キュウリとメルセデス
- 1 名前:510-16 投稿日:2008/07/01(火) 09:26
- ベリキュー中心ですが、いしよしがいたりと、なにやらごった煮アンリアル。
マイペースに進めさせていただくつもりです。
よろしければ、お付き合いください。
- 2 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:33
-
- 3 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:34
- やばい、やばい、やばい・・・・
平和に時を刻む、東京の下町。
梅雨も明け、太陽の光がさんさんと降り注ぐ、そんな午後。
スカートをばっさばさいわせながら、必死に走る。
色あせたスクールバッグを、脇にぎゅっと抱えて。
道行く通行人のことなど、気にしている暇もない。
- 4 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:34
- おっと、よそ見をしてたら危ない危ない。
あたしは、前で並んで歩いている女子高生の間をぬって、ぐんぐん先を急いだ。
時計を見ると、5時5分前。
小さなタバコ屋の角を曲がると、真っ赤なアーケードが見えてきた。
うん、間に合うかもしれない。
- 5 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:35
- なのに、
「あー!」
点滅していた目の前の信号が赤に変わり、あたし―吉澤栞菜はガクっと肩を落とした。
- 6 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:35
-
- 7 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:44
- 「はぁ、はぁ・・・・た、ただいま・・・・」
あたしが駆け込んだのは、商店街のちょうど入り口に位置する小さな八百屋。
ショッキングピンクの看板に、「いしよし商店」と大きな字で書かれている、妙なこの八百屋こそ、あたしの家だ。
「かんなちゃん、こんにちは」
「いらっしゃーい」
いつものお客さんに声をかけながらも、あたしは呼吸を整えようとした。
普段走らないから、なんかものすごい疲労感を感じる。
- 8 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:45
- 「2分15秒のちこーく!」
ひざに手をついていた姿勢を元に戻して、顔を上げると、そこにはビシっとあたしに指差すエプロン姿のお母さん。
ちなみに、あたしにそう言いながらも、「ありがとうございましたー」と、お客さんに対する営業スマイルは忘れていなかった。
今日は、5時から店番をすると約束していたあたし。
2分15秒って・・・。
お母さんは、変に細かい。
そして、そんなお母さんのセリフに合わせて遅ればせながら「ちこーく!」という声が続いた。
見ると、レジをしているお母さんの後ろから、ステテコ姿のお父さんが出てきた。
- 9 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:48
- お母さんの名前は、吉澤梨華。
2児の母だというのに、未だにピンクやフリフリのファッションが好きなこの人は、いい意味で言えば、永遠の乙女、悪く言えば、イタイおばさん。
ついでに言うと、あのセンスのないピンクの看板をつくったのも、お母さんだし、そこに大してかわいくもないウサギの絵を付け加えたのも彼女だ。
まぁ、実年齢より若く見られるし、実際「栞菜ちゃんのお母さんって、ホント美人よね!」なんて商店街のオバちゃんによく言われるから、自慢のお母さんといえば、そうなんだけど。
- 10 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:48
- そして、そんな彼女にベタ惚れして結婚した父―吉澤ひとみ。
お母さんは、「昔は、そのへんの俳優さんなんかよりずっとかっこよかったんだから!」なんていうけど、あたしが知っているお父さんは、せいぜいステテコの代わりに上下ジャージ姿を着ているおっさん。
それから、相当の女好き。調子がいいってことも付け加えないといけない。
だって、しょっちゅうお客さんに口説き文句言ってるんだもん。
『ちょっとお姉さん、見てかない?』なんていう、ベタベタなセリフはまあいいとしても、この前なんか『旦那と別れちゃいなよー!』とか言ってた。
いくら商売だからって、あれは絶対狙ってやってるに違いない。目が半分本気だったから。
お母さんにバレたら殺されるだろうなー。
ちなみに、あたしにはお姉ちゃんがいて、4人で仲良く八百屋をやっているのだ。
- 11 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:48
- 「今日は商店街の大事な会議だって言ったでしょ?」
「ちゃんと覚えてた、って」
「だったら、なんでもっと時間に余裕をもって行動しないの?いつもならとっくに帰ってきてるじゃない。」
「だって、今日に限って先生が交信始めてさぁー」
キンキン響くお母さんの声に反論する。
あたしの担任、飯田先生は、モデルみたいにスタイルがよくって、すごくきれいなストレートヘアの持ち主。
基本的におっとりしていて、優しいから、人気があるし、あたしも好き。
それだけじゃなくて独特の世界観を持っているから、そういう神秘的なところに引かれる男子も結構いる。
でも、ひとつだけ欠点がある。
ホームルームでの話。いつの間にか変な方向に脱線してしまうのは、まぁいいとして、先生自身も、話題から完全に脱却してしまうのだ。
ハっとなにかに気づいたような表情をし、2,3秒固まる。長いときは、1分以上。
これがいわゆる「交信」ってやつ。
交信後は、もはやそれがなんの話なのかもよくわからなくなってしまう。
- 12 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:55
- 「カオリンの交信なんて、たかがしれてるじゃない!」
「いや、だって今日のはものすごーく長くて、しかも変な方向に話が行っちゃったの!」
「人のせいにしないの」
「してない!ていうか、あたしだって、走ったし」
「結果的に遅れてるじゃないの。」
「っていっても2分でしょ?」
「2分『15秒』よ。あんた、今は学生だからいいけどね、社会にでたら遅刻は許されないのよ?」
変な所で、頑固で意地っ張りなお母さんは、(今日は特にしつこく)つっかかってくる。
だけど、そんな母を持つあたしも、ついつい挑発に乗ってしまう。
- 13 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:58
- ピピピピ・・・
お母さんが口を開きかけたとき、お父さんの携帯が鳴った。
そう言えば、会議じゃなかったっけ?
「あっ、もしもし。ごめんごめん、すぐいくわ。」
多分、なかなかこないお父さんに、お呼び出しの電話だったんだろう。
「ほら、うちらこそ遅刻だよ。じゃ、栞菜店番よろしくー」
「しっかりやるのよ!」
「わかってまーす。いってらっしゃーい。」
- 14 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:58
- お父さんが差し出した腕をとって、ご機嫌な様子のお母さん。
さっきまでガミガミしてたくせにさ、単純なんだよね。
まったく、いい歳してこっちが恥ずかしくなる。
だいたい、商店街の会議に夫婦揃って出る必要なんてあるわけ?
仲がいいにもほどがある。
悪態をつきながらも、仲のいい二人の背中を見ていたら、なぜかあたしまでご機嫌になってくるから不思議。
「バカップルだよ、ね?」
鼻歌なんて歌いながら、あたしは近くにあったナスに、そう話しかけてしまった。
- 15 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/01(火) 09:58
-
- 16 名前:510-16 投稿日:2008/07/01(火) 10:03
- というわけで、こんな感じでいきますので、よろしくお願いします。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/02(水) 03:04
- 超おもしろそう〜!!!
続きわくわくして待ってます。頑張ってね!
- 18 名前:いしよし好き 投稿日:2008/07/03(木) 12:54
- なんかおもしろそうなお話がwwwww
楽しみにしてますっ!!
がんばってくださーい!!
- 19 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/04(金) 02:53
- おねえちゃんが誰か気になるぅー
私もブロッコリー買いに行きたいですぅー
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/05(土) 11:00
- 面白そうな話wwww
題名から愛理が出そうなのはわかったw
- 21 名前:名無し 投稿日:2008/07/06(日) 00:08
- お、面白そう!?
続き楽しみにしています
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/10(木) 22:21
- ベリキューといしよしとは新鮮な絡みですね。
次回も楽しみにしてます。
- 23 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:30
-
- 24 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:30
- ・・・・・・・ヒマだな。
時計の針は午後6時半を過ぎた。
日もだいぶ落ちてきている。
いつから使ってるのかわからないような、年代モノのボロいイスに腰掛けて、あたしは足をぶらぶらつかせながら、文字通りボーっとしていた。
- 25 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:30
- うちは、ハッキリいってそんなに広い店じゃなくて、むしろ狭い。
店の奥には小さな木の机があって、その上には電卓と、誰も使わないそろばんがある。
(そろばんはいらないって思うんだけど、雰囲気がづくりだと言って、お父さんが手放さない。)
たいてい店の前には青いザルをいくつも並べられていて、ピーマンやらニンジンやらがどっさり入っていて、その横にはカボチャがまるまる1つ、でーんと存在感たっぷりに居座っていたりもする。
店を閉める時間は、はっきりとは決めていない。
一応7時すぎたら閉めるけど、それまでに売り切れてしまったらその時点で閉めるし、ほとんどないけど、店を閉めてからお客さんがくるときもある。
だいたい17時をすぎたくらいで、ピークは終わる。
今日もそんな感じで、20分前にスイカを売ったきり、お客さんは来ていない。
- 26 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:31
- そろそろ、閉める準備でもしようかな。
空のザルを拾い集めながら、あたしはそう思った。
残っているのは、トマトとキュウリくらいだし。
「よいしょっと・・・・・」
金庫を家の中にしまおうと立ち上がる。
- 27 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:31
- 「あ、あのー・・・・・」
そのとき、蚊のような声が耳に届いた。
聞いたことのない声にあたしが振り返ると、そこには知らない女の子。
- 28 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:31
-
真っ白のワンピース。
ピカピカに磨かれた黒いバレエシューズ。
高い位置で結ばれたポニーテールがなんとも可愛らしい。
背はあたしよりも高くて、すらりと細い。
少なくとも、うちの近所で見る顔ではなかった。
- 29 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:32
- 「いらっしゃい!」
うつむき加減の彼女に、できるだけ、明るく話しかける。
だってなんだか、緊張してるんだもん。
さっきから、眉毛もハの字だし。
- 30 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:32
- 女の子は、じっと黙っていた。
どうしよう、何かこっちから話しかけたほうがいいかな?
「なにか欲しいのある?こんな時間で、品数少ないけど」
「え、えっと、あの・・・・・・・・きゅうり、ください」
「2本しか残ってないけど、それでもいい?」
沈黙を破って話しかけたあたしに、彼女は一瞬ビクっとしたけど、警戒しているってわけでもなさそうだった。
女の子は、あたしの言葉にこくんと頷いて、袋に入れたキュウリを受け取った。
- 31 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:33
- 「他には?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございました。」
彼女はペコりと頭を下げて、くるりと踵を返したもんだから、あたしは急いで声をかけた。
「お客さん、お会計まだだよー!キュウリ2本で50円ね」
彼女はハっとして、あたしに向き直り、なんどもぺこぺこ頭を下げて、必死に「ごめんなさい!」と繰り返した。
- 32 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:33
- 「そんなに謝らなくってもいいよー」
こっちまで後ろめたくなっちゃうじゃん。
それに、この子急いでるみたい。
さっき腕時計をちらちら見てたし。
そんなに早くきゅうりが必要なんだろうか。
なんて想像して密かに笑っているあたし。
女の子はそれに気づく様子もなく、持っていたケータイで誰かに電話をかけていた。
「どうしよう・・・・」
留守なのか、電源が切れているのかはわからなかったけど、どうやら相手が出なかったらしい。
女の子は、もう一度時計を見て困った顔をした。
- 33 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:33
- 「もしかして、財布、忘れたの?」
「えっ!?」
驚いて顔を上げる彼女。
うん、多分図星だな。
財布忘れちゃったから、家の人に電話して持ってきてもらおうと思ったのに、つながらない。
そんなところだろう。
女の子を見ると、ハの字だった眉毛がもっと下がっていて、ホント困ってるって感じで。
なんだか今にも泣き出しそうな気がする。
- 34 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:33
- でもな、50円のキュウリで泣かれてもなぁ・・・・・・
そう思ったあたしは、彼女に話しかけた。
「いいよ、別に、サービスするよ?」
「えっ・・・・でも・・・・」
「いいっていいって。きゅうり2本くらい。売れ残りなんだしさー。」
ためらっていて何も言おうとしない女の子。
多分、遠慮してるんだろう。
だけど、こうしているうちにも時間はどんどん過ぎちゃう。
- 35 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:34
- 「ホント、気にしないでよ。うち、よくやるし。ケータイも、つながらないみたいだし、急いでるんでしょ?」
「・・・あの・・・はい。」
「うん、どうしても、君が気にするなら、また買いにきて欲しいなー。」
これでも、一応「いしよし商店」の娘。
あたしの言葉に、女の子も決心してくれそうな様子。
- 36 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:34
- 「本当に、いいんですか?」
「もちろん!ね、それより、時間大丈夫?」
指摘されて、彼女は慌てて顔を上げた。
そして、「ありがとうございました!絶対また来ます!」と言いながら、何度も深くお辞儀をした。
彼女は、最後の最後に「本当にありがとうございます」ともう一度付け加えると、さっと去っていった。
くるりとターンしたときに、女の子の白いワンピースがふわっとなびいて、すごくきれいだった。
- 37 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:34
- 「ふふふ・・・」
それにしても、財布持ってないことにも気づかないなんて、面白い子だったな。
「また来ます!」って、言ってたし、律儀そうな子だったからきっと言葉通りまた来るに違いない。
アーケードを早歩きで通り抜けていく女の子の後姿を見つめながら、あたしはそう思った。
- 38 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/07/24(木) 22:34
-
- 39 名前:510-16 投稿日:2008/07/24(木) 22:35
- 本日はここまでです
- 40 名前:510-16 投稿日:2008/07/24(木) 22:38
- >>17名無飼育さん
続き遅くなってごめんなさいw
期待に沿えるように頑張りたいです!
今後もマイペースでやっていきたいと思うのでよろしくお願いします。
>>18いしよし好きさん
レスありがとうございます。
なるべくいろんなカプ要素をだしていけたらなぁと思っています。
これからもご愛読よろしくお願いいたします。
- 41 名前:510-16 投稿日:2008/07/24(木) 22:47
- >>19名無飼育さん
読んでいただいてありがとうございます。
(0^〜^)<ブロッコリー、いっぱい買ってくれるならおまけしちゃうよ!
( ^▽^)<ひとみちゃんはあげないけどねw
栞菜の姉・・・まだ引っ張りますよw
>>20名無飼育さん
ありがとうございます!
さすがwww冴えてますねwww
今回は敢えてひっぱってみました。
>>21名無しさん
初めまして。
レスありがとうございます、510-16です。
あんまりシリアスな感じにもならないでしょうね。
少しでも楽しんでいただけるように努力したいです。
よろしければ今後もよろしくお願いいたします。
22>>名無飼育さん
そうですね。考えてみればあまりない設定かもしれませんw
なるべく幅広くだしていけたらいいなぁと思っています。
よりしければ今後も見守ってやってくださいw
- 42 名前:510-16 投稿日:2008/07/24(木) 22:57
- ↑レスミスってごめんなさい。510-16です。
ほぼ1ヶ月ぶりの更新となってしまい、申し訳ないです。
州*‘ o‘リ<テストに負けずにガンバるゆー
- 43 名前:名無し 投稿日:2008/07/24(木) 23:04
- 続きキタ━━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━━━!!!
おぉ、なんだか可愛い子が登場してますます楽しみw
テストがんばってくらさい まったり続き待っています
- 44 名前:19 投稿日:2008/07/25(金) 11:00
- ひとみおじちゃんはいりましぇんw
ほんとに楽しみなんで頑張ってくださいね。
- 45 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:00
- あたしは、土日の暇なときは店番をする。
「店番」といっても、商店街に来るお客さんは、大体決まっているから、気楽に出来る。
お客さんがまばらなときは、店先で好きな小説を読むのがあたしの日課だった。
昨日の寄り合いで、お父さんとお母さんは、仲良く帰ってきた。酔っ払って。
公民館で配られたんだろうな、手をつけていない2つの仕出し弁当を、あたしと部活帰りのお姉ちゃんに押し付け、そのまま寝室へ行ってしまった。
お母さんは、普段全然飲まない。
お酒好きのお父さんが、飲み過ぎないように、お目付け役のような存在だったのに、何があったかはわからないけど、今回はふたりで気持ちよく酔っ払って帰ってきたのだ。
二人は、おそらく今寝室で仲良く寝てるはずだ。
だから、あたしがこうして店番をするハメになっているわけなんだけど。
- 46 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:00
- パラパラと文庫本をめくりながら、気ままな午後をおくっているあたしの前に、見慣れた自転車が、キキーっと現れた。
おっ、きたきた。
ガタンとスタンドを立てておりた少女に、あたしは本をいったん置いて、声をかける。
- 47 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:01
- 「えりかちゃん、相変わらずの自転車だね」
「それは言わないでー!」
ニヤニヤ笑うあたしを制する彼女。
名前は、梅田えりか。
同じ商店街にある、「梅田寿司」というお寿司屋さんのひとり娘だ。
「元祖江戸前寿司」にこだわる寿司職人のおじさんは、やっぱりチャキチャキの江戸っ子で、とにかくテンションが高い。
そんなお父さんを持つえりかちゃんも、「テンションあげ子」という愛称で親しまれている。
すごく大人っぽい顔立ちで、黙っていればモデルさんみたいなんだけどね。
ちなみに、「相変わらずの自転車」というのは、今まさに彼女が乗っている自転車のこと。
実は、出前もやってる梅田寿司。
それでも、従業員が、梅田家3人+お弟子さん1人の4人体制だから、忙しいときや、出前注文が増える盆正月は、自転車1台じゃ間に合わない。
そこで、目をつけられたのが、えりかちゃんの私用自転車。
こうと決めたら一直線のおじさんに、えりかちゃんの必死の訴えが届くはずもなく、不幸にも彼女の自転車には「梅田寿司」のステッカーが貼られたってわけ。
結構太い書体だから、目立つけど、そのおかげで今まで1度も盗難にあってないらしい。
- 48 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:01
- 「ところで、舞美いる?」
「いるよー、寝てるけど」
そして、その「舞美」というのが、あたしのお姉ちゃん。
中3のあたしよりも、2つ上の、現在現役女子高生。
長いストレートヘアに、真っ白の肌がきれいなただの美少女・・・・かと思いきや、実はお父さんに似て、背が高くて、スポーツ万能。
絵に描いたような部活少女の彼女は、ソフト部のエースで4番を張っている。
多分、お父さんの運動神経全てを受け継いで生まれてきたんだと思う。
運動はそんなに嫌いじゃないけど、体育の先生に「本当に吉澤舞美の妹か?」なんて言われる。
- 49 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:01
- そんな舞美ちゃん(お姉ちゃんだけど、『舞美ちゃん』とあたしはと呼んでる)と、えりかちゃんは、同い年で、幼馴染。
あたしが物心ついたときには、二人はセットっていうか、ペアっていうか。
舞美ちゃんの妹であるあたしを、えりかちゃんはかわいがってくれて、なんだかお姉ちゃんが二人いるような感じだった。
大きくなった今でも、あたしとえりかちゃんは、本当の姉妹のように仲良し。
だけどあの二人、えりかちゃんと舞美ちゃんはそれ以上に仲良しっていうか・・・
バタバタバタ・・・・・・
豪快に階段を下りる音が聞こえたかと思うと、バーンとドアが音を立てて開き・・・
- 50 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:01
- 「えりぃー!」
「まいみぃー!」
店先でひしと抱き合う二人。
(あたしにはえりかちゃんが、舞美ちゃんの勢い余るタックルに必死に耐えているようにも見えた。)
「寝てたんじゃないの?」
お昼を2人で済ませた後、確かお昼寝とかいってソッコー寝てたはず。
「よく食べ、よく動き、よく寝る。」の舞美ちゃんが自分で起きるなんて、珍しいな。
驚いているあたしの横で舞美ちゃんはマイペースに
「えりの気配がしたから、起きてきた。」
と答えた。
- 51 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:02
- あぁ、この人たちは、きっとあたしが見えていないんだ。
「さっすがうちの舞美!」
「でしょ?さすがえりのあたし!!とか言ってー」
手をつないできゃっきゃと騒ぐ二人を見て、あたしは思う。
舞美ちゃんが、あたしに残しておいてくれなかった遺伝子は、運動神経だけじゃないらしい。
えりかちゃんと、舞美ちゃん。
うちの両親に負けないくらいの、バカップルなのだ。
- 52 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:02
-
- 53 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:04
- 「あぁ、ひかるちゃん、かわいいよ、ひかるちゃん・・・・・」
ちっさーは、さっきからパソコンに向かってそればっかり言っている。
やっと起きてきた両親によって、店番を解放されたあたしは、友人であるちっさー、中島千聖を家に招いていた。
彼女はこの商店街のパン屋さんの娘で、3人姉妹の末っ子。
こんがりと焼けた小麦色の肌に、ニイっと光る白い歯が、まるで少年のようだった。
- 54 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:04
- ついでにいうと、この人、ちっさーは、アイドルヲタク。
さっきから口に出している「ひかるちゃん」こと「観月ひかる」というアイドルに夢中なんだ。
そのアイドルヲタクのちっさーの家には、残念ながらパソコンがない。
だから、こうしてたびたび家にきては、ネットで上がっているプロモをみて、「振りコピ」というやつをしたりしているのだ。
ちっさーは食い入るように画面を見ては、ときおり巻き戻したりと、必死だ。
忘れまいとメモまで取るという徹底ぶりは、感心してしまう。
別に、長い付き合いだから、あたしも気兼ねすることなく、ひかるちゃんの声をBGMに本の続きを読んだりしてる。
まぁお互いさまってやつだ。
- 55 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:04
- 「いつもありがとねー」
「いやいや、友達じゃん。」
一通り見て満足したのか、ちっさーはあたしにそう言った。
お店に迷惑かかると嫌だから、とちっさーは控え目に踊っていたけれど、額にはうっすら汗が見えた。
「ホント、好きだねぇ」
「そりゃあもう!」
- 56 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:05
- 今でこそこんなヲタクになったが、実はちっさーがひかるちゃんにハマるきっかけとなったのは、彼女の姉、桃子の影響。
昔からアイドルになることを夢見ているももは、歌手月島きらりがデビューしてから、彼女を目標にして、日々研究をしていたらしい。
そんな姉と生活していたから、自然とちっさーの周りにはきらりちゃん情報が溢れていた。
そして、ひかるちゃんというのは、そのトップアイドル、きらりちゃんの後輩。
「初めて、テレビで見たときのこと、まだ覚えてる。体にね、電流が走ったの!ビビビって!」
いつかちっさーはそう言いながら、目を輝かせていたっけ。
- 57 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:05
- 「いつの間にかこんな立派になっちゃって、栞菜さんは嬉しいよ」
「何いってんのぉー」
あはははって二人で笑ってたら、店先で「ちさとぉー」という声がした。
噂をすれば、ってやつだ。
この独特の高くて、それでいて甘ったるいような声。
- 58 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:05
- 「ちさとちゃーん!桃子ちゃんが迎えに来てるわよ」
「「はぁーい」」
お母さんに呼ばれて、階段を下りる。
ちっさーは自作のうちわを忘れないように抱えてついてきた。
- 59 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:05
-
- 60 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/09(土) 02:06
-
- 61 名前:510-16 投稿日:2008/08/09(土) 02:11
- 本日の更新はここまでです。
>>43名無しさん
お待たせして申し訳ございません。テスト無事に終わりました。
可愛い子、まだ隠してますww
これからもどうぞよろしくおねがいいたします。
>>44 19さん
(0^〜^)<遠慮しなくていいYO
ありがとうございます!
更新遅れてしまってごめんなさい。
速度は相変わらず亀ですが、少しでも期待に沿えるような作品になれば、と思っています。
- 62 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/09(土) 21:48
- 家族設定とかめちゃくちゃ面白いです!
続きも楽しみにしてますが、無理はしないで下さいねー
- 63 名前:名無し 投稿日:2008/08/11(月) 00:36
- お姉ちゃんなどなど素敵な人たちがいっぱいw
読んでてすごく楽しいです
- 64 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:33
- ガラガラとドアを開けると、お母さんとももはなにやら盛り上がっている様子だった。
うちらが来たことに気づいていないみたい。
「あれ?桃子ちゃん、それっておばさんがあげたお洋服?」
「はい!これ、すごく可愛いからもも気に入ってるんですよね。」
「嬉しいわねー、栞菜なんか絶対着ないもの。でも、桃子ちゃんにあげてよかった。とっても似合ってるわよ。」
- 65 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:33
- ももは、なぜだか昔からうちのお母さんと意気投合している。
舞美ちゃんから聞いた話なんだけど、ももは「尊敬する人を3人挙げてください」という質問に、「石川梨華」の名前を入れていたんだって。
石川っていうのは、お母さんの旧姓。
もも曰く、憧れの人を「おばさん」と呼ぶのには抵抗があるのだという。
そんなわけで、彼女はうちの親を「石川さん」と呼んでいるのだ。
ちなみに、ももにアイドルになるように言ったのは、何を隠そうこの「石川さん」である。
幸か不幸か、ももが生まれたときに、「この子、アイドルになるわ!」と根拠のない予言をし、ことあるごとにそう言い続けていたら、本当にももはアイドルを目指すようになったのだ。
まあ、本人もかなり本気でやりたいって思ってるからいいんだけど、うちの母の「刷り込み」が原因だったら申し訳ないなぁ。
- 66 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:33
- 「あ、千聖、迎えにきたよ!」
乙女2人の会話に呆然としていた千聖栞菜コンビだが、やっとももに認知されたようだ。
「おじゃましましたー」
「あ、待って。これ、持って行って。」
そう言って、お母さんは白いポリ袋いっぱいに、ジャガイモとニンジンをつめ、ついでにネギも突っ込んだ。
「いいんですか?いつもありがとうございます。」
ペコリと頭を下げるももとちっさー。
「じゃあねー!」と去る二人に手を振ると、どこから出てきたのか、お父さんが「お母さんによろしく」と言っていた。
- 67 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:34
- 「大変だな、ナッキーも。」
「そうねぇ。」
ネギが顔をだす袋を持ち、手をつないで歩く姉妹を遠く眺めてお父さんはしみじみと言った。
ナッキーというのは、中島早貴さんで、ちっさーたちの、お母さん。
すごく若くて、美人で、商店街のマドンナ的存在なんだけど、正真正銘、2人の生みの親だ。
「早くに結婚して、苦労したでしょうね。」
「千聖ちゃんが小学校にあがってすぐに、旦那さん亡くなっちゃったしな」
- 68 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:34
- ちっさーたちは、小さい頃にお父さんを亡くしている。
中学に上がったころ、あたしはちっさーから、初めてそのことについて教えてもらったっけ。
千聖たちの父親、舞波おじさんっていうんだけど、彼は有名な考古学者さん。
大学で講師をしながら、世界中の遺跡を渡り歩いては、世界中の研究者と発掘作業に汗を流していた。
ある日、エジプトでピラミッドの発掘中に、岩雪崩にあった。
そのとき、舞波おじさんは、自分の研究生をかばって、亡くなったという。
- 69 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:34
- 「それでも、女手ひとつで3人の子供育てるなんて、本当すごいと思うよ。」
お父さんは、うんうんと頷きながら言った。
そう。
3人の子供。
実は、ももと千聖の間には、もうひとり女の子がいる。
めぐ・・・・・・元気でやってるかな?
- 70 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:34
-
- 71 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:34
- 中島家の次女は、愛と書いて「めぐみ」。
歳の割に大人びていて、無邪気なももとは対照的に、しっかり者。
あたしと千聖よりも、歳がひとつだけ上だ。
ハッキリした顔立ちで、
めぐは小さい頃からパン作りに興味があったっけな。
千聖の家に遊びに行くと、おばさんがパンを作らせてくれることがあったけど、めぐが作るパンは、誰よりも上手だった。
そんなめぐの袖には、いつも、白い小麦粉がついていて、しょっちゅうお菓子作りの本を読んでいた。
お父さんが亡くなってからというものの、めぐはもっと熱心に「中島ベーカリー」を手伝っていた。
中島ベーカリーの目玉商品といえば、サンドイッチとあんぱん。
いつの間にか、めぐは成長して、彼女の作るあんぱんが、店頭に並ぶときもあった。
- 72 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:35
- あれは、めぐが6年生のときだったかな。
彼女にフランス留学の話が来たのは。
あるとき日本パン協会(正確な名前はわかんないけど)の、お偉いさんが、めぐの噂を聞きつけて、この商店街にやってきたのだ。
学費はもちろん、渡航費、寮費、食費、光熱費などの向こうでの諸費用。
全部ひっくるめて免除するから、奨学生として、フランス留学にチャレンジしてみないか?
