空気読まずに、れなえり・まこあい・後紺
- 1 名前:石川県民 投稿日:2008/04/09(水) 15:55
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ほとんどの方、はじめまして。ある方々は、たいへんお久しぶりです。
石川県民と申します。
二年ほど前に、こちら飼育でスレを作らせていただきました。
以前、蜜柑……じゃない、未完のままでスレを放置するという大悪罪を何度か犯してしまい、
この度反省をして戻ってまいりました。
書きかけだった話をちゃんと完結させて、UPさせたいと思っております。
また当時、個人のHPを持ってる作者サマに押し付けた、飼育では未発表だった話も何個か載せます。
てめえ、今更ノコノコ戻ってくるなよ、って話ですが、どうぞ生温かい目で見ていただければ幸いと存じます。
ちなみに石川県民の中では、娘。さんがたが二年前で色々止まっておりますが、それもご了承くださいませ。
それではスタート。
- 2 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:56
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昨日はれいなを泊まらせて、一緒のお布団に入って一緒に寝て。至福の思いで寝ていたら。
「ふぎゃあ〜〜!」
……尻尾を踏まれた猫のような叫び声で目が覚めた。もぞもぞ布団から腕だけ出して時計を掴むと、目覚ましをセットした時間より一時間も前。猫のような声でも、猫じゃないことは寝ぼけ頭でも分かっている。
「なぁにぃ〜? れいな〜……」
寝起きだから、いつも以上に舌ったらずになっちゃったまま隣に寝てるれいなを抱き寄せようとする。
「……ありゃ?」
わたしの腕は空を掴むだけで、隣にいるはずのれいなに触れれなかった。
もう一回もぞもぞ布団から腕を出して眼鏡を掴む。掛けながら体を起こすけれど、れいなの姿はどこにも無かった。
「れーなぁ?」
おかしいなぁ、さっきの声ってれいなだよね? 布団を捲くってみると、昨日れいなが着ていたスゥエットだけがご丁寧に着ていた形のままあった。
「れーなぁ?」
辺りを見回してもう一度呼んでみる。部屋出ちゃったのかな。でもさっきの声、かなり近くでした気がするなぁ。
- 3 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:57
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「……絵里ぃ〜」
小さく、だけど確かに聞こえたれいなの声。右を見ても左を見ても(ついでに上を見ても)、れいなの姿はどこにもない。
「れいな、どこぉ?」
「下っちゃ。下!」
下? さっき見たけどいなかったよ。それでも改めて見てみる。……ほら、やっぱり布団とスゥエットだけ。何気なくスゥエットを摘む。
「ふぎゃっ! 絵里、たんま!!」
摘んだ手を止めると、スゥエットの陰から出てきたのは…………元々小さいけれど、ますます……そう、お人形サイズになったれいなだった。
「絵里ぃ……」
もう一度、お人形サイズになったれいなはわたしに向かって頼りなく名前を呼んだ。
………………へ。
「えーーーーーーっ!?」
眠気は一瞬にして吹き飛んだ。
- 4 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:57
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たん! と激しく一気飲みしたコップをダイニングテーブルに置く。酸味の効いた甘いオレンジジュースを飲み込んでも、自体は飲み込めてはいなかった。
「取り敢えず落ち着こう……うん」
「声に出すと、絵里変な人みたいっちゃ」
ティッシュペーパーで体を包んだれいながテーブルの上でツッコんだ。首を動かしてれいなを見る。
「何でれいなはそんなに落ち着いてるのよぉ」
「や・なんか、慌てる絵里見とったら落ち着いたけん」
ああそうですか。
「でも、本当になんでいきなりそんなに小さくなっちゃったの?」
「それが分かれば苦労しないっちゃ」
「昨日変なモノ食べた?」
「辻さんやないけん、そんなことあるわけなか。ていうか何を食べたらこんなチビっこになるっちゃ」
くそ〜あたしの身長が〜、と悔しそうに歯軋りするれいな。だん・だん、とテーブルの上で地団駄を踏んだ後、れいなはくるりとこっちを見た。
「で・絵里。あたしどうしたら戻るっちゃろ?」
「そんなの分かるわけないじゃない〜」
電話の脇に置いてあったメモ用紙とペンを掴んで椅子に座る。
「とりあえず原因が分からないと。書き出してみる」
用紙の上に『れいながちっちゃくなった原因』と書いて……手が止まった。……原因もなにも、こんな非現実なことそもそもアリエナイんだし。
いっか。とにかく色々書いちゃえ。れいなが全身を使って用紙を覗きこんだ。
- 5 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:58
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@突然変異。
「……突然すぎるっちゃろ」
「じゃあこれは?」
A日頃の行いのせい。
――はっ! 慌てて指を引っ込める。がちんっ、れいなの歯が空を噛んだ。
「い、今本気で噛み付こうとしたでしょっ」
ひどいれいな! と非難の声をぶつけてみるものの、ひどいのは絵里やけん! とぷりぷりと怒られた。
背を向けてぶーたれるれいなの小さすぎるその背中を指で撫でる。
「ごめんねれいな。機嫌直して?」
ね? と付け加えるとほっぺを膨らませたままだけど、こっちを向いて頷いてくれた。
「さて、気を取り直して……」
れいなが再び用紙を覗き込む体勢になったところで、3番目の案を書いてみる。
B前世の呪い。
「……あたし前世でどれだけ悪いことしたと?」
「じゃあ……これ?」
次に書いた言葉にれいなは思いきり口を歪めた。
Cかみさまのいたずら。
- 6 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:58
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「うへえ〜?」
変な声がれいなの口から出る。
「いたずらにしても度が過ぎるっちゃ」
「じゃあ他になにかある? ていうかれいなも考えてよ」
さっきからわたしばっかりじゃない、と付け加えると、れいなはしぶしぶ「これが一番有り得そうやけん」とCを指した。
「かみしゃまはいつになったら、この悪戯止めてくれるんちゃろ?」
「知らないわよ。聞いてみないと」
これが本当の、神の意のままに、ってやつですか。
- 7 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:58
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くちゅん、とれいなが小さくくしゃみをした。
「かみしゃまはどうでもよか。それより服がほしか」
包まっていたティッシュをちぎって鼻をかむ。もう秋だから寒いよねぇ。
ぴこーん! 頭上で電球が輝く。
「れいな、ちょっと待ってて」
れいなを置いたまま部屋に戻る。二つあるクローゼットのうち普段は使わないほうを開けた。下段にあるダンボール箱を引っ張り出す。中には幼稚園のころ夢中になっていた、お人形さんたちが入っていた。
ふわふわドレスはさすがになんなので、スポーティなタイプの物を何着か選ぶ。漁ったダンボールをそのままにして、れいなの所に戻った。
「れいな、これなら着れるでしょ」
服を見せると、れいながジャンプして喜んだ。
- 8 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:59
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早速着替えるということで、見ていると。
「……絵里。後ろ向いときんしゃい。ばか」
ほんのり顔を赤くして怒った。
…………。
後ろを向いて顔を手で覆いながら聞いてみる。ばりばりとマジックテープを剥がす音が聞こえた。
「もーいーかーい?」
「もーいいよー」
くるりと振り向くとスケートボードをするような格好のれいなの姿。可愛い……でも。
「服、おっきいね」
「キャップもぶかぶかたい」
後ろ被りしたキャップを、すぽすぽ被ったり脱いだりさせた。襟部分も広すぎて、鎖骨が見えてる。……普段の身長だったら結構エロかったかも。うん。
「……絵里。なんかやらしいこと考えてなかと?」
気づいたられいなが睨むようにわたしを見上げていた。
「そ、そんなこと考えてないわよ」
慌てて否定する。
「さっき、目がやらしかったとね」
あら。
- 9 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 15:59
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……こほん。軽く咳払いを一つ。
「まあそれはともかく。れいな、今身長いくつなんだろうね?」
ペンケースから定規を取り出して、れいなの横に置く。れいなはぴしゃん、と背筋を伸ばした。
……きっかり15cm。
「10分の1に縮んじゃったね」
「『約』10分の1やけん」
妙に細かいことを言い出す。どうでもいいじゃん。……そんなこと言ったら「どうでも良くなか!」って怒るのは目に見えてるから言わないけど。
「それよか絵里」
れいながわたしの後ろを見ながら呟いた。
「ん? なに?」
「今日の収録、朝からやなかと」
振りかえって時計を見る。……集合時間の30分前。
ち こ く じゃ な い !
「きゃ〜〜っ」
慌てて洗面台に飛び込むわたしを尻目にれいなは「……かふ」って呑気にあくびをしていた。
「こんな体じゃあたし行けんから今日は休むばい。お留守番しとるから絵里いってきんしゃい〜」
急ぎながら髪にブラシを通すわたしに、れいなはちっちゃな手をばいばいさせた。
も〜! 早く言ってよ!
- 10 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:00
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* * * * *
- 11 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:01
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まさか本当のことは言えないから、れいなは熱を出して休みだと伝えて。なんとか今日の収録を終えて、家に戻る。
「絵里おかえり〜」
れいなはちっちゃいまんま、ペットの犬のアルの背に乗って玄関まで迎えにきてくれた。
「ただいま。留守番ありがと」
指の腹でれいなのお腹をなでると、くすぐったそうに身を捩らせた。そのままころんとアルの背で仰向けになる。
アルの頭も撫でていると、
「みんなの反応……どうだったと?」
れいなが不安そうに聞いてきた。
「収録はいつも通りにしてたけど、みんな心配してた。熱を出したってことにしといたよ。さゆとかお見舞いに行くって言ってたけど、うつったら大変だからって断っておいた」
「ん……さんきゅ」
さゆ……と小さく言うれいな。れいなはもうちょっとみんなに愛されてるって自信持ったほうがいいと思うな。
- 12 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:01
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二人と一匹、リビングに戻ると。ぐう、とれいなのお腹が大きく鳴った。
「お腹空いたっちゃ。あたし昼なんも食べてないけん」
ごはん! ごはん! と騒ぐれいなに「キッチンにあるもの適当に食べれば良かったのに」と言うと、
「背が届かんかったけん」
と返された。
「分かったわよ。ラーメンで良かったらすぐ作れるから」
コートを脱いでエプロンを着ける。
「とんこつがよか!」
手を上げてれいなが叫んだ。
「はいはい」
エプロンの紐を結びながらキッチンに向かう。雪平鍋を掴みながら、
「れいなは危ないからあっち行ってて」
足元にいるアルとれいなを追い出すと。
「うん。アルー、あっち行くけん」
ぺし、とアルの頭を叩きながら方向転換させた。――すっかり仲良くなってる。
……別にアルに妬くわけじゃないけどさ。…………妬かないもん。
面白くない気持ちのまま、鍋に水を入れた。
- 13 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:01
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フルーツフォークを使って、ずぞ・ずずー! とものすごい勢いで麺を啜るれいな。
「ちゃんと噛まなきゃ駄目だってば」
そう言っても、わたしの言葉なんか聞こえないみたい。仕方なく隣でちゅるると小さく啜っていると、全身を使ってドンブリを傾けていたれいながぷはーっと顔を上げた。……ドンブリの中には少量のスープしか残ってない。もう食べちゃったの。……わたしと同じ量を。…………15cmの体で。
「ぐえっぷ」
きたなーい。テーブルの上で寝転んだれいなは言葉通りお腹をはちきれんばかりにしてる。多分今お腹を押したら、口からスープが出ると思う。
「食ったば〜い」
ありゃりゃ、とんこつの余韻に浸ってる。
わたしが食べ終えたところで、れいなはころんと転がってこっちを見た。
「絵里、デザート」
はいはい。梨を切って皿に出す。さすがにこれはわたしと同サイズじゃなくって、小さく切ったのをれいなはシャクシャク食べた。
「ねえ、れいな」
指を舐めてるれいなに向かって言った。
「お風呂入ろっか」
- 14 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:02
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帰りに百円ショップで買ってきた物をテーブルに並べる。
「絵里、これ……」
買ってきたものをしげしげ見つめるれいな。ふっふっふ、やっぱりお風呂といったらこれでしょ♪
「そう、お茶碗」
お茶碗の縁を掴んで中を覗くれいなに「お湯入れてくるね」と声をかけた。
温泉の素をちょこっとだけ入れてにごり湯にして。一緒に買ってきた歯ブラシをボディブラシ代わりにして体を洗うれいな。
「お湯加減はどう?」
「ちょうどよかとよ〜」
体をすすいでから小さく切ったガーゼをタオル代わりにしたものを頭に乗せて、頭と手足を縁にかけて、ゆっくり浸かるれいな。
「気持ち良いけど、正直狭かね」
「そう?」
「正座したら、半身浴できるけん」
「じゃあ、もっと小さくならないとダメかぁ……」
そう言うと、
「これ以上小さくなるのはまっぴらごめんやけん」
とほっぺを膨らませながら反論した。
- 15 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:02
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わたしもお風呂に入って、全身からほかほか湯気を出しながら部屋に戻ると、先に戻っていたれいなが両手でページを押さえながらマンガを読んでいた。あらら、ページを一枚めくるのも苦労してる。
全身を使ってマンガを読むれいなの姿が面白かったから、ベッドに腰掛けてそのまま見ていると、れいなは丁度読み終えたらしくって「ふい〜」とため息をつきながらページを閉じた。
そしてわたしを振り返る。
「絵里ー、これの新刊いつ出るとー?」
「たしか来月だったと思うけど」
さよかー、とか言いながら首をコキコキ鳴らす。……そんな姿、そんな会話はあまりにも普通すぎて、自然すぎて、一瞬れいなの体に起こっている珍事を忘れた。
だから。
「な〜絵里」
「ん?」
普通に、返事してしまった。
「あたし、いつになったら元に戻るんだろ」
- 16 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:02
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れいなから視線を外して天井を見上げながら、わたしなりに、一生懸命言葉を探す。
「もしこれが本当に神様のいたずらだとしたら……きっとまた、気まぐれに戻るんだと思う……」
正確な時間や日付を示して「絶対に元に戻りますよ」って言えればいいんだけど、生憎それはわたしに出来ることの範疇を超えてるし、「いつかその内戻るよ」なんて残酷に適当な言葉を投げかけるには、わたしとれいなの距離は近すぎた。
だから、自分なりに考えて弾き出た言葉をそのまま伝えた。
「さよか……」
れいなは素直に受け止めてくれたみたい。
「絵里」
「なに?」
「……あんがと」
「どういたしまして」
れいなにお礼を言われて、正直こそばゆい感じがしたけれど、言ったら怒られるから黙っておいた。嬉しかったし。
- 17 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:03
-
コットンで顔中に化粧水をぴたぴた染み込ませながら、わたしは案を出してみる。
「神様にお祈りしてみたらどう?」
「なに神に祈れば良かとね。キリスト神? アラーの神? 七福神?」
「じゃあ、わたしに祈ってよ」
「あほ。絵里は神しゃまじゃなくて亀しゃまたい」
……れいなは全然取り合ってくれないけど。
寝る前のお手入れも終えて、今度はれいなのベッドを用意する。……正直、一緒のベッドで寝たら寝返りとか打ってれいなを潰さないって自信、ないし……。
お人形さんや服が入っていたダンボールに、ままごと用のベッドも入っていたから、その上にタオルを敷く。こんなことなら小さい頃、ままごと用のお布団も買ってもらえばよかった。
完成したベッドを机の上に置いて、れいなも両手の平で包んで運ぶ。
「ここなら間違って踏み潰されたり、蹴飛ばされたりしないから安心だね」
「そうっさね。ばってん、絵里」
なにか言いたそうなれいなに首を傾げてみる。
「もしあたしが一晩で元に戻ったら、机から転げ落ちるけん」
そうだとしても、その場合れいなの体に青タンがいくつか出来るだけだし……。そんなことを考えていると、れいなが歯をカチカチ鳴らせながら、
「絵里、今ひどいこと考えたっちゃろ?」
わたしを睨んだ。
あらら、以心伝心。
「やだなぁ、そんなわけないじゃない」
なるべく朗らかな声を出して否定する。
う〜ん、机がダメなら……。――そうだ!
畳んであったガラス製のミニテーブルを引っ張り出す。これなら数十cmの高さだから、元に戻って落ちても怪我しないでしょ!
れいなもパチンと手を叩いて賛同してくれた。
部屋の明かりを豆球だけつけて、布団に潜り込む。
「おやすみれいな」
「おやすみ、絵里」
布団に潜り込んだ途端、今日の疲れがどっと涌き出る。うとうとしながら、
――そういえば、れいなが泊まってるのに一緒に寝ないのは初めてだっけ……。
ぼんやりと、そんなことを考えながら眠りに落ちた。
- 18 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:04
-
* * * * *
- 19 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:04
- コタツに入っている夢を見た。背中を丸めながらぬくぬくして、幸せな気持ちで蜜柑を剥いてる夢。スジも綺麗に取って、口に放り込もうと……。
「絵里ぃ〜!!」
「……う?」
れいなの叫び声で目が覚めた。もぞもぞと布団から手を伸ばして目覚まし時計を掴むと、まだ二時間は寝れる時刻。今日は一段と寒いなぁ……布団から出たくないや。
「えーりー!」
「う〜」
れいなのほうに視線を向けると、小さいままガラステーブルの上をぴょんぴょん飛んでいた。
「定規っ、定規持ってきんしゃい!」
「うえ〜?」
エアコンをつけてない部屋は寒くって、まだまだ布団から出たくないのに、れいなが定規定規と騒ぐからしぶしぶ布団から抜け出た。
ふわあー、とアクビしながら定規を取り出してれいなのところへ。
「あたしの身長計ってほしか!」
「うえ?」
訳が分からないまま、言われたとおりれいなの横に定規を立てる。れいなが定規の数値を見て、眼を剥いた。
「じゅっ、じゅうさんせんち!?」
「ふぅ〜ん良かったね、れいな」
「良いわけなかー!」
れいなの騒ぐ声がだんだん子守唄のように聞こえて、わたしはテーブルに頬をつけて再び眠りの世界へ誘われる。
あ〜今度はお煎餅もある〜♪
「いただきまぁす……」
「こらー! 起きんしゃいー!!」
ぴたぴた、れいながわたしの頬を叩くけど…………Zzz。
- 20 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:05
-
それから三十分後。
「起きなかったわたしも悪いけど、これちょっとひどくない?」
「わ、悪いとは思っとるけん」
濡れタオルで冷やした頬には、れいなの無数の張り手の跡があった。ジト目で睨むと、れいなは顔を逸らす。
「心がこもってなーい」
「うぅ……」
れいなは唸り、ちょっと迷ってからこっちを向いて。
「ごめんなしゃい」
ぺこりと頭を下げて素直に謝ってくれた。
「分かればよろしい」
胸を反らすと、
「いばることでもなか」
ツッこまれた。
「それは置いといて。縮んじゃったね」
「あう。2cmもばい」
頭をつつくと、苦い顔をした。それからおーまいがっ、と叫んで頭を抱えて悶えているれいなを見てるのは正直面白かったけれど、いつまでも見てる訳にはいかない。
タイミングよく、きゅるる〜とれいなのお腹の虫が鳴った。
「とりあえず、朝ご飯にしよっか」
- 21 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:05
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ロールパンとベーコンエッグとオレンジジュースの簡単な朝食。れいな用のジュースはおままごとの小さなコップに注いだ。
わたしのお皿からベーコンをちぎりながられいなは言う。
「他の人にも相談してみるのはどうやけん?」
「他の人、ねえ」
オレンジジュースを飲みながらわたしは想像する。
吉澤さんは……「田中、小さくなったじゃんスッゲー」で終わりそうだし。
高橋さんは……「ひょえぇ、何やよー!?」ってパニくりそうだし。
新垣さんは……そんな高橋さんを宥めるのに精一杯だろうし。
美貴さんは……大笑いしそう。
さゆと小春ちゃんは……「可愛い〜♪」「かわいいですね〜☆」で終わりそう。
想像を終えてれいなを見ると……同じことを考えたみたいで、
「やっぱ止めるっちゃ」とぽそりと言った。
「そうだね。いたずらに騒ぎを大きくするだけだろうし」
- 22 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:05
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食事を終えて、顔を洗って歯を磨いて髪や服を整えて。(れいなもわたしの隣でぱちゃぱちゃ顔を洗った)それから部屋に戻ってれいなの腹筋やストレッチに付き合っていると、れいなが言った。
「絵里、そろそろ時間やけん」
時計を見ると、もうそんな時間。けれどこのままれいなを家に一人ぼっちにするのは気が引けた。
「今日は一緒にいよっか?」
意識して優しい声を出したんだけど、れいなは難しい顔をしてから首を横に振った。
「あたしのことは気にせんでよか。絵里はしっかりやってきんしゃい」
「本当に大丈夫?」
「なにかあったら電話するけん」
自分と同じサイズの携帯電話をぺちぺち叩きながられいなは言う。
「そう……分かった」
「いってきんしゃい」
昨日と同じように、れいなはちっちゃな手をばいばいさせた。
- 23 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:06
-
* * * * *
- 24 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:06
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「――り、絵里っ」
肩を叩かれ慌てて振り向くとそこには心配顔のさゆがいた。
「ど、どうしたのさゆ?」
「どうしたの、は私のセリフなの。今日の絵里変だよ、ぼーっとしちゃって」
「そ、そう? 寝不足かなぁ」
――それは、嘘。ずっとれいなのことが気になって頭から離れない。
「しっかり寝ないとダメだよ。睡眠不足は美肌の大敵なの」
そう注意して藤本さんのところへ向かったさゆ。その背中に嘘ついてゴメンね、と心の中で謝った。
レッスン中もれいなが気になって気になって、小さなミスを連発させた。気合が入ってない! って怒られた。けれど、怒られてる最中も考えるのはれいなのこと。
- 25 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:06
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朝にはなんとも思わなかったけれど……れいな、どんどん小さくなって消えたりしないよね!?
ふと思った疑問がどんどん大きく膨らんで……抱えきれなくなりかけたところで「今日はここまで」の声が掛かり、挨拶もそこそこに一目散にレッスン場を出た。
慌てて着替えて外へ飛び出す。ブーツを履いてたからすごく走りにくかったけれど、それでも懸命に足を動かした。
タクシーを使おう、なんて考えすら微塵も浮かばず、一歩でも近くれいなに近づきたかった。
早く。
早くっ。
早く!
- 26 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:07
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汗だくで家に戻った。汗で額に前髪を貼りつかせ、息を切らせながら玄関の鍵を開け、勢いよく扉を開けた。
「ただいま! れいな、いる!?」
「……え〜りぃ〜」
微かに聞こえた弱々しい声。まだるっこい気持ちでブーツを脱いで、リビングに急ぐ。
そこには――。
「きゃああああ!?」
わたしは思わず悲鳴を上げた。
「たーすーけーてー」
アルに前足で捕らえられ、ベロベロ全身くまなく舐められてるれいなの姿があった……。
- 27 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:07
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脱衣所で二人、服を脱いで洗濯乾燥機に放り込む。『短時間』でセットして洗濯乾燥機を始動させる。
「今日、絵里が出てってから、アルと遊ぼうとしたら、ずーっと舐められたけん。あたし食べ物の匂いでもしてたんちゃろか?」
れいなは、うひー犬くさかー、とか言ってるけど怒ってる様子ではなかった。
れいな、と呼びかけると、ん? といった感じに小首を傾げた。
「わたしが舐め直そっか?」
「アホ! 犬と張り合うんじゃなか!」
ちぇっ、断固拒否。
- 28 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:07
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れいなを手で包んで二人でお風呂場へ。
先にシャワーでれいなの全身のヨダレを洗い流す。その後、溜めていたお風呂から洗面器にお湯を掬って、その中にれいなを入れた。これなら足も伸ばせるし、肩まで浸かることもできるでしょ♪
わたしがバスタブに入って、れいなの入った洗面器を浮かべて。わたしが洗面器をつついて動かすと、れいなは、きゃっきゃと楽しんだ。
今までなられいなは恥ずかしがって一緒にお風呂入ってくれなかったから、こういうのも、いいな。
でも、れいなが元に戻ったらやっぱり一緒に入ってもらおう。こう……後ろから抱きついて密着して♪うへへ。
「絵里、へんなこと考えとるちゃろ」
気づいたられいなが洗面器の中から睨んでいた。
「ん〜ん、別にぃ」
だから否定してみたんだけど、れいなは「怪しか」と言ってしばらく睨んでいた。
- 29 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:08
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二人お風呂から上がって(れいなはハンドタオルで体を拭く)、洗濯乾燥機から服を取り出す。
「絵里……あたしのぴちぴちやけん」
わたしのは別に問題なかったんだけど……れいなの服は見事に縮んでいた。
たらり、頬に汗が伝う。
「ま、まあいいじゃない! この前までブカブカだったんだから!」
「絵里」
「えーと……ごめんなさい」
今朝と反対で、今度はわたしがれいなに謝った。
こうして、れいながちっちゃくなって二日目は過ぎていった……。
- 30 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:08
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* * * * *
- 31 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:08
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時間通りに目覚ましが鳴る。設定していたエアコンも起動して、三日ぶりにれいなの叫び声以外ですがすがしく起きた。ベッドで上半身を起こして大きく伸びをする。う〜ん良く寝た。
ガラステーブルを見ると、れいなはまだ小さいままの姿で寝ていた。ベッドから出てこっそり近づく。やっぱりれいなは小さくて可愛いなあ。
「むぅ?」
変な声が出た。目をこすってもう一度れいなを見る。……あれ?
机から眼鏡を持ってきて、改めてれいなを見た。……え!?
「れっ、れっ、れいな! 起きて!!」
れいなの寝てる小さなベッドを揺らす。「にゃ?」とか言いながられいなは目をこすりながら体を起こした。
「絵里、おはよ」
「おはよう〜。ってのんきに朝の挨拶をしてる場合じゃなくて! 定規持ってくるから!」
慌てるわたしをぽかーんとした表情で見つめてる。わたしは机に戻って定規を取り出した。
「れいな、ちょっと立って!」
事態が飲み込めないようだけれど素直に従うれいな。そんなれいなの横に定規を立てて、わたしは目盛りを読んだ。
「ごせんちめーとる……」
わたしの乾いた呟きに。れいなはこてんと後ろにひっくり返った。覗き見ると……あ・失神してる。
- 32 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:09
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失神から無事(?)目が覚めて、わたしが用意した鏡(れいなにとっては姿見サイズ)をみながら、れいなは自分の手、胸、顔を触り、
「なんじゃこりゃー!」
昭和の名俳優ばりに叫んだ。
- 33 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:09
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れいなサイズのちゃぶ台があったらひっくり返しそうな勢いで、ガラステーブルの上をばたばた暴れてる。
「どげんして! 8cmも! 縮んでると!? 5cmてマジありえなかと!」
さっきまで布団代わりにして寝ていたタオルを引っぺがしてテーブルの外に押し出す。
「れい、れいな、少しは落ち着いて! ね?」
「これが落ち着いていられるか!」
鳴呼……家庭内暴力をする息子を持った母親の気分。
- 34 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:09
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いつ暴れるのを止めてくれるんだろうとハラハラしながら見ていたら、それはあっけなく終わった。れいなが、昨日洗濯して縮んだはずの服が再びぶかぶかになってしまったズボンの裾を踏んづけて転んだから。
べち、と痛そうな音を出して転んだれいなは、そのまま動かない。
「……れいな?」
もしかして打ち所が悪かったのかな、とか思って見ていると。今度はゆっくり起き上がり……みーみー泣き出した。
「ぐすっ……どげんしてれながこんな目にあうけん……ひっくえっく」
「れいな……」
人差し指でその小さな背中を優しく撫でると、わたしのパジャマの袖を掴んで顔を埋めた。
- 35 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:10
-
……やばい。れいなが泣いてるっていうのに、わたしに縋るくらい困ってるっていうのに。
可愛いすぎるよぉ。
あう、ほっぺが緩む。だって小動物みたいなんだもん、れいな。にやにやしてるのバレたら怒られるから、れいなが袖に顔を埋めてる間に元に戻さなくちゃ。
「絵里?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で見上げるれいな。にやけそうになる顔の筋肉をキッと引き締めて両手の平で包み込んだ。
「わたしが、絶対にれいなを元に戻してあげるから」
「……どうやって?」
「それは……う〜ん、愛の力で?」
そう言った瞬間、れいなの涙は引っ込んだ。ていうか呆れ顔でわたしを見る。
「朝っぱらからとんでもないセリフ言うっさね。聞いたあたしが恥ずかしか。しかも疑問形やけん」
「なによぅ。わたしは『だから大丈夫』って言いたいの!」
「はいはい、そうやけんね」
つれなく言ってわたしの手の平から抜け出るれいな。……良かった、いつもの調子に戻ってる。
「絵里」
「なに?」
「……やっぱりなんでもなか」
「そう?」
わたしが立ち上がり、定規を机に戻そうとしたところで小さく、ありがと、って言葉が聞こえたけれど、恥ずかしがりやで意地っ張りなれいなのことだから、聞こえなかったフリをした。
顔はニヤけちゃったけれどね。
- 36 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:10
-
クローゼットにあったダンボール箱を引っ掻き回して、赤ちゃんのお人形用の服を取り出して、れいなに渡す。サイズはぴったりだったけれど、れいなは赤ちゃん服ってところが不満そうだった。
人差し指でれいなのちっちゃなほっぺをつつきながら「バブーって言ってみて」て言ったら噛み付かれそうになった。
時計を見たら、もう朝の支度をしないと間に合わない時間。急いで顔を洗ったり歯を磨いたり髪を梳かす(その間れいなは、昨日の残りのロールパンをがじがじ齧ってた)。
さて、コートも着てマフラーも巻いて用意ができたところで。
「れいな、今日は一緒に行こう」
「ほげ?」
ロールパンの中身をくり抜いて中に体を突っ込んでいたれいなは、振り向いて驚いた表情をした。
「心配で、放っておけないよ」
昨日ですら、不安すぎてミスを連発させていたわたしだったし。
れいなは少し考えてから、
「分かったばい。あたしはカバンの中に入っとるけん」
わくわくした表情で言った。
そうだもんね、ずっと家に篭もりっぱなしだったんだしね。
れいなを掬って、カバンの中に入れる。
「あんまり動いちゃダメだよ」
そう念を押してジッパーを閉じた。
- 37 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:10
-
* * * * *
- 38 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:11
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「おはようございま〜す」
楽屋に入ると、すでに美貴さんがいて、それにさゆと小春ちゃんがいた。
「おはよー」
「おはよ、絵里」
「おはようございまぁす」
雑誌を読んでいた藤本さんの脇を通ると、
「ね、絵里。れいなはまだ風邪?」と聞かれた。
「はい。まだ熱が引かないらしくって」
「そっか。大丈夫かなあの子」
――ほらほら、れいな。美貴さんだってれいなのこと心配してるよ!
「ま、五月蝿いのが一人減っていーや」
がくっ。美貴さんなんてこと言うんですかー! れいながこの場に(こっそり)いるのにっ。 ……どうか今の一言だけはれいなに聞こえていませんよーに。
心の中で祈りながらさゆの隣の椅子に座る。美貴さんとの会話が聞こえていたらしくって、
「れいなはまだ具合悪いんだ?」って聞いてきた。
「うんそうみたい」
だからわたしも適当に相槌を打つ。
「こんなに長いと心配ですね〜」
小春ちゃんも不安顔で話す。
「だよねぇ」
さゆと小春ちゃんは良い子だなあなんて感心していると、さゆがこっちを見た。
「絵里は寂しくないの? いっつも『れーな、れーな』って言ってるのに。昨日だって携帯電話の待ち受け画面のれいなの写メ見てため息ついてたのに」
「さ、寂しくないよ!」
慌ててカバンを手で押さえる。(小さく「ぐぎゃ」って聞こえたけれどそれは無視!)
「そうなの?」
「うん! 全然寂しくない!」
手を振って否定すると、「そうなの……」ってさゆが寂しそうに言った。
あう、ごめんね。さゆ。
- 39 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:11
-
そ れ よ り も。
い、今のれいなに聞こえたかな?……聞こえたよね。
恥ずかし〜!
ほっぺを手で覆っていると、さゆが「どうしたの?」って聞いてきた。
「なんでもないよ!」上擦りそうになる声を必死で押さえる。
- 40 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:12
-
はあ。なんかもう疲れちゃった。机にカバンを置いて、その上にマアフラーを乗せる…………と。
もぞもぞマフラーが動き出した。
れいなが中で押してるんだ!
再び慌ててマフラーごとカバンを押さえる!(小さく「ぐえっ」と聞こえたけれど、それも無視!)
「ねえ絵里」
振り向くと、さゆが『信じられない』といった表情でこっちを見ていた。やばいっ、見られてた。
「今、マフラーが動か――」
「バ、バイブにしていた携帯電話の振動だよ!」
「なんだぁ、そっか〜」
さゆが安心したように声を出す。わたしもこっそり息を吐いた。
「さゆ。わたしトイレ行ってくるね!」
カバンを持って立ち上がる。
「一緒に行く〜?」
「ひ、一人で大丈夫!」
逃げるように楽屋から出た……。
- 41 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:12
-
トイレに入って誰もいないことを確認する。それから個室に入って洋式トイレのフタを下ろしてそこにカバンを置く。
恐る恐るジッパーを開くと……。
「絵里! もうちょっと扱いを優しくしんしゃい!」
れいなが飛び出してぷんすか怒った。
「なによぅ、カバンに『割れ物注意』ってシール貼ればいいのぉ?」
「そうじゃなか! カバンを丁寧に置いたりして欲しいと!」
絵里はガサツなところがあるけん、そう言ってれいなはほっぺを膨らませる。
「ごめんね。今度からは優しくするから」
わたしは、れいなのほっぺを指で軽く押す。中の空気はあっさり抜けた。わたしが素直に謝ると、れいなも素直に頷いてくれた。
「それと絵里。ジッパーは開けて、その上にマフラーを置いてほしか」
再び閉めようとしたところでれいなが提案してきた。
「そうすれば、あたしこっそりみんなの様子見れるけん」
「うん。分かったよ」
ジッパーは開けたまま、マフラーを置こうとする寸前。れいなは恥ずかしそうに笑った。
「あと、さっきの会話、全部聞こえとったばい」
「ぜん・ぶ?」
乾いた声で聞き返すと、れいなはこっくり頷いた。
「美貴ねぇの言葉は心配の裏返しって分かっとるけん。ばってん、それ以外のは初耳だったばい」
ぼふ。
さっきの『優しくする』という言葉と反対に、乱暴にマフラーをカバンに置いた。れいなが小さく騒いでいたけれど、なにも聞かない。聞かないもん。
個室から出て鏡を見ると……わたしの真っ赤な顔が映っていた。
- 42 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:13
-
収録を終えて、レッスン場に移動して、みんなでステップの練習した。壁一面が鏡張りのレッスン場の中、わたしはれいながカバンとマフラーの隙間からこっそりみんなを見ていたのを鏡越しに見ていた。
……練習熱心だもんね、れいなは。きっと今も無意識に体を動かしているんだと思う。
そんなれいなに俄然闘志を燃やしたわたしは、昨日のミスを返上するために必死に体を動かした。
- 43 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:13
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* * * * *
- 44 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:13
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家に戻り、カバンから飛び出したれいなは、わたしに鏡の用意をさせて、早速今日のステップとフリを練習し出した。
5cmのれいなが体を動かしているのを見てると、可愛くってついホワホワした気持ちになっちゃうけれど、ニヤける顔を抑えてわたしも練習に付き合う。
「れいな、音楽に合わせて練習しよっか」
「うん。頼むばい」
鏡とれいなをCDMDラジカセの前に移動させて、MDを入れる。スタートボタンを押して曲が流れ出すと……。
「どおわぁっ」
突然れいなが前のめりに倒れた。
「どうしたの?」
「お、音の、振動で、た、立てんばいぃ」
はいはいしながらCDMDラジカセから遠ざかるれいな。
…………。
遠ざかったれいなを摘んで、もう一度CDMDラジカセの前に立たせる。
「おわぁっ」
再びはいはいするれいな。
再び摘んで立たせるわたし。
「だあぁっ」
再びはいはいするれいな。
再び摘んで……。
「絵里! 遊ぶんじゃなか!!」
ちぇ、怒られちゃった。
- 45 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:14
-
「運動した後のご飯はおいしーねぇ」
「……絵里は遊んどっただけな気がするけん」
「まーまー」
ハンバーグを小さく切り分けてお皿の脇にいるれいなへと寄せる。れいなは、小さくとは言ってもそれでも西瓜サイズのハンバーグを、中の玉ねぎを取り除いてぱくつく。
正直……ハムスターとご飯を食べてる気分。どうせなら今度、ハムスターが中に入って走るカラカラ廻るあれ、買ってこようかなあ。
れいなは、わたしの考えなんか露知らず、お人形用のコップに入ったポタージュスープを飲みながら、
「もうちょっとハンバーグ欲しか」
と催促してくる。
「はいはい」
素直に切り分けてれいなに渡すんだけど、とんこつラーメンの時のようにその体のどこに入るの、ってくらいにれいなはよく食べる。
まあ、今のれいなにはなんでもアリな気がしてくるんだけどね。
- 46 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:14
-
食事を終えて、手についたデミグラスソースを舐めるれいなに布巾を渡しながら、
「お風呂どうしよっか」
と尋ねた。
れいなは手を拭きながら少し考え、答える。
「ぶっちゃけ、今の体だと洗面器風呂でも広すぎるけんね」
「じゃあ、お茶碗風呂復活だね」
嬉々としてお茶碗を取り出すと、れいなは、
「なにがそんなに嬉しかとね?」
不思議そうに首を捻る。
「まーまー、いいからいいから♪」
今日は乳緑色の入浴剤を入れて肩まで浸かるれいな。タオル代わりのガーゼを頭に乗せて目を瞑ってる。
「気持ち良か〜」
「そう、良かった」
分からないと思うんだけど、れいなのお茶碗風呂の姿って、なんか……こう、キュンとくるのよね。
あ・なるほど。これが『萌え』なんだ。
正直カメラでフィルムが無くなるくらい激写したいんだけど、そんなことしようものなら後が怖いからぐっと堪える。
- 47 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:14
-
「ね、れいな」
「なん?」
目を開けてこっちを振り返るれいな。わたしは微笑みながら言った。
「体が元に戻ったら一緒にお風呂、入ろうね」
「…………」
れいなはなにも言わずに首を元に戻す。
拒否られたかな、と思ったけれど。れいなの首すじや耳は真っ赤っ赤。……それ、お湯に浸かってるせいだけじゃないよね?
「ねーねーれいなぁ」
お茶碗の縁に手をかけてカタカタ揺らしてれいなの回答を待つ。
……しばらくして。
「……ょかよ」
蚊の囁くような声で返事してくれた。
やったぁー!
れいなが真っ赤になりながらお湯に浸かり、わたしがガッツポーズをしながら、れいながちっちゃくなって三日目の夜が過ぎていった。
- 48 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:15
-
* * * * *
- 49 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:15
-
れいながちっちゃくなって四日目の朝。
起きて最初にすることは、恒例になりつつあるれいなの身長測定。目をゴシゴシ擦りながらも、ぴしゃんとしっかり立つれいな。
「えっと……4cm」
「また縮んだばい」
れいなは昨日や一昨日のように暴れたり悶えたりすることもなく、冷静に受け止めた。
わたしはそんなれいなを両手で掬って努めて明るい声を出した。
「じゃ、身長測定もやったことだし、ご飯にしよっか!」
冷静に受け止めたように見えても、きっと心中では複雑な思いがあるだろうからそうしたんだけど、れいなは何も言わず、こっくり頷いた。
- 50 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:15
-
れいなは、わたしのお皿の脇でご飯粒や小さく切り分けた卵焼きを手づかみで食べる。
「絵里、今日はせっかくの一日オフっちゃろ? あたし留守番しとるけん、どっか行ってきてもよかよ」
わたしは首をふるふる横に振った。
「れいなと一緒じゃなきゃヤダもん」
その言葉にれいなはほんのり顔を赤らめ、不自然に卵焼きを食べるのに集中した。口の中を、もぐもぐさせながら喋る。
「ふ、ふーん。じゃあ今日はなにすると?」
「もう午前中の予定は決めてあるんだ」
くふふ、と笑うと「キショ……」と小さく聞こえた。
- 51 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:16
-
れいなの寝ていたガラステーブルを畳んで部屋の脇に置く。(ベッドは一時机に移動)
「れいなー、危ないから脇に避けててね」
部屋のドアを開けたまま、廊下にある収納棚からクリーニング袋に入った敷き布と掛布を取り出す。それから、よっこらしょ、と掛け声をかけて両腕を広げた程度の幅の正方形の板を引っ張り出して、部屋に運び込む。
「絵里、足がよたよたしてて危なか」
あはは、そうだね。でも今のれいなにこれを運ぶのを手伝ってもらう訳にはいかないしねぇ。
正方形の板を見た時点でれいなはそれが何か分かったらしく、
「出すにはまだ早くなかと?」
と聞いてきた。
「いーじゃない、もう寒いんだし♪」
「そうだけど……絵里はこれ好いとーもんね」
呆れた口調でれいなは呟いた。
敷き布と掛布、それに足やコードが入った紙袋も部屋に持ち込んで、早速組み立て始める。
「絵里、ネジこっちに置いとくばい」
「うん、ありがとう」
れいなもちっちゃい体で手伝ってくれた。
このネジはどこにはめるの、絵里プラグはこっちだから向きは逆のほうがいいけん……とあーだこーだ言いながら数十分後。
- 52 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:16
-
「かーんせーい!」
「お疲れしゃん」ぱちぱち手を叩きながられいなも言ってくれた。
出来上がったコタツに早速潜りこむ。
「うーん、すぐに暖かくならないのがコタツの弱点だねえ」
れいなもコタツに潜りこむ。
「絵里、コタツが暖まるまでお茶でも淹れてきたらどうやけん?」
そうだね。立ち上がってキッチンに向かう。
お湯を沸かしている間に戸棚を探してみたけれど、残念ながらお煎餅はなかった。お盆に急須と湯呑みとおままごと用コップを載せる。
コタツがあって温かいお茶があって、そしてれいながいて。ささやかだけれど、それがわたしの『幸せ』なんだよね。
……そういえば、れいなの『幸せ』ってなんだろ? 後で聞いてみようっと。答えてくれなさそうな気もするけど。
そんなことを考えている間にお湯は沸いた。
- 53 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:16
-
「お茶淹れてきたよ。蜜柑とお煎餅はなかったけれど」
声をかけて部屋に入ったけれど、反応はない。
「ありゃ? れいな?」
コタツに近づく。
むぎゅ。
……なにか……踏んだ。恐る恐る足を上げる。
そこにはノシイカになったれいながの姿が。
「きゃ〜!?」
慌ててお盆をコタツに置いて、れいなを抱え上げた。
「れいな、大丈夫!?」
がくがく揺すると、れいなはぼーっとした目でわたしを見た。
「コタツ潜ってたらウトウトしとったけん。すると急に花畑が見えて……」
「それ、思いっきりあの世の入り口じゃない!」
意識がはっきりしたれいなに、さっき踏んづけたことを話すと、にゃるほど、と呟いてから、
「あやうく絵里の足の下で若い命を散らすとこだったばい」
ぶるると身を震わせながら言った。
- 54 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:17
-
気を取り直して。
ちょっと濃くなった緑茶を湯呑みとコップに注いで二人で飲む。
「ふわ〜落ち着くぅ。おいしーねえ」
「ん」
れいなもズズーっと飲んでる。
そうだ。さっき思ったこと聞いてみようっと。
「ねえ、れいなにとって『幸せ』ってなに?」
れいなは目を丸くして、なにを言うけん突然? と聞き返してきた。いいじゃん教えてよ、と食い下がると、急に苦い顔になった。
「そ、それは……言えんばい」
「なんでよお」
予想通りの答えだけれど、ムカツく。
教えて、教えてよぉと更に食い下がると、
「あーやかましか! あとで言うけん!!」
……キレられた。
それでも「後で言う」という言葉を信じて、約束だからね、と言うとしぶしぶ頷いた。
- 55 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:17
-
コタツに入りながらのほのほ窓から空を見上げると、太陽が時折雲間から顔を覗かせる程度のお天気。顔を動かしれいなを見ると、マンガを読んでいた。
コタツも出したことだし今日一日どうしようかなぁ。
そうだ。ぴこーん! 頭上で電球が輝く。
わたしがコタツから出てコートを着てマフラーを巻くのを、れいなはマンガから顔を上げて静かに見ていた。
「れいな、一緒にお出かけしよ」
「なん? 煎餅でも買うてくると?」
「そうだ、お煎餅も買ってこようっと。じゃなくてレンタルショップでDVD借りてこようかなって。で、その後お散歩しようよ」
わたしがうきうきしながら言うと、れいなも楽しそうになった。
「よかよ」
そう言ってわたしのカバンに入ろうとするれいなを「違うよ、こっち」と制してわたしのマフラーの間に入れた。
「うへへ。これで以前のれいなと同じ目線だよ」
「久しぶりの高さっちゃ」
そう言ってれいなはマフラーをきゅっと握った。
- 56 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:17
-
近所のレンタルショップまで歩いて、中に入る前に、マフラーにしがみついていたれいなを掬ってカバンに入れる。
「お店の中ではちょっと隠れててね」
「分かったけん。ところでなに借りると?」
「ノンフィクションにしようかな。後で一緒に見ようね」
こっくり頷いたれいなに安心して、ジッパーを閉じた。
お店の中に入って、恋愛ものもアクションもののジャンルも通り抜けて、お目当てのジャンルの棚に向かう。なににしようか少しだけ棚の前で考えてから、一つだけDVDを掴んだ。
レジに行ってお金を払って。
レンタルショプを出て、今度は隣にあるコンビニへ。お煎餅の袋を掴んで、それと肉まんを一つ買って外に出た。
ちょっとだけ歩いて人目が少なくなったところで、カバンかられいなを取り出して再びマフラーの間に入れた。
それから、近くの河川に向かう。川べりの道は、平日ということもあって、わたしたち以外は誰も歩いてなかった。コンビニの袋から肉まんを取り出して半分に割って。半分をれいなに渡すと、れいなは両手を広げてそれを抱えた。
ほかほか湯気を出す肉まんを食べながらぽくぽく歩く。冷気を帯びた風が肉まんの湯気をたなびかせていく。
「美味か」
口をもぐもぐさせながられいなが呟く。わたしも「美味しいねぇ」と相槌を打った。
「久しぶりに外に出たけん。昨日はずっと絵里のカバンの中だったし。なんか、風景が新鮮に見えるっちゃ」
れいなの弾んだ声を聞いて、自然と頬が緩む。わたし、良い提案したなぁ〜♪
肉まんを食べ終え、それでもしばらく歩いていたんだけれど、れいなが、
「寒くなってきたっちゃ」
と言い出したので帰ることにした。
- 57 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:18
-
家に帰ってリビングのテーブルにれいなを置くと、
「絵里、結構体冷えてしまったけん。悪いけどお風呂入りたか」
自分の腕を抱えながられいなが言った。
ありゃりゃ、大変。れいなの顔、白くなってる! わたしは慌ててお茶碗風呂の用意をした。
「気持ち良か〜♪」
肩まで浸かりながらじっくり温まるれいな。極楽そうなその笑顔に、わたしまでトロけそうになってくる。
ぴちゃん、お湯から手を出してお茶碗の縁に触れる。
「もう足は縁に届かなくなってしまったけん」
足も出してぴこぴこ動かすけれど、確かにれいなの足は届いてなかった。
「あたし、どこまで縮むんだろ……」
呟いた問いかけに、わたしは答えることは出来なかった。
- 58 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:18
-
れいながお風呂に入った後、わたしも入り、二人で部屋に戻る。
「れいな、借りてきたDVDを見よう」
コタツに入り、お煎餅を菓子皿に入れ、早速ショップの袋をばりばり開ける。
「じゃーん」
掛け声と共に袋から取り出したDVDのパッケージを見て……れいなは顔を青ざめさせた。
「ね♪」
安倍さんに負けないくらい天使の笑顔で言ったのに、れいなはじりじり後ずさりして――ぴゃ〜っと逃げ出した。
甘い! 4cmなれいなの歩幅なんて知れたもので、素早く腕を使って通せんぼでして捕まえた。
捕まえてもれいなは手の中で「離しんしゃい〜」とジタバタしてる。
「さっき一緒に見てくれるって言ったじゃない」
わたしが借りてきたそれは『超こわい話シリーズ ○川○二のあまりにも怖すぎる話 上』だった。
「絵里、ノンフィクションを借りるって言ってたっちゃ!」
「ノンフィクションじゃない、これ」
「ノ、ノンフィクションでもホラーやけんそれ! てか季節外ればい!!」
れいなはまだ手の中でじたばたしてる。
「まーまー、寒い季節に見るホラーもオツだってば」
「どこがやけん!」
- 59 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:18
-
暴れるれいなを片手で捕まえたまま、もう片方の手でDVDプレーヤーを操作する。再生ボタンを押したところで、両手の指を使ってれいなを羽交い締めしてTVに向き直らせた。
「絵里の鬼ぃ〜!」
――その晩。れいなの泣き声と叫び声が部屋中に響き渡ったことは言うまでもありません……。
- 60 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:19
-
そーれっから。
DVDが終了したところでプレーヤーから取り出し振り返る。と、顔中を涙まみれにしたれいなが、わたしがコタツの上に置いた専用ベッドに、わたしに「おやすみ」を言うこともなくすっぽりと頭まで入ってしまった。
……イジメすぎちゃったかな。これもれいなが可愛い反応してくれるからなんだけど。
仕方ない、わたしも寝ようっと。
「れいな、わたしも寝るね」
一応声をかけて照明スイッチに手を伸ばすと、
「で、電気は点けといてほしか!」
布団の中から震える声でそう叫ばれた。
「はいはい」
ニヤけた顔を隠すこともせず、わたしも布団に入る。
- 61 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:19
-
………………。
布団の中でうとうとし始めたところで、わたしは急に悩み出した。
どうしよう……。
このまま寝てしまうのがベストなんだけど……。
意識し出すと限界が近くなった気がする……。
でも……。
う〜…………。
意を決して跳ね起きる。そして、コタツに近づき、れいなをベッドごと持ち上げた。
「う? どげんしたと絵里?」
振動で目が覚めたのか、れいなが目をショボショボさせて顔を布団から出した。
わたしはなにも言わずにベッドを運んだまま部屋から出る。
少しだけ歩き、『W.C.』のプレートが掛かったドアの前にベッドとれいなを置いて……中に入った。
「絵里も怖かったんかい!」
「わ、悪かったわよ!」
廊下から華麗なツッコミが聞こえ、思わずトイレから反論した。
こうして、れいながちっちゃくなって四日目の夜が過ぎていった……。
- 62 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:19
-
* * * * *
- 63 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:20
-
れいながちっちゃくなって五日目。
「……3cm」
わたしが言った測定結果に、目に見えて落胆したれいな。その姿は、見ててあまりにも痛々しかった。
「れいな」
手の平で包み込むと、大人しく包まれてくれたんだけど、顔を上げないれいな。
無言のままのれいな。
わたしはれいなを包んでいた手の平をそっと外し、携帯電話を手に取った。アドレス帳を開いて、ある番号に電話する。
「おはようございます。亀井です」
「すみませんが、熱を出してしまったので、今日はお休みさせていただきます」
「――はい。それでは失礼します」
通話を終了して携帯電話を閉じる。れいなのほうを向くと、目を丸くしながらわたしを見上げていた。
「絵里、風邪引いたと?」
「違うわよ」
「でも今『熱が出た』って」
「それは嘘だよ。今マネージャーさんに電話したの、今日は休むって」
「なんでばい」
「だって……」
人差し指でれいなの頬に触れる。
「れいなのこと、放っておけないよ。家に置いといても、この前みたいにカバンに入れても、わたしはお仕事に集中できない」
「絵里……」
「今日はずっと、れいなの傍にいる」
れいなは、しばらくわたしを見ていたかと思うと、わざとらしくはあっとため息をついて、
「絵里はガンコもんやけん、あたしがなに言っても無駄っちゃね」
苦笑いしながらそう言った。
- 64 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:20
-
傍にいる、と言っても特になにかするというわけでもなく、二人で昨日出したコタツに入った。
朝ご飯代わりにわたしはあんパンを、れいなはメロンパンを食べながら、ぼんやりとTVを見る。
「DVD、もう一つくらい借りてこれば良かったね」
「ホラー以外なら大賛成ばい」
がしがしメロンパンを食べながられいなは言った。
- 65 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:21
-
食後の腹ごなしとして、れいなはコタツの上でストレッチを始めた。わたしもそれに付き合って柔軟体操で体をほぐしたり、腹筋をするれいなの足を人差し指で押さえたりして手伝ったりもした。開脚して体を前に倒すれいなの背中を押したら、
「あだだだだだだっ」
と悲鳴を上げられたりした。
オセロ盤を取り出して、二人で勝負した。れいなはマス目に駒を置くのが精一杯だったので、わたしがれいなの分も引っくり返した。
勝負が終わると、れいなの駒の黒が盤上を埋め尽くしていたことが正直気に入らなくて、「えいっ」
「おわっ、危なか!」
ピシッと駒を一つれいなに向かって指で弾いた。
オセロ盤を片付けたら、お煎餅を齧ったりお茶を飲んだり。
――特別、なにをするでもない、不自然なほどの平常。
唯一の不自然といえば、わたしがれいなから片時も目を離せないことくらい。ていうか離したくなかった。だって寝てる間だけ体が縮む、というわけではないかもしれないし。こうやっている間にも、実は縮んでいるのかもしれないし。
- 66 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:21
-
お昼ご飯のオムライスを、チキンライスの中を探って鶏肉を選んで食べたりグリーンピースを弾き出すところ、ちっとも変わってない。
ねえ、れいな。ちっとも変わってないから、余計不安になっちゃうよ。
れいなの傍にいても、不安と心配で胸が苦しくなるよ。――こんなこと、初めてだよ。
昨日より更に大きくなったお茶碗風呂。もうれいなが中心で思いきり手を伸ばしても、縁に届くことはなくって。
わたしは、れいなのお茶碗風呂の姿を見ても、一昨日のように幸せな気分には浸れなかった。
- 67 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:21
-
わたしのお風呂も終わり、部屋で髪を乾かしていると。
「絵里、ちょっと」
コタツの上にいたれいなが真剣な顔でわたしを呼んだ。
「なに?」
「コタツの上に顎をのせてほしか。んで目を閉じて」
「?」
わけが分からないけれど、言われたとおりにして目を閉じた。
たたたっとれいなが近寄る足音がする。
そして。
- 68 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:22
-
頬に柔らかな感触が押し当てられた。――それは、どんなに小さくても忘れることのできない、れいなの唇の感触。
驚いて目を開けると、れいなが近くにいて、優しく笑っていた。
「好いとーよ」
「れいな……」
「恥ずかしくってあんまり言えんかったけど、絵里のことばり好いとー。……消える前にどうしても言いたかったけん」
わたしはれいなにゆっくり手を差し伸ばし、その中に包み込んだ。
「絵里もれいなのこと大好きだよ。だから――」
息を飲み込む。
「だから、消えないでよ」
わたしの切実な願いに、れいなは寂しそうに笑って首を横に振った。
「身長が13cmからいきなり5cmまで縮んだこともあったっちゃろ? やけん、明日も存在できるって保証はないけん。もしかしたら……明日は小さくなりすぎて消えてしまう可能性もあるばい」
「でも……」
わたしの言葉を手で遮って、れいなは話す。
「それと、昨日聞いてきたちゃろ。あたしにとっての『幸せ』ってなにか。それは――」
言葉を切って、顔を赤らめながられいなは言った。
「それは『絵里の傍にいること』やけん」
「れいな……」
れいなは言ってから、ヤンキー座りをしてぶはあっと息を吐いた。
「あー恥ずかしか! こんなのあたしのキャラじゃないっちゃ!」
俯いて、耳まで真っ赤にさせながら苦々しく言う。それから、呟いた。
「ばってん……言わずに消えることはできなかったけん」
- 69 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:22
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「消えちゃやだよぉ……」
れいなを直視できず、俯いて出た声は涙声だった。ぽたり、手の甲に雫が落ちる。
「あたしの意思でどうにかなるのなら――今すぐ元の身長に戻って絵里を抱き締めたか……」
弱々しいその声は、今口にした願いが叶わないことを示していた。
コタツにかけていた手に、れいなの手が触れた。――どんなにちっちゃくなっても、れいなの手はいつもと変わらない温かさだった。
- 70 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:22
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その夜、わたしたちは一緒の布団に入った。手の平ですっぽり覆えるくらい小さくなったれいな。
ねえ、れいな。狭い狭いって言いながら二人で入ってたシングルベッドが今はすごく広く感じるよ。
小さな寝息が聞こえてきたところで、そっと覗き見る。豆球の下でも分かるくらい、れいなの顔は涙で濡れていた。
- 71 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:23
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* * * * *
- 72 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:23
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「ぅ……ん」
日が昇り、覚醒寸前の浅い眠りの中、寝返りを打つ。なにか、ぶつかった、そう意識した瞬間。
「ふぎゃ!」
おっきな声で目が覚めた。目をこすりながらゆっくり上半身を起こす。そしてベッドの横を見ると……。
「うぅ〜」
転がり落ちたらしく頭をさするれいながいた。……大きな姿で。…………すっぽんぽんで。
れいなは、わしわし髪を掻き混ぜながらぼんやりとした目でわたしを見た。
「お、絵里」
ちょっと生意気な声でわたしを呼んで、その後に自分の体に目をやって――。数秒固まったかと思うと。
「見るな! アホ!!」
真っ赤になってわたしに吼えた。
- 73 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:23
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素早くジャージを着込んだれいな。そして壁に沿って立ち、わたしに×印をつけさせる。床から×印までをメジャーで測ると――。
「えっと、151.7cm」
「すっかり元通りばい……」
呆然とした声でれいなが呟いた。
「しっかし本当にかみしゃまのイタズラなら身長、オマケしてくれても良かとやのに」
×印を睨みながらぶつぶつ言うれいな。そんなれいなを見てわたしは、
「おわっ、なんね!?」
思いきり抱きついた。
狼狽するれいなを尻目に、久しぶりにれいなの匂いを吸いこむ。
「れーな」
「なんね?」
「れいな」
「だからなんね?」
「れいなぁ」
「……」
本当に、前と変わらない。元に戻ってもちっちゃなサイズのところも、細い体も、生意気な口調も、偉そうな態度も、全然変わってない。
わたしのれいなが戻ってきたんだあ!
「おい」
べりっとわたしを引き剥がすれいな。
「今、とんでもないこと考えたっちゃろ」
「……えへ」
わたしの思考にだけ妙に感が鋭いところも変わってないや。
- 74 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:24
-
* * * * *
- 75 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:24
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「「おはよーございまーす」」
五日ぶりに二人で楽屋入り。
「あっ! れいな!」
「田中さん!」
「おっ、田中熱下がったんだ」
楽屋にいたさゆ・小春ちゃん・吉澤さんの視線と声がわたしの隣のれいなに集中する。
れいなは駆け寄ってきた小春ちゃんとハイタッチしてから、吉澤さんに体を向けて「ご迷惑おかけしました」と深く礼をした。そんなれいなに吉澤さんは「いーってことよ」とぴらぴら手の平を振ってから、「今日から休んだ分みっちり動いてもらうから」とニヒルに笑った。
そんな吉澤さんに苦笑いを返しているれいなの頭を、後ろからがしりと掴んだ人がいた。
「あっれー。見ない顔の人がいる。どちらさ〜ん?」
今来たばかりの美貴さんだ。
「ちょ、美貴ねぇっ。痛いっちゃ、掴む力が強すぎばい!」
「知らない人に『美貴ねぇ』なんて言われたくないなぁ〜」
頭を掴んだままゆらゆら揺らす美貴さん。口では酷いこと言ってるけれど、その顔はとても嬉しそうだった。
あったかい気持ちで見ていると。
「おい、絵里っ、のほほんと見てないで助けんしゃい! ああああああ……」
脳みそをシェイクされて目も回ったれいなが、悲壮な声を上げたので、慌てて二人の間に割り入った。
- 76 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:24
-
「ふう〜、やっぱ久しぶりにみんなと仕事して疲れたっちゃ」
復帰してみんなからの洗礼を受け、無事撮影も終えたれいなは、わたしの家に戻るなり、バッグを放り投げてソファに体を沈めた。
「久しぶりに働いたから汗もかいたでしょ。ご飯の前にお風呂入ろ」
「頼むっちゃ」
浴室に向かうわたしに、れいなは手の平をぴらぴら動かした。
栓をしてお風呂のスイッチを入れながら、今の状況を反芻する。
……なんだか、疲れた旦那様に甲斐甲斐しくお世話する新妻みたい♪
ぽわぽわした気持ちで、ふんふんと鼻歌を歌いながらタオルも用意した。
- 77 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:25
-
二人で意味無くテレビを見ていると『お風呂が沸きました』と自動音声が知らせてくれた。
「絵里、先に入ってよかよ」
テレビから目を離さず言うれいなに、わたしは首を横に振った。
「れいな、約束覚えてる?」
「へ?」
テレビから目を離して不思議そうに見つめるれいなに、にっこり笑いかけた。
「言ったじゃない。『体が元に戻ったら一緒にお風呂、入ろうね』って。れいな、いいよってOKしたじゃない♪」
首から顔にかけて、れいながみるみる赤くなっていく。
「なっ、ばっ、あれは……っ!」
慌てふためくれいなに、わざと悲しそうな顔をしてみせる。
「約束したのに破るんだぁ、ひどーい」
「うぐぐ」
しばらく手をグーパーさせていたれいなだったけれど、赤い顔のままうな垂れた。
「や、約束は守るけん……」
やったー!!
えいどりあーん、て叫びながら天に拳を掲げた。
- 78 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:25
-
ぱちゃり、水面に小さく音をたてて波紋が広がる。
「いいお湯だねぇ、れいな」
話しかけてもれいなは無言のまま。濡れた髪からはみ出てる耳は真っ赤っ赤。
ゆっくり手を動かし、お湯を波立たせる。
「ちょっと狭いけれど、気持ちいーね」
やっぱりれいなは無言。
むぅ、ちょっと寂しいぞ。
れいなの腰に回していた腕を軽く引き寄せる。
「え、絵里っ」
たまらない、といった感じにれいなは声を上げる。
「くっつきすぎやけん!」
叫び声に近いそれを無視して、更に腕に力を入れた。そしてれいなの華奢な肩に顎を乗せる。
そう、みなさんのご想像通り、わたしはれいなを後ろから抱き締めていた。
わたしが手を動かすたびに、れいなは体を過剰反応させて震わせるから、ちょっと面白い。
「だってれいなが気持ち良いんだもん」
わざと耳の傍で話しかけると、れいなは小さく体を反らせた。
「ば、ばってん……」
「な〜に?」
「さっきから背中に当っちょるけん!」
「なにが〜?」
気づかないふりをして、れいなをさらに引き寄せた。
「言わせる気か! 馬鹿!!」
- 79 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:26
-
そーれっから♪
お風呂から上がっても、わたしの部屋に入っても、まだ全身を赤くさせていたれいな。お風呂だけのせいじゃないと気づくわたしは名探偵♪
「まったく……のぼせるところやったけん」
「お風呂に? それともわたしに?」
「両方ばい!」
叫んでみせても、今のわたしにはさらに機嫌が良くなるだけだよ。れいな。
「とっとと寝るばい」
れいなはさっさとお布団にもぐりこむ。わたしも慌てて電気を豆球にしてお布団にもぐりこんだ。
暗い照明の中、手探りでれいなの体に触れ、抱き締める。
「なん? まだくっつき足りなかと?」
まだ不満そうな声。
「そうだけど、そうじゃないよ」
「はぁ?」
「だって、こうやってくっついて寝るの、久しぶりだよ?」
「……そうやったけんね」
れいなも腕を伸ばし、わたしの背中に腕を伸ばしてくれた。
「おやすみ、れいな」
「おやすみ、絵里」
お布団の中で抱き締めるれいなは、やっぱり前と同じくらいに暖かかった。
わたしは久しぶりの感触に酔いしれながら、意識を手放した……。
- 80 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:26
-
* * * * *
- 81 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:26
-
カーテンの隙間から射す光。チュンチュンと微かに聞こえる雀の声。
ん……もう朝かぁ。
ゆっくり瞼を上げると、見なれた天井が映る。…………あれ、なんだか天井が遠い気がする……。
「……り、絵里」
あ、れいなの声。首を動かすと愛しい人の顔が見える。…………って、あれ? なんだかれいな、大きくない?
瞼を擦って体を起こす。…………あれ? なんか違和感が。
- 82 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:27
-
……?
……??
……!?
えっ!?
「今度は絵里がちっちゃくなったけんね」
どこか呆れたようなれいなの声。
って今、なんて言った!?
