三軒並び
1 名前:三拍子 投稿日:2008/08/08(金) 21:43
どうも、はじめまして。
三拍子と申します。

℃‐uteメインのアンリアルです!!
2 名前:三拍子 投稿日:2008/08/08(金) 21:52

 
集合住宅街に並ぶ三軒の色違いの家
これはそこに住む三人それぞれの恋物語である
 

2丁目40−1『有原』
 
2丁目40−2『梅田』
 
2丁目40−3『萩原』

 

−三軒並び−
 

3 名前:三拍子 投稿日:2008/08/08(金) 21:55
初めてここで書かせていただきますm(__)m

あいかん、やじうめ、ちさまいがメインで所々りしゃみやなどのベリも入ります。
どうぞ気長に付き合ってやって下さいm(__)m


まずはそれぞれ触りから
 
4 名前:40−1 投稿日:2008/08/08(金) 22:06
 

同じ学校に通っているのに
あたしと彼女はまるで違う世界にいるみたいだ


 
  40−1.出会い

 

 
「余裕余裕!」


毎朝毎朝、同じ言葉を言いながら栞菜は家を飛び出す

時間はもうすぐ8時半
40分に本鈴、間に合わなければ遅刻である

栞菜の家から学校までは20分、どう考えても明らかに間に合わない
それなのに栞菜は毎朝この時間に家を出る

 
5 名前:40−1 投稿日:2008/08/08(金) 22:18
 
学校まで20分、というのはあくまで『歩いた』場合であり、自転車で学校まで行く栞菜には関係ない
もちろん中学校に自転車で登校など校則違反だ
教師に見つかったら大変だろう


なので栞菜はいつも学校の裏門の目の前に住んでいる友人、中島早貴の家に自転車を置かせてもらっているのだ

 


そして今日も栞菜は鼻歌なんて歌いながら学校までの緩やかな長い坂を気持ち良く下っていた

この道は通学路から外れているのであまり生徒は通らない
お陰で栞菜は人目も気にする事なく堂々と自転車で登校できるのだ


通り掛かりの公園の時計を見ると時間は半過ぎ

学校にはきっと38分位には着ける
そこから教室までダッシュで行けば本鈴ぴったりに着くだろう

我ながら完璧だ、と栞菜は何とも下らない計画を立てていた

 
6 名前:40−1 投稿日:2008/08/08(金) 22:28
 

そんな事を考えていると前方に同じ制服を着ている生徒を見つけた
必死に足を進めているようだが、歩いて行ってはもう絶対に間に合わないだろう


栞菜は一瞬考える


−乗せていってあげるべきか


面倒だと言ってしまえばそれで終わりだが、これも何かの縁かもしれない

 
うん、有原栞菜は良い人なんだ


勝手な自己満足と共にスピードを緩めてその生徒に近づいて行く
自分よりかなり背が高い
綺麗な黒髪を上の方でひとつに結んでいる
真横に並び、大きく声を掛けた

 
 
「−ねぇっ」
 

 

 

これが、住宅街の三軒並びの内の一軒
淡い赤色の家に住む有原栞菜の恋の始まりだった

 
7 名前:三拍子 投稿日:2008/08/08(金) 22:29
 
とりあえず触りだけです。
こんな感じでのんびりやって行きますm(__)m
8 名前:gen 投稿日:2008/08/08(金) 23:01

何やら好きな雰囲気。
楽しみにしてますね!!特にあいかんを。
頑張ってください。

9 名前:三拍子 投稿日:2008/08/09(土) 00:08
genさん、コメントありがとうございますm(__)m

さて、次の人の触りです
 
10 名前:40−2 投稿日:2008/08/09(土) 00:27
 

こんなにも幸せな時間を

こんなにも無駄にしたのはあたし位だろうな

 


 40−2.偶然


 

 
「おっ?いつもより一本早い」

 
えりかが駅に着くと調度来た電車

いつもはこの電車の一本後に来る超満員の急行でうんざりしながら高校へ向かっている
しかし今日は髪のセットに時間がかからなかったせいか

この一本前の各停に間に合う事が出来た

思えば一本後に乗る事はあったが、この電車に乗るのは初めてかもしれない

 
そう思いながらえりかはホームとの微妙な隙間を大袈裟に飛び越え、車内に入った

 
11 名前:40−2 投稿日:2008/08/09(土) 00:38
 
やはり各停は急行と違い人の数が明らかに少ない

目の前に調度二つ席が空いていた
えりかは座って行ける事に内心かなり感動しながら、空いていた一番端の席に座る

 
電車が発車し、ガタンガタンと緩やかな振動が伝わる

各停だと学校の最寄駅までは15分程
えりかは鞄からプレイヤーを取り出し、イヤホンを付けた

速度がどれ程違うのかはわからないが、窓から見える景色がえりかにはやけにゆっくりに見え、
それをぼんやりと見ていたらだんだん瞼が落ちて来た

 

次の駅に着く頃には手摺りに頭を預け、えりかは心地良い眠りに入っていた
 
12 名前:40−2 投稿日:2008/08/09(土) 00:46
 

そんな中その駅から乗って来たえりかと同じ制服の生徒
えりかの隣が空いている事に気付くと恐る恐る座った


なおもえりかは気付かないまますやすやと眠っている

そんなえりかを見てその生徒はくすりと笑った


 

イヤホンをして完全に眠りに入っているえりかは気付かない

今隣に座っているのが、えりかのクラスメートであり
学校のスターであり
いつもえりかが羨望の眼差しを送っている人物である事に

 

13 名前:三拍子 投稿日:2008/08/09(土) 00:49
はい、梅さんの触りですm(__)m

14 名前:40−3 投稿日:2008/08/09(土) 22:58
 
 

やだやだやだ

だって舞にとっては、千聖は千聖でしかないんだもん

 


  40−3.今昔

 


「行ってきまーす!!」


三軒並びの一軒、薄い紫色の家から舞は元気良く飛び出した
 


時間は8時10分過ぎ
隣の隣に住んでいる同校の栞菜はきっとまだ熟睡しているんだろう

この三軒並びに住んでいれば、こっそり自転車で帰ってくる栞菜を見るのは当たり前だ
別に教師に言うような事でもないので舞は放っておいている
 
15 名前:40−3 投稿日:2008/08/09(土) 23:01

 

−ま、舞は歩いて行くの好きだし

 
それに、舞には毎日一緒に登校する人がいる
近所に住んでいる幼なじみ
でも舞が自転車でも追い付いて来れそうだなぁと舞は笑いながら思った


 
住宅街を出て二つ目の曲がり角
毎朝舞を待っている小さな少年のような後ろ姿
もう大分身長の差が出来てしまった

 
16 名前:40−3 投稿日:2008/08/09(土) 23:03
 


その後ろ姿に頬を緩めつつ、同時にげんなりと肩を落とす

 

 
中学校、
何て面倒な所なんだろう

小学校まで全く感じていなかった、たった一つの年の差
なのにそのたった一つのせいで中学校では


 
「おはよ!!千聖−‥‥‥先輩‥」


こうなってしまうのだから
 

17 名前:三拍子 投稿日:2008/08/09(土) 23:09
はい、とりあえず三軒それぞれの触りな感じで。

ここからはオムニバスみたいに一つずつの話を長めに書いて行きます(ノ><)ノ

18 名前:40−1 投稿日:2008/08/10(日) 23:47
 

あたしの遅刻ギリギリセーフ計画は、完璧だった


完璧だったのに


 

  40−1.遅刻

 

19 名前:40−1 投稿日:2008/08/10(日) 23:50
 
 

栞菜の声に振り向いた生徒、眉を下げてびっくりしたように栞菜を見る


見た事のない顔
同い年、いや、多分後輩だろう
栞菜は同学年なら顔のわからない人はいない自信があった


「乗せてってあげよっか?」
「ぇっ!?い、いや、えっと‥‥」
「歩いてったら遅刻確実だし、君真面目そうだし」

 
ボタンを第二まで開け、ネクタイをだらりと緩めている栞菜とは違い
ボタンを第一まで閉め、ネクタイも苦しいんじゃないかと思う位きっちりしている

可愛らしいほんわかとした空気からは、それでも遅刻なんて絶対にしないだろう真面目さも伺えた


「で、でも‥‥」
「あーもー早く!!あたしまで遅刻しちゃうから!!」


はい、と後ろの荷台を指差す
すみませんと言ってその後輩は恐る恐る荷台に乗った
それを確認し、栞菜は勢い良くペダルを踏み出す

 

飛ばせば間に合う
のんびり行く予定だったがそんな悠長な事を言っている時間はもうなかった

 
20 名前:40−1 投稿日:2008/08/10(日) 23:53
 


下り坂は終わり、後は狭い平らな一本道
木々に囲まれているこの道は、今日のような晴れの日は木漏れ日がとても心地良い
毎朝栞菜は緑の気持ち良い空気をいっぱいに感じながらこの道を抜けていく

しかしながら今日の栞菜にはそんな暇はない
とにかく必死に自転車を漕ぐ

湿気の混じった爽やかな風が体を抜けて行った

 
背中の後輩はちんまりと栞菜の制服の裾を掴んで黙っている
本当に乗っているのか不安になり栞菜がちらりと振り向くと、当たり前だがそこには困ったように俯いている後輩がいた


その姿がなんだか可愛く思い、栞菜は頬を緩めながらペダルを踏み締めた
 


21 名前:40−1 投稿日:2008/08/10(日) 23:57
 

長い一本道を抜けた所
栞菜御用達の早貴の家が見えた
早貴の家の玄関の隣に自転車を停める


時計を見ると36分
予定より早く着いた事に栞菜はびっくりしていた


「ぁっ、ありがとうございました」
「あぁ、良いよ全然。あっ、でもコレの事は黙っておいてね」


停めた自転車を指差す
多分ばらすような感じではないが、念には念をと言うものだ
後輩はもちろんと言うように何度も頷いていた

並んでゆっくり校舎へと駆け出す


「君、二年生?」
「は、はいっ!鈴木愛理です」


苗字はともかくとして、愛理という名前はまさに彼女に相応しいと栞菜は思った

 

あまり使われない小さな裏門、栞菜の専用の門と言っても良いかもしれない


「こっちの方が実は教室まで近いんだよね〜」
「へー、知らなかった‥‥」


自慢気に話す栞菜に鈴木愛理は本当に感心していた
そんな姿に栞菜は可笑しいと思いつつなんだか幸せな気持ちになった

 

22 名前:40−1 投稿日:2008/08/11(月) 00:01

 
もうすぐ昇降口、学年が違う為ここで別れる事になる


それにしても、お嬢様というのはこんな感じなのかなぁと鈴木愛理の横顔を見ながら栞菜はぼんやり考える
部活で仲の良い後輩の千聖とはまるで正反対だと失礼な事を考え、思わず苦笑した

昇降口の前、鈴木愛理が立ち止まり栞菜を振り返る


「あの‥本当にありがとうございました」
「うん。あ、そういえばあたしの名前言ってなかったね。あたしは−‥‥

 
「有原栞菜」

 

 
‥‥‥言う前に言われてしまった
驚いて固まっている栞菜ににっこりと可愛らしく八重歯を見せて笑う


「−先輩、ですよね」


 
恥ずかしそうにそう付け加え、鈴木愛理は昇降口へ駆け入って行った

その姿勢の良い後ろ姿にただただ栞菜は突っ立ったままでいる


 
 
 
40分、本鈴が鳴り響く中

栞菜だけが走る事も騒ぐ事もなく昇降口の前に立っていた

 
23 名前:40−1 投稿日:2008/08/11(月) 00:03
 
 
−スズキアイリ

 
 
この名前がこれからどれだけ自分の生活に影響を及ぼす事になるのか
この時もう、栞菜は気付いていたかもしれない


 

  遅刻−.終わり

 

24 名前:三拍子 投稿日:2008/08/11(月) 00:04
今回はここまでです。
25 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/11(月) 00:48
爽やかな感じで好きです
場景がパッと想像出来ました
次回も楽しみにしてます
26 名前:名無し 投稿日:2008/08/11(月) 00:57
一気に読ませていただきました
それぞれどんな展開になるのか続きが気になります
次回も楽しみにしています
27 名前:40−2 投稿日:2008/08/11(月) 21:52
 


今日の朝の何分かが


あたしには一週間分位の出来事のように思えた


 

  40−2.登校


 

 
28 名前:40−2 投稿日:2008/08/11(月) 21:55
 
 

とんとん、と肩を叩かれる感触にえりかはゆっくりと目を開けた
気付くとそこはもう降車駅
いつの間にか増えていた利用者達がぞろぞろと降りて行っていた

えりかははっとして慌てて立ち上がり、その人込みに紛れて電車から流されるように降りた


 
乗り換えを利用する人が多いお陰で改札を出る頃には大分人は減っていく

改札を出て階段を降り、道に出ると同じ制服の生徒がちらほら目に入った

 
 
−そういえば、
あの時誰が自分を起こしてくれたのか

確かに肩を叩かれた感触があった
えりかがこの駅で降りる事を知っている人物となれば、やはり同校に通う生徒か教師か
しかしながらえりかは教師に覚えられるような目立つ生徒ではない為その可能性は低い

となれば生徒となるが、この電車を使っている生徒はあまり見た事はない

 

 
−誰だかわかんないけど、ありがとうございました!


歩きながらえりかは心の中で深々とお辞儀をした
なんとなく、今日は良い日になりそうな予感がする

 
朝から眩しい位の太陽を仰いでえりかはにっこりと笑った

 
29 名前:40−2 投稿日:2008/08/11(月) 21:56
 

学校に向かってのろのろ歩いていると、目に入ってきた後ろ姿
誰かなんて一目でわかる
間違える筈ない

 
 
真っ直ぐな黒髪
ぴしっと伸びた背筋
筋肉質なのにすらっと美しい脚

えりかよりは低い背、それでも周りの生徒から頭一つ飛び出ているように見える


 
−やっぱり、今日は絶対絶対良い日だ

 
えりかは無意識に歩く足を早めていた

追い付こうとは思っていない
それでも歩きでさえ速い彼女に引き離されるのはもったいない気がした


 

 

−矢島舞美
 


果たしてこの名前を学校内で知らない人はいるのだろうか

 
いない、確実に、絶対にいない
 

一年生の時から陸上部のエース、陸上部の表彰となれば必ず絡んでいる
二年生になり、三年生が卒業したら当たり前のように部長となった
温厚な人柄から人望も厚く、教師達からも信を置かれている

 

えりかから見れば遠い存在の人物
なのに同じ教室で授業を受けているのだからおかしな話だ

 
30 名前:40−2 投稿日:2008/08/11(月) 21:59
 

 
二年生で同じクラスになった

それ以来気が付くと矢島舞美を目で追う日々
しかし会話なんて数える位しかした事がない


 
現に今だって挨拶のひとつも掛けられずにいる


何とも情けない自分にえりかは溜め息が出てくる

 


無駄な背の高さと外国風な顔立ち位しか自慢がない
勉強は中の中、スポーツは全くダメダメ
部活は被服デザイン部、運動部と違い表に出る事なんてほとんどない

それでも、以外なお笑いキャラで友達は多かったりする

 


苦笑しながら自己分析をしているといつの間にか学校の前

そして矢島舞美はもうすぐ並ぶ、という位の距離にいた
気が付き思わずえりかはぴたっと足を止めた

 
31 名前:40−2 投稿日:2008/08/11(月) 22:01
 

近すぎる距離を離す為のものだったがどうやら逆効果だったようで
えりかが急に止まった事に気付いたのか、

 

矢島舞美が振り返った


「−‥‥‥‥」
「あ、梅田さん!!」


固まっているえりかとは相対的にえりかに振り向いた矢島舞美はとびきりの笑顔だった
そしてその笑顔にえりかは更に固まる


「おはよ、どしたの?大丈夫?」
「あ、あー、うん。大‥丈夫」


どうにか口を動かしたものの、その返事は物凄くぎこちないものだった
そんなえりかを見て矢島舞美はまた笑っていた


 
立ち止まっていては不自然過ぎると思いえりかは突っ張るように歩き出した


矢島舞美が、隣を歩く
何だこの状況は
今日はもう良い日どころじゃない、むしろ困る位だ
えりかは何故か歯を食いしばり、ただただ前を見ていた


「よかったぁ」
「へ?」


唐突に矢島舞美が話出す
隣を見るとにこにこしながらえりかを見ていた


「電車、寝過ごさないで」
「−‥‥‥‥‥」
「悪いかなぁとは思ったんだけど、遅刻したりしたら大変だし‥‥」


 
32 名前:40−2 投稿日:2008/08/11(月) 22:04
 

−自分は、何て馬鹿なんだろう


 
まさか、まさか矢島舞美だったなんて

えりかは見開いた目をぱちぱちしている
開いた口が塞がらない、とはこういう事なんだろう


「あたし、梅田さんの隣に座ってたんだよ!」


嬉しそうに話す矢島舞美に対してえりかは泣きそうになっていた
それは感動からなのか、それとも悲しさからなのか
どちらでも何だかもうどうでも良い気がした


「‥‥‥ぁの、矢島さ−
「おーい矢島ぁ、顧問の先生が呼んでるぞー!」
「!はーい」


とにかくお礼を言おうとえりかがやっと口を開いた途端、タイミング悪く矢島舞美は教師に呼ばれた


はぁー、とえりかが肩を落としていると


「あ、そうそう!」
「‥‥?」


校舎に向かって駆け出した矢島舞美が、思い出したようにえりかに振り向いた

 

「矢島さんじゃなくて、舞美で良いよー!」
「‥‥−っ」
「じゃあ教室でね、えり!!とか言って」

 
大声で自分の名前を呼ぶ矢島舞美
えりかが返事する間もなく校舎の方へと走って行った


 
33 名前:40−2 投稿日:2008/08/11(月) 22:06
 

 
今日は本当朝から何なんだろう


あまりの想定外にえりかは頭がついていけない
とにかく足を進めた

 
 

−舞美


今日中、いや明日まで
とにかく次に矢島舞美と話す時までに
その名前を自然に呼べるように練習をしないといけないと

えりかは本気で考えた


 

  登校−.終わり

 
34 名前:三拍子 投稿日:2008/08/11(月) 22:07
 
コメントありがとうございますm(__)m


今回はやじうめです。
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/12(火) 15:27
みんなそれぞれ甘酸っぱくてにやにやしちゃいますw
次も楽しみに待ってます!
36 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 00:27
定番なようで新鮮な感じがしますね
続きも楽しみです
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 21:51
梅さんかわいいよ梅さん

甘酸っぱい雰囲気で大好きです
続き待ってます!
38 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 15:48
 

今日一日だけで

あたしはどれだけ鈴木愛理の事をわかる事ができたんだろう

 


  40−1.草むしり
39 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 15:50
 

「有原ぁ、月曜初っ端から遅刻とはええ度胸しとるなぁ」
「‥‥‥」

 

終わった、と栞菜は思った

 


 
あの後やっと自分が遅刻だという事に気付いた栞菜は慌てて教室への階段を駆け上がって行った


しかしもう朝のHRは始まっていて
こそこそといかにも遅刻しましたと言うようにドアの前で背中を丸めて屈んでいた栞菜
そぉーっと教室へのドアを開けようとしたら

カツカツと軽快な音と共にガラッと勢い良くドアが開け放たれた


 

−ついてない


栞菜の中でKOのゴングが鳴った
出て来たのはこの学校で最も恐れられている学年主任、中澤裕子
栞菜は小さくなったまま苦笑に中澤を見上げた


中澤はにっこりと笑っていたが、その背後には恐ろしい形相をした般若が見えた気がした
 

 
40 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 15:52
 


−結果、放課後に裏庭の草むしり

いつもの栞菜なら

部活があるんで!
試合が近いんです!!


とか言って逃げ出すのだが
三年生である栞菜はもう部活は引退して、時々後輩に指導に行く程度
更に今日は顧問が出張の為部活は休み

中澤裕子に追い詰められた栞菜に逃げ場はなかった

 

41 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 15:53
 

「めずらしいね栞ちゃん遅刻なんて。いつもギリギリには絶対来るのに」


隣の席であり栞菜御用達の駐輪場の友達、なっきぃこと中島早貴
朝から中澤に絞られ机にくたっと伏している栞菜を横目に、真面目に一時間目の授業の準備をしている


「どしたの?自転車がパンクでもした?」
「ちょっと胸を射抜かれてた‥‥‥‥」
「何それぇ!?」


栞菜の言葉に早貴は涙が出る程笑っていた
ははは、と栞菜は乾いた笑いを返す

 
決して間違った事は言っていない
実際栞菜は射抜かれたのだ
あのお嬢様に、鈴木愛理に

 
 

それにしても、どうして自分の名前を知っていたのか
栞菜は愛理を見たのは朝が初めて、顔も名前も知らなくて当たり前だ
なのに愛理はごく普通に栞菜の名前を口にした


それが何だか恥ずかしく、けれど確かに嬉しくて
栞菜は無意識に顔に熱が集まるのを感じる


一時間目開始のチャイムが鳴ったが栞菜は机に伏したままぼけっと窓を見つめたまま
ふぅー、と長い溜め息を吐く


「有原ぁ!!草むしりの範囲広げてほしいんかぁ?」
「いえ、滅相もない!!!」


すると教室に戻って来た中澤に再び叫ばれ栞菜は姿勢を正し座り直す
隣の早貴はもちろんクラス中が栞菜を見て笑った

 
一時間目から中澤先生のお世話になるとは‥‥

この授業は絶対寝られないと栞菜はふぅと息を吐いた後パンと頬を叩いた

 


42 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 15:54
 

 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−
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43 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 15:57
 

「じゃ、頑張りや」


中澤はにぃと口の端を上げポンと栞菜の肩を叩くと

かなり伸びた雑草の中を高いヒールで歩きにくそうに去って行った
その後ろ姿に栞菜は般若、とホントに小さく呟いたがそれすらも聞こえている気がして恐くなり、すぐに向き直り軍手を装着した


範囲はそんなに広くはない
しかしながらもう部活から離れている栞菜は当たり前だが体力は落ちていて
屈んでの草むしりで明日はおそらく筋肉痛になるだろうと予想しがくりとうなだれた
 
日はもう傾き始めているものの気温は相変わらず高く
栞菜はTシャツの袖を捲り上げタオルを首に巻き、いかにもという恰好で草むしりを始めた
 

 


‥〜♪
 

 

すると聞こえたピアノの音
栞菜は辺りを見渡す、どうやら端の旧音楽室から聞こえているようだ

そこはピアノが置いてあるだけで普段授業などで使われる事はない教室
もしかしたら栞菜は三年間一度も行った事がないかもしれない


調度良い
一人ぼっちで寂しく草むしりをするのならBGMでもあった方が少しはやる気も出る
聞こえてくる美しい音色に栞菜は適当に鼻歌を合わせる

クラシックだろうそれは元気が出るような明るい曲では決してなかったが、心地良い、優しい気分になれるような気がした

 
44 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:00
 

クラシックをBGMに草むしりをする女学生、何ともおかしな光景だ
それでも栞菜は気分に任せて手を進めた

 

すると、曲が終わったのかぴたりと途切れる音
栞菜も思わず手を止めた
 
体をその端の教室へ向ける
何故か足がそちらへ向いてしまう
吸い寄せられるように栞菜は教室の窓へと近付いて行った


 

何となく邪魔になってはいけないと窓の下に屈んで小さくなる
これじゃ盗み聞きだ、と苦笑した

しばらくすると、ダンッという強い音から二曲目が始まった
栞菜は足元の雑草をちまちまと控え目にむしりながら耳を傾ける

先程の曲とは少し違い、優しい中に悲しみが隠れているように感じる曲だった
栞菜は壁に預けていた背中を離し、窓の枠からちらりと中を覗く

 

 


−瞬間、息が止まるかと思った


 
不思議なもので、よく今まで知らなかった言葉などを知ると
何故かそれから度々聞いたり見たりするようになる事があると言う

現に、栞菜もそうである
 

 

そこにいたのは
鈴木愛理


 
45 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:02
 

 
話し掛ければ良い

今朝が初めてとは言え栞菜と愛理は確かに『知り合い』なのだ
栞菜が愛理に話し掛ける言葉だって探そうと思えば幾らでも見つかる筈だ
 


−どうして名前を知っていたの?
ピアノ、凄いね
結局朝遅刻しちゃったよ
お陰で今草むしり中

 

なのに栞菜は掛ける言葉はおろか声を出すという信号さえ頭に働かない
ただただ静かにズルズルと元の姿勢に戻った

見たのはほんの一瞬
そして次の瞬間にはぐっと胸をわしづかみにされたような息苦しさに襲われた
 

 
栞菜が話し掛けられなかった理由
今また屈んで小さくなっている理由

 

 


栞菜が見た鈴木愛理は
懸命に鍵盤を叩きながら


 

泣いていた


 
46 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:03
 

ふらふらと元々草むしりをしていた場所へ戻る
さっきまであんなに耳に響いていた音がまるで拒絶しているように遠く聞こえる気がした

 


愛理が涙を流す理由なんてもちろんわかる筈がない
もしかしたら欠伸をしただけかもしれない
もしかしたら目にゴミが入っただけかもしれない

絶対に有り得ないとわかっていても、どうにかそう考えたいと思ってしまう
 

栞菜が鈴木愛理に会ったのは今朝の事で
まだ知り合ってから12時間も経っていない
なのに今栞菜の頭の中には鈴木愛理しかないと言っても良いかもしれない

泣いている愛理でさえも一瞬可愛い、と思ってしまった自分は重症だと栞菜は思った
早貴にはちょっと胸を射抜かれた、と言ったが

射抜かれたどころではない
失恋した訳ではないのに胸にぽっかりと穴が空いたみたいだった

 
47 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:09

 
ぼんやりしていたらいつの間にか指定されていた範囲の雑草は綺麗になくなっていて
栞菜は雑草の入ったゴミ袋を捨てた後、中澤の待つ職員室へと向かった


 
−−−−−−−−−−−
−− 
「おーぅ、お疲れさん」
「‥‥‥はぃ」
「どした?有原の事やからぎゃーぎゃー文句言うてくるかと思っとったわ」

笑いながらそう言うと、中澤は職員室の端の冷蔵庫から缶ジュースを取り出し、栞菜に投げた
栞菜は慌てて受け取る


「草むしり中に何があったんか知らんけど、らしくないで」
「‥‥‥」

そう言った中澤の顔は般若の影など微塵も見えなくて


遅刻、今度から気ぃ付け

そう言われ帰れと言うように手で促された


 
−すみません先生、般若なんて言って

心の中で謝りつつ、中澤の背中に向けありがとうございますと言って栞菜は職員室を後にした
廊下を歩きながら、もらった缶ジュースを見つめ
今度からもう少し真面目に授業を受けようかなと笑いながら考えた

 

48 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:11
 

朝来た裏門から出て、早貴の家に停めてある自転車を取りに行く
辺りを見渡し誰もいない事を確認し、早貴の家から自転車を引っ張り出し素早く漕ぎ出した

 

ふと、今朝の事を思い出す


鈴木愛理
またその名前と、先程のシーンが蘇る
名前以外何も知らない栞菜が愛理の事を心配するのはおかしいかもしれない

 

 
でも、それでも
知りたいと思った、鈴木愛理の事を
わかりたいと思った


「‥‥恋だねぇ‥‥」

苦笑しながら呟く
真っ直ぐに道を抜け、緩やかな上り坂を無理のないよう漕いで行く
 

49 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:13
 

上り坂の途中の曲がり角
栞菜はぴたりと立ち止まる

 
何で、こうも−‥‥

 


道を曲がった先を歩いている後ろ姿は今朝見たものと同じで
けれど心なしか、それとも距離のせいか
朝より随分小さく見えた


あの涙の理由はわからない
本当に何でもないかもしれない

−それでも、近付きたい

 
 

「‥−ねぇっ!!」
 

50 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:19
 


その後ろ姿に叫んだ今朝と同じ第一声
 

 
愛理が不思議そうに振り返る

栞菜は急いで中澤からもらった缶ジュースを鞄から出し、愛理に向かって投げた

缶は綺麗に弧を描いて愛理へ飛ぶ
愛理は慌てたようにそれをキャッチし、驚いた顔で栞菜を見た


「それ、あげる!!」

 

目一杯の笑顔でそれだけ言って栞菜は逃げる
ぐんぐんと自転車を漕いで行く

 

 
少しでも、ほんの少しでも
有り余る位の自分の無駄な元気が、彼女に伝われば良い

たったの一言と缶ジュース一本分の想い
今の栞菜にはそれが精一杯だった
 
51 名前:40−1 投稿日:2008/08/15(金) 16:21
 

−今度会えたら、ちゃんと話してみよう


聞きたい事が沢山ある
知りたい事が沢山ある


理由はそれだけで充分だった


 
 


坂を上り切り、目一杯飛ばしていたスピードを緩めながら栞菜は住宅街へと入って行く

 


明日の朝、鈴木愛理にもしも会えるなら
早起きなんて目覚まし無しでも出来る自信が栞菜はあった


 

 草むしり−.終わり

 
52 名前:三拍子 投稿日:2008/08/15(金) 16:29
 
今回はここまでです。
一応あいかんがイチ押しなんで、割合が多くなると思います。

53 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/15(金) 23:40
栞菜サイドのあいかんが凄くいいです。
読んでて射ぬかれましたw、とても面白いです。
更新待ってます。
54 名前:名無し 投稿日:2008/08/16(土) 00:16
おなじく射抜かれましたw
心理描写が深いのに読みやすくて好きです
あいかんの割合が多くなるとのこと楽しみ
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/16(土) 02:18
なにこれ素敵やん青春やん
56 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/16(土) 10:11
あいかんいいですね
そのご近所さんたちも気になります
57 名前:三拍子 投稿日:2008/08/16(土) 19:36
沢山のコメントありがとうございます!!

次はこの二人の話です。
 
58 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:37
 

わかってるよ

舞だって、もう子供じゃないんだから

 

  40−3.先輩

 
59 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:38
 

「おっはよー!!」


朝からありったけにテンションの高い千聖
昔から変わらない太陽のようなその笑顔に舞は胸の奥が暖かくなり、笑い返−
‥‥そうとして、止める


 
その後ろに見える同校に通う生徒達
舞と千聖、いや、きっと舞に向けて嫌な視線を送っている
理由はわかっている
理由は今目の前にいる『千聖先輩』だ


 
60 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:39
 

−中学に入ってわかった事
ここでは無駄に上下関係を気にしなければならない
先輩は先輩、敬語が絶対
たとえそれが幼なじみでも、だ


 
そしてもう一つわかった事

この『千聖先輩』は中学ではかなり人気があるという事
所属しているフットサル部ではエース、明るい性格と少年のような容姿にファンになる人がかなり多いらしい

今そこにいる先輩達も多分千聖のファンであり、
千聖の幼なじみである舞を疎ましく思ってああいった視線を舞に送っているんだろう
 

 


−めんどくさい

 

舞はバカバカしくなって溜め息を吐く
 
61 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:42
 
そしてもう一つわかった事

この『千聖先輩』は中学ではかなり人気があるという事
所属しているフットサル部ではエース、明るい性格と少年のような容姿にファンになる人がかなり多いらしい

今そこにいる先輩達も多分千聖のファンであり、
千聖の幼なじみである舞を疎ましく思ってああいった視線を舞に送ってい 

入学当初、いきなり言われた一言


 

 
『馴れ馴れしい』

 

 
幼なじみだから、という理由は舞を囲む千聖の同級生達には通用しなかった
千聖、といつも通りに名前を呼ぶ事
冷静なツッコミでへこませる事
いきなりプロレスごっこを始める事

全て『後輩』である舞がしてはいけない事
図々しい態度は先輩から反感を買うだけだった


 

下らない、と舞は心底思う

年下の幼なじみに嫉妬などしている暇があるなら少しでも千聖と仲良くしようと努力すれば良い
自分達は何もしようとしないくせに人には文句を付ける、何とも幼い行動だ
舞はよっぽどその先輩達に言ってやろうかと思った

 
それでも舞が思い止まった理由


千聖に迷惑がかかるのだけは嫌だった
舞と先輩の下らないいざこざに千聖を巻き込む必要などない
千聖は何も知らなくて良い

舞がそうやって圧力をかけられた事も
実は自分が人気がある事も
舞の気持ちも

 

全部全部、千聖は知らなくて良いのだ


 
62 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:45
 

「?どしたの舞ちゃん、元気ない?」


千聖が心配そうに覗いてくる
そのいつも通りの行動が、また千聖のファンである人達の嫉妬心に火を点ける


「‥−何でもないです、千聖先輩」


顔の前に手を伸ばし千聖から顔を背ける
舞を睨んでいた先輩達は舞のその行動を見ると納得したように前を歩いて行った
舞はふぅと息を吐く


「やっぱり舞ちゃんが千聖に敬語使うの慣れない」
「仕方ないじゃん、千聖は先輩なんだから」


嫌そうに言う千聖に舞は小さな声で笑って言う
そうだけどさぁー、と言って千聖は部活のエナメルバッグををぶらぶら振り回しながら歩き出した


 
63 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:47
 

仕方がない
こうしなければ、学校で千聖と話す事さえ怒られるかもしれない

 

一緒にいたいのなら敬語を使え、ベタベタするな、先輩と呼べ

舞が言われたのはつまりはこういう事である
まるでがみがみうるさい母親のようだ

 
 

慣れないのは舞だって同じだ
慣れる筈がない

敬語を使う事、ベタベタしない事、先輩と呼ぶ事
決して出来ない事ではない
実際舞は言われてからしっかりそれを守っている


 

それでも、それに慣れる事は絶対にない
舞にとって千聖は何があっても千聖なのだ
 
64 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:49
 
舞が先輩からそんな言い付けをされていると知ったら、きっと千聖は怒るだろう
自信はないが何となく舞はそう思う
 

千聖は、優しい
それは長い付き合いの中で知っている
だからこそ舞は千聖には知らないでいてほしい
太陽のような笑顔を向けてくれれば良い


「あっ、今日部活休みなんだ!舞ちゃん家行って良い?」
「‥‥良いですよ、千聖先輩」


そう、だからせめて学校以外では
二人きりの時だけは幼なじみでいたい
それだけは、絶対に譲らない


やったぁと千聖はウキウキしながら舞の前を行く
その後ろ姿に舞はふっと息を零した

 
65 名前:40−3 投稿日:2008/08/16(土) 19:50
 
 

舞が望む『幼なじみ以上の関係』
わかっている、千聖は子供だ
舞がこんな事を思っている事などきっと考えた事もないだろう


だから、学校では後輩
二人きりの時は幼なじみでいよう


 

−千聖は、何も知らなくて良いんだ

 

また今日も自分に言い聞かせ、舞は千聖に追い付こうと歩き出した


 

  先輩−.終わり

 
66 名前:三拍子 投稿日:2008/08/16(土) 19:52
ここまでです。

≫61の前半が間違ってました、読み辛くなってしまって本当にすみませんm(__)m
67 名前:40−2 投稿日:2008/08/19(火) 21:01
 

誰が予想できたんだろう
この展開を


あたしはあの時夢にも見てなかった


 

 40−2.視線

 

68 名前:40−2 投稿日:2008/08/19(火) 21:02
 

席替えをする事になった

 

今の席を気に入っていたえりかはそれを聞いて内心かなり落ち込んだ

えりかの席は窓際の一番後ろ
窓からの風は気持ち良く、昼間はぽかぽかとした陽が心地良い
その上、一番後ろとなれば授業中に携帯をいじっていようが音楽を聞いていようが、居眠りだって滅多にばれない
元々あまり教師に注目されていないえりかなら尚更だ

 
 

そして何よりえりかがこの席を気に入っていた理由
それは隣の列の一番前が良く見えるという事だ
 

授業中、黒板を見る振りをしていつも矢島舞美を見ていた
舞美が気付く筈はない
周りだってえりかがどこを見ているのかなんて興味のない事だろう

ずっと見ているだけだった
一方的に視線を送るだけ
その先に舞美がいる

 
それだけでえりかはつまらない授業も聞いていようという気になれた

 
69 名前:40−2 投稿日:2008/08/19(火) 21:05
 

あの朝以来、舞美から話し掛けられる事が多くなった
と言ってもたいていは挨拶程度だが、それでもえりかの毎日の中にほんの少しずつ舞美との時間が出来た
そして舞美の毎日の中にも徐々にえりかという時間が出来ていく
何の事ない事にえりかは堪らなく幸せになっていた


 
「まぁ、別にいっか」


席替えに反論の意を持った所で結局えりかが口に出す事はない
それなら何を考えても疲れるだけだ

 
 

−もしかしたら、もっと良い席になれるかもしれない
窓際で、風通しも日当たりも良くて
‥矢島舞美と近くの席かもしれない

確率の低過ぎる予想を立て、そんな自分に苦笑しながらえりかはくじを引いた

 
70 名前:40−2 投稿日:2008/08/19(火) 21:07
 

−やっぱり

 

えりかが引いた席は廊下側から二列目の真ん中
とても良い席とは言えない
皆がくじを引き終え、教室の中が騒がしくなる
ガタガタと面倒臭そうに机を引きずり、えりかは新しい自分の席へ向かった


着いてみると、周りはそれなりに仲の良い友達が多かった
前の席より黒板は見やすい

 
 
−この席替えを機に真面目に授業受けるかぁ


 
そういえば、とえりかは辺りを見渡す
黒板を見る振りをして、授業を聞きもしないで見ていたあの矢島舞美はどこだろう
前の方を見渡すものの、舞美の背中はない
これから授業中どうやって退屈を凌ごうか、えりかが考えていると

 
71 名前:40−2 投稿日:2008/08/19(火) 21:08
 

後ろからとんとん、と肩を叩かれる
振り向いた瞬間えりかは固まった


 
「えりの後ろだー!」
「‥‥‥舞、美‥‥後ろ?」


ぎこちないものの、やっと舞美と呼ぶのにも慣れてきたえりか
名前を呼ぶと舞美は嬉しそうに微笑んだ
その笑顔にえりかは気持ち良い風が吹いたような感覚がした


「うん!よろしくね!!」
「よ、よろしく」
「これでえりといっぱい話せる〜とか言って」


舞美が自分の名前を呼ぶ度
自分に笑い掛ける度
えりかはいちいち緊張してしまい上手く反応が出来ない
舞美とえりかの間に今まで『会話』というものはなかった
あの朝以来、交わすのは挨拶程度
えりかはそれだけで充分過ぎる位だった

 

72 名前:40−2 投稿日:2008/08/19(火) 21:09

 

この席替えを機に、何かは変わるだろうか


 

憧れの矢島舞美と、もっと仲良くなれるだろうか
もしかしたら矢島舞美の事をもっと好きになるかもしれない
考えるだけでえりかは顔が熱くなるのを感じた
自分の毎日の中に、矢島舞美の時間がもっと多くなって行く
後ろの席では普段見る事は出来ない
けれど振り向けば、舞美と視線を合わせる事が出来る


 
一方的に送っていた視線
それがこれからお互い送り合う形になる
何と贅沢な事だろう
 

えりかがそんな事を考えていると授業開始のチャイムが鳴り、えりかは黒板に向き直る

 
73 名前:三拍子 投稿日:2008/08/19(火) 21:11
短いですけど更新です。
74 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 01:03
更新乙です
梅さんの純情乙女っぷりがたまりませんw
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 02:00
文章が優しくてすごく癒されます。青春だな〜
76 名前:三拍子 投稿日:2008/08/20(水) 23:04
 
40−1あいかんです。
この話は長くなるんで前後編にたいな感じで二話に分けますm(__)m

 
77 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:05
 

78 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:05
 

 
その時あたしは嬉しさのあまりすっかり忘れていた


何であの時彼女に缶ジュースを投げたのかを


 

  40−1.お礼

 

79 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:08
 

部活のユニフォームを渡して欲しいと言われ、栞菜は放課後千聖のいる二年生の教室へ行った
これでもフットサル部のキャプテンだった栞菜
後輩にも顔が広く、廊下を行く後輩とすれ違う度挨拶された


「千聖ー」
「有原先輩!!」


前のドアから呼ぶと、飼い主に呼ばれた犬のようににこにこしながら千聖が飛んで来た
久しぶりのこの部活の感じ
引退したのはまだ少し前の事なのに、栞菜はやけに懐かしく感じた

 
「はいユニフォーム」
「ありがとうございます!大事にするんでっ!!」


いつも笑顔が絶えない千聖
見るだけでこっちまで笑顔になれる気がした
栞菜が帰ろうとすると、あーっと千聖が思い出したように栞菜を止めた


「せーんぱぁい」
「‥‥‥何?」
「ふっふっふっ」

 
80 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:10
 

にやにやしながら何かを待っている千聖
その表情から何となく、栞菜にとって良い事は起こらなそうな気がした

暫くそんな千聖を伺っていると何かに気付いたのか栞菜の後ろを見た

 
「愛理ー!!」
「!?」


 

愛理、という名前に栞菜は思わず背筋が伸びる
栞菜の後ろに向かってぶんぶんと手を振っている千聖
ごくりと息を呑んだ後、栞菜はゆっくりと振り返った
 


 

「こ、こんにちは」
「‥‥‥こん、にちは」

 

そこにいた愛理、はやっぱり鈴木愛理で

お互い様なぎこちない挨拶に千聖は笑っていた
栞菜はふっと苦笑し、ぎろりと千聖を睨むように振り返ると、すみませんすみませんと言いながらそれでも千聖は笑っていた


 


−なるほど

 
81 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:13
 

栞菜はやっと理解した

 


 
あの朝、栞菜達が初めて会ったあの朝
鈴木愛理が自分の名前を知っていた理由
つまりは−‥‥

 
 
「千聖ぉ‥‥‥」
「いやっ!千聖はただ有原先輩っていうカッコイイ先輩がいるんだよって話してただけです!!」


ぶんぶんと大袈裟に顔の前で両手を振る千聖
自分の情報がどんな形で伝わっているのか
栞菜は思わず顔が引き攣る
震源地が普段から先輩後輩関係なく仲良くしている千聖となれば尚更だ
何を言われているかわかったものじゃない

 
82 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:17
 

「いやぁ、まさか二人が会う事になるなんて思ってなかったんで‥‥」
「すみません‥」

 
申し訳なさそうに鈴木愛理が笑う
千聖を見たり鈴木愛理を見たりと栞菜は忙しく頭を動かす
そうしている内に千聖が鈴木愛理の隣に行き、肩に手を置いて何やら鈴木愛理を促している
鈴木愛理は困ったように眉を下げ、恥ずかしそうに栞菜に一歩近付いて来た
栞菜はどうしようと目を泳がす
そうしている間にも体の熱が上がっていく気がした

 
「ぁの‥‥この間はありがとうございました」
「えっ!?‥あぁ、缶ジュース?」
「は、はい。あのそれで‥‥‥」


言いかけて鈴木愛理は俯いてしまった
これには栞菜も困ってしまう
千聖に情けなくも目で助けを求めると任せて下さいと言うようににっこり笑い
こほんとわざとらしく咳をした後、鈴木愛理の代弁と言った感じで話し出す

 
83 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:20
 

「有原先輩にお礼にと、愛理が美味しい美味しいケーキを作ったそうです!」
「‥‥‥」
「なので、ぜひとも!愛理の家に寄って行って下さい!!」

「‥‥‥‥‥‥‥ぇ?」

 


千聖の隣にいる鈴木愛理に目を向ける
気付いたのか栞菜を見ると恥ずかしそうに目を逸らした
予想外過ぎる展開に栞菜は頭の回転がついていけない
鈴木愛理の、家へ行く?


 
「えー、と‥‥‥良いんでしょうか‥‥?」


栞菜はとりあえず確認にと鈴木愛理へ聞き返す
すると鈴木愛理が慌てたように顔を上げた

 
84 名前:40−1 投稿日:2008/08/20(水) 23:23
 
「はっ、はい!せ、先輩が‥‥やじゃなければ‥‥」
「い、いや全然!‥‥むしろこっちの方が‥‥何か迷惑じゃない?」
「まっ、そーゆー事なんで!!千聖は部活行きまーす」


二人を見てにっこり笑った後、
栞菜が呼び止める間もなくさようならーと言って千聖は教室から飛び出して行った
教室にぽつんとおいてきぼりにされたような栞菜と鈴木愛理
栞菜は暫くぼーっと千聖の走って行く足音を聞いていた


「ぁっ、あの!」
「はい!」


何でこうもお互いおかしな事になるのか
栞菜は思わず吹き出した
すると鈴木愛理も安心したように表情を柔らかくした


「寄って行って下さい。先輩と、お話したいですし」
「‥‥‥じゃあ、美味しいケーキをご馳走になりに行きます」
「はい!!」

 
 

そう言って笑った鈴木愛理は心なしか本当に嬉しそうで
栞菜まで嬉しくなり、もう一度顔を見合わせて笑った


 

 
  お礼−.終わり 
 

 
85 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:41
 
この大きなソファーに腰を沈めてから栞菜はずっと固まったままでいる
視点が定まらず、目を落ち着き無く動かし辺りを見渡す
見えるのはここで舞踏会でもやるんじゃないかと言う位広い部屋
床は顔が映り込む程綺麗で、栞菜は思わず自分の足元を見る
床に映った自分の顔はガチガチに緊張していた

 

部屋の中心に置いてあるグランドピアノ
真っ黒なその存在が、この広過ぎる部屋の静けさを一層強くしていた

 

 

彼女はここに、一人でいる

 
86 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:42
 

彼女の事を知る度に
彼女との距離を思い知らされる


でもそれでも
一緒にいたいと思った


 
 
  40−1.お嬢様

 
87 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:44
 


せめてと思い、あの朝と同じように鈴木愛理を荷台に乗せて学校を出た
案内をしてもらいながら安全運転を心掛けて栞菜はゆっくり自転車を漕ぐ
雲一つない晴天のお陰もあって、一本道の緑を胸いっぱいに感じる事が出来た

すると背中から今日は緑が綺麗ですね、と言う声が聞こえた
鈴木愛理もこの道を気に入っているのか
そう思い栞菜がちらりと背中を伺うと、木漏れ日に眩しそうに目を細めている鈴木愛理が見えた
そうだね、とだけ返し栞菜ももう一度木々を仰ぐ
いつも見ている景色なのに、今日はやけに眩しい

 
理由は背中にいる存在以外ないんだろうなぁと栞菜は自分に呆れながらふっと息を零した

 
88 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:45
 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−
 
89 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:47


 
−帰ろう
 

 

目を見開き、口をぽかんと開けたまま栞菜は思った
目の前に見えるのは、とても栞菜の三軒並びの住宅街とは違う、一般家庭が住むような家ではない
一軒家らしいが、一軒家で済ませて良い大きさではない
高い門、広い庭、長い玄関までの道
そして見える豪邸
他の人が見てどう思うかは別として、栞菜にとってそれは少なくとも豪邸だった
 

そして、門を開けようと家の前にいる鈴木愛理
彼女にこの豪邸は似合い過ぎる
 
まさに、「お嬢様」だ

 
90 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:48


 
比べて栞菜ときたら、浅黒い肌に自転車
門の前にいるだけでも違和感があり、思わず辺りを見渡してしまう

 
「どうぞ?」
「へ?あ、あーいや」
「大丈夫です。誰もいませんから」


挙動不審になっている栞菜を見て可笑しそうに鈴木愛理は笑って言った
栞菜はもう一度豪邸を見上げ、頭の中でかなり抵抗した後小さくすみませんと呟き
自転車を引いて愛理の後を腰を低くついていった
 

91 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:49
 

−そして、今に至る

動くに動けず、栞菜はソファーから一歩も動かずただ鈴木愛理が来るのを待っていた
緊張から心なしか足が痺れてきた頃、大きなドアが開き鈴木愛理がそろりと入って来た

その瞬間ふわりと紅茶の香りが鼻をくすぐる
お陰で少し緊張が解れていった

 
「すみません、お待たせしました」
「あっ、ぜっ、全然!」


自分の声が広い部屋に嫌に響き渡り、栞菜は恥ずかしくなる
鈴木愛理はくすりと笑うとテーブルの上に紅茶と千聖が言ったように美味しそうなシフォンケーキを並べた
缶ジュース一本に対してこのお礼
栞菜は申し訳なく思ってしまう
小さくなりながら鈴木愛理の待つテーブルへと座った

 

92 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:51

 
しかしながら、栞菜は少し不思議に思った事がある

まず、玄関を入った時
広い玄関に靴は鈴木愛理の物しかなかった
日頃から綺麗に整理しているならわかるが、それなら鈴木愛理の靴だけ出ているのはおかしい
そしてこの部屋に来るまでにいくつも部屋が見えたが
あまり使っていない、いや、全く使っていないようだった
この部屋より奥に限っては踏み込んでもいないという感じで
何となく鈴木愛理はこの部屋で生活している、と言っても良い気がした


 
「どうかしました?」
「へ?あ、あー」


何でもない、と栞菜は紅茶を口にする
向かい合わせて座っている鈴木愛理の後ろに見える真っ黒なグランドピアノ
 
93 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:54

 
−どうして、あんなに

 
泣いている鈴木愛理が今にも消えてしまいそうに見えた
思い出すだけで眉間に皺を寄せてしまいそうになる
そんな事を考えては駄目だと栞菜はケーキを口に運ぶ

 
「‥‥すっごい美味しい!!」
「本当ですか?よかったぁ」


 
−どうだ千聖、羨ましいか


心の中で呟きながら、栞菜はあっという間にケーキを平らげた
それを見た鈴木愛理も安心したように手を進め出す
静かな部屋に皿とフォークが掠る音だけが響く

 
94 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:55
 

聞くべきか
聞いて良いのだろうか

栞菜は考える


人には聞かれたくない事の一つや二つは必ずある筈だ
まして泣いていた理由を聞かれて話したい人などそうそういないだろう
それも知り合って間もないただの先輩に

踏み込み過ぎるのは絶対に駄目だ
踏み込んだ時、もしかしたら鈴木愛理は脆く壊れてしまうのではないか
栞菜は怖くなった


 

「そっ、それにしても広い家に部屋だね!一人っ子?」
「!‥‥‥‥」

 
95 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:57
 

「‥‥‥‥まぁ、そうですね」

 

何か、まずい事を言ってしまったのだろうか

 


一人っ子、そう言った瞬間鈴木愛理の顔が悲しげに歪むのを栞菜は見逃さなかった
紅茶をゆっくり飲み干し鈴木愛理は席を立つと後ろのピアノへ近付いて行く

何故か
ただピアノに近付いているだけのその光景が
まるで真っ暗な闇に沈んで行くように見えた


 

ピン、と軽く鍵盤を人差し指で叩いた後
鈴木愛理は十本の指をピアノへと落とした
美しい音色が部屋へ響き渡る
部屋の中心にピアノが置いてある為、そこから波紋のように音が広がっていく感じがした


 
96 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:58
 
何故いきなりピアノを弾き出したのかはわからない
止める気はない
話し掛けようとは思えない
ただただ席に着いたまま鈴木愛理を見つめる

あの時、草むしりの時に聞いた曲


何故か栞菜の方が泣きたくなる
広い部屋の中心、たった一人でピアノを弾いている鈴木愛理は悲しそうで、苦しそうで


 
 

酷く、美しかった

 

 
突然、ふっと音が止まる
鍵盤を叩いていた手は鍵盤に乗っているだけの状態になった
栞菜は演奏が止まった事に驚きはしなかった
 
97 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 21:59
 

どこかでわかっていた
この曲を最後まで聞けない事を
この曲は最後まで弾かれない事を

 
 
「私の母はピアニストだったんです」

 
唐突だった
鈴木愛理の視線はピアノに向いたままで
その目はピアノより深い黒の、真っ暗な闇の底を見つめているようだった
栞菜はぐっと首を掴まれたように息苦しくなる
黙っていろ
ピアノの真っ黒な体がそう言っているようだった


「これは、母が私の前で最後に弾いた曲なんです」
「‥‥‥‥‥」
「母は、母と弟は二年前事故で死にました」

 
98 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:01
 

何故そんな事を自分なんかに話すのか
栞菜は自分が鈴木愛理の話を聞く権利を持っているとは到底思えない
きりきりとどこかが小さく締め付けられていく気がする
栞菜は口をきゅっと結ぶ

酷く、喉が渇く

 
「このピアノは二人が死んで一人になったんです‥‥私と一緒に」
「‥‥‥お父さんは、いないの?」

 
不思議だった
冷静に聞き返す自分に栞菜は内心驚いていた
鈴木愛理も予想外だったのか一瞬驚いたように栞菜の方を向き
悲しげに笑って続ける


「父は常に外国で仕事をしていて帰って来るのは年に一回あるかないかです。まぁ、私が困らないように生活費だけは毎月送ってくれますけど‥‥」


淡々と話す鈴木愛理
その声色に、父への愛情はこれっぽっちも含まれていなかった
栞菜はその表情に恐怖さえ感じた

 
99 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:04
 

「‥‥弾けないんです‥‥‥‥」
「‥‥?」
「この曲だけは、最後まで弾けないんです‥指が、止まるんです」

 

−そう言えばあの時も、栞菜がその場から逃げた事もあるが演奏は途中で止まったようだった

 
鈴木愛理が人差し指を鍵盤に落とす
最初に叩いた高い音ではなく、
低い、沈むように暗い音
それを見つめる鈴木愛理は、初めて見るような表情をしていて
栞菜にはまるでこの部屋に閉じ込められているように見えた


 

「‥‥寂しく、ないの」


思わず問い掛ける
こちらを向いた鈴木愛理
その表情は優しかったが、話を聞いてしまった以上栞菜にはそれが作り笑顔だとわかっていた


「私は‥‥いてもいなくても一緒ですから」
「ぇ‥‥‥?」
「私は弟と違って、いくらやってもピアノが上手くならなかったんです」
「‥‥‥‥」
「母が私を見てくれた事は一度もありませんでした」


笑って話すような事じゃない
何故そんな事を言うのだろう
音楽の事に関しての知識が全くない栞菜には、もちろんピアノの上手い下手などわからない
鈴木愛理のピアノは普通に凄いと思った、感動だってした


「母と弟がいても、この家の中で私は独りでしたから」
「そんな‥‥‥っ」


そんな事
ない、と言えない
栞菜は何も知らない
鈴木愛理の母も、弟も
彼女がどんな気持ちでピアノを弾いていたのかも
何もわからない

 
100 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:08
 

堪らなく苦しい
 

「良いんです」
「‥‥‥」
「独りで、良いんです‥‥」

 
学校での鈴木愛理の影もない

家にいる時、彼女はいつもこうなのだろうか
誰も近付かないような豪邸の
広いこの部屋でピアノを弾いているのだろうか
怖いくらい静かな部屋の中、一人ぼっちで
 

 

 
独りで−‥‥

 
101 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:09

 
−‥‥‥‥
 
静かに栞菜は席を立ち黙ったまま鈴木愛理へと近付いて行く
鈴木愛理はどうしたのだろうと言うような表情で栞菜を見ている
ピアノの前の椅子に座る鈴木愛理の隣まで行き、栞菜は鍵盤に人差し指を落とした

ポーン‥と、一つ
静かな部屋に音が響く
栞菜が叩いたのは長い鍵盤の真ん中の白鍵
鈴木愛理が不思議そうに見上げてきた


「独りじゃないよ」
「‥‥‥」
「今、あたしここにいるもん」


ピアノの上に置かれたままの鈴木愛理の手を取る
びくっと肩が強張ったのがわかった


「ほら」
「‥‥‥」


鈴木愛理の顔が急にしゅんとなる
今にも泣きだしそうな顔だ
栞菜は自分の心臓が意外にも正常のリズムを刻んでいる事に驚いた


 
−良かった
触ったら壊れてしまうんじゃないかと栞菜は思っていた
細い指は栞菜の手を握り返してくれなかった
けれど、確かに熱を持っていた

 
102 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:11
 

「けっ‥‥ケーキ!」
「‥‥?」
「おかわり、したいな」


やっぱり、何もわからなかった
鈴木愛理の事を何も知らない栞菜は
深く考えるのは止めた


 

部屋に閉じ込められている「お嬢様」を助け出すなんて栞菜には出来ない
けれど、「鈴木愛理」と一緒にいたいと思った
これは自分の我が儘だ
目一杯楽しい話をしたい
鈴木愛理に聞いてほしい

今度はこっちの番だ


 
「ケーキ食べたらさ」
「‥‥‥‥」
「次はあたしの話聞いてよ」
「‥‥‥はい‥っ」

 

笑った彼女の目から一つ、涙が零れ落ちた


 
103 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:13

 
それからずっと話をしていた
部活の事、家族の事、自分の事
あの日の草むしりの事

鈴木愛理は笑っていた
それでもどこか寂しそうな彼女のこれが素顔なんじゃないかと思った
次から次に自分の中から話が浮かんできて、栞菜は無駄な頭の回転の速さに少し感謝した


 

104 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:15

 
‥‥−いつの間にか窓の外は真っ暗になっている
いい加減帰らないと明日も二人とも学校がある


 
「あの‥‥何か、ごめんね?」
「どうして謝るんですか?」
「いや‥‥何も、出来なかったなーって‥‥」


玄関前、靴を履いて鈴木愛理を見上げる
今になって栞菜は急にしゅんとなった

勝手だった
自分の話をしたは良いものの、だから何だと言うんだ


「そんな事ないです」


はっきりと否定する声が聞こえた
栞菜は眉を下げて鈴木愛理を伺う


「私、自分の事を誰かに話したの初めてなんです」
「‥‥」
「有原先輩は、良い人です‥‥」

 

心なしか、鈴木愛理の顔が一瞬泣きそうに見えた
良い人と言われる事は考えてみれば少ないかもしれない
面白い、優しい、親切
色々と人を褒める言葉はあるが、鈴木愛理の言う「良い人」というのはいったいどういう意味なのか
栞菜は一瞬考えた
深く考えてもきっと意味なんてない
けれど、それでも
じわりと胸が熱くなる

 
105 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:18
 

「楽しかったです。本当に」
「‥‥うん、あたしも」


笑顔で答えたつもりだったが、鈴木愛理に栞菜の顔がどう見えていたかはわからない
玄関を出て脇に停めていた自転車を出す
鈴木愛理はドアの前まで出て来てくれた

 
 


栞菜が帰れば、この家に鈴木愛理はまた一人になる
寂しくないだろうか
栞菜が帰る事を寂しく思ってほしい、そう思うのは栞菜の我が儘だ
帰りたくないのは栞菜の方だった
催促されればいつまでだって一緒にいられる自信もあった

でもそれは栞菜が勝手に考えている事であり、鈴木愛理もそう思っている訳ではない
その自信は全くなかった

 
106 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:19

 
「本当に今日はありがとう」
「いえ‥私の方こそ、何か気分悪くさせましたよね‥‥」
「いや、無駄な元気だけが取り柄だから!全然大丈夫!!」
「でも少し‥‥家の中が明るくなった気がしました」


そう言って鈴木愛理は家を振り返る
その横顔は笑顔だったが、やっぱりどこか
隠し切れない哀しみが浮かんでいた

 

107 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:22

 
「−あのさ」
「はい」
「なんかあったら‥ううん、何もなくても」
「‥‥‥」
「呼んでいいから。いつでも‥あたしで良ければ」


言って顔が熱くなるのがわかる
夜でよかった
真っ赤になっている顔がどうか見えていないと良い
鈴木愛理は一回瞬きをして栞菜を見る


「というか、呼んで!」
「‥‥−!」


バチンと自転車を動かし出す
急いで門から出た


「じゃあ、また!!」


振り返らずに走り出す
ぐんぐんスピードを上げてあの豪邸から離れていく
 
108 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:23
 
心臓は破裂しそうに騒いでいて
身体中を血が駆け巡る
何て事を言っているんだ自分は
こんなの告白よりよっぽど恥ずかしい
無我夢中で栞菜は自転車を漕いだ

 
109 名前:40−1 投稿日:2008/08/23(土) 22:25
 

 
部屋に戻った鈴木愛理はピアノの前にもう一度座った


ゆっくりと鍵盤に指を落とす
ポーン、と愛理が叩いたのは
さっき隣で栞菜が叩いた白鍵


 
「‥独りじゃ、ない‥‥」


 
鈴木愛理は鍵盤に涙を零してそう呟いた
 

 

その小さな呟きが
家への坂を全速力で駆け上がっている栞菜に聞こえる筈はなかった

 

 
  お嬢様−.終わり

 
110 名前:三拍子 投稿日:2008/08/23(土) 22:26
 
今回はここまでですm(__)m

いやぁ、初めてこんなに長くなりました。
 
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/23(土) 22:33
更新お疲れ様です!!
リアルタイムで読ませていただきました!

