Kiss&Crybaby
- 1 名前:壮 投稿日:2007/11/13(火) 03:40
- 田中道重、リアルです。
性的描写注意。色々と際どいのでsage進行で。
- 2 名前:Sack time 投稿日:2007/11/13(火) 03:41
-
- 3 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:42
- 1ミリの隙間もなく重なっていた身体をほどく。
勢いよく体を預けた反動でスプリングが大きく軋んだ。
仰向けのまま、息を整えることも忘れて天井を見つめる。
視界いっぱいに、空白。
相手への愛しさも満足感もなく、心さえ未だ空虚。
ある意味当然だった。触れあう前から、そこには何もないのだ。
虚空をつかみ、指をひらく。
伸びた爪と皮膚のすきまを、赤いラインが埋めていた。
それは彼女と繋がった証拠であり、傷つけたことさえも示すものだ。
だからといって爪を切る気はないし、彼女が求めてくる限り断る気もない。
胸に疼くすこしの罪悪感は、この血とともに洗い流してしまえばいい。
- 4 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:43
- 額や頬に張りついた髪を払いながら、上半身を起こす。
慣れないことをしたせいか体の節々が痛い。両肩を交互に鳴らした後、ちいさく
ため息をついた。なんとなく、先刻果てたばかりの彼女に目をやる。
体に力が入らないのか、交差させた腕で目を覆ったまま動かない。肩で息をして
いるところをみると、死んだわけではなさそうだ。
特に気遣いもせずにキッチンへ向かった。
- 5 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:44
-
自分が下になった時以外は、10秒後にはベッドを離れる――これが事後のれいな
の習慣である。
基本的に、二人に後戯という概念はない。
「愛がなくとも寝ることは出来る」という格言を体現したような関係だった。
しかし、“カラダだけの関係”と言い切れるほど、実際二人は大人ではない。子供の
遊戯という意味でも不実な行動という意味でも、それはまさに単なる“アソビ”だった。
- 6 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:45
- 寝室に備え付けてある、小さな冷蔵庫の扉を開ける。ひんやりした空気が火照った
体に心地いい。冷気に身を寄せ、いつもの赤いラベルを手にかけた。ふやけた掌で
キャップをねじあけて、豪快に喉を鳴らす。渇いた体がにわかに潤いを取り戻し、
容器を唇から離した瞬間爽快な息がもれた。あれだけ汗をかいた後だ、ただの水を
美味いと感じるのもうなずける。
ライブ後のコーラとセックス後の水に適うものはないというのは、れいなのなかでは
常識である。
ベッドの縁に腰をおろし、身体をひねってその様子をうかがう。
体勢は3分前から変わっていなかった。呼吸はだいぶ落ち着いたようだが、未だ
瞳は隠されたままだ。
手持ち無沙汰な様子のれいなは、その無防備に開かれたわきから指先にかけてを
視線でなぞっていく。
爪はすべて短くそろえられていた。しかし、微妙な凹凸を残したそれが、自分への
配慮ではないことは一目瞭然だった。彼女には爪を噛む癖があるのだ。
ふくふくとした白い肌、黒い髪、深爪。
自分とはちがう、尖ったところのない体つき。
まるで赤ん坊のようだと、自然と顔がほころぶ。
『知れば知るほど好きになる』というのが内面を指す言葉とするならば、『寝れば寝る
ほど好きになる』何かを、彼女の身体はもっていた。それは、遠い昔に失くしたもの
への懐かしさかもしれないとれいなは思う。
思うだけで、決して口には出さないのだが。
- 7 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:45
- ちょっとしたいたずら心で、上気した頬に冷えた容器を押しあててやった。
「ひゃっ」
素っ頓狂な悲鳴に、れいなの口からふはっと笑みがもれる。その手から容器を奪った
彼女は、体を起こして喉をみせた。
唇と飲み口の間には、数センチの距離。
違和感はない。これが二人の距離なのだ。
きつくキャップを閉められたそれは再びれいなの手に渡り、冷蔵庫に戻された。
- 8 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:46
- 「れいなさぁ」
白い扉を閉めたと同時に呼びかけられ、振り返る。
胸までシーツをまとい、頭の後ろで指を組んださゆみがこちらを薄くにらんでいた。
「とりあえずなんか着よう?」
「別によかやん。減るもんやなし」
これも、れいなにとっては習慣のようなものだ。
さゆみにいさめられたことは初めてではないが、楽なのである。仕方がない。
なんの恥じらいもなく、ベッドの側に置かれたひとり掛けのソファに腰を下ろし、
足を組んだ。なめし革の冷たさが気持ちいい。
「減りはせんけど……なんか冷める」
体を反転させたさゆみは、おもむろに床に手を伸ばした。無造作に脱ぎ捨てられた
服のなかから下着を拾いあげると、手早く身につけ始める。
これが、事後のさゆみの習慣である。
毎度毎度リチギなもんだなぁと思いながら、れいなはその光景を眺めていた。
- 9 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:47
-
一年前のちょうど今頃―れいなが一人暮らしを始めた頃―ただの仕事仲間という
関係に終止符が打たれた。
言葉での明確な区切りがあったわけでもなく、さりげなく、なんとなく、なんなくその
関係は終わった。
どちらが誘ったかなんて、今や当人ですら定かではない。自分に都合の悪いことは
忘れてしまうのが、れいなの長所かつ短所なのだ。
普段はほとんど交流がなく、自他共に相容れない性格をしている二人だが、皮肉な
ことに身体の相性は良い。
初めてした時、肌が吸いつくというのはこのことかと、れいながいっそ感動すら覚えた
ほどだ。かつ、下手に男とするよりリスクが少ないことから、れいなもさゆみも、自慰
をするような感覚で気軽な触れあいを続けている。
しかし、一つだけ暗黙のルールが存在する。
キスはしないこと。
それは、曖昧な二人の関係にあってただ一つ確たるものだった。
不思議な話だが、二人の間では、セックスよりもキスの方が遥かに神聖なものとして
扱われているのだ。
- 10 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:49
-
ジーンズのボタンをはめた所で、さゆみが驚嘆の声をあげた。
「見てれいなっ、余裕よ、ほら」
信じられない、という表情でウエストに出来た隙間に指をかけている。
他人の体重変動になんて興味の欠片もないれいなだが、一応、義理で目をやった。
確かに、そこには1センチくらいのブラックホールが出来ていた。
「すご。来たときボタン飛びそうやったのにね」
「ね。どんだけ激しいんだよってゆう。下手なダイエットよりよくない?」
「や、フツーに食べん方が効くと思う」
「回数増やそうよ」
聞いてないし。
微妙に噛みあわない会話に苦笑するれいなを差し置いて、さゆみは既に手帳を
広げていた。
ベッドの縁から離れた彼女と入れ替わるように、布団のなかへ潜りこむ。
- 11 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:50
- 「5日れいな空いちょーよね」
「あ、5ムリ」
「えぇ。泊まり?」
「わからんっちゃけど、多分そうな…」
「じゃあいいやん。22時ここね」
「ちょ、きいて? マジ無理やけん」
「なんで?」
「…………」
- 12 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:51
- 最近、結構なペースで彼女とこうしているせいで、最優先すべき人と会う時間が
目に見えて減っていた。それが原因かは定かではないが、少々不穏な空気が
流れていることも確かだ。かといって時間をつくる努力もしていないのだが、なるべく
誘いは断らないようにしている。5日は、むこうが持ちかけてきた日のなかで唯一
お互いのスケジュールが重なる日だった。だからその日は、さゆみとは会えない。
――ということを、なぜ彼女に説明しなければいけないのだろうか。
れいなは首をかしげる。
詮索してくる彼女も彼女だが、説明しようとしている自分にも違和感を覚えた。
いけない兆候だと思い直し、平然とした口調で言う。
「そんなんさゆに関係なかやろ?」
軽く語尾を上げた後、れいなはさらに疑問符を重ねた。さゆみが微かに空いていた
唇を引き結んだのだ。その不可解な反応に、知らず瞼に力が入った。
「…じゃね。わかった」
予想外に素直なリアクションに肩透かしをくらう。手帳は静かに閉じられ、バッグの
なかに戻された。
微妙な沈黙を挟んだ後、おもむろに立ち上がったさゆみは、バッグを肩にかけて
振り向いた。
「じゃ、おやすみ」
テレビドラマの一場面のように器用に微笑んで、去っていく。
遠くの方でバタンと重厚な音がしたあと、部屋は無音に包まれた。
- 13 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:52
- 掛け時計の針は午後11時をさしていた。
中途半端な時間帯に一人取り残されたれいなは、唇をとがらせる。
「なんあれ」
別におかしなことは言ってないはずだ。自らの言動を回顧するなんて滅多にしない
が、チラッと振り返ってみてもこっちに非はない。……と思う。
時折顔を見せるさゆみの意味深な言葉つきに、れいなは違和感を覚えていたし、
正直イラついてもいた。
彼女が周りの空気を読む能力に長けていることは知っているが、ああいう気の回
し方というか、変に感情を抑える所は気にくわない。はっきりせんね、と頭をはたき
たくなるようなムズ痒さに襲われるのだ。
そもそも180度違う性格をしていることは自覚している。気にする方が間違っている
のかもしれない。しかし、仮にも平均週一で寝る相手のことだ、気にしたくなくても
気になってしまうのが実際のところである。気に障るとも言い換えられるが、どちらに
せよ、今この瞬間彼女のことを考えていることには変わりない。
ここが、二人が二人をセフレと言い切れない所以だった。
ふとした隙間に入りこんでくる相手への推量が、ドライになりきれない関係を形作っ
ていた。思いやりの一歩手前のような、至極あいまいな感情なのだけれど。
- 14 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:53
-
キスはしないという約束は強固に守られている。
当初と変わらずしたいという気も起こらないし、どちらかと言えば、したくない。
頭の端で想像すると、妙な居心地の悪さに顔がゆがむ。それはさゆみと関係をもつ
前に抱いていた、同性愛への漠然とした拒否反応に似ていた。
れいなもさゆみも自分はノーマルだと思っていたし、今もそれは変わらない。
なのになぜ、こんなおかしな関係を飽きもせずにつづけているのだろうか。
ベッドに横たわり、縦にした枕を抱き締めながら、れいなは考えてみる。
答えは浮かんではこない。
なっちゃったもんはしょうがない、としか言えないのだ。つまり、タイミングの問題だった。
- 15 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:54
- 少なくともれいなは、この関係を“遊び”と割り切ることで自分に折りあいをつけていた。
遊びとは、行きずりのセックスとなんら変わらない、退屈から抜け出すためのツールに
すぎない。そう考えることでしか、この歪んだ現実を肯定出来なかった。
もしくは、キスをしないことがその最後の砦なのかもしれない。
あっさり越えてしまった一線の重大さに、越えてしまってから気付いた二人が現実
逃避するための手段――それが、この約束なのだろう。
すべては悪あがきだったのかもしれない。
けれど、二人しか知らない、二人にしか量りえない秘めごとは、二人が定義したなか
でこそ正常に成り立っていた。
そういう意味で、この約束は絶対に守られなければいけなかった。
壊してしまえば何かが崩れることだけは、二人ともわかっていたから。
- 16 名前:_ 投稿日:2007/11/13(火) 03:55
- 「さむっ」
熱が抜けた代わりに汗が冷えて、れいなは小さく身震いする。
ベッドから飛び降り、一直線に浴室へ向かった。
鼻歌を口ずさみながら、熱いシャワーに身を委ねる。
身体についた彼女の匂いと爪のよごれさえ落としてしまえば、先ほどの情事は
綺麗さっぱりなかったことになる――と自分に暗示をかける。
日々はその繰り返しだった。
湯気で曇った鏡にシャワーを浴びせると、代わり映えのしない身体が立ち現れた。
左手で、傷ひとつないその肌に触れる。
痕をつけるなんてバカな真似はしないし、絶対にさせない。
繰り返すためにはリセットが必要なのだ。
キュッとコックをひねったところで、さっきの話題が頭を過ぎった。
――5日、結局どうなるんっちゃろ。
- 17 名前:Sack time 投稿日:2007/11/13(火) 03:56
-
- 18 名前:壮 投稿日:2007/11/13(火) 04:01
- 初回終了です。
ストックあるのでサクサク進む予定。
- 19 名前:壮 投稿日:2007/11/13(火) 04:07
- ミス発見、4レス6行目の“キッチンへ”はスルーで…
ほんとすみません。
- 20 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/13(火) 04:21
- 続きが気になります。
- 21 名前:マト 投稿日:2007/11/13(火) 19:20
- 期待されます。 これからもはやい更新お願いします。
さゆれな最高。。
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/13(火) 20:46
- >>21
ageぐせつけないようにね。
- 23 名前:Aberration 投稿日:2007/11/15(木) 01:32
-
- 24 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:33
-
一等地に位置する高級マンションの周囲はさすがに閑静で、スプリングの軋む音は
それなりに響く。
しかし、防犯と防音が最大の売りである一室には別段関係のないことだった。
昨日の今日で、相変わらず二人はベッドに身を沈め汗を流している。
断続的な軋みの合間にまじる、甘やかな吐息が扇情的なBGMを奏でていた。
セミダブルのベッドは程よい大きさと柔らかさで二人を包みこむ。
それもそのはず、家具の機能性にはさして拘りを持たないれいなが、唯一時間を
かけて吟味した代物なのだ。
今夜そこに背中を埋められるのは、れいなだけである。
- 25 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:34
- 汗ばんだ首筋に顔を埋めながら、徐々に指の動きを速めていくさゆみ。
その肩にしがみつき、れいなはぐずった子どものような声をあげる。
「さゆ、さゆ、れなもうヤバい…っ」
耳元に唇を寄せ、切なげな表情を浮かべて首を振る。
さゆみはそれに応えるように、より深くを探った。指の速度に比例して、スプリング
の軋みも激しさを増していく。
- 26 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:34
-
今、中指と人差し指が感じている肉感。
適度な締めつけと、皮膚に絡みつくザラザラした無数の突起。
こんな所に性感帯を入れるって、どんな感じなんだろう。
気持ちよすぎて死んじゃうんじゃないだろうか。
- 27 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:35
- れいなを抱いている時、さゆみは突発的に男性に対して羨望を抱くときがあった。
浮んでは消えるような漠然とした感情なのだけれど、それは確かにれいなと繋がって
いるという実感として彼女を満たした。
同時に、体中に広がる優越感。
普段はワガママで傍若無人な彼女が、自分の指先ひとつで身を捩り快楽に堕ちて
いく様は、さゆみに精神的なエクスタシーを与えた。
彼女自身が本来持すサディズムとこの体位は、性癖として完全なシンクロを生む。
れいなとでなければ味わえない快感は、今や彼女の中でなくてはならないものに
なっていた。
- 28 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:36
-
ビクンと身体がしなって、れいなは傀儡師を失った操り人形のように力尽きた。
彼女に覆い被さっていたさゆみも、それに続くように隣のスペースに身を預けた。
白い天井に熱を帯びた吐息が重なる。
「てか…れなカレシとでもこんな気持ちよくいけんとよ」
肩で息をしながら言葉を投げると、さゆみはふふ、と微笑った。
「ラブラブじゃねぇ」
「ベッドの上だけね」
柔らかな笑い声が重なる。視線は天井に向けられたまま、混じることはない。
少しの間を挟んだ後、思い出したようにれいなが口を開いた。変わりかけた空気を
引き戻すような、乾いた口調だった。
「さゆ、水」
「え?」
「水取ってきて」
「もー…めんどくさいなぁ」
言いつつも、足でショーツの場所を探るさゆみ。見つけたのか、布団の下でごそごそと
身を捩っている。履き終わるまでの間、れいなはベッドの端に寄ってやる。
床にあったサイズ合わないパーカを羽織った彼女は、緩慢な足取りで冷蔵庫へ向かった。
- 29 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:37
- 体勢を戻したれいなはベッドサイドのラックから雑誌を取り出し、パラパラと流し見る。
突然、ページをめくる手が止まった。
「あ、5どうすると?」
「なにー?」
声が届かなかったのか、さゆみは扉を閉めつつ振り返る。
ボトルを手に戻ってくる彼女の下半身に目がいった。
「今日黒やん。珍しかね」
「そう、かわいくない? 昨日お姉ちゃん買ったらしい」
小首を傾げつつ、くるんと一回転してみせる。
ビビッドな紫のパーカに黒のショーツという格好なだけに、かわいいというより
イヤラしい。れいなは微妙な表情を浮かべた。
またもや話題が逸れていることに気付き、我に返って軌道を修正する。
「てか5日。結局さゆ来んのよね」
「あー…う、ん。用事あるんじゃろ?」
はい、とれいなに容器を手渡し、ベッドの縁に腰掛ける。
背中に遮られ、れいなからその表情は見えない。
「んー、まぁ。そん次の日やったらいけるっちゃけど」
「だめ」
- 30 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:38
- ――?
いつもとは違う声の調子に、反射的に彼女の方を見上げる。
視線に気付いたさゆみは、取り繕うように笑みを交えながら続けた。
「6日はさゆみ、夜まで仕事やけぇ」
「…っそ。じゃまたテキトーに連絡して」
「うん」
こちらに向けられた微笑には影が滲んでいた。
どことなく寂しそうなそれに、れいなの口から言い訳めいた言葉がもれる。
「なんか、アイツがその日しか無理らし…」
「あ、忘れてたっ」
聞いてないし。
小走りで去っていくその背中を、苦笑混じりに見つめる。
浴室の方へ向かった所をみると、大方体重計にでも乗りにいったんだろう。
ご苦労ご苦労、とれいなは雑誌に視線を戻した。
- 31 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:39
-
逃げるように脱衣場に入ったさゆみは、不意にそれを見止める。
洗面台の奥に横たわる、見慣れない銘柄の煙草。
直感的に、それがれいなのものでないことに気付く。
気付いたからといって、しかしどうこうするわけでもない。気付かなかったふりをして
その事実から目を逸らすだけだ。
違和感はない。そう自分に言い聞かせる。
日常にはびこる暗黙のルールが、さゆみにそれ以外の選択肢を与えなかった。
胸に巣くう違和感の飼い方を、彼女は無意識のうちに覚えてしまっていた。
鏡の中の、もうひとりの自分と目が合う。
追いつめられたような表情だった。
部屋中に存在する見えない誰かに、実際彼女は怯えていた。
しかし、どこに逃げても何を避けても、こんな小さな箱すら動かせないのが現実なのだ。
正常なのは、その事実だろうか。今、胸に湧き出でる感情だろうか。
答えは浮かんではこない。
小さく息を吐いた後、さゆみは普段通りの笑みをつくった。
- 32 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:40
-
「ヤバーい1キロ減ってるー!」
嬉々とした絶叫が寝室にまで届いた。
「すごいやーん」
まるで棒読みだったが、一応声だけでもリアクションを返す。
行きと同じスピードで戻ってきたさゆみは、ベッドの空きスペースへ飛び込んだ。
体にだるさの残るれいなは、そのハイテンションぶりに苦笑を返すのが精一杯だ。
「何キロやったと?」
全身から“訊け”という空気を出している彼女に従って、渋々尋ねる。
その耳元に唇を寄せ、満面の笑みで成果を囁くさゆみ。
「お、痩せたやん」
「でしょでしょ〜」
友達同士のような気楽な会話をして笑いあう。
ただそれだけのことが、なんだかひどく懐かしかった。
れいなはかすかに目を細める。
その瞳に映るのは、目の前の楽しそうな笑顔と過去の自分達。
遠い遠い昔に手放したはずの、問題のない自分達だった。
- 33 名前:_ 投稿日:2007/11/15(木) 01:40
- お互いの作り笑いに気付かないほど、彼女たちは子供ではない。
けれどもうあの頃には戻れないと知るから、気付かないふりをしているだけだった。
進むことも許されず、戻ることも出来ない関係を、そうして守っているだけだった。
それが二人の習慣であり、約束であり、ルールなのだ。
だからなのかしかしなのか、ごく小さなズレが生じ始めていることにも、二人はまるで
気付かなかった。
- 34 名前:Aberration 投稿日:2007/11/15(木) 01:41
-
- 35 名前:壮 投稿日:2007/11/15(木) 01:47
- 二回目以上です。
- 36 名前:壮 投稿日:2007/11/15(木) 01:51
-
>>20 名無飼育さん
初レスありがとうございます。
そう言って頂けるよう、今後も精進します。
>>21 マトさん
レスありがとうございます。
同士発見w なるべく速い更新を心がけます。
>>22 名無飼育さん
お気遣いどうもです。
- 37 名前:20 投稿日:2007/11/15(木) 02:52
- 更新お疲れさまです。
何か動き出しそうですね。
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/16(金) 08:57
- 更新お疲れ様です。
れなさゆ好きなので、更新が待ち遠しくてたまりません!
タイトルもすごい好みです。
- 39 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/18(日) 10:34
- 次回が楽しみです
- 40 名前:Yearning〜.05〜 投稿日:2007/11/19(月) 02:50
-
- 41 名前:Yearning〜.05〜 投稿日:2007/11/19(月) 02:58
-
さゆみはベッドの上に手帳を広げ、その日を見つめていた。
1時間前に床に就いたものの、一向に睡魔が訪れる気配はない。無意識に手帳を
手に取ってしまったせいで、余計に目が冴えた。
ひとつだけぽっかりと空いたスペースは、シールやカラーペンで彩られた紙面の中
にあってひたすら異様だ。
穴が開くほど見つめたところで、空白に答えはなかった。
大きくため息をつき、こてんと頭を倒す。
考えれば考えるほど深みにはまっていきそうな気がして、さゆみは考えることを止めた。
- 42 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 02:59
- おもむろに携帯を手にとり、時間を見る。
サブディスプレイの表示は『23:57』。
日付が5日に変わるのを待たずに、本体を伏せた。
「よし、ねるぞ」
言い聞かせるように呟いて、パタンと手帳を閉じた。
- 43 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:00
- 電気を落とし、枕に顔を埋める。
明日は丸一日オフだから、心置きなくうつ伏せ寝ができる――はずなのだが、
なんだか落ち着かなくてすぐに体を向きを変えた。
今度は枕越しに聞こえる鼓動がうるさい。苛立ち紛れに再び体勢を変え、ぎゅっと
目を瞑った。
- 44 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:00
-
- 45 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:01
-
ごく浅い眠りしか取れなかったさゆみは、端的に言って不機嫌だった。
上半身を起こし、寝癖のついたの頭をかく。寝不足のせいで頭がいたい。
ぼんやりしていると、けたたましい音で携帯が鳴った。反射的に手に取ったが、
失礼ながら表示を見た途端にため息がでた。
- 46 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:02
- 「もしもし絵里? なに?」
電話口から飛び込んできたのは、親友の空元気な声。久々に早起きしたことに
テンションが上がっているらしい。
耳から少し本体を離して、さゆみは話を続けた。
「…うん、まぁ空いてるっちゃ空いてるけど。……今から? え、正気? だって9時だよ?