脳みそを急いで起こす。……部屋も、机も、枕も、目覚まし時計も、全てが大きくて広い。…………もちろんれいなも。
「え……ええ〜っっっっっっっっ!?」
爽やかな朝の中、わたしの絶叫が響いた……。
- 83 名前:みにちゅあ。 投稿日:2008/04/09(水) 16:27
-
終われ。
- 84 名前:石川県民 投稿日:2008/04/09(水) 16:31
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こんな感じです。
年代も季節も外れっぱなしです。眩暈や頭痛を感じられた方はこれ以上読まれないほうが賢明です。
こんな感じで色々書きます。
次は某個人サイトサマに押し付けたれなえりです。
ではスタート。
- 85 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:31
-
ぽくぽくと、ライオンが一匹サバンナを力無く歩きます。
「百獣の王だなんて言うけん、友達まったくおらんなかと…」
呟きはライオン本人にしか聞こえません、土と岩と少しの雑草しかないサバンナを歩き、その内に人間が作ったぼろぼろの吊り橋を渡ります。ライオンはサバンナ中の動物達から怖がられ、嫌われていました。
友達のいないライオンはどこか違うところへ行こうと思ったのです。
- 86 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:32
-
「あんた誰やけん…」
あてもなく歩いた吊り橋の向こう側には、ライオンによく似た姿の花が一本、ぽつんと咲いていました。
そして花の上には浮遊するように花の精が佇んでいました。もちろんライオンは初めて見る花の精に、内心どきどきしていました。
花の精はライオンに気付くと、ふにゃりと笑って、ちょこんと頭を下げました。つられてライオンも頭を下げます。
「あんた…一人?」
くるりと辺りを見回しても他の花の精は、そして花本体も見当たりません。
花の精はこっくり、頷きました。
あたしと同じだな、ライオンはそう思いながら、ゆっくり近づきます。――花の精は今までライオンが出会った動物達と違って、逃げたり隠れたりすることはせずに、微笑んだままその場に浮遊しています。
ライオンは目を丸くしました。
「あたしのこと、怖くなかと?」
花の精はこっくり頷きます。
「…逃げないでいてくれると?」
さらにもう一つ、頷きます。
ライオンは震える口から今まで言いたくても言えなかった言葉を吐きました。
「あたしと…友達になってくれると?」
花の精は、ぱあっと――文字通り花が咲いたように笑って、大きく頷いてくれました。
サア――ッと風が吹きぬけました。花も、ライオンの金色の毛並みも、そしてライオンの目から流れ出た涙も棚引きました。
ぽろぽろ、涙を流すライオンを見て、おろおろ、花の精は慌てました。
「大丈夫たい、どこか痛いわけじゃなかと…」
不安な顔をする花の精に、ライオンは泣きながら笑ってみせました。
頬を伝う涙は、ライオンが今まで感じたことがないほど温かでした。
- 87 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:32
-
………。
それ以来、ライオンは毎日ぼろぼろの吊り橋を渡り、花に…友達に会いに行きました。花は毎日、ライオンを同じ場所で、同じ笑顔で迎えてくれます。
「あたしの言葉、変わっとると思っとーと?」
花の精はこっくり、頷きます。
「あたし、ここより暑い地方のサバンナで生まれたけん。そんで……おとーしゃんやおかーしゃん、おとーととも離れて、あたしだけがここに来たばい……」
ライオンが寂しそうに言うと、花の精はしゃがみ、ライオンと同じ目線になってから、自分を指差しました。
「なん…?――あんたも同じ?」
花の精はこくこく、頷きました。
「それならあたしら、似たもんどーしたいね」
ライオンがぎこちなく笑うと、花の精は恥ずかしそうに笑いました。
- 88 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:33
-
………。
さあさあと、サバンナには珍しく雨が降る日でした。
ライオンはいつものようにぼろぼろの吊り橋を渡ります。今日は太陽の昇る岩山で拾った、花によく似た金色の小石がおみやげです。
吊り橋を渡りきると、花の精が不安げに雨雲を仰ぎ見ていました。それでも、ライオンがやってきたことに気付くと、その名の通り花が咲いたような笑顔をライオンに向けます。
「今日はおみやげがあるたい。キレイちゃろ?あ、…あん、あんたに似てたから持ってきたっちゃ」
花の精は、顔を赤くしてどもりながら話すライオンをいとおしそうに、目を細めながら見つめました。
………。
いつの間にかうつらうつらとしていたライオンは毛皮にあたる雨の痛さに目を覚ましました。寝ぼけ眼で空を見上げると、優しく起こす、なんて言葉とは程遠いくらいにライオンの寝起きの顔を雨は叩きます。
花が心配した通りの天候になってしまいました。ぴゅうぴゅう吹いていた風は、びょおびょおと怪物の唸り声のような声を出して吹き荒れ、崖ではごおごおと渦を巻かせます。ぱらぱら降っていた雨は、ばしばしと土や岩を、そしてライオンも花も叩き出しました。ごろごろと遠くの空で唸っていた雷は、ライオンたちの真上で唸り、金色の牙を雲の隙間からちらつかせました。
風に殴られ雨に蹴られ雷に脅され、花は花びらを落とし、花の精は怯えた表情で蹲ります。それを見てライオンは慌てて覆い被さりました。花の精が涙目でライオンを見上げると、ライオンは気丈に笑いかけます。
「盾になったるけん…泣かんでも大丈夫ばい、あたしが――守っちゃる!」
ライオンがきっぱり言いきっても、花の精は益々困った顔をしながら口をへの字にして逃げるように伝えます。
「なんさね、なーんも心配することなかとぅ」
それでも、花の精は身振り手振りでどいて逃げるようにと伝えます。が、ライオンは頑として動きません。
「こげんに怯えちょるあんたを残していくことのほうが怖いけん」
それでも、ふるふる首を振ります。
- 89 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:33
-
ライオンと花の精が逃げる逃げないで揉めている間も、空は遠く狭くなり、風と雨と雷はさらに強くなっていきます。―――花の精が青ざめた顔でライオンの後ろを見ました。ライオンもつられて振り返ると、ぼろぼろの吊り橋がまるで大蛇のようにうねうねとその体を波打たせておりました。
そしてうねうねと波打っていた吊り橋は、その内にがっくんがっくんと上下に暴れ出し、ぶちぶちぶちぃぃっ!と嫌な音をたててロープが切れ、谷底へと落ちてゆきました。
花の精はそれを悲観した顔で見届けてからライオンに目をやります。ライオンも首を戻して花の精を見つめます。――そして、にっかり笑いました。
「あたしのこの元気な声、聞こえとーと?」
花の精はゆっくり…こっくり、頷きます。
「あたしは百獣の王やけん、たかが吊り橋が切れるくらいの嵐なんて全然平気たい!」
いとおしげに前足でちょいちょいと花に触れ、呟きます。
「…あんたを泣かせたりしないっちゃ……」
抱き締めるかのように両前足で花を囲み、顎を上に乗せて屋根にします。――あんたはこんな冷たい雨の温度なんて生涯知らなくていいっちゃ――そう心の中で言いながら。
- 90 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:33
-
………。
雨は止むという言葉を知らぬかのように、世界にあるもの全てを流すかのように、絶え間なく強い雫を大地に、岩に、道に、そしてライオンに叩きつけます。雷も、時折ライオンの近くの地面に牙を突き立て、その度に花の精は震えました。
「大丈夫やけん…」
最初は花と花の精に気丈に笑いかけていたライオンも、体力と気力を削られて弱々しい笑みを浮かべつつも震える息を吐き出すようになりました。
「もし…」
ぽつりと吐き出された言葉に、花の精は不思議そうに首を傾げました。
「もし生まれ変わることができるのなら…あんたのようになりたか。あんたのような姿だったら…みんなに嫌われることもなく……愛してもらえとったかもしれんばい」
花の精は顔を歪め――口を開けて、また閉じて。肯定も否定もせずに、ただ静かにライオンを見つめました。言葉を発することのない口の代わりに、ひたすら目で自分の想いを伝えます。そしてそれはしっかりとライオンに通じました。
「あぁ…確かにそうやけんね。サバンナの動物全員に怖がられたこんな姿でも、あんただけは好いてくれたばい…あたしは贅沢者たいね…」
- 91 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:34
-
雨は一晩中降り続け、風も一晩中吹き荒れ、雷も一晩中地面に牙を突き立てました。
うっすらと陽の光が辺りを照らし始めたころでしょうか。黒雲が散り散りになり、雷は牙を剥くことを止め、風も勢いを弱め、雨は降ることに飽きたようでした。
「もう、大丈夫、たい…」
そう呟き、鉛のように重く感じる体を、力を振り絞って花の上からどかせ、どさりと花の隣に横たわらせました。目を閉じて熱い息をゆっくり吐き出します。
――ライオンには今まで感じたことのない充足感がありました。一晩中雨に打たれた体は寒いはずなのに、心は不思議と暖かだったのです。きっとこれが答えなんだ、ライオンはそう思いました。そして、寒いとか痛いとかの思いは花が奪ってくれたんだ、ライオンはそうも考えました。
ゆっくりと目を開けて霞む視界の中、花の精は泣きながらなにかを叫んでいます。
――なんで泣くたい?あたしは泣かせたくなかったばい…そう口にしたつもりでしたが、ライオンの喉はひゅう、としか音を出しませんでした。
“………………!!!!”
花の精が泣きながら叫ぶ言葉は声として、音としてライオンの耳に聞こえるものではありませんでした。けれど――ライオンは頷きました。そして最後の力を振り絞って笑いかけまたのです。
「…分かっとるばい……一人にせんよ、ずっと…一緒やけん……寂しい思いなんか…させんた…ぃ……」
ずっと――…。もう一度そう呟いたところでライオンは目を閉じて。か細く出ていた息も止まり…そして…………動かなくなりました。
- 92 名前:ダンデライオン 投稿日:2008/04/09(水) 16:34
-
……。
嵐の季節は過ぎ、再び春が訪れました。
あの崖の近く…寂しがりやのライオンと泣き虫な花がいた場所には今、二人の姿はありません。
ですがあの花……タンポポが、ライオンの毛並みと同じ色の花を咲かせながら一面の大地に金色の化粧を施しています。穏やかな風に吹かれ、さわわと揺れるその姿は、とてもライオンに似ていました。
了。
- 93 名前:石川県民 投稿日:2008/04/09(水) 16:36
-
それでは次デース。
これも某個人サイトさまに押し付けた話です。
後紺でGO。
- 94 名前: Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 16:36
-
12月24日。アパートの郵便受けに、乱暴に一通の手紙が入れてあった。封筒の表にはアタシの住所と名前が丁寧で綺麗な文字で書かれてあった。左上には切手と押し印もある。裏返すと、やっぱり丁寧で綺麗な文字で『紺野あさ美』と書いてある。
紺野から、手紙が届いた。
半ば夢を見ている気持ちで階段を上り、自分の部屋に入る。ドアを後ろ手で閉めた所でおもむろに糊付けされた封を剥がす。ぺりぺりと、乾いた音を立てて簡単に開いた。
アタシが紺野の葬儀から帰ってきた直後の出来事だった―――。
***** *****
- 95 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 16:37
-
***** *****
「はぁ?ぼらんてぃあ?」
「オゥイエース!ごっちんオ願いシマース!」エセ外国人の口調と身振りでヨシコは頭を下げた。
「イヤ」
きっぱり断って、喫茶店の薄いコーヒーに口を付ける。
「そんなこと言わないで。ごっちんにしか頼めないんだってばさ」
女の子に大モテなその甘いマスクをへにょへにょと崩してヨシコ――吉澤ひとみ、アタシの親友――は手を合わせる。
「ボランティアサークルへのボランティアなんて聞いたことがないよ。つーかさ、梨華ちゃんに頼めばいいじゃん梨華ちゃんに」
元々ヨシコをサークルに入部させたのは梨華ちゃんなんだしさ、そう付け加えてコーヒーとセットになっているチーズケーキを一掬い、口に入れる。
「いやアイツはもう他の子の担当になってるから」
――アイツ…ねぇ。付き合い始めは『梨華ちゃん』だったのに随分と自分の女房のように言うようになったものだ。
- 96 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 16:38
-
「とにかくアタシ忙しいし」適当な嘘でごまかそう、うん。
「あれ?この間までバイトしてたコンビニでチーフセカンド殴ってクビになったばかりじゃなかった?」
確か三日前だったよね、そう余計なことまで付け加えて不思議そうに言う。
――今回ばかりは、彼女に何でも話す自分の習性を呪った。
「……だってあいつ手ぇ握ったりお尻触ってきたりするんだもん…」
「ごっちんの悲痛な身の上と心情はもう聞いたからさ、次のバイトが決まるまでの暇潰し程度に思っても構わないから」
この通り、と再び手を合わせて拝み倒す。
「…ヨシコは色々と忙しいもんね、ガッコ行ったりバイト行ったりサークルに参加したり、梨華ちゃんといちゃいちゃしたりで」
どうせアタシは………なんて思っていると、
「ごっちぃ〜ん〜〜」
情けない声を出す親友。
…なんかかわいそうになってきた。―――しょうがないなぁ。
「……今日、ここの会計を払ってくれるなら、引き受けてもいいよ」
チーズケーキを食みながら手を打つ条件を言うと、ヨシコは目をきらきら輝かせた。
「まじで!?よーし今日はこのひとみ様がオゴってあげようじゃないか!」
舞台俳優かと言いたくなるほどの手振りで自分の胸を力強く叩いた。
…よし、オゴりというのなら。
片手でメニューを開いて横を通ったウェイトレスさんに声をかける。
「すいません、追加でミックスサンドとチョコレートパフェお願いします。あと食後にカプチーノも」
視界の隅でヨシコが顔を引きつらせたのが見えたけど、あえて何もツッこまずにおいた。
- 97 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 16:38
-
***** *****
ボランティアってのはなんのことはない、週三回、大学病院で長期入院をしている人の話し相手をする、というものだった。
エレベーターで六階まで上がってナースセンターの受付口でヨシコの所属する大学サークル名を告げる。
見舞い客の記帳ノートに自分の名前を書いたら「601号室です」と告げられた。
のっそり歩いてドアの前に立つ。右上のプレートに『紺野あさ美』とマジック書きされていた。アタシは現時点でやっと自分が担当する相手の名前を知った。
指の骨で引き戸をノックすると、すぐに「はい」と返事がした。――思ったよりも若い声。おばあちゃんくらいの年齢の人を想像していたから余計に驚いた。
ゆっくり、引き戸を開ける。ベッドに上半身だけ起こしながら顔をこっちに向けている人を見て、再び驚いた。――どう見てもアタシより年下の子だったから。
- 98 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 16:39
-
艶やかな長い髪に、ぷにっとしたほっぺと、ぽってりとした大きなタレ目。――“可愛い”の部類に余裕で入れる子。街角で立ってたら十五分以内でナンパされそう。
「あの…?」
突っ立っているアタシに首を傾げて尋ねるその子。軽く頭を下げて自己紹介。
「三王大学福祉サークルのボランティアの、後藤です」
「紺野あさ美、です」丁寧に、深々と頭を下げてくれた。
「えっと…、大学のサークルの方……ですよね?」
確認するように尋ねるので、首を振って否定する。ますます紺野…さんは首を傾げた。
戸を閉めて、照明を点けていない薄暗い室内に入る。寒そうなイメージとは裏腹に、部屋は暖房がちゃんと入っていた。…当たり前か。
足の方に置いてある丸椅子に座ると、控えめに「…できれば……こちらに来ていただけませんか?」と枕近くのベッド脇を指した。――自嘲な微笑を浮かべて「わたしの病気、うつるものじゃありませんから」と付け加えて。
「や、そーじゃなくて」
ずるずる椅子を引き摺って脇に移動する。
「体弱そうだから、アタシらが平気なバイ菌とかでも紺野さんにはヤバいのかなーと思ったから」
すとん、と座って言うと、さっきとは違う微笑を浮かべて、…ぁりがとうございます、と呟いた。
- 99 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 16:39
-
「紺野さん、先に言っとくけどアタシはサークルの人じゃないからね」
紺野でいいです、と言ってから不思議そうな表情をする。
「サークルの副部長を務めてるヨシコ…吉澤ひとみと高校からの友人でさ、人手が足りないから、ってことで参加してるの。そもそもアタシ大学生じゃないし」
その大きな目を開いて、ではなにを…?と尋ねてきた。
「なにもしてない、ただのぷーたろ。カタカナで言えばフリーター」
理解したのかしていないのか、いまいち判別しかねる表情の紺野さん…紺野。
「だから、そこんとこヨロシク」
両腕を組んでそう言い放つと、紺野はやっぱりぽけーとした表情で、
「あ…よろしくお願いします」
深々〜と頭を下げた。
……なんだかなぁ。
- 100 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 16:40
-
***** *****
「ごっちん、どうだった?初ボランティア」
いつもの待ち合わせに使う喫茶店。顔を見た途端コーヒーを啜りながら聞いてきた。
向かいに座ってテーブルにぐでーっとうつ伏せる。
「ヨシコー、辞退していい?」
「だめ」
即答かよ。
「ごっちんの担当する人、なんて名前だっけ」
「紺野あさ美、17歳。四月から入院してて退院の予定は未定」
数時間前に聞き出したことを喋ってから、注文を取りに来たウェイトレスさんにエスプレッソを頼んだ。
「一体なにが不満なのさ」
「なーんかね、空気が違うっていうか」
はあ?と顔を歪めるヨシコ。
「おっとりとしたですます口調にほやーんとした空気。――あぁ、あんなのアタシには存在しないっつーの。訳分かんない」
「あたしにはごっちんの言ってることがワケワカンナイ」
両手で髪をぐしゃぐしゃにしていると注文していたエスプレッソが運ばれてきた。
「……取り敢えず、まだ初見なんだからもうちょっとやってみてよ。明後日もよろしく」
「え〜」
イヤな顔でイヤな声を出すとヨシコは『にっこり』笑った……あ…怒ってるときの笑顔だこれ。
「次回からサボろうものなら――この間オゴった分、払ってもらうよ?」
財布からこの間のレシートを取り出し、アタシの眼前に突きつけた。
- 101 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/09(水) 17:06
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- 102 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:07
-
***** *****
「もう冬ですね…」
「そうだねぇ〜」
アタシの覇気のない返事も気にせずに、紺野は窓の外の景色を見つめていた。アタシも視線を外に向ける。葉が一枚もついていない、皺だらけの木と鉛色の空が見えるだけだった。――殺伐とした景色。
うんざりとした気分で視線を紺野に戻す。
今日は四回目の顔合わせ――初見から一週間経った。
「紺野は冬が好きなの?」
「好きですよ」
センチメンタルな心を持ってるんだなぁ――と思いきや。
「食べ物の美味しい季節ですから」
がくっ、ベッドに肘かけていた体がグラついた。
「中華まんとかシチューとかお鍋とか…」うっとりとした表情で語る紺野。
…………食べ物のことになると本当、顔つき変わるなぁこの子……。
詩を詠唱するかのように軽やかな声で話す。
「毎冬、家の前を通る焼き芋屋さんのトラックがあるんです。そこの焼き芋って、皮が色鮮やかな赤紫でして、中が卵黄のように濃い黄色なんです。味も色の濃さをそのまま味にしたようにお芋の味が濃くって…焦げた部分の味や匂いもお芋の風味を損なうどころか、逆に引き立ててくれているんです」
……細かい描写だこと。よっぽど好きなのね…。
「家の前を通る度にお芋を買っていたら、その内に売ってるオジさんと仲良くなりまして。オジさん、まけてくれたり小さなお芋をサービスしてくれてたんですよ」
「それは…」
紺野が可愛かったからじゃないの、そう言おうとして止めた。…アタシの柄じゃない。
「…今年も家の前を通ってくれてるのかな……」
想いを馳せるように遠い目をする。――つい、
「どーせアタシといたって、お腹は満たされないしね」
――つい、芋とオジさんに負けた気分になったので、そう言ってしまった。目を丸くしてこっちを見る紺野。
バツが悪くなり、俯く。……馬鹿だアタシ。芋に妬いてどうする、芋は焼くだけで充分だっての。
「そうですねぇ…」俯くアタシに降り懸かる言葉。
「後藤さんといると、心が満たされます」
- 103 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:08
-
思わず紺野を仰ぎ見た。――相変わらず、ほやーんとした空気を纏って控えめな笑みを浮かべている。…紺野、自分がなに言ったか分かってる?
「あ…そうそう、さっき談話室の前を通ったらツリーが飾ってあったよ」
気恥ずかしさを隠すため、よそよそしく会話を替える。
「そうなんですかぁ…もうそんな季節なんですねぇ」
アタシは頷く。ずっと病院にいる紺野は知らないかもしれないけど、街もすでにクリスマスムードが溢れ返り、駅前や商店街などあちこちで緑と赤のクリスマスカラーが目に付く時期だった。
「後藤さんはクリスマスにご予定は?」
「あ〜そんなもの、ないない」
ぴらぴら手を振って否定する。……恋人とは二ヶ月前、二股かけられてスパンと別れてやったし。――さすがにそんなこと聞かせられないけどね。
「あの…後藤さん」
ん?控えめに切り出された言葉の次を待つ。
「わたしに、クリスマスプレゼントを…ください」
「んあ、アタシぷーたろだから高価なものは無理だよ?」
幾らくらいならいいのかと聞かれたら――今月はかなりピンチだから小学生の小遣い程度の予算しか無理だなぁ…、内心で甲斐性のないことを考えていると、紺野は悪戯な微笑を浮かべた。
「いえ…後藤さんのお時間を、わたしにください」
- 104 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:09
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***** *****
「ゴトウサンノオジカンヲクダサイ…ねえ……」
白い息を吐きながら、紺野の言葉を反芻する。
帰宅ラッシュなのか、車が乱雑に大通りをひしめいていた。歩道を歩く通行人だって多い。前から来るコート姿のサラリーマンを避けながら足早に道を進む。――点滅している歩行者信号、間に合うかな?――あ、だめだ…。
仕方なく立ち止まり、何気なく遠くを仰ぐ。――熱を帯びているかのように赤いTV塔とは対比のように、深い深い紺色の空に浮く白銀色の月。空に佇みながら静かに威厳を放っていた。
信号が青になり、歩き始める人々と同時にアタシも歩く。後ろ髪を手で掻き揚げてマフラーの外に出しながら、TV塔の下に向かう。
向こうがアタシに気づき、大きく手を振った。小さく振り返してまっすぐ進む。
「んあ、紺野早いじゃん」
「後藤さんが遅いんですよ」
見慣れたパジャマ姿とは違う、茶色のダッフルコートに身を包む紺野が、いた。
- 105 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:09
-
――紺野の言うクリスマスプレゼントとは、なんのことはない、大通りで開かれるミュンヘンのクリスマスマーケットを一緒に見て回りたい、というだけのものだった。
アタシは顔を真上に上げてTV塔に掲示されてある電光時計を見やる。
「10分しか遅れてないじゃん」
アタシにとっては驚異的な早さだと思う。
「わたし30分前から待ってたんですよぉ」
それ早すぎない?そう伝えると、頬を少し赤らめて「すっごく楽しみにしてたんです…」と呟いた。
「それに、久々に外に出ましたし……」
確かこのために外出許可もらったんだっけ。
………遅れてきたこと、悪かったな。
ぶるっと身を震わせた紺野。――紺野、コート以外の防寒具つけてないじゃん。
寒い?そう尋ねると、少しだけ、という答えが返ってきた。
アタシはマフラーを外し、紺野の首に巻いた。
「えっ、あの別にいいですよ!」
「いーからーいから。マフラーしてるだけでもかなり違うし」言ってる間にもぐるぐる巻く。
「でも後藤さんが…っ」
「アタシは頑丈に出来てるから大丈夫」
それに紺野、病人でしょ?付け加えて言うと大人しく「…はい」と言った。
「アクリル100%の安物だから首がチクチクしたらごめんね?」
巻き終えてからそう言うと紺野は首を振った。
「あの…ありがとうございます」
「どーいたしまして。それじゃぁ行こうか」
手袋をしていない紺野の冷たい手を取る。…アタシもしていないから冷たいけど、繋いでたら温かくなると思うし。それにクリスマスマーケットは混んでるから、はぐれない意味も込めて。
先に歩き出すと、頬や耳の赤い紺野が慌てて横についた。……そんなに赤くなるほど寒いかなぁ…?
- 106 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:10
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***** *****
「わあ…っ」
横から軽い歓声が上がった。アタシも口の中で小さく唸る。
そこは日常とかけ離れた空間が広がっていた。
穏やかな照明で溢れ、綺麗に区画されログハウスを模した屋台が建ち並ぶ。あちこちのスピーカーからドイツのクリスマスソングが小さく流れている。
「…本場、ドイツでもこんな感じなのでしょうか……」
きょろきょろ辺りを見回しながら言う紺野。
「そうなのかもねぇ…」
ぼんやりと答えておいた。
鼻孔をくすぐる香ばしい匂いにそっちの方を向くと、紺野も同じ屋台を見ていた。二人で近寄ってみる。
そこは、ドイツのクリスマス菓子を販売している屋台で、クッキーにレープクーヘン、焼きアーモンドと置いてあった。人がひしめくその屋台に、試食用の焼きアーモンドがあるのに気づき、手を伸ばして二粒、掴む。
「はい」
手のひらを、紺野に差し出す。
「ありがとうございます…」控えめに一粒掴む。
もう一粒は口に放り込んで噛み砕く。――甘く、香ばしい香りが口いっぱいに広がった。
- 107 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:10
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「「可愛い…」」
今度は二人して目を奪われた。
クリスマス雑貨を扱うその屋台は、アタシたち同様に目を奪われたらしい女の子たちがひしめき合っている。
ツリーの飾りだという足の長いサンタやトナカイや雪だるまのぬいぐるみ、手の平に収まる小さな熊のぬいぐるみ、幻想な光を放つキャンドル。
二人、食い入るように見つめ、あれも可愛いこれも可愛いと、次々と手に取った。
紺野に気づかれないように小さく体を震わせた。あー…やっぱりちょっと寒い。体を温める飲み物でも売ってないかなあと思い首をきょろきょろさせると、爽やかな甘さを持つ匂いがした。
近づいた屋台はリンゴを使った飲み物やデザートを売っていた。数人並んでいる列の最後尾に迷わず並ぶ。紺野はそんなアタシを不思議そうに見つめる。
順番が来てホットアップルワインとホットアップルティーを一つずつ注文する、シナモンスティックの入った黄金色の液体が満たされた紙コップを一つ紺野に手渡した。
「ありがとうございます…あのお金……」
「んあ〜いらないいらない」
財布を出そうとする手を制し、紙コップに口を付ける。ワインの温かさが胃に広がった。紺野もおずおずと口を付けた。そして――。
「…あったかいですね……」と呟いた。
- 108 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:11
-
TV塔から一直線に続く大通りには、クリスマスマーケットのほかにも、ホワイトイルミネーションも始まっていた。せっかくなので電飾を付けた幻想的な木々の中を歩く。
首を上に傾げて歩くアタシと紺野。
「綺麗ですね……」
紺野の呟きに静かに頷いた。
上を向くと視界の隅に白銀色の月が見えた。地上を彩るイルミネーションと空で静かに威厳を放つ月。これも対比だな、と思った。
大通りを歩いていると何本かの交差点がある。アタシたちは何故か全ての交差点の信号に引っかかり、その度に突っ立っていた。
…まぁ、それはいいんだけどさ。しょうがないんだし。それより気になるのは――。
右方向を見ている紺野。アタシも同じ方向へ。
路駐され、エンジンどころか照明も点いているライトバン。後ろ座席の引きドアは開かれている。後ろからはうっすらと黒煙を上げていた。
紺野は熱い視線を送っていた、アタシはこっそりため息を付く。
なんで各交差点ごとに焼き芋屋のライトバンがあるのよ!?んあ〜ここは焼き芋通りかっつーの。
- 109 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:11
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「気になる?」
熱い視線を送る紺野に声をかけるとビクッと肩が上がった。
「い、いえっ、別に!」
――紺野が否定の言葉を発した途端。
…ぐう。
…紺野のお腹は正直だなぁ、とむしろ感心していると、当の本人は恥ずかしそうに俯いてしまった。
紺野の手を引いてライトバンに向かう。紺野はただ口をぱくぱく開け閉めして大人しく手を引かれる。
「オジさん、焼き芋二つちょうだい」
中でスポーツ新聞を読んでいたオジさんに声をかける、低く「はいよ」と言って、同じ大きさの芋を二つ、取り出して秤に乗せた。
お金を払ってアルミホイルに包まれた芋を一つ、紺野に手渡す。
「…すみません……」申し訳なさそうに受け取る。
「ん〜、どっちかっていうと『ありがとう』って言ってほしかったな」
そう言うと、深々と頭を下げられて「ありがとうございます」と言われてしまった。…あのね、芋一つでそこまでされても……。
「んあ、取り敢えず乾杯」
きょとんとした表情の紺野が持っている芋に自分の芋を軽くぶつけると、
「――あぁ」
納得するように頷いて、軽くぶつけ返してくれた。
――二人一緒に軽く笑い合う。
- 110 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:12
-
ぱこっ、二つに割って湯気を立てる中を齧る。――普通の焼き芋の味、乾いた甘さがぽくぽくと口に広がる。紺野を見ると、焦げた皮をぺりぺり剥がして齧っていた。
「紺野の家の前を通る焼き芋屋さんには劣る…かなぁ?」
口の中に芋を入れたまま言うと、紺野はぷるぷる首を振った。
「いいえ…今まで食べた焼き芋の中で一番……美味しいです」
俯いて齧る姿を見て、アタシは軽く首を傾げる。
「ふーん?」
そうかなぁ?普通の芋だと思うけど。まじまじと中の黄色を見て、齧る。――うん、普通の芋だ。
…ま・いっか。深く気にせず、喉につまりそうな焼き芋をぱくついた。
- 111 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:12
-
***** *****
――紺野との外出から数日後。
「おっす、ごっちん」
いつもの喫茶店、いつものテーブル席でモンブランをつつきながらヨシコは片手を上げた。手を上げ返して向かいの席に座る。
アタシがやって来たウェイトレスさんにガトーショコラのコーヒーセットを注文し、ウェイトレスさんが完全に去ってからヨシコはおもむろに話を切り出した。
「昨日さー、ごっちんの担当する紺野サンに会ったんだ。――可愛い子じゃん」
アタシはきつい目でヨシコを見据える。
「紺野にちょっかい出してないよね?」
こくこく頷くヨシコ。
「サークルの副部長として会っただけだから、そんな心配しないでよ」
それなら良かった。手ぇ出そうものなら、梨華ちゃんにあることないこと吹き込むつもりだったから。
「ごっちんはさ、まだ紺野サンの担当が嫌?」
首を振って否定する。
「今は紺野の担当で良かったと思ってる」
アタシは紺野に出会えたことを、素直にヨシコに感謝していた。
「そっか、ならいいや」
そこまで言ったところでガトーショコラが運ばれてきた。
フォークでガトーショコラを切り崩していると、ヨシコは深刻な顔をした。
「でもさ…あの子もかわいそうだよね」
「んあ?」
――あの子って紺野のこと?でもいたって健康体に見えるけど?
頭の中で疑問を感じていると、ヨシコは深く息を吐いた。
「余命いくばくもないもんなぁ…」
- 112 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:13
-
カシャン、取り落としたフォークが皿に落ちて響いた。
「ヨシコ、それどういうこと!?」
テーブルを叩き詰め寄るアタシに、目を丸くするヨシコ。
「ごっちん、知らなかったの?」
- 113 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:14
-
***** *****
ふらふら、力ない足取りでアパートに帰る道を歩いていた。――頭の中でヨシコの言葉が響く。
――あの子、脳に腫瘍があるんだって。手術で取り除くのが不可能なくらい深い部分に大きなやつが。…いつ破裂してもおかしくないんだって。
――だからってすぐに死ぬわけじゃないんでしょ!?そう反論すると、静かに首を振られた。
――脳が圧迫されてる不安定な状態なんだよ?どんなに長くても二十歳までは生きられないんだよ………。
アタシ、紺野のことなんにも知らなかった……。
歪む視界に頭がくらくらする。
ようやくアパートにたどり着く。外階段に手をついて体を休めていると、ポケットのケータイが場違いにポップなメロディを流した。
「…はい」
取り敢えず電話に出る。受話器の向こうから聞こえる声は、ついさっきまで一緒にいた人のもの。
『ごっちん?…今さ、病院から電話があったんだ……』
暗く言い淀むヨシコ。――聞きたくなかった。…けれど、耳はしっかりと次の言葉を聞き入れてしまった。
『紺野サンが亡くなった…って』
- 114 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:15
-
***** *****
乾いた音を立てて開けた封筒の中には数枚の便箋が綺麗に二つ折りされて入っていた。小刻みに震える手で便箋を開く、封筒に書かれた文字同様に、丁寧で綺麗な文字が連なっていた。
『後藤さんへ。
こんにちは、紺野あさ美です。こうして後藤さんに手紙を出すのは初めてなので、ちょっと緊張しています。あ、住所は先ほどいらした吉澤さんに教えて頂きました。…勝手にごめんなさい。
先日は、わたしのわがままを聞いてくださってありがとうございました。
クリスマスマーケットも、ホワイトイルミネーションも、とても楽しく素敵でしたけれど、それ以上に後藤さんのお隣を歩けることに舞い上がっていました。
ご存知かもしれませんが、わたしの命はもう長くありません。
でも、生きてます。
生きて、後藤さんに会えました。…なんだか得した気分です。
一人で病室にいると死んでしまうときのことを考えて、とても怖くなります。けれど…後藤さんのことを考えると怖い気持ちは消えてしまうので、よく後藤さんのこと、考えています。
後藤さんが初めて病室のドアを開けた瞬間から――後藤さんを一目見たときから、素敵な、とても格好いい方だと思っていました。
わたし、後藤さんのことが好きです。
素敵で、格好よくて、優しい後藤さんのこと、大好きです。
わたしは、後藤さんに会ってからわがままになりました。後藤さんとお話したり、同じ景色を見たり一緒のものを食べたり、同じ感じ方をして…後藤さんのことを感じていたいって。…焼き芋、すっごく美味しかったです。
手を繋いでくれたとき、嬉しくてもう死んでもいいと思いました。
でも、やっぱりまだ死にたくないです。
もう少しだけでいいですから…もう少しだけ後藤さんを感じていたいんです。
優しい後藤さん、たいへん恐縮ですが――もう一度だけわたしのわがままを聞いてください。
もう一度、外でお会いしてください。
12月24日の夜6時、再びTV塔の下で。
お待ちしてます。
紺野あさ美』
- 115 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:16
-
下手なラブレターを読んでいる最中、視界が滲んだ。零れる涙が手紙に落ち、慌てて指で拭うとインクの文字が擦れた。仕方なく手紙を顔から離す。
便箋を封筒にしまい直すと、持っていた鞄を放り投げ、着ていた喪服を脱いで床にそのまま散らかした。
デニムにシャツにコートとマフラーといういつものラフな出かけ着に着替え、玄関のスニーカーブーツに足を入れた。ケータイで時刻を確認する。……大丈夫、間に合う。
アタシは足早にTV塔へと向かった。
- 116 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:16
-
***** *****
熱を帯びているかのように赤いTV塔の下、白い息を吐きながらアタシは立ち尽くす。深い紺色の空を仰ぎ見ても、今夜は白銀の月は出ていなかった。
時計を見ると8時を過ぎていた。…もう二時間半はここに立っていたことになる。
「ねえ彼女、一人?」
軽薄が服を着て歩いているような男が声をかけてきた。睨みながら「悪いけど人を待ってるから」とだけ言ってそっぽを向く。
……何人目だろ、あれで。片手だけじゃ足りないくらい、声をかけられた。
ぶるっと大きく体が震える、…やばい、結構冷えてきた。
小走りで近くの自販機に小銭を入れてボタンを押す。出てきた缶コーヒーを頬にあてながら元の立っていた場所に戻る。
プルタブを開けて口を付ける、じんわりと温かさが体に広がる。――でも、あの時に飲んだホットアップルワイン程じゃあない。……隣に紺野がいれば、同じくらい温かいと感じれるのかな…。
心の片隅で、無意味だと思いながらも、アタシはTV塔の下で待っていた―――。
- 117 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:17
-
…………………。
あんなに人がひしめいていたのが嘘みたいに閑散としたTV塔下周辺。大通りも、時折タクシーが通るだけ。ホワイトイルミネーションも、とっくの間にその幻想的な光を消していた。―――あと数分でクリスマス・イヴが終わる。
俯いて、空虚な瞳で床のタイルを見つめる。自分の吐いた息が前髪を軽く揺らした。
…こっこっこつ。
急ぐ足取りの靴音が耳に届いた。同時に自分の前に立つ誰かの靴先が見えた。
ぎこちなく頭を上げる。目の前の人物は白い息を切らせながら小さく肩を上下させていた。
「ごめんなさい後藤さんっ、遅くなりました!」
茶色いダッフルコートを身に包む、紺野がいた―――。
- 118 名前:Weihnachten Geschenk 投稿日:2008/04/09(水) 17:17
-
アタシは。
なんで?と驚くよりも。
遅い、と文句をいうよりも。
ただ――その白い首が寒そうだと思った。
無意識に自分に巻いていたマフラーを解き、紺野の首に巻いた。巻き終えると、紺野は嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。
力無く紺野の肩を抱き寄せる。素直にアタシの腕に入ってくれた。
抱き寄せた肩に額を擦りつけると、紺野は、きゅ、とアタシのコートを掴んだ。
「好きだよ」
たったそれだけのことを言うと。
「…はい」
今までで一番嬉しそうな声を出してくれた。
カチ。どこかで時計の針が動く音が聞こえた。――イヴが終わった、そう思った瞬間。
―――腕の中の紺野は消えた。
よろめいてから、辺りを見回す。――どこにも紺野の姿はなかった。そして…マフラーも……。自分の首に手をあてても、手の平の冷たい感触が首にあたるだけだった。
―――幻なんかじゃない、確かに紺野は来た。マフラーが無いのがその証拠だった。…あんなアクリル100%の安物、喜んでくれるのは彼女しかいない。
空を見上げると、深い深い紺色の空は、漆黒と化していた。威厳を放つ白銀色の月は、やっぱり今夜はいなかった。
「メリークリスマス…紺野……」
fin.
- 119 名前:石川県民 投稿日:2008/04/09(水) 17:26
-
時期外れ後紺でした。
家族で北海道旅行に行ったときに考えた話でした。
今更なことなんですが、大昔、石川県民はまこあいで『らいおんハート』という話を、
れなえりで『舞い落ちる刹那の中で』というものを書いたんですが、
話の出来上がった順番がらいおんハート→Weihnachten Geschenk→舞い落ちる(ry
で、まこあいで心臓病、後紺で脳の病気、なられなえりは血液の病気にしようと、
軽く思いついたものだったのですが、書いた後にセカチューを読んで、鼻から水が出るほど驚いたことがありました。
これに懲りて、まだどこにも出してないまこあいで病気ものの話があるんですがお倉入りにしときます。。。
さて次は、やっぱり時期外れのまこあいです。
どぞ。
- 120 名前:はつもうで。 投稿日:2008/04/09(水) 17:27
-
「うへぁ、やっぱり混んでるね〜」
「ほぅやのぉ…」
ごっちゃり、といった感じの人・人・人の群れ。鳥居の先の風景が人で見えない。あたち達はぷらぷらと手を繋いだまま立ちすくんでいた。
「…どうしよっか?」
「……せっかくここまで来たんやがし、お賽銭くらい入れて行こや」
「…でもなぁ……」
「〜っ、何やのぉ!有名な神社のほうがご利益がありそうって言って電車使ってまで来たのは麻琴やろぉっ!」
「いたたたたたっ!愛ちゃん手が潰れるっ!!――分かった、分かりましたっ、お賽銭だけ入れてこう!!」
…まったく……そうぶつぶつ呟きながら握り締めていた手を放してくれた。あたしは自分の赤くなった右手を擦る。
するり、痛くない左手を取られた。
「はぐれたらいかんやがし…手、握っとって」
「…うん」
今度はあたしが握り締めた。
- 121 名前:はつもうで。 投稿日:2008/04/09(水) 17:27
-
「ぐげぇ」
へ、変な声が喉から出た。
見た目以上に鳥居をくぐった先の境内は混んでいた。
「愛ちゃん――どこぉ?」
繋いだ手を手繰り寄せると、見知らぬオジサンとオバサンの間からすっぽり出てきた。…ちょっぴり魂が抜けかけた顔をしてる。
「だいじょぶ?」
「…あんまり」
二人、ぴったり体を寄せて先へ進もうとするけれど、お賽銭箱まであと5mってところで前には一歩も進めなくなってしまった。――なのに後ろからぐいぐいと押されてくる。サ、サンドイッチの具の気分……。
- 122 名前:はつもうで。 投稿日:2008/04/09(水) 17:28
-
「もうこれ以上進めないから、お賽銭は投げようよ」
――あたし達の後方から時折ひゅ〜んと小銭が宙を舞う。…あでっ。頭に五円玉が直撃した。
頭を擦りながら財布から小銭を取り出す。……よしっ、奮発して五百円玉を掴む。隣を見ると、あたしと同じように五百円玉を掴み、必死になにかを考えている様子。
「お願い事、決まった?」
「――麻琴は?」
「あたしはもう決まってるから」
「…………うしっ。あーしも決まった」
いち・にの、さんっ!
「「とりゃぁっ」」
同時に投げた五百円玉は、ひゅ〜んと同時にお賽銭箱に吸い込まれていった。
ぱんっ!
二人、同時に手を合わせ、頭を下げた。
- 123 名前:はつもうで。 投稿日:2008/04/09(水) 17:28
-
手を繋ぎあい、道を歩く。
「愛ちゃんはぁ、なにお願いしたの?」
あたしの何気ない質問に、眉間にシワを寄せた。
「…願い事って喋ると叶わなくなるって言わん?」
「え〜いいじゃ〜ん、教えてよぉ〜〜」
それでもしつこく粘る。と。
「…麻琴が先に教えてくれたらの」って呟いた。
「あたしのお願いごとは…」
「今年も愛ちゃんにとっていい年でありますように、って」
- 124 名前:はつもうで。 投稿日:2008/04/09(水) 17:28
-
にへら、と笑って言うと。――ぺちり、裏拳で頭を叩かれた。
「…なにすんのさぁ」
叩かれたところを擦って抗議すると、ぶーたれた顔を向けられる。
「…あほぉ、自分のことをお願いしねま」
そうだけどぉ、そう言い淀むと、またぺちりと叩かれた。
「愛ちゃんは、なにお願いしたのさ?」
ぷいっと、そっぽを向かれる。
「ずるいよぉ、あたしの願い事聞いたくせに自分は喋らないなんて」
聞き出してやろうと少し意地になって食い下がる。
「あーしは……」
――しぶしぶ、と口を開く。
「麻琴の願いが叶いますようにって………」
――面白くない顔で、だけど真っ赤になった顔で呟いた。
- 125 名前:はつもうで。 投稿日:2008/04/09(水) 17:29
-
「愛ちゃん…」
「なんよ…」
「さっきの科白、返すよ。――自分のこと、お願いしなよ」
「……自分のことのお願いやよ…」
「へ?」
首を捻ると、やっぱり面白くなさそうな顔で、だけど耳まで真っ赤になって言った。
「麻琴の願いが叶って麻琴が幸せになるんなら、あーしも嬉しいさかい…」
それだけ言って早足で歩き始める、あたしは慌てて後を追う形を取ることになった。…繋がれた手は、さっきよりも温かい。
「とおっ」
ぎゅむ、後ろから抱きつく…ていうか抱き締める。
「な、なんやざ!?いきなり…」
「でぇへっへ♪」
笑ったまま、抱き締める腕の力は緩めない。
「ねぇ愛ちゃん」
後ろから抱き締めたまま、耳元で囁いた。
「今年も大好きだよ♪」
終わり。
- 126 名前:石川県民 投稿日:2008/04/09(水) 17:37
-
本日はここまで〜。
読んでくださった皆様、ありがとうございます。感謝感激雨アラレ。
あとは、書き上げ次第UPしていくつもりです。期待せずにお待ちくださいませ。
石川県民は引越しをし、そのときに下書きノートの大半を処分してしまったため、記憶を掘り起こしながら続きを書くので
速い更新は望めませんので、先に謝っておきます。ごめんなさい。
…………まぁ……未掲載で完結してる話があるっちゃあるのですが……まこあい5つに後紺とれなえりが各1つの計7個。
でも全部……エロなんで……ね。エロ7連弾は読む方の精神も気分も害するでしょうから自粛します。
それでは(へこへこ) 拝。
- 127 名前:ru-ku 投稿日:2008/04/10(木) 00:03
- 更新お疲れ様です、そして、お帰りないませ。
らいおんハートがホント大好きで、
また、石川県民様の作品を読めると思うと、感動です!!
私としては、病気物のまこあいを読みたいと思います。
気が向いたらでいいので、お願いしたい。
マイペースに、是非、がんばってください。
それでは、長々と失礼しました。
- 128 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 00:12
- 自粛なんてしないでください
もっともっと読みたいっす
- 129 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 14:20
- 石川県民さんの話大好きです。
大好きなんですけど…れいなの福岡弁はなんとかなりませんかね…orz
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 20:11
- お帰りなさい!
石川県民さんの小説がすごく好きだったので、
また石川県民さんの小説を読めるようになって本当に嬉しいです。
これからも色んな小説お願いします。
- 131 名前:石川県民 投稿日:2008/04/11(金) 04:33
- レスがあったことがびっくりな石川県民です。みなさん優しい…(ホロリ)
127>ru-kuサマ
ありがとうございます。そして、ただいまです。
らいおんハートは正直書いたことも忘れてましたので、それを大好きだと言ってもらえて作者冥利に尽きます。
病気もの…実は結構他カプもあわせて数があるのですよね……。
色々ぽちょぽちょ書いていこうと思いますので宜しくお願いいたします。
128>名無飼育さんサマ
その心意気や良し!(ぐっと親指を立てて)
いっそのこと、エロ専用ochi専用スレでも立てようかと検討中なので、しばしどうするか、お待ちくださいませ。
129>名無飼育さんサマ
ありがとうございます。
ええ……本ト、なんとかならないっすかね……。
でも正直、標準語も苦手なんですよね…書くのが。本ト、どうしよう。。。
130>名無飼育さんサマ
ただいまです!
これからも色々書いていきますので、宜しくお願いします!
それではスタート。
- 132 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:34
-
あたしの故郷は田舎の山村だった。小中学校は、歩いて一時間掛かる(しかも通学中にすれ違ったりするものは人や車よりもカモシカやタヌキのほうが多かった)木造二階建ての分校で、総生徒数は50人もいないくらい。遊ぶところもそんなに無くって、小さな頃は毎日のように、近所に住む一つ年上の子と古びた神社の境内で遊んでいた。
そんな思い出のある神社は今、夏祭りを行っている。
苔むした急な石段の両脇に、無数の灯篭が幻想的に石段を灯していた。その先の境内を仰ぎ見ると、普段ならあり得ないくらいに光が溢れている。そして盆踊りの音楽や人々が奏でる喧騒が聞こえ、甘ったるい綿アメの匂いが鼻孔をくすぐった。
ゆっくり、石段に足を掛けたところで。
「久しぶりやの」
後ろから声を掛けられた。振り返ると、予想通りの人が浴衣姿で立っていた。
「元気にしとったかいや」
「もちろんだよ、それがあたしの取り柄だしぃ」
でひゃでひゃ笑うと、愛ちゃんも笑ってくれた。
一通り笑ってから。
「ね…その浴衣、」
改めて浴衣をまじまじと見る。藍色の布地に色とりどりの桔梗が描かれたそれ。愛ちゃんは得意そうにその場でターンしてくれた。
「去年の夏祭りでも着とったやつや。これなら麻琴が、祭会場でも見つけてくれると思ったさかい」
でもその前に見つけれて良かった、と嬉しそうに微笑んだ。
――そんな愛ちゃんをどこか夢心地でぼんやりと見つめてると、自然と口が言葉を紡いだ。
「あたしさぁ、来たばっかりでまだお祭見てないの。愛ちゃん、一緒に回らない?」
「そのつもりやがし」
- 133 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:34
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晴れてても滑りやすい、苔むしててつるつるに磨り減ってて急な角度の石段を、愛ちゃんと手を繋ぎながらゆっくり上る。
「こうやって麻琴と一緒にココを上がるの、久しぶりやわぁ」
「そうだねぇ、あたしこの村を離れてたし」
「…どうしとったん?……あ・答えたくないなら無理に話さんでいいがし」
愛ちゃんが慌てて付け加えた言葉にあたしは笑みをこぼす。
「別になんかあったわけじゃないよ。ただ隣の市に住む叔父さんところに居ただけでぇ」
気楽に言ったのに、それに対しての返事はなかった。心持ち、繋いでいた手の温もりも冷たくなった。数段、お互い無言で上る。
「……この村を離れるんか?」ぽつり、吐き出された言葉。
「――やっぱり進学だとか将来のこと考えると…ね」
この言葉はある意味嘘で、ある意味本当だった。叔父さんにはそういう意味合いを伝えて居候させてもらってるけれど、あたしがこの村を出たのは去年の夏の出来事があったから。――この村に居るのは辛かったから。
さすがにそんなこと、言えなくて。だから言葉を紡ぐかわりに繋いでいた手の力を強くした。
「なぁ麻琴、覚えとるけ?」
「ふぇ?」急に話を変えられて、相槌も上手く打てなかった。
「小さな頃に麻琴がここで滑って石段から転げ落ちた時のこと」
「…あぁ、覚えてないわけないじゃない」
雨の日に、石段の真ん中辺りで足を滑らせてそのまま下までごろごろ転がって右足を骨折した出来事なんて、なかなか忘れるものじゃない。
「あーし、ひっでぇ驚いてもて」
うん。半泣きになってあたしを見ながら「まことぉ」て言ってる愛ちゃんを見てたら、なんか当事者のあたしは逆に冷静になっちゃって。「死んだらあかんやよ」とか言ってる愛ちゃんを「大丈夫だよぉ、死なないって」なんて逆に宥めてたっけ。
「……なんかな、あーしの思い出にはいつも麻琴がおったんよ」
「…あたしもだよ?」
昔からずぅっと愛ちゃんと一緒だったのだから。
「麻琴がおらんくなったら、あーしどうやって思い出作ればいいんやよ」
「…ごめんねぇ……」
「寂しいがし」
「うん」
「馬鹿マコ」
「うん」
石段は、もう終わる。
- 134 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:35
-
人々の頭上に沢山の電球の入った灯篭がぶら下がり、非日常的な空間がそこには広がっていた。綿アメだけじゃなく、焼きモロコシにりんご飴、たこ焼きだってこの神域で自己主張するかのように匂いを漂わせている。愛ちゃんと同じように色とりどりの浴衣姿の子もいれば、あたしのようにTシャツにハーフパンツという姿もちらほら見かけた。
ソース焼きそばの匂いに誘われてふらふら歩き出すと、
「離れて歩くなね」
と愛ちゃんが手を引いた。それから、呆れたように、
「麻琴は毎年そんなんね。ちぃっと目を離すとすぐどっかへふらふら行くがし」と言った。
「でもさ、毎年愛ちゃんはあたしを探して、見つけてくれたじゃない」
鈴カステラを口に詰めこんでいたら腕を引かれたり、広島焼きを頬張っていたら肩を掴まれたりした。ヨーヨー釣りをしてた時は頭を叩かれたっけ。それはどれもが愛ちゃんの仕業だった。
「毎年あーしが、必死になって麻琴を探すやが」
「うん。だからあたしは、毎年のようにはぐれても、愛ちゃんが探しに来てくれると思って、のんびりしてたの」
のほほんとそう言うと、拗ねた目でこっちを見た。
「探すほうの身になれま」
笑ってなにも言わずにおいた。
- 135 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:35
-
「まこっちゃん!」
呼ばれて振り返ると、淡い色で描かれた金魚柄の浴衣に身を包んだあさ美ちゃんがいた。
「やっほーあさ美ちゃ〜ん」呑気に返事すると、
「いでっ」
頭に空手チョップをされた。頭を擦っていると、続けざまに質問を浴びせるあさ美ちゃん。
「なにやってるのよ!いつ帰ってきたの?」
「んー、なにって祭見物。帰ってきたのはついさっき」
「ちょっと叔父さんちに行ってくるって言ったまま、一年くらい帰ってこなかったじゃない!」
「まぁねえ、色々あってぇ」
「色々って……。…ご両親はなんて言ってたの?」
「あーウチにはまだ帰って―――」
愛ちゃんがいるハズの隣を盗み見ると――――だれも立っていなかった。
「愛ちゃん!?」
「―――え?」
「ごめんね、あさ美ちゃん!また後で!」
踵を返して、あたしは人ゴミの中を走り出した。
- 136 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:36
-
お面屋の脇に佇んでいた、見覚えのある後姿の腕を掴む。愛ちゃんは面白くなさそうに不貞腐れた表情でこっちを向いた。
「やぁっと見つけた。――あたしから愛ちゃんを探すことなんて初めてだよ」
「………ほぅやの」固い声で返ってくる言葉。
「愛ちゃんて昔からそうだったよね」
「…なにがや」
「あたしがあさ美ちゃんやのんちゃんと話してると、面白くなさそうな顔をするのが。……そんなにあたしを取られて悔しかった?」
「違うわ。自惚れんなやアホ」
ふいっとそっぽを向いた愛ちゃん。…けれどその顔は、眉間にシワが寄ってるし頬だって膨れてる。…相変わらず嘘の下手な愛ちゃん。
あたしはため息を一つついてから、その手を取った。
「ね。ちょっとこっちに来て」
愛ちゃんの返事も聞かず、屋台の並ぶ境内を抜けて神社の本殿の裏へと回りこむ。愛ちゃんはなにも言わず…でも素直に手を引かれてくれた。
- 137 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:36
-
「えーっと確かこの辺りに……」
本殿の高床になった床下に頭と腕を突っ込んで、探る。
「…なにやっとるんよ?」
「保育園児の頃にさー、愛ちゃんと二人でタイムカプセルを埋めたじゃない。それ探してるの」
「……覚えとらんわ」
「あっそ。…とにかくね、そのタイムカプセルに大きくなったらなにをしたいかを書いた紙も入れたのよ。でね、今それを読んで欲しいの」
近くにあった石を使って埋めた所だと記憶する場所を掘ってみる。…でも見つからない。
「……麻琴、そこやないわ。こっち」
「ほえ?」
振り返ると、愛ちゃんが床下の隅にある、丸い石が置かれた場所を指していた。
「…大きくなってから掘り返すのに、場所忘れんようにって…この石を置いたんよ」
「――そうだったっけ?」記憶を反芻してみても、思い出せない。
「そうやったの!…麻琴のほうが忘れとるわ」
呆れ顔の愛ちゃんを見て、つい笑みがこぼれた。
「ごめんねぇ。ていうか、やっぱり覚えてたじゃぁん」
「ふん」
意地っ張りな愛ちゃんは、再びそっぽを向いた。
- 138 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:36
-
石の下を掘り返すと、愛ちゃんの言葉通りに長方形のクッキー缶が出てきた。土の中から引き抜いて、ガムテープの封印を剥がす。蓋を開けると、ビー玉やスーパーボール、おもちゃのネックレスといった当時のあたしたちの宝物と一緒に…折り畳まれたキャラクター便箋が二枚、入っていた。それぞれに『あい』『まこと』と名前が書いてある。
自分の名前が書かれた方を開いて内容を確認してからもう一度畳む。それから愛ちゃんを見た。
「…今でも、気持ちは変わらないよ」
畳まれたそれを手渡す。愛ちゃんはゆっくり紙を広げた。
おおきくなったらあいちゃんをおよめさんにします。
でっかく汚い字で書かれたあたしの誓い。しかも『ま』だけ鏡文字になってるし。
「小学生になってから女の子同士は結婚できないって知ったとき、ショックだったなぁ……。あー、あたし愛ちゃんをお嫁さんにできないんだぁって思った…」
でへへ、とだらしなく笑ってみせても、愛ちゃんはなにも言ってくれなかった。
「不安にならなくても良かったの。昔っから、あたしは愛ちゃんしか見てなかったもん」
「せや…から……自惚れんなぁ、馬鹿マコ…」
減らず口を叩いても、その語尾は震えていた。
「愛ちゃんのこと、ずっと大好きだったの」
手に触れたまま、顔を近づける。泣くのを堪えているような表情をしていた愛ちゃんは、ゆっくりと目を閉じてくれた。
十七年分の想いを乗せて、口付けた。
- 139 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:37
-
近くに据え付けられたスピーカーからは変わり映えの無い盆踊りの音楽が流れていた。ぼんやりと、狛犬が鎮座する台座の下に腰を落として、楽しそうに境内を行き来する人を見るともなしに見ていた。
――今、あたしの隣には誰もいない。ただ、その代わりと言ってはなんだけれど、右手には一枚のキャラクター便箋がある。
『あい』と書かれて四つ折りにされたそれを開く。中には、当時のあたしよりは綺麗な文字が連なっていた。
しょうらいのゆめ。
まことのおよめさんになること。
なあんだ、愛ちゃんも同じこと考えてたじゃん、そう口の中で呟いてから便箋を折り畳んだ。
「おー!まこちー!!」
大きな声で呼ばれたので振り返ると、あたしを指差す里沙ちゃんと、その隣にあさ美ちゃんがいた。人ゴミを掻き分けてやって来る二人に手を振って返事する。
「まこち、なにやってんのこんなところで」
「んーちょっとねぇ」
里沙ちゃんにのほほんと返事してると、あさ美ちゃんが真剣な声色で、
「…まさかと思うけど、一人、だったよね…?」と聞いてきた。
「――うん、一人だったよ」だからあたしも真剣な表情で言葉を返す。
「んー?なにかあったの?」里沙ちゃん一人だけが首を傾げた。
- 140 名前:君がいた夏、君がいない夏。 投稿日:2008/04/11(金) 04:37
-
再びぼんやりと境内を行き来する人を見ていると、そんなあたしに付き合ってあさ美ちゃん里沙ちゃんも歩く人や屋台をぼんやり見るともなしに見出す。
「…この三人が集まるのも久しぶりだね」無言に耐えかねたかのように里沙ちゃんが呟く。
「うん。去年の夏以来だよね…」ぎこちなくあさ美ちゃんがラリーを返す。
「愛ちゃんの四十九日以来だよねぇ」
あたしがあっさり二人が避けていた言葉を言うと、二人はぎょっとした顔をしてから…そうだね、と頷いた。
遠くを見る目になってから里沙ちゃんが言葉を紡ぎ出した。
「…私さ、正直まだ愛ちゃんが眠っちゃったことが信じられないんだよね……。夏風邪をこじらせてそのまま――…だなんて愛ちゃんらしくないっていうか……。現実味がなくって、今でも『三人揃ってなにしとるんやよー』とか言って現れそう……」
あたしもあさ美ちゃんも静かに里沙ちゃんの言葉を聞いてきた。
「そういえばまこち、お正月にも帰ってこなかったのに、なんで夏祭りには帰ってきたの?」
里沙ちゃんの言葉に、あさ美ちゃんもうんうんと促す。あたしは無数の電球灯篭のせいで、墨を塗ったかのように真っ暗にしか見えない夜空を仰ぎ見る。――二人は無言であたしの言葉を待つ。
「さよならを、言いに来たの」
「…そっか」「…そうなんだ」
同時に納得した二人。『誰に?』だなんて野暮なことを聞かない二人に心の中で感謝した。
「もう遅いし、帰ろっか」立ち上がってお尻をはたく。
あたしたち三人は、ゆっくり歩いて境内を後にした―――。
この夏祭りでお盆は終わる。―――ばいばい、あたしのずっとずっと大好きだった人。
Fin.
- 141 名前:石川県民 投稿日:2008/04/11(金) 04:38
- こんなもの書いといてなんですが、この話のマコ、驚かなさ杉・男前杉。しかも今は四月…、時期も外れ杉。orz
もいっちょ。オマケ程度なものを。
- 142 名前:まくら 投稿日:2008/04/11(金) 04:39
-
なに?この子。
- 143 名前:まくら 投稿日:2008/04/11(金) 04:40
-
あのさー、美貴が昼寝から目を覚ますと、なーんか足が重かったんだよね。畳に座布団を枕にして寝てたせいで足が痺れたのかなぁって思って、眠い目を擦りながら見てみると。
シゲ。シゲミ、シゲヨ、シゲちゃんが。美貴の許可無く勝手にヒザを枕にして寝てやがるんだ、これが。
まさに頭の中『なに?この子』しか思い浮かばないってば。
「………」
取り敢えず、上半身を起こす。起こしてる最中に「んー」とシゲが小さく唸って、慌てて体の動きを止めた。シゲは体を捩じらせただけで、起きることはなかった。――ほっ。……ってなんで安堵してるの自分は。
上半身を完全に起こして、普段滅多に見下ろすことのないその横顔…というか寝顔を見るともなしに見た。…寝顔はあどけないなぁ、……ってなんで見つめてる自分!
首をぷるぷる振って、眠気と今持った感情を振り払う。
さてどうしようか。
- 144 名前:まくら 投稿日:2008/04/11(金) 04:41
- @ 肩を揺すって起こす。
A 「なに勝手に寝てんの」と怒鳴る。
B 問答無用でヒザから頭を退かす。
…Bかな。多分ヒザから退かしたときにシゲの後頭部が畳に落ちるだろうけど、そんなの知ったことあるか。美貴のヒザを枕にした罰だ。
よっこいしょ、足に力を入れかけると――、
「…ぅうん」
再び身を捩じらせるシゲ。もう一度体の動きを止めてみても、今度は長くもぞもぞ動いて―――。
- 145 名前:まくら 投稿日:2008/04/11(金) 04:42
- 「……くぅ」
ヒザに頭を乗せたまま、美貴の腰をホールドした。
こら。
こら、シゲ。
今だすやすや寝てるシゲ。
美貴はアンタの抱き枕かっつーの!!
腰に回された腕を引き剥がして、ヒザから頭を振り落としてや――ろうと思ったけれど………。思ったけれど……。けれど………。
「……気持ち良さそうに寝てるんじゃないつーの…」
小さく言った批難の声は、当たり前だけれどシゲの耳には届かなかった。
- 146 名前:まくら 投稿日:2008/04/11(金) 04:42
-
……取り敢えず、起きたらおもいっきり睨んでやろう。まぁ睨んだところで、きっと普段よりふわふわした声で「おはよぅございますう」なんて言われてお終いだろうけど。
文句も睨みもヒザから退かすのも、全部アンタが起きてからしてあげるから。
だから、早く起きて。この体勢、疲れるんだってば。
早く起きれと思いつつ、だけど起こすことはせずに、静かにその寝顔を鑑賞した。
- 147 名前:石川県民 投稿日:2008/04/11(金) 04:44
-
この二人も好きだけど〜♪
標準語は書き辛い〜♪
orz
次回の更新予定はまこあいです。
それでは。拝。
- 148 名前:通りすがりの人 投稿日:2008/04/12(土) 13:08
- いやふじさゆ最高ですね!メッチャ久しぶりで感動です
これからも更新も期待しています
- 149 名前:名無し 投稿日:2008/04/14(月) 06:27
- 石川県民さん、はじめまして&おかえりなさい
らいおんハ−トを読んでから、まこあいにハマった読者です
また石川県民さんの話が読めることが、すごく嬉しいですよ。
他カプのなにげに好きです。次回更新もお待ちしています
- 150 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/14(月) 10:48
- 石川県民さんおかえりなさい。
石川県民さんが書かれた「舞い落ちる刹那の中で」がホント大好きで
また石川県民さんの話が読めると思うとすごく嬉しいし楽しみです。
またれなえりとの長編とか読めたらなと思ってます。
あと私は新垣さんが好きなので石川県民さんが書く新垣さんとの絡みも
読めたらなと思ってます。次回更新を心待ちにしてますね。
- 151 名前:名無し読者 投稿日:2008/04/15(火) 20:15
- 石県さーんおかえりりん
まこあいまこあいステキなんですやっぱり最高です
- 152 名前:石川県民 投稿日:2008/04/16(水) 02:11
- 遅くなりました〜。まず返レスをば。
148>通りすがりの人サマ。
お久しぶりでございます。これからもぽちょぽちょと色んなカプを(といってもゴロッキ中心)書いていきますので、あまり期待せずにお待ちくださいませ。
149>名無しサマ。
初めまして&ただいまです。まこあいは、自給自足&布教のために書いてたので、ハマっていただけたのなら、作者冥利に尽きます。これからも宜しくお願いいたします。
150>名無飼育さんサマ。
ただいまです。優しく迎えてくださるので、すごく嬉しいです。
『舞い落ちる刹那の中で』は、自分の泣きツボを押さえた話だったので(つまり「自分だったらこういう展開だったら泣くな」という話)、色んな方に「泣いた」とか「大好き」とか言われてガッツポーズした記憶があります。(余談ですが自分の『萌えツボ』を押した話がこのスレの『みにちゅあ。』でした)
れなえりの長いもの……ストックはあるっちゃあるんですが、それも病気ものなんですよね〜。暗いし、なるようにしかならない話だし、あんまり書く気ないです、すみません。何か別のやつ、思いついたら書いていきますので宜しくお願いいたします。
ガキさま……。う〜ん……善処します、としか言えません。ごめんなさい。
151>名無し読者サマ。
ただいまです!もうありがとうございますとしか言えません。たははー。
それでは本日の更新スタート。
- 153 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:11
-
普段とは違う、浮ついたテンションが日本はおろか世界中を駆け巡ることもなくなった一月末、白い息を吐き吐きしつつ、人の多い夕暮れの商店街を、一眼レフを首から下げて歩いていた。
魚屋と乾物屋の隙間にいた、カギ尻尾を揺らしながら歩くトラ模様の猫と目が合う。と思ったら、猫は途端に踵を返してぴゃーっと奥に逃げていった。ちぇ、と呟いて先を進む。買い物袋をぶら下げたオバさん連中が喋りながら立ち止まっているのを避けて、なにか被写体になるものはないかと探しながら、きょろきょろ辺りを見回してみた。
白くてずんぐりとした車がゆっくり走ってきたので、道を譲る。――――そして、動けなくなった。あたしの視線は一点に、細い道と十字になった角、シャッターが下りたままの婦人服店の側に立つ電柱に、寄りかかりながら空を見上げる女の子に収束される。
同い年…くらいの子かな。その目を細め口を閉じた横顔が、どこか儚げで朧げで非現実的で。商店街というごみごみした場所でその子の全身が透き通って見えた。
無意識に電源を入れてカメラを構える。素早くピントを合わせて―――どこか夢心地のまま、シャッターを切った……。
- 154 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:12
-
「うえ〜?」
出来あがったばかりの、水の滴るネガを光に透かしてあたしは声を上げた。
「なんやけんね、今の変な声」購買から戻ってきた後輩がフルーツ牛乳にストローを刺しつつツッコミを入れてくる。
「あ・おかえり〜」ネガを下ろして顔を向けると「ただいまです」と律儀に返してから「小川先輩ちゃんと受け取ってくだしゃいね」と言っていちご牛乳を投げて寄越した。
「ナイスパス、田中ちゃん」
「ナイスキャッチ、先輩」
にかっ、と二人で笑う。
「ところで、さっき何かあったとですと?」
「あぁうん、昨日撮ったやつなんだけど」
いちご牛乳を飲みながら、さっきのネガを摘む。
「商店街でね、すっごく絵になる女の子を見つけてさ、ついつい写真撮らせてくださいってお願いする前にシャッターを切っちゃったんだけどさ」
「……先輩、そういうのはいけないことですっちゃ」
「まぁそうなんだけどぉ。とにかくその子を撮ったはずなのに、ネガにはなーんも写ってないんだよね、影も形も」
ネガには電柱とピントのずれた人の群れしか写ってなかった。
「その子は写真を撮られる気配を感じて、素早く逃げた、とか?」
「多分そうだろうねー。……今日もあそこにいるかなぁ」
「どうですっちゃろ。今度はしっかりお願いしてから撮るようにしたほうがよかですたい」
「分かってるってばぁ」ずぞー、音をたてていちご牛乳を飲み干した。
空になった紙パックをぺきぺき潰しながら聞いてみる。
「田中ちゃんはもう決めたの?総文で発表するもの」
機嫌良くフルーツ牛乳を吸っていた田中ちゃんの顔に渋みが入る。
「風景画でも撮ろうと思っとりますっちゃ。人物画を撮ろうもんなら――」
そこまで言ったところで勢い良くドアが開いた。
「「れいな!」」
女の子が二人入って来て、それぞれが田中ちゃんの右腕と左腕に絡みついた。
「「今度の写真のモデルは、」」
「さゆでしょ?」「絵里だよね!」
それぞれが自己推薦した。当の田中ちゃんはさっき以上に渋面になっている。
「――こうなることが予測つくけん」疲れたように、言った。
- 155 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:12
-
その後、二人のモデル希望者の間で板挟みになってる田中ちゃんを放っておいて、カメラ片手に校内を散策してみた。フットサル部やラクロス部の練習風景や正門前の桜の樹や園芸部が手入れしてる花壇の花を撮ったりしてみたものの、どうしてもイマイチぴんとこなくて。フィルムが自動で巻き上がる音を聞きながらぼんやりと雲に覆われた空を見ていた。
「今日はもう帰ろうかな」
自分に向かって呟いてから、カメラを首にかけて校門を出た。部室の戸締りは田中ちゃんがやっといてくれるだろうし。まだあの二人に腕を取られてるってことは無いよね、もう一時間近く経ってるんだし。……まさかねぇ、あはは。
ぷらぷら道を歩きながら、そうだ商店街に寄ろうと考えて足をそっちに向けた。もしかしたらあの子がいるかもしれない、というよりいて欲しいと思ったから、逸る気持ちを抑えながら、それでもいつもより速く歩く。
晩ご飯の買い物の為なのか、この時間帯はいつもオバちゃん連中や若奥様たちが商店街を占拠している。あっちこっちにできた井戸端会議場を避けながら彼女を見かけた潰れた婦人服店の角まで足を進めた。
- 156 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:12
-
――いた。
どくん、心臓が大きく跳ね上がる。彼女は昨日と同じように、電柱に寄りかかりながら空を見上げていた。
「あ、ぁあの!」
思い切って声をかけると、大きく目を開いて振り返ってくれた。
「こんにちは!」
「こ、んにちは」
『なに、こいつ?』て表情だけど挨拶は返してくれた。よしオガワッショイ、このまま依頼しちゃえ!
「あたし近くの高校で写真部に所属してる小川っていうんですけど良かったら写真のモデルに……」
「ちょ、ちょっと待ってま。すとーっぷ」
自分を鼓舞しながら頭一つ分高い彼女に畳み掛けるように喋ると、手の平を向けられ止めさせられた。指示通り喋るのを止めると、彼女はさっきの怪訝な表情から困った表情へと代わって「えーと」と呟きながら頬を掻く。
……そりゃあいきなりモデルなんか頼まれたら困るよね……、そう思ってうな垂れると、予想もしない言葉が降ってきた。
「……あーしの姿が見えるん?」
はあ? そりゃあ見えますよ、視力だって悪くないんだから。答えようと彼女を仰ぐと、困った表情のまま自分の足元を指していた。
素直に足元を見……。……あれ。足元が、ない。くるぶしの所で溶けるように消えている。改めて仰ぎ見ると、彼女の肩や頭はうっすら透き通って…………え?
「あーしの姿が見えるん?」
彼女はもう一度同じことを尋ねた。
- 157 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:13
-
えーっと……。
これってつまりぃ。
きゃーーーーー!!
