彼女の魔法
1 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/13(水) 22:41
夢板「彼女の限界」の続きです
年齢と性別を多少いじっています。苦手な方はお読みにならないほうがいいかと思います
万一、エロになる可能性もありますので、15歳未満の方、心がピュアな方はご遠慮ください
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/13(水) 22:42

登場人物

ノノl∂_∂'ル :夏焼くん(高1)
州*‘ -‘リ:梨沙子ちゃん(中2)

(0´∀`):吉澤さん(職業・執事)
川*’ー’):愛ちゃん(大地主の娘)
从*^ー^) :絵里ちゃん(お嬢様)
( ・e・):ガキさん(坊ちゃん)

その他はほとんどベリキューメンです
3 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:43


*****



4 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:44

湾田(わんだ)フルハーツは、社会人が多数所属するフットサルクラブだった。
このチームの拠点は、縁九(べりきゅう)中学校。
湾田町と枝流田(えるだ)町のちょうど境目にある、ごく普通の学校だ。

もうすぐ8月に突入ということで、いよいよ夏も真っ盛り。
中学校の体育館は、扉を全て開放していても気温・湿度ともに高くて大変だ。
ある程度年齢のいった大人たちは、1時間も動けばへとへとになる。

「吉澤さん!見て見てこのロベカルシュート!」

弱冠中学2年生の岡井少年は笑顔で言った。
白いタオルを頭に巻いたイケメンが、床にあぐらをかいて見ている。
そのイケメン、吉澤さんは20代半ばの人。職業は執事。
日本で最も大きな企業のひとつである、『ピースカンパニー』を経営する
亀井さんという人のお家で、ずっと働いている。
以前、たまたま助っ人でこの湾田フルハーツに一時加入した吉澤さんは、
その後、正式にチームの一員となり、定期的に活動を楽しんでいた。

少年のシュートは、その名の通り、低い弾道を一直線に描いて
ゴールネットへ突き刺さった。吉澤さんが大きく拍手をする。
周りのチームメイトたちも、微笑ましそうに眺めている。

「すげーマジすげー」
「へへへ」

人懐こい笑顔を浮かべながら、人差し指で鼻の下らへんをこする岡井少年。
彼は、この縁九中学校のサッカー部の部員である。
肌も黒く日焼けして、まさにやんちゃ坊主みたいな感じの奴だ。

少年は、部活の休憩時間などに体育館へやってきては、こうやって
湾田フルハーツの面々と遊んでいた。だからすっかりみんな仲良しだ。
当然、吉澤さんとも大の仲良し。

たぶんきっと、この少年は、年上から可愛がられるタイプなのだ。
チームメイトの藤本美貴やサトダさんだって、少年の姿を見るとたちまち笑顔になる。
まるで犬っころのような顔立ちの彼も、愛くるしい笑顔で近寄ってくる。
だからこんなに気に入られて、愛されているのだ。吉澤さんはそう思ったりする。


「岡井ちゃんは、恋とかしてないの?恋」

あぐらをかいて男同士、ベタな話題を振ってみる。
すると、少年は珍しく黙り込んで、女々しくフロアに文字を書いている。

「中2だもんな。そりゃ恋のひとつやふたつするよな」
「吉澤さんもしてたの?」
「当たり前じゃんか。初恋だったよ初恋」
「初恋かぁ」
「なーに弱っちぃ声出してんだよ」
吉澤さんがパチン、と少年の背中を叩く。
少年は背中を丸くして、上目遣いで吉澤さんを見る。
5 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:44
「昨日、枝流田川の花火大会に行ったんだ」
「あ、おれも行ったよ」
「マジ?」
「うん。カノジョと屋形船で見た」
「すっげー」
「いや。おれの話はいいんだよ。続けて」
「うん。最初は、クラスで仲良い奴らだけで行くんだったんだけど、
なんか、男子だけじゃ寂しいから、女子も誘おうって話になってさ」
「うひょ」
「それで、誘ってみたんだ」
「好きな子を?」
黙って、コクリと縦に頷く可愛い少年。
「それでそれで」吉澤さんは興味津々な様子で促す。
「それで、友達は全部知ってるから、気ぃきかせて2人にしてくれてさ」
「おおお。良かったじゃん」
「それが、全然良くねえんだ」
岡井少年は、ガックリ肩を落として、凹んでいる。
なんだよどうしたんだよ。吉澤さんはその肩を抱き寄せて顔を近づける。

「その子、カレシがいたんだよね。しかもさ、知ってる2コ上の先輩だった」
「マジすか。じゃあ、どうするんだよ」
「どうもこうもないっすよ。カレシいるんだからぜってー無理じゃん」
「え。ちょっと待って。なんでその子はカレシと一緒に花火見なかったの?
普通さ、そういうのはカレシと行くじゃん」
「昨日から、インターハイで佐賀に行ってるって言ってた」
「インターハイ?」
「湾田高校のバスケ部なんだよ。その先輩」
はあ。重たいため息をついて、少年が苦笑する。
最近の湾田高は、インターハイに行くほど強いのか。吉澤さんは感心する。
母校である波浪学園高校(通称・ハロ高)は、確か今でも陸上が強かったはずだ。
けっこう、地元の高校は強い。きっと将来、プロになって有名になる奴も出てくるだろう。

「だから、もう、あきらめる」
「あきらめたらそこで試合終了だよ」

なんて、なんちゃら先生の有名なセリフをパクってみる吉澤さん。
でもジェネレーションギャップなのか、それは彼には伝わらなかったらしく、
ひとつの笑いも取れなかった。すっかりしくった。自分で自分の頭を叩く。

「ダメダメだなぁ。おれ」
岡井少年は、頭を抱えてしまう。
「浴衣着ててさ、すっげー可愛かったのに、別に可愛くないとか言っちゃったし、
変なこと言って、泣かしちゃったし。マジ、ダメ」
「そうだな。レディを泣かしちゃまずい」
「吉澤さんは、カノジョを泣かしたことある?」
「何回っも、ある」
正直に答えると、プッと噴き出す岡井少年。
「吉澤さんもダメじゃん」
「でもおれ来年結婚するもんねー」
「マジ?」
「マジマジ。来年カノジョがね、大学卒業するんだ。その後にね」
「ぜったい、結婚式呼んでよ」
「もちろん」
吉澤さんは、白い歯を見せ、ニコッと笑った。

6 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:44


*****



7 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:45

それと同じ日、同じころ。夢が丘商店街内のキッチンズバーガーは、
たくさんの若者たちで賑わっていた。

レジに並ぶお客さんの列の最後尾に、小奇麗な服装の坊ちゃんが並んだ。
坊ちゃんの名前はガキさん。弁護士の息子である。
現在は某大学の法学部で、将来のために猛勉強中だ。

「今日は何食べる?」
「どうしよっかぁ」
そんなガキさんの隣には清楚なワンピース姿の、絵里ちゃんというお嬢さん。
先ほど登場した、吉澤さんが働いている亀井さん家の長女である。
幼なじみの2人は、色々あって今は恋人同士。今日も、いつものようにデートをしていた。


一緒にチーズバーガーセットを頼み、ガキさんがトレイを持つ。
絵里ちゃんは先にずんずん歩いていって、空いている席を探す。
でも、1階は満席で、2人は2階へと上がった。
2階も2階で半分以上埋まっていたが、座れなくはなかった。

「あそこ空いてるね」
「ちょっと、ちょっとちょっと」
絵里ちゃんは、ガキさんを呼び止めた。
「ん?」彼女を見ると、彼女は窓際の席を指差した。

こちらに背中を向けて、ひとりで座っている女の子。
まさかのまさか。幼なじみの、梨沙子ちゃんだった。
彼女は、大物政治家・菅谷議員の孫娘。
ガキさんや絵里ちゃんとは、家族ぐるみで仲が良かった。

ちょうど、彼女の隣ふたつ、席が空いていた。
絵里ちゃんを梨沙子ちゃんの隣に座らせて、
ガキさんはそのまた隣の椅子に腰かける。

「りーさこちゃん」
「あ、絵里ちゃん。と新垣さん」
こんにちは。お行儀良く、梨沙子ちゃんが挨拶をした。

ガキさんたちはつい昨日、枝流田川の花火大会の日にも、
梨沙子ちゃんを偶然見かけたりした。
しかし、そのときは直接会って、会話はしなかった。
彼女が、ガキさんも絵里ちゃんも知らない男の子と、一緒にいたからだ。
あの彼はいったい誰なのか。交際相手なのか。気になっていたりした。

いま梨沙子ちゃんは、携帯電話を片手に、ぼーっとしていたようだ。
ハンバーガーやポテトはなく、ドリンクだけがテーブルの上にある。
どれだけの時間ここにいたのか。そのカップはたくさん汗をかいていた。

8 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:45
「もしかして、今日もデートかな?」
「ちっ、違うよ!」

まだ中学2年生とは思えないくらい、梨沙子ちゃんは大人っぽい。
髪型も服装も、雰囲気も、全然子供には、見えない。

それはやっぱり、恋をしているから?なんちって。
ガキさんは微笑む。絵里ちゃん越しに梨沙子ちゃんを見つめる。
彼女は絵里ちゃんの問いに、高速で首を横に振っていた。
なぜだか妙に焦っている。やっぱり、口を開けば、すっげーガキだ。

「実はね、絵里たち昨日花火大会で梨沙子ちゃん見たんだぁ」
「えっ、えっ。花火大会?」
「そ。男の子といたでしょー。あれカレシなんでしょ?」
「ちがっ、違うよ。友達友達」
「ホントかなぁ」
「ホント。同じクラスの、友達、だから」
ガキさんは、弱々しい梨沙子ちゃんの声を聞きながら、
恋人の前にチーズバーガーセットを置く。
「ありがと」ふにゃりと笑う絵里ちゃん。微笑むガキさん。
相変わらずラブラブな幼なじみカップルを見て、梨沙子ちゃんは
うらやましそうな表情で、ため息をつく。

「ていうか今日、愛理ちゃんは?」
実はもうひとり、梨沙子ちゃんと同い年の幼なじみがいる。
2人は小さいころからまるで姉妹のように育ってきた。
愛理ちゃんのパパは、ものごっつい資産家だ。
彼女たちは、偉くてすごい父親を持つセレブ同士、とても仲が良かった。

「愛理は、オーストラリアに行っちゃって、夏休みが終わるまで帰ってこないの」
「へぇ。そうなの。じゃあ遊び相手いなくて寂しいね」
「でも、他に友達いるから、大丈夫」
「あの男の子とか?」
「ちょっ!だからあれは違うってば!」
梨沙子ちゃんは、今日はとってもオーバーリアクション。
いや、この話題が悪いのか、顔を真っ赤にしている。

ピロリンピロリン。
軽快なメロディが聞こえて、梨沙子ちゃんはハッとした。
慌てて携帯電話を確認しているので、絵里ちゃんがニヤリとする。
ガキさんはジェントルマンなので、あまり深く詮索するつもりは
なかったのだが、彼女はそうではないらしい。

「ねぇねぇ。カレシ?」

もうやめようよ、とガキさんが言いかけたその瞬間、
梨沙子ちゃんは黙ってうなずいた。
絵里ちゃんのテンションが一気に上がる。
ガキさんは、とりあえずコーラを飲む。

9 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:46
「いいよ。返事打って」
「ううん、あとでいい」
「ねぇ。いつから付き合ってるの?」
「昨年から」
と言う割にはなんだか初々しくて、つい頬が緩んでしまうガキさん。
この梨沙子ちゃんにもカレシかあ。もうそんなお年頃なんだよな。
彼女の父親でも、おじいちゃんでもないのに、しみじみしてしまう。

「プリクラないの、プリクラ」
「あるよ」
「見せて見せて」
絵里ちゃんは、恋愛トークが大好物らしい。
いきいきした表情で幼なじみを見つめ、手招いている。

「カッコイイじゃーん。ほら」

ガキさんの前に、開かれたプリクラ帳が突きつけられた。
これだって、と絵里ちゃんが示したところに、あらまあラブラブ2ショットプリクラ。
花火大会のときに一緒にいた友達とは別の、りりしい男の子だった。
本人が言うとおり、あの少年はただの友達だったようだ。
笑顔でピースをしている、可愛らしいカップルを見て、ガキさんは微笑む。

「かなりイケメンだね」
「ガキさんとは月とすっぽんだね」
「うるさいよ」
「ねぇ、カレシは同い年なの?」
「ううん。先輩。いま、高1」
「もしかしてこの制服、湾田じゃない?」
「そう。湾田高校」
その学校名を聞くと、思い出すことがあって、ガキさんは微妙な表情になった。
でも絵里ちゃんはビクともしてないようで、他のプリクラに夢中だった。

10 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:46


*****



11 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:47

九州地方のとある県。
湾田高等学校男子バスケットボール部ご一行様は、
インターハイの試合がある1週間の間、某ホテルに缶詰状態だった。
試合以外の自由行動はもちろん厳禁の厳禁。
まあ、遊びで来てるわけではないのだから、当然といえば当然だが、
部員たちは夜の空き時間を持て余し、そして結局集合する。

「えっ!おまえ行ったの?!」
「行ったよ」

まだ入部したばかり、1年生の須藤くんは胸を張って自慢げに言った。
同級生の部員たちが目を輝かせ、彼を見つめている。

「どどど、どうだったの。ナマの重ピンクとこはっピンクは」
「すっげー、可愛かった。マジやべーよあれは」

うおおおおおおおおおおお。テンションの上がる少年たち。
須藤くんは、2週間ほど前のできごとを思い出しているのか、
ポワーっとした表情で右手を眺めている。

「やわらかかったなあ。手」

2週間ほど前の日曜日のできごと。
それは、AV女優である道重さゆみと久住小春の、握手会である。
新しいDVDの発売を記念して、大きな木々代第一体育館で行われた。
『まんまん☆レボリューション』のときから、こはっピンクの大ファンである
須藤くんは、友達とその握手会へ行き、お手手をニギニギしてきたのだ。

「マジかよー」
「行きたかったー」
なんて悔しがっている仲間たちを見て、須藤くんはフフフと微笑む。
そして、ふと気づく。

「あれ、なっちゃんは?」
「夏焼?知らね」

いつの間にか、いちばんの親友の姿がどこかへ消えていた。
彼は、バスケットボールを始めた小学生のときからの、たったひとりの戦友だった。

須藤くんは首をひねる。
どこへ行ったのだろう。あいつの部屋は、ここなのに。
収束しそうにない仲間たちの馬鹿騒ぎに付き合いつつも、
須藤くんは親友のことを思い、ちょっとだけ心配になった。

12 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:47

「出ない」

そのホテルのロビーの、ソファとかある場所。
なっちゃんこと夏焼くんは、携帯電話の電源ボタンを押して呟いた。
待ち受け画面をしばし見つめてから、パチン、と乱暴にそれを閉じる。
はあ、と深いため息をつく。
あの日から、何通メールを送って、何回電話をかけたことか。
まったく、何の反応も返ってこないから、どうすればいいかわからなくなる。

でも、こんなことで試合が手につかない、なんていうのはかっこわるい。
こう見えても夏焼くんは、中学校時代から地元の代表選手になったり、
湾田高校に入ってからすぐスタメンになったり、大活躍なプレーヤーなのだ。
そんな男がこんな、こんなくだらないことでなぜ動揺しなきゃいけない。
なぜいちいち気にしなきゃいけないのだ。鳴らない電話を、ぎゅっと握り締める。

「みーやん」

うわっ。突然後ろから声をかけられて、夏焼くんはヒヤっとした。

「なんだツグさんかよ」
「なんだってなによぉ」

可愛らしく唇を尖らせて、ぷくっと膨れた彼女は桃子ちゃん。
湾田高2年生、男子バスケ部のマネージャーである。
彼女の苗字は嗣永(つぐなが)さんだ。夏焼くんは”ツグさん”と呼んでいる。
2人は、中学時代から、女子マネージャーと男子部員という関係だった。

「こんなとこで、何してんの?」
「別に、何も」
「アヤシイ。アヤシイアヤシイっ」
「怪しくないって」
こいつ今日もウザイなあ。夏焼くんは微笑みながら、ソファに腰を下ろす。
桃子ちゃんも、ぴょこん、と跳ねながらその隣に座る。

「どうせ、カノジョにラブコールでもしてたんでしょ」
「してません」
「じゃあ何?その手に持ってるモノは」
「さあ。何でしょう」
「ケータイでしょっ」
「ツグさんのほうこそ、何してんの?こんなとこで」
「あたしはぁ、ちょっとぉ」
「キモイから早く言えよ」
「ひっどーい」
むくれる桃子ちゃんの手にも、なぜか携帯電話が握られていた。
目ざとく見つけた夏焼くんは、ニヤニヤしながら彼女を見つめる。

「最近、どうすか」
「どうって?」
またまたぁ。桃子ちゃんに軽く肩を当てる夏焼くん。

「たしか陸上はバスケの後だったっけ」
「そうだよ」
「見に行くの?」
「たぶん」

普段はかなりハジけたキャラなのに、こういう話題になるとしおらしくなる。
そんな桃子ちゃんが面白くて、夏焼くんはつい笑ってしまう。

13 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:47
「そんな照れなくていいのに」
「ていうかぁ、みーやんはどうなのよぉ」
今度は肩を当てられて、夏焼くんはわざとらしく「え?」と答える。
「とぼけるんだ」
「とぼけてないよ」
「なに子ちゃんだったっけ。カノジョ」
「梨沙子。いい加減覚えてよ」
「そうそう、梨沙子ちゃん。最近どうなの?」
「いま完全にシカトされてる」
「えぇっ?どういうこと?」
相手が、いつも一緒に恋愛トークをしている桃子ちゃんなので、
夏焼くんはさらっと全てを白状する。

「花火大会、一緒に行けなかったから、怒ってるんだ。向こう」
「枝流田川の花火大会か。開会式の日だったもんね」
「そうなんだよ。どう考えても無理だっつうのに、絶対おれと行くって
うるさくてさ。行けないよって言っても、イヤイヤイヤって」
「可愛いじゃん。何コ下だっけ」
「2コ下。ったく、そんなこと言われてもさ、行けないもんは、行けないっつうのに」
「それだけみーやんと行きたかったんだよ」
「でも、部活と花火を天秤にかけられたって、困るじゃん。
そりゃあっちも大事なんだけどさ、やっぱ部活とは比べらんないよ」
「そうだよね。そこをわかってあげられないと、本物のみーやんのカノジョとは言えない」

さすが、夏焼くんがずっと色々相談してきた桃子ちゃん。バスケ部のマネージャー。
言いたいことも、全部ちゃんと理解してくれている。
でも、だからといって、彼女と付き合いたいかっていうのはまた、別の話である。

「ツグさん。おれ、どうすればいいと思う?」

こういうことは、やっぱり、男子ひとりで考えていてもしょうがない。
女子のことは女子に聞くべきだ。夏焼くんは、桃子ちゃんを見る。
すると彼女は、妙に大人っぽく微笑んで、少し首を傾けた。

「今すぐ会いに行けば?」
「無理じゃん。チョー遠いし」
反射的にツッコんで、夏焼くんはため息をつく。
困った顔で、あごを撫でる。
桃子ちゃんは、そんな後輩を見てクスッと笑う。

「カノジョのことで頭がいっぱいなのはわかるけど、
明日はだいじなだいじな4回戦なんだから、早く寝たほうがいいんじゃない?」
「うーん」
「実際、1週間も経てば、カノジョの機嫌も直ると思うよ」
「そうかなあ」
「そうだよ。あたしは寝たらすぐ忘れるもーん」
「それはツグさんがバカだからでしょ」
「先輩に向かってバカってひどーい」
うわーん。わざと目元を手で隠して、泣くマネをする先輩。
後輩は呆れた顔で笑って、すっと立ち上がった。

14 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:48
「まだ部屋戻らない?」
「うん。まだ、ちょっと」
もうケロっとしている桃子ちゃんはそう答えて、女の子らしくはにかむ。

夏焼くんはやさしく微笑んで、じゃあ、と手を挙げる。
携帯電話を握り締め、エレベーターがあるほうへとゆっくり歩き出す。

「11番」

顧問の安藤先生が呼ぶように、桃子ちゃんが夏焼くんに声をかけた。
立ち止まって、振り返る夏焼くん。「なに」

「明日、絶対、ベスト4に入ってね」
「あぁ。絶対な」

しっかり答えた夏焼くんは、親指を立ててさわやかに笑った。
うなずいて、桃子ちゃんも、同じようにして微笑んだ。


15 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:48


*****



16 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:49

湾田町の真ん中らへんにある、高級住宅街・夢が丘。
大きな家がたくさん建ち並んでいる中でも、ひときわ目立つ
その家の門には、厳つい文字の”菅谷”という表札があった。
ここは梨沙子ちゃんの自宅であり、着物がとても似合うような、
和風な邸宅だった。

梨沙子ちゃんの部屋は、ピンクと黒で統一されていた。
一言で言えば、魔女っぽい部屋だ。菅谷家のイメージとは、正反対。
夜じゃなくても夜みたいに暗く、怪しげな雰囲気が漂っている。

節電なのかエコなのか、彼女はいつも、部屋の明かりをひとつしか点けない。
だから本物の夜になると、怪しいどころか、ちょっと怖ろしい。
でもこれは彼女自身の趣味なので、彼女は特に気にしていない。

彼女は黒い椅子に座り、黒いデスクの上で頬杖をついている。
今日は大人しい携帯電話を見つめて、ただボーッとしている。
メールが来ない。電話もない。待ち受け画面をじっと見つめる。
プリクラを撮るたびに変えるその画像は、もう何枚目なのだろう。
1、2、3、4、――数え切れなくなって、止める。

これまたピンクと黒色の、手帳を取り出して開く。
女子中学生らしい、プリクラだらけのページを、彼女はぺらぺらめくってゆく。

梨沙子ちゃんの隣にはほとんど、愛理ちゃんか夏焼くん。
いったいどちらが多いのだろう。カウントするのも大変そうだ。
でも、夏焼くんとの2ショットしかないページもある。
忙しい彼の、部活の合間をぬって、放課後ゲームセンターに繰り出して、
たくさん撮って、たくさん貼ったこのプリクラたち。
いつも半分こしているけれど、彼はちゃんととっていてくれているのだろうか。

ポイッとごみみたいに捨てられてたら悲しいし、泣きわめきたくなる。
だけどそうすれば夏焼くんに迷惑だし、梨沙子ちゃんは我慢する。
今は、この子供っぽい自分が、すごく嫌なお年頃。
勝手にわがまま言ったり、勝手に怒ったり、勝手にすねたりしたくない。
って、現在まさにその状況で、彼女の口からは深いため息しか出てこない。
したくないのに、してしまう。こんな矛盾が大嫌いだった。

17 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:49
いい加減、そろそろ、愛想をつかされるかもしれない。
こんなことになっても、向こうは練習の休憩時間や、試合が終わったあとに
必ず連絡をしてくれていた。
1回戦に無事勝った。3回戦にも進むことになった。なんと4回戦にも。
もしかすれば、準決勝、いや決勝まで!
彼はそのたかぶる気持ちを、梨沙子ちゃんと共有したかったかもしれない。
しかし彼女は、勝手にシャットアウトして、完全に無視をしているのだ。

今回が初めてではない。前に何度もある。
そのたびに反省して、もうやめよう、やめなきゃって思ってきた。
結局それは、全然何にも活かされていない。
学習能力ゼロだ。小数点以下も何もない。完全にゼロだ。
ここまで自分が馬鹿だったのかと、パパとママを恨みたくなる。
私をどうして人間に生んだのかと、問いただしたくもなる。

人間は魔法を使えない。使えるのは、魔女だけだ。
だからこの世には、思いどおりにいかないことが、多すぎるのだ。
あれもそう。これもそう。もちろん全部、夏焼くん絡みだ。

もしこの帽子をかぶるだけで魔女になれるならば、どんな魔法を使ってみよう。
4月の誕生日にパパから買ってもらった、魔女ハットを手にとったそのとき、
ピロリンピロリンと携帯電話が鳴り出した。
着信相手を確認して、梨沙子ちゃんは意外な顔をする。
期待していた彼氏ではなく、そのおともだちの須藤くんだった。

18 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:50


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19 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:50

やっぱり上には上がいる。そう思い知らされた。
全国のレベルは想像以上。湾田高なんて、まだまだだ。
夏焼くんは、決勝戦まで全部見て、心がメラメラ燃えてきた。
来年は絶対優勝してやる。もっともっと練習して、強くなってやる、と。
まだあと2年ある。2回もチャンスがあるのだ。絶対ぇ、イケる。
試合には4回戦で負けたけど、ポジティブなルーキーは、あまり凹んでいない。
むしろやる気に満ち溢れている。家に帰って早々、ボールを持って出かけそうな勢いで。

「ねぇ、なっちゃん」

新幹線の車内。隣に座っていた須藤くんが声をかけてきた。
つけていたヘッドフォンを外して、夏焼くんは応える。

「おととい、菅谷さんに電話したよ」
「はあっ?」
そんなの初耳だ!夏焼くんは目を丸くする。
「なんで」
「だって、ケンカしてるんでしょ?いま」
一言も言ってないのに、なぜか須藤くんはそのことを知っていた。
コイツすげえな。まさか超能力者か。夏焼くんはまじまじと親友を見つめる。
ていうかちょっと忘れかけていた。彼女のことを。
帰ったら練習しに行こうとか、のん気に考えてる場合じゃなかった。

「ケンカっていうか、あっちが勝手に怒ってるだけなんだって」
「うん。全部聞いた」
「いま夏休みだからさ、難しいんだよなー」
携帯電話に連絡しても、まったく反応ないし、困ったものだ。
いつもは中学校の正門で待ち伏せしてたら、すぐ捕まえることができたけど、
学校がない夏休みにこうなっちゃうと、どうすればいいかわからなくなる。
最悪、彼女の家に押しかけるしかないけれど、それは本当に、最後の手段だ。
あんなでっかい家、急な用事でもない限り行こうとは思わない。

ぐだぐだと、考え込んでいた夏焼くんを見て、須藤くんは笑った。
「なんだよ」「いいや」
なぜか苦笑いされて、夏焼くんはちょっとむくれる。
須藤くんが言う。
「愚痴られるかと思ったけど、そうじゃないんだね」
「え?」
「なんか、なっちゃんって菅谷さんにいつも振り回されてる感じがするからさ、
ずっと我慢してるのかと思ってた」
「なにを?」
親友は、ふたたび笑う。
「わかんないんなら、それがいちばんいいと思う」
夏焼くんは首をかしげ、あごを撫でる。

20 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:51
「ていうか、なに話したんだよ」
「なっちゃんと何かあったの、って」
「何て言ってた?」
「またなっちゃんに迷惑かけた、って」
ふーん。夏焼くんは、微妙な表情でまたあごを撫でる。
「何も連絡なかったからって、心配してたよ」
「したってシカトされるからね」
「愛想つかされるーって、心配してる人のすることじゃないよね」
「だよね」
2人は軽く笑う。

「おれが愛想つかすわけないって、わかってるからシカトするのかな」
「おお。自信満々?」
「わからん。全然、わからんっ」
腕を組む夏焼くん。

「うんうん。乙女心って、複雑なんだよねぇ」

うわっ。夏焼くんと須藤くんは驚いて飛びのいた。
後ろの席から身を乗り出して、桃子ちゃんがニコニコしている。
夏焼くんたち部員とは一緒に帰らずに、陸上の試合を見に行くとか
言っていたのに、なぜか彼女はこの新幹線に乗っていた。

「それにデリケートなんだからね、乙女心は」
大事にしてよ、なんて彼女から言われて、反応に困る夏焼くん。
「言う相手、間違ってると思うけど」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「もうこの際、梨沙子ちゃんやめてあたしにする?」
「しません。ありえません」
妙なやりとりを見て、須藤くんがくすくす笑っている。
笑われるなんて心外な夏焼くんは、桃子ちゃんを手で追い払う。
先輩なのにこの扱い。彼女は本当に変な人だ。

彼女と平気で付き合える男が、この世にひとりでもいるかと思うと、
不思議で不思議でしょうがない。
なんてちょっとひどいことを思いつつ、夏焼くんは座席に座りなおす。

「とりあえず、どうしよっかな」
「とりあえず、会いに行ったら?」

うーんとうなりながら、夏焼くんは背伸びする。
「会いに行くかあ」そう呟いて、一息ついた。

21 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:51


*****



22 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:52

会いに行くといっても、この大荷物じゃ動けない。
一旦、自宅へ帰ってから行こう。夏焼くんはそう考えた。
須藤くんとは、いつもの交差点でバイバイして、小走りで家まで向かう。

最後の手段をとっちゃうことに、躊躇は少しあった。
だって彼女の家はかなり大きくて、敷居が高そうだったから。
そこへ訪ねるっていうのは、相当勇気がいる。
でも、そうするしかなさそうなので、男らしく、行くことにする。
バスケットボールでも恋愛でも、決断力が重要なのだ。
時間はもう21時になりそうだけど、今日だけだから、大丈夫。
がんばろう。夏焼くんは自分自身を励ましながら走る。


「あれ」

だんだんと家に近づいて行けば、なんだか見える女の子の姿。
あれは、どっからどう見ても、梨沙子ちゃんだった。
彼女はなぜか浴衣姿で、夏焼くん家の門の前でしゃがみこんでいた。

「なにしてんの?」

彼女の目の前まで来て、夏焼くんは尋ねる。
すると彼女は、ハッとして顔を上げた。目と目がばっちり合う。

「待ってたの。みやを」

カレシをまっすぐ見つめて、梨沙子ちゃんは言った。
そして、静かに立ち上がって、両手に提げていたものを見せる。

「花火しようよ」
「うえっ」

せっかく、梨沙子ちゃんの家まで会いに行こう、って覚悟を決めたのに。
それに、この1週間あれだけシカトされたのに。夏焼くんは、ちょっと腹が立った。
だから意地悪したくなった。不機嫌そうな表情で、彼女をにらむ。

「その前にさ、おれになんか言うことないの?」
強めの調子で言う。年下の彼女は、負けずに対抗してくる。
「みやこそ、あたしに言うことあるじゃん」
「は?ないし」
「あるもん」
唇を尖らせて上目遣いの彼女は、誰がどう見たって可愛い。
しかも今日は浴衣だし、髪型もいつもと雰囲気が違う。
だから余計に可愛くて、胸がときめいてしょうがない。
まったくもって、けしからん。夏焼くんもさらに怖い顔になる。

「1週間シカトしたくせに」
「花火大会ドタキャンしたくせに」
彼女はそう言うが、ドタキャンってほど土壇場じゃなかった。
それよりも、またその問題を掘り返すか。彼女はどんどん攻めてくる。
「せっかくみやのために浴衣買ったのに」
「そんなこと言ったって、しょうがないじゃん」
「すっごい、すっごいすっごい楽しみにしてたのに!」

あいたっ。花火の袋で叩かれて、夏焼くんは妙な声を出す。
なんで怒られてんだ。どっちかっていうと、怒る立場だろう。こっちは。
いや、どっちだ。意外とバカだから、わからなくなってくる夏焼くん。

23 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:52
見た目のわりに、意外とおてんばな女の子は、無言で圧力をかけてくる。
そっちが謝れ、と。そっち、つまり夏焼くんだ。夏焼くんが悪いと言いたいのだ。

出会ったころは、こういうことが、うざったいとか面倒くさいとか思っていた。
でも、今は違う。なぜだか理由はわからないが、うれしかったりする。
気持ちを全部、ストレートにぶつけてくる彼女が、可愛かったりする。
こうやってガンガン叩かれて、責められるのも意外と良かったりする。
そんな性癖に対する自覚はまだない夏焼くんは、無表情のまま、
唐突に梨沙子ちゃんを抱き寄せる。

「ちょっとっ」
「ごめん」
そして、耳元でやさしく囁く。
ジタバタしていた彼女が、やっと大人しくなる。

「梨沙子と一緒に花火見たかった」
「ホントに?」
「うん。ホントに」
夏焼くんはそう言い切って、彼女からゆっくり離れる。
至近距離で、見つめ合う。心臓がとてもドキドキしている。
それは、彼女に恋をしているからで、好きすぎるからだ。

「花火、しよう」

夏焼くんが笑ったら、梨沙子ちゃんも笑顔になった。


近所の公園で、2人は花火をしてはしゃぐ。
夏焼くんは制服のまま、梨沙子ちゃんは浴衣姿で。
まるで幼い子供に戻ったみたいに、無邪気に遊ぶ。

「梨沙子!梨沙子!」

花火を持ったまま、彼女を追いかける夏焼くん。
彼女は笑いながら逃げている。とても楽しそうだった。
夏焼くんも、ハイテンションで大笑い。
試合の疲れなんて、彼の辞書には存在しなかった。

ねずみ花火を点火すると、梨沙子ちゃんが駆け寄ってくる。
どさくさに紛れて彼女の手を握り、夏焼くんはワアワア騒ぐ。
彼女もキャアキャア叫んでる。ねずみ花火は、くるくる回る。

ロケット花火も打ち上げる。
彼女は、夜空を見上げながら夏焼くんの腕をそっと掴む。
あの日、一緒に見れなかった花火を、2人だけで楽しむ。

「綺麗」
「うん」
ちらっと横目で、彼女を見る夏焼くん。
きみのほうが綺麗だよ、なんていうセリフはただ思いつくだけ。
とても言えない。恥ずかしい。微妙な表情になる。

「どうしたの?」
「いいや。なんでもない」
そういうのはもうちょっと大人になってからにしよう。
夏焼くんは、最後に残しておいた線香花火を手にとる。

やっぱりシメは線香花火に限る。
向かい合ってしゃがみ込んで、それぞれ小さな火を見つめる。

「これでラストだ」
「ラストだね」

24 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:53
パチパチパチ。線香花火が燃えている。
先に落ちなかったほうが勝ちね、とかガキみたいなことを
言っている梨沙子ちゃん。その笑顔に、夏焼くんは見とれる。

1週間シカトされたことなんて、もうどうでもよくなっている。
それはいつものことだから。いつか機嫌は直るから。
夏焼くんはただ待っていればいいのだ。
彼女がいつも待ってくれているように、この場で、ずっと。
うん。そうだ。そうなんだ。納得した表情で、ウンウンうなずく。
なにごとかと彼女が首をかしげたその瞬間、同時に2人の花火が消えた。

「あ」
「終わっちゃった」

あらためて気づかなくとも、辺りは真っ暗だ。
だから、彼女は全然わからない。
夏焼くんが真面目な顔で見つめていることも、
その心の中で、何を思っているのかも、わからない。

「さ、片づけて帰ろう」

甘いんだか酸っぱいんだか、微妙な空気を吹き飛ばすように、
夏焼くんはそう言って立ち上がる。

「ねぇ、みや」
しゃがんだままの梨沙子ちゃんが小さな声で言った。
中途半端な格好で、夏焼くんは振り返る。

「ごめんね」
「えっ」
今、このタイミングで謝るか。
意表をつかれて、変な声が出てしまう夏焼くん。
でも梨沙子ちゃんは黙ったまま、その場から動かない。

「いいよ、もう」
「怒ってない?」
「怒ってない」
「ホントに?」
「ホントに」
夏焼くんは言い切って、手際よく花火を回収する。
彼女もようやく腰を上げ、片づけを手伝い始めた。


少し離れたゴミ箱に向かって、終わった花火をまとめた袋を投げる。
さすが期待のルーキーは、一発でビシッと決めてしまう。

「よっしゃ」
「みやカッコイイ」

イヒッ。お世辞でも好きな子にそんなこと言われたら、
ついつい舞い上がっちゃう夏焼くん。
デレデレだらしなく笑いながら、梨沙子ちゃんを見る。
「梨沙子も可愛いよ」
なんて調子に乗ってみたりして、恥ずかしくなる。

「なーんちゃって」
夏焼くんは、誤魔化すように言って、笑う。
「バカ」
ぺしっと、梨沙子ちゃんから叩かれる。
「ごめん」
「バカバカバカバカ」
「カバ?」
「バカ」
「カバ?」
「バカ!」
手に持っていた巾着袋みたいなもので、殴られる。
中に何か硬い物が入っていたのか、案外痛かった。

「もう、帰ろう?」

夏焼くんがそう言うと、梨沙子ちゃんは黙ってうなずいた。

25 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:54

家族の前ではとても良い子になれるのに、夏焼くんの前では、
素直になることが難しい。梨沙子ちゃんは、自分のこの
可愛くない性格が心底嫌になってきた。
どうすれば、もっと素直で可愛い子になれるのだろう。
どうすれば、魔女になれるのだろう。
じっと黙って、歩きながらうーんと考え込む。

たとえばこのひとさし指をえいっと振るだけで、願いが叶ったら。
指をパチンと鳴らすだけで、邪魔者が全て消え去ったら。
本当に思いどおりの世界になる。自分が素直な可愛い子で、
夏焼くんを困らせることなんか1度もなくて、さらに、
ライバルなんてまったくいない、すごい世界になってしまう。
そうだったらいいのに。すっごい世界に、なったらいいのに。

「明日から、部活、休みだから、どっか遊び行こうよ」
のんびりした声で、夏焼くんが言う。
梨沙子ちゃんは、巾着をぶらぶら揺らしながら、
「どっかって、どこ?」
「うーん。まず、映画に行きたい」
「それから?」
「あとは、服を買いに行きたい」
「それから?」
「梨沙子が行きたいとこに、行きたい」
口元を手で隠して、クスッと笑う梨沙子ちゃん。

「どこ行きたい?梨沙子は」
「梨沙子は、みやのお家で、ゲームしたい」
「いいよ。しよう」
「シュガシュガルーンの、ゲームだよ?」
「いいよ」
「やった」梨沙子ちゃんは、笑顔で夏焼くんと腕を組む。
夏焼くんも笑っていて、なんか楽しそうだった。

「外暑いしね」
「そうだね。暑いし」
「ね」
「うん」
彼女が寄り添ってきたもんだから、ぐっと近くなった2人の距離。
夏焼くんは妙に口数が減って、照れくさそうに歩いている。
2つも年上のはずなのに。梨沙子ちゃんはおかしくなって、また笑う。

「あー。宿題しなきゃ」
「それは、最後の1週間にかけよう」
「大丈夫かな」
「大丈夫だよ。梨沙子の魔法で、ちょちょいのちょいじゃん」
「もぉ、適当なこと言って」

26 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:54

大きな菅谷家が、目と鼻の先に見えてきた。
夏焼くんは立ち止まり、「じゃあ、ここで」と言う。
梨沙子ちゃんは、腕を離して、カレシと向かい合う。

「ありがと」
「うん」

別れが惜しいと思うのは、まだまだ熱い証拠である。
梨沙子ちゃんは、夏焼くんを見つめたまま、動こうとしない。

「帰らないの?」
「帰るよ?」
帰るけど、彼女は寂しそうな表情で、一歩前に出る。
そしてもう一歩踏み出すと、夏焼くんとの距離はゼロになった。

それは、ほんの一瞬のできごとだった。
でも、確かに梨沙子ちゃんは夏焼くんの唇を奪った。
あ然としているカレシを見つめて、彼女ははにかむ。
それから、元気に走り出す。菅谷家の門の前で、立ち止まる。

「おやすみ」

梨沙子ちゃんは、精一杯の笑顔で、手を振った。
素直で可愛い女の子に見えるように、がんばった。
夏焼くんは、さっきキスされた場所で、突っ立っていた。
顔が真っ赤で面白い。彼女は、微笑む。
もう一度、ブンブン大きく手を振れば、彼も同じように応えてくれた。

「バイバイ」

うれしそうな、幸せそうな表情で、夏焼くんが言った。
同じ言葉で返した彼女は、お家の中へ駆け込んだ。

ガラガラガラ、と丁寧に戸を閉めて、それに背中を預ける。
ちょっと素直になりすぎたかな。梨沙子ちゃんは、ひとり反省会。
でもまあ、魔法を使えないぶん、人間は努力をしなければならない。
魔法の代わりになる何かを、上手に使わなければならない。

私は、大好きな夏焼くんを、あんな顔にすることができる。
今はそれだけで十分だと思った、梨沙子ちゃんなのであった。


27 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:55

おわり


28 名前:彼女の魔法 投稿日:2008/02/13(水) 22:55

(0´∀`)<とうとうベリキュー編スタートだYO!
( ・e・)<世も末なのだ


29 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 00:12
ベリキュー編キタキタキタキタ━━━━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━━━!!!!!!!!!!
ピュアピュアもいいものですね!
30 名前:重ピンピン 投稿日:2008/02/14(木) 01:10

新スレオメデトゥーございます
すっごい爽やか感が伝わってきましたです

自分は握手会に行った須藤君がとっっってもうらやますぃ〜!!!
自分も一緒に行きたかったなぁ〜
そして手をニギニギして・・・・・・・・

おっと、まあそれは置いといて、これからもよろしくデス

31 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 07:15
新シリーズキター!
32 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 21:50
ちょ、なんか甘酸っぱいんですけど
33 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/15(金) 00:24
キュンキュンくるYO
汚れた心が浄化される気がするYO
34 名前:ななし 投稿日:2008/02/15(金) 01:33
キター!!!!
新スレおめでとうございます。

ベリキューは今までほとんど見たことがなかったのですが、
今回見てニヤニヤしてしまいました。
次回更新、期待して待ってます!!
35 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/15(金) 04:20
新シリーズ来ましたね〜!面白そうです。
新シリーズに関係ないけど、初代主人公はどうなったのでしょう?w
36 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/15(金) 22:54
エロ期待して来たら…。
なんかものすげぇー甘酸っぱいwwwww

個人的にはやじうめがあればいいなーと期待してますwww
37 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/17(日) 19:28
新シリーズキター!!

ちさまいじゃなかったことにショックですがwww
頑張って下さい!
個人的には桃子やあいかんとか期待してますwwww
38 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/02/28(木) 01:06
>>29さん
たまにはピュアピュアもいいよね!
このスレは今のところそういう系でいきたいと思っています

>>30 重ピン
”爽やかな恋をしよう”がこのスレのひとつのテーマなので
それが伝わってうれしいです
これからもヨロシク!

>>31さん
どうぞよろしくお願いします

>>32さん
青春ですね!LOVEランチですね!

>>33さん
私も書いているとものすごい浄化されてきますYO
これがちまたでうわさのりーちゃんパワーですYO

>>34 ななしさん
ありがとうございます!
自分なりのベリキュー像をしっかり持って一生懸命書いていきたいです

>>35さん
初代主人公wwwwwwwwwwwwwwwwwwww
そういえば、と思い出して、書きかけの田中くん編を読み返したら
意外とイケそうな気がしたので、いつかどうにかこうにかしたいです

>>36さん
あんまり過剰な期待はしないほうがいいかもしれません
エロもやじうめも、どうなるか私でさえさっぱりわからないのですから

>>37さん
36さん同様、あんまり期待しすぎないでくださいね
裏切られた!って言われても困っちゃうので
でも桃子ちゃんに関しては準主役的ポジションなので
楽しみにしてもらっていいですYO

39 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:07



40 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:07

登場人物

ノノl∂_∂'ル :夏焼くん
州*‘ -‘リ:梨沙子ちゃん

ル ’ー’リ:桃子ちゃん
川*^∇^):熊井ちょー
从´∇`从:徳永くん
从o゚ー゚从:須藤くん

(0´∀`):吉澤さん
川*’ー’):愛ちゃん

その他もきっとハロメンです


41 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:08


*****



42 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:08
明日の予定は、完璧だった。
夏焼くんは携帯電話の画面を見つめてはニヤけ、
見つめてはニヤけ、自分でも気持ち悪いなと思っていた。

待ち受け画面は、梨沙子ちゃんと撮ったプリクラ。
遊びに行くと必ずゲームセンターに行って、撮るのだ。
便利な現代社会では、それを画像として残すこともできる。
IT社会さまさまだ。ITがいったい何の略か知らないけれど、
要するにすっごいものなのだろう。

彼女とプリクラ撮るたびに、こうやって待ち受け画面を新しくする。
それが夏焼くんのひとつの楽しみだった。
折りたたみ式の携帯電話をこう、パカッと開くとすぐに梨沙子ちゃん。
笑顔で、ピースしてる。自分の隣で、楽しそうに。
可愛いなあ。可愛いなあ。またニヤニヤしながら、画面を見つめる。

明日はめでたい誕生日。16回目の、バースデイ。
だから朝から待ち合わせ。デートコースもばっちりだ。
手を繋ぐ覚悟もちゃんとできている。夜になれば、きっとキスだって。
見かけによらず純情な少年は、画面の中の彼女に宣言する。
明日は特別な日。スペシャルどころかスッペシャルな、バースデイなのだ。
ひと味もふた味も違うところを見せてやるぜ。なんてかっこつける。

きっと、0時になると同時に、電話がかかってくる。
23時半過ぎの今から、夏焼くんは携帯電話を離さない。
まだかまだかと待っている。梨沙子ちゃんからの、おめでとうを。

ピロリンピロリン

「うわっ!」

また表情が緩みかけたそのとき、鳴り出した携帯電話。
表示されているのは彼女の名前だった。

「もしもし」
『みや?』
「う、うん」ていうかまだ早くない?って笑いたかったけれど、
彼女の声がとても重たかったので、戸惑ってしまう。

「どしたの」
『ほんっとに、ごめん』
「え?」
『明日、行けなくなった』
「えっ?」
『急に、おじいちゃんが帰ってくるって』

それはまるで、魔法の言葉。
彼女の口から”おじいちゃん”という単語が出てきたら、
夏焼くんは何にも言えなくなる。たとえ、理不尽だと感じても、だ。

「ちょっとだけでも会えないの?」
『わからない。会えたら、いいけど』
「そっか」
『本当に、ごめんね』

43 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:09

夏焼くんは、電話を切って、携帯電話を乱暴に放り出す。
ふらふらとベッドに倒れこむ。うつ伏せで、枕に顔を埋める。
どうしよう。泣きそうだ。情けないけど、涙が出てきそうだ。

だってだって!明日は特別な日なのに!
スペシャルどころか、スッペシャルなバースデイなのに!
さっきまで完璧だと思っていたデートプランが、砕け散る。
彼女の魔法で、粉々に。

くそー。くそー。ベッドをぱふぱふ両手で叩く。
どうしようもない怒りと悲しみを、少しでも紛らすために何度も叩く。

明日は出かけてくるから、って母さんに言った。
しかもちょっとニヤけた顔で言ってしまった。
母さんは、梨沙子ちゃんとデートだって思ってる。
明日、一日じゅう家にいたら、フラれたって思われてしまう。
それも嫌だ。かっこわるいったらありゃしない。

プルルルル

床に投げた携帯電話が、ふたたび鳴り出した。
でも音が違うので、彼女からではない。
のそっと起き上がり、夏焼くんは確認する。
「須藤。なんだろ」呟いて、電話に出る。

『もっしー』
「もっしー」
『テンション低いなあ』
「それがさー」
さっきのできごとを須藤くんに話す。
ありえなくね?って、どんどん愚痴が出てくる。
大らかな親友は黙って聞いていてくれる。

「はあ。マジ凹む」
『じゃあ、1個提案』
「ん?」
『おれ、明日中学校行こうと思ってんだ。部活見に。
一緒に行こうよ。なっちゃんも』
「中学?」
『ああ。喝を入れにな』


0時きっかりに来た彼女のおめでとうメールは、うれしかった。
うれしかったけど、夏焼くんは、大きなダメージを受けていた。
これぞまさにドタキャン。よりによって、誕生日にだ。

今日は、超が付くほど良い天気。
絶好のデート日和ってきっと、こんな日のためにある言葉なんだよな。
そんなことを思って、夏焼くんはまた凹む。

「しっかし、今日もあちーな」

縁九中学校の体育館を目指し、手の甲で無理やり汗を拭う夏焼くん。
その横には、須藤くん。
後輩の面倒見が良い彼は、ちょくちょくそこを訪れているらしい。
今日の差し入れは2gのジュースだ。
コンビニの袋をぶら下げて、2人は歩いていた。

「あいつらいるかなー」

と言いながら、須藤くんは体育館へと近づいてゆく。
ボールの跳ねる音は確かに聞こえる。
でも、ちょっとその種類が違うような違わないような。
夏焼くんは、開け放たれた扉から体育館の中を覗き込む。

44 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:10
「あれ」

バスケットゴールが、完全に天井まで上がっている。
そして、そこにいたのは、とても中学生には見えない人々だった。

「あれ?」
須藤くんと顔を見合わせて、夏焼くんは首をかしげる。
誰だこいつら。なんで、室内でサッカーしてやがんだ。
ボールをポンポン蹴っている大人たちを眺めて、疑問に思う。
すると、その中のひとりが2人に気づき、駆け寄ってきた。

「何か用か?」
「あ、あの」
夏焼くんは、その背の高いイケメンを少し見上げる。
ハッとするほどかっこいい。ちょっと見とれてしまう。

「何されてるのかなーってちょっと」
「ああ。フットサルだよフットサル」
「フットサル。サッカーじゃなくて?」
「おまっ。サッカーとフットサルを一緒にしないでくれよ」
HAHAHA、とさわやかに笑ったイケメンが、夏焼くんの肩を叩く。
すいません。夏焼くんは、思わず謝ってしまう。

「あの、バスケ部ここで練習してませんでした?」
「バスケ部?いや。おれらが来た時、誰もいなかったよ」
「そうですか」

参ったなって顔をしている須藤くん。
まあ、勘違いは誰にだってある。しょうがない。
「わかりました。ありがとうございます」
夏焼くんは、そのイケメンに頭を下げた。


「完全にしくったな」

ついてないときは、何をやってもついてない。
後輩を見に母校へ行けば、誰もいない。
コンビニの袋は、無駄に重たい。外はクソ暑い。
彼女には会えない。まったくついてない。夏焼くんはため息をつく。
楽しい誕生日のはずだったのに。梨沙子ちゃんと過ごす、
スッペシャルなバースデイのはずだったのに。

「ごめん。なっちゃん」
「気にすんなって。こういうことも、たまにはあるさ」
空しい台詞でも、口に出さないよりはマシだ。
こうやって自分を励ましてないと、どうにかなっちゃいそうだった。

あてもなく歩いていた2人だが、涼しいコンビニへと逃げ込む。

「どうしよっか。今から」

須藤くんが言う。夏焼くんは、斜め上を見上げて考える。
もう、帰ろうかな。そんなことを思い始めていた。
しかし、須藤くんを見つめて、ふと思い出す。

「そういや今日、橋本さんは?」
「秋山さんと遊んでる」
「カレシより、友達か」
「まあ。いいんだけどね。秋山さんなら」
橋本さんとは、須藤くんのカノジョだ。
1個上の女の子で、私立の夢が丘女子高校に通っている。

「じゃあ、徳永は?何してんだろうな」
「そう言われてみれば、そうだな」
と、須藤くんが言ったそのとき、彼の携帯電話が鳴り始めた。

「ウワサをすれば何とやら。徳永だ」
「えっ」

もっしー。須藤くんが電話に出た。
相手は、その徳永くんだったらしい。
夏焼くんはぼーっとした顔で、親友を見た。

45 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:10


*****


46 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:11

「上手くやってる?こっちは準備OKでーす」
『うん。あ、いま、なっちゃんと一緒なんだよ』
「早く来い!」
『ちょっと待って』

そう言った須藤くんが、電話の向こうで、夏焼くんに話しかけている。
徳永くんは目を細め、ニヤニヤしながら返事を待つ。

ここはカラオケボックス『ゴロー』のとある一室。
部屋には、夏焼くんの幼なじみである徳永くんと、そのカノジョ・秋山さん、
秋山さんのおともだちで須藤くんのカノジョ・橋本さんと、
そしてなんと、夏焼くんのカノジョである、梨沙子ちゃんもいた。

『なっちゃんもいいって。今から行く』
「了解」

電話を切った徳永くんは、秋山さんに向かって親指を立てた。
彼女は橋本さんと笑顔で拍手をする。ひとりポツンと座っている
梨沙子ちゃんは、そわそわして落ち着かない様子だった。

「りーちゃん。夏焼、今から来るってさ」
「どうしよう。緊張する」
「だーいじょぶだって!」
ハイテンションな徳永くんが、大きな声で励ます。
小さくうなずく梨沙子ちゃんだけど、不安でたまらない。
昨夜は、初めて嘘をついてしまった。
寂しそうだった夏焼くんの声を思い出して、胸がまた苦しくなる。

誕生日にドッキリを仕掛けて、
夏焼くんを驚かせようと言い出したのは、徳永くんだった。
その日に彼とデートの約束をしているだろう、梨沙子ちゃんをまるめ込み、
秋山さんと、須藤くんたちカップルをも巻き込んだこの計画。
まさに、今年の夏休みを締めくくるにふさわしい、大イベントだった。

「このケーキ、マジおいしそうだなー」

徳永くんが、テーブルの上にある箱のふたを取って、覗き込む。
箱の中身は、梨沙子ちゃん手作りの、真っ白なケーキだった。
大好きなカレシのために、気合入れてバースデイケーキだって作っちゃう。
彼女はそういう女の子だった。それもそのはず。
なんてったって、付き合って初めての、夏焼くんの誕生日なのだ。
記念に残る、記憶に残る一日にしたい。彼女はそう思っていた。

「ていうかさ、せっかくカラオケなんだから、りーちゃん何か歌えば?」
「へっ?」
いいじゃんそれ、なんて、秋山さんと橋本さんも笑っている。
「何がいっかなー」
「やっぱラブソングでしょラブソング」
「夏焼くん喜ぶと思う」
勝手に話が進んでいて、あばばっとなる梨沙子ちゃん。
そんな、あの人の前で歌うとか、無理無理ぜったい無理。
焦る彼女を尻目に、3人は楽しそうに歌本をめくっていた。

47 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:11

カラオケボックス『ゴロー』に到着した夏焼くんたち。
須藤くんがまた徳永くんに電話をかける。
少年は、1分もしないうちに飛んでやってきた。

「ういっす」
「やあやあ」
徳永くんが、妙にニコニコしている。
なんか怪しい。夏焼くんは訝しげな視線を送る。
「イヤン。そんなに見つめないで」
顔を隠した徳永くん。夏焼くんは呆れた表情になる。

「部屋、どこ?」
「あぁ、こっちこっち」

徳永くんに背中を押されながら、廊下を進んでゆく夏焼くん。
夏休みだからか、客はけっこう入っているらしい。
どの部屋からも騒がしい音楽が聞こえている。
静かな部屋といったら、この目の前の部屋だけだった。

「どうぞ」
そう幼なじみに促され、夏焼くんはドアノブに手をかける。
まさか自分の後ろで親友たちがニヤけているとも知らずに。

ドアを開けた瞬間、クラッカーの大きな音が鳴った。
うおっ。ビックリした夏焼くんは、その場で立ち止まってしまう。

「りりりり、梨沙子!!!!!」

すぐに目に入ってきたのは、やっぱり彼女だった。
この状況をイマイチまだ把握できない夏焼くん。
ぎこちなく微笑んでいる、梨沙子ちゃんを見つめる。

「な、なんで」
「お誕生日おめでとう」
「うえっ」

おめでとう!少し遅れたが、徳永くんと須藤くんがクラッカーを鳴らす。
2人のカノジョたちは、大きな拍手をしながら笑っている。

「なんなんだよ」

驚きすぎて、言葉が上手く出てこない夏焼くん。
まあまあ座って、と徳永くんにソファに座らされ、
”本日の主役”と書かれたタスキを肩にかけられる。

「ちょっとしたドッキリ?みたいなみたいな」おどける徳永くん。
「ビックリした?」須藤くんが、橋本さんの隣に座りながら尋ねる。

「うん。マジビックリ」
夏焼くんは梨沙子ちゃんのほうを見る。
「ごめんね。昨日ウソついて」
彼女はとても申し訳なさそうな顔をして言った。
唇を尖らせて、夏焼くんは抗議する。

「なんだよ。ドタキャンされてすっげー凹んでたのに」
「ごめん。でも、みやの誕生日、みんなでお祝いしたかったし」

48 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:12
か弱い声でそう言われたら、夏焼くんは何も言葉を返せなくなる。
梨沙子ちゃんは今日もまた可愛い格好で、可愛い髪形をしている。
毎日のように会っているはずなのに、まるで今ひと目惚れしたみたいに
胸がときめいてしまう。でも、人前だから、そんな素振りは見せない。

「みんな、ありがとう。おれなんかのために」

徳永くんも、須藤くんも笑っていた。夏焼くんも、明るく笑う。
この部屋のドアを開けるまで、どん底だったテンションは、
いつものところまで戻ってきそうだった。

それはやっぱり、梨沙子ちゃんが隣にいるからで、
大好きな彼女の笑顔を見ることができたからだ。
うれしい。バカだからそんな言葉でしか表せないけれど、本当にうれしい。
なんだか落ち着かない様子の彼女の隣で、こっそりと夏焼くんは笑う。

テーブルの上の四角い箱を指さして、徳永くんが言う。
「夏焼くんに問題です。この箱の中身はいったいなんでしょう」
さーあみんなで考えよう。ポーズを決めて、みんなの笑いを誘う。

「なんだろう。ケーキ?」
「おまっ。もうちょっと面白いこと言えよー」
「悪かったな。面白いこと言えなくて」
夏焼くんは、身を乗り出して、その箱を眺める。
「開けていいの?」振り返って梨沙子ちゃんに尋ねる。
彼女は黙ってうなずいた。

「うわ。すっげー!」

それは真っ白なケーキだった。
”ハッピーバースデイみやび”とチョコレートに書かれてある。

「りーちゃんの愛情が、たーっぷり詰まったケーキでーす」
「えっ。マジで?」

夏焼くんは、隣の梨沙子ちゃんを見る。彼女はモジモジしながらうなずく。
うはっ。なんだか見てるこっちも照れてしまうくらい、照れている。
2人の周りだけ、ものすっごい変な空気になってしまう。

微笑ましい親友カップルを、須藤くんは穏やかな眼差しで眺めていた。
そして、横の橋本さんと視線を合わせて、ニッコリと微笑み合う。
「なんか面白いね。あの2人」「そうだね」

対する徳永くんは、ニッコニコでご機嫌だ。
いつも笑顔だけど今日はさらに笑顔が絶えない。
だって、今日は大事な幼なじみのお誕生日。
好きな子とぜひ特別な一日を過ごして欲しい、と思っている。

見かけはチャラチャラしてるけど、夏焼くんは珍しいくらいのシャイボーイ。
勉強もできないが、恋にも不器用で、徳永くんからしたら、放っておけない。
ついつい世話を焼いてしまう。お節介な人間に、なってしまう。

ウザイくらい、夏焼くんのこの初恋を応援してきた徳永くんは、
まだまだ初々しいけれど、確かに気持ちが通じ合っている2人を見て、
うれしくてうれしくてしょうがないのだ。だからもう、笑いが止まらないのだ。


そのケーキにろうそくを立てて、みんなでハッピーバースデイの歌を歌う。
歌が終わると、みんな大きな拍手をする。

「おめでとう」

梨沙子ちゃんは笑顔で言った。
夏焼くんは微笑んで、ろうそくを一気に吹き消した。

49 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:12

梨沙子ちゃんの手作りケーキをみんなで食べた後は、
待ってましたのカラオケタイム。
ムードメーカー徳永くんがマイクを持ち、先頭切って歌いだす。

「さあさあ盛り上がっていくぜぇ!」
もう1本のマイクを取って、夏焼くんにパスをする。
しっかり受け取った夏焼くんは、梨沙子ちゃんをちらっと見る。
彼女は微笑んで手拍子してくれる。微笑み返し、マイクをONにする。

さすが若者の勢いは、衰えることを知らない。
最新ヒット曲からちょっと懐かしい曲まで、ノンストップで歌いまくる。

少年3人が立ち上がり、ヒップホップを必死に歌っている最中。
橋本さんと秋山さんが梨沙子ちゃんを挟む。
例の曲を歌えと要求する。え?微妙な反応をする彼女。
いいからいいからと、秋山さんがリモコンをいじる。
2人は先輩だからNOとは言えない。梨沙子ちゃんは渋々納得する。

曲が終わり、夏焼くんはさっぱりした顔で元の場所に戻る。
梨沙子ちゃんの隣に座って、笑顔で彼女を見る。

「次はりーちゃんね」
橋本さんが須藤くんからマイクを奪って、梨沙子ちゃんに回す。
おお。大人しく座ってるだけだった彼女がやっと歌う!
夏焼くんはニコニコしながら、彼女を見つめる。
しかし、彼女は恥ずかしがっているのか、ずっとTV画面から視線を離さない。

一生懸命、彼女が歌っているのは、切ない初恋の歌。
夏焼くんはポーッとしながら、その横顔に見とれる。
年下のくせに大人びた表情で、夏焼くんの心を全部かっさらってゆく。
それこそ何かの魔法のように、彼女から目が、離せなくなる。

なんとなく、気になっていた子も昔はいた。
なんとなく近づいて、なんとなく想い合っていた子もいた。
でもそれらは全てなんとなくで、きっと恋とは言えないもの。
今この胸の中にある、はっきりとしたドキドキとはまったく比べられない。

夏焼くんは、歌う梨沙子ちゃんの横顔を、じっと見つめる。
まるでそのラブソングは、彼女の気持ちを代弁してくれるようで、
みんなの前で告白されている気分だった。
自分の顔はきっと真っ赤だろうけど、彼女も同じだからまあいい。
せっかくのバースデイ。今日だけ特別だ。
周りの親友たちが、ニヤニヤしながら眺めていることにも気づかずに、
夏焼くんはずっと梨沙子ちゃんに見とれたままだった。

50 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:13

後は若いお2人で、なんて気を利かせてくれた親友たちは帰って行った。
残された夏焼くんと梨沙子ちゃんは、部屋にふたりきり。
スピーカーからは有線の音楽が流れていた。

「まだなんか歌う?」

夏焼くんは手を伸ばし、歌本を手に取る。
膝の上でぺらぺらめくる。梨沙子ちゃんはずっと黙っている。

「そうだ。梨沙子あれ歌ってよあれ」

顔を上げると、彼女がまっすぐこちらを見つめていた。
夏焼くんはふっと真顔になって、彼女を見つめ返す。
でもそれ以上は何もない。何にも、できない。

「さっき、先輩たちがいたからあげられなかったけど、
みやにね、プレゼントがあるの」
「ホント?やった」

やさしく微笑む夏焼くん。
彼女は、部屋の隅に置いていた紙袋を掴み、引き寄せる。

「はい」「ありがとう」
意外と大きな紙袋。夏焼くんはそっと覗き込む。
その中には、カラフルなバスケットボールが入っていた。

「うわー魔女っぽーい」
それを取り出して、手のひらの上にのせてみて、夏焼くんは笑う。
「別に魔女っぽくないよー」彼女は笑いながら反論してくる。
カレシは、無邪気にくるくるとボールを回している。

「明日から、使ってね」
「うん。ていうか、今日から使う」

梨沙子ちゃんの驚いた顔を見て、夏焼くんはイヒヒと笑った。

51 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:13


*****


52 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:14

「おめえさんたち、結婚するんかい」

老舗の寿司屋・すし熊の大将は、その報告を聞いて、驚いたけどうれしそうだった。
カウンター席に座っている吉澤さんは、隣の愛ちゃんと顔を見合わせて、微笑む。

「こりゃめでてえや。あ、披露宴呼んでくれよ。
おれが、特上の特上の、そのまた特上の寿司握ってやっからよ」
「はい。ありがとうございます」
「おれは、お嬢ちゃんがこんな、ちーっちゃい頃から知ってんだ。
奥さんに似て、そらもう目に入れても痛くないくらい可愛かったんだよ。
あ、今はとってもべっぴんさんだけどよ」
大将はゴキゲンな調子で言って、お寿司を握り始めた。
吉澤さんと愛ちゃんは、その様子を微笑みながら眺める。

たまにお寿司が食べたくなった日は、2人は必ずこのすし熊にやって来ている。
やっぱり回らないほうは格段に美味しいし、何よりこの店は有名なのだ。
著名人もたくさん訪れて、大将が握るお寿司を絶賛している。

「親父さんもさぞ喜んでるだろう」
「はい」
「うちは息子しかいねえからよ、娘を嫁に出す父親の気持ちなんか
わかんねえけど、うれしくもあり、寂しくもあるんだろうなあ」
「そうですね」
「おめえさんは、ちゃーんと、責任持ってお嬢ちゃんを幸せにしろよ」
「はい。もちろんです。絶対幸せにします」
「ヒュウヒュウ。熱いねー。ちょっと空調の温度下げるか?」
カウンターの周りが笑いに包まれる。とても和やかだ。

「大将の息子さんはおいくつなんですか?」
愛ちゃんが、両手で湯飲みに触れながら尋ねる。
「いちばん上はいま中学校3年生で、誰に似たんだか、
背だけにょきにょき伸びやがって、もう、こんなよ」
こんな、と大将が自分より高いところを指して笑った。
「へぇ、背が高いんですね」
「そうなんだよ。おれよりでかいんだから参っちゃうよ」
「部活とかやってるんですか?」
「それがよ、運動オンチなんだわ。笑っちゃうだろ?スポーツしねえんなら
今から修行しろって、ずっとうちの店の手伝いさせてんだ」
おい!と大将が大きな声を出すと、元気な返事が返ってくる。
どんな息子さんなんだろう。吉澤さんたちは興味津々な様子で待つ。

「おい息子。挨拶しろ。高橋さんとこのお嬢ちゃんと、おめえは」
「吉澤です」
「吉澤さんだ」
「はじめまして」

父親の言うとおり、息子はとても背が高かった。
礼儀正しくぺこりと頭を下げた少年を、まじまじと見つめる吉澤さんたち。

「本当に大きいですね」
「な。おれよりでかい」
吉澤さんは席を立って、試しに息子と背比べをしてみる。
案の定、全然敵わない。愛ちゃんに向かって、肩をすくめて見せる。
彼女は笑って大将を見る。大将もニコニコ笑っていた。

53 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:15

すし熊にはその息子の他に、もう一人若いのがいた。
主に、皿洗いと接客を担当している女子高生だ。
息子とは対照的に、背が低くて可愛らしい彼女の名前は桃子ちゃん。
湾田高校に通う2年生だ。毎週土日、せっせとこの店で働いている。
家計を助けるため、正しくは、自分のおこづかいを確保するため、
彼女は今日も黙々とお皿を洗い、お客さんに笑顔を振りまいている。

「おつかれさまでした」

私服に着替えて更衣室から出てきた桃子ちゃんは、カウンターのところで
包丁の手入れをしていた大将の背中に声をかけた。
「おう。桃子ちゃんお疲れ」大将が笑顔で振り返る。

「じゃあ、行こっか」

カウンターの席に座っていた、背の高い息子が立ち上がった。
桃子ちゃんは、うん、とうなずいて、彼の後に続いた。


坂道を一気に下る、息子の自転車。
桃子ちゃんは、その背中につかまって、夜風を受ける。

「あー気持ち良いー」

一生懸命働いた後のごほうび、というと大げさだけど、
桃子ちゃんにとってこの風は特別なものだった。
冬はちょっと寒いけど、夏だと涼しくて気持ちが良い。
特に今の時期は、じわりとかいた汗を乾かしてくれる。


「もう夏休みも終わりだねぇ」

平坦な道に出て、桃子ちゃんは自転車から降りた。
息子もそれを押しながら、ゆっくり歩き始める。
いつの間にか、こうやって息子がバイト終わりに桃子ちゃんを
家まで送ることは、当たり前になっていた。

「今年の自由研究は、ちょっと自信あるよ」
「なになに?」
「地球温暖化」
「ちきゅうおんだんか?」
はて。桃子ちゃんはあごに指をあてて、可愛く首をかしげる。
そんな彼女を見て、息子は明るく笑う。