まって絵里絶対途中で寝るから。…別に嫌ってわけじゃないけど………は? え、え、ちょっと待っ」
約束を取り付けるなり、一方的に切られた携帯を見つめる。
呆気にとられつつも口から笑みが零れた。
彼女のノープランさに呆れつつも、すこしだけ救われている自分がいる。
どうせ会えないなら、誰かと遊んで気分を晴らした方がいいのかもしれない。
忘れろってことなんだ。
そんな風にさえ思えてきた。そう思えてきたと、思い込むしかなかった。
すっくと立ち上がり、掌で頬を包む。
「よし」とちいさく気合いを入れたあと、確かな足取りで洗面所へ向かった。
- 47 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:02
-
- 48 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:03
-
- 49 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:04
-
二週間ぶりの逢瀬だった。
それが長いのか短いのかれいなには分からなかったが、日の当たる場所で遊ぶ
というのは否応なしに心が躍るものだ。
日が落ちるまでテーマパークで遊んだ後、そのままの足で相手のマンションに向かう。
これぞデートの王道といった内容に、我ながら満足だった。
普通の女の子がすることを普通にしている。それだけでなんだか安心出来るし、心が潤う。
このまま、平凡で穏やかなオフのひとコマが続くと思っていた。
シャワーを浴びているアイツの携帯を見るまでは。
現実はいつだって、思い描いた通りにはならない。
- 50 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:04
- 玄関にドカッと腰を下ろし、乱暴な手つきでロングブーツに足を通す。編み上げの
紐が絡まり、余計にれいなをイラつかせた。
背中に纏わりつく言いわけじみた声と、思い通りにならないブーツ。
その両方に大きく舌打ちする。
靴紐はまだもつれたままだったが、構わずドアノブに手をかけた。
背後で声がにわかに強くなる。
れいなは振り返らずに後ろをにらんだ。
思い通りにならないことがあるとすぐに声を荒げる、コイツの悪い癖だ。
最初の方は意外な一面、なんて惚けていたが、今や立派に嫌いな所の代表格である。
答える代わりに、通常の3倍の力でドアを閉めてやった。
- 51 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:05
- 青白い蛍光灯が照らす内廊下を早足で歩く。心なしか、足音にも怒りが滲んでいた。
別に気持ちを裏切られた、などといって怒っているわけではない。
アイツごときに遊ばれていたかもしれないということが、れいなの自尊心を傷つけた。
バッグからケースを取り出し、サングラスを装着する。
こんな時でも周りを気にしなければならないのだから、芸能人も楽ではない。
エントランスの自動ドアをじれったい思いでくぐりつつも、やはり背後が気になった。
追ってくる気配はない。
――こういう時ってフツー追っかけてくるっちゃろ?
真っ暗な夜道、見えない誰かに賛同を求めるも声はない。
盛大なため息を落として、歩幅を広げた。
- 52 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:06
-
本当に、選ぶ行動すべてがカンに障る。
しかも大事なときに限って、波長やタイミングが合わない。
思えば最初から、寂しい夜にはきまって連絡をよこさないヤツだった。
外見しか見ていなかった当初はそれでもよかったが、最近いやに無粋なところばかり
目につく。以前はちょうどいいと思っていた歯痒さも、今となっては溝でしかない。
- 53 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:07
-
恋愛を続ける上で、タイミングが合わないというのは致命的だ。
少なくともれいなはそう思っていた。
例えば今、こんな喧嘩ひとつでも、向こうが追ってこないというだけで苛立ちは寂しさ
に変わる。前者は一時的なものだが、後者は忘れようも忘れられない。それを埋めて
くれる誰かにすがりたくなるのが、人間の深層心理というやつである。
そして本当にすがりついてしまった場合。それが破局につながる可能性だって大いに
ある。
だからやっぱりタイミングは侮れないのだと、れいなは鼻息を荒くする。
もっとも、そんなことを証明したところでアイツは追いかけてはこないし、都合よく
携帯が鳴るわけでもないのだが。
ちいさく嘆息し、靴紐をくくり直す。
- 54 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:07
- ふと携帯をマナーにしていたことを思い出し、期待半分でバッグから取り出した。
が、案の定新着は0件。
待ちうけ画面に向かって口をへの字に結ぶ。
予感していたこととはいえ、すこしだけ寂しかった。
時刻は21時42分。
本当ならあの部屋で日をまたぐはずだったと思うと、怒りも寂しさも通り越して、
むなしさが胸を覆った。
不意に、数日前に交わした会話が脳裏に浮ぶ。
- 55 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:08
-
――『5日れいな空いちょーよね』
『あ、5ムリ』
『えぇ。泊まり?』
『わからんっちゃけど、多分そうな…』
『じゃあいいやん、22時ここね』――
- 56 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:09
- 22時まではまだ時間がある。
このままひとりで過ごすのも寂しいし、彼女を呼んでしまおうか。
至って軽い気持ちで、着信履歴からさゆみの番号を呼び出す。
親指が決定ボタンに触れる寸前、れいなは携帯を閉じた。
- 57 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:09
- なんとなく、今会ってはいけないような気がした。
彼女とは、感情と一線を画した所でしかつながってはいけないような気がした。
寂しいなら余計に、さゆみには会えない。
当然だ、今この状況で彼女を思い出すこと自体間違っていたんだと、はぐらかすように
乾いた笑みをもらす。
静寂のせいか、それ自体が寂しいことのように思えた。
足もとに視線を落とし、以前仄かに抱いた問いを反芻する。
- 58 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:10
- 友人ではない、ただの仕事仲間でもない、しかし身体だけの関係とも言い切れない。
寂しい時には側にいてはいけないし、そもそも感情を共有しない。
恋人とは長く続いたことがなく、女友達も少ない自分が、なぜこんな曖昧な関係を
続けていられるのか。
- 59 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:10
-
そうか――れいなはひとりごちる。
タイミングを必要としないからだ。
欲求不満を感じた時に各々が呼び出すという、作られた時間のなかだけの関係だからだ。
それゆえ、切ることもないし切られることもない。
そもそも始まってもいないのだ、終わりがくるはずがない。
―
だったら――なおさら今は逢えない。
寂しくて悲しくて苛立って、自分でもなんだかよくわからない感情のままでは。
携帯をバッグのなかへ押し込む。
会えないと知りながら、無性に彼女にすがりたくなっている自分を抑えるように。
- 60 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:11
- 大通りに出たところでタクシーを拾い、乗り込んだ。
帰ったらどうしよう。ヤケ酒でも飲むか。朝まで一人で飲み明かすのも悪くない。
点滅するテールライトを眺めつつ考えこむ。
――ヤバ、れな絶対将来中澤さんみたくなりよう
力ない苦笑がもれた。
窓際に寄り添い、流れゆく景色に目をやる。
ダークグレーのレンズ越しに見る夜は、いつもより静謐で味気ない。
まるで世界にひとりだけ取り残されたような気にさえなる。
だが、今夜ばかりはそれでよかった。その方がよかった。
バッグからイヤホンのコードを伸ばし、耳穴に差し込む。
流れるような動作で再生ボタンを押した。ピッという電子音の後、柔らかな前奏が
はじまる。
色のない景色に寄り添うのは、皮肉なほど情感のこもったバラードだ。
心を揺さぶる感傷的な歌詞に、目の奥が熱くなる。
何かを押しとどめるように、ゆっくりと瞼を下ろす。
全身から力が抜け、にわかに心地よい眠気が訪れた。
――ひとりは…慣れとうけんね
20分後運転手に起こされるまでの間、れいなはしばし浅い眠りについた。
- 61 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:13
-
寝ぼけ眼で見慣れた場所に降り立つ。同時に音楽を止め、イヤホンを剥ぎ取る。
突如、無味乾燥な現実に引き戻された。
起き抜けのせいではっきりしない頭を、肌寒い夜風が目覚めさせる。
まだ冬の手前だと言うのに、底冷えがする夜になりそうだ。
腕を摩りながらエントランスを抜け、エレベーターに駆けこんだ。
猛スピードで駆けあがっていく階数を見上げながら、あくびをかみ殺す。
お腹のあたりでグーと間抜けな音が鳴った。誰も乗っていなくてよかったと、
苦笑いで胸を撫で下ろす。
- 62 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:14
-
部屋に入ったらまず暖房をつけよう。
たしか冷蔵庫に寿司が残っていたはずだから、それをつまんで――
暖かさと食べ物のことを考えれば、ほのかに気力が戻ったような気がした。
単純だなと、自分のことながら呆れ笑いがもれる。しかし、今はその単純さに感謝
しようと思った。
- 63 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:14
-
軽快にコンクリートを響かせていた靴音が、急に止まる。
前方に見える不審な影に、思わず眉間に皺が寄った。
――え、なん? だれ…?
間違いない、誰かが自室の前でうずくまっているのだ。
進もうか戻ろうか、挙動不審のままレンズの奥で目を凝らす。
しかし、両腕に顔を埋めているためその顔は確認出来ない。
恐る恐る近付いていくと、靴音に気付いたのか、その人はパッと顔を上げた。
「おそいよ」
約束に遅れた相手をいさめるような口調だった。
そんなことよりも、れいなは彼女を見下ろしていることに新鮮さを覚える。
- 64 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:15
- さゆみだった。
- 65 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:15
- 刹那、張りつめていたものがふっと解け、眉が開く。
そこにあるのは微笑みでもないのに、安堵に似たぬくもりが胸にしみていく。
ゆっくりと全身に行きわたるそれは、すこしの痛みを伴っていた。
その痛みさえも優しくて、きゅっと胸がつまる。
- 66 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:16
- 「なんしようと?」
側に立ち、あきらめを含んだ笑みで言う。
立ち上がったはいいものの、よろけた彼女はとっさにれいなにつかまった。
目線をいつもの高さにし、及び腰でそれを受け止める。
足が痺れているのか、なかなか離れてくれない。かすかに触れている手は冷たかった。
- 67 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:17
- 「なんで連絡せんかったと? てか今日こんって言ったやん」
「れいなこそムリって言ったくせに。22時前に着いちょーやん」
「まぁ、いろいろあって…」
「とりあえず早くあけて?」
促されるまま鍵を差しこみ、センサーに指紋を擦りつける。
無機質な機械音の後、ドアが開いた。
当然のように家主よりも先にあがりこむさゆみ。
人の気配を感じ取ったダウンライトが自動的に灯る。冷たい玄関が、にわかに
オレンジの光で満たされる。
なぜ彼女がこの場所にいるのだろう。
ぼうっと浮かび上がった背中を見ながら、れいなは不思議な気分に包まれていた。
- 68 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:17
- 後姿を目で追ったままサングラスを外し、靴箱の上に置く。
リビングに通じる廊下に、ふたつの足音が響いている。
「……なんかあったと?」
自分のことは棚に上げて問いかけた。さゆみが連絡もなしにこの部屋に来たのは
初めてなのだ。
「何もないから来ちょるんやろ」
声の方を振り返ることなく常識のように答えると、彼女はリビングに入っていった。
納得出来るようでどこか腑に落ちない答えに、れいなは小首をかしげる。
- 69 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:18
- ダウンを脱ぎながらリモコンを翳し、エアコンのスイッチを入れた。
送風の音だけが室内に響く。
言い知れない、微妙な空気が流れていた。
さゆみが部屋に来るようになってから、こんな風になったことは初めてだ。
テレビの電源がつく音がし、ノイズが沈黙を埋める。
れいなは様子を伺うように彼女に一瞥をなげた。
ソファに腰かけ、テレビを眺めるその背中に表情はない。
リモコンで操作しているのだろう、画面だけが忙しなく切り替っていく。
突然、ブツンと電源が切られた。
「彼氏んとこいたん?」
さゆみはゆっくりと振り返る。その表情はいつもと変わらないものだった。
ほっとしたのも束の間、れいなは彼女の微かな変化に気付いてしまう。
目の端が、ほのかに赤くなっていた。
微妙な動揺を悟られないように、わざと気だるい声をだす。
「あー…うん。夕方から」
「そっか」
- 70 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:19
- それきり会話は途切れた。
風音が耳に近くなる。
ざわざわと胸騒ぎがする。
彼女の変化に、触れた方がいいのだろうか。
れいなは内心冷汗をかいていた。なぜこんなに焦っているのか自分でもわから
ないけれど、とにかく落ち着かない。
「…なんか飲む?」
来客に飲み物を出したことなんてなかったが、不意に言葉がでた。
我ながらドラマの台詞のようだと、内心苦笑する。
「あたしココアがいい」
「ココア〜? そんなんあったっけ」
逃げるようにキッチンへ入り、ピンと足を伸ばして戸棚を開く。
幸い、未開封のミロがあった。引越したばかりの頃、母親が置いていったものだ。
- 71 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:21
-
お湯を沸かしている間も、無言はつづいた。
「あ…」
「ちょっ」
同時に口を開き、言葉がぶつかる。僅かな沈黙に、互いの緊張が浮き彫りになる。
「…いいよ、なに?」
譲歩したのはさゆみの方だった。こちらの出方をうかがうような、硬い口調だ。
譲られて話すほどたいそうな話題ではなかったため、言葉が続かない。
言わないつもりだったが、口をついて出てしまう。
「ちょっと……ケンカしたけん、帰ってきた。
てか聞いてくれる? マジありえんっちゃけどアイツ」
それかられいなは、ひとしきり喧嘩の顛末や不満を話した。愚痴としか言いようの
ない話を延々と垂れ流す。
友達にするように、冗談を交えながら。
わざと、そうした。
自分の中に芽生えそうな何かを打ち消すために、れいなは喋り続ける。
- 72 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:22
- いつものようにこの場所に彼女がいる。けれど何かが違う。
胸を騒がせる得体の知れない変化に、れいなは戸惑っていた。
意味のない言葉の裏で、本心ばかりが膨れ上がる。
- 73 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:22
-
寂しい時に、こんな風に来てくれる友達はいなかった。
寂しい時に、呼び出さなくても気持ちを察してくれる、そんな恋人もいなかった。
だからすこしだけ、胸が高鳴っていた。
本当は欲しているのに、諦めかけて嫌いだと嘯いていたものを、急に差し出された
ような。そんな言いようのない気恥ずかしさが、れいなの心を揺さぶる。
慣れないことをされて、素直に本心をさらけ出せる自分ではないことはわかっている。
弱みを見せたくないという無意味な強がりが、そうさせていることも知っている。
だかられいなは、思いを悟られないように話を逸らして、本音から目を側めることしか
出来ない。
それ以外に、どうしていいかわからなかった。
- 74 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:24
- そんな葛藤も知らずに、さゆみは適当な相槌を打つだけだ。
タイムリミットを告げるように、シューシューとヤカンが鳴る。
こげ茶の粉末が沈んだ赤いカップにお湯を注ぐ。立ち上る湯気が目に入って、
涙目のようになった。
ソファの前のミニテーブルに、静かにココアを置く。
れいなは少し離れた場所にあるテーブルの椅子に座った。
彼女の方を向いてはいるが、視線は宙をさまよっている。
もっとも、彼女を注視したところで見えるのは横顔だけなのだが。その点で、この席は
都合がよかった。
- 75 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:26
-
「…でムカついたけん、タクん中でもふて寝しとったと。着いたらさゆがおってさぁ、
めっちゃビビッたけんね。タイミングよすぎやない?とか思って。てか今日れな
一人やったらどうなってたんっちゃろ。一人でヤケ酒とか。中澤さんやーんみたいな」
ははっ、と乾いた笑みで誤魔化す。
都合の悪い所は省き、過去の引き出しから手当たり次第言葉を取りだして羅列
しただけの、ひどい内容だった。そのストックもそろそろ底をつきかけている。
気付いているのに、口は止まってくれない。
「だけん…さゆがおってくれてよかった」
- 76 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:27
- さゆみの返答はない。
しまった、れいなは息を呑む。そう思ったのは事実だが、口に出す気なんて毛頭
なかった。らしくない、キャラじゃない、何かとてつもなくサムい言葉を吐いてしまった
ような気がする。最後の最後に墓穴を掘った。
なんともいえない後味の悪さを拭うように、大きく伸びをする。
「てかれなばり腹へっと〜。寿司あるっちゃけどさゆも食べん?」
立ち上がり、振り返る。途端、れいなの動きが止まる。
理由はさゆみの表情だった。
まっすぐにこちらを見つめる大きな瞳が、れいなを捉えて離さない。
“どうしたと?”
言うべき言葉を見つけ、口に出そうとしたその時だ。
- 77 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:28
-
「れいな」
感情のこもっていない、無機質な声色だった。
その先に待つ言葉を暗に察して、れいなの表情が強張る。
「ご飯とかいいけぇ――しよ?」
心臓が大きく跳ねる。眼前でうすく笑んでいるさゆみを、れいなは彼女ではない
別人のように見ていた。
何を考えているのかわからない、冷ややかな微笑に背筋をなぞられる。
- 78 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:28
- その合図を言葉で聞いたのは初めてだった。いつもはどちらからともなく衣服を剥がすのだ。
その習慣を崩すために、今夜はらしくないことを続けてきた。
視線を落とす。返答に迷う。そうしているうちにも、彼女はこちらに近付いてくる。
傍に立ったさゆみは、馴れた手つきでれいなの上着のジッパーを引き下げていく。
言葉を選ぶ前に、その手をつかんでいた。
- 79 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:30
- 「ごめん……そんな気分やないけん」
言葉にして拒んだのも初めてだった。
「てか、いいとかだめとかあったっけ?」
言いながら、さゆみは耳朶に唇を寄せる。
吐息が耳にかかり、息をもらしてしまいそうになる。咄嗟のところで堪え、理性を引き戻した。
「…さゆ、マジ、やめよ」
二の腕をつかんで体を離そうとするも、さゆみは力を緩めない。
- 80 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:30
- れいなが拒んでいるものは、彼女ではなかった。
受け入れたくないのは、自分自身の本心だった。
受け入れてしまえば何かが壊れることを、感じ取っていたから。
- 81 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:31
- 揉みあっている内に足がもつれ、二人してソファに倒れ込んだ。
さゆみを見上げるれいな。
れいなを見下ろすさゆみ。
反転した世界で、真正面から視線がぶつかる。
永遠とも思える沈黙のなか、秒針の音だけが部屋中を埋めていた。
さゆみは戸惑っている。
れいなにはそれが手に取るようにわかった。
誘ったくせに、押し倒したくせに、その瞳は迷い子のように揺れている。
まるで数分前の自分を見ているようだった。
- 82 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:32
-
だから、れいなは彼女を引き寄せた。
力任せに態勢を逆転させ、首筋に顔を埋める。針の音が消えた代わりに、衣擦れ
と吐息が耳を埋めた。
――さゆが、悪いんやけんね
密やかに耳もとに落とされた声が、彼女に届いたかは定かではない。
しかし確かにそれを合図にして、彼女と彼女は情事に身を沈めた。
- 83 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:33
- 芽生えそうなものが衝動に変わり、爪先から頭のてっぺんまで一気に突き上げる。
憎悪と表裏一体の愛しさが、体中を駆けめぐる。
それは、せつなさだった。
飢えた獣のように、己の牙で互いを傷付けあう二人。
ぬくもりとにおいだけを頼りに、目も眩むような恍惚のなかを突き進む。
知り尽くしているはずの身体をなぞる指先は、はじめてのようにぎこちない。
しかしはじめて触れたときよりもずっと、鼓動は速まっていた。
- 84 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:33
-
さみしいだけの夜になるはずだった。
けれど彼女のぬくもりを感じる今、触れる前よりずっと、さみしくて胸がいたい。
それでも、舌が、指が、彼女に触れることを止めてくれない。
理屈ではない。れいなを突き動かしているのは、本能だった。
- 85 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:34
-
さゆみの心の声が、れいなに届くことはない。
れいなの戸惑いに、さゆみが気付くことはない。
本当のことなんて知りたくない、気付きたくないと心が言うから。
近付こうとすればするほど、傷付けるしかなかった。
暴力的なまでにやさしく、体中を噛みしめていく。
キスは出来ない。出来ないのだ。
だから、せめて。
「れいな…っ痕、つけて…?」
無抵抗に身体を開き、さゆみは懇願する。
声に応えるように、れいなは胸の深い深い場所に吸いつく。
呼吸をすることも忘れて、ひたすらに唇に力を籠める。
心のズレが一瞬でも重なるからイタく、
それでも思いは重ならないから、いたい。
さゆみの胸に、れいなの心に、はじめての“痛み”が迸る。
これ以上ないほど甘いそれを、知ってしまったらもう戻れない。
- 86 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:35
-
こうして彼女たちは、ひとつ目の約束を破った。
- 87 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:35
-
喧嘩をしなければ。この場所に来なければ。寂しいなんて思わなければ。
あんなことを言わなければ。こんな関係を築かなければ。
あの夜、彼女に触れていなければ。
こんな痛みなんて、知らずにすんだのに
- 88 名前:_ 投稿日:2007/11/19(月) 03:38
-
すべてはタイミングだった。
コンマ1秒のズレさえ許さない与奪の結果生まれた、今夜だった。
必然になれない焦燥をぶつけあうふたりを、氷のような月だけが見ている。
そんなつめたい夜に、ふたりは終わり、はじまった。
- 89 名前:Yearning〜.05〜 投稿日:2007/11/19(月) 03:39
-
- 90 名前:壮 投稿日:2007/11/19(月) 03:40
- 三回目以上です。
- 91 名前:壮 投稿日:2007/11/19(月) 04:02
- めちゃ余談ですか、田中さんが車内で聴いていたのは
某EXILEの“ただ...逢いたくて”でした。
併せて聴いてみるのも一興かもしれませんw
>>37 20さん
動き出し…ましたかね?w
なんかあらぬ方向にいっちゃいそうですが、今後も
生暖かく見守ってください。
>>38 名無飼育さん
またまた同士が!
タイトル、気に入って頂けたようでうれしいです。
これでも15分は悩みましたw
>>39 名無飼育さん
お言葉に見合う内容か不安ですか…これからもがんばります。
- 92 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/19(月) 12:42
- タイトル悩んだ時間が15分w
今回は何度も頷きながら読みました。いろいろ妙に納得できちゃいました。
この2人が切なくて見てられないけど、見たくてたまりません!
