては、如何に周りに良い印象を与えられるか、のためなのだ。
だから私の選択肢は、樹木が枝を広げる様に際限がない。
逆にごっちんの選択肢は、それはそれはシンプルだった。
2つもしくは多くて3つだ。
はいかいいえ、もしくはどちらでもない。
好きか嫌い、もしくはどうでもいい。
やるかやらない、もしくは考える事すら面倒臭い…等々。
彼女は、余計な事は何も頭に入れず、そのときの直感で全てを判断する人間だった。
- 265 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:08
-
私はそんなごっちんを心から凄いと一目置いていた。
人間は自分の持っていないものに惹かれる性質があるけど、私のそれはまさしくこれに当てはまった。
だって関係ないじゃん?と、けろりんとここまで他人を軽くあしらえる人間を、私は今まで見た事がなかった。
いつでも周囲に縛られている私から見れば、そんな事は恐ろしくて出来ないのだ。
反対に人付き合いが滅法苦手なごっちんは、私の完璧なまでの社交術に、絶対真似出来ないわー、と目を丸くして感嘆していた。
こうやって180度に価値観が違ってもやってこれたのは、無意識の内にお互いを尊重し合っていたからだと私は考えていた。
そう、ごっちんは風の様な人だった。
どこまでも自由で気まぐれで、掴み所がなかった。
彼女が縦横無尽に駆け回る姿を、私は地べたに張り付いていてただ眺めていただけだった。
そう思い込んでいた。
でもそれは間違っていて、彼女は自分のしっぽをちゃんと私に握らせていたんだ。
だから私たちは安心し合えたし、信頼し合えた。
やっぱり私たちはお互いに、なくてはならない存在だったんだ。
- 266 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:09
-
しかしもう1つ、私たちには大きな相違があった。
2人を隔てたのは、些細な事、がきっかけで、これはさしたる問題ではないけれども、全く関係していないとはにわかに言い難かった。
あの行動は間違えていた?
どこかで選択肢を誤っていた?
長年繰り返してきた自問自答の行き着く先は、いつもここだった。
性的な価値観とスタンスの違い。
ごっちんはバイセクシャルだった。
- 267 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:10
-
◇◇◇◇◇
- 268 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:11
-
◇◇◇◇◇
- 269 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/02(日) 23:11
-
◇◇◇◇◇
- 270 名前:salut 投稿日:2008/11/02(日) 23:19
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
7 >>231-245
8 >>255-266
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
今回、特に分かり辛いしつまんないし、すいませんって感じで次回………
あと訂正します。
>>260 最後から2行目
×気に入らなかった
○気にならなかった
今までもいっぱいあるんですが、即気付いたんで…
レス、本当にありがとうございます、嬉しいです。
>>250
彼女は私も書きながらキュンキュンしていました笑
もっと魅力的に、を目標に頑張りたいです。
>>251
この2人、私も書くの楽しみなんですよね。
でももうちょっとこんな感じが続くんで、是非寝て下さい、とか言って。
>>252
こういう日常会話を書くのが好きなんで、本当光栄です。
こうやってどんどん動き出す所を見届けて頂けたら幸いです。
>>253
それは、目指している所なんで、とても嬉しいです。
あ、もうちょっとこんな感じが続くんで、是非寝ないで下さい、とか言って。
- 271 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/03(月) 02:17
- お疲れ様です。
作者さんは登場人物のキャラをよく掴んでますね。
よしごまもりしゃみやもやじうめも楽しみにしています。
- 272 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/03(月) 03:37
- ナイスピロシキwwww
いま一番楽しみな作品です。
- 273 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/03(月) 11:34
- ごっちんついに登場!
登場人物は実際に会ってみたいって思わせるような魅力的な描写ですね
ちょいちょい挟まれる小ネタが毎度ひそかに楽しみですw
- 274 名前:salut 投稿日:2008/11/22(土) 22:45
-
◇◇◇◇◇
- 275 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:47
-
「ねえ」
「んー?」
「何で地球上には男と女しかいないんだろうねえ」
「…はひぃ?」
濃厚なスープを浮かべた2つのどんぶりに、もやしやらキャベツやらの茹でた野菜を均等に分けていたごっちんが、背後で麺を湯がいている私に、溜め息混じりにこう問うてきた。
余りにもその質問が唐突だったので(だって寸前まで期末テストうぜーの話してた!)私はつい素っ頓狂な声を出してしまい、慌てて振り返った拍子に、口にくわえていた割り箸を落としそうになってしまった。
確か寒さが本格的になってきた頃だから、1年生の11月中旬頃か。
窓の外では鈍色の空に、かさかさと枯れた葉っぱが揺れている。
そんな中、つんと鼻をつく薬品の匂いが染み付いた、仄暗くて陰鬱な空間ー化学実験室で、私たちはランチにと、せっせとラーメンをこさえていた。
理由は単純。
無理!凍え死ぬ!温かいものが食べたい!からだ。
私は湯気の立ちこめる片手鍋をガスバーナーから離し、朽ちかけた机に突っ伏しているごっちんの所へ歩み寄った。
「何さ、急に」
「えー別にいー」
絶妙の固さに仕上げた生麺を掬ってはどんぶりに移しながら、今度はこっちが訊き返すと、彼女は勿体振った様子で頭をもたげた。
とろんと眠そうな目をしている、が、それはいつもの事だ。
- 276 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:49
-
そう、ごっちんの突拍子もない発言は毎度恒例だった。
話の腰をばきばきに折ってくれるのを、私は実に楽しんでいた。
そして妙に鋭い所を突いてくるのもしょっちゅうだった。
本人は特に何も考えてないんだろうけど、私の瞑想の種になる事も多かったから、とても興味深かった。
そして今回の話題は「なぜ人間の性別は男と女しかないか」だ。
この問い掛けに、私は密かに嬉しくなった。
なぜなら私も少し前に、同じ事を悶々と考えていたからだ。
いただきまーす、と手を合わせ、2人同時に麺を啜った。
そして、ウマい!けど熱い!と第一声が見事にハモって、やっぱり目線を絡ませて笑った。
食べる?と味噌派のごっちんが、醤油派の私に訊ねてきた。
うん、食べる、と答えると彼女は、はいよー、と返事して、箸に引っ掛けた麺をそのまま私のどんぶりに突っ込み、一瞬にして醤油味に同化させてしまった。
私は何も言うまいと、麺とスープを掬ったレンゲを渡して、彼女に醤油味を食べさせた。
「だってさあ」
「うん」
ずるずると麺と鼻水を啜りながら私たちは会話していた。
粗方、さっきの話の続きだろう。
ごっちんは垂れてくる髪を耳に掛けつつ、ふうふうと白い蒸気を息で散らしている。
そこで私は先日仕入れたばかりの知識を思い出していた。
- 277 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:50
-
それは図書室で見付けたギリシャ神話についての分厚い本から得たものだった。
ねえごっちん、アンドロギュノスって知ってる?
両性具有って意味なんだけど、昔、男と女は1つだったんだよ。
男と女が背中でくっ付いた状態だったのを、神に両断されて現在の人間の形になったんだって。
だから性別は2つしかなくて…
ああでも今、両性具有って言ったら、第三の性って呼ばれる場合もあるんだよね。
ほら、染色体やホルモンの異常で男性器と女性器を併せ持って生まれてきてしまったっていう………
等々と、どうやってこの蘊蓄をひけらかそうかと、私は自慢げに口を開こうとした。
が、それよりも先に、ゆるゆるとごっちんは喋り出していた。
「男と女の2つだけじゃなくてさあ、もっといっぱいあった方が面白くない?」
30個くらい、と何でもない風に彼女はどんぶりを持ち上げ、口を付けて傾けた。
その様子を、私は目を丸くしてまじまじと見つめていた。
純粋に驚いていたのだ。
私にそんな発想はなかったから。
それと同時に私は、自然と肩が盛り上がる様な、とても誇らしい気持ちになった。
ああ、流石ごっちん、私の親友。
そんな私に彼女は全く気付いておらず、暫くしてから、ぷはぁ、と陶器の縁から唇を離した。
鼻の下に汗が溜まっている。
彼女はそれを拭ってからゆっくり一息付くと、煤けた壁目掛けて呟いた。
「そしたら1つくらい変なのいたっておかしくないじゃん」
そして彼女は遠くをぼうっと眺めながら、自分がバイセクシャルである事を明かした。
- 278 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:52
-
バイセクシャル。
是即ち、男でも女でもどっちもオーケーばっちこい!な性的指向、也。
まあ、少しはびっくりしたけれど、それを聞いた率直な感想は、ふーん、だった。
厳密に言えば、やっぱりな、らしいな、だった。
もっと詳細にすれば、うん!ごっちんはそれぐらいじゃないと困るぜ!だった。
前述の通り、ごっちんは一般論や形式なんぞは全く通用しない人だった。
色んな壁や境界線を、何食わぬ顔でぽーんぽーんと、大股で飛び越えてしまう様な人間だった。
だから、男女の境なんてあってもなくても一緒だと考えていても全然おかしくなかった。
むしろ、その方が彼女の性に合っていると思うし、格好良いとすら感じた。
それを素直に告げると、膨張していた空気に小さな穴が開いたみたく、彼女の身体が弛んでいくのが分かった。
そして心から安心した様に、彼女はふにゃふにゃとはにかんでいた。
- 279 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:53
-
バイセクシャル。
つまりは異性愛と同性愛。
はっきり言って、同性愛について私は全く理解がなかった。
むしろ拒絶反応や嫌悪感すら抱いていた。
それには一応理由があった。
私は昔から、女の子特有の甘ったるくどろどろした性質が心底苦手だった。
だから自分はさばけた性格であろうとしていたし、反動で言葉遣いや仕草も荒っぽくメンズライクだった。
加えて、背もそこそこ高く、顔立ちも中性的で(自分で言うのはなんだけど)まあ運動も出来たから、小中高と何かと目立っていたのだ。
それはまさしく、格好良い吉澤ひとみ、を周りが求めていたからで、それを敏感に察知した私は、出来るだけそうであろうと振る舞った。
半分お遊びの様な感覚だった。
が、しかし、である。
忘れもしない中2の春、放課後の体育館裏に呼び出された私はマジ告白を受けていた。
女の先輩に、だ。
好きなの、と頬を赤らめてしなをつくられた瞬間、私は盛大に混乱し焦った。
ちょっと何を本気にしてんのさ!
あんなんおふざけじゃん!冗談じゃん!
何で私なのさ!
周りに男の子なんていっぱいいるじゃん!
私は女の子!
お・ん・な・の・こ!
アイ アム ア ガール!センキュー!
その場は、ごめんなさい!と物凄い勢いで頭を下げて一目散に逃げて終わった。
そして速攻彼氏をつくって全てを遠ざけた。
- 280 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:54
-
私は反省した。
これはいい気になっていた罰なのだ。
勘違いさせてしまった皆さんすいません、と私は教会に出向いて十字をきった。(あ、実際行ってないけど気分だけね、よろしく)
それからというもの、私はそういう周りの動きに感覚を鋭く研ぎ澄ます様になった。
キャーキャー遠巻きに言ってくるだけのファン的な子と、マジで獲物を狩る様な目付きの人を上手く嗅ぎ分ける様になった。
前者には当たり障りのない笑顔を。
後者には傷付けないくらいの距離感を。
思えば、他人の目を異常に気にし出したのはこれが根源な気がする。
そんな私の涙ぐましい努力の甲斐も虚しく、マジ告白してくる女の子は次々と現れた。
女である私を求めているのか?
それとも男っぽくある私を求めているのか?
正直私は戸惑ったし、どんなに強く迫られても受け入れる事は出来なかった。
それが度重なって面倒臭くなってきて嫌になってきて…今に至る、って訳。
- 281 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:55
-
元来私は、マイノリティーつまりは少数派、という言葉が大好きなのだ。
大多数とは違う自分でありたかったし、そうある事で優越感を感じていた。
そのため、物事を斜め読みする癖がついてしまったり、無意識の内に他人を見下してしまったりしていた、非常に性格が悪い事に。
けれども、セクシャルマイノリティーだけは乗り越えられなかった。
日本に根強く残る、偏見の目や好奇の眼差しに、私はどうしても耐えられなかったのだ。
しかし、これが親友の事となると話は別である。
が、やはり素直な気持ちは、ごっちんかっけー、だった。
自分には出来ない事を軽々やってのけてしまう彼女を私は尊敬していたし、無条件で受け入れる様になっていた。
だって私たちは親友だもん、当たり前でしょ?てなもんだ。
実際ごっちんは、基本相手は男の子だけど女の子もいけるよ、ってスタンスだったから、抵抗も少なかったんだと思うけど。
だから別にこの後も特段変わりなく接した。
むしろもっと距離が近くなった様にすら感じていたんだ。
結果、脆くも崩れ去った。
- 282 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:56
-
◇◇◇◇◇
- 283 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:57
-
それは高校生になって2度目の秋を迎えたときだった。
放課後も17時を過ぎればもう辺りは真っ暗で、夕方の間隔が短くなってきた長夜の季節。
この日も例外なく、人気が少なくなった校舎に陽が落ちて、私とごっちん、2人だけしかいない教室は薄い紺青に染められていた。
「ねーえー、もー帰ろーよおー」
「…えー?…あー………んー………」
机にだらし無く腕を投げ出して俯している私と、向かいの椅子で脚を組んでいるごっちん。
彼女は心底つまらなそうな声を出しては、びよびよと私のカーディガンの襟首を引っ張っていた。
おいおいごっちん、やめてくれ。
あんたの馬鹿力じゃ直ぐ駄目になっちゃうじゃん。
と、そんな小さな非難の声も上げられないほど、私は落ち込んでいたのだ。
「…よしこ、こりゃしょうがないよ」
「………」
おもむろに、綺麗に手入れされたごっちんの爪が優しく私の後ろ髪を梳く。
ゆっくりと往復する指先の心地良さに、私は人知れず目を細めた。
そう、そのときの私は失恋が原因で繊細なハートがブロークンしていたのだった。
傷心の私を彼女が懸命に励まそうとしてくれている。
そうだ、髪。
こんなときはベタだけど、髪型を変えよう。
超短くしちゃえ。
イメチェンだイメチェン。
いや、それだけじゃなくてトレーニングして筋肉も付けよう。
背だって脇毛だって伸ばしちゃってさ。
あわよくば性転換もしてガチムチの兄貴に…
- 284 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 22:58
-
「………」
「………」
「…あの人、まさかゲイだったなんてね」
「………」
くくっ、とごっちんの声の端が可笑しそうに歪んでいたのに気付き、私はようやく顔を上げて、うっせ笑うな、と彼女を睨んだ。
しかし彼女はそのじとっとした目線を無視して、更に、うはははは!と大口を開けて笑っていた。
私は1人面白くなくて、ちぇ、と小さく舌打ちをしつつ、頬杖を付いて彼女から顔を逸らした。
そうなのだ。
ごっちんに連れて行かれたクラブで出会った、ちょっといいな、と思っていた男の子にはなんと彼氏がいたのだ。
筋肉質でスポーツマンタイプの男らしい人…
嗚呼、哀しいかな、何故私のタイプの人はそっち系も多いのか。
女には必要以上にモテるわ、珍しく気になった人はゲイだわ…
ジーザス、私は生まれてくる性別を間違えてしまったのだろうか。
タイ行きの飛行機が重低音を轟かせて私の頭をよぎった。
- 285 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 23:00
-
「本気になる前だったから良かったじゃん」
「………」
「また良い人見付かるって」
「………」
「よしこ、可愛いんだし」
「………」
「ね?」
「………そんな事ない」
ようやっと私は重い口を開く。
未だ膨れっ面でむくれている私に、ごっちんは、やれやれ、といった風に肩をすくめた。
「そんな事ない事ないよ」
「そんな事ない事ない事ない」
「そんな事ない事ない事な………あれ?」
「やーい、ばーか」
早速お約束をかまして顔をしかめている彼女に、私は、べっ、と舌を出した。
ああ、全く。
可愛いのは彼女の方だ。
ほら私の機嫌なんてすっかり直ってる。
もうペースは彼女のものだ。
- 286 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 23:01
-
するとごっちんは、馬鹿って言うなー!とムツゴロウさんよろしく、嬉しそうに私の頭をわしゃわしゃと掻き回す。
ちょっとやめろって、なんて形ばかりの抵抗。
避けようとする仕草をしながら口が笑ってしまうのを、私はどうにも堪えられなかった。
漂うは甘い花と果実の香り。
彼女と同じシャンプーの匂い。
他愛のない戯れ合い。
がらんとした教室に、濃紺の影と楽し気なはしゃぎ声が2人分。
いつもの様に象られた日常が、この日も夕闇に浮かんでいた。
髪をぐしゃぐしゃに乱されながら、ああ、こういうのが幸せって言うのかもなあ、と私は胸がじんわり熱くなっていくのを感じた。
自分の事を理解してくれる人が、側にいてくれる幸せ。
全てを受け入れたいと思える人が、隣にいる幸せ。
ドラマチックな展開なんていらない。
劇的な変化なんていらない。
ねえ、ごっちん。
こんな何でもない毎日をさ、これからも私はあなたと、同じ目線で、同じ早さで、ずっと歩いていきたいよ。
一緒に馬鹿な事をやってさ。
沢山笑い合ってさ。
お互いしわしわでよぼよぼのお婆ちゃんになっても、そういう風に過ごしていけたらさ、それって凄く素敵な事だと思わない?
私は噛み締める。
身体に心に染み込んでくる穏やかな感情。
言いようのない充足感に私は満たされていた。
しかしそれは突然。
- 287 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 23:03
-
ごっちんの両の掌が私の顔を包む。
冷えた指先が、紅潮した頬に触れた。
え?
様子がおかしい。
どうした。
瞼を持ち上げる。
ばらばらと前髪が落ちた。
その狭まれた視界に飛び込んだのはまず彼女の形の良い唇。
薄紅色の艶やかな湾曲。
近付いてくる。
何だ何だ何だ。
高い鼻梁。
さらさらと顔に掛かった髪はアッシュブラウン。
覗いた揃いのピアス。
赤い石のへリックス。
え、まさか。
嘘。
ちょっとちょっと待って。
マスカラが丁寧に撫で付けられた長い睫毛。
それに縁取られた大きな目が、意味有り気に細まって、それからゆっくりと閉じられた。
動けない。
待って。
待ってごっちんーーー
- 288 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 23:04
-
唇に押し当てられた柔らかな感触。
私は目を見開いた。
- 289 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 23:05
-
◇◇◇◇◇
- 290 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 23:06
-
◇◇◇◇◇
- 291 名前:私のリリイ 投稿日:2008/11/22(土) 23:07
-
◇◇◇◇◇
- 292 名前:salut 投稿日:2008/11/22(土) 23:10
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
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4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
うわー引っ張った上に間が空いてしまってすいません。
>>271
いやあ、私なんてまだまだですが嬉しいです、ありがとうございます。
キャラと同じに、どんどんこの3組の独特さを出していきたいです。
>>272
センキューボルシチwwwww
わわわ恐縮です!ありがとうございます!
>>273
凄く光栄です、ありがとうございます。
これからもコメディータッチのときには小ネタがつがつ乗せていきます!
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/23(日) 14:53
- 更新お疲れ様です
またいいところで切るなぁw
作者さんの焦らしプレイにメロメロです
- 294 名前:キュートヲタ 投稿日:2008/11/30(日) 22:37
- 一気に全部読みました!
めっちゃ面白いw
期待してますっっ
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/01(月) 06:34
- >>294
sageましょう
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 02:04
- あっ、やっぱり指摘してsageる人がいた♪
昨日、気になったんだよね(>_<)
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/05(金) 19:53
- >>296
実はこういうレスが一番ウザい
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/05(金) 21:58
- そういう議論は案内板でやりましょう
- 299 名前:296です。 投稿日:2008/12/06(土) 17:13
- 迷惑をかけたようですね。すみませんでした。
- 300 名前:salut 投稿日:2008/12/07(日) 21:44
-
◇◇◇◇◇
- 301 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:45
-
それは一瞬触れて、直ぐ離れた。
時間にして1秒や2秒。
もしかしたらもっと長かったかもしれないし、逆に表面を僅かに掠めただけかもしれない。
しかし、唇と唇の接触ーーーそれは紛れもないキスだった。
ぷつん、とスイッチが切れた様に頭が真っ白になった。
そのがらんどうの空間を、沢山の疑問符がぐるぐると渦巻いている。
なぜ?どうして?
身体が全く動かせなかった。
まるで石化したみたいに全身が固まり、私はそのままの表情、そのままの姿で静止していた。
しかしそれを内側から突き破る様に、心臓の鼓動が大きく響く。
どくんどくん、と強く脈打つそれは正に警報だった。
脳が揺さぶられる。
最悪の展開が頭を過った。
ごっちんはバイセクシャルーーー
- 302 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:47
-
当の本人ーごっちんは乗り出した身体を元に戻した後も、うんうん、可愛い可愛い、と何事もなかった風に笑っていた。
ふにゃふにゃと緩まる頬と垂れる目尻。
見慣れたいつもの笑顔。
そこで私はようやく気付く。
ああ、別に深い意味はなかったのか、と。
ただの気紛れなんだ、と。
例えばそれが私を慰めるためのものだとしたら、そこにそれ以上の感情はないんだ。
ほら、犬とか猫とかにするのと同じだ。
戯れの類いだ。
もっと極端な話、皮膚と皮膚が重なっただけ。
言ってしまえば、腕がぶつかったとか、指先が触れたとか、その延長と考えればいいのだ。
偶然か故意かは別にして。
そうだ、落ち着け、私。
深読みするな。
他意はないんだ。
私が意識し過ぎなだけ。
ごっちんはそういう性格だろ?
今まで1番近くで見てきたのは私だろ?
ごっちんにとっては何でもない事なんだからーーー
- 303 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:49
-
頭では、妙に冷静に今起きた事を分析している自分がいた。
そして言い聞かせる様に釈明の言葉を並べている。
しかし身体がどうしても受け入れられないのも気付いていた。
口に入れた。
必死に噛み砕いた。
でもどうしても飲み込めない。
どうして?
どうして?
どうして?
分かっているのに。
彼女の事は誰よりも分かっている筈なのに。
それなのにどうして理解してあげられないんだろう…!
…何か。
何か言わなくては。
ごくり、と唾を飲み込む。
ささくれた喉だけが熱を持っていた。
「…ごっ…ち………」
しかし発せられたのは空を切った様な掠れ声だった。
繕おう。
何でもない風に振る舞おう。
そう思っていたのに、この声といつまでも強張っていた表情は、私の戸惑いを伝えるのに充分だった。
そんな私の様子にごっちんはやっと気付いたみたいだった。
どう解釈したかは分からないが、あはっ、と彼女は困った様に苦笑を浮かべ、こう言った。
口元に皺が寄る。
その薄く開かれた唇に私は釘付けになった。
「冗談だってば、冗談!…ていうか何かさあ…よしこって意外と頭固いよね」
- 304 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:51
-
深い意味を込めた言葉でも、傷付けるための言葉でもない事は分かっていた。
でもそれは私に信じられない重さでのしかかってきた。
ざくっ、とよく切れるナイフでレモンを両断した様な音が胸に響いた、気がした。
がらがらと崩れていく。
積み上げてきたものが崩れていく。
私が、吉澤ひとみが崩れていくーーー
泣きたかった、が我慢した。
無理矢理笑った私は、多分今までで1番情けない顔をしていたと思う。
目の前にごっちんはいる筈なのに、顔が滲んで表情が読み取れなかった。
分からない。
理解出来ない。
これは堪えきれなかった涙のせいか、それともーーー
私は側にあった鞄を掴むと勢いで立ち上がった。
「ごめん」
「え、ちょっと…!」
狼狽えた声のごっちんが私の腕を引っ張る。
「大丈夫だから!」
語気を荒げて彼女を振り払う。
顔が直視できない。
でもきっと私の知らない表情をしているだろう。
悲しみと困惑と…
私が彼女を拒絶したのは初めての事だった。
そのまま私は教室を飛び出した。
暗い廊下をばたばたと駆け抜ける。
静寂に響く自らの足音が、やたらと耳に残った。
冷たい空気に晒された頬に温かなものが伝わる。
ぐわんと視界が揺らいで、やっと自分が本格的に泣いている事に気付いた。
- 305 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:53
-
「…あの、よしこ、昨日は………」
「あーごめんね!先帰っちゃって!」
翌朝、ホームルームが終わって、気まずそうに近付いてきたごっちんに、私は何事もなかった様に接した。
明くる日も、明くる日も、普段通りに振る舞った。
表面上は。
勘の良い彼女は直ぐに悟っていただろう。
じりじりと後ずさりする様に、私は彼女から距離をとっていった。
ずっと張り付けたみたいなワンパターンな笑顔をしていたのも、きっと気付いていたに違いない。
私の気持ちはどんどん彼女から遠ざかっていった。
そして私は美術部に入った。
前から進学するなら美大だなあ、と考えていたが、そのためにはデッサンの勉強をしなくてはならない。
タイミングが良かった。
ごっちんの誘いを断る、良い口実になった。
そっか…頑張ってね、と寂しそうに微笑む彼女を塗り潰す様に、私は紙に鉛筆を擦り付けた。
やがて春が来て3年生に進級した。
ここにきて別々のクラスになった私たちは、いよいよ疎遠になった。
新しいクラスで私は無難な人間関係をつくり上げ、それなりに楽しく過ごしていた。
だが、どんなに仲間内で話が盛り上がっていても、ごっちんの教室の前を通るときは、いやに意識し緊張した。
廊下の窓から覗くごっちんは、いつも独りだった。
その無表情な横顔は、私と出会う前の彼女のものだった。
無情にも時は過ぎていく。
ごっちんとろくに会話もしないまま、夏が来て、秋が過ぎ、冬を越した。
卒業式。
密かに彼女の姿を探したが、見付からなかった。
彼女がその日欠席していたのを知ったのは、二十歳の同窓会のときだった。
その場にいた誰もが、彼女が今どうしているか…いや、連絡先すら把握していなかった。
そして、今に至る。
- 306 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:55
-
◇◇◇◇◇
- 307 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:57
-
これが私たちに起きた、些細な事。
本当に小さな事過ぎて笑ってしまう。
たかがキス1つで、私たちの関係は壊れてしまったんだから。
今どきの子ー例えば夏焼や久住なんかに言ったら、それこそ呆れられちゃうかもしれない。
でもあのときの私にそう捉える事は無理だった。
どちらが悪いって訳ではない。
価値観の違いだ。
私は性別について過剰に意識していた。
ごっちんはそんな事を難しく考えない人だった。
でも私は、彼女を許せない、と感じた。
なぜか?
なぜなら、私はごっちんが大好きだったからだ。
大好きだったから、簡単に踏み越えて欲しくなかった。
大好きだったから、不用意な事はして欲しくなかった。
あんなに大事だったのに。
あんなに大切だったのに。
どうしてこんな風になってしまったんだろう…?
