エスパー舞美
1 名前:1 投稿日:2007/12/05(水) 00:07
「キュートォー!」
「えりか!」
「舞美!」
「早貴!」
「愛理!」
「千聖!」
「まい!」
「栞菜!」
「7人そろってぇー」
「はじける」
「ぞぉーい!」
2 名前:1 投稿日:2007/12/05(水) 00:09
 ステージへ向かう途中、通路の真ん中に円陣を組み、叫んだ。7人で、本番前に必ず行う儀式。円の真ん中に手を重ね、1人ずつ名前を言い、最後に7人そろって「はじけるぞい」と気合を入れる。これは栞菜が入る前の7人時代からやってる、それなりに歴史ある、由緒ある、伝統、何ていうのかわからないけど、そんな感じのものだ。栞菜が入って8人になったときも、めぐが抜けて7人に戻ったいまも、変わらずにあった。
3 名前:1 投稿日:2007/12/05(水) 00:11
 めぐを思い出したのはナッキーのせい。「舞美」のあとの「早貴」が一瞬、誰も気づかないような間だったけど、遅れたせいだ。「めぐみ」の「め」ぐらいしか入らないような間だったけれど、それで思い出した。めぐのこと。大きな目、几帳面な性格、愛と書いてめぐみ。
4 名前:1 投稿日:2007/12/05(水) 00:13
 やっぱり私だけなのか。誰もナッキーのつくった一瞬の間に気づいた素振りを見せない。当のナッキーは「緊張するー」と言いながら、ストレッチなんか始めている。えりかちゃんはナッキー以上に緊張している。
「どうしよーどうしよーねえ、始まっちゃうの?」
 栞菜がえりかちゃんの肩を抱いて「大丈夫」と勇気づける。
「みんながついてるから」
 見慣れた光景だった。気合入れのあとはいつもこうなる。まいちゃんと千聖は、控え室ではしゃぎすぎたせいか、ずいぶんとおとなしくなっていた。私は呼吸を整える。集中しなければ。めぐのことを考えてる場合じゃない。
5 名前:1 投稿日:2007/12/05(水) 00:15
 ところで、栞菜は身長、追いついたんだろうか。めぐに。1年前、キュートの日に宣言してたことを思い出した。ぜったい追い抜くと栞菜は言ったけど、そうなる前にめぐはいなくなってしまった。
 めぐがやめて、そろそろ1年が経つ。メンバーの間でめぐの名前が出ることはなくなり、まいちゃんの身長は千聖と変わらないくらいに伸びて、私の身長はどうやら落ち着いたみたいだけど、何が起こるか、先のことはわからないから、わからない。
6 名前:1 投稿日:2007/12/05(水) 00:17
 まためぐのことを考えてる。考えないようにしようとしたら、考えてしまう。だったらいっそ、今日はそういう日だと割り切ってしまおうか。客席にめぐがいると思って歌おうか。めぐのために踊ろうか、とか言って。
 めぐは私たちのこと、思い出したりするだろうか。私たちが出てるテレビを見たり、雑誌を読んだりするだろうか。CD買ったり、私がめぐだったら、しないかもしれない。
「愛理」
 肩を叩かれて我に返った。
「行くよ」
 舞美ちゃんが私の手を引き、ステージと逆のほうへ向かう。「そっちじゃないよ」と言う私の声は、まるっきり届いていない。
7 名前:1 投稿日:2007/12/12(水) 19:11
 ときどき、舞美ちゃんの頭の中をのぞいてみたくなる。私には見えないものが舞美ちゃんには見えてるのかもしれない、そう思うときがある。舞美ちゃんは控え室のドアを開ける。
「中止になるかもしれないんですか?」
 えりかちゃんの声が聞こえる。中をのぞくと、ドア脇にえりかちゃんとマネージャーさんが立っていた。奥のほうで千聖とまいちゃんがじゃれ合っている。
「どうしたの?」
 状況がつかめず、舞美ちゃんに訊ねた。
「何が?」
 廊下を走ってきたスタッフさんが私にぶつかり、「すいません」と頭を下げ、ステージのほうへ走っていった。
「大丈夫?」
「うん」
 どちらかというと、舞美ちゃんにつかまれてる腕のほうが痛い。
8 名前:1 投稿日:2007/12/12(水) 19:13
 舞美ちゃんは笑いながら部屋の中に入った。私も入ってドアを閉める。時計の針は開演予定の時刻をさしている。「みんな何でここにいるの?」と言おうとしたら、あくびが出た。舞美ちゃんがスタッキングチェアに座り、足を組もうとしてテーブルに膝をぶつける。マネージャーさんが携帯をいじりながら外に出て、控え室はキュート7人だけになった。
 私はせき払いをする。「ライブはどうなったの?」と言おうとしたら、ナッキーがタイミングを合わせたようにくしゃみをした。かわいいのが3回あって、私は沈黙する。
「救急車、着いたかな」
 ナッキーが窓の外を眺めながらつぶやいた。千聖が「まだじゃない?」と言い、まいちゃんが「呼んだの?」と訊く。私が「何かあったの?」と言おうとしたら、えりかちゃんがしゃべり出した。
「こういうとこって、救急車とかって待機してるもんじゃないの? 何かあったときのために。万一に備えて」
 時計の針が音を立てずに進む。誰も何も言わず、静寂が部屋を包んだ。
9 名前:1 投稿日:2007/12/12(水) 19:15
「まあ、でも、まだ中止って決まったわけじゃないしね」
 ナッキーが沈黙を破るように口を開く。「そうだよねー」と千聖が続く。
「それよりも問題は、どんな体勢で落ちたのか、だよね」
「そこなの? そこじゃないでしょ」
 えりかちゃんがすかさず千聖のボケ(たぶんそう)にツッコミを入れる。「そうそう」とまいちゃんが乗る。
「自分から落ちたのか、それとも誰かに突き落とされのか、そこが問題」
「そうだよ。さすが名探偵、明智シャーロックまいちゃん」
 えりかちゃんがまいちゃんの肩をもんで言うと、まいちゃんは「そんなあなたは三枝豆えりかさん」と返した。いつかのコントの役名で呼び合う2人を、舞美ちゃんがうれしそうに携帯で撮っている。
「ほら、愛理もこっち向いて」
10 名前:1 投稿日:2007/12/12(水) 19:17
 何が何だかわからない。私はカメラに向かい、ピースサインを送った。
「ところでさー、何があったの?」
 さらっと軽く言ったとこ、みんなの視線が集まった。「何を言ってるんだ、おすず」とでも言いたげな目が、私を突き刺す。
「ちがうのちがうの」
 何て言えばいいのかわからなくなり、ただ、そう繰り返す。ちがうんだって。
「ちがうんだってばー」
「ドンマイ」
 舞美ちゃんが私の肩をポンと叩く。それがまた、痛い。
11 名前:1 投稿日:2007/12/12(水) 19:19
「ヲタが2階から落ちたのよ」
 栞菜が私の耳元でささやいた。ヲタが? 2階から? 落ちた? 
「お客さんが?」
「通路に落ちたから、他にケガ人はなかったみたい」
「2階席から落ちたの?」
 栞菜はうなずいた。そんなことってあるんだろうか。何メートルあるのかわからないけど、そんなとこから落ちて無事にすむはずがない。血とか流れて、命に関わるかもしれない。
「それって大事件だよー」
 まいちゃんが「そうかもね」と言う。そのわりに、みんな落ち着いてる。私だけが慌てている。いま知ったからというのもあるかもしれないけど、それにしても、まあ、何だろう。栞菜が天井を見つめている。
「誰ヲタだったのかな」
 もしこれで、ライブが中止にでもなったりしたら、いや、そんなことを考えるのはよそう。他のことを、そうだ、めぐのことを考えよう。落ちたのがめぐだったら、とかそんなことあるわけない。
「中止になったらどうしよー」
 えりかちゃんが舞美ちゃんに泣きついた。
「大丈夫、何とかなるさ」
 舞美ちゃんはにっこり笑い、自信たっぷりに言う。いつものように。根拠もなく言うのが、実に舞美ちゃんらしい。
12 名前:1 投稿日:2007/12/18(火) 23:18
 しっかりしてて、面倒見がよくて、天然なとこもあるけど、頼れる存在。めぐがやめたときもそうだった。突然のことに動揺する私たちを、舞美ちゃんは勇気づけ、引っ張ってくれた。舞美ちゃんがキュートのリーダーで本当によかったと思う。舞美ちゃんがいなかったら今の私たちはなかったかもしれない。単独でツアーやったり、チャートの上位に入ったりするようなグループにはなれなかったかもしれない。もちろん、メンバーそれぞれの力も大きかっただろうけど、特に私の歌唱力なんかが。
「愛理」
 肩を叩かれる。私は慌ててなんちゃってーのポーズをとる。
「トイレ行かない?」
 栞菜が私の手を握る。ぎゅっとしたあと、指を絡める。
「私さっき行ったよー」
「じゃあ、私と行く?」
 舞美ちゃんが栞菜の背後から声をかける。栞菜はうれしそうに振り向くと、私の手を放し、舞美ちゃんの腕をとった。私はふーと息を吐き、2人が部屋を出たのを見届け、鏡の前に座った。
13 名前:1 投稿日:2007/12/18(火) 23:20
 集中しようと目を閉じる。いつ来るかわからない出番を待つ。いいぐあいに緊張感を高めて、ステージに立ちたい。プロとして、最高のパフォーマンスを提供するのだ、とか言って。
「また鏡見てんの?」
 目を開けると、まいちゃんが背後に立っていた。
「見てないよ」
「見てるじゃん」
 まいちゃんの腕が、私の首にまわる。細くやわらかいこの腕だったら、絞められたとしても、たぶん平気。
「とか思う」
「は?」
「本番前の最終チェックだよ」
 前髪に触れ、鏡越しにまいちゃんを見つめる。時間は止まらない。
「中止になるかもよ」
「ならないよ」
14 名前:1 投稿日:2007/12/18(火) 23:22
 まいちゃんが離れ、ナッキーがやって来る。ナッキーは柿の種を持っている。袋には「柿ピー」と書かれてるけど、ピーナッツは見事になくなっている。
「食べる?」
「食べないよー」
 見ただけで、のどが渇いた。私はバッグからペットボトルを出す。飲みかけにしておいた水が、いい感じにぬるくなっていた。
「ケッケッケ」
 ついでに携帯プレーヤーも出す。飲みながら、イヤホンを着ける。先週だけでも100回は聴いただろう新曲を流し、口ずさむ。リズムをとりつつ、また、鏡に向かう。
15 名前:1 投稿日:2007/12/18(火) 23:24
 鏡の中には、いつの間に戻ったのか、栞菜がいた。えりかちゃんと変顔対決している。マネージャーさんもいる。「他にやるべきことあるでしょ」とか言いそうなナッキーの影はない。千聖がイスにもたれ、天井を仰いでいる、と思ったら、手足をばたつかせる。何か、叫んでいるようだ。イヤホンで聞こえないけど、たぶん、「落ちるー」と言っている。まいちゃんが駆け寄って、千聖(イス)を支える。私は舞美ちゃんを探す。鏡の中にはいない。振り向いて、部屋を見まわす。
 舞美ちゃんは隣にいた。ナッキーもいた。舞美ちゃんはナッキーに、ナッキーの口に、柿の種を流し込んでいた。
16 名前:2 投稿日:2008/01/01(火) 00:00
 舞美ちゃんの手から、携帯が落ちる。
「何これ?」
 私の膝をかすめる。
「ちょっと待って、え? 何これ?」
 真新しい携帯が、私の足元に転がる。きのう買ったばかりって、「まだ1度も落としてないんだ」って、舞美ちゃん、ついさっき、すごいうれしそうに、すごい笑顔で言ったくせに。言ってから、5分も経ってないのに。
「どうしたの?」
「何? ちょっとこれ何?」
「どうしたの?」
「だって今、みんな楽屋で、そう、みんなは? 私、柿の種、あれ、ちょっと髪それ愛理、何? え、衣装は? て言うか私も着てない」
 舞美ちゃんが壊れた。いや、いつもどこか飛んでる感じだけど、でも、ちょっとこれは、何かいつもとちがうかもしれない。
17 名前:2 投稿日:2008/01/01(火) 00:02
 私は携帯を拾う。やっぱり傷が入っている。鮮やかなピンクが見事に台なしだ。
「ねえ、ちょっと、愛理」
「ん?」
「何これ?」
「何が?」
「これ、どうしたの?」
「だから何が?」
 舞美ちゃんは立ち上がる。何をするかと思ったら、ドアを叩き始めた。
「だってこれ、変でしょ?」
 変だ。舞美ちゃんが、変だ。
「これって観覧車じゃん」
「そうだよ」
 当たり前じゃないか。何を言ってるんだ。暴れるな。
「何で観覧車に乗ってんの?」
 舞美ちゃんが乗りたいって言ったからじゃないか。何を言ってるんだ。
「とりあえず落ち着こうよ」
「いや、落ち着かない」
 舞美ちゃんはなおもドアを叩く。蹴ったりもする。ゴンドラは揺れる。どうしよう。降りたい。でも、まだ、始まったとこで、上昇、逃げられないし、閉じ込められて、狭い箱に2人、どうしよう。
18 名前:2 投稿日:2008/01/01(火) 00:04
「はい」
 舞美ちゃんに携帯を渡す。
「何?」
「景色、撮るんでしょ?」
「え?」
 舞美ちゃんは眉をひそめ、私を凝視する。「それどころじゃない」とでも言うのだろうか。そしたら私は何て返そう。舞美ちゃんは私の向かいにまわり、腰を下ろした。もしかして、距離をとった? そっちから? まあいいけど、狭いから1メートルも離れてないけど、何かくやしい。
「これ、愛理の?」
 舞美ちゃんが携帯を見つめて言う。また、何を言ってるんだ。
「舞美ちゃんのだよ」
 きのう買ったって、仕事が終わってめぐと2人で買いに行ったって、さっき舞美ちゃん言ったじゃないか。
「違う。私のは、これよりいっこ古いやつだし」
「え?」
「色も違う」
19 名前:2 投稿日:2008/01/01(火) 00:06
 記憶喪失。そうだ。ひょっとしたら記憶喪失なのかもしれない、舞美ちゃん、綺麗な指で携帯の傷なんか触って。でも、おかしくなったのは観覧車に乗ってからだ。ここでそうなるような何か、頭をぶつけたりとかそんなことはなかったはず、とすると、何だろう。テンション上がりすぎて、おかしくなったんだろうか。
「愛理、何か変」
 変な人に変と言われた。でもしょうがない。私はやさしく微笑む。舞美ちゃんは記憶喪失なのだ。そうだそうだ。
「そうだー」
 どこまで覚えてるんだろう。
「きのう携帯買ったことは、覚えてないんだよね?」
「え?」
「それ」
 舞美ちゃんが握ってる携帯を指す。
「これ? 誰が買ったの?」
20 名前:2 投稿日:2008/01/01(火) 00:08
 きのうのことは忘れているようだ。でも、まあ、それはよくあることだ。
「じゃあ、遊園地行きたいって言ったことは覚えてる?」
「誰が?」
「舞美ちゃんが」
「言ってない言ってない」
 言ったじゃないか。金曜だったから、おとといか、「今度の休み、キュートのみんなで遊園地行こうよ」っていつもみたいな感じで言うから、その場限りで消える話かと思ったら、今朝、電話があって「9時集合」とか言って、私、本当に慌てて家出たんだよ。
「そんなの知らないから」
21 名前:2 投稿日:2008/01/01(火) 00:10
 おとといの記憶も飛んでるみたいだ。舞美ちゃんは携帯をいじり出した。それじゃあ、攻め方を変えてみよう。
「あなたの名前は何ですか?」
「は? 何? やっぱ愛理おかしいって」
 私が「愛理」ってことはわかってるようだ。そういえば、携帯が落ちてからも、「愛理」って呼んでたかもしれない。
「では、次の質問です」
「ちょっと待ってよ」
「あなたの誕生日はいつですか?」
「2月7日」
 舞美ちゃんは即答した。でも、それが果たして正解なのか、どうなのか。私にはわからないじゃないか、と訊いてから思った。でもとりあえず「正解」と言う。
「ちょっと、愛理あやしい」
「いや、2月生まれってことはわかってるよ。まいちゃんと同じ日だよね?」
「ナッキーとは2日違い」
「え?」
 ナッキー。早貴ちゃんか。ナカサキちゃん。ナッキー。ひさしぶりに名前聞いた。1年ぶりくらいに聞いたかもしれない。でも、まだ早貴ちゃんがやめてから1年経ってないか。
「だったよね」
 懐かしい。でもここで、まさかのナッキー。舞美ちゃんの口から早貴ちゃんの名前が出るなんて思わなかった。きのう今日の記憶は失くしても、昔の仲間の誕生日だけは忘れない、とか。何かいい話だ。
「感動だよね」
「何が?」
「元気かな、早貴ちゃん」
22 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/01/01(火) 03:42
不思議なお話しですね
次の更新楽しみにしています
23 名前:2 投稿日:2008/01/12(土) 23:43
 舞美ちゃんがまた、ドアを叩く。ドドン、ドンと。平手で。
「ねえ、この観覧車、ちゃんと動いてんの?」
 私は慌ててその手を止める。
「動いてるよ動いてるから」
 万が一でもドアが開いたらどうする気だ。まさか、飛び降りるつもり? こんなとこから落ちたら死ぬよ? いくら舞美ちゃんでも。でも、記憶喪失中だし、舞美ちゃんならやりかねない。どうしよう。私は動揺する。どうするどうする。
「どうしようどうしよう」
 舞美ちゃんが「どうしたの?」と言う。私はどうしたらいいんだろう。本当に。観覧車よ、早く、まわれ。
24 名前:2 投稿日:2008/01/12(土) 23:44
「でも、中止かな」
 舞美ちゃんが携帯に目を落とし、つぶやいた。
「もう、走ってもたぶん間に合わないし」
「中止? 何が?」
「ライブに決まってんじゃん」
 私の問いに、舞美ちゃんは呆れたような顔で答えた。
「誰の?」
「私たちのに決まってんじゃん」
25 名前:2 投稿日:2008/01/12(土) 23:44
 私たちのライブ? いつの? 次のコンサートの予定とか、まだ立ってないし。過去のライブのことを言ってるんだろうか。もしかして。
「あ」
 そのライブの本番直前から、今日までの、観覧車に乗ったまでの記憶が飛んでるのかもしれない。なるほど。それで中止とか言ってるんだ。 
「ね、舞美ちゃん」
「ん?」
「今日は何月何日ですか?」
「は? 9月9日」
「何年の?」
「2007年?」
「正解」
 あってる。今日はそう、2007年9月9日、日曜日、晴れ、何であってるんだ。おかしいじゃないか。
「あ、愛理、携帯持ってないの?」
「持ってるよ」
 舞美ちゃんが、いつの間にか、隣に座っている。
「ならかけてよ」
「誰に?」
「マネージャーさん」
 顔がやたら近い。 
「何で?」
「私たちが観覧車に乗ってるってこと、知らせないと」
「え?」
 そんなこと知らせてどうするんだ。意味がわからない。でもやっぱり、舞美ちゃんは美人だ。
26 名前:2 投稿日:2008/01/22(火) 00:09
 舞美ちゃんの携帯が鳴る。
「わ」
 舞美ちゃんは驚いて、それを落としそうになる。
「びっくりした」
「メール?」
「そうみたい」
 舞美ちゃんは携帯を股に挟み、「どうしよう」と言った。
27 名前:2 投稿日:2008/01/22(火) 03:26
「見ないの?」
「見ていいのかな?」
 見ないといけないだろう、たぶん、普通に考えて。
「いいんじゃないの?」
「でもこれ、私のじゃないし」
 また言ってる。
「舞美ちゃんのだよ」
「ちがうって。私のはこれよりいっこ前のやつだし」
 こうなる前の舞美ちゃんを撮っておけばよかった。「きのう買ったんだー」って子供のようにはしゃぐ姿を、携帯に収めておけばよかった。
「あぁ」
 でも、他人の携帯(舞美ちゃんのだけど)を勝手に見ないって姿勢は、いいと思う。さすがリーダー。良識ある。
「でも」
 舞美ちゃんは股間から携帯を取り出した。ちょちょいと操作しメールを開く。私にも見えるよう傾ける。
「愛理がそこまで言うなら見るよ」
「え?」
 そこまで言ってないけど、何だ、「キュート最高!」ってタイトルが見える。
「めぐだ」
28 名前:2 投稿日:2008/01/22(火) 03:28
 舞美ちゃんの手から、携帯が落ちる。
「ちょっと何やってんの」
 私の足元に転がって、たぶんまた、傷が入った。
「めぐ?」
「え?」
「めぐって、あのめぐ?」
「あのめぐだよ」
 歌がうまくてダンスも切れる、怒るとこわくて目が大きい。
「あのめぐ」
 携帯を拾い、舞美ちゃんの手に戻す。
「どういうこと?」
「え?」
「今日はホントごめん。今度は絶対行くから」
 舞美ちゃんが噛まずにメールを読んだ。
「どういうことって」
 そのままじゃないか。
「これ誰の携帯?」
「舞美ちゃんのだよ」
「めぐが私たちのライブに来るの?」
 また、わからないことを言う。舞美ちゃんは携帯を膝に置いた。「わけわかんない!」と叫び、私の膝を打つ。
29 名前:2 投稿日:2008/01/22(火) 03:29
「わかった、じゃあ説明するよ。えっと」
 そう、私はなだめるように言う。
「今日は2007年9月9日です。日曜日です。終日オフです」
「え?」
「ということで、キュートみんなで遊園地に来ています」
 舞美ちゃんが発起人であることは、とりあえず伏せておく。
「でも、めぐは他に何か用事があるらしく、来てません」
「は?」
「それで今、メールが届きました。それがこれです」
 舞美ちゃんの膝から携帯を取る。メールは開かれたままだ。
「今日はホントごめん」
「ねえ」
「今度は絶対行くから」
「愛理」
「キュート最高!」
「ねえって」
30 名前:2 投稿日:2008/01/22(火) 03:30
 舞美ちゃんの顔が迫る。私の目に、まっすぐに。景色も何も、見えなくなる。
「今日は9月9日でしょ?」
 私はうなずく。
「ツアー初日だよね?」
「え?」
「私たち、楽屋で待機してたじゃん」
 そんな夢でも見てたんじゃないのか、舞美ちゃん、でも、寝てなかったし。
「もしかして、これ夢なの?」
 舞美ちゃんはそう言って私の頬をつねった。
「い痛いよ」
 夢じゃない。
31 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/04(月) 18:24
そうかそういうことか
ワクテカ
32 名前:2 投稿日:2008/02/06(水) 21:20
「ねえ」
「何?」
「この観覧車、止まってるんじゃない?」
 また何か言ってる。真顔でドアをノックする舞美ちゃん。何か、同じとこをぐるぐるまわってるような気がする。何か、もう、返事するのやめよう。
「ねえ愛理」
 地上に降りるまで我慢しよう。ここを出たらみんなのとこに走ろう。追いかけられても走って、追いつかれても逃げて、5対1になろう。
「みんなも来てるの?」
「え?」
 何? 見抜かれた? 頭の中、のぞかれた? 舞美ちゃんってエスパー? 
「さっき言ってたでしょ?」
「あ」
「他のに乗ってんの?」
「ほか」
 舞美ちゃんはおもむろに腰を上げ、窓に張りついた。後続のゴンドラをのぞく姿が、何か、バカみたいだ。
33 名前:2 投稿日:2008/02/06(水) 21:21
「見えない」
「あ、みんなはあっち、たぶんジェットコースターに乗ってる」
 たぶんだけど、たぶん乗ってる。
「えりも?」
 私はうなずく。
「無理やり乗せられてると思う」
「え?」
「おそらく、まいちゃんと千聖に」
 2人ともだけど、まいちゃんが特に張りきっていた。朝から、そう、電車に乗ってるときも、バスの中でも言っていた。「えりかちゃんに苦手を克服させる」って、目を輝かせながら。
「栞菜は?」
「栞菜もつきあって乗ってるかも」
