ハッピー、トリガーハッピー
- 1 名前:銃犬 投稿日:2007/03/03(土) 22:40
- アンリアルでアクションモノ。
主人公は小春ですが、キッズが中心に出てきます。
- 2 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:42
- 陽が落ちて、月明かりを拒むような、人工の明かりに取って代わられた街。
酒気をまとって歩くサラリーマン。派手なスーツを着て女に声をかけるホスト。着飾った姿で男を誘うキャバ嬢。一目見てカタギではないと判るスジモノの男。
甘く淀んだ活気の溢れる街の片隅で、場違いな昼の匂いをまとうブレザー姿の少女、久住小春は、大きく溜息をついた。
これだけ捜しても、見つからない。
この辺りにいると聞いたんだけど。
周囲をきょろきょろと見回すが、それらしい人はたくさんいても、捜しているその人は見つからない。
肩を落とした途端、どん、と後ろから突き飛ばされた。
「ぅひゃわぁっ!」
少女らしからぬ悲鳴を上げ、つんのめる。危うく道路に転びそうになるけれど、何とか踏みとどまった。
人の流れの真ん中で、いきなり立ち止まったものだから、後ろを歩いている人とぶつかってもしかたない。ぶつかったその人は、怒るでも詫びるでもなく、両手をぐるぐる回してバランスをとった小春を、鼻で笑って歩き去った。
謝るのはこっちだろうけど……
ぷう、と頬に空気を入れ、その後姿を睨んで見送る。
頬に含んだ空気を吐き出し、そのまま溜息。がっくり肩を落として、首をがくんと垂れさせる。
今日はもう帰ろうかな。
と、思ったその時だった。
「どうしたの?」
俯いた頭の上から、声がかけられる。
顔を上げると、知識のない小春にも、値が張ると判るスーツの男が立っていた。長めの金髪、根元は黒め。両方の耳たぶにピアス複数。アゴヒゲ。
一見ホスト風。
軽薄そうな笑みを浮かべて、男が小春を見下ろしていた。頭の先からつま先まで、観察するような視線が上下する。
「さっきから、なんか捜してる風だったけど、手伝おうか?」
親切を装って、男がそんなことを言う。
けれど小春は、その男に親切心などないということを知っている。
姿勢を正し、笑みを浮かべ、男に正対する。男の浮かべているような、軽薄で上っ面だけの笑みではなく、満面の、心の奥底のさらに向こう側から溢れ出したような、燦々と輝く太陽を彷彿とさせる笑顔。
男がかすかに、ひるんだように頬を引きつらせた。
- 3 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:43
-
「大丈夫です。いま見つかりました!」
元気いっぱい、笑顔の似合う声で、小春は言った。
「は?」
意味を掴みかねた男が、顔をしかめる。
ウフフ、と得意げに鼻を鳴らして笑うと、男の方も釣られたように、ハハハ、と乾いた声で笑った。
その笑顔のまま、小春の右手は、ブレザーをまくるようにして、腰の右側からソレを抜き出す。
男はそれが何か判らない様子で、小春の動きを呆然と見ている。
ソレは、小春のような少女が、笑顔を浮かべながら持つものではない。
ジェリコ941FSL。イスラエル・ウェポン・インダストリーズ製の自動拳銃。装弾数は9oパラベラムが16発。パーツを交換すると、40口径、45口径の弾丸も発射できる。フレームはポリマー製、ピカティニーレール装備。同社の看板モデル、デザートイーグルにあやかり、ベビーイーグルと呼ばれることもある。
セーフティを解除しながら、黒光りする銃身の先を男に突きつけ、小春はそれでも、一片の曇りもない笑顔だった。コック&ロック(薬室に弾薬を送ってからセーフティをかけた状態)してあったので、後は引き金を引くだけで、弾丸が発射される。
男は9oの銃口を覗き込んで固まった。表情を変えることすらできず、強張った笑顔を張り付かせている。
「イチカワさん」
小春が呼びかけると、びくりと震え、目だけを小春に向ける。
「脅迫と売春斡旋で賞金がかかってます」
銃口を向けられる理由を聞かされ、イチカワは忌々しげに呟いた。
「賞金稼ぎかよ……」
「はいっ」
小春は引き金に指をかけたまま、元気よく返事をする。
さっきまでの落ち込んだ気分は吹き飛んでいた。
思えば仮免中にも、具合が悪そうなおじさんに声をかけたら、実は賞金首だった、ということがあった。ラッキーとかミラクルとか言われた。
きっと自分は運がいい。
探していた賞金首が、自ら近づいてくるなんて言う幸運を喜びながら、手錠代わりの結束バンドを取り出そうと、ポケットに手を突っ込んだ。
- 4 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:43
-
「あ、藤本美貴だ」
小春の背後に目を向けたイチカワが、ぼそりと言う。
「ミキティっ!?」
ポケットの中の結束バンドを掴んだまま、回れ右。イチカワを捜す以上に、気合のこもった視線を巡らす。
「どこどこっ!?」
しかし、辺りにいるのは、関わり合いになるのを避けようと、視線を逸らして歩く人々の流れだった。
ん? と、首を傾げる。
後ろから衝撃。
「うわぁあっ!」
突き飛ばされてつんのめる。
慌てて振り向くと、人ごみを掻き分けて逃げて行くイチカワの後姿があった。
「ま、待って!」
両手でジェリコを構えるが、イチカワの背中は人ごみに紛れつつあり、こんな状況で発砲して、無関係の一般市民に当てない自信がない。
「もぉーっ!」
小春はジェリコを手に走り出した。
人ごみに行く手を遮られそうになると、
「どいてくださーい! 賞金首追ってまーす!」と、手にしたジェリコを示す。
すると、顔を引きつらせた通行人たちが、まるで逃げるように、道を開けてくれた。
みんな親切だなぁ、と疑いもなく感謝ながら、イチカワの後を追う。
人ごみに邪魔されているのを除いても、イチカワよりも小春の方が、足が速いようだ。
かたや、街をぶらつくくらいしか体を動かさない、20代後半男性。
かたや、日頃から賞金首を追いかけまわす、10代前半少女。
鍛え方が違う。
少しずつ、イチカワの背中に近づいていく。
手を伸ばせば届く、そんな距離まで追いつく。
左手を伸ばし──
- 5 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:44
-
──横合いから、重いものがぶつかった。
「ぁわわっ!」
本日3度目。
前の2回はなんとか体勢を立て直したけれど、今度はとうとう、地面に転がってしまった。
いてて、と目を奥にチカチカ舞う光を見ながら体を起こそうとすると、それを押さえ込むように、自分の上に圧し掛かっているものに気付く。
人間、だった。それも、小春とそう変わらない歳の少女。自分が倒れている原因が、彼女だとすぐに理解できた。
少女は小春同様、衝撃に目を眩ませたようで、何度か頭を振ってから、上体を起き上がらせる。
額を押さえながら目を開けた少女が、小春の姿を捉えた。何か言いたげに顔をしかめた少女だったが、小春の右手に銃が握られているのを見て、表情を変えた。
「助けてっ、追われてるのっ!」
小春に覆いかぶさったまま、しがみついてくる。その表情は切羽詰っていて、嘘やでまかせではなさそうに見えた。
しかし、小春は、
「はぁ……?」大きく首を傾げ、事態が飲み込めないことを表現。
一瞬のち、
「あっ!」と、辺りを見回す。
あと一歩と言うところまで追いついていた、イチカワの姿は、もうどこにもなかった。
「もおぉーっ!」
せっかく転がり込んだ幸運が……
元はと言えば、小春自身がつまらない手に引っかかったせいなのだが、そんなことはすっかり忘れている。
乗っかったままの少女をひと睨みし、押しのけて立ち上がる。
「ちょ、ちょっと……?」
少女は、小春のムッとした表情を地面に腰をつけたままで見上げ、戸惑っている様子だった。
立ち上がった小春は、スカートのお尻を叩いて埃を払い、
「じゃあ、私は賞金首を追ってる途中なので、失礼します」ペコリと頭を下げ、立ち去ろうとする。
少女は唖然とし、その言葉が冗談でないことに気づくと、憤然として小春に言葉を投げつける。
「助けてって言ってるのよ! 見捨てる気!?」
その態度に戸惑い、慌て、少女は声を荒げた。
- 6 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:44
-
けれど小春は平然と、まるで講釈するような口調で応える。
「お父さんが言ってました。《気安く頼るな、優しさを乞うな、それは堕落に繋がる》って」
自衛軍の兵士である父は、小春にいろんなことを教えてくれた。
銃の扱い、射撃、格闘、そろばん、おいしい梅干の見分け方、めかぶに納豆と白ゴマを混ぜてご飯にかけるとおいしい。どれも日常生活で役に立つことばかりだった。
銃を好きになったのも父親の影響だし、賞金稼ぎの免許を取得した時、お祝いにとジェリコを贈ってくれたのも父だった。
小春は父が好きだ。父の教えや言葉は、小春の規範となっている。
「だ、堕落って……」
少女の呟きを意に介さず、小春が得意満面で、発展途上の胸を反らす。
何か言いたげに口を開く少女だったが、
「見つけたぞ、このアマぁっ!」怒号に遮られる。
反射的に目を向けると、3人の男が人ごみを掻き分けて現れた。というよりは邪魔になる通行人を躊躇なく突き飛ばして、乱暴に道を押し開いている。
右側にはニット帽をかぶった男。左側は茶髪でジャージ。真ん中は金髪で革ジャンを着ている。金髪の左眉の上には、何かで切ったらしい傷跡があった。
いずれも20代で、とてもじゃないが、まっとうな学生、勤め人には見えない。さきほどのイチカワとは違い、ギラギラした凶暴さを剥き出しにしている。
「ンだ、お前。この女のツレか?」
ニット帽の男が、必要以上に眉間に力を入れて、睨みつけてくる。変顔を披露しているわけではないだろうけど、おかしくて、つい笑いそうになる。
違います、と正直に言うのは簡単だった。だったが、それが彼らに通じるだろうか、という疑問がよぎる。
一瞬の逡巡。
それが事態を動かした。
真ん中の金髪が、ジェリコに気づき、右手を革ジャンの懐に持っていく。
しかし、その手が革ジャンに隠れるより早く、小春は反応した。
左脚を折りたたむように持ち上げ、金髪に向かって一直線に突き出した。白くて細い小春の脚が、両側の男の隙間を縫うように、繰り出される。
