dogsW
1 名前: 投稿日:2007/11/11(日) 16:19
水板でT.U、夢板でVと長文を続けてきた拓といいます。

長い物語で、大変ご迷惑をおかけしますが、
迷惑かけついでに色んな板に行ってみようと、最後にこちらに顔を出しました。

相変わらず、突っ込み所の多い駄文ですが、暇つぶしにどうぞ。
2 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:22

宴会の次の日、昼前に各国の代表が帰ってしまうセレモニーを終え、
城の一室で医師が最後の往診に訪れていた。

「昨日は、街の皆もいつまでも騒いで大変じゃったよ、うるさくて眠れんかった」

「うそうそっ、じいち・・・・先生はさっさと酔っ払っていびきかいて寝てたじゃないですか」

医者の世間話に、助手である女性が突っ込む

「ははっ、そうですか、でも城の方は夜中にはもう静かにになってましたけどね」

シャツのボタンを閉めながらベッドの上で上半身を起こして笑う矢口

「残念じゃったな、宴に参加出来なくて、
まぁ矢口さんはもうしばらく酒は控える事、いいな」

「はい」

いつもなら誰か一緒に部屋の中にいるはずの加護や辻、石川や藤本は今日はいない

今日のセレモニー前には、全員が矢口に挨拶を告げに来て、
そして帰っていってしまった。

真希達は、帰国する人たちを見送った後、
どうやら親方の所に揃って行って来るとの事。

二・三日帰れないと矢口に言って出て行ったので、部屋は静かだ。
3 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:24
怪我をしてから一ヶ月以上になろうとしている。


普通の人だったらまだまだ介護が必要な位の大怪我
怪我した直後から、毎日この医者がやって来てくれていたのだが、
そこにまた一つ出会いがあった。

毎日訪れてくれていた年老いた優しい医者に、
助手としてついてくるしっかりものの孫娘・・・その名は市井紗耶香

小柄だけど、綺麗な顔立ちをした中性的な魅力を持つ彼女もまた、
矢口の回復を支えた一人

筋力の落ちた矢口の体を、
梨華と一緒に毎日根気強くマッサージしてくれたりと献身的だった。

しかし族にしては治りが遅いのは、本人に治る気がないからという話だった。

だから、余り動こうとしなかった矢口を叱り、
回復を早めてくれたり、治療で痛がる矢口をケアしたりして次第に仲良くなっていく

サバサバした性格だからか、真希達にも臆せずにモノを言い
同年代という事で、仲間達とも次第に仲良くなっていった。


4 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:26
そんな周りの協力にも助けられ、体の方は順調に回復していく

医師は上半身を起こした矢口の背中に周り、
目を瞑って背中の骨を確かめるようにゆっくり手を動かすと、ポンと肩を叩いて

「よし、もう大丈夫だろ、これでわしがここに来るのも最後じゃ」

と、白髭のじいさんが微笑む



「ありがとうございました」

笑顔で深々と頭を下げる矢口


「いやいや、本当にすばらしいね、こんなに早く回復するなんて、羨ましいよ」
よっこらせと椅子から立ち上がる

「・・・・・いえ」
みんなのおかげですと微笑む


「それじゃあ体を大事にするんじゃよ、まだ若いから無茶したいのは解るけどね」

与えられた命は一人のものじゃないんだから、大切にな・・・・と言いながら医師はドアへと向かった。
5 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:28
見送ろうとベッドから降りようとする矢口を、その医師の老人は手で制して笑う

「お大事に・・・・矢口さん」
「はい、本当にお世話になりました」

ベッドの近くでつかまり立ちをし、頭を下げる矢口の少し前で、
その老人医師の助手、紗耶香が慌ててしゃべりだす

「あ、先生」
「解っとる解っとる、今日はもう仕事は終わりじゃ、お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした。気をつけて帰ってくださいね、もう年なんだから」
ククッと何かを思い出すように笑う紗耶香

「はいはい、この前の事はたまたまじゃよっ、まったく紗耶香はうるさいなぁいつも」

「心配してやってるんですよ、先生の」
腰に手を当てて言うと、肩をすぼめて老人は微笑む

「あ〜怖い怖い、そんなとこは、ばあさんそっくりじゃ」

ふぉっふぉっと笑いながら医師は帰っていった。
6 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:31
腰に手を当てたままドアの方を向いてしばらく立っていたが、
やがて片方の手を頭にやってポリポリと掻くと、くるりと回って矢口の方を向く

「もうさぁ、この前そこの下の階段ですっころんで大変だったんだ、
石川も美貴も一応心配しながらも笑って見てるし、余計はずかしがって慌てちゃってさ、
特に大好きな石川が毎回見送りに来てくれるもんだから、じいちゃん緊張しちゃって」

バカだろ?と笑う紗耶香は、
突然スッと背筋を伸ばし実に綺麗な立ち姿で矢口を見て微笑む

「でも毎日おいらの為に、こんな階段だらけの所に来させちゃってごめんね、ほんとに」
「ば〜か、それがウチらの仕事だからさ、いいって事」

サバサバと明るい口調で言うと、
何か言いたそうに矢口を見てはソワソワしている。

そして何でここに残ったのかを、少し不思議がる仕草で見上げる矢口


「あの・・・・・さ・・・・でも、さすが族だね」

苦し紛れの会話なのか、なんだかたどたどしい

「・・・・もう大丈夫だよ、ありがとね紗耶香」

なんだか不審な気持ちながらもベッドに腰掛けて笑う矢口
7 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:33

「やっぱ違うんだなぁ・・・・人間と族って」
「んな事ね〜よ」

言われた矢口は寂しそうに視線を落とす


それを感じ、慌てて次の話題に入る

「でもさ、元気になったんだしさ、今度は何すんの?」
「何・・・・って?」

ちょっと面倒くさそうながら笑って聞いてみる

「だってさぁ、毎度新聞を賑わせてたあの矢口がさ、
こんなにちっこいかわいい女の子だなんて知らなかったもん、実際往診に来る迄」

「ちっこい・・・・って言わないでよ」

矢口は一瞬ひとみとのやりとりを思い出してしまい、さらに悲しそうな顔をした。
8 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:34
「あ〜、ごめん、たださ、ちょっとさ」

鼻の上をコリコリと今度は掻きながら
何故かちょっと照れくさそうな顔をする助手

「ちょっと?」
気を取り直したのか、首を傾げてまた微笑む矢口

「いや、とにかくさ、心配してる訳よ、イチー的にも」
「・・・・・ありがと」

笑みを浮かべたまま視線を下げて佇む姿がやけに小さくて
その助手、市井紗耶香はゴクリと一度唾を飲み込む

「また・・・・会いに来てもいいかな」

探るような視線で、俯いている矢口を見つめる

「そりゃ、別にいいと思うよ」

折角仲良くなれたんだしさ、みんなも・・・・と笑う
9 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:35
「や・・・・まぁ・・・・みんなにもだけどさ・・・・ここにさ・・・・」

心配そうな表情で言うので矢口は明るく返す

「もう平気だよ、それに、あんまり心配してもらうと
・・・・・今ちょっとキツいから・・・・」

無理して笑ってる矢口に、すぐに言い出した

「好きなんだ」
「え?」

慌てて紗耶香に視線を上げる矢口


見上げて合わせた視線は真剣に、そしてまっすぐ矢口を見ていた

「だからさ、もう往診が終わりって日になったら、告白しようって決めてたから・・・・さ」

一転紗耶香は、ふぅ〜っと、やっと言えた安堵感を全身に漂わせて立っていた
10 名前:dogsW 投稿日:2007/11/11(日) 16:37

「何・・・・言ってるの?」


「さあ、何言ってんだろ、
とにかくさ、また遊びにくっからさ、診察もかねて、いいよな」

んじゃ・・・・と再び頭を掻きながら出て行こうとする紗耶香に

「ごめんっ紗耶香」
立ち上がって慌てる矢口

既にドア迄行ってた紗耶香が顔を向けずに言う

「解ってる・・・・・でも、また遊びにくっから・・・・・」

パタンとすばやく紗耶香が出た後ドアが閉まった。




ぽつんと佇む矢口



しばらく呆けた顔でドアを見つめていたが

「ごめん・・・・・・もう無理だよ、おいらには」

もう人の気持ちは受け取れそうに無いよ・・・・と


一人悲しそうに呟き、
ゆっくりと窓際に行くと真っ青に広がった空を見上げた。




11 名前: 投稿日:2007/11/11(日) 16:38
本日はここ迄です。

よろしくお願い致します。
12 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/11/11(日) 20:04
新スレおめでとうございます。また続きが読める幸せをかみしめています。
やっと怪我が治っても矢口さんせつないですね…。
13 名前: 投稿日:2007/11/17(土) 21:57
12:名無し飼育さん

ありがとうございます。
読んでいただける幸せをかみしめています。
レスありがとうございました。
14 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:01
あの話し合いの後、各国の代表者は国に帰る予定を変更し、
全員で山へと向かった

これだけのメンバーが山に入るという事は考えられない出来事だが
各リーダーの護身役のようについてきていた兵達迄ついていっては、
あまりに大所帯になってしまうので、このメンツだけで上っていった。

もともと戦闘能力の高い者達ばかりなので、何の心配もないのだが・・・・


馬を使っても最低二日はかけて行かないといけない程遠い大きな大きな湖のほとり

途中、ひとみが死んだとされる谷を通ったり、
惨劇のあった洞窟跡を通ったり、複雑な思いで皆進んでいく・・・


山の上だからすっかり雪景色になっている中、
わりとしっかりとした一軒の家が立っていた。

しかし親方はそこを通り抜け、少し離れた森の茂みの中の岩肌にやって来る。
15 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:03

「俺だ」

親方が言うと、岩肌に彫られた洞窟の中から声がする

「ああ、入れよ」


洞窟の前には、幾重にも折り重なって積まれている岩が、
なんだか不自然な入り口を作っていた。

雪に埋もれてしまわない為と、中で焚いた火の煙が出て行きやすいようにだろうと皆は予想した


「いや、ここには入りきれないから出てこないか?」

「・・・・・入り・・・・きれない?」

「ああ・・・・・懐かしい顔もいるから出て来い」

親方が優しく言い、しばらくすると、
痩せこけた老人が出て来て驚きの表情を見せた。

「・・・・・親方?」

確かに若い頃はいい男だと解る白髪の老人

髭はのびっぱなしで服はボロボロになっているが、鋭い視線で親方に誰だと聞いてくる。
16 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:04

「こいつらは、色んな国や街の代表者達・・・・そして矢口真之介のイタズラの結果だ」

「・・・・・・代・・・表者」

「覚えてないか?わしは元Eの国で真之介達と悪さしてた若林」

「わしは安倍だ」


「若林・・・安倍」

呟いた後ハッとした表情をしてまた親方を見る


「俺達の重荷を・・・・・こいつらが仲良く背負ってくれるそうだ」
「・・・・・・何?」

瞬時に親方を睨みつける


「安心しろ・・・・・こいつらは大丈夫」

しっかりと全員、旅の疲れも見せずに一人の男を見つめ頷いた


親方の言葉に、信じられないという表情で全員を見渡す老人、吉澤
17 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:09
「・・・・・吉澤さん・・・・始めまして、今旧Eの国で代表やらせてもらってる中澤裕子言います。
信じられないとおっしゃられるかもしれませんが・・・・私達全員でちゃんと話し合ってますので、
その長年の重荷・・・・・そろそろ降ろしませんか」

「始めまして、Mの国代表の後藤真希です。
ここにいる人達は皆、私欲の為にあなたの技術を使おうとする人はいませんので、安心して下さい」

「それは間違いない、この若者達が変えてくれたよ・・・・吉澤」

親方はずっと見てきたことで、ハッキリと言い切ってくれた。


「まぁ、立役者の矢口の孫はいないがな」

「・・・・・怪我・・・・してるそうだな」

ちゃんと世の中の出来事を知っているのを伝えるように安倍と若林に向かって呟く


「ああ・・・・・怪我はもう治ったんだけどな・・・・・
心の傷がそうとう深いみたいで、今回お前との対面は難しいんだ」

「・・・・きっともう、ただの民として暮らす事を望んで、わしらと会うような事をしないだろう」

是非息子の嫁にと思うのだが、今はそれすら言えない状態だよ・・・・と瞬を見て笑う若林


「かわいそうな・・・・子だな」

会ってみたかったが・・・・もう無理か・・・・・呟く吉澤
18 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:10
「いえ、矢口さんはまた動き出します・・・・・
今はちょっと休ませてあげてますけど、あなたがもし協力してくれて
世の中が動き出せば、どこかでまた争いの種が生まれてきます。
それを放っておける人ではありませんから」

藤本が力強く言うと、そっと梨華が寄り添う

「ええ、その前に矢口さんが無理に動き出す事のないように、
私達は力を合わせてその争いの種を摘み取って、協力しあっていくんです」

そこにあの矢口さんが顔を出さないはずはありませんから・・・・・紺野が真希に微笑む


言葉を発する人の顔を見ていき、老人・吉澤は俯く


「なぁ・・・・この若い子達の顔を見ろよ・・・」

若林が吉澤に語りかける

19 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:12
「この子達は、色んな悲しみを乗り越えて・・・・・
希望を持って歩いて行こうとしてるんだよ、こんなに若いのに」

「・・・・・・・・・・・」

「もうこんなとこに篭っていないで・・・・・俺達と一緒にもう一度歩いてみないか・・・・
昔・・・・矢口真之介と共に未来を語ったみたいに・・・・・」

「お前は自分の手で生み出した物に対して後悔しているのかもしれないが、
実際、重宝している人の方が多いんだぞ」

交互に話す若林と安倍の言葉は力強い

そして、それを見守る代表者と呼ばれる人達の視線は真剣だ



「・・・・・・・・・・・また・・・・醜い争いが・・・・・起こるぞ」


「だから、それを私達が頑張って起こらないようにするんです」

一番若いれいなが声を張る

「この子が、Yの国の王位継承者だよ、お前も知ってるだろ」

新聞は見せていたからなと呟くと

「・・・・・ああ」

親方の言葉に頷いた
20 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:13
「吉澤はん・・・・・ウチらもな、個々に街を作って満足してたんやけど・・・・・
他の国の人や・・・・・色んな世界・・・・色んな技術、文化があるって知って
それに触れて、おもろいなぁ・・・って思ったんです・・・・・
もしかしたらもっと便利に・・・・もっと住みやすく・・・・
昔々の夢物語のような本の中の出来事が現実になってくんやないかなぁ
・・・・って思い出したんです・・・・・・その為には今、取引に使う貨幣が足りない」

な、紺野・・・と中澤がフルと

「はい・・・・・私達がちゃんと考えます・・・・・
どうすれば有効に、どうすれば便利に使いこなせるのか・・・・・
だから・・・・・街に下りて来られませんか?」

真剣に言う紺野に合わせるように頷く若者達

21 名前:dogsW 投稿日:2007/11/17(土) 22:16

それを一人ひとり見渡す天才技術者、吉澤博文は、空を見上げて黙り込む
まるで亡き妻に語りかけるように・・・



固唾を呑んで吉澤を見つめる各代表者達




しばしの沈黙を経て


「・・・・・・・解った、下りよう」



吉澤も漸く頷くが、しばらく時間が欲しいと言ってくる

ここには家族が全員いるから、少し話をしてから下りたいと言うので
気持ちが落ち着いたら、
一番距離的に近いJの国の城に来てくれるようにJの国の王子が言い、全員山を下りた。



まさかこの期に及んで自ら命を絶つなんて事ないだろうかと、
道中、中澤が心配すると、親方はそれは無いと言い切る。


四十年もの間、過酷な運命に、愛する人と二人でずっと戦ってきた男が、
今さら死ぬはずはないと穏やかに言った。

22 名前: 投稿日:2007/11/17(土) 22:16
今日はこのへんで
23 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:00


「やぐっつぁんっ」

城の中にある真希のプライベートルームに声が響く



親方の所から国に帰ってきた真希が、漸く歩きまわれるようになった矢口が、
この二・三日の間の出来事の報告をした直後の怒り

「すみません、姫・・・・・あ、女王」
頭を下げ、跪く矢口


意思の強そうなその姿に、真希はため息をつく

「やぐっつぁんが、もっとちゃんと元気になる迄、もちょっとゆっくりすればいいじゃない」
「しかし」

顔を上げ異論を唱えようとする矢口を真希は許さない

「しかしじゃないのっ」
「ハッ」

再び頭を下げる矢口

24 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:04

「全く・・・・何でそんな急に・・・・・しかも城の外になんて」
「すみません」

矢口は、真希達が山に行っている間に、
城の入り口そばにある昔から知ってる床屋に出向き、
そこの主人に頼み込んで働けるようになったから、働かせてくれと言い出した。

しかも近くに空き家を見つけ、事務方に詰め寄り借りる手筈を整えていて、
そこで加護や辻達と暮らしたいと願いいれる。

「ずっと考えてたんです・・・・・
どうすれば女王をお守りしながら、ここで暮らしていけるか・・・・」

「だからそれなら今までどおり、ここで兵を引っ張ってってくれればいいじゃない」

訓練してもらいたがってる兵は沢山いるんだよと、咎めるような口調


今、空いている元帥という地位には、暫定的に片桐が入っている。

多くの兵は、矢口が入る事を望むが、
当の本人は、その地位に入る事を頑なに拒んだ。

25 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:07

興奮ぎみな真希に黙り込んだ矢口、見かねて紺野が助け舟を出す

「女王・・・お言葉ですが、出来れば私も矢口さんの思ったとおりにさせてあげたいと思います」
「だって紺野・・・」

ぶすくれた真希に、今度は藤本が声をかける

「すみません女王、私も出来ればそうさせてあげたいと思います・・・・
力及ばずながら、私も紺野参事と共に頑張りますから」

「ふふ、美貴ちゃ・・・あ、藤本参事」

と紺野も微笑む


今まで通りの役職、元帥という兵の中で一番高位にあたる役職の両腕役にと、
新しい役職、参事を設けた。

その右腕役に戦闘部隊の藤本を、左腕に事務方の紺野を就任させた。

26 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:11
「・・・・・・もうっ、だから嫌なのっ、
大体皆も他に誰もいない時はそんな言葉遣いやめてって言ってるじゃないっ」

拗ねて子供のように座っている真希に、梨華も微笑む

「真希ちゃん、なかなかそんなに簡単に切り替える事出来ないよ、少し慣れる迄我慢しなきゃ」

「もうっ、梨華ちゃんだけだよね、順応性があるというか、ないというか」

苦笑する梨華

「私は元々兵隊じゃないし、
軍隊にも入った事ないから態度がなってないだけだよ、この城じゃ失格だよね」

「もうっ、梨華ちゃん迄・・・・
とにかく、このメンバーの時は敬語禁止っ、解った?」

「は〜い、でもさぁごっちん、矢口さんの事は許してあげて、マジで美貴達頑張るからさ」

急に態度の変わる美貴にくすっと笑いながら紺野も口を開く

「後藤さん、矢口さんが折角やりたいと言ってるんだし」

「もうっ・・・・・・・
これじゃゴトーが一人悪者みたくなってるじゃないっ」

頬を膨らます真希に、矢口が慌てる

「そっそんな事は、でも本当にすみません、私の為に」
27 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:13

あくまでも頭を下げ続ける矢口に

「もう・・・・でも夕方はちゃんとここに戻るんだよ」
「え・・・・しかし」

私はもう兵隊は・・・・と真希を弱弱しく見つめる。


兵の中で、まだ独り身の者は、城の裏に宿舎があり、
そこで暮らす事も出来るし、側近については城に部屋を設けていた。

家族のいる高位の兵隊には、城の敷地の中に一軒家が作られていたり、
矢口達の一家は、あえて城の外の山の近くに家を建てて山賊からの襲来に備えたりしていた。

その矢口の家は、和田の襲撃の激しさによって壊れかけていた為、取り崩されたという

「ダメったらダメ、昼間はどこ行っても何しててもいいけど、
夜は絶対城に戻って来なさい、じゃないと許可しません」

「は・・・・はい」

困ったようにまだ頭を下げている

28 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:16
「ねぇ姫〜っ、のん達もね、お仕事見つけて来たの」

「せやねん・・・・あの・・・・花をな・・・・山で取って来んねん、
人間が行けへんようなとこ行ってな・・・・・花屋さんに卸すんや」

それに親方達に習ってな、取るだけじゃなくて、
ちゃんと沢山咲くように、その環境にあった花を育てたりしたいねん・・・と
おずおずと勘太を真ん中にして頭を下げている二人

この2人も一応昔は兵隊の仲間で、日々色んな訓練に勤しんでいたのだが・・・・

「あいぼん・・・・のの」

真希はため息をつく


「実は私も・・・・その花屋さんに・・・・その・・・・・
おばあちゃんのやってる店なんだけど・・・・・
この前の争いの中に、息子さんが民兵としていたらしくて・・・その・・・・
亡くなっちゃったみたいでね、なんか・・・・
おばあちゃん生きる気力もなくしてるし、これからどうしようかって困ってて
・・・・・その・・・だからお手伝いしようって話から・・・・・そんな流れになって」


「梨華ちゃん迄・・・・・」

29 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:18
「だって本当に私なんて兵隊になんてなれっこないし、
それなのに、何もしないでこんなお城に暮らしていけるなんて不公平だもの」

「・・・・・・・・・」

言葉を無くした真希に

「美貴も寂しんだけどね、本人が楽しいのが一番なんで、渋々賛成したんだよ、ごっちん」


「・・・・・・・会えなくなる訳じゃ・・・・ないよね」

寂しそうな真希


「それはもちろんっ、私は・・・あの、美貴ちゃんがここにいるから・・・・・
出来れば夜はここに戻って来ようってずうずうしく思ってて・・・・・・・いいかなぁ」

「いいに決まってるでしょっ、じゃあ、あいぼんもののも、夜はここに帰って来る事、いい?それが条件だよ」

「「は〜い」」

「やぐっつぁんもだよ」

「はい」

漸く皆に笑顔が戻る

30 名前:dogsW 投稿日:2007/11/20(火) 22:19


その後矢口は、もう一つお願いがあると言い出す


裏の山に畑を作りたいと言う
街にいる職のない人達と一緒に、色々な食べ物を作りたいらしい

それについては、畑造りに詳しい中澤の仲間達も手引きしてくれるし、
街の人達で手伝ってくれる人ももう見つけてあるそうだ。

もちろん真希は反対する事が出来る訳もなく、
城の近くの土地や山を好きにしてもいいと言ってくれた。





自分達は生きている



そう感じながら、

仲間達は、それぞれの道を歩き出そうとしていた。


31 名前: 投稿日:2007/11/20(火) 22:20
今日はこのへんで
32 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/11/20(火) 23:24
更新ありがとうございます。
いつ頃彼女が戻ってくるか、どういう形で再開するか気になります。
33 名前: 投稿日:2007/11/25(日) 21:20
32:名無し飼育さん

気を遣わせてしまい大変申し訳ありません。
レスありがとうございます。
34 名前:dogsW 投稿日:2007/11/25(日) 21:23

街にも本格的に冬がやってくる


各国の代表者は、冬の間も連絡を取り合い、
まずは春から始まる、Jの国の川を作る作業の準備に忙しい

干ばつは、秋の乾きのピークを過ぎると、
雪が降って来て少し落ち着いていた

国に帰った中澤達のEの国の建築の達人が、
川造りの構想を練ったり工程や計画を練る間にも、
ダックスやシープ・バーニーズから着々と資源が輸送され、
人々はそれぞれの町を行き来するようになる。

道中にも転々と宿屋を作り、
大勢が行き来しやすい環境作りが急ピッチで進められた

また、身近な人が、他の国に行く機会が多くなったり、
新聞によって、国が何をしようとしているのか、
どんな研究がされようとしているのかが広まったりした結果

自分達も他の国に行ってみたいと思う人たちが増え、
国の管理のもと、交流の旅が少しずつ増えていった。
35 名前:dogsW 投稿日:2007/11/25(日) 21:25
だから水場等、人が寄りやすく危険な場所には、
親方達の仲間が常時ついてくれて、
最近では少なくなったはぐれの族や山賊から人々を守ってくれる。

それに伴い、旅館業という今まで考えられなかった業種が登場し、
それぞれの町に活気が漲っていく

よその国の娯楽や音楽が、
噂によって広まる事で、楽しみの幅や職業も増えていった。

さらに各国の研究者や技術者が、多くの書物が残っているYの国に集結し、
遥か昔に走っていたという汽車や車という人を運ぶ物体の研究や
火を使わずに、暗い夜を明るくしたりする電気という科学の研究に着手する。

その研究にも、是非ひとみの祖父に協力してもらいたいが、
まだ彼は山から降りてこない。




そんな中、矢口も毎日、城の入り口付近にある床屋に行き技術を習ったり、
山に行っては、冬の間に少しずつ山賊の人達と共に、
木を切ったりして土を起こし、春からの種まきを楽しみにしたりと忙しく過ごしていた。

36 名前:dogsW 投稿日:2007/11/25(日) 21:27



「こんちは〜」
「「いらっしゃいませ〜」」

バンっと勢い良く扉が開くが、入ってきた人物を見て、
挨拶を返した内の一人がため息混じりに呟く

「なんだ、紗耶香か」
「なんだ・・・って、全くいつも冷たいね〜矢口は、ねぇおじさん」

お客さんの髪の毛を切りながら話しかけられたこの店の主人が笑う

「ははっいらっしゃい紗耶香ちゃん、今日はもうお客も来ないだろうし、真里ちゃんあがっていいよ」
「いえ、大丈夫です。もうっ、紗耶香、今日は何?」

優しく迎えてくれた主人と反対に、めんどくさそうに応対する矢口

「うん、仕事早く終わったからさ、めしでもどうかなって、
最近話題のうどんやさんが出来たみたいでさ、一緒に行こうよ」

「無理、今日は城で畑作りの打ち合わせがあるから」

「え〜っ、この前もそう言って断ったじゃん」

すでに名物めいたこの2人のやりとりに、この散髪屋の主人もお客も笑顔だ。

37 名前:dogsW 投稿日:2007/11/25(日) 21:29
「そ、毎日忙しいの、だからいくら誘いに来ても無理」

「そんな〜っ、いいじゃん一日くらい」
ただでさえ忙しくて中々来れないのにと頬を膨らます

「だ〜め、春なんてすぐ来ちゃうんだから」

春になると本格的に畑で作物を作り出す

時折やって来る中澤の仲間達が、
こっちでは見られない野菜の種等を、物資運搬の際に運んでくれたりする

毎日、この街で出来た仲間が、山肌の土を既に耕して、
肥やしを撒いたり土作りに余念が無い

水を高い場所に流せるように、中澤の街の技術者がこの国に派遣され、
水車等を駆使して水を行き渡らせる装置を作ったりして準備を進めていった。

38 名前:dogsW 投稿日:2007/11/25(日) 21:30
「ちぇ〜っ、じゃあ城まで送るよ、それまでここにいていい?おじちゃん」

「ああ、いいよ」「だめっ、だいたい城なんてすぐそこなんだから送らなくてもいいしっ」

優しい主人を遮るように断る矢口

「ったく、こんなんじゃいつゆっくり愛を語り合えばいんだよ」
「語らなくていいから」

即効で否定する矢口に、

「ほんとに、真里ちゃんも若いんだからさ、
たまには少し遊んだら?ああやって紗耶香ちゃんも誘いに来てくれるんだし」

ついにお客迄会話に入ってくる
39 名前:dogsW 投稿日:2007/11/25(日) 21:31
「いえ・・・・・私はもう」
と、トーンの落ちた声を掻き消すように

「いや、他の人とは遊んじゃだめ、矢口はイチ〜とだけ遊べばOKなんですよ」

紗耶香がおちゃらけ、一瞬落ちかけた雰囲気を変えてくれた

「紗耶香とは遊べないっ、無理っ」

ギロりと睨む矢口に、一つ息を吐いてから

「もう矢口〜っ、照れちゃって、このこのっ、
ま、いいや、また時間が空いたら来るからさっ、じゃあおじさんもお客さんもお騒がせしました〜っ」

またね〜とけたたましく去っていく紗耶香

40 名前:dogsW 投稿日:2007/11/25(日) 21:34

ぶすくれた顔で出てったドアを見つめてがっくりと肩を落とす


「はぁ・・・・・すみませんお客さん」
振り返ってぺこりと頭を下げる矢口

「いいよ真里ちゃん、結構みんなこれを楽しみにここに来てる人もいるみたいだし、
実際見て楽しかったからね」

「すみません」

ぺこぺこと箒を持って辺りを掃除しだす矢口

散髪も終わり、髪を整える主人と鏡ごしにその客は目を合わせ、小さくため息をついた。

街の人もみんな知っている、
矢口が大切な仲間"吉澤ひとみ"を失って傷ついている事を・・・

だから、是非幸せにしてやりたいと願う人も多く、
城には由緒正しい家柄の年頃の男女の見合い話が集まって来て、真希達を悩ませるのであった。

41 名前: 投稿日:2007/11/25(日) 21:34
今日はこのへんで
42 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/26(月) 13:35
リアルの市井さんってどういう方だったのか全然知らないんですけど
読んでてすごく楽しいです
43 名前: 投稿日:2007/12/02(日) 00:48
42:名無飼育さん

実は自分もよく知らなくて、勝手にイメージしちゃってます。
ファンの人には申し訳ないっす。
レスありがとうございます。
44 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 00:53
冬の間に、ひとみの祖父が山から下りて来る

髭を剃り、髪の毛も短く整え、親方に準備してもらったのか、
真新しい洋服に身を包んでJの国の王子を訪ねた。

何者かも解らない老人が、山賊の親方と一緒に城に現れた為、
城は少しざわついた。

しかも王子が、多くの兵が見ている中歓迎の意を表し、
自らその人物を連れて雪の中、武蔵と親方を連れて旧Eの国へと旅立っていった。

まずバーニーズについた一行
身奇麗になった老人を見て、誰もが目を奪われる。

なつみやかおり、そして街の若い子達も、
自分の祖父と同じ位の年の人に胸を踊らせてしまうという程のルックス

ひとみが綺麗な顔立ちをしていたのも納得するような、どこか異国の人のような顔立ち
その後、中澤の所に連れて行った時も、街や城の中の誰もが目を奪われた。
45 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 00:57
三つの街を繋いでいた短いトロッコを、とりあえずY・E・J方向にも伸ばして
運搬等に使えないかと考える街の人達は早速作業を開始した。

あの後、中澤達と若林達の間にも徐々に建物を作り、
町を繋げて行こうとしていた。

行き来する人の為の店が欲しかったのと、
そこから少し山に奥ばった場所に、貨幣の工場を作ろうと計画を立てた。

Jの国へと向かう者とは別に、機密事項とされる中でも技術者や大工の選定、
環境を整える為に多くの町民の力を借り知恵を出してもらった。

もちろんJやYの国側へも同じように道沿いに家を作っていこうとしていたが、
そこで活躍したのが譲や霧丸達レオンの仲間達

今までのJとMの国近辺しかなかったナワバリを広げ、
元は中澤達のいた集落も拠点のひとつとして、町民達の作業をサポートした。

元々の組織的な能力からか、新たに仲間を増やしたりして新たな生き方を見つけたようだ。


寒い中の準備期間を抜け、春になる迄にと、ますます各国が活気付いていった。
46 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:01


そんなある日の夕方


「矢口〜っ」


小さな塊が、街から帰ってきて城の廊下を歩いていた矢口達三人に駆け寄る

「亮っ、また来たのか〜っ、全くちゃんと勉強してんのかぁ〜っ?」
「してるよ〜っ、俺すっげ頭いいんだぜ〜っ」
矢口に抱きつき鼻の下をこする

「ほんとかぁ〜?」
抱きつかれた矢口は、亮の額に自分の額をこすりつけて揺する

「ほんとだよ、加護と辻より絶対俺の方がいいもん」
抱きついたまま後ろにいた加護達にあかんべをする

「「なに〜っ」」

案の定反応する2人に、亮はすばやく矢口の腕の中から姿を消す


こら待てと後を追う二人
47 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:03
「あ〜あ、また始まった」
「あれで結構楽しみにしてんだよ、あの2人に遊んでもらうの」

残された矢口に話しかけるのはもちろん瞬

「こんにちは、また輸送ですか?」

「ああ、亮がどうしてもついて来るって聞かないんだよ、学校だってあるのにさ」
実際、旅する方が勉強にはなってるみたいだし、まぁいいかなって

「ですね、今回はいつまでここに?」

「ああ、もう明日には帰るよ、春迄に後最低二回は物資を運ばないといけないしな」
ここ迄来るのも大分慣れたけど、まだ最低四日はかかるからな、トロッコもまだまだ短いし

「大変ですね」
「いや、それよりどうだ?髪の毛切るのも、もう慣れたのか?」
「まだ見習いだし、お客さんのはまだ切らせてもらえないんで」
「そっか、そのうち俺達のも切ってくれよ」
「いいですよ」

2人は微笑み会う
48 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:05
そうやって駆け回る三人を見る為に庭へと出てきた二人は、
なんとなく夫婦のようで、それを見て、いつも亮は上機嫌で加護達と駆け回る。

こんな風に時々瞬達は、Jの国への物資輸送の際Mの国を訪れるようになった。

こうやって亮があの2人をからかうのも、矢口がまだ病床にいた頃からの習慣で、
毎回バカみたいにこんなやりとりを繰り返しているのは、
当時ベッドに寝たきりで、笑顔を失っていた矢口が、三人のやりとりに初めて笑顔を覗かせたから・・・・

「これから藤本参事達と打ち合わせなんでしょ、いいですよ、亮はおいら見てますから」

またおいらの部屋に泊めてもいいですしと笑うと

「うん・・・・じゃあ、よろしく」

瞬は何か言いたそうにしながらも、亮に「後でな」と声をかけてまた城に入っていく



城と宿舎の間の庭で存分に駆け回る三人
矢口は座ってその様子を見てずっと微笑んでいた


しかし、しばらくすると、
目の前で力を使い駆け回る三人にも体力の限界が来たのか
姿を現し肩を上下させていた

「気が済んだかぁ〜っ、三人ともっ、じゃあ風呂入りに行こうよっ」
「「「は〜い」」」

三人仲良く矢口のもとにやって来て、廊下を歩いていった。
49 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:09
その頃、女王が接客用に使う会議室では、
三人が仕事の打ち合わせを終えてから雑談に入っている。

「まだ、動きだしそうもないな、矢口は」
「ええ、街の人達の中で職のない人を集めて毎日勉強会してます」

読み書きや計算を教えたり、
たまに市場や街はずれの農家の人達を訪ねたりして毎日毎日・・・・
藤本が残念そうに呟く

「勉強?」
「そう、城の近くに作った畑を使って、
どうやったら自分達で暮らしていけるのか・・・・・それを皆で考えてます」

夜遅く迄城に帰って来ない日も多くてと紺野もため息をつく


「このまま、城で兵を率いるような事はもうしない・・・・ってか」
「ええ」


実際のところ、矢口がいないからといって、各町の連携が滞ることはない
50 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:12
各国のリーダーがちゃんと皆を引っ張っているし、
Mの国でも真希に従う兵達の士気は衰えていない

藤本や紺野も、突然城の中に入って来たにも関わらず溶け込んで
上層部だった人達とうまく計画を練ったりしている

実際、今まで和田が贔屓にしていた商人や街のごろつき達
小さな嫌がらせや、他の国の侵入を許すなと声をあげだしたりする事もあるが、
藤本達が丁寧に処理した

これだけ皆の結束が固いのだから、多少の反対勢力への圧力はかけられる


だが、実際の矢口がいない事で、今にきっと何かが起こる。

今、各国で矢口という名前には、交流する上で重要な意味があるようだ

一連の事で、矢口という名前だけが一人歩きしてしまっている・・・・
矢口さえいれば、平和に交流する事が出来るという各国の希望

開発を進めている各国でも、そんな現象が起きていた



「まぁ・・・・川の工事が始まり、
これから本格的に色んな産業が活発に動き出すまではまだ時間がある、焦る事はないな」


そう言いながらも実際、父親も瞬も、
矢口をぜひバーニーズに迎え入れたいと画策している。
51 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:14
「はい、それより瞬さん、強力なライバルが出てきてますよ、続々と・・・・」
「・・・・む」

藤本と紺野が顔を合わせて微笑むが、それも一瞬の事

「それでも矢口さんはきっと・・・・後藤さんから離れる事はしないと思います」
「ええ、命を懸けて、ごっちんを守る事は・・・・たった一つの彼女が生きている理由なんです」

2人は瞬に向けて必死に何かを訴える

「解ってる・・・・だから何も彼女には言えないんだ」

「でも・・・・・ある女性が今、矢口さんに挑戦してますよ・・・・・
それはそれは健気に気持ちを伝え続けてます」

今のところ矢口さんは気持ちを受け取る気はないみたいですけどと紺野は視線を伏せる

「何?」

「申し訳ないですけど・・・・私達は矢口さんが心穏やかに・・・・
そして、心から笑える日が来るのなら、彼女でもいいんじゃないかって・・・・」

「はい・・・・・・私もそう思ってます・・・・・
もう・・・吉澤さんはいないんですから・・・・・」

「俺は・・・・・諦めないとダメか・・・・」

「いえ・・・・・私達は矢口さんさえ幸せになってくれれば、
瞬さんの所に行ってもらってもいいんですけど、でも・・・・」

「矢口さんは、後藤さんから離れれば、きっと自ら命を絶つと思います」

吉澤さんのもとに行くために・・・・・
紺野は悲しそうに呟いた


52 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:16
「女王を支える事だけしか・・・・・矢口の命を支えるものはない・・・・・か」

しばしの沈黙がこの部屋を包む



しばらくして大きく瞬が息を吐く

「じゃあ、俺がここに暮らさないと、挑戦権は得られないのか・・・・・」
「・・・・・そう・・・・いう事です」

探るように藤本が答える

「・・・・・・・・・解った」


そこにドアの外から声が聞こえだす
だめだってこらっ、亮っという言葉と共に
バンっと扉が開く

「父ちゃんっ、腹へった〜っ」
「もうっ、知らへんよっ、このクソガキっ」

加護と辻を振り切って入ってきたのは亮
髪の毛が濡れている

53 名前:dogsW 投稿日:2007/12/02(日) 01:17
「ごめんな、美貴ちゃ・・・・・じゃなかった藤本参事」
「紺野参事も」

紺野と藤本のそばに加護と辻が入ってくるので2人は首を振って笑う

「こらっ、いっつも仕事中は入って来るなって言ってるだろっ」
抱き寄せながらも怒る瞬

「むぅ〜っ、ごめんなさい」
すごすごと瞬から離れてシュンとしてしまった

「いいよ、亮、もう話しは終わってるし、とっくにご飯の時間過ぎてるもんね」

藤本が優しく言うと、瞬の顔色を伺った

「今度からは気をつけろよ」
「うん、ごめんなさい」

わしゃわしゃと瞬は亮の髪を撫でた

「そうだな、今日ここについてまだ何も口にしてないしな、俺も腹減ったよ、そういえば」
「もうすぐ食事の時間ですよ、行きましょう」
「ああ、いつも悪いな」
「いえいえ、お互い様ですから、美貴達がおじゃましたらまたよろしくお願いしますね」
「もちろん」

笑顔で皆部屋を後にした。


54 名前: 投稿日:2007/12/02(日) 01:17
今日はここ迄
55 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:28

ある日の夕方

「親び〜ん」
「なんだよ」

散髪屋の店の中に飛び込んでくる二人の子犬達

「明日、お休みやろっ、ウチらと一緒に出掛けへん?」
「いいでしょっ」

お客様用の椅子に飛び乗り、掃除をしている矢口に問いかけるのはいつもの風景

「はっ?どこ行きたいんだよ」
うざったそうに、だけど笑顔で矢口がそう答えると

「イチーはんのとこのすぐそばにな、絵がすっごい上手な女の人がいんねんて」
今日お客さんから聞いたんだぁ〜

「うんっ、似顔絵書いてくれるんだってさっ、親びんも行って書いてもらおうよっ」

紗耶香の名前を聞いて、すぐに行く気が失せる矢口

56 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:30
「え〜っ、やだよ、紗耶香がまた纏わりついてくるし、おいら自分の顔なんて書いてもらいたくないもん」

「え〜っ、行こうよ〜っ」
妊婦さんなんやけど、めっちゃ優しい人やねんてっと嬉しそう

「せやっ、なんかすっごい綺麗な人らしいでっ、見たいやろっ」
「べっつに〜、ほら、もう帰るぞ、明日は畑行くからどっちにしても行けないよ、お前らで行ってきな」

すっかり片付けの終わった様子で、鞄を持ってドアに向かう

「「ちぇ〜っ」」

2人の子犬が、自分を気遣って色々楽しい場所に誘ってくれるのは嬉しいけど・・・・
まだ矢口は楽しむ事に積極的になれない



今までも感じていた心の中の罪の意識

なかなか消えていかないその思いを、矢口は一生背負わないといけないと覚悟していた
57 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:30
「石川が連れてってくれるよきっと、
藤本が今、裕ちゃんとこ行ってて、暇してるだろうからさ」

2人を追い出しながら優しく言うと

「う〜、しゃ〜ない、梨華ちゃん誘うか?」
「そうだね、あいぼん」

城に向かって歩きながらそう言う二人

「絵は見せてくれよ、どんな絵か」

言いながら扉に鍵を掛けて二人を追いかける

「「へいっ」」

笑顔の三人は門へと入っていった


58 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:33
それから、この城で暮らす人が集う食堂で皆に混じって食事を取ると、
矢口は再び街に降りて色んな人と話し合いに出掛けていく

加護や辻は、入浴したり、梨華の所に遊びに行ったりするのだが、
今日は女王の部屋で、今日あった出来事を面白おかしく報告する。

女王が公務から開放されると、
2人に癒されるのが嬉しいようだし、
慣れない場所で疲れてるだろう紺野の事も笑わせてあげなければならない

2人は忙しい

そんな夜も更けて、そろそろ眠りにつこうかという頃

「あ、そろそろ行って来ます」
「うん、お願い」

優しく真希が2人を見送る




矢口が帰って来てる頃になると、2人はたまにある場所に向かった


それは必ず月が出ている夜

丁度今日のような・・・・
59 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:34

城の屋上に、2人は静かに向かう

いくら寒くても、矢口は月の出た晴れた夜には、
必ず塀の上にちょこんと座って月を見上げていた

それを確認すると、また気付かれないようにそっと戻っていく


日課のように真希の部屋に向かう

心配そうな真希と紺野が、入ってきた2人に視線を向け

「どう?」

「はい、いました」
「ちゃんと帰って来てます」



「そう」

真希は紺野に視線を向けて微笑む


「じゃあウチらも寝ますね」
「おやすみなさい女王、コンコン」

2人は手を繋いで真希の部屋を出て行く


60 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:37

「後藤さん」

視線を落としている真希に、毎回紺野が優しく声をかける



いつもなら真希は無理して笑いかけてくるのだが、今日は違った

「・・・・・どう・・・・してあげればいい?」

苦痛の表情でベッドに浅く腰掛けていた



紺野はその隣にゆっくりと移動し、真希の頭を抱き寄せる

「今はただ・・・・・見守る事しか出来ないですよね・・・・」
時間が優しく彼女の傷を癒すのを見てるしか・・・・・

キュッと真希の頭を抱き寄せてそう呟く

真希は腰のあたりに手をまわし、紺野をぎゅっと抱きしめた
そんな真希の頭を、紺野は優しく撫で続ける

61 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:39

彼女が抱えるものはあまりに大きい

国を背負うという重圧は、彼女にはまだ若すぎる

優しい人が多いとはいえ、大人達の思惑や、町の人達の願い、思いが強ければ強い程
それが叶わなかった時の反動は激しい

その期待感に潰されないように・・・
そして、そうならない為に、皆が協力しあってはいるものの、
そう長く続かない事は皆見えている

さらに小さな頃から共に戦ってきた矢口は、今、つらい状況で無理をさせられない状態
それでも尚、そんな彼女をとても大切に思っている優しい一国の女王

そんな彼女が、今、最も求めてくれるのは自分だという誇らしい思いは、
2人きりの時にだけ思い切り表に出せる大切な時間
62 名前:dogsW 投稿日:2007/12/03(月) 21:40
見上げてくる心細そうな視線に、
紺野は優しく答えるように顔を近づけていく

やがて重なる唇は、次第に熱を帯びていった

矢口の分迄、自分が共に戦うと・・・・・



そう

傷ついているのは、矢口だけではない

真希も・・・・・

紺野も・・・・

もちろん藤本や梨華・・・・

遠くにいる仲間達も、

子分である2人と一匹も・・・・

皆、心に黒いしみのような穴が出来ているのを感じながらも、
毎日やってくる日々を、明るく懸命に生きていた


63 名前: 投稿日:2007/12/03(月) 21:40
今日はこのへんで
64 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/12/04(火) 23:46
更新お疲れ様です。
嵐の前の静けさのようでもありますね。それぞれ傷ついてるみんなが幸せになれますように。
65 名前: 投稿日:2007/12/08(土) 01:58
64:名無し飼育さん

レスありがとうございます。
静けさはしばらく続きますのでまた〜りとご覧下さい。
66 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:01


春が近くなり、益々活発になる各国の交流



畑となる広大な山の土の準備も出来、親方から贈られた、果樹の木の苗等も、冬の間に植えられた。

矢口と街の仲間達は、四季を通じて何かしらの収穫が出来る様に、
山を次々に作物だけらにしようと計画を練り、着々と準備を進めた。



67 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:05

「う〜っ、まだ寒いね〜っ」
「ほら、大丈夫?風邪だって治ったばっかりなんでしょ」

辻が両手を擦らせながら言うと、肩を抱く梨華が心配そうに顔を覗き込む

「平気だよ、もし熱がまた出たら、すぐじいちゃん先生に見てもらえるもんね」
「せやせや、聞いたらすぐ近くなんやもん、平気や、なぁのの」

三人は、仕事が早く終わったので、
前から行きたがっていた似顔絵を描いてもらおうと、紗耶香の診療所の近く迄やって来ていた。

折角風邪が治ったばかりだとういう辻を、無理に連れてきたのは他でもない辻本人

似顔絵を矢口に見せて、少しでも笑顔が増えてくれたらとの思いから・・・



この角を曲がれば診療所へつながる道で、
後ろから三人の若い少女達がキャッキャと笑いながら走って来る事に気付く
68 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:08
「今日こそ、鍋を食べに行きましょうって誘うよっ」
「解ってる?春は近いよっ、それ迄にお花見に誘ってもらえる位仲良くならないとっ」
「うんっ、早く早くっ、また紗耶香様が逃げてしまうっ」

楽しそうに掛けていく若い少女三人は、梨華達三人を追い抜き角を曲がって行った。





「「「・・・・・・」」」





しばしの沈黙の後

「イチーはんって、もしかしてモテるん?」
「そうなんじゃない?紗耶香様・・・だもん」
「確かに・・・・すごく綺麗だし、かっこいいもんね」

梨華ちゃんに寄って来る街の男の子達もそんな感じだけどとからかう辻

前から来た咳をする人とすれ違い角を曲がると
丁度患者さんを見送りに来た紗耶香を、三人が捕まえ引っばって来た所のようだった。
69 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:10
「紗耶香さま〜っ、そろそろお仕事終わりですよねっ」
「丁度よかった、こんな寒い日は鍋ですよねっ」
「前から行きたいと言ってた鍋屋さんに行きましょっ」

キャッキャと紗耶香をとりまいて、ピョンピョンと跳ねまくっている

「お前らも暇だなぁ〜っ、他に遊んでくれる奴stいるだろ」

「「「だって紗耶香さまと行きたいんだもん」」」

「はぁ〜っ?ったく、だいたいここは診療所の前なんだぞ、
そんなにうるさくするならもう来るなよ」

冷たい言葉とは裏腹に、紗耶香の表情はにこやかだ

「あ〜っ、ごめんなさい〜っ」

「静かにしますから、ね、行きましょうよ、待ってますから」

しーっと三人で唇の前に人差し指を立てて楽しそう

「この前約束したじゃないですか、今度寒い時にまた誘いに来てって」
三人は、紗耶香の服を掴んで揺さぶりをかけている

70 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:13

「ん〜っ、言った・・・・かなぁ」
困った表情でなすがままの紗耶香

「言った言った、言いました〜っ」
「ん〜っ・・・・・おっ?おおお?おうっいらっしゃいっ」

そこで紗耶香が呆然と立ってる梨華達三人を見つけて、
助かったとばかりに満面の笑みで手を振ってくる

「「こんにち・・・は」」

騒いでいた三人が、いきなりキッと梨華達を睨むので、
挨拶をしていた辻と梨華が口ごもる。

加護はその2人の少し後ろでぶすくれた表情で様子を見ていた

「いや〜っ、残念っ、今日はこの三人と約束してたんだ〜っ、ごめんな、また今度寒い日が来たら絶対行くから」

残念そうな表情で手を合わせる。


「「「え〜っ、またそんな嘘ばっかり言って〜っ」」」

もう春が近いんだからそうそう寒くならないって思って言ってるでしょ〜っと頬を膨らます
71 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:15

「ほんとほんとっ、今日はごめん、三人で行って温まっておいで、また体調悪くなるといけないからね」

「「「え〜っ」」」

「いいから、この三人とは仕事の話しもあるからさ、ごめんね、じゃあねっ、バイバイ」

紗耶香が強めに三人の背中を押し、手を振る

もうっ、誰ですぅ?この方たち〜っとぶすくれて、
三人を見ながら横を通過し、名残惜しそうに帰っていった。

苦笑いしながら手を振る紗耶香は、
三人を見送った手を下ろさずに三人に向かって手を止め改めて挨拶する。

「よ・・・・ようっ、どした?ここに来るなんて珍しいな」
「え・・・ええ・・・・・・あの、街で話題になってる人に似顔絵を描いてもらおうかなって思って、今日仕事が早く終わったんで」

梨華がにこやかに言うと

「なんだ、またあいつか」
チッと言いながらも後ろを向いて、その人がいるらしい角の方向を見た

「そっちなんですか?その人の家」
今日は人が並んでたなぁ、確かと苦笑いしている


「あ、ああ、そこの角曲がったらすぐだよ、でもなんかさ、最近すごい人気なんだよ、あいつ」

イチーの人気も奪われたって感じかな、と言いながらもその雰囲気は温かい
72 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:17

「イチーはんも人気やったやん」

口を尖らせた加護が突然そう言って睨みつける


「な・・・・何怒ってんだよ、加護」

不思議そうな顔で首を傾けて加護を見下ろす


「イチーはんもそんな人やったんか?」

腹を立ててる加護を見て、辻と梨華も首を捻る


「な、なんだよ、そんな人って」
しかも「もっ」ってと言うと

「親びんの事は何やねんっ」
かぶせるように加護が声を大きくした

「や、矢口の事は本気だよ、もちろん、なんだよ加護ぉ〜っ、お前が妬いてんの?」
「あかん、そんなええ加減な感じやったらもう、親びんには近づかんといてっ」

怒りを露にして加護は道を戻っていく

73 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:18
「待てって、加護、いい加減なんかじゃないから、あの子達は元々患者だったんだ、
元気になったらご飯を食べに行こうって励ますつもりで言ってたら本当に行こうってなって