なんかもう胸キュンです
素敵すぎです

次の更新も楽しみにしてます
112 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/24(日) 01:02
作者さん乙です
愛理の過去が切ない・・・
こんな甘酸っぱい学生生活送りたかったw
この後どんな展開になるか楽しみすぎます
113 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:46

 

ずっと一緒にいたいって思うだけなのに
それだけなのに
 
堪らなく苦しくなる

 

  40−3.風邪


 

114 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:47
 

風邪を引いた

最近急に気温が下がったりして身体の体温調節が上手く出来なかったのだろう
一応まだ夏なんだから素直に暑いままでいてほしい
ベッドの中、毛布に包まり舞はふぅと息を吐く

体温計を見ると37度8分
親が平気で学校に行けと言う温度ではない
というか行けと言われたとしても、ベッドから起きる事さえ躊躇う位舞の身体は重苦しく到底無理そうだった


「‥‥萩原舞、欠席しまーす‥」


一人天井に向かって呟いた
言葉を発するだけでもかなり体力を使う事を痛感する

 
115 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:48
 

千聖に連絡しなければならない
今ならまだ家にいるだろうとメールを打った
電話でも良かったが、朝からあの元気な声を聞いたら余計に頭が痛くなりそうで


『風邪引いた。休むね』


と、何とも寂しい殺風景なメールを送った
すると送って数秒位で返信が来た
異常なまでの早さに舞はびっくりして思わずごほっと咳込んだ


『大丈夫!?よーし、後の事は任せて!!』


何が任せてだ
舞は笑いながら溜め息を吐く
携帯を見て驚いた千聖、その後とにかく必死にメールを返す千聖
一人でどうしようと考えながら家を出る千聖
多分こんな感じだろうと何となく想像がついて舞は頬を緩める

 
116 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:50
 

学校生活は平凡過ぎる、と言っても良い位普通に流れて行っている

千聖のファンからごちゃごちゃ言われる事もなくなり
それでも「千聖先輩」に敬語は忘れず
舞の中学校生活は全くリズムを崩す事なく昨日まで来ていて
今日休んだからと言ってきっと何ら変わる事もないだろう
せいぜいただでさえ出来ない勉強が一日分更に出来なくなる位だ

 

千聖と会うのも本当に登校の時位になっていた
部活に入っていない舞は放課後学校に残る理由もない

しかしながら部活がオフの時は千聖は必ずと言って良い程舞の家に遊びに来ている
ただでさえ少ないオフ
休めば良いのにと舞は思う
 

117 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:51
 


けれどそれでも自分と遊ぼうと思ってくれている事が嬉しいのだから、全く我が儘な話だ
そうして千聖が遊びに来た時、毎回まだ大丈夫と舞は安心する

 

幼なじみの関係は終わっていない
二人でいる時は、千聖は千聖でいてくれる
千聖は自分と一緒にいてくれる
しかしそんな関係はいつまで続くのだろうと舞は考える
このままどんどん会う事も少なくなって
その内全く途切れてしまうんじゃないか
そんな事を考えてしまう

 

118 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:53
 

それなら言ってしまえば良い

 

ずっと一緒にいて、と言えば良い
一言で良いのだ、簡単な話だ

 
けれど舞がその一言を口にする事はない
言えば千聖はきっと良いよ、と言ってくれる
でもきっと、本当の意味なんてわからないんだろう
可愛い幼なじみに向ける目から変わる事はないのだろう
それは辛いだけだ

 
一緒にいたいのに、一緒にいる事を苦しく思う

仕方ない事だとはわかっている
自分だけを見てほしい、という独占欲
それは今まで築き上げてきた幼なじみの綺麗な関係には似合わない嫌な想い


千聖にそれをぶつけるのは、何故か絶対に嫌だった
きっとそれは舞が千聖の事を本当に大切に想うから
千聖とは綺麗なままでいたい
千聖とはお互いいつも笑顔で一緒にいたい

 


そう思ってしまえば、独占したいと言う気持ちも表には出せない
千聖と一緒にいる時は綺麗は気持ちでいられる


けれど一人になると堪らなく苦しくなってしまう
これじゃまるで病気だ

舞は苦笑する

 
119 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:54
 


「‥‥‥ねよ」

 
このままでは考えはどんどんどんどん卑屈な方向に向かってしまう
明日から土日とは言え、今は身体を休める事の方が大事だ


毛布を被り直し、舞はゆっくり目を閉じた

 

120 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:54


−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−
−−−
121 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:56
 

−インターホンの音で目を覚ます
首だけ動かして窓を見るともう真っ暗で
その隣の時計を見ると6時半を過ぎていた


「‥‥うわぁ、ずっと寝てたよ‥」


朝に比べれば大分呼吸もしやすくなった
昼に一回起きた時に飲んだ薬が効いたのか
この分なら今夜ぐっすり眠れば明日には熱は下がりそうだ


 
すると、慌ただしく階段を上がる音
母親ではない
というか、一人しかいない
舞は思わず笑ってしまう


「舞ちゃん!!!!!」


バンと勢い良くドアを開けて飛び込んで来た千聖
走ってきたのか息を切らしている

 
122 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:57
 

「病人の部屋に入る時はお静かに‥‥」
「あ、ぁっごめんね!大丈夫?」


舞の冷静な注意に対してやばい、という顔をした後
しゅんと声を小さくして千聖が伺う
ころころと変わる表情に本当に犬みたいだと舞は思った


「大丈夫、もう大分楽になったから」
「本当に?無理しないでね?」


ベッドの横まで来て千聖が腰を下ろす
間近で顔を覗かれ、咄嗟に顔を背けた
千聖はこんな事も無意識にするから困る
熱がまた上がったら確実に千聖のせいだろう

見舞いに来るだろうと、何となくわかっていた
それでも堪らなく喜んでいる自分がいる
舞は溜め息を吐いた
千聖は黙って舞を見つめている

 
123 名前:40−3 投稿日:2008/08/25(月) 23:58

 
普段騒がしい千聖に静かに見られていると思うと何だか恥ずかしくなって、舞は千聖に尋ねる


「‥‥何で黙ってんの?」
「んー?静かにしてた方が良いのかなって」
「‥‥何か‥千聖が静かなのって変」
「そう?」

 

嫌味のつもりで言ったのに笑顔で流されてしまった
今日の千聖は少し変な感じがする
いつの間にか、何だか大人になった

学校の皆が千聖千聖言うのもこれなら頷ける


「‥‥千聖」
「なにぃ?」
「呼んだだけ‥‥‥」


何それーと千聖は笑っていた

 

124 名前:40−3 投稿日:2008/08/26(火) 00:00

 
 
名前を呼んだのは、確認だ
千聖がそこにいるという確認
普段と違う千聖に舞は急に不安になった

遠くに行かないでほしい
ずっとずっと、側にいてほしい
今日一日で千聖に何があったのかは知らない
それでも少しの事で舞は堪らなく不安になってしまう


「‥‥‥っ」
「舞ちゃん‥‥?」


胸が苦しくなる
どうしてこうも泣きたくなるのか
下がりかけていた熱は確実に振り返していた
この息苦しさは、熱のせいか
それとも千聖を想い締め付けられる胸のせいか
問い質すまでもなかった


 
125 名前:40−3 投稿日:2008/08/26(火) 00:02
 

「やっぱまだ辛そうだねぇ‥‥」
「‥‥‥」
「よしっ!」


 
そう言って千聖は舞の手を毛布の中から引っ張り出し、両手でがしっと握り締めた
舞はびっくりして声を出しそうになったが、出たのは小さな咳だけだった
千聖はベッドに肘をついて優しく微笑む


「舞ちゃんに千聖の元気を分けてあげよー」


そう言ってにっと笑う
手を繋いだのはいつ振りだろうか
何だか凄く久しぶりな気がして、舞は懐かしいようなその暖かさに息苦しさがなくなっていくのを感じる

 
 

 

千聖のせいで苦しくなって、千聖のお陰で楽になる
何とも矛盾している

繋いだ手が、今千聖はそこにいてくれているという事を証明してくれる
千聖の手は小さいけれど、本当にそこから元気が流れ込んでくる気がした

 


 
舞は暖かい安心感からゆっくり目を閉じる
それからすぐにすやすやと眠りに入ってしまった
そんな舞を千聖は笑顔のまま見つめていた


 
126 名前:40−3 投稿日:2008/08/26(火) 00:02

 

嫌な気持ちを全部千聖が吸い取ってくれれば良い

そうすればこんな苦しさもなく
綺麗な心のまま
素直に千聖に好きだと言える気がした


 

 
  風邪−.終わり
127 名前:三拍子 投稿日:2008/08/26(火) 00:07
>>111さん
早くにコメントありがとうございますm(__)m
なるべく定期的に更新したいと思います!

 
>>112さん
あいかんはこれからも多分多くなります!!
楽しみにしてくださるとは、ありがとうございます!
128 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/27(水) 23:05
や、今回の更新も好きです。
舞ちゃん、いいなあ、と思いました。
129 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:10

130 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:11


 
今行くから

待ってて


 

  40−1.豪雨

 

131 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:13
 

「やば‥‥‥‥」

 
学校から帰ってきた後一眠りしていた栞菜は寝起き一番に窓の外を見た
ごうごうと唸る風と共に横殴りの雨が窓を叩いている

 

−天気予報、当たったじゃん


 
−今夜は集中豪雨になる
今朝テレビの中で可愛らしいキャスターがそう言っているのを栞菜は朝食を食べながら半信半疑に聞いていた
しかしながら昼から風が強くなっていた為もしかしたらと思い、HRが終わったらすぐに帰ってきた

 
132 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:14
 

どうやら大分前から雨が降っているらしく、もう外の道路は浅い川のように雨水が流れていた
こんな天気では母親は今夜はおそらく会社に泊まるだろう
父親は出張中だ

 
「‥‥今夜は一人、か」

 
時計を見ると7時過ぎ
調度お腹も空く頃だと夕食を作りに一階に降りた

台所に立ち何を作ろうか考えていた時、ふと鈴木愛理の事が頭を過ぎる
鈴木愛理はいつも一人で夕食を取っているのだろうか
あんなに静かな家
きっと物凄く大きいだろうテーブルで


 
133 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:16
 

想像するだけで栞菜の方が寂しい気持ちになる
ただでさえ寂しがりな栞菜はきっと一人きりはもって一晩だろう


 

 
鈴木愛理の家に遊びに行ってから一週間は経つ
あの日以来まともに話してはいない
学校ですれ違う時軽く挨拶する程度
学年が違う為会う事はほとんどない


千聖によると栞菜のアドレスと電話番号は鈴木愛理の元へ渡っているらしい
そして栞菜の手元にも鈴木愛理の連絡先は入っている
けれど、向こうから何かある訳ではないしこちらから何かする事もなかった

 

−いつでも呼んで


あんな事を言ってしまっては栞菜からは連絡出来ない
思い出すだけでももう一度ベッドに入りたくなる

 
134 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:18
 

連絡が来ないという事は、鈴木愛理は何もなく生活を送っているのだろう
というか、別に何かあった時に栞菜を呼ばなければならない決まりはない
誰に何を話すか、何を求めるかは本人が決める事である
栞菜を必要とする事などないのかもしれない

 
勝手に期待して
勝手に助けるつもりで
ただただ待っているだけ
何と虚しい恋だろうか
栞菜は小さく溜め息を吐いた

 
135 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:19
 

何かないかと冷蔵庫を覗いた時
ブーッとテーブルの上に置いていた携帯が震えた

 
「‥‥‥ないない」

 
噂をすれば何とか−‥
そんなに都合良く行けば苦労はしない
無駄な期待は裏切られた時の落胆を大きくするだけだ

携帯を開き、耳に当てながらソファーへ沈む


「はーい」
『‥‥ぁの‥』
「!!!」


聞こえた声に栞菜は思わず背筋を伸ばす
小さな声
けれど栞菜は誰だかすぐにわかった
間違える訳がない
ずっとずっと待っていたその声


「‥‥鈴木さん‥?」

 
136 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:21
 
確かめるように言う
わかっていても確認せずにはいられなかった


『はい、すみません突然』
「いっ、いやいやいや!全然!!どしたの?」
『その‥せっかく千聖に聞いたのに考えてみれば一度も電話とかした事なかったなって‥‥』
「うん‥そうだね」
『それで今、外こんなですし‥‥何かちょっと怖くて』


控え目な声
それを聞くだけで、聞いている耳はもちろん全身の熱が上がる気がする
鈴木愛理が自分に連絡をくれた事が嬉し過ぎて栞菜は顔がだらしなく緩む


「うん、あたしも今夜一人でさぁ」


こういう時に電話は便利だ
お互いの顔が見えないから
真っ赤な自分の顔を見られていたら栞菜はきっと上手く話す事が出来ないだろう
声に動揺が出ないようになるべくゆっくり話す
電話の向こうの鈴木愛理はどんな顔をしているだろうか
 

どうか笑っていると良い

 
137 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:24
 
−話が弾んでどれ位か
相変わらず外は雨と風で荒れている
更に時々雷の光さえ見えた
明日が休みで良かったと栞菜は少し安心する

 
何故こんなに話が浮かぶのか
ずっと話していたい位だ
電話が終わって、今夜一人で眠れるだろうか
栞菜は自分の方が心配になる


「うん、それでさ−」
『はい‥そうなんですか?』


だから、なるべく長く通話出来るように
栞菜はとにかく次から次へと話を出した


「それでね」
『‥‥‥』
「鈴木さん?」
『あ、はいっ』
「どしたの?」

『い、いえ−キャッ!!!』
「鈴木さん!?」


 
138 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:27

 
返事はなかった

ガッ、と小さな鈍い音を起てて会話は切れた

 
 


瞬間、頭が真っ白になり栞菜はすぐに電話を切ってクローゼットからレインコートを引っ張り出し、転がるように家を飛び出した

玄関を出た瞬間ぶわっと強い雨しぶきが吹き付けた
それでも玄関の外で自転車に跨がる


とにかく
とにかく行かなきゃ

栞菜の頭にはそれしかなかった


 
139 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:30
 

外を出ている人は一人もいない、まして自転車なんて自殺行為だ
風が乱暴に吹き付ける
雨はびしびしと身体を打つ
雨のせいで視界が悪い
目を開ける事もきつい

 
早く、早く
栞菜は自分で訳がわからない
自分が行って何になるのかはわからない
というか無事に鈴木愛理の元へ辿り着けるかもわからない
でも行かずにはいられなかった
 

140 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:35
 

気が付けば頭の中には早く行かないと、という言葉しか浮かんで来なかった
必死にペダルを踏み締める
踏み締めているから進んでいるのか、地面を下る雨水に助けられているからなのかはわからない
タイヤは水を巻き上げながら道を滑っていく

坂道を下り、鈴木愛理の家へと続く曲がり角を水しぶきを上げながら曲がった


 
 
曲がった途端、びゅうっと一際強い風が吹きぐらりと自転車が揺れた
ハンドルを掴む感触がなくなる

 
141 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:37
 


−やばい


 
そう思った時には遅かった
ガチャンとチェーンの切れる音
視界がぐるんと回転する
部活の試合でカッコつけてオーバーヘッドに挑んだ時と似ていた
シュートは決まったけどあの時はそのまま頭から落ちて本当に危なかった


自転車と共に雨水の流れる地面に叩き付けられながら栞菜は何故かぼんやりそんな事を思い出す
 

142 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:38

待ってて
今行くから
お願いだから無事でいて

 
一人には、
独りぼっちには、させないから


 

  豪雨−.終わり

 

143 名前:40−1 投稿日:2008/08/30(土) 00:39
 
144 名前:三拍子 投稿日:2008/08/30(土) 00:41
今回はここまでです。

やっぱりあいかんだと長い!!
今回も二話構成ですm(__)m

梅さん舞美もう少し待ってて!!
 
145 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/30(土) 15:45
更新お疲れ様です
栞菜は愛理が大好きすぎてもー可愛すぎるw
やじうめ編も気長に待っております!
146 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:23
 

147 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:24

 
暗い暗い闇が襲ってきても


あなたがいてくれれば
私はきっと大丈夫


 
  40−1.必要
 

148 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:26
 

雨は全く止む気配を見せず地面を叩いている
雨や風なんかではびくともしないだろう家の広い部屋の中、愛理は一人ベッドに沈んでいた


「‥‥どうしよ‥」

 

 
この天気の中一人でこの静かな部屋にいる事はいつもより孤独感を強く感じて愛理は栞菜に電話を掛けた
本人が出るとわかっているのに、待っている間どうしようどうしようと愛理は一人で混乱していた
はーい、という快活な声が聞こえて堪らなく安心した

 

それから栞菜はまた色々と楽しい話をしてくれた
いつの間にか外が荒れているなんて愛理は忘れていた
 
149 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:27
 

ところが
ごろごろごろという嫌な予感のする音が聞こえ、愛理は思わず窓の外を見た
次の瞬間、カッと部屋に光が差し込んだかと思うと、けたたましい雷の音が鳴り響き
愛理は思わず悲鳴と共に耳を塞ぎ、その時携帯を落としてしまった

 
しまったと思い携帯を拾って耳を傾けたが既に切れていて
いきなり切って栞菜が困っただろうと掛け直したが、何度掛けても栞菜は出なかった

それから愛理はずっとこうしてベッドに座り窓の外を見ている
雷はまだ時々光るもののそれだけで、あれ以降大きな音が響く事はなかった

 
150 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:29
 
悪い事をしてしまった


愛理は眉を下げて枕を抱え込む
せっかくの栞菜との通話
久々のちゃんとした会話
久々に栞菜の声を聞いただけで、堪らなく安心した事に愛理は驚いた
栞菜の話を聞いているとこの広い部屋に一人でいるという事を忘れられた


けれど、電話が切れたとわかった時はいつもより寂しくなった
栞菜と話していると安心する
だからこそそれが途切れた時の落胆も大きい


ゆっくりと後ろに体重を掛け、ベッドに背中を沈める
見えるのは洋風の柄が書き込まれた高い天井
 
151 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:30
 

栞菜と出会って以来、家で泣く事が減った気がする


一人になってもうすぐ二年
時々襲ってくる孤独の恐怖からは逃げられず
ピアノを弾いては
ベッドに倒れては
誰にも知られず泣いていた

 
こういった天気の悪い時は布団を頭まで被り耳を塞いでいた
外からの音も光も、全部全部が自分に向けられている気がした
この部屋に閉じ込められている感覚
独りぼっちで底のない暗い闇に沈んで行くような気がした

家族でいても元々一人だったようなもの
それでも広過ぎるこの家は家人を失って明らかに静けさを増した気がした

 
152 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:33
 

母親と弟が死んでも、父親は何も変わる事はなかった
二人の葬儀でさえ「仕事がある」の一言で顔を見せなかった
一回忌も愛理に一本電話をよこし「お前が行け」とそれだけ言って会話は終わった

 


愛理は以来、一度も墓参りに行っていない
自分でも何故だか明確にはわからない
別に嫌な訳ではない
愛理は二人に対して怒りや恨みを覚えた事はなかった
ただただ自分の出来の悪さに失望していただけだった
何も思う事はない
足が向かないだけ


 
もうすぐ命日が来る
二人が死んで丸二年になる
今年は、墓参りに行くんだろうか
静かに目を閉じ、愛理は考えようとも思っていない疑問を自分に問い掛けた
 
153 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:35

 
ピンポーン


ふとインターホンの音に目を開ける
こんな台風の中来客とは思えない

−宅配?
愛理は少し考え、インターホンを取るのを躊躇っていた
すると今度はドンッ!と玄関のドアを叩く音が聞こえた
愛理は驚いて廊下へ出る
恐る恐る玄関へ近付いて行く
その間もドアを乱暴に叩く音は止まず愛理は怖くなった

不審者だったらどうしよう
肩を竦めながら玄関に置いてある父親のゴルフクラブを手に取ろうと−


「鈴木さん!!!!!」

 
154 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:37
 

−した所で手を止めた
え?と愛理はその声に耳を傾ける


「鈴木さん!?大丈夫?」


その声は、さっき電話越しで聞いていた声
まさかと愛理は思った
どうして、どうしてここにいるのか
本当に彼女なんだろうか

愛理はゆっくりドアに近付き、鍵を開けた


「愛理っ!!」


 

バンッとドアが開かれる

そこにいたのは
雨合羽姿で全身びしょ濡れの有原栞菜だった

 
155 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:38
 

愛理は固まった
目を見開いて目の前にいる人物を見る
するとずんずんと中に入ってきた栞菜にがっと力強く肩を掴まれた


「大丈夫!?」
「へ?」
「だってだって、いきなり鈴木さんがキャッて言ったと思ったら電話切れて、何かあったのかって!それで‥‥」


泣きそうな顔をしている栞菜
焦ったように息を切りながら話す
濡れた髪から雫がぽたぽたと滴っている
肩を掴む手はガチガチに冷えて小さく震えていた

 
156 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:41
 

「ぇ‥‥と、大丈夫です。その、雷にびっくりしちゃって‥‥」
「本‥当に?」
「はい‥‥」
「ホントにホント?」
「はい」
「‥‥‥よかったぁ〜」


栞菜はぺたんと玄関に崩れ落ちた
愛理は訳がわからないままもう一度栞菜を見る
見ると膝の部分が破けて血が出ている
他の部分も破けたり擦り傷が見えた


「それ‥‥‥‥」
「あ、これ?自転車で来たら派手に転んじゃってさぁ」
「何で‥‥そんな‥っ」


目の奥が熱くなる
愛理もしゃがみ込んで栞菜を見つめる
愛理と相対的に栞菜は本当に安心したように笑っていた


 
「だって、心配だったから」
「‥‥‥‥」
「よかった。鈴木さん元気そうで」

 
157 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:42
 

ぐっと胸が苦しくなる
何でこの人はこうも優しいのか
度が過ぎている
あんな豪雨の中、びしょ濡れになって転んで傷まで作って、必死に自転車を漕いで
ただ、自分の事を心配して
自分なんかの為に


愛理はどうして良いのかわからない
ありがとうと言うべきなのか
ごめんなさいと言うべきなのか
栞菜が来た事を喜ぶべきなのか
栞菜を来させた事を悪いと思うべきなのか
泣くべきなのか
笑う事は、出来そうになかった

 
158 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:43
 

「‥‥ぁりがとう、ございます‥‥」
「‥‥?」
「‥‥‥‥っ」
「‥何で泣いてるの?」


困ったように栞菜が聞いてくる


 
 
きっと、苦しいからだ
栞菜がこうして来てくれた事が嬉しくて、申し訳なくて、幸せで
胸が熱くて、苦しくて堪らない

こんなにも誰かに心配された事があっただろうか
自分の為にこんなに必死になってくれる人がいただろうか
そう考えると涙が零れる

 
159 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:44
 

 
「え‥‥っと、‥どうしよう」


栞菜は困ったように頭を掻くと、ゆっくり愛理へ手を伸ばしてきた
頭を撫でられる
優しく優しく、落ち着かせるみたいに

しかしながら愛理には逆効果だった
顔に熱がどんどん集中してくる
心臓が苦手なスポーツをやった時以上にうるさく鳴り響く
こんなにうるさいのは初めてかもしれない


床に膝を付き、栞菜の肩に頭をこてんと預けた
その瞬間栞菜の肩が強張るのがわかった
いきなりこんな事をして困らせてしまったようだ
それでも栞菜はそのまま愛理の頭を撫でていてくれた

鼻をすする、やっと落ち着いてきた


「すみませ−『ぐるるる〜』

 
160 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:45
 

預けていた頭を上げて謝ろうとした時、何とも場違いな音が玄関に響いた
愛理はぽけっと栞菜を見る
一瞬固まった後、栞菜の顔はみるみる赤くなっていった


「ごっごめん!!そのーお腹がっ!!」
「‥‥‥ふっ」


愛理は思わず吹き出した
その場違いな腹の音のお陰で、一気に苦しさなど忘れてしまった
栞菜は恥ずかしー、と言って顔をごしごし擦っている

愛理はゆっくり腰を上げ、ついていた膝を軽く叩いて栞菜を見る


「上がって下さい。何かご馳走しますから」
「へ?いや良いよ、帰るから!」


涙は止まっていた
 
161 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:46
 

栞菜といると、愛理は自分が今ここにいる気がする
学校でもどこでも昔から
嫌われないように、相手の事を優先に、いつでも笑顔で
自分の存在を主張する事はなかった


それはきっと家の中でも同じで
どんなに母親にきつく言われても愛理は笑顔で聞いていた
家族の事を少しも考えない父親に声を上げて何か言った事もなかった
 

 
自分の事を、本心を
誰かに言った事はなかった、その必要性を感じなかった
悲しみは自分の中だけに留めておけば良い
誰かを巻き込む必要はない
そう思っていた
なのに−

 
162 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:47
 
「今帰ったら本当に危ないですよ」
「大丈夫だよ!あたし頑丈だし!!」


どうしてこうして笑うのか
にっこりと笑う栞菜の笑顔は、自分の今まで作っていた笑顔なんて到底通用しない程
眩しくて、暖かかった
暖かさが胸に流れ込む

 

 
これはきっと
愛理が初めて言った我が儘だった
 

163 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:48
 


「そうじゃなくて‥‥‥」
「?」

 

「いて、下さい」


こんなにも誰かの為に胸が熱くなった事はきっとない
こんなにも一言に体力を使った事はない


「一緒に、いて下さい‥‥」
「‥‥‥−っ」


自分が今どんな顔をしているのか
愛理は考えるだけで恥ずかしくなった
栞菜は呆然と愛理を見ている
頼むから何か言ってほしい
自分で言っておいて愛理はこの場から逃げ出したくなった

栞菜は無言のまま立ち上がり、くしゃくしゃと濡れた頭を乱した


「あー‥‥‥」
「‥‥」
「じゃあ、タオル借りても良いですか?」


言ってにっこりと笑った栞菜
 

164 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:49
 

そういえば
自分は何て気が利かないんだろう
愛理は返事をしてばたばたと慌てて動き出した
そんな愛理を見て栞菜は笑っていた

 
165 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:50
 

 

風邪を引いたら大変だと栞菜には風呂に入ってもらった
その間に愛理は何か食べる物、とキッチンをうろうろしていた
普段一人で食べている為そこまで食材などはない
パスタがあったが、調度さっき愛理が食べてしまった

仕方なく一枚あった食パンを焼き、卵があったのでオムレツを作った
これではまるで朝食だ
愛理は苦笑しながらこの前栞菜が来た時と同じ紅茶を入れる

テーブルの上にそれ等を並べ、自分はソファーに腰を下ろした
何度か深呼吸をするものの心臓は標準のリズムには戻りそうにない


栞菜を待っている時間が物凄く長く感じる
一人で緊張しているのもおかしいと思い、だらんと全身の力を抜いてみた
しばらくそうしてぼーっとしているとゆっくりと眠気が襲ってきた

駄目だと思い目を擦る
けれどだんだんと瞼を持ち上げる事がきつくなってきた
優しい紅茶の香りが更に眠気を誘う

 
 
外の雨音も落ち着いてきた
しんとした部屋の中
愛理はソファーに座ったまま首をもたげて眠ってしまった
166 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:50


167 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:51
 

それからすぐ、風呂から上がって申し訳なさそうに小さくなりながら部屋に入ってきた栞菜
部屋に入った瞬間その場で固まった

見るとテーブルの上に栞菜の為か食事が用事されている
そしてその隣のソファーで静かに眠っている愛理


「‥‥どうしよう」


そうは言ったものの体は正直で、目の前のトーストとオムレツを見たらまた腹が鳴った
一人で恥ずかしがりながらテーブルに近付き、いただきますと小さく呟き
トーストとオムレツをあっという間に平らげた


紅茶に口を付けながら栞菜は愛理を見る
ゆっくり、足音を起てないように静かに近付く
ソファーの前まで行き腰を下ろした

すやすやと眠る愛理に栞菜はくぎづけになる
眠っている愛理は信じられない程美しかった
白い頬に手を伸ばそうとして、止まる

 
168 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:52
 

 

−一緒に、いて下さい


そう言った愛理の顔が忘れられない
困ったように眉を下げて
頬を赤く染めて
必死に声を出していた
そんな愛理が栞菜は堪らなく愛しかった
初めて彼女が目の前にいる事を実感した
近くに、同じ空間にいる事を許された気がした


伸ばしていた手を下へ降ろし、愛理の手を取る
眠っている筈なのに、優しく力が込められ握り返された

ドクンと胸が鳴る
咄嗟に離そうとしたが、予想以上にしっかり握られていて強引になれなかった

頭の中がどうしよう、どうすれば良いとごちゃごちゃになっていく
しばらく栞菜は眉間に皺を寄せて考えた

 
169 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:53
 

−結果、どうもしなかった

 
ごちゃごちゃ考えていると静かな空気に体が休まっていって、その内こくりこくりと頭が揺れていった
緊張と疲れからか急に体が機能を停止していく


愛理と繋いだ手をそのままに栞菜はこてんとソファーに頭を預けた

 
170 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:54
 

眠っている愛理、それでも繋いだ手を離す事はなかった
夢心地の中、愛理は考える

 
今年は、墓参りに行ける気がする
今なら、母親が残したあの曲も優しい気持ちで最後まで弾ける気がする


その時、
出来るなら
隣に栞菜がいてほしい
そうでないと困ると思った
こんなにも誰かを必要だと思ったのは初めてだった

  
171 名前:40−1 投稿日:2008/08/31(日) 21:55
 


風もおさまり、止みつつある雨
広い豪邸の一室
愛理はあの死以来初めて一人以外でこの部屋で夜を過ごした

 
暗い闇が襲ってくる事は、なかった


 

  必要−.終わり


 
172 名前:三拍子 投稿日:2008/08/31(日) 22:44
今回はここまでです。

 
>>145さん
嬉しいコメントありがとうございますm(__)m
次はやじうめ編行きます!!
173 名前:0412 投稿日:2008/08/31(日) 23:49
作者さんが書く愛栞最高です!

何か作者さんの愛栞を読むとほんわかします!
174 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/01(月) 01:16
すっごく綺麗な文章なので何度も読み返したくなります
お次はやじうめですか! これまた楽しみにしています!!
175 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/01(月) 09:06
あいかん素敵でした。
作者様のやじうめ大大大好きなので楽しみにしてます!
176 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:07


177 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:07
 

その笑顔を見るだけで

好きじゃないこの行事も頑張れる気がするよ

 

  40−2.約束

 

178 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:09
 

「いち、にーさん、しー」


体育委員の快活な声に合わせてだらだらと腕を振る
今日のえりかは一段とやる気がなかった

 
年に二回の球技大会
嫌いではないものの運動という物に縁のないえりかは、学校行事の中でこれが一番好きではなかった
球技大会となれば当たり前のように活躍するのは運動部のスポーツマン達がほとんど
目立つ人が決まっているのならいっその事その人達だけでやっても良いんじゃないかと思う位だ

中学でさえ帰宅部だったえりか
元より自分は運動向きではないと悟りを開いている
しかし学年全体の行事となればやはり休むのは気が引けた
 
179 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:11
 

前期は屋外競技
種目はドッヂ、ソフト、サッカー

陸上や水泳などの個人競技ならまだ良いのだ
しかしチーム競技となればその中で実力の差が出るのは当たり前で、特にサッカーやソフトは明らかに部員が有利だった
せめて足を引っ張るのはよそうと、えりかは大体余り者の集まりで一番白熱しないドッヂボールにした
これなら避けているだけで良い
当てるのは誰かがやってくれるだろうし、動く量も少ない
当たらないように逃げていれば誰の迷惑にもならない

 
最初から逃げ回る事を考えるのだからやっぱり自分は運動には向いていないとえりかは体を回しながら苦笑した

 
180 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:12
 
ちらりと後ろの方を伺う
皆がだらだらと準備運動をしている中、一人いきいきと体を動かしている人物
長い髪を一つに結んでにこにこしながら腕を回している舞美
この行事は彼女に取ってまさに夢のような行事だろう
運動神経抜群、走る事が大好き
動いていないとつまらないとまで言ってしまうのだから凄いとえりかは思う

 
舞美というと陸上のイメージしかなかったが、体育の授業をやっていく内に球技全般も軽くこなしてしまう事がわかった
出来ないのは水泳位だろう、泳げないと聞いた時は心底びっくりした

さらに話を聞くと小学生の頃は野球をやっていたとか
そんな舞美が出る種目はもちろんソフトボール
何でもソフト部にしつこく勧誘される程上手いらしい
華麗にボールを打ち返す舞美は鮮明に想像出来た
 
181 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:14
 
準備運動も終わり、各々競技に移る為移動する
人の波に乗ってのろのろと歩いていくえりか
するといきなり後ろからポンと肩を叩かれた


「えりー、元気ないねぇ!」
「舞美があり過ぎなんだよ」


もう舞美と呼ぶのも当たり前のように慣れた
席も近くなり話す機会が増え、最近は舞美とかなり仲良くなっていた
にこにこ眩しい位に笑顔の舞美
早く動きたくて仕方ないという顔をしている


「えりドッヂだよね?佐紀と一緒かぁ」
「うん、あと桃も一緒‥‥」
 
182 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:17
 
桃、という名前を出して二人は辺りを見渡した
するとドッヂボールコートの中、佐紀の腕にくっついてぎゃあぎゃあ騒いでいる桃子が見えた
佐紀は競技が始まる前から疲れ切っている
そんな二人を見て舞美とえりかは顔を見合わせて笑った


「頑張ってね、ソフト」
「うん!!ホームラン打ってみせる!!」
「えー、ホームランは無理じゃない?」
「む、言ったね?打ったらどうする?」


 
ぶんとバットでボールを打つ振りをする舞美
ソフトの事などえりかにはよくわからないが、ホームランというのはソフト部が試合をやっても早々出る物じゃないと聞く
 
183 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:19
 
「じゃあ、もし打てたらえり何かご褒美ちょうだい!」
「へ?」
「約束!!」

 

ビシッとえりかを指差して舞美はソフトボールのグランドに走って行った
えりかはぼんやりその後ろ姿を見つめた後、再びのろのろと自分のコートへ歩いて行った

 
 
もし舞美がホームランを打てたらご褒美
一方的に約束させられた
えりかは返事もしていない
それでも、舞美との間に二人だけの約束ができた事が堪らなく嬉しかった
だらし無く頬が緩む
 
184 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:21
 
ご褒美
そう言われてもどうすれば良いのかえりかにはわからない
ホームランを打つとわかっている訳ではないが、さっきの舞美のやる気に満ちた表情を見たらもしかしたらもしかするかもと思った
 


−何か食べ物でも奢るか?

えりかは考える、ご褒美となるとどうしても食べ物という固定観念があった
 
185 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:22
 
「えりかちゃーん!!」


コートに立っている桃子に呼ばれ、えりかは現実に引き戻される
こっちこっちと桃子は笑顔でえりかを手招きしていた
はーい、と返事をしてえりかは少し足を早めて桃子と佐紀、自分のクラスのチームの所へ駆けて行く

 

 
そうだ、舞美が決めれば良い

勝手な約束を取り付けたのは舞美だ
ならばご褒美だって舞美が望む物を与えれば良い

何て言うかな
えりかは少し楽しみになる
 
186 名前:40−2 投稿日:2008/09/04(木) 00:24
 

コートに入り、試合開始のホイッスルが鳴る
向こうでもソフトボールが始まるようで
お願いしまーすという声か聞こえてきた


 

 

そんな中、舞美のはつらつとした声は
人一倍えりかの耳に響いた気がした


 

  約束−.終わり

 

187 名前:三拍子 投稿日:2008/09/04(木) 00:29
 
今回はここまでです。
やじうめ二話構成で!

 
>>173さん
あいかんはイチ押しなんでそう言って頂けると光栄ですm(__)m

>>174さん
ありがとうございます。
更新はなるべく定期にやってくので、お付き合いよろしくお願いします!

>>175さん
そんな言葉を頂けるなんて(T_T)
感謝感謝です!!

 
188 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/04(木) 11:45
やる気のないのに舞美が絡むとやる気出す梅さんw
ご褒美は何あげるんでしょう…?? 気になります
189 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:22

190 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:23
 
一方的に取り付けられたものでも
約束はしっかり守る


守るけどさぁ‥‥


 

 40−2.独り占め

 
191 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:24

 
「ありがとうございました!」

 

えりか達ドッヂボール組は準決勝まで進んだ所で惜しくも負けてしまった
負けた事は悔しかったが、えりかは正直に言うともう体力の限界だったので内心ほっとしていた

水道で顔を洗う
あまりない本格的な運動
ほとんど避けていただけとは言え、かなり走り回ったえりかはきっと明日は筋肉痛になるんだろうと考え苦笑した
 
ふとグランドを振り返る
ソフトボール組は、舞美はどうなっただろう
ここからでは遠くてどこのクラスが試合をしているのかよくわからない
ん〜とえりかが目を凝らして見ていると
 
192 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:26
 

「えりかちゃんえりかちゃん!!!」


高い声が耳に入った瞬間、後ろからどーんと桃子に突進された
少し驚いて桃子の方に首を回す
自分の腰にくっついている桃子はとても高校生には見えない


「なーに?桃」
「ソフト決勝だって!!見に行こっ!!」


ドッヂの疲れは微塵も感じさせない位に目を輝かせている桃子
その片手にはしっかりと佐紀が捕まえられていた
ドッヂでも活躍していた佐紀、その上桃子に振り回されたのだろうぐったりしていて抵抗の意はもう少しも感じられない
それでもこの二人はこれで上手くバランスが取れているのだ
桃子に付き合えるのは世界中探しても佐紀位しかいないとえりかは思う
そしてきっとその事を桃子もわかっている
わかった上でこの遠慮のなさ、ある意味羨ましくなる


「舞美、活躍してるらしいよー!!」


グランドへ駆けながら桃子が言う
はっきりと口にはしないものの、この二人はきっとえりかが舞美の事を見ていた事を知っている
それにどんな気持ちが篭められているのかも

 
193 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:27
 

ソフトボールグランドに着くと、キャーキャーとうるさい人だかりが出来ていた
多分皆が見ているのは、えりかが見に来た人と同じだろう


「矢島さーん!!」
「舞美ー!!!」


ほら、やっぱり
えりかは思わず溜め息を吐く
 


敵、とは思わない
舞美を巡ってのバトルに巻き込まれる気はない
充分だ
同じクラスになれて
近くの席になれて
話す事が出来て
えりと呼ばれて舞美と呼んで

笑顔を、向けてくれて
それだけでえりかは満足だ
多くを求めるとロクな事がない
充分だ、充分過ぎる
 
194 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:28
 
ぼんやりそんな事を考えていると一際大きく歓声が上がった
驚いてグランドに視線を向けるとネクストバッターボックスには美しい後ろ姿


自分の背が高い事はこういう時便利だと人だかりから頭一つ分飛び出しえりかが舞美を見ていると、いきなり舞美がこちらを向いた
歓声が更に大きくなる
えりかは声を上げずに舞美を見る
気のせいじゃなければ
自惚れじゃなければ


 
舞美は、えりかと目を合わせている


周りは皆自分だ自分だと騒いでいる
その声も耳に入らない
 
195 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:29
 
舞美は自分が注目されている事に気付いているのかいないのか
にこにこえりかを見ている

 
すると審判の先生がネクストバッターの舞美を呼ぶ
瞬間、舞美の口が動く

 
『やくそく』
 

ぱくぱくと口を動かし、舞美が言ったのはきっとこれだろう
不思議な確信にえりかはこくこくと何度も頷いた
日焼けのせいではない赤い顔がどうか舞美にばれないと良い

舞美はよし、ともう一度笑ってバッターボックスに入って行った
ふとスコアを見るとえりかのクラスが一点差で負けている
最終回、この回で返さなければ負けてしまう
ランナーは二人、こういった絶好のチャンスでこの人に回ってくるのだから、世間は何とも都合が良い
さっきの様子だと舞美はここまでホームランを打ってはいないようだ
ここで打たなければ『約束』の意味がなくなる
えりかは褒美を与える方なのに自分の方が緊張している気がした

舞美がバッターボックスに入る
 
196 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:32
 
その瞬間、直感で


−自分は舞美に褒美をあげなきゃいけない


えりかは思った
すると耳に響く快音
沸き起こる歓声
打ったボールを追って行くと、外野手の遥か頭上を越え
ネットの向こう側に、飛び込んだ
 
197 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:35
 
「キャーッ!!!!舞美すごーい!!!」


ぴょんぴょん跳ねながら桃子は選手やら観客やらに囲まれている舞美の所へ駆けて行った
えりかはその場で皆にばしばし叩かれながら笑っている舞美を黙って見ている
隣では佐紀が桃子に対してだろう溜め息を吐いていた


「良いの?行かなくて」
「‥−うん、良いよ。あたしがいかなくても充分だよ」


佐紀は何も言わず黙って隣にいてくれた
祝福すれば良いのにえりかはその場から動かない

動く必要がない気がした

 

やっぱり、矢島舞美はスターなのだ
ああやって皆に囲まれて
慕われて、愛されて
あそここそが彼女がいるべき場所
えりかの隣なんて似合わない

ただのファンでいればよかった
そしたら、今舞美を囲んでいる皆と同じように
笑顔で舞美を祝福出来ただろう
なのに、ただのちっぽけな『約束』なんかに舞い上がり

思ってしまった
自分のものにしたいと
  
198 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:37
 
ただの憧れにほんの少し染み入った欲
それが堪らなく嫌になった
笑顔で皆に囲まれている舞美を見て初めて胸が苦しくなった
結局、えりかもあの人だかりと同じなのに


 
ほんの少し近付いただけ
少し仲良くなっただけ
たったそれだけなのに、どうして気持ちは一気にこんなに大きくなるのか
どうして特別である事を期待してしまうのか

思わず笑ってしまう
それでも、顔はきっと泣きそうなんだろう


 

ご褒美、何にしよう

 
199 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:38
 
えりかがぼんやり考えていると盛り上がりも次第に静まり、ぞろぞろと解散していった
えりかもそれに流されて教室に向かおうとした


「えり!!」
「‥‥−っ」


そんなえりかの足を止めたのはあの快活な声
嬉しいのに、苦しい
思わず胸の部分をぐっと掴んだ
そんなえりかにお構いなしに舞美は横から顔を覗き込んでくる


「見た見た?」
「うん、凄かった」
「でしょ!まー楽勝だけどねー!!とか言って」


にこにこと本当に嬉しそうな舞美
あれだけ祝福を浴びれば舞い上がるのも無理はない
えりかは笑顔で答える
それでも胸のどこかはちくりと痛んだ


「あーよかったぁ」
「ホームラン?」
「うん、約束だからね!」
「‥‥‥‥」
「言い出したのこっちだし、えりとの約束だし」

 
200 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:39
 
えりかとの約束、とわざわざ言ったのは
えりかとの約束でなければこんなに頑張りはしなかった、という意味なのだろうか
いや、自分の都合の良い方向に持っていくのは止めよう
舞美は優しい、きっと自分が取り付けた約束にきちんと答えただけだ
そうだと納得し、えりかは小さく頷いた


「じゃあ頑張った舞美にご褒美あげなきゃねー」
「え、本当に良いの?あたしが勝手に言ったのに」
「約束はちゃんと守るよ。何がいい?」


えりかに出来る事ならなんでもしようと思った
金銭面が多少気になるが
それでも舞美と一緒にいられるならそれだけで幸せだとえりかは思った
 
201 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:42
 
「んー、じゃあね」
「うん」
「一緒に帰ろ」


「‥‥−は?」


えりかは思わず間の抜けた声を出してしまった

舞美が欲しいご褒美
えりかと一緒に帰る事
おかしい、そんなものご褒美でも何でもない
舞美が欲しがるものだとは到底思えない
せっかくのご褒美に何故そんな事を望むのか
えりかには理解出来なかった


「‥‥それじゃ、ご褒美になんなくない?」
「んー、良いじゃん。何でも良いんでしょ?」
「でも−‥」
「ほらっ早く教室戻ろ!」


もうすぐHRが始まる為舞美は校舎へと走り出した
えりかはその後ろを舞美と比べて何とも美しくないフォームで走り追って行く
 
202 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:44
 

あまりに予想外の舞美の願い
素直に喜んで良いのだろうか
えりかは首を捻る


「えりーっ、早くー!」


それでも
振り返った舞美は本当に嬉しそうな笑顔で
えりかも頬を緩めた


 
一緒に帰ろう
一緒に帰りたい
一緒に、いたい

頭の中だけで勝手に舞美の言葉を変換し、えりかは素直に喜ぶ事にした
 
203 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:45
 
やっぱり帰り道なんてほんの短い時間で
けれど駅まで10分、電車に乗って舞美の降りる駅までは正確に言って12分
計22分、えりかは舞美を独り占めできる

独り占め、独占欲の塊のような嫌な言葉だ
それでもこんな事を思ってしまうのは自分が舞美を好きな何よりの証拠なのだから仕方がない
えりかは溜め息を吐いた


「どしたのえり?」
「んー?疲れちゃって」
「あー、えり普段あんな運動しないもんね」
「舞美‥凄かった」
 
204 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:48
 
ぽそっと呟いた言葉は、舞美の運動神経を指してもあったが
それよりも舞美の人気に対しての事だった気がする

本当に、舞美はこの学校ではスターなのだ

 
えりかと同じように舞美を想う人はどれ程いるのだろうか
考えるだけで更に溜め息が出る
無理はしない
自分から近付こうとはしない
最低限、見ているだけでも充分だ

さっき、そう
舞美がホームランを打つまではそう思っていた
 
205 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:50
 
けれどこうして一緒にいる時間がもしこれから増えていった時、えりかはそう考える事も出来なくなるかもしれない
きっと、もっと一緒にいたいと思ってしまう
きっと物足りなさが増していく


届かない想いにもっと苦しくなる


 
「あ、もう次だ」


えりかが黙って考えていると、舞美が社内の表示を見て言った
その横顔が心なしか寂しそうに見えたのはえりかの思い過ごしだろうか

永遠の別れなんかではない
明日になればまた舞美には会えるのだ
住む家が違うのだから別れるのは当たり前の事
そう思っていても、えりかはやっぱり寂しくなってしまう
 
206 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:51
 
電車が速度を緩め、舞美の降車駅へ近付いていく
舞美はすっと腰を上げた


「じゃあね、えり」
「あっ、うん」
「また明日」
「まっ、舞美!」
「ん?」


呼び止めるのにかなり勇気を使った
次の言葉を必死に頭から引っ張り出す


「よかったの?こんな事で。‥‥あたし何にもしてないし」
「そんな事ないよ」


軽く手を降って舞美は電車を降りて行く
何だか向こうのちがう世界に行ってしまうようで
えりかはじっとその後ろ姿を見つめる

 
207 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:54
 
すると、舞美がえりかを振り返った
突然の事にえりかは預けていた背中を離し、姿勢を正す


「あたしは−‥‥」


舞美が言い出した瞬間、電車のドアは閉まってしまった
それでも舞美は笑顔で続ける

 
 

「 」

 


ドアで遮断された車内に声が聞こえる事はなかった
ぱくぱくと動く口が何と言っているのかえりかには判断出来なかった
舞美はもう一度手を降って、駅の階段を上がって行った
 
208 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:55
 
舞美の姿が見えなくなった事を確認し、えりかは座席に座り直した
長く息を吐いてプレイヤーを取り出す
耳に流れる音楽の中、えりかはどれだけ考えても舞美の口がどんな言葉を発していたのかしっかりと理解する事は出来なかった

けれど、確かに
舞美は笑っていた
きっとえりかにとって悲しい言葉ではない
それだけで充分だ
えりかはふっと息を零した
 
209 名前:40−2 投稿日:2008/09/06(土) 22:57
 
舞美が言った言葉


 


『あたしは、えりを独り占め出来たし』


きっとこの言葉を聞いていたら
えりかは明日熱と頭痛で学校を休んでいただろうと思う


 
  独り占め−.終わり


 
210 名前:三拍子 投稿日:2008/09/06(土) 23:00
今回はここまでです。
>>205、社内ではなく車内です。すみませんm(__)m


>>188さん
コメントありがとうございます。
やじうめは等身大なので書きやすいです。
またよろしくお願いしますm(._.)m
211 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/07(日) 02:32
甘酸っぱいなぁ
なんか背中がもぞもぞしますww
次も楽しみにしてますね
212 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/07(日) 14:29
うはぁーっ
想い想われなのにお互い微妙に気づいてないのがイイ!!w
213 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/08(月) 12:55
いいねいいね!にやけてしまうw
やじうめもいいし、ちさまいもあいかんも素敵っ!
イイネイイネ!
214 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/08(月) 12:56
あぁあすいません!ageちゃいましたorz
215 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 10:56
 

216 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 10:57
 

わかりやすいよなぁ


もしかして千聖もこんな風にバレバレなのかな


 

 40−1+3.羨望

 

217 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 10:57

 
最近、愛理が元気だ
いやいつも元気なんだけど、別に普段元気がないとかではないんだけど
何と言うか、気持ちを表に出すようになった気がする
千聖は思った

 

 
温かい、暑いと言っても良い位の日差しが窓から入ってくる四時間目
担当の先生が休みの為自習となった
自習、簡単に言えば自分で勉強しなさいという時間
けれど辺りを見渡しても勉強している生徒はおろか教科書すら出していない生徒がほとんどだ
監督の先生がいないのを良い事に皆自分の席を離れて友達の所へ行っている

 
218 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 10:58
 
千聖はというと、真面目に自分の席に着いていた
しかし、その机に広げられているのは弁当
一二時間目が体育だった為空腹は限界に達していた
すると弁当の匂いに気付いたのか、真剣に楽譜を読んでいた前の席に座る愛理が振り向いてきた