槍の一突きのような横蹴りが、革ジャンの中に潜り込もうとしていた、金髪の右手を捉える。
金髪は、右手を蹴られた勢いのままに吹き飛び、アスファルトの上に転がった。めくれた革ジャンの下から、ショルダーホルスターが見える。思ったとおり、銃を抜こうとしていたのだ。
- 7 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:45
-
「ンのヤロッ!」
小春が金髪に銃を向けようとすると、ようやく状況に反応したニット帽とジャージが動き出す。
横蹴りを放った小春は、ニット帽に正面を向け、ジャージに背中を見せて立っている。ニット帽が右拳を振り上げ、同時に、背後からジャージが迫ってくる気配。羽交い絞めにして、無防備なところを殴ろうとでも思ったのだろう。
小春のような少女相手にえげつない。
連携は悪くない。けれど、相手が悪かった。
小春は振り向きもせず、背後に一歩。アスファルトを破らん力強さで踏み込み、左の肘を突き出す。確かな手応えと同時に、ぐふ、と息を漏らすジャージ。相手の体格はだいたい把握していたから、みぞおちには簡単に命中した。
ニット帽は驚きつつも、勢いのままに拳を振り下ろす。素人らしい大振りの一撃。半身になってそれをかわし、右腕に添うように踏み込んで一気に間合いを詰める。伸びきった腕を戻すことができず、隙だらけの懐に飛び込んで、ジェリコを持った右腕を畳み、肘をアッパー気味に振り抜く。
ガツン、と顎の骨が砕ける、重い感触。
小春はそこで動きを止めず、背中越しにジャージを見る。体を2つに折って倒れつつあったので、右足を持ち上げ、体を独楽のように回転させて、後ろ回し蹴りを繰り出す。ぶん、と空気を裂いて閃いた踵が、ジャージの側頭部を打ち抜いた。
小春は構えを解いて、最初に蹴り飛ばした金髪に、改めて銃を向けようとするが、すでにその姿はなかった。
人ごみの中に向かって逃げ出す、後姿が見えた。今日はよく、男の逃げるところを見る日だな、と思った。
「ねえ、あの人……」振り返り、少女に事情を聞こうとする。だが。「あれ?」
そこにいたはずの少女も、姿を消していた。こちらはすでに雑踏に紛れたのか、後姿すら確認できなかった。
倒れた男が2人。
それに挟まれて立つ小春。
事態の中心にいながら、それに取り残されていた。
「もぉーっ! なんなんだー!?」
小春の叫びが、夜の街に響いた。
答えてくれるものはなかった。
- 8 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:46
-
* * * * * *
- 9 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:47
-
見上げると、雲ひとつない青空が広がっている。
暖かな日差し、爽やか風、気分さえも晴れ渡る一日の始まり。
けれど小春は、快晴を作り出すために、雲をすべて引き受けたような、どんよりと曇った表情で歩いていた。周囲には、小春と同じブレザー姿の生徒たちが、明るい表情で友人とおしゃべりし、或いは、つまらなさそうな表情で、登校している。
小春は賞金稼ぎで、しかし本業は中学生だ。
賞金稼ぎは、筆記と実技の試験さえクリアすれば、老若男女問わず資格が与えられる。そのため、小春のような10代前半の賞金稼ぎも珍しくない。ちなみに、賞金稼ぎの正式名称は保安士というのだが、書類上でしか見ることはない。
資格を得れば、銃器の所持、携帯、及び発砲が許可されるが、小春の学校は銃器の持ち込みは禁止なので、ジェリコは馴染みの店に預けてきた。
小春の暗い表情は、愛銃ジェリコを置いてきたこととは、もちろん関係ない。
「おはよっ」
「おはよう、小春」
背後から2人分の声をかけられ、足を止める。重い表情のまま振り返った。ポニーテールがふわりと揺れる。
「おはよう……雅、舞美」
2人とは正反対の暗い声で、挨拶を返す。
小柄で肩までの黒髪、切れ長の鋭い眸の少女、夏焼雅。
小春よりも少し背が高く、髪を背中のなかほどまで伸ばした、矢島舞美。
同級生である2人は、小春の表情を見るなり、そろって首をかしげた。
「どうしたの?」と舞美。
「また、なんかドジった?」と雅。
「またって言わないでよぉ……」小春の空しい抗議。
2人が追いつくのを待って、再び重い足取りを引きずる。
「だって、ねえ」
と、雅が舞美に視線を送った。
舞美はそれを受けて、うんうん、と頷き、
「そうそう。小春のドジはいつものことだって」まるで、気にするなと励ますような口調で言う。
たぶん舞美なりに、真面目に励ましている。励ましているんだろうけど、どうも舞美は少しずれている。
「で、なにしたの?」
雅の問いに、小春は昨夜の出来事を話す。主観と脚色の混じったストーリーだったけれど、慣れている2人はそれを脳内で補正して、正確に理解した。
- 10 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:48
-
「イチカワって、一種? 二種?」
舞美が問う。
賞金首には大きく分けると、2種類ある。警察がある程度の捜査期間を経過しても、逮捕できなかった犯人に懸ける一種。
もうひとつは、逮捕された被告人が、裁判を待つまでの間、保釈金を払って限定的な自由を得て、そのまま逃亡してしまった場合、裁判所が保釈金を賞金に当てる二種。
例外はあるが、一種よりも二種の方が高額という傾向がある。
「一種。20万」
小春は答える。
イチカワは、10代の少女をナンパして酒を飲ませたりタバコを吸わせたり、万引きの濡れ衣を着せたりして脅迫。ネットや出会い系サイトで客を集めて、脅迫した少女たちを紹介していた。
脅迫に屈しなかった女子高生が通報して、警察は捜査を始めたが、早々に打ち切って賞金首にした。人手不足というのも理解できるけれど、面倒だったとしか思えない、捜査期間の短さ。けれどそのおかげで、賞金稼ぎたちの商売が成り立つ。
そのイチカワを繁華街で見たという情報を得て、昨夜は捜査を始めたのだけれど。
「20万くらいの賞金首、逃がしてどうすんの」
溜息混じりに、雅が言った。
20万という数字は、一般の中学生にしてみれば高額だろうが、賞金稼ぎをやっている中学生にしてみれば、お手頃を少し下回る金額だ。
- 11 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:48
-
「だ、だってさ……ミキティって」
「ミキティがそんなとこにいるわけないじゃん」
雅が呆れたふうに、肩をすくめた。
「わ、わかんないじゃん!」
ねえ、と舞美に同意を求めるけれど、曖昧に笑顔を返されるだけだった。それはない、と思ったのだろう。
ミキティこと藤本美貴は、専門誌に特集を組まれたり、ファッション誌でモデルをやることもあるほど有名な、カリスマ賞金稼ぎだ。10代少女の賞金稼ぎのほぼ全員が、藤本美貴に憧れて賞金稼ぎになったと言われている。賞金稼ぎでなくても、彼女に憧れる少女は多い。
もちろん、小春も憧れている。銃への憧れは父の影響だが、賞金稼ぎになろうとしたのは、テレビ番組で藤本美貴を見てからだった。
だから、憧れの人物の名前に反応してしまったのは仕方がない、と言えなくはないが、雅に言わせれば、
「そんな手に引っかかるなんて……」ドジ、と溜息をついた。
同級生で同期ということで、仲は良いし、協力して仕事をすることもあるけれど、雅はプロ意識が高くて、時に、人に対しても厳しい。
小春は、うう、と息を漏らし、
「みぃたん、みーやんがいじめるよぅ」と、舞美に抱きついた。
舞美は、よしよし、と頭を撫でて慰める。
厳しく叱咤する雅をムチとするなら、舞美は優しくフォローするアメだ。小春にとっては、甘えさせてくれる姉のような存在だが、銃のセンスは恐ろしい、とひそかに思っている。
- 12 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:48
-
小春が、舞美、雅と出会ったのは、小学校を卒業した春休みのことだった。
テレビ番組の特集で藤本美貴を見て以来、賞金稼ぎに憧れていた小春は、保安士の資格を取るため、小学校卒業と同時に教習所に通うことにした。
小学校卒業と同時に、保安士の試験を受けるのは、不可能ではないが、多くはない。その多くない志望者のうちの、小春以外が舞美と雅だった。
理由は違えど、学校卒業と同時に教習所に通い始めたという同じ境遇の3人。すぐに意気投合して、入校式の帰りには、プリクラを撮ってファミレスに行って、携帯電話の番号を交換する仲になっていた。
舞美と雅は危なげなく、小春はギリギリだったけれど合格し、正式に賞金稼ぎになってからは、同じ中学に入学したこともあって、協力して活動することが多かった。
射撃や格闘の技術では、2人に負けない小春だったが、どうも抜けているというかドジを踏むというか。とにかく放っておけなかった、というのが2人の意見。小春はなんとなく釈然としないものがあったが、2人と一緒にいられるのなら、まあいいか、と思っている。
- 13 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/03(土) 22:48
-
舞美に慰められている小春を見て、雅は、
「あたしが悪者みたいじゃん」と、唇を尖らせた。
「そんなことないよ。雅は小春のことを思って言ってるんだよね」
すべて判っている、という微笑で、舞美がフォローを入れる。
小春は頷きながらも、舞美に抱きついたままだ。
雅は、つん、とそっぽを向く。その頬はかすかに朱に染まっている。
じゃれあいながら歩いていると、予鈴が響いた。それを合図に、周囲の生徒たちの足も速くなる。
3人の10代少女賞金稼ぎは、それぞれに表情を浮かべながら、校門をくぐった。
- 14 名前:銃犬 投稿日:2007/03/03(土) 22:51
- …という感じです
今後ともよろしくお願いします
- 15 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/04(日) 02:52
- 面白いです!もっと読みたくなりました!期待して次の更新待ってます!