でも、そんなやましい気持ちで行こうって言った訳じゃなく、
イチー的には元気づけたい一身での事なんだ、矢口への気持ちとは違う」

真剣に言い出した紗耶香の言葉を背中で聞きながら、加護はゆっくり紗耶香を振り返った

「・・・・・・・・・信じて・・・・・ええねんか?」
「いいよ、もちろん」

実際矢口に何度も告白を断られ続けている紗耶香

毎回明るく誘いに来るのは、断られる事が解っていての行動
紗耶香だって、怪我した当初からずっと矢口を見てきた一人

矢口の悲しみを知らない訳じゃない

「・・・・・・じゃあ・・・・また頑張ってや」
バツが悪いのか、ふんっと再び背中を向けて帰ってしまう

74 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:19
「あ、あいぼんっ」
「似顔絵はいいの?」

梨華達が苦笑いしながら声を掛けると

「そんな気分ちゃうわっ、また今度にするっ」
夕焼けのせいではない赤い顔で、ずんずんと歩いていってしまった

「あ〜あ、あいぼん・・・・たま〜に解らないんだよね〜」
「うん、あんなに怒るなんて・・・・」

見つめる二人は、どうしようと顔を見合わせる

「なんか・・・・悪かったな、また今度加護には謝りに行くからさ」

「ええ、でも、もう怒ってはいないと思いますよ、あの様子じゃ」

「うん、怒り過ぎちゃったから
引っ込みがつかないだけだと思う、明日には忘れてるよ、きっと」

微笑んで背中を見てた梨華に、辻も同調するように笑いながら紗耶香に言う
75 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:21
「ほんとに大切なんだな、矢口の事」

紗耶香は微笑んで、加護が消えてしまった角を見つめる

「はい、やっぱり私達にとっては命がけで旅して来た大切な仲間ですから」
「のんにとっては、家族だもん、じゃあ梨華ちゃん、今日は帰ろうか、残念だけど」

「そだね、じゃあ市井さん、また来ます」
「ああ、気をつけろよ、日が長くなったとはいえ、すぐ暗くなるからさ」

「「はい」」

2人は手を振って加護を追いかけるように走り出した


「ふぅ〜っ」
深い息を吐いて診療所へと戻ろうとすると、数人の人が向こうからぶつぶつと言いながら歩いてきた。

76 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:22
どうやらその人気の似顔絵描きに書いてもらえなかった人のようだ。

角の向こうを、紗耶香が覗き見ると
張り紙を引き戸に張っている女性と目が合う

「もう仕舞い?早いじゃん」
「うん、あんまり毎日人が来ちゃうから、彼女疲れちゃうと思って」

今の人で最後にしてもらっちゃったと笑う

「なんか、日に日に人が増えてくもんな」

「うん、最初は紗耶香のとこの患者さんの子供の為に書いてただけなのに、
こんな事になっちゃって」

「だな、金とれば来なくなると思ってたら益々増えちゃったんだよな、ごめんな」

紗耶香も困った風

77 名前:dogsW 投稿日:2007/12/08(土) 02:24
「ううん、本人は気を使ってお金になるならいいって言ってるんだけどね、
でも紗耶香こそどうしたの?また誘われてたの?」

可笑しそうに言う女性

「ん・・・ああ、それとちょっと珍しいお客さんが来てさ、
そうそう、話した事あるだろ、城の友達、本当は口も聞けないような人達なんだけどさ、んで、あいつにその似顔絵書いてもらいに来たみたいだよ」

「城から?」

「そ、あ、今度来たら紹介するよ、
ってか、そこに用事があったんだから紹介もくそもないか、大丈夫、楽しい奴らだからさ、心配すんな」

「え、あぁ・・・うん」

彼女は族らしくて、またいつ昔の族狩りのような事が起こるか解らないと
日々不安がっているのでそう言ってあげる。

街の中に暮らす族の人達は、一時期和田の政権で、
何か良くない事が起きるのではないかと危機感を覚えていたらしいが、真希になり少し安心して暮らせるようになったそうだ。

「ほんじゃ、もうひと頑張りすっかな、最近少し温かかったり寒かったりだから患者が多くってさ」
「うん、頑張って」
「おうっ」

にこやかに去っていく紗耶香を見送る彼女は、浮かない顔で家の中へと戻っていった
78 名前: 投稿日:2007/12/08(土) 02:25
本日はこの辺で
79 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:33

「矢口〜っ」
「や〜めてって裕ちゃんっ」

久しぶりの再会に、中澤が矢口を抱き寄せて顔中に唇を落としている

「こらぁっ、おばちゃんっ、忙しいくせにのこのことやってきてぇ〜っ」
「離れて離れてっ」

加護と辻が中澤の服を引っ張る

「やっと一段落ついてやって来たっちゅうに、なんやねんこの扱いの悪さ」
「忙しいのに大丈夫?ここに来ちゃって」

今日は、雨の中、城の近くの町の集会場で、
豊作を祝う宴が開かれている所に、無理やり中澤が入り込んだ

あっけにとられていた街の人達は、中澤の正体を知り益々ビビっている

80 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:35
「平気やっちゅうねん、全く、ここ迄毎日忙しゅうて、
たまには息抜きしたい思てここに来てんねん、みんなうっとうしいやろけど仲間に入れてなぁ〜」

中澤の仲間達もすでにMの国の人達に混じり酒を飲んでいた



時間がたつにつれて、
酒の力もあるのか街の人達も中澤達に気を遣わないで盛り上がりだす

加護と辻が、お決まりのステージを繰り広げ皆の喝采を浴びている中
中澤が隣に楽しそうな矢口を置いて皆を見ながら話しだす

「んでどや、矢口、そろそろウチらの街に来る決心は出来んか?」

矢口の好きな畑だってあの城の裏の広場に沢山出来てるでと、そこで顔を覗き込んだ

「ごめん、やっぱ女王のそばは、離れられないよ」

真剣にそう言う矢口に、中澤は優しい笑みを見せる

「そぉか、でもたまには遊びにきぃ、街の人達もめちゃ元気になってんで」

活気づきすぎて、城に人が来て大変なんやでと笑う

「うん」

頷く矢口の頭をポンポンと撫でながら、中澤は優しい笑みを浮かべていた
81 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:36
あれから酔う事をしなくなった矢口は、
楽しい中澤の話しを聞きながら宴を楽しんだ




その夜

矢口は酒を飲んだのにも関わらず、久しぶりに眠りが浅かった

いつもは、夜遅くまで忙しかったり、
力仕事が多かったりで疲れた体で眠っていたのに、
中澤達の訪問で懐かしさに気が緩んだのか、なんだか眠れずにいた


雨の為、眠くなるまで月を眺めに行く事も出来ずに床についたのがいけなかったのかもしれない


ようやく眠りについた矢口は、案の定夢を見る



82 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:38

    月明かりの中、一心不乱にJの国の軍服を着たひとみが剣を振っている


    どこかで見た風景は、Yの国近くの温泉

    湧き出る温泉の音を聞きながら、
それはそれは美しい太刀筋と、飛び散る汗
    
夢だからか、バックには金粉が舞っているようなキラキラとした印象のひとみがただ剣を振っている


    真剣な表情が、ただただ眩しい


    だが、突然自分が見ているのを気付いたのか、こっちを見て剣を止めた

    そして微笑むと自分に手を差し出してくる


    もちろんその手を掴もうとすると、突然矢口は温泉へと投げ込まれていた

    怒る矢口

83 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:39
    「てめ〜っ、またやりやがったなぁ〜っ」
    「ば〜か、何度も引っかかる方が悪いんだよ、ち〜びっ」

    見惚れるような軍服姿なのに、温泉の上で仁王立ちしてからかってくるひとみ

    「なんだと〜っ、このでくのぼうっ」
    「でくのぼうって言うなよっ、ちびっ」

    いつかのように、ひとみを温泉に引き込む

    あの時のようにバシャバシャとお湯を掛け合う2人は笑顔

    「や〜めろって、ちび」
    「ちびっつーなちびって」


    なのに、急にひとみの体がゆっくりと沈みだす

    「えっ?吉澤?」
    「ちっ、ちびっ」

    ひとみも慌てて手を差し出した

84 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:40

    慌ててひとみの手を握ろうと駆け寄るが、何故か手が掴めない

    「吉澤っ」
    「ちびっ、助けてっ」

    焦る矢口に構わず、どんどん沈んでいくひとみ
    めちゃくちゃにお湯を掻き分けても、手を伸ばして来るひとみに全然近づけない

    「ゴボッ、ちっ、たすっ」

    ひとみは苦しげな視線を残してお湯に沈んでいってしまう

    「吉澤〜っ」

    自分も潜ってひとみに手を伸ばそうとするが、何かが邪魔して突破出来ない



    潜ろうとする矢口はバタバタと手を動かし続ける


85 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:41





    苦しい





    とにかく苦しくて息ができない






    「・・・ごほっ・・よっ・・ガハッ」

    吉澤っ   吉澤〜っ
    叫ぶ声は出ていない


    声が出ない中、咄嗟に矢口は願いを叫ぶ


    神様っ、どうか吉澤を連れて行かないで下さいっ
    命ならっ、命が欲しいなら自分の命をっ、どうかお願いしますっ


    必死に叫ぶが全てが無駄な感覚
    水の中で、こっちに向かって手を伸ばすひとみの悲しそうな顔がどんどん遠ざかる

    叫んでも叫んでも、その声も願いも叶わずに、ひとみはとうとう暗い場所に吸い込まれてしまった

86 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:42


「吉澤〜っ」


ようやく声が出ると同時にガバッと起き上がると、シンと静まる自分の部屋だった





ハァ・・・・ハァ・・・・






窓の外からはザーザーと雨の音が聞こえている

ザー





87 名前:dogsW 投稿日:2007/12/09(日) 16:43

呆然とする矢口


ハァ・・・・





ザー


肩を落とした矢口の背中に、雨の音が降り注ぐ





矢口の両手がゆっくりと動き、
すっぽりと顔を覆うように添えられると、小さな肩は震えだした



外の雨が一段と激しくなると、
雷鳴が轟きだし、矢口より発せられる音は全て掻き消されていった


88 名前: 投稿日:2007/12/09(日) 16:43
本日はここ迄
段落が揃いませんでした・・・申し訳ない
89 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/12/10(月) 00:41
絵描きさんは何かのヒントになりそうですね。
矢口さんの心はいつ自由になれるのでしょう。早く吉澤さんが無事だとわかりますように。
でも早く完結してしまうのは寂しいし、複雑です。
90 名前: 投稿日:2007/12/12(水) 22:31
89:名無し飼育さん
温かいコメントに本当に感謝です。
まだ完結まで結構あると思いますので
このまま生暖かくお付き合いいただければ幸いです。

あ、でもこのスレでは終了予定・・・です、ごめんなさい。
91 名前:dogsW 投稿日:2007/12/12(水) 22:35


春がやってくる


各町の男達が山に登り、川再開の工事へと入っていった
その環境作りの為に親方達レオンが全面協力してくれたのは言うまでもない

そんな忙しい中での、ちょっとした休日
山の中で楽しい声が響く


「親び〜ん、見てみて〜っ」
「こっちも見て〜っ」

木に登って、頭に花をつけたりしてはしゃいでいる加護と辻


「ああ、綺麗だよ2人とも・・・・・でもさ、ちょっとは静かに花見させろよ」

矢口の言葉にほ〜いと返事をした2人はまた楽しそうに他の木に移ったり駆け回っていた

92 名前:dogsW 投稿日:2007/12/12(水) 22:44
今日は真希達と久しぶりに休みを合わせ、少し山奥のある場所に来ていた
そこは山一面の桜が咲く、少し前ではとても街の人間には行くことの出来なかったエリア

今は、山賊とかに襲われる心配もさほどなくなり、
見かけてもレオンの存在はあの事柄で有名になったので、あまり偏見を持たれなくなり、
街の人達も安心して山へ出かけるようになった

だから、桜の綺麗なこの場所も知られてしまい、
休日は大勢の人が繰り出して来てしまう

今日は一般的には働く日なので人も少ないのでのんびり出来て良かったと皆は笑顔
さわさわと心地いい風が、桃色のシャワーを降らせたり、
優しく矢口達の髪の毛を揺らす


「はぁ〜っ、気持ちい〜ね〜っ、やぐっつあん」
「はい・・・・ごっつぁん」
ウォンっ【最高】

二人と一匹は、綺麗な緑の絨毯に体を埋めて真っ青な空を見上げた
93 名前:dogsW 投稿日:2007/12/12(水) 22:47

お酒も持ってきてた一行は、ほろ酔い気分で大満足

矢口達から少し離れた場所に敷物を敷いて食べながら飲んでいる梨華や藤本
紺野は真希に無理に飲ませられて既に眠っている

そして・・・・・市井紗耶香もねそべって矢口の方を見ている

「なぁ石川・・・・・その吉澤ってどんな奴だったんだ?」


体を横たえて、一人腕をまくらにしながら声をかけると、
一瞬梨華は悲しそうな顔をしたが、藤本を膝枕して楽しそうにして答えた

「・・・・・どんな・・・つて・・・・とっても素敵な子でしたよ」

優しい顔で美貴の頭を撫でる


「それはもう聞いたけどさ・・・・・石川は知ってるかもしんないけど、イチーこれでもモテんだぞ、
なのにこんだけアピールしてるのに全然応える事もしないし、
毎回きっぱり断るし・・・・傷つくんだよなぁいい加減」


「じゃあ諦めたらいいじゃないですか、もう」

幸せそうに膝枕してもらってた藤本が目を閉じて少し怒ったように言う
94 名前:dogsW 投稿日:2007/12/12(水) 22:50
「なんだよ美貴迄・・・・」

つまらなそうな紗耶香に、梨華が悲しそうな視線を向けると

「出来れば・・・・・もう少しそっとしておいてあげて下さい」

まじめな表情をして言われて、紗耶香は口を尖らせる


「はぁ〜っ、いっつもそれだ、お前ら優しいのはいいけどさ・・・・・
やっぱ・・・その、生きてかないといけないじゃん、人ってさ」

お前らのおかげで、
こうやってこんなとこでのんびりする事が出来るような世の中になったんだけどさ・・・・
どんな時もその命尽きる迄はさ・・・・生きないと
・・・・・と真面目に言い出した


ノーテンキそうな紗耶香も、結構苦労しているという話しは噂でしか聞かない

「そうですけど・・・・・矢口さんにとって、
まだ前を向く事なんて出来ない程、苦しんでるんです・・・・・ひとみちゃんを死なせてしまった事」

「美貴達だってそうだよ・・・・・あの場にいて・・・・
美貴が梨華ちゃん連れて出てったばっかりにって・・・・まだ後悔してんだもん」

「美貴ちゃん」

さらに悲しそうになった梨華に慌てる紗耶香

「ごめん・・・・なんか無神経だね、イチー」
95 名前:dogsW 投稿日:2007/12/12(水) 22:53
「いえ・・・・でも、私達の中で・・・・
まだひとみちゃんは生きてるんですよ・・・・やっぱり」

「だね・・・・よっちゃんは生きてる・・・・・」

二人は自然に手をつなぎ、それを見た紗耶香はふと空を見上げている矢口を見た

「しゃ〜ね〜・・・・・惚れた弱み・・・・
いくらでも待つよ・・・・・・あいつが前を向ける日迄」

「でも前向いてもイチーさんを相手にするかどうかは解りませんよ、ライバル一杯いますから」

それは紗耶香も知っている・・・・
王族付の族としての身分と釣り合う相手として、瞬や武蔵・・・・
それに中澤だって狙っているかもしれない

「・・・・・・・・・」

少し意地悪に言う美貴に、紗耶香がさすがに黙り込んでしまったのを見て、
美貴はちらりと梨華を見上げる

梨華も苦笑するばかりで何も言わない

「なんでだろうなぁ・・・・・人の気持ちってうまくいかないな・・・・・」

悔しそうな顔して呟くとさらに話し出す
96 名前:dogsW 投稿日:2007/12/12(水) 22:59
「こんな事しゃべると先生に怒られるんだけどさ、患者さんで怪我した妊婦がいるんだよ・・・・・・
妊婦なのにさ、何でそんな大怪我してんのかって位大怪我して・・・・
でもそれ世話してやってんのがこれまた全くの赤の他人・・・・・・
しかもそいつは小さい頃からの友達で・・・・
だからさ、何でそんな面倒臭い奴の面倒見てんだっつって
ある日その子に聞いたらさ、好きなんだとさ、単純に・・・・すげ〜だろ
いつもすごい献身的に世話してやってて・・・・・
なのに、その世話になってる妊婦さ、まだその捨てた男だろね・・・・・
そいつの事忘れられないんだそうだ、怪我させられた上に子供迄作って捨てられてんのにさ」

「「へぇ〜」」

思わず感慨深げに聞いてしまう二人

「な〜んか、その世話する友達とイチーって似てる気がしてさ・・・・・
なんかお互い頑張ろうぜって励ましあったりしてんだけどさ」

まぁ、どっちが早く落とせるかって競争しようかなんつってる訳・・・・と自嘲ぎみに笑う

「世の中にはそんな人って一杯いるんでしょうね、美貴はまだ梨華ちゃんがいて幸せだけど」




好きになった人に好かれる奇跡

互いの幸せに微笑み会う二人

97 名前:dogsW 投稿日:2007/12/12(水) 23:02
「はいはい、ごちそうさま、あ〜あ、イチーもあっちの二人についてってのんびりすればよかったなぁ・・・・
あのちっこいの二人がついてったからウルサイと思って残ったんだけどさ」

「ふふ、あいぼん達、なんかイチーさんの事、
敵みたいに思ってますもんね、矢口さんにちょっかい出してるから」

「まぁ・・・・・お前らはそっとしといてやってほしいって思ってんのかもしんないけどさ・・・・・
ほら、あんな顔して空ずっと見てられちゃな・・・・・たまんないんだよ・・・・実際さ」

「・・・・・・そうですね」

空を見上げて明らかにひとみを思い出してつらそうな顔をしている矢口

真希もたまにちらりとそれを見ながらも、
再び目を閉じたりして落ち着かなさそうだった




「たまんね〜よ、今すぐにでも抱きしめてやりたい・・・・もう苦しむなってさ・・・・・」

でも無理か、ムリに抱いちゃあいつ死んじゃうらしいしさと苦笑する



梨華と美貴は、そんな熱い視線を矢口に向けている紗耶香に、
優しく微笑みかけるのだった
98 名前: 投稿日:2007/12/12(水) 23:02
今日はこのへんで
99 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/12/14(金) 00:00
少し自分の中で何かが見えてきたのですが、悲しいことしか浮かびません・・・。
100 名前: 投稿日:2007/12/15(土) 22:23
99:名無し飼育さん

むむむ・・・申し訳ありません・・・
レスありがとうございます。
101 名前:dogsW 投稿日:2007/12/15(土) 22:25


夏になると、工事は順調に進み、既に小さな川は流れ始めていた


湧き出る湖の水は、不自然に向こう側へと流れさせられていた為に、
徐々に元の形に戻すのがいいと紺野やEの国、Yの国の学者が調査し決めた


やはり自然は、そのままの姿が一番だという事

これで元々梨華とひとみが住んでいた街にも緑が戻る日が近いのではと皆期待していた



102 名前:dogsW 投稿日:2007/12/15(土) 22:27

「親びん、これあっち持ってっていい?」

子犬が2匹、沢山両腕に抱えた作物を持って聞いてくる

「お〜っ、いいよ、ちゃんと熟れたの採ってるのか?」
「ばっちりだよ親びんっ」
「ウチらを誰と思てんねんっ、親びん」
「解ったよ、ほれ、あっち持ってっといで」
「「へ〜い」」



今日は天気も良く、矢口と町の人達を手伝いに子分が畑にやって来ていた

初めて真っ赤に熟れ出したトマトやきゅうりの収穫
それを肴に、今夜は収穫祭を近くの集会場で開く予定にしているようだ

103 名前:dogsW 投稿日:2007/12/15(土) 22:30
たかたかと走っていく二匹の後姿に矢口は微笑み、再び生っているトマトを見ながら目を細めた


両手が自由になった2人は、再び畑に戻る道筋で矢口を見つけて微笑む

「いつもの親びんや」
「うんっ、よっぽど嬉しいんだね、収穫するのが」

麦わら帽子をかぶって、キラキラと太陽に輝く顔で作業する矢口を見て、
益々嬉しくなり小走りで駆け寄る


食べたそうな勘太にトマトをやる素振りをして、さっと引いて意地悪する矢口の笑顔

ウォンウォン【ひどいっす親びんっ】
「ははっ、甘いなぁ〜、勘太」

皆の笑い声が響く畑の中のこんな風景はその後も続く事になる


104 名前:dogsW 投稿日:2007/12/15(土) 22:32

ひとみ達に出会い旅立つ事になった頃からは、一年がたとうとしていた


共に過ごした日々はほんの三ヶ月程度

それまでも、辛い事が多かった矢口達なのに
こんなにも深い傷を負わされる程の存在となる"吉澤ひとみ"との、深く短かった出会い


再び矢口が、今までのように明るく乗り越えてくれるだろうと願うばかりの二人と一匹だった。
105 名前: 投稿日:2007/12/15(土) 22:33
今夜はちょっこす
106 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:25
そして、収穫の秋、次の年への準備期間を超え、
各国が忙しく過ごしていく間に、一年が経ち次の春がやってくる

すっかり町の人々の生活に溶け込む矢口達

人の髪の毛を、この方が似合うからと、
注文とは違う風に変えてやる事に楽しみを見つけたのか、
時々お客の兵達を困らせる事がある程、昔の元気な矢口を取り戻していた

床屋が暇な時や休日は、ずっと一緒に勉強して来た職のない人や山賊達と
畑作りに夢中になり、各自が生活できる位の水準になっていった

市場に出せない、売れないへんてこな野菜とかは、
病気などの理由等で、町で食べるのに困っている人たちへと配布して廻る事もあった

「おじちゃん、お芋いらない?」
そんな感じで家々を回る矢口に、誰も恩着せがましいとは思わない

107 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:28
それに、和田の時には、ぱったり城に人が近づかなかった町民が、
髪を切りながらちょっとした悩みを聞いてもらう為に、矢口の床屋を訪れるようになった

庭の木が邪魔だからどうにかしたいだの、
こそ泥が最近、近所にいるみたいだからどうにかしてほしいとか、本当に身近な事

父の病気に、この薬草が効くらしいのでどこに生えているのか知りたいと聞かれては
その度に矢口は町にいる仲間達と話し合っては解決に全力を尽くす

町の人達レベルでは解決できない事があれば、街の長から手順をふんで城へと陳情したり

例えば木を切る為に親方に連絡を取って手伝いに来て貰ったり、
薬草がYの国にあると解れば田中に連絡して輸送してもらったり

国内も平和に、そして国同士の交流は益々活発になっていった


それに・・・・新しい貨幣の流通も始まる

既にJの国で行っていた銀行という業種を手本にして各国に設け、
金貨の流れを掴める機関を薦めていった

国民には解らない位に、市場と各国の間を新しい金貨が流通していく事になる


がっちりと仲間達は情報を流し合い、
変な奴らが嗅ぎ付けていないか目を配っていた

108 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:29
そんな中、ユウキの子供が生まれる

男の子だった

もちろんみんなは喜び、町をあげてお祝いをする


今までは許される事のなかった王族付との子供
もうこの国では関係ない

真希は紺野との間に子供は出来ないので、
この子はきっとこの国を守って行くんだねと微笑む

矢口もよほど嬉しいのか、暇が出来ると子供に会いに来る

名前は和希とつけられた





そんな夏が近づいたある日、ある事件が起きて運命が変わる事になる

「なぁ、矢口ぃ〜、もうそろそろイチーと付き合わない?」

矢口の店でのいつものやりとりは、もう一年近く続く

「やだ」

仕事もそろそろ終わりとなる夕方になる頃、夕飯を食べに町に行こうと時々誘いに来る
109 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:32

今日は店長が病気で休んでいた為に、一人で店を開いたのでとても疲れていた


ドアの入り口付近で壁に寄りかかって腕を組んでいる紗耶香

「なぁんでだよぉ〜っ、毎回毎回やだって繰り返してて飽きない?」

既に名物のような存在

だがそんな時矢口は、店じまいをして追い返したり、
紗耶香の診療所の新しい助手の子が、急患で呼びに来るのを願うばかりだった


前に矢口は気付いてしまった

紗耶香は少しひとみに似ている・・・・・

似てないのに、なんだか似ていると感じてしまう

魅力的な瞳・・・・・丹精な顔立ち

女からも男からも好かれるようなサッパリした性格と、口は悪いながらも本当は優しい所


それに気づいた時・・・・
矢口はもう紗耶香の顔をあまり見れなくなった
110 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:34
だいたい矢口の中にまだまだ鮮明に生きているひとみが、
現実には目の前にいない事にまだ慣れない

だって死体も何も見てはいないのに・・・・
死んだと聞かされ、信じられる訳はなかったから・・・・・

なのにやっぱりひとみはいない

自分のせいで死なせてしまったのだからいる訳がない・・・・・
その事実に何度潰されそうになった事か・・・・

懸命に乗り越えようとしてるのに・・・・・
紗耶香が前にいると・・・・・・後悔が襲ってきて苦しくなる・・・・・

だから、曖昧な拒絶では懲りずに言い寄る紗耶香に、はっきり拒絶する事を覚えた

とにかくまだ、人の優しさ・・・・
特別に注がれる想いが今の矢口には辛い事でしかなかった


今迄も・・・・
そしてこれからも、真希の命を守る為だけに存在する命

愛する父も・・・・そして祖父も・・・・・
この世に生まれ落ちた時から王族付という運命を授かり、そして全うしていった

父や祖父は、仕組まれた出会いながらも、そばに共に支えてくれる存在があった

母や祖母だって・・・・
何かあっても、お互いさえいればと、いつも幸せそうな顔をしていた

111 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:36
自分にだっていつかそんな人が現れると思っていたのはたった数年前

それを諦めるきっかけとなるクーデター

真希を助ける為の旅での運命的な人達との出会い

そして、その中でかすかな期待を抱かせてくれたひとみという存在

だがそんな希望はあっさり叶わずに、ひとみを死なせてしまった


こうやって優しい人は現れるのに・・・・・
自分に関わる事でそんな人達を不幸にしていくのがとても怖かった

こんな自分についてきてくれて、沢山優しさをくれたひとみのように・・・・また



「そっちこそ飽きるだろ、知ってるよ街の子達から結構慕われてるの、
それにここに来る兵にだって紗耶香に惚れてる奴一杯いるんだしさ、もうおいらの事なんてほっといたら?」

ほうきを持って、下に落ちた髪の毛を掃きながら、いつものように拒絶する

「あ〜っ、嫉妬?嬉しいなぁ、ちょっとは付き合おうって気になって来た?」

ニヤリと笑う魅力的な顔をちらりと見てしまい、再び作業に戻る

「ぜんっぜん」

矢口はちりとりに集めた髪の毛を取り、脇においてる箱に入れると、
布を桶に入れてる水で濡らして椅子を拭き出した
112 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:37
「あっそ・・・・・でもさ・・・・・
好きになられるから好きになるんじゃないっしょ・・・・
イチーは矢口が好きなんだ。そして、矢口はイチーをいつか好きになる」

紗耶香は、いつもよりちょいと強めに迫る

今日は2人以外誰もいない
初めてといってもいい程のチャンスと紗耶香は思っていた

黙って椅子を拭き終わると、ため息をつきながら布を桶に掛けて

「・・・・・おいら・・・・もう誰も好きになれない・・・・・だから・・・・・無理」

もう閉店しようと、いつものように矢口は逃げるようにドアへと向かう

「待てって」
「もうこの話をするなら来ないでよ、紗耶香」

ドアの近く迄行くと、横にいる紗耶香と睨みあう

「もう・・・・逃げるなよ」

強めの視線で、矢口を見下ろす
113 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:39
「・・・・紗耶香・・・・ごめん」
もう勘弁してくれという意味で使った言葉

なのに

ドアを開けようとした矢口に向かって
雰囲気を変えるように、少し明るめに話し出す紗耶香

「イチーがずっとそばにいるよ・・・ってかほんと、いさせて欲しいんだ
それに矢口がいくら拒否ってもさ・・・・・・・・・イチーは離れないっていつも言ってるじゃんっ」

その瞬間、バシッと矢口の頭の中で何かが弾ける




"離れね〜っていつも言ってんじゃん"


さらにズキンと心が痛み出す




いつか聞いたひとみの言葉

あれは一体いつだったか・・・


綺麗な笑顔迄はっきり浮かんで来て益々苦しい


114 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:41

こんな時に思い知るひとみの存在の大きさ



ハァ・・・・・・ハァ・・・・

矢口の呼吸が荒くなる


「?」

どうしたのかと紗耶香は矢口に近寄る


ハァ・・・ンクッ・・・ハァ・・・


「や・・・・ぐち?」

紗耶香が顔を覗き込む





誰か・・・・誰か助けて

苦しい・・・・


心で矢口は叫ぶ


もうこれ以上何も言わないで・・・・
ひとみと同じような顔で、同じような事を、もう言わないで欲しい


無意識に矢口は自分の胸倉を掴み
逃げるようにドアを開けて出て行こうとした

115 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:43
ここ迄ではなかったが、たまにあるそんなやりとり

いつもならそこで紗耶香は、抵抗せずに追い出されるのだが
今日は違った

紗耶香を追い返そうと掴もうとした手を取り、矢口を引き寄せすばやくドアを閉めた

「やめっ」

叫ぶ矢口の腕を掴み、紗耶香は小さな体を抱き寄せる

「大丈夫だよ、矢口」
「やめろっ」

ジタジタと抵抗し、逃げようとする矢口

「矢口っ、もう逃げるなっ」

もう十分苦しんだろ、イチーが一緒に抱えるから、二人で受け止めようと語りかける

「やめ・・・ろ、紗耶香」

必死に言う矢口を、ギュウギュウに抱きしめる紗耶香

116 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:46

「いんだよ・・・・もう、もう苦しむな、イチーがずっとそばにいるから」

力強く抱きしめられ、耳元で優しい声がする


ハァ・・・・・・ハァ・・・・

矢口の頭にフラッシュバックする出来事

Jの国でひとみに抱きしめられたあの時の胸の高鳴り

伝える事も、知る事も出来なかった臆病な自分の気持ち

再び襲い来る後悔・・・・



「好きだよ・・・・矢口」

それと良く似た顔を持った違う人間が、
ひとみと同じような事をしようと顔を近づけてきた

やはり矢口の頭に鮮明に浮かんでくるひとみの顔



顔を近づける為に少し力が抜けた腕から、一瞬にして矢口が消える



バンッと壁にはじけ飛ぶ紗耶香の体



紗耶香が初めて感じる目の前での族の力

117 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:48
何が起こったか全くわからない紗耶香の視界の先
部屋の対角に、息を切らせ大量の涙を流しながら紗耶香を睨みつける矢口がいた

「もう・・・フゥ・・・もうやめろよ・・・・・
これ以上つきまとうと・・・フゥ〜っ・・おいらいつか紗耶香を殺すかもしんない」

体中の毛が逆立つようなそんなオーラを漂わせて体を震わせている矢口がそこにいた

「・・・・・ころ・・・・す?」

好きな人から聞いた事のない単語が出てきて戸惑う紗耶香
そして体の底の方から浮かんでくる恐怖

「おいらは殺人鬼なんだ・・・・・・・何百人もの命を奪い、
この体には殺された人の赤い血が、恨みがとなって染み付いてる」

そしてこれからもずっと、争いが起こる度に、女王の為ならいくらでも人を殺していくだろう・・・・
例え罪のない人達だろうと・・・・・
フーッフーッと息を吐きながら必死に矢口は話す



「・・・・・・・・・・」

紗耶香は言葉を失った

矢口の目の奥の悲しみに・・・・・そして絶望に


今まで頑張って頑張って
矢口が頑張って隠し、蓋をしてきた絶望という心の痛みを、
自分が開けてしまったような気になった

118 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:51
「おいらはもう・・・・・もう誰も殺したくない・・・・・
だから・・・・・だからもう近づくな」

一般に民として暮らしてきた自分・・・・・
記憶の中でも死というものは、病に倒れた人と・・・・
たまにある気に食わないからという理由から始まるくだらない殺人・・・・
そして、遠くから見たこの間のクーデターでしか知らない自分

人を殺した事のない自分は、一体矢口の何を知ってるんだろう


新聞の上でしか知らない矢口の英雄話
罠に嵌り、この国の多くの仲間の兵を殺して旅立った矢口

シープとかいう遠い族の町での戦闘・・・・
Yの国での戦い・・・・

そして自国での戦い

英雄話の裏の矢口の悲しみに、何故自分は知ったふりを出来たのだろう

紗耶香は愕然とする

医療に携り、人の死を誰よりも解っていると自負していた紗耶香は、
自分のその手で殺してしまう苦しみの何を解ったつもりでいたのか・・・・

今更ながら自惚れた自分を恥じた


何より・・・・・
矢口に感じてしまった恐怖に

矢口の背負ってきた重い重い運命を・・・・・・・・
自分は共に背負える程強くなかったのだ・・・・・と唇をかみ締める

119 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:53
「「・・・・・・・・・・」」

お互いに相手を深く傷つけてしまったと思い知る沈黙


静かに涙を流しだした紗耶香
シンと静まり、気まずい空気だけが流れた

2人ともピクりとも動けない張り詰めた空気の中、
外から急に赤ん坊の声が聞こえ、そして遠くなって行った

それが合図になるように紗耶香が優しく口を開く

「矢口」
そんな優しいささやきに

「行け」
涙でボロボロの顔で、睨みつけたまま矢口から吐き捨てる

「矢口」
「もう来るなっ、行けっ」

ワナワナと震えながら立っている矢口の鋭い視線に
紗耶香は堪忍したように「ごめん」と呟き、静かにドアから出て行った


途端に崩れ落ち、矢口は膝を抱えた

「・・・・・・・・・・・・・よ・・・・・・・・・しざぁ・・・・・・」

心の奥から自然に出るその言葉に、矢口はまた肩を奮わせた
120 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:53



121 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:55
一方ドアから出た紗耶香は、走り出す

とにかく走って走って・・・・
どこに自分が向かってるのか全く解らないがとにかく走っていた

そんな紗耶香を、声も掛けられずに見送る街の人達

「あれっ、イチーさんやんっ」
「ほんとだっ、また親びんに迫りに来てたんだ」
「懲りへんなぁ」
「うん、でもある意味すごいよね、瞬さんとか迫る事さえ出来ないのに、いっつも正面からぶつかってくもんねイチーさん」

一年も・・・・と言いながら、2人はパチパチと目を瞬かせ、
隣を歩く勘太も何か言いたそうに顔を上げて二人を見ていた

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

籠に入った花を背負ってテクテク歩いていた加護と辻の歩く道を交差する道を、
紗耶香が全速力で駆けていった姿が2人の中で解析されていく

「なぁのん、何か変やったよなぁ、今のイチーはん」
「・・・うん・・・・泣いて・・・たかも」

2人は顔を見合わせる

122 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:58
「ちょっ、おばちゃんこれここに置いとってなっ」
「あっ、あいぼん待ってっ」

すぐそばにある家の中に花を入れた籠を置いて二人は姿を消し、
勘太も全速力で屋根を駆けて行く

屋根を飛ぶように駆けて行くと、
すぐに走っている紗耶香を見つける事が出来、少し後ろに姿を現して後を追う

紗耶香は駆けて駆けて・・・・

止まる気配は全くなく、人気のない場所迄来ると
家の間を抜けて小高い丘の茂みに入り込んでいった

2人はその茂みの入り口迄来ると
顔を見合わせて静かにと人差し指を口元に当てて勘太と入っていく

カサカサと茂みを静かに入ると、ウッウッという泣き声

少し大きめの木を抱きしめて、紗耶香は肩を震わせていた

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

2人と一匹は困った顔で顔を見合わせ
そっとしておこうと帰ろうとしてくるりと背中を向けると、
パキッと辻の足が枝を踏み少し大きめの音が鳴った

「のん」
「ごめん」

そうやってコソコソ言い合う2人が、恐る恐る後ろを振り返ると、
涙に濡れた目を肩越しに覗かせて紗耶香が2人を見ていた
123 名前:dogsW 投稿日:2007/12/16(日) 23:59
「あ・・・・あは」
「イチーさん、こ、こんにちは」

ドジな自分達が恨めしい

勘太も耳を垂れさせてキューンとすまなそうな声を出す

それを見て紗耶香は顔をまた向こうに向けてビシッと立つと、
袖で目の辺りをゴシゴシと拭いてくるりと振り返った

「加護」
「は、はい」
「辻」
「はい」

真っ赤に充血した腫れぼったい目をして無理に笑ってる紗耶香から名前を呼ばれ、思わず直立する2人

するとまだ泣きそうな顔で紗耶香が2人にツカツカと近づき、
ぎゅっと2人を抱き寄せる

「イチーはん」
「なんで・・・・泣いてるんですか」

ぐすぐすと耳元で聞こえる鼻をすする音と、息継ぎも大変そうな呼吸
124 名前:dogsW 投稿日:2007/12/17(月) 00:01
「お前らの親分・・・・傷つけちまった」
「え?」
「・・・・はい?」

耳元で泣きじゃくる紗耶香に意味が解らずにいると

「ごめんっ」
さらに謝ってきてぎゅううううっと2人を強く抱き寄せる

「ただ・・・・ぐすっ・・・・・好きなだけじゃ・・・・・ずっ・・・
あいつを救えないんだな」

「何が・・・あったんです?」

「もう・・・・・諦めるよ・・・矢口の事・・・」

相変わらずギュッと抱きしめられる2人は、何かざわざわして体をよじらせる

「なぁっ、何があったん?」
「親びんに何したの?」

ギュッと抱きしめてただ紗耶香は呟く

「ごめん」

125 名前:dogsW 投稿日:2007/12/17(月) 00:03
ついに力を使い紗耶香の腕から逃れて聞く

「何したん?」
「親びん傷つけたの?」

さっきと同じように体がはじかれ、目の前で族を感じる恐怖が体に蘇る

「うん・・・・ごめん」

要領を得ない紗耶香の言葉の後、
再び涙を浮かべ、2人の間をヨロヨロと歩き出した

勘太の頭を一瞬触って、しょんぼりと歩いていく

「イチーはん」
「イチーさんっ」

2人は何があったか知りたくてイライラした言葉を発す


「・・・・・・・・矢口んとこ・・・・行ってやって・・・・心配だから・・・・
そしていつか・・・・矢口が元気になったら言っておいてよ・・・・・」

体の一部が葉っぱに隠れながらも足を止め、丸い背中を向けたまま涙声で話しかけて来る

126 名前:dogsW 投稿日:2007/12/17(月) 00:06
「イチーはんっ」
「イチーは、本当に矢口の事好きだった・・・・どうにかしてやりたかった・・・・・
ううん、今でも、これからもどうにかしてやりたくて・・・・・・
吉澤ひとみとかいう奴の・・・・・
死んじまったそいつの呪縛から・・・・・・救ってやりたかった・・・・
でも・・・・・もう会わないよ・・・・・・
いや・・・・もう会えない・・・・・・・これからは城への往診も他の人行かせるし・・・・・」

声を震わし、大粒の涙が流れている事を隠す事もせずにそう言うと

「なんでやねんっ、しつこく好き言うとったやないかっ」

「そうだよっ、のん達だっていつかそんなイチーさんに負けて
親びんが幸せになってくれたらって思ってたんだからっ」

反対してたけど、期待してたんだからと叫ぶ

「イチーじゃ・・・・・ダメなんだ・・・・」
「なんでやねんっ、もう好きやないん?」

「いや・・・・・好きだよ・・・・でも・・・・・もう無理だ」

イチーは弱すぎる

呟いてとぼとぼと歩き出す
127 名前:dogsW 投稿日:2007/12/17(月) 00:07
「イチーはんっ」
「・・・・・・・・・・・」

「イチーさんっ」
「・・・・・・・・・・・」

2人の問いかけにも歩きを止めず、
知り合ってから初めて見る丸い背中が小さくなっていく

いつも自信に満ちた明るい笑顔で人を魅了する紗耶香が、初めて二人に見せる涙

「いつか・・・・・・いつか誰かが・・・・・矢口を救ってくれるといいな・・・・」

小さな小さな・・・・・祈りのような呟き

「イチーさんっ」

辻の呼びかけにも答えず、そのまま丸い背中で、じゃあなと去って行った

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

「あいぼん」
「のん」

2人と一匹は一瞬で姿を消し、急いで矢口の店に戻った
128 名前:dogsW 投稿日:2007/12/17(月) 00:08
ドアの前で2人はゴクリと喉を鳴らし、小さくせーのと言ってドアを開けた

「おう、遅かったな」

いたって普通な、いつもの矢口がそこにいた


「「親・・・・びん」」

「何だよ、腹減ったのか?もう帰るとこだからさ、ん、花は?
明日結婚式の人の為に特別綺麗な花見つけに行くとか言ってなかったか?
石川が今日はりきって花飾り作るから早く帰って来てねっつってたじゃね〜か」

明るく言うその姿は本当にいつもの矢口

「あ、あはっ、忘れて来てもうたっ」
「ほらっ、あそこだよっ、道草しただんごやさんっ」
「あっせやせやっ」
「なぁんだとぉっ、こらっ、また道草してたのかっ」
129 名前:dogsW 投稿日:2007/12/17(月) 00:10

「「すぐ取って来ま〜すっ」」

バタンと閉めたドアから一度姿を消し離れると、
2人はすぐに戻ってきてそっと窓から中を覗いた

さっき笑顔をくれた同じ場所で、
矢口は悲しげな視線を落とし、立ち尽くしていた



しばらく2人で眺めたが、

ピクりとも動かない矢口に・・・・

その矢口の瞳の悲しみに・・・・・

見てられずに窓から離れて本当に花を取りに行った



花を置いてくれた家に少しの花を置いて、2人はてくてく歩いて帰る

「なぁのん」
「うん?」

「親びんはもう・・・・幸せにはなれへんのかなぁ」
「・・・・あいぼん」

「ウチらがついてても・・・・よっちゃん死なせてしもた傷は・・・・癒えへんのやな」
「・・・・・・うん」

2人は目を潤ませてとぼとぼと歩いて帰っていった

130 名前: 投稿日:2007/12/17(月) 00:10
今日はこのへんで
131 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/12/18(火) 03:40
せつないな〜
132 名前: 投稿日:2007/12/20(木) 21:52
131:名無し飼育さん

もうチョットだけぐだぐだと・・・・
レスありがとうございます。
133 名前:dogsW 投稿日:2007/12/20(木) 21:54
Mの国の繁華街

市場も近くに位置するこの場所に、
平和になったおかげで元気のありあまる市民は夜な夜なここに集い、酒を酌み交わす




「あれ、紗耶香じゃんっ、久しぶりじゃね?」

テーブルに一人で突っ伏している紗耶香に2人の男が寄ってくる



さっき迄、隣に座ってつきあってくれていた知らない女は、
もう他にいってしまっていたと紗耶香が気づいて苦笑する

「ああ・・・久しぶり〜、元気だったぁ?」
「すっげーごきげんじゃん」

ニヤリとする2人の男

「ば〜かっ、ごきげんな訳ね〜じゃんっ」

ケッと言わんばかりに不適に笑ったまま突っ伏している
134 名前:dogsW 投稿日:2007/12/20(木) 21:56
「何?何かあった訳?」
「はんっ、それ言わせんだっ」
「何?聞きたいな」
「へっ・・・・聞きたい〜っ?じゃあ教えたげる〜っ、今日さ〜っ、フラれたんだ〜」

クタッと起き上がって、
笑いながら泣いているような表情でグビグビと酒をあおる


空いたグラスに酒を注ぎながらニヤける男

「まじで?紗耶香が?」

「そっ・・・・一年以上かけて告白し続けたけどさっ・・・・・もうそれも今日で出来なくなっちゃった〜」

ははっと笑いながら酒をぐいっとあおる紗耶香


2人の男は頷きあい

「お前程の女がフラれるなんてどんな奴なんだよっ、そいつ」


一人の男がそんな紗耶香の腕をあげて体を入れ込み抱える
135 名前:dogsW 投稿日:2007/12/20(木) 21:58
「ん〜?・・・・・・・・・・・・・・・・・・殺人鬼」
「は?」
「殺人鬼なんだと」

抱えた男と別の男がテーブルにお金を置く

「んだよ、そんな化け物何で好きになんだよ・・・・そいつ族か?」
「ん」

ウプッと抱えられてグラつく足元

「族はやめとけ、やっぱこえ〜よ、一瞬で殺されるんだぜ」

最近町で普通に正体バラす様になって来たしな・・・
いい気になってる族もいるから困るんだよなぁ

そんな文句を言いながら店を出ると、紗耶香がいきなり暴れだす


「んな事ね〜よっ、あいつはそんな事しね〜っ」

肩を抱いていた男が離れ、紗耶香がヨロヨロと店の壁に寄りかかる

136 名前:dogsW 投稿日:2007/12/20(木) 22:01
「今の平和は族の人達が一杯傷ついて作ったんだっ・・・・そんな時お前ら何かしたか?」


「からむなよ」
とっとと連れてってやっちまおうぜと2人で抱えると


「紗耶香っ」
2人に抱えられた紗耶香の後ろから老人の声が響く

「ン?先生?」
答える紗耶香の耳元でチッという男二人の声


「何じゃ、こんなとこで酔いつぶれて」

現れたのは師匠でもあり祖父でもある老人、
街でも有名な祖父は2人を見て睨む

そしてもう一人、紗耶香の祖父とは違う老人を脇で抱える女性が一人睨んでいた


「フラれたそーっすよ、先生」

あ〜あという男の心の声が聞こえそうな声
137 名前:dogsW 投稿日:2007/12/20(木) 22:02
「俺ら見てらんなくて連れて帰ってやってるとこなんです、こいつの飲んだ分の金迄払って」
「そうか・・・・それはうちの孫が悪い事をした、いくらじゃった」

老人は暗闇でもキラキラと光る金を男に渡す

「ほれ、紗耶香、帰るぞ」
そして男達から紗耶香を引き取り腕を取って抱えた


「ん〜・・・・」
んじゃ先生、またねって紗耶香に言っといてと二人は去って行った


彼らがいなくなってから、

「ふい〜っ、危ないとこじゃった、このバカ娘が」

そう言いながらも暖かい視線に、
もう一人の老人を抱えている娘がホッとしたように声を掛ける

「・・・・・大変ですね、先生も」

よいしょと祖父が紗耶香を抱えると、
わりと小柄な孫の体でも老人には重いのか、よろよろしながらもやっと進みだす
138 名前:dogsW 投稿日:2007/12/20(木) 22:04
「君程じゃないよ、女の子なのにこんなじじいを迎えに来るなんて」

しかもこんな遅い時間に・・・・
襲われでもしたらどうするつもりなんじゃ、このじじいは とフラフラする男を睨む

「大丈夫ですよ、私逃げ足だけは速いし、
それに先生と飲むって聞いてたから、絶対嬉しくて酔いつぶれると思ってましたから」

四人はヨロヨロと賑やかな通りを通っていく



「紗耶香さん、フラれたって言ってましたね」

「ん〜、まぁしょうがないよ・・・・
相手が悪すぎた、この子が手を出せる相手じゃないんだよ、元々」

きっとこれも神様が書いたシナリオだったんじゃと笑う


「え、どうしてです?紗耶香さんすごい人気ですよ、モテるみたいだし」

ずっと片思いしててどっちが早く落とすか競争なんてしてるけど・・・・と心で呟く


「そりゃね、顔だっていいし、
性格もいい娘じゃから、一般人なら何とでもなるじゃろうがな」

「エ?王族・・・とか兵隊とかに恋してたんですか?紗耶香さん」

この先生が、王族御用達の医者というのはこの街では有名


それほどこの国は身分差別は生まれていないが、やはり少し格差が残っていた

「・・・・・・いや・・・・・その方がまだましじゃよ」
あれ、知らないのかい?結構有名な話なんじゃがと笑う
139 名前:dogsW 投稿日:2007/12/20(木) 22:06
「ええ、具体的な名前とかは・・・・・相手には、死んでしまった思い人がいる人としか・・・・」
「ああ、その通りじゃよ」

含みのある顔で見る先生


「だって・・・・じゃあ」
抱えられてる紗耶香の目からポタポタと涙がこぼれだす


2人はそれを見て顔を合わせる

「矢口〜・・・・ごめんな〜」

ウッウッと泣き出す酔っ払い



「や・・・・・・・ぐち」

女性が呟くと、先生は微笑む


「そう・・・・あの天下の矢口さんに恋しとったみたいだよ・・・・このバカ娘は」
「そう・・・・・だったんですか」

それ以降、女性は口を開かなくなってしまった
140 名前: 投稿日:2007/12/20(木) 22:07
なんか申し訳ないっす
141 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/21(金) 00:55
なぜ矢口の前に出てこないんだーーーーーーーーーー
吉澤ーーーーーーーーーーーーー

とゆいたいです
142 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/12/21(金) 01:32
せつなすぎるー。
たぶん彼女は顔合わせられない事態になってるのでは、と思います。
143 名前: 投稿日:2007/12/23(日) 22:27
141:名無飼育さん
ごめんなさ〜い
と、とりあえず自分が謝っておきます。

142:名無し飼育さん
多分、ベタしか描けない自分のこの先の展開を、大方予想されておられるとは思いますが
それでも、読んでいただける事に感謝です。

お二方共レスありがとうございました。

すみませんが、もうしばらくお付き合い下さい。
144 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:29
その日の城の一室

少し帰りの遅くなった2人の子犬を叱り飛ばして、せっせと花飾りを作り続ける梨華

そしてそれを、何か言いたそうに見つめる子犬2匹と成犬一匹

すっかり街の花屋さんに夢中になっている梨華はそれに気付かない



タタッとドアの外に誰か来たかと思うと梨華が笑顔でドアの方を見る

「たっだいま〜ってあれ、あんた達来てたんだ」
バンッとドアを開けて、明らかにがっかりする藤本

「なんやねん感じ悪い」
「ほんと、梨華ちゃんこんな冷たいのやめて他の人にしたら?」
「何ぃ〜っ」

鋭い目をさらに鋭い目にした藤本に

「ふふっ、美貴ちゃん、おかえり」

優しく梨華が微笑むと、途端ににへらと笑い傍に寄っていく

「あはっ、ただいま、梨華ちゃんっ」

チュッとキスをすると、ふふっと互いに甘く見詰め合う

145 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:31
「あほか」
「いい加減にして欲しいよね」
ウォフッ【まったくだ】

「いいじゃん、美貴頑張って働いてるもんっ」

そう、実際多くの兵達を指示したり、めまぐるしく働いているのは加護と辻も知っていた
梨華の方も、たまにカウンセリングや診療みたいな事もしてるもんだから、花屋は毎日大繁盛だ

不思議な力があるし、おまけに美人という事で梨華は大人気、
なにげに街の若い男女は、梨華の行動をチェックして来たりして毎日結構大変だった

そんな姿に藤本はやきもきし、当の藤本も城の兵達に人気だったりしてる事もあり、
たまに痴話喧嘩しながらも、2人はラブラブなままだった

「せやかてウチらいるのに・・・」
「じゃあ帰れば?」

「美貴ちゃん」
あまりに冷たい藤本に、梨華が微笑みかけると

「ウッソ嘘、冗談だよ、何?何かあった?」
と2人の間に入り込むと肩を組んだ
146 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:32
「あれ、そういう事だったの?何で私の作業をじ〜っと見てるかとは思ってたけど」