「ナッキーも?」
「ナッキー?」
34 名前:2 投稿日:2008/02/13(水) 23:39
 早貴ちゃんか。「ナッキー」って聞いても、すぐには顔が浮かばない。そういえば、早貴ちゃんもジェットコースターが苦手だった。みかんが好きだった。フラフープが得意で、声がかわいくて、負けず嫌いだった。
35 名前:2 投稿日:2008/02/14(木) 21:39
「早貴ちゃんは、いないよ」
「何で?」
 何で? 
「何でって、メンバーじゃないから、じゃないの?」
 早貴ちゃんが脱退して以来、舞美ちゃんが早貴ちゃんの名前を口にしたことは、私の知る限りでは、1度もなかった。それなのにこれ、数分の間に2度もって、どういうことだ。
「メンバーじゃない? ナッキーが?」
「そう、じゃないの?」
36 名前:2 投稿日:2008/02/14(木) 21:49
 キュートは7人。いつも、舞美ちゃんが言ってた。ことさら強調して。いろんな場面で、何か思うところがあって言ってたのか、何も考えずに言ってたのか、わからないけど、私たちはそんな舞美ちゃんについてきた。早貴ちゃんがいた過去を振り返ることなく、ここまできたのだ。それをいまさら、何だ。
「キュートは8人、とでも言うつもりなの?」
37 名前:2 投稿日:2008/02/15(金) 16:04
「え? 7人でしょ?」
 舞美ちゃんは指を折って数えだした。
「えりか、舞美、早貴、愛理、千聖、まい、栞菜、7人そろってはじけるぞい」
「ん?」
 何かおかしい。
「もう1回言って」
「えりか、舞美、早貴、愛理、千聖、まい、栞菜」
 めぐがいない。
「7人そろってはじけるぞい」
38 名前:2 投稿日:2008/03/03(月) 22:18
「めぐは?」
「めぐ?」
「めぐみちゃん」
 舞美ちゃんの手に携帯を戻す。
「忘れたの?」
 そうならそうと言ってくれればいいのに。最初から説明するのに。どこが最初かわからないけど。携帯の傷が光ってる。
「さっき、気合入れのとき」
「ん?」
「私の次、ナッキーがちょっと遅れたの、わかった?」 
 また何か言いだした。
39 名前:2 投稿日:2008/03/03(月) 22:19
「それで思い出したの」
「何を?」
「めぐを」
 携帯を握り締め、舞美ちゃんは微笑んだ。
「何かもう、ずいぶん前のことって気がしない?」
「何が?」
「でもまだ1年経ってないんだよ」
 1年経ってない? 何が?
「何の話?」
 何を言ってるのかわからない。
「めぐがやめてから」
「は?」
 めぐがやめた? 何を? 何を言ってるんだろう、舞美ちゃんは、何を。
「めぐが何をやめたの?」
「愛理はさ」
「何?」
「よかったと思う?」
「何が?」
「めぐがキュートをやめて」
40 名前:2 投稿日:2008/03/03(月) 22:20
 めぐが? キュートをやめた?
「何言ってんの?」
 まじめな顔でそんなこと言われても困る。困るし、笑っちゃう。
「フフフフ」
「何その笑い?」
「だっておかしいもん」
 めぐがいないキュートとか想像できないし。やっぱりめぐはキュートの象徴っていうか、何ていうか、私もそうだけど、舞美ちゃんだってそうじゃないか。象徴っていったら、まいちゃんもそうかも。えりかちゃんだって、千聖だって栞菜だって、まあ、うん。
「やめたのは早貴ちゃんだよ」
「え?」
 記憶喪失だか何だか知らないけど、私は事実を突きつける。キュートをやめたのは早貴ちゃん。これは紛れもない事実。
41 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/07(金) 02:22
キュートよく知らないけど、これは面白い
42 名前:2 投稿日:2008/03/19(水) 08:12
「ナッキー?」
「そうだよ」
「めぐでしょ?」
「ちがうよ」
「何? 愛理、もしかして記憶喪失?」
「それ」
 舞美ちゃんの携帯を指す。
「何?」
「きのう舞美ちゃんが買った携帯」
 さっきから何度も言ってるけど、また言ってみる。まわってる。
「めぐといっしょに買いに行ったって、2時間くらい迷って結局めぐが選ばなかったほうを買ったって」
「え?」
「舞美ちゃんが言ってた」
 これに乗る前、待ちの列の最後尾で、すごい笑顔で言ってた。忘れたとは言わせない。
43 名前:2 投稿日:2008/03/19(水) 08:19
「言ってない」
 そう言って舞美ちゃんは私の腕をつかんだ。すごい力で。すごい力で。
「私のは、もっといっぱい傷入ってるし」
 爪が食いこむ。また携帯が落ちる。
「それに、めぐとはあれ以来会ってないし」
「あれ以来?」
「脱退以来」
 それを言うなら私だって、あれ以来、早貴ちゃんと会ってない。電話もメールもしてない。
「えりか舞美めぐみ愛理千聖まい栞菜」
 一息に言う。
「何?」
「カッパッパーカッパッパー」
「どうしたの?」
 平行してる。私たちは決して交わることのない2つの線だ。
「ねえ愛理」
 平行が平行を呼ぶ。平行に次ぐ平行。
「平行に告ぐ! 我々は完全に平行している!」
「愛理って」
 遠い星から来た人が、私の名前を呼んでいる。遠い遠い星の人。その星にはナッキーがいて、メーグルはいない。みかん星。平行線。
44 名前:2 投稿日:2008/03/19(水) 08:22
「あ」
「何?」
 突如として霧が晴れる。
「パラレルワールドだ」
「パレルモ?」
「うん」
「何それ?」
「パラレルワールド」
 並行世界。小説とか映画によくあるあれ。私は携帯を拾う。
「パラレルワールドだ」
「だから何それ?」
45 名前:2 投稿日:2008/03/19(水) 08:27
「つまり、舞美ちゃんは、今私と話してる舞美ちゃんは、この世界の舞美ちゃんじゃないんだよ」
「え?」
「この世界と並行してる世界の舞美ちゃんなんだよ」
「何? わかんない」
「えっと、わかりやすく言うと、何て言ったらいいのかな、あー、この世界、今私たちがいるこの世界をAとします。A世界のキュートには早貴ちゃんは、ナッキーはいません。早貴ちゃんはキュートのメンバーではありません」
「は?」
「去年のえー、10月にやめました。脱退しました。そして、めぐがいないというキュート、が存在する世界、これをBとします。今ここにいる舞美ちゃんは、その、B世界の舞美ちゃんなんです。B世界の舞美ちゃんがどういうわけかA世界に迷いこんでるんです。どういうわけか」
「ちょっと待って」
 舞美ちゃんは両手で耳をふさいだ。
「うん」
 私も一息入れる。わかりやすく説明してるつもりだけど、舞美ちゃんにはちょっと、難しいかもしれない。わからないかもしれない。何を言ってるのか、私もよくわからない。
46 名前:2 投稿日:2008/04/06(日) 06:13
「ここはA、私はBから来た」
 舞美ちゃんがつぶやく。そのとおりと私はうなずく。わかってるじゃないか。
「だから舞美ちゃんが言ってたライブ、これからライブだっていうのも夢じゃないんだよ。現実にあるんだよ」
「何で?」
 舞美ちゃんは顔をしかめる。
「何でこっちがAなの?」
「え?」
「私たちのほうがAじゃないの?」
「あー」
 そこか。
「べつにどっちがAでもいいんだよ。こっちがBでもいいし。何でもいいんだよ。AとBじゃなくても、XとYでもいいし。ハートとダイヤでも」
「BとCでも?」
「うん」
「じゃあ私たちの世界が1でこっちが2ね」 
「え?」
 舞美ちゃんの「私たち」には私も含まれてるんだろうか。そんな響きなんだけど。私はそっちの世界の私じゃないんだけど、とりあえず笑っとく。
47 名前:2 投稿日:2008/04/06(日) 06:14
「まあ、そういうことで」
 話を進める。
「何か質問とかある?」
「じゃあ、今1はどうなってんの?」
「いち?」
「私たちの世界」
「あー」
 めぐがいないキュートがこれからライブを行う世界。
「どうなってるんだろうね」
「わかんないの?」
「わかんないよ」
 舞美ちゃんはわかりやすく肩を落とした。そして深いため息をついた。
「もしかしたら私、今、楽屋で倒れてるかもしれない」
48 名前:2 投稿日:2008/04/06(日) 06:15
「え?」
「魂が抜けたみたいになってるかもしれない」
「魂が抜けたの?」
「そうじゃないの?」
「魂って何?」
「え?」
「これって、1の舞美ちゃんの魂が2の舞美ちゃんの身体に宿ってるってことになるのかな。じゃあ、2の舞美ちゃんの魂はどこに行ったの?」 
「え? わかんない。ちょっと何?」
「ほんと、どうなってるんだろうね」
「わかんないの?」
「わかんないよ」
 わかんない。何もわからない。だから面白い。この世は不思議で満ちている。カッパだって、いないとは言い切れないのだ。
49 名前:2 投稿日:2008/04/06(日) 06:16
「ねえ、1に戻るにはどうしたらいいのかな?」
「うわかんないよ」
「ちょっと愛理頭いいんだから考えてよ」
 額に汗を浮かべてる。私を見つめる舞美ちゃん。何とかしてあげたいのはやまやまだけど、これは、どうすればいいんだろう。
「楽屋にいたんだよね? そこで何か起きなかった?」 
「何かって?」
「カミナリに打たれたとか」
「カミナリ?」
「何か、こっちに来るのにキッカケのようなものがあったんじゃないかって思うの」
「キッカケ?」
50 名前:2 投稿日:2008/04/06(日) 06:18
「私が観た映画では、その、主人公はカミナリに打たれたことで異世界に飛んだのね。だから1の舞美ちゃんの身にも何か、そんなようなことが起きたんじゃないかって、それでこっちの世界に飛んだんじゃないかなって」
「カミナリには打たれなかったと思う」
「その映画の主人公はラストでもう1回カミナリに打たれたの。それで元の世界に戻ることができたの。だから舞美ちゃんも」
「じゃあ私もカミナリに打たれたら戻れるんだ」
 そういうこと、じゃないだろう。カミナリは例えであって、まあ、そもそも楽屋にいてカミナリに打たれることはないだろう。
「楽屋にカミナリとか、普通落ちないし」
「落ちないかな?」
「落ちないと思う。あ、でも、まいちゃんと千聖がうるさくて、めぐのカミナリが落ちたとか」
「え?」
「フフフフ」
「え?」
 私の冗談に、舞美ちゃんは笑わない。ついてこれないのか、はたまた、いや、そうだ、1のキュートにめぐはいないんだった。そうだった。
「ねえ」
「ん?」
「めぐは何でやめたの?」
51 名前:2 投稿日:2008/04/17(木) 11:42
 私たちは見つめあった。たっぷりと、3秒くらい。
「何でやめたか?」
「うん」
「何で、そんなこと訊くの?」
「え?」
 だって、知りたいじゃないか。めぐがやめるとか、私たちの世界じゃありえないことだし、キュートはめぐでまわってる、って言ったらちょっと言いすぎかもしれないけど、リーダーの舞美ちゃんに失礼かもしれないけど、でも、やっぱりめぐの存在は大きいし、キュートがここまでこれたのも、めぐの力があってこそ、だと思う。まあでも、私の貢献度はもっとっていうか、計り知れないんだけど。
「学校に専念するって」
「え?」
「それでやめたの」
52 名前:2 投稿日:2008/04/17(木) 11:45
 学校に専念? 何それ?
「事務所もやめたの?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「引退ってこと?」
 またうなずく。
「ホントに? 何で? もったいない」
 何で? 普通の中学生になりたくて? あのめぐが? それとも歌手とはべつの何か、夢が見つかった? キュートをやめたらそれは叶うの? そんなものあるの? あんなに歌とダンスが好きで、才能あって努力もしてて、なのに? もったいない。
 舞美ちゃんはうつむく。
「本人が決めたことだから」
 最後まで生き残るタイプだと思ってた。キュートがいつか終わっても、めぐだけは歌いつづけると思ってたのに。いや、私だってまあ、歌いつづけるけれどもさー。
「何で? 舞美ちゃんは、とめなかったの?」
 バカな問い、と訊いてから思う。とめなかったはずがない。いろいろあったにちがいない。グループから脱退者が出たときの、あの、何て言えばいいかわからない感じを、私も経験してるのに。舞美ちゃんは忘れようとしてたかもしれない。もう忘れかけてたかもしれないのに。
「ごめんね」
「何が?」
 舞美ちゃんはやさしく微笑む。
「めぐはいつ、やめたの?」
「去年の10月」
 早貴ちゃんと同じだ。じゃあもうすぐで1年か。めぐ抜きで、1のキュートは大丈夫なんだろうか。まあ、私がいれば大丈夫だろうけど。ライブもやってるみたいだし。
53 名前:2 投稿日:2008/04/17(木) 13:34
「それよりカミナリだよ」
 話題を変える。めぐのことは、とりあえず忘れよう。
「カミナリが落ちた、みたいな感じの何か、なかったの?」
 でも、それにしても、めぐが自分からやめるなんて、やっぱりちょっと信じられない。もしかしたら、1と2では性格とか、微妙にちがうのかもしれない。
「何か?」
「何でもいいの。何か変わったこと、なかった?」
「ちょっと待って。えー変わったことでしょ? 変わったこと変わったこと」
「異世界への扉が開くような、スイッチのような、何か」
「何か何か何か何か」
 舞美ちゃんは繰り返す。何か、どっかの呪術師みたいに。
54 名前:2 投稿日:2008/04/17(木) 13:39
「そういえば舞美ちゃんさっき、気合入れがどうとか言ってなかった?」
 それでめぐを思い出してどうとか。
「そう、1回やったの気合入れ。本番ですって言われて、ステージに向かってたの私たち。そしたら、誰だったかな、栞菜か誰かが、気合入れしてないって言って、で、あーそうだってなって、したの。しょい」
「うん」
「そしたらそこにパーってスタッフさんが来て、ちょっと開演遅れますって」
「うん」
「何があったと思う?」
 身ぶりを交えて話す舞美ちゃんが面白い。
「何があったの?」
55 名前:2 投稿日:2008/04/17(木) 13:45
「ファンの人が落ちたの」
「え?」
「2階席から1人、1階の通路に」
「え?」
 2階から? 落ちた?
「お客さんが?」
「そう」
 何で? そんなことってあるの?
「え? それでどうしたの?」
「とりあえず楽屋に戻って、待機して」
「ちがう。そのお客さん」
「あー、えっと、たぶん救急車で運ばれたと思う。どうかな。わかんない」
 どうしてそんな、いったいどうして、何でそんなことが起こったんだろう。何をやってて、どんな体勢で落ちたんだろう。
56 名前:2 投稿日:2008/04/17(木) 13:47
「それだよ」
「何が?」
「それがカミナリだよ」
「え?」
 でも、それだったら、舞美ちゃんが1に戻るためにはもう1回、お客さんが落ちないといけない。いや、ん?
「待って」
 あれ? 何でお客さんが落ちたら舞美ちゃんが飛ぶんだろう。いやちがう。何だろう。えっと、何だろう。何か引っかかる。
57 名前:2 投稿日:2008/04/17(木) 13:51
「あ」
 そうか。いや、でも、えー、でも、そうかも。舞美ちゃんだけじゃないのかも。こっちに飛んだの。どうしよう。ここを出て、みんなが1の人になってたら、どうしよう。
「どうしたの?」
 どうしよう。私だけが2だったら。どうしよう。世界中のみんなが1になってたら。
「あ、でも待って」
 メール。めぐのメール。今日はホントごめん。今度は絶対行くから。
「キュート最高!」
 あれはどう見ても2のめぐから届いたもの。めぐは1じゃない。てことは、やっぱり、舞美ちゃんだけが1、かも。
「もう1回ファンの人が落ちればいいの?」
「え?」
「そしたら私、1に戻れるの?」
「あー」
 どうだろう。わからない。はっきり言って、わからない。
58 名前:2 投稿日:2008/05/03(土) 22:45
「こっちに飛ぶ直前は楽屋にいたんだよね?」
「うん」
「目を閉じて開いてみると観覧車に乗ってた、みたいな感じ?」
「そんな感じ」
 瞬間移動だ。それで驚いて、携帯を落としたと。
59 名前:2 投稿日:2008/05/03(土) 22:47
「お客さんが落ちたって聞いて、楽屋に戻ったんだよね?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「楽屋にはどれくらいいたの?」
「人?」
「ちがう、時間。どれくらいそこにいた?」
「えー、10分? 15分くらい? え? 戻ってからどのくらい、てことでしょ?」
「そう」
 私はうなずく。知りたいのは、お客さんが落ちてから舞美ちゃんが飛ぶまでの、間、少なくとも10分はあったってことだ。何だろう、この10分は。わからない。まったくわからない。
60 名前:2 投稿日:2008/05/03(土) 22:48
「楽屋では何か変わったことなかった?」
「え?」
「その、10分くらいの間に」
「あった」
「え?」
「愛理がいなかった」
 私?
「何で?」
「廊下に立って、その、気合入れしたとこで、何か、1人でボーっと立ってて」
「何で?」
「あっちの世界に飛んでたんじゃない?」
「何それ?」
 あっちの世界って何? 待って、1の私ってちょっとおかしいの?
「だから私がこうやって、楽屋まで連れて行ってあげたの」
 私の腕をつかんで舞美ちゃんは笑う。「感謝しろよ」と得意気に言う。
「ねえ、1の私ってどうなの?」
「ん?」
「何か、変だったりするの?」
61 名前:2 投稿日:2008/05/10(土) 21:12
「1の愛理?」
「どんな感じ?」
 やっぱり1番人気? メインで歌ってるの? カッパ好きかな?
「見た目はそんなに変わんないかも。でも髪はこんなに短くない」
「長いの?」
「おっとりしてる」
「え?」
「やさしいの。愛理はとにかく。怒ったとことか見たことないかも。あとすごい、頭いい。学級委員とかやってて、優等生って感じ。で癒し系、みたいな」
「そんなことないよーもー照れるじゃんかー」
 でも舞美ちゃんに言われるとちょっとすごいうれしい。
「他には?」
62 名前:2 投稿日:2008/05/10(土) 21:15
「あ、そう思い出した」
「ん?」
「ナッキーがくしゃみをしたの」
 ナッキーが? くしゃみをした?
「早貴ちゃんが?」
「そう」
「それがどうしたの?」
「3回したの」
「3回? 連続で?」
「うん」
 早貴ちゃんが3回くしゃみをした。
「それがどうしたの?」
「カミナリじゃない?」
 カミナリ? くしゃみが? それで飛んだの?
63 名前:2 投稿日:2008/05/10(土) 21:17
「どう?」
 たしかに、早貴ちゃんが3回くしゃみをしてるとことか、見たことないかも。
「ちがう?」
「うぅ」
 ちがうとは言い切れない。
「そうかも」
「てことはナッキーにくしゃみをしてもらえばいいんだ。それで1に戻れるんでしょ?」
「可能性はあるかも」
「なら簡単じゃん」
「そう?」
 そんなに簡単じゃないと思うけど。だって、まず早貴ちゃんに会わないといけないし。1年近く会ってないのに、どんな顔して会ったらいいんだろう。会うなり「くしゃみして」って言って、してくれるだろうか。「3回して」って言ったら、早貴ちゃんはどんな顔するだろう。舞美ちゃんは笑顔で「3回出るかな」と言う。
「どうかな」
 2回じゃだめなのかな。4回でも。3回じゃないとだめなのかな。わからない。
64 名前:2 投稿日:2008/06/04(水) 20:48
「でも待って。何でナッキーのくしゃみで私が飛ぶの? おかしくない?」
「うん」
 それ私さっきから思ってたから。
「おかしい」
 やっぱりお客さんが落ちたのが原因って考えるのが自然と思う。でもそしたら、戻るのはちょっと難しいかもしれない。お客さんが落ちるとか、10年に1度あるかないかの事件だし。「落ちてください」ってお願いするわけにもいかないし。それならまだ早貴ちゃんのくしゃみが原因だったほうがいい。
「他に何かなかった?」
「他?」
「お客さんが落ちたのと、早貴ちゃんのくしゃみの他に何か、おかしなこと」
「おかしなこと?」
「おかしなこと」
「おかしなことおかしなこと」
 舞美ちゃんは繰り返す。私は携帯(舞美ちゃんの)の待ち受けを見つめる。千聖とまいちゃんがちっちゃい手でハートをつくっている。
65 名前:2 投稿日:2008/06/04(水) 20:49
「あ、思い出した」
「何?」
「楽屋じゃないけどあった」
「何?」
「あーでもちょっと言いたくないな」
「何それ?」
 舞美ちゃんはすごい笑顔で「何でもない」と言う。
「何でもない?」
 あやしい。
「たぶんこれ、ちがうと思う」
「ちょっと待って。何でもいいから言ってよ。何が原因かわからないんだから。些細なことでも、そこに何かヒントが隠されてるかもしれないし」
「栞菜とトイレに行ったの。いっしょに。栞菜が行こうって言ったから」
「うん」
「そしたらそこで栞菜が言ったの」
「何て?」
66 名前:2 投稿日:2008/06/04(水) 20:50
「あーやっぱ言えない」
 舞美ちゃんはもったいつける。私は携帯を膝に置く。
「何言ってんの? 言わないと帰れないんだよ。栞菜は何て言ったの?」
「おしっこの音が好きって」
「え?」
「舞美ちゃんのおしっこの音が好きって」
「え?」
「言ったの」
「え?」
 おしっこの音が好き? ちょっと何それどんな音? 気になる。
67 名前:2 投稿日:2008/06/04(水) 21:02
「それだよ」
「え?」
「それが原因だよ」
「くしゃみじゃないの?」
 私はうなずく。考えたらくしゃみ3回とかよくあることじゃないか。私だってたまにするし。でも「おしっこの音が好き」は言われない。普通言われない。舞美ちゃんは普通じゃないんだ、とか言ったらちょっとかわいそうかも。舞美ちゃんが悪いわけじゃないんだし。言うなればカミナリに打たれたようなもの。舞美ちゃんは悪くない。道を歩いててカミナリに打たれるようにトイレに行って栞菜に言われる。おしっこの音が好き。栞菜はどんな顔で言ったんだろう。まあいいとして、とにかくカギを握ってるのは栞菜ってことだ。キーパーソン。さっそく栞菜に頼んで戻してもらおう。舞美ちゃんを、1の世界に。あぁ、でも舞美ちゃん、どんなふうに飛んでいくのかな。それすごい間近で見たい。栞菜はどんな顔で言うんだろう。おしっこの音が好き。でもそうだ、これって栞菜が自分でそう思って言わないと効力なかったりして。私たちが強要したりしたらだめだったりするかもしれない。じゃあどうする? とりあえず栞菜にはパラレルワールドのことは伏せといたほうがいいかもしれない。それで「おしっこの音が好き」が自然に出てくるようなシチュエーションにもっていくと。でもそしたら、私はそこにいられないんじゃないの? 2人きりにならないと出ないようなセリフだし。つまり、私は舞美ちゃんが飛ぶ瞬間には立ち会えない。
「あぁ」
 舞美ちゃんに腕を引っ張っられる。
68 名前:2 投稿日:2008/06/04(水) 21:04
 
