矢島タイムスリップ
1 名前:いこーる 投稿日:2008/07/21(月) 21:36
矢島×吉澤

アンリアル学園もの

石川、梅田、藤本、高橋。


よろしくおねがいします。
2 名前:文化祭後 投稿日:2008/07/21(月) 21:37
「ほらっ、舞美。赤字分、みんなから徴収したから」
「……」

舞美は、真っ赤に泣き腫らした目でひとみを見た。
口をへの字に曲げたかと思うと、

「ごめんなさい、ごめんなさい!!私のミスで、せっかくの文化祭を……」
「な、何泣いてんの!?泣くことないじゃん!」
「だって……よっちゃん全部やってくれて……」

ひとみは照れたように頭を掻く。

「よっちゃん、私のせいで梨華ちゃんの劇も見られなくなっちゃったし」
「あー、あれはリハーサルで見たからいいんだよ」
「だけど……やっぱりごめん…迷惑かけて……」
「私が好きでやったんだから。舞美が気にすることないの!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「気にすんなって!」



「よ……ちゃん?」

舞美は、ぽかんと目を見開いた。
自分が抱きしめられていると気づくのに、しばらくかかった。

「好きなんだから……泣くなって!!」

その言葉で、流れる涙が再開した。気持ちが溢れそうになる。

「よっちゃん?……う、そ……でしょう?……冗談でしょう?」

3 名前:文化祭後 投稿日:2008/07/21(月) 21:37



 「好きなんだから……泣くなって!!」

モニターの中で抱き合う2人を梨華が食い入るように見る。

「まずい、時系波が乱れてる」

隣でえりかが、不安そうに梨華を見た。

「6年前の文化祭で、私の劇を見に来たよっちゃんに私が告白。
 この日、よっちゃんが来なかったら……」

 「よっちゃん?……う、そ……でしょう?……冗談でしょう?」

「私とよっちゃんは、一緒の大学に行ってない。
 きっと私もこの学校には勤めてないことになる」
「舞美が過去を変えちゃう?」

梨華は、びっくりしたように首を振った。

「歴史は絶対に変えられない」
「でも……舞美は……」

梨華はもう一度首を振った。

「運命による軌道修正が入る。歴史は個人では変えられない。
 運命は頑固に、もとの筋書きに戻そうとするの。小さな誤差であればスルー。
 でも誤差が大きくなってくると修正風が強くなって……」
4 名前:文化祭後 投稿日:2008/07/21(月) 21:37
「どうなるんですか?」

 「う、嬉しい。よっちゃん……嬉しいよ」

舞美とひとみを映した画面の端が、オレンジ色に点滅し始めた。
梨華はキーを叩いて、波線の揺らめきをチェックする。

 「でも……よっちゃんには、梨華ちゃんが……」

「さっそく……修正風が吹き始めた」

 「確かに梨華ちゃんもあぶなっかしーから
  一緒にいてやりたいとは思った。
  でも、舞美は特別なんだよ。なんつーか、目が離せないっていうか……」

波形がどんどん、大きく荒くなっていく。

「……止められないかもね」
「どうして?」
「よっちゃんは、私にも同じこと言った。『目が離せない』って」

今、それと同じ言葉が舞美に向かっている。梨華は一瞬、切なそうな表情を見せた。

「石川先生……」
「ちょっと待って。この波形から計算してみる」

梨華が、忙しくキーボードを叩きだした。

「波形の乱れは……やっぱり、この程度の修正風では収まらない。
 リセットがかかるのは……」

カタカタカタカタ。

「……2日後。2日以内に2人が別れなければリセット」
5 名前:文化祭後 投稿日:2008/07/21(月) 21:38
「リセットって……どうなるんですか?」

梨華は言いづらそうに下を向いた。

「石川先生!?」
「……時間はね、どんな手を使っても、元の流れを維持しようとするものなの。
 私がよっちゃんと暮らしていないなら、
 きっとよっちゃんも事故に遭わずにまだ生きているし
 私はえりかとも舞美とも出会わなかった。誤差が大きすぎるのよ」
「……」
「それにくらべて舞美が事故死した場合は?
 向こうの時代に、高校生の矢島舞美なんて本当は存在しないんだから
 存在しないコが1人いなくなるだけ。誤差は小さくてすむ。
 あと2日。それがタイムリミット……」
「止めなきゃ……先生、止めてください!」

えりかが梨華の腕をつかむ。
しかし、梨華は目を逸らした。

「トンネルの出現は3日後。それまで過去とは行き来できない。
 近くに予測できるタイムホールはどれも、人が通るには小さすぎる」
「そんな……」
「祈るしかないわ。2人が、修正風に負けて別れてくれるのを」
「別れなかったら?」

梨華は、絶望を表情に浮かべながらモニターを見た。

 「よっちゃん……私なんかで、いいの?」

「そのときは、運命が全力で、舞美を殺しにかかる」


6 名前:いこーる 投稿日:2008/07/21(月) 21:38
導入部、以上になります。
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/22(火) 02:26
うお〜!!!超おもしろそうです。
いこーるさんの作品にいしよしは珍しいですね
毎日ワクワクしながら楽しみに待ちます!頑張って!
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/27(日) 01:57
うおおおおお
超気になる
9 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:39
「舞美ー」

舞美がお弁当から顔を上げると
教室の入り口で、ジャージ姿のえりかが手を振っていた。

「ちょっと待って」

舞美は、残っていたレタスを口に放り込んで立ち上がり
小走りでえりかのところまで行った。

「まだ食べてたの?」
「うん……先生からプリント配るように言われてて……」
「まあいいや。あのさ、来週の文化祭実行委員の資料なんだけど」
「うん……」
「どう?」
「どうって?」
「どこまでできた?」
「……。」