「あっ、早弁」
「まーまー」


愛理を制し、千聖は弁当の卵焼きに箸をつける
あたしも食べようかな、と言って愛理は机の横に掛けてある鞄に手を伸ばした


「‥‥あ」
「ん?」
「有原先輩」


窓の外、グランドに目を向けて愛理は手を止めた
そして聞き慣れた名前を口にする

 

始めは千聖がその人の名前を出していた筈なのに、最近では愛理の方から度々出るその人の名前
その名前が出る度千聖は思わずにやけてしまう
 
219 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 10:59
 
今年初めて同じクラスになった
噂には聞いていた『お嬢様』
確かに家は豪邸、仕種一つ一つには気品を感じる
色黒な千聖と違い真っ白な肌、運動なんてした事ないんじゃないかと思う位だった

けれど一回話してしまえば、普通の子と何ら変わらない女の子だった
冗談も言うし、怒ったりもする
いつの間にかクラスメートの誰より仲の良い友達になっていた

 
220 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:00
 
ある時ふと話題に出した『有原先輩』

千聖にとっては憧れであり、また一番仲の良い頼れる先輩である
別にこれと言った理由なんてなかった
自分の自慢の先輩の事を愛理にも知ってほしかった

 
「へー、会ってみたいなぁ」


愛理は笑ってそんな事を言っていた

そして愛理とこうして話している時
千聖はいつも、少しの心配を胸の奥に覚えた
愛理は確かに目の前にいるのにどこか違う所にいる気がしていた
時々ぼんやりと落とす視線は、どこか遠く深い所を見ているようで

少し、ほんの少し
愛理に陰が見える気がした


きっとこれは聞いてはいけない事だ
千聖が軽々しくどうしたのと聞いて良い事ではない
静かに、確かにそう思った

千聖は以来その事を考えるのは止めた

 
221 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:01
 
それがある日


「千聖!」
「んー?どしたの?」


珍しく遅刻ぎりぎりに教室に飛び込んできた愛理
後で聞くと目覚ましが調度電池切れだったらしい
普段あまりない愛理の大きな声に千聖は少し驚いた
愛理は目を輝かせながらあせあせと千聖に近付いて来た


「有原先輩!」
「?」
「有原先輩に会ったよ!」

そう言って千聖の前、自分の席に着くと愛理は身を乗り出して来た
その時の表情は、まるで新しいおもちゃをプレゼントされた子供のようだった
 
222 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:04
 
「有原先輩に?何でまた」
「助けてもらっちゃった。あのね−あっ、いや」
「わかってるよ。乗せて来てもらったんでしょ?」


慌てて口を塞ごうとする愛理に思わず笑ってしまった
愛理が必死に隠そうとしたのは栞菜の通学方法の事だろう
けれど千聖は栞菜が自転車で登校している事などとっくに知っている
よく千聖も荷台に乗せてもらったものだ
千聖が自転車の事を知っていると気付き、愛理はほっとしたように顔を緩め続ける


「すっごい、良い人だったぁ」
「でしょ?」
 
223 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:05
 

−あーあ、

 
その時の愛理の表情は見た事ないんじゃないかと思う位幸せそうで
千聖まで何だか温かい気持ちになってしまった

愛理と栞菜
いつか会わせてあげたいとは思っていたが、まさか千聖の知らない所で偶然に会うなんて
−運命というやつか
千聖はにやりと笑う
考えてみればお似合いかもしれないと思った

 
224 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:07
 

以来愛理と栞菜の接点は増えて行き、
この間の豪雨の日の話を聞いた時千聖は笑いが止まらなかった

どうやら愛理より栞菜の方が大変な事になっているようだ
というより愛理はいまいち鈍感というか、栞菜の行動の真意を理解していない
栞菜がどれだけ愛理を想っているのかなんて話を聞いただけでわかる
なのに愛理はそれを


「有原先輩は、良い人だから」

の一言で終わらせてしまった
千聖はよっぽど言ってしまおうかとも思ったが、この二人が今後どうなって行くのか楽しみになり、何も言わない事にした
 
225 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:09
 


−−−−−−−−−−−「あぁ、三年今体育みたいだね」
「うん」
「てかわかんなくない?どこ?」
「あそこ、ボール持って走り回ってる」


愛理が指差した方向を見ると、ドリブルをしながら早貴と追いかけっこをしている栞菜が見えた
鮮やかなステップでそのまま華麗なシュート−‥
は、長身熊井友里奈によって見事に阻まれていた
 
226 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:11
 
よくもまぁ、
こんな遠くからあの人数の中一瞬で判別出来るものだ
想っていればこそ出来る事だと思う

しかし考えてみれば千聖も昔からどんなに大勢の中にいても「彼女」だけは絶対に見付ける事が出来た
愛理を見ていると何でだろうともどかしく思う事が多いが、
自分と照らし合わせて見ると不思議な物でこうも納得してしまう


「千聖」
「んー?」
「有原先輩って、人気あるよね」
 
227 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:12
 
「あー、そうだね」


明るい性格と抜群の運動神経から人気の高い栞菜
一緒に部活をやっていればそれは嫌でも思い知る
友達として、先輩として
恋愛対象として
誰からも愛される人だと思う

何故そんな事を言うのかと愛理を見ると
眉を下げて栞菜を囲んでいるクラスメートを羨ましそうに見つめていた
全く、わかりやすい
千聖は笑って溜め息を吐く
 
228 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:15
 
愛理からグランドに視線を戻すと一旦休憩なのかコートからばらばらと生徒が散っていく
しめたと思い千聖は窓から身を乗り出した


「有原先ぱーい!!」
「!千聖ぉ」


大きな声で呼ぶと栞菜は少し辺りを見渡した後、校舎の千聖に気付き笑って手を振ってきた
が、千聖の隣に愛理がいる事に気付いた瞬間、ぴしっと石のように固まった
しばらくして、話し掛ける準備が整ったのか


「鈴木さーん」


この距離でもわかる位赤い顔で愛理を呼んだ
名前を呼ばれた愛理は一瞬でぱぁっと笑顔になり、恥ずかしそうに小さく手を振っていた
それを見た栞菜の顔は本当に嬉しそうだった

くすぐったくなるような二人の空気に千聖は少し疎外感を感じて苦笑する
  
229 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:17
 
すると授業が再開するらしく早貴と友里奈に引っ張られながら栞菜はコートに戻って行った
最後にまたねーと大きく叫んでいたが、明らかに愛理一人に向けた言葉だろう

愛理はじっと栞菜を見つめている
真っ直ぐな視線、そこに陰は全く感じられなかった

 

 
最近、愛理が元気だ
栞菜のお陰だと思う
千聖は愛理から栞菜とどんな事があったのか簡単に聞いたものの、二人の会話の内容までは聞いた事がない
そこまで知ろうとするのは図々しい気がする
けれど確かに栞菜と出会ってから愛理は変わった
どこか遠くに感じる事もなくなり、不安を覚える事も少なくなった

何より、可愛くなったと思う
恋をすると人は美しくなると言うが、まさにそうだ
 
230 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:19
 
千聖が長くこんな事を考えている間も愛理はずっと栞菜を目で追っていた
千聖はいい加減我慢の限界になり、溜め息と共に零した


「愛理わかりやす過ぎ!」
「へっ?」
「目が訴えてるよ。好きだ、好きだ〜って」
「‥‥〜〜っ」


笑いながら言うと愛理は勢い良く千聖の方を見た
耳まで真っ赤になり困ったように口をぱくぱくしている
その反応が予想通り過ぎ、千聖は可笑しくなった

自分の気持ちに素直な二人が羨ましい
千聖は思う
自分だって素直な性格をしていると思う
思った事はすぐ口にするし感情の起伏が激しいまだまだ子供だ
 
231 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:22
 
けれどあの子を目の前にすると、どこかでブレーキがかかる

元気なのはいつも通り
笑顔でいるのもいつも通り
なのに胸は堪らなく苦しくて、熱い
いつからこうなってしまったのか
長い付き合いの中、何かきっかけがあった訳でもない
何ら変わらない筈なのに、変わってしまった

 
幼なじみというのは全く面倒なもので
年が違うとなれば更に厄介になってくる
どうしたものか
いつの間にか頭の中の問題が自分の事にすり替わっていた
 
232 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:23
 
「千聖?」
「んー?」
「どしたの?ぼーっとして」
「んー、いや」

 


きっと気付いていない
気付かれないようにしているつもりだ

というか、最近は一緒にいる時間がかなり減った為、気付こうと思っても難しいだろう
それでも一緒にいられる時はなるべく一緒にいたいと思い、部活がオフの時は必ずと言って良い位勝手に家に遊びに行っている
こういう強引さは変わらないのに、何故自分の気持ちにはこうも消極的なのか
 

考え始めると哀しくなってきた為、千聖はそこで考えを断った
愛理の素直な恋心を分けてもらおうと千聖は話を愛理へ戻す
 
233 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/09(火) 11:27
 

「今度さぁ、どっか遊び行けば?先輩と」
「うん‥そう思う」
「愛理行きたい所とかあんの?」
「お墓」
「へ?」

 

 
「お墓参り」

 

そう言った愛理の視線はまた栞菜に戻っていて
その横顔は墓参りという言葉には全く似合わない、優しい笑顔だった

 
−何で?
千聖が聞く前に、四時間目終了のチャイムが響いた


 

 羨望−.終わり


 

234 名前:三拍子 投稿日:2008/09/09(火) 11:34
今回はここまで。
初の千聖視点です!

>>211さん
嬉しいお言葉ですねぇ。
これからも青春ぽく行きたいと思います!

>>212さん
そんなそんな、ありがとうございますm(__)m
次はどの話にしようか迷ってます。

>>213、214さん
私はそれが良くわからないんですけど、コメントありがとうございますm(__)m
235 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/09(火) 20:23
第三者から見たカプもいいですね〜
本当にどのお話も素敵で、続きを待っているのが楽しいです
特にあいかんが大好きです
236 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/09(火) 22:27
ついに、千聖視点ですね。


ここのちさまいCPがかなり好きで楽しみに待ってました。


ゆっくりでもいいので幸せに近づいて欲しいです。
237 名前:0412 投稿日:2008/09/09(火) 23:05
愛理も青春しちゃいましたねw


ちさまいがどんな風になっていくかが楽しみです!
もちろん愛栞ややじうめも


楽しみに待ってます

238 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/10(水) 00:24
グラウンドに好きな人見つけて凝視とか青春すぎるw
ちっさーも素直になれないのが可愛い
何だかんだで作者さんの更新頻度が高いのはすごいなぁって思います
続きも楽しみにしてますが無理はしないで下さいね
239 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:40
 
 

どうしよう

 
赤、黄、紫の三軒並び
あたし達に、恋の風が吹いてる


 

 40−1+2.お互い様

 

240 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:41
 
あれから数日経った
舞美の人気は相変わらず
えりかのやる気のなさも相変わらず
二人の関係も何ら変わりなく今日も一日過ごした


 
変わった事があると言えば、
『もやもや』するようになった事
舞美が誰かと仲良く話している時
誰かが舞美の話をしている時
もやもやと胸の中が曇っていく感じ
その内ざーざーと雨さえ降ってくるかもしれない
言い換えればそれは嫉妬となる

そんなに大袈裟ではないものの、かなりの重症だ

 
241 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:44
 
えりかははぁーと溜め息を吐き、肩を無意識に丸める
時間は6時前、駅の周りでは下校している学生や会社帰りのサラリーマンが多く目に入る
えりかの横をバタバタと走り抜けぎゃーぎゃーと騒いでいる小学生を見て情けなくも若いなと思ってしまった
そんな自分に苦笑する
 


ぼんやりと自分の進む道路を眺める

 


矢島舞美は、どの位前を走っているのだろう
 
242 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:48
 
例えばえりかが今から走り出して、息が切れる程走って走って走っても
舞美の背中さえ見えてこないのだろう
というか、始めから同じ道の上にいないのかもしれない
舞美はいつだって遠く前を見ている
振り返らせる事も出来ない

想う事から間違っていたのかもしれない

 

こんな事を考えてしまう自分がえりかは堪らなく嫌いだった
何もしていない時から終わりの事を考えて
何事にも諦めから入っては、無理をせず努力をせずに適当に歩いてきた

 

必死になって走った事などおそらく一度もない

 
 
現に今だって、舞美の事を勝手に想って何もしていない内から諦めている
どうしようもなく哀しい
そんな事を考えているえりかから出てくるのはやる気でも笑顔でもなく、溜め息だけだった
 
243 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:51
 
「えりかちゃーん!」
「?」



快活な声に振り向いた先で手を振っていたのは
二つ下で青春真っ盛り、眩しい位の元気な笑顔
三軒並びのえりかの家の隣、淡い赤の家に住む栞菜だった
いつも通りの自転車姿でこちらに近付いてくる


「おー、どしたの?こんな時間に」
「あーちょっと買い物」


えりかの隣まで来ると、スピードを緩めて自転車から降りた
ふと見ると、自転車がいつもの物と違う事に気付いた
色落ちもしていない、まだ乗り慣れていない新品といった感じの物だった

 
「自転車変えたの?」
「うん、今日から二代目」
「この間まで乗ってたやつは?」
 
244 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:53
 
「この間の豪雨の日あったじゃん?その時吹き飛ばされてチェーンもタイヤも駄目んなっちゃってさぁ」
「あの日に外出たの!?」


ありえないとえりかは目を丸くした
あんな風雨の酷い日にあろう事か自転車で
えりかはというと、雷の音が怖くて朝まで布団に包まっていた


「だって‥‥鈴木さんが‥」
「鈴木さん?」

 

 
−鈴木さん


 
245 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:54
 
栞菜の口から初めて聞いた名前だった
誰とでも仲の良い栞菜が知り合いをさん付けで呼んでいるのは珍しい
鈴木さんとはよっぽど恐ろしい人なのだろうか
えりかは考える


 

「えりかちゃん‥」
「ん?」
「有原栞菜、この度恋をしました!」
「えぇっ!?」


栞菜は立ち止まりえりかの方を向くと、ぴしっと敬礼のポーズを取った
栞菜の顔は真剣で、頬は赤く染まっていた
どうやら本当らしい
このタイミングで告白したとなると、話の流れからしてその相手は


「‥‥‥鈴木、さん?」
「‥‥うん」
「‥一応聞くけど‥‥片想い?」
「‥‥‥ぅーん、うん」


栞菜も片想いなのか
えりかは普段あまり見る事のないしょんぼりした栞菜に少し驚いていた
 
246 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:55
 
それから自転車が壊れたいきさつと共に鈴木愛理という栞菜の想い人の話を聞いた

栞菜の口から紹介された鈴木愛理は
美しく、可愛く、優しく
真面目で勉強も料理も出来る全く非の打ち所がないお嬢様だそうだ
鈴木愛理の事を話している時の栞菜は本当に愛しそうな目をしていて
どれだけ鈴木愛理を大切にしているかしっかりと伝わってきた


栞菜も随分と遠い人に恋をしたものだ
少し自分と似ているかもしれない
えりかは思った
 
247 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:56
 
しかしながらえりかは栞菜の話を聞いていく内に
自分の恋と栞菜の恋に大きな違いがある事に気付いた

積極的か、消極的か

話を聞いていると、偶然とはいえ栞菜は自分から鈴木愛理との接点を作り
自分から話し掛けて自分から会いに行って
どうにか鈴木愛理に近付こうとしている
思い立ったら即行動タイプの栞菜
しかしながら鈴木愛理の事となると焦りながらも鈴木愛理のリズムに合わせようとしているのがわかる

話を聞くだけでも全く違う二人
けれど同じ道をしっかり並んで歩いているように感じた
 

 
 

比べてえりかは
 
248 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:59
 
初めに話し掛けてきたのは舞美
いつもにこにこと笑い掛けてくれるのも舞美
一緒に帰ろうと言ってくれたのも舞美
全て、えりかと舞美の接点は舞美が与えてくれたもの
えりかは何もしていない
何もしようとしていない

 
 
消極的、という言葉とはもしかしたら違うかもしれない
ただの臆病者の意気地無しだ

諦めて引いて、良い人でいようと無理をしないで
いつだって向こうが来るのを待っているのだ
自分は待っているだけなのに舞美と仲良くする人に嫉妬する
何と我が儘なんだろう


 
自分は、ずるい
わかっている
けれど舞美相手に自信を持ってぶつかって行けというのにも無理があると思った

 
前にも話したがえりかは運動が得意ではない
それは日々の生活とそこから築かれる性格にも大きく影響していて
気が付けば戦いを恐れ試合の場に立つ事さえ放棄するようになってしまった
面倒、疲れる、傷付きたくない、戦う必要はない

良く言えば平和主義、悪く言えばただの意気地無し
傷付くのを怖がって立ち向おうともしない
結局、何もない自分に自信が無いにも関わらず、自分が一番大事なのだ

 
249 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 19:59
 
ふぅと一つ、暖かい赤から夜の深い青に変わろうとしている空に小さく溜め息を吐いた
ふと涙が出そうになったのは、そのあまりに綺麗な空に胸が締め付けられたからなのか
それとも自分の不甲斐なさを痛感した哀しみからか
もうどちらでもどうでもいい気がした

 
 
今だって考えているのは結局自分の事

正面から、きちんと向き合った事などあるだろうか
自分の好きな相手なのに
自分が想っている側なのに
どうして自分から避けて通ろうとするのか
どうして自分から向かっていくという考え方が出来ないのか
 
250 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 20:02
 
「‥‥栞菜ぁ」
「なーに?」
「実は、わたくし梅田えりかも恋をしています‥」
「えーっ!ウソ!」
「ウソにしといた方がもしかしたら良かったかも‥‥」

 
言った後腕に飛び付いて来た栞菜のキラキラした興味津々の表情を見て、えりかは少し後悔した
このままでは自分も舞美との馴れ初めを話さなければならない事になる
無意識に顔が熱くなるのがわかった

 

しかしながら幸いもう住宅街の通り
家はあと数歩の所だ
助かったとえりかは胸を撫で下ろした


「ま、今度たーっぷり聞かせてね」
「気が向いたらね」
「あ、舞ちゃん」
 
251 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 20:03
 

栞菜の視線の先にえりかも目をやると、制服姿の舞がこちらに向かって歩いてきている
学校帰りにしては遅過ぎる
誰かと遊んだ帰りだろうか


「おーい、舞ちゃー‥‥」


栞菜が大きく手を振り舞を呼−
‥‥ぼうとして、止まった
しかしながら舞はこちらに気付いたらしくその場で立ち止まる
黙ったままの栞菜を不思議に思いえりかが尋ねる


「どしたの?」
「舞ちゃんさ‥泣いてない?」
「え?」


栞菜の言葉に驚いて舞を見る
舞はじっとえりか達を見つめたまま何も言わない
暗い中目を凝らして良く見ると、目が真っ赤だ
えりかは栞菜と相槌を打ち、舞へと近付いて行く
もう数メートルに近付いた時、舞はいきなり咳を切ったように泣き出した


「っ!?」
「‥舞ちゃん?」
「あぁぁーんわぁーんっ」
 
252 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 20:04
 
えりかと栞菜は目を見合わせる
そしてもう一度二人同時に舞に視線を戻す
普段から大人びて姐御肌の舞が、小さな子供のようにわんわん泣いている
どうしようどうしようとえりかの腕を引っ張り慌てている栞菜
大丈夫と目で頷き、えりかは舞に尋ねる


「舞ちゃん、どうしたの?」
「〜っちさ、と、が〜っ」
「「千聖?」」

 
えりかと栞菜は同時に声を上げた
千聖、舞の幼なじみ
そんな事はえりかも栞菜も百も承知だ
栞菜に至っては部活の良き後輩でもある
舞の涙の原因はどうやら千聖らしい

えりかは何となく気付いていた
幼い頃からずっと二人を見ていればわかる

舞は千聖の事が好きだ

そして見るからにきっと千聖も舞の事が好きなのだろう
昔からずっと一緒だった二人
こんな風に舞が泣くのを見るのはもしかしたら初めてかもしれない


えりかと栞菜は泣き続ける舞をただ黙って見ているだけだった
 
253 名前:40−1+2 投稿日:2008/09/11(木) 20:05
 


どうしよう
大変だ
恋だ

三軒並びの真ん中
薄い黄色の家の前
えりか達三人は一人一人自分の恋とぶつかっていた


 

 お互い様−.終わり

 

254 名前:三拍子 投稿日:2008/09/11(木) 20:06
今回はここまでです。
主役三人総出演です!
 
255 名前:三拍子 投稿日:2008/09/11(木) 20:31
235さん
コメントありがとうございますm(__)m
あいかんは、次の話であるようなないような‥(笑)

236さん
ちさまいは舞ちゃん視点の方が書いていて楽しいです(ノ><)ノ
確実に終わりに近付けて行きます。

237さん
ちさまいはどうしても話の数的に少なくなってしまうかもしれません(-.-;)
許して下さい!!

238さん
更新頻度に関してはあまり考えてないんですが‥。思い立ったら即行動!って感じで。
よろしくお願いしますm(__)m
 

256 名前:0412 投稿日:2008/09/11(木) 22:12
栞菜と梅さんの会話に笑っちゃいましたw


マイマイが泣いてた理由もきになりますね

続き楽しみにしてます
257 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/12(金) 10:19
みんながんばれ!w
258 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/18(木) 00:34
初めから一気に読まさせていただきましたが…実に面白いです!!
自分はあいかんラブなんですがやじうめもちさまいの恋も同じくらい応援したくなりました
にしても作者さん、文章がお上手で見事に引き込まれました
259 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 19:54


260 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 19:55
 


千聖、頑張れ

もうすぐきっと
舞ちゃんの気持ちもわかるよ


 
 40−1+3.真相

 
261 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 19:56
 
まだ時間は10時過ぎ
普段の栞菜ならまだ熟睡している時間だ

 

相変わらずの高い門の前新しい自転車とともに栞菜は立っている

三度目の鈴木邸への訪問
初めての時よりいくらか緊張はなくなったものの、やはり玄関まで来るとどこかで虚しく思う自分がいて栞菜は苦笑する
インターホンを押すとすぐに玄関のドアが開き、愛理が出迎えてくれた
その笑顔を見た瞬間、思わず胸がどくんと高鳴る

 

駄目だ
会っただけで、笑い掛けてくれただけで
こんなにも幸せでいっぱいになる
栞菜はそんな自分に半ば呆れていた

 
262 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 19:59
 
しかしながら、今日はそんな事を考えている場合ではない
今日は悲しい事に愛理に会いに来たのではないのだ


 
愛理と並んで長い廊下を歩く
部屋までの僅かな時間で何を話したら良いのかわからず、愛理をちらりと横目に見ると調度目が合った
にこっと控え目に笑い掛けられ、胸がきゅうっと締め付けられたように息が苦しくなった
へらっと笑い返し、暖かい気持ちのまま二人は愛理の部屋へと向かった

 
 
ドアを開け部屋に踏み入ると
広い部屋の中、小さいテーブルを囲んだソファーの上
ソファーだというのに正座をして小さくなっている今日の主役がいた


「千聖ぉ‥‥」


出来る限り嫌味の篭った表情と声色で言ったが、これ以上小さくなりようがないと言う程しゅんとなっている千聖に効果はなく
鈴木愛理は栞菜と千聖を交互に見て困ったように笑っていた
 
263 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:01
 
−−−−−−−−
−−−−−−
−−−

 
264 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:02
 
昨夜、舞はえりかに慰めてもらいどうにか落ち着いた
それでも何があったのか話そうとしない舞
大丈夫だろうかとえりかは心配していた
そんなえりかに栞菜が言った一言

 

『あっちに聞く』

 
その一言だけでえりかは理解したらしく、優しくねと少し栞菜を心配しながら言っていた
 
265 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:05
 
「で、」
「‥‥‥」
「何があったのか説明してもらおうか」
「‥‥‥‥はい」


警察の取調室のような空気が流れる
腕を組んで千聖を見る栞菜とソファーの上に正座している千聖
ふぅと一つ息を吐き、千聖は小さく呟いた


「先輩‥‥」
「何?」
「千聖は、舞ちゃんが好きなんです」
「うん、知ってるよ」
「ぇっ!?」


驚いたような声に栞菜が思わず振り返ると
お茶とお菓子を運んで来てくれた愛理がドアの前で目を丸くしていた


「ぁ‥‥すみません」
「うぅん、ありがとね」
「いえ‥」
「座って?」


愛理を自分の隣へと促す
すみませんともう一度言った後、愛理は自分の家だというのに控え目に栞菜の隣に腰を降ろした
自分で催促しておいて近い距離に嫌に緊張する
愛理と顔を見合わせお互い恥ずかしそうに笑った

 
まずいと思い千聖に視線を戻す
栞菜達の微笑ましいやり取りにふっと卑屈に笑っていた

栞菜はこほんとわざとらしく咳を一つ、話を元に戻す
 
266 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:07
 
「はい、千聖は舞ちゃんが好きだと。それで?」


聞くと黙って千聖は足元に置いてあったエナメルバッグに手を伸ばし
ごそごそと何かを探し始めた
愛理と二人、不思議そうに見ていると
テーブルの上にパサッと何かが放り出された
見るとそれは可愛らしい水色の封筒
それを見た瞬間隣の愛理があっと小さく声を上げた


「‥‥何これ?」
「ラブレター、‥‥って事になっております」
「‥‥おります」


千聖が何故か商品の説明のような口調に、隣で愛理が申し訳なさそうに便乗した
どうやら千聖と舞のいざこざには愛理も関係しているらしい
栞菜は意味がわからなくなってきた


「実は−‥‥」

 

−−−−−−−−−−
−−−−−−−
−−−
 
267 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:08
 
−昨日千聖は学校帰りに部活のスパイクを買いに行くのに舞を付き合わせたらしい
すると帰り道で愛理に遭遇、というより愛理に呼び止められた


「ちょうど良かったぁ」
「ん?」
「これ、頼まれてたの」
「‥‥ぁーっ!!」
「何?」


愛理に渡された物を見て小さく声を上げた千聖
その後ろから舞がひょこっと顔を出す


「あっ、やー何でもない、よっ!?」
「千聖おかしい。何?」
「あっあなたが舞ちゃん?あのね−‥」
「わぁーっ!!!」


千聖はぱっと愛理の口を塞ぐ
愛理は突然の事にきょとんとした目で千聖を見る
千聖のあからさまに不審な行動を舞は眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔で見ていた
千聖は頭の中がぐちゃぐちゃになり一人焦っていた
千聖では話にならないと考えたのか、舞は愛理に尋ねる


「それ、何なんですか?」
「だからこれは−‥」
「ラブレター!!」
 
268 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:12
 
大きな声で言い放った千聖
愛理も舞も目が点になった
言った後千聖本人も自分に不思議がる

今自分は何と言った?

ゆっくり体の向きを変え舞と向き合うと
訳がわからないと言った表情で千聖を見ている
言ってしまった言葉に言い直しは利かない
混乱している千聖はとにかく話を繋げるしかなかった

ばれてはいけないのだ
これは絶対、ばれてはいけない


「ほら、千聖もてもてじゃん?だからこれもねー」
「‥千聖?」
「いやー困っちゃうよね。いつもいつもこんなさ」


不思議がっている愛理を無視してこれ以上ない笑顔で舞に話す


隠す事に必死な千聖は気付かない
舞が俯いて歯を食いしばっている事など
その握られた手が震えているのを
 
269 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:15
 
「参っちゃうなぁホントに。どうすれば良いかなぁ?」
「‥‥‥知らない」
「へ?」
「そんな事知らない」


顔を上げた舞はこの上ない程苦しそうな表情をしていた
その表情に千聖はぐっと首を掴まれたように息苦しくなる
空気がぴたりと止まり、周りの音が一切聞こえなくなる


「舞ちゃ−‥」
「そんな事知らないよ!!何で舞に聞くの!?」

 


いきなりの大声に千聖は驚いて思わず一歩のけ反った
舞の目は真っ赤で今にも涙が零れそうだった
千聖は頭が真っ白になる
 
270 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:16
 
−まずい


ただその言葉だけが頭に発信された


どうしよう、どうして
舞ちゃんが泣いちゃう
やばい、やばいやばいやばい−‥


「千聖のばか!!勝手にしろぉっ!!!」
「‥‥‥」


叫んで舞は走って行ってしまった

千聖は呆然とその場に立ち尽くす
周りの人が不思議そうに千聖と愛理を見ながら歩き過ぎて行く
全く状況を把握出来ない愛理は千聖が何だかとても心配になり恐る恐る声を掛けた


「‥‥ち、千聖?」
「‥‥どうしよぅ‥‥」
「?」
「どうしよう‥っ」

 
271 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:19
 
呆然としたまま千聖が振り返る
ぽけっと口を開けていた千聖の顔がみるみる崩れていく
愛理はがっと肩を掴まれ前後に大きく揺すられる


「どうしよどうしよどうしよーっ!!」


 
 

愛理から渡された水色の封筒の中に入っていたのはラブレターではなく映画のチケット
今月末に公開されるその映画を舞が見たいと言っていたのを聞いた千聖は
愛理の知り合いが映画館に勤めていたため、舞に内緒で先行チケットを取っておいてもらったのだ


これはもう少し公開が近くなった時に舞に見せて驚かせるつもりだった
そして仲良く一緒に映画を見に行く計画だったのだ

それなのに
 
272 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:21
 

「‥‥こぉのバカタレぇーっ!!!」
「だってだってだってぇ!」
「だってじゃない!何でそこでラブレター?」

 
これでもかと言う位千聖を責める

今回は明らかに千聖が悪い、悪いというより馬鹿だと栞菜は思った
咄嗟の事とは言えそんな事を言ってしかもどうすれば良いか聞くなんて
ひとしきり言うと栞菜は呆れ返りソファーにくたっともたれた


「でも実際ラブレターは結構もらうし、舞ちゃんも知ってるんですよ?」
「だからって‥‥」
「そうだったんだ‥‥」

 
隣では愛理が納得したように呟いていた
 
273 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:25
 
「どうすんのさ」
「うー、あー‥ぅーん」
「‥これ、もう一度話してちゃんと渡したら?」


愛理が控え目に言う
千聖の事を心配しているのだろう、眉を困ったように下げていた

なんなら千聖からチケットをもらって愛理を誘って二人でデートにでも行こうか
栞菜は少しそんな事を考えたが、それでは何も解決にはならないと考えを直した

 
舞は年下だが千聖よりよっぽどしっかりしている
きっとチケットの事を隠す為に咄嗟に言った嘘なんだと言えばわかってくれる
 
274 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:28
 
けれど相手が千聖となれば話は別だ、きっとそう簡単に許してはくれないだろう
自分の好きな人のモテる様を見て嬉しい人などいる筈がない
まして嘘とは言えラブレターを自慢されたら怒るのも当たり前だ
 

千聖は自分が普段からこういう事があるのを舞は知っていると言った
もし、普段から千聖が舞に冗談じみていてもラブレターや告白の事を話しているとしたら
日頃舞はどれ程哀しい思いをしているのだろう

普段舞がどんな思いで先輩と呼び、どれ程千聖の事を考えているのか
 
275 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:31

 
舞は学校では千聖の事を『先輩』と呼んでいる

幼なじみなのにどうしてだろうと不思議に思った栞菜が舞に聞くと、どうやら千聖の周りに色々と言われるらしい
年の差というのはこういう所で面倒だ

千聖に言わないのか、と聞くと
千聖にだけは絶対に言えないと言われた
迷惑はかけない、笑っている千聖が好きだから

哀しい笑顔で舞は言っていた

 

その事をふと思い出し、栞菜は千聖を思い切り蹴り飛ばしたくなった
あまりの鈍感さに怒りさえ湧いてくる
普段舞がどんな思いで先輩と呼び、どれ程千聖の事を考えているのか
栞菜はこの場で千聖に大声で言ってやりたくなった
 
276 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:33
 

「ぁー、どうしよどうしよ」
「千聖」
「?」
「自分で何とかしなさい」
「へ?」
「以上!」


考えてみれば自分は元々何故舞が泣いていたのかを聞きに来ただけだ
千聖の相談に乗る為に来たのではない
普段なら可愛い後輩の相談は親身になって聞く栞菜も今回は乗り気にはなれない
泣いている舞の様子を千聖に見せてやりたかった


千聖は子供だ

今回の事で色々と考え直すのが良い
千聖を心配している愛理には悪いが仕方がない


「ちょっ、先ぱ−‥」
「舞ちゃんの事」
「‥−」
「好きなんでしょ」
「‥‥‥」
 
277 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:38
 
言った瞬間千聖の顔がそれまでの慌てふためいている表情から一転、静かで真剣な表情に変わった

いつもその顔でいれば良いと思う
千聖は舞に対して素直過ぎだ
その素直さで気持ちだって言ってしまえば良いのに

栞菜はそう思ったが口には出さない
告白の催促をされて嬉しい人はいないだろう
二人の事は結局お互いにしかわからないのだ
 
278 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:39
 
「‥‥千聖は」
「?」
「千聖は舞ちゃんが好きだー!!」


いきなり立ち上がって千聖は大声で言う
千聖の勝手な告白は広い部屋に響き渡る

栞菜と愛理は目を丸くした


「とりあえず時間なんで部活に行きます」
「う、うん」
「帰りに、舞ちゃん家に乗り込みます!!」


乗り込む、まるで殴り込みに行くみたいだ
変に気合いの入っている千聖に栞菜は笑いが込み上げてくる

「じゃっ、ありがとうございました!!」


千聖はエナメルを乱暴に掴んで深く頭を下げた
愛理は見送りに玄関までついて行く
 
279 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:41
 
部屋に一人になり栞菜ははーと大きく息を吐いてソファーに深く沈んだ
好きだと叫んでいたものの、きっといざ舞を目の前にすれば千聖は情けなく頭を下げ続けるのだろう
千聖が舞に強気になれる筈はない


二人はそうだから上手くバランスが取れているのだろう
栞菜はふっと息を零した

 

 
そういえば−
 

「えりかちゃんの好きな人ってどんな人なんだろ‥‥」


栞菜の知る限り、えりかはあまり周囲の事に興味がない
体力がないというか、面倒臭がりなのだ
そんなえりかが誰かに胸を熱くする事など失礼ながら絶対ないだろうと栞菜は思っていた
まぁそれはお互い様なのだが
どんな人なのだろう
正直栞菜は全く想像がつかなかった


恋なんてわからないものだ

栞菜も愛理に会うまで恋の病だの胸を射抜かれるなど全く信じていなかった
夢見る少女の戯言だと思ってさえいた
けれど今は嫌と言う程実感している
 
280 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:42
 
「お疲れ様です」
「ん?あぁ、千聖行った?」
「はい、それはもう元気いっぱいで」


千聖を送り終えた愛理が部屋へ帰って来た
栞菜と向かい合うように、今まで千聖が座っていた側のソファーに腰を下ろす
 

 
−どうしたものか

正直に言えば栞菜の用事はもう済んでしまった
千聖が午後から部活だと言うから午前中に事を済ますつもりではいたが、思えばその後の事を全く考えていなかった

帰れと言われればもちろん、言われなくても帰るつもりだ
こんな午前中からお邪魔させてもらってその上午後まで居座るのはさすがに気が引ける
けれど、やはり心のどこかが我が儘を言う

一緒にいたいと小さく訴える
 
281 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:44
 
「‥‥」
「先輩」
「ん?」
「これ、千聖から先輩にだそうです」


静かに口をつぐんでいると、愛理から渡されたのは今度は白い封筒

まさかラブレターではあるまい
栞菜は迷わず封筒を開けた
中に入っていたのは、近くの遊園地のフリーパス
それと一緒に手紙が入っていた
手紙には
『お礼です!楽しんで来て下さい!!』
と書いてあった


「‥‥‥」

 


ちらりと愛理を伺う
この楽しんで来て下さいの前には、愛理の名前が省略されている
千聖の好意に、先程言ってしまった言葉を栞菜は少し後悔した
 
282 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:45
 
誘おうか

せっかく千聖がくれたチャンスだ
愛理と遊園地、考えただけで栞菜は頬が緩むのがわかった


「あのさ−‥」
「先輩」
「はい?」


言う前に愛理に遮られてしまった
愛理は持っていたカップをテーブルに置き、栞菜と向き合う


「来週末、何か用事ありますか?」
「‥‥‥」
「‥すみません、やっぱり忙しいですよね」
「いっ、いや違うよ?全っ然ヒマ!」
「本当ですか?」


少し不安そうに聞いてくる愛理
栞菜はたとえ用事があったとしても迷わず愛理との時間を取るだろう
もし愛理も自分を誘うつもりなら
その役は何故か譲りたくないと思った
 
283 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:46
 
「んー、何か仕組まれたような感じなんだけど」
「?」
「これ、千聖からお礼だって」


封筒からフリーパスを取り出しテーブルに並べる
確認すると有効期限は来週末まで
まるで狙ったように都合が良い
愛理は目をぱちぱちさせてそれを見ていた


「‥‥行く?」


行こう、と言えない自分に心の中で溜め息を吐いた
千聖なら無理矢理にでも引っ張って行くだろう

愛理は驚いたように栞菜を見る
その目は好奇心からか、キラキラと輝いているように見えた


「‥‥良いんですか?」
「良いよ。当たり前じゃん、こっちが誘ってるんだから」
「‥‥」
「あたし鈴木さんと行きたいし」


フリーパスに目をやって言ったが、言った後顔に熱が集中するのがわかった
栞菜はちらりと愛理を見る
愛理はまだ目を見開いたまま固まっていた

けれどしばらくして、ふにゃっと柔らかい笑顔になった
栞菜はその笑顔に今度は自分が固まる
心なしか愛理の頬が赤く染まっているように見えた
 
284 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:47
 
「‥‥行きます!私遊園地なんてホント全然行った事なくて‥‥」
「あー、何かイメージないかも」


フリーパスを見ている愛理は小さな子供のように幼い表情で
栞菜は何だか暖かい気持ちになる

本当に行った事がないのかもしれない
信じられないとは思わない
小さな頃からピアノや習い事で沢山だったならそんな所に行く事なんてないだろう
あの父親と母親なら尚更だ
 
285 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:49
 


目一杯遊ぼう
もうへとへとになる位

 

「あの‥‥先輩」
「ん?」
「その日私少し行きたい所があるんですけど、遊園地の後に付き合ってもらっても良いですか‥?」
「?良いよ、全然」


どこに、というのは聞かない事にしておいた
聞かない方が更にわくわく出来ると栞菜は考えたからだ
 
286 名前:40−1+3 投稿日:2008/09/18(木) 20:49
 
千聖、頑張れ


そんな事を呟いたものの
栞菜の頭の中は酷い事にもう来週末の愛理とのデートでいっぱいになりつつあった


 

 真相−.終わり

 
287 名前:三拍子 投稿日:2008/09/18(木) 21:12
今回はここまでです。


>>256さん
会話は所々で笑いを取ろうと頑張ってます!

>>257さん
これから特に梅さんが頑張るかもしれません(ノ><)ノ

>>258さん
私もあいかん大好きです!!
よろしくお願いします。

288 名前:0412 投稿日:2008/09/18(木) 22:27
うわぁ〜ちさまい良いですねww


マイマイがやきもちやくとか何か見てて嬉しいです(ぇ


愛理と栞菜も新展開♪

遊園地デート…そのあと愛理の親に紹介(違

次も楽しみにしてます

289 名前:名無し 投稿日:2008/09/18(木) 22:58
栞菜は中身が大人だなあ〜。素敵。
最後はわたくしも頬を赤らめるほど甘かったです。
あいかん最高じゃあああ!うっ失礼。
もう更新が楽しみで楽しみでたまりません。
290 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:07

291 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:08


 

ちっぽけな、本当にちっぽけなあたしの想い


ほんの少しで良いから届くといいな


 

 40−2.tiny


 
292 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:09
 
やっぱり舞美は凄い人だ

えりかはつくづく感じていた

 


この間行われた陸上の市大会で優秀な成績を納めた舞美
明日から地方で行われる大会の為、学校を休み泊まり込みで遠征に行く事になっている
今度舞美に会えるのは四日後になる

クラスメートや部活の後輩は激励の言葉を送っていた
中には泣いている子までいてえりかは驚いた

 

四日間、舞美と会えなくなる
えりかにはいまいち実感がなかった

 
293 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:11
 
土日の休みにわざわざ舞美と会っている訳ではない
二日間会えないものが四日間に延びるだけだ
そう思えばそこまで悲しむ事でもない

 
違う事は、舞美が休むのは休日ではなく平日であり学校に行っても舞美がいないという事だ

毎朝のようにおはようと声を掛けられる事もない
授業中に寝ているえりかを起こす優しい声もない
後ろから面白がるようにちょっかいを出される事もないのだ
 


教室の中に舞美がいないというのは、どんな感じなのか


寂しい、きっとそう感じるだろう
たったの四日、されど四日
えりかの視界から舞美は消えるのだ
大会は頑張ってほしいと思う、本当にそう思う
けれど正直な所は行かないでほしいとも思っていた
 
294 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:14
 
そんな事を考えてたえりかは、昨日数人の後輩が舞美に頑張ってとプレゼントを渡している場面を目にした

 

応援のプレゼント
 

今回の大会はかなり大きな物で、各地から猛者が集まるらしい
舞美もいつになく意気込んでいた

ふとえりかの頭に浮かんだのは『お守り』
ありきたりだが一番想いを篭められそうな物だと思った

舞美を応援したい
そう思ってお守りを作ろうとえりかは部活の裁縫道具を手に取った
今思えば、応援したいというよりも
舞美を繋ぎ留めておきたかったのかもしれない
たったの四日、それでも舞美との距離が更に開いてしまう気がした

 
ずっと想っていてほしいなんて我が儘は言わない
ただ少しだけ、この四日間の中でえりかの事も考えてくれたら良い
梅田えりか、そんな人もいたな位で良い

 


そんな想いを篭めてえりかは掌に収まる程のピンク色のお守りを作った
無駄な手先の器用さにえりかも今回ばかりは感謝した
 
295 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:17
 
それを鞄に忍ばせ緊張しながら今朝登校した
 

本当は朝一番で渡すつもりだった
けれど気が付けばもう最終時限の終わりになっていた

チャンスは幾らでもあった
なかったのはえりか自身の勇気だった

 

 
軽い気持ちではい、頑張ってねと渡してしまえば良い
当人はすぐ後ろにいるのだから簡単な事だ
なのに今日のえりかは舞美に声を掛ける事さえ戸惑っていた
意気地無しはこんな時に限って発揮される
全く、情けない
えりかは机にうなだれた

数学なんて聞いた所で理解など出来ない
口頭で説明などしないでもっと実践的に問題を解かせてほしいものだ
それならこんなにだらだらとした気分にはならないのに
えりかは自分勝手に教師への文句を頭の中で呟いていた
 
 
すると授業終了のチャイム
後はHRが終わればもう放課後となる
舞美は部活に行ってしまう

その前に渡さなければ
 
296 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:20

 
−HRも終わり、教室の中から生徒が減っていく
えりかは一度深呼吸し、舞美に振り返った
舞美は部活のジャージに着替えて制服を畳んでいる最中だった

 
「ま、舞美」
「ん?なぁに、えり」
「えっ、えっと」


自分で話し掛けておいて次の言葉を用意していなかった
焦りから上手く口が回らない
舞美はにこにこしながらえりかの次の言葉を待っている
 

「舞美さ、明日から大会なんだよね‥?」
「うん!結構大きなやつでさぁ」
「あの、それで‥‥‥」


鞄の中を探り
見つけて思わず握り締めた
どくんと心臓が鳴る
お守りを渡すだけだ
にっこり笑って頑張ってと言う、それだけの事だ
けれどえりかの鼓動はどんどん騒がしくなり、心拍数は上昇するばかりだ

中々動き出さないえりかに舞美は不思議そうに首を傾げていた
 
297 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:22
 
もう一度、小さく息を吐いて
えりかはゆっくり握り締めた手を舞美の前へと出した


「?」
「‥‥お守り。舞美が、大会頑張れますようにって」
「‥‥−っ」


思わず俯いて言ったため、呟くように小さな声になった
そのせいで何となく素っ気ない言い回しになってしまった
何も言わない舞美にえりかは不安になり、ちらりと顔を上げて伺う

 
目の前の舞美は
ぽかんと口を開けて停止していた
その姿に今度はえりかが首を傾げる


「舞美?」
「‥‥これ、あたしに?」
 
298 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:23
 
えりかの手の中のお守りを指差し舞美が尋ねる
言われてえりかは本当に舞美へ渡す物だったか一瞬考えてしまった
それ程舞美の聞き方は信じられないといった感じだったからだ


「‥‥そうだよ。舞美に」


舞美に、渡したいのだ

 

 
舞美は一拍置いた後
あーっと叫んで顔をごしごしと擦っていた
えりかは訳がわからずきょとんとしたまま舞美を見る

「−よしっ!!」
 
299 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:26
 
暫くしてばっと顔を上げた舞美
いつも以上の笑顔
眩しくて、目を細めたくなる
それが自分に向けられているという事がえりかは申し訳ないとさえ思ってしまう


「えりっ!!」
「!?」


がしっと出していた手を掴まれる
突然の事にえりかは身体が固まった
そして次の瞬間には心臓の音が身体中に響く位騒ぎ始める


「あたし、頑張って来るから!」

 


舞美の手は熱かった
意識しているから余計に熱く感じているのかもしれない
えりかは熱が出たような気分で、今自分の頭からは煙が上がってるんじゃないかとも思った


「ほんっとにありがと!!えり」


舞美にえりと呼ばれる事が好きだった
何度も自分の名前を呼ぶ舞美が好きだった
自分を捕える真っ直ぐな瞳が好きだった

 
舞美が、好きだ

 
300 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:28
 
どうしようもなく胸が苦しい
溢れる想いに混乱している頭をえりかがどうにか落ち着かせようと考えていると、舞美は急に真剣な顔になった

 
「あの、さぁ‥‥えり?」
「なぁに?」
「そのー、あのー」


舞美は困ったように眉を下げて唸っている
えりかが渡したお守りは両手で大切そうに持っていた

自分の贈り物が相手に渡るだけでこんなにも嬉しいものなのか
初めての感情にえりかは少し感動していた
えりかがぼんやり舞美を見つめて言葉を待っていると


「えり」
「?」
「あの−‥」
「舞美ー、部活始めるよー!」
 
301 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:32
 
廊下から部活の同輩の声
その声に舞美はびくっと肩を強張らせた
緊張していたのだろうか

今行くと返事をし、舞美は着替えを素早く鞄にしまうと、再びえりかに向き直る

 
「ごめん、あたし部活行かないと」
「うぅん、こっちこそ時間割いちゃってごめんね」
「全然!!謝んないでよえり」
「大会、頑張ってね」
「うん!これ、大事にする!!」
 


えりかの目の前で舞美がお守りを握り締める
同時に自分の心臓もぐっと掴まれた気がした
えりかはどくどくと血液が身体を駆け巡るのを実感した
 
302 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:33
 
「じゃあね、えり!」


大きく手を振って舞美は教室から出て行って

えりかはその背中を見送った後、自分の席にすとんと腰を下ろした
うーっと首をもたげる

あんなに喜ぶとは思っていなかった
えりかはゆっくりグーパーグーパーと自分の右手を動かす
舞美の熱がまだ冷めずに残っている気がした
自分の手を握ってありがとうと言っていた舞美の笑顔が頭に張り付く
今まで見た中で一番の笑顔かもしれない
単なる自惚れかもしれないが、えりかは素直にそう思った
 
303 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:35
 

この四日間で、自分の気持ちをきちんと整理してみようか

そうする必要があるとえりかは感じた
気持ちは、持っているだけでは伝わらない
待っているだけでは何も変わらないし変えられない
見つめているだけでは、何も始まらないのだ

 
昨夜あのお守りを作りながらえりかは考えていた


 
実は、あのお守りには中身があるのだ
 
304 名前:40−2 投稿日:2008/09/21(日) 22:37
 

ちっぽけな、本当にちっぽけなこの想い
口にするには脆過ぎて
行動するには力が足りなかった
 
それでも、ほんの少しでも気持ちが届けば良いと思った

 

 
『すき』


 
あのお守りの中にはそう書かれた紙が折りたたまれて入っている


それは、えりかの精一杯の積極性だった


 

 tiny−.終わり


 
305 名前:三拍子 投稿日:2008/09/21(日) 22:42
今回はここまでです。


 
>>288さん
ちさまいはぶつかり合うのが似合う組み合わせだと思ってます。
次もよろしくお願いしますm(__)m


>>289さん
あいかんは甘い&感動を狙ってるんで、どうぞ堪能して下さい!!

306 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/21(日) 22:52
更新乙です

>チャンスは幾らでもあった
>なかったのはえりか自身の勇気だった

このフレーズに何故かどきっとしてしまいました
舞美は梅さんに何を言いたかったのかすごく気になる…
次の展開も楽しみに待ってます!
307 名前:0412 投稿日:2008/09/21(日) 23:14
あまーい
甘すぎですww


舞美が梅さんになんて言おうとしたんか気になりますねww


梅さんのお守りに入れた『好き』も粋な計らいっすね(爆)

次も楽しみにしてます

308 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/22(月) 11:02
毎度ながら更新の早さには感動すら覚えますw

しかしやじうめは胸がきゅんとなりますね

あいかんも楽しみに待っています!
309 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/23(火) 02:38
やじうめいいですねー
キュンキュンきますw
310 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:45
 

 
空は快晴、私は笑顔


こんなに気持ち良い朝は初めてだった


 

 40−1.出発

 

311 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:46
 
予定の時間より大分早く起きてしまった
しかもこんなに寝覚め良く

ぱちりと開いた目はしっかりと働いていて
天井の細かい模様まではっきりと見える程
もう一度瞬きをして身体を起こす
とても寝起きとは思えない程の軽さ

 

腕を上に伸ばし、身体をぐぅっと引っ張る
ひとしきり伸ばした後
息を吐きながらゆっくり腕を上から下へ下ろし、身体の力を抜く

普段は動き出さない身体を起こす為のものであり今朝なら必要ない気もするが、習慣となってしまっている為つい身体がそう動いた
 
312 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:47
 
欠伸を一つ、これで完全に目が覚めた合図
ベッドから降り、窓へと向かう
白いレースのカーテンを抜ける位光が眩しかった
長いカーテンを一気に気持ち良く引く
カーテンから開放された光に思わず目を細めた

 

−快晴

 
遊園地日和というやつか

空を見上げて愛理はもう一度大きく伸びをした

 
313 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:49
 
栞菜に遊園地に誘われた
いや、正しくは千聖が二人にとチケットをくれたのだ
その次の日千聖から電話があった

 

 
−あの日、部活の後言った通り舞の家へ乗り込んだ千聖
何時間も謝り続け、何とか仲直り出来たらしい
その後は晩御飯をご馳走になりそのまま舞の家に泊まったそうだ
そして今度千聖の計画通り仲良く映画を見に行くらしい

 
愛理はよかったねと素直に祝福した
電話の向こうの千聖はもう大変で
舞い上がっているのかいつも以上に滑舌が悪く、半分以上よく聞き取れなかった

そんな出来事から一週間

 
314 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:50
 
楽しみにしていた、この一週間ずっと
思えば栞菜とどこかへ出掛けるのは初めての事で
更に行き先が遊園地となれば、愛理にとっては初めての事ばかりだ

 
時間はもうすぐ9時を回る

半に栞菜が迎えに来てくれるらしい
当日の計画を立てている時、遊園地の場所がわからないと言った愛理に栞菜は当たり前というように言ってきた


「じゃ、待ち合わせ場所は鈴木さん家で!」


栞菜の笑顔はどうしてこうも綺麗に光を放つのか
その笑顔を見ると無意識に胸が暖かくなる気がした
心地良くて、ぽかぽかする

 
315 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:53
 
時計に目をやる、いったいどれ位の頻度でさっきから時間を確認しているのか
そわそわして落ち着かない自分が愛理は何だか新鮮だった

椅子に座っていても身体のどこかを動かさずにはいられない
カチャカチャとスプーンで紅茶を掻き回す
すっとスプーンを抜くとカップの中でぐるぐると紅茶が揺れていた
その様子をぼんやりと見つめ揺れが鎮まったのを確認してからゆっくりと紅茶を飲み干した

 
 

カップを置いて再び時計を見る
9時20分
迎えに来てもらうのだから、先に外へ出て待つのが当たり前だろう
 
もう一度姿見の前で服装と髪型をチェックする
予定より早起きした為髪をセットする時間がたっぷりあった
 
316 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:55
 
遊園地に相応しい髪型というのは何だろう

そう考えた時、愛理にはジェットコースターなどに乗った後は髪が乱れているというイメージがどこかであった
長い髪の毛を乗り物一つ毎に整えるのは面倒な上少し自意識過剰な気がした


それなら纏めてしまおう

そう思い三つ編の二つ結びにした
少し大人しい雰囲気になってしまったが、遊園地の後の事を考えるとこれで良かった気もする

 

にこりと一回、笑ってみた


大丈夫、今日は凄く気分が良い
それは晴れ渡る空のお陰か
すっきりとした寝覚めのお陰か

目一杯楽しもう
栞菜と一緒なら、きっと絶対に楽しい


よし、と振り返り、愛理は部屋を後にした
 
317 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:57
 
玄関を出る時いつもなら言わない『行ってきます』を静かな廊下に小さく呟いた

もちろん行ってらっしゃいの返事はない
それで良い
今日だって、きっと久しぶりと言っても同じように返事はないのだろう

 

それでも会いに行く
もう大丈夫だと告げる為に
今なら、もう一人じゃないと胸を張って言える気がする
 

笑って言えると良い
正直自信は全くない

栞菜は付き合ってくれるだろうか
きっと泣いてしまう自分を見ても、どうか心配しないでほしい
栞菜が心配しないかどうかだけがただただ愛理は不安だった
 
318 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:58

 
玄関のドアを開ける
沢山の光と共に心地良い風が緩やかに体を抜けた


 
さぁ、楽しい一日の始まりだ

空を仰ぎ、愛理は真っ青な空に笑い掛けた


 

 出発−.終わり

 

319 名前:40−1 投稿日:2008/09/24(水) 21:58

320 名前:三拍子 投稿日:2008/09/24(水) 22:00
 
今回はここまでです。
ちなみにこのあいかん編はかなり長くなります。

どうかお付き合いお願いしますm(__)m
 
321 名前:三拍子 投稿日:2008/09/24(水) 22:08
 
>>306さん
そこの部分は個人的にかなり気に入っているのでそう言っていただけると嬉しいです!!

