壊れ行く世界の行方と果てしない白
- 1 名前:Z 投稿日:2007/08/11(土) 01:29
- 夢板で短編をだらだらと書かせて頂いているZです。
まとまったお話しを、と思い森にやってきました。
Berryz工房中心でだらだらと。
更新はまったり予定。
- 2 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:32
-
「壊れちゃえばいいんだ、みーやんなんて」
- 3 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:33
- どこかで自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
遠くで聞こえる声に意識が現実へと近づいた。
夢から現実へ近づくにつれ息苦しくなっていく。
寝苦しい夜ではあったけれど、息苦しい夜なんて聞いたことがない。
そしてこの首にある違和感はなんだろう?
目を閉じたまま雅は違和感のある首へ手を伸ばすと、何か柔らかなものが手に触れた。
その柔らかなものが何か確かめる。
柔らかな何かの輪郭を辿ればそれは間違いなく人の手。
- 4 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:35
- 雅が眠りに落ちる前、部屋には雅一人きりだった。
宿泊先のホテルは一人部屋で誰かが部屋に乗り込んでくることもなく、夜眠る前は確かに一人でベッドに横になったはず。
それなのに今、何故、誰かの手が自分に触れているのか雅はわからない。
疑問を解決するために雅は薄く目を開ける。
眩しくはない。
寝る前と同じで部屋は暗いままだった。
思い切って目を大きく開ける。
暗がりに目が慣れなくて、手の主が誰なのかわからない。
暗い部屋の中、ぼうっとする輪郭を捕らえようと目をこらしているとぎゅっと首が絞まった。
息苦しさの原因は単純なものだった。
- 5 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:35
- 首に触れている手が雅の首を絞めている。
目が覚めたばかりのせいか、首を絞められているという事実が大きな事に思えない。
絞められている首がまるで他人の首のような気分のまま、暗闇に目を慣らしていると視界に飛び込んできたのは見慣れた顔だった。
- 6 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:37
- 「もも!?」
大声をあげたつもり。
だが、実際は絞まっている首のせいで口から飛び出たのは掠れたような喉に張り付いた声だった。
急に息苦しさが酷くなる。
首を絞められていることが現実となって身体の機能を奪っていく。
雅はこの息苦しさから逃れる為に、首にまとわりついている桃子の手を掴んだ。
雅は掴んだ桃子の手を引きはがそうと力を入れるが、その手を首から剥ぎ取ることが出来ない。
- 7 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:38
- 「……みーやん、ももは壊しに来たんだよ」
雅の首にまとわりついた桃子の手に力が入るのがわかる。
足りなくなっていく酸素を求めて雅の喉がヒューヒューと鳴った。
「なに…を?」
声が喉に絡んで出しにくい。
雅が辛うじて出した声はさっきよりも小さく苦しげなものだった。
「みーやんを壊すの。……思い通りにならない世界なんて壊しちゃえばいいんだ」
「……もも?」
「知ってた?ももね、欲しい物は何をしたって手に入れる。今までずっとそうしてきた。本気で望んで手に入らないものもなかった。でも、そんなことがずっと続くわけないよね」
「も…も、何…言って……るの?」
- 8 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:39
- 雅に聞かせる、というよりは独り言のような桃子の言葉が耳に流れ込んでくる。
けれど、雅は薄暗い部屋に同化するような闇を含んだ桃子の言葉を理解しきれない。
酸素が足りないせいかもしれなかった。
首を絞める力はあれから変わらない。
それでも徐々に体内の酸素は失われ、新しい空気を求めて喉は短く震え、思考がまとまらなくなっていく。
雅は苦しくなって桃子の腕に爪を立てる。
だが、桃子の力が緩むことはない。
- 9 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:40
- 「……みーやんが欲しいって思って、でもダメで。だからもも、手に入らないならどうしたらいいかって考えたんだ。でね、気がついたの。もものものにならないんだったら、なくしちゃえばいいんだって」
桃子の感情のこもらない声が部屋に響く。
雅の視界が暗がりに溶けていく。
見えていたはずの桃子の顔が遠くなる。
「だからね、みーやん。……ももの前から消えて?」
- 10 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:40
- ぽとり。
落ちてきたものは多分、涙。
降ってきた涙は雅の頬を伝って落ちていく。
何粒も落ちてくる滴に蘇る記憶。
- 11 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:41
-
薄れていく意識の中、思い出したのはあの日のこと。
- 12 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:42
- そう、あの日。
雅は桃子に告白をされた。
普段使われていないかび臭い部屋に呼び出されて好きだと告げられた。
友達だと思っていた桃子から突然、好きだと言われて雅はそれを受け入れられなかった。
だから雅は桃子からの告白を断った。
そもそも、突然好きだと言われる理由もよくわからない。
普段の桃子は、仕事をしている時の騒がしい桃子とは違って、メンバーから離れた場所で静かにみんなを見ていることが多い。
メンバーとの距離感はいつも絶妙で近づけそうで近づけない位置に桃子はいた。
そのせいで、雅は桃子と仕事場以外で会うこともなかったし、プライベートで親しくすることもなかった。
だから、桃子が自分をそんな風に見ているとは思わなかった。
- 13 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:43
- 好きだなんて勘違いのようなもの。
雅は勝手にそう結論づけた。
告白を断ったあとも、普段と何も変わらない桃子に安心してそう思いこんでいた。
桃子は仕事をキッチリこなしていたし、仕事場で交わす会話も告白前と何も変わらなかった。
そんな桃子を見て、雅は桃子の扱いを今までと変えることなく何事もなかったように接した。
だが、想いは想像以上に深かった。
- 14 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:44
- 蘇った記憶が薄れていく。
息が止まる。
巻き付いた手が首を強く絞めた。
涙がまた落ちてくる。
気がつけば雅自身も涙を流していて、その涙に自分の涙が混じるのがわかった。
- 15 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:44
- 苦しい。
だから泣いてる。
苦しい。
息が、想いが、向かってくる桃子が。
思考は乱れてまとめようとする気にもなれない。
- 16 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:44
- 白い。
頭が、視界が。
白くなっていく。
霞む。
頭が、視界が。
霞んでいく。
- 17 名前:− 白く霞む世界 − 投稿日:2007/08/11(土) 01:45
- いつしか目の前の桃子の姿が滲んでいた。
それは自分の涙のせいなのか、桃子の涙のせいなのかはわからなかった。
ただ涙がこぼれ続けていることは確かだった。
自分が何故泣いているのか。
桃子が何故泣いているのか。
薄れていく意識の中。
それについて答えが出ることはなく、気がつけば思考は途絶え息苦しさは消えていた。
- 18 名前:Z 投稿日:2007/08/11(土) 01:46
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- 19 名前:Z 投稿日:2007/08/11(土) 01:46
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- 20 名前:Z 投稿日:2007/08/11(土) 01:46
- 本日の更新終了です。
- 21 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/12(日) 01:05
- 頑張ってください
- 22 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/15(水) 01:34
- こういうの好き。
がんばってください。
- 23 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 00:58
- 夢の続きのような白い空間。
雅が重い瞼をこじ開けて辺りを見回すと、そこは白くて消毒臭い空間だった。
今が朝なのか昼なのか、時間を遮るような部屋のせいで今が何時かわからない。
そして目の前には佐紀がいた。
- 24 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:02
- 「みや!大丈夫?平気?痛いところない?」
目を開けるとほぼ同時に佐紀が声をあげた。
気遣うような声と心配そうな顔。
そんな佐紀の後ろには真っ白いカーテンがひらひらと小さく揺れていた。
心当たりがない。
どうして佐紀がこんな顔をして自分を見ているのか理解出来ない。
わかることと言えば、鼻につく匂いと閉鎖的な白が埋め尽くすこの空間が病院だということ。
- 25 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:03
- 「みや?」
返事も返さずにこの場所を確認するように周りを見回す雅に、佐紀が声をかける。
声が自分を呼んでいるのはわかった。
だが、どんな言葉を返すべきかわからない。
だから雅は夢の記憶を辿る。
- 26 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:04
- この白い部屋と同じように白かった夢。
保健室を思い出させるようなこの部屋に来る前にいた場所。
雅は顎に手を当て、記憶を探る。
その指先は顎から喉を辿り、無意識のうちに首を撫でた。
指先に柔らかな布のようなものの感触。
それが首に巻かれた包帯だと気がつくまでにしばらく時間がかかった。
そしてその包帯によって思い出される違和感と息苦しさ。
白い記憶の奥底から現れたのは涙の滴とその滴を落とした桃子。
- 27 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:05
- 「……もも?」
「みや、もしかして覚えてない?」
雅が思わず口に出して呟いた名前に佐紀が心配そうに問いかけた。
まだ記憶がはっきりとしない。
けれど寝ぼけた頭が覚醒するにつれ、朧気な記憶がはっきりとした形になっていく。
「そうだ、思い出した。昨日……」
- 28 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:06
- 言いかけて、その先の言葉を口にすることをためらった。
記憶が間違っていなければ昨日の夜、桃子に首を絞められた。
意識が途絶える程強く絞められた。
今、自分がいる場所が病院だということを考えればその記憶は間違っていない。
だが、記憶から導き出された答えを佐紀は知っているのだろうか?
口にしてしまっていいことなのか雅は迷う。
- 29 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:07
- 「昨日、ももがあたしの部屋にきた時……。もも、真っ青だった。それで救急車呼んでって……。何があったのかももに聞いても言わなくて、何度もみーやんが、みーやんがって呟いてるだけで。それでマネージャーさん呼んで、みやの部屋に行ったらみやが倒れてた」
途切れた言葉の続きを口にしたのは佐紀だった。
ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けた佐紀が抑揚のない声で雅に語りかける。
佐紀の話の内容からして、昨日、雅の意識が無くなってからの話だとわかる。
「昨日、ももと何があったの?……言わなくても何があったのかなんとなくわかるけど。でも、どうしてそんなことになったの?」
- 30 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:09
- 佐紀の手が雅の首へと伸びて、桃子が触れた場所と同じ部分を撫でた。
雅が意識を失った理由が首を絞められたせいだということ。
そして首を絞めたのが桃子だということ。
それらの事実には佐紀も感づいているらしい。
けれど、どうしてそんなことになったのかまではわからないようだった。
問いかける口調は柔らかなものだが、佐紀のその表情は事の真相を知りたがっているものだ。
だが、雅はその問いに答えを返せない。
そんな雅に佐紀が焦れたように雅の名前を呼ぶ。
- 31 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:09
- 「みや?」
「ごめん、佐紀ちゃん」
「言いたくないの?」
「……うん」
答えてはいけない。
そんな気がした。
あんな桃子をみんなにわざわざ知らせる必要はない。
- 32 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:10
- 手に入らない物を壊して消していく。
本気で考えているのか知らないが、桃子がそんなことを考えているなんてみんなが信じるかどうかもわからない。
そして何より、桃子が自分に対して恋愛感情を持っているということをメンバーに知られたくなかった。
そんな感情を桃子が持っている事が知られれば、グループ内での桃子の立場が微妙な物になるのはわかりきっている。
別に桃子を庇いたいわけではない。
グループ内の空気が壊れるようなことを避けたいだけだ。
これから先、長い時間を過ごしていくであろうグループを守りたいだけ。
この先、桃子とどのように接していけばいいかはわからないが、昨日の出来事は自分と桃子だけの秘密にしておくべきだろう。
- 33 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:12
- 「大丈夫なの?……みや、ももと今まで通りに出来る?」
原因は桃子。
理由はわからない。
しかし、わからないなりに何かを想像した佐紀に心配そうな顔で問いかけられた。
雅には普段通りに接する自信はなかった。
だからその問いには答えられなかった。
沈黙から逃れるように雅は白いカーテンを見つめる。
閉じられた空間にゆらゆらと揺れる白いカーテンの向こうから風が流れ込む。
風がカーテンをめくりあげて、光が部屋に差し込んでくる。
- 34 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:13
- 「……コンサート間に合うかな?」
「え?ああ、時間ならまだあるから。お医者さんも身体はなんともないって言ってたし」
カーテンの向こう側から見え隠れする空を見て、今日のコンサートが気になった。
雅は今が何時かわからず、尋ねた問いに返ってきた佐紀からの返事に安心する。
今はツアーの真っ最中で、昨日もコンサートがあった。
今日も昼からコンサートがある。
いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。
- 35 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:14
- 雅はベッドから身体を起こして、首を軽く振って腕を動かしてみる。
佐紀が言うように特に身体に変化はないようで、首にある少しの痛み以外はいつもと同じように動く。
「準備するから一緒に行こう」
佐紀に声をかけたその時だった。
- 36 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:15
- トン、トン。
遠慮がちに扉が鳴った。
小さく途切れるようにされたノックの後、扉が開かれる。
- 37 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:16
- 「……みーやん」
扉をすり抜けるようにして病室へ入り込み、ノックよりも小さな声で雅の名前を呼んだのは桃子だった。
扉が閉まる音がした後は、桃子は動きもしなければ声を出すこともしない。
桃子は扉の前に立って、雅の名前を一回呼んだだけ。
真っ白な顔をしてそこに立っていた。
もともと色白で白い顔だったが、今日の桃子は今まで以上に白い顔をしていた。
- 38 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:18
- 「佐紀ちゃん。うち、後から行くから。だから先に行ってて」
雅はベッドの脇にいる佐紀へ声をかけた。
その声に佐紀が強い口調で雅の名前を呼んだ。
「みや」
「平気だから」
「ほんとに?大丈夫?」
「うん。だからちょっと二人にして」
「わかった。……でも、ロビーで待ってるから。だから話が終わったら三人で行こう?」
「……ありがと」
桃子の横を通って佐紀が病室を出るのが見えた。
入れ替わるように桃子がベッドの脇にやってくる。
だが、佐紀が腰掛けていた椅子には座らず立ったまま桃子が頭を下げた。
- 39 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:20
- 「ごめん、みーやん。ごめん。……ごめんなさい」
震える声で謝られた。
その声に連動するように二人が閉じこめられている空間の空気が揺れる。
桃子は俯いたまま目をあわさない。
消毒くさい空気が雅の身体にまとわりつく。
ただ謝罪の言葉だけが耳に響く。
- 40 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:22
- 「謝ったって許してくれないと思うけど。でも、でも。……みーやん、ごめんなさい」
病室に入って来るなり頭を下げた桃子は、その後も謝罪の言葉を繰り返すだけだった。
だが、雅には繰り返される言葉に返す言葉が見つからない。
二人きりになったはいいが、桃子の扱いに困る。
自分の首を絞めた相手の謝罪をどうすればいいかなんて学校で習った覚えもない。
死にかけた。
本当に桃子が雅を殺そうとしたのかはわからない。
ただ死にかけたのは事実だ。
桃子の告白を軽く扱った自分にも非があるかもしれなかったが、告白を断ったぐらいであんなことになるとは思わなかった。
- 41 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:23
- 「みーやん、本当にごめんなさい。許してなんて言えないし、どうしていいかもわかんない。……あの時、ももどうかしてた。確かにみーやんなんていなくなっちゃえって思った。ももの前から消えちゃえって思った。……でも、もうそんなこと思わないから。……みーやんがどこかに行ったらやだ。これから先、好きだなんて言わないし、あんなことしないから。……だから、ごめんなさい」
俯いていた顔をあげた桃子が言った。
昨日、死にかけたのは雅。
今日、死にそうな顔をしているのは桃子。
シーツの端は桃子に握られていた。
色の変わった指先にその手に力が入っているのがわかる。
桃子の顔色は良くなることはなく、今では病室のカーテンと同じぐらい白いような気がした。
- 42 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:24
- 桃子からの謝罪。
どう答えるべきか考えた。
けれど、許すとか許さないではなかった。
桃子が怖い、と思った。
あれほどまで強く誰かに思われるのは怖い。
このまま桃子が自分に近づいてきて、またあんな風に想いをぶつけられるのは困る。
雅には受け止めきれる自信などない。
そしてあの想いを受け入れるつもりもない。
だが、このままでは何も先へと進むわけがなかった。
- 43 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:25
- 「わかった。もものこと許す。……許すから。だから、あのことはもうなかったことにしよう?うち、あのこと忘れるから、だからももも忘れて」
謝罪を受け入れるべきだと思った。
受け入れなかったら、今度は桃子が消えてしまいそうだった。
でも、口から出た言葉が本心か自分でもわからない。
ただ、昨日起こった全てを消してしまいたかった。
「それであのことを忘れたなら、もううちには近づかないで」
- 44 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:26
- だから雅は桃子を拒絶した。
謝罪は受け入れる。
だが、近づかれるのは御免だ。
こちらから近づくつもりもないし、近づいて欲しくない。
「……うん、わかった」
桃子の薄い唇が寂しそうに笑った気がした。
でも、それは一瞬で今はもうさっきまでと何も変わらない。
桃子のあげられた顔はまた伏せられ、病室から言葉が消えた。
- 45 名前:− 閉じた空間 − 投稿日:2007/08/19(日) 01:27
- あの後、逃げ出すように桃子が病室から出て行った。
しかし、ロビーで佐紀に捕まったらしく、雅がロビーに着いた時には表情のない桃子と疲れたような顔をした佐紀が二人で待っていた。
沈黙のまま会場へと向かった。
そしてコンサートは何事もなく普段通り行われた。
楽屋で桃子と会話が一つもなかったこと、そして雅の首に巻かれたスカーフ以外は普段と何も変わらなかった。
- 46 名前:Z 投稿日:2007/08/19(日) 01:28
- 本日の更新終了です。
- 47 名前:Z 投稿日:2007/08/19(日) 01:28
-
- 48 名前:Z 投稿日:2007/08/19(日) 01:30
- >>21 さん
ありがとうございます。
がんばります!
>>22 さん
ありがとうございます。
気に入ってくださったのなら嬉しいです('-'*)
- 49 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/20(月) 00:42
- 意外の展開ですねぇ。
桃子が可哀想です
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/21(火) 00:11
- ここからどう展開させるのか先が読めません
- 51 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:01
- 桃子が思い出すのは雅の首に巻かれたスカーフ。
あの出来事を隠す為に、そしてしばらく消えない跡を隠す為に巻かれたスカーフが忘れられない。
巻かれたスカーフの理由を知っているのは桃子と雅と佐紀、そして事務所の一部の人間以外はいない。
佐紀と事務所の人間は全てを知っているわけではなかったが、その跡を付けたのが桃子だと知っている。
そのスカーフはコンサート中も雅の首に巻かれたままだった。
スカーフを巻いて現れた雅が、コンサート中もずっとそれを首に付けたままだったことにメンバーが不審がって雅を問い詰めた。
桃子はそれを無理もないことだと思った。
そのスカーフはコンサートの衣装として予定されていたものとは違う物なのだから。
あの時、桃子は問い詰められる雅を見つめているしか出来なかった。
そして雅に近づけない桃子のかわりに、スカーフから話をそらしたのは佐紀だった。
- 52 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:03
- 近づけない理由を作ったのは自分だ。
あの日、桃子は雅に拒絶された。
数週間たった今でもそれは思い出したくない記憶だった。
「……みーやん」
一人、部屋で呟く。
桃子はベッドに転がったまま天井に向かって腕を伸ばす。
しかし、呟いたところで何の意味もない。
あの日から桃子は雅に近づくことが出来なかったし、仕事以外で名前を呼ぶこともない。
桃子から近寄れないのはもちろん、雅からも近づいては来ない。
- 53 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:04
- 桃子は今まで望んだ物のほとんどを手に入れてきた。
そして努力をしてきた。
欲しい物を手に入れる為に努力するのは当たり前のこと。
今まで何かを欲した時、それを手に入れる努力は惜しまなかった。
そしてそうすれば大抵の物は手に入った。
オーディションに合格したし、アイドルになった。
そしてそこで出会った雅が欲しいと思った。
- 54 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:05
- 最初は多分、憧れ。
歌やダンスを自分より早い速度で身につけていく雅に惹きつけられた。
同じグループの雅は桃子にとってライバルだった。
自分よりも前を行く雅を捕まえて追い越したいと思った。
年下の雅に負けたくない。
初めはそんな気持ちが強かった。
雅の自分とは異なる雰囲気。
雅に負けたくないという気持ち。
そのせいか桃子は雅とうまく付き合うことが出来なかった。
だから、少し距離を置くことを覚えた。
- 55 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:07
- 嫌いじゃない。
むしろ好きだったと思う。
いや、間違いなく好きだったからだ。
不用意に近づけなかったのは。
気がつけば、憧れは恋に変わっていてなおさら近づけなくなっていた。
手に入れたい物の一つに雅が加わった。
ただ、手に入れる方法がわからなかった。
- 56 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:07
-
恋した相手を手に入れる為にする努力って何だろう?
- 57 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:08
- 雅との関係は学校での友人関係とは違う。
友人でありライバルであり仕事仲間。
学校での友人達がするように、恋をした相手にその気持ちを知ってもらえるように自分をアピールするわけにはいかなかった。
迂闊な行動を取ればバランスが取れているグループ内の関係を崩す。
グループ内の均衡が悪い方に崩れればそれは仕事にも影響するだろう。
雅を手に入れる為にする努力。
方法は思いつかなかった。
そしてきっと努力なんてものをすれば、桃子の気持ちは雅以外の人間にも知れてしまうだろう。
だから桃子は雅を諦めることにした。
そう、したはずだった。
- 58 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:09
-
誰かを想う気持ちというものは考えていた以上に厄介なもの。
- 59 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:11
- 自分が決めた通りにはいかない。
形を変えていく想いは小さくなるどころか日増しに大きくなっていく。
自分で引いたはずの境界線を飛び越えて雅のもとへと行きたくなる。
自分で自分をコントロール出来ない。
制御できなくなる心を持てあました。
思い通りにならない気持ちが怖かった。
どうにかなってしまう前にこの想いの出口を作らなければならなくなった。
何かに追い立てられるようにした告白。
けれど、それはやはりうまくいかなかった。
受け入れられることのない想いをまた胸の奥に閉じこめる。
そうすれば今までの関係は保てる。
かわりに想いの出口は消えてなくなった。
やり場のない想いはぐるぐると身体の中を巡り、増殖していった。
見つからない出口を探す作業に疲れ果てていく。
- 60 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:11
-
苦しい。
ももだけ苦しい。
- 61 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:13
- あの日。
抱え込んだ想いが走り出し、身体を支配していくのがわかった。
一人で部屋にいたら息苦しくなって、あとはもう良く覚えていなかった。
気がついた時にはぐったりと青い顔をした雅が桃子の腕の中にいた。
それ以降はもう思い出したくない出来事ばかりだ。
こうして後悔しながら毎日を繰り返している。
記憶は薄れるどころか、日々鮮明になっていく。
雅から突きつけられた言葉は頭の中でリピートされ続けている。
忘れたい記憶だけがはっきりとした形となって頭を覆っていく。
- 62 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:13
-
みーやん。
どうしたらみーやんを忘れられるんだろう。
好きだって気持ちはどうやって消せばいんだろう。
今までみたいにがんばったら忘れられる?
- 63 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:15
- 存在ごと拒絶されてそれでも顔をあわせ続けることに、桃子はこれ以上耐えられそうもなかった。
逃げ出すことも出来ないのなら全部忘れたい。
欲しい物を手に入れた時のように努力すれば記憶は消せるのだろうか。
あの時より前と同じ関係に戻れたら。
何度思ったことだろう。
でも、今さらもう遅い。
関係は修復されない。
ならば、この想いを忘れることだけが残された方法だ。
- 64 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:17
- 忘れたいと強く願った。
それでも消し去ろうとすればするほど雅を意識してしまう。
忘れられないと気がついた。
だから、桃子は毎日夢を見た。
夢の中なら誰にも咎められることなく雅と会える。
そして、目が覚める瞬間が嫌いになった。
夢から覚めれば、雅に触れるどころか近づくことすら叶わない。
時々、現実が夢となった。
軽く目を瞑った瞬間。
フラッシュの光。
桃子の前に夢の中の雅が現れる。
これが現実だったらどんなにいいだろう。
そう考えるたびに夢に身体が引きずられていく。
- 65 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:17
- 毎日少しずつ。
増えていく夢。
現実を浸食していく。
混じり合う夢と現実。
「忘れないといけない。忘れないと」
桃子は自分自身に言い聞かせるように呟いた。
呟いた声は暗闇の中に溶けていく。
- 66 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:19
- なんだろう、忘れるべきことは。
何を忘れればいいんだろう。
そうだ。
雅を消してしまわなければいけない。
欲しかったものを消し去る。
今ならそれが出来そうな気がする。
消さなければいけない雅。
それはどちらだっただろう。
「なんだっけ。欲しかった物があったのに。……ももの欲しい物。ももが欲しかったもの。……なんだっけ」
桃子はベッドから身体を起こす。
頭の奥がズキズキと痛い。
- 67 名前:− 開かれた夢 − 投稿日:2007/08/30(木) 23:20
- 選ばなければ。
そうだ。
欲しい物を選べばいいんだ。
混じり合って一つの塊になった夢と現実の中から選び出す。
塊はすでに分離することは不可能で、どれを信じるべきなのかわからない。
だから、桃子はその中から心地良いものだけを選んだ。
「みーやん。もものみーやん」
選んだもの。
それが正しいかどうか。
今の桃子にはわからなかった。
- 68 名前:Z 投稿日:2007/08/30(木) 23:21
- 本日の更新終了です。
- 69 名前:Z 投稿日:2007/08/30(木) 23:21
-
- 70 名前:Z 投稿日:2007/08/30(木) 23:24
- >>49 さん
意外な展開、と言われるととても嬉しいです。
桃子はしばらく(;´Д`)……。
>>50 さん
このまま先が読めないままだといいんですが('-';)
- 71 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 01:12
- こっちのももはシリアスですね
- 72 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 18:34
- ドキドキハラハラ・・・
悲しいっていうか切ないっていうか・・・
- 73 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/08/31(金) 20:04
- 愛されるももが好きだが…
これからどうなる事やら?
楽しみにしています。
- 74 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 21:48
- 「みーやん、迎えにきたよ〜。早くしないと遅れちゃう」
廊下に特徴的な高い声が響いた。
その声に後ろを振り向けば、屈託のない笑顔の桃子がそこにいた。
撮影が終わって廊下を歩いていた雅に桃子が飛びつく。
雅は勢いよく飛びついてきたその身体をうまく抱きとめられずにバランスを崩した。
「大丈夫?」
ふらふらとよろけた雅の目を桃子が腕の中から心配そうに覗き込んでくる。
雅は反射的に抱きとめようと掴んだ桃子の肩から慌てて手をどけた。
問いかけられた言葉に返事を返すことが出来ない。
雅は桃子の身体を押しのけると楽屋に向かって歩き出す。
- 75 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 21:50
- 「みーやん?」
雅の対応に不思議そうな桃子の声が背中から聞こえてきた。
桃子が雅の背中にぶつかるように近づいてきて手を握る。
雅は繋がれた桃子の手に驚いてその手を乱暴に振り払った。
桃子の歩みが止まったことがわかったが、雅はそのまま桃子を置き去りにして廊下を歩く。
歩き続けても追いついてこない桃子が気になって後ろを振り向くと、わけがわからないというような顔をした桃子が目に入った。
「もも」
少し大きな声で桃子の名前を呼ぶと拗ねたような桃子の声が廊下に響いた。
「なに?みーやん」
- 76 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 21:53
- こんな声で桃子に名前を呼ばれたのはいつのことだっただろう。
それすらわからないほど、最近では桃子に名前を呼ばれることがなかった。
もちろん自分から桃子の名前を呼ぶこともないに等しかった。
名前すら呼ばないこんな関係を作り出したきっかけは桃子だ。
そのはずなのに何故こんな風に自分の名前を呼ぶのか雅にはわからない。
「なんで?……忘れたの?」
「何を?」
「近づかないでって、そう言ったのに」
「……なんで?」
雅は桃子に問いかけると言うよりは自分自身に確認するように呟く。
確かにあの日約束した。
だが、目の前にいる桃子は不思議そうな顔をするばかりで、約束の欠片もその声には感じ取れなかった。
そして近づかないどころか少しずつ雅の方へと歩み寄ってくる。
- 77 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 21:53
- 「覚えてないの?」
「だから何を?」
苛立ちを含み始めた桃子の声が近くで聞こえた。
桃子に手首を掴まれる。
その手を振り払おうとするが、手首は思いの外強く握られていて桃子の手を振り払えない。
昨日まで確かに桃子は雅が突きつけた言葉を守っていた。
近づくな、という言葉通り、仕事以外で雅に近づいてくることはなかった。
- 78 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 21:57
- 何事もなかったような顔を装っているだけ。
時折、捨てられた子犬のような目で桃子が雅を見つめていたことぐらい知っている。
それでも雅から桃子に近づく気にはなれなかった。
別にまたあの夜と同じ事をされる、などと思っているわけではない。
さすがに桃子がまたあんなことをすることはないだろう。
ただ、自分が支えきれない程の想いを向けられることが苦痛なだけだ。
好きだという気持ち自体に問題ない。
そう言われて悪い気もしなかった。
けれど気持ちを押しつけられるのは御免だ。
そして受け入れるつもりのない気持ちをぶつけられることに耐えられないし、耐える気にもならない。
面倒なことからはとりあえず逃げ出しておいた方がいい。
また何か厄介な事が起こっても困るのだから。
- 79 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 21:58
- 頭の奥深くへと潜り込んで考えていると、そこから雅を引き上げるように名前を呼ばれた。
「みーやん?」
覗き込まれる瞳に不審そうな色が浮かんでいるのがわかる。
そして自分の目も同じ色をしているだろうことも。
雅はその色を隠さずに桃子に告げる。
「……楽屋ぐらい一人で行けるから」
「一緒に行っちゃだめなの?」
「一人で行けるからいい。ちゃんと間に合うように戻るから」
「もも、みーやんと一緒に行きたい」
「ごめん。今、ちょっと一人になりたいんだ」
- 80 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 21:59
- 縋り付く瞳を振り払う。
桃子に強く言葉をかけると、雅の手首を握っていた手が離された。
自由になった右手首を左手でさすっていると、桃子の消え入りそうな小さな声が聞こえた。
「……遅れちゃだめだよ?」
「うん、大丈夫だから」
雅は逃げるように桃子に背を向けそのまま歩き出そうとする。
けれどすぐに足を止めて、背を向けたままもう一度桃子に声をかけた。
- 81 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 22:00
- 「ねえ、もも」
「なに?」
「昨日、何やったか覚えてる?」
「何って、撮影。あとは家に帰ってテレビ見てた」
「そう。……うちが言ったことって覚えてる?」
「みーやんが?昨日なんか言ってたっけ?」
「昨日じゃなくて。……ごめん、何でもない」
「変なの」
桃子の声は相変わらず小さい。
だが、嘘を言っている声ではなかった。
雅からしてみれば桃子の言葉は信じられるものではなかったが、桃子にとってその言葉は紛れもない事実らしい。
それはどういう意味なのか。
考えたくない。
しかし、考えないわけにもいかなかった。
- 82 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 22:01
-
ももがおかしい。
昨日までのことを覚えていない。
どういうわけか一部の記憶が抜け落ちているみたいだ。
何故かはわからないけど覚えていない。
このまままたあの時みたいに「近づくな」って言ったらももはどうなっちゃうんだろう。
何でももは覚えてないの?
昨日までは覚えていたはずのなのに。
ももはどうしちゃったんだろう。
- 83 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 22:02
- 雅は桃子の肩を掴んで問い詰めたい衝動を抑える。
ちょっと忘れているだけで、きっかけになる言葉を与えればすぐにでも全てを思い出すんじゃないか。
そんな気がしてそれを試してみたくなる。
けれど、それをすれば今以上に桃子がおかしくなってしまうかもしれない。
だから雅は柔らかな口調で桃子に念を押した。
- 84 名前:− 閉ざされた記憶 − 投稿日:2007/09/15(土) 22:03
- 「もも、ついてこなくていいからね?」
「……うん」
桃子の誰が聞いてもわかるほど沈んだ声に罪悪感を感じながら廊下を早足で歩いた。
置き去りにした桃子の足音は聞こえない。
雅は楽屋の前を通り過ぎてから、廊下の壁へと背中を押しつけた。
桃子の様子がおかしい理由。
廊下の壁にもたれながらどれだけ考えても雅にはわかりそうになかった。
- 85 名前:Z 投稿日:2007/09/15(土) 22:03
-
- 86 名前:Z 投稿日:2007/09/15(土) 22:03
- 本日の更新終了です。
- 87 名前:Z 投稿日:2007/09/15(土) 22:09
- >>71 さん
こちらはこんな感じのまま進んでいく予定です。
>>72 さん
このままハラハラドキドキが続くようにがんばります。
>>73 さん
ちょっとこちらのスレではいつもの桃子とは違った感じで!