そんな話が持ちかけられた。
そのとき、あたしは何してたかな?
なにもしてなかったのかもしれない。
千聖と遊んだり、舞美ちゃんの試合見に行ったり、多分そういった日常を普通に送っていた。
フランスが遠いヨーロッパにあることは知ってたし、なんとなくお洒落そうだなーくらいは思ったけど、海外で生活することとか、そういうことは具体的にイメージできてなかった。
- 73 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:35
- めぐは、フランスに行った。
自分の可能性を信じて。
小さな下町の、小さな商店街から、彼女は飛び立ったのだ。
まだ小学生だったのに、すごい決断をしたなぁ、と思う。
莫大な奨学金がもらえるからこそ、彼女には期待がかかっているわけだし、失敗は許されない。
早貴さんも、不安だっただろうけど、笑顔で「頑張っていってらっしゃい」と背中を押したそうだ。
そうそう、見送りのとき、めぐがいなくなるって思うと悲しくて。
あたしを含め、商店街の友達みんなで「行かないで!」って泣いてごねた。
でも、しゃくりあげるうちらの頭を、めぐはポンポンって撫でたんだ。
ホント、最後までお姉さんだった。
みんなと同じように、めぐも泣いてた。
でも一生懸命拭いて、「いってきます!」って、ゲートに消えていった。
- 74 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:35
- ちなみに千聖から見せてもらった最新のエアメールによると、忙しくも充実した生活を送っている様子。
そういえば、あたしも最近手紙送ってないから、また書こうかな。
- 75 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:36
- 早貴さんや、めぐだけじゃない。
もも、ちっさーも、少しでも家計を助けようとしている。
ももがアイドルになりたいって強く思う理由だって、稼いだお金で家族の負担を減らしたいからで。
「ももには料理の才能ないからね」って、言いながら、健気に自己流でダンスをやっているんだ、あの子は。
千聖は、自分のお小遣いの範囲で、ひかるちゃんを応援している。
コンサートには行きたいけれど、行けない。
だから、テレビの前で、ボロボロになった手作りうちわをなんども修理しては使っていた。
おやつは、いつもパンの耳。
サンドイッチを作るときにいっぱい余るんだって。
- 76 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:36
- 「再婚とかしないのかしら?」
「しないと思うよ?だって、ナッキーっていろんな人からのアプローチ断って、ずっと舞波一筋だったじゃん。」
お父さんもお母さんも、学生時代の2人を知っているみたいだった。
「舞波とはよく飲みに行ったけどなぁー、冗談で『譲ってくんない?』って言ったら、あいつってば本気で怒るんだもん。」
「当たり前よ。っていうか、そんなことまでしてたの!?」
「だってさぁ、ナッキーってば若くてかわい・・・・・」
「・・・・・・・・」
雲行きが怪しくなったお母さんの顔を見て、お父さんが必死になって続けた。
「え、えっと、とにかく、若いのに大変だよな、うん!だ、だから助け合いが必要だよね、梨華ちゃん。うちらも、先輩として、できる限りのことはしてあげないと」
「そうよね!よし!がんばろっか!」
なんというか、単純というか、おめでたいというか。
この2人が結婚した理由がわかったような気がした。
- 77 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:36
-
- 78 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/08/20(水) 19:37
-
- 79 名前:510-16 投稿日:2008/08/20(水) 19:42
- 短いですが、本日の更新は以上です。
>>62 名無し飼育さん
読んでいただきありがとうございます。
無理矢理な設定ですが、楽しんでいただけたようで嬉しいです。
夏休みなのでもう少し更新スピード上げられたら、と思います。
>>63 名無しさん
読んでいただきありがとうございます。
ちなみにお姉ちゃん、あたしも大好きですw
更新が遅くて、小出しにして申し訳ないです。
これからもよろしくおねがいいたします。
- 80 名前:名無し 投稿日:2008/08/21(木) 22:21
- 更新乙です。小出しでも楽しいので大丈夫ですw
ほのぼのなのに深い人物達・・・
次回更新もまったりお待ちしています
- 81 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:27
- 「おーい!」
真っ赤なアーケードの下に、あたしは、見覚えのあるポニーテールを見つけた。
声をかけながらと手を振るあたしに気づいたその人は、タタタと小走りでこっちへと向かってきた。
「こんにちは」
「来てくれたんだ!いらっしゃい!」
あれから2,3日。
以前キュウリを買ってくれた女の子は、宣言どおり、またうちの店に来てくれた。
再会できたことを、あたしは素直に嬉しいと感じていた。
- 82 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:28
- 「ごめんなさい、土日はちょっと用事があって」
「そんなのいいって!また来てくれただけで嬉しいよ」
彼女は、すぐにこられなかった理由を説明した。
相変わらず、礼儀正しいな。
って、まだ会って2回目なんだけど。
でも、本当に律儀だよな、と思う。
「また来てね」とは言ったけど、別に約束していたわけじゃないし、いつでもよかったし。
なんとなく、また会えたらいいなーっていうか、そういう程度で。
当然、あたしは彼女を責めるつもりなど毛頭ない。
- 83 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:29
- とはいうものの、あたしがたとえ「また来ます」という言葉にどこか期待していたのも事実だった。
たとえ、それが社交辞令だとしても、だ。
その証拠に、あたしはあの日から暇なときは毎日お店に出ている。
自ら店番を志願したあたしに、お父さんは「珍しいな」と探るような視線を向けてきたけど、すぐにご機嫌になって、「梨華ちゃんと愛を育むぞー!」なんて言ってた。
ちなみに、それを横で聞いてたお母さんは「いやだぁ、もう!」とか言って、頬をぽっと赤く染め、両手で覆うという、ベタなリアクションをとっていた。
あんな夫婦に支えられてるうちの店って・・・・
- 84 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:30
- 「どうかしましたか?」
「えっ?あ、いやいや、こっちのこと。」
お客さんほっといて、何バカなこと思い出してんだ、あたし。
飯田先生のこと、笑えない。
交信を終えたときには「?」という顔の彼女が目の前にいる、だなんて。
とりあえず、「あははは」って笑顔で適当に誤魔化して、「キュウリ、どうだった?」と言葉を続けた。
- 85 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:30
- 「おいしかったです!すごく!」
「本当?それはよかった。形はイビツだけどね」
「でも、あたし感動しました。あれなら・・・・・・あ、すみません、なんでもないです。」
「あははは・・・・」って、今度は彼女の番。
なんだろう?って一瞬思ったけど、お互いさまだたし、それほど気にならなかったからつっこむのはやめた。
- 86 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:31
- 「見かけないけど、この辺の子?」
「いいえ、そんなに遠くないですけど。そうですね、車で10分くらいかと。」
「へぇー」
店が混んでいないのをいいことに、あたしは世間話を始めた。
この前みたいに、急いでる様子はないし、せっかく会ったのも何かの縁、どんな子なのか興味が湧いてきたのだ。
「最近、暑いね」
「夏休み、楽しみだなー」
「そういや、いくつなの?」
取り留めのない話題をふるあたしに、彼女は嫌な顔ひとつせず、ひとつひとつ丁寧に返してくれた。
- 87 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:31
- 「栞菜ちゃん、こんばんは」
「あ、おばちゃん、いらっしゃい!何にします?」
「えのきと、ピーマンと、あと大根ももらおうかしら」
「まいどー!」
他のお客さんが現れて、あたしはようやく店番をしていたことを思い出した。
話に夢中になってたみたい。
接客をするあたしに、なんとなく申し訳なさそうな顔をする女の子。
なんか、あたしが一方的に喋ってたばっかりなのに、かえって悪かったな。
- 88 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:40
- 「ごめんごめん、今日はなんか買ってく?」
さっきのお客さんが帰ったところで、あたしは彼女に向き直って尋ねた。
買い物の用事で来たのかわからなかったけど、一応ね。
「じゃあキュウリください。」
「また、キュウリ?」
笑いながらまた「2本でいい?」と聞くと、彼女もつられて笑顔でうなずいた。
とびきりおいしそうな2本を選んで、ビニールに入れて渡す。
それと同時に100円玉が返ってきた。
「えっと、おつりおつり・・・」
ポケットを探るあたしを、彼女は「いいです。」と制した。
「この間の分です」
「え、でもあれはオマケじゃん?」
「でも、あの時はいっぱい迷惑かけたし、それに嬉しかったから」
「そう?うん、じゃ、預かっとくね。」
目の前の彼女は、あたしがそういうと、ほっと安堵の表情を見せた。
- 89 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:41
- 「あ、ところで、名前、なんていうの?」
100円をポケットに戻して、あたしは図々しくもそんな質問をした。
買い物も済ませたわけだし、もらうつもりはなかったけれど、お金も返してくれたわけだから、彼女の用事はすんだはず。
このまま「さようなら」になる前に、名前くらい聞いておきたい、そう思ったのだ。
「鈴木愛理―――――愛情の愛に、理科の理です」
「へぇー、愛理っていうんだ。いい名前だね。」
相変わらず、丁寧に説明してくれるな。
『相変わらず』って、まだ2回しか会ってないけど。
- 90 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:56
- 「えっと、『いしよし』さんは・・・」
い、いしよしさん!?
あたしは目をまるくしてのけぞったけれど、愛理の視線はあたし。
ってことは、つまりそれって、あたしのこと!?
・・・・・だよね
誤解を解かねば。
性急に。
じゃないと、あたし「いしよしかんな」って認識されちゃう。
それだけは、困る。
- 91 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:57
- 「えっとね、愛理・・・この店の名前は関係なくて・・・・あたし、吉澤栞菜。」
「そ、それは失礼しました!かんな、さん。」
げんなりして言うあたしに愛理は謝った。
あたしは、名前を間違えられたことに対する不快感などは特にないし、別に気にしてない。
「いやいや、いいよ、この紛らわしい・・・・いや、忌まわしい店名が悪い。」
「どういうこと?」っていう表情できょとんと首を傾げる愛理。
もう、この際勢いだ!そう思って、あたしは続けた。
- 92 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:57
- 「お恥ずかしいことに、『いしよし』っていうのは、うちの両親の恋人時代のあだ名でね。あ、お母さんの旧姓が石川っていうんだけど、石川と吉澤で、『いしよし』。もう、ほんとふざけた両親でしょ?店の名前にする、とかさぁ。ありえない。」
まだ2回しか会ってない子に、こんなアホみたいな話しなきゃいけないなんて・・・・
しょうもなさすぎるネタを話し終わって、あたしは、情けなくそう思った。
うちの父母のバカップル伝説は商店街では有名なんだけど、この商店街に住んでいるわけではない愛理に話すのには少し抵抗があった。
なんというか、恥ずかしいというか。
それなのに、あたしの話の何かツボだったのか、愛理は「あははは!」と笑った。
- 93 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:58
- 「あー、おかしかった」
長い笑い声の後、満足げに愛理がそうつぶやいた。
なんだか、その表情が、あたしの目にはすごく自然に映った。
「なんか、今の愛理、すごくかわいい。」
「え?」
唐突なあたしの言葉に、目を丸くする愛理。
当然か。何も考えずに口に出したあたし自身、想定外の発言だったんだから。
なんとなく照れくさくて、あたしは早口で続けた。
「んー、なんだろ。ずっとさ、敬語とか使ってたじゃん?だけど、なんかさっきの愛理、素って感じした。」
「そう、ですか?」
「うん。愛理っていくつだっけ?」
「中学3年生です。」
「なんだ、同い年じゃん!じゃあ敬語とかやめようよ。あたし、勝手に愛理と仲良くなりたいなーなんて思ってるしさ。」
- 94 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 22:59
- 勢いでまくしたてて、あたしは照れ隠しにかゆくもない頭をかいた。
お父さんだったら、こういう話が得意なんだろうけど、あたしはどうも慣れない。
だけど、
「はい。・・・・・じゃなくって、うん!」
そう言って、大きくうなずく愛理を見ていると、照れくさいとかそんなのどうでもよくなってきた。
「明日も来てもいいですか?」
「もちろん!てか、また敬語になってるよー」
「あ、ほんとだ」
あたしたちは、顔を見合わせて、笑った。
もともと可愛らしい顔の子だったけれど、少しだけ距離が近づいた今は、前よりももっと魅力的に見えた。
- 95 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 23:00
- 「じゃ、そろそろあたしはここで」
「うん。気をつけてね。じゃ、また明日、愛理!」
「バイバイ!・・・・・栞菜!」
そう言って、愛理はあたしに手を振り、店を去った。
店先に出て、彼女の後姿を見てみる。
ポニーテールが揺れて本当の馬のしっぽみたいでかわいかった。
ふいに愛理がこちらを振り返ったのをみて、あたしはぶんぶんと手を振った。
おとなしそうに見えたけど、愛理もあたしに負けないくらい大きく手を振り替えしてくれて、なんだか嬉しかった。
- 96 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 23:00
-
鈴木愛理。
あたしは新しい友達の名前を心に刻み付けた。
- 97 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 23:00
-
- 98 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/13(土) 23:00
-
- 99 名前:510-16 投稿日:2008/09/13(土) 23:16
- 本日の更新は以上です。
>>80名無しさん
ありがとうございます!
バレバレでしたが、例の女の子、やっと名前出ましたね。
レスはとても励みになります。本当にありがとうございます。
- 100 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/15(月) 00:56
- テンポが良くてスキです。
- 101 名前:名無し 投稿日:2008/09/16(火) 00:23
- 両親がとても素敵バカップルw
2人が初々しくて可愛い(*´▽`*)
- 102 名前:510-16 投稿日:2008/09/25(木) 16:21
- その日は、あたしとお父さん、お母さんの3人体制だった。
最近めっきり夏らしくなってきたおかげで、スイカがよく売れる。
今日は飯田先生の交信もなく、早く帰ってきたあたしは、店の前に出て、お父さんがスイカを切り分けるのを手伝っていた。
「この前も言ったけど、栞菜よくお店出るわね。どうしたの?お小遣いだったら今のが精一杯よ?」
お母さんが「最近は何もかも値上げ値上げだし・・・」とため息をつく。
「梨華ちゃんはニブいなー。これだろ?これ。」
お父さんはニヤニヤしながら親指を立てる。
「え!?ほんとに?ねえねえ、栞菜誰なの?同じ学校の子?」
「お父さんだったらいつでも相談乗るぞー?年上年下人妻なんでもこい!」
「違うってば」
ていうか、人妻はないでしょ、お父さん。
- 103 名前:510-16 投稿日:2008/09/25(木) 16:21
- お母さんがその何気ない危険因子に気づく前に、あたしは愛理のことを二人に話した。
面倒な夫婦喧嘩に巻き込まれることだけはごめんだ。
「そういえば、そんなような子最近見かける気がするわね。背が高くて細い子でしょ?」
「あー!あのすげー可愛い子!そうかそうか。栞菜、友達になったのか!さすが俺の娘!よくやった!偉いぞ!」
そう言ったお父さんの声は興奮している。
ザクザクとスイカをさばく手も心なしかダイナミックになってるような・・・・。
・・・・・・・・・はぁ。
多分、愛理のお母さんとか狙ってるんだろうな。
あたしはまだ見ぬ愛理ママに期待しているお父さんの横で、そっとため息をついた。
「愛理には変なことしないでよ?」
「大丈夫大丈夫。お父さん、中学生には興味ないから」
「ちょっと、ひとみちゃん。いい加減にしないと・・・・」
- 104 名前:510-16 投稿日:2008/09/25(木) 16:21
- ドスのきいた声にギョっとしたあたしとお父さんが振り返ると、まだカットされてない、大きくて丸いスイカを持ち上げる、鬼のような母の姿。
『これは今世紀最高の出来やよ。こんなおっきいの滅多にないがし!』
あたしは、仕入先である高橋さんが、昨日大事そうにあのスイカを抱えながら、そう言っていたのを思い出した。
相当の自信作らしい。
もしこれが頭に当たったら・・・・・・・
「「お、落ち着いて!!」」
- 105 名前:510-16 投稿日:2008/09/25(木) 16:21
-
- 106 名前:510-16 投稿日:2008/09/25(木) 16:22
- 結局血を見ることは免れたけど、あの後お父さんは家にひっぱりこまれてしまった。
正座させられて延々と説教されているお父さんの姿が頭に浮かんだけど、同情の余地なんてない。
それどころか、気まぐれに手伝いを申し出たのに、結果的に店を抜けられない羽目になってしまった。
勉強しなさいって言われるよりはいいんだけど、なんか損した気がする。
「愛理こないかなー?」
愛理は、なんだかんだでうちの店にちょくちょく顔を出している。
特に曜日は決まっていなかったが、平日であればたいてい17時以降に現れる。
買うものもバラバラで、そのとき置いてある野菜を見て気に入ったものか、あたしが勧めたものを選ぶのだが、キュウリはくるたびに欠かさず買っていた。
- 107 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:22
- 出会ってまだ1ヶ月もたっていないけれど、あたしと愛理は、今ではすっかり仲良しで、以前からの知り合いのように接している。
ついこの間は、愛理がいるときにちょうど舞美ちゃんが部活から帰ってきたもんだから、お客さんがいないのをいいことに、3人でずっと盛り上がっていた。
舞美ちゃんは、抜けているように見えるけど、面倒見がいい。
人見知りするタイプの愛理だけど、社交的な舞美ちゃんのおかげで二人はすぐ打ち解けることが出来た。
そういえば、愛理って一人っ子だって言ってたっけ。
愛理に『あたしも、舞美ちゃんみたいなお姉ちゃん欲しいな』って言ったときの舞美ちゃんの得意げな顔を思い出す。
愛理があたしの身近な人と仲良くなる。
なんだか、嬉しかった。
- 108 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:22
- と、そのとき、外から「ブルルル・・・・」とエンジンの音がした。
野菜の配達かな?でも、こんな時間に、珍しいな。
「えっ!?」
振り返って、あたしはギョっとした。
だって、軽トラをイメージしていたあたしの目の前には、いかにも「高級車!」、って感じの、黒塗りの車があったから。
光沢のあるそれは、まるで見えないスポットライトに照らされてるようで。
そこにあるだけで圧倒的な存在感があり、威圧的ですらあった。
これは・・・・・・・確か、ベンツってやつだ
車のことはよく知らないあたしでも、そのマークにはなんとなく見覚えがあった。
多分、テレビかなんかで見たんだ。
確かものすごい値段だったような気がする。
後ろにゼロがいくつつくんだろうか。
後から考えたら、瞬時に「高そう・・・・」と俗っぽいことを考えてしまう自分がなんだか情けなかったが、この車を見せられて、目にドルマークが映らない人はいないだろう。
- 109 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:23
- って、ちょっと待てよ。
このおんぼろ八百屋に、何の用事だろう?
何かの間違いじゃないのか。
そう思ってあたりをきょろきょろ見回したが、この見慣れない高級車はうちの前を選んで止まったようである。
そのとき、それまでなっていたエンジンの音が止み、運転席からスーツを着た誰かが出てきた。
え、えっと・・・・
あいにく今は、父も母も出払っております!!
視線は見たこともない高級車に釘付けだったが、あたしは本能的に後ずさりしていた。
頭に浮かんだのは、海外ドラマのワンシーン。
確かスーツを着た男はさっとピストルを出して、それから・・・・・・・・
ちょ、ちょっと、待って。
あたしは、不吉な予感を振り払うように、首をぶんぶん振った。
無意識に手をぎゅっと握り、ゴクリとつばを飲み込む。
- 110 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:23
- そんなあたしの身構えに対して、出てきたのは意外や意外、男性ではなく小柄な女性だった。
頭の上にはちょこんと帽子がのっていて、手には白い手袋。
タクシードライバーおじさんたちと、同じような制服なのに、なんだか可愛らしかった。
その人は、あたしの視線に気づいて、にこっと微笑み会釈をし、後ろのドアに手をかけた。
「お嬢さま、どうぞ。」
ガチャ。
え、お嬢さま?
「今度こそおっかない外国人が・・・・・」と身構えていたあたしには、不意打ちの言葉だった。
それに加えて、あたしは出てきた人が見た事のある人だったので驚いた。
- 111 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:23
- 「あ、あ、愛理っ!!???」
「こんにちはー。あれ、今日は栞菜だけなの?」
そう。
「お嬢さま」と呼ばれてベンツから華麗に出てきた少女は、鈴木愛理その人だったのだ。
一瞬、人違いかと思った。
だって、車の後部座席からから両足を揃えてお上品に降りた女性(ていうか少女)があの愛理だなんて。
あの、キュウリ少女愛理だなんて。
でも間違いなく目の前にいる少女は鈴木愛理本人だ。
「栞菜」ってあたしのこと、そう呼んだし。
そうか、そうか。
愛理はお嬢様か。
お嬢様ね。どおりで白のワンピースが似合うわけ・・・・・って今日制服じゃん。
そういえば、愛理の制服って初めて見るなぁ・・・・・・
かわいいなぁ・・・・
・・・・・・・・・・・
「ってえええええええ!!!????」
あたしの驚いた声が、いしよし商店に響き渡った。
- 112 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:23
-
- 113 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:23
- ガラガラガラガラッ
「何事っ!?」
「どうしたの!?」
あたしの叫び声に反応したんだろう。
テレビのリモコンを持ったお父さんと、ハエたたきを持ったお母さんがいっせいに外に出てきた。
多分、その辺にあったものを引っつかんできたんだろう。
「え、えっと・・・・」
なんて言ったらいいのかな。
叫んだはいいけど、結果的になんだか大事になっちゃったみたいで。
商店街を歩いていた人たちも、立ち止まってこっちを見ている。
シーンっていう寒い漫画のワンシーンが目に浮かんできて、穴があったら入りたいと本気で思った。
あたしが衝撃と羞恥心で言葉をなくしていると、運転手さんらしき人が一歩前に出てきた。
「突然お邪魔いたしまして、申し訳ございません。私は、鈴木家で愛理お嬢様のお世話をしております、安部と申します。本日はお嬢様の付き添い兼ドライバーでこちらに伺わせていただきました。」
「安部さん」という方は、愛理以上に丁寧に自己紹介をした。
「安部さんってば、本当に心配性なんだから。あたしだってもう中学生なんだし、買い物くらい一人でいけるわよ。それに、あたし来るときは絶対家に帰ってから来てるんだから。寄り道はしてないもん。」
愛理がせっかくの安部さんの自己紹介に口を挟む。
「はい、それはわかっております。しかし、そうは言っても一度どのようなところか見ておかないと。旦那さまだって心配するでしょう?あ、ごめんなさい!」
- 114 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:24
- ぽかんと二人のやりとりを見ていたあたしたちに気づいて、安部さんはあたしたちに謝った。
あたしたちも慌てて首を横に振る。
「・・・・・・まあ、そういうわけなの。」
愛理があたしのほうを向いてそう言った。
えっと・・・・・
あたしは「そういうわけ」を頭の中で整理する。
要するに、こういうことか。
最近、愛理お嬢様が帰宅後買い物に行く。
どうもそこは高級ブティックでも、百貨店でもない、フツーの商店街にある、おんぼろ八百屋さんらしい。
そこで、今回運転手さんが付き添うことになったのだ。
どういうお店なのかを偵察するために。
- 115 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:24
- ってことは、やっぱり愛理はお嬢様なのか。
改めて、目の前にいる少女を見てみる。
確かに、言われてみればこれほど「お嬢さま」という言葉が似合う女の子はいない。
それくらい、愛理には品があった。
それに、さっきの愛理たちの会話のやりとりからいって、学校が終わったらまっすぐ家に帰らなければならないということが予想できる。
とってもかわいがられて、大切に育てられてる証拠だ。
あ、でも今日は、運転手さん―安部さんだっけ?―が付き添ってるからいいのかな?
あたしには鈴木家のしきたりなんて想像もつかなかった。
そうそう、その噂の鈴木愛理さんの制服なんだけど。
当たり前だけど、うちの中学のそれとは全然違う。
薄いピンクのブラウスに、グレーのワンピース。
チェックのリボンは見事に左右対称で、いかにも愛理らしい。
それに引き換え、うちの中学の制服なんて普通もいいところだ。
紺のブレザーに紺のプリーツスカート。
リボンネクタイ一切なし。
そこらへんの公立中学校って感じ。
- 116 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:24
- 「――んな、栞菜ってば!」
「うわぁっ!」
「何驚いてるの?」
「べ、べつに」
驚いたり焦ったりするあたしを見て、愛理はクスクス笑ってる。
まあ、ぼーっとしてたあたしもあたしなんだけど・・・・・
「あのー、非常に申し上げにくいんですけど・・・・・・」
呆然と立ち尽くしていた吉澤親子に安部さんが声をかけた。
「なんか、焦げ臭くないですか?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いっけない!あたし火つけたままでてきちゃった!」
「ちょ、梨華ちゃん、マジで!?戻らないと!」
一瞬の沈黙の後、お母さんは、なぜだかお父さんの腕を右手で掴み、ばたばたと家の中へと消えていった。
気がつくと、さっきまであったリモコンとハエたたきがなくなっている。
机から視線をはずすと、笑いをこらえている安部さんと愛理と目が合った。
「とってもいいご両親ですね。お嬢さまが通うのも頷けます。」
「でしょ?」
二人が本心から言っていることはよくわかるんだけど、もう嫌味だろうがなんだろうが関係ない。
あたしは、半分苦笑いで「はぁ」と返事した。
- 117 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:24
- 「ところで今日のおすすめは?」
そんなあたしの前で、愛理はいつもと同じように買い物モードに突入していた。
無造作に並べられた青いザルをじーっと見て、どれを買おうかと物色している。
「ねぇねぇ、安部さんも選ぶの手伝って」なんて、車の前で立っていた安部さんの腕を引っ張る愛理は、やっぱりいつもの愛理だ。
「これは何?」
「青梗菜。」
「こっちは?」
「ほうれん草。」
即答するあたしに、愛理は「さすがだね!」と感心しながら、観察を再開し始めた。
しゃがんで、ひとつひとつ眺めて、ときにあたしに解説をもとめて。
楽しそうな愛理を見ていると、あたしも楽しい。
安部さんも、愛理の傍で微笑みながらその様子を見守っていた。
彼女にとって、大事な大事なお嬢さまなんだろう。
- 118 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:25
- 思い返せば、最初のあの買い物慣れしてない様子も愛理がお嬢さまだったら納得できる。
単に人見知りしていただけじゃなくて、こういうところで買い物なんてしたことなかったのかもしれない。
それにしても、青梗菜とか、ほうれん草とか、普通なら見分けつくんじゃないかな?
そりゃあね、あたしは八百屋の子ですからね。
大体の野菜ならわかるし、目利きも主婦レベルくらいはいけると思う。
でも八百屋の子じゃなくたって、中学生っていったらそれくらい知ってるもんじゃないのかな?