 
 
 

69 名前:2 投稿日:2008/06/26(木) 01:22
 いつの間にか日が暮れて、観覧車には明かりがともっていた。あの中で起きたことが、携帯が落ちてからあとの何もかもが、何だか夢のことのように思える、けれど私の隣には舞美ちゃんがいて、「どうしたの?」と肩を寄せる。私は窓の外を指す。
「ほらあそこ」
「ん?」
 舞美ちゃんの瞳に観覧車が映る。
「すごい、綺麗」
「うん」
 私はうなずく。「でも、舞美ちゃんのほうが綺麗だけどね、とか言って」と言おうとしてやめる。冗談じゃないから。
70 名前:2 投稿日:2008/06/26(木) 01:24
「もう1回乗ればよかったね」
「観覧車?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「うん」
 私もうなずく。ほんと、ジェットコースターは2回にしといてもう1回乗ればよかった。もう1回乗って、ちゃんと景色見とけばよかった。
「てっぺんとか、いつの間にか過ぎてたもんね」
「愛理がボーっとしてるから」
「ちがうよ舞美ちゃんのせいだよ」
「何でよ」
 前の前の前の席の栞菜がちらちらとこっちを見ている。舞美ちゃんは気づかない。バスが右に折れる。観覧車は見えなくなる。
71 名前:2 投稿日:2008/07/11(金) 01:52
 信号で止まったバスが、エンジンを止めた。車内がしんとなる。さっきまでうるさかったのに、千聖とまいの声も聞こえない。遊び疲れで眠ったのかもしれない。
 目を閉じて耳をすますと、隣でぐぅっと音が鳴った。
「何愛理、おなか鳴った?」
「は? 舞美ちゃんでしょ?」
「うそ? 私?」
「そうだよ」
「そっか。おなかすいたね」
 舞美ちゃんが屈託なく笑うから、ほら、栞菜がバッグを持ってこっちに来る。
72 名前:2 投稿日:2008/07/11(金) 01:53
「ここ、空いてる?」
 私と舞美ちゃんの間の、ちょっとの隙を指して栞菜は言う。詰めれば6人くらい座れる最後部の席。陣取ってるのは私たち2人だけだから、たぶん空いてる。「空いてるよ」と言う前に栞菜は私たちの間に入った。
「どうしたの?」
 舞美ちゃんが訊く。
「えりかちゃん寝ちゃって、退屈だったの」
「やっぱり」
 信号が青に変わる。
73 名前:名無し飼育 投稿日:2008/07/26(土) 13:29
栞菜の言葉は有り得そうで笑いました。
早く続きが読みたくなる謎多き展開。
気になって眠れません
74 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/07/27(日) 23:37
これはすごい話やなあ…
展開が全く読めない!
久々のこの感覚…楽しみに待ってます。
75 名前:2 投稿日:2008/08/17(日) 21:35
 ぴーんと背筋が伸びる。隣に栞菜、その隣に舞美ちゃん。飛ばす人と飛ばされる人が並んでるこの状況に、緊張が高まる。
「どうしたの?」
 栞菜が私の顔をのぞき込む。
「何でもない。フフフフフ」
 笑ってごまかして、舞美ちゃんをチラ見する。舞美ちゃんはのん気にあくびなんかして、でもそれも、美人だから許される。私もつられてあくびなんかする。
76 名前:2 投稿日:2008/08/17(日) 21:38
「でも楽しかったね」
 脈絡とかなく言って、栞菜の肩に腕をまわす。舞美ちゃんの動作が自然で私は息をのむ。
「うん」
 栞菜は顔を赤らめてうなずく。
「ほんと楽しかった。またみんなで行きたいよね」
「行きたーい」
「行きたーい」
 本当にまた行きたい。観覧車にもまた乗りたい。舞美ちゃんと。1だろうと2だろうと、舞美ちゃんと。
77 名前:2 投稿日:2008/08/17(日) 21:40
 もうべつに戻らなくてもいいんじゃない? と思う。舞美ちゃんは舞美ちゃんなんだし、1でも2でも、舞美ちゃんは舞美ちゃんだ。「おなかへったー」とか言ってるし、実は舞美ちゃんももう忘れてるんじゃないか。1とか2とか、そんなこと。
「乗る前に何か食べといたらよかった」
 窓の外はざあざあ降りの雨になっていた。いつの間にか。予感とか前兆とか、何もなかったのに。
78 名前:2 投稿日:2008/08/17(日) 21:41
「あ、ちょっと待って」
 栞菜がバッグの中を探る。
「あった」
 取り出したのはミニパックの柿の種。「とりあえずこれ食べとく?」と2袋、舞美ちゃんに持たせる。
「今度はめぐもいっしょに行きたいよね」
 さらっとNGワードも出す。
79 名前:2 投稿日:2008/08/17(日) 21:42
「あーあーあー」
 栞菜のバカ。思い出すじゃないか。「めぐ」とか言ったら舞美ちゃん、せっかく忘れてるのに。1のこと。
「どうしたの?」
 栞菜が不思議そうに、目をパチパチさせ私を見る。私はそんな栞菜の向こう、舞美ちゃんの顔を窺う、とバッチリ目が合った。何かを訴えるような眼差しで、私を見ている。瞬きもしない。時間が止まる。
「どうしたの? 2人とも」
 おしっこの匂いが好き。観覧車の中で聞いたセリフが蘇る。
80 名前:2 投稿日:2008/08/17(日) 21:45
 音だっけ? べつにどっちでもいいか。「匂い」でも「音」でも。いやよくない。一字一句そのとおりに、正確に唱えてもらわないとだめかもしれない。飛ばないかもしれない、舞美ちゃん、じっと私を見てる。私も視線をそらさない。
「ちょっと何? テレパシー?」
 舞美ちゃんは話したがってる。パラレルワールドのこと、栞菜に。でも私は、首を横に振る。
「目で会話しないでよ」
 だめだ。「呪文は栞菜から自然に出ないといけない」というのが飛ぶための条件だったら、即アウトになる。だから口止めしたんじゃないか。
「ねえって」
 でも、よく考えたら条件は他にもあるかもしれない。「コンサート会場のトイレで言われないといけない」とか、「お客さんが落ちた会場のトイレで」とか。
「何でハブんだよ」
 だとすると、戻れる可能性なんてないに等しいじゃないか。それだったらもうべつに戻らなくてもいいんじゃないかと、舞美ちゃんは舞美ちゃんだしと、舞美ちゃんには悪いけど思ってしまう。
81 名前:2 投稿日:2008/08/17(日) 21:53
「何で……」
 栞菜が泣きそうになってる。わかったと私はうなずく。舞美ちゃんに「いいよ」と微笑む。話していいよ。でも舞美ちゃん、うまく説明できる? 舞美ちゃんはうなずく。雨の音が戻ってくる。
「栞菜」
 舞美ちゃんが呼びかけるも、栞菜は反応しない。口を開け、茫然としている。
「栞ちゃーん」
 舞美ちゃんは満面に笑みを浮かべて栞菜を抱き寄せる。栞菜は黙って舞美ちゃんにもたれる。その表情は、私からは見えない。舞美ちゃんが、栞菜の顎を持ち上げる。綺麗な指。私は身を乗り出してそれを見る。舞美ちゃんが栞菜に、栞菜の口に、柿の種を流し込んでいる。
82 名前:3 投稿日:2008/08/17(日) 21:56
 ドアを開け、明かりをつけると、そこは私の部屋じゃなかった。いや、私の部屋だった。きのう模様替えしたんだった。白で統一したせいか、広く感じる。
「クックック」
 白い机に携帯を置き、白いベッドに座る。ハンガーラックも白い。でも宿題は終わってない。レコーディングは終わったっていうのに、と愚痴っても仕方がないから晩御飯ができるまでに片付けよう。眠いけど。
83 名前:3 投稿日:2008/08/17(日) 21:59
 机に向かう。カッパのマスコット(夏バージョン)がずらり並んでいる。カッパの遊園地だ。これは宿題どころじゃない。季節が変わるごとに増えていくだろうガラスのカッパ。ずっと眺めていたい。勉強とかできない。
「パァー、パァー」
 カッパの練習をする。私よりカッパを愛してる人はいないだろう、たぶん。携帯が鳴ってる。
84 名前:3 投稿日:2008/08/17(日) 22:02
「はい」
「愛理?」
「うん」
「やっぱり愛理だった」
 誰と思ってかけたんだ。
「あ、私、舞美」
「知ってるよ」
「見た?」
 なんか声が上擦ってる。
「何を?」
「私、飛んだでしょ?」
85 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 21:22
いや〜気になりすぎて眠れない〜!!!
86 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/08/27(水) 22:12
独り言とかほんとの愛理みたいで笑えますw
話の展開が読めなくて久々にドキドキ
更新待ってますよ〜!
87 名前:3 投稿日:2008/09/09(火) 19:25
「飛んだ?」
「飛んだでしょ?」
 何を言ってるんだろう。
「私、そこにいないでしょ?」
 そこにいない? って舞美ちゃんが? 何それ? わからないけど部屋を見まわす。広くて白いけど、舞美ちゃんはいない。
「いないね」
「だってここにいるもん」
「どこにいるの?」
「わかんない」
「え?」
「ここ、どこなのかな?」
88 名前:3 投稿日:2008/09/09(火) 19:33
「わかんないの?」
 もしかして迷子? 電車で寝て、乗り越して、知らないとこで降りたとか?
「近くに何かないの?」
「コンビニがある」
「コンビニ?」
 時計を見る。19時33分39、40、41、宿題、やらないといけない。
「そこで訊いてみたら? 帰り道」
「ねえ」
「ん?」
「帰ってきたのかな? 私、1に」
「いち?」
89 名前:3 投稿日:2008/09/09(火) 19:36
「あ」
「何?」
「雨、やんでる」
「雨?」
「降ってたでしょ?」
「え? 降ってた?」
 いつ? 今日? 傘を使った記憶はないけど。窓を開けてみる。
「ねえ、今バス乗ってる?」
「バス?」
 バスって何? 
「乗ってないよ」
「愛理今どこにいるの?」
「今?」
 どこにいるか? ってその問いに、私はなんて答えればいいのか。風が冷たいから窓を閉める。
「ここはえっと、たぶん私の部屋」
「家にいるの?」
「うん」
「バスじゃなくて?」
「うん」
90 名前:3 投稿日:2008/09/09(火) 19:50
「てことはここ、2じゃないってことだ」
「に?」
「でも、1だとしたら変なの」
 変? って1とか2とか何? 何言ってんの?
「どうしたの?」
「これ、私の携帯じゃないの」
「え?」
 舞美ちゃんのじゃない? 私の携帯にはおもいっきり「舞美ちゃん」って出てるけど。
「今着てるこの服も私のじゃないし。バッグもこれ私のじゃない」
「どんな服?」
「お姉系の、そういうの」
 今日スタジオで会った舞美ちゃんはたしかお姉系のそういうのを着てた。 
「つまり、今どこにいるのかわからなくて、誰のかわからない携帯を持ってて、でもそれに私の番号があったから電話したの?」
「そう」
 時計を見る。
「じゃ切るね」
「え? ちょっと待ってなんで? ねえ、私、どこにいるの?」
 声が遠くなって近くなる。
「愛理にしか訊けないんだから」
「え?」
「みんなには黙っててって、愛理が言ったんだよ」
 何を言ってるのかわからない。
「ちょっと、どうしたらいいの?」
「あの、舞美ちゃん……舞美ちゃんだよね?」
91 名前:3 投稿日:2008/09/09(火) 20:06
「2月7日」
「え?」
「私の誕生日。2月7日」
「うん」
「まいちゃんといっしょ」
「ナッキーとは2日違い」
 キュートはみんな上半期生まれ。
「そうナッキー、キュートなの?」
「え?」
「ナッキーはキュートなの?」
「ナッキーは、うん、キュート」
「めぐは?」
 めぐ?
「キュート?」
「めぐは、キュートっていうよりセクシー」
「え?」
 色気があるっていうか最近ぐっと大人の女っぽくなって、でも怒ると怖いけど、でもセクシー。
「愛理は癒し系」
「え?」
「やさしいし頭いいし歌うまいし、学級委員とかやってて優等生って感じ」
「何言ってんの?」
「愛理はとにかくキュート」
「何ちょっと、もう、そんなことないよ照れるー」
92 名前:3 投稿日:2008/09/09(火) 20:32
「ねえ」
「ん?」
「キュートは何人?」
「え?」
「7人? 何人?」
「何? どうしたの?」
 舞美ちゃん? 狂ったの?
「答えて」
「7人」
「誰がいるの? 誰がいないの?」
「どうしたの?」
「気合入れの順でメンバーの名前言ってって」
「なんで?」
「いいから」
 気合入れの順って、年の順でいいじゃないか。
「キュートォー!」
 なんか叫んでる。
「キュートォー!」
「ねえちょっと」
 周りに人、いるんじゃないの? コンビニがあるとか言ってたけど。
「早く! せーの、キュートォー!」
 何? これどうしたらいいの?
「せーの」
「わかったわかったから」
 わからないけどしょうがない。カッパの皿に手を置いて答える。
「えりか、舞美、めぐみ、早貴、愛理、千聖、まい、えー7人そろってはじけるぞい」
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/09(火) 22:43
こんな事って!!まさか!
次がまた気になって眠れません!
めちゃめちゃ楽しみに待ってる作品です。
94 名前:3 投稿日:2008/09/27(土) 15:06
 唐突に電話が切れて、静寂が部屋を包む。時計だけが動いている。10秒、20秒、また携帯が鳴る。また「舞美ちゃん」から。
 どうしよう。出るか出るまいか、留守電に替わるぎりぎりまで迷って通話を押す。
「はい」
「愛理?」
「うん」
「切れた?」
「切れたね」
「ねえ、もう1回言って。えりから順に」
「え?」
 もう1回? 何回言わせるつもり? 宿題あるのに。つきあいきれない。
「キュートォー!」
「えりか舞美めぐみ早貴愛理千聖まい、7人そろってはじけるぞい」
95 名前:3 投稿日:2008/09/27(土) 15:07
「栞菜がいない」
「かんな?」
「うん」
「かんなって?」
「栞菜」
96 名前:3 投稿日:2008/09/27(土) 15:09
「あー」
 栞菜。元キュート8人目のメンバー。足が速くて笑いのつぼが浅い。
「どうしたの? 急に栞菜とか」
「栞菜、キュートじゃないの?」
 栞菜がやめたのは去年の10月。もうすぐで1年になる。
「うん」
「どこに行ったの?」
 消息は知れない。
「さあ」
 たぶん誰も知らないと思う。
「ねえ舞美ちゃん」
「ねえ愛理、今日は何月何日?」
「え?」
「2007年9月9日?」
「うん」
 たぶん。カレンダーを見る。日曜日。また電話が切れる。
97 名前:3 投稿日:2008/09/27(土) 16:51
 遊園地の真ん中に携帯を置く。どうせまた鳴るのだ。私はノートを開いてそれを待つ。10分、20分、輝くカッパを見つめる。でもぴくりとも動かない。0.3ミリシャーペンの芯が3センチくらいに伸びている。くやしいけど、気になっておなかも鳴らない。
98 名前:3 投稿日:2008/09/29(月) 16:51
「はい」
「愛理?」
「うん」
「ねえ今からそっち行っていい?」
「え?」
 何?
「愛理んち」
「今から?」
「うん」
 時計を見る。20時を過ぎてる。
「何で?」
 私明日、学校あるんだけど。
「会いたいの」
「え?」
99 名前:3 投稿日:2008/09/29(月) 16:59
「会いたいの」
「え?」 
「話があるの」
「何?」
「会って直接話したいの」
「今週また会うでしょ」
 カレンダーを見る。遠いけど6日後。土曜日の午後、髪切ったあとに。
「私これから宿題やるんだけど」
 舞美ちゃんも早く帰らないとお母さん心配するんじゃない?
「でももう乗ってるしタクシー」
「え?」
「ちょっと待って。運転手さんと代わる」
100 名前:3 投稿日:2008/09/29(月) 17:00