「ももち知らないの?ヤバイんだよー地球は」

中学校の生徒会長でもある賢い息子は、すらすらと語る。
地球のどこがどうヤバイのか、細かく丁寧に教えてくれる。
特に興味がない桃子ちゃんは、話半分で夜空を眺めたりする。
辺りはすっかり暗くなっていて、なかなか星が見えたりする。

上を見るのに飽きたら、今度は下。
キョロキョロしながら、腕をぶらぶら揺らして歩く。

「だからね、電気はこまめに消さないといけないんだよ」
「へぇー。さすがだね熊井ちょー」

返事だけは良い桃子ちゃんは、笑顔で息子を見る。
熊井ちょーという妙なあだ名で呼ばれた息子は、誇らしげに笑う。
褒められたのでうれしそうだ。まったく、単純明快なのだ。
図体はでっかいが、中身はまだ相当子供っぽい。
桃子ちゃんは、熊井ちょーのそんなところが可愛いな、と思った。

54 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:15

帰り道、いつも通りかかる公園。
その側までやってきて、桃子ちゃんはふと立ち止まった。

「みーやんだ」

熊井ちょーも立ち止まる。銀色のフェンス越しに、
1組のカップルがバスケットボールをしている様子が見えた。

「夏焼先輩?」
「そういえば今日、お誕生日なんだよね。みーやん」

メール送ってない。どうしよう、と呟く桃子ちゃん。
熊井ちょーは微笑みながら、のんびりとした声で、
「今から送ればいいじゃん」
「いいのかなぁ」
「いいよ。まだ、今日は終わってないんだし」

夏焼くんたちは、バスケットボールに夢中で、こちらに全く気づいてない。
遠くから見ても楽しそうだ。まさに、2人の世界だった。

「熊井ちょーは、みーやんのカノジョのこと知ってる?」
「知ってるよ。ていうか、うちの中学で知らない人いないと思う」

桃子ちゃんはフェンスの網を掴んで、梨沙子ちゃんを見つめる。
「モテそうな子」
ボソッと言う。彼女は、イケメン夏焼くんの隣にとても似合ってる、可愛い子だ。
でも、カレシが優しいのをいいことに、わがまま言いたい放題のお姫様。
夏焼くんから全部聞いて知っている桃子ちゃんは、とても真似できないと思うし、
よく続いてるなと思う。それだけ、恋は盲目ってことなのだろう。

フェンスはひんやりしていて、このままずっと張り付いていたいくらい。
桃子ちゃんはまるで鳴かない蝉のように、そこへくっ付いている。
そして何かにとり付かれたように夏焼くんのことを見つめている。
彼のその視線の先にある、梨沙子ちゃんのことも、じっと。

55 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:17

「ももち。もう帰ろうよ」

同じようにフェンスにへばり付いている熊井ちょーが言う。
生返事の桃子ちゃんは、全然動こうとしない。

「あきらめたんじゃなかったの?」

まっすぐ前を見つめたまま尋ねる熊井ちょー。

もう試合終了だ、と言ったときの彼女の表情は、今でもはっきり覚えてる。
彼女が弱いところを見せたのは、本当にあのときだけだ。
2つ年上の彼女だけど、守ってあげたくなるくらい小さかった。

でも、まだまだガキんちょな熊井ちょーには無理だった。
桃子ちゃんを丸ごと全部守れるだけの、強い力がなかったのだ。
彼女の決意を、選択を、ただ受け止めることしかできなかった。

時間はさらさら流れてゆく。ぼうっとしてたら置いていかれる。
誰かにどこかへさらわれる。知らない場所まで、驚くほどのスピードで進む。

熊井ちょーは真剣な顔で、ちっこい桃子ちゃんを見下ろす。
この身長の差が大きくなるにつれて、彼女がどんどん離れてゆく気がする。
でも、いつか第2次成長期が終わったとしても、この距離だけは詰められない。
どれだけ現代社会の技術が進歩したって、絶対にできないこともあるのだ。
まだまだガキんちょの熊井ちょーは、今はそう思い込んでいた。


56 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:17

つづく


57 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/28(木) 01:18

(0´〜`)<なんだか肩身が狭いスレだYO
川*’ー’)<でかい図体してよく言うやよ


58 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:35



59 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:36


*****


60 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:37

もうすっかり日も暮れていたが、夏焼くんと梨沙子ちゃんの2人は、
とある公園で遊んでいた。
そこは夏焼くんがよく行く場所で、ひとつだけバスケットゴールがあった。

梨沙子ちゃんからもらった誕生日プレゼントを早速使っている。
夏焼くんはドリブルをして、ゴールめがけてシュートを放つ。
でも、惜しいところで外れてしまう。ボールを拾って、もう一度。

「みやー」

彼女の応援を受けながら、夏焼くんはシュートする。
そうするとアラ不思議。ボールはゴールへと綺麗に吸い込まれた。

「ナイッシュー!」
「イエーイ!」
駆け寄ってくる梨沙子ちゃんと、勢い良く片手でハイタッチする。
楽しそうに笑っている彼女を見ていると、ますます楽しくなってくる。

はい、と彼女へパスをする。彼女はドタドタ走って、シュートする。
しかしボールは全然入らない。何度投げても入らない。

「むー」彼女が悔しそうにうなる。
その顔が面白くって、夏焼くんは手を叩きながら笑った。

バスケットボールに関してはちょこっと自信がある夏焼くん。
梨沙子ちゃんをおちょくって、おちょくって、おちょくりまくる。
すると彼女はムキーってなって、すねて、怒ってしまうのだ。

61 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:37

「もうっ!帰るっ!」

きっと、彼女は忘れている。今日が何の日なのかを。

「待ってよ梨沙子!」

わざと大きな足音を立てて、逃げてゆく梨沙子ちゃん。
そうなると夏焼くんは追いかけるしかない。
追いかけて、捕まえるしかない。

「あれ」

しかし、夏焼くんは立ち止まる。
少し離れたところにあるフェンスの側に、人が2人いるのに気づく。
そして、その2人が両方知っている人でビックリする。

左のちっこいのはどこからどう見ても桃子ちゃんだ。
そして彼女の隣は、あの背の高さからいって、寿司屋の息子。
きっと今はバイト帰りで、彼女は家まで送ってもらっている。
そこまで頭が回る夏焼くんなのに、少し空気が読めないようだ。

「ツグさーん!」

そしてちょっとバカだから、桃子ちゃんに向かって手を振ってしまう。
彼女は友達なのだ。別に手を振ったっていい。
ただ、そんなに弾ける笑顔を見せなくたっていいだろう。
振り返った梨沙子ちゃんが、怖い顔で夏焼くんをにらんでいる。

「みーやん、ハッピーバースデー!」

甲高い桃子ちゃんの声が聞こえてくる。
「おめでとうございます!」寿司屋の息子の声も聞こえた。

「ありがとう!」
夏焼くんは手を振る。2人も振り返してくる。
面白くなさそうな梨沙子ちゃんは、口をへの字にしている。

女子のことは男子にはわからない。だから夏焼くんにもわからない。
梨沙子ちゃんと桃子ちゃんが、お互いのことをどう思っているのか。
それぞれの胸の中で、いったい、どんな気持ちを抱いているのか。
わかるはずもない。呆れるくらいの鈍感ボーイは、静かに視線を
交わす彼女たちを、のん気に眺めているだけだった。

62 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:38


「嗣永先輩って可愛いよね」

公園からの帰り道。梨沙子ちゃんはぽつりと呟いた。
新しいバスケットボールを抱えてゴキゲンな夏焼くんは、
笑顔のまま首をかしげる。

「顔も可愛いし、声も可愛いし、なんていうか、しぐさ?
女の子って感じで、可愛いよね」
「そうかな」
「そうだよ」
横目でジロっとにらまれて、夏焼くんはそっぽを向く。
きみのほうが何倍も、いや何十倍、何億倍だって可愛いぞ。
なんてクサイ台詞は冗談でも口にしない。いや、できない。

「嗣永先輩ってカレシいるの?」

梨沙子ちゃんがいきなりそんなことを尋ねてくる。
夏焼くんは、答えない。桃子ちゃんの希望なのだ。やむをえない。

「みや、知らないんだ」
「まあ」
「やっぱり知ってるんだ」
「うえっ」

慌てて彼女のほうを見ると、彼女は唇を尖らせていた。
あちゃー。バレてる。参ったな。なんとなく、あごを撫でる夏焼くん。

「誰にも言うなよ。おれだって、誰にも言わないでねって
言われてるんだからさ。ツグさんに」
「なんで?隠す意味がわかんないんだけど」
「おれもわかんないよ。だけど、あんまり人に知られたくないんだってさ」
まだ納得していない表情の梨沙子ちゃんに言う。
「やっぱ、相手が、ハロ高の陸上部のエースだからなのかな。
ほら。そういう奴ってモテるじゃん。しかもそいつカッコイイみたいだし」

直接話したことはないけれど、顔は知っている桃子ちゃんのカレシ。
彼女から、馴れ初めとか色々ぜんぶ聞いている。
たまに相談に乗っているし、悩みも打ち明けられている。
夏焼くんだって、彼女にはかなりお世話になっているのだ。
そんな彼女のことを、梨沙子ちゃんにはもっと知ってもらわなくちゃいけない。
理解してもらわなきゃいけない。彼女は友達なんだって。それも、大事な。

63 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:39

「みやだってモテてるくせに」
「は?」
「みやだってモテてるくせに」
2回目!夏焼くんは、心の中でツッコむ。
1回言えばわかるっつうの。バカじゃないんだから。
って、バカか。夏焼くんは、いまだに手をつけていない
夏休みの宿題を思い出し、後頭部をかく。

「別に、モテてないじゃん」
「モテてる。試合のときいっぱい女子が応援に来るじゃん」
「あれはうちの、バスケ部の応援でしょ?」
「いーや。みやの応援だもん」
言い切る梨沙子ちゃん。夏焼くんは、苦笑する。

「そんなわけ」「ある」「ないよ」「あるもん」

彼女は一歩たりとも引かない。まったく、勝気な女だ。
困ってしまうけれど、こんな女に惚れたのは自分。
やっぱり、本物のバカなのかもしれない。ため息をつく。

「告白だって、いっぱいされてる」
「それは、まあ。でも断ってるじゃん」
「当たり前でしょ!」
カリカリしている梨沙子ちゃんに、
「はい」と素直に返事をして、しょんぼりする夏焼くん。

「梨沙子がいるのに、浮気とかしたら絶対許さないから」

ひえー。どんだけー。夏焼くんはちょっとビビる。
彼女の妄想はいったいどこまで進んでいるのだろう。
もしかしたら、もうすでに、まだ見ぬカレシの浮気相手に
嫉妬とかしていそうな雰囲気だ。想像力豊かすぎる。

「しないから。浮気とか。絶対」

ね。梨沙子ちゃんをなだめるように、夏焼くんは言った。

64 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:39


大きな菅谷家が見えてきた。夏焼くんは立ち止まる。
梨沙子ちゃんも、歩みを止めて、カレシのほうを見る。

「じゃあ、ここで」

今日はスッペシャルなバースデイだから、手を繋いだり
したいと思っていた。しかし現実はそう甘くない。
夏焼くんは、空いた右手をぎゅっと握り締めて、彼女を見つめる。

「明日は、日曜日だよね」
「うん」
「宿題、する?」やさしく尋ねると、彼女は黙ってうなずく。
「じゃあ、しよう」微笑む夏焼くん。

「あ」

梨沙子ちゃんは急に口を開いて、バッグを漁り始めた。
なんだなんだと眺めていたら、カラオケに行った後に
ゲームセンターで撮ったプリクラの半分を差し出してくる。

「ありがと」

実は今日、2人の携帯電話の待ち受け画面がまた新しくなったのだ。
今夜も、寝る前にそれをちらちら見てニヤけるのだろう。
夏焼くんは、もらったプリクラについ頬が緩む。

「ねぇ、みや」
「ん?」

呼びかけられて顔を上げれば、彼女は怖い表情をしていた。
どうしたの、って言おうとした時、ぐっと顔が近づいてくる。
ボールが跳ねるように、唇同士が勢い良くぶつかる。
突然のキスに、夏焼くんは目を丸くする。そして、身体を熱くする。

「な、なんだよ」

恋人同士の甘ったるい雰囲気に、まるで慣れない純情少年は、
額に汗をにじませてぶっきらぼうな口をきく。
彼女のほうも俯いて、なんだか微妙な空気が流れ始める。

65 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:40

2人の沈黙に割って入るように、1台の車がこちらに向かって走ってきた。
夏焼くんは、とっさに梨沙子ちゃんの腕をとって、道路の端に寄る。
そうすると、意外と彼女と接近してしまって、さらにドキドキが激しくなる。

「ありがとう」
「うん」

ヤバイヤバイヤバイ。この腕をバッと離すわけにはいかないし、
かといってこのまま掴んでいたら、彼女に見とれて、変な気分になる。
焦る夏焼くんだが、見た目はまったくそんな風には見えない。
イケてる、クールな眼差しで彼女を見つめている。

梨沙子ちゃんが、ふと地面を見て、夏焼くんから離れた。
彼女は、プリクラを拾っていた。さっき、夏焼くんの手から落ちたらしい。

「ごめん」

夏焼くんは謝りながらそれを受け取る。今度はしっかりと、ポッケに入れる。
そして、少し広がった2人の間の距離に、なんだかホッとする。

「ねぇ、梨沙子と撮ったプリクラって、いつも誰にあげてる?」
「うーん。須藤とか、徳永とか」
「嗣永先輩とか?」
「ツグさんにはあげてないよ」
「見せるだけ?」
「いや、見せてない」
「どうして?」
「見せてって言われないし。なんか、自分から見せるのも
恥ずかしいじゃん。だから全然見せてない」
ふーん。梨沙子ちゃんは意味深な感じでうなずいた。
「なに」
「別に」彼女はそっぽを向く。

「なに。教えてよ」

夏焼くんは梨沙子ちゃんの肩を掴んで、自分のほうを向かせる。
彼女は上目遣いでにらんでくる。なんか怖い。少し怯む。

「みやは全然わかってない」
「え?なにが」
「もういい」
俯く梨沙子ちゃん。わけがわからず、夏焼くんは困った顔になる。
「何が言いたいの?」
彼女の顔を覗きこむ。するとじっと見つめられる。

「嗣永先輩には気をつけてね」
「はい?」
「絶対、浮気しちゃだめだよ」

浮気とか。しかも、桃子ちゃんと。
ありえない。これっぽっちもありえない。
夏焼くんは苦笑して、梨沙子ちゃんの肩を撫でる。

「ツグさんは、そんなんじゃないから」
「そんなんって?」
「うーん、全然そんな風に見れないし、それに」
言いながら、彼女のやわらかい二の腕に触れる。
甘えるような眼差しで彼女を見つめる。

66 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:41
「それに?」
「梨沙子しか、見えないし。だから」

とうとう、夏焼くんは彼女の手を握る。
恥ずかしいのを誤魔化すように、ゆらゆら揺らす。

だから、何なのか。自分で言っておいて、続きがわからない。
かっこわるすぎる。真顔で、彼女を見る。
彼女は、なぜかうれしそうに微笑んでいた。

「だから?」

可愛く首をかしげて言う梨沙子ちゃん。
彼女の瞳には夏焼くんしか映っていない。
もちろん、それは夏焼くんだって同じだ。

「だから、浮気とか、絶対しない」

なんとか言葉を繋げることができて、安心する夏焼くん。
梨沙子ちゃんの手をぎゅっとして、はにかむ。

「そんなの、心配するだけ無駄だから、しなくていいよ」
「でも心配だもん」
「大丈夫だって。ていうか梨沙子のほうが心配だよ。
岡井とか、岡井とか岡井とか」
「ありえないよー」
「どうかなー」
夏焼くんが笑いながら言うと、梨沙子ちゃんはムッとした。
またバッグで叩かれるかと思ったら、そっと抱きつかれる。
あばばば。わかりやすいくらい、焦る夏焼くん。

「ちょ、ちょっと?」
「みやが好き」

こんな不意打ち、反則だ。完全にヴァイオレーションだ。
でも、彼女はぎゅっとして離さない。暑苦しいけど、離れない。
心臓がバクバクして、脚も震えそうな夏焼くんは、立ち尽くす。

「だからありえないよ」

誠実な梨沙子ちゃんの声にうなずいて、
空いた右手を彼女の腰に添える夏焼くん。
今日はめでたい誕生日。スッペシャルなバースデイ。
両手には、彼女と、彼女からのプレゼント。
何も言うことはない。これ以上の幸せは、今のところ思いつかない。

67 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:42


梨沙子ちゃんがゆっくり離れる。そのまま、見つめ合う。
夏焼くんは微笑んで、彼女へ顔を近づける。彼女は静かに目を閉じる。
しっかりと口づける。3秒くらいのキスをする。
彼女がいつも強引な代わりに、夏焼くんからのキスはとてもやさしい。

離れて、くすっと笑って、夏焼くんはまた口づける。
どうせ車も通らない。人だっていない。何も気にすることはない。
今日は特別な日なのだ。ちょっとくらい、がんばらなくちゃいけない。

暗い夜道でキスをする。梨沙子ちゃんと、目を閉じながら求め合う。
照れもひとつのエネルギーになる。だんだん大胆になってくる。

エッチなビデオで見たような、大人の絡みに憧れていたけれど、
やっぱりそこまでは無理かもしれない。夏焼くんは、目を開ける。
そして、フリーズする。目の前の、彼女に心を奪われる。

梨沙子ちゃんは、とてつもない勢いで、目にも留まらぬスピードで、
大人のオンナに成長しているようだ。彼女の魔法をまともに受けた
夏焼くんは、熱い眼差しで彼女を見つめる。

まだ中2のくせに。中学2年生のくせに!
心の中で叫んだ夏焼くんは、ふたたび彼女へ口づける。
悔しいけれど、自分が奪えるのは彼女の唇だけなのだ。
なんて上手いことを思いながら、飽きずに何度も、彼女とキスをした。

68 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:42


*****



69 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:43

「で、そのままラブホに行ったわけ?」

ぶはっ。夏焼くんは、口の中のオレンジジュースを吐きそうになった。
正面に座っている徳永くんが、ニヤニヤしながら見つめている。

「ラブホとか、行くわけないじゃん」

夏焼くんの誕生日の翌日。日曜日。
ここはミライ百貨店内のキッチンズバーガー。
梨沙子ちゃんと待ち合わせがあるというのに、
幼なじみから呼び出された夏焼くんは、渋々ここにいた。

「でも、キスとかすげえ進歩じゃん」
「まあ」
実は、彼女からは挨拶みたいなやつを何度もされていた、
なんていう事実は黙っておく夏焼くん。いつもの彼女のキスと、
自分からした昨日のキスとでは全然意味が違うのだ。

「次はアレだな」
「え?」
徳永くんは目を細めて笑いながら、アルファベット3文字を囁く。
そのとんでもない単語に、純情少年は顔を真っ赤にして動揺する。

「もー可愛いんだからー夏焼くんはー」

陽気に笑った徳永くんは、夏焼くんの携帯電話を引き寄せる。
パカッと開いて、またニヤける。

「ラブラブっすねー」

待ち受け画面は昨日撮ったプリクラだ。
夏焼くんカップルが、笑顔で寄り添っている。
”ハッピーバースデイ”という可愛い文字もある。

「ハートだらけ」「いいじゃん別に」

夏焼くんはそれを取り返して、画面をちらっと見る。
少し表情が緩むのはしょうがない。パチン、と閉じる。

「じゃあ、そろそろ行くわ」
「えーそんなこと言うなよー」
「うざっ」
そう言われても気にせず、ムフフ、と笑う徳永くん。

「ここにこんなものがあるんだけどな」

徳永くんがバッグからプリントを取り出した。
よく見れば、夏休みの宿題じゃないか!
しかも全部終わってる!完璧じゃん!
思わず身を乗り出す夏焼くん。

「それ!どうしたんだよ!」
「聞きたい?」
「聞きたい!」
タイムリミットまであと1週間しかないので、夏焼くんは必死だ。

「ミッチーからコピーさせてもらったんだよね」
「ミッチー!」

それは、すっかりお馴染みの入手経路だった。
くれ!と夏焼くんが手を伸ばすが、徳永くんは華麗に避ける。

70 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:44
「お願いします徳永先輩。ぼく、それがないと」

本当に必死で、イケメンなのにかっこわるい夏焼くんを見て、
不敵な笑みを浮かべる徳永くん。

「よし。わかった。コピーさせてやろう」
「ありがとうございます!」
「その代わり今度の合コン、来るよな?」

ピタッと、夏焼くんの動きが止まる。

「ハロ高だよ?ハロ高。来なきゃ絶対損だぞ」
「いやあ、合コンはちょっと」
「なんだよ。コピーしたくないのか?ああ?」

くっそー。なんていう交換条件なのだ。
付き合ってるカノジョがいるくせに、この幼なじみときたら、
あっちこっちに手を出してつまみ食いをしている。
世渡り上手っちゃそうなんだけど、あんまり良いことではない。

チャラい徳永くんをにらんでいたが、夏焼くんは我に返る。
そういえば、こんなことをしてる場合じゃない。
梨沙子ちゃんはもう、図書館で待っているのだ。
早く行かなきゃいけない。それよりも、早く会いたいし。

ピロリンピロリン

テーブルの上の携帯電話が鳴り出して、驚く夏焼くん。
この音は間違いなく彼女だ。確認しなくてもわかる。

徳永くんをチラ見でけん制して、夏焼くんはケータイを見る。
メールだった。その文面からでもわかるくらい、彼女は怒っていた。

「やっべー」
「おい、どうするんだよ」
「悪い。合コンは無理」
「そんなこと言うなよー」

優先順位は、考えるまでもない。
夏焼くんは片手にトレイ、片手に鞄を持って立ち上がる。
じゃあ、と言ってさっさと去ってゆく。

あのコピーをとれないのは痛いが、まあ何とかなる。
夏休みはまだ、あと1週間もあるのだから。

71 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:45


「おーそーいー」

梨沙子ちゃんは、やっぱり不機嫌そうな顔で待っていた。
あれからダッシュで図書館までやってきたせいで、
夏焼くんは汗だくで、肩で呼吸をしていた。

「ごめん。徳永にちょっとつかまっちゃってて」
「そんなの、断ればいいじゃん」

イライラしながら、彼女はシャープペンシルで机を叩く。
夏焼くんは彼女の隣の席に座る。

「梨沙子より徳永先輩とか、マジありえないんだけど」
「ごめんって。反省してる」
「ホントにぃ?」
「ホント。ごめんなさい」

彼女の嫉妬は、他の女子ばかりでなく、男子にまで向けられているようだ。
しかも、徳永くんは幼なじみなのに。どんだけー。夏焼くんは苦笑する。

「あたしもうほとんど終わっちゃったよ」
「ウッソ」
「全部終わったら帰るからね」
「ええっ」
こっちはまだスタートラインにすら立っていないっていうのに!
この可愛い顔した悪魔め!内心、叫ぶ夏焼くん。

ぼけっとしているカレシを横目に、梨沙子ちゃんはさっさと宿題を再開している。
彼女が全部終わらせる前に、終わらせないといけない。
鞄から勉強道具を引っ張り出して、夏焼くんも慌ててスタートした。


でも、すぐに終わるわけがない。超が付きそうなくらいの、バカなんだから。
早々にそれを終わらせて荷物をまとめようとした梨沙子ちゃんの腕を掴んで、
夏焼くんは情けない顔で引き止めたのだった。


72 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:45

おわり


73 名前:彼女の嫉妬 投稿日:2008/02/29(金) 00:46

ノノl∂_∂'ル <宿題は結局須藤先輩のお世話になりました…
从o゚ー゚从<まあ、どっちにしろ全部ミッチーのコピーだけどね


74 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/29(金) 01:09
連日更新キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!!
 嬉 し 過 ぎ ま す 
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/29(金) 01:39
桃子ちゃんの真意が気になるー
夏焼君と梨沙子ちゃんの馴れ初めも機会があれば是非!!
76 名前:重ピンピン 投稿日:2008/02/29(金) 10:54

スッペシャル更新お疲れっす
夏焼くん大変ですなぁ〜
でもそれがまたいいのかも

あとは熊さんに少し期待したいとこです
では次回も楽しみにしてま〜す



77 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/29(金) 10:57
夏焼君がヘタレすぎて可愛すぎるww
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/01(土) 23:11
身悶えした
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/08(火) 21:55
超待ってる
80 名前:名無飼育 投稿日:2008/04/09(水) 19:40
待ってるデス
81 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 22:43
期待してます
82 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/10(木) 22:51
川*'ー')<おっとっと
83 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/05/03(土) 01:45
>>74さん
連日更新が理想なのですがどうも上手くいきません
また間が空きそうですがこれからもよろしくです

>>75さん
桃子ちゃんについてはこれからじっくり描いてゆくつもりです
夏焼くんと梨沙子ちゃんの馴れ初めもいつか書きたいです

>>76 重ピン
熊井ちょーはキーパーソンなので注目しといてください!

>>77さん
夏焼くんのヘタレ度はガキさんのさらに上です

>>78さん
これからも身悶えさせられるようがんばります!

>>79さん
超待たせてすんません

>>80さん
なんかホントにすんません

>>81さん
ageちゃイヤン

>>82さん
グッジョブ!助かりました
84 名前:& ◆r6fSLGrGOU 投稿日:2008/05/03(土) 01:45

登場人物


ノノl∂_∂'ル :夏焼くん
州*‘ -‘リ:梨沙子ちゃん

ル ’ー’リ:桃子ちゃん
从・ゥ・从:矢島くん

川*^∇^):熊井ちょー
リl|*´∀`l|:えりかちゃん

洲´・ v ・):愛理ちゃん

从*´ ヮ`):田中さん

その他もだいたいベリキューです

85 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:47



86 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:48


*****



87 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:48


夏休みの宿題は今日図書館で全部終わらせてきた。
梨沙子ちゃんは、すっきりとした顔で自家用ハイヤーの後部座席に座っている。

彼女はただいま縁伊豆(べりいず)国際空港へと向かっている途中である。
幼なじみで大親友の、愛理ちゃんという女の子を迎えに行くためだ。
夏休み期間中を、ずっと海外で過ごした愛理ちゃんが、今日やっと帰って来るのだ。

しっかり者の彼女のことだから、宿題はきっと全部終わっていることだろう。
1ヶ月以上ぶりの再会に心がウキウキして、梨沙子ちゃんは微笑む。

機嫌はすこぶる良い。それもこれも、さっきまでカレシと一緒だったからだ。
半べそをかきながら、必死で宿題をしていた夏焼くんの様子を思い出すと、
声を出して笑ってしまいそう。コラ。はしたないぞ梨沙子。彼女は我慢する。

年上なのにかわいい人。それに心やさしくて、バスケットボールが上手な人。
いやそれだけじゃない。夏焼くんの好きなところなら、何個でも挙げることができる。
梨沙子ちゃんはそれくらい彼に恋をしていた。心をすべて奪われていた。

彼女の世界はいま、全部夏焼くん中心にまわっている。
夏焼くんの世界の中心には、いったい何があるだろう。
もちろん自分だと言い切れないところが、この複雑な乙女心。
もっと彼をとりこにしたいという気持ちと、それほどの魅力が
自分にあるのだろうかという気持ちが心の中で戦っていた。



「りーちゃん」

そして縁伊豆空港。
梨沙子ちゃんに向かって、お上品に手を振りながら
駆けて来る少女がひとり。彼女がウワサの愛理ちゃんだ。
彼女のパパはものごっつい資産家で、チョーお金持ちである。

「元気してた?」
「してたしてたっ」

彼女たちは笑顔で両手を握り合う。
そして、女子中学生らしくキャッキャキャッキャはしゃぐ。

「ねぇねぇ、コアラとかカンガルーとか見た?」

ハイテンションで梨沙子ちゃんが尋ねる。
すると、愛理ちゃんは眉毛を上げて、首をかしげた。

「なんで、コアラとカンガルーなの?」
「オーストラリアっていったら、コアラとカンガルーじゃん」

一瞬、ぽかんとした愛理ちゃんだが、ケケケと笑いだす。

「りーちゃん、りーちゃん」
「なに」
「あたしが行ったの、オーストリアだよ。オースト、リア」

リア部分を強調して、愛理ちゃんが言った。
梨沙子ちゃんは何のことやら理解できずに、ポケーとしている。

「オーストリアの首都はどこかわかる?」
無言で首を振る梨沙子ちゃん。
「ウィーンだよ。ウィーン」
「ウィーン」
「そ。音楽の町。あたしはそこに行ったんだ」

へえ、としか返せないちょっとおバカな梨沙子ちゃん。
オーストリアという国がどこにあるのかすらわからない。
そもそもオーストラリアとの違いが全くわからない。

ラがあるとコアラがいて、ラがないとコアラがいない。
そんな区別でいいのだろうか。あばばばば。わからない。
けど聞けない。聞かない。これは、バカなりのプライドだった。

88 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:49


*****



89 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:49

「ごめん。待った?」

夏の太陽に負けないくらい眩しい笑顔で、矢島くんはやってきた。
自転車から降りて桃子ちゃんの前に立つ。
背の低い彼女は、カレシを見上げて微笑む。

「待ってないよ。あたしも今来たとこ」
「そっか。良かった」
流れる汗もなんのその。豪快に笑う矢島くん。
私立波浪学園高等学校(通称・ハロ高)に通っている2年生。
陸上部のエースで、今年のインターハイで優勝したりもしたすごい人だ。

2人は付き合ってからちょうど半年くらい。
でも、桃子ちゃんの秘めた想いに矢島くんはまだ気づいていない。

桃子ちゃんは気持ちを切り替えて、「行こっか」と言う。
うん、と大きな声で返事をしたカレシは、ふたたび自転車にまたがった。


桃子ちゃんは、自転車をこぐ矢島くんの熱い背中につかまっている。
カレシの愛車は気持ち良いくらいすいすい進む。
晴れた夏の日の風を受けながら、彼女は流れる景色を眺める。

矢島くんのお家は、夢が丘にある大きくて綺麗な一軒家だ。
何度か遊びに行ったこともある。遊びにというか、勉強をしに。
カレシの部屋は広くて、何でも揃っていた。おやつだって、ケーキだった。

何不自由なく育ったこのお坊ちゃまは、正義感溢れるスポーツマン。
それにプラス、とても親切でお人よし。さらには顔もかっこいい。背も高い。
成績が少し悪いところ以外、どこにも欠点の見当たらない人だった。

そんな人と、どうして付き合っているのだろう。
桃子ちゃんはずっと申し訳なくてたまらなかった。
こんな、心の奥底に硬いものを隠している悪い女と、
矢島くんみたいな良い人とは釣り合わない。

この関係はどうせ長くは続かないだろうって、思っていた。
だけど、矢島くんの告白を受けた日から、すでに半年が経っている。

この人はいったい、自分のどこを気に入ったのだろう。
考えても考えてもわからなくて、もどかしかった。
彼が見せる笑顔には裏も表もなくて、甘えるようになってしまった。

矢島くんと一緒に居れば、沈んだ気が少しは紛れる。
私はなんて最低な女。矢島くんの好意をなんだと思ってるんだ。
自分自身を軽蔑しながら、桃子ちゃんは今日もずるずると流されてゆく。

「あれ」

自転車を停めた矢島くんは、お家のガレージを見て呟いた。
車がない。桃子ちゃんも空っぽのそこを見る。
だいたい車は必ず1台はあって、お家にはお母さまがいた。
ということは、今日は。

「もしかしたら誰もいないかも」

ガレージに自転車を置いてから、矢島くんが門を開けた。
血統書付きの愛犬たちがワンワンと吠えて、歓迎してくれている。
桃子ちゃんは続いて矢島家へと入る。

誰もいないカレシの家。なんてベタな状況だろう。
きっと矢島くんも同じことを想像している。

「ただいま。とか言って。やっぱ誰もいないみたいだね」
ハハハ。矢島くんが笑う。

案の定、お家の中は静かだった。
いつもと違うシチュエーションに、桃子ちゃんはほんの少しだけ緊張する。

上がって、と言う矢島くんに従って、サンダルを脱ぐ。
綺麗にそろえて、パッと視線を上げた瞬間彼と目が合う。

「汗、ふいたら?」

桃子ちゃんは、バッグからハンカチを取り出した。
汗だくな矢島くんがそれを受け取り、笑いながらガシガシと汗を拭う。

「ありがとう。あ、これ洗って返すから」
「そんな。いいよ」
「いいから。部屋行こう」

90 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:50

やっぱり、矢島くんと居ると気が紛れる。
でもそう思うのは矢島くんだからこそなのか、
本当はまた別の、他の誰でもいいのかはわからない。

桃子ちゃんは2人きりの部屋で、矢島くんに寄り添う。
こういうことをするために、きっと今日はここにいるのだ。

「どうしたの?」
急にくっ付かれた矢島くんは、彼女の顔を覗きこむ。

「もうすぐ学校始まるね」
「そうだね」
「夏休みの思い出は、できた?」
「うーん。やっぱりインターハイかなあ」
さわやかに微笑んで、矢島くんはジュースに手を伸ばした。
その横顔を見つめる桃子ちゃん。
「あたしもインターハイ。ベスト8だったけど」
「すごいよベスト8でも。素晴らしい成績だと思う」
「1位になった人に言われたくないけどねー」

まったく可愛げのない一言にも、笑ってくれる矢島くん。
桃子ちゃんは真顔になって言う。
「優勝、おめでとう」
「なに。急に」
「直接、言ってなかったなって思って。試合も、見に行けなかったし」

(嘘だ。見に行かなかったくせに)

桃子ちゃんの中の悪魔が囁いてくる。
すると、やさしい天使がフォローしてくれる。

(新幹線の切符が、先生の手違いで用意されていたんだよ)
(じゃあ桃子ちゃんは、あの日に帰るしかなかったんだね)
(そうだよ。そうなんだよ)
(そういうことならしょうがない)

天使と悪魔が和解する。桃子ちゃんは、俯いて苦しそうな顔をする。
どこからが嘘で、どこからが本当なのか、わからない。
自分の気持ちだというのに、よくわからない。

「ありがとう」

やさしい声が聞こえる。
顔を上げた桃子ちゃんは、カレシをじっと見つめる。
目の前に、とても穏やかな笑顔。この荒んだ心を癒してくれる。

「桃ちゃんからのおめでとうが一番うれしいよ」

本当は誰でもいいのかもしれない。
だけど、今だけは、矢島くんじゃなきゃダメなのだと思いたい。
桃子ちゃんはゆっくりと顔を近づけて、目を閉じる。
すると、唇にやわらかい感触がやってくる。

少し興奮しているのか、矢島くんの呼吸は荒い。
いったん唇を離す。するとすぐにまた口づけられる。
入ってきた舌に驚くけれど、桃子ちゃんは受け入れる。

矢島くんは夢中で桃子ちゃんの唇をむさぼり始める。
彼女も、何もかも忘れて身を任せる。
エッチな音を立てて、長くて激しいキスを交わす。
いつの間にか、彼女も気持ちが昂っていた。

やっとのことで離れた2人だが、まだずっと見つめ合っている。
桃子ちゃんは、矢島くんの頬を撫でて微笑む。

「夏休みの思い出、もっと、いーっぱい作ろう」

91 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:50

着ていた洋服を、一気に脱ぐ桃子ちゃん。
ブラジャー姿になって、矢島くんを見る。
あ然としている彼にクスッと笑いかけて、ベッドの端に座る。
そのまま、今度はスカートを下ろす。

恥ずかしい気持ちよりも、見て欲しいという思いが勝っている。
下着姿になった桃子ちゃんは、大胆に矢島くんの唇を奪う。
お互い初めてだろうし、始めなきゃ始まらない。
待っているだけじゃ、何も変わらないのだ。

矢島くんが、のしかかってくる。
桃子ちゃんは仰向けになって、矢島くんの頬を撫でる。
さっきから、怖いくらい真剣な眼差しで見つめられている。
緊張しているのか、それとも躊躇っているのか。

「どうしたの?」
無言のカレシに尋ねる桃子ちゃん。
「あたしじゃ、嫌?」
「嫌じゃない」

ふにゃりと表情を緩めた矢島くんは、一度起き上がって、
男らしくTシャツをガーッと脱いだ。

「裸の付き合いだね。とか言って」

笑顔でまた桃子ちゃんの上に覆いかぶさってくる。
そのまま自然に口づけ合う。深く、甘いキスをする。

狭いシングルベッドの上で、ぎこちないが強く抱きしめ合う。
下着と一緒に、秘めた想いもいったん脱ぎ捨てる。
気持ちが昂るままに、矢島くんを求める。求められる。


あきらめるしかない。試合はとっくの昔に終了しているのだ。
それでも、彼女の呪縛はいまだにとけず、彼女を苦しめている。
矢島くんを利用して、少しでもこの苦しみから逃れようとしている。

最低な女だ。こんなに良い人を、一番好きになれないだなんて。
どの口が言う。この、矢島くんとキスをしている口か。
好きになれないのに全てを捧げるなんて、いったいどういうつもりだ。
そこまでして、ホントのじぶんから逃げたいのか。バカヤロー!

矢島くんとひとつになって、想像以上の激痛が全身を駆け巡っても、
桃子ちゃんは歯を食いしばって耐える。
この痛みは、ずっと逃げている自分自身への罰だ。
もっと痛めつけて欲しい。何もかも壊してしまうくらい激しく、責めて欲しい。
矢島くんにはそうする権利がある。だからもっと、もっと強く。

がしっと胸の膨らみを掴まれて、荒々しく揉まれて痛くとも、
桃子ちゃんは何も文句を言わずにただただ矢島くんを受け入れる。
矢島くんのために、矢島くんだけを見つめる。

心の奥底に潜んだ硬いものを、自分で黒く塗りつぶす。
そして、とんかちで一気に砕こうとする。

桃子ちゃんは、決してそれが砕けないことをわかっている。
だって、叩くだけで粉々になるような、もろい気持ちなんかじゃないのだから。

自分では壊せない。誰かに、矢島くんに壊してもらうしかない。
だからもっと激しく抱いて欲しい。私を全部あなたのものにして欲しい。
身体に、心にひどく鈍い痛みを感じながら、桃子ちゃんはずっと耐えていた。



92 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:51

ことが終わったあとは、無言でベッドに横たわっていた。
放心状態というと大げさだけど、桃子ちゃんはぼーっとしていた。

「外、暗くなってきたね」

そんな矢島くんの声に、窓のほうへと視線を向ける。
エッチなことだけに集中していたせいで、
日が暮れかけていることにも気づかなかった。
桃子ちゃんは無言でベッドから降りて、自分の下着と洋服を拾う。

「帰る?」
「うん」
ブラジャーをつけながら彼女は答える。
すると、後ろからガッと抱きしめられて、いったん動きを止める。

「もうちょっと、一緒にいたいな」

耳元で矢島くんが真面目に囁いてくる。
「とか言って?」
桃子ちゃんはわざとふざけた言葉を返す。
矢島くんの笑い声が聞こえる。

「じゃあ、もうちょっとだけ、一緒にいる」

まわされた矢島くんの腕にそっと触れて、彼女は微笑む。
背中を彼に預けて、首だけ振り返る。
矢島くんは笑顔でおでこをくっ付けてくる。
桃子ちゃんも、笑っておでこをグリグリした。

じゃれ合うようなキスをする。
すぐに物足りなくなって、濃厚な大人の口づけを交わす。
後ろからおっぱいを揉まれて、アソコも何気なく愛撫される。

好きなようにして欲しい。私はあなたのものなのだから。
矢島くんに全てを預けて、桃子ちゃんはエッチな声を出す。
思ったより震える腰も気にせずに、彼との行為に夢中になる。

ベッドの上でまた押し倒されて、桃子ちゃんは惜しげもなく股を開く。
ふたたび突っ込んできた矢島くんの手を握って、色っぽく微笑む。

待つということを、1秒ですら我慢できない矢島くんは動き出す。
さっきより痛みにも慣れてきた桃子ちゃんは、指を絡めて握り締める。
今だけ乱暴でひとりよがりな矢島くんのことを、一歩引いた目で見つめる。

こういうことをしていれば、この人はずっとそばにいてくれるのだろうか。
好きだと言ってくれるのだろうか。本気で考える。

今は、とても幸せな時間だ。
10人に聞いたら、9人がきっとそう言うかもしれない。

自分にとって、大切なものは何なのか。大切な人は、誰なのか。
温かい矢島くんの腕の中で、桃子ちゃんはあらためて自問自答した。
その答えは、やっぱり、よくわからなかった。


93 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:51


*****



94 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:52

夏休みもあっという間に終わり、2学期の始業式の日を迎えた縁九中学校。
その2年3組の教室では大事なホームルームが行われていた。

「それじゃあ多数決の結果、シンデレラ役は鈴木に決定」

沸き起こる拍手。その中心には、困った顔の愛理ちゃんがいた。
今月末に催される文化祭で、このクラスは劇をやることになった。
演目は有名な「シンデレラ」である。

あまり積極的な女子がいないため、主役決めは難航していた。
そこで推薦という形で数人出して、多数決をとったのだ。

学級委員で人気者の愛理ちゃんは、なんとトップで勝利した。
本人は音響係とかがやりたかったみたいだが、主役になってしまった。

推薦されたけど愛理ちゃんに少しの差で負けた梨沙子ちゃんは、
なぜか、じーっと黒板をにらんでいる。
それは主役をとられて悔しいからではないようで。

「じゃあ次は魔法使いの役だが」
「はいっ!」

右手を挙げ元気に返事をしてから、勢い良く立ち上がる梨沙子ちゃん。
司会者である担任の先生が、意外そうな顔で言う。

「どうしたんだ菅谷。魔法使い、やりたいのか」
「はいっ。先生」

梨沙子ちゃんが、ハッキリとした声で返事する。

「他に、やりたい奴はいるか」

先生は教室中を見渡す。しかし、他に誰も手を挙げない。

「じゃあ、魔法使いは決定だな菅谷」
「はいっ」

梨沙子ちゃんはとびきりの笑顔で返事をした。
無邪気な彼女が可愛くて、先生はちょっとニヤけていた。


その放課後。

「なんであたしがシンデレラなんだろう」

愛理ちゃんは、ローファーを履きながらため息をついた。
その隣では梨沙子ちゃんが上靴を下駄箱に入れている。

「いいじゃん。みんな愛理にやって欲しかったんだよ」

梨沙子ちゃんは上機嫌だ。それもそのはず。
希望どおりの役をゲットしたんだから、不満は何もない。

「りーちゃんのほうがシンデレラっぽいけどなー」
「あたしは魔女」
「だ、だよね」

この幼なじみの魔女フリークぶりは徹底している。
服装から部屋のインテリアから何から、全部魔女っぽいのだ。
たかが少女漫画の影響でこんな風になるなんて。

変わり者も、身近にいるときたもんだ。
愛理ちゃんは呆れすぎて、最近は何も言わなくなった。

95 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:52
「あ!魔法使いハッケン!」

突然、そんな声が聞こえて、お嬢さんたちは振り返った。
声の主は、中学校に入学してからずっと同じクラスの腐れ縁・岡井少年だ。
これから部活なのか、彼は体操服姿だった。

「ぼくを王子さまみたいにしてください!」

なんてバカなことを言い出す少年。
梨沙子ちゃんが、愛理ちゃんを見て肩をすくめる。
苦笑した愛理ちゃんは眉毛を八の字にした。

「千聖は一生、王子さまとかなれないね」
「は?だから魔法かけてって。魔法使いなんでしょ?」
「うるさい。さっき1票も入らなかったくせに」
「言うなよ。気にしてるんだから」

王子さま役争奪戦は、それはもう、し烈だった。
岡井少年も立候補したのだが、結局ダメだった。
その座は、背が高くてイケメン風の男子に奪われてしまった。

「ま、馬車のウマ役がんばってね」
「うっせー。思ってねえくせに」
「思ってますぅー」

愛理ちゃんは、にらみ合う2人を微笑みながら眺めている。
イヤよイヤよもスキのうち、というところだろうか。
可愛くない顔をしている梨沙子ちゃんも、
あっかんべーをしている岡井少年も、なんかイキイキしている。
実は、好きなんじゃん?なんて思ったりする。

好きな子にほど、ちょっかいかけたくなるっていう。
ありがちあちがち。内心ケケケと笑う愛理ちゃん。

「シンデレラ。早く行きましょう。舞踏会が始まりますわ」
「へっ」

すたすたと、梨沙子ちゃんが歩き始めた。
ハッとして愛理ちゃんは岡井少年を見る。

少年は、彼女の背中を真顔で見つめていた。
その眼差しが意外なほどに切なげで、愛理ちゃんは、
あながちこの妄想も間違いじゃないのかもしれないな、と思った。


96 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:53


「シンデレラかあ」

部活帰りの夏焼くんが呟いた。
その横には梨沙子ちゃん。2人は並木道を歩いている。
今日は始業式だったから、いつもより帰りは少し早い。

「愛理がね、シンデレラで」
「梨沙子は魔女だ」
「当たり。よくわかったね」

さも当然のような顔をして、夏焼くんは微笑んだ。
梨沙子ちゃんも笑顔になる。とても良い雰囲気だ。

「だからね、来週から毎日練習なの」
「毎日?」
「うん。放課後ね」

劇中とはいえ魔女になれるということでご機嫌な彼女。
しかし夏焼くんにはひとつ気がかりなことができる。

「じゃあ、来週から一緒に帰れなかったりする?」
「うん。帰れないかも」
「えー寂しいなー」
なんちゃって、と夏焼くんはヘラヘラ笑う。
梨沙子ちゃんがムッとした顔になって、夏焼くんの二の腕を叩く。

寂しいなら、ちゃんと寂しいって言えばいいのだ。
でもすぐにそうしない夏焼くん。
ぷいっとそっぽを向いた彼女の横顔を見つめ、目を細める。

「寂しいよ。ホントに」さっきとは打って変わって真面目な声で言う。
彼女は聞いてないフリをしている。

「梨沙子がシンデレラの役にならなくてよかった」

梨沙子ちゃんがチラリと夏焼くんを見る。
さあ、ここでひとつ決めたいところだが、シャイボーイは躊躇する。

「どうして?」
「だって、なんてゆーか」
「なんてゆーか?」
「シンデレラは最後、王子さまと結ばれるじゃん」
「それが?」
「いや、だから。もし梨沙子がシンデレラだったらおれ、
王子さまにやきもち焼いちゃうかもしれないなーって」

かっこわるいなと自分でも思いながら、煮え切らないことを言う。
すると、梨沙子ちゃんの笑い声が聞こえてくる。

「みや、やきもち焼いちゃうんだ」
「焼くかも、しれない」
「焼くんでしょ?かもしれない、じゃなくて」

しつこく尋ねられて、夏焼くんは渋々うなずく。
彼女は、なぜかうれしそうな笑顔で、夏焼くんの腕を掴む。
ぴったりと寄り添って、腕を絡ませてくる。

「意味わかんね」

夏焼くんは、照れ隠しにそんな可愛くないことを言う。
でも梨沙子ちゃんは楽しそうだ。ムフフと笑っている。

「ねぇ、プリクラ撮りに行こうよ」

彼女が言った。夏焼くんは、黙ってうなずいた。


97 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:53


*****



98 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:54

文化祭の練習のせいで、梨沙子ちゃんと会う回数が減ってしまった。
しかし、普段は夏焼くんの部活のせいで、会う時間が短くなっているのだ。
少し寂しいけれど、休日になれば会えるのだし、まったく問題ない。

それとこれとは、話が別。
夏焼くんは集中して3ポイントシュートを放った。
綺麗なコースを描いて、ボールはリングに吸い込まれる。
よっしゃ。ガッツポーズをして、近くの先輩とハイタッチする。

女子マネージャーである桃子ちゃんが、紅組に3点を追加した。
いまは紅白戦の真っ最中だ。夏焼くんは、無心でコートを駆け回る。
彼女の熱い視線を独り占めしている自覚もナシで、ただひたすら
点を取ることだけに夢中だった。



「ごめん、なっちゃん。先帰るね」

部活が終わったあと、須藤くんはそそくさと帰り支度をしていた。
今日はとにかく急いでいるらしい。その様子に、夏焼くんはピンとくる。
こういうところでは勘が鋭いなんて、梨沙子ちゃんが知ったら怒るかもしれない。

「カノジョ?」
尋ねると、須藤くんは微笑んでうなずいた。
「いいなー」
「文化祭が終わるまでの辛抱じゃん」
そう答えながら、須藤くんはスポーツバッグを肩にかける。
だらだら着替えている夏焼くんは、まだ制服すら身につけていない。

「つーことで。じゃあ」
「おう」

親友が出て行って、さらにゆっくりとした動作になる夏焼くん。
どうせ急いだって、待っている人はいないのだ。

その後、次々と他の部員たちが帰ってゆく。
夏焼くんは彼らを見送りながら、とうとう最後のひとりになる。

はあ。バッグのジッパーを閉めて、ため息をつく。
バッグを肩にかけ、とぼとぼと歩き出す。
部室のドアを丁寧に閉めて、校門へ向かう。
その途中で、電話をしながら歩いている桃子ちゃんを見つけ、立ち止まる。

彼女も、夏焼くんに気づいた。でも視線はすぐに逸らした。
微妙に様子がおかしい彼女のことが気になって、
夏焼くんは少しだけ、その場に留まる。

「ツグさん」

電話を切った彼女の隣に、小走りで移動する。

「一緒に帰ろうよ」

このちょっと暗い雰囲気を明るくしようと、夏焼くんが言う。
彼女は俯きながら歩いている。

何かあったのだろうか。聞いてもいいのだろうか。
心の中で、迷う夏焼くん。

「いいよ」
「え?」
「帰るんでしょ?」
「あ、ああ。うん。帰ろう」

99 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:54


もう完全に日も暮れているし、夏焼くんは彼女の家まで
送っていくつもりだった。何も言わないが、ずっと並んで歩いていた。

いつもうるさいくらい賑やかなのに、今日の彼女は大人しかった。
やっぱり、さっきの電話が影響しているのだろうか。
そうだとしても、自分には関係のないことだ。
他人の問題にわざわざ首を突っ込むなんてことは、したくない。

でも、彼女は友達で、大切な人だ。
夏焼くんは意を決してポケットの中から携帯電話を取り出す。

「これ、見て」

桃子ちゃんにその待ち受け画面を見せる。
それは、始業式の日の帰りに撮ったプリクラだ。
梨沙子ちゃんと2人で変な顔をしている。

見せてと言われないなら、こっちから見せればいい。
梨沙子ちゃんとそういう話をしてから、夏焼くんはいつか
こうやって桃子ちゃんにプリクラを見せようと思っていた。
カノジョを見せて、可愛いとか何とか言ってもらいたかった。

「のろけ?」
「まあ。たまにはいいじゃん」
「そうだね。みーやん照れ屋だから聞かないと教えてくれないし」
「カレシと最近プリクラ撮ってないの?」
夏焼くんは、さりげなく尋ねてみる。
「プリクラ?撮ってない。てゆーか、あんまり会ってないし」
「そうなの?」
「うん。でも、みーやんのお誕生日の次の日、会ったよ」

小さな声で言って、彼女は俯く。
夏焼くんは次の言葉を待ちながら、前を向いて歩く。
そして、ちょっと行ったところで、ふと足を止める。

隣には誰もいなかった。
すぐに振り返れば、彼女は立ち止まっていた。

「ツグさん?」

2人の距離は、およそ5b。
心配そうな夏焼くんと、ぼーっとしている桃子ちゃん。

「どうしたの?」

桃子ちゃんが近づいて来ないので、夏焼くんが動く。
小さな彼女の目の前に立って、その顔を覗きこむ。

「そのとき、エッチしたの」

うえっ。夏焼くんは、間抜けな表情をした。
桃子ちゃんは真剣だった。その言葉も、事実らしかった。

「ええええ、エッチ?」

アルファベットのH。水素のH。3サイズの、ヒップのH。
色んなエッチが、夏焼くんの脳みそを駆け巡る。
しかし、一番大きなエッチは、もちろんアレ。
つい、ヌードの桃子ちゃんを想像してしまって、勝手にあたふたする。

「ど、どうだったの?」

桃子ちゃんも、夏焼くんももう高校生だ。
そういうことにとても興味があるお年頃で、
実際、周りの友人たちはどんどん先へ進んでいる。
親友の徳永くんや、須藤くんですら、その経験があるらしい。
キスするだけで大仕事の夏焼くんは、置いてけぼりの存在なのだ。

まさか、桃子ちゃんまで、ヤッちゃったのか。
信じられないような気分で、夏焼くんは彼女を見つめる。

「痛かった」

簡潔にまとめられた彼女の一言に、夏焼くんは驚く。
最初に出てくる感想がそれなのか。ちょっとショックを受ける。

もし、万が一、梨沙子ちゃんとそういう関係になったとき、
彼女もそんな感想を抱くのだろうか。
果たしてこんな小さなモノで、彼女は痛がってくれるのだろうか。
彼女の入り口の大きさもわからない夏焼くんは、不安になってくる。

「どんくらい痛かったの?」
「泣きそうなくらい痛かった」

どうやら、桃子ちゃんのカレシは強行突破したようだ。
自分には絶対できないだろうな。なんとなく、夏焼くんはそう思う。
いや、それ以前に、そんな状況にはならないかもしれない。
自分のモノに自信がなさすぎて、消極的になっている。

100 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:55
「男って、みんなそうなのかなぁ」
「え?」
「みーやんも、頭の中でエッチなことばっかり考えてる?」

ぶはっ。今度は思いっきり噴き出す夏焼くん。
でも桃子ちゃんは真顔だったので、咳払いひとつで誤魔化す。

「まあ、考えてない、って言ったらウソになるかも」
「そうなんだ。みーやんもエッチなんだね」
「いや、男はみんなそうなんだって」
「なに焦ってるの?」
「焦ってないし!」
「おっかしい」
くしゃっと彼女が笑った。
あははは。夏焼くんは後頭部をかきながら苦笑いで応える。
でも、彼女の笑顔を見れて、少しだけ安心する。

「みーやんは、まだなんだよね」
「まあ」
「相手いるのに」
「そうだけど、別に、急ぐことじゃないからさ」
「オトナじゃん」
「そんなことないけど」

桃子ちゃんは笑みを引っ込めて、また真顔になった。
夏焼くんから視線を逸らして、俯いてしまう。

「ツグさん?」
「あたしも、別に、急いでるわけじゃないんだけど。でも、ヤッちゃった。
さっきも電話で、明日家に来ないかって誘われた」
「明日」
「うん」
「行くの?」
「うん。行くって言っちゃった」

大好きな人とそういう行為をすることは、幸せなことなんじゃないか。
まだまだガキの夏焼くんは、今までも、今もそう考えていた。
それなのに、桃子ちゃんは全然幸せそうじゃない、むしろ辛そうだ。

「みーやんも、カノジョともっと仲良くなりたいなら、早くヤッちゃいなよ」
「え」
「それとも、試しにあたしで練習してみる?」

桃子ちゃんは、色っぽく微笑んだ。
ぐはっ。叩かれたことがないところにパンチを受けた気分になって、
夏焼くんは情けない顔をした。

「ツグさんもカレシがいるんだからさ、そそ、そーいうことは簡単に
言わないほうがいいんじゃないかな」
「なに本気になってんの?ホント、可愛いんだから」
彼女からぺしっと二の腕を叩かれて、夏焼くんはその場所を擦る。
ちょっと、その気になってしまったことを後悔する。

彼女は友達。あらためて確認するまでもない。
だけど、自惚れかもしれないけれど、今の彼女の視線には
こっちが勘違いしそうになる何かが含まれている気がした。

その何かを深く考えると、きっとこの関係は壊れてしまう。
夏焼くんは、直感でそう思って、とりあえずあははと笑う。
彼女の中にあるかもしれないその何かを、軽く吹き飛ばす。
それがどれだけ重くて硬いものなのか、想像すらしていなかった。

101 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:55


*****



102 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:56

梨沙子ちゃんの文化祭まで、あと1週間。
日曜日で部活が休みの夏焼くんは、彼女の練習に付き合っていた。

「泣かないで、シンデレラ」

いつも遊んでいる公園も、今日は舞台だ。
梨沙子ちゃんは魔法使いの魔女になりきって、夏焼くんに言う。
夏焼くんはシンデレラ。お母さまと姉2人に意地悪されて、泣いている。

「わたしは、服もありませんし、靴もありません。舞踏会には行けません」

ちゃんとやらなきゃ怒られるので、ちゃんとする。
台本を片手に、しくしくと泣く演技。

シンデレラはかわいそうな女の子だ。
でも、夏焼くんは男の子。健康そのもので、悩みなんてまるでない。
いや全くないわけじゃないが、泣きたくなるほどじゃない。

さて。この練習の後、どうやってイチャイチャまで持っていくか。
せっかくゆっくり会えたのに、シンデレラごっこだけなんて、あんまりだ。
徳永くんも須藤くんも、桃子ちゃんでさえ、オトナの階段をのぼっている
というのに、このままじゃ本当に置いて行かれてしまう。

梨沙子ちゃんが、えいっとステッキを振る。
彼女の魔法はシンデレラを丸ごと包み、美しいお姫様に変えてしまう。
夏焼くんは、棒読みだけどがんばって彼女の相手をする。

「かならず、12時までに帰ってまいります」

同じ場面を何度か繰り返すと、彼女はすっかり魔法使いだった。
夏焼くんは、夏焼くんのままだったけれど。


「あーあ。本番まであと1週間か」

何回も練習して、ちょっとお疲れの様子の梨沙子ちゃんが呟いた。
近くのベンチにぺたっと座って、ステッキも置く。

夏焼くんは、彼女の隣に腰を下ろす。
微笑む彼女。脚をぷらぷらさせて、空を見上げる。
「今日も良い天気だね」
「そうだね」
彼女の横顔を見つめて、やさしく微笑む夏焼くん。
今から、イチャイチャモードに切り替えます。心の中で勝手に宣言する。
スイッチONで、彼女を真面目な顔で見る。

103 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:56

その熱い視線に気づいたのかわからないけれど、
梨沙子ちゃんが、夏焼くんのほうを見た。

「ねぇ」
「なに?」
「シンデレラに出てくる魔法使いのおばあさんって、
シンデレラが王子さまと幸せになった姿を見て、どう思ったのかなぁ」
「え?」
「かわいそうだったシンデレラが幸せになって、うれしかったのか、
それとも、自分も、素敵な相手と幸せになりたいって、嫉妬したのか。
みやはどっちだと思う?」
「うれしかったでしょ。たぶん」
「でも、自分で自分に魔法かけられるのに。自分が綺麗なお姫様に
なって舞踏会に行けば、王子さまと結婚できたかもしれないのに」
「シンデレラって、そういう話なんだからしょうがないんじゃん」
夏焼くんは苦笑する。

「魔女ってね、寂しいんだよ」

澄んだ声で、梨沙子ちゃんが言った。
夏焼くんは彼女の動く口元を見つめる。

「誰かのハートは奪えても、絶対に奪われちゃいけない。
誰にも恋しちゃいけないの。ハート奪われたら、死んじゃうの」

おいおい、それは漫画の読みすぎなんじゃないか。
と思うけれど、夏焼くんは黙ったまま、彼女の話を聞く。

「シンデレラに魔法をかけた魔法使いも、たぶん、わかってるんだよ。
自分は、絶対に王子さまとは幸せになれないんだって。王子さまと幸せに
なったシンデレラのことを、本当はうらやましいなって思ってる」
でも、と彼女は続ける。
「魔法使いはシンデレラを幸せにすることができた。シンデレラだけじゃなくて、
もっとたくさんの人を幸せにすることもできる。それが、魔法使いの幸せなん
じゃないかなって、梨沙子は思うの」
「素敵な王子さまと結ばれなくても?」
「そう。やっぱり、幸せに思うことってそれぞれ違うじゃん。
みやと梨沙子だって、違うと思うよ」

梨沙子ちゃんはそう言いきった。あなたと私は、違う人間なんだと。
それをとても悲しいことだと思う夏焼くんは、彼女に恋しすぎている。
相思相愛がいい。いつでも一緒がいいし、何でも同じがいい。

どんなことがあったって、離れたくない。
彼女の気持ちが遠くに消えてしまうなんてこと、考えられない。
ありえない。ずっと離さない。ひとつになりたい。本当に、ひとつに。

桃子ちゃんのエッチ発言を聞いたあの日から、夏焼くんの脳みその中は、
梨沙子ちゃんとのチョメチョメでいっぱいだった。
あんなことやこんなこと、はたまたそんなことまで、ベッドの上で。
文化祭とか練習とかどうでもいい。梨沙子ちゃんとエッチなことがしたい。
でも、そんなの言い出せない。超が付くほどの、ヘタレだから。

ハートはもう、完全に奪われている。
2つも年下の女子中学生に、夏焼くんは無我夢中なのだ。

「おれは、梨沙子と一緒に居ることが幸せだと思ってる。
梨沙子の幸せなことって、何なのかな」

怒ってはないけれど、少し低い声で言ってしまう。
夏焼くんは、いま自分はどんな顔をしているのかと考える。
彼女の反応からなんとなく想像できる。ひっどい顔、してそうだ。

沈黙して、俯く夏焼くん。
梨沙子ちゃんは、そんなカレシの肩にこてっと頭をのせる。

104 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:57

「梨沙子の幸せは、みやの幸せだよ」

耳元で囁かれる。答えを聞くのが少し怖かったけれど、やっぱり、
心配なんて無用だった。するだけ無駄なのだ。本当に、心配なんて。
甘い声で彼女は言う。

「みやがうれしいときは梨沙子もうれしいし、みやが泣きたいときは、
梨沙子の胸で思いっきり泣いて欲しい。みやがまた怪我したら
一生懸命看病する。早く良くなるように、毎日神さまにお祈りするから」

彼女の気持ちは、夏焼くんに向かって突き刺さってくる。
それは、とても鋭くて、とても硬い。さらに熱くて、まっすぐだ。

「梨沙子は魔女じゃないよ。人間だよ。だから、シンデレラみたいに、
王子さまと幸せになれるんだよ」

彼女の甘さで、情熱で、全身がとろけてしまいそうだ。
夏焼くんは、彼女の肩に腕をまわして、髪を撫でる。
とけるときだって、一緒だ。ぐっと肩を抱き寄せて、密着する。

「でも、おれ、王子さまなんて似合わないよ」
「似合うよ。みやなら、なーんでも似合うもん」
「またそんな」
声に出して笑う夏焼くん。彼女の身体も、同時に揺れる。

「梨沙子はお姫さま、似合うね」
「ホント?」
「うん。絶対、似合う」
「じゃあ、梨沙子たち、お似合いだね」

そうだね。と言うのはなんだか照れくさくて、夏焼くんはただ笑う。
梨沙子ちゃんも、ずっと笑っている。夏焼くんにもたれて、ずっと。

「こないだ、ツグさんにこれ見せたよ」

ズボンのポケットから携帯電話を出して、待ち受け画面を見せる夏焼くん。
そこには、変な顔をしている、ふざけたカップルがいる。

「ふーん」
「うわ。興味なさげ」
「だって興味ないもーん。他の人なんて。みやにしか興味ない」
「それは言いすぎだろ」
「全然。みやはツグさんツグさん言ってるけど、梨沙子は違うもん」
「嘘つけ。岡井岡井言ってるじゃん」
「千聖はただの友達だもん」
「ツグさんだってただの友達だけど。ていうか、下の名前」

「あ」ハッとして、彼女は口元に手をあてた。
こんにゃろ。ちょっとムカッときた夏焼くんは、彼女のわき腹をくすぐる。

「なんであいつのこと名前で呼んでるんだよっ!」
「あはっ。やめてやめて。くすぐったい!」

さっきの良い雰囲気はいったい何だったのか。
夢か幻か。それとも水か森か草か黒かほいくかって飼育!

105 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:57
ゲラゲラ笑っている梨沙子ちゃんが、耐え切れずベンチに倒れこむ。
夏焼くんは、しつこく彼女のわき腹をくすぐる。彼女がキレるまで、意地悪する。
でも、こうやって上になって、彼女が身体をくねらせているところを
冷静になって眺めてみれば、何だか変な気分になってくる。

ピタッと、くすぐり攻撃を止める夏焼くん。
真顔になって、梨沙子ちゃんをまじまじと見つめる。

「みや?」

首を少しだけ傾けて、彼女が不思議そうに言う。
あわわわっ。夏焼くんは我に返って、慌てて身体を起こす。

「ごご、ごめん。ちょっとやりすぎた」

梨沙子ちゃんも、ゆっくり起き上がる。
いかん。見れない。見たら、座っているのに立ってしまう。
ていうか、すでに結構キテる。いかんいかん!夏焼くんは首を振る。
膝の上に拳をのせて、ぎゅっと強く握りしめる。

オトナの階段をのぼるのはまだ早い。
まだまだ、早すぎるのだ。夏焼くんは、自分にそう言い聞かせた。



106 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:58


つづく



107 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/03(土) 01:58


从・ゥ・从<ガーッとのぼればいいじゃないか!
ル ’ー’リ<そうだそうだそうだ!まったく!そのとおり!


108 名前:重ピンピン 投稿日:2008/05/03(土) 02:29

更新待ってました♪

う〜んツグさん、難しいですなぁ〜・・・
何事にもうまくいくことうまくいかないことあるからなぁ〜


これからのツグさんの動きに要チェックですな
それと熊さんの動きも色々と楽しみにしてま〜す


あとはやっぱり重ピンクを忘れる事ができないっす
はたして彼女を越える逸材はいるのかな?

などなど自己妄想にしながら次回も楽しみにしてまぁ〜〜〜〜す


109 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/06(火) 09:03
純情なのに濃いぜ。
(0´∀`)波乱大好き♪
110 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/05/12(月) 23:34
>>108 重ビン
いつもいつも本当にありがとう
あなたのコメントがとても励みになってます

从*・ 。.・)<さゆみを越える逸材なんているわけがないの!
(0´∀`) <そうだそうだそうだ!まったく!そのとおり!