・・・・・・・いや、待て。
砂糖と塩を間違える高校生、いた。
「この前ね、珍しくももがジャム作り手伝うっていうから任せたらね・・・・・・・・・・・・・・しょっぱかった。それも、半端なく」
そう話してくれたときのちっさーの顔が忘れられない。
パン屋の娘のはずなのに。めぐとは大違いだ。
ま、それがももちのいいところなんだけど。
愛理の場合、賢そうなんだけど、箱入り娘なのかもしれない。
ほうれん草を知らないレベルって、どんだけ箱入りなんだよ、と思うが、お嬢さまの常識があたしにはまだよくわからなかった。
- 119 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:25
- 「愛理お嬢さま、そろそろ」
「そうね。じゃあ今日はこれとこれと・・・・・」
あたしは、注文をする愛理をじっと見ていた。
彼女は、いつもと同じように、「きゅうりを2本」というのも忘れなかった。
金額を告げると、今日は愛理ではなく安部さんが財布を開いた。
「すみませんが、大きいのでお願いします」
安部さんが黒い革の財布から取り出したのは、一万円札。
あたしは、福沢さん(ついでにいうと、ピン札だった)をどきどきしながら受け取り、急いでおつりを計算した。
一応3回計算したから、間違いはないはずだ。
あたしはめったに扱うことのないピンの一万円札を金庫の中にしまい、何度も確認しながらお札と小銭を安部さんに渡した。
慣れていないせいで、重ねられたお札の上から硬貨が落ちそうになってしまい、安部さんにはなんだか申し訳ないな、と思った。
- 120 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:25
- 「じゃ、今日は早いけど、あたし帰るね。お父さんが出張から帰ってくるから、これから成田にお迎えに行くんだ」
「そっか。いってらっしゃい。」
「うん!今度は、もっとゆっくりしていくね!って、それじゃただの迷惑な客だよね。あはははー。じゃあね、栞菜。」
「うん、ばいばい、愛理。」
愛理が後部座席に乗り込むと、安部さんがスマートにドアを閉めた。
「本日は突然失礼いたしました。とっても素敵なお店ですね。」
「い、いえいえ!!とんでもない!!!」
安部さんは「それじゃ」とニコっと笑い、あたしに会釈した。
例の黒塗りベンツがぶるるるんとエンジンを鳴らす。
窓が開いて愛理が顔をのぞかせた。
「じゃあね、栞菜!」
「うん、またね!」
あたしはもくもくと煙を吐いて去っていくベンツに、いつもの愛理の後姿を重ねた。
- 121 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:26
-
- 122 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/09/25(木) 16:26
-
- 123 名前:510-16 投稿日:2008/09/25(木) 16:31
- 本日の更新は以上です。途中タイトルミスってしまいました。ごめんなさい。
>>100 名無飼育さん
ありがとうございます!
そういっていただけると光栄です。
コメディということで、最後までこのテンポ保っていけたらな、と思っています。
>>101 名無しさん
レスありがとうございます。
書いているとどうしてもいしよしになっていってしまいますw
登場人物多めですが、まんべんなくカプを出していけるようにしたいです。
- 124 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/09/26(金) 00:30
- 更新お疲れ様です
会話のテンポ(特にいしよし夫妻)や人物の設定が面白くて読みやすいです
制服の設定はベリキュー合コンのときの衣装ですか?
- 125 名前:名無しあ 投稿日:2008/09/26(金) 23:01
- 制服のあの子を想像したら・・・(*´▽`*)
さり気なく桃子のお話が登場で嬉しかったですw
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/27(土) 00:30
- おっ、ついにメルセデスが出ましたね
密やかにいつ出るのか気にしてました(笑
愛理はお嬢様が似合うなぁ(*´Д`)
- 127 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:26
- 「っていうわけなんですよ」
「すっごーい!いいなぁ憧れる」
みやは、さっきから目をキラキラさせてあたしの話を聞いている。
10畳はある、広くて開放的なこの畳部屋は、みやのお部屋。
みやの家は純和風のつくりで、本来は落ち着いた部屋になっているはずなのだが、無理矢理に真っ赤なカーペットが敷かれていた。
ピンクのカーテンも、メタルラックも、そのへんに転がっているガイコツの人形もすべてがミスマッチだけど、そんなのはとっくに慣れた。
この統一感のあるようなないような部屋には、あたしとみやと、それからもも。
中3、高1、高2と学年バラバラだけど、こうしてたまに遊んだりする。
先ほどから話題に上がっているのは、愛理のことだ。
- 128 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:26
- 愛理がいつもの愛理だったから、あたしは最初の衝撃なんてすっかり忘れていたけれど。
考えてみたら、ものすごい人だったのだ。鈴木愛理は。
あのあと家に入ってすぐに、お父さんの自室に呼び出され、「栞菜、心して聞け」といわれた。
なんだなんだと思っているあたしに、渡されたのが「全国名門私立制服図鑑(関東編)」。
「なんだよこれ・・・・・」と呆れてみてみると、なんとびっくり。
表紙に愛理が着ていたのと同じ制服の写真が載っていたのだ。
『都内に無数にある名門女子校のなかでも、限られた家柄の人しか入れないという、歴史と伝統ある超お嬢さま学校。』
説明文には、そう書いてあった。
あまり情報を外部は出ないような学校らしく取材も難航した、とか。
まさしく、絵に描いたようなお嬢さま学校。
- 129 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:26
- 世の中のこととかは、よくわかんない。
でも、鈴木家が間違いなくお金持ちだってことはなんとなくわかった。
今から思えば、あの子がいいところのお嬢さまじゃないことがおかしいのだ。
丁寧な言葉遣いも、清楚な制服も、ゴツめのベンツも、運転手の安倍さんも、全部愛理と自然にマッチしていた。
あたしは、愛理に50円を貸したことを、恥ずかしいと思っていた。
それは、正直なところ、愛理にキュウリをただであげたことを、誇りに思っていた自分がいるからだ。
認めたくないけど、あの時、「人助けをしたぞ!」っていうか、なんていうか、そういう変な満足感を、感じたのだ、確かに。
ヒーロー気分っていえば大げさになるけど、でもそれと似たような感じだったように思う。
「ありがとうございます」って何度もお礼を言う愛理が、かわいくて、自分がすごくいい人のように思えたのだ。
もう、バカみたい。
『50円くらい、いいよいいよ』なんて、いい気になって。
本当に、たいしたことのない金額じゃないか。
感謝されて、浮かれて、馴れ馴れしく話して。
挙句の果てには、「人見知りする子だから」だって勝手に思って、おせっかい焼いて舞美ちゃんに紹介してみたりして、だんだんこの商店街に慣れていく様子を見ながら、自己満足に浸って。
得意げに、上から目線で愛理にいろいろ喋った過去の自分が、恥ずかしい。
- 130 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:27
- 生まれてからずっとこの商店街で暮らしている、庶民の中の庶民であるあたしたち。
「セレブ」なんて言葉、口にするだけでもなんだかむず痒くなるほど、それとは無縁な生活。
だから、ついつい、無邪気に想像してしまうのだ、セレブな生活ってやつを。
だって、それって、すごく楽しいじゃん?
「大きな門を開けたら、きれいなお庭の真ん中に噴水があって。」
「ツタが絡まるおしゃれなアーチを潜り抜けて、小さな道路をぐんぐん進むと」
「その先にあるのは白亜の豪邸!」
みやは特に洋物志向が強いから、「お嬢さま」に対する憧れも当然強い。
きらびやかな世界に憧れるのは、女の子なんだから当たり前なのかもしれないけれど、みやの場合、別の理由もある。
みやのおうちは、江戸時代から続く老舗の煎餅屋さんで、お店もおうちも純和風。
おじいちゃんおばあちゃんも一緒に暮らしているから、ご飯も必然的に和風になってくる。
- 131 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:27
- そのとき、「みやー。おやつ持ってきたわよ。」と呼ぶ声がした。
「はーい」とみやが返事すると、そっとふすまが空き、和服の女性が出てきた。
「かんちゃん、ももちゃん、いらっしゃい。」
「「おじゃましてます」」
この人は、みやのお姉ちゃんの、茉麻さん。
お姉ちゃんといっても、生まれたときにお母さんを亡くしたみやにとってはお母さん同然の存在。
お煎餅屋「須藤」の暖簾を守りながらも、掃除炊事洗濯といった家事をすべてこなし、家族も守る。
日本人女性の鏡みたいなまあさんだけど、いつでもパワフルで、かつ面倒見もいいので、商店街の次期会長はこの人でほぼ間違いないといわれている。
そもそも、今日みやの家に寄ったのも、昨日まあさんが持ってきてくれた肉じゃがのタッパーを返すためなのだ。
- 132 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:28
- 「ごめんね、いつもおせんべいばっかりだけど」
「ううん、あたしすーちゃんのお煎餅大好きだもん。ね?」
「うん。あ、肉じゃがも、すごくおいしかったです。ありがとうございました」
「そう?よかった。じゃあゆっくりしていってね!」
そういって、まあさんはお店に戻っていった。
「そりゃあね、この家に不満があるわけじゃないし、お姉ちゃんにも感謝してるんだけど・・・」
せんべいを見つめてみやが苦笑いした。
みやは、いまどきの女子高生だから。
「ティータイムには紅茶にスコーン。真っ白なお城に住んでみたい。」
「あたしも、真っ白なご飯食べたい。あ、ねえ『事故米』って何?安いの?」
・・・・・・・・・・・・
「あ、そういえば昨日お米届けてもらったんだった!あとでももんち持ってくね!」
「うちも、お煎餅食べあきたから、これちっさーたちにもってってあげなよ!」
もも!おねがいだから事故米だけは手を出さないで!
- 133 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:28
- 「そういや、まあさんの誕生日会って明日だったよね?」
「うん。」
明日の誕生日会は、商店街全体でのお祝い。
小さな商店街だから、あたしたちも出られるように休日を選んである。
だから、お店も午前中でしめて、みんなでぱーっと宴会をする、らしい。
こうやって、個人の誕生日を商店街全体で祝うのは初めてだ。
「すーちゃんも、25になるんだね。」
「もうなってるんだけどね。3日に、うちでお祝いしたもん。」
「え、結構日にち経っちゃったじゃん」
ももが壁に掛けてあるカレンダーを指差していった。
カラフルなペンで「おねーちゃんバースデー!」「誕生会」「終業式!」と書いてある。
「ほら、でも今回はさ、みんなで祝うことに意義があるんだよ。だって、ね、みや。『大事なお知らせ』があるんでしょ?」
あたしがそういうと、みやは「えっ!?」と一瞬うろたえ、それから、「うん・・・・・まあ・・・・・・・多分・・・・・」と言葉を濁した。
- 134 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:28
- 「どういうこと?ももわかんないんだけど。」
「あたしもよくわかんないんだけど、とにかく大事なお知らせがあるんだってさ。次期会長の発表も兼ねてるんじゃないかってお父さんが言ってたけど?」
あたしは膨れているももにそう説明した。
確認するようにみやを見てみると、そこには曖昧に笑うみやがいた。
もしかしたら、オフレコだったのかもしれないな。
あたしは出されたほうじ茶を飲みながら、なんとなくそう思った。
- 135 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:31
-
- 136 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:31
- さすが代々続く老舗。
宴会場は公民館かと思いきや、須藤邸の和室を貸切だった。
旅館の大広間くらいあるんじゃないかと思えるほど、そこはだだっぴろく、見慣れた顔のおじさんおばさんたちがいっぱい集まっていた。
「ほんっと、おたくのまあさちゃんも、すっかりべっぴんさんになったもんだ!」
「いやいや、僕に言わせればまだまだ子供ですよ。吉澤さんの奥さんに比べたらひよっ子ですわ。まだまだ現役なんでしょ?」
すでにできあがってしまったお父さんは、須藤さんちのお父さんに絡んでいる。
いろんな人がいて騒がしいのに、この人の声は本当によく聞こえてくる。
「でも、ぶっちゃけると最近じゃ体力なくなってきてね・・・・・」って、何喋ってんだあのエロ親父。
- 137 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:32
- 「集まりたいだけだよね。この人たちは。」
酔っ払い親父を見ながら、あたしは言った。
須藤さんの挨拶が終わった瞬間に、誕生日会がただの宴会と化してるのがそれを証明している。
こうなることは、最初から予想してたんだけどね。
長机をつなげたテーブルには、まあさん手作りのおかずが所狭しと並べられていた。
お寿司と鯛のお頭がついたお刺身の盛り合わせは梅田寿司からの差し入れだ。
「まあね。でも、そのおかげでみんなとおいしいご飯が食べられるわけだし。」
「そうそう!あー、お寿司なんて、何年ぶりだろ?千聖、これトロっていうんだよ。食べてみなよ。すっごくおいしいから!」
興奮気味のももは、妹のお皿にトロを乗せた。
「そうそう、みんなが楽しんでくれればそれでいいんだから。」
両手に空のビール瓶えたまあさんが通りかかる。
祝われる立場であるはずなのに、さっきから皆に挨拶に回ったり、暇があれば台拭きや片付けをしていた。
あたしも、何か手伝わなきゃと思って、近くにあった空瓶を手に取ろうとしたら、一足先にまあさんにとられてしまった。
「だってさ。徳さん、よかったね。」
「はい!」
「おいしい・・・・」とトロを目を瞑って味わう中島家の姉妹を横目に、えりかちゃんが言う。
聞くところによると、今回のお寿司は、ほとんど徳さんが握ったんだそうだ。
いつまでも弟子って肩書きじゃカッコつかねぇだろって大将が言ったんだって。
- 138 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:32
- 「ね、徳さん、今日はチャンスだと思うよ?」
「えっ!?な、な、なんの事ですか?」
「早貴さん、好きなんでしょ?」
「ち、ちがいます!自分は・・・・」
焦る徳さん。
へぇー、徳さんがねぇ、中島さんところの早貴さんをねぇ。
「早貴さーん、こっちにもビールお願いできます?」
「ちょ、ちょっと、お嬢さん、やめてください」
小声でえりかちゃんを制するも、気の利く早貴さんはビールを持ってきて、徳さんのグラスに注ぐ。
トクトクとビールが注がれるのと同時に、徳さんの顔がカァーっと赤くなっていった。
「今日のは徳さんが握ったらしいですよー」
面白半分で、あたしは早貴さんに向かって言った。
いやいや、親切心もあるんだけどね。
さっきまで、「かんなちゃんまでっ」なんて焦っていた徳さんも、自分の握ったお寿司を食べている早貴さんを固唾を呑んで見ていた。
「あ、あたしひとみおじさんのお酌でもいこっかな!」
わざとらしく立ち上がったえりかちゃんと目が合って、二人で笑った。
- 139 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:32
- 「ここで、大事なお知らせがあります!」
場もすっかり和んだところで(最初から和んでいたけど)、まあさんが立ち上がり、皆が見える位置に移動した。
須藤さんの言葉に、どんちゃん騒ぎをしていたおじさんたちも、まあさんのほうに向き直る。
確かに、ここでいったんけじめをつけたほうがいいかもしれない。
これ以上時間が経つと、誰かさんが暴走してしまう可能性がある。
「みなさん、今日は私のために集まってくれてありがとうございます。」
まあさんは、深々とお辞儀をした。
どこからともなく「おめでとう!」という歓声が聞こえ、パチパチパチと拍手が起こった。
まあさんは頭を上げ、笑顔で「ありがとうございます」とお礼を述べた。
そして、姿勢を正し、皆のほうを見渡した。
- 140 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:33
- 「この度、私、須藤茉麻は―」
まあさんは、ここで一呼吸置いた。
記念すべき商店街の次期会長の誕生の瞬間を、誰もがじっと待ってた。
まあさんの瞳は、何かを決心したように、力強く輝いていた。
そして、もう一度深呼吸して、堂々と、こう言ってのけた。
「私、須藤茉麻は、結婚することになりました!」
と。
- 141 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/05(日) 22:33
-
- 142 名前:510-16 投稿日:2008/10/05(日) 22:33
- 本日の更新は以上です。
- 143 名前:510-16 投稿日:2008/10/05(日) 23:00
- レスの前に、お詫びと訂正。
113〜120のに登場する「安部さん」ですが、正しくは「安倍さん」です。
よりによって固有名詞を間違えるとは・・・・本当に情けないです。ごめんなさい。
>>124 名無し飼育さん
ありがとうございます。
軽い感じを目指して書いているので、非常に嬉しいコメントです。
いしよしの夫婦漫才がメインになってきているような・・・・w
はい、ご指摘の通り、制服の元ネタは、あのときの衣装ですね。
個人的にすっごく気に入っているんです。特に彼女の衣装が。
>>125 名無しあさん
ありがとうございます。
桃子のキャラ設定、結構ヒドいですけどねw
でも書いてて一番楽しいキャラでもあります。
これからもたくさん出していけるようにしたいです。もちろん他のメンバーも。
>>126名無飼育さん
気にかけていただいていたようでwwありがとうございます!
愛理お嬢さまの送り迎えに使われているものですが、一応Sクラスのロングという設定です。
実はロールスロイスと悩んだんですが、メルセデスという響きがなんとなく気に入ったので、こちらをタイトルに採用しました。
- 144 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 23:36
- 乙です!
町内会の雰囲気が伝わってくる筆致に作者さんの技量を感じました。
そして茉麻は誰と結婚するのか気になりますw
次回も楽しみに待っています。
- 145 名前:名無しあ 投稿日:2008/10/06(月) 00:50
- 桃子ネタは笑えるから多少あれでも面白いですw
いろんなメンバーが登場してるのに読みやすくてだいすきです
それにしても良いとこで…続きも楽しみ
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/06(月) 21:45
- 相手は…ここはやっぱりあの人かなw
次回も楽しみにしてますね
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/17(金) 14:17
- 続き楽しみにしてます。
- 148 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:21
- その瞬間、須藤家は比喩でなく、地震が来たかのように揺れた。
「えぇー!?」「ホントに!?」「相手は?」という驚きや戸惑いが数十人分押し寄せたのだから仕方あるまい。
ちっさーはポテトサラダをのどにつまらせ、ももちは小指を立てたまま固まっていた。
舞美ちゃんは・・・・・・相変わらずお寿司を食べていた。
「ま、まあさん、ゴホッ、ゴホッ・・・け、結婚するって、いっ、た、よ、ね?」
「うん、言った、と思う。てか大丈夫?」
涙目になりながら呼吸困難に陥ってるちっさーの背中をさすったら、「冷静だね」と言われてしまった。
いやいや、あたしだってかなり驚いてるんだけど。
おそらく誰も聞かされてなかったのだろう、ざわつきはしばらく消えなかった。
- 149 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:25
- 「驚かせてごめんなさい。実は、今日ここに相手の方が来ているんです。」と続けた。
「「おぉー!!」」
照れくさそうに喋るまあさんに、みんな大盛り上がり。
もはや誕生パーティーではなくこっちがメインになっていた。
誰もが「どんな人なんだろう?」と、まあさんの動向に興味津々だ。
「みやはもう知ってるんでしょ?どんな感じの人なの?」
「んー、いい人だよ?ほら、もう来るっぽいよ」
そういってみやはあたしの肩をぐるっと180度回転させた。
なんだよー、適当に返事して。
前を向かされてたあたしは思った。
どんな人か、だなんて、いちいち口で説明するより一目見たほうが早い。
それに、「今から紹介します」ってまあさんが言ってるんだから、30秒もたたないうちにあたしの目の前にはその人が現れるだろう。
そんなこと、わかってる。
でも、こういうのって一秒でも早く知りたいんだもん。
- 150 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:26
- 好奇心で高まる会場へまあさんが「熊井さん、どうぞ。」と噂のフィアンセを呼んだ。
パチパチパチ・・・
拍手が沸き起こる中、まあさんに促されてふすまから出てきた「くまいさん」は、その名前のイメージとは全然違う、背が高くて、かっこいい、スーツの似合う男性だった。
うん、いい人そうだ。
みやの「いい人だよ」っていう言葉も、あながち嘘じゃないかもしれない。
いや、嘘だなんて思ってないわけだけどさ。
熊井さんは、緊張している様子で、よそよそしげにまあさんの隣に行った。
お似合いの若い二人に、おじさんおばさん連中はどんどん盛り上がって、ヒューヒューとはやし立てた。
そうか、じゃあ本当に、結婚するんだ、まあさん。
相手の方を紹介されると、これは現実なんだ、って改めて感じる。
別にドッキリだとも思ってなかったけどね。
- 151 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:26
- 「熊井君は、勤めていた会社を辞めて、うちに婿に来る決心をしてくれた、とてもいい青年だ。みんなもこれから仲良くしてあげて欲しい。」
おじさんも、熊井さんを気に入っている様子だった。
誇らしげに彼の肩にぽん、と手を置いて、まるで「任せたぞ」って言ってるように見えた。
熊井さんは、照れくさそうに会釈したけれど、それ以上に幸せそうな表情が印象的だった。
ふたりは前を向いていたけど、ときどき視線を絡ませては照れ笑いをする。
見詰め合っているわけでもなく、手をつないでるわけでもなく、ましてや肩を組んでいるわけでもない。
だけど、そんなところが、余計に「なんか、いいなぁ。」と思わせた。
- 152 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:26
- 「それから、もう一人紹介したい子がいて。おいで、梨沙子。」
開いたふすまの先に、まあさんが手招きした。
え、ていうか熊井さんは?
あたしは、てっきり熊井さんが自己紹介すると思っていた。
だって、これから須藤家にお婿さんに来る人だもん、一言あってもいいじゃん。
「背が高くて、スマートで、かっこよくて、いい人そう」ということ以上の情報が手に入るはずだ。
少なくとも、熊井さんの声はわかるだろう。
なぜか熊井さん情報に固執していたあたしだけど、まあさんに呼ばれた女の子がトコトコと歩いてきたので、あたしの意識は熊井さんからその女の子へと移る。
- 153 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:27
- えっと、「りさこちゃん」だっけ?
とにかく、あたしたちの前に現れたその子は小さな子供だった。
白い肌、くりっとした瞳、うっすらウェーブのかかった色素の薄い髪。
まるでお人形だ。
で、この子は何?
まあさんとくまいさんの間にすっぽり入って、二人と手をつないだ女の子を見ながら、あたしは考える。
あたしの知っている限り、うちの中学の生徒じゃない。
念のため、ちっさーに「知ってる?」と確認したけど、彼女も首を傾げるばかり。
いや、まてよ、大人っぽい顔立ちだけど、もしかしたら小学生かもしれない。
ほら、イマドキの小学生ってみんなマセてるし。
・・・・ってなに年寄りみたいなこといってるんだ。
イマドキって。
- 154 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:32
- 「この子、梨沙子は、実は熊井さんの娘さんなんです。」
えっ!?
まあさんの言葉に、あたしは一瞬耳を疑った。
「今、熊井さんの娘っていったよね?」
「うん、あたしもそう聞こえた。てか、熊井さん、子供いたんだー!」
「ねー!てか、熊井さんの子供ってことは、つまりまあさんの子供ってこと?」
「うん。やっぱそういうことになるよね。」
まさかの展開にちっさーも驚いている様子だった。
子連れだったなんて、思いもしなかった。
だって、熊井さんってすごーく若く見えるんだもん。
- 155 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:33
- 「え?何なに?まあさん子供生んでたのぉ!?」
あたしたちの会話を聞いていたももは、何かものすごい勘違いをしているようで、くりくりした目をもっとまあるくしていた。
「そうかー、これってできちゃった婚ってことだよね、えり。」
「いや、舞美・・・それはね、えっと・・・・」
ちなみに、あたしの前ではその勘違いがさらに勘違いを生んで、えりかちゃんを困らせていた。
- 156 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:33
- 「お察しの方もいらっしゃるかと思いますが、僕は結婚していました。しかし、この子が小学校に上がる前に妻を亡くしてしまったのです。茉麻さんとは1年ほど前から正式にお付き合いさせていただいており、先週プロポーズしました。」
熊井さんは、丁寧な言葉遣いでここまでのいきさつを話した。
「この子も、茉麻さんを本当の母のように慕っています。これも彼女の人柄のおかげだと思っています。こんなにあったかい人と出会えて、僕はとても幸せ者だな、と思います。」
まあさんに甘えるように寄りかかるりさこちゃんを見ている熊井さんは、本当に幸せそうで。
あたしは、あのセリフが彼の素直な本心なんだってことがよくわかった。
- 157 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:54
- 「みや、おめでとう!」
あたしはくるっと後ろを向いて、みやに言った。
「ありがと。あたしが結婚するわけじゃないんだけどね。」
重大発表はあれで終了。
宴会が再開した今、熊井さんは噂好きのおばさんたちに囲まれていた。
「あの子・・・・梨沙子ちゃんって、いくつ?」
「えっと、何歳だろ?とりあえず中1。」
「へー!中学生かー。かわいいよね。」
「うん、まあね。」
「え、じゃあうちの中学にくるの?」
「うん、そだね。」
完全にあっちにいるおばさんと同じように、みやに質問を投げかける。
みやはテンションの低い回答しかくれないけど、別にいい。
熊井さんやりさこちゃんとは、これから付き合っていく仲間なんだし。
- 158 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:59
- 「これから一緒に暮らすんでしょ?どうなの?」
「どうって・・・・・。お姉ちゃんにすごくなついてるから、りさこは。」
「みやは?仲よくないの?」
「まぁ、それなりに。てか、普通に仲いい・・・・と思うけど?」
みやは相変わらず微妙なテンションだった。
でも、考えても見たら、みやの状況も複雑なのかもしれない。
自分の姉に、急に娘ができたのだ。
みやの場合は、多分熊井さんがお婿さんに来る形だから、それは名目的も、実質的にも、みやの家族が急に増える、みたいな感じで。
しかも、梨沙子ちゃんは中1。
妹でもおかしくない歳だ。
- 159 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:59
- あたしは、同じ姉がいる身として、舞美ちゃんで想像してみた。
舞美ちゃんが、子持ちの人と結婚して、その子供は中1の女の子で・・・・・。
・・・・・・・・・・
やめやめ。時間の無駄だ。
想像すらできない妄想に、あたしははやばやと見切りをつけた。
ちらりと舞美ちゃんたちのほうに目をやる。
「えっと、だから、熊井さんには、前の奥さんがいて・・・・」
えりかちゃんが、簡易家系図を書きながら、舞美ちゃんとももに須藤家と熊井さん、りさこちゃんの関係を懸命に説明しているところだった。
なんていうか、健全で笑ってしまった。
- 160 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/10/30(木) 09:59
-
- 161 名前:510-16 投稿日:2008/10/30(木) 10:00
- 本日の更新は以上です。
長らくお待たせしまい、申し訳なく思っております。
- 162 名前:510-16 投稿日:2008/10/30(木) 10:11
- >>144 :名無し飼育さん
ありがとうございます。
そんな!恐縮です。
もったいないお言葉だなぁ、と思うと同時に、非常に嬉しくも思いますw
これからもよろしければお付き合いください。
>>145 :名無しあさん
ありがとうございます!
ベリキューはほぼオールキャストですからね。
話はゆっくり進みますけど、書くのも楽しいです。
これからもあたたかく見守ってくださいw
>>146 :名無飼育さん :2008/10/06(月) 21:45
読んでいただきありがとうございます。
予想、当たりましたか?
>>147 :名無飼育さん
ありがとうございます。
更新遅れてごめんなさい。
マイペースではありますが、これからも続けていきますのでよろしければお付き合いくださいね!
- 163 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/30(木) 10:19
- 更新お疲れ様です!待ってました!!
茉麻の相手はやっぱり熊井ちゃんがしっくりきますね
連れ子の梨沙子は衝撃でしたがwこれからもどんどん良い意味で裏切って(?)もらいたいです
- 164 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:15
- 須藤家の長い廊下をみやと二人で歩く。
外はすっかり暗くなって、まあるい月が池にゆらゆらと映っていた。
ひととおり食事を終えたあたしたちは、片づけを手伝っている。
宴会はまだまだ続くようだったけど、今のうちにできることはやっちゃおうってわけだ。
まあさんは「お客様なんだから」って言ってたけど、もてなしてもらったお礼っていうか、お礼も何も、当然でしょ。
それに、そんな言ったら、まあさんは今回の「主役」なんだし。
みやの家って、本当広いんだよね。
あたしたちはさっきからお盆にお皿を乗せて運んでるんだけど、キッチンと広間を往復するだけでも結構時間がかかる。
途中途中でいくつか部屋があったんだけど、ここの土地ってどれくらい広いんだろう?