- 308 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 21:58
-
「…頭が固い、かあ…」
口の中で小さく呟く。
あの日、ごっちんが放った言葉。
これは私が彼女に言われたくないニュアンスが含まれていた。
私は勘違いをしていたのだ。
自分は他人とは違うと思っていたし、何者かになれると信じていた。
自分の価値を熟知した上で、無関心を決め込んでいたのだ。
慢心の塊だった。
でもごっちんと出会って、全てが覆された。
彼女の考えや行動は、全部が私の常識とは掛け離れていた。
彼女に出来る事が、私には出来ない。
ごっちんこそ特別な人間だった。
彼女といるのは楽しかった。
しかしそれと同時に、私も大多数の1人だという事実を常に見せつけられていたのだ。
私がごっちんに抱く感情は複雑だった。
彼女は掛け替えのない親友であり、それでいて越えられない壁だった。
目の前にそびえるそれを、尊敬と僅かな嫉妬と微かな対抗心の入り交じった眼差しで見上げながら、私は懸命に手を伸ばしていたのだ。
だからごっちんに、つまらない奴、と見限られる事を恐れていた。
対等な立場にいると自負出来たからこそ、私は自分と、それから彼女との関係を保っていられたのだ。
- 309 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:02
-
でも今日、また同じ事を夏焼に言われてしまった。
あのときから私は全く変わってなかった。
ごっちんを許せない…つまり全て彼女のせいにして過去の事にしようとしていたのだ。
気付かない様にしていた。
しかし私は重ねてしまった。
夏焼に背を向けられて泣く菅谷に、ごっちんを重ねた。
私は初めて、気持ちが通じ合わないまま置いていかれた者の悲しみを知った。
嬉しそうに梅田に微笑みかける矢島に、私を重ねた。
ごっちんが隣にいた、あの満ち足りた日々が蘇った。
彼女たちと接する事で、私の気持ちは変化した。
私は今、確実に後悔している。
あいつの、大人っぽい見た目とは裏腹にとぼけてて、外見と中身にギャップがある所は、ごっちんに似ている。
あいつの、人見知りだけど、打ち解けた相手にはとことん自分を曝け出せる所は、ごっちんに似ている。
あいつの、気難しい性格なのに、誰よりも甘えたで真っ直ぐな所は、ごっちんに似ている。
ほら、探そうと思えば、私はどこにでも彼女の影を見付ける事が出来るんだ。
今なら教師になったのは必然だったとはっきり言える。
私のごっちんへの思いは、学校という特殊な空間に縛られて、尚も彷徨い続けているのだから。
- 310 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:04
-
そして、あいつは私だ。
あいつの目を見ると思い出す。
ややこしい感情を持て余しながらも、ただ純粋にごっちんが好きだと言えたあの頃を。
他愛のない事で大騒ぎして、笑いで溢れていたあの日常を。
この広い世界で、何億人といる人の中で、自分を象るでこぼこに、こんなにぴったり合う人間に出会えた奇跡を。
でも、もう駄目なんだ。
何もかもが遅過ぎる。
今頃こんなに悔やんだってごっちんは…
もうごっちんはいないんだから………
小さく折り畳んだ身体を引き寄せる様に、私は自分を抱き締めた。
新聞配達だろうか、窓の外からバイクのエンジン音が微かに届いた。
もうこんな時間か。
朝がやって来る。
厚手のベージュのカーテンを透過して、弱々しい光が部屋に入ってくる。
柔らかな金色の陽射しが世界を包み、また1日が始まろうとしていた。
しかし私の中で、あれから夜が明けた事は1度もない。
私はやっぱり踞って、親指の爪を噛んでいた。
- 311 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:05
-
◇◇◇◇◇
- 312 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:09
-
吉澤先生と話をした次の週の木曜日。
私は放課後、梨沙子と駅前で待ち合わせをしていた。
壁に寄りかかりながら、意味なく携帯を開閉したり、何度も鏡でメイクをチェックしたりと…私がそわそわしているのは一目瞭然だった。
何でこんな緊張しているんだろう。
相手は梨沙子なのに。
…お待たせ、と時間ぴったりに現れた梨沙子は、明らかにいつもの元気がなく、萎れた花の様に俯いていた。
気まずそうに目線を彷徨わせている。
私は、こっち!と強引に彼女の手首を掴み、目的地まで引っ張っていった。
ちょ、ちょっと!と後ろで戸惑いの声が聞こえたが、それは当然聞こえない振りをした。
そう言えば久しぶりに彼女に触った、と思い出して、何だか寂しいぎこちなさを感じた。
「ここ…」
「何、梨沙子、来た事あるの?」
私が連れてきたのは、あのカフェーlocoだった。
ぽかんと口を開けて雑居ビルを眺めている梨沙子に問い掛けると、彼女は、知らない!!全然知らない!!と慌てて顔をぶんぶん振って否定した。
変なの。
まあ、梨沙子が変なのはいつもの事なんだけどね。
3階だから、と促して、私たちは階段を上がった。
ドアの前で、背後の梨沙子に気付かれない様に、小さく小さく深呼吸する。
からんからん、と軽やかにドアベルが鳴って、私たちを迎え入れてくれた。
- 313 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:09
-
◇◇◇◇◇
- 314 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:10
-
◇◇◇◇◇
- 315 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:11
-
◇◇◇◇◇
- 316 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/07(日) 22:15
-
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4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
何かちょっと驚きました。
>>293
ありがとうございます!
目指せテクニシャン!…とか言って。
>>294
数多くある作品の中から見付けて読んで下さったのが嬉しいです。
ありがとうございます。
彼女たちはきっともう直ぐ………
>>295-299
お気遣いありがとうございます。
私はそういう事あんまり気にしないんで、大丈夫ですよ。
あと、すいません、ちょっとお知らせが…
実は夏に森板の奥底で「遠雷」というお話を書いていたんですが、続編は冬に!とか格好付けたくせに、最近立て込んでいましてなかなか時間がなく…
且つ、登場人物もちょっと…
な感じなので、自分でサイトをつくって、その中で細々書いていこうかなあ、と考えています。
あとは、ブラック過ぎてこちらには到底のせれないものや、ネタ系もこちらに…
PC音痴でなかなか実現は遠そうですが、もし万が一「遠雷」を読んで下さった方がいらっしゃったら、ご理解頂けると嬉しいです。
12月。
雪の季節に、とかほざいてんじゃねーよカス、って感じですが、すいません、取り急ぎご連絡させて頂きました。
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/08(月) 02:13
- ここの夏焼さんと菅谷さんが愛しくてしょうがない
- 318 名前:名無し 投稿日:2008/12/09(火) 20:31
- 309と310の「あいつ」、どれが誰なのかいまいち自信が持てない俺は、まだベリキューの研究不足だな(鬱
- 319 名前:salut 投稿日:2008/12/13(土) 20:45
-
◇◇◇◇◇
- 320 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:48
-
「いらっしゃいませー…って、あら、よっちゃんの」
「あ、こんにちは」
お店に入ると、前と同じ様にアヤカさんが奥から出て来てくれた。
私が挨拶をすると、こんにちは、と上品な笑みを浮かべて返してくれる。
そして、ふと私の背後に視線を移すと、ああ!今日は2人で来てくれたのね!と嬉しそうな声を上げた。
…ん?顔見知り?
くるりと梨沙子の方を向くと、彼女はしーっ!しーっ!と立てた人差し指を口に当てて、ばたばた焦っている。
「もー!アヤカったら、最初に2人で来た事内緒だって、よしこに口止めされてたじゃん!」
「あらやだ、いけない!」
あっはっは!と豪快に笑いながら近付いてきたまいさんと、ごめんねごめんね、とひたすらに謝るアヤカさん。
そして後ろで、必要以上にテンパる梨沙子。
…この人たちは本当に隠す気があるのだろうか…
はあ、と溜め息を1つ、私は何だか脱力してしまった。
- 321 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:49
-
「何か、先生にね、みやに話すとややこしくなるから黙っとけーってさ、言われててね」
「ふうん」
通されたソファー席に腰を沈めながら、梨沙子が必死に説明(言い訳?)をしている。
私はそれを軽く流しつつ向かいに座った。
なるほど、これでようやく繋がった。
だから先生はあんな事言ってたって訳だ。
根回しまでしちゃって完璧………じゃないか、この場合。
明らかに人選が悪いよね。
「先、決めていいよ」
「あ、うん」
テーブルに置いてあったメニューを梨沙子に渡す。
すると彼女は真剣な面持ちでぱらぱらとページを捲り、最後までいくとまた最初まで戻る、という行動を5回は繰り返した。
「…何探してるの?」
「え?えっと、味噌ラーメ…」
「いや、ないから」
私がきっぱり突っ込むと、梨沙子は冊子で半分顔を隠して、恥ずかしそうにはにかんだ。
あ、いつもの梨沙子だ。
この顔を見ると自然に口元が綻んでしまう。
私はやっと空気が柔らかくなったのを感じた。
- 322 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:51
-
前は何食べたの?とメニューをこちらに傾けさせると、私は梨沙子に訊ねた。
ミックスベリーのトライフルに、キャラメルバナナのタルト。
かぼちゃのクリームブリュレに、抹茶と黒豆のティラミス………
甘いものなら幾らでもあるのに、これ、と彼女が指差したのは、私の知ったるものだった。
ピーカンナッツとオレンジのチョコレートブラウニー。
洋酒がきいてて、ほろ苦で、甘過ぎない、大人の味の………
意外って言われちゃった、と梨沙子が白い歯を零す。
私もまさに同じ事を思った。
他にもチョコレート系なら種類あるのに…
「…どうしてこれ?」
「んー………気分、かなあ?」
暫しきょろきょろと宙を仰いだ後、梨沙子は曖昧にぼかした回答を寄越した。
…気分、ねえ。
ちなみに私はこれ食べたよ、とストロベリーパンナコッタのパフェを指すと、彼女は、美味しそう!と目を輝かせた。
すいませーん、とまいさんを呼んでオーダーを通した。
梨沙子がパフェで、私はブラウニー。
そしてまいさんは水の入ったグラスの他に、これお詫びとサービスね♪と、オレンジジュースとウィンクを置いていった。
鼻歌を歌い、小躍りしながら去って行くその後ろ姿を眺めながら私は、ああこの人毎日楽しそうだなあ、と心の中で呟いた。
- 323 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:52
-
…さて、どうしよう。
今日、私は梨沙子に、話したい事がある、と呼び出した。
それをどうやって切り出そう。
お互いの動きを推し計る様に沈黙が続く。
居心地の悪い雰囲気が流れ始めた。
しかし、私がオレンジジュースのストローを吸いながら頭を悩ませてると、突然梨沙子が、ごめんなさいっ!!と勢い良く頭を下げた。
私は目を丸くする。
何で?
何で梨沙子が謝るの?
私が勝手に嫉妬して怒って、あんたに八つ当たりしてただけなのに…
「…何で梨沙子が謝るの?」
「それは、その…」
感じたままの疑問をぶつけると、梨沙子はもごもごと口籠り、萎縮して俯いた。
緩やかにウェーブした髪が彼女の小顔を隠す。
その隙間から、長い睫毛が震え、円な瞳が若干細まった、様に見えた。
…梨沙子、泣くの?
「私、みやに嘘付いた」
「…は?」
「嘘だったの。愛理と遊ぶって、誘いをずっと断ってたの、あれ嘘だったの」
予想に反して、しっかりとした声で彼女は続けた。
私はそれに黙って耳を傾ける。
- 324 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:54
-
「ずっと絵の、あの、デッサンの、勉強をさ、してたんだよね」
「………」
「私さ、ずっとみやにさ、くっ付いてたじゃん?
高校選ぶのも、部活入るのも、そうだったじゃん?
でも、それじゃ…このままじゃいけないと思って。
みやからちょっと離れて、えっと何だろ、自分を見付けなくちゃなあ、って考えてて。
自分のやりたい事って何?って…あーそしたらそれは絵で」
「………」
「だから、勝手に写真部辞めるとか美術部入るとか言って、それもごめんなさい」
「………」
「…えーっと、えーっと…あー、みやにはさ、彼氏もいるじゃん?
友達もさ、いっぱいいるじゃん?」
たどたどしくて、それでいて拙いけれど、詰まりながらも梨沙子は自分の言葉で話している。
私はそんな彼女の旋毛をじっと見つめていた。
すると彼女はゆっくりと顔を上げる。
力強い目がそこにあった。
「みやにはみやの世界がある。
でも私にはそれがない。
私は、それが堪らなく嫌だったんだ」
- 325 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:55
-
射抜く様に、真っ直ぐ向けられた眼差し。
そこから流れてくる情動に、私の心臓は軋んだ。
そして思わず腕を掴みたくなる様な、心許ない不安に駆られる。
目の前にいる梨沙子が、私の知らない梨沙子だったからだ。
梨沙子、あんたいつからそんな大人びた表情する様になったの?
いや、昔から、容姿は実年齢より上に見られる子だった。
けれど私が思い出すのは、だらしなく頬を緩め、屈託のない笑顔をした梨沙子だった。
もしくは、癇癪を起こして、感情のままに大泣きする梨沙子だった。
機嫌を窺う様に覗き込んでは私の手を握ってくる、迷子の様な目をした梨沙子だった。
私は気付く。
梨沙子は成長している。
繋いでいた私の手を解いて、自分の足で立ち始めている。
それだけ!と照れて下を向く彼女の、その伏し目の顔を私は初めて、綺麗だ、と思った。
それと同時に、自分が無性に恥ずかしくなった。
いつも自分の事ばっかで、ちゃんと梨沙子の事を見ていなかった。
あの頃から何も変わっていないのは私だけだった。
- 326 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:57
-
「それで、みやの話って何?」
「…あー、うん、そのー…」
ストローをくわえながら首を傾げる梨沙子に、私は咄嗟に言葉を濁す。
ああ、でも、今なら。
この流れなら言える。
きっとちゃんと謝れる。
言え!謝れ!行け!
「…梨沙子あのねっ、私の方こそごっ…!」
「お待たせしました〜♪」
ちょうどそのとき、いやに上機嫌のアヤカさんがパフェとブラウニーを運んで来てくれた。
…ううわ…タイミング、最悪…
きっと悪気なんて皆無なんだろうけど、ごゆっくり〜♪と歌う様に戻っていくその後ろ姿に、私は呪詛を唱えたくなった。
ああ、絶好のチャンスだったのに。
すっかり逃してしまった。
当の梨沙子も、綺麗に飾られたパフェの登場に、可愛い!美味しそう!と夢中になっている。
どうしよう。
「あ、で、続き続き」
「あ、うん」
まさしく思い出した様に彼女は話を戻してきた。
私は口を噤み、んーーー、と長い事唸った後、ようやく言葉を絞り出す。
「…いや、さっきの話なんだけどさあ」
「うんうん」
「………もう結構前に別れてんだよね、彼氏」
結局、私の口から出て来たのは、どうでもいい事後報告だった。
逃げた。
逸らした。
まじ弱い、私。
言いたいのはこんな事じゃない。
ただ謝るだけなのに。
「ごめんね」のたった4文字の言葉なのに。
- 327 名前:私のリリイ 投稿日:2008/12/13(土) 20:59
-
私のその台詞に梨沙子は、はあ!?と、上擦った声を発した。
そして、憤慨といった様子で鼻息荒く質問を投げてくる。
「何でっ!?」
「何でって………あー………私が駄目駄目で………こんなだから、かなあ」
上手い言葉が見付からなくて、私は誤魔化す様に自嘲した。
いや、本当は分かってる。
ちゃんと素直になれなかったから。
人見知りとか恥ずかしいとか、そのせいにして向き合う事から逃げてきたから。
ほら、分かってるのに、また私は無駄に高いプライドのせいで、梨沙子に本当の事が言い出せない。
もうやだ。
自己嫌悪で消えたくなる。
すると梨沙子は、何それっ!と怒りをぶつける様に、丈長のスプーンを薄桃色のパンナコッタに突き立てた。
そしてさも不服そうに眉間に皺を寄せ、こう言った。
「こんなって何!?
その人、分かってないっ!
全然分かってないっ!
だってそれがみやなのに!!」
- 328 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:02
-
呆気に取られる、とはこういう事をいうのだろうか。
私は、ぽかん、と口を半開きにさせたまま、え?と静かに聞き返した。
聞こえなかったのではない。
むしろはっきりと胸に響いた。
しかし私がもう1度問い直した理由、その訳はーーー
すると梨沙子は、だーかーらあー!と、更に声を荒げ、パフェをぐちゃぐちゃに突っつく。
そして無惨な状態になったそれをたんまり掬っては、ぱくんと頬張り、むにゅむにゅと口を動かしていた。
「…私が言うのも何だけどさあ。
みやって結構喋んのとか、伝えんのとか、下手っぴだよね。
昔っから、何でも器用なイメージあるけど、そういう所は滅茶苦茶不器用だよね。
だからさ、まだ3ヶ月も経ってないのに、みやの良い所だって悪い所だって、ちゃんと分かる筈ないじゃん」
そして暫くだんまりした後に梨沙子は、………ずっと見てきたんだから、とぽつり。
拗ねた様に唇を突き出して、でも覗いてきた上目は悪戯っぽく細まっていた。
- 329 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:04
-
その瞬間。
私のぽっかり空いた胸の穴に強い風が通り抜けた。
その突風は、つまらない、ちっぽけな悩み全てを、いとも簡単に攫っていった。
そしてなぜか不意に浮かんできた言葉。
「そんな私も全部分かって愛してくれる人と付き合うから」
自分と外を隔てるコンプレックスの分厚い殻。
私を隠す様に覆っていたそれに、閉じこもっては諦めていた。
だけどその壁を突き破ったのは、やっぱり梨沙子だった。
「みや!」
私の全てを理解してくれる存在。
差し出された、白い腕に私は手を伸ばす。
ああ、私は見付けられた。
- 330 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:06
-
「それからそれからー、見た目の割にガキんちょなのがみやでしょー、でもたまに超オッサンだしい、それに負けず嫌いだしい、意地っ張りだしい…」
「…ちょっと梨沙子!」
調子に乗って指折り数えてふざけている梨沙子に、私は睨んで怒った振りをする。
すると彼女は、いひぃ♪とさも楽しそうな声を上げた。
あ、ヤバい。
何か分かんないけど涙出そう。
鼻の頭がつんとなって、私は急いで唇を噛んだ。
それを見た梨沙子は、え!?みや泣くの!?とやけに嬉しそうに目を輝かせて、身を乗り出した。
その拍子にオレンジジュースのグラスを派手に倒す。
運良く氷しか入ってなかったし、グラスも無傷だったんだけど、口の端にクリームを付けて大慌てする梨沙子が、余りにも梨沙子過ぎて、私は思わず、ばか、と呟いて笑ってしまった。
「ねえ梨沙子」
「え?なになになに?」
「今日さ、うちに泊まりにこない?」
一瞬、間抜け面で固まった梨沙子だったけど、久しぶりの私の誘いに、直ぐに満面の笑みで大きく頷いた。
そうだ、今日は一晩中話をしよう。
何年も昔の失恋話なんてしたら、梨沙子は驚くかなあ?
それでもいい。
もしかしたら私、泣いちゃうかもしれないよ?
うん、それでもいいや。
全部喋ろう。
全部聞いて貰おう。
格好悪い私も全て見せる事が出来たら「ごめんね」も「だいすき」も、きっとあなたに素直に言える。
私はチョコレートブラウニーを一口食べる。
煙草の煙よりずっと甘くて優しい苦みが、口の中に広がった。
- 331 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:07
-
◇◇◇◇◇
- 332 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:09
-
会計時。
通学鞄をごそごそと漁っていた梨沙子が、あー!!お財布忘れたあ!!と叫んだ。
「いいよ、今日は私の奢り」
「えー………じゃあ、今度は私が奢る」
「いいって」
「何で!?」
「だって梨沙子の奢るって、どうせコンビニの肉まんとかでしょ?」
「いーじゃん!肉まん美味しいじゃん!」
「まあそうなんだけどお…」
私たちの実のないやり取りを、カウンターでまいさんがにこにこと眺めている。
幾らですか?と訊ねると、1460円だから…四捨五入で1400円でいいよ!と爽やかに言い放った。
私は鞄からモノグラムの長財布を取り出し(生意気でゴメンネ☆)お札から渡そうとして………
青ざめた。
ないないない!!
お札が1枚もない!!
うそっ何でっどうしてっ………てあああああああああ!!!!
昨日、服とか化粧品とか超買い物したんだった!!!!
ヤバい忘れてた!!
どーしよどーしよまじでどーしよっ!!!!!
財布を覗き込み、まるで全身の運動回路がショートしたかの様に、一切動かなくなった私にまいさんが、どっどうしたの!?と真剣な声色で問い掛ける。
私は錆びたロボットよろしく、ぎこちなく頭を持ち上げた。
そして、盛大に口角を引き攣らせて、一言。
「あのっ!…よっ、吉澤ひとみで付けといてくださいっ!」
- 333 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:10
-
するとまいさんは真顔のまま静止し、次の瞬間、ぶはっ!!と噴き出して、げらげらとお腹を抱えて爆笑し始めた。
フロアの隅々まで、彼女の明るく溌剌した笑い声が響き渡って跳ね返る。
私たち2人は訳も分からずただ呆然と立ち尽くしていた。
ちょっとどうしたの!?と異変を感じたアヤカさんがキッチンから顔を出す。
ひとしきり笑い転げたまいさんは、それから怪訝な表情のアヤカさんにこう呼び掛けたのだった。
「アヤカー!!よしこの出入り禁止が決まりましたー!!」
- 334 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:12
-
次の日、金曜日の放課後。
私と梨沙子が恐る恐る写真部の部室を訪れると案の定、薄暗い部屋で明かりも付けずに、不機嫌な顔で頬杖を付く吉澤先生が待ち構えていた。
せ、せんせー暗くないですかあ?と私が猫撫で声で壁の照明スイッチをぱちんと押した。
点きの悪い蛍光灯の下、その冷ややかな視線が静かに私たちを捕えた。
「………おーまーえーらーなあああああ!!!!!!!」
怒号を飛ばし、仁王立ちで説教する先生に私たちは、本当すいません本当ごめんなさい、と大人しく背中を丸めて縮こまっていた。
が、暫くして、彼女の様子が若干妙な事に気付き、私はひっそりと目線を上げた。
尚も先生は目を吊り上げ、激しい口調で怒りを露にしている。
が、よく見ると、下瞼をぴくぴくさせつつも、瞳は三日月の形にすぼまり、にやける頬を必死になんとか抑えている様に感じた。
心なしか、荒々しい怒声も語尾が弾んで聞こえる。
あ、先生、嬉しいの我慢してる。
その姿が余りにも可笑しくって、私は気付かれない様に、緩まる口元を制服の袖で隠しては、落とした肩を震わせていた。
怒っている方と怒られている方。
どちらもがにやにやしながら、真剣に説教しようとし、説教されようとしている。
これ、傍目から見たら、相当滑稽だし超気持ち悪いよね、と想像したら増々面白くなってきて、ついにこらえられなくなった私と先生は、ほぼ同時に笑い崩れた。
狭い部室に、私たちの明け透けな笑い声が止めどなく溢れている。
そんな中、梨沙子だけが状況が全く飲み込めず、ただとりあえずへらへらしていた。
私は満たされる。
腹筋が痛くなるまで笑ったのは随分久しぶりで、私は目の端に溜まった涙を瞬きで散らした。
- 335 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:13
-
◇◇◇◇◇
- 336 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:14
-
◇◇◇◇◇
- 337 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:15
-
◇◇◇◇◇
- 338 名前:& ◆C/ibLlmP56 投稿日:2008/12/13(土) 21:17
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
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>>133-176
毎度毎度、自分勝手に突っ走っててすいません。
よく分からなかった方は7話をもう1度読んでみて下さい。
この2人が描けて良かったです、夏焼編でした。
>>317
作者冥利に尽きるお言葉です、ありがとうございます。
私も彼女たちが可愛くて可愛くてしょうがないです。
…が、色々反省点もあるんで、今度リベンジ短編書きます。
>>318
レスありがとうございます。
あ、多分思い描いていらっしゃっている人物で合ってると思いますよ。
それで間違っていたら私の方が…(鬱
- 339 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/14(日) 02:13
- いやー、なんだか幸福な物語になってきて泣きそうになりました
- 340 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/14(日) 07:17
- 更新ありがとうございます。毎回とても楽しみです。
- 341 名前:318 投稿日:2008/12/14(日) 23:28
- いいねぇ、この2人。
そして作者さんのレス返しもいいねぇw
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/14(日) 23:48
- すんごくいいです。登場人物がみんな魅力的で文章も素敵ですね。
今頃になって見つけたんで一気読みしちゃいました。次回更新楽しみに待ってます。
- 343 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/15(月) 21:00
- 良かった良かった(^-^)
心が暖まります。
作者様ありがとうございます。
更新お疲れ様です。
- 344 名前:salut 投稿日:2008/12/23(火) 22:24
-
◇◇◇◇◇
- 345 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:26
-
前髪
- 346 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:27
-
◇◇◇◇◇
- 347 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:29
-
「梨沙子、おいで。前髪切ってあげる」
コンサート前の楽屋。
皆が思い思いに過ごしている中、私はみやに呼ばれた。
みやは最近、メンバーの前髪をカットしたりセットしたりするのに凝っている。
マイはさみとマイケープを常に持ち歩いていて、その慣れた手付きはさながら美容師さんの様だ。
うん!と笑顔で頷いて、みやの元へと駆け寄った。
いつもみやは、キャプテンやちいと一緒にいるから、こうやってかまってくれるのは嬉しい。
みやの前に椅子を置いて座り、首にケープを巻かれる。
じゃあ目え瞑っててくださあい、とこういうとき、なりきり口調になるのが、幼くて可愛いと思う。
…なんて言えないけどね。
私は、はあい、と素直に返事して瞳を閉じた。
何か見られてるって思うと恥ずかしいなあ。
落ち着かないよ。
しゃきん、と小気味良い音がして前髪にはさみが入る。
はらはらと落ちた毛が顔に掛かって、ちょっとくすぐったかった。
- 348 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:30
-
みやは至極ご機嫌みたいで、手を動かしながら「REAL LOVE」を鼻歌で歌っている。
何か凄く共感出来て毎回超想いを込めて熱唱している、私のソロ曲。
『おしゃれしてるこの努力
見逃さないでよ
さりげなくふった匂い
いい匂いでしょ OH』
…そういえば、みやはいつもいい匂いがする。
フェミニンで甘やかな華の香り。
香水、何使ってるのかなあ?
私は無意識に、すうううう、と深呼吸する様に、小鼻を膨らませて思い切り香りを嗅いでいた。
みやの優しい匂いが鼻腔をくすぐって胸がいっぱいになる。
が、その拍子に髪の毛が鼻の穴に入って粘膜をむずむずと刺激した。
我慢出来なくなった私は、大きくくしゃみを1つ、くしゅんっ!
「あ、もう、大人しくしてて!」
「ごめえん」
本当は怒ってないのが丸分かりの声色で、こつんと頭を小突かれる。
えへへ、叱られちゃった。
- 349 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:31
-
尚もみやはノリノリで私たちの曲を歌いつつ切り進めていく。
「MADAYADE」に「行け 行け モンキーダンス」に………
はさみの音に交じって耳に届けられる、みやの声。
鼻に掛かった艶のある歌声。
ずっと聞いてたいなあ。
…なんて言えないけどね。
突然、ふっ、と顔に息が掛かって、惚けていた私は我に返った。
くしゃっと私の前髪を撫でながら、はい!完成!とみやが言う。
ぱちっと瞼を開くと、明るい世界に慣れない私の前に………なんとみやの顔のアップが!
ちちちちち、近い!
この超至近距離と不意打ちに、どぎまぎしている私の目を覗き込むみや。
するとみやは、ふと顔を綻ばせ、柔らかく微笑み、囁いた。
「梨沙子、可愛い」
え?
え?え?
えええええ!?!?
こんな事を言われたのは初めてで、顔に急激に熱が集まる。
驚いたのと恥ずかしいのと…嬉しいのとで、気持ちがごちゃごちゃになって慌てる私。
それを尻目に、ちょっとトイレ、とみやは直ぐ顔を逸らして立ち上がった。
…ねえ、みや。
みやの横顔、耳まで真っ赤だったのは、私の見間違いじゃない…よね?
- 350 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:32
-
◇◇◇◇◇
- 351 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:33
-
「梨沙子、おいで。前髪切ってあげる」
コンサート前の楽屋。
皆が思い思いに過ごしている中、私は梨沙子を呼んだ。
私は最近、メンバーの前髪をカットしたりセットしたりするのに凝っている。
特に梨沙子は毛の量が多いし、伸びるのも早いから切り甲斐がある。
うん!とまるで忠犬の様に尻尾を振って嬉しそうに近付いてくる梨沙子。
まあね、私みたいな天才美容師(前髪オンリーだけど)が近くにいて、しょっちゅう切って貰えるなんて、超ハッピーな事だもんね。
なんちゃって★∀≦
私は梨沙子を目の前に座らせるとケープを巻いた。
落ちた髪を受ける新聞紙か何か………あ、これでいいや。
私は桃のぬりえ帳を梨沙子の膝に広げると、はさみを取り出した。
しゃきしゃき、とはさみを縦に入れて、まずは量をすいていく。
うん、やっぱり楽しい!