>>307さん
舞美の台詞は後ほど‥‥。
お守り‥‥ああいう小細工大好きなんですo(^-^)o
>>308さん
何故か毎回やじうめが一番甘酸っぱい感じになります。何でなんですかね(笑)

>>309さん
乙女な梅さんがどうなっていくのか、どうかお付き合いお願いしますm(__)m
 
322 名前:名無し 投稿日:2008/09/25(木) 22:32
どうぞどんどん長くなって下さい。
疲れた1日の滋養強壮剤です、ほんとに。
あ〜癒される〜〜!!!
323 名前:0412 投稿日:2008/09/26(金) 17:43
長いの上等ですよww

むしろ長いのを求めてますww


愛理はドッキドキで目が覚めたんですね

おとめな愛理最高っす♪
やっぱ作者さんのあいかんが一番好きです

324 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/28(日) 21:00
一気に読みました。なんで今までこの小説に気がつかなかったんだろう。
40-1も40-2も40-3も良い感じです。

ちょっとだけ気になったところ
>>97
「母は、母と弟は二年前事故で死にました」
>>98
「このピアノは二人が死んで一人になったんです‥‥私と一緒に」

愛理さんは「お嬢様」という設定なので
「死んで」→「亡くなって(なくなって)」
のほうが言葉遣いとしてお嬢様っぽいと思います。w

続きを楽しみにしています。
325 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:14

326 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:14
 

まるで閉じ込められるように窮屈な箱


観覧車は、好きじゃなかった


 

 40−1.小さな箱

 
327 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:16
 
本当にもう乗っていない乗り物は、行ってない所はないだろうか
栞菜は考える
 

 


自転車に二人乗りして遊園地へと来た
がやがやと騒がしくも楽しそうな遊園地に、うわぁと愛理は目を輝かせていた
どこに行きたいか聞くと、愛理は上空を指差した


「あれ、何ですか?」
「あー、ここで一番有名な絶叫系」
「絶叫‥‥しますか?」
「あたしはするけど鈴木さんはどうかなぁ」


ジェットコースターに乗って叫びに叫ぶのが遊園地の醍醐味だと栞菜は思っている
しかしながら愛理にそれは似合わない気がした
 
328 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:19
 
「先輩っ」
「?」
「あれ、乗りましょう」

 
正直心配した
遊園地がほとんど初めての愛理がいきなりこれに乗って大丈夫だろうかと
最初に乗る事はあまりお勧め出来なかった
しかしながら愛理の横顔は早く乗りたいと訴えていて
栞菜は少し不安になりながらも承諾した

 


けれど、心配されたのは栞菜の方だった
意外にも愛理は絶叫系統の乗り物は平気らしく
どれに乗っても笑顔でキャーキャー叫んでいた

比べて栞菜は
表にこそ出さないものの、昨夜緊張で一睡も出来なかった事もあり少し参っていた
もう一度愛理があのジェットコースターに乗ろうと言ったら危なかったかもしれない
それでも
楽しそうに笑っている愛理を見て来て良かったと栞菜は心から思った


 
そして今は一通りアトラクションも回っただろうという所で愛理と並んでベンチに座っている
 
329 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:21

 

実を言うと

あと一つ、乗っていない物がある
普通の人なら遊園地の最後はこれだと言うだろう
栞菜はその乗り物が好きではなかった
嫌いという訳ではない
誘われればもちろん断るなんてしない
けれど自分から乗ろうとは絶対に言わない

 

遊園地の代表作
ゆっくりと空を巡る観覧車

 
何回か乗った事はある
けれどあの小さな空間に閉じ込められて何分もだらだらと空を巡るなど正直栞菜はつまらないと思った
景色などどこで見ても大して変わりなどないではないか

元々せっかちな性格の栞菜
のんびりとするのはあまり得意ではなかった
観覧車の個室は独特の緊張感があり
何を話して良いのかわからず、いつも早く地上に戻りたいとばかり思っていた


 
 

愛理は気付いているだろうか
気付かない筈がない
あんなに存在感のある乗り物が遊園地中を回って目に入らない訳がない
  
330 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:23
 
「あ‥観覧車」
「‥‥−」

 
案の定、愛理の口から出たその名前
愛理の視線の方へ栞菜も顔を向ける
そこに佇む大きな円盤
その動きはあまりに緩やかで栞菜はもしかしたら止まっているんじゃないかと疑った
しかしながらそんな事がある訳はなく、下らない事を考えた自分に苦笑する


「‥‥そういえば」
「?」
「昔、母と二人で乗った覚えがあります」

 
観覧車を見上げる愛理の視線は確かに観覧車を見ていたが、
どこか違う所を見ているようにも見えた


「たしか、コンクールの帰り道で。何故か母が私を誘ってくれたんです」
「へぇ‥‥」
「普段からあまり普通の話したりしないんで、私も母も黙ったままで変な感じでした」


普通の会話をしない、というのはどういう事なのだろうか
空が綺麗だね
人があんなに小さく見えるよ
そんな誰にでも思い浮かぶ他愛のない言葉が
愛理と愛理の母親の間には生まれなかったのだろうか
 
331 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:26
 
「けど‥‥」
「?」
「言ってくれたんです、おめでとうって」
「‥‥‥」
「その時だけ、一度だけ褒めてくれたんです」
「‥‥うん」
「そんな事‥すっかり忘れてました」


観覧車を見つめる愛理
その横顔はどこか寂しさを隠し切れていない気がした
数少ない母との思い出に胸を熱くしているのだろうか
 

 
「‥‥−鈴木さん」
「?」
「乗ろっか」

 

乗りたいと思った訳ではない
乗せてあげたいと思った
愛理はきっと乗りたいと思っていると勝手に決めた

愛理となら、ゆっくりと時間を巡るのも良いかなと思った

言ってにっと愛理に笑い掛けると、少しした後本当に嬉しそうに微笑んだ
 
332 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:27
 

ゆっくり、ゆっくり
地上から空へと昇って行く

何を話す事もなくて
けれど、この静かな空間に窮屈さを感じる事はなかった
向かいに愛理がいるからだろうか
きっと理由はそれ意外にない
愛理は小さくなっていく地上の世界を見つめていた
栞菜にとってその表情は窓の外の景色よりずっと美しく見えて
思わず視線が愛理へと向いてしまう

 
栞菜はぼんやりと考える

自分達の関係は、どう説明するのが一番合っているだろう
 
333 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:29
 

全く違う境遇
年だって違う
友達、というのとも少し
いや大分違う気がした
お互いの呼び方は「鈴木さん」に「有原先輩」
年下の愛理が栞菜の事を先輩と呼ぶのは普通の事だ
だとしたら、おかしなのは自分だろうか
栞菜は小さく首を捻る
呼び方で仲の深さを測るつもりはない
けれど、やっぱり少し変かもしれない

鈴木さんと呼ぶ事が当たり前で、下の名前など大袈裟に言えば忘れかけていたかもしれない
今まで気にした事はなかった
愛理も呼び方に関して何か言ってくる事はなかった

 

鈴木愛理
−愛理


頭の中で呟いてみる
 
334 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:31
 
一度当て嵌めてみると、とてもぴったりな名前だといつかも思った事を改めて感じた
それと同時に少しの好奇心が湧く

 

呼んでみようか

考え事の為に伏せかけていた視線を愛理へと戻す
愛理は相変わらず外の景色を見ていた
どくんと一つ心臓が跳ねたかと思うと、次の瞬間には不思議な位落ち着いていた

 

愛理に向ける訳でもなく
独り言のように、そっと
窓の外を見つめている横顔に囁いた
 

 

 
「−愛理」

 
335 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:34
 

ふと愛理の視線が景色から外れ、ゆっくりと栞菜の方へ顔が向く
ぱちぱちと瞬きをして目を丸くしている愛理
その表情はぽかんとした純粋な子供のようだった


「良い名前だよね。愛理、って」
「‥‥‥‥」
「ぴったりだと思う」

 

愛理と口にしたのは初めてだった
なのに自分の鼓動があまりに穏やかで、栞菜は少し驚く
ただただ胸の奥がじんわりと暖かくなった
栞菜は静かに口を緩める
ゆっくりと目を閉じ、もう一度頭の中で愛理と呼んでみた
 


 


「‥‥‥じゃあ、そう呼んで下さい」
 
336 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:37
 
暫くして聞こえた愛理の言葉に閉じていた目を開ける
顔を上げると、目の前の愛理は笑っていた
その頬は傾き始めた日に照らされてだろう赤く染まっていて
きっと自分は日のせいだけでなく頬が赤くなっていると栞菜は思う

 
 
「‥‥わかった」
「ありがとうございます」


何故お礼を言うのか
もしかしたら、呼んで欲しいと思っていたのかもしれない
もしそうだとしたら栞菜は何回でも愛理と呼ぼうと思った
愛しい彼女の名前は、きっと何回口に出しても飽きる事はなくて
呼ぶ度にもっと愛理の事を好きになれる気がした

 
337 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:40
 
「愛理」
「何ですか?」
「練習」


意味のないやり取りにふっとお互い笑い出した
窓の外に視線を移す
調度もう頂上という所に差し掛かっていた

遥か向こうに地平線が見える
橙色に染まっている景色の中、その線上だけが濃い青色をしていて
これから来る夜を儚げにも予感させていた
 

 
愛理と二人で見た頂上からの景色は
今まで見たどんな景色より美しく、綺麗で
何故か心地良い切なさで胸がいっぱいになった

ちらりと横目に愛理を見る
その横顔に、きゅうっと胸が締め付けられるのを感じた
愛理の名前を呼んだ事によって変わった呼び方、心なしか近付いた距離
それと同じようにこの気持ちも
言葉にすれば、何かは変わるのだろうか
けれど
変わらなくても良いかもしれない
というより、変わらない気がする


愛理とのこの空気は
たとえ恋が始まったとしても変わる事はない気がする
暖かい、ほんわかとした心地良い空気
 
338 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:46
 

だから、この気持ちはまだ口には出さない
自信がないのかと言われればそれもなくはないが

もう少し
もう少しだけ
格好良くて頼りになる有原先輩でいたい
もっともっと愛理の事を好きになってから
愛理の事をわかってから
それからでもきっと遅くはない
この観覧車のように
ゆっくりゆっくり二人の距離が近付いて行けば良いと思った


「愛理」
「?」
「今日、すっごい楽しかった」
「‥‥」
「ありがとう」


出来るだけ想いが伝わるように、ゆっくりはっきりと言った
愛理は一回瞬きをした後
私もですとにっこり微笑んだ
 
339 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:50
 
観覧車という名の小さな箱
けれど確かに今この世界には二人しかいないんじゃないかと思った
窮屈だと思っていたこの空間が、今だけは堪らなく心地良く感じられて
栞菜は愛理とならずっと閉じ込められていたいとさえ思った
 

それでも世界はゆっくりゆっくり、地上へと落ちて行く
それは必然的な事で
それを止める事は許されない
だから今だけは
この愛理との空間を独り占めしようと栞菜は思った
夕日に照らされた愛理の横顔を
しっかりと胸に焼き付けようと思った

 

 
もうすぐ、地上へ着く
今日愛理と観覧車に乗って
栞菜はせっかちな自分の性格が少し変わった気がした
これから、愛理の事をもっとゆったりとした優しい気持ちで想える気がする
走る事は好きだ
けれどたまには歩く事も良い
速度を緩めて、愛理と並んで歩こう
その方がきっと楽しい


そんな事を考えていると、観覧車の終わりを告げるありがとうございましたというアナウンスが聞こえた
 
340 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:52


−−−−−−
−−

「そういえば」
「?」
「行きたい所あるって言ってたよね?」


遊園地の出口へ向かう途中、すっかり忘れていた事をタイミング良く栞菜は思い出した
そういえば愛理はこの後に行きたい所があると言っていた
何の用事なのか栞菜は知らない
今まで忘れていたものだから、ぱっと思い浮かぶ筈もなかった


「‥‥はい」


少しの間を置いて愛理が答える
その声が急に小さく聞こえたのは勘違いではない
栞菜は不思議に思い愛理を振り返る
栞菜の数歩後ろで愛理が立ち止まっていた


夕日を背に立つ愛理の表情は陰っていてよくわからない

 
「先輩」
「ん?」
 
341 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:54
 
「お墓参り‥一緒に来てくれませんか?」
「‥‥‥」


俯いている愛理に問い詰める事はしない
愛理がどんな気持ちなのかも、深くは考えない
栞菜がする事は、一緒に墓参りに行く事

愛理に一歩近付く
近付いて顔をよく見ると不安そうに眉を下げていた
可愛いなと場違いに失礼な事を思い栞菜は苦笑する


 
「よし」
「?」
「行こう!」
 
342 名前:40−1 投稿日:2008/09/28(日) 22:55
 
愛理ににっこりと笑い掛け、返事を聞かないまま栞菜は歩き出す
暫く先を歩いていると、
後ろからありがとうございますと小さな声が聞こえた


 

 小さな箱−.終わり

 

343 名前:三拍子 投稿日:2008/09/28(日) 23:01
今回はここまでです。
何故あいかんだとこうも長くなるのか‥‥ひいきですね(笑)
 

>>322さん
少しでもこんな拙い話が力になれば良いと思います!

>>323さん
そんなもったいない!!
ありがとうございます(T_T)その言葉で頑張れます。

>>324さん
なるほど!
的確な指摘ありがとうございますm(__)m

 
344 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/28(日) 23:04
作者さん乙です
更新中に遭遇できた自分ラッキーすぎる(・∀・)

あいかん話は毎回胸が暖かくなります
345 名前:0412 投稿日:2008/09/28(日) 23:14
いやーいいですな!

何か一歩ずつ歩んでるのが初々しくていいですww


本当に作者さんの愛栞が一番好きっすよ
もちろんちさまいややじうめもですが

続き楽しみにしてます
346 名前:名無し 投稿日:2008/10/01(水) 19:24
ニヤニヤ止まらないわー!
甘酸っぱさと切なさと、素敵ですこの世界…。
とにかく思うがまま作者さんの感性で書いて下さい!
そして私を悶えさせてください(笑)
347 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:18

348 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:19
 

 
初めて会う彼女の家族は
冷たくて静かで

笑い掛けてくれる筈もなかった


 

 40−1.墓参り.前

 
349 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:19
 
遊園地を出て、供える為の花を買いに花屋へ向かった
墓地のすぐ近くにあるらしく、栞菜は行きと同じように愛理を荷台に乗せて自転車を漕ぎ出した

 
騒がしい遊園地から、静かな道へと踏み出して行く
ついさっきまであそこにいた事が嘘のように
静かで
お互い何かを口にする事はなかった
愛理に背を向けている栞菜
今愛理がどんな顔をしているのか伺う事は出来ない
ただ、小さく自分の服を掴んでいる愛理の手からは確かに熱が伝わってきて
それだけで栞菜は愛理に何かを話す必要はないと思った

 
350 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:21
 
一緒に花を選ぶのはどうかと思い、自転車と共に店の表で待つ事にした
真っ赤だった夕日は徐々にその明るさを失って行っている
けれどまだまだ薄暗くなるには時間がありそうだ

墓参りという行事にあまり行った事がない栞菜
あんな何となくしんみりとした場所に自分が合わない事など百も承知だ
だからせめて粗相のないよう静かにしていよう
うんうんと栞菜が勝手に納得していると、愛理が花束を抱えて花屋から出て来た


「すみません、お待たせしました」
「うぅん、大丈夫?」
「はい」
「じゃあ、行こっか」


何故か愛理の顔を真っ直ぐ見れなかった
再び愛理を荷台に乗せる
愛理が後ろに乗る時、栞菜は本当に乗っているのかいつも不安になる
だからいつもなら話をしてその不安を紛らすのだが、今日は別だ
 
351 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:22
 
愛理が話し出すのを待つ
それが栞菜の考えだった
何故墓参りに行くのか
それは愛理の中で何か変化があったから
きっとそうなのだろうと栞菜は思う
いつか愛理に聞いた話

 
墓参りには行った事がない


それは家族の葬儀にも一回忌にも全く顔を出さなかった父親に対する抵抗なのか
それとも愛理自身が家族に対して何も思わず、会いたいとも思わないからなのか
栞菜はわからない

けれどその時の愛理の口ぶりから、これからも墓参りに行く事はないのだろうと栞菜は思っていた
そして多分愛理もそう思っていた
居場所のなかった家
母親と弟が死んだ時、愛理はどんな気持ちだったのだろうか
そして今、その家族に会いに行こうとしている愛理は何を考えているのか

頭の中がごちゃついて行く
 
352 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:26
 

「有原先輩」
「んー?」
「呼んだだけです」

後ろで愛理はクスクスと笑っていた
栞菜が黙っていたせいで心配をかけてしまっていたのかもしれない
そういえばと栞菜はふと思い出す


千聖が栞菜と会ってから愛理は変わったと言っていた
どのようにと聞くと、千聖はこう答えた


『ちゃんと子供になりました』


それを聞いた時栞菜はいまいち意味がわからなかったが、今日愛理と居て少しわかった気がする
感情をしっかりと出せるようになった
素直になったと思う
楽しそうに笑う、困ったように眉を下げる、恥ずかしそうにはにかむ
その表情は全て自然に見えて
出会ったばかりの時のような読み取れないどこか遠くにいるように感じる表情をしなくなった
変わらず豪邸に住んでいても、栞菜は前のように気負ったり遠慮する事もなくなった
お嬢様だと思っていた愛理が、普通の中学生に見える
あの家に閉じ込められているようには、もう少しも感じない
 
353 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:28
 
まだ家族で家に住んでいた時、愛理は今日のようにキャーキャーとはしゃいだりしたのだろうか
あれがしたい、あそこに行こうと自分の意見を口にした事があったのだろうか
家族皆で笑い合った事が、あったのだろうか

 

きっと、ないだろう
こんな事を考えてしまうのは悪いと思う
けれど話を聞いていればわかる
家でも敬語、毎日毎日ピアノなどのレッスン漬け
才能ある弟ばかりを見ていた母親
家族の事に一切関心のない父親
いつしか張り付いた作り笑顔と便利な大丈夫の一言


愛理は、どんな子供だったのだろう

栞菜が愛理と過ごした時間は家族とは比べものにならない程短い
それは埋めようのない差だとわかっている
けれど、愛理の事を大切に思う気持ちはきっと負けない
これから愛理と一緒に過ごす時間を
少しずつで良い、増やして行きたい
それも目一杯幸せな、いつも笑顔でいられる時間
 
354 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:30
 
愛理を幸せを願う

これは実を言ってしまえば単なる栞菜の我が儘で
自分が愛理と一緒にいたいから
愛理を笑顔にしたいから
愛理といると幸せだから
裏を反せば全て独りよがりなのだ
栞菜は思わず苦笑する
ついさっき愛理にもっとゆったりとした気持ちでいたいと考えたばかりなのに、もうどこかで焦っている自分がいる
全く我慢の足りないものだ

 

お供えの代わりに墓石に蹴りでも食らわしてやろうか
なんとも祟られそうな事を考えて栞菜はふっと息を零した
 
355 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:32
 
門の前で自転車から降りた
細長い砂利の一本道の両側に規則正しく墓が並んでいる
栞菜は無意識に背筋が伸びるのを感じた
夕日はもうすぐ完全に沈みそうで、空は薄紫色になり始めていた
少し冷たい風が体を抜ける

一歩前を歩く愛理の背中からは何も読み取れなくて
ただ、白くて美しい百合の花が
花束の中頭一つ高いのか愛理の肩から飛び出して栞菜を見ていた
その百合に愛理が酷く重なるのは
ベストの下に着ている真っ白なワンピースのせいか
それともすらりとした細い体型からか

 
愛理の後ろ姿を見つめながらぼんやりと歩いていると、小さな段差に躓きそうになった
慌てて体勢を立て直して顔を上げると愛理は立ち止まっていた


「‥‥」

 

ざぁっと風に木々が揺れる音がした
 
356 名前:40−1 投稿日:2008/10/03(金) 23:34
 

初めて会う愛理の家族は
決して風に揺れる事のない、灰色い冷たそうな身体をしていた

愛理は今、どんな顔をしているのだろう
横に並んで顔を覗き込む勇気はなかった


 


 墓参り.前−.終わり


 

357 名前:三拍子 投稿日:2008/10/03(金) 23:40
今回はここまで。
次でこのあいかん編も終わると思います。
いい加減他のを進めないと(笑)
 

>>344さん
お早いコメントありがとうございますm(__)m
あいかんはこれからも暖かい文章を目指します。

>>345さん
コメントありがとうございます。
進展がゆっくり過ぎてもどかしくなりませんか?(笑)

>>346さん
頑張って悶えさせます!!

 
358 名前:0412 投稿日:2008/10/04(土) 00:56
更新乙栞菜


愛理の呼んだだけってのに萌えましたww


もどかしいの上等っすよ!
もどかしい分次がどーなるか楽しみになりますから

続き楽しみにしてます
359 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 00:56
すばらしい!!!

で、うざくてごめんなさい。ちょっと指摘をw
亡くなって満1年の法要は「一回忌」ではなく「一周忌」です。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E5%BF%8C
もうすぐお母様と弟さんが亡くなって「丸二年」ということですから
次の法要は「三回忌」ですね。
360 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/08(水) 00:21
更新お疲れ様です
あいかんは元々好きだったんですが、ここのあいかんを読んで更に好きになっちゃいました
次回も楽しみにしてます
361 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:26

362 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:27

 

あの時
あの時に言えば良かった


ちゃんと「さよなら」って


 

 40−1.墓参り.後

 
363 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:29
 
愛理がここへ来たのは二年振りだった
以前来たのは、この墓石を立てた時だ
それが最初で最後、それ以来はここに近付きさえしなかった
灰色の身体は場の静けさにぴったりで、愛理は苦笑する
 

近い内に誰か来たのか墓石は綺麗に磨かれていたが、花は少しくたびれたように色付いた頭を下げていた
それを水鉢から抜き、さっき花屋で買って来た花束を分ける
菊、白百合などの白を基調とした花束
花屋の定員が丁寧に選んで作ってくれた
ゆっくり水鉢へ見映え良く挿して行く

 
栞菜は、何も言わなかった
ここへ来るまでも、ここに来てからも
今も愛理から少し離れた場所で愛理を黙って見ている
何も聞かないのは、気遣いだろうか
 
364 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:30
 
やっぱり迷惑だったのかもしれない
せっかくの楽しい一日を台なしにしてしまう
そうなる事はわかっていた

けれど
一人ではやっぱり、勇気が足りないから
だから栞菜に付いて来てもらいたかった
栞菜は笑顔で行こうと言ってくれた
きっと嫌がってはいないだろう、本当に優しい笑顔だったから
それでも悪かったかもしれない
愛理は今更になって少し後悔した
 
365 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:30
 
−−−−−−−−−−
−−−−−−−
−−
366 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:36
 
母親と弟が死んだその日
その日は弟のコンクールだった
元々行く気があった訳でもなく、もちろん母親から誘われもしなかった為愛理は家で留守番をする予定だった
朝早くから出掛けていった二人に行ってらっしゃいの一言だけを告げ、愛理はもう一眠りしようと自室へ戻った

 

 
−愛理の目を覚ましたのは電話のコール音だった
その時の電話の音が、やけに大きく聞こえたのを今でも覚えている

二人が出て二時間程だろうか
電話に出た愛理が聞いた言葉

『すぐに病院に来て下さい』

それはコンクール会場近くの病院からで
愛理が突然の事に訳が分からず混乱していると、そのコンクールを見に行っていた近所に住む親戚の叔母が家に駆け込んで来た
日頃見る優しい顔はどこにもなく、血の気の引いた真っ青な顔をしていた
愛理はいまいち状況を掴み切れないまま家から連れ出され叔母の車で病院へと向かった
 
367 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:38
 
病院で見たのは
ベッドに横たわり白い布を顔にかけている母親と弟だった
すぐに死んだと理解出来た
普通、親族が死んだとなれば信じられないと呆然とし、何度も名前を呼びながら肩をがくがくと揺すったりするものだろう
けれど愛理は何もしなかった

ただ静かに
怖い位静かに
ベッドに寝てもう動く事はない二人を見ていた
自分でも不思議で
頭の中が真っ白になった、という訳ではなく
何を考えるまでもない
二人は、死んだ
すぅっとその言葉が頭に浮かび上がった
愛理よりも愛理の肩に手を置いて大丈夫大丈夫と繰り返している叔母の方が動揺しているのが肩から伝わる震えからわかった

叔母の事を心配する事さえ出来てしまう程愛理は落ち着いていた
 
368 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:39
 
涙は出なかった
きっとその時は突然の事に感情的になれなかったのだと思っていた
けれど、葬儀の話が進んで行っても
もう喋る事のない二人と最期の挨拶を交わしても
親戚や二人と仲の良かった大勢の人々が声を上げて涙を流している中

愛理だけはただ静かに二人を見送っていた
見送りの言葉は、出て来なかった

二人が死んだ事よりも
その事に対して悲しいという感情が沸かない自分に悲しくなった
どうかしていると思った
自分も、父親も
どうしてこうもあっさりと二人を墓へ閉じ込めて放っておけたのだろうか
 
369 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:42
 
二人がいなくなり、家に一人になってしまった愛理
叔母は自分達の所に来ないか、と言ってくれた
愛理は本当に感謝した
一時はその方が良いとも考えていた
父親の所に行くのは絶対に御免だ
というか、父親が愛理と暮らしたいと思うとは思えなかった
こんな豪邸から出て、優しい叔母達と暮らした方が良い
愛理はそう思った

 

けれど、自分の部屋にあるピアノを見て思い止まった
叔母の家にはこの大きなグランドピアノは置けない
弟が使っていた母親のピアノは少し前に解体処分をした為、今この家には愛理のピアノしかない

たった一つ残された家族との思い出、と言っても間違いではない
愛理と二人との思い出には必ずピアノが一緒にいた
三歳の時、初めてピアノに触れた
以来愛理はピアノと一緒に成長してきた
 
370 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:45
 
その成長が止まったのはいつの事だっただろう
母親が自分を見なくなったのはいつからだろう
自分専用のピアノを与えられ、部屋に篭り一人でひたすらに練習していた

 
いつか
頑張っていればいつか
また母は自分を見てくれる
そう信じて愛理はピアノを弾き続けた
けれどいつしかそれも無駄な事だと理解してしまっていた

それでも、愛理はピアノから離れなかった
いつしかピアノだけが自分の存在を証明出来る物になっていた
 
371 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:48
 
愛理はこの家に残る事に決めた
それは言い換えれば一人で生活して行くと言っているようなものだった
家事は出来る、生活費は父親が出してくれると
叔母を必死に説得し、ありがとうございますと感謝の言葉を何度も告げた

 

家に残されたのは、自分と、ピアノ
残された、というより
元々こうだったのだ
家族でいても、自分の居場所はこのピアノの前であり
あの二人とは決して同じ場所にはいられないのだと
作り笑顔を返しながら、愛理は二人との距離をずっと痛感していた
 
372 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:50
 
その虚しさと悲しみが、思い出という名の呪いとなる
そしてこの家に残るとなれば、それが襲い掛かって来るという事も愛理はわかっていた
それに堪えられるのかはわからなかった
けれど、きっと自分にはこの孤独が相応しいのだと
愛理は自ら底の見えない闇へと飛び込んだ


この孤独を隠す方法は知っている、だから大丈夫
だから誰もわからなくて良い
愛理に襲い掛かる孤独感も
足を取る深い闇も
誰にも知られず日々を送って行けると思っていた


なのに
 
373 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:52
 
彼女に会ってから変わってしまった
深い闇から明るい光へ手を伸ばすようになってしまった
独りに堪えられなくなってしまった
誰かを必要とするようになってしまった
そして、自分の事を必要としてくれる相手が出来た

 
それはきっと凄く幸せな事で
愛理は初めて誰かに自分の居場所を求めるようになった
しかしながら求める事を申し訳なくも思ってしまう
一緒にいたいと思うだけで自分が酷く我が儘に感じられる
仕方がない、何事にも昔から我慢我慢で生活して来たのだ
何かを求める事を遠慮してしまうのは必然的な事だ

それでも
栞菜は手を引いてくれた
愛理はあの眩しい笑顔に救われた
 
374 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:53
 
だから、会いに行こうと思った
幸せな自分を見せようと
もう家に縛り付けられていないと伝えに
そして
言えなかったさようならとありがとうの言葉

結局、一番二人の死を受け入れられていなかったのは愛理だったのかもしれない
今になってそう思う
逃げてばかりでは駄目だと、今更気付いた
 
375 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:54
 
−−−−−−−−−
−−−−−−
−−
 
376 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 21:56
 
線香に火を点ける
線香独特の寂しい香りと共に薄い煙が愛理と栞菜を包む
墓石に水を掛け、愛理はしゃがみ込んで墓を見る
するとずっと後ろで愛理を見ていた栞菜が愛理のすぐ横まで来た
しゃがんでいる為愛理が栞菜を見上げる形になる
栞菜は愛理の左側、一歩下がって優しく愛理を見ていた
その笑顔に愛理は胸が暖かくなるのを感じ、
同時に堪らなく泣きたくなった


それを悟られないよう向き返り手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた
 
377 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:00
 
色々な事が頭の中に浮かんでは消えて、走馬灯のように流れて行った
その中に愛理に優しく笑い掛ける母親の姿は悲しいけれど一つもなかった
見えるのはほとんどが背中
弟の手を引く背中、ピアノを弾いている背中

正に親の背中を見て育ったという事か
皮肉にも上手いなと思った

 


どれ位の時間手を合わせていたのか
ゆっくりと手を下ろし目を開ける
見えたのは当たり前だが墓石で
愛理に何かを話す事も、笑い掛けてくれる事もある筈はなかった
 
378 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:03
 

「やっと、来る事が出来ました‥‥」
「うん」


ゆっくりと腰を上げる
暫くしゃがんでいた為少し足が痺れた

栞菜の方へ振り返る事が出来ない
今振り返ったら、きっと呆気なく崩れてしまう
栞菜はきっと困ってしまうだろう
もう少し時間が欲しい
そうすれば−‥‥

 
「愛理」
「‥‥−」


名前を呼ばれ栞菜を振り返る
今自分がどんな顔をしているのか愛理はわかっていた
けれど栞菜は驚く事もなく優しい目で愛理を真っすぐ見つめていた


「はい、」
「‥‥‥」
「−どうぞ」


栞菜はそう言って両手を愛理に向けて広げた

 

−瞬間、涙が零れ落ちた

 
379 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:04
 
一歩、栞菜に歩み寄る
顔を手で覆ったまま愛理は栞菜の肩に頭を落とした
涙が止まらない
ぽろぽろと零れては溢れて来る

 


言いたかった、本当は
沢山我が儘を言いたかった
自分の話を聞いて欲しかった
諦めずに、逃げずに
もっと向かって行けばよかった
生きている内に
もっと伝えたい言葉はあった筈なのに
今更になって気付いた
大切な人を失う気持ちに
大切な人を想う気持ちに

 
胸が締め付けられて堪らなく苦しい
栞菜は黙って、ただただ優しく包み込むように腕を愛理の背中に回していた
その暖かさに愛理はまた涙が出た
 
380 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:05
 
−−−−−−−−−−
−−−−−−−
−−
381 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:06
 
「‥‥」
「‥‥もぅ、大丈夫です‥」
「うん」
「ごめんなさい‥‥」
「いえいえ」


言うと栞菜は何とも呆気なくぱっと回していた腕を解いた
目を擦り、栞菜から放れる
すぅっと身体から暖かさが消えてやけに風が冷たく感じた

時間はどれくらいだろうか
もう辺りは大分暗くなって来ている
栞菜を見ると調度ぴたりと目が合った
頬が熱くなるのを感じる
栞菜は恥ずかしそうに頭を掻いていた


「さてと、」


栞菜がふぅと一つ息を吐く


「帰ろうか」
「‥はい−‥‥あ、」
 
愛理は思い出したように墓へ向き返りバッグの中をごそごそと探る
栞菜が後ろから不思議そうに覗いて来た
 
382 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:08
 
愛理がバッグから取り出したのは楽譜
それは、母親の残したあの曲の楽譜
愛理はそれをトントンと綺麗に揃え墓前に置く
その上に一輪、さっき葬花と一緒に買った薔薇の花を添えた
本来薔薇のように刺のある花を墓に供える事はあまり好まれない
けれど、愛理の中で母親に一番似合う花は薔薇だった
刺を持つ真っ赤な美しい花
一輪でも充分過ぎる程の存在感のあるそれは母親とよく重なった

 
「楽譜、良いの?」
「‥−はい」


栞菜が不思議そうに聞いて来る
愛理は立ち上がり栞菜を振り返る


「もう、必要ありませんから」

 

 

大丈夫
もう楽譜は必要ない
大丈夫
もう一人じゃない
来年、またここへ来よう
もしも叶うなら栞菜と一緒に
 
383 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:09
 
その時は自分も栞菜の事を名前で呼べていたら良い
そんな事を考えて、愛理は堪らなく恥ずかしくなった

自分を見ながらにやにやしている愛理に
栞菜は小さく首を傾げていた


 


  墓参り.後−.終わり
 

384 名前:40−1 投稿日:2008/10/08(水) 22:09

385 名前:三拍子 投稿日:2008/10/08(水) 22:15
今回はここまで。
次はやじうめ甘酸っぱいカプに戻ります!

 
>>358さん
あいかん今までにない位長くなりました。お付き合いありがとうございますm(__)m

>>359さん
すみません知識が足りなくて(T_T)
頑張ります!!

>>360さん
そんなそんなありがとうございますm(__)m
そう言って頂けると光栄です。

 
386 名前:0412 投稿日:2008/10/09(木) 14:20
更新乙栞菜


愛理良かったね(泣)

また一つ成長した愛理を見て嬉しく思ったりww

栞菜も愛理の心の支えになってますね☆

来年は二人が付き合って墓参り出来たらいいっすねw


次も楽しみにしています
387 名前:22632 投稿日:2008/10/09(木) 19:03
始めましてw
いやいいですね。軽く泣けました。
いままで我慢してた愛理は相当辛かったでしょうね。
栞菜には多少の我が儘は許されるかな?

次回のやじうめも期待してます
388 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/13(月) 14:41
今回も素敵なお話ありがとうございます
愛理の過去との決別とそれを支えた栞菜の優しさにとても感動しました
次回のやじうめも楽しみです
389 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:01



390 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:02

 
そんなに可笑しいかな?

これでもあたしめちゃくちゃ本気なんだけどなぁ


 

 40−2.理由

 

391 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:03
 
昔から走る事が何より大好きだった
それは運動だけに限らず、生活や性格の面であっても
常に一生懸命に走るのが普通だと思っていた
自分の中ではそれが当たり前で
それは揺るぎない事なのだと確信していた
 

あんなにゆっくりとしたスピードを求める事なんて
絶対、絶対にないと思っていた


 
ふと目に入った綺麗な茶髪

 
392 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:03
 
昔から走る事が何より大好きだった
それは運動だけに限らず、生活や性格の面であっても
常に一生懸命に走るのが普通だと思っていた
自分の中ではそれが当たり前で
それは揺るぎない事なのだと確信していた
 

あんなにゆっくりとしたスピードを求める事なんて
絶対、絶対にないと思っていた

 


 
ふと目に入った綺麗な茶髪

 
393 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:04
 
−−−−−−−−−−
−−−−−−
−−
 
394 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:06
 
高校二年目の始業式、名前順だとどうしてもほとんど一番後ろになってしまう舞美
中の良い友達は大体前の方
近くにいるのは今年初めて同じ組になった人ばかり
だらだらと長い教師の話は終わりが見えず、舞美は退屈でさっきから欠伸を繰り返していた

列の真ん中辺りから聞こえるあの特徴的な高い声は桃子だろう
全く騒がしい、きっともうすぐ佐紀から注意が入る筈だ
少し気になり顔を上げて列を眺める
女子高生の平均身長よりも背の高い舞美
列の一番前の方まで見渡す事も出来る
 
395 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:09

 
−その時目に入った後ろ姿
列の中で頭一つ飛び出している
もしかしたら舞美より高いかもしれない
不思議と、その後頭部から目が離せなくなった

 


恋に落ちるきっかけなんて、案外どうって事ない場合が多かったりする

実際舞美の場合『茶髪が綺麗だった』が、えりかに興味を持った理由なのだから
もちろん、今はそれだけが理由ではない
今ならえりかの好きな所など考えれば幾らでも浮かんで来る
けれど、どれも普通に考えたら恋する理由には相応しくないものばかりで
舞美は思わず笑い出した

 
 
今は体育館でバスケの授業中
試合を待つ間意味もなくボールを弾ませていた
視界に入るのは体育館をネットで区切った向こう側、何とも情けないフォームでバレーをやっているへっぴり腰
相変わらず綺麗な茶髪がさらさらと揺れていた
 
396 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:11
 

「舞美ぃ、何笑ってんの?」
「ん?えりが面白いなーって」


えりかを見ながら一人笑っているとぴょこんと桃子に顔を覗かれた
答えると舞美の手からボールを奪い取りふーんと言いながら舞美の隣に立ち、ボールを弾ませる
その姿はとても高校二年生には見えず、その事にまた舞美が笑うと桃子に何よぉと怪訝そうに見られた


何となく
えりかと関わると全てが面白くなってしまう
別に何て事ないものにいちいち笑ってしまう
視野が広がる、と言っても良いかもしれない
いつもいつも前ばかりを見て突っ走る舞美
しかしながらえりかと関わると、突っ走っていた自分が徐々に速度を制限されて行くような感じがする
 
397 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:13
 
えりかの生活しているスピードは舞美とは比べものにならなくて
例えば舞美が100メートルを全力疾走していてもうゴールに差し掛かろうという時
えりかはまだスタート地点で靴紐を結び直している、という位
それ程違うと言っても大袈裟ではないと思う

えりかは常に視野を広く持ち、人の繊細な所まで良く見て考えている
舞美は根本的に鈍感な人間なので、周りの事がちゃんと見えているえりかを素直に凄いと思った
えりかは度々舞美の事を凄い凄いと言うが、舞美からしてみればえりかだって自分で気が付いていないだけで凄い所は沢山あると思う
それは何気ない事なのかもしれない
けれど舞美はえりかのそんな小さな所が堪らなくお気に入りなのだ

 
398 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:16
 
「バレーやってるだけなのにそんなに面白いの?」
「うん、だってね?えりサーブ打つ時絶対とぅって声出すんだもん。なのにサーブはヘロヘロ、すっごい可笑しい」
「へー、で」
「ん?」
「それも理由の一つ?」
「うん!あっ、でもまた変なのだね」

 
元々えりかの事は桃子から聞いた
帰宅部なのに何故か学校中の情報を手にしている桃子
始業式の後、あの綺麗な茶髪の人は誰?と聞くとすぐに名前と部活と共に、簡単な説明をしてくれた
 
『綺麗だけど面白い、文化部だからそこまで有名人じゃないけど、悪口は聞いた事がない』
 

どうやら悪い人ではないらしい
いや、きっと良い人だ
舞美がそう確信した理由、それは後ろ姿が綺麗だったから
その下らない確信を桃子と佐紀にそう言うと、後ろ姿が綺麗な人が良い人なら良い人の基準がかなり変わる
ともっともな事を佐紀に言われた

 

しかしながら、実際梅田えりかは良い人だったのだ
良い人、というより舞美の中では可笑しな人と認識された

 
399 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:18
 
えりかと話すようになってから舞美はますますえりかに興味が湧いていった
茶髪の人、と呼んでいたのがいつしかえりになり
席が近くなって話す機会が増えた
えりかの後ろの席になった事を舞美は本当に喜んだ

それから気付いたえりかの癖の数々
例えば授業中、えりかは必ずシャーペンを回している
くるくるくるくると手の上で回るシャーペン、それをぴたりと持ち直した時がノートを書き始めるサインだ
もう一つ、特に数学の時間
必ず左手で頬杖をつき、やはりくるくるとシャーペンを回している
違うのはそのシャーペンは持ち直される事はなく、そのまま速度を落としぼとっとノートの上に落ちる事だ
それはえりかが睡魔に負けた証拠だ
その様子を舞美はいつも口を押さえながら見ている

こくりこくりと頭を揺らしているえりかのあの綺麗な茶色い髪の毛を後ろから弄ると
ぱっと顔を上げて何さー、と舞美を振り返ってくれる
それが嬉しくて思わずちょっかいを出してしまう
このままずっと席替えをしなくて良いのにと舞美は毎日思っている位だ
 

400 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:20
 


とにかく、えりかを見ていると楽しくて
話せばもっと楽しくて
けれどつい最近
初めて舞美はえりかといて違う感情を覚えた


それは、鞄のポケットに大事ににしまっているえりかからもらったお守りのせいだろうと舞美は思う
あの日、大会に行く前日
舞美はえりかに手作りのお守りをもらった
えりかにお守りを差し出された時はそれはもう信じられない位嬉しくてしばらく固まってしまった程だった
 
401 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:22
 
いけなかったのはその後だと思う
感動の勢い任せに強く握り締めた手
その時、今までにない位心臓がどくんと跳ねたのがわかった
部活でトラックを駆け抜けた後とはどこか違う
息が切れる訳でも汗をかく訳でもなく
だだ心臓が騒がしくなって行く

ありがとうありがとうととにかくお礼を言ったが、その間も鼓動はリズムを崩しっぱなしで
更には小さく締め付けられるような感覚まで覚えた
舞美は初めての事にどうして良いのかわからない
身体の内側に篭る熱の発散方法を考えた

 

きっと
口にするしかない
この熱はえりかに対してのものだ


「えり」
「?」
「あの−‥‥」
 
402 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:24
 
訳がわからないまま言葉を発しようとした瞬間、それは廊下からの同輩の声に止められた
タイミングが良いのか悪いのか
とにかく舞美はごめんね、ありがとうとえりかに告げて教室を後にした

廊下を走る
何故こんなにも焦っているのか
舞美は早くグランドを駆けたくて仕方がなかった
きりきりと締め付けられる胸が堪らなく苦しくて、思わず息を止めてしまいそうだった
あのまま、同輩からストップが掛からなかったら
舞美はえりかに何と言っていたのか
頭の中がぐるぐると混乱して行く
身体中の熱のせいで上手く頭が働かない

 


−あたし、えりが好き


 
403 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:25
 
きっと舞美が発しようとした言葉はこれだろう
何故いきなりこれなのかわからない
けれど言いたくて仕方がなかった
いつものように突っ走って
このままえりかをさらってしまいたいと本気で思った


よかったかもしれない、ストップが掛かって
スタートを切らなくて済んで、本当によかった
きっと、えりかの手を引くなんて舞美には出来ない
強い力で引っ張って、振り回して
きっと体力のないえりかをへとへとにしてしまう
もしかしたら手を引く事もなくただ一人で走り出すだけかもしれない
遥か彼方にえりかをおいてきぼりにしたまま

そんな事を考えて舞美は悲しくなった
その日、締め付けられた胸は幾ら走っても楽にならなかった

 
404 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:27
 
 

「−桃」
「なぁに?」
「あたし、えりの事すっごく好きみたい」


その時の事を思い出しながら真剣に言うと、桃子はぽかんと口を開けていた
舞美の視線はえりかに向いたまま

するとネットの隙間からボールが抜け、舞美達の方へころころと転がって来た
それを拾って視線を戻すと、えりかがへろへろになりながらそれを取りに歩いて来ている
その姿を見て、舞美はまた笑い出しそうになった


「お疲れ様!」
「あぁ‥ありがと」


そうなのだ
あんなに苦しくなったのに
えりかと近付くだけでもう楽しくて仕方がなくなっている
変なの、と一瞬舞美は思ったが
目の前のえりかを見たらそんな事どうでもよくなった
はい、とえりかにボールを渡す


「頑張ってね、えり」
「いや〜あたし的にはもうこの上ない位頑張ったけど」


力無く笑いそう言って、えりかはまたへろへろとネットの向こうへ戻って行った

 
405 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:29
 
ふふーっと笑い桃子が軽い足取りでえりかの後を追おうとする
舞美は慌てて桃子のジャージの襟を掴んで止めた
振り向いた桃子はにやりとさも面白そうに笑っていた

桃子は本当に憎たらしい人間だと思う
どうすれば人が困るかを知り尽くしている気がする
巧みな仕草と口ぶりは人を動かす事も止める事も全て出来そうだ
しかしながらそれでもその言葉には真意があり、付き合いを長くすればその事にも気付く
だからと言って、やはり桃子の面倒を見れるのは世界中探しても佐紀だけだと舞美もえりかも口を揃えて言える

 
はー、と溜め息を吐いて舞美は掴んでいた桃子の襟を放した


「楽しいだけじゃ駄目なのかな?」
「さぁ?舞美がそれだけで充分なら良いんじゃない?」
「うーん‥‥」
 
406 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:31
 
あれ以来好きだと口走りそうになった事はない
楽しいだけで充分、というのは間違いではないと思う
舞美は人生何事も楽しむべきだと考えている
恋だってもちろん楽しいものだと思っていた
ドキドキ、ワクワク
そう言った感情で事足りると思っていたのだ

きっと今でもほとんどはそう言った楽しみで満ちている
けれどほんの少し、ほんの時々
きりきりと胸が締め付けられる
多分この苦しさこそ本当の恋なんだと思った
わからない
舞美は対応出来ないでいた
初めての感情に慣れるのには時間が要りそうだ


 
「今は、」
「?」
「今はまだ良い!」

 


そうだ
無理をする必要はない
慣れない事は周りにまで迷惑になる事もある
舞美の専門種目は中距離
短距離は呆気なくて好きではない
けれど長距離は走り方的に向いていないと言われた
えりかは競歩、いやもうウォーキングが似合う
のほほんと、砂漠を歩くラクダのように
綺麗な茶髪をさらさらと揺らしながら
きっとゆっくりゆっくり舞美を追って来る

待とう、慣れるまで
その速度に我慢出来るまで
早く早くと焦らなくなるまで
 
407 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:32
 
もしもこの恋が叶ったら
えりかに話そう
舞美はえりかのどこが好きなのか
その可笑しな理由を沢山あげよう

舞美はうん、と自分に頷き
持っていたバスケットボールをまるで意志表明のように強く床に弾ませた

 


 理由−.終わり

 
408 名前:40−2 投稿日:2008/10/14(火) 23:32

409 名前:三拍子 投稿日:2008/10/14(火) 23:41
今回はここまで。
久しぶりのやじうめ何と舞美視点!!
初だったので難しかったです‥‥‥
舞美って不思議な人ですよねぇ。

 
>>386さん
コメントありがとうございますm(__)m
来年‥‥いやぁ、どうですかね(笑)

>>387さん
さりげなくカッコイイ栞菜が好きですW
感動して頂けたようで、本当に嬉しく思います。

>>388さん
愛理の過去の話はも少しだけ引っ張りますW
やじうめ!よかったら感想お願いしますm(__)m

 
410 名前:22632 投稿日:2008/10/14(火) 23:45
リアルタイムで読みましたw
今回のやじうめは舞美観点てこともあって
舞美らしさがいっぱいありましたね。
やじうめは甘酸っぱいのが似合いますねw
411 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/14(火) 23:54
自分もリアルタイムに遭遇w
やじうめ話はほんとあったかい気持ちになりますね〜
互いに気付かず両想いってのが(・∀・)イイ
412 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/15(水) 00:27
やじうめ両片想いかよ!w
戸惑いながらもマイペースを保とうとする舞美が可愛いです
今後桃子の協力(妨害?)が何かありそうな予感がします…
また続きも楽しみにしています!
413 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:48


414 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:48

 
ほんの少しで良いから

心配して欲しくて


 

 40−3.映画

 

415 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:50
 
−あの時の千聖は本当に凄くて

特にやる事も見付からず舞がベッドに沈みぼーっと天井を見上げていると
聞き慣れた足音が耳に入って来た
いつもより騒がしく舞の部屋へと近付いて来る
舞の中に一気に空しさやら悲しさやら色々が沸き上がって来る
しかしながらもうそこまで来ている足音から逃げる事は出来ないのだろう
舞は長く息を吐いた後、ごろりと寝返りを打ちベッドに腰掛けた

するといつものように勢い良く部屋に飛び込んで来た千聖
ただ、いつもと違う所があった
それは入るなり千聖がべちゃっと床に張り付いた事
 
416 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:51
 
あまりに予想外の事に舞はぽかんとしてしまった


「ち、千聖?」
「‥〜〜〜っ」
「‥‥どしたの?」


聞くと千聖はがばっと顔を上げた
その顔はもうどうしようもない位困っていて今にも泣き出しそうだった


「ごめん」
「!」
「いや本当ごめん、ごめんなさい!」


そう言ってまた千聖は床に頭を付けた
舞が声を掛けられないでいると何度目かのごめんなさいの後に、千聖が小さく呟いた


「びっくりさせたくて‥」
「?」
「‥‥これ」


エナメルの中から先日見た水色の封筒を取り出す
千聖が『ラブレター』だと言った封筒
だとしたら何故それをわざわざまた舞の前に出すのか

それは多分、嘘だから
入って来るなりあんなに謝ってこれを差し出すという事は、きっとこの封筒は舞への物なのだろう
確信を持てない為、少し怪訝そうな表情のままそれを受け取る
 
417 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:52
 
少しよれている封筒を開けると、中には二枚の紙が入っていた
見るとそれは舞が見に行きたいと言っていた映画のチケット
いつか千聖と映画館の前を通った時にそう話した
思わず千聖を見る
千聖はまだ小さくなったままだった


「千聖」
「‥‥はい」
「ありがと」


ぽんぽんと千聖の頭を叩く
すると恐る恐る千聖が顔を上げた
もう怒っていないとにっこり笑顔を向けると、千聖の顔がみるみる明るくなって行く
たまにこういう表情をされるから舞は千聖から離れられなくなる
全く参ったものだ


 

そんな訳で晴れて舞は千聖と映画を見に行く事になった
色々迷惑をかけたえりかと栞菜にはちゃんとお礼のメールを送った
えりかはともかくとして、栞菜の返信に舞は首を傾げた


『こちらこそありがとう!!』


何がありがとうなのか
舞には栞菜の真意が掴めなかったが、気にしない事にした
 
418 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:53
 
−−−−−−−−−−
−−−−−−
−−
419 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:54
 
そして今はまさに上映真っ最中
始めの頃は誰は何だのこれはこうだの二人で小さく話していたが、物語はもう終盤
舞も千聖も大きな画面に集中していた
映画はだから好きだ
真っ暗な空間の中、大袈裟な効果音と目まぐるしく変わっていく場面
誰を気にする事もなくただただ画面に集中していれば良い

 
しかしながら、どうしても隣に気を取られるのはどうしてだろう
良い場面、映画に集中している筈なのに
何故ちらりちらりと隣に座る横顔を確認するのだろう
何度見たって、見えるのは真剣に画面を見ている千聖の横顔
わかっているのに、舞は確認せずにはいられない
話し掛けたくとも、今映画は一番盛り上がる場面なのだ
画面に集中している千聖を現実に引き戻すのは気が引ける
舞だって映画に集中したいのは一緒だ
けれど、どうしても
気にしてしまう
千聖にこっちを向いて欲しいと思ってしまう
 
420 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:55
 
映画は好きだ
けれど映画に集中している千聖の横顔は嫌いだ
千聖は何かに集中するとたちまち周りが見えなくなる
視線は固定され動く事を知らない
頭の中はそれだけになっている
それは部活では遺憾無く発揮され、もう少し勉強に使っても良いのではないかと思う能力
今も千聖の視線は画面に固定されていて
きっと頭の中では映像が力いっぱいに再生されているのだろう


 
その視線が、少しでも自分に向いてくれたら
その頭の中に、少しでも自分が映れたら

我が儘だとわかっている
それでも、自分が千聖の中に存在しなくなるようで怖くて
だから声を掛けていた
下らない事を小さく呟いて
千聖がこちらを向いて食いついて来るのを待っていた
笑って答えてくれる千聖が堪らなく嬉しかった
 
421 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:57
 
けれど、せっかく映画を見にしかも舞から誘っておいて
良い場面までこそこそと話しているのは映画にも千聖にも失礼だと思った
だから舞も画面に集中しようとした
集中はしているのだ、本当に
ただ、時々無意識に視線は横を向いてしまう

 

映画の中は
ずっと一緒だった親友が、実は過去からタイムスリップして来た人間だったとわかり
親友が過去へ帰ってしまうというラストシーンだった
悲しい話だと思う
舞は涙が出そうになった
泣かせようという制作側の魂胆にまんまとはまりそうになった

親友が消えた後
エンドロールと共に主人公はまた前を向いて歩き出す
映画はそこで終わった
二度と会えないのに、どうして歩き出せるのか
これは映画だから都合良く描かれているだけで、実際そんな綺麗に事は運ばれない筈だ
舞は映画に感動こそしたものの
自分と照らし合わせると、やはり映画は映画なのだと思った
 
422 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:57
 
大切な人と二度と会えなくなる
舞には経験の無い事でわからない
考えてみる
例えば千聖がいきなり目の前から消えたら
自分で想像しておいて舞は思わず駄目、と叫んでしまいそうになった
駄目、全然駄目だ
想像には限界がある
その気持ちは実際そうならないとわからない
知らなくて良いと舞は思った
そんな事は考えなくて良い、考えてはいけないと
大丈夫、大丈夫と言い聞かせた
 
423 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 21:59
 
「いやぁ、感動だったねぇ」
「うん」

映画館の出口で千聖がう〜っと伸びをしながら映画の感想を述べていた
それに舞が指摘すると、またぎゃあぎゃあと言い合いになる
楽しくて、苦しい


「ぁっ、でも」
「?」
「千聖なら、おいてきぼりにはしないかな」


突然出たその言葉
あのラストシーンの事だと舞はすぐに理解する


「千聖は、親友を一人にはしない!」
「いやいや、無理でしょ」
「いや、どーにかする!!」
「どうにかって?」
「んー‥過去に一緒に連れてくとか、現代に嫌でも居座るとか?」
「それが出来ないからさよならなんだよ」


呆れながら言ったが、内心では少し感心していた
根拠のない千聖の言葉はそれでも確かに説得力を持っていて
自分に言われた訳ではないとわかっていても胸が熱くなった

そして、舞の中にちょっとした悪戯心が生まれる
 
424 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 22:00
 
いなくなってみようか

舞がいなくなったら千聖は悲しむのだろうか
舞の大切さに気付くだろうか
少し、道から外れて暫く歩いたら千聖に連絡を取って向かえに来てもらう
千聖がどの位必死になって駆け付けてくれるか
全く勝手な考えだ
しかしながらラブレターと嘘をついた罰には調度良いかもしれないと思った


「あっ、千聖ちょっとトイレ行って来る。舞ちゃん待ってて」


すると何とタイミングの良い
舞は思わず笑い出しそうになった
いってらっしゃいと手を振り、千聖が見えなくなると同時に舞は出口を出て適当な方向へ歩き出した
 
425 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 22:01

 
やっぱり舞はまだまだ子供で

この後に起こる予想外の展開も
千聖の気持ちも、千聖の大切さも
自分の弱さも
何もわかっていなかった

 
 

 映画−.終わり
 

426 名前:40−3 投稿日:2008/10/18(土) 22:02


427 名前:三拍子 投稿日:2008/10/18(土) 22:08
今回はここまで。
ちさまい二話構成です


 
>>410さん
お早いコメントありがとうございますm(__)m
舞美らしさを少しでも感じていただけたら光栄です。

>>411さん
やじうめは一番お互いが鈍感で、でも一番お互いを想い合ってるイメージがありますW
>>412さん
舞美はこれからもマイペースで行きます!
桃子の妨害‥‥良いですねぇ(笑)
 
428 名前:三拍子 投稿日:2008/10/18(土) 22:13

それと、ちょっとしたアンケートをW
Q.このちさまいの後に書いて欲しい話

 
A.桃子視点

B.佐紀視点

C.梨沙子視点

D.三軒並びと全然関係ない短編あいかん(笑)


票が入ったのは例え一票でもなるべく書きます。
優先順位は多数から。
お願いしますm(__)m
 
429 名前:22632 投稿日:2008/10/18(土) 23:48
舞ちゃんはいじわるですねぇ
でも何か一事件起きそうで
面白そうです!