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/05(月) 22:52
- 久住さんが本人のように頭に浮かびました。
魅力的な設定ですし、これからどんなことが起きるのか楽しみです。
- 17 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/06(火) 16:48
- おぉ!素敵な設定だ・・・キッズ物ってあまり見ないから嬉しいなぁ
作者さんがんばってください♪
楽しみにしてます^^
- 18 名前:銃犬 投稿日:2007/03/10(土) 01:43
- >>15
ありがとうございます。
週1くらいで更新していく予定ですので、
気長にお待ちいただけると幸いです。
>>16
>久住さんが本人のように頭に浮かびました。
そう言っていただけると、嬉しいです。
これからもそう思っていただけるよう、がんばります。
>>17
キッズが中心に出てくるものなので、そのほかのハロメンも出てきます。
そのあたりもお楽しみください。
それでは2回目の更新です。
- 19 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:45
- 授業がすべて終わり、3人は学校を後にした。
校内には部活に参加する生徒が多数残っていたが、帰宅する生徒も少なくない。
小春たちの通う中学校では、部活や同好会に入ることが義務付けられている。
3人とも運動能力が高いため、運動部からの誘いは多かった。特に舞美は、いまだに陸上部からしつこい勧誘を受けているが、賞金稼ぎは、そんなことをやっていられるほど暇ではない。
そのため、同好会に籍だけ置いている。入部以来、つまり入学以来、一度も出席していない。実を言うと小春は、なんという同好会だったか忘れてしまった。
そんな幽霊部員の3人が向かったのは、駅近くにあるガンショップだった。駅前の通りからは少し入ったところにあるが、登下校の途中に寄ることが出来て、非常に便利だ。
下校する生徒の流れから外れて、コンビニの角の細い路地を曲がる。
本屋の正面にある2階建ての建物。1階が店舗で、2階が住居になっているらしい。
紫色の看板に金色の文字で<ガンショップ Boss>と書かれている。
便利だけど、趣味は悪い。
- 20 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:45
- 「いらっしゃ〜い」
自動ドアを入ると、気だるそうな女性の声が出迎えてくれる。
金髪のロング。厚い唇と、口元のほくろ。肉感的なスタイルで、体のあちこちが細い小春は、少し憧れている。
「いらっしゃいました〜、斉藤さんっ!」
小春が元気よく言うと、声の主である女性店主、斉藤瞳は、
「あんたたちか」さきほどよりも、明らかに手を抜いた声を出す。
今はガンショップの店主をしている瞳だが、元は自衛軍の兵士で、小春の父と同じ隊に所属していたこともあったらしい。退役の理由は知らないけれど。
瞳は頬杖をついたまま、片手でカウンターの下からバッグを3つ、まとめて取り出す。
3人はそれぞれ、バッグを手にして、店の隅にあるテーブルに移動した。
バッグの中には、ガンケースとホルスターが入れてある。
ガンケースを開けて、それぞれの愛銃を取り出す。いつものことだけど、わずかな間でも手元から離れていた銃が帰ってくると、とても愛しく感じてしまう。
にまにま笑っている小春を放っておいて、舞美、雅は自分の銃を分解を始めた。チェックとクリーニングのためだ。小春もそれに続く。
たとえ馴染みの店であろうと、斉藤瞳が信頼できる人物であろうと、人に預けた銃は、チェックを欠かしてはならない。それがプロだ、と教えてくれたのは瞳だった。だから、受け取ったばかりの銃を店の中でチェックしても、気を悪くすることはない。むしろ、やらないと怒られる。
専用の洗浄液を塗ったブラシと、乾いた布を使って、丁寧にクリーニングする。銃身や薬室を、丹念に。これでもかというくらい。細かい作業は苦手な小春だが、自分と自分以外の命を預ける道具だから、手を抜くことはない。
- 21 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:45
- 「私、そろそろ弾買わないとなぁ」
銃身を磨きながら、舞美が呟いた。
「舞美はすぐ、弾なくなるよね」
手元に向けていた視線を上げ、小春が言う。
舞美が使っているのは、グロック18C。オーストリアのグロック社製で、直線的なスライドが特徴。優れた安全機構を持ち、プラスチック製のパーツを多用しているために軽い。装弾数は9oパラベラムを17発。他にも装弾数31発という、ロングマガジンもある。
グロック18Cの特筆すべき点は、フルオート射撃が可能ということだ。スライド後部に、セミオートとフルオートの切り替えスイッチがついている。もっとも、小型なのでコントロールが難しく、命中率は期待できない。
正直、お嬢様然とした舞美が持つような銃ではない、と思うのだが、丹念に、楽しそうに手入れをしている彼女を見ると、何も言えない小春だった。
「フルオートで撃ってばかりだから、早くなくなって当然でしょ」
呆れ声の雅が、銃を組み立てながら言う。
雅が使う銃は、シグザウアーP226。長時間、水や泥に浸かっても問題なく作動するほど耐久性は高く、各国の特殊部隊でも配備されている優秀なハンドガンだ。9oパラベラムを15発、装填できる。P226は、日本警察の特殊部隊SATでも採用されているため、そこを目指しているという雅にはぴったりの銃だ。
賞金稼ぎとして“実績”は、警察や自衛軍、一部の企業などに入るとき、有利に働くことがある。それが目的で、賞金稼ぎをやっている若者も少なくない。
- 22 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:46
- クリーニングを終えた銃を組み立てて、弾薬の詰まったマガジンを本体に押し込む。
コッキング(初弾を薬室に送り込む行為)はせずに、セーフティをかけて机の上に置いておき、ポケットから携帯電話を取り出す。
誰かにメールを送る、というわけではない。
警察庁が賞金稼ぎの活動を支援するために開設している、賞金首の情報サイトにアクセスしている。市民からの目撃情報などを掲載しており、誤情報も多いが、参考にはなる。
雅と舞美も、それぞれ自分の携帯電話から同じサイトを見ている。
新着の情報をチェックしていくと、イチカワの目撃情報が載っていた。
開いてみると、『昨夜、繁華街で賞金稼ぎらしい少女に追いかけられていたのを見ました。どうやら逃げられたようです。』とある。
間違いなく小春のことだ。昨夜のことが思い出されて、ムカムカする。
イチカワはまだ、逃亡中のカテゴリに入っていた。あの後も捕まってないようだ。汚名返上のチャンスはある。
小春の目に宿った闘志を読み取ったのか、携帯電話の画面から目を上げた雅が、
「イチカワなら、しばらく身を隠すでしょ。よっぽど莫迦じゃない限り」と冷静に突っ込む。
冷水を浴びせられ、燃え上がった闘志が消火される。だよね、と呟いて、画面をスクロールする。どうせなら、イチカワよりも高額の賞金首を捕まえたい。そうすれば雅も見直してくれるだろう。
「ん?」
画面に映った、賞金首の顔写真を見て、小春は首をかしげた。
「どうしたの?」
気づいた舞美が、画面から顔を上げる。
「なんか、見覚えのある顔だなぁって」
写真は、金髪の男だった。染めているなんて珍しくないから、誰かと勘違いしているのかもしれない。けれど、どこかで見た覚えがある。
顔の輪郭、目、鼻、口、眉……左眉の上にある、傷跡。……傷跡?
- 23 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:46
- 「あぁ!?」
「な、なに?」
「変な声だして」
「昨日の、女の子追っかけてた人!」
左眉の上にある、おそらくは荒事で出来たのであろう傷跡。銃を取り出そうとした、あの金髪の男だった。
どれどれ、と舞美と雅が小春の携帯電話を覗き込んでくるので、見えやすいように画面を傾ける。
「へえ、ちょっとイケてるね」
舞美が言うと、えぇ〜っ、と声を上げた雅は、
「趣味わるっ」容赦ない一言。
「そんなことないよ」
ねえ、と同意を求めてくるが、小春は、
「でも性格悪そうだったよ」昨日の印象があるので、頷くことが出来ない。
「オトコ見る目なーい。そんなんだから、女の子にラブレターもらうのよ」
「舞美は女の子にモテモテだもんね」
「……嬉しくない」
うんざりした顔で、舞美がため息をついた。
なぜか舞美は女子に好かれる。歳の上下は関係なく、ライクではない方の意味で。知らない女子からメールをもらうことや、ラブレターをもらうなんて日常茶飯事で、直接告白されたことも何度もある。女の子が守備範囲外の舞美は、もちろん、全て断っているけれど。
「で、なにやったの?」
空気を換えようとしたのか、雅は携帯に目線を戻しつつ、言う。
「えっと。名前はコシガヤ。登校中の小学生の列に飲酒運転で突っ込んで8人に重軽傷、死者はなし。保釈金を払って、そのまま逃亡……二種だね」
「賞金は?」
「20万」
「20万!? 二種で? それだけの事件なのに?」
雅が携帯を覗き込みつつ、聞いてくる。
たしかに、飲酒運転の取り締まりが厳しくなっている時勢に、保釈金を認められたことも珍しいのに、20万という小額なのも珍しい。二種の相場は40から50万といったところだ。
「だって、ほら」
小春は、賞金が表示されている部分を指差す。
- 24 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:46
- 雅と舞美が、それぞれ小春の左右から、携帯の画面を覗き込んだ。
「え、ちょっと、これって……」その画面を見て、雅が呟く。
「うん、間違いない……」舞美がそれに頷いた。
「なに?」小春はそれに気づかない。
「いい、小春。よく見て」
雅の細い指が、賞金を表示している部分の、一の位を指す。
「いち」一の位は0。
「じゅう」十の位も0。
「ひゃく」0。
「せん」0。
「まん」0。
「じゅうまん」……0。
「……ひゃくま……」2。
「にひゃくまんんっ!?」
驚きのあまり、思わず立ち上がってしまった。左右の2人も、それにつられたように立ち上がる。
- 25 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:47
- 雅と、舞美と、顔を見合わせ、確認するような視線を向ける。
2人が頷いた。
「に、200万の賞金首……」
「情報は?」
雅に尋ねられて、目撃情報の欄を見てみる。いくつか載せられていたが、昨夜、小春が見た時間帯に別の場所で見た、という情報。人違いかいたずらか。
「ガセみたい。昨日、私がいたとこと違うところで見たって」
それを聞いて、雅は腕組みをしながら、
「まあ、同業者がそこの情報を、鵜呑みにするってことはないと思うけど」
「でも小春が見た場所での情報が出てないってことは、まだそっちには手が回ってないってことだよね」
笑顔を浮かべつつ言う舞美は、わくわく、という擬音を背負って見える。
雅はそれに頷き、
「うちらは一歩リードしてる」唇の端を吊り上げる。
言うなり、雅は上着を脱いで椅子の背にかけた。机の上に置かれたホルスターを手にするのを見て、小春と舞美もそれに倣う。
ホルスターを腰に巻きつけた。
それぞれの扱い易さや趣味に合ったホルスターを装着し、それぞれの銃を手に取る。セーフティをかけ、腰の右側のホルスターに。雅は左脇に、舞美は腰の後ろに、それぞれ銃を納める。
「200万だから、3人で割ると……?」小春が呟く。
「3人分の弾代と情報料を引くと、1人60万ちょい、かな」上着を着ながら、雅が答える。
「60万! いいね〜」口笛でも吹く勢いで、舞美が笑う。
3人は笑顔を見合わせて、誰からともなく頷いた。
カバンを肩にかけ、飛び出すように出口に向かった。
「行ってきます、斉藤さんっ!」
小春が声をかけると、瞳はひらひらと手を振る。
「欲かいてドジんないでね」
「はぁ〜い!」
判っているのかいないのか、小春は元気よく返事をして、先にドアを開けて出て行った雅と舞美に続く。
カランコロン、とドアベルが、景気良く鳴った。
- 26 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:47
-
* * * * * *
- 27 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:48
- この街は駅を中心にして、住宅街側と繁華街側に分けられる。小春たちの通う学校があるのは住宅街側、<Boss>があるのはその境界あたり。ちなみに、小春がイチカワを逃がしたのは、2駅先のさらに大きな繁華街だ。
<Boss>を出た3人が向かったのは、繁華街の片隅にある飲食店だった。
多国籍料理店<東風>。
小春は“ひがしかぜ”だと思っていたが、正しくは“こち”という。菅原道真が都を去るときに詠った短歌から取った、ということだが、もちろん小春は何のことか判らない。
自動ドアが開いて中に入ると、夕食時というにはまだ早い時間だというのに、店内は賑わっていた。多種多様な人種が集まっている。この店の料理は、日本人の舌に合うようにアレンジされていないので、故郷を懐かしむ外国人たちが集う場所になっている。
「舞美ぃ〜っ!」