のんびりと言う梨華に、加護達は苦笑しながら

「ほんま、このカップルは変な取り合わせやなぁ」
「梨華ちゃん、鳥族でしょ・・・・何で美貴ちゃんの方が鋭い訳?」

「もうっ、いつもは力使ってないから解らないでしょっ」
それともいっつも心覗いて欲しいの?とキレる

「ごめんて梨華ちゃん、なぁ、今日は疲れてる?」

「え?そりゃ今日も忙しかったし、明日は池畑さん家の結婚式だし、
これを早く仕上げないとって思うけど、どうしたの?」

首を捻る2人に、加護と辻も顔を見合わせ頷く

「あのね、今日・・・・親びんと寝てやってくれへん?」

「は?」
と答えたのはもちろん藤本

「どうしたの?矢口さん」
手を止めて心配そうに聞いてくる梨華
147 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:34
「・・・・・・な・・・・んか心配なんだよねぇ
・・・・・あの皆が大集合した時の後みたいな感じ」

何も言わずに、体中が泣いてたみたいな・・・・・そんな感じ

「せやせや、何かこんな想いした事あるなぁ思たら、あん時やな」

「だから、何があったの?」
急に心配そうな顔で聞く藤本

「わからんのやけど・・・・・イチーはんと何かあったみたい・・・・・
イチーはんも、もう親びんには近づかへんって・・・・・泣いてて」

「あの市井さんが?」
「いくらフラれても、矢口さんに告白しまくってた」

2人は顔を見合わせる

「そやねん・・・・・もう諦めてんて」
すっごく辛そうだった、2人ともと加護は口を尖らせる

「うん、市井さんも親びんも・・・・何か変だったの」

なんか・・・心配なのと言う辻の言葉を聞きながら

藤本と梨華が見詰め合って頷いた後

「・・・・・・・矢口さん部屋にいるかなぁ」

梨華は呟きながら、もう片付けを始め、藤本は既にドアに向かった
148 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:36
「あ、どうやろ、しもたぁ、梨華ちゃん連れてく事ばっかり考えてたから」

だいたい、いつまでも作業終わらへんからいかんのやっとキレる加護に

「もうっ、そんな事なら早くいいなさい」と梨華がキレ返しながら、慌てて四人は部屋を出る

「きっとあそこだよ、いつもの場所」
「せやな」
「まさか、飛び降りたり」
「まさか」

「「「「・・・・・・」」」」

ハッとした三人がアッという間に力を使い消えると、待って〜と梨華は一人で走っていく

梨華が見張りの兵達に一々挨拶しながらたどり着いた螺旋状の階段、
そこを必死で登ると、既に三人が入り口で立ち尽くしていた

ハァハァと肩で息をする梨華が三人の向こうに見える小さな背中にホッとする



いつもの場所で・・・・・

昼間の暑さがすっかり涼しくなった中、静かに月を見上げてる矢口




昔心配してた時のようにしばらくその小さな背中を見つめ続けた

149 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:37

最近ではここにいると解れば、もう安心して去っていく事も出来てたのだが
やはり胸騒ぎが消えないのか、今日はじっと見つめ続ける


そんな中、加護が静かに歩き始めた
慌てて三人も歩き出す

近づいた小さな背中

2人ずつ矢口を両側から挟むようにして、
城の塀に座っている矢口の顔を初めて覗き込む

涙はないが、何の感情も持たずにいる人形のような目に四人は絶句する

隙だらけで、いつでも殺してくれと言わんばかり・・・

いつもこんな顔してあの月を見ていたのだろうか・・・・


こんなに四人が近くにいるのに、矢口は全く気づきもせずにひたすら月を見ていた

まるで誰も必要としないかのように・・・・・



そう

そこに行きたいとばかりに・・・・・・


150 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:38
「「親びん」」

たまらず呟く2人

矢口の目の色が変わり、ちゃんと人間の感情が宿る目になると

「お・・・・おう、どした?みんなして」

一瞬驚いたが、すぐにいつもの笑顔になる矢口に
両脇にいた子犬が思わずギュッと抱きつく

「「親び〜ん」」
「な、何だよ」

「「親び〜ん」」
「だぁから何だよ、なぁどした?四人揃ってこんなとこ来て」

四人がここに来た意味も解らずに逆に心配してくる矢口


自分が今までどこか遠くの世界に行っていた事は気付いてない・・・・

151 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:40
「矢口さん」

「ン?」
梨華の優しい問いかけに微笑む矢口

「今日、久しぶりに矢口さんと寝たいなぁ〜と思ってお願いに来たんです」
「は?」

もちろん驚く矢口

「藤本・・・・何言い出すんだ?お前の奥さんは」

なんとなく自分を心配してくれてる皆を感じ、明るく返す矢口

「さぁ、でもそんな訳わかんない梨華ちゃんが、たまらなくかわいいとか思っちゃうんですよね〜」

優しい笑顔の藤本

「はぁ?」

「ね、やっぱ梨華ちゃんと離れるの嫌だから美貴も一緒してもいいですよね」
「だっ、だめやっ、ウチらが寝るからバカっぷるはダメッ」
「変な病気がうつるっ」
「なぁに言ってんのっ、ほらっ行くよ」

みんなで寝ますよっと藤本は矢口の手を引き、二匹の子犬は背中を押す
152 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:42
わいわいと廊下を歩き、
驚く守衛の兵達に挨拶しながら矢口の部屋に行き、ドアを開けると、大きなベッドに群がる五人

こんな状況で寝れる訳ないだろと言う矢口を
梨華が捕まえ、すぐに力を使い出す

「おい石川、何で急に・・・お・・・い」

矢口の目がトロンとして梨華の胸にくたりと治まり、動かなくなった




「どう?」

力を使う時の集中した梨華に加護が聞く

「もうちょっと待って、あいぼん」

今は集中し答える事の出来ない梨華の代わりに藤本が答える


集中した梨華は、ひとみを亡くしてしまった感情に囚われる矢口を再確認していた

細かい状況は解らないし、知ろうとはしない
それが矢口への思いやりだと思っているから・・・・・

なのにひとみの思い出がぎっしりの矢口の心が感じられる

153 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:43
そして梨華の体にこれでもかと溢れて出てくる感情は

後悔

寂しさ

悔しさ

そして絶望


何一つとして前向きなものはない




あまりの苦しさに梨華の顔が苦痛に歪む

「大丈夫?梨華ちゃん」

ベッドサイドで見守る三人の中、心配そうに藤本が話しかける

「ん・・多分」

言いながらも既に梨華の瞳から涙が流れ出す


それは矢口の感情
なかなか皆に見せる事のない矢口の本当の感情
154 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:46
さらに・・・・まだまだ梨華の胸に怒涛のように押し寄せる苦しみ

梨華はついにしゃくりはじめ、そんな梨華を藤本が矢口ごと抱きしめる

矢口の心の苦しみを、
あのMの国での戦いの後のように梨華は取り除こうと試みる

そのせいで自分が悲しみと苦しみに苛まれてもかまわないと・・・・
嗚咽しながらも息遣いの荒い梨華を、三人は必死に抱きしめる

優しい仲間達の想いに、
明日はきっと矢口の心が軽くなっているに違いない

もちろん誰一人、まだひとみを失った悲しみを忘れた訳じゃない
それでも自分達は生きていかないといけない・・・と皆、必死に前を向いている


しかし矢口の中では、一年以上の時を経ても、
その悲しみは消える事は無く、後悔だって日々薄くなる事はなかったようだ




梨華の嗚咽が止まり、矢口の表情が穏やかになったのに藤本が気付くと、
加護と辻の肩を優しく叩く



2人はゆっくりと体を離し

「やっぱ・・・・なかなか立ち直れへんのやな・・・・」
「・・・・・・・よっちゃんの事で・・・・・まだ自分を責めてるんだね」

そう言うと、二人は目を潤ませて、梨華の胸の中で子供のように寝ている矢口を見つめた
155 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:47
「じゃあ、梨華ちゃん、まかせて大丈夫?」
肩を抱きながら梨華の瞳を覗き込む

「うん、ありがと、美貴ちゃん、それにあいぼんにののも」

悲しみに押しつぶされなかったのは三人のおかげ、どうやら負の感情を取り去る事が出来たようだ

三人は頷いて部屋を出て行った




翌日、矢口が目を覚ますと、梨華に抱かれて眠っていた

優しく包まれた腕の中が気持ちいい

顔をあげると、苦しそうに眉間に皺を寄せて眠っている梨華がいた

「あ、石川」

驚いて、思わず名前を読んでしまったら、ん・・・と梨華も目を覚ました

「んん、おはようございます」

自分の腕の中の矢口に気づいて、いつも見る藤本と違う事に一瞬驚きながらも、
ふわっと笑顔になると眠そうに挨拶してくる

156 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:49
「おはよ」
そんな梨華を見て、挨拶しながら思わず笑顔になった矢口を

「うふっ、かわいい」
とキュッと抱き寄せる


さっき見た梨華の顔は、優しい笑顔ながらも少し疲れて見えた

力を使ってくれてたのが解る

何でそんな事してくれたのだろう

もうすっかり昔の矢口でいたつもりだし、
元気に過ごしていたから心配かける事も無くなっていたはずなのに・・・・

紗耶香と昨日あった事も、梨華達が知る訳もないのにと不思議に思う


だが確実にすがすがしい気持でいる事を実感し、
自分も辛いだろう梨華の優しさが身にしみていた。

157 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:50

「・・・・・・藤本は幸せだな」
「え?」
「こんな風に毎日優しく抱きしめてもらえるなんてさ」

本当に、昨日感じていた辛さが嘘のように軽くなってて、
矢口は温かさに包まれる事に安堵感を増し
再び梨華の胸に顔を埋める

「うふふ、赤ちゃんみた〜い」
「ば〜か、じゃあ甘えてもいいのか?」

照れ隠しなのか、梨華の背中に手を回し子供のようになる

「いいですよ〜」

そんな矢口の頭を撫でて優しく微笑む梨華



「なぁ・・・・・もうおいら大丈夫だからさ・・・・嬉しんだけどさ・・・・・」

心臓に直接響く矢口の声

158 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:52
「嫌ですか?」
「嫌じゃねんだけどさ・・・・藤本にも悪くてさ・・・・」

それでも、タイミング良く救ってくれた梨華に感謝せずにはいられない

「いいんですよ、たまにはヤキモチやかせないとね、美貴ちゃんにも」
「あれ以上妬かせちゃあいつが壊れちゃうよ、ほどほどにしないと」

お前街で大人気なんだぞと心配する

「うふっ、私達は大丈夫ですよ、
だいたい矢口さんが、部屋とかにも遊びに来てくれないから、ちょっと寂しくなっちゃって」

「・・・・・・・そか・・・・・あ、でも今日池畑さんの結婚式じゃ」

あ、今何時?と2人は一気に体を起こすと丁度三人が入ってくる

「おっはよ〜ございま〜す」
「「おはよ〜親び〜ん」」

「お寝坊さんの2人の為に、今日は特別に部屋食にしてもらいました〜っ」

ジャジャ〜ンと楽しそうに食事を持って入ってきた
159 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:53
「はよ、あれ、そういえば昨日ここに寝るとか言ってなかったか?」

「そうなんですけど、やっぱり端っこの寝相の悪いこの2人が落ちるかもって事で争いが起こっちゃって、
しょうがなく帰ったんです」

「なんやねんっ、美貴ちゃんが寝ればいいのに
梨華ちゃんの傍以外は譲らないとか大人のくせに言うからやろっ」

「そうだそうだ、偉い癖に子供なんだから、皆に言いふらすぞっ」

にぎやかになる部屋

「お前ら朝からうるさい」

矢口の楽しそうな突っ込みに、三人は嬉しそうには〜いと肩を竦める


矢口と梨華もベッドから降りて顔を洗う準備をし、一度部屋を出て行った


三人が笑顔を交わす

「良かった、元気そうや、親びん」
「うん」

少しは心が軽くなったみたいだねと笑う加護と辻
160 名前:dogsW 投稿日:2007/12/23(日) 22:55

一人笑顔を微妙に曇らせた藤本が

「はぁ〜っ、矢口さん、
今日ので梨華ちゃんに抱きしめられて寝るの癖になったりしないよね〜」

言った傍から呆れた表情の二人

「さぁ、どうやろ」
「そんなに気持ち〜の?」

「そりゃ〜もう、なんてったって・・・・・」

と、変な手つきでへらへらした顔になる藤本をほったらかし、
2人は部屋のテーブルに食事を並べだした

「無視すんなよ」
「はぁ〜っ、どうにかしてやれへんかなぁ」
「そ〜だね〜」


「・・・・・・・」



その後部屋に帰ってきた2人は、
超特急で食事を終わらせ仕事へと向った


161 名前: 投稿日:2007/12/23(日) 22:55
今夜はここ迄。


メリークリマス
162 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/24(月) 21:07
メリークリスマス
矢口さんは一息つけたのかな
163 名前: 投稿日:2007/12/30(日) 00:15
あああっ、スが・・・クリスマスのスが・・・・
お恥ずかしい

162:名無飼育さん
優しいレスありがとうございます。
164 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:16
それから少しの時が過ぎ
矢口もすっかり落ち着いたようだと一応加護達は安心するのだが
やはり紗耶香は現れないようになった


加護達が一度診療所を尋ねると、
必死に働く紗耶香の姿があり、声をかけれずに帰ってきた
表情は明るいが、ただやみくもに働く紗耶香が、すごく悲しく見えたから・・・・



そんな中、ゆっくりと穏やかな時が過ぎていく

仲間達に支えられ、矢口も元気になったように見えた

165 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:18
元々人前ではいつもの矢口

時に畑に次の季節に実の生る種を撒き、収穫期になった野菜達を摘み取ったり

時に恋する若い兵達の為に、
その人の素敵に見える髪形を皆で研究しては、ワイワイと試してみる

そんな毎日


だが、雨の日以外
晴れた日の夜になると、矢口はやっぱり屋上にいた

なるだけ加護達も心配しないようにしていたが、心中穏やかではない
166 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:19
そしてやっぱりそんな時、いつも矢口はひとみの事を考えていた

いつも突っかかって来ては悔し涙を流す姿や
一心不乱に体を鍛える姿

笑ってからかってくる意地悪な顔

好きと言ってくれた時のスッキリとした笑顔

他の人に優しい顔をしていたり、キスしたりしている所




だけどもう涙は出ない

泣いてもひとみは戻って来ないのだから
167 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:21
ただこうやって思い出す度に胸を締め付ける痛みを、
ずっとこれから抱えて行こう

伝え切れなかった思いをずっと秘めて、
ひとみの事を決して忘れず生きて行こうと、出来る限り空を見上げ続ける事にしていた

何度も一緒に同じ月を見上げて、日々を懸命に生きた時のように・・・・・


もう誰にもあんな気持ちになる事はないだろうし・・・・なる気もない

紗耶香には悪いけど・・・・
彼女にとっては、きっといい事をしたんだと矢口は心底ホッとしていた

あの日の梨華のおかげだろうか・・・・・
少し前向きに、そんな風に考えられるようになっていた



今日もここで矢口は月を眺めている

とても・・・とても綺麗な月



そこへ突然聞こえてくる声


ビェェェ-
赤ん坊の泣き声・・・・


どこから?・・・・

月明かりがあるとはいえ、下を見ても暗くて解らないし、
道々灯されている火の辺りも、誰も歩いている気配はない
168 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:23
やっぱり後ろから・・・・

和希?・・・・・・でも和希がどうしてここに?
ここに和希が来た事も、あの姫もここに来る事も考えられない



だが、確実に泣き声がゆっくりと近づいて来る

「しっ、泣くなよ、真里菜、気づかれるだろ」



真里・・・・菜?

そしてこの声

矢口は慌てて振り返る



「あちゃ、見つかった」

立ち止まり、こらっ泣くなっ、よ〜しよしと体を揺らし、
腕の中にいる小さな生き物の顔を笑顔で覗き込んでいる姿は・・・・
夢にまでみる程、会いたかった人物

ウグッウグッと赤ん坊はぐずりながらも泣き止んだ

それにほっとしている様子の久しぶりのその顔は、穏やかに笑っていて、そして少し恥ずかしそうだ
169 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:25

大きく見開かれた目でポカンと口を開けてしまっているのは矢口

「よ・・・・しざ・・・わ?」

漸く呟かれた矢口の問いかけに、その顔が徐々に笑みを消して矢口を捕らえる

「矢口さん」

振り返った姿勢のまま矢口が固まる

再び歩き出すひとみ

そして、ひとみの後方の出入り口付近で、
中から照らされた光によって、真希や紺野、藤本と梨華、加護と辻も並んでいた事に矢口が気付く

しかも・・・・・あんな風に傷つけてしまった紗耶香迄、
微笑みを浮かべて立っている

「今頃現れて信じられないですよね、しかもこんな夜に」

藤本が言うと、もう一人、真希の隣にいる知らない女の人が頭を下げる

「ごめんなさい、今すぐ行けって私が言ったから」

矢口は、暗くてよく見えない場所の聞き覚えのない声に、誰だろうと思いながらも
その視線はどんどんそばに来るひとみに釘付けだった
170 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:30

「・・・・・久し・・・・ぶり」

何かをかみ締めるように、ゆっくりと呟く



まだ目の前にいるのが信じられないとばかりに、目を見開いたままひとみを見つめ続け、
一方のひとみは、近づきながらも、何から話そうかという表情をして唇をかみ締めていた。

「お・・・お前、生きて・・・・」

先に矢口に声を掛け、ひとみはフッと息を一つ吐き、ある程度の距離になると足を止めた。

「はい・・・生きてます」


しばらく見詰め合ったまま2人共どうすればいいのかわからないように時が流れた。


矢口はとにかくこの状況を理解出来る為の思考能力が働いていなかった。
矢口がゆるゆると外側に座っていた体勢を変えて内側に座り直すと、ストンと壁から下りる。

目の前には、しっかりと両手を握り締めて、矢口を誰だろうと見上げてくる赤ん坊
その赤ん坊から視線を上げると、ひとみが心配そうにじっと見つめてきていた。
171 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:33

矢口の中で何かが弾ける。

一度矢口が唇を噛み締めて俯いた後、顔を上げてすぐにひとみの頬を叩いた。


パンッ

乾いた音が静けさに響く



その音にびっくりしたのか、赤ん坊がまた泣き出してしまった
藤本の横にいた知らない女の人がタタッと横に来て、
ひとみから赤ん坊を取り上げる。

取り上げる際に、その女性はひとみに強い視線を向けた後頷くと、ひとみが微笑み

「ありがと」

そう言って、去って行く彼女の背中を見送り、
彼女は心配そうに途中一度振り返りながらも、泣いている子供をあやしながら真希達の所に戻った。

ひとみは彼女を見送った後、ゆっくりと体勢を戻し
矢口に再び視線を向けて微笑む


矢口にはまだ何が起こっているのか解らない

だが、確実にじわじわと悪い事ばかりが浮かんでくるのを感じていた。
172 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:34

「え・・・と、会いたかった・・・・」

照れくさそうに笑うひとみに矢口の感情が動き出す。

ひとみの穏やかな笑みとは対照的に、矢口の顔は徐々に怒りに満ちていき

「どうして・・・・・どうして今まで連絡しない」

怒りの表情の矢口に、ひとみは徐々に笑顔を消していく

「・・・・いろいろ・・・あって」

その言葉に切れたのか、矢口の怒りは沸点に達する

「色々じゃねんだよっ、おいら達がどれほど悲しい思いをしたのか
お前解ってんのかっ、どんなにみんなが・・・・」

そこまで言うともう言葉にならず、悔しげにくるりと背を向けて俯いた

その背中があまりにも強い怒りのオーラを発していて、
ひとみは再び何も言えなくなった。
173 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:36

何も話さない・・・・

動かない時間に、ついに紗耶香が声を出す


「矢口〜っ、素直になれよ〜っ」

突然明るい声が響き、空気が流れ出す

「やぐっつぁん、とりあえず話だけは聞いてあげなよ、ゴトー達は下で、この人から話聞いてるからさ」

赤ん坊を抱いた先程の女性の背中を押して、真希が中に入っていこうとする

「よっちゃん、うちだっていっぱい言いたい事あんねんっ、覚悟しとってや」
「ほんとだよ、とりあえず親びんっ、ちゃんと話聞いて、すんなり許したらダメだからね」

続く加護と辻も口を尖らせて真希についていく

「矢口さん、ごっちんの所にいますから、それとよっちゃん、美貴も後で一発ね」
「ひとみちゃん・・・もちろん私も」

藤本と梨華も怒った顔で言うと、紺野は苦みばしった表情で何も言わずに頷いて消えて行った
174 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:38
背を向けたままの矢口と、それを見つめるひとみに沈黙が続く

「ふざけるな」

震える矢口の背中から、かすれた声が響く

「ですよね」

瞬間振り返って近づくと、ひとみの胸倉を掴んで襟首を締める

矢口の目にはもう涙が滲んでいて、口をきつく結んで震わせていたと思ったら

「ですよねじゃねんだよっ、どんだけっ、どれだけの人が悲しんだと思ってんだよっ」

そう激しく叫ぶとひとみを締め上げる

「・・・・・・・・矢口さんは?」

だが、ひとみは穏やかな視線で矢口を見下ろした

「・・・・・ほんとにふざけるなよ、悲しいに決まってっだろ、お前がおいらのせいで死んだって、
おいらのせいで・・・・死なせてしまったっ・・・て思って・・・」

ううっ・・・と胸倉をつかんだまま崩れ落ちていきそうな肩を、ひとみが優しく掴む
175 名前:dogsW 投稿日:2007/12/30(日) 00:40
「はい・・・すみません・・・でも・・・・でも話を・・・・聞いてください」

既にがっくりと下をむいてしまっている矢口に優しく聞くが

「・・・・・・・・・」

何も言わない矢口

矢口のツムジしか見えないひとみは、
表情を伺えなくて徐々に不安そうな表情になっていく

しかし、しばらくして、矢口がこくりと頷くと、
ひとみの足元に水滴が落ちてきて、掴まれている肩も震えている事にひとみは気づく


ひとみは、こみ上げる何かに懸命に耐えながら
そのままの姿勢でゆっくりと話し出す

「じゃあ・・・・浚われたとこからで・・・・・いいかな」

「・・・・・・・・ああ」

矢口は襟首を掴んでいた手を離し、
視線を落としたままひとみの言葉に耳を傾けた。
176 名前: 投稿日:2007/12/30(日) 00:40
今日はここ迄
177 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/12/30(日) 00:57
更新ありがとうございます。
自分の予想とかなり近かったのですが、複雑です・・・。
178 名前:15 投稿日:2007/12/30(日) 00:58
ぅわぉぉキター!
…お久しぶりです。レス長い事してなくてすいません。でも毎回読んでます。
ついに!やっと!って感じですね。
次回を心待ちにいたしております。
179 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 16:55
本年もお疲れ様でした。来年もよろしいお願いします。
とうとう、よっすぃー再登場ですね。結局何ヶ月(何年?)いなかったのでしたっけ?
少し前から読み返してみます。
180 名前: 投稿日:2008/01/01(火) 02:22
177:名無し飼育さん
こちらこそ読んでいただきありがとうございます。
予想と近かったのですか・・・良かったのか悪かったのか・・・
期待に副えればいいのですが・・・

178:15さん
お久しぶりですね。毎回読んでいただいてたのですね、嬉しい限りです。
それに、無理にレスしなくてもいいのですよwww
いやぁ、随分お待たせしてしまいました。
楽しんでいただければ幸いです。

179:名無飼育さん
年末の挨拶もなく、いきなり新年の挨拶で申し訳ありません。
労いの言葉、感謝です。
それに大分お待たせしたようでスミマセン。
あの〜、多分一年と少し位ぶりだと思います・・・適当(ry


あけましておめでとうございます。
本年も、グダグダと続きますので、よろしくお願い致します。
レスありがとうございました。
181 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:28
真希の部屋に来たあゆみは、ごめんなさいとひたすら謝り続けた

ひとみを許してと懸命に・・・・


そんなに謝る事はないと優しく皆に諭され、ゆっくり話しをしてもらえますかと真希に言われて椅子に座ると、
真希達もいつもの椅子に座ったり、皆は思い思いにベッドに腰掛けたりして話しを聞く体勢を作った。

注目を浴びたあゆみは、一度深呼吸をした後、自分の山での生活から語りだし、
谷に落ちたひとみを助け、Mの国に向かう事になった経緯迄静かに話し終えた。


「ひとみはあの時、ずっと矢口さんの事ばかり言ってました・・・・・
瀕死の状態でも、ずっと矢口さんの無事ばかりを祈って、
自分が無事でいる事を知らせに、必死にMの国に行こうとしたんです。
本当なんです・・・・・・・
自分さえ行けば、きっと矢口さんは自分で逃げる事が出来るからって命がけで・・・・・
なのに、漸くこの城の下の広場近くに着いた時には、先に皆さんが助けに来てて、
もうひとみが来なくても、矢口さんは沢山の仲間達に助けてもらえる事を知って、
とても・・・・・とても悔しそうに泣いてました。
行かなくてもいいと解っても・・・・それでも矢口さんを一目見たいと私達に言いました。
そして、近くの木の上に載せてあげると、仲間だった人達の姿を静かに見て、
それから食い入るように矢口さんを見てたんです。
静かに涙を流しながら、舞台の上で十字架に貼り付けられた矢口さんだけを・・・・・・。
助けるには時間が遅かったのか、処刑の瞬間だったらしくて、一斉に銃声が響いて・・・・・
でも一瞬にして矢口さんの周りに人垣が出来ると、見てるのも辛いようなひどい状況になりましたよね・・・・
みんなの時間が止まったそんな中、ふらふらと舞台上の矢口さんが怪しい光に包まれて動き出すと、
何故かひとみは泣きながら必死に手を伸ばして、そして体勢を崩して木から落ちてしまったんです」

だから必死に力使って抱きとめたけど、それでなくても瀕死の状態だったので気を失ってしまって、
もう意識を戻してはくれませんでしたと落ち着いて話した。
182 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:32
紗耶香があゆみの椅子の近くにより、頑張れとでもいうように微笑みかけると
うんと頷き、すっかり眠ってしまった真里菜を抱いて、その顔を覗き込みながら話し続ける

「それから一週間・・・・・ひとみは眠り続けて、
このまま意識が戻らなければ、死ぬと先生に言われました」

あゆみを手助けするかのように、紗耶香が話しを補足しだす

「じいちゃんがあいつの事怒ってたんだけどさ、最初、
命を粗末にするバカ者って、でも事情を知ってからは、
必死に治療したみたいだからね、ほんと、奇跡的に意識を取り戻したんだよ」

「紗耶香さん知ってたんですか?よっちゃんの事」

若干怒りぎみの藤本が紗耶香に聞く

「いや、イチーが知った時にはあいつ、吉澤じゃなくて与謝野っつってたからさ、
あいつもあゆみ達も・・・・・だからまさかさ・・・・
あいつが瀕死の状態の時には、イチーより技術的に上の先輩が就いて看病してたから、
その時、自分は矢口担当でそばにいれなかったし、
診療所には、あの時、他にも沢山の人達が運ばれて来たからてんてこまいで、
ほんと大変だったんだよ、イチーも・・・・・
あゆみ達は、このまま山の中の生活から町で生活をする事にするかどうかで必死な状態で、
ちゃんとは話せなかった時だったし、だいたい小さい頃遊んでた、あのあゆみって知らなかったからさ」

あゆみ達は死んだって聞いてたし・・・と苦笑しながらそう答えた
183 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:34
「私と祖父もびっくりしたんです、意識を戻してしばらくして、
ひとみが突然「これからは与謝野ひとみとして生きてくから」って言い出して」

私達は反対したんだけど・・・・
何度も何度もお願いっていう視線が真剣で、おじいちゃんも先生も、本人がそう言うならって

「じいちゃん先生も知ってたんだ」
辻も驚いて言うが、加護はぶすくれた顔で黙って聞いていた

「どうして教えてくれなかったんだろ、先生、
私達がひとみちゃんの事探してるの知ってたのに・・・」

矢口さんの苦しみも見てきたのに・・・・・梨華が呟く

「じいちゃんは、患者さんの事情の事は話さないし、立ち入らないから」

医者としては当然だったんだよ、まだまだイチーは、ダメだけどねと自嘲気味に笑う紗耶香

「それからも、私達は時々言ってたんです、
ひとみが生きてるって城に知らせに行こうかって・・・・・・
でも・・・・・それもどうしてもひとみがやめてって・・・・・」

184 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:36
「どうしてだろ、よっちゃん」

辻が不思議そうに呟くと


「どうしてなのかは、私は・・・・・
ただ・・・・・相当な決意があったと思います・・・・・
今までの生き方を捨てるという事ですから・・・・
そして・・・・・一ヶ月位かかりました、ひとみが起き上がれるようになる迄・・・・・
その間、私達も、町で暮らすのは十年ぶり以上だったんで・・・・・正直毎日必死でしたし・・・・」

食べ物は薬草を採ったついでに、山で採ってくるから何とかなっても、
冬になれば着る物や、暖を取る物等、日々の生活の中の必要な物を得るにはやはりお金が必要だったから・・・・

「そ、2人で薬草を山に採りに行って得るお金も、彼女達三人が暮らすには少なくてさ、
あゆみも町のお茶屋さんに働きに出たりして大変だったんだよな」

「うん・・・・それをひとみが気にして・・・・・
まだ立ち上がれないのに、怪我をおして働こうとして・・・・・
だから時々遊びに来てた紗耶香の所の患者さんの子達と遊びで書いてた似顔絵を、
商売にしたらと紗耶香が冗談で言った事にも賛成したんだと思う」


それを聞いて梨華と加護辻は、
似顔絵で話題だったのって、ひとみちゃんだったんだと顔を見合わせる
185 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:37
「気にしてたんだと思います。自分のせいで生活が苦しい事・・・・・」

「正直、イチーんとこもあんまり裕福じゃないっしょ、
貧しい人からは、じいちゃんあんまりお金取らないし、
もちろんあいつの治療費も、結構大変だったから本当ならもっとかかってたんだけど、
友達だからって格安にして、さらに少しずつでもと言っても、
それでも結構高かったからさ、それ見てあいつも悪いって思ったんだと思うよ」

「でもひとみちゃんは、体さえ良くなれば、何でも頑張れる人でしたよ、
私達もそうやって暮らしてたから・・・」

決して裕福では無かったけれどと梨華が不思議そうに聞く


「ああ、でもあいつ、そうはいってもさ・・・・」

紗耶香があゆみを見て笑うと、あゆみはコクンと頷く

「彼女の・・・・・妊娠が発覚して・・・・・そうもいかなくなって・・・・・」

妊娠?全員の頭に何故という文字が浮かび、
あゆみの腕の中にいる真里菜という子が本当にひとみの子なのが信じられなかった

いつどこで・・・・・・そして相手は?
キョロキョロと皆視線で会話をするが、それなら働くなんて出来ないだろうと納得する
186 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:39
「それに・・・・・・そんな彼女が出来る事と思ってしてくれた似顔絵の仕事も・・・・・
私が怖くなって・・・・・・・・彼女がいない生活が嫌だったから・・・・・
体の事を理由に、やめてもらったんです」

「お前らがまた来たら、絶対にあいつ連れてかれるって思ったんだよな」

そう言って、頷いてるあゆみの頭を撫でてやる紗耶香の顔は優しい

「解ってました、きっとひとみはここにいらっしゃる方達と一緒に暮らした方が幸せで
・・・・・なにより・・・・矢口さんの傍にいたいって思ってる事は知ってました」


「ほんまか?よっちゃんほんまにウチらに会いたい思ってたんか?」

突然責めるような口調で言い出したのは加護


「ごめんなさい」

とうとうあゆみは涙を浮かべた


「あいぼん、彼女を責めちゃダメでしょ」

真希が優しく言い、加護もごめんなさいと俯いた

187 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:40
「怪我で寝込んでた時は、毎日ただ天井を見上げて、時々寂しそうな表情とかしてたんですけど・・・・・
怪我が治って、妊娠したのが解った時から、いつも爽やかな笑顔を浮かべてくれるようになりました」

ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、ポツポツと話すあゆみ

「矢口さん達との昔の話しとか、今の皆さんの活躍の話しは一切しなくて・・・・・
ただ・・・・毎日楽しい事を見つけて暮らしてました、
紗耶香の所の患者さんの子供にちょっかい出したり、近所のおばあちゃんの話し相手になったりして
どんどん友達増やしてってたり・・・・・一見元気に・・・・楽しそうに・・・・でも・・・・・」

わなわなと震える唇で、あゆみは笑う

「彼女、たまに夜中になると一人で庭先に出て空を見上げてるのに気付いたんです・・・・・」

あゆみは笑いながらも辛そうにそう呟いた


「もしかして、月が出てる時とか?」

美貴が言うとあゆみは頷き

頷いたのを見ると、皆が顔を見合わせる

188 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:42
「その横顔は綺麗でした・・・・誰を思ってそういう顔をしているかは聞かなくても解りました
もちろん聞く勇気はありませんでしたけど・・・・・・それはこの子が生まれた後も続いて・・・・」

そう・・・・今でも・・・・・あゆみは俯いてポタリと涙をこぼす


「私・・・・その姿が嫌でした・・・・・ひとみがそっと出て行くと・・・・・
ちゃんと戻って来てくれる迄、いつも布団の中で丸くなって待ってたんです
今日こそ・・・・・今日こそひとみはいなくなるかもしれないって思いながら・・・・・
だけどちゃんといつも静かに戻ってきてくれてました・・・・
それにも慣れて・・・・外に出て行っても少しずつ安心出来るようになって・・・・・・
だからもう、彼女はここにずっと・・・・・私の傍にずっといてくれるって徐々に思わせてもらえるようになって・・・・
なのに・・・・・・最近、大掃除した時、ひとみが隠していた絵を見つけてしまって・・・・・」

ひとみが買い物に出掛けている時・・・・・
祖父も私も触った事もなかった天上近くの扉の中

「彼女によって書かれた、ここにいる皆さんの笑っている顔が並んだ絵と・・・・・
それと、とても明るい笑顔の矢口さんの似顔絵・・・・・
少ししか見た事なくても、すぐに皆さんだと解りました・・・・・・そして」

やっぱりひとみはあなたたちの所に行きたいんだって・・・・・・
あゆみがううっと嗚咽しだす
189 名前:dogsW 投稿日:2008/01/01(火) 02:44
「それ見てイチーも思ったよ・・・・・あいつまだ・・・・矢口の事好きなんだなって」

見かねて紗耶香が続ける、あゆみの背中に手を回して

「手で持つ場所が汚れててて・・・・何度も何度も・・・・
あの絵を見てたんだって解ったからさ
本人は、イチー達にも全然そんな素振り見せないんだけどさ・・・・・・な、あゆみ」

あいつはどんな心情であの絵を見てたのかさ・・・・とあゆみの肩を撫でる

「でも・・・・それ・・からまた・・・
ぐすっ、いつひとみがいなくなるのか・・・・・ッ
・・・いつ皆さんの元に戻るのか・・・・・・・ずっと怖くて・・・・・」

真里菜の洋服に顔を埋めるようにしてくぐもった声を響かせた



「好きなんです」

あゆみの心情が伝わる



「好きで・・・・好きでどうしようもなくて・・・・・・
ひとみを追い出す勇気が出なかったんです」

ひとみは自分の気持を知ってるからきっと・・・・・・
だからごめんなさい・・・・・

皆さんに知らせなくて本当にごめんなさいと泣き崩れるあゆみに
皆はもう何も言えなかった。


190 名前: 投稿日:2008/01/01(火) 02:44
今日はここ迄
本年もよろしくお願い致します。
191 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:18

時を同じくして、ひとみからの説明が始まっていた


谷に落ちて、そこの絶壁で暮らす柴田あゆみと、
その祖父克巳という兎族に助けられた事から始まる

色々な事柄を経て、怪我した体でMの国に矢口を助けに行こうと連れてってもらった時の事になると、
矢口は少しひとみから距離を置いて横を向いてしまった

その顔は怒りに満ちていて、ひとみは不安になっていく
今更感がひとみの心に広がるのをぐっと押さえ、
そんな矢口の横顔を見ながら、ひとみはゆっくり話し続ける

「自由にならない体だったけど・・・・でも何も出来なくても、
きっと自分が行けば矢口さんは助かるって信じてた・・・・・なのに・・・・・」

なのに、漸く姿を見る事が出来た矢口は、
十字架にもたれさせられて処刑される寸前という場面

その後ものすごい銃声の中、健太郎さん達が矢口の前に立ちふさがり
健太郎達が、矢口を守っていたのを見た所迄、淡々と説明すると

「愕然としたよ・・・・・だって
・・・・・・だってその役はウチの役目のはずだったのに・・・・・・」

そう思うと悔し涙が出たとその時の心情を語る

そんな時に動かない体と、そばにも近寄れない自分
ましてや自分の為にあんなに傷ついた矢口の姿を見せられたら、
もう死にたい気分になったと穏やかに話す

192 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:23
「でもその後、矢口が、白い光を放ちながらゆらゆらと歩いて行くのが見えてさ・・・・
とにかく必死だった・・・自分が体を鍛えてたのは、矢口さんをもう絶対あの白い世界に行かせない為だったから・・・・・
なのに・・・・結局何も意味がなくて・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」
エ?と矢口は心で呟く・・・・・・白い世界・・・・・・それは何の事だろうと・・・・・

そんな事を考えてるとは解らないひとみは、必死に話し続ける

矢口が人を傷つけるのをいくら嫌がっても、仕方なく切らなくてはいけない状態になってしまった時、
そんな時・・・・・優しい矢口に変わって自分が倒す為に強くなろうとしていたのに、
また何も出来ないのかと思って必死に、すごく必死に叫んだのにと

「声さえ・・・・声さえも出なかったよ、
ほんと・・・・そんな時声も出ない情けない自分がさ・・・・・とても悔しかった・・・・・」


それを聞いて矢口は、あの時聞こえた声は、やっぱりひとみだったんだと思った

そして、あんなに毎日必死に体を鍛えていたのは、
誰のためでもなく、自分の為だったんだと・・・・・

矢口の心が、何かに締め付けられる
無意識にぎゅっと自らの胸元を掴み、必死に言葉を搾り出す

「いや・・・・・・・聞こえてたよ・・・・ちゃんと・・・」

こっちを向いてくれないながらもそう言ってくれる矢口の優しさに微笑み

「そっか・・・良かった」

呟くと「でも」と話しを続ける
193 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:29
「その後、木から落ちて気を失ってしまって・・・・またあの二人が助けてくれたんだ、本当に・・・・・
本当に命の恩人なんだあの2人は、いくら感謝してもし足りない位・・・
でも気がついた時には、もう一週間もたってて・・・・昔克巳さんが住んでいたという家に寝かせられて、
克己さんの昔からの友達と言われた医者に、絶対安静と言われた」

ここ迄を、ゆっくりと穏やかに話す

「とにかくさ・・・・とても悔しかったんだ・・・・」

情けなくて・・・・悔しくて・・・・・
生きていると知らせなくてはいけない・・・・
あゆみ達が何度も知らせに行こうかと言ってくれた時にも、何故か知らせてと頼む事が出来なかった

あれだけ毎日、いつか矢口が危ない目にあった時の為に剣を振ってきたのに・・・・
肝心な時に何も出来なかったから・・・

だから

「町の噂でさ、とっくに自分は死んだ事になってて・・・・
自分のせいで、矢口さんはあんな風に十字架に貼り付けられてしまったって知ってさ
もう・・・・ふんぎりがついたんだ、無理に起きて会いに行って、
また足手まといになる事はないんじゃないかって・・・・・
だいたい、あの旅に矢口さんについてかなければ、到底出会う事も出来ないような各国のすごい人達とかさ、
そんな人達が自分と知りあいになれる事だって奇跡なのに・・・・・・・
なのにあれだけの精鋭がついてる矢口さんに、何の役にも立てない自分なんて、傍にいない方がいいのかもしれないって・・・・
おめおめと自分が生きている事を知らせて、また矢口さんに迷惑をかけるような事になるよりは、
このまま静かに暮らして行った方がいいのかもしれないって思ったんだ」

真希達のおかげで、もうMの国に住んだからといって、族は殺されると言う事が無いと解ったので
そのまま克巳達は、昔住んでいた場所で生活し出したんだと静かに語る

元々、その友達の医者の為に薬を山から採る仕事をしていたみたいで、
克己がずっと一緒に暮らそうって強く言ってくれたから・・・・
194 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:32
「だから与謝野ひとみ・・・・って名前で世話になりだしたんだ」
なんだか吉澤ひとみって名前だけは有名になっちゃってたから・・・・・

「与謝野・・・・・Yの国での・・・」

「そ、笑っちゃうだろ・・・・・諦めたくせに、もしかしたら見つけてもらえるとか・・・・
そん時はまだ思ってたのかもしれない・・・・・だけど・・・・その後そんな気持ちもすぐになくなったよ」

「・・・・・・・なんでだよ」

顔も見せずに聞いてくる

「うん・・・・・・・妊娠してる事が解ったんだ」

伝えた途端に、矢口の体がビクッと動く
さっきの子供は、本当にひとみの子なのかという驚き

「誰の子かは、考えなくても解ったよ・・・・
矢口さんが恋しくて恋しくてたまらない時に、それを助けてくれた鷹男の子だって・・・」




「鷹男・・・・・・・・さん」


そう聞いた瞬間胸元の手をゆっくりと下ろしていき、矢口は深い悲しみの底へと落ちて行くのを感じた

あの時の光景が脳裏に蘇る
195 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:35
しかし、淡々と話しを続けるひとみは、
それで益々会う事は出来ないと諦めたと言い始めた

「もちろん鷹男とどうこうなるつもりもなかったし・・・・それに・・・・・
なんかさ・・・・あゆみ・・・・さっき真里菜連れてった子がウチの事、気に入ってくれたみたいでさ・・・・
しかも克巳さんが2人きりの時に真剣に話して来てさ・・・・・
自分はもう歳で、もうすぐ死んでしまうかもしれないから、
これからも残されたあゆみと共に生きて欲しいとか言って来たりしてさ・・・・・
命の恩人だし・・・・・なんかさ・・・・本当にこれでいいかなって
矢口さんが近くにいるこの街で、矢口さんが幸せに笑ってるのを見ながら、
あゆみと暮らして行くのも悪くないんじゃないかなって・・・・そう思ったんだ」

子供とか・・・・・信じられないけど・・・・・
これで諦められるってさ・・・・・・とひとみも視線を落とす

共に矢口の視線も落ちていく・・・・

「でも・・・・気がついたらさ・・・・春になっても・・・・
秋になっても・・・いくつ季節を越えても"月"を見てた」

ひとみはぎゅっと拳を握り締める

「あんたが・・・・・空を見ている気がして・・・・
うん、もしかしたら、いつも2人で眺めていたように同じ月を見てくれているかもしれない・・・・・
ウチの事思い出してくれてるかもしれない・・・・なんて馬鹿な事考えたりなんかして・・・・・そんな訳ないのにさ・・・・・」

聞きながら矢口は、うっすらと理解する

ひとみが、ここに何をしに来たのか・・・・
196 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:37
「それでもやっぱり・・・・・知らせる勇気は出なかった・・・・・・
そうこうしてるうちに・・・・・真里菜が生まれた・・・・・人間ってすごいと思ったよ」

どんなに迷っても・・・・どんなに苦しんだとしても・・・・・
人間は成長し、生きていかないといけないんだなって・・・・・・

「・・・・・・・」

「それにいざ産まれてみるとさ・・・・・かわいくてさ・・・・・
この子を・・・・矢口さんだと思って生きてくのもウチの運命かも・・・・・なんて思ったりして」

本当に諦めたっていうか・・・・と苦しげに言うが

「なのにこの前、急にさ・・・・・あゆみが言い出したんだ・・・・」
「ん?」
「会いに行っておいでよ・・・って」

矢口はもう聞きたくなかった・・・・
ひとみはあゆみと共に生きる為に、自分に会いに来たのだと確信した

「だいたい彼女には・・・・辛い思いをさせたくないんだ・・・・・」

矢口はそれを聞きながら考える

目の前から彼女がいなくなっても尚、
考えるだけで胸が熱くなるこの思いは・・・・・・結局日の目を見る事はない

それが運命

バカな自分に矢口は微笑む
197 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:39
そんな横顔を見て、ひとみは一つ息を吐き、話しを続ける

「時々、矢口さんの姿は見てた・・・・沢山野菜抱えて、元気に貧しい家に行ってたり・・・」

梨華も加護や辻達の姿も見た事あったし・・・・
藤本達は兵を連れて颯爽と他の国へ向ってったりする姿も見かけてた・・・・

「違う世界の人達・・・・って思った・・・・・・
ちょっと前迄は、ウチだって仲間だったのに・・・・とか・・・・寂しく感じたりしちゃってさ」

あ、でも・・・矢口さんの店にも
時々行ったりしてたんだよと言うひとみの声は涙声

えっ?と
矢口が思わずひとみを見ると、すがるような表情で見つめられていた

笑顔ながらもひとみの目には、もう涙が溢れていて、一筋流れ出すと、とめどなく流れ出した

「いつも笑顔でさ・・・・ウチが毎日憧れて憧れて・・・・とても憧れた姿だった・・・・
自分がいなくても矢口さんはこんなに沢山の人に愛を配っているし・・・・それは紛れもなく
ウチの知ってる矢口さんで・・・だから・・・自分は・・・
自分は元々そばにいなくてもいいような・・・・
やっぱりそんな存在でしかなかったのかもしれないってその度に思い知ったんだ」

「そんなことないっ・・・そんなっ」

咄嗟にひとみに向き合い、少し近づく

198 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:47
「いいから・・・聞いて・・・
ちびが優しいのは誰がそばにいようがいまいがそんなのは関係なく、だからこそウチは憧れて
だから・・・・・だから・・・・・あの日迄・・・自分の気持を伝えきれなかったままの自分が悔しいんだ」

震える唇を噛み締めて、今度はひとみが目を逸らして俯く

「あの頃は離れるのが怖くて・・・・・置いていかれるのが怖くて・・・・・・
ウチが気持ちを押し付けてしまったら、もう一緒にいられなくなるのが怖くて・・・・・
毎日怖くて逃げまくってたけど・・・・・・だけど今も全く成長しないで逃げてるだけなんだって解ったから・・・・・
約束したけど・・・・・シープの浜辺で、もう言わないって約束したけど、言わないとやっぱり前に進めなくて・・・・・
ちゃんと・・・・こんな状態じゃなく・・・・・ちゃんと終わらせたいんだ」

ぐっと力を込めた口元、そしてまっすぐにまた矢口を見据える


「終わら・・せ・・・る?」

目を合わせる矢口も唇を噛み締める

思ったとおりだ、矢口は耳をふさぎたくなる、だから再び俯いて口を結ぶと、自分も泣いている事に気付く・・・・・
目からは涙がぽたぽたと、とめどなく暗い地面に落ちてしみこんで行くのが見える


「こっちを見て下さい」

震える声が優しく響いた
199 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:51
「・・・・う・・・」
矢口は耐え切れなくて嗚咽する


この悲しみは何なんだろうと
彼女が生きてさえいてくれれば等という気持は、ただの偽善だった

彼女がこうやって、誰かと幸せになるのを、
自分は見る事さえ出来ないただの臆病者だと思い知る



「こっちを向いて、聞かせてください・・・・矢口さんの気持」

拳を握ってゆっくりとひとみを見る
すると涙を浮かべながらも優しい目をしてひとみが頷く

「覚悟はしてます、あなたが傷つく事じゃない・・・」

ひとみは天を仰ぎ一度目を閉じ、溜まっている涙を流し終える

フ〜ッ
またゆっくりと一息ついて、改めてひとみは背筋を伸ばし、涙を拭くと真っ直ぐ矢口の目を見る



「やっぱりウチはあなたが好きです・・・・ずっと・・・ずっとそばにいたい・・・たとえ迷惑でも・・・・」


200 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 22:54
自分の思っている事とは違い、告白されている事に気づくが、それはあゆみの所へ行く為の儀式だと感じてしまう

「ううっ・・・うっ」
矢口はついに声をしゃくって泣き出し俯く

「ウチは大丈夫です・・・・・だからこっちを見て下さい・・・・ちゃんと・・・・
ちゃんと聞きたい・・・・ダメだって・・・ちゃんとフラれたいんです
あの時だって解っていた・・・・・ちゃんと断られるのも怖いけど・・・・・・・
でもあなたの口から・・・・ちゃんと聞いていないから、ウチの心はいつまでもあなたに留まっているんです」

ひとみは真っ直ぐ矢口のつらそうな泣き顔を見ていた

矢口からの返答はまだ返っては来ない


それを見てか・・・またひとみは話しつづける

覚悟をしていても怖い、矢口がここ一年と少し、
そばにいない事が信じられない程つらかったと続ける

「共に過ごした日々はたったの数ヶ月なのに、それの何倍も一人・・・
いや、あゆみと過ごしても、この気持は変わる事はなかった
これからずっとそんな風に過ごして・・・
いや、生きていると解れば矢口さんや加護辻とか、梨華ちゃんとか・・・
もしかしたら自分の家に遊びに来るようになるかもしれない
その度に、矢口さんを思って・・・・辛くなっても・・・・それならそれでもいい、
それでもいいから、この恋にちゃんとけじめをつけてほしかったんだ・・・」
201 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:02
卑怯と解ってても・・・・
その後、矢口の傍で生きたい自分の気持を理解してくれるあゆみと、ゆっくりと過ごして行けばいい
ずっと過ごせば、あゆみの事を心から愛せる日が来るかもしれないし・・・・とは、もう言葉にしなかった

ひとみは、この告白が受け止められる事のないものだと思っているし、それは矢口にはもう関係のない話だから・・・・

とにかくちゃんと矢口への思いをハッキリさせないとあゆみも、
自分も・・・誰も前には進めないと確信したのだ

ただ・・・・・

「だからウチは、あなたにちゃんとフラれて・・・・・・それでもあなたの傍であなたを支える一人でいたい・・・・・・
これからもずっとあゆみと克巳に世話になっていく訳にはいかないと思って、
是非ここで一人の兵として働かせてくれと言いにきたんだ。
頭も良くないし、手先も不器用だし、出来る事といえば体を使う事くらい、
何も出来ないウチは、戦う才能があるのなら、兵隊として矢口さんに仕えたい。
ちゃんと気持を伝えて、例えダメでも、それでもあなたのそばにいたいんだと伝えて、
許されるなら、今度こそ命をかけて矢口さんを守る為に働きたい・・・
例え矢口さんが、もう近づくなと泣き叫んでも、ウチはあなたの為に生きていきたいんだ・・・・・
沢山の人の力を借りてでも・・・・・」