「あわわわわ……」
その場にへたり込む。こ、腰が抜けたぁ。ガクガクプルプルしていると、
「ちょっと大丈夫なん?」て眉を八の字にしてしゃがんでくれた。
「大丈夫、どぅえっす……少しびっくりしただけ」
ゆ、幽霊……さんに心配されるあたしもあたしだけど、あたしの言葉に「なら良かったわ」って安心する幽霊さんも幽霊さんだわ。
「は、初めて幽霊さんを見ちゃったぁ」
あたしの呟きに、幽霊さんは軽く眉間にシワを寄せる。
「『幽霊さん』て。あーしにもちゃんと高橋愛て名前があるがし。戒名は知らんが」
あ・すんまへん。尻餅をついたまま軽く頭を下げる。そんなあたしが面白かったのか、鼻孔を広げてぷかっと笑った。
「えーと……高橋さん」
「愛、でええよ」
「愛……ちゃん、はここで何してるの」
愛ちゃんの唇が拗ねたように突き出た。
「何もしとらんが。ていうかココから動けんの。俗に言う地縛霊っていうやつやよ」
「ほっほぅ」
「生前の記憶も曖昧やさかい、いつからココにいるのかも良く覚えとらんし」
「へえ〜」
あたしの脳ミソはびっくりし過ぎて、逆に冷静に回転して判断できるみたい。何故だか普通に現状を受け入れている。
- 158 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:13
-
とか思ってたら、
「スマンなぁ」いきなり謝られた。
「ほえ?」
「せやから、さっき言っとった小川さんの……」
「あ・あたし小川麻琴って言うの。マコとか麻琴でOKだよぉ」
あたしがそう言うと、愛ちゃんはきょとんとした顔になってから、小さく二度頷いて、マコト・マコト、と口の中で呟いた。それから改めてあたしを見た。
「麻琴、の写真のモデルになれんで」
死んどるから写真に写らんし、そう付け加えられて、心がチクンと痛む。だけど当の愛ちゃんは表情を変えて明るく言ってくれた。
「やけど麻琴が話しかけてきてくれて良かったわ。あーしの姿も声も、誰にも見えんし聞こえんし。ずっとずぅーっと景色ばっかり見とって、正直ヒマで仕様が無かったんよ」
顔をくしゃっとさせながら笑いかけてくれた、それを見て鼓動が跳ねる。照れくさくなったのを誤魔化すためにブンブン手を振った。
「いやいや〜あたしは何もしてないよぉ。霊感なんてこれっぽっちも無いし、なんで愛ちゃんの姿は見えるのかも分かんないし」
「ほやのぉ、何で麻琴にだけは見えるのか、あーしにも分からんし」
『なんでだろう?』ってお互い首を捻る。
「愛ちゃんは、何でココにいるのかも覚えてないの?」
もしかしてなにか未練でもあるのかな、なんて思った。
「あぁ。それは、」
ぷかり、笑いながら話し出すので愉快な話かと思いきや。
「あーし、ココで死んだんよ」
……なかなかにヘヴィな話だったわけで。
ほれほれ、と電柱をあたしの目線のあたりで指差す、そこにはうっっすらと黒いシミが。
「徐行もせんで突進してきた車に体当たりされたんよ。それでこの電柱に頭ぶつけた……ようやげんて」
「『ようやげんて』?」
「『らしい』ってこと。さすがにそこまでしっかりと覚えとらんし。んでこれは血の跡」
愛ちゃんが指差すそこをそっと触ってみる。ぬるりとした感触でもありそうな気がしたけれど、当たり前のようにそこは乾いていて、電柱の他の部分と変わらない感触だった。
無言でそこを擦っていると、空気が重くなったことを感じたのか、
「な、麻琴。よかったら話し相手になってくれんけ?」
愛ちゃんが朗らかな声で話し掛けて来てくれた。
「うん、もちろんいいよお」
あたしも愛ちゃんが気遣ってくれたことが分かったから、笑顔で返事した。
「そう、良かった」
安心したようなその笑顔に、何故かあたしの心臓はドキリと跳ねた。
- 159 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:14
-
こうして、あたしたちの奇妙な関係は始まった――。
- 160 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:14
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「総文?」
「うん。総合文化祭、略して総文。あのね、写真部・美術部、それに書道部は春と秋に県大会っていうか展示会みたいのがあるんだけどね、秋の大会で県の代表校を決めて、来年の夏に開催される総合文化祭に県の代表として出展するの」
「ほお〜」
「で、その総文に出展する作品を二月までに提出しなくちゃいけないんだ」
「なるほどの」
――なかなかショッキングな出会いをした次の日。あたしは昨日と同じように部室の戸締りを田中ちゃんに任せ(押し付けた、ともいう)、昨日と同じ時間、同じ商店街の電柱で愛ちゃんと話していた。
「秋の大会で三年の先輩二人と二年のあたしと一年の田中ちゃんていう後輩が出展したんだけどね、総文は来年の夏だからあたしと田中ちゃんが代表として出展するの」
「それって凄いやよね」
「うん。卒業する先輩たちの分まで頑張らなくっちゃ」
むん、と意気込むと、愛ちゃんは「ファイトやよー」って拳を作って応援してくれた。
その仕草がなんだかくすぐったくて、締りのない笑顔で返す。と。
「あんなぁ、麻琴」
愛ちゃんが眉を八の字にさせて見つめてきた。
「なーに?」
笑いながら問い返すと、愛ちゃんはますます困った顔になった。
「……忘れとるかもしれんけどぉ」
「うん」
「あーしの姿、麻琴以外には見えんのやよ?」
は。
- 161 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:15
-
「多分……うぅん確実に……」
愛ちゃんの声はどんどん小さくなって、そこで消えた。
うん、愛ちゃん、言わなくても分かったよ。……傍から見たら、あたしは電柱に向かって笑顔でお話しするかなりのイタイ子……。
……そういえば、今日も商店街は混んでいるのに、あたしの周りには誰も寄ってこなかったような…………鳴呼どこからかヒソヒソと「ね、あの子……」「しっ、聞こえたらまずいわよ」とか「ママー、あのお姉ちゃん」「見ちゃいけません!」とか聞こえる……。
頭を抱えてしゃがみこむ。本当は「うわあ違うんです!」とか叫びながら足をジタバタさせたいところだけれど、今それをしたらますます周囲の人はあたしから距離を取る! 確実に!!
神様仏様! どーかさっきまでのあたしを知り合いに見られてませんよーに!
顔を熱くさせながらしゃがみ続けていると、
「ごめんなぁ」
近くで愛ちゃんの声が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると、愛ちゃんもしゃがんですまなそうにあたしを見つめていた。
「恥、かかせてもうて」
「愛ちゃんのせいじゃないよ!」
思わず立ち上がってしまった。いきなり大声を出したあたしに愛ちゃんは目を丸くし、周囲の人はさらにあたしから遠ざかったけれど、構うもんか。
「あたしが勝手に楽しかったからだよ! だからつい笑顔になっちゃったんだ! 愛ちゃんが謝ることはないよ!」
息巻いてそこまで叫んだ。
もう知り合いに見られたって別にいいや! ――そんな気持ちだった。
しばらくの間、目を丸くしたままあたしを見ていた愛ちゃん。――けれど、顔を崩して笑顔を見せてくれた。
「麻琴、ありがとな」
そう一言を添えて。
- 162 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:15
-
アウ、ソレハンソクデス。
言葉通り、その笑顔に胸を撃ち抜かれる。どっきんばっくんする心臓に手をあてていると、愛ちゃんは、よっこいせ、と掛け声をつけて立ち上がった。
「なぁ、麻琴ってどんな写真を撮るん?」
またあたしより少し高い目線になって、愛ちゃんは興味津々といった感じに聞いてきた。
「どんなって……風景画も人物画も撮るよ」
校庭の桜とか部活中の子とか、そう具体的に話すと、ますます興味が沸いたようだった。
「見てみたいわ、麻琴の写真」
「いいよ。明日持ってくる!」
そう言うと、愛ちゃんはまた笑顔を見せてくれた。
「楽しみにしとる、約束やよ」
「うん、絶対持ってくるから」
あたしも笑顔を返して約束した。
- 163 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:15
-
次の日。
あたしは、田中ちゃんの呆れ顔を無視して、過去に撮った写真たちを選別していた。
「これはイマイチ、これも微妙。あ・これは上手く撮れた」
どさどさと、乱雑にチェック済みのアルバムを積み上げていく。
「先輩、総文用の写真も撮らずに、なにしとっどですか?」
「今日は総文のことは休み。あたしの撮った写真を見せたい人がいるの」
「はっは〜ん。さてはコレですっちゃろ」
オヤジ臭く小指を立てる田中ちゃんをさらに無視して、納得のいった写真をカバンに詰める。
「じゃ、あたしもう帰るから! あとはよろしくっ」
さっさと部室を出るあたしの背中に、田中ちゃんの慌てた声が掛かる。
「ちょ!? このアルバム片付けてってくださいっちゃ!」
「田中ちゃんお願ーい! 明日フルーツ牛乳奢るから〜」
すでに廊下を走ってるあたしに、
「焼きそばパンもですっちゃ!」
悲鳴じみた声が返ってきたので、走ったまま「分かったよ〜」と言っておいた。
- 164 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:16
-
「この桜吹雪の写真、綺麗やわ」
「でしょ、でしょ! 自分でも上手く撮れたんだ!」
商店街の愛ちゃんのいる電柱まで超特急で走って、早速写真を見せていた。愛ちゃんは一枚一枚じっくり見ては、「この猫可愛いわぁ」とか「ソフトボールの試合なん? 迫力ある写真やね」とか丁寧にコメントをしてくれる。あ・もちろん愛ちゃんは写真に触れないから、あたしが持って見せていた。
一通り見せたところで、愛ちゃんは写真から目を離してあたしを見つめてきた。
「麻琴の目には、世界がこんな風に映っとるんやね」
いえいえ、そんなそんな。
つい締りなく口を開けてデレっとしていると、愛ちゃんは満足そうに微笑んだ。
「なあ、もしあーしを撮るんやったら、どんな風に撮った?」
ん? そうだなー……。
しばらく腕組みして考えてから、口を開いた。
「初めて見たときがすごく印象的だったから、やっぱり横顔かなぁ。それで少し視線を上にして、遠くをみつめてる感じがいいかな」
すごく儚げで、どこかこの世の者とは思えなかったから。
……まぁ確かに、この世の人じゃなかったけれど。
「それとも、正面から撮って笑顔なのも悪くないかな。あーでも、振り返ってるのもいいかも。日常の一コマを撮ったみたいでさ」
自分でも驚くくらい、アイデアが沸いてくる。スランプ気味だったのが嘘みたいだ。
「あーしも、麻琴に撮られたかったわ」
「だね……」
二人で空を見上げる。愛ちゃんが生きてる内に会いたかった、とは思ったけれど言わなかった。言ったらきっと、愛ちゃんは自分が悪いわけじゃないのに謝るだろうから。
空は、所々にある雲を黒く反転させながら日が沈みかけ、茜色に染められていた。
- 165 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:16
-
暗室で、何枚かのネガをセットして印画紙に焼き付けていく。それから現像液・停止液・定着液の順に印画紙を浸し、出来あがった写真を乾かすためのプレハブ壁に貼り付けた。
暗室の照明をつけ、改めて出来たてホヤホヤの(といっても湯気が出てるわけじゃないけどさ)何枚かの写真を見つめる。
「う〜ん」
そして唸った。
この写真たちは総文用の写真候補たちだ。どれも悪くはない、悪くはないんだけれどさ。
「良くもないんだよなぁ」
はあ、ため息ついて暗室から出る。部室では、田中ちゃんが焼きそばパンを口に入れながらネガを透かして見ていた。
あたしは机に置いていたミルクティーを飲んで、もう一度、はあ、とため息をついた。
数日前までは良いと思っていた写真だけれど、愛ちゃんていう被写体を見つけてからは、どれも霞んで見えてしまう。顧問の先生もそろそろ急かすだろうから、早く良い素材を見つけなくちゃ。
「先輩、次あたしが暗室使って良かとですか?」
「いーよー」
口をむぐむぐさせていた田中ちゃんがネガを持って立ち上がった。暗室に向かう田中ちゃんに声をかける。
「ねー田中ちゃん」
「なんですか?」
「幽霊ってどうやったら写真に撮れると思う?」
「はい!? 心霊写真でも撮るつもりですか? そんなもの発表できないですっちゃ!」
「そうだよねー」
あたしはまた、はあ、とため息をついて机に突っ伏した。
- 166 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:17
-
「写真の全国大会って何するん? 写真で格闘するわけやないんやろ?」
「まっさかぁ。県大会と同じで発表会というか展覧会っていうか、そんな感じ。んで審査員の人達が賞を決めるんだよ」
「ほー」
今日も今日とて、いつもの商店街、いつもの電柱で愛ちゃんとお喋りする。
「最優秀賞は無理だろうけれど、やっぱ良い成績取りたいのが本音かなぁ」
「そんなに違う物なん? 写真って」
「うん。やっぱ上手な人が撮ると違うよ。なんていうか魅力がある、人を惹きつけるっていうか」
去年の八月に、勉強として顧問の先生に部員全員で連れていってもらった総文で出品されていた写真たちを思い出す。
どれも凄く、田中ちゃんと一緒に食い入るように見つめていった。そして全国レベルを知った。正直あたしの写真なんて子どものお遊びだと思い知らされた。
「へぇ。ほーいや、昨日見せてもらった写真、全部白黒やったけどカラーは撮らんがん?」
「モノクロだったら、自分でフィルムをネガにしたり、好きな大きさで印画紙に焼けるからね。そういう作業も好きなんだ。カラーだったら写真屋さんに全部お願いしなくちゃいけないから、お金もかかるし充実度も減るしねぇ」
「そうなんや、知らなんだ」
うん。みんな結構知らないらしいんだよね。時々クラスの子に使い捨てカメラの現像頼まれるけれど、出来ないし。
それを言うと、愛ちゃんはくすくす笑った。
「麻琴は人気者なんやね」
「ふえっ? そんなことないよぉ」
「そんなことあるがし。昨日見せてもらった写真で友達撮ったやつあったやろ? みんな笑顔やったがし」
ええ〜? あれはみんな映りたがりなだけだったから……、そう思ってたけれど、
「みんな、麻琴の写真には映りたかったんやね」
愛ちゃんは一人納得したように言う。
「あーしな、生前は撮られんの苦手やったんやよ、けど麻琴のカメラには映りたいと思った」
え? え!?
「なんていうか、麻琴の写真は好きやわ」
そう言われて顔が熱くなる。す、好きって……。
愛ちゃんは『写真が好き』って言ってくれたんだけど、それでも、なんていうか、その、恥ずかしいや。
「麻琴の性格が出とる、あったかい写真やわ」
愛ちゃん、そんなにおだてたら、あたし木に登っちゃうよ。
恥ずかしさからついブンブン手を振って、そんなことないよぉ、って言ってみたけど、愛ちゃんは、そんなあたしを微笑んで見てた。
そんな顔見せられたら、木に登るどころか月に行っちゃいそう。
- 167 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:17
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「な、麻琴。明日土曜で学校休みやろ?」
「ほえ? そうだけど?」
首を傾げると、愛ちゃんはさっきとは違う、何か含むような笑みを見せた。
「明日……ほうやのぉ5時ごろここに来てくれんけ。朝の」
はい!? なんで? まだ太陽だって出てないそんな時間に?
あたしが驚きと疑問でいっぱいの顔をしていると、
「見せたいもんがあるげんて」
とだけ言った。
ますます訳が分からないでいると、
「せやから、もう家に帰って寝るがし。絶対5時に来てな」
絶対口調で、ばいばいと手を振られた。
……はぁ〜い。
- 168 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:18
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うおー。寒い〜っ。眠い〜!
コートに手袋、マフラーで防備したものの、頬にチクチク突き刺さる風は防ぎきれなくて、とてつもなく冷たく、痛い。
立ったまま寝ちゃいそう、だなんてアホなこと考えながら、愛ちゃんのいる電柱についた。
「麻琴、おはようさん」
「おはよ、愛ちゃん」
愛ちゃんは(幽霊なんだから当たり前だろうけれど)寒風なんて全く物ともせず、いつも通り電柱に寄りかかっていた。
「で、見せたいものってなにさ?」
「もうちっと待っとって。もうすぐやし」
何なの? って聞いても「見てからのお楽しみやよ」とはぐらかされてしまう。
眠い、寒い、眠い、寒い。ねむさむ!
立ったまま意識を半分飛ばしていると、
「麻琴、ほれ」
愛ちゃんがあたしの肩を叩こうとして手を通り抜けさせた。
「むにゃ?」
指差したほうを見る。そして――あたしの眠気は吹き飛んだ。
「わあ……」
そこで言葉が途切れ、あたしは見入った。
- 169 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:18
-
まだ太陽が顔を出してないけれど明るい東の空。上方はまだ夜の帳が、下方は鮮やかな緋色、そして中間がなんともいえない透明色になってて、空が三色になっていた。
声も出せず、見入っている間にも、刻々と日は昇り、徐々に夜の名残が掻き消えていく。
「あーし、ずぅっとここにおったやろ? ずぅっと景色ばっかり見とった。お日さんが昇るときと沈むとき、空が三色になるんよ。で・お日さんが昇るとき、それも快晴やと一番空が澄んどるんよ」
「綺麗……」
「やろ? これを麻琴に見せたかったげんて」
「え」
「一緒に見れて良かったわ」
満足げに昇る朝日を見つめてる愛ちゃん。あたしは空なんてそっちのけで、そんな愛ちゃんの横顔に釘付けになる。
朝日で透かされた愛ちゃん。朝靄が太陽の光を反射させるものだから、愛ちゃんの全身がキラキラ輝いてて。
だから――。
――だから、どうしようもなく胸が高鳴った。心臓が痛い。顔が熱い。目が愛ちゃんしか見れない。
薄々気づいてたけれど、今この瞬間確定した。
あたし、愛ちゃんが好きなんだ。
めっちゃくちゃ恋してる。
「麻琴?」
唐突にぐりんと顔をこっちに向けた愛ちゃん。
「顔赤いけど、大丈夫がし? もしかして風邪引いた?」
「な、なんでもないよ、大丈夫。しっかし、本当に綺麗だよね」
「ほうやね、空もやけど、お日さんも綺麗やわ」
違うよ、愛ちゃんが、だよ。
その一言はどうしても本人に言えず、あたしは赤い顔のまま愛ちゃんの隣に突っ立っていた。
- 170 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:18
-
放課後、あたしは部室でカメラ雑誌の『風景画の技術UPポイント』をぼんやり読んでいた。
田中ちゃんは先週現像した写真を眺め、やっぱいまいちやけん、と呟く。
「先輩〜」
「んー」
「総文は、やっぱり人物画にしますけん」
そうなの? 雑誌から目を離すと、田中ちゃんはさっきまで見ていた写真をぴんと指で弾いた。弾かれた写真を見る。それは、学校にあるポプラ並木を撮ったものだった。……悪い写真じゃないけれど。
「インパクトが足りなか。自分でも正直気づいとったけん」
「そっか。じゃあモデルどうするの?」
「それが問題ですっちゃ」
田中ちゃんは、う〜んと眉を寄せながら腕組みした。
まあ、田中ちゃんになら喜んでモデルになってくれる子がいるから、そんなに苦労しないだろうけれど。田中ちゃんも同じ考えのようで、さっきから、
「さゆに……いや、絵里に……いやいや……」って呟いてるし。
「ねえ田中ちゃん」
「なんですと〜?」
まだ思案してるのか、上の空気味に、それでも返事してくれた。
「田中ちゃんて、好きな人いる?」
「ふにゃあ!?」
- 171 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:19
-
ぽくぽく、商店街に向かう道を歩きながら、さっきの出来事を反芻する。
結局、田中ちゃんは真っ赤な顔で「い、いないですけん」って言ったけれど、それって好きな人がいるってバレバレだったから、思いきりツッコんであげたらますます顔を赤くして「う゛ー」と唸っていた。
誰? あたしの知ってる人? って食いついたら、ぶんぶん首を横に振って、口を貝のように固く閉ざしちゃった。
さらに食いつこうとしたら、廊下の方からどたばたっていう複数の足音と、「「れぇなぁー!」」という声に、田中ちゃんはぴくっと反応して、脱兎のごとく後ろのドアへと回った。前のドアが開くのと同時に、後ろのドアを開けて、そのまま田中ちゃんは脱走した。
入ってきた二人は、田中ちゃんが逃げたことにすぐ気づいて、また「「れーなー」」と叫びながら追いかけていった。
……あの三人のドタバタ劇は、田中ちゃんがモデルを決めるまで終わらないと思う、きっと。
- 172 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:19
-
こういう話も、きっと愛ちゃんは楽しそうに聞いてくれるんだろうな、って思うと心も足取りも軽くなる。
早く愛ちゃんに会いたいな。そんでいっぱいお喋りしたい。
今日もひしめき合っている商店街の中、あたしは人波を掻き分けて目的の電柱に向かう。――あ、見えた。
「愛ちゃ……」そこで言葉は途切れた。
愛ちゃんはなにか必死な様子で自分の(ないけど)足元を見てた。
静かに近づく。あたしが近くに立っても、愛ちゃんは気づかなかった。
「……愛ちゃん?」
声を掛けると、愛ちゃんは弾かれたように顔を上げた。
「あ……麻琴。今日は遅かったじ」
「うん。部活だったから……。さっき足元見てたけど、どうしたの?」
「ううん、なんでもないんやよ。――今日はどんなことがあったん?」
「えっと……今日は――」
あたしが話してても、どこか上の空な愛ちゃん。時々こっそり(けれどあたしにはバレバレだった)と自分の足元を見ていた愛ちゃん。――なにがあったの?
どこか釈然としない気持ちのまま時間は過ぎていった――。
- 173 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:20
-
家に帰っても、お風呂に入っても、パジャマに着替えても、ベッドに転がっても、今日の愛ちゃんの様子がおかしかったことが気になって仕様がない。
なんだろ。
なにがあったんだろ。
あたしには言えないことかなぁ。
……そりゃ、頼りないけれど、力になれるかもしれないのに。
ごろごろ、ベッドで転がる。
ごろごろ、ごろごろ。
ごろごろ……わーん! やっぱり気になる!
あたしはガバチョっと起き上がる。ぽいぽいっとパジャマを脱いで、適当な服に着替えてコートを羽織った。
会いに行こう。そして、迷惑かもしれないけれど、愛ちゃんに尋ねてみよう。
玄関でスニーカーを突っかけ、あたしは夜の町を走り出した。
- 174 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:20
-
たったったった。はっはっはっはあ。
静寂を帯びた町の中、スニーカー音と呼吸音が夜の闇に吸収されていく。白い息を吐き、あたしは走り続けた。
人通りの絶えた商店街は、なんだか知らない所に来たみたいに余所余所しい。
「愛ちゃん!」
あたしは思わず叫んだ。――遠目にも、愛ちゃんの体が前よりも透けていたから。
愛ちゃんはあたしの方を振り向くと、イタズラが見つかった子のような表情をした。
「……麻琴に見られる前に消えとこうと思ったのに」
そう言って、苦笑いした。
「愛ちゃん? 消えるってどういうこと!?」
あたしは飛びかからんばかりに必死だった。
「お迎えが来たってことやわ。……夕方、麻琴と話してるときも、気ぃ抜くと体が上がってってしもうて。……今もこれ以上下りれんげんて。なのに上に上に引っ張られる」
確かに愛ちゃんは、今はあたしより頭一つ分高い目線になっていた。
「天国に、行っちゃうの?」
「ほうやろね。――麻琴と会えて良かったわ。いい思い出になったわ」
「待って、待ってよ愛ちゃん!」
あたし、まだ愛ちゃんに言ってないことがあるの! あのね――!
愛ちゃんが腰を折る仕草であたしに触れた。肩に手を置かれる。そして額になにか――確実な温かさを持ったそれが触れられた。
「麻琴、ありがとな」
その一言とあたしの額に唇の温もりを残して、愛ちゃんは霧消した――。
- 175 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:20
-
――月日は経過して、八月。
あたしは、見知らぬ制服姿のひとたちが溢れる総合文化祭の写真部門の展示室にいた。
「よっ……と」
搬入した写真をボードに固定させる。改めて自分の撮ったものを見つめる。――この景色を見たときの感動を、少しでも沢山の人に伝えたい、そんな思いで撮ったものだった。
「小川せんぱ〜い」
呼ばれて振り返ると、自分の写真の搬入を終え、他校の人たちの写真を見て回っていた田中ちゃんが、手を上げ近づいてきていた。
「おかえり。どうだった?」
「やっぱ全国は凄かとです。県大会なんて目じゃなか」
「そっか。でも田中ちゃんの今回の写真は、良い出来だと思うけど」
そう言って、田中ちゃんの作品に目をやる。タイトルは『best friends』、二人の女の子がプリクラ帳を見ながら笑いあう、という日常の一コマを捉えた写真だった。
田中ちゃんのほうを見ると、恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「先輩の写真も良く出来てますっちゃ。ばり綺麗っちゃ。ばってん、系統変えましたね? 今までそんな写真撮ることなかったですっちゃ。それにカラーで勝負だなんて」
「うん。どうしてもこの写真が撮りたかったんだ」
田中ちゃん曰く『カラーで勝負』した写真。――愛ちゃんに見せてもらったあの三色空の景色の写真。
あたしの、恋愛写真。
- 176 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:21
-
「ちょっと早いけど、ホールに行こっか。受賞作の発表があるし」
「そうですっちゃね――」
田中ちゃんがそこまで言った時だった。「「れーなー!」」という大声が聞こえ、田中ちゃんの体がびくっと震える。人の波を掻きわけやってきた二人の女の子が、田中ちゃんの左腕と右腕にそれぞれ絡まる。
「れいな、ねえれいな!」
「れいなの写真のメインモデルは、」
「さゆだよね!」
「絵里だもん!」
「「れいな! どっち!?」」
「あ〜っ。せからしか! いい加減にするばい!」
とうとう田中ちゃんが爆発した。――三人のドタバタ劇は写真を撮った後でも変わらなかったみたい。
爆発する田中ちゃんと、爆発なんてどこ吹く風の二人を置いといて、あたしはホールに向かうため展示室を出る。
青く澄んだ空に真っ白な入道雲の下では、緑の木々があり、その中をセミが一夏の恋を求めて激しく鳴き喚く。
外に出てあたしは大きく伸びをした。
ねえ愛ちゃん。こんな空の下を一緒に歩きたかったな。
たった数日の出来事だったけど、愛ちゃんとの出来事は宝物のような出来事だったっよ。
「……感傷なんて、あたしには似合わないな」
そう独りごちて、ホールへと向かった。
- 177 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:21
-
ホールには展示室以上の制服姿がひしめき合っていた。
顧問の先生の姿を見つけ、少し話し合う。県ごとに席が決まってること、学校ごとに一塊に座ることなど。
それならやっぱり田中ちゃんを呼んでこなくちゃ。
顧問の先生にはそこで待ってもらって、あたしはもう一度展示室に向かう。
ホールを出、再び夏の日差しを浴びる。
とんとん、肩を叩かれあたしは振り返る。そして――驚きと喜びの混ざった表情で相手を見た。
「あ、びっくりしとるがし」
「なん、で……?」
あたしの掠れた声に、相手は恥ずかしそうに微笑んだ。
「実はあーし、事故の後ずうっと病院で意識不明で眠っとったらしいげんて。で、麻琴とお別れした後に意識を取り戻してんて。本当はすぐにでも会いに行きたかったげんけど、ずっと事故と寝たきりのリハビリやっとった」
今日が退院なんやよー、と笑う姿もVサインする姿も、数ヶ月前会ったときと全く変わってない。あ、でもあたしより背が低いことを今知った。
「総文には間に合わんかったけど、前に麻琴が言ってたモデルの写真……いつかお願いしていいけ?」
控えめに言われ、あたしは笑顔を返す。
いいよ! もちろん。いっぱい、いーっぱい撮るよ。フィルムを貴女で埋め尽くすよ!
- 178 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:22
-
end.
- 179 名前:恋愛写真 投稿日:2008/04/16(水) 02:23
-
∬∬´▽`)人(’ー’川
- 180 名前:石川県民 投稿日:2008/04/16(水) 02:23
-
お粗末でした。総文云々は石川県民が高校生のときの記憶を掘り起こして書いたものですので、間違いがありましたらば……目を瞑ってください。
最後の1スレは書くかどうか迷ったのですが、基本石川県民は、
( ^▽^)>ハッピー!
が好きなので、付け足しました。ええ自己満足っす。
次回は多分、書きかけで放置した後紺でございます。
それでは。 拝。
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/16(水) 18:42
- もしかして…
生徒会のですか??
やったらめっちゃ楽しみです。
- 182 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/17(木) 00:44
- お疲れ様でした☆
楽しく読ませてもらいました!石川県民さんの話の流れ好きです(´∀`)
あと愛チャンの言葉…福井ぢゃなくて石川弁ですよね!?笑
私も石川県民ねんてね〜♪笑
- 183 名前:名無し読者 投稿日:2008/04/23(水) 21:23
- えがったぁぁぁぁ
愛さんが麻琴の元に旅だってくれて(笑)
れいなの相手はあの子だよね
- 184 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/01(日) 16:16
- 首をなが〜くして待ってますZ
- 185 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/13(金) 12:21
- うにゃ〜
石川県民さんの小説が大好きです☆
- 186 名前:石川県民 投稿日:2008/06/17(火) 14:21
- 放置してしまってすみません。取り敢えず生きてます。
次回の更新はまだしばらくかかりそうですので、期待せずにお待ちください。
生存報告と返レスだけさせていただきます。
181>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。でもギョメンナサイ、次回の更新違うやつになりそうです。。。
奥手ガールズさんたちはもじもじしっぱなしで、なかなか進展してくれないので。。。
182>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。流れが好きだと言っていただけたら木に登るどころか月にまで飛んでいきそうな勢いです。(´∀`)
( ^∀^)県从#~∀~#从市の片隅でひっそり∬∬´∀`)人川'ー’川を叫んでおります。
訛りは若狭のほうならともかく、越前方言と石川弁は発音以外はそんなに差が無いなと感じたので、普段使う言葉を喋らせてます。ハイ。気づいた貴方は凄い!
色々方言サイトや方言本を調べても、こっちのサイトには福井弁として載ってるものがあっちのサイトには金沢弁として載ってたりするので、もーどーでもいーやという気分が無きにしも有らず。ていうか私自身が『石川県民』というHNのくせに親が福井人なものだから石川弁と福井弁がごっちゃになってて、イマイチ違いが判ってないんです、すみません。
ところで……石川県民だという名無飼育さんサマに質問です…『かぜねつ』って言葉、使います??
183>名無し読者サマ。
ありがとうございます。旅立ってくれました、はい♪
れいにゃの相手は……うふふのふ。
184>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。すみません、長くした首、まだもう少し伸ばしといてください。
185>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。うにゃ〜と言われたら、つい喉をころころくすぐらせたくなります。大好きだなんて言われたら、調子に乗っちゃいます♪
もう少しお待ちくださいませ。
拝。
- 187 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/04(金) 15:16
- 待ってます。
- 188 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/07(月) 19:34
- 生存報告があっただけでもうれしいです。
ゆっくりと待ってますZ
- 189 名前:石川県民 投稿日:2008/07/13(日) 01:21
-
遅くなりました。ネットが使える家のパソコンの起動が95並みに遅くてストレスがたまりそうな石川県民です。こんばんは。
川o・-・)>更新の遅さでストレスが溜まりそう、と稀有な読者サマを代表して言っておきましょう。
石川県民)>ぎくっ!
川o・-・)>忙しかった、という言い訳は無しですよ。娘。小説とは全く関係ないその下書きノートはなんですか。
石川県民)>あわわ……(ノートを背中に隠しつつ)。
川o・-・)>それに、大昔に飼育で書いたれなえりに大幅加筆を加えたりしてましたよね。
石川県民)>ぎくーん!
川o・-・)>そういう日の目を見ない話よりも重要なものがあるでしょうが!!
石川県民)>あああ。スミマセンスミマセン。
それでは返レスをば。
187>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。
『待ってます』というお言葉で『待〜つ〜わ〜♪ いつまでも待〜つ〜わ♪』が頭の中をリフレインしたのはここだけの話です。
188>名無飼育さんサマ。
生存報告だけで失礼いたしました。
もしかして、なんですが……>>184で首をなが〜くして待っててくださった名無飼育さんサマと同じ方ですか??
それでは超短いですがスタート。
- 190 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:22
-
ぼすぼすぼすっ、ぼす!
「麻琴のあほんだらぁ! もう知らんがし!」
ぼすぼすぼす……ひたすらクッションを叩き続ける。
……そんなに叩いたら破れるよ……。
「なーにが『あさ美ちゃんと約束あるんだあ』や! もう知らん!」
『もう知らん』て二回も言ってるし。
- 191 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:23
-
どうも皆様こんばんは。世界のマユゲこと新垣里沙です。
今わたしは自分のウチの、自分の部屋にいます。そして、目の前には一つ年上の同輩である愛ちゃん。そして愛ちゃんがさっきから和太鼓と勘違いしてるのかと思うくらい叩いているのは、わたしのお気に入りのクッション。……だから綿が出るってば、そんなに叩かないでよ。
「あほんだらぁ……」
そう呟いて、クッションに顔を埋めていく。あらら、ネガティブ愛ちゃんになっちゃったよ。
「久しぶりに一緒にご飯に行こうと思っとったんに、用事があるからって断ったから、なんやと思うとったら、あさ美ちゃんとカボチャプリン食べにいくからって……」
ぶつぶつ、独り言のように言う。気のせいかな、愛ちゃんの頭上に暗雲が見えるような。一部の地域では大雨が予想されるでしょう――なんておちゃらけてる場合じゃないや。愛ちゃんがこうなると、面倒くさいんだよね、実は。
「あーしがいるのに、あさ美ちゃんあさ美ちゃんて……」
あ〜。似たようなこと後藤さんも言ってたな。あさ美ちゃんとまこちぃが食べ物談義に花を咲かせていると、それを見て、
「紺野ってホント小川と仲良いよねえ」
って言ってたや。口は笑ってたのに、目が笑ってなかったけど。
――あの時、後藤さんの周りに怒気が漂ってたの、気のせいだと思いたい。
- 192 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:24
-
「うがー!」
突然愛ちゃんが奇声(怒声かも)を上げながら、勢い良く顔を上げた。
「もー麻琴なんか知らん! そんなにあさ美ちゃんが良いなら、あさ美ちゃんと付き合えば良いがし!」
え、ちょっと、それはマズイってば。後藤さんの怒気が殺気に変わっちゃう! 辺り一面カボチャの海――じゃなくて血の海になる!!
「愛ちゃん、少し落ち着きなって。ね?」
激しく上下するその両肩を掴んで、優しくさする。
愛ちゃんも荒くしていた呼吸を少しずつ整え出した。血の海を避けるためにも、わたしは噛んで含めるように、優しく言葉を紡ぐ。
「まこちぃは、あさ美ちゃんじゃなくて愛ちゃんが大好きなんだよ。……ただちょっと食い気に走っただけで。でもね、何年も側で見てきたわたしは知ってる。まこちぃが一番大好きな人は愛ちゃんだ、って。――まこちぃの一番は愛ちゃん、ってことは本人の愛ちゃんが一番知ってるよね?」
「……ん」
さっきまでの荒々しさが嘘みたいにしおらしくなった愛ちゃん。――綺麗なのに、こういうところが幼くて可愛いんだよね。
ついつい頭を撫でると、愛ちゃんも満更でもないらしく、目を瞑ってもたれ掛かってくる。うん、可愛い。
- 193 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:25
-
「……なんかな、ちぃっと不安なんやざ」
「なにが?」
頭を撫でたまま、聞き返す。
「あーしと麻琴の『好き』の比重が、あーしの方が重い気がするげんて」
「そんなことないよ。まこちぃも100%全力で愛ちゃんが好きだよ」
「絶対?」
「絶対。保証するよ」
「……そっか。里沙ちゃんが言うんなら、そうなんやろうね」
「そうそう。この新垣さんが言うんだからね」
そう言うと、少しだけど愛ちゃんは笑った。――今日ウチに来て、初めての笑顔だ。
「あーあっ」
ぼふっ、再びクッションに頭を埋めて、ころんと横を向いてわたしを見る愛ちゃん。
「麻琴が里沙ちゃんみたいに、しっかりしとったら良かったんに」
あー成る程ね〜。まこちぃって、しっかりさんて言うより、うっかりさんだよねえ。
「ほしたら、こんなヤキモキせんで済むがし」
「でもそうなったら、愛ちゃんの好きなまこちぃじゃなくなるんでしょ」
愛ちゃんは口をへの字にして、再々度クッションに顔を沈めさせる。
「……うん。ほうやね」
顔を沈めさせたまま、呟くその声は、少しくぐもっている。
- 194 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:26
-
「あー何であんなヘタレで鈍ちんでワンコな子、好きになったんやろぉ」
わたしに問い掛けるわけでもないらしいその声は、誰も答えを出せないまま続く。
「……でも、落ち込んどる時にはすぐ気付いて励ましてくれるし、お日さんのように明るくて笑顔やし、ワンコみたいに人懐っこくて元気やし…………」
成る程。愛ちゃんの中ではワンコなところは良くもあり悪くもあるんだ。
愛ちゃんの呟きはフェードアウトしていき、聞こえなくなった、と思ったところで、
「……麻琴ぉ」
と、一声出て、消えた。
クッションに沈んだ形の良い頭を、撫でたい気持ちが沸いたけれど、止めた。――今、愛ちゃんが欲しい手の温もりは、わたしのじゃない。
どうしようかな。愛ちゃんの落ち込みの原因で且つ元気にさせれる張本人を、電話で呼ぼうかな、とか考えていると――、
♪ピンポンピンポンピンポーン♪
……家のインターホンを連打された。
……こんなことをしそうな人で、更に、このタイミングで来る人は一人しか思い当らない。
「ごめん、お客さんだからちょっと行ってくるね」
愛ちゃんに言って、リビングに向かう。受話器付モニターパネルの受話器を取り――、
「は『あ゛い゛ぢゃあ゛あ゛んっ!!』
……どうしよ、色々ツッコミたい。
一つ.誰かは見当ついてるけどさ、「はい新垣です」くらいの外交辞令を言わせてよ。
二つ.わたしの家に来て何で第一声が「愛ちゃん」なの? いなかったらどうするのさ。
三つ.ていうかすっごい涙声!
モニターに声の主が映り――、
「っ!?」
言葉につまる。
モニターには、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を超どアップで映し、エントランスのカメラを掴んでるのであろう、まこちぃの姿が映ったのだから。
- 195 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:27
-
「まこちぃ、どうしたのさ? なにがあったの?」
『愛ぢゃんごべんねえ゛っ!』
「ちょ、まこ――」
『びえ〜!』
困った。なにがどうしたのか知りたいんだけれど、モニターに映るまこちぃは泣いたまま。
どうしよう、そう思っていたら、カメラの外から天の助け声が聞こえた。
『はいはい麻琴、ちょっと代わって。このままじゃ話が進まないでしょ。――あ、お豆。そこに愛ちゃんいる? 麻琴が会いたがっているんだけれど』
泣きながら『愛ぢゃあ゛ん』としか言わないまこちぃを、引っぺがすようにカメラから退場させてくれるあさ美ちゃん。
――事の次第はこうだった。
まこちぃがあさ美ちゃんとお店でプリンを食べている時に、ポロリと今日の愛ちゃんとのやり取りを話したそうで。
ここ最近の愛ちゃんとまこちぃを見ていたあさ美ちゃんは、すっごく久し振りに同じ時間に仕事が終わったのだというのに愛ちゃんより自分を優先したまこちぃに、
「そろそろ愛ちゃんがやばいよ」
と忠告したのに、当の本人であるまこちぃは。
「ふえ? なにがぁ?」
と到ってのんきにプリンを食べていた。
なので、あさ美ちゃんは。
鈍ちんにも判るように説明+お説教「何年愛ちゃんと付き合ってるのよ!!」
↓
トドメに「愛ちゃんを誰かに取られてもいいのっ!?」と言った結果。
↓
暫くしてからまこちぃ理解+数秒後に「ええぇぇぇ駄目!!」と錯乱。
↓
場所も考えずに、大泣きのまこちぃが出来上がり。という訳で。
- 196 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:29
-
『――それでさ、愛ちゃんのケータイ繋がらないから、多分お豆の家だろうなと思って来たの』
あさ美ちゃんビンゴ。今日は仕事終わってから、愛ちゃんがわたしの腕を掴んで、引きずるようにわたしの家に一直線に来たんだよね。
「事情は分かった。今ロック開けるね」
受話器を戻してロック解除ボタンを押す。リビングから戻って部屋にいる愛ちゃんに声を掛けた。
「愛ちゃん、まこちぃ来たよ」
びくん、電流が走ったみたいに顔を上げる愛ちゃん。――嬉しそうな表情を見せた、のも刹那、すぐにしかめっ面に戻った。
「会いたくないやざ」
「愛ちゃんは会いたくなくても、まこちぃは会いたがってるんだってば。さっきエントランスを開けたからすぐに――」
♪ポーン♪
玄関のチャイムが鳴った。愛ちゃんはますます顔をしかめる。
「――来たよ。いい? 仲直りするんだよ」
それだけ言って、急ぎ足で玄関に向かう。
- 197 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:30
-
鍵とチェーンを外した。
「愛ぢゃあ゛ん!」
「うわっ!」
思わずのけ反る。泣き顔のまこちぃは、わたしを気にも止めず靴を脱ぐ。そのまま、勝手知ったるとは言ったもので、まこちぃはわたしの部屋に突進した。急ぎ、後を追う。
「愛ちゃ――ぐえっ」
わお、クリーンヒット。
ドアを開けた途端に飛んできた物を、顔面で受け止めるまこちぃ。
愛ちゃんはと言うと、命中させたクッションを第一投に、枕、ぬいぐるみ、タオルと部屋にあるものを手当たり次第投げ出す始末。
「麻琴なんて知らんざ! どこにでも行けばいいがし!」
「わっ――うぷ、愛ちゃんごめんねぇ!」
次々と投げ出される物々を、避けたり当てられたりしながら、それでも部屋に入れたまこちぃ。
「お願い、話を聞いてよぉ」
「聞かんざ!」
大丈夫かな、気になってドアの隙間から覗いていると、そっと肩に手を置かれた。後ろを振り返る。
「お豆。心配なのは分かるけれど、二人きりにさせておいた方が良いよ」
いつの間に上がったのか、そこにはあさ美ちゃんが。
「……そうだね、うん。なら、わたしたちはリビングに行こう」
「分かった。先に行ってるね」
短い廊下を進むその姿を見送って、目線を元に戻す。
……MDコンポは投げないでほしいな。あとゲーム機も。
そう静かに祈りながら、わたしはドアを閉めた。
- 198 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:31
-
「あさ美ちゃん。外、暑かったでしょ。飲み物出すね」
「うん、ありがとう」
あさ美ちゃんの分と自分の分と。グラスに氷を入れてアイスティーを注ぐ。カラン、夏らしい音を立てて氷が崩れた。
リビングの窓は網戸にしてある。――昼間は暑いけれど、夜になればまだ風も涼しいから、クーラーは入ってないリビングでソファに座りながら、あさ美ちゃんとアイスティーに口をつける。
「……二人とも、仲直りするかな」
知らず口から出た言葉に、あさ美ちゃんはけろりと答えた。
「するでしょ。いつものことだもん。人懐っこい麻琴に愛ちゃんの独占欲が出て修羅場になっちゃう、そんないつものパターン」
「だよね」
窓から、車の走る音が遠く聞こえた。
「……でも、でもさ――毎回のことなのに、慣れなくて結構ハラハラしてるよね、わたしたち」
「それは、まあ、ね。――お豆、鋭いじゃない」
軽く驚いてるあさ美ちゃんに、得意げに微笑んでみた。
- 199 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:33
-
隣の部屋からバン! と机を叩く音がした。
……喧嘩になってるのかな。ちょっと気になるけれど、放っておいたほうが良いと言われたばかりだし、隣の部屋よりこっちを優先させようっと。
「あさ美ちゃんさ、最近まこちぃとばっかり遊んでない?」
「……そうかな? そんなことないよ」
「そのうち後藤さん、怒ると思うよ?」
「えー?」
心外だ、と言わんばかりに目を丸くするあさ美ちゃん。
それから、「えっと、えっと……」と記憶を探りながら反論しようとする。
「今日だって麻琴との予定、笑って手を振りながら『いってらっしゃい』って言ってくれたし、昨日だって晩ご飯にオムライス作ってくれたし、先週だって麻琴と遊ぶときにカボチャのタルトを作って持たせてくれたし、十日前だって5期のみんなで集まるときに髪の毛の編み込みしてくれたし、一ヶ月前だって――」
ちょっと……あさ美ちゃん……なんかノロケに聞こえるんだけど……。
口から砂糖を吐き出しそうになるのを必死で堪えている間にも、あさ美ちゃんによる『いかに後藤さんは素敵か』の熱弁は続く……。
「――そういう訳で、後藤さんは素敵な大人なんだから」
だから怒ることなんてない、暗にそう言っていた。あさ美ちゃんは、さすがに喉が渇いたのか、アイスティーに口をつける。
だからわたしも、アイスティーを一口飲んでから、真面目な顔をした。
「うん。確かに後藤さんは『わたしたちより』大人だよね。――でも、さ。ヤキモチ、とか我慢、とかは子どもだけの特権じゃないんだよ?」
「あ……」
聡明なあさ美ちゃんは、わたしがなにを言いたいのかを、すぐに察してくれた。
――隣の部屋の気配を伺ってみる。……ぼそぼそと小さい声でなにか言ってる。もう少しで仲直りはできそうかな。
あさ美ちゃんへと顔を戻すと、真剣な顔立ちでなにか考えてる。
それから、真っ赤になった。あさ美ちゃんは視線を合わせないまま蚊の鳴くような声で言った。
「私、二人の仲直りが済んだら……後藤さんの家に行ってくる」
「今までのお詫びに?」
「ううん。私が……」
唇を結んで言葉を切るあさ美ちゃん。丁寧に手入れされた髪(……もしかしてこれも後藤さんがケアしてるんだったりして)の隙間から見えるその耳は、火傷しているかのように赤い。
「私が……会いたい、から……」
「そうだね。行ってきなよ」
わたしはアイスティーを味わいつつ、充足感も味わった。
――良かった。あさ美ちゃんも一歩を踏み出せて。
- 200 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:33
-
「……本当は、さ」
「ん?」
「本当はこんな時間にお邪魔して迷惑かも、って不安はあるんだけど」
あらら、後藤さんのことになるとめっきり弱気なあさ美ちゃん。もうちょっとさ、まこちぃといる時のあさ美ちゃんみたいに強気でも良いんじゃない?
「そんなの持たなくていいってば。全力でぶつかっちゃいなよ」
「そうなんだけどね……」
「大丈夫だよ」
「――え?」
「だって、」
にっかり、全開の笑顔をあさ美ちゃんに向ける。
「後藤さんは素敵な大人、なんでしょ?」
――だから全力のあさ美ちゃん、しっかり受け止めてくれるよ。
言い切ったわたしに、あさ美ちゃんは十数秒、驚いた表情をして。それから――笑い返してくれた。
「うん! すっごく素敵な大人!!」
- 201 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:34
-
――で、結局。
「本当にごめんね」
「ううん。あーしこそ悪かったさかい」
愛ちゃんとまこちぃは、お互いに謝り合って、手を繋いで帰って行った。
あさ美ちゃんは、後藤さんに電話して即OKをもらったらしく、嬉しそうに走って行った。
うんうん。仲良きことは美しきことかな、ですか。
- 202 名前:ドタバタな日常 投稿日:2008/07/13(日) 01:34
-
軽く前髪を掻き揚げる。姿を見せた額に、夜風が優しく撫でた。
トラブルの無い日のほうが珍しい、わたしたちの生活。
ドタバタな日常。
……けど。
こんな日々が結構好きな、いつもの自分。
終わり。
- 203 名前:ドタバタな日常〜おまけ〜 投稿日:2008/07/13(日) 01:35
-
手を組んで腕を伸ばす。あ〜あ、今日は痴話喧嘩に巻き込まれた分、いつもより疲れたな。ちょっと早いけれど、もう寝よ。
〜〜♪
……充電器にさしていたケータイが場違いなメロディを鳴らす。……いや〜な予感。
恐る恐るディスプレイを覗く。うわ、やっぱり。――あの子だ。
わたし疲れてるんだけど。もう寝たいんだけど。
見なかったことにして聞こえないフリをしたいけれど、駄目なんだろうね。出ないといけないんだろうね。
嫌な予感ゲージはグングンと上昇する。
心持ちスピーカーを耳から遠ざけて、通話ボタンを押す。――ピッ♪
「ガキさぁっん! れーなったらヒドイんですよおっ!!」
……鳴呼やっぱり…………。
目の前が暗くなりながら、その場にへたり込んだ……。
――ちゃんちゃん♪
- 204 名前:石川県民〜help!〜 投稿日:2008/07/13(日) 01:36
-
ガキさんはその後、喧嘩なのかノロケなのか分からない話を延々ニ時間聞かされましたとさ。
お粗末さまでした。>>150名無飼育さん様がガキさん絡みの話が見たいと仰って下さったので書いてみました。お口に合いますかどうか微妙ですが。(ё)さんは常識者の苦労人、そんなイメージが無きにしも非ず。カプ話は無理でした_| ̄|○スマソ
で・次回なのですがっ。短編のネタが尽きました! なので皆様が読みたいカプ・ネタ・シチュを募集します!!
ただ条件として『遅くても待てる』と『期待してたものと違っても良い』方のみとなります。
どうか石川県民を助けると思ってお願い致します。皆様のご応募お待ち致しております!
- 205 名前:石川県民〜help!〜 投稿日:2008/07/13(日) 01:37
-
川o・-・)>……長編のネタがあるのならそれを書けば良いんではないんですか?
石川県民)>それなんですけどね、現在長編のストックとしてあるのが、
・まこあい:2コ(内、病気ネタ1コ)
・れなえり:2コ(内、病気ネタ1コ)
・ごまこん:2コ(内、病気ネタ1コ)
という軒並みで、正直どれから手をつけていいやら。
しかもどれも『舞い落ちる刹那の中で』並みに長い!
コレ↑は書くのに半年かかったし。
川o・-・)ノ□>……そんな石川県民にこの言葉を授けます。
石川県民)ノ□>えーと、なになに……?(封筒から紙を取り出す)
【ご利用は計画的に】
石川県民)>_| ̄|.........○カエスコトバモアリマセン。
川o・-・)ノシ>この憐れな生き物を救ってやろうという、
皆様のあたたかいご応募、お待ちいたしております。
石川県民)>_| ̄|.........○ 拝。
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/13(日) 09:13
- 150でガキさんネタをリクエストした者です。
覚えててくれて面白い話を書いて頂き嬉しい限りです!
石川県民様の優しさに感謝感激しております><
最近の娘。の小説は『舞い落ちる刹那の中で』のような感動できるものが無くて・・・
なので私的には、ごまこんかれなえりの長編ストックを読んでみたいです!
またまたワガママで勝手なコメントで申し訳ありませんが
石川県民様のペースで書いてもらえればなと思います。
根強いファンの一人ですので微力ながらいつも応援してますね^^
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/14(月) 00:16
- 182デス。
久しぶりに見たら、更新されてた(●>∀<)
私の書き込みで気分を悪くしたんじゃないかって思いまして……すいません。めっちゃ楽しく読んでるんで☆
これからも無理しんと自分のペースで書いてくださいね☆
かぜねつ使いますよぉ♪
かぜねつが出来たときのミカンは強敵です!!笑
- 208 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/14(月) 23:19
- 188です。
もしかしてはアタリです。何回もすみませんでした。
まこあいは読んだあとに元気をもらえちゃいます。
最後の電話はやっぱりな方でした。
ガキさんはやっぱりみんなに振り回されちゃうんですね。
ガキさんも誰か振り回しちゃえ(≧∇≦)
- 209 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/17(木) 11:56
- ここのマコは髪短いままですか?
愛ちゃんは?それがすっごく気になります。
- 210 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/17(木) 22:24
- 石川県民さんを久しぶりにみつけて嬉しいです。
しかし年月は過ぎて今年も亀ちゃんのかなりキツイ男性スキャンダルで自分はかなりのショックを受けてしまいました。
小説の中で癒してください
- 211 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/15(金) 01:08
- 何気にチェックしちゃってます。
まってます
- 212 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/09(火) 23:43
- 待ってます。
- 213 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/21(日) 16:52
- なんだかガキさんにぽわわんです
石川県民サンの書く小説大好きです
- 214 名前:石川県民〜平謝り〜 投稿日:2008/10/13(月) 08:04
- あまりにも放置してしまい、大変申し訳ございません。
とりあえず生きてます。ぎりぎり。崖っぷちで。
今回は生存報告とちょっと愉快なプレゼントをばと思いまして。
どーにもこーにも筆が進まないので、蔵に閉まっていたものを出そうと思いまして。
眠っていた18金のブツをパソコンメールの方限定で見せたく思います。
以下の条件に当てはまる方々にメールで6本ほどの小話を送付します。
【条件】
Hotmailが受信できる方。
18歳以上の方。
形態がWordなのでWordで読める方。
EROを読んでも強く生きていける方。むしろかもーんな!な方。
最低限のネチケットを守れる方。(EROを無断転載されたらさすがに悶死します)
中身は、まこあい5本。れなえり1本です。ごまこんetcはどうも削除しちゃったみたいです☆
……以上の条件を満たされて「おーけい、読んでやるZE」という漢気あふれる方は以下のメールアドレスに、
件名に『裏、希望』と、本文に好きなカプ(と、差し支えなければHNを)書いてお送りくださいませ。ませ。
アドレス↓
いすかわけんみん@live.jp
(@の前はローマ字で、『ん』は『n』とお打ちください)
期限は…………どうしよ、次回このスレの更新がされるまで、ということで。
んでは、今回はこれにて。返レスはまた次回させていただきます。本当に皆様書き込んでくださりありがとうございます。
それでは。 拝。
- 215 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/14(火) 22:40
- 214 の送付先アドレスを「す」を「し」に変えたパターンとそれぞれ「h」有り無しの
4パターンで試して見たんですが、 mailbox unavailable のエラーで返ってきました。
単純にローマ字にするのではダメなのでしょうか?
- 216 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/15(水) 00:52
- いつかどっかで公開してくださいね
お願いします
- 217 名前:石川県民〜平謝り〜 投稿日:2008/10/15(水) 01:35
- すみません、ふつーに素でアドレス間違えました。mail欄に正しく書きましたのでそちらを参照にしてくださいませ。まじで申し訳ございません。
- 218 名前:215 投稿日:2008/10/15(水) 22:12
- ありがとうございます
早速メール送るようにします
- 219 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 19:53
- 生存報告
ありがとうございます。
パソコン持ってないから読めないよ―(┳◇┳)
でも、読みたい!!!!!!
ぜひAこちらにも更新して欲しいです(≧∇≦)
- 220 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 14:28
- 上の方に同感です!!
- 221 名前:石川県民 投稿日:2008/10/26(日) 03:13
- たいへん長らくお待たせいたしました。
何ヶ月も放置してどうした、と問い詰められれば百合萌えできる漫画やゲームを漁ってた、というちょっと日本刀で粛清されたほうが良さそうな理由でした。すみませんorz
ホンメイノウヅキサンルートはイッパツクリアデキタノニ、ユメイルートにイケナイノハナゼ……?
>206 名無飼育さんサマ。
むしろネタを提供していただきありがとうございます〜、という気持ちです。長い話は合間合間に書いてますので、期待せずにお待ちくださいませ。
>207名無飼育さんサマ。
いえいえ悪くするどころか近くにナカーマがいる! と逆に喜んでました。いつか濃いヲタトークを生でしたいものです♪
かぜねつの時に限って何故口の中を噛んでしまうのかは永遠の謎ですね☆
>208名無飼育さんサマ。
ケータイで見たときに同じ絵文字が使われていたので、もしかして、と思い聞いてしまいました。何回も足を運んでいただき、むしろ胴上げをさせていただきたいくらいに感謝の念がいっぱいでございます。
ガキさんは振り回されてナンボです。
ガキさんが振り回そうにも、他のメンバーは全員陸上の室伏選手並みの人ばっかりですw (ё)ニイィィィィ!!
>209名無飼育さんサマ。
髪……どうなんでショ? 書いてるときにイメージするのは初期のころの髪型ですが、読んでいただくときはご自由に脳内補完してくださいませ。
>210名無飼育さんサマ。
久しぶりにみつけていただいたのに、トロくて本当に申し訳ございません。リアルの世界は冷たくて凍えそうです。石川県民は、先日部屋の中に作ったカウンターバーで悲しく飲むのが増えました。名無飼育さんサマを少しでも癒せれたら良いな、と思います。
>211名無飼育さんサマ。
何気に更新しました。宜しくお願いします。
>213名無飼育さんサマ。
ガラパゴズゾウガメより遅い更新で失礼いたしました。待っててくださり本当にありがとうございます。
- 222 名前:石川県民 投稿日:2008/10/26(日) 03:27
-
さて、生存報告のときに小話を配信させていただきましたが、予想以上の募集ありがとうございました! 結構上手くいったので、これからはこういった話はメールを使わせていただきます。早速いただいたシチュ・カプでぽちょぽちょキーを打ってますので、また溜まり次第メール募集をさせていただきます。
>215>218名無飼育さんサマ。
お手数おかけさせてしまい、本当に失礼いたしました。
無事、手元に届いたでしょーか?
>216名無飼育さんサマ。
>219名無飼育さんサマ。
>220名無飼育さんサマ。
一括で失礼いたします。
え〜と……たいへん申し訳ございません。(陳謝)
ライトなものならいいんですが、色々と細かく書いてしまうというか。
制限のある話は、これからもメールで配信するつもりですので、ネットカフェで接続してフリーメールアドレスを取得するのが案としてあります。メールが届いたら24時間以内に返信しますので、宜しければ第二弾のときに御一考下さいませ。
んで、
>129 名無飼育さん様にれいなの福岡弁はなんとかなりませんか、と言われたのでなんとかしてみました。そんなわけで、今回は標準(?)語で。
読んでくださった方で、もし差し支えなければ、どちらの方が読みやすいか教えてくださいませ。
今回は、>183 名無し読者サマにツッコまれたので書いてみました。実は全く考えてなかった、というのはここだけの話です。。。
ので、本日の更新は『恋愛写真』の別キャラのお話です。
それでは、どーぞ。
- 223 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:28
-
部活の先輩に春が来た。――今の季節は秋だけど。
正確には、夏の大会以来、花満開で脳みそがショッキングピンクのスーパー浮かれモードになっている。
原因は分かる。大会のとき出会ったらしい、他校の一つ年上の彼女さん。
もともと能天気……じゃなくて、人懐っこい、いつも元気で笑顔な先輩だったけど。だけど。恋は人をここまで人を変化させるものかと、ちょっと驚いた。
あたしは、どうだろ。
この気持ちを、あの子に伝えたら。――受け入れてもらえたら。
あたしの世界は変わるのかな。
- 224 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:28
-
――――。
六限目の授業が終わり、伸びをしながら窓の外を見た。秋の高い空に雲が色を添える程度に浮かんでいる。――秋らしい、上品な晴天だった。
「ん、よし」
小さく決意して椅子から立ち上がる。そのまま最後尾の席に向かう。
「さゆ、今日もちょっと付き合ってよ」
鏡で前髪チェックしているさゆに声をかける。さゆは、鏡からあたしの方を向き、「今日もするの?」と返してきた。
「天気が良いから撮ってみたいんだ。いいじゃん、どうせヒマでしょ」
帰宅部で且つ小学校からの付き合いのさゆに遠慮なんていらないからズケズケと言う。さゆは小さく唇を尖らせた。
「ヒマって決め付けないでよ、わたしだって忙しいもん」
「どんな?」
「鏡の前で一番可愛く見えるポーズを考えたりとか」
「はいはい。じゃあその一番可愛く見えるポーズを撮らせてよ」
「そこまで言うならしょうがないなぁ。特別に昨日発明した激カワポーズを撮らせてあげるの」
「ソレハドウモ。じゃ部室に行こう」
1ミクロンも気持ちを込めずに感謝を述べて、カバンを持って先に廊下に出る。――だからあたしは気付かなかった。さゆが教室を振り返りながら面白そうに呟いたことに。
「……そろそろ――も限界かもね」
「なんか言ったー?」
「べっつに〜♪」
歌うように語尾を上げて、さゆは小走りであたしに近づき、隣に並んで歩き出した。
- 225 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:28
-
部室のドアを開けると、寂しそうに背中を丸めた人の姿があった。
「部長、珍しいですね。――今日は彼女さんとの約束は?」
寂しそうな背中はゆっくり振り返り、玩具を取り上げられた子犬の目であたしを見る。
「今日は定期検査があるんだってさ。さっき思い出したらしくて、ごめんねメールが着た」
そのまま盛大に机につっぷす。机にはコーヒー牛乳・いちごミルク・フルーツオレ・無調整牛乳の紙パックが転がっていた。――なるほど、ドタキャンされてやけ牛乳、と。
ご愁傷様です、そう呟いてから買い置きのフィルムが入った戸棚を開ける。えーっと、屋外用のやつ……っと。
「田中ちゃん、今日も撮影すんのぉ? 昨日もしてなかった?」
「はい、天気が良いから撮っておきたくて。撮ったら昨日のフィルムをネガにします。……って部長、昨日は部活に来てないのに、なんであたしが撮影してたの知ってるんです?」
「教室で受験対策の補習受けてたら、窓から見えたの。精が出るね、次期部長サン」
振り返って部長を見ると、にこにこ人懐っこい笑顔であたしを見ていた。
なんか、照れる。
「や、そんな、あたしが部長になるって決まってるわけじゃないですし……」
ごにょごにょ口篭もりながら、手で顔を隠す。
部長は「いやいや確定でしょお〜」なんて言いながら手をぶんぶん振る。……なんか商店街の八百屋のオバチャンを思い出させる仕草。
「この幽霊部員ばっかの部で毎日来ては一番頑張ってる田中ちゃんが来年部長じゃなけりゃあ誰が部長になるのさ。顧問の先生も現部長のあたしも田中ちゃんを推してんだから、ほぼ確定〜。不満があるなら作品で勝負しろってんだぁ」
最期はべらんめえ口調で言って、拳を振り上げる。……牛乳で酔ったわけ、ないよね?
「……あはは。まあ来年なれるように頑張りますけど、部長も受験頑張ってくださいよ」
「もちろんだよ、愛ちゃんは事故で休学してたから、春には一緒のキャンバス歩くんだから!」
拳を上げたまま気合いを充填する部長。読んでいたカメラ雑誌を閉じてカバンから参考書を取り出した。
「じゃ、あたしは撮影してきます」
「うん。お互い頑張ろーね」
「はい!」
- 226 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:29
-
中庭に行くと、先に行ってもらっていたさゆは舞い落ちる葉々を眺めていた。落ち葉を踏む足音で気付いたのか、振り返る。
「れいなおそーい」
「ごめんごめん、部室で部長と少し話してた」
悪びれもなく言って、ぱかり、ケースからフィルムを取り出しカメラにセットする。一度ファインダーを覗いてシャッターを半押しして光度を見る。もう少し暗いほうが秋らしくて良いかな?
構図とか光の入りとかをあれこれ考えていると、さゆはさゆで、鏡で表情の最終チェックをし、満足そうに鏡をポケットにしまった。
「うん、今日も可愛い♪ じゃあれいな、さっき言ったとおり本邦初公開の激カワポーズを撮らせてあげる」
別に未公開でも良いけど、なんて言葉は飲み込んで「はいはい」なんておざなりに返事してカメラを構える。
「いくよー。えいっ♪」
…………。
構えたカメラのシャッターを押さずそのまま下にずらす。
「悪いけどさゆ、そのポーズは無しの方向で」
- 227 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:29
-
――――。
帰宅して、部屋でアルバム整理してたら、ふと中学のときの修学旅行の写真が目に映った。
動かしていた手を休め、その写真に見入る。――修学旅行定番の金閣寺をバックに、あたし・絵里・さゆが写った写真。三人笑顔の何気ない旅行写真。
「この後だっけ、自覚したの」
思ったことがつい呟きとなって口から出た。
小学生のころからの付き合いのさゆとは違って、絵里は中学のとき同じクラスになって知り合って、さゆ経由で仲良くなった。――それ以来三人で一緒になって遊ぶようになった。
これ、といった決定的な出来事があったわけじゃない。
いつの間にか、去年より背が伸びているように。
いつの間にか、辛いものが食べれるようになったように。
いつの間にか、当たり前に、自然な流れで絵里のことを好きになっていた。
いつの間にか、隣にいるだけでときめくようになってしまった。
あまりにも自然にその感情が、気付いたら胸の中にあったものだから、あたしが絵里を好きになるのは、きっとごく当然なことなのだろうと錯覚するくらい。
どうして絵里なのか、どうして絵里じゃないと駄目なのか、そんなのあたし自身分からない。むしろ誰かに尋ねたい。
- 228 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:29
-
写真をアルバムから剥がす。はあ、とため息をついて、後ろに倒れる。背中にフローリング板の固さを感じ、また冷たさが伝わってきた。
「なに無邪気に笑ってんだ、あたし」
写真の中の能天気な自分が少し憎らしくなって、指で写真の自分を弾く。
あなたが好きだ、って言おうとした。
付き合ってほしい、って伝えようとした。
だけど、生来の照れ屋で天邪鬼なこの性格が邪魔をして、絵里に言えずに今日まで過ごしてきた。
誕生日に言おう、とか、クリスマスに言おう、とか、来年こそ言おう、とか、何度も誓って、何度も破って、三年も経ってしまった。
♪見詰め合うと素直にお喋りできない♪――ってわけじゃないけど。
今の関係も気持ち良いものだから、いまいち踏ん切りがつかなくて。
片想いの壁はなかなかに高い。――でも。その壁を乗り越えたら見える景色も、きっと魅力的なものなのだろう。
どうなる、あたしの恋。
どーする、あたし。
- 229 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:30
-
――――。
今日は、太陽は出ているけれど、風が冷たい日だった。時折翳させる雲もどこか寒々しい。――小春日みたいは暖かい日も嫌いじゃないけれど、こういう天気の方が秋らしくて、あたしは好きだった。
でも、撮影には向いてないかな、そう考えて今日の放課後は昨日までに作ったネガを写真にする作業に取り掛かることにした。
あたしと入れ違いに暗室から出てきた部長が、顔をだらしなくさせながら写真を数枚持っていた。……何の写真か見なくたって分かる。
藪を突ついてノロケを出したくなかったので、そのまま暗室に入って鍵を掛ける(これは作業中にドアを開けられてオジャンにされないため)。
さて、と。目星をつけていたネガを投射機にセットした。
- 230 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:30
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出来あがった写真をプレハブ壁に貼り付ける。これであとは一日乾かして完成。
今日はこれで現像は終わりだから、使っていた液や容器を片付ける。それから軽く伸びをして、酢酸くさい暗室を出る。
部室には部長の姿はなく、『あとは宜しくね』のメモと鍵が置いてあった。
カバンからペットボトルのお茶を取り出してキャップを回して中を口に含む。何気なく窓を見て――お茶を飲み込むことを一瞬忘れた。
憂えた陽射しが隙間だらけの木々から漏れ、落ち葉だらけの地面を弱く照らす。落ち葉は落ち葉で、絶えず風に舞い、あちらこちらで小さくダンスする。
カラーの世界なのに、セピア色の景色。
「――これだ!」
思わず叫んだ。そうだ、この風景の中あの子を撮りたい。
一眼レフを引っつかんで、部室を出る。廊下に足音を響かせながら、教室へと走った。
- 231 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:30
-
爆音響かせながら開いていたドアから教室に入ると、絵里が一人、退屈そうに携帯電話をいじっていた。こちらに気付き、振り向くその顔には、少し驚いた様子があった。
「絵里、ちょうど良かった」
「どうしたの、れーな。部活は?」
「やってる最中。あのさ、今から撮影に付き合ってくれないかな?」
「……さゆならもう帰ったよ」
「違う、さゆじゃなくて絵里が撮りたい」
「明日にして、さゆ撮ればいーじゃん」
ぷーい! と明後日の方向を見てそっけない態度。
かちん、と癪に障った。いつものあたしなら、「分かった。そうする」と言い捨てて教室を出ていくところだけど。
ぐっと堪えて違うところを見ていた絵里の顔をこっちに向ける。
「もう一回言うよ。あたしは、絵里が撮りたい」
「う……うん」
真剣さが伝わったのか、押されたように絵里は頷いた。
- 232 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:31
-
――絵里、こっちに背を向けて少し歩いて。
――太陽を見て。
カシャ。カシャリ。
絵里はあたしの指示に素直に従ってくれたけど。シャッターは確実に枚数を重ねていたけれど。
ぶっちゃけ、イマイチ。
絵里は、表情に陰があるし、笑い方もなんだかぎこちない。あと、見えてるわけじゃないけど、周りのオーラも淀んでいる、気がする。
あたしは諦めてカメラを下ろした。
「絵里……どうした?」
「……なにが」
「今日の絵里、なんか変」
「別に、いつもどーりだもん」
いや、違うから言ってるんだけど。
あたしは小さくため息をつく。
「こんな絶好の天気、なかなか無いから、良いの撮りたいんだけどなぁ」
惜しむようにそう言うと。――絵里は途端、不機嫌になった。
「れーなは、さゆが良いんでしょ」
「……は?」
「無理しなくていーよ。れーなが撮りたい人を撮ればいいじゃん」
「えっと、絵里?」
なんだナンダ何だ?