更新遅めになってしまいますが、がんばります。
- 88 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 00:31
- ももが切なカワイイ!この先どうなるのか楽しみです
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/16(日) 00:41
- ここの桃子はスペシャルな感じがするねえ
- 90 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:21
- 「もも、どうしたの?」
「みーやんが……」
「みやがどうしたの?」
「みーやんがももと一緒に行ってくれない。いつも、ももを置いていく。……ねえ、梨沙子。ももなんか悪いことしたのかな?」
- 91 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:23
- 足が動かない。
手が震える。
大したことじゃない。
たまたまだ。
たまたま他の人と一緒に行っただけだ。
それなのに胸の奥が痛い。
頭の奥がズキズキする。
何故だろう。
目を瞑ると、足下がぐらついて倒れそうになった。
桃子は慌てて目を開くが顔を上げることが出来ない。
それに気がついたのか、梨沙子が桃子の肩を支えて心配そうな顔をして尋ねてくる。
- 92 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:26
- 「ケンカしたの?」
「違う、と思う」
「じゃあ、少し機嫌悪いだけだと思う。みや、そういうのよくあるから。きっとすぐに機嫌直るよ」
梨沙子が桃子を安心させるように声をかけてくる。
いつもとは逆だ。
普段なら落ち着かない梨沙子に声をかけるのは自分で、梨沙子の不安を拭うのも自分だ。
心配そうな顔でこちらを見ている梨沙子の表情はきっと、いつも梨沙子を励ます自分と同じ顔に違いない。
これ以上心配させる前に顔を上げなければ。
そう思うのになかなか顔が上げられない。
震える手足を止める為に息を大きく吸って吐き出す。
それでも震えが止まらない腕を梨沙子に掴まれた。
- 93 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:26
- 「もも、行こう?」
遠くで梨沙子の声が聞こえた。
そうだ。
まだ仕事がある。
桃子は梨沙子に腕を取られたまま歩き出した。
- 94 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:27
-
- 95 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:28
- 「みーやん。一緒に行ってもいい?」
楽屋に桃子の声が響いた。
まただ。
また桃子に声をかけられた。
廊下に桃子を置き去りにしたあの日。
あれから数日。
あの日から毎日のように桃子が雅にまとわりついてくる。
- 96 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:29
- まるで子犬がじゃれつくように擦り寄ってくる桃子の扱いに困る。
何も知らないような顔をして話しかけてくるから邪険に出来ない。
冷たく突き放したらどうなるのかを考えると強くは言えなかった。
でも、まとわりつかれたくない。
下手に優しくしてまた好きだと囁かれてもどうにも出来ない。
今も桃子を受け入れるつもりはないし、また暴走されたら厄介だ。
優しくすることも、かといって突き放すことも出来ない状況。
そんな日々が続いてイライラする。
桃子の声が雅の神経を毎日少しずつ削り取っていく。
強くは言わない。
けれど雅は静かに低く桃子に告げる。
- 97 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:31
- 「ちぃと行くから、もも先に行ってて」
「みーやん」
「もも、ごめん。先に行って」
桃子の何か言いたげな瞳が雅を捕らえる。
悲しげな表情で歩み寄られて、ブラウスの裾を引っ張られた。
雅以外には聞こえないような小さな声で桃子が言った。
「ねえ、みーやん。……みーやんはももが嫌いになったの?」
引っ張られた裾は離されることはなく、もっと強く握られていた。
雅は千奈美の方へ行こうとした身体をそれ以上動かすことが出来ない。
- 98 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:33
- 「もも離して」
「やだ。もも、みーやんが好きなんだよ?みーやんもももが好きなんだよね?」
「……もも。何言ってるの?」
「みーやん、なんで?ももが嫌い?」
気がつけば桃子の瞳が涙で潤んでいた。
流れ落ちる程ではないけれど、裾を握る震える手が桃子の真剣さを伝えてくる。
友人としての好きなら何度でも。
でも雅にはそれ以上の意味を込めてその言葉を言ったことなどない。
今、桃子が口にしている好きは明らかに友人としてのものを越えていて、あの日の告白を思い起こさせる。
雅の記憶にはその告白を断ったことがはっきりと残っていた。
だが、桃子の記憶からはそこがすっかり抜け落ちているように見える。
- 99 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:35
- 桃子を廊下に置き去りにした日。
あれから雅は何度も桃子について考えた。
誰も桃子に不信感など抱いていない。
他の誰かに対する時の桃子は何も変わっていなかった。
変わったのは雅と接するときだけ。
抜け落ちた記憶は雅とのものだけのように感じる。
それが雅と桃子の間に溝を作る。
どちらからも埋めようとしない溝は深まるばかりで、お互いに深く空いた穴を飛び越えることも出来ずにイライラしていた。
擦り寄ってくる桃子の扱いに困る雅。
近寄らせてくれない理由がわからない桃子。
桃子との溝を埋める為には、雅から近づいて欲しくない理由を話すしかない。
けれど、それはとても勇気がいることだ。
桃子が忘れていることを思い出させる。
それをしてしまったら桃子はどうなってしまうのだろう。
状態が今以上に悪化しそうで、雅はそんなことを試してみる気にはなれなかった。
- 100 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:38
- 「離してよ。うち、ちぃと行くから離して」
「ももが嫌い?」なんて問いかけに返す言葉は思いつかなかった。
だから、雅はこの場から逃げ出すことにする。
無意識のうちに語尾が強くなる。
不機嫌になった雅の声に反応して桃子がブラウスの裾を握る力を緩めた。
桃子の視線は床へと落ちて、ブラウスに手が触れているだけになる。
桃子が泣きそうな顔を隠しもせずに沈んだ表情で床を見ていた。
その表情に多少の罪悪感を感じたが、雅は引っ張られる力が弱まった瞬間、千奈美の元へと足を進めた。
- 101 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/07(日) 02:39
- それほどきつい言葉をかけたつもりはない。
それなのにあんな傷ついたような顔をするとは思わなかった。
少し離れただけで追いかけてきて縋り付いてくる。
首を絞められたあの日より前とも違うし、告白される前とも違う。
今の桃子は出来損ないのやじろべえみたいに不安定でぐらぐらしていて、放っておいたら倒れてしまいそうだ。
だが、雅にはそんな桃子を助ける方法もわからないし、助けたいのかどうかもはっきりしない。
だからだろうか。
追いつめられたような桃子の目を見るたびに逃げ出したい気分になるのは。
- 102 名前:Z 投稿日:2007/10/07(日) 02:40
-
- 103 名前:Z 投稿日:2007/10/07(日) 02:40
- 本日の更新終了です。
- 104 名前:Z 投稿日:2007/10/07(日) 02:45
- かなり間があきましたが、なんとか更新。
なるべく間をあけないようにがんばりますが、多分かなりのまったり更新になる予感(;´Д`)
>>88 さん
こちらの桃子はちょっと違った感じで(´▽`)
>>89 さん
この先もスペシャルな感じをお楽しみくださいw
- 105 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/07(日) 23:06
- なんだか・・・泣きたくなっちゃいましたw
みやびちゃんの苦悩も桃子の想いも悲しい
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/08(月) 01:20
- この先どうなるのか?凄く楽しみ
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/23(火) 00:34
- 作者さんの描く桃子の狂気がたまらん好きですわ夢板もよく見てます
これからもいい作品書き続けてください
- 108 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:10
- 桃子を置き去りにして楽屋から逃げ出した。
しかし、撮影が始まれば桃子も一緒で仕事からは逃げ出すことが出来ない。
この場から立ち去りたい気持ちを抑えての仕事はあっという間に終わった。
桃子は撮影がはじまってしまえば、普段と何も変わらず与えられた仕事をきっちりとこなしていた。
別に何か変わったことがあるわけでもなく無事に仕事が終わる。
そしてその後に控えていた打ち合わせも終わった。
だから後は帰るだけだった。
長居は無用とばかりに雅は荷物を簡単にまとめ、鞄を掴んで楽屋から飛び出そうとする。
だが、雅がソファーから腰を上げて立ち上がろうとした瞬間、聞き慣れた声が雅の名前を呼んだ。
- 109 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:12
- 「みや、待って」
「なに?梨沙子」
呼び止めるだけではなく、腕まで掴んでくる梨沙子に嫌な予感がする。
雅は梨沙子に腕を引っ張られて、浮かせた腰をもう一度ソファーへと下ろす。
「みや、ももに何言ったの?」
「えっ?」
「ももの様子おかしかったよ。もも、なんかみやのこと気にしてた」
いつになく真面目な顔で梨沙子に言われた。
普段ふわふわと笑ってばかりの梨沙子が探るような瞳で見つめてくる。
- 110 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:14
- 別に何かを言ったわけではない。
梨沙子に問い詰められるようなことを言った覚えはない。
ただ桃子から逃げ出しただけだ。
雅は逃げただけ。
それに対して、桃子が勝手に傷ついたような顔をしただけで自分は悪くない。
悪くないと思いたいだけなのかもしれないが、他の対処方法も思い浮かばないのだから仕方がない。
確かに桃子の様子はおかしかったかもしれないが、それを自分のせいだと言われても困る。
しかし、それを梨沙子に伝えるには話さなければならないことが多すぎる。
だから雅は曖昧な返事を梨沙子に返した。
- 111 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:15
- 「……そうかな」
「うん。なんか青い顔。……そうじゃないや。泣きそうな顔してた。みやが一緒に行ってくれないって」
梨沙子の言葉に数時間前の出来事が雅の脳裏に浮かぶ。
あの表情の桃子を梨沙子も見た。
- 112 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:17
- 雅はそのことを理解する。
今までの桃子ならあんな表情を隠さずにいることはなかった。
笑ったり怒ったり表情をくるくると変えているようにみえて、その心の奥までは決して見せないのが桃子だった。
嬉しい、楽しいという気持ちは表に出しても、誰かに縋るような目をそのまま見せたところなど一度も見たことがなかった。
気持ちがそのまま表情に出た桃子を見たのは今日が初めてかもしれない。
多分、その顔を梨沙子も見た。
きっと梨沙子もそんな桃子を初めて見たはずで、それが気になってこうして自分に尋ねてきているのだとわかる。
- 113 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:18
- 少し離れた場所にいる桃子と佐紀が話す声が聞こえてくる。
その声は数時間前の出来事など思わせないような明るい声だった。
無理をしているのか、数時間前のことを忘れてしまっているのかはわからない。
何事もなかったかのように響く桃子の声がまた雅を不安にさせる。
桃子の不安定さが自分に影響している。
桃子に引き込まれるように自分の感情が乱れていく。
そんな気がして胸の奥がざわざわと落ち着かない。
桃子の声が気になって、それ以上言葉を繋げることが出来ずにいる雅に梨沙子が声をかける。
停滞した会話を梨沙子が押し進めていく。
- 114 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:21
- 「ももとケンカしたの?」
「そうじゃないけど」
「仲良くしなきゃだめだよ?」
「……うん」
ずっと子供扱いしていたはずの梨沙子にたしなめられる。
普段ならばこうやって背伸びをしたような態度を梨沙子が自分に取ってきたら、それをからかって遊ぶのだが今日はそんな気にはなれず雅は素直に頷いた。
「もう帰るの?」
「うん、帰る」
短い沈黙の後、他に話題のなくなった梨沙子が雅に問いかけた。
帰るきっかけとなる言葉に返事を返し、雅は鞄をもう一度握り直して立ち上がる。
身体を楽屋の出口の方へと向けると桃子と目があった。
しまった、と思う間もなく、桃子が雅と梨沙子がいるソファーへと近づいてくる。
- 115 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:21
- 「みーやん」
桃子に小さく名前を呼ばれた。
返事は返さない。
だが、その場から動くことも出来なかった。
雅はその場に立ったまま桃子の次の言葉を聞く。
「ねえ、みーやん。ずっと気になってるんだけどさ、もも何かした?」
「なにも」
「じゃあ、なんでこっち見てくれないの?」
「見てるよ」
「見てないじゃん」
「見てるって!」
- 116 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:24
- 気がつけば口調が荒くなっていた。
事実を指摘されて言葉が知らぬ間にきつくなる。
桃子の方を見なくても、桃子が自分を見ていることがわかる。
そして桃子以外も雅を見ているだろうということが突き刺さる視線から感じ取れる。
桃子の他にこの楽屋の中にいる梨沙子と佐紀の視線が痛い。
鞄を握りしめる手が白くなる。
無遠慮に自分の中へと踏み込んでくる桃子が鬱陶しくなって、これ以上踏み込まれる前に逃げ出そうとした。
- 117 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:25
- 「みやっ。……みや、だめだよ」
三人から逃げ出す前に梨沙子に咎められた。
尖った雅の心をなだめるような梨沙子の声。
約束したばかり。
梨沙子に桃子と仲良くするように言われたばかりなのに、それを守ることが出来ない。
自分より子供の梨沙子にたしなめられて、それでも苛々とする気持ちを静めることが出来ない。
いつもなら、優しく響く梨沙子の声をもう少し素直に聞き入れることが出来るはずなのに今日はそれが出来そうになかった。
- 118 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:27
- 「いいよ、梨沙子」
「でも、もも」
「よくわかんないけど、多分ももが悪いんだと思うから……。ごめんね。謝るから、だから怒らないでよ。みーやん」
人よりも少し特徴的な桃子の声が湿って聞こえた。
その声が雅の身体にまとわりついてきて、自分が悪いことをしていような気にさせる。
謝るべきは雅の方だ。
そう言われている気がする。
実際、梨沙子の方へと視線をやると非難がましい目でこちらを見ている気がした。
- 119 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:27
-
本当に悪いのは誰なのか。
みんなわかってない。
悪いのはうちじゃなくて。
きっとももで。
でも、ここまでももを追いつめたのはうちで。
だとすると、悪いのは……。
- 120 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:28
- 正しい答えをなんてあるのだろうか。
誰も悪くなくて、誰もが悪い。
そんな今の状況に答えが出る事なんてきっとない。
ぐるぐると途切れることなく続いていく。
切れ目のない思考に嫌気がさして、自らその思考にハサミを入れた。
ぷつりと切れた思考の帯が何処かに飛ばされていくように、雅はこの部屋から抜け出そうとする。
「みやっ、待ちなよっ!」
「ごめん、今日用事あるからもう帰る。……もも、ごめんね?別に怒ってるわけじゃないから気にしないで。ほんと何でもないから」
- 121 名前:− 追いかけてくる影 − 投稿日:2007/10/24(水) 02:30
- 梨沙子の声が走り出した背中を追いかけるように聞こえてきた。
一度足を止めて、言い訳がましい言葉を楽屋に残す。
取り繕うように発した言葉はやはり上辺だけの言葉で、自分の中に何も響かない。
きっと桃子にも届いてはいないだろうと思う。
それでもこの部屋から抜け出したい気持ちの方が大きくて、雅は桃子の横を通り過ぎて外へと飛び出す。
通り過ぎる瞬間に目にした桃子の表情が、まるで自分に助けを求めるようなものだったことには気がつかないことにした。
雅に出来ることは一つ。
逃げること。
桃子が縋り付いて来れば来る程、そこから逃げ出すことしか考えられなかった。
- 122 名前:Z 投稿日:2007/10/24(水) 02:30
-
- 123 名前:Z 投稿日:2007/10/24(水) 02:30
- 本日の更新終了です。
- 124 名前:Z 投稿日:2007/10/24(水) 02:36
- >>105 さん
書いてる私も泣きたい気分です。
サッパリ先に進みませんorz
とりあえず、雅と桃子と一緒に悩んで悲しんでいます(;´Д`)
>>106 さん
この先は……。
どうなっちゃうんでしょう?(;´▽`)
どうにかなるようにがんばります。
>>107 さん
ありがとうございます。
夢板の更新が主になってしまっているので、こちらは亀更新ですが気長にお付き合いください。
狂気は桃子に似合うと思います(´▽`)
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/25(木) 00:46
- どっちも切ないですね。・゚・(ノ∀`)・゚・。
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/25(木) 01:56
- みやびちゃん・・・悲しいなぁ
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/10/29(月) 23:26
- この雅にリアルを感じてしまいます
- 128 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 03:48
- どうして。
どうしてあんな縋るような目で見るんだろう。
いつからあんな目をするようになったんだろう。
なんで心の奥を隠さない顔をするようになったんだろう。
助けて欲しいのは自分の方で。
それでも助けて欲しいと縋り付いてくるのは桃子で。
お互いに助けを求め合っているだけで一歩も前に進めない。
かといって戻ることも出来ず、一緒に沈み込んでいくことだけが今出来ること。
- 129 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 03:49
- 夕空の下、浮かない気持ちで雅は街を歩く。
逃げ出してきた楽屋の事を考えると、浮かない気分どころか沈んでいくことしか出来そうにない。
一体この先どうやって桃子と接していけばいいのか。
追い払うことはためらわれる。
近づいてくる桃子を邪険に扱えば様子がおかしくなる。
だが、踏み込んでくることを容認していれば自分の方がおかしくなりそうだった。
家に帰るべき方角とは違う方向へと足は向かっていた。
しかし、確固たる目的もなくどこへ向かえばいいのかわからないままふらふらと足を運んでいると、雅の背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
- 130 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 03:51
- 「みやっ!」
「佐紀ちゃん?」
額に浮かぶ汗。
雅を追って走ってきたのだろう。
佐紀の小さな身体から吐き出される息が少し乱れていた。
雅の真横まで佐紀が走ってきて立ち止まる。
何やってんの?と背中をドンっと叩かれた。
思ったよりも強い力で叩かれて、雅は思わず足下がふらつく。
「あ、ごめん」
「思いっきり叩きすぎだって」
「ごめんってば」
不自然なぐらい明るい佐紀の声。
顔を見れば、その明るい声とは不釣り合いな心配そうな表情だ。
今いる場所は雅の家がある方角ではないが、佐紀の家がある方角でもない。
ついさっきまでいた楽屋での出来事が雅の頭をよぎる。
きっと雅を心配して追いかけてきたのだろう。
その事実に気がついて、雅の沈みきった心が少しだけ浮上する。
- 131 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 03:53
- 「……佐紀ちゃん。ちょっと来て」
「えっ、なに?」
雅は佐紀の腕を掴んで歩き出す。
突然、腕を引っ張られた佐紀が、きょとんとした顔で雅のあとをついて来る。
目的地がわからない佐紀を引きずって雅は近場のファーストフード店へと向かう。
すぐに目的の店が見つかって、雅と佐紀は飲み物だけを頼んで席へと座った。
「ねえ、佐紀ちゃん。うち、どうしたらいいんだろう」
「みや?」
「なんかももとうまく付き合えない。……ももがおかしい。それで、うちもおかしくなる。ねえ、どうしたらいい?」
- 132 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 03:57
- 雅は席に座るなり、前置きを省いていきなり本題へと入る。
佐紀が追いかけてきたのは心配したということもあるだろうが、雅の話を聞く為でもあるはずだ。
病院で佐紀と話したあの日以来、桃子とのことを口にしたことはなかった。
雅を気遣ってかそのことに関して佐紀が尋ねてきたことはない。
だが、佐紀が話を聞きたそうにしていたことぐらい知っている。
佐紀が全てを知っているわけではない。
だが、他の誰よりも雅に起きた出来事を知っている。
そして今、佐紀が聞きたいと思っていることは雅が切り出したこの話に違いない。
だから前置きはしない。
「あの日さ、ももに聞いたんだ。だけど、ももはみやと同じで何も言ってくれなくて。……みや、教えて。あの日、何があったの?」
佐紀が知らない部分。
確かにそれを話さなければ、雅の問いに佐紀が答えることは出来ないだろう。
問いかけに対する答え。
それが欲しいのならば、佐紀にあの日の出来事を隠すわけにはいかない。
- 133 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 03:57
- 話さない方がいい。
そう思う心が雅の中にあった。
桃子の中にあった、いや今もあるのかもしれない闇の部分。
それを佐紀に話してしまってもいいものか。
そして、桃子の消えた記憶について話してしまえば事が大きくなるかもしれない。
桃子の消えた記憶が今以上に広がっていけば、いつか自分以外の人間にもそれがわかってしまうだろう。
だが知られてしまう前に今、佐紀に知らせる必要があるのか。
佐紀がこの出来事を誰かに話して、雅と桃子の間に起こったことが公になれば、今まで築いてきたものが全て崩れ去る。
話すべきではないと思う。
けれど、一人で全てを抱え込んでいることにこれ以上耐えられなかった。
雅は重い口を開く。
- 134 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 03:59
- 「……好きだって」
「え?」
「ももがうちを好きだって」
「ももがみやを?」
「うん」
佐紀が酷く驚いた顔をした気がした。
しかしそれはほんの一瞬の出来事で、すぐに何事もなかったかのように佐紀が雅に問いかけた。
「それでどうしたの?」
「断った。そんな風に思えないから断った。でも、その後、何かが変わるわけでもなくて。ももはいつもと同じで、だからうちも気にしてなかった。それなのに……」
あの日、佐紀に話せなかったことを伝える為に雅は一度大きく息を吸い込んだ。
そしてゆっくりと吸い込んだ空気を吐き出していく。
肺の中にあった酸素をあらかた吐き出してしまってから、雅の言葉を待つ佐紀へと語りかける。
- 135 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:00
- 「あの夜、息苦しくて目が覚めたらももが目の前にいて。それでももが変なこと言ってて。……うちのこと、壊れちゃえ、って。それで、ほんとにうちは死にかけた。ももが本気でそうしようと思ったのかは知らないけど……」
何を言えばいいのか。
佐紀が言葉を探しているように見える。
雅をじっと見つめていた佐紀の目がせわしなく動き、そして雅と同じように大きく息を吸い込んだ。
けれど佐紀が口を開く前に雅は言葉を続ける。
「それでね、気がついたらももがおかしくなってた。記憶がね、ないの。うちがももに言ったこと、覚えてないんだ」
「……みやがももに言ったことってなに?」
「あれから、ももに近づきたくなかった。だから、ももに近寄らないでって、言った」
「それでももは?」
「わかったって。……わかったって言ったのに。はじめのうちはね、近寄ってこなかった。それなのに、いつの間にかその記憶がなくなったみたいで。それから、ももが側に来るようになって。……それが嫌で逃げたらもっとおかしくなった」
- 136 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:01
- 胸の中にあった言葉を全て吐き出す。
幾分、雅の心が軽くなる。
だが、そんな雅とは対照的に相変わらず佐紀が言葉を探していた。
きっと雅の心が軽くなった分、その重さが佐紀の心の中に住み着いた。
話すべきではなかった話を聞かされて、今まで雅だけが背負っていた何かが少しだけ佐紀の方へと移動したのだろう。
こうなることはわかっていた。
それでも。
桃子と二人で底の見えない心の闇に沈みきってしまう前に誰かに助けて欲しかった。
「……ねぇ、佐紀ちゃん。ももはどうなっちゃうんだろう」
佐紀から返事はない。
下を向いてテーブルを見つめたまま口を開く気配はなかった。
雅は場を繋ぐようにジュースを飲む。
ストローを伝って口の中に入り込んでくるコーラは溶けた氷の味がした。
- 137 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:03
- 「相談したら?……あたしじゃなくて大人に」
テーブルを睨んでいた佐紀が顔を上げる。
問題を解決するにはほど遠い答えを雅に告げるのが心苦しいのか、聞こえてくる声は小さく低いものだった。
「それって」
「うん。マネージャーさんとか」
「無理だよ。言えない、こんなこと」
「でも、このままじゃ……。ももがみやの首を絞めたことは知ってるんだし、もう全部話しちゃっても」
佐紀の言葉、それも一つの正しい答えだと思う。
実際、雅も身近な大人に相談しようと考えたことがあった。
佐紀の言う通り、身近な大人達の一部は、雅があの日病院に運ばれた原因が何なのかを知っている。
しかし、どうして桃子がそのようなことをしたのかは知らなかった。
雅も桃子も、その理由を話さなかったからだ。
ある程度のことを知っている大人がいるのだから相談するべきなのだろう。
そして、それが正しいことだとも思えた。
だが、何度考えても、大人が自分と桃子の間に介入してくることを好ましいことだとは思えない。
- 138 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:05
- 「……誰にも言わないで」
「でも、みや」
「こんなの知られたらどうなるの?もものこと、好きなわけじゃないけど……。でも、こんなこと知られたらももはどうなる?……それにみんなのことだってある。絶対、おかしくなるよ。今まで通りのグループじゃいられなくなる気がする」
「……いつまで黙っておくつもり?」
「そんなのわかんないけど。でも今は言いたくない」
知られるわけにはいかない。
そう思った。
きっと大人達に知られたら、桃子はどこかに連れ去られる。
様子のおかしい人間を放っておくわけがない。
雅が一番恐れているもの。
それは今ある関係が壊れてしまうこと。
それだけは避けたかった。
居心地の良かったこの場所を失いたくない。
そして自分のせいでグループが壊れていくところなど見たくはなかった。
- 139 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:06
- 「大丈夫なの?」
「何が?」
「みやが。……あと、ももも」
「わかんないよ、大丈夫かなんて。……だけど、言ったらだめな気がする」
「……みや」
佐紀の言葉に崩れかけた桃子の姿が頭に思い浮かんだ。
壊してしまうのは自分なのかもしれないと思う。
あの夜、雅を壊す為に桃子が来た。
そして今、桃子を壊そうとしているのは自分なのかもしれない。
雅の言葉一つで簡単に崩れてしまいそうな気がした。
誰かの手に委ねてしまったほうが桃子の為なのかもしれなかった。
それでも。
今ある関係性を守りたかった。
- 140 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:08
- 「佐紀ちゃん、このままももは……」
「あたしにはわかんないよ……。みや、お願いだから無理しないで。このままじゃ、二人ともだめになる。だから、誰か大人に言った方がいいと思う」
「うん。わかってる。……でも、言いたくないんだ」
頑ななまでに意見を変えない雅に佐紀が黙り込む。
雅にももう口にする言葉がなかった。
沈黙に耐えかねて、雅はコーラの入った容器を軽く振ってみる。
買ったばかりの時聞こえたガシャガシャとした氷の音はもう聞こえない。
水分だけになった紙コップが水を含んでふにゃりと柔らかくなっていた。
手で容器を軽く握るとすぐにそれは形を変えて、手の平に張りついてくる。
ふにゃふにゃとしたそれはまるで壊れかけた桃子のようで心が痛む。
- 141 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:09
- 結局。
相談をしたところで何の答えも出ないまま。
いや、答えなど出せるはずもなかった。
桃子がおかしくなった理由は桃子以外にわかるわけがないし、おかしくなってしまった今、桃子にだってわからないだろう。
そしてそれを探り出せる術など雅にあるわけがない。
それに大人達に相談したところで問題が解決するとは思えなかった。
今までの関係が壊れる。
それだけが怖かった。
実際はもう崩れかけているであろう関係。
それをこれ以上壊したくない。
誰かを介入させて今以上に壊れていく様を見たくない。
自分のせいで今いるこの場所が別のものになってしまうことに耐えられない。
自分を守りたいだけで、本当は誰のことも考えていない。
壊れてしまいそうな桃子でさえどうでもいいのかもしれない。
いっそ桃子から全てが消えてなくなってしまえばいいと思っている。
ただ自分の為だけに動いている。
- 142 名前:− 探し歩く迷宮 − 投稿日:2007/11/11(日) 04:12
- そんな気がする。
自分を守る方法すらわからないのに、他人を救う方法などわかるはずがなかった。
このままでは桃子と一緒にどこまでも底のない沼に沈んでいく。
そうならない為にはどうすればいいのか。
そして自分はどうしたいのか。
誰かに聞いたところで、答えが見つかるとは到底思えない。
それでも佐紀に相談したのは、きっと沈んでいく手を引っ張って欲しかったからだろう。
佐紀のその手を掴んで、少しでもこのドロドロとした沼の中から引き上げて欲しかった。
腕を掴まれる佐紀のことを考えれば、答えのでない相談などするべきではなかった。
目の前で困ったような顔をしている佐紀を見ていると、少しだけ罪悪感を感じる。
だが、そのことによって気持ちが救われたのも事実だ。
しかし、心が軽くなったところで何かが解決したわけではない。
今、雅に出来ることは少ない。
自分に出来ること。
それはこのまま、今の状態がこれ以上変わらないように。
まるで薄氷の上を歩くようなこの関係を何とか維持することだけだ。
- 143 名前:Z 投稿日:2007/11/11(日) 04:12
-
- 144 名前:Z 投稿日:2007/11/11(日) 04:13
- 本日の更新終了です。
- 145 名前:Z 投稿日:2007/11/11(日) 04:16
- >>125 さん
どんどん泥沼化して(;´ω`)
>>126 さん
早くなんとかしてあげたいんですが(;´ω`)
>>127 さん
そう思って頂けたなら嬉しいです。
- 146 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/11(日) 04:17
- リアリタイム!