- 93 名前:20 投稿日:2007/11/20(火) 02:23
- 更新お疲れ様です。
二人とも切ない。。。
続きが気になってしょうがないです。
- 94 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/20(火) 07:47
- 凄くリアルっぽくてこの物語に魅かれました。
れいなと居るときだけ出るさゆの山口弁がいいですね。
- 95 名前:Undo 投稿日:2007/11/25(日) 03:21
-
- 96 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:22
-
小鳥のさえずりが耳をくすぐる。徐々に醒めていく意識のなか、小窓から注ぐ光に目を細めた。
気だるさの残る体を起こすと同時に、掛け時計を見る。
集合時間まではかなり余裕があり、さゆみはひとまず息をついた。
あれから寝室に場所を移したので、二人はベッドに横たわっている。
しんと静まりかえった仄暗い室内。カーテンの隙間から零れだす光。
静寂のなかに響く彼女の寝息。
ふたりきりで迎える二度目の朝は、凪いだ海のようにおだやかで淋しい。
まるでテレビドラマのワンシーンのようだとさゆみは思う。
それくらい実感のない、きれいな現実だった。
- 97 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:23
- 引き寄せられるように、右肩に鼻を寄せる。
れいなの匂いがした。
香水とはちがう、柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
隣で眠る彼女の匂いが、体中にも染みこんでいる――こんなぜいたくな朝は、もう二度と
こないかもしれない。
幸せな哀しみが、さゆみの胸のなかに波紋を描く。
- 98 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:25
- うら悲しさを抱きながら、昨夜の疲れからか未だ寝入っているれいなの髪を撫でてやる。
陽光に透けた髪が琥珀色に艶めいていた。
いい夢を見ているのだろう、かすかに口角があがっている。
寝顔は天使なのになぁ、口のなかで呟いた。半ば本気だ。
今を焼きつけるように、さゆみの瞳は彼女だけを映している。
規則的な寝息を奏でる、うっすらと開いた唇。
なんの駆け引きもなく、ごく自然に腕が伸びる。
そこにあるから触れる、ただそれだけの心理だった。
形のいいそれに、親指の腹をすべらせていく。
皮膚をつたう柔らかな感触に思わず頬が緩む。
その時、急にれいなが寝返りをうった。
反射的に指を離す。
再び寝息がおこったことを確認して、さゆみはホッと胸を撫でおろした。
- 99 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:26
-
――何やってるんだろう
自分に呆れながら、ぼんやりとそれを眺める。
いけないと知りつつ、その指を自身の唇に近づけていく。
一秒未満の距離で、掌を握りしめた。
こわかった。
戻れなくなるような気がして、出来なかった。
こんな時でも臆病な自分がむなしくて、口端が上がる。
- 100 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:27
- 彼女を起こさないように静かにベッドから降り、寝室を後にした。
何も身につけずに室内を歩くのは初めてだ。朝特有の冴えた空気が肌をなでる。
このままシャワーを浴びようかとも思ったが、水音で起こしてしまうのが嫌だったので、
まっすぐにリビングへ向かった。
- 101 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:28
-
案の定そこには衣類が散乱しており、ひどい有様だった。
腰を折って自分のものを探し、身につける。
服を着終えた後、一応れいなの服も畳んでおいた。A型の几帳面さというのは、
ふとした時に発揮されるのだ。
落ち着いたリビングを満足げに見回すさゆみ。
ふと、赤いカップが視界に入った。
一度しか口をつけなかったため、中身はほとんど減っていない。見た目にもぬるくなって
いることがわかった。
手に取りかけて、止める。
何かひとつでも、自分が居た証を残したかった。そうでないと、ここに居たことさえ
なかったことになってしまうような気がした。
- 102 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:31
-
一通り身支度を終えたさゆみは、最後に洗面所に入った。
髪に櫛を入れながら鏡に目をやる。胸もとに見慣れないものが見え隠れしていた。
ぐっと襟ぐりを引き下げても、まだそれは奥へ続いているようだ。
じれったくなり、一気に上着を脱ぐ。
鏡に映ったのは、目の覚めるような光景だった。
白い肌に花びらを散らしたように、
首筋に、鎖骨に、胸に、無数の赤い痕が点在していた。
「うわ…」
鏡に手を当てつつ、もう一人の自分に見入る。痕がついていることは予想していたが、
ここまでとは思いもしなかった。中には紫になっているものまであって、いっそ痛々しいほどだ。
誰かと寝てこんな風になったのは18年間初めてだった。
なんていうか、キレイ――
花びらが舞い落ちた軌跡を、指でなぞっていく。
これをすべてれいなが付けたのだと思うと、触れずにはいられなかった。
軽く押すと、ちいさく痺れが走る。
不快ではない。むしろ、心地いい。
異常かもしれない、と思う。けれど流れるように正常に、その感情は募るのだ。
しばらく眺めてから、ハッと我に返る。一旦家に帰ってシャワーを浴びる時間を考慮すると、
こうのんびりとはしていられない。
バッグを引っ掛け、忍び足で部屋を後にした。
- 103 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:33
-
エントランスを出たところで振り返り、そのいかめしい外観を見上げる。
なんだか複雑な気分だった。初めて肌を重ねた時、おなじ気持ちでこの建物を
見たことを思い出す。
――結局、言えなかった
答えを出すことがこわくて、逃げたのだ。
最後の夜を越えて、また始まりの朝を迎えてしまった。再び繰り返されようとしている
循環のなかで、胸の痛みだけが違和感を放つ。
何かが変わったのだろうか。
さゆみは考える。
自分は、変わりたいと思っていたのだろうか。
そう望んでいたことは確かだ。しかし、変われなかった。変わることを恐れて、寸前の
ところで踏み止まってしまった。
壊れてしまうくらいなら、変わらない方がよかったのかもしれない。いや、きっとそうだ。
降り注ぐ光に目を細めながら、さゆみは自分に言い聞かせる。
- 104 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:34
-
「……いってきます」
戻ってこれるかはわからないけれど。
ほんのすこしの、希望を込めて。
この建物のどこかで眠る彼女に呟き、意を決したように向き直る。
秋晴れの空の下、さゆみはゆっくりと歩きだした。
- 105 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:34
-
- 106 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:35
-
けたたましい携帯のアラームで目を覚ました。
なんだかひどく優しい夢を見ていたような気がする。
過ぎた夢へ思いを馳せながら、上半身を起こして伸びをする。目覚めはいい。
とっさに隣を見るも、すでにもぬけの殻だった。
拍子抜けすると共に、少し安心している自分がいる。
一年前と違ってアルコールが入っていたわけではないので、記憶ははっきりと残っていた。
寝癖だらけの頭をガシガシとかく。下腹部には未だ気だるさが残っていた。
何度絶頂を迎えたかさえ思い出せないのだから、当然だろう。
しばらくぼんやりした後、おもむろに浴室へ向かった。
- 107 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:41
-
もやがかった全身鏡に映る体を眺めるれいな。
不意に、腰の辺りにある一センチほどの赤い斑点に目がいく。
あれだけむちゃくちゃに揉みあったのに、残った痕はたったひとつだった。
しかも、ご丁寧に裸にならなければわからない場所にそれはある。
こんな所にもさゆみの律儀さが出ている。それが少しもどしかしかった。
こんな時くらい、自分を忘れたらいいのにと思う。忘れてほしかった、と思う。
今も、さゆみの切羽詰まった声が耳に焼きついている。
縋られたにせよ、きっとこの何倍もの傷を彼女の体に残している。
そう考えると、彼女よりもずっと自分の方が子どものような気がした。
それが少し悔しくて、淋しかった。
- 108 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:41
- 降り注ぐシャワーを肩で受ける。
匂いを落としても、リセット出来ない傷があって。心にも、拭いきれない残像が映る。
背徳感は薄い。ただ、どうしようかという思いがループする。
たったひとつの習慣を捨てただけなのに、心は迷っていた。
昨日までの関係はなくなってしまった。混沌とした思いのなかでも、それだけはわかった。
今日から、変わってしまうのだろうか。それだけが厄介だった。
――どうしようか
心にぽつんと浮かんだ呟きをかき消すように、れいなはシャワーを顔に浴びせた。
- 109 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:44
-
バスタオルを髪に押しあてながら、リビングに入る。
丁寧に畳まれた衣服が目に入った。さすがA型、皮肉交じりに呟く。
だが、ミニテーブルの上のカップはそのままだった。
面倒くさいと思いつつ、おもむろに持ち上げる。
飲み口に光るグロスを見止めた瞬間、胸の奥が翳った。
よからぬ考えが、ほんの一瞬だけ頭をかすめる。
脳からの命令が腕に届く前に、考えをかき消した。
「…きも」
浮かんだ気持ちと、その主である自分に対しての呟きだった。
二三度頭を振ってから、思い直してキッチンへ入った。
カップを傾け、シンクに中身を流す。
薄茶のそれが、泥の川のように排水溝へと吸い込まれていく。
昨夜から続く違和感も、こんな風に流れてしまえばいいのにと思った。
様々な思いを振り切るように、れいなはカップを水の中に沈めた。
胸に過ぎった思いは、なかったことには出来ない。
しかし、なかったふりをすることは出来る。
そうやってまた続けていくのだろうか。
玄関のドアを出てからも、答えのない問いは消えなかった。
- 110 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:44
-
- 111 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:44
-
- 112 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:45
-
「おはようございまーす」
さゆみが楽屋に入ると、ほとんどのメンバーがそろっていた。
久しぶりに全員が収容出来る大きな楽屋だ。珍しいと思うと同時に、妙な高揚感が
胸に押し寄せる。
左右の壁に貼られた横長の鏡の前に、各々が座っている。
そのなかにれいなの横顔を見つけ、さゆみの胸がちいさく鳴った。
夜を挟んで、何事もなかったかのように顔を合わせるなんてザラではある。
しかし、数時間前まで一緒にいたとなるとやはりすこし緊張する。
次々と返ってくるおざなりの挨拶を浴びながら、背中の間を進んでいく。
その場所を通り過ぎる時だけ、声が途切れた。
れいなは雑誌に視線を落としたままで、さゆみを見ることはない。
別段普段と変わらない態度なので、さゆみは特に気に止めない。
――というのはポーズで、本当は少しだけこちらを向いてほしかった。
- 113 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:46
-
化粧台にバッグを置き、首に巻いていたオフホワイトのストールをほどく。
隣に座っていた絵里が、何かに気付いたように立ち上がった。
「…それはダメだってさゆ」
言葉尻に苦笑を乗せ、さゆみのデコルテを手で覆う。
メイク中の里沙の背中を一瞥するやいなや、さゆみの手を引いた絵里は一直線に
ドアの方へ向かった。
雑誌から視線を外し、鏡のなかの二人を見つめるれいな。
背中に視線を感じたさゆみは、彼女の方を振り返った。
ドアが閉まる間際、鏡越しにふたりの視線が重なる。
瞬間、ふいと逸らされた視線に、さゆみは一抹の寂しさを覚えた。
- 114 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:47
-
すれ違うスタッフににこやかに挨拶しながらも、絵里はさゆみの手を離さない。
しっかりと握られた手は、痛みこそないものの妙な拘束力をもっている。
導かれるがまま、たどり着いた先は女子トイレだった。
大きな鏡に映る絵里は、もう一人のさゆみを顎でさす。
促され、自分の姿を見つめたさゆみの視線が一点に向く。
今朝も目にした、赤い痕――
Uの字に開いた襟ぐりから、それが二つ三つと顔を出していた。
ニットの黒が鮮やかさを引き立てている。
「ガキさんうるさいじゃん? そういうの」
ニキビ痕をキスマークと勘違いした里沙が、そのメンバーを楽屋裏に連れていき、
年下の子達もいるんだからと叱ったのがつい最近だ。
怒られた本人の言葉にはさすがに説得力があった。
- 115 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:48
- 表情を無にしたまま鏡に歩み寄り、そこに触れるさゆみ。
――やっぱりきれいだ
「なーんでわざわざ首開いたの選ぶかなぁ。着るとき気付かなかった?」
「え…あ、うん」
気付いては、いた。けれど、気付かないフリをした。
ほんの一サジの好奇心だ。
彼女が、これを見たらどう思うだろうというくだらない興味。
誰かにバレてもいい、むしろ知って欲しい、そんな子どもじみた願望。
本当にささやかな顕示欲だった。
- 116 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:49
-
「会えたんだ、昨日」
「…ん」
含みのある視線に、微妙な表情で返す。絵里の口調も決して喜んでいる風では
なかったが、さゆみの返答はそれ以上に沈んでいた。
「覚えてなかった?」
「……たぶん」
「なのにヤっちゃったんだ」
呆れたような口調の絵里は、俯くさゆみを見て息を吐いた。
「まぁいいけど……拒否った?」
「…え?」
「それ。痕」
囁くような低い声に、思わず身構えるさゆみ。
拒んではいない。というより、こっちから頼んだのだ。
自分を誤魔化すような、曖昧な笑みを返す。その表情に見当違いの何かを察した
絵里は、唇をとがらせる。
- 117 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:50
- 「てかさぁ、だめだよそんなの。よくないって。…絵里はヤだなぁそういう人」
言いながら腕を組み、個室と個室をつなぐ壁に背中を預ける。
鏡越しにその姿を見ていたさゆみは振り返る。
「なんで?」
反駁の予感を含んだ言葉つきだった。
絵里の声には未だ不満の色がにじんでいる。
「だって全然仕事のこととか考えてくれてないじゃん。絵里も前はキスマークって
独占欲のしるし〜とかって喜んでたけど、最近つけられたらフツーにキレるもん。
…それに、ほんとに大事だったらそゆことしないと思うんだよね」
なるほど、大事にはされてないな。
一本だけ消えかかっている蛍光灯を見つめながら、さゆみは一人ごちる。
大事にするメリットのない存在であることは自覚していた。れいなにとって自分は
代用のきく玩具のようなものなのだ。昨夜の事実が、彼女にそう思わせた。
- 118 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:51
- 「じゃあさゆみは大事にされてないんだね、きっと」
不貞腐れたふりをして視線を落とすと、絵里が小走りで駆け寄ってきた。
「待って待ってそういう意味じゃないって。や…違う。や、違わない」
「どぉっちなんだよ〜」
「やだキモいよこのひとぉ」
乾いた笑い声が反響した後、にわかに沈黙が訪れる。
「続けるって決めたんだ」
「……まだ、わかんない」
「……そっか……ま、今度からはちゃんとやめてって言いなよ?」
言いながら、おもむろに掌を蛍光灯に翳す絵里。
ほどよく装飾が施されたネイルが、角度を変える度きらめいている。
胸の傷痕とおなじ、深いマゼンタがさゆみの心を揺らす。
- 119 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:52
-
「……こっちから」
「え?」
「こっちから、つけてって言ったとしたら?」
一サジの好奇心が、さゆみの心に甘く広がる。
何を言おうとしているのだろう。どんな答えを待っているのだろう。
それは彼女自身にもわからなかった。
絵里は明らかに期待を孕んだ表情でさゆみに詰めよる。
「なになになになに、さゆから言ったの!? アンタそんなキャラだっけ?」
「ちがうよ、たとえば。……ね、こっちから頼んでもホントにヤだったら拒否るかな?
逆に拒否られた方が大事にされてる? 待って、え、好きと大事ってどうちがうん?」
詰めよったはずが、逆に詰めよられて後退する絵里。落ち着いて、と興奮冷めやら
ないその肩をおさえる。それでも、さゆみの目は真剣だ。ただ、答えだけを求める目を
していた。
――こんなさゆ、ひさしぶりにみるなぁ。
何事もガムシャラだった頃の自分達を思い出し、わずかに苦笑がもれた。
さゆみの真摯な瞳に応えるように、凪いだ声色で言う。
- 120 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:52
-
「絵里は、おんなじだと思うよ。好きだから大事にしたいって思うし、大事にされるから
もっと好きになるんだと思う。まあ、痕だってむこうは愛情表現と思ってやってるのかも
しんないし。あんまり考えすぎてもいいことないよ」
“愛情”というチープな響きが、胸の奥にしみる。
ふたりの狭間にそんなものはない。少なくともさゆみはそう思っていた。
そんなものを手にしていたら、この関係はとうの昔に終わっていただろう。
一番大事なことを、絵里は知らない。その事実に、安堵ともどかしさの両方が生まれる。
「……ま、何があっても絵里はさゆの味方だから。言ってくれたらいつでも相談乗るし。
悩みとかあったらなんでもいいから話してよ、ね?」
ポン、と軽く両肩に手を置く。小さな刺激が、彼女を現実に引き戻す。
柔らかい笑みを浮かべる絵里とおなじように、微笑んでみせるさゆみ。
しかしその瞳は、寂しそうな、悲しそうな、深い色を湛えていた。
- 121 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:53
-
――絵里……ほんとはさゆみ、そんな普通の、普通に話せるようなことしてるんじゃないんだよ
- 122 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:54
- これはきっと、ただの遊びではない。
誰かに知ってほしいなんて、思うことさえ本当は許されない。
麻痺していた心が、正常と異常の区別を取り戻す。二人だけの正常が、絵里の
存在や言葉によって崩れていく。
けれど、加速度は止まらないのだ。
親身になって励ましてくれる親友にも言えないような、悪い遊びに尚も心を焼いている。
どこかで、秘密を零しそうになることにスリルを感じている。
そんな自分がどうしようなく嫌だった。
中途半端なことをして、中途半端に心配させて、中途半端な笑顔を浮かべている自分が、
許せなかった。
でも。だけど。
この“遊び”の正体を、
誰かに教えてほしいと、心が叫ぶ。
- 123 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:55
-
「ありがと」
「いーえー。あ、ファンデ取ってくんね」
言いたくて。
「…絵里」
「ん?」
言えなくて。
「……ごめんね」
「あーいいっていいって」
- 124 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:56
-
――さゆみはこの気持ちを、どうしたらいいんだろう
胸の傷が疼きだす。
言いたくて言えない。知ってほしくて知られてはいけない。気付きたくて、気付けない。
彼女だけの秘密が、彼女自身の心を食い破りそうになる。
こんな関係も、こんな自分も、こんな痛みも、正常ではないことはわかっていた。
けれど今
どうしようもなく
それ以上が、
――どう、したいんだろう?
- 125 名前:_ 投稿日:2007/11/25(日) 03:57
-
欲しい。
- 126 名前:Undo 投稿日:2007/11/25(日) 03:58
-
- 127 名前:壮 投稿日:2007/11/25(日) 03:59
- 四回目以上です。
- 128 名前:壮 投稿日:2007/11/25(日) 04:39
- レスありがとうございます。べらぼうに励まされてます。
>>92 名無飼育さん
こんな拙い文章を理解して下さって涙出そうです
この物語の半分は切なさで出来ていますw
終始こんな感じですが、どうぞガン見してやってください
>>93 20さん
この物(ry
今回かなり苦しんだんですが、
気にして頂いてるということで踏ん張れました、多謝です
>>94 名無飼育さん
リアルに肉薄しすぎるのもどうかと思ったんですが、
そう言って頂けてちょっと安心です
ですよねっ(握手 さゆれなの方言=プライスレス
- 129 名前:20 投稿日:2007/11/25(日) 05:01
- もう最高です!!
この先、亀ちゃんがどう関わってくるか気になります。
- 130 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/25(日) 09:38
- さゆの複雑ななんとも言えない気持ちがこれからどうなるんだろう・・・。
続きが気になって仕方ない!
この物語の半分はもどかしさでできていますw
- 131 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/21(金) 17:43
- 凄く続きが気になります
ハワイDVDやラジオなどでのさゆれなの会話や、やり取りが大好きなので作者さん頑張ってください
それから、やっぱりさゆれなの方言って可愛くていいですよね
- 132 名前:Real intention 投稿日:2007/12/31(月) 01:25
-
- 133 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:27
-
薄暗い場所に、ひとり立っている。
周りを見渡す。視界を阻むものは何もない。
不意に、後ろから誰かが自分を追い越した。
目の前で、どんどん小さくなっていく背中。
その人が誰なのか、わからないけど知っている。
離れていくことが寂しいと感じるくらいには。
けれど、駆け出しても追いつけなくて。
どんなに走っても触れることさえ出来ない。
必死に足を動かせば動かすほど、距離は開くばかりだ。
待って
願っても、振り返ってはくれない。
- 134 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:29
-
待って!