「悪かったわね! 絶好の天気なのにモデルがさゆじゃなくて!!」
溜まっていたものを吐き出すように絵里は言う。
えーと……あたし、地雷踏んだ?
「自分、馬鹿みたい。『絵里が撮りたい』なんて言葉に浮かれてて。れーなが撮りたいものは天気なのに。絵里、オマケなのに……」
沈んだ声色で絵里は言う。
「馬鹿みたい……」
そのままフェードアウトしていく声。
……ん? ちょっと待って、さっきとんでもないこと言われたような。
絵里が……オマケ?
- 233 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:31
-
とんでもない勘違いをされていることに気付き、顔を伏せながら立っている絵里の腕に触れた。
「違う、絵里はオマケじゃない」
「だから無理しなくて――」
顔を上げた絵里、その言葉が途中で切れる。多分、あたしが真剣な表情で見ていたから。
「確かに今日は絵になる天気だけど。でもそれは、この空の下で絵里を撮ったら最高だろうな、と思ったから。あたしにとって絵里がメインなの」
「……嘘」
「嘘じゃないよ」
あのさ、そう前置きしてから言葉を続ける。
「今まで沢山のものを撮ったけど。上手に撮りたいとか、綺麗に撮りたいとか――そう一番思うのは、絵里なんだ」
恥ずかしくて言えなかった想いを言葉にする。
「心に写るものをそのまま表現しきりたいのは――あたしには、絵里だけ」
ざあ――、秋の風が落ち葉を巻き添えながらあたしたちの間を流れていく。
「それって、」
「れーなは絵里のことが好きってこと?」
「うぐっ」
絵里のあまりの直球に、言葉が詰まる。
そっぽを向いて目を泳がせるあたし。――に「ねーねー」と食らい付いたままの絵里。
「えー……あー、……ぅん」
風邪じゃないのに顔が熱くてしょうがない。なんか、恥ずかしさが小さな台風になって、体中を駆け巡っている。
なのに絵里は。
「こっちを見てちゃんと言ってよー」
なんて無体なことを言ってくる。
勘弁してほしい、そう意味を込めてちらり、と絵里を見るけれど。
「う……」
絵里の表情は『絶対に言わせる』みたいな気合が満ちている。
「えっと……それは、またいつか、ということで」
なんてごにょごにょ言っていると、
「むぅ」
と一言、絵里の頬が膨らんだ。
――うわ、フグみたい。なんて思った瞬間。
「えいっ」
「うわ!?」
あたしに飛びかかってきた。反射的に絵里を抱き止める。けれど勢いを殺しきれず、体のバランスは後ろに倒れ――、
「あだっ」
お尻を地面に打ちつけた。アスファルトじゃなくて良かった、なんてピントのずれたことを一瞬思う。
落ち葉を舞い散らせながら、地面に座るあたし。その両腕の中には絵里。絵里はあたしの首に手を回している。――なに? この体勢は?
「いきなりなにするの絵里? 痛いし危ないし。どいてよ」
間近で睨みつけるも効果無し。むしろ、そんなあたしを見て絵里は益々『むぅ』とした。
「どかないもん」
「はあ?」
「ちゃんと、目を見て、言ってくれないと、どかないもん」
「はいっ?」
なにを言い出すんだコイツは?
「だから、言って?」
至近距離プラス上目遣いに言われ、ズドン! なんていう銃声が胸に響いた気がした。
- 234 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:31
-
惚れた相手にそんなことされ、ときめかないやつなんかいない。体中の血は沸騰寸前。くらくらする。――あぁ、なんか甘い香りもするし。
あたしの葛藤も知らず、絵里は急かす。
「早く言わないと、運動部の部活が終わっちゃうよ」
ちらり、絵里が左を見る。あたしも釣られてそっちを見ると、そこには運動部のプレハブ部室棟の姿が。
ザーッ!
あんなに熱かった顔から一瞬で血が音を立てて引いた。
「ここからだと部室に戻る人たちから丸見えだよね。こんなところで抱き合ってるとどう思われちゃうかな。最近面白いニュースもないから、みんな話題に飢えてるだろうな。やったね、れーな☆ 明日はクラス中絵里たちの噂で持ちきりだよ」
「な、なにが『やったね、れーな☆』だ! 早くどけ!!」
「だーかーらぁ。れーなが言ったらどくもん」
あああああ。
なに、このスパイラル。あたしが「好き」と言わないと絵里はどかない、と主張している。それなら無理矢理力づくで離れようとしても、吸盤でもあるのかと聞きたいくらいピッタリくっついて離れない。フグの次はタコか。
――ずばり、絶体絶命?
ほら早くぅ♪ なんて歌うように言う絵里と対称的にあたしは焦る。
心臓が乱打する。脳がぐるぐる回る。青ざめたはずの顔に再び血が集まって、急速に熱くなる。今のあたしならきっと、顔で目玉焼きが焼ける。
「あ、あたし、は……」
恐怖にも近い感情のせいで声が掠れる。
- 235 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:32
-
神様。トイチでいいので勇気を一生分、前借りさせてください。
「絵里が、す、すき」
死にそう。ていうか死んだ。
燃え尽きて灰になったあたし――の告白を聞いて絵里は、真夏の太陽にも負けない、今まで見たことがない笑顔になった。
あ、これ。――あたしの脳裏に別の考えが浮かび、頭に光が灯る。
「うん。絵里もれーなが好き」
それはありがとう、そう言おうとした矢先に絵里はあたしの首に顔を埋めた。
「絵里ね、写真は好きだけど、だれの写真でも良いってわけじゃないもん。れーなのだから、れーなが撮るから写りたいって思うんだもん」
あのね、そう前置きしてから首に埋めてた顔を上げてあたしを見た。
「れーなの、眼と心に写りたいの」
うわ、殺し文句。――成績は悪くないくせに、お馬鹿なところがある絵里。なのに、そんな絵里の言葉に、あたしは息も絶え絶えの瀕死状態。
「それなのにさぁ」
絵里は再びぷくーっとフグになる。
「最近れーな、さゆばっかり撮るし。つまんなかった」
「あ……それはごめん」
最近の自分を思い出し、素直に謝る。そして、もうバラしていいかと思い、あたしは言葉を紡ぐ。
- 236 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:32
-
「あのさ、夏に写真の全国大会があったこと覚えてる?」
きょとんとした顔で小首を傾げる絵里。――キレイに忘れ去られてることを悲しく思いつつも、「ほら、絵里とさゆがプリクラ見てるのを撮ったやつ」と続けると絵里は思い出したらしい。「あ……うん」と頷いた。
「去年も全国大会の展覧会には連れていってもらったけど、一年も経ってあたし自身少しは見る目が上がったのかな、改めて全国レベルの質を思い知らされたんだ。で、技術を取得しようと思った――特に人物画のね」
「それって、」
「さゆには練習台になってもらってた。全国作品と同じ構図で撮ったり、似たような濃度で印画紙に焼き付けてたりして。――それで今日、本番を撮るつもりだった」
「『だった』……?」
「今日の絵里、拗ねてたから。それも良いけど、あたしは絵里の『最高』を撮りたい」
――ま、絵里が拗ねてたのは、あたしの自業自得なんだけどね。
それと、と前置きして思いついたばかりの考えを言葉にする。
「それと、さっきまでは絵里の『最高』は、普段の力の抜けたふにゃふにゃ笑顔だと思ってたんだけどさ、本当は……って、いひゃ! 絵里いひゃい」
「ふにゃふにゃってなによぉ!」
ぐにーと頬を引っ張られた。
「痛い痛い痛い! ごめん、あたしが悪かったぁ!」
三度フグになった絵里はそのままぐいぐい引っ張るものだから、あたしは慌てて謝るハメになる。
- 237 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:33
-
引っ張るだけ引っ張って満足したのか、絵里はようやく頬から手を離して、その手をまたあたしの首に回し直す。――くそ、絶対に頬の肉が伸びた。垂れたらどうしてくれるんだ。
「そうだれーな、夏に聞けなかったこと聞いていい?」
「なに?」
「夏の大会の写真、あれ結局メインモデルはどっち?」
そう聞きながら、あたしの顔を覗く。言外に「絵里だよね?」って尋ねている。――だから、ちょっと意地悪をしたくなった。
「あれは、もちろん、」
「うん」
「――さゆ」
きっぱり言ったあたしに、むぅ、と眉間に皺を寄せる。勘違いをされては堪らないので、すぐ言葉を続ける。
「絵里は覚えてないだろうけれど、あれ『best friends』ってタイトルだったじゃん。絵里は……その、『friend』じゃないから」
「あ……」
合点がいった、という表情の絵里。
でもさあ、とまだ不満顔。
「それだとれーな、絵里をメインに撮ったことなんて全然ないじゃん」
うっ、と言葉に詰まった。――確かにそうだった。
それから、必死に脳を回転させて絵里の機嫌が直るようなことはないか探す。そして一つ、思いついた。
「じゃ、冬にさあ新聞社主催のコンテストあるからそのときは絵里をメインに撮るから」
「本当? 嘘じゃないよね」
「ん。約束する」
「なら良いよ」
納得したようにあたしに微笑む絵里。――ちくしょう、可愛い、なんて思うのは惚れた弱みか。
「楽しみにしてるからね」
そう言って再びあたしの首に顔を埋める。絵里のそんな姿に自然とその後頭部に手が伸びる――、
- 238 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:33
-
その時だった。
威勢の良い「「ありがとうございましたー!!」」の声が聞こえた。――方角からして、中庭近くのテニス部の部活が終わった挨拶だろう。
それを聞いて我に返る。
今。この体勢って。
後頭部に伸ばそうとした手を慌てて軌道変更させて絵里の背中を掴む。
「絵里! とっとと離れろ!!」
「ん〜もうちょっと……」
「だああああああ!」
ガヤガヤとお喋りしながら聞こえる複数の足音。――ヤバイ、テニス部って確かクラスの子が多かったはず!
焦るあたしの気持ちなんか知らず、絵里は益々力を強めて抱きついてくる。
「頼むから離れて絵里!」
「やだぁ」
なんでこんな時に駄々っ子モードになるんだこいつは!? バタバタ足を動かしても絵里は寸とも動かない。
「――それでさぁ。あれ? れいな?」
「……と、絵里?」
やって来たテニス部の一人(よりによってクラスの子)とばっちり目が合ってしまった。そして最悪なことに、あたしに抱きついているのも誰か分かってしまったみたいで。
黄色いざわめきがその子たちから上がった。
「え、二人ってそうだったの!?」
「みんなー! こっち来なよ!!」
チーン。
どこからか仏壇にある鐘の音が聞こえた気がした。
- 239 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:33
-
――――。
夕日はすでに家々の後ろに隠れていて、電柱の街灯もぽつりぽつりと付き出すような時間帯。
心が涙で大洪水なあたしと、いつも以上にふにゃふにゃ笑っている絵里の二人で帰り道を歩く。
重い足取りのせいで鈍く歩くあたし。――と、絵里があたしの手を握った。
絵里を見ると、変わらず前を見たまま歩いている。ただその口角はさっきより上がっている。
それだけのことなのに、足についていた重りは消え去った。……現金すぎない? 自分。
二人で、二人にしか聞き取れないほどの音量で会話する。
- 240 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:33
-
そうだ、中庭で言ってた『本当は……』の続きは?
うん。さっき初めて気付いたんだけど。あの時……その、あたしが絵里に……す、好きって言ったときに見せてくれた笑顔。あれが本当の『最高』の表情だった。四年以上側にいたのに、今まで見たことなかった。いつかあれ、撮らせてよ。
うん。いーよ。れーなにしか撮れないものだから。
は? どういう意味?
……れーなのニブチン!
いたっ! い、今本気で殴った!?
れーなが悪いんだもん!
はあ? わけ分かんない。ちゃんと言ってよ。
い、言わせるの?
言ってくれないと分からない。
う゛〜。……だから、
うん。
だからぁ……好きな人の前でしかできない表情ってあるんだもん。
…………。
…………。
あー……ごめん。……えっと。……確かに、あたしにしか撮れないね。
……れーな、顔赤いよ。
うっさい。絵里こそ赤いじゃん。
夕日のせいだもん。
もう沈んでるってば。
- 241 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:34
-
――――。
翌日。
昨日告白したけど、だからと言っていきなりなにかが変わったわけでもなく。いつも通りに登校して教室に入る。……や、廊下で固まっていたテニス部の子に口笛吹かれたり、生暖かい目線を送られたけど。
「さゆ、おはよう」
既に登校していて自分の席で朝チョコしていたさゆに声を掛ける。
「おはよう。テニス部の子が昨日のこと話してくれたよ」
「あはは……」
さゆの言葉に、渇いた笑いしか出てこない。
「最近、れいなはわたしばっか撮ってたから絵里ヤキモチ焼いちゃって限界に近かったから、やっと進展して安心したの。いっつも二人、もじもじクネクネしてたし。見てるほうが歯がゆしいし」
……うん?
あたしが首を捻っても意に介さず、さゆは言葉を続ける。
「えーっと、中ニのころからだったから、もう三年以上だっけ? 絵里はれいなに言わせたがってたし、れいなはヘタレだから何も言えなかったし」
つまり、さゆは全て知っていた、と?
あたしの表情で疑問を読み取ったのか、当然と言わんばかりにさゆは言う。
「知らないっていうか分からないほうがどうかしてるよ。絵里には色々相談にのってあげたし、れいなは馬鹿正直だから態度で分かるし〜」
片想いがバレていた恥ずかしさと驚きで、ただ口をパクパクさせているあたしに、さゆはポンポンと背中を叩いた。
「これからが大変だと思うけど、頑張ってね」
なにがだ、と聞きたかったけれど、朝なのに既に疲弊しきったあたしは何も言えずに自分の机に突っ伏した。
- 242 名前:恋愛写真U 投稿日:2008/10/26(日) 03:34
-
――――。
後日談として。
冬に行われたコンテストで、約束通り絵里を撮った作品で参加したら、予想外に良い賞を受賞できたのは、ここだけの話。
そして、「受賞できたの絵里のおかげだねー♪」なんて絵里が暫くの間ウザかったのを追記しておくと、いわゆる蛇足になる。
……まあ、世界は変わらなかったけれど、今まで見たことなかった絵里の表情が沢山見れたから、結果オーライ……かな?
end.
- 243 名前:石川県民 投稿日:2008/10/26(日) 03:35
-
お粗末さまでした。
書き上げたら何だかへたれーな。……おかしいな、良い話にするつもりだったのに。
次回は多分良い話。多分。
それでは。 拝。
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/26(日) 21:15
- 久々にれなえりが読めてすごい嬉しいです!
へたれーなも亀もかわいいwww
この設定で続編読みたいですw
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/27(月) 00:02
- やっぱり、れなえりは最高です。
へたれいなと絵里は微笑ましいし、さゆは全てを知っててのセリフが大好きですy
自分としては、方言の方が好きです。
また、続編があると嬉しいです。
- 246 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/27(月) 20:50
- 若干の方言の違和感も気にならないいお話でした!
まこっちんが少しはさまれているのも嬉しかったですw
- 247 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/29(水) 22:29
- 6期大好きです。
現実の亀ちゃんは異性に対してかなり積極的ということなので次はそんな亀ちゃんでお願いします
- 248 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/30(木) 15:38
- >>247
絶対アンチですよね
- 249 名前:石川県民 投稿日:2008/10/31(金) 08:14
- 我ながら珍しく早い更新です。びっくり。雪でも降るのではないかしら。
まず返レスをば。
>244 名無飼育さんサマ
言われて、確かにれなえりを全然書いてないことに気付きました(←馬鹿)
もうちょっとだけれなえり祭りをする予定ですので、今しばらくお待ち下さいませw
>245 名無飼育さんサマ
れいなはさゆの手の平の上でころころ転がされておりますw 実はさゆが最強だったりしますw
>246 名無飼育さんサマ
う〜ん……男性が絡んだ話が読みたいというのであれば、無 理 で す。このスレッドの名前を慮ってください。ごめんなさい。黒板に行かれることをオススメいたします。
>237 名無飼育さんサマ
ありがとうございます。
へたれーなの人気にびっくり。
そんなわけで読切のれなえりを書こうと思ってましたが、急遽変更して上のやつの続きです。オマケ程度のものですが。
それではどーぞ。
>244 名無飼育さんサマ
言われて、確かにれなえりを全然書いてないことに気付きました(←馬鹿)
もうちょっとだけれなえり祭りをする予定ですので、今しばらくお待ち下さいませw
>245 名無飼育さんサマ
れいなはさゆの手の平の上でころころ転がされておりますw 実はさゆが最強だったりしますw
>246 名無飼育さんサマ
う〜ん……男性が絡んだ話が読みたいというのであれば、無 理 で す。このスレッドの名前を慮ってください。ごめんなさい。黒板に行かれることをオススメいたします。
>237 名無飼育さんサマ
えっと……ノーコメントですみません。
へたれーなの人気にびっくり。
そんなわけで読切のれなえりを書こうと思ってましたが、急遽変更して上のやつの続きです。オマケ程度のものですが。
それではどーぞ。
- 250 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:14
-
この間、とうとう片想いの壁を乗り越えた。
絵里に好きだと言った。
絵里に好きだと言ってもらえた。
乗り越えた壁の上から見る世界は、一見なんの変哲もないように見えるけど、何故だか風も見える風景も草花も優しく感じる。
それなのに。
さゆ曰く、まだ乗り越えないといけない壁があるらしい。
それは、告白の壁が富士山登頂のレベルだとしたら、今度はチョモランマ級の道のりだとか。
正直、勘弁してよ……。
- 251 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:15
-
告白した翌朝に、さゆに言われた『これから大変だけど』という言葉。なにが大変か見当もつかないから、昼休み、絵里が委員会の集まりに行ったときに問い詰めた。
こうなったら洗いざらい吐いてもらう!
さゆの手の平でくるくる踊らされてたまるか!
「さゆ、知っちょること洗いざらい吐いてもらうけんね」
食後、机を叩き、睨みつける。が、さゆがそんなことで臆することもなく、飄々と、
「あーチョコ食べたいなぁ」なんて言った。
「ぐ……っ」
カバンから部活のときの為に取っておいた、秋季限定の新発売のチョコレートを取り出す。が。
「コンビニのチョコじゃなくってぇ、ほら街の――」
あたしが出したチョコを手で払いながら、世界的パティシエがプロデュースしている店の名前を出した。
ちょっと待て。あそこのチョコレート一箱で、今月買おうとしてたCDとマンガ、全部買えるぞ。
「食べたいなぁ〜」
あくまで呑気な声。
うぐぐぐぐ。頭の中で、絵里とCDマンガを天秤にかける。ぐらぐらと天秤は揺れ続け――。
「……分かった。今度の土曜日に買ってくるけん」
負けたように、うな垂れて言った。
サヨウナラ、新譜と新刊。
- 252 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:17
-
――――。
絵里の話を本人には聞かれたくないので、土曜日、あたしはチョコレートを片手に持ってさゆの家に向かった。
あたしの忍耐と涙が詰まったチョコレートを嬉々として口に運びながらさゆが言うには。
「絵里はさ、恋する女の子なの」
ということだった。
や、あたしも女の子なんだけど。まさかあたしの性別間違えてないだろうな、そう非難めいた視線を向けたら。
「れいなも女の子だって分かってるってば。ぎりぎりだけど。
そうじゃなくてね、絵里は少女マンガな野望を持ってるの」
途中でなにか呟かなかった? ――ってそれは置いといて。今は。
「……野望?」
さゆの口から出た変なキーワードを、あたしは繰り返した。
「うん。野望だよ」頷き、再びチョコレートを摘む。
「少女マンガの王道って言えばさ、ステキな男の子と恋に落ちて、告白して付き合う、ってパターンでしょ」
まあ確かに。その間ストーリーに山や谷があって進むよね。
「で、理想はさ、先に恋に落ちたのは自分のほうでも良いけれど、やっぱり告白はするよりされたくて。キスもするよりされたくて。デートは彼が誘って、格好良くエスコートされたりしたいものじゃん」
まあ、そうだ……よ、ね……。
「――まさか……」
嫌な結論にたどりつき、背中に冷たい汗が流れる。
「絵、里は……あたしがリードするのを期待してる、ってコト?」
カラカラに嗄れた喉から声が絞り出た。
「あ、あと甘い言葉も囁いてあげてね」
チョコレートより甘いやつをだよ? そう言ってあたしの前に一粒のチョコを見せながら、そのまま自分の口に放りこんだ。
絶望にも似た感情があたしの中を渦巻いているのも、意に介さず、さゆは「ところでさ」と言葉を続けた。
「明日の日曜日、絵里と出かけるんでしょ? どこに行くか予定あるの?」
- 253 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:17
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え? 予定? まあ、あるにはあるけれど。
「無難に買い物とかカラオケとか――ってあた!」
答えたあたしに、脳天チョップを食らわすさゆ。
「そんな友だちの延長線上のとこなんて却下なの」
「却下って……別にさゆが行くんじゃなかけん。それに絵里は『どこでも良いよ』って言ってくれたばい」
頭をさすりながら反論する。そうしたら、「あのね」と指を振りながらさゆは言う。
「どこでも良いって言葉とのときほど、気をきかせてあげないといけないの」
そう言われても。大人ならデートスポットでも気軽に行けるんだろうけれど、こっちは悲しい高校生の身。免許も車もないから、ドライブにも行けないし。豪華なディナーなんてもってのほか。
ぶーぶー文句たれながら反論したら。さゆがミニテーブルから身を乗り出して、あたしに詰め寄った。
「あのね、雑誌に載っているようなデートスポットじゃなくて良いの。
れいな。よ〜く考えて。れいなだけしか知らない、お気に入りスポットとかないの?」
あたしだけの……場所?
首を捻りながら考えていると、さゆは更にチョコレートを摘みながら言う。
「以前に絵里、言ってたよ。れいなの風景画が好きだって。『わたしには構図だとか難しいことは分からないけれど、れいなの眼には、世界はこんな綺麗に映ってるんだね』って」
――あたしだけの場所。
絵里に見せたい景色。
点と点が線で繋がった気がした。
あたしは勢いよく立ち上がった。
「――気付いたみたいだね」
さゆは相変わらずほわほわ笑っている。――でもそれはからかっているような笑い方じゃない。むしろ、あたしを後押しするような笑顔だった。
「悪いさゆ、今から絵里んとこ行ってくるけん」
パーカーとキャップを被り、出る準備をする。
「さゆ、色々ありがと」
後押ししてくれたさゆに礼を言い、あたしは部屋を飛び出した。
- 254 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:17
-
――――。
さゆの家から絵里の家まで二十分足らずの中、あたしは自転車を全力で漕ぐ。途中、長い坂道があるけれど、息が切れるのも気にせず、立ち漕ぎで上っていく。
わざわざ行かなくたって、メールやケータイがあるけれど、どうしても絵里の顔を見て伝えたかったから。秋なのに汗が頬を伝う。手の甲で乱暴に拭って絵里の元へ向かう。
『亀井』の表札の門扉の前で急ブレーキをかけて到着。自転車を降りてインターフォンに向かう。
♪ピンポンピンポンピンポーン♪
限りなく嫌がらせに近い連打。これで絵里意外の家族の人が出たら気まずいな、と思いながらも、連打は続く。
暫くすると、迷惑そうに玄関の扉が開いた。
「れいな、そんなに鳴らさなくても聞こえてるもん」
アヒル口の絵里が顔を覗かせた。
「ちょうど良かったけん。絵里、今夜ヒマ?」
あたしの言葉に小首を傾げる。
「まあ、ヒマと言えばヒマだけど……なに?」
「あの、さ。今夜……」
神様。前回一生分の勇気を前借りさせてもらったけれど、今度は来世分も貸してください。
「今夜、デートしよ……?」
言った瞬間、耳も顔も全身も熱くなった。
どきどきと心臓の音がうるさいくらいに聞こえる。絵里を見ると――、
「……うん。いいよ」
絵里の顔も赤かった。
「お洒落な場所じゃないけど、それでも良かと? あたしのとっておきの場所やけん」
「なにそれ。秘密基地?」
笑いながら絵里は聞く。だからあたしも笑って言った。
「まあそうっさね。外やけん、暖かい格好してきんしゃい。今夜の八時ころ迎えに行くっちゃ」
絵里は優しい笑みを見せて、「分かったよ待ってるね」と言ってくれた。
- 255 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:18
-
――――。
秋まっさかりなこの時期だと、風はもう冷たさを帯びていて。あたしはファー付きのジャケットとマフラーをつけて自転車を立ち漕ぐ。
あのT字路を左に曲がって、いつも吠える犬がいる家を越えれば絵里の家。
気に入ってもらえるか分からないけれど。
でも喜んでもらえると良いな。あたしだけの場所を。
家まで来ると、絵里はもう門扉のところに立っていた。
「寒いけん、家で待っとれば良かったのに」
「なんだか待ち遠しくって。ところでどこに行くつもりなの?」
「それは行ってから分かるばい、後ろに乗りんしゃい」
絵里は横乗りで荷台に座り、あたしのジャケットを掴んだ。
「しっかり掴まっとりんしゃいよ」
そう注意を促して、ペダルを踏んだ。
- 256 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:18
-
――――。
「ここ……?」
ブレーキを握って自転車を止めると、絵里は不思議そうに辺りを見回した。
それはそうだろう、辺り一面田んぼだらけで、街灯もない真っ暗な道のど真ん中なのだから。
絵里は自転車から下りて左右を見る。遠くで大通りの街灯が見えるだけで、この辺りには自動車の音も聞こえないし、民家も無かった。
「……ここだったら大声出しても誰にも聞こえないし見つけてもらえないよね」
疑わしそうにあたしを見ながらそう呟いた。
こら、絵里。あたしをそういう目で見てたのか。
「そういう目的で連れてきたんじゃなか。絵里、上を見んしゃい」
「上? ――わあ!」
絵里から感嘆の声が上がる。
天空には、地上の光で邪魔されてない、星々が煌いていた。
「この時期だと、カシオペア座やペガサス座が見えるばい。あと秋の四辺形も」
「すごい! プラネタリウムみたい。綺麗……」
良かった。喜んでもらえたみたい。
星空を見上げる絵里の横顔は、純粋な瞳で星を見、とても可愛かった。
絵里に見惚れていると、突然顔をこっちに向けた。見惚れていたのがバレたのか、ちょっと心臓が跳ね上がる。
「でもれいな、どうしてこんなところ知ってるの?」
あ。そのことか。内心ほっとする。
「あー、それはけんね、一時期天体写真を撮るのに夢中になってたことがあったけん。だから地上の光に邪魔されんようなとこ探しとったばい」
「そうなんだあ」
それきり絵里は黙り、夜空を見上げる。
あたしもそんな絵里の隣で秋の星座たちを見る。
- 257 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:19
-
突然、絵里があたしの手を握った。
「絵里、どうしたと?」
「……だめ?」
「……だめじゃ、なかと」
繋いだ絵里の手からぬくもりが伝わってくる。
星を見上げながら、あたしは誓いの言葉を言う。……正直なところ絵里の顔が見れなかっただけだからけど。
「あたしは臆病で天邪鬼やけん。ばってん、絵里を好きって気持ちはずっと変わらん」
小さな声でそう言うと、絵里は握る手の力を強めた。
「れいなはれいなのままで良いんだよ。ひねくれてて素直じゃなくてちっちゃくて。
あのね。わたしは格好良いれいなが好きじゃないの。そのまんまの、れいなが好き」
なんか余計なものも入っていた気がするけれど、あたしは、ありがとう、と呟いた。
「な、絵里。一つ聞いてよか? 絵里はあたしのどこが良かったと?」
星空に勇気をもらったあたしは、今まで聞けなかったことを口に出した。
絵里の言葉を待つ。
じっと待つ。
……無言。
「絵里?」
堪えきれなくなって絵里を見る。と、絵里は首を傾げていた。
「なんでだろう? なんかね、れいなじゃないと駄目だったの。仲良くなって、一緒に遊んで。そうやって当たり前に過ごしてたら、いつの間にかれいなを目で追うようになってた。れいなに『絵里』って呼ばれるのが嬉しくなってた。不思議だよね。それなら別にさゆでも良いはずなのに」
本当に不思議そうに話す絵里。それから、あたしの方を向いた。
「れいなはどうなの?」
「あたしも同じやけん。いつの間にか――というより、自然に絵里のこと好きになってた」
あたしは絵里じゃないと駄目で。
絵里はあたしじゃないと駄目で。
きっとこれが二人の『自然』なんだ。
- 258 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:19
-
絵里は再び夜空を見上げ、そのままあたしの肩に寄りかかった。
「れいな、ありがとうね」
「……なにがやけん」
「ここに連れて来てくれて。初めてのデートには合格だよ。だってわたし、れいなのことだからデートって言っても買い物やカラオケとか友だちのときと同じところに行くと思ってたし」
うぐっ、と言葉に詰まる。――お見通しだったわけか。
「ね、さっき天体写真を撮ってたって言ってたよね。明日はれいなの家に行こうよ。れいなの写真見たいな」
「よかよ……」
あたしは肩に乗る絵里の頭を優しく撫でた。
「そしてまたいつか、星空デートしよ」
「ん……」
肩から頭を外し、あたしを見つめる絵里。――夜だから、少し大胆になっていたのかもしれない。
ゆっくりと絵里に顔を近づける。絵里もそっと目を閉じてくれた。
唇が触れ合う瞬間、あたしも目を閉じた。
子どもじみた、唇を合わせるだけのキス。でもあたしたちだけのキス。
唇が離れ、絵里は口に手を当てながら言った。
「星空の下ってのはロマンチックだけど、田んぼのど真ん中ってのはムードがないよね」
「やかましか。ムードもドームもあるかい」
- 259 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:20
-
――――。
今日の天気は晴れのち曇り。鈍重な雲が太陽を隠すけれど、時折空から漏れる陽光は、天空から出てきた梯子のようで、とても神々しかった。
楓は色づいた紅い葉を舞い落ちらせてくる。
そんな木々がにぎわう中庭で。
「ね。どんなポーズを取れば良いの?」
絵里と、一眼レフを持ったあたしがいる。冬のコンテストに向けての撮影だった。
「どんなんでも良か。自然な絵里が撮りたか」
そう言うと、絵里は、首を捻って思案する。――ま、確かに『どんなのでも良い』ってて言われたらそうなるか。
――そう思ってたら。
「ねえ、れいな。エネルギー注入してくれないかな」
は? エネルギー?
今度はあたしが不思議顔になっていると、絵里はとことこ近づいて。
ちょん、とあたしの唇を人差し指で触れた。そして、微笑んだ。
「うん。絵里専用の。そうしたら、最高のエネルギーになるからさ」
それって。
つまり。
思わず周囲を見回す。――運良く(悪く?)人影はない。
「……学校でするのは今回だけやけんね」
そう念を押して。
手で絵里の頬を包み、一秒にも満たないほど軽く、唇で唇に触れた。
たったそれだけのことなのに、あたしの顔は熱い。目が潤む。
「……これで良かと?」
「うん!」
- 260 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:20
-
――その後に撮った写真は、どれもこれも腹が立つくらい、良い顔をしていた。
……待てよ? これからは絵里のベストショットを撮るたびにキスしないといけないわけ?
そしてあたしは当分天国のような地獄のようなジレンマに陥る羽目になる。
- 261 名前:恋愛写真U-A 投稿日:2008/10/31(金) 08:20
-
――――。
後日談として。
濃淡を変えるために時間を色々調節して焼き付けたり、投射機を上下させて倍率を変化させたり。
試行錯誤を繰り返した分、やっと納得できる一枚が出来あがった。
それは良い。それは良いんだけれど。
「どうするばい、これ……」
今、あたしの手元には10枚超の絵里の写真がある。
要はボツになった写真だから、自分のプライド的には人には見せられないし、かといって。
ちらり、ゴミ箱を見る。
ボツにした写真は本来捨てるものだけれど、ボツといえど写っているのは絵里なわけで。
ようするにもったいない。すごく。
「……しょうがない、持って帰ろ」
――あたしは甘かった。後日さゆと絵里が家に遊びにきたときに部屋を探し回され、写真を見つけられるということを。
終わり。
- 262 名前:石川県民 投稿日:2008/10/31(金) 08:21
-
お粗末さまでした。ってうわ!>>249コピペミスした!
石川県民も、高校時代、『作品』として気に入っていた写真に写っていたのが、学年でもベスト5に入る美少女だったため、姉に変な誤解をされたのも良い思い出……か?
とりあえずこれで恋愛写真シリーズも終わりです。
次回も多分れなえりです。多分。
それでは。 拝。
- 263 名前:竜斗 投稿日:2008/10/31(金) 11:41
-
れなえりニヤニヤしながら読ませていただきました。
次回も楽しみにしています。
- 264 名前:石川県民 投稿日:2008/10/31(金) 22:06
- まずは返レスをば。
>竜斗サマ。
うおおおおおお!れなえり界の大物が来て頂いて光栄です!
ハイキングが最近のお気に入りですw
お互い頑張りまっしょい!
今回は、昔のMDを漁っていたら、古いモノが出てきて、そういやこの唄をモチーフにした話があったなと思い出したのでうp。
それではどーぞ。
- 265 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:07
- ――闇。
『ソコ』は闇が支配していた。手を伸ばせば、その指先が見えないほどの闇だった。
右も左も上も下も分からない。今自分が立っているのか座っているのかも判断できないほどだった。
そんな中に『彼女』はいた。微動だにせず、ただじっと『ソコ』にいた。
なにかを待っていた。
だれかを待っていた。
――どれくらいの時が過ぎたのだろう。漆黒の闇の中を淡い光が生み出された。月の欠片のように、淡く青い光が、ひらひらと当ても無いようにさ迷っている。
光は蝶の形をしていた。
月光蝶は『彼女』の前まで来、目線の位置で止まった。
“何用か”
蝶は喋った。――口があるわけではなく、頭に直接話しかけているような感じだった。
“会いたい人がいるんです”
臆することなく『彼女』は言った。
“それだけのために、転生もせずに、形を持たぬ魂魄の身で幾年の年月を経てこの社まで来たのか”
憐れむように、蝶は言う。
“身体を持たないからこそ、十何年かけて来たのです。それに転生したら記憶は全て失うのですよね。それは嫌なんです”
毅然とした態度で『彼女』は言った。
蝶はなにも言わず、静かに羽ばたいていた。――まるで値踏みするかのように。
『彼女』も蝶を見ていた。蝶の威厳に負けないように。
“分かった。お主に姿形を与えよう。しかし、期限と制約もある。それをゆめゆめ忘れるでないぞ”
蝶がそう言うや否や、『彼女』の体が徐々に薄くなっていった。
溶け消える寸前、『彼女』は言った。
“ありがとう、神様――”
- 266 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:07
-
アゲハ蝶
- 267 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:07
-
月があまりにも綺麗だったから。窓から見るだけじゃもったいなくって、こんな月の下を歩いたら気持ち良いだろうなあ、と思い、部屋を出てこっそり玄関に向かって、そして外へ出た。
昼と違って、冷たい空気が身体を包む。わたしが歩いているのはただの住宅街なのに、まるで外国の街を歩いているみたいな違和感を感じた。
夜の散歩も良いかも、なんて浮かれて、軽い足取りで歩を進める。
住宅街の中にある小さな公園に差し掛かる。そういえば小さいころ毎日のように遊んでいたっけ。公園にも近づかなくなってどれくらいだろう、そう思って何気なく中を覗くと。
――人が、いた。
心臓が一度大きく跳ね上がる。べ、別に公園はみんなのものなんだから、人がいたっておかしくないけれど、でも時間も時間だし。
その人は、すべり台の上まで登って、手すりに腰掛け、空を見ている。……良く見えないけれど、同い年くらいの女の子かな? 男性だったら見なかったフリをしてそのまま逃げるけれど、なんとなく気になって、わたしは公園に入った。
ゆっくり足音を立てずにすべり台に近づく。
「ねえ!」
思いきって声をかける。
「な、なに、してるの?」
少し裏返ったけれど、ちゃんと聞けた。その子はゆっくり振り返り――。
「そっちこそ」
至極当然のことを、素っ気無く聞き返された。
- 268 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:13
-
――確かにわたしも不審人物っぽいや。って、そうじゃなくて!
一人でわたわたしていると、その子は小さく笑った。
「別に怪しいモンじゃなかと。ただ月を見とっただけやけん」
その子は手すりから腰を浮かし、一歩階段を降りて。
「よっ、と」
ひらり、羽があるみたいに華麗に舞い降りた。
その姿に軽く見とれていると。
「で・あんたはなにしとると?」
再度聞かれ、我に返る。
「わたしは散歩だよ。ね、この近くに住んでるの?」
「まあね。生まれたときからここに住んどるけん」
そう言って指を下に指した。
……まさか公園に住んでるってわけじゃないよね。きっとこの町に住んでるってことなんだよね。
「あのさ、名前なんていうの?」
いつまでも『あの子』じゃどうかと思うので、聞いてみる。
「れいな」
れいな、は簡潔に答えた。
「上の名前は?」
そう尋ねると、れいなは不思議そうに首を傾げた。
「れいなはれいなやけん。上も下もなか」
??? どういう意味なんだろう? 苗字を知られたくないのかな?
「あんたは?」
「へ?」
「名前。人のは聞いといて、自分は名乗らんと?」
「わたしは、かめ――ううん、絵里。絵里っていうの」
なんとなく真似をしたくなって、下の名前だけ言った。
「絵里……うん、絵里」
噛んで含めるようにれいなは、わたしの名前を呼んだ。
- 269 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:13
-
「じゃ、絵里。遊ぼ」
「え?」
言ってることがすぐに理解できず、つい間抜けな声が出る。
「あそこのブランコまで追いかけっこやけん、よーいどん!」
言った矢先にれいなは駆け出した。
「ちょっと待ってよー!」
わたしも慌てて走り出す。先を行くれいなは、着ているショートコートが翻り、まるで翼のようだった。
追いかけっこにブランコ、すべり台にシーソー、ジャングルジム。
こんな風に遊んだのはいつぐらいぶりだろう。
公園にある遊具を全て制覇したころには、わたしはヘトヘトになっていた。
- 270 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:13
-
ベンチにだらしなく腰掛け、羽織っていたジャケットを脱ぐ。公園の側にあった自販機で買った烏龍茶のプルタブを開け、一気に呷る。
「絵里だらしないさね」
「れいなが元気なんだってば」
れいなは余裕顔でオレンジジュースを飲んでいる。――と思ったら、缶を口から離し、しんみりと言った。
「あたし、いつも一人だったから、こうやって誰かと一緒に遊ぶのは楽しかったばい」
「……友だちと遊んだりしなかったの?」
「あたしがここに来れるのは夜だけやけん。夜はだれもおらんと」
その口調はとても寂しそうだった。
「じゃあ、わたしが遊んであげるよ」
情にほだされたわけじゃない、わたしも楽しかったから。
「本当?」
れいなの顔が輝いた。だからわたしも笑って頷いた。
「やった! 約束やけんね、明日も絶対ばい」
満面の笑顔で言われ、なんだかこそばゆい。
公園に据え付けてある時計を見ると、さすがにもう帰ったほうが良い時刻だった。
「うん、約束。明日も同じくらいの時間で良いかな?」
「よかよ、あたし待っとるけんね!」
ばいばい、と手を振り公園を後にする。道路に出てから振り返ると、れいなの姿はもう見えなかった。
……意外と足速いなぁ。
- 271 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:14
-
――――。
次の日。昨日と同じ時刻に来ると、れいなは既に公園にいた。今度はジャングルジムの上に。
「絵里!」
わたしを見つけ、ぴょんっと飛び降り……うええぇぇぇ!?
危ない! という言葉が出る前に、れいなは華麗に地面に着地していた。まるで重力を感じさせない、静かな着地。今日も着ている黒のショートコートがはためいて、それがまるで黒い羽のようだった。
「れいな危ないよぉ」
非難を口にしながら近づく。けれどれいなは意に介さず、
「あの程度のジャンプで怪我するほどヤワじゃなかと」
と飄々と言った。
- 272 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:14
-
「さて、今日はなにする――お」
れいなの声が止まった。視線が違うところを見ている。わたしも釣られてそっちを見ると、一匹の蝶がひらりひらりと舞い踊っていた。
そして、そのままれいなの手の甲に止まる。
「黒アゲハさね。珍しか。ほれ、絵里」
手の甲に止まった蝶を、れいなは差し出した。わたしは――自然と後ずさりした。
「絵里?」
れいなが首を傾げると、黒アゲハはまたどこかへと当てが無いようにふらふらと飛んでいった。
「すまんかった。絵里は蝶、嫌いと?」
申し訳無さそうな声に、首を横に振る。
「ううん。違う、怖いの。――また壊しちゃいそうで」
ブランコの柵に腰掛け、自嘲気味に笑う。
「昔の話、聞いてくれるかな?」
れいなは静かに頷き、わたしの隣に腰掛けた。
- 273 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:14
-
――わたしが小学生のころのことなんだけどね。
今は全然入らなくなったけれど、その頃は毎日のようにこの公園で遊んでた。
確か夏だったかな。ある日ね、砂場の側にある椿で遊んでいたら、一匹の蝶が飛んできたの。黒い羽に所々青や黄色をちりばめた綺麗なアゲハ蝶。
飛んでる姿があまりにも優雅で綺麗で、わたしは見惚れてた。そしたらその蝶がわたしの肩に止まったの。
綺麗な蝶が止まったのが嬉しくて、もっと近くで見たくなって、わたしはその羽に触れようとした。
「――それで羽に触れたら、ラメみたいな粉が指について」
「鱗粉さね」
「うん、それ。服で拭っても落ちなくて。わたし怖くなって……」
- 274 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:15
-
夏の暑い日だったはずなのに、身体が冷えた気がした。ただ鱗粉のついた指だけが、毒を持ってるように熱く感じた。
『やだっ』
叫んで、力任せに肩の蝶を払いのけた。
宙に舞う羽の欠片、煌く鱗粉。羽が破れてボロボロになった蝶が、ゆっくりと地面に落ちた。
『あ……』
後悔の声が漏れ出るも、もう遅くて。
苦しそうに足をひくつかせる蝶の姿は、わたしに恐怖を与えた。
そして、逃げた。
蝶から、公園から。
- 275 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:15
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あたしはなるべく抑揚の無いように話す。――れいなは静かに聞いてくれた。
「次の日、せめて蝶のお墓を作ろうと思って公園に行ったの。そしたら、もう姿も形もなくって」
きっと蟻にでも食べられたんだ。そう思うと涙が出て、うずくまりわたしは泣いた。
「――それ以来かな、蝶が苦手になったのは。……また傷つけちゃうかもしれないし」
わたしは意味もなく靴のつま先で土を蹴りながら、俯いて話した。
すると。
ぽんぽん、とれいなが優しく頭を叩いてくれた。――まるで子どもを慰めるみたいに。けれど不思議と嫌な感じはしなかった。
「絵里は、優しかとね」
「そんなこと、ないよ……」
「あるけん。普通の人はそんなこと気にも止めんちゃ。ばってん絵里はずっと覚えてて、今でも蝶に触れることを怯えとる。そんな絵里が優しい人じゃなかったら、世界には優しい人なんて存在しないばい」
「……うん。ありがとう、れいな」
そのまま甘えてれいなの肩にもたれ掛かる。れいなは嫌がることもせず、肩を貸してくれた。
変なの。昨日会ったばかりの子なのに、わたし甘えてる。
だけど、れいなの肩はとても温かくて、安心できる温もりだった。
- 276 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:15
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――――。
今夜もまた、公園に向かう。今度はどこの上に登っているんだろう、そう思うとおかしくて足取りも軽くなる。
公園につくとれいなは――すべり台にもジャングルジムにも登らず、ただ地面に立って空を見ていた。
れいなは、ゆっくりとこっちを振り向き、片手を上げる。
「よ。絵里」
「こんばんは、れいな」
軽い挨拶をしてれいなに近づく。
「今日はなにしよっか。なんならウチに来ても構わな――」
「ごめん、絵里。今日で最後やけん」
わたしの言葉を遮って、れいなは悲痛な声で言った。
「え……最後って――引っ越すの?」
嗄れた声が喉から出る。
「違うと。今夜が限界やけん」
限界……。れいなの言葉の意味が分からず、わたしはただ黙った。
取り敢えず、座って話そう。そう提案するれいなに、ただ頷きベンチに向かう。
わたしもれいなも何も言わず、ベンチへと歩く。
- 277 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:16
-
ベンチに腰掛け、何から話せばよかとやろ、そう一人ごちるれいな。
それから暫く思案して、固まったのか、れいなは話し出した。
「これは、あるアゲハ蝶の話やけん。――ね、絵里。蝶が人に恋するなんておかしいと思うと?」
あまりにもれいなが真面目に尋ねるものだから、わたしも真面目に考え、思いを口にした。
「わたしは蝶じゃないから本当のことか分からないけれど……おかしいとは思わないよ」
そう言ってくれて良かったばい、そうれいなは言って微笑んだ。
「あるアゲハ蝶は、羽化したばかりで、浮かれて空を飛んでいた。そして一人の人間の少女が目に止まった」
れいなは淡々と話す。
「アゲハ蝶は少女に一目惚れした。そして――触れたいと思った。だからその子の肩に止まった」
思わずれいなを見た。――嘘をついてるような目には見えなかった。
「少女に愛されたい、なんて傲慢なことは思わなかった。――ただ、記憶の片隅に残ってくれたら良いと願った。それが長い間少女を苦しめることになるなんて夢にも思わずに」
「嘘……」
れいなの言うことがどうしても信じられず、組んでいた手がカタカタ震えた。れいなはそんなわたしに気付き、そっと自分の手を重ねた。――温かくて安心できる温度を持っていた。
- 278 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:16
-
れいなはわたしを見て微笑んだ。
「人間に神様がいるように、蝶にも神様がいるけん。だから蝶の神様にお願いしたっちゃ。あの子と同じ人間の身体をください、って。ただし三日間、夜の間だけって制約があるんばい」
れいなは優しくわたしの頬に手を寄せた。
「絵里に会えて良かった。絵里と話せて良かった。絵里に――こうして触れることができて良かった。散々駄々をこねて現世にとどまっていたけれど――これであたしはもう未練はなかと」
「それって……れいなは消えちゃうってこと?」
わたしの語尾は既に震えていた。
「絵里、輪廻転生って知っとる? 死んだ生き物はまた別の生き物に生まれ変わるって」
わたしはなりふり構わず、れいなの胸倉を掴んで、胸に額を押し当てた。
「それってれいながれいなじゃ無くなるってことでしょ!? わたしのせいでれいなが死んだんでしょ!? やだよ! 嫌だよ!」
わたしのせいでれいなが! せっかく仲良くなれたのに!
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何万回言っても足りない謝罪の言葉。嗚咽が漏れ出ても、わたしの『ごめんなさい』は止むことは無かった。
「絵里、顔を上げて」
れいなの優しい言葉に素直に従う。涙まみれの顔を見て、れいなは困ったように笑った。
「どうせ蝶の寿命は短いから、絵里が気にすることなかよ。標本にされるより、よっぽどマシな人生だったばい。――絵里はあたしの世界を変えてくれたけん。絵里はどう――?」
「わた、わたしも、この三日間、すごく、楽しかったよ」
嗚咽まじりの言葉だったけれど、れいなにはちゃんと伝わったみたいだった。
- 279 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:17
-
れいなはわたしの頬と目じりの涙を拭って、微笑んだ。
「約束するけん。今度また蝶に生まれ変わったら、今度もまた絵里の肩に止まらせてほしか」
涙しか出ない声の変わりに、わたしは何度も頷いた。
「――じゃあ、これが約束の印やけんね」
れいなは顔を近づける。だからわたしも自然に目を閉じた。
――唇に感じる、温かな感触。
「ばいばい、またね。絵里」
ゆっくり瞼を上げると。そこにれいなの姿はもう無かった。
唇をゆっくり指でなぞる。――そこには市販品の口紅なんて目じゃないくらいに綺麗な鱗粉が付いていた――。
- 280 名前:アゲハ蝶 投稿日:2008/10/31(金) 22:17
-
――――。
それから数ヶ月後。
未だにわたしの唇にはれいなのきらめきが残っている。れいなに会うまでは、きっと一生消えないだろうし、消すつもりもなかった。
ね、れいな。待ってるからね。
疲れたら、いつでもわたしの肩で羽を休めてね。
fin,
- 281 名前:石川県民 投稿日:2008/10/31(金) 22:18
-
お粗末サマでした。
趣味に走りすぎた……_| ̄|○
以上、れなえり祭りでした。
次回は多分まこあいです。長くなる鴨。
まだ資料を集めてる最中なので遅くなる可能性大です。。。
それでは。 拝。
- 282 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/01(土) 16:59
- 胸が切なくなるお話でした。
これはこれで、私は好きですね
絶対に、その後亀ちゃんとれいなはまた出会えたに違いない!
次回のまこあいも、楽しみにしております。
- 283 名前:石川県民 投稿日:2008/11/06(木) 10:35
- まずは返レスをば。
>582 名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。好きと言っていただけて、嬉しい限りです。
名無飼育さんサマの仰る通り、れいにゃはその後人間か蝶かは分かりませんが転生して絵里りんに会いに行ったと思います。
さて。今回の話は、全五話です。今までしたくて出来なかった方法でupしようと思います。
∬∬´▽`)>なにする気なのさ。
長編を一度にup、は大昔にれなえりでやったから、今回は連日投稿をしようかな、と。
∬∬´▽`)>あー。石川県民は遅筆だから、それに憧れてたんだっけ。
そうそう。
∬∬´▽`)>でもそれって、読者様にメリットあるの?
いや、プロット立ててた時に、この話は分割して読んだほうが面白いなーと思って。
∬∬´▽`)>でもそれで期待外れって可能性あるよね?
うっ(どきーん!)そ、それは……頑張りますとしか言えないというか……ゴニョゴニョ。
∬∬´▽`)>楽しんでくれたら嬉しいでぇっす♪ それではスタート。
- 284 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:36
-
わたしは、夜が好き。
夜の闇はとてもあたたかい。アスファルトの道を闊歩し、夜風を堪能する。昼間の風より冷たくて嫌だと言う人がいるけれど、昼の風を知らないわたしは、夜の風こそが肌で感じられる風だった。
夜だけが、わたしを自由にしてくれる。
眠っている木々の下を歩き、時折目を閉じ風を、夜の匂いを吸い込む。
繁華街を歩けば、鬱陶しい酔っ払いやホストクラブの呼び込みもあるけれど、この辺はそういった場所から離れているので、思う存分、夜を感じることが出来る。
日課になっている夜の散歩で、充分に夜を満喫してから、我が家であるマンションに戻った。
- 285 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:36
-
すると。
マンションのゴミ捨て場に、ナニかが横たわっていた。
……酔っ払い? 恐る恐る近づく。
間近で見ると、それは女の子で、顔中にアザを作っている。――まさか、死んでる!?
「あ、あのー」
小声で声を掛けるも、返事がない。どうしよう。
「ほやっ、救急車!」
慌てふためきながら携帯電話を取り出す。と。
「……きゅーきゅー車は勘弁してもらえませんかあ」
という声がした。
驚いて倒れている人を見ると、苦笑いしていた。
「ただの打撲と小さな切り傷程度で、刺されたりしたわけじゃないからご心配なくぅ」
なんて、へらりと笑った。
その子は、冷えてきた季節だというのに、上はTシャツ一枚だけで。しかもそのTシャツは所々破れている。よく見ると、足にはなにも履いてなく裸足だった。
「えーと……大丈夫け?」
「大丈夫かと言われたら、大丈夫じゃないですよお」
「……帰る場所、あるん?」
そう尋ねると、肩をすくめられた。
「飼い主のところから逃げてきたから野良犬ならぬ野良人間でえっす。行き先も帰る場所も無いですよぉ」
ついでにお金もありません、そう言ってまた、へらりと笑った。
- 286 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:36
-
わたしは一つ、ため息をついた。
「取り敢えず手当てしたげるさけ、わたしん家に来ねま」
このマンションの五階やさけ、そう言ってマンションを指差す。そしたらその子はきょとんとした顔になった。
「本当? お姉さん優しいなあ」
「その『お姉さん』て止めてま。見た感じ同い年っぽいし。わたしは愛、高橋愛って名前やが」
「愛、ちゃんかぁ。――ありがとう愛ちゃん」
また、気の抜ける笑顔を見せた。
- 287 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:37
-
自室に戻り、部屋の電気をつける。
砂や塵がついたままでは傷の手当てもできないから、浴室に放り込んでシャワーを浴びてもらって。その間わたしは救急箱を引っ張り出して消毒薬やら包帯やらを取り出し用意する。
「あーさっぱりした」
ほかほかと湯気を立てて、わたしのパジャマを纏ったその子をソファに座らせる。
コットンに消毒薬を染み込ませ、頬の傷に押し当てる。
「いだだだだっ」
「ちいっとくらい我慢しいま」
「そう言われても……痛い! しみるー!」
そんなやり取りをしながら、色々話を聞くと、彼女の名前は小川麻琴。現在無職、ということだった。
そして、どうしてゴミ捨て場に横たわっていたのかも話してくれた。
「あたしさぁ、OLの――キャリアウーマンっていうのかな?そういう人のヒモっていうかペットだったんだよねえ」
なんかいきなり私のペットになってよ、って言われたから、ついOKしちゃったんだ、なんて気楽に話す。
「最初はさ、可愛がってくれたんだけど、ご主人、その内に会社とかで嫌なことがあると、あたしを殴るようになったんだよね」
わたしは無言で、背中に湿布を貼りながら話を聞く。
「殴ってすっきりするんなら、それでもいいやって思ってたんだけど。今日、とうとう断ち切りハサミっていうの? そういう大きなハサミを持って襲い掛かってきてさあ。さすがに命の危険を感じて逃げてきたわけ」
生死が掛かった出来事を、麻琴はあっけらかんと言った。
「……なんか、すごい生活を送っとったんやね」
「あはは、まーね」
二の腕に包帯を巻いて。これで完了。
- 288 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:37
-
救急箱をしまい、キッチンに立つ。そして茶色い粉の入ったビンを麻琴に見えるように掲げた。
「インスタントで良かったらコーヒーあるさけ、飲むけ?」
「うん! ご馳走になりまーす」
ケトルをIHにかけお湯を沸かす。その間、ぼんやりと思う。
――麻琴って裏表がないっていうか、犬っぽくて、確かにペットのように飼いたい気持ちになるわ。
そんなことを考えていると、お湯が沸騰し始めた。
マグカップ二つにお湯を注ぎ、ソファの前にあるガラステーブルに置く。猫舌なのか、ふうふう息を吹きかけながら、麻琴はコーヒーを啜った。
「で・麻琴はこれからどうするつもんなんよ?」
尋ねると、口をむにむにさせながら思案顔になる。
「うーん、どうしよ。住む場所もお金も無いしなあ。なんか住み込みの仕事でもあれば良いんだけど」
そこまで言うと、いきなりイタズラっ子の顔でわたしを見た。
「なんだったら愛ちゃん、あたしを飼ってくれない?」
ごくん。
冷ますことも忘れた熱い液体が喉を通った。
「愛ちゃん美人で優しいし、それにこんな高そうなマンションに住んでるってことは貧乏ってわけじゃなさそうだし。あたしとしては願ったり叶ったりなんだけどなー」
冗談なのか本気なのか、イマイチ判断出来ない態度で麻琴は言う。冷静を装いながら、反論してみる。
「……飼うっていっても、わたし人間のペットの相場なんて分からんがし」
「んー、別に高級品を買ってくれ、ってわけじゃないよお。ただ住まわせてくれたら良いよ」
両手でマグカップを包み、しばらく考える。
「……ええよ。せやけど『飼う』っていうより『同居人』としてなら」
熟考してから出した言葉に、麻琴はガッツポーズした。
「やった! 言ってみるもんだねえ」
腕を下ろし、嬉しそうにマグカップに再び口を付けた。
- 289 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:37
-
「せやけど、一つ。条件があるさけ」
喜びに水を差すようで申し訳無かったけれど、わたしは人差し指を立てた。
「この家のカーテンは昼夜問わず、絶対に開けないこと。これだけは守ってほしいんよ」
わたしの言葉に、麻琴はハテナマークを顔に貼り付ける。
「なんで? ヒットマンに狙われているとか?」
わたしはコーヒーを啜り、なんでもないことのように言った。
「わたし吸血鬼なんよ。太陽の光を浴びると灰になってしまうげんて」
マグカップをテーブルに置いて麻琴を見ると。
「そっかぁ。それじゃあカーテンは開けれないよね」
なんて、あっけらかんと納得したように言った。
……もしかして信じた? この子本物の馬鹿か天才かのどちらかだ。
「なあ……」
「ほえ?」
「今の話、信じたん?」
つい身体を乗り出し顔を近づけると、麻琴は首を捻った。
「う〜ん。愛ちゃんが吸血鬼でも、あたしを助けてくれたのには変わりないし。正直愛ちゃんが吸血鬼でもフランケンでも関係ないし。
あっ、あたしを助けたのって血を吸うため? 貧血になる程度なら良いけど、死ぬほど吸われるのはちょっと嫌だなぁ」
なんて、のほほんと答えた。
――決定。この子は本物の馬鹿だ。
わたしの脳内判定なんて微塵も知らない麻琴は「これから宜しくね〜」なんて呑気にへらへら笑顔で言った。
- 290 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:38
-
それから、二人でコーヒーを啜りながら、何気ない会話を交わす。
「そうと決まったら、なにか仕事見つけないとなあ。ここって賃貸だよね? 家賃と生活費、半分出すよ」
今すぐは無理だけどさ、そう言いながら呑気に尋ねる麻琴。
「その心配はいらんがし。ここ分譲やし、生活費も出さんでええよ」
――正直、お金は贅沢さえしなければ、余裕で暮らせるほどあるし。
わたしの言葉に麻琴は首を傾げる。
「愛ちゃんて吸血鬼だって言ってたよね? どうやって生活してるの?」
吸血鬼って儲かるの? なんてピントのずれたことを聞いてくる。
ぬるくなったコーヒーを呷ってから麻琴の問いに答えた。
「吸血鬼は百年、二百年単位で生きとるしの。いつの間にか人間の貨幣が溜まっとったんやわ」
わたしの日課は夜に散歩と簡単な買い物をするぐらいやし。そう付け加えた。
「せやから、無理に働かんでもええよ。――それにそんな傷だらけ包帯だらけの状態じゃ、今すぐ働くのも難しいやろ?」
「おぉそうだった!」
今更気付いたように自分の身体を見て、恥ずかしそうに笑った。その姿が微笑ましくて、つい笑みが零れる。すると。
ぐう〜。
麻琴のお腹から盛大な音がした。思わず目が点になる。
麻琴は麻琴で、思い出したように「そういや今日、なにも食べてなかったや」なんて言った。
「……昨日の残りのカレーならあるさけ、食べる?」
点になった目を戻して尋ねると。
「うん!」
元気な返事が返ってきた。
- 291 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:38
-
冷蔵庫に入れていたカレーを取り出し温める。そんなにお腹は空いていなかったけれど、ついでだから自分のも用意した。
皿に盛ったカレーをテーブルに置くと、麻琴は「ひょほー」なんて変な声を出した。
「それじゃあ、いっただきまーす」
わたしが座るのを見計らって、盛大に食べ始めた。
「……いただきます」
つられて、小さな声で言ってからスプーンを手に取った。
「う〜ん! やっぱり一晩寝かせたカレーは美味しいねえ」
麻琴は元気に、見ていて気持ち良くなるくらい美味しそうに食べる。
「そうけ? ただのカレーやよ。普通のチキンカレー」
そう言うと、麻琴はなにかに思い当たったような顔をした。
「あたし、何ヶ月もコンビニ弁当やカップラーメンやハンバーガーしか食べてなかったや。だからかな、こういう手作りの味が新鮮なのかも」
あっけらかんと言われた言葉に、今度はわたしが驚く番だった。
「なんやよ、その食生活!? 麻琴、料理出来んのけ?」
「んー、簡単なのなら出来るよお。でもさあ、あたしを飼ってたご主人が『ペットは料理をしない』って言って作らせてくれなかったし。ご主人は料理が全然出来なかったし」
「……よお体、壊さんかったのぉ」
呆れたように呟くと。
「あはは」
麻琴が突然笑った。
- 292 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:38
-
「……今度はなんやよ」
「いやあ。愛ちゃん、やっぱり吸血鬼って感じしないな、って」
「……そうけ?」
「うん。人の食生活を心配してるし」
「……正しい食生活しとる人間の血のほうが美味しいんやよ」
「普通にカレー食べてるし」
「……吸血鬼やからって、血しか飲まんわけやないし」
「それにこの部屋。普通に女の子の家だよね。ゴシックホラーな内装でもないし、棺桶もないし」
それにマンション住まいだし。ぴっ、とスプーンでわたしを指しながら麻琴は言った。
わたしは腕を伸ばして、スプーンを下ろさせながら答えた。
「人間にも十人十色の趣味があるように、内装はわたしの趣味やさけ。寝床はぶっちゃけ棺桶よりベッドのほうが寝心地良いし。それに吸血鬼やからって古びた洋館に住んどるほうが怪しいやよ」
人間が大勢いる街中のほうがバレんもんやよ、そう付け加えると。
「なるほどぉ、そっかあ」
麻琴はスプーンを口に咥えたまま、納得した。
「……ね、愛ちゃん」
今度はなにを聞かれるのか、そう思って軽く身構えながら「なんや?」と返す。
麻琴は、す――っとカレー皿を差し出し。
「おかわり、いい?」
恥ずかしそうに聞いてきた。
へにゃりと、体の力が抜け腰が曲がる。けれど麻琴が「ダメ、かな?」なんて子犬の目をして言うから。
「ええよ。今よそってくるさけ」
苦笑いしながら、わたしは席を立った。
炊飯ジャーからご飯を心持ち多めにすくって、鍋の中身を掻き混ぜながらカレーをよそう。
そして、ぼんやりと考えた。
――こうやって、誰かと一緒に食事するのはどれくらいぶりだろう、と。
懐かしくも、悲しい過去の記憶が呼び起こされそうになったので、慌てて頭を振って考えを追い出す。
今はただ、カレーを待ち望んでいる麻琴のことだけを考えよう、そう思いながら鍋に蓋をした。
- 293 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:39
-
――――。
わたしもシャワーを終え、髪を拭きながらリビングに戻ると、麻琴はソファの上で体育座りしながら、興味無さ気にテレビを見ていた。
シャワーを浴びて、お腹も膨れてたから、一気に疲労が出たのだろうか、麻琴は大きなあくびをして目を擦った。
「麻琴、眠いん?」
「んー……うん」すでに半分夢の中に行ったようなぼんやりとした声。
じゃあ寝る準備をしないと。
――ん? そこで、思考が止まる。
リビングにはソファがあるけれど、一人掛け用だから、寝るには窮屈すぎる。来客用の布団なんて無いから、必然的に、わたしのベッドに目が行く。
……ま、いっか。わたしも麻琴もそんなに体が大きいわけじゃないから、少し窮屈だけれど二人で寝れるだろう。
そう結論づけて、寝床の用意をする。愛用の抱き枕を脇に置き、シーツを整える。
「麻琴、狭いやろうけれど一緒に寝よ」
んー。と、子どもみたいな声を出して布団にもぐり込む。――わたしも、いつもなら起きている時間だけれど、もう寝ちゃおう。
電気を豆球にして、布団にもぐり込む。
――隣に人がいるのって不思議な感じやわ。
そう思っていると。
- 294 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:39
-
「えっ?」
麻琴が覆い被さってきた。
「ちょ、麻琴!? ――んっ」
首元を吸われ、変な声が出た。麻琴の動きは止まることなく、手は妖しい動きをしながらパジャマの裾から入ってきた。
「こら! なにするがん!」
強い声で言うと、不思議そうな表情と目が合った。
「一緒に寝るって、こういうことじゃないの?」
あたし結構上手なんだよ、そう付け加えて再び首元に顔を埋める。
「あたしは――こういうことしか出来ないから……」
その声が、まるで怯えている子どものようだったので。
わたしは襲われていることも忘れ、優しく頭を撫でた。
「こんなことせんでも、麻琴はここにおって良いんやよ……わたしは麻琴を捨てたりせんがし」
ぴくり、麻琴の肩が大きく震えた。
「ただおるだけで良いんよ。わたしは――吸血鬼やさけ、なるべく人との接触を避けとったんよ。せやさけ、こうやって誰かと一緒に寝るのなんて初めてなんよ」
両腕を引っ張り出し、わたしより大きいはずなのに、小さく見えるその身体を抱き締める。
わたしが欲しくてしょうがなかった、求めていたもの。
――それは、人の温もり。
「誰かと一緒に寝るのって、こんなに気持ちの良いものやったんやね……」
ただそれだけ呟いて。わたしはとろとろとやって来た睡魔に身を委ねる。
夢の世界に行く途中、麻琴の笑うような声が聞こえた。
「やっぱり愛ちゃんて、変わってるね」
- 295 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:39
-
第一話 了
- 296 名前:吸血鬼の太陽_第一話 投稿日:2008/11/06(木) 10:40
-
∬∬´▽`)ノ 隠しますよ〜。
- 297 名前:石川県民 投稿日:2008/11/06(木) 10:43
- まあこんな感じに続きます。
それではまた明日、同じ時間帯に更新します。
∬∬´▽`)>そんなこと言ってさ、また更新ストップするんじゃないの?
それは大丈夫。もう全部書き上げてあるから。
それでは。 拝。
- 298 名前:ru-ku 投稿日:2008/11/06(木) 16:13
- 更新お疲れ様です。
すごい面白いですね(^^
続き楽しみにしています!!
- 299 名前:ぽち。 投稿日:2008/11/07(金) 00:39
- まこあい、いいですね。
これから毎日が楽しみです。
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 02:26
- ごっちんとこーんこん♪
- 301 名前:石川県民 投稿日:2008/11/07(金) 10:12
-
返レスをば。
>298 ru-kuサマ
ありがとうございます!ru-ku様のそのお言葉が励みになります!
>299 ぽち。サマ
おお! まこあいの良さをわかってくれる方がここにも!