……。

「あれ?私が作るんだっけ?」
「忘れてた!?信じられない。自分で手ぇ挙げたんじゃん!」
「……。」

舞美は、気まずそうに上目遣いでえりかを見た。

「あのー、えーっと」
「作ってないんでしょ?」
「……作ってません」
10 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:40
えりかが大げさにため息をつく。
それを見て舞美がしおれた。

「まあ、ちょうど良かった。
 石川先生に聞いたんだけど
 生徒会の先輩が去年作ったファイルがあるって」
「どこに?」
「……。」
「えり?」
「場所……聞いておいた方がよかった?」
「あ、当たり前でしょ!」
「……。」

今度は舞美が大げさにため息をつく。

「まあいいや、去年のあるなら助かる」
「あのー、たぶん……生徒会室にあるんじゃないかなーって。はははは」
「笑ってごまかすんじゃないの!
 いいよ、私が探しておく。えり次体育でしょ?」
「うん。じゃ、任せた」

えりかは大きく手を挙げて、立ち去ろうとする。

「あ、えり!」

舞美は大声で言った。

「わざわざ、ありがとう!!」
11 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:40
えりかが立ち去ったので、舞美は時計を見る。
昼休みは残り15分。
今のうちにファイルを見つけてしまおう。
舞美は生徒会室に向かって歩き出した。

―――でも本当、助かった……

歩きながら考える。
えりかは、舞美の仕事を心配してわざわざ先生に聞いてくれたのだ。
最後にボケをかましてくれたが、フォローしようとしてくれたのが嬉しい。

生徒会役員として一緒に活動するようになったのが約1年前。
今では生徒会の名コンビだった。
ムードメーカーのえりかが、その明るさでメンバーのテンションを上げ
その傍らでマイペースな舞美が、みんなを和ませる。
かみ合わないはずのテンポは、なぜか場の空気を楽しくした。
2人は決して混ざり合わないドレッシングみたいに、
お互いを引き立てながら、お互いの役割を果たしていた。
ボケてるはずの2人がなぜか両方とも
「私がいなきゃダメだ」と思いこんでいるらしい所が面白い。

「ふふっ」

舞美は、意味もなく笑ってしまった。1人で。
誰かが見たら気味悪がるだろうが、舞美はそんなこと気にしない。
というか、気づいていない。

そうこうしているうちに、舞美は生徒会室に到着した。


その生徒会室には、かつて現役高校生の頃
マッドサイエンティスト美少女だった石川が不便すぎて放置した
タイムマシンが今も残っていたのだった。
12 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:40


―――これも違う……。

舞美はファイルを棚に戻しながらため息をついた。
ラックにあるファイルにはすべて目を通したが
探しているものが見つからない。

机の上にはそれらしいファイルはないし
もちろん床にも落ちていない。
先週、えりかと2人で生徒会室の掃除をしたばかりだから
おかしなところに紛れているとも考えられなかった。

―――やっぱ……ファイルってパソコンのファイル?

舞美は
それを見た。

生徒会室の奥に置かれた、大げさすぎるコンピューター。
今どき、こんなごつい機械を装備したパソコンなんてない。
以前、えりかが試しに起動させたことがあったが
わけのわからない画面が表示されるばかりで
操作できずに電源を切ってしまった。

しかし、今はファイルを探さなくてはいけない。

舞美はおそるおそる


スイッチに手を伸ばした。


13 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:40
機械が大きなうなりを上げる。

舞美はぼーっ、とそれを見ていた。
機械が何をしようとしているのかさっぱりわからなかった。

だから

マシンがタイムトンネルの捕捉に成功し

現在と過去を奇跡的につないでしまったときも

舞美には何が起きているのか理解できなかった。
ただ、音がうるさくなってきたのでどうにかしなくてはと
キーボードを適当に叩いてしまった。

その瞬間……

バチンっ!

火花が飛ぶような感じの青白い閃光。

―――パソコンが消えた!?

機械は、一瞬の火花とともに、舞美の前から姿を消していた。




14 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:40




……。




「……。」



舞美は真新しいソファに座ったまま

途方に暮れていた。


―――やっぱり、変だよ……


15 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:41
変なのだ。

まず、生徒会室のパソコンが消えた。
それに、机やソファがいつもより新しい。
おまけに、スチールラックが木製のぼろい棚になっている。

―――変だ……絶対に変だ!

なんで見慣れたソファが新しいのだ?

―――まるで、時間が戻ったみたい

舞美はそんなことを思った。

「じゃあ、なんで……」

なんでスチールラックは木棚になっているのだ?

―――まるで、昔に戻ったみたい

舞美はそんなことを思った。

「昔に……過去に……」

……。

―――!!