「・・・・・・・・・・」

目の前の人物は、人をさんざん悲しませておきながら・・・・・
勝手に告白して・・・・さらにもう勝手に結論を出してしまっている

優しい笑みを浮かべながらも、
必死に自分の気持ちを伝えてくるひとみに、また沸々と怒りが沸いてくる
202 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:05
「最近そんな事を考えたりして、なんて自分勝手なんだろうって悩んでた自分にさ
あいつ・・・・今まで矢口さんの事に触れた事なかったのに・・・・
急にこの前、あゆみが怒りだしたんだ・・・・・矢口さんがそんなに好きなら、ちゃんと伝えるべきだって、昔の約束なんて守る事はない
もし矢口さんが受け入れてくれれば、それでいいし、もしダメなら・・・・・・・
ずっとここから矢口さんの事を見守っていけばいいじゃないかって・・・・・・
そんなウチを、私は見守っていくんだから・・・・って」

「・・・・・・・・・」

「あゆみも辛いと思うんだ・・・・・こんな自分を拾ったばっかりに、
色々つらい事もしてきたに違いないんだけど、こんなウチに・・・・
こんなウチに好意を持ってくれていると解っているから、
あゆみがそう言ってくれる事がつらくて、それからも行動する事はできなかったんだ・・・・
なのにさっき、あゆみがブチ切れて・・・・・
ひとみが前に進まないと、自分もいつまでも前に進まないじゃないって
あなたが一生矢口の事を思っていても、自分はあなたが好きなんだから、
そんなひとみのそばにいるって覚悟してるんだから
ぐじぐじしてないで、ちゃんと気持伝えて、ずっとそばにいますって言ってきなさいって
無理やり城に連れてこられた・・・・・すごいだろ・・・あゆみって」

「・・・・・・・・・」


矢口にはあゆみって子の気持が、解る気がしていた
彼女が本当にひとみを愛しているのだと・・・・・・

203 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:07
だが・・・・・静かに聞きながら、矢口は気付く

自分は何も解ってなかった
昔・・・・梨華が言った通り・・・・・何も解ってなどなかったのだ



自分はもう気付いてる


矢口は拳を握り締める




一気に話したひとみは、後はあなたの番とばかりに問う

「だからさ、正直に言って欲しいんだ・・・・・」

そして、じっと矢口の返事を待つ



ぐすぐすと2人の鼻をすする音ばかりが響く時が過ぎる




「・・・・勝手過ぎるだろ・・・」

漸く矢口の口が開く

「あ・・・・うん」

俯いて言う矢口に、優しい顔で言葉を受け取るひとみ
204 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:09
そんな優しい声のひとみに、泣いていたはずの矢口が徐々に怒りの表情を浮かべていく

「勝手においらの気持ちを・・・・決めつけんじゃね〜よ」

そんな怒りのオーラがひとみに届く
ひとみは笑みを消し、ただ、俯く矢口を見つめた


そんな矢口は、怒りながらも考えていた

もう、あの時伝えきらなかったこの思いを、我慢して伝えないでいる事はもう出来ないと思った
鷹男や、他の人たちとひとみがどんな関係だろうともう関係ない

ひとみが死んだと信じたくなくて、いつか現れるんじゃないかと毎日町でキョロキョロしたりして
似た人を見つけてはがっかりしたり、空を見上げて思い出したり
そんな行動をする自分の事を・・・・・
街の人や兵隊の誰に聞いても、それは恋というに違いない

今、まっすぐに見ているだろうこの熱い視線が本物なら
生きているのが本当に夢じゃないなら、
誰を傷つけてでも、ちゃんとこの気持を言おう、そう決心して矢口はひとみの目を見た

待ち望んだ視線が・・・・
そこにあるのだから・・・・

想いを伝えてくる強い視線の奥に見え隠れする怯え・・・・・
それさえも伝えてくるまっすぐな視線


決意を固める矢口


205 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:10
矢口の体がゆっくりと動き、ひとみに腕を伸ばした

勝手な事を言ったので、また殴られるかとひとみが身構え、それも覚悟してかゆっくり目を瞑ると
矢口がひとみの胸ぐらのシャツに力をこめて引っ張る



ひとみが唇を噛み締める、殴られた時の衝撃に耐える為に・・・・



そして



力強く引き寄せられたひとみの唇に、矢口の唇が一瞬重なる





何が起きたのか解らないひとみ、
だが、唇から温もりが離れたと同時に目を開け

「え?」
と第一声を発する


状況を理解できないひとみに、矢口が辛辣な表情で口を開いてきた

「・・・・・ずっと・・・・ずっと伝えたかったんだ・・・・
あの日、中途半端になってしまって自分の気持を伝えられなかった事・・・・ずっと悔やんでた」

「・・・・・・・え?」

「吉澤が好きなんだ」

そう言って再び顔を近づけて、ひとみの唇にそっとキスして来る、今度は少し長く
206 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:12
ゆっくりと唇が離れ、至近距離で大きな黒目がちの目が揺れている



「好きだよ・・・・ずっと好きだった」

今でもずっと・・・・・


そう言った後ひとみの首に手を回し抱きつく・・・・
ひとみの口から「でも・・・」という言葉が出てこないように祈りながら

「なのに・・・・・何で最後とか・・・・言うんだよ」

信じられないでダラリと下げられていたひとみの手がゆっくりと動き、
そしてギュッと矢口を抱き締める動きでひとみの目から涙が零れ落ちる

「や・・・・矢口さん」
「ん」

存在を確かめるように発せられた名前に、力強く矢口が答える

「矢口さん・・・・矢口さん矢口さんっ」

一度言葉にして、ここ一年口に出したくてたまらなかった名前を、
何度も何度も確かめるように繰り返すひとみ

「吉澤・・・・そばにいてくれ・・・・ずっと・・・・・・・
ずっとずっとそばにいて・・・・・もう離れないでくれ」

震える声で耳元で囁かれる言葉に答えるように、ひとみは力一杯抱き締める

207 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:15
これは夢なのだろうか、矢口に忘れられていなかったばかりか、自分にそばにいてくれと言ってくれた事は・・・・・
嬉しくて、いや夢でもいいから酔いたくて力強く返事をする

「はい」

抱き締めあった二人は、やがてゆっくりと体を離し見つめあうと、ひとみが矢口の唇に唇を落とす
合わせるだけの唇に、2人は満足出来ずにに自然に舌を絡めて行った

ん・・・んん

角度を変え、熱い想いを伝えるように貪りあう

はぁ・・・んん・・ん

しばらく互いの唇の感触を堪能しあう、恋焦がれた相手の唇の感触に・・・・



やっと唇をはなしたひとみが、矢口のおでこに自分の額をくっつけて言う

「ウチを・・・許してくれるんだ」
「いや・・・・許さない・・・」

言った矢口は、ひとみが視線を落としたのに気づき慌てて続きを言う

「ずっとそばにいないと許さない」

それを聞いて、今度は矢口を優しく抱き締める

「うん」
「よかった・・・生きてて」

矢口は再び背中に手を回して優しく抱きつく

「うん」
「ほんとに良かった・・・」
「すみません」

しばらく、互いを確かめ合うように静かに抱き合う
208 名前:dogsW 投稿日:2008/01/03(木) 23:16


流れる時は、もう寂しくも悲しくもなく、温かいと矢口は感じていた


ひとみが体を離すと、互いに照れくさくなって妙な笑顔を見せたが
矢口の顔にたくさん流れた頬の涙の跡に気付き、ひとみは服の裾で拭いてあげる

自分の涙も手で乱暴に拭くと一度眼を瞑って動き出す

「よし・・・・行こう、みんなの所に・・・」

ひとみが矢口の前に手を差し出す

「ああ」

矢口がその手を掴む


その行動に嬉しそうな顔のひとみ

力強く握られた手に照れくさそうな矢口



二人は頷き合うと、城の下へと下がっていく

ひとみの告白の結果を待っている人達の所へ・・・・
209 名前: 投稿日:2008/01/03(木) 23:17
本日はこの辺で・・

非常に疲れると思いますが、まだまだ続きます。
すみません。
210 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/01/04(金) 00:43
あけましておめでとうございます。
素敵な新年を迎えることができて嬉しいです。
ようやくようやく通じ合えたんだなぁと…まだまだ簡単には収まらない気もしますが。
211 名前: 投稿日:2008/01/05(土) 23:23
210:名無し飼育さん
あけましておめでとうございます。
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
もう少し続いたのち終了しますが、それ迄はよろしくお願い致します。
212 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:25
真希の部屋にいるみんなの所に到着すると、ひとみは入りしなに土下座をした
おねがいします、矢口と共に生きる事を許して下さい・・・・・と


そして顔を上げると、真里菜を抱いた真希の近くに座らされているあゆみに視線を向け

「あゆみ、ごめん、どうしてもウチは矢口さんの傍にいたいんだ」

力強くそう言い、ひとみとあゆみは見つめあった


ひとみの強い視線と言葉を受け、あゆみは表情を和らげ
「うん」
短く返した


穏やかに見つめるあゆみの目は赤い
返事を受けるひとみは薄く微笑み頷くと、それから厳しい顔をしている皆の顔を一通り見ながら立ち上がる

矢口はそんな様子を、ひとみの少し後ろから静かに見ていた
213 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:29
「よしこ・・・・・解ってる?
ゴトー達がどれだけ心配したのか・・・・・そして怒ってるのか」

皆を代表する様に、おもむろに真希が椅子から立ち上がり、
厳しい表情のままひとみに問いかける


「すみません」

両手を握り締めて俯くひとみ


真希はその後ろの矢口に視線をやりじっと見つめ、
矢口は何も言わずに、ただ、真里菜を抱いた真希を見つめ返す

その視線のやりとりを見つめる皆は、固唾を呑んでその様子を伺った


やがて魅力的な微笑みを浮かべ、真希が座っているあゆみを見る

「あゆみさん、本当にいいの?こんな勝手な事言ってるけど」

あゆみが見上げるように真希と見詰め合うと、穏やかに笑いながらひとみを見て

「はい、それでいいと思います」

優しい声でそう言った


緊迫した空気が緩む
214 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:31
「いい、よしこ、今日、本当ならやぐっつぁんに会わせる事とか絶対無かったから・・・・・・
よしこの両隣で、紗耶香さんとあゆみさんが必死に頭を下げてたから、会わせてあげられた事、忘れないでね」

「はい」

返事の後、唇を噛み締め、あゆみと紗耶香に視線を送り、頭を下げた後照れくさそうに笑うひとみ

「ほんと、絶対無かったよね、梨華ちゃん」

言いながらも、美貴の顔は優しい

「うん」

梨華は、まだ信じられないような視線でひとみを見つめ、短く答えた


そんな、穏やかな空間の中に響く声

「おい・・・・与謝野・・・・じゃなかった・・・・・吉澤」
「は・・・はい」

紗耶香が突然ひとみの名前を呼ぶ

「矢口を幸せにな」

強い視線でひとみを見ると、ひとみは力強く頷いた

「はい」
215 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:33
紗耶香はそれを聞きながら矢口を見て微笑む

「良かったな、矢口・・・・まさかこいつが吉澤ひとみだなんて思いもしなかったけど」
「紗耶香・・・」

あ、患者の一人なんだ・・・・こいつ・・・・と複雑な表情

「・・・・・うん」
「今、本当に良かったって自分が思える事にホッとするよ」
「紗耶香」

矢口と見つめあい、笑えないでいる矢口に優しい笑顔を向けた

「じゃあ、あゆみ、先帰るわ、これ以上ここにいてもしょうがないし・・・・・イチーは勉強が忙しいからな」
夜しか勉強する暇ねんだよなとニヤリと笑う姿はいつもの紗耶香

紗耶香の顔を見て、
ひとみに似ているとはもう思わないのが矢口には不思議だった


その紗耶香はいつもの顔で矢口に微笑む

「もう会う事は出来ないって思ったけどさ・・・・・また来るよ、
和希の定期健診もあるし、それに・・・・・矢口とは友達でいたいもんな」

「紗耶香」

矢口の顔が笑顔になる
216 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:36
ドアに向かおうと歩き出す紗耶香が矢口に近づいて

「じゃあまたな、矢口」
「うん」

くしゃりと矢口の頭を撫で、優しい顔をしてドアから去ろうとすると

「市井さんっ」

ひとみが、ドアから出る所だった紗耶香を呼び止める

「んだよ」
「本当に・・・・ありがとうございました」

頭を下げるひとみに、「ムカつくんだよ、お前はいつも」
・・・・と笑いながら出てってドアを閉めて行った



あゆみは、紗耶香を見送る矢口を見つめ、一人回想に浸る

ひとみを忘れられない矢口

矢口をずっと想っているひとみ

祖父を迎えに行った日に偶然見つけた紗耶香の酔っ払った姿を見せられた時
紗耶香の片思いの相手が矢口と知り
その矢口が、ひとみを好きだと気づいた時から、益々あゆみは悩んだ
217 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:38
今までひとみを時々看てくれていた医者の助手の紗耶香とはずっと仲良くしていたし、
お互いの恋を応援し合っていたから、その事実を言うのが躊躇われた

山の生活から街に戻り戸惑う自分を助けてくれた友達

周りに住んでいた人達に族だとバレた事で生まれた微妙な空気を変えてくれたのも、
祖父克己の古くからの友達の医者とその助手紗耶香だった

そんな大切な友達の・・・・・
あきらかに解る紗耶香の落ち込み

がむしゃらに仕事するその姿に、あゆみは紗耶香に事実を話しに言った

紗耶香が好きな矢口の想い人、吉澤ひとみは生きている

そして、自分の好きな人の本当の名前は吉澤ひとみ・・・・・
その吉澤ひとみの好きな人は矢口・・・・・・と


しばらく考えこんだ紗耶香は

「ここはさ・・・・あゆみが動くしかないんじゃね」

そう呟くだけだった

それからもあゆみは苦悩する

矢口が今も尚苦しんで・・・・そしてひとみを想っている事

ここで自分が動けば、ひとみは自分のそばからいなくなるに違いない

218 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:40
あゆみの葛藤が数日の間続き
優しいひとみに、どこか悪いのかと心配された位だった

複雑ながらも、なんだか良かったと思える自分がいる事にほっとする



「矢口さん」

あゆみは、やっとその名前を搾り出す

「は、はい」

「ひとみを・・・・ひとみの事・・・・・許して下さい。
私が、私がずっと引き止めてたんです、ごめんなさい
私が・・・・私がひとみと離れるのが嫌だから、
最近では外に出るのもやめさせたり、絵を描くのをやめさせたりしてしまって
ひとみは優しいから、そんな私の気持に気を遣って・・・・・だから、ごめんなさい」

本当にごめんなさいと少し涙を浮かべて頭を下げるあゆみ

「あゆみ」

言いながら真希の近く迄ひとみが歩いていき、心配そうな視線を向けると、
あゆみは小さく首を振りながら微笑み涙を拭う

矢口もゆっくりと歩み寄る
219 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:42
あゆみが、矢口の小ささに驚いてるのか、パチパチと眼を瞬かせると
ゆっくりとあゆみを抱き寄せる

「こっちこそ・・・・・ごめん」

そんな事があってるとは知らなかったけど、ずっとつらかったんだねと



どうなるのかとその様子を見ていた仲間達は、小さく胸を撫で下ろす

「でも・・・・」

矢口がそう言い、あゆみの胸の中からそっと離れ見上げると

「でも・・・・・おいら吉澤が好きなんだ・・・・・もう離したくない」

確かな視線でそう言うと、あゆみは笑って頷いた

「よかった」



何年も祖父と2人で山の中に住んできたけど、ひとみのおかげで町の中に住めるようになった
優しくしてもらったけど、それだけだった

いくら抱き締めてほしくても、その体には矢口という名前が刻まれていて、
そばにいても、実は遠かったんですとあゆみが柔らかい表情で話す

その顔には長い苦悩と、ひとみへの思いが溢れていた

220 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:45
真希の部屋で、あゆみからいきさつを聞いていたみんなは、
ずっと知らせなかった事についてはもう何もいえないと思いだしていた

そして、あゆみの返事を聞いた後、
矢口はひとみを見つめ、ひとみは矢口を見つめた

誰を傷つけても、自分達にはお互いが必要だというように・・・・・



「じゃあ、あゆみ、とりあえず今日は帰ろう」

そう言って、ひとみが真希に抱かれている真里菜を取り上げる


矢口がひとみに近寄り、赤ん坊の顔を覗き込むと真里菜は矢口をじっと見ていた

真里菜の小さな手を触ると、きゅっと真里菜が人差し指を掴む

「かわいい」

矢口が笑顔でひとみを見る

「当たり前、ウチの子だもん」

一年以上の時を経て、微笑みあう姿を見た皆は、
やはり二人はこうでないとと思いながら見つめていた


ただ一人を除いて・・・・


「でもよっちゃん、名前が解り易すぎ、もうちょっと捻るとかしなよ」
「ひとみちゃんらしいけど」

藤本と梨華はほっとした表情で眺めていて

「だって・・・・矢口さんみたいに、強くて優しい子になって欲しかったから・・・」

真っ赤になって照れているひとみをかわいいと思いながらも、
あゆみがそれを聞いた途端に寂しそうな表情をしているのを紺野や加護達は見ていた
221 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:46
「じゃあ、よしこ、明日また来て、それまでに色々準備しておくから、ね、紺野」
「はい、この城に住めるように手配します。いいですか?」
「うん・・・でも・・・・ほんとにいいの?」

ひとみが矢口に視線をやると、矢口はうなずく

「それと矢口さんにも、よっちゃんの事でずっと黙ってた事があるんです」

ウチ?と不思議そうな顔をするひとみと、それを見る矢口

「ええ、漸く話をする事が出来ます」

藤本も梨華も、ほっとしたように笑っていた

だが

「許さへんっ、ウチは許さへんからなっ、よっちゃん」

突然加護が言い出すとあっという間に出て行った

「あ、あいぼん」

残された辻も、不思議そうにしている
222 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:48
「どうしたんだろ、あいぼん」

「うん、後で聞いてみるから、話も今度ゆっくりするし、とりあえずよっちゃんは明日ここにおいで」

梨華に続き、藤本もそう言いながら不思議そうにしている。


だが、ひとみにはその理由が解るような気がした、
きっとずっと昔に自分と鷹男の事を疑った事をまだ許していないんだと

「解った・・・・じゃあ・・・あゆみ、帰ろうか」
「うん」

二人はドアへと向かっていくので、全員で城の門の所まで見送りに行く。

そしてひとみは門の所で真里菜の手を握って手を振り、
あゆみは小さく頭を下げた


ひとみがあゆみに気を使いながら帰っていく姿が、矢口には少し複雑だ

ひとみが弱っている時に支えたのがあゆみで、元気になったら去って行ってしまうなんて
本当にいいのだろうか・・・・自分はひとみに好きだと伝えてしまって


「やぐっつぁん?」

真希が横から覗き込んでいた

「あ、はい?」

「良かったね・・・・何はともあれ、よしこが生きてて」

「はい・・・・・本当に・・・・色々悩んでたみたいですけど・・・・
やはり・・・もっと早く知らせて欲しかったです」

「うん・・・そうだよね・・・でも、やぐっつぁん・・・
これであの場所とはさよならしなよ」

藤本も梨華も、紺野でさえも大きく頷いている

223 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:50
「・・・・・はい」

自分があの場所に行くたびに、本当はみんな心配していたのかもしれない
何もいわれた事は無かったけど、と皆の優しさが伝わる

普通にしてたはずなんだけど、やっぱり寂しいと思っている事は知られていたんだ・・・・・
と皆に悪いと思うばかりだった



「しっかし、よっちゃんが子供生んでたなんてね」
「美貴ちゃんっ」

前を歩いて城の中へ入っていた藤本が突然言いだすと、梨華が慌てる

「あ・・・・ごめんなさい・・・」

振り返って気まずそうに言う藤本に矢口は笑いかける

「何で謝るんだよ、いいよ、それにあの子の父親は、鷹男さんだってさ、
さっき自分で言ってた、おいらもなんとなく知ってたから平気だよ」


「「「「「え〜っ」」」」」

全員のあまりの驚きように、矢口が笑う


「・・・・・なんか・・・・思いつめちゃってたみたいだから・・・・あいつ」

二人に昔、何があったのかは解らない、でも二人はそれを解ってて理解しあえたはずだから、
もう何も言うまいと皆は思う
224 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:52
さっきの様子を見て、真希は矢口がずっと胸に秘めていた気持ちを伝えたかを確認したかった

「それで、やぐっつぁんは、もう言った?」

視線を落とす矢口

「はい、やっと伝えられました・・・・でも・・・・これでよかったのか・・・・」

どうして思いが伝わった事に素直に喜ばないのだろうと、真希が肩に手を回して抱き寄せる

「どうして?だって、よしこ、今でもずっとやぐっつぁんを思ってたって
あのあゆみって子も言ってたよ」

「ええ・・・・だけど・・・・・あの子も・・・吉澤の事・・・・」

さっき迄の強い気持ちは、2人の後姿を見て少し揺らいでいた

「それはしょうがない事だよ、当のよしこは、やぐっつぁんの事が忘れられなかったから来たんでしょ、
だったらあゆみさんの為にもよしこを大切にしなきゃ」

そこが矢口の優しい所でもあり、馬鹿な所でもあると感じて、
真希が矢口の頭をポンとなでて、微笑んだ後

「後はあいぼんか・・・・珍しいよね、あいぼんがあんなに怒るなんて」

む〜と唸る真希に、辻も頷く
225 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:54
「おいら・・・・なんとなく加護の気持ち解ります、
だからおいらがちゃんと話しますから、心配しなくてもいいですよ」

「解った、ほんと・・・安心したぁ、生きててくれて、
これでやっとやぐっつぁんも元のやぐっつぁんに戻って仕事してもらえる」

それでいいんでしょと念を押す

「そうですね、今までやっていただきたいと思っていた事も、
ずっと遠慮してましたからね、これから少し本腰を入れていただかないと」

「そうだね、床屋さんもいいけど・・・・・
やっぱりやぐっつぁんには城でみんなをひっぱってってもらわないと・・・・」

王族付という一番信頼出来る人が、ちゃんと城を仕切る事でさらに安心出来ると真希は微笑む

「本当です、私と美貴ちゃんでは限界がありますから」

紺野はすっかりここの国の頭脳になってしまっていて、
矢口が野菜を作ったり、町へ行っている間、この城の中の事を藤本と一手に引き受けていたのだ

だから、この二人にとっては矢口のこれからの復活が嬉しくてしょうがない

「あのままの腑抜けた矢口さんじゃ、失敗しかねないし、
何より心配だったもんね、紺ちゃん」

「はい、とても」

藤本の問いかけに素直に心配だったと認める紺野に、
真希も藤本も苦笑するしかないのだが、その優しさが矢口には今ごろ痛い程染みて、
本当に申し訳ないとうつむく

「でも矢口さん、これからは二人で仕事しにどんどん他の国に行ってもらいますから、覚悟して下さいね」
「え・・・・」

本当に兵に戻る気には、まだなれない矢口は戸惑いを見せる
226 名前:dogsW 投稿日:2008/01/05(土) 23:57
「やぐっつぁん、今は仲良くやれてるけど、まだまだ戦争をしたがる人や、
自分の欲の為に代表者や王族の命を狙う人が必ず出てくる
だから、矢口軍の大将は、みんなの所にちょくちょく顔を出して、友好をアピールしなきゃ」

真希も紺野の肩を抱いて、
上の階の自分たちの部屋に行くための階段を登りながらひらひらと手を振った

「や・・・・矢口軍って・・・・
姫、それはもう言わないで下さい、そんなのないし」

「あるある、ね、紺野」

階段の下で困った顔をしてそう言う矢口に、
思い切り紺野と熱い所を見せるように密着した真希は、「じゃあよろしく」と笑いながら消えて行く

固まっている矢口に、背中から声が聞こえる

「ほんと、あるんですよ。今までは言えなかったけど、
もうよっちゃんとの再会も出来て、心配事もなくなったんです、
私たちの幸せの為にこれからどんどんこき使いますからね」

既に自分達の部屋に向かう為に歩いていた2人は振り返りながら去っていく

自分たちの部屋に付く頃には、
藤本が梨華に抱きつくような姿で恨めしそうに矢口に口を尖らせながら言い出す

「それと、あいぼんの事頼みますね、あいぼんは矢口さんが大好きなんですから」

背中に藤本をひっつけた梨華も、笑いながらドアに手をかけて藤本を引きずって行く

「うん、じゃあ辻、お前たちの部屋に行ってもいいかな」
「もちろんです、親びん」

それを見て梨華と藤本は、微笑みながら部屋に消えて行った
227 名前: 投稿日:2008/01/05(土) 23:57
今日はこの辺で
228 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/01/06(日) 20:52
ああ つらい時期が長くてやっと幸せになれそうなのでできるだけ引っ張ってください。
すぐ終わってしまうと寂しすぎるのでゆっくり味わいたいです。
229 名前: 投稿日:2008/01/09(水) 21:52
228:名無し飼育さん
大丈夫です。嫌というほど引っ張りますからwww
レスありがとうございました。
230 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 21:54
矢口達が加護達の部屋に入ると、ソファに膝を抱えて加護が座っている

矢口の姿を見て、ごそごそと加護は背を向けるようにして座りなおす


「親びんに何と言われても、許さへんから」


「うん」

微笑む矢口は黙って加護の背中を見つめる




それから矢口は何も言葉を発しない


そんな沈黙に耐えられないのか、加護がまた口を開く

「よっちゃんが生きてて良かったと思うけど、なんか・・・・許せへんねん」

「うん」

背中の後ろに矢口は座ってただ頷く


辻は、少し離れたベッドで、何も言わずに心配そうにそれを見ていた
231 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 21:56
「今頃のこのこ出てきて、最低や」
「うん」

「それにあの人だって・・・・」
「ん?」

「か、可愛そうにあの人、馬鹿よっちゃんの思わせぶりな態度にずっと騙されてさ」
「うん」

「無駄に綺麗な見てくれに惑わされて、かわいそうに」
「ああ」

思いつくだけひとみの悪口を言っている加護を、優しい眼差しで見つめ続ける

「・・・・・親びん」
「うん?」

「何で何も言わへんねん」
「うん・・・・・なんでだろ・・・・・嬉しいから・・・・かな」

「そら嬉しいやろっ、よっちゃん生きててんもん」
「うん・・・それも嬉しいけど・・・・・皆心配してくれてたんだなって・・・・改めて感じたから」

「・・・・・・誰の?」
「おいらの・・・・ごめんな・・・・あんまり気づかなかったよ・・・・・まだまだ心配してくれてたの」



「・・・・・・気づいてへんかったんなら・・・・・親びんもアホや」

再び加護は膝の上に顔をうずめて丸くなる
232 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 21:58
「そうだな」

くすっと笑う矢口


「もうっ、解ってないんやっ、親びんはっ」
「うん?」

ついに加護が観念して矢口に向き直る

「よっちゃん、親びんだけじゃないかもしれへんのやで、
ウチはいやや、親びんだけを見てくれる人じゃないとウチの大事な親びんをやれへん」

だからどんな事情があっても、
あんなに親びんや沢山の人を悲しめたよっちゃんは許せへんねんっと憤る

「うん」


「あの赤ちゃんだって、親びんを好きなくせに出来てるんやで、それでもいいん?」
「うん」

「なんでやねんっ、鷹男さんの子なんやで」

矢口はやっぱり・・・と思い、辻は驚いた


さっき加護は、鷹男の子だと言った時にはいなかったから、知るはずはなかったはずだ

233 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 21:59
「うん・・・・つらかったろ、ごめんな加護」
「なんでやねんっ」

加護が矢口の腕を揺らして口を尖らす

「・・・・好きなんだ・・・・吉澤が」
「知ってるわっ、そんなんずうっと、親びんが気づく
ずうっと前から知ってんねんっ、だからっ、だから嫌やねんっ、そんなふらふらしたよっちゃんじゃ
大事な大事な親びんを、一年以上も寂しい思いをさせたよっちゃんが嫌やねんっ」

「うん・・・・ありがとな・・・・加護」



「だから・・なんでやねんっ・・・・・・・・」

下唇を突き出して、不服そうな顔をする加護に


「じゃああいつに・・・・吉澤に聞いてくれよ・・・・
本当においらの事を思ってくれているか・・・・加護があいつに確かめてくれ」

微笑みを浮かべて矢口が聞いてくる

「えっ?」

「おいらもさ・・・・まだわからないから・・・・
ほんとは解らないんだよ・・・・・あいつが・・・・」

「親びん」
234 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:01
「昔も・・・・自分で聞くのが怖くて・・・・ずっと逃げてたかもしれない・・・・
そしてそんな時に突然死んだあいつに・・・・何も言えなかった事がつらかった
ずっと・・・・ずっと悔やんでた・・・・
だから今日・・・・あいつが現れて、嬉しいのと、戸惑いと・・・・両方あって困ったよ」

加護が掴んでいた矢口の腕を放して、再び背中を向けて丸くなって座った

「加護が許してくれるまで、おいらはあいつとはどうにもなったりしないよ、
だから、お前があいつにちゃんと確かめて・・・・お前が納得したら
改めてあいつに告白するよ・・・・おいらと共に生きてくれって・・・・」



「親びん・・・・」

その声は、矢口の後ろから聞こえて来た


「辻も驚かせて悪かったな・・・・そういう事だから、
明日・・・・あいつが来たら聞いてくれ・・・・おいらはお前たちに任せるよ」


「「・・・・・・・」」

2人への絶対の信頼

2人がどんな時も自分を支えてくれているのは、疑う余地もない事実

「じゃあ、明日、あいつにはおいら会わないで畑にいるから、
話し終わったらお前たちがその結果を届けに畑に来てくれ、その結果次第で、
おいらはあいつと生きるか、やはり互いに別の道を行くかを決めるから」

「どうして、親びんどうして?」

さっき皆の前で好きって言ってたのに・・・・
目の前にいつのまにか辻が来ていて少しうるうるした目で見下ろしていた
235 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:04
「おいらは、お前達がずっとそばにいてくれたから、こうして今生きてるんだよ、
だからお前達が許さない相手とどうこうなるつもりはない
そして、あいつは生きてた・・・・・今日ちゃんと、自分の気持ちを伝える事が出来たから・・・・・
もうそこでひとつ区切りがついた・・・・だから皆に心配かけた分だけ
これから皆に恩返しをさせてもらうよ」

お前達が本当にあいつを認めないのなら、それも運命、ちゃんと受け入れられるよと立ち上がりながら笑う

「親びん・・・・」

呟く辻の頭を撫でて、矢口は2人にありがとうと言い去って行った




「あいぼん・・・・・」

辻がソファの上の加護を振り返る



「のの・・・・ウチはいじわるか?」

何か言いたそうな辻より先に、加護が問いかける


「ううん・・・・・・・・でも、どうしてのんにその事言わなかったの?」
「・・・・・・・」

「前に、あいぼんが悩んでたのも・・・・その事だったんだ」
「・・・・・・うん・・・ごめん、ののにも心配させたらいかんおもて」


丸まっている背中に、辻は明るく声をかけた

「ね、明日いじめようか、親びんやあいぼんを悩ませたよっちゃん」
「・・・・・・うん」
「親びんが言ったみたいに、よっちゃんの気持ち、のん達でちゃんと確かめよっ」
「・・・・・せやな・・・そうしよかっ、とことんよっちゃん苛めたろか」
「うん」

少し元気の出た加護を見て辻も嬉しくなった
236 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:05




237 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:09
「ありがとね・・・・あゆみ」
「ん?」

暗い道を歩きながら、ひとみはあゆみに声をかける


微笑み会う二人

だが、それから何も言わないひとみに、あゆみがフッと笑った後

「でもさ、町で・・・ううん、いろんな国で噂の矢口さんって、
ほんとちっちゃいんだね、それにとってもかわいい」

ちびで・・・・・嘘つきで弱虫とかなんとか言ってたくせにさと睨む

「う・・・うん・・・・だって、いっつもちびっつってたから、ウチも喧嘩する時」

抱いている真里菜を見ながら若干戸惑いがちのひとみ

「喧嘩?ひとみが?」

驚きの表情で横に並んでいるひとみを見上げる

「え・・・・うん・・・可笑しいかな」
「うん・・・想像出来ない、ひとみはいっつも笑ってたから」
「そっかな・・・・結構怒りっぽいよ、ウチ」

寄ると触ると喧嘩してたんだと、昔を思い出すようにくすっと笑う
238 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:10

「ふぅん・・・・じゃあ私ってあんまりひとみの事知らなかったのかな・・・・こんなに長くいるのに」

「・・・・・・・」



並んで歩いていたのに、あゆみが急に姿を消す

「ん?」

振り返るとあゆみが止まって俯いていた

「・・・・・何も・・・・見てなかったのかもしれない・・・ひとみの事・・・・」

「え?」

「・・・・・良かったね・・・・思いが叶って・・・・ちゃんと私に吉澤が好きって言ってたし・・・・」

「・・・・うん・・・・」

「・・・・・・良かったね」

「あゆみ・・・・」

ひとみと一緒にあゆみを見ている真里菜が、急にあゆみに手を伸ばして抱っこをせがむ

立ち尽くして俯いたあゆみの目には涙がたまっていて、
驚いたひとみは真里菜の手でそれを拭う

「ほら、真里菜が抱っこ・・・ってさ」

あゆみがすぐに真里菜を抱き寄せて抱きしめる
239 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:12
小さな真里菜をぎゅっと抱きしめて、あゆみは真里菜の首筋に顔を埋めるように肩を震わす
どうしようも出来ない思いに、ひとみはそばで立ち尽くすしかなかった

真里菜がキャッキャと笑い出し、あゆみの背中を叩いている

「どしたの?真里菜・・・嬉しい事でもあった?」

涙声で真里菜の顔を覗き込み「ほら、高い高い」とあやすと、余計にきゃっきゃと笑い出す

その姿はとても温かい空気に包まれている

「ひとみ」
「ん?」

「たまには遊びに来てよね」
「うん・・・・もちろん」

「絶対だよ」
「うん」

再び並んで歩き出すあゆみに、ひとみは慌ててついていき

少し後ろから、あゆみの後頭部越しに、
笑ってあゆみの頬に手を伸ばしている真里菜を見つめた
240 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:13



「・・・・・ひとみ」

「ん?」




「・・・好きだよ」

「・・・・・うん・・・・・・・・ありがと」

「もう・・・・・離れちゃだめだからね・・・・矢口さんと」

「・・・・・・うん」

ひとみはあゆみの隣に並び、そっとあゆみの表情を伺う

「幸せにね」

「うん・・・・」


右手で真里菜を抱えて左手でちょっかいを出しながら歩くあゆみに、
ひとみは優しい顔で微笑む

チラりとそれを見て、あゆみが前を向いて言い出す
241 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:14

「・・・・さっきさ」

「え?」

「矢口さんと微笑んでるひとみ見て・・・・負けたなって思った」

「ん?」

「ひとみと矢口さん・・・・すっごく硬い絆で結ばれてる気がしたの」

「・・・・・・へぇ」

「完敗・・・・って感じ」

「そうかな」

生死を懸けた戦いをずっと一緒にくぐり抜けて来たんだもんね・・・・
当たり前だねと笑う

「ほんとはね、私絶対ひとみは振られるとばっかり思ってたの・・・ひどいでしょ」

「・・・・・・ううん、ウチも・・・・そう思ってたから」

「でも・・・・そんな訳なかったんだよね・・・・ばかだね・・・私」

真里菜に頬を触られながら、笑顔でそう言うあゆみに、ひとみは複雑な思いをしている
242 名前:dogsW 投稿日:2008/01/09(水) 22:17
決して嫌いなどではない・・・・
矢口という心の中の存在が無ければ、いつかは好きになれていた

だけど今日・・・・
あゆみが無理やり連れて行ってくれたおかげで、それは無理だと思った。

やはり自分の中での矢口の存在の大きさに・・・・
目の前で確認した現実の矢口の姿に・・・
そして感触に・・・・・

やはりどうしようもなく心が求めてしまう自分に気づいた

すべてあゆみのおかげだ、いくら感謝してもしたりないくらい

そうでなければ、自分は再び矢口の前に現れる勇気は無かったから・・・

「あゆみ・・・・ウチはあゆみには一生返していかないといけないくらいの恩をもらった・・・
もちろん克巳さんにも・・・・・これから一生かかって
その恩を返すから・・・・だから・・・・・あゆみは・・・・あゆみは絶対幸せになって・・・・・」


「・・・・後悔させちゃうかもよ・・・・こんなにかわいい私をフって」

まだうるうるした瞳であゆみはひとみを見た

「うん・・・・そうだね」

そういって、俯くひとみに、あゆみは唇を噛んでから笑って言う



「嘘つき」


そう言って逃げるように早足になって歩いていく


「あゆみ」

どんどん歩いて行くあゆみは、振り返って笑う




「早く帰ろう、荷物・・・・整理しなきゃ」

「・・・・・うん」


ひとみは心に誓う、あゆみの事は一生守り続けなければいけないと・・・・・

もちろん、矢口と一緒に・・・・

243 名前: 投稿日:2008/01/09(水) 22:18
今日はここ迄
244 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/14(月) 02:20
dogVあたりから読み続けています。
やっと二人がくっついてほっとしています(笑
245 名前: 投稿日:2008/01/20(日) 00:04
244:名無飼育さん

ほんとにこんなに長い話について来ていただいて
しかもレスまで・・・ありがとうございます。
246 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:07

次の日、午後になってからひとみは城に訪れる


あゆみは笑って送り出してくれた
一応、朝そんなに早くない位にぼちぼち来てと、昨日真希に言われていた

が、結局、克巳が真里菜との別れを惜しんで逃走したり、
あゆみが捕まえても、なかなか手放さなかったばっかりに、ぼちぼちどころか昼過ぎになってしまった。

涙目の克巳に、ひとみは複雑な気持や感謝の気持で纏まらない、変な言葉ばかりで説得しながらも、
絶対ちょくちょく顔を見せるからと約束し、本当にお世話になりましたと頭を下げた。

そして、意を決して城への道を歩いてきた

開放されている門の所迄やってきたひとみと真里菜が、昨日真希に言われた通り門兵に名前を告げると

「お待ちしておりました、おい」

ここで一番偉そうな兵が、隣の3人の兵に目配せし
一人は町、一人は門の裏、もう一人は城の中へと消えていった

どうやら3人共族のよう

久しぶりに族が力を使っている所を見るひとみは、既に見る事が出来なくなっている事に唇を噛む
247 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:10
裏に消えた族がすぐに馬に乗って出てきて、町の方へと脱兎のごとく駆けて行き
その音に驚いた真里菜が泣き出すので、しばらく兵と共にあやす

「すみません」

漸く泣き止んだ真里菜が、ぐずりながらも眠りにつくとぺこりとひとみは頭を下げる。

「いえいえ、驚かせてしまい申し訳ありません、さ、それではご案内致します」
「ありがとうございます」

門から城に入る迄にすれ違う兵達は、
連れて行ってくれる兵と笑顔で敬礼を交わしながらも、ひとみに興味深々な様子

町の人達もよく相談しにここを訪れる事もあるみたいなので、ちらほらとすれ違う

城の中や道すがら、ひとみは確実に注目を浴びている気がする。
連れてってくれる兵もなんだか落ち着かない風

さっき城へと向かった兵も一度ひとみ達の前に姿を現し、
一度、兵同士無言で頷き合うとまた消えてしまった。

城へと入ったら、さらに注目を浴びた中、
三階迄吹き抜けの、広間の左右にある階段の右側を上がっていく

武装した護衛兵が立っており、ここから上は、さすがに民間人は入れない様だ。
248 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:13
二階の長い廊下を歩き、ある部屋の前で彼がドアを開け、中へどうぞと促す

「それでは、参事と梨華さんが来る迄しばらくお待ち下さい」
「え、あの、矢口さんは?」
「失礼します」

申し訳なさそうに彼は一度敬礼をし去っていく

しばらく立ちすくんだひとみは、なんだよと呟き、部屋を見回した後、
近くにあるソファに座り真里菜の顔を眺めた

静かな空間に、外から兵達の訓練中の声が響いてくるので、窓際に見に行こうかとひとみは思うが
ここはおとなしくしておかないとと、真里菜を抱いてジッと座っていた。

昨日は城の中を一度も周りを見る余裕などなかった為に、改めて部屋を見回してみる。

見回すと、さすがに城らしい立派な物ばかりが並んでいる
Eの国程ではないが、ここが一国の主の城なんだと実感させてくれる



それから随分とこの広い部屋で時間が過ぎていく

昨日、矢口や皆との再会や、これからの期待で興奮したのか、
眠る事の出来なかったひとみ

だが待たされる時間が長い程、あの矢口を抱きしめた感触は、
夢だったのではないかと何故か不安になった

まさかと思い直し、不安を打ち消す為にこれからの事を色々考えようとしていると、
今度は寝不足の為、ついウトウトしてしまう。
249 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:19
さらに時間が経過すると、
突然、お疲れ様です等という大きな声が次々とドアの外から聞こえ、
大きなノックと共にガチャリとドアが開くと、藤本と紺野が姿を現す。

外で兵が護衛してくれていたのか、2人の兵達が緊張した面持ちで一際背筋を伸ばし、
ビシッと敬礼をしていた。

2人はニコやかに兵達に敬礼を返しながら部屋に入ると

「ありがとう、後はいいから、隊務に戻って下さい」
「「はい」」

藤本の言葉に、うっすらと兵が頬を赤らめ、去って行った


へぇとひとみは心で呟きながら、寝起き状態のひとみはまだぼーっとしている。


「すみません、お待たせして」

笑顔の紺野の言葉にハッとする

「あ、いや、こっちこそごめん、ここに来るの遅くなって」
「ほんとほんと、よっちゃん、てっきり午前中に来ると思ってたから、
朝からしようとしてた会議をずっと遅らせて待ってたんだけどさ、来ないんだもん、
忙しい皆を急に集めた会議だったから、午後迄持ち越されなくてさ、
待てなくなって始めちゃった、ごめんね遅くなって」

何故、会議の都合が自分によって左右させているのか全く解らないひとみは、
訳がわからないながらも頭を下げ、漸く立ち上がる

「ごめん」

250 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:23
ちょっとした冗談ぎみに言ったはずの藤本のそんな言葉に、
ひとみがシュンと謝りを入れたので、慌てて紺野が話しだす

「あの、本当は午後になってくれて助かったんです。
部屋の準備が午前中だと整わなかったので丁度良かったから」

「いや、本当、ありがとう、昨日の夜、急な事だったのに・・・」

頭を下げるひとみに

「なんか、すっかり落ち着いて、大人になったんだね、よっちゃんも」

じゃあ、こっちに来てよ、とからかうような藤本の言葉に

「それはそうでしょ、美貴ちゃん、吉澤さんはもうお母さんなんですから」

紺野が楽しそうに突っ込む
仲良さげな2人の会話
そこにゆっくり近づいていくひとみ

「そっちの方が・・・・・・まぶしい位だよ、
なんか沢山の兵達を従えてるのもさ、ほんとすごいや」

「ん〜、結構大変なんだよ、年上の人も多いしさ」
さすが、ごっちんや矢口さん達の国だから、いい人が多いけどね、
中には中々一筋縄でいかない人もいるんだよと、やんわり愚痴りながら2人と部屋を出る。

「それより遅いですね、私達を呼びに来た時と一緒に知らせが出たはずなんですけど・・・・」
「あ、そだね」

何が遅いのかさっぱり解らないひとみが首を傾けると
バタバタと吹き抜けを駆け抜け、階段を駆け上がる足音がひとみの背中の方から響きだす
251 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:29
「あ〜、来た来た」
「やっぱり人間だと時間がかかるんですね、馬を出したから少しは早く着くかと思ってたんですけど」
「あの〜、ごめん、説明してもらえる?」

訳がわからないひとみの、少しイラついた感じの問いかけに

「ごめんごめん、梨華ちゃんもね、花屋さんの仕事休もうかと思ってたらしいんだけど、
あいぼんとののが休んだからそうもいかなくて、でも、よっちゃん来たら呼んでって聞かなくて」

そう言ってる間に、汗びっしょりの梨華が廊下を走って来た

「あ〜っ、間に合った〜っ」

ひとみが振り返ると、
せっかく馬が迎えに来たけど、町の中はそんなにとばせないもの、遅くなっちゃった・・・・・と
ハァハァと肩で息をする梨華がいた。

しばらく前かがみになって息を整えると

「ひと・・・んぐっ、ひとみちゃん、真里菜ちゃんは私がちゃんと預かるから」
「エ?」

有無を言わさず、寝ている真里菜を取り上げる。
途端に梨華に駆け寄り、にっこり微笑み会う藤本と梨華

「「うわぁ〜っ、かっわいい〜っ」」

真里菜を覗き込む2人の顔が近すぎて、ひとみは思わず「離れてよ」と言いたくなるのを抑えた
252 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:31
そんな視線に気付いたのか、藤本がハッと顔をひとみに向け

「ほれっ、とにかくさ、まずあいぼんの部屋行ってきて」
「いや、あの、益々訳解らないんだけど」
「いいからいいから、それよりあいぼん、めっちゃ怒ってるからさ、早く謝って来なよ」

ケラケラと面白そうな藤本

「いや、その」
「吉澤さん、どうぞ、こっちです」

そんなひとみを無視し、先導しようと紺野がスタスタ歩き出した

「いや、あの」

困惑しながらも、紺野についてゆっくり歩き出すひとみ

「よっちゃ〜ん、頑張ってね〜」
「ひとみちゃんなら大丈夫〜っ」

振り返ると、寝ている真里菜の手をブンブン振って小さくなっていく2人は笑顔

手を振ってくれる2人をチラチラと見ながら歩くと、
なんだかさっき迄の緊張が少し緩んだ気がした。

そして、ずっと遠くから見ていただけのこの城は今、仲間達の愛で溢れているように見える。
253 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:32

ってか・・・・・矢口は?