>>109さん
これからも順調に濃くなっていきます
今回は、波乱だらけです
111 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:35



112 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:36


*****



113 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:36

「漫才するの?熊井ちょー」

桃子ちゃんはそう言って、隣の熊井ちょーを見上げた。
今はバイトの帰り道。2人で並んで歩いてる。

「うん。ナッキーとコンビ組んで」
「えー、できるの?熊井ちょー」
「失礼だなあ。漫才くらい、ぼくだってできるよ」

もうすぐ縁九中学校の文化祭がある。
生徒会長である熊井ちょーは、副会長の女子と漫才をするらしい。
いったい、このクソ真面目くんがどんなボケをかますのか。
桃子ちゃんは興味津々だったが、

「え、熊井ちょーは、ボケじゃないの?」
「なんでぼくがボケなの。どう見てもツッコミじゃん」
すごいムッとした顔で返されて、舌を出す桃子ちゃん。
「ひどいなー。ももちは」
「ちょっとしたアメリカンジョークじゃん」
「アメリカンって、日本人なのに」
なんて面白みのかけらもない会話だ。それがちょっと面白い。

「もー熊井ちょー。そんなアタマ固いとモテないよー」

桃子ちゃんは、笑いながら言う。
すると熊井ちょーは、真顔で「そうだよね」と呟いた。

「ぼくなんかと居ても、つまらないだけだしね」
「あっ、いやっ。でも熊井ちょーかっこいいし、モデルみたいじゃん?」
「ありがと」
いやいや。首を振って応える桃子ちゃん。
熊井ちょーは、やけにセンチメンタルな表情で遠くを見つめた。

「でも、別にモテなくてもいいんだ」

この子の顔を見ようと思ったら、首が痛くなってしまう。
それでも桃子ちゃんは、がんばって熊井ちょーを見上げる。

「好きな人から好かれてたら、それで十分」

素直な言葉に、ドキッとする。
その気持ちがわかりすぎて、顔が熱くなってくる。

「やっぱり、両想いがいいよね。片想いよりも」
「うん」

それからなぜか、2人は無言だった。


ブーブー

沈黙の中、携帯電話のバイブ音が聞こえてきた。
桃子ちゃんはポケットに手を当てる。
鳴り止まない。電話だ。それを取り出して、確認する。

「カレシ?」
「うん。ちょっと出ていい?」

通話ボタンを押す。すぐに、矢島くんのやさしい声。

114 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:37

「さっきバイト終わったとこ。今、帰ってる」

熊井ちょーは、カレシと笑顔で電話する彼女の横顔を眺めている。
本当はそのカレシじゃなくて、違う人が好きなくせに。
あきらめようとしても、あきらめられないくらい好きなくせに。

「明日?明日は15時から。うん。大丈夫だよ」

バイトの話だろうか。
熊井ちょーのシフトも、明日は15時からだった。
明日はお店忙しいかなあ。
なんて考えていると、桃子ちゃんが電話を切っていた。

「ごめんね」
「明日の話?」
「うん。バイトの時間まで遊ぼうって」
「ラブラブだね」
「まぁ、ぼちぼちね」
微妙な表情の彼女。この話題にはあまり触れられたくなさそうだった。
熊井ちょーが次に何を話そうか考えていたら、彼女は言った。

「最近、桃たちエッチしかしてないんだよね」

いきなりの爆弾発言に、固まる熊井ちょー。

「流されっぱなしだよ。桃」

彼女は背も小さくて、2つ年上といえども幼い感じがしていたけれど、
今はなんだかとてもオトナに思えた。

「桃はいま、この人と付き合ってるんだ、って思い込んでてもさ、
やっぱりふと思ったりするんだ。自分の、ホントの気持ちから
逃げてていいのかなぁって。将来後悔しないのかなぁって」
「後悔は、すると思うよ。でも、”それなら告白すればいい”とか、
ぼくは言えない。告白して気持ちを伝えるのが本当に正しいのか、
ぼくもわからないから」

それは、桃子ちゃんのことでもあり、自分自身のことでもあった。
熊井ちょーは彼女をチラリと見て、続ける。

「ももちは、間違ってないよ」
間違ってない。根拠も何もないくせに、そう言い切ってしまう。

「ううん。桃はサイテーだよ。サイテーなこと、してるもん」
「そんなことないよ」
「熊井ちょーも思ってるでしょ?サイテーだって」
「思ってないよ!」
つい大きな声になってしまって、自分で驚く熊井ちょー。
「思ってない」抑え目に、もう一度言う。

桃子ちゃんは困った顔で微笑む。
「わかってるの。自分でも何やってんだろ、って思う。
別の人と付き合えば、全部忘れられると思ってたけど、
ぜーんぜん。忘れるどころか、もっと好きになっちゃってる」
熊井ちょーはずっと彼女の横顔を見つめている。

「なんでみーやんなんだろ」

そう呟いて、彼女は夜空を仰ぐ。

「なんでこんなにみーやんが好きなんだろ。桃」

熊井ちょーも夜空を見上げた。
雲がかかって、すっきりしないこの空は、
まるで彼女の複雑な心境を表しているようだった。

115 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:37


*****



116 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:38

これもひとつのスポーツなのかもしれない。
桃子ちゃんは、滝のように流れる矢島くんの汗を見てそう思った。
顔も火照って真っ赤だし、呼吸もハアハア荒い。
始める前と顔色ひとつ変わらない彼女は、この関係の温度差を感じていた。

「桃ちゃん、ごめんね」

1回出した後、カレシは申し訳なさそうに言った。

「なんで謝るの?」
「だって、なんか、ずっと苦しそうだったから」

首を横に振って、桃子ちゃんは矢島くんに抱きつく。
肌と肌がぴったり密着して、それは、気持ち良かった。

「苦しくないよ」
「そう?ホントに?」
「うん。ホントに」
「よかった」ホッとしたように矢島くんがギュッと抱きしめてくる。

「好きだよ。桃ちゃん」
「うん」
「桃ちゃんは?」
「あたしも、好きだよ」

(1番じゃないけどねー、ってか)

?!
いやらしい声で悪魔が囁いてくる。

(まったく都合の良い女。寒気がするぜ)
(やめなさいよ。そんな風に言ったらかわいそうでしょ)

やさしい天使がまたフォローしてくれる。

(桃子ちゃんは勇気を出して新しい一歩を踏み出したんだから)
(まだあのバスケ野郎のことが好きなくせによく言うよ)
(それはそうだけど、ずっと同じ場所に立ち止まっててもしょうがないでしょ)

「桃ちゃん?」
「あ、うん」
「疲れたよね」
「ううん。疲れてないよ」

そう答えると、矢島くんが腕を離した。至近距離で見つめられる。
徐々に、その眼差しが鋭くなってくる。
彼は、ギラギラとした欲望を、まったく隠そうともしなかった。

矢島くんからまた抱きしめられる。
そして、耳元で「もう1回、いいかな」と囁かれる。

彼女は黙って矢島くんの背中に腕をまわす。
それがOKの合図。抱き合ったまま、激しいキスが始まる。
終わりが見えない長いキス。とろけそうだが、甘くはない。

おっぱいを強く揉まれる。少し痛い。
力の加減を知らないカレシは、何もかも勢い任せだ。
乳首をつまむのも、チュパチュパ吸うのも、すべて本能のまま。
桃子ちゃんの白い肌は、そのせいでかなり赤くなっていた。

何回出しても元気な矢島くん。
そりゃ、いつもあれだけ走ってたら、スタミナあるわ。
桃子ちゃんは、一旦背中を向けたカレシの、ガッチリした
身体をボーっと眺める。なんてたくましい人なのだろう。
あらゆる意味で、たくましい。

117 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:38

準備万端で振り返った矢島くんは、すばやく彼女の股を裂く。
秘密の場所は、まあ、それなりに潤っている。
少し弄れば、それなりに彼女も気持ち良くなるかもしれない。
でも、矢島くんはもう何が何でも待ちきれないようで、
先っちょを適当にあてがうと、ガッと一気に挿入してしまった。

「ああ」

矢島くんが、快感に顔を歪めている。
そんなにイイのだろうか。何度もしたくなるくらい、イイのだろうか。
わからない桃子ちゃんは、ただ寝ているだけ。
ガンガン激しく突いてくる矢島くんを見つめながら、終わりを待つ。

坂を駆け上がるように、このまま頂点まで上り詰めると思っていた。
しかしなぜか彼は動きを止めて、桃子ちゃんに顔を近づけた。

「ねぇ、桃ちゃん」
「ん?」
「どうしたらいい?」
「え?」
「どうしたら、桃ちゃんも気持ち良くなる?」

いきなり尋ねられて、答えに困る桃子ちゃん。
この行為が気持ち良くなるなんてこと、ありえるのだろうか。
ちょっと、無理なんじゃないかな。思うけど、ストレートに口には出せない。

「あたしのことは、気にしなくていいよ」
「よくないよ。全然、よくない」
そう言われて、やさしく髪を撫でられて、さらに困る桃子ちゃん。
矢島くんのまっすぐな眼差しが、とても痛くて、本当に困る。

何回「いい」って言っても、その分「よくない」と返される。
今、エッチの真っ最中だって、忘れてるんじゃないかってくらい、
矢島くんは同じ言葉を繰り返していた。

(そんなことどうでもいいじゃん、ってか)

悪魔の声が聞こえる。

(さっきまで勝手にヤッてたんだから、これからも勝手にしろよ。
勝手にイッて、勝手に復活して、勝手に再開してろよ、ってか)

どうしても譲らない矢島くんに、少しいら立った桃子ちゃんは、
無理やり身体を起こしてジッとにらむ。
それから、彼を押し倒して、その上にまたがった。

「桃ちゃん?」

桃子ちゃんは、矢島くんのソレを自分の中にねじ込んで、
試すようにゆっくりと腰を動かし始める。
まさかの騎乗位。天使と悪魔も口あんぐり。

矢島くんも一緒になって股間をぶつけてくる。
信じられないくらいエッチな音が、2人の間から聞こえている。

どうにかすれば、どうにかなるかもしれない。
桃子ちゃんは願うように、矢島くんの上で激しく揺れ続けた。

118 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:39


*****



119 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:39

平成19年度・縁九中学校文化祭。
次のプログラムは、2年3組による劇「シンデレラ」だった。

生徒会長・熊井ちょーはパイプ椅子に座って、腕を組み、
幕が上がったステージを見つめている。
拍手に包まれる体育館。これより劇のはじまりはじまり。

主役のシンデレラは、学級委員の鈴木さん。
実家はチョーお金持ちの、お嬢様である。
しかし、彼女はシンデレラだから、ぼろぼろの洋服を着ていた。
髪型もそれっぽく、ぼさぼさ髪で、意外と似合っていた。

舞踏会の日、意地悪な母親と姉2人は、シンデレラに綺麗なドレスを
見せびらかすだけ見せびらかせて、出かけてゆく。
「私も舞踏会に行きたい」と悲しむシンデレラ。そこへ現れるのが、魔法使い。

菅谷梨沙子が登場すると、熊井ちょーの顔つきが少し変わる。
ステッキを持ち、マントをつけて、トンガリ帽子を被った菅谷梨沙子。
あの夏焼先輩と付き合っている、菅谷梨沙子。

「泣かないで、シンデレラ」

彼女はとても生き生きとした表情で魔法使いを演じている。
しょぼくれたシンデレラを元気付け、魔法をかけてお姫さまに変身させてみせる。
カボチャも立派な馬車になる。ステージが一気に華やかになる。

ウワサにはよく聞くが、彼女とはまだ一度も話したことはない。
この前、桃子ちゃんを家まで送ったときに、公園でちらっと見かけたくらいだ。
向こうはこっちに気づいていたのか。気づいてなかった気がする。
全然、目も合わなかったし。夏焼先輩だけしか、見ていなかったし。

菅谷梨沙子は正直可愛い。男子にすごい人気があるのもわかる。
でも、あの子のことはもう、夏焼先輩が独り占めしている。
全部妄想だけど、あんなことやこんなこと、しちゃっているのかもしれない。

夏焼先輩だって同じだ。菅谷梨沙子から独り占めされている。
だから、いつまでもそんな男を追いかけたって、意味がない。
いい加減あきらめて欲しい。試合終了の笛はとっくの昔に鳴っているのだ。

それでも桃子ちゃんは、延長戦までしぶとく粘っている。
(熊井ちょーと同じくらい)しぶとく、夏焼先輩のことを想っている。

とりあえず、自分のことは棚に上げる。
熊井ちょーは、それも間違っていないと思っていた。

劇はお決まりの展開を繰り広げ、シンデレラと王子さまのハッピーエンドで、
無事に幕が下ろされる。

ずっと、あの魔法使いのことを考えていたから、あっという間に終わってしまった。
隣の生徒会副会長が拍手し始めたので、熊井ちょーも慌てて手を叩く。

最前列から、菅谷梨沙子を見つめる。
彼女はとても満足そうな表情で、観客に深く頭を下げた。

不意に視線が合う。熊井ちょーはドキッとするが、彼女をロックオンする。
彼女が不思議そうな顔でこちらを見ている。少しの間、2人はなぜか見つめ合う。

熊井ちょーは、嵐を呼ぶ男。
晴れ渡っている彼女の空を、真っ暗にする。


120 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:40

「無事に終わってよかったね」
「そうだね」

梨沙子ちゃんは愛理ちゃんと肩を並べて学校の階段を降りていた。
他の生徒たちも、友達同士でおしゃべりしながら下駄箱へ向かっている。

「夏焼先輩と、どこで待ち合わせしてるの?」
「枝流田(えるだ)公園の噴水広場」
「あ。生徒会長」
「え?」

第一発見者は、愛理ちゃんだった。
なぜか2年3組の下駄箱の前に、天井に背が届きそうなくらいでっかい人がいた。
ひとつ年上の生徒会長・熊井先輩だった。

「菅谷さん、だよね」

なにこれなにこれ!愛理ちゃんは、ひとり興奮する。
もしかしてもしかして波乱の予感?!
妄想は一人歩きするどころか、絶好調で突っ走る。

「そうですけど」

真面目な顔の生徒会長を見て、愛理ちゃんは豆電球をピコーンと点ける。
やっぱりそうだ。そうなんだ。
頭が良いだけに、脳みその回転も速い愛理ちゃん。絶好調で先走る。

「あたし、急いでるから先帰るね」

ちょっと愛理。助けを求めるような梨沙子ちゃんの声が聞こえる。
アーアー聞こえない聞こえないー。生徒会長に対してニコッと笑って、
愛理ちゃんは手を振りながら後ずさりをする。そして、走り出す。
なんて空気の読めるオンナなんだと、自画自賛しながら。


「あの、何か用ですか?」

下駄箱の前に残された2人。梨沙子ちゃんは、勇気を出して尋ねてみる。
熊井くんが、照れくさそうに微笑みながら、後頭部をかく。

「今日の劇良かったよって一言、言いたくて」
「私に?」
主役がさっきまでここにいたのに、どうして脇役の自分に。
梨沙子ちゃんは戸惑いながら熊井くんを見上げる。
「うん」はっきりと言って、うなずく熊井くん。

どうしよう。思っていることが、あからさまに顔に出ている梨沙子ちゃん。
私には、私にはカレシがいるんだから。冷静に。落ち着いて。

「それは、ありがとうございます」

丁寧に頭を下げる。どんな態度をとればいいか、微妙にわからない。
相手は人気の生徒会長。嫌われるようなことはしたくない。
かといって、気に入られるようなことも、したくない。
でも、すでに気に入られてそうなカンジなんだけど。梨沙子ちゃんは困る。
私にはカレシがいるんだから。呪文のように何度も唱える。

だいたい、思わせぶりなのはこの生徒会長のほうだ。
さっきはなぜか目が合うし、今はすごい、ハニカんでるし。
期待なんかしないけど、してしまいそうな状況じゃないか。

梨沙子ちゃんがひとりでテンパっていると、熊井くんは急に真顔になった。
そして、落ち着いた声で言う。

「もう1個、大事な話があるんだ」

121 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:40


場所を移して、生徒会室。
といっても普通の教室とさほど変わりはない。
机や椅子がたくさん並んでいる。

梨沙子ちゃんに背を向けて、窓際に立っている熊井くん。
ここに来てから、ずっと無言だった。
呼び出しておいて何なのだろう。彼女は首をかしげる。

でも、大事な話っていったら、思いつくのは1つしかない。
どうしよう。断るしかないよね。どう考えても。

あの公園で夏焼くんが待っている。
心配かけたくないから、早く行きたい梨沙子ちゃん。

「あの、生徒会長」

そう切り出して、熊井くんに近づく。

「別れて欲しいんだ」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。
間抜けな顔で、梨沙子ちゃんは熊井くんの背中を見つめる。

「夏焼先輩と、別れて欲しい」
「なんで、ですか」

熊井くんが振り返る。
強い眼差しで見つめられて、梨沙子ちゃんは固まる。

「菅谷さんのこと、好きだから」

突然のことに、目を丸くする梨沙子ちゃん。
ちょっとバカだから、言ってる意味がわからない。

「好きだから、別れて欲しい」

もう帰りたい。でも、怖くて思うように身動きがとれない。
熊のように大きな熊井くんに迫られると、
このまま襲われるんじゃないかと不安になって、
梨沙子ちゃんは泣きそうになる。

ピロリンピロリン

ポケットの中の携帯電話が鳴った。カレシからのメールだ。
あの人は待ってる。思い出の噴水広場で、ずっと待ってるのだ。
行かなきゃ。こんなことしてる暇はない。

「ごめんなさい」
「こっちこそ、いきなり、ごめん」
「私、別れるなんてできません」

ごめんなさい。もう一度頭を下げて、梨沙子ちゃんは謝る。
そして、生徒会室の出入り口に向かって歩き出す。

「菅谷さん!」

熊井くんから、呼び止められる。
しかし彼女は振り返らない。

「ぼくは、絶対にあきらめないから」

122 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:41


夕日がさす、2年3組の教室。
梨沙子ちゃんは自分の席に座って、ボーッとしていた。

「あれ、梨沙子?」

そこへ現れたのは、彼女の王子さま。
ではなく、ちんちくりんな馬車のウマ。クラスメイトの岡井くんだった。
今まで遊んでいたのか、サッカーボール片手に教室の中へ入ってくる。

岡井くんは、彼女の姿を見つけた瞬間は笑顔だったが、
なんとなく重たい空気を感じて、すぐに笑みを引っ込めた。

「帰らないの?」

いつもならワーワー言い合う仲なのだが、梨沙子ちゃんは
答える気になれないようで、ずっと俯いていた。

岡井くんが彼女の前の席にドカッと腰を下ろす。

「もしかして、夏焼先輩とケンカでもしちゃった系?」

とんでもない!ブンブン首を横に振る梨沙子ちゃん。
小さな声で、岡井くんに言う。

「さっきね、コクられたの」
「えっ」
「みやと、夏焼先輩と別れて欲しいって言われた」

微妙な表情で、岡井くんは窓の外を見た。
盛り上がった文化祭も終わって、静かになった学校。
教室にはオレンジ色の夕日がさしている。
この心の中と同じくらい、とてもセンチメンタルだ。

「なんて返事したの」
「ごめんなさい。別れられませんって」
「そっか」
ちょっと安心したように微笑む岡井くん。

「でも、絶対にあきらめないから、って言われた」

あーどうしよう。頭を抱えて、梨沙子ちゃんが机に突っ伏した。

「もー、あきらめてよぉ」

彼女は、手も足もバタバタさせる。相当困っている様子だった。
岡井くんは眉毛を下げて、おもむろにボールを足元にやる。
コロコロさせながら、何て声をかけようか考える。

「あっ」

梨沙子ちゃんがいきなり起き上がった。
岡井くんはドキッとして彼女を見る。

「誰にも言わないでね」
「は?」
「あたしがコクられたこと、誰にもナイショね」
「夏焼先輩にも?」
彼女は渋い顔でうなずく。
「言わなくていいの?」
「心配するから。絶対。だから言えない」

ふたたび机に突っ伏す彼女。
「言えるわけないじゃん」情けない声で呟く。

言えるわけない、か。岡井くんは苦笑いして、彼女を見る。
お団子になったその頭を、ポンポン、とやさしく叩く。
彼女はすぐに反応して、両腕にあごをのせ、上目遣いで見つめてくる。

「なに」

内心ドキドキしてるのに、これ以上ないくらいときめいてるのに、
岡井くんはぶっきらぼうに言う。

「なんか、千聖に話したらちょっとスッキリした」
「そう。よかったね」
「うん」

ふわりとした彼女の微笑に、苦笑するしかない岡井くん。
彼女への切ない想いを、こっそり胸に秘めている。

言えるわけない。言えるわけないよな。
少年は、サッカーボールを足でコロコロ転がして、気を紛らしたのだった。

123 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:42


*****



124 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:42

その日の夜。近所のファミレス。
夏焼くんは、仲の良い先輩とご飯を食べに来ていた。
しかし、ジュースを飲んでいても、ハンバーグを食べていても、
チラチラと携帯電話を気にしてばかりだった。
夕方、待ち合わせしてたのに、ドタキャンしたカノジョのことが
心配でソワソワしているのだ。

「なん、ケンカしたと?」

先輩の問いに夏焼くんは首をかしげる。

「してないと思うんですけどね」
「じゃあ何なん」
「わかんないです」

ブーブー

ケータイのバイブレーションに、ハッとする夏焼くん。
だけども、鳴ったのは先輩の物だった。
ため息ついて、ライスを一口食べる。

「まー、いつものことっちゃ、いつものことなんですけどね」

独り言のように呟きながら、正面の先輩を見る。
なんだか顔がニヤけている。あれれれ。

「田中さん。もしかしてカノジョできたんすか」

ぶはっ。ケータイ片手に噴き出す田中さん。
怪しいなあ。怪しいなあ。思わず夏焼くんもニヤニヤする。

「違う違う。友達友達」
それにしても妙に幸せそうだ。「男?女?」
試しに聞いてみたら、田中さんは答えてくれる。

「女やけど」
「カノジョじゃないすか」
「やけん友達っち言いよるやん」

またブーブー鳴り出す田中さんの携帯電話。
そしてまたうれしそうな田中さんの顔。
間違いねえな。夏焼くんは、ますますニヤける。

「雅やって、おるやろうが」
「なにがです?」
「女友達」
そのフレーズで最初にパッと思い浮かんだのは、
やっぱり桃子ちゃんの顔だった。

「はい。いますね」夏焼くんはうなずく。「とんでもないのがいます」
「あ、桃子ちゃんやろ」
「はい」
「そういえば、あの子カレシおるっちゃろ?」
「え。なんで知ってるんですか」
「ウワサで聞いたんよ。ハロ高やろ、ハロ高」
「みたいですね。ていうかそんなウワサあったんですか」
「あるある」
「大辞典」
「サムイっちゃおまえ」
「すんません」

まだ会ったこともない、桃子ちゃんのカレシ。
夏焼くんは、いったいどんな男なのだろう、と想像する。
あんな女と付き合えるのだから、かなりの変わり者?

いや、普通にモテる、良い男なのだろう。
背が高くてスタイルが良くてすっげーイケメン。
そんな風に陸上部の徳永くんから聞いたこともある。

「こないだ、斉藤がラブホの近くで見たっち言いよったんよ」

うえっ。純情少年・夏焼くんは、”ラブホ”という単語に
わかりやすいくらい敏感に反応する。田中さんが笑う。

「手ぇ繋いで、チョーラブラブやったって」
「へえ」
「アレ。顔赤いけどどうしたん」
ニヤニヤしている先輩から、からかわれる夏焼くん。
誤魔化すように、冷たいジュースを飲む。

ブーブー

また鳴り出す田中さんの携帯電話。
うれしそうにメールを開く先輩に、これからどう反撃しようか。
夏焼くんは険しい顔をしながら考えた。

今日はもう梨沙子ちゃんから連絡はないだろう。
でもなぜか、それでも大丈夫だという絶対的な安心感はあった。

心配はするだけ無駄なのだ。夏焼くんは、彼女のことを信じていた。


125 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:43


*****



126 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:44

「ホントに、生徒会長、そんなこと言ったの?」

愛理ちゃんは驚きながら梨沙子ちゃんを見た。
元気のない幼なじみは、膝を抱えて弱々しくうなずいている。
誰も居ない体育館の裏で、寄り添うように2人は座っている。

つい、昨日のことだ。
この学校の生徒会長・熊井先輩が、2人の前に突然現れた。
あの先輩の態度から、告白するだろうなとは思っていたけれど、
それだけじゃ終わらなかったなんて。
先に帰るんじゃなかった。彼女のフォローをすべきだった。
空気が読めるけど読めないときもある女、愛理ちゃんは困り顔になった。

しかし、彼女以上に梨沙子ちゃんのほうが困っている。
実はさっきも先輩と廊下ですれ違って、意味深な視線を送られたのだ。

『絶対にあきらめないから』

低い声で言われたあの言葉が、何度も頭をぐるぐる回っている。

さっさとあきらめて欲しいのに!
思い通りにいかないもどかしさが、イライラに変わる。
カレシには相談できない、という後ろめたさが、胸を痛める。

「りーちゃん」

愛理ちゃんは、梨沙子ちゃんの頭をそっと撫でた。
夏焼先輩と両想いになって、順風満帆だった彼女。
でも、それは今まで運よく何にも気づかなかっただけで、
周りにはゴロゴロ転がっていたのかもしれない。
熊井先輩や、岡井くんみたいに。

この石ころは予想外に大きかった。
梨沙子ちゃんはつまづいて、ちょっとこけてしまった。

彼女を支えてあげられるのは今は自分だけだ。
しっかりした表情で、愛理ちゃんは彼女を見る。

「もし、しつこく言われたりしたら、あたしに言ってね。
あたしが、ガツン、と言ってあげるから」

うん。梨沙子ちゃんは遠慮気味に小さくうなずいた。
彼女の頭をもう一度撫でて、愛理ちゃんは微笑んだ。

127 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:44


*****



128 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:45
10月に入り、やっと暑さも落ち着いてきた。
それでも熊井ちょーの言っていた”地球温暖化”の影響で、
以前よりは気温が高いらしい。
洋服は半そでにしようか長そでにしようか、迷ってしまう。
桃子ちゃんは、鏡の前で今日のコーデを考えていた。

祝日の本日は、センチュリーランドでダブルデート。
カレシの面子を保つためにも、可愛い格好で行きたいところだ。

「一日中晴れ、かぁ」

ちょうどTVで放送されていた天気予報を見て、呟く桃子ちゃん。
両手に持っていたそれぞれの洋服とにらめっこして、
「こっちかなぁ」右手のほうに決めた。


「ももー!」

桃子ちゃんが集合場所の夢が丘駅前に到着すると、
すでにカレシの矢島くんと、1組のカップルが待っていた。

「おはよ」
「おはよう。えりかちゃん」

桃子ちゃんの中学時代の同級生・えりかちゃん。
彼女はモデルのようなスタイルをしていて、桃子ちゃんと
同い年とは思えないくらい、オトナっぽい。

「桃ちゃん、おはよ」

さわやかな笑顔の矢島くんも、けっこう背が高い。
「おはよ」桃子ちゃんはカレシを見上げて微笑む。

そんな和やかなカップルを眺めながら、えりかちゃんも笑う。
彼女は実は、桃子ちゃんたちをくっ付けた、キューピッド。

「よっしゃ、切符買おう!」

えりかちゃんは恋人の腕を掴んで、走り出す。
子供っぽい彼女を見て、桃子ちゃんは矢島くんと一緒に笑う。

「行こっか」「うん」



センチュリーランドは、地元の遊園地。
ジェットコースターやメリーゴーランド、観覧車だってある、
この町でも有名なデートスポットだ。

さすがお休みの日だけあって、カップルだらけ。
キョロキョロしながら、桃子ちゃんは賑やかな園内を歩いている。
みんな楽しそうで幸せそう。大好きな人と過ごしているのだから、
それは当然のことなのだけれど。

「桃、あれ乗ろうよ!」

前を歩いていたえりかちゃんが指をさした方角を見る。
最近できた、新しいジェットコースターだ。
あんな見るからに怖そうなの乗れるわけない!
ここからでも絶叫が聞こえてきて、桃子ちゃんは顔をしかめる。

「無理。ゼッタイ無理」
「えー、行こうよー」
「無理無理無理無理」

断固として拒否をする。えりかちゃんが困っているけれど、
乗れないものは乗れないのだ。

「せっかく来たのに乗らないなんて損だよ!」
「じゃあ、えりたちだけで行ってきていいよ」

そこへ華麗に助け舟を出したのは、桃子ちゃんのカレシ。
ニコニコしながら、えりかちゃんたちを見ていた。

「ごめんね」

コーヒーカップに乗る列に並んで、桃子ちゃんは謝った。
矢島くんが「なんで謝るの」と笑う。

「2人になりたかったし、ちょうどいいかなって」

そう言って、桃子ちゃんの手をとる。
前に並んでいる人たちが進んだ分、2人も進む。
そのまま手を繋いで、順番がくるまで待った。

129 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:45


「桃たちって、付き合ってもうどれくらいだっけ」

園内のレストランでお昼ごはんを食べていたら、
向かいの席に座っていたえりかちゃんが尋ねてきた。
桃子ちゃんは矢島くんを見て、首をかしげる。

「ホワイトデーからだから、もう、7ヶ月?」
「そうだね」
「もう7ヶ月なんだね。早いねぇ」
おばあさんみたいな口調で、えりかちゃんが言う。

「あたし、正直あんまり続かないかもしれないな、って
思ってたんだよね」
「えー」
「いやホント。悪いけど。だからさ、今日2人を見てて安心したよ。
紹介して良かったなって思って、うれしかった」

その言葉どおり、うれしそうな顔をしているえりかちゃん。
桃子ちゃんは笑顔を作りながら、矢島くんのほうを窺う。
矢島くんもうれしそうにニコニコ笑っていた。
傍から見れば、自分たちは幸せそうなカップルに見えるのだろうか。
見えてたらいいな。桃子ちゃんは勝手にそう思った。

この世は全部、神様が操っている。
人間は流されるしかないものなのだ。
その流れに逆らうには、とてつもない勇気がいる。
そんな力、持っていない。

矢島くんはやさしくてやさしくて、気づけば甘えてしまっている。
ずるずると流され続けている。
このまま、この人のことを好きになれればどんなに幸せだろう。


あっという間に時間は過ぎて、日も傾き始めていた。

「最後は観覧車といきますか!」

1日中遊んだくせに、まだまだ元気なえりかちゃんが走ってゆく。
そんな彼女に呆れながらもついてゆく恋人。

桃子ちゃんはゆっくり歩いてる。
隣には矢島くん。近すぎず遠すぎずの距離だった。

観覧車はもちろん2人ずつ。
桃子ちゃんたちは、えりかちゃんたちの次に乗り込んだ。

「疲れた?」

狭い空間に2人きりになって、落ち着いた声で矢島くんは言う。
「うん、ちょっと」
桃子ちゃんも静かに答える。
すると、肩に腕をまわされて、抱き寄せられる。

「でも、たまにはいいよね、こういうのも」
「こういうの?」
「えりと、えりのカレシと4人で遊ぶの」
「そうだね」

全然よくない。今日1日だけで痛いほど思い知った。
あのカップルはお互い想い合っている、本物の恋人だ。
見た目だけならなんとなかるかもしれないが、あんな風には、
とてもなれない。なれるわけがないのだ。

楽しそうに笑う矢島くんを見るたび辛くなった。
やさしくされればされるほど、突き放したい衝動にかられた。
もう、やめたくなった。こんなウソだらけの関係。

だけど、桃子ちゃんは矢島くんの肩に頭をのせる。
矢島くんはとてもやさしく髪を撫でてくれる。

130 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:47
『また、シカトされてんだよね』

こないだ、夏焼くんが疲れた顔でそう言っていた。
メールの返事も遅いし、電話をかけてもあんまり出てくれない、って。

『何考えてんのか、全然わかんないや』

嫌われたんじゃない?と冗談を言う気にもなれなかった。
そんな、わけわかんない女なんて放っておけばいい。
そんな、疲れる女なんて、いい加減、愛想をつかせばいいだろう。
早く奪っちゃえよ。今が絶好のチャンスなんじゃないか。
悪魔がしつこく囁いていた。

新しい一歩を踏み出したのに、後ろを振り返ってばかり。
いっそのこと立ち止まって、考え直したほうがいいのかもね。
天使もとうとうギブアップしていた。本当に、どうしようもない。

「桃ちゃん?」
「へっ」
「なんか、静かだね」
「そんなことないよ」
「何もしゃべらないし」
「だって、特にしゃべることないじゃん」
「それもそうだね。なんか、こうしてるだけで、いい」
桃子ちゃんの肩をギュッと抱いて、矢島くんは言った。

「ホント、好きだなって思うよ。桃ちゃんのこと」

真面目な声で、告白される。
ただでさえ矢島くんは二枚目なんだから、
そんなこと言われてうれしくない女はいないだろう。

しかし、桃子ちゃんは複雑な表情で、黙っていた。
うれしくないわけじゃない。ただ、ただ―――。



帰りの電車の中。
遊園地ではしゃいでたのがウソのように、えりかちゃんは
カレシにもたれて眠りこけていた。
カレシも疲れていたのか、一緒になって眠っている。

桃子ちゃんは、そんな2人を見て少し笑う。
横に座っている矢島くんが、彼女の手を握る。

「ねぇ」
「ん?」
「次の駅で降りない?」
「次?」
「うん」
不思議そうな桃子ちゃんに、矢島くんは微笑む。

「あそこ、行こうよ」



ラブホテル『バリバリ教室』は、
臨海公園駅から降りて3分のところにあった。
矢島くんから手を引かれて、そこへやってきた桃子ちゃん。
これからすることを考えると、気が重くなってくる。

「うわ、なんだこの部屋!」

部屋に入るなり、矢島くんが笑い出した。
桃子ちゃんも後に続いて、その意味を理解する。

保健室だ。これはどこからどう見ても、保健室だ。
ベッドがあの、よくある白いパイプベッド。
他にも、よくある薬品棚に、よくある診察台。
よくある先生のデスクに、よくあるソファ。
壁には白衣が一着かけられてあって、その隣には体操服が。

「ブルマじゃん」
矢島くんがそれを手にとって言った。
「これ着たら、ちょっとヘンタイっぽいね」
桃子ちゃんは笑顔で言ってソファに腰かける。

「あぁ、疲れた」

うーん、と彼女は大きく身体を伸ばす。
矢島くんが、彼女の隣に座ってくる。

「そんなに、疲れた?」
「うん。もうトシだねぇ」
「肩、もんであげようか」
「ホントに?ありがとう」

桃子ちゃんは笑顔で背中を向ける。
矢島くんの両手が、彼女の肩に置かれる。

「あぁ、キモチイイ。上手だねぇ」
「そう?」
「あっ、次、あたしがするよ」

と言って彼女は振り返ろうとしたが、
矢島くんに後ろからガッと抱きしめられる。

131 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:47
「ぼくは大丈夫だから」

彼女の黒い髪に口づけて、矢島くんは言う。
唇はそのまま、首元まで下りてくる。
始まった。彼女は目を閉じて、流れに身を任せる。

もし、これが夏焼くんだったら、なんてとんでもない想像をする。
洋服の上から、おっぱいをなぞられる。モミモミされる。
顔が近づいてきて、キスをされる。ぎこちなく、舌を絡める。

夏焼くんに愛されている。そう考えるだけで、興奮してくる。
桃子ちゃんは夢中で口づける。矢島くんを夏焼くんだと
思い込んで、エッチなことをされてみる。

洋服をずらされて、ブラジャーのホックを外される。
直接、おっぱいを揉まれる。敏感な乳首を指で弾かれる。
いつもならくすぐったいだけの愛撫にも反応してしまう。
ずっとキスを続けながら、桃子ちゃんは身体をくねらせる。

スカートもめくられて、太ももをいやらしく撫でられる。
その手はだんだん股間に近づいてくる。
パンティの中に入ってきて、アソコを弄られる。
イイところを突かれて、どんどんエッチな気分になってくる。

気持ちひとつでこんなに変わるなんて、残酷だ。
桃子ちゃんはありえないくらい感じてしまっている。
どうしちゃったのだろう。頭がおかしくなりそうだ。
って、すでにおかしいか。

「気持ち良い?」

唇を離した矢島くんが囁いてくる。パッと目を開けて、
桃子ちゃんは我に返る。何やってんだろう。後悔する。
誤魔化すように体勢を変えて、正面からぎゅっと抱きつく。

「気持ち良い」

そう言うと、矢島くんが力強く抱きしめてくれる。
なんだか本当に申し訳なくて、桃子ちゃんは移動する。
床に膝をついて、矢島くんの脚の間に入り込む。
何も言わずにベルトを外して、ジッパーを下ろす。

「も、桃ちゃん」

動揺している様子の矢島くんの、ズボンと下着をずらす。
すっかり元気なモノが現れる。桃子ちゃんは迷わずそれを握る。
矢島くんに気持ち良くなってもらう。自分のことはどうでもいい。
ソレを手で擦ったり、キスをしたりする。
何かが飛び出してくる。矢島くんはハアハア言っている。

桃子ちゃんは立ち上がって、ベッドの側にあったティッシュペーパー
の箱をつかむ。顔にかかった変な液体をとりあえず拭う。

「ごめん」

矢島くんが謝ってくる。
首を横に振って、桃子ちゃんはまたひざまずく。
ティッシュでソレを綺麗にする。

「ゴム持ってきた?」
「あ、うん。鞄の中に」

矢島くんがそれを探している間に、桃子ちゃんは保健室っぽい
白いベッドの上に座る。全部脱いで裸になって、布団の中に入る。

132 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:48
疲れた。このまま眠ってしまいたい。
そうやってごろごろしていると、矢島くんがベッドにやってきた。
「これ」と言われて、大事な物を渡される。彼は洋服を脱いでいる。

目をつむって、もう1回、イメージしてみる。
今、ほっぺを撫でているのは夏焼くん。
その手に自分の手を添えて、桃子ちゃんは微笑む。

「好き」
無意識に、心の底から出てくる。
大きな手をギュッと握って、頬にすり寄せる。
「大好き」
その手を口元に持っていって、キスをする。

「ゴムつけるから」と言われて、手を離される。
そこでまた我に返って、目を開ける。
矢島くんが小さな袋を破っている。アレをソレにつけている。
準備は整った。矢島くんが覆いかぶさってくる。

矢島くんは、夏焼くんじゃない。
ちゃんとわかっているけれど、桃子ちゃんは目を閉じた。
なんだかいつもより、気持ちの良いエッチだった。



133 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:48

つづく



134 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/05/12(月) 23:49

从*` ロ´)<ヒサブリの登場ばい!
ノノl∂_∂'ル <よっ、田中さん!

135 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/13(火) 07:24
更新お疲れさまです!
生徒会ちょーが気になりますねえ…
136 名前:初代〜w 投稿日:2008/05/13(火) 17:58
ここにきて一気に複雑な人間関係に・・・
生徒会ちょー嵐起こしすぎだよwww
そして久々のれいな君ww相手が気になるよ〜www
137 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/15(木) 18:54
夏焼くん、もう桃子ちゃんと付き合ってくれよ
138 名前:重ピンピン 投稿日:2008/05/17(土) 04:32
更新お疲れ様っす

熊会ちょーついに動き始めましたね
これからも注目し続けますよ

それに天使と悪魔を兼ね備えたももちーにも注目ですな

あとはやっぱ、注目度No,1の重ピンは永遠のA○アイドルとして
頂点に君臨していててほしいっす

ではこれからも楽しみにしてま〜す

139 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/17(土) 09:39
りしゃみや
りしゃみや
140 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/17(土) 17:56
面白い!次回も楽しみにしてますw
梨沙子ちゃんと雅くん、なんか好きー 

141 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/18(日) 00:08
(0´〜`)<ochi
142 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/18(日) 11:51
(0´Д`)ももちにチャンスを。
143 名前:名無し飼育 投稿日:2008/05/18(日) 23:03
矢島くんカワイソス
144 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/19(月) 16:21
作者がりしゃこ好きでも。ももちに転機あれ。
145 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/19(月) 16:22
ノノl∂_∂'ル <あわわわわ
146 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/19(月) 16:44
>>131
空欄省いて8行目にキタ
147 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/21(水) 04:19
すっごいツッコミたいけどネタバレになりそうなので我慢します(´∀`)バリバリ
いま飼育で一番好きな作品だわー
作者さん、応援してます!
148 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/23(金) 01:51
みやもも応援してます
149 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/05/26(月) 17:58
何気にやじうめを期待している自分がいますw
150 名前:名無し飼育 投稿日:2008/05/30(金) 13:03
ちょっと見ぬ間にえらいこっちゃw
矢島くんガンバレー!!桃子以外にも可愛い子がわんさかいるから展開が楽しみ
151 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/01(日) 22:45
梨沙子〜岡井少年もいい男だぞ!
152 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/06/02(月) 22:22

>>135さん
ありがとうございます!
生徒会ちょー気になりますよね
私も気になります

>>136 初代さん
複雑すぎて私自身もこんがらがってます
田中くんについては次のお話できっとビックリ仰天することでしょう
とか自分でハードル上げてみたりして

>>137さん
州*‘ o‘リ<付き合いませんよーだ

>>138 重ビン
いつもありがとうございます
天使と悪魔を兼ね備えている登場人物は吉澤さん以来です
なのでけっこうももちーには力入れてます
もちろん重ピンにも力入れたいですけどね!
これからも温かく見守っててください

>>139さん
りしゃみやですか。みやりしゃじゃないんですね
まあ、どっちでもいっか
ていうかメール欄に「川*’ー’)<sageやよー」って入れて欲しかったです

>>140さん
ありがとうございます
面白い、と言われるのが素直にいちばんうれしいです
私も梨沙子ちゃんと夏焼くんがなんか好きー、です

>>141
これは私です

>>142さん
チャンスなんて与えなくてもすでにごろごろ転がっているものです

>>143さん
返す言葉が見当たりません
申し訳ないです

>>144さん
ええ、今回はまさにももちの転機ですね

>>145さん
州*‘ o‘リ<あばばばば

>>146さん
思わず空欄省いて8行目まで数えてしまいました
ありがとうございます

>>147さん
ありがとうございます!
応援されるとよりがんばれます!

>>148さん
州*‘ o‘リ<敵ハッケン!

>>149さん
あんまり期待しすぎないようにお願いします

>>150さん
そりゃ、えらいこっちゃでしょうね
ちょっと時間の流れは速いですがぜひついてきて欲しいと思います

>>151さん
州*‘ o‘リ<アウト・オブ・眼中

153 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:24



154 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:25


*****



155 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:26

「どこの高校行きたいの?熊井ちょー」

いつものバイトの帰り道。
桃子ちゃんは熊井ちょーとおしゃべりしながら歩いていた。

「第一志望は、ももちが行ってるとこだよ」
「ホントに?湾田?」
「うん」
はにかむ熊井ちょーを見て、桃子ちゃんも微笑む。
なんだか、熊井ちょーと居るときだけは、ホッと一息つける気がする。
夏焼くんとだと心が落ち着かないし、矢島くんとだと最近は疲れるばかりで。
こうやって、何も気にせず笑える相手なんて、熊井ちょーだけだった。

「熊井ちょーなら、推薦で余裕なんじゃない?」
「まあ。そうだね」
「生徒会長だもんねぇ」
「もうすぐ終わりだけどね」

勉強もできるし、カッコイイし、おまけに生徒会長だし、
熊井ちょーはまるで少女マンガのヒーローみたいな男の子だ。
ちょっと頭が固いとこもあるけれど、そんなの大した問題じゃない。

「熊井ちょーって、カノジョとかいないの?」
「え。か、カノジョ?」
なぜか、動揺している熊井ちょー。
あれあれ。桃子ちゃんはニヤニヤする。

「実はいるんでしょー?」

からかうように言って、熊井ちょーの顔を覗き込む。
熊井ちょーは、とても微妙な表情をしている。

「いないよ、いない」
「えぇ、いないの?つまんないなぁ」
「ごめん」
真に受けた熊井ちょーが謝ってくる。

「いそうなのにね。カノジョ」
「いそう?」
「うん。だって、カッコイイもん、熊井ちょー」
「か、カッコよくないよ。全然」
でかい図体して、可愛いらしく照れている。
桃子ちゃんは口元をおさえて、クスッと笑う。
すると、熊井ちょーは立ち止まり、低い声で言う。

「サイアクだよ。ぼくなんか」

急に、何か思いつめたような表情になっている。
でもそんな厳しい顔も、普通にかっこよかった。

「どこがサイアクなの?」

熊井ちょーの横顔を見上げて、桃子ちゃんは尋ねた。
今まで、サイアクだなんて思ったことがないので、
どんな答えが返ってくるかまったく検討がつかない。

「だって」

言いかけて、熊井ちょーは桃子ちゃんを見た。
「やっぱ、なんでもない」すぐに視線を逸らして再び歩き出す。

桃子ちゃんは、その大きな背中を見つめて、首をかしげた。
いま熊井ちょーが抱いている複雑な気持ちには、気づきもしていなかった。
156 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:26


*****



157 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:27

もうすぐ試合を控えている湾田高男子バスケ部。
年末にある冬の全国大会に向けての、大事な初戦だ。
夏よりも良い成績を残すために、部員たちはがんばっている。
もちろん、1年生にして選手に選ばれている夏焼くんも、
一生懸命練習に励んでいた。

「11番!」

夏焼くんは先輩からのパスを受け取る。
目の前にやって来た相手を素早くかわして、シュートを放つ。
綺麗に入る。手を挙げた先輩とハイタッチする。

試合中には、バスケ以外のことは持ち込まない。
それを肝に銘じてから、夏焼くんはメンタル面でも強くなった。
何があろうと、プレイに影響は出さない。
バスケットボールを追いかけているときだけは、無心になるのだ。

「絶好調みたいだな。11番」

安藤先生から笑顔で言われて、軽くうなずく夏焼くん。
絶好調。バスケはね。心の中で思う。

「その調子で本番も頼むぞ」

先生に肩を叩かれて、夏焼くんは「はい」と答えた。


「はあ」

部活終了後。男子バスケ部の部室。
ウンともスンともいわない携帯電話を見つめて、夏焼くんはため息をついた。
それもこれも全部、梨沙子ちゃんのことが気になるからだ。
やっぱり最近どうも、彼女の様子がおかしい気がする。

今週は”体調が悪いから”、という理由で一緒に帰っていない。
つまり会ってない。顔を見ていないということだ。
毎日待ち合わせしていた図書館に寄ることもなく、まっすぐ家を目指す。
物足りない。彼女の顔を見れない日は、寂しい。

ひとりぼっちの帰り道。
夏焼くんは、ちょうど下駄箱で靴を履き替えていた桃子ちゃんを発見する。

「ツグさん」

呼びかけると彼女がこちらを見た。
夏焼くんはニコッと笑って、
「一緒に帰ろうよ」
「えー、やだ」
キッパリ言われて、思わずのけぞる。
すると、「ウッソー」と高い声で切り返してくる桃子ちゃん。
無邪気に笑う彼女を見て、夏焼くんも頬を緩めた。

「カノジョはいいの?」
「ああ、うん」
「また何かあったわけ?」
「まあね」
「次から次へ、お忙しいこと」
おどけた調子で桃子ちゃんが言う。

「ツグさんは、ケンカとかしないの?カレシと」
夏焼くんが尋ねると、彼女は首を横に振る。
「全然。チョーやさしいもん、カレシ」
「なんかそれ、おれがやさしくないみたいな」
「そんなことないよ。やさしいよ、みーやんは」
すっごいやさしい。彼女は可愛い声で言う。
面と向かって褒められて、夏焼くんは少し照れてしまう。
彼女も、そんな夏焼くんを見て、はにかむ。
2人の間に、何だかおかしな空気が流れた。

それを吹き飛ばすように、桃子ちゃんが言う。
「原因は、どっちなの?」
「んー、たぶん、おれが悪いんだろうけど」
「心当たりは?」
「ない。まったく」
「ホントに?」
「ないってば」苦笑する夏焼くん。
突然、グルルルとお腹が鳴って、そこを押さえる。

「ねぇ、腹減らない?」
「うん。減った」
「キッチンズバーガー行きたくない?」
「行きたい行きたい!」
「よし!行くか!」
「行こう行こう!」

と、2人で走り出そうとしたそのとき、桃子ちゃんの携帯電話が鳴り始めた。
彼女がそれを取り出して確認する。ぴこぴこメールを打ち始める。

「カレシ?」
「うん」

行こう。メールを送信し終わったのか、桃子ちゃんが歩き出す。
夏焼くんは、何にも気にせずに、彼女の後に続いた。

158 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:28


夢が丘商店街の中にあるキッチンズバーガー。
店内には、制服姿の中高生や、大学生らしき若者がたくさんいた。

「もうマジ腹減ってヤバイ」

夏焼くんはテーブルにトレイを置きながら言った。
桃子ちゃんは向かいの席に座る。

これだけ人数いたらひとりは知り合いがいるかもしれない。
夏焼くんはキョロキョロしてみる。そしたらなんと、見事に1人発見する。

「梅田先輩だ」
「えっ」
桃子ちゃんが素っ頓狂な声を上げて振り返った。
夏焼くんは、少し離れた席にいる、知り合いの先輩(♀)を指差す。
誰か知らないけど男の子と楽しそうにおしゃべりをしていた。
その男の子は後姿だけが見える。

桃子ちゃんは、あちらをチラリと見て、すぐに逸らした。
なんでか知らないけど気まずそうな顔をしている。

「一緒に居るのカレシかな」
尋ねてみると、桃子ちゃんは短く答える。

「あれ、矢島くん」

ビックリしすぎて、夏焼くんは咳き込む。
「あっ、あれツグさんのカレシ?!」
「ちょっとシーッ」
彼女が慌てて人差し指を立てる。

「え、まさか、梅田先輩と浮気してるとか」
「えりかちゃんカレシいるもん。あの2人は、幼なじみ」
「幼なじみ、か」
あれが、矢島くん。桃子ちゃんのカレシ。
正面の桃子ちゃんは、なぜかとても微妙な顔で黙っている。
カレシと一緒に居るあの女に、嫉妬でもしているのだろうか。

付き合ってるんだから声くらいかけに行けばいいのに。
なんて思いながら、2人を見比べて、観察する。
そうしたら、えりかちゃんと目が合ったので、会釈してみる。

「あれ」

真顔のえりかちゃんが、こちらを見ながら矢島くんになんか言っている。
そして、彼が振り返る。バッチリと、視線が合ってしまう。
その眼差しが驚くほど強くて鋭くて、夏焼くんはドキッとした。
良い意味ではなく、悪い意味で。

矢島くんがすっと立ち上がる。
お手洗いに行くためではない。こっちのテーブルに来るためだ。
なんだなんだ。夏焼くんは状況を掴めず、ひとり焦る。

「疲れたから、家に帰ったんじゃなかったの?」

桃子ちゃんのカレシは、ウワサどおりのイケメンだった。
今は真剣な表情をしているから、かっこよさも2割増。
背も高いしモデルみたいだなあ――なんて、うっとりしている場合じゃない。
目の前のカップルの、何やら不穏な雰囲気を感じて、夏焼くんは戸惑う。

「ウソ、ついたの?」

彼女はうつむいて、黙ったままピクリとも動かなかった。
矢島くんは、そんな彼女の肩を掴み、自分のほうを向かせようとする。
強引なその仕草に、夏焼くんはヒヤッとして、思わず口が出る。

「あ、いや、おれが部活の帰りに無理やり誘ったんです。
嗣永先輩は何も悪くないですよ」

桃子ちゃんがハッとして顔を上げた。
「ですよね」夏焼くんは彼女を安心させるように微笑みかける。

「そうなの?桃」

彼女の肩に触れたまま、矢島くんが言う。
うん、って言っておけばいいのに、彼女はずっと黙ってる。
159 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:29

この場には、なんかものすごい修羅場みたいな空気が流れている。
矢島くんは怖い顔だし、桃子ちゃんはまたうつむいちゃったし。
周囲の目が少し気になった夏焼くんは、困った顔であごに触れる。

ガタッ。するといきなり桃子ちゃんが突然椅子から立ち上がった。

「ツグさん?」
「桃?」

何ごとかと思ったらなんと、彼女は走ってお店を出て行ってしまう。
顔を見合わせる少年2人。実は今日が初対面だ。

「どうしたの?」
それから、えりかちゃんが飛んでくる。
矢島くんが「逃げた」と小さな声で言う。
「逃げた、って」
と言いながら、えりかちゃんは夏焼くんを見る。
その視線がなぜか痛くて、夏焼くんは意味がわからない。

「なっちゃんって今カノジョいるんだよね」
「はっ?」
「いるんだよね?」
グッと迫られて、夏焼くんはただただうなずく。

「1個、確認していいかな」

次は矢島くんが尋ねてくる。

「桃とどういう関係なの?」

どういう、って。苦笑いする夏焼くん。

「同じ部活の、後輩ですけど」
「それだけじゃないだろう?」

すっごいにらまれて、ますます苦笑いの夏焼くん。
首をひねりながら、「それだけだと思うんですけどねえ」
その受け答えはちょっと、というか結構ヘラヘラしているように見えた。

かなりムカついてる様子の矢島くんは、それ以上何も言わずに
えりかちゃんと向こうの席に戻った。そして荷物を手にとって、
もう一度夏焼くんをにらんでから、去って行った。


なんだかなあ。夏焼くんはあごをなでる。
梨沙子ちゃんがいるのに、浮気とかまずありえないし、
だいたい桃子ちゃんに対してそんな感情すら持ってない。
2人は先輩後輩ではあるけれど、仲の良いおともだちだ。
そう。友達。彼女は友達なのだ。

ひとりになった夏焼くんは、彼女が残していったポテトを見つめる。
ついさっきまでここにいた彼女の、無邪気な笑顔が頭に浮かんでいる。

そのまま、家に帰ってたらいいのだけど、どうもそんな気がしない。
なんだかとても心配になってきた夏焼くんは、そのポテトを全部
口に放り込んでから、スポーツバッグをひっつかんだ。

お店の自動ドアをくぐり抜ける。
携帯電話を取り出して、桃子ちゃんに電話をかける。
しかし、彼女は電波の届かないところにいるらしい。
ああもう。舌打ちして走り出す。

彼女が家以外で行きそうな場所といえば、限られている。
とりあえず一番近い公園まで走る。が、誰もいなかった。
ここじゃないか。ふたたびケータイを取り出す。

「あ」

着信あり。の文字に、夏焼くんは急いでかけ直した。


160 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:30

夜の学校というものは、いつの時代も怖いもので、
夏焼くんはドキドキしながら暗い廊下を歩いていた。

男子バスケ部の部室。
桃子ちゃんはそこにいると言っていた。
そこは、行きそうな場所の候補に入っていたところだった。

部室の入り口の前にたどり着いた夏焼くんは、
明かりがついていないことを不思議に思う。
ガチャリ。確かにカギは開いている。
彼女はここにいる。ゆっくりと、中に入る。

「ツグさーん。電気点けるよー」
「うん」

彼女の声が聞こえてから、電気のスイッチをONにする。
部室にひとつあるソファに彼女は座っていた。
なんだかとても、疲れた表情をしているように見えた。

「みーやん、ごめんね」
「何が?ツグさんは、何も悪いことしてないっしょ」
夏焼くんは彼女の隣に腰を下ろす。

「さっき、みーやんとキッチンズバーガー行こうって話に
なったとき、メールがきたの」
彼女はああなった訳を話し始める。
「偶然えりかちゃんに会ったから、桃ちゃんも来ない?って。
でも、あたしは”疲れたから家に帰る”ってウソついたの。
みーやん、かばってくれたけど、あたしが悪いんだよ」

ひと呼吸おいて、彼女は背もたれに寄りかかりながら呟く。

「もう、ホントに、疲れちゃった」

え。夏焼くんは彼女を見る。
「なんで。良い人なんでしょ?カレシ」
「良い人なんだけど、良い人すぎるから」
「良い人すぎる?」
「うん」
はあ。彼女は深い深いため息をつく。
こんな彼女を初めて見て、夏焼くんは少し衝撃を受ける。

ずっと順調だって思ってた、彼女の恋愛。
だけど、自分も知らない問題を、何か抱えているのかもしれない。

「ツグさんさ、なんか悩んでることあるんなら、言ってよ。
おれだっていっつも相談してるじゃん。
ツグさんも遠慮しないでさ、なんでも言ってよ」
「ありがとう。みーやん」
彼女が微笑んで、夏焼くんを見る。
その瞳が、とても切なげで、夏焼くんはなんだか胸が苦しくなる。

「みーやんは、ホントにやさしいね」
「そんなことないって。バカだしさ、おれ」
「ちょっとバカなほうが人間、可愛いよ」
可愛いって。単純な夏焼くんは照れる。

ブーブー

いきなり、震え始める桃子ちゃんの携帯電話。
矢島くんからだろう。夏焼くんでもそう思う。

「出ないの?」

ずっとブルブルしているのに、桃子ちゃんは無視している。
「出なくていいの?」やさしく尋ねる夏焼くん。

「話したくないから、出ない」
「えぇ、話したほうがいいよ。話さないと仲直りできないじゃん」
「それでもいいの」

へっ。夏焼くんは変な顔になる。
冗談と思いたいが、桃子ちゃんは心底真面目に言う。

「もう、別れたいから」

わわ、別れたいって!
大きな衝撃を受け、言葉が出てこない夏焼くん。
彼女を見つめて、少しだけ考える。
161 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:30
「やっぱり話したほうがいいって。おれ外出てるから」

夏焼くんはそう言って立ち上がる。
そしたら、桃子ちゃんから、唐突に腕を掴まれる。
まさかハートを鷲づかみされたわけじゃないけれど、ドキッとする。

彼女はじっと夏焼くんを見つめている。
夏焼くんの腕をギュッと握って、離さない。

ふと、少し前のことを思い出す。
今の彼女の視線にも、あのときみたいに、
こっちが勘違いしそうになる何かが含まれている気がした。

その何かは、いったい、何なのか。
もしかするとこの関係を壊してしまうほどのものなのか。

夏焼くんは、なにやってんだお前、と笑えない。
彼女の中にあるその何かを、軽く吹き飛ばせない。

いくら鈍感なシャイボーイだって、わかるときはわかる。
桃子ちゃんの目がマジだってことくらい、ちゃんとわかる。

これは単なる勘違い?
勘違いなら、勘違いであって欲しい。

ブーブーという音が聞こえる中、彼女と見つめ合う。
何か言いたいけれど、その何かも出てこない。
心臓の鼓動だけがうるさい。
彼女の手からも、ドキドキが伝わってくる。

ようやく、携帯電話のバイブレーションが止む。
彼女が手を離す。夏焼くんは自由になったけれど、動けない。

「ごめん」

そう謝った彼女は、大人しくなったケータイを見た。
着信相手を確認している。そして意外そうに呟く。

「熊井ちょーだ」
「え?」
「あの、寿司屋の」
「あー、あいつ?」
「うん。たぶん、シフトのことだと思う」

なんだ。矢島くんからじゃなかったのか。
一気に力が抜ける夏焼くん。ソファにふたたび座る。
ケータイを握る彼女の横顔を見て、
「でも、ツグさんが悪いんだから、ツグさんから電話しなきゃね」
彼女はうなずきながら、「そうだね」と応える。
その微妙な反応に、さっきの言葉を思い出す。

別れたい。彼女は確かにそう言った。
別れたいから話したくない。仲直りなんてしたくない、と。
なんで、どうしてそう思うのだろう?

夏焼くんは、桃子ちゃんの気持ちをもっと知りたいと思った。
こんな想いを抱くのは、友達になってから、初めてのことだった。

162 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:31


*****



163 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:32

ウソには2種類ある。
ついてもいいウソと、ついちゃいけないウソ。

熊井ちょーはいま、ウソを2つもついている。
それは、どう考えたってついちゃいけないウソだ。

しかし、ついてしまったものはどうしようもない。
最後までそれを押し通すしかない。
そうすれば、もしかしたら、知らないうちにウソがホントに
変わっているかもしれない。
変わって欲しい。変わらなきゃ、ずっと、今のままだ。


昼休み。おともだちとお弁当を食べた後、
熊井ちょーはこっそり教室を抜け出した。
向かうは下駄箱。2年3組のところだ。

梨沙子ちゃんの出席番号も、しっかり調べてある。
彼女のローファーを見つけた熊井ちょーは、
ズボンのポケットから1枚の紙を取り出した。

今から、熊井ちょーは彼女に恋文を送るのだ。
でもこれは全部ウソ。しかも、ついちゃいけないほうの、ウソだ。

彼女の靴を少し浮かせて、その紙を置く。
ちゃんとそれが見えるように靴をのせる。

「よし」

全然よくない。何やってんだ自分。熊井ちょーは思う。
だけど、ここまで来たからにはもう後戻りできない。
どこまでもまっすぐ突っ走るしかないのだ。



そして、その日の放課後。2年3組の下駄箱の前。

「なに?それ」

愛理ちゃんは上靴とローファーをそれぞれ両手に持ったまま言った。
そのそばで、梨沙子ちゃんが1枚の紙を見つめている。
彼女の態度から、なんとなくピンとくる。

「生徒会長?」

梨沙子ちゃんは黙ってうなずく。
何が書いてあるのだろう。気になって愛理ちゃんは首を伸ばす。

  もういちど、ちゃんと話がしたいから、
  今日の放課後、生徒会室で待ってます。

「りーちゃん、行かなくていいよ。こんなのっ」
愛理ちゃんは彼女からその紙を奪って、ぐしゃっと丸めてしまう。
そして、隅にあったゴミ箱に勢いよくポイする。

「無視してていいんだよ。りーちゃんはちゃんと断ったんだから」
「うん」
と彼女はうなずいてくれるけど、めっきり元気がない。
あの日からずっと、こんな調子だ。
夏焼先輩とも最近会ってないらしいし、心配でたまらなくなる。

ローファーを履いて、愛理ちゃんは帰る準備万端だけど、
梨沙子ちゃんはボーッとその場に突っ立っていた。

「りーちゃん?」
「ごめん。やっぱあたし行って来る」
「どうして」
「もう1回、ちゃんと言ってくる」

覚悟を決めたような表情で、梨沙子ちゃんは言った。
彼女はか弱い女の子で、やっぱり頼りないのだけれど、
頼りないなりに必死にがんばろうとしている。
そんな彼女を止めるなんてことは、親友としてできなかった。

164 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:32

あんな紙で、菅谷梨沙子が来るわけない。
なんとなく熊井ちょーはそう思っていた。
来なかったら、今度は待ち伏せすればいい。
なんとしてでも話したい。話さないと、変わらない。

生徒会室からは、ちょうど校門が見下ろせる。
帰宅部の生徒たちがぞろぞろと下校している。

「あれ」

ひとりで帰る鈴木さんを発見して、熊井ちょーは身を乗り出す。
彼女はいつも菅谷さんと一緒に帰ってるハズじゃ―――。

ガラガラガラ。ノックもなしに、生徒会室の戸が開く。
振り返る熊井ちょー。入り口にはやっぱり、菅谷さんがいた。

初っ端からバッチリ目と目が合う。
まっすぐ熊井ちょーを射抜くように、彼女はじっと見つめている。
怖い顔でにらんでいる。熊井ちょーは、彼女のほうを向く。

「ごめん。いきなり呼び出して」

彼女は無言で戸を閉める。それから、こちらへ近づいてくる。

「私も、先輩に言いたいことがあるんです」

その言葉に熊井ちょーは構える。

「あきらめてください。お願いします」

なんと、頭を下げられる。
そんなハッキリ言われると、こっちの意思が揺らいでしまうではないか。
負けねえ。絶対ぇ負けねえ。
熊井ちょーは眉間にシワを寄せ、こぶしを握りしめる。

「絶対あきらめないって言ったじゃん」
「あきらめて欲しいんです。お願いします」
彼女が身体を90°に曲げたまま言う。

「お願いされたって、あきらめる気、ないから」

誰に言ってるんだか。
熊井ちょーは、自分で言ってちょっとおかしくなった。

「お願いします」

ひたすら彼女は頭を下げ続けている。
バカみたいに同じ言葉を繰り返して。

「夏焼先輩のこと、そんなに好きなんだ」

熊井ちょーはボソッと言った。

「夏焼先輩と、そんなに別れたくないんだ」

確認するように言う。彼女は、顔を上げて、うなずいた。

「どうすれば別れてくれるの?」
「だから、別れたく」「どうすればいいの?」
そう迫られて、彼女はまるで熊と遭遇したみたいな表情で、固まっている。

「夏焼先輩って、モテるでしょ。すごい人気あるし、
菅谷さんがいなくたって別に、困らないでしょ」

なんてヒドイことを言ってるのだと、思う。
こんな可愛らしい女の子に、なんてヒドイことを。

でも、変えようとしなきゃ、何も変わらないのだ。
あの女(ひと)みたいに、現実から目を逸らしてるだけじゃ―――。

「ぼくは、菅谷さんがいないと困る。生きていけない」

どうせ小さなウソも大きなウソも、ウソには変わりない。
こうなったら突き通す。攻めるしか、ないのだ。

夕日が差す、沈黙の生徒会室。
熊井ちょーはずっと彼女を見つめていた。

グスッ。彼女はうつむいて鼻水をすすった。
涙が溢れてきたのか、手で目を擦っている。

「なんで……」

彼女は苦しそうな顔で熊井ちょーを見る。
ボロボロこぼれてくる涙を指で拭いながら言う。

「なんでそんなこと言うんですか!」

いきなり彼女は大きな声を出して怒っていた。
しかも、本気で、怒っていた。

「なんでそんなこと……」

泣きながら怒りながら、彼女が熊井ちょーをにらみつける。
そうさせたのは紛れもなく熊井ちょー自身である。

でも、ここで謝ったら、今までしてきたこと全部パーだ。
心を鬼にして、熊井ちょーは、熱い視線を彼女に送る。

「好きだから。菅谷さんのこと。本当に」

彼女は眉間にシワを寄せ、唇をかみしめた。
それから、何も言わずにものすごい勢いで教室から出て行った。

ひとり取り残された熊井ちょーは、しばらくその場から動けなかった。
迷いも後悔もしないはずだったのに、とても胸が苦しかった。


165 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:33


それから数時間後。
場所を移して、湾田高校の男子バスケ部の部室。

夏焼くんは、携帯電話の画面を見つめて固まっていた。
お先に帰ろうとしていた様子の須藤くんが、それに気づく。

「な、なっちゃん?どしたの」
「へ?あ、ああ、なんでもないなんでもない」
「そう。じゃあ、おれ、帰るわ」
「おう、お疲れ」

無理して笑顔を作って、須藤くんを見送る夏焼くん。
しかし、またすぐに携帯電話を見つめる。
画面には最新5件の着信履歴。
その一番上に表示されているのは、『梨沙子』だった。

最初見たとき、何かの間違いかと思っていたけれど、
時間は今日の日付だし、間違いではない。
確かに梨沙子ちゃんが電話をかけてきたのだ。
18時っていうまた微妙な時間に。

こんなこと、初めてだ。
だからものすごく、嫌な予感がしている。
最近はあんまり連絡もとってなかったし、会ってないし。
ヤバイ。お腹が痛くなりそうだ。

とりあえず制服に着替えて、部室を出る。
小走りで下駄箱に向かう。靴を履き替える。

部活中より、汗がどんどん噴き出てくる。
ケータイを握りしめて、夏焼くんは早歩きで校門をくぐる。

通話ボタンを押す。プルル、となった瞬間に、彼女が出る。
早っ。ビックリするくらいすぐに繋がって、夏焼くんは動揺する。

「も、もしもし」

そう言っても、梨沙子ちゃんは無言だった。
夏焼くんはおでこの汗をぬぐいながら、
「さっき、電話したよね」
『みや』
「ん?」
『会いたい』

夏焼くんは立ち止まり、口をあんぐりさせた。



いつもの待ち合わせ場所、図書館へ急ぐ。
部活の後だというのに、夏焼くんは全力疾走する。
今だけは陸上部の徳永くんよりも速いんじゃないか。
なんて思いつつ、梨沙子ちゃんのもとへと走る。

今日は時間が遅いから、図書館はもう閉館しているだろう。
だけど彼女はそこにいる。会うためにずっと、待っている。
行くしかない。彼女に会いに行くしかない。

「梨沙子!!!」

夏焼くんが、図書館に到着する。
やっぱり建物の明かりは全部消えていて、
所々ある電灯だけが光っていた。

梨沙子ちゃんは、その図書館の入り口前に座り込んでいた。
彼女の顔を見たとたん、笑っちゃうくらい胸がときめいてしまう。

「みや」

彼女が立ち上がる。そして、いきなり真正面から抱きついてくる。
また口がポカーンとなる夏焼くん。棒立ち状態だ。

「梨沙子?」
「みやは、梨沙子がいなかったら困る?」
「えっ」
「困らない?」
彼女のすがりつくような言い方に、夏焼くんは少し戸惑う。
なんでそんなに、切羽詰っているのだろう。

冷静になってきた夏焼くんは、梨沙子ちゃんの髪を撫でる。
それから、やさしく抱きしめてあげる。

「梨沙子がいなかったら、困るに決まってんじゃん。
梨沙子だって、困るでしょ?おれがいなかったら」
「困る」
子供みたいな彼女に笑って、夏焼くんは抱く腕に力を込める。
こうしていると、やっぱりこの子のことが大好きだ、と思う。
しみじみ思う。彼女以外なんてありえない、とさえ思う。

あの着信履歴を見るまで凹んでいた気持ちは、
すっかり消えてなくなっていた。
最近の小さな悩みも何もかも、吹き飛んでしまっていた。
夏焼くんは、梨沙子ちゃんを両腕で力いっぱい抱きしめる。
会えなかった数日間を埋めるように、ぐっと密着する。

ピリリ!ピリリ!ピリリ!