なんだかみんな辛いなぁ
誰が悪いってわけでもないのになんででしょうね
- 147 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:32
- 逃げ出した。
桃子から。
そして仕事場から。
走り出した足は止まらない。
闇雲に走って辿り着いた先は初めて見る場所だった。
この前も楽屋から逃げ出した。
けれど今日は仕事場から逃げ出した。
この間とはわけが違う。
大勢の人に迷惑をかけるとわかっていても逃げ出さずにはいられなかった。
- 148 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:33
- 壊さないように。
今あるものがこれ以上崩れないように。
意識して桃子に接していたはずだった。
それなのに、まとわりついてくる桃子に耐えられなかった。
気がつけば、冷静な対処が出来なくなっていた。
毎日繰り返される桃子からの言葉。
苛立ちはつのり、いつしか口調は荒くなっていた。
傷つけるとわかって口にした言葉は思った通り桃子の心を深く抉った。
心から流れ出る血のかわりに涙がぼろぼろとこぼれ落ちるのを見た。
口は真一文字に結ばれて嗚咽さえ聞こえない。
ただ涙が流れ落ちるだけ。
言葉もなく、桃子がその場に崩れ落ちた。
- 149 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:34
- だから逃げ出した。
息が詰まりそうな空気から。
灰色の壁で覆われたスタジオを飛び出し、青が支配する世界へと。
それでも気持ちは落ち着かず見知らぬ場所をウロウロしていると、すぐに追いかけてきたスタッフに捕まった。
嫌だと繰り返したところで掴んだ腕を放してくれるわけもない。
雅は引きずられるようにして来た道を戻っていく。
来た道を辿る。
その間に何度も、桃子と何があったのか尋ねられた。
だが、何があったのか問いただされてもそれを言うわけにはいかない。
そして言うつもりもない。
今日、桃子との間に起こった出来事を口にすれば、過去を遡って全てを話さなければならないだろう。
- 150 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:35
- 二人の様子がおかしいことに、周りの大人達も気がつき始めている。
そして様子がおかしい原因を聞きたがっている。
雅が病院に運び込まれたことを知っている大人達は尚のことだ。
今まで起こったことを話せば、きっとただの喧嘩では済ませてくれない。
だから出来れば、今日起こったことをうやむやのまま終わらせてしまいたい。
しかし、雅には全てを曖昧に誤魔化してしまう程の話術もなかった。
それならば。
世の中にある便利な制度を利用しない手はない。
この世には黙秘権という言葉がある。
静かに。
ひたすら口を閉じて。
引きずられるまま雅は足を進める。
雅は、一度こうと決めたら梃子でも動かない。
それは周りの人間達が一番よく知っていた。
だんまりを通すと決めてしまった雅を動かすことは容易ではない。
どれだけなだめすかしても口を開かない雅に、追いかけてきたスタッフは早々にさじを投げた。
- 151 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:36
- 『大嫌い』
雅が桃子に突きつけた言葉。
それは短い一つの言葉だった。
しかし、それがどれほど桃子を傷つけるか知っていて雅は口にした。
思った通り。
いや、その言葉は雅の予想以上に。
深く桃子に傷を付けた。
言葉だけみれば、まるで子供の喧嘩だ。
だが、毎日のように雅に好きだと繰り返す桃子にとっては、大きな意味を持つ言葉に違いない。
必要以上に縋り付いてくる桃子だ。
子供の喧嘩では済まされない意味を持つ。
それをわかっていて雅は桃子に言葉を投げつけた。
雅の目に映ったのは床に崩れる桃子の姿。
それはまるでドラマのワンシーンのようだった。
ゆっくりと、コマ送りのように。
衣擦れの音すら雅の耳には聞こえなかった。
壊れかけていた桃子を壊してしまったような錯覚。
黙ってただ涙を流し続ける桃子を見ていられなかった。
とどめを刺したのが自分だと思いたくなくて。
雅は逃げ出したのだ。
- 152 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:37
- 肌を刺す風。
結構な強い風だったが、重たい気分を吹き飛ばしてはくれない。
それどころかいつも以上に寒く感じて、足取りが重くなる。
それでも、スタジオが遠のくことはない。
引っ張られ、足を無理矢理動かされ。
確実に仕事場は近づき、雅は建物の中へと足を踏み入れることになる。
寒空の下から、暖かな室内へ。
普段ならほっとする温度のはずなのに、今はまとわりつく温風が居心地の悪さを増幅させる。
振り払いたいほどの生ぬるい室温に頭がくらくらして、雅はこのまま倒れてしまいたくなった。
けれど、意識をそう簡単に手放すことも出来ず、雅が辿り着いた先はスタジオではなく楽屋前。
楽屋の扉前には心配げに廊下をうろうろと歩いている佐紀がいた。
- 153 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:38
- 「あ、みや」
「……ごめん、迷惑かけて」
声をかける前に声をかけられた。
雅は佐紀に小さな声で謝る。
心配げな顔をした佐紀が一度大きく息を吐いた。
「撮影、なんとか終わったから」
「うん」
「みやのはさっき撮った分でなんとかするって」
「ほんと、ごめん」
「謝るのはあたしじゃなくて、スタッフさんと」
「わかってる。……ももでしょ」
「そう、もも。今、中にいるよ。大分落ち着いてる」
「…………」
「みや、ももと二人で話す?」
「……うちが入っても大丈夫かな?」
「また逃げる?」
「佐紀ちゃん、意地悪だね」
「たまにはね。で、みや。どうする?あたしも一緒に行こうか?」
煮え切らない雅に、佐紀が一つの提案をする。
小さな佐紀が様子を窺うように雅を下からじっと見つめてくる。
- 154 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:40
- 「ううん。……自分で話す」
「そっか。マネージャーさんにはあたしから言っておく。多分、スタッフさんの方はマネージャーさんがなんとかしてくれるから。だから、みや。ちゃんとももと話しな?」
「わかった」
「……ももに変なこと言っちゃだめだよ?」
「うん、わかってる」
振り返ってみれば今まで桃子から逃げてばかりいた。
一度、きちんと向き合うべきだと雅は思う。
扉に手をかけて引く。
そう重くもないはずの扉がやけに重く感じた。
ガチャリと開けた扉の向こう。
決して広いとは言えない楽屋の中に桃子が一人いた。
七人ではなく一人。
それが生み出す空間がいつもよりも広いせいか、雅は落ち着かなかった。
俯き加減で椅子に座っている桃子も、人が少ない隙間のある空間だということを認識させる原因なのかもしれない。
- 155 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:41
- 後ろ手に扉を閉めると、ガタンと思ったより大きな音がした。
その音に俯いていた桃子が顔を上げる。
音の方向に視線を向けた桃子と雅の目が合う。
まず最初に何を言うべきか、突然絡み合った視線に慌てて口にすべき言葉を考えていると、雅よりも先に桃子が口を開いた。
「みーやん、ごめんなさい」
雅が言うべき言葉。
それを口にしたのは椅子から立ち上がった桃子だった。
傷つけたのは自分のはずなのに。
謝っているのは何故か桃子。
扉に張り付いたままの雅から見える桃子の顔色は青白かった。
- 156 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:41
- 「何が悪いのか、もも全然わからなくて。でも、みーやんがももに怒ってることはわかる。……だから、ごめんなさい」
「もも」
「どこが悪いのかわかりもしないで謝ったって意味ないかもしれない。でもでも。もも、謝ることしか出来なくて」
「もも、もういいから」
「良くないよ。ももね、嫌いになって欲しくない。みーやんに嫌われたくない。だから、謝るから」
「違う、違うよ。悪いのはうちだ」
「なんで?」
「だって、もものこと嫌いって言った」
ぼそりと投げ捨てるように口にした。
その雅の言葉を聞いた桃子の表情が固まる。
そんな桃子と一緒に楽屋の空気も一気に温度が下がり、カチンと固まったような気がした。
- 157 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:43
- 「そんなの。……みーやんがそう思ったなら仕方ないもん。そう言われるのは、悲しいけど。好きになって欲しいけど、仕方ないもん」
暖房の入った部屋は暖かく温度は変わらないはずなのに、空気は氷ったまま。
溶けることのない空気を桃子の言葉が震わせる。
「もも、なんで嫌われちゃったんだろ。謝ってもだめなのかな?」
「謝らなくていいから。ももは悪くないから」
桃子の口から独り言のように紡がれていく言葉。
雅はその言葉を受け止めることが出来ない。
「ねえ、ももはどうしたらいい?どうしたらみーやんに好きになってもらえる?」
「それは……」
「あのね、みーやん。もも、ずっと。……ずっとみーやんが好きだった。それで、みーやんもももが好きだと思ってた。でも、なんか違ってたみたい」
ぺたん、と桃子が床に座り込む。
涙はない。
涙のかわりに小さく桃子が笑う。
- 158 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:44
- 「ごめんね。もうもも、みーやんの側に行かないから」
隙間だらけの部屋に小さな声が響く。
桃子が崩れていく音が聞こえた気がした。
そのまま桃子が消えてしまいそうで、雅は床に座り込んだ桃子の側へと駆け寄る。
そしてその腕を掴む。
だが、掴んだはずの腕が欠片になった。
いや実際には腕を掴んでいるはずなのに、力のない桃子の腕はまるで壊れた人形のようだった。
雅の指の隙間から、さらさらと流れ落ちていく見えない粒子。
人形が崩れ去っていく。
「……違わない」
「え?」
雅の唇の回りの空気が震える。
気がつけば言葉を口にしていた。
よく考えた結果なのか。
それとも衝動的に言ってしまったのか。
自分ではわからない。
- 159 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:45
-
向けられる想い。
それは相変わらずうちにとって怖いもので。
うちでは支えきれないようなももの気持ちを、受け入れるなんてやっぱり無理だと思う。
でもそれ以上に、壊れていくももを見ているのが怖い。
このまま欠片になって、粒になって消えていってしまいそうで。
ただ見ていることなんて出来るわけない。
- 160 名前:− 形作られていく関係 − 投稿日:2007/11/26(月) 00:46
- 「違ってなんかない。うちは……」
誰かを壊していくのが自分だと認識するのが怖かったのかもしれない。
自分のせいで壊れていく。
ボロボロと崩れ落ちていく桃子。
そしてそれを見ている自分も同じように崩れていく。
引き込まれて一緒に落ちていく。
きっとそれを見続けるのが嫌で、そして自分も同じようになっていくことが嫌で口にした。
言葉の続きは同情と保身以外の何者でもない。
それでも言わずにはいられなかった。
「うちは、ももが好きだから。だから、ももは違ってなんかない」
この先、何度後悔したとしても。
今、好きだと言ったことは間違ってなどいないと雅は思う。
桃子が言うように、それと同じ意味で雅は桃子のことを好きだと思えない。
それでも。
今、好きだと告げたことは間違っていない。
そう雅は思った。
- 161 名前:Z 投稿日:2007/11/26(月) 00:47
-
- 162 名前:Z 投稿日:2007/11/26(月) 00:47
- 本日の更新終了です。
- 163 名前:Z 投稿日:2007/11/26(月) 00:49
- >>146さん
誰も悪くなくてもうまく行かない時ってありますね。
とりあえず、少しお話しが動きました。
- 164 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/26(月) 11:44
- 壊してしまえばいいじゃない、と思う自分はSなんでしょうか・・・w
悲しい決断、というか・・・辛い
- 165 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/11/27(火) 01:01
- 。.゜.(ノ∀`).゜.。
- 166 名前:名無し飼育さん 投稿日:2007/11/30(金) 02:38
- みーやん…
- 167 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/01(土) 00:50
- また自ら泥沼に嵌るような事を…
- 168 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:32
- 「いつかみーやんと一緒に住みたいなあ」
向けられた笑顔に他意はなさそうだった。
桃子が純粋にそう思っているのが見て取れた。
だからこそ雅の胸の奥がちくりと痛んだ。
- 169 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:33
- 「みーやんは?」
「あ、うん。そうだね」
「なんか心がこもってなーいー」
「そう?」
「こもってないよ!……みーやん、もものことほんとに好き?」
「うん」
「もぉ!いっつも、うん、ばっかり」
「そんなことないよ」
「あるもん。みーやんが好きって言ってくれたのって、あの時しかない」
促されるままに桃子へ返事を返す。
自分の意志がどこにあろうと関係ない。
雅はいつも桃子の望む答えを導き出して、答えていた。
桃子の言葉に何度も頷いて。
拗ねたように見つめてくる桃子の頭を撫でる。
それが日常の一部になった。
だから、物足りなそうに「好きだと言ってくれない」と口にする桃子の頭をいつものようにぽんぽんと叩いた。
そうすれば大抵、桃子の機嫌は直る。
今日もきっと桃子の斜めになった機嫌が、すぐにもとへ戻るだろうと思った。
- 170 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:35
- 「……ねえ、もうみーやんは好きって言ってくれないの?」
一つ上。
いや、学年にすれば一つ上だが、年で言えば早生まれの桃子と雅は年齢的に変わらない。
けれど、一つ上にも同い年にも見えないような子供が甘えるような口調で桃子が言った。
雅はそれには答えない。
答えることが出来なかった。
だから返答に困って、雅は誤魔化すように曖昧に笑って桃子の手を握った。
握った手は雅の手よりも温かくて、思わずぎゅっと握りしめる。
握りしめた手は同じぐらいの力で握りかえされた。
- 171 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:37
- あの時。
勢いにまかせて言ってしまった好きは、桃子にしっかりと認識されて二人はまるで恋人同士のように過ごすことになった。
桃子にとっての自分は恋人以外の何者でもないと思う。
だが、雅にはやはりそうは思えない。
そう思えないからこそ容易に好きだと返せなかった。
あの日、好きだと言ったことは間違いではなかったと思う。
あのまま桃子を放っておけばどうなったかわからない。
あれは間違った言葉ではない。
けれど、あれから何度もそのことを後悔した。
- 172 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:38
- 世の中では、お互いに好きだと思っている者同士が、その想いを告げたときに付き合うことになるのだろう。
その法則から言えば、お互いに「好き」だと言った雅と桃子が付き合うことはなんら不思議ではない。
だから、桃子が雅にまとわりつき、べったりとくっついて離れなくなってもそんなものなのかもしれない。
それに、とりあえず側に置いておけば、桃子は嬉しそうに笑っていたし、落ち着いていた。
そのかわり、桃子を遠ざけようとすると酷く桃子の言動が不安定になった。
選択する余地はない。
雅としても好きだと告げた手前、桃子を邪険に扱うわけにはいかなかった。
そう、何の問題もない。
桃子から好きだと言われるたびに感じる罪悪感と、心の奥に沈殿していくもやもやとした気持ちに目を瞑り続ければ。
- 173 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:40
- 雅は、あれからずっと自分の心を見ないようにして、言葉を濁しながら桃子と接していた。
いつまでこんなことを続けられるのかはわからない。
それでも、雅は桃子が望むまま桃子に付き合った。
桃子に壊されかけた自分の方が何故桃子に合わせなければならないのか。
疑問に思ったこともあった。
しかし、邪気のない笑顔で桃子に誘われると断りにくかった。
一度誘いを断ってみたこともあったが、この世の終わりみたいな顔で「わかった」と言われた。
断ることは別に悪いことではないはずなのに、その顔を見ているととても悪いことをしたような気がしてあれから断ることが出来なくなった。
桃子の良いようにされているのはわかっているが、他にどうすればいいかも思いつかない。
だから今日も半ば無理矢理連れ出された形で、桃子と二人で街を歩いていた。
最近、休みの日はこうやって桃子と過ごすことが普通になっている。
じゃれつくように雅の腕にまとわりつく桃子を引きずって買い物をする。
ランチを一緒にとって、映画を見たりゲームをしたり。
夕方になれば、泣きそうな桃子と駅で別れた。
- 174 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:40
- 「みーやんっ!みーやんってばっ!」
「へっ?」
桃子に腕を引っ張られて、現実へと引き戻される。
考え事をしているうちに、どこをどう歩いていたのか。
目の前にはパステルカラーで塗られた建物があった。
それを桃子が指さした。
「あーゆー家に住んでみたい」
それが家かどうかはわからないが、確かに可愛い。
何かの物語出てきそうなお城風。
とがった屋根に煉瓦で出来た囲い。
いかにも桃子が好きそうな建物だった。
- 175 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:41
- 「でも、目立ちすぎじゃない?」
「そっかなー。可愛いと思うんだけど」
「ももには似合うかもしれないけど、うちには合わない」
可愛いとは思うが住んでみたいかといわれると微妙だ。
出来ればもう少し落ち着いた家に住みたい。
それを口にすると、桃子が不満そうな顔で抗議をしてくる。
「えー、みーやんにも似合うよぉ。ああいう家に一緒に住もうよっ」
「そんなに一緒に住みたいの?」
「うん。だって、ずっと一緒にいられるし。もも、みーやんといると落ち着くから」
「ふーん」
- 176 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:42
- 他に返す言葉が雅には思い浮かばなかった。
隣で桃子がしゅんとして肩を落とす。
雅はそれに気がつかない振りをした。
そして少しばかり後悔をする。
住みたいとはっきり言ってやればよかった。
そう思う。
それが現実になるわけでもないのだから、夢の一部だと思ってそう答えてやるべきだった。
そんなことを考えてばかりいたせいで、それから食べたランチが美味しかったのか、映画が面白かったのか。
さっぱり覚えていない。
夢遊病者のような状態のまま桃子に連れられて街を歩いて、気がつけば夕方だった。
別れ際、桃子はやはり泣きそうな顔をしていた。
雅はいつものように、桃子の頭を撫でてから手を振った。
頭の片隅には、今度一緒に住もうと言われたら「うん、住もう」と出来るだけ心を込めて言ってやろうという決意が置かれていた。
- 177 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:43
-
*** *** ***
- 178 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:44
- ざわざわとしていた楽屋に雅の一際大きな声が響いた。
思わず素っ頓狂な声が出た。
だが、雅が楽屋で大声を出すことはさほど珍しいことでもなく、一瞬メンバーの視線が集まったものの、すぐに雅から興味が薄れ視線はもとの場所へと戻っていく。
それまで静かに鏡の前に座っていた雅が大声を出した理由。
それを聞けば、きっと仕方がないことだとみんな思ってくれるはずだ。
雅以外の誰でも。
きっと急にそんなことを言われたら大声を上げるはずだと思う。
昨日今日で、それが現実のものになるとは思っていなかった、というのが雅の正直な感想だ。
頭の片隅に置いてあったものが、中央へと引っ張り出される。
目の前にある鏡に映っているのは嬉しそうな桃子の顔。
そして繰り返される言葉。
鏡に映る桃子と会話が続く。
- 179 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:45
- 「みーやん、聞いてる?もも、みーやんと一緒に住めるって!」
「あ、うん」
「あのね、いいって言ってくれたの。……冗談だったのに」
「誰に言ったの?」
「んっと、マネージャーさん。そしたらね、いいって」
「ほんとに?」
「うん。みーやん、嬉しい?」
「……うん」
頭の真ん中におかれたはずの決意はすぐに片隅へ。
雅は浮かない声で桃子に返事を返す。
そんな雅の声を聞いたせいか、桃子の声のトーンが落ちる。
- 180 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:46
- 「あのね、冗談だったんだよ?ちょっと言ってみただけで。なのに、そしたらいいって」
「うん」
「だからね、みーやんが嫌なら断ればいいから。別にもも、言ってみただけだから」
「ううん、うちも嬉しい」
鏡越しの会話をやめて、桃子の方へ身体を向けた。
出来るだけ心を込めて言った。
桃子がその言葉を信じるように。
雅は自分の演技が上手いとは思わない。
だが、出来る限り、今までで一番上手く演技が出来るように祈りながら桃子に告げた。
断れば桃子がどうなるかわからない。
そういう考えも確かにあった。
けれど、それと同じぐらいの大きさで、どうせ断ることなど出来ないだろう、という投げやりな気持ちがあった。
多分、雅と桃子を離しておくより、桃子を雅の側に置いておくべきだと事務所が思ったのだろう。
桃子が言い出さなくとも、遅かれ早かれ一緒に住むことになったような気がする。
- 181 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:48
- 一度、仕事が別々になった時だ。
桃子の様子が誰から見てもおかしくなった。
沈み込んで、誰の言葉も耳に入らない。
出された昼食に手を付けることもなかったと聞いた。
桃子に理由を聞いても答えなかったらしい。
だが、雅と会った途端、それまで塞ぎ込んでいたことが嘘のようにはしゃぎだしたと言っていた。
それが決定打となった。
桃子の様子がおかしいことを事務所に印象づけた。
事務所の大人達は桃子が雅に何をしたのか知っている。
雅が桃子を遠ざけていたことも知っている。
そんな二人がどうして今、行動を共にしているのかはわかっていないのだが、遠ざかっていた二人が今では一日中と言って良い程に一緒にいることを知っている。
そして桃子が雅の近くから離れないことも、離れれば様子がおかしくなることも気づいていた。
- 182 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:49
- 急に一緒に住むなど飛躍しすぎだという気もしたが、一緒に住まわせておけば仕事を別にしても大丈夫だろうという考えがあるに違いない。
雅と桃子、切り離すことの出来ないものとしておいておくには不便だ。
だからきっと、近いうちに事務所の方から一緒に住めと言ってきただろうと思う。
事務所から切り出す前に、桃子の方からそう言ってきたのだから渡りに船の申し出だったのだろう。
「みーやん、ほんとに嬉しいと思ってる?」
目の前には怪訝な顔の桃子。
雅は安心させるように言った。
- 183 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:50
- 「思ってる。うちの言うこと信じないの?」
「……信じる」
「信じるって何を?」
桃子の背後からひょいと顔を出したのは佐紀だった。
桃子と二人で話している雅を心配してなのか、それともさっき雅が上げた大声が原因なのかはわからないが、佐紀が雅と桃子の会話に割ってはいる。
「えー、秘密っ」
「うわっ、秘密とかひどくない?あたしにも教えてよ」
「今は秘密なのっ」
「みや、教えてよ」
「みーやん、まだ秘密だからねっ」
「はいはい」
「もも、マネージャーさんにみーやんのこと言ってくるね!」
雅の腕を掴んで念を押すと、桃子がパタパタと足音をさせて楽屋の外へと飛び出して行く。
残された佐紀が、有無を言わせぬ口調で雅に話を促した。
- 184 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:51
- 「で、信じるって何?」
「……うち、ももと一緒に住むことになった」
「はあ?なんで?」
「なんでって言われても」
「本気なの?」
「何が?」
「ほんとに一緒に住むのかって聞いてんの」
「うん、住む」
「なに考えてんの?……ももとだよ?」
「うん、ももと」
「いいの?」
「いいんだ。多分、そのほうがいい」
- 185 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:52
- 佐紀が心配するのも無理はない。
あんなことがあった相手だ。
一緒に暮らすなど気でも触れたのかと思われても仕方がない。
だが今は、桃子が何をするかわからなくて怖い、という気持ちは薄れていた。
どちらかといえば、桃子が自分の側から片時も離れようとしないことが怖かった。
側から無理矢理離したとき、どうなってしまうのか。
「嫌いだ」と告げた日、楽屋で見た桃子を思い出す。
さらさらと砂となって消え去ってしまいそうに見えた。
それが自分のせいだとしたら、その方が怖いと思った。
- 186 名前:− 構築される世界 − 投稿日:2007/12/09(日) 03:53
- 誰かを壊して。
自分が平気なままでいられるとは思えなかった。
だから、壊れないように。
自分を守る為に。
桃子と一緒に暮らす。
自分の為でもあり、桃子の為でもある。
お互いがこの場所に立っていられるように。
雅は桃子の希望を取り入れた。
それがどういう結果を生むかわからない。
この先どうなるにしろ、桃子が自分の側から離れないのならば一緒にいるしかないのだ。
雅には選ぶより先に与えられてしまったものに逆らうつもりはなかった。
- 187 名前:Z 投稿日:2007/12/09(日) 03:53
-
- 188 名前:Z 投稿日:2007/12/09(日) 03:53
- 本日の更新終了です。
- 189 名前:Z 投稿日:2007/12/09(日) 03:57
- >>164さん
壊せないあたりが雅ということで(;´▽`)
>>165さん
つД`)
>>166さん
ごめんね、みーやん(;´▽`)
>>167さん
底なし沼化です。
- 190 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/10(月) 01:51
- 急展開
みや!男前だけど良いのか?
と言いつつももがカワイクなってきた
- 191 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/15(土) 21:51
- みやびちゃん・・・無理しちゃいかんぞ・・・
- 192 名前:− 掴んだ手の先 − 投稿日:2007/12/16(日) 01:53
- 肩までお湯に浸かって足を伸ばす。
両手を前に伸ばして伸びをする。
そのまま両手をお湯の中に落とすと「ちゃぽん」と音がした。
「なんでだろ」
心の中で思った言葉がそのまま口に出る。
バスルームに桃子の声が響いた。
- 193 名前:− 掴んだ手の先 − 投稿日:2007/12/16(日) 01:55
- 雅と住めると本気で思っていたわけではない。
ただなんとなく口に出しただけだ。
冗談で。
口にした言葉全てが冗談だったわけではないが、八割方冗談のつもりだった。
それが現実になった。
桃子がマネージャーに向けてなんとなく言ったこと。
そんなものが現実になるとは思わなかった。
そしてマネージャーが承諾した後も、それを全部信じたわけではなかった。
どうせ、やっぱり駄目、と言われるに違いないと桃子は思っていた。
ところがだ。
仕事が終わって、雅と一緒に事務所へ呼び出された。
何事かと思って恐る恐る指定された部屋に入ってみれば、部屋を探しているから少し待っているように、と告げられた。
二人が学校へ通いやすい場所を探していると、そう言われた。
桃子にとって嘘みたいな本当の話だ。
- 194 名前:− 掴んだ手の先 − 投稿日:2007/12/16(日) 01:55
- 一体どうしてこんな風に思ったことが現実になるのか。
少し前までは自分が思っていたことは現実とは全く違っていて、苦しくて仕方がなかったというのに。
雅に思っていることが通じていなくて。
自分が信じていたことは、雅が思っていたこととは違っていて。
どこで道を間違えてしまったのかとずっと考えていた。
答えの探し方もわからずに彷徨い歩いているうちに、雅から手を差し出された。
その手を掴んでみると、急に世界が変わった。
今まで冷たいだけだった雅が優しくなった。
桃子の周りを取り囲んでいた大人達も優しくなった。
- 195 名前:− 掴んだ手の先 − 投稿日:2007/12/16(日) 01:56
- 「わかんないなあ」
桃子は一人呟いて、右手でお湯を叩く。
ちゃぷん、とお湯がはねて波紋が広がる。
雅と一緒に住みたいと願ったのは自分だ。
それなのに。
嬉しいと思うと同時に怖かった。
一緒に住みたいなど、子供が駄々をこねるようなもので、それが受け入れられるとは思いもしなかった。
頭の奥が痛い。
霧がかかったようにぼうっとしたものがどこかにある。
くらくらするのは、もしかしたらのぼせてしまったからなのかもしれない。
それでも桃子は、バスタブの中から出る気にはなれなかった。
- 196 名前:− 掴んだ手の先 − 投稿日:2007/12/16(日) 02:00
- 「みーやん、今、なにしてるのかな」
目を瞑ると瞼の裏に雅の姿が見える。
一緒に住める、と桃子が告げた時。
一瞬、雅は困ったような顔をした。
雅はいつも桃子の話に頷いてばかりで、何を考えているのかよくわからない。
少し前までのように冷たい言葉を口にしたり、冷ややかな表情をしなくなった。
そのかわりに、躊躇うような、そんな表情を時々するようになった。
側にいても、遠くにいるような。
そんな気がするのは、そういった雅の表情のせいもあるのだろう。
だから、桃子はよく雅の腕を掴んだ。
何処にも雅が行かないように腕を掴んだ。
- 197 名前:− 掴んだ手の先 − 投稿日:2007/12/16(日) 02:01
- 雅がいないと不安になる。
それが怖いのだ。
いつからこれほどまでに雅に依存するようになったのだろう。
気がつけば、桃子は雅がいないと落ち着かないようになっていた。
雅がいなければ、全てが色あせて見える。
どうしようもなくつまらないものに思えた。
そして。
雅が自分以外の人間と一緒にいるところを見ると、ひどく気分が落ち込んだ。
それと同時にその相手ではなく、雅がいなくなってしまえばいいと思った。
この手で壊したいとすら思った。
この手の中に雅はいるはずなのに、そんなことを考えた。
どうしてこんなに不安で不安定な気持ちになるのか。
考えると頭が痛かった。
この頭の奥にあるズキズキとした痛みの原因。
それは近くにあるような気がしたが、思い出せる気がしない。
痛みを追い払うように頭を振ると、温かなものが顎を濡らし、唇を濡らしていた。
目を開けば、桃子はお湯の中に沈んでいくところだった。
- 198 名前:− 掴んだ手の先 − 投稿日:2007/12/16(日) 02:02
- 「うわっ」
バスルームに甲高い声が響く。
バスタブの中で溺れるなんて笑い話にもならない。
桃子はのぼせかけた身体を起こして、バスタブから脱出する。
バスルームの扉を開けて、脱衣所に出ると頭の奥にあった痛みが薄らいだ。
やっぱりのぼせていたんだ。
度を過ぎた長湯はするものじゃない。
桃子はそんなことを考えながら、お湯に濡れた身体を拭いた。
- 199 名前:Z 投稿日:2007/12/16(日) 02:02
-
- 200 名前:Z 投稿日:2007/12/16(日) 02:03
- 本日の更新終了です。
- 201 名前:Z 投稿日:2007/12/16(日) 02:05
- >>190さん
やっと話が転がって(;´▽`)
しばらく可愛い桃子をお楽しみください。
>>191さん
みやびちゃんにはもう少しがんばってもらおうかと(;´▽`)
- 202 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:42
- 桃子と一緒に住む。
それを雅がメンバーに告げた時。
梨沙子がやけに雅に絡んできたこと以外はあっさりとしたもので、雅は拍子抜けした。
もしかしたら、事前に事務所の方から何らかの説明があったのかもしれないが、追求されても面倒なことになるだけだと思い、雅の方から聞き出すようなことはしなかった。
- 203 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:44
- 桃子と暮らす日
それは思っていたよりも早くやってきた。
自分で決めておきながら部屋の鍵を渡されたとき、本当に桃子とやっていけるのだろうかと不安に思った。
桃子を傷つけることが怖くて。
自分が傷つくことが怖くて。
逃げ出したはずなのに。
どこでどう間違ってしまったのか、選んだものは桃子と暮らすことだ。
一緒に住めば桃子を騙しきれなくなって、全てが壊れてしまう日が早まってしまうかもしれない。
それでも。
桃子の頼みを断れなかった。
それに事務所の方も、何かあったらすぐ連絡しなさい、と言ってくれた。
だから引っ越し当日まで雅は、これでいいんだ、と何度も繰り返した。
- 204 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:45
- 事務所が用意した部屋は、子供二人で住むには勿体ないぐらいの大きさだった。
用心の為かオートロックのマンション。
間取りは雅と桃子に一部屋ずつと少し広めのリビング。
日当たり良好で駅から近く、暮らしやすそうな部屋だと思った。
雅の荷物は雅の部屋へ。
桃子の荷物は桃子の部屋へ。
お互いの荷物を自分の部屋へ運び入れたので、リビングに不必要な物はない。
テレビとソファーとテーブルが申し訳なさそうに置かれているだけだ。
今は片づいて綺麗になっているリビングと互いの部屋。
だが、引っ越しがあった日は足の踏み場もないような状態になっていた。
- 205 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:48
-
引っ越し当日。
大きなものは引っ越し業者によって部屋に設置されていた。
雅と桃子はそれ以外の新しく買った食器や家から持ち込んだ小物を片づけていく。
荷物を解き、緩衝材を取り出し、包み紙を剥がす。
雅は段ボールを順番に開け、一つ一つ片づけていく。
しかし桃子はといえば、幾つもの段ボールを開け、緩衝材を放り投げ、包んであった紙を丸めて投げている。
時にはそれを雅に投げつけてきた。
部屋を片づけているのか、散らかしているのかわからない。
初めはやんわりと。
だが、次第に雅の桃子を注意する声は大きくなっていく。
そして雅が声のボリュームを上げると、桃子がそれに合わせて丸めた包み紙を投げつけてくる。
サイズは小さなものから大きなものまで色々あった。
もちろんどんな大きさの物でも元を辿ればただの紙だ。
投げつけられてもそう痛いわけではない。
だが、片づけるべき部屋が散らかっていくことに耐えられない。
投げつけられるものが包み紙から、緩衝材に変わった頃。
雅は桃子を怒鳴りつけることになった。
- 206 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:50
- 新しい部屋で初めて雅が桃子と二人でしたこと。
それが喧嘩だった。
喧嘩は徐々にエスカレートして、気がつけば二人は段ボールと緩衝材と包み紙に埋もれていた。
部屋は綺麗になるどころか、惨憺たる状況。
その日は結局、どの部屋も片づくことがなく段ボールと緩衝材と包み紙に囲まれながら二人で眠った。
そして翌日。
部屋を片づける担当が雅に決まった。
料理については、一緒に作ることで話がまとまった。
時々キッチンで揉めることもあったが、二人で料理を作ることは思っていたよりも楽しい事だった。
美味しかったり、いまいちだったり。
料理の出来にばらつきはあったが、それもまた面白いと思えた。
雅が掃除をして、桃子がそれを乱して。
そんな桃子にぶつぶつ言いながら掃除をする。
指を切ったり、味で揉めたり。
ままごと遊びの延長みたいな暮らし。
それは考えていたほど悪いことでもなかった。
- 207 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:53
- それでも最初の頃は、二人でどう過ごせばいいのかわからなかった。
仕事の日と休日に会う。
雅が知っている桃子はそれだけだった。
普段、一体どうやって桃子が一日を過ごしているかなど知りようもなかったし、尋ねたこともない。
いつもなら桃子と過ごす時間にはかならず終わりが来る。
仕事が終わればそこで別れることになるし、休みの日も夕方になればお互い家へ帰る。
答えようがない問いかけはその時だけ誤魔化しておけば良かった。
翌日にまで桃子がそういったものを引きずることはほとんどなかった。
時間を置くことで誤魔化せていたものを誤魔化せなくなったら。
好きや嫌い。
そういった感情を持ち込まれて、それを目の前に突きつけられたらどうしていいかわからない。
実際、一緒に住み始めてそういったことを何度か聞かれたことがあった。
だが、桃子はそれに執着するわけでもなく、そんな問いかけをなかったことにして笑っていた。
雅が感じる少しの罪悪感と引き替えに生活は元へと戻る。
- 208 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:55
- それにリビングで一緒に過ごす時間はさほど多くなかった。
雅が部屋に戻れば桃子も自分の部屋へと戻ったし、桃子が雅の邪魔をするようなことはない。
思っていたよりも平和な暮らし。
雅が側にいるだけで桃子は落ち着いていたし、あの日のように危害を加える様子もなかった。
まるで合宿か何かのように、二人で生活をして。
たまには喧嘩もしたが、すぐに仲直りをした。
だから、暮らしていくうちに桃子の存在を受け入れることが出来るようになっていった。
姉妹のように生活をする。
いや、無邪気に笑ってじゃれついてくる姿はまるで子猫か子犬だ。
小さな動物と一緒に暮らしているような気分。
気がつけば雅にとっての桃子は、少しお喋りで時々自分を困らせる生き物、に変わっていた。
- 209 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:56
- こんなことになる前までは、どちらかと言えば桃子は雅にとって扱いにくいタイプだった。
素直に雅の言うことを聞くような人間ではなかったし、お互いに自己主張が激しいせいか衝突も多かった。
それが一緒に暮らし始めた今は、やけに素直に言うことを聞く。
そのせいか、本当に大きめのペットでも飼っているような気分になる。
けれど時々、桃子が近すぎて思わず身を引いてしまうことがあった。
何かの小動物と暮らしているような気分で生活を続けていると、桃子が自分に向けている想いというものを忘れてしまう。
自分が暮らしている相手が誰なのか。
それを突然思い出させるような声で名前を呼ばれる。
その声は雅が忘れていたことを思い起こさせる。
- 210 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:57
- 「みーやん」
雅の名前を呼んで、抱きついて笑う桃子からは悪気の欠片も感じない。
桃子にとっては当たり前のことなのだ。
二人の生活には好きだという気持ちが前提にある。
それを忘れてしまうのは雅の悪い癖だ。
小動物と暮らしているつもりで生活している方が楽だから、そちらの方へ気持ちが流れていく。
二人で生活することに慣れても、好きだと言われたりそういった気持ちを向けられることには慣れることが出来ない。
だから、雅は身体に回された桃子の腕をそっと解く。
曖昧に笑って頭を撫でる。
そのたび桃子が傷ついたような顔をした。
けれど、雅には「ごめん」と謝ることしか出来ない。
そしてそうやって謝るといつも桃子に腕を掴まれた。
- 211 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:58
- 「ももこそ、ごめんね」
桃子が俯き加減で謝る。
雅がその手を握る。
ぎゅっと握りしめると桃子が笑う。
厄介な感情と罪悪感。
雅と桃子は同じ事を何度も繰り返した。
- 212 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:59
- 桃子の好きという感情が表に出るとき。
それにはきっかけがある。
大体、こういったことが起こるときは梨沙子が遊びに来た後だった。
もちろんそれだけが全てではない。
けれど、梨沙子が遊びに来た後が一番多かった。
梨沙子が雅に甘えて雅の側から離れない。
そんな時だ。
桃子が好きだと言って雅を困らせるのは。
そう、あれは初めて梨沙子が遊びに来た日のことだ。
- 213 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 01:59
-
*** *** ***
- 214 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:00
- 昔から雅にべったりの梨沙子は一緒に暮らしている桃子が羨ましいのか、遊びに来たいとよく駄々をこねた。
最初、そんな梨沙子が家に来たらどうなるのかと雅は心配をした。
だが、三人で遊ぶことはそう悪いことではなかった。
雅に懐いているように、梨沙子は桃子にも懐いていた。
雅にするほどべったりではないが、桃子の事も気に入っているようで、梨沙子が桃子に甘えているところをよく見た。
桃子も懐いてくる梨沙子が可愛いのか、昔から妹のように接していた。
だから、桃子も梨沙子が遊びに来ることを楽しみにしているようだった。
- 215 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:02
- 本を読んだり。
ゲームをしたり。
梨沙子が遊びに来ても何か特別なことをするわけではない。
三人でたわいもないことをして過ごす。
初めて梨沙子が家にやってきたときもそうだった。
お菓子をつまみながら、三人でゲームをした。
勝った負けたとコントローラーを奪い合いながら大騒ぎをした。
疲れて一息入れたとき、梨沙子が雅に聞いた。
- 216 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:04
- 「みや、毎日ももと何やってんの?」
「喧嘩」
「えー、ももとみーやん喧嘩なんてしてないじゃんっ」
「してるじゃん、喧嘩。昨日も、もも部屋散らかすし」
「あれはみーやんが悪いんだもん」
「うちは悪くない。あれはももが悪い。せっかく部屋片づけたのに本引っ張り出して」
「だって本読みたかったし」
「読んでもいいけど、片づけなって何度言ったらわかるの?」
「後から片づけようと思って置いてただけだよっ」
雅が部屋を整理した後、桃子が本を出しっぱなしにして片づけなかった。
喧嘩と言う程のことでもないが、昨日もそれが原因で言い争いになった。
雅は問いかけてきた梨沙子を置き去りにして、昨日と同じ内容の会話を桃子と続ける。
ふと気がつけば、雅の目の前には見るからにぶすっとした顔をした梨沙子がいた。
雅は不機嫌そうな梨沙子に声をかける。
- 217 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:05
- 「どうしたの?梨沙子」
「どうもしないもん」
「ほんとに?」
「…………」
理由は明白だ。
梨沙子の前で梨沙子以外の誰かをかまい続けると、いつも梨沙子は不機嫌になる。
問いかけてきた梨沙子を放って、桃子と話していたことが不味かったのだろう。
しかも話の内容は梨沙子が入ってくることの出来ないものだ。
「梨沙子、こっちおいで」
「いいの?」
「いいから、ほら」
雅は手招きをして正面にいる梨沙子を自分の隣に呼び寄せる。
梨沙子が桃子に視線をやってから、おずおずと雅の隣へやってくる。
雅の顔をじっと見てから安心したように、梨沙子が雅の腕を取った。
それを見て梨沙子の隣にいた桃子が不満げな声を上げる。
- 218 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:06
- 「みーやん、ももは?」
「ももはそこでいいでしょ」
「梨沙子には優しいよね」
「ももにも優しいって」
「ふーん」
唇を尖らせて桃子が雅を見る。
やれやれ、と雅が呆れたように息を吐き出すと、梨沙子がからかうように桃子に声をかけた。
「あー、もも。羨ましいんだ」
「そんなことないしっ」
「うそだー。もも、羨ましいって顔してる」
「してないって!ももは梨沙子と違って大人だし」
「全然大人に見えない。ね、みや」
「どうでもいい」
嬉しげな梨沙子とむきになって反論する桃子。
どちらの味方をしてもろくな事になりそうになかった。
だから、肩をすくめて雅は面倒臭そうに答えた。
- 219 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:07
- 「ひどーいっ」
リビングに桃子の悲痛な叫びが響く。
桃子は頬を膨らませると、雅の隣へと移動して雅の腕を掴む。
そして梨沙子に言った。
「梨沙子に今だけみーやん貸してるだけだもん」
「みやはあたしのだってばっ」
「あーもー。二人ともうるさい」
雅は二人から掴まれている両手をぶんっと一度振って、両腕に掴まっている二人を振りほどく。
自由になった手で雅が頭を抱えていると、桃子と梨沙子が顔を見合わせてほぼ同時に「うるさくないもん」と言った。
- 220 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:08
- 「梨沙子、今のみーやんひどくない?」
「ひどい、ひどいっ」
今まで争っていたのが嘘のように桃子と梨沙子が共同戦線を張る。
急に責められる立場に立たされた雅が二人の間から逃げ出そうとすると、桃子と梨沙子が雅の洋服の裾を引っ張った。
「みや、ひどいっ」
「そうだ!そうだー!」
- 221 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:09
- 結局、逃げ損ねた雅は二人から長い間「ひどい」と責められることになった。
それからもう一度始めたゲームは、桃子と梨沙子が示し合わせて雅を攻撃するものだから、雅が一方的に負け続けた。
負けることが嫌いな雅が二人にぶつぶつと文句を付けてゲームは終わった。
こうして三人で集まってみると、仲が良いのか悪いのかよくわからない。
けれど梨沙子が家へ帰る時間になってみると、なんだか寂しいような気分になった。
桃子も雅と同じような気持ちなのか、梨沙子を見送るときにはいつまでも梨沙子の背中に手を振っていた。
梨沙子を駅まで送って、桃子と一緒に部屋に戻る。
雅はリビングの扉を開けて、ソファーに腰を下ろす。
人一人分ほどの距離をあけて桃子が雅の隣に座った。
梨沙子が帰って桃子と二人になってみると、広いリビングがいつもよりももっと広く感じられる。
- 222 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:10
- 「ねえ、みーやん」
隣から小さな声で名前を呼ばれる。
雅は背もたれに預けていた背中を起こして、桃子の方を向いた。
「梨沙子のこと好き?」
「ん?好きだけど」
短い沈黙が訪れる。
桃子が身体を動かしたのか、ソファーが音を立てた。
「……もものことは?」
- 223 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:11
- 広いリビングに消えてしまいそうな声が雅の耳に聞こえた。
雅が桃子の手を見ると、握りしめられた手が白くなっていた。
梨沙子を好きだということは簡単だ。
けれど、桃子には言葉を返すことが出来なかった。
桃子の白くなった手の上に自分の手を重ねる。
ぐっと握っても桃子の手から力が抜けない。
それどころかもっと強く握られていく。
「もも、梨沙子よりもっとみーやんのこと好きだよ」
「うん、わかってる」
「ねえ、みーやん。……やっぱ、なんでもないや」
桃子の握りしめられている手を解く。
そしてその手に自分の手を絡めた。
手を強く繋ぐと、桃子が雅に笑いかけてきた。
- 224 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:12
- 好きはすぐになかったことになって。
手は強く握られた。
桃子が何を考えているのか雅には相変わらずわからない。
こんな風に雅が桃子の想いに答えることが出来なくても、すぐに笑って雅に擦り寄ってくる。
嫌なことを見ないことにしているのか。
それとも、それをなかったことにしてまで雅の側にいたいのか。
雅にはわからなかった。
- 225 名前:− 新しい生活 − 投稿日:2007/12/23(日) 02:13
-
梨沙子が雅に甘えて帰ると、桃子が雅に気持ちを伝えてくる。
こういったことが何度も繰り返された。
ただそれさえやり過ごしてしまえば、この暮らしはそんなに悪いものではない。
口うるさい親から離れて自由に遊ぶことが出来る空間を与えられた。
始めに感じていた不安は消えて、今はこの生活を楽しむ余裕すらある。
桃子が雅に近づきすぎなければこの生活は崩れない。
そして雅が少しの罪悪感に目をつぶれば、それでこの暮らしが続いていくような気がする。
出来れば今のまま何事もなくこの生活が続いて欲しいと雅は願った。
- 226 名前:Z 投稿日:2007/12/23(日) 02:13
-
- 227 名前:Z 投稿日:2007/12/23(日) 02:14
- 本日の更新終了です。
- 228 名前:Z 投稿日:2007/12/23(日) 02:14
-
- 229 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/25(火) 22:25
- ここのももは切ない。
みや、よく守ってください。
- 230 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:27
- お風呂は一人で。
それは雅と桃子が決めた二人で住む為のルールの一つだ。
他にもルールはいくつかあった。
夕飯は二人で作る。
リビングを散らかさない。
眠るときは自分の部屋で。
時にそれは破られることもあったが、二人ともほぼルール通りに生活をしていた。
破られるルールは決まっていて、それは「リビングを散らかさない」というものだった。
桃子が散らかして、それを雅が片づける。
そしてそれが元で喧嘩になる。
それは一週間のうち何度か行われる恒例の行事になりつつあった。
だが、他のルールが破られたことはほとんどない。
だから、雅は安心してバスルームの中にいた。
- 231 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:29
- 鼻歌を歌いつつ。
蛇口をひねってお湯を出す。
シャワーヘッドから飛び出したお湯が雅の身体にあたる。
心地良い温度のお湯が疲れを洗い流していく。
次第に鼻歌がはっきりとした歌に変わってバスルームに響く。
バスルームの中で歌を歌うと、一割増しで歌が上手に聞こえて楽しくなってくる。
反響する自分の声に上機嫌でシャワーを浴びていると、雅の耳にお湯がはじける音と自分の歌以外の音が聞こえた。
雅が「何だろう?」と音の聞こえた方、バスルームの扉を見ると扉が開いている。
開いた扉に、えっ?と思う間もなく桃子の姿が見えた。
予想外の出来事に雅は狼狽える。
まだ破られたことのなかったルールが破られた瞬間。
雅は慌ててバスタブに飛び込んだ。
- 232 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:31
- 「ちょっ、ももっ。まだうちが入ってるんだから待ってよっ!」
バスタブの中から雅は、ルールを破った桃子へ非難の言葉を口にする。
だが、桃子は気にする風でもなく手に持っていた何かをバスタブの縁に置いて、シャワーヘッドを手に取る。
そして蛇口をひねってシャワーを浴び始めた。
「みーやん、今日は一緒にはいろ」
「入らない。決めたじゃん、お風呂は一人でって!」
雅の声とは対照的に落ち着いた桃子の声がバスルームに響いた。
お湯のはじける音に負けないように雅が大きな声で反論するが、桃子がバスルームから出て行く様子はない。
それどころか、シャワーを止めるとバスタブの中に入ってこようとする。
「もも、ルール!」
- 233 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:33
- 雅の声が聞こえていないはずはないのに、桃子が足をお湯の中に沈める。
雅は思わず伸ばしていた足を胸元に引き寄せ、膝を抱えた。
今まで雅の足が埋めていたスペースが空いて、その隙間に桃子が入り込んでくる。
おかげでもともとそう広くもないバスタブに二人、向かい合わせで膝を抱えて沈むことになった。
窮屈というより、桃子との距離が近いせいで息苦しい気がする。
足をほんの少し伸ばせば、桃子の足に触れてしまう。
だから雅は必要以上に膝を抱えることになった。
ぎゅっと身体を丸めて、桃子と距離を取る。
ついでに恨みがましい目で桃子を見る。
「まあ、今日はルールなんか忘れてさ。一緒にしゃぼん玉しようよ」
雅の様子に気がつかないのか、桃子が脳天気な声で言った。
そして言葉の内容もその声の調子にぴったりなものだった。
バスルームの中に桃子が侵入してくることが予想外なら、しゃぼん玉なんて言葉も予想外だ。
大体、しゃぼん玉なんてものをする年でもない。
おかげで雅は桃子が発した言葉を聞き直すことになった。
- 234 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:34
- 「はあ?シャボン玉?」
「うん、ストロー持ってきた」
桃子がバスタブの縁を指差す。
雅がその指の先に目をやると、ピンク色のコップが置いてあった。
そのコップにはストローが二本刺さっている。
「ストローなんかどうでもいいって。お風呂は一人で入るって約束でしょ」
「そうだけどさ。せっかく一緒に住んでるんだし、一回ぐらい一緒に入ってもいいと思わない?」
「思わないよ」
低い声で桃子にそう答えてから、雅は手で水鉄砲を作ると桃子にお湯を飛ばした。
桃子の前髪にお湯が命中して、桃子が眉間に皺を寄せる。
頬を膨らませた桃子がお湯を手で掬う。
雅はそのお湯を飛ばされるのではないかと思って身構えた。
けれど雅の身体に触れたのはお湯ではなく、桃子の足先だった。
お湯の中で雅の足先を桃子が軽く蹴る。
急に身体が触れたせいで、雅の心臓が一度大きく跳ねた。
- 235 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:36
- 「みーやん。しゃぼん玉したくない?」
悪戯な子供の笑顔。
桃子ににっこりと笑いかけられ、コップに刺さったストローを差し出された。
「……やる」
雅はバスタブに寄りかかっていた背中を起こして、桃子に近づく。
黄と白のストライプ。
赤と白のストライプ。
二種類のストローから赤のストライプを選んで手に取った。
しゃぼん玉液は、桃子がボディソープを溶かして作った。
バスタブの縁に手をかけて、二人並んでストローを口にくわえる。
コップはバスタブの中に落ちないように床へ置いた。
- 236 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:39
- 「みーやん、もっとこっち」
「うん」
桃子の腕が雅の腕に触れる。
だが、足先が触れた時に跳ねた心臓が嘘のように雅の心音はいつもと変わらない
しゃぼん玉なんて何年ぶりだろう?