気分が良くなった私はいつの間にか、コンサートで披露する曲を鼻歌で歌っていた。
が、ここで事件が起きる。
- 352 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:34
-
くしゅんっ!
突然大きなくしゃみをする梨沙子。
それに私はびっくりして………
ジャキン………!!
梨沙子の右の眉山から3センチ上を豪快に切り落としてしまったのだ。
- 353 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:35
-
ああああああああああああああああああああ!!!!
ちょ、ヤバいヤバいヤバい!!!!
どどどどーしよどーしよどーしよ!!!!
「あ、もう、大人しくしてて!」
「ごめえん」
私は咄嗟に取り繕って、震える手で梨沙子を小突いた。
本当は、驚かせんな馬鹿野郎!!と首を絞めてやりたかったんだけど、我慢した。
梨沙子は尚も目を瞑ったまま、だらしなくにやけている。
どうやら気付いてない様だ。
そうだ、落ち着け、みやび。
諦 め る の は M A D A Y A D E ! !
きっと左も同じ感じにしたら、何とかなんじゃない!?
あっ!それから中心に向かってV字にすれば整うじゃん!!
うん、名案!!決まり!!
私は平常心を取り戻す様に「MADAYADE」を口ずさみながら手を動かしていく。
『希望はまだまだまだまだまだやで
梨沙子の前髪まだまだまだやで
もっともっと ハッハッハッハッ!
あきらめるな ハッハッハッハッ!』
ビヨーン!………って伸びないかな。
伸びないか。
- 354 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:36
-
どうしよう。
取り返しのつかない事になってしまった様な気がする。
私の目の前にはサリーちゃんの弟・カブよろしくの前髪をした梨沙子が、相も変わらず呆けた顔で佇んでいた。
てゆうか、これ、猿っぽくない?
V字の直線を丸くして、山を2つにしたらさ。
あ!いいじゃん!そっちのが可愛い!
今日歌うセットリストにも、「行け 行け モンキーダンス」入ってるしさ、完璧!
ナイスアイディア!みや最高!そうしよそうしよ!
何だか楽しくなった私は気持ち良くそれを熱唱しながら仕上げに取り掛かった。
『モンキーダンス 梨沙子 行け行け
コンサート前に 行け行け………
ティキティキティ さあみんなに覚えてもらおう
ティキティキティ さあ世界に教えてあげよう
モンキーダンス モンキーダンス』
わお………これはどこからどう見ても立派な猿ですどうもありがとうござ(ry
- 355 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:38
-
さて、改めてどうしよう。
当の梨沙子はやっぱり何も知らぬまま、惜しげもなくその間抜け面(Monkey Ver.)を晒している。
梨沙子、この世の中にはね、前髪ウィッグっていうのがあるの。
今度それ買ってあげるね。
それに、こんな梨沙子でもファンの人たちは受け入れてくれるよ。
りしゃこかわゆい!ってなるよ、多分。
てゆうか、そもそも中学生にもなって他人に前髪切って貰おうなんて考えが甘いと思うの。
それくらい自分でやらなきゃね、うんうん。
私は顔面に乗った髪の毛を落とすべく、梨沙子に息を吹きかけた。
…それにしてもウケるwww
やっと冷静になったのに、梨沙子の顔をまともに見たら、私、絶対爆笑する自信がある。
私はそれが視界に入らない様にするため、おでことおでこがぶつかるくらいまで梨沙子に接近した。
そして、梨沙子の前髪を掻き乱しつつ、はい!完成!と知らせた。
同時にあの魔法の言葉も心の中で呟く。
ビヨーン!………って伸びないかな。
伸びないか。
- 356 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:39
-
ゆっくりと瞼を持ち上げる梨沙子。
次の瞬間には焦った様に忙しなく泳いでいる黒目とぶつかった。
ぶはwwwwwヤバいwwwww
我慢出来ないwwwwwww窒息wwwwwwwwww
今にも噴き出しそうになるのを必死で堪え、私は一言囁いた。
「梨沙子、可愛い」
本当可愛い。
超可愛い。
まるで猿のお姫様だよ。
ナンバーワン プリティー エイプ。
なんちゃってwwwwwwwwww★∀≦
もう完璧に抑えていたものが決壊してしまった私は、笑い出しそうになる顔を何とか隠しつつ、足早に楽屋を後にした。
- 357 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:42
-
ああ、良かった、気付かれなかったみたい。
だははははははははははは!!!!!!!!!!
長い廊下を、私は腹を抱えながら駆け抜けた。
暫くして、乱暴にドアが開く音、5人分の遠慮ない笑い声、それから梨沙子の、
みやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!
という絶叫がコンサートホールに響いたのは、また今度詳しく、ね。
以上、みやびでしたあ♪♪
ばぃちゃ≧∪≦☆ワラ〃
- 358 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:43
-
◇◇◇◇◇
- 359 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:43
-
◇◇◇◇◇
- 360 名前:前髪 投稿日:2008/12/23(火) 22:44
-
◇◇◇◇◇
- 361 名前:salut 投稿日:2008/12/23(火) 22:46
-
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前髪(菅谷・夏焼)
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以上、リベンジ短編デース(・ε・)
流れをぶった斬った上に、調子こいて化けの皮が剥がれてきて内心ヒヤヒヤですが、すいません、よろしくお願いします。
- 362 名前:salut 投稿日:2008/12/23(火) 22:48
-
>>339
いやー、本当感激です、ありがとうございます。
私も、ずっと彼女に涙を我慢させていたんで、最後にちゃんと泣かせてあげれてよかったです、とか言って。
>>340
お礼を言いたいのは私です、こちらこそ読んで頂いてありがとうございます。
>>341
ノノ*^ー^)<うぇっへっへっへ、ありがとうございます。
気に入って下されば光栄です。
>>342
身に余るお言葉です、凄く嬉しいです、ありがとうございます。
そして………今回の更新が………これ………
>>343
いやいや、こちらこそ本当にありがとうございます。
寒さも厳しくなってきましたしね、良かったです、私も安心しています。
時期合わせも兼ねて短編を挟みましたが、年明けからまた続きをお届けしたいと思っています。
来年もよろしくお願いします、良いお年を。
- 363 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2008/12/24(水) 07:22
- 今回のも素敵です☆
次回も楽しみにしています。
merryChristmas&HAPPYnewyear
- 364 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/24(水) 14:39
- クリスマスイブだってのに声出して笑いましたw
振り幅が広いというか引き出しが多いというか全然飽きさせないところがすごいですね
また読ませてくださいな
- 365 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/24(水) 19:30
- あ〜あの梨沙子の前髪はだからかw……なんてw
梨沙子と雅ちゃんのギャップがおもしろかったですw
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/24(水) 22:54
-
雅ちゃんひっでぇー!wうけるw
そして梨沙子が超不憫!!w
めっちゃ笑いましたw
- 367 名前:salut 投稿日:2009/01/12(月) 15:01
-
◇◇◇◇◇
- 368 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:03
-
「先輩、何かあったんですか?」
ぼうっとしていた所に突然話し掛けられて、私は額にぶつかった寒風と一緒に後ろを振り返った。
そうだ、これは去年の暮れの事だった。
もう1つ言えば、部活が終わって片付けをしていたときだった。
声の主は陸上部の後輩の千聖で、左腕に塗装の剥げたハードルを抱えている。
彼女の背景、校庭の乾いた土の上に、砂埃と一緒にくすんだ山吹色の葉が僅かに舞っていた。
日は暮れかけ、辺りを薄闇色が霧の様に覆い始めている。
私は意識を取り戻す様に、千聖の言葉を心の中で反芻した。
先輩何かあったんですかせんぱい何かあったんですかせんぱいなにかあったんですか
見下ろした彼女は真剣な、それでいて少し不安げな面持ちで、その眉尻を下げた表情は何かに似ていた。
ええと………何だっけ。
そう、あれあれ、目がうるうるしてて耳をぺたんと垂らした、栗毛のわんちゃん。
- 369 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:04
-
千聖は素直だ。
いつでも正直で嘘を付けない性格をしている、私の可愛い後輩だ。
だから質問だってストレートに投げてくる。
ああ、直球勝負なら、私も負けないはずなのになあ。
そう、千聖が心配してくれている真意、私は最近調子がすこぶる振るわない。
練習をサボっている訳でも手を抜いている訳でも勿論ない。
むしろシーズンオフのこの季節だからこそ、人一倍気合いを入れているつもりだ。
ウエイトだって毎日欠かさない。
だけどなぜか走れば走るほど、手の振りや足の回転が鈍くなっていっている気がする。
それは残酷にも数字として表され、抗えない現実として目の当たりにさせられる。
なるほど、これがスランプって奴なのか。
でも理由は何となく分かる。
超メンタルな原因だ。
「好きって何なんだろうねえ」
えりが、ある日あるとき、なんとなしに呟いた言葉。
その頬杖を付き、遠くを見つめる影の差した横顔に、私は何も言えなかった。
いや正確には、何だろうねえ、とただ同じ事を繰り返しただけだった。
ふと垣間見せた、いつになく真面目な彼女に、私は情けないかな、気の利いた返事1つ出来なかった。
それからというもの、彼女は何だかいつもの元気がないし溜め息が増えた気がする。
えりが明らかに悩んでいる事。
でも、それを私に何も言ってこない事。
私も私で、それに気付いていて何も出来ない事。
その歯痒いジレンマが、空気より重い靄になって、私の足に絡み付いては縺れさせているんだと思う。
- 370 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:06
-
好きって何なんだろう。
問い掛けの存在自体、ぼやけていて、曖昧で、漠然としたものだけど、答えだってきっと同じだ。
それを教えてあげる事が出来たら、えりだって悩まないで済む。
でもそれは到底無理だ。
だって私こそ、その答えを知りたくて堪らないんだから。
好きって何なんだろう。
今度は千聖をじっと見つめながら、声に出さず一人ごちてみる。
彼女の頬と鼻の頭は寒さのせいかすっかり赤くなっていた。
黒目がちの瞳と小柄な身体が、やっぱり犬を思い出させる。
そして彼女は、動きを止めた私を怪訝そうに見上げながら更に、だいじょぶですか?と空いていた右手で私のジャージを引っ張ってきた。
ああ!もう!可愛い奴め!
そのいじらしい仕草と心遣いに胸がときめいた私は、大丈夫大丈夫全然大丈夫!!と歯を見せて笑い、彼女にがばっと抱きついた。
「わっ!もー先輩くるしいいい」
「あっはっはっは!」
腕の中で千聖がばたばた暴れたけど、やめなかった。
脇腹にハードルの角がごつごつ当たって痛かったけど、やめなかった。
そのとき私は、無性に何かを抱き締めていたかったんだ。
- 371 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:06
-
◇◇◇◇◇
- 372 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:08
-
「所で夏焼サン」
「はい、何でしょうか」
「お前そろそろ写真出せ」
「………はあ?」
吉澤先生が扇状に広げているトランプのちょうど真ん中、わざとらしく飛び出ているカードを、みやが裏返った声で引ったくる。
そして口をむっと結び、そのカードとしたり顔の先生を交互に見やった彼女は、憎々し気にそれを手札に加えた。
水曜日、言わずもがな美術の時間。
名目上は授業中なのだが、例に漏れずフリーダムな弛みの中、私たちは机を囲んでババ抜きに興じていた。
まあ厳密に言えば、先生と小春とみやが遊んでる所に、半ば強引に引っ張り込まれたんだけどね。
新校舎と違って暖房器具が不十分な旧校舎の住人である先生は、厚着の上に赤いちゃんちゃんこ(友達とのお揃いらしい)を羽織った重装備で、にこにことカードをシャッフルさせながら、私とえりを呼んできたんだ。
あけおめー、冬休みどっか行ったー?お年玉幾ら貰ったー?…等々、お決まりの挨拶が飛び交い、浮ついた空気に包まれる睦月の始め。
新しく年も明け、正月番組のやたらおめでたい雰囲気に流されるまま、気付いたら登校日になっていた。
すっかり締まりのなくなった心身に、かっちりした制服の着心地の悪さといったらない。
特に身体の鈍り。
陸上部員の私からすれば、正月太りと筋肉の衰えは死活問題だ。
まあ、自主トレで毎朝日の出に向かって、ガーッと走り込みはしてたんだけどね、ガーッと。
それでもやっぱり、スカートから覗く太腿の張りが気になって、私は人知れずその裾を引っ張った。
- 373 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:09
-
「コンクールだよ!ちょっとは写真部らしい事しろっつーの!」
「ええー…めんどい…」
「あん?何か言った?」
「えっ、言ってません言ってません何も言ってませえん」
「………まあいいや。
被写体は自由だから、好きなもん撮って」
「はあーい」
部活の事だろうか、2人がそんな話を繰り広げている横で、小春の手札を前にえりが、ど・れ・に・し・よ・う・か・な…と指を彷徨わせている。
しかし、散々迷った挙げ句引いた1枚は、まるで勝ち抜けたかの如き仰々しさで万歳し、きゃらきゃらとはしゃぐ小春と、がくんとこうべを垂らしたえりのリアクションで絵柄が丸分かりだった。
「はい、舞美」
「あ、うん」
ずいとえりが私にカードを差し出す。
私はその3枚の内、インスピレーションで右端を即座に選んだ。
………げ、ジョーカー!
思わず顔をしかめた私の手札越しに、えりが頬を持ち上げて得意満面の表情を浮かべていた。
「あっ、でもインスタントカメラ使うなよ!
学校のデジイチ貸してやるから、それで」
「げっ………私、あれいまいちよく分かんないんですけど」
「…例えば?」
「えっとお、ロコウって何ですかあ?」
切り立ての毛先を揺らし、アハハー、と苦笑いをしたみやが小首を傾げている。
それに対して先生は、お前写真部何年目だよ…、と呆れた声でうなだれながら私のカードに手を伸ばし、左から2番目、ジョーカーを摘んだ。
あ、やった!
しかし、そんな私の顔をちらりと一瞥した先生は、直ぐ隣の札に指を移して引き抜いた。
………あれ?何でバレたんだろ?
- 374 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:10
-
「いーじゃん、みや、何撮るの?」
「えー、どうしよ、えりかちゃんなら何撮る?」
「自分」
「ちょっと!小春には聞いてない!」
先生とみやのやり取りに、えりと小春が割り込んでいる。
私はそれを黙って眺めていた。
「あーじゃあ牛でも撮ろっかなあ」
「それってまさか…」
「うん、丑年だから」
「うっわ、お前超単純だなあ」
「いいんですうー!」
「だーかーらー!雅、小春撮りなよ小春!ねっ!」
「えー…じゃあ牛の着ぐるみ被ってよ」
「ちょっとお!それじゃ小春の完璧なボディーラインが隠れちゃうじゃん!」
「「「…ダウト」」」
片手を後頭部に、もう一方の手を腰に当てて身体をくねらせた一昔前のグラビアポーズのまま頬を膨らませた小春に、3人の声が綺麗に重なった。
「何それ何それ何それ!!てゆうか雅には言われたくないしっ!!」
「ちょっ、それどーゆー意味よっ!!」
小春とみやがお互いの頬を引っ張り合ってぎゃあぎゃあ騒いでいる。
その脇で、どっちもどっちだろ、と先生とえりが肩をすくめ、顔を見合わせて笑っていた。
私はそんなえりの横顔を隣からひっそりと盗み見る。
嬉しそうにえりが笑む。
綻んだ口元から白い歯が覗く。
頬に少し朱が差す。
黒目に光が反射する。
まるで星が瞬いているみたいに、きらきらしている笑顔。
微細なプリズムが集まっては拡散し、彼女を燦爛と彩っている。
それは、普通、じゃない。
特別、だ。
先生にだけ見せる、特別、だ。
…まあ全ては、私の気のせいかもしれないんだけどね。
ああ、私、どうしちゃったんだろう。
何で、こんなに目についちゃうんだろう。
何で、嫌だなあ、とか思っちゃうんだろう。
- 375 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:12
-
「へんへーは何か撮らないんへふは?」
訳、先生は何か撮らないんですか?
未だ小春に片頬をつねられているみやが先生に訊ねる。(小春はこういうとき絶対自分から離さない!)
んーそーだなあ…、と先生は顎に手を当て右斜め上の中空を睨み、暫く唸っていた。
その間、私は手にしていた自分の手札に目線を落とす。
クローバーの8と、ハートのクイーンと、ジョーカーと………
「矢島。矢島撮りたい」
急に自分の名前が飛び出してきて、思わず背筋がしゃんと伸びた。
更に、えええ!?と変な所からも声が出てしまった。
おまけに、咄嗟に顔を上げたから、鞭打ちみたいな痛みが首筋に走った。
つまり、驚いた。
凄く凄くびっくりした。
「いや、あの、変な写真とかじゃなくてね!
えーっとえーっとえーっと………
あ、そうそうスポーツ写真!
私、スポーツ写真撮った事ないからさあ!
撮りたくて撮りたくてそれはそれはもう超撮りたくて!
矢島、陸上部でしょ!それでそれで!うん!そう!」
「…はあ」
私の様子を察してか、焦った様に捲し立てる先生に、つい私は訝しげな返事をしてしまった。
どうして私!?という疑問が生まれていたけど、うーん、それなら仕方ない、かなあ。
まあ結局どうせ実現しなそうだし、と高も括っていた。
「じゃあじゃあ今度陸上部行くから!」
「あ、はい」
よろしくっ!と先生は私の肩をばしっと叩き、私も軽く受け止めた。
そんな他愛のないただのありふれた会話のはずだった。
でもなぜか私はえりに後ろめたさを感じて、彼女の方を向けなかった。
えり、どんな顔してるんだろう。
えり、どんな気持ちでいるんだろう。
知りたいけど、恐くて探れなかった。
それでいてどうしていいか分からなかったから、やっぱり私は俯いてしまった。
- 376 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:13
-
「次、矢島の番」
「…へっ?あ、はい」
どれくらいそうしていたか分からないけれど、先生の声で私は我に返った。
即座に手札を差し出したが、どうやら違うらしい。
次は私がカードを引く番になっていた。
気が付けば、みやも小春もえりも上がっている。
うそっ!いつの間に!
「矢島ってさあ」
何回かの一騎打ちの末、ようやくあと2枚になった私の札に先生が手を伸ばす。
右がダイヤの5で、左がジョーカー。
そして彼女は私の目を覗き込みながら右のカードに指を掛ける。
その茶色掛かった大きな瞳が、こちらに迫ってくるみたいに浮かんで見えて、一瞬どきっとした。
いや、ちょっと待ってそっちは………!
「ポーカー向いてないね」
あっ、と言いそうになっていた口を慌てて閉じる。
が、時既に遅し。
視線の先の先生は、にやりと意地悪く唇を歪め、勢い良くカードを引き抜いた後だった。
「いえーい!」
「はい、舞美、罰ゲーム♪」
4人が楽しそうにハイタッチを交わしては大はしゃぎをし、わいわいと盛り上がっている。
その中で1人私は、手元に残ったジョーカー…まさについさっきの先生みたいに憎たらしい笑みを浮かべて小躍りをしているそれと睨めっこをしながら、ポーカー向いてないね、の意味について必死に考えていた。
- 377 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:14
-
◇◇◇◇◇
- 378 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:16
-
「罰ゲーム、何にする?」
「はいはい!」
「じゃあ、みや!」
「5組の調理実習に潜り込む!」
「え?5組って誰いたっけ?」
「桃と茉麻。何か、タコライスつくるってえ」
「ふうん」
「…と、昨日桃がスーパーの鮮魚コーナーで申しておりました」
「…まさか…」
「嬉しそうに大きな蛸をカゴに入れていました」
「ちょ、それwww」
「よしwwwそれでいこうwww」
「矢島、たらふく食ってこいwwwww」
「でもそれを茉麻に言ったら、大丈夫!キャメルクラッチで沈めとく!…って」
「茉麻wwwww」
「あー3年のさ、田中先輩いるじゃん?」
「うん」
「あの人と2人きりでお昼ご飯食べる!」
「それ罰ゲームっていうかボランティアじゃんwww」
「何か張り切って超豪華なお弁当とかつくってきそうwwwww」
「じゃあ亀井先輩と会話する」
「通訳は?」
「新垣先輩?なしで」
「うわ、それちょっと難易度高過ぎwwwww」
「あ、それなら、道重先輩の手鏡をかち割るとかは?」
「逆に舞美の頭がかち割られるよ」
「鮮血のうさちゃんピースwwwwwww」
「保健室の中澤先生に年齢を訊いてくる」
「ぬるいよお!せめて更年期障害って辛いですかー?とか、閉経の感想はー?とか…」
「え?それって平家と掛けてる?」
「先生、何言ってるんですか?」
「ごめん、こっちの話」
結局罰ゲームは、国語の安倍先生が肌身離さず持ち歩いているノートを盗………借りてくる、という事に決まった。
笑い転げている4人を前に、私がどこかで見覚えのあるポエムを朗読させられていると、授業中だというのにその人が美術室の戸を急に開けて入ってきた。
何してるべさ!とぷんすか怒る安倍先生に向かって私たちは、本当に申し訳ありませんでした、と素直に謝罪し頭を下げた。
- 379 名前:私のリリイ 投稿日:2009/01/12(月) 15:16
-
◇◇◇◇◇
- 380 名前:salut 投稿日:2009/01/12(月) 15:19
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
7 >>231-245
8 >>255-266
9 >>275-288
10 >>301-312
11 >>320-334
12 >>368-376
+α >>378
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357
- 381 名前:salut 投稿日:2009/01/12(月) 15:22
-
+αはおまけです、すいませんでした。
>>363
志村!名前欄名前欄!………すいません言ってみたかっただけです。
素敵なメッセージありがとうございます!
今年もよろしくお願いします。
>>364
本当ですか!ありがとうございます!
石川新垣田中嗣永中島(敬称略)等々、然るべき人たちが然るべき処遇を受けている底の浅いお話しか書けませんが、良かったら下も見てみて下さい。
>>365
ありがとうございます。
はい、彼女の前髪の決定権は恐ろしや全て………
この温度差にハマったのでシリーズ化予定です笑
>>366
ありがとうございます、ガッツポーズをしています。
この2人の関係は、ぞんざいに扱ってナンボ、虐げられてナンボ、という結論に行き着きました。
えっと、あの、実は、小生意気にも、一丁前にも、HPなるものをつくってしまいました。(むしろHPとも言えない様な簡素な小説置き場ですが…)
理由は、前述の森の続きのためというのもありますが、もう1つの訳が、これから書きたいお話が「これ飼育にのせて大丈夫かなあ…」と躊躇してしまうものが多い事に気付いたからです。
内容は、処女作の様なシリアス系と、超絶馬鹿馬鹿しいギャグ系ネタ系の両極端になると思います。
もし、極限に暇な方や少しでも興味のある方は、森にurlを貼っておきますので、よろしかったら遊びにいらして下さい。
しかしながら、飼育で読んで頂けそうなものはこちらで発表したい、これからもお世話になりたい、と僭越ながら考えておりますので、長くなりましたが、共々よろしくお願いします。
- 382 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/13(火) 02:08
- 今日もおもしろかった(>_<)
- 383 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/13(火) 21:53
- +α吹きまくったw
- 384 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/17(土) 12:20
- どの罰ゲームも見たいwww
- 385 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/19(月) 21:52
- てっきり吉澤さんのことだからもうすでに盗み撮り(!?)ぐらいしてるもんだと…
大義名分ができてよかった!なし崩し的にいけますねw
- 386 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/02/04(水) 23:32
- 超ウケるw腹いたいwwww
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/05(木) 00:11
- >>386
sageましょうね
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/17(火) 02:50
- 待ってます。
- 389 名前:salut 投稿日:2009/03/04(水) 14:30
-
◇◇◇◇◇
- 390 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:31
-
先生。
私、最初は先生の事、ただの変な人だと思っていました。
先生は、私たちが初めて交わした会話を覚えていますか?
私は今でも鮮明にその事を思い出せます。
「ねえ、梅田ってハーフなの?」
2年生になって、最初の美術の授業のときでした。
こう言って先生は、まるで好奇心を剥き出しにした子供の様な目で私を覗き込んできましたね。
私の座っていた机の前にしゃがみ込み、顔だけをひょっこり出していたせいで、先生のきらきらと輝いた大きな瞳がやたらと際立って見えました。
そう、私は今でもそのときの事をありありと覚えているんです。
先生が着ていた、畳み皺の取れていない、新品の白いシャツの清潔な匂いも。
机の緑にしがみついていた先生の、手入れされた爪のぴかぴかとした光沢も。
そんな先生を見ていた舞美が私の隣でした、あちゃー…と顔をしかめて額に手を当てた昭和のリアクションも。
そして私はにっこりと微笑み、わざとゆっくり区切って、こう答えましたね。
「イエス、アイ、アム。そうですよ、何人とのハーフだと思います?」
- 391 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:33
-
嘘を付きました。
私の両親は2人共純日本人ですし、勿論私もジャパニーズのサラブレッド、牛肉に例えれば国産和牛100パーセントです。
ただ、そのときは虫の居所が悪かったんです。
いつもなら「あははー違いますよー何言ってるんですかー」とか何とか、棒読みの台詞と乾いた笑いに熨斗を付けて押し返す所でした。
しかし、新学期という奴は、私にとってなかなかユウウツな時期でして、同じ様なやり取りが何度も何度も繰り返された後だったんです。
幾ら温厚な私でも、流石にフラストレーションが溜まるでしょう?
半ば八つ当たりというか、からかい半分というか、そういう気持ちでした。
しかし、先生はそんな私の内実なんて知ってか知らずか、まさにきょとんと目を丸め、屈託ない声でこう答えましたね。
「え?日本人とのハーフでしょ?」
そっちかよ!!当たり前だっつーの!!
私は心の中で鋭く突っ込みを入れました。(勿論、手の振り付きで)
それと同時に、そのクールそうな外見と惚けた発言のギャップが、何かもう可笑しくって可笑しくって、つい大声を上げて笑ってしまいました。
先生、そのとき「よし、ウケた!」って小さくガッツポーズしたでしょう?
私、超爆笑してたけど、あれ、ちゃんと聞こえてたんですよ。
- 392 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:35
-
それから、私の中で先生は、変な人、から、面白い人、に変わりました。
でもそれだけじゃないんです。
先生は、優しくて、格好良い。
私が体調悪いときとか、直ぐ気付いてさり気なく気を遣ってくれる所、凄く嬉しいんですよ。
最近あった出来事とか、面白可笑しく話してくれる時間、とても楽しいんですよ。
先生のアドバイスや助言で救われた事、いっぱいあるんですよ。
だってほら、私、自分の顔、嫌いじゃないけど、ちょっとコンプレックスだったんです。
でも先生が「格好良いじゃん!」って気に入ってくれたから、私も全部好きになれました。
先生のお陰で、私、自分に自信が付いたっていうか、そういう部分もあるんですよ。
先生。
私、先生の事が好きなんだと思います。
気が付いたら、先生を目で追っている自分がいるんです。
いつの間にか、水曜日のたった2時間が、私にとって特別な時間になっていたんです。
これって、どういう意味だと思いますか?
正直、自分にもよく分かりません。
でも、この気持ちは本当だと思うんです。
先生。
好きです。
大好きです。
大大大大大好きです!
本当チョー好き!
もうチューしたい!