101 名前:名無し 投稿日:2008/10/01(水) 19:08
待ってました〜!!!
こりゃ大変な事態ですね、あの子がいないなんて…。
舞美どうなっちゃうのー!!
102 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/07(火) 21:04
98の13行目とか本当に言われたらどきっとしちゃいますね
103 名前:3 投稿日:2008/10/20(月) 19:53
 部屋に入るなり舞美ちゃんは「真っ白! 真っ白!」と叫んだ。
「何これ白くない?」
「うん」
 それもそのはず。きのう模様替えしたばかりだから。カッパの着ぐるみだけがベッドの上で黄緑だ。
「こないだ来た時はピンクだった」
「そうだった?」
 こないだっていつだっけ? ピンクだったかも記憶にない。それはいいとして、携帯が鳴ってる。「鳴ってるよ」と私が言って舞美ちゃんも気付く。
「出ていいのかな?」
「えいんじゃない?」
104 名前:3 投稿日:2008/10/20(月) 19:55
「もしもし」
 舞美ちゃんが出した携帯は、やっぱり舞美ちゃんの携帯だった。
「うん。そう愛理んち。そう。うん。そうちょっと用事があって。うん。タクシー。そう。立て替えてもらってる」
 舞美ちゃんをソファに座らせ、私はベッドに腰掛ける。
「うん。あ、いい来なくて。うん、うん。たぶん帰れる、と思う」
 時計を見る。どう見ても21時を過ぎてる。
105 名前:3 投稿日:2008/10/20(月) 19:56
「来なくていい来なくていい。じゃあね」
 念を押して、舞美ちゃんは電話を切った。私はカッパを着る。
「お母さん?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「愛理のお母さんから電話があったって」
「やっぱり」
 さすがお母さん。「泊まっていけばいいのに」とか無責任なこと言ってたのに、そこらへんはちゃんとしてる。もうちょっとしたら何か、ケーキとか紅茶とか何かデザートを持ってくるかもしれない。太ったら困るのに。ほんと困る。
106 名前:3 投稿日:2008/10/20(月) 19:57
「ところで話があるって何?」
 本題に入る。電話ではできないという、わざわざこんな時間に家を訪ねてまでするような話。舞美ちゃんは忘れてたって感じで「そうなの」と言った。
「ねえ愛理、ちょっと私の目を見て」
「え?」
「じっと」
「何で?」
「いいから」
107 名前:3 投稿日:2008/10/20(月) 19:59
「何なに何?」 
 まじまじと私を見る舞美ちゃん。
「照れるじゃないか」
「届かない?」
「え?」
「私が考えてること、わからない?」
 わからない。私は首を横に振る。
「そっか」  
「うん」
 わかるわけないと目をそらす。逆に私の心の中を、綺麗な顔して髪まで綺麗でずるいとか私が男なら彼女にしたいとか、読まれたら困る。 
「さっきは通じたのに」
 舞美ちゃんは「じゃあこれ」とバッグからコンビニ袋を出した。
「何?」
「買ってきたの」
 透けて見える。
「柿の種」
108 名前:名無し 投稿日:2008/10/24(金) 00:36
超意味不明すぎて頭痛いw
109 名前:3 投稿日:2008/10/25(土) 17:38
 おみやげなら他にあったんじゃない? 柿の種じゃなくてもっとこう、いいもの。舞美ちゃんは不敵に笑う。
「この世界に栞菜はいない」
「え?」
 また栞菜。そして、世界?
「でしょ?」
「世界のどこかにはいると思うけど。ていうかたぶん日本にいると思う」
「あ、ちがう。この世界のキュートに栞菜はいないんでしょだ」
 何を言ってるんだろう。
「いないけど」
110 名前:3 投稿日:2008/10/25(土) 17:40
「これだったの」
「え?」
 舞美ちゃんは立ち上がり、柿の種を掲げる。
「これがカミナリだったの」
 ドドーン。
「カミナリ?」
「そう。これが犯人だったの」
 ガガーン。空耳だけど、雷鳴を聞く。
「犯人?」
「そう」
 ドガーンドガーンお母さん早くスイーツ。
111 名前:3 投稿日:2008/10/25(土) 17:42
「ねえ、キュートのCD持ってる? キュートが載ってる雑誌とかでもいいけど」
「あるよ」
 舞美ちゃんのうしろ、キャビネットを指す。
「1番上の段が私たち」
「これ?」
 舞美ちゃんは右端の1枚を抜き取った。最新シングルの通常盤。
「初回もあるよ」
「何これ見たことない」
「え?」
「栞菜がいない。これいつの?」
「今年の7月」
「めぐがいる。ナッキーも。えりがサングラスしてる」
 舞美ちゃんはケースを開けてディスクを取った。
「どうしたの?」
「これって聴けるの?」
「たぶん」
112 名前:3 投稿日:2008/10/25(土) 17:45
 記憶喪失かも。さっきから舞美ちゃん、言ってることとか全部おかしい。支離滅裂っていうか、それ。いつもよりも。栞菜とか犯人とか柿の種とか世界とか、何もつながらない。舞美ちゃんはジャケ写を見つめて言う。
「めぐがいて、ナッキーがいる。つまりここは、1でも2でもない世界」
 またわからない。電話でも言ってたけど。
「1とか2とか何?」
「べつに1と2じゃなくてもいいの。BとCでも」
「BとC?」
「何だっけ。パレルモ?」
「パラレルワールド?」
「そう」
 舞美ちゃんはCDと柿の種(KP)を持って私の隣に座る。ふかふかのベッドに。
「これをね、流し込んだの。栞菜に」
「え?」
「ガーっと」
「え?」
「最初はナッキーに流し込んだの。そしたらナッキーのいない世界になって、で、そこで栞菜に流し込んだら今度は栞菜がいない世界になった」
113 名前:3 投稿日:2008/10/29(水) 20:27
「ちょっと待って」
 何を言ってるのかわからない。栞菜とナッキーと柿の種が何?
「舞美ちゃん何? 栞菜に会ったの?」
 やめたあと、1度メールしただけで、それっきり何もなくて、思い出すこともなくなってた。さっきの舞美ちゃんの電話で名前聞いて、本当にひさしぶりに思い出した。まだ1年経ってなかったことも。1年前は8人だったキュート。CDには声が残ってるし、写真もある。でも忘れてた。栞菜のこと。
「ちがうのそうじゃないの。栞菜はキュートのメンバーで、でも私が柿の種を流し込んだからキュートじゃなくなったの」
114 名前:3 投稿日:2008/10/29(水) 20:34
「ちょっと待って。流し込んだってどういうこと?」
「流し込んだの」
「口に?」
「そう」
「何でそんなことしたの?」
 舞美ちゃんは柿の種を振って微笑む。
「そのほうがおいしくない?」
115 名前:3 投稿日:2008/10/29(水) 20:36
 のどが渇く。そして眠くなってきた。きのうの夜の模様替えのせいだ。
「パァー」
「何愛理、その格好」 
 舞美ちゃんがカッパに気付いた。
「かわいいでしょ?」
 いつもこれ着て寝ています。
「でも栞菜に流し込んだのは、もしかしてこれかもと思ったから。これがカミナリかもしれないと思ったから」
「うん」
 よくわからないけど相槌を打つ。ほんと、何言ってんだろう。
116 名前:sage 投稿日:2008/10/30(木) 22:52
ようやくつながってきた!!!
まさかそれがカミナリだったとは(笑)
栞菜のいないキュートが面白すぎるし。
あ〜楽しみに待ってます。
117 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 00:48
「タクシーの中でずっと見てたの。携帯」
「うん」
「勝手に見るのはよくないと思ったけど、でもこれ、たぶんこの世界の私のだから、いいやって」
「舞美ちゃんのだよ」
 舞美ちゃんのデコ電。ラインストーンがキラキラ光ってる。舞美ちゃんは「これ見て」と動画を再生し、私に渡す。
「何?」
118 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 00:58
 レッスンスタジオ。めぐが1人、鏡に向かい踊っている。鏡越しにカメラと目が合い微笑む。
「何撮ってんの?」
 甘えた声でナッキーがフレームイン。
「めぐバウワー」
 舞美ちゃんは答え、千聖とまいにカメラを向ける。子供たちは笑顔でピースサインを返す。
「ナッキーも映るナッキーも映るー」
 駄駄っ子になるナッキー。それをスルーして、カメラは私を捕らえる。寄って寄って寄る。
「はい、愛理ちゃんです」
「近いよ」
「いつもかわいいです」
「近いってもー」
 舞美ちゃんのナレーションに照れる私。とてもかわいい。
119 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 01:07
「どう?」
「何が?」
「このムービー、何か気付かなかった?」
「何か?」
 何だろう。
「ちょっと待って」
 もう1回見る。電池がいっこ減る。
120 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 01:12
 みんな休憩してるのに1人踊るめーぐる。鬼気迫るものはないけれど、誰も止めない。鏡に映ったカメラマンの舞美ちゃん。肩にタオルをかけている。汗は見えないけど、携帯は光ってる。「何撮ってんの?」と現れるナッキー。「みーたん大好き」なオーラを放っている。まいちゃんと千聖はいつも通り、セットで登場。変わらぬ風景。そして私は牛乳を飲んでいる。そうだ、この日はちょっと熱っぽかったかもしれない、私、たしか、そうだった。
「あ」
「わかった?」
「えりかちゃんが映ってない」
121 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 01:25
 舞美ちゃんは「ちがうちがう」と言って私の手から携帯を取った。
「ちがう?」
「ちがう」
「じゃあ何?」
「栞菜がいないの」
「栞菜がいない?」
「そう」
「え、でも」
 それはだってそうだろう。この映像、最近のやつだし、1年前にやめた栞菜が映ってたら怖い。
122 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 01:28
「でね」
「うん」
「電話帳とか着信履歴も見たの」
「うん」
「そしたら、めぐの番号があったの」
「うん」
 あくびが止まらない。
「それで、電話してみようと思ったけど、なんか、できなくて」
 何で? と言いたいとこだけど「うん」とうなずく。
123 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 01:33
「メールしたの」
「何て?」
「元気? って」
「何それ?」
 やっぱり舞美ちゃん、変だ。
「そしたらすぐに返事がきて」
「何て?」
「どうしたの? って」
「うん」
 ほんとどうしたの? って言いたいけどうなずく。5分でいいから眠りたい。でもそれは、わざわざ来てくれたお客さんに失礼だ。ほんと舞美ちゃん、何しに来たんだろう。ほんと、目を閉じる。
124 名前:3 投稿日:2008/11/08(土) 01:34
 カクンとなって目を開く。
「寝てた?」
「起きてるよ」
 寝てた。でも一瞬だったと思う。時計を見て、舞美ちゃんを見る。舞美ちゃんは携帯片手に柿の種を握り締めている。
「だから流し込もうと思うの」
「え?」
「それで、栞菜は戻ってくるはず」
125 名前:3 投稿日:2008/11/14(金) 22:23
「栞菜が戻ってくる?」
「そう」
「それは……どういうこと?」
 ちょっと寝たおかげで頭が冴えてきた。舞美ちゃんが何を言ってるか、まったくわからない。
「最初はめぐがいない世界だったの」
「キュートに」
「そう」
 めぐがいないキュートとか想像できないけど、してみる。
「で、そこで、ナッキーに流し込んだの」
「柿の種を」
「そう。そしたら、ナッキーがいなくなって、めぐが戻ってきて、でもめぐには会わなかったの。キュートのみんなで遊園地で遊んだんだけど、めぐだけ来てなくて」
「うん」
 ナッキーに流し込んだらめぐが戻ってきた。遊園地で遊んだ。めぐはいなかった。
「そして、帰りのバスの中で栞菜に流し込んだの」
「柿の種を」
「そう。そしたら栞菜がいなくなってナッキーが戻ってきた」
 栞菜に流し込んだらナッキーが戻ってきた。バスの中で流し込んだ。
「わかった?」
 情報を整理する。暑いからカッパを脱ぐ。
「つまり、舞美ちゃんに柿の種を流し込まれた子はキュートのメンバーじゃなくなって、代わりにメンバーじゃなくなってた子がキュートに戻ってくるってこと?」
「そう。キュートが7人なのは変わらないの」
「じゃあ今、例えば、千聖に流し込んだら千聖がキュートじゃなくなって、栞菜がキュートになるの?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「そういうこと」
126 名前:3 投稿日:2008/11/14(金) 22:24
 冗談を言ってるようには見えない。でも信じられない。でもこんな作り話をするために、わざわざこんな時間に来るだろうか。タクシー代も持ってなかったのに。明日学校あるだろうに。
「だから、栞菜をキュートに戻すために、もう1回流し込もうと思うの」
「え?」
「やっぱり、リーダーとしての責任? あるし」
127 名前:3 投稿日:2008/11/14(金) 22:27
「何言ってんの?」
 舞美ちゃんの手。柿の種を握り締めている。
「あれ?」
 そういえば柿の種、コンビニの袋に入ってた。「買ってきた」って言ってた。何で? 何で買ってきたの? いくらこれ?
「待って」
 何で舞美ちゃん私のとこに来たの? 他のメンバーじゃなく、私のとこに来た。これってもしかして、もしかして?
「どうしたの?」
 柿の種から目をそらす、となぜだろう、枕の横にCDが置いてある。最新シングルの通常盤。お気に入りのジャケ写。私が真ん中に座ってる。それはもう、当然のように。舞美ちゃんとその他メンバーが脇を固めてる。でもこれ、初回盤はもっとすごいから。
「愛理?」
 嫌な汗が流れる。
128 名前:3 投稿日:2008/11/14(金) 22:33
「流し込むの?」
「うん」
「何で?」
 舞美ちゃんの目を見れない。
「だから栞菜を」
「栞菜がやめたのは舞美ちゃんのせいじゃないよ。柿の種とか関係ないから。だって、栞菜がやめたのは1年前なんだよ」
「何でやめたの?」
「それは……わからないけど」
 そもそもなぜ加入したのかもわからない。
「でもほら、私たちってほら、5年もいっしょにやってきたじゃない。辛かったりもしたし、悔しかったりもみんなで味わって、栞菜が、栞菜はメンバーだったけど1年もいっしょにいなかったでしょ? ねえ、何で流し込むの? おかしいよ、ぜったい、そんなの、ねえ、何で? やめたほうがいいよ」
 早口でまくしたてる。でも舞美ちゃんは動じない。
「栞菜はもう、キュートに必要なメンバーだから」
129 名前:3 投稿日:2008/11/21(金) 20:41
 落ち着こう。何をあせってるんだ。そんなこと、あるわけないじゃないか。柿の種を流し込まれたらキュートじゃなくなるとか、そんな話聞いたことない。アルバトロスよりない。この世には、カッパもサンタもいないのだ。
「何してんの? ちょっと!」
 柿ピーの袋を開けてる! 舞美ちゃん、早すぎる。
「愛理はさ」
 私の手を握る舞美ちゃん。すごい力で、冷たくて、私は凍りつく。
「キュートをやめたいって思ったことある?」
 逃げられない。
「どう?」
「え?」
 やめたいと思ったこと?
「ないよ! ないないない」
「私はある」
「え?」
130 名前:3 投稿日:2008/11/21(金) 20:44
「あ、ちがうでも。やめたいっていうんじゃなくて、何ていうかな、別の生き方? ちがう道もあったんじゃないかって、ときどき、思ったりする」
「うそ?」
 なんでなんで? キュートを愛するリーダーの発言とは思えない。
「このまま行って、どこまで行けるだろう、とか考えたり。5年、やってきてやっと、考えられるようになったっていうか。いつまでもいっしょじゃないんだってことも、めぐがやめた時にすごい、思ったし」
 どこか遠くで発せられてるような、でも隣の口から漏れている。
「何も考えてなかった頃からやってたから、今になって考えてるの。なんか、ほんと、いろいろ考えるの」
「何も考えてないようにみせて」
「そう」
 私だってそうだ。「夢が仕事になっている」とか「それは本当に幸せなことだ」とか、いろいろ考えてる。
131 名前:3 投稿日:2008/11/21(金) 20:48
「ねえ舞美ちゃん」
「でも私、キュートになって本当によかった」
「え?」
 転調する。
「何よりもキュートが大切。キュートを愛してるの」
 舞美ちゃんは天井を見上げて言う。私は舞美ちゃんの手を握り返す。
「そんなの、知ってるよ」
「知ってた?」
「うん」
「なんかね、帰る場所はここしかない、って思う」
「うん」
「愛理も?」
「もちろん」
 私だって舞美ちゃんに負けないくらいキュートを愛している。
132 名前:3 投稿日:2008/11/21(金) 20:53
「もしキュートじゃなかったら、今頃どうなってたんだろうね」
「キュートじゃなかったら?」 
 どうだろう。私はでもたぶん、歌ってると思う。小さなステージでも、大きくても、どこででも。ミュージカルとか出てるかもしれない。女優さんになってるかも。でも、やっぱり私は歌が好き。
「ねえ、それ知りたくない?」
 知りたい。
「うん」
 つないだ手を「知りたーい」と振る。
「それが聞きたかったの」
「え?」
 舞美ちゃんは立ち上がる、ベッドから、携帯が落ちる。
133 名前:3 投稿日:2008/11/21(金) 20:54
 ドアをノックする音。やっと来たお母さん。でも私は動けない。ただいま取り込み中。舞美ちゃんと見つめあってる。一触即発の状態。一即触発? どっちだっけ? そんなシーン。またノックの音。白い部屋。舞美ちゃんは微笑む。
「また電話する」 
「待って!」
 私は叫ぶ。舞美ちゃんは流し込む。豪快に。柿の種を、自らの口へ。
134 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/22(土) 12:21
まぃみー(´;□;)
135 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/11/22(土) 22:22
今回の更新分見ると>>126の言葉がぐっと胸にクル


でも手に持ってるのはそれなのか……
136 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/24(月) 23:45
私も>>126の舞美の言葉に感動して涙が零れそうでした…