「なぁんだ。そういうことか」

舞美は一瞬で納得した。
16 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:41
改めて、室内を見回してみる。
こうして見ると、いつもの生徒会室だ。
天井の高さ、壁までの距離、窓やコンセントの位置。どれもなじみがある。
しかし、置いてあるものとかが微妙に違っていて
おまけになんか匂いがする。
木の棚があるせいだろうか。
ややカビっぽいその匂いは

―――なんか、ほっとする感じ

舞美の心を不思議と落ち着かせた。

そして落ち着いてみると、冷静に事態を把握できるようになった。

たぶん、自分は過去に来てしまったんだ、と。
17 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:41
あのコンピューターはタイムマシンだ。

―――ほら、あのカレンダー、2002年て書いてある。

いったん納得すると、飲み込みが早い。
舞美は基本的に適応能力が高かった。
疑うことを知らないというべきか。
舞美の脳内では、言ってみれば何でもありなのだ。
舞美の世界では、まだトナカイも空を飛ぶ。
疑う理由がなければ、すぐに受け入れることができる。

自転車のかごに宇宙人が乗っていようが
天空の城から手の長いロボットが降ってこようが
5人組だったグループがいつの間に16人になっていようが
「すごいね」と納得して、つっこむことをしない。

えりかにも「今の突っ込むところだよ」とよく叱られる。

そんな舞美だから、今回も
「タイムスリップって本当にあるんだな」とすぐに理解した。
そしてすぐに「何組で授業受けたらいいんだろ?」と悩み始めた。

―――っていうか、クラスどころじゃないや……

過去に来てしまったということは、帰る家もない、ということだ。

頭痛がしてきた。
18 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:41
そのとき
ガラガラ〜、と音がして、扉が開いた。

「あれ?」

生徒会室の入り口にたった人は
舞美を見て首をかしげた。

「あっ!」

舞美はぴょこん、とソファから立ち上がる。

「「誰ですか!?」」

2人の声が揃った。
言ってから舞美は
未来から来た自分の方が
ここでは不審者だと気づく。

「あ……えっと……。生徒会室ってどんなかな〜、なんて……」

舞美は苦笑いをしながら
上目遣いに相手を見た。

―――まずい……めっちゃ、怪しい目で見られてる…。

舞美の全身が緊張した。
いきなり不審者として職員室に突き出されたらどうしよう。
行き場を失ってしまったらどうしよう。
19 名前: 投稿日:2008/07/29(火) 20:42
「あ、あの……怪しい者じゃありま…」
「うっわーーーー!」

相手がいきなり大声を出したのでびくっ、とした。

「緑のバッヂだから2年生だよね。おんなじだー。
 まだ私の知らないコいたんだー。よろしくー」

と満面の笑みで手を差し出された。
舞美は勢いに流されて思わず握手をしてしまう。

その人の手は

―――あったかい……

なんか温かくて
優しくて頼もしい。
舞美の不安を消し飛ばしてくれそう。


「吉澤ひとみです」

輝くみたいな無邪気な笑顔に
しばらくぼーっ、と見とれてしまった。

「そっちは?」

―――なんか……ドキドキする。

舞美の身体の中が
ホコホコと熱を持ったみたい。
恥ずかしいような
嬉しいような
よくわかんないけど心地よい気分の中で

「や、矢島舞美です」

舞美は気がつくと
ひとみの手をぎゅう、と
強く握っていた。
20 名前:いこーる 投稿日:2008/07/29(火) 20:42
今日はここまでです。
21 名前:いこーる 投稿日:2008/07/29(火) 20:44
>>7
いしよしは珍しいし、舞美もあんまり書かないですね。
チャレンジです。

>>8
うおおおおお
超頑張る
22 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:27
「ここ……なんかいい匂いしますね」
「そうっすかー?慣れちゃってるからわかんねぇや」
「埃と木の匂い。なんか……」
「……。」
「懐かしくないですか?」
「……ないですか?、て言われても……」
「そうですか……」
「いや……何1人で納得してんの?」

ひとみは、頭を掻いた。
さっきから会話をしようと頑張っているのだが
会話になってない。
舞美の独り言に付き合っているだけみたいになってる。

「変わってるねー」
「な、何がですか?」
「気がついてないなら、いいや」
「そうですか……」

―――また、勝手に納得した……。

からかったんだからリアクションが欲しい。
「そうですか……」と言われては会話が終わってしまう。
スポンジに壁打ちしているような気分だ。期待通りに返ってこない。

「っていうかさ、敬語やめない?同学年なんだし」
「そうですね。……」
「……。」
「……あっ。ごめんなさ……、ごめん」
23 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:27
―――手強いコだな……

ひとみはさっきから1人で頑張っていた。
何とか自分のノリに巻き込むことはできないか、と。
ひとみの世界には2種類の人間がいる。
のる奴とのらない奴。
同級生と話すときはいつも「のせる」ように会話を進める。
別に意識したわけではないが、そうやって話すのが楽なのだ。
のってくれば良い奴。
のってこなければつまんない奴。
ひとみは単純だった。
ひとみの世界には、単純で割り切れることしか存在しない。
だから、今回は困っている。

「舞美ちゃん、会話しようよ〜」
「そ、そうだよね〜」

乗りそうに見せて直前で乗車拒否!みたいな。
実にやりにくい。

ここまで苦戦したのは
美貴と会ったとき依頼だ。


キーンコーンカーンコーン

「あー、ゴング鳴っちった」
「は?ゴング?」
「いや……何でもない」
24 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:27
また、中途半端に食いつく。

―――突っ込むなら突っ込めっての。

ひとみは「よいしょっ」と声を出して立ち上がった。

「戻ろう」
「?」
「……授業でしょ?」
「あ……」

舞美が困ったような顔をした。

「私……何組……いやいや。
 あ、私いいや。な、なんかだるいから行かない」
「授業行かないの?」
「うん、行かない」
「ふーん」

ひとみは不思議に思って舞美を見た。
あんまり、授業をサボるタイプには見えないけど。
25 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:27