- 165 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:16
- 廊下の先にあるふすまからは明かりと楽しそうな声が漏れている。
だけど、なんとなくあそこに戻る前に、みやと喋りたくなった。
「みや、あたしみやにおめでとうっていったけど、あれってよかったのかな?」
「え?」
突然のあたしの言葉に、みやは文字通り「え?」という顔をしていた。
詳しくはわからなかったけど、あたしにはみやが今回の結婚に乗り気じゃないように見えたから。
「別に、おめでとう、でいいんだよ。」
みやが笑う。
「うちが生まれたとき、お母さん亡くなって。それからお姉ちゃんはずっとお母さんの代わりしてくれて。うちだけじゃなくて、お父さんもおねえちゃんのこと頼りにしてたし、お店のことも、誰よりも考えてるような人だからさ。」
あたしじゃなくて、夜空の月を見ながらみやが続ける。
「だから、うちは結婚するってきいたときすごく嬉しかったよ。いつも人のことばっかり考えてて、自分のことは後回しにするんだもん、あの人は。」
呆れたようにみやは笑った。
あたしは偽りのないみやの言葉を聞いて安心した。
どうやらあたしの取り越し苦労だったらしい。よかったよかった。
- 166 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:16
- 「ま、気がかりなことといえば・・・」とみやが口を開いたとき
「みやぁー!」
暗い廊下の先から声が聞こえてきた。
みやがはっとして、それから目を泳がせたのをあたしは見逃さなかった。
誰だろう?と声の主を待ってみたところ、さっき紹介されたばかりの梨沙子ちゃんだとわかった。
滑りやすい廊下を、たったったった・・・・とこちらに向かって走ってきたかとおもうと、そのままみやにどーんって感じで抱きついた。
「みや!」
「ど、どしたの?梨沙子。」
みやはあたしのほうをちらちら見ている。
「遊ぼ!」
「でもうち片付けあるし。」
「えー」
梨沙子ちゃんはみやの手を引きながら残念そうにつぶやいた。
- 167 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:20
- なんだ、すごい仲いいじゃん。
みやがりさこちゃんのことをあたしに言ったとき、確か「『一応』仲はいいけど・・・」みたいなニュアンスだったから、てっきり微妙な仲かと思ってた。
そんでもって、一緒に暮らすとなってなんかごちゃごちゃして、昼ドラみたいな複雑な人間関係があって、だから悩んでて・・・・って勝手に想像してたあたしもあたしなんだけど。
でも、どうやらそうではないらしい。
「っていっても、もう終わるじゃん。みや」
あたしはりさこちゃんに助け舟をだしてあげた。
「えっ!?ちょっと栞菜」というみやの声と「ほんと?」っていう梨沙子ちゃんの声がかぶった。
「じゃ、先にあっち戻ってて」
「わかったー!」
渋々言ったみやに、梨沙子ちゃんは素直に返事をすると、あたしのほうをちらっとみて、笑った。
あたしはその笑顔があまりにかわいかったから、いいことしたな、って得意な気分になった。
- 168 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:21
- 明るい部屋に吸い込まれていったりさこちゃんをみて、みやが「はぁ」とため息をついた。
「なんで『はぁ』なわけ?すごい仲いいじゃん、みやとりさこちゃん」
「え、まあね。」
「だったら何でそうなるのさー」
「うーん・・・」
みやはどう答えていいかわからない様子だった。
だからといってあたしにもわかるわけがない。
「ま、いいや。とにかくりさこちゃん待ってるし、いっておいでよ。あたしもあとで行くから」
あたしは文字通りみやの肩をぽんと押した。
ちょうどふすまからりさこちゃんがみやを呼ぶように顔を出したところだった。
- 169 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:21
- よくわかんないなぁ。
あたしは足早に広間に戻っていったみやを見て思った。
何が気がかりなんだろう。
「教えてあげようか?」
「うわぁっ!!!!」
突然肩越しに声が聞こえて、あたしはどーんと尻餅をついた。
「いててて・・・・」とお尻をさするあたしをみて、嘯いたように「え?どうしたの?」とのたまうのは中島さんちの桃子さん。
いやいや、ていうかなんであたしの考えてることわかったんだろ。
もしかしたら、あの小指がアンテナになってるのかもしれない。
あたしはつい馬鹿げた妄想をしてしまったが、ピンと立った彼女のそれを見ていると、あながち嘘にも思えなくなってきて、変な恐ろしさを覚えた。
- 170 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:22
- 「みやはね、照れてるの。」
ももが示した、あたしの疑問に対する解答。
雅さんは、照れている、と。
それだけじゃわからなくて、黙って考えていたあたしに、ももがわかりやすく言い直す。
「多分ね、あの子はあたしたちにおねえちゃんやってるところ見られるのが恥ずかしいんだよ。みやって、どうしてもすーちゃんの妹って印象じゃん?」
すーちゃんというのは、まあさんのことだ。
ももは時々彼女をそう呼ぶ。
「みやはね、嬉しいんだよね。ももね、実はりーちゃんのことみやからよく聞いてて。あ、まさかすーちゃんの子供になるとは思ってもみなかったけど。店に通ってくれてるお客さんの子供と仲良くなった、みたいな感じで教えてくれて。」
もものマシンガントークは続く。
玉切れしらずだ。
「でね、みやって明らかにりーちゃんと仲いいんだよね。本人の口から聞いたわけじゃないけど、なんだかんだで梨沙子梨沙子言うの。だから、なつかれてて内心嬉しいんだけど、そういうのをうちらに見せるのも、また恥ずかしいみたいなんだよね。ばればれなのに。」
ほうほう、なるほど、ももちもなかなかやるじゃないか。
ももの分析結果を聞いて、あたしは妙に納得した。
「でさ、すーちゃんって完璧なおねえちゃんっていうか、むしろお母さんなんだけどさ、とにかく、そんなお姉ちゃんがいるもんだから、いざ自分がりーちゃんの家族になったらどう接したらいいのかわかんないんだよ。」
- 171 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:22
- 「名探偵桃子の推理は以上です。」と、連射をストップしたももに、あたしは思わず拍手しそうになって、やめた。
調子に乗せたら、今度はマシンガンどころじゃなくなりそうだ。
でも、そうか。
いかにもみやらしいな、って思う。
みやは本当は真面目なんだ。
戸籍上の関係が変わった瞬間から二人のなにかが急に変わるなんて、あたしはないと思う。
よくわかんないし、想像なんだけど、別にいままでどおりのみやでいいと思うんだ。
だって、あんなに仲よさげだったし、お姉ちゃんなんてする必要ないんじゃないかな。
あぁ、でもみやって鈍いところあるからな。
「じゃ、みやがお姉ちゃんやってるところ、ニヤニヤしながら見よっか。」
「おっ、いいねー。そのうち照れてるみやなんて見れなくなるしね。」
「そうそう。そしたら今度はりーちゃんと仲良くなってみやを釣ろうよ。」
「おぬしも悪よのぉ」
暗い廊下で、悪友二人はにやにやしていたのだった。
- 172 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:22
-
- 173 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:28
- ちなみに。
めでたい発表の後の須藤家は「無礼講」がスロガーンといわんばかりに、混沌と化していた。
そのなかでもひときわテンションの高い集団といえば・・・・・・・
「はい、おじさん、枝豆枝豆!」
「おっ!えりかちゃんはできる子だなぁ!」
さっきからこの調子。
えりかちゃんなんて、普段でも相当テンションが高いのに、今日はブラジルのカーニバルしてるお姉さんに匹敵するくらい、いやそれ以上にテンションが高い。
「そんなそんな、お父さん。うちなんてまだまだですよ。」
「いや、おじさんは感動した!おい、舞美!ちょっとこっちこい!」
今まさに10貫目のえびを食べていた舞美ちゃんは、尻尾を口からだしたまま「ん?」と振り返った。
お父さんとえりかちゃんが手招きをしているのを確認すると、ちゃっかり自分のお皿と箸、それからコップを持って、テーブルをはさんだ向こう側に行く。
- 174 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:30
- 「いいか、舞美。えりかちゃんみたいな、いい子は他にはいないぞ。」
ちょっと、お父さん!てか、おっさん!
正座して、真顔で何言うかと思えば、そこ!?
あたしは心のなかで盛大なつっこみをいれた。
「ちょっと、おじさんやめてよぉー」
えりかちゃんがお父さんの肩をバシバシ叩いた。
「いや、さっきからずっと考えてたんだ。茉麻ちゃんも、いつの間にかハタチになって、結婚まで決まった。舞美はまだ高校2年生だけど、ハタチなんてすぐだって、須藤さんも言ってたんだよ。そこで、決めた!お父さん、えりかちゃんになら舞美をあげたっていい!!」
「おじさん・・・・・・」
「お父さん・・・・・・・」
何、この「感動!」って感じの雰囲気は。
てか、なんで舞美ちゃんまで泣きそうなのさ?
- 175 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:30
- 「とにかく、飲もう!将来の家族に乾杯しようじゃないか!」
お父さんはそういってえりかちゃんのコップにビールを注ぐ。
調子に乗って注ぎすぎたのか、コップから泡がこぼれそうになり、えりかちゃんが慌ててビールを飲んだ。
「おっ!いい飲みっぷり!」とお父さんが拍手を送る。
確かに。
・・・・・・・って感心してる場合じゃない。
この二人、絶対さっきから飲んでる。
「えり、ちょっとこぼれてるよぉー。みや、タオルとかない?」
舞美ちゃんがえりかちゃんのショートパンツを指差して言う。
えりかちゃんとお父さんの世話は、舞美ちゃんに任せておけばいいのかもしれない。
あたしはいざとなったら頼れる姉に安心して、からあげに箸を伸ばした。
「ごめん、使ったタオルならあるけど、これでも―」
みやの言葉にえりかちゃんがピクっと反応を示す。
「今、あーた、使ったタオルって言わなかった?い・わ・な・かっ・た?」
・・・・・・・・・・・・・・舞美ちゃん、あとは任せた。
- 176 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/11/17(月) 11:30
-
- 177 名前:510-16 投稿日:2008/11/17(月) 11:31
- 本日の更新は以上です。
お久しぶりですが、相当暴走してごめんなさいw
- 178 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/17(月) 11:36
- 更新乙です!暴走っぷりがたまりませんw
- 179 名前:510-16 投稿日:2008/11/17(月) 11:39
- >>163名無飼育さん
ありがとうございます!
あたしもあの二人のコンビ大好きなんで、くっつけましたw
本当にどたばたしていますが、それも含めてお楽しみいただけたら本望です。
亀更新にもかかわらず読んで頂き、ありがとうございました。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/17(月) 19:55
- 使ったタオルワロタw
- 181 名前:510-16 投稿日:2008/11/28(金) 03:25
- ここでちょっと一休み。
- 182 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:26
- 「じゃ、あたしえり送ってくから。」
「わかった。じゃ、あたし先に帰ってるね。えりかちゃん、大丈夫?ちゃんと帰りなよー。」
「だーいじょうぶ。てかねーひとりでねー帰れますーかーらぁー」
えりはそんなこと言っているけど、全然説得力が無い。
だって、栞菜を見て「っていうか、そちらはどちら?」なんてとんちんかんなことを言ってるんだもん。
「ってことで、えりを送り届けてから帰ります。」
「よろしく。あ、めんどくさいし、お風呂じゃなくてシャワーでいいよね?」
「うん、それでいいよ。お父さんたちもいつ帰ってくるかもわかんないし。じゃ、またあとで。」
「はーい。おやすみ、えりかちゃん!」
栞菜はそういって先にうちに帰っていった。
- 183 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:26
- 商店街のお店はほとんどシャッターが下ろされている。
時間が遅いというのもあるけど、そうじゃなくて、みんなが「本日午後から臨時休業」なんだよね。
だって、今日は須藤家でパーティーだったから。
「あー今日は楽しかった!生きててよかった!」
「ちょっとぉ、えり大丈夫?ほらちゃんと歩いて。」
このままじゃ、まずいな。
ふらふらと千鳥足になってるえりは、見てて面白いけど当然心配でもある。
しょうがないな、と手をとると、えりはそのままあたしにもたれかかってきた。
えりの腕があたしの腕に絡んだとき、あったかい、って思った。
- 184 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:26
- そうだ、お水買おう。
お父さんがベロベロに酔っ払って帰ってたとき、お母さんがよくお水を飲ませていたから。
あたしはえりに一応「お水飲む?」と聞いてみると、「おう!」と男らしい返事が返ってきた。
自販機を求めて、アーケードから一旦抜ける。
一瞬にして、視界が暗くなる。
商店街の道は、街灯が連なっていて明るいのだ。
こわくなんかない。
むしろ、いい気分。
シンとした夜道に、虫の鳴き声が聞こえてくる。
あたしはえりに肩を貸しながら、わざとゆっくり歩いた。
- 185 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:26
- 自販機がガコンと音をたてて、ミネラルウォーターが出てきた。
キャップをはずしてえりに手渡すと、えりはその場でぐびぐび飲んだ。
ペットボトルから口を離し「ふぅ」と息をついたえりの横顔は、月明かりに照らされてすごくきれいだった。
「どーしたの?」
あたしの視線に気づいたえり。
いつもよりも甘ったるいその声が、あたしの耳すっと入っていって、なんだかくすぐったい。
どうしよう
どうしよう、あたし、えりのこと、すごく好き
二人きりの夜道は、あたしをちょっぴり大胆にさせる。
あたしは、きょとんとしている恋人に近づき、抱きついた。
- 186 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:26
-
- 187 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:27
- 帰り道、あたしはずっと「結婚」について考えていた。
えりとあたしは、幼馴染で、気がついたらいつも一緒にいた。
だけど、同時に恋人同士でもある。
えりがあたしの帰りを待っててくれたり、部活の応援に来てくれたり、オフのときは家でごろごろしたり、たまに出かけたり。
それは、うちらにとっては大切なことだけど、傍から見れば別に普通のことで、特別でもない。
記念日だとか、そういうのがうちらには一切ない。
あっても、なくても、どっちでもいい。
だけど、たまにはこうやって、恋人らしいことをする。
それがうちらなのかもしれない。
- 188 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:27
- だから、「結婚」も、どうでもいいんじゃないかって思う。
えりと一緒に、このままいれたら、それでいいんじゃないかな、って。
もし、えりが他の誰かと結婚するとか、それだったら話は別だけど、でも一緒にいられたら、そんなの関係ないんじゃないか、って。
記念日と、一緒。
別に、特に重要じゃない。
あたしはえりの身体から離れた。
そろそろ帰らないと。
- 189 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:27
- だけど、本当の本当は、憧れもあるんだ。
結婚ってやつに。
テレビとか見て、素直にいいな、って思う。
今日だって、幸せそうなまあさんの顔を見て、そう思った。
「『結婚』って、なんなんだろうね、えり。」
「へ?」
「あ、いや、別になんでもないよ」
「あーあーあーあーそっか、まあさん結婚だもんねー」
あー、まだ酔ってる。
えりは大きなあくびをした。
「ま、でもうちらには必要ないよね。」
眠そうなえりに、あたしは笑って言った。
自虐なんかじゃない。
そんなこと言ったってえりを困らせるだけだし、あたしは今のままで十分だから。
- 190 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:27
- だけど、
「いや、うちはしたい。」
「えっ!?」
あたしは意表をつかれて、えりを確認した。
今、なんて言った?
「無理ってわかってるけどね。でも、できればしたいな。舞美と、結婚、みたいな」
えりは笑ってる。
だけど、あたしは一瞬見えた、えりの強い瞳が忘れられなくて。
- 191 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:28
- 「あ、でも、あくまでもうちの希望ってか、なんていうか・・・舞美に迷惑かかるんだったら―」
「ま、待ってえり!!!待って!!」
誤解されるとイヤだから、って一心で叫んだあたしに、ぽかんとした表情のえり。
「えっと、本当はね、あたしもそうだったらいいなって思ってた。」
優しいえりは、あたしの気持ちをちゃんと考えてくれてる。
だからかな?
カッコつけた考えはいつの間にかどこかに行っちゃった。
そうやって、せっかくあたしが素直になったのに、
「テンションあがるわねぇ〜!」
しらふなんだか酔ってるんだか。
- 192 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:29
- 「そろそろ、帰ろっか」
ここの治安は評判がいいけど、あんまり夜遅くまでいるのはよろしくない。
えりの酔いもまあマシになっただろうし、栞菜も心配するかもしれないし。
「えり、行こう」って、手を引いたそのとき、
「ちょっと、そこのあーた、おまちなさーい!」
「はっ?」
えりが大声を出した。
「うち、いつかちゃんとおじさんに「舞美さんをください」って言う。だから―」
- 193 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:29
- 「言えるようになるまで、待ってて。」
焦点が定まってないような、そんな視線だけれど、あたしをまっすぐ捉えてる。
おぼつかない足で、寄りかかるようにあたしを抱きしめたえりの心臓が早いのは、お酒のせい?それとも・・・・
背中に回されていた腕が緩んだのを感じて、あたしが、何か言おうとしたとき、
「―――――――――とか言って」
そこには、へらへらした顔の梅田えりかがいた。
- 194 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:29
- 酔っ払いの言うことなんて、信用できない。
だけど、ね、えり。あたし、待ってるよ。
「とか言って!」
「え?舞美、なんか言った?」
答えは、そのときになるまで教えてあげない。
- 195 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:29
-
- 196 名前:酔っ払いのプロポーズ 投稿日:2008/11/28(金) 03:31
-
『酔っ払いのプロポーズ』
从 ’w’)<おしまいは
- 197 名前:510-16 投稿日:2008/11/28(金) 03:36
- というわけで、やじうめ番外編でした。
本日は以上です。
>>178名無飼育さん
リアルタイムレスキタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!
すみません、高まりましたwはい、自重しますw
ありがとうございます!
レス、とても嬉しいです。
今回は番外編ですが、こちらもよかったら、どうぞ。
>>180名無飼育さん
ありがとうございます!
読者様がニヤニヤしながら読んでいただけるような作品になればな、と思っています。
リl|*´∀`l|<使ったタオル!使ったタオル!
リl|*´∀`l|<これからも、上げ子をよろしくなんだよw
- 198 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/28(金) 13:19
- 激甘やじうめキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
お腹いっぱいになりました
本編の栞菜と愛理もうまいこといってまた萌えさせてくださいな
- 199 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/30(日) 20:17
- やじうめ萌え〜(*⌒▽⌒*)
- 200 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:13
- ジージージージー
ミーン ミーン ミーン ミーン・・・・・・・・
「あー!うるさい!!!!!」
あたしは手に持っていたシャーペンを放り投げた。
うわっ、やばい。障子に穴開いちゃったよ・・・・・・。
机の上に山積みにされている冊子には、「○○ドリル」とか「総復習」という文字。
一生かかっても終わりそうにない。
- 201 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:13
- 毎年楽しみにしている夏休み。
朝起きて時計を確認することなく二度寝できる幸せといったら!
夏祭りに花火に、アイスにカキ氷。
シャーペンと一緒に、こいつらも丸投げできたらどれだけいいだろうか。
あたしは飯田先生に渡された「夏休みの宿題リスト」を見て、げんなりした。
飯田先生の笑顔が恨めしい。
「かんなぁー!」
おっ、きたきた。
「鍵開いてるよ」というあたしの答えを待たずに現れたのは、千聖。
- 202 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:13
- 「おっす!」
「いらっしゃい」
挨拶もそこそこに、千聖は扇風機の前へ。
生暖かい風をかき回しているだけなんだけど、千聖は「天国だぁー!」なんていう。
いわく、中島家ではうちわを扇ぎあって、夏をのりきっているとか。
夏休みの宿題に悩まされるのは千聖も一緒で、二人でうちで勉強するのが夏休みの恒例行事なんだ。
「かんな、今年の予定は?」
「うーん、いつもどおり、おばあちゃんちに行くだけ。ちっさーは?」
千聖からは「うちも一緒ぉー」という声が聞こえた。
夏休みに家族旅行とか、最後に行ったのっていつだろう。
ここ数年、なんかいろいろ理由つけられて行ってないんだよね。
今年は「お前受験生だろ?」って言われたし、去年は確か「日本経済が衰退しているから」だったかな。ディズニーランドに行きたいってねだったときなんか、「あそこでテロが起きる予感がする」って大真面目に言われたっけ。
72.
「それじゃ、やりますか。」
「おっけー」
あたしたちは互いに別々の問題集を交換した。
渡されたちっさーのドリルに書いてあることを、そっくりそのまま自分のドリルに。
ようは、宿題を写すって行為。
だって、答えは登校日に配るんだもん。
飯田先生、そりゃないよ。
「ね、千聖。これ、あってんの?」
「えー?わかんなーい」
「ちょっと、しっかりしてよー」
あっけらかんと答えられてもなぁ・・・。
ま、あたしも結構適当に書いてたりするんだけどね。
- 203 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:13
- 「そういえば、今やってる朝のアニメってさぁー・・・・」
単調な作業だから、すぐに雑談が始まる。
勉強するには、静かで涼しい図書館のほうがいいのかもしれないけど、なんかニガテなんだよね。
緊張するっていうか、なんていうか。
こうやって家で喋りながらやるのがいいんだもん。
ていうか、最初からこっち目的だしね。
今年は最高学年ってことで、あたしたちも知恵をつけた。
単に写すだけじゃなくて、ときどきわざと違うことかいてみたりして、バレないように工夫してる。
「受験」って言われても、あたしにはピンとこない。
高校なんて入れるとこに行ったらいい。
- 204 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:14
-
- 205 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:14
- 「子どもは夏休みだけど、そんなの大人には関係ない」というのはよくあるセリフだけど、いしよし商店だって夏休みなんて関係ない。
当然、娘であるあたしにも店番の義務がある―というのが父母の主張で、あたしはおとなしくこうしてスイカに群がってきたハエを手で追い払ったりしてる。
どうせ手伝いをやらないならやらないで、「宿題やったの?」って聞かれるのがオチだしね。
それに、ある楽しみ―鈴木愛理に会う楽しみがあるから、苦じゃない。
目の前の少女は、今朝はいったばかりのゴツゴツしたピーマンを見て、「これにする!」と笑顔を見せた。
「愛理、野菜見る目あがったよねぇ。」
「そう?えへへへ」
嬉しそう。
だけど、実際そうなんだよね。
ぶっとんだ質問も、最近はなくなった気がする。
ちょっと前まで「ヒゲのないもやしはメスなの?」って真顔で尋ねてきてた子だからね。
- 206 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:14
- そういえば。
あたしは愛理にピーマンとキュウリが入った袋を渡しながら、ふと思った。
「ね、なんでキュウリばっかり買うの?」
「えっ?あぁ、あたしね―」
『キュウリ好きだから』とか、そんな答えを予想していたんだけど。
目の前の愛理お嬢さまは、あたしの期待を華麗に裏切ってくれた。
「会いたいの。カッパに。」
- 207 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:15
- 「カ、カッパ!?」
カッパって、あれだよね。
あの、川にいて、緑で、頭ハゲてて・・・・あ、あれ皿か。えっと、あとはキュウリが好きで・・・・ってそれでか。
って何納得してるのさ、あたし!
そもそも、カッパって、本当にいるわけないじゃん!
何気なく聞いた質問なのに、まさかこんな答えが返ってくるとは思わなかった。
- 208 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:16
- いやいや、まてよ。
もしかしたら、これは愛理の冗談なのかもしれない。
あたしは考え直して、「あははは・・・」と笑ってみた。
それなのに、愛理ってば
「え!?栞菜もカッパ好きなの!?」
ちょっと、そんな笑顔でがっつかれても!
「あたし、これが今年の自由研究のテーマなんだよね」と真剣な顔で話す愛理を見てたら、とてもじゃないけど「冗談だよね?」なんていえる雰囲気じゃなくて。
- 209 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:16
- 「3年間の集大成・・・・」と語り始めた愛理をどうしようかと思っていたら、
チリンチリンというベルの音。
「こんにちはー」
「えりかちゃん!」
お決まりの梅田寿司自転車をこぎながら、えりかちゃんが登場した。
なんてありがたいんだろう!
普段からは想像もつかないほど、生き生きとカッパについて語る愛理に、あたしはうろたえていたから。
「えっと、キュウリあるだけくれる?」
えりかちゃんは開口一番、そういった。
相当急いでいたんだろう。
キュウリを注文してから隣にいた愛理に気づき、「久しぶりー」と挨拶した。
あたしが知らない間に、二人はいつの間にか知り合いっていうか、友達になっていた。
多分、舞美ちゃんが愛理の話したんだろうな。
- 210 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:16
- 「はいはーい。繁盛してる?」
お店、忙しいからえりかちゃんがお遣いなのかな、ってそう思ったから。
「おかげさまで。でもなんか今日やたらかカッパ巻き―」
「あっ、えりかちゃん、それは・・・」
「カッパ!?」
これまでの会話の流れなんて知るはずもないえりかちゃん。
彼女はよりにもよって大地雷を踏んでくれた。
「ちょっとまって!カッパ巻きって何?カッパ食べちゃうの!?」
「「はぁ!?」」
「だって、今カッパ巻きって言わなかった?言・わ・な・か・っ・た?」
「あ、あ、あいり、おちつい―」
- 211 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:16
- 愛理は、誰かさんみたいにテンション高くなっちゃってるし、そのおかげで、わけわかんないって顔してたえりかちゃんが、聞き覚えのあるリズムにピクっと反応しちゃって・・・・
元祖テンションあげ子の意地だろうか。
ライバル意識全開状態のえりかちゃんは、愛理に「そちらはどちら?」なんて言うもんだから、ただでさえ混乱した状況が、完全に収拾のつかないものとなってしまった。
カッパでも上げ子でも、この際なんでもいいから、買うもん買ったらさっさと帰ってよ・・・・
熱い二人のとなりで、ひとりテンション下げ子状態のあたしがいたのだった。
- 212 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2008/12/18(木) 04:17
-
- 213 名前:510-16 投稿日:2008/12/18(木) 04:17
- 本日の更新は以上です。
- 214 名前:510-16 投稿日:2008/12/18(木) 04:23
- >>198 :名無飼育さん
>激甘やじうめ
ありがとうございますw甘いですね。砂糖吐きそうですwww
というわけで、久しぶりの本編です。
萌え要素薄めの完全なるコメディですが、今後に期待していただけたらありがたいな、と思っています。
>>199 :名無し飼育さん
ありがとうございます!