どうして待ってくれてるはずの矢口の姿が見えないのかをずっと聞いてもらえなくてまた声を発する

「あのさ・・・・紺野」
「昨日お2人が気持を通わせたのは十分知ってます」
「は、はぁ」

ひとみの気持を先回りするような紺野にうまく言葉を返せない

吹き抜けの三階へと続く、途中クロスになってる階段を登っていると、
1階の所で兵達が何十人と屯してこっちを伺っているのが見えて

「皆さんには、後でちゃんと紹介しますから、通常業務でお願いします」

紺野が凛とした声でそう言うと、全員がビシッと敬礼し、あちこちに散らばって行ってしまった

「ふふっ、吉澤さんの事は、この城で知らない人はいませんから、
とにかく見たくてしょうがないんですよ、困ったものです」

階段をさらに登りながら、優しい顔で面白そうに言う紺野は、
ここでの暮らしが充実しているとひとみの目に映る

廊下に入り、スタスタと歩く紺野にたまらず話しかける

「それでさ、紺野」
「矢口さんなら今この城にはいません」
「は?」

連れない言葉に気が抜けるひとみ
254 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:34
「部屋はもう準備してありますけど、あいぼんとのんちゃんの許可がないと、
部屋にお連れする事が出来ないんです」

「いや・・・・・その」
「はい、ここです。それでは頑張って下さい」

加護と辻の部屋の前に到着すると、そう言ってニコッと笑い去って行った

「・・・・・なんなんだよ」

一つため息をついて、ノックし「入るよ」とドアを開けると、二人は仁王立ちして立っていた

2人の迫力が凄くて、ここ迄来る迄のちょっとした不満はすぐに消し飛んだ。

「あ・・・・・・・・・あの、ごめん・・・・心配かけて」

そんなひとみを無視し、二人は無言で手招きすると、
中のソファに座れと指示してくる

「ごめんでは許されへんのやで・・・・それに親びんはまだよっちゃんにはあげられへん」
「そうだよ、ちゃんとよっちゃんの気持ちを聞いてって親びんにも頼まれてるんだから」
「・・・・・え?」

座ったソファから、仁王立ちで睨んでいる二人を見上げる
255 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:35
「ウチらが許さんかったら、親びんとは一緒にさせてやらへんのや、
それは親びんもそう言ってくれてる」

「あ〜・・・・・どうすればいいかな」

少し戸惑っていたひとみは、困った表情で俯き頭を掻いた

「親びんはな、今はああやって畑行ったり元気にしてるけど、あの戦いの後、
梨華ちゃんがおらんと眠る事もできへんかったんやで」

ひとみが再び「えっ」と顔をあげる

「一週間位、涙が止まらなくって、ずっと誰かついてないと死んでしまいそうだったんだから」

「・・・・・・そう」

「そう・・・じゃないやろ、なんで知らせへんかったん」

しばらく考えて、ひとみは静かに加護に言う

「・・・・・それはもう・・・・・矢口さんには言ったよ・・・・
あいぼん達には悪いけど・・・・もうちゃんと話す自信がない・・・・」

加護は一度辻をみて、辻が頷くと再び口を開いた

「ええよ、じゃあ、よっちゃんは、ほんとに親びんの事が好きなん?」
「うん、好きだよ」

真剣さが伝わるように、しっかりと加護を見つめた
256 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:36
「でも、よっちゃんは嘘ついた・・・・・昔・・・バーニーズでのあの時、
鷹男さんとは何もないってウチに言ったくせに・・・・鷹男さんの子供産んでたやん」

「・・・・・・・・・」

ひとみは唇を噛んで俯く

「ウチに嘘ついたって事は、親びんに嘘ついたって事なんやで」

「・・・・・・・・・」

「そんなんで・・・・親びんをウチらから奪っていけると思ってんのん?」

加護からの視線を受けて、顔を上げたひとみは、視線をそらさずに言う

「奪えないよ・・・・奪うつもりはない・・・・・だけど信じて欲しい・・・・
ウチはいいかげんな気持ちでお前らの親分を好きだと言ってるんじゃない事」


一瞬の静寂の後


「言葉では何とでも言えるんだよ、よっちゃん」

それを聞いて必死で辻を見る

「じゃあどうすれば信じてもらえる?それともウチは矢口さんにもみんなにも、もう信じてもらえない存在?」

「せやな・・・・・これだけ悲しい思いさせたんやもん・・・・信用あるわけないやん」

さっきまで、真剣に加護達を見ていた視線が一度下を向いて考え込むと

「どうすればいい?何でもするよ・・・・ウチに出来る事何でも・・・・・教えてくれよ」

言いながら顔を上げたひとみは、今度はすがるような目で二人を交互に見だした
257 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:39
その様子に、さすがに可愛そうになってきたのか、二人はどうする?と顔を合わせる

2人は、午前中色々考えていた
どんな言葉を言えば、ひとみが自分の本音を話し、そして想いの強さを知る事が出来るのか

2人で罵倒すると、もしかしたら怒って帰ってしまうかもしれない

そうなったら・・・・・また矢口は悲しい思いをしてしまう

だが、本当にそんな事になったのなら、ひとみには矢口はやれないと2人の意見は一致する。

剣術で自分達を倒せたらというのは、もとより族と、もう訓練してないひとみでは話しにならない。

子供を生んで間もないというひとみに、無理な運動をさせる訳にもいかないのかもしれないし・・・・

必死に2人は考えていたものの、いい答えは出なかった


しかし、

「今親びん、畑におんねん・・・・せやな、これから二時間以内に探し出せたら信じたる」

「二時間・・・・・・・・・畑・・・ってどこにあるの?」

二時間あれば余裕でいけるだろうというほっとした表情をしていた
258 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:41
だが

「大丈夫?あいぼんそんな事言って」
「思いつきやし・・・・ちょっとしんどいかもしれへんけど、これで本気かどうか見せてもらお」

二人の会話に、そんなにしんどいのだろうかとひとみはすぐに不安になる


しかし、やるとひとみは言い、ふたりは城の裏口へと周り畑の入り口迄連れて行く

入り口といっても、どうみても山の入り口

そして、畑とはここから見える山肌全部畑だという説明にひとみは絶句した。

主に水が湧いている場所を中心に、あちこちの場所に、
環境に適した作物が植えられているという。

矢口も自分達も時々世話をするのだが、
働き口のない人達とか色んな仲間達と一緒に計画を立てて畑仕事をしていると道々さらに説明を受ける。

「ほな、今から二時間以内に、親びんがいつも被ってる帽子を持ってここに帰って来てな」

「普通に畑の端っこまで行くのも二時間位かかるからね、親びんどこにいるかわかんないし」
259 名前:dogsW 投稿日:2008/01/20(日) 00:43
目の前に広がる大自然


とてつもない目標を突きつけられて、気が遠くなりそうだったが

「解った・・・・ほんとにそれが出来たら信じてもらえるんだよね・・・・矢口さんのそばにいてもいんだよね」

「「うん」」

無言のまま、三人は畑の入り口とされる場所へとやってくる


加護が時計を見て、よ〜いと言うと、スタートと辻が言う。

ひとみがダッシュで山道に入って行く





「大丈夫かな・・・・結構、道、迷ったりするし・・・・
力使わないと行けない場所だってあるし」

「・・・・・しゃ〜ないよ・・・・・でもきっとよっちゃんは親びんを見つける思うねん
・・・・・・・・・じゃないと運命の相手じゃないんよ」

「・・・・そっか・・・・そだね、きっとよっちゃんなら見つけるよね」

じゃあ帰ってくるまでここで昼寝でもしよっという加護に、
うんっと辻も頷き二人は大の字になって寝転がった。
260 名前: 投稿日:2008/01/20(日) 00:47
今日はこの辺で

石川さん、矢口さん
誕生日おめでとうございます。
261 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/01/20(日) 23:08
毎年矢口さんのお誕生日に更新して下さって嬉しいです。
もどかしいけれど少しずつ幸せに近づいていくのを噛み締めています。
262 名前: 投稿日:2008/01/27(日) 21:23
261:名無し飼育さん
なんだかんだでもう三回通過した事に驚きです。
ずっと見守って下さっている事も・・・

レスありがとうございます。
263 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:26
加護に渡された時計がもう一時間立つのを確認する


入り口から目の前にあった高い山の、
あちこち縦横無尽に作ってある道をひたすら走りまわる

高い山の裏側には、低い山が連なり、
山の中腹や山と山の間とかは、結構平らな所もあったりして、本当に畑があり結構な人がいるようだ。

通り道である樹木の間を駆け抜けると、突然開けた畑の横や、果樹園の中を低い姿勢で走り回ったりして、
時々人影を見つけては矢口の名前を聞いて回る。

でも誰も矢口の居所はわからないという、
力を使って縦横無人に走り回るから、今教えても、
きっとその場所にはもういないだろうと皆同じ言葉を返してくる


くそっ、と呟きながら、ひとみは次の小さな山へと向かう


そして体はもう限界が来ていた

ただでさえ体の骨が折れた時に体力が落ち、
しかも子供を生んでまだ数ヶ月しかたっていない。

ひとみの額からはとめどなく汗が噴出し、顎からポタポタと落ちて行く


焦りと苛立ちから

「どこにいんだよっ、ちびっ」

少し高いところから見渡せるとうもろこし畑に、自棄になった状態で叫んでしまう


その途端、目の前のトウモロコシ畑がガサガサと音をたてて動きだし、
誰か歩いて来ているのが解る。
264 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:28
もしかして矢口?と期待して注目すると、片目の男が出てきた

その人は、ひとみを見ると、誰だろうと探るような視線をしていたが、
やがて小脇に抱えたとうもろこしの山を持ったままひとみに近づいてきた

若干ビビりながら、ひとみは声を掛けてみる

「・・・・・・や・・・矢口さんを・・・見ませんでしたか?」

「・・・・・・・」

男は何も言わなかった


ひとみは、時間がないからと、ぺこりと頭を下げて振り返り、走ろうと足を前に出した時、その男がしゃべりだす



「・・・・吉澤・・・・さん?」




ひとみは振り返って男を睨む

「そう・・・・・ですけど・・・・」

見た事はないし・・・・
町の働き口のない男の人にしてはきちんとしていてなんとなく強そうだ

今まで声を掛けた人達とは全然違う人種に見える
265 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:31


警戒心をいっぱいにして見ているひとみ


だが、そんな大きな男の目が・・・・・
だんだんと涙があふれて行くので驚くひとみ

「ど・・・・・・どうしたんですか?」

気持ちは焦ってるのに、突然泣き出した男の人をほっとく事が出来ない

すると男がふいに頭を下げだす

「すまなかった・・・・」
「・・・・・え?」

ひとみは一歩下がって戸惑う

「あの・・・・・私は・・・・あなたの事知りませんし・・・・
謝られるような事も何も・・・・それに今少し急いでいて・・・・」

行くべきか、ここで話を続けるべきか迷うひとみに、片桐は微笑んで涙を拭う

「総督の居場所なら解るよ・・・・こんな晴れた日は、きっとあそこにいる」

いつもは見えないけど、こんなに晴れた日にはあの場所が見えるからきっとあそこだ・・・と悲しそうに笑う
266 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:33

「総・・・・・督?」

「矢口総督、え〜と、今、ここの兵の中で一番上の位の事です・・・
現在は矢口総督が誕生する迄の代理として、私が総督を任されてますが・・・・・
あ、紹介が遅れました、私は昔の階級でいう矢口元帥、及び補佐の下で働かせてもらっていた片桐と言います
それで、私だけは、今も彼女の事を総督と呼ばせていただいてるんですよ、本人は嫌がってるんですけどね」

そう言って笑いながら、とうもろこしを抱えて敬礼をする姿が、なぜか微笑ましいのでひとみもつられて笑う

「・・・兵隊・・・さんだったんですか」

しかも、ものすごく偉い人なんだと少しビビる


「ええ・・・・時々、ここに来て、総督の手伝いをするんです
・・・・兵の人達にとってもここは心を休める場所だから」

片桐が笑顔でこっちだよと今、ひとみが来た方へと手招きして歩き出す

「そうなんですか」

すっかり焦っている事を忘れて、片桐と共に歩き出すひとみ

「ほんとに生きててくれたんだね・・・・良かった・・・・・
ほんとに良かった・・・・もうこれで私も何一つ思い残す事は無くなった」

まるで自分が死んでしまうかのような雰囲気に、返す言葉が見つからないひとみ
267 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:35
「なっ、何を言っているの解りませんが・・・・あの・・・・戦争にでも行かれるんですか?」

「いや・・・・病気だよ・・・・どうやら僕は病にかかっているらしくて、もう長くないんだ」

「あ・・・」
言葉を失うひとみに、片桐は笑う

「ごめん、こんな事言ったら困るのは君だよね、すまない・・・・・でも・・・・自分が死ぬのは怖くないんだ・・・・家族が待ってるからね
総督の計らいで、仕事が無いときはこうして畑仕事を手伝わせてもらってるんです・・・・
部屋で一人でいると余計な事考えるから、畑仕事して、体使えば心も安らぐってね・・・
特に収穫の時期は心が満開になるよって」

「・・・矢口さんらしい」

「ええ・・・でも自分は総督の方が心配で・・・・
心配で心配で・・・・このままで死ぬ事は出来ないと思っていたんだ」

「・・・・・あの・・・・でも私とはどういう・・・そしてどうして謝ってらしたんですか?」

「・・・・君をJの国で拉致して、それをエサに捕らえた総督を、ひどく拷問したのは自分なんだよ・・・・・
あの時は、時代の流れに逆らえずに、総督を恨んでいたからね・・・」


「あ・・・・・そ・・・そうなんですか」

拷問?と一瞬驚くが、ひとみはそれを聞いても少しも表情を変えずに、にこやかに話を聞いている
268 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:37
それを見て、片桐が微笑む

「君が吉澤さんか・・・・思った通り素敵な人なんだね」
「へ?」

ひとみが少し赤くなると、片桐は笑っていた顔を少し真顔にして歩きながら語りだす

「実は・・・あの時の事が忘れられないんだ・・・・」
「・・・あの・・時・・・・」

やはり何を言い出すのか検討のつかないひとみは、ただ話しを黙って聞くしか出来なかった

「ずっと君を助けてくれって叫んでた・・・・前の王子の前でも、一番の権力者の和田元帥や、太郎っていう前の組織の時の司令官にもずっと・・・・」

「・・・・・・・・」

「自分がどんなに情報を聞き出そうと殴っても・・・・返ってくる言葉は君の安否の事ばかり・・・・
その時の自分は総督を見限ってて、というか・・・・家族を殺されて・・・
何を恨めばいいのか解らなかったんだ・・・・その矛先を矢口総督にしてしまってた時で・・・ひどく殴りつけて」

そこまで言うと、また片桐の目に涙が浮かんできている

ひとみは、すでに時間に追われている事を忘れて聞き入ってしまっていた。
269 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:39
「夜中、私の元に牢番の兵がやって来たんだよ、どうにかしてくれと・・・・
何があるんだろうと自分が行くと、牢の中で総督が族の力を使って、
鎖を引きちぎろうとしている姿が目に入ってきた・・・・
壁も体も真っ赤で・・・・手首はもう引っ張りすぎて骨まで見えていた
それでも、私に気付いた総督の口から出た言葉は、君を助けてくれという言葉ばかり・・・・
両手が釣られた天井は右手が楔ごとはずれてしまって、あと左手だけだったんだが・・・・
それが外れたとしても牢屋の中なんだよ・・・・出れっこない」

その時を思い出しているのか、片桐は泣いていた

「・・・・・・・・」

「左手の楔も取れて、あの小さな体が吹っ飛ぶと、今度はゆらゆらと起き上がって、
さっきまでその体を殴っていた鉄の棒で牢をこじあけようとしている
あの時は気づかなかったけど・・・・後から聞くと、もうその時には鉄よりも硬いと言われる族の腕の骨も、
足も肋骨にもひびが入ってたり、内出血もひどくてぼろぼろだったらしい
人間だったら動くのさえままならないはずなんだけど・・・・
それでもあきらめないで、どんな事をしてでも君を助けようとしてる総督の姿に・・・・
打ちのめされたんだ・・・自分は同じような目にあった時、家族の為にそこまで抗ったか・・・
自分が大切だと思っていた家族の為に、自分はその時何か出来たのかっ・・・・て
だから・・・・自分の生き方をまた教わった気がして・・・・・
だいたいその時は、君は死んでたと自分はわかっていたから・・・・とてもじゃないけど涙が止まらなかった」

ひとみも唇をかみ締める

そんな事が起こっていたのかと・・・
270 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:42



「君の事、大切だって言ってた・・・・ずっと危険なのに自分について来てくれた大切な人なんだって」



それを聞いた途端、ひとみの胸が押し付けられるように痛む

そして、片桐はもうこらえ切れないのか、服の袖で涙を拭いだす

「自分の家族の事も、総督は自分のせいだとした上で、それでも君を助けてと自分に懇願してきた・・・・
元々弱くなってた鉄の棒も折れて体を壁にぶつけて、もう立てなくなってからもずっと・・・・・
ずっと君の事を・・・・・だから・・・・生きててくれてほんとに良かった・・・」

この町にも沢山大切な人を失った人がいるのに、自分だけ落ち込んではいられないと
表面上は明るく過ごしている総督を見るのがとても辛かった

だから、総督が本当に前向きに元気になる迄・・・・・
それ迄の間は、総督に代わり、絶対に自分は生きてこの国の、
いや、これからの各国との繋がりが定着する事に尽力し、絶対に生きてやるって思ってたんだ。

そう言いながら、熱い気持が溢れ出るような表情で見てくる片桐総督に、おもわずひとみが呟く

「・・・・・すみませんでした」

ひとみの言葉に、片桐はハッとして振り返る

「どうして君が謝る・・・・謝るのは自分だよ・・・・すまなかった・・・・本当にすまなかった」

死ぬ前にどうしてもこの事をちゃんと謝りたかった。君はいないと思っていたから、
あの世で会えたら絶対に謝ろうと心に決めていたんだと話す顔はとても安らかな笑顔

271 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:44
「・・・悪いのは私です・・・・まんまと浚われたのも・・・・自分で谷に落ちたのも・・・・・
全部私が悪いと思ってますから・・・・別に謝る必要なんてないし、弱いのは自分でしたから」

「総督・・・・本当に君の事を大切に思ってるんだよ・・・・
君が死んだって解ってからもずっと・・・・だから・・・大切にしてあげて下さい」

「はい・・・・もちろんです」




ここにも矢口の幸せを心から願う人が一人いる
いったいどれくらい矢口は周りの人から愛されているのだろう

そんな人に、自分は好きだと言ってもらえる資格があるのだろうか



「総督は、自分が人を殺しすぎたから、幸せになるのを怖がる癖がある・・・・・
そんな事はないのに・・・・自分だって幸せになれるのに・・・
戦や争いは、人を人でなくならせ、全ての人を殺人者にして苦しめる・・・・
各国にそんな人は沢山いるはずだ・・・・
大切な人を・・・・国を守る為に行った行為だろうと、
無くす命は変わらない、総督はそう言い、いつだって周りの事ばかり考えて・・・・
いつも苦しんでる・・・だから支えてあげて下さい・・・・・
それが出来るのはきっと吉澤さんだけだから・・・・・きっと誰も代わりは出来ない
本当に生きててくれて良かった・・・・・ありがとう」


「・・・・はい」

涙を貯めた目で見る片桐に、力強く頷くひとみ
272 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:46

そう、ここで自分が臆病になってはいけない


この片桐という人は、自分に勇気をくれた気がした。

それと共に、一年以上も臆病風に吹かれていた自分を、やはりみんなが怒るのもしょうがないと感じた。

矢口がそんなにまでして自分を助けようとしていてくれた事・・・・
きっと自分が彼女を助けたいと思っていた気持ちよりも強かったのかもしれない・・・

そんな彼女の気持を自分は・・・・・



メラメラとひとみの心が燃えて行く

こんな気持ちになったのは、矢口と共に戦っていた時以来


「片桐さん・・・・・矢口さんの事は・・・・私に任せて下さい」

涙を拭って歩いていた片桐は、その言葉に微笑む

「ええ・・・・よろしくお願いします・・・」

「はい・・・・」
273 名前:dogsW 投稿日:2008/01/27(日) 21:48
そんな話をしている間に、二つ前の山のてっぺんへと近づく

ここは高さがありすぎるし、畑とは違い、何もないからと素通りした道だった


「きっとこの上にいるよ・・・・そこからは、Jの国に流れる川の様子が見れるんだ・・・・・
そして、君が飛び降りたと言われた場所も」

「・・・わかりました、ありがとうございます」

「じゃあ自分は元の場所に戻るよ」

そう言うと、とうもろこしを二つひとみに手渡して戻っていった



そこで時計を見る

片桐と話していた時間は案外長く、後15分しか約束の時間までなかった


焦る表情でやべっと言い、ひとみは急いでその道を登っていった。
274 名前: 投稿日:2008/01/27(日) 21:48
今日はここ迄
275 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 20:54

頂上は、この辺りの山では一番高いのか、
走りこんだひとみの目に360度パノラマの綺麗な風景を写しこんだ

その中で、青い空に浮かぶような小さな背中をすぐに見つけた

いつも被っているという帽子だろうか、麦わら帽子を被り、
大きな岩にちょこんと座って、遥か向こうの山間の川の風景を眺めていた



「矢口さんっ」

ひとみが叫びながら近寄ると矢口が振り返る


「お・・・・・おう・・・・・・・・・・どうしたんだ?こんなとこに来て」

加護と辻は?と不思議そうな顔をしていたが

ハァハァと息をきらすひとみは、答えることなく矢口からすばやく帽子をもぎとり、
とりあえず後で説明するからと、とうもろこしを渡して戻っていく

片桐と話している間に、結構戻ってきていた事に気づき、
間に合うかもとバクバクしている心臓を気にしないように誤魔化しながら懸命に駆け下りた。

そして、目の端で流れる木々に、自分のスピードを感じながら、
必死に駆け抜けて行くと、さっきの場所で二人が仁王立ちしてる事に気づき、さらに速度を速める。


加護と辻の間を駆け抜けてゴロゴロと転がると、空を見上げて止まり、はぁはぁと息を切らせた。
276 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 20:57

「ま・・・・間に合った?」

息を弾ませながらもごろりと横を向いて、ゆるりと起き上がると、
加護と辻が渋い顔で上から見下ろしていた

「「ぎりぎり」」

それを聞いて再び空を見上げ寝転がった

「はぁ〜、良かった」
「「ほんと、良かった」」
「え?」

ひとみが、加護達が言った言葉に気づく

「はぁ・・・っはぁ・・・お前ら・・・・ウチが見つけられるとは思ってなかったな」

「ちゃうもんっ、信じてたもんっ、じゃないと親びんがまた悲しい思いするもんっ」

「運命なら、きっと見つけてくれるって思ってたもん」

ひとみは微笑み、再び起き上がる


結局二人は、自分を信じてくれていた事に、顔が緩まずにいられない

「ありがと、二人とも・・・・・・・・・ウチは・・・・
矢口さんが好きだよ、心から・・・・・・・・・・・・・信じて・・・もらえる?」

あぐらをかいて座ったひとみは肩で息をしながら、
矢口からもぎとった小さな帽子を自分の頭にのせて微笑んだ。
277 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 20:59
「しゃ〜ないなぁ、のの」
「うん、約束は約束だもんね」



「「親びんと共に生きる事を許可します」」

揃ってニカっと笑うと

「「おかえり、よっちゃん」」

二人はひとみの帽子を吹き飛ばす勢いでひとみに抱きついた

「ただいま」

そしてひとみはそんな二人を抱きしめる




「なんだよそれ」

そう言いながら、いつのまにか三人を覗き込むのは矢口




「「親びん」」

加護と辻が立ち上がると、ひとみも立ち上がり、
転がる帽子を拾うと矢口に乗せ、満面の笑みで元気に口を開く

「この二人にも、許可もらえたよ・・・・・矢口さん・・・・ウチと一緒に生きて下さい」

「・・・・・うん」

ひとみに向かってやわらかい笑顔を見せる矢口

278 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:01
「お前らの親びんは、ウチがもらうからね、いいよね」
「ええで、幸せにしたってな」
「返品はきかないからね」

笑っている二人に、矢口も笑いながら言う

「全くお前らは・・っ」

言い終わるか終わらないかの所でひとみが抱きしめ、また矢口の帽子を飛ばす

「そうだよ・・・・みんなの矢口さんからウチの矢口さんになってもらう」
「馬鹿、な・・・何言ってんだよ」

加護達の前で言われたのが恥ずかしいのか、ひとみの腕の中で真っ赤になり抵抗を見せる矢口

「親びん、たいへんやで、よっちゃんのものになると」
「結構嫉妬深そうだもんね、よっちゃん」

飛ばされた帽子を加護が拾って自分で被ると、
甘いねウチらはと言いながら加護と辻は城の方へと去って行く
279 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:04
腕の中の矢口が真っ赤になってジタジタいる姿に頬が緩むひとみは、
ゆっくりと語りかける

「勘違いしてたよ・・・・・ウチ」
「え?」

密着した体からは互い心臓の音がドクドク感じられる

「矢口さんの幸せは・・・・やっぱりウチがそばにいないとダメなんだよ」



「・・・・・お前・・・アホだろ」

くすっと笑って、矢口はひとみに体を預け出す


「そうだよ・・・アホじゃないと、こんなに矢口さんに惚れたりしないよ・・・」




言いながら、真っ青な空を見上げるひとみ



蒔絵様・・・・

簡単な事でした・・・・素直にずっと気持ちを伝える

それだけで良かったんですね


そう空に向かって心で呟く


今まで見た事もない青さで広がる空

一緒にいる人で、空がこんな青さになる事に感動していると




「・・・ば〜か」

照れくさそうな声が聞こえ、視線を戻す
280 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:06
上から見える矢口の耳は真っ赤になっていて、
それだけで温かい気持ちになる

心を開放するすがすがしさ・・・・・

あのシープの浜辺で感じた爽快感を、再び噛み締めていると


「あのさぁ〜、どうでもいいけどあんまりイチャつかないでよね、まだ昼なんだから」

「「へ?」」
真希の声が聞こえて2人は体を離す

矢口がひとみ越しに城の方を見ると、
真希と紺野、藤本に梨華、それと去って行ったはずの加護と辻がにやにやと二人を見ていた

「そうですね、一応まだ勤務中ですし」

真希に続き紺野も赤い顔で笑っている

「そうですよ、床屋さんは休みでしょうけどね」
「私だって本当は勤務中なんですよ」

藤本に続いて、梨華が言いながらも笑顔

「そうだ、やぐっつあん、さっきの緊急会議で決まったからね」

真希のニヤリとした笑顔が怖い
281 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:08

「ええ、満場一致、矢口さんには明日から旅に出てもらいますから」

「「え」」

「そ、よっちゃんの生還報告の旅、とりあえずYの国までお願いしますね」

「「ええ〜っ」」

2人の参事の言葉にイチイチ驚く矢口とひとみ

その後は解ってるよね、やぐっつぁんと真希が微笑んでいる

「真里菜ちゃんは、私が預かります、だから安心して旅して来て下さいね、
ひとみちゃんはみんなに頭を下げて心配かけてすみませんって謝って来る事」

真里菜を抱いている梨華は、
そう言って微笑みながら近づいてくると真里菜を矢口に渡す

矢口が持っていたとうもろこしをその前にひとみが取り上げて、
優しく微笑みかけると、矢口は戸惑うように真里菜を抱きしめた

「じゃあ・・・・お前のお母さん・・・・ちょっと借りるぞ」

真里菜はもちろん何も言わずに矢口を見上げて笑っている
282 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:09
「ちょっと?」

ひとみが不服そうに顔を覗き込むと、ずっと赤かった顔をさらに赤くさせて

「あ・・・・お・・・おいらがもらうぞ」

しどろもどろで照れながら言うと

「しゃ〜ないなぁ、母ちゃんをちゃんと幸せにしたってな」

いつのまにか矢口の真後ろにやって来た加護が声色を使って言う

「ああ、がんばるよ」

真里菜の頬をつつきながら矢口が言い、後ろを向いて加護にも笑いかける



「さっ、いこっ、やぐっつぁん、今日はもう畑仕事も終わり、
ゴトー達も色々よしこに言いたいことあるんだからこっちでお茶しよ、いいよね紺野」

会議も無事終わったしねと真希が言うと

「はい」

紺野も嬉しそうに頷く
283 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:12
真希の部屋でひとみを囲んで和やかな会話は続く

まずは、政治的な話しではなく、
各国の代表で剣術大会や、武術大会をしようかと話している事を話した

民衆の間ではやってるという、球蹴りも、国の中で大会を開き、
さらにその勝者を各国代表として競ってみても面白いのではないかという話しがある事

懸賞金や、場所、人数やルール等の決め事を話し合ってるんだという話を、
ひとみは楽しそうに聞いていた

そんな話しの流れで、ひとみが獅子族最後の継承者で、
祖父がまだ生きているという話をしようかと、皆が視線を交わしながら迷っていたが
目の前の2人の幸せそうな顔に、皆はその事を話す事をしなかった

そのかわり、今、各国でどんな事が起こっているのか・・・・・
矢口にもあまり伝えていなかった事を、ひとみにもゆっくりと伝えていく

新聞では伝わっていない各国の状況は、まさに昔皆で語っていた姿
そこへと向かう皆の行動力

久しぶりのこの雰囲気に、皆が微笑む
284 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:14

ひとみは思う

この世界を自分は捨て去ろうとしていたんだと

温かい人達と、共に過ごした戦う日々

思い出すとつらいので、ずっと封印していた記憶が蘇る


矢口は、ずっと真里菜を抱いて、
話しもそこそこに加護達と一緒にちょっかいを出している

「んじゃ、早速あゆみさんに話に行きますか、紺野参事」
「もうっ、藤本参事は、どうしてそんな風にいつもからかうんですか?」

二人は共に、真希の下で事務的な兵隊の長の紺野と、戦闘部隊の長に藤本という位で参事を司り
いつも意見をぶつけ合ってこの国の事を支えて来た

ひとみは間近で見る仲間の成長に驚く

がむしゃらに、ただ目的を達成するために戦っていたあの時とはもう違う

みんな、互いの思う相手の事を考えながらもきちんと生活していると感じた
285 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:16
じゃあ梨華ちゃん行ってくるという藤本に、
梨華はいってらっしゃいとにこやかに手を振る

紺野は行って参りますと真希に頭を下げて、真希も軽く手をあげる

「あのコンビは手ごわいで、そうそうこの国に付け入る隙あらへんもん」
「うん、YもJも惜しい人材をここに取られちゃったよね」

満足げにいう加護と辻に、矢口が柔らかく言う

「取った訳じゃないだろ、ちゃんとあれから友好を深めてるんだしな」

出てった二人は、保田が旧Eの国、今は中澤の国に新聞作成の拠点を作り、
各国の町にもきちんと支部を配置しようとしていた

そのための兎族を探していたので、あゆみ達は丁度いいという事でスカウトに出かけていった



ひとみはそれを見て拳を握り締めて言う


「ウチは何か役に立てるかな」



真希に視線をやると、真希は笑っていた

「立つよ・・・・やぐっつぁんのそばにいてくれればね」

視線を矢口にやると、矢口は少し照れた感じで真里菜を高い高いしていた



「ウチ・・・頑張るから・・・みんなよろしくお願いします」

は〜いという皆に、ひとみは殊勝に頭を下げた
286 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:18
自分がどんなに臆病で、
みんなに心配をかけていたのかを痛感したから・・・・


近寄ってきた加護達に、うむ頑張りたまえと頭をくしゃくしゃにされると、
梨華が一度部屋に案内するねと言うので共に真希の部屋を出た。

案内してもらう為に廊下に出たひとみは久しぶりに間近で見た梨華に微笑む

「梨華ちゃん、また綺麗になったね」

梨華はひとみから視線を逸らすと真っ赤になって返す

「もうっ、そんな事よりひとみちゃんも、いきなりお母さんだなんてね驚かすにも程があるよ」

「うん・・・・ごめん」

本当に反省するかのように背中を丸めて俯くひとみに

「でも、良かった・・・・生きててくれて、昨日はびっくりしすぎて言葉が出なかったけど、本当にひとみちゃんだ」

ここだよとそこで梨華がドアを開ける

「隣は矢口さんの部屋だよ、実はいつひとみちゃんが帰って来てもいいように、
掃除だけはちゃんとしといたし」

「・・・・梨華ちゃん」

優しさが刺さる
287 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:21
梨華は花屋で町の人に溶け込んでいるように、
城の中でもすっかり溶け込んでいる

ひとみも噂には聞いていた、あの花屋の働いている女性は、
どうやら不思議な力を持っている。
そして、城の中で暮らしているらしいよと近所のおばさんが言っていた

ひとみはすぐに梨華だと解り、そっと覗きに行った事もあった

だが、見つかりそうになり、咄嗟に隠れたっけ・・・と苦笑していると、梨華が覗き込んでいた

「ひとみちゃん・・・・戸惑ってる?」
「え?」

「でも・・・もっと戸惑ってるよ・・・・矢口さん」
「・・・・力・・・使ってる?」

梨華は首を振る

「仕事以外は使わないの、もちろん美貴ちゃんといる時も・・・・だけど解るんだ・・・・
ひとみちゃんはずっと一緒に育って来た人だし、今、矢口さんとはもう家族みたいに毎日一緒にいるし・・・・・
だって、ひとみちゃんを失った時の矢口さんの悲しみは・・・・私の非じゃなかったから・・・」

「あ・・・・うん」

片桐総督の言葉によって、それが現実であると痛感する

288 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:23
「現実を受け入れられない時に、突然ひとみちゃんが現れて、
戸惑ってるんだと思う・・・・・実際私も戸惑ってるし・・・・」

「そうだよね・・・・」

「目の前にいるひとみちゃんが、本物だっていう実感が、まだわかないの・・・・・
私でさえ・・・だから矢口さんはもっとわからないのかもよ」

「うん・・・・・これから少しずつ・・・・時間・・・・・取り戻さないとね」

「うん・・・・・頑張って・・・ひとみちゃん」

梨華はそう言うと、ひとみに軽く抱きついてから
「ほんとにひとみちゃんだ」と恥ずかしそうに笑って部屋を出てった

見回した部屋は、きちんと片付けられていて、いつでもここで生活できるようになっていた


片隅に、不自然に子供用のベッドが置かれているので急に調達したんだと解る。

荷物を置くと再び真里菜を連れ戻しに真希の部屋に戻ったが、
こそこそ話している真希達の横で、真里菜を抱いたまま眠っている矢口を見つける。

真里菜もすやすやと寝ているようで、
そんな2人の雰囲気が、かなり微笑ましいとひとみの頬も緩んだ

矢口の近くにいた真希と梨華はシーッと人差し指を立てて来て、
加護達に視線をやると、二人が頷いてひとみを外に連れ出した

「きっと親びん、昨日あんまり寝てないんだよ、寝かしたって」

「あ、うん、じゃあ、部屋で片付けでもして、勝手にここの中を散策してもいいかな」

「ええよ、じゃあ少ししたら部屋に行くね、ウチらが案内したげるわ」

その後持ってきた荷物を整理してると、加護達がすぐに部屋に来たので城の中を見て回った。
289 名前:dogsW 投稿日:2008/02/03(日) 21:27
中庭で、石などを使って肉体を鍛えている兵達がいたり
広場では、剣術を繰り返している兵の声が響いている。

声をかけて来る兵達や、ここで働いてる人達は、
ひとみに気づくと誰だろうという顔を一瞬するのだが、すぐに笑顔で挨拶してくれた。

「これ、よっちゃん、友達やねん、なかようしたって」

等と二人がわざわざ言いながら歩き回るので、挨拶が大変だった


もとより噂の人物、たちまち至る所から兵達が寄ってきては挨拶していく

もっと静かに見て回りたかったのだが、これはこれでまたいいかとひとみもにこやかに対応した


あちこちの施設を説明してもらう間に夕方がやって来て、
城にいた兵達も家路についていく

独身の人達とか、主要幹部は、各々食堂で一定の時間内に食事するらしい

王族であろうと兵であろうと、全て食事は金をとる。
好きな物を好きなだけ飲んだり食べたり出来るが、それは給料から差し引くらしい

金が無いと少しビビるひとみに、
加護は、格安やから心配いらんし、めっちゃおいしいんやでと自慢げだ

丁度、食事の時間になったからと、そのまま嬉しそうに食堂に連れてこられる。

真里菜を気にしたひとみを、
梨華ちゃんに任せといたらええねんと強引に手を引かれ連れてこられてしまった。
290 名前: 投稿日:2008/02/03(日) 21:27
今日はこのへんで
291 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/02/03(日) 23:59
やっとみんなでゆっくりできると思えば、もう旅立つんですね。
二人ともがんばれ。
真里菜ちゃんは寂しくないのでしょうか‥‥‥。
292 名前: 投稿日:2008/02/05(火) 22:37
291:名無し飼育さん

そうですねぇ、ゆっくりさせてあげたかったのですが・・・

励ましとレス、ありがとうございます。
293 名前:dogsW 投稿日:2008/02/05(火) 22:48
連れて来られた広い食堂

出て行く人、入る人、自由な雰囲気だが
幹部とみられる人達は、皆とは違う、一段高い場所で食事するよう。
席も決められているのか、既に食事が並べられていた。


楽しそうに食事している人達の近くで、開いてるテーブルに加護や辻達も座る。

当番制で、給仕係りの人がその日の基本となる食事を目の前に置いてくれ、
後は好きなものを奥の厨房にオーダーしたり、取りに行くシステムのようだ。

そして矢口も既に、近くのテーブルで若い女兵達と既に食事していた。

ひとみはそれを見て驚いてしまう。
兵ではなくとも、矢口なら幹部の中の混じって、上の方で食事するものとばかり思っていた・・・・

昔も、別に特別な待遇をしてもらおうとする事はなかったが、
どうしても今の藤本達と比べてしまう

別に偉ぶる事を望んでいる人でないのは百も承知なのだが・・・・


ひとみがなんとなくもやもやした気持を抱き始める間も、
皆は見たことのないひとみの顔に興味津々

客人の多いこの国らしく、知らない人でも、目を合わした人は笑顔で会釈をしてくれる
294 名前:dogsW 投稿日:2008/02/05(火) 22:55
食事中の人達に、奥にいた兵達が一斉に声をあげると、
一同がシンと静まり立ち上がる。

自分達が入った所とは違う奥の入り口から、続々と人が現われ、全員が敬礼する中
真希達と片桐を先頭に、わりと年寄りの男の人が多数入って来た。

その集団がこの城の幹部というのは、聞かなくても解る

藤本の隣には梨華も一緒にいた。
他の人達が座って食事を再開しているのに、ひとみがボーッと立っている為に、真希達に見つかった

真希が丁度いいと、皆をひとみに注目させて、
その場で紹介してくれたので、ペコリと挨拶して席に座った。

吉澤という名前に一度ざわっとするが、すぐに拍手と共に、よろしくと声がかかる

照れくさそうに、話しかけてくれる人達の相手をしているひとみを、
矢口は少し遠くから柔らかい表情で見つめながら食事を続けていた。

良かったですねと、矢口も近くの人達から祝福の声が広がっているようだ。


城の中はどんな雰囲気なのかと昨日の夜心配していたひとみは、意外とさばけた雰囲気な為にほっとした。

真希や矢口が作る国だから、やはりこんな雰囲気になるのだろうか、
みんな明るくて温かい感じがする

真希や紺野、藤本や梨華達は、幹部達と楽しそうに食事を始め、
梨華はひとみに真里菜を見せると、もうミルクは飲ませたとジェスチャーで伝えてくる。
295 名前:dogsW 投稿日:2008/02/05(火) 22:57
しかも周りで真希達の世話をする為にいる使用人達が、
自分に抱かせて下さいと言いまくっていて、ちょっとした争いになっていた。

真希の隣にいる人も子供を抱いていて、
そんな争いを楽しそうに見た後、ひとみと眼が合うとぺこりとおじぎをする

横にいる辻に「誰?あの人」と聞くと、
真希の弟の王族付きで、弟の子供と共に今ここで暮らしているんだと説明を受けた。


「もしかしたら和希と真里菜が将来結婚したりしてね」

加護がにししと笑う



「そりゃ、複雑だね」

ひとみは難しい顔をすると加護達は笑っていた



矢口は今、兵役にはついていないというのはもう聞いた。

一般人となった矢口達が、城に住む事をとやかく言う人だってひとりもいない。

だけどひとみは、皆に混じって食事している矢口に、どうしても違和感を感じてしまう
296 名前:dogsW 投稿日:2008/02/05(火) 23:00
食事が終わって出て行く際には、
矢口の肩を叩いて微笑んで出て行く人達がいたりして、邪険にされてる風でもない。

やたらと話しかけてくる兵達の相手をしながらも、
ひとみの胸にはもやもやしたナニかが渦巻いた。


食後は皆、それぞれ自由な時間を過ごすらしく、
それぞれ入浴したり、外に飲みに行ったり楽しんでいるという。


矢口や加護と辻の部屋が、王族に近い、特権階級の部屋な事も、兵達みんな認める所だ

だいたい今までの矢口の功績で、一般市民という事はまずありえない

なのに、今の矢口は、街でちゃんと働き、
時には若い兵隊の相談相手となったりするが、ちゃんと一般人である事を弁えて行動している


案内してもらっている時や、食事中に感じた違和感


一般の兵には、わりとフレンドリーに話している加護達も、
少し上級の階級の人達にはきちんとした態度をとっていた。
297 名前:dogsW 投稿日:2008/02/05(火) 23:02
矢口も仕事以外では、藤本達と元のように仲間として接しているのだが、
公務の時には藤本と紺野とは口も聞けないという

畑仕事も、きちんと城の事務方から許可を求められるし、
共に働く人もちゃんと領土に入る許可を求められ、それに従う

矢口だからと優遇されたりという事は、仕事に関しては一切ないそうだ


だがそれは真希や藤本達のはからいで、
これ以上気を遣わせ、負担を増やさない為の処遇だとひとみは感じた。


現在、加護と辻でさえ、裏で参事補佐という階級にいるという話なのに・・・・
この城の中での今の矢口は、ただの矢口真里でしかなかった



ひとみは、改めて思う


こんなにも矢口を傷つけていたんだと

自分の存在が、矢口にとって無くてもいいものではなく、
ちゃんと必要な存在である事にどうしてもっと自信をもたなかったのだろう。
298 名前:dogsW 投稿日:2008/02/05(火) 23:03


蒔絵の言葉を思い出す



"心が弱くなった時にはちゃんと気持ちを伝えろ、絶対に離れてはいけないよ"




確かにそう言われた




自分の為に言ってくれていたのだとばかり思っていたけど・・・・
それは違ったんだ、矢口の為にそう言ってくれていたんだ・・・・・と


蒔絵にはそれが見えていた・・・・・

自分が離れてしまう事が・・・・



夜になり、みんなとの楽しい入浴を済ますと、
部屋で真里菜と二人、そんな事を考えてしまっていた。
299 名前:dogsW 投稿日:2008/02/05(火) 23:05

そして、いてもたってもいられなくなる。


畑にいたり、床屋で働いてるのは知ってても

一般人矢口は裏で、もっとバリバリと兵を率いていると思っていた。


もちろん藤本達からないがしろにされているとはとうてい見えないのだが、
やはり矢口には、これから先も、真希を守る兵達の先頭に立って働いて欲しいと思った。



ひとみは思い立ち、真里菜を抱いて隣のドアをノックした。


すると、しばらくしてドアの中から、矢口が優しい顔で出てくる


「どうした?」


「話しが・・・あるんだ」



300 名前: 投稿日:2008/02/05(火) 23:05
今日はここ迄
301 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:24

矢口は少し戸惑いながら、どうぞと部屋に入れる


ひとみが怒っている雰囲気なのを察して、矢口は優しく言う

「この城の雰囲気になじめなさそうか?」

「ううん・・・・・そんなんじゃない・・・・城の中の雰囲気は、三つ・・・四つしか知らないけど、暖かい感じのするいい雰囲気だよ」

「そっか」

矢口はほっとしたように笑うと、
ひとみから真里菜を取り上げようとして拒否される

「ねぇ・・・・ウチは確かに矢口さんが好きだよ・・・・
これは一生変わらない自信がある・・・・でも・・・・・・・でもさ」

真里菜を抱けなくて悲しそうな顔をして見上げてくる矢口に、ひとみは心を鬼にする

「矢口さんには、もっとビッとしてて欲しい・・・・・確かに・・・確かにウチが悪かった、でも・・・・これからはもっと
美貴や紺野と肩を並べて、颯爽としている矢口さんがウチは見たい」
302 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:27
矢口はひとみを見上げてしばらく考えている風だったが、
やがて踵を返すとベッドに腰掛ける

「・・・・・随分勝手な事を言うんだな」

「うん・・・・勝手だよ・・・・ウチは自分勝手な奴なんだ・・・・それを知ってて矢口さんはウチを好きになってくれたんだろ、
だったら言わせてもらう、こんな事を言った位で矢口さんの気持ちは変わらないって信じてるし、
もちろんウチの気持ちだって変わらない」

強い視線でひとみを捉えると、矢口は俯く


「・・・・・・・・・・・どうすればいんだよ」

「どっちが先に兵の中で出世するか、勝負しよ」

「は?」

その言葉に眉間に皺を寄せてひとみを見上げる

「ウチは矢口さんの下につきたい・・・・どうせ兵になるのなら、
やっぱり矢口さんの指揮で、矢口さんの部隊で命を掛けたい」

「何言ってる、もうそうそう戦はない、そのために女王や藤本、もちろん紺野も・・・・
それに瞬さんや加藤さん、俊樹さんに裕ちゃん、田中だって一生懸命動いてる。
ここにいる兵達だって、体を鍛えたり戦術を学んだりする反面、
町に繰り出して、争いごとを治めたり、困った人達の問題を解決する為に話し合ったりして
おいらなんかいなくても、十分いい街に・・・・・いい国になってる。
おいらが再び兵隊になる必要だってない。
明日からお前を連れてYの国に行く事になってても、その後は今まで通り民として暮らすし、
どんな職につこうと、おいらは女王の為には命を掛ける。
だいたいお前は兵になると言った以上、自分の事は二の次にして、
これからは女王の為に命を掛ける兵にならなければならないんだぞ・・・・・・・もし本気で兵になるのなら」
303 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:29
「ああ、でもウチは真希を守るあんたを守りたいんだ・・・・これから頑張って絶対美貴達と肩を並べる。
それでもいいのかよ、確かに兵とか民とかどうでもいい、
でもさ、結局上に立つ者がイカレた野郎なら国もイカレちまうんだよ。
だからあんたがちゃんとここの兵達の上に立って、そんなイカレた野郎を
思うとおりにさせないようにしなきゃ、今まで戦った事が無駄になるじゃね〜か」

「だからそんなのは皆がちゃんとやってる、心配すんな、
お前だってそのうち必ずここの兵達の上に立つ日が来るだろう、おいらはそれをずっと支えるよ」

今日見てきた穏やかな矢口の姿とは違う、昔のような矢口の顔がだんだん見えてくる

「冗談じゃね〜よ、わかんね〜のかよ、真希や藤本達があんたの復活を祈ってるの」

「復活?・・・・別においらは今普通に過ごしてるし、無理もしていない、
ただお前の事を悔やんで生きてきたのは確かだった。
でも、お前は生きてた、もう・・・・その事で悔やむ必要もない・・・・
だから・・・・・だからこれからは、お前と静かに暮らして行っていんだろ・・・・」

お前だって兵隊に無理になんなくたっていいんだし、
ここを出て、城の近くで加護達と暮らしてもいいんだと訴えてくる

「いいよ・・・どんな状況でも、ウチはずっとそばにいるから、でも・・・・・
やっぱり矢口さんにはビッとしてもらいたい、だから競争しよ、ウチと」

「・・・・・・・・・・・・・」

矢口からの返事はない
304 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:31
しばらくすると、矢口は、立ち上がってひとみを押して部屋から出そうとする。

「くだらない事言いにくんな、お前が馴染めるか心配してりゃ、
そんなくだらない事わざわざ言いにきやがって」

「く・・・くだらなくないだろ、ただ頭にくんだよ、あんたが一般人としてふるまい、
仕事してる美貴とはまともに話しも出来ないような状態が」

ドアのそばまで押してきて、矢口がドアのノブに手をかけようとしたその手をひとみが掴む

そんなひとみを、矢口は睨みながら見上げ

「昨日今日、ひょっこり現れたお前に何が解る、おいらは女王や藤本達やこの国にとって悪い事はしていない、むしろ色々考えている
あいつらが出来ない事を、下から支えてあげる為においらがいるんだ・・・・上だけでは解決出来ない事だってあるんだから」

「そんなのはウチがやるんだよ、あんたの事は一生ウチが下から支える、あんたはもっと好きなように動き回ればいんだ」

「訳わかんね〜よ、じゃあお前は勝手に出世でもなんでもすればいい、おいらは今のままで満足だ、
もう帰って寝ろ、真里菜だって環境が変わって疲れてるかもしれね〜だろ、母親なんだからちゃんと考えてやれよ」

2人は、何も言わずにしばらく睨みあったが、
やがて矢口がフッと息を吐くと、表情を柔らかくし

明日で少しの間お別れになっちまうんだから・・・・・・
ちゃんと愛情注いでやれよと呟き、ひとみに掴まれた手を振りほどいた

305 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:32
再びドアのノブに手を伸ばし、ひとみを部屋から出そうとすると、
その矢口とドアの間に、ひとみが体を入れて、完全にブロックする

「帰らね〜よ、あんたが兵に戻って、ウチと競争するって言う迄」

また睨みあう二人



「おいらの事、好きなんだろ」

「ああ、好きだよ」

勢いで聞いてしまった為、矢口は少し照れてしまうが、
気を取り直して睨んでくる視線に、ひとみはむくれた顔をして返す



静かに互いの表情を伺いながら視線を戦わせる二人



しばらくしてからひとみが部屋の中へと動き出し、
抱えている真里菜をソファに乗せた後、落ちないようにベッドにくっつけだした

「実感出来ないんだろ」
「は?」

ひとみは覚悟を決める


何をしようとしているのか解らない矢口は、ドア近くでひとみを睨み続けていた
306 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:35
「ウチが生きているのを実感できないでいるんだろ、まだ」

再び戻ってきたひとみは、矢口の手首をすばやく掴んで引っ張ると、ベッドに投げるように倒し、
上を向いて倒れた矢口の頭の両脇に手を置いて、体の上で四つん這いになる

「な・・・何だよ」

何となくひとみが何をしようとしているのか解るのか、赤くなっている

「ウチのものになるって言ったよね、今日・・・・
だから吉澤ひとみのものになってもらうし、吉澤ひとみの言う事はきいてもらう」

「やめろ」

顔を近づけるひとみの顎を押して矢口は抵抗した

「まだ実感できないんだろ」

「やめっ、やめろって」

がっちりと手を掴み、ひとみは矢口に身動きさせない

「ウチの事好きじゃね〜のかよ」

怒鳴るように言うと
2人の体はピタりと動きを止め、見つめあった
307 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:36

やがて・・・・

じわじわと矢口の目から透明の水が流れ出した

「どうしてこんなやり方すんだよ・・・・おいらが何したんだ?
おいらはお前がそばにいて欲しくて、それに・・・・お前を好きな気持ちは嘘じゃないと言っているのに
どうしてこんな乱暴なやり方をしようとするんだよ」

手を突っ張ってひとみを押しやろうとする矢口は横を向いて歯をくいしばり、
ひとみはそんな横顔を見つめた

「解ったんだよ」

ひとみの言葉に、弱弱しい矢口の目がひとみの方を伺う

「ウチと矢口さんは、同じように臆病になってる事」

「・・・・・・・・」

「互いの幸せを願うとか勝手に決め付けて、綺麗事を並べてたウチらは、
どっちかが馬鹿にならないと、互いの心も触れ合えないって事を・・・・」

流れている涙をひとみが人差し指で拭ってあげながら、まだ矢口の上から話し続ける

「ウチはずっと昔から、あんたを抱きたくて抱きたくて・・・・
この手で愛してあげたくてたまらないと思っていた癖に出来なかった、
あんたはウチのいいかげんな行動を許せない自分がいる事をウチに知られたくないと思っていた・・・・」

「そ・・・それのどこが同じなんだよ・・・それにお前はいいかげ」

横を向いていた矢口がそう言ってひとみを見上げた所を唇でふさがれる

「・・・・・・・・・・・・・」
308 名前:dogsW 投稿日:2008/02/09(土) 21:38

触れるだけの唇

ゆっくりと離れていくひとみ


「もう綺麗事はいい、ウチらは素直に自分の気持ちをもっとぶつけないと、
本当の自分達の幸せにはいつまでたってもたどりつけやしないんだよ。
そしてあんたはウチに抱かれながら、ウチのいいかげんさを罵ればいいんだ、
互いに言いたい事言って、昔のあの本当の矢口さんの姿をウチに見せてくれよ」

がっちりと頭を固められ、至近距離でひとみが言うと、すぐにひとみが矢口の唇を貪るように奪いだす

「んっ・・やめっ・・・」

激しいひとみに戸惑い、再び涙を浮かべて真っ赤になって抵抗する矢口

押さえつけるようにして矢口の服に手をかけた所で、真里菜が大声で泣き出した


激しく攻防を繰り広げていた二人の体が静止する

はぁ・・・はぁ・・・・・

息が切れているのは二人


ひとみは一度大きくため息をついて起き上がると、
真里菜の様子を見て抱えあげ、服をめくってお乳をあげだす

矢口は起き上がると、
ひとみが背中を向けているベッドの端とは反対側に背を向けて座る


「嫌だったら・・・・ウチの事フレばいいだけだよ・・・・まだ間に合うから」

穏やかな声が部屋に響いた
309 名前: 投稿日:2008/02/09(土) 21:40
本日はこのへんで

後二回程の更新で、この長い長い駄文も漸く終焉を迎えられそうです。
出来れば三連休中にと考えておりますが、無理な時はスミマセン・・・
310 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/02/10(日) 00:08
あああああ!終わっちゃうんですかあ?
大変淋しいですがラストに向けてがんばってくださいね!
311 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/10(日) 00:49
この作品に出会って1年半、週末はもちろん平日も更新されていないか確認する日々でした。
今まで多くの作品を読んできましたがここまで更新がまちどうしい作品はありませんでした。
やぐ押しの私は歌わなくなった矢口さんから卒業しようか迷っていましたが、この作品の終わりと共に終わることにしました。
残りの更新を昔を懐かしみながらお待ちしています。 長い間本当にお疲れ様でした。
312 名前: 投稿日:2008/02/11(月) 00:03
310:名無し飼育さん
ええ、すみません。
応援ありがとうございます。

311:名無飼育さん
こんなに長い間、ずっと楽しみにしていただいてたなんて
なんて有難いのでしょう。感謝感謝です。
ただ・・・・歌わなくなった矢口さんですが、どうか卒業しても、
ひっそりと見守ってあげてはいただけないでしょうか、
こんな自分の、ひそかな願いです。

お二方共、レスありがとうございました。
313 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:05
ひとみの言葉に、うなだれるように座っていた小さな背中が動く

「ふざけんなよ・・・・出来る訳ないだろ・・・・確かに・・・おいつかないんだよ・・・・
お前を失った悲しみを生きていた喜びとして実感するのに」

「子供なんて作って現れるしな・・・・仕方ないよ、だからさ、ほんとは嫌なんだろ、
聞きたいこと聞いて、早くあんたを取り戻してほしい、
ウチのせいであんたが、そんな風になってしまったんだから・・・・」

「そんな風っ・・・て、今のおいらはそんなにダメかな」

ひとみはちらりと矢口の背中を見る

その背中は小さくて、もしかして失敗したかなと思ったひとみだったが、
真里菜がやんわり乳首を咥えたまま再び眠りに入った為、唇を離させるとそっと椅子に戻す

「前にさ・・・・どの吉澤が本当の吉澤ひとみなんだって言われた事があったんだ・・・・覚えてる?」

衣服を整えるひとみ

「・・・・いや」

矢口は咄嗟にそう言うが、実は覚えている

ひとみの事が好きだと気づいているのに、気付かないふりをして、
そして、ひとみの行動がわからなくって悩んでいた時の事・・・・
314 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:08
「覚えてないか・・・・いや、なんかさ・・・・すっげーショックだったんだよ・・・・
ウチとしては解りやすい性格ってよく言われてたのに、
なんで肝心の矢口さんにそんな事言われたんだろうって、時々思い出しては考えてた」

「へぇ」

向こうを向いて座っていた矢口が、チラリとこっちを向いてくれた

「矢口さんの前のウチは、ただの臆病者だったんだよ、だから、
本当のウチの事を解ってもらえなかった・・・・矢口さんにおいてかれまいとしてさ」

衣服を整え終えたひとみが、立ってまっすぐ矢口を見降ろすと、矢口も座ったまま、まっすぐ見上げた

「ウチの良さは、アホな所なんだよ・・・・何の考えもなく、ばかみたいに突っ走る・・・
だから、これからはあんたに置いてかれても置いてかれても
ずっとあんたを追いかけて、嫌われるまで馬鹿みたく追いかけるよ」