けど舞美の運命を握っているものはそれなのか…w
137 名前:4 投稿日:2008/12/05(金) 00:07














138 名前:4 投稿日:2008/12/05(金) 00:09
 横断歩道の真ん中で、携帯が鳴る。ちょっと待ってととりあえず、渡りきる。
「はい」
「あ、どこ今?」
「え?」
「戻ってこれる? 事務所」
「えー、と」
 まだそんなに離れてはないけど、信号は赤に変わった。
139 名前:4 投稿日:2008/12/05(金) 00:13
「何かあったの?」
「カラオケ行かない?」
 カラオケ?
「今から?」
「うん」 
 どうしよう。
「行く?」
 とりあえず歩く。事務所からは遠ざかる。
「行こうよ」
 え? 今、すれ違った男の人。すれ違いざま私を見て「あ」って言った、ぽい。
「えりかちゃんも行くよ」
 振り返って見る、と男もこっちを見ている。私はすっと視線をそらし、走る。小走りに走って雑踏に紛れる。
「えりかちゃん?」
 なんか、コンサート会場の3階席から落ちそうな、て感じの顔だった。焼きついたら困るから、とりあえず、きょろきょろする。
「うん」
「チッサーは?」
 空模様も何だか怪しい。でもカバンに傘入ってるから、それはいい。
「千聖はもう帰った」
「お父さん迎えに来てた?」
「うん」
140 名前:4 投稿日:2008/12/05(金) 00:21
 またチラ見される。今度はちょっとキレイなお姉さん。ちょっとえりかちゃん似。とこれは私もいよいよ、ヤバイかも。もう、マスクなしでは街を歩けないかも。
「ごめん。私も今日は帰る」
「え?」
「ちょっと、のどの調子悪いし」
 ごほんごほんとせきなんかしてみる。
「大丈夫?」
「うん。ごめんね」
 うそじゃないけどうそっぽいのであやまっとく。
「じゃあ」
「あ待って」
 切ろうとして止められる。
「何?」
「明日のMステ、ドリカム出るよ」
「うそ?」
「ほんと」
 てことは明日は金曜日。
141 名前:4 投稿日:2008/12/05(金) 00:23
「何歌うの?」
「私?」
「ちがうよ。ドリカム」
 あー栞菜がボケるから、雨が降り出した。ぽつんぽつんと。
「たぶん愛してるのサイン」
142 名前:4 投稿日:2008/12/13(土) 00:21
 ない。カバンの中に傘がない。いつも、晴れの日でも重くても、念のためにと入れてる折畳み。電話を切って捜しても、ない。どこかに置き忘れた? どこだっけ。今週の、どこかで使ったのは覚えてる。きのうじゃなくて、おとといか、その前か前の日だった。
 いや、今はそんなことより、思い出すのはあとにして、急ごう。帰ろう。まだ小降りだし、少しくらい濡れても大丈夫ってそんな感じで一歩、踏み出して、振り返る。「愛理」って、誰かに呼ばれた気がした。
143 名前:4 投稿日:2008/12/13(土) 00:34
 雨脚が強まり、あちこちで傘が開く。白や黄色やピンクやビニール。その中に、知ってる顔を捜す。私を呼んだ誰かを、と思ったけどいない。知らない人と目が合いそらす。雨粒が、睫毛を伝い流れる。
 帰ろう。とにかくもう、滑らないよう走って。そう思ったらまた聞こえた。今度は間違いなく空耳だ。だから振り返らない。でも、疑念が頭をもたげる。もしかして私、つけられてる?
144 名前:4 投稿日:2009/01/10(土) 23:55
 びしょ濡れになってコンビニに駆け込むと、「らっしゃいませぇー」とやけに明るい店員さんが迎えてくれた。とびっきりの笑顔に思わず私も「雨宿りさせてください」と言いそうになる。
145 名前:4 投稿日:2009/01/10(土) 23:56
 店内にお客さんは、パッと見、立ち読みしてるスーツの男性1人だけ。それも見覚えのない顔で、私はどうするどうすると、その人に近づいた。背後にまわり、何を読んでるのか盗み見る。
146 名前:4 投稿日:2009/01/10(土) 23:58
 マンガじゃない、何か、普通の情報誌か何か。何だろう。きのう発売のサンデーは、残り2冊になっている。この店が何冊入れてるのかわからないけど、どうもけっこう売れてる感じ。どうしよう。私たちが表紙で笑ってる。
147 名前:4 投稿日:2009/01/10(土) 23:59
 これを手にとる人が、全国に何万人もいる。いや何十万、いや何百万、もっとかもしれない。うちにも3冊あるし。そう考えるとほんとにすごい。これでキュートを知るって人もいるだろう。グフフ。広がってる。デビューから1年、着実に。
148 名前:4 投稿日:2009/01/11(日) 00:07
 サンデーが水曜に発売なこと、知らなかった私。でも、巻頭のページを開く。海を背景に笑う7人がみんな、表紙よりもいい笑顔。1枚めくるとめぐと私、次のページにナッキーとハギティ、続いてえりかちゃんと栞菜とチッサー、最後にまた7人の写真。気合入れの時にするように、輪になって写ってる。
149 名前:4 投稿日:2009/01/11(日) 00:11
 ちょっと物足りないかもしれないけど、これでキュートに興味を持つ人もいるだろう。きっといる。広がってく。九州から北海道まで。雨もじきにやむだろう。残り1冊のサンデーにも手が伸びる。綺麗な手。女性?
150 名前:4 投稿日:2009/01/11(日) 00:22
 私より背が高い。髪は長いっぽい。話しかけたい。「その本の表紙飾ってるの、私なんです」って。「キュート知ってますか?」って。けど、できない。隣に立ってるのに、顔が見れない。本を読んでるふり、知らないマンガのセリフを追ったりする私はシャイな中学生。
「この愛理の表情いいね」
「え?」
 不意打ち。女性のほうから話しかけてきた。それも、聞き覚えのある声で。
151 名前:4 投稿日:2009/01/17(土) 23:09
「これどこの海?」
 なんで? 舞美ちゃんがいる。雨の午後のコンビニに、舞美ちゃんがいる。私の隣でサンデー開いて微笑んで、あの頃よりも大人びて、でも綺麗な髪はそのままで、舞美ちゃんがいる。
「ん?」
 なんで?
152 名前:4 投稿日:2009/01/17(土) 23:26
 いつか偶然会ったりしたらどうしよう、って舞美ちゃんがやめてすぐの頃はよく、考えたりした。何を言えばいいんだろうとか、どんな顔したらいいんだろう、とか。でも、答えは見つからないまま、そのうち考えることもなくなって、そしたらこんな青天の霹靂みたいに、雨降ってるけど、会ってしまった。どうしよう。どうする?
153 名前:4 投稿日:2009/01/18(日) 00:15
 舞美ちゃんが私の返事を待っている。懐かしい笑顔で。何か、反応しないとと思う、でも、何も出てこない。どこの海で撮ったとか、そんなことはどうでもいい。
「あー」
「ん?」
「ひさしぶり、だね」
 声を絞り出す。
154 名前:4 投稿日:2009/01/18(日) 00:39
「うん」
 舞美ちゃんは軽うく受ける。
「3日ぶり? 4日かな?」
「は?」
「今日って何日?」
 今日は2007年9月13日、木曜日、晴れのち雨。
「13日」
 舞美ちゃんがやめたのは2006年10月31日(ってことになっている)。最後に会ったのはその10日前だったから、正確には「1年経ってないぶり」ってことになる。
「てことは4日ぶりだ」
「は?」
「でもなんか、すごいひさしぶりって感じ」
155 名前:4 投稿日:2009/01/18(日) 00:58
 舞美ちゃんはサンデーを戻し、携帯を出した。飾り気も何もない携帯は、キュートだった頃に持ってたものじゃない。
「あのあとすぐ電話しようと思ったの」
 あのあと?
「でも、これに愛理の番号なくて。愛理だけじゃなくて、キュートのみんなの番号がなくて」
「うん」
「これ私の携帯? て思ってお母さんに訊いたら、そうだって言われて」
「うん」
「そうなんだぁ、って」
 舞美ちゃんの番号、私の携帯にはまだ残ってる。もうかけることはないだろうと思ったけど、何となく消せずに残してた。
156 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/01/18(日) 23:22
それぞれの世界でメンバーだけじゃなくて℃-uteも違っているみたいですね…
157 名前:4 投稿日:2009/01/20(火) 21:14
「どう思う?」
「何が?」
「私が消したのかな?」
 携帯を開いて閉じて、開いて閉じる舞美ちゃん。
「みんなの番号消したの、私なのかな?」
「覚えてないの?」
 舞美ちゃんは「ちがう」と首を振る。
「そうじゃなくて、この世界の私が消したのかな、ってこと」
「この世界?」
 ちょっと何を言ってるのかわからない。
158 名前:4 投稿日:2009/01/20(火) 21:26
「わからないか」
「わからないよ」
 ただ、1つわかったのは、誰も舞美ちゃんと連絡をとってなかったってこと。あれ以来、舞美ちゃんの話をするのはタブーみたいになってるから訊けなかったけど、えりかちゃんやめぐはもしかしたら電話とかメールとかしてるかもって思ってた。でも、なかったんだ。まあ、それもそうか。めぐは舞美ちゃんのこと、すごい、怒ってたし。
「雨やまないね」
 舞美ちゃんがつぶやいて、私はカバンから携帯を出す。残してた舞美ちゃんの番号にかけてみる。
159 名前:4 投稿日:2009/01/20(火) 21:45
 そういえば立ち読みしてたスーツの男性、いなくなってる。いつの間にか。
「現在使われておりません、だって」
「誰にかけたの?」
「舞美ちゃん」
「私?」
 舞美ちゃんは鳴らない携帯をかざし、「鳴らないよ」と言う。
「番号変えたんじゃない?」
「そうなのかな?」
「わからないけど」
 レジの店員さんがこっちを見てる。
160 名前:4 投稿日:2009/01/20(火) 21:52
「じゃあ、交換しよっか」
 舞美ちゃんは「ちょっとかして」と私の携帯をとり操作する。「はい持って」と戻す。「え?」と言う間に始まる赤外線通信。「いいの?」って思うくらい簡単に、番号とアドレスが手に入る。
 いいの? これって、電話してもいいってこと? それともそっちからしてくるの? 話したいことなんか、いっぱいあるよ。訊きたいこと、でも、訊いていいのかわからないこと、いっぱいある。
161 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/01/21(水) 21:02
やっぱりあの時に舞美が…
この先どうなってしまうんだ〜〜
162 名前:4 投稿日:2009/01/24(土) 15:43
「じゃあ行く?」
「え?」
 行く? どこへ? 私も?
「どこ行くの?」
「どこ行きたい?」
 何それ?
163 名前:4 投稿日:2009/01/25(日) 21:37
「買うの?」
 私が持ってるサンデーを指し、舞美ちゃんは問う。私は「買わないよ」と答え、それを棚に戻す。きのう買ってるし。誰か他の人に買ってほしい、とか願って。
「よし行くぞ」
 私の手をとり、舞美ちゃんは出口へ向かう。「ちょっと待って」という声は届かない。私ちょっと、のどの調子悪いから。ごほんごほんとせきをする。気まずい空気とか、もっと生まれていいのに。ひさしぶりに会ったんだから、もっとぎくしゃくしてもいいのに、そういうのが全然ない。
164 名前:4 投稿日:2009/01/25(日) 21:49
 自動ドアが開く。雨の匂いがする。
「あ、私傘持ってない」
 道行く傘を見て気付く。
「ちょっと買ってくるね」
 戻ろうとしたら、ぐいっと腕を引っ張られた。
「え?」
 傘立てから1本抜いて、「あるから」と微笑む舞美ちゃん。すごく雨が似合ってる。
165 名前:4 投稿日:2009/01/25(日) 21:53
「舞美ちゃんの?」
「うん」
 開かれた傘の内側には、星が散りばめられていた。
「おとめ座だ」
「わかるの?」
「ロマンチックだ」
「もっとくっつかないと濡れるよ」
 舞美ちゃんが私の肩に手をまわす。ちょっとこれ照れくさい。でも、離れていた間のいろいろが、ガーっと埋まっていく。
166 名前:4 投稿日:2009/01/25(日) 21:54