嗚呼!私の心はまるで使ったタオルの様に―――
- 393 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:36
-
「…なんじゃこりゃ…」
長く出したシャーペンの芯と共に、私は首をぽきんと折った。
小さく砕けたその先は、私のジーンズに包まれた腿を転がって、フローリングのどこかに消えていった。
午前0時28分、自室にて珍しく机に向かっていた私は、1枚の便箋を前に殉死レベルの落胆をしていた。
ああ、恐ろしいかな、深夜パワー。
夜更けに書いた手紙は朝に絶対読み返せ、って良く聞くけど、その場で即気付いた私は至極優秀だと思う。
本当何だこれ。
恥ずかしい。
恥ずかし過ぎる。
それをざっと読み返すべく文の頭から目を滑らせていた私だけれど、早速羞恥で倒れそうになっていた。
何でのっけから語り口調なんだ、私。
げ、誤字発見、縁って書きたかったのに緑になってる。
あー憂鬱って書けなかったの、バレるかなあ。(ちなみに「のし」は携帯で調べて一生懸命書いたんだよ!えへん!)
うっわ、チョーとチューが下手なラップみたいな韻踏んでるし。
つーかラブレターに牛肉とかタオルとかどうなの?
しかも使用済みとか、ここはせめて新品にしようよ………!
私はそれを摘み上げる。
薄っぺらいクラフト紙に乗せられた自分の字が、迷子になった蟻の集団みたいに酷く滑稽に映って、私はそれを吹き散らす様に、ふっ、と息を飛ばした。
吉澤先生が赤ペン先生じゃなくて良かった、なんて的外れな安堵をしながら。
- 394 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:38
-
別に、渡そうと思って書いた訳じゃないし、もっと言えばラブレターにしようとしたつもりもない。
ただ、胸に渦巻くもやもやを文にしてみて、はっきりすっきりさせたかっただけなのだ。
紙越しにくっつけていた親指と人差し指を離すと、便箋はひらひらと舞い落ち、わけなく机上を滑っていった。
蛍光スタンドの無遠慮な光が、投げ出された格好の悪い文字列を浮かび上がらせている。
そして私は何となく、無造作に置かれていた折り畳みの鏡を手にとって開いた。
A5くらいのサイズで表面が豹柄のそれは、ラブボのロゴが入った私のお気に入りだ。
対峙した私の顔面コンディションは、夜遅いという事を抜きにしても、お世辞にも良いとは言えなかった。
少しマスカラの滲んだ目の下の涙袋に、薄らと影が差している。
げっ、と更に鏡面に顔を近付けると、左の頬っぺたに出来立てのにきびがちょこんと赤くなっているのを発見してしまった。
あーもー最悪、薬塗って寝よう。
私はそのとつの表面を指で撫ぜる。
そう言えばこの頃寝不足だもんなあ、と思い返しつつ、はあ、と重い溜め息を付いた。
最近、私は変だ。
気持ち悪い。
小さな心室に靄が立ち込めている様な、晴れない状態が続いているのも気持ち悪いし、そのせいでいつもの自分でいられないのも気持ち悪い。
そう、靄。
もや。
もやもやもや。
実体がある様でなくて、だから掴み所が全くなくって、もう何だかよく分からない状態。
多分、今の私はそんな感じ。
で、それだから、私、こんなに悩んで困っている。
- 395 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:40
-
紙に書いた事は全部本当で、先生が好き。
それに嘘偽りはない。
でも、それが恋愛ってベクトルかっていうと、そうじゃない様な気がする。
一緒にいて楽しい、けどどこかそわそわしてしまって落ち着かない。
もっと相手の事を知りたい、けどどこか一歩踏み出せない。
そういうもどかしさが過去の恋に似ているから、今の所そうとしか表せないんだと思う。
だって私、別に先生に付き合って欲しいとか、特段何かをして欲しいって訳じゃない。
ただ先生は私にとって、特別。
先生の何もかもが、きらきらしていて、眩しい。
もし何かしてくれるのであれば、同じ様に特別な生徒って思ってくれていたら嬉しいなあ、とか、私がこんな風にあなたの事を思ってるんですよっていうのは知っていて欲しい、とか、そんな感じ。
難しいね。
本当、自分でも、これからどうしたらいいか分かんない。
私、馬鹿だからもっとシンプルにいきたいんだけどなあ。
この相手がいつもみたいに男の子なら、無理矢理にも恋愛だって言い切ってしまえる。
でも今回、その対象が同性だ。
女の人で、しかも先生。
禁断の愛も、二乗してしまえば最早コメディー、ラブストーリーにすらなりゃしない。
笑っちゃうよね。
楽しい事をしたり、面白い事を言ったりして、人を笑わせるのが好きな私だけど、自分の恋愛までこんなんじゃなくていい。
私はのろのろと椅子から立ち上がり、崩れる様にベッドにダイブした。
そのまま仰向けになり、傍らにあったクッション(勿論、これも豹柄)をぎゅっと胸に抱く。
目を瞑ると、薄い瞼の皮を通して、天井の照明の光を感じた。
私もまた、同じ様に晒されている。
この感情の正体を暴く事なんて、きっとまだ私には無理なんだ。
足りないものが多過ぎる。
経験も、余裕も、何もない。
こんな面倒臭い感情なんてすっ飛ばして、早く大人になりたい。
たかが片思いの恋愛なんかで一喜一憂したり右往左往したりしない、大人の女になりたい。
顔色一つ変えずにさらりと受け流す事の出来る、クールな女になりたい。
そう、目指すはクールビューティー。
ああ、私は、大人になりたいというより、吉澤先生になりたいのかもしれない。
- 396 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:41
-
◇◇◇◇◇
- 397 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:43
-
「さっむううう」
クラブ棟の部室から外へ出た途端、ぴゅう、と口笛みたいな音を鳴らして、木枯らしが私の前髪を掬った。
ジャージの上に着込んだウインドブレーカーをしゃかしゃかいわせながら二の腕辺りをさする。
はあ、と籠った息を吐くと、乾燥した空気に湿った水蒸気が白く濁った。
陸上部の冬場の練習は、主に体力づくりや筋力トレーニングだ。
ここ最近は、日が落ちるまで外、それから各自ウエイトルームに移動…というメニューになっている。
千聖と戯れ合いながらグラウンドに出ると、トラックのスタートライン辺りに我が陸上部が固まっていて、その奥にソフトボール部が威勢の良い掛け声を響かせて準備運動をしていた。
ナイロン素材の黒や紺、シルバーのウエアを着込んだ部員たちに、乾いた土と枯れた木々の茶色。
極端に色味の寂しくなる冬の光景は、普段と変わらず、いつも通りだ。
が、その当たり前のはずの景色の中に、間違い探しよろしく、明らかな異物を発見して、私はつい二度見をしてしまう。
校舎を背にしたグラウンドの端…
鮮やかな朱色の…
もこもこと毛羽立った綿の…
昭和臭漂うちゃんちゃんこに包まれた…
あのシルエットはまさか………!
- 398 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:45
-
「うっそ、吉澤せ…」
「あ、せんせえええ!」
瞬きを繰り返しては凝らした目を擦り、唖然としている私より先に千聖が反応してその人物―吉澤先生に駆け寄る。
そして、おー!岡井ちゃん!と嬉しそうに大の字に身体を広げ、半ばぶつかる様に突進してきた千聖を抱きとめている当の先生。
そんな2人の様子は何かを彷彿とさせる。
ええと………何だっけ。
あ、そうそう、あれあれ。
トップブリーダーも推奨しちゃう感じの、あのCM。
千聖の頭をぐりぐりと撫で回していた先生は、やっと私の存在に気付き、にやりと目を細める。
持ち上げた右手には、ゴツいレンズを付けたカメラが黒く反射をしていた。
そして、傍らにはスチール製の三脚。
私は光の速さで水曜日の会話を思い出す。
「じゃあじゃあ今度陸上部行くから!」
今度陸上部行くから行くからいくから………ってえええええ!?
まさか、まさか本当に来るなんて!
ちょっと待って、しかも何か本格的なんですけど!
「舞美ー!アップ始めるよー!」
「…あ、うん!」
思わぬ事態に焦っているにも関わらず、部員の呼び声によって、私は頭の働かないまま後ろを振り返った。
背後で、じゃーね!せんせ!と、千聖の弾んだ声が聞こえる。
そして騒がしい足音を立てて、彼女が私を走って追い越していった。
おまけに、ばしんと背中を平手で叩かれる。
それは、混乱状態だった私の肋骨を、ぼろぼろと崩してしまうんじゃないかってほどの衝撃だったけれど、千聖が余りにも無邪気に笑うから、私は精一杯、引き攣った笑顔を返す事しか出来なかった。
- 399 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:47
-
はっきり言って、練習に全く集中出来なかった。
見られている、撮られている、と意識すればするほど、身体は固くなっていくし、視野も狭くなっていく。
それは既に、最初のランニングの時点で顕著に表れてしまっていた。
2列に並んで、トラックを徐々にペースアップさせながら走り、身体を陸上モードに切り替えていく。
しかし、変に緊張していた私は、何度も自分の足に引っ掛かってつんのめったり、1人だけ速さを間違えてガーっと集団の前に躍り出たりしていた。
ただでさえ新陳代謝が活発で汗っかきなのに、その恥ずかしさのせいで、顔面が火を噴きそうなほど熱くなり、体温もぐんぐん上昇していく。
走り終えた頃には、いつも以上に汗を流し、湯だったみたいに全身を赤くした私がそこにいた。
ウインドブレーカーを脱ぐと、閉じ込められていた熱気が外に散っていくその温度差を、はっきりと肌で感じた。
真冬だというのに額に前髪が張り付いているのが分かる。
そんな状態を写真に収められているのかと思うと………それはまさしく悪循環でしかなかった。
種目別に分かれて練習していても、私の調子は変わらなかった。
いや、むしろ悪化していた。
人数が減った分、見付かりやすくなるし目立つからだ。
お陰様で、試しにとったタイムは自己最低を記録。
仲間たちには本気で心配され、監督には、帰れ、と言われた。
しかもその言い方が、悔しさで奮い立たせる様な怒鳴り口調の叱咤激励ではなく、珍しく優しく諭されたものだから、それも余計私を悲しくさせた。
そういう訳で、私は外での練習を終えた後、有無を言わさず帰される事になった。
本当はウエイトで今日の失態を返上したかったけれど、休むのもトレーニングの内だ!と筋肉(我が陸上部のコーチの愛称)に力強く戒められては、もう了承するより他なかった。
読み掛けの漫画や脱ぎっ放しにされたジャージの散乱した、雑然とした部室で私は1人、制服に着替える。
今頃、皆頑張ってるっていうのに、一体私は何してるんだろう。
独り相撲もいいとこだ。
急に自分への不甲斐なさや情けなさが込み上げてきて、私はシャツのボタンを留めながら、ロッカーに額をぶつける。
ひやりとした板金が、熱を全部奪ってくれればいいのに、と更におでこを押し付けながら、私は少しだけ泣いた。
- 400 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:50
-
それにしても今日の練習はやけに長く感じた。
すっかり暗くなった外を眺めながら、私はマフラーを巻き直す。
お言葉に甘えて、今日はゆっくり休もう、早く寝よう。
そして明日からまた頑張ればいい。
私は部室を後にして、北校舎の裏の駐輪場までとぼとぼと歩みを進める。
普段から人気のない事に加え、常時陽の当たらない陰気なそこは、明らかに何か出そうな雰囲気の場所で、帰りの遅くなる下校時はいつも妙に身体が強張ってしまっていた。
申し訳程度に設けられた、雨避けの錆びたトタン屋根の下に入る。
そして私は、自分のオレンジ色の自転車を引っ張り出そうとした、そのときだった。
がちゃがちゃがちゃん!とガラスを突き破る様なけたたましい音が辺りに響いて、私は思わず、わっ!と叫び、咄嗟に肩をすくめた。
その拍子にハンドルから手を放してしまい、バランスを失ったそれは、重力に忠実に横に倒れる。
「おっ矢島!お疲れー!部活終わったのー?」
一緒に帰ろうよー!と明らかに待ち構えていた様子で、校舎の一室の窓から上半身を乗り出し、すこぶる陽気に手を振る吉澤先生と、数メートル先までドミノ倒しになった自転車たちを見比べながら、私はもう1度泣きたくなった。
ああ、1日は長い。
- 401 名前:私のリリイ 投稿日:2009/03/04(水) 14:51
-
◇◇◇◇◇
- 402 名前:salut 投稿日:2009/03/04(水) 14:53
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
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10 >>301-312
11 >>320-334
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13 >>390-400
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357
- 403 名前:salut 投稿日:2009/03/04(水) 14:55
-
量もない上に、日も開いてしまってすいません。
もしまだ読んで下さる方がいらっしゃいましたら、気長に待って頂けたら幸いです。
レスありがとうございます、本当に励みになりました。
>>382
よし!ありがとうございます(>_<)
>>383
私もそのコメントを頂けてにやにやしてしまいました笑
>>384
ちょ、矢島さんが大変な事になってしまいます!笑
>>385
そうなると、即話が終わります笑
それにしても盗み撮りという言葉と吉澤さんってなぜかしっくりきますね。
>>386
やった、超光栄です!
>>387
お気遣い嬉しいです、ありがとうございます。
>>388
すいません、お待たせ致しました。
待って下さる方がいらっしゃってとても幸せです。
- 404 名前:三拍子 投稿日:2009/03/04(水) 19:14
- 待ってました!!
作者さんの大ファンです。文章が本当に本人が言っているように思えます。
また楽しみにしてます(^O^)/
- 405 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 04:00
- おもしろい〜♪♪
よっすぃ〜がいい感じに引っ掻き回してくれてますね♪♪
- 406 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 13:45
- お疲れ様です!相変わらず笑わせてもらってます
頑張ってください
- 407 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 13:45
- ageてしまいましたすいませんorz
- 408 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 19:17
- 待ってました、梅さん編!
楽しいよぅww
- 409 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 21:48
- 更新お疲れ様です待っていました!
もー梅さんもガーッと行っちまえ!と言ってやりたくなりますね
- 410 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/06(金) 20:36
- 違うような感じが…そう感じるのは自分だけ?
まあそこらへんも期待しつつ見ています
ってかついに本格的始動しましたね!某さんのstk作戦がw
次の方がどういう風な経路を辿るのかたのしみにしています♪
- 411 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/03/07(土) 22:58
- ああ梅さんがそっちいったかw
舞美頑張れえええ!!
楽しみにしてます☆
- 412 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/08(水) 22:45
- 更新待ってます・・・
- 413 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/18(土) 23:29
- 今日初めてこの小説を知って1日ずーっと読んでました。
何度も読み返す度に登場人物たちが愛おしくなります。
特に夏焼さんと菅谷さんの二人が大好きでしょうがないです。
- 414 名前:salut 投稿日:2009/04/21(火) 23:17
-
◇◇◇◇◇
- 415 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:19
-
表面に光沢のある、葉書大の厚みのあるコート紙。
一面真っ黒に塗られたその面には、白い字で「PHOTO EXHIBITION by Hitomi Yoshizawa」と印刷してある。
裏返すと、今度はマットな加工をしている白い紙面に、開催日時とギャラリーの地図が、下半分にコンパクトに表記されている。
手元にある1枚を、私は飽く事なく様々な角度で眺めていた。
が、その内、無意識ににやついていた事に気付き、私は、いかんいかん、と一人ごちて両手で顔を叩く。
いや、でもこれは仕方ないよね。
なんたって、吉澤ひとみ、人生初の個展のDMなんですから…!
陸上部の練習を無事撮り終え、寒空の下から帰って来た私は、写真部の部室で正月の年賀状よろしく、DMの宛名書きに勤しんでいた。
そう、私は春休みにかねてから念願だった、写真の個展を開く事にしたのだ。
遊び程度に撮っていた高校時代、本格的なスキルを学んだ大学生活を経た今までの作品を発表すべく、それはもうこの糞忙しい合間を縫って、やっとここまで漕ぎ着けた。
美術教師の薄給に優しく、且つ雰囲気やアクセスの良いギャラリーの選定に、やれ紙質だのやれフォントだのといったDMのデザイン等、何から何まで凝りに凝りまくった渾身の作である。
家族に、恩師に、友達に…
それぞれの顔を思い浮かべながら、私は住所を書き綴っていく。
よし、このDM、色んな所にばらまこう。
アヤカとまいちんのお店にも置いて貰ってさ、勿論生徒たちにも配って、それからそれから…
あ、と小さく息を漏らして、私は滑らせていた筆を止める。
次々と浮かぶ見知った顔の中を、彼女が栗色の髪をなびかせて過ったからだ。
想像の中の彼女は、それからゆっくり振り返り、意味ありげに口を引く。
私は知らず知らずの内にペンを置いて、親指の爪を噛んでいた。
4月になれば私も24歳、確かに月日は流れているはずなのに、ちらつく彼女の影はいつも制服を着ている。
当たり前か。
私と彼女の時間はあの日から止まったままなんだから。
- 416 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:20
-
あれから…忘れようとしていた彼女の存在をはっきり認めてしまった日から、頻繁に彼女を思い出すようになっていた。
日に日に膨らむ後悔と渇望が、私をじりじりと追いつめていく。
彼女に来て欲しい。
会いたい。
話がしたい。
謝りたい。
…なんて、どの面下げて言えばいいのだろうか。
いや、でもこれはチャンスかもしれない。
今度個展やるんだけど、なんて託つけて連絡してしまえば…
私は携帯電話を取り出すと、アドレス帳から彼女のメモリーを呼び出す。
後藤 真希
090××××××××
ずっと消せなかった、あの頃のままのごっちんの番号。
私は通話ボタンに親指を掛ける。
確率はずっと低いけれど、もし彼女が携帯を替えていなければ、直ぐにでも繋がる事が出来る。
声が聞ける。
私は携帯を耳に付けて目を閉じる。
「ああ、よしこじゃん、久しぶりい」
鼓膜の奥で復元された、あくまでも平坦で感情の読み取りにくい彼女の声。
でも私には分かる。
携帯を握りしめたごっちんは、きっと嬉しそうに笑っている。
しかし、私はいつまで経ってもボタンを押せなかった。
勇気が出ない。
恐い。
寒さで感覚を失った指先は、最早氷の様に固まってしまっていた。
…だっせえなあ、私。
細く息を吐いて携帯を置くと、私は傍らにあったカフェオレの缶を一気に傾けた。
すっかり冷めてしまったそれは、酷く甘ったるく舌に残った。
- 417 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:21
-
と、そこで、煤けたアルミサッシの窓の向こう、薄暗がりの中を歩いてくる生徒―矢島の姿を確認した。
やっべ、見過ごす所だった。
矢島を待つための時間潰しだったのに、知らない間に先に帰られてたんじゃ元も子もない。
それにしても矢島、調子悪そうだったな。
普段からよくコケる子だと観察してたけど、今日は本当に酷かった。
写真に収めた彼女は全部、顔を真っ赤にして余裕のない表情をしていた。
まあいい。
矢島には悪いけど私、別にスポーツ写真が撮りたかった訳じゃないし。(撮るんだったら、もっとロケーションも凝りまくった、超アーティスティックなのにするっちゅーの!)
そう、私が彼女に固執する理由、それは………
何も知らない矢島がこちらに近付いてくる。
私も窓際に歩み寄って、直ぐにでも声を掛けようとしたが、そこはドッキリやサプライズが大好物な私。(…あれ、デジャビュ?)
身を屈めて姿を隠し、指を立ててガラスをがたがたと激しく揺らした。
今頃矢島、超驚いてるんじゃない?と想像すると、剥き出しにした歯列の間から、自然と笑みが零れてしまう。
そして私は頃合いを見計らって、おっ矢島!お疲れー!と飛び出した。
「部活終わったのー?一緒に帰ろうよー!…って、あれ?」
「………」
「…あ………何かごめんね…」
自転車横倒しの惨劇の前に立ち尽くす彼女に、私はとりあえず謝る事しか出来なかった。
- 418 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:22
-
◇◇◇◇◇
- 419 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:25
-
倒れている自転車を起こす、という作業はなかなかの重労働だ。
しかもこの数。
やっと全部元通りにし薄ら額に汗が滲んできた頃に、吉澤先生が、ごめんごめん、と苦笑いをし手を合わせてやってきた。
「お待たせ!つーか、どうした?自転車…」
「えっと、その…何でもないです」
「あ、そ?じゃ、帰ろっか!」
「…あ、はい」
同じ屋根の下、古びた蛍光灯の青白い光が、私たちを包んでいる。
どうもそんな気になれず、かといって断る事も出来なかった私は、その弱々しい光源にすら負けそうなくらい力なく返事する。
対照的に先生は、ぱっと周りを照らす様な眩しい笑顔で、否が応でもそれと自分とを比べてしまって、更に独りでに落ち込んだ。
- 420 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:28
-
10分も掛からない駅までの道のりを、私たちは自転車を挟んで並んで歩く。
辺りはもう既に夜の気配を忍ばせていたけれど、幅広の二車線道路を往来する車のライトや、鈴蘭の形をしたオレンジ色の外灯のお陰で明るく感じる。
ローファーが踏む石畳の歩道には、学校から舞ってきたのであろう、銀杏の葉が幾分か敷かれていた。
「いやあ、今日は本当ありがと!いい写真が撮れたよ、うん!」
「そうですか?」
「うん、そうそう!」
先生は、やけに高いテンションで話し掛けてくる。
それに対して私は自転車をひきながら、カゴに乗っけられた鞄に目線を固定して返事をしていた。
「でも全然走れてなかったですけど…」
「え!?あ、いや、うん、そういう時もあるって!」
「はあ…」
「まあ、そんな気にすんな!
あ、どう?お礼に甘いもんでも!私、おご…」
「すいません、私甘いものそんなに好きじゃないんです」
「え、そうなの!?」
「はい」
「…へー…」
「はい」
「そうなんだあ…」
「………」
「………」
会話が全く噛み合なかった。
というか、合わせようという気遣いも起こらない。
私らしくない、と思うけどこればかりはしょうがない。
後ろ向きに引っ張られていた気持ちは、このときまさに最高値を記録していた。
いつもと違う私に動揺しつつ、何とかコミュニケーションを取ろうとしていた先生も、ついにはすっかり押し黙ってしまった。
しかし、そんな気まずい沈黙を破ったのは、他でもない私だった。
- 421 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:29
-
「先生」
「何?」
「どうして私なんですか?」
今まで前に向けていた視線を右横にずらし、私は先生の目をじっと見つめながら訊ねた。
ずっと疑問に思っていた事だった。
写真ならえりを撮ればいい。
えりの方がスタイルもいいし絶対モデルに適している。
スポーツ写真なら、別の部活だっていいはずだ。
もう1つ言えば、甘いものだってえりを誘えばいい。
えりは甘いもの大好きだし、先生に呼ばれたら凄く喜ぶだろう。
すると先生は私から直ぐ目を逸らし、あー…えーっと…、と頬を指で掻きながら口籠る。
それでも私は彼女を見つめ続ける。
それ避ける様に目線を泳がせていた先生だったけれど、暫くしてから横目でちらりと私を一瞥し、恐る恐るといった様子でようやく口を開いた。
「写真はまあ、矢島の雰囲気を気に入ったっつーか、そういうのもあるんだけどさ。
本当は…何だ、ちょっと話がしてみたかったっていうのがあって…
気になる存在?みたいな?あー何つーか…
…単刀直入に言うとさ、私と矢島って似てない?って事なんだよね」
詰まり詰まり言い終えて、今度は先生が私の目を覗き込んできた。
頼りな気に黒目が揺れている。
私と先生が似ている?
少し頭を巡らせて…いやそれはただのポーズだ。
答えは決まっていた。
「…似てないです」
「え、何で!?」
「だって…」
私はマフラーに顔を埋める。
だって、私は先生みたいに要領よくないし、さらっと格好良い事なんて出来ない。
クールビューティーなんて単語、きっと私からは何年経っても出て来ない。
もし私が先生に似ていたら、こんな感情なんて抱かない。
- 422 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:30
-
「だって?」
「…だって私は先生みたいになりたい」
私は視線を落としたまま、熱く吐いた息に言葉を混ぜた。
そうしたら、私がえりをこんなに好きな様に、えりも私と同じに様に思ってくれる。
そんな消え入りそうだった私の一言に、先生は自嘲気味に笑ってこう答えた。
「は?私?私なんてやめなよ、こんな…」
「だってえりは…!」
食らい付く様に反論する。
すると先生は一瞬目を丸くし、あー梅田ねー…、とどこか遠くを眺めなら呟いた。
目を細めたその表情は、優し気だったけれどどこか冷たい印象を受けた。
絶対的な距離と壁を感じる。
「…何の事だか分かるんですか?」
「まあね、女子高出身だし、そういうのには敏感なんです」
「………」
「心配しなくていいよ、梅田のそれは恋愛とかそういうんじゃないから」
私は咄嗟に眉をしかめる。
えりの気持ちもちゃんと聞いてないのにどうしてそう言い切れるんですか!?
ついかちんときてそう言い返そうとしたが、その隙も与えず先生は喋り続けた。
「憧れと恋愛感情ってね、紙一重なんだよ。
凄く似てる。
でもどこか必ず違いがある。
梅田のは、まあ粗方前者だと言っていいでしょ。
それは心理学用語でいうモデリングっつー…」
「も、もでりんぐ?」
いきなり専門用語が出てきて、私は面食らってしまい、ついぽかんとした顔のまま聞き返してしまっていた。
そんな私に向かって先生はにやりと口角を上げると、つまりは思春期って事!とぼふっと軽くコートの肩をパンチした。
- 423 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:31
-
帰り道も半ばを過ぎ、緩やかな勾配の上り坂に差し掛かる。
その下には短いトンネルが通っていて、そこを潜ってきた電車が、家路に向かう人をぎゅうぎゅうに乗せているのを上から見渡す事が出来た。
タタンタタン、とリズム良く、車輪がレールを踏む音を響かせて、鉛色の車体がカーブを曲がっていく。
「さっき言ってた、私と矢島が似てるって話だけど…」
「………」
先生は急に声のトーンを落として、静かに話を切り出してきた。
睫毛を伏せたその穏やかな横顔を見ながら、私は黙って耳を傾ける。
「矢島と梅田と同じ様にさ、私も超仲の良い友達…がいたんだよ。
で、私がその子を見ていた目と、矢島が梅田を見る目が、すげー似てる」
「………」
「でもさ、私、その子と喧嘩っつーか気まずい別れ方しちゃってさ。
それからずーっと連絡も一切とってない訳よ。
…ねえ、もし矢島だったらさ」
ゆっくりとこちらに向けた先生の顔は、真剣そのものだった。
その真顔のまま彼女は、その薄い唇を1度舐めてから重い口を開ける。
「もし矢島だったら…」
「………」
一体どんな言葉が飛び出してくるのだろうか。
私は身体を緊張させて次の台詞を待ち構えていた。
ごくりと1回、生唾を飲む。
- 424 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:32
-
「それでも会いたいときってどうする?」
「へ?会いに行きますけど」
「え、ちょっ、返事早くね!?」
簡単な問い掛けに拍子抜けしながらも、私は即答した。
相対して先生は、間を置かず突っ込みを入れた後、まるで信じられないものを見る目で暫く私を凝視していた。
え?私、何か変な事言ったかな?