さっきまでの激しいひとみが嘘のように穏やかに笑っている

「ウチの何が解らない?何でも聴いてくれよ、正直に答えるから」

ベッドの上に乗って矢口の方に向かって、胡坐をかいて、どっしり座ると腕を組んだ
315 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:12
ひとみのいる方を片手をついて見ていた矢口が、
元通り向こうを向いて俯いてしまった


そのまま片手をついている矢口の手首に目がいく

片桐が言っていた、捕らわれていた時の傷・・・・
骨迄見える程に自分の手を傷つけて自分を助けようとしてくれた時の傷がしっかりと残っていた

腕を組んでいた手をそっと伸ばしてその手を取ろうとすると、
矢口は気配を察し思わず引っ込めた

所在ないひとみの手だけがベッドの上に残る



「吉澤ひとみが・・・・・・怖い?」

ひとみが優しく聞くと、矢口は向こうを向いて自分の手首を触りながら首を振る

「こっちを見てよ」

ベッドに手を置いたまま、
少し前のめりになった姿勢でひとみは出来るだけ優しい顔を作る

矢口がちらりとその顔を見ると、また向こうを向いて俯いてしまった
ひとみはしばらく黙って矢口の後姿を眺めた
316 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:15


「あの時・・・・・」

ふいに矢口の声が静かに聞こえ始めた



「あの時?」

「あの時は・・・・おいらの事・・・・どう思ってた?」

ひとみにはどの時かが解らない

「どの時?」

「お前が・・・・・鷹男さんと部屋に入っていったあの日・・・・」



ひとみは、ハッとする・・・・真里菜が出来てしまった時の・・・
もしかしてあの時の事なんだろうか

「・・・・・・こっちに帰ろうとする、Eの国最後の日の事?」


ひとみは覚悟を決めて言うと、矢口はこくりと頷く



そうだったのかとひとみは落ち込む

思い返してみると、あの日から矢口が自分と話しをする時には、
少し距離があったように思えた
317 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:19


「あれを・・・見てたのか・・・・」

こくりと矢口が頷く


「・・・・ごめん・・・・」

「そ・・・っか、見てたのか・・・・・はは・・・じゃあ解る訳ね〜よな・・・・・・
そっか・・・いや、謝るのはウチだね・・・」


いつ鷹男とそんな事をしていたのかと聞かれるのかと思っていた

それを答える事は、ひとみにとってはものすごい覚悟だった・・・・・
その事を聞かれたら、別れる覚悟もした上で正直に答えるつもりだった自分が、本当にバカみたいだった

そこからすれ違っていたとは

自分のバカさに、ほとほと呆れた


「もちろん、好きだった、矢口さんに好きって告げたシープの浜辺から今まで・・・・
ずっと・・・・・ずっと他の誰もウチの目には入らなかった」

「でも・・・」

矢口が何かを聞きたそうにこっちを見る、少しおびえるような目で・・・・

「あの日、矢口さんが真希と何か話した後抱きしめあってただろ・・・・
それで想像したんだ・・・・・今日矢口さんは真希と結ばれるんだって」

「あ・・・・・」
318 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:20
「誤解だってすぐに解ったけど・・・・・あの時は・・・・・
嫉妬に狂ってしょうがなかった・・・・矢口さんの事を好きすぎて」

「・・・・おいらにはわからないよ・・・・なのにどうして鷹男さんと・・・・」

「誰でも良かったんだ・・・・嫉妬に狂いそうになった自分の体をめちゃくちゃにしてくれる人なら」

軽く唇を噛んで、矢口は視線を落とすと、ひとみは静かに聞く

「軽蔑・・・・した?」

矢口は落とした視線のまま、目をつぶる

「解らない・・・」



このまま嫌われてしまうのだろうか、そんな事はない
多分、今矢口は正直に話している

大丈夫・・・今は矢口が自分を信じ切れなくても、きっと自分の事を信じてくれる日がくるはず


「・・・・言い切れるよ、ウチは、ずっと矢口さんが好きだった、絶対に」

ひとみは立ち上がると真里菜をそっと抱き上げる
319 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:23
「あんな気持ちでしてしまった結末で真里菜が出来てしまったけど・・・・・
この子には大きくなって悲しい思いはさせたくない
真里菜になんて言われても、お前は矢口真里と吉澤ひとみの子だって・・・・
すごいだろ、性別を超えて生まれてきたんだって胸を張って言いたい・・・・
だってあの日・・・・ウチは矢口さんに抱かれてた、鷹男が涙を流す程・・・・・・
ウチはずっと矢口さんだけを思って欲情してたんだ・・・・・・
自分勝手だけどさ・・・・そういう事にしてもらえるかな」

ひとみはそう言って笑うとドアへと向かって行き、さらに話し続ける

「言ってくれて良かった・・・・ウチは矢口さんに聞かれたら、正直に何でも話す、
だけどさ・・・・もしほんとにウチに失望したら・・・・・・」

「失望・・・したら?」

「ちゃんと言って欲しい」

一度矢口を振り返って爽やかに笑うひとみを、矢口は泣きそうな顔で見ていた

「あ・・・・さっきはごめん・・・・乱暴にしてしまって・・・・でも・・・・
だからさ、これからはウチと一緒に競争だかんね、んじゃおやすみ」


ドアノブをひねった所で矢口が慌てて声を掛けた

「吉澤っ」


動きの止まったひとみの傍に、てててと矢口がやってきて、目の前で赤くなって俯いた
320 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:25
「どうした?」

真里菜を抱いたまま少しかがんで矢口を覗き込む


「抱かないのか?」
抱いて・・・・欲しいんだけど・・・・
そう言う矢口は真っ赤で、唇を噛んでいる

「・・・・・・・それは・・・・正直な気持ち?」

覚悟したように頷く矢口の手は、体の横で硬く握り締められている

ひとみが真里菜を抱いていない手で、矢口のカチカチに硬くなった手をそっと持ち上げる

「矢口さんがウチの事を大切に思ってくれているのはもう解ってる・・・・
あの頃のように矢口さんをひたすらに抱きたいと思ってた頃とは違う
もちろん抱きたいけど・・・・もっと・・・・もっと矢口さんを・・・
矢口さんの気持迄、ちゃんと大切にしたいから・・・・・無理しないでいいよ」

ただ矢口と共に生きたい、そばにいたい・・・・・

ひとみの視線はそう訴えてきていた。
321 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:26
「吉澤」

赤い顔のまま見上げてくる矢口の手をほぐすと、
ひとみは見上げた矢口の唇に軽くキスし、優しく笑って手を離した

離れて行くひとみの手を、今度は小さい手がぎゅっと掴む

「抱いてっ・・・て言ってるのに」
恥ずかしそうな顔をしてひとみを見上げる

2人の心臓がばくばくと高鳴る中、ひとみは眠っている真里菜をそっと矢口に渡す


渡し終えると、ゆっくりと体を近づけて、矢口と真里菜を包み込む


「ウチの事・・・・実感してもらえてる?」

「あ・・・うん・・・・・あったかい」

「ウチは生きてる」

「ああ」



ひとみが命を懸けて守るべきものが二つ・・・・腕の中で息をしていた
322 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:30
「もうあんな山の上で、一人でウチの事探さなくていいよ・・・・
ごめん・・・・ほんとにずっと知らせなくて」

「・・・・・うん」

腕の中の矢口にそっと唇を寄せる

「せっかくさ・・・・今日は我慢しようと思ってたのに」

一度キスした後、至近距離で真っ赤な矢口の顔を見ながら微笑む

「・・・・実感・・・・させてくれるって言ったじゃん」

真里菜の上で二人は引き寄せられるように唇を合わせ、だんだんと角度を変えて行く
ひとしきりキスすると、ひとみが真里菜を取り上げ、再びソファへと寝かせる

転がらない様に寝かせるとすぐに隣に覗き込んで立っていた矢口を抱き上げて、
ベッドに優しく横たえ、流れるようにシャツのボタンをはずして行く

赤い顔のまま見上げてくる矢口に、
ひとみはどうしようもなく頭の方に血が運ばれてくる感覚に陥り、すぐに首筋に吸い付く

「ちょっ、ちょっと待って・・」

矢口が慌てて言い出すが、ひとみは頭に上っていた血を冷めさせる事が出来ずに
服をはだけさせながら耳元で囁く

「・・・・・やっぱやめとく?」

心底残念そうなひとみの顔に矢口は戸惑いながらも恥ずかしそうに言う

「いや・・・・あの・・・・明かり・・・・消して」

ひとみはそれを聞いてそういう事かと微笑む
323 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:32
明々と灯している部屋中の明かりを、ひとみが一つ一つ消して回る間に
矢口ははだけた服を直し、起き上がると恥ずかしそうにシーツを掴んでひとみを見つめた

最後の炎を消し終わり、月明かりだけになった部屋の中、
ひとみは歩きながら自分のシャツを脱いで、手早くズボンも脱ぎ、下着も脱ぎ捨てた

矢口はそれを暗闇の中で見ていたが、
うっすらと白い肌が浮かび上がるのをが見えた頃には、ひとみの体を見る事は出来なかった

再び近寄ってきたひとみが、起き上がった矢口を抱きしめる。

素肌が矢口の熱を帯びた頬を感じる

暗闇の中だけど、はっきりと矢口が赤くなっているのが解るし、緊張も伝わってくる

「矢口さん」
「ん」

片方の手をひとみの腕にのせてしがみつくようにしている矢口に声をかけると、矢口は俯く

「脱がしてもいい?」

「・・・・あ・・・ああ」

ひとみは頬や耳にキスしながらゆっくりと矢口のシャツを下へと下ろす

そして巻かれているさらしを抱きしめるようにジワジワと緩めて巻き取る


互いに何も纏わない姿になり、ひとみがゆっくりと腕の中に抱え込む
324 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:36
素肌が触れ合うようになって、ひとみは徐々に意識を失う

ひとみの腕の中で、俯きがちに佇む矢口の顎を右手で上げると、たまらず唇に貪りつく

「・・・んっ・・」

矢口の苦しそうな喉の音が聞こえ唇を解放すると、
首筋に舌を滑らし鎖骨に沿って唇で矢口の体の感触を味わった

あらわになった胸にひとみの手が優しく触ると、
矢口がひとみの頭を抱え込むように背中へと腕を回す

矢口はどうすればいいのかわからず、ただひとみにしがみつくだけだった

そんな矢口の体を寝かせると、矢口の腕に手をやり、
ひとみの背中をぎこちなく撫で回している手をはずして両手をあげさせて片手で絡めた

もう片方の手で、矢口の髪を剥くように頬や首を撫でると、
唇で肩や脇、鎖骨辺りを音をたてながらついばんでいく

矢口の口から小さく吐息のような息遣いが、我慢するように聞こえてきてひとみは溺れそうになる

色々な場所に口付けてようやく胸の頂にたどり着いた時には矢口のそこは硬く尖っている事に気づき、
音を立てながら吸い付き舌でころがす

「んっ・・・・くっ・・・」

矢口が押し殺したような声を出している
325 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:38
絡ませていた手を、腕を伝って脇へと這わせ撫で回しながら、
ひとみは心の中で愛してますと呟き、唇を這わす


矢口は今まで味わった事のない感覚に、理性と本能の間で揺れ動く


胸の蕾を咥えられながら、優しく太ももを撫で回されると、
矢口は自然と首を振り、その様子にひとみが気づく

「矢口さん?」

内ももに手を這わせながら、ひとみの体が上がっていき矢口の顔を見下ろす

「よし・・・ざわ」

その目は固く閉ざされ、未知なる世界に怯えているようだとひとみは想像出来た

もしかしたら、気持の通じ合う人と肌を合わせなかった場合の
族の運命を心配しているのだろうか・・・・

いや・・・・そんなはずはない

「大丈夫・・・・大丈夫だから」

ひとみは矢口に軽くキスする


内ももからお腹、わき腹を撫でて柔らかく胸の頂上の周りを遊ばせながら、
頬や目、おでこにキスしていく

「ウチを・・・・・信じて」

間近でひとみがそう囁くと、矢口はつぶっていた瞳を少し開けて視線を絡ませてからこくりと頷く
326 名前:dogsW 投稿日:2008/02/11(月) 00:40
再びひとみの手がお腹を伝って下へと向かい、硬く閉ざされた足の間を割り込んで行く

ひとみがゆっくりと唇にキスし、徐々に矢口の唇の中をこれでもかと侵食していくと、
少し脱力した足の間にすばやく指を滑り込ませた

すでに十分に湿り気を帯びているそこをゆっくりと撫で回すと、
キスの間、矢口の舌にあたるくらいだったひとみの舌に観念したように大胆に絡め出す

ひとみの手が大胆に喜びの蕾を刺激すると

「んんっ、んっ、はあっ・・・よ・・・よしざ・・・あ」

与えられる刺激に、たまらず矢口が声をあげる

その声にたまらずひとみは体を動かし、強引に矢口の足の間に体を滑り込ませた

両手をベッドにはりつけて胸の頂にしゃぶりついた後、
徐々に唇を下へと移動させていき、両手で矢口の足を開かせそこに口付ける

茂みの中の突起に、
舌を遊ばすようにペロペロと刺激すると矢口の口から悲鳴にも似た吐息があがる

あっ・・・・・・はあっ・・・ああっ

矢口がシーツを掴んで少し体をよじらせて
必死に出てくる声を抑えるようにしている姿を上目遣いに見ると、たまらなく興奮するひとみがいた

後は夢中で貪るようにそこを舐めて攻め立てる

ヒクヒクとする花びらを乱暴に舐め、舌を入れて蜜を飲むように吸う


そんな淫らな音が響き渡る部屋で、ひとみの耳はもう何も聞こえなくなっていった
327 名前: 投稿日:2008/02/11(月) 00:41
途中ですが、続きは明日・・・
ではなく、平日の時間がある頃に・・・申し訳ありません。
328 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/11(月) 12:46
めっちゃ気になりま〜す。


イイコに待ってます!

ついに終わっちゃうんですね。
329 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/11(月) 18:56
↑すみません。


sageを大文字で入れちゃいました…
330 名前: 投稿日:2008/02/11(月) 19:34
前作からずっとROMってました。毎回更新されるのが楽しみだったので、
終わるのは寂しいですが、のんびりと待ってます。
331 名前:ななし 投稿日:2008/02/11(月) 22:26
良い所で止めるとは…w

更新楽しみにして待ってます!!
332 名前:15 投稿日:2008/02/12(火) 20:05
ついに終わってしまうのですかorz
とても残念です。
次回更新も楽しみにしています。
333 名前: 投稿日:2008/02/13(水) 21:13
328.329名無飼育さん(同じ方・・・ですよね)
気になっちゃう感じですか?
長らくお世話になりました。

330:蒼さん
そうですか、前作から・・・
恥ずかしいやら何やら不思議な気持です。

331:ななしさん
最後迄、空気が読めませんでした。

332:15さん
本当に、いつもいつも、支えて頂きました。

皆様、本当にレスありがとうございました。


それでは期待に添えるかどうか解りませんが、最終更新とさせていただきます。



334 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:16


クチュ・・・クチュ・・・・チュ




静かな空間にいる・・・・


と、ひとみは何も聞こえない場所でただ愛しい体を堪能していた



それに反して、矢口は熱の中にいると感じていた

熱くて熱くて・・・・・
ひとみの繊細な指が触る場所が・・・・
激しく動く舌が触れて来る場所が・・・・

溶けてしまいそうな程熱く感じていた


そんな矢口は、唐突にひとみの顔が見たくなる

矢口の片手がひとみの髪の毛を掴んで引っ張り、
連れられるようにして、ひとみが体を上へと登らせていくと、
ひとみは左手を矢口の脇から入れて頭の下にすべりこませて抱え込み、むちゃくちゃにキスした。

絡み合う舌が互いの熱を伝え合うと、
息を荒げた2人はふいに唇を離し見詰め合う

ひとみの目の前にある矢口の瞳は、必死に何かを訴え、
唇はまるで自分の為に準備されたご馳走のように魅力的

さっき迄苦しそうだった矢口の表情が・・・・・
やけに色のある妖艶な表情になっている事にひとみが気づいてしまい、我慢出来ずに夢中でキスをした。

いつのまにか激しく揉んでいた矢口の胸の所にあった手を、
再び矢口の足の間へと持って行き、欲情のままに一気に中指を入れて突いた



  ああっ




そこでひとみの耳に、静かな空間から矢口声が聞こえ出す

335 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:17
抱え込んでいる矢口の顔が苦痛に満ちているのに気づき、
激しく中をかき混ぜていた指を止める

「矢口さん」

「・・・・・はぁ・・・はぁ」

矢口の胸が上下して、ぎゅっと閉じている瞼がゆっくりと開いていく


しばらくそのまま見つめあい矢口が頷くと、再びゆっくりと内壁を刺激した

「っく・・・」

苦しそうな声をあげる矢口の耳元に唇を寄せ囁く

「好きです・・・・もう離れない」
「っああっ・・・」

一気に手の動きを早めるひとみ

「っんっ、くっ、ああっ、よっ、吉澤っ」

小さな矢口の体の中から、じわじわと湧き上がってくるナニか

「はい」

溢れる思いを伝えるように首筋に吸い付き、
中に入れる指を増やし上下させると、矢口の腰が動き出す

「吉澤っ、どうしっ・・・ああっ、変になるっ」

体をよじらせて腰を動かす矢口が叫ぶ
336 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:19
益々早くなる指の動きに対応する矢口の腰に、ひとみも感じまくる

「いいよ・・・・ウチが受け止めるから・・・自分を解放して」

ひとみがそう耳元に囁き、体を動かす


指を引き抜くと
共に快楽に溺れようとひとみは矢口のそこに自分のそこをあてがった


ジュクッ


「「ああっ」」



2人の濡れた場所が擦れ合うと、なんともいえない粘着質な音が響く



互いの気持ちが伝わっていくように、二人の体は熱を交換していく

「ああんっ、ああ・・・・はあっ」
「はっ・・はっ・・・んんっ」

二人激しく動きあい、刺激が増していく

337 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:20

はぁ・・・はぁ・・・・・


クチュ・・・ジュク



密着した湿部から広がる快感



2人同時に起き上がり、足を絡め抱きしめあうとそれが必然かのように唇を合わせた




貪る

そんな言葉がピッタリのキス



糸をひくように唇が離れると、今度は視線を絡ませ、ひとみが再び矢口を押し倒し、矢口の濡れた場所に指を挿入し一気に激しく動かす

「ああああっ」
「んっ」

矢口は背を逸らし大きく口を開ける

それを見つめて呼吸を早めるひとみ



2人の絶頂が近い

しかし、ひとみの腕の中の矢口の体がうっすらと光だす
338 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:22

「ああっああっ・・・はあああっ」

「んくっ」

ジュクジュクとより一層激しく音が増すと、矢口の体が光を増し矢口が仰け反る


「あああっ」「んっ」


迎える絶頂と同じくして、矢口の体の光が増していく



それを驚いたひとみが矢口の体に覆いかぶさり抱きしめると、
やがて再び月明かりの部屋へと戻ると共に、2人がうっすらと意識を取り戻していった


しっとりとした2人の体が重なり合う




ぎゅっとしがみついてくる矢口の息遣いがひとみの耳のすぐそばで聞こえる事が嬉しい



「矢口さん」

ハァ・・ハァ・・・




矢口さん・矢口さん・・・・


抱きしめて何度も名前を囁く


339 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:25
だが、その時に感じる自分の体の異変には、まだひとみは気付かないふりをした

とうとうひとみの体は、矢口の息遣いを感じながらも、徐々にシビれ始める

「や・・・ぐ・・・」
「ん?}

息を切らす矢口が、ひとみの異変に気づくのには少し時間がかかった




「・・・う」

小さなうめき声で、矢口はひとみの異変に気づいた



「吉澤?」

意識をなくしそうにしながらも必死に耐え、
かすかに震えているひとみの体を、矢口は咄嗟に抱きしめる

「どうした?」

「か・・・・体が・・・・なんか・・・おかしい」

矢口は飛び起きるとひとみを仰向けに寝かせる


「嘘だろっ、おい、大丈夫か?」

ひとみの両肩を押さえ、上から苦痛にゆがむ顔を覗き込む

340 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:27

まさか・・・・・と矢口は思う


どうしてだろう、自分はひとみの事を本当に愛してはいなかったのだろうか、
それとも、ひとみが自分の事を好きじゃないのだろうかと急激に悲しくなる

「や・・矢口さんっ」

目は開いているのに焦点が定まらない視線に、益々矢口は不安になる



確かにひとみの視界は真っ暗で、じわじわと恐怖がひとみを包む

だが矢口の声を頼りに手を差し出すひとみ

そんな彷徨う手を矢口はすぐに捕まえる


「ああ、ここにいるよ」


「愛して・・・る」



こんなに苦しそうなのに、
ひとみが気持ちを伝えようとしてくれている事に、さっきの自分を恥じる

「うんっ、おいらもっ、おいらも愛してるっ・・・・だから吉澤・・・死なないで」


今度はひとみの体が光りだした

「ぐっ・・・ぐうっ」

ひとみがものすごい力で矢口の手を握る


「吉澤っ」

慌てる矢口
341 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:29


「ぐあああぁっ」

さっきの矢口の体の光よりもさらに眩しい光


そんな何も見えなくなるほどの閃光を放ちながらひとみの体が見えなくなり、
取り乱す矢口は見えないひとみの体に必死に抱きつく

「吉澤っ、もうっ、もう置いてかないでくれっ」

見えないながらひとみに叫ぶ



ぐあああああっ



矢口のすぐ近くで苦しそうな声だけが聞こえる

「お願いだからもうおいらから吉澤を奪わないでっ」

光の中、涙を流し叫ぶ矢口



「吉澤〜っ」



消えてしまわないように、ギュッとひとみの体を抱きしめながら泣いていると、
いつのまにか元の暗闇に戻っていた。

そして、ゆっくりひとみの手が矢口の頭を撫で出した



はあ・・・はぁ

2人の息切れが重なる


「・・・・・置いてく訳ないじゃん・・・ちびを置いて」
「よ・・・吉澤ぁ〜」

優しく言ってくれるひとみの顔にはもう苦痛の表情はなく、
矢口はほっとして再び抱きつく
342 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:30

「何が・・・起こったんだろ」

抱きついている矢口に優しく手を回す


「・・・・・開花・・・・したのかな・・・・お前の潜在能力が」

母さんには、体が光るって・・・・
族の体が光るって聞いてたんだけどな・・・と呟く矢口

見上げる矢口の目に涙の後を見つけると、そっとひとみが拭う

「・・・・・でもさ・・・・・」
「・・・・ん?」

「愛し合ってるんだね・・・ウチら」

ひとみがそう言って笑うと、照れくさそうに矢口も頷く


「実感・・・・出来た?」
「・・・・・うん」

今度は矢口の方から顔を近づけてひとみにキスする

「・・・・・生きてる・・・・間違いなく」
「ああ」

ぎゅっと抱きしめて再びキスの温度を上げていく二人

343 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:32
再び体を求める気持が膨らんできた頃
ひとみは唇を離し、至近距離で真剣に矢口を見つめた

トロンとした視線で見つめ返す矢口


「それに・・・さ・・・・・あんたが殺人鬼だろうと・・・・
その体にどんな悪霊や恨みがこびりついてようと・・・・・もう・・・・絶対離れないから」

どこかで聞いた覚えのあるセリフ



紗耶香とのあの日の会話を、ひとみは何故知っている?



2人は見詰め合う



そして、2人は徐々に笑顔になっていく


「・・・・いいのか?」

こんな自分で・・・という矢口に、ニヤリと笑みを浮かべると


「ああ、一緒に地獄に行こう」

そんな言葉が放たれた途端、矢口の体から何かがはじけた


何かから開放される感覚

そしてじわじわと喜びが矢口の体を包んでいく


「ん・・・・一緒に・・・・行こう」


344 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:33

笑顔なのに流れる一筋の涙、そして再びひとみへ唇を寄せる

憧れた矢口の体を愛す事が出来て嬉しいひとみと、
初めて愛される喜びを知った矢口は、再び求め合う

時に優しく・・・・時に激しく求め合う2人



ひとみの腕枕でようやく落ち着いた時にはもう朝が近づいていた


「これからもさ・・・・・・一杯喧嘩して、一杯愛しあお・・・・・ずっと」

ひとみがそう言って、頷く矢口の手を自分の唇に持って行き、手首の傷跡にキスする

「うん・・・・でもさ、おいらの体・・・・・傷だらけ・・・だろ?気持ち悪くないか?」

心配そうな顔は、もう朝焼けで確認できる

「ば〜か・・・・・この傷一つ一つが矢口さんの優しさなんだから・・・・気持ち悪いはずない・・・・
この傷の一つ一つでさえ・・・・愛しいと感じるよ」

うっすらと光が入る部屋は幻想的にも見え、そんな朝焼けの中、矢口は頬を染めた


「くせんだよ・・・・セリフが・・・・」
「へへ、ウチはあほだから・・・・思ったままに言うし・・・行動するよ・・・・これからも」

自分の胸の上にいる矢口の顎を人差し指であげさせて優しくキスする

345 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:35
「・・・・そう・・・だな・・・おいらも・・・・お前に負けないように・・・・頑張らないとな・・・」

見詰め合って微笑みあう

「ああ・・・・ウチがずっと支えるから・・・そしていつか、本当に強くなって絶対に守る」

矢口の肩に回される手に力がこめられていて、矢口は人に寄りかかる幸せを感じた

「おいらも・・・・絶対にお前を・・そして真里菜も守る・・・・
今度こそ・・・・色んな人に守ってもらった命を・・・・お前と共に生きる為にさ」

数え切れない程の沢山の人に支えられた自分達の命

その全ての人に2人は感謝する



「うん・・・・・・・・ねぇ矢口さん?」

「ん?」



「愛してます」


「おいらも」


そう言って矢口はひとみの胸に顔を埋め、ぬくもりに包まれた

ひとみの気持ちを解らない・・・・
自分の気持ちも解らないという矢口ではもうない

ひとみに身を委ねる事で、ひとみの気持ちが肌を通じて伝わってきて・・・
今まで悩んでいた事がとてもつまらない事のように思えてきた

そんな穏やかな気持の中で、2人は意識を失っていった

346 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:37
そして翌日、いや、正確にはその日、うとうととして眠りについた後、
真里菜の泣き声にすぐに目覚めた2人は、互いに照れた表情を見せた

慌ててガバッと飛び起きたひとみが慣れた手つきで落ちてるシャツを掴み、
真里菜に近寄ろうとぐっと足に力を入れた瞬間、一瞬にして部屋の隅の壁迄飛んでった事に2人は驚く

「「え?」」

矢口はすぐに理解する

前から思っていたひとみの獅子族疑惑は、今確信に変わる


「・・・・お前・・・・族だったんだよ・・・・やっぱり」

真希も能力を開花させた一人だが、やはり元は人間なので、能力的には族にはとうてい及ばない

しかし、今の消え方はなんだか薄い感じがしながらも本当の族の消え方で、
能力の開花等ではないと悟る

「ウチが・・・・・族?」

呆然としている真っ裸のひとみの体は白く、美しい

「う・・・・うん」

そんなひとみから顔を逸らせながら、矢口は頷いて
とりあえず呆然としているひとみを尻目に矢口がすばやく洋服を着て近づいた。

ひとみが掴んでいるシャツを着せ、立ち上がらせると、両手をギュッと握る
347 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:39
「いいか?今からそっと飛び上がってみろ、ジャンプじゃないぞ、そぉっとだ」

二人は向かい合って、矢口が言うようにする

ひとみが恐る恐るチョンッと飛び上がると、今までの感覚とは違う感じでふわっと浮いた

「うわっ」

ひとみが驚く

「やっぱ族だ・・・・これから力の抑え方を覚えないと苦労するぞ、普通に生活するの」
「・・・・そ・・・そうなのか?」

おびえた様子のひとみが両手で矢口の手をぎゅっと握っている姿が、矢口にはたまらなく愛しく思えた

「はは・・・大丈夫、ちゃんと教えるから」

今日から特訓だと笑う顔は優しい

「う・・・・うん」

矢口達は生まれながらの族だから、自然に普通の生活を送る術を学んでいった
力は自分の意思でのみ発揮されるように・・・
348 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:40
だが、ひとみには突然現れた為それが出来ないのだろう

泣きそうな顔で見下ろすひとみを、かわいいと感じながら、
その間泣き続ける真里菜に漸く気付く

あ、そうだったと慌てるひとみは、矢口に手を引かれて真里菜に近づく

「あ、おむつぐちょぐちょだ」
「ちょ、待って、部屋に連れてくよ」

ひとみは慌てて衣服を身に付け、真里菜を大事そうに抱え、恐る恐るそろそろと歩き出す

おいらも行くという矢口は、笑いながら後ろをちょこちょことついていった


部屋で新しいおむつを取ると、二人は浴室へと連れて行った
手馴れた感じでおしめを換えるひとみ

本当に今日、旅立つのなら、やっぱ真里菜も連れて行きたいなぁと呟くひとみに、矢口は頷く

「そうだな、藤本参事に相談するか」

おしめを洗い場で洗いながらひとみは答える

「うん・・・結構乳が出るから飲んでくれないと痛いんだよ・・・実は」

「あ・・・・・うん・・・昨日・・・
ずっとお乳の匂いがしてたし、なんか・・・・痛そうだったもんね」

思い出して真っ赤になる矢口
349 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:42
「昨日じゃね〜から、さっき迄っしょ」
「ばかっ」

背中を叩かれながらも、洗い終えたおしめを矢口に渡し、
手を洗うと、再び寝てしまった真里菜を抱え歩き出す

「矢口さんが飲んでくれれば、別に置いてってもいいけど・・・・あゆみの所に預ければ慣れてるし」

「な・・・何言ってんだよっ、牛乳も飲めないおいらに・・・・それに・・・・・・・・
あの・・・・・あ、あゆみさんとは・・・・ほんとに何もない?」

呟いた後、咄嗟に見つめるひとみの視線から隠れるように顔をそむけた



沈黙の中、ひとみの部屋に到着し、ドアを開けた頃

ふっとひとみが笑うと

「何もないよ、もちろん・・・・・離れてても・・・・ウチの中は矢口さんで一杯だったんだから」

ひとみが微笑んで優しく答えた後、真里菜を準備してもらった特製のベッドに寝かせ、
傍でおしめを干していた矢口を後ろから抱きしめる

その腕に手を乗せると、矢口はほっとするようにコクリと頷いた



「ねぇどうしよう・・・・」

ひとみが呟く

350 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:44

「何が?」

矢口が少し振り返って聞く



「また矢口さんが欲しくなっちゃった」

「・・・・いや・・・・あの・・・もう、朝だし・・・旅の準備・・・しないと」


矢口の心臓の音がひとみに届いて来て嬉しくなる


「じゃあキスだけ」

後ろから矢口の顎を持ち、唇を塞ぐ


大分キスに慣れたのだろう、矢口と絡める舌が、最初に比べると大胆になっていた

「んっ・・・んふ・・・・あ・・・・」

矢口の口から吐息が漏れる


ひとみの手が下がって矢口の胸に手を落として揉みだす

「待って・・・キスだけ・・・って」
「我慢できない」

ひとみのベッドに矢口を押し倒してさっき着たばかりのシャツを再びはぎとろうとした
351 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:45
「そろそろ皆起きだすって・・・・吉澤」

真っ赤な顔でひとみを見上げる矢口に、
ひとみはぶすくれた表情を見せてため息をつくと矢口の横に仰向けになる


「やっと結ばれたのに・・・」

「・・・・・・だって・・・・もう明るいし・・・加護達が入って来たりでもしたら恥ずかしいじゃんか」

「・・・・そっか・・・・初めてだもんな・・・・じゃあ・・・気持ち良くなかった?」

寝転がってひとみが真っ赤な顔の矢口に目をやると、黙って首を振っていた

「・・・・・・よかった」

そう言った後、そういう問題じゃね〜んだよと矢口は呟いたが
ひとみが心底ほっとして、そして幸せそうに天井を見上げたのを見ると、矢口も微笑み横たわる

「夢みたいだよ・・・・ほんと・・・矢口さんとこんな風になれるなんて」
「・・・・・うん」

ひとみがちらりと矢口を見ると、同じように天井を見上げたまま、まだ赤くなっていた為
嬉しさからガバッと起き上がって吹っ飛びそうになるのを矢口が止め、
照れ笑いしながらゆっくり立ち上がると、ひとみはう〜んと背伸びをする

「よしっ、出発しよっ、二人でのんびりYの国迄」
「あ・・・うん」
352 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:47
「期限もないし、使命もない、ただ懺悔の旅っ、二人でさ」

その頃起き上がった矢口の手を取って立ち上がらせる

「うん」
「きっと楽しいだろうなぁ〜、今度はどんな事があるんだろ」
「何もないって、もうどこも平和だし」

矢口にも笑顔が見え出す

「じゃあさ、Kの国とかFの国とか、Hの国にも行ってみたい」
「ああ」

じゃあ、そのうち行ってみようかと微笑む

「すっげ〜、楽しみっ、あ〜やっぱ絶対真里菜連れてきたいっ、
どうすればいい?こんな時、兵ならどうすればいいの?」

あ、待って、真希にいきなり言うのはやっぱダメだよね、
でも美貴も偉いし・・・紺野も・・・

あ〜っめんどくせ〜

真剣に慣れない城の中の事を一生懸命考えているひとみに、矢口は微笑む
353 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:49
「もし兵なら、まず直属の隊長に許可もらってから・・・だよ、
でもお前まだ所属も決まってねんだし、今は仲間に言えばいいよ」

「そっか、やっぱ兵隊って、どこでもやっかいはやっかいなんだね」

「ああ、とりあえず組織だからな、おいらは一応兵隊じゃないし、
大目に見てもらってる身分だからさ、自由っちゃ自由だけどさ・・・・まぁ・・・・また兵になるなら面倒かもな」

そして段々、矢口も昔のような感覚を取り戻す
ひとみと一緒にばかをやりながら楽しく旅をしている時の感覚

そして・・・・・再び真希を守る王族付というイチ"兵"へと戻る覚悟が湧いてくる

二人はにかっと笑いあい、ひとみは旅の準備を始める


ほとんどは真里菜のおむつなのだが、たくさん準備した後、
じゃあ藤本の所へ行ってくると子供のように言うと、吹っ飛ばないようにそろりと出て行く

矢口は取り残され、寝ぼけた感じで目を開けていた真里菜を抱き上げ、
一緒に行こうかと話し掛けた


真里菜が笑うと矢口も笑った

「かわいいなぁ、お前」

すっかり目が覚めた真里菜は矢口を見てキャッキャと笑う

獅子族と鳥族の子供・・・・この先、色々苦労する事もあるかも解らない
でもね、おいらはお前の親としてちゃんと守る、だから、あいつみたいに大らかに育て

心の中でそう言うと小さな温もりを抱きしめる
354 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:52
矢口の中に、忘れかけていた生きて行く力が湧き出てくるのを感じる


昔、子供の頃に、母親に聞いた事がある

近所の子供たちと遊んでいた時、
自分が族だと知られてしまい、怖いからと敬遠された事があった

王族付だからと、城の中だけの生活は、
矢口の為にならないという教育方針だった祖父、真之介の教えによる、城の外の民達との生活

そんな町の友達の中に、族は一人もいなかった

『ねぇ、どうしておいらみたいな族なんていう種類が出来たの?人間だけでいいでしょ』

仲間はずれにされた事が、悲しくて、悔しくて、泣きながら聞いた言葉に
母親は優しく答えた

『そうねぇ、真之介じいちゃんに聞いた話ではね・・・・』

大昔、人間だけだった世界が終了したのは、愛が無くなったからだという

文明や科学が進歩し、生活が飛躍的に便利になった反面、
自然に対する愛、そして、人間同士の愛情が希薄になり、結局は破滅へと向かってしまった

だから、長い時を経て誕生した生命体には、
人間だけではなく、特殊な能力を持たせた族を誕生させたという話しだった

人間だけでは、また同じ事を繰り返してしまうかもしれないから、
絶対的に能力に差を持つ族を存在させた

人間の力を超越する力・・・・

人の心が読めたり、早く動けたり、もちろん幾人もの人間を、瞬時に殺せる能力を持った族

初めて体を合わせる人間や族との間に愛がなければ、
すぐにその体は命を失うしくみに・・・・

族は人間を守り、人間は族を尊重し、互いを愛し合う事によって
生命は永遠に続く事が出来るからだろう・・・・

そう真之介は話していたという
355 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:54
それを聞いた時には、訳が解らなかった幼い矢口だったが
ひとみに愛された体に、矢口はその意味を理解した気がした



性別、年齢、国、種族

それを超える愛が、未来を造るなによりの宝物だと・・・・・



よし、この身が朽ちる迄、あいつとともに生きていけるだけの力を、この体に与えてください
あいつに愛されたこのつたない体に・・・・

そう強く思いながら、真里菜の頬にそっとキスをすると、
熱い心を取り戻した矢口はその足で早速片桐の所に向う




「ようやく・・・・矢口総督・・復活ですね」

片桐が嬉しそうに言う



「総督はあなたです、これからの私はただの一兵に過ぎません、ただ・・・・・・このわがままは許して下さい」
一度兵を離れながらも、また復帰するというわがままを・・・・


膝をつき、真里菜と共に頭を下げる

356 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:56
「いえ・・・・今でもこの国の兵隊は全てあなたの下について行ってます・・・・
それは藤本参事も紺野参事も・・・・そして兵達も承知の事、あの吉澤ひとみの事で
あなたがどれだけ傷ついていたのか・・・・みんな知っているのです・・・・
ほんとに良かった・・・心置きなく旅して来て下さい
そして、これからこの国の兵として、無益な戦争がおきないよう、各国との連携・・・・よろしくお願い致します」

片桐の祝福の視線が痛いほど伝わってくる

「はい」

矢口には救えなかった片桐の家族の事を、あれから彼が攻める事はなかった

片桐のその優しさが、矢口を苦しめていたが・・・・今はとても温かく感じる

「温かい心遣い感謝致します、とりあえず吉澤と共に、心配かけた人へと懺悔し、
これからこの国の為にも精進します、ですから、いつまでかかるか解りませんが、
今回はありがたく旅させて頂き、再び国に帰ったら、また片桐総督の下で働かせて下さい」

「はい、お待ちしてます」

答えながらも、その時はもう私はいないでしょう・・・・という言葉を片桐は心で呟いた


「さぁ、藤本参事の下へ向って下さい、あなたの愛すべき仲間達が待ってますよ」

優しい顔をして言ってくれる片桐に、矢口は心底感謝する

「ありがとうございます」

真里菜を抱いたまま、膝間ついて頭を下げる矢口



そして

矢口がドアから出て行った瞬間

「帰ってきた時、あなたは再び総督の役職につき、皆を引っ張る事になるでしょう」

片桐は晴れ晴れとした笑顔で、一人そう呟いた
357 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:57
藤本の部屋に行くと、もちろん梨華もいて、
なぜか真希や紺野・加護と辻もいて、ひとみが誇らしげに立っていた



「矢口さん、真里菜も一緒に行きますよ、ウチの懺悔の旅」

ひとみが太陽のような笑顔で言うと、みんなも微笑んだ



「おう」

矢口は真里菜の手を借りて手を振り上げ答える




真希や藤本達は、そんな2人を見て、皆同じ事を考えていた

ひとみの祖父の存在、そして金貨にまつわる悲劇の話をこれから2人は知る事になる

たった一人残った肉親との再会も、きっとこの旅で味わうだろう


その時どうするかは、この2人で感じて・・・・この2人が乗り越えればいい話


仲間達はそう感じていた



温かい仲間達の心が2人・・・いや漸く一つになった三人を包む

358 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 21:58




さあ、これから新しい旅が始まる

多分また、色んな事が起こるに違いない



だけど、ひとみがそばにいる限り、
まだまだ地獄には行かせてもらえなさそうだと矢口は確信する

この世の人達全てが、身近な人と幸福を感じられる世の中になる迄は・・・・



それに、獅子族という最高の能力を持っていながら、
こんなに屈託のない笑顔を見せるひとみに守ってもらえるのだから


そう思いながら、隣でバカみたいに笑っているひとみを見上げる



ひとみも心底ワクワクしていた

愛する人と・・・娘と共に、また新しい世界を見に行ける喜びを感じて


今度こそ、矢口を守る。


今度こそ、矢口をもう一人にしないと心に誓って久しぶりに馬に跨る
359 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 22:00

「やぐっつあん、気をつけて行くんだよ」

「れいな様にもよろしくお伝え下さい、お気をつけて」

真希が紺野に肩を組んで手を振る




「あんまり喧嘩しちゃダメですよ〜っ、止める人いないんですから〜」

「ひとみちゃ〜ん、あんまりはしゃいだら失敗するからね〜っ」


藤本と梨華は腕を組んだまま手を振ってくれる




「親び〜ん、途中で手紙ちょ〜だいね〜」

「よっちゃん浮気したらあかんで〜っ、はよ帰って来てな〜っ」

ウォンウォン【気をつけていってらっしゃい】


ピョンピョンと2人と一匹は飛び跳ねていた


360 名前:dogsW 投稿日:2008/02/13(水) 22:01

「ば〜か、浮気とかね〜から」

「こらっいいからもうっ、じゃあ皆、ありがとな〜」

馬に乗って2人は笑いあう



そして






「「行って来ま〜す」」


二人揃って大きな声でそう言うと、最高の笑顔で旅立っていった








   〜終わり〜


361 名前: 投稿日:2008/02/13(水) 22:14
という事で、長い・・・・本当に長い駄文も漸く終わりました。

振り返れば、最初某有名CP(自分も好きですが・・・)と期待されてしまい焦ったり、
軍関係の階級に無知だった為に、皆様を混乱させたり

誤字も直らず、文も読み返すと変だったりと反省するばかりなのですが、
一応無事完結できたのは、レスしてくれた皆様のおかげだと思います。
本当に・・・・本当に感謝の気持で一杯です。

レスがないからと心配してくれるのか、いつも気を遣ってレス下さるのがとても嬉しく、
そして、そんな優しい方々が楽しんでいただけているのか不安になったりもしておりました。

だから温かいレスの一つ一つに助けられ、励まされて
この長い物語は完結したようなものです。皆様ありがとうございました。

最後迄長文になってしまいましたが、これからもこの飼育という楽しい場で
仕事や生活に疲れた気持を、妄想で忘れさせてもらおうと思います。

最後に、四つもスレを使ってしまい、管理人様には大変申し訳ない事をした事をお詫び致します。


それでは、皆様も体に気をつけてお過ごし下さい。

本当にありがとうございました。



  <拓>
362 名前:15 投稿日:2008/02/13(水) 22:26
ラスト更新お疲れ様でした。
本当にとても楽しませていただきました。ありがとうございます。
ほぼ毎日更新してないかチェックしてましたよ。連日更新なんてしてくれた時は嬉しすぎました(笑)
また次回があることを期待しています。
長い間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
363 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 01:14
更新ありがとうございます。
前回の更新の終わり方にハラハラして、真里菜ちゃんが泣き出して未遂に終わるのかと余計な心配をしてしまいました。
とても満足できるラストで本当に嬉しいです。
まだまだこれからの三人には様々な試練が待ち受けていると思うので、いつか外伝的なお話が読んでみたいです。

矢口さんが登場する小説はめっきり少なくなり、dogsが終了したのは寂しい限りです。
飼育の世界の心地よいよしやぐを拓さまがまた夢見させて下さることを信じて、余韻に浸りたいと思います。
本当にありがとうございました。
364 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 15:20
こんな重厚な小説は他に知らないですよ
完結本当にお疲れ様でした
作者の熱意には最後まで圧倒されました
365 名前:365 投稿日:2008/02/14(木) 19:35
お疲れ様でした^^自分も外伝的なものを期待しています。罠からずっと見てましたが、最高に面白かったです。本当にお疲れ様でした、長い間楽しませていただいてありがとうございました。      
366 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/15(金) 00:14
367 名前:ななし 投稿日:2008/02/16(土) 02:44
更新お疲れ様でした。
ほぼ最初からリアルタイムに読んできた自分としては、
この壮大な世界観のある小説が終わるのは悲しいです。
毎回よしやぐの関係にはどうなることかとハラハラしていましたがww
本当に良かったです、最高の一言です。
本当にお疲れ様でした。
368 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/24(日) 06:54
脱稿おめでとうございます。
しかし・・・最後にゆうちゃんもなっちも出て来ないなんて悲しい(TロT) エーン
絵里や重さんはどうしてるのかな・・・。
外伝(っていうか続編)を楽しみにしています。
369 名前: 投稿日:2008/06/14(土) 13:50
皆様、大変お久しぶりです。
レス頂いてるのに、長いこと返答もせずに申し訳ありませんでした。


362:15さん
毎日ですか、本当に嬉しいです。
いつもいつも、楽しんでいただけたり、
率直な感想を頂けたりで、毎度、感謝感謝でした。

363:名無し飼育さん
満足して頂けて正直ホッとしました。
名無しの皆さんはいつもレスをくれる方なのかというのがあまり解らず、なんだか申し訳ないのですが
多分、前に何度かレスを下さっている方ですよね。
随分と助けて頂きました。(まさかとは思いますが、初レスだったらすみません)

364:名無飼育さん
いやはや、熱意だけはあったみたいです。

365:365さん
前作からですか、それはそれは、随分と長い間お世話になっていたのですね。
楽しんで頂けたみたいで嬉しいです。ホッとしてます。

367:ななしさん
ほぼ最初から読んでいただけて感謝です。
終わり方にがっかりされないか心配だったので本当に良かったです。

368:名無飼育さん
ん〜、気遣いが足りずに申し訳ありませんでした。
え・・・と、皆多分元気にしていると思います。
あの、お詫びといっては何ですが、今回中澤さん主役を考えてみましたのでお許しを・・・


皆様、本当に感謝感謝です。
ついつい皆様の一つ一つの返レスに、ありがとうありがとうとしつこく書いてしまい、ウザかったので消しました。
無礼承知で、まとめて皆様にお礼申させて頂きます。

こんな長い物語を読んでいただいて、本当にありがとうございました。

それと、外伝?を望んで下さる声があり驚きました。
こんなのが外伝?なのかは不明ですが
調子に乗って、あれからちょっとずつ妄想してみました。

自分の悪い癖で少々長いし、
こんなの載せて大丈夫?とかなり迷いましたが、お目汚しにどうぞ・・・
370 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 13:52



この話は、まだ中澤が矢口達に会う少し前・・・・


その頃の中澤達の日常からの一コマ・・・・・





そして・・・・・

中澤裕子のヒトリゴトになります・・・・


371 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 13:53


「後で後悔しても知らないからなっ」

「後悔なんかするかいっ、もう来るんやないでっ」



逃げるように去っていくきったない男っ
隣にいたミカもアカンベするっちゅうねんっ

昔のような王都を復活させる為に力を貸せ?
百歩譲っても、貸して下さい言うてくるんが筋やないか?