「?!」

このすごい良いムードをぶち壊すように
梨沙子ちゃんの電話が鳴り始めた。
夏焼くんは腕をほどいて、彼女を見る。
「ごめん」彼女が申し訳なさそうに言う。
首を横に振って、夏焼くんは微笑みかける。

『お嬢様、今どこにいらっしゃるんですか!!!』

電話の向こうの大きな声が、夏焼くんにも聞こえてきた。
梨沙子ちゃんが、ボソボソとなんか答えている。

「今すぐ帰って来いだって。21時過ぎてるから」
「そう」
「ごめんね」

夏焼くんは、彼女の頭にそっと手を当てる。
そして笑顔で「送ってくよ」と言った。
泣きそうな顔で、彼女はうなずいた。

166 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:34


しっかり手を握り合って、夜道を歩く。
梨沙子ちゃんはずっと夏焼くんにピッタリ寄り添っていた。

夏焼くんはそんな彼女がとても可愛いと思った。
やっぱり恋してる。しすぎてる。あらためて確認する。

この世はすべて彼女が中心だ。
何よりも一番に優先すべきは、彼女のこと。
頭の中をモヤモヤさせる嫌な悩みも、全部いらない。
彼女のことを好きだと想う、この気持ちだけあればいいのだ。

梨沙子ちゃんの家の近くになって、夏焼くんは足を止めた。
彼女と向き合って、繋いだ手を一度揺らす。

「もうすぐ、予選があるんだよね。ウインターカップの」
「ウインターカップ」
「そう。梨沙子も、見に来てよ」
「うん」
「梨沙子が見に来なきゃ、全然、力出ないからさ」
とかなんとか、調子の良いことを言って、はにかむ夏焼くん。
梨沙子ちゃんはそんなカレシの肩に、おでこをくっ付ける。

「どうしたの」
黙って首を振る梨沙子ちゃん。
「今日、学校でなんかあったの?」
夏焼くんはまた彼女を両腕で包む込む。
赤ちゃんをあやすように、背中をやさしく撫でる。

「なんかあったら、ちゃんと言ってよ。心配だから」

彼女の耳元で珍しく真面目に言う。
小さくうなずいた彼女は、顔だけ離す。
とても近い距離で見つめ合う。

「どうしよう」
「え?」
「みやに心配されてるのが、すごいうれしい」

梨沙子ちゃんは、真剣な顔で夏焼くんを見つめている。
その瞳には夏焼くんしか映っていない。
いつでも、どんなときでもそうなのだと思うと、
夏焼くんの胸はキュンとなってとてつもなく苦しくなる。
2人、同じ気持ちなんだと、うれしくて泣きたい気分になる。

ああ。夏焼くんはガバッと彼女を抱きしめる。
今夜は帰さない、なんてカッコイイことは言えないけど、
今だけは離すまいとギュッと強く抱きしめる。

「ちょっと、苦しい」
「ごめん」
彼女から言われて、夏焼くんは力を抜く。
すると彼女が腕をまわしてきて、抱き合う格好になる。

「もう、帰んなきゃいけないよね」

だいたい、早く帰ってこいと言われたからここまで来たわけで、
いつまでもこんな場所でこんなことをしてるわけにはいかない。
夏焼くんは、惜しいと思いながら、ゆっくり彼女から離れる。

「明日は、一緒に帰ろう?」
「うん」
梨沙子ちゃんが微笑む。
うん。チョー良い感じ。うれしくて夏焼くんはニヤける。

「じゃあ、また明日」
「うん」
「おやすみ」
「あっ」
手を振って去ろうとした夏焼くんを、梨沙子ちゃんが止めた。

「なに?」
彼女はモジモジしながら、上目遣いをしてきた。
なんだなんだ。鈍感少年は首をひねるが、
彼女の熱っぽい眼差しを受けて初めて気づく。

フッと笑った夏焼くん。彼女に近づいて、その肩に手を置く。
彼女が目を閉じたのを見て、唇を寄せる。

実際数えはしないけど、3秒くらいキスをする。
それはとても可愛らしい、おやすみのキスだった。

「バイバイ」

梨沙子ちゃんは、笑顔で手を振り、駆け出した。
彼女がちゃんと家に入ったのを見届けて、夏焼くんも帰って行った。


167 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:35


*****



168 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:35

それから数日後。の放課後。
夢が丘商店街の中にある、お洒落なカフェ。
桃子ちゃんは、矢島くんと向かい合って座っていた。

やだやだやだ。こんなケンアクな雰囲気。
矢島くんは、見るからに怒った顔で、ずっと黙っている。
和やかなカフェのこのテーブルの周りだけ、
なんかすごい、空気が重たく感じられた。

こんなことになった原因は自分にある。それは十分わかってる。
わかってるけど、謝ろうという気持ちになれない。
どうしてなのか。それも、桃子ちゃん自身、痛いほどわかっていた。

「ホントに、友達なの?」
「え?」
「あの、夏焼って奴と、桃ちゃんは」
「そうだよ。ただの、おともだち」

矢島くんはかなり疑っている。桃子ちゃんと夏焼くんの関係を。
それはきっと、嫉妬からくるもので、彼女を想う気持ちの表れでもある。
でも、全然うれしく思えない彼女は、複雑な顔でレモンティをすする。

「ホントに、無理やりあいつに誘われたの?」

桃子ちゃんは矢島くんから視線を逸らして、考える。
ウソにウソを重ねるか、それとも真実を告げるべきか。
2つに1つ。選べるのは、どちらか一方だけだ。

「ねぇ」

答えに迷っていると、矢島くんが口を開く。

「何か、ぼくに隠してることあるでしょ」

ドキッとするけど、顔には出さない桃子ちゃん。
「ないよ、そんなの」笑顔を作る。
2人の間に、とても微妙な空気が流れる。

ため息をついた矢島くんは、落ち着いた声で言う。
「今まで何も言わなかったけど、桃ちゃん、最近いつも疲れた顔してるよ。
一緒に遊んでても、いつも楽しくなさそうな顔してる」

鋭い指摘を受けて、桃子ちゃんはうつむく。
いま口を開けばどんどんデタラメが出てきそうだった。
でも、そうやって自分を取り繕うのは、なんか違う気がした。
いいわけをする、資格がないと思った。

「なんで、黙るの」
「……」
「ウソでも、否定して欲しかったのに」
表情を強ばらせて、矢島くんが呟く。

今までそれなりに上手くやり過ごしてきたつもりだった。
だけど、矢島くんに心の中を全部見抜かれてしまっていたみたいだった。
何がショックかって、その事実がショックだった。

「ごめんなさい」

桃子ちゃんは、そんな言葉しか言うことができない。
もう、笑って誤魔化す元気もなかった。

アイスコーヒーをガーッと飲んでから席を立ち、
去ってゆく矢島くんを呼び止める、理由もなかった。


169 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:36


*****


170 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:37

あっという間に、10月も終わろうとしていた。
冬の全国大会の予選が、もう来週に迫っている。
だから、桃子ちゃんは土日のバイトを両方休んで、
部活のお仕事に集中していた。

「ツグさん」

土曜日の練習中。
汗だくの夏焼くんが、走りにくそうな変な格好でやってくる。
他の部員たちは、気にせず紅白戦を続けている。
夏焼くんの代わりには、同じ1年の誰かが出たようだった。

「どうしたの?」

夏焼くんは顔をしかめながら床に座り込んだ。

「ちょっとひねった」
「え」
イテテ、と渋い表情をしている夏焼くんに慌てる桃子ちゃん。
急いで安藤先生にこのことを報告した後、
「保健室行こう」と言う。

夏焼くんは黙ってうなずき、片足で立ち上がった。
そして、「肩かして」と桃子ちゃんの肩に手を置く。
その何気ない仕草に少しドキッとしたけれど、
心配そうな表情で桃子ちゃんは歩き出した。


「あのーすいませーん」

どうやら保健の先生は席を外しているらしく、保健室には誰もいなかった。
桃子ちゃんは、ゆっくりと夏焼くんを椅子に座らせる。

「どうしよう。先生どこいったのかなぁ」

氷をビニール袋に入れながら呟く。
夏焼くんのほうを振り返ると、彼はなんだかションボリしていた。

「はい。とりあえず冷やそう」
「ありがとう」
「大丈夫そう?」
桃子ちゃんは、ちょこんと夏焼くんの足元にしゃがむ。

「大したことないよ。ちょっとひねっただけだから」
「ホント?無理してない?」
「してないしてない」笑いながら答える夏焼くん。
でもなんだかテンションが低くて、心配になる。

「よし。戻ろう」
「え?ダメだよ、いちおう先生にみせないと」
「大丈夫だって」立ち上がる夏焼くん。
「ほら、普通に歩けるし」
その場で足踏みをして見せる。

桃子ちゃんは、無理してるんじゃないかと思ったが、
夏焼くんの言うことを信じて、保健室を後にした。


「ツグさん、あれからカレシとはどうなの」

体育館に向かって、廊下を歩いていたら、
ふと思い出したように夏焼くんが言った。
やっぱり少し、歩き方がおかしかった。

「どうって」
「まだ、別れたい、とか思ってるの?」
「別れたよ」

えぇぇぇ?!変な声を上げて、夏焼くんは驚いた。
そりゃ、そんな反応になるよね。桃子ちゃんは苦笑する。

「別れちゃったの?いつ?」
「あれから1週間しないうちに」
「マジでか」
「たぶん、ね」
「え?」
「全然連絡ないし、もう、別れたのと同じだと思う」
「ツグさんからは連絡しないの?」
尋ねられて、桃子ちゃんは夏焼くんを見る。

「しないよ。する理由、ないし」
「なんで?」

難しい顔で、理由がない理由を聞いてくる夏焼くん。
桃子ちゃんは正直に答えたくなくて、

「みーやんには、関係ないでしょ」

可愛くない、素っ気ない返事をしてしまう。
ホントは言いたい。全部この場でぶちまけたい。
あなたのことが好きだからと、大声で叫んでしまいたい。

だけど、言えない。言うのが怖い。
たとえ言えたとしても、答えはわかりきっている。
あきらめられないけど、あきらめるしか――。

それから体育館に戻るまで、2人はずっと無言だった。

171 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:37

「夏焼、大丈夫か?」

帰ってきてすぐに、安藤先生が声をかけてきた。
夏焼くんは笑顔で「大丈夫です」と返事をしている。

絶対ウソだ。さっきまで、足を少し引きずりながら歩いていたくせに。
大事な試合が近いから、怪我したなんて言えないし、
言いたくないのだろう。だけど、これ以上悪化したら、大変だ。
とかなんとか思ってるうちに、さっさと夏焼くんは練習に戻って行く。

「先生!」

夏焼くんの状態をありのまま話す桃子ちゃん。
腕を組み、険しい顔をした安藤先生は、その直後、

「11番!!!」

と大きな声で叫んだ。

「今日はもう止めとけ」

そう言われて、夏焼くんが桃子ちゃんのほうを見た。
「大丈夫だって言ったじゃん」
「いま無理すると、試合に出れないかもしれないでしょ?」
「嗣永の言う通りだ。無理はするもんじゃない」
先生も夏焼くんを諭した。

さすがに、先生から言われたらどうしようもない。
夏焼くんはもう一度桃子ちゃんを見て、少しにらんで、
不機嫌そうにドカッと端っこに座り込んだ。



翌日の部活。
普段どおりに出てきた夏焼くんを見つけて、
桃子ちゃんは声をかけた。

「みーやん」

振り返った夏焼くんは、なんだかいつもと違った。

「足、どう?」
「大丈夫」

ぷいっとそっぽを向いて、夏焼くんが歩き出す。
なんとなくヒョコヒョコ歩きで、大丈夫じゃなさそうだ。

「無理、しちゃダメだよ」

桃子ちゃんが心配そうに言うと、また立ち止まる夏焼くん。
振り返って、彼女をにらむ。

「ツグさんには関係ないでしょ」

それは、昨日、彼女が夏焼くんに言ったセリフだった。
まさかそんなこと言われるだなんて思ってなかった彼女は、
夏焼くんの冷たい態度に、泣きそうになった。



172 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:38

つづく


173 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/02(月) 22:39

从*` ロ´)<このボケナス!はよ病院行かんね!
ノノl∂_∂'ル <ナス言うな


174 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/04(水) 06:49
更新お疲れさまです。
くまいちょーにもももちにも幸せになってほしいですけどねえ・・・。
今後の展開を楽しみにしてます!
175 名前:重ピンピン 投稿日:2008/06/08(日) 03:34
更新お疲れです

動きましたね。
熊会長とももちゃん

しかもかなりのアクションっぷりで
これから2人の動きに要注目です

もちろん重ピンクには常に注目してます

っていうか、重ピンクは自分の頭の中でかなり
勝手に一人歩きをしちゃってますが・・・

その点については見逃しといてください

176 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/08(日) 15:37
くまいちょー切ないちょー
177 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/09(月) 01:38
更新お疲れ様です
みやももに期待
178 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/09(月) 01:39
すみませんあげてしまいました
申し訳ないです
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/20(金) 00:12
矢島君、このまま終わってしまうのか。

やじもも一押しなので、がんばってくれ!!
180 名前:(0´〜`)人(’ー’*川 投稿日:2008/06/28(土) 23:26
>>174さん
ありがとうございます
登場人物みんなが総合的にハッピーエンドになるよう目指してがんばります

>>175 重ピン
ありがとうございます
あなたの中で一人歩きしている重ピンクがとても気になります

>>176さん
申し訳ないです

>>177-178さん
ありがとうございます
温かくみやももを見守っていて欲しいです

>>179さん
みやもも派がいたりやじもも派がいたり好みは本当に様々ですね
ちなみに私はももあいり派です
181 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:26



182 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:27


*****



183 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:28

ハロ高の運動場。
日曜日だというのに、矢島くんがここで走っているというので、
えりかちゃんは仕方なくやってきた。
何十分走っていたのか、幼なじみはすっかり汗まみれだった。

「ねぇ、このままでホントにいいの?」
「なにが?」

矢島くんはクラウチングスタートの格好をしながら言った。
彼女はスタスタとその目の前に立ち、腰に手をあてる。

「桃のことだよ。あれから会ったりしたの?」
「いや。会ってない」

スタートをあきらめたのか、立ち上がる矢島くん。
えりかちゃんは、そんな彼と向かい合って、
「もう1回、ちゃんと話したほうがいいと思うよ」
「そうだね」
「ホントに思ってんの?」
顔を近づけて言うと、矢島くんが苦笑する。
「なによ」
「いやいや、今日も美人だなって思って」
「バッカじゃないの?」
のん気に笑っている矢島くんを、えりかちゃんはにらむ。

「ねぇ、桃と別れたりしないよね?」
「まあ」
「やだよ。別れるなんて」
「ぼくだってやだよ。別れるなんて」
矢島くんは目を細める。
「でも、たぶん、桃はもう別れたいんだと思う」
「どうして」
「なんとなく、ね」
「そんなことないと思けどな」
「どうかな」矢島くんはさわやかに笑う。

「今日、電話で聞いてみるよ」
「えっ。なにを」
「桃に、もう別れたい?って」
「別れたいって言われたら別れるの?」
「うん」

桃子ちゃんの考えてることもよくわからないが、
この幼なじみの頭の中も、サッパリ読めないところがある。
えりかちゃんは、再び走り出した矢島くんの後姿を
眺めながら、少し重たいため息をついた。

そういえば、最初は全然乗り気じゃなかった、桃子ちゃん。
矢島くんは自信を持って紹介できる良い男だったから、
彼女の微妙な反応に悲しくなった記憶がある。
でも、彼女にはそのときカレシもいなかったし、
何より矢島くんが彼女のことを気に入っていたので、
えりかちゃんは2人の背中をゴリ押ししたのだ。

付き合い始めて、全てが順調だって思っていたのに。
すぐに別れてしまったらどうしよう、という不安を抱えてはいたけれど、
あんな良い男に惚れない女なんていない、と信じていた。

だけど、桃子ちゃんに誰か好きな人がいたのなら話は別だ。
矢島くんのことなんて、本当は好きじゃないくせに付き合ってたのなら、
いったい今までやってきたことは何だったのだろう、とむなしくなる。

もしあの子の心の中まで見抜ける力があったなら、こんなに
モヤモヤしないのに。えりかちゃんは、頭をガシガシとかく。

人は、見た目だけじゃわからない。
可愛いあの笑顔の裏に、どんな本音が隠されているのだろう。
本当に好きな人を想う、切ない恋心でいっぱいなのだろうか。
それとも、矢島くんのことをちゃんと好きでいてくれているのだろうか。
わからない。どうしてあの日ウソついて、夏焼くんと会っていたのだろう。


184 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:28


*****



185 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:29

気分は、サイアクだった。それに今日は朝から晩までみっちり
部活だったから、身体のほうも結構疲れていた。

『ツグさんには関係ないでしょ』

さらに、あの言葉をずっと引きずっている。
最初に言ったのは自分だ。
あんなこと言わなきゃよかった。後悔ばかり、襲ってくる。

夏焼くんと、まったく会話もしない1日なんて、今までなかった。
視線すら合わないなんて、ありえなかった。
彼がとても遠くに行ってしまったみたいで、1日中泣きそうだった。

あまりに距離が近すぎるから言えなかったこの気持ち。
遠くなったらますます言えなくなってしまう。
でも、そもそもこの想いを打ち明けるつもりなんてあったのか。
自分でもよくわからなくて頭がごちゃごちゃになっている。

公園にひとり寄り道をして、ベンチに座ってぼーっとする。
何もする気になれない。何もかもが、嫌になってくる。
ずっと我慢していた涙が、ぽろぽろ溢れてくる。

ついてないときは、本当についていない。
桃子ちゃんは夜空を見上げて、まばたきをした。

最初はポツポツと落ちてきた雨が、すぐにザーザー降りになる。
もうどうにでもなれ。泣きながら、桃子ちゃんは雨に打たれる。

ブーブー

すると、バッグの中の携帯電話が鳴り始めた。
グスグスいいながら、桃子ちゃんはそれを取り出す。
画面に表示されている人の名前を見て、一度躊躇う。
でも、通話ボタンを押す。鼻水をズズッとすする。

『桃ちゃん?』

矢島くんだった。やさしいやさしい、声だった。
それでまた涙が止まらなくなる桃子ちゃん。
上手く言葉が出てこない。肩を震わせることしかできない。

『なんで泣いてるの?どうしたの、大丈夫?』
「うん、大丈夫」
『ていうか雨降ってる?桃ちゃん、今どこにいるの?』

186 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:30


「桃」

矢島くんは、ものすごい速さでやってきた。
顔を合わせるのは、あのカフェ以来だった。
絶対気まずいはずなのに、矢島くんは桃子ちゃんの
頭の上に傘を差して、穏やかに微笑んでいた。

「風邪ひいちゃうよ」

そう言われた瞬間、桃子ちゃんはくしゃみをする。
あはは、とさわやかに笑う矢島くん。
1本しかない傘を桃子ちゃんに差しているので、
みるみるうちにずぶ濡れになってゆく。

「舞美も、風邪、ひいちゃうよ」
「そうだね。なんか寒くなってきた。桃も、寒くない?」
矢島くんが隣に座って、桃子ちゃんの背中に手をあてる。
温めるように彼女の身体を擦る。

「どうして、そんなにやさしいの」

激しい雨が傘を叩いている中、小さな声で呟く桃子ちゃん。
濡れた身体を傾けて、矢島くんの肩に、そっともたれる。

すると、ぽとりと傘が地面に落ちて、矢島くんから両手で抱きしめられる。
とても強い力だった。ちょっと苦しかったけど、今は涙が出るほどうれしかった。

「こうしてたら寒くないね」

なんて囁いて、矢島くんは笑っている。
桃子ちゃんもうなずいて、ちょこっとだけ笑う。

この人のことを、素直に好きになれたならどんなに楽だったろう。
どうして、あんな辛い道を選んでしまったのだろう。

矢島くんの腕の中で、猛烈な雨に打たれながら、彼女はあらためて考える。
自分にとって、大切なものは何なのか。大切な人は、誰なのか。

やっぱり、どうしても、まず真っ先に浮かぶのは夏焼くんのことだった。
矢島くんからこんなに強く、そしてやさしく抱きしめられているというのに、
頭の中はあの人でいっぱいだった。

187 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:30

「さっき電話したのはね」

屋根のある場所に移動してから、矢島くんが話し始める。

「桃に、聞きたいことがあったからなんだ」

桃子ちゃんはその横で矢島くんをじっと見つめている。
彼が、ふと真剣な眼差しになって、言う。

「もう、別れようか」

それはこっちから言わなきゃいけない言葉なのに。
矢島くんはどこまで良い人なんだ。泣きたくなる。
でも、桃子ちゃんはぐっと我慢する。

「別れても、いいの?」
「よくないよ。よくないけど、桃の元気ない顔、見てるの辛いから」

矢島くんは「あー」と言いながら両腕を伸ばした。

「やっぱり、あいつのこと好きなんでしょ?」
桃子ちゃんが首をかしげると、
「名前忘れたけど、あの、バスケ部の後輩」

黙り込んだ桃子ちゃんを見て、矢島くんは笑う。
「やっぱりね。大当たり。とか言って」
「どうしてわかったの?」
「うーん、なんとなく?」
おどける矢島くんに桃子ちゃんもつい噴き出す。

「ずっと、片思いしてるみたいだった」
「え?」
「上手く言えないけど、付き合ってるのに片思いみたいだった。
でも、楽しかったよ。桃ちゃんと一緒にいると、ホントに楽しかった」

矢島くんは、いつまでもやさしい。
もっと悪者扱いされてもいいのに、というか、して欲しいのに。

「ずっと、黙っててごめんなさい」

最後くらい素直になろう。
隠し続けていたこの秘密を、全部話そう。
桃子ちゃんは、丁寧に頭を下げた。

「ずっと、ウソついてて、ごめんなさい」

重力に逆らえず涙が地面に落ちてくる。

「桃」

矢島くんは、桃子ちゃんの身体を起こして、微笑んだ。

「もう泣かないで。笑って。ね」

言われたとおりに彼女は笑う。
ボロボロに泣きながら、必死で笑顔になる。

「あっ」
いきなり目を見開く矢島くん。「思い出した。夏焼だ。夏焼!」
「え?」
「いやあ、珍しい苗字だっていうことは覚えてたんだけど。
あースッキリしたー」

矢島くんは、豪快に笑っている。
個人的にはすごいシリアスな場面だったけど、全部ぶち壊される。
だけど、そうしてもらったほうが、良かったのかもしれない。
桃子ちゃんは一緒になって笑いながら、指で涙をぬぐった。


188 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:31


『外、すごい雨だねぇ』

窓から外を見ているのか、電話の向こうの梨沙子ちゃんが言った。
夏焼くんもふとカーテンを開けてみる。ガラスが、雨で濡れていた。

「ホント。すげーな。帰るときはまだ降ってなかったんだけど」
『明日も雨かなぁ。イヤだなぁ』

激しい音を立てて、雨がザーザー降っている。
いま、夏焼くんの心の中も同じように荒れている。
動けないほどじゃないけど、足首もズキズキ痛んでる。

『みーや』
「えっ、あ、なに」
『もー、絶対いま話聞いてなかったでしょ』
「あ、うん、ごめん」
『なんか、元気ないね』
「そんなことないよ。元気元気」
『梨沙子の前で、無理しないで』

参ったな。夏焼くんは苦笑する。
電話越しだから顔は見えないんだけど、
彼女にはもう全部お見通しみたいだった。
そうなると、ガッツリ甘えたくなってくる。

昨日の練習中に足首をひねったことを話す。
桃子ちゃんとのことは、どう言おうか少し迷った。

『ちゃんと病院行ったほうがいいよ』

彼女は年下だというのにも関わらず、お母さんのように言った。
夏焼くんは子供みたいに、小さな声で「うん」と答える。

桃子ちゃんの心配も、彼女とものと全く同じハズなのに。
どうしてあんなに冷たい言葉が出てきてしまったのだろう。
あんたには関係ないだなんて。どうして言ってしまったのだろう。

理由はなんとなくわかってる。
だけどそれを認めたくないと思ってる自分がいた。
要するにつまり、へそを曲げていた。


189 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:32


*****



190 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:32

翌日。雨は止んだが、まだ空は曇っていた。

キーンコーン カーンコーン

やばいやばいやばい!
徳永くんは軽快なチャイムの音を聞きながら、
必死こいて3階までの階段を駆け上っていた。
早くしないと、朝のホームルームが始まってしまう。

「よっしゃセーフ!」
「アウトだ」

いてっ。教室に入って安心した瞬間、後ろから頭を叩かれる。
クラスメイトがいっせいに笑い出す。振り返ると担任の先生が、
出席簿を持ってイカツイ顔をしていた。

「はい出席取るぞー」

先生が出席番号順に名前を呼び始める。
徳永くんは叩かれた場所を撫でながら、一番後ろの自分の席に着く。

「徳永ー」
「ハイ!」
「遅刻、と」
「そんな!」

右隣の席の須藤くんもクスクス笑っている。
徳永くんは、「ついてねー」と呟いて鞄を横にかける。
そのついでにふと左隣を見る。そして、気づく。

なっちゃんは?と須藤くんに尋ねようとしたら、
タイミング良く先生が「夏焼ー」と呼ぶ。

「夏焼?休みか、珍しいな」
「病院に行って来るらしいでーす」
須藤くんがそう答えた。

徳永くんは首を伸ばして、
「病院って何」
「おととい、捻挫したみたい」
「え、大丈夫なの?」
「昨日の練習でけっこうムリしてたっぽいんだよ」
ヒソヒソ声で会話をする。
「なにやってんだよあいつは。試合近いっちゅうのに」
「ホントだよ」
「全然自覚ないな」
けしからん!腕を組んで、徳永くんは眉間にシワを寄せる。

「さっきからうるさいぞ徳永!」
「は?!」

先生からいきなり怒鳴られて、思わず立ち上がる徳永くん。
クラスメイトたちは、またか、という顔で眺めている。
なぜか怒られるのはいつも徳永くんだ。須藤くんは苦笑した。



昼休みになってから、夏焼くんが登校してきた。
でも、松葉杖もついてないし、パッと見、何ともなさそうだった。

「よっ」
「よっ、じゃねえよ。おせーよ」
徳永くんのツッコミに、ニコニコ笑いながら、
夏焼くんは机の上にどかっと座った。

「足、大丈夫だったの?」

須藤くんは心配そうに尋ねる。
問題の足をブラブラせている夏焼くんは、親指を立てて、

「あったりまえよ。ノープロブレム」

その言葉がホントかウソかは、本人にしかわからない。
「よかった。大したことなくて」須藤くんは言って、微笑む。

「試合って今度の休みなんだろ?もうすぐじゃん」
「そうだな」
「次は絶対全国優勝でしょ」
「とーぜん」
自信満々に答える夏焼くん。明るく笑っている。
その笑顔には、まったくウソのかけらも見えなかった。


放課後は張り切って部活動。
ジャージに着替えた夏焼くんは、須藤くんと体育館に入った。

小さく2回ジャンプして、足首を見る。
昨日あった違和感は、今は10%くらいにまで減っている。
ひねった瞬間はかなり焦ったけど、これなら大丈夫みたい。
試合にもまあ、最高の状態で出れそうだ。

この安心感を一番に伝えたいはずの、マネージャーは遠くに居る。
わざと距離を置いているように思えて、胸がちょっと苦しくなる。

昨日から、気まずい状態が続いている。
こうなる前はなんてことなかったことが、なぜかとても難しい。
今まで、大切な女友達だって思ってたのに、
たった一言でそれが変わってしまった。

言葉って、実は思っているよりもずっと力を持っている。
まるで、何かの呪(まじな)いのようだ。

191 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:33


「どうだった?病院」

いつもの待ち合わせ場所、図書館の前。
梨沙子ちゃんは、夏焼くんが来るなり、そう言った。
夏焼くんは笑って、大丈夫だったことを伝える。

「よかったぁ」
「だから元々そんな大したことなかったんだって」
心臓に手をあてている大げさな彼女に苦笑する。
ガバッと抱きつかれて、ますます情けない顔になる。

「ちょ、やめてよこんなとこで」
「ホントに、安心した」
ぎゅっと背中を掴まれて、夏焼くんは不意に胸がときめく。
そして、彼女を力いっぱい抱きしめたくなる。

「ありがとう」

思いっきり、息を吸う。
彼女の女の子らしい香りに目を閉じる。
やわらかい彼女の身体を、両腕で確かめる。

「梨沙子が病院に行けって言わなかったら、
今日も無理して、もっとひどくなってたかもしれない」
彼女はうれしそうにクスッと笑って、身体を揺らしてきた。
ほっぺもスリスリとこすり付けてくる。

このままずっとこうしていたい。だけど、夏焼くんは言う。
「帰ろう。21時過ぎちゃうから」
「うん」
彼女は、素直にうなずいてくれた。


こないだみたいに、別れ際にキスをしてから、
梨沙子ちゃんはお家に向かって駆け出した。
菅谷家の門の前で一度立ち止まって、
とびきりの笑顔で夏焼くんに手を振る。
夏焼くんも、ニヤけた顔で振りかえす。

「はあ」

ひとりになって、とりあえずため息をつく。
頭の中でずっと引っかかっていることを、思い出す。

あっちとこっち。優先順位は明らかだ。
友情より愛情。それは間違いないことなのだ。
だけど、このままでいいのか、と不安になってしまう。

『みーやんには関係ないでしょ』

そう言われて、腹が立ったし、寂しかった。
なんでも相談できる間柄だと思っていたのに、
彼女は何かをひたすら隠そうとしていた。

矢島くんとは、どうなったのだろうか。
気軽に何でも話せるあの関係が、とても恋しくなった。

192 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:34


*****



193 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:35

「うわぁすごい人ですねぇ」

さっそうと高級外車から降りた愛理ちゃんは、辺りを見回して言った。
ざっと見た感じだと、やはり高校生がほとんどを占めていた。
「そうでございますね」
ドアを開けているじいやは、お嬢様を見つめて、穏やかな笑みを浮かべている。

「ありがとうございます」
梨沙子ちゃんが軽く頭を下げて、愛理ちゃんの後に続いて出てきた。
そして、大きな九戸(きゅうと)総合体育館を見上げて、息をのむ。
眉間にシワを寄せて、険しい顔になる。

ここで今日は一大イベントが行われる。たくさんの高校のバスケ部が
一堂に集まって、冬の全国大会への切符を奪い合うのだ。
夏の大会の予選もかなり緊張したけれど、今回もヤバイ。

「どうしよう。胃が痛くなってきた」
「なんでりーちゃんが緊張するの?」

なぜかすでにテンパっている親友を見て、愛理ちゃんは苦笑した。
試合に出るのは彼女じゃない。彼女のカレシだというのに。
じいやもそんな梨沙子ちゃんにホッホッホと笑っている。
周りの人々が振り返るくらい、その場には上品な雰囲気が漂っていた。

「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよぉ」
梨沙子ちゃんは今にも泣きそうな表情で、親友をにらむ。
ケッケッケ。愛理ちゃんは笑う。まったく、この子はしょうがないんだから。

「お嬢様がた、ようこそいらっしゃいました」

するとそこにスーツ姿の中年男性がやってきた。
愛理ちゃんがじいやを見ると、彼は「本日の大会の主催者でございます」
と説明してくれる。梨沙子ちゃんと顔を見合わせて、少し首をかしげる。

「このあいだの大会では、後ろの方のお席で試合が見づらかったと
おっしゃっていたので、今回は最前列の見やすいお席でご観戦を、と思いまして」
「はい。本日は、いちばん見やすいお席をご用意させていただきました」
「すみません。ありがとうございます」

(よかったね、りーちゃん)愛理ちゃんは隣の親友にこっそり言った。
うん、とうなずいた親友は、さっきよりは柔らかい表情になっていた。



湾田高校の控え室には、とても張り詰めた空気が流れていた。
背番号11のユニフォームを着た夏焼くんも、大人しくベンチに座り、
真っ赤なリストバンドをじっと見つめていた。
これは梨沙子ちゃんからもらったお守りだ。
試合のときは必ず身につけて、夏焼くんは験をかついでいた。

「そろそろ時間だ。行くぞ!」

顧問の安藤先生が部員たちに声をかける。
みんないっせいに立ち上がる。
そのリストバンドを手首につけ、夏焼くんも立った。
気合を入れて、歩き出す。

入り口で、マネージャーの桃子ちゃんがみんなとハイタッチしていた。
試合前の恒例行事だった。これも、ひとつの験かつぎだった。

夏焼くんは、あっという間に自分の番になって、少し躊躇する。
あの日から、あんなことを言ってしまったあの日から、
彼女とはずっと距離を置いていたのだ。無理もない。

久しぶりに、2人の視線が交わる。
桃子ちゃんは真剣な顔で、夏焼くんに両手のひらを見せた。
ドキッとするが、別に何も書いてない。真っ白な手のひらだった。

あんたには関係ない。そう言われたし、夏焼くん自身もそう言った。
だけど、それでも彼女のことがいつも気になった。
仲の良いおともだちだから。大切な大切な存在だから。
梨沙子ちゃんとは違う意味で、好きな人だから。

「ツグさん」

見つめ合うことで、彼女も同じ気持ちだったのだと気づく。
目を見ればわかる。彼女のつぶらな瞳は、その口ほどにものを言うのだ。
彼女を信じきっている夏焼くんは、怖いくらいの真面目な顔で見つめる。

「もう、大丈夫だから」

そう言うと、桃子ちゃんが黙ってうなずいた。
夏焼くんは、ずっと差し出されていた彼女の手に、パチンと触れる。

ただそれだけのことだったけれど、2人の間にできていた
わだかまりは、不思議にもすうっと消えてなくなるようだった。
その代わりに、試合にもきっと勝てる、しかも全部勝てる、そんな自信がわいてきた。

194 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:36


「え、え、夏焼くんって何番?」
「11番。ほら、あそこ」
「ヤッバイ。チョーかっこいいじゃん」
「でしょでしょ?」

どこの学校の生徒なのか、後ろの席の女子たちが
そんな会話をしていて、愛理ちゃんは隣の梨沙子ちゃんをうかがった。
でも、彼女はいまそれどころじゃないようで、
ずっと赤いリストバンドを握りしめて、カレシを必死に見つめていた。
なんだか彼女らしいなあと思って、愛理ちゃんは微笑む。

その試合は、湾田高校が相手に50点差をつけて圧勝していた。
梨沙子ちゃんのカレシは大活躍。注目の的だった。

「すごいね。夏焼先輩」
愛理ちゃんが興奮気味に言うと、梨沙子ちゃんははにかむ。
試合が始まったことで、ようやく緊張がほどけてきた様子だった。

「あ、フリースロー、夏焼先輩」
「えっ」

ちょうど、夏焼くんが床にボールを何度かついていた。
これを入れなけりゃ負ける、って場面じゃないけれど、
梨沙子ちゃんは祈るように手を組む。
本当はフルネームを大声で叫びたい気分だけど静かに願う。

それはもう見事にスパッと入る、夏焼くんのシュート。
どっと沸く会場。笑顔の夏焼くん。ホッとする梨沙子ちゃん。
恋する乙女そのものな彼女の横顔に、愛理ちゃんは
ちょっとうらやましくなった。

自分にも早くそういう相手が現れるといいな。
白馬じゃなくて、河童の王子さまがいい。なんてな。
ケッケッケと笑った愛理ちゃんは、まだ見ぬ
未来の王子さまを思い浮かべてひとり照れた。


試合終了のブザーが鳴った瞬間、夏焼くんはうれしくて飛び上がった。
両手を挙げて、抱き合って、先輩たちと優勝の喜びを分かち合う。
安藤先生も、ベンチの部員たちも笑顔で駆け寄ってくる。
もちろんマネージャーの桃子ちゃんだって、猛ダッシュで。

「ツグさん!」
「みーやん!やったね!」

夏焼くんは勢いで桃子ちゃんをガバッと抱き寄せる。
うさぎのようにピョンピョン跳ねながら、笑顔で抱き合う。
須藤くんもまざってくる。みんなでもみくちゃになる。

ひとしきり騒いだ後、夏焼くんはふと観客席を見上げる。
キョロキョロして、すぐに見つける。最前列に、梨沙子ちゃんの姿を。

リストバンドをつけたほうの手の、こぶしを突き上げて笑う夏焼くん。
そしたら彼女も無邪気な笑顔で同じポーズをしてくれた。
ますますうれしさがこみ上げてきて、夏焼くんは須藤くんに飛びついた。
ラブストーリー映画の1シーンのように、2人はくるくる回り始める。
桃子ちゃんは、その一部始終を微笑みながら眺めていた。


195 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:37

「ツグさん」

全部終わって、ひとりで帰ろうとしていた桃子ちゃんを、
夏焼くんは追いかけて呼び止めた。

「一緒に帰ろうよ」
「いいけど?」
素っ気ない言い方だったけど、彼女は笑っていた。
そして、すぐに真顔になって、夏焼くんに言う。

「こないだは、あんなこと言ってごめんね」
「あんなこと?なんだっけ」
照れ隠しで、そんなことが口から出てくる夏焼くん。

「心配してくれたのに、関係ない、って」
「それはまあ、お互いさまじゃね?」
ニカッと笑って、夏焼くんは歩き出す。

「それで、カレシとはどうなったの?」

並んで歩きながら、いちばん気になっていたことを尋ねる。
桃子ちゃんは潔くキッパリと答える。

「ちゃんと、別れたよ」

うえっ。ビックリして一瞬息が止まりかける夏焼くん。

「マジで?」
「マジで」
「どうして」
「そんな野暮なこと聞くんだ」
「だって気になるじゃん。教えてよ」
彼女の横顔を見つめて、夏焼くんは言った。

「ずっとね、ウソついてたの」

そう呟いた桃子ちゃん。
夏焼くんのほうは見ずに続ける。

「自分の、ホントの気持ちを隠して、ウソついて付き合ってた」
「ホントの気持ち」
「そう。あたしのホントの気持ち」
「あのカレシのこと、好きじゃなかったの?」
「好きは好きだったよ。でも、それより好きな人がいたの。
好きで好きでどうしようもない人が、いた」

とんでもない彼女の告白に、夏焼くんの心臓はドキドキしてくる。
相手は誰だ。誰なのだ。わかりそうで、わからなくて、緊張する。

「じゃあ、その人と付き合うから別れたんだ?」
「そうだったらいいんだけど、その人、カノジョいるし」
「え」
「それに、その人にとってあたしは、ただの、おともだちなの」

不意に彼女が夏焼くんを見る。
夏焼くんは難しい顔をして、沈黙する。
すると、逆に彼女は明るく笑う。

「でも、今はそれでもいいなって思ってるんだ」
「え?」
「おともだちでいるのが、一番いいんだ、って」
「おれとツグさんみたいに?」

そんな言葉が夏焼くんの口からポロッと出てきた。
桃子ちゃんは目を丸くしたが、すぐにクスクス笑い始めた。

「そうだね。あたしとみーやんみたいに――」

196 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:37


*****



197 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:38

「よかったね。無事に全国大会決まって」

数週間ぶりのバイトの帰り道。
いつものように、桃子ちゃんは熊井ちょーと歩いていた。
最初は部活の話をしていたが、彼女は話題を変える。

「ねぇ、熊井ちょー」
「ん?」
「桃ね、別れたんだ」
「えっ」熊井ちょーが、素っ頓狂な声を出す。

「別れたって、カレシと?」
「うん」
「そっか」
理由とか色々聞かれるかと思ったけれど、
熊井ちょーはそれ以上何も言わずに黙り込んだ。
桃子ちゃんも、何から話そうか考えていた。

「夏焼先輩とは、付き合えそうなの?」

少しの沈黙の後、熊井ちょーは口を開いた。
桃子ちゃんは首を横に振って応える。
「みーやんは、カノジョがいるからね」
「そうだけど」
「もう、いいの」
「いいのって?」
「みーやんとは、ずっとおともだち。それでいいの。
ううん。それがいいの。それが、いい」

夜空を見上げて、彼女は微笑む。
まるで恋の呪縛がとけたような、清々しい表情をしていた。

このまま、ずっと友達がいい。そう彼女は言った。
そんなのよくない、と思う熊井ちょーは、
やりきれない想いをかみ締めることしかできなかった。

198 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:39


*****



199 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:39


「全国大会出場おめでとう!」

田中さんがテンションうえうえな感じでグラスを掲げた。
夏焼くんは、あざーすとか言いながら、彼と乾杯をする。
今日は、こないだの大会の優勝を祝して、田中さんがおごってくれるらしい。
まあ、おごるっていっても、安いファミレスだけど。

「おめでとう」
「ありがとう」
隣の席の梨沙子ちゃんとも、笑顔で乾杯をする。
なんと田中さんは、彼女の分までご馳走してくれるというのだ。

「梨沙子ちゃん何食べる?好きなの頼み」

彼女にメニューを差し出して、ニカッと笑う田中さん。
「はい」と答えた彼女は、なんだか照れてるように見えた。
え?なにその乙女みたいな顔。夏焼くんはビックリする。

「やっぱ、梨沙子ちゃんってチョーオトナっぽいよね」
「そ、そんなことないですよ」
「だってまだ中2やろ?おれの同級生よりオトナに見えるよ」
「そんなぁ」
「いやー、こいつまだまだガキっすよ」
「ちょっと!」
イテッ。彼女から思いっきり肩を叩かれる夏焼くん。
なんだよなんだよ。ブスッとした表情で、彼女を見る。
するとなぜか鋭い眼差しでにらまれる。え、何か悪いことした?

「田中さんって、ホントにかっこいいですよね」

態度をひょう変させた梨沙子ちゃんが、田中さんに言った。
ハァ?夏焼くんは驚きを通り越して、怒りすら覚えた。
かっこいいとか最近言われてないのに!なんでこの軽ヤンに言う!

「もっと褒めて褒めて。褒められたら伸びる子やけん、おれ」

ニャハハハーと猫みたいな顔をして田中さんが笑っている。
伸びるのは鼻の下だけだろ!このチビ!
なんてこっそり悪態をつきながら、夏焼くんは険しい顔で水を飲む。

「梨沙子ちゃん。雅と別れておれと付き合わん?」
「ちょ!」

調子乗んなこの柔道バカ!
とは口が裂けても言えない。だって、田中さんは先輩だから。

「ウソっちゃ、雅。そんな怒んなって」
「別に、怒ってないっすよ」
「冗談だってば」彼女がうれしそうに言う。
「わかってるし!」即答する。

「田中さん、ごめんなさい。やっぱりあたし別れられないです」
「だよね。よう考えたらおれも今好きな人おったわ」
「えっ!」
「うっさい」田中さんから頭を軽く打たれる夏焼くん。
さっきから、なんか叩かれてばっかりだ。まったく理不尽だ。
しかしそれよりも気になること。田中さんの、恋バナだ。

「ついに、カノジョできたんすか?」

夏焼くんは身を乗り出して尋ねる。
梨沙子ちゃんも興味津々といった表情で、田中さんを見ている。

「もうすぐ誕生日やし、そろそろ決着つけよっかなって」
「マジすか!がんばってくださいよ!」

あぁ。田中さんは、力強くうなずいた。
相手はいったいどんな女(ひと)なのだろう。

わかりやすいくらい、面食いな先輩のことだ。
きっと元カノと同じくらい可愛い女の子だろう。
夏焼くんは勝手に妄想して、ひとりニヤけたのだった。



200 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:41

从*` ロ´)<おわりばい!そして100ゲット!


201 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:42

从*´ ヮ`)<200の間違いやった・・・


202 名前:彼女の呪縛 投稿日:2008/06/28(土) 23:44

ノノl∂_∂'ル <ぜってー相手聞き出してやる
从*` ロ´)<おまえなんかにゃ教えんわ!


203 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/29(日) 00:33
>>201
田中くんキャワ

ますます続きが気になってまいりました
次回も楽しみに待ってます
204 名前:アネゴ 投稿日:2008/06/29(日) 01:13
お久しぶりです。未だバッチリ追わせてもらってます。

>>190を読んで須藤のマーくんはガチホモでもいい気がしてきました
205 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/29(日) 05:18
更新お疲れ様です!
待ってた甲斐があったよ!超キュンキュンしました〜
桃子ちゃん切ないけどカッコ良くすら見えました
りしゃみやの相思相愛っぷりもほのぼのするねぇ(田中先輩のチャチャ入れも楽しかった!)
この小説は甘酸っぱくていつもキュンキュンしちゃいますw
206 名前:初代〜w 投稿日:2008/06/30(月) 16:41
桃子の方は一応決着がついたって感じですね。
矢島君が潔くてかっこよかったです。
そして・・・田中君の好きな人がめちゃくちゃ気になる〜www
これからも頑張ってください!
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/01(火) 00:35
やじもももだけど、熊井ちょーが切ない。
熊井ちょーガンバレ!!
208 名前:重ピンピン 投稿日:2008/07/06(日) 02:44

更新おつかれっす

いや〜いろいろとありますなぁ〜
やっぱり自分としてはももちゃんに頑張ってほしいっすね
りしゃさんには悪いんですけど・・・

あとは熊会長にももっと頑張ってほしいですね

重ピンクに関しましては全て作者様にお任せしますm(--)m


209 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/06(日) 22:38
切ないけど
前シリーズとはまた違うおもしろさ
夏焼くんは別れずにがんばってくれ!!
210 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/07/21(月) 20:46

>>203さん
ありがとうございます
気合入れて新しい話を書き始めたので
暇な時に読んでやってください

>>204 アネゴ
お久しぶりですね!ありがとうございます!
須藤くんにはいちおう橋本さんっていうカノジョがいます
たぶんガチホモじゃないとは思います

>>205さん
ありがとうございます
待ってた甲斐があったと言われるとすごいうれしいです
これからも甘酸っぱいようなドロ沼ストーリーを展開させていきます

>>206 初代さん
個人的に矢島くんは吉澤さんより男前なイメージです
田中っちに関しては新しい話で全てわかるとおもいます
これからもがんばって書いていきます

>>207さん
川*^∇^)<がんばる!

>>208 重ピン
ありがとうございます
熊井ちょーはがんばるそうですよ(>>207
ついにとうとう重ピンクの出番がきました
任されたのでちょっと気合入れて書いていきます

>>209さん
ありがとうございます
ノノl∂Д∂'ル<がんばる!

211 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/07/21(月) 20:47

今からさらにごちゃごちゃになりそうなので
これまでの話の流れをまとめて年表を作ってみました
新しい話の内容も最後の方に少しだけ入れています
ああもうわけわかんない!ってなったときにでも見てみてください

年表で振り返る彼女シリーズ
ttp://www.geocities.jp/namake_nonko11/table.html

212 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:48



213 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:49
登場人物


从*` ロ´):田中くん

从*・ 。.・):道重さゆみ

川 ´・`):唯ちゃん

ノソ*^ o゚):なかさきちゃん


その他おなじみのハロメンたち
214 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:49


*****



215 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:51

たこ焼き・わたあめ・ホットドック。
ワイワイ賑やかな出店がずらりと並んでいる。
高校2年生の矢島くんは、両手にたくさん食べ物を抱え、
幸せそうにムシャムシャ食べながらゆっくりと歩いていた。

本日は矢島くんの通う私立波浪学園高等学校(略してハロ高)の文化祭。
学校は一日中開放されていて、生徒の家族や、他校の生徒など、
さまざまな人々が訪れているようだった。

「舞美、こんなとこにいたんだ」
「ん?」

ハァハァいいながらえりかちゃんが隣にやってきた。
矢島くんはフランクフルトを頬張りながら、彼女を見る。
彼女は、口をモグモグさせている矢島くんを見て、呆れた顔をした。

「まったくもう。食いしん坊なんだから」

お姉ちゃんみたいな口調で言ったえりかちゃん。
矢島くんの腕をぐいっと引っ張って、どこかへ連れて行こうとする。

「ちょ、どこ行くの?まだやきそば食べてないんだけど」
「そんなの後からでいいでしょ!陸上部の人たち捜してたよ!」
「えっ」

矢島くんの所属する陸上部は、ダーツのお店を開いていた。
だけど、場所が悪いのかあまりお客さんが来ていなかったようで、
焦った部員たちはエースの矢島くんに客寄せを頼もうとしたらしい。
しかしそのエースの姿がどこにも見当たらない。だから、彼らと仲良しの
えりかちゃんが、消えた彼の姿を捜していた、ということで。

「おまえどこ行ってたんだよ!」
「すいません」
食べ物を両手に持ったまま、矢島くんは部長に頭を下げる。
厳つい顔で腕を組んでいる部長は、大きな声で命令する。

「店番サボッて食ってた罰だぁ!客連れてこーい!」
216 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:52

矢島くんは根っからの体育会系。先輩の命令は絶対だ。逆らえない。
しょうがないから急いで全部食べた後、チラシを手に校内をウロウロしていた。
「陸上部よろしくおねがいしまーす」とか笑顔で適当に言いながら、宣伝する。

「おねがいしまーす」
ちょうど側を通りかかったカップルにチラシを渡す。
ジロジロ見るのもあれなので、すぐに立ち去ろうとしたけれど、
「あっ!」という女性の高い声がして矢島くんは振り返った。
あ、と目を見開く。この人、いつかどこかで会ったような。

「あの、矢島先生の息子さんですよね?」

声をかけてきた女性は、髪の長い綺麗な人だった。
彼女が言った”矢島先生”とは、矢島くんのお父さんのこと。
大きな病院で外科医をしている、立派なドクターのことだ。

確かこの人の父親は、何の繋がりか、そのお父さんと知り合いで、
以前、家族同士で食事をしたことがあった。
彼女の父親は、(名前を度忘れしたが)なんちゃらカンパニーっていう、
大きな会社を経営している社長さんだった気がする。

バカなりに、必死に少ない記憶をかき集め、矢島くんは言う。
「あ。そっか。ハロ高出身って言ってましたっけ」
「うん。この人もね、そうなの」と微笑んで、女性は隣の恋人を見た。
恋人はとても小奇麗な、お坊ちゃまらしいお坊ちゃまだった。
目が合って、軽く会釈する。

彼女は矢島くんが渡したチラシをちらりと見て、
「ダーツできるの?」
「はい。します?」
「うん。しよっかな。ね」
「そうだね」

お客さん2人ゲットだぜ!矢島くんはさわやかにガッツポーズ。
しかし心の中では(これでまた部長に怒られなくて済む)と少し思っている。
彼女たちを連れ、ウキウキしながら、ダーツのお店へと戻る。

その途中、ふと会話が途切れたので、彼女に尋ねる矢島くん。
「おふたりは、付き合ってどれくらいなんですか?」
「えーっと」指折り数えながら彼女は考え、
「今年の2月からだから、ちょうど9ヶ月くらいかな」
そう言ってカレシを窺う彼女の横顔はとても幸せそうだった。

2月からか。矢島くんはそれを聞いて、最近まで付き合っていた
女の子のことを自然と思い出してしまう。
その子とは3月から付き合って、ついこないだ別れたのだ。

ちょっぴりセンチになった矢島くんは、今度は彼女から質問を受ける。
「そういえば、夏のインターハイで優勝したらしいですね」
「あ。はい。優勝しました」
「すごいねー。じゃあ、日本一だ」
彼女の恋人が驚いたように言った。
「そうだよ。日本一だよ」
「短距離?長距離?」
「短距離です」

「でも、矢島くんっていかにも足速いですって顔してるよね」
「は?どんな顔?」
「ほら見てよ。足速いですって顔してるじゃん」
「全然意味がわからないんですけどー」
カップルはいちゃいちゃしてるんだか漫才してるんだか、
わからない会話をし始める。矢島くんは苦笑した。
217 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:52

「ガキさんには絶対負けないもんね」
「そういうのはちゃんと的に当ててから言ってくださーい」
「うるさいうるさいっ。集中させてよっ」
「あーあーあー」
「ちょっともう!シャラップ!」

そういえば、この女性の苗字はなんだっただろう。
カレシと楽しそうにダーツ対決をしている彼女を眺めながら、
矢島くんはずっと考えていた。でも、どうも思い浮かんでこない。
ここまで、ノドのところまでは出てきてる気がするんだけどなあ。

「カメ下手すぎるよー。全然相手になんないじゃん」
「むー。ガキさん生意気ー」

カメ。カメか。珍しい名前だなあ。
いや、カメだけじゃおかしいから、最後に”子”とかつくのだろう。
フルネームだと、なんちゃらカメ子。うーん、けっこう古臭いなあ。
腕を組んで、難しい顔をしながら、矢島くんは考える。
実は正解に何ひとつかすっていないことには、まだ気づいていない。

「ありがとうございました」

じゅうぶんダーツを楽しんで、帰ろうとしたカップルに、矢島くんは言った。
いえいえ、と笑った彼女たちは、腕を組んで仲良く去って行く。
と思ったら彼女が急に立ち止まり、矢島くんのほうを向いた。

「どうしました?」
「来月、23日なんだけど、わたしのバースデイパーティがあるんです。
必ず招待しますから、ご家族で、ぜひいらしてくださいね」

ふわりと微笑んだ彼女は、軽く頭を下げて、ふたたび歩き出す。
矢島くんは無駄に大きな声で「絶対行きます!」と答えた。
振り返った彼女が、笑顔でうなずいてくれた。

「おいおい、どういう知り合いなんだよ」

彼女たちの姿が見えなくなってから、部長たちから囲まれる矢島くん。
父親たちが顔見知りで云々、と律儀に説明する。

「部長たち、なんであの人のこと知ってるんですか?」
「なんでって、亀井先輩はチョー有名人じゃん」
「え?!」
「おいおいおい、元ミス・ハロ高だぞ?」

かかかか、カメって苗字のほうだったのか!
彼女がミス・ハロ高に選ばれるほどの有名人だったということよりも、
亀井という名前だったのか、ということに矢島くんは反応する。

「それに、あの大企業、ピースカンパニーの社長令嬢だぞ?
おれらにとっちゃ…なんだ。ああ、高嶺の花よ。高嶺の花」

ピースカンパニー!そうそう、それだそれ!
ノドにつっかえていたものが、全部とれてスッキリした。
妙にニコニコしだした矢島くんに、部長は訝しげな視線を送った。

218 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:53


*****



219 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:53

「ガキさんが絵里に初めて”好き”って言ったの、ちょうど昨年の
今くらいだったよねぇ」

ハロ高の門をくぐった後、歩き慣れた懐かしい道の途中で、
絵里ちゃんは思い出したように言った。
いきなり昔話をされたガキさんは、ちょこっと動揺する。

「そうだったっけ。覚えてないけど」
「えぇ、覚えてないのぉ?」
「覚えてるわけないじゃん。そんな昔のこと」
忘れたくもなる。あんなかっこわるい告白。
素っ気なく言ったガキさんは、スタスタと歩く。
そんなカレシに絵里ちゃんは肩をすくめて微笑む。
とことこ走って追いついて、ガキさんの腕を掴む。

「なんかさぁ、不思議にならない?」
「え?」
「こうやって、絵里とガキさんが腕組んで歩いてるの」
どういう意味だ。ガキさんは彼女を見る。
彼女はニコニコ笑みを絶やさずに、
「不思議だなぁ。ホントに不思議」と言ってガキさんにもっと引っ付く。

ガキさんは眉間に少しシワを寄せる。
絵里ちゃんが不思議だと言っていること。
こうやって今2人が付き合っていること。
改めて考えてみなくても、不思議すぎる。

だって昨年の今ごろは、絵里ちゃんは田中っちと付き合っていた。
手を伸ばしたって届きそうにない、遠いところに彼女はいた。
無理して背伸びして、がんばってみようとも思ったけれど、
やっぱりこの幼なじみという関係を壊すことはできないと思った。
彼女は友達なんだと、自分に言い聞かせようとしていたのだ。

それが今では、横に絵里ちゃんがいるのが当たり前。
いちゃいちゃするのが当たり前。そんな日常になった。
どんなに激しい嵐が来たって絶対負けない。強い心も持っていた。
1年前の自分とはまるで別人のよう。
不思議としか言いようがない。ガキさんは思う。

「ねぇ、ガキさん」
「なに」
「絵里、もう戻れないよ」
「はい?」
「もう、ガキさんと友達に戻れない」
絵里ちゃんは手にぎゅっと力を込める。

「だから、ずっと一緒にいたい。ガキさんと、このままずっと」
「うん」
「絵里のこと、見捨てないでね」
「ぶはっ」思わず噴き出すガキさん。

「見捨てないよ。逆に見捨てないでよ、カメも」
「絵里は見捨てないよぉ。ガキさんのこと、チョー大好きだから」
うへへ、とバカっぽく笑った絵里ちゃんは、ガキさんの手を握った。
ガキさんはなんか照れてしまって、その反対の手でおでこをかく。

「ガキさんは?」
「なにが?」
「絵里のこと」
「さぁー」
首をひねって、ガキさんは苦笑いする。

「さぁー、じゃないでしょ。どうなのどうなの?」
ふざけながら迫ってくる絵里ちゃん。
「キモイからー」ガキさんはツッコんで、誤魔化す。
ぶー。思い通りの答えがもらえなかった彼女がむくれている。
「もー、いっつもガキさんはそうなんだからぁ」
「うっさい」
「あー、素直じゃないぃ」
「うっさいうっさい」
と追い払っていたら、絵里ちゃんは繋いだ手を離した。
唇を尖らせて、少しだけ距離を置いて歩き始める。
しかも早歩き。女の子のくせに、ずんずん先を進む。

220 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:54

ガキさんはそんな絵里ちゃんの後姿を、ふと真剣な眼差しで見つめる。
なんだか急に、付き合うまでの色んなことがフラッシュバックしてくる。
絶対に、絵里ちゃんが「友達に戻れない」なんて言ったからだ。

まだ友達だったころの彼女の記憶がよみがえってくる。
忘れられない、あのプーケットナイトも思い出す。

『ガキさんなら、絵里のこと1番わかってくれる?』

『ぼく以上にカメのことわかってる男なんて、他にいないと思う』

今でも同じ言葉を自信持って言える。これは過剰、いや大過剰な自信だ。
彼女のことを世界で一番知っているのは自分なのだと、キッパリ断言できる。
彼女の素敵なところも、どうしようもないところも、全部知っている。
キスが何より大好きなことも、一番エッチになる部分も、なんだって。

『ホントは…まだ好きなの…』

さらに、あのひどい雨の夜のことも思い出す。
潔く、元カレ・田中っちとのプリクラを投げ捨てた絵里ちゃんが、
自分だけに漏らした本音、その裏にあった後悔。そして流した涙を思い出す。

彼女は何も知らない。
田中っちに、最終的にトドメをさしたのは、執事の吉澤さんなんかじゃない。
実はガキさんだったのだ。あいつに言うべきだった重大な事実を、ずっと隠し続けた。

そのことをもし教えていたら、絵里ちゃんは今もあいつと一緒に居たかもしれない。
もしかしたら、今よりも、もっともっと幸せな彼女の現在があったのかもしれない。

だけど、過ぎてしまった時間はもう戻せない。覆水盆に返らず。考えたってしょうがない。
だから田中っちのことを今さらどうこう言ったって、しょうがないのだ。
そう。しょうがない。すべて、こうなる運命だったのだ。ガキさんは自分に言い聞かせる。

『絵里は、ずっと好きだったよ?』
『ずっと?』
『うん。ずっと。ずーっと好きだったんだよ?』

恋人同士の関係になって、初めて過ごした横浜の夜のことも、ついでに思い出す。

『ガキさん本気なんでしょ?絵里も本気だよ?』

『変わんないよ。これだけは絶対に、ぜーったいに変わんないから』


その場に立ち止まったガキさんは、どうしたもんだか急に「カメ!」と呼ぶ。
ぴたっとストップした彼女が、くるっと振り返る。ガキさんは大きな声で言う。

「カメを想うぼくの気持ちは、絶対に、何があっても変わらないから。
絶対、カメを見捨てたりなんかしないし、絶対、一生大事にする。
だから絶対、ずっと、ずーっと一緒に居よう」

笑っちゃうくらいマジな顔して、ガキさんは絵里ちゃんを見つめる。
さっきまで不機嫌だった彼女の表情は、簡単に元に戻っている。
ガキさんはまるで、彼女のマジシャンみたいだった。

「絵里だって、絶対変わらないよ?」

絵里ちゃんはガキさんの目の前に来て、その手を握りしめた。
ガキさんもしっかりと握り返す。そして、さらにダメ押しする。

「絶対幸せにするから。絶対に」

男にはビシッと決めなきゃいけない時がある。今がその時なのだ。
ガキさんは、自信満々に言い切って、彼女の長い髪をそっと撫でる。
そして、心底愛しそうな眼差しで、彼女を射抜く。
百発百中。この愛の矢は、みごとに彼女のど真ん中に命中する。

デレデレと、照れてはにかむ絵里ちゃんは、どこからどう見ても
幸せそうだった。そんな彼女を見るガキさんも、とても幸せそうだった。
つまり2人は、今まさに幸せの絶頂に居た。
221 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:54


*****



222 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:55
それと同じ日の真昼間。とある高級マンションの最上階の部屋。

『おまえ何でハロ高の文化祭来ないんだよ!』

電話越しの、大きな斉藤くんの声に田中くんは顔をしかめた。
携帯電話を耳から少し離しながら答える。
「ちょっと急に野暮用ができたと」
『なんだよそれ!』

うるさい親友に苦笑しつつ、ちらっと後ろを振り返る。
向こうのほうから、微かにシャワーの音が聞こえている。
田中くんは派手な柄のトランクス一丁だった。

「色々あるんよ。色々」

いつか斉藤くんたちには報告しなきゃいけない、と思ってはいるものの、
未だに何にも言えずにいる。あの夏の日、偶然出会ったあの人と、
こんな関係になっているだなんて、何ひとつ。

ふと静かになって、バスルームのドアが開く音がする。
田中くんは慌てて「じゃあ切るわ」と言って、ケータイを閉じる。
急いでソファに腰を下ろして、適当に雑誌をぺらぺらめくる。

「お待たせ」

ピンク色のバスタオル一枚で現れたのは、道重さゆみという女性だった。
実は彼女、”重ピンク”という愛称で親しまれている、大人気AV女優だ。
田中くんが、どうしてそんな人の部屋にいるのか。それは話すと長い長い話である。

田中くんは、まるで女神のように美しい彼女に見とれる。
いつまで経っても慣れない。目の前に彼女がいることが、信じられない。
でも、これは現実。手を伸ばせば彼女に届く。綺麗な肌に触れることができる。

雑誌を置いて、立ち上がった田中くんは、さゆみを強く抱き寄せる。
すると猛烈に性欲が湧いてきて、彼女にキスしようとする。
しかし彼女から人差し指で止められる。
「ベッド行こ?」可愛く提案されて、田中くんはただうなずいた。

明日は誕生日だ。
田中くんは、特別な日だから、特別な人と過ごしたい、と思っている。
具体的に言うと、できればさゆみと過ごしたい、と思っている。
でも、きっとその願いは叶わない、とも思っている。
だって彼女は友達だから。まあ、ただの友達ではないのだけれど。

さゆみとベッドに横になり、抱き合って、キスをする。
上手な彼女がリードして、エッチな行為がスタートする。
田中くんは彼女のバスタオルを丁寧にはいで、彼女を裸にする。
美しい身体があらわになる。てっぺんからつま先まで、舐めるように見つめる。

ポーッとしている田中くんに、微笑んださゆみは彼のトランクスに手を伸ばす。
膨らんでいる股間をそっと撫でながら、「今日も元気やね」と耳元で囁く。
「当たり前やん」田中くんは答えて、さゆみの上に覆いかぶさる。

至近距離でしばし見つめあった後、ふたたび口づける。
さゆみの唇は、甘いような辛(から)いような、とても複雑な味がする。
それはきっと、この恋の味。さゆみを想う、淡い恋心の味。

いいように利用されている。田中くん自身、それは十分わかっている。
ただ、セックスがしたいだけだし、適当に遊びたいだけ。ちゃんと理解している。
だけど田中くんの中では、友達以上の感情がすくすく育っている。
さゆみのことが好きで、できれば独り占めしたいだなんて、思っている。
でもやっぱり、そんなことが無理だとも、わかっている。
そういう対象に見られてない、相手にされてない、っていうこともわかっている。

わかっていることだらけなのに、なぜか田中くんは燃えていた。
まるで夏の太陽のように、そう、2人が出会ったあの夏の日の、
ギラギラ輝く太陽のように、情熱的に彼女を求めていた。
身体も心も、すべて彼女でいっぱいだった。
223 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:56


*****



224 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:57

その長い話は、田中くんが、いつもの仲間たちと夏休みに海水浴場へ
やってきたところから始まる。

「くぁー、夏やねー」

田中くんは眩しい太陽光線に手をかざし、目を細めた。
今日の空は突き抜けるように青い。素晴らしい天気だ。
いよいよ始まった夏休み。思いっきり満喫しなきゃいけない。

車のほうを振り返ると、林くんとミキちゃんが、トランクからせっせと
パラソルやクーラーボックスなど必要なものを運び出していた。そして、

「ハジメちゃん、唯があとで日焼け止め塗ったげるね〜」
「ありがと〜」

まだ車の後部座席でいちゃついてる、斉藤くんと、唯ちゃん。
ヨリを戻したらしいそのバカップルは、見苦しいことこの上ない。
さらに、失恋の傷がいまだに痛む田中くんにとっては、うざいことこの上ない。


カーステレオで夏っぽい曲をかけながら、田中くんはビーチボールを一生懸命
ふくらませて頭をクラクラさせていた。海の家ですでに着替えてきた男性陣は
それぞれ海で遊ぶ準備をしている。
斉藤くんは、空気入れで大きなシャチをふくらませているし、
「確かめる〜君との恋を〜目と目だけ合わせて〜」
林くんはゴキゲンにその曲のサビを歌いながら、パラソルを立てに砂浜に向かった。

「酸欠、酸欠、ヘルミー」
額に汗をにじませながら、田中くんは斉藤くんに助けを求める。
「ヘルミーって何だよ」
斉藤くんも斉藤くんで汗だくで必死に空気入れを踏んでいる。
「マジあちーなおい。こりゃ異常気象やで異常気象」
エセ大阪弁で言う彼に、田中くんは「チョーキモイんやけど」とツッコんだ。

そして完成した、黄色のビーチボールに、でっかいシャチ、青と白のパラソル。
水着に着替えた女性陣が戻ってくると、その場が一気に華やかになる。
太陽よりも眩しい彼女たちは、真っ白な肌と笑顔を輝かせて、
恋人の隣にそれぞれ並んだ。どっちも、お似合いだ。田中くんは微笑む。

「ちょっ、くすぐったいよハニー」
「動いたらあかんって〜」

斉藤くんの肩に日焼け止めを塗ってる唯ちゃんは、ミキちゃんと同じく大学生。
ミキちゃんはなんちゃら女子短大に通っているが、彼女は、確かハロ大だったと思う。
大阪弁でしゃべる、ぽわんとした感じの女の子だった。
おバカな斉藤くんとは、似たもの同士というか、波長が合ってるみたい。
彼女はイマドキの女子らしく、長い髪を明るく茶色に染めて、くるくる巻いている。
ミキちゃんもエビちゃんみたいな髪型で、実際よりも2歳くらい上に見える。

「タナやん、何か飲む?」

ビキニ姿のミキちゃんが、クーラーボックスを開けて、笑顔で話しかけてくる。
田中くんも笑顔で「じゃあ、牛乳」と答えて、一緒に箱を覗き込む。
「お、ちゃんとあるやん」
いつものパックの牛乳を手にとって、林くんを見る田中くん。

「当たり前じゃん」
「おう」
田中くんが右手を挙げれば、親友もそれに右手をパチン、と合わせてくる。
イヒヒ、と笑って、ストローを伸ばす。

「ペーはコーラでいい?」
「うん、いいよ」
あっちのバカップルとは違って、林くんたちはなんだか落ち着いてる。

彼女からコーラを渡された林くんはそのフタを開けながら、田中くんの隣に来た。
「てゆーかさ、唯ちゃん、やばくね?」林くんが耳打ちしてくる。
「ああ」納得した表情でちらりと唯ちゃんを振り返る田中くん。
視線は一点に集中する。悲しい男の性だ。

2人は、少し鼻の下を伸ばしながら、唯ちゃんのおっぱいを眺める。
あれはボイン以外の何物でもない。彼女が動くたびに、ゆさゆさ揺れている。

「あいつもあれくらいあったらいいのにな」
ひとまわり小さなミキちゃんのおっぱいを見て、ボソッと呟いた林くん。
田中くんはくくくと笑って、牛乳を飲み干す。

「まあ、ペーやん、女は胸じゃないよ」

ポン、と彼の肩を叩き、海に向かって駆け出す。
自然と笑顔になる。気持ち良い。
両手を広げ、砂浜をブーンと駆け抜ける。
そしてバシャバシャと海の中へ入る。
田中くんは、笑顔で青空を見上げた。
胸がワクワクするくらい、綺麗に晴れ渡っていた。
225 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:58

「シャー!かかってこーい!」

ほっぺと胸板を叩いて気合を入れた斉藤くんが、林くんに叫ぶ。
ひとしきり海で遊んだあとは、浜辺で相撲対決。
唯ちゃんとミキちゃんは、パラソルの下で、楽しそうに彼氏たちを眺めている。

「なに賭ける?」
林くんは、両手の拳を地面につけて、斉藤くんとにらみ合う。
「負けたほうがタナやんのためにギャルをゲットしてくる」
「オッケイ」2人は微笑み合う。

斉藤くんと林くんの間に手を入れて、行司の田中くんは真剣な表情。
2人の顔を交互に見て、「はっけよい、のこった!」大きく叫ぶ。

最初は林くんが優勢だったが、結局斉藤くんが上手投げで勝利した。
砂まみれの林くんに斉藤くんは手を差し出しながら、
「行ってらっしゃい」
「わかったよ」
渋々その手を掴んで立ち上がり、砂を払った林くんは、
ナンパをしにどっか走っていった。

226 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:58

「おまたせ!」

斉藤くんをみんなで砂の中に埋めていたら、林くんが戻ってきた。
さぞスタイルも顔も抜群に良いギャルたちを連れてくるんだろうなと思ったら、
白い日傘を差した、白いワンピース姿の女の子。たったひとり。
林くんは珍しく、いやらしい顔でニヤニヤしながら、みんなに言った。

「おまえら、ビックリすんなよ」
「は?」
「ビックリすんなよ?すんなよ?」

傘で見えなかったその子の顔が現れて、田中くんは、目を見開いて驚いた。

「ししし、重ピンク!!!!!!!!!!」

ニコッと微笑む彼女。重ピンク、もとい、道重さゆみ。
田中くんたちの年代の男子なら誰もがお世話になっているであろう、
売れっ子AV女優である。でもなんで、こんな場所に、重ピンクが?
しかもなんで林くんからナンパされて、ついて来てんの?