「何で?どうして?もっと悩まない?」
「え、だって、先生、その人と超仲良かったんですよね」
「………うん」
「なら大丈夫ですって!」
私は胸を張って答える。
だって私、これからえりと、喧嘩する事ももしかしたらあるかもしれない。
でも、一生別れるなんて事は全然想像出来ないもん。
その旨を伝えると、先生はがくっと肩を落とし、はあああああ、と長い溜め息を付いた。
そして情けなく眉尻を下げ、心底疲れた様子で私を見上げてきた。
「そんなもん?」
「はい!そんなもんです!」
はっきり元気良く言い切る私に、先生はじとっと恨みがましい目付きを流し、次には、あああ!私は矢島になりたいよ!とそのまま抱えた頭をばりばりと掻きむしっていた。
毛先がばらんばらんに暴れ、髪の毛が激しく爆発していく。
その姿をぼんやりと眺めながら、私は本人に気付かれない様に、一言。
「………これがクールビューティー………」
「あん?何か言った?」
- 425 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:34
-
坂を下ると直ぐ繁華街に近くなっていく。
目立ち始めた人の波や通りのネオンが、賑やかに夜を彩っていた。
この中心に駅がある。
大きな交差点が見えた所で、じゃ、ここら辺で、と先生は軽く右手を挙げた。
先生は電車で何駅か先の所で一人暮らしをしているらしい。
私は自転車通学だから、ここでお別れだ。
「あ、じゃあ、おやすみなさい。
…お友達と仲直り出来るといいですね!」
「まーね、上手くいったらね」
尚も自信なさそうにそう返事する先生が何か可笑しくて、私はついつい顔が笑ってしまうのを止められない。
そして、絶対大丈夫ですって!と本日何度目かの台詞で背中を押した。
今日、こうやって初めて並んで話してみて気付いた事がある。
本当些細な事なんだけど、先生、私と身長変わらないんだ。
もっと大きいかと勝手に思ってた。
それに意外と………いや、これは言わない。
私だけの秘密にしておこう。
- 426 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:36
-
「じゃあ、さような…」
「あ、ちょっと待って」
自転車を旋回させて後ろを向いたとき、私は先生に呼び止められた。
振り返ると、彼女は黒い鞄からこれまた黒いカメラケースを取り出していたところだった。
そしてカメラをこちらに向けると、4、5歩下がって距離をつくった。
ん?何が始まるんだ?
私が頭を悩ませながら、丸いレンズと見つめ合っていると、その下の口がおもむろに動いた。
「今日は写真、本当にありがと」
「あ、いえ」
「色々いっぱい撮らせて貰ったけどさあ」
「………」
「やっぱ矢島は、梅田といるときが1番いい顔するよ」
不意打ちの先生の言葉に、胸が急激に熱くなっていくのを感じた。
込み上げてくる言いようのない感情に、私は頬の辺りがむずむずと痒くなる。
「はい!」
私はすかさず大きく頷く。
その瞬間に、カシャッと音を立ててシャッターが切られた。
先生はカメラから顔をずらすと、逆もまた然り、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
写真の中の私はきっと、今日1番の笑顔で笑っている。
- 427 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:37
-
去り際に、梅田と来てね、と1枚のDMを渡された。
そして先生の背中が雑踏に紛れていくのを見届けた後、私はゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。
足場を確かめる様にそれを踏んでいると、どんどんスピードがのっていく。
風を切る身体は冷める事はなく、吐く息は白い。
そして、ずずっと、赤くなっているであろう鼻を啜り上げた。
私は空を仰ぎ見る。
街の明かりよりもずっと鮮やかに輝いている月に向かって、私は走り出していた。
- 428 名前:私のリリイ 投稿日:2009/04/21(火) 23:38
-
◇◇◇◇◇
- 429 名前:salut 投稿日:2009/04/21(火) 23:39
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
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10 >>301-312
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13 >>390-400
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4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357
- 430 名前:salut 投稿日:2009/04/21(火) 23:42
-
もし待って下さっている方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありませんでした。
この流れに乗って、コンスタントに更新を目標にいきますので、何卒よろしくお願いします。
沢山のレス、本当にありがとうございます。
大きな原動力になります。
>>404・三拍子さん
わわわ!光栄です、ありがとうございます!
℃-uteを書かれている三拍子さんにそう言って頂けると、とても心強いです。
>>405
何気に目の付け所が鋭いです♪♪
>>406-407
何故か℃-uteの子たちが絡むとコメディー色が強くなるっていう…笑
あ、全然気にしてないですよ!
>>408
梅田さんが大人気過ぎて戸惑いを隠せないんですが!笑
>>409
ノノ*^ー^) <そんな梅さんが好きなくせにい〜
気恥ずかしい台詞は亀井さんに言わせるに限ります。
>>410
貴重なご意見ありがとうございます。
それは違和感…という事でしょうか?
うーん…人それぞれ価値観や考え方が違う様に、多少なりとも皆さん同じく感じてる部分はあると思いますよ。(ちなみに一人称はわざとです)
正直色々考えてしまって、何度か書くのを躊躇してしまいましたが、私はこのまま進めます。
その気持ちは変わらないので、申し訳ありませんが、そうおっしゃられても何もする事は出来ません。
ただ後学のために、それは連載が終わったら別の場所でこっそり教えて下さいね☆
>>411
この3人がどうなっていくかを見届けて頂ければ!
>>412
すいません、お待たせしました!
放置は絶対しません、ただ時間が…って感じなんですよね…
>>413
本当にありがとうございます。
私も>>413さんや皆さんのレスを何度も読み返して書き上げました。
登場人物を好きになって頂く事が、私にとって1番の喜びです。
私もこの2人が大好きですよ!
- 431 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/22(水) 00:44
- どう行動を起こしていくのか、非常に楽しみです。
ぜひとも、クールビューティ(笑)さんには頑張っていただきたいっ
- 432 名前:七氏 投稿日:2009/04/22(水) 22:48
- スピカ大好物です♪
りしゃみやも気になりますが吉澤先生の友人も気になりますね〜
更新楽しみにしてます!
- 433 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/23(木) 14:53
- 首を長くして更新を待っていたことだけはぜひ伝えたい
これからも楽しみにしてます
- 434 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/26(日) 23:24
- よっすぃ〜いいな〜♪
- 435 名前:salut 投稿日:2009/05/20(水) 22:45
-
◇◇◇◇◇
- 436 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:46
-
女は噂好きな生き物だ。
しかもそれが恋の話なら尚更である。
先人の格言でも何でもない、これは私が今朝感じた、ただの感想だ。
朝、私はいつも通りの時間に家を出て、いつも通りの時間に学校に着いた。
いつも通り、通学路の土手にはさらさらと爽やかに小川が流れていて、いつも通り、冬の冷たく研がれた空気に朝日がさんさんと降り注いでいた。
そして私はいつも通り、その中をたらたらとだるそうに自転車を転がしていく。
いつも通り欠伸を噛み締めながら教室の扉を開けると、ここで初めて違和感を覚えた。
いつもと違い、部屋の真ん中ら辺にクラスの子たちが集まっている。
彼女たちは一様にきゃあきゃあと騒ぎ合い、顔をつやつやさせて何やら色めき立っていた。
「おはよ。何?何かあったの?」
「あっ、えりかちゃん、おはよ!」
「おはよー!」
ぺらんぺらんの鞄を机に放り投げると、私は挨拶を交えて近くにいるみやと小春に話し掛けた。
振り向いた2人は、共に目を輝かせて若干興奮している様子だった。
そこで私は直感する。
ははーん、何か面白い事が起きたんだな、と。
「それがさあ、聞いてよ!」
「うんうん!」
じ・つ・は!と勿体振って小春に目配せをするみや。
私は身を乗り出して、続きを任された小春の言葉を待った。
多分今、私も2人と同じ様な顔をしている。
私だって噂話は大好物だった。
ふふふ、と含み笑いをした小春が得意気に口を開く。
次の瞬間、私はその台詞に押し潰されそうになった。
「何か、職員室で聞いちゃった子がいるらしいんだけど…
なんと!!
吉澤先生、結婚するんだって!!」
- 437 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:48
-
キンキンした小春の声が鼓膜を突き破り、そのまま脳に突き刺さった。
私は何も考えられなくなる。
ただ、空っぽになった頭に「ガーン」という文字が石製の立体になって浮かんできては、その度にずがーん!どかーん!と派手な音を立てて木っ端微塵に大破していった。
嗚呼こんなときまでコメディー仕様な自分が憎い。
え何それ私全然聞いてないんですけど嘘でしょマジで何それ何それ何それあああああああ駄目だ無理もう何もかもやる気しない
あ、そうなんだあ、と口が勝手に動いていた。
その声は、まるで自分が発したものじゃないみたいに、やたら味気なく乾いて響いた。
ちょうどそのとき始業ベルが鳴り、皆慌てて各々の席へと蜘蛛の子を散らす様に戻っていく。
私もそれに倣い、ふらふらと力無い足取りで自分の席…を通過し教室の後ろの戸へと向かった。
するといつも通り、おはよー!ギリギリセーフ!と豪快にドアを開け、陸上部の朝練を終えた舞美が駆け込んできた。
いつも通りすっかりベルの鳴り止んだ頃にやってくる彼女に、舞美、どっちかって言うとギリアウトだよ、といつも通りの突っ込みを入れる気力もない。
「…舞美、私、保健室行ってくる」
「へ?どうしたの、えり!?」
「担任には頭が腹痛だって言っといて」
「えっ!ちょっとそれ重症じゃん!
待って!私、薬持ってるよ!バファリ…」
「いらない」
ごそごそと鞄の底を漁る舞美を突っぱね、入れ替わる様にして私は教室を後にした。
そう、今の私に、半分なんて中途半端な優しさはいらない。
- 438 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:49
-
保健室のシーツの、不健康な白に齧り付くのも午後5時が限界だった。
何だかんだ言い訳を付けてベッドにのさばろうとする私を、主である中澤先生は時計を一瞥したと同時に無慈悲にも追い出した。(きっと今日が金曜日だからだ!横暴!)
そのまま帰ってしまえば良かったのだが、ふと私は生物室―普段部活のパート別練習で使っている教室に忘れ物をしていた事に気付く。
あーあ、面倒臭い。
部員に会ったら、腹筋が骨折してる事にして、今日はサボらせて頂く事にしよう。
年中仄暗い北校舎は、日も暮れると更に不気味だ。
昼間の喧噪が夜気に湿り、廊下の隅にこびりついている。
その中庭に面した壁には長方形の窓が規則的に並んでいて、蛍光灯の光を鈍く反射していた。
それをうっかり覗き込んでしまおうならば、見えちゃいけないものまで映ってしまいそうで、私は脇目も振らず足を進める。
スリッパが床を叩く音がやたら大きく響く。
遠く階上の音楽室から管楽器の合奏が聞こえてきて、生物室に人がいない事を教えてくれた。
用事を済ませて生物室の引き戸を閉めると、あとはもう帰るだけだ。
私はそのままいつも通り写真部の部室の前を通り過ぎ―これがいけなかった。
いつも通り無意識に、ドアに切り抜かれたガラス窓から部屋の様子を覗き込んでしまい、私は見たくないものを見てしまう。
ステンレス棚と教卓大の机くらいしか物がない殺風景な室内、その机の前に、何か、がいた。
私は一瞬、心臓が止まりそうになるくらいどきっとして、よくよく目を凝らしてみる。
明かりも付けず、暗闇に身を潜めていたのは―――そう、他でもない吉澤先生だったのだ。
先生は、光の消えた携帯の画面に視線を落としながらじっと動かない。
2つの目だけが、ぼんやり白く濁って浮かんでいる。
その寂し気な眼差しに、1つの言葉が脳裏を過って、私はまた別の意味でも心臓が止まりそうになる。
先生、それ、マリッジブルーって奴ですか?
- 439 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:50
-
いや、噂は噂だ。
決めつけるのはまだ早い。
私は頭を振って身を屈めると戸に、がしゃん、と拳をお見舞いする。
すると中から、がたがたと慌てた音がして、誰!?と緊張した声が飛んで来た。
頃合いを見計らって、私は窓の縁からゆっくりと、白目を剥いた変顔を覗かせる。(イメージは日の出ね!)
途端、お前っ!ふざけんなよっ!と噴き出し交じりの笑い声が聞こえてきて、私は嬉しくなる。
よし、ウケた。
「せーんせ、何やってんですか?」
「あー、いや、別に、その」
戸を開けて、勝手に部屋の電気を付ける。
ちかちかと歯切れ悪く点灯するそれの下で、先生が携帯を隠したのを私は見逃さない。
「梅田こそ何やってんの?帰んないの?」
「…だって先生がいたから…」
「何?私に何か用?」
「いや、別に用って用はないんですけどお…」
小首を傾げる先生に、私は何て言っていいか分からなくて口を噤む。
暫くまごついていた私を訝し気に眺めていた先生は、突然ジャケットのポケットを探り出した。
そして私に、何か、を投げると、あったかいの、と付け足す。
私がキャッチしたのは3枚の百円玉だった。
- 440 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:51
-
私は自販機までパシられる。
でもやっぱり何か嬉しくて、自然と足が小走りになってしまっていた。
そんな自分がちょっと可愛く思う、とか言って。
屋外のそれの前まで行くと、私は自分用にホットココアのボタンを押す。
先生にはウケ狙いで、よく振った冷たい炭酸系か激マズで悪評高いミルクセーキ柚風味かで迷ったけど、どっちを買っていっても私が飲まされるのが容易く想像出来たから、無難にブラックコーヒーを選択した。(何となくブラックってイメージじゃない?)
無事それを買って戻ると、先生は、ごくろう、と言って缶を受け取った。
そして他愛のない談笑が始まる。
今朝あった出来事から職員室の裏話まで。
しかし私は、先生のツッコミや物真似に腹を抱えながらも、頭の片隅では別の事を考えていた。
先生がそんなに楽しそうなのも、結婚するからですか。
先生がそんなにきらきらして見えるのも、結婚するくらい好きな相手がいるからですか。
パイプ椅子に座り、身振り手振りを交えて話をする先生の傍らに立ち、彼女を見下ろしながら私はそんな事を思ってしまう。
そういう自分が堪らなく嫌だった。
まるで呪いの呪文みたいに、結婚、という文字が、先生の周りをぐるぐると蜷局を巻いている。
元来のネガティブ思考の性格が、私を引き摺って底へ底へ。
暗くて後ろ向きな気持ちが指の先まで伝わって、本当に私が私でなくなってしまいそうだった。
だから私は勇気を出して、会話が途切れた端を見付けて話を切り出す。
「…先生」
「ん?何?」
「…けっ、結婚するって本当ですか?」
少し噛んでしまったけど、私は最後まで言葉を絞り出す。
瞬間、急に空気が強張って、そのいたたまれなさに下を向く。
…言わなきゃ良かった。
後悔が高波の様に押し寄せては私を襲う。
しかし、ああ!もうどんな返事でもどんとこい!と覚悟を決め、ココアの缶をぎゅっと握った私が浴びたのは、心の底からうんざりした様子の嘆息だった。
「だあああああ何それ、今日やたらそんな事ばっか訊かれるんだけど!
なあ、どこで流行ってんのさ、そんなデマ」
「…だって職員室で聞いた子がいるって、そういう噂が…」
「あーおばちゃん先生はケッコンとかそういう話大好きだからねー、やたら聞かれるんだわ最近。
それ交わすのマジ大変でさあ…知ってる?私の回避力ときたら!
その会話を勘違いでもしたんじゃない?」
「………」
「あーこえー、噂って本当こえー!」
「じゃあ…」
「有り得ない、絶っ対有り得ない!
つーか新卒で1年もしない内にそんな事出来ねえよ」
そう言って苦笑いする先生に、本当ですか?本当に本当に本当ですか?と私は念を押す。
しつこい!と脚を蹴られてやっと、私は詰めていた息を吐いた。
あー良かった!聞いて良かった!マジで!
- 441 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:52
-
「先生」
「何、まだ何かあんの?」
先生は不審そうに眉をひそめる。
それを無視して私は言葉を続けた。
言わないつもりだった。
でもどうしても言いたい事でもあった。
冷静な口調の裏で、伝えるなら今しかない、という変な焦りが私を突き動かしていた。
「私、先生が結婚するって聞いて、すっごく嫌だったんですね」
「うん」
「もう、本当チョー嫌で死んじゃうくらいだったんです」
「ぶはっ、マジで?」
「マジです、マジなんですけど…
…これって先生の事、好きって事、なん、です、か、ねえ…」
言った。
言ってしまった。
しんと静まり返った中、ぎこちなく途切れた自分の声が、はっきり響いていた。
顔、熱い。
でも頭は妙に冴えていて、私は何となくこの先の展開を予想していた。
ふ、とシニカルに先生は口の端だけを上げる。
「何それ、告白?」
「…分かりません。
でも、好き、なんです」
正直な気持ちだった。
ずっと悩んできたし、言葉も濁しまくってるけど、根幹はいつもここなんだ。
…先生、何か言ってよ。
気まずい状態に俯いて、私は先生の返答を待つ。
「…あっ、そう!よーし、分かった!
君の気持ちはよおく分かった!ありがとう!」
「………」
「あーうん!そうねそうね!いやあ、参っちゃうなー!
モテる女は辛いってね、ははははは…」
「茶化さないでください」
無理矢理明るい声を出して、この場から逃げようとする先生に、私は語気を強める。
多分、こんなマジな私、先生は知らない。
睨む様に先生を見据えると、彼女はその大きな目を更に見開いて私を眺めていた。
- 442 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:53
-
「…梅田、そういう意味だったら出直しておいで」
「何でですか?」
「何でって…」
「私だって、ぶっちゃけよく分かんないんです。
でも、好きって気持ちすらちゃんと受け取ってくれないんですか?」
「………」
「それは私が生徒だからですか?
それとも私が…女、だからですか?」
見つめ合ったまま、お互い視線を外そうとしない。
先生のその目付きは鋭さを増し、私は少し恐くなる。
私だって、こんなマジな先生、見た事ない。
不安や緊張で、膝が震えてるのが分かった。
ああ、心臓が壊れそうなくらいばくばくいってる。
普段から省エネモードな私からは考えられないくらい、超労力使ってる。
でも負けない。
倒れない様に、脚に力を入れ直す。
すると、うーん、と呻いた先生は頬杖を付き、こてんと頭を傾けてきた。
そしていつものにやにやした顔付きで、私にこう問い掛けてきたのだった。
「あのさ、じゃあ訊くけど、梅田は私のどんな所が好きなの?」
「…優しい所とか、面白い所とか…クールで格好良い所…ですかねえ」
「じゃあ、嫌いな所は?」
「………は!?嫌いな所?」
「そう、嫌な所や直して欲しい所」
思いも寄らない台詞に、私は取り乱しては声を引っくり返す。
そんな私を尻目に、先生はさも楽しそうに、じゅーう、きゅーう、はーち…とカウントダウンを始めたのだった。
嫌いな所!?
えー!?えー!?
と、特にないんですけど…!
ていうか何、私、試されてる!?
「ごーお、よーん、さー…」
「えーっと、えーっと、こ、言葉遣いが荒い!…とか?」
「よく言われます。はい次」
「えええええ!?」
「さーん、にーい、いーち…」
「えっとえっとえっと…!」
「…ぶー、しゅーりょー」
「………」
…全然出て来なかった。
先生は、ふふん、と鼻を鳴らし、勝ち誇った笑みで私を見上げている。
負けだ…完敗だ…
私は心の中で膝を付いて項垂れた。
まさしく、オー、アール、ゼット…チーン。
- 443 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:55
-
「惚れた腫れた以前にさあ、梅田は私の良い所しか見てないんだよ。
そういう所に、何つーか憧れてるだけなんだって」
「そんな事…!」
「だって梅田は私の事を知らな過ぎるじゃん。
学生時代、私が金髪だった事だって、今の2倍くらい太ってた事だって知らないでしょ?」
「………うっそ!」
私は驚いて言葉を失い、脚を組み背もたれにふんぞり返っている先生をまじまじと観察する。
すっきりと尖った顎。
薄いデコルテ。
華奢な肩。
細く括れた腰の身体のライン。
それを2倍に膨らませて………
ボン!!
…駄目だ、全然想像出来ない…ていうか信じられない…
私は開いた口を閉じる事も出来ずに、ただ唖然としてそこに立ち尽くしていた。
先生は先生で、つーか髪の毛なんて昔は自分で切るもんだったしなー1回坊主にしてみたかったんだよねーバリカンでガガガーとか超格好良くね?…とか何とか独り言を唱えては、人差し指にくるくると毛先を絡めている。
暫くして、先生は突然こっちを向く。
その目は悪戯っぽく細められ、口角は得意気に釣り上がっている。
そう、まるで最初に出会ったときの、あの何か企んでいる子供の様な表情で、先生は喋り出した。
「まあまあ梅田サン」
「…何ですか」
「とりあえずはさ、私がブラックコーヒー飲めないって知ってからの話じゃない?」
「………!」
言い終えて、先生は側にあったその黒いスチール缶を一気に煽った。
白い喉をごくごくと上下させては、厳選された豆から抽出されただか何だかよく分からないけどとにかく無糖で苦み走ったそれを飲み干し、開口一番、にっげー!と舌を出して滅茶苦茶ぶっさいくに顔を歪める。
私は叫んだ。
「………み」
「み?」
「見かけ倒し!!」
私の言葉に、ぶはっ!と噴き出した先生は、暫しの間げほげほと苦しそうに咽せた後、カレーも甘口しか食べれませえん、と涙目でおどけてみせたのだった。
- 444 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 22:58
-
「つー訳で、そういう話は私の事をもっとよーく知ってからでもいいんじゃない?」
「………」
「何?納得いかない?」
「…そりゃそうですよ」
何か、上手くまとめられちゃった感じ。
全然すっきりしない。
口を尖らせる私を、先生は困った様に笑んで覗き込んでくる。
「だってこの通り、私、梅田が思ってるほど格好良くないよ?」
「………」
「都合悪けりゃこうやってごまかしたり、面倒臭い事からは逃げたりするし。
…それに電話1つ出来ない臆病者だし。
クールでもなければセクシーでもない、子供なんだよ………ってそりゃごっちんの台詞か」
「は?」
ごっちん…って誰?
急に知らない名前を出して先生は、一人で突っ込んで、一人でくつくつと喉を鳴らしていた。
「…そういう事だから!今夜は一人で泣き濡れてください!」
「えー…」
「はい、帰った帰った」
しっしっ!と邪魔臭そうに手で払いのけられて、私は仕方なく鞄を掴んだ。
あーあ、なんだかなあ。
結局もやもやはもやもやのままじゃん。
マジ疲れた。
変に力使っちゃったよ。
じゃーさよーならー、と適当に挨拶して背を向けると、ぽつん、先生の呟きが降ってきた。
「あ、お前には矢島がいるか」
私は咄嗟に振り返る。
全ての動きが止まった中、先生は不敵な笑みを浮かべていた。
「私の事をもっとよく知った上でさ、それでも好きだって言えるならまた来なよ。
そしたらそんときはちゃんと考えて相手してやるよ」
だって私、梅田が思ってるよりずうっと梅田の事好きだよ?と、そう加えて、手をひらひらと振っていた。
- 445 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 23:00
-
…何ですかそれ、爆笑!と、私はいつもの口癖を口走り、静かに戸をすり抜けた。
廊下に出ると、爪先に向かって息を付き、そしてゆっくりと首をもたげる。
正面の窓ガラスには、今にも泣き出しそうな私の顔が映っていた。
先生。
私、先生の優し過ぎる所が大嫌いです。
- 446 名前:salut 投稿日:2009/05/20(水) 23:01
-
◇◇◇◇◇
- 447 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 23:02
-
「…爆笑って、顔全然笑ってねーじゃん…」
1人取り残された部室で、私は梅田の出て行ったドアを呆然と見つめていた。
彼女の、長く伸びた後ろ髪が、残像としてまだ網膜で揺れている。
言わないだろうと侮っていた。
あいつは絶対言ってこないだろうと高を括っていた。
驚いた。
まさか梅田が。
まさかあの梅田が。
まさかあのどヘタレの梅田が私に告白してくるなんて…!
手の平にかいた変な汗を、服にごしごし擦り付けて拭う。
ばかやろう、私だって超緊張したっつうの。
私はパンツのポケットから携帯を取り出す。
手早くそれを開くと、画面には今まで穴が開くほど見つめてきた、11桁の数字の羅列―ごっちんの携帯の電話番号。
あいつだって。
あいつだって勇気出して頑張ったんじゃん。
私だって…!
すっかり乾ききった喉に唾を押し込む。
かさついた唇を1度舐め、そして私は通話ボタンを押した―――
- 448 名前:私のリリイ 投稿日:2009/05/20(水) 23:03
-
◇◇◇◇◇
- 449 名前:salut 投稿日:2009/05/20(水) 23:06
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
7 >>231-245
8 >>255-266
9 >>275-288
10 >>301-312
11 >>320-334
12 >>368-376 +α >>378
13 >>390-400
14 >>415-427
15 >>436-447
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357
- 450 名前:salut 投稿日:2009/05/20(水) 23:07
-
一部事実を捩じ曲げている箇所がございます、ご了承下さい。
あと、不得手な雰囲気ですので、深夜に読んで頂きたいです。
すいません、細々と続けさせて下さい…
5月中にまた更新出来ればいいなあ。
>>431
ありがとうございます、非常に嬉しいです。
…くそう、何言ってもネタバレになりそうなので、私が頑張ります笑
>>432・七氏さん
ありがとうございます!
前者の2人が、想像以上に受け入れて下さっていて、書いた私としてはかなり安心しています。
私で良ければまた書きますね。
>>433
ありがとうございます、励みになります。
長くさせてしまった首の治療費を払いたい。
>>434
ありがとうございます。
この人のこういう所を書きたい!こういう風に書きたい!というのが1人1人あるんで、伝わっていれば幸いです。
- 451 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/21(木) 04:18
- 細々と、なんて必要ありませんよ!むしろもっと大々的にでも(・∀・)イイ!!
飼育にはここ目的で来てるって人もいるのでは???
…この年頃の子って子どもだと侮ってたら足をすくわれちゃうんですよねぇ。うん、青春だな!
- 452 名前:三拍子 投稿日:2009/05/21(木) 18:22
-
どうしてこうも作者さんの文章は面白いんでしょうか‥‥(T_T)
尊敬します。これからも頑張って下さい!!
- 453 名前:salut 投稿日:2009/06/09(火) 00:55
-
◇◇◇◇◇
- 454 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 00:56
-
今日も厳しい練習を終え、他の部員たちと一緒にクラブ棟へ戻ってきた。
あー疲れた!とか、お腹すいた!とか何とか各々ぼやきながら部室の戸を開け、汚れたシューズを脱ぎ散らかす。
漆喰壁に囲まれた室内に、色々なデオドラントスプレーの香りが混ざり合う。
私は、パウダーシートで首筋を拭きながら無意識に携帯をチェックする。
新着メールが3件。
誰からだろ?
1通目はお母さんから。
2通目はどうでもいいメルマガ。
3通目―つい5分前に送られて来たそれは、えりからのだった。
『おつかれさま!今日ちょっと会えない?』
その短くまとめられた文面にさっと目を走らせて私は、考えるより先に行動する。
ガーッとジャージを脱ぎ捨て、ガーッと制服に着替えた。
えりが私を呼んでいる。
それに応えるだけのために私は動いている。
今日の出来事。
噂の話は、えりが保健室に行った後に聞いた。
彼女の体調も心境も、ずっと1日心配で、思い悩み出すと切りがなかった。
ごめん、お先にっ!と部室を飛び出す。
ダッシュで駐輪場に向かっていると、半ばくらいのところで家の鍵を忘れてしまった事に気付く。
ああ!こんな事してる場合じゃないのに!
即Uターンして部室に戻り、叫びながら部室に飛び込んだ。
「家の鍵忘れたー!!」
「もー舞美ったら」
しょうがないなあ、と温かく微笑む仲間たちに送られて、私は再度家路を急ぐ。
が、しかし、今度は自転車を目の前にして、その鍵を置いて来てしまった事に気付いてしまったのだ。
またも大慌てで部室に舞い戻ると、しっかりしてよー、といささか呆れた声で出迎えられた。
3度目、鞄をまるごと忘れてしまったときの、彼女たちの冷ややかな視線が忘れられない。
- 455 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 00:57
-
急げ急げ急げ!
部活の疲れもなんのその、私は全力疾走で駐輪場へと駆けていく。
早く早く早く!
この時間、もうきっとえりは家に帰っているはずだ。
自転車のカゴへ乱暴に鞄を突っ込む。
そしてハンドルを握り、力一杯引き出そうとして…げっ!別の自転車にペダルが引っ掛かってる!