- 135 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:30
-
ハッと眠りから覚めた。
荒い呼吸が、自分のものではないかのように耳に届く。
額には汗が浮かび、全身はいやな汗でじっとりとしている。
またこの夢だ。
さゆみはちいさくため息をついた。
ちょうど一年前から、すこし疲れているときには決まってこの夢を見る。
そして、目覚める度に彼女を思い出す。
今だけではない。
かなしい夢から目覚めたときは、きまって彼女に逢いたくなる。
どうしようもなく声が聴きたくなる。
そんな風になってしまったのはいつからだろう。
- 136 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:33
-
いつでも手に取れるようにと、枕元に置いた携帯。
最近、急に呼び出されることが増えたからだ。
あの朝抱いた希望はあっさりと叶えられたが、それはさゆみが求めた変化ではなかった。
“いつも通り”のなかに潜んだ違和感。
その正体が何なのか、さゆみにはわからない。
自分もれいなも、あの夜を境に変わってしまった、確かなことはそれだけなのだ。
鳴る様子のないそれを、寂しさのままに引き寄せる。
勢いでかけてしまえたらどんなに楽だろう。
見つめれば見つめるほど、やり方がわからなくなる。
目的もない電話に、彼女が付き合ってくれるとは思えない。
寂しいから会いたいなんて、どんな声で言えばいいのかわからない。
- 137 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:36
- 今、“あの夜”の勇気が自分のものでないように眩しい。
イーブンではないと思う。
けれどそれをしてしまうと、彼女が自分から離れてしまうような気がしたのだ。
たった今消えた夢のように。
窮屈な理性がさゆみの指先をためらわせる。
ためらったところで、結局出来ないこともわかっていた。
- 138 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:37
- 目の端にたまった熱い涙を乾かせる、冷えた現実。
かなしい夢よりも、目覚めたあとの方がずっとつらいのだ。
わかっているのに、夢の終わりにはまた逢いたくなる。
- 139 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:38
-
蒼く染まった部屋、影になったさゆみは前髪をかき上げる。
額の上に手をあてたまま、シルエットは動かない。
さゆみの胸に、ただ欲望だけが募っていく。
自分だけが知る彼女が、もっと欲しい。
楽屋や収録で近くにいるだけでは、全然足りない。
触れてしまえばもっとつらいのに、触れられないことに我慢出来ない。
末期だ。
額に添えた右手で髪をぐちゃぐちゃとかき乱す。
こんなの変だ
わかっているのに、止められない。
もうすぐ、夜が終わる。
- 140 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:40
-
- 141 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:40
-
- 142 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:45
-
翌朝の楽屋。
結局昨夜もよく眠れなかったさゆみは、鏡を見つめたままぼんやりとしていた。
みな思い思いのことをしているが、見渡す気にもならないし、ましてや誰かに
絡みにいく気も起きない。
原因は鏡の中にあった。
目が腫れているのはしょうがないとして、なんだか全体的に冴えない感じ。
全然かわいくない。
雑誌の撮影だというのにサイアクだ。
そんなことを思いながら、大きなあくびを落とした。
- 143 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:47
-
今にもどこかにいってしまいそうな意識を呼び覚ます、携帯の振動。
バッグの奥で震えるそれを緩慢な動作で取りだす。
メールチェックのアニメーションの下にあるのは、見覚えのある名前だ。
反射的に送り主を見る。
相変わらず気だるげに携帯をいじっていた。
『10時にうち』
ぶっきらぼうな文面。
絵文字のひとつもないそれに、なぜか鼓動が速くなる。
- 144 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:48
- ふと背後の気配に気付き、画面を隠すように携帯を胸にあてた。
「なんで隠すのー?」
鏡の中には、さゆみの後ろで唇を尖らせながら立っている絵里がいた。
「…絵里さゆみそれは許してないよ?」
笑いまじりに振り返り、膝元でさりげなく携帯を閉じる。
内心冷や汗をかいていた。
見られたところで、いくらでも言い訳は用意出来るはずなのに。
「いいじゃんケチ」
「はぁー?」
呆れたふりを装うさゆみに、絵里が意味深な表情で腰を落とす。
「あの人?」
耳もとに密かな囁き。
その瞬間、心臓がとくんと鳴った。
- 145 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:50
-
――まただ。
突発的に溢れ出す何かに、さゆみは身を硬くする。
異常なスリルと、優越感――
「ちがうよ。普通に友だち」
言い訳ではない。
もうひとりの彼女に向けた言葉でもあった。
駆け引きなのだろうか。
いや、ただの遊びだろう。少なくとも、れいなにとっては。
だったら、自分もプレイヤーにならなくてはならない。
ただ、するすると危うさを紡ぐ唇が、さゆみ自身もすこしこわかった。
- 146 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:52
-
「ふーん……あそだ。今日どうする?」
微妙なにやけ顔を消して、絵里はいつもの調子に戻った。
向かい合うように椅子を動かし、座るやいなや喋り始める。
さゆみは密かに息をついた。
パクパクとよく動くその唇に、視線を移す。
本当のことを知ったら絵里は、もうこんな風に喋ってくれなくなるのだろうか。
ぼんやりと考える。
『ごめん、予定入ってるから無理』
それとも、この迷路から抜け出す方法を、教えてくれるのだろうか。
『わかった』
うんうんと頷きながら、頭ではメールの返事を考える。
絵里を見ながら、れいなのことを思う。
うまくバランスをとっていた頃が思い出せないほど、さゆみは破れそうな均衡を欲していた。
- 147 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:54
-
「この前のとこもいいけどさ、焼肉って手もあるよねー。最近あんま行ってないし。
てか今日何時上がりだろうね。押したらヤだなぁ」
れいなの視線を感じた。
絵里の瞳は無邪気に自分を映している。
「………ごめん絵里。今日は、やめよう?」
選べないことを知ってて、こんな環境をつくったのは。
一体、誰なんだろう。
- 148 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:55
-
- 149 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:55
-
- 150 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:57
-
胸の痕は消えかけて、触れても触れられても、もう痛みはない。
午後10時15分。
密やかな嬌声が室内に響く。
性感帯を知り尽くした舌が、胸のあたりをゆっくりと這っていく。
最初の頃のように、どこがいいなどと声に出すことはもうない。
ただ、寄せては返す甘い痺れに身を委ねるだけだ。
柔く歯を立てられて、さゆみの口から声が漏れる。
感じているというサインが、れいなの耳に伝わる。
応えるように、小刻みの甘噛み。
泣いているような声。
伝わるサイン。
繰り返される、無機質な問答。
快感が昇りつめても、名前を呼ぶことはなくなった。
部屋中を満たす張りつめた空気が、そうすることを許さない。
- 151 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 01:59
-
以前とはちがう。
あの夜のように触れているはずなのに、何かが違う。
唇を噛みしめながら、さゆみは考える。
唇を落としながら、れいなは考えないようにする。
声と本音を押し殺しながらつづく、空虚な触れあい。
遊びの動機だった好奇心は消え、習慣は仮面を剥ぎ、残ったのは無味な現実だった。
- 152 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:00
-
こんな違和感をあつめたような時間のなかでも、ぬくもりはぬくもりとして肌を伝う。
皮肉だと思った。
何度繰り返しても、このキモチヨサに飽きることは出来ない。
快感を装った痛みが、何度も胸を刺す。
苦痛ではない。
むしろ、心地いい。
恍惚が独白を押しつぶすまで、さゆみは自分の弱さを慈しんでいた。
- 153 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:01
-
30分後。
服を着ろといなすこともなく、体重計に乗ることもなく、特に言葉を交わすこともないまま、
二人は別れた。
- 154 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:04
-
部屋から物音が消えた後も、れいなは瞳を閉じたまま動かない。
眉間には深い皺が刻まれている。
そのまま眠ってしまえたら楽だったのだろうが、生憎そういう気分ではない。
あんなことがあった後も、れいながさゆみを呼び出す理由。
なんてことはない、ただ単に違和感を消すためだ。
そのためだけに、自分の気持ちから目を逸らしてここに呼び続ける。
いつもと変わらないことを続けていれば、いつかは元に戻れるような気がしたのだ。
何が何でも、元に戻さなければいけないような気がした。
それがエゴだろうがなんだろうか、そうしなければ気がすまなのだから仕方がない。
瞼を引き上げると、隣には空白が横たわっていた。
皺の寄ったシーツに触れてみる。
ぬくもりを含んだわずかな湿り気が、先程のぬくもりと彼女の不在を知らしめる。
この証拠もやがて消えてしまうだろう。
シーツが乾いたら、さっきのこともなかったことになるのだろうか。
わからなかった。
なかったことにしたいのか、したくないのかさえも、わからなかった。
- 155 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:05
- 空白を眺めていると、ぼんやりとした寂しさが胸に染みていく。
水の中に垂らした墨汁のように、実感のない速さで伝わっていくそれに、れいなの心は迷う。
足りないものを求めて、補って、満たされて――それだけのことなのに、
なぜさみしいのだろう。
行為が終わる度にこんなことが胸に残るのに。
続ける意味はあるのだろうか。
れいなにはわからない。
元に戻そうとするほど、元々そこにあったものがわからなくなる。
一番最初にあったもの。
一年前、そこにあった思い。
それは、自分を正常だと信じる限り築いてはいけないものだから気付かない。
- 156 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:07
-
今、頭にあるすべてのことが面倒くさい。
面倒くさいことは、嫌いだ。
すべてに目を背けるように、れいなは瞼を下ろした。
ここ最近、いつもそうやって揺らいだ気持ちを断ち切っている。
習慣なんて、本当はもうどうだっていいのだけれど。
- 157 名前:Real intention 投稿日:2007/12/31(月) 02:10
-
- 158 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:10
-
- 159 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:11
-
- 160 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:13
-
買ったばかりのブーツのかかとを鳴らし、さゆみは目的地へ向かっている。
灯り始めた街頭が街並を美しく彩っていた。
人ごみをすり抜けるように歩きながら、時間を確認する。
待ち合わせの時間まで、あと五分もない。すこしだけ歩幅を広げる。
ラジオの収録を三時間後に控えて、さゆみは絵里をご飯に誘った。
食事が目的ではないことはわかっているので、絵里の方も二つ返事で了承した。
ここ数日、二人はこんな秘密の会合を続けている。
- 161 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:15
-
案の定絵里は遅れてやってきた。
彼女が時間通りにくることはまずないので特になんとも思わなかったが、一応恒例の
不満顔をつくる。
「おそーい」
「ごめんごめん、アルと遊んでた」
「そこはさゆみを優先してよ」
笑いあいながら、常連の焼肉屋に入る。
通されたのは、専用といっても過言ではない、いつもの個室だ。
普段はお互いの家族がいるためすこし窮屈な座敷も、二人きりだとさすがに広い。
6畳ほどの空間に長テーブルがひとつ置かれているだけの、シンプルな内装。
薄暗い室内をオレンジ色に照らす和紙のランプ。
焼肉屋にしてはオシャレな空間は二人も気に入っている。
- 162 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:17
- テーブルを挟んで向かい合わせに座り、メニューを広げる。
さゆみは紙面に落としていた視線をチラと上げた。
目の前には、メニューとにらめっこをしている絵里の姿。
心地よい空間だ。
もしかしたら家族といるよりも安らげる瞬間かもしれない。
仲良くなったばかりの頃は所構わずはしゃいでいたが、今はこんな風に
言葉を交わさない時間の方が長い。
さゆみにとって無言でも気まずくならない友人は、絵里を含めて数人しかいなかった。
心から信頼出来る、“友達”と呼べる存在は。
- 163 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:20
- とりあえず頼んだコーラふたつと、いつもの盛り合わせが運ばれてくる。
すこしコップに口をつけてから、大皿に盛られた赤身を網に乗せていく。
焼く係はさゆみと決まっているのだ。
煙とともに、ジューといういい音が部屋中に広がる。
「最近どうなの?」
メニューに目を落としながら、絵里はおもむろに言う。
そのぎこちない言い方に、さゆみの口から笑みが漏れた。
「なにが?」
「んー、色々?」
見ているのか見ていないのか、視線は紙面上を忙しく動いている。
話題なんてそれしかないのに、話したくないなら話さなくていいよと気遣ってくれる。
絵里の不器用な優しさが胸にしみた。
「……会ってはいるよ。夜だけだけど」
焦げなんて気にする余裕はないのに、手早く網の上の肉を裏返していく。
- 164 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:21
-
「そっか。なんか変わったこととかないの?」
「…特に。あ、でも最近よく呼び出される」
「呼び出されるって……そういうことのために、だよね」
焼けたものを絵里の器に運びながら、軽く頷く。
メニューをパタンと閉じて、絵里は言う。
「普通にさ、会いたくなんないの? エッチ抜きで」
「普通に……あーでもなんかヤな夢とか見たときとか、会いたいなぁって思ったりはするよ。
あれなんなんだろうね」
「言わないの? 会いたいって」
網の空いたスペースにカルビを投入する。こちらに向けられた視線を、さゆみは直視出来ない。
絵里の目を見ないまま、苦笑だけで返す。
- 165 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:22
-
「連絡すればいいじゃん。そんな忙しい人でもないんでしょ?」
一枚、また一枚と器に盛られていく肉に構うことなく、ずいと身を乗りだす絵里。
“その人”に対する言及が、さゆみの芯を揺らす。
こちらを見つめる視線に、ほんの一瞬だけ視線を重ねた。
濁してばかりいられる雰囲気ではなさそうだ。
「そうだけど……ウザいとか思われたらヤだし」
半分本当で半分嘘だった。「さめちゃうよ」話題を逸らすように、目で促す。
ザッと小皿を横に避けた絵里は、腕を組んで前のめりになった。
「あのさぁ、絵里まだ事情ちゃんと知らないけど、言うよ? てか知らないから言えるのかもだけど…」
続きそうな言葉に、自然と手が止まる。
視線を上げると、いつもの彼女からは想像出来ないくらい強い目がそこにあった。
- 166 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:23
-
「それ、なんかおかしくない?」
心臓が大きく波打つ。
あまりに正直な言葉に、返す言葉が見つからない。
すこし視線を下げたさゆみに構わず、絵里は続ける。
「会いたいとき会いたいとか、声聞きたいとき声聞きたいとか……言えないって変だよ。
ねえさゆはそれでいいの? しんどくないわけ?」
自分を一番よく知る親友の、真剣な声。
いつもとは調子の違うそれが胸を責める。
怒られているわけでもないのに、さゆみの目がみるみる潤んでいく。
「……わかんない」
そう応えるので精一杯だった。
これ以上言葉を続けると、何かが零れそうだった。
悲しくなんてないのに、本能がそれを察知して彼女を押し留める。
- 167 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:25
-
「わかんないって…好きなんでしょ?」
何も知らないのに、絵里の言葉は核心をついている。
煙が目に沁みる。
はは、と静かに笑って、さゆみは顔を横に逸らした。
影になった右手で、素早く目尻を拭う。
心配するような視線が余計に痛い。
慌てて顔を戻し、わざと抑揚をつけて言う。
「だからぁ、そういうんじゃないの。
好きとか嫌いとか、言ったら終わっちゃうんだってさゆみたちの場合」
- 168 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:26
- するすると出てくる台詞は本音に近かった。
ウソをつくのは得意なはずなのに、今はそれが出来ない。
絵里は頭の後ろをポリポリとかきながら、難しい顔をした。
「そういうんじゃないとかじゃなくてさぁ……さゆの気持ちは? さゆはどう思ってんの?
そこ。そこなの、絵里が聞きたいのは」
ここ数日聞き役に徹した絵里の強い口調に、さゆみは戸惑う。
見開かれた瞳に映る、不安そうな自分の姿。
「てかそれが一番大事なことじゃない?」
見ていられなくて、さゆみは目を伏せた。
言ってしまえと、胸の奥が言う。
しかしその言葉が喉に出かかる度に、思い出すのは彼女の姿。
言うなと言うような瞳で、こっちを見ている。
- 169 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:28
-
沈黙が、重い。
一瞬前は、喋らなくても落ち着ける二人だったのに。
今まで積み上げてきた自分たちの関係さえも、こんなに脆くしてしまえる。
その何かに、さゆみは得体の知れない恐怖を感じた。
厳しい表情をつくった絵里が、沈黙を破る。
「……そんなの続けても、さゆが傷つくだけだよ」
何も知らないくせにと、言えないのはどこかでわかっているから。
その答えの正しさに、気付いているから。
- 170 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:29
-
「ここ何日かさゆの話聞いてて、正直絵里ずっと思ってたんだけど、
なんか言いにくくかったっていうか…けど、このままじゃ絶対よくないって思うから、ゆうね」
返答を返すことも忘れて、さゆみは次の言葉を待った。
言わないでと、願いながら。
「チョー無責任だけど……絵里は、離れた方がいいと思う」
何も知らないから、見えている迷路の出口を。
ずっと、誰かに教えてほしかったのかもしれない。
- 171 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:31
-
沈黙に慣れた耳が、遠くでうなっているバイヴの音をとらえる。
にわかに緊張がほどけ、二人はバッグの中をゴソゴソと漁りはじめた。
「さゆみだ」
暗闇のなか、ピンクの光を放つそれを取り出す。
表示を見た瞬間、さゆみの表情が消えた。
「ちょっとごめん」
- 172 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:32
-
座敷を出て少しの、奥まった場所に入る。
薄暗闇を照らす間接照明が、画面に映るその名前を浮き立たせる。
調理場の喧騒が近かったが、はやる気持ちの前では問題ではなかった。
小さく息を吐き出し、通話ボタンを押す。
「…どしたん?」
電話口からは、呂律が回っていない声がする。
アルコールがそうさせていることはすぐにわかった。
「飲んでるん? …お〜いれーな〜、聞いちょー?」
即座に『きいてなーい』という声。
これはかなり酔ってるな、困ったような笑みを浮かべるさゆみ。
- 173 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:33
-
「てか今さゆみごはん中なんやけど」
『うそぉだれと?』
「絵里」
『…そうなんや』
「うん。そっちは? 何しよん?」
『えーおしえやーん』
「切っていい?」
『あ、うそ。れーなはぁいまおさけをのんでまぁす』
「…誰と?」
『ひとりー。あ、今さみしーとか思いようやろ?』
「あのー田中さんひじょーに絡みづらいですけど」
- 174 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:36
- 冗談を挟める余裕なんて、本当はないはずなのに。
なぜか必死に友達に接するような態度を装っていた。
胸に残る絵里の言葉が、そうさせたのかもしれない。
『うそぉ絡んでよーマジでさみしいやん』
「がんばれー。さゆみは何もできんけど」
甘え口調を、敬遠。
わざと突き放すようなことを言って次の出方を窺っている。
こんなに、胸を鳴らしながら。
『あーそんなん言うんや。わかった』
「うんあのさ、絵里待っちょーけぇ…」
『じゃあれーなも言っていいと?』
- 175 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:40
-
さゆみはちいさく息を呑む。
鼓動がうるさい。
『今…め…』
「なに? ちょっ…聞こえんのやけど」
肝心なときに、ノイズがを二人の間を裂いた。
本体を耳に当てたまま、急いでアンテナを伸ばす。
「なんて?」
『えーもう一回言うとかいな?』
「だって電波悪かったんやもん」
すこしの間のあと、半ば自棄になったような声が電話口に響いた。
『今めっちゃ、さゆに会いたいとか思いよう』
言葉が耳に落ちて、心を揺らす。
『…って言ったと』
逢いたいと思う気持ち触れたいと思う気持ち。
その全部がいっぺんに押し寄せて、こころごとぎゅっとつかまれる。
- 176 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:41
-
「…勢いで言っちょーだけやろ?」
『そう思うんやったらそれでよかよ』
ずるいと思う。
あんなに迷って言えなかったセリフを、いとも簡単に言ってしまう彼女が。
もし自分がこの言葉を伝えたら、れいなも今の自分のように、揺れてくれただろうか。
同じように、それ以上に、あいたいと思ってくれただろうか。
わからない。
わからないから、あいたい。
「今……どこいるん?」
- 177 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:43
-
「ごめん絵里、ちょっと……帰る……ほんとごめん」
「えぇ!?」
「ほんとにほんとに申し訳ないっ。また連絡するから!」
「ちょっ…さゆぅ?」
薄暗い部屋に一人残された絵里は、あっけにとられたまま固まっている。
煙が迫ってきて、むちゃくちゃに手を払った。
「……絵里のオゴリ?」
無言が教えるその事実に、絵里は思いきり唇を尖らせた。
- 178 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:46
-
車道に乗り出さんばかりに手を挙げているというのに、タクシーは止まってくれない。
「もうっ…」苛立ちが募って、思わず声が出た。
タイムリミットまで、あと二時間と少し。
間に合うとは思うけれど、時間短縮のために電車を使うことは諦めた。
それにしても、
なぜこんなに焦っているのだろう。
心のどこかで、冷静な自分が自分を笑う。
ちょっと会いたいと言われたくらいで、居ても立ってもいられないぐらい胸が騒いで。
友達の忠告も、振り切って。
不毛だと思う。
彼女の一挙一動に振り回されている自分が。
そんな現状に、満更でもない自分が。
これは一体、何なんだろう――?
一台のタクシーが車道の脇に停まる。
迷っている時間も惜しくて、ドアが開くと同時に車内に体を滑り込ませた。
- 179 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:48
-
音のしない携帯を机の上に放り出す。
それに続くように、上半身をソファに倒した。
嫌気が差す。
何に? 自分に。
試しているから。
誰を? 彼女を。
- 180 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:51
-
伝えた言葉とは裏腹に、れいなの胸にはよくない感情が渦を巻いていた。
今さら、彼女と自分を天秤にかけるようなことをさせて。
何がしたいのか、れいな自身にも意味がわからない。
元に戻すなんて名目はそこにはなく、それは正しく単なるワガママだった。
「なんも変わっとらんし……」
一年後の今に、呟く。
何も奪いきれていない。
中途半端にかき乱すだけの自分と、三人の関係は。
何一つ、変わってはいなかった。
- 181 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 02:52
- 派手なトランスが鳴り響く。
手に取らなくても誰かはわかっていたから、れいなはあえて無視する。
連絡が来ないことに痺れを切らしたのか、昨日辺りから何度も同じメロディーを聴いた。
この個別設定も、そろそろ解除しなければならない。
追いかけられて初めて、自分は追いかける側だということに気付いた。
その点で、彼との一年間は無駄ではなかったのかもしれない。
音が止むと、室内は驚くほど空っぽになった。
ああ、今ひとりだ。
そんなことを思い知らされる。
早く来ればいいのに。
そう思っていることを、思い知る。
- 182 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:03
-
寂しいときは会わないという誓いは、あの夜に消えてしまった。
否、捨て去ったのはれいな自身の意志だった。
寂しくないふりをしても、それが本音なのだ。
ただ、捨てきれないプライドがそれに認めようとしないだけの話だ。
もう酒の力を借りなければ呼び出すことも出来ないのに。
胸がムカムカする。
アルコールのせいだとは言い切れない。
首筋にまとわりつく髪が苛立ちを更にれいなをイラつかせた。
いっそ切ってしまおうか、ふと考える。
今まで短くしたことがないので想像出来ないし、何より後々の面倒が面倒くさくて、やめた。
切れないわけではない、ただ面倒くさいから、延ばし続けている。
煩わしくならないためには、やはり続けるしかないのだ。
- 183 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:06
-
“あいたい”フリをした。
無造作に転がる7本の空き缶は、点を線にするための道具にすぎない。
しかし半分だけ残った理性が、期待外れの現実を悟る。
“あいたいフリ”をしたと、思っているだけだ。
いっそ考えられなくなるまで飲めば、こんなにつらくならないかもしれない。
思うが先か、れいなは一口だけ残っていたチューハイを胃に流し込んだ。
- 184 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:06
-
インターフォンの音がぼやけていた意識を引き戻す。
立ち上がったつもりが、景色がぐにゃりと歪みよろけた。
無理やり一歩を踏み出すも、玄関から遠のいている気さえする。
バットに額をつけて回った後のようにまっすぐに歩けない。
飲みすぎた、と揺れる頭で後悔する。
フラフラと廊下を歩き、倒れこむように玄関のドアを開けた。
- 185 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:09
-
――ところまでは憶えている。
目を開ければ、視界一面の白。
これが天井だということ、寝ていることに気付くのに数瞬かかってしまう。
上半身を起こそうとするも、頭に激痛が走って重力に逆らえない
額を掌で押さえていると、視界にペットボトルが現れた。
「はい、水」
「あぁ…」
さゆみに背中を支えてもらって上半身を起こし、キャップの開いた容器を受け取る。
なんだか介護されているようだ、れいなはすこし情けない気持ちになった。
喉に流れ込む潤いが、胸のムカつきを晴らしていく。
すこし中身の減ったそれを返して、れいなはばすんと背中を倒した。
傍らで、さゆみは彼女を見守るように座っている。
- 186 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:15
-
無言の中で、お互いがきっかけを待っていた。
呼び出した理由を、彼女は聞かない。
理由になる行為を、二人は始めない。
ただ近くにいるだけの時間に、二人は慣れていない。
だから二人とも、何をすればいいのかわからないのだ。
穏やかに、時間だけが流れていく。
不自然なほど静かだけれど、もう二人とも、ひとりではない。
れいなも、さゆみも、相手がそばにいることだけは迷うことなく知っていた。
白い天井を見つめたまま、れいなが口を開いた。
「さゆ」
「ん?」
「…背中、トントンってやって」
言うなりもぞもぞと体を反転させ、うつ伏せになる。
こんな時にしか出せない素直。
まだ酔いは冷めていない。
だからきっとこれは、アルコールのせいだ。
消えてはくれない理性で、れいなはそう決めた。
- 187 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:16
- はてな顔を浮かべたさゆみは、向けられた背中を見つめている。
きょとんとしている彼女に気付かないまま、れいなは続ける。
「ちっちゃい頃ママにやってもらわんかった? 寝らん時とかさぁ、トン、トン、トンって」
擬音に合わせて、カウントを取るように掌を敷布団に置く。
「あー…」
記憶の糸を手繰り寄せる余裕なんてないのに、さゆみは声だけで相槌を打った。
- 188 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:18
- 「こう?」
掛け布団越しに、そのちいさな背中に掌を下ろす。
なるべくゆっくりと、浮かせては下ろす、を繰り返す。我ながらぎこちない動きだ。
「んー…なんか落ち着くんよね」
陽だまりでまどろむような、微笑みの混じった声でれいなは言う。
なんとなくかわいくて、さゆみの掌の動きがすこしだけ自然になる。
これが母性というものなのだろうか。
さゆみは目を細めながら、れいなの背中をやさしく打ちつづけた。
静かな室内に、優しい音がひとつ、ふたつとおちていく。
一定のリズムで繰り返されるそれは、まるで催眠術のようだ。
やっている側まで、どこかへ誘われるような心地よい気分になる。
- 189 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:19
-
「れいなが寝るまで……帰らんで、ね……?」
遠ざかる意識が、れいなが装ってきたものを剥がしてゆく。
つよがりもワガママも罪悪感も、すべて手放したあとに残ったのは、
“もう少しだけこの時間が続けばいい”という思い、ひとつだけだった。
すこしじゃなく、さみしさが消えるまでいてほしいような気もするけれど。
いい加減離さなければという気持ちもあって、ずっといてほしい、とは言わなかった。
それはわがままが過ぎるとわかっていたから、
れいなは最後に、半分だけの本音を落とした。
- 190 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:20
-
眠りに落ちる寸前の約束に、さゆみはふっと笑む。
「かえらんよ」
子どもにする口約束のように頼りない言葉。
言葉の意味とは裏腹に、溢れるのは心細さだけだ。
ほどなく、規則的なリズムに寝息が重なる。
約束は、もう消えてしまった。
- 191 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:23
-
“れいなが寝るまで”
さっきの声が、切実な意味をもって頭に響く。
- 192 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:24
-
れいなが眠ってしまえば、自分はもう必要ない。
れいな以外の意思は、ここには要らない。
絵里の言った通りだ。
彼女にとって、自分は――
都合のいい時に呼び出せて、都合のいいように動かせて、用が済めば帰ってくれる。
そんな、都合のいいだけの存在なのだろう。
それ以上にも、それ以下になることもなく、そういう存在として消えてゆくだけの。
わかってはいたけれど、本人から言葉にされると思った以上にこたえた。
――正しいのは、彼女で。
“それ以上”を求めるのは、ただのワガママでしかない。
――間違っているのは、自分だ。
- 193 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:24
-
さゆみが拾ったのは、半分だけのうそだった。
- 194 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:25
-
ばかみたい
声に出さずに呟く。
穏やかすぎる夜の静寂が、さゆみの独白を押しあげる。
呼ばれれば、尻尾を振って駆けつけて。
勝手に期待して、胸を痛くして、優越感なんて抱いて、切ないふりをして、友達の言葉も無視して、
わるい遊びに興じる自分に酔って。
あまりにも愚かで、笑みさえこぼれる。
それでも、欲しいものをくれない彼女から離れられない。
宙ぶらりんで穏やかなこの時間を、手放せないのだ。
変わりたいと、望んだくせに。
- 195 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:26
-
フローリングの床に何かが弾けた音がした。
手を止め、目の端に触れてはじめて気付く。
微笑みながら、泣いていた。
おかしいなぁと思いつつ、服の袖で目を擦る。
彼女を起こしたくないのに、早く止まれと思えば思うほど、雫は伝い落ちていく。
言葉にならない思いが、涙となって零れだす。
すべてを彼女に伝えて、本音でぶつかり合えば、何かが変わるのかもしれない。
しかし穏やかな寝息を前にして、心の声は届く術もなかった。
- 196 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:27
- こんなに近くにいるのに、こんなにも遠い。
比ゆのようなその言葉が、実感として肌に伝わる。
こんな時でも暖かい涙が、余計にさゆみをみじめにする。
れいなの思いが届かなかったように、さゆみの思いも、れいなには届かない。
動かしようのない空白が、二人の狭間に横たわっていた。
それが、二人の距離だった。
- 197 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:28
- 熱を含んだ掌を握りしめ、立ち上がる。
振り返ると、彼女は豪快な寝相ですやすやと眠っていた。
それでいい。
まだそう思えることに、すこしだけ安堵する。
涙を拭わないまま、さゆみは後ろ手でそっとドアを閉めた。
- 198 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:32
-
夜道を歩きながら携帯を開く。まだ時間には若干の余裕があった。
これならタクシーで帰る必要もないし、電車で帰ろう。
気丈な自分を演じながら、さゆみは灯りのない道に歩を刻む。
頬に伝ったものは、夜風にさらわれとうに消えていた。
- 199 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:37
-
階段を駆け下り、ベルが鳴り響くプラットホームを駆け抜け、電車に乗り込む。
いつもは出来る限り立とうと決めているが、今日は空いている席に腰を下ろした。
心はだませても、身体はだませない。
色々なことに疲れて、実際身体はもうくたくただ。
――えらいなぁ
言葉のかわりに、ため息を吐き出す。
普段は“疲れた”という言葉を出さないようにしているさゆみだが、このときばかりは
自然に心に浮かんだ。
これから元気に喋らなければいけないと思うと、これまた自然に苦笑が漏れた。
とりあえず今は身体を休めようと、何も考えずにぼーっと向かい側の窓の外を眺める。
そこに映るのは、やさしい灯りを飲み込んでいく暗闇。
見えるものが何もない世界はとても楽だった。
催眠術のような揺れが、あの部屋のことを思い出させる。
だがそれも束の間、さゆみはすぐに意識を手放した。
- 200 名前:_ 投稿日:2007/12/31(月) 03:39
-
夢だとわかる夢のなか、ひとり立っている。
もう何度も見た、あの夢だ。
今夜もまた、誰かに追い抜かれる。
考えなくてもその正体はわかっていた。
いつものように、背中はどんどん遠ざかっていく。
けれど、さゆみはもう追うことはしなかった。
すこし寂しいような気もしたけど、なんだか体がだるくて足が動かない。
動かそうとも、思わない。
黙ったままではあんまりだから、せめて、そのちいさな背中に呟く。
ばいばい、れいな
- 201 名前:Real intention 投稿日:2007/12/31(月) 03:40
-
- 202 名前:壮 投稿日:2007/12/31(月) 03:41
- 五回目以上です。
- 203 名前:壮 投稿日:2007/12/31(月) 03:52
- レスありがとうございます。
間隔あいてしまって申し訳ないです…
>>129 20さん
そう言って頂けてうれしいです。
亀井さんにはこの先も頑張ってもらおうかと。
>>130 名無し飼育さん
さゆっていうかみんな複雑ですよね、すいませんまどろっこしくてw
最後まで見守って下されば幸いです。
>>131 名無し飼育さん
自分も大好きです、なので頑張りますw
これから小ネタ挟んでこうかと思うので見つけてやって下さい。
- 204 名前:20 投稿日:2007/12/31(月) 04:19
- 更新お待ちしておりました。
こんな時間まで起きてて良かった。w
2人の複雑な感情が切ないです。
続きを楽しみにしています。
- 205 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 20:41
- 更新お疲れ様です。
弱いトコロを素直に出し切れない2人を読んでて辛い。
最後のさゆのセリフにはちょっと泣きそうになってしまった・・・。
続き待ってます!
