別れましょう、と彼女が言った。
- 1 名前:フカイ 投稿日:2008/03/07(金) 03:46
- 初めまして。
中澤さんと保田さんで2000年〜2001年頃のお話を。
更新のスピードは遅めになるかと思いますが、気長に何方かお付き合い頂ければ幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。
- 2 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/07(金) 03:47
- 「なぁ、圭坊。」
その声は私を呼ぶ、何時も通りのあなたの声で。
だから私も、
「何?裕ちゃん。」
「別れよ、私ら。」
その声も、何時も通りのあなたの声だったから。
だから私も何時も通りの声で答えたのだ。
「いいよ。別れよう。」
- 3 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/07(金) 03:48
-
泣いたりとかしなかった。
この時が何時か来るとずっと思っていたし、覚悟も決まっていたから。
彼女が笑うなら笑いながら、彼女が泣くのなら泣きながら別れようと。
だから、そう別れたのだ。
『じゃあね、また明日。』
それから一夜が明けて、迎えの車に乗り込んで。
スケジュール通りに仕事をこなした後、今は集められた事務所で明日の台本を読んでいる。
胸は確かにうずくけれど、ちゃんと普通を装えている。
彼女も何時も通りに、笑ったり、怒ったり、はしゃいだりしている。
ただ、今 落ち着かないのは、他に何かあるんじゃないかという予感がするから。
昨日の別れ話はただの始まりに過ぎないんじゃないかと。
- 4 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/07(金) 03:49
-
「け〜いちゃん。何必死に読んでるの?」
声に隣を見上げれば、明後日の方角を見ている後藤真希。
「そんなのあとで覚えればいいじゃん。ねー、遊ぼうよぉ」
今、皆でだるまさんがころんだしてるの。楽しいんだよぉ〜。
会議室のあちこちで固まっているメンバーたち。
鬼役らしい辻が、真剣な顔で後藤を監視している。
「…悪いわね。今日は先に覚えておきたいのよ。」
なんかね、忙しくなるような気がするから。
- 5 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/07(金) 03:50
-
後藤の後ろに妙な格好で固まった裕ちゃんが見えた。
鬼の隙を突きこちらに目を向けた彼女は、私の受け答えに困った顔をしてみせる。
その表情。それに息が苦しくなる。
嫌な感じ。胸が、身体中の神経を引き切るように収縮する。
予感が、ある確信に変わる。彼女から目を逸らす。
だって、泣いてしまいそうだったから…始まる前から涙なんて、おかしいじゃないか。
その時、ドアがゆっくりと開き、私たちのマネージャーが部屋に入ってきた。
事務所内とは思えない大騒ぎに、けれど何も言わず彼は小さく息をつく。
「なかざわさん、動いた〜!!!」
はしゃぐ辻の声に私も息をついて、手にした台本を鞄へと仕舞った。
- 6 名前:フカイ 投稿日:2008/03/07(金) 04:04
- 以上、初回だというのに少な目で申し訳ございません。
また古い話&マイナーCPで重ねて申し訳ございません。
ではまた、失礼致します。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/08(土) 02:07
- いいもの発見!
自分的にはおもいっきりツボです。
次回も楽しみにしてますね。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/08(土) 11:16
- 古い話は大歓迎ですよ
- 9 名前:名無し 投稿日:2008/03/09(日) 01:26
- 自分も古参メンものは大好物
- 10 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:52
-
- 11 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:52
-
ヒールの音が非常階段の上へ、下へ。
響いて、そして消えて行く。
冷たい手摺りに額を押し付ける。
涙に熱を持った頭が冷やされて、生じた頭痛が和らぐ気がする。
「私 中澤は、今度のコンサートツアーを最後にモーニング娘。を卒業します。」
全員の前で宣言した彼女の言葉。
その後の会議室に満ち満ちた悲しみは、
動揺は、疑問とかきっと怒りとか、凄まじいものだった。
泣き叫ぶ辻加護を宥めたり、自失気味の石川の傍についてやったり、
矢口とか、なっちとか、圭織とかと抱き合って――― 私も泣いた。
- 12 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:53
-
その後、本日の解散を告げられて、けれど私は誰とも、何ともしたくなく、
家にも帰りたくなく、どうしようもなくて此処にいる。
ただ、ぼんやりと眺めている…蛍光灯の色。コンクリートの床。壁。無機質。
…変なの。
どちらの別れも私、気付いていたのに。
恋の終わりにはあんな普通の顔、していたくせに。
彼女がモーニング娘。からいなくなることの方がこんなダメージになるなんて。
どれくらいそうしていただろう?
私の背後で非常扉が軋みをあげて、カツン。ヒールの音が上へ、下へ。
振り返らなかった。
それが誰なのかなんて、唯一人しかいるはずもなかったから。
- 13 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:55
-
「………。」
随分と躊躇った後。
言葉を選び終えて、口を開く。
「…あんた、階段好きやな。」
「なんでそうなんのよ。」
「や、何か、圭坊はいつも階段にいる気がする。」
彼女の声が、非常階段の隅から隅まで響いている。
心地良い、柔らかな発音と音程。
また涙が滲んできて、私は手摺りに額を擦り付ける。
「おでこ、赤なるで?」
「知らないわよ、バカ。」
「バカ……んな言わんといて。圭坊。」
「――― バカ…」
泣き声をあげたらどんな風に此処に響くのかわかっていたから。
悔しいから、私はそれっきり声を殺す。
- 14 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:56
-
「……ッ」
けれど、どんなに堪えても、引き攣る呼吸までは殺せなかった。
苦しくて、苦しくて。
寧ろもう叫んでしまいたい。
「…ごめんな。」
ポツリと漏らした謝罪の言葉。
初めて湧き上がった恨みがましい気持ちに私は唸り声を上げる。
「圭坊。」
「謝んないで、バカ!」
「すまん――― スマン。」
けど、裕ちゃん。こうするほかなかったん。
- 15 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:57
-
それは、弱い声。けれど後悔のない声。
謝罪の意味も、別れた意味も全部わかってしまえた。
彼女のことを知っているから。
彼女に恋をしているから。だから。
「…大丈夫。」
「ん?」
「ただ、泣いてんの。中澤裕子が辞めるって聞いたから、泣いてんの。」
「…ん。」
「――― じゃあね、また明日。」
「うん。また明日。」
カツ、と踵を返す音。
非常扉の軋み。
- 16 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:57
-
- 17 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:57
-
一人きりの非常階段で、けれどもう涙は出なかった。
早春の夜に身体は冷え切っていたけれど、もう少しだけ感傷に浸っていたい。
今日だけだから、許してよ。
自分に言い訳をして、そのままズルズルと座り込む。
冷たい床。冷たい壁。冷たい色。
あの夜に、今日はよく似ている。
彼女との、裕ちゃんとの関係が始まった、あの日の夜に。
- 18 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/16(日) 03:58
-
- 19 名前:フカイ 投稿日:2008/03/16(日) 04:01
-
更新させて頂きました。
レスを頂けてほっと一安心と申しますか…本当にありがとうございます。
>7
レスありがとうございます。
本当のいいものになるよう頑張りたいと思います。
>8
お言葉に甘えまして続けさせていただきます。
よろしくお願い致します。
>9
古参メンものではありますがおいしいかどうかは…
読んで頂ければ嬉しいです。
- 20 名前:のら 投稿日:2008/03/22(土) 01:26
- 思わず惹きつけられる作品ですね。私が一番好きだった古きよき娘。時代を思い出し、懐かしくなりました。
これからも応援してますので、頑張ってください。
- 21 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:09
-
- 22 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:09
-
あの頃。
『LOVEマシーン』がヒットして、トップアイドルと呼ばれるようになり、
彩っぺがいなくなって、
けれど、私たちの周囲のスピードはグングン加速するばかりだったあの頃。
私は、はっきり言って最悪だった。
眠ることも食べることも満足にならない。
けれど、世界中から聴こえるみたいな呼び声に充実した日々…
のはずが、もう本当に最悪だった。
- 23 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:11
-
あの頃。
『LOVEマシーン』がヒットして、トップアイドルと呼ばれるようになり、
彩っぺがいなくなって、
けれど、私たちの周囲のスピードはグングン加速するばかりだったあの頃。
私は、はっきり言って最悪だった。
眠ることも食べることも満足にならない。
けれど、世界中から聴こえるみたいな呼び声に充実した日々…
のはずが、もう本当に最悪だった。
オーディションを受けた時も、モーニングに入った後も、私は自分に大いなる自信を持っていた。
確かになっちみたいな、誰もが手を差し伸べたくなるような可愛らしさはないかもしれない。
後藤のように誰もが振り替えるような魅力とかはないかもしれない。
だけど、私には歌がある。
歌ならばメンバーの誰にだって負けない、そう思っていた。
だけど、『アーティスト:モーニング娘。』ではなく『アイドル:モーニング娘。』が求められる毎日の中、
歌に寄り掛かる私は、私の存在とか心とか、何処に行って良いのかわからなくなってしまった。
私、そんなに可愛くないし、話だって得意じゃない。
歌い手として求められない中、眩しいライトの中で笑いを張りつかせながら、
輝くメンバー達をその影から眺めている。
『ねぇ 私って、別に此処にいなくてもいいんじゃないのかな?』
スケジュールの過密さはそんな繰り言の間にも増し、
私の周りには応援してくれる家族もファンもいたのに、私は蝕まれて夜、段々と眠れなくなっていった。
- 24 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:11
-
- 25 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:16
-
「…あ。」
目を開けたら、薄暗い天井だった。
身体を横たえていたのは汚れたソファーで、
私は何故此処にいるのか、前後がまったくわからず目を瞬かせる。
「保田?起きた?」
ひょい、と視界に入ってきた彼女は、私たちのマネージャー。
普段厳しい人が、少し困ったような表情で覗き込んでいる。
「大丈夫?何処か痛い所は?」
「…痛いところ?」
身体を起こす…なんだかクラクラする。
痛い所と尋ねられて身体をさする…左肩が少し痛むようだ。
- 26 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:17
-
「―――…私…?」
「覚えてない?あんた、ダンスレッスン中に倒れたの。」
びっくりしたわよ、急にバターン!って。
「体調悪かったの?」
「いや…―――すみません。」
「謝らなくていいんだけど…私には言ってね?何かできると思うし。」
「はい。」
マネージャーとやりとりしながら、ああ。遂に倒れたかと、自分の中の何処か遠い所で思っている。
当然の結果だろう。
この無茶苦茶なスケジュールの中、許されるほんの数時間の眠りを私は摂っていない。
「顔色悪いわね…本当は帰って休めと言いたいんだけど…」
「大丈夫。レッスンに戻ります。」
「レッスンはいいわ。あとちょっとで終わりだし。
次の移動まで30分。それまで此処で横になっていなさい。」
彼女は笑って立ち上がると寝てるのよ!と釘を刺し、ドアの向こうへと消えた。
- 27 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:18
-
「………。」
ぼすん、と再び汚れたソファーに頭をつける。
眠りは最早去ってしまっていて、けれど再び気絶するわけにもいかない。
目を閉じる。頭の中をわんわんと、形にならない思考が渦巻いている。
さっきの短い眠りの間も、何か悪い夢ばかり見ていた気がする。
「…居ても別に、なくせに―――」
レッスンすらまともにならないなんて、本当、終わりだな。
自虐の笑みは、今の私には心地が良い。
再び誰かが現れるまで、私は暗い天井に取り留めのない思考を流す。
私は、何処までダメになっていくのだろう?