そのせいで、ぐらりと傾きかける右隣の銀のフレーム。
やたらスローモーションで映るそれに、以前のドミノ倒しの悪夢が音速で頭を過った。
いや!もうあんな失敗は…!
私は思いっきり前につんのめり、腕を目一杯伸ばして、ギリギリのところで隣のハンドルの端を掴んだ。
セ、セーフ!
でもこの体勢、辛い…!
二の腕をぷるぷると痙攣させ、腰がつりそうになるのを我慢しながら、私はゆっくりと身体を起こそうとして…
「まーいみっ!」
「うわっ!!」
突然後ろから話し掛けられ、私はそのまま自転車諸共、前に倒れ込んでしまったのだ。
ガシャガシャガシャン!
派手な金属音が辺りに響いて、既視感も甚だしい光景が目の前に広がっていく。
あああああ…!
その場にぺたんと座り込み、またも涙目になりながら背後を振り返ると、何やってんの?と不思議そうに首を傾げたえりが私を見下ろしていた。
- 456 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 00:58
-
「珍しいね、こんな遅くまで学校にいるなんて」
「…んー、まあね」
アキレス腱が筋肉痛になって自転車が漕げない、というえりを後ろに乗せて、私はペダルを踏んでいた。
私の肩を掴んで立ち乗りしている彼女の声が、頭の上から降って聞こえる。
注意深く会話をしていても、えりは全くいつも通りだった。
今朝の憂いた雰囲気を微塵も感じさせないほど彼女は明るかった。
ほっと安心する反面、無理してるんじゃないかと疑いたくなる。
慎重に言葉を選んでいる私を、冷えたつむじ風が追い越していき、髪を後方へ吹き上げる。
思わず、寒っ!と呟いた私の首に、ふと温かくて柔らかなウールの感触。
「え?」
「首、寒そ」
巻かれたのはえりのマフラーだった。
香水がふわりと香って、彼女のいい匂いに包まれる。
えりは優しい。
だってえりのマフラー、私が使っちゃったらえりが寒いじゃん。
それにマフラーくらい私だって持って…
「あああ!」
「えっ?何なにどうしたのっ!?」
「マフラー忘れた!!」
突然叫び出した私にえりが、ぷっと噴き出す。
更に私がさっきの出来事―忘れ物のために部室を3往復した話をすると、舞美らしいわ、とけたけたと笑っていた。
- 457 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 00:59
-
「舞美ってさあ」
「え?何?」
「本当そそっかしいよねー」
「えー?そうかなあ?」
穏やかな口調で話し始めるえり。
私は後ろのえりに聞こえる様に、少しボリュームを上げて彼女に返事をする。
「そうだよ。
それに天然だし忘れっぽいし」
「んーでも天然はえりも…」
「いっつも一所懸命で全力投球。
汗っかきでよくコケるし、よくかむ。
それから大食いで、好きな食べものはさくらんぼ」
「え、ねえ、どうしたの?」
「実はビビリで虫が超苦手」
「ねえってば!」
「勘弁してよねー、私だって駄目なんだからさあ」
「えり!」
唐突にえりはぺらぺらと喋り続け、私が何度口を挟んでも一向にやめようとしない。
それどころか、スポーツテストの成績や飼っている犬の癖、果ては家族の近況まで話し始めたのだ。
戸惑って後ろを向くと、危ないよ、と首を戻される。
その話はご丁寧にも、とか言って、で締められた。
「ねえ、どうしたの?急に」
「…いやあ、私、改めて舞美の事よく知ってんだなーって思って」
「?」
本当にどうしたんだ。
本人は、そう言ったきり押し黙っている。
様子を窺うべくして、私もつい倣うみたいに沈黙してしまった。
- 458 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:00
-
気が付けば賑やかな駅周辺を通り過ぎ、住宅街に差し掛かっていた。
脇道に入ると、人通りも疎らでとても静かだ。
ぽつぽつと灯る家の明かりと、どこからともなく漂ってくるカレーの匂い。
お腹が小さく、ぐう、と鳴いた。
そのままアスファルト舗装された堤防に差し掛かる。
夜露に濡れた緑が土手を埋め尽くし、刈り揃えられた草が風に合わせて身体を揺らしていた。
傍らを流れる浅瀬の小川に沿っていけば、私とえりの住む町がある。
「お腹すいたねー」
「…ねえ」
「えっ、何?」
「舞美ってさー、私の嫌いな所って言える?」
「へっ?嫌いな所?」
「うん、嫌な所とか直して欲しい所」
「えー…」
おかしい。
実におかしい。
本当に本当にどうしたんだ。
ちらりと背後を見上げると、催促する様に大きな目が見つめてきた。
その眼差しは真剣そのものだ。
私は困る。
えええ…嫌いな所なんて…
私は散々頭を巡らした挙げ句、口を開いた。
- 459 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:01
-
「ええっと…優しい所とか!」
「…は?」
「本当は虫も殺せないくせに私のために退治してくれたりするじゃん?
今だって自分が寒いのにマフラー貸してくれたりするじゃん?」
「舞美?」
今度はえりが不思議がる番だ。
私だって止める気はない。
「それから、さりげなく気い使ってくれる所とか、何気なく支えてくれる所!
面倒見のいい所とか、周りを笑わせて場を明るくしてくれる所!
あとあと、いっつも相談乗ってくれて、それはありがとう!」
「ちょっと!」
「私、えりの嫌いな所10個言うより、好きな所100個言った方が早いんだけど!」
「………」
「それじゃ駄目かなあ…とか言って!」
「………」
「えっと…えり?」
「…どうしてそういう事言っちゃうかなあ!」
少し潤んだ声を誤魔化す様に、えりが私の肩を激しく揺さぶる。
バランスが崩れて慌てる私を笑っていた彼女は、それから小さく小さく問い掛けてきた。
「ねえ、舞美」
「何?」
「あのさー…恋してないのに失恋するって有り得ると思う?」
「ええ!?」
「………」
訊かれた事はテツガクテキというか、どうも難しくて理解出来そうもないけど、いつだって私の答えはシンプルだ。
考え過ぎるのは性に合わない。
「…えっと、よく分かんないんだけど!」
私は言葉を返す。
息を吸い込むと痛いくらいに冷えた空気が喉にへばりついた。
でもそれごと引き剥がす様に、私は前に向かって大きく声を飛ばす。
「悲しいなら思いっきり泣いちゃえばいいと思う!!」
- 460 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:03
-
次の瞬間、私の肩を掴んでいたえりの手に、ぐっと力が込められたのが分かった。
そして消え入りそうなか細さで彼女は、とめて、と呟いた。
言われた通り私はブレーキを掛けて自転車から降りる。
えり?と呼んで彼女の方を向こうとすると、そうする前に後ろから抱きしめられた。
腰に柔らかく腕が回され、肩口に頭を預けられる。
「ごめん、ちょっとだけこうさせてて」
「…うん」
震える吐息を受け止めながら、私は空を仰いだ。
煌々と輝く月の周りには、いつだって無数の星が駆けている。
「私、やっぱり舞美がいなきゃだめだ」
そう囁いたえりの言葉を、私はそのまま彼女に返したい
私だってえりがいなきゃだめだよ
えりじゃなきゃだめなんだよ
ねえ、えり
好きって何なんだろう、の私なりの答えだけどさ
月並みだけど、ずっと一緒にいたいって思う事なんだけど、どうかな?
私、えりが憧れる様なクールビューティーにはなれる自信はないけど
えりの事、1番よく知ってる大人にはなれるよ
…とか言って
私は瞳を閉じる。
えりの涙も悲しい気持ちも、私が半分貰ってあげる。
肩に心地良い重みを感じながら、私は気付かれない様に少しだけ彼女の方に身体を傾けた。
- 461 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:03
-
◇◇◇◇◇
- 462 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:04
-
暫くして、あー!すっきりした!とえりが顔を上げる。
目が若干赤くなっていた気がしたけれど、それは暗くてよく見えなかった事にした。
再びえりを乗せて私は帰路を進む。
「あーもう次っ!次っ!
もっといい人見付けてやるっ!」
「うん!そうだそうだ!」
背中の彼女はもうすっかり吹っ切れた様で、異様なテンションで高らかにそう宣言していた。
えりが元気になると私も嬉しい。
身体の奥から湧いてくる充足感をそのまま脚に込めてペダルを漕ぐ。
今走ったら、自己最高新記録、出せるんじゃない?…とか言って!
「だから舞美がフラれたときは、私が慰めてあげるからねっ!」
「うん!そうだそうだ!
………ってちょっと待って!」
どうしてフラれるの前提になってるの!?
そう突っ込もうと、えりの方へ笑い掛けようとした、そのときだった。
- 463 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:05
-
「舞美っ!前っ!」
えりの張り詰めた叫号に、私は咄嗟に前を向き直る。
目の端を焦がす様な強い光が、直ぐに視界を埋め尽くした。
あ
ヤバい
ヤバい…!!
私は瞬時に力一杯拳を握ってハンドルを切る。
悲鳴にもよく似た甲高いブレーキ音が、乾いた空気を切り裂いた。
- 464 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:07
-
えり
だいすき
- 465 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:07
-
◇◇◇◇◇
- 466 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:08
-
あの忌まわしい夜から5日が開けた。
ホームルームを終えた教室、朝の清々しくも騒がしい風景の中に、1つ無人の席だけが抜け落ちた様に暗く沈み込まれていた。
それは廊下側から2列目、1番後ろの―そう、えりの机だ。
私は窓際の前から3番目の自分の席から、彼女の本来いるべき場所を見つめ、そして締め付ける様な胸の痛みと共に頭を抱えた。
どうして…
どうして私だけ…!
「舞美…落ち込まないでよ」
「…そうだよ、しょうがなかったんだって…」
私を心配して、みやと小春が話し掛けてきてくれたのが声で分かった。
優しい手付きで私の髪を撫で、慰めようとしてくれている。
自然と涙が零れそうになり、殊更私は顔を上げる事が出来なかった。
えり。
えり。
えり…!
- 467 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:09
-
「お`あ`よ`ー」
と、そこに、聞き慣れた声―を100倍がらっがらに嗄れさせたものが微かに耳に届いた。
そう、それがどんなにオカマ声に変換されていようが、ヘリウムガスを吸った後であろうが、この声だけは聞き間違えたりはしないのだ。
「えり!!」
私は素早く反応し、ガーッとえりに駆け寄った。
そのとき、凄い勢いで立ち上がったから後頭部に何かぶつけたんけど、そんな事は全然気にしなかった。
顎を押さえたみやがその場にうずくまっていたのは後で気付いた。
- 468 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:11
-
事の真相はこうだ。
あの夜、急ブレーキを掛けてハンドルを切った私、そしてえりと自転車は、土手の方へ吹っ飛び、ごろごろと坂を転がった。
持ち前の運動神経のお陰か、私は咄嗟に受け身を取る事が出来たので、少し肘と膝を打っただけで大事には至らなかった。
一面に生えた雑草が衝撃を和らげてくれたのも幸いしたのだろう。
「♪2人乗りは危ねえよお〜」
見上げると、ちりんちりんと自転車のベルを鳴らしつつ、くたびれた作業着を着たオッチャンが間の抜けた替え歌を口ずさみながら、馬鹿でかい懐中電灯片手にちんたら通り過ぎる所だった。
そう。
何て事はない。
ただちょっと左右のどちらかに避ければいいだけの事だったのだ。
私は呆然としてその場にへたり込む。
ひっくり返った車輪が、からからと虚しく空回っていた。
と、やっとここで私はえりの姿が見えないのに気付く。
慌てて周囲を見渡すが、一向にその影を認める事が出来ない。
気が動転して、えり!えり!と泣きそうになりながら地面を掘っていると、川からばしゃーん!と音を立てて何かが出現してきたのだ!
ひっ!と喉を震わせて後ずさる。
…が、よくよく目を凝らしてみると、貞子よろしく顔に長い髪を垂らして俯き、全身びしょ濡れで佇んでいたのは、他でもないえり本人だったのだ。
「えっ、えり!!」
「1つ言い忘れた…」
「………へ?」
今直ぐにでもえりの元へ向かおうとする私を制止する様に、彼女が静かに口を開いた。
その唇は、髪から覗く僅かな隙間からでも、紫に変色しているのが分かる。
そして絶えず水を滴らせていたそれを掻き上げると、こう呟いた。
「舞美って本っ当、大袈裟だよね…」
加えて彼女は、ぶわっくしょーいっ!と大きなくしゃみを一発かますと、そのまま後ろに倒れてしまったのだ。
- 469 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:13
-
「えり!もう大丈夫なの!?」
「うん…熱は下がったー」
私はえりに抱きつきながら、彼女の額に手を当てる。
身体を引き摺る様にして教室に入ってきたえりは、口に大きなマスクを装着し、ごほごほと咳を繰り返していた。
まだまだ体調が芳しくないのは明らかだ。
「えっ!まだ熱あるって!おでこ熱いもん!
本当に大丈夫!?私、薬持ってるよ!パブロ…」
「いらない。
…てゆうか風邪うつるから」
はなれて、と冷たく腕を引き離される。
2人の間に出来た空間に、私は計り知れないショックを受けた。
えり、怒ってるんだ…
そうだよね…
あんな事したんだもん、当たり前だよね…
私は酷く落ち込んで、しゅんとこうべを垂らす。
するとえりは、私の顔をとても面白そうに覗き込んできた。
そしておもむろにマスクを下にずらすと、白い歯を見せて悪戯っぽく微笑んだのだ。
「うそ。うつしてやる」
そうやってえりが抱きつこうとしてきたから私は、やだー!と笑って身を捩る。
そのまま廊下に飛び出して、私たちはきゃあきゃあとはしゃいでいた。
私は噛み締める。
私は えりが 大好きだ!!
- 470 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:14
-
◇◇◇◇◇
- 471 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:16
-
「…で?廊下で追い掛けっこしてて?」
「………」
「矢島が全力疾走で逃げたから?」
「………」
「梅田が追い付けなくて?」
「………」
「倒れて今、保健室で寝てるって事?」
「………すいません」
「ばーか」
3限の始め、えりの欠席を吉澤先生へ伝えると、とても素っ気なくあしらわれた。
私は面目が立たず、先生の前で身を縮める。
そんな私をにやにやと眺めながら先生は、それはそれは美味しそうに缶コーヒーのブラックを啜っていた。
- 472 名前:私のリリイ 投稿日:2009/06/09(火) 01:17
-
◇◇◇◇◇
- 473 名前:salut 投稿日:2009/06/09(火) 01:18
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
7 >>231-245
8 >>255-266
9 >>275-288
10 >>301-312
11 >>320-334
12 >>368-376 +α >>378
13 >>390-400
14 >>415-427
15 >>436-447
16 >>454-471
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357
- 474 名前:salut 投稿日:2009/06/09(火) 01:19
-
以上、とても楽しく書かせて頂きました、矢島編です。
…期待外れですいません…
相変わらずデリカシーがなくて本当に申し訳御座いません。
次でラストですので最後までお付き合い頂けたら嬉しいのですが…
>>451
いやいや、絶対そんな事は有り得ないですよ!
しかしながら、お世辞でも嬉しいです、ありがとうございます。
そうなんです、青春なんです!
青春、それは触れ合いの心!幸せの青いくm(ry
>>452・三拍子さん
わわっ!ありがとうございます!泣かないで下さい!
いやいや、光栄ですが、私なんてまだまだ勉強不足です;;
- 475 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/10(水) 00:54
- とても楽しく読ませていただきました。期待以上ですよ!
次で終わりですかっ?
うわあ、アレはどうやって収めるんだろう。
わくわくして待ってます。
- 476 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/10(水) 23:51
- えええ!もうラストなんですか!
そりゃないですよ!
これを心の糧に生きているのにしねって言うんですね
とか言って!
楽しみにしてます
- 477 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/26(金) 19:20
- 最後の描写が気になるなー。
あれは罠だったのか?
- 478 名前:salut 投稿日:2009/07/05(日) 01:26
-
また間が開いてしまい大変申し訳ございません。
最終回を更新させて頂きます。
皆様の思い描くラストには程遠いかもしれませんが、最後まで見届けて貰えたら幸いです。
最初にレスのお返事をばさせて頂きます。
>>475
ウィットに富んだレスをありがとうございます。
とても嬉しいです、安心しました。
こんな感じになりました。
収まって…いますでしょうか;;
>>476
ありがとうございます。
476さんの言葉に、このお話を書いてよかったって改めて感じました。
本当そりゃないですよね。
これからの彼女たちを妄想する事を糧に生きて下さい…とか言って!
>>477
ありがとうございます。
いっぱい邪推して下さい。
- 479 名前:salut 投稿日:2009/07/05(日) 01:28
-
◇◇◇◇◇
- 480 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:29
-
アヤカとまいちんがやっているカフェ・ロコは、夕方を過ぎればダイニングバーへと形を変える。
店に充満した夜は、間接照明の柔らかな明かりと、テーブルごとに置かれた小さなキャンドルに優しく灯されていた。
デューク・エリントンの叩く軽快な鍵盤とアイヴィンの伸びやかな歌唱が耳に心地良い。
そんなアヤカこだわりの空間に、疲れきったサラリーマンさながらの哀愁を背中から滲ませている女がいた。
そう、私だ。
カウンターで1人、あん肝の酒蒸しを箸で突っつき琥珀色の麦焼酎をロックで傾けている様は、これまさしく百年の孤独…なんつって。
「アヤカー、次い」
「もー、よっちゃん、いい加減にしなさいよ?」
「あと1杯だけだからー」
しょうがないなー、とリキュール類が整頓された棚の横、吉澤ボトルキープコレクションに手を伸ばしてるアヤカだが、今日このやり取りを7回は繰り返している事を、彼女は多分覚えていないだろう。
滅多に手に入らない地酒から手軽な缶ビールまで、ここら辺でこんなにも各種豊富な銘柄を取り揃えているのはこの店だけ、というのは余り知られていない。(ちなみにこの店で1番旨い料理は、まいちんが厳選した米と水で炊いた白飯ではなく、私があるもので適当につくった野菜炒めだという事はもっと知られていない)
まあそれは全て私のせいなんだけど、やはり持つべきものはバーを営んでいる親友である。
多少の我が侭も融通もきく。
酒飲みには嬉しい限りだ。
「何にする?」
「んー…あれにしとく、俺とお前の…」
「はいはい」
それもこれも、私たちがこれだけの単語で会話が成立するほどの仲だからってのもあるんだけどね。
アヤカがボトルを抱え、透明の液体をグラスに注いでいる。
荒く削られた氷が滑らかに溶けていくのをぼんやり眺めながら、私は恨めしさを込めて呟いた。
「昔の友は今も友…って、んな訳ねーじゃん」
「何、よしこ暗いじゃん、ど・う・し・た・の・さ!」
するとそこへ、最後の客を見送ったまいちんが、私たちの元へとやってきた。
いつの間にかBGMが河島英五に変わっている。
ちかれたー!と肩を回しつつまいちんは、席なら幾らでも空いているのにも関わらず、どけと言わんばかりに私と同じスツールに座ろうとしてきた。
しかし私は特段気にする事もなく、尻を半分はみ出させたままグラスを受け取り縁に口を付ける。
「結局、連絡つかなかったんだって」
「あ、そうなんだ…」
焼酎をちびちびと吸い、だんまりを決め込む私の代わりにアヤカが答え、まいちんがばつが悪い表情を浮かべた。
そう、ごっちんの事だ。
2人には彼女の話はしてある。
- 481 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:30
-
そうなのだ。
あの冬の夜、勇気を出して電話を掛けたはいいが、通じた先は全く存じ上げないヤスダという人だった。(しかも「残念だったわね」と慰められた)
当たり前かもしれない。
もうあれから6年も経っているのだ、携帯を数度替えていてもおかしくはない。
しかしそれだけじゃ諦めきれなかった私はもう1つ行動的になり、母校に彼女の住所を訊ねたのだ。
『久しぶり。もしよかったら連絡して』
何を書いていいか散々迷った挙げ句、そんな短いメッセージと自分の携帯の番号を添えて、件のDMを彼女に送った。
けれども暫くして、宛所に訪ねあたりません、という赤いスタンプと一緒にそれは、マンションの郵便受けに舞い戻ってきたのだった。
そしてあれよあれよと時は過ぎ、明日、その個展の初日を迎える事になったのである。
「…そういえば、全部はけたね、DM」
「ああ、そうだね」
大量に刷ったそれの内、200枚くらい店に置いて貰ったのだが、見事になくなってしまっていた。
明日から5日間、一体何人の人が来てくれるのだろうか。
自分の作品展の前日というのに余り実感が湧かない。
高揚感より落胆の方が大きいから、全然テンションが上がらないのだ。
私はカウンターに突っ伏して、酒臭い息を吐き出す。
「…あいたい…」
熱く籠ったその言葉は、薄い煙の様にくゆって消えた。
私らしくない弱音は、アヤカもまいちんも聞かなかった振りをしてくれる。
2人は優しい。
アヤカがつくった至極薄い水割りも、まいちんの渋い選曲も、私を丸く包んでくれる。
- 482 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:31
-
◇◇◇◇◇
- 483 名前:salut 投稿日:2009/07/05(日) 01:31
-
春休みの初日、清々しく晴れた昼下がりに、ピンポーン、とインターフォンが鳴り響いた。
私はそれに、はーい、と適当に返事して平気で無視をする。
悪いがこちとらそれどころじゃないのだ。
私は今、瞼の際にアイライナーを引く、という大変神経を使う繊細な作業を行っているのである。
これが上手くいくかいかないかで、今日の気分が著しく左右されるのだ。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピポピポピンポーン。
ピポピポピポピポピポピポピポ………!
呼び鈴が明らかに苛立ちの色を見せてきた頃、やっとメイクが完了して私は、今行くー、と玄関へ向かった。
ローファーに爪先を突っ込んでドアを開ける。
私はにっこり微笑んだ。
「お待たせ、梨沙子」
「…遅い」
不機嫌そうに頬を膨らまし私を睨んでいるのは、幼馴染みでまるで本物の妹の様に可愛がってきた、梨沙子だった。
私は携帯で時間を確認しながら言い返す。
「待ち合わせ時間、今がちょうどじゃん。
梨沙子が早いの」
「待ち合わせ場所、うちなんですけど」
「………あは」
「…そんな事だろうと思った」
はあ、と呆れた様子で溜め息を付かれる。
む、生意気な奴め。
最近やけに反抗的なのはなぜだろうか。
「ま、いーじゃんいーじゃん…てゆうか髪、跳ねてる」
「えっ」
「リボンも変」
私は上から順序よく、梨沙子の柔らかな髪を手櫛で梳かし、リボンを巻き直し、プリーツのひだを正す。
身を屈めながら、結局こういう世話が焼ける所は変わらないんだな、と考えると何か面白くって、ふ、と自然に口角が上がった。
慌てて鏡を取り出し毛先を整えてる彼女の脇を、行ってきまーす、と擦り抜ける。
が、やっぱり忘れ物をしたまま行く事は出来ないのだ。
私は後ろを振り向いて左手を差し出す。
「はい」
「え?」
「手」
「手?」
梨沙子は不思議そうに私の爪をじいっと見つめ、首をもたげ、次は目を覗き込んでくる。
私がふいにそれを避けると彼女は、うん!と嬉しそうな声を上げて、痛いくらいにぎゅっと手の平を握ってきたのだ。
「ちょっとお!」
「いひぃー」
私がわざと怒った振りをして、梨沙子が頬を緩めて笑ってる。
ああ、きっとこれからも、ずっとこんなふうに繋がってるんだなあ。
お返しに彼女の腕を強く引っ張りながら、唐突に、何となあく、そう思った。
- 484 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:33
-
さて、なぜ私たちが、休日なのにも関わらず、制服で待ち合わせしているかというと、この1枚のDMが原因なのである。
3学期最後の授業にこれを全員に配り終えた吉澤先生は、来ねえ奴は美術1に成績表書き換えとくからー、としれっと言い放ったのだ。
常識的に考えたらそんなの不可能な筈なんだけど、この人ならやりかねない。
修正テープの上に油性マジック(しかも太い方)で書き殴られた1という文字がありありと想像出来た。
という訳で、授業でお世話になっている小春に舞美やえりかちゃん、あと梨沙子や愛理ちゃんも加えて、もー皆で行っちゃえばよくない?的なノリで約束を取り付けたのである。
駅前で待ち合わせをして私たちは、件の写真展が開催されているギャラリーへと向かった。
繁華街から少し離れた、緑ある閑静な街並みにそれはあった。
四角い箱を思わせる、やたら無駄のないフォルムの白い建物だ。
中に入ると、教室1つと半分くらいの面積なんだけど、オフホワイトの壁と高い天井のせいでより広く開放的に感じる。
突き当たり一面の大きなガラスと、アットランダムにくり抜かれた正方形の天窓からの採光が、室内を明るく快い空間に演出していた。
私たちは、すごっ、と小さく感嘆する。
余す所がないくらい、壁やパーテーションに先生が撮り溜めていたであろう写真が展示されていた。
当の先生は部屋の奥の方で、誰かと親し気に会話している。
なので私たちは、挨拶の先にそれらを見て回る事にした。
先生の写真は、ほぼ人物が被写体だった。
例えば、真剣な眼差しでバットを構えている草野球の少年だとか、ベンチで仲良く肩を並べる老夫婦だとか、思わず顔が綻んでしまいそうな、微笑ましくて優しいものばかりだ。
撮り方のテクニックとかレンズの種類とかいまいちよく分かんないけど、何となく先生のこだわりは感じる。
モノクロだったりカラーだったり、様々なサイズに引き伸されていたり時にはコラージュされていたりしたそれを、私たちは大人しく鑑賞していた。
が、そこへ雰囲気ぶち壊しのハイトーンで小春が私たちを呼んできたのだ。
「あああ!来て来て!」
「ちょ、小春うるさい!」
「うちらの写真あったんだって!」
「え?マジ?」
相変わらずのオーバーアクションでぶんぶんと手招きをしている小春。
私たちも急いでそちらに移動した。
- 485 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:35
-
その壁一面には、葉書より一回り大きい2Lサイズの写真が規則正しく上から下までびっしりと貼られていた。
ぱっと見でも、あちらこちらに我が校の制服が確認出来る。
私たちは楽しくなって、自分たちの姿を探し始めた。
「あれ、えりじゃない?」
「愛理もいるー!」
「あ、梨沙子じゃん」
「ねえねえ!小春の少なくない!?」
「うわっ!撮られてたんだ!」
「何これいつの間に!」
「えっ、ていうか…」
「まさかこれって…」
「………」
「………」
私たちは次第に言葉を失っていく。
舞美が体育祭のリレーでゴールテープを切ったときの1枚。
えりかちゃんがカメラ目線で変顔をキメている1枚。
これらはまあ、いいとしよう。
美術の授業中、数冊のファッション雑誌を広げ、メイク道具を机に散らかしながら居眠りしている私と小春の1枚。
イーゼルを立て、石膏像をやたら可愛いタッチで木炭デッサンしている梨沙子と、その横で、美味しそうに消し具である食パンを頬張っている愛理ちゃんの1枚。
どういう状況か分からないけど、舞美とえりかちゃんが、駐輪場で大量に倒れた自転車を必死で起こしている1枚。
コンクールのために、梨沙子にポーズを取らせてのシャッターを切ってる私の1枚。(…て事は、デジイチ放って自前のデジカメ使ったのバレてる!)
エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。
これら全てに私たちは撮られている覚えがない。
こんな堂々とした盗撮を私は初めて見た。
- 486 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:36
-
おっ!来てくれてありがとう、諸君!と背後から、当の先生が近付いて来た。
もうその満足そうな語気を聞くだけで、あのにやにやした表情が直ぐに頭に浮かぶ。
私たちは一斉に振り向き、ぎゃあぎゃあ喚きながら詰め寄った。
「ちょっと先生!超有り得ないんですけど!」
「いつ撮ったんですか!?」
「犯罪ですよ!犯罪!」
「そうそう!チョシャキュケンの侵害…ん?