あと4日間お楽しみください。
>300 名無飼育さんサマ。
この話が終わったら、次回メインで出します♪今プロット立ててる最中です。
それでは第二話です。
- 302 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:13
-
ペットという名でヒモをやっていたものだから、尽くされることに慣れていると思っていたけれど。どうやら麻琴は、結構尽くすタイプらしい。
- 303 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:13
-
麻琴と住むことになって三日が過ぎた。
あたしがご飯作るよ、なんて言いながらキッチンに立つ。遮光カーテンが引かれているから、部屋の電気は付けているけれど、時計の針は昼食時を指している。
「パスタにしよっかなあ。――あ、愛ちゃんは吸血鬼だから、やっぱりニンニクはダメなの?」
振り向きながら尋ねるその顔に、苦笑を返す。
「それはただの伝説やよ。まぁ……食べれないことはないけれど、そんなに好きでもないわ」
「分かった。じゃあペペロンチーノは止めてクリームパスタにしよっかな」
冷蔵庫を覗き込みながら、うわー材料がないや、なんて言っている。
――この三日間、麻琴はわたしの吸血鬼発言を、全く疑問に思ってないような様子だった。……単にどうでもいいだけなのかもしれないけれど。
麻琴は冷蔵庫から顔を出し、こっちにやって来る。
「ひとっ走りして、材料買ってくるよ。他になにか必要なもの、ある?」
「ほやったらミネラルウォーターもいいけ? 銘柄はどれでも良いがし」
食費用の財布を渡しながら、お使いを頼む。
「分かったよお。じゃあ行ってくるね!」
元気に駆け出し、部屋から出て行った。
……昼間は外に出れない身としては、確かに麻琴の存在は重宝していた。
- 304 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:14
-
カチャリ、ベーコンとカボチャとほうれん草のクリームパスタが盛られた皿を、フォークが音を立てる。
「な、麻琴」
カボチャをフォークで刺して幸せそうに口に運ぶ麻琴が「なーにぃ?」と返事する。
「別に無理して家事をせんでも良いんやよ?」
暮らし始めてから、麻琴は不思議に炊事・洗濯・掃除と、家事をやりたがる。
わたしも一通りできるんやし、そう付け加えると、麻琴は俯いた。
「でもぉ……なにもしないで住まわせてもらってる訳だしぃ」
なんて、ブチブチ言う。
その姿が可愛らしくて、つい笑ってしまう。
「ほやったら、これからの買い出しは麻琴に頼んでいいけ?」
食料は24時間開いているスーパーが近くにあるから良いとして、それ以外のものは通販に頼る生活をしていたからだ。だからわたしとしては、麻琴が外に出て買いに行ってくれると、とてもありがたい。
その旨を伝えると、麻琴は尻尾があったら振り切れるような勢いの笑顔で「うん!」と返事した。
これで一件落着、とばかりに食事を再開させると、「あ・でもさ」と付け加えられた。
「掃除はあたしにさせてよ。愛ちゃん、見えるところしか掃除しないでしょ」
……痛いところを突かれてしまった。
- 305 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:14
-
――――。
ファッション誌とかを眺めながら、このトップス可愛いわあ、とか、この小物良いな、と言えば、麻琴は買いに行ってくれた。
……正直、便利やわ。
今日も、麻琴が買いに行ってくれたスカートをメインに、姿見の前で一人ファッションショーをやっていると、それをぼんやり見ていた麻琴が、ぽつりと呟いた。
「愛ちゃんが外に出れるのって、夜の散歩のときだけじゃん。オシャレしても意味なくない?」
ぎろり、睨む。
「あほんだらあ、それでもオシャレしたいのが乙女心やがし」
ドスの効いた声で、麻琴は分かっとらん! とぷりぷり怒ると。
「あ、すんまへん」
素直に頭を下げてくれた。
「それに、ほれ」
ぴらり、今日の朝刊に挟まっていたチラシを掲げる。
「これ一緒に行こっさ」
それは、電車で三駅ほどの距離にある遊園地が今度の日曜から始めるクリスマスナイトショーの広告だった。
わたしからチラシを受け取り、おおー、と感嘆の声を上げる麻琴。
「いいね! 遊園地なんて久し振りだよ」
声がうきうきしてる。本当に楽しみにしてるようだった。
「というわけで麻琴」
「ほえ?」
「今度の日曜までに、ちゃんとした服を買って来ねま?」
- 306 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:14
-
麻琴と暮らすことになった翌日に、さすがにわたしの服だとサイズが微妙に違うから、服を買ってくるようにお金を渡したのだが。
オシャレとは程遠いジーンズ(ジーパン、と言ったほうが正しいのかもしれない)にTシャツ数枚、それにぶかぶかのジャンパーを買ってきたのだ。ちなみに家では、楽だから、という理由でスウェット上下という出で立ち。――元が悪くないだけに、尚のこと、もったいない。
「間違ってもド○キやユニ○ロ、ましてや、しま○らで買うんやないやよ?」
怖い顔を作って近づくと。こくこく、首振り人形のように頷いた。
「分かってくれたんならええよ。んじゃ、そろそろご飯の準備しよっさ」
顎を引いて普通の表情に戻すと。麻琴は明らかに安心した表情で胸を撫で下ろしていた。
- 307 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:15
-
サンマの身を骨から外してを大根おろしで食べていると。
「愛ちゃんさあ……」
食事の手を止め、顔を上げる。すると八の字眉毛の麻琴と目が合った。
「普通に食事してるけど、血を飲まなくても大丈夫なの?」
「あー……」
ハシを置き、思案する。
「もしかして、あたしが寝てる間に通りすがりの人を襲って、血を飲んでいる……ってこと、ないよね?」
言われた科白に目が丸くなる。麻琴は、本気で心配しているようだった。――ただ、そこに怯えは無かった。
「あたしの血で良かったら、飲んで良いんだよ?」
おずおずと。それでもわたしを憂いてくれている言葉で。
麻琴の気持ちが伝わり、胸が熱くなる。
わたしは笑顔を作り、手を伸ばして麻琴の頭を撫でた。
「血は輸血パックのを飲んどるんやよ。それに吸血鬼は人間ほどのペースで食事をせんし。三日に一回くらいかな」
せやから大丈夫、心配せんでええよ。そう付け加えると、麻琴は肩の力が抜けた様子だった。
「そっか。それなら安心したよ」
へにゃりと笑ったその顔が可愛くて、ついイジワルしたくなる。
「それに麻琴に血はカボチャの味がしそうやさけ、遠慮するわ」
麻琴が作るカボチャ尽くしの料理の数々を思い出し、そう言うと、予想通り唇が尖った。
「そんなことないよぉ。絶対に美味しいってば。……飲んだこと、ないけどさ」
「ふはは!」
麻琴の言葉も、声のトーンも、表情も、全てがいとおしくて、声をたてて笑った。
- 308 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:15
-
麻琴が「今日はあたしが皿洗いするよ」と言ってくれたので、その言葉に甘えてソファでくつろぐ。
テレビもCDもかけず、麻琴の鼻歌だけがBGM。
――憧れていた、自分以外の『誰か』が当たり前にいる空間。
気持ち良さに目を閉じると、ふいにBGMが止んだ。
「愛ちゃーん、今度の遊園地はきっとカップルがいっぱいだろうねえ」
「ほうやろうね。でもカップル以外は入場禁止なわけないんやし。堂々と行けば良いがし」
そりゃそーだ、なんて言葉が返ってきて、水を流す音と鼻歌のBGMが再開される。
ふと、思う。
わたしと麻琴の関係ってなんやろう、って。
――同棲中の恋人? まずありえない。
――ルームシェアしている友人同士? ちょっと違うか。
――大家と店子? ……これが一番近いかな。
色気の無い間柄やな、そう思って喉の奥で笑う。
- 309 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:15
-
そんなことを考えていると。
「ん゛っ!」
肺が縮まるような感覚。
――ゲホッ! ゴホッ! ッカ、ゴボッ!!
身体中の空気を吐き出すような酷い咳が出た。
「ちょ、愛ちゃん大丈夫!?」
いつの間にか手を拭きながら戻ってきていた麻琴が、不安気に隣にしゃがみ、わたしの背中をさする。
喉がヒューヒュー言っているわたしに、麻琴は優しく言った。
「最近寒くなってきたから、風邪引いたのかもしれないね。まだドラッグストア開いてる時間だから、薬を買ってこようか?」
立ち上がり、ハンガーに吊るしていたジャンパーに手を掛ける麻琴。それを手を振って制す。
「ええよ、買い置きがあるがし」
――どうせ、市販の薬を飲めない体だし――。
出掛かった言葉を飲み込んで。笑いながら、大丈夫やよ、って言ってみても、それでも麻琴の不安顔は変わらなかった。
「それなら愛ちゃん、もう寝ちゃいなよ。あ・お風呂もダメだからね。……後であたしが湯たんぽになってあげるからさ」
わたしのくっつき癖のある寝相のことを言ってるらしい。
「ほうやね。……なんか、ゴメンな」
「そういうのは言いっこ無しだよ」
わたしは麻琴の言葉に甘えて寝室に向かった。
- 310 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:16
-
わたしは寝室で耳を澄まし、麻琴が浴室に向かってお風呂に入ったのを音と気配で確認し、静かにドアを開けリビングに戻った。
チェストの引き出しを開け、いつもの薬袋と頓服薬を取り出す。
コップに水を用意し、袋から色とりどりの錠剤やカプセルを規定量出し、口に含んで水で流し込む。
本当に×××なら。こんな薬を毎日飲まなくて済むのにな。
ゴミ箱に目を向ける。
薬を袋ごと捨てたい衝動に駆られる。
「……それは、ダメやよ」
自分に言い聞かせ、頭を振って馬鹿な考えを追い払った。
――そんなことしたら、悪化するだけなのだから。
ちらり、洗面所へのドアを見る。まだ上がる気配は感じられない。
――なあ麻琴。なんか今、すっごく麻琴が側におってほしい気分なんやよ。
- 311 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:16
-
――――。
待ちに待った日曜日当日。
「麻琴、早く退くがし」
「待ってよ今ワックスつけてんだからぁ。愛ちゃん、髪なら他の鏡でも見れるじゃん」
「大きい鏡で全体チェックしたいんやよ」
二人して洗面台を取り合っていた。
最終チェックも終えて、先に支度が出来たわたしは、リビングのソファで麻琴を待つ。
わたしの今日の服装は、先日麻琴に買って来てもらったスカートに、上は薄手のニットにファー付きのショートコート。
……これで麻琴がいつものだらしない格好だったら雷を落とそう。確実に。
「お待たせ〜」
呑気な声と共に部屋から出てきた麻琴の姿はというと。
カジュアルとフォーマルの中間のような黒いパンツに上はシャツとジャケット、首にはショールを巻いていて。
「うん。ま、合格点やわ」
わたしが指で丸を作ると、安堵したように息を吐いた。
- 312 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:16
-
電車に乗って、遊園地へと向かう。車内には同じ目的地へ行くのだろうと思われる、カップルや家族連れが大勢乗っていた。
「うぇへっへっへ♪」
麻琴が変な声で笑い出した。
「突然なんやよ?」
「いや〜考えたら、愛ちゃんと初めてのデートだなあ、って思って」
だから嬉しいんだ。そう付け加えられて。わたしの顔が熱くなる。
「ほ、ほうやの……」
そんな笑顔でそんなこと言われると、意識してしまう。
鼓動が確実に早くなった胸を押さえていると、
「あ。着いたみたいだよ。行こ、愛ちゃん」
呑気な声と共に麻琴が立ち上がった。
- 313 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:17
-
遊園地は全体的に色とりどりの電飾で飾り付けられていて。ほう、と感嘆の声を上げると、その隣で、
「うお、すげー」
と麻琴がはしゃいだ声を出していた。
ニコニコ顔でわたしに振り向く。
「あたし、ここに来るの小学生以来かも。愛ちゃんは?」
「わたしは……初めてやよ」
わたしの言葉に麻琴は驚いた様子だった。
「昼間は外に出れんがし。それにナイトショーに一人で行くのもつまらんやろ」
「そっか、そうだったね……ごめんね」
しゅんと俯くから、その頭をがしがし撫でた。
「謝らんでえーよ。その分今日は楽しもっさ」
麻琴は俯いて上目遣いで見るものだから。その姿を見ていると心に温かい物が宿る。
「な? 案内してよ」
笑顔でそう言うと、麻琴も笑顔を返してくれた。
「うん! よーし、稼動してるやつ全制覇しちゃおうよ!」
わたしの手を取って、入場ゲートへと走り出した。
- 314 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:17
-
ジェットコースターにフリーフォールにバイキングに。
初めて乗る乗り物の数々は、どれも新鮮でスリル満点で、どれも楽しかった。麻琴は麻琴で、
「夜の遊園地もオツなもんだね」
なんて言っていた。
途中休憩を挟んで、フードコーナーの椅子に座り温かい紅茶を啜る。麻琴はホットドックを口にしながらパンフを見ていた。
「絶叫系はもう制覇したかな、あとはぁ……」
パンフを確認している麻琴から目を外し、何気なく遠くを見る。――そして、心奪われた。
煌びやかな光を放ちながら、華麗な音楽と共に回転する馬や馬車。夜の闇の中で見るそれは、とても幻想的で。――夢のような光景みたい、なんて、ぼんやりと思った。
「愛ちゃん、メリーゴーラウンドに乗りたいの?」
パンフから顔を上げ、わたしの視線の先にあるものに気付いた麻琴はそう声を掛けてくれた。
「え、ええよ別に。あれ、ただくるくる回るだけやろ」
メリーゴーラウンドに乗りたい、なんて言うのは子どもっぽくて。だから慌てて持っている紅茶に目を落とす。
麻琴は、ホットドックの残りを口に押し込んで。そして朗らかに言った。
「愛ちゃん。それ飲み終わったら、一緒にメリーゴーラウンドに乗ろ」
絶対楽しいからさ、そう付け加えて笑ってくれた。
「……うん」
麻琴の優しさが沁みて、素直に頷くことができた。
- 315 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:17
-
家族連れの中に混ざって列に並ぶ。親子で並んでいても乗るのは子どもだけだったりして、順番はすぐにきた。
「どれに乗ろっか。馬が良い? それとも馬車?」
わたしの手を引き聞いてくれる麻琴。
「ほうやのぉ。お、麻琴、あれ見てみ」
わたしが指差す先には、シンデレラに出てくるカボチャの馬車があった。麻琴を見ると「おおっ」と驚きと喜びの混ざった顔をしていた。
「あれにしよっさ」
二人、向かい合って座る。
係員が見て周り、すぐに開始のブザーが鳴った。
豪奢な音楽と共に回り出す馬や馬車。馬は時折上下して、乗っている子が歓声を上げる。
乗って周囲を見ると、幻想的な光景に益々拍車がかかる。それは儚い夢を見ているようにも思えた。
「……なんか、夢の世界みたいやな」
自分に話しかけるように呟く。
自分の身を呪い、全てを諦めていた。
誰かと一緒に遊園地に来れるなんて想像すらしなかった。
きゅ、と手を握られた。
「麻琴?」
見ると、わたしの手を握ったまま微笑んでいた。
「夢じゃないよ。今、愛ちゃんはココにいるし、あたしもいる。その証拠に、こうやって手が握れるんだし」
さっきの呟きが聞こえていたようだった。
麻琴は優しく手を握ってくれている。――とても、温かい。
「また一緒に来よーね」
その後も。メリーゴーラウンドが止まるまで、手を握っていてくれた。
- 316 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:18
-
「あー楽しかった!」
ゲートを出て大声で言う麻琴。
麻琴の興奮は帰りの電車の中でも止むことなくて。
子どものようにはしゃいでいる姿を見ると、こっちも嬉しくなってくる。
誘って良かった、そんなことをぼんやりと思った。
電車はすぐにわたしたちの住む町について。
麻琴の喜びが伝播したのか、二人してにこにこしながら駅を出た。
楽しかったねー、とか、また行こうね、とか他愛ない話をしながら大通りを歩く。
その時だった。
「麻琴? 麻琴なの!?」
名前を呼ばれ、振り返る麻琴。わたしも釣られて振り返った。
そこにいたのは、OL風の女性が一人、驚いた表情で立っている。
「ご主人さま……」
麻琴の喉から、嗄れた声が搾り出された。
- 317 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:18
-
第二話 了
- 318 名前:吸血鬼の太陽_第二話 投稿日:2008/11/07(金) 10:18
-
川'―')ノ 隠すやよー。
- 319 名前:石川県民 投稿日:2008/11/07(金) 10:20
-
一応断りを入れておきますが。
モデルはいません。念のため。
それではまた明日。 拝。
- 320 名前:石川県民 投稿日:2008/11/08(土) 13:34
-
今日の更新いきまーす。
- 321 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:35
-
ご主人さま、と呼ばれた女性。
――この人が麻琴に暴力を振るっていたんだ、そう思うと怒りが込み上げてくる。
- 322 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:35
-
女性は「元気だったかしら?」なんて他愛ないことを言いながら、徐々に歩を進めて近づいてくる。
「おかげさまで。ご主人さまこそどうでしたか?」
「とりあえず、大きなプロジェクトは一つ終えたわ。……あの頃は初めてリーダーを任され、そのストレスでよく麻琴を殴っていたわね」
悪びれずに言ったその言葉に、わたしの眉間にシワが寄った。
――この人は仕事ではどんなに有能でも、人としては最悪だ。
女性は長い髪を掻き揚げながら言葉を続ける。
「私が悪かったわ。麻琴、戻ってきてくれないかしら。――もちろん生活に不自由はさせないわ。……そこの子よりも」
馬鹿にしたような目でわたしを見た、そして顔を麻琴に向ける。
麻琴が断るなんてことない、そう確信している表情だった。
横にいる麻琴を見る。麻琴は――。
「ごめんなさい」
ぺこり、女性に頭を下げた。
「あたしはもう新しい自分の――自分を必要としてくれる人の――所を見つけたんです」
麻琴から、女性へと顔を向けると。値踏みする目でわたしを上から下まで見ていた。
「……アンタが麻琴の新しい飼い主?」
女性の刺々しい言い方に。なによりその発言に腹が立った。だから、目を見てキッパリ言った。
「麻琴はペットやない。それに、少なくともわたしは麻琴に暴力は振るわんさけ」
「生意気言うんじゃないわよ!」
女性は逆上し、手を振り上げる。殴られるのを覚悟して目をつぶる。
ばしっ!
痛そうな音が夜道に鳴り響く。――けれど全然痛くない。
恐る恐る目を開けると。目の前に麻琴の背中が見えた。
「麻琴……」
わたしの呟きは、夜の闇に掻き消える。女性は女性で意外そうに麻琴を見ていた。
「あたしは、たとえご主人さまでも、愛ちゃんに手を上げるのは許しません」
顔は見えなかったけれど、その声は怒気が含まれていた。――初めて聞いた、麻琴のそんな声。女性もそうだったのだろう、困惑した表情で麻琴を見ている。
「行こう、愛ちゃん。――それじゃあ『元』ご主人さま、サヨウナラ」
呆然としている女性を置いて、わたしの手を取り足を進める麻琴。
早足で歩く麻琴を少し追い駆ける感じにわたしは歩く。
後ろを振り返ると、女性はまだ突っ立っていた。
- 323 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:35
-
無言で手を引かれマンションに戻る。エントランスに入ると、麻琴はため息をついて肩の力を抜いた。
「良かった。追ってこないみたい。ごしゅ……あの人、しつこいっていうかねちっこい人だったからさあ」
ここまで来たらもう安心だよ、なんて笑う麻琴に、
「それより殴られたところ平気なん?」
頬に触れて尋ねると、きょとんとした顔をされて。
「うおおおおっ! 思い出したら痛くなってきた!」
なんて、涙目で騒ぎ出した。
「早く部屋に戻ろっさ。冷やさんと」
二人して慌てながらエレベーターに乗った。
- 324 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:36
-
部屋に戻って、氷を入れた袋で冷やして。もう充分かなと思ったところで湿布を貼った。
「腕の包帯は先日とれたばっかやのに、また目立つの、こさえてしもうたね」
苦笑いしながら救急箱をしまう。
麻琴は神妙な顔をして、
「ごめんね愛ちゃん」
なんて謝られた。
意味が分からず、無言で首を捻ると。
「あたしのゴタゴタに巻き込んじゃって。あたし高校を出たころから、色んな女の人のところをフラフラ渡り歩いてて。時々、ああやってヨリを戻そうとしてくる人もいるんだ」
だから繁華街のそういう地区を歩くと、あたしと関係あった人と呆れるくらいぶつかるんだよね、そう付け加えた。
その姿が、まるで宿題を忘れて先生に怒られた子のようだったから。
ぽんぽん、と優しく頭を叩いた。
「過去はどうでも良いがし」
「でもっ」
「今、麻琴はここにいて。わたしの側にいてくれて。――わたしはそれだけで充分なんよ」
微笑んで言うと、麻琴は一瞬顔を歪めて。
「愛ちゃんてお人よしだよね……」
なんて泣きそうな声で言った。
――そんなことないがし、麻琴だからやよ。
言葉には出さず、ただ麻琴の頭をがしがし撫でた。
- 325 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:36
-
――――。
そんな出来事があっても、わたしと麻琴の生活は相変わらず続いて。
ある日のことだった。
ゴミ出しを終えてきた麻琴が目をきらきらさせながら戻ってきた。
「ねえ愛ちゃん。ゴミ出しのときに会ったオバチャンが言っていたけど、このマンションって屋上があるんだね」
言われたことを反芻して、思い当たる。
「そうらしいやよ。ただわたしは行ったことないさけ」
「じゃあさ、じゃあさ! 今夜行こうよ、そしてお月見しよ!」
名案だとばかりに言う麻琴。早速新聞を見てみる。……今夜は晴れ、そして中秋じゃないけれど満月らしい。
麻琴を見ると、わくわくした表情とぶつかる。
「分かった、行こっさ」
そう言うと、「やったー!」とガッツポーズされた。
- 326 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:37
-
エレベーターで屋上まで上がり、重いドアを押し開ける。
「おおー良い眺め」
コンビニの袋を持った麻琴が歓声を上げながらドアから出た。
「おー見事な満月だ。やっほー!」
山の頂上と勘違いしてるのか、月に向かって叫ぶ。
「こら麻琴。夜なんやし静かにしねま」
「あ、ごめーん」
あまり反省を感じさせずに謝る。
屋上のあちこちにある低い木々の植え込み。その側にあるベンチに腰掛ける。
麻琴は、袋をがさがさしながら二本のペットボトルジュース取り出した。せっかくのお月見なんだから買ってきたよ、と団子(みたらし)も取り出す。
「それじゃ、かんぱ〜い」
「……何にや」
ツッコむと、麻琴は首を捻ってしばらく考え。
「見事な満月に、かな?」
そう言ってジュースを掲げた。
苦笑を返し、わたしもジュースを掲げ、軽くぶつけ合った。
二人、ジュースに口をつける。
「ぷはー。空に近いところで飲むと美味しーね」
無邪気に言いながら、団子のパックを開ける麻琴。
- 327 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:38
-
天上の満月と地上の夜景。それらを交互に見ながら、わたしたちは夜風に身を委ねる。
「ほういやさ、愛ひゃん」
団子を頬張りながら聞いてくるものだから、「飲み込んでから喋りま」と制す。
もぐもぐ。ごっくん。
「んで、愛ちゃんはさ、」
言葉を続ける。
「満月だとパワーアップするのは狼男だっけ? 吸血鬼はそうじゃないの?」
「他の吸血鬼は知らんけど、わたしにはそういうの無いやよ」
肩をすくめて答えた。そのまま言葉を続ける。
「ていうかな、わたしに吸血鬼の能力なんてほとんど無いんやよ」
吸血鬼の能力。
・力が強い。
・強靭な生命力。
・狼やコウモリを使役し、変身できる。
・空を飛べる。
「――そういうことは全く出来んくせに、太陽の光を浴びたら灰になるんやよ」
夜風が鋭く頬に触れる。
「わたしはなにも出来ない――できそこない、なんやよ」
わたしは笑った。なのに声は、夜の世界の虚しく霧散するだけだった。
顔を歪めさせながら天上の月を見る。――それは、悲しいくらいに綺麗だった。
- 328 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:38
-
身体が温もりに包まれた。数秒経ってから、麻琴が横から抱き付いてくれたことに気付いた。
振り向くと、麻琴の顔がすぐ側にあった。触れそうで触れない、そんな距離。
心臓が跳ね上がってドキドキする。
「愛ちゃん。自分のことをそういう風に言わないでよ」
そう言って麻琴はわたしの肩に額を置いた。
「今まであたしに寄ってきたのは、お金かエッチが目的だった。でも愛ちゃんはボロボロになった厄介者のあたしを、見返りなしに無償で受け入れてくれたじゃん。――そんな人で出会ったの、あたし初めてだったんだよ」
麻琴はゆっくり顔を上げ、笑ってみせてくれた。
「愛ちゃんは誰にも負けないくらいに優しい心を持ってるよ。――それだけで、充分だよ」
「麻琴……」
心と身体に感じる優しい温もり。涙が出そうになる。
「わたしも……麻琴みたいな子に会ったのは初めてやよ」
笑顔で、そばにいるだけで元気を与えてくれるような子は。
お互い、小さく笑い合う。
麻琴が抱擁を解いてくれたので、甘えて肩を借りることにした。
地上の光を見下ろす。――世界に人は多数いるけれど。麻琴は一人しかいない。
麻琴に出会えて良かった、心からそう思えた。
- 329 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:38
-
しばらくの間肩を借りて。
「あんがとな」
名残惜しいけれど、肩から頭を外した。
麻琴を見たら、真剣な顔をしていた。
「これ、聞いて良いのか分からないけれど……愛ちゃんの親は?」
肩をすくめ、何でもないように答える。
「吸血鬼は一人で生まれ、一人で死んでいくもんやよ」
びょう、一際強い風が吹き、髪を乱れさせた。
「なんか、それ寂しいね」
「なら、」
思いつきを口にする。
「わたしが死ぬときは、一緒に死んでくれるけ?」
――本気じゃない、ただの冗談だった。けれど。
麻琴はいつものへらりとした笑顔で、
「いいよ」
と言ってくれた。
麻琴は立ち上がり、周囲を見る。
「風も強くなってきたし、そろそろ戻ろっか」
コンビニ袋に団子のパックやペットボトルを入れて。
「じゃあ、帰ろ」
そう言って、手を差し出してくれた。
右手をゆっくり、その手に伸ばす。触れると、きゅ、と握ってくれた。
麻琴の手は、その心のように温かかった。
「またお月見しよーね」
なんて言いながら、わたしの手を引く。
――な、麻琴。さっき『一緒に死んでくれる』って言ってくれたやろ?
だから今、生まれて初めて自分の命を大切にしよう、って思ったんよ。
だってわたしは生きてる麻琴が大好きなんやから――。
- 330 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:39
-
第三話 了
- 331 名前:吸血鬼の太陽_第三話 投稿日:2008/11/08(土) 13:39
-
∬∬´▽`)ノ 隠しでぇっす。
- 332 名前:石川県民 投稿日:2008/11/08(土) 13:40
-
それではまた明日。 拝。
- 333 名前:ぽち。 投稿日:2008/11/08(土) 20:23
- 二人とも優しいね。
なんか、せつなくなりました。
- 334 名前:石川県民 投稿日:2008/11/09(日) 15:57
- 返レスをば。
>333ぽち。サマ
ありがとうございます。
そうです、優しいんです。
バファ○ンの半分はまこあいで出来ていいるんです。
それでは本日の更新です。
- 335 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 15:58
-
――――。
麻琴と生活するようになってから一ヶ月が過ぎた。
それでもなにかが変わったかというと、なにも変わらず、わたしたちは奇妙な同棲(?)生活を続けている。
あ・一つ変わったことがある。
わたしの夜の散歩に麻琴も付き合うようになったのだ。
最初は「行ってらっしゃい」って手を振りながら見送ってくれたのに、郵便受けに入っていた『最近チカンの被害が出ています』のチラシを読んでから、麻琴は「一緒に行く」と言って聞かなくなったのだ。
今夜も今夜でわたしの散歩に付き合う麻琴。
「ふあ〜風が冷たいねー」
そんなことを言いながらわたしの隣を歩く。
「愛ちゃんは雪が降るようになっても散歩するの?」
「日課になっとるさけ、やらんと何か気持ち悪いんやよ」
「そっかあ、滑らないように気を付けないとね」
あと風邪にもね、そう付け加えて笑う。
雪が降る季節になっても、麻琴は一緒におってくれるんやろうか? ぼんやり、そう思った。
わたし達の関係が未だに曖昧なままだった。好きだとかの愛の言葉を囁いたりキスしたりするわけでもない。ただ一緒に暮らしてるだけの関係。
――このままの関係がずっと続けば良いのに、なんて願いは贅沢なものなのだろうか?
「危ない!」
手を引かれ、我に返る。わたしの前に電柱があった。……麻琴に手を引かれないとぶつかるところだった。
「どうしたのさ、ぼーっとしちゃって。なにか考え事? 調子悪いならもう帰ろっか?」
気遣いが見える、麻琴の声。
「あ……別に調子悪いわけじゃないやよ、大丈夫やさけ」
「そう? それならいいけど」
まだ心配顔のまま。だから笑ってみせると、安心したようだった。
- 336 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 15:58
-
「あーそういえばさ、この間CMでやってた映画あったじゃん。愛ちゃん見たがってたやつ」
気遣うように話題を変える麻琴。
「ちょっと遠くの映画館だけどさ、レイトショーでやってるトコあったから、今度行こうよ」
もちろん一緒に、そう言って笑顔を向けてくれる。
「映画かぁ……レンタルしたDVDくらいしか見たことないわあ」
映画館に行ったことがない、そう告げると麻琴は驚いた顔をした。
「本当に? ポップコーンを片手に持って見たことないの?」
無いやよ、そう意味を込めて首を横に振る。
「んじゃ、今度初映画館しよーね。映画館の作法を教えてあげるよ」
「作法? そんなもんあるがん?」
あるんだなぁこれが。そう言って意地悪そうに「にしし」と笑った。
- 337 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 15:59
-
――――。
映画館に行く当日。
麻琴はすでに支度を終え(格好は遊園地の時と同じ服装だった)、リビングのソファに座って映画の公開時刻を再チェックしている。
わたしはというと。髪型がいまいち決まらず、まだ洗面台の鏡の前でブラシと格闘していた。
「愛ちゃーん。あと10分で家を出ないと間に合わないよー?」
麻琴の、のんびりとした声がわたしを急かす。
どうしても右側の髪のうねりが気になって、もうワックスでも使おうか、そう思っていたところ。
無機質なコール音がリビングから響いた。
「電話鳴ってるけど、あたしが出よっか?」
コール音に被さって聞こえる声。
「あ、わたしが出るがし」
慌てて洗面所から出てリビングに向かう。――普段ほとんど使われることのない電話。鳴らしてきた相手は大体予想がつくし。
麻琴を制して、受話器に手を伸ばす。
「はい、高橋です」
『――――』
電話の相手は予想通りの人からだった。
「ああ……久し振り。……うん、何も問題ないやよ」
無味乾燥な報告をする。相手もそれを気にした様子は無かった。
『――――』
「え……」
驚きの声が漏れる。
『――――』
わたしの驚きなんて気にせず、相手は事務的に報告を済ませた。
「……分かった。……うん、なにかあったら電話するがし」
――社交辞令の言葉だ。本当になにかあったとしても、わたしは報告しないだろう。現に、今は麻琴という同居人と住んでることは報告していない。
「それじゃ」
別れの言葉を口にしたら、相手のほうが先に電話を切った。ツーツーと虚しい電子音が受話器から聞こえる。
わたしも、受話器を電話に置いた。
- 338 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 15:59
-
麻琴が眉をひそめてわたしを見ている。
「どうしたの?」
「なにがや?」
疑問を疑問で聞き返す。
近づき、麻琴が見ていたフリーペーパーに目を落とす。
「映画、遅れるさけ、行こっさ」
平静を装って声を出す。目線はまだフリーペーパーへと向けていた。
麻琴が立ち上がるのが、気配で分かる。そしてわたしの目の前まで来た。
「愛ちゃん」
囁かれ、顔を上げる。麻琴は優しい顔をしていた。
「映画はまた今度にしよ。――今は、あたしの肩、使いなよ」
「……なんでや」
麻琴はゆっくり両手を伸ばし、わたしの頬を、その温かな手の平で包み込む。
「気付いてないだろうけどさ。電話してる途中から愛ちゃん、ずっと泣きそうな顔だよ。――無理しなくて良いよ。思いっきり泣きなよ」
頬を包んでいた手の平が後頭部と背中に回され、頭を肩におしつけられる。――とても優しい力で。
「だから、あたしの肩で泣いていいよ。ううん、泣いてほしいな」
ぽんぽんと、子どもをあやすように背中を叩くものだから。
麻琴があまりにも優しいものだから。
「ふえ、うぐっ……」
背中を叩くリズムが心地良くて。
「うあっ……え゛……」
涙がわたしの意思とは関係なく出て来る。
「びえええええええっ」
わたしは何年か振りに、人前で泣いた。
- 339 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:00
-
泣いて泣いて泣き尽くしたころ。
わたしは麻琴の肩に顔を埋めたまま、恐る恐る尋ねる。
「なあ……理由、聞かんの?」
ジャケットをびたびたにした、涙の理由を。
ん〜、なんて間延びした声が聞こえる。
「なんか愛ちゃん、理由言いたくなさそうだし。それならそれで良いや、って思ってる。
あ・でも、あたしが力になれることがあったときには、ちゃんと言ってほしいな」
「ぁはは」
麻琴らしい言葉に、思わず笑みが零れる。
「お。やっと笑ってくれた」
その言葉につい顔を上げると、間近にある麻琴の柔らかい表情。
「べいべー、君には笑顔が一番さ」
ワザとらしい、気障な科白。
イマイチ格好悪くて。
イマイチ格好良くて。
「あはは!」
だから、わたしは笑った。――笑えた。
- 340 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:00
-
――――。
結局、あの日に流れた初映画館は、後日に決行されて。
その時にはもう、わたしの見たがっていた映画は公開終了していたから、麻琴と二人で適当なやつを選んで、近場の映画館で、レイトショー上映されているものを見ることになった。
麻琴曰くの『映画館の作法』通り、パンフを買って、ポップコーンとコーラを手に持って。ポップコーンはSサイズを頼んだのに、こんもりと盛られていて、最後は麻琴に食べてもらった。
見た映画がアクションものだったのもあるせいか、大スクリーンで大音響で流されるそれは、迫力があって、確かに家のテレビでは体感できないものだった。
けれど、正直ストーリー的には大爆発や銃撃戦が主体なせいか、わたしの好みには合わなくて。ちらりちらりと、スクリーンじゃなく麻琴を見ていた。
スクリーンに釘付けになるその姿は。画面上で爆発が起こる度に、小さく驚くその姿は。
わたしには、映画よりもよっぽど魅力的だった。
- 341 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:00
-
「あー面白かった!」
満足そうに映画館から出る麻琴の後ろを歩く。そうしたら、麻琴は足を止めてわたしの隣について、再び歩き出してくれた。
そういう優しさが、すごく嬉しい。
「麻琴は、ああいったアクション物が好きなん?」
「んーDVDとかで家で見るのなら、なんでも良いんだけどさ、映画館で見るのなら、ああいったやつだと迫力あるじゃん」
確かにそうだな、そう思って頷く。
「愛ちゃんは? どんなのが好きなの?」
聞かれ、言葉に詰まる。
「……づか」
「え?」
「せやからぁ……宝塚、好きなんやよ」
「あーなるほどぉ。そう言えばDVDやCD、沢山持ってたね」
バレてたのか、そう思うと何だか恥ずかしい。
「いつか宝塚公演も、一緒に見れたらいーね」
そう笑顔で言って。きゅ、とわたしの手を握った。
心臓が跳ね上がる。
わたしの動揺なんて露知らず、麻琴は呑気に「夜も公演やってるのかなぁ」なんて言う。
わたしは想像する。
麻琴と一緒に宝塚公演を見ることが出来たら。
――それはきっと、一生ものの思い出になるだろう、と。
- 342 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:00
-
――――。
その日は起きたときから調子が悪かった。
体調が優れない、とかいうわけじゃない。なんか……すごく攻撃的な気分だった。
寝室から出て、リビングにいると、既に起きていた麻琴が、カフェオレを啜りながら、
「おはよぉ」
と言ってくれるけど、なんだかイライラする。
――分かってる。これは自分の抱えている爆弾だということを。
言い聞かせても、それで精神が収まるわけなくて。
朝の挨拶をしてくれた麻琴に小さく「おはよ」とだけ言って、コーヒーメーカーに湛えられているコーヒーに手を伸ばす。
つけられていたテレビからは、『今日は小春日和と言える上天気です!』なんてリポーターが明るく喋っているけれど、それも癇に障った。
無言でリモコンに手を伸ばし、電源を切る。
「愛ちゃん……?」
麻琴がそんなわたしを、不思議そうに見つめる。
わたしは深呼吸し、爆弾についた火を沈下させようと努める。
「別に、何でもないんよ。……ただテレビが鬱陶しかっただけや」
頑張っていつも通りの声を出した。
「……そっか。ならいいよ」
ぬるくなったのか、麻琴は残っていたカフェオレを一気に呷った。
- 343 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:01
-
麻琴がトイレに立った隙に、チェストの引き出しを開ける。そして薬を取り出して飲む。
「……これで、大丈夫。大丈夫やから……」
暗示のように、自分に言い聞かせた。
麻琴にだけは。みっともない姿を、見せたくなかった。
- 344 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:01
-
昼を過ぎても、爆弾の火は止むことが無かった。
じりじりと、少しずつ、それでも確実に導火線を蝕んでいく。
麻琴に当り散らしたくなんてなかったので、自室に篭って、部屋の隅にうずくまる。
「愛ちゃん……?」
控えめなノックとわたしを呼ぶ声。
「……なんやよ」
喉から、声を絞り出す。
入っていい? と聞かれたから、ええよ、と答えた。
控えめに開けられたドア。そこには意気消沈した麻琴の姿が。おずおずと、部屋に入ってくる。
「……なんか用け?」
自分でも分かる、冷たい突っぱねた声。
あのさ、と麻琴は切り出しにくそうに言い出した。
「もしかしてあたし、なんかした? 気付かずに愛ちゃんの気分を害したのかな」
それだったらごめんね、と頭を下げる麻琴。
――いつもなら、その健気さに胸を打たれるところだけれど。
いまはただ、媚びてるように映り、癇に障った。
「麻琴はなんも悪くないやよ」
「でもぉ……」
「どーせ麻琴には分からんことや」
突っぱねた冷たい言葉。――我ながら、なんて酷いことを言っているのだろう、なんて脳の片隅で思った。
「そうやよ! どうせ麻琴には分からんことやし理解出来んことや!」
- 345 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:01
-
爆弾が、爆発した。
「ちょっ、愛ちゃん!?」
驚いて、それでもわたしを宥めようとしている麻琴。――普段なら嬉しく思うはずの行為が、今はただ腹が立つ。
分かってる、『これ』は一過性のものだって。
けれど、癇癪が止められない――!
「もう麻琴なんていらん! 出てって!!」
――本音じゃない、つい口から出た言葉だった。慌てて口を押さえるも、一度出た言葉は引っ込むことなくて。
麻琴は俯き、なにも言わなかった。
わたしもなにも言えない。
静寂が痛い。
「……分かった、出てくよ。今までありがとう、バイバイ」
それだけ言って、踵を返し玄関に向かう。
わたしはなにかを言うことも、動くことも出来ず、ただ突っ立ってしまっていた。
ガチャン。
玄関のドアが閉まる音で我に返る。
麻琴、出てくなんて言ったけれど、当てなんかきっと無い。
追い駆けないと。謝らないと。――じゃないと必ず後悔する。
でも。
遮光カーテンで覆われているこの部屋は暗いけれど、朝のテレビでは、今日一日快晴だと言っていた。
太陽の光はわたしには毒だ。
けれど――!
一生の後悔なんてしたくないから。意を決して玄関へと走った。
- 346 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:02
-
「麻琴!」
マンションを出てすぐの道に、とぼとぼ歩いている後姿に声を上げる。
駆けて、立ち止まった姿に追いつく。走ったのなんて何年振りだろう。
短い距離なのに、わたしの息は荒くなっていた。
「愛ちゃん……」
振り返ったその顔には驚きが表れていた。
「外に出て……大丈夫なの?」
「……大丈夫や、ない。ほやけど、麻琴とこんな形で別れてしまうほうがもっと大丈夫やないから」
腕を掴むことは躊躇われたので、服の裾を弱々しく摘んだ。
「麻琴、ごめんな。さっきの言葉は嘘やよ。麻琴に出ていかれたくない、側に居てほしいんやよ」
「愛ちゃん……」
「わたし、今までなにかに執着したり、誰かと一緒にいたいなんて思ったことなかった。けど――麻琴だけは手放したくないんやよ」
たとえ害になる太陽の下を走ることになっても。
麻琴と出会わなければ。
『孤独』の冷たさも。
『二人』の温かさも。
わたしは知らないままだったから。
- 347 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:02
-
もう走っていないのに、荒い息は止むことなくて。全身を虚脱感が襲う。
暖かいはずなのに、寒気がする。震えが止まらない。
わたしの足はとうとう自身を支えきれず、膝が折れた。
「愛ちゃん!? 愛ちゃん!」
麻琴が叫んでいる。「大丈夫やよ」って言ってあげたいけれど、口から出るのは荒れた息だけだった。
必死な表情の麻琴の端から見える太陽は、興味深そうにわたしたちを照らしている。
初めて自分の目で見た、青空と太陽。
なにかに似ている、そう思ったところでわたしの意識は途切れた――。
- 348 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:02
-
第四話 了
- 349 名前:吸血鬼の太陽_第四話 投稿日:2008/11/09(日) 16:03
-
川'―')ノ 隠しやよー。
- 350 名前:石川県民 投稿日:2008/11/09(日) 16:04
-
本日分終了。明日で最後です。
それでは。 拝。
- 351 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/09(日) 17:25
- いったいどうなるのか・・・
心配です><
萌え=!!
- 352 名前:ぽち。 投稿日:2008/11/09(日) 20:57
- おっ〜。今日も涙が...
次は最終回なんですね。楽しみのような終わってほしくないような。
- 353 名前:石川県民 投稿日:2008/11/10(月) 09:23
- 返レスをば。
>351 名無し飼育さんサマ
ありがとうございます。
さてどうなるでしょう。うふふのふ。
>352 ぽち。サマ
ありがとうございます。
はい、今日で最終話です。上手くまとめれたか心配ですが。。。
では、いきます。
- 354 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:23
-
全身性エリテマトーデス 通称SLE
若い女性に多く発症され、特徴的な紅斑に代表される皮膚症状と、関節痛を主とする疾病のようだが、全身症状を伴う。
特に問題となるのは腎機能と心肺機能の低下。
全身の衰弱・易感染の恐れ・脳神経系の恐れ・躁鬱病などの精神症状……。
紫外線によって発病、重症化することがある。
――治療法も確定しておらず、生涯の闘病生活を余儀なくされる難病。
蓋を開ければ、吸血鬼なんてファンタジーとは程遠いもの。
それが、わたしが抱えているモノだった。
- 355 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:24
-
――――。
目を開けると、白い天井が見えた。わたしの家じゃない天井だ。
眼だけ動かして辺りを見回し、そして固いベッドの感触で、ここが病院だと分かった。
「……気が付いた?」
弱々しく言われた気遣った声。真横を見ると、麻琴が丸椅子に座り、不安げな顔でわたしを見ていた。
「麻琴……? わたし、どうしたんや?」
道路で意識を失ってそれから――どうしたんだろう?
ハテナ顔のわたしに麻琴は弱々しく言った。
「慌ててたあたしに代わって、通りすがりの人が救急車を呼んでくれたんだよ」
そして、近くに救急病院に運ばれたらしい。――皮肉なことに、ここはわたしが通院している病院だった。
「……わたしの病気のこと、聞いたん?」
麻琴は申し訳なさそうに頷いた。
「愛ちゃん本人抜きで聞くのは悪いと思ったけれど……。一緒に住んでるって言ったら教えてくれたよ。
――だから愛ちゃん、日光に当れなかったんだね」
「……吸血鬼やなんて嘘ついて、すまんかった」
そんな幻想的な生き物じゃなくて。
わたしはただの弱い人間だった。
- 356 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:24
-
「お医者さんが言うには、三日間ほど入院したほうが良いってさ。――だれか家族の人呼んでこよっか? 連絡先教えてくれる?」
言いながら立ち上がりかけた麻琴に、わたしは苦い顔をして首を横に振った。
「ええよ、どうせ誰も来んがし。――あのな、以前わたしが仕事もせずにあんなマンションに住んどるのを不思議がってたことあるやろ?」
「……あ、うん」
麻琴はしばらく考えてから、思い出したように頷いた。
「わたしの実家、それなりの名家なんやよ。――都会に住むほうが生活しやすいからってことで一人暮しすることになったんやけど、本音はわたしを隔離したかったからなんやよ」
直に言われたことはなかったけれど、家族や親族の態度で読み取れた。
「こんな、不治の病を持っとるわたしは家の恥なんやよ……」
「そんなこと――」
麻琴はまた椅子に腰を下ろした。
「この間、電話の後にわたしが泣いたことあったやろ? ……あれは祖母の訃報を知らせる電話やったんや……」
遠い記憶が甦る。わたしが発病する前もした後も、優しかった唯一の血縁者。なのに、そんな祖母の葬式にすら、わたしは出ることを許されなかった。ただ淡々と葬式が済まされたことを告げられた。
- 357 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:24
-
生活費諸々は、毎月、一人暮しするには充分すぎるほどの金額が振り込まれる。――だけど、両親は一度も来たことが無かった。
夜しか出歩けないわたしだから、友だちもいなかった。
「麻琴が初めてやったんやよ。家に上げたのは」
そして麻琴が初めてだった。――わたしを必要としてくれたのは。
「ね、愛ちゃん」
今まで黙って聞いてくれた麻琴が、今度は話し出した。
「あたしもね、初めてだったよ。今まで沢山の女の人のところを渡り歩いていたけれど、一生側にいたい、って思える人が出来たのは。愛ちゃんが吸血鬼でも難病を抱えてても関係ない、側にいさせてよ」
死ぬ時は一緒に、って約束したじゃん。なんて以前に軽い気持ちで言ったことを律儀に覚えてくれていた。
わたしはそれだけで嬉しかった。
「……治療法が見つかってない、一生つきまとう病気なんよ?」
「それでもあたしは側にいるよ」
「腎不全になる可能性もあるんやよ?」
「それなら、あたしの腎臓を使ってよ」
「感染症にも掛かりやすいんやよ?」
「あたしが守って、そして看病するよ」
迷いのない、きっぱりとした言葉に。わたしは知らず涙を流していた。頬を涙が伝う。
「麻琴ってやっぱり……本当の馬鹿やよ」
声に嗚咽が混じる。それでも麻琴はいつもの笑顔を湛えていた。
「いいよ。愛ちゃんの側にいれるなら馬鹿でいい」
- 358 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:25
-
布団からゆっくり手を出し、麻琴の頬に触れる。
生きた体の、心地良い温度。
「あのな、」
「うん」
「麻琴を追い駆けて、初めて青空の下を走ったんやけど、そん時に見た太陽が似とる、って思ったんよ」
「……何にさ?」
「麻琴の、笑顔に。太陽は世界を照らし出してくれるけれど、麻琴はわたしを――わたしの世界を照らしてくれるんやよ」
麻琴と出会って初めて知った。世界はこんなにも、明るくて輝いていて、優しいことを。
「それなら――」
頬に触れていた手を握られる。その手は麻琴の人柄のように温かい。
「あたしが、愛ちゃんの太陽になるよ」
麻琴は頬の手を外し、それでも握ったまま顔を近づける。
こつん。
額と額をくっ付き合わせる。
「退院したら、また一緒に夜の散歩をしようね」
「……うん」
わたしは太陽が見れない体だけれど。――でも、太陽より輝いている笑顔が側にいてくれる。
わたしだけの。――それは吸血鬼の太陽。
- 359 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:25
-
- 360 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:25
-
――――。
今日も二人して夜の世界を闊歩する。白い息を吐き、手袋をした手を握り合って歩く。
「そろそろ雪が降る、ってテレビで言ってたね」
微笑みかけながら麻琴は話す。
「街のあちこちにもイルミネーションが飾られるようになったし、またいつか大通りの電飾を見に行こうよ」
「ほうやね。きっと綺麗なんやろうな」
だね、なんて言いながら歩く麻琴の足取りは軽い。
「……な、麻琴」
「なーにー?」
小さく勇気を出して、言った。
「今年のクリスマスは一緒に過ごそっさ」
麻琴を見ると、きょとんとした顔をしていた。……ダメやったんやろか。
「なに言ってんのさ、愛ちゃん」
向き直り、ぎゅ、っと抱き締められる。
そして耳元で囁かれる。
「今年だけじゃなく。――来年も、さ来年も、一緒に過ごそうよ」
ずっと、一緒だよ。そう付け加えられて。
嬉しさと恥ずかしさのあまり、わたしは喋ることも出来ずに、麻琴の腕の中でただ頷いた。
- 361 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:26
-
最終話 了
- 362 名前:吸血鬼の太陽_最終話 投稿日:2008/11/10(月) 09:26
-
∬∬´▽`)人(’ー’川
- 363 名前:石川県民 投稿日:2008/11/10(月) 09:32
-
終了です。お付き合いありがとうございました。
ぶっちゃけますと、>127ru-kuサマ がご希望してくださった話なのですが、
元は『長い・暗い・報われない』話だったので、要点だけは変えずに、短い話にしてみました。
なんていうか、あんパンを作ろうと思ったら、メロンパンが出来た、みたいな?(訳分からん)
- 364 名前:石川県民_次回予告 投稿日:2008/11/10(月) 09:45
- さて次回は、書いてる本人だけが楽しいカプ、ごまこんを予定しております。
川o・-・)>やっと私の出番ですか。
ていうか、スレタイに『後紺』て銘打ってあるから書かないとなーと思って。
川o・-・)>……。
ああ! 無言で関節を捻らないで! 痛いし折れる!!
川o・-・)>それで、次回はどういったのを予定しているつもりなのですか?
更新は何回かに分けて書こうかな、と。これも長くなる予感がびしばしするんで。
内容は、
なにこれ!? コテコテの少女漫画やん! 読んでて恥ずかしいわ!!
て、ツッコまれそうなのを。今はまた色々と資料集めしているところです。
川o・-・)>ほう。で・いつごろから更新するつもりですか。
それが〜あはは〜……。
川o・-・)>?
どうしても資料用に欲しい本があって。でもそれ高くって。給料日まで待っていただけないかな〜、って。
川o・-・)>殺!
あべしっ!
川o・-・)ノ>あらら、再起不能ですか。石川県民が復活するまで。それまでは、皆様御機嫌よう。
拝。
- 365 名前:ru-ku 投稿日:2008/11/10(月) 23:28
- 更新、完結お疲れ様でした。
切ないけど、麻琴の優しさが心を温かくしてくれる感じで、
いい話だなぁーって思いました(>_<)b
また、次回も楽しみにしています(^^
- 366 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/10(月) 23:50
- 完結お疲れ様です
切ないお話のはずなのに、最後は甘いのはまこあいマジック?
川o・-・)ノ←この方も必要以上に元気そうでなによりです(笑)
- 367 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/01(月) 03:05
- まこあいまこあい!
泣けました。
まこちぃのばか正直な優しさがなんとも(笑)
最後はきっちり甘かったです
- 368 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/02(火) 02:18
- ごまこん楽しみにしています!
- 369 名前:石川県民 投稿日:2008/12/15(月) 15:40
- 遅くなりました〜。最近の石川県民の不運について。
@ギターのアンプから音が出なくなる。
A車のCDMDコンポのMDが読み込みできなくなる。
B石油ファンヒーターがいきなり切れる。
Cノートパソコンが充電不可になる。
Dノートパソコンのスペースキーが誤作動を起こし書き込みができなくなる。
……これがいっきにきました。特にCとD!元より遅い更新が更に遅くなるっちゅーねん!! 書きたいときに書けないのは、かなりの不運ですorz
気を取り直して辺レスをば。
>365 ru-kuサマ。
ありがとうございます。
石川県民は基本まこっちゃん大好き人間なので、優しい人になっちゃいます。
>366 名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。
そうです、甘いのはまこあいマジックですw ヒキタテンコーもびっくりですw
川o・-・) ←この方は『石川県民』スレ内では大抵ツッコミ役ですw
>367 名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。
泣けた、というお言葉にびっくりです。
はい、最後は甘いです。それが石川県民クオリティ(黙れ)
>368 名無飼育さんサマ。
お待ちどう様でしたー。お口に合えばなによりです。
今回は見切り発車です! ラストはもう決まっているのですが、中間がどうなるか分かりません! それでもOKな方のみ付いてきてください。
それでは、どーぞ。
- 370 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:41
-
お菓子を作ろう。
キミを魅了して虜にできるような。
そんな、甘いお菓子を作ろう。
- 371 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:41
-
君のためのパティシエール
- 372 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:42
-
呆然と、目の前の光景を眺めていた。
模造紙に描かれた魔法円。その上を、もくもくと白い煙が立ち昇る。
最初はうっすらと見えていた人影が、煙が薄れていくにつれ、除々にはっきりとしてくる。
ここにはアタシしかいなかった。それは断言できる。だってここアタシのアパートなんだし。
「えっと……呼ばれて、飛び出て。……じゃじゃじゃじゃん」
か細い声で人影は喋る。――恥ずかしいなら言わなきゃいいじゃん、なんて心の中でツッこんだ。
外見はアタシより二つ三つほど下に見える。黒い瞳に漆黒の髪、そんな黒に映えるような白い肌。首からは、まるでマグマのような色の石のペンダントをつけている。そして触ったら気持ち良さそうなほっぺの『その子』。
だけど。頭から申し訳程度に生えた羊のような角に、纏った黒マントからちらりと見える矢印のようなシッポ。
それだけで、この子が人外の『モノ』だと判る。
混乱しかけた頭の中で叫ぶ。
アタシ、本当に悪魔を召喚しちゃったのー!?
- 373 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:42
-
* * * * *
――――。
話しは半日ほど前に遡る。
- 374 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:42
-
その前にちょっと自己紹介を。
アタシは後藤真希。調理の専門学校の洋菓子科で学生やってんの。ヨロシク。
高三の冬に、親がいきなり「行きたいところがあるなら自分で学費を稼げ」なんて言うもんだから、バイトしてお金を貯めてたら、アルコールを飲める年齢を余裕で越えちゃった。参ったね、全く。
昔から料理もお菓子作りも好きだったから、授業の実習には余裕でついていけた。……まあ、フランス語や公衆衛生にはちょっと戸惑っているけれど。けど補習をくらったりはしてないしね! うん!
閑話休題。
そんなアタシだけど、入学して半年以上過ぎた今、軽いスランプに陥っている。
「ごっちんの作るお菓子は、手際も見栄えも良くて美味しいけれど、足りないものがあるよ」
「確かに美味しいけどさ、ごっちんには足んねーもの、あるよ」
同じ洋菓子科で、年が近いから仲良くなった子と。高校からの親友で、今は同じ学校のイタリア料理課程で学んでいる子。
その二人に言われた似たような言葉。
それが、喉に刺さった小骨のように、アタシの脳裏に引っ掛かっていた。
- 375 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:43
-
技術では、正直クラス内でもかなりの上位だと自負していた。先生にもよく褒められていたし。出来上がったお菓子だって、他の子より見かけも味も良いし。
なのに。それでも足りないものがあるという。
「んあ! なにが足んないのさ」
そう二人に問い詰めると。
洋菓子科の子は、困った顔をして口を手の平で覆った。
「上手く言えないんだけどさ。ケーキの仕上げに使うアザランのような……トリュフに使うスノーシュガーのような、そういった『もう一つ』が足りないんだよね」
そこまで言って。
「ま・同じ学生の美貴に言えた口じゃないんだけどね」
と、へらりと言った。
イタリア料理課程の子は。ぴん、とアタシの額を軽く弾いた。
「敢えて言うならよ、羊肉料理の下準備に使うローズマリーやセージかな。そういったものが足んねーんだよ」
分かんないよ、そう表情で訴えたら。頭を軽く叩かれた。
「いつかごっちんにも分かる時が来るって。なんなら今このヨシコが慰めてあげよーか?」
なんて、両手を広げながら、冗談なのか本気なのか判別しかねるリアクションを取られた。
――片や仕上げ。片や下準備。『ソレ』がアタシには足らないという。
元々大きくない、脳ミソの容量は、二人の言葉でいっぱいでパンク状態。
だからアタシは。
足りない『何か』を補うアテになればと思って。
普段なら寄りつきもしない学校の図書室に足を伸ばしたんだ。
- 376 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:43
-
図書室には、カバンを入れるロッカーがあって、その先には入場ゲートのようなバーがあった。
カバンをロッカーに預け、バーを押し進める。
文学や料理系の本棚は無視して、菓子系の棚へ。
和菓子の基礎や応用編の棚もざっとタイトルを見回してみたけれど、これといってピンとくるものはなくて。
仕様が無いか、と思いつつ、洋菓子の棚へと体を向けた。
そこにあるのは、初心者用の洋菓子だとか、洋菓子の基礎だとか、パティシエとして有名になった人の自伝だとかで。
「はあ……」
つい、ため息が零れた。
アタシに足りない『何か』を見つけるのは無理そうだった。
「……帰ろ」
呟き。一応として最後に棚を見回す。――と。変なものが視界に入った。
そこに、注意しながら視界を戻す。――やっぱり、気のせいじゃなかった。
新書が多いとは言い難いこの棚でも、一際異彩を放つほど古びた本。古書として高く売れそうじゃないかと思うくらいに、見かけからして古そうだった。
それでも、本は本なりにプライドがある、と言わんばかりに、背表紙にタイトルが流麗な金文字で踊っている。
【悪魔を魅惑させる洋菓子】と――。
- 377 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:43
-
……なに、この本。
笑いも呆れも通り越して、思わず真剣にタイトルに見入ってしまう。
そっと、本に触れ、棚から引き抜く。ぱらぱらと、その場で軽く目を通す。
……三分のニは悪魔の生態や諸契約や注意事について。残り三分の一は悪魔が好む洋菓子のレシピ、だった。……そして。『付録』として、悪魔を召喚する魔方陣(正しくは『魔法円』というらしい)と、召喚呪文が載っていた。
……なに、この本。
つい、同じことを思ってしまった。
――レシピのところを詳しく見ても、タルトだとかシフォンだとか、今時、初心者向けの本にだって載ってるようなものばっかりだし、正直言って学べそうなところなんてレシピからは見当たらなかった。
――ただし。三分のニを締める悪魔云々かんぬんについては少しばかり興味が沸いた。……自分に足りない『何か』を探して探して探し続けて、脳ミソがぷっつん、していたのかもしれない。――今思うとさ。
なんとなく。そう、なんとなく、興味が沸いたから、この本を借りようと思った。――悪魔とか本気で信じたわけじゃないけどさ。ただ、面白いと思ったから。
そこで、はたと気付く。
この本、バーコードも背表紙にナンバーも書いてない。
えーっと、司書の人を通して借りなくても良いのかな。出入り口のゲートを通しても引っ掛かりそうにないんですけど。
……良いかな。
……良いよね。
扉に向かっても、司書の人は司書室に引っ込んでいるのか、姿も見えないから、その本一冊を抱えて、ゲートを通った。やっぱりと言うか、ゲートは反応しなかった。
- 378 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:44
-
夕方、自分の一人暮ししているアパートに戻って。試しに『悪魔を魅惑する』とやら言う本をじっくり読んでみた。
曰く。
・悪魔は甘い物が大好きだということ。
・洋酒の効き過ぎたものは苦手だということ。
要点を抑えたら、この二点だった。
あまりの単純さに、逆に興味が沸いてきて。
つい、冷蔵庫と食材棚にある材料で、本に書いてあるお菓子を作り。
面白半分で模造紙に。二重円を描いて中の円の中に逆五芒星、円と円の中間には言語とも記号とも判別しかねる文字らしきものを本に書いてある通りに書いて、魔法円を完成させて。ついでに悪魔召喚の呪文を唱えてしまった。
呪文も単純そのもの。
「えーっと……『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』!」
呪文を唱えてから魔法円を注視してみたものの。
何の変化も無いから、
「んあはは、やっぱこれファンタジーかあ」
なんて頭を掻いてたら。
突然、魔法円から白い煙が噴き出してきて。
えっ! なに!?
とか思っている間に――。
- 379 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:44
-
* * * * *
――そして、今に到るわけで。
煙が完全に去ってから。悪魔(らしい子)はアタシに気付いたらしく、大きく目を見開いた。そして慌ててその場に正座した。
アタシは呆然としたまま。
「え……と。初めまして。悪魔のアサミ=コンノと申します」
三つ指ついてお辞儀され、つられて座って会釈する。
「あ。人……間の、ごとーまき、です」
――わざわざ『人間の』なんて注釈入れるのも変な気分だったけれど。今の場合正しい、きっと、多分。
悪魔は……えっと、コンノ、だっけ? は小さな声で「後藤、さん」と復唱した。
「あの、わたし、人間界に召喚されるのって初めてのことなのですが……後藤さんは、なにかお願い事があって、わたしを召喚されたのですよね?」
は? お願い事?
口を開いて呆けたアタシを見て、コンノはあたふたと慌てながら説明した。
「えっと、あの、人間と悪魔は『契約』という繋がりが在って、人間は悪魔に願い事を叶えてもらい、悪魔はその代価を頂く、というシステムなのですが……」
最後は自信が無くなったように声が小さくなるコンノ。
今更ながらに、さっき読んだ【悪魔を魅惑させる洋菓子】の内容を思い出す。
あー……確かにそんな記述があったような……。
- 380 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:45
-
――でも、ねえ。
改めて目の前の悪魔――コンノ――を見て、考える。アタシの視線を感じたのか、萎縮したようにコンノは肩をすくめて固まった。
……悪魔への代価ってアレだよねえ。安っちいマンガやファンタジー小説とかにある『願い事を叶える代わりにお前の魂を戴く』ってやつだよねえ。
……自分の魂を賭けてまで叶えたい願い事なんて、今んとこ無いしなぁ。……そんなこと言ったら、このビクビクオドオドしているコンノでさえもさすがに怒るかも。悪魔だし。
どうしようかな、そんなこと考えていると。
「? 後藤さん……?」
さすがに不思議に思ったのか、コンノはにじり寄りながら近付いてきた。――ヤバイ、心の内を読まれたかも。なんて思って首を反らせると。
コンノは恍惚に近い表情で目尻を下げ、蕩けた表情になった。
「後藤さん。甘い、匂いがします……」
すんすん、と鼻を鳴らしてアタシの首の匂いを嗅ぎ始めた。
その行為で自分のさっきまでの行為に気付く。
――アタシお菓子作ってたんだっけ。
本に書いてあったレシピ通りに作った三種の洋菓子。
季節のフルーツグラタンとリンゴのフランにスワンのシュークリーム(通称シーニュ)。
クリスマス用にと出回り始めたイチゴをふんだんに使って、ヴァニラの味がしっかりとするクレームパティシエールと焼いたフルーツグラタンに。
旬のリンゴを惜しみなく使って香ばしく焼き上げたリンゴのフランと。
白鳥を象った、見掛けも楽しい、生クリームとカスタードクリームたっぷりのシーニュ。
- 381 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:45
-
はっきり言って、今のアタシは香水並みにお菓子の匂いが匂う。きっと。
うっとりとした表情のコンノを「ちょっと付いてきてよ」の言葉で誘導して、キッチンのダイニングテーブルへと向かわせる。
「わあ……っ!」
感嘆し、ヨダレを垂らさんばかりにお菓子を見つめるコンノ。
……どうやら、本のタイトル通り、悪魔を魅惑させちゃったみたい。
「……ソレ、食べる?」
「良いんですか!?」
嬉しい表情を一瞬、それから困惑した顔で聞いてきた。
「良いよ。元々キミの為に作ったんだしさ」
――そう、悪魔の為に、ね。
コンノは目を輝かせながら礼儀正しく「いただきます!」と言ってから食べ始めた。
一口食べる度に、幸せそうな表情をする。
「すっごく美味しいです! これ全部、後藤さんが作られたんですか?」
「ん、まーね」
何でも無いことのように言うと(実際何でも無かったし)、コンノは驚いた表情を見せた。
「すごいです。色々な材料を組み合わせて、こんな美味しいものを作るなんて……後藤さんはすごいですね!」
「そ、そっかな。あはは」
ストレートな褒め言葉に、頬が熱くなる。
コンノは、すごいです、美味しいです、を連発させながらどんどん食べていく。
気持ちの良い食べっぷりに、作ったアタシも清々しくなる。
- 382 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:46
-
――――。
完食したコンノに、アッサムの紅茶を差し出すと、それも「ありがとうございます」と言ってから素直に啜った。
それで人心地ついたのか。
「あ。後藤さんのお願い事、聞いてませんでした」
とコンノは呟いた。
「別にいーよ」
と言ったものの、コンノはぷるぷる首を横に振った。
「いえ。代価を戴いてしまいましたし。なにかありませんか? 願い事は?」
なんて食いついてくる。
……代価ってのはお菓子のことかな。
そっか。それでも代価になるんだ。
でも、急に願い事なんて言われてもなー。
――あ。そうだ。
アタシは左腕をまくり、腕の赤くなった部分を突き出した。
「今日の実習でさ、ヤケドしちゃって。これ、治してくれない?」
ダメ元で言ってみたら、コンノは満足げに「お安いご用です!」と言い切った。
コンノの手の平が赤くなった部分に翳される。そしてコンノの口から人外の言語が呟き出る。
すると、翳された手の平から淡い光が出た。
見ていると赤い部分は除々に範囲を狭くし、同時にヒリヒリとした痛みも引いていく。
――コンノの呪文が終わる頃には、ヤケドは完全に治っていた。
「治療は終わりました。完璧です!」
素肌と全然大差ないヤケドの跡を見て、アタシは感嘆したように言う。
「おー。コンノすごいじゃん」
「いえいえ、そんなそんな」
さっきは自分で完璧、とか言っておきながら、謙遜するコンノ。
- 383 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:47
-
「――それでは。そろそろ失礼いたします」
二人で紅茶をまったり飲み終えると、コンノは椅子から立ち上がった。
「あー魔界に帰るんだ」
「はい」
頷いたものの、コンノが名残惜しそうに見えたのはアタシの気のせいかな。
……帰るんだ。
……そうだよね、願い事をきいてもらったし、代価も払ったし。
……でも……。
――それは、どちらかというと、子どもにお菓子をあげるような感覚に近くて。だから――
「……明日もお菓子、沢山作っておくからさ。……来る?」
なんて。脳を伝わらず、直感的に言ってしまっていた。
それでも。
コンノは顔を輝かせて。
「はい!」
と元気に返事をした。
おー。良い子だ。
ぽんぽん、とコンノの頭を軽く叩いてから、バイバイと手を振った。
「じゃあね。また明日」
「はい、また明日に」
コンノの姿は徐々に薄くなり――完全に消えた。
まるで、元々いなかったかのように。
……それを『寂しい』と感じる、アタシのこの気持ちは何なのだろう?
「……洗い物、するか」
寂しさをゴマかすように軽く伸びをして流しに向かった。
- 384 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:47
-
* * * * *
「お〜アッサミちゃんお帰り〜」
陽気な声がわたしの帰還を迎えてくれた。
「ただいま、マコト。異常無かった?」
手に槍を、腰に鍵をぶら下げる彼女に、社交辞令だと思いつつも尋ねてみる。
マコトは、槍を持っていないほうの手をぶんぶん振りながら喋る。
「あるわけないじゃ〜ん。この魔界の城を攻めてくるヤツなんて、この何千年いないんだしさあ」
朗らかにマコトは答える。
「アサミちゃんこそ、なんか変な要求をされたりしなかった? 人間が悪魔を召喚するのなんてそれこそ何十年か振りだし」
心配顔のマコトを他所に、彼女が作ったお菓子の数々を思い出す。――あの、奇跡のような味を。
――彼女は明日も作ってくれると、約束した。
それを思い返すだけで、頬が緩むのが自分でも分かる。
「アサミちゃん?」
首を九十度に曲げ、不思議顔で尋ねるマコト。
緩む頬を手で隠し、わたしは何でもないように努める。
「変な要求とか無理なことは言われなかったよ。むしろ――代価に比べて控えめすぎるお願い事を叶えてきたよ」
- 385 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/15(月) 15:47
-
腕のヤケドを治してほしい、なんて。
ささやかすぎる願い事を言われてしまった。
学生時代に、人間学の授業で受けた人間というものは『欲が際限無く出て来る醜い生き物だ』って習ったのに。
そんな授業で習ったことなんて吹き飛ぶくらいに。出会った人間、後藤さんは。
綺麗で。
優しくて。
控えめな人だった。
不思議顔で突っ立ったままのマコトに、念押しも兼ねて言っておく。
「明日も召喚ゲートが開くけど、わたしが行くからね。マコトが行っちゃダメだよ?」
どこかぼんやりしている友人に、しっかり釘を刺しておいた。
- 386 名前:石川県民 投稿日:2008/12/15(月) 15:49
-
こんな感じの話です。
続きは書き上げ次第、更新していきます。
不定期でゴメンナサイ。。。
それでは。 拝。
- 387 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/15(月) 23:51
- 待ってました!
こんごまはこの空気感がいいですね。
次回更新をお待ちしております。
- 388 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/16(火) 01:39
- ごまこんだ〜♪
ホントにありがとうございます☆☆
- 389 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/12/17(水) 00:38
- >>367です
実は最近石川県民様の虜になりまして(笑)
舞い落ちる刹那の中で、は石川県民様の作品ですよね?良かったです
- 390 名前:石川県民 投稿日:2008/12/22(月) 18:02
- 最近の近況。
スペースキーが! スペースキーがぁぁっ!!