こんなどうしようもないことはなかったはずなのに。
- 28 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:18
-
- 29 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/03/30(日) 15:19
-
更新させて頂きました。
そしてすみません……ちょっと失敗しましたorz
>22は飛ばして下さいますようよろしくお願い致します。
また前回、更新時にage忘れましたので今回はageさせて頂きました。
性描写が入る時以外は今後も更新時に1度ageさせて頂きたいと思います。
>20 のら様
そのようなお言葉を頂いて…恐縮です。
中澤さんの卒業寸前の娘。の雰囲気、私も大好きでした。
仕事等で進まない時が多くなりますが、今後も見守っていただければ幸いです。
- 30 名前:フカイ 投稿日:2008/03/30(日) 15:22
-
>29の名前を間違えました…シモウ。
半月ぶりに頂いたお休みでボケているのだと言い分けさせてください…
- 31 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/31(月) 14:33
- おぉー。圭ちゃんも裕子姐さんも好きなので嬉しいです。
楽しみです。応援しております。
- 32 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/04/13(日) 01:57
-
- 33 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/04/13(日) 01:57
-
最後の仕事は雑誌のインタビューで、私は何とか全てを済ますことができた。
真っ青な顔色はメイクさんが隠してくれたし、心配顔のメンバーも何かと気をつかってくれた。
けれど、私にはそんな全てが痛苦しくて、今はスタジオの隅の隅。
鉄の扉の向こうへ逃げこんでいる。
―――キュ …
スニーカーが鳴って、響く音を私は見上げる。
グルグルと渦を巻く階段の影。
静寂が頂上から真っ直ぐに、私の下へと落ちてくる。
肩で、胸で。それを受けとめて。
私は今日初めて、深い深い溜息をつく。
- 34 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/04/13(日) 01:58
-
夜の非常階段、湿った匂い。
孤独な、自由の匂い。
次に唇から流れ出したのは、題名もわからないような懐かしい歌。
冷たいコンクリの空間を昇り、隅々に響いて、降り注ぐ。
小さな頃、お母さんのカラオケセットを一人占めしては、知っている歌を何時までも何時までも歌っていた。
客席に座ったお母さんが嬉しそうに拍手して、何時も何時も褒めてくれた。
褒められるのは嬉しかったけれど、何より、歌うことが好きだった。
高く、高く、伸びて行く声。
久々だ―――こんな風に歌う私の声。
キ、―――
「!」
- 35 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/04/13(日) 01:59
-
背後の物音に振り返る。
目が合って、私がドキリとしたのと同じように、相手も肩を揺らす。
「………。」
パチリパチリと青い瞳を瞬かせ、唇が幾つか言葉を選んだあと。
「…荷物。忘れて帰ったんかと思ったよ。」
細い腕には、大きな私の鞄と彼女の鞄がぶら下がっている。
「あ…ゴメン。」
「こんな寒いところで上着もなしに、また倒れたらどうすんの。」
「ゴメン…」
- 36 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/04/13(日) 02:00
-
眉間に軽く皺を寄せたリーダー中澤裕子は、鞄とは逆の手に抱えた私のコートをずいと突き出す。
おずおずとそれを受け取り、もう一つ鞄をもらおうとすると、
「ええから着てしまい。鞄、裕ちゃん持つから。」
そしたら、行くで?
「…何処へ?」
「ご飯。付きおうてや?それにあんた、ずっと何も食べていないやろ?」
早よ、しぃ。
金の髪を翻して、華奢な背中がドアの向こうに消える。
鞄を人質に取られた私は、選択の余地もなく慌ててその後に続いた。
- 37 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/04/13(日) 02:04
-
- 38 名前:フカイ 投稿日:2008/04/13(日) 02:05
- 更新させて頂きました。
M-seekで更新するのは緊張しますね…憧れの地ですので。
>30様
ありがとうございます!私も中澤さんと保田さんが大好きなもので…
ご覧の通りののんびりとしたペースですが頑張っていきたいと思います。
- 39 名前:フカイ 投稿日:2008/04/13(日) 02:07
-
…すみません。上のお礼アンカは>31様に…
毎回毎回申し訳ございません、失礼致します…orz
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/14(月) 01:31
- 更新お疲れ様です。楽しみにしてました。
私事ですが、裕ちゃん卒コンのIWISH で、泣いてる圭ちゃんの頭を裕ちゃんが
撫でるシーン、すごくなん好きです。あれを見るといまだに泣けてくる自分です。
- 41 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/03(土) 10:30
-
- 42 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/03(土) 10:31
-
彼女に連れていかれたのは居酒屋だった。
と言っても、私たちのような『特殊な事情』を持つ客を受け入れる準備のなされた店。
暖簾を潜るとすぐに店員がやってきて、
彼女になにやら話し掛けながら店の奥、小さな個室へと案内する。
「予約とかしたの?」
「いや…連絡だけは入れたけど。」
パパパッと、数種類のメニューが私の前に広げられる。
…しかし、何を頼んだものやら。
居酒屋なんて未成年の私にとっては縁遠い所だし…正直あまり食欲もない。
だけどそれで裕ちゃんが許してくれるわけもないだろうから。
「ご飯セット。」
「お肉は?」
「お肉はあんまり欲しくな」
「あ゙?」
「――― 唐揚げをお願いします。」
そんな感じで幾つかのメニューと烏龍茶を頼む。
裕ちゃんはもちろん!というか、ビールとおつまみを数品。
- 43 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/03(土) 10:31
-
「ほい。」
「はい?」
「乾杯しようや。」
裕ちゃんは、表面が真っ白に凍ったビールジョッキを私に向けてぐいと掲げている。
私はそれに烏龍茶のグラスをカチンと合わせて、
「…乾杯。」
「おぅ、お疲れさん。」
乾杯のビールはあっという間に彼女の喉へと消えていった。
おかわりを頼みながら、嬉しそうにイカの一夜干しへと箸を付ける。
「…裕ちゃん、イカ、好きなんだっけ?」
「うん、あとささみがあったらつまみは何もいらへん。」
イカにささみ、か。
お酒ばかり飲んで、何故にこんな華奢な体躯を保てるのかと不思議に思っていたけれど、謎が解けたと思う。
おつまみが太るんだって、お父さん言ってたなぁ。
ここのところ会えていない父親の顔をふと思いだした。
- 44 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/03(土) 10:37
-
「…昼よりは顔色、良ぉなったな。」
啜ったお味噌汁のお椀から顔をあげると、頬杖を付いた裕ちゃんが私を眺めていた。
「具合、悪かったん?」
「…ん…。」
「寝れてんのか?」
「………。」
不調の理由を言い当てられ口籠もった。
そんな私の前でゴトン、と重い音をたて、彼女のビールジョッキが置かれる。
「何か心配事?」
「ん〜…ううん。別に。」
「そか?…圭坊が大人やったなら酒でも飲んで寝てしまい、言えるけどなぁ。」
具合、悪なるまで辛いなら何かしたほうがいいかもな。
言って、裕ちゃんが苦笑う。
何か…薬とか飲むんだろうか?
まぁ、事務所の先輩でそういった人は結構いるし――― けれど。
「ちょっと抵抗ある、かな。」
ただ眠るために薬に頼るなんて、どうだろう?
いや、そのただ眠ることが今できないわけなのだけど…
「別に変なものじゃないし、それで良い仕事ができるならええんじゃないかと思うけど?」
「ん〜…」
- 45 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/03(土) 10:39
-
良い仕事。良い仕事――― か。
…良い仕事ってなんだろう?価値のない私の仕事って何?
娘。の人数に加わることだろうか?
疲れ果てた心と体を薬で眠らせながら。
「…ねぇ、裕ちゃん。」
その言葉は思考を通さず、唇から滑り出た。
「私さ、辞めたりしたらダメかな?」
- 46 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/03(土) 10:39
-
- 47 名前:フカイ 投稿日:2008/05/03(土) 10:41
- 更新させていただきました。
今日は大阪で中澤さんのカジュアルディナーショーです。楽しみです。
>40様
お待たせして申し訳ございません。ありがとうございます。
私はNHK特番の対談ですかねぇ…好きなんですが見返すには勇気が要ります。
卒業関連の映像音声が未だにダメでして…卒コンとかその時期にあった特番もそうですが、
『恋の記憶』は卒業会見後のラジオで聞いたきり聞けなくなってしまいました。
まさか「芸能人」のアレコレがトラウマになるとは…どれだけ大好きなんだというw
私事を長々と失礼致しました。
- 48 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/19(月) 00:53
-
- 49 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/19(月) 00:53
-
「何言うてんの?」
トーンの下がった彼女の声に、自分が酷い失言をしたことに気付く。
けれど、それは無意識に発したが故本当のことだった。
「アホなこというなや。あんた仕事、どうすんの?」
「どうも…大丈夫だよ、私じゃなくても。」
「なに拗ねてんの?」
「拗ねてんのかな?…でも、わかるよ。」
今、娘。がそうであるために必要な声。
そこに私は含まれていないでしょう?
歌を歌う為に此処にきたのに、私の歌は只の背景になってしまっている。
「そんなことあるかぃな。ちゃんと聴いとるよ。」
「そうかな?本当に裕ちゃんはそう思っている?」
「思っとる。」
「裕ちゃんはソロがあるから。」
「あんたかてプッチ。とか―――」
「違うよ。」
最初、プッチモニ。に選ばれた時、すごく嬉しかった。
けれど、違う。やっぱり違う。
「此処にはないよ。私が歌える場所は、此処にはない。」
「勝手なこと言うな!!!」
- 50 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/19(月) 00:54
-
彼女の全身が怒りを孕む。
金の髪を逆立てるように放つ感情。
「勝手なこと…!あんたの今居る其処、何人蹴落として来てんの!?」
「………。」
「歌う場所?歌ぉとるやないか。
歌うチャンスもない人いっぱいおるのにそんな泣き言いうんやない!!!」
凄まじい怒気を全身に受けて、激しく言葉を放たれて。
彼女の言葉は全てその通りで、私は何か言うこともできない。
落ちた沈黙に彼女の溜め息が流れた。
両手で顔を覆って――― 泣いてはいないと思うけれど。
何度も何度も、深い呼吸を繰り返す。
そんな彼女を見ていられなくて私は顔を伏せる。
- 51 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/19(月) 00:54
-
「…圭ちゃん。圭坊。」
俯く視界に彼女の影が動いて、小さな手が頭に置かれた。
「疲れているんやよな。」
くしゃりと髪を撫でられ、胸がツキリと痛む。
「そんなこと言わんといて、圭坊。裕ちゃん知っとるもん。
圭ちゃんがどんくらい娘。の歌大事にして、どんくらい頑張っているのかとか。」
暖かな手が離れても胸の痛みは増すばかりで。
ズキズキ刺す痛みに目の前が歪んで、ポツリ、涙を零した。
「ゴメン。」
「え〜よ。」
「ホント、ゴメン…。」
涙を止められなくて、仕方なく私は顔を覆う。
流す涙は何か心地好くて。
頭の中に詰まっていたもの全てが消えていくみたいに。
泣き続けている私の肩をぐいと抱き寄せる力。
何時の間にか傍にやってきていた彼女の腕は甘い匂いがした。
- 52 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/19(月) 00:54
-
「なぁ。圭坊。ええやないの。誰も見てなくたってええやない。
いっそ、誰も見てないんなら、好きなように歌って踊ればええやないの。
…歌うために来たなら、それでええやない。」
耳元で囁く声は、隙間の空いた頭の中に滑り込んでくる。
辛かった部分が涙で抜けて、代わりに彼女の声で満たされる。
目を閉じてそのまま、彼女に凭れかかった。
身体の力を少し抜いて、声の響きに耳を傾ける。
「なぁ。でも、私は聴いとったよ。」
「――― 何を?」
「歌。さっきの歌―――。」
「………。」
「ずっと探してて、そしたら階段で歌ってて―――
なんやねんって思うたけど、あんまり気持ち良さそうに歌ってるから…ちょっとそのまま聴いてたの。」
「ゴメン…。」
「なんで謝んの?…好きや。あんたの歌。大好き。」
そっと、髪に染み込んできた温度。
小さく音を立てて離れたそれに、私は顔を上げる。
――― 今、キスした?