舞美は、ひとみにジロジロ見られて冷や汗が出てきた。

「今日は、もう授業行かない。ここにいる」

もちろん授業に行くわけにはいかない。
6年前の学校に、舞美のクラスはない。
舞美はここでは身元不明者も同然なのだ。

「ふーん。だるいなら保健室とか……」
「いいっ!ここがいいの!!
 ほら、いい匂いするし!」
「?」

保健室でクラスを聞かれたら困る。

「ま、いっか。私は授業行くから」
「おー、よっちゃんだ」

ひとみの後ろから声がして、新たな人物が登場する。

「ミキティ。またサボり?」
「うん」
「勉強?」
「眠い」

舞美は、美貴と呼ばれた人を見た。
バッヂが赤いから3年生だろう。
26 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:28
「今日はサボり仲間いるよ。舞美ちゃん」
「よ、よろしくお願いします」
「ふーん」

美貴は、舞美を一瞥しただけで
室内に入っていってしまった。

―――怖い人。

舞美はそう思った。
だって登場してからずっと無表情だったのだ。
ひとみとの会話中もずっと機嫌の悪そうな目でボソボソと話す。
疲れているというより
エネルギーをケチって会話しているような印象だった。
表情豊かすぎるひとみと対照的な感じだ。

「じゃあね舞美ちゃん。放課後までいる?」
「うん」

ひとみに聞かれたので、舞美はうなずいた。
ここ以外、どこに行ったらいいかわからない。

「じゃ、また放課後ね」
「うん!」

走り去るひとみに、舞美は手を振った。

「そうだ」

ひとみは途中で立ち止まり振り返って言った。

「気をつけてねー。ミキティは動物だから」


「?」

27 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:28


室内に入ると、緊張で舞美の全身がコチコチになった。

―――どうしよう。怖い人と2人になっちゃった……

舞美が「ははっ」と苦笑いをする。
しかし美貴は表情1つ変えない。

―――本当、どうしよう。

舞美が動かないのを見ると
美貴はポンポンと、自分が座っているソファを叩いた。

―――す、座れってこと?

舞美はおそるおそる近づいていき
美貴の隣に座った。

「……。」

気まずい時間がたっぷりすぎた。
舞美は身体を固くしたまま、背筋を伸ばして座っていた。
やがて美貴が小さく

「眠いね」

と言って、身体をこっちに預けてきた。

「え?あの……、ちょっと?」

突然もたれかかってきたのでびっくりしたが
拒否することもできずに、美貴の頭が肩にのってしまった。
28 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:28
「あのー、せ、先輩?
 寝るなら私、どきますけど」
「んー」

―――「んー」って何?

舞美が戸惑っていると、耳元で「くんくん」と鼻を鳴らす。

―――な、何この人?

なんと美貴は、舞美の匂いを嗅ぎ始めた。
手で舞美の身体をベタベタさわりながら
いろんなところを嗅いでいく。

―――何このひとーーーーーーーーー!?

舞美は、身体を固めたまま、悲鳴をあげることもできずに
なされるがままだった。



放課後になった。
ひとみは掃除を適当に終わらせて生徒会室に急ぐ。

「あの2人、どうなってるかなー?」

小走りに生徒会室の前まできた。
とりあえず耳をくっつけて音を聞いてみるが
中からは何も聞こえて来ない。

そこで扉を思いっきり開けた。
29 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:28
「ミキティ!舞美……ま、いみ?」

ひとみの目が点になった。


ソファの上で美貴が横になっている。
舞美は美貴にひざ枕をしてやりながら
背筋をピンと伸ばして汗をかいていた。

「な、何やってんの?」
「た、助けて!」
「?」
「私、座ってただけなのに……急にこの人……
 私のひざに頭のせて寝はじめて」

舞美は泣きそうになってひとみに訴えてくる。
しかし、その声は寝ている美貴を気遣ってひそひそ声だった。

「わはははははっ。舞美、気に入られたんだ」
「ええ?」
「ミキティに気に入られると大変だぞ。
 これから毎日セクハラ地獄」
「えー!?」
「…てのは冗談だけど」
「じょ、冗談か」
「いや、そうでもないけど」
「……。」
「叩き起こすか?おーい、ミキティ!」
「しっ!起きちゃうでしょ!?」
「……。」
30 名前:2 文化祭一月前 投稿日:2008/08/01(金) 19:28
ひとみは呆れた。
舞美ってば困ってるはずなのに、微妙に状況に順応している。

「舞美、嫌ならどけてもいいよ。キレたりしないから」
「え?」
「こんな風になるってことは、舞美のこと気に入ったんだよ。
 こいつ動物だから、匂いとか肌触りとかが合わないと絶対仲良くならないけど
 一度気に入ると、こんな風に信用して身体預けてくる。だから…」

舞美が起こしても、怒ったりしないと思うよ。ひとみはそう言ってやった。
舞美は「そっか」と言った。
そして

「寝顔、かわいい」

子猫を見るような、柔らかい笑顔で美貴をのぞき込んだ。

ひとみはなんか目のやり場に困って
生徒会室を見回した。

木の棚にはファイルが並んでいて
机の上は資料が散らばっている。
バラバラな個性の集まる部屋。

―――いい匂い、か……

なんとなく
舞美の言っていたのがわかるような気がした。


31 名前:いこーる 投稿日:2008/08/01(金) 19:29
今日はここまでです。
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/06(水) 07:26
斬新なCPと設定がとても興味深いです
33 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:54
放課後になると続々と人が集まる。
舞美は追いやられる感じで
部屋の隅で小さく座っていた。
来る人はみな、舞美を怪訝な目で見るが
話しかけてくる人は誰もいなかった。
みんな、舞美のことを無視して
舞美に背中を向けて話す。