以上、そんな感じ。
あと、飼育の全てを共にしてきたノートパソコンの調子がおかしいままで、お父様に相談したところ。
「本格的に修理せんとあかんかも。こん中に消えて困るもの、あるか?」
大 ア リ で す が な!
飼育で曝け出してきた駄文以外にも諸々の話がその中に入っているのよ! 消えたらマジで昇天しますがな。
そんなこんなで返レスをば。
>387 名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。ごまこんは、読むのも考えるのも好きですが、結構書くのに手間取るカプです。少しでも気に入られるように頑張らさせていただきます。
>388名無飼育さんサマ。
読んでいただき、こちらこそありがとうございます。とりあえず今回はこうなりました。
>389名無飼育さんサマ。
おお!>>367の名無飼育さんサマでしたか!
正直、読んでくださる方は古参の方ばかりかと思っていたので、名無飼育さんサマのような新規(?)の方にびっくりです。
舞い落ちる刹那の中で……懐かしいモノを読んでいただいたわけですか。あの読むのに平均3時間はかかるらしいアレを。はい、確かにアレは石川県民が書きました。
過去の自分に負けないように精進していきたいと思いますので、これからも宜しくお願い致します。
追伸:あ、ユーチューブの動画は違いますよ〜。あれは見たこっちが驚いたくらいです。
それでは本日の更新ど〜ぞ〜。
- 391 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:03
-
わたしがその廊下を使ったのは本当にただの偶然だった。
部屋に篭っているのも窮屈で、それでも他の悪魔には会いたくなくて。
だから倉庫へと続く、人気のない寂しい廊下を歩いていた。――倉庫まで行けば番をしているマコトにも会えるし、軽くお喋りしよう、とか考えていた。
そんな矢先に、人間界から悪魔を召喚するゲートが開かれて。
つい、周囲を見ても当然誰もいなくて。
「……わたしが行くしかない、よね」
呟き、ゲートに入った。
緊張しながら来た、初めての人間界。
目の前には、驚いた表情で佇む人間。
初めて見た人間。
その人のあまりにも整った容姿に、一瞬見とれてしまった。
それから、その人が作ったお菓子に魅了され。
そして、「また明日も作るからコンノを呼ぶよ」なんて優しい言葉をかけてくれて。
ぼんやりと窓の外の月を見る。そして思う。
――素敵すぎる偶然の数々。……これがきっと、人間界で言う『奇跡』ってものなのかな。
- 392 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:03
-
* * * * *
約束通り、今日もお菓子を作る。例の本に書いてあるレシピを、改めて読んでみると、古い本に相応しくレシピも古典的なものばっかりで。
だから、アタシなりに応用を加えた。
シフォンケーキはきめの細かい小麦粉を使って口当たりを良くして。卵もふんだんに使って優しい味にした。
パンナ・コッタも、滑らかな味わいになるように極力使うゼラチンを少なくして、レシピにはキャラメルソースをかける、とあったけれど生クリームの味が引き立ち甘酸っぱさも感じ取れるようにベリーソースをかけた。
モンブランに使う生クリームには、コクを出すためにカスタードを混ぜて。一番重要なマロンクリームに使うマロンペーストはさっぱりしていながらも味の良い和栗のペーストを使った。
こっちの方が絶対に美味しい、ハズ。だよね、きっと。
ま・自画自賛しても仕様がないや。食べる本人を呼ばなきゃ。
どうせコンノをキッチンに連れて行くのなら、キッチンで呼び出ししたほうが手っ取り早いと思い、自室から例の本と昨日模造紙に書いた魔法円を持ってくる。
さて、と。軽く息を吐いて。ページを開いた本を片手に言葉を紡ぐ。
「『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』!」
- 393 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:04
-
「昨日のお菓子も美味しかったですが、今日はそれ以上に格段に美味しいです!」
目を輝かせながら言ってくれるけど、それでもお菓子に伸ばす手の勢いは食べてる時と大差ない速度だ。
アタシはアレンジを加えたことが成功だった手応えを感じ、満足げにコンノを見た。コンノは幸せそうにお菓子を口に運ぶ。嬉しいのか、マントから覗く矢印シッポがぴこぴこ揺れている。
あはは、ネコみたい。
――今から十分前ほどの出来事。
呪文を唱えてからしばしの静寂。そして昨日同様にもくもくと煙が上がり始めて。
「呼ばれて飛び出て……じゃじゃじゃじゃん」
やっぱり恥ずかしいのか、昨日同様に小さな声でコンノが現れた。
「今晩は、後藤さん」
ぺこりと頭を下げるコンノ。
「ん、今晩は。あのさぁコンノ、恥ずかしいなら言わなきゃいいじゃん」
そのじゃじゃじゃじん、てヤツ。――昨日から思っていたことを口にすると。コンノは眉を八の字にして、
「……古来からの規則なんです」
と泣きそうに言った。
……悪魔の世界も大変なんだね。
慰めの意味も込めてコンノの肩に手を置いて、視線をテーブルへと誘導させた。
視線の先にあるものに気付き、途端に輝くコンノの表情。あはは、分っかりやっすう。
- 394 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:04
-
お店みたいに小分け出来ないから、シフォンケーキは丸々1ホール。パンナコッタは4人分、モンブランは6個あったのに。
コンノはのんびりとだけれど、それでも綺麗に完食を成し遂げた。……悪魔の胃は丈夫なのか、それともコンノの胃が尋常じゃないのか、アタシには判別しかねた。
「ご馳走様でした」
手を合わせ、深々とお辞儀するコンノ。礼儀正しい悪魔だよねえ。
「お粗末様でした」
苦笑いで言葉を返す。
そんなアタシを見て、コンノは思い出したように慌てた。
「あ! また代価を先に頂いてしまいましたっ。後藤さん、今日の願い事は何でしょうか!?」
……って。
言われてアタシもぼんやりと思い出す。……そういえば『契約』だったっけ。
「ん〜今日の願い事は〜」
天井を見上げながら言葉を探す。
昨日は冗談半分・面白半分で呼び出しただけだし、今日は今日で昨日の「お菓子を作っておくよ」という約束を果たしただけだし。
――正直、願い事なんて、ない。昨日はたまたまヤケドしてただけだったし。
ちらりとコンノを見ると、何も言わないアタシに不安げな表情をしている。……願い事を言わないとコンノが困るんだよねえ。
う〜ん。
! そうだ。
閃き、視線をコンノに戻した。
「ね、コンノの魔界でのこと、話してよ」
「……はい?」
コンノは言われたことに驚きを隠せない表情をしている。アタシは穏やかに笑いながら言葉を続ける。
「話せる範囲で良いからさ、魔界のこととか、どうやって生活しているか、とかさ。コンノのこと、色々知りたいんだ」
それでもコンノは困惑したまま。控えめに聞いてくる。
「……そんなことで、宜しいのですか?」
「そんなことが、良いんだよ。そうだ、お茶淹れようか。あ、今日学校の実習でカスタードプティング作って持ち帰ったんだっけ。それお茶受けにしよう」
「プティング!」
途端に表情が輝くコンノに苦笑する。
「じゃあ今日の願い事、決まりだね」
アタシはヤカンを火にかけるため、立ち上がった。
- 395 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:04
-
「――魔界にはお城がありまして、お城を中心にして周りが街になっているんです」
まくまくと、幸せそうにスプーンを口に運ぶコンノは語る。
「そしてですね、街を囲む高い城壁があって、その外は荒野になってるんです。わたしは城壁の外を見たことはありませんが、話によると、岩と土しか無いそうです」
「へえ。コンノは街に住んでるの?」
「幼少のときは街に住んでいましたが……。わたしとマコトは――あ、マコトは友だちの悪魔なんですが――下級の悪魔ですが、今はお城で働かせてもらってるんです」
? コンノの言葉に首を捻る。
「お城で働くのに下級とかそんなの関係あるの?」
「はい。本来お城の勤務につくのは高位の悪魔とかそれなりの血筋の悪魔なんです。そして下級の悪魔は街に住んでいるんです」
本当ならわたしなんて、お城に近付くことも出来ない身分なんですよ。そう付け加えてコンノは笑う。……笑っているのに、どこか苦しそうだった。……コンノのそんな笑顔は見ていると、アタシの気分がモヤモヤした。
「あ、でも、お城でマコト以外の友だちもできました。アイちゃんとリサちゃんて子で、二人とも凄い血筋なのにとっても良い子なんです!」
アイちゃんはマイペースでリサちゃんはしっかり者なんですよ。そう言って笑うコンノはさっきの笑顔と違って、本当に嬉しそうだった。――でもさ。
でもさコンノ。それ言外に血筋の高い悪魔は全員コンノたちに優しいわけじゃない、って言ってるよね。
このまま話が続くと、またアタシの気分がモヤモヤする笑顔を見ることになりそうだったから。
だから、ちょっと話題を変えてみた。
「そうだ。コンノ、家族は?」
悪魔って家族とかいるのかなー、なんて軽いノリで聞いたのに。コンノは再び苦しそうな笑顔で答えた。
「悪魔も人間と同じように家族がいますが、わたしはお母さんと二人きりでした。お母さんは今、街に住んでいます」
ぐわっ! 話題変え失敗!
それってつまり母親は一人で住んでるってことじゃん。で、コンノの表情からして、コンノが母親のこと心配してるって丸分かりじゃん!
「後藤さん?」
テーブルに突っ伏したアタシに、不思議そうな声が降る。
「……んあー気にしないで」
軽い自己嫌悪と脳内反省会をしていると。
「……すみません」
なんて小さな声が降ってきた。
不思議に思って顔を上げると、コンノは本当にすまなそうな顔をしていた。
「やっぱりこんな話、楽しくないですよね。……契約、不成立ですよね」
「そんなこと、ないよ」
そりゃ、笑えるような話、ってわけじゃなかったけど。アタシが聞いたんだし、コンノが魔界でどう生活しているか知りたかったんだし。
すまなそうな表情のままのコンノ。アタシは無意識にその頭を撫でた。
「えっ……」
驚き、頬を赤く染めるコンノ。あはは、可愛い反応だこと。
「アタシは聞きたいんだ、コンノのこと。色々教えてよ」
撫でながらそう言うと。
「ぁ……はい」
顔中を真っ赤にして一つ頷いてくれた。
- 396 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:04
-
――そうだ、知りたいことと言えば。
コンノの頭から手を離し、その首に掛かっているペンダントに触れる。革紐に飾り程度に縁取られた銀の中心に、まるでマグマのような色をした石を嵌めたそれ。
「これさ、昨日もしてたね。お気に入りなの?」
何気なく聞くと、コンノは首を小さく傾げた。否定とも肯定とも取れる仕草だった。
「お気に入りと言われればそうですが……これはアミュレット、お守りなんです」
は? お守り? 悪魔もそんなの付けるの?
アタシの不思議そうな表情で言いたいことを読み取ったのか、コンノは説明を続ける。
「悪魔には黄道十二宮のデーモンというのがありまして。簡単に言いますと、十二の月ごとに大悪魔様が決められており、そのご加護を得られるようにと、その大悪魔様の魔術効果のある石を、身につけているんです」
「えっと……人間で言う誕生石、みたいなもの?」
「はい、そうです。わたしのは紅玉髄です」
紅玉髄……カーネリアンか。えっとカーネリアンが誕生石なのは――、
「コンノは7月生まれなの?」
尋ねると。きょとん、とした表情と視線がぶつかった。
「いいえ? 大悪魔アスモデル様の月である5月の7日ですけど?」
その言葉に、今度はアタシがきょとん、とする番だった。
「5月ならエメラルドかヒスイじゃないの?」
アタシの言葉にますます不思議そうな顔をするコンノ。
「え? エメラルドでしたらハマリエル様の6月じゃないんですか?」
お互い不思議そうな表情で相手を見て――そして同時に頬が緩んだ。
「魔界と人間界じゃ色々と違うんだね。なんか今、カルチャーショックを味わったよ」
「これが『常識の違い』ってやつなのですね」
アタシは呆れ気味なのに、コンノは何処か嬉しそうだった。
- 397 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:05
-
アタシがペンダントから手を離すと、今度はコンノがそれを両手で包み込んだ。
「――これは、わたしがお城に行くことになった前日にお母さんが掛けてくれたものなんです。“あなたはトロいところがあるけれど根はしっかりしているわ。これからはお母さんじゃなくてこの石がアサミを見守ってくれるわ。だからお城に行っても頑張りなさい”そう言ってくれたんです。――それ以来、肌身離さずつけている、大切なものなんです」
懐かしむように言う。
「良いお母さんだね」
そう相槌を打つと、「はいっ!」と嬉しそうに返事してくれた。
「お城に行ってから、アイちゃんやリサちゃんのような友だちも出来ましたし、後藤さんとも出会えましたし……それもこの石のお陰かもしれません」
――ん? 一瞬聞き逃しそうになる科白に疑問を覚える。
「あのさ、コンノ」
「はい何でしょうか?」
「お城に行ったことと、アタシに会えたことってなにか関係あるの?」
アタシの疑問に、コンノは目を丸くする。
「後藤さん……」
「んあ?」
『もしかして』と『まさか』の表情が混ざった顔のコンノ。そしておずおずと切り出した。
「あの……召喚呪文をちゃんとご理解されてますか……?」
と。
今度はアタシが目を丸くする番だった。
「理解……?」
あんな短い呪文に理解もなにも、という気分で。脇においてあった例の本の召喚ページを広げる。
「これ、だよね」
コンノにも見せてみる。
『悪魔を召喚する呪文。
“我【自分の名前】の名に因って召喚を命じる。
来れ、城を渡る者。
汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ”』
「はい。――あの、ここです」
控えめに呪文の2行目を指差すコンノ。そこには確かに『城を渡る者』とある。
「あの、この呪文は魔界のお城の渡り廊下と人間界を接続する呪文でして。その渡り廊下を使う悪魔でしたら、誰でも呼び出せるんです」
「あ、そうなんだ」
「そうなんです。召喚呪文を読むと廊下に魔法円と同サイズの暗い闇の光が降ってくるんです。それがゲートなんです。そこに入ると人間界に来ることが出来るんです」
2回も悪魔を呼び出しておきながら、今更になって呪文の意味と内容を知る。
――ってことは。
視線を本からコンノへと戻す。
「この呪文だと、コンノ以外も呼び出してしまう、ってこと?」
「はい。悪魔の中には人間嫌いで、召喚者の命を奪ってしまうような方もいらっしゃるので、お気を付けください」
……のほほんと、とんでもないことを言われた。
- 398 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:05
-
「――それにしても。本当に美味しいですね、このプティング。とっても滑らかで、それでいて味わい深くて」
本を閉じ、アタシが「聞きたいことは一通り聞いたかな」と言うと、コンノはプティングに専念することを再開した。
「何を使うとこんなに美味しくなるのですか?」
「なにって……別に普通だよ。卵に牛乳に砂糖、生クリームとかバニラビーンズとか。あとは、まあ……技術かな」
アタシの言葉に感嘆したように息を吐く。
「技術、ですか。後藤さんは凄いですね! 普通の材料でこんな美味しいものが作れるなんて。後藤さんの手は魔法の手です!」
心の底から嬉しそうに言うコンノ。
……本当に魔法が使えるコンノに、魔法の手、なんて言われると……その、ちょっと……照れる。
でも……悪い気分じゃないな。
「――ふう。ご馳走様でした。とっても美味しかったです!」
幸せそうに食べ終えたコンノを見て、一つ閃いた。
「ね、コンノ」
「はい。なんでしょうか?」
アタシは唇の端を上げながら、手を掲げてみせた。
「今からアタシの魔法、見せてあげよっか」
- 399 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:06
-
スーパーの袋に入れたままにしていたリンゴを一つ、洗ってコンノに手渡す。
「ちょっと齧ってみなよ」
「え? はい」
普通にリンゴを口に近付けるコンノ。アタシはイタズラ心でそれを見守る。
かし、小さく齧る音と。顔をしかめるコンノ。
「う……酸っぱい、ですぅ」
「あはは。でしょ?」
返されたリンゴを受け取ってアタシは皮をタテに剥く。コンノはまだ顔をしかめている。
「今からこのリンゴを甘いお菓子にするよ」
そう言うと驚いた表情をするコンノ。
「こんなに酸っぱいのに、ですか?」
「こんなに酸っぱい、けどね。でも匂いは良かったでしょ? それがこのリンゴの特徴なんだ。――この紅玉、ってリンゴは」
皮を剥く手を休め、コンノのペンダントをつついた。
「紅玉……」
自分のペンダントを驚くように見るコンノ。
「そ。紅玉ってリンゴはお菓子を作るのに向いているんだ」
皮を剥き、芯をとり16分の1の大きさにカットしていく。
手ごろな鍋にバターを敷いてグラニュー糖をふりかけていく。
その鍋に溢れんばかりにリンゴを入れ、火にかけ煮詰める。
以前作り置きしていた折りパイを鍋の大きさより一回り大きく伸ばす。
リンゴの入った鍋の火加減に注意しながら、クレームマダンド――アーモンドクリーム――を作る。……仕上げに使うラム酒は、心持ち少ない方が良いかな。
リンゴの煮詰まったナベにクレームマダンドを絞り入れ、伸ばしたパイ生地を乗せる。
200度に温めておいたオーブンに入れ、下火を強め、上火を弱く設定する。
ある程度の焼き色がついたらアルミホイルを被せて乾燥焼き段階にする。
鍋の底を氷水でしっかりと冷やす。
冷めて、しっかり固まったな、と思ったところでコンロの強火にかけ、表面を溶かす。
「さ、出来たよ」
鍋を揺すってケーキを剥離させ、大きいケーキ皿を蓋にして、そのまま引っくり返した。
キャラメリゼされた下にリンゴがぎっしりと透き通って見える、そのお菓子。
ん、自分的に上出来かな。
- 400 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:06
-
「コンノ?」
作っている間、静かだったコンノを見ると。コンノは夢の中にでもいるような表情でアタシを見てた。
「お〜い」
目の前で手を振ってみると、夢から覚めたように視線を合わせた。
「あ……後藤さん」
「どうした? このケーキ嫌い?」
ケーキを指差すと、ぶんぶんと首を横に振られた。
「いえ、そんなことは!」
じゃあ、どうしたの? そう意味を込めて首を傾げる。
「その……」
コンノはひどく言いにくそうにもじもじしていた。
「うん?」
「後藤さんの一連の動作に……見惚れてました」
恥ずかしそうに小さな声で言う。顔も赤い。
……ちょっと。そんな仕草でそんなこと言われると、こっちも照れるじゃん。
「まあ、とにかくさ、食べてみてよ」
照れを隠すように声を張り上げ、熱したナイフで表面を溶かしながら切っていく。
「これはタルト・タタンって名前のケーキでさ。元は失敗から生まれたお菓子なんだ」
「失敗、ですか」
「そ。でも実際に出来上がると凄く美味しくってさ。これを初めて作ったホテルの名物になったお菓子なんだよ」
8分の1に切り分けて、その一切れを小皿に盛ってフォークと一緒にコンノに差し出した。
「さ、食べてみなよ」
さっきの紅玉の酸っぱさを思い出したのか、緊張した面持ちでケーキにフォークを入れるコンノ。
一口サイズに切ったそれを、口にして。――コンノは驚いたように「美味しい!」と声を上げた。
「あの酸っぱかったリンゴがとても甘いです! ぎっしり詰まったリンゴがなんとも言えません! それに表面のキャラメリゼもとても香ばしくて、アーモンドクリームともすごく合っています! パイ生地もとてもしっとりサクサクしています!」
ゆっくりと、それでもコンノの手は休むことなくケーキを食べていく。
――食べ終えて。コンノはうっとりした顔で、
「やっぱり後藤さんの手は魔法の手ですね」
なんて呟いた。
「あは、そんなことないってば。まだまだ修行中だしさ」
「そんな、それでも凄いです!」
ストレートな褒め言葉に、ちょっと嬉しくなる。
コンノのストレートな褒め言葉が、アタシの心に響き、体中に浸透していく気分だった。
- 401 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:06
-
――――。
時計を見ると、もう夜更けもいいところだった。
「コンノ、そろそろ戻らなくても良いの?」
そう尋ねると、コンノは思い出したように時計を見、残念そうな顔をした。
「はい……そうですね。名残惜しいですが……」
言いながら、ケーキとアタシを交互に見る。
アタシは箱やらリボンやらが入ったラッピングの品が入った棚を引っ掻き回し、大小二つのケーキ箱を取り出した。
大きいケーキ箱にはタルト・タタンを、小さいケーキ箱にはプティングを詰める。
「はい、これ」
そう言って、二つのケーキ箱をコンノに差し出す。
「え? あの、後藤さん?」
不思議顔のコンノにアタシは微笑んでみせる。
「お土産だよ。コンノが一人で食べても良いし、さっき言ってた魔界の友人たちに配っても良いいしさ」
コンノは驚いた顔をして。それから微笑んで、控えめに手を出し受け取ってくれた。
「――ありがとうございます」
そんな仕草がなんか可愛くて、つい頭を撫でてしまう。――なんかコンノって頭を撫でたくなるんだよねえ。
「またお菓子作ったら呼んであげるよ」
「はいっ!」
おー今日も元気な返事だこと。良い子良い子。
つい撫でる手に力を入れて、思い切り撫でてしまう。サラサラの髪の感触が手の平に心地良い。
存分に撫でていると、コンノの顔がぽっと赤くなる。照れてるのかな、そう思うとますます可愛いな、そう純粋に思った。
充分に頭の感触を堪能してから、コンノを解放する。それでもコンノの顔は赤いままだった。
「それでは、失礼します」
ケーキ箱を二つ抱えながら深々とお辞儀して。
「ん。またね」
アタシはひらひら手を振った。
――昨日同様、除々にコンノの体は透けていき。
やがて、消えた。
洗い物は後回しにして、自室の製菓の教科書を広げる。
今度はなにを作ろう、そう思うと、久し振りにわくわくした気持ちだった。
- 402 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:07
-
* * * * *
「アサミちゃんお帰り〜。ってなに? その箱?」
今日も陽気な声が、わたしの帰還を迎えてくれた。と同時に目ざとく抱えている箱に気付く。
すんすんと鼻を鳴らして。
「甘い匂いがする!」
と目を輝かせて言った。
……普段からワンコっぽいとは思ってたけど、こんなところはワンコそのものなマコト。
「なになに? どうしたのそれ? なにが入ってるの?」
しっぽをブンブン振りながら、わたしの回りを歩く。
「お菓子をもらってきたんだよ。あとでアイちゃんとリサちゃんも一緒でみんなで食べようよ」
――正直、後藤さんの手作りのお菓子は一人占めしたいところだったけれど。でも、みんなにも味わってもらいたいのも本音だったから、そう提案した。
「お菓子! ひゃっほー! あとでなんて言わずに今すぐ食べようよ」
キラキラの表情で万歳するマコトに、びし! とデコピンを返した。
「マコトはまだ倉庫の警備番が終わってないでしょ」
わたしがデコピンした部分を擦りながらマコトは頬を膨らませた。
「そんなこと言ったってさあ。こんな古い物ばっかり入ってる倉庫なんて、誰も来ないじゃん。ヒマなんだってば」
「それでもダメだよ。交代の時間になったら、わたしの部屋にアイちゃんたちも連れて一緒に来ること」
「はぁ〜い」
しぶしぶ、といった感じに頷く。
わたしはそんなマコトを背にして、自分の部屋へと向かった。
- 403 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2008/12/22(月) 18:07
-
渡り廊下の辺りは石道だったけれど、自分の部屋に近付くと絨毯が敷かれた廊下に代わり、それに比例して周囲の壁やあちこちにある扉も豪奢な作りになっていく。
そんな長い廊下を足を進めながら、後藤さんとのさっきの会話を反芻する。
――後藤さんは『またね』って言ってくれた。
『また』お菓子を作ってくれる。
――そして、
『また』後藤さんに会えるんだ――!
後藤さんが撫でてくれた頭や触れてくれた首のアミュレットが熱く感じる。
……人間の体温って凄く気持ち良いんだ。
それとも……後藤さんだからかな。
いつもなら憂鬱になる長い廊下も、今のわたしは軽い足取りで進んでいけた。
- 404 名前:石川県民 投稿日:2008/12/22(月) 18:10
-
本日は以上です。
次回更新は……できれば24日の夜に番外編を書きたいな。
怒涛の仕事ラッシュで気力と体力があるかどうか疑問ですが。
24日が無理なら、今回が今年最後の更新だと思います。
それでは。 拝。
- 405 名前:石川県民 投稿日:2008/12/24(水) 17:47
- 今更な話でございますが。
このスレの>>94->>118間のごまこんのタイトルは『ヴァイナハテン・ゲシェンク』と読みます。ドイツ語で『クリスマスプレゼント』という意味です。今日という日にごまこんをUPするので、せっかくだから遅まきながらに解説してみました。
最近偶然見たTVで、今年はイモの年だったそうです。……そんなことを12月末に言われても! もっとごまこん書いとくべきだったあぁぁぁ!!
あと、前回の更新で1個訂正をば。
>>396内でコンノさんが「エメラルドならハマリエルの6月」と言ってますが、ハマリエルは処女宮なので実際は9月、でした。
完全にミスりました。失礼しました。
それでは本日の更新でーす。
- 406 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:48
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番外編:悪魔と聖夜を。
- 407 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:48
-
12月も暮れに迫ったころ。アタシは学校の製菓棟の1階にある自販機コーナーに設置されたベンチに座って、人を待っていた。
5・6限の公衆衛生の時間にこっそり打ったメール。相手はすぐに返信してくれて、ここで落ち合おうということになっていた。イタリア料理課程のある教室は大通りを挟んだ向かいにあるから、今ごろ歩道橋を渡っているんだろうな、そう考えていると。
「わりい、ごっちん。待ったか?」
予想より早く待ち人は来た。
「ん、そんなに待ってないよ。悪いね、こっちまで来てもらって」
手をひらひら振ると、相手――ヨシコは「さみーな」と言いながら自販機に向かった。
コインを入れてボタンを二度押す。
「ほらよ」
取り出した二つの缶コーヒーのうち一つをこっちに放り投げる。アタシはそれを両手でキャッチした。温かいそれを両手で包み込んだまま、少しだけ暖を取る。
「奢ってくれるんだ」
「おう。さっきメールしただろ? ウチもごっちんに頼み事があるしよ」
すでにプルタブを開け、ヨシコがコーヒーを飲みながらアタシの隣に座った。
「でもさ、アタシもヨシコに頼み事があるんだけど?」
っていうか、それで最初にメールしたのアタシだし。
「そうだったな。――じゃ、今度はごっちんがコーヒー奢ってくれればいーから」
飄々と言い飲み続ける。――こういうところが男前なんだよなあ。
「しっかしごっちんが頼み事をするのって珍しくねえ?」
「そっちだって」
アタシたちは高校時代からの付き合いだけど。一緒につるむことは多かったけれど、こうやってお互いが相手になにかを頼むなんて珍しかった。
「で・頼み事ってなにさ」
「ごっちんこそ」
お互い、なんとなく気まずさを漂わせながら口篭もる。
――でもこのままモジモジしているのも二人の性分じゃないから、揃って口を開いた。
「「あのさ、クリスマス用の――」」
「料理作ってくれない?」
「ケーキ作ってくんねえ?」
- 408 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:49
-
「え?」
「は?」
相手の言葉に、アタシとヨシコは目を丸くする。
「なんでごっちんがウチに料理を頼むんだよ? ごっちんだって上手じゃんか」
「ヨシコこそ。イタリア料理課程なんだから、イタリアのケーキ作れるじゃん」
「「う……」」
お互い、相手の言葉に口篭もった。
ヨシコは頭をがしがし掻いて、明後日の方向を見ながら、文句を言うように言う。
「いや、アイツがさぁパネットーネみたいなケーキじゃなくて普通のケーキが良いって言うしよ……」
なるほど、梨華ちゃん絡みのことなんだ。
しっかしヨシコって梨華ちゃんのことになると不満そうに言うよね、照れ隠しだってのは知ってるけど。
「それに『久し振りにごっちんのケーキが食べたい』なんて言われたら、その……しょうがねーじゃんか」
ヨシコってぱっと見は亭主関白だけど、結構尻に敷かれてること多いよね。今だって結局、梨華ちゃんのお願い聞いて上げてるし。
まだぶつぶつ言っている親友の仕草が面白くて。アタシは声を出さずに笑った。
「良いよ。ブッシュ・ド・ノエルだったら作るつもりだったから、ヨシコたちの分も作っておくよ」
途端、ヨシコの顔がこっちを向く。
「さんきゅー。なんか悪いな」
「いいよ。たいした手間でもないし」
「で・ごっちんは、何でウチに料理を頼むんだ?」
そう聞かれて。顎に指を置いて考える。
さて、こっちはなんて説明しようか――?
- 409 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:49
-
* * * * *
それは昨日、コンノが来たことだった。
今日も幸せ顔でチーズケーキタルトを頬張るコンノを見ながら、アタシは何気なく言った。
「そーいえば、もうすぐクリスマスだねえ」
街の中はイルミネーションで彩られ、あちこちでクリスマスソングが流れる最近。クラスの子も、恋人とイブを過ごすんだと張り切る子もいれば、クリスマスパーティを予定している子たちもいる。
だから、今日の天気を言うように言った言葉だったのに。
「……くりすます、とは……?」
コンノは不思議そうに首を傾げた。
そんな仕草をされ、思い出す。――あ、この子、悪魔だったっけ。
思い出し、納得する。――そっか。魔界にイエス=キリストの生誕を祝う習慣なんてないか。
一人で解を導いて、「そっかそっか」と頷いていると、コンノは、
「それは、なにかの行事なのですか?」
と不思議顔のまま尋ねてきた。
「まあイベントの一つだね。お祭りみたいなものかな。外や部屋を飾り付けして、クリスマス用のご馳走やケーキを食べて、プレゼントを贈り合うんだ」
イエス=キリストや聖書、キリスト教云々のことは置いといて。
日本での一般的なクリスマスを説明する。と。
「ご馳走やケーキを食べる! それは素敵な行事ですね!」
顔を輝かせながらコンノは言った。
……なんか食べることがメインになってるけど、まあいいや。
「コンノはお菓子以外の物も食べれるんだ?」
「はい!」
なんて、元気良く返事されたらさ。
「じゃあ今度はクリスマスに呼んであげるよ」
って、言ってしまうじゃん。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
キラッキラの笑顔で感謝された。
- 410 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:49
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――――。
というわけで。
コンノに少しでもクリスマスを楽しんでもらえたらな、という気持ちと。クリスマスの本場はイタリアだから料理はイタリアンの方が良いかな、と思って。
それで、今に至るわけで。
改めてヨシコの顔を見る。
「なに、ごっちん。ウチがどうかしたか?」
……高校の時、家庭の調理実習でパスタを半分に折ってフライパンで茹でようとしていた人物とは思えないくらい、ヨシコは料理の腕が上達した。イタリアンに限定すれば、アタシを越えている。
閑話休題。
まさか正直に「いや〜悪魔にクリスマスを楽しんでもらいたくって」なんて言えないし。
あ――。
- 411 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:50
-
顎に置いていた指を離し、ヨシコをしっかりと見て言葉を紡ぐ。
「あのさ、ヨシコの料理を食べさせてみたい子がいるんだ」
これも嘘じゃない。以前コンノに魔界の友だちのこと聞いたし、だからアタシも自分の親友を間接的にでも紹介したかった。
「そっか。いいよ」
ヨシコはあっさりOKを出してくれた。
「じゃあなにが良いかな、基本的にはパスタとかローストチキンだよな。本当なら聖日だから魚を食べるのがベストらしいけど、そういうのは気にしなくていいんだよな?」
カバンから教本を引っ張り出し、こっちを見る。
悪魔に聖日なんて関係ないだろうから、アタシは頷く。
「なら無難にアンティパスト、プリモピアット、セコンドピアットのコースかな」
そう言いながら、早速ページをめくり出した。
えっと、アンティパストは前菜で、プリモピアットがパスタ。セコンドピアットがメインディッシュだったっけ。この間、教えてもらった。
そこでふと、考える。
チキンはいいとしてパスタはダメだな。あれ、出来たてじゃないと不味くなるし。……ヨシコの目の前で召喚するわけにはいかないし。
アタシが考えている間にも、ヨシコはページをめくっていく。
「チキンならこの辺りだな」
なんて、めくる手を止めたページをアタシは何気なく覗きこむ。
あっ!
「ヨシコ! メインはこれにして!」
写真の下に書いてあった料理名に目を止め、アタシは叫んだ。
- 412 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:50
-
――――。
12月24日の昼。
アタシはキッチンでエプロンを締め、テーブルに並べた材料たちを見まわす。
ぺちっ、と軽く頬を叩いて気合い注入! さてやりますか!
「先ずはロールケーキ、っと」
卵とグラニュー糖を湯煎にかけながらほぐし、人肌に温めて。
それから力強く泡立ててから、薄力粉とココアをさっくりと混ぜ合わせる。……牛乳も加えて、っと。
手早く型に流し入れ、オーブンで焼き上げる。焼けたら粗熱をとって冷ます。
その間に生クリームとグラニュー糖を混ぜて8分立てにして。
冷めたスポンジに生クリームを塗って、刻みチョコを散らす。
慎重、丁寧に巻いてロールケーキの形にする。
それから冷蔵庫で冷やして生地を落ち着かせる。
これで、中に生クリームと刻みチョコをふんだんに入れたココアロールケーキの完成。
「次はクレーム・オ・マロンだな」
ロールケーキの外に塗るクレーム・オ・マロン、単純に言えばマロンクリームの作成。
マロンペーストにバターを加えてよく練り混ぜ合わさせて。
そこに生クリームを少量ずつ加えてよく混ぜて、完成。
マロンクリームを作っている間に生地が落ち着いたロールケーキの端を斜めに切り落として、その端をマロンクリームを接着剤代わりにして上部にくっ付ける。
それから全体にマロンクリームを塗って、フォークで薪の模様を描いた。
仕上げにヒイラギの葉を飾り。
これでブッシュ・ド・ノエルの完成。
味見として切れ端を口に入れる。――ん、上出来!
- 413 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:50
-
夕方、約束していた時間ぴったりにヨシコは来てくれた。
ケータリングしてくれた料理と引き換えにブッシュ・ド・ノエルの入った箱を渡す。それと、料理のお金を払おうとしたら。
「いらねーよ。ウチは良い勉強になったんだからよ」
なんて言って、ケーキの箱だけ受け取った。
「ありがとな。そんじゃ、お互い良い聖夜を」
そう付け加えて颯爽と帰って行った。うーん、やっぱり男前。
作ったばかりなのか、料理の入ったタッパーは温かい。出来たてを食べれるようにしてくれたんだ、そんな気遣いが嬉しかった。
温め直す必要もなさそうだったから、それらを皿に盛っていく。
テーブルのセッティングを終え、魔法円を描いた模造紙や諸々の『もの』も用意する。
――準備が整ったところで。
「『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』!」
- 414 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:51
-
白い煙の中から除々に輪郭を現す人影。
「呼ばれて飛び出て――」
パアァァァンッ!!
「――ひゃあ!?」
いつもの言葉を言おうとしたところで破裂音がしたものだから、悲鳴を上げて、座りこむコンノ。
アタシは破裂音の正体である手の中の音だけクラッカーを持ったまま笑った。
「メリークリスマス! コンノ」
「え? え?」
いまだに状況が飲み込めていないコンノにアタシは笑いながら言う。
「コンノ、人間界ではね、『メリークリスマス』って言われたら『メリークリスマス』って返すんだよ」
「あ、そうなのですか……」
「はい」
「え?」
「さっき言ったじゃん。『メリークリスマス! コンノ』って」
「あっ……。……メリークリスマス、後藤さん」
「ん。良く出来ました」
良い子の頭を撫でる。相変わらずサラサラとした感触だこと。
座りこんだコンノに手を伸ばし、腕を取って立たせる。
「今日はね、友だちに頼んで料理を作ってもらったんだ」
言いながらテーブルを指すと「わあ!」とコンノが歓声を上げた。
「凄い豪勢ですね!」
「いつもはコンノが食べるのを見てるだけだけど、今日は一緒に食べよっか」
「はい!」
アタシの提案をコンノは快く受け入れてくれた。
- 415 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:51
-
ヨシコが作ってくれた料理は。アンティパストにシチリア風ポテトコロッケ、プリモピアットにじゃがいものニョッキ ローマ風、セコンドピアットはローストチキン、そしてズッパとしてカボチャのスープを付けてくれたものだった。
……なんかイモ率が高いな。
そう思って呟くと。
「おイモやカボチャ、大好きです!」
なんて、嬉々とした声が返ってきた。
――ヨシコ、グッジョブ。
コロッケは日本の定番な味じゃなく、ハムやチーズが入った珍しい味わいで。じゃがいものニョッキはヨシコお得意のトマトソースとねっちり絡み合っている。
カボチャのスープはまさかブロードから作ったのか、しっかりとした味ながらもカボチャの優しい味を損なっていなかった。
食べつつもコンノを見ていると、どれもこれも感激したように「美味しいです」を連発していた。
そしてメインディッシュのローストチキン。背開きにされたそれを、ナイフを使って切り分ける。そして尋ねた。
「ね、コンノ。この鶏の料理名、分かる?」
「え?」
いきなりの質問に戸惑いながらもコンノは鶏を見る。こんがりと焼かれて、レモンが添えられただけのシンプルなそれを。ちなみに味はシンプルに塩コショウなだけだったけれど、素材の味を存分に引き出していた。
「……ちょっと判断が出来ません。なんて名前なんですか?」
ちゃんと考えながら、それでも白旗を上げたコンノに、アタシは笑って答えた。
「これさ、Pollo alla diavola『若鶏の悪魔風』って名前なんだってさ」
聖夜には相応しくない料理名。
だけどアタシたちには相応しい料理名。
「ね? ぴったりじゃん」
人間のアタシと、悪魔のコンノ。
――そのことにコンノも気付いたらしくて。
「はい。確かにそうですね」
笑顔を返してくれた。
- 416 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:51
-
「――次はケーキですね」
二人で綺麗に料理を食べ。一息つく間もなくコンノは目を輝かせながら言った。
そんなに期待してくれているんだ、そう思うと全身がくすぐったい感じがする。
テーブルの中央に置かれたブッシュ・ド・ノエルをコンノは興味深そうに見ている。
「薪の形をしているのですね。面白いです!」
「そ。これはイエス=キリストって人の誕生を祝って夜通し薪を燃やし続けたから、っていう説があるからなんだ」
アタシは、先日あった実習で覚えた知識を披露する。
「そうなのですかぁ」
生返事をするコンノに、アタシは笑いを噛み殺す。切られていくケーキに、コンノは熱烈な視線を浴びせたままだったから。
「はい、どーぞ」
自分の皿には一切れ、残りはコンノに渡す。
「いただきます!」
我慢できない、と言わんばかりにフォークをケーキに刺した。
一口ケーキを口に運ぶ度にコンノは幸せそうな顔をする。
「この外側のマロンクリームが美味しいです!」
とか、
「ココアスポンジがしっとりしていて最高です!」
とか、
「中の生クリームとチョコレートが絶品です!」
なんて、賞賛の嵐を投げかけてくれるコンノ。
「あっは」
つい、笑いが口から出ると、コンノは不思議そうにアタシを見た。
「後藤さん、どうかしましたか?」
笑ったまま、手を振って否定する。
「どうもしないよ。――ただ、そんなに褒められたらケーキも幸せだろうな、とか思っちゃってさ」
そう言うと、コンノの頬がぽっ、と赤く染まった。
「だってすっごく美味しいですから……」
小さな声で言うコンノを見て、アタシの心は温かくなった。
- 417 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:52
-
二人でケーキを食べ終えて。
「そーだ、コンノ。はい、これ」
小さな、ラッピングされた紙袋を差し出す。コンノは不思議そうな顔で紙袋を両手で受け取った。
「開けてみてよ」
「あ、はい」
まだ理解していない表情だったけれど、コンノは素直に紙袋のシールを外した。しゃらり、小さく音を立てて中身が出て来る。
「――ブレスレット?」
意外そうなコンノの手の平の中には、石やスワロスキービーズをチェーンで装飾して繋げたビーズブレスレットだった。
「この所々にある緑の石は……ヒスイ、ですか?」
「そうだよ。安物のネフライトだけどね」
貸して、そう付け加えてブレスレットを受け取り、コンノの左手首につける。……フックに少し手間取ったけれど、かちり、とはめることが出来た。
「え、あの……」
「以前話したよね、誕生石のこと。5月は魔界だとカーネリアンで人間界だとヒスイだって。だからこれはコンノの人間界の誕生石なんだ。――それに、ヒスイの穏やかな緑色はコンノにぴったりだと思ってね」
「あ、ありがとうございます。でも何故――」
人差し指をコンノの唇の前に立てて言葉を塞ぐ。あっは。やっぱりコンノ気付いてなかったみたい。
「アタシからコンノへのクリスマスプレゼントだよ」
そう言うと。――ようやくコンノは事態を飲み込めたみたい。
「わ、そ、そうでした! 『クリスマス』はプレゼントを贈り合う日だったんだ……っ」
慌てふためくその姿がおかしくて、可愛らしかった。
- 418 名前:番外編:悪魔と聖夜を。 投稿日:2008/12/24(水) 17:52
-
一通り慌てた後、今度は泣きそうな表情へと変わった。
「あの……わたし、後藤さんにプレゼント、なにも用意してません……」
「ううん。コンノはくれたよ、プレゼント」
「え――」
幸せな表情でアタシが作ったケーキを食べてくれたから。
そして、今、この瞬間を一緒に過ごせたから。
それだけで、アタシには最高のプレゼント。
……さすがに恥ずかしくってコンノには言えないけれどね。
「アタシはもらったから。だからコンノもそれ、受け取ってくれると嬉しいな」
「ぁ、はい……ありがとうございます」
頬を染め、それでも幸せそうに微笑みながら手首のブレスレットを見つめる。
――またもう一つ、プレゼントをもらっちゃったな、そんな気分になった。
Happy Merry Christmas!
- 419 名前:石川県民 投稿日:2008/12/24(水) 17:53
-
お粗末様でした。
今回は番外編でした。次回からは、話の続きになります。
で・次回更新ですが。石川県民は、明日から正月明けまでは、職場に14時間ほどの軟禁決定な日々を過ごすので、次回更新は早くても三が日を過ぎてからになります。……ていうか来年まで生きてるかしら自分。
それでは皆様、メリクリ!&良いお年を! 拝。
- 420 名前:名無し募集中。 投稿日:2009/02/17(火) 23:33
- いっきに読みました。おもしろい(^−^)
次回の楽しみにしています
- 421 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/12(火) 00:35
- 紺野さんの誕生日もゴトーの日もすぎちゃいました
更新を密かにお待ちしております
- 422 名前:石川県民 投稿日:2009/05/17(日) 17:04
-
たいっへんに遅くなりましたが、ごきげんよう。石川県民です。
本当は2月中に終わらせたかったのですが、ちょっくら長期入院してしまい、こんなに遅くなりました。
ノートパソコンだから持ち込めないこともないのですが、さすがにそれはちょっと……と思いこんな遅くに更新です。
6月中には退院できるとのことなので、皆様もうしばらくお待ちくださいませ。orz
>420 名無し募集中。サマ。
一気に読んでいただき恐悦です。楽しんでいただける、その言葉が励みになります。ありがとうございます。
>421 名無飼育さんサマ。
後紺の月だというのにこの体たらくな石川県民でごめんなさい。密かに待っていただいて嬉しいです、ありがとうございます。
とりあえず、一応書いたところまでうpします。
それではどーぞ。
- 423 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:06
-
後藤さんといると楽しい。
嬉しい。
ドキドキする。
だから。
だからこそ。
――すごく、苦しい。
- 424 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:07
-
* * * * *
「コンノはさ、人間に変身できるの?」
その一言が、始まりだった。
- 425 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:07
-
今日も今日で、幸せそうにメレンゲパイを食べるコンノに、アタシは唐突に聞いた。コンノは一瞬驚いた表情を見せたけれど、
「はい、できますよ?」
と素直に返事してくれた。
「そっか。じゃあ食べたら出かけようか」
アタシは笑いながら言ったけれど、コンノは当惑した表情になった。
「えっと、どちらにですか?」
「ん、街に決まってるじゃん」
あっけらかんと言ってみるものの。
「……はい?」
いまいち理解できていないみたい。
「勉強も兼ねてケーキの食べ歩きするんだ。いつもなら学校の子とかと行くんだよね。今日はコンノと行きたいんだ。だから付き合ってくれる?」
そう言うと、コンノは顔を赤らめた。
「あ、はい、私で宜しければ……」
ちっちゃく言って頷くコンノ。
そんなコンノを頭をぽんぽんと撫でた。
「ありがと」
- 426 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:07
-
――――。
この時期になると、夕方であってもすでに日は落ちていて。それでも多くの人が街灯や広告塔の光の下を忙しなく歩いている。
「今日は2軒行くんだけどね、1軒目は、ほらあそこ、次の信号を渡ったところだよ」
指差しながら振り向くと、コンノは広がって歩く高校生たちを慌てて避けていた。
――その姿は、ちょっとトロいけど普通の女の子。
先ほど。
家でケーキを食べ終えてから、コンノは、
「あの……恥ずかしいですので後ろ向いていていただけませんか?」
と控えめに言ったので、アタシは素直に従った。
後ろからなにか不思議な言語が小さく聞こえるな、とかぼんやり考えていると。
「お待たせしました。……あの、いかがでしょうか」
なんて、やっぱり控えめにOKの言葉が出たので振り返ると。
顔かたちはコンノのままだったけれど、羊のような角はもちろん、矢印しっぽもキレイに消えていた。そして服はいつもの黒ローブじゃなくて、チェックスカートにジャケットの中にはカットソー、首にはマフラーが巻かれていて。
「うん、似合うよ。可愛いね」
そう言って、人間に変身しても変わらないぷにぷにほっぺを突つくと、予想通りコンノの頬は赤くなった。
アタシもコートを羽織り、鍵を手に取った。
「じゃ、行こうか。外に」
- 427 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:08
-
歩行者信号が点滅し始めたので振り返ると、コンノは人の流れに飲まれかけていた。――そんな姿にちょっと呆れて。そして微笑ましかったので、自然に口の端が上がる。
数歩下がってコンノの白い手を握って引っ張り出す。コンノは数歩、たたらを踏む。
「す、すみませ……」
「はぐれたりしたら大変だから、手、握ってようか」
謝る言葉を制して握っている手に力を込める。コンノはその言葉で、ようやくアタシが手を握っていることに気付いたみたい。
頬を赤く染め、口をぱくぱくさせていたけれど、アタシは「あっは」とだけ笑って、握ったまま横断歩道を渡りきった。
- 428 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:08
-
――――。
「ありがとうございましたー」
気楽な声を背に、最初の洋菓子店を後にした。
アタシは頭を掻きながら、眉間に小さくシワを寄せる。
「ん〜……イマイチだったかも。やっぱりフリーペーパーの情報だと、こんなものなのかな」
せっかくコンノを誘ったのに、微妙な店に連れて行ったことが残念だった。
「ね、コンノ、次の店はクラスの子に教えてもらったから……」
大丈夫だと思うよ。そう言おうとして、隣を見ると、コンノの顔は青ざめていた。
「どうしたの? 顔色悪いよ!?」
視線をコンノの高さへと合わせる。コンノはやや虚ろな視線をアタシに返した。
「……もしかして悪魔が食べちゃいけないものでもあった?」
知らず不安げな声で聞くと、苦笑いで小さな声で言う。
「いえ、ちょっと魔力が足りなくなったようです……」
……え?
「えっと、それってお菓子を食べたら回復するのかな?」
それならもう一度入り直そうとするアタシに、コンノは手の平を小さく振って否定した。
「食べ物からではダメでして……魔界だとどこでも瘴気が吹いていて、それを吸収できるのですが」
「……瘴気?」
聞き慣れない単語に、思わずオウム返しをしてしまう。
「その瘴気は人間の世界だと吸収できない?」
「大丈夫です、出来ます。ですので後藤さんにお願いがありまして――」
元々控えめなコンノの声は、ますます小さくなったので、アタシは耳をコンノの顔に近づける。
「なに? 言ってみて」
アタシはなんでも『お願い』を聞く気マンマンだった。コンノの態度からしても誰かに害を与えるとかじゃなさそうだし。
コンノが紡いだ言葉は、
「――あの、もっと人の多いところに連れていただけますか?」
という、アタシにとって意外な言葉だった。
- 429 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:09
-
「道路とかでも良いんです。なるべく沢山の人がいるところなら」
――という、コンノの言葉に、アタシの脳ミソは疑問符でいっぱいになったけれど、それでも100メートル先のスクランブル交差点へと連れていく。
握った手指は冷たく、足元もふらつき気味なのに、コンノはのんびり空を見ながらアタシに手を引かれていく。
「はあ……人間界は月が銀色なのですね」
独り言のようにそう言われ、ついと視線を上げると、8割丸い不恰好な月がいつもの様子で空に座っていた。
「魔界は違うの?」
「はい、一日中が紅の空に紫の月と黒雲なのです。こちらに来て、初めて夜というものを体験しました」
「そうなんだ」
当たり前と感じていた昼と夜。そして太陽と月。――それがコンノにとっては、とても珍しいものだったんだ。
心の中で感心していると、目当ての交差点についた。
丁度、車の信号が赤になって、人が歩き始めるところだった。
「ここで良い?」
「はい。あっ、真ん中までお願いします。」
コンノに促され、スクランブル交差点の中央、横断歩道がクロスしている部分まで連れていく。
そうやって連れて行く間にも、大声で話す学生たち、疲れた表情のサラリーマン、イライラした様子の女性とか、色んな人が群れとなって足早にすり抜けていく。
中央部に着いた。
「えーと、着いたけれどアタシ離れてようか?」
側にいると瘴気を吸収するのに邪魔かと思って聞いてみたら、コンノは首を小さく振った。
「いえ、いてくださって結構です。――それに、後藤さんもスッキリすると思いますし」
は? スッキリする?
何をやるつもりなのさ、なんて言葉は飲み込んで。黙って見ていたら、コンノは両腕を左右に広げ、目を閉じて何か呟きだした。
- 430 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:09
-
体が光り出すとか、そんな摩訶不思議な現象はなにも起こらなくて。時々すれ違う人たちが横目で、腕を広げ目を閉じているコンノを見ていった。
……んぁ?
……なんだろう? 体のコリが解されていくような……疲れとかそういった物がシュワシュワと蒸発していくような……なんか不思議だけど、気持ち良い感覚。
周囲を見ると、アタシと同じ感覚なのか、不思議そうに肩をぐるぐる回したり、辺りを見回す人がちらほらといた。
……これってコンノがしているの? そう尋ねたい気持ちを抑えながら、ただ気持ち良い感覚に身を任せ、コンノが終えるのを黙って見ていた。
- 431 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:09
-
「お待たせいたしました。これで完璧です」
手を下ろし、目を開けてアタシに向くコンノ。――確かに、さっきまでとは打って変わって顔色が良くなっていた。
「ね、コンノ。今なにをしたの?」
「はい。瘴気を吸収していました」
あっさり説明されてもイマイチ理解できなかったから。交差点を渡りもう一軒の洋菓子店に行くまでの間に解説してもらった。
「瘴気とは、人間の悪意とか邪念とか疲れとか、そういった負の感情なのです。ですのでわたしはあの場所にいた方々の負の感情を吸い取らせていただきました。吸い取られた方々は肩の荷が下りたようになると聞いてますが、後藤さんはいかがでしょうか?」
「うん。なんか気分がスッキリしてるよ」
なるほどね、と一人で納得しながら隣を歩く。
「それは良かったです。わたしも吸収できたので元気になりました」
嬉しそうな表情のコンノ。
アタシたちはリフレッシュできて、コンノは吸収できて。一石二鳥じゃん♪
二人して軽い足取りのまま、目当ての洋菓子店に到着した。
- 432 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:10
-
2軒目は、外装も内装もおしゃれで、まずまずと言った感じだった。
アタシとコンノはそれぞれ日替わりのタルトとパイを頼んだ。
運ばれたそれはセルフィーユが乗ってて、ソースで縁を彩られている。コンノのパイにはアイスも添えられていた。
持ってきたデジカメでそれぞれのケーキを撮って。それから二人一緒に食べ始めた。
「あ・美味しい」
素直に出てきた言葉。タルトは下のクッキー生地は果汁を吸ってしっとりしていながらも、端の部分はカリッとしていて。――さすが、同じクラスの子に薦められただけある。
食べながら、持参した食べ歩き用ノートに特徴とかを書きつける。
コンノを見ると、いつもと変わらず、ゆったりとしたペースでフォークを動かしている。
「この店は当たりだね、美味しいや。ね、コンノ」
コンノに話を振ると、「はい」と返事した。
でも。
「美味しいです。けれど……」
言いよどんだコンノ。アタシは軽く首を傾げながら、「けれど、なに?」と先を促す。
「けれど、後藤さんの作るお菓子のほうがもっと美味しいです」
頬に朱がさして、それでも笑顔でそう言ってくれたコンノを見て。
――アタシは、はたと気付いた。
- 433 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:10
-
ずっとスランプ状態になった、二人の親友に言われた言葉。
解かった。アタシに足りなかったこと。
それは――、
『食べる相手のことを思う気持ち』だったんだ。
- 434 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/05/17(日) 17:10
-
――――。
「「50点」」
二人は声をハモらせて、アタシが出した答えをばっさり斬った。
コンノと出かけた次の日、学校で会った『アタシに足りないもの』を話していた二人に昨日弾き出した答えを話してみたところ。
綺麗に斬り捨てられた。
「え〜?」
不満顔で不満声を出すアタシに、一人が、
「ごっちん。そこまで行って、なんでそんな答えになるのさ。不思議だし」
指を突き付けながら言い放つ。
昨日の出来事を(コンノが悪魔だということはもちろん隠して)話すと、一人はこめかみに指を当て、もう一人はアタシを指している。
そして。
二人同時に後ろを向いて、ひそひそと話し出した。
「ごっちんてさ、顔良しスタイル良し、お菓子の腕も良しなのに、どうしてこうも『アレ』なのかな」
「しゃーねーよ。それがごっちんなんだし。けどよ、ウチも高校からの付き合いだけど、ここまで『アレ』だとは思わなかったよ」
おーい、お二人さーん。内緒話を本人の前でやらないでよ。
二人は振り返り、アタシを見て更に質問を浴びせる。
「じゃあさ、ごっちん。それを気付かせてくれた子のこと、どう思う?」
は? コンノのこと?
「どうって……」
脳裏に自然に思い浮かぶコンノの姿。
丁寧な仕草や言葉で物腰も柔らか、だけどお菓子を食べるときはすごい健啖ぶりを発揮して。あ・さっき物腰が柔らかって思ったけれど、ほっぺも柔らかいんだよねえ。この間街に出たから手を握ったけれど、指も柔らかかったや。つやつやの黒髪も、いつまでも撫でたくなるし。なんか小動物を思わせるんだよねえ、いつまでも腕の中に抱いていたい、そう思わせるよね。
「どうって……まあ良い子だよ」
心の中につらつらと出てきた言葉は引っ込めて、あたりさわりのない答えを返す。
そんなアタシを見て、二人は。
「「……はあ」」
がっくりと肩を落とした。
だからそのリアクションは何だってば。
- 435 名前:石川県民 投稿日:2009/05/17(日) 17:12
- とりあえず今回はここまでです。
それでは皆様次回の更新まで失礼いたします 拝。
- 436 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/17(日) 23:57
- 更新待ってました。やっぱり、ごまこんは最高です。
入院されてるとのこと、ご自愛下さい。
退院されましたら、また楽しませて下さい。
いつまでもお待ちしています。
- 437 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/24(日) 12:29
- 後藤さんがあの真顔でこんなこと(>434)を考えてたら面白すぎますねw
お体お大事に…ヽ1〆
これまでの作品を読み返しながらまったりお待ちしてます。
- 438 名前:石川県民 投稿日:2009/06/14(日) 18:13
-
退院しましたー!ひゃっほい!
ただ退院しても、ちょっと障害がありますので、今までと同じペースで更新できるかは謎です。
皆様マターリとお待ち下さいませ。。。。
>436名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。やっぱりごまこんは良いですよね!他にも書く人が増えれば良いなあ…と時代と逆行したこと言ってみたり。
体調のこともお気遣いありがとうございました。
>437名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。え?(ウチの)後藤さんはけっこう真面目な顔してすごいこと考えてますよw
こちらの方も体調を気遣っていただき、本当にありがとうございました。
それでは本日の更新です。
- 439 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:14
-
後藤さん。
魔法の手と柔らかくて温かい雰囲気を持つ素敵な貴女。
魔界に戻り、部屋の窓から紫の月を見る度に思うんです。
人間界の闇に浮かぶ銀の月、
美味しいお菓子、
そして、後藤さん。
全てがわたしの心を惹きつける。
だから、思うんです。
貴女に出会わなければ良かったと――。
- 440 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:14
-
* * * * *
- 441 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:15
-
「ごめんね、今日はちょっと手抜きしちゃったんだけど」
「そんなことないです! 充分に美味しいです!」
スーパーで安売りしてたサツマイモで作ったスイートポテトを、今日も目を輝かせながら食べてくれるコンノ。
一欠片も残さず食べてくれたコンノに、今日は緑茶を差し出すと、それも素直に受け取ってくれた。
「やっぱり後藤さんは素敵な魔法の手をお持ちですね」
緑茶を一啜りしてから、感嘆の声で言ってくれる。
「そんなことないよ。まほーだったらコンノの本物のほうがすごいわけだし」
アタシのはただの技術だから、と付け加えると、それでもコンノは首を振った。
「それでも素敵な技術には変わりありませんよ。本当、凄いです」
なんだかお互い、謙遜を譲り合ってる。
あ! そうだ。アタシは閃き、緑茶を飲んでるコンノに近寄った。
「だったら、コンノもお菓子を作ってみる?」
- 442 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:15
-
マントとローブを脱いでもらい、予備のエプロンを渡す。
「あの、これで宜しいでしょうか?」
期待と戸惑いが半々の表情のままエプロンを被って紐を後ろで結んでいるコンノ。
「ん、バッチリだよ。初めてなら、クッキーを作ろうか」
学校で使う専門教科書じゃない、家庭用のレシピブックを持ってきて手渡す。
「お菓子は材料の分量と手順をしっかりしておけば、結構簡単に作れるからね」
ぽん、と背中を叩いて微笑んでみせる。するとコンノは戸惑いが少し減ったような表情をした。
一緒にキッチンに立ち、コンノに冷蔵庫を開けてもらってバターや卵を、アタシは棚から薄力粉を取り出した。
オーブンを180℃に温め、きっちり測った薄力粉をコンノにふるってもらう。少しまごまごした手つきだったけれど、コンノは丁寧にふるい終えた。
次にボウルと泡だて器を渡してバターとグラニュー糖、塩少々を混ぜ合わせてもらう。
「……よいしょ、っわ」
かしゃん、かちゃ、と音を立てながら混ぜる姿は、なんだか微笑ましかった。
「そうそう。もっと白っぽくクリーム状になるまで勢い良く混ぜてね、空気を膨らませるような感じで」
「は、はい!」
格闘すること十数分。レシピの写真に近い感じになったところで手を止めてもらい、卵黄を加えて更に混ぜ、牛乳やバニラエッセンスも加えた。
程よいところで泡だて器をゴムべらに持ち替えてもらい、さっき計ってもらった薄力粉とベーキングパウダーを入れる。
「ここでのポイントは切るようにさっくり混ぜること、だよ。練ると固くなっちゃうから気をつけてね」
「はい。……よいしょ、うんしょ」
コンノは、不慣れな手つきながらも、一生懸命に混ぜ合わせている。そんな姿が何故だか微笑ましく、軽く昔家でやっていたお菓子作りを思い出させた。
「うん、そんなものかな。形を整えて冷蔵庫で休ませようか」
コンノが混ぜ合わせた生地をラップに入れて包み込む。そして冷蔵庫へ。
「生地を休ませている間に、片付けをしよっか。それからお茶にしようね」
振りかえりながらそう言うと、コンノはどこか呆けた表情で立っていた。
「どうしたの? 疲れた?」
尋ねると、微苦笑を返された。
「……こんなたいへんなことを、後藤さんは毎日やってらっしゃるのですねぇ」
賞賛と感嘆が混じった声のコンノ。それがなんだか気恥ずかしくて、軽く頭を掻いた。
「まあ慣れているのもあるしね。コンノも練習すればもっと上手になるよ」
「……そう、ですね」
言いよどむその姿を見て、軽く首を捻る。するとコンノは我に返ったように、
「すみません、なんか暗くなっちゃって。片付け、始めますね」
無理矢理(に見える)、話題を変え、明るく振舞うコンノ。――アタシはなにも聞けなかったから、コンノに調子を合わせて、洗い物をするためにスポンジを手に取った。
- 443 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:16
-
生地も落ち着いたころを見計らって冷蔵庫から取り出す。最近めっきり使わなくなったクッキーの型抜きを引っ張り出して(だって学校じゃ型抜きクッキーなんて作らないしね)
生地の横に並べた。
星型やクマ、ウサギ、クラウン、リーフ型の型抜きにコンノは目を見張った。
「わあ! 可愛いですね!」
クッキーの型抜きにはしゃいでいるコンノに微笑みをべ、作業台の上に強力粉を打ち粉として振った。そして麺棒で適度な厚みに伸ばしていく。
「さ、型抜きをやってみよっか」
「はい!」
コンノは型抜きも初めてらしく、ぎこちない、それでも丁寧に型を抜いていく。
余った切れ端を繋ぎ合わせてさらに型で抜いて。
抜き終えてコンノを見ると、『充実感』という言葉が当てはまる様子だった。
すでに180℃に設定したオーブンに生地をいれていく。
コンノは(多分)祈るような気持ちでオーブンの中を見ていた。
「あ! なんだか膨らんできましたよ!」
オーブンの中のちょっとした変化でも、コンオは嬉しそうに報告した。
クッキーが焼けていく光景が面白いのか、オーブンの前ではしゃいでいる。
- 444 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:16
-
ピー♪ピー♪
焼きあがり、天板ごとオーブンから取り出す。湯気を立てたクッキーはいい焼き色だった。
せっかくなので二人で試食する。出来たてのクッキーは熱く、二人して息をかけて冷ましながら食べてみる。
……ん? ちょっと固めかな?
そうは思ったけれど、コンノはゆっくり試食しながら。
「う〜ん、やっぱり後藤さんの作るお菓子には劣りますね……」
言って、軽く落ち込むコンノにぽん、と頭に手を乗せてそのまま撫でた。
「そんなことないよ。上手に焼けてる。初めてにしては上出来だよ」
「……本当ですか?」おずおず尋ねるその姿は、小動物のようで可愛らしかった。
だから、自然アタシはにっこり笑った。
「うん。充分美味しいよ。そうだこれ、魔界の友だちにもあげたら良いよ」
二人じゃ食べきれない量だし、そう提案して、ラッピングの材料を漁り始める。
「あの……」
コンノが後ろから声を掛けた。
「なにからなにまで、本当にありがとうございます」
そう言って深々とお辞儀するものだから、
「いいって。そんなたいした手間でもないんだし」
アタシは手の平をひらひら振ってみせた。
- 445 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:17
-
――翌日。
「こんなものかな」
昨日はちょっと手抜きだったから、今日は本格的にと、イチゴのタルトを筆頭に、ずらりとお菓子をテーブルに並べる。イモやカボチャが好きと聞いたから、サツマイモのマフィンやカボチャのパウンドケーキも並べた。
それじゃ、召喚しちゃいますか。
魔法円を描いた模造紙を用意して。
「『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』!」
- 446 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:17
-
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」
薄煙の向こうから、元気の良い声が聞こえた。
……あれ? コンノじゃ、ない?