テーブルに料理を運んでいたウェイトレスが、両腕を広げて駆け寄ってくる。手にしていた料理を放り出したので、それを注文した客が、慌てて飛びつく。ナイスキャッチ。
ウェイトレスが駆け寄ってくるのを見て、舞美はあからさまにいやそうな顔をし、その両腕が閉じる寸前、ひらり、と身をかわした。
舞美の後ろにいた小春が、その両腕の餌食になる。骨も砕けよという勢いで抱きつかれた。
「舞美ぃ、久しぶりじゃないっ。なんで来てくれなかったの? あたしは寂しかったんだぞ!」
抱きついている相手が小春だと気づかず、彼女は頬を摺り寄せて、思いのたけをぶちまけている。
「昨日会ったばっかじゃん」
摩擦熱で火がつきそうなくらい頬擦りされて、それでも嫌な顔せず、笑顔の小春が言った。
「……昨日?」そこでようやく違和感に気づき、「なんだ小春か」
「なんだはひどいよ、えりか」
「ごめんごめん」
ちっとも反省が感じられない、梅田えりかが笑顔を浮かべた。
- 28 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:48
- えりかが小春を解放して、改めて舞美に狙いをつけようとすると、奥のテーブル席で食器の割れる音が響く。続いて、男の怒号。
喧嘩しているのは、ロシア人と中国人の2人。なんとなく人種が判るのは、賞金稼ぎとしての経験のおかげだろう。それぞれ母国語で何か喚いている。何を言っているのかは判らないが、かなり汚い言葉で罵り合っているのであろうことは、見れば判る。
えりかはそれを見、大きくため息をつくと、
「ステラ〜」と、厨房に呼びかけた。
その声に応えて現れたのは、190センチほどもある、筋骨隆々でスキンヘッドの白人女性。頬の傷跡は、戦場で弾丸に持っていかれたものらしい。
それがエプロン姿なのだから、何かの冗談のようにも思える。
「Called ?」
ステラの問いに、えりかは親指で喧嘩中の男たちを指し示す。
「Yes, ma'am.」
不適な笑みで唇を歪めて、ハスキーな声で答える。
ステラが男たちに向かうと、えりかは何事もなかったかのように笑顔を作り、
「ごめんね、騒がしくって」
「いつものことでしょ」
ため息混じりに雅が苦笑い。眉尻を下げる、少し困ったような、彼女風の笑顔。
「そうなんだけどね。で、今日はなに? あ、待って。当てるから。ええと……デートのお誘い?」
眸を輝かせるえりかとは対照的に、指差された舞美は、うんざりを通り越して、ぐったりした表情になる。
「……聞きたいことがあるだけ」
舞美の言葉を聞いて、肩をすくめるえりか。その背後を、気を失った男たちを両脇に抱えた、ステラが通り過ぎる。厨房に入っていった。
「なぁんだ、残念。コシガヤのこと?」
「知ってるの!?」
不意打ち気味に現れた標的の名前に、小春は驚き、同時に感心する。
「それが商売だからね」誇らしげに笑うえりかが、奥を指差す。「続きは奥で。ゆっくりとね」
頼れる情報屋、梅田えりかは、誇らしげに胸を張った。
- 29 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:50
-
梅田えりかに関して、小春たちが知っていることは少ない。
学校には行ってないらしい。<東風>の看板娘。舞美のことが好き。
そして、人が知らないことを知り、人が知りたいことを報酬しだいで教える情報屋をやっている、ということ。それも、かなり凄腕の情報屋だ。
多種多様な国の、“表通りを堂々と歩けない連中”が出入りする料理屋の娘だから、自然と耳に入ってくることもあるのだろうが、それだけではないだろう。聞いたことはあるが、情報の出所は教えない、というのが、まっとうな情報屋のルールらしい。
- 30 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:50
- 店の奥の個室に通され、3人は出されたチェーに手をつけている。チェーとはヴェトナムのスイーツで、シロップにタピオカと小豆を入れ、その上からクラッシュアイスとココナッツミルクをかけてある。日本で言えば、ぜんざいやあんみつのようなものらしい。グラスに入れられたそれを、かき混ぜて食べる。
口の中に広がる冷たさと甘さに、幸せな笑みが浮かんでくる。
「で、コシガヤについて、どれだけ知ってるの?」
3人の賞金稼ぎを前に、えりかが口を開く。先に、相手がどれだけ知っているか喋らせるのは、情報屋の常套手段だ。
「警察のサイトに載ってることくらい。あと、目撃情報がガセってことかな」
他の情報屋ならともかく、えりかに対してそんなに警戒をすることもないだろう、と雅が口を開いた。だいいち、肝心なことは話していない。
ふうん、と窺うような目を向けるえりかだったが、雅は涼しい顔をして応じた。小春と舞美は、その静かな応酬を気にも止めず、チェーの甘みを堪能している。
えりかは、まあいいわ、と呟くと、
「コシガヤは広域暴力団、銀雀(ぎんじゃく)会系の3次団体、三日市組の構成員で違法ドラッグの売人。保釈金を払ったのも三日市組で、隠してある薬と引き換えに高飛びさせるってことらしい」すらすらと、まるで入念に稽古を積んだ台詞のようだった。
しかし、高飛びしようって言う男が、なぜ少女を追いかけていたのか。小春は疑問に思ったけれど、それを口にするより早く、雅の疑問が先に出る。
「警察はそれに気づいてないの?」
「気づいてる。気づいてて、泳がせようって考えてるみたい。隠してある薬を見つけて、組ごと検挙って行きたかったんだけど……」
途切れた言葉を、舞美が拾う。
「見失っちゃったってこと?」
「そう! さっすが舞美。冴えてるぅ」
えりかの褒め言葉に、ありがと、と引きつった笑みを返す舞美。
- 31 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/10(土) 01:50
- 「それで賞金があんな高額なわけね」納得した、とうなずく雅。「で、コシガヤが立ち寄りそうな場所は?」
いよいよ本題、とばかりに雅は言うが、えりかは、白い歯を見せて笑ってみせた。
「いくら出せる?」
「情報しだい」
えりかは口元を緩く吊り上げたまま、深く息を吐く。ため息とも深呼吸とも取れる。
「小春」と、突然、えりかが顔を向けてくる。
「ん?」不意に呼ばれた小春は、スプーンを咥えたまま、目線を上げた。
「昨日、小春に教えた店」
「いひはわあもふへひはへはほほ?」スプーンを舞美にとられて言い直す。「イチカワが目撃されたとこ?」
「……そう。あの<ハード・ターゲット>ってクラブ、コシガヤが高校時代につるんでた同級生がやってる店で、部下の売人が出入りして薬を売るのに使ってた、って話」
「でもそれだけじゃ、そこにコシガヤがいるかどうか判らないじゃん」
「ここのところ、VIPルームが塞がりっぱなし。入り口には、開店から閉店まで、ず〜っとイカツイおっさんが突っ立ってるって」怪しいでしょ、と。
たしかに怪しい。
確証はないけれど、どのみち他に当てはないのだから、行く価値はあるだろう。
小春は、雅、舞美と目配せし、確認する。言葉にせずとも、2人は無言で頷いた。さすが、頼りになる仲間たち。
- 32 名前:銃犬 投稿日:2007/03/10(土) 01:52
- *
- 33 名前:銃犬 投稿日:2007/03/10(土) 01:52
- *
- 34 名前:銃犬 投稿日:2007/03/10(土) 01:53
- 今回は以上です。
よろしくお願いします。
- 35 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/10(土) 14:50
- 新キャラ登場シーンで大爆笑しましたw
- 36 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 01:34
- 更新お疲れ様です!
これから登場キッズメンに期待です^^
梅さんのキャラはそのまんまで素敵ですね♪
雅好きな洋風美少女の出演に期待しちゃいますww
- 37 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/11(日) 02:10
- 面白いです!続き楽しみにしてます!
- 38 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/12(月) 22:51
- 更新待ってました!前回に続き、また話の世界に引き込まされました!次回の更新もwktkしながら待ってます!
- 39 名前:銃犬 投稿日:2007/03/18(日) 01:47
- >>35
爆笑でしたか。ありがとうございます。
こういう小ネタが受けると嬉しいものですね。
>>36
>雅好きな洋風美少女の出演に期待しちゃいますww
ええと…はっきりとは言えませんが、いずれ出せたら。
>>37
ありがとうございます。がんばります。
>>38
お待たせしました。
今回もお楽しみいただけると幸いです。
では更新します。
- 40 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:50
-
陽が落ち、夕焼けのオレンジが夜の紺に塗り変えられ始めた。
<東風>を出た3人は、電車で15分ほどの繁華街に来ていた。<東風>がある繁華街よりも、規模が2回りほども大きくて、もっと“夜寄り”の街。
駅前の通りから少し路地を入って、昨夜も来たあたりに着いた。夜もまだ浅いせいか、昨夜ほどには、人の通りはなかった。
イチカワを逃がしたあたり、見つけたあたり、と時間を遡るようにして移動し、目的のクラブへとやってきた。
クラブの入り口では、スーツ姿の従業員が客を出迎えている。いらっしゃいませ、と頭を下げるが、まるで値踏みするような視線を向けられたことに、小春は気づく。おそらく他の2人も気づいているだろう。
3人とも制服のままだったので、当然かもしれない。未成年の飲酒喫煙に対する規制が厳しくなった昨今でも、入店を断ることはない。むしろ制服で来ている客には、アルコール類の注文をされても堂々と断れる。
店内は音楽で溢れていた。洋楽だということは判るが、アイドルとアニソンしか聞かない小春には、誰のなんと言う曲かは判らなかった。時々、DJがこすっているから、アナログ盤だろう。
テーブルは端に寄せられており、中央はダンスする客のために丸く、広くスペースがとられている。踊っている客の中には、小春たち同様、制服姿もある。
3人は店内全体を見渡せる席に移動する。従業員が注文を聞きに来たので、ノンアルコールのカクテルを注文した。
小春がきょろきょろと店内を見回していると、雅が肘でつついてくる。目線で一方を指し示す。
- 41 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:51
-
VIPルーム。乳白色のガラスで仕切られていて、その中は覗けない。
扉の前に1人、スーツの男が立っている。見張り、ということだろう。
「どうする?」
テーブルに肘を乗せて、舞美が聞いてくる。
「なんとかして、あの中にコシガヤがいるかどうか、確認しないといけないよね」
小春は独り言のように、その声に応えた。実際、いい考えなんて思い浮かんでない。
作戦を考えるのは、いつも雅の担当だ。
2人は打ち合わせたように、同時に雅を見る。
雅は2人の視線に気づいていないのか、何も言わないまま、VIPルームをじぃっと見ている。
注文したカクテルが届いて、雅は視線を動かさないままにグラスを取り、ひとくち。
小春もそれに倣い、ひとくち飲んだ。見た目はきれいだったけれど、あまり好みじゃなかった。顔をしかめる。
それを見た舞美が、可笑しそうに笑う。
頬を膨らませた顔を舞美に向けると、雅が、もうひとくち飲んだグラスを、テーブルに置き、
「踏み込んじゃおうか」ぼそり、と呟くように言った。
「雅にしては、シンプルな作戦だね」
驚いてはいるが、嬉々とした表情の舞美。
「シンプル・イズ・ベスト。間違ってても、賞金稼ぎって名乗れば、許してくれるって。それに」閉じていたブレザーのボタンを外して、立ち上がる。「早く捕まえないと、いつ同業者が来るか判んないし」
なにしろ相手は、200万の大物だ。多くの賞金稼ぎが、躍起になって探し回っているに違いない。自分たちもそのうちの一組だ。
雅の意見に賛成。
小春、舞美も立ち上がる。
2人ともシンプルなのは大好きだった。
- 42 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:51
-
いつでも銃を抜けるようにしておいて、踊っている客の間を縫うように、ステージを横切った。3人を気に止める客たちはおらず、それぞれ、ダンスに集中したり、仲間同士で何か喋りあったり、異性に声をかけているものもいる。
ステージの半ばを過ぎたあたりで、見張りの男がこちらに目を向ける。一直線に向かっているのだから、気づかれて当然かもしれない。近づいてみて判ったが、スーツの左の脇が膨らんでいる。銃で武装している。
そのことを知っても、決して焦らず、小春は口元に笑みさえ浮かべていた。
が。
その笑みが引きつった。
思わず足を止めてしまった。止まった小春に気づいて、雅と舞美が立ち止まって様子を見ている。
ちょうど進行方向、踊っている若い女性客に、声をかけていた男。その男が、こちらを向いて、小春と同じように顔を引きつらせていた。
イチカワだ。
昨日の今日で、何でこんなところに。
<Boss>で、雅が口にしていた言葉を思い出す。
──よっぽどの莫迦でもない限り
よっぽどの莫迦だ!