書いて欲しいお話は...
私はやじうめが好きなんでいつも
やじうめを見守っているキャプ
をよんでみたいですw
あんまりキャプの小説を読んだこと
ないので...

でも基本的に作者さんが書いて下さる
ならなんでもいけます(笑
長々とすいませんでしたm(_)m
430 名前:0412 投稿日:2008/10/19(日) 01:09
ちさまいが始まる前にやじうめの感想が書けんかった…

仕事のバカヤロー
と愚痴はこのへんでw

舞ちゃんはわざといなくなっちゃうとか性格悪すぎ(爆)

(o・v・)<…いつかコイツ殺す!


Dが見たいけどCかな?
りーちゃん視点のあいかんでww
431 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 01:54
梨沙子視点を読みたいですね
スレの冒頭にりしゃみやもあるって書いてあったので!
432 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 02:31
三軒とも大好きです。特にやじうめの両片思いがたまりませんw

Dも魅力的ですが…
梨沙子から見た愛理(あいかん)を読んでみたいです
433 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 17:26
どいつもこいつも両片思いでムズムズしますねww
早く誰かに動いてほしい!
続きが気になって仕方ないです^^

作者さんのりしゃみやも読んでみたいんですが、愛栞に一票いれておきます。
愛理視点だと嬉しいですw
434 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 21:12
りしゃこ視点を読んでみたいです
435 名前:名無し飼育 投稿日:2008/10/20(月) 19:46
りしゃみやですね
最近減ってきて寂しく思っているので
436 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 20:33
絶好C!!
437 名前:三拍子 投稿日:2008/10/20(月) 21:07

沢山のコメントありがとうございますm(__)m
しかしながら少し注意を。

 
Cの梨沙子視点、というのはあくまで梨沙子から見た三軒並びの話であり、りしゃみや要素はあるもののあくまで三軒並びの話です。
A、Bも同様です。
ベリの話は℃の三組が一段落したら番外編の長編として始める予定です。
 
説明が至らなくてすみません(>_<)
それを踏まえてもう一度コメントしたい方はどうぞ!
明日にはちさまいの続きを上げるので、その後二日で締め切ります。

 
438 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 21:43

全部気になるけど、一番は梨沙子視点読みたいです
439 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/20(月) 21:58
桃子に振り回されつつ、やじうめを見守るキャプテンの話が読みたいです。
440 名前:名無し 投稿日:2008/10/21(火) 01:30
全然関係ない愛栞読みたいてすねえ(゜∇゜)
441 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/21(火) 06:13
りーちゃん視点の愛栞が読んでみたいです。
442 名前:名無し飼育 投稿日:2008/10/21(火) 10:37
舞美に期待!!!
443 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/21(火) 17:12
梨沙子視点で是非!
444 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/21(火) 22:45
ちさマイコンビがまた一波乱起こしそうですね〜

D.短編あいかん希望です!是非是非
445 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:14
 

446 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:16
 


いつだって、何処にいたって

 
絶対
絶対に千聖は見つけてくれる


 

 40−3.迷子

 
447 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:17
 
そろそろ良いだろうか
舞は辺りを見渡す
映画館を出て大通りを大分歩いて来た
高いビルが立ち並ぶ道、今自分のいる位置を舞は把握出来ていない
そしてもちろん千聖も
にやつく口元を抑えられない
今頃千聖はおろおろと困っているだろうか
そう思うと可笑しくて、嬉しくなる

上着のポケットから携帯を取り出す
連絡を取って、迷ったから迎えに来てと言うだけ
後は近くの目立つ建物などの情報を千聖に与えればそれを頼りに舞にたどり着くだろう
その時嘘をついた罰だとからかってやる
舞の計画はかなり我が儘な方向で完成しつつあった

 
ベンチに腰掛け、携帯を取り出す
千聖はどんな反応をするだろうか
楽しみな反面少し怖いのは、やっぱりどこかで罪悪感があるからなのだろうと舞は苦笑した
電話帳から千聖の番号を出し、通話ボタンを押す
二回のコール音の後、慌ただしそうに通話が始まった


『もしもし舞ちゃんっ!?』
「あっ、ちさ−‥‥


ピーッ
 
448 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:19
 
しかし舞の声は千聖に届く事はなく、高い電子音によって遮られた
舞は驚いて携帯を見る


『電池残量が足りません』


−しまった
舞は目を見開いて暫く画面を見つめた後、がくっとベンチにうなだれる
このタイミングで電池切れとは
自分の携帯の電池残量など計算に入れていなかった

まずい、非常に
先程も言ったが、舞は自分の今いる位置を把握していない
携帯を使えないという事は現在地を調べる事も地図を出す事も
千聖を呼び出す事も何も出来ない
こんな街中で自分の状況を説明し、道を聞くには勇気がない
 
449 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:22
 
舞は途端に不安になる
迷子になった気分だ
頼りはもう千聖しかない
罪悪感が募る
ちょっとした悪戯心から、本当の迷子になってしまった
千聖は堪らなく心配するに決まっている
電話に出た途端切れたのだ、舞以上に混乱しているだろう
きっと宛もなく舞を探し出す

わかっていた、千聖がどれだけ普段から舞の事を気にかけてくれているか
だから、舞がいなくなった時当たり前に千聖が心配する事も本当はわかっていた

それでも
自分の心は何とも捻くれていて
わかっていても、確認したくて仕方がなくなる
自分の事を心配して欲しい、自分の事を想って欲しい
想われれば想われるほど、それ以上を求めてしまう
今の関係に満足出来なくなる
それは恋をしていれば仕方がない事だと思う
 
450 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:23
 
しかしながら方法が悪かった
千聖にとっては迷惑外ならない
振り回して、心配をかけて
そうして結局は変わらない関係にまた胸を痛めるのだ

舞はふぅと小さく溜め息を吐く
ふと目の前を幼い兄弟のような二人がふざけ合いながら横切って行った
二人の手はしっかりと繋がれていて
舞はふと思い出す
 
451 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:26
 
−あれは、いつの事だっただろうか

おそらく舞がまだ小学校低学年の時
千聖と二人近所の大きな祭に行った
祭は人の流れが凄かった
いつしか舞が気が付くと隣にいた千聖はいなくなっていて
どちらが人波に掠われたのかはわからない
けれど、千聖とはぐれてしまった
小さな舞はどうして良いのかわからず、歩き回って必死に千聖を探した
美味しそうな匂いが漂う屋台に目もくれず、ひたすら千聖の名前を呼んだ

その内慣れない下駄を履いていた為足も疲れて来て
舞は道の端にしゃがみ込んだ
 
452 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:28
 
下を向くとぽろぽろと涙が零れた
この時はまだ混乱してどうしようもない心を涙以外で表現する方法を知らなかった
頭の中で千聖の名前を小さく呼んだ

 
 

すると人波の中一際軽快な下駄の音
それは舞に近付いて来て、前で止まった
不思議に思い舞はゆっくり顔を上げる


「岡井千聖参上っ!」


目の前に立っていたのは、屋台で売っていたヒーロー物の面を付けた千聖だった
走り回っていたのか肩で息をしている
舞が黙ったまま見上げていると、千聖が大きく息を吐き面を取った
面の中から現れたいつもの太陽のような笑顔に堪らなく安心したのを舞は今でも覚えている


「迷子の舞ちゃんはっけーん!」
「‥‥ちさと」
 
453 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:29
 
「もー心配したよぉ。気が付いたら舞ちゃんいないんだもん」
「だって‥人凄くて‥‥」


涙を拭きながら答える
舞の強がりはこの頃から顕在で
泣いている姿を見られる事が恥ずかしかった
千聖はそれをわかっているようで
舞が泣き止むまで黙って隣に立っていた
暫くして舞がゆっくり立ち上がると、それに気付いた千聖
にっこり笑って手を伸ばして来た


「はい」
「‥‥ぃいよ」
「ダメだよー、また舞ちゃん迷子になったら困るし」
「‥‥‥」
「はいっ!」


舞が差し出された手を素直に取れないでいると、千聖に強引に掴まれた
千聖っ、と叫んだが千聖はお構いなしに人波を掻き分けて行く
その背中がやけに大きく見えたのは、当時はまだあった身長差からか
 
454 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:31
 
「舞ちゃん」
「‥‥なに?」
「大丈夫だよ」
「?」

「舞ちゃんがどこにいても、絶対絶対、千聖が見つけてあげるから」


千聖が振り返ってそう言った瞬間、繋いだ手に力が篭るのが伝わってきた
大丈夫だと思った
どんなに遠く離れても
どんなに大勢の人がいても
千聖は必ず舞を見つけ出してくれると
強く強く確信した
何と返して良いのかわからない舞は、ただただ繋いだ手を強く握り返した
 
455 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:33
 
きっとこの時からだと思う
自分の隣には、いつも千聖がいて欲しいと思うようになったのは
この頃はまだ明確にはわからなかった
それは永遠の物であり変わる事はないと勝手に信じていた
何年経ってもこうして手を繋いで一緒に歩いて行くのだと思っていた
それが永遠でないとわかった時、あぁ自分は恋をしているのだと理解した
理解し、そしてそれを実現するのはもしかしたらとても困難な事なんじゃないかと思い始めた

決まり切った幼なじみの距離
それはいつも一定で、離れる事はないけれど
決して、近付いてはいかない距離
均整を保たなければ壊れてしまうような脆さを持った距離だった
 
456 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:36
 
だからずっとこうして二人
幼なじみという距離から変わらずに
そこに新たに先輩後輩という関係も加わって
それでも変わらず歩いて来ているつもりだ
今その手は繋がれているのか
もしかしたら離そうとしているのは舞の方かもしれない

なのに千聖を求めてしまうのだから、結局は離れられないのだと思う


大切な、大切な想いだった
けれどいつまでも純粋なままでは、幼いままではいられない
だから困ってしまう
変わらない筈なのに、どこかが確かに変わっていっている
その変化への対応が千聖との距離を生んでいくのだと思った
 
457 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:38
 
「‥‥わかんないよ」


過ぎ行く人波を眺める
どの位思い出に浸っていたのか
まだまだ若いのに酷く年をとった気分だ
それでも、やっぱり確信している
心のどこかがそうだと言っている

−千聖は、来る
舞を見つけ出してくれる
広い広い街の中でも
溢れる人込みの中でも
絶対、絶対千聖は舞を見つけてくれる

−謝ろう
こんな悪戯をした事を
千聖を試した事を

舞は俯いて静かに目をつむった
 
458 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:40
 

「−岡井千聖、参上」

 
傾きかけた夕日を背に立つ千聖は、あの時と違って面を被ってはいなかった
けれど、本物のヒーローに見えた


「ち、さと‥‥」
「大丈夫?」
「‥‥‥」
「凄いでしょ」
「‥‥?」
「千聖、ちゃんと舞ちゃん見つけ出したよ?」
「‥‥ぅん」
「すっごい探しちゃったぁ」
「‥‥ぅん、ごめんね‥?」
「何で謝るの?」
「だって−‥」
「無事だったんだから、良いんだよ」


説明するタイミングを逃した
自分を責める言葉を失くしてしまった
ただただ、その笑顔が眩しくて
嬉しくて、涙が出そうになった
ベンチから腰を上げる
千聖の手を取って、両手で握り締めた
千聖は突然の事に目を見開いて固まっていた
言葉が出てこない
握り締めた手の熱に胸が痛くなった
 
459 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:41
 
「舞ちゃん」
「ぅん」
「あー‥‥」


言いかけて千聖はう〜んと眉間に皺を寄せて何だか悩んでいるようだった


「んー、もう少し‥かな?」
「?」
「何でもないよー」


繋いだ手をぶんぶん振られて千聖に上手く話をはぐらかされた
千聖が何を言おうとして、何がもう少しなのかはわからなかった

わからなくても良いと思った
繋いだ手は、暖かかった
それでもう充分に幸せだった
この手だけは
いつまでも変わらないのだと確認が出来た
今は、それだけで良い気がする
舞はまだまだ子供で
きっと千聖も子供で
だから今はこうして、仲良く手を繋いでいるだけで良い


「帰ろ?」
「うん」
 
460 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:44
 

千聖はきっと
きっと探しに来てくれる
だから、舞はしっかりと信号を千聖に送ろう
−ここにいます
−元気です

 
−好きだよ

 

この最後の信号を頼りに
いつか千聖がこうやって舞の気持ちを探し当ててくれるのを待とう

繋いだ手を見つめながら舞は静かに考えた


 

 迷子−.終わり

 
461 名前:40−3 投稿日:2008/10/21(火) 23:44


462 名前:三拍子 投稿日:2008/10/21(火) 23:49
 
今回はここまでです。
なんだかんだ言ってやっぱり舞ちゃんは千聖を頼りにしてるって事でW

 
アンケート、予想以上に投票コメントが多くて感激で泣きそうです!!
今の所はCが優勢でしょうか‥‥?
締め切りは23日の夜11時にします。
どうしても二つ書いて欲しいという人は第二希望まで可って事でW
 
それではお願いしますm(__)m

 
463 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/22(水) 15:31
第一希望はBの佐紀ちゃん目線がいいです!

第二希望はAでお願いします!!

どうしても読みたいんです!お願いしますww
464 名前:0412 投稿日:2008/10/22(水) 17:52
更新乙栞菜

今回は間に合った☆

千聖かっこいいww

どこに舞ちゃんがいても見つけられるとかかっこよすぎてオレ惚れちゃいます(爆)

千聖!
チャンスやったのに告らなかったな
ほんとへたれだね(爆)

(o・v・)<告白待ってるんですよw

更新お待ちしてます
465 名前:名無し 投稿日:2008/10/23(木) 02:01
ちさまいハァ━━━━━━ ;´Д` ━━━━━━ン!!

ちっさーカッケー!!
466 名前:三拍子 投稿日:2008/10/24(金) 19:41
はい、それではこれで今回のアンケートを締め切ります!!
皆さん本当に沢山の投票ありがとうございました(T_T)
まさかこんなに投票して頂けるとは‥‥。


という訳で、今後書く話のラインアップです↓

1.梨沙子視点(あいかん?)
2.三軒並びと関係無しあいかん(笑)
3.佐紀視点(やじうめ?)

4.←出来たら桃子視点

となりました!!
結局全部書く事になりそうです(笑)

もしご要望があればまたアンケートやりたいと思いますm(__)m
梨沙子は三日以内には上げられると思うので、お待ち下さい。
 
467 名前:& ◆/p9zsLJK2M 投稿日:2008/10/24(金) 20:02
作者さんお疲れ様です!

結局全部書いて頂けるんですか!?
ありがとうございます!
期待して待ってますので宜しくお願いします!
468 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/25(土) 18:23
今までちさまいは敬遠しがちだったんですが、ここの小説を読んで好きになりました!
この微笑ましい感じがたまりませんww

次の更新も楽しみにしてます。
469 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 14:54
 


470 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 14:57

 
愛理の幸せそうな様子を見て

顔も知らないその人に
少しだけ嫉妬した


 

 40−1+R.親友

 


471 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 14:59
 

愛理と最後に会ったのはいつだっただろうか
 

−二年前、愛理の母親と弟は事故で亡くなった
二人の葬儀の時に見た愛理は
無表情で、まるで何か物でも見るような目で二人を見送っていた
その表情に恐怖した事を梨沙子は今でも覚えている
 
母親同士が同級生だったという事から、小さい頃から仲良くしていた
梨沙子の親友は愛理であり、愛理の親友は梨沙子
幼い頃約束した覚えがあり、それはずっと変わらないと信じていた
けれどその時から愛理は変わってしまった
 
472 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:01
 
いや、もしかしたら変わってなどいなくて
これが本当の愛理なのかもしれないと思った
愛理はピアノが好きだったが、愛理の母親が愛理のピアノの事を口にしているのを聞いた事はなく、いつもいつも話しているのは弟の話ばかりだった気がする
愛理が家族の話をするのも思えば聞いた事がなかった

 
考えてみると、実は自分は愛理の事を何も知らなかった事に気が付いた
その瞬間、親友という二人の関係に歪みが生じたのだと思う
梨沙子は何も出来なかった
愛理は大丈夫と言って笑っていた
その笑顔が作り笑顔だとわかっていた
二人が死んだ後一人であの豪邸で生活すると言った愛理に何と言って良いかわからなかった

そのまま、小さく出来た歪みを直す方法も愛理を助ける方法も見出だせないまま
学区が違う為中学が分かれた
その後も連絡は取り合っていたし、長い休みには遊んだりもした
けれど愛理の抱えている闇を取り払う事は梨沙子には出来なくて
だんだんと距離が出来ていってしまった
 
473 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:02
 
ところが先日、いきなり愛理から一本の電話が入った


『もしもしりーちゃん?』


あんなに明るい愛理の声は、二人が亡くなってから初めて聞いた
一瞬本当に愛理なのかと疑いさえした

愛理に本当に久しぶりに、会わないかと言われた
嬉しくて堪らないという気持ちの中に入り混じる少しの不安
愛理は、大丈夫だろうか
電話の声は確かに元気だった
けれどそれだけで判断するのは単純過ぎると思う
けれどそれでも、会いたくなった
久しぶりに会っても愛理は自分を親友だと呼んでくれるだろうか
この機会に、あの小さな歪みを直す事は出来るだろうか

様々な思いを抱きながら、梨沙子は愛理の家へ行く事になった
 
474 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:05
 
歩いて約30分であの豪邸に着く
どうしても足の進みがゆっくりになるのはどこかにある躊躇いからか
空を見上げる
これ以上ない位の快晴
自分も、こんな風に愛理の心を晴らしてあげたかった
 


友達の関係には限界がある
結局の所相手の事を100パーセントわかり切るなんて出来ない
もちろん自分の事を100パーセントわかってもらう事だって出来る筈はないのだ
誰しも必ず踏み込んではいけない部分があり、そこには引き際というものが存在する
それをお互いが理解し合ってこそ本当の関係が生まれるのだ
小さな頃はそんな事考える訳もなく、自分は愛理の事なら何でもわかっていると勝手に思っていた
それが思い過ごしだとわかった時は堪らなく空しかった
今なら、引き際をわかって
ちゃんと愛理と向き合えるだろうか−‥
 
475 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:08
 
そんな事をぼんやり考えていたら前から歩いて来たサラリーマンとぶつかってバッグの中身を道にばらまいてしまった
慌ててしゃがみ込み荷物を拾う
仕方がない、よそ見をしていたのは自分だ


「大丈夫ですか?」


すると目の前に靴が見えた
顔を上げるとそこには女の子が立っていた
肩位の長さの黒髪に大きな瞳
梨沙子と同い年位だろうか
梨沙子が考えているとその子は散らばった梨沙子の荷物を拾い始めてくれた
はっとして梨沙子も再開する

拾ってもらった荷物をバッグの中で確認する
どうやら全て集まったようだ


「あの‥‥ありがとうございました」
「いえいえ、それじゃ」

その子はにっこり笑うと後ろに停めていた自転車に跨がり、あっという間に梨沙子から走り去って行った
爽やかな人だなぁ
後ろ姿を見てぼんやりと思った
さっきまで色々と考えていた事はいつの間にか頭から消えていた

−何だか少し、良い日になるかも

梨沙子はうん、と頷き再び愛理の家へ向かって歩き出した
 
476 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:08
 
−−−−−−−−−−
−−−−−−
−−
 
477 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:10
 
「りーちゃん!いらっしゃい」
「久しぶり」


玄関で愛理が迎えてくれた
声は電話で聞いたものと変わらず、明るく優しい声だった
それに加えてこの笑顔
身長も伸びて大人げになっているのに何だか幼く感じた
どうやら、本当に元気らしい
梨沙子はやっと安心し、前を行く愛理の背中でふぅと息を吐いた

部屋へ案内される
相変わらずの広い部屋
昔は何も思う事なくはしゃぎ回っていたが、改めて見るとやはりそこは少し気が引けるような空気を持っていた
 
478 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:11
 
適当に座っててと言われ、小さなテーブルを挟んでいるソファーに沈んだ
ぼんやりと天井を仰いでいると、紅茶とお菓子を持った愛理が部屋へ戻って来た
それをテーブルに置き、愛理が向かい側のソファーに座る
 
安心はしたものの
梨沙子はどうしても確認したかった


「‥−愛理」
「なぁに?」
「大丈夫‥?」
「‥‥」
「本当に‥‥元気?」


言うと愛理は黙って俯いてしまった
やはり元気だと思ったのは勘違いだったのだろうか
梨沙子は謝ろうと口を開こうとした
しかしそれは愛理の言葉に止められた


「−元気だよ」
「ぇ?」
「今、私すっごい元気」
「‥‥‥」
「あのねりーちゃん、」

 
479 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:12
 

−私、ある人に会って変わったの

テーブルの上の紅茶を少し飲み、愛理は頬を染めながら恥ずかしそうに話し出した

 

始まりは岡井千聖
二年生で同じクラスになったらしい
色黒でバリバリの体育会系、勉強はからっきし駄目で何事も何とかなるさの無計画楽観的タイプ
話を聞いただけでどんな人物か何となく想像が出来そうな感じだった
そんな愛理とは正反対に等しい岡井千聖
けれど愛理は自分に無い物を持っている彼女がとても羨ましく尊敬しているらしい
岡井千聖といると元気が湧いてくる、と言っていた

そして、その岡井千聖がきっかけとなり知り合った
多分、愛理の大事な大事な人

 

『有原栞菜先輩』

 
480 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:14
 
何でも朝初対面の愛理を親切に学校まで送ってくれたとか
そのせいで自分は遅刻して草むしりをさせられたとか
泣いている愛理に缶ジュースをくれたとか
更に台風の日には愛理を心配して怪我をしてまで家に飛んで来て
この間は仲良く遊園地に行って来て
その後、墓参りへ行ったとか

愛理の家族との事は知っているらしい
愛理からその事を話したと言うのだから梨沙子は驚いた


「でもね」
「?」
「先輩が、一人じゃないって言ってくれたの」
 
481 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:16
 
二人の死以来
誰にも気付かれないようたった一人、この部屋に閉じ込められ真っ暗闇にいた愛理
『有原先輩』は
そんな愛理に手を差し延べて助け出した
明るく、優しい居場所を愛理に与えた
凄いと思った
出会ってまだ幾らも経っていない人が
梨沙子には絶対に出来なかった事をやってのけたのだ
梨沙子の踏み込む事の出来なかった場所
愛理が踏み込んで欲しくなかった場所
そこに『有原先輩』はたどり着いた
そして愛理はそれを許した


−悔しい

愛理が一歩踏み出してくれて
元気になってくれて嬉しい
梨沙子は本当にそう思っている
それなのに
愛理の幸せを願っていた筈なのに
愛理の笑顔が見たかった筈なのに
梨沙子は堪らなく悲しくなった
 
482 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:19
 
梨沙子は何も出来なかった

愛理に問う事も
愛理に手を差し延べる事も
愛理を助け出す事も
愛理の側にいる事だって
何も、何も出来なかったのだ
『有原先輩』を凄いと尊敬する
それと同時に羨ましいと嫉妬する
入り込む事の出来ない空間に息が詰まりそうになった

 
「‥愛理」
「え?」
「よかったね」
「うん!」
「ホントに‥‥よかった」


本当にそう思っている
それは嘘ではないと言える
しかしながら自分がちゃんと笑顔を作れているかどうか梨沙子はわからなかった
それを紛らわす為少し冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した


「りーちゃんにね、聞いてほしかったの」
 
483 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:24
 
飲み干したカップをぼんやり見つめていると愛理の優しい声が耳に響いた


「何で?」
「だってりーちゃんは親友だもん」
「‥‥‥」
「ありがとう、心配してくれて」
「‥‥‥」

「私は大丈夫だよ」

 
涙が出るかと思った
こんなに嬉しい事はない
親友というその単語が
本当の意味を含んで胸に染み込む
ずっと胸のどこかにつかえていた枷のようなものが外れていくような気がした

これは『有原先輩』にはなれないものだ
愛理の親友
その場所だけは譲らない
愛理の一番であろうとは望まない
けれど、愛理の一番の『友達』でありたいと願う
 
484 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:26
 
だから、『有原先輩』には誰より愛理を大切にして欲しいと願う
梨沙子にも大切にしたい、されたいと思う人がいる
きっとそれは親友では出来ない事なのだ
それをわかっているからこそ、それは『有原先輩』にお願いする


「愛理」
「なに?」
「今度、有原先輩に会ってみたいな」
「えぇー?」
「本当に愛理にお似合いか、あたしが審査してあげる」

 
顔も知らない『有原先輩』
実はさっき会っていたなんて梨沙子が気付く筈はない
きっと、良い人だろう
良い人じゃないと困る
愛理の相手なのだ、ちゃんとしていないと許さない
楽しみになり梨沙子はふっと息を零す
 
485 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:28
 
「良いよ、でもそのかわりりーちゃんはみや連れて来てね?」
「えー!みやぁ?」
「そうだよ、りーちゃんはどうなの?みやとは」
「みやかぁ‥みやはねぇ‥‥」


『みや』とは、梨沙子の隣の家に済む幼なじみの夏焼雅の事である
雅の話は‥‥
−話し出すと長くなるのでまた今度にしよう

そう、例えば愛理と『有原先輩』の恋が叶ったら−‥‥


 
 親友−.終わり

 

486 名前:40−1+R 投稿日:2008/10/26(日) 15:28
 

487 名前:三拍子 投稿日:2008/10/26(日) 15:35
はい、アンケート人気一位の三軒並び梨沙子視点です!!
‥‥ってあれ?りしゃみや要素なくね?
文中に雅の字二回くらいしか出てないWW
ご期待に添えていなかったらすみませんm(__)m
りしゃみや要素満載!ベリ編はもう暫くお待ち下さい。

 
次回は三軒並びと全っ然関係無しのあいかん行きまーすW
 
488 名前:三拍子 投稿日:2008/10/26(日) 15:48
 
>>463さん
アンケート投票ありがとうございます!
さきももは今回のりしゃみやよりは要素が含まれるかとW

>>464さん
間に合ってよかったですね!
千聖はいざという時にカッコイイくせに最後の決め手に欠けるから良いんだと思います。

>>465さん
ありがとうございますm(__)m
千聖はかわいらしさとかっこよさを両立させられたらと思います!

>>467さん
いやぁ、自分で一票でも入ったら書くと言ったので‥‥そこはしっかり責任とりますW
>>468さん
自分なんかの作品でそんな(T_T)
ありがとうございます!!
 
489 名前:0412 投稿日:2008/10/26(日) 22:19
更新乙栞菜

いや〜りーちゃん視点最高でした
それに栞菜もかっこいいww
さりげなくりーちゃんの荷物拾っちゃうとかかっこよすぎっす♪

もしかしてりーちゃんに会う前に愛理は栞菜と遊んでたんですかね?
栞菜が偶然そこにいたって事は!


次回楽しみにしています
490 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/26(日) 23:35
最後の文章で一気にベリ編への期待が高まりました!
491 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/27(月) 01:26
こういう女の子同士の恋愛話みたいな感じ大好きです!
お互いの相方がいない所で相方の愚痴を言い合い結局ノロケ合うみたいなwww
今回そんな軽い内容ではないですが…^^;
そして愛栞りしゃみやの対面が楽しみすぎるww
次の更新が待ち遠しいー!
492 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:43


 
493 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:44


 

494 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:45
 

それは空に浮かぶ雲のように
流れたり曇ったりする想いだから

空のように青い封筒の中の
雲のような真白な手紙に

ぽつりと呟いたような告白を乗せた


 

 雲の告白、空の恋

 
495 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:47
 
自分は何故こんな事をしているのだろうか

時間はまだ7時過ぎ
こんな時間に学校に来ているのは部活の朝練がある生徒か、鍵当番の教員位だろう
校舎内にいる人なんて片手で数え切れる
まだ電気も点いていない廊下を愛理は一人歩く
無意識に音を起てないように気を使って足を進めた
向かうはもちろん教室
けれど愛理が目指しているのは自分の教室ではない
ついでに言えばここは三年生の階


端から三つ目、三年C組
その教室の前で愛理は足を止めた
下級生が上級生の階に行くというのは、何故かあまり良く思われない為誰かに見られては困る
左右を見渡した後耳を澄まし足音も聞こえない事を確認する


−よし、誰もいない


確認しておいて教室の扉を音を起てないようゆっくり開け、中へ足を踏み入れた
少しの迷いもなく直進
窓際の一番前の席
日当たりが良く心地良いと言っていた

愛理は鞄の中を探り、封筒を取り出す
水色の皺一つない綺麗な封筒
その封筒には宛名も無ければ差出人の名前も無い
 
496 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:49
 
それを暫く見つめた後、その席の机の中に放り込んだ

 

急いで教室を後にし、愛理が向かったのは屋上
重い鉄製の扉を開けると、朝の少し冷たい空気が身体を勢い良く抜けた
足を進め、屋上の中心へ行く
空を見上げ、両手を伸ばし大きく伸びをした
ふぅーと息を吐いて力を抜く


見上げた空には漂う雲が一つ
ふわふわと気持ち良さそうに浮かんでいた
その雲に、愛理はぽつりと呟く


「何やってんだろ‥‥」

 
497 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:51
 
思えば雲のような想いだった


愛理と栞菜は属に言う幼なじみである
家が隣同士の為自然と一緒に育って来た

栞菜は昔からスキンシップが激しく
手を繋ぐ、抱き着く、揚句の果てには頬にキスをされた事もあった
けれどそれは何と言うかもう当たり前のような事で
愛理が特にどうこう思うような事ではなかった
けれどいつからか愛理は自分の対応が変わりつつある事に気が付いた

名前を呼ばれて緊張する
くっつかれれば、離れる
なのに、栞菜と一緒にいたいと思い、栞菜が他の誰かといるのを見るとちくちくと胸が痛む
離れるのは、距離を置きたがるのは
それでも求めるのは
自分が抱いている感情が特別な感情だからだ
多分そうなのだろうと愛理はわかっていた
 
498 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:55
 
ふわふわと空を漂う雲のようにはっきりさせられない想い
もしかしたらそうなのかもしれないしもしかしたら違うかもしれない
いや、きっとそうなのだ
しかしながら消極的な愛理の性格はそこに行き着く事を拒んでいた

けれどこのままふわふわと曖昧なままではいつまで経っても何も変わりはしない
ちくちくとした痛みが増す一方だ

 

それなら、伝えてみようか

この曖昧な気持ちを言葉にしてみようか
愛理はそう考えた

直接言う、というのは当たり前だが無理だった
そこで思い込んだのがラブレター
今時珍しい、時代遅れな
けれど一番ベタな方法
口にしなくとも、文章なら上手く伝える事が出来るかもしれない
愛理はそう考えペンを取った
 
499 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 17:57
 
どれ位の時間眉間に皺を寄せて悩んだ事か
幾ら考えても上手い言葉は浮かばなかった
その結果、愛理が書いた文章


『あなたが好きです。』


それだけ
理由も、どうしたいかも何もない
たったその一言
自分の気持ちを素直に表現してみたらこの一言に収まってしまった
差出人の名前は書かなかった
愛理は書けなかった
告白と呼んで良いのかも微妙な手紙
いきなり誰からかもわからないこんな一言だけの手紙をもらったら、普通の人は困るだろう
何せ差出人がわからないのだから返事のしようもない
好きで、そしてどうしたいのかも書いてないのだからどうもする事が出来ない
どうもしなくて良い
というよりも、栞菜がどうかするとは思えなかった
 
500 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:00
 
愛理は栞菜がこういった類のものをもらっている所や告白されている所を何度か見た事がある
しかし決まって栞菜の答えは「気に留めない」だった
届いたものがその後どうなったかはわからない
面と向かった告白の場合はきちんと返事をしているらしいが、それでも栞菜が誰かと付き合ったというのは愛理が知る限り無いと思う

ましてあんな奇怪な手紙だ
最悪の場合ごみ箱行きだろう
考えると卑屈に溜め息が出てきた
フェンスにもたれ掛かる
もう一度空を見上げるとさっきまで真上にあった雲は流れて形を延ばし、それは愛理から遠退こうとしているようにも見えた

 
伝わって欲しいけれど、伝わらなくても良い気もする
伝わらない方が良いとさえ思えるかもしれない
 
501 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:02
 
本気で伝えたい気持ちなら、あんなちっぽけなラブレターにはならなかった筈なのだ
本気で栞菜の事が好きなら、何か他の方法を選んだ筈だ
燃えるような恋を求めるつもりも無ければ苦しい悲恋を求める訳でもない

正直な所この告白から何かが生まれるとは思えない
自分が何をしたいのか愛理はいまいち良くわからなかった
う〜んと首を捻りグランドを見下ろすと、朝から元気に走り回る栞菜の姿が見えた
後輩の千聖とリフティングの対決らしきものをしている
その様子を眉間に皺を寄せてわざと目を細めて見つめる
幾ら目を凝らして見ても、栞菜以外ではなくて
自分はあの人にラブレターを渡したのか
そう改めて考えると少し顔が熱くなるのを感じた


「‥‥好き、なんだろうなぁ‥」


届く筈のない言葉を零す
いや、チャイムが鳴って生徒が教室に集まり栞菜が机の中を覗いた時点で愛理の想いは栞菜に届く
届くが、それは好きですという言葉だけであり愛理の想いとして伝わる訳ではない
届くのに、届かない

何をしているんだかとさっきも思った事を愛理はもう一度頭の中で呟いた
 
502 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:03
 
−−−−−−−−−
−−−−−
−−
503 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:06
 
「愛理さぁ、何かあったの?」


言葉と共にとんとんと梨沙子に肩をたたかれ愛理は目を開ける
首を動かして時計を見るともう昼休み
いつの間にか4時間目が終わっていた事に愛理は気付かなかった
机の上には未だに一時間目の教科書が広げられ、隣には見事に何も書いていないノートもある
それを見て愛理は溜め息を吐いた


−結果、気付いた事


やっぱりラブレターなんて書かなければよかったという事
そして書いたにしても名前を書くべきであった事

そして自分は予想以上に栞菜を好きらしいという事

どれも今更な事で愛理は呆れていた
授業が頭に入らなかったのだって、あのラブレターを見た栞菜の事を考えていたからだ
もしかしたらもう栞菜の手元にはないかもしれない
そうなるような原因は自分にあるのに、それでも勝手に期待したり心配になったりするのは
きっとどこかにある何とも我が儘で矛盾している気持ちからだ
無意識に卑屈な笑いが漏れた

机の上の教材と入れ代わりに弁当を鞄から取り出して置く
するとパンをくわえながら梨沙子が向かいに座った
梨沙子の持っているパックのジュースを見て自分も購買で買ってくればよかったと愛理は思った
しかしながらそんな体力今日の愛理は持ち合わせておらず
買いに行くのが面倒なのに人が飲んでいるのを見て飲みたいと思い、更には購買が教室にあれば良いのにと普段なら考えないような自分勝手な事を考えた
そんな自分に苦笑していると


「あーいりーっ」
 
504 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:09
 
聞こえた声に愛理は思わずつまんでいた卵焼きを箸ごと落としそうになった
動揺がばれないようにそれを弁当箱に戻し、一つ息を吐いた後ゆっくりと声がした方を振り返る
振り返るとそこにいたのは栞菜
笑顔でおいでおいでと愛理を手招きしている


「ごめん。栞菜」
「はいはーい」


梨沙子にひらひらと手を振られ愛理は栞菜のいる廊下の窓へ向かう

まさか−

愛理は一瞬思ったが、すぐにその事ではないとわかった


「なに?」
「はい、あげる」


栞菜が持っていたのはパックの白牛乳
愛理が栞菜を見ると栞菜はにっこりと笑っていた


「どうしたの?これ」
「んー、購買を愛用してるあたしにおばちゃんがおまけって」
「へー」
「ラッキーでしょ!」
「それを何であたしにくれるの?」
「だって愛理牛乳好きじゃん」


当たり前のように栞菜は言ってのけた
まるで牛乳があったら愛理にあげる、と決まっているかのように
愛理と言えば牛乳、と言われる程牛乳を溺愛している訳ではない
けれど栞菜が自分にあげようとにこにこしているのを見ると嬉しくなった
 
505 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:11
 
「はい、どーぞ」


右手を掴まれ、白牛乳を渡される
栞菜に手を取られたというだけで心臓がどくんと鳴るのがわかった


「‥‥ありがと」


乱れていく心音をごまかそうとしたら何となく素っ気ない感じになってしまった
それでも栞菜は嬉しそうに笑ってくれた
栞菜が掴んだままの腕を放さない為愛理もどうしたら良いかわからずそのままにしていると、栞菜が話を続ける


「うん。でさぁ、」
「なに?」
「今日塾無いんだ。だから一緒に帰ろ?」


掴まれた腕をぶんぶんと振られる
栞菜と一緒に帰るのは久しぶりで
けれど今日の愛理はそれを一概に喜ぶ事は出来なかった
ただ腕を掴まれているだけなのに、栞菜に触れられている部分が熱を持つ
 
506 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:12
 
今朝自分が起こした出来事
その事を考えると今日は栞菜に会いたくなかった
渡したとはいえあんな物なら気にする事ではないのかもしれない
けれど『もしかしたら』が心のどこかにある愛理はどうしても気にしないでいるというのは難しそうだった
しかしながら断る理由は浮かんでは来なくて
正直に言えば一緒に帰りたい気持ちの方が明らかに大きかった


「‥‥うん。良いよ」
「よし、じゃー放課後屋上に迎え来て!」
「何で屋上?」
「いやー、今日6時間目数学なんだよね‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「栞菜ぁ‥」


愛理は不審そうな視線を栞菜に向ける
初めてではない為、察しても驚く事はない
6時間目、きっと教室に栞菜の姿はないだろう


「大丈夫!なっきぃに保健室行ったって言ってもらうから」
「まったく‥」
「だからっ、屋上!」
「わかった」
「約束ね。じゃっ」


そう言ってぽんと愛理の頭に手を置くと栞菜は廊下を駆けて行った
 
507 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:13
 
手の中の牛乳を見つめる
白地に青ラインのパッケージに愛理は苦笑する
今日はこの色が纏わり付いて来ている
これを渡された時の栞菜の笑顔を思い出すと、じわりとした熱と共に胸が締め付けられるのを愛理は感じた


「何だって?有原先輩」
「白牛乳、私にって」
「ふーん、わざわざ愛理に?」
「うん。わざわざ私に」
「愛されてるねぇ。愛理は」


そう言われ愛理は白牛乳から梨沙子に視線を移す
梨沙子はデザートのプリンに手をつけようとしていた


「‥何それ」
 
508 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:15
 
「だって有原先輩すっごい愛理に優しいじゃん」
「そう?」
「うん。気が利かないみやとは大違い」


優しい、というのは間違っていないと思う
屈託のない笑顔と人懐っこい性格、しかしながら周りを良く見て気を配っている
けれど愛理は栞菜のその優しさが時々苦しくなる
さっきも言ったが栞菜は元々スキンシップが激しい人間で、当たり前だがそれは愛理だけに対してのものではない
自分だけに、と思うのは酷く我が儘だとわかっている
大体栞菜から逃げているのは愛理の方なのだ
なのにこんな事を思うのは矛盾している

何て事だろう
ラブレターの相乗効果か
愛理の頭の中は栞菜で埋まっていく
ちょっとした事にいつも以上に反応してしまう

昼休みが終わって放課後まで2時間、愛理はどうやって栞菜に対処しようか考えながら白牛乳にストローを挿した
 
509 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:16
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
510 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:17
 
6時間目終了のチャイムがやけに耳に響いた
愛理は眉間に皺を寄せながらノートを見る
一応真面目に考えてみた栞菜への対処方

普通にいつも通り
用事を作って断る
何も言わずに逃げる
もう素直に自白する
=栞菜に告白

一つ目で行くのが出来れば一番良い
けれど人の仕草や少しの変化に敏感な栞菜にそれが通用するとも思えず、また自分でも無理だろうとわかっている
やっぱりその下、とも考えたがやっぱり栞菜と帰りたいという我が儘な心もあり
一番下となれば結果によってはもう一緒に帰らない事になるかもしれない
どうしたものか
愛理が頭を抱えている間に無惨にも帰りのHRは終わりを告げた

はぁー、と大きく溜め息を吐き愛理は教室を後にした
 
511 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:19
 
向かうは栞菜の待つ屋上
栞菜はたまにこうやって授業をサボり屋上で寝ている事がある
給水塔がある為に屋上の中で更に高い一角になっている所
そこで栞菜は決まってジャージ姿で鞄を枕にしてすやすやと眠っている
愛理は何回か迎えに行った事もある
冷たいコンクリートの地面に直接寝転がっている栞菜を見ても正直寝心地が良さそうには見えなかった
けれど栞菜に言わせるとここ以上に寝心地の良い所は校内にはないらしい

 
今朝も上った階段を再び上る
扉の前で一度深呼吸をした後、よしっと小さく言ってノブを回し扉を開けた

屋上に出たものの見える範囲に栞菜の姿はない
わかっている
愛理は振り返り扉の上、給水塔の方を見た


「栞菜ー」


いつもなら名前を呼んだだけで栞菜が顔を出して来る事はない
しかしながら今日は名前を呼んだだけでぴょこんと栞菜が出て来た
 
512 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:22
 
「おーっ、愛理ー」
「めずらしいね。起きてたの?」
「あーちょっとね。考え事」
「考え事?」
「まぁ登って来てよ」


昼休みと同じくおいでおいでと手招きされる
愛理は扉の横にある鉄製の梯に足を掛け、栞菜のいる給水塔の下、この学校で一番高い所へと登って行く


「なに?」
「んー」


やっぱりついさっきまで栞菜は寝ていたらしく髪の毛をくしゃくしゃと掻きながら欠伸をしていた

愛理は考える
もう一度、自分は栞菜が好きなのだと確認する
栞菜は自分の事をどう思っているだろうか
あのラブレターのせいで自分の気持ちがいやにはっきりしてきたからか
愛理はその事がやけに気になっていた
梨沙子の言った言葉を思い出す
 
513 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:23
 
−愛されてるねぇ

愛されてる、というのは恋愛感情の上での事なのだろうか
愛理に向ける優しさの中に、特別な想いは含まれているのだろうか
それともただ単に昔からの幼なじみに向ける可愛いとか、妹みたいとか
そんな家族仲のような感情なのだろうか


「愛理」
「‥‥ん?」


ぼんやり考えていると栞菜に呼ばれる
真っ青な空を背負って立っている栞菜は、格好良くて綺麗だった


「ありがとう」
「?」


いきなりの栞菜の言葉に愛理は首を傾げる
もしも迎えに来た事への礼なら、初めての事ではないのにわざわざ改まって言う必要はない
ただでさえ昼に牛乳を貰ったのだ、礼を言うのならこっちの方だと愛理は思う
 
514 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:25
 
けれどそんな疑問は栞菜が後ろ手を前に出した瞬間消え去った


「愛理でしょ」
「‥‥−」
「これくれたの、愛理でしょ?」

 

栞菜が手に持っているのは、今の背景と同じ空色の封筒
愛理が今朝、栞菜宛に出したラブレター
愛理はぐっと一気に息苦しくなるのと共に顔が熱くなるのを感じる

−もしかしたら
栞菜は気付くんじゃないかと、思っていた
これは愛理が渡したものだと、勇気が無くて名前が書けなかったのだと
いたずらなんかじゃないんだと
気付くかもしれない、いや本当は
心の奥の奥で
愛理は気付いて欲しかったのだ
こんなちっぽけで情けない、もしかしたら恋とも呼べないような曖昧な想い
それに栞菜が気付いてくれたらと
本当は
強く、強く思っていた


「なん‥で?」
「ん?」
「何で‥‥わかるの?」
 
515 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:27
 
「わかるよ」


にっと笑って栞菜が愛理に一歩近付いて来る
ぎゅっと胸が締め付けられるのを感じた
 

「だって、あたし愛理が好きだもん」


−瞬間、ひゅうっと風が吹き抜けた
栞菜の後ろに消えそうに薄い雲を見た
まるで空に溶けてしまいそうに薄くて、綺麗な雲
消えてしまいたい
栞菜に溶けてしまいたいと愛理は思った
真っ青な空が、爽やかな風が
曖昧に漂う雲を連れ去ってくれれば良い
空を背負う栞菜にそんな事を考えた

栞菜はこほんと一つ咳をすると、改まったように言った


「鈴木愛理さん」
「‥‥」
「あたしは、あなたの事が大好きです」
「‥‥‥っ」
「好き好き、だーい好き」


唐突過ぎる告白に愛理は対処出来ない
ただただ身体の熱は上って行くばかりで
苦しくて涙さえ出そうになる
 
516 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:29
 
愛理が俯いて黙っていると、もう一歩栞菜が近付いて来た
両手を掴まれ優しく握られる
ゆっくり顔を上げると、そこには栞菜の優しい笑顔があった


「かん、な‥」
「ん?」
「‥‥すき」
「うん」
「大好きだよ?」


確かめるように言った
こんなにも胸が熱くなった事はない
こんなにも誰かを愛しく思う事はない
曖昧なんかではない、愛理はこんなにも栞菜が好きなのだ
こつんと額がぶつかる
栞菜がくすりと笑って唇を重ねてきた
 
517 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:30
 
目を閉じる瞬間に栞菜の後ろに見えた真っ青な空
さっきまで漂っていた雲は風に流され空に溶けていた


 

雲の告白、空の恋−.終わり

 

518 名前:雲の告白、空の恋 投稿日:2008/11/02(日) 18:31


 
519 名前:三拍子 投稿日:2008/11/02(日) 18:38
はい、アンケート二位の三軒並びと全然関係ないあいかんです。
気付いた事は私はどうやら幼なじみネタが大好きらしいWW


 
>>489さん
あー、考えましたか?ちなみに栞菜は愛理をデートに誘おうとしたけど断られた
なんて感じはどうでしょうWW

>>490さん
ベリ編!もう少しお待ち下さいm(__)m

>>491さん
あいりしゃこはリアルにこういう話しそうですよね(笑)
次回もよろしければコメントお願いします(^O^)/
 
520 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/02(日) 21:34
更新お疲れさまです
>>515からの流れに自分も溶けてしまいそうになりましたw
すっごくすごく素敵なお話を読めて幸せです
521 名前:0412 投稿日:2008/11/03(月) 00:14
更新乙です

いや〜幼なじみ最高っす☆
気づいたんですが僕も幼なじみは好きみたいですww

愛理はデート断ってたんですねもったいない(笑)

今回の愛栞も素晴らしい!
愛理の名前が書いてないラブレターもわかってしまう栞菜がいいですなw
やっぱ作者さんが書く愛栞大好きっす!

次回楽しみにしてます
522 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/03(月) 18:55
うわーめちゃくちゃ萌えました(゚Д゚*)!!
あいかんはもはや脅威ですね
523 名前:22632 投稿日:2008/11/03(月) 22:10
更新乙です
相変わらず栞菜はかっこいいですね〜
やっぱりここのあいかんが好きですw
次のも待ってます
524 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 20:13
愛理視点だと愛理からのベクトルの方が大きく見えるのが新鮮で嬉しいですw
そして栞菜が爽やかにかっこよすぎる!!

雰囲気も何もかも好きすぎて何度も読み返してしまいましたww
525 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:31


 
526 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:31
 

むかつくけど
うざいけど
面倒だけど

桃だとそれも良いかなって思っちゃうあたしはかなり毒気されてる


 

 40−2+S.提案

 
527 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:33
 
「‥‥で、何なの?こんな朝から」
「まーまー。そんなに怒らないでよぉ」


怒るな、というのは無理があると佐紀は思う
今すぐにでも目の前の桃子を部屋からつまみ出したい
この後の桃子の話次第では佐紀は本気でそうしようかと思っている

 

 
平日も終わり、久しぶりに部活もない全くの休日
佐紀は目覚ましをかけなくて済む事にこれ以上ない幸せを感じながら昨夜ベッドに入った

佐紀の目を覚ましたのは部屋のドアの開く音
眠っている人にとってそれは騒音、と言って良いような派手な音だった
その音に佐紀は誰が来たのか一瞬で理解し
直ぐさま布団を頭まで被った


「さぁーきーっ!」


ばっと布団を剥がされ電気の点いた部屋の明るさに佐紀は目をひそめる
そして布団の向こうから覗いた顔に思い切り眉間に皺を寄せた
 
528 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:34
 
「佐紀!朝だよー」
「‥‥あたしの朝はまだ。おやすみ桃」


桃子の後ろに見えた壁掛け時計を見ると時間は7時40分
ありえないと思う
休日に、まして部活がない休日に
それを知っていてこんな時間に勝手に来るなんて
佐紀は改めて桃子の神経を疑った

しかしそんな佐紀の考えにお構いなしに桃子は窓へ近付きカーテンを勢い良く開け放った
電気の人工光とは違う暖かい自然光が部屋に射し込む


「ほら、起きて起きてっ。早起きは三文の徳ってゆーでしょ?」
「あたしには寝てる方が絶対三文以上徳」
「さきさきさきーっ」


ばたばたと布団を叩き始めた桃子
こうなってはもう心地良い眠りには絶対就けないだろうと悟った
ふぅと大きく溜め息を吐き佐紀は面倒臭そうに身体を起こした


「‥‥で、用件は?」
「おはよ佐紀!」
「はいはいおはよう。で?」
 
529 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:35
 
「とりあえず、ももお腹空いたから朝ごはん!」
「‥‥‥」


思わず枕をぐっと掴んだが、すぐに離した
朝から無駄に体力を使うのはやめよう
ここで怒ってみても結局疲れるのは自分の方だとわかっている佐紀は何か言うのはやめた


「‥‥パンで良い?」
「いーいーっ!」


ぴょんぴょんと嬉しそうな桃子を置いて部屋を出た
あんなに面倒臭いと思っていたのに、何故か足取りは軽い
桃子のテンションに毒気されたかと佐紀は苦笑いした
 
530 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:36
 
−そんな訳で、今佐紀はトーストと牛乳が置かれたテーブルを挟んで桃子と向かい合っている
桃子はうきうきしながらトーストにバターを塗っていた
佐紀はその様子を呆れた目で見つめる


「あのね」
「うん」
「舞美とえりかちゃんの事なんだけど」


−あぁ、なるほど

そういう事かと佐紀は理解した
同じクラスの矢島舞美と梅田えりか
えりかと佐紀達は一年の頃同じクラスでその頃から仲が良い
そして桃子は一年の頃舞美と同じ委員会だったらしく、全くタイプも何もかも違うのに何故か仲が良い
そんな四人が今年同じクラスになった
初めて桃子に舞美を紹介された時には驚いた
有名な陸上部のエース、何度かグランドで走っている姿を見た事はあったが、こうして間近で見るとこうも美しい人だったのかと佐紀は改めて思った
にこにこと明るさのほとばしる笑顔、長い黒髪、すらりとした体型
なのに話すと何とも馬鹿な子なのだとすぐにわかった
 
531 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:38
 
それと同じ位にすぐわかった事
えりかの舞美に送る視線が特別なものである事
普段人の事にあまり興味のないえりか
誰が好きだの嫌いだの面倒な事は考えないタイプの彼女
あまりグループに固執する事もなく、そんな所に佐紀も桃子も好感を持った
いつも行動を共にする訳ではない、けれどきっと桃子もえりかの事は信頼しているだろう
そんな人間関係にはこと面倒臭がりなえりかが舞美に向ける視線
それはほんの少し輝いていて、微弱な光と力を持っていた
きっと注意を払わなければわからない位のもので、それに当たり前だが舞美は気付いていない
えりかが気付かれないようにしているようにも見える
面白い事になっているようだ
 
532 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:41
 
しかし佐紀はその事を桃子に話すべきか悩んだ
桃子は人間関係のごたごたが大好きな人間だ
それも自分自身のではなく、他人の

それを止める役目が佐紀であり、それが桃子と行動を共にしている理由でもある
長く付き合っていればわかるが、桃子のちょっかいにはちゃんとした真意があり
それは桃子なりに心配しているという事なのだ
ただその行動があまりにめちゃくちゃで理解出来ないだけで
だから佐紀は基本的に桃子に逆らう事はしない
ただ、桃子があまりに見当外れで余計なお世話になるような時はストップをかける
最近になってわかったが桃子は佐紀が止めるといとも簡単に止まる
佐紀の言う事は正しいと思っているのか、素直に聞き入れてくれる
佐紀は自分の言っている事が必ずしも正しいとは思わない
けれど桃子が素直に従うのを見るとそうなのかと納得しそうにもなる
 
533 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:44
 
しかしながらえりかの事ばかりはそっとしておきたかった
大体えりかは自分に消極的過ぎる、佐紀は常にそう感じていた
もう少し強引な所を持っていれば、きっともっと良い事は沢山あるのに
えりかはそれからわざわざ遠ざかり、人に譲っているようにも見えた
あの球技大会の時だってそうだ
見事なホームランを打ち皆に囲まれている舞美をえりかは少し離れた所で黙って見ていた
その横顔には多分の諦めが含まれていて
諦める事なんてないのに、と佐紀は思った

えりかに何かを言う事はしなかった
きっとえりかは考えている
どうするば良いのか必死に考えている
だから佐紀は黙って見守る事にした
後から聞いた事だが桃子もえりかの視線に気付いていたらしい
全くそういう所にだけは鋭いのだから困る
 
534 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:52
 
−しかしながら驚いた
何でも舞美はえりかの事が好きだと言うのだ
最初聞いた時は佐紀も桃子も冗談かと思った
それ程舞美の言い方は普段と変わらないものだったからだ


「あたしえりの事好きなんだぁ」
「「‥‥‥ぇ?」」


あの時の佐紀と桃子の驚いた顔は何とも間抜けなものだったに違いない
あの桃子でさえ驚いたのだ、桃子にさえ隙を見せない舞美は侮れないなぁと佐紀は感心した


つまるところ二人は両想いという事になったのだが
予想通り恋というものに免疫のない舞美もえりかと同じようにどうして良いかわからないらしく悩んでいた
佐紀としてはこれはさすがに何かアドバイスをしてあげたいとも思った
しかしながら舞美のあまりの恋愛音痴に佐紀は呆れてしまった
そういう訳で、桃子も佐紀も二人に対してこれ、と言ったものは今まで何もしないでいた
 
535 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:54
 
「二人が、何?」
「んー。まぁ別に何でもないんだけど」
「何?」
「もも達はさぁ、やっぱ他人じゃん?」
「うん」
「でもさぁ、二人には幸せになって欲しいよね」
「‥うん」


当たり前だ
可能性が幾らでもあるのに結び付かない恋など馬鹿馬鹿し過ぎる
お互い知らないとは言っても、両想いはとても幸せな事なのだ


「そこでっ、提案がありまーす!」
「ん?」
「ももが舞美担当で、佐紀がえりかちゃん担当!どう?」
「あぁ‥‥」


ぴしっと指を指して自信満々に言う桃子に佐紀は納得する
桃子にしてはかなり真っ当な考えだ
自分がえりか担当、というのが更に良い
何事にも考えて身を引いてしまうえりかは根本的な何処かが自分と似ている気が佐紀はした
きっとえりかも佐紀の方が話しやすいだろうと思う
めちゃくちゃな桃子の行動ではえりかは余計にこんがらがってしまうだろう
 
536 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:55
 
余計な事は言わず、黙って見守る
えりかが話したい事があれば聞き、質問にはなるべく答えよう
きっとその役は佐紀に適している

逆に考えて、佐紀は舞美の面倒を見切れる自信はないと思った
付き合いも桃子に比べて短い
そして何事も笑顔で切り抜けられるという考えの舞美に何と言って良いのか佐紀にはわからない
舞美の言う事に突っ込んでいてはキリがないと思う
それならいっそ桃子がぐいぐい引っ張って導いてあげた方が良い
 
537 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 20:57
 
桃子は考える範囲が広い
きっと佐紀よりも柔軟に答えを導き出せるだろう
何より桃子は、片想いには詳しいのだ
詳しい、という言葉はおかしいかもしれない
けれど桃子は片想いの辛さを誰より知っている
だからこそこの二人を放っておけないのだろう
佐紀は少し哀しい気持ちになりながら桃子を見る
桃子はトーストを幸せそうにかじっていた


「桃?」
「ん?なぁに佐紀」
「二人、うまく行くと良いね」
「当ったり前じゃん!ももと佐紀がついてるんだもん!」
「うん。そうだね」


笑顔の桃子に胸が痛くなった
 
538 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 21:01
 
桃子が人の恋に度々首を突っ込むのは、自分が恋をしないからだ
桃子は、恋をする事を止めた
佐紀はその時の事を知っている、だから何も言わない
自分の本当の気持ちも絶対桃子には言わないと決めている
振り回されても、世話を焼いても
それでも桃子を放っておけない理由なんて佐紀はわかり切っている
それを口にしない事はもしかしたらとても苦しい事かもしれない
けれどきっと、桃子の面倒を見れるのは佐紀だけだ
佐紀はそう自負している
桃子に振り回されていれば良い、いざという時は頼ってくれて良い

ただ、もう二度と泣かないで欲しい
どうか、幸せでいて欲しい
 
539 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 21:01
 
「頑張るよー!佐紀」


立ち上がりぐっと腕を振り上げ笑う桃子
佐紀は笑いながら溜め息を吐いた

きっと、きっと舞美とえりかは上手く行く
二人の為に、桃子の為に
自分はどうすれば良いのか佐紀は静かに考えた


 

 提案−.終わり

 
540 名前:40−2+S 投稿日:2008/11/08(土) 21:02


 
541 名前:三拍子 投稿日:2008/11/08(土) 21:12
今回はここまで。
アンケート三位の佐紀視点です。
ベリ編への複線もちょくちょく張りつつ‥‥WW

 

>>520さん
そこの表現は自分も気に入ってます!!
素敵な文章なんてそんなそんな。

>>521さん
毎度コメントありがとうございますm(__)m
幼なじみ‥‥良いですよねぇWW

>>522さん
驚異!!何と言うお言葉!!