記憶を辿っても、最後にしゃぼん玉をした日がいつなのか思い出せないが、子供の頃はよくしゃぼん玉を作って遊んだ。
部屋の中でしゃぼん玉を飛ばして、床中しゃぼん玉液だらけにして叱られたこともあった。
そんな昔を思い出しながら雅がストローをしゃぼん玉液に浸すと、隣から小さなしゃぼん玉がいくつも飛んできた。
それに負けじと雅もしゃぼん玉を作る。
静かに長く。
ふうっと息を吐き出すと、ストローの中を走り抜けた空気の塊がいくつものしゃぼん玉を作り出す。
- 237 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:41
- 二人のストローの先から飛び出したしゃぼん玉がふわふわとバスルームの中を漂う。
いくつものしゃぼん玉が壁にぶつかったり床に落ちたりして消えていったが、それを上回る勢いで二人がしゃぼん玉を作り出す。
おかげでバスルームはすぐにしゃぼん玉だらけになった。
ふわふわと湯気の中を飛び回ってぱちんとはじける。
半数以上はバスタブの中に飛び込んできたが、それは気にしないことにした。
お互いの身体にもしゃぼん玉は着地して、しゃぼん玉だらけになっていく。
ふわりと浮かぶ球体を作るだけの遊び。
それだけのことなのにどうしてこんなに楽しいのだろうかと考えた。
答えはすぐに導き出された。
大きなしゃぼん玉を作ろうと慎重に息を吹き込むことが楽しかったり、小さなしゃぼん玉が連続して飛び出していくことが面白かったりする。
単純だからこそ楽しいのだと雅は思った。
- 238 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:44
- 桃子はどうなのだろうかと思って隣を見ると、目の前に大きなしゃぼん玉が浮かんでいた。
ふわりと浮いていたしゃぼん玉はどこかに飛んでいって、無邪気に笑っている桃子が見える。
こうしていると今までの出来事が嘘のように感じる。
二人の間には何もなくて。
桃子は昔から何も変わっていなくて。
こんな風に笑っている桃子が本当の桃子。
そんな気がする。
そしてそれが現実だったらどんなにいいかと思う。
けれどそんな夢が現実になることはない。
どんなに願っても、桃子がしたことが雅の心の中から消えることはなかった。
桃子はいつまでこうやって穏やかに笑っていてくれるのだろう。
雅にとって少し居心地が悪いが、こうやって過ごす日常は思いのほか平和だ。
このまま何の変化もなく日々が過ぎていって欲しかった。
- 239 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:45
- 雅はストローをしゃぼん玉液に浸してそっと抜く。
ふうっと息をゆっくり吹き込んで大きなしゃぼん玉を作る。
「あー、みーやん。上手」
その声に桃子を見ると、桃子が雅の方を見ていた。
雅の作ったしゃぼん玉が二人の間に落ちてくる。
大きなしょぼん玉の向こうに歪んだ桃子が見えた。
桃子の指が伸びてきて、しゃぼん玉を突く。
割れたしゃぼん玉から真剣な目をした桃子が現れる。
- 240 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:46
- 「もも?」
言葉はなかった。
黙ったままの桃子が雅の腕を取った。
雅が腕を引く間もなく、手首に唇を押しつけられる。
唇は何度か雅の肌に触れながら肩へ辿り着く。
雅の心臓よりもっと深い部分が締め付けられる。
裸の肩に柔らかな唇の感触を感じて、そこに意識が集中する。
急に裸でいることが照れくさくなった。
どうしていいかわからなくなって桃子を見ると、しゃぼん玉をしている時とは別人のような桃子がいた。
さっきまでの無邪気な顔はそこにはなくて、大人びた目をした桃子が雅を見つめていた。
- 241 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:48
- 初めて桃子の好きだという気持ちを認識した気がする。
何度も聞いていたはずなのに。
桃子の気持ちに今さら気がついた。
一緒に暮らしているのは小動物などではなく、一人の人間だ。
桃子が自分に同じ気持ちを求めていることを雅は認識する。
桃子が触れている部分の体温が上がる。
頬だけではなく、雅の全身が赤くなる。
雅は慌てて腕を引いて、手を胸元に持ってくる。
俯いてストローをコップの中に乱暴に浸すと、シャボン玉液が入ったコップが倒れた。
- 242 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:50
- 「あっ」
雅が思わず声を上げると、それまでと空気が変わった。
桃子が自分を見ていることは、桃子を見なくともわかる。
だが、雅はどんな顔をして桃子を見ればいいのかわからない。
俯いたまま桃子の顔を盗み見ると、やはり雅の方を見ていた。
雅は桃子の方を見ないようにして、手探りで桃子の髪の毛に触れた。
そのまま桃子の髪をぐちゃぐちゃと手先で乱してから、顔を上げる。
桃子の方を見ると子供みたいに拗ねた顔をしていた。
頭がぼうっとするのはお湯に浸かりすぎたせいなのか、腕に唇が触れたからなのかよくわからない。
頭が重い。
雅はバスタブの縁に額を押しつけた。
初めて意識した桃子の気持ちを自分の中で上手く処理出来ない。
今まで雅は知っているようで知らなかった。
自分に向けられている想いがどんなものなのか。
- 243 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:50
- 「みーやん、のぼせちゃった?」
「違う」
「大丈夫?」
「わかんない」
大丈夫、と言える状態ではなかった。
湯気が身体にまとわりついて身体の温度が下がらない。
しゃぼん玉の向こうに見えた桃子の顔が頭に浮かぶ。
まともに桃子の顔を見ることが出来ない。
どうしたものかと考えて。
雅はバスタブのお湯の中に沈んだ。
- 244 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:51
-
*** *** ***
- 245 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:53
- 「ねえ、うちのどこが好きなの?」
バスルームでのしゃぼん玉遊びの後、雅は本当にのぼせてしまった。
桃子が嫌がる雅の身体を拭いて、パジャマを着せた。
そして雅の身体を引きずるようにして、雅の身体を雅の部屋へと運び込んだ。
桃子に身体を拭かれたことや、パジャマを着せられたことは思い出したくない。
そんなことを雅は考えたが、しゃぼん玉で遊んだ後の意識が朦朧としていて起こった出来事の半分程しか覚えていなかったから、このまますぐに忘れてしまうのかもしれなかった。
今もまだ頭のどこかに重りが入っているようなそんな気分だ。
脳の大半の機能が働いていない。
そのせいか今まで聞こうとも思わなかったような言葉が口をついて出た。
- 246 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:54
- 「全部」
「全部じゃわかんないよ」
耳元で桃子の声がする。
雅のベッドの上に、仰向けにごろんと二人で寝そべっているせいだ。
距離が近い。
雅が頭を少し動かすと桃子の横顔が見えた。
雅を部屋に引きずってきた桃子が、親切かつ丁寧に雅をベッドの上へ寝かせた。
桃子は冷蔵庫から冷えた飲み物を持ってきて雅に飲ませると、そのまま雅の部屋に居座った。
雅を心配した桃子が部屋から出て行かなかったのだ。
雅としても自分を運び込んでくれた桃子を邪険に扱うわけにもいかない。
だから、仕方がないかと桃子をベッドの中に呼び寄せた。
- 247 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:55
- 「うーん、そうだなあ。ダンスが上手いところとか、歌が上手なところとか。あとね、照れ屋なところとか」
桃子が雅の方を向く。
桃子のくすくすと笑う声が近くて、頬がくすぐったい。
雅は桃子の頬を手の平で押して、桃子の顔を天井へと向ける。
そして雅も天井を眺める。
「照れ屋は余計だって」
「あー、みーやん。照れてる」
「照れたりしないし」
「そういう反応が可愛いんだもん」
「もういいから。……他にはあるの?」
「うーん、そうだなー。優しいところとか。他にも色々あるけど……」
そこで言葉が句切られた。
考え込むようなことなのかは雅にはわからないが、桃子が隣で「うーん」と難しい声を出す。
そして明るい声で桃子が言った。
- 248 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 02:59
- 「とにかくももとは違うところが全部好き」
「全部ねえ」
「そう、全部」
桃子がきっぱりと言い切った。
雅の頭の中に『全部』という単語から導き出されるものが浮かび上がる。
雅と桃子は似ている部分が少なかった。
正反対と言っても良い程違った部分が多く、似ている部分を上げることはなかなか大変そうな作業だ。
だから似ていない部分はすぐに思いつく。
甲高い声。
いつも立っている小指。
やりすぎと言って良い程、可愛く演出されたキャラクター。
桃子と違う部分がいくつか頭の中に浮かんだが、雅は考えることをすぐに放棄する。
違う部分があまりに多すぎて、リストアップしていくことが面倒になる。
そして数え上げることをやめてしまうと、どうして全部好きだなんてことになったのかが気になった。
だが、雅がそれを聞くことは出来なかった。
- 249 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 03:01
- 「ね、みーやんはもものどこが好き?」
「えっ、あっ。うーんっと……」
尋ねる前に、雅が聞かれたくないことを桃子が問いかけてきた。
予想外の言葉に雅は言葉に詰まる。
話の流れからして、こういった質問が来ることを予想しておくべきだったと後悔してももう遅い。
聞かれてしまったからには何か答えないわけにはいかなかった。
しかし、言うべき言葉が見つからない。
本当に好きなわけではないから当然だ。
当然なのだが、何か適当な言葉を見繕って桃子に伝えなければ不審に思われる。
雅は働かない頭を強引に動かして何かを伝えるべく努力をする。
けれど、雅が言葉を見つけ出す前に桃子が口を開いた。
「あ、今のなしっ!聞かない方が良さそう。みーやん、絶対意地悪なこと言うもん」
桃子がした質問は桃子自身によって打ち消された。
その声は明るい声とは言い難く、雅は桃子の方を向く。
桃子の前髪が視界に入る。
視線を下に落とすと、桃子の薄い唇が悲しげな形をしているような気がした。
だが、それはすぐにいつもと同じ笑顔に変わった。
- 250 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 03:02
- きっと困った顔をしていた。
桃子の表情を見て、雅は自分がどんな顔をしていたのかがわかる。
「もも、もう寝るね。おやすみ」
桃子が雅と向き合っていた身体の向きをくるりとかえた。
雅の目に映っていた笑顔は桃子の後頭部にかわる。
いつもなら罪悪感を感じて終わりだ。
それなのに今日はどうして、嘘でもいいから何か答えればよかったと後悔するのだろう。
- 251 名前:− しゃぼん − 投稿日:2007/12/26(水) 03:04
- 何故すぐに答えてあげられなかったのか。
答えは簡単だ。
お互いの気持ちが違う。
こんなことなら一緒に住むべきではなかったと雅は思う。
普段はいい。
だが、こうして恋人としての対応を求められる時、雅はいつも桃子を傷つけてしまう。
今もいつもと同じだ。
傷つけているという自覚は雅にもある。
そしてそうやって桃子を傷つけるたびに罪悪感に苛まれる。
今日はそれにくわえて、胸の奥がひどく痛かった。
身体の奥にある痛みを取る方法。
痛みの理由。
雅にはこの先もその答えに辿り着けるとは思えない。
隣から規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
雅は目を瞑った。
シーツを引っ張り上げる。
闇がさらに深くなった。
黒一色の中にぽんっとしゃぼん玉が浮かぶ。
頭の中にバスルームで見た桃子が見える。
雅はしゃぼん玉の向こうに見えた桃子の顔が、頭の中から離れないまま眠りについた。
- 252 名前:Z 投稿日:2007/12/26(水) 03:04
-
- 253 名前:Z 投稿日:2007/12/26(水) 03:04
- 本日の更新終了です。
- 254 名前:Z 投稿日:2007/12/26(水) 03:06
- >>229さん
雅も桃子もきっとがんばってくれると思います('-';)
- 255 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/26(水) 12:16
- 桃子がかわいそうだ・・・と思うけど
みやびちゃんもなぁ
- 256 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/27(木) 03:05
- この先どうなってしまうのでしょう
先が楽しみでなりません
- 257 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 05:53
- 仕事から帰ってきてから一時間とちょっと。
いい加減、雅は桃子の機嫌を取ることに飽きていた。
ソファーに座る雅の足下、不機嫌な顔をした桃子が床の上に座り込んでいる。
「もも、拗ねないの」
「拗ねてないもんっ」
何度繰り返されたかわからないやり取り。
桃子は明らかに拗ねていたし、雅の声は苛立ちを含んでいた。
原因はわかっている。
今日、仕事で会った梨沙子のこと以外にない。
休憩時間、雅は桃子を放って梨沙子と話していた。
上機嫌の梨沙子が必要以上に懐いてきて雅に触れていた。
多分、そのせいだ。
桃子がこんなに拗ねているのは。
- 258 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 05:55
- 「別にあれぐらいどうってことないでしょ?」
「だから、拗ねてなんかないってばっ。梨沙子のことなんてどうでもいいもん」
「やっぱり、梨沙子のことが気になってるんじゃん」
床の上に座っていた桃子がソファーに顔を埋めた。
ソファーがぼふっという籠もった音を立てる。
雅が桃子の肩を叩いても顔を上げる様子はない。
肩を掴んで揺すってみても結果は同じだった。
顔を上げる変わりに「ほっといてよ」という言葉が聞こえてきた。
「もう、知らないからね。勝手にそこにいれば」
お手上げだ。
これ以上、桃子に付き合う気はない。
雅は自室へ向かおうとソファーから腰を上げた。
一度、桃子の方を見る。
桃子はぴくりとも動かない。
雅は桃子に聞こえるように「はあ」とため息をついてから、自室へと足を進めようとした。
- 259 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 05:56
- 「みーやん、待ってよ」
右足が重い。
雅が顔を下に向けると、情けない顔をした桃子が雅の右足に腕を絡めていた。
「待たない」
雅は桃子を引きずる勢いで右足を上げる。
桃子が雅の動きを阻止しようと、全体重を雅の右足に乗せて引き留めようとした。
おかげで右足が重いどころか痛い。
雅が桃子を睨み付けると、おずおずと桃子が口を開いた。
「……怒った?」
「うん、怒った。別にうち、梨沙子と何もなかったのにももが拗ねるから怒った」
「ごめん」
- 260 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 05:57
- 雅と梨沙子の間にあったこと。
梨沙子が雅の顔に頬をくっつけたり、腕を絡めてきたり。
そんな風にじゃれあっているうちに、少し勢いがついて倒れかけた梨沙子を抱きとめた。
それぐらいのことだ。
大騒ぎする程のことでもない。
そんなことで必要以上に拗ねている桃子を怒る権利ぐらいあると雅は思う。
そう思うのだが、足下でしゅんとして小さくなっている桃子を見ていると、何かひどく悪いことをしたような気分になる。
こうしてしょぼくれた桃子を見ていると、とてもバスルームで見た桃子と同一人物に思えなかった。
- 261 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 05:58
- バスルームでしゃぼん玉をしたあの日。
今、雅の足下でしょぼんとしている桃子からは想像出来ない、大人びた目をした桃子が雅の前にいた。
しゃぼん玉をしていた桃子と今の桃子を繋げる事は出来る。
だが、割れたしゃぼん玉の向こうにいた桃子と今の桃子を繋げることが出来ない。
あの日だけ別人だったのかと思う。
あれから桃子があんな大人びた目をしたことがない。
バスルームでぱちんと割れたしゃぼん玉。
あの日、割れて消えてなくなったはずのしゃぼん玉。
あれから何日もたったはずなのに、雅の中にはあの日のしゃぼん玉が割れずにふわふわと漂っていた。
そのせいなのか、割れたしゃぼん玉の向こうにいた桃子の顔が忘れられない。
雅の心の中に住み着いたしゃぼん玉の中には何かが詰まっている。
けれど、どういうわけかそのしゃぼん玉が割れることはなかった。
割れないしゃぼん玉の中身。
それを知るにはしゃぼん玉を割るしかないと思うのだが、雅はふわふわと漂い続けるしゃぼん玉を捕まえることすらままならない。
それに中に何が入っているのか知りたい気もしたが、同時に怖い気もした。
- 262 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:00
- あの日バスルームで、今までわかっているようでわかっていなかった桃子の気持ちをはっきりと認識した。
あれから雅は桃子のことを見ることが多くなった。
意識して見ようとしていたわけではないが、桃子が何をしているのか気になるようになったのだ。
桃子を見ていれば、桃子がどうして自分を好きになったのかわかるのではないか。
雅はそんなことを考えた。
だが、実際はそんなこともなく、見れば見る程よくわからなくなっていく。
今、雅の足下でうずくまっているように年齢よりも子供に見えたり、実年齢通り雅よりも年上に見えることもある。
そしてどちらかと言えば自分よりも年下に見えることが多かった。
それがもともとのものなのか、記憶がおかしくなった時にそうなってしまったのかはわからない。
雅が仕事場で見る桃子は今までとあまり変わりがなかったからだ。
雅と二人きりの時は、桃子が子供だと思えることがよくあった。
今しているように拗ねることも多い。
だが、時には頼りになると思うこともあった。
今日だってそうだ。
今はこうやって拗ねているけれど。
- 263 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:02
- 今日、桃子が拗ねる前のことだ。
ちょっとした舞台のようなものがあって、そこで雅は長めの台詞を割り当てられていた。
リハーサルは上手くいった。
だが本番、雅は台詞を忘れた。
やり直しがきかない舞台の上。
ただでさえ緊張するのに、こういうことが起こったらもう駄目だ。
適当に誤魔化してしまえばいいのに、何も考えられず頭が真っ白になる。
どうしよう、と視線を彷徨わせていると、ステージの端にいる桃子が口をパクパクと開けていた。
何かを伝えようとする桃子の口の動き。
雅はその口の動きを見ても自分が喋るべき言葉を思い出すことは出来なかったが、気持ちが楽になった。
そのせいか、何とか忘れてしまった台詞を自力で思い出すことが出来た。
- 264 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:04
- 今まで特に意識をしたことはなかったが、こういった事が過去に何度もあった。
もちろん、雅が桃子のフォローをしたことも多々ある。
だが、それ以上に助けられてきた気がする。
何気なく。
何と言うこともないように。
あまりにも自然に桃子から手を差し出されていたからか、桃子を意識的に見るようになるまで、雅は差し出された手に気がつかなかった。
当たり前のように桃子から差し出されていた手。
見るということをしていなかった雅はようやくその存在に気がついた。
考えてみると、桃子はよく自分の事を見ていたと思う。
桃子から告白される前。
ずっと前から桃子は自分のことを見ていた。
雅の体調が悪いことや、機嫌が悪いこと。
すぐに見抜いて、気遣ってくれていた。
ただその行為が行き過ぎて、鬱陶しいと感じたこともあったが。
雅が気がつかなかっただけで、今までだって桃子は雅の近くにいた。
きっとこうやって桃子を見ていけば、雅が知らない桃子をもっと見ることが出来るのだと思う。
問題はこのまま桃子を見続けて何をしたいのかがはっきりとわからないことだけだ。
- 265 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:06
- 「みーやん、何考えてるの?」
足下から声が聞こえた。
雅の足に絡められていた桃子の腕は上着の裾を引っ張っていた。
「まだ怒ってるとか?」
「ううん、もう怒ってない」
「ほんと?」
「ほんと」
雅は桃子の頭をぽんっと軽く叩いて、ソファーへ腰を下ろす。
そして桃子に手を伸ばしてその腕を取ると、自分の隣へと座らせた。
ソファーに座った桃子が雅の方へもたれかかってくる。
雅は肩に預けられた桃子の頭を押し返そうとしてやめた。
「そう言えばこの前やったしゃぼん玉、楽しかったよね」
桃子が発した「しゃぼん玉」という単語に雅の肩がびくっと震えた。
それにあわせて肩に乗せられていた桃子の頭も動く。
雅は自分の意志とは関係なく動いた身体に驚いて桃子の方を見ると、桃子も急に震えた雅を不審そうな目で見ていた。
- 266 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:07
- 「……もうやらない」
桃子に寄りかかる。
そして小さな声で桃子に告げた。
「なんで?みーやんも結構楽しそうだったじゃん」
「規則は守る為にあるって知ってる?」
「破る為にあるんだって。また一緒にやろーよー」
「やだよ。またのぼせる」
「そしたら、ももがまたベッドまで運んであげる」
肩に触れた唇の感触。
ベッドの隣にいた桃子の横顔。
なるべくなら思い出したくない記憶が心の表面に浮かび上がる。
一緒に罪悪感までもが蘇ってきて、雅は思わず乱暴に言った。
「絶対やだからね!」
思いのほか強い口調で言ってしまって、雅は桃子を見る。
思った通り桃子は不満げな顔で隣に座っていた。
やっぱり子供だ。
大人っぽく見えたのは目の錯覚か何かに違いない。
- 267 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:08
- 「じゃあ、今からゲームしよっか」
隣から聞こえてきた声は少し拗ねたような響きを持っていた。
機嫌が直ったと思ったらすぐにまた拗ねる。
雅は桃子を扱いにくいなと思うが、最近ではこういったことにも慣れてきていた。
桃子の機嫌がいつまでも直らないときは、一緒に雅まで怒り出すことになってしまうがこれぐらいなら平気だ。
「じゃあってなにがじゃあなの。なにが」
「なんとなく」
「大体、今はゲームっていうより夕飯じゃない?」
「あ、ほんとだ」
「そろそろ作った方が良くない?」
呆れたように呟いて時計を見れば、もう夕飯を食べていてもおかしくない時間だった。
お腹に手をあてると、小さくぐうっと鳴った。
「みーやん、つくろっ」
桃子が立ち上がって雅の手を引っ張る。
勢いよく引っ張り上げられてソファーから腰を上げた。
半ば引きずられるようにして、雅はキッチンへと移動した。
- 268 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:12
-
桃子が野菜をざくざくと切って、雅がフライパンで炒める。
今日の夕飯は簡単レシピが売り物のカレーだ。
「ねえ、水ってこれぐらいでいい?」
雅がフライパンを片づけようとしていると、桃子から声をかけられた。
「見せて」と言いながら振り返ると、桃子の顔が近くにあって雅は思わず仰け反った。
それを見た桃子が水を入れた鍋を持ったまま慌てる。
「うわっ、みーやん。危ないって」
「だって、ももがそんなところにいるから」
「そんなこと言っても、他にいるところないし」
確かにキッチンはそう広くもなくて、桃子が雅の近くにいることは不思議ではない。
自然と距離が近くなるように出来ている。
そんなことはわかっているのだが。
雅は桃子から離れようとした。
意識的に桃子を見るようになったからなのか、バスルームで唇が肩に触れたからなのか。
どうしてなのかは雅自身にもわからない。
とにかく、時々桃子の距離感について行けなくなる。
自分から近づくことは平気なくせに、桃子から近づいて来られると身体が思わず逃げる。
- 269 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:13
- ももがあんなことしたから。
変に意識する。
雅が忘れようとすればするほどその記憶が鮮明になっていく。
普段は思い出すこともないのに、こんなときに何故か思い出す。
思い出すきっかけが何なのかは、知らない方が良さそうな気がして考えていない。
ただふいに浮かび上がってくるから心臓に悪いと思う。
二人で料理を作るなんてたわいもないことなのに、どくんどくんと鳴っている心臓の音がうるさい。
隣にいる桃子のことが気になって仕方がない。
一緒に、あのバスルームで見た桃子の目まで思い出すから始末が悪かった。
大人っぽく見えたのなんて錯覚だとさっき思ったはずなのに。
- 270 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:15
- 鍋はぐつぐつと音を立てて野菜を煮立てていた。
ルーがいつ入れられたのかわからないが、鍋の蓋を開けるとカレーが出来上がりかけている。
雅の隣では桃子が鍋の中を覗き込んでいた。
心臓はまだ小さく早い音を鳴らし続けている。
気がつけばカレーが出来上がっていた。
二人でカレーを乗せた皿をリビングに運んで、カレーを食べたことはしっかりと覚えている。
味は多分美味しかったのだと思う。
落ち着かない気分のまま夕食が終わり、気がつけば桃子が食器を洗っていた。
雅は食器を洗う桃子の後ろを通って、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。
グラスに注いでから、それをぐいっと飲み干した。
「みーやん、それ頂戴」
水に濡れた手が雅の持っているグラスを催促する。
雅は手に持っていたグラスを桃子に渡して、桃子が食器を洗い終えるまでその手を見ていた。
雅は桃子が食器を洗い終えたことを確認してから桃子に声をかけた。
- 271 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:17
- 「うち、部屋行ってるから」
「あ、じゃあ。ももも部屋いこっと」
桃子はそう言うと、雅がキッチンから出る前にリビングへ小走りで戻っていった。
部屋に戻ると言ったのに方向が違う。
何故かと思って雅が一緒にリビングへと向かうと、桃子の手には今日貰った楽譜が握られていた。
そう言えばさっき、本格的な言い争いになる前まで拗ねながらも楽譜とにらめっこをしてたっけ。
雅は一緒に住むようになるまで、桃子がこんなに練習熱心だとは知らなかった。
一緒に住み始めてから一ヶ月以上たったが、桃子は毎日練習をしている。
台本や楽譜。
ダンス。
新しいものを仕事で貰えば、桃子は必ず家でそれを練習する。
雅だって当然、練習ぐらいする。
だが、桃子はその倍近く練習していた。
今日は歌と一緒にダンスも習った。
それは過去に何度も踊ったことのある曲だったが少し振り付けが変わった為、新しい振りを覚え直さなければならない。
どうせそのダンスの練習もするのだろうと思って、雅は部屋へ向かおうと廊下に出た桃子を呼び止めた。
- 272 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:19
- 「リビングで練習した方が広くない?」
「うん、そうだけど」
ああ、そうか。
と雅は納得する。
練習すると言うより、桃子は雅に合わせる為に部屋へ籠もるのだ。
気をつけて桃子を見ていれば、桃子が雅に気を遣っていることがわかった。
本当は側にいたいくせに、雅が部屋に戻るといつも桃子も自室へ向かった。
そしてあのしゃぼん玉の日から、滅多なことがない限り好きだと言わなくなっていた。
どうしても耐えられなくなった時だけ、雅から好きだと返されないと知っていて聞いてくる。
雅がどう答えるべきか迷った瞬間に笑いかけてくる。
自分だけが我慢をして。
雅が桃子に合わせて暮らしていると思っていた。
けれど、桃子は桃子で雅に合わせようと必死だ。
それに気づいてしまうと雅にとってそうして気を遣われること自体が重荷だったし、それと同時にどこかくすぐったい気持ちになった。
- 273 名前:− しゃぼんの行方 − 投稿日:2007/12/30(日) 06:20
- もう少し。
少しだけ桃子に近づいてあげることができたら、苦しそうな顔をさせないですむのかもしれない。
実際に雅がそれを行動に移したことはないが、いつの間にかそんなことを考えるようになっていた。
しゃぼん玉の中にあるもの。
それが雅にそんなことを考えさせる原因なのかもしれないと思う。
心の中に浮かんでいるしゃぼん玉がぱちんとはじけた時、きっと桃子のことがもっとよくわかるようになる気がした。
「もも、うちも練習するから一緒にやろう」
「いいの?」
「うん」
桃子に少しだけ近づいてみたくなった。
それはただの気まぐれなのかもしれない。
それでも雅は廊下に出て、桃子の手を握ってみる。
手を引いてリビングに戻ろうとすると、縋るように手を握りしめられた。
何故だか今日はその手を振りほどきたいような気分にはならなかった。
- 274 名前:Z 投稿日:2007/12/30(日) 06:21
-
- 275 名前:Z 投稿日:2007/12/30(日) 06:21
- 本日の更新終了です。
- 276 名前:Z 投稿日:2007/12/30(日) 06:23
- >>255さん
お互い今はつらい感じでつД`)
>>256さん
この先どうなってしまうのか。
私はスレの容量が足りなくなるんじゃないかと心配ですorz
- 277 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/12/31(月) 01:12
- 少しだけ空気が緩んできたような
- 278 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/07(月) 01:19
- このままいい方向に向かってくれることを心から祈ります。
ももがいつまた暴走するかビクビクしながらこのスレ読んでるんで^^;
- 279 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:29
- 桃子に対しては友達よりもライバルだという意識の方が強かった。
それが友達どころか、今では恋人などというものになっている。
どこでどう間違えたのか。
雅の意志とは関係なく、時間は過ぎて二人の間も変化していた。
窓際に立つと、閉められたカーテンの向こうから冷気を感じる。
夜になると寒さが倍になったような気がする。
雅が少しだけカーテンを開けて外を見ると街の明かりがきらきら光って見えた。
冬は空気が澄んでいるのか、街が綺麗に見えると思う。
雪が降ればもっと綺麗なのに、と雅は考えたが、滅多に雪など降らない地域なのだから期待は出来ない。
秋の初めに桃子と一緒に住み始めて、もう二ヶ月を過ぎていた。
一緒にゲームをしたり雑誌を読んだり。
住み始めてこれだけの時間がたてば、さすがに二人でいることにも慣れる。
今、雅は当たり前のように桃子の部屋にいる。
住み始めた頃に決めたルールで未だに存在しているものは、一緒に夕飯を作ることとリビングを散らかさないことぐらいだ。
- 280 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:33
- 雑誌を片手に雅は窓際から離れる。
床へ座り込むと桃子が雅の名前を呼んだ。
「みーやん」
桃子のベッドに寄りかかっていた雅は顔を上げる。
声のする方を見ると、桃子が漫画を片手にごろりとベッドへ横になっていた。
ベッドの上の桃子と目が合う。
雅の身体のどこかでしゃぼん玉がふわりと浮かび上がる。
どくんと勝手に音を鳴らす心臓にはもう慣れた。
それでも雅はこんな時、部屋から逃げ出したくなる。
桃子の真っ直ぐな目が苦手だ。
見つめてくる目が雅の心臓を揺らす。
何時のことだったか。
初めて桃子から告白された時のことを思い出す。
あの時も今と同じように真っ直ぐな目で桃子が雅を見ていた。
だから、記憶がそこと繋がって落ち着かないのかもしれないと思う。
雅は雑誌をパタンと閉じて床へ置く。
立ち上がると、桃子が寝ころんだまま雅に声をかけてきた。
- 281 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:34
- 「どこ行くの?」
「部屋、戻る」
「一緒にみーやんの部屋行ってもいい?」
「ももが着いてくるなら、うちが部屋戻る意味ないじゃん」
「そうだけどさあ」
シーツが桃子の身体と擦れてシュッと音を立てた。
桃子が身体を起こして雅の腕を引っ張る。
急に身体の一方に力が加えられたせいで雅はよろけて、桃子が座っているベッドに尻餅をついた。
その瞬間、桃子に背中から抱きしめられる。
密着した身体から、寒くもない部屋で桃子が小さく震えていることがわかった。
「戻るの?」
声は震えていなかった。
いつもより少しだけ低い桃子の声が雅の耳に残る。
- 282 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:36
- 「……戻らない方がいい?」
「うん。もう少しみーやんといたい」
随分、桃子に甘くなったと自分でも思う。
少し前なら、桃子を放り出して自室へ向かっていた。
今は多少居心地が悪くても、抱きしめられたまま桃子の側にいることが出来る。
雅には何故こんなにも桃子に甘くなったのかわからない。
軽く桃子に寄りかかる。
雅が身体の前で交差する桃子の腕をぽんと叩くと、桃子が耳元で囁いた。
「みーやん、好き」
「うん」
いつものように頷くと、背中から回されていた腕が解かれた。
桃子が身体を少し動かして雅の方へと身体を向ける。
また桃子と目が合う。
目で雅を捕らえたまま桃子がもう一度好きだと言った。
- 283 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:39
- 雅は人をこんな風に見ることが出来ない。
どうしても斜に構えてしまって素直になれない。
思ったことと違ったことが口をついて出るなんてことはしょっちゅうだ。
だから、これほど素直に言葉にされると身体のどこかがむずむずする。
大体、桃子も雅ほどではないが素直なタイプには見えなかった。
それなのにこんな風に好きだと言うから戸惑ってしまう。
そもそも桃子が素直ならば、雅の部屋へ夜中に忍び込んで首を絞めたりなどしないと思う。
今、桃子がこれだけ素直な理由が雅にはわからない。
だが、あの時のように変に気持ちが捻れてしまうぐらいなら、こうやって素直に言葉にしてくれるほうがまだいい。
こうして真っ直ぐ気持ちを向けられて好きだと言われていると、あんなことがあった相手だということを忘れてしまいそうになる。
桃子は何がしたくて。
そして自分は桃子をどうしたいのだろう。
- 284 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:40
- 一度、人を甘やかしてしまったら何度でもそれを求められる。
そして甘やかされることを覚えた桃子を振り払うことが出来なくなる。
雅にはそれをわかっていて甘やかし続ける今の自分がよくわからない。
「みーやん」
「なに?」
「どうしてももは、みーやんがこんなに好きなんだろ?」
「そんなの、うちにはわかんないよ」
「ももにもわかんない」
雅の肩に桃子が額を乗せた。
雅は振り払うことなく桃子の髪を撫でる。
するとぐっと額で肩を押され、手首を桃子に掴まれた。
雅の心臓がびくんと飛び跳ねる。
心音が耳にまで響いてくる。
そんな身体の変化にどうしたものかと考えて、雅は桃子の手を握ってみた。
今さら気がつく。
その手が自分より遙かに小さなことに。
- 285 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:42
- 小さな物を守らなければと思う気持ちと一緒で、それがおかしな方向に向かっている。
桃子が向けてくる気持ちとそれが混ざり合って、自分の中の方向感覚を少し狂わせているのではないかと雅は考えてみた。
けれど、それが答えだとは到底思えなかった。
不自然なまでに早くなる鼓動の説明には物足りない。
雅はやはり部屋に戻ろうと思う。
今の気持ちのまま一緒にいると良くないことが起こりそうな気がする。
「まだ行ったらだめ」
考えただけでまだ身体は動かしていなかったが、動こうとする気配を感じ取った桃子に制止される。
強い口調が響いて、雅の肩に乗せられた桃子の額が揺れた。