- 206 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/03(木) 00:46
- 作者さんのさゆれなの方言って凄く温かくて優しい感じが出てて大好きです
でもその中の切なさが何ともいえない雰囲気で続きがとっても気になります
2人の幸せを切に願います
- 207 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/10(木) 22:24
- なんだか泣きそうです
更新待ってますね
- 208 名前:Eclipse 投稿日:2008/01/24(木) 00:39
-
- 209 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 00:43
-
“駅前に13時”
そんなどこか照れくさいセリフも、メールにすればなんてことはないのだから
便利な時代だと思う。
返事は割かしすぐに来た。機嫌がいいのか、笑顔の顔文字つきだ。
南出口を抜けた時計台の下。
奥底の読めないメールを見返しながら、さゆみはれいなを待っていた。
- 210 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 00:45
-
バッグから鏡を取り出し、身なりをチェックする。
ばらついていた前髪を二三度直すと、思わず鏡の中に見入った。
よし、今日はかわいい――
ぱっちり開いた目に、血色のいい顔色。化粧乗りも悪くない。
アイロンで入念に溶かした髪は、艶やかな光を放っている。
何せ久しぶりのまともな遊びなのだ。夜とは違った意味で気合いが入る。
「あー緊張する……」
無意識に出た呟きに、すこし恥ずかしくなった。
太陽が照りつける真昼、れいなとどんな顔で喋ろう?
そんな些細なことを思案してしまうくらい、さゆみにとって今日という日は重要な意味をもっていた。
雑踏の合間に、一際目立つ存在を見止める。
深呼吸をした後、さゆみは大きく手を振った。
- 211 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 00:47
-
二回目の落書きを終え、ブースを出たさゆみは大きくため息をついた。
久しぶりのゲームセンターは思ったよりも体力を消耗する。
四方八方から流れ込んでくる無駄に大きな音に、プリクラゾーンのビビッドな配色。
目と耳、両方をいっぺんに刺激されて眩暈すらおぼえる。
早く座りたい――
どこか休憩出来る場所はないかとあたりを見回していたら、5メートルほど先で新機種
を指差しているれいなが目に入った。
はは、と声にならない苦笑を貼りつけつつ、重い足取りでその場所へ向かう。
- 212 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 00:49
-
結局、五台を撮り終えたところで店を出た。
それでも物足りない、といった風のれいなに、思わず「若いなぁ」と呟いてしまう道重さゆみ18歳。
普段遊ぶのがまったり派の絵里なだけに、ギャップの大きさについていけない。
「次どこいくと?」
調子づいてきたのか、次、次、と仔犬のように瞳を輝かせるれいな。
対照的に、一日を終えたような表情のさゆみは早くも及び腰である。
「てか休みたいよさゆみ」
「休めるとこって……あそこしかないっちゃろ!」
ニヤリと口角を上げ、さゆみの腕を引いたままズンズン歩いていく。
困ったような微笑を浮かべる彼女も、満更ではなさそうだ。
- 213 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 00:51
-
「あ、チョコサンデーとジンジャーエールで」
椅子の上に立ち熱唱しているれいなを背にして、注文を取るさゆみ。
その表情は悲壮感に満ちている。
それもそのはず、開始から2時間経った今でも、れいなはマイクを離す気配がない。
それどころか、この先に13曲もの予約曲が待ちうけているのだ。
見ているだけというのは楽といえば楽だが、多少うんざりするものがある。
端的に言って、つまらない。
食べなきゃやってられない、とばかりに料理を頼み続けるさゆみに対して、
「ようそんな食べれるね」と言い放ったれいなはある意味強者である。
- 214 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:12
- 「マジ虎舞竜は最高。泣ける」
曲間、言いながらジュースを啜るれいな。
さゆみは頬杖をつきながら、その満足げな顔を眺めている。
こうして、太陽が出ている時間帯に会っていることが未だに信じられない。
前に遊んだ時などもう思い出せなかった。
だから余計にそう感じるのかもしれないが、本当に、いつもの彼女とは別人のようだ。
マンションの中での彼女は、こんな風には笑わない。
もっと落ち着いていて、大人びている。
けれど今目の前にいる彼女は、等身大で、変な言い方だが“れいなそのもの”という感じがした。
まるでブラウン管の外から彼女を見ているようだ。
暗闇のなかでさえ読み取れる生き生きとした言動に、さゆみは複雑な心境になる。
どっちが、本当のれいななんだろう――?
言わなければいけないことがあるのに。
もやもやとした思いばかりが心に募る。
- 215 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:18
-
「ねえ」
呼びかけに、れいなはストローを咥えたまま目線を上げる。
薄暗闇に慣れたさゆみの瞳は、正常に彼女を捉えていた。
思いのほかまっすぐに見つめられ、喉まで出かかった言葉を呑む。
「…そんなに歌って疲れん?」
「まったく」
「休憩しようよぉ」
「ヤだ」
軽快なイントロが流れ始める。
れいなは即座にマイクを握り、画面の方へ向き直った。
- 216 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:20
- 小さく嘆息したさゆみは、申し訳程度に残っていたポテトに手をつける。
冷めていて、お世辞にもおいしいとは言えなかった。
おまけにデンプン質が喉につっかえてしまい、とっさに傍にあったコーラを口に含む。
瞬間、心地よく耳に流れていた歌声が途切れた。
反射的に顔を上げると、れいながこちらを見ていた。
二人の視線がぶつかったのも束の間、すぐに視線は画面へ戻され、
何事もなかったかのように歌は続いた。
時間にして、ものの2秒くらいの出来事だ。
- 217 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:22
- 口内に残る微炭酸の刺激がその事実を教える。
わざと示したしるしではなく、無意識の行動が彼女の視線を引きつけた。
現実なんてそんなものだ、さゆみはぼんやりと思う。
これはきっと、最後のくちづけだろう。
ストローを見つめる。先の方にグロスが付着し、僅かに光っていた。
この輝きは、自分のものだろうか、彼女のものだろうか。
答えのない問いに思いを巡らせる。
- 218 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:24
-
残りの二時間、それが再びれいなの唇に触れることはなかった。
- 219 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:32
-
「16000円になります」
店員が告げた会計に、さゆみとれいなは顔を見合わせた。
二人の口からふはっと笑いがもれる。
2名4時間コースで16000円。
常連のれいなにはそのありえなさがよくわかる。
確かこの前ひとりで来た時は、4時間で4000円程だったはずだ。
単純計算しても2倍どころではない。
机に所狭しと並べられた皿の数々、あれが原因だというのは一目瞭然だった。
- 220 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:38
- 苦笑しつつも、少しだけ罪悪感を感じたさゆみが鞄から財布を出そうとする。
が、アクセサリーを光らせた右手がそれを制した。
「いいよ、出すけん」
くっくと笑いを噛みしめながら、財布から万札を二枚出すれいな。
釣りと領収書を受け取り、自動ドアをでた所で盛大に体を折った。
「マジウケる! カラオケ二人で二万とか…」
「なっかなかないよね」
「ヤバイなんか変なツボ入りよう」
「ねぇやっぱ悪いけぇ割ろう?」
「いいって、めんどいし」
言うと、サングラスの奥で目尻を拭いながら歩を刻む。
部屋で感じた違和感は消えたように思えた。
自分より幾らかちいさな背中を、さゆみは小走りで追いかけた。
- 221 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:39
-
- 222 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:40
-
外はすでに日が落ち、濃紺の空が雑踏を覆っていた。
点滅する信号機の光が人々を分岐点へと導く。
人の波に流されそうになりながら、さゆみは数歩先を歩くれいなの背中を見つめていた。
- 223 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:43
- 横断歩道を渡りきったところで、不意に振り返るれいな。
「もう帰ると?」
さゆみは携帯を取り出し、時計を見るふりをして考える。
訊かないでほしかった。
「帰ろう」と、そう言われれば迷わず頷けたのに。
あの夜のように、逃げることが出来たのに。
視線を伏せていると、後ろから誰かにドンとぶつかられた。
衝撃でわずかによろめく。雑踏のなか、現実がどっと押し寄せた。
浮かんだのは、彼女の声。
- 224 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:44
-
『絵里は、離れた方がいいと思う』
- 225 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:46
-
――言わなくちゃ。
「れいな」
自分でも情けないほど、か細い声が出た。うん?と、彼女が顎を上げる。
その無防備さに一瞬心がブレたが、やはり声は消えてくれない。
ハナレタホウガ――
――言わなくちゃ。
「……もう二人で会うの、やめん?」
あくまで軽く。あくまでドライに。
それがさゆみに許された唯一の自己防衛だった。
- 226 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:48
-
「は?」
純粋に何を言っているのかわからない、という声だ。
「やけぇ……もう全部、終わりにしよう…?」
知らず、問いかけの口調になる。こんな時でも、相手に委ねてしまう自分が情けないと思った。
言葉を待ったが、れいなは黙っていた。
サングラスのせいで表情は読めないが、口角は下がったままだ。
「それ、今言うことなん?」
揺ぎのない憮然とした表情でれいなは言う。
彼女は隠さないし、たじろがない。
いつだって流れるように本音を紡ぐ唇は、闇のなかでさえ迷ってはくれない。
- 227 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:49
- 返答を返す前に強引に腕をつかまれ、人気のない高架下に引きこまれた。
絵里のそれとは違う、配慮のかけらもない力強さにさゆみの顔が歪む。
腕を組み片足に体重をあずけて立つれいなは、全身から不機嫌を放出していた。
- 228 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:50
- 「そげなこと今言うことなかろうが。はいそうですかさようならで終われると思ったと?
れなの気持ちとかシカトやん」
「ちが…っ」
「違わんやろ。てか…今日それ言うためにわざわざ呼び出したと?」
「……そう、だよ」
「それさぁ、かなり勝手やない?」
「…れいながそれ言っちゃうんだ」
- 229 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:52
-
さゆみは、れいなが激昂する理由がわからない。
むしろ自分がそれ程の何かを持していたことに驚いていた。
れいなは、すべてが気に入らない。
彼女の方からその言葉を告げられたこと、別れ際人ごみで言うという身勝手さ。
何よりも、そんなことを気楽に話す彼女の態度に、腹が立った。
お互いの思いは届くことはない。お互いの思いを理解する術をもたない。
思いを伝えあう方法なんて知らない。
それが、さゆみとれいなの“遊び”の盲点だ。
数え切れないほど身体を重ねた二人だが、思いを重ねたことは一度だってなかった。
- 230 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 01:57
- 薄暗いトンネルの中、沈黙が二人を包む。
遠くでエンジン音が過ぎていく。
さゆみはれいなの背後を通り過ぎていく車を、ただぼんやりと見つめていた。
「……本気で言いようと?」
先刻とは違う、静かな声で彼女は言う。
引き止めるように左腕に添えられた掌のぬくもりが、さゆみを躊躇わせる。
いきなり怒っていきなりやさしくてワガママで。
そんな子どものようなれいなが、心底愛しいと思った。
だから、今、言わなくてはいけない。
さゆみはもう、手を離さなければならない。
「正直、もう飽きた」
サングラスの奥にひそむ、その瞳を見据える。
心の声に蓋をして、すべてを押し殺して、吐き出した台詞だった。
- 231 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:00
-
――『なんしようと?』
『だけん…さゆがおってくれてよかった』
『今めっちゃ、さゆにあいたいとか思いよう』
『れいなが寝るまで……帰らんで、ね……?」
『絵里は、離れた方がいいと思う』――
- 232 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:02
-
テールライトが点滅するように、様々な言葉や表情がさゆみの胸に浮かんでは消えていく。
思い出が胸を責めてやりきれなかった。
あの頃だって楽ではなかったが、今の痛みとは比べ物にならない。
他人にウソをいうのは簡単だが、自分に嘘をつくのはやはりつらいものだ。
震える息を吐きだし、込みあげてくるものをどうにか塞き止める。
「……わかった」
それだけ残して、れいなは去っていった。
- 233 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:04
-
一年だ。
誰かに短いといわれようが、さゆみにとっては長い一年だった。
やってきたことはただの身体の交換だったかもしれない。
けれど、そこにはぬくもりがあった。
笑い声や、よろこびや、悲しみや、せつなさがあった。少なくとも、さゆみには。
それがたった今、自分の一言によって幕を閉じたのだ。
あっけない幕切れだった。
- 234 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:07
-
あまりのあっけなさに、さゆみは正面を向いたまま立ち尽くしていた。
いまだ途絶えぬ車の群れが、次々と視界を横切っていく。
色のない、音のない世界で、その事実だけが目の前に横たわっていた。
れいなはもういない。
もう、戻らない。
明後日には同じ仕事が入っているし、
ツアーが始まれば毎日のように顔を合わせる。
これから何度だって、逢う機会はあるだろう。
けれどもう、
さゆみだけが知るれいなは、どこにも居ないのだ。
- 235 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:09
- 堰を切ったように、こらえていたものが溢れだす。
降りだした雨のように、雫が足もとにポタポタと滴り落ちていく。
誰にはばかる事もなく嗚咽を漏らしながら、その場にへたり込む。
- 236 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:10
-
“行かないで”と言えないから、彼女の背中を見れなかった。
本当は、はなれないでほしかった。
- 237 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:11
-
望んだはずの結末に、涙を流す自分がいる。
――なぜ?
わかっている。
わかっているから、もう、あえない。
- 238 名前:_ 投稿日:2008/01/24(木) 02:14
- 初めて身体を重ねたとき、彼女のぬくもりを知った。
思いが生まれたとき、甘やかな痛みを知った。
想いが伝わらないとわかったとき、身を切るほどの切なさを知った。
そのすべてを知った今、さゆみは気付く。
こんなにも、れいなに恋をしていた。
- 239 名前:Eclipse 投稿日:2008/01/24(木) 02:15
-
- 240 名前:壮 投稿日:2008/01/24(木) 02:16
- 六回目以上です。
- 241 名前:壮 投稿日:2008/01/24(木) 02:34
- >>204 20さん
起きててくれてよかったですw
人の心は得てして複雑だと思います、こと恋に関しては……
今回もアレな感じで申し訳ない。
>>205 名無し飼育さん
人は弱い生き物だと考えます。
それゆえ他人の心に踏み込むことを躊躇ってしまうのではと思ったり。
難しいですねw
>>206 名無飼育さん
そう言って頂けて感無量です。
説得力ないと思いますがw私も二人の幸せを願う一人です。
>>207 名無飼育さん
どうぞハンカチを……w
遅くなってすみません。
- 242 名前:20 投稿日:2008/01/24(木) 03:22
- 更新お疲れ様です。
切ない…。
今後、二人がどうなっていくか気になります。
- 243 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/01/24(木) 15:42
- 更新お疲れ様です。
今回も踏み込めない二人でしたね。
ついつい『そこでガーっといかんか!』とやきもきしてしまいましたw
次回も楽しみに待ってます。
- 244 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/25(金) 22:33
- やべぇ、泣ける
- 245 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/28(月) 20:25
- 更新お疲れ様です
カラオケなどいくつかさゆれなネタがあり思い出して面白かったです
しかし2人の関係が切なくて胸が苦しい
続きを楽しみに待ってます
- 246 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/19(火) 15:34
- そろそろ展開がクライマックスのようですね.
二人が切ないです. いつ頃幸せになろうか
秀麗な文ありがとうございます.
- 247 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/11(火) 02:24
- この二人の大人っぽい子供っぽさにどっぷりはまっちゃいました。
もんのすごくイイです。
伏線らしきものがどう繋がっていくのかも気になります。
とにかく楽しみに待ってます。
- 248 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/02(月) 03:43
- ずっと待つよ
- 249 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/17(火) 20:30
- 待ってるよ
- 250 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/09(水) 01:34
- 一気に全部読ませていただきました!
二人ともとても切ない。
亀ちゃんの言うことも間違っていないからなおさら・・・。
続きが気になりますが、まったりと待ってます。
- 251 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/05(火) 05:58
- ずっと待つるよ!
- 252 名前:ゆりこ 投稿日:2008/10/23(木) 14:22
- 続きが楽しみです〜
- 253 名前:Nailbiter〜first〜 投稿日:2008/10/28(火) 07:24
-
- 254 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:26
-
人で溢れかえったフロアを揺らす重低音。
耳元から流れ込む喧騒。
感覚をなくした聴覚は、大音量のBGMを無機質に取り込んでいく。
ただ、音の波に身を任せる。
頭の中に忍び込む面倒なことは、今この空間には存在しない。
“ソンザイシナイ”
そう自分自身に言い聞かせる。
- 255 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:31
-
「ひとり?」
AM1:00
隠微な薄闇に浮かび上がる人影が、れいなの耳元に顔を寄せる。
前に、音楽番組で顔を合わせたことのある男だ。
この会員制クラブではよくあることではある。実際、フロアで身体を揺らす人波には
知った顔が何人かいる。
ライトが切り替わる度に浮かび上がる、端正な顔立ち。
黒のニットキャップから覗く、クセのある髪。
暗号のような文字が浮かぶロンティーにダメージジーンズ。
悪くない。
品定めをするように、れいなの瞳が彼を捉える。
「…てかもう出るけん、ごめんね」
気持ちとは裏腹に、唇からは言い訳が零れていた。
相手の反応も見ないまま体をすり抜けさせる。
- 256 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:33
-
何もかも全部、つまらなさすぎて吐き気がする。
以前の自分なら、どんなに落ち込んでいても、ここに来て、騒いで、歌って、踊って、
誰かと寄り添えば元通りになれた。
けれど、今は――
- 257 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:36
-
宵闇に弾き出された小さな体を、冴えた空気が包む。
猫のようにふるんと身震いをして、ファーのついた襟元を引き寄せた。
見上げれば、痩せた月。
ぼうっと眺めていると、視界が霞んだ。
なんだかひどく疲れていて、でも、帰りたくはない。
本当に、なんなんだ、これは?