見上げた彼女の目が微かに笑い、そして近付く。
私は避けるとか逃げるとかまったく思いつきもせず、そのまま目を閉じた。
…彼女に凭れているのは、とても心地が良かったから。
- 53 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/19(月) 00:55
-
壁の向こうにさざめく喧騒を耳にしながら、私は彼女と初めてのキスを交わした。
くすぐったい程柔らかな唇。
それがそっと触れて、一呼吸置いて、角度を変えて交わる。
「…ッ」
与えられる刺激にクラクラ、閉じた目蓋の裏すら歪む気がする。
私を抱く人にただ縋った。
女性としてもあまりに細いその腕は、けれどしっかりと私の背を支えた。
「―――…ぅ…」
「黙って。」
舌に触れ合うようなキスは、それこそ初めてのことで。
縮こまる私の舌を優しく絡めとり、宥めるように愛撫して―――
キスは、甘い香水の香と苦いアルコールの味がした。
「行こか。」
耳元で低く囁く。
その声の意味を、何処へとか何をとか。
私は考えられず――― 考えようともせず、その腕に引かれ立ち上がった。
- 54 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/05/19(月) 00:55
-
- 55 名前:フカイ 投稿日:2008/05/19(月) 00:56
- 更新させていただきました。
次回からR-15程度ですがベットシーン入ります。
sageで更新させていただきますが、苦手な方は回避してくださいますようお願い致します。
- 56 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/08(日) 03:02
-
- 57 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/08(日) 03:03
-
カーペットの毛足が彼女のヒールの音を消す。
それに続いた私のスニーカー。
タクシーで連れてこられたのは、広々としたホテルの一室。
滲むような間接照明の色――― その中心に、セミダブルのベットが二つ。
これを今夜、私と彼女が一つずつ使うわけはないと判っているのに、
此処、結構高いんだろうな。とか見当違いなことを思っている。
「シャワー浴びたい?」
「…できれば。」
- 58 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/08(日) 03:03
-
何故 私は今、この状況を受け入れているのだろう?
熱いシャワーの下、戻ってきた思考力。
普通に考えればおかしな事ばかりだというのに一体どうしたというのだ?
私は女で、彼女もそうで。
恋人な訳はなく、特別に仲が良い訳でもない。
何だろう…これは。
今、私は彼女との関係を大きく変えてしまおうとしているのにその理由を示すことができない。
無理に意味を付けるのならば、そう。
さっき、彼女の肩に凭れた時。
身体を、感覚を、理性の一部をほんの少し、預けてしまった時。
それは本当に心地好い事だったから―――。
疲れた心と身体が、全てどうでもいいと思えてしまうくらい。
- 59 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/08(日) 03:04
-
真っ白なバスタオルに包まって―――
…どうすればいいんだろう?このまま戻ればいいんだろうか?
服はもう着なくて良いと思うけど…バスローブが、あるなぁ―――
誰かとこんな夜を迎えるのは初めてのことだった。
初めてはこんなふうに誰かと…とか、別に拘りがあるわけではないけれど。
やっぱり大事なことだよなぁ。そっか、初めては裕ちゃんかぁ。
バスローブだけを羽織ってベットルームへのドアを開ける時、私はそんなことを思っていた。
浮付いたりとか、逆に怯えたりとか…
してもよさそうなものなのに、ぼんやりとそんな考えを巡らせていた。
避けるとか逃げるとかは、やはり思いもしなかった。
- 60 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/08(日) 03:04
-
淡い色をした部屋の中。
ベットに腰掛ける彼女はじっと何処かを見詰めていた。
カーテンがひかれた窓は街の灯りを通さない。
けれど、彼女の瞳はただ其方へ向けられていた。
何を思っているのだろう?何を見ているのだろう。
…何で、私を抱こうと思うのだろう。
横顔からは何も読み取れはしない。
けれどきっと――― 私とセックスすることについて思い悩むのではないのだろうな。
そう。これは多分、大したことじゃない……彼女に凭れることが心地良かった。
ただそれだけで、今そうしようとしている私と同じなのだろう。
声をかけようとした時、じっと固まっていた姿勢が解けてにこりと微笑んだ。
滅多に見ないような優しい表情で。
「おかえり。」
「…ただいま。」
「裕ちゃんさっき、レッスンの後浴びたんやけど…ええかな?」
「…うん。」
「こっち、おいで。」
- 61 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/08(日) 03:04
-
歩み寄り、導かれるまま彼女の隣へ腰掛けた。
彼女が私の髪に触れ、一房、掬い上げて耳へと掛ける。
滑らかな動きを見せるその指先が、微かに耳朶に触れた時に思わず肩が揺れた。
産毛を逆撫でた彼女の爪の先、チリ。と焼かれた感覚。
「髪、まだ少し濡れとるね。乾かさんといかんなぁ。」
「…別にいいよ。」
「圭ちゃん、風邪ひかせるわけにいかんし…」
「エアコン効いてるから、平気。」
「髪傷むでぇ?」
「今日くらい、いい。」
終わりにしてしまいたい。そう思っていた。
今の不安定なこの時間――― 始まりの前のこの空気。
踏み出して、転がり落ちてしまいたい。
その方がきっと楽だと思えた。
「圭ちゃん。」
名前を呼ばれたけれど、流石に顔を上げられなかった。
俯いたまま私は、額を押し付けるように彼女の肩へ再び凭れた。
- 62 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/08(日) 03:05
-
- 63 名前:フカイ 投稿日:2008/06/08(日) 03:05
- 更新させていただきました。
前回注意書きを入れた割には進まず…次回もsageで更新させていただきます。
どうぞよろしくお願い致します。
- 64 名前:フカイ 投稿日:2008/06/08(日) 12:56
- 更新分を隠します。
- 65 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:07
-
- 66 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:08
-
最初の口付けは濡れた前髪へと降りてきた。
膝の上に置いていた右手に彼女の左手が重なる…目蓋に唇が触れる。
二度目のキス。
それは先程とはまた別の感覚を連れてきた。
心臓が、上の方へクッと引き上げられる。
生暖かい彼女の舌の味――― それに思わず唇を外す。
「…圭坊?」
「――― ゴメン、大丈夫。」
突き上げてきたのは羞恥。
最早心臓は息苦しいまでに高鳴り、頭に送り込まれる血流が熱を連れて来る。
眩暈がする――― いや、全身の感覚が狂う気がする。
けれどそれらに逆らうように無理矢理顔を上げ、私は真っ直ぐに彼女を見つめた。
- 67 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:08
-
彼女の瞳に感じる一瞬の違和感と引力は、ブルーのコンタクトのせい。
意志の強さを際立たせるその色が、じっと私の奥を覗き込む。
…綺麗な顔。滑らかな肌。
触れてみたいと何処かで思って、触れてみようとして。
そんな自分に気付いて、私は再び顔を伏せる。
「圭坊、さ。なぁ…
…あんた、こういうことしたことあんの?」
「あるよ。」
それは、反射的についた嘘だった。
嘘をついたことに思考が追い付き、けれど訂正する気はなかった。
別に怖かったわけでも、躊躇ったわけでもなかったから。ただ―――。
「緊張しただけだよ。」
「…そ。」
「電気、消してくれると嬉しいかな。」
「わかった。」
- 68 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:08
-
スッと、彼女の身体が離れた。
何か少しほっとして息を吐き出した時、カチリとスイッチが切られて視界の全てが闇へと沈む。
自分の指先すら見通せない暗闇。
あ、と思って彼女の方へ顔を向けたけれども、灯りを落としにいったその姿を見つけることができない。
「………。」
沈黙。
「………。」
ククッ、と。
何やら楽しそうな声が暗がりより届く。
「あかんわ。圭ちゃん何処いったかわからへん。」
「………。」
「圭ちゃん何処おんの?呼んでぇや、裕ちゃんこと。」
- 69 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:09
-
肩越しに見つめる暗闇。
そこに、確かに彼女の気配。存在。
私に向けられる彼女の声。
そして、私は思い描く。
彼女の姿――― 優しい微笑みと共に。
何で、胸が疼くんだろう?
恋や、愛だなんてはず、決してないのに。
私は…。そう。
彼女に縋りたいとその時強く思った。
「…。 裕ちゃん。」
「もう一回、呼んで。」
「裕ちゃん――― 。」
- 70 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:09
-
ベットが少し撓んで、彼女の気配が近づく。
空気が動いたと思った時、私の背中に暖かな手のひらが押し当てられた。
小さな二つの手は私の背を、肩を撫でていく。
…まるで、宥められるような、慰めのような。
私の右肩に彼女の重み。
「力、抜いてみ?」
抱き締められる。
人の身体は、彼女の質感は、何故にこんな甘いものなのだろう?
楽屋で何度も嗅いだはずの彼女の匂い。
それが私の頬から薫る。さらりと撫でた金糸の髪を思う。
私の重さを預けた時、受け止めてくれるものだとばかり思っていたのだけど。
闇の中、彼女の腕の中。
二人ごと身体はベットに向けて空転した。
- 71 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:10
-
- 72 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/06/30(月) 23:10
-
- 73 名前:フカイ 投稿日:2008/06/30(月) 23:10
- 仕事に追い回され気が付いたら前回より1ヶ月弱、びっくりして更新いたしました。
注意書きを入れた意味がないくらいに進みません…。
もし読んでくださっている方がいるのならば本当に申し訳ないです。
- 74 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/03(木) 21:23
- 読んでます。
一番辛かったというあの時期の話を読めてうれしいです
圭ちゃんの思いを考えると胸が詰まりますね
- 75 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:52
-
- 76 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:52
-
胸元から、彼女の手が忍び込む。
シャワーの名残を残す肌を、二つの指が辿る。
くすぐったいような、そうではないような。
身体の底へ沈んで行く知らない感覚。
バスローブを解かれるまで、私はじっと目を閉じていた。
隠していた肌が晒された…その時、少し重たい目蓋を持ち上げる。
天井のシャンデリアの影。
無明の闇だとばかり思っていたのに――― 白い彼女の頬が映る。
「裕ちゃん…」
「なに?」
「…見えてんの?」
耳元で忍び笑い。
それで彼女が私の姿を捉えているのだと知る。
「大丈夫やて。全部はわからん。」
「…そういうもんでも―――」
「これ以上は目隠しでもせな無理やもの。」
- 77 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:52
-
細い指が額に触れ、髪を優しく梳いていく。
それはそのまま肩を辿り、腕を過ぎて―――
お互いの指と指が絡み合う。手と手を深く繋げる。
「可愛ぇなぁ、あんた。」
「………。」
「圭坊、可愛い。」
そんなことは――― と、ひねた心が否定しかけた時、私の口を塞ぐ温かな唇。
重ねた手を強く握り締められ、そしてもう片方の手が肩を…首筋を撫でる。
そろそろと下りていく手のひらと、攫われた舌先。
少し身を固くしながら、あまりそうすると初めてだとばれちゃうな。
なんて、嘘を取り繕うつもりでいる。
乳房に触れた指。そっと皮膚をなぞっていく。
離れた唇がそのまま顎を滑り落ち――― 左の肩に軽く押し当てられた。
- 78 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:53
-
暗がりが渦を巻く。目を閉じてもそれは同じで。
胸の鼓動があまりにも早いせいだろうか?
呼吸が乱れる――― 思考に靄が掛かり始める。
「……ッ」
彼女に触れられ、撫でられ――― キスされて。
背骨に溜まったその刺激がゾクリと身体を震わせた。
それは、明らかな快感で。
けれど平静と異なる状態に、不安がジワリと持ち上がる。
「ゆ…うちゃん…。」
擦れる声に、思う以上に乱された自分自身を理解する。
なんか、力が入らない。
無理矢理に動かす腕が、彼女の肩を捉える。
- 79 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:53
-
闇に慣れた目に映る、のしかかる細い身体。
私の声に顔を上げ、笑う気配。
濡れた唇が胸の頂きを啄ばみ、悪戯な舌がそっと吸い上げる。
漏れかけた悲鳴を飲み込み、肩を竦めて耐えた。
身体が、私の身体の内側が私を締め付けている。
苦しければいいのに。それは甘い感覚。
快楽は知らない私にとっては恐ろしく、まるで融け崩れていく様―――。
ハッ、と。荒い息が響いた。
私の肺から吐き出されたそれは、消えてなくなりそうな身体を繋ぎ止める。
そして声は、もっと明らかに。
「 ぅ、――― ゆぅ、ちゃん」
何を言って良いものかなんて解らず、彼女の名前を口にした。
泣いているみたいな声――― いや、既に私は泣いている。
恐い、けれど。このまま、だけど。
今や全ては混乱の際。
与えてくれるのは、彼女の肉体。
- 80 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:53
-
「 痛…ッ」
「圭坊?」
しまった、と思った時には遅かった。
脚の狭間、その隙間。
触れた彼女の指に思わず口走っていた。
「痛かった…?今の…痛かったんか?」
離れていく指先。
別に、そうではなかったのだ。彼女の仕草は本当に優しくて…
痛みを覚えたのは、未知の快楽に怯えた私の心。
「圭、あんた…初めてなん?」
「………。」
答えられない私の指から、円い肩が滑っていった。
私を見下ろす、表情の見えない影。
力の抜けた重い腕は最早上がらず、ただクタリとシーツの上に横たわる。
縋りたいのに。
もう凍える非常階段に迎えに来てくれた、たったの数時間前にすら戻れないのだから。
縋るしかないのに、私はこういう時どうすれば良いのかを知らない。
- 81 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:54
-
ひとつ、ふたつ。息をつく沈黙。
揺れた彼女の影に、夜の終わりを告げる台詞を覚悟した時。
「――― ええかな。」
「……?」
「続けても、いい?」
それは、私が思うのとは違う声。
「やっぱ、痛いかな…そっとするけど―――
――― な。続けても、いい?」
そんなはずはない。
だって、これは、縋る声。
顔を見たかった。どんな顔で今、あなたは囁いているの?