桃子が顔を上げる。
雅は桃子と目が合わないように少し顔をそらした。
- 286 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:43
- 「好きだって言われたくない?」
「別に。……ももの好きにしたらいい」
「じゃあ、好きだって言う」
はっきりとした桃子の声が雅の耳に響くと同時に、握られていた手首が離された。
雅は目を伏せるとベッドの上を見る。
薄いピンクのシーツが目に痛い。
部屋が乾燥しているのか唇が乾いてひび割れそうだ。
指先で触れてみると少しガサガサとしていた。
そんなことをしている間にも桃子の声が耳元で聞こえてくる。
「みーやんが好き」
「わかったから」
「わかってないよ」
- 287 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:45
- 桃子の手が耳に触れて、思わず雅は桃子を見た。
目が合う前に耳たぶを引っ張られる。
一体何なのかと雅は眉間に皺を寄せた。
文句の一つでも言ってやろうと雅が口を開こうとすると、桃子が「好き」と囁いた。
そして、そのまま耳に触れていた桃子の手が雅の頬を固定する。
頬に桃子の体温を感じてその手に雅が触れてみると、桃子の目がゆっくりと閉じられた。
どういうわけか、それにつられるように雅も目を閉じてしまう。
次の瞬間。
少し荒れた雅の唇に何かが触れた。
びっくりして雅が目を開くと、目の前に桃子の顔があった。
それは今までなかったほどに近くて。
そこで初めて雅はキスをされているのだとわかった。
桃子の唇はなかなか離れず、雅は困ってもう一度目を閉じた。
- 288 名前:− はじけて消えたもの − 投稿日:2008/01/10(木) 01:46
- ガサついた唇に桃子の塗っていたリップだか何かが付いたような気がする。
雅は桃子の唇が離れてから自分の唇に触れてみた。
けれど何度か唇を撫でてみても、指先も唇も何かを感じ取ることが出来ない。
桃子の唇の感触だけが頭の中で何度も再生された。
それにあわせるように、桃子が何度も好きだと雅に囁いてくる。
胸の奥にあったしゃぼん玉がはじける音が聞こえた。
ふわふわとその中に包まれていたものが拡散していく。
それは認めてはいけないもののような気がして、雅は慌てて息を吸い込む。
そして肺の中に溜め込んだ空気でしゃぼん玉の中から出てきたものを薄めて、細く吐き出していく。
それでもまだ桃子が好きだと繰り返していた。
頬にある桃子の手が熱い。
雅はどういう反応を返していいのかわからず、桃子の言葉に壊れた人形のようにただ頷いた。
- 289 名前:Z 投稿日:2008/01/10(木) 01:46
-
- 290 名前:Z 投稿日:2008/01/10(木) 01:47
- 本日の更新終了です。
- 291 名前:Z 投稿日:2008/01/10(木) 01:48
- >>277さん
じんわりと(´▽`)
>>278さん
お祈りが通じるかは……。
もうしばらくビクビクとお楽しみください(;´▽`)
- 292 名前:278 投稿日:2008/01/11(金) 01:12
- なんだかいい方向に向かってて…?嬉しい限りです^^
今まで読んでいるときに、怖さからどきどきいってた心臓が、
最近はみやびちゃんの心境の変化と同調して恋とかの意味でどきどきいいます。w
ただZさんのレスが気にかかりビクビクです^^;
- 293 名前:名無し 投稿日:2008/01/11(金) 22:53
- 巧みな心理描写でお話に惹きこまれてしまいました
ふたりには幸せでいてほしい…
- 294 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/12(土) 16:06
- 桃が繊細過ぎて抱きしめてあげたくなっちゃいます
ああ、雅ちゃんのしゃぼん玉が遂に…
- 295 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/20(日) 23:54
- 唇が触れたのは一度きり。
あれから桃子とキスをすることはなかった。
桃子とキスをしたいと望んだわけではないが拍子抜けした。
そういったことが一度でもあれば何度も繰り返されるものだと雅は思っていたから、一度きりでそれ以後何もないということはかえって不思議な感じがする。
だがキスのかわりに必ず桃子が眠る前、雅にある言葉を告げるようになった。
毎晩のように桃子が好きだと雅に囁く。
キスを交わした夜から桃子は一度もそれを忘れたことがない。
そのせいか繰り返されるその言葉が雅の頭の片隅に住み着いて、どこか浮ついた気分になった。
言葉は人を変える。
繰り返される「好き」という言葉に身体のどこかが変化していく。
何度も聞かされているうちに雅は桃子を好きだと錯覚しそうになる。
- 296 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/20(日) 23:55
- あれから二週間、キスはしていない。
していないのに、耳元で囁かれる言葉のせいでまるでキスをされているような気がした。
たった一度のキスのせいで、自分の中で色々と変わってしまったものがあると雅は感じる。
そんなことがあったからかもしれない。
桃子は自分だけの側にいるものだと雅は思い込んでいた。
だから、桃子が梨沙子と二人でいるところを見て驚いたんだと思う。
そう、驚いただけだ。
- 297 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/20(日) 23:55
-
*** *** ***
- 298 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/20(日) 23:56
- 雅が家に帰り着くと玄関には桃子の靴の隣にもう一足、靴が並べておいてあった。
その靴は見覚えのあるもので、姿を見る前に雅にはそれが梨沙子の物だとわかる。
明日はオフだからきっと遊びに来たのだろう。
桃子と梨沙子と自分。
三人で過ごす時間自体は楽しい。
だが、その後のことを考えると雅は思わずため息が出る。
また拗ねた桃子の相手をしなければならないのか。
梨沙子が帰ったあとの恒例行事だとはいえ、さすがに拗ねた桃子の相手は面倒臭い。
桃子と梨沙子、二人とは別の仕事をこなしてきた後で身体も疲れている。
出来ることなら面倒なことは避けたい。
雅はそんなことを考えながらリビングへと向かう。
とりあえず桃子と梨沙子の相手をして、梨沙子が帰ったあとのことについては今は考えずにおこう。
頭の中でシミュレートしながら雅はリビングの扉を開けた。
- 299 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/20(日) 23:58
- リビングに目新しいものがあったわけではない。
桃子と梨沙子がいただけだ。
それなのに雅は二人に声をかけることが出来なかった。
雅の目に映ったものは眠っている梨沙子と起きている桃子。
今までも梨沙子がソファーに横たわって、まるで我が家にいるかのように眠っていることはよくあった。
今も梨沙子はソファーの上にいた。
今までと違う点は桃子の膝を枕にしていることだ。
桃子に膝枕をされて、すやすやと寝息を立てて梨沙子が眠っていた。
実際に雅の耳に梨沙子の寝息が届いているわけではない。
だが、安心したような寝顔からすやすやという音も聞こえてくるような気がした。
桃子が眠っている梨沙子の頬を撫でている。
そうしながら桃子がいつもより優しげにふわふわと笑っていた。
- 300 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/20(日) 23:59
- どうして。
過去、何度もこの家の中に桃子と梨沙子が二人きりということはあった。
そこに自分が帰ってくることも。
しかし、一度もこんな光景に出くわしたことはない。
今まで何度もこうして梨沙子を眠らせていたのか。
それとも今初めてなのか。
そんな今まで気にならなかったことが雅は気になる。
そしてどうしてそんなことが気になるのか疑問に思う。
それ以上に不思議なことは、梨沙子がいるそこが自分の場所だと主張したくなったことだ。
背中が寒い。
雅の肩がぶるっと震える。
そこで雅は扉を開け放したままであることに気がついた。
目の前の光景から目をそらして、雅は暖かな空気が廊下へと流れ出していくことを阻止する為に扉へ手をかける。
- 301 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:00
- 「あ、みーやん。おかえり」
部屋の温度が下がったせいだろうか。
雅の存在に気がついた桃子が声をかけてくる。
扉の取っ手を握る手に力が入った。
雅が開け放たれていた扉を閉めると、思いのほか大きなバタンッという音がして部屋に響く。
その音で目を覚ましたのか、梨沙子がソファーの上で丸めていた身体を伸ばし、身体を起こす。
そして目を擦りながら寝ぼけた声を出した。
「んー、みや帰ってきたの?」
「……ただいま」
- 302 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:02
- 意識したわけではないが、乾いた声になった。
雅が手に持っていた鞄を梨沙子の隣に放り投げると、ソファーの背にぶつかってから梨沙子の真横に鞄が着地した。
落ち着こうとしても無駄だった。
一つ一つの動作が荒っぽくなって大きな音を立てる。
雅はクッションを引き寄せてフローリングの床へ座ろうとした。
するとかかとが床にぶつかってごつんと鳴った。
クッションを抱えてからテレビのリモコンを探していると、ソファーの上にいる桃子から心配そうな声で話しかけられた。
「なんかあった?」
「なんで?」
「変だもん、みーやん」
「普通だよ」
「ほんと?」
桃子の方を見ないまま雅は「ほんとだよ」と答えた。
それまでのやり取りと比べて声が小さくなってしまったような気がしたが、桃子はそれに対して何も言わなかった。
梨沙子がソファーから降りると、雅の隣へとやってくる。
- 303 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:04
- 「みや、大丈夫?」
「うん」
クッションを抱える雅の手に梨沙子が手を重ねた。
覗き込むように様子を窺ってくる梨沙子へ雅は微笑み返す。
甘えて擦り寄ってくる梨沙子を受け止める。
重ねられた手を握って髪を撫でてやると、梨沙子が嬉しそうに笑った。
雅がちらりと桃子の方を見ると、梨沙子の向こうに不機嫌そうな顔をした桃子が見えた。
ここは桃子と梨沙子の家じゃない。
ここに住んでいるのは自分と桃子だ。
言うまでもないことだとわかってはいた。
それでも梨沙子に居場所を取られたような気がして仕方がなかった。
だから、雅は確認するように何度も心の中で呟いてみる。
だが、どうしてこんなことを考えてしまうのか。
それについて考えようとは思わなかった。
- 304 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:05
- 桃子の方をしっかりと見ることが出来ない。
そのかわり雅はずっと梨沙子を見ていた。
梨沙子が帰るまで雅は、梨沙子が甘えて来るまま好きなようにさせておいた。
もちろんそれはわざとで。
桃子はそれがわかっているのかいないのか。
いつものように噛みついてくることもなく、黙って雅と梨沙子を見ていた。
それは雅にとって居心地の悪いもので、これまでのように拗ねたり、梨沙子と喧嘩をしていてくれた方が気が楽だった。
その心地悪さを誤魔化すように梨沙子をかまったせいか、桃子を置き去りにするようにして雅と梨沙子、二人の会話が続いた。
上機嫌な梨沙子が帰るまでその状態は続いて、梨沙子が帰った後には普段とは違う苛々とした雅と黙ったままの桃子がいた。
- 305 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:06
-
*** *** ***
- 306 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:08
- あれから数時間。
時計の針は真夜中近くを指していた。
そんな時間だというのに、雅と桃子はぎくしゃくとしたままだった。
いや、ぎくしゃくとしていると感じているのは雅の方だけかもしれない。
不機嫌な顔をしていたはずの桃子は平然とした顔で雅の前にいる。
いつ機嫌が直ったか雅にはわからない。
梨沙子がいる間だったかもしれないし、帰ったあとからなのかもしれなかった。
どちらにしろ今、普段の自分と違うのは雅の方だった。
桃子に何と話しかけていいのかわからない。
話しかける必要があるのかさえ雅には判断出来なかった。
リビングのソファーに座ったまま時間だけが過ぎていく。
窓の外から聞こえてくる音が耳についてうるさい。
もうそろそろ寝ようかとも思うが、立ち上がることも面倒だった。
桃子の方が先に部屋へ戻ってくれればいいのに、そんなことを考えて雅は桃子の方を見た。
雅の隣に腰掛けている桃子はソファーの背に身体を預けたまま動かない。
そんな桃子を見ながら雅が先に部屋へ戻ろうかどうしようか考えていると、桃子が口を開いた。
- 307 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:09
- 「みーやん、さっきからおかしい」
「おかしくない」
「変だよ、絶対。梨沙子が帰ってからずっと怒ってる」
桃子がソファーの背に預けていた背中を起こす。
ソファーがキュッと音を立てた。
雅は蛍光灯に照らされている桃子を見続ける。
白い肌がより一層白く見えて、その肌の色が梨沙子と重なる。
「……梨沙子となにしてた?」
「なにって、いつもと同じだよ。本読んだりゲームしてた」
桃子が不思議そうな表情を浮かべている。
雅はその反応を当たり前だと思う。
梨沙子が来たからといって、いつも特別変わったことをしたりはしない。
雅と梨沙子が二人きりのときも同じような過ごし方をしているのだから、聞く程のことでもなかった。
それでも聞かずにはいられない自分の思考回路の方が不思議だった。
- 308 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:11
- 「梨沙子、寝てた」
「騒ぎ疲れたみたい」
「ふーん」
「気になるの?梨沙子のこと」
「なるわけないじゃん」
雅が吐き捨てるようにそう言うと、桃子の手が雅の手に触れた。
指先から手首まで軽く撫でてから手が離れて、桃子の嬉しそうな声が聞こえた。
「いつもとは逆だね」
「なにが?」
「だって、いつもはももが拗ねるのに今日はみーやんが拗ねてる」
そう言われて初めて雅は気がついた。
自分がいつも桃子がしている行動と同じ行動を取っていることに。
- 309 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:12
- 「拗ねてなんかないっ」
雅が反射的に答えた言葉は桃子がよく口にする言葉だった。
あっ、と思ったときにはもう遅かった。
口を押さえたところで、一度外へと飛び出した言葉が戻ることはない。
「ももが好きなのはみーやんだけだよ?」
教え諭すように囁かれる言葉が雅の頭の中に染みこんでいく。
気がつけば、雅の肩に桃子がもたれかかっていた。
その身体を押し戻すようにしながら雅は桃子に答える。
「そんなの知らない」
「どうして?何度も言ってるのに」
「覚えてない」
- 310 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:14
- 雅は桃子の身体を完全に自分から遠ざける為に、腕に力を込めて桃子の肩を押した。
だが雅が桃子の肩を押した瞬間、桃子が身体を引いた。
勢い余って雅が桃子の方へ倒れかかると、桃子が倒れかかってきた雅を受け止めた。
雅は桃子の腕の中にすっぽりと収まる。
桃子に抱きしめられ逃げることも忘れて腕の中でじっとしていると、桃子の唇が近づいてきた。
唇が重なるまでの時間が短すぎる。
どうしようかと考える時間がなかった。
柔らかな唇は雅が目を閉じる前に押しつけられてすぐに離された。
そして聞き慣れた言葉が降ってくる。
「みーやん、大好き」
キスをされて。
そんなことを言われると脳細胞が誤解する。
間違った答えを出すんじゃないかと雅は思う。
- 311 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:16
- このままこうしていると正しい場所にたどり着けそうにない。
雅はとりあえず桃子の腕の中から逃げだそうとしてみるが、桃子が腕の力を抜くどころかさらに力を入れてくるおかげで腕の中から抜け出すことは出来そうになかった。
そして失った逃げ場のかわりに与えられたのはキスだった。
数は数えていない。
きっと両手はいらないはずだ。
それくらいの数のキスをしてから桃子が言った。
「……みーやんはもものこと、どう思ってる?」
おそらく囁かれていた言葉が甘すぎるせいだ。
何度も聞かされているうちに錯覚しそうになっているだけだ。
桃子を抱きしめ返そうとしてしまったのは、この場の雰囲気のせいに違いないだろう。
色々なことが頭の中をぐるぐる回って、雅は桃子に言葉を返すことが出来ない。
- 312 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:17
- 「今なら言ってくれるかと思ったけど……。やっぱり言ってくれないんだね」
雅を抱きしめる腕の力が緩む。
密着していた身体を離して桃子を見ると、その顔に表情はなかった。
雅はその顔に何らかの感情が浮かぶ前に目を瞑る。
桃子がどんな表情をするのか見たくなかった。
どれぐらいの間、目を瞑っていたのかはわからないが、また唇に柔らかな感触が降ってくる。
唇はすぐに離れたが、それでも雅は目を開かない。
桃子の片手が雅の首に触れた。
一瞬、雅の身体に力が入る。
一度顎に触れてから、指先が下へと降りていく。
鎖骨を撫でた指先が首の後ろを触る。
ゆっくりと手の平を押しつけられて、びくっと震えたのは仕方がないと思う。
桃子の手が躊躇うように離れかけて、また舞い戻ってくる。
両手を首に回される。
桃子の指先に力が入って我慢出来ずに目を開くと、桃子が不安そうな顔で雅を見ていた。
- 313 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:18
- 首に回された桃子の手を掴むと、もう一度キスをされた。
唇が離れても桃子の指先は吸い付いているかのように雅の首から離れない。
桃子の表情は変わらない。
不安そうな顔をしたまま桃子が雅を見つめていた。
この目をどこかで見たことがあるような気がする。
不安げな目。
それは雅を少しだけ脅えさせて、雅は思わず桃子を引き寄せる。
背中に腕を回して抱きしめると、桃子が安心したようにふっと息を吐き出した。
少し身体を離して桃子を見るとその表情は笑顔に変わっていた。
首に回された手から力が抜けて、雅の肩の上へと落ちた。
肩にある腕の重みは気にならなかった。
- 314 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:19
-
- 315 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:19
- 本日の更新終了です。
- 316 名前:− 新しい関係 − 投稿日:2008/01/21(月) 00:27
- >>292さん
明日はどっちだ!?
というわけで、これからもうしばらく雅と一緒にドキドキしてください(´▽`)
……そしてビクビクも!
>>293 名無しさん
そう言って頂けると嬉しいですヾ(*´∀`*)ノ
二人がどうなるか、もうしばらく見守って頂けたらと思います。
>>294さん
ついに雅が!
というわけで、繊細な桃子がどうなるかお楽しみください(´▽`)
- 317 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/21(月) 19:25
- 更新乙です!
切ない中に更に甘さが増してきましたな
ますます目が離せない
- 318 名前:名無し 投稿日:2008/01/22(火) 22:44
- 更新お疲れさまです。今回も素晴らしいすぎて感慨の溜息が……
後半のやりとりを息を呑んで見つめている気分でした。
どこまででも見守っていますw
- 319 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/23(水) 18:35
- 毎回良いお話ありがとうございます色々大変かと思いますが執筆活動続けて
頂きたいです。
- 320 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/24(木) 18:40
- sage忘れすみません!!
- 321 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/27(日) 17:22
- 始めから読ませてもらいました。
背筋がゾクッとするような空気感がたまらなく好きです。
続き期待してます、頑張って下さい。
- 322 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:11
- 油断した。
こういった表現が正しいのかはわからなかったが、油断という言葉が今の状況に一番あっているような気がする。
キスをしたからといって、その先の何かが起こるなど思いもしなかった。
予想しておくべきことだったのかもしれないが、雅の頭の中からそんなことはすっかり抜け落ちていた。
今日は雅も桃子も仕事が休みだった。
だから、前々からの約束通り雅は桃子と一緒に外へ出かけた。
店を何軒も回って洋服を探したり、映画を見たり。
二人で休日を十分に満喫した。
思いっきりオフを堪能したおかげで、夜になる頃にはくたくたに疲れていた。
そして雅が疲れているように、桃子も同じように疲れているはずだった。
- 323 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:11
- 雅の部屋に二人、ベッドに潜り込んだ桃子はこのまま眠ってしまうだろうと雅は思っていた。
一緒にリビングにいたときも眠そうに目を擦っていたし、いつまでも起きているはずがなかった。
それに出来れば雅も早く眠ってしまいたかった。
明日の朝は早い。
照明も落として部屋は真っ暗だ。
疲れた身体を早く休めて、明日に備えなければならない。
だから後はもう眠ってしまうだけ。
それなのに胸元にあるこの手は何なのだ。
パジャマのボタンにかけられたこの手は。
- 324 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:13
- 「みーやんが何を考えてるのかわからない」
そう言ってボタンが一つ外された。
わからないのはこちらの方だ、と雅は思ったがそれは口に出さないでおく。
それを口にしたところでどうにかなるとも思えない。
眠ろうと思って桃子に「おやすみ」と声をかけたら、こんなことになった。
桃子が雅の身体の上に覆い被さって、雅の肩の上辺りに手をついている。
何か間違っているのではないかと雅は思ったが、桃子からすると間違っているわけではないらしい。
さっきまで眠そうだった桃子の声ははっきりとしていた。
眠さの欠片も感じられない。
どんな顔をして桃子がこんなことをしようとしているのか知りたくて雅は目をこらすが、眠る為にずっと目を瞑っていたせいで闇に目が慣れない。
おかげで桃子がどんな表情をしているのかさっぱりわからなかった。
- 325 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:14
- 「今まで一度もみーやんはもものこと好きだって言ってくれないし。好きなのはももだけみたい」
もう一つボタンが外される。
どういう反応を返せばいいのかわからず、雅は桃子の肩を掴んだ。
「みーやんはずっとももの側にいてくれるの?……ももにはみーやん、どこかに行っちゃいそう見える」
三つ目のボタンが外されて、大きく胸元を開けられた。
鎖骨に唇が這う。
肩を押し返せばいいのに、そんな簡単なことが出来なかった。
雅の目が暗闇に慣れてくる。
だが、桃子が雅の肌に唇を滑らせているせいで、桃子の表情が見えない。
かわりにくすんっと鼻が鳴る音が聞こえた。
- 326 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:15
- 雅は桃子の肩を押し返すはずだった手を背中へ回した。
回した腕に力を入れると桃子の身体がびくっと跳ねた。
こういったことをすることが正しいのかわからない。
けれど、何故だか拒めなかった。
もしかすると初めから断るつもりなんてなかったのかもしれない。
桃子の唇は胸元にキスを落としている。
雅は桃子の髪に手を差し入れた。
「どこにも行かないよ。うちはももの側にいるから」
口にした言葉が本心からなのか自分自身でもわからない。
それでも雅はそう答えた。
- 327 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:17
- 「ほんと?」
「うん」
桃子が雅の胸元から顔を上げた。
薄闇の中、雅から見えたのは桃子の縋るような目だ。
安心させるように桃子の髪を撫でると、外されたボタンが留め直された。
三つのボタンは外された時よりも素早く留められて、桃子が何事もなかったかのように雅の隣に身体を横たえた。
雅は桃子の身体を抱き寄せる。
何の抵抗もなく腕の中に転がり込んできた桃子を雅は抱きしめて眠った。
- 328 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:17
-
*** *** ***
- 329 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:18
- 結局、何かがあったわけではないけれど。
何かあってもいいと思った自分に雅は驚いた。
恋人ごっこを始めたのは自分の意志だ。
桃子を傷つけてしまうことが怖くて。
自分を守りたくて。
だから、恋人同士のふりを続けた。
全部真似事だ。
雅の中に本当のことなどなかったはずだ。
それなのにいつからだろう。
桃子が何をしたいのか、何を望んでいるのか。
そんなことが気になるようになったのは。
いつの間にか、桃子が求めているものを叶えてあげられない事実に、胸が締め付けられるような、そんな気持ちになるようになった。
- 330 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:21
- 何かが起こりそうで何も起こらなかった夜。
あれから雅は桃子と一緒に眠るようになった。
今までも時折一緒に眠ることがあったが、それが毎晩になった。
ルールとして存在していたものが消えていき、少しずつ関係が新しくなっていく。
決められていたものが壊れるたび、新しい決まり事が増えた。
ベッドの上で、お互い眠たくなるまで話し込むことが日課になった。
話の合間に時々キスをする。
好きだと言われてそれに頷く。
それ以上のことは何もない。
桃子からキスをされたり、告げられる好きという言葉を聞くと、雅は何だか背中がくすぐったくなる。
だが、相変わらず雅の方から好きだと告げたことはない。
かわりというわけではないが、「うん」という返事と一緒に笑いかけるようにした。
好きという言葉のかわりにそうして笑いかけたり、桃子の髪を撫でたり手を繋ぐと、桃子が嬉しそうに笑うからそれが嬉しかったし、楽しかった。
- 331 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:22
- 好きという言葉だけを避けて、雅は今まで以上に恋人として振る舞う。
桃子に優しく接して、傷つけないようにする。
桃子を受け入れて、話を聞いてやって、一緒の時間を過ごす。
そうした行動をすることが桃子の為になるだろうと思っていた。
雅の方から何かを返す必要はないと信じていた。
いや、信じ込もうとしていたのかもしれない。
手を繋いでキスをして、一緒に眠ること。
桃子の望んでいることはそれだけだと思っていた。
実際のところ、雅がそういった接し方を桃子にするようになってからは、それまでより桃子が落ち着いているように見えたし、毎日楽しそうに過ごしているようだった。
梨沙子が遊びに来ても以前のように拗ねたりすることがなくなった。
雅が隣にいればいつだって桃子は上機嫌だ。
だから、自分は間違っていないと信じてあの夜から数週間を過ごしてきた。
それなのに。
気がつけば、桃子の絡まったままの記憶の糸がほどけかけていた。
- 332 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:24
- 「この前貸したももの漫画、みーやんの部屋にあるよね?」
「昨日、返したじゃん」
「あれ?そうだっけ?」
前日のことを忘れる。
それは誰にでも起こることで、雅自身もこうしてちょっとしたことを忘れることがよくあった。
だから気にも留めていなかった。
だが、気にも留まらないものだった桃子の物忘れは頻繁に起こるようになっていた。
一度や二度の物忘れなら大騒ぎする必要もない。
しかし、短期間に同じようなことが何度も繰り返されるとさすがにおかしいと気にせずにはいられない。
初めは雅と桃子の間でのちょっとしたやり取りのことで、物忘れが激しいなどと言ってお互い笑って済ませることが出来た。
けれど、それは次第に雅と桃子の問題だけではなくなっていった。
桃子は他のメンバーとの間にあった出来事も忘れた。
酷いときには仕事の時間さえも忘れた。
桃子の記憶が簡単に失われるようになっていた。
原因が何かはわからない。
だが、桃子は忘れたことにすら気がつかない程綺麗に記憶をなくしていく。
- 333 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:26
- 雅と一緒に過ごした時間。
これから過ごすはずの雅との時間と約束。
そうしたことも他の記憶と変わることなく忘れ去られていく。
ちょっとした物忘れ。
一つ一つの出来事はそうした言葉で片づけられるレベルのはずだ。
実際、雅が側にいて桃子が落とした記憶を拾い上げていくことで、毎日は何の支障もなく過ぎていった。
生活に問題が出る程のことではなかった。
だが、このままどんどん記憶をこぼしていって全てを無くしてしまったら?
雅はそう考えずにはいられない。
今まで起こったことを今さらなかったことにされてしまうのは困る。
この家で生活していたこと全てを忘れ去ってしまったら、どうしていいのか見当もつかない。
他の何を忘れても自分のことだけは覚えておいて欲しい。
桃子が何かを忘れると、雅はそう願った。
そして、そんなことを願ってしまうようになった自分に気がついて雅は愕然とした。
少し前の雅なら桃子が忘れてしまうことの方を望んだはずだ。
- 334 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:27
- 桃子が雅と過ごした時間を。
雅を好きだという事実すら。
全てを忘れてしまえばこの関係を清算してしまえる。
数ヶ月前なら絶対に無くしてしまう方を選んだはずなのに。
今、雅が願っていることは桃子の記憶を留めておくことだ。
この願い事が正しいのか雅には判断がつかない。
桃子が恋人同士のふりをしていることも忘れてしまえば、そうすれば自由になれる。
今だって、願うならそう願うべきなのではないか。
桃子が何かを忘れるたびに、自分が願うべきものはどちらなのかと雅は考えた。
けれど何度考えても辿り着く場所は同じ。
何時の間にこんなことを願うようになってしまったのか考えても仕方がないと思う。
忘れて欲しくない、それが雅の願いだ。
- 335 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:30
- 雅は自分の隣、リビングのソファーの上で楽譜とにらめっこをしている桃子を見る。
さっきまで楽譜がないと騒いでいたのが嘘のようだ。
今は何事もなかったかのように、楽譜を睨んで歌を歌っている。
桃子が持っている楽譜は数十分前、雅が桃子に渡してやったものだ。
桃子が楽譜をなくさないようにと、レッスンが終わった後に雅が桃子の楽譜を預かった。
それを忘れ、桃子はあるはずのない楽譜を求めて鞄の中を探し、さっきまで騒いでいたのだ。
楽譜の一枚や二枚。
ないというならいくらでも探すし、何枚でも預かる。
そんなことぐらいならばいくらでも忘れてくれていい。
「もも」
名前を呼んでみるが、歌うことに一生懸命になっている桃子には雅の声が届かない。
もう一度名前を呼んでから、意識をこちらに向けるように雅が軽く頭を撫でると、桃子が身体を寄せてきた。
- 336 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:32
- 「うちがいるから大丈夫だからね」
「ん?大丈夫ってなにが?」
よくわからない、という顔をしている桃子に答えを返すかわりにもう一度頭を撫でる。
甘えるように桃子の顔が雅の首筋に埋められた。
桃子の吐き出す息が肌に触れてくすぐったい。
吐息が近づいて、生暖かいものが雅の首筋に触れた。
雅の身体がびくっと震える。
首に桃子が触れてくることに慣れることが出来ない。
もうああいったことは起こらない、そう思っていてもどうしても身体が反応してしまう。
桃子の身体を押し戻してその顔を見る。
雅から桃子が何かを考えているような表情が見えた。
「……みーやん。もも、みーやんに何かしたっけ?」
桃子の髪に触れる。
撫でる手が震えた。
- 337 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:33
- 「何かって、なに?」
「何かわかんないけど、みーやんが怒るようなこと」
「この前、出しっぱなしにしたゲームのことならもう怒ってないから」
「そうじゃなくて。なんかもっと違うことなんだけど」
「思い当たることが多すぎてわかんない」
「もうっ、そんなことじゃないって。なんだっけなー、もっとこう……」
「いいじゃん。思い出せないなら、別に無理に思い出さなくても」
「そう?」
「うん、そう」
声が震えていることに桃子が気がついたらどうしようかと思った。
だが、忘れていることを思い起こそうとすることに気がいっている桃子がそれに気がつくことはなかった。
思い出そうとしていること。
それが何なのか桃子はわかっていない。
もちろん、雅もはっきりとはわからない。
けれど、予想することは出来る。
多分きっとそれは真夜中に雅の部屋に忍び込んできたあの日のこと。
- 338 名前:− 糸のほつれ − 投稿日:2008/01/30(水) 02:34
- 雅は首に手をやる。
自分の手で軽く撫でててみると、心臓がぎゅっと縮んだ気がした。
記憶が戻っても、あれはもう気にしていない、そう伝えればいいと思う。
だが、そうしたところで桃子がどういった行動に出るかはわからない。
桃子の手から楽譜を奪う。
小さく歌を口ずさむと桃子がそれに合わせてくる。
ももはどこへ行ってしまうんだろう。
もしも願いが叶うなら、桃子をこのままにしておいて欲しいと思った。
神様なんてものを信じていたりはしない。
それでも、普段縋らないものにも縋ってみたい。
それが叶うかどうかわからない願いであっても。
- 339 名前:Z 投稿日:2008/01/30(水) 02:34
-
- 340 名前:Z 投稿日:2008/01/30(水) 02:35
- 本日の更新終了です。
- 341 名前:Z 投稿日:2008/01/30(水) 02:40
- ご心配おかけしましたが、復活しました(`・ω・´)
>>317さん
切ない方に傾くか、甘い方に傾くか。
目を離さずに見届けて下さい(´▽`)
>>318 名無しさん
ありがとうございます。
もうしばらく見守り続けて下さいw
>>319さん
無事復活しました。
これからもがんばります!
>>321さん
ありがとうございます。
雰囲気を維持しつつ、がんばりたいと思います(`・ω・´)
- 342 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/30(水) 02:41
- うわ、一気に展開の兆し…ドキドキします
- 343 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/01/30(水) 10:25
- やっぱりバッドエンドな感じに向かって行くんですか?。・゜・(ノД`)・゜・。
嗚呼…見てられないけど、気になる!でも怖い!
願わくばみやびちゃんとももに幸多からんことを…
- 344 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/31(木) 00:25
- 全部覚えててやってんなら桃子スゲーと思ってたが…
つД`) ももぉ!
- 345 名前:510 2008 投稿日:2008/02/01(金) 18:47
- 実体験と酷似している部分があり、ものすごく感情移入しちゃいました
(さすがに記憶はなくなりませんでしたが・・・)
続きが気になります!
つД`) ももぉ!