完全に部外者だった。

もちろん狭い生徒会室なので
会話は全て聞こえてくる。
しかし話題がわからないので話に入ることもできない。
先生の話になったときも
舞美の知っている名前は1つも出てこなかった。

(※東京都立の高校教師は1校に3年勤務が原則。
  同じ学校でも6年経つと教員はほとんど変わっている)

だから舞美は小さくなるしかない。

建物は同じなのに
生徒会室の広さも同じなのに
人が全然違う。
世界が異なる。

まったく知らない場所に来てしまったのだと
改めて実感させられた。

舞美はここへ来て初めて強い孤独と不安を感じた。
34 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:55
パンパンっ。

ひとみが手を叩いて立ち上がった。

「時間になったから始めまーす」

すると話し声はすーっ、と引いてみんながひとみに注目した。

「まず一つ目。文化祭の食販団体について。
 ハンドボール部が食販をキャンセルするそうです」
「理由は?」

誰かが質問した。

「大会が近くて、準備できないって」
「なんだそれ?」
「なんで今頃になって?」
「あそこ、予想外に勝ち進んじゃったんだよ」
「ハンド部って何出すんだっけ?」
「焼き鳥」
「焼き鳥なら、なくなっても影響ないし、仕方ないんじゃない?」
「中庭の屋台コーナー、1つ空いちゃうんですか?」
「テントの配置をやり直せばごまかせるでしょ」
「他に食販希望している団体はないの?」
「そうだよ。落選した団体がいっぱいあるのにキャンセルじゃもったいない」
「再選考する?」
「いや、時間ないでしょ」
「……。」
「テント1つ減らすしかないよ」
「……そうだね。もったいないけど」

ひとみがパンパンっ、と手を叩いた。
話し声がすーっ、と引く。
35 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:55
舞美は不思議な気持ちになって、そのやりとりを眺めていた。
生徒会のみんなは放っておくと、バラバラに話し出すのだが
ひとみが手を叩いたときだけ、一点に集中する。
気持ちが1つになったように、話し声はやみ、ひとみの声に耳を寄せる。

「じゃあテント減らすってことでいい?」

その場の全員がうなずいた。
気持ちいいくらい揃っていた。

「新しい配置、誰か考えてくれる?」
「……。」

誰も手を挙げなかった。

「愛ちゃん頼んでいい?」

ひとみが聞くと、愛と呼ばれた1年生が「はい」と言った。

そうやってひとみがみんなを仕切る姿を
舞美はついぼーっ、と眺めていた。

生徒会の人たちが来てから
舞美は疎外感ばかりを感じていたけれど
ひとみの存在が舞美を不思議に安心させてくれた。
この人がいれば、何とかやっていけそうな気がした。

根拠なんてなかったけれど
舞美が感じていたのは確かに安心感だった。
36 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:55


話し合いが終わって、みんなが帰っていく。
ひとみは「作業があるから」と呼び止めたが
みんな「予備校」とか「部活」とか「ちょっと……」とか言って
いなくなってしまった。

部屋に残ったのは
ひとみ、舞美、美貴、愛、の4人だけだ。

「……。」

みんなそれぞれの作業に入る。

愛はテント配置の図面を作り
ひとみはレポート用紙に何かを書き始めた。
舞美はすることなく座るだけ。
美貴は勉強をしていた。

「……。」

カリカリカリカリ。
鉛筆の音だけが室内に響いている。
舞美はちょこんっ、と座っている。

「うーんっ」

ひとみが鉛筆を置いて、伸びをして

「あー、疲れたー。
 みんな言いたいこと言って、すぐ帰っちゃうんだもんなー」

と、愚痴を言った。
37 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:56
「……。」

しかし、愛も美貴も聞こえないふりをして、作業を続けている。
舞美は何か言わなければ悪いような気がして口を開けた。

「お、お疲れ様」

居候の部外者としては精一杯の相づちだった。

……。

「でも……」

舞美は、独り言のように続けた。

「よっちゃんが話すと、みんながまとまるんだね」

トロトロと、気持ちが流れ出すみたいに
舞美は独り言を続ける。

「なんか、オーラ出てた」

「……。」

鉛筆の音が止まった。
愛と美貴が顔を上げて舞美を見る。

「かっこいい……」

舞美がそう言うと
ひとみが困ったように頭を掻いた。
38 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:56


「あたし、そろそろ帰らないと」
「図面は?」
「明日までにはできます」
「よろしくー」

愛がぺこり、とお辞儀をして生徒会室を出て行った。
それから数分経ったとき、美貴が声を発した。

「あれ?」
「何、ミキティ?」
「愛ちゃん、図面置いてっちゃった……」
「あー、本当だ。忘れてる」
「ど、どうするの?」
「どうするって、明日までに終わらないな」
「平気なの?」
「……結構、困る」

ガタンッ。舞美は立ち上がって図面を取った。

「ま、舞美?」
「渡してくる!」
「追いつかないよ……」
「行ってくる!!」

舞美は生徒会室を飛び出していった。

「速っ!!!」

後ろで、ひとみの仰天する声が聞こえた。
39 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:56
靴がなかったので舞美は上履きのまま走った。
駅までの道順は、6年後と変わらない。
道中、生徒たちは舞美が全速で走ってくるのを見ると
びっくりしたように左右に飛び退いていく。

「速っ!!」
「だ、誰だ!?」
「なんで全速力!?」

気分がよかった。
舞美の顔に笑みがこぼれる。

「なんだあの子?」
「笑いながら……」
「あぶないコ」

見たか!陸上部エースの実力を!!
こっちの時代に来たって速いものは速いのだ。
自分だって役に立つのだ。
頼ってばっかりじゃないぞ。
隅に追いやられるだけじゃない。
自分だってできる。
生徒会のために
ひとみのために
こんなに速く走れるんだ。