あたしもやじうめ大好物ですwww
本編だけでなく、またああいった形でやじうめを登場させていけたらいいな、と思っています。
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/18(木) 21:30
- 下げ子に萌えたw
- 216 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:33
- 「はぁ!?」
「いや、だからね、カッパって、いると思う?」
千聖は、一瞬ぶっと吹き出し、「かんな、大丈夫?」なんて、ご丁寧にあたしのおでこに手をあてた。
真剣な表情が、逆に嫌味っぽい。
絶対心の中で笑ってるんだもん。
「別に、あたしいると思うなんて言ってないし。」
あたしは千聖の手をやんわりとどかした。
- 217 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:34
- 今日もうちで千聖と宿題(の答えを写す作業)なんだけど、さっきからあたしがやっているのは、絵日記。
中3にもなって、絵日記かよ!と思うかもしれないけど、これはうちのクラスだけの宿題。
自称芸術家である飯田先生の趣味で、彼女が担任になると、必ず出される。
どうやら飯田先生の一番の楽しみは、新学期に生徒の絵日記を見ることらしい。
去年はちっさーが苦しめられていたっけな。
なんでも提出しなかったらしつこく要求されるんだって。
ちなみに千聖は今年まんまと矢口先生のクラスになっていた。
145センチという小ささながら、恐ろしく元気な先生だ。
生徒たちと混じって、いや率先して廊下で鬼ごっこをしたり、下校時刻を忘れて生徒とドッジボールをしたりするから、生徒指導の中澤先生にしょっちゅう怒られてる。
恐ろしいのは、たまにそれすら「キャハハハー」と独特の明るさで笑い飛ばし、しまいには「裕子が怒ったー」なんてとんずらしたりしてること。
教育委員会に見つかったら、免許剥奪だって、絶対。
- 218 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:34
- まあ矢口先生の話は置いといて、「えにっきちょう」と書かれた専用のノートを見つめながら、あたしは1週間前にあったことを必死で思い出していた。
その過程で、頭に愛理のカッパ話が浮かんだから、試しにちっさーに聞いてみたんだ。
「カッパっていると思う?」って。
「いや、だから、実はね・・・」
こっちまでカッパ狂だと思われたらかなわない。
ということで、この前のことを千聖に話したら、案の定ぎゃははは!と大笑いされた。
ヒーヒー言いながらおなかを抱えている。
もう、そんなに笑わなくてもいいじゃんかよー
- 219 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:34
- でも、この前のあたしの反応は、正しかったんだ。
「おもしろすぎて涙でてきたぁー」と目じりを拭う千聖をみて思う。
だって、あの千聖でさえ「はぁ!?」だもん。
愛理のアツさがおかしかったんだ、うん。
ついでに言えば、上げ子さんもだけど。
多数決の原理、って怖い。
あのときは、アツすぎる二人に挟まれてたから、そもそもカッパって実際にいるわけないなんていうことすら考えなかった。
なんか、「え!?カッパって実際にいるの?」なんて疑うあたしほうがおかしいみたいな、そんな状況だった、と思う。
- 220 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:35
- 「で、愛理は?」
「んと、お父さんとお出かけだって言ってた。」
愛理のお父さんは、すごく仕事が忙しくて、あまり家にいないらしい。
大きい会社の社長さんだとか、なんだとか。
よくわかんないけど、ボロ八百屋なんかじゃないってことははっきりしている。
- 221 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:35
- 『明日、お父さんかえって来るんだよ!』
カッパをアツく語ったときとは、また違った愛理の顔を思い出す。
3週間ぶりに会うって言ってたっけ?
普段も朝が早かったり夜が遅かったりと、なかなかゆっくり過ごせないんだって。
『栞菜はいいよね。吉澤さんみたいなパパ』
愛理はそういうけど、賭けてもいい、うちのエロ親父だけはやめたほうが・・・
- 222 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:36
- 「へー。でも、今日頃愛理くるんじゃない?」
「そうだねぇ。」
愛理がこなくなって、かれこれ1週間はたつ。
夏休みも一日置きくらいのペースでうちの店に顔を出していたから、こんなに会ってないのは久しぶりだ。
「あ!お父さんで思い出した!」
千聖が急に立ち上がった。
「どしたの?」
千聖はお墓にお供えするお花を買わなきゃいけないらしい。
そっか、もうそんな時期だ。
- 223 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:36
- 千聖と一緒に外にでる。
太陽の眩しさに一瞬くらっときた。
「おばさんお邪魔しましたー」
「あれ?千聖ちゃんもう帰るの?」
店先にはお父さんとお母さんがいた。
お母さんは、どこに売ってるのか聞きたくなるような、つばが異常に広い麦藁帽子を被っている。
色白のお父さんに「黒っ!」ってバカにされるから、日焼けを気にしてるんだよね。
「うん。今日お遣い頼まれたの忘れてたから。」
「あらそうなの?今度はゆっくりしていってね。」
「はーい!」
「おっ、いい返事だな!」と言いながら、お父さんが千聖に「ほれ!完熟メロン」とちさとに厚紙のハコを渡した。
「ちょ!お父さん!メロン!メロン!メロンー!!」
それを見て、すかさずあたしがつっこむ。
「ちょっと、かんなみっともないわよ」ってお母さんはいうけど、メロンときいて黙っちゃいられなかった。
みんなあたしが無類のメロン好きだって知ってるはずなのに。
- 224 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:36
- 「大丈夫、ちゃんとあるから。」
お父さんはあたしにそう言って、千聖のほうを向いてにこっと笑った。
あたしがあんなこといったから、ちっさーは貰ったメロンの箱をどうしようかと困っているようだったからだ。
「あの、おじさん、ホントにいいんですか?」
「うん。お盆に向けて大量に仕入れてあるから、これからイヤってくらい腐りかけのメロンを処理しなきゃいけないし。」
「腐りかけの」という言葉を聞いて、ちっさーは反射的にメロンの入った箱に視線をやったが、お父さんがすかさず「あ、千聖ちゃんはあと一歩で腐るほど絶妙な完熟具合のメロンね。」と付け加えた。
- 225 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/14(水) 00:36
-
- 226 名前:510-16 投稿日:2009/01/14(水) 00:39
- 短いですが本日の更新はここまでです。
>215 名無飼育さん
ありがとうございます!
あたしも下げ子大好きですw
だいぶ日が空いて申し訳ないですが、次回に限っては比較的はやく更新できるかとw
- 227 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/14(水) 19:59
- 作者さん更新乙です
「腐りかけのメロン」てお父さんwww
そんなほのぼの感がすごく心地よくて好きです
- 228 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:49
- 「なんだぁー。よかったぁ。」
「そうだね、ってやっぱあたしらは腐りかけのメロンなわけだ」
「贅沢いうヤツは食べなくてもいいんだよ?栞菜?」
「いいえ、是非いただきます」
ぺこっとお辞儀をしてみせたあたしに、みんなが笑っていると
ブルルルル・・・・・・・
- 229 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:49
- 馴染みのないエンジン音がした。
あれ?これってもしかして・・・?
あたしがそう思ったのと、どっちが早かったのだろうか、黒塗りのそれは再びあたしたちの目の前に現れた。
そう、これは・・・・
「栞菜!久しぶり!」
車が止まるや否やでてくるのは、うっすら日に焼けた愛理お嬢さま。
愛理もつばの広い真っ白な帽子を被っていたけど、うちのお母さんの頭の上にあるそれとは全然違うものに見えた。
こっちに近づいてあたしの手をとり、「元気してた?」と嬉しそうにたずねる。
「うん、愛理は―って聞くまでもないか。」
「へへへ」
愛理はすぐ千聖に気づいて、「ちさとぉー!」と肩で手を振った。
案の定ぽかんとベンツを見ていた千聖は、はっと我に返って、「あ、あいり!」と答えた。
誰だって似たり寄ったりの反応を示すんだよね、このメルセデスには。
- 230 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:50
- と、そこへ
「吉澤さんお久しぶりです。」
運転席から安倍さん登場。
この暑いなか、スーツに白い手袋をきっちりはめていた。
ご苦労様だ。
「こんにちは、栞菜ちゃん。」
「お久しぶりです。」
安倍さんは、初めて会うであろう千聖にも「こんにちは。」と笑いかけた。
いいなぁ、って思う。
こんな風に自然に初対面の人と喋れるなんて。
- 231 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:50
- 安倍さんは、ちょっと「失礼」と、後部座席に手をかけた。
「ね、あの人が運転手さんなんだよね?」
「そうだよ。」
「へぇー。優しそうな人だね。」
千聖と小声で喋っているうちに、安倍さんが開けたドアから一人の男性が現れた。
紳士。
彼を見た瞬間、あたしの頭にはそんな言葉が思い浮かんだ。
グレーのスーツを着た、背の高いその人は、30代といったところだろうか。
綺麗に磨かれた革靴が、太陽の光にキラリと反射した。
- 232 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:50
- 愛理がその男性に向かって
「パパ、ここだよ!」
と『いしよし商店』の看板を指差す愛理。
ぱぱ?
・・・・パパ・・・・・・・・PAPA・・・・・・
ってことは今まさに出てきたのが
「こんにちは。吉澤栞菜さん。愛理の父です。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
な
ん
で
す
と
!?
- 233 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:51
- あまりの驚きゆえ、一瞬にして訪れた静寂。
パパ!?
愛理のパパ!?
今あたしの目の前にいるこの人が、愛理のお父さんだって!?
「こ、こ、こ、こんにちはっ!」
あわてて返したら、最後の「は」が裏返ってしまったが、もはやそれに気づく人なんていなかった。
「愛理や安倍さんからちらちらと耳にはしていたんですよ。いつかお伺いせねばと思っていたんですが、何しろ忙しくて・・・おっと、こっちの話ですみませんでした」
愛理パパは、そう言って「はははっ」と爽やかに笑った。
白い歯が、映画俳優のようだ。
- 234 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:51
- 「あ、そうだ、安倍さん。」
突然の愛理パパ登場にあっけにとられているあたしたちを尻目に、愛理はマイペース。
安倍さんにトランクから何かを出してもらっているようだ。
愛理パパは、うちのバカップル夫婦にも、愛想のよい笑顔を振りまいている。
気が動転したのか、それとも大真面目に、なのか、お母さんは「ごきげんうるわしゅう・・・」なんていうわけのわからない挨拶をしているのがチラっと耳に入ってきて、あたしはこの場から立ち去りたいと強く願った。
そして、せめてお母さんが腐る寸前のメロンを愛理たちにあげることはしないでほしい、と思った。
愛理は、その場に偶然居合わせた千聖もちゃんと紹介しているようだった。
「今度機会があったら是非お宅のパンを味わってみたいものです」「はい是非!」なんてやりとりをしていた。
千聖に頼んで手帳に簡易地図を書いてもらうところあたり、社交辞令じゃなくて本当に行きそうだな。
- 235 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:51
- 「お嬢様どうぞ。」
いつの間にか愛理の後ろにいた安倍さんが、彼女に話しかける。
愛理はくるっと後ろをむいて、「ありがと。」と、小さいハコを受け取り、そのままくるっとこちらを向いて
「はい、栞菜!お土産だよー」
と例のハコを渡してくれた。
「え?旅行行ってたの?あ、ありがとう。」
お礼を言ってハコを受け取る。思ったよりもだいぶ軽かった。
「どれどれ?」と、興味津々な父母千聖があたしの肩ごしにぐっと顔を出してきた。
ハコの上にはアルファベット(多分)が並んでいて、読めなかったが、えらく格調高い感じがする。
どうやら誰もこれが何なのかわからないようだった。
愛理に聞いてみたら、「ただのチョコレートなんだけどね」と返ってきた。
- 236 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:52
- 「てかさ、どこ行ってたの?海外だよね?」
だって、いかにも洋風って感じのお土産だもん。
これで京都とかだったら笑える。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ。てか旅行行ったってことすら知らなかった」
「え、でもお父さんとお出かけするって行ったよね?あたし。」
海外旅行に「お出かけ」なんて表現つかわねーって!
そう思ったのはあたしだけじゃないはず。
- 237 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:52
- 「えっと・・・でも、どこに行ったかってのは聞いてない、よ。」
それは本当だ。
「わかった、ハワイだ。」
愛理が答える前に自信満々にそういったのは千聖。
「えー、ハワイじゃないって。南国っぽくないじゃん。」
あたしが反論する。
「じゃ、栞菜はどこだと思うの?」
「うーん、ヨーロッパ・・・?」
「お前ら外国の名前そんだけしか出てこねーの?アメリカだって、アメリカ。」
逆に千聖に質問されて、結局適当な答えしか出ないあたしにお父さんはあきれてそういったけど、結局3人とも似たりよったりだ。
「おフランスよね、愛理ちゃん?」
置いてかれたくないだろうな、お母さん。
- 238 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:52
- 「フランスか・・・惜しいですねぇ。ね?」
「そうだね。」
意外にも、お母さんの答えは惜しいらしかった。
「ほらね!」なんて自信ありげなところがなんか悔しい。
絶対あてずっぽうで言ったくせに。
「で、どこなの?」
「あたしすごい?」というウザキャラ炸裂の母君を華麗にスルーし、「もうお手上げだよー」と白旗をあげた。
だって、ぶっちゃけあと中国くらいしか出てこないんだもん。
「モナコだよ。」
「「「「モナコ?」」」」
答えを聞いたはいいけど、悲しいかな、ぜんぜんわかんない。
「お父さん、モナコって?」
お父さんに聞いてみたら、「そんなのも知らないなんて・・・」と前置きして
- 239 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:54
- 「あれだろ?あんこが入った和菓子」
「それはモナカだよ。」
「うちのお姉ちゃんでしょ?」
「それはモモコね、千聖。」
「もー、フランスが惜しいって言ってたじゃないの。微笑んでる人よね?」
「それはモナリザ。てか、だめお母さん、なんかリズム悪い。」
- 240 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:54
- 「栞菜つっこみきついわよ・・・」
冷たくするあたしに、わざとらしくしゅんとするお母さん。
「てか、なんで拗ねるの!?」
「だって・・・・」
「いや、『だって・・・』じゃないから。ていうか、鈴木さん親子ポカーンだから。」
「ほら!」ってあたしが愛理たちのほうを向くと
「モナコは、フランスの隣の小さな国ですね。」
なんというマジレス
- 241 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/01/23(金) 21:54
-
- 242 名前:510-16 投稿日:2009/01/23(金) 22:00
- 本日の更新は以上です
>>227 名無飼育さん
ありがとうございます。
だんだんと方向性を見失いつつありますがww
まったり進行で申し訳ないですが、よろしかったら次スレもよろしくお願いいたします。
- 243 名前:510-16 投稿日:2009/01/30(金) 11:28
- ここでちょっと一休み
- 244 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:28
- 「あ、みや!ちょっと待って」
なんだろ?
去年買ったばかりのお気に入りのミュールにかかとを通して振り返る。
と、廊下からお姉ちゃんがぱたぱたと急ぎ足でやってきた。
「はい、これ。帰りにアイスでも買いなよ」
「え、いいの?やった!」
渡された500円玉をぐっと握り締めて、あたしはガッツポーズをする。
「お姉ちゃんは何がいい?」
500円ということで、普通の100円アイスだったら2つ買ってもおつりは十分に期待できる。
機嫌がよくなったあたしが尋ねると「別にいいわよ。みや、溶かしそうだから。」と笑われた。
- 245 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:29
- 「そんなことないもん!」と膨れたあたしに、お姉ちゃんはまたくすくす笑って、
「あたしは忙しくてお店抜けられないから、みやにはいつも感謝してるんだって。」
と言った。
あぁもう、やっぱりお姉ちゃんにはかなわないや。
これが家族からだけじゃなくって、商店街のみんなからも慕われる所以なのかもしれないな、とあたしは思った。
「じゃ、アイス食べながらゆっくり帰るね。お姉ちゃんは存分に新婚っぷりを楽しんでください!」
「ちょっと、みや!ほ、ほんとに忙しいって言ってるでしょ?」
お、照れてる、照れてる。
あたしはニヤニヤと笑って「いってきまーす!」と逃げるように家を出た。
- 246 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:29
- てくてくとアーケードの中を歩く。
中島ベーカリーの窓ガラスからは、早貴さんが忙しそうに働いている姿が見えた。
あたしが向かっているのは、某中学校。
某、といっても、去年まであたしが3年間毎日(たまに遅刻したけど)通っていたところだ。
あたしは、梨沙子のお迎えをしていた。
彼女は、お姉ちゃんの娘。
血はつながってないけどね。
- 247 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:29
- 「おっと」
商店街を抜けたらすぐある横断歩道で慌てて足を止める。
前方には止まれの赤信号。
前を横切る車を見つめながら、ふと、彼女と初めて会ったときのことを、思い出した。
- 248 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:30
-
- 249 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:30
- あたしが初めてあの二人を目にしたとき、すでにお姉ちゃんと熊井さんは知り合い同士だった。
もしかしたら、もうお付き合いしていたのかもしれない、なんて今になって思う。
とにかく、お姉ちゃん、熊井さん、それから梨沙子は少なくとも顔見知りだった。
あたしはめったにお店に顔を出さない。
お店は暇というわけではなく、忙しいほうだ、とは思うけど、うちの優秀な若女将(?)のおかげであたしは「せんべい屋の娘」という肩書きとは無縁の生活を送っていた。
継ぐ気もさらさらなかったから、仕事は覚えなくていいし、覚えてないんだから、手伝ったって特に使える人間ではない。
従業員のお姉さんたちもいるし、お父さんもおじいちゃんもまだまだ現役だ。
だけど、その日お店に出たのは、たまたまお店につながる通路を歩いていたら「ちょっと、お店見てるだけでいいからお願い!」とおねえちゃんに言われたから。
本当は気が進まなかったけど、しかたない。
あたしが「いいよ」とも「やだ」とも言わないうちに、お姉ちゃんはどこかへ消えていったんだもん。
- 250 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:33
- ほんのり醤油が焦げるいい匂いするがカウンターに出ると、あたしの予想に反して、お客さんはスーツ姿の男性ただ一人だった。
すごく背の高い人だ、とそのとき思ったことを今でも覚えている。
「妹さんですか?」
黙っているあたしに、その人は愛想よく声をかけた。
「誰の妹か」ということにはまったく触れなかったが、すぐにお姉ちゃんとの関係のことを言っているのだと気づいた。
普段は警戒してしまう知らない男の人だったけど、なぜだかあたしは素直に「はい」と答えていた。
そのときだ。
なにやら視線を感じて、注意深く彼を見てみると、後ろから小さな女の子が顔をだしていたのが確認できた。
「りさこ」
促されて、女の子が出てきた。
あたしが梨沙子をしっかりと目で見たのは、そのときが初めてだった。
- 251 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:33
- 当時梨沙子はまだ小学生だったけれど、それにしては大人びていた、と思う。
あたしはそのとき梨沙子の歳なんて知らなかったから、その辺のことはよく覚えてない。
でも、あたしは自分より年下なのかな、となんとなく思った。
ぺこっとお辞儀をしてこちらを見た彼女の顔は無表情だった。
だからだろうか、あたしもかしこまって会釈をしてみたけど、たぶんうまく笑えていなかったと思う。
接客は、苦手だ。
えりかちゃんや、栞菜を見ると感心する。
よくもまぁ知らない人(ほとんど顔見知りかもしれないけど)と、喋れるよなぁって。
彼女たちはあたしと違って商売上手だ。
たぶん、この子は自分より年下。
そして、ここはあたしの家。
文字通り、ホームだ。
だから、あたしが何か話しかけるべきなんだろう。
心の中ではわかっていても、いざこういう場面に直面すると、どうすればいいのかわからなくなる。
あたしは、みんなが思っているほど器用じゃないから。
- 252 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:33
- 微妙な沈黙になったらイヤだな、と思っているあたしに「お待たせしてごめんなさいね!」と、明るい声が聞こえてきた。
そのときあたしは目を疑った。
だって。
さっきまで仏頂面だったあの女の子の顔が、ぱっと華やいだから。
「あっ」って小さな声がしたのをあたしは聞き逃さなかった。
それは、とっても小さかったけど、嬉しい感嘆の声。
あたしは、そのとき、その子がとてもかわいい顔をしているということにやっと気が付いたのだった。
- 253 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:33
- あたしは、最初梨沙子がお姉ちゃんと親しげに話す様子をみながら、なんとなく、この子とは仲良くなれそうにないな、と予感していた。
今思うと、次に会う機会があると、そのとき知っていたわけではない。
それでも彼女との関係をなぜか長い目で見ていた自分がいるのは不思議な話ではあるが。
それから、あたしはなぜだか悔しさを同時に抱えていた。
単純に、人当たりのよい姉を見ていて感じた小さな劣等感なのかもしれないけど。
- 254 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:34
- とにかく、そんなちょっぴり苦い初対面を経たあたしたち。
なのに、あたしの「仲良くなれそうにないな」という予感ははずれた。
気が付くと、「みや!」とあたしの名前を呼ぶ。
梨沙子はお姉ちゃんに対して非常に好意を持っていることは最初からわかっていたけど、どうしてあたしまでそんなにかわいい声で呼ぶんだろう?
それでも、慣れとは恐ろしいもので、すっかり「みや!」と呼ばれるのが自然になってきて、あたしも梨沙子を妹のように可愛がった。
最初は照れくさかった。
ちょろちょろとあたしについてくる梨沙子を、どうしたらいいのかわからなかった。
だけど、今思うとなんとなく理由がわかる気がする。
お姉ちゃんに負けた―
もしかしたら、最初に感じた劣等感の中味は、これなのかもしれない。
梨沙子はあたしには仏頂面のくせに、お姉ちゃんには笑顔だった。
そんな風に、いじけて、卑屈になってたから、懐く梨沙子をもてあます節があったのだろう。
- 255 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:34
-
- 256 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:34
- 気が付くと、あたしは懐かしい校門の前で足を止めていた。
お姉ちゃんが熊井さんと正式に結婚して、梨沙子はあたしの正式な家族になった。
だからあたしはこうして梨沙子を待っている。
ケータイを開いて、時間を確認し、また閉じる。
部活帰りの生徒たちが、あたしの脇をシャーっと自転車でかけていった。
- 257 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:34
- 「みや!」
確認するまでもない。
顔を上げると梨沙子が今まさにこちらに向かって走ってくる姿が目に入った。
「迎えに来てくれたんだよね?ありがと!」
はぁはぁと息を上げながら、梨沙子は額の汗をタオルハンカチでぬぐった。
「須藤さーん」
後ろから梨沙子を追いかけて、早歩きでやってきたのは、去年までお世話になっていた飯田先生と、松浦先生。
「元気してる?」
「はい。」
「不良になったりしてない?」
「そんな!健全な女子高生ですぅー」
- 258 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:34
- 松浦先生は、あたしの入学と同じタイミングでうちの中学に赴任した新米先生。
そのくせ結構な物言いで、なにかと大胆だ。
保健室の先生―藤本さんとは、ガチだ、とか、あの中澤先生を言いくるめて、保健室に自分のデスクを置いた、とか、実は学会じゃ期待の数学博士だ、とか、いろいろな都市伝説がある。
ちなみにあたしが卒業してからもその伝説は更新されており、最近栞菜から聞いた情報によると、完全に独立するためになにやら準備している、とか。
独立という自分の夢と、藤本さんといたいという乙女心との壮大な葛藤!って千聖と栞菜はまるで見てきたかのように演技して見せたけど、やっぱり真相は定かではない。
「梨沙子ちゃんの担任はね、あややなの。」
「9月から一緒にがんばろうねー!」
梨沙子は松浦先生に頭を撫でられると、こくんと頷いた。
- 259 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:35
- 「すっかりお姉さんらしくなっちゃって」
そんな梨沙子をじっと見つめるあたしに、松浦先生が「にひひ」とからかうように言った。
あたしは、「梨沙子は妹じゃないですよ」と苦笑して答えた。
何度説明しただろう?
二人で歩いていると、会う人会う人あたしたちを姉妹だと勘違いする。
そのたびにあたしは、「この子は姉の娘です」とバカ丁寧に説明していた。
もちろん、商店街の大半の人は、そんなこと知っている。
あたしの位置、さしずめ、「お姉ちゃんの娘さんのお世話係」だろうか。
こんな長ったらしいことを言うよりも「お姉ちゃん」って表現のほうが楽だし、年齢的にもあたしと実の姉である茉麻との歳の差よりも、あたしと梨沙子のそれのほうが近いから、そう言われて、いちいち訂正するほうもおかしいかもしれない。
だけど、どうしてだろう。
あたしは面倒くさい言い回しをしてまでも、「梨沙子とあたしが姉妹」という表現を否定しようとしているのだ。
- 260 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:35
- 「じゃ、そろそろ」
アスファルトにじりじりと太陽が照り、蜃気楼のようにむわっとした空気。
背中にはだんだんと汗を感じてきた。
「須藤さんは、いいお姉さんになると思うの、圭織、そんな気がする。」
「さようなら」と梨沙子と二人で歩きかけたあたしにの耳に、飯田先生のつぶやくよううな声がこだました。
- 261 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:35
-
- 262 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:35
- 『お姉さん』かぁ
姉という言葉は、それこそ生まれたときからずっと自分の身近にある言葉だったけど、決して自分に対して呼ばれることではなかった。
あたしの中で、一番身近な姉のイメージ、それは、実の姉である須藤茉麻。
お姉ちゃんは、本当にいいお姉ちゃんだった。
小さいときに母親を亡くしたあたしにとって、お姉ちゃんは姉であり、母であった。
ずっと気づいていなかったけど、お姉ちゃんはごく自然にお姉ちゃんをやっていた。
いくら家がそれなりに大きな家だとしても、しんどくないはずがない。
むしろ、老舗という重たい看板を小さいころからお父さんたちと同じようにしょっているのだ。
誰よりも一生懸命働いて、家のことまでして、それだけじゃなくて商店街のこともちゃんと考えてて。
今思うと、ものすごいな、と思う。
なにがって、それを文句ひとつ言わずに、笑顔でこなすお姉ちゃんが、だ。
- 263 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:35
- だから、たまに嫉妬する。
あたしは生きたいように生きていて、自分の生活に満足しているし、誰にも文句は言われないけれど、できのいいお姉ちゃんを見ていると、羨望と劣等感が沸くときもある。
そうなると、どうしても態度に出てしまう。
わかってるんだけど、それでも出でしまうのだ。
それでたまにけんかしたり、言い合いになったりするけど、いつの間にか仲直りしてる。
血は争えないとはいうけど、お姉ちゃんに知らないうちにうまく扱われているというのもあるだろう。
「ねえみや、9月もプールあるかなぁ?」
甘えるようにあたしの手をとる梨沙子。
そんなんだから、間違えられるんだよ。
「暑いよ」
といいつつ、「しかたないな」と手は離さずにいた。
- 264 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:36
- 「あ、そういえば」
バス停の傍を通ったとき、ベンチに○○アイスクリームという文字を見つけて、あたしは家を出るときにもらった500円玉のことを思い出した。
「アイス、食べる?お姉ちゃんが500円くれた」
「ほんと!?ママが?やった!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる梨沙子に「危ないよ」と注意する。
自分だって、玄関でガッツポーズをしたくせに。
- 265 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:36
- 梨沙子はショーケースの前で、じっと考え込んでいた。
案の定、どれにしようか、どれもほしい、と悩んでいるようだった。
「どっちかあたし買うから、わけっこしよう」と無難な提案をしてみたら梨沙子は「ありがと!」と笑顔で両手にアイスを取った。
お姉ちゃんには「溶かすからいらない」なんていわれたけど、お金に余裕があったから、あともう2つ追加した。
お姉ちゃんと、それから熊井さんの分だ。
- 266 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:36
- 「座って食べよ」
アイスが4つ入ったコンビニの袋を右手に持って歩く。
家はもうすぐだけど、道すがらにある公園のベンチはたしか木陰になってるはず。
あたしは、もう一方の手で梨沙子の手をしっかりと握った。
- 267 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:36
- 「みやは1年生のとき、何組だった?」
「2組、だったかな?」
「え?ほんと?あたしも2組だって!」
「みやと一緒の教室だー」なんて、りさこは楽しそうだ。
木陰とはいえ、真夏だもん。
外は当然暑い。
「こっちも食べる?」
「いいの?じゃ、みやはこっちね」
持ってたアイスを交換する。
りさこがさっきまで食べてたバニラ味のアイスは、暑さでいい感じに溶けていて、ほてった顔に気持ちよかった。
- 268 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:37
- わざわざ、梨沙子のいる中学校まで彼女を迎えに行った。
あたしは自分の行動を振り返って、笑いそうになった。
自分のことに思えなかったからだ。
友達の中では、中心的な存在になることも少なくなかったけど、でもみんなを引っ張ったり、世話をしたり、そういう役回りではなかった。
梨沙子っていう、妹同然の存在ができてから、あたしは少し変わったのだろうか。
- 269 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:37
- 自問したけど、少々違う、と思い直した。
確かに、梨沙子に対して、心配したり、気にかけたりはしている。
今日だって、ちゃんと帰れるかな、と思ったから、迎えを買って出たのだ。
でもあたしは相変わらず店を手伝ったりしないし、学校でも特に「変わったね」とは言われない。
あたしがお姉ちゃん、と言われるのは、梨沙子といるときや、梨沙子の話をしてるとき。
そして、あたしがこんな風になるのは梨沙子に対してだけだ。
あたしは、少し変わった。
でも、梨沙子がきっかけで、というわけではない。
ただ、彼女といるときは、どうしても姉的な目線で見てしまう、それだけのことだ。
- 270 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:38
- 心のどこかでは、お姉ちゃん―茉麻みたいになりたいと、思っていたのかもしれない。
だから、梨沙子の前では、ちょっと見栄を張ってしまうのだ。
それでも、やっぱり自信がなくて、「ママー」とお姉ちゃんに甘える梨沙子を見ているとそのことを痛感する。
だけど「いいお姉ちゃんだね」って言われて、一方で悪い気がしないのは、あたしの自尊心の慰めになっているから。
「早く食べないと、溶けるよ?」
なんだかんだで、梨沙子をやっぱり気にかけてしまう自分は、もしかしたら自分が思っているよりは「いいお姉ちゃん」なのかもしれないな、とふと思った。
「やばっ!みや、あーん」
言われるがままに口を開けると、とろっと溶けたアイスが甘く口に広がった。
- 271 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:38
- 「てかさ、こっちのアイスも溶けちゃうくない?」
「ほんとだ!」
「ほらやっぱり溶かしたー」なんて、お姉ちゃんに笑われるのだけはごめんだ。
「りさこ!ほらほらこうしているうちにもアイスが・・・・」
あたしにせかされた梨沙子は、自分のカバンをぱっと手に取り、走り出した。
「ちょ、待って」
「みや、アイスアイス!アイスが溶ける!」
へんなメロディに乗せてあたしを手招きするりさこ。
えいっとゴミ箱にアイスの棒を2本放り込んで駆け出す。
- 272 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:38
- 「家までダ−ッシュ!」
右手には、アイスが二つ。
目の前には、りさこの背中。
- 273 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:39
-
- 274 名前:新米お姉ちゃん 投稿日:2009/01/30(金) 11:39
- 『新米お姉ちゃん』完
- 275 名前:510-16 投稿日:2009/01/30(金) 11:42
- 本日の更新は以上です。
とくにコレといって何かあるわけでもない、そんな番外短編でした。
- 276 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/01/30(金) 11:56
- ほぼリアルタイム遭遇でこんな優しいほのぼのした短編が読めてハッピーな気分になりました
梨沙子の妹っぷりとみやびちゃんの不器用さが伝わってきました
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/04(水) 13:44
- VERY GOOD!!