- 346 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:38
-
夢を見た。
白い壁。
青い顔のみーやん。
ももはなんであそこにいたんだろう。
- 347 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:41
- 最近、桃子は物忘れが激しくなっていた。
と言っても、実際に物忘れが酷くなっているのか自分ではわからない。
物忘れが激しくなっているらしい、という表現の方がしっくり来る。
曖昧な物言いになるのは忘れたことすら覚えていないことが多いからだ。
忘れたことを覚えていることもあるが、記憶の欠片にもないことが多かった。
忘れたことすら忘れているのだ。
最初の頃は、桃子自身ちょっとした物忘れだと思って気にしていなかった。
忘れたことにも気がついていないことが多かったし、忘れてしまうことはつまらないようなことが多かった。
だが、次第に笑い事では済まされないようなことを忘れるようになった。
仕事の集合時間、時には仕事があること自体を忘れた。
いつも雅が側にいて、あれこれと桃子の世話を焼いてくれていたから最初は気がつかなかった。
だが、気をつけて周りを見てみると、自分の周りがいつもとは違う空気に包まれていることがある。
きっとそれは何かを忘れてしまっているときなのだろうということがわかった。
- 348 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:42
- 今日もどうやら忘れてはいけないことを忘れたらしい。
何を忘れたのかはわからないが、気がつけば雅が傷ついたような顔をしていた。
だが、桃子が雅を問い詰めても何も答えない。
だから桃子には何を忘れたのかすらわからない。
「今日、どうする?」
今日の昼過ぎのことだ。
仕事が予定通り終わって、雅が嬉しそうに問いかけてきた。
桃子はそう尋ねてきた雅に答えを返すことが出来ず、黙り込んだ。
何をどうするのか。
もしかすると何かを約束していたのかもしれない。
物忘れが激しくなっていることは自覚していたから、桃子は注意深く考えた。
誰と何を約束したのか。
記憶の糸を辿っていく。
けれど、糸は辿る程の長さもない。
少し引っ張っただけでぷちんと切れて流されていった。
- 349 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:43
- 「……何か約束してたっけ?」
「何も。何も約束してないよ。これから時間空いてるから、どうしようかと思って聞いてみただけだから」
何事もなかったかのように雅が答えた。
雅の抑揚のない声が桃子の耳に残る。
もし。
もしも、雅との約束を忘れているのだとしたらショックだ。
何を忘れても雅とのことは忘れずにいられる自信があった。
だが、雅の反応を見ていると、どうやらその忘れないはずの雅との約束を忘れてしまっているように思えた。
目の前にいる雅がひきつった笑いを浮かべている。
だから、きっと雅との約束を忘れてしまったのだろう。
- 350 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:45
- 「ご飯食べにいこ。それでさ、もも、欲しいものあるからそれ一緒に見に行ってよ」
桃子は淀んだ空気を変える為に、出来るだけ元気よくはきはきと言葉を繋いだ。
その提案に「いいよ」と雅が頷く。
しかし、その表情にはまだ暗い影が見える。
そんな雅を見ていると、桃子は何を忘れてしまったのかすら思い出せない自分が腹立たしく思える。
そしてそれと同時に、雅がこうして約束を忘れた桃子を見て傷ついてくれたことを嬉しいと感じた。
こんな風に思うことが良いことだとは思えなかったけれど。
結局、桃子は何を忘れていたのかわからないまま雅と街へ出かけた。
雅と何か約束していたのかどうか。
さりげなく聞いても雅は何も答えなかったし、桃子自身も思い出すことが出来なかった。
二人で遅めの昼食を取って、街をふらついた。
そして家へ帰った。
- 351 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:47
- 一日が終わって、ベッドへ潜り込んだ。
忘れることがないと思っていた雅との約束。
もしかしたらこれまでにも忘れていたかもしれない自分。
考えると気分が悪くなってくる。
気持ちに重りを付けられたかのように、悪い方へと傾いていく。
良くないことばかりを考えて、なかなか寝付けなかった。
それでも無理矢理目を閉じて眠ろうとしているうちにいつしか眠っていたらしい。
桃子は浅い眠りの中で夢を見た。
夢は不明瞭でぼんやりとした輪郭しか持たない。
おかげで夢の中ですら何を夢見ているのかわからなかった。
でも、不確かなくせに妙に頭に残る。
そんな夢を最近よく見るようになった。
お馴染みの夢をいくつか見た頃。
時間的には真夜中を大幅に過ぎていた。
そんな起きているには中途半端な時間に桃子は目を覚ました。
一度目覚めた頭は、目を瞑っても眠れそうになかった。
そのせいかいらぬ事を考えてしまう。
眠れない頭で今日の昼に起こったことを反芻しても、やはり何を約束していたのかは思い出せなかった。
- 352 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:48
- それにしても。
この夢は何なのだろう。
桃子は目を閉じて夢を思い返す。
確かなものなどどこにもない、霧がかかったような夢。
物忘れが激しくなった。
それを自分で自覚した頃からだ。
同じ夢を何度も見るようになったのは。
白い部屋に雅が閉じこめられている夢。
詳細はよくわからない。
とにかく白い色と雅が閉じこめられていることだけしか確かな記憶がない。
そんな夢を見るようになってから、真夜中によく目が覚めるようになった。
毎晩見るわけではないが、雅がどこかに閉じこめられている夢を見ると目が覚める。
いつも同じ場面で途切れて続きはない。
眠っている雅の顔が青くなっていくだけで、その先を見たことはなかった。
目が覚めてそのことを考えると頭が痛くなるから、それ以上先を考えたこともない。
ただやけに気になる夢だった。
- 353 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:50
- 今も白い部屋の夢を見て目が覚めた。
心臓がどくどくと鳴っている音が聞こえる。
何だか嫌な夢だということだけはわかる。
色々なことを忘れてしまうことと関係しているのだろうか。
もしかして、と思い、物忘れと夢を繋げてみようとしたことが何度かあったが、どれだけ考えてもその二つが繋がることはなかった。
雅に夢のことを聞いてみようかと思ったこともあったが、どうしても聞くことが出来なかった。
口に出かかっても、まるで喉の奥に何かが引っ掛かっているみたいになって言葉が出てこない。
大抵のことは雅に話せるのに、夢のことだけはどうしても切り出せなかった。
- 354 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:51
- 桃子は暗闇の中、隣を見る。
わずかな光の中に眠っている雅の姿が見える。
耳を澄ますと、すうすうと規則正しい寝息が聞こえた。
最近、雅を見ていると胸の中がざわざわとして落ち着かない瞬間がある。
それが何時どんな時かと聞かれても困るが、そういった時が増えてきた。
桃子は指先で雅の唇にそっと触れてみる。
柔らかな唇は少しの弾力を持っていて、指に心地良かった。
ゆっくりと撫でてから、その指で自分の唇に触れる。
キスをすれば不安に波立つ気持ちが収まる。
雅に触れて体温を感じれば、嫌なことは全て忘れられる。
それなのに。
キスを繰り返せば繰り返す程。
抱きしめれば抱きしめる程。
胸の奥にある何かがざわめく。
もしも、その何かを目にすることが出来れば、きっとそれは黒い色に違いない。
桃子は雅の手を取って握ってみる。
眠っているせいか、いつもより雅の手は温かかった。
- 355 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:53
- 好きだと言えば頷いてくれるけれど。
恋人みたいで恋人じゃない気がする。
雅はどこか自分とは違う方向を向いている気がする。
言葉があれば信じられるというものではないが、確かな何かが欲しかった。
今、桃子の目に映る雅の姿は夢の中と同じで、ぼんやりとした輪郭しか見えない。
夢と違うのは色だけだ。
白一色ではなく、闇に溶けている。
そんな雅を見ていると、同じベッドの上で吐息を感じる程近くにいるはずなのに、しっかりと手を繋いでいないと雅が消えてしまいそうな気がした。
目を閉じてみる。
目を瞑ると、目の前にある暗闇と心の奥にある黒い色が混じり合ってもっと深い色になった。
瞼の裏に張り付いていた雅の姿もすぐにその色の中に溶け込んだ。
- 356 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:53
-
好きなのに。
みーやんを好きなだけなのに。
みーやんがいなくなったら怖い。
好きだって言ってくれないから、どこかに消えてしまいそうで怖い。
頷いてはくれるけど、それ以上のことは何もなくて。
時々、みーやんを信じられなくなる。
早く。
早く、ももを信じさせてくれないと。
じゃないと、みーやんはまたあんなことになる。
- 357 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:55
- あんなことって何だろう?
何か雅にしたような気がする。
絡まって辿れない糸の先。
その先の先にある何か。
ふとした瞬間にそれが頭の中にふわりと浮かび上がってくる。
一度、雅にそれが何か聞いたことがあるが納得のいく答えはもらえなかった。
桃子一人では絡まった糸を解くことが出来ない。
桃子は握った手の先にいる雅のことを考える。
何も答えてくれない雅がどんなことを考えているか気になった。
いつも笑ってばかりでその思考が読めない。
曖昧にそらされる言葉は桃子を苛々とした気分にさせる。
そんな時、桃子は雅の側にいることが辛くて逃げ出したくなった。
雅がいなければ落ち着かない。
ずっとそうだった。
それなのに、今は雅が側にいることで不安を感じるときがある。
雅に依存すればするほど、雅といることが怖くなっていく。
こうして雅と一緒に暮らす生活は、心地良さと同時に桃子の心の片隅に雅への不信感も育ていた。
返されない言葉に、気がついてはいけないことに気がつきそうになる。
- 358 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:56
- 「みーやん、好きだよ」
囁いても返事はない。
自分と同じように雅が好きだと言ってくれれば、何もかも解決するような気がした。
桃子はもう一度声に出してみる。
「好き」
- 359 名前:− 解かれていく糸 − 投稿日:2008/02/04(月) 23:57
- シーツの中、雅の身体が動いて桃子の方に転がってきた。
だが、眠っている雅に声が聞こえているわけもなく、やはり返事は返ってこない。
それに聞こえていたとしても、同じ言葉が返ってくるとは思えなかった。
閉じている目が熱くなる。
桃子は涙がこぼれる前に瞼に力を入れた。
闇が深くなる。
雅から身体を少し離して桃子は握っていた手を離した。
顔を枕に押しつけると、枕が少しだけ湿った。
- 360 名前:Z 投稿日:2008/02/04(月) 23:57
-
- 361 名前:Z 投稿日:2008/02/04(月) 23:57
- 本日の更新終了です。
- 362 名前:Z 投稿日:2008/02/05(火) 00:03
- >>342さん
今日もドキドキして頂けたでしょうか(´▽`)
>>343さん
……ふふふ。
バッドエンドかどうかは最後までしっかりと見届けて確認して下さい(´▽`)
>>344さん
そこまで悪くはなかったようですw
>>510 2008さん
お待たせしました、続きです。
実体験と酷似!?
ちょっと驚きましたΣ(´▽`)
- 363 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/05(火) 00:27
- 短い幸せな時間が終わりそうなつД`)
- 364 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 03:43
- 「佐紀ちゃん、どうしたらいいんだろう」
撮影の合間、雅は佐紀を呼び出した。
春にはまだ遠い寒空の下、撮影をしている建物の裏で二人肩を寄せ合う。
雪こそ降っていないが、気温はかなり低いらしく吐き出す息が白かった。
そんな震えだしそうなぐらい寒い中、前置きもせずに話し始めた雅を佐紀が黙って見つめていた。
佐紀がなかなか口を開かない。
雅は沈黙に耐えかねて、足下にあった小石をコツンと蹴った。
小さな石はコロコロと変則的に転がって、乱雑に積み上げてあった大道具に当たってどこかに消えた。
カンッという乾いた音が聞こえても佐紀は何も言わなかった。
- 365 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 03:46
- 「最近さ、ももが変なんだよね」
最初の台詞は明らかに説明不足で、佐紀が答えられないのも無理はないと思い、雅はもう少し具体的に説明をしてみた。
だが、やはり佐紀は黙ったままで口を開こうとはしなかった。
雅はさっき蹴った小石を探してみるが何処にも見あたらない。
空を見上げると、灰色の雲が太陽を覆っていて余計に寒くなった。
「寒くない?」
「え?」
「中で話そうよ」
佐紀が愛想のない声で言った。
雅が佐紀を見ると肩が震えていた。
「……誰かに聞かれたら困る」
隣で震えている佐紀には悪いが、雅は中で話す気にはなれない。
羽織ってきたコートのポケットを探ると中から手袋が出てきた。
それを佐紀に渡すと、諦めたように佐紀が小さく笑った。
- 366 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 03:48
- 「困るような、そんなことなの?」
「うん」
「それってどんなこと?」
「ももが色んなこと忘れて。それで、うちとの約束とか、そういうのも忘れて。どうしていいかわからなくなる」
一気に喋ってから、雅は壁に背を付けた。
コートの上から、硬い壁の感触が伝わってくる。
「ああ。最近、もも忘れっぽいよね。もともとおっちょこちょいだけどさ、今ちょっとひどい」
「前はそんなでもなかったけど、今よく忘れるんだ。どんどん忘れるから少し怖い」
「ほっといても大丈夫なの?」
「わかんない」
「そういうのって医者とか行ったほうがいいと思うけど」
「行くほどじゃない」
「ほんとに?」
ただ忘れるだけで何も問題はない。
だから、医者に行ったりする必要はない。
自分が桃子の側についている限り、誰かに迷惑をかけることなどないはずだ。
そう考えていたはずなのに、改めて問いかけられると雅は答えることが出来なかった。
- 367 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 03:50
- 「かわりにさ、忘れてたこと思い出してるみたい」
佐紀の問いに答えるかわりに、別のことを口にした。
横から風が吹き付けてくる。
壁に背を付けた雅から、少し前にいる佐紀の髪が風に揺れているのが見えた。
「うちにしたこと、思い出しかけてる」
「思い出したらいいんじゃないの?そしたら、みやはももと暮らさなくていいんだよ」
「…………」
「一緒に住んでからも、ももといるのが大変だって言ってたじゃん。好きだって言われても困るって。そういうのから解放されるんだよ?」
「わかってるけど」
「それでも思い出して欲しくないんだ?」
雅はこくんと頷いた。
思い出したからといって全てが終わってしまうわけではないが、わざわざ思い出す必要もない。
きっと桃子にしても思い出したくない出来事だから、忘れてしまっているのだ。
そんなものは忘れておけばいい。
思い出すことが、誰かの得になるようなことだとは思えなかった。
- 368 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 03:52
- 「いつの間にそんなことになったの?」
「わかんない」
佐紀が雅の方へ身体を向けた。
肩を壁に付けて、雅の方へ視線を向けてくる。
雅から見る佐紀は不思議そうな表情を浮かべていた。
「うち、やなんだ。ももに色んなこと忘れて欲しくないし、思い出して欲しくない」
「そんなこと言ったって、ももの記憶なんてうちらでどうこう出来るものでもないし」
「そうだけど、やなんだ。……どうすればいいと思う?」
雅は佐紀のコートの袖を握った。
くいっと引っ張ると、佐紀の身体が傾いた。
「みやはいつも難しいことをあたしに聞く」
「……ごめん」
「あたしが答えられないって知ってて言ってるでしょ?」
佐紀が眉根を寄せて難しい顔を作りながら、わざとらしくこめかみを押さえている。
そんな佐紀を見ながら、雅はあやふやに笑って見せた。
だが、佐紀の眉間に出来た皺は深く刻まれたままだった。
- 369 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 03:55
- 「まあ、話せば楽になるって言うし」
「ごめん」
思わずもう一度謝る。
今度は佐紀が困ったように笑った。
「あやまんなくていいから。話聞くぐらいなら、あたしでも出来るしさ」
コートの袖を握っている手を佐紀にぽんっと叩かれた。
雅と佐紀の吐く息は相変わらず白く、寒さで頬が赤くなっていく。
「とにかくももは相変わらずみやが好きで、みやはそれがやじゃないんだ?」
「そうみたい」
「みたいって、そんな他人事みたいに」
「だって、自分のことじゃないみたいだからさ」
- 370 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 04:00
- 本当に他人事のようだと雅は思った。
最初は重荷でしかなかった桃子の感情が今では心地良いものになっている。
心の上に乗せられていた岩のようなごつごつとした塊が、気がつけば羽みたいに軽いものに変わっていた。
その羽が雅の心にふわふわとした弾むような感情を与えてくる。
そんな風に気持ちが変化した瞬間がいつだったのか雅は思い出すことが出来ない。
一瞬のうちに重しが軽い物へ変化したような気もするし、長い時間をかけて変わってきたような気もする。
自分の気持ちなのにはっきりとしない。
「ねえ、ももが好きなの?」
佐紀が袖を掴んでいた雅の手をそっと解いた。
雅の掴むもののなくなった手に風が当たる。
手は冷たくなっていくばかりなのに、胸の辺りが熱くて痛かった。
- 371 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 04:00
- 気がつかないふりをしてきた言葉を突きつけられて、雅はどう答えるべきか迷う。
桃子の顔が急に目の前に現れて心音が乱れた。
恋人ごっこをしていたはずなのに、桃子から与えられた言葉のせいで何かを誤解し始めている。
そう思って過ごしてきたはずだった。
それなのに佐紀の言葉が耳から離れない。
冷えた手で佐紀の手を掴んで握りしめる。
手袋に覆われた手は桃子の手と同じぐらい小さい。
握りかえされる手に、この手が桃子の手だったらいいのに、とそんなことを思った。
「たぶん」
雅は曖昧な言葉を佐紀に返した。
好きってこんなことなのかもしれないと雅は思う。
隣にいる人が桃子だったら、そんな風に考える。
思考の端に必ず桃子がいて、桃子のことを考えずにはいられない。
こうして身体のどこかが桃子を常に意識している。
- 372 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 04:01
- 「たぶんって。いい加減だなあ」
「……たぶんじゃなくて、好きなんだと思う」
「ほんとに?」
「うん、たぶん」
「みや、またたぶんって言ってる」
くすくすと佐紀が笑った。
それにつられるようにして雅も佐紀と一緒に笑う。
どんよりとした空には似つかわしくない明るい笑い声が建物の裏に響いた。
「それさ、ももに言ったの?」
「ううん」
「言ってあげればいいのに」
きっと言わなくても桃子には届いている。
桃子は人の心の動きを雅の数倍敏感に感じ取っている、そんな気がする。
だから雅は思わず佐紀に「なんで?」と尋ねた。
- 373 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 04:03
- 「あたしは医者じゃないし、ももがどうなっちゃうかなんてわかんないけどさ。……とりあえず好きな人に好きって言われたら嬉しいんじゃないの」
「そうかなあ」
「ほんっと、みやって鈍感だよね」
呆れたような声で佐紀が言った。
雅と同じように佐紀も壁に背を付けてから、言葉を続けた。
「みやはももに好きって言われて嬉しくないの?」
「嬉しい」
「わかってんなら、そうかなあ、とか言わないの。好きって言われたらどう思うか、ちゃんとみや知ってるじゃん」
「そっか。そうだよね」
「それをさ、ももに言ってみたら?もしかしたら、好きだって言われてびっくりして、ももの記憶が良くなるかもしれないしさ」
「そんなもんなの?」
「さあ、知らないけど。それぐらいしか思いつかないもん。ももが喜ぶことしてあげれば?」
- 374 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/10(日) 04:06
- 言葉一つで何もかもが上手くいくとは思えない。
けれど、このまま何もせずに変わっていく桃子を見ているよりは良いだろう。
記憶を繋ぎ止める手段の一つになれば。
そして桃子を喜ばせることが出来れば。
どんなに良いだろう。
「いつかももは全部思い出すかもしれないし、思い出さないかもしれない。そんなの誰にもわかんないよ。なるようにしかならないんだから、みやの好きなようにしたらいいじゃん」
少しだけ素直になろう。
何をどうすれば良いかなど雅にはわからない。
それでも自分に出来ることから始めてみようと思った。
手始めに撮影が終わったら桃子と一緒に帰ろう。
寄り道をして、夕飯をどこかで食べて。
家に帰ったら、好きだと言おう。
雅は握っている佐紀の手を引っ張って建物の中へと向かう。
撮影が再開される前に桃子の顔を見たい。
よろよろと引きずられるようにして後ろから着いてくる佐紀と一緒に雅は撮影現場へと戻った。
- 375 名前:Z 投稿日:2008/02/10(日) 04:07
-
- 376 名前:Z 投稿日:2008/02/10(日) 04:07
- 本日の更新終了です。
- 377 名前:Z 投稿日:2008/02/10(日) 04:08
- >>363さん
二人を応援してあげてください(`・ω・´)
- 378 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/10(日) 11:34
- おぉ・・・素直なびちゃんが可愛いですね
心境の変化がうまいなぁ
- 379 名前:名無し 投稿日:2008/02/10(日) 21:16
- 更新お疲れさまです。なんだかずっとドキドキしながら読んでいました。
このお話のふたりが愛しくなってきました。
- 380 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:35
- 雅は佐紀の手を引いて、建物の中に駆け込む。
吐き出した息が白く染まっていた外の世界から、室内へ。
だが建物の中は広く、暖かいとは言えなかった。
奥行きのある室内は暖房器具が置いてあっても、それが役に立つのは限られた範囲でしかない。
だから当然、外にいた雅と佐紀以外のメンバーはストーブの前で暖を取っていた。
雅の目に桃子が映る。
佐紀の手を離して雅は走り出す。
後ろから佐紀の笑い声が聞こえたが、それには気づかないふりをした。
雅は桃子の隣に駆け寄ると、記憶を確かめる。
桃子の側を離れた後は、自分がいない間に何か起こっていないか記憶を確かめることが雅の役目のようになっていた。
雅がいくつか質問をすると桃子がにこにことそれに答える。
その答えによると何事もなかったらしい。
雅はほっと胸を撫で下ろす。
しばらくストーブの前でメンバーと話していると、撮影再開の声が聞こえた。
再開された撮影は思ったよりも順調に進んで、予定していた時間よりも早く終わった。
- 381 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:40
-
撮影が終わると同時に雅は建物を飛び出して外へ出る。
雅よりも先に撮影が終わり楽屋へ戻っている桃子に会うために、駆け足でもう一棟の建物に飛び込む。
廊下を走って楽屋の扉を開けると、入って左に桃子と梨沙子、右には佐紀と千奈美が見えた。
雅が左手の方へ視線をやると、桃子と梨沙子は仲良くソファーに腰掛けていて、一つの雑誌を二人で読んでいた。
その光景は雅に、桃子の膝の上で眠っていた梨沙子を思い起こさせた。
今、梨沙子は眠っているわけではない。
それでも二人が並んでソファーに座っている姿はあの時の記憶と重なる。
雅の中に記憶と一緒にあの日感じた感情も蘇ってくる。
あの時、雅はわからなかった。
でも、今ならわかる。
どうして梨沙子といる桃子を見てあんなに苛々したのか。
梨沙子を眠らせていた膝の上、そこを自分の居場所だと主張したくなった気持ち。
全てに説明がつく。
- 382 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:41
- 記憶と気持ちが一つになる。
雅の中に生まれた感情は、胸の中でぐるぐると渦巻いていた。
その感情を掬い取るまでもなく、それが何なのか口にすることが出来る。
嫉妬。
桃子が好きだから嫉妬している。
あのときは、桃子をどう思っているのか自分でもわからなかった。
だから、自分の心の動きを制御出来なかった。
だが、もう自分が持つ得体の知れない感情に脅える必要はない。
佐紀と話したおかげで、心の奥にあるものが何なのかはっきりとした。
今なら。
自分の気持ちがわかった今なら、あの日よりも落ち着いて二人と話すことが出来る。
雅はちくちくとした棘が生えたような気持ちを抑え込む。
手を握りしめると、その棘が刺さったみたいに手の平が少し痛かった。
楽屋の扉を閉めると、桃子が雅の名前を呼んだ。
- 383 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:43
- 「みーやん?」
不思議そうな顔をした桃子の隣に梨沙子が見える。
落ち着け、と念じながら雅は小さく息を吐き出した。
仕事をしているときと同じだ。
カメラに笑いかけるようににっこり笑えばいい。
心の中にあるものが何なのかわかっているのだから、慌てる必要はないはずだ。
感情を抑えるぐらい何でもない。
きっと少し不機嫌になってしまうだろうけれど、気がつかれないようにすることが出来るはずだ。
「みや、どうしたの?」
「あ、梨沙子。ごめん、ぼうっとしてた」
梨沙子に声をかけられて、雅の内へ向けられていた意識が外へと向かう。
頭の中であれこれ考えていたせいで声を出すことを忘れていた。
雅は肩を並べて仲良く座っている桃子と梨沙子へ近づく。
二人が座っているソファーと対になっているソファーへと腰掛けた。
テーブルを挟んで真正面に二人が見える。
- 384 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:44
- 「大丈夫?撮影、全部終わったの?」
ソファーから身を乗り出して梨沙子が言った。
同時に、梨沙子の膝の上から雑誌が床へ落ちそうになって慌てて桃子が手を伸ばす。
同じように手を伸ばした梨沙子と桃子の手が触れた。
雅の耳に手がぶつかる音と紙が擦れる音が聞こえてくる。
頭の奥でその音が響いた。
雅は声がいつもと変わらないように意識して口を開く。
「ん、平気。撮影、全部終わったよ」
「えー、みーやん終わるの早くない?」
雑誌が桃子の手によって梨沙子の膝の上に戻される。
桃子の肩が梨沙子の腕に触れていた。
身体のどこかが痛い。
- 385 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:46
- 「ももがいなかったから早く終わったんじゃない?」
「梨沙子がいなかったからだね」
「あたしはももだと思うけどなあ」
「梨沙子ですよーだっ」
雅を置き去りにして二人が騒ぎ出す。
桃子が梨沙子の腕を叩くと、大げさに梨沙子が痛がった。
笑いながら桃子が梨沙子に寄りかかる。
大したことじゃない。
ただのよくあるじゃれあいだ。
それなのについ不機嫌になってしまうのは、好きだと自覚したからだろうか。
自分の気持ちに気がつく前は、心の奥にあるものがわからなくて気持ちを落ち着けることが出来なかった。
気がついてしまえば、それが何なのかわかっているのだから対処の仕方もあると思った。
けれど結局、自覚があってもなくても心が揺り動かされるらしい。
心のコントロールぐらい出来ると思っていたが、それはそれほど簡単なことではないと雅は今知った。
- 386 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:47
- 「あたし、みやの隣にいこーっと」
勢いよくソファーから立ち上がって梨沙子が雅の隣に座った。
いきなり梨沙子に飛びつかれて、雅はバランスを崩す。
片手をソファーについて身体を支えていると桃子の不満げな声が聞こえてきた。
「あー、ずるいー!もももみーやんの隣行きたい」
「だーめっ!」
「えー、なんで」
「二人しか座れないから」
- 387 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:50
- そんなことを言いながら、梨沙子が雅に体重を預けてくる。
体勢を整えて、雅は梨沙子の体重を肩で受け止めた。
梨沙子を支えながら桃子を見る。
雅の目に映ったのは不機嫌そうな桃子の顔。
それはきっと数分前、自分が浮かべていた表情だ。
自分と同じ表情をしている桃子。
それは自分が感じた気持ちと同じ気持ちを桃子が持っていることを意味していて、嬉しくて思わず口元が緩む。
拗ねた顔を見ているのは桃子には悪いが楽しかった。
趣味が悪いかもしれないが、どれだけ思われているかを確認出来るようで嬉しい。
桃子を遠ざけようとしていた、そんな自分がいたことが嘘のようだ。
好きだという気持ちを感じることがどれだけ嬉しいか。
今さらながら気がついて、雅は自分の鈍さに呆れる。
今まで桃子はどんな気持ちでいたのだろう。
それを考えると胸が痛む。
随分と遅くなってしまったが、桃子から貰った気持ちを同じように返したいと思う。
- 388 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:51
- 雅は梨沙子の頭をぽんと叩く。
雅が変わるきっかけ、それはきっと梨沙子が作った。
あの日、梨沙子が桃子の膝の上で眠っていたから、雅の心の中で何かが動いた。
梨沙子の髪を撫でると、桃子が雅の名前を呼んだ。
だが、雅がそれに答える前に楽屋の反対側から声が聞こえてきた。
「そこ、うるさーい。なにやってんの?」
「佐紀ちゃーん。梨沙子がもも、いじめるー!」
「いじめてないもん!」
「ほんとうるさいって。みや、その二人黙らせてよ」
「ちぃに言われたくない」
「なんで!?」
梨沙子の言葉に反応して、千奈美が大声を出した。
その声は梨沙子の声よりも遙かに大きい。
「あたし、ちぃより静かだもん。ねっ、みや」
「確かに梨沙子よりちぃのほうがうるさい」
「えー、ひどーい」
- 389 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:54
- 比べるまでもなく梨沙子の方が遙かに静かだった。
だが、納得のいかない千奈美が楽屋の端から大声を出してくるものだから、そのまま誰がうるさいかを楽屋の端と端で話し合うことになって、楽屋の中がより一層騒がしくなった。
そこへ楽屋へ戻ってきた茉麻と友理奈が加わったものだから、話の収拾がつきそうにない。
結局、決着の付かないまま一人帰り、二人帰りと楽屋から人がいなくなっていく。
最終的に楽屋には雅、桃子、梨沙子の三人が残った。
「みーやん、ずるいっ!」
「なにが?」
「さっきから、梨沙子、梨沙子って。まだももって一度も言ってない」
人の少なくなった楽屋に桃子の声が響いた。
雅は桃子を見る。
桃子は拗ねているのか下を向いて顔を上げない。
梨沙子の名前ばかりを呼んだ覚えはないが、考えてみると確かに桃子の言う通りだ。
意識してそうしたつもりはないのだが、雅はまだ桃子の名前を一度も口にしていない。
- 390 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:56
- 「さっき佐紀ちゃん達と話してたときも、梨沙子のことばっかかばうし」
「別に梨沙子だけかばったわけじゃ」
「梨沙子だけだったもん」
「あー、またももが拗ねてるー!」
「梨沙子、そういこと言わないの」
雅が梨沙子の肩に手を置いてその身体を揺すると、「はーい」と気の抜けたような返事が返ってきた。
「もももみーやんの隣行きたい」
「狭いよ?」
「ももが側にいるのいや?」
「やじゃないけど」
「やっぱり、みーやんはもものこと好きじゃないんだ」
桃子の声が震えていた。
梨沙子のことばかり構ったわけではないが、桃子が拗ねるところを見たくて思わずそうしてしまっていたのかもしれない。
だとしたら、悪いことをしたと雅は思う。
- 391 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:57
- 「そんなことないって」
「あるよ」
「もも、気にしすぎ」
とりあえずこの場を収めて。
あとから説明すればいい。
まだ時間はたっぷりあるのだ。
家に帰ってからゆっくりと話すことが出来る。
「だって今日、ずっと梨沙子の隣にいてさ、それで梨沙子に優しい」
下を向いている桃子の表情は見えない。
だが、声は明らかに沈んでいて、桃子がどんな顔をしているのかを雅に想像させる。
いくらでも優しくしてあげるから。
雅はそう言いたかったが、言えなかった。
梨沙子の前では言いにくい。
恥ずかしいとか照れくさいという感情の方が先に来る。
雅がかわりにどんなことを言えばいいのかと考えているうちに桃子が言葉を続けた。
- 392 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:58
- 「もものこと嫌いなの?」
「違うよ」
桃子の言葉を否定する。
嫌いじゃない。
伝えるべき言葉は今、口にしたものではないとわかっている。
それでもこんなところで好きだとは言えない。
好きという言葉のかわりだと桃子が気づいてくれればいいと雅は思った。
けれど、桃子は下を向いたままで顔を上げない。
桃子の手はぎゅっと握られていて白くなっていた。
「みーやん、本当は誰が好きなの?」
- 393 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 00:59
- 感情のない声。
抑揚のない桃子の声は、雅がいつか聞いた声だった。
雅の肌の上をピリピリとした何かが走り抜ける。
頭の奥。
仕舞い込んだままにしておきたかった記憶と今の桃子が雅の中で繋がる。
桃子が顔を上げた。
様子がおかしい、と思ったときには遅かった。
ソファーから桃子が立ち上がる。
テーブルを回って、桃子が雅の前に立った。
雅の首に桃子の手が絡みつく。
桃子の身体がテーブルにぶつかってガンッと音を立てた。
- 394 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 01:00
- 「みーやんはもものなんだよ」
視界の端にひどく驚いた顔をした梨沙子が映った。
首に触れている桃子の手に力がこもる。
雅の喉がヒュッと鳴った。
目に映るものが梨沙子から桃子にかわる。
「ねえ、みーやんはもものなんだよね?答えてよ」
ぐっと首を絞められる。
酸素の通り道がなくなって息苦しい。
桃子の問いに答えようにも声を出す方法がなかった。
首を絞める桃子の手首を掴む。
首に張り付いている指を剥がそうとしても剥がれない。
「他の誰かが隣のいるなんて。……そんなの許さない」
- 395 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 01:01
- 新しい酸素を取り込むことが出来ず、くらくらしてくる。
桃子の顔が歪んで見える。
雅は口を開けても何も喋ることが出来ない。
喉の奥が震えるだけで声は形にならなかった。
桃子が忘れているあの日と同じように。
雅の世界が白くなっていく。
霞む。
何もかもがあの日と同じような気がする。
いや、あの日とは違うことが一つだけあった。
梨沙子の声が聞こえた。
「ももっ」
梨沙子が桃子の名前を叫んだ。
同時にソファーから立ち上がって桃子の腕にしがみつく。
雅の目に桃子と梨沙子が映る。
- 396 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 01:03
- 「もも、やめてよ!みやが死んじゃうよっ」
全体重をかけるようにして梨沙子が桃子の腕を引っ張っていた。
桃子の手の力が緩む。
梨沙子が繰り返し桃子の名前を呼ぶ。
何度目かの「ももっ」という声の後、桃子の手が雅の首から離れた。
身体の中に酸素が急に入り込んできて、げほげほと咳が出た。
「みや、大丈夫?」
声を出そうとしても喉が鳴るだけで声にならない。
仕方なく、雅は首を縦に振って平気だと梨沙子に伝える。
梨沙子がソファーに座っている雅の隣に腰をかけた。
手が背中に回される。
雅の背中をさする梨沙子の手は震えていた。
桃子は雅の前に立ったまま動く気配がない。
雅は何度も深呼吸をして身体の中に酸素を送り込む。
もう十分だ、と思えるところまで深い呼吸を繰り返してから桃子に声をかけた。
- 397 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 01:04
- 「もも、うちのことわかる?」