なんで、こんなに…――
ふらふらとおぼつかない足取りで、ネオン街をひた歩く。
鉛のように重い心を抱きながら、それでもれいなは俯こうとはしなかった。
- 258 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:38
-
あの日以降、すべてがなかったかのように日々が過ぎていった。
変わったことといえば、れいながよく家を空けるようになったくらいだ。
単に、さゆみと部屋で過ごしていた時間を遊びに当てているだけの話だった。
しかしそれはある種の切実さを孕んでいた。
れいなは躍起になって遊んだ。
遊びという言葉が似合わないほど、真剣に、時間を忘れさせる空間を探し歩いた。
すこしでも時間が空けば予定を入れたし、誰もつかまらない時は、
今夜のように一人でもクラブやカラオケに出かけた。
たとえ翌日仕事が入っていても、夜通し仲間と騒いだ。
理由はひとつだ。
ただ、あの部屋にいたくなかった。
- 259 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:40
-
一方、さゆみは少しも以前と変わった様子を見せない。
何の変化も見せず、自然な振る舞いで毎日を過ごしている。
少なくともれいなにはそう見え、その事実が余計に彼女を苛立たせた。
時折言葉をかけてくるさゆみを、無神経だとさえ感じるようになっていた。
楽屋で、番組内で、いつの間にかさゆみを避けている自分がいる。
それはれいなの自尊心をどうしようもなく傷付けた。
さゆみと同じ空間に居ながら、さゆみのいない場所を作ることに頭を巡らせる。
それがどんなに虚しい行為か、れいなにはわかっている。
そして自分が最も嫌う“逃げ”だということも。
- 260 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:42
-
――だから、だろうか。
あんな風にしか接することが出来ないのは。
夜空に浮かぶ光に導かれるように、夜の街を進むれいな。
青白い三日月は、ただ迷い子に寄り添いながら煌々と輝いている。
- 261 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:43
-
- 262 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:44
-
「やめって」
カメラのコードを整理していたADが、声の元へ視線を上げた。
収録本番中、セットの周りに広がっていた和やかな空気に、途端亀裂が走る。
当事者へ向けられる、数人の視線。
腕を組み、苛立ちを隠そうとしないれいなと、
反射的に絡めていた腕を離したものの、元に戻せずにいるさゆみ。
二人の表情は硬い。
周りにいたメンバー達も、突然色を変えた空気に戸惑いを隠せない様子だ。
「カットー、休憩入りまーす」
機転を利かせたスタッフの声が響き渡る。
瞬間、つかつかと歩き出すれいな。
剥ぎ取った猫耳をADの一人に押し付け、スタジオの外へ出て行く。
急いで後を追うマネージャーの後姿を見つめながら、さゆみは立ち尽くしたままだ。
- 263 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:47
- 「なにあれ?」
駆け寄ってきた絵里の声で、さゆみの瞳に色が戻る。
「はは、なんかおこられちゃった」
無理やり上げた口角は引きつり笑いにしか見えなかったようで、
絵里の眉間に皺が寄る。
「…てかいいかげん大人になれよって感じなんだけど」
通用口の向こうに投げられた言葉には、苛立ちが滲んでた。
あんな風に拒まれたことよりも、親友の発する言葉に、鼻の奥がつんと痺れる。
何かを堪えるように、さゆみはきゅっと唇を引き結んだ。
「絵里あの態度だけはほんとムリ。何様なんだろうね」
「ちがう、今回はさゆみが悪いの。さすがにちょっとちょけすぎた」
「なにかばってんの?」
撮り止めてんだよ? 眉間の皺を深くする絵里。
衣装のために迫力はないが、怒りは相当なものらしい。
「でもね…」
「みんなしんどいのガマンしてやってんのにさぁ。さゆだって、」
- 264 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:49
- 言葉を遮るように、一際派手な衣装がこちらへ向かってくる。
説得されたのだろう、マネージャーに背中を押されているが、れいな自身の表情に変化はない。
さゆみは息を呑んだ。
さっきと同じように、立ち位置は隣。さっきよりも、開いた距離。
二人を繋ぐ言葉はない。
お互いが正面を見据えたまま、いやな空気だけが場を満たしていた。
れいなが戻ったことを機に、
散り散りに輪を作っていた他のメンバー達もセット内に戻ってくる。
「では本番始めまーす」
合図がかかれば、全てがいつもと同じように廻り出す。
誰もが“自分”という仮面をつけ、さも痛みなど知らないように笑うのだ。
絵里も、さゆみも、れいなも、例外ではない。
何のことはない、それは日常生活でつく小さな嘘と何ら変わりない“うそ”である。
だからいつの間にか、誰もが真面目にうそをつけるようになっていた。
それが正しくないことだと憶えている人間が、このちいさな箱の中に、一体
何人いるのだろう。
- 265 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:50
-
- 266 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:50
-
- 267 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:51
-
気が付けば街は白み始めて。
気が付けばマンションへ辿り着いていた。相当な距離を歩いてきたれいなは、
押し寄せる疲労感を引きずりながら建物の中へ入っていく。
- 268 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:53
-
見慣れたドアに鍵を差し込み、よろめきながらも玄関でブーツを脱ぐ。
そのままリビングをすり抜け、倒れこむようにしてベッドに身を預けた。
スプリングがバスンと軋んで、沈黙。
薄青に染まる部屋のなか、浮かぶのは彼女のことだけだ。
腕を振りほどいた瞬間の、あの、かなしそうな顔が。
瞬きをする度に、れいなの脳裏に蘇る。
身体は疲れきっているのに、頭は思考を止めない。
眠りたいはずなのに眠れない。
- 269 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:54
- ふと、床に転がっている携帯を見やる。
三日前までは煩わしいほど鳴り響いていた着信音が、そういえば止んでいた。
――今頃、新しいオンナと寝とるんやろうなぁ
ぼんやりと、れいなは思う。
未練のその欠片もないけれど、なんだかもやもやしたものが胸を覆った。
- 270 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:55
-
半年だって、一年だって、六年だって、人と人との関係なんて切れる時は
あっさりしたものだ――
斜に構えながらも、どこか諦めきれない自分がいる。
そのことを寂しいと、悔しいと感じる自分がいる。
東京に出てきて幾つもの季節を見送ったけれど、強気を装って踏ん張っていないと、
今にも振り返ってしまいそうだ。
なんでみんな、そんなに簡単に割り切っていけるのだろう――?
れいなには判らない。
かつて在ったものが消える時、泣き叫んで、喚き散らして、ただ首を振り続けることが
正しいと信じるれいなには。
だから、昔と同じように自然に笑いかけてくるさゆみが、れいなは不思議で仕方がなかった。
不自然で、不可解で、どうしようもなく腹が立った。
- 271 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:56
-
さゆみは戻ろうとしている。
中途半端にしかお互いのことを知らなくて、解ろうともしていなくて、
だから“トモダチ”でいられたあの頃に、彼女は戻ろうとしているのだ。
れいなは、完璧すぎるその演技をはやく見破ってしまいたかった。
だから、投げかけられる気安い言動に、過剰なほどの嫌悪感を示した。
だって、どうして戻ることが出来る?
この手で壊したものを、元に戻せるわけがないのに。
- 272 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:57
- 緩慢な動作でニーソックスを引き剥がす。
適当に放り投げると、冷たいフローリングに着地して抜け殻のようになった。
なんだか面白くて、音もなく笑った。
メイク落とさんと――
思うだけで、動く気はないけれど。
スキンケアには人一倍気をつかっていたし、ボディークリームだって、風呂上りの日課
として毎日欠かさず続けていたれいなだ、化粧をしたまま寝るなんて、心底ありえない。
でももう、どうだっていい。だって、どこにいっても、だれもいない。
明日も、明後日も。
世界に一人取り残されたような気分が、
以前よりもちいさくなった体に、じんわりと広がる。
- 273 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 07:58
- そろそろ夜明けが近いのか、少しだけ開いたカーテンの隙間から
朝陽が差し込んでいる。
穏やかな焦燥に身を委ねながら、橙色の光をぼんやりと眺めた。
薄暗い部屋が、始まりの色に染まっていく。
けれどれいなはもう、昨日の繰り返しとしか感じない。
目の端から伝い落ちる、何か。
いいわけを用意するために、金を焼いたような光を見つめつづける。
目が痛くなって本当に涙が零れるまで、瞬きはしなかった。
- 274 名前:_ 投稿日:2008/10/28(火) 08:09
- そのまま、柔らかな感触に身を沈める。
さすがに目が疲れてきて、瞬きをひとつする。
景色を滲ませているのは涙なのか、それとも、遠退いていく意識だろうか。
答えを探している間にも、思考が途切れ始める。瞼が重い。
ぼんやりとした視界の中で、やっぱり彼女はかなしそうだった。
――ごめんな
心の中で呟いて、意識を繋いでいた一握りの残像を、静かに手放す。
それからゆっくりと、れいなは瞳を閉じた。
- 275 名前:Nailbiter〜first〜 投稿日:2008/10/28(火) 08:11
-
- 276 名前:壮 投稿日:2008/10/28(火) 08:12
- 七回目以上です。
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/28(火) 11:30
- 更新きたー!
2人が自分の気持ちと相手の気持ちを見つけられる日が来るよう、願っております。
お疲れさまです!
- 278 名前:壮 投稿日:2008/10/28(火) 15:06
- 遅ればせながら、レスどうもありがとうございます。
更新滞ってしまってほんと申し訳ない。
>>242 20さん
いつもありがとうございます。
どうぞ二人の行く末を見届けてやって下さい。
>>243 名無し飼育さん
あの人のようにガーッといけたらいいんですけどねw
なかなかどうして難しいものです。
遅れてごめんなさいです;
>>244 名無飼育さん
つハンカチ
>>245 名無飼育さん
気付いて下さったみたいで小躍りしてます。
お待たせしてすいません!どうぞ最後までお付き合い下さいませ。
>>246 名無飼育さん
二人にとってもここが正念場、踏ん張ってもらいたいところです。
勿体ないお言葉、ありがとうございます。
- 279 名前:壮 投稿日:2008/10/28(火) 15:38
- >>247 名無飼育さん
彼女達は実年齢的にもほんと大人と子供の境界線に立ってますよね。
ハマッて頂けたようで、もんのすごく嬉しいです。
最後にすべてが繋がるよう……がんばりますw
>>250 名無飼育さん
一気読みありがとうございます!なんていうか、お疲れ様です。
亀井さんは本作一の常識人ですw
>>252 ゆりこさん
次回もそう言って頂けるよう、精進します。
今回個別レスは控えさせて頂きますが、待ってるとのお言葉、本当に
励みになりました。ありがとうございました。
七回目前編が終了し、次回は後編になります。
- 280 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/30(木) 02:07
- 待ってました
切ない切ないよさゆれな
が、しかしそれらにとても引き込まれてしまいます
やっぱり小説って書く人の妄想や理想が色濃く反映されるのですが壮さんのこの作品は
リアルにありそうなくらいそれぞれの個性が忠実に出てる気がして『本当にこんなことありそう』と思ってしまいます
次回更新楽しみに待っています
- 281 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/31(金) 00:19
- すんごい待ってましたw
こんなに読み応えのある話ははじめてです。
もう何度読み返したことかw
次回の更新も頑張ってください。
- 282 名前:ゆり子 投稿日:2008/12/02(火) 20:53
- 更新お疲れ様です!
続きが気になる・・・。
更新期待。
- 283 名前:名無し読者 投稿日:2009/03/06(金) 18:00
- 再読してまた涙ぐんでます
続きが読みたいです
- 284 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/04/13(月) 12:31
- 初レスです
皆さん仰ってますが本当にリアルで情景がすぐに浮かんできます
すれ違いなどのしょうがない部分や、優越感など誰もが持つ人間の良くない感情が見事に表現されてて引き込まれました
更新頑張ってください!
気長にずっと待ってます
- 285 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/05(火) 01:08
- 更新期待
- 286 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/06(水) 22:16
- sage進行でって書いてるの見えない?
- 287 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/07(木) 02:30
- 待っています
- 288 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 01:07
- 更新頑張ってください!
ずっと待ってます
- 289 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/05/08(金) 01:49
- とりあえず落とします
- 290 名前:poco 投稿日:2009/06/06(土) 07:40
- 更新期待+1
- 291 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/06(土) 22:42
- 落とします
- 292 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/14(日) 22:54
- 更新期待+2
- 293 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/15(水) 16:27
- 更新期待++++++++++++++++++
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/16(木) 01:12
- 落とします
- 295 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 03:47
- ずっと待ってます
更新頑張ってください!
- 296 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 07:58
- >>295
いい加減にして下さい
sage進行と書いてあるのが読めないんですか?
作者さんスレ汚し申し訳ありません
落とします
- 297 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/17(金) 07:59
- とか言いつつ落とせてなかったorz
- 298 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/08/09(日) 07:56
- 思いは重ならんのかねぇ。
待っていますね。
- 299 名前:暗夜 投稿日:2009/09/20(日) 22:48
- 更新? すべて速く1年になって
作者がすぐに帰って来て
美しすぎる
本当に乗りかかった船
- 300 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/09/20(日) 23:53
- すいませんおとします
- 301 名前:暗夜 投稿日:2009/10/02(金) 13:04
- 本当に悲しんで
このように投げ捨てました
- 302 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/02(金) 17:27
- おとします
- 303 名前:暗夜 投稿日:2009/10/02(金) 20:25
- 憎すぎます
自分でゆっくりと
私に泣いていって作者がすでになくしたことを知っています
- 304 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/02(金) 21:47
- おとします
- 305 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/10/28(水) 18:35
- 1年越しで待ってます
Kiss&Crybaby、だいすきだ
- 306 名前:Nailbiter〜latter〜 投稿日:2009/11/03(火) 04:29
-
- 307 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:31
-
「田中っちこないねー」
セットの一部である段差に腰を下ろした里沙が言う。
ストレッチ中の愛は、右足のつま先に手をかけた状態で、時計を見上げた。
同時に、近くにいた数人が同じ行動を取る。さゆみも例外ではない。
- 308 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:34
- 秋のライブリハーサル初日。開始時間の10時までは、あと10分程度。
いつもなら各自ウォーミングアップをしつつ、束の間の自由を楽しんでいる時間だ。
「あー田中さんちこくですか?」
らんらんと目を輝かせる小春に、「オマエがゆうなー?」と間髪いれずにつっこむ里沙。
実は小春も褒められた時間には来ていない。
冗談めいた空気を視線で変えて、年長二人はお互いを見あう。
「最近多いよねぇ、うん。多いわ」
「え?」
「田中っち。遅刻。まぁ前も、ねえ?色々あったし」
「ああ、ほやね」
「ちょっとさ、言っといた方がいいかも」
「うん。来たらゆう」
- 309 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:35
- 会話が終わるのが先か、今度は室内全体の空気が色を変える。
周りのメンバーが立ち上がるのに合わせて、慣れた動作で腰を上げる二人。
「おはよーございまーす」
小春の間延びした声が、一際大きく響く。
つんくが目の前を通り過ぎるのを待って、愛はもう一度時計を見やった。
- 310 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:36
-
- 311 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:37
-
- 312 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:38
-
10時を40分ほど過ぎた頃、れいなは姿を見せた。
全体曲はフォーメーションの関係上不可能だと判断されたため、ユニット曲を
繰り上げて通している最中だった。
出入り口付近で立往生しているれいなのもとへ、スタッフの一人が駆け寄る。
- 313 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:39
-
――なにやってんだか
出番待ちの絵里は、リノリウムの床に三角座りをしながら、無言で呟いた。
白んだ気持ちでいるのは彼女だけではない。実際、リハーサル室には気まずい空気が流れている。
れいなの出現によって途切れた会話を取り戻そうと、絵里は隣のさゆみを見た。
- 314 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:41
- 予想に反して横顔だった。
視線の先には、彼女がいる。
「寝てないのかな」
へ? 絵里は、間抜けな声を出す。呆気にとられた、といった正しいだろうか。
さゆみは、れいなを、心配している。
声色からそれだけはわかった。わかったから、絵里には理解できない。
――なんで、今“心配”?
「くま、できてる」
返事を求めている風ではないから、絵里も黙って彼女の方を見た。
- 315 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:42
-
華奢な体を浮き立たせる、薄いをグレーをしたスウェットのセットアップ。
すっぴんで髪を下ろしているからか、いつもとは違った雰囲気のれいながそこにいる。
変更されたタイムテーブルを説明されているのだろう、スタッフの持つ半ピラの紙を
視線でなぞっている。
- 316 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:43
-
まるで無声映画を見ているようだ。
軽快な音楽が雑音を消してくれるから、絵里の意識は自然と淘汰されていく。
――あれ?
今度は本当の違和感がおそった。
気のせいではない。絵里自身が一番よくわかっていた。
頷き方、上目遣い、あごに手をやる仕草――そのどれもが大人びて見える。
れいなはもう、あの頃のれいなではなかった。
- 317 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:45
- 絵里の視線がこんなに真っすぐにれいなを捉えるのは久しぶりのことなのだ。
ギャップが存在するのも無理はなかった。
“気付き”はいつだって突然にやってくる。
つまりは、タイミングの問題なのかもしれない。
- 318 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:46
-
- 319 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:47
-
れいなの到着後すぐに全体曲やMCの通しが始まり、昼休憩の時間に変更はなかった。
室内の隅に、大きなダンボールが一つ運び込まれる。
人数分の弁当が用意されているらしい。
- 320 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:49
- 「れいな、ちょっと話あるから」
愛の声は硬い。つんくが席を立つのとほぼ同時のことだった。
真っ先に弁当の元へ駆けだしたメンバーを除いて、その場にいた数人が、険しい表情をつくる。
先に起こることを察しての、なんともいえない空気が二人を囲う。
渦中にありながら、れいなの表情は変わらない。
距離を保ちながら、出入り口へ向かう二人。
それぞれの思惑を断ち切るように、ゆっくりとドアが閉まる。
- 321 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:50
-
不恰好な輪になって弁当をつつく、残されたメンバーたち。
いつもより静かな昼食だった。
たまに里沙が話を振って、誰かが答えて、そして沈黙。
そんなことを繰り返しながら、結局全員の意識はドアの外に集まってしまう。
- 322 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:53
- 何度目かのループの後、じれったさに痺れを切らした小春が、
プラスチックの容器ごと床に置いた。
「小春……みにいってきます!」
立ち上がるなりずんずんと歩き出した彼女を、慌てて羽交い絞める里沙。
「ちょっ、あんたが行ってどーすんのっ」
「だってみんな気にしてるから小春が代表して…」
「意味がわからないから」
攻防戦はすぐに収まった。
しぶしぶ腰を下ろした小春の肩にぽんと手を置いてから、定位置につく里沙。
- 323 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:54
- その時、ドアが開いて、皆の視線が集まる。
戻ってきたのは愛一人だった。
「…田中っちは?」
「走ってってもうた」
「あちゃー……大丈夫なの?」
「さあ。今はほっとこ」
半ば強引に会話を終わらせ、弁当選定をはじめる愛。
静けさに何かが加わって、メンバーたちは目を見合わせることしか出来ない。
- 324 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:55
- 「ほんまにいけるんですか? 田中さん」
眉を下げた愛佳が、おずおずと里沙に声をかける。
「あーなんとかなるってぇ。…たぶん」
隣同士に座っているのに、絵里は、さゆみを見ない。
黙って下を向いた彼女は、黙々とハンバーグに箸を入れる。縦に裂いて、横に裂いて、
また縦に裂く。
これ以上裂けない状態になっても、顔を上げることはできなかった。
このまま、何も起こらないまま、時間が止まればいい。本気でそう願っている自分がいる。
胸のなかがざらついて、逃げ出してしまいたいような気分だ。
欠片をひとつ、持ち上げる。可能性の話だった。
- 325 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:57
-
「さゆみん?」
唐突に、気配が変わる。
里沙の声だ。
遠ざかっていく足音。
ぬるい室内に、一瞬、外の風が流れ込む。
彼女の背中を、絵里はたしかめない。
その場にいた人間のほとんどが、呆然とその音を聞いた。
- 326 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:58
- 「ほっとこって言ったのに」
低い呟きは、疑いの余地を残さないほどの鮮明さで、絵里の耳に滑りこむ。
さゆみが、れいなを、追いかけた。
その行為に違和感を感じるのは自分だけだろうか。
視線が、不安げに周囲をさまよう。
気心の知れたメンバーたち。しかし、絵里は、誰に何を訊けばいいのかわからない。
不安の正体は目の前にあった。
さゆみも、れいなも、いなくなってしまった。
一人、自分だけを残して。
- 327 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 04:59
-
「亀井、ちょっと」
そのとき、ドア近くでマネージャーの声がした。
絵里?というジャスチャーで、近くにいたジュンジュンと顔を見合わせる。
二度目は思いの外大きい声で呼ばれて、小走りでリハーサル室を出た。
- 328 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:00
-
壁を背に、腕組みをしているところからして、良い話ではなさそうだ。
いつもより距離を置いて向かい合う。
「まぁなんだ……田中のことで二三訊きたいんだけど」
タイミングのよさに辟易する。目を見開き、口を結ぶ絵里。
- 329 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:01
-
れいなの調子がおかしいことは一目瞭然だった。
実際、仕事にも影響が及ぶほどの変化である以上、マネージャーである彼が口を
挟みたくなるのも当然の話だ。
三ヶ月前に就いたばかりでまだ年若い彼は、こういう不協和を親身に解決しようとする。
これが半年も過ぎれば見て見ぬふりを覚え、一年を過ぎる頃には気付きもしなくなることを、
絵里はよく知っている。「なんですか」表情のない応えを返す。
「最近悩みとか聞いてないか?」
聞いてても言うわけないじゃん――
「いやーとくに」デリカシーの欠けた質問に、耳がシャットダウンの準備をはじめる。
そのまま、彼が呟く独り言のような言葉を、絵里は適当に受け流していく。
- 330 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:03
- 「小さいことでもいいんだ。たとえば…道重と喧嘩しただとか」
口調に含む真意を読んで、絵里の口から滑らかに言葉が流れる。
「さあ。知らないです」
「お前たち同期だろ」すがりついてくる言葉を、見えない動作で払いのける。
表には微塵もその苛立ちは感じさせない。人付き合いには一定の距離感が大切だと、
絵里は思っていた。
- 331 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:04
- 「さゆに訊けばいいんじゃないですか?」
れいなとなんかあったのかって。
後半は、声にはしなかった。顎に手をあてた彼は、渋い表情になる。
「道重なぁ……田中と一緒に遊んだって話してたかと思えばこれだもんなぁ」
「…最近?」
「多分。日にちまでは記憶にないけど……カラオケだかプリクラだかで遊んだって
嬉しそうに話してたぞ」
「さゆが、ですよね」
「そう。CBC辺りで」
- 332 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:06
-
さっきリハーサル室で、本当はそわそわしていた。
さゆみを見ないふりをしながら、絵里は、ずっとはらはらしていた。
もしかしたらそれは期待だったかもしれない。無責任で、陰険な、好奇心。
彼女の、ここ一番での不器用さが、絵里はとても好きなのだ。
だから、願いごとは何も起こらないことだけではなかった。
自分が無意識に失ってしまったものを、絵里はいつだってさゆみに望んでいた。
- 333 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:07
-
「あの、もういいですか?」
絵里の声が、短い沈黙を終わらせる。
マネージャーの返事を待たずに、走り出した。
向かうのは元来た場所ではない。たしかめにいくわけでもない。
絵里はただ、彼女たちのもとへ行きたいと思った。
- 334 名前:Nailbiter〜latter〜 投稿日:2009/11/03(火) 05:08
-
- 335 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:12
-
理由に心当たりがありすぎた。だから、涙は流れ続ける。
ノープランで走り出したのにも関わらず、ここにたどり着けたことだけは運がよかった。
一番奥の個室に逃げ込んだのが10分ほど前。
便座の蓋の上に座ってつっぷしながら、れいなは悲劇のヒロインになりきれない。
- 336 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:13
-
――仕事なんやで、わかってる?
わかっとうよ
――考え方甘いんちゃうか?