えっと、チョヒャクエンの………」
「ばーか、矢島、著作権だよ」
「先生、肖像権です」
愛理ちゃんがにこにこと無邪気に突っ込む。
得意気だった先生の顔が引き攣った。
「でもさ、撮るならもうちょっとちゃんとしたのにして欲しかったよねえ」
「そうそう、ポーズ取ってさー」
「あーあ、お前ら本っ当分かってねえなあ」
それでもまだぐちぐち文句を垂れていると、先生は芝居掛かった調子で肩をすくめた。
まるで胡散臭いアメリカ人コメディアンの様だ。
そして、人間自然体が1番じゃん!と一方的な持論を唱え、胸を張っていたのだった。
- 487 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:40
-
その無闇な自信に、多少げんなりしていると、ふとそのキャプションの横の目立つ場所に、見覚えのある写真を発見した。
体育祭のとき、この6人で撮って貰った、あれ、だ。
お互い顔を見合わせて、実がはぜたみたいに笑っている。
今にも声が聞こえてきそうなほど生き生きした表情をしていた。
そういえば、この直ぐ後に梨沙子と喧嘩?したんだっけ。
まだ半年も経っていないのに随分昔の事に感じる。
人は忘れる生きものだから、写真に記憶を残すのかもしれない。
今だからこそ、何であんな事で怒っちゃったんだろう、って不思議なくらい冷静になれるけど、あのときは必死でいっぱいいっぱいだったんだ。
その一所懸命さに、恥ずかしくて赤くなったり、後悔して青くなったりするんだけど、それも若さのせいにしちゃえるよね。
いい写真でしょ?と先生が片眉を持ち上げる。
私が頷いて口を開いた瞬間、耳馴染みの全くない声が響き、言葉が喉で止まってしまった。
「本当、いい写真じゃん」
- 488 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:41
-
◇◇◇◇◇
- 489 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:42
-
「本当、いい写真じゃん」
その声は、まるで一筋の光の様に、真っ直ぐ私の胸に射し込んだ。
全身が反射的に硬直して、私は一瞬呼吸を忘れる。
私はこの声を覚えている。
いや、忘れる筈がないのだ。
怒ってるの?って思わず訊きたくなる様な、いつだって機嫌の悪そうに響いてしまう、ちょっと低くて間延びした彼女のその―――
私はゆっくりと声のした方を向く。
そしてあなたの名前を呼ぶのだ。
「ごっちん…!」
- 490 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:44
-
よもやの事態に頭が真っ白になりながらも、見開いた瞳だけは確かめる様に彼女を辿っていた。
肩口で遊んでいるオレンジ掛かった茶色い毛先。
グレーの細かいパールが乗った瞼に、長く伸びた睫毛。
少し間隔の離れた目は、存在感のある力強さを放ちつつも、やっぱり眠た気に垂れている。
高い鼻梁。
艶めいた口元。
小さな顔に散りばめられたパーツは、派手なメイクの下にあっても、あの頃の面影を色濃く残していた。
今、確かに私の目の前にごっちんがいる―――
念願の再会…の筈なのに、私はまずこの状況に全くついて来れず、え?え?と髪を掻きむしる事しか出来ないでいた。
何故だ?
何故こんな所にいるんだ?
どうして?どうして?どうして?
身体中を疑問符が這いずり回って、私はますます混乱する。
当のごっちんは素っ気なく、久しぶり、と言ったきり、涼しい顔をしてそこに佇んでいる。
有り得ない。
信じられない。
ごっちんが。
ごっちんがいる。
「…どうして、ごっちん…」
「………これ」
唾を飲み込み、唇が震えるのをようやく抑えて私が小さく呟くと、ごっちんがバッグから何かを取り出した。
彼女がひらひらとこちらに向けてきたのは、何を隠そうこの写真展のDMだったのだ。
嘘!
届いてる筈ないじゃん!
だって私が送ったそれは宛先不明で返ってきて………!
「何かねえ、家のポストに入ってたの」
「…え?」
「それも、すんごい量で」
確か…200枚くらい?とごっちんは首を傾げる。
私は胸が詰まる。
こんなお馬鹿で突拍子もないサプライズをしてくれる人物を、私は世界で2人しか知らない。
- 491 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:46
-
そのままごっちんは、お祝いに、と手にしていた大きな紙袋を押し付けてきた。
中にあったのは、色んな種類が1本ずつ選ばれた出鱈目な花束と、5パック分はあろうかという卵の山だった。
私は思い出す。
そうだ、いつだってごっちんのチョイスは滅茶苦茶なんだ。
今だって、こうやってむすっとした態度なのも、この人は直ぐ人見知りをして、上手に喋れないからなんだ。
「…写真」
ごっちんが静かに話し出す。
やっと頭を持ち上げると視線がぶつかった。
私は思い出す。
目と目を合わせただけで会話出来てた事。
いつだって気持ちが通じ合っていた事。
「あの頃のうちらもさあ」
こうしていても、今のごっちんの考えてる事はもう分からない。
でも、同じなんだ。
今だってあの頃だって同じなんだ。
いつだってごっちんは真っ直ぐ私を見ていたんだ。
ごっちん
ごっちん
ごっちん…!
「いっつもこんなふうに笑ってたよね」
そしてごっちんは、あはっ、と声を漏らし、無防備に表情を崩しては、あのあどけない顔ではにかんでみせたのだった。
- 492 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:47
-
そのとき、ぎりぎりの所で繋いでいたものが、ぷつん、と音を立てて弾けた
今まで抑えていたものが、堰を切った様にごうごうと渦を巻き、身体の奥からせり上がってくる
全てを巻き込み、内側から私を崩しながら、激しい勢いで込み上げてくる
溢れて出していく
零れ落ちていく
まるで急に目がよくなった様に、曖昧だった輪郭がはっきりとした線になる
開けた視界のずっと先に、制服を着たあなたの後ろ姿があった
- 493 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:48
-
騒がしい校舎
窓から見下ろす校庭
走り抜けた廊下
日向ぼっこした屋上
待ち合わせの下駄箱
放課後、2人だけの教室
机の汚い落書き
揃いで買った赤いピアス
格好付けて吸ってた煙草
ハマって飲んだパックの牛乳
教科書の隅の下手くそなパラパラ漫画
他愛のない世間話
下らないメール
はしゃいだ笑顔
拗ねた声
濡れた瞳
風になびく長い髪
懐かしい、あの匂い
眩しいくらいの鮮やかさで流れ出す思い出に、私は強い引力で、あの頃へと引き戻されていく
- 494 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:50
-
私はごっちんになりたかった
信頼
憧れ
嫉妬
対抗心
不安
複雑に絡まった感情に翻弄されながらも、確かに根に息づいていた気持ち
- 495 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:51
-
そうだ
私はごっちんが大好きだったんだ
- 496 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:52
-
「ごっちん」
あなたの名前を呼んだと同時に、1粒の涙が私の頬を滑っていった。
それが合図だったかの様に、ぽろぽろぽろぽろと、次々に零れて止まらない。
視界が涙にぼやけても尚、私はあなたを真っ直ぐに見つめ返す。
「ごめん…!」
- 497 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:53
-
2、3歩後ろを歩いていた私はあなたの背中を追った。
制服の短いスカートの裾を揺らしては、しっかりと駆け出しているはずなのに、距離は一向に縮まらない。
私は何度も必死にあなたの名前を呼ぶ。
音がない。
けどそんな私にもあなたは、ちゃんと気付いて振り返ってくれたね。
全身からきらきらと光の粒子が溶け出している。
私にはそれが眩しくて直視出来なかった。
私はようやく手を伸ばし、あなたの腕を捕まえたのだ。
- 498 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:54
-
もー泣かないでよお、とおどけるごっちんの声も掠れていた。
お互いいい歳なのにも関わらず、私たちは暫くの間、鼻をぐすぐすと啜っては、溢れるがままに涙を流していた。
そのとき私たちは、確かにあの頃の―17歳の2人に戻っていた。
- 499 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:55
-
◇◇◇◇◇
- 500 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:56
-
ギャラリーからの帰り道、私はえりと並んで歩いていた。
少し離れた前方では、小春・みや・梨沙子ちゃん・愛理ちゃんが何やらきゃあきゃあとふざけ合っている。
赤茶色のレンガが敷き詰められた歩道の両脇には、腕を目一杯伸ばした桜の木や、ブロックで囲われた花壇が交互にあって、銘々美しい花を咲かせていた。
甘い香りを帯びた、春の穏やかな空気を思いっきり吸い込むと、胸がむずむずと疼く。
何だかどんな事でも出来そうな気にならない?とか言って!
「写真、よかったね」
「うん」
「何かさあ」
「うん」
「よかったよね」
えりがうっとりした眼差しで、さっきまでの余韻に浸っている。
私は、そんな彼女の少し上にある伏し目の顔を眺めながら相槌を打っていた。
緩やかに巻かれた髪が隣でふわふわと揺れている。
が、それに見とれ過ぎていたせいか、私はレンガの隙間に爪先を引っかけてしまったのだ。
うわっ!と叫び、そのままつんのめってコケそうになるのを、えりが咄嗟に私の腕を取って引き寄せてくれた。
「大丈夫?」
「え?あ、うん」
心配そうに覗き込んでくるえりの目を、私はまじまじと見つめる。
ああ、私が躓きそうになったら、これからもずっとこの人が助けてくれるんだ。
大丈夫大丈夫!と笑い飛ばしつつも彼女の手に少しだけ甘えながら、唐突に、何となあく、そう思った。
- 501 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:57
-
ねー!2人共ー!と、突然皆に呼ばれた。
彼女たちの待つ方へと、私たちは足を早める。
「あのさ、これからどうするー?って話なんだけどお」
「あーじゃあとりあえずプリでも撮ろうよ」
「いーねー」
「そんでそこら辺ふらふらしてー」
「あ、私買い物したい」
「じゃあ適当にショップ入ってー」
「ていうかお腹すかない?」
「じゃああそこ行こうよ、先生の友達がやってる店」
「私行った事ない!」
「そこ、やたらと野菜炒め美味しいんだよね」
「え?定食屋?」
「しかもツケもきくの、先生持ちで」
「出来るの!?」
「してもいいけど、後日倍額請求される」
「恐っ!」
「闇金でしかないんですけど」
「はい、じゃあそんな感じでー」
「行こ行こ」
話は直ぐまとまって、私たちは再び歩き出した。
けれど私はちょっとだけ立ち止まって、皆の後ろ姿を眺める。
柔らかな陽射しが彼女たちに降り注いでいる。
笑った横顔に光が反射して、その表情から強い生彩を放っていた。
そんな様子を見ていると、こんな日常的な会話や何て事ない一場面が、何だか特別なものに感じてくる。
私たちも、あの頃はさあ、なんて、このときを思い出話にする日がくるのかなあ?
- 502 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 01:59
-
突然吹き上げた風に煽られる様にして、私は空を仰いだ。
髪を押さえて目を細める。
見上げた先にあるもの、それは―――
「舞美ー!」
えりが後ろを振り返って私を呼んでいる。
今行くー!と直ぐに返事をして駆け出した。
地面を蹴る。
足取りは軽い。
煌めきの中へと飛び込んでいく。
だってほら、あなたがいれば、世界はいつだって輝いている。
- 503 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 02:00
-
◇◇◇◇◇
- 504 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 02:02
-
私のリリイ
- 505 名前:私のリリイ 投稿日:2009/07/05(日) 02:03
-
◇◇◇◇◇
- 506 名前:salut 投稿日:2009/07/05(日) 02:04
-
このお話は3人の女の子が主人公です。
どこまでも真っ直ぐで純粋だけど、どこか抜けてる陸上部員。
クールな印象とは裏腹に、本当はただ不器用なだけの今どきの女子高生。
そして、理屈っぽくて格好付けの美術教師。
自分にない部分に憧れたり嫉妬したりと、それぞれ自分のパートナーに複雑な感情を抱きながら、お互いに関わり合い影響し合う事で、自分と、自分と相手との関係を見つめ直していく………
そんな、余り波のない、日常のストーリーを目指していたんですが、反省点ばかりです。
人に伝えられる様に文章をしたためるという事の難しさを、改めて実感しました。
でも書いていて超楽しかったです!
今、終わらせられて安心している反面、何だか寂しくもあります笑
長くなりましたが、感想を寄せて下さった皆様、ありがとうございます、とても励みになりました。
そして何より、読んで下さった全ての皆様に感謝します。
本当にありがとうございました。
- 507 名前:salut 投稿日:2009/07/05(日) 02:07
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤/連載中)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
7 >>231-245
8 >>255-266
9 >>275-288
10 >>301-312
11 >>320-334
12 >>368-376 +α >>378
13 >>390-400
14 >>415-427
15 >>436-447
16 >>454-471
17 >>480-504
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357
- 508 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/05(日) 05:00
- ふおおおおお!お疲れ様です!
読んでいて結構切なかったりもしました
salutさんには大変楽しませていただいてます
完結したばかりなのにあれですが、次回作期待してます
素晴らしい作品ありがとうございました
- 509 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/06(月) 01:49
- お疲れ様です。
自分の人生を振り返ってしまいました。
そして、推しメンの歴史も振り返ってしまいました。ww
ここの登場人物は私が昔から好きなメンバーと最近好きなメンバーです。
いつも楽しみにしてました。ありがとうございました。
- 510 名前:salut 投稿日:2009/07/12(日) 00:32
-
>>508
うわあああああ!ありがとうございます!
読んで下さる方がいるからこそなので、そう言って頂けると大変嬉しいです。
光栄です、本当にありがとうございます。
次回作…ですか…
それについては是非下記をご覧下さい。
>>509
こちらこそ最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
私も昔を振り返りながら書いていました。
よしごま、大好きだったんです。
メンバーどんぴしゃですね笑
彼女たちが書けて本当に良かったです、重ね重ねありがとうございました。
これからの予定ですが、長編を書くと尻窄みになる事が身に染みましたので、短め
のものを、と薄ら考えています。
登場人物は…
○ 道重・吉澤
○ 夏焼・田中
です。
前者がどうも書きにくいお話なので、多分後者から発表させて頂きます。
しかしながら、なかなか時間がつくれない日々を送っていますので、いつになるか分かりませんが、長い目で待って頂ければ有り難いです。
皆様が楽しめるお話が書けたらいいなあ。
それでは、また。
- 511 名前:salut 投稿日:2009/08/06(木) 23:24
-
◇◇◇◇◇
- 512 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:25
-
自分の気持ちを相手に伝える事はとても難しい。
素直に口にするどころか、表情にすら上手く出せられない。
いつだって、私の顔の筋肉は思う様に動いてくれない。
ほら、今だって。
- 513 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:26
-
◇◇◇◇◇
- 514 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:27
-
フィラメント
- 515 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:28
-
◇◇◇◇◇
- 516 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:29
-
春を色に例えると、灰色だ。
桜が咲くと、私の胸は不安と緊張と憂鬱の混色で、ぐちゃぐちゃに塗り潰される。
高校1年生になった。
入学式、学校へ向かう足取りは重い。
逆にママは、新調したスーツでめかしこみ、さも自分の事の様にうきうきと私に話し掛けてくる。
上気した頬の上で、ファンデーションの粉も踊っていた。
私は激しい人見知りだ。
まず初対面の人には自分から話し掛けれない。
だから、入学は勿論、クラス替えがある4月は嫌で嫌で仕方なかった。
しかも、これから3年間通う事になったところには、ちいも茉麻も小春も愛佳もいない。
同じ中学の人は何人かいるみたいだけど、全員面識がなかった。
つまり、知り合いが誰もいない状態から私の高校生活はスタートする。
最悪だ。
お先真っ暗だ。
これから上手くやっていけるのだろうか。
はあ、と吐いた暗く淀んだ溜め息は、爽やかに吹き抜けた春風が攫っていった。
- 517 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:30
-
しかし、心配なのは初めだけなのだ。
類は友を呼ぶ、ということわざのある通り、似た様な者同士が自然と集まる摂理になっている。
殊更、外見でしかその人物像を推し図る事が出来ない初対面のときには。
つつがなく式は終わり、どやどやと押し込められた教室で私は、早速クラスメイトに話し掛けられた。
私はぎこちなく頬を持ち上げて、やっとそれに応じる。
「ねーねーどこ中?」
「名前なんていうの?」
「ていうかアドレス交換しようよ」
「良かったー、友達出来て」
「これからよろしくー」
最初こそ探り探りだったけれど、彼女たちとは興味のある物事や話題が一緒だったから直ぐに打ち解けられた。
私は、ヘーゼルナッツの色をした髪の子と、スカルプチャーの爪をした子と、左にトラガスの開いた子と仲良くなった。
彼女たちといるのは楽しかった。
ファッション雑誌を広げて、これ可愛い!欲しい!と騒いだり、恋バナに花を咲かせたり。
バイトの愚痴を零したり、先生の陰口なんて叩いたり、芸能人の噂に盛り上がったり。
大人からしてみれば、毎日同じ話してて面白い?なんて私たちの会話なんて理解出来ないのかもしれない。
でも、それが楽しいんだから仕方ないじゃん?
週に3回バイトに行って、それ以外の放課後は買いものしたりプリクラ撮ったりして遊んで、そうやって代わり映えのしない毎日を送るのが、女子高生の仕事みたいなものなのだ。
- 518 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:31
-
◇◇◇◇◇
- 519 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:32
-
「…えー、核分裂の方式にはー、えー、無糸分裂と有糸分裂があってー、えー、普通行われている細胞分裂は有糸分裂でー…
有糸分裂はー、えー、更に生殖細胞を形成する減数分裂とー、えー、体細胞分裂に分けられてー…」
新しい学校生活にも幾分か慣れてきた、ゴールデンウィーク明けの事だった。
改築されて日も浅い校舎の生物室は、病院みたいな白に囲まれている。
壁には独特のホルマリンの匂いが既に染み付いていて、窓際にある水槽は最早何がいるか分からないくらい藻に覆われていた。
縦長の教室の前方で、先生が細胞分裂について説明しているのを、私は頬杖を付いて聞き流していた。
身を隠す様に、8人掛けの長机が4つ並べられた中の、黒板から1番遠い席でぼうっと視線を漂わせている。
私は生物が嫌いだ。(あと、現代文も世界史も数学も英語も嫌い!)
細胞分裂なんて身体の中で勝手にやって欲しい。
ミトコンドリアが将来何の役に立ちますか?と全国の大人に問いたい。
先生が背を向け、黄色いチョークで円の中に丸をいっぱい描いている。
私は一応それを真似て、ノートに同じものを写してみる。
中心にあるのが核で1番外側が細胞膜。
それからその間に液胞やリソゾームがあって………え?リボソーム?
これとこれって別ものなの?
何それ!超名前ややこしいんですけど!
やーめた、と私はシャーペンを紙の上に転がす。
完全に飽きた。
それよりも、次は植物細胞についてのらりとした口調で語っている、あの先生の方が気になる。
腫れぼったい瞼に埋もれた離れ目に、横に広がった小鼻。
厚い唇の両端は、重いものでもぶらさがっているかの様に常時への字だ。
それらのパーツが絶妙のバランスで並べられた、頬の肉が垂れたその顔は何かに似ている。
何かに…何かに…
うーん何だろ、なかなか出て来ない。
私の前の席では、友達が突っ伏して眠りこけている。
脇腹をくすぐってちょっかいを掛けたかったけど、彼女の寝起きの不機嫌な顔を思い浮かべたらそれも憚られる。
あーあ、つまんないの。
私も倣って机に左の耳をくっ付けた。
そのときだ。
耐熱加工の施されている黒い天板の隅に、鉛の線が光って見えたのは。
- 520 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:33
-
よくよく目を凝らしてみると、それは小さな落書きだった。
可愛くデフォルメされたカエルのイラストが、えー、と吹き出しで喋っていて、その横に正の字がちょうど31個書かれていた。
なんだろう?
何かの暗号?
カエル、えー、正の字………
「えー、おい、後ろ聞いてるかー」
「!」
「ここ中間出るぞー」
急に飛んできた注意に私は跳ね起きる。
しかしながら先生は特段腹を立てている様子もなく、えー、染色体はー、と相変わらず平坦なトーンで授業に戻っていった。
私は胸を撫で下ろす。
あーよかった、ラッキー。
この先生超ゆるいんだよね。
ていうか、怒りもしない代わりに笑いもしない。
感情の起伏が少なくて、何考えてるか分からないんだ。
独特の喋り方にも彼の性格は顕著に出ている。
癖なんだろうか。
語尾を伸ばしたり、節々に、えー、って挟んでたり………
えーえーえーえーえー―――
- 521 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:34
-
ばちん!とこめかみとこめかみの間に電流が走る。
あっ、と口走りそうになったのを、咄嗟に右の手の平を覆って堪えた。
分かった!
これ先生だ!
そうだそうだ!
何かに似てるってカエルっぽかったんだ!
ちょっとお腹が出ててO脚気味なのも、それの解剖図を思い出させる。
何かの因果だろうか、今日身に付けているポロシャツもカエルカラーの深緑だ。
…まあ、肝心のイラストは真ん丸おめめのファンシー系で、写実とそっくりな先生とは全く結び付かないんだけど。
思わず唇の間から、ぷっ、と噴き出す。
にやにやしてしまうのがどうにも止められなくて、私は更に口元に左手を重ねて肩をすぼめた。
なるほど、この落書きを描いた人は、授業そっちのけでこの先生の「えー」を数えていたって訳だ。
31×5って事は………えっと………1×5して、えっと………ひゃく…にひゃく………
…と、とにかくいっぱいだ。
凄い数って事だ。
油断したら本格的に笑いそうになってしまって私は、それを紛らわすべく授業に集中した。
いや、正確には先生の声に、だ。
試しに数えたら正の字が24個とTの字が出来て、私はこれらをそのイラストの下に書き込んでみた。
勿論授業内容は、鼓膜というろ紙を通過して、ものの見事に流れ落ちていた。
- 522 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:35
-
生物の授業は週に2回ある。
3日後のその時間、早速机を調べると、なんとまた正の字の書き込みがしてあったのだ!
しかも33個に線が4本と、回数が少し増えていて、最後にハートマークが付いている。
前と同じ丸まった筆跡を見ていると、何だかどきどきしてきた。
顔も名前も知らない誰かとする、2人だけの秘密の落書きが、とても不思議でくすぐったく感じたのだ。
私は嬉しくなって、その日も「えー」を数えて書き込み、きらきらのダイヤマークを足しておいた。
ちなみに正の字が34個と線が3本。
微妙に増えていっているのも可笑しくてしょうがなかった。
それからというものの、私は生物の時間が好きで好きで待ち遠しくなってしまっていた。
お互い「えー」を数えた後に、ちょっとしたイラストを加えるのが恒例になった。
可愛い絵を描く人だった。
自画像だろうか、特に女の子のイラストが多くて、たまに「やっぴー!」と噴き出しが出ていた。
私も負けじと、得意の黒猫の絵をよく描いたんだけど、その度に「???」と返事が来た。
なぜだ。
もう1度言うが、似た人間が自然と集まる様になっているのだ。
私はこの人を想像する。
1番後ろの席に座るほどだから、この人もきっと勉強が嫌いに違いない。
こうやって授業を無視するくらいだし、真面目なタイプではなさそうだ。
私は像を形成していく。
私と同じくらい髪が明るくて、私と同じくらいメイクに気合いが入っていて、私と同じくらいスカートが短い女の子。
調べたら、この先生は1年生しか担当していないらしい。
つまりは同い年だ。
うわ、超気が合いそう!
新しい出会いの予感に、私は胸を熱くする。
何度目かでついに「☆田中れいな☆」と名乗られた。
私も急いで「なつやきみやび♪」と書き込んだ。
名前を持った影は、いよいよリアルに迫ってくる。
しかし落書き越しの、この奇妙なやり取りは、暫くして急展開を迎える事になったのだ。
- 523 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:36
-
◇◇◇◇◇
- 524 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:39
-
梅雨明けが発表された割に雨が続く、7月の初めの頃だった。
その日も生物室の窓から見上げた空は曇天で、まるで私の心模様を写したみたいだった。
「みやび、あんた生物の補習サボってんのバレてるよ」
「げっ、嘘お!」
「1回くらいは出といた方がいいんじゃん?」
昼休み、友達にそう教えられて私はつい顔をしかめた。
そうなのだ。
中間テストが平均の半分未満だった者は、放課後にやっている補習に強制参加させられる事になっていた。
高校最初のテストとあって易しい問題ばかりだったらしく、私の周りでさえも高得点を叩き出していたんだけれど、当然授業なんて丸っきし聞いていなかった私は、自分の出席番号以下の点数を取ってしまっていたのだった。
そういう訳で私は今、生物室で補習が始まるのを待っていた。
時間を間違えて早く来てしまったので、いつもの席で人がぱらぱら集まってくるのをぼけっと眺めている。
教室は最終的に2/3くらい埋まった。
何でも本来は、全学年を対象として受験勉強や復習のために行っているものらしい。
少しして、えー、始めるぞー、とカエル先生が、小太りの身体を揺らして登場した。
心なしか若干楽しそうに見えるのは、昼間小雨が降っていたからだろうか。
…考え過ぎか。
言われた通り、教科書の32ページを開ける。
単細胞生物と多細胞生物、のゴシック体のタイトル。
そしてゾウリムシのラブリーな写真と、後は文字の羅列オンリー。
………あー無理!もう駄目!
ページを捲っただけで力尽きた私は、またも左耳を下にして、こてんと机に頭を預けた。
そして、最早習慣化したあの作業を開始する。
えー、1。
えー、2。
もう身体が覚えてしまっている。
シャーペンを持った右手は、私の意識の外で独りでに動いていた。
えー、3。
えー、えー、4、5。
えー、6………
私はゆっくり目を閉じる。
このまま寝ちゃってもいい…よ…ね………ふぁ………
「なつやきみやびっっ!!」
「!!」
- 525 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:40
-
私は勢いよくがばっと上体を起こす。
名前を呼ばれた!!
でも違う!!
先生じゃない!!
声高い!!
超びっくりして私は、咄嗟に辺りを見回す。
声の主は直ぐ見付かった。
机を挟んだ私の目の前、1人の女の子が立ち上がっていた。
可愛い人だった。
高めの位置に結われた茶色い巻き髪。
零れんばかりに見開かれた、くるんと丸い瞳。
小さな顔の中心で、鼻がちょこんと上を向いていた。
ぱっと見でも分かる、華奢で小柄な身体。
気崩されたシャツの間から覗く首筋や机に付いた腕は、細すぎて折れてしまいそうだ。
しかしながら、全身からエネルギーに満ち溢れた、勝ち気そうで派手なオーラを出している。
え、でも知らない見た事ない、この人は一体―――!?
「えー、田中ー、後輩脅かすなよー」
「あ、すんません!」
- 526 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:41
-
先生に嗜められてその人は、そそくさと椅子に腰掛け直す。
彼女の尻の下でがたがたと椅子の暴れる音が、皆の注目を集めた中に響いていた。
たたたたた田中!?
私は机上に広げられた教科書に素早く目を走らせる。
そこにはあの見慣れた丸文字で、3年5組 たなかれいな、と書かれていて、その隣におなじみの女の子のイラストがウインクしていた。
この人が田中れいな―――つーか年上じゃん!!