喉の奥から声を絞り出したせいか声が掠れた。
桃子は動かない。
雅はもう一度、桃子の名前を呼んだ。
「もも、こっち見て」
「みーやん?」
力ない声が桃子の口から発せられる。
雅は手を伸ばして桃子の手を握った。
「どうしたの?みーやん」
力を入れて握っても、手は握りかえされない。
桃子の呆然とした声が響く。
- 398 名前:− 心の奥 − 投稿日:2008/02/13(水) 01:07
- 「……もも、みーやんに何をした?」
桃子の目から一粒涙がこぼれ落ちて、床へ染みを作る。
小さな染みが少しずつ大きくなっていく。
今、何をしたのか。
桃子がそれを覚えているのか、それとも忘れてしまったのか。
雅にはわからない。
ただ桃子がぼろぼろと泣いていることだけは確かだ。
握った手を引いて桃子を隣に座らせる。
雅が頬に触れて涙を拭っても流れ出る涙は止まらなかった。
肩を抱いて桃子の身体を引き寄せる。
雅が抱きしめても桃子は泣きやまない。
梨沙子のことが気になって雅は楽屋の中を目で探す。
けれど、何処に行ったのか梨沙子の姿は楽屋になかった。
- 399 名前:Z 投稿日:2008/02/13(水) 01:07
-
- 400 名前:Z 投稿日:2008/02/13(水) 01:07
- 本日の更新終了です。
- 401 名前:Z 投稿日:2008/02/13(水) 01:09
- >>378さん
素直なびちゃんその後です。
……こんな風になりました。
>>379 名無しさん
ありがとうございます。
ドキドキの展開が続いているようです(;´▽`)
- 402 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/13(水) 01:47
- 更新お疲れ様です。
あぁ、なんか嫌な予感がします。
- 403 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/13(水) 23:40
- 更新乙です
めちゃくちゃ鳥肌たちました…
- 404 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/14(木) 00:23
- あ、あれ・・・
- 405 名前:名無し 投稿日:2008/02/14(木) 01:07
- 更新お疲れさまです
無性に切なくなりました…続きを大人しく待っています
- 406 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:32
- 楽屋で起こった出来事を誰にも知らせずに帰る、ということは目撃者がいた以上、無理な話だ。
あれから結構な騒ぎになって、雅と桃子が家へ帰り着いた時には真夜中近かった。
大人達が詰め寄ってきたおかげで、寄り道をして夕飯でも食べて、なんてことが出来るわけもなく、二人は事務所の人間に連れられて真っ直ぐ家へと帰ってきた。
雅はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取りだすとグラスに注いだ。
二つのグラスを持ってリビングに戻ると、ソファーの上では桃子がうとうととしていた。
ソファーの肘掛けの上に腰を下ろしてグラスを一つテーブルの上に置く。
もう一方のグラスからミネラルウォーターを飲み干すと、雅はふうっとため息をついた。
- 407 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:34
- 結局、驚いた梨沙子が事務所の人間を呼んできて、雅はやってきた大人達に楽屋で何が起こったのかを話さないわけにはいかなくなった。
出来ることなら何も話さずに終わらせたかった。
だが、雅と桃子、二人だけの時間に起こった出来事とは違う。
目撃者がいたのだから、何も起こらなかった、で押し通せるわけもなかった。
梨沙子が悪いわけではない。
誰だってあんなことが目の前で起これば誰か人を呼びに走るだろう。
誰も悪くない。
雅はそう思いたかった。
梨沙子は当然のことをしただけだし、桃子はいつだって不安定だ。
雅にしても、いつかこういうことが起こるかもしれない、と考えたことがないわけではない。
ただそれが、梨沙子の目の前で起こってしまった。
きっかけを作ったのはきっと自分だ。
誰も悪くない、とは言えない気がした。
もっと桃子のことをよく見ていれば。
気遣ってやることが出来ればあんなことにはならなかったと思う。
好きだという気持ちに浮かれて、桃子が自分に向けている気持ちを感じることが嬉しくて、何も見えていなかった。
- 408 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:37
- 悪いのは誰かわかっている。
桃子をこんな風にしてしまったのは自分だ。
そう思うと雅は桃子の側にいることが苦しくなる。
数時間前のふわふわとした気持ち、それがまるで嘘のように感じられた。
何もかも放り出して。
いっそ逃げ出してしまえたら。
桃子の想いが重荷だったときとは違う。
あのときも逃げ出したいと思っていたが、今は何も出来なかった自分が不甲斐なくてそんな自分が嫌で逃げ出したくなる。
桃子の側、といよりも自分から逃げ出したかった。
だが、逃げすことは許されない。
雅は楽屋に駆けつけた大人達と約束を交わした。
桃子のことは自分が責任を持つと宣言した。
大人達は責任を持つなど出来るわけがないと笑ったが、雅は冗談でそんなことを言ったつもりはない。
- 409 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:39
- 梨沙子が何をどう話したのかは知らないが、桃子が雅の首を絞めたということは伝わっていた。
そのときの桃子の様子がおかしかった事も。
雅の側に置いておけば桃子は落ち着いている、そう信じていた大人達はそれが間違いだと気がついた。
それからの大人達の行動は早かった。
騒ぎのあった楽屋から雅と桃子は事務所へ連れて行かれた。
そして雅は一人呼び出されて、二人を一緒にしておくわけにはいかないと告げられた。
雅は親元へ。
桃子は自宅療養、もしくは病院へ。
聞こえてきた声はそんなことを言っていた。
そんなことは許さない。
絶対に嫌だ。
たまたまあんなことになっただけだ。
危ういこともあるが、普段の桃子なら大丈夫だ。
あれは自分の配慮が足りなかっただけで、桃子を傷つけてしまったから。
だからあんなことになった。
自分が側にいないと桃子は落ち着かない。
桃子を助けるのは自分しかいない。
だから、側にいなければいけない。
- 410 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:40
- 事務所の一室に雅の声が響いた。
声を荒げたつもりはなかったが、大人達が目を丸くする程大きな声を出していた。
「ももはうちがいれば大丈夫です。……絶対にうちがいないとだめなんです。だから、ずっとうちが側にいます。ももから離れるつもりはありません!」
もちろん、その言葉を聞いた後も大人達の説得は続いたが、雅は首を縦に振らなかった。
そんな雅を見て、諦めたのか、呆れたのか。
聞く耳を持たない雅に大人達が折れた。
今度何かあったら二人とも親元へ戻る。
場合によっては桃子は病院へ。
それが二人で生活を続ける為の条件だった。
- 411 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:41
- 空になったグラスを手の平の上に乗せる。
グラス越しに桃子を見ると歪んで見えた。
それは雅の首を絞める桃子と重なって見えた。
雅の知らないどこかで桃子の心が歪んでしまっていてもうもとには戻らない、そんな気がしてくる。
この先、何も起こらないように。
本当にそんなことが出来るのだろうか。
思考が嫌な方にばかり傾いていく。
雅は頭をぶんっと一度振った。
もう時間も遅い。
こうして考えているよりも、眠ってしまった方が良い。
雅はグラスの底で桃子の頭をコツンと軽く叩いた。
眠りが浅かったのか、すぐに桃子の目が開く。
目を覚ました桃子はどこを見ているのかわからない。
雅が名前を呼ぶと、にっこりと笑いながら桃子が視線をあわせてきた。
随分と大騒ぎになったのに、今の桃子は仕事が終わってから何があったのか覚えていないように見える。
- 412 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:43
- よかった。
雅はそう思わずにはいられなかった。
今ほど、桃子の記憶が簡単に失われていくことに感謝したことはない。
二度と探し出すことが出来ないような場所に、記憶を埋めて忘れたままでいればいいと思う。
今日起こったことは気にしていないし、雅はそれを桃子に告げるつもりもない。
「……みーやん。もも、いつ家に帰ってきたんだっけ」
「さっきマネージャーさんが送ってくれたんだよ。もも疲れてたから」
「そうだっけ?」
「車の中でも寝てたから、覚えてないのかもね」
「楽屋で佐紀ちゃん達と話してたことは覚えてるんだけどなあ」
「そのあと、もも寝ちゃったんだもん。だから、マネージャーさんが送ってあげるって。そう言ったの覚えてない?」
「覚えてない」
雅の顔を見ながら桃子が「うーん」と唸った。
桃子が記憶を辿ろうとしていることは雅にもわかった。
- 413 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:44
- 「大したことじゃないし、そんなことどうでもいいじゃん」
桃子の中で途切れた記憶の糸を繋ぐ作業が続いているようだった。
雅の方を見ていた桃子の目はいつの間にか伏せられている。
桃子が思い出すことに没頭し始めていた。
記憶の糸を繋いでしまう前に桃子を呼び戻さなければいけない。
「もも」
桃子の名前を呼ぶ。
顔を上げて桃子が雅の方を見た。
赤い唇が目に付く。
雅が手を伸ばして頬に触れると桃子が小さく笑った。
- 414 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:48
- そういえばキスをすると落ち着いたような気がする。
気持ちが沈んでいるときも明るいときも、キスをすることで桃子は落ち着きを取り戻していたような気がした。
雅の方からキスをしようと思ったことは一度もない。
キスはいつも桃子からだ。
けれど、今は雅の方からその唇に触れたいと思った。
雅が思い出して欲しくないことを桃子が思い出してしまう前に、キスで誤魔化してしまいたいのかもしれない。
雅は身体を屈めて桃子に近づく。
もう少し近づけば唇が桃子の唇に触れる。
だが、雅にはほんの少しの距離を縮めることが出来ない。
唇に触れる変わりに頬へキスをする。
雅が唇を離すと桃子が驚いた顔をしていた。
頬に触れただけなのに雅の心臓がうるさいぐらいに鳴っていた。
きっと顔が赤くなっている。
自分の顔を見ることは出来ないが予想は出来た。
- 415 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:49
- 何か言いたげな顔をした桃子が雅の肩に手を置いた。
言葉を探しているのか、桃子の口からは何の言葉も出てこない。
肩に置かれた桃子の手に力が入る。
どうすればいいのかわからず、雅は桃子の名前をもう一度呼んだ。
「……もも」
それだけで通じた。
ゆっくりと桃子の唇が雅に近づいて、離れる。
唇が近づいてくる時間よりもキスは短かった。
桃子の額が雅の肩に押しつけられる。
何か言わなければならないような気がした。
- 416 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:50
- 「好きだよ」
こんな事になる前に言いたかった言葉。
それを雅は口にした。
その言葉に桃子が雅の肩から顔を上げた。
桃子がぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。
その顔には信じられないというような表情が浮かんでいた。
そんな桃子の唇に雅は初めて自分から唇を寄せた。
唇が触れた瞬間、心臓がぎゅっと縮んだ。
「みーやん、もう一回言って」
- 417 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:52
- ゆっくりと唇を離すと桃子に抱きつかれた。
耳元で声が聞こえた。
求められるままに「好き」と言葉を返す。
「ももも、みーやんが好き」
柔らかな声が頭の中に直接響く。
好きだという言葉と一緒に桃子からキスを返された。
そのキスがあまりにも優しくて、どうしてもっと早く好きだと言わなかったのかと後悔した。
もう一度、桃子からキスをされて何も考えられなくなる。
頭の中が真っ白になった。
- 418 名前:− 記憶の中 − 投稿日:2008/02/18(月) 02:53
-
この日から、桃子が何かを思い出そうとするたび雅の方からキスをするようになった。
けれど、知っている。
こんなことがそう長く続かないことぐらい。
そんなことぐらい雅もわかっていた。
- 419 名前:Z 投稿日:2008/02/18(月) 02:53
-
- 420 名前:Z 投稿日:2008/02/18(月) 02:54
- 本日の更新終了です。
- 421 名前:Z 投稿日:2008/02/18(月) 02:59
- >>402さん
色々あったりなかったり(;´▽`)
>>403さん
鳥肌が収まった頃を狙って更新です(´▽`)
>>404さん
あれ?こんなことになっちゃいました(;´ω`)
>>405 名無しさん
お待たせしました、続きです。
切ない二人はこんな具合になりました。
- 422 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/18(月) 04:18
- みやびちゃんの言葉と行為は幸せなもののはずなのに(桃子にとって)
なんでこんな切ないんでしょうか・・・
- 423 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/18(月) 14:51
- 幸せなのにどうしてこんなに切ない気分になるんでしょう。
壊れてしまいそうな束の間の幸せが少しでも長く続くようにみやびちゃん同様祈ってます。
- 424 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/02/19(火) 23:48
- お互いの思いがやっと疎通したというのに
なんでだろう悲しいです
- 425 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 01:58
- 騒がしい。
今まで以上に周りがうるさくなった。
雅が好きだと言ってくれた日から。
桃子の周りで何かがかわったような気がする。
梨沙子がやけにまとわりついてくるようになったし、雅は桃子の側から離れなくなった。
桃子はそんなことが妙に気になる。
あれからどれぐらいの時間がたったのかよくわからない。
何ヶ月もたったような気もすれば、もっと短いような気もした。
桃子の中にある砂時計は止まったままだ。
流れていく時間を感じ取ることが出来ない。
雅が好きだと言葉にしてくれるその瞬間だけ時が流れる。
桃子の全てが雅によって動かされている。
このままで良いとは思えない。
だが、桃子にはどうすれば良いのかわからなかった。
- 426 名前:Z 投稿日:2008/02/22(金) 02:00
-
キッチンから野菜を刻む音が聞こえてくる。
そのリズミカルな音に雅の歌声が重なる。
今日の夕飯は何だったろう。
雅に何を作るのか聞いたはずだ。
野菜を使う何か。
桃子はそれを聞いたはずなのに思い出せない。
記憶の断片。
相変わらず切れ切れになった記憶を繋ぎ合わせる方法がわからない。
細かな記憶は抜け落ちたままで戻ってきそうになかった。
フローリングの上に直接横になっていた身体を起こして、桃子はリビングからキッチンへと向かう。
桃子がキッチンの中を覗くと、白いパーカーを着た雅が包丁を握っていた。
- 427 名前:Z 投稿日:2008/02/22(金) 02:02
- 「みーやん、夕飯なんだっけ?」
「んー、肉じゃが」
「ももも手伝う。肉じゃが作れるようになりたいし」
「いいよ、うちがやるから。ももはそこで待ってて」
最近の雅は過保護すぎる。
桃子に包丁を持たせることすらしない。
一緒に作っていた夕飯は今ではほとんど雅が一人で作っていたし、部屋を散らかしても怒られることがなかった。
大切に。
大切に扱われている。
それが桃子の心の中にもやもやとした何かを生み出していた。
雲に覆われているような毎日。
すっきりと晴れることがない。
「どうしてももは手伝っちゃだめなの?」
「言ったらもも怒るから言わない」
「えー、怒らないから言ってよ」
- 428 名前:Z 投稿日:2008/02/22(金) 02:04
- 雅が何を言うのか。
予想は付く。
それでも桃子は一応尋ねてみる。
「うちが作った方が美味しいから」
「ひどーい!ももだって上手に出来るし!」
「ほら、やっぱり怒った」
「みーやんが怒るようなこと言うからじゃん」
予想通りの答えに、お決まりの言葉を返した。
すぐに探し出すことが出来る記憶からわかること。
最近、桃子は雅とこんなやり取りをすることが多かった。
- 429 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:05
- 思い出せる範囲の中での雅はいつもこうだ。
何か尋ねるとこうやってすぐにそらされる。
雅の気持ちが見えない。
今までよりも雅に近づいているはずなのに、近づけば近づくほど雅の気持ちがわからなくなっていく。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、本当の雅を見つけられない。
雅が口にする言葉を信じて良いのかわからない。
好きだと繰り返される言葉。
それは本当なのだろうか。
信じることは簡単だった。
だが、信じ続けることは思っていたよりも難しかった。
- 430 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:06
-
ももが好きだって何度も言うから。
だから、みーやんも好きだって言ってくれてるのかもしれない。
ももに合わせてくれてるだけ。
- 431 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:07
- 信じることと同じぐらい疑うことは簡単だ。
思い返せば、雅の態度には疑うべき箇所がたくさんある。
一つ一つ考えていくと、信じるよりも疑った方が早そうだった。
桃子は雅を見る。
切り刻んだ野菜や肉を鍋の中に放り込んだ雅は後片づけをしていた。
がちゃがちゃと食器が雅の手の中で音を立てている。
流れる水が汚れを洗い流していく。
肉じゃがは鍋の中でぐつぐつと煮込まれていた。
「ねえ、なんでももに優しくするの?」
「優しく?」
「優しいじゃん。最近、すごく優しい」
「前からだよ。急に優しくしてるわけじゃない」
「じゃあ、それももが洗う」
「洗うのと優しいのは関係ないじゃん」
- 432 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:09
- 雅の濡れた手が桃子の額を押した。
桃子の身体がぐらっと後ろへ傾く。
そんな桃子を見て、雅が笑いながら残りの洗い物を片づけ始める。
優しさの裏側を見たかった。
雅は前と変わらないと言うが、桃子はそんなことはないと思う。
一緒に住み始めた頃は遠いと感じていた雅との距離は確実に縮まっている。
それと同時に雅の態度も変化している。
特に好きだと言って桃子を驚かせたあの日から雅は変わった。
桃子に不安を感じさせるような、そんな態度を取らなくなった。
好きだと告げても何の言葉も返ってこなかった昔があったなど信じられないぐらいだ。
好きだと言えば好きだと返ってくる。
好きだと言わなくても、そう言ってくれる。
恋人同士なら当たり前のことなのかもしれない。
だが、それは今まで桃子がどれだけ望んでも与えられなかったもののはずだ。
それが突然、雅から与えられた。
ずっと欲しいと望んでいたものが与えられたのに、いざそれを受け取ってみると桃子はそれを信じ続けることが出来ない。
不安を感じないことが不安を呼ぶとは思わなかった。
- 433 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:11
- 初めて雅から好きだという言葉を聞いたときは驚いた。
しかし、それ以上に嬉しかった。
その気持ちのままいることが出来ると思った。
けれど、桃子は自分が考えていた自分でいることが出来ない。
雅が好きだと言えば言う程、その言葉を疑いたくなる。
好きだと言われるのは嬉しい。
雅からキスされるのも嬉しい。
でも、それを信じることが出来ない。
心の奥底にある何かが信じるなと言っている気がする。
思い出せそうで思い出せない何かが桃子の雅への気持ちを圧迫して、消し去ってしまおうとしている。
身体の奥に沈んでいる記憶を拾い集めて繋げる作業。
桃子は欠片を拾い上げてパズルのように組み立てていく。
だが、いつも完成する前にそれは崩され、パズルのピースは飛ばされる。
何か思い出せそうな気がするのに、完成する前に雅がキスをするから繋ぎ合わせることが出来ない。
- 434 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:12
- 「もも、向こうで座って待ってなよ。出来たら持って行くから」
「やだ。みーやんと一緒にいる」
桃子は雅の上着の裾を掴んだ。
洗い物を終えた雅が、困ったように眉根を寄せてから桃子の手を握って引っ張った。
キッチンの入り口から中へ。
雅に手を引かれ、桃子は足を進める。
数歩進むと、雅が冷蔵庫に寄りかかった。
握られていた手は離され、髪をくしゃくしゃと撫でられる。
髪を撫でていた雅の手が下へと降りる。
頬に触れてから首筋を撫で、肩に手が置かれる。
肩から雅の指先が降りて手をもう一度握られた。
雅が桃子に微笑みかける。
- 435 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:13
- 今までなら触れられるだけでよかった。
雅が自分に向けて笑ってくれればそれだけで幸せだった。
けれど、それは確実に過去のものに変わっていた。
今、桃子の心を占めるのは別の気持ちだ。
猜疑心。
雅は何かを隠している。
そうでなければ急に好きだと言い出したりするはずがない。
ずっと好きだと言っても何も返してくれなかった雅が変わった理由。
それが知りたかった。
桃子が物忘れが激しくなってからというもの、雅があれこれと桃子の世話を焼くようになった。
自分の記憶と雅の変化。
何も関係がないとは言えないだろう。
忘れていくことの中に大切なものがあるのか、それとも思い出しかけている中にそれがあるのか。
雅が隠していることは何だろう。
知られたくないこと。
それは桃子が考えたくもないもののような気がする。
- 436 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:14
- 「もも、もうちょっとこっち来て」
まただ。
何かが形になろうとすると雅が遮る。
雅の声が耳から頭の中に侵入して形作っていた何かを粉々にする。
手をぎゅっと握りしめられて意識がそこへ向かう。
雅の唇が近づく。
嫌だ。
完成しかけたものがバラバラになる。
せっかく見つけられそうな答えが消える。
それでも桃子は逃げられない。
キスをしようと屈んだ雅の身体が近づいてくる。
唇が触れる。
桃子の頭の中で完成間近のパズルが崩れる音がした。
- 437 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:15
- 「やだ」
雅が唇を離す前に、桃子は雅の身体を押した。
軽く押しただけで雅の唇が桃子から離れる。
「……なんで?」
「考えられなくなる」
桃子の答えが心外だと言わんばかりの声色で雅が言った。
桃子が小さな声で答えると雅に抱き寄せられた。
「考えなくていいよ」
「どうして?」
「どうしても」
- 438 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:17
- 耳元で雅の声が聞こえる。
優しく語りかける声が何かを奪い取ろうとしている気がした。
桃子は全てを奪い取られる前に、雅が考えなくていいと言う理由を考えてみる。
考えて欲しくないこと。
考えられると困ること。
それはとても単純なことではないだろうか。
雅が桃子に知られて困ること。
それを見つけることが出来れば答えが出るのかもしれない。
何かヒントになるようなことでもあれば。
雅の中を少しでも見ることが出来れば何かわかるのではないか。
桃子は見えない雅の中にあるものを見る為に尋ねてみる。
「みーやん、もものこと好き?」
「好きだよ」
「うそだ」
「うそじゃないよ」
そうだ。
雅は嘘をついている。
- 439 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:18
- 桃子は散り散りになっている思考の欠片を集めていく。
急速に答えが一つの形として桃子の前に現れる。
それは桃子が頭の深い部分にわざと置き去りにしていて、気がつかないように、触れないように過ごしてきたもの。
見えているはずなのに見えない振りをしてきたその考えは桃子にとって耐え難いもので、形になった今も信じたくはなかった。
雅は自分を好きではない。
そういうことなのかもしれない。
最近、急に好きだなんて言い出した原因はそういうことだったのかもしれない。
好きではないということを気づかれたくなくて、誤魔化す為だけに好きだと言っている。
だが、誤魔化す理由がわからない。
好きでもない自分と住んでいるのは何故か。
桃子の中で集まった想いがまた欠片に戻ろうとしていた。
好きではない、それを信じない為に今度は好きだという言葉を信じようとしている。
好きと嫌いが心の中に溢れてどうしていいかわからない。
思考がまとまらなくなっていく。
- 440 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:20
- 「もも、信じて」
まるで子供に言い聞かせるように雅が言った。
背中をぽんぽんと叩かれる。
桃子の心臓の音と雅が背中を叩く音が重なった。
それでも信じたいと思う気持ちよりも、信じられないという気持ちの方が大きかった。
「わかんない。何を信じていいのかわかんない」
「なにって。……うちを信じればいいから」
「みーやんはうそついてる」
「うそなんか言わないよ」
桃子を抱きしめる雅の腕に力が入った。
雅の白いパーカーに顔が押しつけられて目の前が真っ白になる。
- 441 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:21
- 白い色。
目の前全てが白。
どこかでそれを見たような気がする。
それは記憶の奥底に沈んでいるはずだ。
桃子は目を瞑って途切れたままの記憶の行方を捜す。
白い色から解放され、変わりに桃子を黒い色が支配していく。
胸の奥にある闇が広がり身体を浸食する。
白よりも身体に馴染む色。
闇色の世界の向こうに求めている答えがあるのではないかと思う。
だが、どんなに闇の中で記憶の糸を手繰っても答えが見つからない。
「もも、何か忘れてる。思い出したいのに思い出せない」
思い出せない何か。
それが何なのかわからないから思い出せない。
目を開けると、白と黒が混じり合う。
桃子は答えの近くまで来ている気がした。
- 442 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:22
- 「ももの中に何かあって、それが邪魔するの。みーやん、ももの忘れてることってなに?みーやん知ってるよね?」
「……知らない」
「教えてよ」
桃子は雅の腕の中から抜け出して、雅を見る。
じっと見つめると雅が顔を近づけてきた。
頬に手を添えられる。
顔を背けようとしてもその手が邪魔をして逃げられない。
桃子はキスしようとする雅の肩を押して唇から逃れる。
「やだ。キスしたくない」
「そんなにうちとキスしたくないの?」
「今はやだ」
「なんで?」
「今、考えたいことがあるから」
「考えなくていいよ」
「なんでそんなこと言うの?……みーやん、何か知ってる。それ教えてよ。ももに教えてよ」
- 443 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:24
- 考えなくていい。
雅のその言葉が、桃子が忘れている何かを考えさせる。
心地良い唇の感触より知りたいことは、頭の中の深い場所にある辿り着けない記憶。
不安の元凶であろうそれを知らないことにはどこにも行けそうになかった。
「ももが知りたいことってなに?それを言わなきゃわかんないよ」
「それがわからないからみーやんに聞いてるの。ももの知らないなにか。みーやんが知っててももが知らないこと。ねえ、ももが忘れてることってなに?」
全てを思い出すことが出来れば不安も消えてなくなるのかもしれない。
雅が自分を好きではないなど嘘で、もう一度雅を信じることが出来るようになる。
そう思いたかった。
だから、雅が知っていることを同じように知りたいと桃子は思う。
「ももが知らないこと、うちが知ってると思う?」
雅がどうしても言いたくないことは、今までの言葉からわかる。
だが、桃子は引き下がるつもりはなかった。
雅が自分を好きだと信じるための何かが欲しい。
- 444 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:26
- 「ねえ、どうしてももは思い出せないの?みーやんは何を隠してるの?」
「隠してないよ。うちは何も隠してない」
桃子は雅を見る。
雅の唇がかすかに震えていた。
「もも、話は後からにしない?そろそろ肉じゃが出来るよ。先にご飯食べよう?」
存在を主張するかのように肉じゃがが入った鍋が蒸気を上げていた。
雅が桃子と冷蔵庫の間から抜けだし、足を一歩踏み出すと鍋の蓋に手をかけた。
「いらない。今、食べたくない。そんなことより教えてよ」
桃子は指先で雅の腕を覆っている白い布を掴む。
鍋の蓋から雅の手が離れる。
握りしめた布を引っ張るとゆらっと白い色が揺れた。
頭のどこかにその光景が引っ掛かる。
壁を見る。
でこぼことした白い壁紙が目に付いた。
頭の奥が痛かった。
- 445 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:27
- 「好きじゃないって、どこかで言われた」
「……誰に?」
「みーやんに」
いつ?
どこで?
雅に何かした記憶がある。
思い出してはいけないと桃子の頭のどこかで警告音が鳴った。
「もも、みーやんに何した?」
耳鳴りのように聞こえてくる警告音。
雅にも聞こえているのだろうか。
桃子から見える雅の顔は青ざめているようだった。
「何で忘れてたんだろう。もも、何か大事なこと忘れてる」
「忘れてなんかない。ももは何も忘れてない」
「違う、違うよ。みーやん」
「いいから。もも、おいで。大丈夫だから。ここにいればいいから」
- 446 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:29
- 雅の腕を掴んでいる桃子の手に雅の手が重なる。
優しげな声、そして温かな手。
けれど、雅の表情は強ばったままだった。
もう一度引き寄せられて雅に抱きしめられる。
桃子は白い色に包み込まれる。
息を吸い込むと雅の匂いがした。
それでもまだ、思い出してはいけないという声が聞こえてくる。
頭の中で警告音が鳴り続けていた。
「みーやん」
雅の名前を呼ぶと強く抱きしめられた。
白い布と雅の匂い。
違う気がする。
白い場所で、もっと違う匂いをかいだ。
雅がいて、そしてそこにいる自分。
それは雅の匂いではなく、鼻を突くような薬品の匂い。
カチッと桃子の頭のどこかでスイッチが入る音がした。
- 447 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:30
- 「思い出した。……ももがみーやんにしたこと」
思い出した。
思い出してはいけないことを。
ももがみーやんにしたこと。
それはみーやんが隠そうとしていたことだ。
忘れちゃいけなくて、ももが忘れてしまいたかったこと。
忘れてしまいたくて忘れたはずなのに、記憶を辿って自ら思い出した。
思い出さないままいることが出来れば幸せだったはずなのに、その幸せを自分で壊した。
真夜中、忍び込んだ部屋で雅にしたことが桃子の記憶として蘇る。
- 448 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:32
- 雅の首に絡みついた自分の手。
桃子の手の中で力を失っていく身体。
病院の白。
あのとき嗅いだ病院独特の薬品臭。
それと一緒に記憶の表層に浮かび上がってくるのは一番思い出したくないことだ。
雅に好かれていないという事実。
告白は断られ、雅は桃子の手の届かない場所に行った。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、手を伸ばすことは許されない。
それは桃子にとって、雅が隣にいても遠くにいるのと何も変わらなかった。
誰も触れないで欲しい。
誰も隣にいかないで欲しい。
側にいられないなら誰もそこには行ないで欲しかった。
桃子には雅が自分以外の誰かのものになることは想像することすら耐え難かった。
- 449 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:33
- 雅の中に居場所が欲しかった。
でも、それは叶うはずもない望みだった。
何度考えても断られた告白は断られたまま変わることのない事実で、例えもう一度告白したところで雅が桃子を受け入れてくれることはなさそうだった。
やり場のない思いは降り積もり、溶けることはない。
蓄積されればされるほど雅への想いが深くなった。
雅の中に居場所を得ることが出来ないのに、桃子の心の中には雅が居座ったままだった。
それは桃子の心のバランスを崩すには十分な理由になった。
手に入らない物を欲しいと望み続ける日々は苛立ちしか生み出さない。
このままずっと過ごすなんて無理だ。
壊れる。
壊れてしまう。
そうだ。
その前に壊してしまえばいい。
そうすれば雅は誰のものにもならない。
- 450 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:36
- 独り占めしたいと思った。
それが叶わないなら壊せばいい。
手に入れることは叶わないが、他の誰のものにもならない。
間違っているとか、いないとか。
それはあまり関係がなかった。
ただ思い通りにならないものがあることに桃子は耐えられなかった。
だが、結果的に桃子が壊したものは雅との関係だった。
雅を壊しきってしまうことは出来ずに、雅との関係を壊した。
拒絶され、側に近づくことすら許されないようになった。
そして雅との関係と一緒に壊れたのは自分だった。
何もかも放り出して。
桃子は夢の世界に逃げ込んだ。
自分が信じたい世界。
そこへ雅を引きずり込んだ。
- 451 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:38
- 「やっぱりみーやんはもものこと好きじゃなかった」
目の前に雅がいた。
夢ではない現実の世界に雅がいる。
桃子は手を伸ばして雅に触れる。
首筋に手を這わせると、雅の身体が震えた。
桃子に脅えて震えたのか、それとも違う理由なのか。
その理由は聞かなかった。
好きだという言葉を信じられなかった理由は桃子の中にあった。
雅は桃子の夢に巻き込まれただけなのだ。
あの日、桃子の告白を断った雅がここにいる。
桃子が触れているのは、桃子の存在を拒絶した人間だ。
信じたくても、信じられないのは知っていたから。
雅から好かれていないと知っている自分がいたからだ。
- 452 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:40
- 「そんなことない。うちはもものことが好きだよ」
雅の声がどこか遠いところから聞こえてくる。
目の前にいるはずなのに、同じ空間にいるとは思えない。
雅の発した言葉の塊がころころと転がっていく。
その行き先は桃子以外のどこかだ。
誰の言葉よりも信じたい雅の言葉を信じる方法が見つからない。
自分がしたことを思い返せばなおのこと雅の言葉が信じられなかった。
雅をこの世から消し去ろうとした自分を好きになってくれるとは思えない。
好きだという言葉の裏を探りたくなる。
たとえ今は本当に好きだと思ってくれているのだとしても、いつか嫌われるに違いない。
雅が好きだと言ってくれても、桃子の心の中から闇色の何かは消えないのだ。
きっと今は良くても、また雅を壊してしまいたくなる日がくる。
どうすれば心を満たすことが出来るのか桃子は知らない。
闇を消し去る方法もわからない。
- 453 名前:− 変わらない心 − 投稿日:2008/02/22(金) 02:41
- 結局、雅が何と言っても自分は変わらないのかもしれない。
どうあっても雅を傷つけることしかできない。
その証拠につい最近、桃子は梨沙子の前で同じ事をした。
こんな自分を雅が好きだと言うわけがなかった。
雅から離れなければ。
駄目になる。
雅も、自分も。
雅の後ろでかたかたと鍋の蓋が音を鳴らしていた。
火を消さなければ。
桃子はまとまらない思考の中でそんなことを考えた。
- 454 名前:Z 投稿日:2008/02/22(金) 02:41
-
- 455 名前:Z 投稿日:2008/02/22(金) 02:41
- 本日の更新終了です。
- 456 名前:Z 投稿日:2008/02/22(金) 02:52
- まずはお知らせから。
容量が明らかに足りなくなりました。
というわけで近々、移転の手続きをしてきたいと思います。
幻に移転のお願いをする予定です。
>>422さん
望みは叶ったのですが……。
なかなかつД`)
>>423さん
願いが叶ったのかどうか。
今回の更新分をどうぞ!
>>424さん
通じ合った二人の運命は!