れなの気持ち知らんくせに
- 337 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:14
-
なにもしらないくせに
- 338 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:15
-
「…ぅ……っく…」
すべての傷が痛みとなって、れいなの体に押し寄せる。
身体中を切りつけられるような鋭い痛みに、心さえ血を流している。
ぼたぼたと雫が落ちて、灰色のスウェットに黒い斑点ができていく。
ちっぽけなプライドで自分を守りながら、れいなは泣いた。
こんな時でも、瞼の裏の彼女は消えてくれない。
すがりつけば慰めてくれそうな微笑を浮かべて、そこにいる。
――れいな
何度もやさしい声で呼んでくれる。
振り切ろうとすればするほど、声は近くなって。
終わりにできないのは彼女のせいだという、言いわけまで用意させてくれる。
- 339 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:16
- 本当はもうずっと前から、れいなは気付いていた。
さゆみを呼び止めていたのは、自分自身だということ。
心の声はあの日からずっと、彼女の名を呼び続けていた。
“どこにもいかないで”と願っていたから、彼女はここにいてくれたのだ。
胸の、一番奥に。
- 340 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:17
-
「…っ…ゆ…」
そう気付いた今、
どうしようもなくれいなはひとりだった。
- 341 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:18
-
- 342 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:19
-
「れいな見ませんでしたか?」
すれ違うスタッフに、手当たり次第声をかける。
首を横に振る挙動を見届けずに、さゆみは再び走りだした。
部屋を飛び出してから、このビルの構造をよくわかっていないことに気付いた。
額や首筋にはじんわりと汗が滲んでいる。
何分経ったのか、近づいているのか遠退いているのか、それすらもわからないが、
それでも彼女は迷わない。戻れないのなら、進むしかないのだ。
- 343 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:20
-
大方返事は決まっていたから、今度も足を踏み出す準備をしていた。
しかし、「れいな」という言葉に反応したのを、さゆみは見逃さなかった。
「あぁ、あっちの方走ってったよ」
「ありがとうございます」跳ねるように頭を下げて、示された方向に急ぐ。
- 344 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:21
- しばらくして、表札の赤がさゆみの目に止まった。周辺にめぼしい扉はない。
根拠はないが、彼女がそこにいるという自信があった。
目的地を目前にして、はじめて立ち止まる。
額にはりついた前髪を右手で何度かちらして、荒い息を整えた。
- 345 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:22
-
中はがらんどうだった。
それでも、吸い寄せられるように、しずかに歩を進めるさゆみ。
一つ目の個室を過ぎたところで、心臓がどくんと波打った。
とどいたのは、泣き声だった。
せめて、声の一番近くに寄り添う。白い指先が、三つ目のドアにそっと触れる。
さゆみは床のタイルに視線を落とした。
どうしたって向こう側には行けそうもない。もう、気付かれることさえ許されないのだ。
冷えた感触が教える、絶対的な距離。
- 346 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:22
-
れいな――
心の中で呼んでみる。
届かないと知りながら、それでもさゆみは呼ぶのを止めない。
あんなに痛かったぬくもりが、今は恋しい。
扉から漏れる泣き声が、いとしすぎて苦しい。
- 347 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:23
- 板一枚隔てた向こうでせつない声を上げるれいなは、
助けを求めているのか、来ないでと言っているのだろうか。
迷えればらくだった。
答えを知っているから、さゆみの心は軋んだ。
――自分は今、この場所にいるべきじゃない
気持ちも、声も、すべてをのみこんで、さゆみはその場を後にした。
- 348 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:24
-
- 349 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:25
-
まるで何も感じていないような足音が、白い通路に響く。
前を向いているのに、さゆみの瞳は何も映さない。
誰かに、肩をつかまれる感触。一瞬視界がぶれて、彼女をとらえた。
「……いた?」
絵里はいつも、心配すると怒ったような顔になる。眉間に皺を寄せて。今もそうだ。
追ってきたのだろうか、肩で息をしている。ふっと緊張がほどけて、それでもさゆみは、
自分の世界に彼女がいないことを知るだけだった。
かぶりを振って、そのまま、振り切るように歩き出す。
背中に視線を感じたが、さゆみの足が止まることはない。
- 350 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:26
-
答えを知らないさゆみが、戻れる場所はひとつだった。
深呼吸をひとつしたあと、力をこめて、リハーサル室のドアを押し開ける。
メンバーたちの強張った気配が、さゆみだとわかった途端にいくらかやわらいだ。
「もしかして田中っち捜してた?」
あぐらをかいた理沙が、声をあげる。さゆみは出来る限り高い声を出した。
「…なんですけど、いなくってぇ。せっかく心配したのに」
投げかけられる質問の一つ一つに、それらしく応えた。自分がつく嘘が、本当らしく
聞こえることを彼女は知っている。
- 351 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:27
-
ほどなく、絵里が戻ってきた。さっきと同じように迎え入れるメンバーたち。
しかし絵里はなにも答えない。そのかわり、じっと彼女を見つめている。
靴ひもをなおすふりをして、さゆみはその場をやり過ごす。
れいなが戻ってからも、彼女たちの視線が重なることはなかった。
- 352 名前:Nailbiter〜latter〜 投稿日:2009/11/03(火) 05:28
-
- 353 名前:Nailbiter〜latter〜 投稿日:2009/11/03(火) 05:28
-
- 354 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:29
-
「……さん…お客さん、着きましたよ」
声に呼ばれて、れいなは反射的に態勢を立てなおした。
起きぬけで、すぐには眠っていたことに気付かなかった。
夢は記憶にない。今日の出来事は、紛れもなく現実らしい。
ぼやけた視界が、窓越しに見慣れた建物をとらえる。
急いで会計を済ませ、黒いアスファルトに降り立った。
- 355 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:30
-
タクシーのエンジン音を聞いてから、大きく息をつく。
昼休憩以降、リハーサルは滞りなく終わった。
すこしの誤算はあったものの、自分自身はいつも通り。だが体は嘘がつけないようで、
踏みだす一歩がおぼつかない。
サングラスで隠した瞳は、いまだ赤く腫れている。
- 356 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:30
-
薄暗い内廊下、静けさに足音が落ちては消える。
八つめで、音が途切れた。
にせものの暗闇のなか、れいなの瞳はたしかに“彼女”を映していた。
心臓がどくんと波打ち、克明なデジャヴが痩せた心に襲いかかる。
あの日とはちがう、ためらいのない足取りだった。
タイミングなんてどうでもいい、すがるような気持ちが、れいなを突き動かしていた。
しかし、現実はいつだってドラマのようにはいかない。
- 357 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:31
-
「……絵里」
無神経なほどの微笑みが、残像をいとも簡単に塗りかえていく。
ひょいと腰を上げた彼女は、笑顔のままれいなと対峙する。
笑い返す余裕など、今のれいなにはない。
「おそかったね」
言うことまで同じだ。れいなはいっそ嫌気がさしてきた。
- 358 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:32
- 「なん?」
視線は指紋認証のプレートから外さない。
なぜ彼女がここにいるのか、不可解だったがどうでもよかった。
「いやぁ、賭けてみようと思って。……さゆみたいに?」
その言葉に、はじめてれいなは絵里の存在をみとめた。
だてに何年も一緒にいるわけではない、サングラス越しでも、彼女がなにかを企んでいることはわかった。
見計らったように、ドアが開く。
- 359 名前:_ 投稿日:2009/11/03(火) 05:34
- 「…入り」
いつものふにゃりとした笑みで頷いて、ドアに体を滑り込ませる絵里。
夜空の一番高いところから、月が二人を見下ろしている。
不自然なほどに静かな夜だった。
- 360 名前:Nailbiter〜latter〜 投稿日:2009/11/03(火) 05:35
-
- 361 名前:壮 投稿日:2009/11/03(火) 05:37
- 七回目後編以上です。
- 362 名前:壮 投稿日:2009/11/03(火) 05:43
- レス本当にどうもありがとうございました。
個別レスは控えさせて頂きますが、感謝しております。
長い間お待たせしてしてしまってすみません。
残すところあと一話です。
どうぞ最後まで見届けてやって下さい。
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/03(火) 23:14
- さゆ、れいな…絵里。
次で終わるのか。早い段階から完結を待ちわびてたのに、
いざとなると勿体無いような変な感覚だー。
壮さん更新ありがとう。
- 364 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2009/11/05(木) 00:37
- 1年ぶりに…
待っていました!
- 365 名前:暗夜 投稿日:2009/11/05(木) 14:13
- 作者は更新しました 楽しく
は
が頑張ることに値したことを待ちます
- 366 名前:van 投稿日:2009/11/05(木) 14:57
- 感?しました!!
1年ぶりに
- 367 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/05(木) 16:03
- 待ちわびてました
次で終わるのか…どんなふうに着地するんだろう
- 368 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/06(金) 17:23
- きた!!!!!
- 369 名前:暗夜 投稿日:2009/11/07(土) 18:20
- 関係のますます複雑になった
はとても期待します 頑張って頼みます
- 370 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/07(土) 19:24
- 読み直して気づくことも多いなぁ
- 371 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/10(火) 04:38
- >>369
HEY BOY! YOUR JAPANESE NO GOOD HAHAHA
- 372 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/11(水) 23:06
- Hi, van and 暗夜 !
I'm not the author of this forum, I'm an audience.
You never mind other comments.
I'm grad to see your sweet Japanese comments,IMO,
By the way, When you'd like to comment, you might
want to enter email box "sage".
Cause this forum has thread-froating system
("sage" means a thread keeps position at forum).
And this is a one of rule the "m-seek" forum.
No offense, but please grasp what I want to say ;)
Thanks.
- 373 名前:a 投稿日:2009/11/11(水) 23:48
-
- 374 名前:_ 投稿日:2009/11/11(水) 23:50
-
「けどさぁ、さゆってやっぱガマン強いよね。絵里あと5分待って来なかったら
フツーに帰ってたもん」
ソファにふんぞりかえり、笑顔を崩さない絵里。
対照的に、れいなの眉間には皺が刻まれている。
椅子の背もたれに黒いテーラードジャケットを放り掛け、長テーブルに腰を下ろす。
眺めに懐かしさを感じて、己の失態に気付いた。
視界も、距離も、あの日と同じ。
ただ、相手が違うだけだ。
それだけのことでこんなに不安定になれる自分にも、れいなは苛立っていた。
自然、口調にも棘が混じる。
- 375 名前:_ 投稿日:2009/11/11(水) 23:51
- 「何が言いたいん?」
回りくどいことは大嫌い、いつだって直球勝負のれいなである。絵里のすべてに
対して言葉を投げた。
それも想定内、という風に微笑んだあと、彼女はゆっくりと口を開く。
「あの日さー、いつだっけ。5日? さゆ、来たでしょ」
来た、それがなんだ。視線だけで先を促す。
「絵里その直前まであのこといたんだ。てかその日の朝、電話でこっちから誘ったんだよ、
今日泊まんない?って。思えばそんときからなぁんか微妙だったんだよねー返事が。
けど絵里もヒマだったし、いいじゃんって強めに呼んだわけ。だからホントならあの日、
さゆ、丸一日うちにいるはずだったの」
- 376 名前:_ 投稿日:2009/11/11(水) 23:53
- 唇をとがらせ、手持ち無沙汰に膝の上でリズムをとる絵里。
話が見えないれいなは、険しい表情を崩さない。
「…けど、途中からさゆ、なんかそわそわしだして。喋んないし、時計ばっか見てるし、
不思議に思ってどうしたのって訊いたんだよ」
にわかに絵里の表情が変わる。
暖房をつけているわけでもないのに、れいなの肌はうっすらと汗ばんでいた。
「そしたらあのこ、涙目んなってさ。絵里どうしよう、どうしたらいい?って。
今日絶対会いたい人がいるんだって言うの」
視線で責められて、れいなは喉を鳴らす。
- 377 名前:_ 投稿日:2009/11/11(水) 23:58
- 「問いただしたら、まぁよーするに記念日らしいじゃん。なんの記念かは
教えてくんなかったけど。その人にとってはどうでもいいことかもだけど、
さゆは会いたいって。でもむこうはホントに好きな人と会ってるから、
自分とは会えないと思う、とかって泣きだしちゃってさ。
……絵里そんときピンときたんだよ、あーこのこムリめな恋してんだぁって。
なんとなくだけど、不倫? 浮気? セフレ? 愛人? あと何コかは浮かんだね」
指を折る度に淡いピンクのフレンチネイルが艶めいて、れいなの意識はそちらへ傾く。
視線が戻るタイミングで、絵里は言葉を放った。
- 378 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:01
-
「実際、これってなんなの? れいなにとって、さゆってなに?」
核心が突き刺さる。
れいなは答えられない。目の前にいる相手の言動に、頭のなかをぐちゃぐちゃに
かき混ぜられて、思考が停止する。強い目力に、憮然とした態度で応えることしか
できない。
彼女がなぜここへ来たのか。
その答えは、れいな自身が気付くことでしか見つからない。
- 379 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:05
-
先に視線をほどいたのは絵里だった。
「まぁ、いいんだけど……。あ、で続きだっけ。絵里そんときはまだ何もしらなかったから、
行ってきなって言ったの。そのかわり、行って会えなかったら一回区切った方がいいって」
タイミング云々の話ではない。あれはさゆみが仕掛けた賭けだったのだ。
あの夜の彼女の赤い目が、微妙な雰囲気が、走馬灯のように蘇る。
押し寄せたのは、あきらめ。
れいなは頭を垂れた。自嘲気味の笑みが音になる。
「賭けたとかって、そんこと?」
その通り、首を縦に振る絵里。
- 380 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:07
- 「正直絵里、会えない方に踏んでたんだよね。だから、会えたらいいねじゃなくて、
ダメだったらちゃんとあきらめなって言った。やっぱヤじゃん? トモダチが泥沼
はまってくの、黙って見てるとか。
……でー、21時前かな? さゆと駅で別れたのが。あ、ちょうど今頃」
絵里は掛け時計に目をやる。つられてれいなも振り返り、天井辺りを見上げた。
「でもまさか会えるとはねー。タイミングよすぎだよ、れいな」
決して喜んではいない表情だ。
- 381 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:12
- 「……なんで、そんなん知っとうと? さゆが言ったん?」
すべての鍵は絵里が握っている。そんな気さえしていた。現に今、れいなよりも
絵里の方がずっとさゆみを知っているのだ。
突然、絵里が笑った。れいなは怪訝そうにそれを見つめる。
「それもあるけど…会えたってことだけは次の日すぐわかった。てかっ、あんだけ
痕ついてたら誰でも気付くって。ガキさんにバレる前に隠したの、絵里だからね?
もしかして……痕つけたの気付いてなかったとか?」
わざとらしく目を丸くする絵里に、即座に噛みつくれいな。
「頼んできたんさゆやけんね? …てか、もうやめよって言ってきたんもあっちやし。
なんで今さら絵里がそげんこと言いにきてんのかわけわからん」
逃れるように逸らされた視線を、絵里は見逃さなかった。
- 382 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:18
- 「やっぱわかってないんじゃん。れいなさぁ、わかろうとした? それ言ったときの
さゆの気持ち、考えようともしてないでしょ? わかんなかったら知ろうとしなよ。
ちゃんと会って話しあわなきゃ」
「もうよかって。もう全部…終わったことやけん」
「こんな生活続けてて終わったとかよく言えるね。最近遅刻多いのだって寝てない
からなんでしょ? 来たら来たでさゆのことシカトだし…全然引きずってんじゃん」
「はぁ? おまえに関係なかろうが!」
- 383 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:20
- 激昂で腰が浮く。自分が悪いことも、理不尽だということも、れいな自身が一番よくわかっていた。
だからこその怒りだった。
声の大きさにもたじろぐことなく、絵里は静かに言葉を紡ぐ。
「関係ないよ、たしかに関係はない。
けど絵里は、れいなよりずっと……ずっと、さゆのともだちなんだよ?」
その瞳はかすかに潤んでいた。
熱をもった言葉つきとガラスのような視線に射抜かれて、れいなは身動きが取れない。
彼女の言葉を抽象的にとらえつつも、真意に図星をつかれている自分がいる。
- 384 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:26
- 「友達が…親友が泣いてるの見て、関係ないとか言ってられる?
あんなに一生懸命ヒト好きになってんのに、見てみぬふりできる?
絵里は、ボロボロんなってるさゆのこと、ほっとけなかった……友達だから。
れいなが絵里のこと関係ないって言うのはしょうがないと思う。
けど、友達が好きになった相手のこと、絵里は関係ないって言えない」
真っすぐに相手の目を見つめ、言い切る絵里。
切り返す言葉も探さずに、れいなは押し黙ったままだ。
「さゆ……ごめんねって言ったんだよ…? 絵里にこのこと話したあと、こんなこと
話してごめんねって、困らせてごめんねって、涙ポロポロ流しながら言ったんだよ?
誰にも言えなくて、ずっと一人でためこんできたんだよさゆは!
友達がそんな思いしてんのに黙ってられるわけないじゃん!」
自分が長い間気付けなかったさゆみの思いに、絵里はとっくに気付いている。
さゆみから伝え聞いたのかもしれないが、それこそが彼女たちのつながりを示していた。
“友達”という言葉の強さを前にして、れいなはいっそ平伏してしまいそうになる。
今、この胸に感じている痛みは本物だろうか。
そんな考えさえ浮かんだ。
- 385 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:28
-
友情、信頼、絆――
なんとなく素敵な言葉ばかりが次々に立ちあらわれる。
勝てるはずがない。同じ土俵に立つことが、そもそも間違っているのだ。
れいなの視線が、フローリングの床をなでる。
「ともだち……」
深く、絵里はうなづく。瞳は潤んでいたが、伝えるべき思いがあるという
意志をたたえていた。
「絵里、あのこがあんなになってるの見たの初めてだったから、いてもたっても
いらんなくて……さゆがどんな気持ちでれいなのこと待ってたのか、ちょっとでも
わかりたかったから……だから、賭けて、きた。
もし今日れいなに会えなかったら、今話したこと、誰にも言わないつもりだった」
一生――結んだ言葉は固い。
- 386 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:32
-
自分はなんなんだろう、れいなは思う。
彼女の強さと優しさの前に、差し出せるものはあるのだろうか。
彼女たちの“賭け”につりあう行動を、何か一つでも起こしてきただろうか。
答えはない。
ないから、ない。
「れいなには、さゆの気持ち知っててほしかった。
……絵里、どうしたらいいのかわかんないけど…でも……、
このまま、終わちゃっていいの…?」
応えはない。
あるのだろうけど、彼女にはわからない。
- 387 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:34
- 立ち上がった絵里は、抜け殻のようなれいなに歩み寄り、
その二の腕をしっかりとつかんだ。
「ねぇれーな!」
大きく体を揺さぶられてもなお、れいなは動かない。
始まってもいないと思っていたのに、気付いたときには終わっていた関係を、
今更どうしたいのかもわからなかった。
考える時間が必要だった。
- 388 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:35
-
「……絵里は、どこまで知っとうと?」
いさめるような口調ではない。証拠に、眉間の皺はとうに消えている。
対岸の表情にしばし見入った後、絵里は答える。
「ずっと相談はされてて……でも、さゆ名前は出してくんなくて……
今日二人見てて、もしかしてって思ったから、リハ終わりで呼び出した。
さゆ、なかなか言ってくんなかったんだけど、絵里がむりやり訊いたの」
不思議と、マイナスの感情は浮かばなかった。
暗い日々のトンネルのなかに、かすかな光が差し込んでいる。それは現実という
名の光だった。だから、れいなはこんな状況になっても逃げ出しそうとは思わない。
ただ、闇のなかから出られる方法を教えてほしかった。
たとえ相手がさゆみではないとしても。
- 389 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:37
-
「じゃ…、寝よったこともしっとるんやね」
静かに、絵里はうなづく。その神妙すぎる面持ちに、笑みさえこぼれそうになる。
大丈夫。まだ大丈夫、田中れいなは、まだいける。
明確なことはわからないが、ぼんやりとれいなは確信した。
「どげん、思った?」
「アセったにきまってんじゃん」
今度は本当に、ふはっと笑い声になった。
もはやすべてが手遅れなのに、ここにいるのが絵里でよかった、微かにそんなことさえ思う。
そんなんじゃなくて、とか否定する気力すら失せていく。
彼女には、そうさせてしまう力があった。
- 390 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:40
- 「でもね、なんか……そっかぁって思った。わるい意味じゃなくて。絵里ずっとさゆとれいなって
生理的に合わないっていうか…別に仲悪いとかじゃないんだけど、仲良くはなんないと
思ってたから」
再度ふきだす。確かに、とうんうん頷いた。
「それとね…ちょっとだけ、さみしくなった。今まで、さゆの方が絵里のことスキって思ってた
とこあって。それが、こうじゃん? 絵里、なぁんかバカみたいだったなって。自分だけ置いて
かれた気がしたんだよね。気付いたらひとりぼっちでした、みたいな。うらしまたろう的な?」
へへ、と絵里は笑ったけれど、れいなには彼女が寂しそうに見えて、
胸の奥がむずがゆくなる。
それを愛しさと呼ぶとは、気付かないけれど。
- 391 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:42
-
「さゆと、話した方がよかよね」
自分にたしかめるように、呟く。
「うん。……これ、絵里が言うことじゃないかもだけど……さゆ、れいなに距離置こうって
言ったこと、すっごい後悔してた。てか知ってたでしょ? さゆずっとヘンだったよね?」
「…そう?」
少なくともれいなにはその変化はわからなかった。だから、荒れた。
思えば夜の彼女しか知らないのだ、当然かもしれない。本当に絵里の方がずっと、
そう、友達なのだ。
「そうだよぉ。絵里が遊ぼうって言ってもひたすら断るし。なんか家でふさぎこんでたっぽい。
さゆのお母さんが電話してきたぐらいだもん、さゆちゃんが変なんだけどって」
え、と思わず声が漏れた。そんな大事になっているなんて皆目気付かなかった。
どちらかといえば自分の方が盛大に病んでいると、れいなは思っていたのだ。
- 392 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:43
- 「だから……うん。
さゆんなかでは、まだ終わってないんだよ?」
至近距離で見る絵里の瞳に、その先を促される。
無言の頷きに対して、頷きで返すれいな。
答えはまだ見つからない。
だったら――
- 393 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:45
-
「ちょっと…行ってくる」
椅子に掛けていたジャケットを剥ぎ取り、テーブルの上に無造作に横たえていた
携帯電話をひっつかむ。
寂しいなら余計に、彼女に会わなくてはならない。
れいなはそう確信した。
この関係の名前を知りたいなら、訊かなくてはならない。
自分の足で、答えを見つけに行かなければならない。
人生はタイミングではない、行動によって決まるのだと、勇敢にも賭けでここへ
やってきた絵里に、さゆみに、教わった。
- 394 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:56
-
それから、転がるように玄関へ向かった。
れいなの背中をリビングから見ていた絵里が声をかける。
「さゆたぶんもう家にいるっ」
ブーツと格闘しながら何度も頷く姿が、薄暗闇に浮かびあがる。
- 395 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 00:58
- ドアが閉まる音を聞いたあと、絵里は安堵したようにソファに体を沈めた。
一仕事終えた後のような、ため息がひとつ。
が、再びドアが開く音がして、反射的に玄関の方へ振り返る。
ドタドタという地響きが迫ってきて、思わず身構えた。
ブーツを履いたまま四つんばいになったれいなが、リビングへちょこんと
顔を出していた。肩で息をしながら、絵里を見上げている。
「ヘヘ……なんか、色々さんきゅ」
その姿を見てぶはっとふきだした絵里は、「はやく行って」のジェスチャーを返す。
再びドタドタという音がした後、ドアが閉まり、その後開くことはなかった。
- 396 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:00
-
あのれいながハイハイの格好をしていたのだと思うと、笑いは収まってくれない。
ひとしきり笑ったあと、絵里はポケットから携帯を取り出した。
しばらくぬちぬちとボタンを押してから、本体をソファに放り投げる。
続けて、自身の体もぼすんとあずけた。
「がんばれ、ワカゾー」
何かのCMで聞いて耳に残っていた言葉を、ふとつぶやく。
言葉の響きとすこしの恥ずかしさに、絵里は再度ふきだした。
- 397 名前:a 投稿日:2009/11/12(木) 01:00
-
- 398 名前:a 投稿日:2009/11/12(木) 01:01
-
- 399 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:02
-
タクシーに揺られながら、メーター横の時間を確認する。
はやる気持ちを抑えつつも、自然と前傾姿勢をとっていた。運転手から怪訝な顔をされ、
苦笑いで背中を倒す。
その時、ポケットで震動が起こった。
――絵里だ。
『友達にはできない、れいなにしかできないこと、絶対あると思う。
さゆをたのんだよ』
彼女らしい綿のような文体に、自然と顔がほころぶ。
すぐに、再び振動。
『頑張れ、ワカゾー(笑)』
「意味わからん…」
口の端から笑みがもれる。とりあえず、頑張りたいのは山々だが。
- 400 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:11
-
ふと思い出して、れいなはポケットから携帯を取り出した。
アドレス帳から、専用フォルダに分類されたままのそれを選択する。
画面には、自分のイニシャルが入ったメールアドレスと、もう覚えてしまった番号。
適当に別れの挨拶を打って送信してみると、案の定センターから素早く送り返された。
ボタンでいくつか操作をして、削除した。
未練はない。寂しさもない。
アドレス帳の登録件数が一件減ってしまったことがシャクだったが。
- 401 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:12
-
彼女と会ったら何を話そう――?