小春がそれを口にする間もなく、イチカワが腰の後ろに手を回した。
銃を抜く動作だと直感的に察知し、銃を抜きながら左に移動する。雅と舞美は、同じく銃を抜いて、逆方向に移動した。
イチカワが、抜いた銃を小春に向けてくる。
握られているのは、トカレフに代わるロシア軍の制式拳銃として採用されていた、マカロフという拳銃。9oPMM弾が8発装填されている。小型で取り回しがよく、評価の高い。中国でコピー生産されたものかもしれない。
- 43 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:51
-
小春は人の間を縫いながら移動し、壁際のソファの陰に飛び込んだ。
同時に銃声。
流れる音楽に、悲鳴が混ざる。刻まれるビートに、人の足音が重なる。
ソファに隠れた小春に向かって、イチカワは銃を連射。
バン、バン、バン。
合計4発。
すべて外れたが、流れ弾に当たった人がいないのは幸運だ。
ソファの陰で、セーフティを解除。スライドを引いてコッキング。撃鉄が起きる。
いつでも銃を撃てる状態にして、イチカワを覗くと、棒立ちになってこちらに発砲している。銃撃戦において遮蔽物を取らないなんて、危険極まりないことくらい、考えれば判るだろうに。射撃の訓練を受けてない人間なんて、そんなものなのだろう。
イチカワからVIPルームに視線を動かすと、見張りの男が銃を取り出しつつドアを開け、中に向かって何か叫んでいる。
「まずいなぁ」
思わず呟いてしまう。
中にコシガヤがいたら、今の銃声で逃げられているかもしれない。それに何より、また雅に怒られてしまいそうだ。
イチカワをなんとかして、早く踏み込まないと。
周囲の様子を窺うと、小春とは反対側にいる雅と舞美は、テーブルを倒して遮蔽物にしている。
テーブルから身を出した雅が、P226をイチカワに向ける。小春に集中しているイチカワは、自分が照準されていることに気づいていない。イチカワがさらに引き金を引こうとした瞬間、先んじて、銃声が轟く。
雅の銃から放たれた弾丸が、イチカワの右手首を撃ち抜く。衝撃で銃を取り落としたイチカワに、さらにもう一発。今度は左のふくらはぎを貫いた。
「ぐぅわっ!?」
奇妙な声を上げて、イチカワが倒れる。
それが合図。
- 44 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:52
-
ソファから飛び出した小春は、VIPルームに走り、ジェリコを向ける。
見張りがそれに気づいて、銃を構えた。
コルトM1911A1。正式名称よりも、民間モデルの商品名でもあるガバメントと呼ばれることが多い。1911年から1985年まで、70年以上も米軍の制式拳銃として活躍した。装弾数は.45ACPが7発。
9oパラベラムよりも一回り大きい、45口径なので、威力は大きいが、装弾数は少ない。
見張りの男が構えたガバメントから、弾丸が飛び出すより先に、引き金を引く。
1発、2発、3発。
ジェリコから吐き出された弾丸はすべて、見張りの男から外れた。背後のVIPルームのガラスを貫き、蜘蛛の巣のようにひび割れる。
男は小春に向かって引き金を絞ろうとして、よろめく。雅の援護射撃が、男の肩を撃ち抜いていた。
男は反射的に、銃を雅へと向けようとするが、それでは小春に対して隙だらけだった。一瞬だけ足を止め、銃を構えた腕を狙い、撃つ。
肘の辺りに命中。銃を取り落とした。
小春はそのまま駆け抜け、両腕をだらりと下げる見張りに、飛び蹴り。ミサイルのような一撃が男の胸にめり込む。
吹き飛ばされた男は、ジェリコの銃撃でヒビの入ったガラスに背中から突っ込んだ。派手な音を立てて、ガラスが砕け散る。
中では、ソファに隠れた男が2人、こちらの様子を窺っていた。
着地した小春が銃口を向けると、応戦してくる。1人は小春に、もう1人は雅たちのいるテーブルに向かって、発砲する。
慌てて射線を避けながら、射撃。
当たることは期待してなかったが、やはり外れる。だが、一瞬だけ相手の射撃を途切れさせた。
- 45 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:52
-
その隙を突いて、舞美がテーブルから上半身を出す。テーブルで両腕を支えるように構え、引き金を引いた。
ダダダダダダッ。
轟く銃声。
グロック18Cのフルオート射撃だ。フルオートで撃ってばかり、という雅の言葉が思い出される。
銃弾の雨を恐れた射手が、2人ともソファに身を隠す。
小春は一直線に、VIPルームへ駆け込む。
フルオートの銃撃が止んだ。
男が2人、ソファから出てこようとする。
それより先に、小春は部屋の中央に置かれていたテーブルを踏み台に、ソファを飛び越える。2人の射手は、宙を舞う小春の姿を呆然と見上げ、銃口を向けることを忘れた。
前方宙返りをする要領でソファを飛び越えつつ、真下に向かって連射。
4発撃って、3発命中。1人の右腕と肩、もう1人の左腕。
前周り受身で床を転がった小春は、すばやく立ち上がり、左腕を撃った男に回し蹴りを放つ。耳の後ろ辺りに命中し、そのまま意識を失って倒れた。
倒れる姿を確認しないまま、右腕を抑えている男の後頭部めがけて、銃を振り下ろす。ガツン、と重い衝撃を受けた男が、苦しげに息を漏らして崩れ落ちる。
- 46 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:52
-
5分、いや、それにも満たないわずかな時間の攻防は、小春たちの勝利に終わった。
雅と舞美が、体を隠していたテーブルから出てくる。
ほとんどの客は逃げ出していたが、腰を抜かしたか、転んで立ち上がれなかったのか、何人かは店内に残っていた。
「あ、賞金稼ぎです。ご心配なくー」
小春は心配させまいと言うが、逃げ遅れた客たちは、ますます震え上がったように見えた。
「コシガヤは?」
銃をしまいながら、雅が尋ねる。
奥にいた2人は、コシガヤではなかった。
「いなかった。けど」小春が気絶させた男の1人には、見覚えがあった。右腕に2発、食らった方。「1人は昨夜、コシガヤと一緒にいたヤツだった」
昨夜はジャージを着ていた男が、VIPルームにいた。それだけでは、コシガヤがいたという確証にはならないが、えりかからの情報を含めて考えれば、ここにいた可能性は高い。
雅が見張りの男に向かって、
「ねえ、ここにコシガヤはいたの?」と聞いた。
腕を撃たれた痛みにガラスできった傷だらけの顔を歪めながら、男は顔を背けて、抗う姿勢を見せる。
- 47 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:53
-
答えない男に向かって、雅がおもむろに近づき、蹴りを放つ。左肩の銃創に、つま先がめり込むよう、鋭く正確な蹴り。
「ヒぁっ!」
がっちりした体から出たとは思えない、か細く甲高い悲鳴を上げ、仰向けに倒れた。
しかし、男の苦難はこれで終わりではなかった。
倒れた男の肩に、足を乗せる雅。かかとが傷口を踏みつけている。
「コシガヤはここにいたの?」
先ほどと同じ質問。
「い、いましたっ! こ、ココ、2、3日ッ、ヤツを見張ってましたッ!!」
しかし、先ほどとは違い、素直に話してくれる。
「見張ってた?」
その言い回しに、首を傾げる。
「あんた、護衛じゃないの? 見張ってるってどういうこと?」
さらに、雅の質問。
「そ、そればっかりは、たとえ殺されても言えねぇな」
額に脂汗を浮かべた男が、歯を食いしばり、意地を見せる。
小春が、自ら開けた弾丸の穴に、足を乗せた。
「ぅぎィっ!! 薬ですっ! ヤツは薬を盗まれてッ、と、とり、取り戻すまで、見張ってろって、く、組からぁっ!!」
その意地も、たいしたことはなかった。
- 48 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:53
-
素直に話してくれた男から足をどけて、3人は顔をつき合わせて小会議。
「今の騒ぎで、コシガヤは逃げちゃったみたいだね」
ため息混じりに小春が言う。
「どうする? 組に監視されてたってことは、こいつに聞いても行き先は知らなさそうだし」
痛みに喘いでいる男を指して、舞美が呟く。
「待って。その前に、コシガヤはどこから逃げたわけ?」
雅が疑問を口にする。
3人同時に、倒れている男に目を向ける。
ぎくり、と恐怖に身を強張らせる男。
今度は、片足を軽く上げて見せるだけで充分だった。
「ブ、VIPルームには、非常口があって……コシガヤに張り付いてた仲間と、そこから逃げたんだと思います……」
非常に従順に、男は教えてくれた。
「組の人間が一緒にいたってことは、行き先は?」
「そ、そこまでは……事務所にはサツが張り付いてるし……」
やはり知らないらしい。
雅が冷たい視線を、男に向ける。役立たず、と言いたげな、侮蔑を含んだ目。男は恐怖に歪んだ顔で、その視線から逃れるように顔を逸らした。
- 49 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/18(日) 01:53
-
「せっかくのチャンスだったのになぁ……」
小春がため息混じりに呟くと、雅は眉を吊り上げた。
「誰のせいだと思ってんの!」
「だ、だって、昨日と同じとこに賞金首が戻ってくるなんて、思わなかったしっ」
賞金稼ぎに見つかったばかりなのに、同じ場所に現れる、イチカワ自身がどうかしているのだ。裏の裏、を掻いたつもりかもしれないけれど。
だから、小春の言うことは正しい。正しいけれど、雅に言わせれば、
「小春が昨夜、ちゃんと捕まえてれば、こんなことにはならなかったでしょ!」
うっと、と言葉に詰まる小春。やっぱり怒られた。
泣きそうな顔で舞美に助けを求めると、まあまあ、と雅をなだめ、
「小春がイチカワを逃がしてなかったら、コシガヤの事も判んなかったんだしさ」小春をフォローする。
その言葉に納得したのかしていないのか、むうっと、唇を尖らせて、雅は口を閉じた。
「ま、とりあえず、さ。あれ、なんとかしないと」
ピリピリした空気を解きほぐすように、舞美の提案。視線で、一方を示している。
あれ、と示されて、舞美の視線の方向に目を向けると、撃たれていない左腕と右脚を使って、匍匐前進しているイチカワの姿があった。3人が見張りの男に集中している間に、逃げようとしていたらしい。
見られたことに気づいたのか、ぎくり、と身を振るわせたイチカワが、首だけを振り向かせた。
3人の少女が、嫣然と微笑む。
- 50 名前:銃犬 投稿日:2007/03/18(日) 01:56
-
*
- 51 名前:銃犬 投稿日:2007/03/18(日) 01:56
-
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- 52 名前:銃犬 投稿日:2007/03/18(日) 01:57
- 以上です。
- 53 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/19(月) 03:07