こんな感じになりました。
- 457 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:38
- 桃子が泣き出してしまうかと思った。
けれど、涙を見せるどころか桃子の顔には何の表情も浮かんでいない。
無表情とも言える桃子を見ているだけでは、本当に桃子が全てを思い出したのか雅にはわからなかった。
考えてみると、一ヶ月近く何も起こらなかったことの方が不思議だ。
大人達と交わした約束を守る為、自分と桃子を騙しながら、雅はこの一ヶ月近くを暮らしてきた。
のらりくらりと桃子をかわしながら、誤魔化しながら生活してきた。
そうすることが正しかったのかは問題ではない。
雅にはそうすることしか出来なかった。
桃子を手元に置いておく方法を他に思いつかなかった。
だが、そんな生活が長く続くはずがない。
いつかこんな日がくることはわかっていた。
今、雅の目の前には時を戻してしまったであろう桃子がいる。
恐れていた事態を前にして、意外にも冷静な自分に雅は驚く。
- 458 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:41
- ぽつりぽつりと話していた桃子が黙ってしまって、キッチンの音が良く聞こえる。
換気扇が回る音。
かたかたと鍋の蓋が鳴る音。
肉じゃがを温めるコンロの火と、雅に近すぎるぐらい近い距離にいる桃子の体温でキッチンの中は暑いぐらいだった。
しかし、雅の前にいるのは白い顔をした桃子だ。
頬が赤みを帯びるぐらいの温度の中にいるはずなのに、桃子の肌は白いままだった。
いつもよりも血の気のない顔をした桃子が口を開く。
「もも、みーやんにひどいことした。夜中、みーやんの部屋に忍び込んで。もも、みーやんを壊そうとした」
桃子が独り言のように呟く。
雅に語って聞かせる、というよりは自分自身に言い聞かせているようだった。
雅を見ているが桃子の目に雅は映っていない。
どこか遠くを見ている。
雅は何と答えれば良いのかわからず、言葉を口にすることが出来ない。
だが、桃子は雅からの言葉を期待していたわけではないようで、黙ったままの雅に声をかけてくることはなかった。
- 459 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:43
- キッチンはそこに相応しい音が鳴り続けていた。
鍋の中で肉じゃがが暴れている音が聞こえる。
冷蔵庫が低く唸っている。
蓋がかたかたと鳴る音がうるさくて、雅は火を止めた。
「ももね、あのままでいたら壊れちゃうから。みーやんが他の誰かのところに行っちゃったら、もも壊れちゃうから。だから、みーやんを壊そうと思った」
キッチンに桃子の静かな声が響いた。
鍋の蓋はもう音を鳴らさなかった。
「みーやんを壊しちゃえば誰かのものになったりしないでしょ。だからね、ももはみーやんを壊そうと思った。……ひどいよね、そんなの」
「ももは悪くないよ」
「みーやん、死にかけたのに?それなのに、ももは悪くないの?」
「悪くない」
思い出して欲しくなかったこと。
桃子がそれを思い出してしまったことは間違いなかった。
- 460 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:44
- 「みーやんはうそばっかりだね」
失望したように桃子が言った。
今日、桃子の口から「嘘」という単語を聞くのは何度目だろうか。
雅は「嘘」という単語と同じ回数だけ口にした否定の言葉を桃子に告げようとして口ごもる。
考えてみればきっかけは嘘だった。
誰の為なのかわからない嘘から桃子との恋人ごっこがはじまった。
嘘の上に嘘を塗り重ねて、そうして今の関係を作り上げた。
まるで積み上げた積み木のような不安定な桃子との関係。
ぐらぐらと揺れる嘘の上、そこに雅の気持ちが乗っている。
嘘を無くしてしまったら後に残るものが何なのかわからない。
雅の中から好きだという気持ちが消えることはないが、桃子にその気持ちを届ける自信がない。
- 461 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:46
- 「もも、ずっと信じてた。みーやんがももを好きだって。でも、こんなことになるなら一緒に住んだりしなければよかった。……なんで。なんで、一緒に住んだりしたの?」
「それは……。ももが好きだから」
「またうそついた」
「ついてないよ」
桃子のまつげがゆらゆらと揺れる。
ゆっくりと繰り返されていたまばたきが止まった。
雅の言葉の真偽を確かめるように桃子が目を閉じた。
嘘の上に作り上げたものが壊れそうならば、壊れないような嘘で塗り固めてしまうしかない。
ぐらぐらと崩れそうになっている部分を補強して、嘘も本当も全て信じさせてしまうしかないように雅には思える。
嘘を嘘だと認めてしまうのは怖い。
認めてしまえば、今までの生活が全てなかったことになってしまうようなそんな気がする。
閉じられていた桃子の目が開く。
桃子の目には雅がはっきりと映っていた。
- 462 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:47
- 「違うよ、みーやん。みーやんはももを好きじゃない。一緒に住んでくれたのは、みーやんが優しかったから。きっと、ももが可哀想だったからだよ」
「そんなことない。ももを好きだから。だから一緒に住んだし、今まで暮らしてきたんだよ」
「……そうじゃないでしょ?ももが、ももがおかしいから、変になっちゃったから。だから可哀想でみーやんはももに付き合ってくれたんでしょ?……みーやん、もういいから。自由にしてあげるから」
「違う!もも、そうじゃない」
「違わないよ。だってみーやん、もものこと大嫌いって言った。あれがみーやんの本当の気持ちなんだと思う」
- 463 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:49
- 出来ることなら過去に戻りたいと雅は思う。
嫌いだと言う前に戻って、そんなことを言おうとした自分を止めたい。
もっと前に戻って、桃子に近づくなと言った自分を消してしまいたい。
どうして許してやらなかったのか。
桃子のしたことを許してやればこんなことにはならなかった。
拒絶せずに、いつもと変わることなく接することが出来れば。
桃子が記憶をなくしたり、雅につきまとってきたり、そんなことは起こらなかったはずだ。
けれど、もしもあの時全てを許していたら、桃子を好きになることもなかったと思う。
どちらが良かったのかは今となってはわからない。
過去をどれだけ振り返って悔やんでも、雅の前にある事実は変わらないのだ。
好きだという気持ちを桃子に信じさせる。
それだけが桃子の為に出来ることに違いない。
- 464 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:50
- 「あれはよくある喧嘩でしょ。あんなのうちの本当の気持ちじゃない」
「喧嘩なんかじゃない。あのとき、みーやん怖い顔してた。……もも、思い出したんだよ。だから誤魔化そうとしてもだめ」
桃子が笑った。
薄く開いた唇から乾いた笑い声が聞こえる。
桃子の記憶は全て繋がって、きっと雅が忘れているようなことまで思い出しているとわかった。
「あのね、もも、きっと同じことをするよ。みーやんがどれだけ好きだって言ってくれてもまた同じ事する。だって、あんなことしたもものこと、みーやんが好きになってくれるわけないもん」
遅かったのだと思う。
好きだともっと前に言うべきだった。
何もかもが遅かった。
- 465 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:52
- 「今度はきっと本当にみーやんを壊しちゃうよ」
桃子が壁に寄りかかった。
とすん、と軽い音がした。
桃子の指先が壁紙を引っ掻く。
雅が壁紙を見ると一本の線が壁に刻み込まれていた。
「たとえ本当に好きになってくれたとしても同じだと思う。みーやんがいつかももの側から離れていっちゃうのが怖くて、きっともも同じことをする」
「いいよ、ももがそうしたいならそれでいい」
「良くないよ。もも、みーやんに何するかわからないんだよ?」
「何があってもいい」
「……好きじゃないくせに。もものことなんか、なんとも思ってないくせに。そんなこと言わないでよ!」
桃子の高い声が雅の耳の奥で響いた。
静かだった声音はいつの間にか激しいものへと変わっていた。
- 466 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:54
- 「ずっと好きだって言ってくれなかった。ももが好きだって何度言ってもみーやんは頷くだけで、何も言ってくれなかったじゃんっ」
耳を覆いたくなるような言葉。
確かに桃子の言う通りで、雅は桃子から言葉を受け取るばかりで返すことをしてこなかった。
雅は好きだと告げることが遅かったのではないと気がつく。
気持ちに気がつくことが遅かったのだ。
桃子への気持ちを認めることが出来なかった。
それが今のこの状況を作り出しているように思える。
雅は桃子の手を見る。
壁紙に付いた傷の数が増えていた。
すうっと桃子が息を吸い込んだ。
「梨沙子には優しいのに、ももには優しくない」
「今、梨沙子は関係ないよ」
「あるよ。あの時だって梨沙子が隣にいた。隣のいたのはももじゃない」
- 467 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:56
- 激しくなる声を抑えるように、ゆっくりと息を吐き出しながら桃子が言った。
雅の脳裏に一ヶ月近く前の出来事が思い浮かぶ。
雅の力では止めることの出来ない桃子と、そうなってしまった原因を作った自分。
あの時と同じだ、と雅は思う。
桃子を止めることが出来ない。
繋がった記憶を消し去ることも出来ない。
「みーやんはももを好きじゃない。告白したとき、付き合えないって言った。……なんで忘れてたんだろ。みーやんがもものこと好きじゃないって。ももがちゃんと覚えてれば、みーやんこんな目に遭わなくてすんだのにね」
力なく桃子が笑った。
桃子の視線は彷徨い、雅の足下に落ち着く。
「そんなこと言わないでよ。確かにうちはももの告白を断った。でも、それは昔のことじゃん。今の話じゃない」
もう駄目だ。
そう思いながらも雅は桃子に語りかける。
桃子の耳に声が届いているようには見えない。
桃子の目は雅の足下を見たままだった。
- 468 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:58
- 「もも、お願いだからちゃんと今のうちの話を聞いて」
気持ちが過去に向かっているのか、ぴくりともしない桃子に声をかける。
雅は動かない桃子に手を伸ばして髪に触れてみる。
そのまま髪を掴んで軽く引くと桃子が顔を上げた。
「うちはもものことが好きで、側にいたいって思ってる」
「やだ。ももはみーやんの側にいたくない」
「なんで?うちはももの側にいたい」
「みーやんの近くにいると苦しい。みーやんが何考えてるかわからないから苦しい。みーやんが好きだから苦しい」
桃子が髪に触れていた雅の手を振り払った。
泣いているような声に驚いて、もう一度手を伸ばすが桃子に同じように払われた。
桃子の目が雅を捕らえる。
その目には涙はなかった。
真っ直ぐに雅を見つめてくる桃子の目にはいつも見るような優しい色はない。
涙の変わりに見えるものは拒絶という文字だ。
- 469 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 01:59
- 「みーやんなんか嫌い。みーやんがいないとだめなももも嫌い」
「ももが嫌いでもうちはももが好きなんだよ。ねえ、もも。聞いてる?」
「聞きたくない。みーやんはうそしか言わない」
「うそじゃない。もものことが好きなのはうそなんかじゃない」
過去に何度も繰り返し言われたように。
何度も繰り返し伝える方法しか雅は知らない。
たとえ桃子に伝わらなくても好きだと繰り返すしかなかった。
「うそだよ。だってうそばっかじゃん。好きじゃないのに恋人のふりして。……楽しかった?ももが喜んでるの見て面白かった?」
「それは……。騙したつもりじゃなくて」
「騙したんだよ、ももを。ももはみーやんを好きだった。それで、みーやんもももを好きだと思ってた。ももの頭の中、わけわかんなくなってて。それで付き合ってるんだって……」
積み上げてきた嘘が崩れていく。
桃子が思い出してしまえば、嘘は嘘として存在していられない。
桃子の無くした記憶を埋めていた雅の嘘は、桃子を傷つけるだけのものになっていた。
- 470 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:01
- 「そんなもも見てどうだった?可哀想だと思ったから、付き合うふりしてくれたんでしょ」
桃子の言葉は真実に近く、雅は何も言い返せない。
嘘が嘘として認識されてしまった今、どれだけ過去を取り繕っても無駄な気がした。
「ありがと。もういいから。みーやんはもう自由だから。好きなことしたらいい。ももの側なんかにいる必要ない」
桃子の足が壁を蹴って、背中が壁から離れた。
足を一歩、雅の方へと踏み出した。
だが、それは雅へ近づく為ではなかった。
雅の横をすり抜けて、桃子の足はキッチンの出口へと向かう。
「やだ。ももの側にいるっ!」
桃子を引き留めるように、雅は桃子の背中に声をかけた。
口から飛び出た声は雅が思っていたよりも大きなもので、桃子が足を止めて振り返った。
- 471 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:03
- 「どうして?好きでもないのに」
「好きだよ。最初は確かに好きじゃなかったけど。でも、好きになっちゃったんだ。もものこと」
「信じられないよ、そんなの」
「……じゃあ、どうしたらももがうちのこと信じられるのか教えてよ」
桃子は黙ったまま答えようとしなかった。
雅は黙り込んだままの桃子の腕を掴む。
その手から逃れようとして桃子が腕を引いた。
雅は桃子の力に負けないように腕を掴んだ手に力を入れる。
「離してよ!」
「いやだ。うちはももが好きだから離さない」
「ももはみーやんの側にいたくない」
ぶん、と桃子が腕を振る。
それでも雅は掴んだ腕を放さない。
諦めたように桃子の腕から力が抜けた。
- 472 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:06
- 「みーやんがいないと、ここが痛くて……」
掴まれた腕とは逆の手で桃子が胸に手をあてた。
乾いていた桃子の声が徐々に湿っていく。
「みーやんのこと信じたくて、でも信じられなくて。側にいないと不安で、でも側にいても不安で。いつかみーやんがいなくなっちゃうんじゃないかって怖い。……だからもも、みーやんを壊したくなる。ももだけの側にいてくれるようにって」
桃子の腕を掴んでいる雅の手の上に水滴が落ちた。
雅を見ている桃子の目からは涙が溢れ出していた。
桃子の手が雅のパーカーの裾を掴んだ。
雅は涙の落ちた手をその手の上に重ねた。
「いいよ、ももなら」
「よくないよ。このままじゃ、いつかみーやんはもものこと嫌いになる。今だって嫌いかもしれないけど、もっと嫌いになる。こんなのおかしいもん。……もも、おかしいんだ。だから、これ以上嫌われる前にももはみーやんのこと嫌いになるの」
- 473 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:09
- 雅は桃子を引き寄せて耳元で囁いた。
何度も好きだと言葉にする。
返事はない。
それでも何度も好きだと告げた。
ぎゅっと抱きしめると涙のせいなのか、それとも桃子の持つ体温のせいなのか胸の辺りが温かくなった。
「嫌いになんかならないよ。ずっとももの側にいる」
震える声で「ほんと?」と桃子が聞いてくる。
雅は桃子の頬にキスをしてから頷いて見せた。
こくん、と頷いた雅を見た桃子の手がパーカーの裾から離れた。
桃子の手が雅の脇腹を撫でて首に辿り着く。
指先が雅の首筋に触れた。
「……ももだけのみーやんになってくれるの?」
桃子のもう一方の手が雅の首に絡みつく。
両手に少し力が入って、雅はほんの少し息苦しくなる。
首に回された桃子の指に触れて、雅は答えのかわりに「好き」と伝えた。
- 474 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:09
-
うちが側にいないとももはだめになる。
- 475 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:11
- 桃子を支えることが出来るのは自分だけだ。
今までも雅が側にいることで桃子は安定を保ってきた。
記憶をなくしたのは雅のせいかもしれないが、それでもこうして生活してこられたのは桃子の側に雅がいたからだ。
桃子がこうなってしまったきっかけは自分かもしれない。
だが、何があっても離れてはいけない。
離れてしまえば桃子がどうなってしまうかわからない。
雅が桃子を突き放した時、桃子の記憶は混乱し正しい記憶は失われた。
あの時とまた同じ事が起こってしまう。
今は全てを思い出しているが、一秒後のことはわからない。
また忘れてしまうかもしれないし、何か別の記憶にすり替わってしまう可能性もある。
それを防ぐ為にも側にいる必要があるのだ。
桃子の為に側にいる。
桃子が好きだと言うから。
側にいて欲しいと望むから。
だから雅は今まで桃子と一緒に暮らしてきたはずだ。
それなのに何故、桃子に嫌いだと言われても、側にいて欲しくないと言われても、桃子と一緒にいたいと思うのだろう。
胸の奥で形になろうとしているもの。
雅は霧のようなぼんやりとしたものに向けて手を伸ばす。
桃子に望まれなくとも側にいようと思う理由がそこにあった。
- 476 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:11
-
そうじゃない。
そうじゃなかった。
うちだって、ももがいないとだめなんだ。
- 477 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:13
- 側にいないと桃子が落ち着かないから。
だから側にいてやっている。
傲慢にもそう思っていた。
けれど、同じだ。
自分だって桃子がいないと落ち着かない。
桃子が近くにいないと何をしているのかと不安になる。
誰か他の人間が桃子の隣にいることが許せない。
どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったのか不思議だ。
だが、雅は辿り着いた答えを口にすることが出来ない。
桃子の指先が雅の首に食い込む
桃子の目が濡れていた。
息苦しさが増す。
どうすればいいのか迷っているかのように桃子の視線が揺れる。
- 478 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:14
- 「みーやん」
雅の名前を呼んではいるが、桃子は雅を見てはいなかった。
何を探しているのか視点が定まらない。
雅は桃子の声が遠く感じる。
あの夜と同じように意識が遠くなっていく。
もっと早く。
早くに気がつくことが出来れば。
考えても仕方のないことばかりが頭に浮かぶ。
首にまとわりつく桃子の手に力が入る。
雅は息を上手く吸い込めない。
それでも。
意識を失ってしまう前に、言わなければならない言葉を口にする。
- 479 名前:− 認識 − 投稿日:2008/02/29(金) 02:15
- 「好き…だよ、もも」
掠れた声が桃子に届いたのかはわからない。
だが、雅が意識を失う寸前、桃子の手から力が抜けた。
腕が雅の首から落ちて、桃子の身体がぐにゃりと曲がった。
雅は慌てて手を伸ばし、桃子の身体を支える。
「ももっ!ももっ!?」
雅の腕の中にぐったりとした桃子の身体が収まる。
力ない身体に引きずられないようにしっかりと抱きかかえて、桃子の名前を叫ぶ。
だが、雅が名前を呼んでも。
何度名前を呼んでも。
雅の腕の中にいる桃子は目を閉じたまま動かなかった。
- 480 名前:Z 投稿日:2008/02/29(金) 02:16
-
- 481 名前:Z 投稿日:2008/02/29(金) 02:16
- 本日の更新終了です。
- 482 名前:Z 投稿日:2008/02/29(金) 02:16
-
- 483 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/01(土) 01:28
- ひたすらに悲しいデス・・・
なんか途中、涙で霞んでしまいました
- 484 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/02(日) 18:30
- お疲れ様です。ももが倒れたんですね。
あ...どうか二人のハッピな未来をヨロシクです。
- 485 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:29
- 白い壁。
白いカーテン。
目が痛いほどの白に囲まれた部屋。
そこに桃子が寝ていた。
白いベッドの上、白いシーツに包まれている桃子を雅は見た。
昨日の夜の出来事が嘘のように桃子は静かに眠っていた。
昨夜、桃子はキッチンで意識を失った。
雅は電話を手に取り、救急車を呼ぶべきか迷った。
事務所で交わした約束が頭をよぎる。
しかし、桃子を放って置くわけにはいかない。
たとえ親元に戻ることになっても、病院に運ぶ以外の選択肢を選ぶわけにはいかなかった。
雅は救急車を呼び、桃子は病院に運び込まれた。
救急車によって病院へ桃子が運び込まれた後は予想通りの展開だった。
病院で連絡先を聞かれ、雅は桃子の自宅を教えた。
そしてやってきたのは桃子の両親と事務所の人間。
雅はあの日交わした約束を守らなければならなかった。
- 486 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:30
- 病院独特の匂いが鼻につく。
桃子は眠ったまま目を覚まそうとしない。
首を絞められたのはあの日と同じで雅だった。
だが、ベッドの上で眠っているのは桃子だ。
以前とは逆の立場になった。
雅の方が細い管に繋がれた桃子を見ている。
- 487 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:31
-
ももはベッドで眠るうちを見て何を考えてたんだろう。
- 488 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:32
- 今まで一度も考えたことがなかった。
桃子がどんな思いで眠り続ける自分を見ていたのかなど気にしたこともなかった。
雅の心の大半を占めているものは、早く目を覚まして欲しいという思いだ。
何があったかなどどうでもいい。
目を覚ましてくれればそれでいい。
目を開けて、いつものように笑って欲しい。
雅はそう願わずにはいられない。
桃子も同じような気持ちで目を覚まさない自分を見ていたのだろうか。
眠っている桃子を見ても、過去の桃子が何を考えたのかはわからなかった。
だが数ヶ月前、雅が病院に運ばれた日。
雅が目を覚ました時に桃子はいなかったが、桃子も今の自分と同じように何時間もこうして側にいたに違いない。
- 489 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:34
- 雅は昨日の夜からずっと桃子の病室にいる。
学校は我が儘を言って休ませてもらった。
仮病を使うことに抵抗はなかった。
今、病室にいるのは雅と桃子、二人だけだ。
桃子の両親は病室にいない。
父親は仕事へ、母親は自宅へ荷物を取りに戻っていた。
雅の耳に桃子の規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
静かな病室の中では、細い管を通って薬液が桃子の身体の中に入り込む音さえ聞こえてきそうだった。
桃子から聞こえる音と雅が立てる小さな音。
それだけが病室に変化を与えていた。
- 490 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:35
- 雅は眠ったままの桃子に触れてみる。
起こさないようにそっと髪を撫でた。
病院に運ばれてから丸一日近くたっても桃子は目を覚まさそうとしない。
診断の結果は良好。
身体に異変があるわけではなかった。
それなのに桃子は目を覚まさない。
理由は明白だ。
昨夜の出来事が桃子を夢の世界に引き込んで離さないに違いなかった。
ベッドの上には桃子の腕が力なく投げ出されていた。
雅は桃子の手を握ってみる。
指先を掴んで力を入れてみた。
- 491 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:35
- 「……ん」
身体は動かない。
だが、桃子からかすかな声が聞こえた。
雅は桃子に身体を近づける。
耳を澄ませて、小声で桃子の名前を呼んでみる。
「もも?」
「……な、に?」
先程よりもはっきりとした声が聞こえた。
そして閉じられていた目が開く。
雅はここが病室だということを忘れて大きな声で桃子の名前を呼んだ。
「ももっ!」
「みーやん?」
- 492 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:37
- ずっと眠っていたせいか桃子の声は不明瞭だった。
けれど、桃子から名前を呼ばれたことはわかった。
目を覚ました桃子が眠たそうに目を擦って、前髪を撫でつける。
髪型が気になるのか何度か髪に触れてから、桃子が身体を起こそうとした。
雅は慌てて桃子の肩を掴む。
そして、身体を起こしかけた桃子に「横になってないとだめだよ」と声をかけた。
雅の言葉に従い、素直に横になった桃子が不思議そうな顔をして辺りを見回した。
「……ここ、どこ?」
「病院」
雅の言葉に桃子が鼻を鳴らした。
桃子がすんっという音ととも病室に流れる空気を吸い込んで、その匂いを確かめる。
そしてその鼻をつく独特の匂いに、今いる場所がどこなのか理解したようだった。
- 493 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:39
- 「みーやん、どこか悪いの?」
「違うよ、ももが入院してるんだよ」
「え?なんで?」
「覚えてないの?」
まじまじと雅を見つめてくる桃子に疑うべきところはなかった。
桃子は真剣な顔で何故、自分が病院にいるのかを考えていた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、記憶の中を探っている。
桃子が髪に手を差し入れ、くしゃっと髪の根元を握る。
腕に繋がっている管が引かれて点滴の袋が揺れた。
「何かあったっけ?」
「キッチンで倒れたこと、……覚えてない?」
「キッチン?」
「家で肉じゃが作ってて、それで話してるうちにもも倒れたんだよ」
「家って?」
「うちとももの家」
- 494 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:40
- 桃子が口にする全ての言葉に疑問符が付いていた。
雅の言葉が事実なのかを確かめるように、探るように話を促してくる。
そして雅はそれに答えるしか出来ない。
嫌な予感がする。
悪いことしか考えられない。
雅は桃子から目をそらす。
白いシーツが雅の視界の全てになった。
桃子は記憶を辿っているのか口を開かない。
このまま答えないで欲しいと願った。
桃子が目を覚まして。
もう一度、自分の気持ちを伝えて。
桃子に信じてもらうことが出来れば、昨日の続きから始めることが出来ると思っていた。
悪い予感を打ち消す言葉。
今、雅が欲しいものは昨夜の続きを始める言葉だ。
- 495 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:41
- 「……みーやんとももの家?」
考えた末に桃子が口にした言葉。
それは雅が聞きたくなかった言葉だった。
ぷっつりと途切れた記憶。
失われていく記憶の中に一番入れて欲しくなかったもの。
桃子の中から、二人で暮らした記憶が綺麗に消えてなくなっていることがわかった。
雅は顔を上げる。
桃子が雅の言葉を待っていた。
「……もも。ももの家ってどこ?」
震えないように気をつけたはずの声が震えた。
確かめるまでもないと思ったが、確かめずにはいられなかった。
桃子の家。
それを聞いてしまえば桃子が自分の元から離れてしまったことが確実になるだけなのに、雅はそれを聞かずにはいられなかった。
- 496 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:43
- 「どこって。みーやん、どうしたの?」
続く言葉は雅が予想した通りのものだった。
桃子の答えは二人で過ごしたあの家ではなく、両親が住んでいる場所。
そこが桃子の家だった。
「そっか。そうだよね」
変なことを聞いて悪かった、そんな意味を込めて雅は笑おうとした。
だが、上手く笑うことが出来ない。
笑いは口の端に張り付いて、笑ったことにならなかった。
そんな雅を不思議そうな顔で桃子が見ていた。
- 497 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:47
- 抱えきれなくなってしまったのか。
桃子の中から記憶の一部分がすっかり抜け落ちてしまっているようだった。
雅の存在がいけないのか、それとも桃子が望んでそうしたのかはわからない。
とにかく雅と過ごした記憶がなくなっていることは確かだった。
そして失われた記憶を戻す方法はわからない。
昨夜のように唐突に全てを思い出すかもしれないが、二度と思い出さないのかもしれなかった。
今の桃子を見ていると雅は全てを思い出してくれるとは思えない。
失われた記憶は桃子の中の一部分だが、その一部分は雅と暮らした記憶の全てだ。
一緒に住んだことが桃子の中でなかったことになっている。
そこが消えてしまったのならば、桃子にとっての雅の記憶が全てなくなったと言っても間違いではないだろう。
どこから話せばいいのかわからない状況。
桃子が思い出すきっかけを与えることなど出来ないのではないかと雅は思う。
- 498 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:49
- 「あのさ、もも。うちと一緒に暮らしたいって思う?」
雅は思いついたことをそのまま口にしてみる。
唐突だとは思ったが、他には何も思い浮かばなかった。
記憶の糸口。
それを桃子に与える。
そこから一緒に暮らしていた頃の何かを欠片でもいいから思い出して欲しい。
こんな質問が糸口になるとは思えなかったが、雅には黙っているよりはましに思えた。
「何で突然そんなこと聞くの?」
「いいから答えて」
雅は答えることを強要する。
口調が荒くなったが、答えを探し始めた桃子はそれには気づいていないようだった。
しばらく考えてから桃子がゆっくりと口を開く。
- 499 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:50
- 「一緒に住んでもいいけど。でも、ももはご飯作れないよ?」
「知ってる。そんなの知ってるよ。だから、昨日だってうちが夕飯作ってたのに」
「昨日、みーやんがご飯作ってたの?」
「そうだよ。肉じゃが作ってた。もも、肉じゃが好き?」
「うん」
望んでいる答えとはほど遠いものしか返ってこない。
雅は思わず桃子を責めるような口調になった。
「……うちのことは?」
聞いてはいけない。
だが、口にせずにはいられなかった。
答えを知っているのだから聞く必要はない。
必要以上に傷つくことは目に見えている。
- 500 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:53
- 「肉じゃがじゃなくてみーやん?もも、みーやんのことも好きだよ」
躊躇いもなく桃子が口にした言葉。
それは雅が求めていた好きとは違う。
その言葉は重さを感じないほど軽いもので、今まで何度も聞いてきた好きとは種類が違うとすぐにわかった。
桃子が雅を壊そうとした、そこから始まった日々。
その全てがリセットされているようだった。
桃子が雅に抱いていた想いすら跡形もなく消えていた。
耐えきれなくなった想いを全て投げ出して、雅を昨日に置き去りにしたまま桃子は戻ってきた。
「ありがと」
鼻の奥がぐずぐずとした。
言葉が湿っぽくなったのは気のせいだと思いたかった。
- 501 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:54
- 「みーやんは?」
「うちも好きだよ。だから今度、もものために肉じゃが作ってあげる」
桃子が言ったように、雅はそれと同じように好きだと返した。
涙声になってしまうことを止められない。
不審に思った桃子が雅を覗き込んでくる。
雅は桃子を避けるようにして溢れ出しそうな涙を拭った。
- 502 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:55
-
置いていかないでよ。
一人で遠くに行っちゃうなんてずるいよ。
- 503 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:56
- 雅は口に出しそうになった言葉を押し殺す。
今、言うべき言葉ではない。
そして口にしても仕方のないことだと思った。
何も覚えていない桃子に言ったところで桃子を戸惑わせるだけだ。
「みーやん、泣いてるの?」
心配そうな声が聞こえた。
俯いたまま雅は首を横に振って答える。
目が熱く感じるのは部屋の暖かさのせいだと思い込む。
雅は唇を噛んで流れ出しそうになる涙を堪えた。
桃子の手が雅の頬に触れた。
雅がその手に頬を押しつけると、桃子が小さく笑った。
- 504 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 03:58
- 「ねえ、みーやん。もも、なんだかすごく長い時間寝てた気がする」
雅は桃子の手首を掴んで、その手を両手で握った。
けれど、雅の手は握りかえされない。
「そんなに長くないよ」
「ううん。なんだろう、すごく良く眠ってた。それで、すごく良い夢を見てた」
「どんな夢?」
「わかんない。……思い出せないや。でも、すごく良い夢だった気がする」
「その夢、思い出せそう?」
「どうだろ。だって、誰が出てきたのかすら思い出せないんだもん」
- 505 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:00
- 夢の中からも消えてしまった存在。
嘘も疑いも。
そこには何もない。
全部夢のどこかで消滅してしまった。
後に残ったのは夢の中から追い出された雅だけだ。
忘れたくなる程苦しかったのか。
忘れたくなる程辛かったのか。
雅にはわからない。
幸せな日々も確かにあったはずなのに、それすら記憶の彼方に消えてしまった。
思い出したくなるようなことが桃子のなかにあればいいと思う。
今は無理でも、桃子の中に二人で暮らした頃の思い出の破片でいいから残っていて、いつかそれを少しでも思い出してくれればいい。
何かが残っていれば、いつかそれを繋ぎ合わせることが出来るのかもしれない。
- 506 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:02
- 消えてしまった過去を未来に繋げる作業。
出来ると信じる気持ちと、同じぐらいの不安が雅の中にあった。
考え続けていると気持ちは簡単に良くない方へと傾いていく。
「もも、いつか帰ろうよ。……二人でご飯作ったりゲームしたりさ」
「二人で?」
「そう、二人で。今は無理だけど、いつか二人で帰ろう」
病室に雅の声が響いた。
桃子は答えない。
子犬のように雅にまとわりついてきていた桃子はもういなかった。
窓際では白いカーテンが揺れていた。
- 507 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:02
-
*** *** ***
- 508 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:03
- 桃子はあれから数日後に退院し、雅は病院から自宅に戻った桃子からいくつもの話を聞いた。
その話の内容からわかったことは、忘れてしまったものより覚えているもののほうが圧倒的に多いということだった。
桃子はほとんどのことを覚えていた。
消えたものは雅が関係している記憶だけだ。
桃子は全てのきっかけとなった雅との記憶だけを消し去った。
桃子が雅に告白をしてきた日。
その日からの雅との記憶だけがきれいに消えていた。
そして桃子は何も思い出さなかった。
どれだけ雅が記憶の欠片を語って聞かせても、桃子の記憶は蘇らなかった。
- 509 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:05
- 桃子と同じように全てを忘れてしまえば。
そう考えたこともあった。
だが、雅には心の中に住み着いた桃子を追い払うことは出来なかった。
今までとは逆だ。
心の中にある幻影を追っていたのは桃子のはずで、追われていたのは雅だった。
それが夢の中にいる幻を追い求めているのは雅に変わっていた。
そして桃子はそれに気がついていない。
追われていることを自覚すらしてくれない。
思い出してくれと言うつもりはなかった。
けれど、目の前にいる自分に気がついて欲しかった。
桃子を追いかけていることに気がついて欲しかった。
- 510 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:07
- 今日、桃子は雅の隣にいる。
退院してから初めての休日、雅は桃子を連れ出した。
あの夜から一度も来ることが出来なかったあの家の前に二人で立っていた。
「もも、あの部屋覚えてる?」
「え?あの部屋って。……なんだっけ?」
雅は自分の隣にいる桃子に指差してみせた。
指先が示すものは二人で暮らした部屋の窓だ。
思い出すかもしれないと、雅はかすかな望みに賭けて二人で暮らしていたマンションの前に桃子を連れてきた。
マンションの前、車道を挟んだ場所に雅と桃子は立っている。
だが、桃子の顔に浮かんでいるのは喜びでも懐かしさでもない。
説明を求める不思議そうな声と同じ、不思議そうな表情だ。
- 511 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:08
- 道路を挟んだ向こう側。
桃子の思い出が眠ったままの場所。
雅の前にある車道は車通りが少なく、すぐにでも向こう側へ渡ることが出来る。
雅は桃子の手を右手で握った。
左手の中には、もう部屋の扉を開けることが出来ない鍵が握りしめられていた。
たとえ部屋の中に入ることが出来なくてもマンションの中へ、そう思った。
歩道の縁石を越えて、雅は車道を渡ろうとする。
けれど、そこまでしか進めなかった。
雅は桃子とともに歩道へと戻る。
きっと建物の中へ入ったとしても桃子は思い出さない。
雅は繋いだ手を離した。
- 512 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:10
- 結局、桃子は雅を置き去りにしたままだ。
雅の元へは戻って来なかった。
今も、マンションを見ても何も思い出さない。
雅が何を話しても思い出さなかったように、桃子は思い出の場所に来ても何も思い出さなかった。
けれど、今さら過去を無かったことには出来ない。
桃子が忘れても、雅は全てを覚えている。
桃子が思い出せないからといって、目の前にあるマンションが無くならないように、雅の中から思い出が消え去ることはない。
桃子と同じように全てを無くしてしまうことは不可能だ。
桃子から二人を繋ぐ記憶は消えた。
けれど、雅の手元には記憶を繋ぐ為の欠片が残っている。
桃子が失った過去。
それは雅の手の中にある。
雅が覚えている限り、それは消滅したわけではないのだ。
- 513 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:14
- あの時間の中へは戻ることが出来ない。
だから、雅は桃子と同じように全てを投げ出そうとした。
だが、それは間違いだ。
雅の中にあるものを消してしまえば、本当に何もなかったことになってしまう。
消したい過去も、消えない過去も。
なくしてしまうことは出来ない。
身体のどこかにそれは必ず残っていて、忘れることはあっても消えることはない。
消えたのではなく、忘れているだけ。
そして、それは桃子の中にもきっと残っている。
今、未来に繋げるための過去は確かに雅の中にある。
だから、今度は自分の番だ。
桃子が忘れてしまったのなら、自分の方から言えばいい。
- 514 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:15
- 「もも、好きだよ」
「え?」
遠くから車がのろのろと走ってくる。
雅はその車が通りすぎてから、桃子にもう一度告げた。
「聞こえなかった?ももが好きだって言ったの」
「みーやん、もものこと好きなの?」
「うん、ももが好き。ももは?」
「それって。友達として、じゃないよね」
「うん、違う。友達よりもっと好きなんだ、もものこと。ももはうちのこと好き?」
「そんなの、急に言われてもわかんないよ」
過去が置き去りになっている窓を見てから、雅は視線を桃子に移す。
桃子の頬がうっすらと染まっているように見えた。
雅が笑いかけると、同じように桃子が笑った。
- 515 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:16
- 「うち、ももが好きなんだ。大好きだから。……ね、だからいつかまた一緒に暮らそう?」
思い出せないなら思い出さなくていい。
新しい思い出を一緒に作ればそれでいい。
忘れてしまった記憶をまた二人で埋めていけばいい。
雅はマンションの窓を見ない。
目の前にいる桃子だけを見た。
- 516 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:17
- 「また、なの?」
「まただよ。もう一回、一緒に暮らすの」
「もも、一度もみーやんと一緒に住んだことないよ」
「いいんだ、ももが覚えてなくても。うちが全部覚えてるから。だから、ももともう一度一緒に住むんだ」
桃子がきょとんとした顔をしていた。
それはどうやってもあの頃に戻れないことを示していた。
だが、過去に戻る必要はない。
あの日々を取り戻すよりももっと大事なことがある。
雅には過去とは違った新しい日を作り出すことが出来る。
- 517 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:18
-
ねえ、もも。
一緒に住んでいた頃よりもっと幸せになろうよ。
- 518 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:21
- 雅は握りしめていた鍵を車道に向かって放り投げた。
車道の真ん中あたりに金属音を鳴らして鍵が着地する。
「もも、戻っておいで。うちのところに」
不思議そうな顔をしたままの桃子に唇を寄せた。
雅の唇に柔らかな桃子の唇が触れる。
その感触は過去も今も変わらない。
そして遠い未来も変わらないはずだ。
いつだったか桃子がしてくれた優しいキス。
雅はそれを桃子に返す。
白い。
頭が真っ白になるぐらいのキス。
唇はまだ桃子に触れていた。
雅は目を閉じている。
桃子もきっと今、目を閉じている。
けれど、目を開いたら。
きっと新しい記憶がはじまる。
- 519 名前:− 果てしない白 − 投稿日:2008/03/03(月) 04:22
-
- END -
- 520 名前:Z 投稿日:2008/03/03(月) 04:22
-
- 521 名前:Z 投稿日:2008/03/03(月) 04:28
- 『 壊れ行く世界の行方と果てしない白 』
これにて完結となります。
長い間お付き合い頂きありがとうございました。
>>483さん
雅の気持ちが伝わったのでしたら、嬉しいです。
>>484さん
二人の未来はこんな形になりました。
- 522 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/03(月) 06:10
- 完結お疲れ様でした。
ネタバレになってしまうので、あまり詳しい感想は避けますが、
やっぱり私は作者さんの書く小説が大好きです。
これからも頑張ってください。
応援してます!
- 523 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/03(月) 08:59
- 完結お疲れ様です。
涙が止まりませんでした・・・
なんか書きたいことはいっぱいあるのに出てきませんw
しばらく余韻に浸りたいと思います
本当にお疲れ様でした。
- 524 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/03(月) 14:42
- 完結お疲れ様でした。
本当に涙が止まりません。
結末がこんなに切ないとは。この小説、本当に大好きです。
本当にお疲れ様でした。
- 525 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/03(月) 20:15
- 完結お疲れ様です、ずっと過去や記憶に縛られていた2人がやっと新しい一歩を踏み出せてよかったです。
今までは壊れないように壊さないように悩んで苦しんできた2人だけど、これからは2人で新しい世界を作り上げていって欲しいと思います。
作者様のファンでここ以外にも夢板のスレ、サイトも大変楽しく読まさせて頂いてます。
これからも素敵なももみやをお願いします。
- 526 名前:名無し 投稿日:2008/03/03(月) 20:23
- 完結お疲れ様でした。見守り続けていて良かったと思いました。
切ないけどこのふたりが大好きです。
ほんとうに素敵なお話をありがとうございました。
- 527 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/04(火) 00:25
- 完結お疲れさまです
切なく愛らしい二人が大好きです
ありがとうございました
- 528 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/03/04(火) 01:35
- 完結本当にご苦労様です
なんていうかもう胸が一杯です…
いいたい事はいっぱいあるのにふさわしい言葉が見つかりません><
この作品大好きだったので終わってしまうのは名残惜しいですが作者さんの次回作に期待したいと思います
- 529 名前:Z 投稿日:2008/03/06(木) 02:19
- >>522さん
ありがとうございます。
そう言って頂けると嬉しいです。
これからもがんばりますのでよろしくお願いします。
>>523さん
ありがとうございます。
523さんの中に何かを残せたとしたなら嬉しいです。
>>524さん
ありがとうございます。
涙も切なさもその全ては新しい未来を作る為に。
とか言って。
>>525さん
ありがとうございます。
過去よりも少し成長した雅となら、二人はきっと新しい未来に向かっていけると思います。
夢のスレとサイトもバリバリ更新していきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。
- 530 名前:Z 投稿日:2008/03/06(木) 02:21
- >>526 名無しさん
ありがとうございます。
思っていたよりも時間がかかりましたが、長い間見守って頂けてきっとこの物語の雅と桃子も喜んでいると思います。
>>527さん
ありがとうございます。
愛らしい二人を色々と大変な目に遭わせてしまいましたが、無事にラストまで辿り着けました。
>>528さん
ありがとうございます。
そう言って頂けると嬉しいです。
次回に向けて色々と準備しているので、近いうちに新スレを立てることが出来れば、と思います。
- 531 名前:510 16 投稿日:2008/03/06(木) 23:52
- ももちの誕生日が終わる前に、こんな素晴らしい文章を読めて幸せです。
CPはりしゃみやが好きなのですが、作者さんの書く文章そのものに惹かれました。
ありがとうございました。
- 532 名前:Z 投稿日:2008/03/11(火) 00:51
- >>531 510 16さん
こちらこそありがとうございます。
そう言って頂けると嬉しいです。
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