煙が晴れて、魔法円の中心に立っていたのは……。
「……アンタ、誰?」
コンノとは違う悪魔が立っていた。
アタシの呟きなんて無視して、悪魔はアタシを見ると、
「お〜貴女がアサミちゃんの言う『後藤さん』ですか!」
元気な笑顔満開で手を差し出されたから、それに倣うと、ぶんぶんと腕がもげそうな程勢いよく握手された。
「お噂はかねがね聞いてます! あ、昨日はクッキーありがとうございましたぁ!!」
クッキー? ……ということは。
「コンノの友だちなの?」
「はーい♪ マコト=オガワといいます! 魔界で倉庫番をしてます。どうぞオガワッショイと呼んでください」
「それはなんかヤだ。それより、今日はコンノは?」
「アサミちゃんは今日は用事があって来れなかったみたいですよ。んで、あたしが一人で倉庫の門番してたら、召喚の光が降ってきたのでやってきましたぁ!」
元気満開のへらっとした笑顔で答える、……えっと、オガワ。
……あ・そういえばこの魔法呪文って、通路を渡る悪魔なら誰でも呼び出せるってコンノが言ってたっけ。
思い出している間、オガワはちょろちょろとアタシを見まわしていた。
「……なに?」正直、ウザい。
負のオーラに負けず(ていうか気付いてないのか)に、オガワは笑顔全開で言った。
「やーアサミちゃんの言う通り、スタイル良いなぁって思いましてぇ。そしてお菓子作りの腕も絶品らしいですよね?」
コンノ……オガワになに言ったのさ。
「それで、今日の契約はどうしましょうか?」
ちらちらとテーブルに載ったお菓子に目を奪われつつも、オガワは律儀にも契約書を取り出した。
契約かあ……うーん。……そうだ。
「オガワ、コンノが魔界でアタシのことなんて言ってるか教えてよ。代価はあそこにあるお菓子全部で。それで良い?」
「ひゃっほー! 充分でぇっす!」
契約書に書き込みながらも歓喜の声を上げるオガワ。
- 447 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:18
-
ぱくぱくと、早いスピードでテーブルの上のお菓子が減っていく。
「アサミちゃんはですねえ、いつも言ってますよ。綺麗で大人っぽくて素敵な方だって」
「ふんふん。それで?」
喉に詰まるかと思い、紅茶をストレートで出したら、それにも砂糖を入れてがばーっと飲み干す。
……決定。悪魔は全員甘い物大好きな大食漢。
「洗練されたお菓子を作り、近付くと甘い匂いがして、側にいるととても気持ち良いんだそうです。安らげるっていうか」
そこまで言って、オガワはカボチャのパウンドケーキを一齧り。と、目を見開いた。
「これすっごい美味しいです! 生地がしっとりしてバターの良い香りがあって、そこにカボチャがすごい合ってて!」
大絶賛されたカボチャのパウンドケーキ。そんなにすごかったっけ?とか思いながら一欠片摘んで口に入れてみる。……普通だと思うんだけどなあ。
「オガワってさあ、カボチャ好きなの?」
「はい。大好きっす! アサミちゃんとはよくカボチャの話しやイモの話しをしますね」
「へえ。ほかにどんなこと話すのさ?」
「えーと……そういえば最近、アサミちゃん毎日ブレスレットつけてるんですよ、翡翠の。時々眺めては幸せそうに微笑んでますよ。誰かからの贈り物かなぁ」
それって……去年のクリスマスの……。
「後藤さん? 大丈夫ですかぁ?」
「ん、んあ。なにがさ」
「や、顔赤いなぁと思いまして。人界でいう風邪ってやつですか?」
「だ、大丈夫! 部屋がちょっと暑かったからさ。エアコンの温度を上げすぎただけ!」
わざとらしくリモコンを掴んで温度の調整をした。
- 448 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/14(日) 18:18
-
テーブルの上のお菓子のほとんどがオガワのお腹に入ったところで、今日はお開き。
「ではまた、アサミちゃんが来れないときは来ますね〜」
なんて、のんびりした声を最後にして魔界へと戻っていった。
「……片付けするか」
空いたケーキ皿を重ねてシンクに運ぶ。付け置きしていた製菓の器具の汚れが良い具合に剥がれかかっていた。
皿を洗いながら今日漠然とした思いを回顧する。
なんでだろう。
オガワだって健啖ぷりを発揮して食べてくれたのに。美味しい、って何度も言ってもらえたのに。
なんでアタシはがっかりしているんだろう。
――『じゃあさ、ごっちん。それを気付かせてくれた子のこと、どう思う?』
以前言われた言葉を改めて反芻してみる。
コンノが――眩しい。けれど目が離せなくて。
コンノが笑うとアタシも嬉しくなる。それが、自分のお菓子を食べてくれてるときだとなお更に。
心臓が痛いくらいに脈を打つ。顔が熱い。
「あ……」
カチャリ、落としたフォークがシンクで音を立てた。
やっと、気付いた。
――悪魔は人を魅了したり誘惑するって言うけれど。
確か、ヘレネ、だっけ? 自分を虜にする魔力を持った悪魔って。
アタシ、どうやら。
――悪魔に恋しちゃったみたい。
- 449 名前:石川県民 投稿日:2009/06/14(日) 18:21
- 本日はここまでです(番外編含め)第5話目にして気づくごとーさん。
ちょっとアレすぎますが、すみませんメインで書くとこうなっちゃうんです(平謝)
それではまた会う日まで。 拝。
- 450 名前:石川県民 投稿日:2009/06/16(火) 16:33
- さりげなく。
このスレが一周年を過ぎてることに気づきました。
これもひとえに読んでくれてる方々のお陰です。ありがとうございます。
それでは本日の更新参ります。
- 451 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:33
-
後藤さん――。
貴女に惹かれていることを、もうはっきりと自覚しています。
貴女には強い強い引力があって、すごいスピードで引き寄せられるわたしの心。
どうしようもない。
歯止めが利かない。
だから、
――貴女に会うのがとても怖い。
- 452 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:34
-
* * * * *
- 453 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:34
-
――――。
正直ちょっとした、好奇心だったんだよね。
まさかねぇ、こんなんになるなんてさ、思わなかったんだよ。本当に。
何がだ、順を追って話せ、と言われるかもしれないけどさ。アタシ今まさに混乱してるから、先ずは今日の出来事から回想してみよっか。
- 454 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:34
-
オガワの来た翌日の専門学校のベンチにて。
いつも通りに3人集まって、アタシは『自分に足りなかった物』の答えを2人に言った。
それはごく単純なこと――。
つまり『好きな人が食べる瞬間を想うコト』だった。
そう告げると、
「「ごっちん気付くの遅いよ。はぁ」
と異口同音で言われてしまった。しかもため息つきで。
――ということは。
じゃあ2人は相手のことを想いなあがら作るんだ、なんてツッこむと、瞬時に2人の頬が赤く染まった。
「まあ、あの子、チョコレートが好きだしさ……」
なんてごにょごにょ言う、チョコレートの製菓だとクラス一の腕前のクラスメイトと。
「アイツは料理ビミョーだし。それにウチが作ると喜ぶんだよな」
って照れ隠しに頭をガシガシ掻きながら言う高校時代からの付き合いの友人。
う〜ん、みんな青春してるんだねえ。……ってアタシもか。
頭を掻いていた手を休め、
「まあ気持ちに左右されて味が変わるのはプロとしては落第だろうけどよ、ウチらはまだ違うんだし、これって重要なことだろうしな」
「そーそー。ごっちん、だから今はお菓子作りを楽しみなよ」
――楽しむ。
それ、コンノに会うまでは忘れていたことだったかも。今まで『完璧に』を求めていたから。
「そっか、そうだよね。ありがとう二人とも」
素直に、感謝の言葉が口から出た。
立ち上がり、自分のクラスに戻ろうとすると、
「そうだ、ごっちん、午後の実習はリキュールボンボンだってさ」
「リキュールボンボン?」
「そ、フランボワーズの」
そう声を掛けられた。
チョコレート菓子かぁ、難しいけれどやりがいはあるかな。
――その時は、それくらいのことしか考えていなかった。
- 455 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:35
-
午後の実習も終え、アパートに戻る。カバンの中には、今日作った持ち帰り用のお菓子、フランボワーズのリキュールボンボンが入っている。
そこで、例の本に書いていたことを思い出す。――悪魔はお酒の入ったお菓子は好まないってことを。
好奇心が頭をもたげる。……これ、コンノに食べさせたらどうなるんだろう、って。
好奇心は興味に変化して、実行させたくなる。……今日のお菓子に紛れ込ませてみよう、って。
早速キッチンに立って、アーモンドパイとマドレーヌを作り、控えめにリキュールボンボン紛れ込ませる。
今日はオガワじゃなくて、コンノに来て欲しい。そう願いながら魔法円を用意していつもの呪文を唱えた。
「『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』!」
- 456 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:35
-
煙が立ち上がり、その煙の向こう側から、
「えっと、呼ばれて飛び出て……じゃじゃじゃん」
と控えめな声が聞こえた。
良かった。きょうはコンノが来てくれたみたい。
「コンノ、なんだか久し振りだね」
「はい。昨日はマコトが召喚されたみたいで……なんか無作法はありませんでしたでしょうか?」
「大丈夫、なにもなかったよ。世間話をしただけだから」
コンノについて根堀り葉堀り聞いたことは秘密にしておいた。
「そうですか、それは良かったです」
そう言いながらも、コンノの視線はテーブル上のお菓子を盗み見ている。
ぽん、と優しくコンノの頭に手を乗せる。
「今日も沢山作ったから是非食べていってよ」
「はい! ありがとうございます!」
元気な返事が返ってきて、アタシまで心が温かくなった。
ゆっくりと、それでも勢い良くお菓子を消化していくコンノ。
「パイはサクサクしていて、マドレーヌはしっとりしていて、本当に美味しいです!」
感嘆の声を上げながら食べていくコンノを見ていると、アタシまで嬉しくなった。――前々からコンノの健啖ぶりは見ていて気持ちが良かったけれど、恋心を自覚した今は更に嬉しく見ていることができた。
パイをあらかた食べ終え、コンノは気付いたように、ラッピングされたリキュールボンボンを見た。
「あの、これは一体……?」
「ああ、今日の実習で作ったんだ。良かったら食べてみてよ」
中身は言わずに、勧めると、コンノは疑いもなく、ヒモを解いた。
「チョコレート、ですね。……なんだか不思議な香りがします」
一瞬バレたかと思って心拍数が跳ねあがったけれど、コンノは律儀に「いただきます」と言って、一粒口に含んだ。
カリ、とチョコレートを割る音が小さく聞こえ――ボンッ! という音も聞こえた気がした。
髪の毛が逆立ち、コンノの白い肌が瞬く間に朱に染まっていく。
「ちょ、コンノ!?」
今更ながらに仕掛けた悪戯の事の大きさに気付き、左に傾いだコンノの体を慌てて支えた。
「だ……大丈夫?」
- 457 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:36
-
支えたコンノは耳や顔、首まで真っ赤になっていた。尻尾は気の抜けたようにへにゃりと下がってる。
「ごとーさん、これは一体……?」
「リキュールボンボン、お酒の入ったチョコレートだよ」
答えると、「なるほどぉ」と気の抜けた声が返ってきた。
「確か……アルコールはチャームの魔力が増幅されると習いましたぁ」
ロレツの回ってない口調で話すコンノ。チャーム……ってことは色気とかそんなのかな。
でもただ単に酔っただけ、に見えるけど。そう思っていたら、
「あ〜なんか暑いです〜」
マントやローブを脱いで黒のワンピース一枚になって抱き付かれた。
「コ、コンノ?」
「後藤さんの体温、気持ち良いです〜」
言葉通り気持ち良さそうに胸に頬擦りされた。
うっ……! これはキツい。や、重いとかそういうわけじゃなくて。こう、好きな子に薄着で抱き付かれると……ねえ。
なんかヤバい。色々と。
「コンノ、気分悪くなったりしてない?」
理性を総動員させて、頬に触れると。その手を小さな熱い手で掴まれた。
「いえ、むしろ楽しいです〜」
ふにゃふにゃにトロけた笑顔を見せる。
ちょ、こっちまでトロけそう……!
――――。
正直ちょっとした、好奇心だったんだよね。
まさかねぇ、こんなんになるなんてさ、思わなかったんだよ。本当に。
酔っ払ったままのコンノは腕をアタシの首に回して、さらに抱き付いてくる。
普段のコンノからは考えられないように甘えられて、アタシは必死に崩れかけそうになる理性を保たせる。
なるほど……確かにチャーム、増幅されてるや。
- 458 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/06/16(火) 16:36
-
結局。
その後、絡もうとするコンノを必死に剥がし。水を飲ませて無理矢理ソファに横にならせて。アルコールが抜けるまで、コンノの顔に下敷きを煽いで風を送った。
結論。コンノにお酒を(少量でも)飲ませちゃいけない。
- 459 名前:石川県民 投稿日:2009/06/16(火) 16:37
-
短いですが、本日はここまで。
それでは。 拝。
- 460 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/17(水) 02:40
- 凄い展開に画面のこちら側もトロけました
前回更新分では紺野さんの後藤さん評にニヤけました
邪魔者扱いのまこっちゃんイ`(w
- 461 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/20(土) 01:44
- 甘あまッ><
- 462 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/19(日) 22:45
- 紺ちゃん良すぎます。
いつかよっすぃやミキティに会う日が来るのか楽しみに待ってます。
- 463 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/02(金) 18:49
- 覗きにきてます。
- 464 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/05(月) 17:15
- 更新待ってますよ〜
- 465 名前:石川県民 投稿日:2009/12/02(水) 18:36
- お久しぶりです。
忘れたころにやってくる、災害のようなやつ石川県民です。
まずは返レスから。
460>名無飼育さんサマ
ありがとうございます。思う存分ニヤけてください。そんな名無飼育さんに石川県民もニヤけます。
石川県民の書く話は、主人公とそのヒロイン以外はとことん空気になってしまうんですよね〜(困)。なのでこの話ではまこっちゃんは空気です。
461>名無飼育さんサマ
ありがとうございます。お菓子の話なだけに甘い部分もいれてみました(←嘘ですが)
462>名無飼育さんサマ
ありがとうございます。
……………出会うこと、全然考えてなかった(汗)。まあ脳内補完ということで(殴)
463>名無飼育さんサマ
ありがとうございます。ささやかですが更新しました。
464>名無飼育さんサマ
ありがとうございます。覗きにきていただいても、しょーもない駄文しかありませんがそれでも宜しければどうぞ。
それでは本日の更新参ります。
- 466 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:37
-
後藤さん。
実はずっと言えないことがあるんです。
わたしがどうしようもないくらいに貴女に惹かれているのに、いえ、だから余計に言えないんです。
今日こそ言わなくちゃ今日こそ……そう思って勝手に猶予を伸ばしてました。
実はわたし――。
- 467 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:38
-
キーンコーンカーコーン……♪
「はい、ペンを置いて後ろから回収してー」
アタシは自分の書いた用紙を、渡してから、その場で大きく伸びをした。
「終わったー! ごっちんどう?」名簿順に座った席で隣の子が話しかけてきた。
「ん〜覚えた単語がもう外に出ちゃってる感じ」
「あはは、あたしもそんな感じ」
学生の敵、テストがこれで終わった。
辺りを見回してみても、みんな開放感からか、はればれとした顔つきで、「カラオケ行く人―!」とか誘い合っている。
一週間。この一週間、テストだ課題だとかで、全然コンノを呼んでいない。
あ〜コンノにお菓子を作りたい。食べて喜んでもらいたい。――そう、アタシのフラストレーションはかなり溜まっていた。
カラオケだ飲み会だとかで騒ぐクラスをよそに、足早に教室を後にする。
コンノを今日からやっと呼べる。そう思っただけで、頬の肉が緩むのは分かる。校舎を出て、右拳を上げる。
いっちょ、作ってやりますか!
- 468 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:38
-
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん……」
いつものように、羞恥のこもった声で、煙と共に現れたコンノ。
と。アタシを見て、コンノは顔を赤らめた。
「ご、後藤さん、先日はご無礼を……その、少しだけは覚えているのですが……」
顔どころか体中真っ赤にして謝るコンノ。……その姿を見て、可愛いなぁ、なんてノンキなことを思ってしまう。
「いーって、気にしないでよ。お酒のお菓子を作ったのはアタシだし」
むしろ(苦労はしたけれど)、美味しい思いをさせてもらったし。
……あーアタシ思ったよりコンノに重症かも。
- 469 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:38
-
「まあまあ。それよりさ、」
真っ赤なまま体を縮ませるコンノの肩を叩いて、テーブルの上を見させる。
「久し振りにコンノを呼べるから、張り切ったんだよ。ほら」
紹介する先はお菓子の山、山。
エクレアにパンプキンマフィン、色とりどりのマカロンにリンゴのタルト。それにスフレチーズケーキ。
机上をお菓子が占領しているのを見て、コンノは文字通り目を輝かせた。
「それでは、いただきます!」
さっきの羞恥はどこへやら。コンノはマカロンを摘み、エクレアに手を伸ばし、タルトにフォークを突き刺した。
うんうん。良い食べっぷり。……なんか心癒されるなぁ。
「あ・そーだ。コンノ、あのさあ」
「ふぁい、何でしょうか?」
「……話しの前に先に口の中のケーキ飲み込んでね」
「あ、失礼しました」
煎れておいたニルギリに手を伸ばし、飲み込むコンノ。
「で、後藤さん何でしょうか?」
「実はさ、明日から課題があるから、もしかして三日間くらいコンノを呼べないかもしれないんだ」
告げた途端、コンノの尻尾がしょぼんと下に垂れる。
「そうですか。『ガッコウ』というものは大変なんですね。あ、わたしのことは気にしないでください。後藤さんの都合の宜しいときに呼んでいただくだけで充分ですから」
フォークを握ったままの手でぶんぶんと『気にするな』と意思表示してくれるコンノ。その姿に、チクリと小さく心に棘が刺さった。
「うん。本当にごめんね。余裕が出来たらすぐに呼ぶからさ」
言いながら、小さな角が生えたサラサラの頭を撫でる。
コンノは幸せそうに微笑んでくれた。
- 470 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:39
-
お菓子をキレイに完食してから、
「後藤さん、今日は何の契約をいたしましょうか?」
と律儀に聞いてきた。
契約ねえ……うーん……あ・そうだ。
「薄力粉がもう少なくなったから買ってきてほしいな。……こんなんでも大丈夫?」
「お安いご用です!」
お金を渡し、24時間開いているスーパーの道を簡潔に伝える。
「了解です!それでは行ってきます!」
そのまま玄関に向かう……を思ったら、コンノはおもむろに窓を開けた。そのまま柵の上に立ち……ってここ3階!
「では行ってきます!」
バサリ、マントを翻しながら、コンノは夜の空を自由に飛びながら駆けていった。
その姿に思わず見とれてしまう。
「コンノ……すごい」
額に拳を当てながらソファに沈みこむ。
あっは、コンノ、惚れ直しちゃったよ!
- 471 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:39
-
――お使いも無事終了し。(ちゃんとお釣りをレシートも渡してくれた)
「では、本当にご馳走様でした」
深々と頭を下げるコンノ。
「お菓子がなくても、ご用がありましたらまた呼んでください」
そう言い残して、ドロンと煙と共に消えた。
バイバイ、と振っていた手を下ろす。
買ってきてもらった薄力粉を前にして、服の裾をまくる。
「さて……と、今度は上手くいくかな」
粉を振るいながら考える。
「裏ごしして……いや。やっぱりペーストにしたほうが……」
一人キッチンで思考錯誤しながら、作業をすすめていった。
- 472 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:40
-
最後にコンノを呼んでから三日経った。
なんだか久し振りな気がして、少し緊張しながら魔法円の前に立つ。
――コンノ、喜んでくれるかな。
「『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』!」
コンノの笑顔が見たい、そう思いながら召喚の呪文を口にした。
いつも通り煙が立ち込め、その中からうっすらと人影が。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん……」
いつものか細い声。――良かった、コンノだ。
「こんばんんは、コンノ。あっは、なんか久し振りだね」
「あ、後藤さんこんばんは。そう言われればそんな気もします」
軽い挨拶を交わして、二人キッチンに向かう。
「今日、は……」
コンノが訝しがるのも無理はない。いつもなら数種のお菓子を用意してたけれど、今日は一種類だけだったから。
「ごめんね。今日は一個だけなんだ。でもどうしてもコンノに食べてほしくてさ」
「なるほど、自信作なんですね。――その、アップルパイ、に見えますが……」
コンノの言う通り、艶出しにジャムを塗られた格子状になった生地の下にリンゴの薄切りが並べられている。見かけはなんの変哲もないアップルパイだった。
「まあそうだね。でもちょっと特別なんだ。だから食べて感想を聞かせてほしいな」
「分かりました。ご賞味させていただきます」
深々と頭を下げてから、いつもの席に座るコンノ。アタシはパイにナイフを入れて、一切れ、コンノの前の皿に盛った。
「ま・とにかく食べてみてよ」
はい、と言ってコンノは素直にフォークを手に取った。
カチン、フォークが音を立ててパイを切る。コンノが口に運ぶ。
そしてすぐに気付いたみたい。
「これ、サツマイモの……!?」
驚くコンノを横目に、気恥ずかしさから顔を掻き、明後日の方向を見た。
「薄切りにしたリンゴの下にサツマイモのペーストを敷いたんだ。ノルマンドって地方のお菓子をアタシなりにアレンジしてみたの。その……コンノのためにさ」
- 473 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:40
-
「ごと、うさん……」
カチャリ、フォークを落として、コンノははらはらと涙を流した。
「……不味かった?」
「いえ、とても美味しいんです……だから、その……」
口を抑えながらコンノは言葉を紡ぐ。
「わたしのために作ってくれて……、その気持ちがすごく、嬉しいんです……」
「ならなんで泣くのさ〜」
甘酸っぱい気持ちと少しの困りを混ぜた気持ちで、親指の腹でコンノの目尻の涙を拭う。
そしてそのまま抱き締めた。すっぽり抱き締めた体はまだ小さく振るえている。
「アタシのシャツ、ハンカチ代わりにしていいからさ。泣き止んでくれないと、アタシも困っちゃって、泣きそう」
とんとん、とその背中を優しく叩く。
「そんな、後藤さんは泣かないでください……」
まだ涙声のコンノ。
アタシはコンノが泣き止むまで、ずっと抱き締めていた。
- 474 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2009/12/02(水) 18:41
-
――コンノが落ち着いてきたころ、ゆっくり体を離す。あーあ、コンノ目が赤くなってるよ。
両手でコンノの頬を包む。ふにふにしたその感触が心地良かった。
そして、静かにコンノに口付けた。
サツマイモとリンゴジャムの香りがするコンノの唇。
陶然とした表情のコンノを再び抱き締める。
「アタシ、コンノのこと好きなんだ」
「後藤さ……」
「コンノの気持ち、教えてくれる?」
おずおずといった感じに背中に手を回され、期待する。
けれど。手はアタシのシャツを摘んだだけだった。
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉と一緒に、コンノは衝撃的なことを告げた。
「……わたし、婚約者がいるんです」
- 475 名前:石川県民 投稿日:2009/12/02(水) 18:42
- 本日はここまでです。
これでやっと前半部分が終了したところでしょうか。
後半部分はあまりメドが立っていないので気長にお待ちいただければ幸いです。
それでは。 拝。
- 476 名前:石川県民 投稿日:2009/12/02(水) 18:43
- 今回は流して。
- 477 名前:石川県民 投稿日:2009/12/02(水) 18:43
- 流す。
- 478 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/03(木) 23:54
- お待ちしておりました。
今となってはこんごまは、ここくらいでしか見れません。
これからも気長に待ちます。
頑張って下さい。
- 479 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/09(水) 20:38
- 久しぶりの更新★!うれしすぎますw
はやく次の展開が知りたいですー。笑
ご自分のペースで更新頑張って下さい!
- 480 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/20(日) 17:12
- 更新ありがとうございます☆
まさかの展開です。
ゆっくりと待ってます!
- 481 名前:石川県民 投稿日:2010/01/30(土) 18:27
- 後紺だけで一年過ぎてしまいました。あまりの遅筆に自分がびっくり!
まずは返レスをば。
478>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。
気長に待っていただき感謝の極みです。ごまこんて需要はあるのに、供給が少ない気がします。
見捨てずにお待ちください。
479>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。
次の展開はこうなりました。
480>名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。ゆっくりお待ちいただき感謝感激雨アラレです。
それでは超短いですが、今日の更新です。
- 482 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:30
-
わたしも後藤さんが好きです。大好きです。
けれど……だから、
- 483 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:31
-
「もう、お会いできません」
「待っ……」
さようなら、肩をふるわせたまま涙声で言い残して煙の中にコンノは消えた。
煙が霧散したらコンノの姿は無かった。
「……どういうこと……」
あまりの展開に頭がついていかない。それでもはっきりと理由を聞きたくて、
「『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』!」
もう一度、召喚の呪文を叫んでいた。
- 484 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:31
-
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」
現れたのはコンノじゃなかった。えっと、そうだ、オガワだ。
勢い良く現れたと思ったら、オガワはアタシに詰め寄ってきた。
「後藤さん! アサミちゃんになにしたんですか!? 泣きながら走り去っていきましたよ!」
泣いてたコンノの姿に心が痛むけれど、負けずにこちらも詰め寄る。
「ねえ! コンノに婚約者がいるってどういうこと!?」
じりじりと詰め寄り合戦。――負けたのはオガワだった。
「……そっか、アサミちゃん言っちゃったんだぁ」
アタシに言うわけでもなく、虚空を見ながら呟いた。
- 485 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:32
-
お茶を用意して、オワガに腰掛けてもらう。ずず〜っと音を立てながら飲んで、オワガは語り始めた。
「そもそもあたしやアサミちゃんのような下級悪魔がお城にいるのは、『婚約者』が原因なんです」
相槌も打たずにアタシは聞く。
「まだあたしたちが小さかったころ、野原で遊んでいたときです。上級悪魔がやってきたんです。豪華な馬車に乗って、沢山のお供を引き連れて。そしてお供の悪魔が言うには、馬車の中の悪魔がアサミちゃんを見初めたそうです」
きゅぴーんと一目惚れだそうです。そう付け加える。
「成長したら、是非花嫁に、ということでアサミちゃんはお城に連れていかれました。花嫁に相応しい教育を施すために。そしてあたしは上級悪魔ばかりの中では息が詰まるだろうから、時たま相手をしてやるように、という命令でお城の倉庫番の仕事が与えられてお城に住むようになりました」
以上です、お茶ご馳走様でした。オガワは軽く頭を下げた。
「……ねえ、その上級悪魔との婚約、解消できないの?」
小さな希望を抱きながら問うと、オガワはとんでもない、とばかりに頭を横に振った。
「無理ですよぉう、だって相手は次期陛下になる皇太子様なんですから!」
皇太子! スケールのでかさに頭がくらくらする。
「それにそろそろ、婚礼を迎えますし――」
「婚礼!? コンノ結婚するの?」
オガワの話を遮り、アタシは叫ぶ。
アタシの声に驚きながらも、オガワは頷く。
「はい。第五妃として」
「第五って……コンノはそれで納得してるの?」
アタシの問いにオガワは悲しそうに頭を振った。
「アサミちゃんの意思なんて関係ないんですよぉ、皇太子様が良しと思えばそうなるんですから」
オガワが話したことを心中で咀嚼する。――心がモヤモヤする。納得いかない!
- 486 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:32
-
「ありがとう、オガワ。話してくれて」
「いえいえこれくらいのことでしたら。またなにかあったら気軽に呼んでください」
人の良い笑顔で、では今日はこれで帰りますね、と言いながらマントを被り直した。
「それでは失礼しま〜す」
煙と共にオガワの姿は消えた。
- 487 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:32
-
自室に戻り、ベッドに体を投げ出す。オガワから聞いて発生したモヤモヤはまだ消えていない。
――でも。
アタシになにができるのだろう。
……結局、コンノの気持ち、聞いてないし。
でも、去り際に流していた涙。あれがコンノの気持ちだと思う。……推測だけど。
「あー! もう!!」
枕に八つ当たりのパンチをしてシーツを頭から被る。
考えが纏まらないのならもう寝ちゃおう。明日には冷静に戻って、なにか良い案が生まれるかもしれないし。
良い解決策が生まれるよう祈りながら、アタシはまどろんでいった……。
- 488 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:33
-
――昨日の次の日の今日。
期待と不安が混じった心で、今日も魔法円の紙を広げる。
「『我、後藤真希の名に因って命じる。来れ、城を渡る者。汝、今こそ魔界から人界へと姿を現せ』」
「呼ばれて飛び出て……」
いつもの科白と共に現れたのは――オガワだった。
――ねえコンノ。もう会えないって本当だったの?
「こんばんは〜、なにかご用ですかぁ?」
「それ……」
アタシが指差したテーブルの先にはお菓子が山と作られてある。
「……全部食べちゃって。アタシは部屋に戻るからゆっくりしていっていいよ……」
絶望にも似た気持ちで、アタシは部屋への扉を開けて、閉めた。
- 489 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:33
-
身動きせずベッドに横たわって。30分ほどすると、控えめに扉がノックされた。
「後藤さん、ちょっと良いですかぁ?」
「……なに?」
「さっきまでお菓子に夢中になっちゃってたんですけど、実はアサミちゃんから預かっているものがありまして」
その一言で、ベッドから飛び起きて、扉を開ける。口元にお菓子の食べカスをつけたオガワが立っていた。
「これなんですけどぉ」
オガワの手元を見る。そこには、革紐に飾り程度に縁取られた銀の中心に、まるでマグマのような色をした石を嵌めたそれがあった。
「これって……」
“――これは、わたしがお城に行くことになった前日にお母さんが掛けてくれたものなんです。『あなたはトロいところがあるけれど根はしっかりしているわ。これからはお母さんじゃなくてこの石がアサミを見守ってくれるわ。だからお城に行っても頑張りなさい』そう言ってくれたんです。――それ以来、肌身離さずつけている、大切なものなんです”
――大切なものなんです。そう言っていたコンノのアミュレット。
静静とオガワから受け取る。そして、両手でそれを胸に抱いた。
「アサミちゃん、左腕につけたブレスレットを握って言ってました。『今のわたしにはこれがあるから大丈夫』って。『だからこれを後藤さんに渡してね』って。――あのブレスレット、余程大切なものなんですね」
“大切なもの”
――ねえコンノ。アタシたちの気持ち、繋がっているよね?
- 490 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/01/30(土) 18:33
-
赤い石のそれを身につけ、右手で握り締める。――アタシがウジウジしているのはしょうに合わない! これからどうするか考えなくちゃ!
- 491 名前:石川県民 投稿日:2010/01/30(土) 18:34
-
本日は以上です。
次回で最終回・・・・・・かな?
それでは。 拝。
- 492 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/02(火) 16:15
- 更新ありがとうございます!!
次回が最終回ですかあ。寂しいです。
作者様のこんごま大好きです^^!
- 493 名前:石川県民 投稿日:2010/02/06(土) 22:49
- こんばんは。どうにか自分の中での期日には間に合いましたのでうpします。
先ずは返レスから。
492>名無飼育さんサマ
ありがとうございます。
最終回なので、少し長くなりました。
石川県民の書くヘボいこんごまを大好きと言っていただき赤面物です。
それでは本日の更新です。
- 494 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:50
-
窓のから見る外の景色は相変わらずだった。紅の空に紫の月と黒雲が世界を覆い、眼下には下級悪魔の住む城下町があって。城壁の先には暗澹とした荒野が広がっている。その先になにがあるのか、知らないし、興味も沸かない。思い出すのはただ――優しい声で自分を呼んでくれるあの人の顔と手。そしてその手が作り出す魅惑のお菓子。
アサミ=コンノは今日、婚礼を迎える。
頭に華奢な細工を施したヴェールを被り、華美なフリルのついた上部に、どっさりパニエを仕込んでボリュームを出したスカート部分。見かけは人間界にもあるようなウェディングドレス。ただ色は烏の濡れ羽のような黒のドレスだった。
窓の外を見飽きても、アサミは窓から離れない。しゃらり、左手首を見る。――着つけ係の者に懇願して懇願して、外さなかったブレスレット。その穏やかな緑色をしたそれに、そっと口付けた。
「……大好きです」
贈り主に言えなかった言葉を、小さく紡いだ。
控えめに、それでも自己主張した音量で扉をノックされる。
『コンノ様、ご準備が整いましたでしょうか』
扉の外から掛かり付けのメイドが声をかける。アサミは意を決し、
「はい」
とだけ答えた。
――これから、式を迎える。
- 495 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:50
-
人が釜に煮られるのを見ている悪魔や串刺しされている人の彫り物、それにおどろおどろしい頭蓋骨が飾られている、悪魔大聖堂の扉の前にて。アサミは介添人と共にいた。――もう後には引けない。
ゆっくりと両扉が開かれる。荘厳なパイプオルガンが悪魔の音楽を奏でる。
黒い長絨毯が引かれた道をゆっくりと歩む。アサミは俯きがみに歩んだ。絨毯の先にいる相手をあまり見たくなかったから。
絨毯の先には、壮麗な青年が立派な角と威厳ある尾を垂らし、タキシード姿で立ってアサミを待っていた。
一秒でも遅く、と願うものの、無常にも黒絨毯の先の二段高くなった場に着いてしまった。
「これより、皇太子殿下とアサミ=コンノの結婚の儀を行う」
悪魔の神父が厳かに告げた。
「……明けの明星ルシファー様の名の下に……二つを一つにし……夫婦と認める」
悪魔の神父が淡々と読み進めていく。
アサミは顔は正面に向けたままでも、心は別のことを考えていた。
「それでは指輪の交換を」
静々と出された指輪を、お互いに取り合い、相手の指にはめていく。――アサミは泣きたい気持ちでいっぱいだった。涙を堪えて正面に向き直る。
「誓いの口付けを」
ゆっくりと相手の方を向き、静かにヴェールが取り除けられる。
アサミは観念した気持ちで目をつぶり――
- 496 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:51
-
――かけたところで、周囲がざわついた。何事かと思い、目を開き、辺りを見回すと。
アサミの3m横に六芒星の魔法円が浮き上がっていた。
驚き、目を開く。誰か上級悪魔でも降臨するのかと思いきや、そこにいたのは――、
「ごと……さん?」
もう会えることの出来ないはずの人物が、そこにいた。
「コンノ!!」
後藤は叫び、両腕を開く。
「ご……さん!」
コンノは我知らず、その腕に向かって走って行った。
もちろんこれを傭兵たちが見逃すわけは無かった。ガチャガチャと甲冑の音を立てて魔法円を取り囲もうとする。が、
La――――♪
突如響いた歌声に、膝が折り曲がる。後藤とアサミを隔てることが出来なかった。
「後藤さん!」
開かれた両腕に自分を滑り込ませる。すると後藤は、上に向かって叫んだ。
「『我、後藤真希の名に因って命じる。彼の地より此の地へと戻せ』!」
叫んだ瞬間、召喚特有の浮遊感を感じ――、
後藤とアサミは、人間界のアパートへと戻っていた。
- 497 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:51
-
***** *****
- 498 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:51
-
「んあはは、花嫁の横取りをしちゃった♪」
今時、チープなドラマでもやらないような出来事に、思わず笑いが出る。
笑っているアタシと対称的にコンノは疑問符を頭上に沢山並べていた。
「あの、なんで後藤さんが魔界に? それよりも、えっと、どうやって?」
頭の整理が追いつかないコンノに、アタシは「コンノの友だちたちのお陰だよ」と言ってあげた。
ぎゅっ、と腕の力を強める。コンノは今、気付いたみたいに、顔も耳も真っ赤にさせた。
「これ、付けててくれてたんだね、ありがと」
ちゅっ、と音を立てて手首のブレスレットに口付ける。ぼひゅん! コンノが湯気を立てた。
「どうして……?」
まだ疑問符でいっぱいのコンノに、アタシは順を追って説明を始めた。
- 499 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:52
-
***** *****
- 500 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:52
-
ウジウジしてるのは性に合わない、なんとかしなくちゃ! と決意したものの、さしたる案があるわけでもなくて。
「ね、オガワ。コンノの婚礼っていつ?」
先ずは情報収集にした。
「それはですね〜、えと〜……」
あっさり口を開いてくれるかと思いきや、オガワの口は重い。
「一応、機密の一つなんですよぉ。これ後藤さんに話しちゃって良いのかな〜」
なんて言いながら、首を捻っている。
じりじりした気持ちでオガワの「う〜ん、う〜ん」を聞いていると、オガワが。
「ちょっと友だち召喚して良いですか? あたし一匹だと決められなくて」
「別に良いけど……」
軽くOKしたけれど。あ・摸造紙とペンいるのかな、そう思っていると、オガワは指の先から光を発し、床に魔法円を書き出した。
「アイちゃんとリサちゃん、召っ喚〜!」
オガワの気楽な言葉と共に、煙が出て、同時に人影が見えた。
「やほーマコト。人間界なんて久し振りやよ〜」
「よっ、アイちゃん」
……なんか訛りのあるこの子がアイって子かな。
「わたしは百年振りくらいかな」
「リサちゃん久し振り〜」
……こっちがリサって子か。
なんて考えていると、オガワが子犬の目でアタシの手を握った。
「セイレーン様の血を引くアイ=タカハシちゃんとオロバス様の傍系のリサ=ニイガキちゃんです。二匹ともお城で出会ってから仲良くなったんですよぉ」
……あー以前コンノがお城で仲良くなった二匹、ってこの子たちのことかぁ。タカハシとニイガキ、と頭の中でメモを取る。……タカハシのセイレーンは聞いたことあるけれど、ニイガキのオロバスってなんだろ? 後で聞こっと。
- 501 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:53
-
「ところで人間界に呼び出すってなんやよ? ていうか初めてのことやが」
「うん、アサミちゃんの婚礼のことなんだけどぉ」
オガワがそう切り出すと、タカハシとニイガキ、二匹とも苦い物を口に含んだような表情になった。
それを知ってか知らずか、オガワはのほほんと言葉を続ける。
「日時とか色々、後藤さんに話していいかな?」
そこでようやくニ匹はアタシの存在に気付いたようだった。
「おー、これが噂の後藤さんがし」
「お菓子、ありがとうございました。どれも全部美味しかったです」
感嘆の声を上げるタカハシと深く礼をするニイガキ。……なんだか対称的だな。
確かに格好良い美人さんやなぁ、とまだ声を上げるタカハシとは逆に、じっとアタシを見据えるニイガキ。
「なに? ニイガキ、アタシの顔になんかついてる?」
「いえ。ちょっとだけ過去を読ませていただきました」
はい? 過去?
どういうこと? という表情でオガワを見たら、察してくれたらしく説明してくれた。
「えっとぉ、オロバス様はソロモンの霊72人の1人でしてぇ。過去・現在・未来のどんな質問にも答えてくれる悪魔様なんですよぉ。リサちゃんは傍系だけれど、力が強くって、相手の眼を見ただけでも、過去や未来を読むことができるんです」
ふーん、なるほどね。でもアタシの過去を見てどうするんだろ。
「で・リサちゃんどうだった? 後藤さんは」
「後藤さんは良い人そう?」
「――うん。ちゃんとアサミちゃんのこと大切にしてくれてたみたい」
その言葉にようやく合点が行く。要は品定めされてたわけね。
「良かった、イエーイ!」
「イエーイ!」
ハイタッチをするオガワとタカハシを後ろに、「不躾に失礼しました」と頭を下げるニイガキ。
「いいよ、別に気にしてないし」
「でも……」
「コンノを気にしての行動でしょ? なら全然問題無いよ」
お豆のようにつるりとした額をぽんぽんと叩いて終わりにさせた。
- 502 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:53
-
ハイタッチを終えた後に、一人で不思議な踊りをしていたオガワが、
「リサちゃんの確認も合格したし、話しても良いよね?」
と二匹に聞いた。――当然OKが出るかと思いきや、
「それはダメ」
と言われて、盛大にコケた。アタシもかくっと膝が落ちた。
「なんでさリサちゃん。さっき後藤さんはアサミちゃんを大切にしてくれるって言ったじゃんかよぉ」
「それでもダメだよ。いい? 婚礼は特別なことなんだから重要機密に当るんだよ? 軽々しくほいほいと教えちゃダメなんだよ。これは規則なんだからダメ」
「いいじゃん、少しくらい」
「少しって言って全部話すつもりでしょ」
「うぐ〜。――でもさ、でもさ! リサちゃんだってアサミちゃんの婚礼は反対しているんでしょ!? なら教えちゃってもいいじゃん!」
「……う。それはそうだけど……」
「なら良いじゃん! 全部話して後藤さんに婚礼をブチ壊してもらおうよ!」
ブチこわ……危険なキーワードが出てきたので、オガワとニイガキの二匹の間を割って入る。
「ストップストップ。お互いちょっと冷静になって。あとアタシにも分かるように説明してよ。――先ずはオガワ」
ほえ? と声を出して驚く姿が少し面白い。
「ね、オガワはコンノの婚礼には反対なの? 反対なら理由を言いなよ」
驚き顔から、不満そうに唇を尖らせた表情に変わった。
「だって――今ですらアサミちゃんは不幸なんですもん」
- 503 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:53
-
オガワの弁はこうだった。
「実を言うとですね、あたしはアイちゃんとリサちゃんを除いて、他の上級悪魔様の方々は好きになれません。鼻持ちならない、って言うんですか? 小さな頃は、下級悪魔という理由で殴られたりもしましたし。特にアサミちゃんは次期王妃ということもあって、風当たりが強い方々もいて。あたしのように暴力は振るわれないけれど、小さな嫌がらせや陰口をうじゃうじゃ受けてました。――多分アサミちゃんも同じ気持ちじゃないんでしょうか」
なんなら、アサミちゃんが受けた陰口を言いましょうか、と言われて断った。――聞く勇気が持てなかった。
「オガワの言いたいことは分かったよ。ありがとう、話してくれて」
そう伝えると、オガワは目尻に溜まった涙を乱暴に擦って、鼻を啜った。
「じゃあ次はニイガキ。ニイガキは規則を守って口を閉ざしてるけれど、本当の気持ちはどうなの? 婚礼に反対? それとも賛成?」
「…………反対、です」
小さな声だったけれど、しっかりと聞こえた。
「それはなんで? 身分の差?」
「そんなもの関係ありません。ただ……」
「ただ?」
長い沈黙。アタシはニイガキが話すのをとことん待った。
「……ただ、読んじゃったんです」
なにを読んだのか、聞こうと思った瞬間、この子の能力を思い出す。
「……結婚したコンノの未来のことをかな?」
アタシの問いに、ニイガキはその小さな頭を、小さく頷かせた。
「アサミちゃん、ちっとも笑ってなかった」
頷いた形のまま、体を震わせる。
「辛そうな表情ばっかりで、それでも無理して妃としての務めを果たしてました。夜会のときには、鏡の前で何時間も笑顔の練習をして顔の筋肉を固めていました。茶会は他の王妃たちに無視されても、一生懸命堪えて座ってました――」
「もういいよ。ありがとう」
その小さな頭を撫でる。ニイガキも手で目を擦った。
- 504 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:54
-
「ブチ壊そう。結婚式」
暗いニ匹の前でそう宣言する。一人は笑顔を見せ、もう一人は驚いた表情だった。
「たとえ会えなくても良い、ただコンノには笑ってほしい。――理由はそれだけだよ」
「後藤さん、あたしもです!」
オガワが威勢良く手を上げた。
「わたし、は……」
ニイガキはまだ迷っている様子。規則か友情か、どちらに天秤はつくのか。
「ほや」
今まで黙っていたタカハシが、気楽にぽんと手を打った。そして言った。
「後藤さん。今から、あーしたちにお菓子を作ってください」
「アイちゃん、今はお菓子を食べてるときじゃな――」
「マコトは黙っとき。あーしだって呑気にお菓子を食べてるときじゃないことくらい分かっとるさけ。――それでも、作ってほしいんです」
「……どういうことなのさ?」
ニイガキが目を丸くして尋ねる。タカハシの答えたことはこうだった。
「あーしたちに、お菓子、という報酬を払ってください。そしたらあーしたちに代価として魔界の機密事項のことを話すよう、命じてください。そうしたら契約が成立します。契約が成立したら、悪魔は何が何でもそれを実行せなあかんやよです」
タカハシはくりんと振り向き、ニイガキに言う。
「リサちゃん、これなら大丈夫やよ」
ピースするタカハシに、ニイガキは苦笑で返した。
「……本当にアイちゃんはこういうこと上手いんだから……」
- 505 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:54
-
さて、作ることになったわけだけれど。正直材料が心許ない。薄力粉の買い置きがあったか探る。と、以前に投売りのときに買ったホットケーキMIX徳用しかない状況だった。
……あんまり多くは作れないけれど、これで我慢してもらおう。
〜一時間後〜
生クリームを挟んだトリプルホットケーキ・どら焼き・アプリコットジャムを塗ったパウンドケーキ・粉砂糖をまぶしたドーナツ、そしてサツマイモのタルトが出来あがった。
「ごめん、これだけしか出来なかったけれど……」
申し訳ない気持ちで言う。が、三匹の悪魔たちは目と口を大きく開いて呆然としていた。
「これだけって……」
「充分すぎますよ……」
「……美味しそー」
あ・オガワ、口からヨダレが流れてる。
「やっぱり後藤さんて凄い人だったんだ……」
感心した様子で呟くニイガキに、ちょっと照れる。
「ま、取り敢えず、食べてみてよ」
「「「いただきます!」」」
三匹一斉にお皿に飛びついた。
しばらく無言で食べていた三匹。が、オガワがサツマイモのタルトで、
「美味しーい!」
と叫んだ瞬間、残りの二匹も、
「すっごく美味いやよ!」
「ホットケーキが絶品だよ!」
と口々に褒め言葉を発してくれた。
「じゃあ契約は……」
「「「成立です!!」」」
三匹口を揃えて言ってくれた。
- 506 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:55
-
***** *****
- 507 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:56
-
「……なんて、ことがあったんだよ」
「みんな……」
アタシの腕の中で感慨深げに呟くコンノ。
「それからはね、オガワが自分が番をしている倉庫から、人間が魔界に行ける秘宝に近い、魔法円が描かれたやつをもってきてくれて」
「マコト……」
「ニイガキが婚礼の儀が行われる悪魔大聖堂の傭兵の並びを読んでくれて」
「リサちゃん……」
「で、タカハシが呪歌で傭兵の足止めをしてくれたんだよ」
「アイちゃん……」
「みんな、地位とかを捨ててでもコンノを守りたかったんだよ」
「はい……」
コンノを一度深く抱き締めて、それから少し体を離す。
「三匹からの伝言、伝えとくね」
「え……」
「『お母さんのことは心配しないで。あたしたちはアサミちゃんの幸せを願ってるよ』だってさ。みんな笑顔で言ってたよ」
罰で城を追放されても、別に構わんがし。町で暮らすのも楽しそうやよね。――そうタカハシは付け加えてたっけ。
「みんな……後藤さん……」
- 508 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:56
-
「でも本当に良かったよ」
「え?」
「コンノが飛びこんできてくれて。魔界に行っても『なにしにきたんですか』とでも言われたら立ち直れないし」
「そんなこと言いません……」
絶対に、そう付け加えてアタシの腕の中に入るコンノ。アタシは緩くその体を抱き締めた。
「改めて言うよ。――好きだよ、コンノ」
「はい……」
「今度こそ、コンノの本当の気持ち、教えてくれるよね?」
アタシの心音を聞くかのように、腕の中に中に入るコンノ。
「――はい。わたし、後藤さんが好きです」
「うん」
「大好きです」
「うん」
ここでコンノは体を離した。アタシの腕はコンノの背中に回ったままだったけれど。涙で潤んだ瞳で見られた。
「愛しています」
零れ落ちそうな、どんな尊い宝石でも負けそうなほど綺麗な涙を浮かべて言った。
「アタシもコンノのこと、愛しちゃってる」
お互い緩く笑い――コンノは目をつぶり、アタシは口付けをした。
口付けの後、お互い見詰め合う。
「やばい、コンノのことちょー好き。好きすぎてやばい」
「わたしも後藤さんが好きです。……どうかなっちゃいそうなくらい」
――それから何度もアタシたちは唇を重ね合わせた。
- 509 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:57
-
キスし合って、人心地ついたところで。
「なんか……甘い匂いがしますね」
すんすん、と犬のように鼻を嗅ぐコンノ。
「チョコレートのような……後藤さんの服からも漂ってきます」
「あは。コンノ、今日は何の日か知ってる?」
「今日ですか? 2月の14日ですけれど……」
うん、やっぱり魔界では無かったんだ。不思議そうな表情のコンノが可愛くて、もう少し焦らしたくなるけれど、それも可哀相だから、耳元で囁く。
「今日はセント・バレンタインディだよ」
「セント……?」
「そ。好きな人や恋人にチョコレートを贈る日なんだ」
立ち上がって、コンノにも手を貸して立たせて、キッチンへと向かう。
「……わあ!」
コンノが感嘆の声を上げる。うんうん、我ながら良く作ったものだと思うほどの量だもの。
テーブルに溢れんばかりに作られたチョコレート菓子の数々。定番のトリュフを始め、生チョコ・チョコレートクッキー・チョコタルトにガトーショコラ、チョコレートパフェにチョコスフレ。ガナッシュにトリュフ入りミニシフォン、ココアブラウニーにチョコビスキュイ……etc。
「全部、コンノのことを想いながら作ったんだ」
ちょっと恥ずかしかったけれど、自分の素直な気持ちなので吐き出す。
「どれを一番喜んでくれるんだろう、とか、お酒を使うやつはなるべく控えよう、とかね」
以前学校で言っていた『好きな人が食べる瞬間を想うコト』を思いながら作ること、本当に理解できたよ。
- 510 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:57
-
「あの、ですが……」
コンノを見ると、下を向いてもにょもにょしている。
「わたしは、なにも贈れるものがありません……」
アタシは目が点になり。それから――笑った。豪快に。
「ご、後藤さん?」
突然笑い出したアタシについていけず、コンノはおろおろしている。
笑いが引いたところで(まだひいひい言ってるんだけど)、素早くコンノの額にキスをした。
「こんな可愛い花嫁を横取りしたアタシに、これ以上なにを望めっていうのさ?」
イタズラっぽく言ってみせると、
「……わたしで良いんですか?」
なんてまた控えめなことを言ってくる。
「うん。コンノがいいの」
ここは真面目にちゃんと言っておく。
「あの、でも、わたしなにも持っていませんが……」
「それでもいいの」
「人間界のことにも疎いですし……」
「そんなの構わないよ」
「もう魔界に帰れないですから、住むところもありませんし……」
「一緒に住めばいーじゃん。ここに」
でも、その、なんて四の五の言うコンノを抱き締める。
「アタシはコンノと一緒にいたいよ。コンノは?」
「……わたしも一緒にいたい、です」
そうして抱き締め返してくれた。
- 511 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:57
-
一通り抱擁が済んでから、コンノを座らせケーキナイフを手にする。一番の出来の良いガトーショコラを前にして、切ろうとする――、
「あ、あの!」
コンノのストップがかかった。
「どしたの? 他のやつがいい?」
「いえ。……あの、わたしも人間界のことを少し調べまして」
「うん」
その、と言いながらぽっと頬を赤くする。
「好き合う者同士がケーキを一緒に切る、ということがあるそうですね」
へ? そんなのあったっけ? …………あ!
「ケーキ入刀のこと?」
「はい、それです。なので一緒にやれたら良いな、と思いまして」
コンノ、意味は理解してる? ――でも、ここで意味を教えたら真っ赤になって「やっぱり止めます」って言うに決まってるし。
「いいよ。一緒に切ろう」
アタシは笑顔で応じた。――腹に一物を隠して。
「はい、では」
立ち上がり、アタシが持っているナイフに手を添える。
「はい。じゃあケーキ入刀〜♪」
しっとりとしたケーキは案外あっさりと切れた。
一緒に出来たことを素直に喜ぶコンノ。――後でお茶の時間にでも意味を教えたら、紅茶を噴き出すくらいに真っ赤になるんだろうな。
――そして、それを笑いながら喜ぶアタシがいるんだろうな。
そう思うとワクワクしてきた。
ねえコンノ、好きな人といると、こんなにも『自分』が変えられるんだね。これ、コンノが教えてくれたことだよ?
幸せそうにガトーショコラを頬張るコンノを見てそう考えていた。
- 512 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:58
-
お菓子を作ろう。
キミだけを魅了して虜にできるような。
そんな、甘いお菓子を作ろう。
- 513 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:58
-
――え?この後どうなったかって?
そんなの、こんなおとぎ話みたいな話の締めは決まってるじゃん。
こうして、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ、ちゃんちゃん。ってね♪
- 514 名前:君のためのパティシエール 投稿日:2010/02/06(土) 22:59
-
fin.
- 515 名前:石川県民 投稿日:2010/02/06(土) 23:04
-
お粗末様でした。
2月14日までに間に合って本当に良かった・・・・・・(去年の2月までに書き上げようと思っていたことは内緒です)
ちなみに石川県民の今年の2月14日の予定は、友達と家族にチョコタルトを作る予定です。・・・・・・いいの、楽しいから。orz
さて次回予告ですが。
多分れなえりです。これは『吸血鬼の太陽』みたいに全部書き上げてからうpしたいので、
また当分地下に潜ります。まだ上手く固まっていないのでいつ出来上がるか分かりません。。。ごめんなさい。
それでは次回があることを期待して。拝。
- 516 名前:Special Thanks 投稿日:2010/02/07(日) 00:58
- My friend T井さん。
このスレッド見てないだろうけれど、悪魔や魔法に関する資料を沢山貸してくれてありがとう♪
ただ貴方が何故そんなに持ってたかは聞かないわ。
それがきっと友情。
それでは。 拝。
- 517 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 21:38
- 更新お疲れ様です^^
とても良い作品をありがとうございました。
次回作のれなえりも楽しみに待ってますね。
いつかまた、このスレでこんごまを見れることを楽しみにしています♪
- 518 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/02/07(日) 23:28
- 完結おめでとうございます。やっぱりごまこんが大好きだと再確認しちゃいました。
れなえりを地下より上がって来られるのを地上にてぉ待ちしてます!
- 519 名前:石川県民 投稿日:2010/05/10(月) 15:04
-
どぎゃああああ! とマンドラゴラのような奇声を発して登場、の石川県民です。
皆様、お久しぶりです。
予告通り、れなえりです。今回は前・中・後の3本立てでお送りします。
先ずは返レスをば。
517>名無飼育さん様。
ありがとうございます♪良い作品と言っていただき恐縮です。
こんごまは好きなので、またやりますよ☆
518>名無飼育さん様。
ありがとうございます。ごまこんは正義! 再確認できて良かったです♪
地上に這い上がってきましたので、楽しんでいただけたら幸いです。
- 520 名前:前書き 投稿日:2010/05/10(月) 15:05
-
石川県民)ノ>はーい、今回ochiてるのは、ご想像の通りエロだからでーす! がっつりエロです。苦手な人や18歳未満の方は見ないでくださいね〜。
ノノ*^―^)>しかも全体を通して5回もありまーす。
从;´ワ`)>ちょっ、絵里! 回数は言わんでもよか!!
ノノ*^―^)>えー? 一応は言っておかないと。……けれど多いよね、5回って。
从`ワ´)>それはあたしも思ったけん。どーゆーことっちゃ?(ギロリ)
石川県民)>今回は心の繋がりと同じくらい体の繋がりも重要だからで……、
ノノ*^―^)>で・本音は?
石川県民)>書きたかったから!(すっぱり) あと、以前メールでエロ小説送りますよ、って書いたら何人かの人に『公開してください』と言われたし。その時はまこあいがメインの短編だったけれど、今回は新作のれなえりで書こうかな、と思って。それと、自分は『笑い』が書けないことに気付いちゃったのよね。そーなると『シリアス』か『エロ』しかないから、今回はエロの方向で。
从`ワ´)>己の文才の無さをあたしたちに押し付けるんじゃなかと! 殺―す!!
石川県民)>刺される前に逃避します。それでは皆様お楽しみください。
- 521 名前:【doll】 投稿日:2010/05/10(月) 15:05
-
【doll】
- 522 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:06
-
――これは今よりちょっと未来の世界の話――
ネオンが煌く雑踏の中を人をすり抜けて歩いていく。パブがあったり、ホストの呼びこみがあったりする場所。普段なら出歩かないような場所と時間。
「絵里―こっちなのー!」
親友のさゆがわたしを見つけ、声を上げる。
声に従って場につくと、そこは一件のライブハウス。――お世辞にも綺麗とは言いがたく、あちこちにチラシが貼られている。
「ごめん、ちょっと遅れちゃった」
「まだ大丈夫なの、さ、行こ」
数日前にさゆから買ったチケットを取り出し、中に入る。……このワンドリンクってなんだろう?
ジャラジャラと鎖を付けた人の横を通り抜け、チケットを見せて中に入る。今日の趣旨が書かれたチラシが目に入る。……きょうは『Girls BAND only』みたい。
会場の扉を開けると、もの凄い轟音が鼓膜を響かせる。ワーワー喚いているようにしか聞こえないヴォーカル、連打されるドラム。あまりの異空間に気後れしてしまう。
「目当てのバンドはトリだから、それまで後ろの壁にいよう」
さゆが、耳元で大きな声を出して告げる。わたしも「分かった」という意味で頷いた。
それにしても熱狂的だな。応援している観客たちだって、顔に星をペイントしたりなど奇抜なメイクをしてジャンプしたりしている。……誘ってくれたさゆには悪いけど、あまり性に合わない、かも。
「Thank you!」
曲も終わり、最初のバンドは引っ込んでいった。バンドのファンらしき人たちは後ろに引き、次のバンドのファンが入れ替わるように前へと行った。
そうだ、今のうちに聞いておこう。
「ね、さゆ。このワンドリンクってなに?」
演奏も終わったからか、普通の音量で話してもさゆには通じた。
「その通りの意味なの。チケットは入場券の意味と、飲み物一杯サービスの二つの意味があるの。絵里も今のうちに頼んでおけば?」
「分かった、そうするよ」
隅のカウンターに行ってチケットを見せる。オレンジジュースを頼んだら、チケットの3分の1の部分をもぎ取られた。
- 523 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:07
-
次のバンドが始まった。ポップスでさっきのバンドより聞きやすかったけれど、それでも気が乗らず、壁によっ掛かりながらジュースを啜る。
ギターをかき鳴らし唄うヴォーカル。それに合わせてジャンプする観客席の前の方の人。
う〜ん、異世界に来たみたい。珍しい体験が出来たことは、さゆに感謝かも。
オレンジジュースが無くなりかけたころ。
「みんなありがとー!」
このバンドも終わり、バンドメンバーは手を振りながら去っていく。
わたしは興味無さげにカップをゴミ箱に捨てた。
戻ると、さゆが『早く早く!』と手を振りまわしている。
「早く前の場所を取るの!」
さゆが手を掴んで早歩きで進んでいく。辺りをみると、さゆ同様に前へと詰め寄る観客たち、さっきまでのバンドより人数が多い。
――なんとか一番前を確保して安堵のため息をつく。
「この6thがオススメなの」
「シック……?」
「バンド名だよ。ちょー格好良いんだからね!」
格好良いのは、わたしも知ってる、さゆの恋人の美貴さんがヴォーカルしてるからじゃないの、そう思ったけれど口をつぐんだ。さゆのテンションに水を差すのも悪いし。
「あ、出てきた!」
途端、あちこちから歓声が沸く。ピューイと指笛を鳴らす人もいた。
「美貴さーん!」
さゆが隣で叫ぶ。ステージ上の美貴さんは気付いたように、軽く笑った。
「こんばんはー!6thでーす!!」
わー! と声が上がる。さっきの二組のバンド以上に人が集まっていた。
「今日はオリジナルオンリーでいきます。それでは最初の1曲目、行くよー!」
「「「「「YEAHHHHH!!」」」」」」
また上がる歓声。美貴さんが目で合図してドラマーが頷く。カッカッカ、とスティックの音が響いた。
――♪!
始まったギターソロ。――わたしはそれに釘付けになった。ベースやドラムがリズムを生み出して美貴さんが歌い始める。でもわたしの視線はギターの人に。
適度に色を抜いた茶髪に、あちこちの右指に嵌められた指輪。ワッペンのついた青いシャツを着て、それも似合っている。――格好良い。
真剣な表情でメロディを奏でていく。――すっかりわたしはギターの人の虜になっていた。
1曲目が終了し、観客を見回すギターの人。と、目が合い。大きく見開かれた……気がする。な、なんだろ。
……わたしがギターの人ばかり見てるせいか、やたらと目が合う。その度に心拍数は上昇する。――さゆが言っていた「格好良い」の意味、分かったかも。
- 524 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:07
-
2曲目が始まる。さっきのよりポップな音で、すんなりと音が体に染み込む。ギターの人はホールを見回しながらも、何度もこちらを見ていた。
ギターの人の前にもスタンドマイクが置かれている。あの人も歌うのかな、とちょっとだけわくわくした。どんな声なんだろ。
2曲目も終わり、3曲目に入る。ギターの人がマイクを調整する。歌うんだ!
ah――♪
今度はスローなバラードで、美貴さんとギターの人のツインボーカルだった。
ギターの人の声はやや高めで、耳に心地良い。知らず、目を閉じ、聞き入ってしまう。
「絵里、どうしたの?」
「え?」
さゆに問われ、疑問顔になる。
「右目だけ泣いてるの」
そう言って差し出してくれたハンカチ。ありがとう、と素直に受け取り、ハンカチを覆う。
「空気が乾燥してたからかな」
「それなら良かった」
そう言ってさゆはステージの方に向き直る。
――乾燥してたからじゃない。あの人の声に痺れたからだ。
さゆにも言えない出来事を、そっと心の中に閉まった。
それほど、あの人が歌う切ない恋の歌は心に染み込んだ。
- 525 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:07
-
「ありがとうございましたー!」
曲が終わり、バンドのみんなが手を振る。観客も負けじと振り返す人もいれば、「美貴様―!」と叫ぶ人もいる。
わたしも一生懸命ギターの人に向かって手を振ったら、向こうも気付いてくれたみたいで、小さくバイバイして微笑まれた。
どきゅん!!
その笑顔に心臓が打ち抜かれる。――ヤバい。完全にハマったかも。
全身の血が顔に巡る。「絵里? 絵里?」とさゆに声をかけられても、全く動けなかった。
- 526 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:08
-
「えーりってばー!」
体を揺すられ、ようやく我に返る。
「あ、なに? さゆ」
気付くとホールには誰も居なくて、わたしたち二人だけだった。
「だからー、楽屋に行こうってさっきから言ってたの」
「楽屋……?」
さゆはにっこり意地悪そうに笑って、
「6thの。れいなに会えるよ?」
「れいなって……」
まさか、と思いつつも、胸の鼓動が早くなる。
「6thのギタリスト。絵里、ちょー見てたよね?」
ガン見だったよね〜、なんてのほほんと言われ、再び顔に血が巡る。
「その、あれはっ」
なんて言えば良いのか分からず、それでも声に出してしまう。すると、さゆは可愛く小首を傾げながら、
「絵里はれいなに会いたくないの?」
痛い所を突いた。
うぅ。
「……会いたぃ……です」
顔を熱くさせながら、それでも小声でなんとか言えた。
「じゃあ早くなの」
手を取って、小走りにホールを抜けるさゆ。途中ですれ違ったスタッフさんから、
「お・さゆちゃん。楽屋はもう6thしかいないよ」
と声をかけられた。それに、
「ありがとうございまーす♪」
と笑顔で返して、細い通路を進む。
「ね、さゆ。楽屋って誰でも入れるの?」
「そこは恋人の権限なの」
寒い外で出待ちしなくていいから楽だよ、なんて返される。
細い通路の奥に、『楽屋』と張り紙された扉があった。さゆはコンコンとノックして、返事も待たずに扉を開けた。
- 527 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:08
-
「そーだ、れいな。2曲目の頭、モタったでしょ」
ちゃんと聞いてるんだからねー、と追加される美貴さんの声がした。
「あ、それは悪かったけん」
――あの人の、声だ。
心臓が跳ね上がる。そんなわたしを意に介さず、さゆは扉を全開にした。
「お邪魔しまーす! 美貴さん!」
「……お邪魔します」
元気いっぱい、嬉しさ全開のさゆとは対称的に小さな声で中に入る。
壁の一面は鏡張りしてあり、そこにテーブルが備え付けられている。そこでパイプ椅子に座ってピアスを外している人もいれば(確かドラムの人だ)、椅子に座ってベースを鳴らしている人もいる。
さゆの目当ての美貴さんは楽譜を見ていた。
「や、シゲさん」
さゆに気付くと、軽く手を上げた。
「美貴さん、今日も格好良かったですよー! ますます好きになっちゃいました!!」
「本当? 嬉しいな、ありがとう」
「本当ですよー大好きです」
いちゃいちゃしている二人は放っておいて、扉の近くで目をきょろきょろさせる。――いた。パイプ椅子に座ってミネラルウォーターを飲んでいる。
わたしに気付いて、目を大きく開き――微笑んだ。
おいでおいで、と手招きされる。それに釣られるように、ふらふらと足はあの人に向かって行った。
「こんばんは。さゆの友だち?」
やや低めの声で尋ねられる。それだけでも心音が早くなる。
「あ、はい。亀井絵里っていいます」
「あたしは田中れいな。よろしく」
綺麗に短くカットされた爪先を横にして手の平を差し出される。わたしは夢見心地で差し出されたその手と握手した。
九州の方かな、ちょっと訛っている。でもその声が気持ち良く体に浸透する。手の平もわたしより小さい。指も細い。けれど、温かくて。それにあんな凄い演奏が出来るんだ。
「さゆの友だちってことは――」
「絵里ー、れいなー! 打ち上げに行くよー!」
田中さんの声を遮って、さゆがはしゃいだ声で叫んだ。――んもう! 当の田中さんを見ると、苦笑いをしていて、
「……聞こうと思ったこと、さゆに言われたけん」
と言っていた。
……ということは。
「あの、わたしも参加して良いんですか?」
今日初めて来た人間なのに。
そう思って問うと、
「よかよか。さゆも美貴ねぇも、そのつもりやけん」
と気軽に返された。
はやくぅー、なんて促され、「分かったけん」なんて言いながら田中さんは立ち上がった。
- 528 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:09
-
ライブハウスの外に出ると。
「美貴様―!」
「美貴帝―!」
と、出待ちの人達が黄色い声を上げた。中には「れいなさーん!」なんて声もあって、ヴォーカルの美貴さんだけ待っていたわけじゃないんだと悟る。
ベースやドラムの人も、次々とプレゼントが渡されていく。美貴さんなんてその倍は貰っている。
田中さんも当然なわけで、次々と渡されていくプレゼント。
バンドのみんな、笑顔でそれらを受け取っていく。
むぅ、ちょっと面白くないぞ。なんて思っていると、さゆは作り笑顔でそれを見ていた。
さゆに近付き、小声で会話する。
「いいの? 美貴さんあんなに貰っているよ?」
「いいわけないの。でもこれもファンサービスの一つだから仕様がないの」
あ・ベースの人、ファンの子の頬にキスまでしてる。美貴さんは――と見ると、プレゼントは受け取りつつも、ハグしようとして来た子をやんわりとたしなめ、断っている。
流石だ。――何が、って言われても困るけれど。ファンのあしらい方が上手。
対して田中さんをみると、美貴さんと同様にプレゼントは受け取っているけれど、それ以上のことをしようとする子には断っている。……困った苦笑いだったけれど。
もうちょっと上手くなれば良いのに。――でもその不器用さにもちょっと惹かれた。
出待ちの子たちとも離れ、6人で打ち上げ先の居酒屋へと歩いていく。
「……」
「……」
田中さんの隣を歩いているけれど、な、なにを話せば良いんだろう。田中さんもなんか無言だし。
困りきった所で。
「ここなのー」
さゆが一軒のチェーン展開している居酒屋を指した。ほっ。どうやら目的地には着けたみたい。
美貴さんが扉を開ける。
「いらっしゃいませー!」
威勢の良い声と、騒々しい室内。
予約していたらしく、混んでいる店内の奥へと通された。テーブルに通され、奥へ奥へと詰められる。わたしは田中さんの横に座った。き、緊張する。
取り敢えずビール、の一言で、6杯のジョッキが運ばれてくる。
「それでは、今日の成功を祝って、」
「「「「「「かんぱーい!」」」」」」
グラスを重ね合う。――なんだかメンバーの一人にでもなれた気分。
ちびちび飲みながらも次々と運ばれてくる、サラダや唐揚げといった料理たち。それをみんなで突つき合いながら、会話する。
「今日は6thの大勝利ですよ〜。もうどこと対バンしても勝てますよ〜」
陽気な声でさゆが言う。
「ありがと、シゲさん。そう言ってくれて。でもウチらはまだまだだよ」
「でも、ミュージカロイドも使わずに、あそこまで一体感出せるバンドなんてそうそうないですよ」
- 529 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:09
-
――ミュージカロイド。聞いたことある。音楽を奏でるアンドロイド。歌うヴォーカロイドを筆頭に、ギターロイドやベースロイドなんてのもある話だ。確かアンドロイド製作の権威でもあるHP研究所が筆頭して作っているということ。
お値段は……なんでも出来るアンドロイドよりは安いけれど、それでも一般庶民にはなかなか手が出ない金額のはず。
まあ、でも、お金持ちのボンボンがそれらを何体か集めて、ライブをしているのを、ネットの動画で見たことある。
- 530 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:09
-
「も〜シゲさんは可愛いこと言うな〜」
ライブハウスのステージ上で見たクールな美貴さんは、どっか行って、いまは超デレデレしている。さゆ曰く「これも美貴さんの魅力なの」だったかな。
自分の取り皿に盛ったサラダを口にしつつ、横目で田中さんを見ると――目が合った!
「なん?」
優しい口調で聞かれ、つい、箸を皿に置いてしまう。
「あの、田中さんは、」
「れいな、でよかよ。あとタメ口でよかと」
「あの、うん。じゃあれいなはいくつ?」
「20歳。飲める年になったせいか、美貴ねぇがよく、飲ませようとするけん」
そうれいなが――れいな、って呼ぶ度に顔が熱くなる――言うと、
「そうだぞ、れいな。もっと飲めー!」
「絵里も飲むのー!」
既に出来上がっているのか、美貴さんとさゆの声が響く。
「わたしの1コ下なんだぁ……」
それなのに凄い、ギターテクと歌声を持っているなんて。
「絵里」
――え?
「あたしも絵里、って呼んでよかと?」
「う、うん!」
「絵里は酒、飲めるほう?」
「ううん、あんまり――」
絵里。――れいなに呼ばれるだけで、自分の名前が特別に思える。
れいながジョッキをぐいっと煽って空にし、テーブルに置く。
「さゆに美貴ねぇのことも知っとるみたいけやけん、昔からの友だちやったと?」
「わたし今大学生なんだけど、さゆとは、バイト先のコンビニに同期としてバイトに入ったの。一年くらい前かな。歳も近いから意気投合しちゃって」
「そーなの、親友になっちゃったの!」
ねー。と口を挟んださゆと一緒に首を傾げる。今では、お互いの家にお泊りする程の仲だ、そうれいなに告げると、
「羨ましかね、そういうの」
と優しく言われた。
「ていうかれいな、ジョッキ空じゃん。注文しろよ〜」
「絵里もなの〜」
美貴さんとさゆは目聡くわたしたちの手元を見て、言った。れいなはやれやれといった感じでメニューを手にする。
「はいはい、分かったけん。このバンドマスター様は居酒屋では横暴やけん。絵里はなんにすると?」
「え……と、じゃあカシスオレンジ」
「了解。すみませーん、カシオレとウーロンハイ、一つずつお願いします」
近くに居た店員さんに声をかける。店員さんは「かしこまりましたー」と言って、すぐに持ってきてくれた。
「二人で乾杯するっちゃ」
「え、うん!」
「今日、出会えたことに、乾杯」
「……乾杯」
恥ずかしくって、れいなの顔なんて見れなかった。――どうしてこの人といると挙動不審になっちゃうんだろう。
- 531 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:10
-
「れいな、一気! 一気!」
否応無く美貴さんの声が飛ぶ。その言葉に、れいなは苦く笑ってから――グラスを煽った。
ぐびり、ぐびり、と喉に流しこまれるウーロンハイ。だ、大丈夫かな。
タン! と置かれた空のグラス。美貴さんとさゆはおろか、ベースやドラムの人も、喝采を上げる。
ぐらり、と揺れるれいなの頭。慌てて支えようとするけれど、杞憂に終わった。一度大きく揺れただけで、その後は特に変化はなかった。
「大丈夫?」
それでも一応声をかけると、こっちを見た。わたしの顔を見て――ニヤリと笑った。
顔が近付いてくる。な、なんなの!? つい目を閉じると、耳元で言われた。
「絵里、ライブ中、ずっとあたしのこと見とったでしょ」
心臓が跳ね上がる。バレてたなんて――!