167 名前:4 投稿日:2009/02/07(土) 17:53
「柿の種」
「そう」
「流し込んだ」
「うん」
 スパゲティをフォークに巻きつけて、舞美ちゃんはうなずく。
「あ、そう、タクシー代、愛理のお母さんに借りたままになってる」
 私はピザの焦げ目を見つめて頭をめぐらす。
「タクシー代」
「うん」
168 名前:4 投稿日:2009/02/07(土) 17:59
 柿の種を流し込んだら別の世界に飛んだ。飛んだ先の世界では、流し込まれた子がメンバーじゃなくなってた。1で流し込まれたナッキーが2で、2で流し込まれた栞菜が3で、それぞれキュートメンバーから外れていた。そして、3で流し込まれた(流し込まれた?)舞美ちゃんがキュートじゃなくなった世界、それがここ、4。
 4は、2で割り切れる。でも私は、そんな話を簡単に信じれるほどまだ、生きてない。
169 名前:4 投稿日:2009/02/07(土) 18:05
 とか言いながら質問する。
「私の部屋で流し込んで、そこからどこに飛んだの?」
 私の白い部屋から。
「だからここ。この世界」
「あ、そうじゃなくて場所。場所? そう、どこに着地したのかなって」
「ん?」
「2に飛んだ時は観覧車だったんだよね。で、3では横断歩道の真ん中に降りた」
 舞美ちゃんは「あー」と目をつぶる。回想でもするように。
「おふろ」
「おふろ?」
「そう、シャンプーの途中だった」
 シャンプーの途中だった。元の舞美ちゃんはシャンプーの途中だった。元の舞美ちゃんは。シャンプーの途中だった元の舞美ちゃんはどこへ?
170 名前:4 投稿日:2009/02/07(土) 18:12
「でもよかったね」
「何が?」
「入浴中で。運転中とかだったら危ないもん」
「車の免許持ってないから私、まだ15歳だから」
 そう。免許を持ってる(かもしれない)未来に飛ばなくてよかったってこと。
「タイムスリップじゃなくてよかったってこと」
「タイムリープ?」
「うん」
「何それ?」
「タイムトラベル」
 時間旅行。漫画とかドラマによくあるあれ。過去とか未来に行ったりするやつ。でも舞美ちゃんのこれはそれじゃない。
「どの世界も時間の流れは同じだから」
 舞美ちゃんは「よくわかんないね」と言って、私のピザをかじった。
171 名前:4 投稿日:2009/02/07(土) 18:23
 つまり、今ここで柿の種を流し込んだとすると、飛び移った先の世界(5とする)も2007年9月13日で、18時4分だろうと、そういうこと。
「あ」
「何?」
 流し込んだとすると? そうだ。また柿の種、流し込んだら舞美ちゃん、キュートに戻る、てことになる。舞美ちゃんの話がほんとだったら。信じられない話だけど、もしほんとだったら、そういうことになる。
172 名前:4 投稿日:2009/02/23(月) 19:02
「見てこれ」
「ん?」
 携帯を渡される。
「何?」
「待ち受けにしていい?」
 目を細めてピザを頬張る私、の写メ。無防備で、幸せそう。
「ちょっと何撮ってんのよー」
 いつの間に。気付かなかった。
「まったくもー」
 舞美ちゃんは笑いながら「ごめん」と謝る。
173 名前:4 投稿日:2009/02/23(月) 19:04
 まったく、油断も隙もないったらこの携帯、何だろう、着信してる。表示されたのは知らない名前。でも着うたはアヴリル・ラヴィーン。洋楽詳しくない私でも知ってる。
「私も好きこの歌」
 舞美ちゃんは聴いていた。音楽を、嫌いになってなかった。
「はい」
 携帯を返す。
174 名前:4 投稿日:2009/02/23(月) 19:06
 キュートをやめたことで舞美ちゃんは音楽を嫌いになってるんじゃないか。いつだったかそんなことを考えたことがあった。CD買ったり歌番組観たり、カラオケ行ったりコンサート行ったり、できなくなってるんじゃないかって。でも世の中には音楽が溢れてて、それが舞美ちゃんを苦しめてるんじゃないかって。
175 名前:4 投稿日:2009/02/23(月) 19:08
 テーブルに置かれた携帯。流れ続けるアヴリル。舞美ちゃんはアイスピーチティーを飲んでいる。
「出ないの?」
「うん」
 何でだろう。気になる。でも「誰?」とか訊けないし、訊かないから私も水を飲む。なかなか留守電に切り替わらないし。そういう設定にしてるのか。
「あ」
「切れた」
176 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/02/23(月) 21:52
気になりすぎて困る
続きもその人も
177 名前:4 投稿日:2009/02/28(土) 23:56
 また鳴る。たぶん同じ人。舞美ちゃんは名前を確認して電源を切った。
「誰?」
「隣のクラスの男子」
「男子」
 隣のクラスの。同じクラスじゃなくて。もしかして、彼氏?
「あっ」
 もしかしてあの写真の人だろうか。あの、舞美ちゃんより背が高かったあの。1度だけネットで見た。あの写真の男。
「何?」
「ん? ちょっとフラッシュバック」
 鮮明にじゃないけど蘇る。男に寄り添う舞美ちゃんの姿も。
178 名前:4 投稿日:2009/02/28(土) 23:57
 目の前の舞美ちゃんがぼやけていく。そして遠い記憶が蘇る。あの日の、オフのはずが事務所に集められ、メンバー全員、でも舞美ちゃんだけいなくて、舞美ちゃんの脱退が告げられ、まいちゃんが泣いた。チッサーも泣いている。栞菜も泣いて、ナッキーが泣く。私は泣いた。めぐが恐い顔で、えりかちゃんも泣いた。雨の日で、帰り道、傘を持つ手に力が入らない。ピザが冷めていく。
179 名前:4 投稿日:2009/02/28(土) 23:59
「愛理?」
 舞美ちゃんの声が聞こえる。
「どうしたの?」
 舞美ちゃんがいる。幻じゃなく。パスタの皿がなくなってる。
「どうもしてないよ」
「ねえデザート頼まない?」
「うん」
 そうだよ。突然いなくなったんだよ舞美ちゃんは。私たちに何もなしで。突然。何が何だかわからなくて、やめたのかやめさせられたのか、それは今でもわからないけど、わかってたのは「学業に専念するため」が理由じゃないってことだけで、キュートがどうなるのかもわからなかった。
180 名前:4 投稿日:2009/03/03(火) 21:54
「どうしたの?」
「どうもしてないよ」
 ちょっと、勘違いしてた。コンビニで普通に話しかけられて、番号交換して、それでまた昔みたいに仲良くできると思ってしまった。でも、考えてみたらそんなこと、できるわけなかった。私たちはもう、住んでる世界がちがうのだ。
「そっか」
181 名前:4 投稿日:2009/03/03(火) 21:58
 舞美ちゃんが訝しげな眼差しで見てる。何か言わないといけない。何か。
「あの」
「ん?」
「電話、出なくてよかったの?」
 あせって思わず訊いてしまう。訊いてからまずいと思う。
「電話?」
182 名前:4 投稿日:2009/03/03(火) 22:00
 舞美ちゃんはテーブルの携帯を、マウスのように持ってぐるぐるする。
「毎日かけてくるから」
「毎日」
「何度も」
「そうなんだ」
 それが嫌なのか。けんかしてるとか?
「私、この人のこと何も知らないから」
「え?」
「困っちゃって」
 何も知らない。でも携帯は知ってる。
「隣のクラスだし」
「うん」
「はっきり言って、タイプじゃないし」
「うん」
「でも悪い人じゃないみたい」
「そうなんだ」
 どうやら、あの写真の男じゃなかったっぽい。そういえば私、あの男が同級生だったかどうかも知らなかった。
183 名前:4 投稿日:2009/03/03(火) 22:01
「でも今はそれどころじゃないから」
 舞美ちゃんは続ける。
「同じクラスの子の名前もまだ覚えてないし」
「え?」
「慣れないの」
「慣れない?」
「学校。まだ3日しか行ってないけど」
「3日?」
 転校でもしたんだろうか。
「4日か」
 ため息をついて舞美ちゃんはうつむく。私は水を飲む。
184 名前:4 投稿日:2009/03/03(火) 22:03
「でもすごく長かった」
 舞美ちゃんは続ける。
「この4日がすごく長くて。キュートじゃない毎日がすごく苦しかった」
 携帯を握り締める舞美ちゃんを見て、私は黙ってうなずくしかできない。何も言えない。「わかるよ」なんて軽く言えない。きっと、私が想像するよりもっと、この1年ずっと、舞美ちゃんは苦しんだのだろう。そしてその苦しみはこの先も続くのだろう。でも私は、舞美ちゃんに、何もしてあげられない。
「キュートじゃない私ってどんなだろうって思ったの」
「うん」
「それで流し込んだんだけど、なんか普通に高校生やってたみたい……」
「ん?」
 また柿の種の話?
185 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:05
「どこまで話した?」
「何を?」
「おふろに飛んだとこまでか」
「あー」
 やっぱり柿の種。何だろうこれ。夢の話かそれとも妄想か。でも、舞美ちゃんは笑ってない。
「シャワー浴びたあと、髪乾かして」
 身ぶり手ぶりを使って話す舞美ちゃんを見てたらちょっと、泣きそうになる。
186 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:06
 いつだったか、どこでだったか、噂を耳にしたことがあった。「舞美ちゃんが病院に通ってる」という。「そんなことあるわけない」と思いながら「あるかもしれない」と思った当時、私はまだ小学生だった気がする。そして今また、「あるかもしれない」と思う。
187 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:07
「私の部屋じゃないみたいだった」
「うん」
「ベッドの位置とかは同じだったけど。でもなんか、がらんとしてて」
「うん」
 とにかく、妄想でもいいから付き合おう。私には、それくらいしかできない。
「蝉の抜け殻みたいだった」
「うん」
 よくわからない例えにもうなずこう。
188 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:08
「机の上に、携帯が置いてあって」
 舞美ちゃんは「これなんだけど」と、テーブルの携帯を開いて電源を入れる。
「愛理に電話しようとしたけど、番号がなかったの」
「ちょっと待って」
「ん?」
「なんで私なの?」
 3に飛んだ時も、最初に私に電話して、そして、家にまで行った。えりかちゃんとかめぐとか、お姉さんたちじゃなく私を選んだのはなぜ?
「何が?」
「え、だからえりかちゃんとかめぐじゃなくて、なんで私なのかなって、あ、でもやっぱりいい、言わなくて」
 照れるから。
「これは2人だけの秘密にしてって、愛理が言ったから?」
「私が?」
「うん」
「これって何?」
「私が1から来たこと」
「秘密にしようって?」
「そう」
「言ったんだ」
「観覧車降りたとこで」
 観覧車ってことは2の私。なんでそんなこと言ったんだろう。
「じゃあ、この柿の種の話、私以外にはしてないの?」
「してない」
 私たちだけの秘密。
「ふーん」
 2人だけの。それって、なんかちょっと、いいかも。
189 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:09
「私キュートだったんだよね?」
「え?」
「て思ったの」
 舞美ちゃんは目を閉じて、ふっと笑う。
「携帯にメンバーの番号ないし、写真とかCDも、私がキュートだった証、みたいなものが部屋になくて。何にもなくて」
 私も目を閉じて、何もない部屋を想像する。
「この携帯私の? てお母さんに訊いたの」
「うん」
 美人だった舞美ちゃんのお母さん。
「そうだって言われて、そうなんだって思って、その日はそれで寝たんだけど」
「寝たんだ」
190 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:11
「次の日、学校まで送ってもらったの。お母さんに。場所知らなかったし」
「うん」
「その車の中で言ったの」
「何て?」
「今日は9月10日、キュートの日だねって」
「お母さんが?」
「私が」
 舞美ちゃんが。
「私キュートだったんだよね、って」
「うん」
「そしたらお母さん、だまっちゃって」
 そういえば私も言った。その日、お父さんに「今日はキュートの日だよ」って。お父さんはやさしく微笑んでくれた。
「ちらっと横顔見たら、少し泣いてた。運転しながら、泣いてて、そしたら私も泣きそうになって、しばらく無言が続いたの」
 私も、何も言えない。
「もしかしたら私、言っちゃいけないこと言ったのかなって思って。キュートやめたこと、ショックだったんだろうなお母さんって思いながら窓の外、景色とか見てて、で、学校に着いて車降りる時に言ったの。私、まだ芸能界あきらめたわけじゃないからねって。歌も歌いたいし、女優とかもやってみたいからって。だから安心してっていう意味で言ったの。そしたらお母さん」
 そこまで言って舞美ちゃんは水を飲む。
「それ私の」
「あ、ごめん」
 私のだけど、もう氷は溶けている。
「そしたら?」
「もう、芸能界はだめだって」
191 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:12
 あんなやめ方したのだ。芸能界に復帰するのは難しいと思う。お母さんが反対してもしなくても。でも、舞美ちゃんは戻りたいと思ってた。あんなやめ方しても。あんなやめ方したからか。
「お母さんの車見送りながら、後悔して」
「うん」
「教室に入っても、どこに座っていいかわからなくて」
「うん」
「知らない人に囲まれて授業受けて、休み時間には仲良しグループみたいな何人かで他愛ないこと話して、本当に他愛もない話で、私はにこにこ笑いながら、でもずっとキュートのこと考えてた。家に帰っても。でももうお母さんにも何も言わなかった。何も言われなかったし」
「うん」
「そのうち慣れるかもと思ったけど、次の日もやっぱりだめで。次の日も。キュートじゃないことが、なんか怖くて。苦しくなって。誰かに首を絞められてるみたいに」
「うん」
192 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:13
「キュートに戻りたいって思った」
 舞美ちゃんは笑う。
「耐えられなくて」
 私はどうすることもできない。うなずくことも、席を立つことも。
「めぐは」
 めぐ?
「何回思ったかな」
 何を?
「きのうね、早退してタワレコ行ったの」
 タワレコ?
「キュートのCD、置いてあった」
 舞美ちゃんは空のグラスを傾ける。
「手にとって、1枚ずつ、ジャケ写見て、裏も見て」
 デザートまだ? 早く来てほしい。
「でも私はいなかった。どれも全部、私がいないキュートだった」
 あれ? でもそういえば私、頼んでなかったかもしれないデザート。舞美ちゃんは?
「とりあえずシングル1枚買って」
「買ったの?」
「うん。まだ聴いてないけど。愛理がダブルピースしてるやつ」
「セカンドだ」
「それでお店出ようとしたら、声かけられたの」
「誰に?」
193 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:15
「知らない人。30代くらいの男性で、その人は私のこと知ってて」
「ファンの人? あ」
「ファンでしたって。前に1度握手したことありますって。私ぜんぜん覚えてなくて」
「うん」
 普通、覚えてない。
「もう1回、握手いいですかって言われて」
「したの?」
 舞美ちゃんは両手を伸ばし、私の手を握る。
「ありがとうございます」
「え?」
「て、つい言っちゃって」
 強い。
「そしたら、応援してますって言われて。まだこれからだからって。1500で言ったらまだ1周、400しか走ってないからって」
「何その例え」
「わからないけど」
「うん」
「わからない」
 手が離れる。舞美ちゃんは携帯を開いて私を見つめる。
194 名前:4 投稿日:2009/03/20(金) 00:15
「ねえ愛理」
「ん?」
「めぐの番号教えて」
「めぐ?」
「うん」
「電話、するの?」
「流し込もうと思うの」
「え?」
「めぐに」
195 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 22:54
「流し込む」
「うん」
「柿の種を」
「そう」
「めぐに」
 舞美ちゃんはうなずく。
196 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 22:58
「うそでしょ?」
「うそじゃない」
「うそ?」
「ほんと」
 なんで? どうして?
「なんでめぐ?」
 わからない。
「だめかな」
「だめだよ」
 いくらキュートに戻りたいからって、そんな、めぐを犠牲にしてまでなんて、そんなのだめに決まってるし、そんなこと、舞美ちゃんにしてほしくない。
「してほしくないよ!」
「え?」
 いや落ち着こう。妄想だからこれは。そんな、柿の種で人が飛んだりしたら、ドラえもんとか要らなくなるし。これは妄想。キュートをやめておかしくなっちゃった舞美ちゃんの、妄想。
197 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:06
「でもやっぱり、それしかないって思うの」
「それしかない?」
「めぐに、流し込むしか」
「何言ってんの?」
 温厚な私だけど、ちょっとプチンと切れそうになる。「勝手なこと言わないでよ」って言いそうになる。「元はと言えば舞美ちゃんが男」って喉まで出かかる。
「ふぁー」
 でも冷静に、深呼吸。落ち着こう。妄想だから。悲しいけれど妄想だから。ナッキーに流し込んだっていうのも、栞菜に流し込んだっていうのも全部。でも舞美ちゃんは自覚してないから、だからどう言ったらわかってもらえるか、傷つけずに諭せるか、ていうここは局面なのだ。そう、だから、慎重に言葉を選ばないといけない。
「何?」
「あのね舞美ちゃん、柿の種流し込んでもたぶん何も起こらないよ」
「え?」
「めぐは怒るかもしれないけど、とか言って。フフフ」
「信じてない?」
 睨まれる。
「信じてるよ。ちんじてる」
「ほんとに?」
「でも、もしかしたら夢の話なんじゃないかなーって」
「やっぱり信じてない」
 怒った? かもしれない。舞美ちゃん、目が笑ってない。でも、じゃあ、どうするの? バッグから柿の種出したりするの? そして私に流し込んだりするの? いや舞美ちゃんはそんなことしない。だって舞美ちゃんは、私のこと、好きだから。
198 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:07
「あ」
「ん?」
「もしかして舞美ちゃん、今日、事務所行こうとしてた?」
「うん」
「私に会いに?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「めぐに会いに」
「えっ?」
「そしたら電話しながら歩いてる愛理を見つけて」
 電話? 栞菜と話してる時か。
「声かけても気付かなかったから、ちょっと、あとつけて」
「え?」
「あ、でもストーカーじゃないよ」
「尾行?」
「うん」
 やっぱり、コンビニで会ったのは偶然じゃなかった。
199 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:10
「あ、愛理も行ってたんだ事務所」
「うん」
「そっか」
 そうじゃないとあんなとこにいない。
「行って、帰ってたとこ。そしたら雨に降られて、傘がなくて」
「めぐは?」
「え?」
「めぐも来てた?」
「めぐは」
「事務所」
「来てなかった。今日は用事があったみたいで」
「そうなんだ」
 今日来れなかった3人は明日行くことになってる。
200 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:13
「でもさ、もし私に会わなかったらどうしてたの?」
「きのうも事務所の前まで行ったんだけど」
「え?」
 きのうも? そして今日も。連日だ。
「じゃあ、今日会わなかったら、明日も行ってた?」
 私だってそんないつもいつも事務所に行ってるわけじゃない、って舞美ちゃんも知ってるはず。
「どうだろう」
「どうなの?」 
「でもまあ、会ったんだからいいじゃん」
 行き当たりばったりだ。でも本気だ。本気で流し込むつもりだ。
「うん」
 たぶん、明日も行ってただろう。今日、私に会ってなかったら。そして、明日だったらたぶんめぐに会ってた。それかナッキーかハギティに。2人には無理だろうから、私でよかったと言える。舞美ちゃんを止められるのは、私しかいない。
201 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:15
「ねえ舞美ちゃん」
「ん?」
「流し込むなんてやめようよ」
 舞美ちゃんは首を振る。
「なんで?」
「もう決めたから」
「なんでめぐなの?」
 舞美ちゃんは微笑んで、答えない。
「めぐのこと、嫌いなの?」
「そんなことないよ」
「じゃあなんで」
 舞美ちゃんは目を伏せる。
202 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:22
「めぐは、寂しそうだったよ。舞美ちゃんがやめて、1番つらかったんじゃないかな。めぐが。もちろんみんなそうだったけど、めぐは、特に。怒ってたし。すごく、くやしかったと思う。2人はライバルだったでしょ? めぐなんかいつも闘志むき出しで、舞美ちゃんにだけは負けたくないって、いつも言ってたし。短距離走とか、瞬きしない対決とか、本気でぶつかってる2人をちょっといいなって私、思いながら見てたよ」
 言いながら泣きそうになる。
「舞美ちゃんがいなくなったキュートを引っ張ってくれたのもめぐだった。デビューして間もない時に、リーダーがいなくなった、混乱したキュートを、めぐは、舞美ちゃんのぶんまで、気を張って、1人だけ、涙も見せず、頑張って、支えて、そんなめぐに、舞美ちゃん、流し込める?」
 舞美ちゃんは顔を伏せたまま。聞いてるのか聞いてないのかわからない。
203 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:24
「そうだ、他の人に流し込んだら?」
 名案。ここで閃く。
「キュートじゃない人に流し込めばいいんじゃない?」
 なんでここまでこれが出なかったんだろう。
「流し込んだよ。同じクラスの子に」
「え?」
「だけど何も起きなかった」
「流し込んだんだ」
「うん」
 だけど何も起きなかった。
「え、流し込み方が甘かったんじゃない? ちゃんと流し込んだ?」
「流し込んだよ」
「ガーって?」
「3人くらいに流し込んだ」
「え」
 でもそうか。妄想だから飛ぶわけないのか。
「やっぱり、キュートのメンバーに流し込まないとだめみたい」
 ガーンと外では雷が鳴ってる。
「そんな」
204 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:34
 舞美ちゃんはうなずいて、手を差し出す。私に、携帯を渡せと要求している。どうしよう。どうすればいい? 「持ってない」ってうそはつけない。さっき番号交換してるし。どうしよう。どうする? どうする?
「あ、そう、そういえばめぐ、番号変えたって言ってた。イタ電が多かったからって、それ、私、まだそれ、新しい番号、訊いてなかったそういえば」
 だめだ。こんなうそじゃその場しのぎにもならない。「じゃあ番号知ってる子(ジャーマネでもいい)に電話して訊いて」って言われるに決まってる。
「そっか」
「え?」
「じゃあ仕方ないね」
「え?」
「今度会ったとき訊いといて」
 ここがどこかわからない。
「うん」
 私はまだ、デザートを頼んでいない。
「訊いとく」
205 名前:4 投稿日:2009/04/12(日) 23:35


206 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 11:37
202を読んで、4のめぐの、1の舞美の、そして、4でそれを聞く舞美の心中を思いました。
そして、現実世界の…
207 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:04
 雨上がりの空に星がきらめいている。月も浮かんでる。きっと明日は晴れるだろう。と思っても、私の顔は曇ってる。カッパ時計に目をやると、22時を過ぎている。舞美ちゃんの手の感触が、まだ両手に残ってる。
208 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:07
 引き出しを開けてCDを1枚取り出す。キュートのセカンドシングル。舞美ちゃんがジャケ買いしたってのもうなずけるくらいよくできた笑顔。まるで日本中、いや世界中を幸せにしてしまいそうな笑顔で、過去に舞美ちゃんというメンバーがいたことなど微塵も感じさせないで、7人が(私を中心に)並んでます。しかもこれ、曲がまた素晴らしくいいんです。キャッチーなメロディーに、痛快だけど泣ける歌詞。カップリングも「なぜこっちをメインにしなかったのか」って言われるくらいの出来なんです。
209 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:08
 舞美ちゃんも今頃これ、聴いてるだろうか。聴いてないだろうか。その前に、ちゃんと家に帰ってるだろうか。心配。でも21時が門限って言ってたし、それに事務所に行ったってことはめぐの家も知らないってことだし、私という伝手もできたし、ってことで今日はおとなしく帰ってるだろう。
「うん」
 それでしばらくは私からの連絡を待ってるだろう。それがどのくらいになるのか。3日か4日か、長くて1週間くらいか。そんなに待ってくれるだろうか。いつまでも来ない連絡を、舞美ちゃんはいつまで待てるだろうか。
210 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:10
 1日も待てないかもしれない。明日また事務所に行くかもしれない。明日はほんとに困るのに。でも2日続けて、学校を早退してまで行ったってことは、やっぱりそうとう追いつめられてるってことだ。今にも壊れそうなくらいの精神状態を、「柿の種を流し込む」というのでなんとか保ってると。それが一縷の望みで、舞美ちゃんの頭にはもうそれしかない。
「と考えていい」
 じゃあやっぱり明日も行ってしまうじゃないか! そしてめぐに会ってしまう。新旧リーダーが、ドラマみたいに対峙する。
211 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:12
「あぁ」
 めぐは、舞美ちゃんが傷つくようなことを言うだろうか。言うかもしれない。言わないかもしれない。一方、舞美ちゃんはどう出るだろう。説明とか一切なしで一気に流し込むんだろうか。そう簡単に流し込めるだろうか。めぐも抵抗するだろうし。でも、舞美ちゃんはめぐを上回る身体能力の持ち主、ってことを考えるとやっぱり、流し込んでしまうだろう。となると問題は流し込んだあとだ。舞美ちゃんの妄想が本当で、本当に飛んだらいいかもしれないけど。そうだそしたらそこに残るのは何も知らない舞美ちゃん、てことになるんだろうか。元の、シャンプーの途中だった舞美ちゃんが戻ってくるんだろうか。わからないけど、たぶんそうだと思う。そうであってほしい。そしたら柿の種の秘密は、私が黙ってる限りは、どこにも漏れることはない。
「フフフ」
212 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:13
 でも、そうならない可能性のほうがやっぱり高い。ドラマじゃないんだから。妄想は妄想のまま終わる可能性のほうが高いのだ。そしたらやっぱり「なんで流し込んだの?」とめぐはなるわけで、そこで舞美ちゃんがその理由を話すとどうなるかっていうと、めぐが傷つく。当然怒るだろうけど、それ以上に、深く傷つくだろう。泣いちゃうかもしれない。舞美ちゃんだってそう、おそらく無傷では済まない。最後の希望である柿の種を失って、どうしようもなくなって、暗闇に迷い込むかもしれない。厳しい現実と向き合えなくて、もしかしたら、今は通院で済んでるところが、入院ってことになるかもしれない。
213 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:14
 ベッドで仰向けになって天井を見つめる。タイムリミットはそこまできている。私がなんとかするしかない。2人を救えるのは私しかいない。でもどうやって? どうやったら救える? めぐに「明日は事務所に行かないで」って電話する? でもそしたら「どうして?」って訊かれる。そしたら私は柿の種の話をしてしまう。そしたらめぐは泣いてしまう。じゃあやっぱり、柿の種のことは秘密にしないといけない。
214 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:15
 でもそうだ、めぐを止めてもナッキーとハギティは止まらない。どちらかでも捕まってしまえば、めぐの番号は簡単に渡ってしまう。2人が逃れられたとしても、事務所にいる誰かに舞美ちゃんは訊くかもしれない。でも、やめた事務所をのこのこ訪ねたり、ってそんなことできるだろうか。普通はできない。でも今の舞美ちゃんは普通じゃないからできる。
「どうしよう」
215 名前:4 投稿日:2009/05/08(金) 22:16
 どうするどうする、と思いながら携帯とか開いてる。なんかメールが届いてる。栞菜からだ。「雨すごいね。帰れた?」っていつの話をしてるんだ。危機感がなさすぎる。
「明日晴れるかな」
 今日もらった舞美ちゃんのアドレス。きのう入った弟からの留守電。いつか撮ったキューティーガールズのコント。1年残してた舞美ちゃんの番号。ずっと読みかけの小説。いろいろあるのになぜか私はめぐに電話してる。こんな夜分に。何から話せばいいのか、何を話せばいいのかわからないのに。しかもワンコールで繋がる。
216 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/12(火) 06:59
キュートを抜けた舞美自身に柿の種を流し込んだらどうなるのだろう…。
キュートじゃないから駄目なのかな…?
あ、話は斬新で面白いです。
217 名前:4 投稿日:2009/05/20(水) 09:54



218 名前:4 投稿日:2009/05/20(水) 09:55
 午前8時50分のコンビニで、立ち読みしてる客が私を含め7名。駅前だから、でも多い気がする。たぶんこの人たちは、学校や会社に遅刻しなくても大丈夫な人たちなのだ。私もそう、でも女の子は私だけ。サンデー読んでるのも、マスクしてるのも、ここで待ち合わせてるのもたぶん私だけ。
219 名前:4 投稿日:2009/05/20(水) 10:09
 かれこれ30分、ここに立っている。約束の9時まで、まだあと10分もある。やっぱり早く着きすぎだった。もうちょっと遅くてよかった。15分前でよかった。
 それにしても眠い。3時寝の5時起きがたたってる。あれこれ考えすぎなのかもしれない。きのうから。でも考えずにはいられない。運命の時を前に。
 駅から出てくる人々を、グラビア越しに見てあくびする。長い1日になりそうな予感がする。
220 名前:4 投稿日:2009/05/20(水) 10:12
 サンデーに戻ってグラビアをめくる。もう何度目になるかわからないこれ。さすがに何度も見てると感動はしない、って思ったりしないけど、きのうの舞美ちゃんの不意打ちは忘れられない。「この愛理の表情よすぎるね」って第一声がまだ耳に残ってる。本当にびっくりした。あんなふうに現れるなんて予想もしてなかった。
221 名前:4 投稿日:2009/05/20(水) 10:12
「愛理」
 背後から声がかかる。
「待った?」
 振り向いたらちょうど9時になる時計が見えた。
「おはよう」
 私は写真と同じ笑顔をつくる。マスクが邪魔してるけど気にしない。
「私も今来たとこ」
222 名前:4 投稿日:2009/05/23(土) 16:07


223 名前:4 投稿日:2009/05/23(土) 16:07
 カバンと制服をコインロッカーに入れ、舞美ちゃんは鍵を私に預けた。
「なんで?」
「愛理が持ってると安心だし」
「うん」
「うん」
 右手の鍵を左手に持ち替える。
「安心だし何?」
 舞美ちゃんは両手をぶらぶらさせて答える。
「これならなんか速く走れそう」
 短距離走者のように構える。私は隣でピストルを構える。
「よーい、ドン! とか言ったりなんかして」
 寝てないせいかテンションがおかしい。舞美ちゃんも走りながら笑う。駅構内の、あやしいけれど絵になる2人。でも大丈夫。誰にも見られてない。と思ったら携帯が鳴る。きのうと同じ曲。アヴリルアヴリル。舞美ちゃんは名前を確認して電源を切る。
「誰?」
「いつもの」
「隣のクラスの?」
「うん」
224 名前:4 投稿日:2009/05/23(土) 16:08
 たぶん心配でかけてきたんだろう。と思うとちょっとかわいそうな気もする。
「これも入れとけばよかった」
 舞美ちゃんは携帯を持った手でロッカーをノックする。
「ねえ、やっぱりお母さんには電話しといたほうがいいんじゃない?」
「さぼったって?」
「うん」
 もう学校から連絡いってると思うけど。
「さっきメールきてた」
「お母さん?」
「どこにいるの? って」
「それで?」
「まだ返してない」
「えーぜったい心配してるって」
 私のせいだ。
225 名前:4 投稿日:2009/05/23(土) 16:08
「ごめんなさい」
「何が?」
 鍵が重くなる。
「でも、きのうの夜から今日は学校休ませるって言ってたからお母さん」
「え」
「2日続けて早退してたし、でも帰りが遅かったから、心配したみたいで」
「あー」
 普通する。
「なんか病院連れて行くとか言い出して」
「病院」
「べつにどこも悪くないのに。でも心配してるからまあいっかって思って、私も行くつもりできのうは寝たんだけど」
「うん」
「でも今朝になって愛理が電話してきたから」
「そうそれ。ほんとごめんなさい」
 何時ごろだったか。占い見たあとだから7時くらいか。
「それでうん、大丈夫だから病院は今度行くからって言って、今日は学校行くからって言って、出てきた」
「嘘じゃないか」
「うん」
 これはもう引き返せない。だけどなんだろう舞美ちゃんのこの余裕。失うものは何もないって感じ。私のほうがなんか、覚悟できてないみたい。
226 名前:4 投稿日:2009/05/23(土) 16:09
「愛理は?」
「何が?」
「学校」
「あー、私はお母さんに休むって言ってきたから」
「仕事があるからって?」
 それはすぐ嘘ってばれるから言ってないけど、うなずく。本当は「舞美ちゃんと会うから」と正直に言ってある。「今日しかないから」と。
「愛理も嘘つきじゃん」
「そうだよ」
 でも追究されなかった。「ちゃんとさよならしてくる」と言っても。あの時と、舞美ちゃんの脱退を知らせた時と同じように、お母さんは何も言わず、うなずいてくれた。
227 名前:4 投稿日:2009/05/23(土) 16:09
「じゃあどこに行く?」
 舞美ちゃんの手をとって、訊ねる。
「どこに?」
「どこでも付き合うよ」
「愛理が呼び出したのに?」
「そう」
 でも9時にしようと言ったのは舞美ちゃんだ。
「えー、どこ? どこがいいかな」
「あ、でもどっか遠いとこがいいかも。1日あるし。誰も、人がいないようなとことか」
 めぐも来れないようなとこがいい。
「じゃあ海に行きたい」
「うみ?」
「誰もいない海」
「海」
「うん」
「海」
「何?」
「私も行きたかった」
228 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/23(土) 17:22
裏をかかれた感じ…
本当に先が読めなくてじりじりする
229 名前:名無し飼育さん 投稿日:2009/05/24(日) 18:30