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/12(木) 00:37
- ほのぼのしてますね♪
- 279 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/21(土) 03:32
- 待ってます☆
- 280 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:49
-
- 281 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:49
- 人って、思ったよりも肩書きとか、そういうものに左右されちゃうんだろうか。
愛理パパの登場は、あたしのなかでの愛理像を、変えた。
- 282 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:50
- 「せっかくだから、何か買っていこうかな。」
おじさんがそんな提案をしたのは、花屋に行くことを思い出した千聖が「じゃあね!」と帰っていった直後だったかな。
愛理がうちのことを、おじさんになんて言っていたのかはわからないし、悪いうわさはしていないだろう。
しかし、店をぐるりと見渡されると、さすがに緊張するものだ。
確かに、いい加減に見えるいしよし商店でも、口に入るものを扱う店だ、掃除はしっかりやっている。
でも、超が付くほどのお金持ちの方がうちにいると思うと、なんだか視察されているような気がしたのだ。
- 283 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:50
- 「ねぇ、かんな、オススメは?」
愛理はいつものように、無邪気な顔でたずねてきたけど、あたしは「うーん・・・・・・」と唸るだけ。
この人たちに対して何を薦めればいいんだろう?
そんなことを考えてしまったあたしに助け舟を出してくれたのは、やはり両親だった。
「そうね、ナスなんかいいんじゃないかしら?」
「そうだな。ごま油で炒めるだけでうまいしな。アツアツもいいけど、この時期だったらそれを冷蔵庫でキンキンに冷やすとビールと合うんだよなぁ!」
「浅漬けもいいし、ピーマンと一緒に甘酢で炒めるっていうのも捨てがたいわね。」
我が家の定番料理を並べるいしよし夫婦に、「おぉ!それはおいしそうだ。」とおじさんはいい反応を見せた。
- 284 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:53
- 「じゃあナスとピーマンをください。あるだけ、全部。」
最後に付け加えられた言葉に軽く衝撃を受けたが、おじさんがにこにこしながら「これで」と財布から出したものはもっと衝撃的なものだった。
「あ、旦那様、おそらくいしよし商店は、カードは使えないかと・・・・ですよね?」
あわてて口を挟んでくれた安倍さんはさすがである。
八百屋でクレジット払いする人なんて見たことなかったけど、現にここにいた。
チラっと見えたプラスチックのカードの色はグレーだった。
おじさんは、気を取り直して笑顔で現金払いに切り替えてくれたけど、あたしは一瞬見せた「えっ!?」という驚いた表情を見逃さなかった。
- 285 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:53
- 普段はめったに扱わない1万円(ピン札)を渡されたお父さんは、店の奥で何度もおつりを確認し、お母さんは、どこから持ってきたのか、高島屋の紙袋にナスとピーマン、それからキュウリを入れていた。
椿柄の袋に入った不細工な野菜たちは、いつもよりも余計貧相にみえた。
だけど、あたしはお母さんを責める気なんてなれなかった。
だって、ほら、違いすぎる。
「安倍さん、さっそくシェフに言って、さっきの、ええと・・・・」
「ごま油で、ナスを炒めるように言えばいいのですね?」
「楽しみー!」
鈴木家のそんなほほえましい会話も、あたしにはなぜだか遠くで聞こえて。
「愛理、そろそろ帰らないと、バレエに遅れるよ。」
「あ、いけない!」
ぱたぱたとメルセデスに吸い込まれていく愛理をぼーっと見送ることしかできなかった。
- 286 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:56
- そんなことがあったものだから、あたしは最近千聖の家に通っている。
「たまにはお店手伝いなさいよ。ほんと三日坊主なんだからー」
「宿題やるんだもーん。じゃ、行ってきます!」
お母さんは家の手伝いをしなくなったあたしに対して、小言が増えた。
まあいつものことだ。
結局、モナコという国に対してあまり具体的なイメージがわかないまま、ありがたくいただくことになったお土産。
中身は「ショコラトリー・ドゥ・モナコ」というメーカーのチョコレートだった。
(もちろん英語を読んだのではなく、愛理に聞いたのだ。)
チョコレートなんて、チロルしかしらないけど、多分、高級、だと思う。
高級高級高級・・・・自分で言ってていやになる。
羨望ではなく、戸惑い。
住む世界が、違う、と思う。
差別してるわけじゃない。
そういう問題でなく、次元が違うのだ、と思った。
- 287 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:56
- お父さんも、お母さんも、取り立てて何かを言うわけでもなく、ただ「このチョコうめー!」「マリーアントワネットっぽい味よね!」なんていうだけ。
「最近、店番しないな」と、お父さんがぼそっといったときはどきっとしたけど。
それ以上の意味はないんだ、って自分に言い聞かせた。
避けてる?
ううん、そんなことない。
どんな顔をしてあったらいいのかわかんない、それだけ。
「いらっしゃいませ!」
1階にあるお店からは、お母さんの元気な声が聞こえてくる。
お父さんは高橋さんとこの畑へ朝早くからでかけている。
お姉ちゃんは大事な試合に向けて、部活に熱が入っている。
出かけよ。
財布とケータイだけをポケットに入れ、立ち上がった。
外は暑いに違いないけど、ここにいたら、もやもやした気持ちも晴れない。
- 288 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:56
-
- 289 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:56
- ・・・・・・どうしよう
あたしは途方にくれていた。
「どこ行くの?」と聞いたお母さんに対して、あたしは何食わぬ顔で「千聖んとこ」と答えた。
だけど、千聖は今日は家族でお墓参りに行っていて、不在。
あたしは、それをわかっていた。
嘘をついたのだ。
とりあえず、暑さをしのぐために図書館へ行った。
クーラーの風が、汗をかいた身体に吹き付け、ひやりとした。
自習スペースには、自分と同じくらいの年齢の子、大学受験を控え、分厚い問題集をこなす高校生、浪人生の姿があった。
そのなかには同じ学校の子いて、「あぁ、がんばっているな」と至極客観的に感じた。
あたしは新刊図書のコーナーにあった、ベストセラーの有名脚本家の本を、固めのソファで読んでみた。
内容が頭にはいってこなくて、10分で放棄した。
クチコミでは評判がよかったのに、なんかがっかりだ。
そんなこんなで今に至る。
図書館のちょっと緊張感漂う雰囲気が、今日はなぜかすごく居心地悪く感じて。
出ようと思ったんだけど、行くあてがあるわけではないからどうしようか、とただ立ちすくむことしかできないのだ。
- 290 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:57
- 帰ろう。
あたしがいるべき場所は、ここではない。
どこに行くべきかはよくわからなかったが、少なくとも、こんなところにいたらもっと気分が悪くなりそうなのははっきりしていた。
帰り道を歩きながら、あたしは、自転車にすればよかった、と思った。
アスファルトは熱を帯びて、蜃気楼のようにもやっとした陰があたしを包む。
むわっとした暑さにうんざりしていると、いつもの道も永遠に続くんじゃないかと思えてしまう。
「高橋さんところ行きたいな。」
高橋さんというのは、いしよし商店の契約農家で、この商店街のそのまた郊外に農場を構えている。
田舎のあぜ道を自転車でただひたすら風を切って漕ぐと、とても気分がいい。
畑を越え、山奥に入ると、そこには川がある。
あたしのお気に入りの場所だ。
そういえば、昔よくお父さんと並んで、畑でかっぱらってきたキュウリをかじったっけ。
あたしの頭にはそのときの記憶と、ツインテールの少女が、同時にいた。
- 291 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:58
- 「あ。」
あたしは、商店街の入り口あたりにある公園に、見知った顔を見つけて足を止めた。
みやと、りさこちゃんだ。
二人は、ベンチに腰掛けて、仲良くアイスを食べていた。
みやが時々りさこちゃんに自分のをあげたりしている。
彼女がりさこちゃんを気にかけているということは、遠めだけどあたしにははっきりわかった。
うん、みや、ちょっとだけど、変わったよ。
ほんのちょっとだけど、でもりさこちゃんと家族になって、変わったよ。
あたしは、気づかれないうちに、そっとその場を去った。
- 292 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/02/22(日) 17:58
-
- 293 名前:510-16 投稿日:2009/02/22(日) 18:22
- 本日の更新はここまでです。
>>276名無飼育さん
ありがとうございます。
あたしもリアルタイムでレスいただいて、テンションあがりましたw
今回は漠然としたイメージですが、これからどうなっていくのかあたし自身楽しみです。
>>277 :名無飼育さん
Thank you for your response!
Hope you can enjoy these stories and also the followings.
ありがとうございました。
>>278名無飼育さん
ありがとうございます。
ほのぼのりしゃみやですねぇ
カプ要素も薄めですが、こういった感じのものも気に入っていただける方がいらっしゃって、とても嬉しいです。
本編の方も楽しんでいただけたら幸いです。
>>279名無飼育さん
ありがとうございます、そしてお待たせしてすみません。
動きがあるような、ないような、そんな展開ですが、そのようなお言葉をいただけてありがたいです。
本当に励みになります。
マイペースですが、かんなと一緒に頑張りますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/02/27(金) 03:41
- かんなの分も頑張ってください(>_<)
- 295 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:52
- 家に入ろうとしたら、今一番見たくないものを見てしまった。
黒塗りの、アレである。
こんな車に乗っている人なんて、あたしの知る限りでは、あの人たちしかいない。
案の定、ちらっと小さなドライバーさんが見えて、あたしはさっと身を隠した。
別に安倍さんが嫌いなわけではない。
ただ、愛理がいたら気まずいな、と思ったのだ。
愛理に対する疎外感。
こいつが、あたしを動けなくさせる。
喧嘩をしたわけじゃないから、愛理は、あたしに対していつものように振舞うだろう。
だから、この疎外感はもしかしてあたしだけが感じていることで、それは勘違いだったっていう可能性も十分ある。
けれども、愛理の「普通さ」は逆説的にあたしを落ち込ませる。
お金持ちであったり、お嬢さんであったり、それは愛理にとって当然のことである、ということを、同時に感じるからである。
- 296 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:52
- 気づかない振りをして、そのまま通りすぎようとしたけれど、優秀なドライバーさんにはそんなの通用するはずもなく、「こんにちは。」とあの笑顔で声をかけられた。
今日は、なんだかその笑顔にも苦手意識を感じてしまう。
そんな自分が一番イヤだった。
「こんにちは。えっと、今日はお一人なんですね。」
愛理がいないとわかって、あたしはほっとしたような、それでいて残念なような、複雑な気持ちになった。
「ええ、お嬢様は、お友達のところにティーパーティーに行っているんですよ。」
「あぁ・・・そうなんですか。」
お友達とティーパーティー、ね。
あたしの自虐的な苦笑を、安倍さんは気づいたのかもしれなかった。
「今、お迎えに行く途中なんですが、お嬢さんにお遣いを頼まれまして。」
「いつもご贔屓ありがとうございます。」
- 297 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:52
- いしよし商店の娘モードで受け答えをする。
この店に、誇りを持っているから、ってそんなこと考えたら恥ずかしくなったけど。
それは、あたしの精一杯の強がりなのかもしれない。
愛理は、あたしの知らない友人とお茶してるわけで。
あまりいい気分ではなかった、というのが正直なところだから。
だから、わざとかしこまってみたりするんだ。
「安倍さん」―「あたし」という関係は、あくまでも、「商売人」―「お客さん」という関係である、ということを強調するかのように。
だけど、それは、本当は「愛理」―「あたし」のこと。
「でも、お嬢様、最近栞菜さんがお店に出ていないから寂しいって言っていましたよ。」
フォローのつもりだろうか、とひねくれ者のあたしは思ったけど。
でも、心のどこかでは、嬉しく思っているって自分でわかってる。
悔しいけど、でも、「もっと寂しがったらいいのに」とまで思ったのが事実だ。
安倍さんは、お母さんから入荷したてのとうもろこしと、いつものキュウリを受け取っていた。
- 298 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:53
- 運転席に戻ろうとした安倍さんが、「あ、そうだ」思い出したようにあたしの方を向いた。
「お嬢さま、もうすぐ夏休み終わっちゃうんですよね。今週が最後なんです。」
「え?」
何を言っているんだろうと思って、そう言ったのに、安倍さんってば「私立の夏休みは短いんですよね」とわかったようなわかっていないような受け答え。
「だんな様はご存知のとおり、あの忙しさでしょう?」
安倍さんの意図がわからなくて、あたしは「はあ」と曖昧に返事をする。
「中学最後の夏休み。お嬢さまにとって、何か、思い出になるようなことがあったらな、と思うんですよね。」
- 299 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:53
- 中学、最後の夏休み―
愛理の、最後の夏休み―
どう返したらいいのかわからず、黙っているあたしに、安倍さんはにこっと笑って、きれいに折りたたまれた紙を渡した。
中身は、鈴木家の電話番号を書いたメモだった。
「あの、安倍さん、これ―」
「お嬢さまは、早いうちに宿題を済ませたようで。」
安倍さんは、手に提げている袋の中の、買ったばかりのキュウリを覗き込み、微笑む。
そして、そのままひとりごとを話すかのように、続けた。
「あとは自由研究のまとめをするだけだ、とおっしゃっていました。ま、2日もあればできるでしょうけど。」
安倍さんはそれだけ言い残すと、「では、お嬢さまのお迎えがあるので」とメルセデスを走らせて行ってしまった。
あたしの左手には、鈴木家の電話番号が握られていた。
- 300 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:53
-
- 301 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:53
- その日の夜、あたしの部屋からは呪文のような声が響き渡っていた。
「もしもし、鈴木さんのお宅ですか?わたくし吉澤栞菜というものです、愛理・・・・さんはいらっしゃいますでございま・・・って違う!」
もう何回やり直しただろうか。
あたし、吉澤栞菜は、ただいま愛理に電話をするための予行練習中。
さっきから何度も何度も確認するけど、うまくいかない。
NG大賞でもとれそうである。
愛理が必ず出ると分かっていれば、話は早いのだ。
『もしもし、愛理?あたしだけど。うん、栞菜です―』
ほらね、考えなくてもスラスラ出てくる。
だけど、あたしが今かけようとしているのは、天下の鈴木さんのお宅で。
当然『もしもし愛理?』じゃダメなわけで。
- 302 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:54
- 安倍さんの独り言には、たくさんのヒントが、隠されていた。
ちゃんと、あたしの目に付くように、隠されていた。
メモを見つめていたら、まあさんや徳さんが、よく言っている「思い立ったら吉でっせ!」という言葉が、あたしの脳裏に浮かんだ。
だから、あたしはこうして受話器を握り締めているのだ。
ああそれにしても。
敬語、って全然わかんない。
普段から使っていないから、こういうときにはボロがでる。
失礼のないように、何度も練習しなくちゃいけない。
普通、こういうものは両親に聞くのが一番だ。
一番なんだけど。
「毎度!いしよし商店です!」という電話しかかけたことのない父。
そして、いきなり「ハッピー?」と、自分のネタを出してくる母。
どちらに聞いても大差はないようだった。
自分で考えたほうが絶対マシだと思うけど、さきほどからの練習を考慮すると、ちょいと不安だ。
となると、残りは・・・・・
- 303 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:54
- 「まーいーみーちゃん」
隣の部屋のふすまを開けると、そこには、今まさに「いーち、にーい・・・」とスクワットをしている姉がいた。
スポーツタオルで汗をふいて、「何?」とさわやかな笑顔を向けてくる。
よし、相談してみるか。
「あのさ、電話をね、かけたいの。愛理に。」
「いーち、にーい」
「でもさ、ほら、あそこおっきなお屋敷じゃん。へんな風に電話しちゃだめじゃん」
「さーん、しー」
「だから、どうやってかけたらいいのかな?って。舞美ちゃん、部活で敬語とかちゃんとしてそうだしさ・・・・・って聞いてる!?」
スクワットを続ける姉に突っ込むと、「うーん・・・・?」という返事が返ってきた。
まったく、これだから天然ボケの姉を持つと苦労する。
- 304 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:54
- 「わかった!」
「うわっ!何どうしたの?」
突然立ち上がった舞美ちゃんに、あたしは驚いた。
いかにも「名案!」と言いたげな彼女のきらきらした瞳に、次第に期待が高まる。
「ね、栞菜、受話器貸して」
「え?いいけど、なんかするの?」
言葉遣いの相談をしていたはずなのに、受話器?
「あのねー」
もしかしたら、おまじないとかはじめるのかもしれないな。
舞美ちゃんなら、やりそうだ。
それも、すごく真剣に。
「期待した自分がバカだった」と、受話器を見つめる舞美ちゃんを見て思ったから、もういいよ、と言おうとしたとき
- 305 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:55
- 「ガーってかけちゃえ!!!」
そう言って舞美ちゃんは、文字通り、ガーっと電話のダイヤルをプッシュした。
「ちょ、ちょ!」
いつの間にか、あたしが握り締めていたメモは舞美ちゃんの手の中。
彼女はピポパと電話番号を入力し、ご丁寧に、通話ボタンまで押して、あたしに受話器を渡してきた。
「はい!これでいいでしょ?」と満面の笑みを見せている姉を見ていると、まあいいかって思―
思わないよ!
おろおろしながらも、反射的に受け取った受話器からはプルルル・・・・・という呼び出し音が聞こえてきた。
やばい!まじでかけてる!
『はい、鈴木で―』
「あああああのっ!」
あああああやめてやめてあたしのバカ!
しょっぱなからいきなり噛むとかありえない。
- 306 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:55
- もう一人の栞菜がパニくってる栞菜を制するけど、一度出てしまった言葉は取り消せなかった。
落ち着けー、落ち着けあたし!
「あたし―わたくし、いしよし商店の・・・・」
『栞菜!?』
!?
これは、多分―いや、絶対
「愛理?」
『うん、そうだよ』
電話に出たのは、愛理本人だった。
久しぶりに聞くけど、受話器越しだってちゃんと識別できた。
彼女は、『あーびっくりした!』なんていいながら、けらけら笑っていた。
一発目のあたしの声が、相当おもしろかったんだろうなー
『で、どうしたの?』
「あ、うん、あのね―」
1分前の失敗をいつまでも引きずっているわけにもいかない。
愛理が出たことで安堵したのか、あたしはいつものあたしに戻っていた。
とりあえず、会話を聞かれるのはなんとなく気恥ずかしかったから、スクワットを再開した姉の後姿にさよならをし、急いで自室に帰った。
- 307 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:55
- 「今週の日曜、暇?」
『うん、何も予定ないけど?』
よし、安倍さんの言っていたとおりだ。
「じゃ、ちょっと付き合ってくれない?連れて行きたいところがあるんだ。」
『え、ホント!?どこ?』
受話器から聞こえる声が、一段と高くなった。
わくわくした愛理の顔がすぐそこに浮かんで、あたしもテンションが上がってきた。
答えを言う代わりに、「内緒」とネタを隠すあたしに『ええー』という不平が返ってきた。
『ま、いっか。どこかわかんないほうが楽しそうだし。』
「ある意味プレッシャーだなあ・・・」
愛理が思った以上に嬉しそうだから、その期待を裏切ることにならないか、少し心配になってきた。
だけど、
『そう?でも、栞菜と一緒なら、絶対どこでも楽しいって!』
愛理がそういってくれるなら、きっと喜んでくれると思う。
彼女にとって、いい夏休みの思い出になったらいいな。
- 308 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:55
-
- 309 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:56
- 待ち合わせ場所や時間を手短に確認して、受話器を置いた後、あたしはせんべい布団に横になった。
数日間、故意に店に出なくて、愛理となんとなく会いづらくなっていた。
無駄なことをいろいろと考えて、結果的に彼女を避けていた。
だけど、さっき、普通に喋った。
その事実に、少なからず驚いている自分がいた。
愛理は、愛理だ。
確かに、実際、別世界の人間なのかもしれない。
きっと、生まれてから今まで、あたしとまったく違った人生を歩んできたのかもしれない。
だけど、あたしと愛理は、友達だから。
もっと自然に付き合えばいい。
そうだ、安倍さんにもお礼いわなきゃ。
そんな風に反省していると、トントンとふすまをたたく音がした。
「はーい」と返事すると、スクワットを終えた舞美ちゃんが顔を出してきた。
- 310 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:56
- 「電話、できた?」
「うん。」
「仲直りした?」
「てか喧嘩なんてしてないし。」
内心、舞美ちゃんの言葉に一瞬ドキっとした。
だけど、喧嘩したわけじゃないから、嘘はついていない。
「そっか、ならよかった。」
安堵の表情を見せた舞美ちゃんを見て、あたしは心配かけてたのかな、と思った。
「あ、ごめんけど、先にシャワー浴びてもいい?」
「まったく汗っかきなんだからー」
「しょうがないでしょー?」
ヒヒヒと笑ったあたしに、舞美ちゃんは少々カチンときた様子。
「じゃあねー」と言ってふすまを閉めようとする姉に「あ、待って」と呼びかける。
「何?」
「ありがと。」
手でぱたぱた顔を仰ぎながら、はやくシャワーを浴びたいことをアピールしている彼女に、あたしはそう言った。
- 311 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:56
- 「なんのことー?」
「なんでもいいじゃん。」
なんのこと、って聞かれると、説明するのは難しい。
心配してくれてありがとう、とか、電話かけてくれてありがとう、とか、ってこれは結果オーライだけど。
「ってかシャワー、いいの?」
「そうだった!じゃあねー」
そもそも呼び止めたのはあたしなのに、多分舞美ちゃんはそんなことにも気づいていないんだろうなぁ。
ニヤニヤしていると、天然スポーツバカの姉が、バタバタと階段を下りていく音が聞こえてきた。
- 312 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2009/03/17(火) 20:57
-
- 313 名前:510-16 投稿日:2009/03/17(火) 20:59
- 本日の更新は、以上です。
>>294 名無し飼育さん
ありがとうございます。
はい!栞菜の分までがんばります!(`・ω・´)
本当に、少しでも早く回復してくれることを祈っています。
- 314 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:15
- 素直に 本心を話すなんて 女の子からできないかもしれない
でもね あたし、子供じゃない
一挙一動、あなたのすべてが
愛しい
- 315 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:16
- なんて、どこかで聴いたことのあるフレーズが、さっきからあたしの頭の中をぐるぐると回っている。
分厚い辞書と問題集と格闘しているのは、あたしの恋人、梅田えりか。
ねえ、もう1時間はたつんじゃないの?
- 316 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:16
- 始まったと思ったら、みるみるうちに新学期。
それが夏休みの魔力だ。
今年で8年学生生活をしていることになるが、今年もやっぱり同じ結果が待ち受けているらしい。
部活漬けの毎日。
オフはオフで、1日中寝たり、えりと遊んだりしてたら、気が付いたころには宿題の山と真っ黒に焼けた肌が残っているだけだった。
後者の日焼けに関しては、誰かさんが激しく否定しそうだから、あまり言わないでおくけど(こんなときに父に似てよかった、と思う)、でも前者に関しては、否定のしようのない事実だった。
ってか、何か難しい言い方したけど、要は、そろそろ溜まった宿題を消化しなきゃと思って、同じような境遇であるだろうえりを呼んだってわけだ。
3、
まぁ、正直宿題ってのは、口実で、久々にえりとまったり・・・・・まぁ、いろいろしたいわけで。
いいよ!言っちゃうよ!あたしはえりといちゃいちゃしたいんですー。
4、
それなのに。
「マイケルの、インプリカチョン・・・・・違う・・・インプリケイションが、スーが好きだとケイトが理解して、しかしスマイルした・・・・・・・?あーもうムリムリ!」
えりは、アルファベットの羅列ばかり見ていて、あたしを全然見てくれない。
自分で言うのもなんだけど、となりにいる恋人がさっきから物欲しそうな視線を送っているというのに。
いつもならさっさとあきらめて答えを写すんだけど、今日のえりはあーだこーだ文句を言いながらも粘っているようだ。
なんの正義感なのかはよくわからないけど、丸写しじゃなくて和訳をチラ見しながら設問に答えている。
えりを邪魔するのは心外だけど、そんなんするなら答え見たほうが早いじゃん!って思っちゃう。
だからこそ、こうして誘ってみてる。
かまってオーラを出している。
暗に意味している。
「ええと、インプリケイション、インプリケイション・・・・・・・」
ちょっと!インプリケイションじゃないわよ。
いやいや、インプリケイションよ!implication!含蓄!含意!
気づいてよ、えり!
あたしが視線に込めた意味に!
- 317 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:17
- 「ちょっとー、日本語の意味わかんないから意味ないじゃん!」
辞書に向かって文句を言う梅田さん。
さては、単語を調べたはいいけど、出てきた日本語の意味もわからなかったんだな。
「もうヤダー」
ついにえりがシャーペンを置いて、天井を見つめた。
チャンス!
なのに「ねえ、ねえ」と声をかけたときには、えりは右手にシャーペンを握っていた。
「はあい」って、あたしにじゃなくて教科書に向かって返事してる。
明らかに適当なセリフだった。
「ねえ、えりー」
「なにー?」
一向にこちらを見てくれないえりに、あたしはしつこく、「えり、えり」と呼びかけた。
えりはそのたび「はーい」と答えてくれるけど、作業する手を止めて「何なの?」って怒ってくれたほうがマシだ。
って、もしかしてあたしM?
- 318 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:17
- M疑惑はさておき、生返事ばかりするえりに、「ねえ飽きたよー」と声をかけた。
みんなからはよく、「舞美は鈍い」って言われるけど、えりも相当なニブちんだと思う。
乙女ゴコロを全然わかっていないんだから。
「飽きた、って、舞美、さっきから全然勉強してないじゃん。」
今度は、あたしのほうを見てえりが言った。
てか、「勉強してないじゃん」ってことは、あたしがえりのこと見つめてたことには気づいていたわけだ。
そこまで気づいてるんだったら、教科書なんか投げちゃって、押し倒してくれればいいのに・・・・ってヤダあたしってば、押し倒すなんて!