「握手してください!」

斉藤くんが、砂から飛び出してきてさゆみへ握手を求める。
彼女は、にっこりと笑って、彼の手を握る。

「ぼく、重ピンクの大ファンなんです!」
「ありがとう」

格好のせいか何なのか、本物のお人形さんみたいに可愛らしいさゆみ。
黒い髪はウエーブがかかっていて、まるでお姫様みたい。
これでAV女優だからな。そこらへんのアイドル女優より、断然可愛いぜ。
田中くんは、彼女をガン見する。なんかこう、レベルが違うのだ。
彼女を包む眩しいオーラは、普通じゃない。神々しい。
こんなすっげー女が現実にいるなんて。軽くショックを受けている。

「あ、重ピンクさん。こいつがさっき言ってた、田中です」

林くんの手が、田中くんの肩に置かれる。
さゆみは、田中くんへ視線を向け、微笑む。

「ひとりぼっちの、カワイソウな田中くんね」
「へ?」

ペーやんはいったい、どんな風に彼女を口説いたのだろう。
ちょっとアホ面で、田中くんは彼女を見る。
彼女は、じっと田中くんの瞳を見つめて、色っぽく微笑む。

「しょうがないから、さゆみがきみの相手してあげる」

ちょちょちょ!一気にテンションが上がる田中くん。
憧れのAV女優が、自分の、自分だけの相手を!
色んな妄想が、脳みその中を駆け巡る。

「じゃあ、今から花火するまでは、各自自由行動っつーことで」

いつの間にか仕切り屋になっていた林くんが、ミキちゃんの横に並んで笑顔で言う。
斉藤くんも、唯ちゃんと腕を組んで「そういうことで」と言って、にやにやしている。

もうすぐ日が暮れそうで、完全に暗くなったら花火をする。
それまでは、男女のカップルでまったり過ごそうということだ。
恋人同士の彼らはいいが、田中くんとさゆみは、たった今、出会ったばかり。

ちょっと、どうすればいいかわかんないぞ。
残された田中くんは、口をへの字にして、がしがしと後頭部をかいた。

「あ、あのー」

足を海水に浸しているさゆみの背中に話しかける。
彼女が長い髪をなびかせて、くるっと振り返る。
ふはっ。そのまばゆいオーラに、田中くんは目を細める。

「なに?カワイソウな田中くん」
「カワイソウって」

そりゃあ、今は完全フリーで、とても寂しい状態。確かにカワイソウだ。
でもそんな風にはっきり言われると、さらに悲しい気持ちになる。

「きみがいなかったらダブルデートだったみたいだね」
「まあ、そうっすね」
「なんでカップルにくっ付いて来たの?みじめになるだけなのに」
気のせいか、さゆみはものすごくズバズバ言ってくる。

「さゆみだったら絶対、誘われたって来ないけどな。
目の前でイチャつかれたりしたら、イライラしてくると思う。
カワイソウな田中くんは、イライラしなかったの?」
「別に、大丈夫です。みんなで遊ぶの、楽しいし」
「そっかぁ。えらいね」
うふふ。楽しそうに笑うさゆみ。日傘をくるくる回して、小さな波を蹴る。
水しぶきが上がって、「うぉ!」田中くんの身体にかかる。
「なにすんですか!」
そんな反応をした田中くんを見て、彼女はさらに楽しそうに笑う。

「なんか、見た目のわりに可愛いね」
「へ?」
「あっち行こう?座ってゆっくり話そうよ」

さゆみは、誰もいない防波堤を指差して、田中くんを見つめた。
田中くんはただうなずいて、彼女の後について行った。
227 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:59


「今日は、ひとりで海に来たんすか?」

2人で並んで座って、足をぶらぶらさせながらおしゃべりタイム。
さゆみは、長い髪を耳にかけながら、田中くんを見て微笑む。

「ひとりで来ちゃ悪い?」
「いやっ、そういう意味じゃないっすけど」
「わたしね、今日、あそこで身を投げようと思って来たの」

あそこ。さゆみが向こうの方に見える高い岩を指で示す。
岩と言うか、崖だ。よく2時間のサスペンスドラマのクライマックスで、
探偵あるいは刑事が犯人を追いつめるような、そういう場所。

「身を投げるって、自殺ってことすか?」
「それ以外に何かある?」
「ないっす、ね」

それは、あまりよろしくない話だ。冗談でも、笑えない。

「もし、彼(林くん)が話しかけて来なかったら、わたしは今、天国にいたかもしれない。
いや、地獄かな。これまでやってきたことを考えると」

彼女は重い話を軽い口調で語る。
やっぱり、普通の女じゃないな。田中くんは、彼女の横顔を見る。
さっきから笑みを絶やさず、にこにこしている。本当に、不思議でしょうがない。

「どうして、自殺しようと思ったんすか?」
「大好きだった恋人にふられたの」
「マジすか」
「マジ。大マジ。あぁ、死にたくなってきた!」

いきなり立ち上がって、道重さゆみは海へ飛び込もうとする。
慌てた田中くんはとっさに彼女の腕をとり、「ダメですよ!」と怒鳴る。

「死にたいとかそんな悲しいこと、簡単に言わんでください」
ちょっとウザイかなと思いつつ、かなり真面目な声で彼女に言う。

「どうして死んじゃいけないの?わたしの勝手じゃない!好きにさせてよ!」

すると彼女は真正面から対抗してきた。どうやらその気持ちは本物らしい。
死にたくなるような事情も、そもそも彼女のこと自体、よく知らない田中くん。
返す言葉が見当たらず、掴んでいた腕を離す。
228 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 20:59

「やっぱり死ぬ」

サンダルをぺたぺたいわせながら、道重さゆみが歩き出す。
これは止めたほうがいいのだろうか。
もし止めなかったら、明日の朝の新聞の1面に載るかもしれない。

【エロハロ!】道重さゆみ投身自殺【オマンパワー】

なんていうショッキングなスレッドも○chのAV女優板に立っちゃうかもしれない。
ニュー速だってものすごい勢いで1日でいくつもスレッドを消費してしまうかもしれない。
それに、こはっピンクがその訃報を聞いて、泣き崩れるかもしれない。
あの可愛い顔が、突然の悲しみに歪むだなんて想像するだけで辛い。

こはっピンクは、こはっピンクだけは悲しませたくない。
こはっピンクには笑顔が1番似合ってる。
あの笑顔で「お兄ちゃん、だーいすき」なんて言われた日にゃ!
くぁー!たまんねー!今日絶対ヤラナイカで抜こう!抜くしかない!

っておい!田中くんが馬鹿なことを考えているうちに、
さゆみの背中はどんどん遠くなってゆく。

後ろから見ても、スタイルが良い彼女。
女としての魅力に溢れまくっているというのにふられてしまうだなんて。
その恋人に見る目がなかったのか、はたまた彼女に何か問題があったのか。
考えてもわからない。だって、ついさっき出会ったばかりなんだから。

彼女は友達でも何でもない。
田中くんにとっては、重ピンク。AV女優だ。
ずっとテレビの中の人で、これからもそうだと思ってた。

急ブレーキがかかったみたいに、道重さゆみが立ち止まった。
くるっと回れ右をして、少し距離はあるけれど、田中くんをじっと見つめる。
彼女は無表情で怖い顔をしていた。だけど、そんな顔も可愛いかった。

「なんで追いかけてこないのよ!」

は?思わず田中くんは眉間にシワを寄せる。
彼女はつかつか歩み寄ってきて、唇を尖らせてにらんでくる。

「自分が好きにさせてとか言いよったくせに」

正直にそう言うと、さゆみは突然、ふっと力の抜けた表情になった。
ちょっと驚いているような、そんな感じだった。
何かマズイこと言ったかな。田中くんは、後頭部をかく。

「田中くんって出身どこなの?」
「生まれは、福岡」
「福岡なん?」
さっきあんなに怖い顔してたのに、さゆみはパッと笑顔になった。
「わたし、山口なんよ」
「えっ、そうなん?」
「そうなんよぉ」

きっかけなんて、本当にちょっとしたことだった。
お互いの故郷を知ってから、さゆみはとてもご機嫌になった。
死ぬとか変なことも言わずに、地元の方言で、色んな話をしてくれた。
そんな彼女を見ていると、なんか楽しいし、うれしくなる田中くん。
林くんの電話があるまで、方言トークに花を咲かせていた。
229 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:01


「ファイアー!」

バカみたいに、花火を何本か束ねて、斉藤くんが騒いでいる。
唯ちゃんは、そんな彼の側で花火を1本持ちながら笑ってる。
林くんは、ミキちゃんと火を分け分けして、仲良く同じ花火を楽しんでいる。
そんな2組のカップルを眺めながら、田中くんは微笑んで、道重さゆみの隣に並んだ。

「こんな風に花火するの何年ぶりやろ」
「毎年せんと?」
「せんよぉ。最近は、ずっと仕事しようもん」

ちょうど持っていた花火が消えて、田中くんは彼女の横顔を見る。
彼女は無邪気な笑顔で、明るい花火を見つめてる。
花火はもちろん綺麗だが、彼女のほうがもっと綺麗だ。
なんてちょっとロマンティックなセリフが、頭の中に浮かんだりする。

おかしいな。初めて会ってからまだ数時間しか経っていないというのに、
彼女を見ているとなぜか胸がときめいていたりする。

「タナやーん、線香花火」
「おう。サンキュ」
斉藤くんから線香花火の束を受け取る田中くん。
その場にしゃがんで、ライターで火を点ける。
「わたしもする」
「うん」
隣に、同じようにしゃがんださゆみに線香花火を渡して、火を点けてあげる。

「ありがと」
「どういたしまして」
視線を合わせて、微笑む。なんだか妙に良い雰囲気だった。

さゆみと寄り添うように座って、花火をしている田中くんの後姿を、
斉藤くんと林くんはカノジョたちと笑顔で眺めていた。

「田中くんって、下の名前、なんてゆうの?」

赤くなっている、線香花火の先っちょを見つめながら、さゆみが尋ねてくる。

「れいな」

「え?」顔を上げ、彼女は田中くんを見る。
「だから、れいな。田中れいな」
「女の子みたい」
「やろ?」いひひ、と笑いながら線香花火を見つめる田中くん。
さゆみは、その横顔に微笑んで、
「じゃあ今かられいな、って呼ぶね」
「えっ」
「いいやん。わたしのことも、さゆみって呼んでいいし」
「え?さゆみっち本名なん?」

顔を上げると、彼女と目が合う。
彼女はばっちりスマイルで見つめていた。
ズッキューン。可愛い。バリ可愛い。さすが重ピンク。
なんて舞い上がっていると、ポトリと落ちてしまう火。
「あっ」同じようなタイミングで、彼女の花火も終わってしまう。
それが最後のやつだった。

「終わっちゃったね」

さゆみの言葉に、田中くんはうなずく。

「ていうか。今日であたしの人生、終わっちょったはずなのにな」

ボソッと呟いて、彼女が立ち上がる。
田中くんは、しゃがみこんだまま、眉間にシワを寄せる。

「あーあ。なんでさゆみ、こんなところでこんなことしよるんやろう。
ここに来るまで、死ぬことで頭がいっぱいやったのに」
「命はたった1個しかないんやけん。大事にせんといかんよ」
自分でもちょっと引くくらい真面目に、田中くんは言う。

さゆみが、田中くんの目の前に向かい合うようにしゃがむ。
彼女はニコニコしていて、なんにも気にしてないように見える。

「れいなって、けっこう優等生なんやね。見た目は軽ヤンなのに」
「軽ヤンっちなん」
「軽く、ヤンキー」
「すいませんね。見かけ倒しで」

クスッと笑うさゆみ。それにつられて、田中くんも笑う。

「ねぇ。れいな、責任とってよ」
「え?責任?」
「今日死なんかったことを、わたしに後悔させんように」
230 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:01


*****



231 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:03

「あぁっ!イクッ!」

ひときわ大きな声を上げて、さゆみが背中を反らした。
ガンガン彼女の奥を突いていた田中くんは、さらに速く動く。
ほどなく、彼女は宣言どおり、派手にイッてしまう。

黒くて長い彼女の髪がぐしゃぐしゃに乱れている。
ベッドのシーツももう、めちゃくちゃだ。この行為の激しさを物語っている。
ふと冷静になった田中くんは、ぐったりなった彼女を見つめる。

責任をとれ。彼女はあのときそう言った。
あの日初めて会ったのに、あれからすぐにラブホテルに行って、
肉体関係を持ってしまった。さすがAV女優は、恥じらいも何もなかった。
本当に、普通の女じゃない。身をもって体験した。

失恋したばかりの彼女は、寂しかったのだと思う。
あのときはまさか、彼女が別れた恋人とまたヨリを戻してしまうだなんて、
予想もしていなかったし、このまま順調に恋愛関係へ変わればいいと、
なんとなくぼんやりと田中くんは考えていた。

「あぁ」

しばらく動かなかったさゆみが、妖しく微笑んで、ゆっくり腰を振り始める。
繋がっている部分から、エッチな音も聞こえだす。
イイところを刺激された田中くんは、細かいことはもう何も考えず、
さっきの続きをする。気持ち良い。気持ち良すぎる。本能だけで、暴れだす。

今までの恋愛みたいにはいかない。
気持ちを伝えれば上手くいくような、そんな簡単な関係じゃない。
もしかすると、気持ちを伝えれば終わってしまうくらい脆(もろ)いのかもしれない。

彼女にとってはただのお遊び・暇つぶし。
こんなに本気になった自分を、受け入れてくれるのかどうかわからない。
彼女は友達。この関係は、じれったいほど足踏みしている。
だからこそ明日の誕生日は――。

田中くんは、精一杯の愛を込めてさゆみを抱く。
抱いて抱かれてまた抱いて、ぶっ倒れるまで腰を振る。

前のカノジョ・絵里ちゃんとのエッチは、とても可愛らしかった。
ベッドの上でも笑い声が絶えなかったし、田中くんには余裕があった。
絵里ちゃんを気遣ったり、やさしくしたりもできた。

相手が違うのだから、エッチの仕方も違って当然だ。
だけど、あまりに違いすぎて田中くんは戸惑っている。
欲望を隠さない、むしろむき出しにしている。
こんな自分でいいのか、と思ったりもする。

「あぁっ、気持ち良い、れいな、気持ち良いよ」

上になったさゆみが前後左右上下に激しく動いている。
比べる意味なんてないのだけれど、絵里ちゃんはこんなことしなかった。
お願いすれば仕方なく上に乗っかってくれたけど、こんな風に自ら快感を
求めてゆくなんてふしだらな真似は絶対にしなかった。

もっと、エッチの気持ち良さを教えてあげられていたら、絵里ちゃんも
さゆみのように淫らに乱れて、叫ぶように喘いでくれたのだろうか。
もっと、お互いの身体を知り合いたかった。もっと、絵里ちゃんを狂わせたかった。

田中くんは、下からさゆみを突き上げながら、昔の女を思い出している。
彼女だってその頭の中では、田中くんと他の男とを比べているかもしれない。
他の男。具体的に言えば、あの恋人。彼女を一度でも死にたい気持ちにさせた、あの男だ。

あいつは、浮気がバレたからってふったくせに、未だに彼女の心を弄んでいる。
あいつさえいなければ、なんていう嫌な感情も、田中くんの中にあったりもする。

好きなものは好き。誰に何と言われようと関係ない。
田中くんがさゆみを想うように、さゆみは恋人への気持ちを断ち切れないでいるのだ。
ただの友達である田中くんには、口を出す理由もなければ権利もない。

ていうか、友達っていったい何なのだろう。
何十回もさゆみと肌を合わせておいて、今さらそんな疑問も浮かんだりする。
彼女には恋人がいるのだ。それなのに、2人は今こうやって――。

元カノジョ・絵里ちゃんと付き合っているときも、ふと不思議になったことがあった。
彼女と彼女の幼なじみ(♂)の関係は、とっても曖昧だった。
今さら、本当に今さら、あの頃のモヤモヤした気持ちを思い出してしまった。
232 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:03


*****



233 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:03

それはちょうど、今から1年前くらいのできごとだった。

「だからぁ、パーティがあるからしょうがないじゃん」

田中くんの昨年のバースデイ。11月11日。
ハロ高の文化祭当日というちょっとしたアクシデントも
あったりしたが、絵里ちゃんとラブホテルでチョメチョメして、
とてもとても甘い時間を過ごしていたはずだった。

「パーティとか、そんな大事なん?」
「これは大事とか大事じゃないとかいう問題じゃなくて」
「2人で過ごすよりも、パーティのほうが大事なんや」
「だからぁ、そういう意味じゃないってば」

つい1分前までいちゃいちゃしていたのに、2人の甘い会話は
なぜかちょっとした口論に変わっていた。

「じゃあ、どういう意味なんね」

少し強めの口調で田中くんが言うと、絵里ちゃんは黙り込んだ。
シーツを引っ張って、顔の鼻の辺りまで隠す。
田中くんはイラついている感情を隠さずに、ため息をつく。

今日は一緒に過ごせたから、絵里ちゃんの誕生日もそうしたい。
この気持ちは、付き合っている恋人として、ごくごく自然なことだった。
特別な日には、特別な人と居たい。当たり前のことではないか。
しかし絵里ちゃんにとってはそうではなかったようで、
田中くんはものすごく気に入らなかった。

大勢でパーティをするのもいい。
だけど、2人きりで過ごすほうがもっといい。
彼女の誕生日の次の日はクリスマスイブ。
ずっとずっと一緒に居たい。そう思っていた。

ラブホテルの一室は、嫌な雰囲気に包まれている。
きっと他の部屋ではラブラブなカップルが愛し合っている。
ここでも、さっきまではそうだったのに。

絵里ちゃんは無言で田中くんを見つめている。
どう答えればいいかわからない、という困った瞳だった。

「絶対、そのパーティせんないかんと?」
百歩譲って、田中くんは尋ねる。
彼女はシーツから顔を出しながら、
「絶対っていうか、もうそろそろ、招待状出すって吉澤さんが」
「吉澤さん?あぁ、あのシツジか」
「なんか、シツジってヒツジみたいだね」
メェェ。絵里ちゃんがふざけて羊の鳴きまねをする。
田中くんはまたため息をついて起き上がり、ベッドから降りる。
彼女が不安そうに見つめてくる。

「れいな」
「シャワー浴びてくる」
キッパリ言って、田中くんはバスルームへ消えた。
234 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:05

『正直言わせてもらうけど、きみはカメに似合わないと思う』

熱いシャワーを頭から浴びながら、田中くんは今日のできごとを振り返る。
絵里ちゃんの通うハロ高の文化祭に遊びに行ったのはいいものの、
そこで、彼女の幼なじみ(♂)に初めて会って、むかつくことを言われた。

『カメときみは、どう考えても、釣り合わない』

あいつのストレートな言葉が心臓にグサグサ刺さった。
痛いけど、負けちゃいられない。これは闘いなのだ。
絵里ちゃんのことは他の誰にも渡さない。だからあいつに負けられない。

『きみから、カメを奪い返してみせる』

ああもう!
脳みその中で、あいつの言葉がうるさいくらいぐるぐる回っている。
彼女とエッチをしているときは、彼女のことだけ考えられたけど、
ここでひとりになると同時に、色んなことが頭を過ぎってしまう。

彼女にとって、あいつが大切な存在だっていうことはよくわかってるつもりだ。
家族と同じくらい一緒に居て、お互いのことをよく理解しているということも。
でも、だからといって、彼女とあいつの仲の良さを認めるわけにはいかない。

あいつには絶対負けない。負けたくないし、負けてない。
彼女を想う気持ちは、絶対に自分が世界で一番なのだと、主張したい。
声を大にして、彼女のことが大好きだと、叫びたいのだ。田中くんは。

シャワーを止める。手のひらで乱暴にガシガシと顔を擦る。
さて戻ろうかと振り返ったら、素っ裸の絵里ちゃんがそこに立っていてビクッとする。
「うわ、びっくりした」情けない声を出す田中くん。
「どしたと?」
ずっと黙って、こちらを見つめている絵里ちゃんに尋ねる。

彼女はゆっくり近づいてきて、何をするかと思えば抱きついてきた。
素肌がぴったりとくっ付いて、ちょっとドキッとしてしまう。
田中くんは最初は不意打ちのできごとにドキマギするけれど、
落ち着いてきたら彼女をぎゅっと抱きしめた。

「どうしたんね」
「ねぇ、絵里のこと好き?」
「は?」
「好き?」
その問いに、眉間にシワを寄せる田中くん。
「うん」
「ちゃんと言って」
「好き」
田中くんは彼女の身体を少し離す。
その不安そうな顔を覗きこむ。

「絵里は?おれのこと好き?」
「好きだよ」
「ガキさんよりも?」
彼女はうなずいて応える。
今日は迷わなかった彼女に、ちょっとうれしくなった田中くんはキスをする。
いきなり激しい、ディープなキッスを。
235 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:05
湯煙がたちこめるバスルームで、2人は情熱的に求め合う。
すっかり慣れた様子の絵里ちゃんは夢中で舌を絡めてくる。
ただでさえ素っ裸なのにこんなキスをされると、もう堪らん田中くん。

勢いのままに彼女を壁に押し付けて、彼女のおっぱいに手を伸ばす。
乳首をコリコリすれば、彼女は身体をくねらせて悶えだす。
ニヤリとした田中くんは下半身にも突撃する。
股の間に手を差し込んで、彼女の秘密な場所をノックする。
無理やり指を2本挿入して、力強くその中をガンガン突く。

絵里ちゃんが控えめな声で喘いでいる。
田中くんにしがみ付いて、必死に何かを耐えている。
ベッド以外で、こんな風にするのは初めてだから、
ちょっとだけ戸惑っているのかもしれない。
でも、始まっちゃったら最後。イクところまでイクしかない。

「れいなぁ」
「ん?」
「ベッド行こうよぉ」
恥ずかしくてしょうがない、って顔した絵里ちゃんが言った。
田中くんはそんな彼女が可愛くて、ついつい頬を緩ませる。
「やだ」と返して意地悪する。ものすごく甘い、キスをする。

「やだよぉ、ベッド行こうよぉ」
息はハァハァ荒いのに、彼女はまだそんなことを言う。
「やだ。今すぐ入れたい」
だから田中くんは彼女を抱きしめて、わがままを言ってみる。
硬くなったアレをぐいぐい押し付けて、彼女にアピールしてみる。

「バカ。れいなのバカ」

絵里ちゃんは泣きそうな声で呟いて、田中くんの背中に腕をまわした。
もっと密着する2人の肌。田中くんは、猛烈に興奮してくる。
彼女をそっと離して、反転させて、壁に押さえつける。
後ろから彼女の肩に口づける。やわらかい二の腕を撫でる。
すると、なまめかしい女の吐息がすぐそばで聞こえてくる。

田中くんは一瞬ニヤッと笑って、彼女のわき腹を両手でなぞる。
背中にも全体的に触れる。軽く力を込めて、彼女を壁に押し付ける。
狭いところが大好きな彼女は、きっと今すごく気持ち良いはずだ。

「愛しとうよ」
彼女の耳に口をくっ付けて、田中くんは囁く。
くすぐったそうにクネクネしながら、絵里ちゃんが笑う。
「もっと言って」「愛してる。愛してる愛してる」
何度も何度も、彼女に愛を囁く。
きっと傍から見たらチョー気持ち悪い光景。
でも、当人たちはチョー気持ち良いのだ。身体の芯からしびれている。

「絵里も、愛しとうよ」
首を少しひねって、振り返った絵里ちゃんが言う。なんて可愛い博多弁!
すごい近くで見つめ合うと、本気で頭がクラクラしてくる。
絵里ちゃんのことが好きで、好きすぎて、脳みそがパンクしちゃいそうだった。

「ガキさんよりも?」
「またそんなこと言うぅ。ガキさんはただの友達だよ。友達」
「ホントに?」
「信じてよぉ。絵里は、れいなだけだってば」
236 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:06


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237 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:07

『愛ってさ、信じることなんだよ。信じられるってことが、愛なんだよ』

いつだったか、誰かに言われた言葉が、田中くんの頭にふと浮かぶ。
ことが終わったあと、ベッドに寝そべったまま、まったりしている
さゆみを見つめて、あぐらをかいている田中くんは切なげに目を細める。

さゆみはAV女優だ。しかも現役バリバリで、人気も高い。
そんな女と偶然出会えたことも運命だが、こうやって身体を重ねて、
共に快感を分かち合える関係になれたこともまた運命だ。

彼女からすれば、自分はただのセックスフレンドなのかもしれない。
だけど、田中くんにとっては、これ以上ない運命の女性(ひと)。
こんな女にはもう一生出会えない。そんな風にすら思っている。

だからこそ、田中くんは誕生日に彼女と過ごしたいと願っている。
もう、明日だけど、明日もこうやって、彼女の全てを愛してあげたいと。

「ねぇ、さゆ」
田中くんがそう呼びかけると、さゆみがごろんと転がる。
「なに?」
「明日、誕生日なんよね」
「誰が?」
「おれ」
「へぇ、おめでとう」
彼女は興味なさげに言う。
エッチをしたあとだというのに、なんかサッパリした雰囲気だった。
目では見えないが、2人の間には高い高い壁がそびえ立っていた。

「何歳?」
「18」
「若いね」
「さゆもまだまだ若いやん」
「さゆみはもうオバチャンだよ」
「そんなことないって」
田中くんは彼女の綺麗な肌に手を伸ばす。なでなでする。
「チョーすべすべやん」
「ま、商売道具やしね」
あっけらかんと言って、彼女が笑う。
田中くんは苦笑いして手を引っ込める。

どうしてこんなに可愛くない女に惚れたのだろう。
顔はそりゃ、めちゃくちゃ可愛いけど、性格は全然可愛くない。
さゆみに比べたら、元カノ・絵里ちゃんのほうが100万倍可愛い。
ってまた彼女のことを思い出している。
どんだけ引きずるつもりだ自分。まったく。バカみたいだ。

今は、さゆみのことで頭がいっぱいのはずなのに。
もう一度したい。さゆみの全てを思いっきり味わいたい。
一旦しぼんだ欲望が、再び膨張を始めているというのに。

やっぱり、彼女は友達だからだろうか。
こんなくだらない壁なんて、一瞬で軽く飛び越えられたらいいのに。
238 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:08


*****



239 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:08

「本当によかったの?今日の練習休んで」

夏焼くんは、その梨沙子ちゃんの問いに「うん」と即答して、
まだ熱そうなたこ焼きをひょいっと口に放り込んだ。
「あっつー!」
「大丈夫?」
ぐっと彼女の顔が近づいてきたもんだから、
夏焼くんは口をモゴモゴさせながら照れてしまう。

お店の中には誰もいない。
店主のおばあちゃんでさえ、奥に引っ込んでしまった。
つまりは今、完全に彼女と2人きりだった。

このたこ焼き屋さんは縁九中学校の近くにあって、2人でよく訪れる場所だった。
ここからもうちょっと足を伸ばせば、大きな商店街やデパートがあるので、
普通の若者はだいたいそっちのほうへ遊びに行く。
わざわざこんなボロいたこ焼き屋に来る人なんて、自分たちくらいだろう。

静かな店内で、夏焼くんは梨沙子ちゃんと穏やかな時間を過ごす。
部活をサボって、大好きな女の子と、幸せなときを共有する。

「今日はさ、ほら、田中さんのプレゼント買わないといけないし」

口の中がまだヒリヒリするが、夏焼くんは言う。
「そっか」隣の席に座っている梨沙子ちゃんがうなずく。
つまようじで、たこ焼きをひとつ刺して、パクッと食べる。
「あっつーい!」
「ちょ!」
同じ過ちを繰り返すバカな彼女に、大爆笑する。
そしたら肩を思いっきり叩かれて怒られる。やっちまったな。

「もうみやキライ」
梨沙子ちゃんは背中を向け、たこ焼きをふうふうしながら食べ始める。
夏焼くんは参ったなという表情で頭をかく。
それから無言の時間がしばらく続く。
2人とも黙々とたこ焼きを口に入れている。

せっかく今日は一日じゅう一緒に居られるのに。
どうすれば彼女の機嫌が直るだろうか。夏焼くんは考える。
あっという間に全部食べ終わって、手持ち無沙汰になる。
彼女はまだ食べている。背中を向けて、食べている。

下手なことを言えばさらに怒らせてしまいそうだから、今は何も言わないことにする。
店内をきょろきょろした夏焼くんは、結局近くの本棚に並べてある漫画を手に取る。
全巻揃っている『ドラえもん』を適当な巻からなんとなく読み始める。
意外と面白くて、何冊も読む。すっかり夢中になって読む。

ずっと漫画に見入っていたから、隣の梨沙子ちゃんから見つめられていたことに
夏焼くんは全然気づかなかった。M巻を戻して、N巻を取ろうとしたときに、
ハッとした。彼女と目が合う。そのまっすぐな眼差しに、不意にドキッとしてしまう。

梨沙子ちゃんは今日も可愛い格好で、スカートで女の子らしくて、
髪型もオトナっぽくて、どう見たって中学生なんかに見えなくて、
夏焼くんのハートをガッチリとわしづかみにしている。

「みやキライ」
「えっ」
「ずーっと漫画読んでさ、梨沙子のことなんかどうでもいいんでしょ」
「いやいや、漫画読んでたのは梨沙子がまだ食べてたからじゃん。
それでどうして”どうでもいい”とかなっちゃうの?」

反論すると、彼女はますます不機嫌そうな顔になってしまった。
こりゃマジでやっちまったな。夏焼くんは困った様子であごを撫でる。
ムッとしたまま彼女がまた背中を向けて、無言で圧力をかけてくる。
おまえがこの空気をどうにかしろと、訴えかけてくる。

たこ焼きとソースと、ケンカの香りが店内に充満している。
どうしてこう、くだらないことでいちいち。夏焼くんの口から、ため息も出てくる。
2人きりのたこ焼き屋。新しい客も、おばあちゃんも来ない。
ぎくしゃくした空気は夏焼くんたちを包み込み、沈黙を作っている。

夏焼くんは、梨沙子ちゃんの後姿をボーッと見つめる。
そしたら、不思議となんだかくっ付きたくなって、両腕を伸ばす。
座ったまま、後ろからそっと彼女を抱きしめて、肩にあごをのせる。

「こんなことしたってキライだもん」彼女が言う。
「おれは好きだよ」
余計なことは言わない。言いたくなるけど、やめておこう。
「梨沙子のこと大好き」
ぎゅっとしてもう一度言う。「大好き」
240 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:10
どうせ誰も来ない。だから、まだもうちょっと、こうしていたい。
こんな風にするのはあまり慣れていないけど、夏焼くんは離れない。離さない。
彼女のやわらかい身体の感触をたっぷりと味わう。
気持ち良い。この心臓のドキドキでさえ、心地いい。

梨沙子ちゃんの手が、夏焼くんの手に静かに重なる。
そして、ほっぺたをすり寄せてきて、クスッと微笑んだ。
「梨沙子はキライ」
「はっ?」
彼女が振り返り、今すぐキスできそうな距離で笑う。
「きらーい」
そして、わがままな悪ガキみたいに、ふざけたことを言う。

あんなに本気で愛を囁いたのに!努力が全部水の泡だ!
地団駄を踏みたい気分だけど、彼女の顔が近すぎて、何もできない。
夏焼くんは綺麗な彼女に見とれて、ますますとりこになる。

さっき、おばあちゃんが消えて行ったほうをチラッと見る。
出てくる気配はまったくない。きっと、客も来ない。
このチャンスは逃せない。梨沙子ちゃんにキスがしたい。
人間の本能はおそろしい。時と場所なんてお構いなしだ。

いま座っている椅子が、クルクル回る椅子だったので、
夏焼くんは椅子ごと彼女を回転させる。
2人は向かい合う。自然とお互いの手を握っている。

黙ったまま、夏焼くんはゆっくり顔を近づけてゆく。
彼女が、素直に目を閉じる。
きっと彼女も同じことを考えていたのかもしれない。
あまりにすんなり唇が合わさったので、そんなことも思ったりする。

何度キスしても、彼女のこのやわらかさに興奮する。
今日はたこ焼きソースの匂いがする。
だけどそんなの大した問題じゃない。夏焼くんはチュッチュする。

ヤバイ。どうしよう。止められない。止まらない。
カッパえびせんかよ。ウケるー。とか何とか思いながらも、
梨沙子ちゃんに何度も何度も口づける。
長かったり、短かったり、不器用なキスをひたすら続ける。

でもさすがに舌までは入れられない。
入れたいけど、入れたいんだけどまだ躊躇している。
付き合ってもうすぐ1年になるんだから、少しくらい思いきっても
いいんじゃないかという気もするけれど、あと一歩が踏み出せない。

それに、ここ、たこ焼き屋さんだし。
ふと冷静になった夏焼くんは、ゆっくり唇を離す。
彼女がまぶたを開ける。伏目で満足そうに微笑む。
その様子に夏焼くんの心も満たされる。

夏焼くんは、彼女の頭を撫でて、ほっぺに触れる。
「本当はキライじゃないよ」
梨沙子ちゃんが、その手に自分の手を重ねる。

「本当は、みやのこと、大好き」

そして上目遣い。あまーい!夏焼くんは、胸の中で叫ぶ。
どうしようどうしよう。ラブラブすぎてどうしよう。
いいわねえ。テンション上がるわねえ。
っていかんいかん。これは誰かの口ぐせだった。

次こそ一歩踏み出そう。そう決意して、夏焼くんがまたキスをしようと
した瞬間、ガラガラガラーとお店の戸が開いた。
あばばば!慌てたカップルはわざとらしく距離を置く。
241 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:11
「あれ、なっちゃん?」

なんか聞き覚えのある声に、夏焼くんは振り返る。

「ううう、梅田先輩!」

お店にやって来たのは、なんと中学時代の先輩(♀)だった。
その先輩は梅田えりかちゃんという、背の高い女の子。
隣には、カレシなのかわからないイケメンを連れている。
土曜日だというのに、なぜだか2人とも制服姿だった。

「どどど、どうしたんすか?」
「どうしたんすかってあなた。たこ焼き食べに来たのよ」
「あ、そっか」
「ところで、そちらはどちら?」
えりかちゃんの視線が、梨沙子ちゃんに注がれている。
夏焼くんはそちらをちらりと見て、安心させるようにニカッと笑う。
そして、えりかちゃんに言う。

「カノジョです」
「えっ、マジで?」

梨沙子ちゃんに「ハロ高の梅田先輩」と耳打ちする夏焼くん。
彼女は小さな声で「はじめまして」と挨拶した。

「ねぇ、桃たち、別れたって聞いた?」

何を話すよりもまず、えりかちゃんは言った。
面食らったけれど、夏焼くんは「はい」と答える。

「じゃあ、別れた理由は?」
「聞きました。ツグさん、他に、好きな人がいるって」

梨沙子ちゃんが目を見開いて夏焼くんを見る。
でも、夏焼くんはえりかちゃんのほうを見ていた。

「それだけ?」
「え、はい」
はあ、と大きなため息をついたえりかちゃんは、
「なっちゃんって、ホント鈍感だね」
「へ?」
「鈍感すぎるよ」
「どういうことですか?」
「それは、こんなところじゃ言えないよ」
どういうことだ。夏焼くんは眉間にシワを寄せる。
梨沙子ちゃんも、怖い顔でえりかちゃんを見つめている。

ふと、女の子同士の視線が合う。
さっき鈍感と言われた夏焼くんだって、この緊張した雰囲気だけはわかった。

なぜか詳細を言わないえりかちゃんと、なぜか不安そうな梨沙子ちゃん。
そんな彼女たちを交互に窺って、夏焼くんは首をかしげる。
しかし、えりかちゃんの次の言葉を聞いて、軽い衝撃を受ける。

「ここで言ったら、なっちゃんのカノジョが困るでしょ」
「え?」
梨沙子が?なんで?夏焼くんがえりかちゃんを見る。
本当に何もわかっていない後輩に、彼女は苦笑して頭をかく。

「もうやめよっか。あたしたちはたこ焼き食べに来たんだからさ」

一転して明るく言ったえりかちゃんが、カレシとカウンターの席につく。
それから、いつの間にか居た店主のおばあちゃんに注文をしている。

夏焼くんは首をかしげたまま、梨沙子ちゃんと顔を見合わせた。
彼女は何か、深刻な悩みを抱えているような表情だった。


242 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:11

つづく


243 名前:彼女は友達 投稿日:2008/07/21(月) 21:12

リl|*´∀`l| <いいわねえ テンション上がるわねえ
ノノl∂Д∂'ル <おまえかぁぁぁぁああああ!!!


244 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/22(火) 00:54
やっと、なかさきちゃん登場ですね。
矢島くんも引き続き、登場してくれるみたいで、うれしいです。

桃ちゃんにも登場させてあげてね。
245 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/23(水) 11:21
久しぶりのカップル登場で嬉しい
田中くんの今後も気になります
246 名前:初代〜w 投稿日:2008/07/24(木) 22:14
田中君の相手にめちゃくちゃビックリしてます!
絵里ちゃんは幸せそうですね。田中君も早く幸せになると良いですねww
作者様から吉澤さんより矢島君の方が男前という発言が出るとは・・・
これは一大事ですよwww
247 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/28(月) 17:39
パーティーに出席ということは吉澤さんと矢島くんの男前二人の出会いが…ハァハァ
248 名前:重ピンピン 投稿日:2008/08/02(土) 00:57

更新お疲れです

重ピンクまさかの登場やないですかぁぁぁ〜
まさかこんな事になってしまっているとは・・・・

やっぱり超一流○○女優にもなってしまうと
悩みも大ゴトですね・・・

ここは田中君に頑張ってもらうしかない
のかもしれないんですけど
自分としては少し複雑ですね(笑)


それでは、これからも楽しみにしてま〜す



249 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/05(火) 00:16
かっぱの王子様になっちゃうのかな。
250 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/09(土) 03:48
梅さんのカレシって誰なんだろう
特に設定ないんですかね
251 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/08/18(月) 23:28

>>244さん
なかさきちゃんも矢島くんも、そしてももちも
みんな重要な登場人物ですYO

>>245さん
今回はほぼフルキャストでお送りします
田中くんに関してはまあ、温かい目で見守ってて欲しいです

>>246 初代さん
まあ相手は限られてましたから消去法で選びました
もうヒーローひーちゃんの時代は終わりました
これからは矢島の坊ちゃんの時代です

>>247さん
ウホッ!それはちょっとテンション上がっちゃいますね!

>>248 重ピン
やっと重ピンクを登場させることができました
私個人的にはホッとしてるんですけどあなたは複雑ですかw
このお話でこのスレは最後までぶっちぎるので
どうか読んでやってください

>>249さん
誰がですか?

>>250さん
えりかちゃんのカレシは全く架空の人物ですね
期待させて申し訳ないです
252 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:29


253 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:30

「なにボーッとしてんだよー」

ミライ百貨店目指して、2人はゆっくり歩いていた。
夏焼くんは、たこ焼き屋さんを出てからなんか元気のない
梨沙子ちゃんに向かって、笑いながら軽く身体をぶつける。

どうして元気がないのか。
それは、夏焼くん自身、なんとなく感づいている。
さっき、たこ焼き屋さんでえりかちゃんに会ってからだ。
えりかちゃんが、あんな意味深なことを、言ったからだ。

なっちゃんのカノジョが困るでしょ。
そんな言葉の裏には、いったいどんな事実が隠されているのだろう。
夏焼くんもすごく気になっている。だけど、知りたくないような気もしている。

今この胸にある気持ちは、あのときと、とてもよく似ている。
桃子ちゃんから腕をぐっと掴まれて、マジな顔で見つめられたあの日。
あのときのことはただの勘違いだったのだと、そう思うようにしていたのに。

彼女のことは信じている。
信じているけど、いまさら急に、彼女の謎が解けそうな予感がしている。
しかしながら、いまさら解決したところで、どうしようもないことには違いない。

あの金田一少年も呆れるほどのボンクラ探偵・夏焼くんは、
この謎だけは絶対に解き明かすべきでない、と思った。
なぜなのか。その理由は説明するまでもないだろう。
ヒントすら、いらないだろう。

「みーやー」

後ろのほうから梨沙子ちゃんの声がして、夏焼くんは立ち止まる。
振り返れば、唇を尖らせた彼女がいた。いつの間にこんなに距離が。
彼女が追いつくのを待つ。

「歩くの速すぎ」「ごめん」
素直に謝ったあと、夏焼くんはそっと彼女の手をとる。
すると、彼女がぎゅっと握り返してくる。手を繋いで、再び歩き出す。

「ボーッとしてるのみやのほうじゃん」
小さな声で彼女が呟いた。その通りだった。
夏焼くんはもう一度「ごめん」と言って、彼女の手を強く握った。

この件は、迷宮入りしてもらうしか他に道はない。
ズバッと事件を解決するわけにはいかない鈍感ボンクラ探偵は、
梨沙子ちゃんと視線を合わせて、ニカッと笑って見せるのだった。
254 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:30

「これどう。かっこよくない?」

さてさてようやく、ミライ百貨店。
夏焼くんは梨沙子ちゃんに1枚のシャツを見せて微笑んだ。
まるで、さっきの変な雰囲気を吹き飛ばすように、
彼女が笑顔でウンウンうなずいてくれる。

「あー、でもこっちのが良いかなー」
「田中さんって何色が好き?」
「何色だろう。派手な色?」

2人であーだこーだ言いながら、仲良くプレゼントを選ぶ。
なんてことないことなのに、楽しくてしょうがない夏焼くん。
きっと、これが全ての答えなのだ。そう言い切りたくもなる。

「ねぇ、みや。コレ着てみてよ」
「え?」
いきなり、梨沙子ちゃんが夏焼くんの身体にシャツを合わせてくる。
「ヤバイ。かっこいい。どうしよう。チョー似合うんだけど」
なんてのろけている彼女に、夏焼くんは照れる。
ええ?そう?とか適当に言いながら、鏡をチェックしてみる。

「ねぇ、みやコレ買おうよ」

うれしそうな梨沙子ちゃんの姿が、鏡にバッチリ映っている。
夏焼くんは、その鏡越しに彼女と目を合わせて、
「田中さんはこんな地味なの着ないでしょ」
「違うよ。みや用だよ、みや用」
「は?なんで?」
「いいじゃん。買おうよ。ね?」

”尻に敷かれている”状態とは、まさにこんな感じなのだろうか。
夏焼くんは予想外の出費に文句も言えずに、レジの前にいた。
先週、お母さんからもらったばかりの福沢諭吉を1人、えいっと出す。

店員さんがプレゼント用の洋服を包んでいる途中、振り返る夏焼くん。
梨沙子ちゃんはまだ店内をウロウロしていて、色んな洋服を眺めている。

あれあれ。気のせいか、彼女を遠くから見たら、女子中学生なんかに見えやしない。
もしかすると年上?なんて思ったりする。
いや、ないない。彼女の中身を全部知ってる夏焼くんはこっそり笑う。

変なことを考えていたからか、梨沙子ちゃんがふいにこっちを見る。
そして、すぐにふにゃりと緩む彼女の表情。夏焼くんもデレデレっとなる。
超ラブラブじゃん。ご機嫌な笑顔で、またレジのほうを向く。
ちょうど包装が終わったようで、店員さんから丁寧に渡される。

さあ、今からゲームセンターでも行きますかね。
とか思いながら、梨沙子ちゃんがいるほうを見ると、
なんと、彼女は誰か知らない男に声をかけられていた。
おやおや?夏焼くんは首をひねって、彼女の元へ歩き出した。
255 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:31
見た目はたぶん高校生くらい。背も高くて、そこそこイケメン。
雰囲気がなんかお上品で、ちょっと、いや結構、お金持ちっぽい。

夏焼くんはゆっくりと彼女たちのほうへ近づいてゆく。
彼女はずっと困ったような顔で、イケメンを見上げていた。

「梨沙子」

控えめに、夏焼くんは声をかける。
イケメンと目が合って、軽く会釈だけする。

「こちらは」と言ってイケメンが梨沙子ちゃんを見たけれど、
夏焼くんは自ら「夏焼です」と名乗る。

「夏焼くん、ですか。変わった苗字ですね」
「よく言われます」
「ぼくは砂山といいます」
握手を求められた夏焼くんは、反射的に右手を差し出す。
砂山さんっていうのも珍しいな、と一瞬思ったが、
特に話を膨らませたくないので黙っておく。

「あなたは菅谷さんの同級生ですか?」
砂山さんは、妙に余裕のある態度で、見下ろしてくる。
「いや、高校生です」
「どこの高校ですか?」
「湾田高です」
その学校名を聞いて、ニヤリとする砂山さん。
絶対、バカだと思われた。まあ実際バカだけど。

「ぼくはハロ高です」
やっぱり!絶対そうだと思った。夏焼くんは苦笑いする。
こういうお坊ちゃんタイプは、だいたいみんなハロ高なのだ。

「何年生ですか」
「1年です」
「ぼくは3年です。ご両親はどんなお仕事をされていますか?」
「普通の会社員ですけど」
「ぼくの父親と祖父は国会議員をやっています」
それがどうした。自慢げな男とのやりとりにちょっとイラついてくる夏焼くん。
しかし梨沙子ちゃんの前なのでクールぶる。

ずっと黙っていた彼女が突然、遠慮がちに言う。
「あの、もう行ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ。今度またお会いしたときに、ゆっくりとお話でも」
「はい」
「亀井絵里さんのバースデイパーティ、あなたも行きますよね?」
「何も予定がなかったら、たぶん」
「じゃあ、そのときに」

砂山さんはお上品に微笑んで、去って行った。
絶対友達になれそうにないタイプの男だ、と夏焼くんは思う。

「なんなの、あいつ」
「おじいちゃんの、知り合いの、孫」
「ふーん」
「なんかね、愛理に言わせると、あいつはただのロリコンなんだって」
「ロリコン?」
「ロリータ\コンプレックス(R\C)?」
「それくらい知ってるよ。なんでロリコンなの?」
「来年大学生なのに、中学生のこと追いかけてるから?」
「え、追いかけられてんの?」
まさか、あんなナヨナヨしたお坊ちゃんから、しつこく交際を迫られたり――
焦り始める夏焼くん。そんな心配をよそに、梨沙子ちゃんははっきりと言う。

「うん。愛理がね」
256 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:31


*****



257 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:32

「じゃあね。バイバイ」

バスローブ姿のさゆみは、玄関先であっさりとそう言った。
さっきまであれだけ乱れていたくせに、甘い余韻も何もなく、
別れを惜しむ様子もなく、ただ遊びに来た友人を見送るような態度だった。
これは、いつものことなのだが、今日はなんだか辛い。

靴を履いた田中くんは、黙って彼女を見つめる。
結局、明日会う約束はできなかった。
言いたいけど言えなかった。ちょっと凹んでいる。

「どうしたん?帰らんと?」可愛らしくさゆみが首を傾ける。
田中くんは、彼女を抱きしめたい気持ちをぐっとこらえて、拳を握りしめた。



どうやら明日は、人生最悪の誕生日を迎えてしまうらしい。
お家までの帰り道をひとりトボトボ歩きながら、田中くんはため息をつく。
右手をグーパーさせては、彼女の感触を思い出す。
こんなにハッキリ覚えているのに、こんなに、こんなに――。

「あれ、田中さん?!」

そんな声がして、ふと顔を上げると、目の前に知り合いの女の子がいた。
同じ湾田高校の後輩・嗣永(つぐなが)桃子ちゃんだった。

「おお、桃子ちゃんやん」
「こんにちは!」
笑顔で元気に挨拶をする桃子ちゃん。
田中くんもその勢いにつられて笑う。

「そう、雅から聞いたけど、バスケ部全国行くんやってね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「次は、全国優勝やね」
「はいっ。絶対優勝しますっ」
アハハ。相変わらず面白いキャラクターの彼女に笑う田中くん。

「今日も部活やったん?」
「はい。あ、でも今日みーやんお休みでした。たぶんさぼりです」
「マジかよ。しょーがねえ」
「あっ、すいません。わたし今からバイトなんです」
「おお、それは早く行かんと」
「それじゃあ失礼しますっ」

桃子ちゃんはそう言って、妙な走り方で去って行った。
田中くんは彼女の後姿を少し眺めてから、ふたたび歩き出した。
258 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:32


*****



259 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:32

「今日は、ありがとう」

礼儀正しくおじぎした、なかさきちゃんを見下ろして、
熊井ちょーは微笑みながら首を横に振った。

気づけばもう夕日が落ちそうな時間帯になっている。
文化祭で盛り上がっていたハロ高も、すでに片づけが始まっていた。

熊井ちょーたちはその正門の近くで向かい合っている。
今日は、2人で文化祭に遊びに来た。
そう。熊井ちょーとなかさきちゃんの2人きりで、だ。

彼らは縁九中学校の生徒会長と副会長という関係だった。
もうじき任期を終えてしまうが、2人はこの1年間、二人三脚で
中学校の生徒会を運営してきたある意味戦友だった。

そして、熊井ちょーにとってなかさきちゃんは、数少ない女の子の
友達のひとりだった。

「でも、ごめんね。会長はハロ高なんて行かないのに」
「そうだけど、すごい楽しかったよ」

なかさきちゃんの第一志望はこのハロ高だ。
だから、今年の文化祭を見に来たのだ。
対する熊井ちょーは、(優秀なのに)湾田高志望。
別にハロ高をわざわざ見に来なくたって良かった。

やさしい熊井ちょーの言葉に、ホッとしたようになかさきちゃんが言う。
「そういえば、会長はどうして湾田高に行きたいの?」
「どうしてって、近いからだよ」
「そんな理由だったの?」
クスクス笑われた熊井ちょーは、不思議そうな顔をする。
「おかしい?」
「いや、別にいいんじゃない?そういう理由でも」

駅に向かって歩き出す。その間に、日が暮れてしまう。
帰ったら少しお店を手伝おうか、なんて考えながら
熊井ちょーはなかさきちゃんと世間話をする。

「あっという間だったね。この1年」
「そうだね」
「大変だったけど、とっても楽しかったな」
彼女がそう言って微笑む。
「来週選挙でしょ。それから引き継ぎ、今年の生徒会も解散だね」
「うん」
「寂しいな。ホントに」

もうすぐ駅にたどり着く。帰る方向が逆だから、
彼女とは、改札を通り過ぎればお別れだった。
260 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:33
「ねぇ、会長」

電車の到着が近いのか、たくさんの人々が駅に吸い込まれてゆく。
なかさきちゃんはそんな中で立ち止まり、熊井ちょーのほうを向いた。

「あたし、会長のこと、ずっと好きでした」

何の前置きもない突然の告白に、目を丸くする熊井ちょー。
急すぎて、ビックリしすぎて、何も言葉が出てこない。

「今日絶対言おうって決めてたんだ」

なかさきちゃんには迷いも躊躇も何もない。
しっかりと、熊井ちょーに想いを伝える。

「本当に、今日はうれしかったよ。
会長とずっと一緒に居られて、うれしかった」

なんだか感じたことのない気持ちを、熊井ちょーは感じている。
誰かに好きだと言われるなんて初めての経験だからだろうか。

想いを伝えて気まずくなるよりも、仲良しな友達のままでいい。
だから自分にウソついて、今まで過ごしてきた。逃げ回ってきたからだろうか。

彼女は自分と全然違う。ウソをつかずに、正直に告白をしてきた。
そして現実に堂々と立ち向かっている。とてもマネできない。
複雑な気持ちで、熊井ちょーは彼女を見つめる。

「ごめん。ちょっと、ビックリして」

ようやく口から出てきた言葉がこれだ。情けない。
こんな自分に呆れるように彼女はクスッと笑った。

「なんか、会長らしい」

熊井ちょーはどきまぎしてしまう。
照れるというか、困ってしまう。こんなこと、言われたことがなかったから。

「なかさきちゃんの気持ちはすごいうれしいよ。うれしいけど、ぼくは、
そんな風に好きって言ってもらえるような人間じゃないんだ」
「え?」
「ぼくは、サイアクなんだ。最低サイアクの、ダメ人間なんだ」

熊井ちょーは、俯く。
背の小さいなかさきちゃんは、簡単にその顔を覗くことができる。

「どうしてそんなこと言うの?会長はサイアクなんかじゃないよ」

ニッコリ笑って彼女がそう言った。熊井ちょーは眉間にシワを寄せる。
何も知らないからこんなことが言えるんだ。何にも、知らないから。

「ごめん」

熊井ちょーは小さな声で謝って、駅に向かって走り出す。
切符を買って、そのまま、逃げるように急いで改札を抜けて行った。
261 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:34

そして、ホームの階段を2段飛ばしで一気に駆け上がっていると、

「会長!」

なかさきちゃんの叫び声が聞こえた。
あれから急いだのだろう。彼女の肩が大きく上下していた。
まさか追いかけてくるなんて。熊井ちょーは本当に驚いている。

「会長はサイアクなんかじゃない!」

人の目も気にせずに、なかさきちゃんはまた大きな声を出した。
一直線に突っ走るなかさきちゃんは、熊井ちょーから見ると
ものすごく眩しかった。本音をストレートにぶちまけられる彼女が、
とてもうらやましく思えて、ますます自分のことが嫌になった。
熊井ちょーは、でかい図体して、力なく俯く。

なかさきちゃんが急いで階段を上ってくる。
乗りたい電車がもうすぐ来るわけじゃない。
熊井ちょーのそばまで行くためだ。

「最低サイアクのダメ人間なんかじゃないよ」

そう言って、ニコッと笑うなかさきちゃん。

どうしてそこまで言い切れるのだ、と思った。
何も知らないくせに、どうしてそこまで。
熊井ちょーはもう、何一つ返す言葉が見当たらなかった。
262 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:34


*****



263 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:34
「なんこれー。いらんしー」

とか何とか言いながら、田中くんはそのプレゼントをうれしそうに受け取った。
この可愛い後輩は誕生日を毎年こうやって律儀にお祝いしてくれる。
持つべきものは、慕ってくれる弟分、てとこか。田中くんは微笑む。

「梨沙子が選んだ、って言ってもそんなこと言えます?」
「うわ、そりゃ言えん。一生大事にする」

夏焼くんとはご近所さんだ。だから、電話ひとつですぐに会うことができる。
田中くんは、まだ誕生日前日なんだけど、一足先にそういう気分を味わっていた。

「チョーいいやんコレ」
「でしょ?」
「さっすが梨沙子ちゃん。センス良い」

プレゼントされたのは長そでのシャツ。田中くんが好きなブランドの新作だ。
普通にうれしい。田中くんは夏焼くんの肩をバシバシ叩いて、感謝の意を表す。

「ていうか明日はカノジョと過ごすんですか?」
「は?」
「こないだ、そろそろ決着つけるって言ってたじゃないすか」
「あー、そんなこと言ったっけ」

そういえばあの時、ちょっとカッコつけて言ったような気もするな。
夏焼くんのカノジョの前だったし、弱気なところなんか、見せらんなかったし。

「まあ、そう簡単に上手くいかんのが人生やろ」
「え?」
「おまえは梨沙子ちゃんと上手くいっとうやろうけど」
「いやいやいや」

あら。夏焼くんが急に凹んだ顔になる。
なになに、何があったの、と田中くんは問いつめる。

「ツグさん、嗣永桃子が最近カレシと別れたんです」
「桃子ちゃん?」
そういえば今日さゆみのマンションからの帰りにバッタリ
出くわしたことを思い出す田中くん。
見た感じ、全然落ち込んでいる様子もなかったけど。

「別れたんや」
「はい」
「それが何なん」
「なんとなくなんですけど、ツグさんが別れたのって
おれのせいなんじゃないかなあって思うんです」
「え?」

そんなのまったくの初耳だ。田中くんは思わず尋ね返した。
264 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:34


*****



265 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:35

老舗の寿司屋・すし熊ののれんはすでに引っ込んでいた。
その店内。私服に着替えた桃子ちゃんが奥から出てきて、
カウンターで包丁の手入れをしている大将に声をかける。

「おつかれさまでした」
「おう。今日もご苦労さん」
「それじゃあ失礼します」

最後に大将に頭を下げて、桃子ちゃんはガラガラガラと戸を開ける。
お店の外の空気は冷たくて、彼女は少し身体を震わせる。
意識はしてなかったが、冬がもうすぐそこに近づいてきていた。

暖かい春も、厳しい夏も、切ない秋もとっくに過ぎた。
これから待っているのは、寒い寒い冬。
だけど、なぜかそれほど辛いとは思わない。
桃子ちゃんはしっかりと前を向いて歩き出す。

「ももち」
「うわっ!熊井ちょー!いたの?!」

今日はハロ高の文化祭に行くから、と手伝いを休んでいた大将の息子が、
自転車の前にしゃがみ込んでいた。膝を抱えて、小さく丸まっていた。

「あー心臓止まるかと思った!」

大げさに言って、笑う桃子ちゃん。
しかし息子は暗い顔をしていて、おや?と首をかしげる。

「どうしたの。元気、ないね」

彼女は息子の前にしゃがんで、同じ目線になる。
やさしく微笑みかけるが、息子の表情は曇ったまま。
こんなところ、初めて見た。彼女は心配になってくる。
真顔になって、落ち着いた声で尋ねる。

「なんか、あったの?」

息子は一度俯いて、唐突に立ち上がった。
とっさに見上げた桃子ちゃんは、その東京タワーみたいな高さに見とれる。
でも、首が疲れる。よいしょっと。彼女も立ち上がる。

それでも2人の身長差は大きい。まるでオトナと子供のようだ。
年齢は桃子ちゃんのほうが上だし、実際オトナの女なのに。

「ねぇ、ももち」
「んー?」

息子の強い眼差しに、桃子ちゃんは一瞬だけドキッとする。
きっとこの子は無意識なのだろうけど、正直とてもかっこいい。
もし2人が同い年で、普通の出会い方をしていたならば、
間違いなく恋をしていただろう。なんて思ったりもする。

だけどそれはありえない妄想。
たられば、とか、もしか、なんて人間なら考える。
考えてしまうけれど、考えるだけ無駄なのだ。
桃子ちゃんはそれをわかっている。

「今日ハロ高の文化祭に行ってきた」
「うん」
「なかさきちゃん、あ、ナッキーと、2人だけで」

より一層小さな声で、息子は続ける。

「それで、帰りに、駅で告白された」

えっ?!桃子ちゃんは目をまん丸にさせる。
ナッキーは、真面目な大人しい子という印象しかないので、
その積極的なアプローチにビックリたまげる。

「なんて言われたの?」
「会長のこと、ずっと好きでした、って」
266 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:36

なんて勇気があるのだろう。単純に、すごいと思う。
自分の気持ちを素直に伝えるということは、簡単なようで実は
とても難しい。そして、仲が良ければ良いほど、難しいのだ。

桃子ちゃんは自分自身に重ねて考えてしまい、ため息をつく。
散々悩んで、苦しんで、結局できなかったことを成し遂げたナッキー。
心からすごいと思う。

「付き合うの?ナッキーと」

まるで弟のような存在の熊井ちょーが、女の子から告白された。
桃子ちゃんはそれをうれしく感じたし、誇りに思った。
やっぱり、モテるんだよ。かっこいいもん。彼女は微笑む。

「わからない」
「え?」
「だって、ぼくは、なかさきちゃんのこと好きじゃないし」
「キライなの?」
「キライじゃないけど、好きでもない」
「付き合ってみればいいじゃん」
「好きじゃないのに?」
「付き合ってたらだんだん好きになるよ」
「ももちは好きになれなかったんでしょ?」

痛いところを突かれて、桃子ちゃんは言葉に詰まる。
好きになれなかった。紛れもない事実だ。
でもその言葉の前には、一番好きな人よりも、が付く。

まったく好きになれなかったわけじゃない。
今でもあの人の笑顔を思い出せば出すほど、胸は切なくなる。
あの人のやさしさを思い出せば出すほど、涙が出そうになる。
もっと、あの人の気持ちに応えてあげたかった。後悔もある。

「桃の場合は、みーやんがいたからだよ。
熊井ちょーはそういう人いないんだから、大丈夫だよ」

戸惑っている背中を押すように、桃子ちゃんは言った。
しかし、熊井ちょーは、怖いくらい真剣な眼差しで、彼女を見ている。

「そういう人、いるよ」
「えっ」
「そういう人、いる」

まだ中学生のくせに、図体でかくて迫力がある熊井ちょー。
桃子ちゃんは圧倒されて、心の中がざわざわしてくる。

「熊井ちょー、好きな人いるの?」

小さくうなずいた熊井ちょーは、桃子ちゃんをまっすぐ見つめる。
言葉にはしていないが、目だけで告白されているようだった。
これまで積み重ねてきた何かが、一瞬で崩れていきそうだった。

「ごめん」
「なにが?」
「ウソ。ちょっと言ってみたかっただけだよ」

熊井ちょーは表情を緩ませて、力なく微笑んだ。

「好きな人とか、いないよ」
「ホントに?」
「うん。だから、なかさきちゃんと付き合う」

それこそがウソだと、桃子ちゃんはなんとなく感づいていた。
だけど、そう宣言した熊井ちょーに、何にも言えなかった。
その分、必死で心の中の崩れそうなものを支えていた。
267 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:36


*****



268 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:36

田中くんは、見覚えのあるでっかいお家を見上げていた。
あれ。これって絵里ちゃんのお家。どうして、こんなところに。
首をかしげていると、後ろから声をかけられた。

「れいな。どうしたの?」
「あ、いや」

絵里ちゃんだった。なんかすごい気合の入ったメイクで、
気合の入った髪型、気合の入った服装。
どれもこれも全部見覚えがあった。

田中くんたちは、玄関から亀井家に入る。
まだあのパーティが始まる1時間前。
メイドさんたちが慌しく用意をしている。

「やっぱりそのカッコじゃあれだし、スーツ用意してもらわなくていい?」
「いい」
「でも」
「そんなスーツ着て欲しいんならハッキリ言えばいいやん」
「もぉ。なんでそんな言い方するの?」

なんて、ちょっとした口論になりながら、絵里ちゃんの部屋まで歩く。
昨年の12月23日と、まったく同じ光景だった。

「今日来る人たち、みんな正装してくるんだよ?
そんなカッコじゃ目だっちゃうよ?それでもいいの?」

ここで確か、絵里ちゃんを怒らせるようなことを言って、気まずくなった。
そこから無言で部屋まで行って、パーティまでの時間を過ごしたのだ。

散々だったバースデイパーティ。思い出すだけで嫌になってくる。
彼女の父親の厳しい視線。周りの参加者の、物珍しそうな視線。
彼女のことを狙う坊ちゃんたちのギラギラした視線。
帰り間際に、彼女と形だけ仲直りするまで、気分はずっと最悪だった。

もう一度やり直せるなら、ここからやり直したい。
この絵里ちゃんのお誕生日から。

「着ればいいんやろ。着れば」

素直じゃないけど、そう言えばよかったのだ。
そう言って、大人しくスーツを着ればよかった。


「似ー合ーうー。かっこいい」

あれ。田中くんは鏡に映る自分を見て、ビックリした。
絵里ちゃんがふにゃふにゃ笑っている。

「あとは髪型だね」

そう言って、うれしそうに彼女が髪を触ってくる。
あの日あまり見れなかった彼女の微笑。
田中くんは、何とも言えない気持ちになった。

絵里ちゃんに言われたとおり、スーツを着る。
ただそれだけのことだったのに、なぜできなかったのだろう。
269 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:37