 う み
230 名前:4 投稿日:2009/06/06(土) 09:59


231 名前:4 投稿日:2009/06/06(土) 10:00
 電車の揺れ方で人生の意味がわかった金曜日。そんな歌を思い出し、うろ覚えだけど口ずさむ。
 2駅過ぎたところで寝息を立て始めた舞美ちゃん。2時間しか寝てない私より先に寝るのはどうかと思うけど、寝顔も綺麗だからまあいいやと手を握る。開いた口を眺める。流れる景色より、こっちのほうがいい。
232 名前:4 投稿日:2009/06/06(土) 10:01
 このまま、眠ったままでもいいかもしれない。ずっとこのまま、誰もいない海にも着かなければいい。終着駅とかなくなって、ぐるぐるまわる電車の中で、舞美ちゃんに寄り添って私も眠る。いくつも駅を乗り越して、日が暮れて、朝になる。そんな夢を見ようと目を閉じる。
233 名前:4 投稿日:2009/06/06(土) 10:02


234 名前:4 投稿日:2009/06/06(土) 10:09
「来ちゃった」
「来ちゃったね」
 潮風と潮騒で、海に来たと実感する。こうれはどうやら夢じゃないようだ。グッフィリオルライ。水平線もまだ遠くに見える。
 砂浜に降りた舞美ちゃんはスタートラインも引かず、合図もなしに、ワーっと走っていった。誰も追いつけないスピードで。波打ち際で止まって振り返り、まぶしい笑顔で私に手を振る。きらめく海を背景に、舞美ちゃんのほうが輝いてる。私はそれを、携帯に残そうか目に焼き付けようか、迷う。おそらく2度と来ないこの瞬間を、どうしようか。ため息をつく。どうしようもなく、ただ美しい海と空の青さに怒りが込み上げる。
 まったくなんてことしてくれたの! ほんとに! まったく! ほんとに。この笑顔をこの先、何万、何十万、何百万って人が見れたのに。本当に。夢じゃなくあったのに。もったいない。ほんとにバカだ。誰も見ないとこで腐らせるなチェリーちゃんを。もったいない。本当に。本当にもったいない。本当にもったいない。
「愛理ぃー」
 それでも地球はまわる。季節はめぐる。舞美ちゃんは無邪気に笑う。その笑顔に心奪われ、私は裸足で砂浜を駆ける。
235 名前:4 投稿日:2009/06/06(土) 10:10


236 名前:4 投稿日:2009/06/13(土) 18:37
 風が冷たくなってようやく涙が止まった。
「大丈夫?」
「うん」
 舞美ちゃんが砂のついた手で頭をなでてくれる。私は笑って鼻をすする。
「ありがとう」
 泣いてる間ずっと背中をさすってくれた舞美ちゃんにありがとう。おなかがぐうっと鳴る。
「暗くなっちゃったね」
 舞美ちゃんは立って、私は体育座りのまま、夜空を見上げる。月明かりがちょっとまぶしくない。
「そろそろ帰る?」
「門限、もう間に合わないね」
「タクシーでも無理かな」
「ねえ」
「ん?」
「泣いてた理由は訊かないの?」
 私が訊くや間髪いれず舞美ちゃんは膝を折る。
「なんで泣いてたの?」
 顔をぐいっと寄せる。
「いや」
「ん?」
「あの」
 唇が近すぎて私は答えに窮する。
237 名前:4 投稿日:2009/06/13(土) 18:38
「どうした?」
 舞美ちゃんの指が涙の跡をすーっとたどる。
「だって」
「ん?」
「舞美ちゃんとお別れ、しなくちゃ、思、たら、思たら」
 片言になりながら詰まる。
「何それ?」
「痛」
 また泣きそうになる私の頬を舞美ちゃんはやさしく叩いた。
「また会えるから。何じゃあ明日もどっか行く?」
「い」
 決心が鈍るようなことをさらっと言う。
238 名前:4 投稿日:2009/06/13(土) 18:38
「明日は仕事、あるから」
「そっか」
 私はキュートだから。舞美ちゃんはキュートじゃないから。だからもう会えないってここで、言わなくちゃいけない。また泣いちゃう前に。
「めぐに会う?」
「え」
「明日、何の仕事? めぐも一緒?」
「会うよ」
「あそしたら」
「あさっても会うよ。予定ないけど会おうと思えばしあさっても会えるよ。いつでも会えるから。約束しなくても会うし」
 声が震える。
「この先何回会うかわからないよ……」
「愛理?」
「でも舞美ちゃんとはもう会えない」
239 名前:4 投稿日:2009/06/13(土) 18:39
 夜の浜辺がこんなに寂しいなんて知らなかった。花火でも買ってきとけばよかった。夏の終わりに打ち上げるやつ。舞美ちゃんは表情を変えずすっと立つ。
「なんで?」
「だって」
「なんで会えないのさ?」
「だって舞美ちゃん……舞美ちゃんがキュートじゃないからさ」
 言ってしまった。ついに私はとうとう。舞美ちゃんは腕についた砂を払う。
「だから柿ピー」
「流し込まないでほしいの」
 私は遮る。
「めぐには流し込まないでほしい。めぐは、キュートの、舞美ちゃんがやめたキュートのリーダーだから」
 酷いこと言った。穏やかなってやさしい子ってよく言われるのに私は、酷いこと言った。でも言わないとだめなのだ。そのためにここまで来たのだ。学校休んで、こんな人気のない海にまで。
240 名前:4 投稿日:2009/06/13(土) 18:39
 沈黙が続き、波がそれをさらわない。時間だけがどんぶら流れていく。舞美ちゃんの髪が揺れ、私はちっちゃな貝殻を拾う。
「チョコレート」
 とついに舞美ちゃんが口を開く。
「え?」
「見るとね、いつも思う。めぐこれ好きだったなぁって」
「そう」
 特にアーモンド入りのがお気に入り。
「今も好きでよく食べてるよ」
「そうなんだ」
「うん」
 舞美ちゃんは微笑んで目を閉じる。そういや舞美ちゃん、チョコ苦手じゃなかったっけ。
「それだけじゃないけどね」 
「ん?」
「たまにふっと思い出したりする」
「え?」
「そしてめぐを思い出した時はいつも、感謝するの私、自分がキュートだってことを、神様に」
「神様?」
「鳴ってない?」
 舞美ちゃんが私のバッグを指して言う。メールの着信音が微かに聞こえる。
「鳴ってる」
 こんな時に誰が、何の用だ、と私は携帯を出す。
241 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:44
「誰?」
「栞菜」
 何これ。「見てる?」って一言だけ。何を見てるっていうのだ。今はそれどころじゃないのだ、とバッグに戻す。
「返さないの?」
 私は「いいの」と首を振る。
「今、大事な話してるから」
 舞美ちゃんはうなずく。
「どこまで話した?」
「チョコレートを見ると神たまに感謝する」
 私も感謝しなくちゃいけないだろうか。きちんとお別れできなかった舞美ちゃんにもう1度会わせてくれた神様に。
「そう、だから」
「うん」
「流し込む」
「なんで」
242 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:48
 空を見上げるけど星は流れない。
「流し込むの?」
「うん」
「どうしても?」
「うん」
 舞美ちゃんは揺るがない。信念は曲がらない。じゃあもうこれしかない、と私はバッグからこれを出す。
「何それ」
「柿の種」
「柿の種?」
「105円」
「え?」
「流し込んで」
「え?」
「どうしても流し込むっていうなら」
「え何?」
「私に流し込んで」
243 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:49
「何言ってんの?」
「ガーっと流し込んでちょうだい!」
「愛理?」
「ほら」
 舞美ちゃんの胸に柿の種を押し付ける。
「待ってちょっと待って」
 舞美ちゃんはよろけながら後退る。明らかに戸惑ってる。
「流し込んでったらほら」
「ちょっと待ってってねえわかってる? そしたら愛理がキュートじゃなくなるんだよ」
「わかってるよ」
 たぶんそうはならないって。何も起きやしないって。柿の種が私の喉を通るだけ。何も起こらない。そして舞美ちゃんは気付くのだ。もうキュートには戻れないって。柿の種なんかで戻れるわけないって。
244 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:50
「後悔するよ」
 険しい顔で舞美ちゃんは言う。私は柿の種の袋を開ける。後悔は、するかもしれない。でもやっぱり、こうするしかないのだ。
「愛理はキュートを愛してるって」
「え?」
「言ってた」
「誰が?」
「愛理が」
「私が?」
 言っただろうか。そんなこと。 
「ベッドの上で」
 愛してるけど、言った覚えはない。だってまだそんな、人前でそんな「愛してる」なんて使えるほどまだ、大人じゃないし。
「愛してるでしょ?」
「愛してる、けど」
「ほら愛してる」
「愛してるけど」
「愛してる愛してない、どっち?」
「愛してる」
「ほらね」
 愛してる。だから守りたいのだ。めぐを。キュートを。
245 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:51
「愛理がいないキュートとか、キュートじゃないし」
「そう、かもしれないけど」
「ね?」
「じゃあ何? めぐがいないキュートはいいの?」
 舞美ちゃんは首を振って柿の種から目をそらす。
「キュートやめたらもうステージに立てないんだよ」
「うん」
「いいの?」
 私はうなずく。
「ぜったい後悔するから」
「わかってる」
 1度でも舞台に立ちその魅力に取り付かれた者は生涯それを忘れられなくなるという話を聞いたことがある。
「愛理は歌うために生まれてきた。愛理には歌しかない。愛理のために歌がある。そうでしょ?」
 そう、だから私はキュートをやめない。そして歌い続ける。これからも、そしてこれからも。
「めぐも、めぐだってそうなんだよ」
「流し込まない」
 唇を震わせて舞美ちゃんは私を睨む。
「愛理には流し込まない」
246 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:51
 言ってしまおうか。万が一で妄想じゃなかったとしても、飛ぶのは舞美ちゃんだからって。1から来たという舞美ちゃんだけだから、私は大丈夫だって。私がキュートじゃなくなるのは5の世界のことだから、4の私には関係ないから、だからいいから流し込んでみてって。言ったら軽蔑されるだろうか。いや、でも、どの道さよならするのだ。それならそのほうがいいのかもしれない。いやだけど。
247 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:52
「あ」
 と何か思い出したのか、舞美ちゃんは携帯を取り出した。そして私に放る。
「わ」
 柿の種を落とさないよう私はそれを片手で受ける。
「ナイスキャッチ」
「何何?」
「見て」
 見る。
「電源入ってない」
「あ、入れて」
 言われるまま入れる、とピザを頬張る私が出てくる。
「ちょっと!」
 すごい頬張ってる。目を細めてすごく幸せそう。
「いいでしょ?」
「何してんのもー」
「キュートやめたらそんな顔もできなくなるよ」
「え?」
「それでもいいの?」
「え、でも」
 ちょっと画面を離して眺めてみる。本当においしそうに食べてる。とろけるチーズが舌に蘇りそう。
「できなくなるかな?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「できなくなる」
 できなくなる、ってでもそんなこと言いながら舞美ちゃんは笑ってるじゃないか。でも、この笑顔も柿の種の妄想が消えたらなくなってしまうのか。
「でも」
 でも、だけど、その妄想を払わないといけない。
「なんで?」
 なんでこうなっちゃったの? なんで柿の種に取り憑かれちゃったりしたの?
「なんで舞美ちゃん」
 めぐに流し込むなんて言うの?
「なんで?」
248 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:54
 この世の果てのような夜の海辺。出口は見えない。月明かりの下、舞美ちゃんは歩き出す。私は柿の種をこぼしながら追いかける。見失わないように、距離を保って。
「ねえ、私がキュートやめたのっていつ?」
「え?」
 舞美ちゃんは背中を向けたまま、私に訊ねる。
「あ、この世界の私がね」
「4の舞美ちゃんが」
「そう」
「キュートやめたの」
「うん」
「去年の10月」
 それまでの苦労が報われデビューして、まさにこれからって時だった。
「みんなそうなんだね」
「みんな?」
「2のナッキーも、3の栞菜もたしかそうだった。去年の10月だった」
「そうなの?」
「って愛理が言ってた気がする」
「はあ」
 妄想の世界で私が言ったのか。
「なんでやめたか知ってる?」
 舞美ちゃんは振り向く。
「私がなんでキュートをやめたか」
 舞美ちゃんがキュートをやめた理由。公式の? じゃないほうの?
249 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:54
「知ってる?」
 私はうなずく。
「千聖とまいも?」
「うん」
 ファンの人もみんな知ってる。知らないふりしてる人もたぶん知ってる。
「私もきのうの夜知って」
「え?」
「お母さんから聞いて」
「え?」
「びっくりした」
「きのうの夜?」
250 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:55
「ねえ」
「ん?」
「愛理は私がキュートやめて、どうだった?」
「どうって」
「寂しかった?」
「当たり前じゃん」
「今も?」
「うん」
「私がいないキュートはキュートじゃないって思う?」
「ん?」
 あれ? これってなんかもしかして、誘導とかされてる?
「思ってない?」
「う思ってるよ」
「ほんとに?」
「ほんと」
「うそ」
「うそじゃない」
 うそじゃないけど、でも、めぐには流し込んでほしくない。
251 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:56
「うそ」
 舞美ちゃんがじーっと私を見つめる。私はひるんで視線をそらす。
「うそじゃな」
「でもやめた時は、ほんとに思ってたと思う」
「え?」
「でも、次第に慣れていった。私がいないキュートに」
 なんで?
「そうでしょ?」
「なんで?」
「ん?」
「なんでそんなこと言うの……」
 舞美ちゃんは微笑んで、スっと私の胸を指す。
「心の中を見抜いたの」
「え?」
「とか言って」
 柿の種を持った手で私は、胸をおさえる。漣が立ち、涙が溢れる。
「でも、私、ほんとに」
「ん?」
「舞美ちゃんのこと、大好きなんだよ」
「うん」
 舞美ちゃんはやさしく微笑む。
「いいよ。わかってるから」
「でも」
「泣かなくていい」
「でも」
「わかる」
 この先どこかで舞美ちゃんを見かけても、きっと私は声をかけずに通り過ぎるだろう。
252 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:57
 携帯が鳴る。このタイミングでまたもアヴリル。しかもなぜかこれ、舞美ちゃんの携帯を私が持ってる。「誰?」と舞美ちゃんは言う。舞美ちゃんがそう言うならと私は携帯を開く。
「あれ」
 名前が表示されていない。
「番号しか出てない」
 間違いかいたずらか、でもこの番号、なんか見覚えあるような気がする。「どうする?」と顔を上げると舞美ちゃんの顔がドアップである、と手からするりと携帯が抜ける。
253 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:58
「これ、なんていう曲?」
 画面を見つめて舞美ちゃんは言う。
「え」
 なんだろう。タイトルは、私もわからない。こないだ日本に来た時テレビで歌ってたけど。
「知らない」
 舞美ちゃんは「そう」とつぶやいて目を閉じる。思い出そうとしてるのか、何か、他のことを考えてるのか。何を考えてるのか、わからない。でも曲は止まらない。アヴリルが「アイミッスュー」と歌う。舞美ちゃんは目を開く。
「切れないね」
「あ」
 もしかしたら、めぐかもしれない。
254 名前:4 投稿日:2009/07/11(土) 22:58
「あの」
 私の囁きは届かない。鳴り続ける携帯を握って舞美ちゃんは、寄せる波に向かって走っていく。映画だったらスローになりそうなとこ。綺麗な投球フォーム。
「舞美ちゃん!」
 私の叫びも届かない。こんなの見たことない。空を飛ぶ携帯。音を鳴らしながら、光を放ちながら、月をかすめて闇に消える。
255 名前:4 投稿日:2009/10/18(日) 00:07
 自然や環境に調和したグループ。そんな文句が頭をよぎる。温度の℃に横棒、ユーティーイー。
「どうして」
256 名前:4 投稿日:2009/10/18(日) 00:08
 舞美ちゃんに駆け寄り「なんで?」と詰め寄る。舞美ちゃんは闇の彼方を見つめ微笑を浮かべる。
「大事な話してるから」
「え?」
「大事な話、してるでしょ?」
 さっきの私のセリフ。でもちがう。
「携帯だよ。ケータイ。ボールじゃない、みかんでもない、携帯だよ。投げないでしょ普通」
「でもけっこう飛んだね」
257 名前:4 投稿日:2009/10/18(日) 00:09
 波が引いては寄せ、寄せては引く。
「どうするの」
「何が?」
「だから携帯」
「携帯?」
 舞美ちゃんはふっと微笑みすっと私の背後にまわり「必殺」とヒザカックンを決める。
「ちょっ」
 ざわめく海。くずれる私を舞美ちゃんは抱きとめる。
「いいの」
「え?」
 私の手から柿の種を奪う。
「どうせたぶん次の世界行ったらまた新しい携帯持ってるから」
「え?」
「力抜いて」
「え?」
258 名前:4 投稿日:2009/10/18(日) 00:10
 なんか歯科医師さんと患者みたいだ、と思う。抵抗する気はないけれど、できない。舞美ちゃんに見つめられ、私は小さく口を開く。
「いくよ」
「あ」
 目も開いたまま、流し込まれる。
「苦しかったら言って」
 そう言いながら舞美ちゃんは、容赦なく流し込む。
259 名前:4 投稿日:2009/10/18(日) 00:11
 何これ。苦しい。思ったより苦しい。
「うぅいぃ」
 舞美ちゃんの腕をつかむ、私は、溺れるカッパのように。
「え何?」
「いぃ」
 舞美ちゃんはにっこり笑ってうなずく。
「あぁ」
 なんで?
260 名前:4 投稿日:2009/10/18(日) 00:12
 なんでといえば、なんで柿の種だったんだろう。流し込むなら他にもいろいろあったろうに、といまさらながら、にしてもなんで? 「愛理には流し込まない」って言ったのに。もう戻らない。海の底に沈んだ携帯。体育館の天井に挟まったバレーボール。なんとかして。と溺れながら私は何を考えてるんだ。とそうだ。バスだ。傘はバスに置き忘れたんだ。
261 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:14