ほっぺに手をあてて乙女モード全開なあたし。
だけど、今日のあたしは信じられないくらいえりを求めている、それも事実だった。
- 319 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:18
- 舞美、って呼んで。
好きだよ、って言って。
髪を撫でて。
キスして。
えりを見てるだけで、こんな感情が湧いてくる。
もうどうにもならない。
- 320 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:18
- 「えり!」
「うん?・・・うわあっ!!」
シャーペンが、宙を舞う。
わけのわからない感情を制御できずに、あたしは、えりを押し倒し、その唇をふさいだ。
- 321 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:18
- どれくらいキスしてただろう。
そっ、と唇を離す。
真下にあるえりの顔は、いつものえりで、あたしはほっとした。
「舞美。」
キレイな指が、あたしの輪郭をなぞる。
くすぐったくて、恥ずかしくて、でも嬉しくて。
押し倒したままの格好で、ぎゅっと抱きつく。
誰にも渡したくない、そんな感じに。
えり、大好き。
好きすぎて、怖いくらい。
- 322 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:19
- 真夏の真昼。
じっとしているだけでもじわっと汗をかくのだから、こうして抱き合っていると、すぐに熱くなってきた。
あたしはそのままえりの隣に身体を動かす。
寝転がったまま向かい合うと、えりはあたしの髪を撫でた。
嬉しいという気持ちと、それだけじゃ足りないという気持ちが交錯する。
「ごめんね、なんか今日のあたし、おかしい。」
「うん、ちょっと、びっくりした。」
「でも、嬉しい」
えりは笑った。
その声が、その顔が、えりの全部が、愛しくて、愛しくて・・・・
えりのすべてがほしい、そう思ってしまう。
- 323 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:19
- 「どうしよう。えり、あたし、えりが好きすぎて怖い。」
膨らみすぎた気持ちはあたしを不安へと駆り立てる。
一緒にいられるだけで、幸せだったはずなのに、それだけじゃ足らなくて。
自分がどんどんわがままになりそうで、怖かった。
行き場をなくした感情は、それでもあたしの身体の内側をどんどん叩く。
出してくれ!と主張する。
ああ、もう泣きそう。
そう思ったとき
- 324 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:19
- 「んっ・・・!」
あたしの涙が出てくるより先に、えりに唇を奪われていた。
柔らかな舌の感覚に、あたしは自分を忘れそうになる。
えりは、何度も角度を変えながらキスを続けた。
唇の端を舐められると、ぞくぞくした。
キスって、こんなに気持ちよかったんだ・・・・・
- 325 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:19
- いつもより情熱的なえりのキスは、普段の遊びのようなキスとは明らかに違っていて、あたしは呼吸をすることも忘れそうだった。
ふうっと息をついたのもつかの間、あたしはいつの間にかえりに馬乗りになられていた。
「舞美。」
そう呼ばれたかと思うと、えりの顔がぐっと近づいてきた。
押し倒されている体勢で、逃げられるわけもなく、そもそも逃げる気もさらさらなかった。
こうして、見つめ合っているだけで、あたしの心はどきどきする。かき乱される。
余裕のないえりの瞳見てると、わかる。
えりも、あたしのこと、ほしくてたまらないんでしょう?
だから、焦らさないで・・・
返事をする代わりに、促すように、えりの頭を抱きかかえた。
- 326 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:19
- 「んんっ・・・」
床に押し付けられるような乱暴なキスは、あたしを盲目にする。
えりに応えたくて、えりの中に入りたくて、舌を絡ませてみるけれど、それよりも早いえりのスピードについていくだけで精一杯だった。
えりの手があたしの髪を撫でて、それから、首へ、腰へと移動していく。
そのキレイな指に、身体をすうーっとなぞられただけで、あたしの中で、じわっと何かが溢れそうになる。
背中は汗で濡れていた。
それは蒸し暑いこの部屋のせいかもしれないし、あたしが汗かきなせいなのかもしれないけど、別の理由があることを、あたしは知ってる。
- 327 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:20
- 「ん・・はぁっ・・・・」
えりの舌は、あたしの顎をなぞり、首筋を移動した。
生暖かいその感覚に、腰のあたりが疼くような、へんな感覚に襲われる。
ふと、えりが顔をあげて、あたしにこう言った。
「どうしよう。うち、舞美のこと壊しちゃいそう。」
不安と恍惚とが交じり合ったえりの顔が、なんとも色っぽくて、あたしの心臓はどくんと大きく脈打つ。
「だけど、もう止まんない。どうにかしちゃいたい。」
- 328 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:20
- あたしだって。
えりのこと、好きすぎて、ほしくてほしくて。
あたし、ほんとにどうにかなっちゃいそうだよ。
だから、そんなことも気にならないくらい、あたしをえりでいっぱいにしてほしい。
なんにも考えられないくらい。
このモヤモヤした気持ちを、忘れるくらい。
えりのこと以外、考えられないくらい。
だけど、素直に本心を話すなんて、やっぱりできないから、あたしは再び目を閉じる。
理屈なんていいから、続き、して。
- 329 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:20
-
とか言・・・・・・・えないけど!
- 330 名前:八百屋っ子、純情 投稿日:2009/04/04(土) 13:21
-
八百屋っ子、純情―完
- 331 名前:510-16 投稿日:2009/04/04(土) 13:32
- お久しぶりです。
またまた懲りずにやじうめです。
ひたすらにいちゃいちゃしまくるやじうめが書きたかったのですが、糖度は思ったよりも上がりませんでした。
まだまだだなあー
尚、>>316で数字が入るミスがありますが、気にしないでください。すみません。
- 332 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/08(水) 21:32
- その続きの艶かしい描写を!
…とか期待しちゃダメですか?w
- 333 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/04/13(月) 00:54
- やじうめよすぎる☆
ほんと、続き期待しちゃいます♪
今回も良いやじうめありがとうございました☆
- 334 名前:名無し飼いくさん 投稿日:2009/04/13(月) 18:16
- やじうめ糖分で頭溶けそうです
もっと溶けさせてもらえませんか……とか言って
- 335 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/10(日) 09:23
-
- 336 名前:& ◆CUxWXMHqVQ 投稿日:2009/05/10(日) 09:23
- どくんどくん
じっとしているだけでも、心臓の音が足の裏を伝って地面に響く。
四方八方人だらけで、今まで感じたことのない圧迫感を感じる。
ざわざわという声があちこちから聞こえてくるけど、緊張が極限に達したあたしにはさっぱり理解できなかった。
遅刻しないように、とお母さんから借りた腕時計を見てみると、12時32分。
予定では12時半開始だから、もういつ始まってもおかしくない時間だ。
- 337 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/10(日) 09:24
-
神様。
お願いだから、この千聖の心臓を、どうにかしてください!
- 338 名前:& ◆CUxWXMHqVQ 投稿日:2009/05/10(日) 09:25
-
- 339 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:30
- ことは1週間前にさかのぼる。
この季節は、中島家にとってはあまりありがたいものではなかった。
食材は痛みやすいし、パンの売り上げ自体も伸び悩むからだ。
しかし、一家3人飢え死にするわけにもいかないので、シール貼りの内職をするのが夏休みの恒例行事となっていた。
その日も、食後のシール貼りを3人で仲良くやっていたら、突然「リリリリ・・・・・・・・!」と電話がなった。
「ももが出る!」
単純な作業に飽きたんだろう。
ももはいつになく積極的に廊下へと走っていった。
「はーい、中島です!」といつもより3オクターブほど高い姉の声が響いた。
相手は雅らしかった。
あの様子からして、彼女が出て正解だったようだ。
みやと桃は仲がよく、長電話も珍しくはないから。
あたしは止めていた手を、新しいシールに伸ばした。
- 340 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:30
- 2,3分経ったところで、「ちさとー!電話ー」と廊下から呼ばれた。
あれれ、なんだろう?
「みや。千聖に用事だって。」
ずっしりとした黒電話の受話器を耳に近づけると、なるほど確かにみやだった。
「どうしたの?」
みやの用件は、皆目見当がつかなかった。
『あのね―』
- 341 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:31
- 「・・・・・・・・は?」
あたしは、思わず聞きなおした。
だって、みやの言葉が信じられなかったから。
そんなわけないもん。
そんなの、ありえない。
あたしの聞き間違いに、違いない。
暑さに耳までやられるなんて、ホント情けないよ。
「ごめん、もう一回、言ってもらってもいい?」
- 342 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:32
- だけど、念のために確認したことも、無駄に終わった。
どうやらあたしの耳は正常らしい。
だって、受話器の向こう側で、みやは、同じことを繰り返したのだ。
『だから、観月ひかるが来るんだってば!』
今度はもっと力強く、はっきりと。
- 343 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:33
- 念のために説明すると、観月ひかるというのは、国民的アイドル、月島きらりの妹分として活躍する、それはもうカワイイカワイイ女の子のことだ。
今まではきらりちゃんと一緒に「きらぴか」というユニットで活動していたが、来週から本格的にソロデビューすることが決まっている。
みやの情報によると、CDの発売を記念して握手会を兼ねたイベントがあるらしいのだが、なんとそれがこの街の近くのデパートで行われる、というのだ。
ちなみに、みやはそのことを熊井さんから聞いたんだって。
どうも熊井さんが前に勤めていた会社が芸能関係らしく、若くして有能なビジネスマンだった熊井さんは、交友関係が相当広いんだとか。
実は正式発表はまだらしいんだけど、あたしのために、「オフレコだけどね」教えてくれたのだ。
我が家にはインターネットがないから、こうやって情報をくれる友人によって、あたしのヲタ活動はなりたっている。
本当にありがたい。
- 344 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:33
- 実は、初めてテレビで見たそのときから、ずーっとファンを続けているけれど、今まで一度も生で見たことがなかった。
本当はライブにも行ってみたいけれど、中島家の家計にそんな余裕はない。
テレビに映るひかるちゃんを見てるだけで十分だった。
だけど、電車を乗り継がなきゃいけないコンサートホールじゃなくて、自転車でいける近くのデパートなら。
高価で、かつ入手するのも困難なチケット代じゃなくて、シングルCD1枚の値段でなんとかなるのなら。
「おかあさーん!」
みやに何度もお礼をいい、受話器を置いた後、あたしはバタバタと居間へダッシュした。
- 345 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:33
- それからの1週間は、長いようで短かいような、そんな感じだった。
カレンダーに×をつけながら、まだかまだかとその日を待ち焦がれているときには、その7日間がとっても長く感じた。
寝てもさめても、毎日毎日ひかるちゃんのことばかり考えていて、何も手につかなかった。
一番気がかりだったのは、CD代だ。
お盆前後はいつも以上に何かとお金がかかる。
お母さんは、うちが貧乏だからといって決して親戚づきあいなどにつかうお金をケチったりはしなかった。
そんな時期にお小遣いを前借することは、ためらわれたけれど、そうしなければイベントにはいけない。
だけど、お母さんも、桃も、快く了解してくれた。
それどころか、「千聖ももうすぐ高校生なんだし、美容院行ってきたら?」と言ってくれたのである。
いつも髪の毛はお母さんに切ってもらっていたから、ヘアサロンなんてハイソなところ行くのは初めてだった。
ももは一番のお気に入りであるピンクのフリフリワンピース(石川さんのお下がり)を貸してくれると言ったけど、気持ちだけで十分だったので、丁重にお断りした。
たかが近所のデパートで行われるイベントのためにここまでするのは、なんだか恥ずかしい。
だけど、あたしにとっては一生で一回の大イベント。
4年に1回のオリンピックや、2000年に1回のノストラダムスの大予言よりも、あたしにとっては大事なことなのだ。
- 346 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:34
- だからこそ、いざこうしてイベント当日になってみると、開始が待ち遠しい反面、これから自分が本当に観月ひかる本人を目の前にするのだ、と思うと、「この1週間のうちにもっと準備ができたのじゃないか」、という思いも同時に感じていた。
昨晩は、緊張のあまり全然寝られず、結局寝付いたのは明け方だったと思う。
夢か現か分からないようなぼーっとした頭に、2重3重にかけておいた目覚まし時計が響きわたったということが、かろうじて記憶に残っていた。
「がんばってね!」と、朝食に出されたカツサンドは、我が家では滅多に食べることのできない特別な縁起物。
お姉ちゃんの高校受験のとき以来だったのに、今じゃそれが胃の中からでてきそうだ。
そして、歯磨きをしているときに気づいた、明らかに「寝不足です」な顔。
なんで昨日に限って昼寝なんかしたんだろう・・・千聖のバカ
また、デパートの開店前から並びなんとかCDを手に入れ、整理券をゲットしたけれども、果たしてイベントとはどれくらいの長さで、また握手はどのように行われるのだろうか、それどころかどこから彼女がやってくるのかもわからない。
だけど、ここに集まっている人は、なんだか慣れている感じ。
なかにはきらりちゃんのファンっぽい人もたくさんいて、新参者のあたしが質問できる雰囲気ではない。
携帯をいじったり、知り合い同士喋ったりしている人たちを見ていると、ひとり緊張している自分がひどく場違いな気がしてきた。
- 347 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:34
- しかし、場違いであれ、なんであれ、ひかるちゃん本人にもうすぐ会える。
目の隈は残ったままだし,喉から心臓が飛び出そうだけれど、だからといって帰りたいなんて、そんな馬鹿なことはちっとも思わない。
せっかくみやが教えてくれたんだし、
人の頭の間からかろうじて見えるステージ。
ここではたまにマジックショーや大道芸が行われたりするんだけど、それで使われているものと同じような感じだった。
でも、規模なんて関係ない。
「観月ひかるソロデビューイベント」と書かれた看板が目に入り、気持ちが高まってきた。
よし、その調子だ!がんばれ、千聖!
すうっと深呼吸をして目を閉じ、テープが擦り切れるまで見た歌番組のワンシーンをイメージしてみる。
- 348 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:35
- 「あ!」
誰かの声がして、ぱっと目をあける。
開けた視界の先。
そこには、夢にまでみた、観月ひかるその人が、マイクを握って立っていた。
- 349 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:35
-
- 350 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:35
- 「―・・・・」
自分の右手を見て思う。
数分前の出来事は、本当だったのか、と。
簡易ステージには、今さっき握手したばかりのひかるちゃんが、途切れることなくファンと握手をし続けている。
あそこで、自分も彼女の目の前に現れ、そして手を握った、だなんて。
- 351 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:36
- ミニライブは、デビュー曲とそのカップリング、それからきら☆ぴかのときに歌っていた、「はなをぷーん」の3曲だった。
彼女が現れた瞬間、人の密度がぎゅっと濃くなったため、埋もれないように爪先立ちをして立っていた。
男性が多いなか、後ろに小学生らしき女の子が居たから、前を譲ってあげた。
少し後ろに下がったところで、見える大きさはほとんど変わらなかった。
ひかるちゃんは、テレビで見るより、背が高いような気がした。
それから、テレビで見るより、ずっとずっとかわいかった。
- 352 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:36
- ひとしきり歌い終えたあとは、いよいよ握手だ。
始まる前にあれだけ緊張していたにも関わらず、ライブが始まると、そんなものは知らないうちに消えていた。
立っているのと、彼女を見るのと、歌声を聴くのと、それから振りコピをするのでいっぱいいっぱいだったし、楽しさそれ自体がなによりも先行していた。
しかし、握手となると、話は別だ。
一方的に見るのではなく、一瞬でも彼女の目の前に現れることになる。
失敗は許されない。
- 353 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:36
- ドキドキする心をどうにかこうにか落ち着かせるよう努力し、失敗してなるものかと、前の人たちを見ながら準備万端で臨んだ握手。
あと5にん、4にん、3にん・・・・・
カウントダウンは3人までが限界で、それ以降はそんなことしている余裕なんてなくて。
気がついたら、ひかるちゃんが、目の前にいた。
頭の中で何度も繰り返していた『おめでとう』の一言は、口から出た瞬間、「お、おめでとう」という、若干噛んだバージョンに変わってしまった。
でも、ひかるちゃんの「ありがとうございます!」という返事ははっきりと耳に届いた。
こうして終わってみると、それはあっけないものだった。
本当は言いたいことはたくさんあったけど、安全策をとった。
あのシンプルな一言ですら、案の定噛んでしまったから、あれでよかったんだ。
- 354 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:36
- ああ、それにしても!
ひかるちゃんは、千聖に、「ありがとう」と言った。
あのくりっとした目が、たとえ一瞬だとしても、確かに自分をとらえた。
まだ残っている彼女の手の感触。
幸福感や、興奮は、握手が終わり、自分の頭でそのことを思い出したとき、つまり、今になってようやくやってきた。
にやけた顔を、誰かに見られているのではないか、と周りを気にしてしまうけど、誰も自分のことなんか見ていない。
「ひかるちゃん大好きだー!」と叫びたくなったけど、ニヤニヤするだけで止めておくべきだろう。
- 355 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:37
- 最後の一人が、やっと握手を終えた。
ひかるちゃんは、みんなに向かってぺこりとお辞儀をする。
ワーっという歓声と、惜しみのない拍手が、吹き抜けのホールにこだました。
と、そのとき、
- 356 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:37
- 「うわ、わ、わ」
突然、群集が同じ方向に動き始め、身動きが取れなくなった。
最初はどこに向かっているのか分からず、ただただ波に飲まれるままだったけど、すぐに状況がつかめた。
この人だかりは、全てひかるちゃんのいるほうに向かっていたのだ。
- 357 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:38
- 負けてられるか!
そう思い、小さい身体を生かして群集を縫うようにして前へと進む。
なんとかしてたどり着いたその場所は、背伸びをしたら、彼女がすぐそこに見える位置。
声をかけたら、あわよくば気づいてくれるかもしれない、そんなくらい、近かった。
- 358 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:38
- 「ひか―」
声をかけようとして、やめた。
ひかるちゃんの笑顔は、明らかにひきつっていたから。
よくよく見ると、彼女の通路は完全にファンふさがれていて、身動きがとれない状況だった。
関係者らしき人が懸命に通路を開けようとしているが、ファンの数が圧倒的に多いため、苦戦しているようだ。
- 359 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:48
- このままでいいのか?
自分も、この波の一部になっているけれど、本当にこれでいい?
固まったままの、その小さな身体を見て、自問する。
こんな状況でひかるちゃんにどうしようというのだ。
今ここで手を振ったり、声援を送ったりして、千聖の好きなひかるちゃんの笑顔は、戻ってくるのだろうか。
微力でもいい、ひかるちゃんのために何かしたい。
そう思ってファンになったんじゃなかったっけ?
- 360 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:50
- ・・・よし。
心の中で決心をし、思いっきり息を吸って―
「あーっ!」
わざとらしく、大きな声で叫んだ。
刹那、その場にいる人全員の視線が、自分のほうに集まる。
注目を集めたところで、あさっての方向を指差し、一言。
- 361 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:52
- 「あんなところに、月島きらりが!」
「「えっ!?」」
よし、今だ!
「ほら、あそこ!」と、再び同じ方向を指差す。
そして、「きらりちゃん!?」「どこ?」「あれじゃない?」とファンの注目がそちらに完全に移ったその隙を狙って、あたしはひかるちゃんの肩をぽんと叩いた。
「え?」と言った彼女に答える代わりに、その手をとり、ごたごたした人だかりをすり抜ける。
そして、そのまま振り返ることなくダッシュした。
背中に、雑踏が遠ざかっていくのを感じた。
- 362 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/05/15(金) 08:52
-
- 363 名前:510-16 投稿日:2009/05/15(金) 08:58
- 続きますが、本日の更新はここまでです。
前半の名前部分にバグがあります。
言い訳をさせていただきますと、現在海外にいて、図書館にあるパソコンを使ったらああなってしまいました。
幸い家のネットも復旧しましたが、日が開いてしまい申し訳ないです。
少々見苦しいですが、ご了承ください。
- 364 名前:510-16 投稿日:2009/05/15(金) 09:14
- >>332 :名無飼育さん
ありがとうございます!
このシリーズはアホらしさが基本だ!と勝手に思っていたので今回は自重してしまいましたw
が、ご期待はしかと心に留めておきましたよー
>>333 :名無し飼育さん
「よいやじうめ」だなんて!
ありがとうございます。
それにしても、みなさんお好きですねえw
334 :名無し飼いくさん
ありがとうございます。
糖度足りましたでしょうか?
今後はガーっと糖度上げていくのでくれぐれもご注意ください・・・・とか言って!w
- 365 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/20(土) 13:31
- ちっさー頑張っちゃってますね。
この話が大好きなんで楽しみに待ってます~
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/11(土) 01:33
- いろんな事がありますが続いて欲しいです。
- 367 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/19(水) 19:50
- ちさとぷりーず(ToT)
- 368 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/26(水) 22:42
- 2作とも停まっちゃってるけど更新を待ちたいです。
- 369 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:31
- そりゃあね、ファンだもん。
「もしもひかるちゃんがここにいたら」とかっていう妄想は、数え切れないほどしてきた。
『街で歩いていたひかるちゃんが、ハンカチを落として、それを自分が拾って・・・』
そんなあまりにもベタなシチュエーションから、もうちょっと現実的に、「何度もコンサートに足を運んで、認知してもらう」といったものまで、それは多岐にわたる。
しかし、それはあくまでも夢という名の妄想。
確かに、虚しくなることもあるけれど、起こりえないとわかっているからこそ、気楽にできることだった。
しかし、今、目の前には、いるはずのない人が、いる。
こっちを睨むように見ているその女の子は、間違いなく観月ひかる本人、だなんて。
- 370 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:32
- イベント会場から、デパートの裏手にある駐輪場まで一気にダッシュした。
それまでの間、後ろを見ている余裕なんてなかったけど、彼女はちゃんとついてきてくれていた。
結構な距離を全速力で駆け、ぜーぜーと息を切らしていたのもつかの間、周りを見てみると、こちらの様子を怪しそうに見ている人たちが。
そういえば、ひかるちゃんってば衣装のままじゃん。
『やばい、バレたかも。』
『ねえ、どうするの?』
『うーん・・・・・』
『ちょっと、最後まで責任とってよ!』
テレビの印象とは全然違う、強気なひかるちゃんに驚いているあたしに彼女は『これ、君のだよね?』と、あたしの愛(自転)車を指さす。
『乗せて。後ろ。』
『え!?本気?』
ひかるちゃんは急かすようにサドルをポンポンと叩いて頷いた。
『こんなところでじっとしてるわけにも行かないでしょ!ほら、早く乗せて―』
ひかるちゃんの圧力にも似た目力と、明らかに様子が変わってきた周囲の状況に押されて、あたしはサドルをまたいだ。
「あ!!やっぱり観月ひかるだ!!!」
そんな声が背中越しに聞こえた。
- 371 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:32
- それが、つい10分前のできごと。
今、ふたりは中島ベーカリーの2階にある千聖の部屋にいる。
ひとつしかなかった子供部屋を、ついたてで無理矢理仕切っただけだけど、一応は千聖のプライベートスペースだ。
その証拠に、壁にはひかるちゃん等身大ポスター(某雑誌の応募者全員サービス)が飾ってある。
・・・・・・って、今はそんなことより。
「・・・はぁー」
「・・・・・・・・」
目の前にいる憧れのスーパーアイドルの、大きなため息。
自分の部屋なのに、この緊張感といったら。
このドキドキは、全力で自転車を漕いでいたときのものでもないし、イベント時の高揚感とも違う。
猫背になったあたしのうえにはどんよりとした、負い目の空気が広がっていた。
授業中に寝ていて、急に指されたときの、あの罪悪感からくるドキドキに似ていた。
- 372 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:33
- 自分は、もしかしたらものすごく大変なことをしでかしたのかもしれない。
今更ながらに思う。
「人気アイドル観月ひかる、白昼に誘拐!?」
でかでかと、電車の釣り革広告に載る文字。
自転車に二人乗りしている2人の少女には、お約束の黒いテープみたいなモザイク。
想像するだけでぞっとして、あたしはひとりぶんぶんと首を振る。
もしも、本当にフライデーされたとしたら、ひかるちゃんは、いったいどうなるんだろう。
謹慎とか、デビューとりけしとか、まさか―芸能界を去る・・・とか!?
で、あたしは警察に行って、事情聴取されて、取調室で「ネタは上がってんだよ!」って怒鳴られて。あ、もしかして、カツ丼食べれる?
それは悪くないかも・・・・・・・・・・ってダメダメ!
うちにはマスコミが連日押し寄せて、パンも売れなくなって、お母さんはボロボロになった自分の服を売るしかなくて、家計を助けるために桃は進学をあきらめて、朝は新聞配達のバイト、昼はビルの掃除、夜は工事現場で・・・・・・
- 373 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:33
- 「ちょっと、ねえ、聞いてんの?」
夜中に赤い誘導棒を振り回す姉の姿が、スーパーアイドルのドアップに切り替わる。
ていうか、なんだかひかるちゃんの声、ドスがきいてるような・・・・
「ああっと・・・・なんだっけ?」
「住所、教えて。マネージャーさんに連絡するから。」
生返事のあたしに対して、ひかるちゃんは、年下とは思えないくらいテキパキしていた。
住所もろくに思い出せないあたしを
そういえば、出会ってからずーっと彼女に主導権を握られているような気がする。
- 374 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:33
- トントン
ノックする音がして、お母さんが現れた。
「こんにちは、観月ひかるです。」
瞬時にひかるちゃんが極上の笑顔を見せる。
ちょこんと会釈を添えた彼女は、スーパーアイドル観月ひかるそのもの。
「こんにちは、千聖の母です。テレビで見るよりずっと可愛いわね」
「ありがとうございます。」
照れたようにはにかんだひかるちゃんに、あたしは釘付けになった。
さすが芸能人、といっちゃえばそうなんだけど、こういう笑顔ができるのは、持って生まれた才能のなせる業だと思う。
ひかるちゃんは、これまでの経緯を話し、マネージャーさんに連絡してあるから心配ないということも忘れずに付け加えていた。
お母さんは
「狭いところだけど、よかったらゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「ほら、千聖、お茶ここにおいとくからね。」
「あ、わかった。」
ぼーっとひかるちゃんを見ていたあたしに、お母さんがクスクスと笑いながら、小声で言った。
- 375 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:34
-
- 376 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:35
- ひかるちゃんは、無事、マネージャーさんに連絡もついたようで、あとは迎えを待つだけ。
慣れというものは恐ろしいもので、時間がたつにつれて、あたしはひかるちゃんと一緒にいるという現実にあまり疑問を抱かなくなっていた。
客観的に見たらおいしいのかもしれないけど、ファン丸出しで、且つ貧乏臭さ満点のこの部屋に、憧れのアイドルといるのは、めちゃくちゃ恥ずかしいシチュエーション。
だけど、もうすぐマネージャーさんが彼女を連れ戻しに来る。
そしたら、あたしは普通の中島千聖に戻って、彼女もスーパーアイドルとして忙しい日々を送るのだろう。
イベントに行って、実感した、彼女の人気。
そりゃああれだけ魅力的なひかるちゃんだもん、ファンがたくさんいることは知っていたけど、そうじゃなくて、実際彼らの中に入ってみて初めて、「たくさん」という言葉がもつ本当の意味を実感したんだ。
- 377 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:35
- 「あたし、アイドルやめようかな」
「はい!?」
今なんと?
「だから、この仕事、やめようかな、って。」
「人の話ちゃんと聞きなさいよ」みたいな顔はやめてほしい。
だって、唐突すぎじゃんか。
第一、あたしは今さっき彼女の力を認識して、「よし!これからもファンでいるぞ!」と誓ったばかり。
そんなあたしの目の前で、それを否定されたら、聞き返したくなるのも当然ってもんでしょう。
ていうか、もう一度言われてもまったく理解できない。
だって、だってあんなに魅力的で、人気があって・・・・
31、
「なんで!?なんで!?もしかして、ヲタがキモすぎるから?」
「―あたり」
そ、そ、そんなああああああああ!!!