- 更新お疲れ様です
アクションが伝わってくる文章でとても楽しいです^^
- 54 名前:銃犬 投稿日:2007/03/24(土) 22:12
- >>53
アクションシーンは今作の肝なので、伝わってほっとしています
ありがとうございます
では、今回の更新です。
- 55 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:12
- 10数分後、警察と救急隊が到着した。
小春たちが連絡した時にはすでに、客の誰かが通報していて、こちらに向かっている途中だったようだ。
保安士の免許証を渡して、賞金稼ぎであることを証明。イチカワを確認した警察官が、ハンディターミナルに小春の免許証を挿入して、操作している。免許証にはICチップが内蔵されていて、使用制限つきキャッシュカードとしても機能する。つまり、捕まえた賞金首の賞金額分だけ現金を引き出せる。
ハンディターミナルから排出された免許証を小春に返し、
「ご苦労さん」と、警察官は背を向けて歩き出した。
受け取った免許証をメタルカードケースに入れて、少し離れたところで待っていた2人の元に近づく。
「引き渡し終わったよ」
「200万が20万か……」
ふう、とため息をついて、肩を落とす雅。一気に10分の1以下だ。落胆も頷ける。
「まあまあ。まだチャンスはあるよ」
肩を叩きながら舞美は言うが、それだけでは、雅は立ち直れそうになかった。
「今の騒ぎのせいで、コシガヤがここにいたってことくらい、よっぽど鈍くない限り伝わっちゃうって」
派手に騒いだものだから、野次馬が集まっている。警察の規制線の向こうは、十重二十重に人が取り巻いて覗いている。
この中にいる誰かが情報屋だったり、情報屋と繋がっていたりすると、早ければ今夜中にでも同業者が集まってくるだろう。
いっぱいいるなぁ。
ぼんやり眺めていると、真っ直ぐこちらに向けられている視線に気づいた。
- 56 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:12
- 「あぁっ!」
小春が声を上げると、その声に反応して、視線の主は野次馬の中にまぎれて逃げ出す。
反射的に、その背中を追って走り出す。
「あ、小春ぅ!?」
いきなり走り出した小春の背中に、雅の声が跳ね返る。
小春は壁のごとき野次馬を掻き分けて、視線の主を、昨夜コシガヤに追われていた少女を追いかけた。
- 57 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:13
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* * * * * *
- 58 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:13
-
人垣を抜けて首を巡らすと、走り去る少女の背中を見つけた。それを追って走ると、人の姿がどんどん少なくなり、繁華街の外れまでやってきた。
足には自信のある小春だったけれど、なかなか追いつけない。
しかし、追いかけっこも終わりが来た。
数百メートルも全力疾走してきたものだから、少女の息が上がってきた。いくら若いとは言え、賞金稼ぎとしての訓練を受けてきた小春とは、身体能力に差がある。持久力は小春の方が上だった。
ペースが落ちてきたことを自覚した少女が、撒こうと考えてか、細い路地を曲がる。
小春もそれに続き、路地に飛び込み、立ち止まった。
少女もまた立ち止まっている。
立ちはだかる壁に手をついて。
肩で息をしている少女が、苦しげな表情で、
「な、なんで、追っかけて、くるのよ……っ!?」
「なんで、逃げるの!?」
少女の問いと重なって、小春が問う。
きょとん、とした顔を向け合って、沈黙。
そして、
「追っかけてくるから」
「逃げるから……」
お互いの問いに、同時に答え、吹き出した。
安心したためか、重い息とともに、少女は壁に寄りかかったまま腰を下ろした。小春も少女の隣に腰を下ろす。
- 59 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:13
-
「私は久住小春、あなたは?」
「……須磨愛」
すま、あい。口の中で繰り返す。
「なんで昨夜、コシガヤに追われてたの?」
問われると、愛は表情を曇らせる。瞳の奥に、暗い光が見えた気がしたのは、薄暗さのせいだけではないだろう。
「あの男、どうなったの? 銃撃戦で死んだ?」
相手の死を望んでいる口ぶりに、小春はわずかに戸惑う。
「逃げられた。それに、殺しちゃったら賞金もらえないから」
賞金稼ぎが、賞金首を殺したとしても殺人罪にはならない。一定期間の活動停止、或いは免許の剥奪、最悪でも業務上過失致死。当然、賞金は支払われない。一部、生死を問わず、という賞金首もいるにはいるが、よほどの凶悪犯でもない限りそうはならない。
コシガヤも重罪だが、生死問わずとまでは行かないだろう。
「死んでてほしかったの?」
小春が問うと、愛の瞳の奥にある闇が、色を濃くする。
「あいつは、お姉ちゃんの仇だから……」
「仇?」
鸚鵡返しで聞くと、小さく頷き、
「お姉ちゃんは、はまっちゃったホストから、クスリを買ってたの。中毒になって、風俗で働かされて、病気になって、で……自殺しちゃった」
愛の言葉を聞いて、小春はえりかの情報を思い出した。
「そのホストが、コシガヤの部下だったの?」
小春の問いに、うなずく愛。
<ハード・ターゲット>に来ていたのも、姉が出入りしていたのを知っていたからだろう。
「私、お姉ちゃんのこと、あんまり好きじゃなかった。自分勝手だし、お父さんとケンカするし、お母さんはいつも泣いてたし」膝を抱いた愛は、うつろな目で独り言のように語る。「でも、あの日……学校行く時に、何も言わないで、お姉ちゃん無視して出ようとした時、お姉ちゃん、“気をつけてね”って……でも私、返事しなくて……それで、その日に……」
- 60 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:14
-
愛の眸は渇いていた。ただ声だけが震えていて、それがとても胸を痛くする。
「クスリの隠し場所は? どうやって判ったの」
「情報屋から。直接あいつを殺す自信がなかったから、だから、クスリを盗めば、組織に始末されるんじゃないかって」
その考えは正しかった。
愛に盗まれた薬物を取り戻さない限り、コシガヤは組織に見放される。薬物の情報を握っているコシガヤが、警察に突き出されるなんてことは考えられない。口封じをされるのがオチだ。
だが、どこからかコシガヤは、薬物を盗んだ犯人を知り、愛は追われる身となった。
おそらくは情報屋。愛に情報を売った情報屋が、“愛に情報を売った”という情報を、コシガヤに売ったのかもしれない。
「あの男、賞金が懸けられてるんでしょ?」
愛は乾いた眸を、小春に向ける。銃弾が飛び出してくるわけはないのに、背筋にかすかな緊張が走る。
「賞金と同じだけ……ううん、その倍払うから、あいつを殺して」
舌が痺れるような感覚で、思わず唾を飲み込む。
- 61 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:14
-
小春にも姉がいる。賞金稼ぎではないし、銃火器に興味を持ってもいないし、小春ほど父親を尊敬しているわけでもない。けれど大切な姉で、姉も小春を大切に思ってくれている。
もしも姉が何者かに傷つけられたら。
命を奪われたら。
自分はきっと、銃を握り、奪われたものと釣り合うだけのものを奪うだろう。怒りに狂い、憎悪に猛り、悲哀に満ちて、引き金を引くだろう。
だから、愛の気持ちが理解できないことはない。いっそ、その気持ちは判る、と言ってもいいほどに。
だけど。
小春はその言葉に、愛の願いに、はっきりと首を横に振って拒絶する。
「私は賞金稼ぎで、殺し屋じゃないよ」
賞金稼ぎは自分の命を懸け、殺し屋は目標の命を懸ける。
そこには歴然とした差がある。決定的に違う。
銃を持つ以上、撃つのも撃たれるのも自己責任。
自分が死ぬのも自分の責任。自分が打った弾丸で相手が死ぬのも、自分の責任だ。小春にも、その責任を負う覚悟はある。
「それにあなたは、お姉さんに言えなかったことを、その後悔を、コシガヤにぶつけたいだけでしょ」
小春の言葉に、愛は目を見開き、反論をしようを口を開く。
けれど、その口からは言葉は生まれず、唇をかみ締め俯いた。
「……私は、私のやりたいようにやるから」
揺らいだ気持ちを搾り出すような声で、呻くように呟く愛。
そのまま、顔を上げないまま、逃げるように走り出す。
小春は呼び止めようと手を伸ばしたが、すぐに下ろしてしまった。言い過ぎたかな、とは思いつつも、その背中を見送ることしか出来なかった。
愛が路地から出て行く。
小春はそれでも、追いかけようかどうか迷っている。
- 62 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/24(土) 22:14
-
その逡巡を引き裂くようなブレーキ音が、路地裏の暗がりを揺らす。
何か不吉なものを感じ、急いで通りに飛び出すと、黒いワゴンが歩道に乗り上げて止まっていた。
後部ドアから男が2人、愛の腕をそれぞれ掴んでいた。抵抗する愛をむりやり、車に引きずり込もうとしている。
「やめなさいっ!」
ホルスターからジェリコ抜きつつ、男たちに叫ぶ。
男たちは小春に気づき手を止めるけれど、それも一瞬のことで、かえって焦らせてしまったようだ。愛の腕を引く力を、さらに強めている。
ジェリコを構え、引き金に指を乗せる。愛が暴れているせいで、狙いをつけられない。一瞬、引き金を引くことをためらった。
その一瞬の隙を突いて、助手席から男が身を乗り出す。銃を構え、発砲してくる。見覚えのある金髪。コシガヤだ。
体が自動的に反応し、路地裏に飛び込む。
ろくに狙いを付けずに発砲してきたので、当たることはなかったが、足止めされてしまった。建物の陰から様子を窺うと、抵抗していた愛に当身を食らわせて、車の中に引きずり込んだところだった。
建物の陰から顔だけ出して、飛び出すタイミングを窺っていたが、コシガヤに続き、愛を掴んでいた男も射撃に加わり、ますます動けなくなってしまった。
そうしているうち、タイヤに悲鳴を上げさせて、車が発進する。
通りに飛び出してジェリコを構えるが、車はすでに間合いから離れている。
走り去る車を見送ることしか出来なかった。
舌打ちして、ジェリコのセーフティをかけ、ホルスターに納める。
銃の代わりに携帯電話をポケットから取り出し、メモリからえりかの番号を呼び出す。
数回のコールの後、電話がつながった。
「あ、えりか。小春だけど、調べて欲しいことが」
- 63 名前:銃犬 投稿日:2007/03/24(土) 22:15