ペースはまったく衰えない。
テンション上がった舞美の速度は、むしろ増している。
駅まではあと少し。速く、速く……
40 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:56
「愛ちゃーーーーーん!!」
「へっ……うわっ」

愛がびっくりして跳び上がった。

「はぁ……はぁ……追いついた……」
「は、速っ……」
「こ……これ……。図面……忘れてる」
「それで……追いかけてきたんですか?」
「うん、そうだよ」
「あ……」

愛はびっくりした表情のまま
図面を受け取ると頭を下げた。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ、私は戻るから…」
「あのっ」

愛の声が急に高くなった。
真剣な話をするときの声だった。

「ん?」
「せ、先輩って……」
「?」
「サッカー部なんですか?」
「は?」
「だって、あの2人と話してたから」
「別に……サッカー部でなくても話すよ。
 愛ちゃんだって話してたじゃん」
「違います。私たちが話をするのと全然違ってます」
「……。」
41 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:56
舞美は愛の手を引いて、
通行の邪魔にならない所に移動した。

「どういう…、こと?」
「舞美先輩、すごいですよ」
「何が?」
「舞美先輩は…」

愛の大きな目が
まっすぐに舞美を見た。

「あの2人と普通にしゃべってた」



今度はゆっくり歩きながら学校に戻る。

「あれ、さっきの全速少女じゃない?」
「本当だ。逆戻り……」
「でもさ……」
「うん……」

「なんで、泣きそうな顔してんだろ?」

舞美には周囲の声も聞こえない。
それよりも
愛から言われたことが、ずっと脳内に反響していた。

―――怖いじゃないですか。あんな存在感ある人たち……

意味がわからなかった。
わからなかったが、すごく心にひっかかる。
42 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:57
―――こっちの存在が揺すぶられるみたいな……

舞美が要領を得ない顔をしていると
愛が教えてくれた。

サッカー部に所属している生徒は3人。
吉澤ひとみ。藤本美貴。石川梨華。
3人だからもちろん、サッカーなんてできない。
ただ3人で集まってしゃべったり遊んだりしているだけ。

しかし
3人組は全校生徒がその存在を知る特別な生徒だった。

―――吉澤先輩が生徒会に立候補したときもすごかったじゃないですか。

舞美が「何で?」と聞く。
愛は「知らないんですか?」と言って、教えてくれた。

各クラスから多数の立候補者が出て
今年の生徒会選挙は盛り上がるだろうと予想されていた。
それがひとみが会長に立候補した途端

他の候補者たちは全員、辞退を申し立てた。

あんな人と、一緒にやっていく自信がない。
それが理由だった。
しかしそれでは困るということで
先生に半ば無理矢理に出馬させられた生徒たちがいた。

―――それが今の生徒会。だから、誰も積極的に関わろうとしない。
43 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:57
舞美はそれを聞いて半分納得した。
さっきの話し合いの雰囲気は
ひとみがリーダーシップを発揮したのではない。
みんなで、ひとみを恐れていただけだ。
だから
会議が終わると、みんな蜘蛛の子を散らすように帰って行った。
愛が残ったのは
彼女がお人好しすぎて、断り切れなかっただけ。
本当は誰も、ひとみたちと関わり合いになりたくなかったのだ。

でも……
まだ半分は納得できない。
ひとみも美貴も、舞美に優しかった。
過去に飛ばされて途方に暮れていた舞美に話しかけて
舞美のことを気に入ってくれた。
それなのにどうして、みんなから敬遠されているのだろう?

―――……。

愛は言いづらそうにするだけで、肝心のことを教えてはくれなかった。


44 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:57
生徒会室に戻る。
生徒会室にはまだ明かりがついていた。
中からひとみと美貴の声もした。
でも

「……。」

舞美は中に入るのを躊躇していた。

―――怖いじゃないですか。あんな存在感ある人たち……

舞美は2人のことを優しい人だと感じたけれど
考えてみたら2人とは
今日会ったばかりで何も知らない。
まして周りから2人がどう見られているかなど
舞美にはわかりようもない。

存在感が強すぎて、全校生徒から敬遠されている?
生徒会の立候補者全員が辞退するくらい?
舞美にはさっぱりわからない。
確かに、美貴のセクハラには面食らったが
別に悪い人ではないと思う。
美貴もひとみも美人ではあるが
だからといって近づきがたいというわけではない。

何を、みんなが恐れているのかわからない。

わからないから、余計に舞美は躊躇してしまう。
45 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:57
「……。でも、ここしかないよ」

舞美には他に行き場がなかった。
舞美には2人しか、頼れる人がいなかった。

「……。」

舞美は覚悟を決めて
扉を開けた。

「おかえりー」
「おかえりー。追いついた?」
「う、うん。駅のところで」
「舞美、足速いんだねー。びっくりした」
「う、うん」
「でも助かったよ」
「うん」

「……。」

2人からじっ、と見られた。

「何突っ立ってんの?入んなよ」
「い、いいの?」
「何を今さら」

ポンポン、とソファを叩いて自分の隣を勧めた。

舞美は

「ちょっと、舞美?」

ポロポロと涙をこぼしていた。
46 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:57
「な、なに泣いてんの?」
「よかった。やっぱり、よっちゃんだぁ」
「ま、いみ?」