ブーブーブー

枕もとに置いていた携帯電話が震える音で、田中くんは目を覚ます。
ひどい顔でそれを確認すると、親友である斉藤一の名前が表示されていた。

「おう」
『あ、タナやん?おはよう』
「おあよう」
『寝てた?』
「寝てた」
『今日の予定は?』
「なんも」
『じゃあ、今からなんかうまいもんでも食い行こうぜ』

斉藤くんからのお誘いをOKして、田中くんは起き上がる。
さっきのは全部夢だったか。まあ、当たり前か。

夢の中でやり直したって、全然意味がない。
夢の中で上手くいったって、現実で上手くいかなきゃ――。

お誕生日おめでとうメールは、友達たちからたくさんきていた。
しかし、その中には道重さゆみの名前はない。
期待はしないつもりだった。だけど、ちょっとだけ悲しくなった。

寝て起きたら身体の疲れなんてすっかり消えている。
昨日、クタクタになるまで彼女と繋がっていたというのに。
270 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:38


斉藤くんとの待ち合わせ場所には、唯ちゃんもいて、
おいしいと評判のオムライス屋さんに3人で入った。

「ハッピーバースデイ、タナやん」

テーブルにつくなり、唯ちゃんが笑顔でプレゼントを差し出してきた。
彼女の隣で、斉藤くんはニタニタしている。

「ありがと。開けていい?」
「どうぞどうぞ」

袋を開けて出てきたのは、なんと、道重さゆみの新しいDVDだった。
そういえばいつか発売するって言ってたな。田中くんはそのパッケージを眺める。

「あれ。スベった?」
「ちょっとリアクション薄いな」
目の前のカップルが苦笑いを浮かべている。

「やっぱり見たいかなーって思ったんだけど」
「うん。見たかった」
「そのわりに、あんまりうれしそうやないなぁ」
「そんなこと」

斉藤くんたちには、道重さゆみとのことはまだ一度も話していない。
あの夏の海で偶然出会って、それからメル友になった、くらいしか。
こんなに本気で惚れてるだなんて、言い出せなかった。

「最近、重ピンクとメールしてんの?」

斉藤くんが尋ねてくる。
メールどころか、セックスしてる。付き合ってないけど。
なんて言ったら、この親友たちはどう思うだろうか。

「林から聞いた話なんだけどさ、あの日、重ピンクって自殺しようと
してたらしいよ。カレシにふられたからって。タナやん知ってた?」
「知っとったよ。あの日、さゆから聞いた」
さゆ?唯ちゃんが、敏感に反応する。
しまった。いつもの呼び方が出てしまった。

「タナやん、重ピンクのこと”さゆ”って呼んでんだ」
「ああ。呼んでって言われたけん」
田中くんは斉藤くんにそう答える。
横目でチラリと唯ちゃんを窺うと、彼女は探るような視線を送ってくる。
勘の鋭い女って怖い。心の中でこっそり思う。

「最近、重ピンクと会ったりしたん?」彼女が問う。
うん、と素直にうなずく田中くん。

「重ピンクってさ、仕事忙しくないの?」
「忙しいんやないと?会うとき、連絡はいつも向こうからやし」
「でもすごいなタナやん。あの重ピンクと友達なんて。うらやましい」
「おいっ」
イテッ。唯ちゃんから頭を叩かれた斉藤くんが叫ぶ。

友達、か。田中くんは頬杖ついて、ふと携帯電話を見る。
今日はきっとメールのひとつも来ないのだろう。
会った次の日はいつもそう。会いたいと思った日も、そう。

「ハジメちゃん」「ん?」
唯ちゃんは、隣のカレシを手招きする。カレシは顔を近づける。
(なぁ、タナやんってもしかしてさ、重ピンクと付き合っとるんとちゃうん?)
(えっ?)
(なんかそんな感じに見えへん?)
(そうかあ?)
田中くんに見えないように、コソコソと会話する。
(試しにちょっとハジメちゃん聞いてみてや)
(おれが?唯やんが聞いてよ)
(アホ。こういうのは男の役割やろ)
唯ちゃんからギロッとにらまれて、肩をすくめる斉藤くん。

姿勢を正した斉藤くんは、わざとらしく咳ばらいをする。
唯ちゃんから肩を叩かれて、渋々口を開く。

「なあ、タナやん」
「ん?」
「もしかして、重ピンクと付き合ってたり、する?」
「は?!」
田中くんはビックリしすぎてつい笑ってしまう。
「付き合っとらんよ。なんで?」
「だってさ、なんかそんな感じしたからさ」
「そんな感じっちどんな感じね」
「いやあ、なんとなく、なんとなくだよ」

唯ちゃんからじっと観察されている。
田中くんは内心焦りながら、顔には出さないように気をつけた。
271 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:38


*****



272 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:38

同じころ。湾田高校の体育館。
あと10分で男子バスケ部の練習が始まるため、
部員たちがチラホラ集まってきていた。
年末に大きな大会を控えているこの部には、日曜日なんて関係ない。

ドリンクの準備をしていた女子マネージャ・桃子ちゃんは、
夏焼くんの顔を見るなりイヤミったらしく言った。

「あ、さぼりが来た」
「いやいや。さぼりじゃないから」
「どうせカノジョと遊んでたんでしょ?1年のくせしていい度胸してるよねぇ」
「へいへい、すいませんねー」
「あぁ、開き直った!」
相変わらずのやりとりをしている2人を、須藤くんが微笑みながら眺めている。

「昨日で最後」

夏焼くんは呟く。桃子ちゃんは、首をかしげる。

「今日からウインターカップが終わるまで、毎日練習するよ」

この期待の新人は、さっきまでバカっぽく笑ってたかと思ったら、
急に真面目な表情でバスケットゴールを見つめている。
その整った横顔に、やっぱり見とれてしまう桃子ちゃん。
須藤くんは、そんな彼女のことも、眺めていた。


お昼の休憩時間。
母親が作ったお弁当を食べ終えた夏焼くんは、須藤くんと
床にあぐらをかいて、ゆっくりまったりしていた。

周りでは、何人か輪になったりしている。
桃子ちゃんも同級生の男子部員と一緒に、おしゃべりしている。
全然いつもと変わりない彼女の笑顔が見えて、夏焼くんは思い出す。
同時に、もうこの件には触れないと決めたばっかりじゃないか、と思う。

須藤くんはそんな親友のことも眺めていた。
桃子ちゃんと見比べて、首をひねる。
すると「どうした?」と夏焼くんが尋ねてきて、慌てて笑って誤魔化す。

「そういえば」自然に話題を変える須藤くん。
「今度、陸上部が駅伝大会するらしいね」
「駅伝大会?」
「うん。チー坊が言ってたんだけど、ハロ高と対決するんだってさ」
「なんでまたハロ高と」夏焼くんは笑う。

「”短距離じゃ相手にならないけど長距離なら勝てる”って
こっちの部長があっちの部長に言っちゃったみたいだよ」
「徳永カワイソー」
お腹を抱えて大爆笑の夏焼くん。
幼なじみのチー坊こと徳永くんは、湾田高陸上部の長距離選手だ。
きっと、必然的にその対決に参加させられることになるのだろう。

「とんだとばっちりだな」
「うん。メンドクセーって言ってた」
「負けたら湾田の恥だな。恥」
「でも、ハロ高が強いのは短距離だけでしょ。勝てないこともないハズ」
「そうかなあ」
「ってチー坊が言ってた」

ハロ高の陸上部、といえば桃子ちゃんの元カレシだ。
あいつは短距離のエース。インターハイで優勝もしたらしい。
言うまでもなくスポーツ万能。それに、医者の息子らしいし、
さらには背が高くてイケメンだった。
なんでも、ハロ高の女子たちが作ったファンクラブもあるらしい。
うらやましいくらい完璧な男だ、と思う。

きっと、桃子ちゃんと別れたって、新しい相手など探さなくても近づいてくる。
そして新しい相手と付き合って、桃子ちゃんのことなんかすぐに忘れる。
自分をフッた女のことなんか、綺麗さっぱり忘れてしまうのだ。

夏焼くんは、桃子ちゃんのほうを見る。
彼女は明るく笑いながらおしゃべりを続けている。
彼女も、あいつのことなんか、すぐに忘れるのだろう。
そしてまた新しい人と、幸せな日々を過ごすのだろう。
今までの何十倍も幸せな日々を。そうであって欲しい。

顔を須藤くんのほうに向けて、夏焼くんは言う。
「それっていつあんの?」
「勤労感謝の日だから、11月23日?」
「祝日かよ。そりゃメンドクセーわ」
「応援に行かなきゃね。チー坊の」
友達思いの須藤くんが微笑む。
夏焼くんはうなずいて、もう一度だけ、桃子ちゃんを見た。
273 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:39


練習は17時に終わり、その場で解散となった。
他のマネージャたちに片づけを任せて、そそくさと体育館から
出て行く桃子ちゃんに気づいた夏焼くん。
彼女を追いかけて、ダッシュで近づく。

「なんでそんなに急いでんの?」
「これからバイトなんだよね」
「バイトかー。大変だね」
「最近お店忙しそうだから、休みづらいの」

女子更衣室の前に到着して、桃子ちゃんは立ち止まる。

「じゃあね。また明日」
「あ、あのさ」
ドアを開けて部屋に入ろうとした彼女の背中に夏焼くんは言う。
彼女が振り返る。目と目が、バッチリと合う。

「あんまり、無理しないようにね」

ポカンと口を開ける桃子ちゃん。
夏焼くんは、何言ってんだろう自分、と思って、恥ずかしくなる。
何も考えず呼び止めたりするからだよ。ちょっと反省する。

「いや、最近夜は寒いしさ、風邪とかひいたらアレじゃん」
「そうだね」
彼女も、何言ってんだこいつ、っていう顔をしている。
もうやめよう。頭をガシガシかいた夏焼くんは、視線を逸らす。

彼女がニコッと笑って言う。
「ありがと、みーやん」
「…」
「みーやんも、ケガだけは気をつけてね」
「あぁ」

笑顔で手を振った後、彼女は更衣室の扉を閉めた。
夏焼くんは、いったい何やってんだろう、と頭を抱えた。
274 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:39


*****



275 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:40

1年に1度の特別な日は、何事もなく終わっていきそうだった。
普通に夕食をとり、普通にバースデイケーキを食べて、
田中くんは普通に自分の部屋で音楽を聴いていた。

今日、何回さゆみのことを思い浮かべただろう。
誕生日おめでとうのメールじゃなくていい、どうでもいいメールで
いいから来ないかと待っていたけれど、結局何にもなかった。

所詮、友達なんてそんなものだ。
メールしたいときにメールして、会いたいときに会って。
そんなものなのだ。田中くんは、携帯電話の画面を見つめる。

うだうだいわず、「今から会いたい」とさゆみにメールをすればいい。
だけどそれができないのは、自分の勇気が足りないせいだ。

ブーブー

「うわっ」

田中くんはいきなり震えだしたケータイにびっくりする。
そして画面に表示されている”道重さゆみ”の文字にまた、びっくりする。
胸に手をあてて、ひとつ深呼吸をしてから、通話ボタンを押した。

『あ、れいな?いきなりやけど今ヒマ?』
「まあ、暇っちゃ暇やけど」
『お寿司おごっちゃるけん、こっち来ん?』



すし熊、すし熊。
田中くんはきょろきょろしながら、商店街を歩いていた。
もしかして、マジでサヨナラ逆転ホームランかもしれない。
期待に胸は高鳴っていた。

「いらっしゃいませ」

さゆみが指定したお店に入った田中くんを迎えたのは、
なんとあの桃子ちゃんだった。

「田中さん?!」
「桃子ちゃんやん!」
ビックリ顔で桃子ちゃんを見つめていると、「れいな」という可愛い声がする。
カウンター席にさゆみが座っていて、可愛い笑顔で手を振っていた。

田中くんは、さゆみの隣の空いた席に座る。
「失礼します」
桃子ちゃんが熱いお茶とおしぼりを持ってきた。
「ここでバイトしよったんやね」
「ハイ」
「この子、知り合い?」さゆみが尋ねる。
「うん。高校の後輩なんよ」
「へぇ」
なぜか面白くなさそうな表情をしたさゆみは、桃子ちゃんの目の前で、
いきなり田中くんの手を握った。
一瞬テンパりそうになる田中くんだが、顔には出さず、冷静を装う。

「れいな、何食べる?ここのお寿司、チョーおいしいよ」
「あぁ、実は腹いっぱいなんちゃね」
「えー。じゃあなんで来たん?」
「なんでって」
「そんなさゆみに会いたかったと?」
大将の目の前でもあるというのに、顔を近づけてくるさゆみ。
「昨日も会ったのにね」
「まぁ」
「今日も会えてうれしい?」
こんな至近距離で、こんな上目遣いされたら、田中くんは正直堪らない。
でも、口では素直に答えられなくて、カウンターテーブルの下で彼女と指を絡める。
するとさゆみが妖しく微笑み、目の前の大将に「おあいそ」と言った。

「もういいと?」
「うん。さゆみもお腹いっぱい」
せっかく寿司屋まで来たのに、もう帰るのか。
サヨナラ逆転ホームランは期待するだけ無駄だったようだ。
お会計を終え、席を立ったさゆみの後に続いて、田中くんはお店を出る。

すし熊ののれんの前で、さゆみは田中くんと腕を組んだ。
おっぱいをぐいぐい押し付けて、上目遣いで見つめる。

「ねぇ、さゆみ、バーに行きたい」
「バー?」
「だめ?」
「いや、いいけど」
276 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:40

さゆみが案内したのは、とても良い雰囲気のバーだった。
店内は静かで、照明は暗めで、客はイチャイチャしているカップルばかりだった。

「れいな、なん飲む?」
「えぇっ?」
「えぇっ?て」
「じゃあ、生で」

いちおう未成年なのにな。意外と律儀な田中くんは、頬杖をつく。
さゆみがバーテンダーにお酒を注文している。

「乾杯」

チン、とグラスを合わせて2人は生ビールで乾杯する。
一口飲んでテーブルに置く田中くんと、ごくごく飲んでる重ピンク。

「カーッ。うまい」
「おっさんやん」

さゆみはあっという間に1杯飲み終えて、次のお酒を注文した。
明日も朝から学校だし、そもそも未成年だし、
あんまり飲めない田中くんは、ちびちびとビールを減らしている。

「ねぇ、れいな」

こてっ、とさゆみの頭が田中くんの肩にのる。
不意打ちでドキッとした田中くんは、グラスから手を離す。
「なん?」
「今日、すっぽかされた」
「え?」
「お寿司食べよう、って誘ってきたの、あっちなのに」
あっちってどっち?と一瞬思う田中くんだが、すぐに理解する。

さゆみは田中くんの太ももを撫でながら、
「ムカついたけん1人でお寿司ヤケ食いしてやった」
「そんなんしよったら太るぞー」
「ヒドーイ。れいなまでさゆみに冷たくするんだ」
「冷たくないやん」
田中くんは微笑んで、さゆみの手を握る。
「いっつも優しくない?おれ」と囁いて、指を絡める。

本当に、好きな人には優しくしたい田中くん。
どんなに突然の呼び出しだってすぐに駆けつけるし、
どんなワガママだって聞いてあげる。
そうすることで、この熱い想いを表現するのだ。

「そうやね。れいなは、いっつも優しい」
「やろ?」

田中くんがビールを1杯飲んでいる間に、
さゆみはハイペースで何杯もグラスを空けていた。
どんどん彼女が酔っ払いに変わってゆく。

「そんなに飲んで、明日大丈夫なん?」
「大丈夫。明日休みやけん」
そりゃよござんした。田中くんは苦笑い。
こっちは明日学校だってこと、ちょっとは考えてくれてもいいのにな。

「それに、今日はなんか飲みたい気分なんよ。
飲んで全部、ぜーんぶ忘れたい」
そう言ってまたグラスを空ける道重さゆみ。
田中くんを見つめる瞳は潤んでいて、頬が赤い。
でも、そんな姿もまた可愛く思えてしまう田中くんは、
もう1杯お酒を頼むさゆみを止めることはできなかった。

「れいなは、忘れたいこととかない?」
「忘れたいこと?」
「うん。たとえば、前の彼女のこととか」

さゆみには、前の彼女の話はしたことがない。
付き合ってた女の子がいた、とは言ったけれども、
その子のことをずるずると引きずっているなんて、話してない。
それなのになぜ急に聞かれたのか。田中くんは少しだけ動揺する。

「なんで、前の彼女と別れたん?」
「くだらんことでケンカして、そんまま別れた」
「くだらんことっち?」
「マジくだらんよ。彼女が浮気しとるんやないかって勘違いして、
おれが勝手に怒ったんよ。それで向こうもキレて、終わり」
「ホントに?」
「うん。それに、相手はお金持ちのお嬢さまやったし、
いつかこうなる運命やったんよ。多分」

恋人と別れた理由が「価値観の違い」なんてケースは一般的にも多いだろう。
田中くんの件もそれと似たようなものだった。
前の彼女、絵里ちゃんとは育った環境も違いすぎたし、
お互いの立場も、違いすぎた。要するに釣り合っていなかったのだ。
全部彼女の幼なじみ(♂)の言うとおり。どう考えても、無理がありすぎたのだ。
277 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:41

「前の彼女は、可愛かった?」
「可愛かったよ。めっちゃ」
「顔が?」
「顔もやし、性格も」
「さゆみとどっちが可愛い?」
「それは難しい質問やね」
「簡単やん。サービス問題だよ」
さゆみの言葉に、田中くんは笑う。
すると彼女が不満そうに頬を膨らませる。

「さゆみ、やろ?」
「うん。そうやね。さゆが世界で一番可愛いよ」
ちょっと寒気がするくらいキザな感じで、田中くんはさゆみに言う。
でもこの良いムードのバーでは、そのくらいがちょうどいいみたいで、
さゆみはうっとりしながら田中くんの肩にもたれかかった。

「世界で一番?」
「宇宙でも一番。さゆは可愛い」
まだ酔っ払ってもないのに、田中くんの口からはそんな甘いセリフが出てくる。
いや、このバーの大人の雰囲気に酔っているのかもしれない。
彼女の髪の甘い香りにも、酔っているのかもしれない。

「おれなら、すっぽかしたりせんのに」
「え?」
「なんでこんな可愛いさゆのこと放っとけるんか、
カレシの気持ちがサッパリわからんっちゃけど」
「ねぇ。全然わからんよねぇ」
「なんか、マジでぶん殴りたいくらいなんやけど」
「暴力はいけんよ」
「そうやね。暴力はいけん。でも言いたいよ。
さゆのこともっと大事にしい、っち。言ってやりたい」
田中くんは真面目に言って、さゆみの肩を抱く。

「おれがカレシなら、もっともっとさゆのこと大事にしちゃる。
泣かしたりなんか絶対せん」
「れいなは男らしいね」
「さゆのことが、好きやけんね」

どうしてこんなに、すらすらと言葉が出てくるのか不思議だけど、
田中くんは知らないうちにさゆみに愛の告白をしていた。

時計を見ればまだ11月11日。
今夜は、特別な夜になりそうだった。
278 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:41

それからバーを出て、すぐにさゆみはタクシーを拾った。
田中くんは先に押し込まれ、彼女がその次に乗り込む。
車が走り出す。行き先はさゆみのマンションだった。

暗い車内で、さゆみが手を握ってくる。
ピッタリと密着して、顔を近づけてくる。
田中くんが彼女のほうを見た瞬間、2人の唇は重なった。

酔っ払っているさゆみはいつもより2割り増しで大胆だ。
最初から激しいディープなキッスをかましてくる。
うれしいような恥ずかしいような妙な気分の田中くんは、
運転手を気にしながらも上手に舌を合わせていた。
やっぱり、さゆみとのキスは気持ちが良い。
すぐにエッチな心に火が点いて、あっという間に燃え上がってしまう。

明日のことなんて、もうどうでもよくなっている。
さゆみから手を掴まれて、彼女の股の間へ誘導される。
スカートを履いているので、楽にソコに触れることができる。

ここで今すぐ弄って欲しいらしい、淫らな彼女が誘ってくる。
断れない、断らない田中くんは、口づけしながらその下着に触る。
敏感な部分を乱暴に刺激すると、彼女の身体が少し跳ねた。

さゆみもズボンの上から田中くんのアレを撫でる。
まさかの展開に心臓がバクバクしてくるが、もう止められない状態だ。
暴れん坊将軍が、めちゃくちゃ元気になってしまってる。
昨日あれだけしたのにも関わらず、さゆみを求めてビンビンになっている。

下着をずらして、田中くんはさゆみのアソコに直接触れる。
じゃりじゃりした感触を指で味わって、尖った部分を突く。
秘密の入り口は徐々にやわらかくなっているようで、とても温かかった。

「着きましたよ」

運転手のやる気ない声が聞こえて、お楽しみは一旦ストップした。
さゆみが財布から福沢諭吉を1人取り出して「お釣りはいりません」と言った。
そして田中くんの手を、ちょっと濡れているその手を取って、車から降りた。

そのまま引っ張られるように、田中くんはさゆみのマンションへ入る。
人気のない深夜のマンション。2人きりのエレベーター。
扉が閉まった瞬間、ふたたびさゆみから口づけられた。
絡み合う2人を乗せたエレベーターは最上階へとたどり着く。

「ねぇ、れいな」

扉が開いたけれど、田中くんの首に腕を巻きつけたまたさゆみが言う。
あれだけお酒を飲んだのだ。やっぱり彼女は酔っ払っているようだった。
でも、酔っ払ってない、普通の顔にも見えた。

「さゆみのこと、好き?」

すぐに扉が閉まる。密室で2人は見つめ合う。

「好きだよ」

甘い球は見逃さない。田中くんはサヨナラ逆転ホームランをかっ飛ばす。
さゆみを強く抱き寄せて、耳元で「好き」ともう一度告白する。

「初めて会った日からずっと好きやった。さゆ、カレシおるのはわかっとうけど、
この気持ちずっと言いたかった。さゆのこと、宇宙で一番、好き」

今こそ勇気を出して、気持ちを彼女に伝えるべきだ。
2人の間にある高い高い壁を越えて、彼女の元へ飛び込むべきだ。
田中くんは緊張してドキドキしながら、さゆみを抱く腕に力を込める。

こんなことを言って、彼女がどんな反応をするだろう。
怖いような、早く知りたいような田中くん。黙って待つ。
密室が沈黙に包まれる。彼女が、そっと離れる。
279 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:42
「さゆ?」

さゆみは急に笑い出して、自分で髪をぐしゃぐしゃに乱す。
田中くんはあ然として、彼女を見つめている。

「バッカみたい」
「え?」
「宇宙で一番好きとか、バッカみたい」
なぜかにらまれて、困ってしまう田中くん。

「ホントはそんなん思ってないくせに、本当のことみたいに言わんで」
「え…」
「好きとか、真面目に言わんでよ」

なんで彼女は怒っているのだろう。
思いきってこの気持ちを伝えたのに、なんで彼女は。
田中くんは全然わからなくて、言い返せない。
拒絶されたみたいで、悲しくなってくる。

さゆみがボタンを押して、エレベーターの扉を開けた。
つかつかと出て行く彼女の背中を見送る田中くん。
閉まりかけた扉を手で制して、彼女を追いかける。

「待って。さゆ。待ってって」

自分の部屋の前まで来て、彼女が立ち止まる。
バッグから鍵を取り出すその手を掴んで、田中くんは彼女と向き合う。

「本当やけん。さっき、さゆに言ったこと、全部。
信じてもらえんなら、信じてもらえるまで言う」

さゆみは俯いたまま、田中くんの手を払って、ドアの鍵を開けた。
そして、田中くんの腕を掴んで、部屋の中へ押し込んだ。

バッグが床に落ちる音がする。
真っ暗な玄関で、さゆみが抱きついてくる。
何が何やら、呆気にとられる田中くん。

「言って」
「ん?」
「さゆみが信じるまで、言って」

何を?と尋ねるなんて野暮ったいことはしない。
両腕でさゆみをしっかり抱きしめてから、田中くんは言う。

「ずっと好きやった。今も好きやし、明日からもずっと好きやけん。
さゆが誰と付き合っとっても、誰を好きでも、おれはさゆが好き」
「明日からも好きとかわからんやん。明日になったら他の人
好きになっちょるかもしれんやん」
「好きにならんって。明日もおれはさゆが好き。明後日も、明々後日も
その次の日も、その次の次の日も、ずーっとさゆが好き」

彼女は何も言わない。田中くんにすがりついている。

なんだか、今まで我慢していたものが一気に弾けている。
決壊したダムの水のように、さゆみへの気持ちが猛烈に溢れている。
田中くんは彼女をきつく抱きしめて、甘い香りのする髪に顔を埋める。

「ホントに好きなんよ。もう、頭おかしくなりそうなくらい。
いっつもさゆのこと考えよるし、毎日会いたいっち、思いよる。
今日だって一日中思いよった。やけん、電話かかってきたとき、
チョーうれしかった。さゆと会えることが、一番の誕生日プレゼントや」
「会うだけ?」
「ん?」
「会うだけがプレゼントでいいの?」

田中くんはさゆみから少し離れる。暗闇に慣れてきた目で、彼女を見つめる。
彼女も田中くんを見つめていて、2人は熱い視線を交わしていた。
280 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:43

「さゆみのことは欲しくないの?」

ぶはっ。想像通りのセリフを言われて、田中くんは噴き出した。
欲しい。欲し過ぎる。他の何にもいらないから、さゆみだけが欲しい。
身体の芯から彼女を求めている。下半身が、うずいてくる。

「欲しい」田中くんはさゆみの頬を撫でる。
「今すぐさゆが欲しい」
真剣に囁いてそっと唇を寄せる。
重ねるだけの、しかも短いキスをする。

「今すぐ?ここで?」

さゆみは、田中くんの上着を脱がして、床に落とす。

「まだシャワー浴びてないけどいいと?」

今度は田中くんのズボンのベルトに触れるさゆみ。
まだ答えを聞いていないのに、カチャカチャいわせて外している。

「いいと?さゆみ、れいなが言ったこと全部信じちゃうよ」

玄関で、電気も点けずに、エッチな行為がスタートする。
なんかもうすでにイッパイイッパイの田中くん。
やさしくアソコを握られて、擦られて、今すぐどこかにイッてしまいそうだ。

さすが百戦錬磨のAV女優。男の扱いなんてお手の物。
さゆみのこの上手なところも、大好きだ。
乳首を摘まれた田中くんは、情けない声で応える。
べろべろなキスをされて、呼吸困難になりそうになる。
死にそうなほどの苦しみさえも快感に変換される。

田中くんがさゆみのおっぱいに手を伸ばすと、
彼女は堪らないように色っぽい声を上げた。
洋服の中に手を入れて、ブラジャーのホックを外す田中くん。

その間に、彼女は自分でスカートを脱ぐ。
すべすべした脚を田中くんの身体に絡ませる。
おっぱいを揉むのを一旦やめて、田中くんはその脚を撫でる。
太ももから、股間へスムースに移動して、パンティに触れる。
片脚を上げた彼女は無言で田中くんを秘密の場所へと誘う。

中心は湿っていた。そのいやらしさに、田中くんはますます興奮してくる。
がむしゃらにキスをしながら、パンティの中に手を入れて、猛烈なスピードで
愛撫する。彼女も彼女で、田中くんの硬くて熱いモノを猛烈に。

しばらくして、さゆみはパンティを脱いだ。
もうイキそうでイキそうで仕方がない田中くんは、
彼女の片脚を持ち上げて、ぐっと彼女に近づいた。
「入れていい?」
と一応聞くが、ダメだと言われても入れるつもりだった。
今日は何も着けたくない。自分勝手だけど、このままするつもりだった。

「さゆみのこと好き?」
「好きばい」
「じゃあ、いいよ」

田中くんはすぐに彼女を裏返して、壁に押し付ける。
張りのあるお尻を引き寄せて、狙いを定めて一気に入れる。

立ったまま、田中くんは腰を振る。
彼女の腰を持って、無我夢中に突きまくる。
生で感じる彼女の秘密の場所。
何もかも忘れてしまうような圧倒的な快感。
まるで夢のような時間に、田中くんは酔いしれる。

今までも、DVDでも聞いたことがない、あられもない声でさゆみは喘いでいる。
これが本当の彼女の姿だとしたら、それほどうれしいことはない。
後ろから彼女を突きながら、田中くんはちょっと泣きそうになった。
281 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:44


目が覚めたら、さゆみのベッドの上で、彼女の隣にいた。
まだ眠い田中くんは、とりあえず時計を見る。

「うわ、もう9時かよ」

学校始まっとるやん。アチャー、と顔に手をあてる。
でも、素っ裸で眠っているさゆみのほうを見て、微笑む田中くん。

昨夜、全部言えた。やっとさゆみに好きだと言えた。
それがちゃんと彼女に伝わっているのかは、まだよくわからないけれど、
とりあえず告白できたのでヨシとしよう。

うぅん、と悩ましげにうなって、さゆみが田中くんのほうに寝返りを打つ。
彼女も起きたみたいで、バッチリ目が合った。

「おはよう」
「あぁ、気持ち悪い。二日酔いや」
顔をしかめる彼女の髪をやさしくすくう田中くん。
「薬飲めば?」
「持ってきて?」
「…うん」

裸のままベッドを下りて、田中くんは薬箱を探す。
でも、なかなか見つからない。一度ベッドへ戻る。

「薬箱どこあるん?」
「わからん。もう、いい」
「大丈夫?」
「大丈夫」
答えたさゆみが、ベッドの端に腰かけた田中くんを後ろから抱きしめる。
「ねぇ、れいな」
「ん?」
「昨日言いよったこと、ホントに信じるけんね」

うん、とうなずいて、田中くんはさゆみの手に自分の手を重ねる。
そして彼女のほうを向く。彼女は、今まで見たことがないような、
本当に幸せそうな微笑を浮かべていた。

「さゆのこと、今日も宇宙で一番好きだよ」
鳥肌が立ちそうなくらい甘い言葉を、彼女へ囁く田中くん。
でもこれはまったくの本心。言って後悔なんてしない。
ちょっと恥ずかしいのだけれど、彼女のためならいくらでも言える。

田中くんは体勢を変えて、さゆみを正面から抱きしめる。
彼女もしっかりと腕をまわしてくる。
まるで心が通じ合ったみたいに、2人は熱い抱擁を交わしている。

「さゆみも、れいなのこと、好き」
「マジ?」
「うん。だから、さゆみのことずっと好きでいてほしい」

もしかしたら、さゆみはずっと求めていたのかもしれない。
心から信じることのできる、自分だけを見てくれる相手を。

「もう、さゆみはおばちゃんだけど、おばあちゃんになっても好きって言ってほしい」
「言うよ。一生言い続ける」
「いつでも、どこでも好きって言って」
「言う言う。寿司屋でも、タクシーん中でもどこでも言う」

少しだけ離れて、見つめ合う。
田中くんはおでこをくっつけて、イヒヒと笑う。

「おれも信じるよ。さゆが言ったこと」
「うん」

2人の唇が重なる。とても穏やかな口づけだった。
深く深く、お互いの心に想いが届くような、確かめ合うキスだった。

ベッドの上で、素っ裸で、エッチなムードにならないほうがおかしい。
田中くんはさゆみのおっぱいを揉みながら、顔や首にたくさんキスをする。
彼女は艶かしい吐息で応え、田中くんの頭を抱えている。

対面座位の格好で、2人は情熱的に交わる。
朝っぱらから激しく揺れて、快楽の頂上へとのぼりつめてゆく。

田中くんは、すっかり安心しきっていた。
想いが通じた、通じ合ったと信じて疑わなかった。
だからさゆみの中に全部ぶちまけて、余韻に浸りまくっていた。
282 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:44
ガチャ 

ガン!ガン! 

ピンポーン

さゆみを腕枕して、まったりしていた田中くんの耳に、
なにやらドアの開く音と、チャイムが聞こえてくる。

ピンポーン 

ガン!ガン!

ピンポーン

もしかしてストーカーとか。田中くんは怖くなる。
だけど、相手はこの部屋の鍵を持っている人間。つまりは。

「どうしよう。れいな」
さゆみが不安そうな顔で抱きついてくる。
田中くんは、ガンガンうるさい玄関のほうを見て、つばをのむ。

ピピピピピ ピピピピピ

今度はさゆみの携帯電話が鳴り始める。

「おい!いるなら早く開けろよ!」

やっぱり。男の怒鳴り声が聞こえてきた。
やばいよーやばいよー。修羅場だよー。
ドアチェーンをかけてて良かった、と心底思う田中くん。

「とりあえず服着よう」

全裸で出て行くわけにはいかないので、
2人で急いで洋服を身に着ける。
その間にもカレシはずっと怒鳴っている。

「れいなどっか隠れる?」
「玄関に靴あるし、すぐバレるって」
「じゃあどうしよう…」
「おれが行く」
さゆみが止めようとするのを遮って、田中くんは玄関へ行く。
騒ぐ男のために、チェーンを外して、ドアを開けてあげる。

「おまえ誰だよ」
「あんたこそ誰?」

背が高い男とにらみ合う田中くん。元・柔道部の大将。
いきなり胸ぐらを掴まれても動じない。

「やめて!離して!」

さゆみが叫ぶ。男が舌打ちして、田中くんを突き飛ばす。
よろけた彼を、さゆみが支える。

「てめえ、人の女に手ぇ出してんじゃねえぞコラ」

ぶっちゃけ、いま初めて見るさゆみのカレシ。
ちょっと893の人みたいだなと思う田中くん。

黙ったままにらんでいると、見事なパンチを頬に食らう。
さすがにぶっ倒れる田中くんは、イテテ、とそこを押さえる。
「れいな!大丈夫?」
「大丈夫」
さゆみに微笑むものの、ジンジン痛い。痛すぎる。

「早く出てけよ!二度とおれらの前に顔見せんな!」

また、ぐいっと胸ぐらを掴まれ、引っ張り上げられて、
田中くんは玄関の外に放り投げられてしまう。
廊下に尻もちついた間抜けな格好で、さゆみを見上げる。

「さゆ…」
「早く帰れっつってんだろうが!」

今度はお腹を強く蹴られて、咳き込む田中くん。
散々だ。さっきまでさゆみとベッドで愛し合ってたのが嘘みたい。

バタン!部屋のドアが男によって閉められる。
お腹が痛くて動けない田中くんは、その場に横たわったまま。

カレシってあんな暴力的な奴だったんだ。
だから彼女は昨日「暴力はいけない」と言っていたのだ。

ケータイも財布も、靴すら部屋の中に置きっ放しだということに
気づいた田中くんは、途方に暮れてしばらく同じ体勢でうずくまっていた。
283 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:45

つづく


284 名前:彼女は友達 投稿日:2008/08/18(月) 23:46

从*` ロ´)<負けねぇ!絶対ぇ負けねぇ!
ノノl∂_∂'ル<錦飾る日まで負けんじゃねぇ!


285 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 04:14
立て!立つんだれいな!!
お前柔道部の大将やろが!!

思わず興奮してしまいましたが、更新お疲れ様です
それぞれの物語が動き始めていて、それぞれドキドキしながら読みました
場面がポンポン飛ぶのもパルプフィクションみたいで面白かったです
最後はみんな幸せになるといいなぁ
286 名前:重ピンピン 投稿日:2008/08/20(水) 02:54

更新オツカレです

今回はいろんな事がどないなっとるんですか〜いってかんじですね
熊会長の事も気になるのですが・・・

やっぱ、われらが重ピンクの危機にいてもたってもいられませんです
ホントは自分が助けに行きたいとこなんですが・・・

ここは何とか、たなかっちれいなっちに頑張ってもらうしか・・・

次回をハラハラしながら待ってます


287 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 20:48
更新お疲れ様です
萌えな展開にドキドキです
田中くん頑張れ!!現実世界の君はめちゃ顔いいから。
288 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/20(水) 21:19
(0´〜`)
289 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/19(金) 22:37
曝ク*` ロ´)
290 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/20(土) 00:16
田中くん可愛いw
291 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/09/21(日) 22:45

>>285さん
熱いコメントありがとうございます
場面がポンポン飛ぶもんだから
読みにくくないかな?わかりにくくないかな?
と心配でしたけどあなたの言葉で安心しました
みんな幸せになるといいですね

>>286 重ピン
ますます色んな出来事が起こっちゃいますけど
ぜひついてきて頂きたいと思います
田中っちはきっとがんばってくれますよ
田中っちを信じて見守っていて欲しいです

>>287さん
ありがとございます
今後もドキドキさせられるようがんばります
田中っちもがんばります

>>288さん
川*’∀’)<グッジョブやよー

>>289さん
(0´〜`)<なんだYO

>>290さん
うんうん
从*` ロ´) ← このAAマジ可愛いですよね

292 名前:& ◆r6fSLGrGOU 投稿日:2008/09/21(日) 22:46



293 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:47



294 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:48


*****


295 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:48

「どうしたんだよ!その顔!」

翌朝、田中くんの顔を見るなり、斉藤くんが叫んだ。
昨日何の連絡もなしに学校を休んで、顔にアザを作って
きているのだから驚くのも当たり前だ。

「誰にやられたんだ?」

林くんも心配そうに尋ねてくる。
クラスメイトたちの視線も集めている。
田中くんは、苦笑いを浮かべるしかできなかった。

296 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:48

昼休み。ゆっくり話せる静かな屋上で、田中くんは昨日のできごとを話す。
それだけじゃない。親友たちには打ち明けなきゃいけないことがあった。

「今まで黙っとったけど、おれ、道重さゆみのことが好きで」

男らしく、田中くんは言った。
斉藤くんと林くんが驚いて顔を見合わせている。
「道重さゆみ、って重ピンク?」
「マジで?」

田中くんは2人の言葉にうなずいて、
「夏に海行ったときに初めて会ってから、ずっと好きやった」
「え、え、ちょっと待って。それがそのアザとどう関係があるわけ?」
「まさか重ピンクにDV…」
斉藤くんの勘違いに田中くんは「まさか」と笑う。
「昨日、さゆのカレシに殴られたんよ」
「え、カレシいんの?」
「ペーやんさ、あの日、自殺しようとしたさゆを助けたやろ」
「ああ、うん」
「そのカレシにフラれたけん、死にたくなったんやって。
でもその次の次の日くらいにすぐヨリ戻して、今も続いとる」
297 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:49
「なんでタナやんが殴られなきゃいけなかったの?」
納得がいかない様子の斉藤くんが言う。
やっぱり全部話さなきゃいけないよな。田中くんは姿勢を正す。
2人を交互に見つめて、真面目な顔で、告白する。

「ヤリ友やったんよ」
「タナやんと重ピンクが?」
「うん。初めて会った日にエッチしてから、ときどき会って、ヤリよった」
「重ピンクは、カレシがいるのに?」
「そう。おととい、誕生日の夜に呼び出されて、さゆの部屋に泊まって、
朝起きたらカレシが来て、バレて、殴られた」

経験豊富な林くんなら、こういう状況にも一度は遭遇したことがあるかもしれない。
しかも、高1とか高2のころ、林くんは2股とか平気でかけてたし。
女の子から強烈なビンタをくらって、頬を真っ赤にしてたこともあったし。
林くんなら少しくらいこの気持ちをわかってくれるだろう。そう思っていた。
だから、林くんは何も言わず、腕を組んで黙り込んでいた。
しかし意外と純粋な心をもつ斉藤くんは、明らかに怒りの表情をしていた。

「意味わかんねえ」
「やろうね」
「重ピンクの気持ちも、タナやんの気持ちも、おれにはまったく理解できない」

斉藤くんからにらまれて、田中くんは視線を逸らす。
親友からこんな風に突き放されると、ちょっとだけ辛いものがある。
298 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:50
「重ピンクは、もう、やめといたほうがいいんじゃないかな」

林くんが落ち着いた声で言った。彼はとても冷静だった。
さらに斉藤くんが諭すように言う。

「そうだよ。カレシに殴られて、そんな怪我してるんだからさ。
次なにされるかわかんないじゃん。危ないから、もう会うのやめろよ」

さゆみに会えないだなんて、考えるだけで悲しくなってくる。
田中くんは、親友たちが心配してくれているということを
うれしく思うけれども、彼らの言う通りにするつもりなんて全然なかった。

もう会わない、だなんて、冗談でも口にできなかった。
今すぐにでも会いたいのに。会って「好き」って言いたいのに。
さゆみのことをあきらめるなんて絶対にできないと、固く決心していた。


299 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:50


*****


300 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:50
亀井家の庭球場は、お嬢さまたちの黄色い声でにぎわっていた。
11月も下旬に入り、ますます冬らしくなってきたけれども、
元気な彼女たちは、短いスコートでテニスを楽しんでいる。

この家の執事・吉澤さんは、女子中学生たちの弾ける若さや、
白く眩しい太ももにこっそり鼻の下を伸ばしっぱなし。
愛ちゃんも同じような格好をしているけれど、やはり、
”本物の若さ”の前では太刀打ちできない。
とか、彼女の前でそんなこと口にしたら殴られそうだ。しかもグーで。

いま、彼女たちは、2対2でテニスの試合をしている。
ひとつのチームは、我らが絵里お嬢さまと愛ちゃん。
もうひとつのチームは、大物政治家・菅谷議員の
お孫さんである梨沙子ちゃんと、大資産家である
鈴木さまの愛娘である愛理ちゃんの、セレブ女子中学生コンビだ。
301 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:51
「サーティ・フォーティ(2−3)」

そして審判をしているのは、なぜかガキさんだ。
絵里ちゃんにおねだりされたら、絶対に断れないヘタレな坊ちゃん。
ボーッと突っ立ったまま、やる気のない声を出している。

「あと1点だね。りーちゃん」
「うん」
ガッツポーズをして微笑み合っている、女子中学生コンビ。
しっかしどちらも可愛らしいなあ。吉澤さんはニタニタしながら眺めていた。

「負けないもんね!」
「そうだそうだ!」
気合の入ったお姉さまたちがラケットを構える。

「あ」と何かひらめいた顔になった絵里ちゃんが、
「そういえば、梨沙子ちゃん、カレシとは最近どうなの?」
「えっ」
サーブを打とうとしていた梨沙子ちゃんの手が止まる。
「どうなの?梨沙子ちゃん」愛ちゃんがニヤリとする。
302 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:52
中学生のくせにカレシとか!
イマドキの子ってやつは…吉澤さんは少しショックを受ける。
もしかしてもうヴァージンじゃなかったり。
そう考えると、梨沙子ちゃんが妙に色っぽく思えてくる。
彼女の身体は、絵里ちゃん並みに豊満で、とても魅力的だ。
まだ女子中学生だなんて、言わなきゃわからないだろう。

「カレシ、すっごいイケメンなんだよねぇー。
湾田高の、バスケ部なんだよねぇー」

なるほど。そうやって梨沙子ちゃんを動揺させる作戦か。
せこい。大人げない。吉澤さんは苦笑する。
カレシのことを話題に出されて恥ずかしそうな梨沙子ちゃんは、
サーブを打つのを躊躇していた。顔が真っ赤っかだ。

「湾田高、か」

吉澤さんは真顔になってふと呟く。
その高校名を聞いて、なぜか絵里ちゃんの元カレが思い浮かんだ。
あの不良みたいな見た目の、平凡な男子高校生。
名前はなんていったっけ。もう思い出せなくなっている。
昨年の今ごろはまだ2人は交際中で、ラブラブ街道をひた走っていた。
303 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:52
たった1年。されど1年。絵里ちゃんの周りでは色んなことがあった。
あの不良野郎と別れたり、ガキさんと付き合い始めたり。
カナダへ行って酔っ払ったり、危うくベロチューしそうになったり。
あのときの興奮を思い出した吉澤さんは、ぶんぶんと首を振る。

いま愛ちゃんの左手の薬指には、婚約指輪がはめてある。
来年、正確には再来年、彼女と結婚すると決めたのだ。
絵里ちゃんに対して浮ついた気持ちを抱くなど言語同断。
304 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:53
「もう、打つよ?」
弱々しい声で、梨沙子ちゃんが言った。
彼女のサーブから再びラリーが始まる。

ガキさんはなんだか不機嫌そうに眺めている。
家でエロビデオを見てたほうがマシだ、って顔。
元々今日は、絵里ちゃんと横浜へ行く予定だったらしいが、
梨沙子ちゃんたちが遊びに来るということでそれをキャンセル、
こうやってテニスをしているという状況だ。
男ひとりハブられてるし、不貞腐れる気持ちもわからないでもない。

あ、そうだ。吉澤さんはいいことを思いつく。
今日あいつに最近発売された重ピンクのDVDを貸してあげよう。
ニヤリとしたエロ執事は、人知れず妖しげな微笑みを浮かべた。

305 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:53

テニスを楽しんだ後、お嬢さまたちは暖かい部屋でくつろいでいた。
丸いテーブルを囲んで、紅茶片手に恋愛トーク。
質問はやっぱり梨沙子ちゃんに集中していた。

「ねぇ、カレシの名前、なんていうの?」
相変わらず興味津々な様子の絵里ちゃんが尋ねる。
梨沙子ちゃんは、カップを両手で持ったまま、小さな声で、
「なつやきみやび」と答える。
「なつやき?」
首をかしげた絵里ちゃんに、梨沙子ちゃんは教える。
「なつは春夏秋冬の夏で、やきはたこ焼きの焼」
「へぇ、珍しい名字だねぇ」

「カレシのこと、なんて呼んでるの?」愛ちゃんがニヤけた顔で聞く。
モジモジしている梨沙子ちゃんの代わりに、
「みや、だよね。りーちゃん」と愛理ちゃんが答えてくれる。
(余計なことを言うな)という視線を送る梨沙子ちゃんだけど、
愛理ちゃんはそれを華麗にかわして、紅茶を飲む。

「みや、かぁ。可愛い」
ね、ガキさん。と絵里ちゃんがガキさんを見る。
ガキさんは仏頂面で「そうだね」と言う。
「もぉ、機嫌悪いぃ」
「別に機嫌悪くないよ」
「機嫌直してよぉ」
ガキさんのほっぺを人差し指でツンツンする絵里ちゃん。
ガキさんは迷惑そうな表情でよけて、突然席を立つ。
「どこ行くの?」
「トイレ」
306 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:53
ガキさんが部屋を出て行って、本当に女子だらけになる部屋。
絵里ちゃんは眉間にシワ寄せ、唇を尖らせて、テーブルにどかっと頬杖をつく。
「もぉー」
「相手して欲しいんでしょ。たぶん」
大人の愛ちゃんが、なだめるように言う。

ガキさんのせいで絵里ちゃんまで機嫌が悪くなったようで、
弾んでいた会話もピタッと止まってしまった。
梨沙子ちゃんと愛理ちゃんは、お互い顔を見合わせて、
はてこの空気をどうしようかと、目と目で話し合っていた。
307 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:53
「ねぇ、愛理ちゃんは好きな人とかいないの?」

すると愛ちゃんがそんなことを尋ねてきた。
愛理ちゃんは困り顔で首を横に振る。
隣の梨沙子ちゃんがこれまでの仕返しをするように、
「砂山さんは?」と口を挟んでくる。
その名前を聞くだけで、苦々しい表情になる愛理ちゃん。

「砂山さんはただのロリコンだよ」
「もしかして、砂山ってあのヒョロヒョロした人?」
頬杖をついたまま、絵里ちゃんが言った。
愛理ちゃんはうなずく。
「え、愛理ちゃん、あんなのが好みなの?意外」
「まさか!全っ然、好みじゃない」
「でも満更でもなさそうじゃん。愛理」
「りーちゃん」
(冗談はそれくらいにしろ)と愛理ちゃんは梨沙子ちゃんをにらむ。
梨沙子ちゃんは舌をぺろっと出して、肩をすくめる。
308 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:54
「でもイケメンじゃん。砂山くん」
愛ちゃんが言うと、絵里ちゃんは手を振って否定する。
「絵里はああいうの無理。なんか、弱っちいし」
「ガキさんも十分弱っちいと思うけどな」
「ガキさんはああ見えて強いんだってば」
「性欲が?」
「ちょっと!中学生の前でそういうこと言わないでよ」
アッヒャー。愛ちゃんがうれしそうに笑う。
どうしようもないお姉さんに、梨沙子ちゃんと愛理ちゃんは苦笑いするしかない。

「ねぇ、愛理ちゃんはどんな人がタイプなの?」
話題を変えて、絵里ちゃんが尋ねる。
愛理ちゃんは斜め上を見上げて少し考えて、
「王子さまみたいな人、かなぁ」
「王子さま?」
「ひと目会っただけで好きになっちゃうくらい、圧倒的な人がいい」

そんな夢見る乙女の横顔を見つめる梨沙子ちゃん。
初めてこの目で見た夏焼くんは、すごい圧倒的だったなぁ、と思い出す。

愛理ちゃんも同じときに夏焼くんを見かけたはずなのに、
彼女はまったく恋に落ちなかった。それが今でも不思議だけど、
そうなっていたらなっていたで、大変なことになっていただろう。
彼女と好みのタイプが違って良かった。なんて思う。
309 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:54
「ねぇ、矢島くん、って知ってる?」
いきなり、絵里ちゃんが愛理ちゃんに言った。
「枝流田大学病院の、矢島先生の息子さんなんだけど」
「知らないかも」
「その矢島くんっていうのがさ、めちゃくちゃカッコイイの。
こないだハロ高の文化祭に行ったとき、たまったま会ったんだけど、
もう、惚れ惚れするくらい。ホントに」
「浮気やん」ボソッと愛ちゃんが呟く。
「今度、絵里のバースデイパーティに呼んだから絶対紹介するよ。
矢島くん」
「うん」

「でもあんまり期待しないほうがいいよ。
絵里のカッコイイ基準って、ちょっとおかしいからさ」
「ちょっと、それどういう意味?絵里がB専って言いたいの?」
「自分でB専って言った!」
大ウケする愛ちゃん。苦笑いの愛理ちゃん。
梨沙子ちゃんは(夏焼くんのことを想いながら)ぽけーっとしていた。

310 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:54

「何してんだよ。そんなとこで」

廊下を歩いていた吉澤さんは、中庭のベンチに座っている
ガキさんを見つけ、窓を開けて声をかけた。
ガキさんが振り返る。ひどい顔。吉澤さんはつい笑ってしまう。

「ちょっと、休憩です」
「ひとりでか?」
「なんか、男ひとりじゃ居心地悪くて」
「なんだよ。ハーレムじゃんか」
「吉澤さんにとっては、ね」
「そうだ。いいもんやるからこっち来いよ」
311 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:54
吉澤さんはガキさんを自分の部屋まで連れてきて、
『エロハロ!道重さゆみinガスト』のDVDを取り出した。

「こ、これは」
「重ピンクの新しいDVDだ」
狭い部屋で、見つめ合う男2人。

可愛いウエイトレス姿の道重さゆみの写真を見つめて、
ガキさんは生つばゴックンする。

「暇ならここで見てけよ」
「…見ます」
HAHAHA。さわやかに笑った吉澤さんは、
ガキさんの肩を叩いて部屋を出て行った。

ひとり残されたガキさん。テレビの電源をONにする。
DVDのディスクを取り出して、プレーヤーにセットする。
しっかりヘッドフォンを装着して、いざ再生だ。
312 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:55

「紅茶のおかわりはいかがですか?」

ガキさんが重ピンクでハァハァしてるころ、
吉澤さんは絵里ちゃんたちが居る部屋でお仕事をしていた。

「ねぇ、吉澤さん。ガキさん見ませんでした?」
「お坊ちゃまは、私の部屋で休んでいますよ」
「ふーん。ありがと」

「お坊ちゃまとか言うの初めて聞いた」
「ちょっと言ってみた」とかいって、笑い合う愛ちゃんと吉澤さん。
愛理ちゃんは、ジェントルマンな執事の微笑を見つめている。
313 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:55
「吉澤さんって、王子さまみたいですよね」
「へっ?」
「ねぇ、りーちゃん。吉澤さんって王子さまっぽくない?」
「うん。王子さまっぽい」
「そんなことありませんよ」
ふはははは。一気に有頂天な吉澤王子。
調子に乗って、女子中学生たちに流し目を送る。

「わたし、付き合うなら吉澤さんみたいな人がいいです」
「お嬢さまみたいな可愛らしい女性なら、ぼくも大歓迎ですよ」
そう言った吉澤さんのお尻に、愛ちゃんは蹴りを一発。
「イテッ。何すんだよ」
「うっさいロリコン」
「おまっ。お嬢さまは見た目はもうオトナの女性じゃないか」
「中学生をいやらしい目で見んな!」
もう一度、吉澤さんを蹴る愛ちゃん。
靴は尖ったヒールだから、当然痛い。
314 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:55
「いてててて」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。この人、身体だけは丈夫だから。ね?」
愛ちゃんににらまれて、吉澤さんはうなずくしかない。
眉毛を八の字にした愛理ちゃんは、梨沙子ちゃんを見た。
「わたし変なこと言っちゃったみたい」「だね」

でも吉澤さんは背も高いし、顔だって綺麗に整っているし、
いつも穏やかで紳士的だし、とても王子さまっぽい。
それに、見た目と中身に少しギャップがある感じが可愛い。
愛理ちゃんは、愛ちゃんにヘコヘコしている吉澤さんを眺めながら微笑む。

こういう人と恋に落ちたいな。
運命的に出会って、ひと目で恋に落ちたいな。

「絵里ちゃん?」

突然立ち上がった絵里ちゃんを見上げ、梨沙子ちゃんが言った。
絵里ちゃんにみんなの視線が集まる。

「お嬢さま。どうかされましたか?」
「いえいえ。ちょっとお手洗いに行ってきます」
彼女はニコッと笑って、部屋を出て行った。
梨沙子ちゃんは首をかしげて、愛理ちゃんと顔を見合わせた。
315 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:56

ウエイトレスの道重さゆみは厨房でコックさんと交わっていた。
椅子に座っているガキさんは、とても真剣な顔で、
テレビ画面に映るさゆみを見つめている。
男に後ろから激しく突かれ、恍惚の表情を浮かべている姿を、凝視している。

『イクッ!イッちゃう!』

ヘッドフォンからはさゆみのあられもない声。
ガキさんはズボンの上から股間を優しく撫でながら、とても集中していた。
コンコン、とドアをノックされる音も、聞こえないくらいに。

『あぁっ!イク!イクううううううう!』

まさにクライマックスシーンを迎えたそのときだった。
肩にポン、と手を置かれ、ガキさんは心臓が止まりそうになる。
慌てて振り返ると、そこには絵里ちゃんが居た。
316 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:56
「あばばばばば!!!」
すぐさまヘッドフォンを外して、テレビの電源を切る。
「どどどどどうしてここに?!!!」
「何見てたの?」
「いや、その、これは…」

気まずい。気まずすぎる。ガキさんはおでこをかく。
彼女に背中を向け、椅子に座ったまま、情けなく縮こまる。

「なかなか戻って来ないから、心配したよ」
「ああ、うん」
317 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:56
重たい沈黙が、吉澤さんの狭い部屋を包み込む。
ずっと、ガキさんは背中に絵里ちゃんの視線を感じている。
痛い。痛すぎる。だけど、何も言えずに黙り込む。

「ガキさん。今日はぜんぶ絵里が悪いよ。
横浜行こうって言ったのも絵里だし、勝手に予定変えて
ガキさんが怒るのもしょうがないと思う。
でも梨沙子ちゃんと愛理ちゃんが家に遊びに来るなんて
珍しかったからさぁ、断れなかったんだよ」
「…」
「ごめんね。こんなこと、もうしないから」

彼女は素直に謝って、ガキさんを後ろから抱きしめた。
甘い彼女の香りに自然と胸が高鳴ってくる。

「ホントにごめんなさい」
耳元で彼女の声がする。
こんなことされると、朝からイライラしていた自分が
全部バカらしく思えてきたりするガキさん。
もっと大人にならなきゃいけないな。ため息をつく。

すると、グスッといいだす目の前の絵里ちゃん。
あわわわ。泣き出しちゃったみたいだ。
ガキさんは慌てて振り返る。
318 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:57
「もう絶対にしないからぁ」
「泣くことないじゃんかー」
うえーん。絵里ちゃんは子供みたいに泣いている。
女の涙にはめっぽう弱い、単純なガキさん。
さっきまでちょっと腹が立っていたことなど、
すっかり忘れてしまっている。

「絵里のこと嫌いになった?」
「何言ってんの。こんなことで嫌いになるわけないじゃん」
「ホントに?」
「ホントに」
「ガキさん愛してるよぉ」
「はいはい」
彼女の手をポンポンとやさしく叩くガキさん。
しょうがない子だなあ、でも可愛いなあ。頬は緩んでいる。

絵里ちゃんがコミカルな動きでガキさんの前にまわる。
そして、迷わずその上に乗り、ぎゅっと抱きついた。
「愛してる」
「わかったから」
ガキさんが苦笑すると、絵里ちゃんは顔だけ離して見つめてくる。
「なに」
「愛してる」
笑っちゃうくらい真顔で言われて、ガキさんはあ然とする。
キスできそうな距離で絵里ちゃんと見つめ合う。
319 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:57
少し首を傾けた彼女が、ゆっくりと顔を近づけてくる。
そのやわらかい唇はガキさんの唇に重なる。
なんて愛のこもったキスだろう。ガキさんの胸は熱くなる。

彼女から愛されている。それも、本気の本気で。
ガキさん自身も、本気の本気。
本気メキメキで彼女のことを愛している。

ガキさんは、その確かな想いを彼女へ伝える。
舌を入れて彼女のそれと触れ合わせて、
やさしくやさしく絡ませる。彼女も応えてくれる。

彼女の唇を、食べるように口づける。
その味を確かめるように、丁寧に口づける。
合間に何度もこぼれる彼女の吐息は、
ひどく甘くてとろけそうで、次第に脳みそが麻痺してくる。

だけど、ガキさんは長男坊でしっかり者。
頭の隅っこでは、冷静な自分がずっとこの状況を見守っている。

ここが吉澤さんのお部屋だなんて、彼女はきっと忘れている。
まったく、この子はいつも忘れっぽいんだから。
でもそんな彼女のことを好きなのはガキさんで、
キスを止めたくても止められないのは、紛れもない事実だった。
320 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:57

永遠に続きそうなほどの長い口づけの後、絵里ちゃんは唇を離し、
自分のおでことガキさんのおでこをくっ付ける。
「ガキさん」
「なに」
ウヘヘと幸せそうに微笑む彼女に、ガキさんも笑う。

「絵里と道重さゆ、どっちが好き?」
「はっ?」
「あ、とぼけるんだ。さっき道重さゆのエッチなビデオ見てたくせに」

道重さゆじゃなくて、道重さゆみだと訂正したいガキさん。
しかしそんなことをしたら誤解をされかねない。
絵里ちゃんのことを抱き寄せて、両腕でしっかりと包み込む。

「それは、聞くだけ無駄じゃん」
「え?」
「ぼくが好きなのは、カメだけだよ」
言い切ったガキさんは、彼女の長い髪をやさしく撫でる。
「絵里だけ?」
「うん。カメだけ」
「カメぇ?」
「絵里だけ」
ムフフ、とちょっと気持ち悪い声で彼女が笑う。
名前を呼ばれてうれしそうだ。クネクネしている。
こんな良い雰囲気じゃなければ、キショイよーと言って
済ましている場面だけど、ガキさんは彼女を強く抱きしめた。
321 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:57

ティーカップ片手に、愛理ちゃんが呟いた。
隣の梨沙子ちゃんはうなずいて、愛ちゃんを見る。

「大丈夫、大丈夫。心配しなくていいから」
「うん」
「ねぇ、梨沙子ちゃんって、カレシと週に何回くらい会ってるの?」
「えっ。うーん」
唐突な質問に、梨沙子ちゃんは指折り数える。
月、火、水、木、金、土、日、って全部じゃん。
「7回?」自分のことなのに、なぜか自信なさげに答える。
すると愛ちゃんが大きな声で笑う。
「7回って、毎日やん」
「あっ、でも、今は大会の前だから、あんまり会ってない」
「部活?バスケっていったっけ」
「うん。あんまりっていうか、全然会えない」
「そうなんだ。その大会っていつあるの?」
「年末。クリスマスらへん」
「え、じゃあクリスマス一緒に過ごせなかったりするの?」
「たぶん」

クリスマスだけじゃない。あともうすぐに迫っている
大切な恋愛1周年の記念日ですら、会えないかもしれない。
なんだか微妙に凹んできた梨沙子ちゃんは、深いため息をついた。
322 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:57

でも、応援してあげなきゃ。会えないのが寂しいからといって、
彼に部活を止めろなんて言えないし、それだけは絶対に言いたくない。
あの人から部活を取るということは、魔女グッズを捨てるようなものだ。

自分がされたくないことは、相手にしない。小学校で教わったことだ。
だから梨沙子ちゃんは、部活で忙しい夏焼くんに文句は言わない。
寂しいけれども、また会える日がちゃんと来るから、我慢するのだ。

323 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:58


*****


324 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:58
「ツグさん、今日もバイト?」

練習が終わった後、すぐに体育館を出た桃子ちゃんを、
夏焼くんは呼び止めた。
渡り廊下で彼女が振り返って、うなずきながら微笑む。

「大丈夫?」
「何が?」
「いや、来週から試験だしさ、無理とか、してない?」
「大丈夫。ありがと」
ニッコリ笑って、彼女が言う。
「ていうか、みーやんこそ大丈夫なの?試験」
「大丈夫なわけないじゃん」
「だよね」
2人同時に笑いだす。

「じゃあ、また明日」
「おう」

女子更衣室の前でバイバイする。
桃子ちゃんは、ドアを開け室内に入る。
パタン、と閉めて、扉にもたれる。
325 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:58
夏焼くんが自分のことを気にかけてくれている。
でもそれは友達としてであって、深い意味はない。
恋の呪縛がとけた今、彼の優しさに戸惑う理由もない。
素直に甘えればいいだけの話だ。
友情は持ちつ持たれつ。支え合う関係であるべきだ。

それでも素直になれないのはやはり、夏焼くんには
大切な相手がいるからで、2人の邪魔をしたくないから。

正直、きつい。しんどい。かなり無理してる。
部活にバイトに、今度は試験。ゆっくりする暇なんてない。
愚痴だってたまには言いたくなるし、弱音も吐きたくなる。
326 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:58
ブーブーブー

そんなときに、タイミングよく鳴る携帯電話。
メールの相手を確認して、桃子ちゃんは苦笑する。
元カレの矢島くんからだった。
内容は来週に湾田高で行われる駅伝大会についてで、
矢島くんも応援でやってくるらしいとのこと。
久しぶりだけど、以前と変わらない感覚が不思議だった。

一度咳をした桃子ちゃんは、時計を見る。
「ヤバッ」このままじゃバイトに間に合わない。
慌てて着替えて、走り出す。
メールの返事は後でしよう。携帯電話はバッグに仕舞った。

327 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:59

「風邪?」

バイトの帰り道。ときどき咳をしていたら、熊井ちょーが言った。
桃子ちゃんは「わかんない」と答えて笑う。
外は寒い。そろそろマフラーが欲しくなる季節だ。
咳の次はくしゃみが出る。その後にブルッと震えがくる。

「明日から期末試験なんだよねぇ」
「そうなの?」
「うん。でも全然勉強してないんだよねぇ」
「え、大丈夫なの?」
「大丈夫だと信じたい」
「じゃあ、帰ったら勉強?」
「残念ながら、そうなるね。もう寝たいけど」

また咳が出る桃子ちゃん。
熊井ちょーが心配していたけれど、無理して笑って誤魔化した。

328 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:59


*****


329 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:59
さゆみからの連絡は、パッタリ途絶えた。
あれから1週間、何の音沙汰もなし。
常に出動態勢を整えて待っていたけれど、まったく何にも。

1週間、メールすらこないなんて今までなかった。
たとえ一言でも、何かしらさゆみは連絡をくれた。
その事実が田中くんを不安にさせる。
まさかこのままフェードアウトなんて。考えるだけで泣きそうだ。

 会いたいけ、会えるとき連絡して。

 さゆに会いたい。いつ会える?

 今日も宇宙一さゆのこと好きやけんね。

そんな風に何度メールを送っても、何のレスポンスもない。
やっぱりこのままフェードアウトなのか。今にも泣いてしまいそうだった。
330 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 22:59
はあああああ。
田中くんは、深くて大きなため息をつきながら机に突っ伏す。
隣の席に座っている斉藤くんは、その前の席に座っている
林くんと目を合わせる。

「なあ、タナやん」
「ん?」田中くんが顔だけ出して斉藤くんを見る。
「重ピンクのさ、どこに惚れたの?」
ふはっ。唐突な質問に、田中くんは噴き出す。
「どこ?うーん、どこやろうなあ」
「やっぱり、寝技?」
「寝技もやけど」田中くんは笑うけど、すぐに真顔になる。

「さゆっちなんか、人を信用してないっていうか、男を信用しとらんのよね。
今までどんだけひどい目にあってきたん?っていうくらい、冷めとる」

さゆみがどういう経緯でAV女優になったかも、一度聞いたことが
あるが、それは教室で軽々しく口にできるような話題じゃなかった。
彼女の恋愛遍歴も一通り聞いたし、武勇伝も色々教えてもらったが、
それらもこんな場所で話せることではなかった。
331 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 23:00
「やけん、おれがそれを温めてやりたいというか、さゆのことを
大事にしてあげたいって思って、惚れたんやと思う」

マジな顔で語った田中くんを、親友たちはこれまたマジな顔で見つめている。

「初めてや。こんなにメチャクチャ惚れたの。なんで好き?とか、
どこが好き?とか、おれも正直ようわからんったい?でも、好きなんっちゃ」

斉藤くんはもう一度林くんと視線を交わす。
林くんは後頭部をかきながら、難しい表情をした。
ここまで田中くんの本気の想いを聞かされて、
諦めろだとか忘れてしまえなんて言えなさそうだった。

田中くんは上目遣いで2人を見る。
「なあ。道重さゆみ、っち本名やと思う?」
「え?」
「芸名じゃないの?」

田中くんはまた机に顔を埋める。
その答えは、田中くんだけが知っている。


332 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 23:00

つづく


333 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 23:00

(0´∀`)<会えない時間が愛育てるのさ〜♪なんつって
( ・e・)<吉澤さんアナタいったい何歳なんですか

334 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/21(日) 23:13
>>321の最初

洲´・ v ・)<…遅いねぇ、絵里ちゃん

というセリフがうっかり抜けてました
申し訳ないです
335 名前:重ピンピン 投稿日:2008/09/22(月) 01:49

更新おつかれです

ここにきての重ピンクの新作!!
めちゃめちゃナイスです♪

しかもガストって・・・・


それもまたナイスチョイスです♪♪


新作の内容の続きも気になるトコなんですが、
実物の方も気になります

これからも楽しみに新作を・・・じゃなくはないけど、
続きを待ってま〜す

336 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/23(火) 19:19
煤i;・e・)
337 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/25(木) 09:15
ガキさんもカワイイw
田中くんもヘタレでかっこいい!!
実際みんながいたら多分ガキさんが好きです
「僕」って所が。
338 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/30(火) 22:02
皆の恋の行方に注目ですよね!!
339 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/09/30(火) 23:22

>>335 重ピン
重ピンクは頻繁に新作をリリースしているので
ネタは尽きませんね
これからも見守っていてください

>>336さん
(0´〜`)<なんだYO

>>337さん
>実際みんながいたら
私は迷わず矢島くんです

>>338さん
ですね!!
340 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:23



341 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:23


*****



342 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:24

なんとか3日間の期末試験は乗り越えられた。
でも、咳は日ごとにひどくなり、ずっと頭もボーっとしていた。
桃子ちゃんは、そろそろ限界かもしれないと思いつつも、
部活を休むわけにはいかない、とギリギリのところで踏ん張っていた。
選手たちはもっとキツイ思いをして練習しているのだ。
ただ見ているだけのマネージャーが弱音なんか吐いてられない。

「駅伝、そろそろ始まるんじゃね?」

バスケ部の部長が一旦練習を止めて、体育館から出て行った。
他の部員たちもぞろぞろと運動場へと向かい始める。
陸上部に友人がいる夏焼くんと須藤くんも、ダッシュしていた。

少しフラフラしながら、桃子ちゃんも外へ出る。
「桃子先輩、大丈夫ですか?」
と同じマネージャーの後輩から心配されつつも、笑顔を作って対応する。
今日は正直、熱がハンパないかもしれない。
自覚しているけれど、なぜかまだ身体が動くからしょうがない。
343 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:24
運動場には意外と多くの人が集まっていた。
スタート地点にはユニフォーム姿の湾田高とハロ高、両陸上部。

「あ、ツグさん。こっちこっち」

どこに行こうか迷っていると、夏焼くんが笑顔で手招きしてきた。
桃子ちゃんはその言葉に従って、彼の隣に行く。

「徳永ー気合入れてけよー」
「こけんじゃねえぞー」
と第一走者の友人に夏焼くんと須藤くんはエールを送っている。

「桃」

ボーっとしていたら、そんな声が聞こえてきた。
振り返ると、私服の矢島くんが笑顔で立っていた。

「舞美」
「今日、部活だったの?」
ジャージー姿の桃子ちゃんを見て、矢島くんは尋ねる。
桃子ちゃんはちょこんとうなずく。
矢島くんは変わらない。別れた後なのに、全然気まずくない。
344 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:24
「あ」

夏焼くんが、矢島くんに気づいた。
美少年2人は、軽く会釈する。
よくよく考えてみればすごい状況だけれど、
今の桃子ちゃんの頭はそんなに回らない。
寒気がひどい。頭痛もひどい。限界を感じている。

「桃?」
矢島くんが少しかがんで、桃子ちゃんの顔を覗き込む。
「どうしたの?具合悪い?」
「ううん。大丈夫」
「ホントに?」
「うん」
1ヶ月ぶりくらいに、見つめ合う。
なんだか心を見抜かれそうで怖くなった桃子ちゃんは、
すぐに視線を逸らして、スタート地点を眺める。
345 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:25

「あ、もうすぐじゃない?」
とか言った後、ゴホゴホ咳をしている桃子ちゃん。
明らかに風邪だよな。矢島くんは彼女をチラチラ心配そうに見ている。
今日はまた一段と風が冷たい。こんな場所に長い間いたら、
ますますひどくなってしまうんじゃないか。

「どっちが勝つかなぁ」
「どっちが勝つだろうね」

潔く別れたはずなのに。友達に戻ろうと、したはずなのに。
彼女の顔を見た瞬間から、矢島くんにはこみ上げる想いがあった。
具合が悪そうな彼女が心配だ。キツイときは、そばに居てあげたい。
だけど、もう特別な関係は終わった。終わったんだから。
346 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:25
「位置について、ヨーイ」

パンッ!