だって、縋っているのは私のはずだから。
あなたが私に縋るはずはないじゃないか。
けれど、再び触れた手は。
私の頬を包む震える手のひらは。
「頷いて。」
掠れた声に、その通りにした。
覆い被さってくる影を、何か信じられない気持ちで見つめていた。
- 82 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:54
-
- 83 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:54
-
甘い感覚をくれる細い指が、私を傷つけることはなかった。
けれど、分かりやすい快楽だけを与えてくれたわけでもなかった。
潜り込んだ他人の身体が生む出す違和感。
私の温度の中にある、別の体温。
穿たれた身体はともすれば不快とも言えて、私はじっと瞼を閉じていた。
「…圭。」
「――― ク、」
全身に震えが走る。
寒いわけでもないのに何故か歯の根が合わない。
そんな私に彼女は幾つものキスをくれた。
頬を、目蓋を滑る優しいくちづけ…強張る身体をそっと宥めてくれる。
- 84 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:54
-
「圭――― 良い子やね、圭坊…」
「……ぅ。」
「少し、力抜いて……そう。上手やね…」
耳元から頭の中へ、直接吹き込まれる声が脊髄を弄る。
私を抱いて、優しく揺さぶる腕。
「 ぅ、あ…!」
与えられるリズムに高ぶっていく。
快感…?それとは違うと感じた、と思うけれど。
彼女の熱。囁き。そして、キス。
私を支配していた眩暈が、まるで全身に詰め込まれたかのようになる。
掻き消されてしまう――― 身体から思考が、理性が、私を律するものが。
引きつれる悲鳴を上げた。
このままじゃ、私、おかしくなってしまう。
泣き叫ぶ声に彼女は、涙を拭うキスで答えてくれた。
- 85 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:55
-
- 86 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:55
-
次に目を開けた時。
部屋は青白い夜明けの色に染まっていた。
ぼんやりと眺めている眼前には、私の手。
そして重ねられている彼女の手。
金の髪が目隠ししている静かな表情。
寝息に耳を澄ませ、彼女の手の温度を確かめる。
透き通るような、今にも罅割れてしまいそうに冷たい色の情景なのに、
その手が暖かく、柔らかであることが何だか不思議だった。
私と大きさはさして変わらない、けれどずっと造りの小さな手。
丸みを帯びた小さな爪が微かに光る。
…付け爪。何時の間に外したのだろう?
何時も彼女の指を彩っている豪奢な色。
私に触れる素の指先は、今の無防備な彼女そのもののようで何か…―――。
- 87 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:55
-
ああ。なんだろう。
頭も身体の中も、空になってしまったみたいだ。
あんなに煩かった数々の思いも、悩みも妬みも。
それに縛られて張り詰めていた私の全てが――― からっぽだ。
何だか、すごく眠い。
夜明けの情景に融けていくような睡魔に全てを預けてしまう。
こんな、心地の良い眠りは初めてのこと。
そして、次の目覚めは小さな物音で。
ベットから滑り降りる白い背中。
振り返る彼女は私に笑って、
「シャワー。ごめんな。まだ寝てて。」
「ちゃんと、起こしたるから――― な。」
頭に置かれた小さな手に、私は再び眠りに落ちた。
安心したなんて、本当に久しぶりのこと。
- 88 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:56
-
- 89 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/07/21(月) 20:56
-
- 90 名前:フカイ 投稿日:2008/07/21(月) 20:56
-
更新させていただきました。
ここまででベットシーン終了です。
>74
読んで下さり、コメントまでありがとうございます。
あれから7年…中澤さんも保田さんも現役活躍中であることが夢のように嬉しいこの頃です。
保田さんの気持ちを丁寧に書けるよう頑張りたいと思います。
- 91 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/08/10(日) 22:46
-
- 92 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/08/10(日) 22:47
-
ルームサービスで朝食を済ませ、タクシーで仕事場へと向かう。
車内で携帯を確認すると何件かのメールが入っていた。
「みんなから?」
「うん。」
矢口に紗耶香に…昨夜の私を心配してのこと。
携帯の音、消していたから気が付かなかった。
「何て?」
「ん…大丈夫?って。」
「そか。」
裕ちゃんは少し笑って、そして車外の風景に目をやった。
私は…これから皆と会うのだし直接お礼を言っても良かったのだけど、
彼女と並んでの沈黙を持て余し、それで携帯を弄っている。
静かな車内に携帯を操作する音。
けれど、実のところ返信の内容なんてまったく思いつかなくて、
何か打ち込んではそれを消去してを繰り返していた。
- 93 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/08/10(日) 22:47
-
携帯の液晶からそっと彼女へと視線を移す。
移り行く景色を眺める横顔…引き結んだ唇の厳しい空気。
こうして座席に身体を預けていても何処か張り詰めている。
何時もの裕ちゃんだ。そう思った。
私たちの中心で真っ直ぐに背筋を伸ばしている。
皆が何処か畏れつつ、けれど頼りにしているリーダーの横顔。
その顔に込み上げた思いをグッと奥歯に噛んで私は視線を携帯へと返す。
今、味わう感情は――― 不安。
この手でその肩を支えなくてはダメになるのではないかという焦燥。
私は、彼女の背の細さを知ってしまった。
この手で触れて――― この手でしがみついて。
何処までも柔らかな肌。
こんなに華奢で本当に人としての機能が納まりきれるのかと思える位の体躯。
そして初めて耳にした……彼女が誰かに縋る声。
- 94 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/08/10(日) 22:47
-
彼女がリーダーとして感じている重圧はどれほどのものなのだろうと想像する。
今の私たちは嵐の只中に放り込まれたかのようで―――
トップアイドルグループとして頂点に押し上げられた今、
渦巻いているのは覚えきれないほどのスケジュールと無数の思惑。
私たちがモーニング娘。であるのだけれど、その存在はもっと大きな力に預けられてしまった。
喧しすぎて聞こえない、形すら解らない力に揉まれ流されながら、私たちは7人1つに寄り固まる。
その中心に彼女を据えて。
想像は、本当のところに届きはしないだろうと思う。
けれど彼女の実際は恐らく―――
あの闇に擦れた言葉。震える両の手。
- 95 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/08/10(日) 22:48
-
「なん?何見てんの。」
気付けば携帯は膝の上で、私はじっと彼女を見つめてしまっていた。
堅い、きつい物の言い方。
視線が私を射ぬいて思わず狼狽えそうになった時。
「…辛いんなら着くまで寝ててええんやで。」
唇が。瞳が優しげに細められて綺麗な微笑み。
それにぎこちなく笑顔を返しながら、私は昨夜の出来事を思う。
疲れ果てた私が寄り掛かってきたから、ただそれだけで抱いたのだと最初は考えていた。
だけど一夜を越え、手を握りあって眠った今、彼女もそうだったのではないかと感じている。
彼女も疲れ果て、凭れる誰かを探していたのではないだろうか。
そして多分その時に、同じく疲れ果てた私が現れた…。
- 96 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/08/10(日) 22:49
-
- 97 名前:フカイ 投稿日:2008/08/10(日) 22:50
- 更新させて頂きました。
先日、中澤さんのソロ10周年ライブに行って参りました。
しかしまさか、ご本人様に生で『恋の記憶』を聴かせて頂けるとは…。
ちょっとだけ泣きました。でも中澤さんがまだまだハロプロで頑張って下さるのだとわかり安心しました。
以上、私事で申し訳ございません。
- 98 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/13(水) 17:12
- 裕ちゃんもそりゃ色々あったでしょうね…
これが2002年にどう繋がっていくのか色々想像しちゃってます
「恋の記憶」生歌!うらやましいです
- 99 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/09/13(土) 13:52
-
- 100 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/09/13(土) 13:52
-
「圭ちゃん!」
楽屋のドアを開けた瞬間、朝の挨拶を交わすより早く私に駆け寄る小さな影。
「大丈夫?ちゃんと休めたの?」
頭一つ小さな同期がじっと私を見つめる。
屈託のない矢口の表情に、酷く気恥ずかしい感情が込み上げてくる。
確かに昨夜は良く眠れた。
眠れたが、まさかしかし―――
「? どうしたの?圭ちゃん?」
「いや、…別に―――」
「あれ?圭ちゃんの服、昨日と同じ奴じゃない?」
- 101 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/09/13(土) 13:53
-
ひょこっと顔を出した紗耶香の言葉に心臓が妙な拍動を刻んだ。
ギクリとして紗耶香へ顔を向けると、その賢そうな瞳が私を覗き込んでいる。
「なに?圭ちゃん外泊?」
「な、まさかっ」
「お、顔真っ赤。誰と?」
「おぉ、それ私と。」
慌てる私の斜め後ろから涼しい声。
裕ちゃんは皆にヘラリと笑ってみせ、そして頭に手をやる。
「いや、な?圭ちゃんにご飯食べさしたろ思ってお店行ったんやけど…
ほら。裕ちゃん、やっぱついついお酒の方が―――」
「ちょっとぉ!具合の悪い圭ちゃんに自分の世話させたのかよ!」
パチン!
叫ぶと同時に矢口の手が裕ちゃんの肩目がけて飛ぶ。
「痛っ!痛いてヤグチぃ!反省しとるって!」
「反省とかなんとかよりお前リーダーだろぉ!?」
- 102 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/09/13(土) 13:53
-
再び振り上げた矢口の手に裕ちゃんが慌ててぱたぱた逃げ出した。
それに楽屋中がドッと沸いて、そうして全てが何時も通りへと返っていく。
「なぁんだ。モー娘。保田、お泊りデート!!とか思ったのに。」
「馬鹿。変な想像すんじゃないわよ。」
紗耶香の軽口に付き合いながら、私はまだ動揺する心臓を落ち着けようと努力する。
そうだ、大丈夫。
ただ普通にしてさえいれば昨夜のことがばれるはずはないのだ。
まさか私と裕ちゃんが何かしていたなんて、勘ぐる人がいるはずもない。
そう。
今改めて思うのもおかしいけれども、私たちは同じ性を持つ者同士であった。
- 103 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/09/13(土) 13:54
-
今日最初の仕事は歌の収録。
自分の衣裳を身に付けていると矢口がやってきて、私に小さなホイッスルを手渡した。
「はい、圭ちゃんの。」
「うん、ありがと。」
「ねぇ、本当に大丈夫?裕ちゃんに絡まれたりとかしなかった?」
「大丈夫。ご飯おごってもらってちゃんと休めたから。」
「おごりか、い〜なぁ。」
隣でメイクをしていた紗耶香が会話に参加してくる。
「それも裕ちゃんとふたりでご飯ってかなり貴重じゃない?」
「ヤグチもふたりでご飯、ないや。」
「え、矢口ないの?意外〜」
- 104 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/09/13(土) 13:54
-
忙しい毎日の中の穏やかなヒトコマ。
気が付くと私の後ろにちょこんと座り込んだ後藤。
普段はほんの少し間があくと居眠りしているのに―――
気遣われている。それを嬉しいと思えるまでに私の心は回復していた。
「おら、みんな時間や。行くで!」
楽屋に響き渡る何時もの声。
一瞬目の合った彼女は唇の端で笑って、そうしてその細い背中をドアの向こうへ滑らせていった。
- 105 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/09/13(土) 13:54
-
- 106 名前:フカイ 投稿日:2008/09/13(土) 13:55
- 更新させて頂きました。
仕事の方が段々と忙しく…ゆっくりペースが更に落ちまして申し訳ございません。
>98様
この話の大筋は一応あるのですが、色々あったを進めるうちに流れが変わってしまいそうで…
ちゃんと最初の位置に繋げられるかなぁ、とちょっと不安だったりしています(^^;
『恋の記憶』は客席側に泣き出す人続出で、ご本人「泣くなよぉ〜」とかおっしゃっていましたが、
こちらにしてみると泣かせないでくださいよ〜、な感じでしたw
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 17:20
- 更新乙です
昔の娘。を思い出し懐かしい気分です
あのころから圭ちゃんと裕ちゃんCPが好きで、二人が仲良く絡んでるシーンがあると悶えていたのを思い出しますw
次回も期待してます
- 108 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/10/19(日) 19:17
-
- 109 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/10/19(日) 19:18
-
本日の解散は21:42…最近にしては随分と早い時刻。
「はい、みんなお疲れ様!明日のスケジュールだけど―――」
マネージャーの業務連絡を各自手帳へと書き付けていく。
明日は春に公開される映画の仕事。
泊りになるからその用意と明後日の準備もしてくるように、とのこと。
春の映画には加入が予定されている3人の追加メンバーも出演するらしい。
一体今度はどんな娘がやってくるのだろう?