舞美は入り口の所に立ったまま
こぼれてくる涙を拭いていた。
笑おうとするけど、無理にやると逆に泣けてしまって
結局止められなかった。

「全然、怖くなんかないよ」
「……はぁ」

ひとみは困ったようにため息をついた。

―――本当、ほっとする。

愛に変なことを言われて、すごく不安になった。
ひとみも美貴もすごい人でカリスマで
舞美だけが全然置いていかれるんじゃないかと思った。
でも
ひとみは相変わらずの笑顔で
美貴は相変わらずの省エネで
ちっとも遠くになんか行っていない。

ここの時間は舞美に優しい。
いい匂いのする生徒会室も
元気いっぱいの生徒会長さんも
動物みたいな居候さんも
全て舞美に優しい。
47 名前:3 福井弁の後輩 投稿日:2008/08/13(水) 21:57
「ところで、もうすぐ下校時間だけど……」
「私……行くとこない」

ひとみと美貴は、目を合わせた。

「私、帰るとこなんて、ないの」
「じゃあ……」

美貴が立ち上がって
舞美の肩に手をかけた。

「ここ、寝袋あるよ」
「は?」

舞美の涙が止まった。

寝袋?なんで?ここ、生徒会室でしょ?

「セキュリティの位置は全部把握してるから
 変なとこ開けなきゃ、気づかれない」
「ひょっとして……これまでも?」
「帰るの面倒になったときとか、よく泊まってる。
 舞美もどうぞ」

なんか、なんかなんか…

「えー、うちは帰るよ」
「わかってる。よっちゃんとこは親うるさいもんね。
 美貴が一緒に泊まるからいいよ。ラーメンまだあったかなー?」

面白いことになってきた。

舞美は泣き笑いになって、美貴の手を握った。
48 名前:いこーる 投稿日:2008/08/13(水) 21:58
本日の更新は以上になります。
49 名前:いこーる 投稿日:2008/08/13(水) 21:58
>>32
ありがとうございます。
この着想がどこに飛ぶのか、私も楽しみです。
50 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:33
ラーメンはちょうど2食分残っていた。
美貴と2人で食べる。
あたたかい湯気と、2人の食べる音。
外が暗くなっても、この部屋はあったかい。

食べ終わると美貴は勉強を始めた。
舞美はすることがないので
勉強する美貴の姿を、ぼーっと眺めるだけ。

「……。」

カリカリカリカリ。鉛筆の音が忙しく響く。

―――すごい……

美貴は脇目もふらず
すごい勢いで進めていく。

鉛筆の音も美貴の動きもリズムよく
舞美は見ているだけで心地よくなってしまう。

そして「なるほど、動物か」と1人で納得した。

ふだんはしゃべるのも面倒そうなくらいなのに
火が付くと恐ろしいほどの集中力を発揮する。
51 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:33
23時になると美貴はようやく勉強を終える。

「…使ったことある?」
「ね、寝袋ですか?ないです」
「じゃ、ソファね。私がシュラフ使う」

しゅらふ、って何だろう?まぁいいや。

美貴がひもをカチカチと引っ張って部屋を暗くした。

「あの……」
「?」
「全部消しちゃうんですか?」
「うん」
「……。」
「どうしたの?」

怖いんです、なんて言えないよ。

……。

「……。」

「ひょっとして、怖い?」
「いや、全然っ!」

本当は、めちゃめちゃ怖い。
窓から街灯の明かりが薄く差し込んでいるけれど
街路樹の影がお化けみたいに見えて、めちゃめちゃ怖い。
52 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:33
「美貴、いつも暗くして寝るんだけど」
「いいですいいです。
 わわわ、私も暗い部屋って大好き」
「舞美、無理してない?」
「む、無理なんかしてませんよ!!
 その代わり……」
「その代わり?」

舞美はソファに座って、立った美貴を見上げた。


「眠くなるまで、おしゃべりしてください。
 そうすれば……」


そうすれば
きっと怖くないから。




53 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:34
美貴も寝てしまったみたい。
結局、舞美は寝付けなかった。
目を閉じると、とりとめもない光景が次々浮かぶ。

―――資料作らなきゃ……

えりかに怒られてしまう。
でも……未来に帰れなかったら、資料どころじゃない。

―――愛ちゃん、図面作ってくるかな?

図面があれば、生徒会の仕事は次に進む。

―――文化祭……盛り上げなきゃ……

…………。

……。


54 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:34
強い朝日が室内に入り込んできた。
舞美はソファから身体を起こし
大きく伸びをする。

「おはよう」
「おはよう」
「朝ご飯だけど……」

え?もう??

―――さすが動物

「美貴、お金持ってないんだよね」
「わ、私も」
「じゃあ、いつものでいいか」
「いつものって?」

美貴は、ソファまでやってきて舞美の隣にどさっ、と座る。

「7時すぎには梨華ちゃん来ると思うから……」
「梨華ちゃんって……石川梨華さん?」

とくん。
舞美の胸が、不安に高鳴った。

石川梨華。
サッカー部3人組の1人。
そして、

―――高校時代の、先生

6年後の舞美の担任。
55 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:34
愛の話では、彼女も
ひとみや美貴と肩を並べる奇人として
全校生徒に恐れられているという。

―――確かに、石川先生は個性的だし

舞美は、キンキン声の担任を思い浮かべていた。

―――あれの若いバージョンか……

どんだけテンション高いんだろ?