523さん
栞菜はかっこいい、梅さんは情けないが自分の話では何故か決まりですW

>>524さん
何度も読んでいただけるなんて!
またコメントお願いしますm(__)m
542 名前:0412 投稿日:2008/11/08(土) 21:20
更新乙栞菜

いや〜今回は嗣さんうざいっすね(爆)
朝から来るとわw
そして朝ごはん催促とか受けるんですけど(爆)

やじうめ上手くいくと良いですね

これからも毎回来ますそして頑張って感想書きます!
次回楽しみにしてます
543 名前:22632 投稿日:2008/11/08(土) 22:33
更新乙です
キャプて視点ありがたいです♪
やっぱりももちの相手ができるのはキャプだけですねw
次も待ってます!
544 名前:463 投稿日:2008/11/08(土) 23:04
更新お疲れ様です。

リクエストさせて頂いて良かった!と、心から思っています。
今後もいろいろと面白そうな展開になっていきそうですね!
文章も読み易く、情景が浮かびます。

今後も楽しみにしていますので、頑張って下さい!
545 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/09(日) 00:55
乙!!!
キャプ視点かなりいいですねー!キャプにも幸せになって欲しいですw
546 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/09(日) 23:40
更新お疲れ様です
キャプテンは大人だなぁ〜そんで桃子は可愛いけどやかましいなぁ〜w
続きが楽しみです!
547 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:09
 

人には何でも言えるんだよね

なのに自分は恋愛しないんだから
ホントにずるいと思う


 

 40−2+M.おせっかい


 
548 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:10
 
「ももーっ!!」


ここはとある喫茶店、桃子はアイスティーをストローでカラコロと弄っていた
すると窓越しでも聞こえた明るい声
窓の外を見ると制服姿の舞美がぶんぶんと手を振っていた
部活だったのだろう、大きなエナメルバッグを背負っている
桃子はいつも通りの営業スマイルを返す

店は目の前だというのに舞美はそこから走って店内に入って来た
カランコロンとドアベルが軽快に鳴り響く


「ごめんごめん、待った?」
「んー、待ったねぇ」
「いやー部活終わってすぐガーっと走って来たんだけど」


にこにこと笑う舞美は本当に悪いと思っているのかわからなかった
けれどその笑顔を見ればたいていの事は許そうとも思える気がする
大体、桃子はそこまで待っていない
桃子自身約束の時間に遅れて来て、舞美がいない事を知りほっとしたのだ
アイスティーが来たのもついさっき、桃子が店に来てからはまだ10分と言った所だろう
 
549 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:11
 
舞美は重そうなエナメルと共に腰を下ろすと何か食べて良いー?、と言いながらメニューをめくり出した
こういう所は子供のようで、普段颯爽とグランドを駆け抜けているエースと同一人物とは思えない
そんなギャップが面白く、桃子は舞美を見ているのが楽しくて仕方ない


 
昨夜、舞美からお茶でもしないかとメールが来た
おそらく話があるとすればえりかの事だろう
舞美からメールが来た時、桃子はきたきたと胸を躍らせた
先日決めた役割分担
佐紀はえりか、そして桃子は舞美をお互いサポートする
桃子が提案したものだ
本人達にそれを伝えてはいないものの、何となくこういう風になっていた
舞美は超を付けても良い位の恋愛音痴で
なるほど舞美の辞書で『恋愛』と引くと「わくわく」「ドキドキ」「うきうき」など楽しそうな擬音しか出て来ない事がわかった
何とも可愛らしい、愛すべき馬鹿だと桃子は思った
恋愛をここぞとばかりに楽しもうとする舞美が羨ましかった
もう少し前から舞美と知り合っていれば、桃子の考え方ももしかしたら何か変わっていたかもしれない
そう思うと卑屈に溜め息が漏れた
 
550 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:12
 
少しして舞美が頼んだパスタランチが運ばれて来た
桃子は昼前に起きて約昼ご飯を食べて来た為食べ物は頼まなかった
しかしながら目の前に置かれたパスタを見て思わずお腹が鳴りそうになった


「食べて良い?食べて良い?」
「いーよ。まったく舞美は子供だねぇ」
「そう?ま、いーやいただきまーす!」


舞美を見ていると自分がやけに年をとっている気分になる
桃子は普段は佐紀やえりかに世話を焼かせている側だ
しかしながら舞美を見ていると酷く幼く見える
これで外見が桃子だったら間違いなく小学生位に思われるだろう
 
551 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:15
 
いつでも素敵な笑顔
成績優秀、運動神経抜群、美しい容姿
全て兼ね備えている人はなかなかいないだろうと思う
そう考えると今目の前にいる舞美は本当は凄い人なのだ
けれどこういった無邪気な姿を見る事が出来るのは小数だろう

舞美は馬鹿ながらも侮れない部分がある
自分の弱い所は普段決して見せない
そして向上する為には努力を惜しまない
陸上の結果だって、誰よりも練習した証拠なのだろうと桃子は思う
そんな舞美が自分に弱音を吐いてくれる事が桃子は嬉しかった


「それで?」
「ん?」
「えりかちゃんが、何?」
「‥‥えりの事だなんて言ってないよ」
「違うの?じゃあ何?」
「‥‥‥えりの事」
 
552 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:16
 
いじけたように呟く舞美
わからない筈がない
普段部活の事しか考えていない舞美
そこに最近加わって来たのがえりかの存在であり
運動部ではない桃子に部活の事を話しても意味はない事がわかっている舞美が桃子に話があるとすれば、後はえりかの事位しかないのだ


「なんかあった?」
「うーん、あー」
「なになに?」
「避けられてる‥‥」
「?」
「えりに避けられてるぅ‥‥」


舞美はそう言いながらパスタをフォークにぐるぐるとこれでもかと巻き付けていた
避けられている

 
−えりかちゃんが避けてる?
 
553 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:18
 
えりかが舞美を避けている
桃子はほんの一瞬考え、何だそんな事かと内心爆笑した
簡単な事だ
えりかが舞美を避けている理由
それはえりかが舞美を好きだという証拠に外ならない


−それは違うよ舞美


あたし何かしたっけと呟きながらまだパスタを巻いている舞美に桃子は口を開−
‥−こうとして止めた
言わない方が面白い
全く自分は意地悪な人間だと思いながら桃子はにやりと笑った
代わりの言葉を探して作り、舞美に渡していく


「あー舞美バカだからねー。何かしたんじゃない?」
「う〜ん」
「舞美とえりかちゃんタイプ違うしねぇ」
「あー‥‥」
「それにね舞美」


ぐっと身を乗り出し桃子は舞美に言う
にやりといかにも意地悪そうな、悪戯を企んだ子供のように微笑んで

 
 

「えりかちゃんて、結構モテるんだよ?」
 
554 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:20
 
桃子の言葉にパスタを巻くに巻いていた舞美の手がぴたりと止まった
ゆっくりと舞美が顔を上げる、その顔は石像のように固まっていた
その姿があまりに可笑しくて桃子は吹き出しそうになる

そのまま舞美を観察していると、一度ゆっくり瞬きをした後フォークを皿に置いた


「へ、へー。そっか、そうだよね。えり綺麗だし」
「うん。もももそう思う」
「うん。そっかぁ、うん」


言いながら舞美はおろおろと手を動かし、ナプキンを手で弄ったりジュースのストローを意味も無く触ったりしだした
その様子が堪らなく面白いと思った桃子は笑いを抑えながら更に言葉を重ねる
 
555 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:22
 
「なんかこの間放課後呼び出されてたし」
「えぇっ!?」
「もしかしたら、ねー」
「‥‥‥」


えりかが呼び出されていたのは本当だ
しかしながらえりかはその時にきっぱりと断っている
佐紀から聞いた為桃子は知っていた
けれどそれを舞美に伝える事はしない
何故なら、これは舞美への桃子の悪戯だから
舞美も少し位恋に苦しんだ方が良い
もっと恋愛に免疫力をつけてもらわないと困る
 
556 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:24
 
黙って舞美を見ていると、舞美は壊れたロボットのようにキコキコと音がしそうな動きをしだいた
そしてテーブルに置いてある砂糖を取り、スプーンで掬ってパスタにかけだした


「‥‥‥」
「へー‥。ふーん」
「舞美?」
「そっかぁ。へー」


呟きながら舞美は呪われたように砂糖をかけ続けている
パスタが真っ白に埋もれた頃、砂糖を元の位置に戻し何事もなかったかのようにフォークを手に取り再びパスタを巻き出した
パスタからざらざらと可笑しな音が聞こえて桃子は少し怖くなった
 
557 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:27
 
桃子はしばらく見つめていたが、舞美は全く気にせず砂糖まみれのパスタを食べていた

まさかここまで動揺するとは
桃子は少しやり過ぎたかと思った
どうやら舞美の中でえりかはかなり大きな存在になりつつあるらしい
しかしながら舞美自身がそれに全くと言って良い程気付いていない
きっと好き、という感情を理解し切れていないのだろう

−何でこういう事は頼りないのかな

桃子はふっと息を零す
舞美は砂糖パスタを平らげ、ジュースを一気に飲み干すと、ふーっと長く息を吐いた後桃子を見た
 
558 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:28
 
「‥‥‥ゃだ」
「ん?」
「やだ。あたしえりの事好きなんだから」
「ももに言われてもねぇ‥‥」
「よしっ、えりを捕まえよう!」
「捕まえる?」
「うん。避けられてるなら捕まえる」


舞美らしい考え方だと桃子は思った
そしてきっと舞美ならえりかを捕まえられるだろう
どこまでも運動的な舞美の考え方に桃子は少し感動した
桃子はどれだけ追っても、どんなに求めても捕まえられなかった
掴む事の出来る恋をしている舞美は幸せだと思う
だからこそえりかとは上手く行って欲しい

「でも避けられてるんでしょ?」
「それも聞く。えりが本当に嫌がってるんなら仕方ないと思うし」
 
559 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:29
 
「それに、えりかちゃんに恋人が出来たら舞美どうするの?」
「あー‥」
「‥‥」
「いいよ」
「?」
「あたしは好きでいるから」


そう言って舞美はにっこりと笑った
恋する苦しさも、この笑顔なら乗り越えて行けそうだと桃子は思った

 

−恋、したいなぁ


目の前の舞美を見て桃子はふと思った
それは暫く考えていなかった、考えようとしないでいた思い
しかし桃子はほんの一瞬、けれど確かに恋をしてみようかと思った
 
560 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:30
 
その時ふと頭に浮かんだのは小さな後ろ姿
日頃振り回しては迷惑ばかりかけている幼なじみで
桃子は思わずふっと息を零した


 

 おせっかい−.終わり

 
561 名前:40−2+M 投稿日:2008/11/10(月) 20:31
 


562 名前:三拍子 投稿日:2008/11/10(月) 20:39
今回はここまで
アンケート全部終わりました!!!
話はそれぞれクライマックスに向かいます!!


>>542さん
また早くにありがとうございますm(__)m
あいかんももう少しで完結です!

>>543さん
私はさきもも押しです!!

>>544さん
嬉しい言葉ありがとうございます!
よかったらまたコメントお願いしますm(__)m

>>545さん
キャプがどうなるかはもう少し我慢して待ってて下さいm(__)m

>>546さん
桃子は人に迷惑かけてこそですねW
またお願いします!
563 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/10(月) 21:56
更新きてたー! 弁当の次はパスタに砂糖か舞美w
舞美も桃子も同時に動き始めた感じですね
やじうめはもちろん応援してますが桃子の恋の行方もかなり気になってます!
564 名前:22632 投稿日:2008/11/12(水) 19:57
更新乙です!
舞美は相変わらずすごいですねw
もうクライマックスですかぁ...
さきももにも幸せになって欲しいです♪
565 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:22
 


 
566 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:22
 
何がって

一番許せないのは、誰よりも自分自身だった


 

 40−3.大馬鹿者

 

567 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:23
 
やっぱり納得がいかない
千聖はそう思っていた
舞の学校での態度は相変わらず堅い、というか後輩のそれで
この間の映画の一件で なんとか気まずい空気を奪取できたかと思っていたら、次の日朝一の舞の挨拶は「おはようございます。千聖先輩」といつもの後輩口調だった

大体考えてみればおかしい
いくら千聖が先輩とはいえ学校での舞はよそよそし過ぎる
敬語はもちろん、廊下でたまに会った時だってぺこりと頭を下げてすぐに行ってしまう
千聖から会いに行かない限り舞から千聖の所に来る事は絶対と言って良い程ない
 

学校生活の中で先輩後輩の関係が出来るのは仕方のない事だ
しかしながらそれに固執するのもどうかと千聖は思う
例えば栞菜と千聖なんてただの友達のように仲も良く、それは学校の中でも外でも変わらない
 
568 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:25
 
大体千聖と舞は幼なじみなのだ、仲良くしていて何が悪いのだろう
舞にとって何か都合の悪い事でもあるのだろうか
色々と考えてみるがこれ、と決め付ける事の出来る原因は浮かんでは来なかった

 

−時間は3時半を過ぎた位
今日は部活がオフの為、千聖は一緒に帰ろうと教室で舞を待っていた
前の席には愛理が座っている
もちろん待っている相手は栞菜だ
調度良いと二人で話しながらお互いの相手を待つ事にしていた


「まだかなぁ、有原先輩」
「うん。まーもうすぐ来るよ」


余程楽しみなのだろう
にこにこと笑いながら言う愛理はいつも以上に可愛く見えた
栞菜の事だ、今頃きっと自分の教室で必死に緊張しないように深呼吸でもしている所だろう
想像すると可笑しくて千聖はふっと息を零す
 
569 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:27
 
しかしながら、舞も遅い
いつもなら大概千聖が迎えに行くのだが、今日は愛理と教室で待っていると伝えた
その時の舞の表情はもう正直覚えてはいないが、あまり乗り気ではない感じだった気がした
やっぱり迎えに行こうか
そんな事を千聖が考えていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえた
その足音には千聖よりも愛理が大きく反応した


「愛理ーっ」
「!先輩」
「こんちはー」
「げっ、千聖」


満面の笑みで教室に入って来た栞菜は千聖を見るなりそんな事を言った
はーと千聖は溜め息を吐き、席を立つ


「どーぞどーぞ。仲良くやって下さい」
「いやいや、別にそんな意味じゃないよ。千聖くん」
「舞ちゃん迎えに行くの?」
「うん。やっぱ行く」
「過保護だなぁ千聖は」


言って栞菜が笑っていた
何か言い返そうという気は起きない
仕方がない、千聖が舞に早く会いたくてしょうがないのだから
まして目の前でこんな二人のやり取りを見せられたら思わずにいられない
 
570 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:29
 
「良いよ、あたし達ももう行くから舞ちゃんの教室まで付き合うよ。ね、愛理」
「はい」
「どーも」


苦笑を返すと栞菜に何だよと小突かれた
三人で教室を後にし、上の階にいるであろう舞の元へ向かう

階段付近まで来た時、聞き覚えのある声が千聖には聞こえた


「‥‥‥ですか」


聞こえるのは確かに舞の声
千聖は自分でも驚く程身体に力が漲るのを感じる
それと同時に、心臓が緩やかにリズムを乱し始めた
無意識に足を早める
後ろから栞菜と愛理がひそひそと何か笑いながら話している声が聞こえたが、気にせず歩いて行く
 
571 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:32
 
しかし、もう少しで階段という所で千聖の足がぴたりと止まる


「何でですか?ちゃんと千聖先輩って呼んでますよ?」
「呼び方なんてどうでも良いんだよ」
「千聖に纏わり付いてさ」


千聖は耳を疑う
舞と話しているのは舞の口調からして二年か三年だろう
千聖の名前が出るという事はおそらく二年生だろうか
それよりも舞の言動が酷く気にかかる
ちゃんと呼んでいる、というのはどういう事だろうか


「‥‥わからないですね。舞に忠告ばっかりしてないで、自分で何かすれば良いじゃないですか?」
「そういう所がうざいんだよ!後輩なのに」
「いつもいつも上から!」
「ですから、舞は先輩達に言われた事はちゃんとやってます。なのに何でこんな事言われないといけないんですか?」
「‥っムカつく」
 
572 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:35
 
千聖はその場から動けない
すると立ち止まっている千聖を不思議に思った栞菜がどした?と言いながら横に来た
栞菜と一緒に足を進めて見ると、千聖のクラスメートの一人が今にも舞に殴り掛かろうとしていた


「ちょっ、何やってんの!?ストーップ!」


それを見るなり栞菜は舞と生徒の間に入っていった
突然の栞菜の登場に舞は驚いたように目を見開いていた
そして、こちらにその視線を向ける
千聖は金縛りに遭うというのはこういう感じなのかななどと考えながらその場に立ち尽くしていた
舞はしまったという顔をした後、すぐに悲しそうに目を滲ませた
どくんと心臓が跳ねる

栞菜はひやりと冷たい笑みを浮かべて舞を囲んでいた生徒達ににじり寄る


「あたしの可愛い可愛い友達に何してんのかなぁ」
「いやぁ‥‥その」
「舞ちゃんいじめてたのは君達か」
「‥‥‥っ」
 
573 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:38
 
「舞ちゃん!」


舞の名前を呼んだのは栞菜
舞は何も言わず階段を駆け降りて行ってしまった
栞菜が舞に気を取られた隙に生徒達もすみませんと頭を下げて逃げて行った?

騒がしかった廊下が一気に静かになる

 


「‥‥先輩」
「‥何?」
「先輩は、知ってたんですか‥?」
「‥−うん」
「なら、何でっ‥‥」


やっと絞り出した声は震えていた
栞菜に問答しても意味はない事も、舞に何も言えなかったくせに栞菜に聞く自分は堪らなくずるい事もわかっている
自分の知らない事を栞菜が知っていた事が悲しかった
知らなかった、気付かなかった自分に酷くむかついた
 
574 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:40
 
「言うなって」
「‥‥?」
「舞ちゃんが、千聖には絶対言うなって言ったから」
「舞ちゃん、が‥‥」
「千聖に迷惑かけたくなかったんだよ」


久しぶりに見る「先輩」な顔の栞菜
千聖はその大きな鋭い視線に少しの恐怖を感じた


「千聖」
「‥はい」
「バカ」


はっきりと栞菜が言い放つ
千聖は何か固い物で頭を殴られた気分だった
舞が自分を先輩と呼んでいた理由
敬語でよそよそしく距離をとっていた理由
原因は全て千聖だ

舞の事を見守っているつもりだった、ずっと
舞の事なら何でもわかる、わかってあげられると千聖は自負していた
それはただの自己満足とも知らずに
 
バカだ

大馬鹿者だ、自分は

 

 
575 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:41
 
真っ直ぐに自分を見つめる栞菜の視線に千聖は抵抗の意も湧かない
何も知らなかった自分は何も返す事は出来ないのだ


「あたしは言わなかった舞ちゃんにも少なからず原因あると思う」
「‥‥‥」
「でも、舞ちゃんがそういう子だってわかってるでしょ」


負けず嫌いで、子供扱いされる事を嫌う舞
我慢強いその性格はけれど内に誰よりも甘えたがりな部分を隠し持っていた
千聖はそれをわかっていた
けれどわからなかった
舞は何も言ってくれなかったのだ
その事が悲しくて、悔しくて堪らない
 
576 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:41
 
「‥‥先輩」
「うん」
「愛理と、楽しんで下さい」


そう言って千聖は階段を駆け降りる
走って行った舞はもう家に着いただろうか
関係ない、もうどうでも良い
頭の悪い自分はきっとうだうだと考えるよりこうして動いた方が良い
千聖は訳もわからず叫びたくなった

 


 大馬鹿者−.終わり

 

577 名前:40−3 投稿日:2008/11/16(日) 20:42
 

 
578 名前:三拍子 投稿日:2008/11/16(日) 20:42
今回はここまで。
栞菜、梅さん、マイマイの三人やいかに。
という感じで前編二話構成で行きます!!


>>563さん
舞美はやっぱりバカですねW
しかしそこが可愛い!

>>564さん
さきももが果たして幸せになるのかはベリ編をお待ち下さい!
 
579 名前:22632 投稿日:2008/11/16(日) 21:56
更新乙です!
千聖もやっと気づけましたね
これから千聖はどう対応するのか...
次も待ってます♪
580 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/18(火) 22:16
ちさとがどうすんのか楽しみに待ってまーす
581 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:03
 


582 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:04
 


夢の中でくらいは
素直な自分でいたかった

恋に真っすぐな自分でいたかった


 

 40−2.夢か現か

 

583 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:06
 
今朝、えりかは舞美に捕まった

いつも通りだらだらとした足取りで家を出たえりか
昨夜の栞菜との無駄な長電話のせいか今日は特にやる気が起きず、ふぅと溜め息を吐きながら教室に入ろうと扉を開けた瞬間


「今日っ、一緒に帰ろ!!」


朝から眩しい位の笑顔が目の前に現れえりかは思わず目を細めた
と同時に、心臓のリズムが乱れ出すのを感じる

最近いつもこうだ
えりかは前にもまして舞美への想いが強くなっている気がしていた
そして無意識にか意識的にか、それに体は過敏に反応する
避けているようにも見えるだろう照れ隠し
あまりにも露骨なその反応にえりか自身驚いた位だ
 
584 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:08
 
だって、どうして良いかわからない
一目見ただけで、声を聞くだけで
えりかは自分がどれ程舞美を好きか思い知らされる
その気持ちは明らかにえりかの小さな心を容量オーバーしていてパンク寸前だった
 

だから逃げ出したのだ、舞美から
自分の気持ちからえりかは逃げ出した
やっぱり似合わなかったのだ、自分に恋愛なんて
まして矢島舞美相手に
あの、学校中のスターに恋するなんて

こうして心はくじけるばかりなのに、それでもやっぱり
舞美といる事を幸せに思う
舞美と一緒にいたいと思う
けれどそう思えば思う程、避けてしまう
だからなるべく小さく小さく、ばれないように
最近えりかは気付かれないように舞美と距離を置いていた
 
585 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:10
 
舞美はそれに、気付いていたのか
きっと避けられているとは感じているかもしれない
けれどおそらくえりかの真意には気付いていないだろう
だとしたら少し悪い事をしたかもしれない、そうえりかは思った


「でも、あたし中部だし‥」
「部活終わったら迎えに行くから、待ってて!」
「‥‥」
「約束!!」


強く言ってえりかの顔を覗き込む舞美
その距離にえりかは思わずのけ反った

いつかもこうやって舞美に一方的に約束を取り付けられた事があった
強引な舞美の約束は少し辛くて
けれどえりかは抗う事が出来ない


「‥‥ぅん」
「やったぁ!!」


本当に嬉しそうに舞美は笑った
その笑顔が堪らなく嬉しくて、えりかはまた自分の気持ちを思い知る
舞美はエナメルを振り回しながら席に着いた
つい最近席替えをしたのでえりかは舞美と席が離れた
自分で距離を置いておいて席が離れたとわかった時はやっぱり落胆した

それからはまた舞美に視線を送る日々
 
586 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:12
 
ただ前と変わったのは、舞美がえりかの送る視線を感知するようになった事
えりかが送った視線の周波に舞美が応答する
ぴたりと合わせるように舞美が振り向く
それにえりかはすぐに目を逸らす
なるべく自然に、違和感のないように

どうしてこうも自分の気持ちに背を向け避けるのか
あの時、舞美にお守りを渡した時の勇気はもう持ち合わせていない
言わば体力の限界、という所か
ぷすんとガスの切れた車のようにえりかは止まってしまった
気持ちばかりが大きくなるばかりで
それに対処する力をえりかは持っていない


どうしたものか
自分がこんなに恋に苦しむタイプだとえりかは思っていなかった
誰かを特別に想う
それはとても幸せな事で、そしてとても苦しい事だった
 
587 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:16
 
そして今えりかは薄暗い教室に一人座っている

やっぱり中部と外部では終わる時間がかなり違う
それがわかっていながら今日の分の作業を焦って終わらせ、明日の分にまで手を付けたえりか
思えば舞美と帰る事はかなり久しぶりで
いろいろと考えていたらいつの間にか作業は終わってしまっていて、いつもよりも早い時間に活動している教室を出て来た

机に着いてから10分程か
窓の外から聞こえる快活な声は未だ止みそうにない
冷たい空気に身体を丸めて机に突っ伏した


「舞美‥‥まだかな‥」


あまりに静かな教室にえりかは少しの不安を感じた
 
588 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:20
 
舞美を想えば想う程臆病になっていく
逃げ腰な情けない自分がどんどん見えてくる
いつでも、恋にも後ろ向きな弱い奴
えりかはそんな自分が大嫌いだった

ぎゅっと目を閉じる


いつの間にか外からの声は聞こえなくなっていた
どうやら外の部活も終わったらしい
舞美があせあせと着替えている時
えりかは静かに眠りに堕ちていた
 
589 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:20


−−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
590 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:21
 
夢の中で目を開ける
そこは真っ暗闇で、えりかは辺りをキョロキョロと見渡す
真っ暗な冷たい空間


−あぁ、またか


えりかは何度か今と似た夢を見た事がある
何も見えない、夢とも言い難い夢

決まってえりかはその真っ暗闇の中をふらふらと歩き出す
夢の中は考え事にはもってこいだった
たった一人で見る夢、その中では何をしても、何を言っても構わない
けれどえりかは何もせず、ただ歩き続けるだけ
歩いても歩いても何も見えて来ないのもわかっている、それでもえりかは何故か歩いてしまう
 
591 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:23
 
その内歩くのにも飽きて来る
その時は立ち止まり、その場にしゃがみ込む
そのままこてんと横になり、目を閉じる

夢の中で眠りに堕ちる−
それがえりかの夢から醒める方法だった


そして今もえりかはふらふらと歩いている
学校にいたからか格好は制服のままで
風の入り込むスカートは少し寒かった
どれ位歩いただろうか
もしかしたら夢の中だから実は一歩も歩いていないのかもしれない

しかしながら現実の世界では歩き出そうともしないのだ、それに比べれば随分マシな方だろう
動かしていた足を止める
もう一度辺りを見渡す、やっぱり何も見えない
ふぅと息を吐きえりかはその場にしゃがみ込む
膝を抱えて頭を埋める

現実の世界、もう舞美は教室に来るだろうか
そんな事を考えながらえりかは目を閉じた
 
592 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/22(土) 19:28
 

−えり−

 
 

耳に入って来た声にえりかははっと目を開ける
まだ完全に眠っていなかったのか、辺りはまだ真っ暗闇の夢だった


−えり−


その声にふわりと目の前が明るくなった気がした
そこに舞美がいる
差し込む柔らかな光、それだけで冷たかった空間が温まる気がした


−舞、美?−


確かめるような小さな声で、声のする方へえりかは問い掛ける
それに対する返事は返って来なかった
えりかはゆっくりと立ち上がる


 
−えり、じゃあね−
−!まっ、待って−
 
593 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:32
 
えりかは慌てて歩き出す
柔らかな光が徐々に明るさを失っていく
そこにうっすらとあの姿勢の良い後ろ姿が見えた気がした


−待ってよ舞美−


歩く速度を速める
えりかは必死に手を伸ばした

伝えたい言葉がある
どうしても、聞いて欲しい
夢の中でくらい、逃げたくない
どうか今だけは舞美を捕まえたい
舞美に追い付きたい
消えていく光に今しかないと胸が叫んだ


 
−待って−

−舞美、あたし−

−舞美−



 
「−舞美!」
 
594 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:34
 
消えそうな光の中がしっと強く、その手を掴んだ
同時にえりかはぱっと目を醒ます

 

−目の前には
手を握られて目をぱちぱちとさせている舞美がいた
現実で掴んだ手は、熱かった

 

 
 夢か現か−.終わり

 

595 名前:40−2 投稿日:2008/11/22(土) 19:35
 

596 名前:三拍子 投稿日:2008/11/22(土) 19:40
今回はここまで。
次はあいかん前編です!
 
>>579さん
お早いコメントありがとうございます!
千聖は最後まで千聖らしくいきます。

>>580さん
千聖がどうなるのか見守ってやって下さい!!
597 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/22(土) 22:04
更新お疲れ様です!
ブラッディマンデイ見た後できたら更新されてたんでダブルでテンション上がりましたww
やじうめもやっとですね^^!
くっついてしまうとなんだか寂しい感じもするんですが、梅さんがもんもんしてるんで舞美が早くガーッといってやってww

次のあいかんもめっちゃ楽しみにしてますw
598 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/24(月) 00:44
はじめまして。
作者さんのお話大好きです。
やじうめは梅さんが舞美のことを大好き!というお話が多いので、作者さんのお話では梅さんが愛されていて嬉しいです。
あいかんも素敵ですね。
次回も楽しみにしています。
599 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:15
 


600 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:15
 
 

愛理がこの曲をあたしの為に弾くなら
あたしも頑張って言うよ

ちゃんと、好きだって

 


 40−1.『あの曲』


 
601 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:16
 
千聖が飛び出して行って数分、栞菜と愛理も学校を後にした
小さな裏門から出て早貴の家に向かう


「あっ、栞ちゃんだ」
「なっきぃ」


自転車を動かそうとしていると玄関のドアが開いて早貴が出て来た
これから塾に行くのだろう、それ用の堅苦しい鞄を持っていた


「あっ!鈴木愛理ちゃん?」
「?どうして私の名前‥‥」
「知ってるよぉ。だって栞ちゃんが毎日毎日−
「あーっ!なっきぃ!!」


栞菜は慌てて早貴の口を塞ぐ
愛理はきょとんとした顔で栞菜と早貴を見ていた
必死な栞菜に早貴が可笑しそうに笑う
 
602 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:18
 
栞菜は毎日のように早貴に愛理の事を話している為、早貴は会った事はなくとも愛理の事を良く知っていた
そして愛理の事を栞菜がどれだけ好きかももちろん知っている
だから余計な事を言われては困るのだ

栞菜がお願い、と目で訴えると早貴はくすりと笑いわかった、と愛理に聞こえないように小さく言った


「じゃあ塾だから行くね。またね愛理ちゃん」
「さよならぁ」


去り際もう一度早貴がくすりと笑ったのを栞菜は見逃さなかった
思わず恥ずかしさから苦笑する

行こ、と言い愛理を荷台に乗せ自転車を漕ぎ出した
もう自転車に乗ると手がかじかむ位寒く、栞菜は季節の巡りも早いものだなぁと思いながら身体を抜ける冷たい風を感じていた
すると背中から小さな声が聞こえた
愛理の声を栞菜は聞き逃さない
すぐに頭を季節の事から愛理の事へ変換する
 
603 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:19
 
「中島先輩、可愛い人ですね」
「ん?あーなっきぃね。そうだねぇ、良い子だし」
「あぁ、優しそうな感じします」
「うん。あたし日頃からお世話になりっぱなしでさぁ」
「そう、ですか」


お世話になっている、というのは愛理との事がほとんどだ
愛理の事でいちいち一喜一憂している栞菜を早貴はいつだって優しく見守ってくれている
頭が切れる早貴は適確な意見を述べてくれる為、栞菜は本当に信頼している
その気持ちをそのままに栞菜は言ったが、愛理からは少し寂しそうな返事が来た
気のせいかと栞菜は自転車を漕ぎ続ける
背中の愛理が眉を下げて小さく溜め息を吐いている事など気付かなかった
 
604 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:25
 
−そこからはいつもの通りだ
相変わらず大きな門を抜け、愛理の後を小さくなりながら着いていった
長い廊下を通り、もう大分来慣れた愛理の部屋に到着し、栞菜お気に入りのソファーに腰を沈めた


「思えば久しぶりだねぇ」
「この間は、すみませんでした」

 

愛理の家に来るのは、あの遊園地に行った時向かえに来た以来だった
つい最近の週末、愛理に会いたくなった栞菜は自転車に跨がり愛理の家へ向かった
しかしながらいきなり押しかけては悪いと道の途中で愛理に電話を掛けた

 
『すみません‥今日は』

 
断られたのが初めてだからか、そう愛理から言われた時栞菜は大袈裟な位肩を落とした
どうやら大事な用らしい、それは愛理の申し訳なさそうな口調からわかった
仕方なく栞菜は来た道を引き返そうと自転車を漕ぎ出した
 

その時、ある美しい女の子と会った
荷物をばらまいてしまったらしく道路にしゃがみ込んでいた女の子
顔立ちはどこか外国人のようで、綺麗な茶髪をふわふわと揺らしていた
久しぶりに愛理以外の女の子を可愛いと思ったかもしれない
世の中の女の子達に随分と失礼な事を考えたと苦笑したのを覚えている
 
605 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:27
 
そんな訳で、栞菜は久しぶりに愛理の家に来た
あの時断ってしまった事を愛理はまだ気にしているのかしゅんと肩を竦めていた
その姿が可愛らしく、栞菜がくすりと笑うと愛理がきょとんとした顔で栞菜を見て来た


「そんな謝んなくて良いのに」
「でも、やっぱり‥」
「可愛いねぇ、愛理は」


自然と口から出た可愛いという単語
あっ、と気付き顔を上げると頬を赤く染めた愛理が見えた
その顔にどくんと胸が鳴る
無意識に言った言葉を訂正する気はない
むしろ言って良いのなら幾らでも言いたい位だ
しかしながらそんな事を口には出来ず、ごまかすように紅茶に口を付けた
ふぅと一つ息を吐き、心臓が正常に動いている事を確かめた後、もう一度愛理を見る
愛理は少し不安そうに栞菜を見つめていた
 
606 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:28
 
「‥先輩」
「ん?」
「ピアノ、聴いてくれますか‥‥?」
「−‥‥」


今までに愛理のピアノを聞いたのは二回
一回目は、草むしりをしていた時に盗み聞きした
二回目は初めて愛理の家に来た時
その美しい音色に栞菜は毎回感動を覚えた

けれど、最後まで聞いた事は一度もない
愛理は『あの曲』だけは最後まで弾いた事がないと言っていた


 
母親の形見のような曲、
初めて見た、それを弾いている愛理の表情を忘れる事はなかった
曲は二回ともほぼ同じ所で終わった
『あの曲』の最後を栞菜は知らない
もしかしたら愛理も知らなかったのかもしれない
 
607 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:30
 
栞菜は理解する
今日愛理が自分をここへ招いた理由


−もう、必要ありませんから−


あの日、墓参りに行った時
母親の墓前、一輪の薔薇の花と共に愛理は楽譜を置いてそう言った
あの楽譜はきっと、『あの曲』の楽譜だ

 
理解した途端に栞菜は静かな緊張が体に走るのを感じた
 
608 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:33
 
「−うん」
「‥‥‥」
「聴きたい。あたしでよかったら聴かせて?」


素直に、聴きたかった
愛理に『あの曲』を弾いて欲しかった

言うと愛理は泣き出しそうな顔で笑った
その表情に栞菜は胸が熱くなる

 

愛理はゆっくり立ち上がると、自分の後ろ、部屋の中心にあるピアノに向かい歩いて行く
以前はその姿に恐怖と不安を感じた
もちろん今だって全く感じない、という訳ではない
けれど愛理の姿勢の良い背中に、今までとは何か違う力のようなものも感じた
大丈夫だと、そう言っているような気がした


愛理が席に着き、部屋がしんとした
栞菜から見えるのは愛理の横顔
愛理は目を閉じていた
その綺麗な横顔は少し遠い所にいるようにも見えて、けれど今の栞菜にならきっと愛理を優しい気持ちで見守る事が出来る気がした

ゆっくりと愛理が目を開ける
ふぅと小さく息を吐いて、指をピアノへ寄せた
 
609 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:34
 

 
栞菜は考える
曲が終わるまでに
愛理に何て言って告白するか考えよう
飛び切りカッコイイやつにしようか

 
−さぁ、演奏の始まりだ


 

 『あの曲』−.終わり

 
610 名前:40−1 投稿日:2008/11/29(土) 20:35
 



611 名前:三拍子 投稿日:2008/11/29(土) 20:39
今回はここまで。
次回から三編最終回に向かいます!!
果たして三軒並びの恋の行方は!?

 
597さん
そうですね。もう梅さんは舞美にガーッとさらわれちゃえば良いと思いますW
 
598さん
有り難いお言葉ありがとうございます!
なんだかんだ言って舞美も梅さんにぞっこんだと面白いと思いますWW
 
612 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/30(日) 01:06
栞菜ついに告白するのか?するのんか!?
続きが楽しみすぎて落ち着きません!w
613 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/30(日) 15:20
告白♪告白♪
楽しみ♪
614 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/04(木) 19:02
いよいよですねー^^
愛理のプチ嫉妬かわいかったですwそしてここの栞ちゃんは嫌みなくかっこよすぎるww
飛び切りかっこいいの、期待してます!
615 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:05
 


616 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:06
 
 

可笑しいね
あれだけ一緒にいたのに

今更お互いの気持ちを知るなんて


 

 40−3.幼なじみ

 
617 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:07
 
−終わった
舞はベッドに飛び込み枕に顔を埋めた
しばらくぐりぐりと顔を押し付けていると、その内じわりと涙が浮かんで来て舞は鼻をすする

見られてしまった、一番見られたくない人に
千聖に
知られてしまった


 
−今日の放課後、早く教室で待っている千聖の元へ行こうと舞は階段を駆け降りて行った
すると階段の終わりに三人の生徒達がいた
舞は気付くなり眉間に皺を寄せ、胸が嫌な気持ちでいっぱいになるのを感じた
向こうも舞に気付いたのかこちらを見上げるなり酷く感情的な目で舞を睨んで来た
舞はふぅと溜め息を吐き、とんとんと足取りを変えずに階段を下り切る
するといきなり肩を掴まれ壁に押し付けられた
背中に当たる壁が冷たかった
もう面倒になった舞は正直に言う事にした
 
618 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:10
 
自信があった
この生徒達が舞に関するある事ない事を千聖に言ったとしても
千聖はきっと舞を信じてくれる
そんな自信があった
だから舞はわざと大きく溜め息を吐いた後、感情的にもなれない目を生徒達に向けた

 

『面倒だなぁ』
 


そこから始まった何とも温度差のある言い合い

舞は決まった言葉でしか相手を罵る事が出来ない生徒達に内心笑ってしまいそうにさえなっていた
しかしながら、とうとう言葉も品切れか、一人の生徒が舞に掴み掛かって来た
殴られる、そう思い舞はぎゅっと目をつむった

 
すると聞き覚えのある声と共に舞と生徒の間に腕が割って入って来た
驚いて目を開けるとそこにいたのは栞菜
−どうして栞菜がここに?
そう思った瞬間、視界の端に入った人影
まさかと思い舞は首をそちらへ回した

 
そこにいたのは千聖
 

619 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:11
 
一瞬、息が止まったかと思った


そして次の瞬間には涙が零れそうに苦しくなった

千聖は呆然と舞を見ていた
状況が理解出来ていないのだろう
どうかそのまま理解しないでいて欲しいと舞は思った
日頃の鈍感さを発揮して、太陽のようなあの笑顔を向けてくれれば良い
そうすれば、まだ何とかなるかもしれない
けれど千聖は動かなかった
舞は堪らなくなって、生徒達を睨みつけている栞菜の背中から逃げ出した

 
走って走って、家まで一直線に
頭の中がぐるぐると渦を巻いて気持ち悪くなった
 
620 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:11
 
−−−−−−−−−
−−−−−−
−−
 

621 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:13
 
枕に埋めていた顔を上げ、ごろりと寝返りをうち天井を見上げる

『千聖先輩』は、どうしただろうか
もしかしたら栞菜が上手くごまかしてくれているかもしれない
もしかしたらただ驚いていただけで全く理解していないかもしれない
可能性の低いもしかしたらを舞は考える

 
しかしながらそんな考えも荒々しく階段を上がる音によって断たれる

舞は起き上がりベッドに腰掛ける
何となしにわかっていた
わからない事があれば千聖ははっきりさせに来る
もう諦めが着いた舞は無駄な抵抗はよそうと近付く足音を黙って聞いた
しかし足音は近付くにつれ小さく、頼りない感じになっていった
足音が止まり、少ししてカチャッとドアの開く音がした
舞はくるっとドアに背中を向ける


「‥‥‥‥」
「何ですか?千聖先輩」
「‥今、学校じゃないじゃん」
 
622 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:15
 
千聖にしては珍しい、低い落ち着いた声だった
舞は振り返らない
声を聞いただけでまた涙が出そうになったのだ、面と向かったらどうなるかわからない
なるべく冷静に
そう、さっき自分を囲んでいた生徒達に言ったように
感情的にならないようにと舞は静かに答える


「先輩は先輩ですから」
「何で言ってくれなかったの?」


千聖の声がはっきりとしたものに変わる
その言葉に舞は拳をぎゅっと握る
千聖は舞に構わず言葉を続ける
その言葉に舞は頭ががんがんしてきた


「千聖が頼りないから?バカだから?」
「‥‥‥」
「ねぇ舞ちゃん、千さ−
「そうだよ!!」
 
623 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:17
 
冷静でいる事は、無理だった
千聖の問い掛けがやけに嫌に聞こえて舞は背中を向けたまま声を荒げた

言わなかったんじゃない、言えなかったのだ
千聖が頼りないんじゃない、舞が千聖に頼りたくなかった、それだけだ
悪いのは自分だ
わかっていても感情をぶつけずにはいられなかった
ずっと我慢していた想いを舞は千聖に向ける


「千聖がバカだからだよ!」
「舞ちゃ−うぉっ!?」


舞は振り返り、近くにあったクッションを千聖に思い切り投げ付ける
ボスンと見事に千聖の体に命中した
千聖が言葉を発する前にもう一発、ベッドの下にあった色違いのクッションを掴んで投げた


「鈍感!意気地無し!」
「待ってよ舞ちゃん!」
 
624 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:19
 
「全部全部、千聖のせいだ!」
「−‥‥」


クッションが無くなり舞は次は枕を掴み振りかぶる

投げる瞬間、千聖の目付きが変わった事に気付いた
千聖は足元にある舞がさっき投げたクッションを拾うと舞の投げた枕を叩き落とした


「そうだよ!千聖のせいだよ!!」
「−‥‥っ」
「だって、舞ちゃんが言ってくれなかったんじゃん!」
「だってっ」
「千聖がっ、千聖がどれだけ舞ちゃんの心配してると思ってんだぁー!!」


言うなり千聖は思い切りクッションを舞に投げ付けて来た
舞が驚いて止まっているとクッションと枕を抱えた千聖がかかってきた

もう駄目だ
むかつく

頭の中はもうめちゃくちゃで
多分千聖もそうなんだろうとクッションを掴みながら舞は思った
 
625 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:20
 
「全部全部、千聖のせいだ!」
「−‥‥」


クッションが無くなり舞は次は枕を掴み振りかぶる

投げる瞬間、千聖の目付きが変わった事に気付いた
千聖は足元にある舞がさっき投げたクッションを拾うと舞の投げた枕を叩き落とした


「そうだよ!千聖のせいだよ!!」
「−‥‥っ」
「だって、舞ちゃんが言ってくれなかったんじゃん!」
「だってっ」
「千聖がっ、千聖がどれだけ舞ちゃんの心配してると思ってんだぁー!!」


言うなり千聖は思い切りクッションを舞に投げ付けて来た
舞が驚いて止まっているとクッションと枕を抱えた千聖がかかってきた

もう駄目だ
むかつく

頭の中はもうめちゃくちゃで
多分千聖もそうなんだろうとクッションを掴みながら舞は思った
 
626 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:22
 
そこからはもう子供の喧嘩で

お互いクッションと枕のぶつけ合い投げ合い
舞は久しぶりにこんな感情的になったかもしれないと思った
とにかく夢中で千聖をクッションで叩く


「知ってるよ!そんな事、わかってるよ!」
「わかってない、じゃあ何で言わないんだよ!千聖はバカなんだからっ、言わなきゃわかんないじゃん!!」
「だって千聖は先輩だから!」
「−?」
「人気者だから、モテるから‥‥っ」


いつの間にか勢いはなくなり、声は涙声になりかけていた
 
627 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:24
 
こんな筈じゃなかった
ずっとずっと、千聖と笑い合っていたかった
それはきっと自分が我慢すれば出来る事で
千聖に迷惑をかけたくなかった
大切な大切な幼なじみ
その関係がどうかいつまでも続けば良い
それだけだった
それ以上を求めるのは贅沢だ
舞は自分にそう言い聞かせて来た
それがとても辛い事で傷付く事だともわかっていた

けれどもう
どうでもいい、何とでもなれ


「舞は、幼なじみなんだもん。でもそんなの学校じゃ関係ないんだもん」
「何で‥‥」
「後輩はっ、敬語使って千聖先輩って呼んで。なるべく近付かないように」
「‥‥‥」
 
628 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:25
 
「ただの幼なじみの舞は、人気者の千聖先輩といちゃ駄目なのっ!!」


もう一度叫んで思い切りクッションを投げた
すると千聖は抵抗する事なくそれを顔面に食らった
ボン、とクッションが千聖の足元に落ち、部屋が一気にしんとなった
舞は少し不安になり千聖を伺う
千聖は俯いて少し黙った後、小さく呟いた


「‥‥じゃあ」
「‥‥?」

 
「じゃあ、千聖の彼女になってよ」
 
629 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:27
 
「‥‥‥−なっ、」
「彼女なら、敬語じゃなくても名前で呼んでも全然問題なし!」


そう言ってにっこり笑った千聖はいつもの千聖だった
予想外の言葉に舞は喜ぶに喜べないでいた
千聖の考えがわからない


「‥でも‥‥」
「駄目かな?千聖頼りないから」
「そうじゃなくて」
「でも、きっと誰よりも舞ちゃんの事好きだよ」
「‥‥‥」
「うん、絶対好き!」


よく見ると千聖の顔は真っ赤だった
その顔に千聖の考えと想いを理解する
そしてそれは舞と同じだと
 
630 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:30
 
千聖らしい、恥ずかしい位真っ向勝負の告白だった
苛々としていた気持ちが徐々にほどけて行く気がして
舞はその場にぺたんと座り込んだ
千聖が驚いたように近付いて来る
全身の力が抜けてしまった


「‥‥ちさと」
「え?」
「千聖」
「‥何?」
「千聖千聖ちさとーっ」
「ま、舞ちゃん?」


何度も名前を呼ぶ
やっぱり、千聖は千聖だ
元気で、優しくて
太陽のような
舞の大好きな、大好きな幼なじみ

口元が緩む
いつの間にか胸はぽかぽかと暖かくなっていた


「やっぱり、千聖がいい」
「‥‥」
「先輩なんてやだよ」
「‥‥うん」
「舞は、千聖が好き」
「‥‥‥」
「だから、一緒にいてよ。ずーっと」
「〜〜っ、舞ちゃん!!」


千聖が勢い良く抱き着いて来た
舞は思わずバランスを崩して倒れそうになる
千聖はこれでもかという位舞を抱きしめる
少し苦しいがそれよりもずっと心地良かった
 
631 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:31
 
幼なじみという千聖とだけの関係
それはきっとずっと続く関係で
でも、千聖と舞は幼なじみじゃなくても

きっとずっと一緒にいるんだろうな


 

 40−3.
 幼なじみ−.終わり

 
632 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:31
 


633 名前:40−3 投稿日:2008/12/06(土) 00:32
 


634 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:32
 


635 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:32
 
 

隣り合わせで歩くには、まだまだ自信がないけど

あなたが手を繋いでくれるなら
ずっと隣にいたいと思う


 

 40−2.二人の速度

 

636 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:33
 
「‥‥‥」
「ぁ‥‥‥」


えりかの目はいつになくはっきりと覚めた
開いたままの口から次の言葉が出て来ない

真っ暗な夢の中で舞美を捕まえた気がした
消えそうな光に手を伸ばし
名前を呼んでその手を掴んだと同時に覚めた目
顔を上げるとそこにいたのは舞美
えりかはさっきまですやすやと眠っていたのが嘘のように体が熱い

 
舞美も口を開けようとしない
黙ってえりかを見つめていた
えりかは頭が上手く回転しない
さっきも言ったようにはっきりと目は覚めている
けれどどんどん早くなる鼓動からか頭の中で言葉が作られていかない
 
637 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:35
 
必死で作っても、喉の所で熱に耐え切れずに消えてしまう
それがもどかしくてえりかは眉間に皺が寄るのを感じた
いきなり手を取られた舞美はどう思ったのだろう
寝ていた人がいきなり名前を呼んで手を掴んで来たのだ、驚かない訳がない
むしろ不審にさえ思うかもしれない
初めてえりかから舞美を捕まえた
いつもはただ待っていた

 

そう、えりかは待っていた
贅沢にも、舞美から来てくれないかと
意気地無しな自分の小さな想いに気付いてくれたら
そんな自分勝手な贅沢を望んでいたのだ

けれど、確かに
えりかは夢の中で舞美に向かって行った
消えそうな光を捕まえて言おうとしたのは紛れもなく自分の気持ちで
ほんの一瞬、自分の中から力が湧くのをえりかは感じた
 
638 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:37
 
どうせなら、夢の中で言ってしまえばよかった
寝言まじりに勢いで言ってしまえたらよかった
ずっと胸の内にあって、ずっと言葉に出来なかった想い
それを現実の世界まで持って来てしまったものだから、えりかはその言葉を口にする事が出来ない
一瞬湧いた力はしゅんと縮こまり、えりかの胸の内に逃げ帰ってしまった
それを呼び戻す余裕など今のえりかにはない

何故なら今、目の前には舞美がいるのだから
前にも言ったが、えりかは逃げ出してしまう位舞美への想いが強くなっているのをわかっている
今だって出来れば逃げてしまいたい位だ
けれどそれは許される筈もなく、えりか自身逃げたくないという気持ちも何処かにあるのだ
 
639 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:39
 
日が落ちて冷たい空気に繋いだ手が熱を失って行く
というか、いつ離せば良いのだろう?
舞美は離す気配を見せない
えりかが離すのを待っているのだろうか

離した方が良い?
離さない方が良い?
離したい?
離したくない?