262 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:15
 乗り損ねたバスを見送って、バッグから傘を出す。まだぽつぽつだけど髪を濡らさないように、と思ったら次のバスが来る。
263 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:16
 乗り込んで車内を見まわす、と見事な空席祭りでどこに座るか迷う。迷いながら真ん中に座り、傘をバッグに戻し、鏡を出し、おそるおそる見るとやっぱり前髪、短かすぎる。どう見ても、角度を変えてみても。これはまさに、前髪切りすぎた土曜日の午後。
264 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:16
 まあでもしょうがないか、と昔なら死ぬほど悔やんだだろうけど、今はもうこれくらいならと簡単にあきらめることができる。嘘みたいに。
 雨が激しさを増し、意味もなく窓を打つ。休日に降ってくれても困るのに。ほんとに。どうか来週は晴れませんように。どうか神様。
265 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:17
「お兄ちゃん」
 と、鼻にかかった声に不意を衝かれた。いつの間に、幼い兄妹が乗車してる。妹が「こっち」と兄を手招きしながら奥へと進む。チョコレートのような兄も照れ笑いを浮かべながら私の横を通り過ぎる。
 これもまた神様のいたずらか、と思う。いやどう考えてもそうだ。私に千聖とまいを思い出させようとしてる、としか思えない。
266 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:19
 でもいじわるな神様の思惑通り、それほど似てないにしても、思い出した。憎たらしくも可愛かった妹たちのことを。
 でも悪いけど、もうこれくらいじゃ泣けなくなってるのだ。胸が張り裂けたりもしない。
267 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:20
 はしゃぐ兄妹の声に振り返る。となんと2人は、白昼堂々、最後列に座っていた。しかもよく見ると、ぜんぜん似てなかった。まいまいのほうがぜんぜん可愛かった。まあそれもそうかと思いつつ、鏡に戻る。でもやっぱり前髪は伸びてない。
268 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:21
 2人はどれだけ伸びてるだろう、身長、もしかしたらまいのほうが高くなってるかもしれない。そういえば栞菜もめぐを追い抜くとか言ってたたしか。思い出した。憶えてる。どうなってるだろう。気になる、けど私にはそれを確かめる術がない。とか言って、あるけれど。
269 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:23
 こんなふうにみんなもときどき私のことを思い出したりするだろうか。するかもしれない。しないかもしれない。でも気合入れの時なんかに、えりかちゃんが「7人そろって」を「8人そろって」と言い間違えたりして、それでみんなが私を思い出したり、とかあるかもしれない。気合入れ。まだやってるだろうか。
270 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:24
 綺麗でおしゃれで、だけど面白くて、でもキュートで1番女の子だったえりかちゃん。早貴ちゃん。早貴ちゃんはまだ、不思議ちゃんで不思議ちゃんだろうか。舞美ちゃん。舞美ちゃんはたぶん、舞美ちゃんだろう。私は、何だろう。1年でずいぶん変わった、ようで何も変わってないような気もする。でも昔はあまり見なかった夢を、今では毎晩のように見ている。たまにまだ自分はキュートなんじゃないかって思う朝もある。ぼんやりと。2週間経っても夏休み気分が抜けないように。
271 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:27
 窓に映る虚ろな目。あの輝きと、向上心はどこへやら。停留所に止まったバスを救急車が追い越していく。空が光ってゴロゴロとお腹が鳴る。
「落ちるって」
 なんかうしろも騒がしい。ポケットの携帯も震えてる。
272 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:28
 誰だろう、とそんなことあるわけないのにキュートの誰かじゃないか、と頭をよぎる。よぎったけどやっぱり、お母さんだった。今晩、お父さんも一緒に食事するので夕方までに帰るように(チョキ)。「わかった」と返信する。そして窓の外の見慣れない景色で乗り越してると気付く。
273 名前:5 投稿日:2009/10/18(日) 00:29
 ああどうしよう、と思いながらアイポッドを取り出す。イヤホンを付け、お気に入りを流す。壊れるくらい音量を上げ、下げる。フーっと息を吐き、目を閉じる。後悔はあとですればいい。どうせいつか死ぬほど押し寄せるのだ。音もなく、ガーっと。
274 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:30
 目を開けて、イヤホンを外す。鏡の中、背後霊のようにまいちゃんが立っている。
「また見てんの?」
「え?」
「ほんと愛理は自分好きだよね」
「ちがうから」
「何が?」
「見てないから」
「はいはい」
「見てないって」
 振り向いて否定するもまいちゃんは「聞こえないー」と耳をふさぐ。
「ほんとだって」
 本当にかわいいや。
275 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:31
「まあいいや」
 とさておかれ、「ちょっとこっち来て」と手招きされる。楽屋はキューティーガールズとスタッフさん1人の4人だけになっている。まいちゃんが「これこれ」とテーブルのペットボトルを指す。
「何?」
「これなーんでしょ」
「え?」
 なんだろう。ペットボトルだけど。中身が何ってことだろうか。半分くらい減ってるけど。なんだろう。
「水?」
「ただの水じゃないよ」
「軟水?」
「ブブー」
 まいちゃんの隣で千聖がニヤニヤ笑ってる。
「何?」
「正解はぁ、この水の中には砂糖が入っています」
「やっぱり」
276 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:32
「まいが入れたんじゃないよ」
「え?」
「誰が入れたでしょ?」
 またクイズ形式できた、と思ったら「そう千聖」と答えまで出た。
「うそまいちゃんだよ」
 慌てて千聖が否定する、とまいちゃんが「ちがう千聖、だって千聖は3本入れて、まいは1本しか入れてないでしょ」と自白する。
「スティックシュガー?」
「まいちゃんがやろうって言ったんじゃん」
「千聖でしょ」
 どっちでもいいのに罪のなすり合いが始まる。
「まいちゃんが先だって」
「千聖だよ」
277 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:34
「はいはい仲良くけんかしないの」
 仲裁する私に「はい」とまいちゃんはペットボトルを持たせる。
「何?」
「ちょっと振ってみて」
「なんで?」
「いいから」
 千聖もうなずく。
「いいの?」
「いいよ」
 そんなに言うならと私は軽く振ってみる。
「あー」
「あーあ」
 2人は顔を見合わせ笑う。
「何?」
「これで愛理もあれ、何だっけ、あれ、真犯人じゃなくて」
「共犯者?」
「それ」
278 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:35
「あ、そう、ところで」
「ん?」
「これ誰の水?」
 よくわからない展開するからここまで、訊きそびれてた。
「誰だと思う?」
「舞美ちゃん?」
「正解」
 ここんとこエスカレートしてる2人の舞美ちゃんいじり。砂糖だからまだかわいいけどこれが睡眠薬とかになったらちょっとこわい。
「ねえ、どうなのこれ」
「何が?」
「ちょっとかわいそうじゃない?」
「何言ってんの」
 千聖がペットボトルをテーブルに戻して言う。
「愛理も見たいでしょ? 舞美ちゃんがどんな表情するか」
「見たいけど」
「ほら」
「それにさ、いじってあげないほうがかわいそうじゃん」
 まいちゃんが不敵な笑みを浮かべる。
「そうだよ。やさしさだよ」
「そうそう」
「舞美ちゃんもほんとはうれしいんだって」
「そうかな」
「そうだよ」
 なんかちがう気もするけど、でもまあこれもまあロックといえばロックだし、ロックならまあ許される。
279 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:36
「じゃあ愛理は舞美ちゃんが飲んでるとこ、携帯で撮って」
「えっ?」
 まいちゃんが軽く重責を課す。
「私が? 撮るの?」
「ばれないようにね」
 いやいやと私は首を振る。そんなの、私には無理だから。なぜなら笑っちゃうから。
「だって千聖は笑っちゃうでしょ。まいも笑っちゃう。だから愛理」
「私も笑うから」
 3人ともすでに半笑いだったりする。これじゃいくらなんでも、舞美ちゃんでも、警戒するだろう。
「ところで」
「ん?」
「舞美ちゃんは?」
280 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:37
「トイレかな」
「それがなかなか戻ってこないの」
「トイレかも」
 しんとなったとこで、遠慮ぎみにドアが開いた。
「あ」
 みんな一斉にそっちを向く。
「おー」
「あー」
「え? 何?」
 何も知らない感じでナッキーが現れる。飲み物片手に「何何?」とドアを閉める。「何飲んでるの?」と私は訊ねる。
「タピオカジュース」
「あー」
 ストローが太い。
「飲む?」
「飲まないよー」
281 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:37
 ナッキーが「それで何?」とかわいらしく座る。「何話してたの?」と砂糖水の横にタピオカティーを置く。まいちゃんと千聖が「何でもない」と声をそろえる。でも笑いをこらえてるからあやしすぎる。
「何?」
 ナッキーがじろりと私を見る。
「愛理何?」
「え?」
 ってこれ教えたらだめなんだろうか。
「いや、あのね、舞美ちゃんがね、そう舞美ちゃんはやっぱりすごい天然だよねって話、してたの、うん、うウフフフフ」
「そうそう」
「うん」
 まいちゃんと千聖もうなずく。
「みーたん?」
「そう」
「うん」
「あ、そういえばさっきも」
 とナッキーが何やら思い出して笑い出す。まいちゃんが「何?」って訊くも笑って答えられない。
「ちょっとどうしたの」
「何その笑い方」
282 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:38
 ナッキーの笑いが止まって私は時計を見る。「ちょっと舞美ちゃん探してくる」と言って席を立つ。
「いってらっしゃーい」
「いってきまーす」
 とドアを開けたとこ、えりかちゃんが立っていた。
「あ愛理」
「あえりかちゃん」
「あ愛理」
「あえりかちゃん」
 呼び合って2人で笑う。
「あ舞美ちゃん見なかった?」
「舞美? いや見てない」
「そっか」
「どうかした?」
「うん。なんでもない」
 えりかちゃんと入れ代わりに私は部屋を出る。
「あ」
 とドアを閉めようとして思い出す。
「チョコレートまだあったよ」
「うっそどこに?」
「冷蔵庫に入れてる」
「えもうなんで? 今歯磨いたとこなのに」
「じゃあ本番終わってから」
「いや」
 えりかちゃんは首を振る。
「それじゃテンション上がらないから」
283 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:39
「さてっと」
 舞美ちゃん舞美ちゃん。どこ行ったんだろう。やっぱりトイレ? と思いながら私の足は逆に向く。ステージへ続く通路を進む。なんとなくだけどこっちじゃないかって、超能力じゃないけど。
 でも見事に的中する。コーナーを曲がったとこで舞美ちゃんを見つける。こちらに背を向け壁にもたれかかってる。私はそーっと近づいて「舞美ちゃん」と声をかける。
「舞美ちゃーん」
 反応がないのでもう1度呼ぶ。でも反応しない。
「舞美ちゃ」
「わ」
 肩を叩いてようやく気付いた。
「お」
「どうしたの?」
「愛理」
 舞美ちゃんはつぶやいて、じーっと私を見つめる。
「何?」
 ぐーっと顔を近づける。
「何何何?」
「帰ってきた」
「え?」
「おかえり」
「おかえり?」
「あれ? ただいま、かな」
「は?」
「どっち?」
「え?」
 何を言ってるかわからない。でもとりあえず私は、「ただいま」と言う。
「おかえり」
 舞美ちゃんは微笑む。
284 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:40
「ここも今からライブ?」
「え?」
「この衣装いいね」
「え?」
 何?
「たぶん私今日、歌詞とか振りとか、いっぱい間違えると思う」
「は?」
「そんな気がする」
「ちょっと、何言ってんの?」
「いいかな?」
「だめだよ」
285 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:41
「そっか」
 おかしい。なんか変だ舞美ちゃん。なんか、いつもより。
「ねえ舞美ちゃん」
 舞美ちゃんは「そうだよね」と笑いながらステージのほうへ行こうとする。
「ちょっとどこ行くの」
 とっさに私は腕をつかむ。舞美ちゃんの腕をぎゅっとつかんだ。放したらそのままどこか遠くに行っちゃいそうな気がした。
「本番までまだ時間あるから」
 渾身の力でもって引き戻す。
「ん?」
「みんな控え室にいるから」
「うん」
「行こうよ」
 私はするっと舞美ちゃんの手を握る。舞美ちゃんはうなずいて握り返す。
「夢だった」 
「え?」
「って感じするけど、やっぱり夢じゃなかったんだよね」
「何が?」
「きのう2人で海に行ったのも、夢じゃない」
 海? って何? 
「どうしたの?」
 舞美ちゃんは目を閉じてまた微笑む。
「こうやるとまだ波の音が聞こえる」
「え?」
「愛理が貝殻で遊んでる」
「舞美ちゃん?」
「ん?」
 さっきから変すぎる。
「舞美ちゃん……だよね?」
「2月5日」
「え?」
「あ、ちがう7日だ」
「は?」
「愛理はカッパ好き」
「何それ」
286 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:42
 私には見えないけど舞美ちゃんには見えるものがあるのかもしれない、と思ったりする。ときどき、舞美ちゃんの頭の中をのぞいてみたくなる。
 楽屋のドアを開ける。私に続いて舞美ちゃんが入ってこれで、メンバー全員がそろった。まいちゃんが携帯をいじってる、ふりして舞美ちゃんを狙ってる。千聖は両手で顔を覆ったりして、笑いをこらえてる。テーブルの砂糖水はそのまま、えりかちゃんはスタイリストさんと何やら話してる。どうやら「共犯者」にはされなかったようだ。
「携帯」
 舞美ちゃんがつぶやく。
「え?」
 携帯?
「あ」
 盗撮がばれた?
「私のバッグ、荷物どれかな」
「え?」
 また変なこと言い出した。
「あのピンクの?」
 ちょっとこれは本気でやばいかもしれない。
「大丈夫?」
「ん?」
「ちょっと休んでたほうがいいよ」
 私は「こっち」と手を引いて舞美ちゃんを砂糖水から遠ざける。ソファに座らせる。共犯者の裏切りにちさまいは顔をしかめる。でも、だって、しょうがないじゃないか! 舞美ちゃんがおかしいんだよ!
287 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:43
 私は舞美ちゃん(ソファ)のうしろにまわって2人に作戦中止のサインを送る。でも無視される。
「舞美ちゃん、のど渇かないの?」
 千聖があからさまに誘導する。
「え?」
 もうちょっとうまくやればいいものを。
「渇いたでしょ?」
「うん」
「あ、これ舞美ちゃんの飲みかけじゃない?」
 まいちゃんが目ざとくテーブルの砂糖水を見つけるもかなり芝居がかってる。
「どれ?」
「これ」
 砂糖水がナッキー経由で舞美ちゃんに渡る。
「これ、私の?」
「そうだよ」
「そうなんだ」
 疑うことを知らないのか舞美ちゃんは「天然水」のラベルが私に見えるよう傾け、キャップを開ける。まいちゃんがそれにカメラを向ける。千聖が食い入るように見てる。ナッキーもさりげなく、でもなく見てる。グビグビと音が聞こえそうなくらいの勢いで舞美ちゃんは飲む。砂糖水をあおる。楽屋がしんと静まる。笑いがもれる、と思ったら千聖もまいちゃんも険しい表情になった。何があった? と私はソファに、舞美ちゃんの隣に座る。ちらっと横顔を見る。と目が潤んでる。
「あ」
 涙がスーっと流れる。
288 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:43
 千聖とまいちゃん、ナッキーまでおろおろしだす。撤収もできないこの状況。
「舞美ちゃん?」
 千聖が泣きそうな顔で「ごめんね」と謝る。
「泣かないで」
 心優しきいたずらっ子らしく「ごめんね」と「泣かないで」を繰り返す。舞美ちゃんは泣きながら「何が?」と返す。
「え?」
「ん?」
「何?」
「何?」
「何で泣いてんの?」
「え? 泣いてる?」
「泣いてるよ」
 とえりかちゃんが入ってくる。頬を流れる涙をぬぐって濡れた指を舞美ちゃんに見せる。
「ほら」
「ほんとだ」
「ちょっとー」
 千聖がへなへなとくずおれる。
「もうどうしたの」
「え何? 水が甘くて泣いたんじゃないの?」
「え?」
289 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:44
「それ、まいちゃんが砂糖入れてたの」
 えりかちゃんがさらっと暴露する。
「ちょっと!」
 まいちゃんが慌てて「ちがうの。あのね、聞いて。チッサーが3本でまいは2本」と釈明する。
「うそ?」
 と言いながら舞美ちゃんはもう一口飲む。
「何これ、甘い」
「だから甘いって」
「なんで気付かないの」
「あ、甘い、甘いこれ」
「ちょっと−」
「リーダー」
「まいみー」
「舞美ちゃーん」
「じゃ何で泣いてんの」
「泣いてない泣いてないこれ甘い」
 舞美ちゃんが泣き笑いで言って、みんなの爆笑を誘う。ほんとに舞美ちゃんは、舞美ちゃんだ。
「よしわかった」
 すっと立ち上がり、ペットボトルを握り締め、舞美ちゃんは言う。
「今度の休み、キュートみんなで遊園地行くよ」
290 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:45
「え?」
「何突然」
「遊園地?」
 舞美ちゃんはうなずく。
「今度はナッキーも一緒に」
「うぇっ?」
 ナッキーがらしからぬ声で驚く。みんなも「うっ」と言葉に詰まる。何を言い出すんだちょっとほんと舞美ちゃん。ナッキー「も」って何、まるでナッキー抜きの6人で行ったみたいな言い様。
「何? 私だけ誘われてなかったの? みんなで行ったとか?」
 ナッキーが震える声で鋭くつっこむ。「行ってない行ってない。行ってないから」と慌てて千聖がフォローする。
「あ、ごめん間違ったごめん。行ってなかった、遊園地。そうそう」
 舞美ちゃんも空気読んだ。というか本当に行ってないから。
「ちょっとぉー」
「どんな間違いだよ」
「ほんとに」
「ごめんごめん」
 舞美ちゃんが笑って謝って、ナッキーもつられて笑う。さらにはみんなも笑う。
「もう」
 いつも驚かされる。ほんと不思議だ舞美ちゃんは。
291 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:46
 リーダーだけど天然で、しっかりしてるようでうっかりしてて、でもみんなをまとめてくれる。舞美ちゃんがリーダーで本当によかった。見とれるくらい美人だし。と舞美ちゃんが私の視線に気付く。微笑んで、私の目を見つめ返す。何? もしかして、心の中を読まれた?
「愛理も行く?」
「え?」
「トイレ」
「トイレ?」
「うん」
「私、さっき行ったから」
「そっか」
「うん」
「わかった」
「何?」
 舞美ちゃんは首を振る。そして部屋を出て行く。なんか、なんだろう。ついてったほうがよかったんだろうか。なんだったんだろうあの微笑。
292 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:47
「よし」
 もうすぐ本番、とスイッチを入れる。ここから気持ちを高めるのだ。とイヤホンをつけ鏡に向かう。きっとうまくいく。暗示でもかけるように、瞬きもせず見つめる。でも次の休みはいつだっけ? と雑念が入る。遊園地。本当にみんなで行けたらいいなと思う。ほんとに。こんなにいつも君のこと好きなのに。目を閉じて口ずさむ美少女心理。
293 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:48
 前髪をチェックしようと目を開ける。と鏡の中ではまたみんなが笑ってる。千聖が何か叫んでる。輪の中心に、舞美ちゃんがいる。私もイヤホンを外しそれに加わる。
「ちょっともう」
「リーダー」
「何やってんの」
 舞美ちゃんがまた何かやったらしい。まいちゃんが携帯で撮っている。「どうしたの?」と私は訊ねる。
「やっぱ舞美だね」
「舞美ちゃんだね」
「舞美ちゃんだよ」
「うん」
 だから何があったの? と言おうとしたら計ったようにナッキーがくしゃみをした。
「そろそろ本番です」
 スタッフさんの声もかかる。
「スタンバイお願いします」
「はい」
「はい」
「はい」
 みんな笑いながら、ぞろぞろ部屋を出て行く。
294 名前:6 投稿日:2009/10/18(日) 00:49
 ステージに向かう千聖とまいちゃんがちらりとプロの顔を見せる。チッサーとまいまいになってる。「緊張するー」とか言いながらナッキーもアイドルオーラを放ってる。私はそっとその肩に触れる。
「ん?」
「なんでみんな笑ってたの?」
「え?」
「さっき楽屋で」
 ナッキーは「あー」と前を歩く舞美ちゃんを指して笑う。
「あのね、みーたんが急にタピオカをなんか、ストローの中に詰めだしたの」 
「え? なんで?」
「わかんな」
「待って」
 背後からの栞菜の声にみんな立ち止まる。
「気合入れしてない」
「あ」
「そうだ」
 そうだそうだと通路の真ん中に円陣を組む。7人で、本番前に必ず行う儀式。忘れてた。
「いくよ」
 えりかちゃんがみんなの顔を見まわして言う。
「せーの」
295 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/18(日) 00:50


296 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/18(日) 00:50


297 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/18(日) 00:51


298 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/18(日) 01:13
大量更新!と思ったら最終回でしたか〜。
後半リアルタイムだったのでかなりどきどきしました。
すごくいいラストでした。おもしろくて、どきどきして、かっこいいお話でした。
色々あって大変だったのではと思いますが、完結させていただき、ありがとうございました。
お疲れ様でした!
299 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/18(日) 10:52
近年稀にみる良作でした
このスレの矢島さんが好きでした
300 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/21(水) 22:38
5での矢島さんの行動が気になるけど描かれてないからこそまた良いのかもしれない
301 名前:名無しちゃんいい子なのにね 投稿日:2009/10/25(日) 10:54
記念カキコ
302 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/11(水) 12:00
面白かったです
本当にこの一言に尽きる
久々の「追ってるスレ」でした
また機会があればぜひ書いて下さい
お疲れ様でした
303 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/15(日) 12:21
所々シュールな愛理に笑った。
舞美の考えに感動した。

とても面白い、そして色々と考えさせられる作品でした。
今は5人となった℃-uteですがこれからも応援していきたいと思いました。

お疲れ様です。素敵な作品をありがとうございました。
304 名前:bLGiSXwa 投稿日:2011/04/23(土) 03:49
BUaKWm
305 名前:zSScHeDY 投稿日:2011/11/28(月) 09:33
tabckl
306 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/11/28(月) 17:38
面白かった
もう一度読み直します

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