そう考えて、舞美は密かに身を震わせた。



7時になった。
美貴に続いて早朝の校舎内を歩いて、理科室まで来る。

「ここ?」
「うん。梨華ちゃんの部屋」
「高校の時からだったの?」
「何?」
「い、いやいや、何でもない」

石川先生ってばいつも職員室にはいなくって
理科室にこもりっきりだった。
高校生の石川も、やはりわけのわからないものを作っているのだろうか。

舞美がそんなことを考えているうちに
美貴が部屋に入った。
56 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:34
「梨華ちゃーん」
「んん?」
「お腹空いたー」
「美貴。朝ご飯くらい自分で……」

そのとき梨華は、舞美に気がついて顔を上げた。

「あら……どちら様?」
「あの、せんせっ……じゃない。先輩。はじめまして」
「誰?この子」
「舞美ちゃん」
「……」

梨華は、舞美を観察するように、じっと見た。
きれいな目に見つめられて、舞美の全身が緊張する。

「まいみちゃん……ね」
「は…はい」
「ふーん」

そのとき
ふうっ、と梨華の顔が緩んだ。

「よろしくー」

ドキンッ。
舞美の身体から汗が噴き出す。

梨華は、舞美に背を向けて薬品棚に手を伸ばした。
57 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:34
―――何、今の……

ただ微笑みかけられただけで
脳みその襞がしびれたみたいになってしまった。

6年前の梨華は、まだ幼さが残っていて
こちらがどんなに神経張ってても
気がついたらあの笑顔に油断させられてしまう。

すごくかわいい笑顔。
心震わせるそれは奇跡。

―――わかる……この人はわかる

梨華が全校生徒から疎まれている理由が
舞美にもわかった。
この半端ない愛嬌はやばすぎる。

サッカー部3人組の3人目。
舞美はようやく、その恐ろしさがわかってきた。

そんな舞美には気づかず
美貴は木の椅子に腰掛けていた。
梨華は大きなアルミボールに水を満たし、ガスバーナーで加熱する。
すぐに水はコポコポと沸き始めた。

怪しげな実験でもはじまるかと思っていたら
沸いたボールの中に梨華は
うどんを3玉、放り込んだ。
異様に長いピンセットを使ってうどんをほぐしていく。
58 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:34
「舞美ちゃん」
「はい!?」
「そっちの薬品棚にめんつゆがあるから、取って」
「は、はぁ」

できあがったうどんを金網の上にのせ
シャーレにめんつゆを入れて3人で食べる。
実験器具で作ったうどんは

「歯ごたえあっておいしい」

不思議なおいしさだった。


「ごちそうさま」
「ごちそうさまでしたー」

立ち上がって出て行こうとすると

「舞美ちゃん」

梨華に呼び止められた。
舞美は不思議に思いつつ、部屋の中へと引き返す。

「座って」

そう言ってビーカーを出された。
中にアイスティが入っている。

―――な、何?

舞美が戸惑っていると、
またあの笑顔で見つめられた。
59 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:35
舞美は、その笑顔に押されるように座る。

「……。」

舞美が見ている前で
梨華は、ゆっくりと腰を下ろした。

「家出した?」

その口調はさりげなく
何でもないという風だった。

「家に、帰れないって」
「あ……えっと……」

あまりに梨華の振る舞いが自然すぎて
どうしていいかわからなくなる。

「どうした?」
「え?」
「何か……あったのなら、聴くよ」
「あの……。私……」

ガタンッ。

「舞美?」

舞美は慌てて立ち上がった。

「私……どう、説明していいか……」
60 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:35
梨華がこちらに手を伸ばしてきた。
舞美はビクッ、と身体を縮ませる。

「ごめんなさい。心配……させちゃって……」
「いいよ。そんなんじゃないよ!」
「ごめんなさい」
「何よ?舞美どうしたの?」

舞美は、急いで梨華に背を向けた。

―――ダメだよ。

そんな風に柔らかい笑顔で
そんな風にさりげない優しさで
そんな風に頼もしくされたら

―――私……頼っちゃう……

もう自分は、バラバラになってしまう。
二本足で立つことができないほど
自分の力で走ったりできないほど
この人たちに頼って頼って、頼りまくってしまう。
自分が自分じゃなくなっちゃうくらい
3人に甘えてしまうかも知れない。

「せ、先輩……優しくしてくれて、ありがとう」
「……ごめん、迷惑だった?」
「違う……」
「じゃあ……」

―――違う……違う……。だけど……
61 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:35
過去に来てしまった自分に居場所はなくて
だから3人組に頼るしかできないけれど

―――心まで、寄りかかったりしたくない

自分の情けない部分まで晒してしまうのは嫌。

でも
舞美は、思いを言葉にすることもできず
ただ首を振るだけだった。

「……舞美……困ってるなら、いつでも言ってね」
「……」

返事もできずに舞美は、理科室を後にした。


……。

外にでると美貴が待っていてくれた。

―――ひょっとして、聞いてた?

舞美は不審な顔を美貴に向けてしまう。
でも美貴は

「戻ろ」

そう言うだけで何にも聞かずに
歩き出した。
62 名前:4 理科室の住人 投稿日:2008/09/24(水) 21:35
……。

「……。」

―――美貴ちゃんは、相変わらず……

相変わらずのぶっきらぼう。

でも今は
その冷たさがありがたかった。


63 名前:いこーる 投稿日:2008/09/24(水) 21:35
本日の更新は以上になります。
64 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/25(木) 02:49
久しぶりに読めて嬉しいです。
65 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 03:55
矢島×吉澤という設定に興味津々です。

是非ともがんばってください。
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/15(土) 01:05
読みたいんです☆
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/25(水) 01:26
楽しみに待ち続けておる所存であります。

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