そんな選択肢が頭に浮かんだがそれは舞美が口を開いた事によってすぐに消えた


「えりってさぁ」
「‥‥‥ん?」
「髪、茶髪。綺麗だよね」


舞美は柔らかく微笑んでそう言った
何の脈絡もないその話にえりかは不思議に思った
しかしながら髪が綺麗と言われた事に心臓は素直過ぎる位反応した
舞美は繋いだえりかの手を見つめたまま続ける


「あと声、可愛い」
「そんな‥‥」
「見た目とのギャップ?多いよね。結構クールそうに見えるから」


見た目通りの人だったらよかったとえりかは思った
クールな外見からは想像出来ない心配性な意気地無し
身長に見合わない小心者
それを表に出す事は何だか面倒で恥ずかしくて
だからえりかは人付き合いはほどほどに、人の事にもあまり干渉して来なかった
自分の事を知らなくて良いから、自分も相手の事を知ろうとはしない
えりかはずっとそうして来た
 
640 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:42
 
「言う事もすっごい面白い。ここ!って言うポイント掴んでる」
「‥‥ぃや」
「それに、いつも周り見てる」
「‥‥‥」
「えりは、いつも周り見て、みんなに気が配れて良いと思う。あたし羨ましいもん」


舞美がえりかを分析していく
えりかは頼むからやめて欲しいと思う
舞美の綺麗な目で見るから綺麗に見えるだけだ
舞美は無意識の内にフィルターをかけて美化してしまっているだけだ
気を配っている訳ではない
いつも周りを気にかけるのはびくびくしているのを悟られないようにする為だ
羨ましがられる事なんてない、絶対ない
羨ましいのは舞美だ
えりかは苦しくなる


「‥‥そんな事、ないよ」
「どうして?」
「あたしはそんな良い人じゃないんだよ、舞美」
 
641 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:44
 
「‥‥‥」
「あたしは逃げてるだけ。周りからも自分からも」
「‥‥‥」
「面倒な事にならないように、自分を守る事ばっかり考えてるんだよ」


思えばえりかは舞美に自分の事を話した事がなかったような気がする
口から出たのは惨めにも自分を卑下する言葉
自分で言っておいてその言葉に涙が出そうになった

舞美は眩し過ぎて、だから余計に自分が嫌いになる
純粋で、真っ直ぐで
そんな風に生きられたらどんなに幸せかと思う
出来る事なら舞美に正面からぶつかって行きたい
えりかは度々そう思って来た
 
642 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:46
 
けれどそれは思ったというだけで、実際そうしたのはあのお守りを渡した時位だっただろう
やっぱり、自信が持てない
自分の事を卑下して、なのに大切にしているえりか
そんな自分が学校中のスターである矢島舞美に恋をしたのが悪かったのだ
自分と向き合えない人間が人と向き合える筈がない

 

−そうだ、こんな手離してしまおう

そう思いえりかは繋いでいた手を引こうとした
けれど舞美の力強い手がそれを拒む
がっちりと掴んで離さない
驚いて顔を上げると舞美と目が合った
舞美の顔は真剣で、思わずえりかは息が詰まった

 
「もしそうでも、関係ないよ」
 
643 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:48
 
「‥‥?」
「あたしは、えりの事こう思ってるんだから。だから良いんだよ」


舞美のはっきりと言い切る言葉がぶつかって来る
堪らなく幸せな言葉にぐっと胸を掴まれたように苦しくなった
舞美の強い真っ直ぐな目がえりかを捕らえる
どくどくと血が身体を巡るのを実感した


「えり」
「‥‥‥」
「あたし、寂しかった」
「‥‥‥」
「えりに逃げられるの、寂しかった」
「‥‥‥」
「さみしかったよ?」


舞美の表情は本当に寂しそうで今にも泣き出しそうだった
その表情にえりかは元々あった後悔がさらに増した気がした
舞美のこんな顔は初めて見た
拗ねたような、悲しそうな
どこか自分に似たような
 
644 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:52
 
ごめん、という言葉は喉に支える
じゃあ、何て?
何て言えば良い?
えりかが考えていると、舞美が繋いだ手を離してゆっくり立ち上がった
離された瞬間、手が一気に寂しくなった
手を繋いでいた時をこんなにも幸せだったと思う事はない
ぼんやりと空いた自分の手を見た後、えりかはいきなり立ち上がった舞美を見る
何故いきなり立ち上がったのか
けれど舞美と目が合った瞬間、どくんと心臓が鳴ってえりかはそんな事どうでも良くなった
舞美は一度息を吐いて、いつもよりも更に真っ直ぐな目でえりかを見る


「‥‥‥」
「えり」
「‥‥はい」
「あたしと、あたしとっ付き合って下さい!」


そう言った舞美はえりかに手を伸ばし、深く頭を下げた
びしっと姿勢の良い礼
えりかは舞美の言っている意味がわからない
あまりに予想外の事に嬉しさや恥ずかしさよりも疑問が浮かび、だから素直に聞き返してみた


「‥‥何で?」
「へ?」
「舞美、相手間違ってない?」
「?」
「だってあたし−‥」
「言ったじゃん、関係ないって」
「‥‥‥」
「あたしがえりの事が好きなの」
 
645 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:55
 
「あたしがえりが大好きで。だから、付き合いたいの」
「‥‥‥」
「だから、お願いします!」


舞美の言葉は本気の本気で絶対に嘘ではない
えりかはそんな事わかっている
ただその言葉が自分に向けられている、という事に納得がいかなかったのだ
けれど舞美の真剣な表情に、えりかは思った

自分はこれに、答えなきゃいけない
向き合わなきゃいけない
舞美の気持ちにも、自分の気持ちにも

えりかは自分の前に伸ばされた手を見る
すると小さく震えているのがわかった
それを見てえりかは少しの嬉しさと安心が胸に広がるのを感じる
きっと、きっと恋に不安じゃない人なんていなくて
今目の前にいる学校中のスター矢島舞美も決して例外ではないのだ
自分の気持ちばかり見て来てえりかは気付かなかった
自分を想ってくれる存在がいる事を


「‥舞美」
「‥‥?」
「ごめん」
「‥‥‥」
「好きなの。あたし、舞美が好きなの」
 
646 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:56
 
「‥‥‥」
「でも、自信がなくて‥ずっと舞美から逃げてて」
「うん」
「だから‥‥っ」


涙が零れた
えりかは顔を覆った手を離す事が出来ない
自分の気持ちを口にして
ドキドキして、苦しくて
けれど確かに幸せで、嬉しくて


「なんで泣くの?」


頭上から声が降って来て、舞美の手が顔を覆うえりかの手に触れる
舞美に手を取られてえりかは顔を上げる
舞美は椅子に座り直し笑っていた


「やったじゃん!あたし達、両想いなんだよ?」
「‥‥ぅん」
「えりー!」
「うん。そうだね」


繋いだ手をぶんぶんと振りながら無邪気に笑う舞美につられてえりかも笑う
舞美の眩しい笑顔にちゃんと答えられているだろうか
そう不安にならないのは、きっと自分の想いが通じたからなのだろうとえりかは思った
 
647 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 00:58
 
 

手を繋いで並んで帰った

自分と舞美はきっと生きている速度が違い過ぎる
例えば自分がスタート地点で靴紐を結んでいる時、舞美はもうゴールしているのだろう
いつか考えたそんな話をえりかは舞美に話してみた

すると舞美は繋いだ手を上げて「大丈夫大丈夫!」と笑うとこう続けた


『こうやって、えりと離れないように手繋いでるから』
 
648 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 01:01
 
 

面倒臭がりな、走る事が大嫌いなあたし
きっと舞美に追い付くのはまだまだ無理で

でもこうして舞美が手を取ってくれるなら
少し頑張ってみようかなって思った


 

 40−2.
 二人の速度−.終わり

 
649 名前:40−2 投稿日:2008/12/06(土) 01:01
 


650 名前:三拍子 投稿日:2008/12/06(土) 01:06
今回はここまで。一挙二話完結!!
え?メインのあいかんは?
もう少しお待ち下さいm(__)m

 
>>612さん
どうぞ落ち着かずに待ってて下さいWW

>>613さん
告白、まだ悩んでます‥‥W
お待ち下さいm(__)m

>>614さん
愛理はさりげなくやきもち妬いたりすると可愛いと思いますW
最後まで栞菜を見てて下さい!!
 
651 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/07(日) 00:58
青春ですねー
あいかんも楽しみにしてます
652 名前:22632 投稿日:2008/12/07(日) 10:04
ちさまい、やじうめは簡潔ですかぁ
素直になれたマイマイと初めて舞美に向き合った
梅さんが素敵です!!
あいかんはどうなるのか楽しみです♪
653 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/07(日) 11:51
ちさまいのケンカがなんだか微笑ましかったですw
そしてまっすぐなちっさーと舞美の告白にはドキドキさせられましたww本当よかったね梅さん(/_;)


次のあいかんもいよいよですね。完結は嬉しい反面やはり寂しいです…。
番外編のような感じの三軒のお話もあれば嬉しいです^^
654 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/07(日) 19:55
更新&完結お疲れ様です!
ちさまいもやじうめもやっと素直になったなぁって感じですね
終わって欲しくないような気がしつつ栞菜がどう動くのかも気になります
続きも楽しみに待っています
655 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:19
 

 
656 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:19
 


657 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:20
 
 

やっぱり、そうかっこよくは決まらないよね

まぁ、でも
愛理が笑ってるからいっか


 

 40−1.告白
 

658 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:20
 
美しいピアノの音が心地良く耳に響く
二人だけの部屋、そこにはピアノの音色が瞬く間に広がって行く

ピアノを弾く愛理の表情は落ち着いていて気持ち良さそうで
栞菜は思わず見惚れる
もし、もしも
自分と出会った事でこうして幸せそうに愛理がピアノを弾けるようになったのだとしたら、これ以上に嬉しい事はないと栞菜は思う
愛理が自分と話す事によって
愛理が自分と会う事によって
愛理の側に自分がいる事で
それで少しでも愛理が幸せなら良いと栞菜は思う
 
659 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:21
 
愛理との事に対して、栞菜が今までのように感情のままにぶつかって行かなかったのは、愛理が大切だったからだ
見守る、という事は栞菜に取ってあまり経験のない事だった
今までの栞菜なら思い立ったら即行動、相手の事なんかお構いなしに引っ張っていた
けれど愛理は栞菜が今まで出会った誰よりも

綺麗で、可愛くて
そして、儚かった

だから栞菜は強引になれずにいた
ふわふわとした柔らかな雰囲気の愛理は
掴んだら雲のように消えてしまうんじゃないか
栞菜はいつもそんな事を考えていた

だから、ゆったりゆっくり
向かうんではなく、迎える
成る程こういう付き合い方もあるんだなと栞菜は感心した
 
660 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:22
 
ピアノを弾く愛理は確かに栞菜の目の前にいて
けれど少し、遠くにいるようにも見えた

 
 
思えば出会いはごくありきたりだった

初めて会った時、ネクタイをしっかりと締めて一生懸命に学校に向かう愛理を見てあぁ真面目そうな子だなと思った
笑い掛けられて本当に胸を射抜かれる事があるんだと驚いた
恋に落ちる瞬間を実感した
草むしりの時、ピアノを弾く愛理を見て
その泣き顔を見て更に胸が痛くなった
まるで遠くにいるような、違う世界にいるような気がして
それでも近付きたいと、強く思った

初めてこの愛理の家に来て、初めて愛理の話を聞いた
自分には全くわからないような話で
愛理との距離を痛感した
この大きな家に一人閉じ込められている愛理に少しの恐怖さえ感じたのだ
 
661 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:24
 
自分に出来る事、というよりは自分が勝手にしたい事を考えて栞菜は愛理を一人にしないとこれまた勝手に決めた
単純に栞菜は愛理といたいと思ったからだ
どうか一人で悲しまないで欲しい
本当にそれだけだった


今思えば随分と自分には行動力があったなと思い返して栞菜は感じた
何せあの集中豪雨の日に事もあろうか自転車で飛び出したのだ、愛理に会いに行く為に
もうあんな思いは二度とごめんだと思うが、実際また同じような事があればやっぱり自分は家を飛び出すんだろう
あまりに明らかで栞菜は自分に呆れる
 
662 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:25
 
出会ってからの数カ月が何年もの想い出のように頭を巡り巡る
栞菜はふいに涙が出そうになった
演奏は続く、もうすぐいつも途切れる部分に差し掛かる

 
窓から差し込む夕日に、遊園地に行った時の事を思い出した
愛理と一緒に見た景色は
綺麗で、どこか切なくて
けれど暖かい気持ちで胸をいっぱいにした
このままどこか苦手な観覧車にずっと乗っていたい、栞菜はそう思った
愛理と名前で呼んで、愛理が笑って
そんな小さな変化が堪らなく嬉しかったのは何より愛理が好きな証拠だったのだろう
 
663 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:26
 
思えばあの時、自分の事も名前で呼んでと言っておけばよかったと後になって後悔した
タイミングを逃してしまった為未だ愛理の呼び方は『有原先輩』のままだ
柔らかい空気はあるとは言えやっぱりまだ二人の間にはどこか堅苦しさがある気がした


そして、栞菜は愛理の家族に会った
正直蹴りでも食らわしてやろうと思っていたが、静かな場と愛理の背中を見たらそんな事考えられなくなった
愛理の細い背中に隠し切れない悲しみを感じた
 
664 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:29
 
あの時
本当は、抱きしめたかった
泣いている愛理を
思い切り抱きしめてあげたかった
けれど締め付けられる胸に平静を装うとするプライドから、愛理を大切にするという想いから、結局腕を愛理の背中に回しただけだった

もしこのまま気持ちのままに抱きしめたら、自分はきっと場違いな言葉を口にする
それは泣いている愛理に向けるべき言葉ではない
笑っている愛理に聞いて欲しい言葉だった
その為栞菜は口をつぐんでただただ愛理に腕を回していた
 
665 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:30
 
けれど、今日は伝えようと思った
ずっとずっと秘めていた想い
いや、もしかしたらばれているかもしれない
それでも今まで一度も愛理自身に向けた事のない想い

伝えなくても、きっと愛理は自分の側にいてくれる気がする
けれどそれがいつまでかはわからない
何とも幸せで、何とも曖昧な関係
もしかしたらこのままが一番幸せなんじゃないか
そう考えた事もある
もしも栞菜が気持ちを伝えたら、後は愛理次第
返答次第では、関係は一気に変わるかもしれないし、あまり変わらないかもしれない
その二択に絞られる
その選択を愛理に委ねるのは少し悪い気もするが仕方のない事だ
 
666 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:32
 
しかしながら、不思議と
栞菜は想像出来なかった、愛理と気まずくなる自分を
自信があるのか?と聞かれたらもちろんない
けれど、気持ちを伝えた時愛理が嫌がったり悲しんだりする姿は想像出来なかった

 

ピアノのゆったりとした音色のせいか、いつの間にか想い出話にふけってしまっていた
気が付くと最後の節が弾かれ、『あの曲』は終わるようだった
 
667 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:34
 

−しまった

栞菜は思わず声を上げそうになった
部屋に響いている音はもう消えかかっている
この曲が終わるまでに、栞菜は愛理に何と言って告白するか考えるつもりだった
ところが聞こえてくる美しい音色と愛理の横顔に見惚れてしまい、頭の中が愛理だけになってしまっていた栞菜は台詞を考えるのをすっかり忘れていた


音が途切れる
その途端、愛理が大きく息を吐いた
栞菜は無意識の内に拍手を送っていた
愛理は栞菜の方を向くと小さくぺこりとお辞儀をした
顔を上げて微笑んだ愛理に心臓がどくんと鳴り、すぐにリズムを崩して行く


「ありがとうございました。聞いてくれて‥‥」
「え、ぁ、うん」
「最初に、有原先輩に聞いて欲しかったんです」


言って恥ずかしそうに俯いた愛理に栞菜はこの後の展開を直感的に予測した
その直感は、多分当たる
 
668 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:35
 
「先輩あたし−‥」
「すき」


だから、その言葉を愛理に告げられる前に栞菜が告げた
愛理は突然の栞菜の言葉に驚いたように顔を上げた
多分今自分も愛理と同じような顔をしているんだろう
そんな事を考えながら栞菜は続ける


「‥‥‥」
「愛理が、好き」


かっこいい告白の言葉、というのはどんな感じなんだろうか
少なくとも今の栞菜の告白はかっこいい物ではないだろう
寧ろ相手の話を遮っての告白など場合によっては迷惑にさえ思われるかもしれない
大体直感した、と言ったものの、実際愛理が何と言おうとしたのかは愛理にしかわからない
ただ変な確証があった為栞菜は先走ってしまった
 
669 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:36
 
「‥‥あーもーっ!」


情けない自分への恥ずかしさから前髪をくしゃくしゃと掻き乱す
すると前から小さく笑う声がした
栞菜が恐る恐る愛理を見ると、愛理は口を押さえて笑っていた
その様子が可愛いなと思いつつ、笑われた事に更に顔が熱くなって行く


「はい。‥‥私も、そう言おうと思ってたんです」
「‥‥‥」


そう言って愛理は微笑んだ
その笑顔は今まで見たどの笑顔よりも可愛く見えた気がした

栞菜はゆっくりソファーから腰を上げ、愛理に近付く
愛理はピアノの椅子に座っている為栞菜が愛理を見下ろす感じになる
愛理の必然的な上目使いに栞菜は溜め息を吐いて諦めるように笑った
 
670 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:38
 
「かっこわるいなぁ、何か」
「そうですか?」


しかしながら近くまで来てみると、愛理の頬が赤く染まっている事に気付いた


「−愛理」
「?」
「あー‥‥」


名前を呼んでおいて栞菜は眉間に皺を寄せる
栞菜のしたい事
それは恥ずかしくて栞菜は言うべきか迷う
けれどやっと気持ちが通じ合った今、愛理を目の前にして我慢する事は無理そうだった
こほんと一つ咳をして、栞菜は愛理に言う

 

「抱きしめても、良いですか?」
「‥‥‥っ」


言うと愛理の顔が更に赤くなった
目を泳がせて困っている愛理にもう一歩近付き、愛理の手を取る
返事を聞く気がないなら尋ねなくてもよかったではないか
一瞬そんな事を考えたが、栞菜は愛理を引き寄せた
軽い愛理の身体が椅子から浮いて栞菜の腕の中に収まる
 
671 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:40
 
ずっと、ずっと抱きしめてあげたかった
自分より背の高い、でも細くて華奢な愛理の体
抱きしめて何になるのかはわからない
でも、抱きしめたかった


ぎゅうと音がする位栞菜は思い切り愛理を抱きしめる
栞菜は愛理の体温を全身に感じて堪らなく安心した
目を閉じて愛理の存在を実感する

すると栞菜の肩に顔を埋めている愛理の肩は小さく震えている事に気付いた
それに栞菜は抱きしめる力を少し緩めた
愛理の背中を緩く撫でる
くすんと鼻を鳴らし、愛理が呟く


「‥‥ぁりがとう、ございます」
「‥‥‥ん?」
「自転車で送ってくれて、缶ジュースくれて‥」
「‥‥‥」
「一人じゃないって、言ってくれて」
「‥‥−うん」
 
672 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:41
 
小さな声で愛理が続ける
震えていても綺麗な愛理の声が栞菜の耳元で心地良く響く


「沢山楽しい話してくれて‥‥雨の日も、一緒にいてくれて」
「うん」
「遊園地も、お墓参りも‥‥」
「うん」
「ずっとずっと、ありがとうございました‥‥っ」
「‥‥どういたしまして」


何度もありがとうと繰り返す愛理に栞菜は胸が熱くなる

そして栞菜は愛理に告げたい言葉がもう一つある事を思い出す
抱きしめていた腕を解いて愛理の肩に触れる
愛理は俯いて恥ずかしそうに涙を拭っていた
 

「愛理」
「‥‥?」
 
673 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:42
 
「あたし、愛理より一日でも長生きするから」
「‥‥‥」
「ひとりには、絶っ対させないから」

 

これは中々に決まったかもしれない
そんな事を考えて栞菜は思わずふっと息を零す
 
674 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:43
 

永遠なんて望まない
明日だって何が起こるかわからない
けれど、出来る限り
許す限りは愛理と一緒にいたい
ずっと側で優しく笑っていて欲しい

 
栞菜はこつんと愛理の額に自分の額をつける
愛理はもう一滴、涙を零して頷いた

 


 40−1.
 告白−.終わり

 
675 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:43
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 
676 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:44
 
「そうだ!今度うちにおいでよ」
「先輩のお家ですか?」
「うん。住宅街なんだけど、色違いの家が並んでんの。うち赤色」
「‥‥行きたいです」
「でさぁ、そのご近所さん達がまた面白くてさ−‥‥」


 

 
そうだよ、遊びにおいで
すっごい楽しいんだよ?

住宅街の一角
赤、黄、紫の三軒並び
そこっておかしな人達ばっかいてさぁ
今度紹介してあげるよ

きっと、愛理も大好きになると思うんだ


 
677 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:45
 

 
 三軒並び−.終わり

 
678 名前:40−1 投稿日:2008/12/08(月) 06:48
 


679 名前:三拍子 投稿日:2008/12/08(月) 06:54
三軒並び℃編はこれで一応完結です。
この後番外と言った感じのベリ編が何回か入ります!!


>>651さん
ベリキュは等身大なので書きやすいです。
またお願いしますm(__)m

>>652さん
沢山のコメントありがとうございました!
やっぱあいかん大好きですW

>>653さん
ベリ編の方に続編みたいな感じでちょくちょく出します!!

>>654さん
終わりましたねー(T_T)
また新作もお願いします!
680 名前:三拍子 投稿日:2008/12/08(月) 06:57
 
そして、近々新スレを立てたいと思ってます。
こっちは短編中心、でも今考えてるのは中編になるかも?WW
ベリ編と平行してやってこうと思います。
よろしければお願いしますm(__)m
 
681 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/09(火) 02:36
お疲れ様です!
いつも更新楽しみにしてました。
ベリ編も楽しみだな〜
682 名前:22632 投稿日:2008/12/09(火) 19:29
お疲れ様でした!
私は作者さんの作品大好きなのでこれからもあっちこっち
拝見させていただきます。
これからも頑張って下さい♪
683 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/11(木) 22:28
完結おめでとうございます!
やっぱり栞ちゃんは最後まで爽やかにかっこよかったです!
愛栞大好きなんで毎回本当に楽しく読ませて頂きました^^

三軒どの子のストーリーも微笑ましくて大好きでした!
ベリ編も楽しみにしています^^
684 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/22(月) 04:59
完結おめでとうございます!
そしてお疲れ様でした。
作者様の書くやじうめ、あいかん、ちさまい、大好きです。
梅さんかわいいよ梅さん。
実際は梅さんが舞美を想うよりも、舞美の方が梅さんを想っている気がします。
幸せな気持ちになることができました。
本当にありがとうございます。
685 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:47
 

686 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:47
 

687 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:47
 

こんなにも幸せなのに

こんなにも報われない恋はない

 


 B−1.一方通行

 
688 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:48
 
 
もう一種の呪いのようなものかもしれない
 


部屋の寒さに身を震わせて梨沙子は目を覚ました
こしこしと目を擦り、すぐに窓へと近付く
のろのろと窓を開けると柔らかい光が目一杯部屋へと差し込んで来て梨沙子は思わず目を細める

時計を確認すると時間は11時
世間はクリスマスイブで忙しいというのに随分とのんびりした朝だ
けれど梨沙子の頬は緩む
関係ない、今日は夕方から始まるのだ
ベッドに腰掛け、思い切り身体を伸ばす
 
689 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:49
 
−イブさ、駅前のツリー見に行こうよ−


聞いた時は耳を疑って思わずもう一度、と聞き返してしまった

一昨日、梨沙子は久しぶりに帰り道で雅と会った
会った、というよりは梨沙子が雅を見つけた、という方が正しいだろう
最近少し髪の色を明るくしてみた
そんな事を本人から聞いていたが、梨沙子が雅を雅と判別するのに髪の色など関係ない
例え黒髪でも金髪でも白髪だって
雅の場合、ぬいぐるみに入っていたとしても梨沙子はすぐに中身が雅だとわかるだろう
それ位の自信はある

わかるのだ、絶対
どんなに遠くにいても、どんなに大勢の中からでも
梨沙子はきっと雅を見つけ出せる

けれどきっと、雅は梨沙子を見つけ出す事はあまり得意ではないのだろう

 
690 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:51
 
家が隣同士で
二つ上の雅は小さな頃から梨沙子の世話役だった
優しくて頼りになってかっこよくて
梨沙子はいつも雅の近くをとことこと付いてまわる子供だった
ずっと雅を見ていて
ずっと雅が好きで
雅にばかり固執する自分を梨沙子はあまり好きではなかった

雅は優しい、けれどその優しさにどんな意味が込められているのかを考えると、実は優しくはない
梨沙子を見つめる雅の目は優し過ぎて、梨沙子が求めているような熱を持ってはいない
それはずっと一緒に育って来た中で全く変わらないもので
変わらず側にいられる事は幸せだが、酷い仕打ちにも感じられる
「好き」なんて言葉は小さな頃から何度も言って来た
しかしながらそれが本気の告白なのかは雅はもちろん梨沙子にもわからなかった
 
691 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:52
 
一度、たった一人
梨沙子を雅から離そうとした人がいた

苦しいなら、報われないなら
自分の所に来れば良い

そう言われた時は胸が熱くなったしそれも良いかと一瞬考えた
けれどすぐにそれは無理だとわかった
視線の先にいるのは、雅であって欲しい
側にいるのは雅であって欲しい、絶対に
この不毛な想いがいつまで続くかはわからない、けれどきっとずっと変わらない
梨沙子はそう思った

きっと『彼女』もわかっていた
わかっていたけれど、それでも彼女も梨沙子が好きだったのだろう
不毛な恋はお互い様だった
彼女は優しい、少なくとも雅よりずっと優しい
きっぱりと断られた後、彼女は梨沙子を応援すると言ってくれた
素直に嬉しかった
彼女のお陰で真っ直ぐに雅を想う事が出来た
側にいられる事をもっと幸せに想えるようになった
  
692 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:55
 
だから今年も
梨沙子はクリスマスは雅を誘おうと思っていたのだ

しかしながら、先に雅から誘われた
いつもなら梨沙子が雅を半ば強引に誘う為、それは普段あまりない事で
ましてこういった大事な日に雅から誘われた事は全くと言って良い程なかったと思う
だから梨沙子は聞き直した


「みや、もっかい」
「えー?だから、うちイブ部活ないからさ」


−一緒にツリー見に行こ?−

 

そう言った雅の顔はいつも通りで梨沙子は少し拍子抜けした
クリスマスイブに誘われた
それは梨沙子にとっては特別な事だが、どうやら雅にとっては何等普通の事なのかもしれない
そう思うと少し悲しくなった
 
693 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:56
 
「桃とキャプテンも、呼ぶの?」


少し気になる事を梨沙子は雅に聞いてみた

梨沙子、雅、桃子、佐紀
去年のクリスマスはこの四人でパーティーをした、というより三人で雅の家へ押しかけて夜遅くまで盛り上がった
雅は部活帰りで疲れていたようだが、それでも一緒に楽しく過ごした

梨沙子を誘う雅の口調があまりにいつも通りで思わず梨沙子は聞いてしまった
四人で遊ぶ事は楽しい
けれど、少しつまらなくもある
好きな人と二人きり、これ以上に幸せな事はないのだ
だから出来れば、そう言って欲しい
梨沙子は少しの期待を秘めて雅の言葉を待った
 
694 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:58
 
「−いや、」
「‥‥‥」
「うちだけ」
「‥‥−」
「うちと梨沙子、二人」


素っ気ない言い回しは照れ隠しだとわかった
梨沙子はそれでも一気に胸が暖かくなるのを感じた
やったぁとその場で跳びはねたい位だったが、まるで四人は嫌だという風にも取れる為大袈裟には反応しないでおいた
しかしながら顔はだらし無く緩みきっていたに違いない

鼻唄を歌いながら雅の後斜めろを歩いていると
はぁ、と白い息を吐いて笑っている口元が見えた
 
695 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 13:59
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
696 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 14:01
 
そして今日がそのイブ
けれど梨沙子は少しだけ気になった事がある

−どうして夕方から?

部活がないなら今日は雅は一日空いている筈だ
ならば朝から出かければ良い
部活で疲れているのだろうか
昨日も一日練習だったらしい、文化部の梨沙子とは違い運動部の雅は連日練習に励んでいる
きっとまだ疲れて眠っているのだろう
その証拠に窓を開けたすぐ前にある窓はまだ閉まっていて、電気も消えているようだった

正直に言ってしまえば梨沙子は雅と一日ずっと一緒にいたかった
けれどそのせいで雅が疲れさせるのは絶対に嫌だった
 
697 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 14:01
 
良いのだ、夕方からでも夜まで一緒にいられる
雅と過ごすクリスマス
もしかしたら二人きりで過ごすのは初めてかもしれない

 
うはーっとだらし無い声を上げながら梨沙子はベッドに寝転んだ

 

 
  一方通行−.終わり

 
698 名前:B−1 投稿日:2008/12/26(金) 14:02
 

 
699 名前:三拍子 投稿日:2008/12/26(金) 14:04
 
はい、待ちに待った方はいらっしゃったでしょうかベリ編スタートです!!
ちょっと時期がズレますが気にしないで下さいm(__)m

4〜5話で完結の予定です。
 
700 名前:三拍子 投稿日:2008/12/26(金) 14:11
 
>>681さん
ありがとうございます。ベリ編もよろしくお願いしますm(__)m

>>682さん
新スレ立てたんでよろしかったらそちらもお願いします!!

>>683さん
ダメですね〜。私はどんな話を書いても栞菜がかっこよくなっちゃうんですWW
ひいきですね。

>>684さん
梅さんはクールだけど乙女でへたれ、でもそんな所が好きな舞美が好きです!!!
 
701 名前:名無し 投稿日:2008/12/26(金) 23:33
待ちに待ってましたよw
702 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/12/27(土) 00:15
みやりしゃ楽しみすぎる(^-^)
703 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:13
 


 
704 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:14
 

今年もクリスマスが来る

多分、またあいつは来る


 

 B−2.失恋

 
705 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:17
 
一昨年のクリスマス、失恋をした
あたしがではなく、桃がだ

 

 
それはもうわかりやす過ぎる一目惚れだった

三年前、部活の後輩である雅と遊ぼうと、佐紀は雅の家へ行く事になった
すると家を出た途端桃子に捕まり、仕方なく連れて行く事になった
正直連れて行きたくはなかったが、雅と桃子は面識もある為大丈夫だろうと佐紀は思っていた

雅の家に行くと、雅ともう一人
雅の背中に女の子がいた
「ほらっ、梨沙子」と雅に言われ佐紀達の前に現れたのは
ふわふわとした茶髪に真っ白な肌、まるで人形のように可愛らしい整った顔の女の子だった
佐紀は驚いて口を開けたままぽかんとしていた
ふと隣を見ると桃子も同じように
いや、佐紀よりも梨沙子に釘付けになっていた
桃子のこんな姿を、佐紀は初めて見た
てっきり「可愛いー!」とか言って飛び付いて行くかと思った
 
706 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:19
 
すぐにわかった、恋に落ちるとはこういう事なんだと

その時の佐紀は意外に落ち着いていて
何だそうかと素直に納得してしまった
本当は、胸の奥の奥が小さく泣いていた
けれど佐紀はそれに気付かない振りをした
雅は二人の様子に少し首を傾げていた


「菅谷、りさこです」
「あたしの幼なじみなんです。付いて来るって聞かなくて」


雅は申し訳なさそうに笑っていた
梨沙子は少し不安そうに雅の服の裾を掴んでいた
その様子から、佐紀は二人の関係を薄々感じ取っていた
もしかしたら桃子もそうだったのかもしれない
 
707 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:21
 
それから四人は仲良くなり、遊ぶ時はほとんど必ずこの四人になった
その中で桃子がどんどん梨沙子を好きになっていくのが佐紀はわかった
そして同時に、その気持ちは叶わないものなんじゃないかとも思い始めていた

梨沙子の視線の先、そこにいるのはいつも一人だけ
そう、雅だけだった
いつだって梨沙子は雅を見ている
いつもいつも雅にくっついて絶対に離れなかった
雅からしてみればきっと梨沙子は世話のかかる可愛い幼なじみ
いや、きっとそれ以上の気持ちは持っているのかもしれない
しかしながら雅自身がそれに気付いていないようだった

 
恋は盲目、とはよく言ったものだけど
正にこの時の桃子はそうだったと佐紀は思った
雅は気付いていただろうか
桃子が梨沙子に対して特別な視線を送っていた事を
静かに静かに、胸の内で熱を燃やしていた事を

 
708 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:25
 
そして一昨年の冬、事は起こった
佐紀にとって、桃子にとって
これほどに忘れられないクリスマスイブはないだろう

 

 
イブの日、佐紀と雅は部活で試合があった為帰りが夕方遅くになってしまった
雅には言っていないが、桃子は今日梨沙子に会いに行っている
イブに桃子が梨沙子を誘った、会いに行って何をするのか佐紀はわかっていた
桃子から直接聞いた事はなかったが、きっと桃子は佐紀が桃子の気持ちに気付いている事をわかっていただろう
佐紀は何も言わなかった
というよりは、言えなかったのかもしれない
 


今朝桃子から電話があった

「ももは今日りーちゃんと遊んでるから」

そう言った電話の声は明るかった、けれど佐紀はそれが上辺だけのものだとすぐにわかった
桃子は、本気だ
なら何も言わない、見守るしかない
佐紀はうん、と一言返した

−ありがと−

人に迷惑ばかりかけている桃子が、日頃佐紀を振り回しているばかりの桃子が
小さく小さく、けれどはっきりとした声でそう言った
じわりと胸が温かくなるのと同時に、少し息が苦しくなった
佐紀はもう一度、うんと返して電話を切った
 
709 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:27
 
「クリスマスだっていうのにうちら寂しいですねー」
「いやいや、これも青春」


雅の顔をまともに見れないまま、他愛のない話をしているといつの間にか佐紀の家の前だった
 

試合が終わった後、佐紀はどこかで食べて行くかと雅を誘ってみた
けれど雅はにそれを断った
「多分、家で親とかと盛り上がってると思うんで」
雅の中で、クリスマスは家に帰れば梨沙子が待っているというのは決まりのようになっているらしい
雅は呆れたように言っていたが、その顔は楽しみな気持ちを隠し切れていなかった

今日、雅の家に梨沙子は行っているのだろうか
帰り道雅と並んでそんな事をぼんやり考えてみたものの、考えるまでもない話だったと佐紀は思った
 
710 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:29
 
雅と別れて家に入ると、玄関に見慣れた、けれど清水家の物ではないブーツがあるのに気付いた
佐紀は思わず階段をばっと見上げる


−いる−‥‥


外から見た時自室の明かりは点いていなかった
暗い所が苦手は桃子が明かりを点けていない
佐紀はどくんと心臓が鳴るのを感じた
 
リビングを覗くと母親が「桃子ちゃん来てるわよ」と天井を指差して言った


「ごめん、お母さん。ご飯いらないかも」


それだけ言って佐紀は階段を上がり自室へ向かった
廊下をゆっくり歩き、ドアの前で止まる
中からは物音一つしなかった
その事がまた佐紀の予感が当たっているという事を明確にしていた
一つ、小さく息を吐き佐紀はドアを開けた


見渡す限り人の影はなかった
ただ、窓際のベッドの上に不自然に丸まった毛布の塊があった
ドアを閉めて佐紀は数歩、ベッドに近付く

 
「−桃」
 
711 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:31
 
返事はない、ただ少し毛布が動いたのがわかった
佐紀は荷物を置き、電気は点けないままベッドにもたれ掛かるように腰を下ろした
ふーっと長く息を吐き、首を回す

 
 
何も話さなかった
何も聞かないし、何もしない
それは佐紀の桃子に対する何よりの心遣いであり、思いやりであった
暗いしんとした部屋の中、時計だけが休む事なく動き続けた
いつの間にか時間は8時を回っていた
二時間以上もこうして二人黙っていたのかと思うと佐紀は少し驚いた
ちらりと桃子を見る

寝ている訳ではない、わかる
佐紀は桃子との付き合いが誰より長い
だからって本当に何もかもがわかる訳ではない、けれど他の誰よりもわかっていると思っている
だから桃子に何があって今どんな気持ちなのか
それを察する位は出来た
 

 
「‥‥さき」
「‥‥何?」
 
712 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:33
 
すると毛布の中から佐紀を呼ぶ不明瞭な声が聞こえた
佐紀はどきっと心臓が鳴り、一瞬肩が強張ったがすぐに平静を取り戻す
振り返る事はせずに佐紀はゆっくり天井に目を向けた
毛布の中から聞こえた桃子の声は、普段のうざったい面倒な声ではなく
聞いた事のない位低くて小さなものだった

 

「りーちゃんに会って来た」
「知ってるよ」
「告白して来た」
「‥‥そっか」


箇条書を棒読みするかのような桃子の言葉
けれどその中の『告白』という単語だけが嫌に佐紀の耳についた
また少しの沈黙を間に挟み、桃子が続ける


「‥‥あのね佐紀」
「うん」
「りーちゃん、みーやんが好きなんだって」
 
713 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:36
 
「うん。知ってる」
「ももだって知ってるよ」
「‥‥‥」
「でも、それでもさ‥‥」


桃子の声が震えていくのがわかった
その痛切な声に佐紀は胸が締め付けられて痛かった
泣いているのは桃子だ
けれど佐紀は今なら自分もに泣けるような気がした
しかしながら、その涙が本当に桃子を思っての涙なのか
それともどこかで小さく、けれど堪らなく安心している自分への怒りからなのか
それがわからない佐紀は桃子と一緒に涙を流す事は出来なかった


「もも‥りーちゃんを助け出したかった‥‥」
「うん」
「でも、ダメ。ももじゃ全然駄目だ」
「うん」
「ずっとっ、みーやんが羨ましかった‥‥っ」
「−‥うん」


小さな桃子の泣き声は静かな部屋の中に悲しく響いた
佐紀はただただうんと答える事しか出来ない
 
714 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:37
 
梨沙子は悪くない
ただ、桃子の気持ちは梨沙子に繋がれる事はなくて
それを繋ぐ方法を佐紀に見つける事は出来なくて
きっと梨沙子も、雅に繋がらない想いに苦しんでいて、それでも離れられなくて
何も知らない雅には、それを繋ぐべきかは今はまだわからないだろう

誰を責めれば良いかもわからない

 
佐紀は身体を起こし、毛布に包まって小さくなっている桃子の方を向く
正直な所どこが頭でどこが足なのか、もこもことした毛布に包まっていてはわからなかった
ただ、手できゅっと握り締められた部分は震えていた

ふと窓の外を見ると、ちらほらと雪が舞っているのが見えた
皮肉なものだ、よりによってこんな日がホワイトクリスマスになるなんて
雪はしんしんと降ると言うけれど正にそんな感じで
暖房が効いた室内は温かい筈なのに、外の冷たい空気が身体に染み通るような気分だった
 
715 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:40
 
「ココアでも飲む?入れて来るよ」


佐紀はそう言って立ち上がろうとした
するとばっと毛布の中から手が出て、佐紀の手首を掴んだ
佐紀は驚いてがくんとその場に崩れ落ちる
毛布から出たのは手だけで、相変わらず桃子は毛布の中だった


「桃?」
「‥‥‥いてよ」
「‥‥‥」
「ここにいて」


手首を掴む手に力は入っていなくて、桃子のいつもの強引さは伺えなかった
いつも桃子に振り回されて迷惑を被っている佐紀
けれど今の桃子のお願いが、今までで一番の我が儘のように思えた
するりと手を抜き、桃子の手を取る
毛布の中からぐすっと鼻をすする音が聞こえた


「わかった」
「‥‥‥」
「大丈夫、桃。大丈夫だよ?」
「‥‥‥」
「あたし、ここにいるから」
「‥‥ぁりがと」


繋いだ手を優しく握り、佐紀はベッドを向いて座り直す
暫くすると、聞こえていた鳴咽はなくなり、その内すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえて来た
 
716 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:40
 
泣き疲れたのだろう
桃子の一世一代の恋愛だったのだから

 
「おやすみ。桃」


佐紀はもう一度窓の外を見る

どうか、どうか
誰かが誰かの大切な人でいられますように
景色を白く染める雪に、佐紀はそんな事を願った
 
717 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:41
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
718 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:42
 
そして今年もクリスマスがやって来た
佐紀が午前中練習を終えて家に帰って来ると、家の前で自室の明かりが点いている事に気付く

−はいはい、わかってますよ


そう溜め息を吐きながらも頬は緩んで
佐紀は何等変わらない足取りで玄関のドアを開けた


「「「メリークリスマース!!!」」」
「はいはい、みんないらっしゃい」


玄関を開けるやいなや現れたのは桃子、そして舞美とえりか
この三人と初めて過ごすクリスマスに佐紀は胸を躍らせる
「じゃ、佐紀も来たしケーキ作ろー!!」と言いながら舞美が階段を駆け上がって行き、その後をえりかがのろのろとついて行った


「桃。あんたねぇ」
「佐紀さき!聞いてっ!!」
「?」
「みーやんがね?りーちゃんをデートに誘ったんだって!!」
「みやが?へー」
「りーちゃん、楽しんで来ると良いねっ」


まるで自分の事のようにはしゃぐ桃子に佐紀はふっと息を零す
梨沙子の幸せを誰より願っているのは桃子だろう
そして梨沙子の幸せは雅にしか与えられない
それで良い
桃子が笑っていてくれるなら
雅と梨沙子の幸せを願うのなら
 
719 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:43
 
「そうだね」


それで良い、それが佐紀の幸せだと思った

今年のクリスマスが、梨沙子にとって、雅にとって
桃子にとって、特別なクリスマスになるように


「行こ、桃」


そう言って佐紀は上で騒いでいる舞美達の元へ向かった


 


  失恋−.終わり

 

720 名前:B−2 投稿日:2009/01/06(火) 23:43
 



 
721 名前:三拍子 投稿日:2009/01/06(火) 23:47
今回はここまで。
桃の過去の話はこんな感じでした!

 
>>701さん
待ってて下さってありがとうございますm(__)m
ご期待に添えるよう頑張ります!

>>702さん
りしゃみやはガチなんで!頑張ってくっつけますW
 
722 名前:名無し飼育 投稿日:2009/01/07(水) 21:54
最近りしゃみやが減ってる気がして、
とにかくりしゃみや族の自分は楽しくない日々だったんで、
ここに今すっごく癒されてますw
全員のキャラがすごく好きです。
続き、楽しみにしてます。
723 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/30(金) 03:57
明日、テストなのに全部読んじゃいました・・・

青春ですねー☆

かんなが『愛理』って練習で呼んだのが可愛かったです(>_<)自分ができなかったことなので羨ましさもありました(笑)

やじうめもちさまいも素敵でした☆
三軒並びということで、初めて、ちさまいを読んだんですが、よかったです☆

やじうめもペースは違うのに、つながってる2人の想いが甘酸っぱさにつながってました☆

やばいっす!!
724 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/25(水) 01:29
楽しみにしてます♪
725 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:05
 


 
726 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:07
 

きっと、きっと特別な日になる
 
だってうちがこんなに緊張してるんだから

 

 B−3.わかりたい

 

727 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:09
 
梨沙子の欲しい物を探して、探して探してわかったのは本当に簡単な事だった

 

雅はプレゼントという物をあまり人にあげた事はない
そういった行事を重要視していたら財布の中身がとてもじゃないが持たないからだ
けれど人の誕生日などを忘れた事はない
だから今年の梨沙子の誕生日だって一番乗りでメールを送った

梨沙子との長い、長ーい付き合いの中で雅が梨沙子に何かをプレゼントした事があっただろうか
考えてみるとほとんどなかった気がする
いつもいつも、梨沙子からもらってばかりで
プレゼントも、励ましの言葉も
 
728 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:12
 
−愛も

いつもいつも、雅は受け取る側で
それに応える訳でもなくずっとずっともらってばかりだった
伝えるには、言葉にするには
雅の気持ちは曖昧過ぎた
梨沙子のように真っ直ぐに相手を見る事なんて出来る筈はなかった
梨沙子に対する気持ちを深く考えた事なんてなかったしそんな事必要ないと思っていたのだ

それが間違いだったと気付いたのは本当に無意識の事で
もしかしたらずっとわかっていたのかもしれない

ただ、小さい頃はいつもとことこと自分の後ろについて来ていた可愛い幼なじみが
いつの間にか美しい少女になっていて
だから雅は戸惑った
こんなに綺麗で、きっと梨沙子に恋している人は沢山いる筈なのに
梨沙子の目にはいつだって雅しか映っていないのだ
奢っている訳ではない、これは事実で

そのせいで梨沙子はどれだけ苦しい想いをしたのだろうか
考えると頭が痛くなった
 
729 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:14
 
だから、応えなければいけない
いい加減、自分の気持ちを言葉にしなければいけない
もう受け取るのは、それを受け流すのは
見て見ぬ振りをするのは、もう終わりだ


 
−そんな決意を胸に今日、雅は午前中から街へ出ていた
街はカップルやら家族連れやらで溢れていて
そんな中を一人歩くのは少し寂しい気分になった
梨沙子との待ち合わせは昼過ぎ、夕方にしてある
だから雅には充分に時間があった

クリスマスイブだから
ただそんな理由で雅は梨沙子にプレゼントの一つでも買おうと思い、こうして店を巡っていた
こうして見ていると自分の買い物になってしまいそうで、けれどそれは少し我慢して雅は商品を物色する
 
730 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:15
 
洋服、アクセサリー、小物、生活用品、文房具
色々な店を巡り様々な物を見たが、どれもピンと来なかった
大体、梨沙子の欲しい物は何だろう?
考えてみるとこれ、といった物は浮かんで来ない
雅は眉間に皺を寄せて梨沙子の事を思い浮かべてみる
梨沙子の好きな物や好みは何と無くはわかる、けれどクリスマスにプレゼントとして渡そうと思える物ではない気がした

 
−情けない

幼なじみにあげるプレゼントの一つも選べない
いや、もしかしたら梨沙子だから雅はこんなにも悩むのかもしれない
梨沙子の事だ、きっと何をプレゼントしても心から喜んてくれるに違いない
けれどそれでは駄目なのだ
雅が梨沙子に、これをプレゼントしたいと思えるような物でなければ
 
731 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:17
 
雅が頭を悩ませていると、上着のポケットに入れていた携帯が鳴った
ディスプレイを見ると、見慣れた名前


「もしもし、桃?」
『やっほーみーやん!メリークリスマース!!』
「はいはい、メリークリスマス」
『テンション低いなぁー。りーちゃんとデートなんだからもっと盛り上がりなよぉ』
「梨沙子と遊ぶのは午後から、今うち買い物してんの」
『買い物?』


電話の向こうで見えもしないくせに可愛らしく首を傾げているだろう桃子が想像出来た
雅は小さく溜め息を吐き、仕方ないと桃子に聞いてみた
 
732 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:19
 
「桃、梨沙子って何あげたら喜ぶかな?」
『みーやん!!』
「何?」
『違うよ。みーやんをプレゼントすればいいよ!』
「はぁ?」
『あ、言い方が悪かった』


ついきつい口調で聞き返すとごめんごめんと言いながら桃子は言い直す


『そぉじゃなくて、物より気持ちってことっ!』
「きもち‥‥?」
『そーそー。あっ、ごめんもぉ切るね。ももこれからクリスマスパーティーだから』
「え?あ、あーありがと」


いきなり電話をして来て切るのも唐突な桃子に雅は戸惑う
お礼とも言えないようなそれが桃子に聞こえたかもわからない位にすぐにツーツーと通話の終了した音が聞こえた
雅は首を傾げながら電話を切った
パーティー、どうせ佐紀の家に転がり込むつもりだろう
佐紀にお疲れ様、と心の中で呟き雅は携帯を再びポケットにしまった


「物より気持ち、ねぇ‥‥」
 
733 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:20
 
確かにその通りだ

昔から何度も繰り返し言われて来た『好き』の言葉
梨沙子の口から度々出るその単語にはどういう意味が含まれているのか
その意味は長い付き合いの中で徐々に変わって来たかもしれない
けれど本当は何も変わってなんていなくて
梨沙子はずっとずっと雅に伝えていたのだ、自分の気持ちを

それにいつからか気付きながらも、雅は素直に応える事が出来なかった
応えてしまったら、気付いてしまったら
何かが変わる、確実に
恋愛対象と幼なじみ、その大きな違いは

 
『終わり』があるか、ないかだ
 

734 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:21
 
誰しもわかっていると思うが、恋には別れというものが存在する
気持ちだっていつ急に冷めるかわからないし、別れた後今まで通り普通に接せるかどうかだってわからない
そうなった時普通に接する自信が雅にはない
けれど、幼なじみなら
この関係ならずっと一緒にいられる
ずっと梨沙子の隣にいられる
それならそっちの方が絶対に良いじゃないか
雅はそう考えた

けれど違った
幼なじみでは、優しい年上では
梨沙子の隣にはいられない
そう、言うならば斜め後ろが適任といった所か
梨沙子の隣、いつかそこを歩く人が現れる
それは「幼なじみ」の雅には出来ない事で
けれどきっと、梨沙子は雅にしかその場所を渡さない
ずっとその位置を空けて待っていてくれている
きっと、絶対にそうだ
 
735 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:22
 
簡単に言えば怖かった、それだけだ
それだけでこの梨沙子と一緒にいた長い年月、雅は自分の気持ちに気付かない振りをして来た
それは一瞬でも気を抜けば危うく気付いてしまいそうな、けれど気にしないでいないといけないような想いだった
そのせいで梨沙子の気持ちにまで無頓着になっていた

梨沙子の真っ直ぐな想いは、眩しくて、少し痛い
言うなれば太陽のようで、正面から向かって行ってはとてもじゃないが耐えられないと雅は思った
純粋な想いは胸を焦がし、目の前を明るくする
 
736 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:23
 
けれど雅はそんなに素直ではないし、真っ直ぐではなかった
自分の気持ちに自信など持てなかった
完璧にしないと、しっかりと自分の気持ちを自覚しないと相手には伝わらない
雅はずっとそう思っていた
 
しかしながら、それは思い過ごしだったのかもしれない
待ち合わせの時間までは後30分余り
そろそろ行かないとと雅は歩き出す
ふと目の前に立つ時計台を見上げ、そして思い付いた


「あ−‥‥」

 
737 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:25
 
梨沙子へのプレゼント
わかったような、わからないような

喜んでくれるだろうか
雅は空を仰いで大きく息を吐いた
 


 わかりたい−.終わり

 
738 名前:B−3 投稿日:2009/03/02(月) 00:26
 


 

739 名前:三拍子 投稿日:2009/03/02(月) 00:30
 
はい、本当にすみませんでしたm(__)m
前回の更新からもう‥‥はい、すみません。


>>722さん
りしゃみや確かに減ってますよねー。私もそう思います。
もし待っていて下さったならコメントお願いします(T-T)

>>723さん
感想ありがとうございます。
初めての長編だったんで頑張りました。

>>724さん
お待たせ致しました‥‥。
本当にすみません(T-T)
待ってて下さってありがとうございます
 
740 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/02(月) 02:20
更新お疲れ様です

>>735
>梨沙子の真っ直ぐな想いは、眩しくて、少し痛い
>言うなれば太陽のようで、正面から向かって行ってはとてもじゃないが耐えられないと雅は思った
>純粋な想いは胸を焦がし、目の前を明るくする
の箇所で不覚にも涙してしまいました
当たり前とも思える感覚ですが改めて文章にすると何か胸に迫ってくるものがありました
良い経験をさせていただきありがたく思います
741 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/02(月) 21:49
更新お疲れさまです。

青春って感じでよいですね〜。
素直になって、幸せになって欲しいです。
また続きを楽しみにしています。
742 名前:にーじー 投稿日:2009/03/02(月) 23:13
本編からまとめて読ませていただきました。
その都度レスしたいことはありましたが、まとめていうと嗣永さんかわいい!!
推してるメンバーってわけではないのに、なぜか一番応援したくなります。
743 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/03(火) 10:48
更新お疲れさまでした。
久しぶりにいいりしゃみやを読んだ気がします
どちらも更新楽しみにしてます!
744 名前:722 投稿日:2009/03/04(水) 21:02
毎日チェックしてるくらい待ってましたよ。
あ、ちなみにあっちのやじすずのこの時間頃のレスも自分ですw
作者さんの文、好きです。
これからも楽しみにしてます。
745 名前:やばいっす! 投稿日:2009/03/05(木) 03:50
まっすぐな子を相手にすると、ホントにいろいろかんがえさせられますよね(>_<)

この作品のキャラクターたちはなぜか感情移入させやすいです(笑)

りしゃみやもいいですねぇ☆
746 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 21:50
Buono!の「You're My Friend」を思わせる微妙な関係ですね
りしゃみやもうまくいってほしいです!
747 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:23
 


 

748 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:24
 
 

泣いても良いかな

ねぇ、みや
泣いたら笑う?


 

 B−4.
 

749 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:25
 
「−めずらしい」
「何が?」
「みや、早い」


梨沙子が待ち合わせ場所の駅前に行くと、既にそこには雅がいた
これでも梨沙子は待ち合わせ時間の10分前にここに着いたのだ
普段なら遅刻こそしないものの雅が梨沙子より早く来ている事などないのに
梨沙子は何だか悔しい気分だった


「あー、うちちょっと買い物あってさ。さっきまでぶらぶらしてたから」
「だから待ち合わせ駅でだったんだ」
「うん。ごめんね」
「うぅん、こっちの方がなんか良い」


家から一緒に行くのも良いが、こうして待ち合わせる方が何だかデートらしい気がした
まぁ梨沙子からすれば雅と一緒にいられるなら細かい事はどうでも良いのだ
さっきまで感じていた少しの悔しさももうどこかへ飛んでいた
 
750 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:27
 
そんな事を考え頬を緩めながら、ベンチに腰掛ける雅の隣へ梨沙子も座る


「どうするの?ツリー点灯って6時半だよね?」
「うーん、梨沙子行きたいとこは?」
「うーん‥‥」


そのまま暫くぼーっと、目の前を過ぎて行く人達を眺めていた

並んで座って、肩が触れ合うか触れ合わないかの距離
そのもどかしい感じが自分達の関係と
梨沙子の気持ちとどこか似ていて
もう少し寄せてみようか、そんな事を考えるとどきどきして
でも実際、やっぱり肩は触れ合わなくてまたどきどきして
梨沙子は視線を雅に向ける事が出来ない
 
751 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:28
 
「−よしっ」
「?」
「とりあえず、歩こう。こうしてると何かすごいもったいない事してる気分だから」


こうしてぼーっとしたまま時間にして30分程、そろそろ足を組み替えようかと梨沙子が思っていると、そう言って雅が立ち上がった
梨沙子も後を追うように立ち上がる
ツリー点灯まであと一時間半、雅が言うようにぶらぶらと歩いていればきっとこの位すぐに過ぎてしまうだろう
雅は梨沙子が隣に並んだのを確認すると、にっこりと一度笑ってから歩き出した
 

やっぱり、今日の雅はどこか変だ
いつもなら梨沙子が横に並ぶのを待つ事などしない、それを確認するなんてもっとない
隣にいるようで、梨沙子はいつも雅より一歩、いや半歩程
後ろを歩いて付いていた
それはいつからか意識的にやっていたもので

この半歩がどれだけ大事かを梨沙子はよく知っていた
 
752 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:29
 
雅はいつでも、前を見ていて
その背中からは大人になりたいという意志がいつも感じられた
梨沙子はその背中が大好きだった
けれど、どこか隣に並ぶ事を許さないような壁がある気がして、だから梨沙子はいつでもその半歩を詰める事が出来なくて
そんな時は自分が前を歩いて行く時もあった
その時に斜め後ろにいる雅が梨沙子を見つめていたかはわからない

だから、雅の隣の居心地を梨沙子は知らない
もしかしたら堪らなく幸せかもしれないし、もしかしたら更に厚い壁を感じる事になるかもしれない
雅の隣、そこは憧れで、少しの怖さを持った位置だった

 
けれど今、雅は梨沙子の隣にいる
ちゃんと、隣
歩く度に並んで出る足はまるで二人三脚のようで
足元を見つめて梨沙子はふふふ、と小さく笑った
すると雅が俯いている梨沙子を覗き込むようにして見て来た


「何にやにやしてんの?」
「んー、何でもなぁい」
「変な梨沙子」

 
−変なのはみやの方でしょう−?