なんにせよ、また忙しなさに拍車が掛かるに違いない。
「それじゃあ朝、迎えの車をやるから寝坊しないようにね。お疲れ様!」
「お疲れ様でしたー!」
7つの声が重なり、そして別々の言葉へと散らばっていく。
- 110 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/10/19(日) 19:18
-
「ねぇ!圭ちゃんさ、これからご飯食べに行かない?」
荷物をまとめる私の袖を矢口がひいた。
「ん〜…ゴメン。悪いけど…昨日、部屋戻ってないし。」
「あ、だよねぇ。じゃ、明日。ちゃんと休んでね!」
「うん。ありがと、矢口。」
私の言葉に矢口はその可愛らしい目をぱっちり開けて、そして何故かわたわたと赤くなった。
「?」
「な、なぁんだよぉ!圭ちゃん、そんなん、そんな風にいうなよぉ!」
「???」
何かに照れる矢口に戸惑っていると、視界の端に楽屋を出ていく裕ちゃんが映った。
なっちと圭織のお疲れ様の声にひらひらと手を振って。
- 111 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/10/19(日) 19:18
-
「………。」
「…ね、圭ちゃん。」
「なに?」
先程のわたわたを収めて矢口が尋ねる。
「昨日、やっぱ裕子と何かあった?」
「何も。何で?」
「ん?ん〜…圭ちゃん、雰囲気違うから。」
「そう?」
「うん。なんかね、笑い方。」
ヤグチ、さっき照れちゃったよ。
言って矢口が笑った。
朗らかで、見ているこちらが幸せになるような。
こんな笑顔の持ち主にそう言ってもらえるようなものは、私になかったはずなのだけど。
何か変わったのだろうか?
何が変わったのだろうか?あの夜の後。
- 112 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/10/19(日) 19:19
-
心当たりをしかし、話すわけには行かず困っていると、
「矢口〜。それは圭ちゃんに失礼じゃなぁい?」
私の肩に絡んできた紗耶香が言う。
「コレでも圭ちゃんはアイドルなんだから。笑顔ひとつで悩殺くらい―――」
「なんだ、そのコレでもとか悩殺ってのは。」
ぺちり。短い髪を叩いてやって、私は自分の鞄を担ぎあげる。
「じゃね、お疲れ様でした。」
「おー、お疲れ〜」
ドアが閉まるまで、矢口と紗耶香は手を振ってくれていた。
- 113 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/10/19(日) 19:19
-
- 114 名前:フカイ 投稿日:2008/10/19(日) 19:20
- いつもより更に少なめですが更新させていただきました。
土曜休日返上で年末までお仕事になりそうです…日曜休みなだけ良いのですが。
ハロプロ関連のイベントも幾つか諦める羽目になりガックリしています。
>107様
昔の娘。の雰囲気が出せましたでしょうか?
あの頃CPは安倍さんや矢口さんと中澤さんが絡んでいるものが好きだったのですが、
気が付いたらKU以外何も見えない状況に…いつ保田さんに捕まったのか覚えていないのですがw
今もお二人仲がよろしいようで非常に嬉しいですね。
次回、お待たせすることになってしまいそうですが頑張りたいと思います。
- 115 名前:フカイ 投稿日:2008/10/19(日) 20:42
- ってハロプロ卒業ですか!!!
暢気に更新している場合じゃなかった…
これから死ぬ気で仕事してイベント全部逝って来ます!!!
- 116 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:48
-
- 117 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:49
-
タクシー乗り場に向かわず、夜の非常階段に足を向けたのは…何となく。
思い付き、までもない動機だったはずだ。
昨夜とは違うビルの、違う扉を押し開ける。
しかし広がる無機質な光景は何処も同じだ。
埃の匂い、冷たい蛍光灯の色とコンクリート…―――。
「…お疲れ様。」
「おぅ、お疲れさん。」
壁に響く私の声に裕ちゃんが答える。
振り向いた顔は綺麗な笑顔――― スタジオのポラロイドに切り取られたような。
何となく、立ち寄る私のことを知っていたのだろうか?
何故私は、此処に彼女がいたことをあたりまえのように感じるのか?
それは不思議で奇妙であったけれど、私はすべて腑に落ちたように感じていた。
何の理屈も、理由もないのに。
- 118 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:50
-
「今夜、眠れそか?」
身体を手摺りに預け、彼女が尋ねる。
「うん、大丈夫。眠れる。」
「そぉか。」
笑顔。何時もの、彼女の。
隙のない立ち姿。固く組んだ両の腕。
そんな彼女の前に立ち、私はコートの生地をぎゅっと握りしめていた。
そうでもないと飛び出してきそうだったから。
不安が、恐れが―――多分、悲しみが。
「裕ちゃんはさ。」
「ぅん?」
「…裕ちゃんは―――」
- 119 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:50
-
それを口にしたら、本当に戻れはしないと理解している。
今ならば、昨夜の事は疲れ果てた一夜の過ちだと済ませてしまえる。
だけど私は知ってしまったから。目の前で微笑む人の本当の姿。
折れそうな背中、暗闇に流れた縋る声。
夜明けの青い情景と素の指先…そう。何か、寂しそうな。
「どしたんや?圭坊?」
なんて素敵な笑顔。
こんな場所でさえも煌く瞳。尖る肩先。
けれど私は今、昨夜闇に隠されていた彼女の微笑みを見てみたいと思う。
私を求めていた瞬間、あの声を発していたその時の顔を。
- 120 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:50
-
コートから指を離し、彼女の腕に触れた。
がっちりと、彼女を守る細い腕。
「圭?」
「眠れるの?」
「………。」
「裕ちゃんは、今夜。」
私の言葉に、笑顔が消えていく。
白々とした蛍光灯の灯の下、色を失っていく彼女の頬。
遠くから車の行き交う音が聴こえた。
深夜、都会の真ん中の切り取られた空間。
埃の匂いがする寒々しい場所。
ふっと息をついて、唇の端が微かに歪んだ。
そこに滲んだのは疲労――― そして、苦笑。
腕組みが解かれ伸ばされた腕に自ら一歩、踏み込んでいく。
私の背中を抱いて、小さな頭が肩に凭れた。
意外と軽い、彼女の重さ。
それを受けとめて、私も彼女の背中に腕を回す。
- 121 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:51
-
何故なのかなんて、解らなくて構わないと思った。
どうしてこうしようと決めたのかなんて。
ただ――― 私に身体を預ける彼女を抱き締める今。
不安とか恐れとか全部、胸の奥底に沈んで酷く静かな気持ちだった。
これでいいのだと思えていた。
理由なんていい。理屈をつけたら悪いに決まっている。
でも、今、こうしようとしか私には選べなかった。
そして彼女も、それを望むのだから。
- 122 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:51
-
肩の重みと共に、厚い生地越しの体温が引いていった。
一瞬、絡んだ視線。
それが再び近づいて、私の頬を暖かな唇が掠めて行く。
「…今日はこれで、平気。」
「ん。」
「ありがとな…圭坊。」
「…ううん。」
彼女が微笑んでいた。
瞳の覇気は失せ、コンタクトの色の向こうで揺れている。
深く、溜息をついた肩が小さく丸くなり、思いかけず気弱な脆い印象。
きっと昨夜、あの闇の向こうに在ったのはこの笑顔なんだろう。
細い身体中に詰め込んだ全てを誰かに預ければ、こんな優しい顔へと還る。
- 123 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:51
-
私から手を伸ばし、彼女の頬へ口付けた。
それに彼女は子供のように照れ笑う。
滲む、私の胸の暖かな気持ちは間違っているはずなのに、彼女がそう笑うなら。
「おやすみ、裕ちゃん。また明日。」
「おやすみ。また明日。」
指先が真っ白に凍える、そんな夜だった。
ふと見上げた明かり取りの小さな窓に、下弦の月が鋭く光放っていた。
- 124 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2008/12/31(水) 23:51
-
- 125 名前:フカイ 投稿日:2008/12/31(水) 23:54
-
2ヶ月以上ぶりに更新させて頂きました。
…死ぬ気で仕事してと上で書き込みましたが、まさか本当に休み無しで働く羽目になるとは思いませんでしたw
暫く休みがあったりなかったりの生活になりそうです…
更新が滞りがちになりますが、放置は致しませんのでどうぞよろしくお願い致します。
また、ここまでの更新を一区切りとし、誤字脱字等を修正したものを自サイトに持ち帰らせて頂きます。
何かのご縁がありましたら其方の方もどうぞよろしくお願い致します。
m-seekに集う皆様方、そして管理人様に良い年が来ますように。
- 126 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:55
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- 127 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:55
-
店を出て、空を見上げる。
乱立するビルの狭間に圧迫される青。
大気の汚れが霞ませる彩。
それでも萌える樹々は美しかった。
初夏の太陽を若葉はぐんぐんと吸収し、その彩りを増していくようだ。
「しかし、結構思い切ったわね。」
同行してくれたマネージャー女史が私をしげしげ眺める。
「似合いませんか?」
「ううん。良いと思うけど。」
「なら、よかった。」
春の名残が微かに薫る、風が項を擽っていく。
長い髪を切り落とし、軽くなったのは頭ばかりではなく。
息を吸う。
身体中に深緑の大気を満たす。そんなつもりで。
- 128 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:56
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- 129 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:56
-
「おはようございます。」
レッスン場のドアを開けた瞬間、丁度目の前にいた小さな子がびっくり、ぽかんと口を開けた。
「………。」
「おはよう、辻。」
「! おはようござぃます!やすらさん!」
ぴょこんと頭を下げた短いツインテール。
それがそろそろと持ち上がり…じいっと円らな瞳が私を見つめる。
「なによ。」
「保田さん、髪ない。」
「ホンマや、髪無い。」
小さい子供の隣に同じくらい小さなのがやってくる。
おだんご頭を傾げて瞳をくりくり。興味津々といったふうに、
「失恋ですか?」
「髪を切ったら失恋て、一体何時代の話よ?」
「そりゃ裕子の時代じゃな〜い?」
「聞こえとるで!矢口!!!」
裕ちゃんに怒鳴られたのにケラケラと、笑う矢口が駆け寄ってくる。
「へ〜。結構ばっさりいったね。10cmくらい?」
「そんくらいかな。さっぱりしたよ。なんか軽いし。」
「これから夏だもんね〜。ヤグチも髪、切ろうかな?」
「おー。ショートいいよ〜!洗うのラクだし。」
裕ちゃんの隣で紗耶香が片手をあげる――― もう片腕を後藤に絡み取られながら。
紗耶香にぎゅっと抱きついた後藤は私を見、小さな声でおはよう。と言った。
- 130 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:56
-
「ねーねー保田さん!髪、ちょお触らせてください!」
物怖じしない小さいのが私の髪に手を伸ばしてくる。
それにも釣られたように隣の子供も手を伸ばし、
「短くなりましたね〜」
「短くなりました〜」
わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。
美容院で整えてもらったスタイルが4つの手で乱されていく。
が、まぁ。これからダンスレッスンなわけだしいいかと放っておく。
わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。
最初に現れたツインテールが辻希美。