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- 64 名前:銃犬 投稿日:2007/03/24(土) 22:15
-
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- 65 名前:銃犬 投稿日:2007/03/24(土) 22:16
- 短いですが、今回はここまでです。
次回で終わる予定です。
- 66 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/25(日) 01:35
- 更新乙です。
いいですねー。
続きが気になりますがまったりと待ちますよ〜^^
- 67 名前:銃犬 投稿日:2007/03/31(土) 22:56
- >>66
ありがとうございます。
今回が1話の最終回なので、お楽しみいただけると幸いです。
では更新します。
- 68 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 22:57
-
雅、舞美と連絡を取り、合流した3人が向かったのは、郊外の廃ビルだった。
小春が2人と合流した直後に、えりかから連絡があり、ワゴンの行く先が判った。走り去る車のナンバーを伝えただけだったが、予想以上に早く所在が割れ、驚かされた。
黒いワゴンは、三日市組が所有しているものだったので、簡単に割り出せたというけれど、わずかな情報でこれだけ早く情報を掴めるなんて、さすがはえりかだ。小春は心の底から、感心する。
そのワゴンが以前からよく目撃されていた、というのが、眼前にある4階建てのビル。螺旋階段があり、それが各階のバルコニーにつながっている。
昔は、中小企業がいくつか入っていたが、不況のおかげで全滅。空になったビルを三日市組が二束三文で買い叩き、取引や面倒事の始末に用いてきたらしい。複数の業者を挟んで取引したので、警察には知られていないという。
ビルの前には、愛を連れ去った黒いワゴンが停まっている。情報通り。
3階の一室に明かりが点いている。コシガヤたちは間違いなくそこだろう。そしてそこに、愛もいるはず。
「小春、聞いてる?」
「え?」
明かりの点いた部屋を睨んでいた小春は、雅の声に振り返る。
溜息をつく雅と、苦笑いの舞美。2人とも、気持ちは判るけど、というそれぞれの反応だった。
「ちゃんと聞いてなさい」
「……はい」
「私と小春が中から入って、舞美は非常階段から3階のバルコニーに行く。舞美が外からフルオートで注意を引かせる、その間に部屋の中にいるやつらを制圧。くれぐれもコシガヤは射殺しないように。判った?」
出来の悪い生徒に、言い聞かせるような口調の雅。
それに頷き、はやる気持ちを抑えきれず、銃を抜き、ビルの明かりを見上げる。
「じゃ、行くよ」
雅の声に向き直った小春は、2人と視線を交わす。
「行こう」
頷く代わりに2人は、スライドを引いてコッキングする。
- 69 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 22:58
-
薄暗いビルの中。コシガヤたちが使用している部屋以外の電気は点いておらず、窓から入ってくる月明かりだけが頼りだった。
焦っているのか、それとも無用心なだけか、ビルの入り口にも階段にも、見張りは立っていない。
足音を立てないよう、階段を上っていく。
埃は溜まっているけれど、空気は澱んでいない。人の出入りが度々あるからだろう。
3階までは問題なくたどり着けた。小春たちにとってはありがたいことだが、無用心すぎる。簡単すぎる。
小春は、罠を張られている可能性も考えたけれど、雅の迷いのない様子を見ると、それはないと判断しているらしい。来るかどうかも判らない賞金稼ぎに対して、張る罠などないということだろう。
3階の廊下には、ドアが3つあり、いちばん奥の部屋のドアだけが開け放たれている。
雅を見る。自分が先に行くから援護を、とハンドサインを出している。
それに頷き、廊下の奥に向かって、ジェリコを向ける。コシガヤとその仲間が出てきても、すぐに対応できるようにしておく。
雅が音を立てず、廊下を奥へ移動する。いつも思うけれど、特殊な訓練でも受けているような足運びだ。見えていなければ、真後ろを歩かれていても気づかないんじゃないか、と思う。
奥のドアの手前で止まった雅は、気づかれぬよう、片目だけで中の様子を窺っている。
数秒と経たず、こちらを見て手招きする。
足音を消して進み、雅に寄り添うような位置で立ち止まる。部屋の中から、苛立って荒れた、男の声が聞こえてくる。
「俺のクスリどこやったんだァッ!」
怒号とともに、鈍い音が響く。
おそらくは、誰かが、何かを、蹴っている。
- 70 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 22:58
-
何か、なんて考えればすぐに判る。愛を、だ。
小春はすぐにでも突入したい衝動に駆られるが、それを察知した雅が、制する。
強い目に止められ、判ってる、と視線だけで返す。
代わりに、というわけではないけれど、部屋の中を窺う。教室を一回り大きくしたくらいの広さで、使われなくなったシステムデスクがいくつか、乱雑に置かれている。
部屋の中に、6人の男が立っている。こちらに背を向けて立っているのがコシガヤ。その足元には、暴行を受けたらしい愛が、ぐったりして横たわっている。それを囲んでいる4人、少し離れて、壁に背を預けているのが1人。
自然と、銃を握る手に力が入る。雅に止められていなかったら、小春1人だったら、飛び込んでいたに違いない。
聞き耳を立てていると、愛が何か呟くのが判った。
声が小さすぎて、何を言っているかまでは聞こえない。
それは、コシガヤたちも同じだったようで、屈み込んで愛の髪を掴み、むりやり顔を上げさせる。
「なンつった? どこにあるって!?」
傷だらけの愛の顔に、笑みが浮かぶ。
力強い、凄絶な笑み。
- 71 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 22:59
-
「袋破って……全部、海に……捨てた……」
言い終えると、苦しげに咳き込む。しかしそれは、声を立てて笑っているような、コシガヤを嘲るような、そんな笑い声に聞こえる。
聞かされたコシガヤは、力が抜けたのか、愛の髪を放す。
「て、てンめぇ……」
声が震えている。
怒りからなのか、放心からなのか、表情が見えないのでよく判らない。
「終わりだな」
壁に背を預けていた男が、ぼそり、と呟き、上着の内側から、銃を抜き出した。
ガバメントだった。コシガヤを見張っていた男と同じ。組織の始末屋か何かだろう。
「お、おい……待ってくれよ……」
銃を向けられ、コシガヤが弱々しく声を出す。それまでの気勢をそがれ、数歩、よろめくように後退りしている。
まだ踏み込まないのか、と雅に振り返ると、携帯電話に向けて、ハンドサインを送っている。テレビ電話で、舞美に指示を出したようだ。
部屋の中に視線を戻す。
始末屋の男が、ガバメントを向けたまま、コシガヤに近づく。引き金に指をかけ、同時に撃鉄を起こす。コシガヤは近づかれた分、後退する。他の男たちは、それを黙ってみているだけ。
コシガヤの背が、壁にぶつかる。息を呑む。
- 72 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 22:59
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それを合図としたようなタイミングで、ガラス戸に、銃を構えた舞美の姿が映った。ほぼ同時に、ガラスを突き破り、屋内に殺到する弾丸。壁に弾痕を穿つ。
小春たちのいるドアの周辺や、コシガヤに当たらないよう撃ったものだから、ほとんどは外れるが、それでも的が多いおかげで、愛を取り囲んでいた男の1人が倒れる。
男が倒れたのを見て、室内に踏み込む。雅がコシガヤに、小春が始末屋に、狙いをつけて銃を構える。
だが、迎え撃つ形で、銃口が向けられていた。始末屋がバルコニー側ではなく、入り口側に銃を向けてきた。他の男たちよりも、場慣れしているということだろうか。
銃を向けられた瞬間、2人は反射的に、入り口近くにあったデスクの陰に飛び込む。
一瞬の差で、頭上を弾丸が通り抜けていく。あのまま撃っていたら、よくて相撃ちだろう。
バルコニーからの射撃に引き付けておいて、背後から強襲するという作戦は、あっさりと崩れてしまった。
隙を窺って応戦するけれど、向こうからの銃撃が激しい上に、舞美や愛に当たらないよう気を配りながらの射撃なので、思うように狙いをつけられない。
コシガヤは、追い詰められた壁際でしゃがんで、デスクを遮蔽にしている。同じデスクに仲間の1人が隠れていて、彼らも銃を抜き、小春たちに向けて発砲。
撃たれた男は、気を失って倒れている。
残る2人は、バルコニー側に向かって撃ち、派手にガラスを割る。
愛は……見当たらない。部屋の中央でうずくまっていたはずだが、どこかに身を隠したのだろうか。
- 73 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:01
-
デスクの上から体を半分出して、バルコニーを撃つ男たちに銃口を向けるが、始末屋の銃弾がそれを阻む。髪をかすめていく。
それでも2発撃つが、さすがに当たらなかった。手応えがない。遮蔽に引っ込む。
同時に雅が、反対側から連射。デスクに弾丸がめり込む、キコン、という少し間抜けな音が連続して聞こえる。
始末屋は思った以上に手ごわい。
何かしらの訓練を、受けていたのかもしれない。
だが。
小春の考えが正しければ、そろそろのはずだ。
デスクの陰に帰ってきた雅が、小春に視線を向けてくる。みなまで言わずとも、それに頷く。同じことを考えていた。
銃声が轟く室内で、小春たちは確かにその音を聞いた。
カシャン、と床に落とされる、空のマガジンの音。
弾切れになったガバメントのマガジンを落とし、始末屋がリロードしている。
マガジンの中に、弾丸を1列で装填するシングルカラムのガバメントと、2列で装填するダブルカラムの小春たちの銃とでは、装弾数が倍以上も違うのだから、まともに撃ち合えばリロードはあちらが早いに決まっている。
この時を待っていた。
小春と雅が、同時にデスクから出る。コシガヤの隣に隠れていた男が、ちょうど顔を出したところだった。
いきなり2つの銃口を向けられて、男が怯むのが見える。
小春は一瞬で男に照準。2発連射。
1発が引き金にかかっていた指を、もう一発が反対側の腕を撃ちぬく。
グウッ、と呻いて男が仰向けに倒れる。
倒れるのを見届けられず、その視界に映ったものに意識を奪われた。
ガラス戸とは反対側の窓際に、コシガヤが手をかけている。いつの間にか、デスクから移動していた。
- 74 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:01
-
逃げられる!