そんな事を思いながらも頬は緩んで
いちに、いちに、と雅の歩速に合わせて梨沙子も足を進めた
 
753 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:30
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−

 
754 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:32
 
やっぱり一時間半なんてすぐに経ってしまうもので
近くの店やビルの中を回っていたらいつの間にか時間はもうすぐだった
雅は午前中も色々店を巡っていたのだろうに、梨沙子と一緒にぐるぐると歩いてくれて
ツリー点灯までの時間潰しの筈が梨沙子にとっては雅との幸せな時間になった

 
一緒にいるだけで胸が暖かくなって
けれど、ちくちくとどこかが痛んでいる気もする
多くを望んではいけない、そんな事は長い付き合いの中で嫌という程わかっている

それでも望んでしまうのは、いつもより優しい雅のせいか
クリスマスイブという行事と賑わう街のせいか
梨沙子はちらりと雅の横顔を盗み見る
それだけでどくんと胸が高鳴った
やっぱり雅の側を離れる事は無理そうだと梨沙子は再確認した
 
755 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:34
 
もう一度駅に戻って来ると、近付くにつれて人が増えて来た
きっと皆梨沙子達と同じようにツリーを見に来たのだろう
雅はきょろきょろと周りを見渡していた


「うわぁ‥人多いね」
「さすがイブだよね」
「あーあともう5分だ。梨沙子、も少し前行こ」
「うん−‥‥」


すっと伸びて来た雅の手が梨沙子の手を取った
雅は前を向いていて
きっと無意識にやった事なんだろうと思う
それでも手を握られた瞬間胸が高鳴って顔に熱が集中した
冷たい空気のせいで手は冷えていて
けれど繋いだ瞬間から梨沙子は自分の手がどんどん熱くなっている気がした

雅に引っ張られるようにして人込みの中を進んで行く
それさえも楽しくて嬉しくて
今日はまた、あの言葉を口にしてしまいそうだ
梨沙子はそう思った
 
756 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:36
 
 
ツリー点灯まで、あと2分

ビルの間に仕切りがされた広い一角
丸いステージの周りを囲むようにして皆が立っていた
仕切りのすぐ側、ツリーの真ん前を陣取って雅は嬉しそうに「やばいやばい、もうすぐだよ梨沙子っ」と梨沙子の方を向いた
ふとその雅の向こうに、仲良く手を繋いでツリーを見上げている小さな子供を見た
それがまるで自分達のように見えて梨沙子は何だか懐かしくなった


「梨沙子っ」
「え−‥?」


振り向く前にパッと眩しさを感じた
ツリーの横の時計はかちりと6時半を指して通りの街路樹に掛けられたイルミネーションがカウントダウンのように奥から点灯し中心のツリーが青いイルミネーションで冬の空に輝いた

わぁっと歓声が上がる
隣の雅を見ると小さな子供のように目を輝かせていた
 
757 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:38
 
キラキラと光り輝くツリーは綺麗で
なのに、梨沙子は感動するのと共に胸が締め付けられるように切なくなった
繋いだ手はそのままで、いつの間にか肩が触れ合っていて

雅の隣は、暖かかった

 

「‥‥みや」
「ん?」

「すき」

 

−あぁ、また言っちゃった
 
梨沙子はツリーを見上げたまま、小さく呟いた
 
758 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:40
 
瞬間、時間が止まったように周りの歓声が聞こえなくなった

何度、何度この言葉を口にしただろう
けれど今の告白が、今までで一番小さな
今までで一番大切な告白だった
雅は繋いだ手を暖かく感じているだろうか
梨沙子の想いの熱に、胸を焦がしてくれるだろうか

どうか、どうか
ずっと側に
ずっと隣に−‥

 
「うん」

 
すると梨沙子の不安を断ち切るような雅のすっきりとした声が聞こえた
梨沙子はゆっくりとツリーから雅に視線を向ける
いつから見ていたのか、雅は梨沙子を見ていた
 
759 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:41
 
繋いだ手をぎゅっと握られる
青いライトに照らされているのに、雅は今まで見た中で一番暖かい表情をしていた

 
「うちも、すき」
「‥‥‥」

「梨沙子が好きだよ」


 
そうだ、ずっとずっと
梨沙子はこの熱が欲しかった
ずっとずっと、その一言を待っていた
雅のこの告白は、クリスマスイブだからか
今更だと思う、これだけ一緒にいたのに
なのにこんなにも胸を熱くする
 

やっぱり、雅には敵わない

胸を焦がされたのは、梨沙子の方だった
 
760 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:42
 
「‥‥‥」
「うちは、本当は怖がりで意気地無しだから」
「‥‥‥」
「だから、梨沙子みたいに自分の気持ちに自信なんて持てなかった。多分これからも持てないと思う」
「‥‥‥」
「でも」


優しい表情だった雅の目が真剣な物に変わる
その大きな瞳に捕われたように梨沙子は雅から目を逸らせない

 

「梨沙子の隣に、うちはいたい」
「‥‥‥」
「いたい、ずっと」
「‥‥みや」
 
761 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:45
 
「だから、はいっ」


繋いだ手を離して、雅はもう片方の手をばっと梨沙子に伸ばして来た
その勢いに梨沙子は目を丸くする
見るとその手には可愛くラッピングされた小さな箱があった
梨沙子は驚いたままそれを受け取る


「‥‥開けて良い?」
「うん」


伺うと雅は恥ずかしそうに顔を背けた
リボンを解き、箱を開けると中に入っていたのはブレスレットのように細いチェーンの可愛らしい腕時計だった
梨沙子はもう一度雅に視線を戻す
雅は箱から時計を取り出した


「手、出して」
「‥‥‥」
「あのね。梨沙子に何かプレゼントって思っていろいろ見たんだけど、わかんなくて」
「それで、時計?」
「うん」


梨沙子の左手首に時計を付けて、雅が時間を合わせた後裏側に付いていた絶縁体を抜く
 
762 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:47
 
かちっ、と秒針が動き出した

雅がそのまま梨沙子の左手を取る
すぅっと小さく息を吸うのが聞こえた


「だから、ここから」
「‥‥‥」
「今から、うちらの始まり」


そう言って雅はにっこりと笑った
その笑顔に梨沙子は涙が出そうになった
嬉しくて、幸せで
繋いだ手から雅の熱が伝わって来た

長い長い片想いだった
届きそうで届かない
掴めそうで、絶対に掴めないと思っていた


「みや」


繋いだ手を一度見た後、梨沙子は雅を見る
顔を上げた瞬間ぽろりと涙が零れ落ちた

 
「メリークリスマス」

 
 
大好きな、大好きなあなたが
今日隣にいてくれる事が何より幸せ


 
 
雅がくすりと笑ってこつんと額をつけて来た


「メリークリスマ−「りーちゃん!!」
 
763 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:48
 
雅の言葉は聞き覚えのある声に遮られた
梨沙子はん?雅の後ろを見る
雅も梨沙子につられるように振り返り、二人同時に「あっ!」と声を出した


「愛理!?」


そこにいたのは梨沙子の親友であり雅とも顔なじみの愛理
−と、その隣にもう一人
愛理よりも背の低い人がいた
二人の手は繋がれていて、それを見た梨沙子ははっと思い出す
 

−有原先輩だ
 

ととと、と小走りに愛理が近付いて来る
雅が「誰?」と愛理の隣の有原先輩を見ながら尋ねて来た
梨沙子は小さい声で「愛理の大切な人」と言った
雅は驚いたように目を丸くしていて梨沙子は可笑しくなった


「久しぶり!みやもっ」
「ねー本当に」
「ねぇ、愛理その人−」
 
764 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:49
 

−ん?

愛理の後ろに恥ずかしそうに立っている人を見て梨沙子は首を傾げる
そして梨沙子のその様子に気付いた有原先輩も同じように首を傾げながら一歩前に出て来た
お互い眉間に皺を寄せて見合う

この大きい目、ショートカット
梨沙子はどこか見覚えがある

あれは、あれは確か−‥

 
 
「‥‥‥あ、」
「あっ?」
「「あーーっ!!」」

 
 

二人同時に声を上げて、二人同時に笑い出した


「あなたが、有原先輩?」
「そっかそっかぁ。おかしー」


笑い合っている梨沙子と有原先輩の隣で雅と愛理は二人でん?と首を傾げ合っていた
 
765 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:50
 
 

クリスマスだから、特別なこの日だから
大切な人と過ごしたい

 

ねぇ、どこかにいる誰か

あなたは今、大切な誰かの隣にいますか?


 


 B−4.終わり

 

766 名前:B−4 投稿日:2009/03/08(日) 21:50
 


 

767 名前:三拍子 投稿日:2009/03/08(日) 21:51
 
はい、という訳で三軒並びりしゃみやは終わりです。
長い間お待ちいただきありがとうございましたm(__)m

 

‥‥‥で、
さきももの続きを書こうか書くまいか。
一応メインはりしゃみやなので、これで綺麗に終わりで良いと思うんですが‥。

どうでしょう?
読みたい方、いてくれたりしますか?(>_<)いたら是非ともコメントお願いしますm(__)m
 
768 名前:三拍子 投稿日:2009/03/08(日) 21:51
 
>>740さん
そんな!涙してくれるなんて!!私の方が涙が出そうです(T_T)
ありがとうございます。

>>741さん
青春バンザイです!雅さん頑張りましたW
またコメントお願いします。

>>742さん
桃は色んな役をさせられるんで好きです。
でも基本うざい、という事でWW

>>743さん
最近りしゃみや率下がってますからね‥‥(-.-;)
私は好きなんですけどねぇ‥。

>>744さん
どちらもコメントありがとうございますm(__)m
向こうも頑張りますのでよろしくお願いします!

>>745さん
どうぞどんどん感情移入して下さい!!
梨沙子お幸せにね!

>>746さん
聞いてみます!!
またお願いしますm(__)m
 
769 名前:にーじー 投稿日:2009/03/08(日) 23:26
なんか幸せな気持ちになりました。
二人の再開エピソードまで見れて満腹です!

ちなみに、>>742でレスした通り、さきももは物凄く読みたいです☆
770 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/09(月) 00:13
さきちゃんに幸あれ。ということで、さきもも希望します。
771 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/09(月) 22:22
待ってました☆
初々しい二人に何だか懐かしい想いが蘇りましたよ。
さきももにも幸せになって欲しいです。
772 名前:やばいっす! 投稿日:2009/03/14(土) 03:41
りしゃみや完結おめでとうございます!

さきももも幸せになってほしいと思いつつ、ここでいろんな先を膨らませながら終わるのもさきももなのかな、って思いましたf^_^;
773 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:36
 


 

774 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:36
 

この寒空の下大好きな人の隣を歩くあなたへ

小さな祈りを捧げます


 

 B−5.あなたへ

 
775 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:37
 
本当は、どこかで気付いていた
けれどそれに気付かない振りをして振り回して、引っ張って、いつも自分の側に置いて
ずっと、ずっと
支えてもらっていたのに
 
 

二年前のクリスマスイブ、その日は桃子にとって忘れられない日になった
初めて恋というものに落ちた三年前
桃子が好きになった相手は、既に他の誰かに心奪われていた人だった
それはすぐにわかって、けれど、それでも諦められなくて
募る想いを言葉にしないでいる事は出来なかった

結果なんてわかっていたのだ、最初から
それでも、彼女もまた叶わぬ想いに苦しんでいるなら
分かち合って、救ってあげたかった
桃子にはその自信も覚悟もあった
少しでも、ほんの少しでも
自分の中に彼女の居場所を作ってあげたかった
 
776 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:39
 
しかしながら、その想いは粉々に打ち砕かれた


 
−ごめん、ごめんね桃−

−みやが好きなの。みやだけが好きなの−

 

その時の泣きそうな、けれど強い意思を持った梨沙子の瞳を桃子は今も忘れる事が出来ない
自らの想いに涙しそうな梨沙子を抱きしめたいと思った
けれど自分の短い手では、届かない
どんなに手を伸ばしても、梨沙子には全然届かない
雅には敵わない、桃子はそれを嫌という程素直に理解した
だから、悲鳴を上げている心をぐっと押さえ付けて
桃子は誰もが認める可愛い笑顔を瞬時に顔に張り付けた


−じゃあ、ももはりーちゃんの恋を応援するっ!−
 
777 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:40
 
ぎゅっと握り締めた手に高鳴る鼓動を実感した
桃子が笑ってそう言うと、悲しそうに梨沙子も微笑んだ
その笑顔に胸の奥は声を殺して泣いていた
それでも梨沙子にそんな自分を見せられなかったのは年上の意地はもちろんだが
何より、梨沙子を困らせたくなかった
しつこくして余計に梨沙子を苦しませるような事はしたくなかった
だから桃子は諦めた

けれど、実際ちゃんと踏ん切りはついていなくて
いつもいつも桃子は心のどこかで梨沙子の事を想っていた
梨沙子以外の人が心にある事はなかった
こんなに苦しいなら、もう恋なんてしたくないと本気で思った
 
778 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:42
 
それでもこうして梨沙子とも雅とも良い関係を保っていられるのは、他ならぬあの幼なじみの、佐紀のおかげだろう
それをずっとわかっていて、それでも桃子は今まできちんと佐紀への感謝を言葉にした事はなかった
当たり前だと思っている訳ではない
佐紀が桃子の面倒を見るのは気遣いであり、責任感の強さから来る優しさだと桃子はわかっている
桃子が佐紀を振り回すのは、信頼しているからだ
破天荒な手段や言動が常の桃子の真意を佐紀はいつもちゃんと汲み取ってくれる
だから桃子も安心して佐紀を引っ張り回せる

けれど、それを感謝という名義の元言葉にする事は難しかった
日頃から人に感謝される側を好む桃子は誰かに礼を言う機会を持った事はあまりない
まして相手が佐紀だとすると余計に難しかった
 
779 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:45
 
あのクリスマスイブから
ずっとずっと、どこかで佐紀に頼っている自分がいた
それまでだって頼りにしていた
けれど、あのクリスマスイブが桃子と佐紀の間に何かの変化を与えた
それは本当に小さな変化で、きっと周りから見たらわからない位の変化だろうと思う

それが何かわからず、しかしながら気になり、桃子はずっと考えていた
 
答えは、多分単純な事で
わかり切っていた事で
もしかしたらわからない振りをしていたのかもしれないと桃子は思った
 
780 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:45
 
−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

781 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:47
 
「うはーっ疲れたぁ」
「舞美食べ過ぎだよ」
「えー、だってクリスマスだよ?食べなきゃ損だって!」
「クリスマスじゃなくたって食べ過ぎてるじゃん」
「えりだってマイク握りっぱなしだったじゃん」


食べ終わった食器をカチャカチャと片付けながらえりかと舞美が話していた

午前中から準備を整え、佐紀の帰宅を合図に始まったクリスマスパーティー
企画者はもちろん桃子
えりかは勝手に人の家に上がる事など申し訳ないと乗り気ではなかったが、舞美が行く気満々となれば乗らない訳はなかった
桃子は佐紀の家の事は家族のように知っている為、佐紀の母親も大丈夫だろうと承諾して家を貸してくれた

過去の例もあり佐紀も多少なりとも覚悟していたのか、全く驚いた素振りを見せず、けれど快くパーティーに参加してくれた

そこからは終始宴会状態で
四人でホールケーキ三つ、他お菓子を大量に平らげ、炭酸ジュースで飲酒でもしたかのように盛り上がった
あんなに恐縮していたえりかもカラオケ大会になりマイクを握った途端人が変わり、その後は桃子とマイクの奪い合いだった
 
782 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:48
 
時刻が6時を過ぎた頃、えりかと舞美がこの後二人で映画を見るという事でパーティーはお開きになり、今は片付けをしている


「あー二人共もう大丈夫だから行きなよ。時間あんまりないでしょ?」
「でも散らかしちゃったし」
「いーよえりかちゃん、後はもも達がやっとくから!」
「ベッドでごろごろしてる人が何言ってんの」


テーブルの上のゴミを片付けている佐紀の後ろ、ベッドの上で漫画を読みながら桃子は二人に言った
こういう時働かない人というのは必ず出る訳で
この四人でいたらそれが桃子になるのは必然的だった


「良いかな?じゃーあたし達行くね。ありがと佐紀」
「ありがとね」
「ちょっとぉーももはー?」


ベッドで足をばたばたさせるとえりかが小さく「桃もね」と言ってくれた


「じゃーももがお見送りしてあげるっ」


ぴょんとベッドから飛び降り、桃子は二人を見送りにとんとんと階段を降りて行く
佐紀の溜め息が聞こえたが気にしない事にした
 
783 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:51
 
「桃、今日はありがとね。佐紀にももう一度言っておいて」
「はいはーい」


律儀にそう言い残しえりかの手を取ると舞美は出て行った
手を取られた時のえりかの驚き様が面白く、玄関のドアが閉まった途端桃子は吹き出してしまった


「−さてと、」


うーん、と伸びをして桃子は振り返る
今頃テーブルを拭いているのだろう佐紀の元へ鼻歌を歌いながら階段を上って行った

 
「ただいまー」
「あんたはまだ帰んないの?」
「何その帰れみたいな言い方」
「帰んないならそこのゴミまとめて」


佐紀はテーブルの下に落ちているお菓子の包みなどのゴミを指差した
桃子は渋々とそのゴミをごみ箱へと捨てる
少し離れた所から丸めたゴミを狙い定めて放ると、それは綺麗な弧を描いてごみ箱へすぽっと入った


「ナイッシュー!」
「はいはい、ありがと。お茶でも入れる?」
「気が利くねぇ」
 
784 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:52
 
「まぁね」と言って佐紀は一階へと降りて行った
それを見届けた後、桃子はさっきまで転がっていたベッドの下を覗き込み、腕を伸ばして隠しておいた物を引っ張り出す
少し積もった埃をぱんぱんと叩き、それを体の後ろに隠してテーブルの前にぺたんと座った

佐紀へのクリスマスプレゼント、前以て桃子は用意しておいたのだ
佐紀は桃子がこんな物を用意しているなんて予想もしないだろう
現に桃子がこういったプレゼントを渡すのは珍しい事だった
さっき雅に「物より気持ち」とか言っておいて自分はプレゼントを渡すんだからおかしな話だと桃子はくすりと笑った

とんとんと階段を上がる足音に少し緊張している自分がいて桃子は一つ深呼吸をする
 
785 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:54
 
部屋に戻って来た佐紀はお茶を置き、普段と変わりなくいつものように桃子の向かいにクッションを敷いて座った
にこにこしながら桃子が佐紀を見ていると、何かに気付いたのか佐紀が怪訝そうな表情で伺って来た


「‥‥何?」
「何が?」
「桃、なんか企んでない?」
「ふふー、どうだろうねー」


はー、とわざとらしく溜め息を吐いて頬杖を付いた佐紀
桃子は姿勢を正し、背中に隠していた物をテーブルに出し、佐紀の前に滑らせた
ん?と佐紀が首を傾げる
とんとんと胸の辺りを叩き、桃子は得意の笑顔を佐紀に向けた


「メリークリスマース!!」
「‥‥え?」
「という事で、ももからプレゼントでーす」
「‥‥‥あたしに?」
「うんうん、佐紀に」


いまいち信じていないようだが、佐紀は驚いて差し出された箱と桃子を交互に見ていた
そして「じゃ‥ありがと」と言うとプレゼントに手を掛けた
 
786 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:55
 
「‥‥‥」
「可愛いでしょう?」


桃子から佐紀へのプレゼントは明るい黄色のパンプス
一目見た時から佐紀に似合うと思っていた
買ったのはクリスマスより大分前だが、ちょうど良いと今日渡す事にしたのだ

ふふーと自信満々に桃子が笑って見せると、佐紀はパンプスを手に取り見つめていた
そして暫く見つめた後、綺麗に元通りに箱にしまった
なおも箱を見つめたままの佐紀に桃子は首を傾げる


「‥‥驚いた」
「それはそれは」
「でも何で?」


佐紀が尋ねて来る
その目が少し涙ぐんでいるように見えるのが気のせいでないと良いと桃子は思う
恥ずかしさから一度顔を窓の外に向けた後、佐紀に向き直り桃子は言う


「あのね。これは、お礼」
「お礼?」
「うん、お礼」


よく意味がわからないと言った顔をしている佐紀を真っ直ぐ見つめる
こんなに真っ直ぐ見てもどきどきしない自分に桃子は笑ってしまいそうになった
けれど、大事な言葉の手前そういう訳にはいかない


「佐紀。ありがとう」
「‥‥‥」
「ずっと、ずーっとももを支えてくれて」
「‥うん」
「あのね?わかったの」
「なに?」
「ももはね、佐紀が大切なの」
 
787 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:56
 
好き、というよりは必要
付き合いたいというよりは側にいてほしい

きっとこの気持ちは、恋ではない
けれど何よりも大切な想いだった
恋じゃないなら何なのだろうと桃子はそれだけが気に掛かっていた
桃子にとって恋は胸を締め付けるような苦しい物であり
それが佐紀に対しては全くと言って良い程なかった為桃子は佐紀を恋愛対象外としていて、けれど誰よりも特別な存在として見ていた
 

 
−もうそんなんじゃないんだよ
きっともっと大きい
何て言うの、愛?そんな感じ
 

 

「ごめんね佐紀」
「‥‥」
「ごめん。でも、だから、だからね?」
「うん」
「一緒にいてほしい。そこにいてほしいの」
 
788 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:57
 
「佐紀、ずっと側にいて」

 
どくんと胸が鳴った
膝に置いていた手はいつの間にか握り締められていた
信頼している、大丈夫だとわかっている
それでも珍しく桃子は不安になっていた
少しすると今日何度目かの溜め息を吐いて佐紀が顔を上げた

 

「−全く」
「?」
「わかった。わかってるよそんな事」
「‥‥さき」
「桃の面倒見れるのは、あたしだけなんだから」
 
 

いつもの仕方がないという感じの
けれど堪らなく優しい、安心出来る笑顔を佐紀が浮かべた
その表情に桃子は胸が温かくなる
佐紀が答えてくれた瞬間、心のどこかにずっと引っ掛かっていた枷のような物が外れた気がした
 
789 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:58
 
桃子はよかったぁと脱力して後ろのベッドにもたれ掛かる
するとポケットに入れていた携帯がタイミング良く震えた
ディスプレイに出た名前に桃子は驚いて思わず立ち上がった


「もしもし、りーちゃん?」
『あ、も、もももも、も?』
「ももだよ。どーしたの?」
『あのね、あのねっ。みやがねっ』


電話の向こうから聞こえた声に桃子はぱっと佐紀の方を見る
佐紀が口をぱくぱくと動かし「梨沙子?」と聞いて来たので桃子はこくこくと頷いた
佐紀が桃子の側に寄り携帯に耳をつける


−あのね−‥‥‥


梨沙子の言葉に二人は目を見開いて顔を見合わせた


「‥‥‥」
「‥‥‥」
 
「「おめでとーっ!!!」」

 

790 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:59
 
 

大丈夫、もう平気だよ?
ぽっかり空いた穴はもう塞がったから
あなたを想って泣いた日々はもう終わり

だから、どうかあなたがいつまでも好きな人と幸せでいられますように
 

 
クリスマスイブなんだから、これくらい祈っても良いでしょう?


 

 あなたへ−.終わり

 

791 名前:B−5 投稿日:2009/03/17(火) 19:59
 


 

792 名前:三拍子 投稿日:2009/03/17(火) 19:59
 
>>769さん
どーぞ存分に幸せな気持ちになって下さい!!
さきももよろしくお願いしますm(__)m

>>770さん
佐紀ちゃんに幸はあったでしょうか?

>>771さん
そう思っていただけたら光栄です。
またお願いします。

>>772さん
それもさきももかなと私も思います。
なのでこんな感じにしてみました!
 
793 名前:三拍子 投稿日:2009/03/17(火) 20:00
 
と、いう訳で‥‥‥


三軒並びはこれで完結!!

‥‥という事になりますが、まだ容量がありそうですねぇ。
なんでいつでもリクエスト募集中です!!
書くのが遅くても待てる方はどうぞよろしくお願いしますm(__)m

 

三拍子でした。
794 名前:三拍子 投稿日:2009/03/17(火) 20:00
 
と、いう訳で‥‥‥


三軒並びはこれで完結!!

‥‥という事になりますが、まだ容量がありそうですねぇ。
なんでいつでもリクエスト募集中です!!
書くのが遅くても待てる方はどうぞよろしくお願いしますm(__)m

 

三拍子でした。
 
795 名前:にーじー 投稿日:2009/03/17(火) 22:00
めっちゃ面白かったです!
清水さんが涙ぐんだあたりで僕も涙ぐみました。笑

三軒並びが終わってしまったのは寂しいですけど、向こうの板も応援してます!
796 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/18(水) 00:13
佐紀ちゃん良かったね。

やじうめが、ももさきを盛り上げるために画策するんだけど・・・
みたいなのをリクエストします。
797 名前:三拍子 投稿日:2009/07/16(木) 10:14
 


 

798 名前:三拍子 投稿日:2009/07/16(木) 10:16
 
さて、久しぶりのこちらの更新。
多分この板では最後になると思います。

栞菜の脱退、をアンリアルで短編にしてみました。
 

799 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:17
 


 

800 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:18
 
 

私は栞菜の泣き顔を見た事がない
いつだって栞菜は笑うんだ

ごまかすように
傷付けないように
包み込むように

優しく、優しく

 


 −最後の秘密−

 
 
801 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:18
 

 
「引っ越すんだ」
 

 
そうだ、昔から栞菜は嘘が得意だった
いつもいつも適当な事はぺらぺらと喋るくせに
大事な事は、絶対にその時まで言わないんだ

栞菜はずるい
私はいつもこうやって
もうどうしようもない位になってからそれを知るんだ
 

802 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:19
 
栞菜が愛理の家の隣に引っ越して来たのは五年前
外国から来たと聞いた時にはてっきり金髪の白人でも来るんじゃないかと愛理は思っていた

けれど両親と挨拶に来たその子は
真っ黒な髪に大きな瞳、人懐っこそうなその笑顔の可愛い女の子だった
愛理よりも年上だと聞いた時は驚いた


「有原、かんなです」


にっこり笑って手を差し出して来た栞菜が太陽のように眩しかった事を今でも覚えている
愛理にとって栞菜は
初めて出来たご近所さんで
初めて出来た親友だった

多分、それからの五年間栞菜と一緒にいた時間が一番多いのは家族を除いたら自分だと愛理は思う
休みがあれば遊んで
話し込んで、笑い合って
悲しい事があったら慰め合って、嬉しい事があったら喜び合った

愛理の隣にはいつだって栞菜がいて
栞菜の隣にいるのはいつだって愛理だった
 
803 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:20
 
けれど、栞菜はいつだって嘘吐きだった
太陽のようなその笑顔の裏に、月のように脆い物を隠していた
それを愛理に気付かせないように、笑って
ごまかすように抱き着いて、手を取る
だから愛理は栞菜がずっと吐いていた嘘に気付けなかった
 

 
いつだったか、多分一昨年だった気がする
愛理と栞菜は二人で近所の大きな祭に行った
この祭の目玉は何と言っても最後の花火で
一通り出店を制覇した後、二人で神社の石段に一番乗りしてわくわくしながら花火が上がるのを待った

その内人も増えて来て、祭の賑やかな音が消えたと同時に花火は始まった
夜空に咲く花火が堪らなく綺麗で、胸がいっぱいになる
愛理が花火を見上げていると、隣にいる栞菜に手を取られた
 
804 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:22
 
ぎゅっと、いつになく強く握られた手が熱くて
愛理は首を傾げて栞菜に顔を向けた
するといつからそうしていたのか、栞菜が見ていたのは花火ではなく愛理だった
花火の光でちかちかと見える栞菜の表情は、祭の雰囲気には似合わない位真剣なものだった
その真っ直ぐな視線に、愛理は花火ではなく栞菜に見とれた

どくんと鳴った鼓動は、打ち上がる花火の音に掻き消された


「愛理」


栞菜の唇が動き、愛理の名前を呼んだ後一旦結ばれる
繋いだ手が熱くて、それが少し怖くて愛理は握り返す事が出来ない
栞菜の瞳は、真っ黒で、なのに透き通るように綺麗で
ぱちりと一度瞬きをした後、栞菜が口を開いた
 
805 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:23
 

「あたし−‥‥」

 
その次の文字が口から飛び出そうとした瞬間、一際大きな花火の音がして
栞菜の口はその文字の形をしたまま、声を発する事はなかった

その内口は閉じられ、栞菜は花火の方を向いてしまった
愛理は暫く栞菜の横顔を見つめていた
けれどその後栞菜が言葉の続きを口にする事はなかった
「綺麗だね。花火」と言われて、愛理も花火に視線を戻した

それでも、栞菜の手は熱かった
 

 
−きっと栞菜の気持ちの片鱗に気付いたのはその時が初めてで
それからぽつりぽつりと、栞菜が隠している事が徐々にわかるようになって行った
 
806 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:24
 
けれどやっぱり栞菜は嘘吐きだから
ちゃんとした言葉を愛理に投げ掛けてくれる事はなかった
どこまでが嘘で、何が本当なのか
愛理はその嘘吐きな部分も含めて栞菜だと思っていたが、その内嘘を暴きたくなってきた

−聞いてみようか
でも、何て?

そう考えてはいつも口を噤んで来た
あの熱い手の理由も
真っ直ぐな視線の理由も
あの続きの言葉も
全部気になって、全部聞くのが怖かった

踏み出せない、踏み出してはいけない一歩が愛理と栞菜の間にはあった
親友で、かけがいのない存在で
それでも確かに、二人の間にはそれがあった
それがわかったのは他ならぬあの祭の日からだ
 
807 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:25
 
きっと栞菜もそれを壊すのが怖くて
だから嘘を吐くのだと愛理は思った
栞菜といる時間が好きで、こんなにも心地良く胸を締め付ける相手は愛理にとって栞菜以外いなかった
それがわかっていて、けれどずっと愛理も何も言えずにいた
この関係に満足していた
栞菜もあれ以来何か特別な行動を起こす事はなかった
それで良いと思った
これで十分だと思った
大切だとお互いに思い合っている事が幸せだった
このままずっと自分と栞菜はずっと一緒にいられると信じていた

こんな日が来るなんて、思っていなかった
 
808 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:26
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−

 

809 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:28
 
栞菜の家の前に大きな車が止まっていて
すぐにそういった類の物だとわかった
愛理が家の前に突っ立っていると、段ボール箱を抱えた栞菜がよろよろと出て来た
「お願いしまーす」と引っ越し屋の従業員に挨拶し、振り返ると愛理に気付いた


「‥‥‥」


栞菜はやばい、という顔をした後くしゃくしゃと髪を掻き上げて笑った
少し寂しそうな、優しい笑顔
栞菜はよくその笑顔を見せる
愛理は胸がざわつく感じがして、思考を乱されるからその笑顔はあまり好きではなかった

もう先の言葉なんて予想が着く
あまりに簡単で、呆気ない位の口調だった


「引っ越すんだ」


そう言って栞菜は笑う
笑顔はきっと嘘だけど、言っている言葉は嘘ではない
 
810 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:29
 
頭がぼんやりとして、愛理は拙い返事しか出来ない


「なん‥で」
「お父さん方のおばあちゃんがさ、具合悪いみたいで。だから、一緒に暮らすの」
「‥‥どこ?」
「ん?北海道。外国じゃないよ」


「よかったよかった」なんて言いながら栞菜が愛理の肩を叩く
何が良いのか
外国でも北海道でもどこでも同じだ
隣の家から、栞菜はいなくなる
愛理の隣からいなくなるのだ
 
811 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:32
 
実感が湧かない、とは正にこういう事だろう
すぐに「うっそー」とか言っておどけて笑うに決まっている
そんな事を期待せずにはいられなかった


「‥‥‥いつ、行っちゃうの?」
「‥明日の朝」
「明日ってっ、何で今まで黙ってたの?」


思わず大きな声になる
栞菜の後ろでは「失礼しまーす」と引っ越し屋が車を発信させて行った
「ありがとうございましたー」と一礼した後、栞菜が再び愛理を向く


「ごめん」
「ごめんじゃないよっ。そうやって、いつもいつも‥」
「ごめん。だって、愛理泣いちゃうと思ったから」
「‥‥‥っ」


眉を情けなく下げて、それでも栞菜は笑う

どくんと胸が鳴って
唇が震えて漏れる声は泣き出しそうに細い物だった


「‥‥ずるいよ」
「‥‥‥」
「ずるいよ。いつも、嘘ばっかり‥」
 
812 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:33
 
「‥‥愛理」
「栞菜のばかっ!」


叫んで家へと飛び込む
自室へと駆け上がり、ベッドに転がった
むしゃくしゃとして、苛々として
ボスボスと枕を叩いて顔を埋めた

溢れる涙がじわりと枕に滲んで行く


明日なんて、もうあと一日もない
このまま眠って朝になってしまえばもう栞菜はいないのだ
どうして今更、こんな寸前になって言うのか
いや、きっと栞菜はばれなければ何も言わずに行ってしまっていただろう

愛理が泣くから、そう栞菜は言っていた
そう言った栞菜も泣きそうだった
嘘ばっかり、きっと栞菜は言うと自分が辛くなるから言わなかったに違いない
行く方と、行かれる方
どちらが辛くて、どちらの方が沢山泣くだろう
 
 
行ってしまう前に、何か言う事があるんじゃないか
栞菜は自分に言いたい事があるんじゃないか
そんな事を考えながら愛理は目を閉じた
 
813 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:34
 
−携帯の着信で目が覚める
目を擦りながら時計を確認すると8時を回ったくらいだった

携帯のディスプレイに映る名前に伸ばす手が震えた


「もしもし‥‥」
『よかった。出なかったらどうしようかと思った』
「‥‥‥」
『ちょっと顔出して?』


栞菜の言葉に携帯を切って窓に手を掛ける
ベランダに出て下を見ると、栞菜が大きく手を振っていた
泣いて腫れた目が栞菜から見えてないと良いと愛理は思った


「‥‥」
「そんな顔しないでよー」
「だって‥‥」
「降りて来ない?」
「?」
 
814 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:35
 


「散歩しよ」
 
 
 
行く場所は決まっていないようで決まっていた
散歩といってもずっと歩き続ける訳ではない、止まる事はある
その場所は決まって少し歩いた先の公園だった


「思えば最近来てなかったねー」
「‥そうだね」


栞菜は真っ先にブランコへ掛けて行く
続いて愛理もブランコに腰掛けた
ゆらゆらと足を揺らすだけの愛理に対して栞菜は立ち漕ぎでびゅんびゅんスピードをつけていた
そんな栞菜を愛理は黙って見つめる事しか出来ない


「‥‥‥」
「大丈夫だよ」


すると栞菜の快活な声がした
栞菜はブランコを漕いだまま愛理を見てにっこりと笑う


「電話だってメールだって出来るし」
「‥‥‥」
「愛理の顔忘れないように待受にするから」
「‥‥ぃいよ」
「大丈夫だって。同じ日本にいるんだか「やだよ!」
 
815 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:36
 
突然の大きな愛理の声にも栞菜は驚いた様子を見せなかった
またあの優しい笑顔
胸がざわついて、息苦しくなる


「‥‥だってっ、だっていないもん」
「‥‥‥」
「あたしの隣にいないもん」
「‥‥ごめん」


どうしようもない事だとわかっている
それでも抗わずにはいられない
今隣にいる栞菜がいなくなるなんて、全く想像がつかない
我慢していた涙が零れ落ちそうになって愛理は唇を噛む
栞菜は相変わらずブランコを漕いでいた


「来るよ」
「え?」
「愛理が呼んだら、すぐに来る」
「‥‥‥」
「何があっても、どこにいても。すぐ飛んで来るから」


栞菜の笑顔に、胸が温かくなる
栞菜なら本当に飛んで来そうな、そんな気がした
愛理はふっと息を零す


「北海道から?」
「うん!」
「嘘だぁ」
「うん、ウソ」
 
816 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:38
 
栞菜は前を向いている
愛理は栞菜の目を見たいと思う
 


きっと、栞菜の目はあの時と同じだ
あの、祭の時と同じだ
 


「ぜーんぶウソ。もう何から何までウソ」
「‥‥‥」
「本当は行きたくないし、全っ然大丈夫じゃない。ちょー寂しい」
「‥‥‥」
「でも、しょうがない」
「‥‥うん」
「よしっ!」


そう言うとぶんっと勢いをつけて栞菜はブランコから飛んだ
綺麗に宙を待って、手摺りの向こうに着地した


「だから、最後に愛理にあたしの秘密教えてあげる」
「秘密?」
「うん」


栞菜は背を向けたまま言う


−栞菜の秘密

愛理は栞菜の事なら何だって知っている
この五年間、嘘を吐かれた事は沢山あった
けれど栞菜が今まで話してくれなかった事はない
だから愛理の知らない事はない

 
あの言葉の続き以外、ない
 

817 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:40
 
虫の鳴く小さな音だけが耳に響く
栞菜の後ろ姿に、どくんと胸が鳴って、じわりとブランコの鎖を掴む手が熱くなる


「愛理」


ゆっくりと振り返った栞菜は、笑っていた
 

 

「好きだよ」
「‥‥−」
「ずっとずっと、好きだった」
 
 

そう言った目は、きっとあの時と同じに真っ黒で透き通っている
けれど涙で滲む視界ではそれがわからない
ぽろぽろと涙が零れ落ちて服を濡らしていく

お互い、きっと気付いていて
だから言えなくて、いつもいつも笑ってごまかしていた
口にしたら、何かが変わる
それが少し怖くて、けれど少し嬉しくて
きっとお互いそれを望んでいた
栞菜の言葉を待っていたから、今まで何度もあったタイミングを全て逃して来た
気になって、言って欲しくて、でも聞くのが怖くて

いなくなるとわかっていたら、もっと近付いて、もっと一緒にいたのに
きっと、もっと違った幸せがあったかもしれないのに
 
818 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:42
 

「‥−私だって」
「‥‥」
「私だって栞菜が好き」
「うん。知ってる」
「‥‥何それ」


栞菜はにっと笑って手摺りを飛び越えて来た
普段見下ろす側の愛理が栞菜を見上げる形になる
涙が頬を伝って行った


「ずっと想ってる」
「‥‥‥」
「どこにいても、ずっと大好きだから」


もし、もっと早くに言葉にしていれば
これまでの日々がもっと幸せなものになっていただろうか
もっと輝いたものになっていただろうか

愛理は栞菜の服の腕の部分を握り締める


「栞菜」
「ん?」
「‥いかないで」
「‥‥‥」
「行かないでよ‥っ」


ずっと笑顔だった栞菜の表情が
夜の湿った風に流されて、崩れた


 

−ごめん−‥‥

 

819 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:45
 

私を抱きしめるこの細い力強い腕も、温かい手の平も
頬を撫でる柔らかい黒髪も
私の肩を濡らす涙も、全部全部
 

永遠になる
 

さよならなんかじゃない
ずっとずっと、大事な
夜空に輝く星のような

かけがえのない物になる

 
 
 

 最後の秘密−.終わり

 

 
820 名前:最後の秘密 投稿日:2009/07/16(木) 10:45
 


 

821 名前:三拍子 投稿日:2009/07/16(木) 10:49
 
はい。という訳で、更新です。
まだ傷は癒えませんが、何とか夢板の方も完結させたいと思います。

すみません。これは私の勝手な自己満足による話なんで、皆様どうかお許し下さいm(__)m
今までずっとアンリアルでやって来たので、やっぱり最後もあいかんアンリアルで。

それでは、後は夢板を頑張って更新したいと思います。
 
822 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/16(木) 13:42
三拍子サンの作品大好きです!!
823 名前:三拍子 投稿日:2009/10/20(火) 00:03
 
はい、という訳で夢板の方でリクエストされたみやももです(^O^)/
みやもも書いたの初なんで、そこは大目に見てやって下さいm(__)m
 
824 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:03
 


 
 
825 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:05
 

子供みたいって馬鹿にして
結局自分の方がずっとずっと子供なんだ


彼女には、どうやっても敵いそうにない

 

 
 −隣のお姉さんの事情−
 

 
826 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:05
 
華の女子高生、休みと言ったら街へ出掛けるのが当たり前のようなものだ
なのに今の自分は堪らなく華のない休日を過ごしている

時間が午後の2時を過ぎた頃、雅はやっと布団から這い出した
髪を触ってみると確認するまでもなく酷い寝癖がついている事に気付く
欠伸を一つ、窓のカーテンを開けて差し込む痛々しい程の日差しに目をしかめた


「‥‥そっか、今頃もうデート中か」


既にカーテンの開けてある向かいの部屋
この時間なら当たり前だとも思うが、隣に住む『お姉さん』なら、この時間に起きていなくても不思議には思わない

だが、今日『お姉さん』はもう向かいの部屋にはいない
そう、彼女は今日デートだから
 
827 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:07
 
 
『ももはみーやんよりお姉さんなんだから』


それが隣に住むお姉さんの口癖だ
小さい背丈に可愛らしい顔、見た目だけで言ったら中学生が妥当だろう
やたらぶりぶりしているし、自分を可愛く見せる事に余念がないように思える

しかしながら、嗣永桃子は確かに年齢で言うと『お姉さん』なのだ

家が隣で、知り合った時は絶対年下、最低でも同い年だと思った
その印象は今でも変わらない、外見上は
しかしながら桃子は嫌に大人じみている所があり、雅にはわからないような事を色々考えたりしている
そんな桃子は難しい人間だと雅は思う、そして堪らなく面倒な人間だとも思う

人懐っこくてよく雅の部屋に無断で入って来てはだらだらと寛ぎ、夜ご飯を頂いて去って行く
互いの部屋のベランダの間は1メートルもなくて、桃子の通用口となっている
そうやって雅の部屋に来る事もあれば、お互いベランダに出て話し合う事もあった
話は大体、いやほぼ全て桃子の話だ
 
828 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:07
 
そんな桃子は近頃そわそわしていた
原因はわかっている、『まいみ』が原因だ
 
 
近頃頻繁に掛かって来る電話、その度にやけに桃子ははしゃいでいた
雅はそれが気になってこの前桃子に誰からか聞いてみた


−んー?舞美!−


そう言った桃子の顔が思いの外可愛く見えて雅は聞いた事を後悔した
目は口程に物を言う、とは言ったものだがまさにその通りで
嬉しそうに電話に出る桃子の目はキラキラと輝いて見えた
雅はその時何と答えたのか覚えてはいないが、『まいみ』という名前が印象的に頭に入った事は覚えている
桃子とは学校が違う為、学校での桃子の交遊関係は詳しくは知らない
友達なのかと聞いてもよかったが、何故かその時雅は桃子にそう聞く事が出来なかった
 
829 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:08
 
会話を遮るように度々掛かって来る電話
桃子がそれより雅を優先する事はなかった
それが何だか悔しくて、けれどそれを桃子に言うのはもっと悔しく思えた
自分に言い聞かせる、これは自分から話をしに来ておいてその最中に電話を取る桃子の礼儀に対する怒りであり、そういった類の感情ではない

決して桃子が『まいみ』を優先する事に対しての感情ではない
電話の相手が『まいみ』でなくとも、とにかく会話の最中に電話に出るのはどうかと思うだけだ

 

−大丈夫だって−
−元気出しなよー。らしくないよ?−


ただでさえ甘い声を甘ったるい位にまでさせて、桃子は『まいみ』にそんな事を言う
向かいのベランダで雅に背を向けて話す桃子の横顔は
見た事ない位優しくて、大人の顔をしていた

普段からその表情でいれば良いのにと雅は思った
そうすればもう少し年相応にも見えるだろうと、決して雅の方を振り返らない桃子を見つめながら思った
 
830 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:09
 
そんな失礼な『お姉さん』は、昨日も贅沢に雅の家で夕飯をご馳走になり、雅のベッドに転がっていた


「桃、うちもう寝たいんだけど」
「まーまーいーじゃん。もう少し食休みさせてよ」


食休みと言いながら、時間はもうすぐ12時を過ぎようとしていた
普段なら桃子はもう自分の部屋へ戻っている時間だ
しかしながら桃子は何かを待つように携帯の開いたり閉じたりを繰り返していた
雅は何だか嫌な予感がして、それが的中だとでも言うように、その瞬間桃子の携帯が鳴り響いた
すると桃子はベッドから飛び起き、窓の方を向いて電話に出た
 
831 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:10
 
 
「はいもしもし!!」


それはもう待ってましたと言わんばかりの声で
雅は何となくそんな桃子を見たくなくて壁に背中を預けて側にあった漫画を意味もなく開いた
気にしない、気にしない
そう自分に言い聞かせて桃子の会話を耳に入れないようにした
ちくちくと何かが喉に刺さるような痛みを感じて、それをごまかすように何度か咳込んだ

通話は10分程で終わり、携帯を閉じると桃子はうーっと大きな伸びをした


「よし!もも帰るっ」
「またいきなりだね」
「うん!だってデートだもん!!」


雅は相変わらず漫画に目を向けたままでいたが、桃子の言葉に顔を上げた
しかしながら桃子はそんな雅の様子にも気付かず、雅の部屋から出て向かいのベランダに降り立った


「おやすみ、みーやん」
「‥‥おやすみ」


にっこりと笑ってそう言って桃子は部屋のカーテンを閉めた
 
832 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:11
 

−−−−−−−−
−−−−−
−−
 

 
833 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:11
 
雅が今日2時まで寝ていた理由、それは昨夜中々寝付く事が出来なかったからだ
ごろごろと寝返りを打っては時計を確認、そうこうしている内に疲れて来て、多分明け方近くに眠り込んだのだろう
 

朝食とは言えない時間になってしまったが、律儀な母親が作って行ってくれたフレンチトーストを食べる
冷めて固まっているそれはいつものように美味しくは感じられず、それがまた気を落ち込ませた
桃子は何時頃出て行ったのだろう
どんな服を来て行ったのか、どんな髪型にしたのか
そのそれぞれにどれだけ気合いを入れたのか
気になって考えて、嫌になって雅はぶんぶんと首を振る
考えるだけ無断な事だ、自分には関係ない

そう思っても頭に浮かぶのは桃子の事ばかりで、いい加減言い訳も出来なくなって来た
 
834 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:12
 
デート、という単語が頭から離れない
どこに出掛けたのだろうか、今日中に帰って来るのだろうか
今、桃子は何をしているのだろうか

雅は携帯を手に取る
開いてメニューボタンを押そうとした所で手を止めた


「‥‥何やってんだろ。うち」


桃子に電話をした所で何を話したいのか
考えるだけ馬鹿らしい
雅は携帯を開いたままリビングのテレビを点ける
点いたチャンネルではどこかの外国の映画がやっていて
携帯を閉じないままぼんやりとそれを見つめていた
 
835 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:13
 
わかっている
このもやもやとする気持ちの原因はわかっている
単なる嫉妬だ

いつの間にこんなに桃子の事を想うようになっていたのかはわからない
ただ、デートと言う単語に信じられない位動揺している自分がいた
見た事もないどこかの誰かに嫉妬して、勝手に空回って
桃子の事を面倒だと子供扱いして、でも本当はわかっている
自分の方が桃子よりよっぽど子供なのだ


素直じゃなくて、自分の気持ちを言葉にする事が苦手で
だから『まいみ』の事ばかりを考えているだろう桃子に自分を見て欲しいなんて、当然言える訳がないのだ
 
836 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:14
 
映画もエンドロールに差し掛かった所でテレビを消した
結局内容は難しくてよくわからなくて、無駄な時間を過ごしたと思った
ずっと開きっぱなしだった携帯を閉じて雅は自室へ向かう

今夜桃子は部屋へ来るだろうか
口から出るのは『まいみ』の話なんだろうか
部屋の窓を閉めてしまおうか、そう考えた
そんな自分は相当捻くれていると雅は思う
桃子には桃子の生活があり桃子の事情がある
好きの一言言えないような意気地無しが人の事情に文句を付けるなんて虫が良すぎる事なのだ

大きな溜め息を一つ、雅は自室のドアを開けた
 
837 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:16
 
 
 
「あ、みーやん。ただいまー」
 


−‥‥‥

雅はドアを開けたままの状態で固まる
雅の部屋の窓側にあるベッド、その上にはごろりと寝転がって漫画を読む桃子がいた


「‥‥ただいまって。ここうちの部屋だけど」
「まーまーここも家みたいなもんだし」


ゆっくりとドアを閉めて雅はもう一度ベッドの上を見る
目が合うと桃子はにっこりと笑った
胸がどくんと鳴って、瞬間抱きしめたい衝動に駆られる
一歩一歩ベッドに近付き、雅はベッドの端に腰を降ろした
桃子は再び漫画に目を向けている

聞きたい事は山ほどあるが、とりあえずは一つだった
 
838 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:16
 
「‥‥デートは?」
「ん?」
「だから、デート」


時間は6時を過ぎた所で、この時間に帰って来る事は別におかしい事ではない
ただあまりに桃子が普段通り過ぎて雅は違和感を覚える
桃子が漫画を閉じて体を起こした


「何で?」
「何でって‥‥」
「気になる?」


悪戯に笑ってそう言いながら桃子が雅の隣に来る
顔を覗き込まれ雅は顔を背けた
距離が近いだけで、肩が少し触れ合っただけで、こうも呆気なく顔が熱くなって心拍数が上がる
それをごまかすように素っ気なく答えた


「別に」
「ふーん」


桃子が面白そうに笑って足をぶらぶら揺らす
雅はちらりと桃子を見るが、桃子は足元を見ていた


「楽しかった?」
「別にじゃないの?」
「良いじゃん、それくらい」
「楽しかったよぉ。すっごい」


明るい桃子の声にちくちくとした痛みが増して嫌に喉が渇く気がした
別に、と言ったものの頭の中はその事ばかりで、もういつものように捻くれているのは無理そうだった
 
839 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:19
 
 
「‥‥桃、うち「やっと舞美とえりかちゃんのデート成功だよ」
「‥‥‥ぇ?」


雅が思わず桃子を見ると桃子も雅を見ていた
にっと口が緩やかにカーブしている


「桃は、付き添い。二人が上手く行くように」
「‥‥‥」
「舞美が困ってたから、相談に乗ってたの」
「‥‥そう‥なんだ」


まるで雅が気になっている事をお見通しというように桃子が答える
雅はやっと理解して次の瞬間堪らなく恥ずかしくなった
自分が今言おうとしてた事
それは下らないヤキモチだった
 
840 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:19
 
桃子が再び雅の顔を覗き込んで来る
多分、気付いている
桃子は嫌に勘が鋭くて不器用な雅は逃げられなくなる


「気になってたの?」
「‥‥‥」
「ヤキモチ?かわいいなぁみーやん」


桃子がとんと肩をぶつけて来る
雅は溜め息を吐いて天井を仰いだ
いつだってこうやって簡単に桃子に左右されてしまう
悔しいけれど、それを嬉しく思っているのが事実だ


「−そうだよ」
「ん?」
「やだった。すごい」


もう隠す理由も見付からず雅は珍しく素直になってみる
意外だったのか桃子は驚いたように目を丸くしていた
 
841 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:21
 
ヤキモチを妬くというのは、自分の身を焦がしている事を指しているのだと雅は思う
相手の事を想う分、誰かに嫉妬する分
結局自分を嫌いになる気がする
けれど、まだそんなに大人にはなれなくて
言葉には出来ない、けれど欲しい物は欲しい
嫌なものは嫌なのだ
 

桃子の顔を見る事が出来ず雅は自分の足元を見る
すると膝の上に置いていた手を桃子に取られた
どくんと胸が鳴って、雅は桃子を見る
思っていたよりも桃子の顔が近くにあって、驚いた雅は体を引こうとした
けれど雅が顔を引くよりも早く桃子の顔が近付いて来て、唇が雅の唇に触れた
 
842 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:22
 
焦点も合わない程の距離で桃子を見たのは初めてで
桃子の顔が離れた後も雅は桃子の後ろに見える机に焦点を合わせる事しか出来なかった


「‥‥‥な」
「ん?」
「な‥な‥なに?」
「キス」


いつも通りの笑顔で簡単に言ってのける桃子
比べてされた方はとてもじゃないが平常心を保てない、耳障りな程自分の心臓の音が響いている
握られた手に力が入れられて再び桃子が顔を寄せて来る


「やだった?」
「嫌も何も‥‥」
「もう少し大人になりなよ、みーやん」
「‥‥‥」


桃子の言葉に何か反論しようと何度か口を開き掛けたが結局言い返す事は出来ず、雅ははぁーと大きく溜め息を吐いて肩を落とす
 
843 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:23

 
全く敵わない、両手を上げて降参だ
面倒な人を好きになったと思った
近くにいる桃子にどきどきしながら雅は顔を上げる


「‥あのさぁ」
「うん」
「知っててやってんの?」
「何が?」


桃子はわざとらしく首を傾げた後、繋いでいる雅の手を思い切り引っ張った
桃子はベッドの上に寝転がり、雅もその隣に倒れ込む
雅は眉間に皺を寄せて隣に寝ている桃子を見る
すると首に腕が回され更に桃子が距離を縮めて来た
こんなにも近付いているのに、余裕の表情で桃子は言う


「みーやんさぁ」
「‥‥なに」
「ヤキモチばっかり妬くんなら、早くももを捕まえてよ」
「‥‥‥」

 
844 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:25
 
「いつでも捕まる準備は出来てるんだからさ」

 
 
−‥‥

桃子の考えている事が全くわからないのは、自分が子供だからなのだろうか
それとも『お姉さん』というのはこうも年下の心を掻き乱すのが上手いのだろうか

悔しくなって雅は桃子の黒髪に指を通す
こつんと額をくっつけると桃子は少し驚いたような顔をした
年下なりに翻弄の一つでもしてみたい、それが桃子に効くとは思っていなかった


「桃、もしかして誘ってる?」


にやりと出来る限り悪戯に笑ってみせる、けれど心臓は相変わらず騒がしいままだ
しかしながら、言うと真っ白な桃子の頬がみるみる赤く染まって行く
そっと頬に触れると、そこはほんのり熱を持っていた
 
845 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:27
 
雅はもう一度桃子の名前を呼ぶ


「桃」
「‥‥」
「捕まえていい?」


自分で聞いておきながら桃子の返事を聞かずに唇をぶつけた
瞬間桃子がふっと息を零したが、雅にはそんな事を気にしている余裕はなかった
触れている部分全てが熱を持って、自分がいかに彼女の事を好きなのか思い知らされる
キスの合間に「すき」と小さく呟くと、桃子は今までで一番大人っぽい、可愛い顔で微笑んだ
 
846 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:27
 
 

結局まんまと嵌められたような気がした
でもそれでも良い
この『お姉さん』には敵わない
 

こんなにも甘い罠なら、いくら嵌まったって良い

 


 
 隣のお姉さんの事情−.終わり
 

 
847 名前:隣のお姉さんの事情 投稿日:2009/10/20(火) 00:28
 


 

848 名前:三拍子 投稿日:2009/10/20(火) 00:31
という訳で、いきなりのみやももでした。
いや、本当何て言うか

 
すみませんm(__)m
ヤキモチって難しい!!
何か無駄に長い話になってしまいました(T-T)

一応感想は夢板の方にしていただけると嬉しいです。
しばらく間が空きそうですが、次回の夢板更新に向けて頑張ります!
 

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