あとからやってきたおだんごが加護亜依。
4期メンバーとして入ってきた彼女等はなんとこの春中学にあがったばかりで…
まぁ、後藤がここにやってきた時とさして年齢に差があるわけではないのだが。
「…なんか保育園やな。」
何時だかげんなりと裕ちゃんが呟いた。
「明日香と比べたら後藤は子供や思うたけど…頑張ってたんやなぁ、ごっちん。」
すっかりお疲れといった様子に私は笑って肩を揉んであげた。
- 131 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:57
-
忙しく、また気遣いの多いリーダー様が疲れるのは当然のこと。
私たちの周囲は相変わらずの予定外で進んでいく。
4期メンバーのことだって追加予定は3人だったはずなのに―――
「おはようございます!」
声を揃え、二人の少女が現れた。
一人はすらりと背の高い、びっくりする程の美少女。
そしてもう一人は小麦色の肌をした、これまた整った顔立ちの娘。
背の高いほうが吉澤ひとみ。そして隣が石川梨華。
彼女等もやはり4期メンバーで…そう。結局今回は4名、メンバーが追加されたのだ。
今までも十分に大所帯だったが総勢11名。何をするにも大騒ぎになる。
集合にしろ移動にしろ…ダンスレッスンだって人数が増えた分複雑さを増す。
ましてや新入4人はダンスどころかまだ『この世界』のルールすらわからないわけで。
とにかく4人に教育を施さねばと、私と矢口、圭織に後藤が一人ずつ教育係として付くことになった。
だからと言って裕ちゃんのストレスが軽くなることはないけれども。
「市井!ちょっといい?」
「はーい!」
マネージャーに呼ばれた紗耶香が立ち上がり、
そして二人は私たちから少し離れた場所で何やら打合せている―――
私たちの知らないスケジュール。紗耶香だけのそれを。
紗耶香がモーニング娘。を辞めると知ったのはほんの数週間前。
吹き荒れた動揺の嵐は皆、仕事をこなすため何とか収めているけれども、
裕ちゃんの傍で膝を抱えている後藤の肩がもう『何時も通り』ではないのだと示している。
- 132 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:57
-
「圭ちゃん。」
後藤の隣で雑誌を読んでいた人が立ち上がった。
手招くのに、私は未だ人の髪で遊ぶちび達を振り払う。
「あ〜!何処行くんですかぁ、保田さん!」
何処から出したか、ぽんぽん付きのゴムで髪を結わこうとした加護が抗議の声をあげる。
「まだダメですよ〜」
それに続いた辻が腰にまとわり付くので、私はそれに笑ってみせた。
「裕ちゃんに呼ばれてんのよ。あんたも行く?『中澤さん』のとこ。」
瞬間、ビクン!と身を震わせた辻が、そろそろと後退りする。
加護も何か微妙な笑顔を浮かべ、
「のんちゃん、行こ!」
と、何処かへ走って行った。
- 133 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:58
-
「…何話したの?」
寄っていった私に裕ちゃんが渋い顔をする。
「嫌われてんのかなぁ?」
「違うよ。怖がってるだけ。」
「…嫌われてるよりはマシなんかな。」
溜息を付く裕ちゃんの肩を元気出してと叩く。
「で、なに?」
「うん。私もマネージャーに呼ばれてんのよ。悪いけどここ、座っといてくれん?」
ここ、と指差したのは今まで彼女が座っていたパイプ椅子。
その隣では後藤がじっと足元を見つめている。
「いいよ。」
「すまんな。」
笑う彼女に笑い返す。
今、私の顔に浮かぶ笑みは多分、彼女と同じ少し困ったようなそれだろう。
- 134 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/03/07(土) 23:58
-
- 135 名前:フカイ 投稿日:2009/03/08(日) 00:16
-
更新させて頂きました。
本文は何とか3月7日に間に合いました…やはり3月7日は特別な日ですので。
あれからもう8年。今も変わらず活躍し続けて下さっている中澤さんに感謝です。
- 136 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/20(金) 14:36
- 3月7日当時のことは全然知らないヲタなので、
なんだかここでそれを体験させてもらっているような気分です。
2人だけじゃなく周りのメンバーも気になってきました。
- 137 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:02
-
- 138 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:02
-
パイプ椅子に荷物を置いてレッスン着に着替え終わるまでの間、
後藤はちらりとこちらを見たり、床に視線を落としたりを繰り返していた。
何か言いたそうに――― 何をと私は知っているから、何も言わない。
椅子に腰掛け眺める楽屋は仲間達のお喋りに満たされ、けれどその活気が後藤の影を際立たせる。
「…ごめんね、圭ちゃん。」
隣に居て漸く聞き取れるくらい、微かな声で後藤が呟いた。
大きな身体が縮こまり、首をがっくり項垂れさせ。
「別に気にしてないわよ?」
「でもゴトウ、圭ちゃんに酷い事した…」
見上げた後藤の視線と私のそれがぶつかった。
愛敬のある大きな目が可哀想にしょぼくれていて、
その様子が何だかとても可愛らしく思えた私は、手を伸ばしその頭を撫でる。
「ごめんね、後藤。」
「何で?」
「…紗耶香のこと引き止められなくて。」
瞬間、後藤の顔がくしゃくしゃっと崩れ、ゴツと音がする勢いで膝へと伏せた。
「優しくしないでよぉ。」
「なんでさ?」
「圭ちゃんに怪我させたのに。」
「怪我のうちに入らないわよ。こんなの。」
今日は長袖のTシャツを着ている左腕に触れてみた。
痛みなんてないけれど――― そこにはくっきり、後藤の指の跡が残っている。
- 139 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:03
-
- 140 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:03
-
「なんで引き止めないのさぁ!!!」
それは一昨日の昼過ぎ。
どちらかと言えばのほほんとした後藤の目が、声が、見たこともない荒れ方をしていた。
今日と同じく何かの打ち合わせで紗耶香が席を外した後、突然の爆発。
違うのはプッチの楽屋だったことだろう。
二人きり向かい合い、私は後藤に腕を捕られて。
「後藤…」
「圭ちゃん、止めないじゃん!何で止めないの!?」
「………。」
「市井ちゃんいなくなったらいやじゃん!困るじゃん!!なんで!?」
掴まれた腕が骨が、痛みを覚えたけれどそれを振り払わない。
ずっと教育係として傍にいた紗耶香を失う後藤の気持ちは良くわかる。
わかるけれども…。
「…紗耶香にはね、ちょっと前に相談されてたの。娘。を辞めたいって。
私はね、その時、もうちょっとやって考えてみてって言ったの。
それで紗耶香はもうちょっとやって、考えてみて、それで決めたんだ。
だから私はもう、紗耶香のこと止めない。」
「なんでさ!?もう一度止めようよ!!!」
圭ちゃんは市井ちゃんのこと嫌いなの!?
- 141 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:03
-
叫んだ後藤のその言葉は、腕なんかよりずっと痛いと思った。
顔を歪ませ、ただ頭を振る。
泣きたい気持ちで、笑いながら。
「嫌いなわけないじゃない。」
同期として入ってきて、同じ楽しいこと・辛いこと・悲しいこととか共有してきた。
仲間なんて以上に…紗耶香のこと、大切な友達だと思っている。
友達が自分の夢に悩む時、私に相談してきてくれた。
それを私は一度引き止めて、友達はその私の願いを聞いてくれた。
そして今、それでも先に行こうとする紗耶香を私は引き止められない。引き止めない。
大事な友達だから。同期だから。仲間だから。
「わかんないよ!!イヤだよそんなの!!!」
「 …何をやってるの!?」
割り込む声に振り向くと、ドアを乱暴に開け放ちマネージャーが駆けてくるところだった。
後藤を私から引き剥がし、掴まれていた私の左腕を確認する。
「! …大丈夫?保田…」
「平気です。」
後藤の手の形が食い込む私の腕。
痛みより――― 後藤の悲しみがどれほど深いのかを示すようで叫びたくなった。
激情を堪え歯を食いしばり、後藤を見ると紗耶香に被さる様にして泣いていた。
わんわん声を上げ号泣する後藤を抱え、紗耶香は私に『ごめんね。』と唇だけで言った。
- 142 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:03
-
- 143 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:03
-
きゃー!と歓声を上げて、目の前では辻加護が鬼ごっこを開始している。
なっちと矢口も参加しているようだ――― 向こうで圭織も加わりたそうにうずうずしている。
「圭ちゃんは優しいねぇ。」
後藤の呟きにそうかな。と答える。
「それに強いよね。」
「強い?」
「ゴトウに当たられても優しくしてくれるもん。」
後藤の言葉に頬を掻いたのは照れたからではなく…
もしひとりきりで一昨日の事を飲み込み今この態度を示しているのなら、
私は強い人間と言われてよいのかもしれないけれど。
深夜、私は上がり込んだ裕ちゃんの部屋でその肩に凭れていた。
どうでもいい話を繰り返しながら…痣となった左腕を預けて。
裕ちゃんは私が笑えるようになるまで、ずっと肩を貸してくれていた。
大きな後藤の手のかたちに、小さなその手を重ねてくれていた。
- 144 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:04
-
参戦を表明した瞬間に鬼とされた圭織が必死の形相で辻を追い回している。
辻の甲高い笑い声が益々大きくなる。
「…圭ちゃんもさ、何時か娘。を辞めたりする?」
走り回るみんなを眺め、後藤が尋ねる。
「そうだね。何時までもずっとはいられないよね。…行きたい所があったら、私も行くよ。」
「ゴトウはずっとここにいたいよ。」
「そうかい?…そうだね。今は、ね。」
私の膝にコツンと後藤の頭が凭れた。
その柔らかな髪を指先で優しく梳いてやる。
「お。え〜なぁ!圭坊。ごっちんに懐かれて。」
その席変わってぇな、と戻ってきた裕ちゃんが笑う。
「やだよぉ!裕ちゃんにしたら何されるかわかんないもん!」
それにニカッと何時もの顔で後藤が言った。
ささっと立ち上がり、そして私に、
「ゴトウも鬼ごっこしてくる!」
「ほいよ。頑張っておいで!」
「いやいや、頑張りすぎんなや?これからレッスンあるんやで?」
元気でええなぁ、若いのは。
妙に年寄り臭い台詞を吐きながら、譲ったパイプ椅子に裕ちゃんが腰掛ける。
- 145 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:04
-
「圭ちゃんはいかへんの?」
「私も年寄りだから。」
「二十歳前の娘の言う台詞やないな。」
苦笑う裕ちゃんにありがとう、と告げた。
「ん?」
「後藤のこと。」
「私はなんもしとらんよ。」
「それでも。ありがとう。」
こちらを見上げ笑った裕ちゃんがふいと俯いた。
微笑んだままの横顔が少し疲れていることにその時気が付く。
「裕ちゃん?」
何かあった?と私が訊ねる前に、
「…お礼なら今晩。」
「ん…プッチの仕事の後になるけど。」
「部屋で待ってる。」
「了解。」
エキサイトしすぎて転んだ辻をあ〜あ。なんて、眺める目が揺れていた。
理由なんてここでは聞かないけれど、
細い肩先の様子にまた彼女のストレスの種が増えたのだと私は勘付いた。
- 146 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/06/19(金) 15:04
-
- 147 名前:フカイ 投稿日:2009/06/19(金) 15:05
- せめてお誕生日はと更新させて頂きました。
36歳、今年はどんな中澤さんを見せて頂けるのか本当に楽しみです。
最近は書き進めては削除しての繰り返しをしています。
長めのお話はやっぱり難しいです…他の書き手の皆さんを本当、尊敬します。
>>136様
あの時の何とも表現しがたい大混乱が私の駄文で表し切れるか…
実際の時系列と矛盾が無いよう頑張っておりますが、間違いあったらご容赦くださいませ。
というか、書き進めた後で実際の事件と違うことに気がつき書き直しとかしております。
流石に9年前ともなると記憶が曖昧になりますね。
他のメンバーも大好きなので気にして頂ければ嬉しいです!