駅伝大会が始まった。
まずは運動場を何周かして、学校の外を走るらしい。
どのランナーも同じコース。ゴールラインは、スタートラインだ。

「徳永ー!」
「チー坊!がんばれー!」

徳永くんを応援している夏焼くんと須藤くんの横で、
桃子ちゃんは寒そうにずっと自分の身体を抱きしめていた。
矢島くんはそんな彼女に気づいていたけれど、
寄り添って温めることもできずに、ただ突っ立ったままだった。
347 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:25
「ツグさん、マジで大丈夫?」

悶々として第一走者たちを眺めていた矢島くんの耳に、
夏焼くんの声が聞こえてくる。

「ちょっと、大丈夫じゃないかも」
小さな声で言った桃子ちゃんは、突然しゃがみ込んだ。
「桃っ」
矢島くんも同じ高さになって、彼女の肩に触れる。
「保健室、保健室行こう」
焦った様子で夏焼くんが提案する。

矢島くんは素早く彼女に背を向け、「桃、乗って」と言った。
ゆっくりと、彼女が矢島くんの背中に乗っかる。
軽々と彼女をおぶった矢島くんは、夏焼くんを見て、
「保健室は」
「あっ、案内します」

348 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:26

今日は祝日だから、保健の先生はお休みだった。
だけど幸いなことに保健室は開いていて、桃子ちゃんは
矢島くんと夏焼くんによってベッドの上に寝かされた。

「ごめんね」
かすれた声で呟く桃子ちゃん。
微笑んで首を振った矢島くんは、彼女の額にやさしく触れる。
そこは確実に39℃はありそうなくらい、熱かった。
「すごい熱だ」
「あ、おれ氷枕持ってきます」

2人の関係は後輩?友達?それとも――。

矢島くんは、桃子ちゃんのことを心配しながらも、
彼女のために動いている夏焼くんの後姿を真顔で眺めている。

そんな矢島くんのことを、今にも閉じてしまいそうな目で
桃子ちゃんは見つめていた。
349 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:27

矢島くんは、視線を感じて振り返る。
彼女がとても辛そうな表情をしていたので、
なんだか堪らなくなって、彼女を熱く見つめ返す。

もう、カレシじゃないのに、彼女のことが心配でしょうがない。
見つめ合っていると、不思議と想いがどんどん膨らんでゆく。
この人のことがやっぱり好きで、彼女から離れたくない、
そして離したくないと心から思う。
350 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:27
「あの」

氷枕を持って戻ってきた夏焼くんが、気まずそうに言った。
矢島くんは慌てて姿勢を正し、彼に微笑みかけた。
「ありがとう」
夏焼くんから氷枕を受け取って、
「桃、ちょっと頭上げて」
と言って、桃子ちゃんの頭の下に置く。

「おれ、まだ部活があるんで、帰りますね」

ちょっと、気を遣わせてしまったかもしれない。
自分たちはもう、そんな関係じゃないのに。

彼女は苦しそうに眉間に少しシワを寄せて、眠っている。
ベッド脇の椅子に座っている矢島くんは、彼女が目を覚ますまで、
ずっとその寝顔を眺めていた。

351 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:27


*****



352 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:27

翌日の土曜日。
矢島くんは桃子ちゃん家の前に立っていた。
チャイムを鳴らすか鳴らすまいか。
右手の人差し指を出したり引っ込めたりしている。

「なにしてるんですか」

急に声をかけられて、矢島くんはビクッとなった。
振り返ると、小学生くらいの男の子がいた。

「あ、いや、その」
歯切れの悪い矢島くんを、少年は不審者を見るように見ている。
そして、この場からすぐに立ち去りたいと言わんばかりに、
桃子ちゃんのお家の玄関のカギを開けている。

その瞬間、矢島くんはピンとくる。
もしかすると、この少年は、彼女の弟くんではないか。

「あ、あの!」

声をかけると、弟くん(多分)がドアノブを持った状態で振り返る。
353 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:28
「なんですか」
「お姉さんの具合は、よくなりましたか?」

うわ…こいつ姉貴のストーカーかよ…趣味悪ぃ…。
とでも言わんばかりに少年はなんとなく苦い顔をした。

「ずっと寝てます」
「ずっと?」
「はい。もういいですか?」
「あっ、ちょっと待って!」
中に入ろうとした弟くんをまた呼び止めて、
矢島くんはズンズン近づいてゆく。

「これ、お見舞いなんです」

左手に持っていたビニル袋を見せて、矢島くんは言う。
中身はお見舞いの定番。フルーツの盛り合わせ。
袋の中を覗き込んだ弟くんは、一転して表情を明るくさせる。
ラッキー!小学生って単純!

「ねぇねぇに会いますか?」
「いいの?」
「今、ママいないけど、いいと思う」
354 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:28

初めてお邪魔する、桃子ちゃんのお家。
ついついキョロキョロしてしまう矢島くんは、
2階にあるらしい彼女の部屋へすぐに案内される。

ヤバイ。今さらドキドキしてきた。
ドアの前で一度目を閉じて、胸に手をあてる矢島くん。
弟くんは何の遠慮もなく姉の部屋の扉を開ける。

「ねぇねぇ。ストーカーがお見舞いに来たよ」
「はっ?!」

ストーカーじゃないし!矢島くんが言葉を失っていると、
桃子ちゃんが布団の中でモゾモゾし始める。

「んぅ、ストーカーぁ?」

険しい顔で目を開けた彼女と、バッチリ目が合う。

「や、やあ」
無理やり笑顔を作る矢島くん。
彼女はとても驚いていて、固まっていた。
355 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:28
別れたカップルの微妙な雰囲気など知ったこっちゃない、
無邪気な弟くんは、フルーツの盛り合わせに夢中なようで、
「ねぇねぇ何食べる?ぼくメロン食べたい」
「ねぇねぇは何でもいいよ」
「ホント?じゃあメロン食べようよ」
「もうすぐママ帰って来ると思うからさ、
それ1階に持ってって、ママ帰って来たら切ってもらったら?」
「うん」

しっかりとフルーツを持って、バタバタと弟くんは部屋を出て行く。
2人きりになった部屋。矢島くんはまだドアの前に立ったままだ。

「ストーカーって」
身体を起こした桃子ちゃんは、先ほどの弟発言に苦笑した。
矢島くんも頭をかきながらアハハと笑う。

「そんなとこ立ってないで、入ってよ」
「あ、うん」
356 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:29
女の子らしい彼女の部屋。
矢島くんは無意識に色々と見てしまう。

漫画がたくさん並んである本棚に、
可愛らしいぬいぐるみたちが並ぶ窓際、
ノートや教科書が散乱している勉強机。
そしてその机の上に飾ってある、写真立て。
いつのものかわからないけど、バスケ部の集合写真だった。

彼女の横には、夏焼くんが写っている。
2人とも楽しそうで、いい笑顔。

「それ、こないだの大会で優勝したときの写真」
「優勝したんだ」
「うん」
「おめでとう」
パジャマ姿の桃子ちゃんをまっすぐ見つめて、矢島くんは言った。
「ありがとう」彼女ははにかみながら答えた。
357 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:29

写真立てだけじゃなく、コルクボードにもたくさん写真があった。
おともだちと撮った写真もあれば、仲良さそうな家族写真もある。

視力2.0以上の矢島くんは、その写真たちの中から、
彼女と夏焼くんの2ショットを発見してしまう。
なんだか、昨日からずっとモヤモヤしているというのに、
さらにこんな写真を見せられたら、なんか、ムカムカしてくる。

358 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:29
「夏焼くん、桃のこと、すごい心配してたよ」
「うん。メールきた」

もし、昨日自分が湾田高に行かなかったら、
彼女を保健室へ運んだのはあいつだったのかもしれない。
眠る彼女の寝顔を眺めて、彼女が目覚めるまで待っていたかもしれない。

もし、そういうことになっていたら、夏焼くんは彼女を見つめながら、
心の中で何を感じ、何を思っていたのだろうか。

「舞美?」
「え、あ、ごめん。何」
「いきなり来るとか、ビックリしたよ」
「ごめん。でも、ぼくも心配だったから」

ベッドの脇、絨毯の上に、矢島くんは腰を下ろす。

「昨日よりは具合よさそうだね」
「うん。ずっと寝てたら大分よくなった。
やっぱり疲れが溜まってたのかな。最近あんまり寝てなかったし」
「忙しいの?最近」
「忙しいよ。部活は年末の大会が終わるまで気、抜けないし、
土日はバイトもあるし、それに期末試験とかあったし」
「そっか」
359 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:29
「舞美はどう?最近」
「最近…またタイムが縮んだよ」
「ホント?やったじゃん」
「うん」
矢島くんはぎこちなく笑う。
そういえばそのとき、彼女にすぐ伝えたくて、
メールを送ろうとしたけど止めたのだ。
彼女のメモリーを見るだけで、なんかダメだった。

「なんでそんな元気ないの?タイム縮んで、よかったじゃん」
「うん、よかったよ」
「なんか他に悩みごとでもあるとか?」
彼女が上目遣いで尋ねる。
矢島くんは首を横に振って、微笑む。

2人、沈黙になる。
時計の針が進む音がやけに大きく聞こえた。

360 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:30


*****



361 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:30

元気になったらしい桃子ちゃんからのメールを見て、
夏焼くんは安心したようなため息をついた。
まったく、あんなにギリギリまで我慢する必要ないのに。
辛いなら辛いと、言ってくれればよかったのに。

携帯電話を待ち受け画面にして、
梨沙子ちゃんとの2ショットプリクラを見つめる。
そういえば、これを撮ってから新しいのを全然撮ってない。
遊びに行ってないし、会ってない。
メールや電話はしているけれど、直接顔を見ていない。

来週から、とうとう12月に突入する。
近づいてくるのは、全国大会の日だけではない。
クリスマスとその少し前の、恋愛1周年記念日。
梨沙子ちゃんとの2大イベントが、すぐそこに待っているのだ。

夏焼くんの心の天秤には、彼女と部活。
どっちも重いから、いつも揺れ動いている。
一日の練習が終わって疲れた今は、
彼女のほうが重たいときだった。

できるなら、彼女とどこかへ出かけたい。
映画を観たり洋服を見たり、お茶したり、ブラブラ歩きたい。
くだらない会話をして笑い合ったり、手を繋いだりしたい。
あぁ、会いたい。急に想いが募ってきたりする夏焼くん。
362 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:30

「あ。田中さん」

家に向かってトボトボ歩いていると、田中さんを偶然発見した。
田中さんも気づいて立ち止まり、片手を挙げる。
「よう」
「なんか珍しいっすね。こんなとこで会うなんて」
「そやね」

あれ。なんかなんか、田中さんすごい凹んでる。
暗い表情をしている先輩を見て、夏焼くんは首をかしげる。
「どうしたんすか。テンション低いっすよ」
「いやあ、まあ、色々あって」
「もしかして、フラれたとか」
冗談で言ったつもりなのに、田中さんから無言で肩を叩かれる。
しかも本気のグーで。外れる!肩外れるから!

「マジすか」
叩かれたところを擦りながら、夏焼くんは言う。
田中さんは何も言わず、怖い顔をしている。
怒らせてしまったかもしれない。ちょっとビビる。
この人は柔道部の大将で、力では敵わないのだから。
363 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:31
田中さんが歩き出したので、夏焼くんはついて行く。

「おれはさ」
急に口を開いた彼の横顔を見る。

「この気持ちは絶対に変わらんと思っとる。
誰から何言われても、何があっても、
絶対にこの気持ちだけは変わらん、って」

いま先輩の周りで何が起こっているのか、まったく知らない夏焼くん。
前の彼女と別れてから数ヶ月、やっと好きな人ができたらしい。
そしてその好きな人と、良い感じになっているらしい。
そういうことしか、知らなかった。順調だって思ってた。

「今あきらめたら、一生後悔する気がするんよね。
あきらめるのは簡単やし、楽やけど、おれはそうしたくない。
あんな男には、絶対負けん」
「ライバルかなんか、いるんすか?」
「うーん。ライバルっていうか、好きな人のカレシなんやけど」

なるほど。諦めるとか言ってるのは、だからか。
カレシのいる人を好きになったのか。それは辛い。
364 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:31
「今日、その人のとこに会いに行ったんやけど、
カレシがおって、追い帰されたんっちゃね。
おれの女に手ぇ出すな、とか偉そうに。おまえやって浮気して、
彼女を泣かせて辛い思いさせとるやろうがっつうの」

気になる子ができて、いつの間にか好きになって、告白するとOKで、
付き合い始めた経験しかない夏焼くんには、到底わからない気持ち。
恋人がいる人を好きになる状況なんて、想像もできなかった。

「そういやさ、桃子ちゃんのことはどうなったと?」
「え?」
不意打ちで尋ねられて、夏焼くんはアホな顔になった。
「桃子ちゃんが別れたのは、おまえのせいやって言いよったやん」
「あぁ。それは、やっぱなんか」
「やっぱなんか?」
「どうしようもないよなって思って」
「なんそれ」
「だって、ツグさんから告られたりとかしたら何かできるんですけど、
ぜんぜん何もないから、どうしようもないじゃないですか」

何度も2人きりになる機会を作ってみて、何かわかればいいなと
思っていたけれど、いまだに何もわからない。
365 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:31

昨日、桃子ちゃんの元カレと、微妙な空気になった。
元カレはきっとまだ彼女のことが好きなのだろう。
鈍感少年が、その態度だけでわかるのだからよっぽどだ。

別れたんだけどまだ気持ちはあいつの中に残ってる。
しかもかなり濃く、熱く。
あんな風に想ってくれる相手がいるなんて、彼女は幸せ者だ。

でも、彼女のベクトルは今、どの方向に向いている?
少し考えただけなのに、夏焼くんは複雑な気持ちになった。
366 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:32


*****



367 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:32

日曜日。
熊井ちょーは、図書館でお勉強をしていた。

「ねぇ、この問題わかる?」

隣の席のなかさきちゃんが、問題集を見せてくる。
熊井ちょーの得意な数学だった。

「なんでこうなるのかなぁ」
「それはさ、こうやって、こうやって、こうなるからだよ」
ノートに解いてみせながら、熊井ちょーは説明する。
なかさきちゃんは、そのりりしい横顔に見とれている。
自分で質問したくせに、解き方なんか、聞いちゃいない。

「わかった?」
「あ、うん。わかったわかった」
笑顔になったなかさきちゃんに、熊井ちょーも微笑む。

彼女に告白されてから、付き合うことになった2人。
熊井ちょーにとっては大変な決断だったけれど、
彼女の気持ちに応えて大正解だった。

彼女はいつも一生懸命で、いつも一番に想ってくれている。
友達との約束とか、他の何よりも、優先してくれる。
そういう甘やかされている感じが、なんだかとてもうれしかった。
368 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:32

日が暮れる前に、熊井ちょーたちは図書館を出た。

「会長は塾とか行かないの?」
なかさきちゃんが鞄をぶらぶらさせながら言った。
「うん。行かないかも」
「あたしね、12月から塾行こうかなって思ってるんだ」
「へえ」
「会長も一緒に行かない?」
「え」
「あっ、嫌だったら嫌でいいんだけど。でも、塾行きだしたら
あんまり会う時間とか、なくなっちゃうかもしれないし。
同じ塾だったらそんな心配いらないなって思って」

なかさきちゃんは照れくさそうに言って、俯いた。
小さな彼女がますます小さく見えて、熊井ちょーの胸が
ちょっとキュンとなった。

「行かないよね。会長、塾行かなくても頭いいし」
「いや、行こうかな」
「えっ、いいの?」勢い良く顔を上げるなかさきちゃん。
熊井ちょーは穏やかな微笑を浮かべて、
「うん。帰ったら、母さんに言ってみる」
「やった」

バンザイして、無邪気に喜ぶ彼女を見つめながら、
なんともいえない充実感に包まれる熊井ちょーだった。

369 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:33


*****



370 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:33

「もう会いに来るな、ってカレシに言われた」

湾田高校の屋上で、田中くんは親友2人に報告した。
手すりにもたれて、湾田町の街並みを眺めながら、
斉藤くんは「そっか」と答える。
林くんは黙ったまま、真剣な表情をしていた。

「あの男がさゆのそばにおる限り、おれはさゆに会えん」
頭を抱える田中くん。

「…重ピンクは、どう思ってるんだろうな」
ぽつりと林くんが言う。
斉藤くんは何か考えているような顔で、空を見上げていた。

371 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:34

それから数日後の夜。

「重ピンクは、タナやんのことどう思ってるのかなあ」

車の助手席に座っている斉藤くんは、運転手の唯ちゃんの
横顔を見ながら言った。

「タナやんと付き合ったほうが、絶対幸せになれると思うのになあ」
「幸せかどうかは本人が決めることやんか?ハジメちゃんが
そう思ってても、重ピンクにとっては違うかもしれんやん」
「そうだけどさあ」
「重ピンクが今のカレシを選ぶんなら、タナやんは
それをちゃんと受け入れるしかないと思うよ」
「オトナやなあ。唯やんは」
「重ピンクがタナやんのことどう思っとんのか。今から直接聞きに行こう」
「えぇっ」

斉藤くんを横目でチラリと見て、唯ちゃんはニヤリと笑った。

372 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:34

実はこれから待ち合わせをしているのだと、唯ちゃんは言った。
なんと、重ピンクと会う約束をしているらしい。
彼女の連絡先をどこで知ったのか聞くと、
最近、田中くんから無理やり聞きだしたのだそうだ。
斉藤くんは恋人のその行動力に驚いた。

「唯だって、タナやんには幸せになって欲しいし」

彼女の車は、臨海公園の駐車場に入った。
そこはガラ空き。適当に駐車して、彼女はエンジンを切った。

「待ち合わせは21時やから、あと5分やね」
シートベルトを外した唯ちゃんが言った。
斉藤くんもシートベルトを外して、車から降りる。

「寒っ」
唯ちゃんが、斉藤くんに引っ付く。
バカップルはちょっとだけイチャイチャする。

「来た」
斉藤くんは彼女から離れ、小さな声で言った。
373 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:35
重ピンクは、外車に乗って派手に現れた。
AV女優ってそんなに儲かるのだろうか。
緊張すると同時に、疑問に思う。
重ピンクって、何者なのだろう。

重ピンク、もとい道重さゆみは、車を停めて外に出てくる。
斉藤くんたちの前に、やってくる。

夏の海以来の再会だった。
しかし、さゆみはあのときと全く何も変わらない。
お人形さんみたいに綺麗で、斉藤くんはマジマジと見つめてしまう。

彼女の第一声は「れいなは?」だった。
「おらんよ」唯ちゃんが答える。

「今日は、あんたのホントの気持ちを聞きに来た」

単刀直入に、唯ちゃんは言った。
さゆみはクスッと笑って、長い髪をかき上げる。
374 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:35
「ホントの気持ち?」
「タナやんの気持ちは、唯でも知ってる。
でもあんたの気持ちは誰も知らん。タナやんですら、知らん」
「れいなは知ってるよ」
「え?」
「あたしのホントの気持ち、ちゃんと知ってる」

彼女はさらりと言った。
それはウソでも何でもなく本当のことのようだった。

「でも、れいながどれだけあたしを好きでも…、
あたしは、れいなの気持ちには応えてあげられない」
「どうして」
「だってあたし、AV女優なんだよ?
こんな女と付き合いたい男なんて、本物のバカしかいないよ」
そう言って、さゆみは笑う。

斉藤くんは、ふと田中くんの言葉を思い出す。
さゆみは人を、特に男を信用していない。
今までどんだけひどい目にあってきたんだ、と。
375 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:35
「れいなには、普通の人と、普通に幸せになって欲しいの。
あたしみたいな普通じゃない女には、普通じゃない男で十分」
「そんなことないですよ」
「優しいんだね。サイトーくんは。ペーやんも、優しかったけど。
あの日、今から自殺するって言ったら、一生懸命説得してくれたし。
ホントは死ぬつもりなかったけど、ペーやんがすごい
必死で止めてくれるから、あたしもすごい演技しちゃって」

彼女はあの夏の日のことを、まるで楽しい思い出のように語る。
話を逸らされていることにも気づかず、斉藤くんは耳を傾ける。

「ぺーやん、『ぼくの友達もカノジョと別れて凹んでて、ひとりぼっちで
カワイソウなんですけど会ってみませんか』とかいきなり言い出してさ。
無理やりあたしの腕、引っ張って、きみたちのとこに行ったってわけ」

いつも余裕な林くんが必死な様子を想像して、少し笑いが出てくる斉藤くん。
唯ちゃんはずっと怖い顔でさゆみを見つめている。
さゆみは、そんな唯ちゃんを和ませるように微笑む。

「れいなも、最初から優しかった。こんな女に、すごい優しくしてくれた。
会ってただヤるだけの関係なのに優しくて、その優しさはニセモノだって
ずっと思ってたけど、違った。れいなの優しさはホンモノだった。
本気であたしのこと『好き』って言ってくれたの、れいなが初めて」
376 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:35
夜空を見上げながら、笑顔の彼女は続ける。

「れいなはすごく素直で、自分を持ってる。
でも、あたしは、れいなみたいに素直になれない。
いつも人の言いなりで、自分じゃ何も決めれなくて、
ホント、嫌になっちゃう」

彼女の口調はどこまでも軽い。
でも、それが逆に無理してるように思えてくる。

冷めたその心を温めてあげたい。
田中くんが彼女に惹かれた理由が、
なんとなくわかった気がする斉藤くん。
「タナやんは」さゆみをまっすぐ見つめて言う。

「そりゃちょっと、勉強はできないかもしれないけど、
本物のバカじゃないです。好きな人と付き合いたいって思うのは
当たり前のことだし、AV女優とか、関係ないと思います」

力強く、斉藤くんはさゆみに言った。
彼女はクスッと噴き出す。

「ありがと。サイトーくん」
377 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:36
彼女が腕時計を一瞥する。
「じゃあ、あたし、そろそろ帰るね」
そう言って、自分の車へ戻ろうとする。

結局、彼女は田中くんへの気持ちをはっきりと教えてくれなかった。
彼の気持ちには応えられない。わかったのはそのことだけだった。

「待って!」

ずっと黙っていた唯ちゃんが、突然叫んだ。
さゆみが驚きの表情で振り返る。
斉藤くんも、隣で目を丸くしている。

「あんたがAV女優やってるとか関係ない。
タナやんがそう言うたら、タナやんの気持ちに
ちゃんと応えてくれるん?」

唯ちゃんの問いに、さゆみは即答する。

「だから、れいなには普通の人と幸せになって欲しいの。
普通じゃないあたしには、れいなと付き合う資格なんてない」

さっきまで笑みを絶やさなかった彼女が、真顔で言う。
何も言い返せない程の迫力で、斉藤くんたちを黙らせ、
すぐさま車に乗り込み、去って行った。

378 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:36

つづく

379 名前:彼女は友達 投稿日:2008/09/30(火) 23:37

从´∇`从<おいらの華麗なる活躍は…
从o゚ー゚从<はい、どんまい

380 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/01(水) 22:25
皆カッコイイよw
平均よりかなり美男美女でしょ
みんな上手く行くといいなぁ
381 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/01(水) 23:46
矢島君が切ない。
382 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/02(木) 00:09
現実の割には意外と少ないやじももなので、ここが更新されてるとうれしい。
383 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/02(木) 10:22
徳永くんの華麗なる活躍の結果が気になりますw

れいなとさゆが幸せになったらいいなあ
384 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/03(金) 00:17
>>355
ねぇねぇに誰も反応しないということは、既に標準仕様だったのか!
385 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/04(土) 01:09
モチ!!
386 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/05(日) 12:29
作者さんのサイトの相関図を見ました。キャプテンの登場に期待です。

しかし、ベリは男子率が高く、キューは女子率が高いのは、それぞれのグループの特徴的ですなぁ。
387 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/06(月) 23:30
 
矢島きゅん・・・
 
388 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/11(土) 23:09
从*・ 。.・)...
389 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/12(日) 15:45
さゆみん・・・
390 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/10/16(木) 00:25
>>380さん
かなり美男美女ですよね
特に矢島くんの美男子レベルはハンパないですね
みんな上手く行くような甘い世の中じゃありませんよ、
なんてことはただ言いたいだけです

>>381さん
矢島くん”も”切ないんですねえこれが

>>382さん
ありがとうございます
私もやじもも大好きです

>>383さん
まあ特にこれといって大した活躍もしてないんですがね
田中くんとさゆみはそろそろ決着しそうな雰囲気です

>>384さん
私もそれ思いました
誰か反応するかなと釣り針たらしてたのに

>>385さん
ももち?

>>386さん
恐縮です
キャプテンを始めまだ登場してきてないメンバーは
この次の話、つまり水板で初登場する予定です
実のところ、男子と女子は半々くらいで
役を振り分けたかったんですが何度考えてもああなっちゃいました
あれは各々のグループの印象がかなり反映されていると思います

>>387さん
キュンキュン

>>388さん
(0´〜`) <おまえまでなんだYO

>>389さん
ミンミン
391 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:26


*****


392 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:27

「またあのガキと会ってたのか」

帰ってきたさゆみの顔を見るなり、男は言った。
ここはさゆみの部屋なのに、彼はまるで自分の部屋のような
大きな態度でリビングのソファにふんぞり返っている。

「会ってない。友達」
「友達?おまえにそんな奴いたの?」
バカにするように笑った彼が、タバコをくわえて火を点ける。
一度大きく吸って、白い煙をさゆみに向けて吐き出す。
さゆみは彼をにらみながら、その煙を手で払った。

「だいたい、あのガキのことも”友達”とか言ってたよな。
今日の”友達”も、さぞテクニシャンなんでしょうね」

嫌味ったらしい男の言葉を無視して、さゆみはキッチンへ向かう。
そして冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。
わざと大きな音を立てて、乱暴に扉を閉める。
393 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:27

『おれがカレシなら、もっともっとさゆのこと大事にしちゃる。
泣かしたりなんか絶対せん』

ふと、いつかの田中くんが言ってたことを思い出す。
冷えたペットボトルを両手で握りしめて、うつむく。

女にだらしないカレシと、とても誠実な田中くん。
もう、比べるまでもない段階まできてしまった。
斉藤くんたちにあんなこと言っといて、今さらすぎる。

「おい、シカトかよ」

後ろから男の声がするけれど、さゆみは振り返らない。
「なに怒ってんの?」
強引に抱き寄せられて、眉をひそめる。

「離して」
さゆみは冷たい声で言う。だけど男は離さない。
もう一度「離して」と言っても、身体を擦り付けてくる。

「離してって言ってるでしょ!」
394 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:28
叫んで、全力で男を突き飛ばすさゆみ。
しかしそれは弱々しい抵抗だったので、男には何のダメージもない。

男はニヤニヤ笑いながら、さゆみを見る。
「なにイライラしてんの?」
「もう、別れて」
「は?」
「あたしと別れて、早く出てって」
真剣に言う彼女に、男は笑いを引っ込めた。

「それ、マジで言ってんの?」

顔を近づけて、脅すような態度でさゆみに迫る男。
さゆみは1_も動かずに、彼に対抗する。

「早く出てって。二度とここに来ないで」
395 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:28
キッチンで、にらみ合う2人。
修羅場みたいな雰囲気に包まれている。
実際これは修羅場で、今にも大ゲンカが始まりそう。

男はさゆみの長い髪を掴んで、ガンをとばす。
「絶対ぇ、別れない」
「別れて」
お互い一歩も譲らない。

だけど、力で完全に負けているさゆみは、
男に髪を引っ張られて、床に投げ飛ばされる。
馬乗りになられて、身動きがとれなくなる。

「やめて!離して!」
全力でジタバタあがくさゆみ。
それでも男の力は強くて、床に押さえつけられる。

「離して!」

助けて!彼女は心の中で叫んだ。
田中くんに向かって、大きな声で。
396 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:28


*****



397 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:29

田中くんはベッドに寝転んだまま、雑誌を眺めていた。
バラエティ番組が映っているテレビをちらちら見ながら、
のんびりとした時間を過ごしている。

そういえば、もうすぐ12月に突入する。
12月といえば、絵里ちゃんのバースデイだ。
12月23日。天皇じゃなくて、彼女の誕生日。
忘れてもいいはずのどうでもいい記憶も、しっかり残っている。

歴史の年号とか、化学の元素記号とか覚えられないくせに、
元カノの携帯電話の番号とか、大事な記念日は忘れない。
初めてデートした日、待ち合わせた場所、
彼女が遅刻した時間に、行ったお店、買った物。
きっとすらすら言える。気持ち悪いくらい、覚えてる。

でも、新しい一歩をようやく踏み出せたのだ。
後ろを振り返っている暇なんてない。進むしかないのだ。

ブーブー

「うおっ」

いきなり震えだした携帯電話に驚く田中くん。
そして、着信相手を確認してまた、驚く。
398 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:29
”さゆ”という名前が表示されている。
間違いない。さゆみから電話がかかってきている。
切れないうちに早く出ないと。田中くんは通話ボタンを押す。

「もしもし」
『れいなどうしよう』
「へっ?」

電話の向こうのさゆみは、なぜだかとても焦っていた。
どうしようどうしようとうわ言のように繰り返している。
「ちょ、さゆ、とりあえず落ち着こう?何があったと?」
『殺しちゃった』
「は?」
『あいつ、動かんの。さっき、無理やりエッチしようとしてきて、
さゆみが抵抗して、まな板で思いっきり殴ったら、あいつ』
「全然、動かんと?」
『動かん。ピクリともせん』
「……今からそっち行くけん、待っとき」
399 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:29

田中くんは自転車をぶっ飛ばして、さゆみのマンションへ。
救急車やパトカーの姿はどこにも見当たらなかった。

いざとなれば彼女をかばう覚悟もできている。
だって男の子だもん。好きな女くらい守れなくてどうする。

ピンポーンとチャイムを鳴らすとすぐに彼女が出てきた。
彼女は泣きそうな顔をしていて、黙ったまま田中くんを
キッチンへ連れて行く。

「うわ…」

見事にぶっ倒れている、さゆみのカレシ。
近くに白いまな板が落ちていた。
これが凶器か。田中刑事は腕を組む。

「ホントに、死んどうと?」
「たぶん。全然動かんもん」

男のそばにしゃがみ込んで、観察する田中刑事。
不安げな表情のさゆみがその隣に寄り添うようにしゃがむ。
田中刑事は男の手首に触れて、そんなさゆみを見つめる。
400 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:30
「息、しよるよ」
「ウソ?!」
「脈もある。死んどらんよ。気ぃ失っとんやろう」

はあ。大きな息を吐きながら、さゆみは床に座り込んだ。
「よかったぁ。死んどらんで」
「ホントよ。チョービックリしたし」
田中くんが笑うと、彼女がもたれかかってくる。
肩に腕をまわしてもいいのかな。
カレシの目の前であぐらをかいた田中くんはちょっと迷う。

「さっき、別れてっち言ったんよ」
さゆみが言う。
「そしたら、絶対別れんっち言われて、ケンカになって」
「…そうやったん」
「あと、今日サイトーくんと唯ちゃんに会った」
「え」
そんなの初耳だ。田中くんは彼女を見る。

「何話したん?」
「唯ちゃんがね、さゆみのホントの気持ちを知りたいって」
「ホントの気持ち」
「れいなは知っとうよね?さゆみの、ホントの気持ち」
401 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:31
至近距離でさゆみが見つめてくる。
田中くんは、そのつぶらな瞳をじっと覗き込む。
「知らん?」さゆみが尋ねてくる。
「知っとうよ」
やさしく答えた田中くんは、彼女の頭を撫でる。

「それで、唯ちゃんには何て言ったと?」
「さゆみの気持ちは、れいながちゃんと知っとうって」
「そっか」
フニャっと笑う田中くん。
「でも」とさゆみは暗い表情になって、うつむいてしまう。
「でも?」
「……」

田中くんは彼女の髪を撫でながら待つ。
そして、少しの沈黙の後、彼女は顔を上げて言う。

「ねぇ、れいな」
「ん?」
「さゆみね、れいなには、もっとマトモで素敵な人と
幸せになって欲しいと思っちょる」
田中くんの手がピタリと止まる。
402 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:31
「自分で言うのもなんだけど、さゆみってマトモじゃないの。
仕事もマトモじゃないし、友達もマトモじゃないし、
今まで付き合ってきた男だってマトモじゃない。この男もそう」

床に倒れたままの男を見るさゆみ。
田中くんも、彼を見下ろす。

「れいなには、さゆみなんかよりもっとマトモで素敵な相手がいると思う。
元カノみたいに顔も性格も可愛いって自信持って言える相手が…やけん」
さゆみは今度は田中くんを見つめる。
その言葉の続きは、彼女の中に自然と消えてしまった。
だけど田中くんには感じ取れた。彼女が何を言いたかったのか。

「やけん、唯ちゃんたちには、れいなの気持ちには応えられんっち言った。
れいながどれだけさゆみのこと好きでも、さゆみがどれだけれいなの
こと好きでも、どうしようもないことってあるやん?全般的っていうか、
根本的っていうか、やっぱり、無理、やったんよね」
403 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:31
さゆみはうつむく。
「無理なんよ。たぶん、こいつがまた目覚ましたら、れいなは殴られる。
もうここに来んでって言う。そしたられいなとまた会えんくなる。ケータイも
取られて、メールもできんくなる。会いたいときに、会えんくなる。
れいなに他に好きな人ができればいいのに、元カノとヨリ戻したりすれば
いいのに。そしたらさゆみも諦められるし、楽になれるのに」
「…」
「さゆみね、こんなに気持ちになるの、初めてなの。
会えんと寂しいって思うのも、そばにいてうれしいって思うのも、
ずっと一緒にいたいって思うのも全部、れいなが初めてなの。
でも、無理なの。どうしようもないの」

彼女の気持ち。ホントの気持ち。
それはあの日あの朝、田中くんに言った言葉そのものだ。
2人の想いはやっぱり同じで、だけど大きな壁が立ちはだかっている。

その壁は、慎重に乗り越えるか、躊躇わずぶち壊すか。
田中くんは、うつむいたままの彼女の頭を撫でる。
そしてその頭をぐっと引き寄せて、彼女をやさしく抱きしめる。
抱き合う2人は、横たわっている男が少し目を開けていることには
気づいていなかった。
404 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:32
「この人と、何回も別れたりヨリ戻したりしよって、このまま
一生離れられんのやろうなって思いよった。けど、もう思わん」

れいながいるから、とさゆみが言う。
彼女の気持ちは本当の本当に変わったみたいだ。
まるで見向きもされなかった数ヶ月前が、全部夢みたい。
ただの友達だったあの頃が、全部。

「今は、れいなと離れるほうが嫌」
彼女がしがみついてくる。
無理だとか、どうしようもないだとかさっき言ってたのに、
身体は、心は田中くんを強く求めている。
まったく矛盾してるけど、うれしかった。
もうこの腕を離したくないと田中くんは心底思った。

「おれは、さゆと幸せになりたい。さゆやないと、幸せになれん。
マトモとかマトモやないとか、関係ない」
「サイトーくんもおんなじこと言ってた」
「あいつはおれのことようわかっとうけんね」
「良い友達やね」
「そうやね」
405 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:32

微笑みながら抱き合う2人。
男はわざとらしくうなり声を上げて、頭を押さえた。

「あぁ、痛ってぇ」

田中くんは驚いて、さゆみから慌てて離れる。
さゆみも目を丸くしている。
男が彼女を見る。そして、田中くんのことも見る。
当然にらまれて、ちょっとビビる田中くん。

「なんでおまえがここにいんだよ」
「…すいません」
「あたしが呼んだの。れいなは悪くない」
田中くんをかばう彼女に、男は笑い出す。

「何がおかしいのよ」
「おかしいだろ。何この状況」
「…」
「なんでおれはここにいんだよ」
「え?」
さゆみは首をかしげた。
406 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:32
「おまえ、ホント変わったよな」

上体を起こした男は、さゆみに向かって言った。
さっきまな板で殴られたらしいけど、ピンピンしていた。

「このガキのどこがいいわけ?」
「あたしのこと、宇宙で一番好きって言ってくれる」
「おれが絶対言いそうにない台詞だな」

男は、今度は田中くんに向かって、
「おまえもいいのか?こいつ、相当ヤバイぞ」
「え…」
「あとで絶対後悔するぞ。それでもいいのか?」
「…後悔してるんですか?」
「ああ。心底後悔してる。こんな女と、付き合わなきゃよかった」
と言いつつも、その言葉の裏に、彼女への愛情みたいな
ものがチラチラ見えて、田中くんは複雑な気分になった。

「でも、おまえも後悔してるだろ?おれと付き合わなきゃよかったって」
「うん、チョー後悔してる。放っといたらすぐ浮気するし、ご飯食べ行っても
女におごらせるし、キレるとすぐ物に当たるし、ヤクザだし」
「おまえだってAV女優だろうが」
407 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:33
笑いながら立ち上がった男は、さゆみを見下ろして言う。

「おまえ、出身どこだっけ」
「山口」
「山口か。おまえの方言、今日初めて聞いた」
「えっ」
「じゃあな」

ヤクザのくせにさわやかに、男が去ってゆく。

「全部聞かれとったんかな」
「いつから聞きよったんやろう」

さゆみはポカンとしたまま、座り込んでいた。
田中くんもその隣で彼の後姿を見送った。

「ていうか、カレシ、マジでヤクザやったんや」
「そうだよ。いつか言ったと思うけど、さゆみを拾ってくれた人
っていうのが、あいつの親分の奥さんでさ」
「事務所の社長やろ?」
「そうそう。さゆみをAV女優にしたのも、その奥さんで」
408 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:33
さゆみの過去は、いつか少し聞いたことがあった。
両親が蒸発して途方に暮れていたら、ある人に拾われて、
その人にすすめられてAV女優になって、お金を稼ぐようになって。

彼女にとっては、たまたま就いた職業がAV女優だったってだけで、
他の職業と何の変わりもないのだ。
だから、彼女はその仕事に負い目を感じることなんかない。
むしろプロフェッショナルとして、誇りに思うべきなのだ。
と少なくとも田中くんは思っていた。愛は盲目。その通りだった。

「奥さんは、さゆみの芸名考えてくれんくらいの面倒臭がりやけど、
あの人がおらんかったらここにさゆみはおらんし、あいつとも
付き合っとらんやろうし、れいなとも、出会わんかった」
「うん」

彼女が抱きついてくる。田中くんはそれをしっかり受け止める。
きつく抱きしめて、彼女の存在をあらためて確かめる。

「好きだよ、さゆ」
「さゆみも好きだよ」
「宇宙で一番好き」
「さゆみも」
409 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:33
彼女とずっとこうなりたくて、がんばってきた。
だけどいざこうなると怖くなったりもする田中くん。
それはきっと幸せすぎるから。
なんてわがままなんだろうと、ひとりで笑う。

「どうしたの?」
「いや、幸せやなぁと思って」
「まだまだだよ」
「え?」
「これから、れいなとならもっと幸せになれる気がする」

見つめ合って、2人は穏やかに微笑んだ。
410 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:34


*****



411 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:34

それから数日後、田中くんとさゆみは唯ちゃんの部屋にいた。
もちろん斉藤くんも、林くんとミキちゃんもいた。
本格的に寒くなってきたので、鍋でもしようと集まっていた。

「タナやんと重ピンクに乾杯!!!」
斉藤くんがハイテンションで叫んだ。
「カンパーイ!」
仲間と乾杯したあと、田中くんは隣のさゆみとグラスを軽くぶつける。
微笑み合う2人にはまさにラブラブな雰囲気が漂っていた。
仲間たちはそんなカップルを眺めながら、うれしそうに笑っている。

みんなで鍋をつつきながら、楽しくおしゃべりをする。
話題の中心はやっぱり付き合い始めたばかりのカップル。

「重ピンクさんって、タナやんのどこが好きなんですか?」
「ちょ!」
「いいじゃんいいじゃん。せっかくの機会なんだからさ」

林くんの質問に、さゆみは斜め上を見上げて少し考えた。
田中くんは彼女の横顔を見つめて、ちょっと緊張しつつ答えを待つ。
412 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:35
「やっぱり、カラダの相性かなぁ」

さゆみはあっけらかんと言った。
ブハッ!!思わず噴き出す田中くん。
林くんたちはお腹を抱えて大爆笑し始めた。

「こないだ言いよったことと違うやん!」
「え?こないだ?」
「こないだ!」
「れいなは、うちら相性良いっち思わん?」
「うえっ、いやっ……思うけど」
思うんかい!と斉藤くんがツッコんでくる。

「ねぇ、タナやんってSなん?Mなん?」
ちょっと酔っ払ってきている唯ちゃんが尋ねてきた。
「タナやんはSじゃない?」彼女のカレシが余計なことを言う。
「うん、タナやんはSだ」林くんまで口を挟んでくる。
「へぇ、Sなんだぁ」とかミキちゃんも言う。

「れいなは、人並みにSやね。でもときどきMっぽくなる」
「えぇっ、タナやんにMっぽいとこなんてあるの?!」
「だってれいな、焦らされるの好きやしね」
「えぇっ?!そんな話、1回も聞いたことねえぞ!」
今まで親友たちに黙っていた事実を暴露されて、
ちょっぴり恥ずかしい田中くん。
でもまぁ、こういうのも悪くないな、とも思う。
413 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:35
「最近ちょっと、Mに目覚めたかもしれん」
なんて自らカミングアウトしてみる。
するとさゆみが大笑いして、田中くんにもたれてくる。
「じゃあ、あとで色々試してみる?」
彼女は人前で大胆に誘ってきた。
田中くんはうなずいて、微笑みかける。

「いやー、あっついね。鍋より熱い」
「うるさいよ」
オヤジくさいことを言う斉藤くんに、田中くんがツッコむ。

「いいやん。実際アツアツなんやけ」
さゆみが田中くんと腕を組んで、上目遣いで言った。
「まぁ、そうやね」
彼女にはとことん甘くなってしまう田中くん。
柄にもなくデレデレして、まるで普段とは別人のようだった。
414 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:35


*****



415 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:36

『今日で、1周年だね』
「うん」

夏焼くんは電話をしながら夜道を歩いていた。
相手はもちろん梨沙子ちゃん。
今日は2人にとって特別な記念日で、
だけど部活で会えないという、寂しい日だった。
まっすぐ家に帰っていた。

放課後いつも寄り道していた噴水広場で、
付き合ってください、と言ったあの日は1年前。
そのときはまだ同じ中学校に通っていて、校門のところで
待ち合わせたりして一緒に帰ったりできていた。
昼休みとか、ちょっとした時間に毎日会うこともできた。

今まで簡単だったことが難しくなったのは、ぜんぶ部活のせい。
特に今は大事な全国大会前で、忙しいからしょうがない。
これからあと2年、毎年こんな感じになるのかもしれない
と思うと、梨沙子ちゃんにちょっと悪いなあと思ったりする。
416 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:36
思うように会えなくて、いつも待たせてばかりで、
夏焼くん自身も寂しいのだけれど、彼女はもっと寂しいだろう。
こんな会えないカレシより、もっと一緒に居れる他の奴を
選んでしまうなんていう日も、いつかやって来るのかもしれない。

岡井なんて、毎日同じ教室で会っているわけなんだし、
いくらでも彼女に近づけるし、絶対嫌だけど、ありえない話じゃない。
そう考えるだけで悔しいし、絶対に彼女は誰にも渡したくないけれども、
彼女が今のこの状況をどう思っているのかは、聞かないとわからない。

でも、どうやって聞けばいいのだろうか。
聞いたらまるで信用してないみたいで、逆にケンカになりそうだし。
どうすればいいのだろう。夏焼くんは密かに悩んだりしていた。

『みや、今どのへん?』
「家の近くだよ」
『もうすぐ着く?』
「うん、もうすぐ着く」
417 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:36

ゆっくりと、やる気ない感じで夏焼くんは歩いている。
今日はなんだかテンションがまるで上がらない。
彼女の声には癒されるけれど、それ以上にどっと疲れが押し寄せてくる。

もう、家に帰ったらお風呂に入ってすぐ寝よう。
ぼんやりとそんなことを考えていたその瞬間だった。
夏焼くんはその場に立ち止まる。

「梨沙子」

なんと、家の門の前に梨沙子ちゃんが立っていた。
マフラー手袋完全装備で、でも寒そうにしながら。

携帯電話を耳にあてた彼女と、目が合う。
彼女はニコッと笑って、電話を切って、とことこ駆け寄ってくる。
418 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:37
「みや」
「なんで」
「ビックリした?」

なんか言葉が出てこなくて、彼女をじっと見つめる。
やわらかい微笑を浮かべながら彼女は言う。

「今日は、どうしてもみやに会いたかったから」

か、可愛すぎる。夏焼くんの胸はキュンとなる。
さっきまでの疲れも悩みも、いったん横に置いて、
彼女の気持ちを素直にうれしく思う。

「やっぱり、今日は特別だから」
「うん」

彼女がクシュン小さくくしゃみをした。
夏焼くんは慌てて彼女の身体を温めるように擦る。
「大丈夫?」
「大丈夫」
鼻水をすすりながら、彼女が笑う。
419 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:37
なんだか申し訳ない夏焼くんは、彼女の背中を押して、
そのまま家の門を通り抜ける。
「えっ、みや?」
「寒いから中入ろう」
玄関のドアを開けて、彼女を見る。
彼女は少し悩んだ後、家の中に入った。

「おじゃまします」小声で言う梨沙子ちゃん。
夏焼くんがスポーツバッグを床に置いていると、
パタパタという足音が聞こえてくる。

「おかえり。あら」

夏焼くんのお母さんが、梨沙子ちゃんを見て大げさな反応をした。
梨沙子ちゃんは礼儀正しくお辞儀をする。
可愛らしい息子のカノジョに、お母さんは微笑む。

「梨沙子ちゃん、こんばんは」
「こんばんは」
「久しぶりね。元気だった?」
「はい。元気です」
と言った後に、くしゃみをしてしまう梨沙子ちゃん。
420 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:37
「こいつ、ずっと外で待ってたみたいなんだ」
「あらまあ。ごめんなさいね、全然気がつかなかった」
「いえ」
「上がって上がって。中は暖かいから」
お母さんはさっさとリビングへと戻ってゆく。
玄関に2人取り残されて、顔を見合わせる。

「いいの?」
「うん」
ニカッと笑った夏焼くんを見て、梨沙子ちゃんも頬を緩ませた。
421 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:38

夏焼くんたちは仲良くリビングへ行く。
テーブルの上には、夏焼くんの晩ご飯があった。

「腹へったー」
自分の椅子に座る夏焼くん。
梨沙子ちゃんを振り返って、隣の椅子を引く。
「まあ、座って」
彼女がうなずいて、その席に座る。

「時間大丈夫?あ、もう21時だ」
「大丈夫。21時過ぎるかもって言ってあるから」
「そっか」
「帰りはおばさんが車で送ってあげるからね」
温かいご飯と味噌汁を持ったお母さんが現れた。
梨沙子ちゃんは「ありがとうございます」と頭を下げた。
422 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:38

部活の後で腹ペコだった夏焼くんは、とりあえず食事をする。
彼女とちょこちょこ会話をしつつ、お母さんの冷やかすような
視線を浴びつつ、あっという間にごちそうさま。

「あぁ、食ったー」

お腹をポン、と叩くと、梨沙子ちゃんがクスッと笑う。
そして手を伸ばしてきて、そのお腹を擦りだす。

「ちょっとヤバくない?メタボだよメタボ」
「うっさいうっさい」

楽しそうに笑っているガキっぽい彼女と、
ちょっとだけいちゃいちゃする夏焼くん。
お母さんはそんな息子たちをうれしそうに眺めていた。
423 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:38


*****



424 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:39

夏焼くんは、朝から妙に機嫌がよかった。
全国大会前で最近はちょっぴりピリピリしていたというのに、
何事だと思っていたら、昨日は梨沙子ちゃんとの恋愛1周年記念日
だったらしい。昼休みにその報告を受けて、徳永くんは納得した。
と同時に疑問に思ったことがあったので、尋ねてみた。

「長続きのヒケツってなんなの?」
「なんだろうなあ。わかんね」

頭をかく何気ない仕草ですら、クールに決まる夏焼くん。
ぶっちゃけ、女子にすごいモテる。悔しいけれど、そこは認めざるをえない。
こいつの瞳はなぜかキラキラ輝いていて、友達の徳永くんだってたまに
ドキッとしてしまうこともある。たぶん女の子だったら、イチコロだったろう。

それなのに、夏焼くんはずっと1人の女の子にこだわっている。
どうしてそこまで1人の子を想い続けられるのか。徳永くんには理解できない。
校内にも他校にも、たくさん可愛い女の子がいるというのに、
しかもお誘いだってたくさんあるっていうのに、全部知らんぷりしている。
425 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:39

「なになに、何の話?」

お手洗いから戻ってきた須藤くんが興味津々の様子で言った。
徳永くんはすかさず、
「夏焼とりーちゃんがどうしてこんなに長続きするのかっていう」
「あー、チー坊は全然長続きしないもんな。
秋山さんはかろうじて半年?」
「うるさい!今はおれの話じゃなくて!夏焼!」
顔を真っ赤にした徳永くんが大きな声で言う。

須藤くんはそれを完全スルーして、
「でもなっちゃん、すごいよね。1年とか」
「別にすごくないよ。気づけばもう1年?みたいな」
「おれは1年まであと半年以上か」
「大丈夫でしょ。橋本さんも、良い子だしさ」
「ちょ!あっきゃんが悪い子みたいに言うなよ!
…ていうかもうおれの話はやめようよ…凹むから」

カノジョに内緒で調子に乗って、女の子をつまみ食いしていた
のが災いして、先月に手厳しいフラれ方をした徳永くん。
あっきゃんこと秋山さんと別れてからは、夢が丘女子の制服を
道端で見かけるだけでビビっている。だが、全部自業自得だ。
悪い悪い、と笑いながら須藤くんは徳永くんの肩を叩く。
426 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:39

夏焼くんは机に頬杖をつきながら須藤くんに尋ねる。
「そういや、クリスマスどうすんの?」
「うーん、微妙だよね。初戦勝てば次の試合クリスマスだし」
「こういうときは辛いな。バスケ部は」
徳永くんの言葉にうなずいて、夏焼くんはため息をつく。

「せっかくのクリスマスなのになあ」

427 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:40


12月も半ばにさしかかり、湾田高男子バスケ部の練習は
より一層力が入っていた。
すっかり体調も元通りになった桃子ちゃんは、人一倍大きな声を出し、
人一倍よく働き、部員たちをサポートしていた。

「桃子先輩はクリスマスにカレシと何かしたりしないんですか?」

紅白戦をしている様子を眺めていたら、ふと隣の後輩マネージャーが
尋ねてきた。桃子ちゃんは苦笑して「カレシとかいないよ」と答える。
「2ヶ月くらい前に、別れちゃった」
と付け加えると、後輩が驚いたような申し訳なさそうな表情になった。

桃子ちゃんの頭の中には、矢島くんの顔が浮かんでくる。
しかも、あの笑顔、とてもやさしい笑顔が浮かんでくる。

風邪をひいたとき、わざわざお見舞いに来てくれた矢島くん。
別れた後だというのに、全然気まずい顔もせず、
かといって全く未練も見せず、なんかすごい、ホッとしたりした。
428 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:40
「どっちから別れたんですか?」
少し感傷に浸っていたら、聞こえてきた後輩の声。
桃子ちゃんは「向こうから」と正直に答える。
「じゃあ、フラれちゃったっていうことですか?」
「あぁ、そのへんはちょっと微妙かも」
フラれたけど、ある意味フッたようなものだ。
矢島くんのほうはいったいどう捉えているのだろうか。

別れたあの夜、雨の中、すっ飛んで来てくれた矢島くん。
こんなヒドイ女に、やさしく傘を差し出してくれた。
思い出すだけで泣きそうになってくる。落ち着け落ち着け。

「私、桃子先輩は夏焼くんと付き合ってるって思ってました」
「えぇっ?違うよ」
「はい。こないだの大会で、夏焼くんのカノジョを見て、あぁ違うんだなって」
「みーやんのカノジョ可愛いよね」
「可愛かったですね」
「あの子みーやんの2コ下なんだよ。知ってた?」
「えっ、タメか年上かと思ってました」
ちょ!カノジョ老け顔だって遠回しに言われてるよみーやん!
桃子ちゃんは口元をおさえて、プッと噴き出す。
429 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:40

「この学校の人と付き合ってたんですか?」
「いや、違う学校」
「やっぱり学校違うと大変なんですかねぇ」
「うーん、どうだろう」

矢島くんと別れた理由は、学校が違うからじゃない。
そう言うと説明がややこしそうだったから、黙っておく桃子ちゃん。
後輩もそれ以上何も聞いてこないので、2人でただボーッと試合を眺める。

最近なぜか付き合ってるとき以上に矢島くんのことを考えている。
それは、夏焼くんを想い、苦しんでいたあの頃には、気づけなかったことばかり。

矢島くんのことを想うと、なんだか会いたくなってくるなんて、言えるわけがない。
彼にも、誰にも言えない。今さらだから。今さらすぎるから。
桃子ちゃんはモヤモヤしながらも、その気持ちにフタをした。


430 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:41

つづく

431 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/16(木) 00:41

从*´ ヮ`)<ぼくをいじめてください重ピンクさま
从*・ 。.・)<ドン引きなの


432 名前:重ピンピン 投稿日:2008/10/16(木) 10:47

お疲れ様です

いやぁ〜よかったよかったです
まさかのヤクザさんの引き際・・・よかったです

なので、やっぱりこれからの重ピンクの活躍に期待してます
あとは桃ちゃんも頑張ってほしいっすね
続きが楽しみです
それではまた後日です

433 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/17(金) 00:47
これは続きが気になる展開なのだ
434 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/17(金) 09:58
いつも更新お疲れ様です
作者さんのHP見てみたいです…
435 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/17(金) 21:27
ル ’ー’リ...
436 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 00:37
やじももの切ない系に期待◎。
今のところ、あまり目立っていない愛理の今後も気になる。
437 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/18(土) 07:16
久々にお腹の底から萌えました(;゜∀゜)=3
夏焼くんのママが羨ましい…私も間近で2人を見守りたいです
438 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 14:01
どちらかに偏ったコメントがたくさん見られますね
自分は皆大好きですがw
続きが気になります。がんばってください
439 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/10/19(日) 23:26
>>432 重ピン
やっと田中くんを幸せなほうへ導けて私もよかったです
もうお話は終盤ですがこれからも見守っていただきたいです

>>433さん
わざと気になる展開にしてるのだ

>>434さん
ありがとうございます
マイホームページのアドレスは
ttp://www.geocities.jp/namake_nonko11/です
暇つぶしに見てみてください

>>435さん
(0´〜`)<ももちまでなんだYO

>>436さん
このお話の終盤から次のお話にかけて
ある意味愛理ちゃんスペシャルです
存分に楽しんでいただきたいです

>>437さん
ありがとうございます
夏焼くんのママ視点なんて斬新ですね
アリだと思います

>>437さん
偏ったコメントでもありがたいですよ
だから何でも気になったことを遠慮なくコメントしてくださいね
もうゴールも近いですが最後までがんばろうと思います

440 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:27



441 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:28


*****


442 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:28

今日は12月23日。大好きな絵里ちゃんのお誕生日だ。
だからガキさんはいつもより気合を入れて、タキシードを新調した。
髪型もオールバックでデコ全開。眉毛もキリっと、ビーム全開。
鏡を見つめて、よっしゃ、と呟く。時計を見れば出発時間。

忘れ物はないだろうか。財布に携帯電話に、ハンカチーフ。
おっとっと、プレゼントを忘れちゃおしまいだ。
可愛くラッピングされた小さな四角い箱をポッケに入れる。

「お坊ちゃま。お車の用意ができました」
「あぁ、うん。すぐ行くよ」

家政婦さんが呼びに来た。いよいよだ。
最後にもう一度気合を入れて、ガキさんは部屋を出た。

玄関から外へ出ると、すでにお父さんとお母さんがいた。
すると、後ろから妹がバタバタと現れる。
家族みんな、ちょっと笑っちゃうくらいおめかししていた。

用意された車は2台。
ガキさんは2台目のほうの車に妹と乗り込む。

「今日、どんな料理が出るかなぁ」
まだまだ花より団子らしい妹が無邪気に言った。
「さぁ」と答えたガキさんは、窓の外へ視線をやる。
443 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:29
「それでは出発いたします」運転手さんが言った。
静かに車が走り出す。絵里ちゃんのお家へ向かって。

「ねぇ、クリスマスは絵里ちゃんとどこ行くの?」
「横浜」
「好きだねぇ。横浜」
「まあね」
車内で、妹はどこのマスコミかってくらい質問攻撃してくる。
それはほぼ全て絵里ちゃんの話題で、ガキさんは内心うんざりした。

「でも、よく絵里ちゃんをゲットできたよねぇ。お兄ちゃん」
「はぁっ?どういう意味?それ」
「だってお兄ちゃん全然モテないじゃん。顔も、身長も普通だしさぁ。
お兄ちゃんよりお金持ちでイケメンな男の人なんてたくさんいるのに、
絵里ちゃんはどうしてお兄ちゃんこと好きになったんだろうねぇ」
「失礼だなあ」
「絵里ちゃんはお兄ちゃんのどこが好きって言ってた?」
「…やさしいところ?」
「ありがちー」
妹がケタケタ笑う。腹立つわこのガキ。
ガキさんはそっぽを向いて、窓の外の景色を眺めた。

444 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:29


場所は変わって亀井家。
パーティの招待客が続々と集まり始め、賑やかになってゆく
お家の片隅で、本日の主役はなぜかテンパっていた。

「ねぇ、吉澤さん。吉澤さんってば」
「あ、はい」

絵里ちゃんに声をかけられて、彼女の執事は振り返った。
オレンジ色の鮮やかなドレスを着ている彼女は、髪型もまるで
お姫さまのようで、なんだかいつもより増して綺麗だった。

「どうしよう。やっぱりあっちのドレスのほうがいいかなぁ」
彼女はピンク色のドレスを指差した。
「いや、あっちかなぁ。あぁぁ、どうしよう」
候補のドレスはブルーやグリーンのものもある。
優柔不断なお嬢様に、吉澤さんはクスッと微笑んで、
「どうして最初にオレンジのドレスを手にとったんですか?」
「それは、ガキさんがオレンジが好きだって言うからぁ…」
「じゃあオレンジでいいじゃないですか。とてもお似合いですよ」
吉澤さんが言うと、絵里ちゃんは改めて自分自身の姿を見て、
「そうですね。今日はやっぱりオレンジでいきます」
445 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:29
ようやく落ち着いたと思ったその瞬間、携帯電話の着信音が聞こえてくる。
絵里ちゃんのケータイだった。彼女がすぐさまチェックする。
「ガキさんだ」ふにゃりと緩む彼女の表情。
きっと、彼女をこんな顔にさせることができるのは、奴だけだ。

「もうすぐ着くって」

明るく言った絵里ちゃんは、ルンルン気分で最終確認に入った。

「明日は横浜、楽しみだなぁ」

今日はきっとゆっくり2人で過ごせないだろうから、
彼女の気持ちはもうクリスマスイブの明日に向いている。
横浜の高級ホテルのスイートルームで聖なる夜か。
なんてロマンティックなのだろう。吉澤さんはちょっとうっとりした。

「絵里ぃー!!!」

突然部屋のドアが開いて、大きな声が聞こえてきた。
誰かと思えば愛ちゃんだった。おいおいビックリさせんなよ。

だけど吉澤さんは笑顔で恋人を迎え入れる。
もちろん、何もかも明日と明後日を平和に過ごすためだ。
446 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:29
「ハッピーバースデイ!」

パパパンッ!
派手なドレス姿の愛ちゃんは、豪快にクラッカーを鳴らした。
絵里ちゃんの驚いた反応を見て、したり顔で笑う。

「もぉ、愛ちゃん唐突」
「いよいよ10代最後の年だね」
「そういえばそうだねぇ」
「今日は色々大変だけどがんばるんだよ」
「うん。がんばる」
「ガキさんのことも、ちょっとは相手してあげてね」
「わかってるよ」

はっきり答えた彼女の微笑に、吉澤さんは安心する。
彼女とガキさんは、想像以上に強い絆で結ばれている。
きっとどんな激しい嵐にも負けないことだろう。

447 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:30


開始予定時刻ぴったりに、パーティは始まった。
会場に居る全ての人間の注目を浴びながら、
絵里ちゃんはお父様にエスコートされて現れた。

今日の彼女はなんとオレンジ色のドレス。
どんな格好をするのか、聞いても教えてくれなかったのは
このせいか。ガキさんは納得して、ちょっとニヤける。
やっぱり彼女にはオレンジ色が一番似合う。

「絵里ちゃんキレイ」隣の妹が小さな声で呟いた。
「ほんっとに、キレイねぇ」お母さんも、力を込めて言った。

それにしても、みんな、彼女の美しさに見とれている。
ガキさんは周りの男たちの表情をうかがって、複雑な気分。
彼女のことは自慢したい。けど、独り占めしたい。
誰にも渡したくないから。人知れず拳を握る。

お父様の挨拶とか、偉い人のお祝いスピーチの後、
絵里ちゃんがスタンドマイクの前に立った。

「本日はお忙しいところ、私のためにお集まりいただき
本当にありがとうございます」
彼女は丁寧にお辞儀する。ガキさんはじっと見つめている。
448 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:30
「私は来年でハタチになります。なので、充実した
10代最後の年を過ごせればなぁと思っています。
あと、今年は、自動車の運転免許をとりたいです」

一瞬だけ、絵里ちゃんと目が合って、ドキッとするガキさん。
彼女はこっちを向いてニコリと笑った。

挨拶が終わり、会場は盛大な拍手に包まれた。
それから大きなバースデイケーキが運ばれてくる。
19本立ったろうそくに火が点り、会場の照明が落とされる。

絵里ちゃんのために、ハッピーバースデイを合唱する。
彼女が一生懸命火を消すと、ふたたび拍手が巻き起こった。

449 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:30


梨沙子ちゃんはとてもゴキゲンだった。
なぜかというと、今日から始まったウインターカップの初戦で
湾田高が見事に勝利を収めたからであり、大好きなカレシ
夏焼くんが大活躍だったからである。
試合を観戦した後に急いで自宅へ戻り、慌てて着替えて
やってきたらしい梨沙子ちゃんだったが、いつも通りに可愛かった。

「いいなぁ。梨沙子ちゃん」

ガキさんの妹がうらやましそうに言って、ミニトマトをぱくっと食べた。
梨沙子ちゃんははにかみながら首を横に振る。
「あぁ、あたしもカレシ欲しいぃ」
そんな妹を見て、ガキさんは呆れた顔になる。それからふと気づく。

「あれ、そういえば愛理ちゃんは?」

いつも梨沙子ちゃんと一緒に居る愛理ちゃんの姿が見えない。
ガキさんが梨沙子ちゃんに尋ねると、彼女は苦笑いしながら、
「愛理は、砂山さんにつかまっちゃってて」
「おお」
少し離れたテーブルで、愛理ちゃん一家と砂山家の面々が談笑していた。
彼女は背の高い砂山さんの横で、微妙な笑顔を浮かべている。
450 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:31
「あの顔は、クリスマスどこか行きませんか?って言われた顔ですね」
「えっ、愛理ちゃんと砂山くんって、そういう関係なの?」
「いや、愛理が一方的に言われてるだけです」

ほうほう。ガキさんは腕を組んで愛理ちゃんたちを眺める。
知らないうちに、あの2人はそういう展開になっていたのか。
愛理ちゃんも隅に置けないなあ。

「やっぱり助けに行ったほうがいいかなぁ」
「まぁ、いいんじゃない?人生、何事も経験だしさ」
親友を心配する梨沙子ちゃんに、ガキさんは微笑みかけた。

451 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:31


「ちょっと、お手洗いに行ってきてもいいですか?」

愛理ちゃんは、希代の困り顔で砂山さんに申し出た。
どうぞどうぞ。砂山さんが紳士的に送り出してくれる。

「はぁ」

パーティ会場を抜け出して、ひっそりと静まっている
亀井家の廊下を愛理ちゃんはゆっくり歩く。
本当はお手洗いへ行きたかったわけじゃない。
とにかくあの場から立ち去りたかったのだ。

砂山さんは悪い人じゃないんだけど、自分にとって良い人でもない。
どうもピンとこない。だからあんまり気が進まない。
もっとこう、吉澤さんみたいな、王子さまみたいな人だったら
尻尾を振ってついていけるんだけどな。あんなヒョロい奴じゃな。

理想と現実のギャップは思ってたより大きくて、
愛理ちゃんは梨沙子ちゃんが本当にうらやましくなった。
452 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:31
廊下をまっすぐ歩いていたけど、気分転換に曲がってみようと、
次の角を左に曲がったその瞬間。

「キャッ!」

誰かとぶつかりそうになって、よけたらよろけた愛理ちゃん。
こけたらパンチラ必須だ。なんとかして持ちこたえようとする。
だけどやっぱりふらついて、倒れる、と思って目を閉じる。

だが、誰かにガシッと腕をつかまれて言われる。
「ごめんなさい!大丈夫ですか?」

声からして、若い男の子だった。
怖かったりキモかったりするおじさんじゃなくてよかったと
安心しながら、愛理ちゃんは目を開けて、さらに大きく見開いた。

目の前に、ものごっつい、かっこいい人がいた。
まさに王子さま。吉澤さんレベルなんて一瞬で軽く飛び越えるくらいの。
愛理ちゃんは言葉を失って、その男の子に見とれてしまう。
ちょっとネクタイのセンスがおかしいんじゃないかと思ったけど、
スーツがかなり似合っていて、モデルみたいだった。

「あぁっ、ごめんなさい」
腕を掴まれたのが気に障ったのかと思ったらしい彼は、
慌てて手を離して、少し距離を置いた。
453 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:32
目と目が合うと、彼は頭をかきながらはにかんだ。
なんとさわやかな笑顔。やっぱり王子さまだ。

「あの、こんなことを聞くのはちょっと恥ずかしいんですけど」
ん?と愛理ちゃんは首をかしげる。

「なんか、迷ってしまったみたいで」

ぷっ。思わず噴き出して笑ってしまった。
王子さまも、照れくさそうにまた頭をかいた。

「このお家、広いですもんね。迷うのも無理ないと思います。
パーティの会場まで一緒に戻りましょうか」

鈴木家のご令嬢らしく、愛理ちゃんは堂々と振舞う。
偶然出会った王子さま。運命の出会いかも。なんてな。
並んで廊下を歩きながら、こっそり肩をすくめる。

だって、こんな人、今まで一度も見かけたことがない。
見かけていたら絶対好きになっていて、砂山さんなんて。
454 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:32
「亀井絵里さんとは、お友達なんですか?」
「はい。小さなころからのお知り合いです」
「そうなんですか」
「あなたは?」
「ぼくは、亀井さんの高校の後輩です」
そう言って笑う彼の横顔は、とてもキラキラしていて眩しい。なんか眩しい。
愛理ちゃんは猛スピードで加速してゆく恋心を胸に感じていた。

梨沙子ちゃんも、夏焼くんと初めて出会ったとき、
こんな風な気持ちを抱いていたのだろうか。
なんだか胸がドキドキして、無駄にそわそわして、変な感じ。
手に汗かいちゃってるし。愛理ちゃんは両手をグーパー開いた。

パーティはまだまだ盛り上がっているようだった。
会場の入り口で2人は立ち止まる。

「本当にありがとうございました」

どこまでもさわやかに、男の子が言った。
なんてことない挨拶だというのに、愛理ちゃんの胸はきゅんとなった。

455 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:32


「あ。愛理、どこ行ってたの?探したよ」

先ほどいた場所周辺に戻ると、梨沙子ちゃんを発見した。
砂山さんは違うところへ行ったようで、ホッと安心する。
「ちょっと、トイレ行ってた」
「ねぇ、そろそろ絵里ちゃんにプレゼント渡しに行こうよ」
「そうだね」

あの王子さまはどこに行ったのだろうか。
もう姿を見失ってしまっていて、ちょっと切なくなる愛理ちゃん。
名前を聞くのを忘れてた。年齢も、血液型も、家族構成も。
知りたいことばかりなのに、うっかりしていた。

「愛理?行くよ」
「あぁ、うん」

456 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:33


「ひっどい顔」

愛ちゃんはガキさんを見るなりそう言い放った。
会場の隅っこでコーラをちびちび飲んでいるガキさんは、
どこからどう見ても寂しいオーラをかもしだしていた。

「絵里と話した?」
「いや、まだ。カメ忙しそうだしさ」

ガキさんは遠くのほうに居る絵里ちゃんを見つめた。
本日の招待客は数百人。その全員からお祝いの言葉と
プレゼントをいただくのだ。無駄話なんてしてる暇はない。

「まぁ、今日はあきらめるよ」
「いいの?せっかくの誕生日なのに」
「しょうがないよ。カメは、この家のお嬢様なんだから」

今日だけはなんだか、絵里ちゃんがとても遠い存在に思える。
毎年このパーティに参加していたはずなのに、今年は全然違う。
彼女の元カレ、田中っちも、昨年こんな気分になっていたのだろうか。
457 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:33
今なら田中っちの心が折れそうになった気持ちもわかるかもしれない。
彼女の周りには、たくさんの男たち。みんな彼女のことを狙っていて、
言葉巧みに誘ったり、プレゼントで気を引いたりしている。
彼女も彼女で、亀井家の娘として相手をしなきゃいけないから、
どんな奴が相手でも笑顔で対応している。しょうがないけど、ちょっぴり寂しい。

「みんな、絵里にカレシいるの知ってるのかなぁ」
「知ってても、関係ないんじゃない?あの松浦さんだって、
結婚する前は別のカレシがいたんだし」
自分で言って、アチャーって思った。
案の定、隣の愛ちゃんがムスッとした顔になっていた。

「なんでそんなに弱気なこと言うの?」
「いや、弱気とかそういうんじゃなくてさ、事実じゃん?
ぼくなんかまだただの学生だし、いつか司法試験受けるとしても
一発で合格する保証なんかどこにもないし、将来のことなんて何もわからない。
強い相手には、一瞬でひねりつぶされる程度の男なんだよ」
458 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:33
いくらガキさんが、敏腕弁護士の息子だといっても、
やっぱり亀井家の規模の大きさというものには勝てっこないのだ。
だから、松浦亜弥のときのような政略結婚をされたとしても、
ガキさんは何も言えない。何もできない男なのだ。

絵里ちゃんのことは心から信じてる。
だけど、これからも今の安定した関係が続くのかどうか。
考えるだけで不安が募ってくる。

この嫌な気持ちを断ち切るには、立派な男になるしかない。
誰にも何も邪魔されないように、強くなるしかないのだ。

「カメも来年二十歳だし、きっとそういう話も出てくるかもしれない」
「でも」
「ごめん愛ちゃん。今日は、悪いほうにしか考えられないよ」

ガキさんは、愛ちゃんの心配そうな視線を受けながら、
会場から出て行った。少しだけ、ひとりになりたかった。

459 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:33


「お誕生日おめでとう。絵里ちゃん」
「おめでとう」
「ありがとう。愛理ちゃん、梨沙子ちゃん」

絵里ちゃんは可愛らしく笑って、プレゼントを受け取ってくれた。
「開けていい?」と言われて、愛理ちゃんはうなずく。
中身を見ている絵里ちゃんを、梨沙子ちゃんと笑顔で眺める。

そのプレゼントを大事そうに両手に抱えて、絵里ちゃんはハッとした。
「あ、そうだ。吉澤さん、ちょっと」
執事を手招きして呼んで、何かを耳打ちしている。
愛理ちゃん的には元・王子さま、吉澤さんが、
「かしこまりました」と言って、走ってどこかへ行ってしまう。

「どうしたの?」
絵里ちゃんに尋ねると、彼女は含み笑いを浮かべた。
なんだろう。愛理ちゃんは梨沙子ちゃんと顔を見合わせた。
460 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:34
「ほら、こないだ言ってた、矢島くんを紹介しようと思って」
「あぁ」
そういえば、そんなことを言ってたな。愛理ちゃんは思い出す。
確かお医者さんの息子さんだったような。
絵里ちゃんが言うには、その矢島くんはすごいイケメンらしいけど、
愛ちゃんは『絵里の男の趣味は悪いから期待するな』と言っていた。
だからおそらく、ガキさんみたいな人なんだろうなと思っていた。

「お待たせいたしました」

吉澤さんの声がして、愛理ちゃんは振り返った。
そこに居た人物はなんと、さっき出会った王子さま。

「あ!」
「あ!!!」

愛理ちゃんの脳裏には、運命という言葉が真っ先に浮かんだ。
小指にはなんか赤い糸が見えて、彼女は確信した。

「きみは、さっきの」

この人が、矢島くん。
何にも言えずに、愛理ちゃんは突っ立っていた。
461 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:34
「矢島くん、ごめんね。急に。
こちら、鈴木愛理ちゃんと、菅谷梨沙子ちゃん」
「はじめまして。矢島です」
「はじめまして」
梨沙子ちゃんが軽く頭を下げる。
愛理ちゃんはただただボーッとしていた。

「愛理ちゃんとは顔見知りだったの?」
「いや、さっき廊下で道に迷っていたときに、助けられたんです」
ね、とやさしく声をかけられて、愛理ちゃんはビクッとする。
慌てて「そうです。そうなんですよ」と言う。

矢島くんに、フォーリンラブの愛理ちゃん。
真っ逆さまに落ちすぎて、何がなんだかわからなくなった。
頭が真っ白になるとはこういうことかと、身をもって実感した。

「おっと」
ふと、矢島くんがスーツのポケットに手をあてた。
「すいません」と謝って、携帯電話を確認する。
「電話ですか?」という絵里ちゃんの問いに、申し訳なさそうにうなずく。
「本当にすいません。ちょっとだけ、失礼します」

矢島くんは目にもとまらぬ早さでいったん席を外した。
足、速いんだ。愛理ちゃんはそんなことを思ったりした。
462 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:35

つづく

463 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/19(日) 23:35

洲´・ v ・)<ビビビときました
(0´∀`)<おまえは聖子ちゃんかYO!