沢山仲間が集まっているから、その仲間を取り仕切れって・・・・
山賊の事言うてるんやろうけど、顔も知らんただの山賊達は仲間とはいわへんやろ

世の中まだまだウチらみたいなちゃんとした山賊やらおらへんのやから

昔、Eの王都があった場所辺りが、どうやら山賊達を集めてると仲間達から聞いてたけど
そんなん、ウチら族の力利用するだけの思惑バレバレやん

372 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 13:55

アホかっちゅうねん

全く、最近は変な奴がようけ尋ねて来て困るわぁ〜
ちょっと前は、Yの国の奴らも、我が国に協力しろ、すればいい事が待ってるとかって言うて来てるし・・・

ウチらはそんじょそこらの山賊とはちゃうねんで
ちゃんと作物も作ってるし、牛やブタ、鶏かてうまいこと育てて飼うてる
山に狩りに出掛けたりもして、基本は自分達で作るもんで生活出来てる

それに今、ウチらに作れんような物は、
圭坊に買って来てもらうから、何の不自由もないんや

だいたい、ウチら仲間は、一度は互いに戦意を持って戦った事もあるもんばっかやけど
案外互いの強さを、戦いの中で認めあって仲良うやってんねん

族かて一人では生きられんよってな

喧嘩を繰り返しては、仲良くやれるように、何度も何度も話し合ってこの町を作ってきたんや
せやから、妙な奴らに足元すくわれるような事もあらへんし
苦労知らずの昔からの王族やら、自分の欲にばっかに目にくらんだ奴らなんかの思惑で動いたり、
ほんま・・・・

今更組織とか・・・・・

うんざりやわ
373 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 13:57

「じゃあ、裕子さん、私、畑に戻りますね」
「あいよ、よろしゅうたのむわ、来年もちゃんと、おいしい実がなるようにせんとな」
「はい」

ええ返事や、あのちっちゃいきったない子が、ほんまかわいいなってぇ〜

さっ、またウチは作物盗みに来る輩を捕らえる罠でも考えるかな
ウチには、このちっこい町を守っていかなアカんっちゅう責任があるんや

この町には、おかんと兄ィの思いがようけ詰まってるんやから・・・・・




そっか・・・・


結構時間がたってしもたんやな・・・・・

ああ・・・・もう・・・・十年以上も前になるんか・・・・・・
あの町を出てから・・・・・





374 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 13:59



「ゆうちゃんあそぼーっ」


あの頃のウチの家に、休みの日になると
なぜか、遊びに来ていた小さなかわいい少女がいた



「なんやねん、なっち、まだ朝やで」

誘いの言葉で漸く起きたウチは、ボサボサの頭で彼女のいる場所迄出てった

「また寝てた〜っ、もうお昼だよっ、いい加減毎晩飲み歩くのやめたらどう?」
「ったくうるさいなぁ〜っ、休み前は飲んでええ日やねんっ、飲ましてぇや」
「だから気を遣ってお昼に来てあげたんじゃないっ、ねぇ、そんなのいいからさ、いつものとこ行こっ」
「はぁ?またぁ?」
「だってゆうちゃん位しか連れてってくれる人いないんだも〜ん」
「まぁ・・・・せやけど・・・・・・・ん〜、ほならちょっと待っとき、支度してくるさかい」
「はぁ〜い、でも早くね〜っ」

はいはいわかったわかったと、頭を掻きながら家の中に入っていくウチとすれ違いに、
おかんのいる場所から声がする

「今日も遅くなるから」とおかんに声を掛けて、兄ぃが出てきた

375 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:02

「おう、なつみ、いつも元気だな」
「うんっ、なっちは元気が取り得だもんっ、学さんもお出かけ?」
「ああ、裕子に今日も遅くなるって言っておいてくれ」
「は〜い」

元気に返事するなつみの頭を軽く撫でて、母さん遅くなるよと言い残し、兄ィは出て行った

とても幸せそうな顔をして・・・・・



ウチは知ってた・・・・・

兄ィが休みになると、いつもどこに行っていたのか・・・・・

まさか命がけで・・・・・・ある場所に潜り込むなんて・・・・


その時は、ウチは兄ィのしている事が信じられなくて、
一人壁を感じて苦しんでいたから、ぼーっとその後姿を見てしもてたけど

奥にいるおかんのとこになっちが駆け寄ってたのに気付いて、自分の部屋へと向かった



ウチのオカンは、族であるはずなのに、戦う事を嫌い、
いつも日向の椅子に座って編み物をするのが好きな人だった

「あら、なつみちゃん、また誘いに来てくれてぇ〜、いつもありがと〜」

それに・・・・気の強い、男勝りなウチとは正反対に、
いつも笑顔で優しい母親だった

でも、このしゃべりかたは母親ゆずり、
おかん自身覚えてないどっか別の国から、まだ子供の時にここにやって来たらしい

おかんは小さい頃から、このしゃべり方でいじめられたりしても、
意地になって話し方を変えなかったというから、ウチが強情なのは母親似かも

ま、ウチも意地になってこんなしゃべり方やしな

んで、おとなしいくせに強情なとこが、あの族ばかりの町の兵の中でも、
強く、やりたい放題だったおとんの中で気になったらしくて、おとんの強引なアプローチで結婚したみたい

でも、まだウチが小さい頃に、バーニーズの奴らとの小競り合いでおとんを亡くしてからは、
女手ひとつで育ててくれた、本当にシンの強い女性

ウチも兄ぃも、おかんを尊敬して止まなかったから、
学校もそこそこに、おかんの反対を押しきり、2人して兵隊へと志願し、厳しい訓練に負けずに実力を着けてきた

一足先に兵になった兄ぃの働きで、母親は苦労して働く事はなくなったのに、
それでも毎日働きに出掛けては、家事をしてと本当に働き者で忙しい人だった

376 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:03

「おばさん、こんにちは」

「はいこんにちは、全く裕子ときたら、訓練以外はい〜っつも飲み歩いてぇ、
なつみちゃんが誘ってくれへんと、休みの日は太陽の陽も浴びへんような子ぉになっちゃってるわよね〜」

「うんっ、まかせておばさんっ、なっちがいつも連れ出してあげるからね」
「ふふ、お願いね」

自分の部屋で、そんな会話を聞きながら身支度を整えて出ていくと
近くの戸棚の引き出しから、その頃流行っていたアメ玉をなっちにあげてた


オカンがなっちのためにと並んで買ってきたアメ玉


「わぁ〜っ、おばさんっ、これ灘倉のアメ玉だよねっ、どうしたの?並ばないと買えないんだよ〜」
「ふふっ、なつみちゃんの為におばさん頑張ったんやでぇ〜」

なんだか本当の親子のようにも見える二人に、ウチはいつも知らずに微笑まされていた



その夜には、そんな穏やかな日常から、運命が変わるなんて、そん時は知りもしなかったけど・・・・

377 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:05
なっちがどうして10歳近く離れたウチなんかを誘いに来るのかというと

頑張りすぎて、ダックスの軍隊の中でも、若いくせに既に幹部でいた兄ぃと、
時期幹部とまで期待されていたウチ・・・

ウチらくらいになると、町を囲む塀の外でも、わりと自由に出る事が出来るという事
門兵もウチらには何も言わんかった・・・・・


もちろんなっちの父親はこの町の代表者やから出入りは自由やけど、
頼んでもそんな危険な場所には出してもらえない

それでもなっちは、近くの山の花が綺麗な草原や川が好きで、
ウチに連れてって欲しいと散々駄々をこねた

前に一度父親に狩りに連れて行かれた事で、その場所を好きになってしまったみたいやし
ウチかてその場所は気に入ってたからこそ、たまに連れてってやってた

山賊らなんかも心配やけど、族でもウチに叶う奴はなかなかいてへんって自信があったし
なにより、なっち自身族やし、戦いの中で育ってきている子やから、
たいていの奴からなら勝てるし、逃げる事は容易やったから


2人でいつものように出掛けた小川
綺麗な草原の中で、一緒に出掛けた犬コロと駆け回るなっち

楽しい時間を過ごした二人

だが、夕方も近くになって、門へと帰った時は、町の雰囲気が変わっていた

378 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:06

「裕子っ、学さんが大変だっ」

門兵からそう言われて、なっちと手を繋いだまま、急いでなっちの家へと向かった



そこで見たのは、縄で縛られ、なっちの父親に睨みつけられている兄ぃの姿

そして、周りを取り囲んだ仲間たちの怒りに満ちた視線
その中には、当時ウチが付き合ってた彼の視線もあった



どうしてこういう状況になったのかは、聞かなくても解った

宿敵バーニーズの娘と秘密の恋を続けてきた事がとうとうバレたんや


「安倍、これを許せばこの先も同じような事が起きるやもしれんぞ」
「解ってるだろうな」

安倍の横で顔を連ねるのは、昔、この町を作った老人達


この町の長を仰せつかったばかりのなっちのおとんは、怒りのオーラを放ちながら口を開く



「・・・・・追放に・・・・・異論は?」

379 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:08

は?・・・・

追放・・・・言うたで・・・・



そう心で呟いたら、ウチよりも先になっちが動いとった


「なんで?どうしてですか、父上っ」
「なつみにはまだ解らないよ、あっちに行っておきなさい、おい」
「ねぇっ、裕ちゃんっ、どうして?」

涙をいっぱい目に溜めてそう言って来るなっちに、ウチはもちろん何も言う事は出来なかった


次の日の朝迄に、兄には支度をして出て行けと・・・・・
そういい残し、なっちのおとん達は去って行った


その後、兄の縄を持ち、ウチに近づく当時の彼は、
ただ「残念だ」と呟き、目を合わせてもくれなかった

380 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:10

敵対している町の娘との恋の代償は、その時のウチにとっては大きかった

家のまわりをたくさんの仲間達に見張られ、
その中で、荷物を纏めるウチら三人に会話は無かった



だけど

「ようしっ、寝よっ、なんか今日は変な一日やったなぁ、明日っから楽しなるなぁ〜っ」

そう明るく言ったのは、おかんやった


安倍様は、兄だけを追放すると言ったのかもしれないが・・・・
おかんは、はなから一人だけ追い出す事など考えてもいなかったようだ

見張っている馴染みの顔の兵達にも、悪いけど寝させてもらうでって笑って挨拶してた・・・・

その頃には、ウチももうここにはいられへんと感じて、おかんの態度で腹を決めた
不安からか、眠れなかったウチらとは違い、
いつものようにすっかり熟睡してるおかんは本当に凄いと思った

381 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:11
翌日、沢山の荷物と共に門の外に出された三人は、
当てもなく、ウチとなっちがよく行く小川のそばにフラフラと立ち寄ってた

しばらく三人に会話は無かった

どんくらい時間がたったか解らん位になった時
さらさらと流れる川の音ばかり聞こえていた耳に、優しい声色でおかんが兄ぃに聞く声が響いた





「彼女は、どしてん?」




ずっと静かな表情だった兄ぃの顔が、徐々に険しくなり漸く言葉を出した




「・・・・・さぁ」




そのずぅっと後に、彼女は地元バーニーズの人と結婚させられたという話を聞く事になるんやけどな



だけど、物凄く辛そうな兄ぃのその顔は、今まで一度も見た事なかった
徐に立ち上がり、ウチらに顔を見せないように川に近づくと、ポッケに手ぇを入れたまま固まってしもうた


愛した人が、たまたま違う町の人ってだけで、どうしてこんな事に・・・・

そう聴こえてきそうな
その背中が、ウチは今でも忘れられない


だけど、静かに川面を見つめる目から雫が垂れるのを、
なんかウチは見れへんかったけど、おかんは優しい表情して見とった

382 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:13

それから、まずは住むとこ見つけよかとおかんが言い出す

命さえあれば、どこでだって生きられるし、
生きれるうちは、楽しまな損や言うて歩き出した

楽しめん奴は、変な世界を作るし、そんな奴は死んでもずっと苦しみが続くんや・・・・と言って


その川の上流に、少し岩が削られた場所があり、ウチらはそこに漸く居場所を見つけた

それからは・・・

川で魚を取ったり、近くで食べれそうな植物を見つけるのも、おかんは楽しそうにしとった


ウチは、兄ぃのせいでこんな事になったという気持が、やっぱりどっかにあったんやと思う
おかんとは違って、毎日ぶすくれた表情で生きてしもうた


時々、山賊らしい男達が近くをウロウロしてたけど、襲ってくれば、兄ぃとウチでなんなく倒せた


なっちのおとんの唯一の温情として、剣を持って出る事が許可されたのが助かってる
銃も山賊が沢山くれるし・・・・




そのうち、おかんが忘れてたと、荷物の中から小さな袋を沢山出してくる

383 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:14

おかんが昔、畑仕事を手伝っていた頃にもらった野菜達の種

「なんでそんな大切な事忘れててんっ」

突っ込むウチに、兄ぃもおかんも笑った



三人で笑ったのは久しぶりだった



んで、今ここで沢山実ってる野菜や果物達は、おかんが育てた作物達の子孫



おかんの指導による、作物の育て方講座が始まる

まずは場所探しから
あちこち歩いて、今暮らしているこの場所へと辿り着く迄は結構大変だった
土・気候・水・・・・条件が揃った場所というのはなかなかない

そして漸くここを見つけ、一目で気に入ったおかんは張り切った

土を耕し、堆肥をウチらの排泄物から作り、野性の鶏や牛を捕まえ、
さらに育てる事を、おかんは楽しそうにウチらに教えてくれた

まぁ、実際採ったり、捕まえたり、実行するんは兄妹でやるんやけど
384 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:16
住む場所もここにしようと家を作ろうとするがなかなか大変やった

釘とかは無いけど、山賊を脅して木を倒す作業させたり、持ってこさせた蔦とか道具で、
ああすればいいこうすればいいと、三人で知恵を絞れば、なんとか木を組み立てる事は出来た

最初は、全然家らしくもない小屋ともいえんようなもんやったけど


拠点がここに定着し、昔見た大工仕事の見よう見まねで、
家も、雨風を防ぐ位の心もとない小屋から、次第にどんな天気にも負けない強い家へと作り変えていった


すっかり兄ぃは明るさを取り戻し、ウチも結構楽しめるやんと思ってきた頃
甘い蜜に群がる輩がようけ集まり出した

遠くからも山賊が、食物を求めここにやって来ては、盗もうとしてた


その時代は、族とばれれば町を追い出される事が頻繁やったみたいで、
根っからの山賊やらの餌食となっていた

ウチらの前に現れれば、相手次第で死んでもらう事も多かったが、
一度は町で暮らした事のある人達が結構おって、自然とここに集落を作っていった

男手が増えた事で、山で木を倒し、家を作る事も、皆でワイワイと協力して楽しかった
人が増えれば知恵も増え、作れるもんも増えていく

町を追い出されてからの数年は、大変やったけど、なんや楽しかったと思えるのは、きっとおかんがおったからやなぁ

385 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:19
そんな自然と闘う生活にも慣れて、
穏やかな日々を楽しんでいたウチら家族の日常が壊れてしもたんはあの日

二十数人に増えた仲間の中の夫婦に、子供が産まれた事でお祝いしようとして、
おかんと川の下流に山菜を取りに行った時に事件は起こった

ぐずぐずとすすり泣く声が、川の近くの草むらから聞こえ、
あっという間に、おかんは飛んで行った

どう考えても子供の声だった為、おかんは血相を変えて飛んでいった
あまり使わない力を使って・・・

草むらを掻き分けたおかんは、あっと言って草むらに沈んだ
いつもやったらウチか兄ぃが先に見に行くんやけど、穏やかな日が続いてたし、
お祝いの日やから気が緩んで行かせてしもたんは今でも後悔してる

「おかんっ」

力を使ってすぐに近寄ると、
血と泥だけらになってぐずぐす力なく泣いてる子ぉのそばに、三人の山賊・・・・・
その真ん中で既に死んでる裸の女性
そして木に括られて首をはねられた男の人の死体

そしておかんはお腹に剣を突き刺されて倒れていた

「おかんっ」

ウチの怒りが頂点に達し叫ぶと、その男達はニヤりと笑い立ち上がった
386 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:21

「また来たぞ、お前もかわいがって欲しいみたいだな」
「ばばあはいらんが、若い子は大歓迎だよ」
「さっさとぉぐあっ」

三人目にはもう言葉も話させなかった

小さな頃から戦う訓練を必死にやってきたウチの剣に、
その男達の穢れた剣が叶うはずもなく、すぐに決着はついた

血が飛び散る草むらの中、ウチはおかんに駆け寄る

「おかんっ、おかんっ、大丈夫やっ、しっかりしぃ」

こう見えておかんは族
大抵の傷は自分で治せた

だが、その剣は、族の体の急所といわれている場所を見事に貫かれていた
無駄と知りながらも錆びれた剣を抜き、必死に傷を舐める


でも・・・噴出す血は、容易に止まらなかった

387 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:22

「裕子ぉ・・・・もぉあかんみたいや」

聞いた事もない程、息も絶え絶えで気弱な声に焦った

「あかんくないっ、おかんがおらんと皆寂しがんねん」
「せやろか」
「あほかっ、決まっとるやんかっ、だから帰るでっ、ウチが助けたるからなっ」

必死におかんの傷口を舐める


「頼むわ・・・・・あぁそれと、その子ぉ」
「解ってるっ、解ってるがなっ、だから頑張るんやでおかんっ」

もはや泣く事もなく、ぱちくりと驚いた表情で見つめてくる、なんや眼の色のおかしい子供
んなアホな・・・とそばにある裸の女性の髪の毛は栗色だった

ウチらの知ってる国の人ではなかったんか・・・・と思った瞬間

「目の色が違っても、肌の色が違っても、話す言葉が違っても・・・・もちろん族やろうと
人は皆おんなじや・・・・・仲良うしたり」

おかんは血まみれになりながらも笑っていた
388 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:25
「面白う生きてくんやで、裕子・・・・おかんは楽しかったわぁ〜っ」
「何最後の言葉ほざいてんねんっ、帰るで、またみんなと楽しく暮らすんやでっ」

言いながらも、おかんの体に力が無くなって行くんは明らかやった

「せやなぁ、また笑わしてもらわなあかんなぁ」
「おかんが一番可笑しいねんでっ、おらんと面白ろないねんっ」

不覚にも涙が出てしもた

「その子にもちゃんと教えてやるんやで、強くなって面白い人生を生きるんやでって」
「おかんが教えてやりぃ」

涙声に、おかんは悲しい顔をしてしもた

「笑うんや、裕子・・・・・どんなに辛い時も・・・・・人は笑って強くなるんやで」
「解ってるがなっ」

そう言って、おかんの体を抱きしめると

「おかんはおとんに会って幸せやった、そして、そのおかげで学や裕子に出会えて最高に幸せやった」
「あほかっ、ウチもやで」

やっとおとんに会えるわぁと笑う体は
既に冷たくなりかけていた
389 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:26

「お前もそんな人に会えるとええなぁ、裕子」
「見つけたるっ、てかウチモテんねんで」
「解ってるで・・・・裕子・・・・」

おかんの目はもう開かんようになってた

「おかんっ」

「うるさいなぁ・・・・・聞こえ・・・てるで・・・・」


「おかんっ」



「きこえ・・・・てる・・・・」


小さな声で言うと、うっすらと目を開けた


「なぁ裕子、学の事・・・・・そろそろ許したってな」

笑ってた顔が真顔になって、そう呟いた途端、ウチは涙を止められなくなった

「もうっ、もう許してるからっ、大丈夫やから」
「そぉか・・・・・せやな・・・・・裕子は優しいねんもんな」
「もっ、もうっ、おかんっ、変な事言いなやっ」
「せやな・・・・・ごめ・・・・な」

あんたは照れ屋さんやもんな

そう呟いて、おかんは笑ったまま動かんようになってしもうた

390 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:27

「おかんっ」

もう唇は動かんかった



「おか〜んっ」

ウチは天を見上げて叫んだ




そしてしばらくおかんの体を抱きしめて泣き続けた

すると

さっき迄泣いてた血と土で汚れた子がいつのまにかウチの傍に来てて、ウチの頭を撫で出した


「痛いの?」

そのこは、そう言って心配そうにウチの顔を覗き込んだ


「マムっ、このおねぇちゃんにスープを作って、いつもミカが病気の時に作ってくれるスープ、マム、何裸で寝てるの?風邪ひいちゃうよ」

なんだか変な言葉


既に死んでる母親にそう言って駆け寄り揺さぶっていた

391 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:29
よう見ると、その女性は父親の方へと顔を向けぎゅっと目を閉じて、
その子がいた場所から顔や体が見えないようにしていた

そして、転がっている顔色の悪い父親の顔には赤い血の涙が流れたままだった


「ダディ、泣いてる?」

呆然と眺めているウチに、母親の傍から聞いてくる子に、ウチはなんて言ってやればいいのか迷った



まだこの子は"死”が解ってないんや


だから、おかんの体を寝かせ、その子の傍へと行き

「何やってはるんです?ほんまに風邪ひきますよ」

そう言って、引き裂かれたその人の洋服を掛けて、ウチの上着も掛けてやった



だけど、何かあかんと咄嗟に心に浮かぶ

「あかんな・・・・・・ええと、ミカちゃんっつったかな」
「Yes,I'm Mika」

5.6歳の子やけど、今いち何言うてるか解らへんかった
せやけど、咄嗟に今のウチの態度はアカン思た

ウチは、一度天を見上げ深呼吸した

392 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:30

「ならミカ、これが現実やで、あんたのお母さんとお父さんは、もう動かないんや」
「um?」

「死んでしもたんや」
「・・・・・・・・」

「解るか?あんたのお母さんとお父さんの命はもう、無くなってしまったんや、もうスープは作ってもらえへんねん」
「・・・・・・・・・」



しばらくして、ミカは再び泣き出した

マムとダディと繰り返し繰り返し叫んでいた




その間、ウチは穴を掘った

その叫び声を聞きながら



393 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:32

そのうちミカがそばに来て
手伝いだす・・・そのおかしな色の目に涙を一杯溜めて

手を血だらけにしながら漸く掘った穴
ウチはなんとか2人の遺体をその穴に入れて埋めた
2人で高く積み上げた石は、その場所がお墓であるという印

今でもそのお墓にミカと時々参りに行ってる

そして、その時ウチは、まだ泣いているミカに、手を合わせるように言った

「なむなむしよ」
「Ha?」

「なむなむや」

そう言って手を合わせた


ミカは、しばらくじっとウチと石の山を見てはキョロキョロしてたが、
しばらくすると手を合わせて目を瞑った

394 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:33
噂では聞いた事あるで
ウチらの住んでるこの大地は、実は海の上にぽっかり浮かんだ島国なんやて
んで、もっと大きな大地があちこちにあって、そこに住む人達は、容姿も言葉も肌の色も全く違う人達なんやて
あんたらは、きっとそっから来た人達なんやろな

大丈夫や、ミカはウチがちゃんと面倒みたるから、あんたらはここでゆっくり休み
ウチは心でそう呟いたんやった


「よし、今度はウチのおかんや、ミカ、ちゃんとついてきぃや」

ミカも汚いからお風呂入れたると言うと、涙が流れた後を一杯つけた顔に笑みを浮かべ頷いた

穴堀りとか重労働して疲れた体だったけど、
ウチは力を振り絞って、もう硬くなりかけたおかんの体を背負って帰った

今でも、その時に襲われなくて本当に良かったと思う


ウチらの住む場所に帰って、ウチらを見つけたのは、一番最初に仲間になった男やった
あちこちに知らせては駆け寄ってきて泣き出す皆の顔を、ウチは冷静に見れていた
さっき泣きすぎたからかもしれない

そして、遠くで静かに涙を流す兄ぃ

兄ぃはいつも、静かに涙を流す
395 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:34

その日のお祝いは、盛大に行った
ウチはおかんの思いを皆に伝えたし、皆も賛成してくれた

笑って誕生を祝い、笑ってお別れを言う・・・・・おかんにはぴったりな酒盛りやった


その時、ウチは兄ぃに言うたんや

「ウチは兄ぃを凄いと思うで」

あの閉鎖された町で、違う町の人を好きになるなんて・・・・
ものごっつ変人やけど・・・・なんか凄いやん

その時、ほんまに・・・・・心からそう思たんや


「何言ってんだ?裕子」
「ん?おかんもおらんようになって・・・・家族って兄ぃしかおらんし・・・・・ちゃんと気持ち・・・・言うとかな死ぬ時後悔するよってに・・・」
「・・・・・・・ほんとに・・・・・・・お前は強いなぁ・・・・・母さんそっくりだ」

くすっと笑い合うウチら兄妹の間に、今まで感じてた・・・・
妙な壁は存在せぇへんようになった気がして、随分スッキリしたっけ

そして笑い合った後ミカや皆を見て、もっと強くならんとあかん
もう泣いたらあかんと心に決めた


396 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:36

次の日、町の近くにも石の山を作った
ウチらの仲間が死んだ時は、そこに綺麗に並べて埋めていった場所・・・・

おかんも寂しくないように・・・・

最初は戸惑ってたミカも、すっかりここの生活に慣れ、元気に育っていってくれた


それからすぐに、今度は、林の中で彷徨っていたアヤカが家族に加わり
ウチらは家族として仲良く暮らしていった


アヤカはすぐに片言やったミカに、ちゃんとした言葉を教えだし、
彷徨っていた時に培った食べ物を探す勘を働かせたりして、皆をびっくりさせた

やっぱりアヤカも、よそものやった母親と共に町を追い出され、
母親は例のごとく族に殺されたんだそうだ

力で必死に逃げたアヤカは、元に戻ると、無残な母親の亡骸を見つけてしばらく泣いていたけど
生きないといけないという気持が生まれて来て、必死で山での暮らしを模索したそうだ


ミカより少し年上とはいえ、まだまだ子供なアヤカやったけど、なんやしっかりしとったわ
397 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:37
だが、2人を連れて食べ物を探している時、再び悲劇がウチらを襲った

はぐれの族の集団に襲われてしもうた
その数三十人位

山賊の中でもやっかいな族・・・・・
しかも集団で結託してウチらの町を襲撃しようとしていた

兄ぃとウチで必死に応戦したが、ミカやアヤカもおったし、存分に戦う事が出来なかった

ミカ達に、隙を狙って逃げさせ、仲間を呼んで来てと叫んでから、
結構2人で頑張ったけど、いかんせん数が多すぎた

ウチが敵に背後を取られた事に気付いた兄ぃが、咄嗟にかばって背中を刺された

「兄ぃ」
「バカっ、次来るぞっ」

刺されながらも応戦する兄ぃ
相手が十人位に減った頃、仲間達が助けに来てくれた

一気に形成逆転

ウチも所々切られてて、まだまだ甘いなぁと思いながらも兄ぃを探す

すると、最後の一人と見られる族に最後の一撃を食らわす所だった

398 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:38
だけど、その兄ぃの体には、既に五本の剣が突き刺さっていた

「兄ぃっ」

ウチの叫びに、仲間や戻ってきたミカやアヤカが駆け寄る

「「兄やんっ」」
ミカやアヤカは兄ぃの事をそう呼んだ


「良かった・・・・・無事で・・・・そして裕子・・・・お前もまだまだ甘いな」

木にもたれてずりずりと崩れ落ちながら兄ぃは笑っていた


「せやっ、だから兄ぃ、またウチを鍛えてぇや」
その頃は、あまり訓練をしなくなっていたから・・・


「そうだなぁ・・・・・まぁ・・・・もう無理・・・かな」
笑うと血が噴出したので、ウチらは笑うなと叱った

「だって母さんは、いつも笑ってろと言ってただろ・・・・・」
「あほ、こんな時はちゃうわっ」
399 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:40
次第にぐったりとしていく兄ぃ
もはや手遅れなのはそこにいる全員が感じていた

「「兄やん、大丈夫?」」
でも2人は感じてへんかったみたいで、それが兄ぃの救いとなった

「ああ、そうだ、お前達のお母さんやお父さんに・・・・・何か伝えたい事・・・・・ないか?」

絶対みつけてやるからと優しい笑みを浮かべて、兄ぃはだんだん声を小さくさせながら聞いた


驚く二人は、顔を見合わせてしばらく見詰め合ってたけど、

「私達、元気にやってる、兄やんや裕子さんと一緒だったから寂しくないよ」
「うん、みんなも一緒だもん」

そこにいる皆の顔は、泣きながらも笑っていた


「解った・・・・元気過ぎて困るって・・・・伝えるよ」
400 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:41

もう視線も上げられなくなった兄ぃ
なのに

「おい・・・・・・裕子は?」
「へ」
「なん・・・か・・・ないか?」

もう泣くまいと思ったけど・・・・やっぱりウチも涙を出してしもうた

「ああ・・・・・おとんとおかんに・・・・ウチらを生んでくれてありがと言うといて・・・・・
兄ぃと兄妹にしてくれて、ほんまに良かったって」

「うん・・・・・・・そ・・・・れは、俺も伝えたい・・・・・な」

うっすらと笑みを浮かべ固まり、やがて太ももの上にあった兄ぃの手が、ポトンと地面に落ちた


「兄ぃ」

「「兄やんっ」」

学さん等と皆も叫んだ



すると、声は出ないまでも、口が動いたのでウチらは近寄る

  みんなと会えて、楽しかった

あん時の兄ぃの最後の言葉に、ウチらはなんか救われた気がしたなぁ

401 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:43

そんで、おかんの隣に同じように石の山を作って
その日は盛大に兄ぃの弔いの酒席を行った

その頃は酒を自分達で作れるようになってたし、農業や酪農も充実しはじめてたから・・・・
豪勢な酒盛りやった


でもその日から、皆と戦う訓練を始める

族とはいえ、剣の使い方を正式に知っている奴は一人もおらへんかったし、
力のみの自己流で戦ってきた奴らばかり

やはりこの場所で沢山で暮らすという事は、
危険と隣合わせで暮らしているのと同じなのだから皆が強くならないとすぐに全員やられてしまう

ウチは厳しく指導を始めた

そんな中、結構家も増え、ここらではちょっとした有名な集落となったウチらの町
時々どっかからウチらを頼ってやってくる族の人達と、
話し合いや喧嘩を繰り返しては、仲間が増えていく

益々増える仲間達、そして圭ちゃん達兎族との出会いもそれからやった

最近、なんか見られてる気がすると、皆から声が聞こえだす
そしてウチもそれを感じていた

その存在に気付く迄、しばらく時間を要した

402 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:44
ある日、薪を集めている時に視線を感じて、感じた場所に叫びかけてみた

「なぁ、何でウチらを見てるん?」
「裕子さん、どうしたんです?」

まだ幼さが残るが、すっかりお姉さんになった少女アヤカが、
誰もいない場所に話しかけるウチに驚いて聞いてくる

「なんか感じへんか?見られてるような・・・・なんか」
「・・・・・・・う〜ん」
「まぁ、おるか解らんけど、ええやん、楽しいやろ、誰もおらんとこに話すのも」
「あは、そうですね、お〜い、誰かいますかぁ〜っ」

かわいなったアヤカは、本当に素直でええ子や



しばらくそうやって遊んでると、
藪の中からウチらにも見えんくらいの速さで目の前に三人の少女がやって来たんや

彼女達は、自分達で生きる為に、
山の崖の誰も行けない場所に身を寄せて暮らしているという、はぐれの族達だった

「なんでウチらを見てたん?」
族のウチに見えへん事で、多少ビビったが、気を取り直して話しかけた
なのに
「「「・・・・・・」」」
三人は顔を見合わせ、そして俯いた
403 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:46
「ウチらの事・・・・・どこで知ったん?」

なんとなくそう聞いてしまったが、やっぱり返事がない

ため息をつきながらもしばらく待ち、
次第にイライラしてウチがキレそうになるのをアヤカが面白そうに止めてくれた

「私達、裕子さん達に拾われたんです。ここの人はいい人ばかりだけど、
もし・・・・・もし私達の敵になるのなら、ね、裕子さん」

「ああ、悪いがもう近寄らんで欲しいな」

最近仲間になった奴らには、全て同じ事を言ってきたし、それで喧嘩になっていく事が多かった
彷徨っていた人達、いや、族達も、好きで彷徨ってる訳ではないから・・・・・



すると

「あの・・・・・私達は敵ではないんです・・・・・
それに、ここら辺にいる人達は・・・・あなた達の集落の事をみんな知ってます・・・・
中には・・・・・ここをどうやって襲えば手に入るか相談している事もあります」

アヤカと顔を見合わす

「・・・・・・で・・・・・あんたらは、ウチらの情報かなんかを、そいつらに売って何かもらえるんか?」

ウチが睨みながら言った途端に、三人は必死に両手を振って「違います」と顔まで振っていた

「じゃあ何やねん」

「「「・・・・・・・」」」

404 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:47
またダンマリ決め込んだ三人に、ウチは再びキレそうになった


でも

「やっはり、私達の仲間に・・・・・・なりたいんじゃないですか?」

微笑むアヤカの言葉に、三人は照れくさそうに上目遣いでウチを見てきた


なんやねん

ウチは大きくため息をつく


「そないな事か、そんならはよ言えばええやん、もちろんかまへんで、ウチらは寄せ集めの集団やからな」

その言葉に、彼女達はホッとした表情で笑った


「但し・・・・・・ウチらの仲間になるっちゅう事は、家族と同じやねん・・・・・解るか?」

大きく頷く三人


「困った事は相談すればええし助け合わなあかん、間違った事したら皆で厳しく律する、だけど楽しい事も皆に教えてや、
そして悲しい事は皆で分ち合う・・・・・・それがウチら仲間の約束や
・・・・・それができひんなら、出てってもらうで」

再び大きく頷く三人は、笑顔になった
405 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:48
「んで、ウチら族やねんけど、あんたらの事は何でウチらから見れへんねん」
「あ、兎族・・・・だからだと思います」
「もしかしてめちゃ強いん?」

思わず警戒して剣を握った

それで焦ったのか
ワタワタと再び三人は手と首を振り慌てて口を開く

「私達は剣を持っても、人間と同じ状態にしかなりません、力を使ってる時は、うまく使いこなせないから・・・・・」

多分落としちゃうっていうか・・・・・

「・・・・・・どゆことやねん」

「ただ・・・・・・速いだけなんです」

それも一直線にだけ・・・・と彼女達は情けなさそうに佇んだ


406 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:49




「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」




なんかよう解らん沈黙の後

「ま・・・・ええんちゃう?」

と言ったウチに、三人は笑顔でよかったと呟く


保田・新垣・小川という少女達は、かわいらしぃ笑ったんで、なんや可笑しなって五人で笑ってしまったっけな


「ただし、住む家はこれからあんたらが作らなあかんのやで、もちろん手伝うけどな、そんでええのんか?」

「「「はい」」」

「大丈夫や、既に何軒も作った大工が育って来てるからな」

増え続ける家を作る度に、どんどん上手くなっていくウチらの大工仕事
既に百人以上になったウチらの仲間は、初めての兎族とも仲間になった

407 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:51

それから数年後、ああ、もう最近やな

ウチらが昔おったダックスやバーニーズとかの閉鎖された町に、圭坊やらはすんなり入れる事から
足りないもんは町で買えるようになった

しかし、ウチらには金はあらへん
商売するには、あまりにウチらよそ者は怪しかったからでけへん

強盗するんは絶対嫌やったんで、ある日、圭坊が情報を売ったらと思いついた

なるほどと思い、ウチらは考えた

あのちっこい三つの町は仲が悪い、互いに情報を欲しがっている
近隣の町かて、町同士行き来することは少ないから他の町の情報を絶対知りたいはずや
せや、追い出されてしもうたウチらのちょっとした仕返し

おかんや兄ぃが生きとったら何て言ったかわからんけど・・・
とりあえずウチにはこの集落が、よりいい環境になる為に何かせんとあかんゆう気持がその頃強かった
408 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:53
始めは、圭坊と2人で、近場のちっこいYの国の集落やらに出向いてやり方を考えた

そこの町で金持ちそうなとこへ出向いて、知りたい情報掴んで来たるでと、
なかば脅しのようなやり方やった

やっぱ、いきなり知らん奴が持って来た情報なんて、誰が信じるねんとうまくはいかず・・・・

んで、それからしばらく模索して、新聞を作る事にたどりついたんや
その頃、どこの街にも流通し、学校や商売でも誰でも使用しはじめてた紙の技術

さすがにまだ紙は自分らで作れへんかったし、仕入れる金もあらへん

ある小さな町の紙屋を抱きこむんに、半年位かかったかなぁ

紙代はやれへんけど、新聞が売れれば、
売れただけの紙代プラス使用料があんたんとこに入るでと交渉し続けた

今は、その紙屋は他の町に支店を出す程繁盛して、
おやじも裕福に暮らしてるんで、ウチらに感謝してるて会うたびに言うてるからな

409 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:55
あっちゃこっちゃの町の、皆が興味ありそうな事ばかりを載せた創刊号は、
紙屋の反対を押し切って、最初ただで配ったんやけど
その後、知りたくなるような情報を、圭坊の巧みな文章力で表現して勝負した事が、見事的中

書いてる内容も、もちろん嘘ではなかった事から噂が噂を呼び、
飛ぶように売れるようになった

その町での評判が、近くの町に広がり、やがてまた隣の町へ

紙屋の信頼が、他の町へ支部を置く事へと広がり
今では、金の匂いを嗅ぎつけた人により、各国に情報員や、
印刷工場がある程、商売として規模が広がり整っていった

中には真似しようとする人間達も・・・・

しかし、族以外での情報収集は、
この時代命取りになる程危険だった為、次第に真似すらしなくなる

てな事で、益々ウチらの生活は、そこらの町と同じレベルへと上がっていき、
金はほっといてもようけ入ってくるようになった

だから、そこらへんの野蛮な山賊は次々に襲いに来るし、
噂を聞きつけた各国の王族やらは、ウチらの情報を活用しようと、
調べる事にやっきになっとるいうんはちらっと聞いていた

なにしろ、新聞と呼ばれるものが、
誰によって作られているのかは、まだ世間では謎なままやったから

その中でYの国が一番最初にウチらんとこにやって来た時はびっくりしたがな
あの変な軍事国のどこにそんな情報力があんのんか

それに、旧Eの国の王都にいる王族崩れもな
410 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:57
おっ・・・・漸く思い出話も今に至ったって訳やな

うさん臭い奴らにこのウチらの町を汚されとうないわってな
ほんま最近は、あちこちでキナ臭い動きがあってるなぁ

なんでも、Mの国では、王族付きっちゅう王族の側近の矢口とかいう奴が、
王様殺して、しかも兵も大量に殺して逃亡してるらしい

それはそれは恐ろしい程強いらしくて、見かけたら捕まえるのも困難やから、
Jの国なんて高い懸賞金を掛けたそうや

Jの国の中もなんやかんやで、めんどくさいみたいやし、干ばつも進んでるゆうし
水が欲しゅうて、何がなんでも矢口を捕まえる言うてるんらしいわ

引き続き圭坊が取材に行ってるから、また何か解るやろうし、次の新聞も売れるんは間違いない



いや〜、世の中何か起こりはじめてんでぇ〜

411 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:58
しっかし、この矢口っちゅう殺人兵の記事載せた号は売れた売れた、
各国でめちゃくちゃ売れてしもうて、この町もがっぽり稼がせてもろたわ

おかげでまた牛やら鳥やら買えるで

ほんま、このお金っちゅうもんはやっかいというか・・・・・不思議なもんやなぁ

こんな山奥では何の価値もあらへんのやけど、
人間がようけおる場所では、なくてはならんっちゅうのが不思議でならん

誰も模倣出来んっちゅうのもな・・・・・
なんでこないなもん作ろう思うたんか、昔の人はおもろい事考えよったなぁ


長々と思い出にひたっとったら、すっかり昼になってしもうたみたいで、
アヤカとミカが畑から帰って来てもうた

「裕子さ〜ん、何食べますかぁ?」

家に入ってくるなり、もしかして寝てました?と笑ってるアヤカ

412 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 14:59
「今日は、卵を沢山産んでくれてますよ〜」
「おっ、そうかぁ、じゃあ夜はあれ作ってや、あのご飯とからめる奴」
「ああ、解りました、じゃあ昼は昨日の残りのお芋のを汁物にしてみますね」

圭さんが買ってきたシープの干した魚を削ったの奴ですよと自信ありげに見上げるミカ

「おお、ええなぁ、よろしゅう」

じゃあ、ちょっと材料畑から採って来てすぐに作りますねと仲良くまた出てった


アヤカもミカも年頃になって、族が通過する最大の命の危険箇所も、
お互いに好意があったようで、なんとかクリアしてくれたようやし、
恋仲になってもずっと仲良うやってくれとるし、しばらくはこの町も安泰やな

色欲っちゅうのはやっかいなもんやで、ウチらみたいな族の町では
あと何人がちゃんと大人になってくれるか、今おる子供たちも無事通過してくれればええけどな

413 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:00

ヒュンヒュンッ

バンッ

タタタッ

バタンッ




ん?

なんやなんや、なにやら外が慌しい雰囲気
みんなが、あちこちからどっかに飛んでってる


何かあったんやろか
そう思ったらすぐに知らせがやってくる

「姉御っ、大変ですっ、ダックスとバーニーズの奴らがここにやって来てます」
「何やて?」

んなアホな

414 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:02
んな訳ない思て、ウチものんびり出てってみたら
ウチらん町の戦えるもんらが全員武器持って、おかんの好きやった草原の方向いて壁作っとった

なんや、前や脇の方は馬に乗って、完全に臨戦態勢入っとるやん

すると、そん中で一番短気な鉄の声が響いた

「おいおい、大勢で我らの場所に入ってこられちゃ困るんだけどなぁ」

確かに、大勢がウチらの草原に入り込もうとしてた
せやけど、何喧嘩売ろうとしとんねんって

おっ、ミカ・アヤカ、何2人で真っ先に飛んでっとんねんっ
危ないやん

「ここはあたしらの場所だよ、町の連中が来る場所じゃない」
「やられたくなければ、おとなしく町へ帰りな」

ひゃ〜、あの子らも、ほんま成長してぇ

この町の事、めっちゃ好きやねんなぁ
いやいや、そんな悠長な感慨に浸っとる場合やあらへんで、あいつら何しにここにやって来たんや
415 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:04

「君達の場所を奪うつもりはない、ただ町が危険な間だけ避難させてもらいたいんだ」

あの人・・・・なっちの・・・・・・ほんまにダックスの奴らや



「「避難?」」

アヤカ達と一緒に、皆もウチも首を捻る


だけど

「おい大丈夫か〜?二人共〜、今から行くぞ〜」

皆がそう叫ぶと、ウチの方むいて敵意むき出しの表情で

「あねごぉ、大丈夫ですから、あねご達の手をわずらわす事はありませんぜ
俺らがやりますから」

最近戦う事にも自信をつけた奴らは
一気に皆馬やらも置いて行ってしもうた



ほんま、あいつらもここが好きになってしもて・・・・・嬉しいわぁ

どんな族や、どんな国が襲って来ても
そう・・・・ウチらは仲間の為にだけ戦っていくんや

416 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:05
やけど

「あかんっ、この人達ただもんやないんやからウチが行くでっ」

あの町の奴らは、どんな国より手ごわいんや・・・・
おかんと・・・兄ぃの思いの篭ったこの場所に、兄ぃを追い出したあんたらをやすやすと入れてたまるかい

「あんたら、下でちまちまと争いを繰り返してる奴らやろ
ウチらはあんたらの町からはみ出されたもんとかの集まりやねん
今頃そんな町の奴らの避難場所を提供してやる義理はないわな」

だいたい覚えとるか?安倍はん
ウチらの家族の事・・・・・

「君は・・・・・中澤ん所の」

はん、覚えてくれとったみたいや

「そうや、ウチの兄がダックスにいるにもかかわらず
バーニーズの女に恋をして追放された中澤学の妹、裕子や」

安倍はんが、驚いとるのを見て・・・・なんやしらん、ホッとしてる自分に気付く

417 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:06


「中澤・・・・学・・・・・」

覚えてくれとったんか・・・・
そうや・・・・・・・兄ぃや・・・・・
あんたらのちっこい仲間意識のおかげで追放された
ウチの自慢の兄ぃの事や



「思い出してくれたようやな、安倍さん」

ざわざわと知った顔が戸惑ってる

だいたい避難て・・・何か裏があるんやろ
あんたらは自分達の事しか考えてへん奴らやもんな、昔から

「そういう事やから、避難したいなら別の場所行ってや
この先はウチらの町やねん、あんたらよそ者に踏ませる土地はあらへんねん」

418 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:07

今頃、何ムシのいい事言ってはるんや、はよ帰りや

ん?
そういやバーニーズの奴らもいるんやったな

もしかしたら鳥族がおるかもしれへんな、ここは昔の訓練が役に立つわ
すぐにウチは気配だけに神経を集中し、心を無にした

近くの男から「ちっ」という声が漏れてるんがうっすら聞こえ、ウチの予想が当たったとほくそえんだ
そう簡単に、あんたらの思惑にのってたまるかい

安倍はんはそれに気付いて困って黙ってしもたが、
バーニーズの代表者の・・・・・確か若林とかいう奴が今度は口を開いてきた

「しかし、ここまで来て引き返す訳にはいかん
そこをなんとかお願い出来ないだろうか、少しの間でいい」

敵の攻撃が治まる迄でいいんだ・・・と切羽詰った表情で見られてしもた

やめてや・・・・もう、ウチはそんな表情に弱いんや

419 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:08
せやけど心を持ち直し

「ウチらには関係ないことや、ウチらは何もない荒れ果てた大地を
少しずつ皆で力を合わせてこの先に生活出来る場所を作って行った
山賊やはぐれの族とも戦ったり、仲間になったり
ウチらは自分達で築いたのこの場所と仲間が好きなんや
ちっぽけな歪んだ愛情のあんたらに汚されたくない」

   

  そうだそうだ  帰れ帰れ  


みんなも応援してくれる



全く、アホな奴らやなぁ
ほんま、あんたら最高やで

420 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:11

安倍はんや、年寄り達も困った顔して黙ってしもて
これで帰ってくれるやろ思った時





「じゃあ、あんたもちっぽけな歪んだ愛情の持ち主だよね」


突然女の声が響いた





しかもちっぽけやと・・・・・このウチが?
安倍はんや皆も驚いてその女に注目したんで、声の主は特定できた

「なんや、あんた」

若い女・・・いや、大人びて見えるけど、あれはまだガキや・・・・・
やのに、やたら強い目をしとって思わずウチはイラついてしもた

「自分で言ってるじゃん、ここにいるちっぽけなおじさん達と一緒で
ちっちゃいおばさんって事をさ」

なんやて

短気なウチは瞬間、安倍はんらの上を飛び越えてその女の胸倉を掴んで馬から落とすと
首にナイフを突きつけた

421 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:16

やけど、あまりに手ごたえの無さに
人間?
と瞬時に呆れてしもた・・・・・・

言ったのは、ウチの動きに、全く反応出来ないただの人間やった


なんで人間のくせに、そんな事ウチに言い出すんや、この子は
相手にもならへん

やのに、やたら素直なその瞳には、強さと信念・・・・
そして恐怖までもウチに語りかけて来た



なんやこの娘
死を覚悟しとる・・・・・

やのに・・・・・
ただ何かを守ろうとしとるこの視線に・・・

それ以外何の邪気もない強いその視線に・・・・・・
なんやざわざわとウチの心が掴まれてしまう



人間のくせに・・・・・

422 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:18

やけど・・・・

忘れてた何かが・・・・・何かわからへんが・・・・・何かが湧いてくる

なんやこの子

なんやねん







思わずウチは笑い出してしもたた


ごめん、みんな
だって、なんか面白いやん

面白いやん・・・あんた

423 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:20

思わず口から出た言葉はこんな言葉


「あんたアホやろ」

ウチが言うと、まわりにいた男達が馬から降りてウチに銃を向けだした


へぇ、この子を殺したくないねんな・・・・

だけど、もちろんウチの仲間達も銃を構えてくれてる

その間もウチはその面白い娘との視線の戦いをやめる事は出来へんかった



ウチにアホ言われたその娘が、強い視線をそのままに口を開いてくる

「よく言われるよ、でもくだらない事をくだらないと
ウチはちっぽけな人たちに伝えたいと思ったんだよ、死ぬ前に・・・
そして、そのちっぽけな人達の町の為に、必死になって戦っている大切な仲間の為にね」






ああ・・・・と思った





この子にも、ほんまに守りたいもんがあるんや




424 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:22


気付かんかったわ・・・・・・

ウチもいつのまにかちっぽけなこいつらと一緒に成り下がってたなんてな・・・・・

大切なものがあると・・・・・
人ってのは、ちっこくまとまろうとするんやな


「もう死ぬんか?若いのに」

なんとなく負けたという悔しさがこみ上げたが、思わず強がりにニヤリと笑ってそう言うとった



したら

「そのナイフが少し動けばそうなるよ」

さらに挑発してきよった



はっ・・・・・
呆れた奴


やけどおもろい


あんた・・・・何もんなんや
いや・・・・ただの人間やな


そして、こいつらの町の奴ちゃうな
なのに、この町の奴らがこいつを守ろうとしとる
425 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:23

「あんたオモロイな、下の町の奴とはちゃうねんな」

「まぁ、でも、ウチは本当にでかい人を知ってるから解るんだよね
あんた達のちっちゃさが」


そうか・・・・・

おかん

面白い奴がまだおったで・・・・・
どや、天国でおもろがっとるか?


兄ぃ
ウチはほんまにアホや
アホやったな



なんやろ、このワクワク感

426 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:24
それにまわりが皆静かやし・・・・ほんま静かすぎるやん

めっちゃウチらに注目してる


ミカとアヤカも、心配そうや
アホ、心配いらんわ
面白いやん



くくっ
面白い

おもろすぎるで・・・・・あんた



ウチは沈黙を破って大声で笑ってしもた
あんまり可笑しくて

427 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:26
ポカンとしとるまわりの奴らの顔のまた可笑しな事
ウチは笑いながらもナイフをしまってそいつを立たせた

おっ、でかいやん、あんた
しかし、正直な瞳は、まだまだ油断しとらんし、強い

ええ奴やな・・・・きっとあんたは
けどな・・・・

「そうか・・・でもな、ウチはちっちゃいねん、そこの奴らが何らかの変化を見せてくれへんと
そうそうこの大切な場所を提供出来んねん・・・大切な兄貴の魂の為に」

意地悪なウチの言葉に、同じ年くらいの男が慌ててしゃべりだした

「父上っ、安倍さん・・・・俺は、加藤や・・・・ダックスの人達と争うのはもういやです・・・・・
元々は一つの町だったのに変に壁で区切られた・・・今の町は、俺が望む町ではありません・・・・・
父達が昔色々あった事は忘れない、いや忘れなくていいと思う・・・でも・・・・・
町の人みんな幸せだったと言えますか?・・・・恨みが恨みを呼んでいる今のこの状態を・・・」

ほう・・・・・なんや息子かいな・・・・

それに・・・・

安倍はんと若林とかいう奴が、目を合わせて笑いあっとるやん
あんたら仲悪いんやなかったんか?
後ろの爺さん達が不愉快そうやで・・・・・
428 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:27
「ちっちゃいな・・・確かに」
「ああ・・・・ちっちゃいよ・・・・」

笑い合ってる2人の内、安倍はんが突然こっちを向いた

「中澤さん・・・・学はどうした?」
「とっくに死んだ、ウチら家族を守る為にはぐれの族にやられて」

ウチの言葉に
安倍はんが馬から下りて、ウチに土下座して来た

「すまなかった、君達を追放してしまって」

なんやねん
そんなキャラやったっけ?

ウチは途端におもろなくなって、仲間の所に戻った
みんな心配そうや

「中澤さん、今日の夕方にはあの町に旧Eの国の大群が攻めて来るんだ
我々は力を合わせて町を守ろうと思っている、だからお願いだ
戦う事の出来ない者や子供達、年寄りの事をここに置いてやってくれないか」

429 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:28
なんやて・・・・・
ああ、そういうことやったんか

ミカとアヤカがウチを心配そうに見つめてくる
そして背中には、また誰か座ったような音


ウチはミカとアヤカに微笑み振り返ると肩を組んだ

「ウチらん所にも来たよ、その軍に入らないかってね
その使いっぱの奴がものごっつ嫌な奴でな、速攻追い返してやった」

あら、三人も土下座しとったんか・・・・・

わかっとるか?

あんたら、あの町の長やで・・・・・


う〜ん

昔じゃ考えられへん
あの安倍はんが・・・・・もしかしたら・・・・・
あの三つの町のちっちゃい奴らじゃ・・・・・なくなっとるんかもしれん

ウチらのように・・・・変わったのかも・・・・・・
430 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:29

せやな・・・・・

何かが・・・・・変わりはじめたんやな


今、あちこちで何かあってるみたいやけど・・・・・
こうやって世界は、変わり続けてくんやな

ウチらも変わってきたように



既にウチには、あの町の奴らがウチら仲間のナワバリに入り込む事への抵抗感がなくなっていた

「ええよ、その代わり、ウチの大事な仲間やこの大切な場所を汚すような事をあんたらがした時には
ウチら全員あんたらの事どうするかわからんで、ウチはちっちゃいおばさんやねんから」

ウチは、綺麗なでっかいその女を見て笑った


「姉御」「姉さんっ、いいんですか?」後ろのみんなが言って来る

「どうもウチはちっちゃい上にアホやねん、ええんちゃう?
困った時はお互い様・・・そうやろ、そこのでっかいお嬢ちゃん」


ふっ、わろとるわろとる

うん・・・・ええ顔や

これがほんまのあんたの顔なんやな
431 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:30
視界の端っこに、土下座しとった人達が立ち上がったのが見える
そして、こんなウチに深々と頭を下げてきた

マジで・・・・・信じられへんわ


おかん・・・・・兄ぃ・・・・・これでよかったやろか
怒ってなんかおらんよな


そんな事を考えてたら、いきなりデカい声が響き渡った

「ようしっ、早く全員避難しろっ、時間がないぞっ
それとここは中澤さん達の大切な場所だ、失礼のないようにっ」

ゾロゾロとウチらの横を、びびった奴らが通り過ぎてく
だけど、そいつらが何かしないかを気にするよりも、ウチはあのアホが気になった



「あんた・・・・名前は?」
えらいなべっぴんさんやな

「吉澤ひとみです」
「おばさんはひどいと思うねんけど」

これでも言われた事ないねん
432 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:31
「ですよね、ついカッとしちゃって・・・・
こんなに大勢の人が死ぬかもしれないのにって思ったら・・・つい・・・すみません」

へぇ・・・・・素直なんやな、その瞳が訴えてくる通り
そして、そんなあんたの言う大切な仲間・・・・・・どんな奴やろな

「・・・・・・大切な仲間は今どっかで戦ってるんやな、この人達の為に」

「はい、大切な人たちなんです・・・・誰も死んで欲しくないんです、誰一人」

うん、それはウチらかて同じや

「そうか・・・・・その心は大切やな、あんたはどこの町の奴なん?」

「どこ・・・・って、ただの旅人です、旅の途中でなんだかこんな事になっちゃって」

なんや、照れてるやん
大人びて見えるけど、かわいいとこもあるんやな

「あんたも死んだらあかんで、あんたみたいなオモロイ奴には
なかなかめぐりあえんから、そしてその仲間と今度遊びにきぃ」

なんや大変そうやけどな、あんたら
もし・・・・・・生きてたら、会ってみたいな・・・・・・ほんまに

「そうですね、やっぱり仲間達に会うまでは死んでも死に切れませんね」

死にかけといてよう言うわ
433 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:32
でも、ええ顔しとる・・・・・・

ウチはその吉澤ひとみの背中を見て微笑んでしまった


そこで、安倍はんに話しかけられてしもた

「本当にありがとう、まさか君がここで暮らしてるとは・・・」



「別にええです、過去は過去ですし、本当はウチはあの町を出て良かったと思ってますから
こんなにたくさんの仲間と出会う事が出来て」

みんなを見ると、笑ってくれてる事が本当に心強い
ウチもええ仲間もって幸せや

「我々も・・・・変わらないといけないな・・・・瞬達若い者がこれ以上憎みあわないように」

はぁ・・・・・・若林はんが、安倍はんに言ってるセリフが、ウチはまだ信じられない
あの、仲悪かったはずの町の代表者たちが・・・・・

「ああ、それじゃあ、なつみを助けて、敵の襲撃に耐え
共に新しい街づくりを始めよう、若林」

そして、ウチは信じられない言葉を聞く


今、なつみ・・・・て言ったやろ?
434 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:33
「今、何て言いました?」
「何・・・って」
「なつみを助けてって・・・・・そういえばなっちがいませんね」

あの・・・・ちっこかったなっちが、どっかに捕まってるんか?