- 148 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:46
-
- 149 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:46
-
タクシーから飛び降りマンションのセキュリティロックを解除する。
すっかり遅くなってしまった…途中、渋滞に巻き込まれたのも痛かった。
車内からメールを入れたけれど、裕ちゃんからの返信はまだこない。
仕事の為であれば怒りはしないけれど、拗ねたふりをされるとちょっと厄介だ。
通い慣れたドアの前でチャイムを鳴らす…無反応。
そうだろうと思ってはいたからポケットに手をつっこみ、鍵の束からまだ新しいスペアキーを選りだす。
「裕ちゃん?」
灯りのない玄関――― 面倒くさがりの家主が切れた電球を変えないだけだ―――
廊下の向こう、リビングから光が漏れている。
「…?」
何時も通り。私の掛けた声に返事をしたり、しなかったり…。
ただ、何か妙に静かな…
彼女の気配が感じられない。そんな違和感。
暗がりの中靴を脱ぎ、細く漏れる光を辿る。
リビングへ続くドアに手を掛けた。瞬間、
「―― !?」
流れだして来たのはあまりにも濃い香気。
呼吸だけで酔いが回りそうなアルコールのそれに思わず口元を手で覆う。
- 150 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:46
-
「 …裕、」
ソファーの影から覗く小さな手に思わず駆け寄った。
力なく投げ出されたそれが、まるで血の通わぬ人形の指に見えたから。
お気に入りのソファーに身を埋め、真っ青に血の気の失せた頬。
そっと触れた指を濡らす泣き寝入りの涙。
掌に当たる息が温かくなかったら半狂乱で揺さぶり起こしていたかもしれない。
そんな、あまりに憔悴した姿。
傍らのテーブルで洋酒の瓶が横倒しになっていた。
その口元から琥珀色の雫が滴り、フローリングの床に広がっている。
床に転げたグラスには罅がいっていた。
砕かぬよう、そっとそれを拾い上げ、テーブルの上へと載せる。
何があってこんな飲み方をしたのだろう?
私にだってこの部屋に充満するアルコールの匂いにそれがどれだけ強いものなのか理解できるし、
何の食べ物もなく只呷ったのだろう飲み方が、どれだけ彼女を傷付けるのか…彼女を傷付けたのか。
掛けっぱなしの眼鏡を外してあげた時、すぅっと目蓋が持ち上がった。
素の、彼女の瞳の色。
視線は私の顔の上を滑り、擦れた声が耳に届く。
「 …、来てくれた…?」
首筋に伸ばされる指、甘えた声。
引き寄せられるままに私は彼女と唇を重ねた。
私ではない、誰かの名前を呼んだと気付きながら。
- 151 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:46
-
噛み付く歯を、滑り込む舌を好きなようにさせる。
くちづけは明らかに身体を重ねる者同士のそれで、だから私は酷く悲しい気持ちになる。
彼女が待っていたのは私ではないこと。
彼女の待ち人がここにいないこと。
見つめる私の目の前で、伏した瞳が涙を溢していた。
その瞳が開く時、私を認めて絶望するのだろうか?
それが恐ろしくて、私は左の手の平で彼女の目を塞いだ。
そして呟く。低く、溜息のように。
「ごめん。」
「ごめんね、裕…」
彼女の待ち人は彼女をなんと呼んでいたのだろう?
名前を呼び違える、そんな小さな過ちからその人でないと知られるのが怖くて、それ以上その名を呼べなかった。
だから、繰り返す。
遅くなってごめん、と私として。
そして彼女を待たせる誰かの代わりとして。
誰の声にでも聴こえるように囁く。
「ごめん。許して。」
悲鳴を押し殺す、引きつれた泣き声。
背中を弄る彼女の手に、逆らわず私はそのまま答えた。
- 152 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:47
-
- 153 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:47
-
彼女が再び眠ってしまった後、私はその身体を毛布に包み、テーブルを片付けて部屋を出た。
目覚めた時、待っていた人が来てくれたのだと思う。
そんな奇跡はないだろうけれど、そう思い込める余地があればいいと胸の内に呟く。
嘘ではなかった。強がってはいたけれど。
私たちが凭れ合う理由は悲しみとか遣る瀬なさとか、
一人じゃ飲み込みきれない感情を預け合い、慰め合う為で。
凝り固まる感情を誰かに語ることで楽になることを前から知っていたけれど、
彼女に教えられたことはもっと深いところから心を解かす。
後ろめたさがない訳じゃない。
矢口や紗耶香の誘いを偽の用事で断る時とか、
楽屋での私と彼女はあまり親しくはないメンバーである事とか。
今、私の根底を支える大切な時間を誰かに知られてはならないこと。
それは胸に掻き傷を作るけれど、だけど私はもうこの関係を捨てることなんてできそうになかった。
以前の私は、辛いとか悲しいをどうやってやり過ごしてきたんだろう?
彼女の甘いにおいなしに、
夜目覚めた時、私の手にある細い指先なしに、どうやって苦しみを薄めていたのだろう?
- 154 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:47
-
「………。」
車窓を流れる街並に、彼女の待ち人は過去に彼女が凭れた誰かなのだろうと思った。
私との関係が始まる、その前にそうしていた誰か ―――
違いは、多分彼女はその人を愛していたのだろうということ。
誰なのだろう?その人は。
彼女を置き去りに、一体何処へ行ったというのだろう?
こんな苦しい、悲しいの中に彼女を残していくなんて。
あんなに会いたいと泣いているのに。
苛立つ感情に目を閉じた。
こんな酷い事、とても許されることじゃない。
そう思うことがおかしいと気付いていながら、私は顔も知らない彼女の想い人に怒りを覚えていた。
- 155 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2009/12/06(日) 22:47
-
- 156 名前:フカイ 投稿日:2009/12/06(日) 22:48
- お誕生日くらいしかどうにかならない自分のヘタレ具合が辛い今日この頃です。
貴重なスペースをお借りしているというのに本当、申し訳ございません。
保田さんは着々とした活動を続けて下さっているので応援している側としてありがたいですね。
公私共に充実されているようですし、とてもよい歳のとり方をしているなぁと羨ましくも思います。
久住さん卒業ですね。
常に同じところに留まらないことが娘。の魅力ですが…やっぱり寂しいです。
- 157 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/12/07(月) 00:24
- こちらに書き込みさせて頂くのは初めてです。
何か、ずっと前からチェックしてたんですけど、
流れを壊したら申し訳ないなぁ…って思って書き込みを控えていました。
圭ちゃん切ないですね。
作者さんの書き方がすごく丁寧で、話に引き込まれます。
とりあえず、作者さんの話すごく好きです!ってことを伝えたかったんです。
- 158 名前:名無飼育さん 投稿日:2010/01/24(日) 01:02
- 文章が凄く丁寧で引き込まれます。
二人とも切ないな・・・続き楽しみに待ってます。
- 159 名前:フカイ 投稿日:2010/02/23(火) 03:16
- >>157様
いつもありがとうございます!
このような駄文を好きと言って頂けて本当に嬉しいです。
そして、毎度毎度お待たせしてしまって申し訳ありません。
投げ出すことだけはしませんので、待ってくだされば幸いです。
>>158様
感想ありがとうございます!
丁寧に書くことしかとりえのない駄文書きとして、最高のお褒めの言葉です。
頑張らせて頂きます。
相変わらずの放置で申し訳ございません。
来月辺り更新させていただこうと頑張っていたのですが、
仕事の方で少々トラブルに巻き込まれ文章を書ける状況でなくなってしまいました。
丁寧に書くことを褒めて頂けること、嬉しく思っています。ありがとうございます。
辛い時には頂いた感想を読み返し、自暴自棄にならないよう自制する毎日です。
全てすっきり終わらせて、大好きな中澤さんと保田さんの話を書きたいと思います。
重ね重ね、お待たせしていること申し訳ございません。
- 160 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2010/12/06(月) 22:53
-
- 161 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2010/12/06(月) 22:53
-
睡眠不足に痛む頭を押さえながら開いたドアの先。
耳に響くほど騒々しいはずの楽屋がシンと静まりかえる、
そのありえなさに思わず足が止まる。
楽屋にいるのはなっちに圭織に紗耶香に…石川に吉澤。
部屋の隅に放り投げられている鞄は辻加護の物だから、
あの二人も何処かにはいるのだろう――― いや、きっと逃げたんだな。
テーブルに着き隣り合い、押し黙るなっちと圭織の様子は息が詰まりそうで。
- 162 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2010/12/06(月) 22:54
-
「おはようございます、保田さん。」
私の姿を認め、明らかにほっとした顔の石川がやってきた。
普段なら私に寄り付かない吉澤まで。
「おはよう。…何かあったの?」
「あの―――…石黒さんが結婚するっていうんです。」
「イシグロさん?」
石川の口にした名前が一瞬頭の中を空回り、その音を口にしてみてすぐ、
「…彩っぺ。」
脳裏に浮かぶのは、笑顔華やかな女性の姿。
大人びた雰囲気。
けれど人懐こい顔をするその人は、私の記憶の中で何時も彼女の隣に立っていた。
彼女の――― 裕ちゃんの。
「あの…妊娠されてるそうで…その。」
「誰と?…彼氏さん、でしょ?」
彩っぺの彼氏は知らない人などいない有名バンドのドラマーだった。
昔から彩っぺは彼の大ファンで、
彼がどれほど格好の良い人なのかを目をキラキラさせながら話していた。
そんな人と恋をし、結婚で、子供が出来て。
「…すごいねぇ。」
「すごいじゃないべさ!!!」
- 163 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2010/12/06(月) 22:54
-
頭痛に上手く回らない頭が吐き出す言葉に噛み付かれた。
椅子を鳴らして立ち上がったなっちの顔には、隠す気もないのだろう怒りがある。
「デザイナーになるって言ったのに…
だから娘。を辞めるって言ったからなっちたち、頑張ってって送り出したのに!!!」
「…、結婚したからってデザイナーになれないってことは」
「旦那さんいて子供いて、それで叶うような夢なの!?」
叩きつけられる怒りの感情に思わず口を噤んだ。
白い頬を高潮させ、端正な顔を怒りに歪ませ。
「娘。を捨てなきゃ叶わない夢なのにそんなことしていられるの!?
そんなことで手に入るものじゃないのに!!!
彩っぺは私たちに ッ――…」
ぎゅっと、なっちの腕を圭織が掴んでいた。
余程の力なのだろう…なっちの顔が怒りから痛みに歪む。
「痛いよ、圭織。」
「………。」
「離してよ。」
大きな瞳からぽろぽろ涙を零しながら、けれど圭織はその手を離さなかった。
多分、なっちにそれ以上言って欲しくなかったんだろう。
それがどんな言葉でも、なっちのこんな声で聞いたとしたら胸を引き掻かれると思うから。
- 164 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2010/12/06(月) 22:54
-
私の腕に触れた石川の手に手を重ね、口下手な私はこんな時何を言ったら良いのかと考える。
どうしたら漆黒の瞳に満ち満ちるなっちの怒りを、
唇をへの字に歪ませて泣く圭織の悲しみを薄めてあげられるのだろう?
どうしたら…彼女なら、今 何を―――
「裕ちゃんならマネージャーに呼ばれて行ったよ。」
と、そこで紗耶香が言った。
まるで私の思考を読んだみたいに、私の目を真っ直ぐに見て。
裕ちゃん、もう来てたんだ。
調子はどうなんだろう?
聞いてみたかったのだけど、私はそれを口に出せず、
そして紗耶香の視線から目を逸らすことができない。
紗耶香の光る目がじっと、じっと私を見つめている。
探るように―――?見透かすように。
「…紗耶香、」
一体、何?