464 名前:249 投稿日:2008/10/20(月) 00:14
やっぱりかっぱの王子様だ!
どうする桃ちゃん?
465 名前:アネゴ 投稿日:2008/10/20(月) 00:33
おっふぉwwこれはいい展開!
たまにはさまれるガキカメにホッとします。
466 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/21(火) 13:10
物語も終わりに近づいてるんですか?
寂しいです。
467 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/10/22(水) 23:24

>>464 249さん
さーて、どうなるかな?とか言って
この話が終わるころにはきっとわかります

>>465 アネゴ
おっふぉwwwwwww
ガキカメはホッとしてられませんよ!
ぜひハラハラしていただきたいと存じます

>>466さん
あと2回か3回の更新でこの話はおしまいです
でも次の話をかろうじて思いついたのでこのシリーズは
まだまだ終わりません!
468 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:24



469 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:24

ガキさんは人気のない中庭のベンチに座って、
澄んだ冬の夜空をだらしない体勢で眺めていた。
すると、向こうから誰かの話し声が聞こえてくる。
それはだんだん近づいてきたので、念のため姿勢を正す。

「うれしかった。電話してきてくれて、ありがとう。
次の試合も勝てるといいね」

現れた人物は、一度見かけたことのある少年だった。
名前はなんだったけか。ガキさんは必死に記憶を手繰り寄せる。
矢部?矢口?いや矢口なわけないか。本当に、なんだったっけ。

「全然、迷惑とかじゃないから。うん。ホントに」
と言った少年がガキさんの存在に初めて気づき、
驚いた表情になった。なんとなく、お互い軽く会釈をする。

「そ、それじゃあまた……うん。遊び行こう。うん」

電話を切った少年は、ガキさんに近づいた。
名前がいまだに思い出せないが、とりあえずガキさんは言う。

「こんばんは」
「こんばんは。お久しぶりです」
470 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:25
こいつは確か陸上部なんだよ。
そう。全国で1位になったとか言ってたし。
矢、矢、矢なんちゃら先生の息子だとも、絵里ちゃんが言ってた。
でも、思い出せない。ここまで、のどまではきてるんだけど。

「カノジョと電話?」誤魔化すように尋ねるガキさん。
少年は苦笑いして、首を横に振る。
「別れた、カノジョです」
「おお」
「ぼくは、まだ好きなんですけど。いや、好きっていうか、
気になるっていうか…どっちも同じですね」
困った顔で笑う少年。

「なんか、よくわからないんですよね」
「ん?」
「もう別れちゃったのに、どうしてこんなに気になるんだろうって。
電話してきてくれただけで、どうしてこんなにうれしいんだろうって」

悩める少年の横顔を、ガキさんは見つめる。

「別れたのに、彼女は電話してくるんだ?」
「電話してきたのは、今日が初めてです。メールはたまに。
ぼくからもするし、向こうからも」
「じゃあ、友達に戻った、みたいな関係なんだね」
471 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:25

『もう、ガキさんと友達に戻れない』

この少年と初めて会ったハロ高の文化祭の日。
絵里ちゃんが言った言葉がよみがえってくる。
こんな関係になった以上、後戻りなんかできない。
だからずっと一緒にいようと彼女は言ったのだ。

ガキさんだって、絵里ちゃんと友達に戻るつもりは毛頭ない。
もう彼女は友達じゃない。愛する恋人。それしかない。

「たぶん彼女は一生懸命友達に戻ろうとしてるんです。
だから、ぼくがまだ好きで、もう1回付き合いたいって
思ってるなんて、言えないんですよね」

ゆっくり話すのも、これが初めてだけど、
少年はなぜかガキさんに本音を語っている。
あまりお互いのことを知らない間柄だから、
逆に話しやすいのかな。なんて思ったりする。
472 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:25

「先輩なら、どうしますか?
別れた彼女のことはもうあきらめますか?」
ガキさんは、うーん、とうなって、
「ぼくなら、もう1回告白するかもしれない。
だって、そうじゃないとあとで後悔しそうだから」
素直な意見を言う。

「やっぱり、気持ちは言葉にしないと、何も始まらないんだよ。
そりゃあ、友達っていう関係が変わるのはは怖いけどさ、
ビビってちゃ何にも始まらない。
夢は見なくちゃ始まらないように、恋は想いを伝えなきゃ始まらない」

何を偉そうに語ってるんだ、とガキさんはおかしくなった。
女は絵里ちゃんしか知らないし、告白だって彼女にしかしたことがない。
恋愛経験値なんか、年下のこの少年とあんまり差がないっつうのに。

「そうですよね」
「うえっ」
「やっぱり、言わなきゃ何もわからないですもんね」

少年は、ウンウンうなずきながら納得していた。
うわーん。どうしよー。責任持てないよー。
473 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:26
「ガキさん」

これから少年をどうフォローしようか考えていたら、
そんな声が後ろから聞こえてきた。
誰の声か、振り返らなくてもわかった。

「カメ」

廊下の窓から、絵里ちゃんが手を振ってきた。
ガキさんは微妙な表情になって、彼女に言う。

「こんなとこで何してんのさ」
「ちょっと、話があるの。今いい?」

ドキッとした。絵里ちゃんの表情は笑っているけれど、
その奥に何か重大なものが隠れている気がした。

「あ、矢島くん。お話中ごめんね」
「いえ、ぼくのことは気にしないでください」

矢島!そう!矢島だよ!
少年の名前が判明して喜びたいところだけど、
ガキさんは神妙な面持ちでベンチから腰を上げた。

474 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:26


475 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:26

「矢島くんと何話してたの?」

2人きりの廊下を歩きながら、絵里ちゃんは尋ねてきた。
ガキさんは「大した話じゃないよ」と答える。
そう、と彼女は呟いて、ガキさんの腕をそっと掴んだ。
ガキさんが彼女を見ると、彼女は真剣な表情をしていた。

「カメ?」
「ガキさん、あのね」
「どうしたの」

立ち止まって、ガキさんは絵里ちゃんと向かい合う。
彼女はガキさんの腕から手を離して、黙ってしまう。

なんなんだこの雰囲気。ありえないくらい重い。
重すぎて潰れてしまいそうだ。いやいや、耐える。
強い男になるのだ。

「なに。なんかあった?」
「あのね、今からお父さんのところに行きたいの」
「お父さん?」
彼女はコクリとうなずいて、ガキさんの手を握る。
なんだかよくわからないけれど、ガキさんも握り返した。
476 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:26

絵里ちゃんのお父様は、今は別室で待っているらしかった。
彼女はガキさんを引っ張って、その部屋へ向かっている。
いったい、何なんだろう。ガキさんの頭には?マークだらけ。

部屋の前には、吉澤さんが立っていた。
彼女がさっと手を離して、微笑を見せる。
「ありがとう吉澤さん」
「いえ。あ、お母様も、お呼びしています」

えええ。何。今から何があるの。
なんだかちょっと怖くなってきて、冷や汗が出てくるガキさん。
彼女を見ると、じっと見つめ返される。ええ?なに?混乱する。

コンコン。吉澤さんがドアをノックすると、中からお父様の返事がある。
それから、彼はドアを開けて、絵里ちゃんが部屋に入ってゆく。
ガキさんは彼を一瞥して、絵里ちゃんの後に続いた。

絵里ちゃんのご両親はソファに座って待っていた。
彼女は彼らの正面のソファに腰を下ろす。
当然、ガキさんは彼女の隣に、おずおずと座る。
477 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:27
「ごめんね。いきなり、こんなところに呼び出したりして」

彼女は両親に言った。そしてガキさんにも「ごめんね」と謝る。
「いや…」
この部屋に漂う妙な空気に困ったガキさんは、おでこをかく。
いったい、彼女は何を話すために、両親と恋人の3人を集めたのだろう。

「今日は、改めて、お父さんとお母さんに報告することがあります」

ご両親が顔を見合わせて、なんだろう、という表情になる。
ガキさんもわけがわからないけれど、大人しく待つ。
彼女はひと息ついてから、再び口を開く。

「今まで、面と向かって言ったことなかったけど、
私は今年の2月からガキさんと付き合っています」

え。

絵里ちゃんの言葉が意外すぎて、ガキさんはあ然とした。
まさか交際宣言をするだなんて、予想もしていなかった。
悪いほうに悪いほうに考えすぎていたせいで、拍子抜けしてしまう。
478 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:27
「子供ができた、とでも言い出すかと思っていたら、そんなことか」

お父様が安心したように笑った。
「2人の交際は、お父さんも、お母さんも認めているよ。なあ、お母さん」
「えぇ。もちろん」
お母様も穏やかに笑って言った。
ガキさんはうれしいけど照れくさくて、おでこをかく。

「それで、二十歳になる前に、言っておきたいことがあるんです」
「なんだ?」
「私はガキさん以外の人と、結婚する気はありません」

ぶはっ。ソッコーでガキさんは噴き出した。
おいおいおい、と思いながら絵里ちゃんを見ると、
彼女は近年まれに見るほどの真剣な顔。
こいつは本気だ。本気なのだ。悟ってしまう。

「だから、これからお見合いの話がきたりしても、全部断ってください」
「…参ったな。先手を打たれてしまった」

お父様が苦笑する。そして、表情を引き締めて答える。
479 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:28
「私は2人の交際は認めるが、結婚を認めるとはまだ言ってない。
それに、結婚する相手は、焦って決めるものではないんだよ。絵里」
「別に焦ってなんかないよ。今すぐしたいっていうわけじゃないし」
「じゃあ見合いを断る必要はないじゃないか」
「まさか……お見合いの話、もうあるの?」
「……」
にらみ合う絵里ちゃんとお父様。
お母様が、申し訳ないといった顔でガキさんを見てくる。
ガキさんは苦笑いで応えるしかなかった。

「私は絶対にお見合いなんかしないから」

さっき、あんなに遠く感じていた絵里ちゃん。
だけど今はすぐ隣にいて、ガキさんとの将来を、真剣に考えている。
それはうれしいことで、素直に喜ぶべきことなんだけど、
絵里ちゃん親子がなんだか嫌な空気に包まれていて、
ガキさんは複雑な気持ちを抱く。

彼女が他の人と結婚する気がないように
ガキさんも彼女だけしか考えられない。
このままずっと、明日からもずっと一緒に居て、
幸せな日々を過ごしていきたいと、そう思っている。
だけど、お父さんのこと、つまりは亀井家全体のことを
考えると、単純に喜んではいられない。
480 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:28

結局話はまとまらなかったようで、これ以上の議論は
無駄だと言ったお父様は部屋から出て行った。

「お母さんは、絵里の味方だからね」
不機嫌になった絵里ちゃんをなだめるように、お母様が言う。

「2人のことも、心から応援してる。
でも、お父さんの立場も少しは考えてあげてちょうだいね」

娘と、ガキさんにやさしく微笑みかけ、お母様も部屋を出て行った。
完全に2人きりになって、絵里ちゃんはガキさんのほうを見た。

「ごめんね。ガキさん」
「なんで謝るの」
「だって」
「ぼくは…うれしかったよ」
そう言って笑うと、絵里ちゃんもふにゃりとした。

「結婚考えるの、確かにまだ早いのかもしれないけど、
ぼくもカメ以外とする気ないからさ」
「ガキさぁん」彼女が甘えた声でガキさんに引っ付く。
ガキさんは彼女の肩をぐっと抱き寄せた。
今はまだこれでいい。このままでいいのだと、自分に言い聞かせる。
481 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:29
「そういえば、誕生日おめでとう」

絵里ちゃんに囁くガキさん。
彼女はクスッと笑って、ガキさんの太ももに手を置いた。
「ありがと」
「プレゼント、欲しい?」
ガキさんがわざとちょっと意地悪な言い方をすると、
彼女は笑いながら「欲しい」と答えた。

「しょうがないなあ」とか言いながら、
ガキさんはスーツのポケットからプレゼントを取り出す。
小さな四角い箱。
「なに?これ」「それはお楽しみだよ」
もぉ、と可愛い声で言った彼女が、紐をほどいて、箱を開ける。

「ピアス?」
「うん」
「しかもカメ」
絵里ちゃんが、それを2人の目線の高さにもってくる。
「かわいい」「でしょ?」

ガキさんは彼女の耳に今ついてあるピアスを取る。
そして、プレゼントのカメピアスを、つけてあげる。
482 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:29
「どう?」
「うん。バッチリ」
「かわいい?」
首をかしげる彼女の頬に触れて、ガキさんは目を細める。
「かわいいよ」真面目な声で囁く。

見つめ合っていると、絵里ちゃんは目を閉じて、少しあごを上げた。
そんな風にされて、キスしないわけにはいかないガキさん。
彼女の唇にやさしく口づける。3秒で離れて、また見つめる。
目を開けた彼女がはにかんで、もう一度あごを上げて、目を閉じる。
しょうがないので、もう1回キスをしてあげる。

彼女が舌を入れてくる。大胆に、絡んでくる。
こんなことをされると弱いガキさんは、彼女の身体を弄り始める。
ドレスの上から太ももを撫でたり、露出された二の腕に触れたりする。

「だめだよ、ガキさん」
おっぱいを触ろうとしたら、唇を離した彼女に止められる。

「エッチしたくなっちゃうから」
「こんな気分にさせたの、カメじゃん」

ガキさんは絵里ちゃんにチュッとキスをする。
そして、彼女の胸の膨らみを揉む。何度も揉む。
すると彼女は悩ましげな声を上げ始める。
その声がまた、ガキさんを勢いづける。
483 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:29
ちょっとおまんまんにも触りたいな。
グヘヘヘヘ、と彼女の下半身へ手を伸ばしたその瞬間。

コンコン。

「!!?」

ガキさんはビックリたまげて、目を丸くする。
恍惚の表情を浮かべていた絵里ちゃんも、元に戻る。

「吉澤です」

2人はさっと離れて、衣服の乱れを整える。
どうぞー、と絵里ちゃんが言う。

「お嬢様。そろそろ」
「うん。わかった。ガキさん行こ」
「あぁ、うん」

484 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:29


485 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:30

吉澤さんは執事だから、絵里ちゃんのことをよく見ている。
だから、彼女のピアスが変わっていることにも、すぐ気づいた。

パーティ会場までの廊下を、彼女はガキさんと腕を組んで
仲良く歩いている。ラブラブなピンク色のムードが漂っている。
きっと、先ほどのお部屋でそのピアスをもらったのだろう。
そしてちょっとだけイチャイチャしたのだろう。そう推理する。

今日は、たくさんの色んな男たちから、デートのお誘いとかされて、
口説かれていた絵里ちゃん。
もしその中に、ガキさんよりもビビビとくる男がいたらどうしようかと
心配だったけれど、全然そんなことなかったみたいだ。
絵里ちゃんはガキさん一筋で、もちろん、逆も同じく。
吉澤さんはそれを自分のことのようにうれしく思った。

「吉澤さん、吉澤さん」
会場の入り口で立ち止まって、絵里ちゃんが言った。
「愛ちゃんに浮気されてますよ」
「はいっ?」

絵里ちゃんが指差した先には吉澤さんのカノジョ、愛ちゃん。
そして愛ちゃんの横には、若い男の子。
枝流田大学病院の外科医である矢島先生の息子さんだ。
なぜか2人は和やかにおしゃべりをしていて、妙に良い雰囲気だった。
486 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:30
「あちゃー。吉澤さん、これは間違いなく浮気ですね」
腕組みをするガキさん。

矢島先生の息子さんは、吉澤さんと同じくらい背が高いから、
愛ちゃんは彼を見上げるようにしている。
その上目遣いの視線が、まるで恋する乙女みたいで、
腹が立つっていうか、ちょっと切なくなる。

やっぱり女というものは、イケメンに弱い。
学歴とか年齢とか関係ない。
最後に笑うのは結局、顔がイケてる奴なのだ。

「チクショー。悔しいから女子中学生に走ってやる!」

吉澤さんはそう言い捨てて、どこかへ走って行った。
どこへ行くかと思ったら、愛理ちゃんと梨沙子ちゃんのところだった。
ロリコンか。ガキさんは心の中でツッコんで、絵里ちゃんを見た。

「カメも、ぼくがいなかったらああなっちゃう?」
「あぁ、絵里のこと疑うんだ?」
「なるわけないよね」
「なるわけないじゃん」
見つめ合って、そして同時に噴き出し笑いをする。
487 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:30
絵里ちゃんはすぐに真顔になる。
「さっきね、愛ちゃんが言ってたの」
「なにを」
「ガキさんがチョー凹んでるから、ガキさんのとこ行ってあげてって」
「そう」
「ごめんね」「なにが」
「色々と」「色々って?」
「色々は、色々だよ」「えー」

ガキさんはとりあえず全部笑い飛ばす。

「たぶん、考えすぎなんだよ。ぼくは」
「そう?」
「うん」元気にうなずくと、絵里ちゃんは微笑んだ。
「何も心配することなんかない。ぼくも、カメも。ね」
「そうかなぁ」
「そうだよ。そう。そうに決まってる」
「ガキさん適当ー」
「カメにだけは言われたくないなー」
「失礼ー」「ごめんねー」2人は子供みたいに笑い合う。

「じゃあ、またあとで、時間があったら」
「うん」

絵里ちゃんがガキさんの手を一度握って、去ってゆく。
ガキさんはその手を見つめて、ほんのちょっとだけ切なくなった。
488 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:30


489 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:31

絵里ちゃんのバースデイパーティは、無事に終了した。
今は、招待客が順番に帰宅し始めている。

愛理ちゃんは辺りをキョロキョロしながら、
お父様とお母様、そして弟の後ろを歩いていた。

もう帰っちゃったのかなあ。王子さま。
あと1回くらい、顔が見れたらなあ。
なんて思いながら、歩いていた。

あの人のことは、まだ名前しか知らない。
しかも「矢島」って、名字だけ。
絵里ちゃんの高校の後輩って言ってたから、
きっと学校はハロ高。でも、何年生なのだろう。

はぁ。今度いつ会えるのかもわからない、矢島王子さま。
もしかしたら、もう二度と会うチャンスなんて、ないのかもしれない。
運命は運命でも、悲しい運命だったのね。
無力な私は、その運命を受け入れるしかできない、悲しい女。
とかいって、勝手に悲劇のヒロインを気取ってみたりもする。
映画化決定。ひとりで妄想してケケケと笑ったりもする。
490 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:32
「あ」

愛理ちゃんは、ニヤけた顔を急いで引っ込めた。
なぜかというと、なんと、偶然にも、矢島王子さまを見つけたからだ。
ガキさんと、楽しそうに何かを話している。

恋の神様は、いったい何がしたいのだろう。
もう二度と会えないと思わせといて、すぐに再会させるなんて。

「あ。愛理ちゃん」
じっと見つめていたら、ガキさんが気づいて、手を振ってきた。
自然な流れで、矢島王子の視線も愛理ちゃんへ向く。

うはっ。目が合っちゃった。
とろけそうになりながら、愛理ちゃんは会釈する。
でも、ぎこちなくしか笑えなかったりして、もどかしくなる。

「お姉ちゃん?」
弟が振り返って、首をかしげていた。
「どうかしたの?」
「ううん。別に」

ああ王子さま。ああ王子さま、王子さま。
本当の本当に、これでお別れだわ。
愛理ちゃんはちょっぴりセンチメンタルになりながらも、
行儀良く彼らへおじぎして、弟を追いかけた。
491 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:32

つづく


492 名前:彼女は友達 投稿日:2008/10/22(水) 23:32

洲´・ v ・)<笑顔の神様 魅力をください
(0´∀`)<わっきゃないYO

493 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/23(木) 00:08
更新お疲れ様です。
矢島君はこの先どうなってしまうんだ!
矢島君の恋が気になって眠れませんww
494 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/23(木) 00:10
ここに来る度叫びたくなる。
「やじももーーっ!!!」
495 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/23(木) 05:45
りしゃみやの初エッチを見届けるまでは終わらせないんだからね!
次のシリーズも期待しちゃうんだから!!
496 名前:重ピンピン 投稿日:2008/10/24(金) 03:32

お疲れさまですぅ〜
いやぁ〜亀ちゃんの決意表明見事でした
感動した!!!

ガンバレガキさん

それと頑張れアイリーン♪
何とか矢島君を手に入れられないかな?

あとは熊会長の動きも密かに待ってます
最後にフレーフレー重ピンク♪


497 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/25(土) 22:20
ノノ*^ー^)<絵里にはひどいこと言わないですよね、吉澤さんっ
498 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/27(月) 06:41
コンスタントに更新してくれて嬉しいです
ベリキュー編が始まったときはついて行けるか不安でしたが
今じゃすっかり登場人物達の虜ですwww
作者さんの文才の成せる業ですね
ラストスパート楽しみにしています
499 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 11:10
それ分かります。自分もベリキュー編が始まったときに、
「え?」って思いましたが、(ベリキューメンをあまり知らなかったため)
今ではベリキューも大好きですw
500 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 22:00
(0´〜`)っ¶<ガキさん誕生日おめ・・・と

( ・e・)っ¶<今度お酒飲みに連れていってほしいのだ・・・と
501 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/29(水) 20:57
>>500
相思相愛w
502 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/05(水) 01:15
やじももは絶対不可欠なんですが、桃と梨沙子・愛理との絡みも読みたいぞ。

何気に頼りになるお姉さんと、それを慕う妹達みたいな。
503 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:38

*****

504 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:38
その翌日。12月24日。
今日はいわゆるクリスマスイブとやらで、
ガキさんは恋人の絵里ちゃんと横浜に居た。
あの思い出のスイートルームで、
それはもうとびきり甘い夜を過ごしていた。

ジングルベルジングルベル鈴が鳴る。
ふんふんふーんと絵里ちゃんは軽快にクリスマスソングを
口ずさみながら、横浜の夜景を眺めている。
彼女を後ろから抱きしめているガキさんは、その可愛らしい歌に
微笑みながら、窓に映る彼女に思いっきり見とれている。

ジングルベルの次は、あわてんぼうのサンタクロースの歌を
歌い始める絵里ちゃん。なんかまるで幼稚園児みたいで、
彼女はとっても無邪気だ。ガキさんは萌え萌え、萌えまくり。

歌詞がわからなくなったのか歌うのを止めた彼女が、
唐突にうへへへへへとだらしなく笑った。
「どうしたの」
「ううん」
首を横に振る彼女は、ガキさんのほうを振り返った。
目が合うと、呼吸をするように自然な仕草で、一度キスをされる。
505 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:38
いつもなら、何すんだよーとか言って笑う場面だけど、
彼女に見とれすぎて、何にも言えないガキさん。
今度は自分から唇を近づけて、彼女のそれとブチュッと重ねる。
待っていたかのように彼女は口を少し開けて、ガキさんを受け入れてくれる。

生々しい音をたてて、ガキさんは彼女と唇をむさぼり合う。
今まで何度こんなキスをしただろう。両手でも、足を使っても数え切れない。
でも、これからも数え切れないほどするんだから、今日のこのキスなんて、
その沢山のうち、たった1回にすぎないのだ。

しかしながら今日という日はやっぱりちょっと特別で、
ガキさんは自分自身と彼女の気持ちをしっかりと確かめる。
今日のこのキスを忘れないように、身体の奥の奥まで深く刻み込む。

昨日、絵里ちゃんはお父さんとお母さんに宣言をした。
ガキさんと付き合ってる、ガキさん以外と結婚する気はない、と。

きっと彼女は、ガキさんが思っているよりもずっと2人のことを考えている。
ガキさんはその彼女の決意を、ちゃんと受け止めてあげなきゃいけないのだ。
心が折れて、負けたりしないような、男らしい男でいなきゃいけないのだ。
お見合い?なにそれ食えんの?ってくらいに、強気でいなきゃいけないのだ。
506 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:39
唇を離した絵里ちゃんが、身体をくるっと反転させた。
ガキさんは彼女を両手で思いっきり抱きしめる。
そして、彼女の香水の香りを思いっきり吸い込む。
変態かってくらいに、クンクンして、ムハーっとする。

「ガキさん」
「なに」
「大好き」
ふはっ。直球。ガキさんはちょっとクラッとくる。

「ガキさんは?」
「さぁ、どうでしょう」
「ウザー」
色気のない絵里ちゃんの反応に、
クスッと笑ったガキさんは、真面目な声で言う。

「愛してる」
絵里ちゃんを抱きしめる腕をさらに強めるガキさん。
本当にウザがられるくらい引っ付いて、もう一度同じ言葉を囁く。
でもウザがるわけなんかない彼女は、ガキさんのことを
しっかりと抱きしめて、ほっぺたをすり寄せてくる。

「なんか、ホントに信じらんないよね」
「なにが」
「絵里とガキさんが、こんな風になってるの」
507 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:39
ガキさんから離れた絵里ちゃんは、ガキさんの手を握り、
くいっと引っ張ってソファまで連れてきた。2人はそこに並んで座る。

「ガキさんのこと、こんなに好きになるなんてまさかだよ。絵里」
ガキさんの肩に頭をのせながら、彼女は言った。
そしてガキさんと指を絡め合って、ぎゅっと握る。

「こんなに好きになれるもんなんだね」
「こんなに、ってどんなに?」
尋ねながらガキさんは、彼女の顔を覗きこむ。
彼女は上目遣いになって、
「言ってもひかない?」
「ひかないよ」
そう答えると、彼女がひと息ついて話し始める。

「絵里ね、ガキさんが他の女の人と一緒に居るとこ、見るのもイヤなの。
ガキさんは絵里のものなんだからガキさんに近づかないでよ、とか思ったりするし。
ヤバイよね。嫉妬深すぎてひくよね」
彼女が冗談っぽく言って笑った。

「ガキさんに見捨てられたらどうしようって、正直、今も不安だよ。
いつか愛想つかされちゃうんじゃないかって、フラれちゃうんじゃないかって
ホントに不安で、どうしたらずっと好きでいてくれるんだろうって考えてる」
ガキさんは、絵里ちゃんの頭を撫でる。
508 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:40
「ずっと好きだから」

見捨てるとかありえない。愛想もつかすわけがない。
フるなんてもってのほか。不安なんて全然いらない。
安心させるように、ガキさんは心底愛しげな眼差しで、
彼女のことを見つめる。

「好きすぎて、ヤバイから」

彼女のやわらかい唇を奪う。いきなり激しいキスをする。
急に欲しくなってきた気持ちを抑えきれないガキさんは、
めちゃくちゃに彼女を求める。一気にエッチなムードにしてしまう。

濃厚な口づけを続けながら、彼女の洋服の中に手を入れる。
ぷよぷよしているお腹を撫でて、その上にあるおっぱいを
ブラジャーごと揉む。でもやっぱり生乳のほうが好きなガキさん。
ぐいっとずらして直接おっぱいに触れる。
この感触たまりませんな。やみつきですな。いやらしくモミモミする。
すると彼女がクネクネする。唇を離して、色っぽい声で反応する。

「ここでぇ?」
乳首を弄っていると、気の抜けた彼女の声が聞こえてくる。
「ここじゃだめ?」
キモッ。自分で言って鳥肌を立てながら、ガキさんは彼女を見つめる。
509 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:40
「そんな顔されたら、だめって言えないじゃん」
彼女がガキさんの首に腕をまわした。
ふたたび口づけが始まる。
ガキさんは、彼女の洋服を上から順に脱がせてゆく。

「ガキさんも」と言って、彼女がガキさんの洋服を引っ張った。
ガキさんは彼女に手伝ってもらいながら、チェック柄のトランクス一丁になる。
股間はもちろんいつもより大分膨らんでいる。
ニヤッと笑った彼女が、ソコをなでなでし始める。
「もう準備万端?」
「うん。カメは?」
ガキさんは彼女の脚を開かせて、その中心に手を伸ばす。
パンティの上から、良い所ををぐいぐい押す。
さっきまで笑っていた彼女の顔が一瞬で淫らになる。
この変わり身の早さといったら何だ。忍者も真っ青だ。

「バッチリじゃん」
パンティの中に手を入れて、彼女の秘密な場所に触れると、
もうすでに柔らかくなっていて、ガキさんはニヤッとする。
その入り口を、やさしく丁寧に指で刺激する。
510 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:40
絵里ちゃんはとても甘い声で喘いでいる。
調子に乗ったガキさんは、もっと奥へ指を入れて、
もっと良い所をガンガン突いてあげる。
彼女がどんどん乱れてゆく。

「気持ち良い?」
「きもちいい…」
蚊が鳴くような小さな声で答えた彼女は、
また目をかたく閉じて、泣きそうな顔になった。
エロすぎるぜベイベー。ガキさんはテンションうえうえ。
噛み付くようにキスをしながら、激しく指を動かす。
彼女が「んー」と苦しそうに喘いでいる。
必死でガキさんにしがみついている。

「あー、すごい」
指を抜いて、濡れたそれを絵里ちゃんに見せるガキさん。
「今日はすごい」
大げさに言いながら、自分の太ももあたりで指を拭う。
もぉ、とかいって呆れたように笑った彼女はパンティを脱いだ。

それから、彼女はガキさんのトランクスをずらす。
別にもう恥じらいもないガキさんは、するすると脱いで、床に落とす。
511 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:41
天井に向かってピンと伸びているガキさんの息子を見つめた彼女は、
何にも言わずに屈んで、ソレを握って先っちょにキスをした。
ワオ。大胆だぜベイベー。ガキさんはさらにうえうえ。

チュパチュパ音を立てながら、彼女がガキさんのモノを舐めている。
上下している彼女の、長い髪を撫でながら、ガキさんは極楽を味わう。
「あー、すごい」
「ガキさんだって」
ソレを握ったまま顔を上げた彼女が、微笑む。
色っぽいくせに無邪気で可愛い彼女に、なんだかたまらなくなって、
ガキさんは彼女の身体をぐっと引き寄せて、自分の上にのせる。

「入れていい?」
「え、何か忘れてない?」
「あ」

絵里ちゃんがガキさんの上からおりた。
おっとっと、危ない危ない。ガキさんは床に落ちている上着を拾い、
その内ポケットを漁る。あった。いわゆる近藤さんケースを取り出す。

「やっぱベッドいこ」

袋を破って、装着していたら、彼女がすっと立ち上がった。
大きなベッドに向かって駆け出して、そこへ倒れこんだ。
ガキさんもすぐにその後を追う。彼女に覆い被さって、顔を近づける。
512 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:41
抱き合って、見つめ合った瞬間、口づけが始まる。
自然とおっぱいを揉んでしまうガキさん。
準備は本当に万端で、今すぐにでもソッコーで挿入したい。
だけど、なぜかちょっともったいなく感じてきたので、
とりあえず絵里ちゃんのアソコで遊ぶことにする。

面白いくらい、彼女はアンアンいっている。
じたばたしながらも、ガキさんの頭を離さない。
超至近距離で彼女のエッチな声を聞いているガキさんは、
もっともっとめちゃくちゃにしたいと思って、指の動きを激しくする。
「イクときはちゃんとイクって言うんだよ」
そう囁いた少し後に、彼女は「もう、イク」と呟いた。

言葉通りにイッちゃった絵里ちゃん。
ガキさんは、ハァハァいっている彼女を見つめる。
ガキさんももちろんハァハァしていて、ギンギンだった。

彼女の楽園(パラダイス)の入り口に、息子の頭をあてる。
そして、ほんのちょこっとだけ、控えめに入れる。
彼の頭だけ擦り付けるように動く。彼女がクネクネし始める。
ガキさんの耳に唇を押し当てて、ムフフと笑って、「入れて」と囁く。

入れてと言われると入れたくなくなるのが人間の心理というもので、
ガキさんは同じ場所でずっと動いている。
かゆい所に手が届かない的な焦らされ方に、彼女はますます
エッチになってきて、興奮するけど入れてあげない。
513 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:41
ガキさんはその先っちょさえ抜いて、彼女の股をさらに裂く。
そしてその中心に勢い良く顔を埋めて、ベロベロに舐め始める。
途端に彼女は狂ったように叫び、敏感に反応してくれる。

小さな突起を吸ったり、舌で突いたり、色々する。
どろどろになっている穴を、指でぐちゃぐちゃにかき回したりする。
彼女の腰は面白いくらい跳ねて、押さえつけるのが大変だったりする。

いつも自由気ままな彼女も今だけは、ガキさんの手のひらの中。
自在に操れる。アッハッハ。心の中で高笑いが止まらない。
イッちゃいそうな彼女をまたまた焦らして、ニヤニヤする。
「ガキさぁん」
「なに?」
寸止めくらって辛そうな顔をしている絵里ちゃんを見て、
ガキさんはいけしゃあしゃあと言う。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよぉ」
「え?」
「もぉ」
「なにさ」
「……」
514 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:42
あんまり引っ張りすぎるとマジギレしそうだ。
この子はキレるとおそろしい。
だからガキさんは、ちゃんとすることにする。

「入れて欲しいの?」
「入れて欲しい」

ブハッ。即答かよ。早く入れて、と囁かれる。
なんだか彼女がとてもエロすぎて、ガキさんは堪らなくなる。
エロいわ可愛いわ、なんてちゃいこーな女なんだ。
絵里たんサイコー!!!叫びたくなるけど、我慢する。
ていうか絵里たんとか。呼んだことないし。
今後も呼ぶつもりなんか、ないし。多分。
誤魔化すようにオホン、と1回咳ばらいをする。

さてさて。そろそろいきますか。
ガキさんは彼女の中へゆっくりと進んでゆく。
まるでソレは飲み込まれるように、どんどん入ってゆく。
彼女が恍惚の表情になる。さっきよりも、さらにエッチになる。

あぁ、気持ち良い。それしか言葉が出てこない。
半分くらいのところで一旦止めて、ガキさんはハァと大きく息を吐く。
すると、彼女の腕が伸びてきて、ぐっと強く引き寄せられる。
短いけど濃厚なキスを交わす。
515 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:42
「ガキさんのいじわる」

離れた彼女はガキさんをじっとにらんでいる。
確かに、今日は普段の2倍、いや3倍?
とにかく意地悪してる気がする。

でも彼女はきっと、こういうのも嫌いじゃない。
焦らされて焦らされて、焦らされるのもいいと思っている。

ガキさんはふたたびゆっくりと動き出す。
悩ましげに身体をくねらせ、彼女は悶え始める。
なんていやらしい姿。誰にも見せられない。
というか誰にも見せたくないし、独り占めしたい。
絵里たん独占。誰にもジャマなんかさせないんだもん。

「ガキさん、ガキさん」

絵里たんは、おっとっとキモイ、絵里ちゃんはこういうときも
ガキさんの呼び方を変えない。
こういうときくらい、ファーストネームで呼んでくれたって
いいじゃないか、とガキさんは思ったりする。
だけど、焦らすのも、焦らされるのも嫌いじゃないので、
もう少し待ってみようとも思う。
516 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:42
「なに?」
「絵里のこと好き?」
「好きだよ」
「どれくらい好き?」

どれくらいだろう。ガキさんは、彼女を見つめて考える。
どう答えれば彼女は満足してくれるだろう。
ベストな答えをあれこれ探す。けどビシッと決められない。

「うーん、言葉じゃちょっと表せないかもしれない」
「えぇ。なんで?」
「なんか、世界で一番、っていうレベルじゃないんだよね」
「じゃあ何レベルなの?」
「何だろう。とにかく、ぼくにとってはナンバー1なんだよ」
ガキさんは絵里ちゃんにチュッとキスをして、微笑む。
彼女は目を細めながら、うへへへへとだらしなく笑った。

「絵里にとってもナンバー1だよ、ガキさんは」
「うん、知ってる」
「ウザー」
さっきまでアンアンいっていた彼女が、子供っぽく笑う。
だけど、ガキさんがまた動き出すと、ビックリするくらいエロくなる。
517 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:43
不安だって、1_もないわけじゃない。
彼女の心が変わらない限り、ずっと安心してられるなんて、
あぐらをかいているつもりだってない。

でも、誰が何と言おうと、2人の愛は絶対で、
これからどんなひどい嵐が待ち受けていようとも、
彼女をひたすら守り抜いてゆく覚悟があった。
ガキさんの中には、確かに、固い決心があった。
絶対に自分だけは負けちゃいけない。
空からヤリ棒が降ってきても、何があっても、彼女だけは離さない。

そんな熱い熱い情熱を胸に、ガキさんは絵里ちゃんを抱いた。
抱いて抱かれてまた抱いて、彼女と全てを愛し合った。
2人の愛は、本当にもう誰にも止められなかった。
518 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:43

*****

519 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:44
自分のことは自分が一番よくわかってる。
桃子ちゃんは今までそう思ってきた。
だけど、最近はなんだか自信がなくて、戸惑っていた。

ケータイの発信履歴を、じっと見つめる。
一番上には矢島くんの名前。昨日、電話をかけたのだ。
第1回戦の試合に勝ったことを伝えたくなって、電話してみたのだ。

メールでもよかった。でも電話にした。
声が聞きたかったし、少し話がしたかった。
そう思うのは、矢島くんのことが好きだということなのだろうか。
よくわからない桃子ちゃんは、ずっとそのことばかり考えていた。
明日も朝早いから、もう寝ないといけないのに。

『全然、迷惑とかじゃないから』

いきなり電話して、どういう反応をされるか緊張したけど、
やっぱりやさしい矢島くんは、そんな風に言ってくれた。
だからまた電話したくなる。彼の声を、聞きたくなる。
会いたくなる。会って、笑顔を見たくなる。

夏焼くんのことにケリをつけた途端、これだ。
なんて自分中心で、勝手な女なのだろう。
変わりつつある心に桃子ちゃんは自己嫌悪になる。
部屋の電気を消し、無理やり目を閉じた。
520 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:44

「行け行けワンダ!ゴーゴーワンダ!」

12月25日。世間的にはクリスマスといわれる日。
京東体育館で開催されているウインターカップも今日で3日目を迎え、
湾田高男子バスケ部は、第2回戦の試合を戦っていた。

「11番!!!」

先輩からパスを受けた夏焼くんが、シュート体勢に入る。
桃子ちゃんは思わず彼の背番号を叫んで、拳を握った。

現在第3ピリオド。相手との点差はたった3点。
勝っているけど油断はできないシーソーゲームだった。
地区大会では余裕の戦いぶりだった湾田高、初めての苦戦。
敗北した、夏のインターハイ最後の試合が嫌でも蘇ってくる。
あの試合も、こんな展開だった。

夏焼くんのシュートは、見事に決まった。
ため息が出るほど綺麗な軌道を描いて、ゴールに吸い込まれた。
3Pシュート1本で同点にされてしまうというこの緊迫した場面で、
しっかり点数を稼いで差を広げてくれる、彼は湾田のエースだ。

「やったー!」

桃子ちゃんが両手を挙げると、夏焼くんがそれに笑顔で応え、
人差し指を立ててみせて、「もう1本!」とチームメイトに叫んだ。
521 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:44
「雅くん、すごいやん」

湾田高ベンチの真上の観客席。の最前列。
道重さゆみは、ポンポン楽々とシュートを決めている
夏焼くんを見つめながら呟いた。
「やろやろ」彼女の隣の席で、田中くんが自慢げになった。

今日はさゆみと健康的にバスケ観戦デート。
でも、この試合が終わったあとは、ムフフフ。
田中くんはこみ上げてくるニヤけ笑いを抑えきれない。
彼女にバレないように口元を手で隠す。

バレる、といえば、さゆみは今日は変装をしている。
ダサい三つ編み、ダサい眼鏡、ダサい洋服という、
さえない3連コンボで、正体を隠していた。

「梨沙子ちゃん、目がハートになっとるよ」
「えっ」

田中くんから言われて、可愛らしく照れる
夏焼くんのカノジョ・梨沙子ちゃん。
今日は一緒に試合を観戦していた。

「れいなれいな、さゆみは?ハートになっちょる?」
「どれどれ」さゆみの顔を覗きこむ田中くん。
キスできるくらい近くに寄って、わざと驚くフリをして、
「うわ…なっとる」「やーだーもぉ」
さゆみが楽しそうに笑って、田中くんの肩にもたれる。
人目をはばからずイチャイチャするカップルを見て、
梨沙子ちゃんは苦笑するしかなかった。
522 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:45

試合終了のブザーが鳴った瞬間、
桃子ちゃんは思わずベンチにへたり込んだ。
応援してただけだけど、今日はすごい疲れた。
でも、勝った。湾田校は、3回戦進出だ。

「ツグさーん!」
夏焼くんが笑顔ですっ飛んできた。
「みーやん!やったね!」
「あぁ!」
勢い良くハイタッチする。
それから、夏焼くんはすぐに観客席を見上げて、
手首の赤いリストバンドを見せ付けるように左手を挙げていた。
桃子ちゃんもつられて見上げると、そこにはうれしそうな
梨沙子ちゃんの姿。そしてその横にはなぜか。

「田中さん!?」

ニカッと笑った田中さんが、手を振ってきた。
その隣には、いつかバイト先で見かけた女の人?
でもあんなにダサかったっけ。桃子ちゃんは首をひねる。

「あれ、田中さんのカノジョだよ」
「マジ?」
マジマジ、と夏焼くんは大きくうなずいた。
田中さんってあんなダサいのが好みなんだ。
なんて密かに思ってしまう桃子ちゃん。
あのダサダサ女がまさか大人気AV女優だなんて、
想像もしていなかった。
523 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:45

*****

524 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:45
「ベスト4とか、すごいじゃん」

なぜか、桃子ちゃんから毎日電話がかかってくる。
絵里ちゃんのバースデイパーティの日から、毎日。
うれしいけど、どうして?っていう気持ちがあって、
矢島くんの心はとても複雑だった。

『明日勝ったら決勝だよ?すごくない?』
「うん、すごいよ」
興奮気味にしゃべる桃子ちゃんに、矢島くんは頬を緩める。
こんなにはしゃいでる彼女の声は、初めて聞くかもしれない。

「明日、試合観に行こうかな」
『ホントに?』
「どうせすることないしさ、行くよ」
そう深く考えずに言ったら、彼女はとても喜んでくれた。

「がんばってね」
『うん、ありがとう』
やっぱり桃子ちゃんのことが好きで好きで、大好きだ。
しみじみ感じた矢島くんは、彼女の明るい声を聞いて、微笑んだ。
525 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:46

翌日。
大きな京東体育館を見上げ、矢島くんは一度気合を入れた。
腕時計を確認すれば、湾田高の試合が始まるまで
まだあと1時間以上ある。ちょっと早く来すぎたみたいだ。

それに、入り口へ近づくにつれて、なんとなく嫌な予感がしてくる。
お客さんはみんなそれぞれの手にチケットを持っている。
矢島くんは、手ぶらだ。財布とケータイしか持っていない。
なんてこった。チケット買わなきゃいけないのか。

近くに居た係の人に、「チケットはどこで買えますか?」
と尋ねると、申し訳なさそうな顔をされる。
「すみません。今日、当日券売り切れちゃったんですよ」
「えぇっ?!」
そんなバカな!!!思わずその人に迫ってしまう。
でも、そんなことをしたところで、チケットを買えないという
事実は変わらない。矢島くんは残念そうに肩を落とす。
残念そうっていうか、マジ残念だ。
526 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:46
「矢島さん?」

そんなときに、後ろから声をかけられる。
誰かと振り返ってみると、おやおや。この子は。

「どうしたんですか?こんなところで」
「きみは、こないだの…」

亀井さん家で迷っていたところを助けてくれた女の子だ。
名前は確か鈴木愛理ちゃん。
彼女はポーッとした顔で、矢島くんを見ている。
矢島くんは頭をかきながら、さわやかに笑う。
「いやー、参りました。チケット売り切れだって」
「えっ」
「チケット買わなきゃいけないなんて聞いてないよー。とかいって」
アハハ。明るく笑い飛ばす。

すると、彼女は控えめに提案してきた。
「あの、もしよかったら、一緒に試合見ませんか?」
「へっ?」
527 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:46
この子は何だ。救世主か。ヒーローならぬ、ヒロインか。
矢島くんは館内の廊下を、愛理ちゃんと歩きながら、
偶然もよく重なるもんなんだなあと、そんなことを思っていた。

「どういう繋がりかわからないんですけど、父の知り合いに
バスケットボール協会の方がいるみたいで、それで、
その方にお願いして良い席をとってもらってるんです」
「へぇ、バスケ好きなんですね」
「実は、私は特に興味ないんです。興味があるのは、私の友達で」

彼女が案内してくれたのは、なんと観客席の最前列だった。
しかも、湾田高のベンチに近い。
矢島くんは手すりにもたれてフロアを見下ろす。
今はちょうど、湾田高バスケ部の面々が、黙々と練習をしていた。

桃子ちゃんはベンチの周りでせっせと自分の仕事をしていた。
気づいて欲しいけど、気づくかな。彼女を少しの間、じっと見つめる。
風邪も治って、すっかり元気になったみたいだ。
やっぱり可愛すぎる。とかいって。

「あの、今日はお友達の応援でいらっしゃったんですか?」

横から愛理ちゃんの声がして、ハッとする矢島くん。
”お友達”という言葉に引っかかったりしながらも、
ニコッと笑って「はい」と答える。
528 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:47
「湾田高に友達がいるんです」
「あ、さっき言ってた私の友達も、湾田高を応援してるんですよ」
「そうなんですか。じゃあ、一緒に応援できますね」
「そうですね」
「今日勝てば、明日決勝みたいですね」
「はい。勝って欲しいですね」
愛理ちゃんの言葉に、矢島くんは力強くうなずく。

「ごめんごめん!」

いきなり、慌てた様子で愛理ちゃんの隣の席にやってきたのは、
これまたあの日に出会った女の子だった。
菅谷梨沙子ちゃんっていったっけ。
バスケットボールに興味がある友達って、この子のことだったのか。
529 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:47
「こんにちは」

矢島くんが微笑みかけると、梨沙子ちゃんは驚いた顔をした。
愛理ちゃんが、一緒に観戦することになったいきさつを説明してくれる。

それから特に大した会話もなく、試合の時間がやってきた。
会場はなんと満席で、だけどこの最前列に座っているのは3人だけ。
どんだけVIP待遇されているんだ、このお嬢様がたは。
矢島くんは、ポーッとしている愛理ちゃんと、ソワソワしている梨沙子ちゃんを
チラリと見てちょっぴりおそろしくなった。まさに生粋のセレブ。とかいって。

「あぁ、また胃がキリキリしてきた」
「もう、りーちゃんが緊張してどうすんの?」

尋常じゃない梨沙子ちゃんのソワソワぶりに、矢島くんはピンとくる。
彼女の手には真っ赤なリストバンドが握りしめられている。

きっと、好きな人が湾田高にいるのかもしれない。
そっかそっか。微笑ましくて、思わず頬がゆるんだ。
530 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:47

湾田高は、最初から劣勢だった。
しかし、あきらめずひた向きに戦っている彼らのことを、
矢島くんは一生懸命応援した。お嬢様がたは、静かに見守っていた。

「あ、夏焼先輩、フリースローみたいだよ」

え。矢島くんは、愛理ちゃんの言葉に反応する。
ファウルをされたらしい夏焼くんが、そのラインに立っていた。
湾田高の応援団が、みんないっせいに彼へ声援を送り始める。

「夏焼雅!!!」

どうしたもんか、今まで大人しかった梨沙子ちゃんが、
急に大声であいつのフルネームを叫んだので驚く矢島くん。
そして、そんな彼女の声が聞こえたのか、コートの中の夏焼くんが
こちらを一瞬見た気がしてちょっと驚く。
それから、あいつの手首についているリストバンドに気づいて、さらに驚く。

もしかして、梨沙子ちゃんのお相手って――。

なんてこった。
偶然も重なりすぎるとちょっと怖いな。矢島くんはそう思った。
531 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:48

最後の第4ピリオドも残り1分となった。
ベンチから試合を見つめていた桃子ちゃんは、
得点盤の縮まらない点差に、悔しくなって唇を噛む。

そして1分後、試合終了のブザーは、あっけなく鳴ってしまう。
勝った相手校はバンザイして大喜び。
対して湾田高は、みんな床に崩れ落ち、悔し涙をぽろりしている。

応援団は、自分たちに盛大な拍手を送ってくれている。
キャプテンに促された部員たちが、一列に並んで深々と礼をする。
もちろん、マネージャーの桃子ちゃんも一緒に頭を下げる。

顔を上げた瞬間、観客席の最前にいた、矢島くんと目が合った。
1_もずれずに視線がぶつかった。
ドキッと、なんて言葉じゃ軽すぎるほど、心臓が大きく跳ねる。
矢島くんはちょっと怖いくらい真剣な顔で、こちらを見つめていた。

せっかく今日わざわざ見に来てくれたのに。
また気を遣わせてしまう。でも、桃子ちゃんは、目を逸らせない。
少し遠い観客席から、ずっと見つめてくれている矢島くんから、
目を離すなんてできなかった。
532 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:48

解散は、一度学校へ戻ってからということで、
湾田高男子バスケ部の面々は、マイクロバスで湾田高へ。
いつもはバカ騒ぎばかりしているけれど、車内はさすがに静かだった。

桃子ちゃんは、バスから降りて、体育館へ向かう道の途中、
ひとりでとぼとぼ歩いている夏焼くんを見つけた。

「おつかれ」
「あ、おつかれ」

試合に負けたのだ。元気がないのはしょうがない。
何にも言わずに、桃子ちゃんは夏焼くんと並んで歩く。

「そういえば」ふいに、夏焼くんが思い出したように言った。
「カレシ、来てたね」
「うん。っていうかカレシじゃないよ、元・カレシ」
「そっか」
「そうだよ」
それ以外の何物でもないよ。桃子ちゃんはキッパリと言い切る。

しかし、彼女の本心は言葉とは裏腹だ。
さっきの矢島くんのまっすぐな眼差しを思い出すと、
また胸がドキドキしてきて、苦しくなった。
533 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:48

ブーブー

体育館に入る直前、携帯電話が鳴った。
桃子ちゃんはその場に立ち止まって、確認する。
なんだか、予感がしたのだ。そしてそれは的中する。

矢島くんからのメールだった。
”今からあの公園で会えない?”という内容の。

「ツグさん、コーチの話、始まっちゃうよ」
「う、うん」

今すぐ返事を打つわけにもいかなかった桃子ちゃんは、
集合していた部員たちの輪の中に慌てて入って行った。
534 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:49


「さむっ」

両手を擦り合わせながら、矢島くんは呟いた。
日が暮れてしまうと、寒さが増す夕方。
吐く息は白く、すっかり冬だな。なんて思う。
それもそのはず、今年はもうあと数日しか残っていない。
早かったなあ。今年は特に早すぎた。

桃子ちゃんを紹介されたのは、今年の1月。
何度か会って、なぜかすぐに好きになって、告白したのは3月。
それから半年くらい付き合って、別れて、今はもう12月。
早すぎる。色々思い出して、ちょっと切なくなる矢島くん。

メールの返事は来ない。
返せない状況にいるのか、単に返さないだけか。
わからないから緊張する。ケータイを取り出して、見つめる。
来ないかな。桃子ちゃんからメール、来ないかな。

「舞美」

来た。って、メールじゃねえ!本人だった。
535 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:49
制服の上にコートを羽織った桃子ちゃんが、そこに立っていた。
間違いない。本人だ。矢島くんは慌てて立ち上がる。

「ごめん。遅くなっちゃった」
謝る彼女に、気にしないでと首を振る矢島くん。
「今日、試合見に来てくれてありがとう」
「いや」
「まぁ、負けちゃったけど」
「良い試合だったよ」
「うん」
なんだかとてもぎこちない会話だった。
沈黙がけっこう重たかった。

「急に呼び出して、ごめん」
「ううん」

ベンチに並んで座る。2人の間には微妙な距離があった。
きっとこれは、今の2人の心の距離でもあるのだ。
矢島くんはぎゅっと拳を握って、「あのさ」と切り出す。
536 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:50

「別れようかって言ったの、無しにできないかな」

横に少しずれて、彼女に近づく矢島くん。
彼女は呆然としながら矢島くんを見つめている。

「やっぱり、別れたくないんだ」

矢島くんはまっすぐ彼女を見つめ返す。
もう一度横にずれて、腕と腕がぶつかるくらい彼女に近づく。

「夏焼くんのことがまだ好きでもいい。ちょっとずつ、ぼくのこと
好きになってもらえたら、それでいいから。だから」

素直な気持ちを、そのまま彼女へ伝える。
離れた距離は、こっちからガーッと縮めてしまえばいい。
あれこれ考えてるだけじゃ、何も変わらない。

「もう1回、ぼくと付き合ってください」

やっぱり彼女は友達じゃ寂しいのだ。
彼女は特別な人で、誰よりも大切な人。
彼女を想うこの気持ちは、簡単に変わりそうもない。
537 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:50

しばらくの沈黙の後、桃子ちゃんは口を開いた。

「桃もね」

そして、少し笑った。

「おんなじこと、言おうと思ってた」
「え……ホントに?」
彼女は深くうなずいて、
「でも、舞美はどう思うだろうって考えるとちょっと怖かった。
言わないほうがいいのかなって、思ったりした。
でも、今の正直な気持ちだから、ちゃんと言いたかった」

ひと呼吸置いた彼女は、矢島くんを真剣なまなざしで見つめる。

「舞美のことが好き」

なんと。なんとなんと。
こんな展開、予想もしていなかった。
あまりのショックに、矢島くんはポカーンと口を開ける。
でもこれは悪いショックでなく良いショック。
バカみたいにガッツポーズで喜ぶくらいの、良い展開。
538 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:51


「桃と、もう1回付き合ってもらえますか?」

矢島くんは、「もちろんじゃないか」と答えて、さわやかに笑った。
それから桃子ちゃんのことをガッと抱き寄せて、大笑いしたとさ。

539 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:51

おわり


540 名前:彼女は友達 投稿日:2008/11/05(水) 22:52

Σ从*` ロ´)<主役なのに存在すっかり忘れられとる!!!
从*・ 。.・)<悲しいけどこれが現実なの

541 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/11/05(水) 22:59
>>493さん
矢島くんの恋はこれで決着です!!!

>>494さん
どんどん叫んじゃってください!!!

>>495さん
ちょwwwwwwwwwwwwwwwwww
それ何年後?wwwwwwwwwwwwwwww

>>496 重ピン
熊井ちょーの存在もすっかり忘れてた…
申し訳ないです…
マジで登場人物多すぎる…

>>497さん
(0´∀`)<うん!絵里たん!

>>498さん
ありがとうございます
私も半ば強行突破みたいな感じで始めたので
最初はどうなるか怖かったですが
とりあえずなんとかなったのでよかったです

>>499さん
それはよかった!私もベリキュー大好きです!

>>500さん
よしあいで500ゲット逃した…
でも吉ガキだから許す!

>>501さん
よしガキ!よしガキ!

>>502さん
それは素晴らしい
今後のためにメモしときます
542 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/11/05(水) 23:08
         (((((ノノ
        (/´´"゚ 彡   
       ノノl∂_∂'ル <水板に行くよりさこ バリバリ飛ばしていくよ!!
     ⊂/\__〕 ヽ  
      /丶  ◎  |Σノ
      / //7ゝ〇 ノ\   
    (_///⌒ )ノ/___)   ☆ノノハヽ <こ、こわいゆ〜
    ///  ///ノ  (>=◎州*;‘ -‘リ  (´⌒(´⌒;;
     |/  ///    /_./ 〉 ⊂_ノ`  (´⌒(´≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡⌒;; 
    /  //     〈/ )/__ノ,ミ ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
    ヽ_ノ       (_/^´  (´⌒(´⌒;;
543 名前:名無しさん 投稿日:2008/11/05(水) 23:31
サイコーですね(^O^)
ガキカメカップルもラブAだし\(≧▽≦)丿相変わらずよしあいも仲よさげで(^o^)/みんな仲良しですね(^O^)
次の話しも期待してますね!
544 名前:名無しさん 投稿日:2008/11/05(水) 23:31
サイコーですね(^O^)
ガキカメカップルもラブAだし\(≧▽≦)丿相変わらずよしあいも仲よさげで(^o^)/みんな仲良しですね(^O^)
次の話しも期待してますね!
545 名前:494 投稿日:2008/11/06(木) 00:13
大量更新御苦労さまです。

とりあえず、叫んでます。
(拳を突き上げて)「やじもも ダーーッ!!」
546 名前:何無飼育さん 投稿日:2008/11/06(木) 03:43
ochi
547 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 00:48
桃ちゃんは次の話でキャプテンとくっ付くかなと予想してましたが、是非ともこのまま行っちゃってください。
どうせなら、舞美ファンのねたみ・いじめにも負けず、愛を貫き通すくらいでお願いします。

今後も二人には、いっぱい登場してほしいですので。
548 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 08:44
キャプテンの登場を地味に楽しみにしていますが・・・
549 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 20:48
更新お疲れ様です!
やじももは今度は幸せになれそうで良かったです。
個人的にはよしあいの今後も気になるんですが・・・
結婚式のお話など書かれる予定はあるんですかね?

どちらにしても次回を楽しみに待っています!!
550 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/07(金) 22:10
川*’ー’)<やっぱりひーちゃんは絵里のことが好きなんやね…
551 名前:(0´∀`)人(’ー’*川 投稿日:2008/11/16(日) 23:55

>>543-544さん
ありがとうございます\(≧▽≦)丿
水板で次の話を書き始めたのでぜひどうぞ(^O^)

>>545 494のやじももヲタさん
ダーーッ!!!!!!!!!
これからもよろしくです

>>546さん
グッジョブです

>>547さん
そんな予想wwwwwwwwwwwwww
これからの展開も少なからず予想されると思いますけど
どんどん裏切っていきたいと思います

>>548さん
キャプテンは水板で華々しくデビューです

>>549さん
ありがとうございます!
よしあいの今後を気にしてくれて私はうれしいです
予定はまだ未定です
次回もよろしくお願いします

>>550さん
从*^ー^)<そうですよ?
( ・e・)<おまえが言うな




無謀にも次スレを水板に立てちゃいました。タイトルは「彼女の革命」です
1000レス目指してがんばるのでお暇があればぜひお読みになってください


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