「今シープに捕らえられてるんだ、それをあの吉澤さんの仲間と
バーニーズの子が先に潜入して助けてくれようとしている
我々も今からシープに行かなければならない
それじゃあ、生きていたら礼をしに伺うよ、ありがとう中澤さん」

おじさんらも、ええ顔して去って行った


シープて・・・

何が起きてんねん・・・・
一体何が・・・・・

なっち・・・・・

あのなっちが・・・・
435 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:34

「裕子さん・・・・」

なんで心配そうな顔してんねん

「なんや、アヤカ」
「なつみさんって、いつも気にしてる人ですよね」

そっか・・・・・何度か話した事あったっけ

「せやな、元気でいてるやろかって気にはなってたけど・・・・
まさか捕らえられているなんてな・・・まぁ・・・・関係あらへんか、ウチらには」

「・・・・・いいんですよ、助けに行っても」

ミカまで・・・・
あんたらも随分大人になったなぁ・・・・・ウチの心配してくれて

「ミカ・・・・・会わへんようになってもう何年たってるとおもてんねん
それにあの吉澤って奴の仲間も助けに行ってるんやろ、心配ない」

ほんまか?

そう思いながらミカを見る
すると、ウチにはミカとなっちが重なって見えてしもた

きっと、大きくなって・・・・綺麗になっとるはずやな・・・・

436 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:35
いや・・・・・・関係あらへん

せやろ・・・・・・おかん

そう言い聞かせながら、続々と入ってくる人並みを眺める


だけど・・・・

心の中に浮かぶおかんの顔は・・・・・


あかんな・・・・・おかんが怒っとるわ





圭坊・・・・はよ帰ってきぃ

時代はどうなってんねん



今・・・・・どこで何が起こってんねん

はよ戻って教えてや



何かが・・・・始まってるで


437 名前:dogs〜外伝〜 投稿日:2008/06/14(土) 15:36



その数日後

中澤と矢口達の運命的な出会いが待っていた




dogs〜外伝〜  終わり
438 名前: 投稿日:2008/06/14(土) 15:37
相変わらずの妄想で申し訳(ry・・・でした。
439 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/06/22(日) 00:03
まさかの外伝!ダメもとでお願いしてみてよかったです。
中澤さんはいくつものつらい出来事を乗り越えたから、器量の大きな頼れる人なんだと納得しました。
また、様々な角度からの外伝楽しみにしています。
440 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/29(日) 04:22
充電期間を終えて遂に新規連載開始ですか!!
前作が終わってからもずっとここをチェックしていた甲斐がありました。
外伝でも続編でも新作でも拓さんの文章はとても好きなのでぜひ書き続けてください。
楽しみにしています。
441 名前:365 投稿日:2008/06/30(月) 07:02
自分も拓さんの作品は好きなので、しっかり充電して、また楽しませてください。楽しみにしてま〜す。
442 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/30(月) 07:30
YAGUCHI is bitch!!

443 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/04(金) 19:14
目頭が熱いですよ…
それぞれの物語が繋がるとさらに感動しますね
444 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/26(金) 21:42
矢口はハロプロのガン細胞

445 名前: 投稿日:2008/11/01(土) 22:05
439〜444 の皆様

レス本当にありがとうございます。


再び妄想を載せてしまおうとしてます。
ですがこのスレに納まるか不安なので、無礼を承知ながら手短なお礼となりました。
すみません。

それでは、お目汚しですが、外伝パートUをどうぞ・・・
446 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:07


ひとみが出てった日





藤本参事と紺野参事というこの国の偉い人・・・・
いや、ひとみの友達がやって来た。







「是非力を貸してもらえないでしょうか」
「・・・・・・・・・・」

私に、あの新聞の情報係りをして欲しいとの事。

「あの・・・・・報酬はこれ位でどうでしょうか」

紙に書かれた金額は、見た事もないような金額
一ヶ月にこれだけもらえるという。

「でも・・・・」

ちらりとおじいちゃんを見ると、そそくさと庭の方を向いて木々の手入れをしだした。

447 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:09
さっき迄ふてくされてたおじいちゃん。


目の中に入れても可笑しくない位可愛がってた真里菜が、
とうとう出てってしまったから。

優しいひとみは、ちょくちょくここに来てくれると言うけど、実際どうかは解らない。



「出来ればお祖父さまも手伝っていただければ・・・・」

その様子を見て、気遣うように紺野参事がつけくわえてくれた。


「おじい・・・・祖父は、もう年ですし、今、薬を採る仕事してるから・・・・ね、おじいちゃん」

「・・・・・・・・」

やっぱり返事をしない、すねた年寄り


ん〜、じいちゃん勘弁してよ〜っ、
私だって・・・・・私だってひとみが出てって落ち込んでるけど、
ちゃんとこうやって応対してるじゃん。

「よっちゃん・・・・吉澤ひとみさんは、
明日、矢口さんとYの国迄旅する事が、今日の会議で決定しました」

「・・・・・そうですか」

Yの国・・・・そんな遠い場所迄
448 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:11

「行ってみたくはありませんか?」

試すような視線の藤本参事。


「ダメじゃダメじゃ、そんな遠い所迄っ、危ないじゃろ」

こっちを向かずにすねた声


「・・・・・・・そこをなんとか・・・・」

紺野参事が困った顔をしておじいちゃんの方に語りかける。
だけど、藤本参事がじ〜っと私を見据えてきてる。

「あゆみさんは・・・・・どうですか?やってみたくありませんか?」

藤本参事は、ちらりと部屋の片隅に置かれた新聞の束を見てニヤリと笑う。

新聞・・・・・ひとみとここに帰って来て、
初めてその存在を知った程、私達には馴染みがなかった。


その時。

ガタンッ バンッ


「あゆみ〜っ、ちょっと休憩させて〜って、あれ、美貴と紺野じゃん」

けたたましくやって来たのは、紗耶香だった。




「こんにちは」
「こんにちは、市井さん、いつも元気そうですね」

紺野参事に続き、藤本参事がにこやかに挨拶した。
449 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:14
「元気じゃね〜よっ、フラれて落ち込んでるし、勉強は難しいし、
仕事は忙しいしって、ちょっとここで休憩させてもらうんだから、邪魔すんなよっ」

「あは、そうですね、お邪魔ですね」

「そうだね紺野参事、今日の所は一旦帰ろうか、じゃあお邪魔しました」

紺野参事がにこやかに立ち上がると、藤本参事も立ち上がり、
庭のおじいちゃんにも声を掛けて玄関へと歩いていった。

紗耶香は怪しい表情をしながら2人を見送り、
そんな紗耶香に苦笑しながら2人はペコリと挨拶し通り過ぎていった。

「それでは、また明日参りますので、返事はそれまで考えておいて下さい」

おっとりとして優しそうな紺野参事が、玄関先でペコリと頭を下げる

「え・・・・あ・・・・・・はい」

戸惑った私の様子に、

「ちゃんと考えといてね、柴ちゃん」

片目を瞑って、おちゃめな顔をする藤本参事。

私は苦笑しながら、2人を見送った。
振り返ると紗耶香が仁王立ちしていた。

「あの2人、何しに?」
「ふん、新聞を作る為の情報員にならないかって言ってきおったんじゃ」

紗耶香の問いに答えたのはおじいちゃん
450 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:16
「情報員?」
「わしは認めんぞ、お前を死なせてしまうような事になれば、わしは死んでも死に切れん」
「んな大げさな、いいじゃん、やらせたければ」

なんだ、そんな事かと、紗耶香は人の家に来ときながらも、いつも我が家のように寝っころがる。

「紗耶香まで」
「まぁまぁじいちゃん、でもさ、新聞、結構面白いと思うよ、
あれを作る人になれるなんて、誰にでも出来る仕事じゃないんだし」

兎族なんて、まさに適任じゃんと微笑むとそのまま目を閉じた。

「・・・・・・そ・・・れは、そうじゃが」

「面白そうだよ、色んな場所もだけど、世の中の真実の近くに行けるんだし・・・・・
ん〜じいちゃんだって新聞・・・・・いつも・・・・楽しみに読んでんじゃん」

本当に疲れてるのか、すぐに眠そうな声になりながら、むにゃむにゃとしゃべってる。

「むむ・・・・む」

「じゃ・・・二時間した・・・ら、起こして・・・・・」

言い終わった瞬間に、紗耶香は意識を失った。

451 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:18
拗ねていたおじいちゃんは、庭からそばに寄ってきて、
心配そうに聞いてきた。




「・・・・・・やってみたいのか?」

「・・・・・・・・わかんない」


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


「じゃあ、考えてみなさい、わしはあゆみが決めた事には何も言わんから」

「・・・・・・・・・うん」

わしは近所の知りあいの所に行って来るから・・・・と言って、家から出てってしまった




この家には、既にガーガーと、気持良さそうに眠る紗耶香と私だけ・・・



私はその傍らに座り込み、考え込む。

新聞なんて・・・・・と、思いながら、ここに来た当初の事を思い出す。



452 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:21
あの日

この町、いや、このMの国の王族達の戦いの決着を見届ける事なく、
私達は意識を無くしたひとみの介抱の為に、昔おじいちゃんが住んでいたここに戻ってきた。

あまり記憶はないのに、なんだか懐かしい感じのこの場所だったけど、
それよりもひとみの様態がひどくて、感慨に更ける暇なんてなかった。

おじいちゃんの友達の医者の先生は、怒って帰ってしまったにも関わらず、
ひとみの姿を見てすぐに診療所へと入れて治療してくれた。

だが、おもったよりも傷が酷く、
このまま意識が戻らなければ死ぬだろうと言われてしまった。

その後、あの診療所に次々に怪我人がやって来てしまって、
追い出されるようにすぐにここに移された。


おじいちゃんと交代で、ひとみの様子を見ながら生活の基盤を整える為に忙しい毎日

その騒乱の一週間後になっても、まだお金なんてない私達は、
食料の調達に山に向かったり、職を見つけたりと忙しかった。

その日私は、今まで通り山で食料を調達しに行った後、
ひとみの様子を見ながら薬の調合をしてたおじいちゃんと交代した。

それから掃除をしだして少しした頃だった・・・

まだまだ散らかっている狭い家の片付けを続けながらも、
うつろながらにひとみの目が開いているのに気付いた。

「吉澤さんっ」
慌てて呼びかけた声に反応もせず、ひとみはただ天井を見上げてた。

「よかった気が付いてっ、ちょっ、ちょっと待ってて、すぐ先生呼んで来るから」

そう言って紗耶香の診療所に駆け込んだ私の様子に、紗耶香のおじいさんでもある先生は、
ただならぬ雰囲気をすぐに察してくれて、何も言わなくても駆けつけてくれた。
453 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:24
先生と、助手である稲葉さんという人が、ひとみの体をあちこち診てはコソコソと話していた。

その際、先生から繰り出される質問に、ひとみは小さく頷くか、首を振るだけだった。

そろそろ終わりという頃、ひとみが先生に何かを話し、
先生も優しい顔をして何かを答えていた。


私は、その様子を少し遠くからしか見る事が出来なかった。

時折肌が出るひとみの体を見るには、私の心臓が持たなかったから・・・


「もう大丈夫だろう、あゆみさん、もう少ししたらこの子に何か食べれるものを持ってこさせるから、
しばらくは無理に起きないように気を配ってあげなさい」

「はい」


お金のない私達を察して、色々気遣ってくれる本当は優しい先生。


「この子強運やわ、生きてるのが信じられへん、
後で病人食の作り方書いた紙と一緒に、ご飯持って来たるからな」

「はい」

立ち上がって診察所に帰ろうとする2人に、ひとみは初めて口を開いた

「新しい新聞・・・・・は、出ましたか?」

ここはどこ?・・・でも、あれからどれくらいたったか・・・・
でもなく・・・・・新聞が出たかどうかを気にするなんて、
ひとみの不思議さを改めて感じさせられたっけ。

・・・・・だいたいその頃の私は、新聞自体を知らなかった・・・・・

多分私が知らないから先生達に聞いたんだと思うけど・・・・


454 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:28

「新・・・・ぶん?」

彼女の予想通り、解らずにキョトンとした私を、すかさず稲葉さんが気を遣ってくれた。

「ああ、出たで、おとといやったかな、じゃあ後で持ってきたる」

「すみ・・・ません」

ひとみは、それを言うとまた目を閉じてしまった。



2人にお礼を言いながら見送ると、振り返って私は無意識に呟いてた。

「新聞・・・・」


初めて聞く響きに、思わず出たんだけど、ひとみはそれを聞いてたのか、
さっき閉じてた目を開けて、私の方を見ていた。

「あゆみさん・・・・・ありがとうございます・・・・・色々助けていただいて・・・・」

おかげで生きてるみたいですねとうっすらと微笑んだ。



「あ、ううん、いいよそんなの」
「体が動くようになったら・・・・出て行きますから、本当にすみません」

お礼はいつか必ず・・・・とまた瞼を閉じる。

「えっ・・・・と・・・・うん、じゃあ先に私が・・・・・
城に伝えに行って来ようか?迎えに来てもらえるようにね」

ただ信じてくれるか解らないけど・・・と言いながら、ひとみの綺麗な顔を見つめてると、
瞼を動かしたひとみは私をゆっくりと見つめてきた。



ドキっとしたのは当然の話し


だって・・・・・綺麗なんだもん。
455 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:31

一週間も人形のように眠っていたひとみは、その綺麗な瞳を少し悲しげに潤ませ首を振った。


「そうね、ちゃんと自分で行かないと、私が行っても信じてもらえないだろうしね」

「いえ・・・・・そんなんじゃ・・・・・え〜と・・・・・
あ、あの・・・・新聞の存在は・・・・・知らないんですか?」

「あ、うん、ごめん」

「いえっ、そういう意味じゃなくって・・・・・また私・・・・・
その・・・・すみません、知りませんよね、ずっと山で暮らしてたんだから」

「あ・・・・・う・・・・うん」

「新聞って・・・・・今世の中で何があってるかを知らせてくれるんです。
旅でそれを作ってる人達とも知り合いになって・・・・・その・・・本当にすごい人達ですよ」

「・・・・・・そう」

「あの・・・・あゆみさんと同じ兎族の人達なんですよ、それを作ってる人達って」

「・・・・・・そう」

「本当に・・・・族の人達は・・・・・すごいですよね」

にっこりと私を見て優しく笑ってくれて・・・・・ドキドキがしばらく止まらなかった。



本当に綺麗な人・・・・・


そして・・・・やっぱり思ってしまった

ずっとここにいてくれないかなぁって・・・



だから・・・・・私は気付いてた。

彼女の意識が戻らない時に、どうして城に知らせなかったのか・・・・

生活に必死で、忙しかったのも一つだけど・・・・

何より・・・・・・ひとみと離れるのが嫌だったんだって・・・・・


おじいちゃんに、その少し前に言われた事は・・・・・たぶん正解。

まさかって思っていた私は・・・吉澤ひとみさんに恋したんだとその時実感した。


その気持は・・・・・彼女を知るごとに、日に日に強くなっていく事になる。


456 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:35
その後、病人食の作り方を書いた紙と、ひとみの食事を持ってきてくれた稲葉さん。
もちろん新聞という紙きれも・・・

ゆっくりとひとみの口へと持っていく匙が震える。
だってすっごく綺麗な唇。

うっすらと開くその唇が、私にはとても神秘的に見えた。



私はやっぱり可笑しい。



こんなにドキドキする人なんて・・・・今まで会った事はない。

人なんて会わない生活だったんだから、それも当たり前というだろうだけど、
町に戻ってもその考えは変わらなかった。


食事が終わった後、明るいうちにひとみが新聞というものを読むのを手伝った。

片手しか使えないひとみの反対側の端を持ってあげた。



ひとみの真剣な視線が眩しい。


私達は、忙しくて、ひとみが助けたがっていた矢口さんが、あの後どうなったのかは知らない。

ただ・・・・

町の人達が安堵の表情で生活しだしたのは感じていた。



お姫様と矢口さん達が復活し、貧富の差の激しい街でなく、
のんびりした昔のような町に戻れるからと・・・


457 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:39
ただその時、私は近くにあるひとみの顔にドキドキしていて、
その新聞に何が書かれているかなんて全然興味がなかった。

その綺麗な横顔をただ意識していたら、声をかけられる。

「裏に・・・・してもらってもいい?」
「あ、うん」

ひとみに言われて慌てて裏にしてあげた。

「遠慮しないで指示してね」

私がそう言うと

「でも、あゆみさんが読み終わってないのかなって・・・・・」
「あ、私は字が読めないから大丈夫」

そう言うと、驚いた顔をして至近距離で私を見つめてきた。

「・・・・・・そう・・・・」

彼女は薄い唇を少し噛み締めると、再び新聞に目を通しだした。




しばらくすると、

「声・・・・出して読もうか?」

彼女は、なんだか気まずそう言って来る。


「ううん、いいよ、また今度教えて」
「・・・・・・・うん」

気を遣ってくれる優しい彼女
だいたい今度なんてあるんだろうか・・・・
そう思っていた。

彼女はすぐにあの矢口さん達の所に帰ってしまうだろうからと、
近くでひとみの顔を見る事だけで、あの時は一杯一杯だった気がする。
458 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:42
字だって全く読めない訳じゃない。

簡単な文字なら解るけど・・・・・ってレベルだった。



だって山の生活に文字は必要なかったもん。

人となんて・・・・・あんまり会わないから・・・・



読み終わったひとみはまず私にお礼を言ってくれた。

「ありがとう、あゆみさん、あ、矢口さん達は、真希の弟・・・・・
今の女王様の弟に勝って、これからこの国を守ってくれるみたい」

真希なら大丈夫・・・・族の人達だって安心して暮らせますよ、よかったですねと笑う。

「そう・・・・・でも私達にはあんまり関係ないかな」
「・・・・・はは、あ、おじいさんは?」
「うん、今薬草を採りにいってる」
「私・・・の?」
「あ、それもあるけど、すぐ近くに診療所があってね、元々そこに薬草を届ける仕事をしてたから」
「へぇ」
「私達もね、もう族だからって殺されるような事もないって解ったから、またここに住もうかって」
「そうですか・・・・良かった・・・のかな?」

彼女は、今までの私の人生を否定も肯定もしないんだなってなんだかホッとした。

「う〜ん、町での生活にはまだ慣れないから、なんともいえないけど」
「じゃあ、今まで、あの場所での生活は楽しかった?」
「う〜ん、でも気楽だったかな」

人と接する事がない分、気ままに生活出来てたから・・・
寂しくても、好きな時に、好きな場所に行って・・・・・とっても気楽だった。


459 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:46
「私のせいで?」
「ううん、吉澤さんのおかげでここに戻れたんだよ、気にしないで」
「・・・・・・・・・・・ありがとう、すみませんがしばらくお世話になります」
「う、うん、こちらこそよろしく、何かしたい事があったら何でも言って」
「はい」

そのやりとりで、彼女がしばらくここにいてくれる事を確信して嬉しかった事を覚えてる。


それからは、稲葉さんが時々様子を見てくれる事になって、
おじいちゃんと私は、安心して昼間仕事に行く事が出来た。

おじいちゃんは、元からやっていた薬草を探す仕事を、
私は先生の紹介で町の食事処のお手伝いを・・・

でも、初めて仕事というものにつく私を凹ませたのは、
私が人と接する事が苦手という事と・・・・文字が読めない事。

一応、優しい店主は色々助けてくれた。
その裏に、邪な気持があったとしても、当時はただただ、感謝をしていた。

計算が出来ない事や、今この町で流行ってる事や、
ちょっとした冗談の言葉に返す言葉が出ない私。

十分な働きの出来ない私に、
根気よく仕事を教えてくれてもうまく出来なくて、毎日毎日、情けない思いをしながらの生活。


そして、それが悔しかった私は、ひとみに意を決してお願いしてみた。

「ねぇ・・・・・文字を・・・・・教えてくれる?」

先生から借りた木で作られた椅子に体を凭れさせて、
綺麗な背中を私が拭いている時に言ってみた。
460 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:49

「え?」
「ダメ?」

彼女のきめ細かい肌を触るこの時間が、落ち込んだ私にとってはすごく心トキメク時間。
もちろん背中とか、手足だけだけどね。

「ううん、もちろんいいよ」
「でも、ここには勉強道具がないから・・・・・どうすれば覚えられると思う?」

左手で、ひとみが自分の体の前の方を拭きながら、優しく答えてくれた。


「ほら、あれがあるじゃないですか」
「え?」

彼女が見ていたのは、何日か前に、彼女が必死に読んでいた新聞。

「新聞が読める位になれば十分でしょ?」

「まぁ・・・・・うん」

でも、ひとみが読んでいる時に覗き込んでても、
とても読めるものではなかった為に声のトーンが落ちた。

「大丈夫、私も学校とかじゃなくて、人から教えてもらったけど読めてますから」
「そうなの?」
「うん、私を拾ってくれた人の娘さんや、かわいそうに思ってくれた人に教えてもらいました」
「え?拾って?」
「ええ・・・・・・私の一番古い記憶は、知らない場所の暗い家の中で転がってた所からなんです・・・・」
「・・・・・・・」
「私はどこの国の、どんな人達の子供なのかも知らずに育ちました」

そんな私が読めてるんだから、絶対に大丈夫だと優しい声で言ってくれた。
461 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:51

彼女の話しを聞きながら、綺麗な肌に服を着せてあげた。

「・・・・・・・そう」

「だから・・・・・・吉澤ひとみ・・・・という名前はもう捨てます」

「へ?」

「これからは・・・・・・・・・えっと・・・・・・与謝野・・・・・与謝野ひとみとして生きていきます」

「は?」

「もう世間では吉澤ひとみは死んだ事になってます。だから・・・・・・
これからは、与謝野ひとみとして生きていくんです」

彼女はそう言って爽やかに微笑んだ

「吉澤さん」

「ひとみでいいです。もう私を吉澤とか・・・・・その名前では呼ばないで下さい」

「でも」

「字とか、すぐ覚えますよ。計算だって・・・・・だから・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「だから・・・」

「・・・・・・だから?」

「んと、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい・・・・・あゆみさんには笑顔が似合うから」

どうしてそんな言葉がスラスラ出てくるんだろう。

こんな綺麗な顔の人の口から・・・・・こんな嘘みたいな言葉が自然に・・・・

その時はそう思ったが、
とにかく嬉しくて、照れくさくて、私はただ慌てまくった。
462 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:54
「も、もう、へ、変な事言わないでよっ・・・そっそれに私の事もあゆみでいいから」

私は慌ててその場を離れた。

だけど彼女は、自分で横たわる事も出来ずに、恥ずかしそうに助けを求めてきた。


「あのっ、あゆみっ」
「え?」

いきなり言った通りに呼び捨てにしてくる彼女。
言いながらも照れたのか、その後戸惑いながら言って来た。

「ごめん・・・・・んと・・・・寝かせて・・・・もらえる?」
「あ、ごめんっ」

ポツンと放置されたように座椅子に凭れている彼女。
まだ彼女は一人では体を寝かす事さえ出来ない。

また慌てて近づいた私は、微笑む彼女と目が合い、
なんだか可笑しくてくすくすと笑い合ったっけ。

その次の日の夜から、私と彼女の勉強の時間が始まった。




とても・・・・

とても幸せな時間




わずかな明りの中、一緒に新聞を口に出して読みながら、
漢字といういくつも読み方のある文字を色々教わる。

463 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 22:58
私は、まだ町の中での暮らしにあまり馴染めず、
お客にも怒られたりしながら、毎日毎日必死だった。

族だという事がバレないように、愛想笑いもそこそこに、ひたすら黙って仕事をする私を、
お客さんはあまり良く思わなかったみたいだった。


そして、彼女の方はというと、私達のいない昼間、
診療所に治療に来ている人の子供達と、いつのまにか話すようになっていた。

子供達がいると、親の治療の妨げになるからと、稲葉さんがひとみに子守を頼んだのが発端。

稲葉さんは増え続ける負傷者の世話をしながら、
彼女を気にする事がなくなった事で治療に専念する事が出来た。

ひとみが寝ている私達の家の部屋を縦横無尽に走り回る子供達。
それを見守りながら、彼女は楽しそうにしていたという。

喧嘩したり、泣き出す子を叱ったり慰めたりと、怪我人なのに忙しかったみたいだ。

そして、その子供達から、使い終わった学校の教材をもらえるようになる程仲良しに・・・・

「これであゆみも勉強しやすくなったでしょ」

彼女は楽しそうに笑っていた。

沢山の子供達に、自分の世話をしてもらっても、
彼女は爽やかな笑顔で感謝を表し、子供達に満足感と達成感を与え、
彼女が食事をしたり、用を足しに行くために、皆で力を合わせて支えたりする事では、
子供達は優しさと、思いやりを学んでたみたい。

そんな事を話してくれながら、私に優しく文字や計算を教えてくれる夜は本当に楽しかった。

苦しい昼間の仕事の事を忘れさせてもらえる程・・・

すでに彼女は与謝野ひとみとして生き始めたんだと思った。
464 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:01

先生も稲葉さんも、彼女が名前を変える事に反対はしなかった。
そして、診療所に何部かずつ置いてあるある新聞を、一通り全部私にくれた。

でも教えてくれながらだから、その全部を読むのに大分時間がかかったけど
ひとみの仲間達は、いつも危険で、どんなにすごい状況で旅をして、
そして皆が絆を深めていったのかを、次第に理解していった。

それを読んで教えてくれる時のひとみは、
その顔に何の表情も出さずに淡々と教えてくれた。

字に関する事以外の私の質問には、ただ微笑みを浮かべて、
大変だったとか、すごいでしょと簡単な言葉だけしか答えてはくれなかった。



チビで・・・・嘘つきで弱虫



ひとみの口から聞いた矢口さんという人物は、私達民間人には考えられないような、
どんな数奇な運命を経て、どういう人物なのかという事だって・・・・・
この、新聞というもののおかげで知る事が出来た


そんな風に、皆の協力で、私の計算力も、文字を読む力も、少しずつ上達して
接客以外の仕事は、一通りこなせるようになった。

それからも怒涛の毎日を過ごし、あの事件から一ヶ月を迎えようとする頃
ひとみが漸く自分で立てるようになって、
私はだんだん、ひとみがいなくなる事を恐れるようになった。


ひとみと2人きりになる事をひたすら避け、
話しをさせるような雰囲気を作らせなかった。

465 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:05
そんなある日、この街にやって来ていた各国の偉い人達が、
明日、全員帰るという事で、街を挙げての宴が催された。

この国の姫だった人が、正式にこの国の女王様になる事も合わせた宴。

国中の兵隊が町中に散らばり、民と一緒に準備を進めていった。
夕方には、めったに見る事の出来ない、女王様や、各国の王族・実力者達が、
街をぐるりと練り歩くという事で、表は警備体制に忙しい兵隊や、見物しようとする人々でごったがえした。

この店は一応大通りの近くにあるので、
その行列を見ながら食事を楽しめたりする場所として目の回る忙しさ。

馬上で手を振る人達を横目に、私は失敗しながらもなんとか仕事をこなしていた。

「ま〜ったくっ、こんなにめでたい日なのに、今日も愛想なしかよっ、このねーちゃんはっ」
「すみません」

かわいいから許してやってよ〜と店主のフォローがさらに私を落としていった。

ただでさえ人と接するのが苦手なのに、
酒の入った人達というのは、本当に厄介。

行列も終了し、辺りも暗くなると、周りの店も早々に店じまいをして、
道々に机やら椅子を持って出てどんちゃん騒ぎ。

私もひとみの待つ家に帰ろうとすると、店主に呼び止められた。

「あゆみちゃん、漸く仕事にも慣れた事だし、今日はさ、折角だから皆で飲み明かそう」
「すみません、私、家に病人がいるから」
「もう良くなってるって聞いてるよ、それに今日は特別な日なんだからさ、
いいじゃない、皆もこれ持って表で騒ごう」

店にあるありったけの食料と、酒を各自持って、
その店で働く同僚四人と喧騒に出て行く。

表に出て驚くのは、いつもの街とは違った明るい町並みと、
遠くに見える城が一際美しく佇んでいる美しい風景。

あちこちで火が焚かれ、人々は各国からやって来た音楽や踊りを楽しんでいた。

466 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:07
これから各国を自由に行き来出来るようになる未来と、
争いの無い、昔々の御伽噺のような便利な文化を築けるようにという希望に満ちた宴。

同僚の内2人は、この職場でお互いの事を想い合う仲で、
手を繋いでJの国からやって来た踊りを見ながらグラスを傾けて楽しそう。

もう一人は、家族持ちなので乾杯をした後、早々に帰っていった

私も早く帰ってひとみと宴を楽しみたい。

なのに、店主はご機嫌に酒を煽りながら私の肩に手を回してくる。
同僚や、ここの近辺の人達から聞きかじった店主の噂。

店主の作る食事は天下一品だが、女癖が悪くて、奥さんに逃げられたという。
だからここは女性が働きに来ないとかなんとか・・・・

今までそんな感じを受ける眼差しを確かに感じた気はするが、
生活に必死な私は、店主の優しさにあまり気にしていなかった。

だけど、その時の対応には、ひきつった笑いを返すだけの私。

「店長、あゆみちゃんにひっつきすぎですよ」
「あゆみちゃん、我慢しないでいいんだよ」
「大丈夫です」
「ほら、いいって言ってるじゃないか、な、ずっと優しく教えて来たんだもんな」
「あ、はい」

上機嫌な店主は、グビグビと酒を煽り、踊りを見て楽しんでいた。

しばらく我慢しながら宴を楽しもうと踊りを見ながらグラスを傾けていると、
ずっと楽しそうに会話していた同僚の2人が、そろそろ帰りますと片付け始めた。
467 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:09
「あ、じゃあ私も」

残念そうな店主をよそに、私達三人はテキパキと片付けを終え、
同僚2人は、仲良さそうに肩を寄せ合って去っていく。

私もお疲れ様でしたとここを去ろうとした時、
突然店の中にいた店主が、グイッと私の手を握って店の中に引き入れた。

キャッ

叫びながら倒れこんだ私に覆いかぶさる店主と同時に、ドアがバタンと閉まり暗闇に包まれる。

「ちょっとやっ」
「あゆみちゃん」
「やっ・・・くっ、やめてくださいっ」
「優しくしてやるから」

組み敷かれてがっちりと抑えられた私に吹きかけられる息が酒臭い

「いいじゃないか、これからもずっと俺達仲良くしていこうよ」
「やめて下さいっ」

ガッチリ両手をつかまれてて、必死に抵抗するが、所詮、力では叶わない。

「誰かっ」

叫んだ途端に、外でドンっという大きな音が鳴り私の声は掻き消された。

近くにあった掃除道具がバタバタと倒れる。

2人の動きが止まると、バンッという音と光・・・
そして、オオッと外の人達が沸き、拍手や歓声が聞こえた。
468 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:12

「花火で聞こえやしないよ、さぁ、楽しもう」


花火って何?

そう思うより、暗闇にうっすら見える店主の、見た事もない不適な笑みが気持悪い。


ビリッと服が破ける音
片手が外されて私の胸元の服が破られたみたい。

首筋に感じる生暖かい感触

「いやっ」

外の歓声で掻き消される部屋の中の音。

ふいに両手が自由になった。

両手で私の服を全部剥ぎ取ろうとして手を離したみたい。

「ずっとあゆみちゃんが好きだったんだよ」

耳元に囁かれる言葉を聞くよりも、体が勝手に動いてしまった。


空気が動く・・・

バンッ 、 ガチャッ 、 ガチャン 、 パリパリン 、 ドンッ

食器が飛んでしまって次々に割れていく。

近くにあった机や椅子が、ザザァッと動いて物を壊して、
私はバンッと壁に打ち付けられた。
469 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:14


それは私が力を使ったから・・・





そしてひっくり返った店主。

「あ・・・・あゆみ・・・・ちゃん」

呆然と私を探す視線は怯えている。


「や・・・めて下さい」

やっと搾り出した声に、あの時店主はこう言った。





「ば・・・化け物だったのか」







私はその時の悔しさを今でも忘れられない。



明日から来なくていいからという言葉を背中に聞きながら、

夜空に綺麗な花を咲かせている場所に向かって、私は消えた。
470 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:17
街の中で使った事のない力で家に着くと、
道に出て空を見ていた近所の人達の前に、不用意に姿を現してしまった。


空を見て歓声を挙げていた近所の人達の顔が、驚いた表情と驚嘆に変わり、急に静寂が訪れる。


ひときわ夜空に響くバンッという音と、一瞬の明り。

やがて皆が、ざわざわと私を見て囁きだした。



やっぱりあの子族だったのよという声が聞こえてしまうこの耳が恨めしかった。


服をちぎられている私を見るその目も、化け物を見るような怯えた感じ・・・・


いたたまれずに、そそくさと家に入ろうとすると、

「族だから何?」

と声が響いた。


立ち止まってる私の背中に近づく声


「何言っちゃってんの?みんな知ってたじゃん、あゆみが族って事なんて、こそこそ噂してたっしょ」

その声は、明るく、冗談めかした声色。

何も言えない私に近づいて、敷物だったのか、肩を組みながら自然に布で私をくるんでくれた。
471 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:18
「ねぇ、雅おばちゃん」
「ま・・・まぁ」
「ね、三郎さん」
「む・・・・」

近所の人達に、にこにことそう言うと、
今まで紗耶香が一緒に楽しんでいた若い人達の集団に向かって、

「んなくだらない事言ってないで、ほらっ、
まだ花火が続いてるよっ、もったいないからみんな見ないと」

今日は楽しむよ〜と皆の意識を宴気分に誘った。


そ・・・そうだね、と言い合う人々

再び皆が、めったに見られないという夜空の芸術に意識を戻すと、


「何かあった?」

優しく聞いてくれた


「紗耶香さん・・・」

やっと呟くと、紗耶香は私を見てにっこりと笑った。

昔の幼馴染だってなんとなく覚えてはいたけど、十年も離れていたし、
数回しか、まだ会話した事がなかったので、その頃はさんづけだった。
472 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:21

「ごめん、先生が折角紹介してくれた店・・・・・クビになっちゃった」

店主の嫌悪感を思い出しながらそう言うと、
紗耶香は一瞬険しい顔をして、再び笑った。

「ば〜か、謝るなよ、いいじゃん、次またどっか探せば」
「あ・・・・でも」

「いいって、あいつが何かしたんだろ、知ってたよ、あの親父が曲者なのは」
「え」

「普段はいい人なんだけど、酔うと人が変わるらしいし、じいちゃんも人手が足りないって相談されていたとはいえ、
あゆみを紹介するのは大丈夫かなぁって、最初悩んではいたんだよ、こっちこそごめんな」

「ううん」

「で、大丈夫だった?」
「うん、逃げて来たから何もされてない」

「そっ、良かった。じゃあさ、着替えたらまた出ておいでよ、じいちゃん達は診療所の庭で、患者さん達と花火見て楽しんでるからさ」
「あ、うん」

玄関先まで送ってくれて、紗耶香は爽やかな笑顔で元に戻って騒ぎだした。




再び騒々しくなった表とは違い、私の家の部屋の中は真っ暗で静かだった。



473 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:25

表にいなかったから、ひとみも診療所の庭にいるんだろうと思っていたら、

家の裏にある庭に、ひとみが佇んでいた。



空を見上げ、静かに・・・・・ただ静かに夜空を見上げていた。



ただ・・・・

ただ静かに・・・・




パンパンっと、一瞬の光に照らされるひとみの横顔は、
この世のものではないと本気で思った。


余りに綺麗で・・・・
そしてすぐに消えてしまいそうで、私はつい、さっき頑張って抑えた涙が出てきてしまった。


ズズッ

鼻を啜る音で、ひとみがハッと私を見てしまった。


「あれ、お帰り」

「・・・・」

いつもと同じように迎えてくれるのがさらに私の弱さに拍車をかけ、
ひとみのいる庭に飛び降りてひとみに抱きついた。

「消えないで」

「ヘ?」

「お願い」

私はその時、ギュッとひとみに抱きついて目を閉じた。
474 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:26


「何か・・・・・・あったの?」

そう言って、ひとみは私を優しく抱きしめてくれたっけ・・・

私の服が乱れてるのに気付き、見ないようにしてくれるかのように・・・




「ううん」

「そか・・・・・・」


優しく優しく・・・・・
私の頭を撫でてくれたあの時の私は・・・・・間違いなく幸せだった。


「ただ・・・・・」

ひとみの体の中に響くように呟く

「ただ?」

「私は・・・・ひとみにここにいて欲しいの」

「・・・・・・・でも・・・・」

「いて欲しいの」


顔をあげて、ひとみの瞳を見て真剣にそう言った


「・・・・・・・・・・う・・・・ん」

驚いた表情だったひとみは、ゆっくりと笑顔になっていった。

そんなひとみの笑顔が、明りに照らされた。
475 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:28
「じゃあ私も本格的に職探さないと・・・・・」
「まだダメだよ、体が治って間もないのに」
「近所の人に当たりはつけてるんだ。どっか働く所がないか」

「・・・・・ひとみ」
「じゃあ、これからはあゆみにばっか苦労させないから」

優しい顔だった。



本当に・・・・・

本当に私は矢口真里という人を羨ましいと思った。

こんな人から愛されて・・・・・







お〜い、あゆみ〜っ、まだ出てこないのかよ〜っ、花火終わっちゃうよ〜




玄関先から紗耶香の声が聞こえて、私はひとみから離れた。

「げっ、与謝野っ、お前ここにいたのかよ、ん〜
お前いるなら、あゆみはここで見てる方がいいか」

「なんでですか、市井さん、ウチらも混ぜて下さいよ」

「え〜っ、お前もかよ〜っ、ったく、じゃあ早くしろよ、じーちゃん達も裏から出てきて待ちくたびれてるからさ」

花火終わったら、また宴会だよ〜、と消えていく紗耶香
476 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:30

「紗耶香さんと、仲悪いの?」
「ううん、でも、私の事気に入らないみたいだよ、市井さん」

優しく笑うひとみは、先に行くねと出て行った。

私がいない間、子供達の面倒を見てたと思ってたら、
動けるようになった途端、すっかり近所の人と仲良しになっていたひとみ。

私とは違って、知らない人にもすぐに打ち解けていく力があるみたいだった。

だから、着替えて出て行った時には
街の子達がひとみに群がっていた。

「与謝野さ〜んっ、こっちにも来て〜っ」

どこにいたの〜っ、探したんだよ〜と、あちこちから群がりだす女の子達。

そりゃそうだよね・・・・・
こんなに綺麗な人・・・・・なかなかいない・・・・

一緒に飲みましょうとあちこちに手を引かれていくひとみ。


「あいつが最近ここらをうろつき出したせいで、イチーの人気が危ないんだよな」
「え?」

近寄ってきてた紗耶香が、こそこそと耳元で囁いて来た。
477 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:31
「あゆみが族だからって、こそこそ言われてるんじゃないよ、
無駄にかわいいあゆみが、あいつのそばにいるもんだからさ、やっかんでるんだよ、若い子達は」

再び耳元で囁かれてくすぐったくなって笑ってしまった。

「そうそう、笑って笑って、そうやって笑ってれば、これからも何とかなるって」

「・・・・・・・・・・・・」

ヒューッ、ドンッ、パンパンッ
ドドドドドンって、花火の連発が始まり、皆はこれ以上ない位の盛り上がりで杯を空に掲げた。

ひとみも、にこやかな笑顔で、皆と空を見上げていた。





みんなの顔は輝いていた。

これから、この国は、平和に、そして豊かになっていく・・・

街の人達は、そういう思いだというのが、身にしみて感じられた。


この辺の人達だけでなく、この町の人達全ての人達がそうであるかのように・・・・



「よぉ〜っしっ、イチーも頑張るぞ〜っ」

グイッと杯を煽り、夜空に向かって今にも遠吠えしそうな勢いでそう言った。

478 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:34

「・・・・・・・・・何か・・・・・あるの?」

頑張るような事があるのだろうかとふと声に出して聞いてみた。


「ああ、明日さ・・・・・やっばぶつけてみる事にした」

「・・・・・・・・・・・何を?」


「イチーのココロ」


ニヤりとした後、近くの子達にも、杯をぶつけながら、楽しそうに紗耶香は言い放った。


そいやって最後に私の方に指を向けると、
銃のようにした手で私をバンっと撃ち片目をパチっとして来た。

その姿は、人慣れしていない私には、随分ドキっとさせられる仕草で、
もちろんその途端、キャーっという声と共に、紗耶香に女の子達が群がった。

素敵素敵と騒がれて"だろ?"と調子に乗る紗耶香。

その仕草は、周りにいた彼女達にとってもすごく魅力的だったみたい・・・
言葉の意味はその時には全然解らなかったけど・・・・・
479 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:37


「乾杯じゃ〜っ、みんな」

へべれけの先生が声を張り上げると、紗耶香も続く

「みんな〜っ、今日はパーッと飲もうぜぇ〜っ、新しいこのMの国の誕生にっ」

それからは、酔っ払いのおじいちゃん達も傍にやって来たので、
少し安心して、近所の人達とも盛り上がれた。

その後あっという間につぶれてしまった先生。

友達がつぶれてしまっておもしろくないおじいちゃんは、つまらなそうに私の隣に寄ってきた。

そんなおじいちゃんに意を決して言う、
これからもひとみと一緒に暮らしたい・・・・と・・・

おじいちゃんは、酔っ払った赤ら顔で、待ってましたとばかりにこう言った。

「おう、いいぞいいぞ、これからもずっと一緒に暮らせばいいじゃないか、もうひとみもわしの孫だ」
・・・と高らかに笑ってくれた。

それを聞いて嬉しそうにしてくれたひとみの姿が、本当に私は嬉しくて・・・・

その嬉しさの余り、おじいちゃんの手から酒を奪い取りグイッと煽った。



産まれて初めてのお酒。
喉がカーッと熱くなって、体温と・・・・そして気分が上がっていくのが解った。

それから・・・・
その時に私は、初めて近所の人達と打ち解けて話す事が出来た。


それは優しい2人と、暖かいおじいちゃん達のおかげ・・・
その時、私はやっと実感した。

私はみんなに支えられて生きているんだって・・・・・


そう

特に紗耶香と・・・・・ひとみの支えを受けて
480 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:40
それからひとみと2人で、働く場所を探していた時に、ひとみの妊娠が発覚し、
彼女は、やむなく働く事を断念。

私の方は、前の店で一緒だった人の好意で、別の場所で働く事が出来る様になり、
ひとみは先生の好意により、診療所の手伝いで、わずかばかりのお金をもらえる様になった。

そのお金はもちろんひとみの診療代へと変わって、診療所へと返還された。

でも、そこで患者さんや子供達の為に絵を描くことが、ちょっとした話題になり始め、
彼女の容姿と共に、見た人が温かくなるその絵は、
商売になりうると判断した紗耶香の一言からそれを商売に・・・

その通り、彼女に会いたいという人達が、毎日毎日この家を訪れ、
中には、ひとみの子供と共に世話するから、家に来ないかという男の人や、金持ちの女性も現れた。

それも一人や二人ではない・・・・


不安な毎日

でも、私の不安をいち早く察してくれたのが紗耶香だった。


彼女は、その頃、恋に夢中で、
その相手が矢口さんだなんて、その時は全然気付きもしなかったんだけど、
嬉しそうに、また断られた〜と報告してくる紗耶香は、
モテまくる彼女へのヤキモキした私の気持に気付くのも敏感で、
いつも早く告白して迫っちゃえと、私の気持を応援してくれてた。
481 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:43
当のひとみも、私の気持を知ってて・・・
いくら告白を受けても、私はここにいるからと、ちゃんと言葉にして伝えてくれてた。

その度に、私達家族に、感謝の気持を表して、
私達への恩返しの為にと、嫌がる事なく絵を描き続けてくれた。

真里菜が生まれてからは、私の世話で慣れているおじいちゃんが毎日嬉しそうで、
それを見るひとみも嬉しそうで・・・・

私達は、幸せなんだと思えた


なのに・・・・
やっぱり時々見かけていた。

夜中にそっと起きて
一人静かに・・・・・時には真里菜をあやしながら、月を見上げるひとみがいた。

あの、花火を見てた時のような、綺麗な横顔で・・・




私が嫌いなその姿


全身で、あの人のそばにいたいって溢れているその横顔は、
それでも翌朝、優しい笑顔で私のそばにいると感じさせてくれてた。

ひとみは・・・・・・・・・


私のそばにいてくれた。


482 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:44

そして紗耶香もずっと応援し続けてくれた・・・・

私の・・・・
こんな私の為に・・・・


臆病で・・・・・弱虫な私の為に・・・・



なのに、
私は何もしていない・・・




そんな2人にも・・・・・何もしてあげていない。



新聞の中で見たひとみ達の活躍のような・・・・・
今起きている出来事を・・・・
それを伝える仕事。




私に出来るだろうか・・・



そんな事を考えていると、いつのまにか目の前でグースカ寝ていたはずの紗耶香が、私を見てるのに気付いた。

「あ、起きたんだ」

なんだか気まずつくて慌ててそう言うと
紗耶香はニヤりと笑った
483 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:47

「やる気になった?」
「・・・・・・・・何を?」

「まったまた、今やる気の顔だったじゃん」
「だから何を?」

見透かされているような紗耶香にキレる私




「情報員」


勝ち誇ったような紗耶香の顔。

もちろん、見透かされていたから悔しい私。


「・・・・・・」
「いいじゃん、やれば」


「・・・・・」
「何でそんなに迷う?」


「だって」
「だって?」


「字は読めるし書けるでしょ?」
「・・・・・まぁ」


おかげさまで・・・

484 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:48




「あいつらのやって来た事だって理解出来てるだろ?」

「・・・・・・う・・・・・ん」



そりゃ・・・・・新聞で読んだ位は・・・・




「兎族っしょ?」

「・・・・・う・・・・ん」



「そして、吉澤の事・・・・好きっしょ?」

「・・・・・・・・・・・」


そんな言葉を言った後、優しく笑いかける紗耶香



「好き・・・・・でしょ?」


二度目の問いかけは、いつもの紗耶香のおちゃらけた雰囲気ではない



「・・・・・・うん」

「じゃあ、おっかけるしかないっしょ」

「え?」


485 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:50


「あいつらみたくさ・・・・・その時に自分の出来る事・・・・・見つけてさ」

「自分の・・・・・出来る・・・・・・事」



「うん・・・・イチーはさ、絶対じいちゃんみたいな立派な医者になる」

だけどイチーは、医者のいない村とかさ、色んな場所にいる人達を診てまわる医者になるんだ。




「なれるよ・・・・・きっと」

だろ・・・と微笑む紗耶香は綺麗だった。



キラキラしている。



私も・・・・私もそうなりたい。



「じゃあ、あゆみもなれる」

「・・・・・・」






なれるかな・・・・ひとみ
486 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:51

「でしょ」

うん・・・・
そうだね・・・・


ひとみが・・・・命をかけて愛した・・・
矢口さんという人のように・・・・



私も・・・・今の私に出来る事や求められる事をすれば・・・・
輝ける・・・・・かな?



「うん・・・・・やる」



私だって

みんなのように輝けるはず・・・



「やってみるよ・・・・私」


紗耶香を見ると、すごく嬉しそうに彼女は笑っていた。


「おうっ、一緒に頑張ろうぜっ」

「うんっ」


ヨッシャと言いながら、紗耶香が突然抱きついて来る。
しかも、バンバンと背中を叩かれた。


487 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:53

「いいぞいいぞっ、あゆみっ」
「へっ」

間近で顔を覗き込んでくる紗耶香


「いい顔してっぞ」


そう言ってくれる紗耶香は・・・・めちゃくちゃ輝いてた。

心臓が、ありえない位ドキドキいってる。



「うぉっしゃ〜っ、もう一頑張りするぞ〜っ」

そんな私にお構いなく、ガバッと立ち上がった紗耶香は吼えた。


呆然とする私を振り返って満面の笑みを見せると、

「ウチらをフッたあいつらに、絶っっっっっっっっ対後悔させてやろうぜっ」

「・・・・・・・・は?」

488 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:54


「絶対、後悔させてやっぞっ、なっ、あゆみ」




この人って・・・・





「ウチらも輝こうぜっ」





ニシシと笑ってるこの人って





「なっ」





ほんとにバカだなって思う。









けど・・・


「うん」







私嫌いじゃない。
489 名前:dogs〜外伝U〜 投稿日:2008/11/01(土) 23:56


「うぉっしゃ〜っ、が・ん・ば・る・・・・・ぞ〜っ」


そう言って元気に出て行く紗耶香の背中を、

私は気付かないうちに微笑んで見ていた。







「うん・・・・・がんばろうね」


紗耶香と一緒に・・・・

あの人達のように輝けるように・・・・・






バカな私は、そう思った。







dogs〜外伝U〜 終わり 〜

490 名前: 投稿日:2008/11/01(土) 23:57
納まるかどうかドキドキしましたが、
なんとか納まったようです。
あいかわらずで申し訳ありませんでした。
491 名前:365 投稿日:2008/11/02(日) 00:59
お疲れ様でっす^^いえいえ、面白かったですよ?いつまでも待ってますので、外伝Vor続dogsを期待してます。何年掛かっても構いませんので宜しくお願いしますorz
 
492 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/02(日) 11:00
493 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/03(月) 15:01
矢口氏ねばいいのに。

494 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/11/22(土) 06:25
しばらく板から離れていましたが、久し振りに覗いてみたら外伝UPラッキーでした。
ここがまだ続いていたのを見たときは思わずガッツポーズをしてしまいました。
本編の頃はプリントアウトして持ち歩くほど好きだったのでチョーうれしいです。
外伝の楽しく読ませてもらいましたが、できれば続編が読みたいですネ。
勝手なことを書きましたが気にせず書きたいことを自由に書いてください。
拓さんの文章はとても好きです。のんびりお待ちしています。
495 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/25(水) 16:31
本編でも好きだった名脇役の2人が楽しそうで、
こちらまでいい気分で読み終わりました
今頃のコメントであれですが本当に良かったです
496 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/06/14(日) 18:19
久しぶりに読み返して見ました。
やっぱりイイですね。またいつか拓さんの作品に会える日を待っています。

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