そんなことを思いながら、れいなは窓の外へ目をやる。
あの夜と同じように、暗い闇のなかで街頭が美しくなびいていた。
同じ景色が、違う気持ちをより鮮やかに浮き立たせる。
あのときは世界に切り離されたような思いを抱いていたが、今は逆だ。
誰かに、彼女に会いにいくというだけで、景色全体がせつなく色づいていく。
人とつながるってすごいなぁと、改めてれいなは実感していた。
握りしめていた携帯を一瞥し、元の場所へ押し込む。
さゆみと同じように、賭けてみようと思った。
どんな結果になろうと関係ない、本人が出てくるまで待っていようと唇をかたく結ぶ。
彼女の賭けとは勝手が違うが、それくらいしてもつりあわないような気がした。
知らないうちに、たくさん傷付けてきたのだ。
オレンジの明るさが目にしみて、右手で瞼をこする。
- 402 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:13
-
- 403 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:14
-
タクシーはするりと道路の脇に停車する。帯を締めなおすような気持ちで、背筋を伸ばした。
メーターの数字を確認し、ポケットに手を入れる。
だが、いくら深くを探っても、それは手に引っかかってくれない。
血の気が引いていくのがわかった。
運転手が怪訝そうにれいなの手元を見ている。
「はは」
ごまかすように作り笑いを浮かべたが、ごまかされてはくれないようだ。
- 404 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:15
-
財布が、ない。
――絵里にありがとうとか言っとる場合やなかった……
何度体中を叩いても、所持品は携帯電話だけだった。
やるせなさを吐きだすように、ため息をつく。
- 405 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:15
- 心底情けない気持ちで、メモリーからさゆみの番号を呼び出した。
でてほしいような、でてほしくないような微妙な面持ちで本体を耳にあてる。
3コールを聞いたところで、無常にも音声に切り替わった。
「あ、さゆ? …今家? うんあの、ちょっと、出てきてほしいんっちゃけど…」
タクシーに乗っておいて料金を払えないなんて、生まれて初めての体験だった。
何も今じゃなくても、とれいなは顔を歪める。
現実はいつだってドラマのようにはいかない。何が起こるかわからない。
戸惑い気味の声を聞きながら、れいなは切に実感していた。
- 406 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:16
-
- 407 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 01:16
-
エンジン音を鳴らし、軽快に去っていくタクシーの後姿を見つめる。
気まずさから、れいなは横目でさゆみをチラと見上げた。暗さのせいで、
眉を読むことは出来ない。
「……さんきゅ、助かったと」
「珍しいね。れいなが財布忘れるとか」
「あーちょっと、バタバタしとったけん…」
実際、バタバタどころではなかった。しかし、お金を借りに来たのでないのだと
思い直し、意を決して口を開く。
「さゆ、話したいことあるっちゃけど」
隣で、小さく肩を震わせる気配。それに気付いたれいなは、とっさに口をつぐむ。
行き交う車のエンジン音がうるさい、と思った。
さゆみも同じことを思ったらしく、「近くに公園あるけぇ、そこで話そう?」と
控え目にれいなの服の裾を引いた。
- 408 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 07:58
-
目的地に着くまで、二人は無言を通した。
れいなは常にきっかけを探していたが、車が通り過ぎたり、ブチ猫が目の前を横切ったりして、
ことごとく邪魔をされた。しかし、不機嫌になる余裕はない。
少し前を歩くさゆみに視線を向けては、本物だと確認する作業を繰り返す。
髪がのびた。
服装は変わってない。
黒のニットは見覚えのあるものだし、ジーンズ姿がすこし珍しく感じるくらいだ。
視線に気付いたのか、さゆみが背後に意識を向けた。
とっさに目を逸らしたれいなは、これから彼女と真正面から向き合わなければ
いけないことを思って、ため息を吐きだす。
憂鬱も一緒に外に出してしまいたかったが、そう上手くはいかないらしい。
- 409 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:00
-
そうこうしているうちに、割と大きな児童公園に到着した。
遊具は真新しく、全体的に清潔な感じである。
朝昼の賑わいとは対照的に、しんと静まりかえっているその場所で、
二人が発する音だけが響いていた。
- 410 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:01
- 幼少期を喚起されたのか、れいなは意気揚々と敷地内へ飛びこんでいく。
一方さゆみは、馴染みの場所をゆっくりと歩いている。
「ちょ、ヤバイ、夜の公園ばりテンション上がりようっ。予想外」
童心に返ってはしゃぐれいな。
あの夜のようにポーズではなく、本心からのそれだった。
ブランコに腰を下ろしたさゆみは、微笑ましい光景に目を細めた。
「さゆ見て、めっちゃタコ」
蛸の形をした大型遊具を指差して、れいなは爆笑する。
何度も目にしている遊具なのに、さゆみも手を叩いて笑う。
静かな夜の公園に、二人の笑い声だけが響いていた。
- 411 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:03
-
一通り遊具に触れたれいなは、さゆみの隣のブランコに腰かけた。
勢いをつけて足を伸ばす彼女に対して、さゆみは体を前後に揺する程度だ。
「れーな」
問いかけるような、やさしい声色。
れいなはブランコに身を任せながら、間延びした返事を返した。
「……絵里、なんか言っちょった?」
唐突な問いに、地面に足を擦りつけて勢いを殺す。追うように、緩やかな
金属音も止まった。
一瞬迷って視線を落とす。静寂に答えはない。
- 412 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:05
- 「…うん。さっき、うち来とったけん。……めっちゃ怒鳴られた」
「うそ?」
「うそ」
もー、と口角だけ上げてれいなの腕に触れるさゆみ。
そこに潜むわずかな緊張を汲んで、今度はれいなの方から口を開いた。
一瞬前の戯れが嘘のような、まっすぐな声だ。
「さゆが絵里に話したこと、全部やなかろうけど、聞いたっちゃ。
5日のこととか……この前遊びいった日んことも、ちょっと」
だだっぴろい公園を見渡す。
うっすらと土埃が舞っていた。れいなは眉をしかめ、顔の前で手を払う。
- 413 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:06
- 「……ごめん」
「なんで謝ると?」
一瞥を投げると、さゆみは俯いていた。白い電灯の陰に入って、表情は見えない。
「怒っちょーやろ、勝手に喋ったこと」
サイズの合わないブランコに乗り唇を噛む彼女が、なぜだか愛おしくて、
れいなは口角を上げる。
「怒っとらんよ。……怒っとらん」
二度目は、彼女の髪をなでてやりながら。
- 414 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:08
- 突然訪れた感触に、さゆみはにわかに顔を上げる。
潤んだ瞳を見つめたまま、れいなは手を止めずに続ける。
「さゆが絵里に言って、絵里がそれ言ってくれんかったら、れな一生気付けんかった
かもしらんとよ? だけん、誰にも怒っとらん。てかむしろ、ウチでるとき絵里に
ありがとって言ってきたっちゃん」
ニヤリと笑いかけると、さゆみは反対に唇を引き結んだ。
「……れなこそ、ごめん。なんか知らんうちに、さゆんこといっぱい傷つけとった。
マジごめん」
言いながら、れいなは自分自身を不思議に思った。こんな風にだれかに謝る日が
来るなんて思ってもみなかった。届いてほしいと願いながら、彼女に言葉をかける
日が来るなんて。
さゆみは俯きながら、大きくかぶりを振る。
今にも泣き出しそうな彼女の様子に、れいなは気が気ではない。
- 415 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:09
- 「ちゃんと…」
「ん?」
聞き取れなくて、彼女の口元に耳を寄せる。
「ちゃんと、自分の口から、話したい」
呟かれた言葉には、意思の強さが垣間見えた。
れいなは待つ。いつまでも、待つ。
- 416 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:11
-
「一年前の9月5日、何の日が憶えちょー?」
恐る恐ると言った風に、さゆみはれいなを見る。
安心させるように、柔らかく頷いた。
何せ“さゆみの親友”に、気付かされたばかりだ。忘れるはずがない。
慈しむように、ゆっくりと音にする。
「はじめて、さゆとした日」
やろ? と逆に見つめ返した。
切なげに眉根を寄せて、彼女はこくんと頷く。
「え前から知っちょったわけやないよね?」
「うん、今日。てかさっき、気付いた」
そこは素直に。嘘をつくと絶対どこかでボロが出る。それはれいな自身が
身をもって知ったことだ。
「やと思った」さゆみは屈託のない笑みをこぼす。
- 417 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:12
- 「さゆみは、なんとなく……ずっと憶えちょったんじゃ。
まぁどうでもいいっちゃどうでもいいことなんやけど…なんかいね…
忘れたくなかった、ってゆうか」
とつとつと紡がれる言葉を、れいなは黙って聴いている。
瞼さえ閉じてしまいそうな心地よさに身を寄せながら。
「さゆみのなかで、慣れちゃいけんって思いがずっとあって。
当然、今年も来るやん? 9月5日。ちょうど一年経つし、どっちに転ぶかわからんけど、
とりあえずその日を一区切りにしようって思っちょって……
やけぇどうしても会いたかったんじゃ、あの夜は」
絵里から聞く言葉と、本人から聞く言葉にはやはり感覚的な違いがあった。
あの夜の自らの態度をかえりみながら、相槌を打つ。
- 418 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:14
- 「れいなが憶えてたら、言おうと思っちょったことがあって……
でもれいな憶えてなさげやったやん?」
「うん」
「やろ? 憶えてなかったら切るつもりやったけぇ、憶えてないかもって思ったら、
訊けなくて…」
さりげなくシビアな物言いに、れいなの口から苦笑がもれた。
「…てか待って、おぼえとったらなん言うつもりやったと?」
さすがに距離は詰めないが、にじり寄るような迫力で問う。
- 419 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:16
-
「…う……って」
「えっ?」
思わず声が大きくなってしまうほどに、気になる。
「ごめん、なんて?」仕切りなおして、れいなは優しく問いかける。
「……ちゅうしてって」
唇をとがらせながら、下を向くさゆみ。黒のロングヘアーが邪魔して顔は見えないが、
耳は赤く染まっていた。
「あー…そうやね」
照れが伝染して、れいなまでにやけてくる。
「あ、言えんかったけん痕つけてに変えたと?」
「もーいいやんっ」
さゆみは恥ずかしそうに俯いたままだ。
- 420 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:17
- 「そう、で、結局なんも言えんで……痕だけ、いっぱいついちょって……れいなこれ
見たらどう思うやろうって思って、わざと隠さんまま、現場行ったりしたんよ」
「マジ? 知らんかった…」
「そう、れいな全然気づかんけぇちょっと悲しかった……でもすぐ絵里に指摘されて、
そのときからちょっとずつ、相談みたいな感じで話しちょった。あ、でもれいなの名前は
出してなかったよ?」
うーん、まぁ――苦く笑いながら、れいなは次の言葉を待つ。
「とりあえず状況だけ…一年くらいそういうことだけしちょー人がおるって言ったら、
びっくりされて……絵里と色々話してるうちに、やっぱ離れんといけんと思ったけぇ、
次会うとき、ちゃんとケジメつけようと思ったん。やけカラオケ行ったときあんなこと言ったんじゃ」
不意にあの日の出来事を思い出して、気が滅入る。
二人の間の空気が重くなったような気がした。
- 421 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:19
-
『さゆ、れいなに距離置こうって言ったこと、すっごい後悔してた』
絵里の言葉を思い出す。
れいなの胸が締めつけられるように軋んだ。
- 422 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:20
-
「今すごい……あの日に戻りたい」
耳にかけた黒髪が、ハラリと頬に落ちる。切実さをはらんだ涙声だった。
静けさは、小さな呟きさえも見落としてはくれない。
言ったきり言葉を紡ぐことをやめた彼女に、れいなは自分の番が来たことを覚悟する。
細くゆっくりと、息を吐いた。
「れなは、戻りたくなか」
きっぱりと断言する。
時間も関係も、もう、あの頃には戻れないと知るから。
戻りたくないと心が言うから。
「今やないとできんこと、あるけん」
たくさんの行動と、たくさんの思いを重ねて出来た今なのだ。
高鳴る鼓動が胸を打ち続ける。
止める気はない。止まる気もない。
- 423 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:22
-
れいなは立ち上がる。
さゆみの前に立つ。
彼女が顔を上げる。
安心させるように、微笑う。
その唇に、キスをした。
- 424 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:23
-
緩やかな金属音が途絶える。
静寂はちいさな事実さえも見落としてはくれない。
肌寒い秋風が吹くなか、重なった唇だけが熱をもっていた。
約束はまたしても、あっさりと破られた。
- 425 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:24
- さゆみは彼女を見上げたまま、目を見開いている。
れいなはゆっくりと距離を戻す。
いひひと、いたずらっ子のように歯を見せたあと、その場にすとんと腰を下ろし、
目線の高さを合わせる。
「まだ戻りたいと?」
呆然としている彼女へ、口の端を上げて問いかけた。
「……本気?」
問い返されて、ふはっと笑いがもれる。
刹那に顔から笑みを消して、れいなはしっかりとうなづいた。
- 426 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:25
- 「だって彼氏…」
「あー、あれ………もうとっくに別れとうよ。
…さゆに離れよって言われたとき、なんかしらんけどめっちゃオチて、
そんままの勢いで。てか最初っから、さゆとそういうことしとうとか
ヤバイかもって思ったけん付き合っとったっていうか……なに、カム…カム…?」
「カムフラ?」
「それ。うん……なんか、ばり言いわけっぽいね」
やるせなく笑んだあと、れいなは真っすぐにさゆみを見つめる。
「でも、ケジメつけたことはほんとやけん。もう自分に言いわけせん」
- 427 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:27
-
「れな、なんが普通とかわからんっちゃけど……とりあえず普通に、さゆとおりたい」
こらえるように口をへの字に結ぶさゆみに、願うような気持ちで、れいなは続ける。
涙をみせる前に、これだけは聞いてほしかった。
「会いたいときに会って、寂しいときは一緒におって…そんなんでいいけん……、
さゆがいい」
- 428 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:30
-
最後の言葉に想いのすべてを込めた。
にわかに彼女の瞳が透明な膜に覆われる。
しゃくりあげ始めたさゆみの頭を撫でてやる。園児をあやす保育士のような構図だ。
困り顔を浮かべつつも、れいなの胸にはなぜかうれしさがこみ上げる。
「泣き虫さゆ」
からかうような言葉に、唇をとがらせるさゆみ。
自分が知らない間にも、きっと彼女はたくさんの涙を流していたのだろうと思うと、
れいなの心はすこし痛んだ。
「…これからは、いっぱい笑わせるけんね」
目を濡らしながらも、彼女は微笑を返す。言葉では言い表せないいじらしさに、
思わずもらい泣きしそうになった。
れいなの心だって、知らないうちにたくさん傷ついていたのだ。
- 429 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:32
- 黙っていると何かが零れそうで、はぐらかすようにおどけてみせる。
「さゆ、ほら、タコ」
さすがに遊具は遠いので、蛸の形に口をすぼめる。それを見たさゆみは泣き笑いの
ようになって肩を震わせた。
「てか、てか見て、ハート」
今度は器用にハートの形を作る。
競うようにさゆみも真似をするが、残念ながら出来ていない。
「全然進歩してないやん」自分と彼女に向かって、れいなは優しい声で言う。
笑いあって、再び静寂。
- 430 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:33
-
「さゆみは……ずっとれいなのこと、すきやった」
気付いてしまった真実を、さゆみははじめて声にする。
「好きやったよ」
凪いだ表情に混じった笑みが、きれいすぎて、れいなは目を逸らすことができない。
足が痺れてきたが、それ以上に、同じ目線で伝えられることがうれしかった。
- 431 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:34
-
少しだけはれた瞼が、瞬きのたびに露をはじく睫毛が、潤んだ瞳が、
やるせないほど愛おしい。
ずっと目を逸らし続けてきたさゆみの表情を、今、寸分たりとも見逃したくない。
他人にこんな気持ちを抱いたのは初めてだった。れいなは感嘆の息をもらす。
- 432 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:35
-
「けど今は、もっと好き。ちょっと信じられんくらい、好きになっちょー…」
膝もとに視線を落としたあと、さゆみは彼女の瞳を見つめる。
視線と視線がまともにぶつかり、溶けあう。
れいなは次の行動を待った。
- 433 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:37
- ちいさく鼻をすすったさゆみは、静かに距離を埋めていく。
柔らかく閉じられた瞼に合わせるように、れいなも瞳を閉じる。
二度目は、さゆみからのくちづけだった。
舌が唇を滑っていく感触に、れいなの鼓動が速まる。
さゆみらしかぬ、わるいキスだ。
唇を離すと、自然と熱をもった吐息が絡まる。
それは今までのセックスが幼稚に思えるくらい、官能的で幸福に満ちた触れあいだった。
- 434 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:38
-
はじめてのキスの後のように、たどたどしく顔を離す二人。
刹那、たがが外れたように、感じたことのない切なさが溢れだしていく。
もっと触れたい、もっと知りたい、もっと重なりたい――
何かが込みあげて、れいなはさゆみの手をつよく握った。
冷たさと冷たさがかけあわさって、ほのかにぬくもりが生まれる。
れいなはその感触を、この先もずっと失いたくないと思った。
それが、終わりのない二人の関係に打つ終止符だった。
- 435 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:39
-
さゆみは想う。
れいなが好きだ。
れいなは思う。
さゆみの近くにいたい。
- 436 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:41
-
重なることのないおもいは、重ならないから互いを求めたまま、夜の闇にとけていく。
はぐれそうな二人を導く、街頭のようなぬくもりをたよりに。
「帰ろ」
手は離さないまま、おもむろに立ち上がるれいな。
今度は問いかけではなく、強くも優しい口調だった。
手を引かれるままに、さゆみもその後につづく。
「帰り道わかるん?」
「……わからん」
少しの間のあと、ぶはっと噴き出す二人。
さっきまでの緊張が、うそのようにほどけていく。
公園を出て元来た道を戻っていく間も、心地よい沈黙が二人を包む。
小さなぬくもりにつながれた二つの体は、今までのどの瞬間よりも、ひとつだった。
- 437 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:41
-
- 438 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:44
-
二人並んでさゆみのマンションの前に立つ。
五秒前に手は離されていた。
何か言いたげなさゆみは、なんとなく落ち着きがない。それを見透かしたように、
れいなは口を開く。
- 439 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:45
-
「じゃ…帰るわ」
気持ちとは裏腹な言葉を、わざと吐きだした。秋風の冷たさに、どうしようもなく胸がつまる。
さゆみは少し俯いてから、思いついたようにぱっと顔を上げた。
「タクシー代ないんやろ? 泊まってけばいいやん」
てのひらは、引き止めるように服の裾をつかんでいる。
れいなは困ったように微笑んで、その手を優しく落とした。
「や、大丈夫やけん、マジで。うちの前で待っててもらえばよゆーやし」
「……そっか」
どちらからともなく、半分程に欠けた月を見上げる。
煌々とした光を受けて、ふたりの瞳が輝いた。
- 440 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:46
-
はなれたくないという思いはお互いが感じ取っていた。
しかし、だから、れいなは振り返らずに歩き出す。
- 441 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:48
-
想いをたしかめあった今、抱きしめて、ぬくもりに身を委ねるのはたやすいことだ。
二人はそこから始まった。
だから、わざとれいなは逆方向に動いた。
タイミングに頼るのではなく、自身の心の動きによって、これからの関係を生みだすのだ。
また明日から始まる、ふたりきりの関係を。
- 442 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:49
- 「れーなっ」
呼び止められ、反射的に振り返る。
暗闇に紛れて表情は読めないが、お互いその方が都合がよかった。
「……おやすみ」
どこまでも落ちてゆけそうな、柔らかい声だった。
応えるようにちいさく手を掲げ、向き直る。
- 443 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:51
-
小さくなっていくれいなの背中を見つめるさゆみ。
さゆみに見守られながら歩を刻むれいな。
遠ざかれば遠ざかるほど、ふたりの想いは強くなっていく。
――大事にするけん
月を見上げ、れいなは心のなかで約束をする。
愛しさと切なさと甘い痛みをこぼれんばかりに胸に抱いて、れいなは進み、さゆみは留まる。
明日も明後日もずっと消えない“いたみ”を、心に刻むように。
- 444 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:53
-
ドキドキと心臓が波打っていた。
壊れてしまうんじゃないかと思うほど、心がせつなく鳴いていた。
その瞬間にこそ、こたえはあった。
- 445 名前:_ 投稿日:2009/11/12(木) 08:55
-
――れいなにとってさゆみは、
――さゆみにとってれいなは、
- 446 名前:a 投稿日:2009/11/12(木) 08:57
-
- 447 名前:Kiss&Crybaby 投稿日:2009/11/12(木) 09:13
-
...end/start
- 448 名前:名無し飼育 投稿日:2009/11/12(木) 09:19
- リアルタイムで読ませて頂きました
完結お疲れ様です
とkろどころで泣きました・・・
6期大好き!さゆれな最高!!
次回作期待してます^^
- 449 名前:壮 投稿日:2009/11/12(木) 09:23
- 八回目以上です。
これをもちまして、【Kiss&Crybaby】は完結とさせて頂きます。
読んで下さった皆様に感謝を込めて。
- 450 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/12(木) 10:10
- 壮さん完結おめでとうございます、丸2年に渡り楽しませていただきました
寝る前の更新チェックの習慣を読み返しの習慣にシフトしようと思いますw
改めてこの話好きだ!てかアナタかっけぇよ。なんかズルい。本当ありがとうございました。
- 451 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/13(金) 00:08
- さゆもれいなもかわいくて最高でした。
お疲れさまでした。ありがとうございました。
- 452 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/13(金) 00:53
- まずは完結本当にありがとうございました。
1年間ずっと待ってたけどまさか再開してくれるなんて思ってなかったです。
れいなの冷たい雰囲気とか我侭な態度とかさゆの切ないシーンとかもう全部に
引き込まれたお話でした。
最後作者さんが二人をメンバー愛に持っていくのかLOVEに持っていくのか407の
時点でも全然わからなくて最後までドキドキしながら読ませてもらいましたよ(笑)
最高に楽しませてもらいました!お疲れ様でした!
- 453 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2009/11/13(金) 23:55
- 完結おめでとうございます。お疲れ様でした。
永いブランクにもかかわらず、完結にたどりついてもらったことに、
まずは感謝いたします。
さゆとれいなが大事なものをそれぞれに見つけて終わることになり、
とてもよかったです。
次回作を期待せずにはいられません!
- 454 名前:暗夜 投稿日:2009/11/14(土) 12:33
- よく書いている棒 ついに終わって
6号がやはり最高で
が最後に1つ言います 作者の文章よく
- 455 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/14(土) 13:24
- いちおう
- 456 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/11/15(日) 00:45
- 大好きなお話でした。完結ありがとうござます!
これから毎年9月5日はさゆれな記念日だ。来年の手帳に書いとかなきゃw
次回作・・・書かれる予定ございますか・・?
って終わったばかりなのにすみません。お疲れ様でした。
- 457 名前:名無飼育さん 投稿日:2012/11/19(月) 01:17
- なんかここを思い出して来てしまいました
さゆれなのこれからに期待
- 458 名前:名無飼育さん 投稿日:2015/09/21(月) 01:25
- Sack time
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Real intention
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