ゴーン!
とあたしの頭を除夜の鐘がクリティカルヒット。
冗談半分で聞いたのに、真顔で肯定された・・・・・。
もうこれからどうやって生きていけばいいのか・・・・・・
- 378 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:36
- 「ちょっと、そんなわけないでしょ!冗談だってば、じょ・う・だ・ん!」
口から魂が抜けた状態のあたしを見てひかるちゃんは焦ったのか、それともあきれたのか、大声で訂正した。
冗談きついよ・・・・・。
「冗談通じないなあ」なんて悪びれた様子もなくいう彼女。
通じるわけないんです、マジヲタですから。
「だけど、アイドルやめようかなって思ってるのは本当。」
地獄のそこから這い上がってきたあたしに、ひかるちゃんはまた除夜の鐘をプレゼントしてくれた。
そんな・・・・・・・
信じられないといわんばかりのあたしの顔をみて、ひかるちゃんは「あのねー」と口を開いた。
- 379 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:37
- 「知ってた?あたし上がり症なの。」
「上がり症?」
上がり症。
クラスで発言とかするときに、顔真っ赤になっちゃう子とかいるけど、あんな感じを想像すればいいのだろうか。
「だからさ、本当はアイドルとか全然向いてないんだよね、あたし。ほら、今日だって、固まっちゃってたの、みたでしょ?」
イベント終了時の、ゴタゴタのことを指しているらしい。
そりゃあ固まってたけど、それって、普通じゃないの?
「どう?上がり症のアイドルなんて、聞いたことある?笑っちゃうでしょ?人に見ても%
- 380 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:39
- もらうのが仕事なのに。」
「でも、イベント、すっごく楽しかったよ?歌だって完璧だった。ダンスも、全部全部よかったよ」
だって、あたしあんなに感動したんだもん。
だけど、あたしみたいな素人の発言に、ひかるちゃんはすんなり意見をかえることもなく、続ける。
「今回は小さいイベントだったし、あれくらいできて当然でしょ?それでもあたし本番前にすっごく緊張して、逃げたくなったんだよ。トーク中も、手ずっと震えっぱなしだったし。それにさ、それなりのパフォーマンスができたところで、あたしはどうせきらりちゃんの二番煎じ。嫌な思いしてまで成功したって、いつまでもきらりちゃんの妹分ってゆう立場はかわらない。これがどんだけつらいか・・・ってわかんないよね。」
自虐を含んだひかるちゃんの笑みがあたしの胸に突き刺さる。
- 381 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:40
- だけど、反論せずにはいられない。
だって、ひかるちゃん、君はあたしの、みんなの憧れの観月ひかるなんだよ!?
「ひかるちゃんのお仕事のこととか、あたしにはよくわかんない。正直、上がり症と戦いながらアイドルやるのがどれだけつらいかってことも、考えたことなかったよ。」
あたしの頭には、数時間前のイベントの光景が蘇っていた。
「でも、今日初めてのイベントだったんだけどね、すっごく楽しかった!あれだけの人を惹きつけることができるひかるちゃんを見て、感動したよ?何よりファン続けててよかった!って思った。握手してるときも、疲れてるだろうにずっとずっと笑顔で、あたしどうしようもなくひかるちゃんのこと好きだって、そう思った。あたしはひかるちゃんが誰の妹分であろうが、どんな風にデビューしたかとか、そういうことには興味ないもん。あたしにとっては観月ひかるがただ一人のアイドルで、だれも代わりなんてできない。他のみんなもそう思ってるはずだよ。」
熱く語ったあたしを見て、ひかるちゃんは少し驚いたような顔をしていた。
「ありがと。でも―みんなあたしのこと過大評価しすぎだと思う。スーパーアイドル観月ひかる、だって?あたしは作られた理想のあたしを演じなきゃいけないんだよ。みんな、テレビのなかのあたしが好きなの。でも、それって、何?あたしが上がり症だって知ったら、ステージの裏で小さくなってるの知ったら・・・。アイドルしてるときのあたしって、自分じゃないみたいな感じがする。ホントのあたしはどこにいっちゃうのかな?」
- 382 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:41
- そのとき、あたしはひかるちゃんの本音のもっともっと奥にある何かを、を見たような気がした。
目の前のひかるちゃんが、急に小さく見えたのは気のせいだろうか。
「全部、じゃないかな?」
「え?」
「大勢のお客さんの前で歌ってるひかるちゃんも、ステージの裏で震えてるひかるちゃんも、こうやって悩んでるひかるちゃんも、全部ホントのひかるちゃんなんじゃないのかな?でもって、全部あたしが好きなひかるちゃんなんだと思う。」
すう、と深呼吸。
あたしは、心臓に熱い何かが流れ出ていくのを感じていた。
「だからさ、やめないで。もっとホントのひかるちゃんのこと知りたい。それにさ、せっかくデビューしたのに、やめるなんていったら『観月ひかる命!』とかって言ってるあたしみたいなバカなファンが暴動起こすよ?」
なんかカッコつけたみたいで、照れくさくて、「あははは」と笑ってみたのに、なぜかそっぽを向くスーパーアイドル観月ひかる。
しまった、失敗だったかな・・・。
- 383 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:41
- 「あの・・・、ひかる―」
「舞。」
思わず声をかけたあたしの言葉を、ひかるちゃんは正体不明の言葉で遮った。
「ふぇ?」
「だから、舞。あたし、萩原舞ってゆうの。『観月ひかる』は、芸名ね。これがホントのあたし。」
芸名?
全然知らなかった。
「えっと・・・ひかるちゃ―」
「もう、何度も言わせないでよ!『舞』ってゆってるでしょ?あんたが知りたいっていうから教えてあげただけ。」
「あ、ありがとう。ひか―いや、舞ちゃん。」
ついクセで芸名のほうを呼びそうになるあたしに、ひかるちゃん、もとい舞ちゃんは顔をしかめたけれど、今度は「舞ちゃん舞ちゃん」と楽しそうに呼ぶあたしに「うるさい!」とまたご立腹。
アイドルの扱いもなかなか難しいもんだ。
- 384 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:46
- 「千聖ー、ひかるちゃーん!お迎えの方いらっしゃったわよー!」
そっか、お迎えがきたんだ。
気づかなかったけど、観月ひかる拉致事件から、かなりの時間がたっていた。
舞ちゃんと一緒に玄関へと向かう。(狭い家なので、3秒で玄関につくんだけどね。)
店じまいがすんだ中島ベーカリーの前では、スーツをきた若いお姉さんがお母さんと話をしていた。
「私、マネージャーの清水佐紀と申します。この度はうちのひかるがご迷惑かけてすみませんでした。」
「いえいえ、そんなこちらこそこんなことになってしまって・・・・。あ、よかったらこれうちのアンパンなんですけど、事務所のみなさんでどうぞ」
「まあ、そんなお気を遣っていただかなくても・・・・」
なるほど、この人がマネージャーさんらしい。
襟足がきれいに切り揃った黒髪ショート。
いかにも仕事できそうって感じ。
- 385 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:47
- 「あのぅ〜、マネージャーさんでいらっしゃいますでしょうかぁ?」
げ、この声は・・・・・
マネージャーさんの手からぱっと名刺を奪う影、それは・・・・
「あたし、桃子っていいますぅ〜。この商店街ではちょっとしたアイドルなんですよぉ?」
声の主はやはり桃子。
いつもよりも1オクターブ高く、媚っぽさも半端ない。
これは獲物を狙う、いわば完全なる本気モードだ。
名前だけでなく、生年月日、趣味、身長体重スリーサイズ(ちなみに詐称されていた)からアピールポイントまで、聞かれてもいないのにご丁寧に自己紹介を始めた桃子を見て、あたしとお母さんが慌てて止めにはいる。
だから、マネージャーさん、メモとらなくていいから!
- 386 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:47
- 最後にちょっとしたゴタゴタはあったものの、これで無事に舞ちゃんもお仕事完了ってわけだ。
別れるのはちょっと寂しいけど、でも仕方ない。
あたしにはあたしの日常が、舞ちゃんには舞ちゃんの日常があるわけで。
今日のことは、100億年に1回の偶然によって、別世界のふたりが、たまたまめぐり合ったっていう、ただそれだけのこと。
「じゃ、またいつかどこかで」
「うん、あたしいつでも応援してるから。」
「1年後事務所でね!あ、清水さん、デビューはどーんと武道館なんてどうですか?」
「武道館はちょっと・・・・そうね、ここはさいたまスーパーアリーナなんかいいんじゃないの?」
・・・・・・・誰かつっこもうよ。
バカな姉はほうっておいて。
あたしは彼女にどうしても言っておきたいことがあった。
- 387 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:49
- 「ソロデビューおめでとう。」
君は、もっともっと大きくなって、今よりももっとたくさんの人に幸せを与える、そんなアイドルになる。
だけど、何年後かに、こんなファンもいたな、って思い出してほしいなんて、そんな願いもこめて。
- 388 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:49
-
「ありがと」
振り返った舞ちゃんの、眩しすぎる笑顔は、きっとホンモノ。
- 389 名前:ヲタメCOCORO 投稿日:2009/09/07(月) 19:50
-
从 ’w’)<おしまいは
- 390 名前:名無し飼育 投稿日:2009/09/07(月) 19:55
-
更新されてる〜☆
待ってましたw
ちさといいですね☆
続編とか期待してますw
- 391 名前:510-16 投稿日:2009/09/07(月) 20:10
- 本日の更新はここまでです。
かなり日をあけてしまって、待ってくださった方には感謝しています。
とりあえず、作者は生きております。
リアルでの生活が多忙でありまして・・・と言い訳をさせていただきますw
>>365 :名無飼育さん
読んでいただいてありがとうございます&お待たせして非常に申し訳ないです!
個人的に、同じヲタとしてちっさーは応援したくなりますねw
>>366 名無飼育さん
ありがとうございます!
はい、いろんなことがありましたが、ちゃんと続いています。
有原さんの卒業で、かなり投げやりになっていたのが正直なところです。
しかし、だからこそ、書く意味があるのだ、と思いなおしました。
そろそろ栞菜も出たがっているみたいなので、次回は本編の更新になります。
>>367 :名無飼育さん
お待たせしました!
千聖、拉致したまま姿をくらましていましたが、ちゃんと帰ってきましたよ!
当初、千聖はもっとヘタレな設定だったんですけど、書いてるうちにちょっと変わってしまいましたw
リ ・一・リ<これからもよろしく!
>>368 :名無飼育さん
ありがとうございます。
定期更新はお約束できるかわからないのですが、気長に待っていただけると非常にありがたいです。
そして別の作品も読んでいただいてるようで。
お待たせしてしまい、申し訳ありませんが、素直に嬉しく思います!
- 392 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/12(土) 12:00
- ほおお、そうだったのですか、ひかるちゃん。
更新再開嬉しいですっ
ゆっくりまったり待ってます
- 393 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:32
- 日曜日。
言われたとおり、愛理はいしよし商店前に現れた。
約束の時間よりも、5分ほど早く着いたのはいかにも彼女らしい。
「それじゃ、18時にまたここで。」
「うん、ありがとうね、安倍さん。」
おなじみのメルセデスの運転席には、おなじみの名運転手の安部さん。
わざわざ車から降りてきてあたしたちに挨拶をする。
- 394 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:32
- 「お嬢様のこと、よろしくお願いします。」
「はいっ!」
そりゃあね、鈴木さんちの大事な一人娘を一日預かるんだからさ。
「ははは。その気合いを見る限り、心配はありませんね。」
安倍さんは笑って、その小柄な体を運転席に収めると、「では後程」と去って行った。
- 395 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:34
- 「ねえ、今日はどこ行くの?」
瞳を輝かせた愛理が、あたしの肩をゆさゆさ揺する。
「いずれわかるよ」と、なかなか答えをいわないあたしに、愛理はぷーっと頬を膨らませた。
「服選ぶの苦労したんだよ?」
そういって、愛理は淡いクリーム色のワンピースの袖を摘んだ。
すらっとした足に、水色のミュールがなんとも夏らしい。
下ろした黒いストレートヘアも、つばの広い大きな帽子も、とっても似合っている。
- 396 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:34
- 「ごめん、ってば。あ、格好は問題ないからね?」
庶民の俗物根性からか、「高そうだな・・・・汚しちゃマズイよな・・・」と心配になったが、よくよく考えてみれば、他の服も同じようにいいものであるに違いない。
それよりも、こんなところでお喋りをしていては、時間がもったいない。
だって、愛理と初めてのお出かけなんだもん。
「さあ、お嬢さん。参りましょうか。」
あたしが差し伸べた手に、愛理の手が重なった。
- 397 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:34
- 格好をつけてエスコートしたはいいが、今回あたしたちが乗って行くのは、黒塗りのメルセデスでもなく、長―いリムジンでもなく、「高橋農場」と書かれた軽トラだ。しかも、荷台。
つんであった御座を広げて、そこに着席すると、運転手の高橋さんが「ほな、いくよー」と出発の合図をした。
荷台に人が乗ることは法律で禁じられているため、商店街を出るまで、あたしたちは「外から見えないよう、できるだけかがむ」という滑稽な任務を遂行しなければならなかった。
- 398 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:36
- 「もう隠れんでも大丈夫やよー!」
どれくらい腰をかがめていたのだろうか、運転席の窓から、高橋さんの声がして、あたしたちは「うーん」と伸びをした。
「「あっ!」」
目を開けた瞬間、ぱっと視界に入ってきた景色を見て、思わず二人の声が重なった。
- 399 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:37
- あの賑やかな商店街のムードはどこへやら、あたしたちの目の前には、ただただ牧歌的な田園風景が広がっていた。
ただ一直線に伸びている道路を、軽トラが疾走する。
不安定な荷台はガタガタと揺れ、あたしの眼には愛理の顔がブレて映った。
「ここって、本当に東京なの?信じられない!」
興奮気味に、愛理が言う。
左右には、緑の田んぼ。前にも後ろにも車はない。おそらく、こんなところへ来たのは初めてなのだろう。
昔ながらの瓦屋根の家がぽつんぽつんと確認できるが、家が密集している住宅団地とは明らかに違っていた。
- 400 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/01/17(日) 22:37
- ガタン
「うわぁっ!」
大きな揺れに、バランスを崩した愛理があたしにもたれかかってきた。
風のように軽い彼女は、容易に受け止めることができた。
「大丈夫?」
心配して愛理の顔を覗き込むと
「うん!」
と元気の良い返事が返ってきた。
軽トラは見慣れた公民館の前を、軽やかに通過する。
もうすぐだ。
- 401 名前:510-16 投稿日:2010/01/17(日) 22:38
- 本日の更新はここまでです。
長らく放置いたしましたが、作者は生きています。
- 402 名前:510-16 投稿日:2010/01/17(日) 22:44
- >>392 名無飼育さん
レス遅くなってしまい、申し訳ございません。
原作知らないくせに、ひかるちゃんを使ってしまいましたw
さて、今回はやっと本編に戻りました。
執筆を始めてから、リアルの世界ではいろいろありましたが、今後ともよろしくおねがいいたします。
ノk|‘−‘)<作者もあたしも生きてるんだかんな!
- 403 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/18(月) 12:58
- 待ってました!
- 404 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/19(火) 19:35
- 待ってました!
リアルではいろいろありましたが、あいかんもやじうめも大好きなので楽しみにしています
- 405 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 00:20
- 栞菜ぁ(T−T)
少なくともここで彼女の元気な姿を確認できたのでうれしいです。w
作者さんもご無事そうでなにより!
- 406 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:55
- 「高橋さん、ありがと!」
「ありがとうございました。」
「えーよえーよ。どうせ配達ついでやから。」
着いた先は、高橋さんのおうち。
おうち、といっても、門もなく、ただ田んぼのど真ん中の土地に、平屋が一軒あるだけだ。
玄関先の鉢には、緑色から赤色に変わる途中のプチトマトがあった。
「へー、トマトって、こんな風に生るんだね。」
ツタを指で撫でながら、愛理が言う。
「そだよ。何?木にでもぶら下がってると思ってたの?」
「うっ・・・」
笑って言うあたしとは対照的に、愛理は言葉につまっていた。
ありゃ、図星だったのかな?冗談で言ったつもりなのに。
- 407 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:56
- いつのまにかピーマンの前に移動していた愛理の背中に向かって、言った。
今回の目的地は、実はここじゃないのだ。
あたしの言葉に「うん!」と頷く愛理。
邪魔になりそうだから、と高橋さんのおうちに愛理のバッグを置かせてもらった。
「これも、持ってって。」と高橋さんが渡してくれたビニール袋には、ペットボトルのお茶と手作りのおむすびが2つずつ入っていた。
「あーしは家で作業しとるね。きぃつけていってらっしゃい。」
「うん、ありがとう!それじゃ行ってきます」
あたしは、今度は倉庫へ向かい、使い古されたママチャリを出した。
カゴにさっきもらったビニール袋と、タオルを2枚突っ込むと、サドルにまたがった。
- 408 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:57
- 「よし、じゃあ行こう!」
「乗って」といわんばかりに、後ろの荷台に目配せをしたけど、愛理は動かない。
ん?そっか、もしかして・・・・
「二人乗りって、したことない?」
予想通り、愛理はこくん、と頷いた。
あたしは特に驚かなかった。第一、愛理が自転車に乗ること自体、想像できないのだから。
「だよね。どうしよう。やめとく?」
違法行為、っていうのもあるけどあたしの頭には安倍さんの顔が浮かんでいた。「お嬢さまをよろしくお願いします。」って、言われてたから、危険なことはなるべくしないほうがいい。
- 409 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:57
- あたしは既にサドルから降りていたけれど、愛理は、「うーん・・・・・・」と腕組をしながら迷っているようだった。そして―
「乗ってみる」
と一言。
ええっ!?マジで?
「二人乗りをしたことがない」ということよりも「二人乗りに挑戦しようとしている愛理」のほうが十分驚きだった。
「怖くないの?」
あたしが初めて二人乗りをしたときは、舞美ちゃんの後ろだったから、あまり不安はなかった。お姉ちゃんがえりかちゃんと二人乗りしていたのを何度もみていたし、運動神経は昔から女子レベルじゃなかったから。案の定、舞美ちゃんの運転はとても安定していたのだけれど。
「なんでだろう?栞菜が漕いでくれるって思ったら、大丈夫な気がして。それに、おもしろそうじゃない?あたし乗ってみたいな、栞菜の後ろ。」
ヘンなところで期待をしている愛理。これは、転倒なんて言語道断だな・・・・。
逆にプレッシャーをかけられて、あたしのほうが緊張してしまう。
再びサドルをまたぎ、愛理を後ろの荷台に腰掛けさせた。
「メルセデス2号、着席完了。栞菜、いきまーす!」
地面から足を離してから、最初の一漕ぎまでのコンマ1秒は、ぐらりと揺れる。
毎回この瞬間にはヒヤリとするけれど、メルセデス2号(さっき名づけた)は無事出発した。
- 410 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:58
- 外は暑いけれど、風はとっても心地よい。
誰もいない一本道を、山の方角へ自転車で走る。
「こわくない?」と後ろの愛理に聞こえるように、大きな声で尋ねたら、「うん!すごく気持ちいいよ!」と、あたしよりも大きな返事が返ってきた。
腰に回された愛理の腕に、ぎゅっと力が篭る。
「信じてるよ」って言っているような、そんな気がした。
- 411 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:58
-
- 412 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:58
- 「ちょっと寄り道しまーす」
あぜ道の途中で、あたしは自転車をゆっくりと止めた。
バランスを崩さないように細心の注意を払ったつもりだったけど、「おっとっとっと・・・」と愛理は危なっかしく着地した。
人の気配を感じ、鳥小屋にいた鶏たちがバタバタ・・・と忙しなく羽を動かした。
愛理がそーっと覗くと、鳥たちは地面を右往左往し、それにまた愛理がビクっと肩を震わせた。
なーにお互い驚いてるんだか
すっかり鶏にビビってしまった愛理に、あたしは頬を緩ませる。
- 413 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 09:59
-
「この鳥小屋と、奥の畑、それから道を挟んだとこにある田んぼ。全部高橋さんとこのなんだよ。」
軽トラのタイヤの跡を踏みながら、畑へと進む。
足元には、ごろりとスイカが転がっている。
メイン収穫時期はすぎているのだろうか、寂しげに取り残されているように見えなくもない。
「知ってた?冬瓜って、夏野菜なんだよ?」
「『とうがん』って?」
「こいつのこと」
スイカの横にあった、同じくぽつんと転がっている物体を指差して、答えた。
皮が、日焼けしたみたいに白っぽくなっている。
君たち、また今度高橋さんに収穫してもらっておくれ。
あたしは今日愛理を自転車にのせなきゃならないのさ。
- 414 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:00
- 「今から、愛理にはお馴染みの―」
「キュウリ?」
「当たり!キュウリ、取っていこう。」
畑の一角には、あたしの胸元まであるアーチがいくつも並んでおり、細かい毛がびっしり生えたツタが、うねうねと絡んでいた。
黄色い花は暑さで干からびかけていたけど、それでいいのだ。
「ほら、こうやって、はさみで・・・」
ぱちん、とツタからキュウリを切り離して、愛理に渡した。
「うわーっ!ね、ね、これって栞菜のお店に並んでるのと同じだよね?すごい!」
愛理は興奮気味に、私の肩をゆさゆさと揺すった。
重たいはさみを上手に使いこなし、愛理は次々にキュウリを収穫していく。
ぱちん、ぱちんという音が、心地よく響く。
不ぞろいな、でも色の濃いキュウリは、用意したザルをすぐにいっぱいにした。
- 415 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:00
-
「愛理・・・・愛理?鈴木愛理さーん。」
「え、なあに?」
「そろそろ、行くよ。」
夢中でキュウリを取っている愛理には申し訳ないけど、持てる量には限度がある。
私は愛理からキュウリが入ったザルを受け取り、それを自転車のカゴに積んだ。
「では、目的地まで直行します!」
「はーい!」
再びペダルを漕ぐ。前にキュウリ、後ろに愛理。メルセデス2号は、定員オーバー寸前だ。
- 416 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:01
- 山の麓、すなわち行き止まりまでたどり着くと、私はメルセデス2号を止めた。
ここからは、歩きだ。
私はキュウリを3本ザルからとり、おにぎりが入っている袋に一緒に入れた。
「こっちだよ。」
躊躇いもなく山へ入った私に、愛理は「大丈夫?」と不安そうに尋ねる。
言われてみれば、この山は、ハイキングコースが整備されているわけでもない、ただの「山」。彼女が不安がるのも納得がいく。
「うん、大丈夫だよ。でも足元には気をつけてね。」
そう言って私は、愛理の左手を握った。
- 417 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:01
- 木々が茂る山の中は、それまでとは打って変わって涼しかった。
ここにある木はすべて、私たちよりもずっと背が高くて、幹も太い。
もう何十年、何百年と生きているのだろう。
「疲れてない?大丈夫?」
目的地までは傾斜が続く。距離は短いけれど、山道に不慣れな人にとっては少ししんどいかもしれない。
「ううん、全然!」
その元気な声に、むしろ私が元気づけられたりして。
水がちょろちょろ流れる音がしたら、それはゴールが近いことの合図だ。
ほどなくして、私たちは河の上流に抜け出た。
- 418 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:02
- 「すごい!こんなところに河があるなんて!」
私が「着いたよ」と言うより先に、愛理は駈け出した。
昔は、よくここにお姉ちゃんと遊びにきた。はだしで水の中に入ったり、イワナを追いかけたり、日が暮れるまで夢中で遊んだ。
岩場にしゃがみ、水に手をつけながら「つめたーい」と楽しそうな愛理を見ていると、昔の思い出が蘇ってくる。
いてもたってもいられなくなった私は、荷物を岩場に置くと、サンダルを脱ぎ棄て、河に足を浸した。
足が透けて見えるほどに、水は澄んでいた。ここはずっと変わっていない。
ひやっとした水の温度、ざらざらした石の感触。すごく久しぶりだ。
愛理も私に倣って、サンダルを脱ぎ(きちんと揃え)、帽子を脱いで(きちんと重石をのせて)、こちらへやってきた。
- 419 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:04
- 「栞菜ー」
「何?」
呼ばれて振り返ると、
「えいっ!」
バシャ
うわっ、やられた!と思った時にはもう遅い。お約束通り、Tシャツが濡れていた。
「あははっ!ひっかかったー!一回これやってみたかったんだよねー」
お腹を抱えて笑われていては、私も黙ってはいられない。
「やったなぁ!」
仕返しとばかりに、私は両手で水をすくい、遠慮なく愛理にぶっかけた。
今度は愛理のワンピースが濡れた。
- 420 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:04
- 「ちょっと栞菜!本気でやるなんて反則だよ!」
「3倍返しが基本でしょ?」
「じゃあ私も3倍返し!」
それからは、ひたすら水の掛け合いだった。お返しのお返し、お返しのお返しのお返し・・・・と言っているうちにわけがわからなくなって、以降は一心不乱で愛理に水をかけることしか頭になかった。
考えてみれば、単純でひねりも何もない遊びにどうしてこんなに熱中したのか分からなかったが、最後は二人で息をぜいぜい切らしながら水を掛け合っていた。
- 421 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:06
- 「疲れたぁー」
お約束の水遊びを、嫌というほど堪能した私たち。
体力を消耗した二人はフラフラと大きな岩へ向かい、その上に腰かけた。服はすでに言い訳ができないほど濡れている。
「お腹すいたね」
「そだね、お昼にしよう」
おにぎりが入ったビニール袋を手に取る。そこであるものを見つけ、私はここに来た目的を思い出した。
- 422 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:06
- 「ね、愛理。カッパ、見たいと思わない?」
「カッパ!?」
その単語が出たとたん、愛理の瞳は輝く。
さっきまで「疲れました動けません」って顔をしていたのに。
「うん。カッパってさ、田舎の河に住んでそうじゃない?」
「そう言われてみれば、こういう所っていかにもいそうだね!」
「でしょ?そこで、これの登場だ。」
私は袋からキュウリをとりだした。
- 423 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:07
- 「栞菜、天才!」
愛理は私の手をぎゅっと握った。
その顔があまりにかわいらしくて、一瞬、心臓が跳ね上がった。
さっそく河の浅瀬にキュウリを置いた。さっきいた岩場からちょうど見える位置だ。流されないように岩で固定することも忘れずにした。
正直、ここにカッパが住んでいるかどうかわからなかったし、私たちの視線に気が付いて逃げられてしまうかもしれなかった。
わくわくしている愛理には申し訳ないけど、私はそんな愛理を見ているだけで、満足だった。
岩場へ戻ると、今度こそランチタイムだ。ランチといっても、高橋さんの差し入れのおむすびとお茶。それからキュウリが1つずつだ。
キュウリを河で洗い、ひとつを愛理に渡す。
- 424 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:07
- 「栞菜、天才!」
愛理は私の手をぎゅっと握った。
その顔があまりにかわいらしくて、一瞬、心臓が跳ね上がった。
さっそく河の浅瀬にキュウリを置いた。さっきいた岩場からちょうど見える位置だ。流されないように岩で固定することも忘れずにした。
正直、ここにカッパが住んでいるかどうかわからなかったし、私たちの視線に気が付いて逃げられてしまうかもしれなかった。
わくわくしている愛理には申し訳ないけど、私はそんな愛理を見ているだけで、満足だった。
岩場へ戻ると、今度こそランチタイムだ。ランチといっても、高橋さんの差し入れのおむすびとお茶。それからキュウリが1つずつだ。
キュウリを河で洗い、ひとつを愛理に渡す。
- 425 名前:キュウリとメルセデス 投稿日:2010/05/19(水) 10:07
- 「上手じゃん。」
愛理は目を細めて、おいしそうに口を動かす。
彼女は口の中にあるキュウリを全部飲み込んでから、「そお?」とまんざらでもない様子で答えた。
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