尚も私をガン見していた彼女だったけれど、ばちっと目が合った途端、にひ、と白い歯を零してはにかんでいた。
私もにこり微笑もうとした、が、辛うじて口の端がぴくぴくと引き攣っただけだった。
何度でも言うが、似た人間が自然と集まる様になっているのだ。
私の想像通り田中れいなは、私と同じくらい髪も明るくてメイクも気合いが入っていてスカートも短くて勉強も好きじゃなさそうな女の子だった。
ただ唯一違っていたのは、私より2つも歳が上の、3年生の先輩という事だった。
- 527 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:42
-
◇◇◇◇◇
- 528 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/06(木) 23:43
-
◇◇◇◇◇
- 529 名前:salut 投稿日:2009/08/06(木) 23:45
-
分けるほど長い話ではないのですが、後半はまた。
○○○インデックス○○○
>>507
フィラメント(夏焼・田中)
前編 >>512-526
- 530 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/07(金) 17:25
- おぉー、なんだか面白い組み合わせ
そして凄い続きが気になる感じw
楽しみにしてます
- 531 名前:salut 投稿日:2009/08/23(日) 23:51
-
◇◇◇◇◇
- 532 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/23(日) 23:52
- 物陰からこっそりこちらを覗いていただけのうやむやだったシルエットは、実像を持った途端に全力疾走で私の方へ近付いて来た。
出会った次の日に早速、みーやびっ!一緒にお昼食べよっ!と教室の戸からひょっこり顔を出した彼女を見たときは、流石に飲んでいたいちごみるくを噴き出しそうになった。
私は彼女の行動に心底驚いた。
れいな、本当は人見知りっちゃけど、仲良くなりたいって思ったら速攻やけん!と焼きそばパンを口いっぱいに頬張りながら彼女は親指を立てていたが、そんな事は誰も訊いていなかったしどうでもよかった。
知り合って、というかお互いを認識してまだ1日も経ってないのによびすけにしてきた事が、私にはまず信じられなかった。
ある程度仲良くなってから、名前よびすけにしていい?と確認する…という手順を踏むのが私の中で当たり前になっていたからだ。
だから私は先輩という事もあり彼女を、田中さん、と呼んだ。
しかしその度に、えー!?よそよそしいけん、れいなの事はれいなってよびすけにしていいとよ!?と彼女は不快を顔全体に広げ、唇をぐいっと突き出したのだ。
これにはとても困った。
私はどうしてもよびすけにする事が出来なくて、れいなちゃん、が精一杯だった。
それを田中さ…れいなちゃんは渋々了承してくれたんだけど、ほどなくして、れいなちゃん、が、れいなさん、になり、結局いつの間にか、田中さん、に戻ってしまうのが常で、それを何度も繰り返した。
私にとってそれほど、よびすけはハードルが高いのだ。
だってよびすけにされるのが苦手な子もいるでしょ!?
それで嫌われちゃったらヤじゃん!
だから!よびすけというのは!よびすけのっ!よびすけによるっ!―――
「みやび」
「よびすけのためのっ!………はい?」
「それ、呼び捨てっちゃない?」
「え?」
「呼び捨て」
「よびすけ」
「よ・び・す・て」
「よ・び・す・け?」
「………」
「よびすけ??」
「…もーいいっちゃん…」
- 533 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/23(日) 23:54
-
会話から分かる通り、田中さんは訛っていた。
何でも父親の転勤のため、1年生の終わりに福岡から家族でこちらへ引っ越してきたらしいのだ。
そして1年以上経った今でもこの東京の暮らしに慣れず、同学年に親しい人もいないという話だった。
最初は、嘘だあ!と疑っていたけれど、それはどうやら本当らしく、付き合っていく内にその理由も何となく分かってきた。
田中さんは他人との距離を測るのが余り上手ではない人だったのだ。
例えば、彼女はよく自己主張をした。
イエスもノーもはっきり言ったし、負けん気も強かった。
しかし、私はそういう人が好きだった。
優柔不断で流されやすい性格の私は、自分の意見をちゃんと持っている人に憧れていたし、小さな身体を余すところなく使って、感情を素直に表現出来る彼女が羨ましくもあった。
幸い私の周りにも、私が!私が!精神の友達は多かったので(特にちいとか小春とか!)そういう人といるのは慣れていたし逆に楽だった。
ただこの2人とは違い、田中さんは私にも自己主張する事を勧めてきたのだ!
みやび、言いたい事ははっきりせんといけんよ、とよくコロッケパンをむぐむぐと咀嚼しながら、年上風を吹かせてこう諭してきたのだが、その度に私は曖昧に笑って誤魔化していた。
私はそういうのが苦手なのだ。
どうでもいい雑談やふざけた冗談のときなら幾らでも喋れるのに、真剣な話や肝心な言葉になると、私の顔の筋肉はがちがちに固まった。
ちょっとした表情もつくれないし、上手く口も動かない。
だからそういうときは、私は密かに存在をフェードアウトさせたいんだけど、田中さんはいつもわざわざこちらに歩み寄って来ては引っ張り出しにきたのだ。
ウザかった。
流石にウザ過ぎた。
そう、田中さんはとてつもなくウザい人だったのだ。
しかし私はそれを思っていても口にはしなかった。
田中さんは案外打たれ弱く、本気で傷付き落ち込んでしまうからだ。
- 534 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/23(日) 23:55
-
田中さんは私を色んなところへ誘ってくれた。
特に2人とも買いものが好きだったから、休日にはよく外に出掛けた。
「田中さん、日曜日どこ行きますう?」
「んー…れいな今タモさんな気分やけん、新宿にしよ」
「???」
私にはその気分がどういったものなのか、いまいちよく理解出来なかったけれど、とりあえず、いいともー、と了承しておいた。
そして当日の日曜日、その日も雨が降っていて、新宿駅は濡れた群衆と湿気に溢れていた。
アルタ前に午後1時。
うねる髪の毛のセットに思いの外苦戦を強いられてしまった私は、ちょうど待ち合わせ時間に東口の改札を出た。
広がる傘の合間を縫って急いで横断歩道を渡り、きょろきょろと周りを見渡して田中さんの姿を探す。
しかし田中さんは距離があっても直ぐ発見出来た。
なぜなら、彼女は恐ろしいほど目立っていたからだ。
巨大スクリーンの下、田中さんは腕組みをして私を待っていた。
ヒールのあるサンダルにミニスカート、Tシャツにベスト。
よくある組み合わせのコーディネートなのに、まるで大阪のオバチャンを彷彿とさせる派手な柄と主張の強い色のせめぎ合いが、まさしく1人異彩を放っていたのだ。
凄い。
何が凄いって、着ている本人が全然負けていないのが凄かった。
続けて視線を上げると、更なる驚愕が私を待ち構えていた。
そう、田中さんは顔の半分は隠れちゃうんじゃないかというくらい、フレームの大きなサングラスを掛けていたのだ!
なるほど、タモリ気分とはこの事だったのである。
- 535 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/23(日) 23:57
-
ていうかで流行ってるにしてもでか過ぎだろ!芸能人か!
そもそも今日、雨なんですけどっ!!
これには私も我慢出来ずに、街中という事も忘れて爆笑してしまった。
遠くでウキウキウォッチングしながら腹を抱えていると、そんな私に彼女はようやく気付いて、何で来とうなら声掛けん!?と口をむっと結びながら大股でこちらに近付いてきた。
最早私にはサングラスが歩いて来ている様にしか見えなかった。
「田中さんっ!」
「…なん?」
「髪切りました?」
「はああ!?」
からかいながらサングラスの事を教えると田中さんは、福岡ではこれぐらいが普通やけん、いいっちゃん!と顔を真っ赤にさせて叫んでいた。
その台詞は人知れず、ぷすん、と私の心臓に小さく突き刺さった。
店内に入っても尚、ぎゃあぎゃあ騒ぐ田中さんを私は笑ってなだめていたんだけど、実は少しだけ悲しかった。
福岡。
この単語を田中さんが口にすると、私はちょっとだけ寂しい気持ちになった。
本当は福岡に帰りたいんじゃないかって、私より福岡の友達といた方が楽しいんじゃないかって、そうネガティブな方向へ考えてしまうからだ。
でも私はそれを田中さんに絶対に言わないし顔にも出さない。
だから田中さんは全然気付かなかったし、やれ福岡のどこの焼き肉屋が美味しいだの、やれ地元の友達がどうだの、いつもそういう話を嬉しそうに私に聞かせた。
天神は庭やけんね!れいなの!と、彼女は事ある毎にそう自慢気に鼻息を吹かしていたんだけれど、そんな事はあるはずがないので適当にあしらっていた。
- 536 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/23(日) 23:58
-
夏休みになると、田中さんの家に泊まりにも行った。
田中さんのおうちは新しくて綺麗なマンションで、内緒で猫を飼っていた。
私が彼女のママに挨拶すると、れいなが友達を連れてくるなんて!と半泣きで喜んでくれて、手厚く持て成してくれた。
夕食後、私が1人田中さんの部屋で、彼女の幼い頃のアルバムを捲りながら、雷様パーマの写真のページに付箋を貼る、という作業をしていると、浮かない顔をした部屋の主がリビングから戻ってきた。
田中さんは黙り込んだまま、俯き加減でその場に立ち尽くしている。
「何してるんですか?」
「…いや、それどっちかっていうとこっちの台詞っちゃけど…
何かね、シャワー壊れたけん、今日は銭湯に行かんとかんらしいっちゃん」
そう呟いて田中さんは苦々しく眉根を寄せた。
…は!?せせせせせ銭湯!?
何それどんな展開!?
まさかの事態にノー!とも言えずただ呆然としている私の首根っこを掴んで田中さんは、いいから行くっちゃん!とやけっぱちに吐き捨てて、私の身体をずるずると引き摺っていった。
田中さんの家の近くのレトロな木造の銭湯は、お年寄りで大盛況だった。
前を隠す事なんてせず、皆萎んだ過去の栄光をぶら下げて、脱衣所と風呂場を行き来している。
石鹸の良い香りのする湯気が、サッシの向こうから漏れていた。
そんな中、私はロッカーの前で固まっていた。
どうしよう。
お風呂に入るという事はつまり…
ふと隣に目線を移すと、さっきの勢いはどこへやら、田中さんも一向に動く気配はない。
「…みやび、脱がんと?」
「…田中さんこそ」
「いや、れいなは身体の…特に上半身の調子が悪いけん。
遠慮せず先行っていいとよ?」
「えええ!?やだやだやだ!!
ちょっとそれ恥ずかしいじゃないですか!」
「いいやん!みやびはCカップっちゃろ!?」
直ぐさま両手をぶんぶん振って拒否をする私を、田中さんはじろりと横目で睨んできた。
う、痛いところ衝かれた。
私は胸を押さえて倒れそうになったけど、ぐっと堪えて反論に出る。
「…ま、まあそうですけどお…
あ!田中さんだってブラのサイズ大きくなったって言ってたじゃないですか!
絶好調なのにどうして!」
「…ま、まあそうやけど…
ていうか胸なんて脂肪の塊ったい!
でかくなっても何も嬉しい事なんてないっちゃん!」
「ですよね!そうですよね!
C…いや、Bカップ以上は苦しんで滅びればいいのに!」
- 537 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:00
-
私は、はっとして田中さんの顔を覗き込む。
不思議なシンパシーが光線の如く私たちの間を走ったからだ。
田中さんも、驚いた様に目を張って私を見上げていた。
私たちはじっくり見つめ合い、そして同じタイミングで視線を下に落とした。
「…みやび、せえの、で脱がん?
れいな、みやびだったら見せてもいい気がするっちゃけど」
「はい!みやも田中さんの前だったらホントのじぶんになれる気がします!」
「…じゃあ行くっちゃん!」
「「せえの…!!
…勝った…」」
私たちの絆が、より強固に結ばれた瞬間だった。
畳んだタオルを頭に乗せ富士山を背負いながら、銭湯の後はやっぱコーヒー牛乳に限ると!あれは格別やけんね!と田中さんは得意気な口振りで通ぶっていたが、その本人は財布にあったお金が入浴料分しかなく、私がそれを奢った挙げ句、のぼせて足取りがふらふらしていたから肩を貸して家路を帰った。
何かもう、田中さんはウザいを極めた人だった。
- 538 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:02
-
2学期になっても田中さんは、毎日の様に私の教室にやって来た。
お昼休みはひなたぼっこをしながら、よく一緒にご飯を食べた。
放課後はやっぱり買いものしたり、ソファの上でぴょんぴょん跳ねて踊って長時間カラオケしたり、田中さんとのツーショットで全部埋まってしまうんじゃないかってくらいプリクラも沢山撮った。
私はいたずらが大好きで、鞄にお菓子を入れたり千円札を全部ターバン野口にしたり教科書にスルメを挟んだりして、田中さんにもよく仕掛けて遊んでたんだけど、ロッカーを藁納豆でいっぱいにしたときは流石に怒られた。
文化祭では2人して模擬店を回って、田中さんをお化け屋敷に置き去りにして怒られたり、体育祭では2人して玉入れにエントリーして、競技そっちのけで田中さんに玉をぶつけまくって怒られたりした。(時には運!)
それでも田中さんはお姉さんだったので、こういった私の過ぎたいたずらにも寛容だった。
しかし1度だけ私は彼女を本気にさせてしまい、大きな喧嘩をしたときもあった。
私もこれだけは譲れなかったので、結構大事に発展したのを覚えている。
「れいながうさぎちゃんの役やるけん!」
「やだっ!みやだって小さな頃から夢だったんですうー!」
「れいなの方が超超超好きっちゃん!」
「だったらみやは超超超ちょーう好きです!」
「はっ!みやびは意地悪顔やけん、悪役の女王様がぴったり合っとうと」
「むっ!なら田中さんはお付きの猫で充分じゃないですか」
「「………」」
「…みやび、表出るっちゃん。
どっちがあの戦士に相応しいか勝負ったい」
「…分かりました、はっきりさせましょう」
「えー、田中ー夏焼ー、課題出しとくからもう戻って来なくていいぞー」
「「………」」
月に代わってお仕置きされた。
- 539 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:04
-
楽しければ楽しいほど、時間は早く過ぎていく。
田中さんとの毎日は、目まぐるしいスピードで駆けていった。
でも楽しいだけじゃなかった。
時が経つにつれて、それが楽しければ楽しいほど私は不安で憂鬱になった。
なぜなら田中さんは3年生の先輩だったからだ。
何もしていなくても、春になれば卒業する。
いや、その前に受験だ。
他の3年生が受験モードでぴりぴりしているときでも、田中さんは変わらず私に会いに来てくれた。
私はそれが心配だったのだ。
田中さん、受験はどうするんですか?
私なんかと遊んでいて大丈夫なんですか?
田中さんの得意なカラオケのナンバーも分かっている。
田中さんの愛用しているメイク用品も覚えた。
けど、私は彼女の進路は全く知らなかったし、聞けなかった。
きっと影で勉強してるんだ。
気分転換のために私と遊んでるんだ。
だったら私といるときくらい、煩わしい事は忘れて楽しんで貰おう。
こういうふうに考えていたから私は、わざと受験の話題は口にしなかった。
私なりの配慮だったのだ。
- 540 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:05
-
田中さんからも全くそういう話はなかった。
ただ1月頃に電話で、れいな、福岡の学校受かったっちゃん、と1度だけやたら素っ気なく報告された。
そのときの私の気持ちはとても複雑だった。
合格したんだから祝ってあげたい。
でも素直に喜べない自分がいた。
福岡―――
やっぱり田中さんは福岡に帰ってしまうんだ。
私といるより福岡の方がよかったんだ。
学校が別々になれば、今の様に気軽に会える事もなくなるのに、それが福岡と東京なら尚更だ。
悲しい。
寂しい。
胸が、苦しい。
…でも仕方のないんだ。
田中さんが決めた事なんだから。
携帯電話を握り締めて私は、わー!超凄い!田中さんおめでとうございますっ!!と必要以上に賑やかに、大袈裟なくらい声を張り上げて彼女を祝福した。
知らない内に、もう片方の手が自分の服の裾を掴んでいたのは、通話を終えた後に気付いた。
しわしわになった布の波間を、私は暫くぼうっと見下ろしていた。
- 541 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:06
-
卒業まであっという間だった。
残り僅かになったときを惜しむ訳でもなく、私たちはそれまでも普段通り過ごした。
2人共考えない様にしていたのだ。
やたら毎日明るかった。
桜が咲いて、卒業式の日が来た。
私も田中さんも泣かなかった。
ちゃんと勉強しときいよ、みやび、と証書が収められた筒を、私の額にぱこんと振り下ろしながら田中さんは、にひひ、と屈託なくくしゃっと笑っていた。
そして処分するのが面倒臭かったのだろう、全ての教科書を私に押し付けて、短いスカートを翻し彼女は、颯爽と卒業していった。
足元に山積みになった冊子に視線を落として私は思う。
3年生の教科書とか貰っても…
あと1年どこに置いておこう…
地図帳とか2冊あっても使わないんですけど…
やっぱり田中さんは最後までウザい人だったのだ。
- 542 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:08
-
田中さんが東京を発つ日、私は空港まで見送りにいった。
その日は自称雨女の田中さんに珍しく、からりとよく晴れていた。
ぴかぴかに磨かれた床や壁に、白い光や電灯が跳ね返って、やたら眩しい。
じゃ、行くけん!と田中さんは芝居っぽく敬礼をして私の前に立つ。
あの大きなサングラスも、表面をきらりと反射させていた。
「着いたら連絡するっちゃん」
「はい」
「困った事があったられいなに相談してきいよ?」
「はい」
「メールだって電話だってするけんね」
「みやもします」
「あと、あと………」
「何ですか?」
「………」
「田中さん??」
急に田中さんは口籠って俯いた。
少しずれたフレームの間から、伏した長い睫毛が見える。
私は黙って彼女が喋り出すのを待っていた。
…何だろう。
忍び寄ってくる深刻な雰囲気に、指先が微かに冷たくなってくる。
「…みやびは」
「え?」
「みやびは、結局何も聞いてこんかったけん」
「………」
「最後まで興味なかったっちゃんね、れいなに」
そう呟いて、田中さんは私を見上げてきた。
サングラスが表情を隠している。
でも私には分かるんだ。
その下で田中さんは、きっと泣きそうな顔をしている。
- 543 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:09
-
田中さんの言いたい事は直ぐ分かった。
進路の事。
私は最後まで聞けなかった。
咄嗟に私は反論しようとした。
違うんだ、って。
そうじゃないんだ、って。
本当は凄く心配だったんだ、って。
毎日気に掛けていたんだ、って。
けど、駄目だった。
あ、と掠れた声が漏れただけで、それっきり私の口は動かない。
緊張して頬が強張っている。
何て言っていいか分からない。
言葉に出来ないもどかしさや焦りが、私の中で暴れている。
違うんだ!
そうじゃないんだ!
本当は!
毎日!
私は………!
言いたい事は幾らでも浮かんでくるのに、喉でつっかえてしまうせいで、それはぐしゃぐしゃにこんがらがる。
痛い。
苦しい。
上手く伝えられない事が、つらい。
- 544 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:10
-
でも、考えてみればそうなのだ。
私が何を言ったって説得力がない。
だって、いつも田中さんが私の教室に来たし、遊びの誘いも大概田中さんからだった。
どんなときでも、行動を起こすのは彼女からだったのだ。
だから田中さんも不安だったんだ。
私がちゃんと言わなかったから。
私がちゃんと伝えなかったから。
だから田中さんは―――
「あーうそっ!今の忘れてっ!」
「た、田中さっ…!」
「じゃ、れいな、本当にもう行くけん」
田中さんは少しだけ背伸びをして、私の髪を目一杯ぐしゃぐしゃに撫でながら、無理矢理歯を見せて、下手くそに笑った。
待って、と心の中で叫んで手を伸ば…そうとした。
そうする前に、彼女が擦り抜ける様に背中を見せ歩き出してしまったからだ。
田中さんは1度だけ肩越しにこちらを向いて、私に小さく手を振った。
彼女の華奢な後ろ姿が、人の流れに消えていく。
私はそれを、ぎゅっと拳を握って見つめていた。
田中さんがごろごろと引いていたキャリーバッグは、機内に持ち込めるサイズだったのに、彼女が持つとやけに大きく感じた。
- 545 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:11
-
ほら、いつもこうなんだ。
思っている気持ちを、私はちゃんと相手に伝える事が出来ない。
恥ずかしければ逃げたくなるし、緊張したら固まってしまう。
結局何も言えないまま、田中さんと離れてしまった。
こんなに大好きなのに。
あんなに楽しかったのに。
これからお互い自分の生活が始まったら、連絡も途絶えていっちゃうのかなあ。
抜ける様に澄んだ青空を裂く様に、白い機体が飛び立っていく。
それは、諦めによく似た、寂しくて切ない予感だった。
そして4月になり、私は2年生に進級した。
相変わらず女子高生の毎日はくだらない事で忙しく、私は次第に田中さんがいないのにも慣れてしまった。
私の周りには他の友達も多かったし、今まで通り、目の前は楽しい事で溢れていた。
しかし、そんな私に、ある変化が起きていた。
- 546 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:13
-
高校生になって2度目のゴールデンウィーク、私はちいと久しぶりに買いものに行く約束をした。
この時期、お店にはもう夏物が揃っている頃だ。
うう!燃えてくるっ!
私たちは渋谷で待ち合わせして、ファッションビルを渡り歩いては上から下まで駆けずり回った。
連休の書き入れどきとあって、どこのお店も人でいっぱいで活気がある。
夏らしい、カラフルで鮮やかな色合いの服が、更に高揚を煽っていた。
ある店での事だ。
私は色違いのプリントTシャツで、ピンクか黒のどちらがいいか迷っていた。
それを交互に身体に合わせながら、真剣に頭を悩ませていると、ちいがうんざりした様子で話し掛けてきた。
「ねーえー、そろそろ休憩しようよ!きゅーけー!」
「やだっ!みやまだ見たいところあるけん、それ終わってから!」
「えええー!!」
「ちい、うっさい!!」
「ちなみアイス食べたいんですけどっ!ア・イ・ス!ア・イ・ス!」
「ちょっと!今みやマジっちゃん、黙ってて!」
ちいが大袈裟に拳を突き上げてアイスコールを喚き散らしている。
私はそれを目を流して睨み、また手元に視線を戻した。
よし、やっぱり、黒にしよう。
無難だけど使い勝手いいし。
「決めたんだ」
「うん。買ってくるけん、待っとって」
「へー。いつもだったらさ、ねえー、ちいー、どっちが可愛い?どっちがいいかな?って絶対訊いてくるのに」
ちいが、くねくね左右に頭を倒しては、弱々しい声色をつくってきた。
それ、私の真似なら全然似てないんですけどっ!
「そお?」
「そーじゃん!
お店行くのも、ちなみが決めてー、って付いてくるだけなのにさ、今日はやたら積極的だよね」
「えー?そんな事なかとって…」
「…ていうか、さっきからそれ日本語?」
「は?」
ちいが小首を傾げて尋ねてきた。
私は何の事か分からなくて、間髪入れずに訊き返す。
「だーかーらー、なんとかとー、とか、なんとかけんー、とか、さっきから変!」
「………うそっ!」
私は咄嗟に口を押さえる。
驚いた。
博多弁!まさかうつってるなんて!
そしてちいは、尚も何も気にせず話し続ける。
明け透けな彼女の次の言葉に、私は更に目を見開く事になった。
「ていうか今日のみや、全体的にウザいっ!」
ウザい、と聞いて思い出したのは、鼻筋に皺を寄せてくしゃっと表情を崩す、あなたの笑い顔だった。
- 547 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:15
-
瞬間、私は近くにディスプレイされていたサングラスの1つを手に取る。
勿論フレームの超大きいやつだ。
それを掛けて、私は叫んだ。
「渋谷は庭やけんね!みやびの!」
「…はあ!?」
「だはははははははははは!!!!」
ちいが眉をしかめ、怪訝な表情で私を眺めている。
ひとしきり笑った後に私は、ちょっと買ってくるっ!とTシャツを引っ掴み、そのままレジへと走った。
お財布を開けると、顔を出したのはターバン野口。
私はそれにも、ぷっと噴き出してしまう。
ねえ、田中さん。
気付けばこんなにも私の中に、あなたの足跡が残っている。
- 548 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:18
-
これから続く長い人生を見れば、あなたといた毎日なんて、短過ぎてまるで細く撚った糸の様なものかもしれない。
でも、知らず知らずの内にこんなにも沢山通い合ったそれは、1本1本が今の私をつくる確かなルーツ。
あなたと私をつなぐそれは、ずっと未来まで伸びていく。
- 549 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:19
-
そして私は閃いた。
そうだ。
夏休みになったら、あなたに会いに福岡まで行こう。
急に押し掛けたら、田中さん、何て言うかな。
寂しかったって伝えたら、田中さん、どんな顔するかな。
ああ、その前に、田中さんから貰った地図帳で、福岡の位置を調べなくっちゃ。
私は想像する。
この大きなサングラスを引っ掛けて、天神の街を並んで歩く私たち。
夜には、田中さんオススメの焼き肉屋さんに行こう。
その後は、湯船で夢を語ったり、コーヒー牛乳で乾杯なんてしちゃったりして。
会計を済ませ、ちいの方に向かうとき、長方形のミラーに映った自分を見て気が付いた。
あんなにがちがちに固まっていた頬も、あなたの事を考えただけで、ほら、自然に綻んでいる。
- 550 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:20
-
その夜、私は手紙を書いた。
破いたノートの切れ端に、自分の似顔絵と、れいなにあいたいっ!っていう吹き出し。
初めてしたよびすけは、恥ずかしかったり緊張したりしたけれど、こんなどきどきも悪くない。
それから、紙の白い部分を埋め尽くす、沢山の正の字。
言葉はそれ以外に何も書かなかったけれど、きっと私の気持ちは伝わる。
- 551 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:21
-
◇◇◇◇◇
- 552 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:22
-
フィラメント
- 553 名前:フィラメント 投稿日:2009/08/24(月) 00:22
-
◇◇◇◇◇
- 554 名前:salut 投稿日:2009/08/24(月) 00:24
-
タイトルは文中と、彼女の鉄線の様な顔の筋繊維を表現したくてつけました。
ウザい田中さんと能面な夏焼さんが大好きなんです。
>>530
ありがとうございます。
こういうふうに組み合わせるの、好きなんですよ笑
実際仲も良いらしいので…
後編も読んで頂けたら幸いです。
- 555 名前:salut 投稿日:2009/08/24(月) 00:25
-
○○○インデックス○○○
デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36
私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
7 >>231-245
8 >>255-266
9 >>275-288
10 >>301-312
11 >>320-334
12 >>368-376 +α >>378
13 >>390-400
14 >>415-427
15 >>436-447
16 >>454-471
17 >>480-504
4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176
前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357
フィラメント(夏焼・田中)
前 >>512-526
後 >>532-552
- 556 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/24(月) 20:27
- よかったです。こういうお話大好きです。
salutさんの書かれる夏焼さんはとても魅力的だと思います。
ウザい田中さんもなんだか愛らしかったです。
これからも影ながら応援しています。
- 557 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/24(月) 23:41
- いいですねぇ
テンポと爽やかな世界観がベストマッチです
- 558 名前:名無し飼育 投稿日:2009/08/25(火) 16:29
- れなみや組み合わせ良いですね!
梅さんもこの二人と仲が良いので絡ませてほしいです♪
れなみや二人ともネコ科で人見知りな感じですよねw
- 559 名前:salut 投稿日:2009/08/29(土) 14:43
-
>>556
ありがとうございます。
本当ですか、それは良かったです。
いやいや、彼女自身が魅力的なんですよ、とか言って。
非常にタイミングが悪いですが光栄です。
本当にありがとうございました。
>>557
ありがとうございます。
さらっと読めて、その後すかっと晴れた気持ちになれる様な、ちょっと元気になれる感じの、そんなお話を書きたかったんで嬉しいです。
>>558
ありがとうございます。
唐突な梅推しwww
それはそれで面白そうですね♪
しかし、申し訳ございませんが私には出来かねます。
突然ですが、今作を区切りと致しまして更新を終わりにします。
また何か書きたくなったらのこのこと現れるかもしれませんが、そのときは温かく迎えて下さい。
今まで読んで下さって、本当にありがとうございました。
感謝しています。
それでは。
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