慌てて銃を向けるが、リロードを終えた始末屋の銃撃が、2人を襲う。頭を低くしてそれをやり過ごすけれど、その隙にコシガヤは窓から出て行こうとしている。
舞美は、と外を窺うが、どうやらリロードしているようだ。その隙を突いて、激しい射撃を浴びせる男たちに、反撃もままならないようだ。
まずい。ここで逃がすのは、かなりまずい。
焦って飛び出そうとした小春を、足止めする始末屋の銃撃。
窓に手をかけた、コシガヤの動きが止まった。
愛がしがみついている。舞美に向けて撃っていた男たちが、遮蔽にしていたデスクの反対側に隠れていたのだ。
しがみついた愛だったが、痛めつけられいたせいで、服を掴む手にも、力が入っていない。
コシガヤは銃杷で愛の横っ面を殴りつけ、引き剥がす。
吹き飛ばされて倒れる愛に向け、発砲した。
ぶつん、と頭の中で、何かが弾けるような感覚。
体を隠すことを忘れ、コシガヤを照準しながら、立ち上がる。
コシガヤの銃が持ち上げられ、銃口が小春を捕らえる。
それでも一瞬早く、小春の銃が火を噴く。
ダァン、と重い銃声。
- 75 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:02
-
始末屋のガバメントから吐き出された弾丸が、逃げようとしたコシガヤを貫いた。
胸に赤い花が咲くように、血が舞う。
コシガヤは、何が起こったか判らない、という表情で、小春を見たまま、銃口を向けたまま、膝から下がなくなったみたいに崩れ落ちた。
始末屋の銃口が、照準を小春たちに戻ろうとしている。
半瞬ほど呆然としてしまった小春だったが、デスクを蹴って、宙に舞い上がる。始末屋の目が、見開かれるのが見えた。それでも照準を合わせようと、腕が半ば自動的に動いている。
デスクを飛び越えた小春は、始末屋に向かって発砲。
バン、バン、バン。
1発がガバメントを、1発が腕を、最後の1発は太ももを撃ち抜いた。
3発撃って、弾切れになる。スライドが後退したまま固定される。ホールドオープン。
回転して受身を取って衝撃を殺し、小春が降り立ったのは、バルコニーに向いていた2人の男の間。挟まれる位置。
2人の男は、いきなり現れた小春に驚き、戸惑いながら、慌てて銃を向ける。
2発の銃声が、室内を震わせる。
左右に、銃を取り落として、血が流れる腕を押さえて、痛みに呻く男。
銃口から硝煙をたなびかせて立つ、雅。小春がデスクを蹴った時点で、男たちに照準を合わせていた。
- 76 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:02
-
小春は雅に礼を言うことも忘れて、愛に駆け寄る。
「大丈夫っ!?」
呼びかけるが、返ってくるのは低い呻き声だけだった。
左肩を撃たれていて、流れ出た血で、体の左側は真っ赤に染まっている。傷だらけの愛の顔からは、ほとんど精気が抜けている。
動脈を傷つけられているかもしれない。出血の量が尋常ではない。
銃を持った相手に挑んだ以上、撃たれることは覚悟の上だったろうけど、それでも死んで欲しくない。
「救急車呼んで!」
誰にともなく言い、ポケットから止血ベルトを取り出す。傷口より、心臓に近い位置を締め付ける。
教習所で習ったとおりの、応急処置としては基礎中の基礎。いま小春に出来る事とは、これくらいしかない。
顔を上げると、うつ伏せに転がした始末屋を後ろ手に縛り上げて、雅が電話をかけている。話の内容から察すると警察にかけているようだが、救急車の手配もしてくれた。
「あっちゃー。死んじゃってるじゃん」
背後から、舞美の声。銃撃が止んだので、入ってきたのだろう。
「こいつがやったのっ」
P226の銃口で始末屋を指し、語気を荒くする雅。
200万の賞金を、ふいにしてくれたのだから、怒って当然だ。怒りのままに、無力化した相手を撃たないだけ、良識がある。
「それより、こいつら縛るの手伝って」と、雅。「ひょっとしたら賞金首が混ざってるかもしれないし」
しっかりしてる。
はいはい、と返事をして、舞美が男たちを縛り上げる。被弾していたし、自分たちが少女にやられたのだという精神的ダメージのせいか、簡単に拘束されていく。
部屋にいる全員を拘束して、一ヶ所にまとめて転がしたところで、2人が小春のところにやってきた。
- 77 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:02
-
「どう?」
小春の隣にしゃがみながら、雅が尋ねてくる。
「止血はしたけど……」
45口径を至近距離で受けたのだから、早急に本格的な処置が必要だろう。
ちらり、と見ただけで、それを雅も理解したようで、表情を暗くさせる。舞美は男たちを見張っているが、こちらの様子を窺っている。
「あいつ、は……」
かすれた小さな声で、愛に視線を戻す。
硬く閉じられていた瞼が、薄く開けられている。
「……死んだよ」
短く答える小春。
その答えに、愛は笑った。
晴れ晴れしさなど微塵もない、自分を嘲るような、虚しささえ感じさせる笑み。その笑みが滲むように消えて、泣き顔になる。
「おねえ……ちゃん……」
呻くように呟いて、意識を失った。
窓の外から、サイレンが聞こえてきた。
- 78 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:03
-
* * * * * *
- 79 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:03
-
翌日の放課後。
いつもの通り、<Boss>経由で<東風>へ。
小春、雅、舞美という、いつもの3人が、3人とも浮かない顔で、テーブルを囲んでいた。
来る途中にATMで賞金を下ろしてきて、それを山分けにする。
組織の始末屋をやっていた男には、殺人や殺人教唆、脅迫、傷害などの罪で、30万の賞金がかかっていた。他の男たちはなにもない。<ハード・ターゲット>で捕まえたイチカワと合わせて50万。
「200万のはずが、50万か……」
溜息混じりに雅が言って、紙幣を分ける。
1人15万。イチカワ1人分にも満たないが、仕方がない。
雅の手には、5枚の壱万円札が残されているが、これは、
「まいど」いつの間にか背後に立っていた、えりかが奪うように取る。
「ちょっと!」
雅は不満顔で文句を言おうとするが、えりかはしれっとした顔で、
「200万の賞金首の情報料としては、安いもんだと思うけど?」それを遮る。
雅は、ぐっと黙ってしまった。
確かに言うとおりだけど、その200万は手に入らなかったわけで。入らなかったけれど、情報は正しかったので、払わないわけにはいかないのも確かなわけで。
はあ、と3人同時に溜息をついた。
「それもこれも、小春!」肩を落としていた雅が、眉を吊り上げ、「あんたが、イチカワなんて小物を逃がすから!」
頬を引っ張られる。
「そうだそうだ!」
反対側の頬を、舞美が引っ張る。怒っているわけではなく、その顔は、楽しそうに綻んでいる。
「ひ、ひたひおっ」
「じゃ、あたしも」と言って、えりかが鼻をつまむ。
「ンあぁ〜っ!」
- 80 名前:1_青春以上、ハードボイルド未満 投稿日:2007/03/31(土) 23:04
-
言葉にならない悲鳴をあげると、雅は吊り上げていた眉尻を下げて、吹き出した。
泣き顔の小春と、それを囲む楽しげな3人。
「あ、そうだ」えりかが、つまんでいた鼻を放す。「あの子、一命は取り留めたって」
指の間の紙幣をひらひら振って、じゃあね、と厨房に戻っていく。
思いがけぬ言葉に、きょとんとした顔の小春。
頬を引っ張っていた2人が、同時に指を放した。
2人とそれぞれ、ぱちくり視線を交わし、にぃっと笑う。
「さて」と立ち上がり、「今日もはりきっていこー!」
両手を高く上げる小春。何事かと、周囲から視線を集める。
小春はまったく気にした様子はなく、雅、舞美にそれぞれ、笑顔を向けた。
その笑顔に答えて、2人の顔にも笑顔が浮かぶ。
「小春がはりきると、ろくなことがないからなぁ」
言いつつ、席を立つ雅。
「なにそれー!」
笑顔が一転、頬を膨らませる小春。
雅はそれを放っておいて、出入り口に向かう。
立ち上がった舞美が、不満顔の小春の頭に、ぽん、と手を置いて、
「雅が正しい」雅の後を追う。
「ひどーい!」
小春の文句はしかし、楽しげに並んだ2人の背中に跳ね返るだけ。
頬にいっぱい空気を溜めたまま、つん、と唇を尖らせ、そっぽ向く小春。
店のドアを開けた2人が、振り返って小春に呼びかけた。
「ほら、行くよ」
「置いてっちゃうよ」
ふくれっつらを維持していた小春だったが、堪えられなくなったように、笑顔を蘇らせる。
「待ってよー!」
店を出ようとする、2人を追いかける。
夕焼けが照らす街の中へ、少女賞金稼ぎたちは、笑顔のままで消えていく。
- 81 名前:銃犬 投稿日:2007/03/31(土) 23:05
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- 82 名前:銃犬 投稿日:2007/03/31(土) 23:05
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- 83 名前:銃犬 投稿日:2007/03/31(土) 23:07
- 以上で1話終了です。
お付き合いいただきましてありがとうございました。
2話は…書くつもりではいますが、
まだ上げられる状態ではないので、
気長にお待ちいただけると幸いです。
- 84 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/01(日) 00:32
- うはー・・・面白かったです。
文章だけでもホント充分伝わります。
1話お疲れ様でした^^
まったりと2話お待ちしてます♪
- 85 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/19(土) 00:25
- 正体不明の凄腕賞金稼ぎ、嗣永プロの登場に期待。
- 86 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/05/20(日) 20:55
- なんか小春がカッコきゃわゆぃ〜! 嵌りそうでしゅ。
- 87 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/07/22(日) 17:49
- 未だに週末は必ずこのスレを覗いてしまう…
気長に待ってます!
- 88 名前:銃犬 投稿日:2008/01/05(土) 14:56
- 生きてます。そしてまだ書いてます。すみません。
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/06(日) 00:43
- 1話終了時はキッズの顔も名前も解らんかったのに・・・
最近飼育もキッズ物が増えて全員覚えてしもたw
キャラが掴めてより作者さんの作品を楽しめそうです
気長に待ってますよ
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