気付いとったけん、そしてその姿勢のまま言われる。
「あたしも絵里のこと見とったけん」
囁かれた言葉に顔が熱くなる、骨抜きになる。――もうタコそのもの。
それってどういう意味? なんて聞けなくて、ただ体中を真っ赤にしながらふにゃふにゃしていると、顔が離れる気配がしたので、目を開ける。れいながにこにこ顔で言った。
「な、明後日ここから近くの貸しスタジオで練習するけん。良かったら見に来んと?」
「う、うん!」
喜んで、とばかりに何度も強く頷いた。
――その後、ケー番とアドレス交換したところで、打ち上げはお開きになった。れいなに見られてる、そう思うとケータイの操作すら、なかなか上手くいかなかった。
- 532 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:10
-
――その明後日。つまり今日。
わたしに気付いてくれたギターを担いだれいなが手を大きく振る。わたしは小走りで近付いた。
「ご、ごめんね、ちょっと迷った……」
「気にすることないっちゃ、この辺り入り組んどるけん」
れいなは扉を開けて、わたしを中へと促す。
「他のメンバーはもう入っとるっちゃ」
中に入ると、カラオケルームみたいになっていて。カウンターがあり、その奥に個室が数個あって、各部屋から音が少し漏れ聞こえていた。
「いっちゃん奥の部屋やけん」
れいなが先導して、わたしが後をついていく。奥の部屋へと着く。今度はれいなが先に入っていった。途端に聞こえるベースのビビーンて音。
「はいはい、飾りチョッパー入れる前に、リズム隊はリズムを整えて」
美貴さんの声もする。……今日はさゆ、いないのかなぁ?
「待たせたと」
「お邪魔します」
わたしも中に入る。中は簡素で、椅子は脇に数脚あるだけだった。数個のアンプにコードがいくつか繋がれていて、白一色の壁と、部屋の天井隅には監視カメラがあった。
「お。れいなのお姫様が来たね」
意地悪そうに笑う美貴さん。お、お姫様? って、わたし?
「れいな、ずっとそわそわしてたもんね」とドラムの人。
「そーそー。待合席にいる間ずっと小刻みに動いてたし」とはベースの人。
「その内、『外で待っとるけん! 美貴ねぇたちは先に部屋行っとってと』て言ってギター担いだまま外に出ちゃったし」とは美貴さん。
「え、絵里の前でそんなことバラさんでも良かとやろ!」
真っ赤になって怒るれいな。を、けらけら笑うメンバーの人たち。わたしは……顔が耳まで熱くなっていた。きっとれいなと同じくらいに赤い。
……待ち望んでたのは、わたしだけじゃなかったんだ……。
「さ、さっさと練習するっちゃ! 絵里はその辺に好きなように座ってたらよか」
「う、うん」わたしは素直に頷いた。
れいなは慌てたようにカバーからギターを引き出す。
「あれ〜? 練習できなかったのは誰のせいだっけ?」と美貴さんが追い討ちをかける。
「うぐ……」
顔を真っ赤にさせたまま、言葉につまるれいな。……なんか、可愛い。
れいながギターとアンプをコードで繋げて練習本番。
a――――♪
キリの良いところで、美貴さんが、
「れいな、ちょっと走ってる」とか、
「今のところ音程上げよっか?」とか、丹念に言ったり聞いたりする。
――みんな、一生懸命に調整する。
美貴さんのこの仕事が、れいなが居酒屋で言っていたバンドマスターってことなのかな。
時間も忘れて、みんなの練習風景を見る。――こうやって音楽が出来上がっていくんだ。
- 533 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:11
-
「荒いけど一応形になったし、休憩にしよっか」
美貴さんのその一言で、場の雰囲気から緊張が解けた。時計を見ると、もう2時間も経っていた。
早速伸びをするドラムさん。あ゛―、なんて言っている。
指をぱきぱき鳴らすベースさん。今日中に形になって良かったね、なんて美貴さんに話し掛けている。
れいなは……ギターを肩から下ろして、「ちょっと外の空気吸ってくるばい」と言って歩き始めた。……と思ったら。わたしの前まで来て、
「良かったら、絵里も一緒にどうと?」
なんて聞いてきた。
「うん。行く」
二つ返事で即答した。
自分で肩を揉みながら通路を歩いていくれいな、とその後を歩くわたし。
「う〜さすがに肩が凝ったけん」
「2時間、通しだったもんね」
そう言うと、れいなは気付いたように慌ててわたしの方に体を向けた。
「絵里、ヒマだったり、つまらなかったと?」
不安そうなその声色と表情に、つい微笑が漏れる。
「ううん、全然。すっごい楽しいよ」
「……本トに?」
まだ不安顔のれいな。
「うん。音楽ってこうして出来上がっていくんだなあ、って思って見惚れちゃった」
笑ってみせたら、ようやくれいなの不安顔も消えた。
とん、と廊下の壁に肩をつける。
「一個一個、丁寧に仕上げていくんだね。それって凄いことだよね、それをれいなたちはやっているんだもん。それにれいなの真剣な表情、格好良かったよ」
最近の流行りの歌は知っていても、一つのアーティストに興味を持ったりすることが無かったわたしとしては、れいなたちがしていることは、凄く新鮮に映った。
「……ありがと、絵里」
れいなは、つ、と壁に手を触れ、わたしと向き合う。
数瞬の間見詰め合い――。
――近付いてくるれいなの顔を、拒むことなく自然に受け入れ、目を閉じた。
- 534 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:11
-
数秒の間、唇を触れ合わせて。ゆっくりと離れる気配を感じ、目を開けた。
「絵里、ばり可愛か」
そこには、期待のこもった眼差しでわたしを見るれいなの姿があった。
「ね、れいなのこと好いとぉ?」
「――うん」
素直に返事する。
「あたしと付き合わんと?」
れいなも素直に聞いてくる。
「うん……」
小さく返事すると、二度目のキスが下りてきた。
ちゅっ。
と、軽いキスをされ。
「絵里、ありがと。ばり嬉しかと」
体全身を使って、抱き締められた。
だからわたしも、全身を使って抱き締め返す。
「わたしもだよ……。すごい、嬉しい……」
一目惚れって本当にあったんだ、とか、なんでわたしを選んでくれたんだろう、とか、思うことは沢山あったけれど。
今はただ、心地良いこの体温を逃したくないな、と思った。
――1分近く抱き締め合ったままでいると、れいなの唇が、わたしの耳に寄ってきた。
「絵里。今夜――ウチに来んと?」
ぎゅ、と抱き締めている腕が、更に力を入れられる。それは震えを抑えているかのように見えた。
「うん。……行く」
そう言って、れいなの背中を泣いた子どもをあやすかのように、撫でた。
- 535 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:11
-
――――。
がさがさと、途中で寄ったコンビニで買った飲み物とお菓子が、歩くたびに微かに音を鳴らす。
ガチャ。電子キーでドアはあっけなく開かれた。
「入って。一人暮らしやけん、遠慮せんでよかと」
「……お邪魔しまーす」
それでもつい、言ってしまうのはわたしの癖だった。
ドアを開けてすぐに見えるのは、あまり使ってなさそうなキッチン。――れいな、ご飯とかどうしてるのだろう。
キッチンに直結したフローリングの部屋。れいなはその部屋の灯りをつけた。
左には一人用のベッド。壁には数着のジャケットが掛かっている。右には――CDの詰まった棚と、その下に散乱しているギター雑誌、隅にはギタースタンドとアンプが鎮座していた。
れいなは慣れた手つきで肩に掛けていたギターをカバーから取り外し、スタンドに立たせる。
それから、クッションを一つ、投げて寄越した。
「さ、座って」
「うん」
ベランダ窓の近くにあったミニテーブルにコンビニの袋を置き、その近くにれいなが投げて寄越したクッションを敷いて座った。
れいなは、早速とばかりにコンビニ袋を漁って、コーラを取り出す。ついでにわたしのオレンジジュースも。こっちは投げられず、普通に手渡された。
「んじゃ、乾杯」
こつ、とぶつけられたペットボトルと紙パック。れいながボトルを捻ると、ぷしゅ、といい音がした。
蒸気を上げながら開いたペットボトルを数口、飲むれいな。――飲んでから。
「絵里、緊張してると?」
と聞かれた。
心の中を見透かされたようで、どきん、と心臓が跳ねた。
「う、うん。……ちょっとだけ」
付属のストローを慎重に破る。――動揺を悟られないために。ぷす、と刺してジュースを少しだけ啜る。
ちらり、とれいなを見ると、なんだか愉快そうだった。
- 536 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:12
-
ぷくく、と声を押し殺しきれなかった笑いがれいなの口から漏れた。
「な、なによう、れいな……」
「いや、すまんちゃ……あまりにも、」
手がわたしの頭に乗せられる。そして――撫でられた。
「絵里、可愛すぎるっちゃ」
なでなで、そんな擬音がつくように撫でられる。
「緊張してる姿も、ばり可愛か」
「子ども扱いしないでよぉ……」
年下のれいなに、頭を撫でられるのは、気持ち良かったけれど、余計なプライドがそれを非難した。
「子ども扱いじゃなかと。絵里の全部が可愛いってことばい」
撫でていた手が、流れるように、すっ、と頬に添えられた。
「絵里、可愛い。ばり好いとお」
顔が寄せられる。――3度目のキスも、わたしは静かに受け入れた。
ただ、1回目や2回目と違って、何度も角度を変えられ、4度、5度と、キスされる。
――もう何回キスしたのか分からなくなる程された後、
「ね、絵里、唇開いて欲しか」
耳元でそう囁かれる。わたしは素直に小さく開けた。
- 537 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:12
-
今度のキスは今までと違っていた。唇に唇が触れられた、と思った瞬間、れいなの舌が侵入してきたのだった。
こんなキス、初めてで、戸惑う。――その戸惑いを消すかのように、れいなの手の平がわたしの頭を優しく撫でた。
舌先で、ちょん、とわたしの舌に触れると、歯列の裏側をなぞられる。
「んっ」
思わず声を漏らすと、目聡くれいなの舌は、わたしの舌を絡め取った。
ねっとりと絡めて、外され、口蓋をなぞられ。れいなの舌はわたしを蹂躙していく。――口腔内のことだけじゃなくて、思考も、心も、れいなに絡め取られていく。
くちゅ、ちゅ、と淫靡な音が部屋に響く。
いつの間にか指はお互い絡め合っていた。
もう、頭がぼーっとして何も考えられなくなったところで、れいなのキスは終わった。
余韻に浸っていると、
「絵里、良かと?」
真摯な眼差しで問われた。
なにが良いのか、すでにわたしも理解していたから、小さく、うん、と頷いた。
「ベッドに、行こう。フローリングだと絵里が痛か」
手を引かれ、立ち上がる。もう既に足に力は入ってなかった。
崩れ落ちるようにベッドに寝転がるわたし。れいなは両手をついて、わたしに覆い被さった。
「絵里、本トに良かと?」
「――うん。……ただ、その……」
言い淀むわたしを、じっと待ち続けるれいな。うぅ、顔に熱が集中する。
「……は、初めてだから……優しくしてほしい……」
顔を真っ赤にして、告げると。
れいなは優しい眼差しで見つめていた。
「あたしも初めてやけん。だから、絵里の気持ち良いところ、嫌なところ、教えてほしか」
「うん……っ」
- 538 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:13
-
ぷち、ぷち、と外されていくボタン。ひ、人に(それも好きな人に)服を脱がされるのって、こんなに恥ずかしいんだ……!
「絵里、顔真っ赤。可愛か」
シャツのボタンを全部外され、背中に手を伸ばされた、と思ったら。プチとブラのホックも外された。
「絵里、一回起きて」
のろのろと、それでも素直に体を起こす。シャツとブラが腕から外され、ぽとりとベッド下に捨てられた。
せっかくだから、とスカートにも手を掛けられる。そして下着も。両方とも、やっぱりベッド下に落とされた。
「ばり綺麗たい」
そのまま、また押し倒されそうになるけれど、腕を使って抵抗する。
「れいなも脱いでよぉ」
切なく懇願すると、れいなは、ああそうっちゃね、とあっけなく応えてくれた。
れいなは荒々しく自分のTシャツを剥ぎ取り、ズボンも脱ぐ。
二人とも生まれたままの姿になると、今度は素直に押し倒された。
「ふあっ」
素肌と素肌の触れ合いが気持ち良くて、つい声が出る。れいなも同じなのか、気持ち良かと、と呟きながらわたしの背や腕を撫ぜる。
「絵里、嫌だったり、痛かったら素直に言ってほしか」
そう言ってれいなはわたしの頬に軽く口付けた。
「……うん」
れいなの手が脇腹を滑る。ぞくぞくしたけど、それは心地良いものだった。もう片方の手はわたしの手と指を絡ませ合っている。
れいなの頭が移動して、わたしの首に口付けをする。んっ、と思わず声を漏らし、反ると、柔らかく噛まれた。
指を絡ませ合っていた手が離れ、わたしの肌の上を滑っていく。腕の付け根まで来て――鎖骨を撫ぞられた。
「あっ!」
一段と大きな声が出る。
「絵里はここが弱かと?」
「う、うん」
――友だちに、ふざけ半分面白半分で触られても、体をすくめてしまうのに、今、この状況で敏感になってしまっているのも、無理はなかった。
「そっか」
そう一言だけ言って、れいなの頭が鎖骨に移動する。
はむ、と噛まれ、舌で撫ぜられる。
「ひゃ、あっ」
脇腹を撫でていた手も、もう片方の鎖骨に移動していて。撫でられたり、爪を立てられたりする。
「あっ、だめっ! れいな! 声が出ちゃうよぉ……」
そう言うと、れいなは頭を上げ、わたしの耳元で囁いた。
「この部屋、防音やけん。だから思いっきり声を出してよか」
そして。耳を舐められた。
「んうっ」
ぴちゃぴちゃと、いやらしい音が鼓膜を直撃する。れいなの両手は鎖骨をいじったままだ。
「ふっ、あ……れいなぁ……」
初めての快感に、体に力が入らなくて。時折、びくっ、びくっ、と反応するだけ。
- 539 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:13
-
四肢に力が入らない。頭も中が霞掛かって上手く考えが纏まらない。
「絵里、触ってもないのに、もう尖ってると」
いつの間にか、れいなの顔は耳を離れ、両手も鎖骨から胸へと移動している。
「感じてくれとるっちゃね。嬉しか」
そう言って、胸の先端をぺろりと舐め上げた。
「あっ!」
脳に電撃が走る。――それくらいの衝動だった。
れいなの手がやわやわと下から揉み上げる。それに追従するかのように舌が先端を吸った。
「はあんっ! れいなぁ……!」
弱々しく言ってみても、れいなは聞いてくれない。下から揉んだまま、先端を吸う、舐める、噛む。
その度にびくびくと反応する自分の体。ああ、もう思考回路なんてどっか行っちゃった。
ようやくれいなが顔を上げた。にやり、と笑われ、手が頬に添えられる。
「絵里」
「……なに……?」
ぎりぎり搾り出せた声。
「気付いてないかもしれないけれど、今、ばりエロい表情してるばい」
「……そんなこと……」
ないよ、と言い切れなかった。――れいなが与える快感に、すでに頭が回らなくなっていたから。
頬を優しく撫でられる。
「絵里。――下、よかと?」
下、の意味にすぐには気付けなかったけれど。れいなの真剣な表情に合点がいった。
「うん……」
顔を赤くして、わたしは頷いた。
- 540 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:14
-
する――と流れた手は下に向かっていった。
クチュ。
自分でも聞こえるくらいの音。
「すご……ばり濡れとお」
「わ、わざわざ言わなくていいよ……っ」
「ばってん、ほら……」
れいなが指を動かす度に鳴る、くちゅくちゅ、という音。
「絵里があたしに感じてくれとった証拠たい」
指先でぐるぐる回されて。それだけなのに、自分じゃコントロールできないものが溢れ出てきそうだった。
「だ、だって……」
「だって?」
「れいなのこと、大好きなんだもん。こうなって当たり前だよぉ……」
「――っ!」
突然、噛みつかれたようにキスされた。何度も角度を変えて。ふあ、と呼吸をしたら、舌をねじこまれ、口腔を蹂躙される。
ぴちゃ、ぷちゅ、くちゅ、ちゅぷ。
上からも下からも淫靡な音が奏でられる。
唇がようやく離される。けれどわたしたちは太い糸で繋がっていた。れいなが体を起こすと、糸はぷつりと切れた。
「絵里……」
「……なに?」
「あんまり可愛いこと言うんじゃなか。抑えきれなくなるっちゃ」
「……いいよ、抑えなくたって。れいなの好きにしてよ」
「そうはあかんばい。『優しくする』と約束したと」
――律儀だな、れいなって。でもそんなところも、いとおしかった。
- 541 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:14
-
「恥ずかしかもしれんけん。ばってん、我慢してほしか」
そう言うとれいなの頭はするすると下へと下りていく。……なんだろう、とぼんやり考えていると。
「――あっ!」
体の中で、一番敏感な部分を、く、口に含まれた。
転がされ、吸われ、甘噛みされて。
「ひやぁ、あっああ!」
一段と大きな声が出てしまう。自分の声が、耳を塞ぎたいくらいの嬌声。
――れいなにされてることも、自分の声も、自分の体の反応も、全てが恥ずかしい。反射的に股を閉じようとしたけれど、れいなの頭を挟みこむ形になるだけだった。
「れいな……や、やだぁ……」
「なんでと? 絵里の声、さっきより甘くなっとるけん」
ソコで喋らないで! そう言いたかったけれど、言葉は形にならず、「はあっ!」と吐息になるだけだった。
先端だけじゃなく、れいなの指の先が入っている周囲も舐め上げられる。
「ふあ……は、ぁん……」
もう言葉を発することもできない。ただ快楽に身を捩るだけだった。
- 542 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:14
-
「――絵里。挿れてよかと?」
息も絶え絶え、目も虚ろになりかけのわたしに、丁寧にも顔を上げ耳元で聞いてくるれいな。
「……っ……」
答えることもできず、ただ首を縦に振った。
「痛かったら、言って」
それだけ言うと、れいなは片方の手をわたしの背中に回し、肩を掴んだ。
くちゅ、ぬぷ。
「うぅ、ふ……」
充分に潤いきったソコはれいなの細い指を抵抗なく受け入れた。
「……絵里の中、ばり熱くて、湿ってて、柔らかいっちゃ」
そんなこと言わないで! そう意思表示するため、ぶんぶんと首を横に振った。れいなには伝わらなかったようで、平然と、
「動かすばい」
とだけ言った。
ずっ、くちゃ。
「ん! ひあっ」
ナカがれいなの指に絡みついていくのが、自分でも分かる。
「ぁあっ。やっ!」
さっきまでとは、比べものにならないくらいの快感に、声を抑えることなんて出来ず、ただ自分の前にあるれいなの華奢な体に抱き付いた。
「絵里の声、可愛い。もっと聞かせてほしか」
そう言ってれいなは挿れている指を2本に増やした。
「んあ……ら、め……っ」
掻き混ぜられたり、激しく突かれたり。指本体は動かさずに先端だけでくすぐるように。
れいなのテクは多彩で、わたしはただそれに翻弄されるしかなかった。
- 543 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:15
-
――コリ。
「ん! そこ!」
流されるままのわたしだったけれど、れいなの指がそこに触れた途端、口から自己主張を発した。
「ここ? 気持ち良かと?」
「ぅ、うん」
奥の上の部分に敏感な場所があった。そこを擦られると、全身がビクビク震えた。
「分かったばい」
れいなはそこを重心的に突いてくれた。
……ず、ぐちゅっ。
「ひあ……クる、なんかキちゃうよぉ……」
「うん。イってもよかよ」
はあ、と吐き出されるれいなの吐息も熱い。……れいなも興奮、してるんだ。
「れいなぁ……」
キス、したかった。
だから舌でれいなの唇に触れた。れいなは察してくれたらしく、唇を重ねてくれた。――お互いに相手を貪るかのように激しいキスをする。舌を絡ませ合いながら、唇を離した。
れいなの指は止まることなく動いている。
「ふ、んっ、あ……!」
体中に電気が走るような衝撃。
「ああー!」
ビクンビクンとお腹の下が収斂する気配がする。
どくどくと、脈打つ内部。
頭の中は真っ白になった。
- 544 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:15
-
激しい疲労感に、全身が動かない。まだ体に電気が残っているような感じ。
「……理、絵里」
重い瞼を無理矢理上げると、そこには心配そうなれいなの顔が。
「ふにゃあ……れいなぁ……」
「絵里、大丈夫と? 辛くなかった?」
さっきまでの荒々しさは消えて、今のれいなはわたしを気遣ってくれている。
全身の力を振り絞って腕を上げ、れいなの頬に触れる。
「気持ち、良かったよ」
ぼっ、とれいなの顔に火が灯った。
「そ、それなら良かったばい」
赤い顔でうろたえるれいなは可愛かった。だからわたしは笑顔が零れた。
「……なんね? 絵里」
「んーん。なんかさっきまでのれいなとは別人だなーと思って」
くすくす笑うわたしに、れいなは硬直していたかと思うと。
す――と艶めいて頬を撫でられた。眼は獲物を前にしたライオンのよう。
「別人かどうか、もう一回試してみると?」
今度はわたしが、顔に火を灯らせる側だった。
「え、遠慮するよ……」
……正直、体がもたないだろうし。
「遠慮することはなかとよー?」
ライオンの眼から戻っても、れいなはわたしをからかうかのように誘う。
「も、もう無理だってば!」
赤い顔で抵抗すると、れいなは、じゃあ、と言ってわたしの肩を抱いた。
「今日はもう泊まりんしゃい。良かとやろ?」
「う、うん。じゃあ洋服……」
ベッド下に手を伸ばすと、れいなにそれを遮られた。
「もう今日はしないから、このままで寝よ。絵里の肌、気持ち良か」
……確かに。わたしもれいなの体温が気持ち良いのは事実だった。
シーツを被せられ、二人で抱き合う。お互いの素肌の感触が気持ち良い。
さっきまであった疲労感が再び押し寄せてきて、うつらうつらとわたしは舟を漕ぐ。
夢うつつに感じるれいなの感触。手が伸びて、わたしの髪を梳く気配がする。
「絵里、可愛か。ばり好いとぉ」
そう囁くれいなの声。
――夢と現実の間で、これは現実だといいな、と思いながら意識を手放した。
- 545 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:16
-
――――。
ぱちり、と目が覚めた。
今、何時だろう、そう思いながら癖で枕元のケータイに手を伸ばすが、みつからない。
あれ……なんで……。
そこまで考え、意識が覚醒した。
そうだ! 昨日はれいなの家に!
慌てて飛び起きる。――と、下腹部に鈍痛が走った。
「……っ」
「絵里、起きたと?」
隣にはれいなが微笑みながらわたしを見上げていた。
「お、おはよ。れいな、今、何時か分かる?」
「んー? 7時ちょい前」
壁掛け時計を見て、れいなは答える。
「絵里は講義、まだ後でしょ?」
「あ、うん。今日は午後からだけだし」
そう答えると、体を引っ張られ、わたしは再びベッドに横たわる形になった。
「あたしも、バイトの時間まで、まだ余裕あるけん。もうちょっとこうしてたか」
ぎゅ、と優しく抱き締められる。――とくんとくんと聞こえるれいなの心音が気持ち良い。
「バイトって、れいなはなにしてるの?」
「ん。CDショップの店員」
CD屋かぁ。確かにれいなにはお似合いかも。
「今度、行ってもいい?」
「よかよ、いつでも来んしゃい。あたしも絵里がバイトしてるコンビニ行くばい」
「うん。待ってるね」
――そんな他愛もない話をしていると小一時間が過ぎていった。
「……名残惜しいけれど、そろそろ時間たい」
「そ、だね……」
二人してのろのろと立ち上がり、昨日ベッドの下に落とした洋服を着ていく。……なんだか寂しいなぁ……
「絵里」
「?」
振り向いたら、抱き寄せられ――キスされた。
数秒後の後、唇が離される。
「また、会いたか。連絡するけん」
「うん……! わたしも連絡するよ。だから……」
恥ずかしくて俯いたまま、れいなの耳元で言った。
もう一回、キスして……。
ちらり、とれいなを見ると、れいなは嬉しさを隠し切れない様子だった。
「絵里、可愛いすぎるっちゃ」
抱き締められ、また唇が落とされる。――次に会うときまで、この感触は忘れないようにしようと心に刻んだ。
- 546 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:16
-
――それから数日は。
お互いの都合が合わず、会えることができなかった。それでも電話やメールは頻繁にしていた。
――ある日のこと。
れいなから、今日も会えない、とすまなさそうな電話をもらってから、わたしはケータイを閉じ、大学の堅い椅子から立ち上がる。
わざわざ自分のマンションに帰るのも面倒なので、そのままバイト先のコンビニへと向かう。今日はさゆと一緒だから、退屈しないだろうな、と思った。
大学から、直接コンビニへと向かうには、HP研究所の前の道を歩かないといけない。特に気にも止めず、ぽくぽくと歩いていった。
――すると。
HP研究所の門の前にれいながいた。――そして美貴さんも。一瞬、声をかけようかと思ったけれど、れいなたちは白衣を着た大人たちに取り囲まれ、声をかけづらい雰囲気だった。思わず近くにある電柱の陰に隠れる。
大人たちは、れいなについて何か話しているようだった。
――風に流れて、会話が聞こえてくる。
「……脳内回路が焼き切れそうだと自己申告してましたが……」
「……確かにエラーが起きてたが、小さなバグだ。本来なら気付かないほどの……」
「……取り敢えず試験は続行だ。なにか異変が起きたら、すぐに報告してくれ……」
「……分かりました……」これは、美貴さんの声だった。
「……なにせこいつは特別性だからな。重要な実験体だ……」そう言った人は、れいなの背中を軽くぽんと押した。
「……藤本、お前は重要な監視役だ。れいなにバグが起きたら場合によっては非常停止スイッチを押しても構わん……」
「……はい……」
そこまで言うと、大人たちは門の中へと入り、れいなと美貴さんは、わたしがいる逆の方向の道を歩いていった。
わたしは電柱を背にして、ずるずると、その場にへたりこんだ。今聞いた会話が信じられなかった。
脳が必死に今の会話を整理する。――何度整理しても、結論は一つしか思い浮かばなかった。
つまり、れいなは――。
れいなは、人間じゃなかった。
- 547 名前:【doll〜前編〜】 投稿日:2010/05/10(月) 15:17
-
【doll〜前編〜】了。
【doll〜中編〜】に続く。
- 548 名前:石川県民 投稿日:2010/05/10(月) 15:17
-
「エロいw」と言う評価がいただければ本望です。
それではまた明日。 拝。
- 549 名前:石川県民 投稿日:2010/05/11(火) 18:59
-
えー今回の中編は本当にエロばっかりです。
なにせ……
ノノ*^―^)>3回もありまーす!
从;´ワ`)>だから絵里! 回数は言わんでよかと!
……というわけですので、充分に周囲にご注意ください。
それではどーぞ。
- 550 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:00
-
小さなライブハウスの中の小さな小さな楽屋。そこで今日もトリの6thは出番待ちをしていた。
今回もわたしは、さゆと一緒に来ていて、さゆの言う『恋人の権限』を使って楽屋に入らせてもらっていた。
ちなみにさゆは、見てるこっちの方が恥ずかしくなるくらい、美貴さんとイチャイチャしてる。だから見ない。
わたしの視線は他の方へと向けられている――楽譜を見ながら、ホットドックを齧っているれいなに。
――アンドロイドのエネルギー供給って色々あって、腰にあるソケットから供給するタイプや、口から液体燃料を供給するタイプがあるって聞いたけど……アンドロイドがホットドックを食べれるなんて聞いたことない。あ・前回、居酒屋で打ち上げしたときも普通に食べてたっけ。それにアルコールも。
やっぱりれいながアンドロイドって嘘じゃないかなあ。きっとわたしの聞き間違いだ。
そんなことを考えていると、当のれいなはホットドックを食べ終え、唇についたケチャップをぺろりと舐め上げていた。
――どう見ても、人間の仕草じゃないの。
そんなことを考えていると。
「なん? 絵里、まだ付いとると?」
れいながこっちを向いて、口の回りを手の甲で拭う。
「あ、ううん。そうじゃないの」
ぶんぶんと手を振って否定する。……まさか、れいなのこと人間かどうか疑ってる、なんて言えないし。
「――じゃあ、」
人差し指で顎を持ち上げられる。目の前のれいなはイジワルそうな笑み。
「――あたしに見惚れとったと?」
ぼっ、と顔が熱くなる。
た、確かにそうとも取れるけど! でも、でも、そうじゃなくてっ。
顔を赤くさせたまま、ただぱくぱくと口を開け閉めさせるわたしを、れいなはイジワルな笑みのまま、けれど優しくわたしの頭を撫でた。
「――今度、絵里の家に行って良かと? あたしは明後日なら大丈夫やけん」
明後日――必死に頭の中でスケジュールを確認する。
「わたしは夜の9時までバイトだから……その後なら、いいよ」
「ん。りょーかい」
そこで先頭に歌っていたバンドが戻ってきた。
「絵里―そろそろ場所の確保しよー」
イチャつきから終わったさゆがほてほてと近付いてきた。
「じゃ、絵里。また後で」
「う、うん」
さゆに手を引かれ楽屋を出る。ドアの近くで振り返ると、れいなは優しい顔でこっちを見ていた。
- 551 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:00
-
次のバンドが終わるまで、さゆと一緒に壁に凭れかかっていて。バンドが去ると同時に、前方へと走り寄った。
さゆはスタンドマイクの中央を、わたしはセカンドマイクが置いてある中心を確保することが出来た。
まだかな、まだかな。
さっきからワクワクが止まらない。――さっきまであんなにれいなと居たのに、もうわたしはれいなに飢えていた。
出て来た――!
ドラムさんはスティックを、ベースさんはベースを、そしてれいなはギターを持って出て来た。最後に出て来た美貴さんだけは手ぶらだった。
瞬間、上がる歓声。
歓声に負けないように「れいなー!」と叫ぶと、目の前のれいなは気付いてくれたらしく、微笑んでくれた。
「こんばんはー!6thでーす!! それでは最初の1曲目。Are you ready?」
「「「「「YEAHHHHH!!」」」」」」
ギュイーン!
いきなり始まった、れいなのギターソロ。
ギターを弾くれいなの表情は真剣そのもの。――わたしにも見せることのないその表情も好きだった。
――♪
流れ出したメロディ、それを歌い上げる美貴さん。
でもわたしの目はれいなに釘付け。
――ステージ上でギターを弾くれいなは、文句なく格好良かった。
- 552 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:00
-
――ライブから2日後。
わたしは、バイト先のコンビニで働いていた。お客さんが少なくなったスキをみて、お菓子の補充、品出しをしていた。スナック菓子を前出しして後ろから補充をしていく。すると、
「絵里」
後ろから声をかけられた。振り向くと――、
「……え?」
キャミの上に半袖パーカーを羽織っているれいなの姿がそこにあった。
「売り上げに貢献に来たけん。それにあと10分で終わりっちゃろ?」
時計を見上げると、確かに今は8時50分を指していた。
「だから一緒に帰ろ」
「う、うん!」
迎えにきてくれたことがとても嬉しかった。
「絵里は飲み物、オレンジジュースで良かと?」
れいなはチョコレート菓子とスナック菓子をひょいひょいと摘んで、ジュース棚に向かう。
「うん」
……わたしの好きな物、覚えてくれたんだ……そんな些細なことでも、ほっこりと心は温かくなった。
自分の飲み物も決め、会計を済ませたれいながこっちにやって来る。
「終わるまで、雑誌でも立ち読みさせてもらうっちゃ」
「分かった。待っててね!」
交代の人がやって来て、レジの確認をする。わたしもレジに入り集計に回った。
――このたった10分が、こんなにも時計の針の進みが遅いと感じたことは無かった。
- 553 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:01
-
――がちゃり。
「ごめんね、散らかってるけど……。わたしも一人暮らしだから気楽にしていいよ」
「おー、これが絵里の部屋か」
興味津々にれいなは中を覗く。
「女の子の部屋たいね」
スイッチを点けた部屋を見たれいなは、そう感想を述べた。確かにれいなの部屋よりは、ぬいぐるみがあったりカーテンの色が明るかったりするけれど、自分じゃよく分からなかった。
「これ、大学の教科書? 難しそうっちゃ」
勉強机の上に放り出してあった教科書を手にとって、パラパラめくるれいな。
――なにもかもが、れいなには新鮮に見えたみたい。
れいなは、きょろきょろと一通り部屋の中を見た、と思ったら。
今度はごんごん、と壁を叩き始めた。
「れいな、何してるの?」
「んー。絵里んちの壁、薄かとね」
「そうかな? 別に普通だと思うよ」
……まあ確かに、時々隣の部屋から微かに音楽が漏れ聞こえることもあるけれど、充分に許容範囲だし。
ふーん、と言いながられいなは壁から離れた。
買ってきたお菓子とジュースを開けて食べる。今日のれいなの飲み物はサイダーだった。
「れいなは好きな飲み物ってないの?」
「特に無かと。その日の気分で選んでるっちゃ」
「へぇ」
「あ・でも、あたしのイメージカラーは水色たい」
い、イメージカラー?
疑問符をいっぱい浮かべた顔をしていると、れいなは苦笑いしながら答えた。
「6thを結成した時に、美貴ねぇが提案したと。固定キャラになればお客に分かりやすい、って。だからあたし、ライブの時は、水色の服ばっかり着てると」
あ。確かに、初めて行ったライブでは水色の襟シャツだったし、おとついも濃い水色のTシャツだったっけ。
「でも、なんかいいなぁ。なんか、仲間意識、強まりそうじゃない」
「そうだけど、たまには違う色も着たかと」
苦笑いのまま、れいなは答えた。
- 554 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:01
-
――お菓子も尽き欠けた頃。
「――絵里」
れいながにじり寄ってきて、顔を近付ける。だからわたしも自然に目を閉じた。
「んっ」
れいなの唇は、最後に食べたチョコレートの味がした……。
触れるだけの長いキスが終わり。
「ベッド……行こう?」
「ん。分かったと」
れいなは素直に応じてくれた。
ベッドに転がるように入り、わたしは自分で服を脱ぎ始めた。――今日はバイト帰りだからTシャツとジーンズという簡単な格好だったし、……そ、それに、れいなに服を脱がせられるのも恥ずかしかったし。
れいなは、半袖パーカー、キャミ、ブラだけ取って、わたしを組み敷いた。下は脱がないの? と聞いたら、
「こっちの方が征服欲がそそられると」
というトンデモナイ答えが返ってきた。
ず、ずるいよ。そう言おうとした瞬間に、鎖骨を噛まれ、
「ふぁっ」
と声が出て、反論は出来なかった。
ちゅ、ちゅ、と胸・みぞおち・脇腹に唇が降ってくる。
「あ、あ……」
それだけで、ぞくぞくした。
胸の先端にもキスが降ってくる。
「んんっ」
思わず声を出しながら、軽くのけ反る。と――。
れいなの顔がわたしの顔の正面にあった。
「絵里。あんまり声を出すと聞こえるっちゃ」
「……え?」
ゴンゴン、と壁を叩くれいな。
えっと……つまり……。
――あ!
だかられいな、来た時に最初、壁を叩いてたんだ!
慌てて口を手で抑える。……もう遅いかもしれないけれど。
- 555 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:01
-
「それ、いつまで持つかとね」
れいなが口角を上げ、イジワルな笑みを浮かべる。
胸の先端を舐められる、もう片方は、指が弾いたり、摘んだりしていた。
「んっ……ぅ!」
必死で声を抑える。
噛まれ、舌で転がされる。意識が飛んでいきそうだったけれど、なんとか保つ。
最後にちゅーっ、と吸われ、唇が離れた。ほっ、と一息つくと、れいなが耳元までやって来て、囁いた。
「我慢してる絵里、ばり可愛か」
――湿った声でそんなこと囁かれるなんて反則だ。思わず力が抜ける。と。
「んうっ!」
もう片方を、指で強く摘まれた。
そ、そうだった。まだ気を抜いちゃいけないんだった……!
ちゅっ、と軽く耳朶にキスされ、れいなの頭はまた下りていく。
胸にあった手はそのままで、れいなは脇腹を舐め上げた。
「んーっ」
声にならないものが唇から漏れる。
「絵里の味がするっちゃ」
わ、わたしの味? ……えーっと…………あ!
「そ、それ汗だよぅ……汚いよ……」
バイト先で商品を棚から下ろす時に汗をかいちゃったんだ!
「なんで? 汚くなか。甘いと」
ぺろぺろなめるれいな。わたしの恥ずかしさゲージはぐんぐんと上昇する。
「だ、だめだってば……んっ」
弱々しい声で反論することしかできない。
「ひゃぁ」
お、おヘソも舐められた。――もう、体をゾクゾク震わせることしか出来なかった。
- 556 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:02
-
「下はどうと?」
わたしの両足を割って、体を滑り込ませるれいな。そのまま頭を下ろしていく。
――下なんて、見なくたって、潤っているのが分かる。それをれいなに見られるのは2回目だとしても恥ずかしかった。
「わお。絵里は感じやすかとね」
それは触っているのがれいなだから、なんて言えるはずもなくて。わたしは抵抗のつもりで、目をぎゅっと閉じた。
「ばり尖ってると」
ちゅう、とそれを吸われる。
「んう!」
れいなの唇は休むことなく、舐めたり噛んだりする。舌でこねくり回されたときは、思わず声が出そうになった。
はっ、はあ、と感じるれいなの吐息。その息を感じるせいで、余計にわたしは濡れた。
……すっごく熱い。れいなの息……。
ぼんやりと、頭の片隅でそう思った。
れいなの唇が離れたところで、乱れた息を整える。もうソコへの攻めはしないだろう……と思っていたら。
「ふぇ? れいな? あっ!」
皮を剥かれ、ふぅーと息をかけられた。――さっきまでとは段違いの攻撃。そして、口に含まれた。
「んー! ンんぅー!」
必死に両手で声を抑えるものの、全てを抑えるのは無理だった。もう理性じゃなくて本能が、声を出せと命令していた。
噛まれ、舐められ、転がされ。
ぞくぞくと足元から電流が走り出す。
――もう、限界だった。
「んんんー!!」
びくん・びくん、と両足と下腹部が痙攣した。
- 557 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:02
-
――わたしの動きで、達したことに気付いたのだろう。れいなは顔をわたしの正面まで上げた。
ああ、もう何も考えられない。くたり、と口に当てていた両手を投げ出した。
そんなわたしを見て、れいなは。
「絵里、まだ終わってなかと」
――はい?
投げ出した両手を頭上で組ませ、れいなはそれを自分の片手できつく掴む。
「声を我慢してた絵里も可愛かったけれど、やっぱ声、出してほしかと」
もう片方の手が、達したばかりのソコにあてがわれる。
「え!? れいな、ちょっと待って――」
「待てんばい」
ぬぷり、指を挿れられた。
「ひあ!」
達したばかりで、全身が敏感になっているというのに、よりによって一番敏感な部分に指が入る。声を抑えたくても、両手をきつく捕まえられている。
ずちゅ、くちゅ、と飲み込まれていくれいなの指。
「あ、はあん!」
「切なか声出して……指1本じゃ足りんと?」
「ち、ちが……」
ぬちゅり、2本目も挿れられた。
「ふあ!」
「初めての時はキスしてたからよく分からんかったけん。絵里のイく時の顔、見せてほしか。あと声も聞かせてほしかと」
ぷちゅ、ずちゅ、と音を出しながら出し入れされる、れいなの指。
「は、やめ……うぅん! はあ!!」
れいなに翻弄されながらも、ちらり、と壁を見る。ここ、学生マンションだから、お隣さんも同じ学校なのに!
くちゅ、ぐちゅ、とれいなの手は休まることが無い。
「ふうっ、うん! あぁ……!」
「声、聞こえたほうが良かとかもね。そしたら絵里に悪い虫がつかんばい」
「あん! はあ!!」
なんて不条理な、なんて思っても、言葉は声にならない。
数日前まであった疑問が、頭に湧き上がる。
食欲だって、せ、性欲だってあって、人間らしいヤキモチめいたことまで言うれいなが、アンドロイドなわけ、無い。
――そこまで考えたところで。
「ひっ!」
れいなの指がわたしの弱いところを突いた。
「あっ、だめ! れいな……もうっ」
「ん。よかよ」
びくびくんっ!
「あ゛……!」
――結局。声が嗄れるまでイカされた。
- 558 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:03
-
「絵里〜、そろそろ機嫌直してほしかぁ」
布団虫になっているわたしを、シーツ越しにぽふぽふ叩くれいな。
――この体勢のまま、優に10分は過ぎていた。
「馬鹿れいななんて知らないもん」
シーツの中から抗議の声を上げるわたし。
馬鹿! れいなの馬鹿!! 絶対にマンション中に聞こえたよ! それに恥ずかしかったし、ノドが痛いし、……あそこもひりひりするし!
「……絵里。やり過ぎたっちゃ、悪かったばい」
突然、神妙な声になったれいなに、さすがに拗ね過ぎたかな、と思って頭を出す。
「コレ上げるから許してほしか」
ぴらり、と差し出されたのは一枚の紙。――ただの紙じゃない、ライブチケットだ。
「これって……」
受け取り、しげしげとよく見る。いつもれいな達が使っているライブハウスじゃない。『ライブハウス Hello!』……どこかで聞いたことある……――懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。
あ! 以前さゆが言ってたんだっけ。
- 559 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:03
-
あれはわたしがれいなと出会う前。バイトの休憩中、さゆに美貴さんとのノロケ話を聞かされてた時だった。
“……でね、そのライブハウスは地元のインディーズにとっては、登竜門的存在なんだって。美貴さんはいつかHello!でライブするのが夢だって言ってたの……”
「いつも使うハコとは規模が違うとこばい。絵里に来てほしいっちゃ」
「……れいな達がここで演奏するの?」
「そうやけん」
「……トリで?」
「いきなりそれは無理やけん。5組中3組目たい」
「でもこれって……」
貴重なんでしょ? 観客チケットも、ものの数分でソールドアウトするってさゆに聞いたし。
れいなとチケット、交互に見る。――しかもこれ、一番前のプラチナチケットじゃない。
「絵里がよか。あたしは絵里に来てほしか」
「れいな……」
バンドマンならではのお詫びに、心が温かくなった。
がばり! シーツをめくり、れいなに抱き付く。
「ありがとうれいな! 絶対に行くからね!」
「わっぷ。……絵里! 服! 服!!」
「あ」
そう言えば、わたし裸のままだったっけ。
「……うへへ」
照れ隠しに笑うと、れいなは全く、といった表情になった。
「ほれ。また襲われたくなかったら、早く服着んしゃい」
Tシャツとジーンズを一緒くたに、ぼす、と渡された。
それでもわたしの頬は、緩んだままだった。
- 560 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:04
-
――Hello!でのライブ当日。
わたしは長蛇の列に並んでいた。……違う、『わたし達は』だ。
「ここの楽屋って聞いた話じゃ、本当にスタッフオンリーらしいの。ライブ前の美貴さんに会えないのはつまんないの」
わたしの横にはさゆが当然のように並んでいる。きっと美貴さんから、当然のようにチケットを貰ったのだろう。
お互い、チケットを貰った当日、見せ合って席場所を確認した。さゆもプラチナチケットだったけれど、チケットは『プラチナ東』と『プラチナ西』に分かれていて、わたしは西、さゆは東だった。
6thが出るまで、お喋り出来なくてつまらないね、なんて二人で愚痴ったりもした。
席は6組に分かれていて。
先ずは最前列の『プラチナ東』と『プラチナ西』。
その後ろが『特A』。
さらにその後ろが『A』。
そしてそこからホール後ろまでが東側が『B』、西側が『C』となっているらしかった。
(byさゆ情報)
観客入場の時間になり、列はのろのろと動き出す。先の人たちを見ていると、チケットと引き換えに名刺二枚分の大きさの、首からかけるパスを受け取っていた。
それに倣って、わたしもチケットをパスと交換した。……本当はれいながくれた物だから、取って置きたかったんだけどな。
中に入ると、観客席の前のホールで飲み物や軽食が売られている。ちょっとしたお祭りみたい。
それから今日出演するバンドの生写真も! 凄い、プロ並みの扱いじゃない!
……れいなの写真もあるのかな、と、つつつ、と近付くと、
「あれは違法行為で撮られた写真だから買っちゃダメなの」
とさゆに腕を引っ張られた。
客席内はもう人が溢れていた。特にBとCの枠は。その二つを分けるような細い通路を進んでいく。
A、特Aと進んで行くうちに、人は少なくなる。程よい感じに人がいる。
さゆと手を振って別れ、プラチナ西の枠に着いた。そこはまだ人が数名、いる程度だった。
開演時間が近くなり、人はどんどん増えていく。プラチナ席も例外ではなかった。
――開演。ヴィーとブザーが鳴り、一組目のバンドマンたちが出て来る。
ワッと沸く観衆。
――そして長い夜が始まった――。
- 561 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:04
-
――空気が熱い。
――地面が躍動する。
今までれいな目当てでしかライブハウスに来たことしか無かったわたしには、Hello!の空間はまさに異次元だった。
すごい、音楽って、こんなに心臓に響くものだったんだ。
一組目はパンク、二組目はロック音楽だった。どちらも、観客に媚びることのない、純粋な音楽。
「ありがとう!」
二組目のバンドが演奏を終え、ヴォーカルが礼を言って去って行く。
――次は、れいな達の出番!
大丈夫かな、気圧されてないかな……そんな心配していたけど――それは杞憂に終わった。
6thは今までとは違う空気を纏って出て来た。例えるなら、独特のオーラを。ぞくり、と背筋に電流が走る。見てるこっちが気圧されてしまいそうだった。
それは、わたしだけじゃなく、他の観客も同じだったみたいで。会場にどよめきが走る。
わたしは、れいな、と叫びたかったけれど、そんなことを軽軽しくできない雰囲気だった。
ジャーン! ドラムのシンバルが鳴らされる。そこから怒涛のように、ギターとベースがドドドド! と音を掻き響かせた。
「――――!」
ヴォーカルの美貴さんが叫ぶように歌う。
ワアッ!
気圧されていた観客たちも我に返ったように歓声を上げた。
- 562 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:05
-
さっきまでのバンドたちとは違う空気感。
空気の密度が濃い。ノドがカラカラになる感じ。
竜巻のように、観客を巻き込んでいく雰囲気。
両足で踏ん張らないと、倒れそうな威圧感。
そして、どこまでも惹きこまれて行く音楽。
れいなを見上げると、汗をかきながら、一生懸命演奏をしている。――まるで別世界の人みたい。
わたしは歓声を上げるでもなく、雰囲気に飲み込まれ、両目から涙を流していた……。
- 563 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:05
-
6thの演奏が終わり、引っ込んでいくれいな達。
4組目のバンドが出る前に、わたしはハンカチで両目の涙を拭った。
そろそろ出て来る頃かな、と思っていたら。ヴヴヴ、とバイブにしていたポケットの中のケータイが受信を知らせた。
こんな時に誰だろう、そう思ってケータイを引っ張り出すと。
「――え?」
それは、れいなからのメールだった。
急いでメールを開く。きっと楽屋に引っ込んだすぐに打ったに違いないメール。それは、
『トイレに来て』
という簡素なものだった。
なにかあったのかな? わたしは枠から出て、通路を小走りで進む。
ホールから出、トイレまで駆けていくと。
「れいな?」
トイレ前にれいながいた。
「どうしたの? れいな。あ・演奏すごかったよ」
歩きながら近付く。と。
「絵里」
手首を掴まれた。
へ? なに?
れいなの行動の意味が分からなくて、されるがままにしていると、れいなはわたしをずんずん引っ張ってカチャリとドアを開けトイレに入り、そして個室に入って行って鍵を閉めた。
「れい――んッ」
名前を呼ぼうとしたら、噛みつくようにキスされた。そして、舌をねじ込まれる。
「ふっ、ん……」
れいなの舌は荒々しくわたしの口腔を攻めていく。
――どうしよう。れいなの行動の意味が分からない。
ぼうっ、としかける頭をなんとか回転させ、両腕でれいなの体を押す。結構あっさりとれいなは離れてくれた。
「ど……どうしたの、れいな……」
「絵里」
抱き付かれた。れいなの顔はわたしの首筋に埋もれている。
「今日の他のバンドたち、すごか。今までの対バンとは比べもんにならんたい」
「う、うん」
それは、素人のわたしでも分かったことだった。
「あたし、負けんように渾身の力で演奏したと」
「うん。今日の6thもれいなも、いつもよりすごかったよ」
「だから――」
首筋から離れ、耳元で囁かれた。
「興奮が冷めん。昂ぶったままっちゃ。――静めてほしか」
- 564 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:05
-
えっと、それって……。
れいなの言葉の意味を咀嚼していると。
「ひゃあ」
服の中に手を入れられた。そのままするすると登っていくれいなの手。
つまり、そういうこと!?
「れ、れいな、ここトイレだよ!?」
「そうやけんね」
「ひ、人が来たら……」
「個室で鍵を閉めたから大丈夫たい」
「声が出ちゃ……」
「演奏音で掻き消されるっちゃ」
た、確かに4組目の演奏が始まって、トイレの中でも響いてくる。顔を近付け合わないと、会話が出来ないくらいに。
それでも反論の言葉を探していると――
「んっ」
胸を揉まれた。いつの間にかブラの中に入っていたれいなの手は、やわやわと揉みしだく。
「だ、だめだってば……れいなぁ……」
「でも絵里の声、甘くなっとるばい」
「……だって……」
だって、れいなの手、すごく熱い。さっきまですごい演奏でギターを弾いていた指だと思うと、背中がぞくぞくする。
胸を揉んでいた手がすっぽりと抜かれる。
「あ……」
止めるのかな、そう思うと寂しいと感じている自分がいたのは、何故なんだろう。
けれど、れいなは、
「絵里、後ろ向いて壁に手をついて」
と囁いた。
- 565 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:06
-
わけが分からないまま、それでも素直に後ろを向いて壁に手をつく。
「ぁ、」
再びれいなの手が服とスカートの中に侵入する。一方は胸を、もう一方は腿を撫でている。
「んっ」
れいなが背中に唇を寄せる。それも何度も。寄せる度に小さく反る体。……布越しがもどかしい……。
「んあっ」
少しだけずらされたブラとショーツに、れいなの指が入り込む。左手は胸の先端を、右手はアソコに這う。
はあ、はあっ、と口で荒い息を吐きながら、れいなを感じる。
れいなの指で回されたり、浅く出し入れされて、アソコから腿に液が伝った。
――その時。
カチャリ、とドアの開く音がした。
え? と思っていると、どうやら4組目のバンドも終了したらしく、あたりはザワザワと雑音が聞こえてきた。
『もー、さっきの××最悪〜。あんなの子どもの発表会レベルじゃん』
『ていうか一つ前の6thが良過ぎたんだよ。メジャーデビューするって噂ホントかな?』
『あ、それマジありえる』
ドア一枚越しに感じる人の気配。
今、その6thのメンバーがいて、わたしとコンナコトしているなんてバレたらどうしよう……!
(れ、れいな、れいな!)
(ん? なにっちゃ)
小声で話すわたしに合わせて、れいなも小声で聞いてきた。
(人! 人が来たよ!)
(あー。そうっさね)
指の動きを速めるれいな。
(んんんーっ!)
必死に声を押し殺す。
- 566 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:06
-
な、なんで? 逆でしょ! 普通は止めるものじゃない!
視線で抵抗の意思を示すと、れいなは耳元で言った。
「恥ずかしがってる絵里、ばり可愛か。ソソられるたい」
「……!」
絶句するしかなかった。
更に指を奥に入れ、動きを速めるれいな。
「あ……は……っ」
『ねー? 今なんか聞こえなかった?』
『えー気のせいじゃない?』
漏れた声を聞かれ、慌てて口を閉じる。
(絵里、興奮してると?)
小声で聞くれいな。
(ち、ちがっ……)
否定してみても。
(ばってん、絵里のナカぐちょぐちょたい)
確かに、腿に伝う液は二筋、三筋と増えていた。はあ、とれいなの熱い息が首筋に当る。
(こーゆーシチュエーションも良かとね。絵里の新しい部分が見れたばい)
(違うってば!)
こんな、人に見られそうな場所で興奮するクセなんて無いよ!
(……そろそろあたしも限界たい。イかせるけんね)
れいなの左手は胸の先端を強く摘む。右手は指を二本に増やして、奥へ、激しく出し入れされた。
(ん゛ん゛ん゛―!!)
キュウ、とナカが締まる。
その後にびくんびくんと脈打つのが自分でも分かる。
……トイレで達してしまった自分に軽い自己嫌悪が走った……。
- 567 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:07
-
トリのバンドの演奏時刻が近くなり、人が去って、再び二人きりになったトイレの中で。
「はあ……あ……はぁ」
わたしは荒い息を吐いていた。腰に力が入らず、壁に沿ってへたり込む。
れいなを見ると、わたしのナカから抜いた指をしげしげと見つめ――、
「えっ!?」
驚いて声を出す。れいなが、ぺろりとその指を舐めたからだ。
「ちょ、ちょっとれいな、汚いってば!」
羞恥心で顔を真っ赤にしながら制するものの。
「汚くなか。絵里の濃い味がするっちゃ」
全く意に介されなかった。
ぺろぺろと舐めるれいなを呆然と見つめることしか出来ないわたし。
――舐めきって満足したのか。れいなは濡れてない左手をわたしに差し出した。
「ほら、絵里立つばい」
素直に差し出された手を握って、よろよろとなんとか立ち上がった。
あう……下着がべとべとする……。
「れいな……落ち着いた?」
トイレでする理由になったことを尋ねると。
「ん。治まったっちゃ。絵里、ありがと」
満開の笑顔で返された。
……ずるいなぁ。こんな笑顔見せられちゃ、許しちゃうじゃない。
「トリの演奏、もう始まっとるっちゃ。絵里、席に戻ると?」
「ううん、いいよ」
正直、戻る気力なんてないし。
れいなは? と尋ねようと思ったら、ぎゅ、と抱き締められた。
「あたしも後で楽屋に戻るばい。――今は絵里とこうしてたか」
「……うん、そうだね……」
わたしも抱き締め返す。れいなの体温が心地良い。
トイレにいても聞こえる演奏。それをBGMにしながら、わたし達は抱き締め合った――。
- 568 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:07
-
――Hello!でのライブの数日後。
わたしは、自分のマンションから離れた、普段は行かないCDショップに来ていた。
中へ入る。煌煌と灯りが点いた店内は広く、清潔なイメージだった。通路を歩いて目当ての人を捜す。
――いた!
「すみませーん。××の新譜はどこですかー?」
「はい、こちらですっちゃ」
目当ての人は接客中だった、歩いて近付く。
探していたCDを見つけ、嬉しそうなお客さんの後ろに近付くと、――れいなはわたしに気付いたようだった。
嬉しそうにレジに向かうお客さんを尻目に、れいなは近付いてきてくれた。
「絵里、来てくれたとね」
れいなの笑顔に、心がトロケる。
「うん。わたしも、売り上げに貢献しにきたよ」
「そんじゃ欲しいCDがあると?」
ううん、と首を横に振る。
「れいなに選んでもらおうと思って。ね・オススメの物ってある?」
オススメとね……、しばし思案顔のれいな。
思いついたらしく、着いて来てほしか、と言って歩き出した。その後を追う。
れいなの取り出したCDは、女性のシンガーソングライターの物だった。
「こん人のはサードまで出てるけれど、個人的にはこっちのセカンドの方がオススメっちゃ」
差し出され、受け取る。れいなは、
「あとは……」
と言いながら歩き出す。CDを持ったまま慌てて付いていく。
――次に着いた先には、壁に大きく『インディーズ』と紙が貼られていた。
れいなはその中からも、一枚抜き取る。
「これは歌も良いけど、ギターテクがすごか。来年、メジャーデビューするらしいけん」
そう言って、手渡された。
――手の中にある、二枚のCD。
「どっちもオススメたい」
れいなは満足そうな顔をしている。――それなら。
「じゃあこの二枚、買うね」
れいなは驚いた表情を見せた。
「絵里、無理して買うことなかとよ? それに一枚でも別に良かと?」
「だって、どっちもれいなのオススメなんでしょ?」
まぁ……そうやけん、とポリポリと首を掻くれいな。
れいな、分かってないなぁ。
――好きな人の好きな音楽を買うのが乙女心じゃないですか。
- 569 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:07
-
CD二枚を持ってレジに向かう。
するとれいなは、慌てて先回りしてレジの人と交代をする。
ピ、ピッとバーコードを読み取る。
「良かったら、メンバーズカードも作ってほしか」
「うん。いいよ」
――今日から、ここでしかCD買わないつもりだし。
カードの裏に名前を書いて、れいなに渡す。れいなはそれを読み取り器に差し込み、しばらくしてからわたしに返した。
「これで今日のポイント、入ったばい」
「ありがとう」
受け取り、大切に財布の中に仕舞った。
「あと――」
台の向こうから体を伸ばし、わたしに小声で言った。
「今日は5時で上がりたい。――だから今夜あたしんチに来てほしか」
小声だけど、熱を帯びた声だった。
それが何を意味するのか数秒後、理解した。
「……うん」
熱い顔でわたしは頷いた。
- 570 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:08
-
――自分のマンションに帰る前に、軽くウィンドウショッピングをすることにした。あまりこの辺り、通らないしね。
雑貨屋や、シルバーアクセショップを覗いていく。特に欲しい物は無かったけれど、こうやって眺めているだけでも楽しかった。
一軒の古着屋が目に入る。何ともなしに覗いてみると――。
「……わぁ」
ショーウィンドーに飾られた、一枚のシャツに目が行く。程よく色落ちして、ターコイズ色のそのシャツは、きっとれいなにぴったりだった。
しげしげと眺めてみる。――うん、厚めの生地だから縫製もしっかりしているし、目立った汚れやほつれは見当たらない。
値段を見てみる。…………残念、財布の中より高い金額が書かれている。
――今度のバイトのお給料が入ったら、れいなにプレゼントしよう、と心に誓った。
――マンションに戻り。早速、買ったばかりの、れいなオススメのCDの封を開ける。
先ずはシンガーソングライターの方から。その人もギター弾きらしく、ギターを抱えた女性の写真がジャケットだった。
コンポに入れ、再生を押す。
〜〜♪
最近、この女性がTVで歌っているところを見たことはあるけれど、れいなの勧めたCDは聞いたことのない歌ばかりだった。
純粋に歌への想いが込められた歌詞。――確かに、最近聞く曲より、れいなが勧めた方が、歌への愛を感じた。
次に、もう一枚のCDをセットする。
――!♪
突然鳴り響く、重厚な音。叫ぶように歌うヴォーカル。
これは、魂の音楽だ。
……れいな達の音楽に共通する部分がある、かも。
――曲が終わっても、ギターの音が耳に残っていた――。
- 571 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:09
-
れいなの住むマンションはバイト先のCD屋から徒歩15分。それを考えて、17:30に着くようにした。
チャイムを鳴らすと、れいなはもう帰っていたらしく、急いで鍵を開けられた。
「今、電話しようと思ってたところだっちゃ。来てくれて、良かったばい」
わたしがれいなに呼ばれて、来ないわけ、無いじゃない。
そう言いたかったけれど。恥ずかしさで、それはノドの奥に引っ込んだ。
二度目のれいなの部屋。前と変わったところは無い。……あ、散乱していたギター雑誌が少しだけ整頓されている。
今回も、クッションを投げ渡される。それに腰を下ろすと、れいなもそうした。
「悪いっちゃね、呼び出して」
「ううん、全然そんなことないよ」
れいなに会えたらわたしも嬉しいし。
「そうだ、CD二枚とも聞いたよ。れいなが選ぶとセンス良いね」
「そ? 気に入ってもらえたら良かったばい」
「ね、れいな達はCD出さないの?」
自費製作してるアマチュアバンドなんて沢山いるんだし、れいな達のレベルなら、出ててもおかしくなかった。
「そういう話が上ることはあると。ばってん、美貴ねぇが『まだ時期が早い』って断ってるっちゃ」
れいなは難しい顔をして答えた。
「そうなんだ……ねえプロデビューするって噂、本当?」
――あ、あの、Hello!のトイレで聞こえた話題を振ってみる。
するとれいなは、笑い出した。
「それはガセネタばい。あたしらの今のレベルでデビューできる程、甘くなかと」
そうかなあ、充分に通用すると思うけれど。
そう告げると、
「それは絵里の贔屓目ばい」
と軽く笑われた。
れいなと話していると話題が尽きない。時間は刻々と過ぎていった――。
- 572 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:09
-
――夜もふけて。
ふと、話題が途切れた。
お互い、見つめ合う。
れいながハイハイの形で近寄って、耳元で囁いた。
「絵里、ベッド行かんと?」
「……うん」
れいなの近付いてきた顔で、目を閉じかける。
あ! そうだ。
「むが?」
唇を手で制する。不思議そうなれいなの表情が近くにあった。
「……今日はれいなも服、全部脱いでよぉ」
真っ赤になった顔で懇願すると、れいなは照れたように頭を掻き、
「分かったけん」
約束してくれた。
れいなに背を向けて、ぷち、ぷちりとボタンを外していく。れいながシャツをがばりと脱いだ音が後ろから聞こえる。
……こ、これも充分に恥ずかしいかも……。
下着も全部外し、いざ振り向こうと思ったら。
「あ……」
れいなに後ろから抱き締められた。れいなの体温を背中で感じる。
「やっぱ絵里は綺麗たい」
「そんなこと……」
ないよ、と言おうとしたら、背中にキスされた。
「あっ」
軽く仰け反る。
そのまま倒れるように二人してベッドの上に落ちる。それでもれいなの唇は休むことなく背中にキスを降り注いだ。
「はぁ、あぁ!」
- 573 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:09
-
いつの間にか胸に回された両手。全体を揉んだり、先端を転がすようにと、自由自在に動いている。
「ん、んあっ」
抑えきれない声が口から出る。
――それでも。
「れ、れいなぁ」
必死に振り向き、れいなの顔を見る。
「どうしたと?」
れいなにばかり主導権を握られるのも何なので、行動に移す。
れいなの正面を向き、
「貸して」
とだけ言った。
「ん?」
通じなかったようで、れいなは首を傾げる。
「指、貸して」
まだ理解し切れてない表情を無視して、れいなの右手を取った。
その、細い指に唇を這わせる。
甘噛みしたり、舐めたり。ぱくり、と口の中に入れ、ねっとりと指を舐め回す。――いつもれいなが、わたしにするみたいに。
れいなは切ない表情でそれを見ていた。
「すごいゾクゾクすると……絵里の顔、エロか」
「……ほぉんなことないよぉ……」
れいなの指が口の中にあるから、上手く話せなかった。
- 574 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:10
-
「――絵里、もう充分たい」
にゅぽん、と抜かれる指。
「今度はあたしは絵里を気持ち良くさせるばい」
下へと流れていく指。
くちゅくちゅと、入口を掻き混ぜられる。
「……んっ」
ぶるり、と震える体。
「絵里も、あたしの指舐めて感じてくれとったと?」
――ちょっと、違う。指を舐めてる間、れいなの表情を見てたら感じてしまったのが、本当。
でも、訂正するのも何なので、ただコクリと頷いた。
ぬっ、にゅぷ……。
少しずつ侵入するれいなの指。
「はっ、はあ……」
気持ち良くて。でも、もどかしくて。
……早く、奥を触って欲しい……。
でも、そんなこと言えなくて。せがむようにれいなにキスをした。
「む……ん……」
くちゅり、と濡れた音を出す口の中。
れいなが熱い息と共に、舌を侵入させてくる。――それと同時に下の指も、奥へ奥へと入ってくる。
「んあっ!」
指からの快感に、思わず顔を離して声を上げる。
「絵里はココ、弱かとね」
湿った声で嬉しそうに言うれいな。そのまま、指の抜き差しを始める。
……ずっ、くちゅり。
「あぁ!」
淫靡な水音とわたしの嬌声が部屋に響く。
――れいなの指は、ライブの時も、こんな時も、わたしの脳に強く響く音を奏でる――。
- 575 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:10
-
れいなは顔を下へとずらし、わたしの胸の谷間に顔を埋める。
それだけじゃなく、ちろちろと舌を這わせたり、ちゅっとキスしたりする。
下の指の速度が更に速まる。
「んん! ふあっ!」
快感に耐え切れなくて、無意識にれいなの頭を抱いた。
ぐちゅぐちゅと、規則正しく抜き差しされる指。
「あ……っ」
達しそうになる寸前、れいなの髪に指を入れる。さらさらとしたれいなの髪。その感触も気持ち良かった。髪に入れた指が――。
カツン、と堅いものに触れた。
――生身の人間には無い、人工物的なソレ。
さっきまでの熱が、さあ――と引いていく。
……なに、これ……?
胸に顔を埋めたまま、れいなが言った。
「……ソレは非常停止スイッチばい」
――――いやだ。
「あたしがおかしくなったら、押してほしか」
――――聞きたくないよ。
「んっあ……!」
れいなの指がわたしの弱いところを擦り、達してしまった。
- 576 名前:【doll〜中編〜】 投稿日:2010/05/11(火) 19:11
-
【doll〜中編〜】了。
【doll〜後編〜】に続く。
- 577 名前:石川県民 投稿日:2010/05/11(火) 19:11
-
書きたかったシチュ、『トイレの個室で……』が書けてスッキリ☆
从`ワ´)>……もしかしてまだ書きたいシチュがあると?
まあ、一応は。ただ短編向きなので、これには書きません。
あと、絵里りんが想像以上にエロくなったなぁ。……なんでだろ?
从`ワ´)>アンタのせいだろがー!
だっ!(逃避!)
皆様、明日が最終話です。
それでは。 拝。
- 578 名前:石川県民 投稿日:2010/05/12(水) 00:18
-
こっそりと、人がいなさそうな時間を見計らっての更新です。
それではどうぞ。
- 579 名前:【doll〜後編〜】 投稿日:2010/05/12(水) 00:19
-
――行為の後、れいなはゆっくり顔を上げた。
そして、穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに言った。
「あたしが人間じゃないと、絵里は気付いとったでしょ……?」
わたしはただ微かに頷いた。
「さっき絵里が触れたのが、非常停止スイッチやけん。あたし自身は押せないようになっとるっちゃ」
静かな声のまま、れいなはそう言った。
れいなは床に散らばった服を着る。
「明日は朝から講義ちゃろ? ウチに帰りんしゃい。送っていくばい」
なにも言えないまま、わたしは頷くことしか出来なかった――。
- 580 名前:【doll〜後編〜】 投稿日:2010/05/12(水) 00:19
-
二人で、電柱の明かりしかない道を力無く歩く。お喋りするわけでもなく、ただ静かに歩いていた。
すると。
ぴたり、れいなの足が止まった。
「れいな?」
驚いてれいなの方を見ると、れいなの体は小刻みに痙攣していた。
「――くそ。思ったより早くバグが来たばい」
――バグ。それがなにを意味するのか分からなかった。
「――絵里。あたしのスイッチを切って」
場所はさっきのとこたい、と告げるれいなに、ぶんぶん首を横に振った。
――だって、スイッチを押したら、れいなは停止しちゃうんでしょ!?
れいなの痙攣は、大きくなっていった。
「もう、指一本動かせなか。絵里、切って」
それでもわたしは首を横に振る。――嫌だよ。
「あたしがおかしくなる前に切って!」
れいなの怒号が飛んだ。それに、びくりっ、と体が震えた。
「……絵里に切ってほしか。……頼むっちゃ」
弱々しく懇願するその一言で。
わたしはれいなの頭を両手で包み込んだ。
れいなはわたしの腕の中、説明を続ける。
「停止スイッチを押したら、研究所に発信が届いて迎えの車が来るから……あたしはそれに乗せられる。せやけん、絵里は帰りんしゃい。そして――」
れいなの言葉は続く。
「絵里は……絵里は、絵里の日常に戻ってほしか」
――それって、れいなのいない日常ってこと? 学校に行って、バイトして、さゆや他の友だちと遊んで――でもれいなのいないセカイ。
そんなセカイに戻れってこと?
――いやだよ。れいながいないと、わたしのセカイは灰色のセカイだよ。
それでも指は、れいなの髪の中に滑り込ませ、さっき触れた人工物のソレを見つける。
――カチリ。
震える指で、ソレを押した。
キュイーンと電子音がれいなから聞こえた。
れいなは最後の力を振り絞るように呟いた。
「……もし、人間に生まれ変わることが出来るなら……絵里にまた、会いたか」
そう言って、れいなの膝は力を無くし――れいなは倒れた。
わたしは地面に倒れそうな体を必死に抱き締める。
――そして静かに泣いた。
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