尋ねる前に、楽屋のドアが開いた。
- 165 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2010/12/06(月) 22:54
-
- 166 名前:フカイ 投稿日:2010/12/06(月) 22:55
- 長らく放置致しまして、本当に申し訳ございません。
何とか纏められた部分だけですがあげさせていただきます。
保田さんお誕生日、本当におめでとうございます。
また昨日、保田さんのバースデーライブに参加された保田ファンの皆様、おめでとうございます。
歌を歌う為に切れ目なく活動し続ける保田さんの姿勢が大好きです。
保田さんならばきっと素晴らしい30代を過ごされるでしょう。
ファンとして本当に嬉しいことです。
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/12/27(火) 13:01
- 安倍さんの鋭さやメンバーのやり取りに懐かしい気持ちになってしまいました
…と言いながら当時のことは詳しく知らないんですが、
まるで当時にタイムスリップしたみたいに感じます
すごく好きです。
- 168 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:34
-
- 169 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:34
-
おはようございまーす、と矢口の声。
そして、小さな矢口の肩にぐたぐたと寄り掛かる彼女の姿。
「裕ちゃん!!」
「ぅ、あ゙〜…あんま大声出さんといてぇ、なっち…」
二日酔いやの。
こめかみを指で押さえながらの台詞に、そりゃあそうだろうと一人で納得する。
矢口に近くの椅子に座らせてもらいながら裕ちゃんはぐるりと楽屋を見回し、
「辻加護ごっちんはどした?」
「は〜い、いるよ〜」
再びドアが開き後藤が現われる。
その影に小さな二人を引き連れて。
加護はきょときょと瞳を動かしながら後藤の背中でおはようございますと言い、
辻はタタタと駆けて、泣いている圭織の隣にちょこんと座り込む。
「…ま、もうみんな知ってるとは思うけど―――」
ふぅ。と息を吐き、私たちを見回し、そしてなっちに笑いかけ。
「めでたいことやから。」
「裕ちゃん、でも…!」
「なんも、怒ることも泣くこともないよ。」
おいで、と裕ちゃんがなっちを手招く。
ギッ、と睨み付けるなっちにまったく怯まず、まぁまぁと手をひらひらさせて。
未だなっちの腕を掴む圭織の手を、辻の小さな手が外させた。
恐る恐る、伺うように見上げた辻と目が合って、しぶしぶとなっちが裕ちゃんの前へと歩みだす。
- 170 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:35
-
「悲しかったん?」
目の前に立たされ、両手を捕られたなっちが悲しくなんかないと呟く。
「そうなの?」
「そうだよ。」
と、答え終える前にその瞳から涙がぽろぽろ零れ落ちた。
涙を拭おうと裕ちゃんの手を振り払おうとして、
だけど裕ちゃんはその手を離さなかったから、なっちは息を詰まらせヒィとしゃくり上げて泣く。
「ごめんな。」
ゆっくりと立ち上がった裕ちゃんは、捕まえていたなっちを抱き締めて、
「圭織も。みんなもや、ゴメン。」
「なんでっ ゆうちゃんが謝るの!?」
「裕ちゃんな、知っとったから。全部。
彼氏が出来た時も知ってたし、彩っぺがその人とずっと一緒に居たいって思ってんのも知ってた。」
「知ってた!?なんで!?」
「相談されてたの。好きな人がいる。付き合ってる。
一緒にいようと思ってる。どうしよう?って。」
「ダメじゃん!そんなのダメって言った!?」
「言わんかった。だからな、ゴメン。」
細い腕にくぐもるなっちの叫び。
答える穏やかな声。
「寂しかったな。辛かったなぁ…ゴメン。
私ら、夢叶えよってずっと一緒にきたからな。
でもな…裕ちゃん、彩っぺから歌よりもっと大事な事ができたって聴いた時、羨ましいな、て思ってしもてん。
凄くない?歌よりしたいこと見つかるなんて…
――― 好きな人、見つかるなんて。」
裕ちゃんの腕の中でむずがるみたいに呻いたなっちが、
「デザイナーは?デザイナーは嘘じゃない?」
「嘘やない。嘘やないよ。
なっち、知っとるやろ?
彩っぺがどんだけ頑張り屋で、今までどれくらいのこと遣り遂げてきたのか。ん?」
「………。」
「信じてんのよ。
好きな人のことも、自分の夢も全部叶えるって、彩は自分を信じてるの。
全部信じて行ったのだから、例え叶わなくてもそれは嘘ではないんだよ。」
私にゃ、無理やけど。
- 171 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:35
-
静かな楽屋にぽつん、と。
その言葉だけ不思議に響いた。
「私は歌しか、歌うことにしか力全部賭けられないから。
歌うために娘。であるんでいっぱいやから…。」
「なっちだってそうだよ。」
「せやな。歌に精一杯。
いいと思う。その為にここに来たんやから。」
「彩っぺは歌が要らなくなっちゃったの?」
辻をぎゅっと抱き締めて、尋ねた圭織に裕ちゃんは笑う。
「彩っぺが歌、好きなんは圭織よぉ知っとるやろ?
歌は何処でも歌えるもん。
彩はただ、叶えたいものを見つけただけやよ。
歌以上に行きたいとこ見つけただけ。
ここに来た時となんも変わらんの。」
だから大丈夫。
なんも、怒ることも泣くこともないよ。
「なぁ?泣き止んで、なっち。
泣くのやめて、笑っとる可愛ぇ顔、裕ちゃんに見せて…」
「「うあーーーー!?」」
- 172 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:35
-
突如、辻加護の悲鳴に静寂が破られる。
「ちゅーした!??」
「ちゅーした!!!」
「なな、なぁにすんのさぁ!?」
わたわたと、裕ちゃんの腕を振り払ったなっちが後ずさる。
それをニタァ、と笑った裕ちゃんが追って、
「裕ちゃん、泣いとる可愛い娘にはちゅ〜したるのよ?」
「泣いてない!なっち泣いてないべさ!!!」
慌てたなっちが矢口の後ろに逃げたのを見て裕ちゃんは、
「カ」
「カオリは元気だよ!!!」
「まぁそう言わんと、ちゅ〜♪♪♪」
「ギャーーー!」
「やめて!やめてください!」
喚く圭織に、しかし全く怯まない。
しかも、大好きな飯田さんのピンチに腕を広げた健気な辻に向かって、
「なんや〜?辻が裕ちゃんとちゅ〜してくれるんか?ちゅ〜♪」
「やめて!やめてください!」
「こらぁ!裕ちゃん!!辻から離れなさぁい!!!」
「――…。」
「…裕ちゃん?」
「…きもちわるい。」
「!?」
「二日酔いで暴れるからだろ!ばかゆうこ!」
ぱしーん!と、小気味良い音が鳴り響く。
裕ちゃんの頭を叩いた矢口がむんずとその腕を掴み、
「ほら!マネージャーに薬もらいに行くよ!!」
「うぅ…すまん…すまんなぁヤグチ…ちゅ〜♪」
ぱしーん。ぱたん。
- 173 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:36
-
再び鳴り響いたその音と、ドアの閉まる音。
その瞬間、ふはっ。と奇妙な声をあげて後藤が笑い出した。
「あはは、おもしろいねぇ。裕ちゃん。」
「ホンマ、コントみたいでしたねぇ。」
後藤に返した加護の声で、楽屋の空気が完全に緩んだ。
自分をかばってくれた辻を圭織が誉め、辻が照れ、
壁際まで歩いたなっちが椅子へと座り込む。
ほぅと息を付き、今まで私の腕にしがみついていた石川が力を抜いた。
「よかった…」
「………。」
「すごいですね…中澤さん。」
「ん。」
私は、楽屋の隅にあるクーラーボックスから保冷剤を取り出して石川へ渡す。
「? なんですか?」
「圭織に持っていってあげて。
瞼、冷やさないといけないから。」
「…はい!」
石川は何か、すごく可愛い顔で笑って保冷剤を手に走っていく。
そんな石川に取り残された吉澤が、妙にキリッとした顔をして、
「保田さん!うちにもなんかくださいよ!」
…整いすぎた顔ってこう、ちょっとなんか気圧されるものだ。
迫る吉澤に思わずたじろぎながら、
「なんかって。」
「私にもなんか仕事ください!」
「…―― あんたはあっちで後藤たちと遊んでらっしゃい。」
「保田さぁん!」
不満気に頬を膨らませる仕草が意外に幼く、思わず笑ってしまった。
そんな私に更に膨れてみせた吉澤へ、
「そのほうがいいのよ。」
背の高い吉澤が私をじっと見下ろす。
大きな目で私の目を見つめ、ほんの少し黙ってから、
「…わかりました。」
ニッと白い歯を出し笑って、
「ごっちーん!」
次の瞬間には身を翻し、後藤の背中に飛び込んでいる。
キャーッと後藤と加護の甲声が響くと、楽屋は何時もの騒々しさを取り戻した。
窓際のなっちをひとり残して。
- 174 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:36
-
クーラーボックスからもう一つ保冷剤を取り出し、それをタオルで包んで歩き出す。
近付く私になっちは足元を睨み付けたまま、唇を引き結んで反応しない。
けれど、差し出した保冷剤は黙って受け取ってくれた。
受け取り、そしてそれをギュッと目元に押し付ける。
「………。」
「………。」
なっちの傍に佇み、私は何とはなしに楽屋を見回す。
あちらの隅に何事か話し込んでいる圭織に石川。
こちらに目一杯遊び始めた辻加護に後藤吉澤。
賑やかな楽屋、ポツンと対面の壁に立つ紗耶香。
真っ直ぐな目をして、見透かすようにして。
「…泣いたのは裕ちゃんだから。」
と、その時なっちが呟くように言った。
深い呼吸を一度、二度。
タオルを外したなっちの目は、何時もより少し深い色で落ち着いている。
「彩っぺが辞める時、一番泣いたのはさ、裕ちゃんなんだ。
一番仲が良かったから…何時も一緒にいて。」
「うん。」
「全部知っててあんな泣いたんだ。
自分で彩っぺの背中、押しといて。」
「………。」
- 175 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:36
-
支えを無くした姿。
思い出したのはそんな彼女の背中――― 彩っぺがいなくなったあの頃の風景。
嵐のような毎日、娘。の中心で背筋を伸ばしていたはずの彼女は、
何時も隣にいた人を無くして時折寂しそうな、不安そうな目をしていた。
今にも崩折れてしまいそう。ひとりぼっちの尖る肩…――。
思い出した情景に、私は眉間へ皺を寄せた。
今ならば迷わずその背に触れるだろう。
けれど、それは届くはずのない記憶の中。
救えない過去に昨夜の記憶がふと被さる。
真っ白な指先、フツリと糸が切れ投げ出された肢体。
酔いに侵され、誰かに縋る覚束無い腕。
誰かを呼んで、誰かを見つめようと―――
「ゴメン。」
「え?」
沈み掛けていた思考をなっちの声が呼び戻す。
「…何。」
「怒鳴ったりして。」
チラとこちらを見て、バツ悪そうにする顔は思春期の少女のもの。
ちょっと笑って気にしていないと伝えると、なっちは冷たいタオルへ顔を隠した。
- 176 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:37
-
なっちをそっと置いて2歩3歩離れ、楽屋の中央へ立つ。
おおはしゃぎの辻加護が両脇を全速力で駆け抜けるけれど、
私はそれより楽屋を抜けていく紗耶香の背中を目で追っている。
『裕ちゃんならマネージャーに呼ばれて行ったよ。』
彼女の名を口にした時の紗耶香。
さっき私を見つめていた紗耶香。
口元をキリと引き結び、何かを決めている表情。
娘。を辞めると、私に打ち明けた時と同じ。
「石川!」
「はい!」
「私、ちょっと出るから。集合かかったら携帯鳴らして。」
わかりました!と良い返事の石川を背に、私は楽屋のドアを開けて紗耶香の後を追う。
紗耶香が何を為そうとしているのか、私は多分もう何処かで理解していると思った。
- 177 名前:別れましょう、と彼女が言った。 投稿日:2012/03/07(水) 01:37
-
- 178 名前:フカイ 投稿日:2012/03/07(水) 01:38
- 申し訳ございません以外の何を言っていいのかわかりませんが、申し訳ございません。
ドリームモーニング娘。のお陰で書き進められたといって間違いございません。
ソロ活動はもちろんいいですが、やっぱり十人十色のステージは心から沸き立つものがありますね。
>>167
1年以上放置したスレにご感想、本当にありがとうございます。
安倍さん、こんな雰囲気であっていましたでしょうか…
最近の裏も垣間見せるようになってきた安倍さんに当時のことが私も良くわからなくなってきています。
皆、大人になりましたね。大人になっても魅力的な娘。たちが大好きです。
- 179 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/07(水) 22:21
- 更新ありがとうございます。
この雰囲気、いいですね。
- 180 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/03/08(木) 00:32
- おお、待ってました
最近保田さんは飼育で大人気ですね
- 181 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/06/21(木) 23:25
- 更新待ってます。
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