夜の私はトクベツビジン
- 1 名前:アイサー 投稿日:2005/09/09(金) 19:59
- どうも、アイサーと申します。
6期メインの最終的にれなえりかも?
読んでくださると嬉しいです。
- 2 名前:_ 投稿日:2005/09/09(金) 19:59
- 夏ってのは暑い。そのせいか、夏になると変な輩が掃いて捨てるほど出てくる。
実際、警察とかそこらへんは、その輩どもを掃いて捨てているような感じだ。
で、この春義務教育を卒業した私は、以前ほど法律に守られなくなった。
たった4ヶ月前のことなのに。もう一年くらいは保険かけてもいいんじゃないの。
とりあえず今のとこは、自分で守られなくなった分を補うのが、割とめんどくさい。
と、白昼の繁華街を歩きながら思った。
- 3 名前:_ 投稿日:2005/09/09(金) 19:59
- 朝の慌ただしい人の流れは、次第にゆるりゆるりと流れていき、今は流れていないにも等しい、ただの水たまりというか。
高校には「ヒルヤスミ」があった。
微妙な人口密度の中で見え隠れする赤リボンやら、金ボタン。
つまり、セーラー服やら、ベストやら。
うちの学校はブレザーだけど、当然夏服移行済。
チラチラと同じ色、柄の同胞を確認することができる。
入学4ヶ月目の、かなりいつも通りの風景。
あーマジどうしようかなー、ちょっとお腹減ってきたなー。
あ、ミスド発見、あ、でも向かいにマック発見。ってかどっちにしよー
「ヒルヤスミ」は意外と複雑だ。
無気力に人の流れに沿いながら、時折白のブラウスと挨拶を交わしながら、結局マックとミスドも通り過ぎた。
そして、繁華街から外れて50メートルのローソンへと、かなりいつも通り無気力に人の流れに沿いながら挨拶を交わしながら、ゆるりゆるりとなだれこむ。
「いらっしゃいませー」
あれ、今日の店員は男の人か。いつも二重の訛った女の人と、笑顔の素敵なイジられキャラっぽい女の人が、2人レジに並んでいるのに。
確かイジられキャラの方は、お・・・・、お、何とかっていう名前だったはず。
まぁいいや。思い出せないし。
コンビニの中はガンガン冷房が効いていて、ちょっと寒いくらいだった。
昼時だからか、パンの棚には何一つと言っていいほど何もなく、硬そうなラスクの袋と、ぬるくなった牛乳のパックを、仕方なしにひっつかんだ。
「いらっしゃいませ。」
いちいちうるさい男の店員の方には見向きせず、人の流れをガラス越しに眺めていた。
会計を告げる声を聞く前に、500円玉をレジのカウンターに置く。
それでも店員は、いちいち「500円お預かりします。」なんて言う。
180円のラスク詰めと、100円の牛乳で、おつりが220円。
・・・今のとこの全財産。高校生になってもサイフの中はあまり変わらないみたいだ。
ラスクはどっか座って食べることにした。
平日の真昼間の公園のベンチなんて、ピエロの格好した人が座っていたって誰も気付かないくらいにひっそりしていて、いつでもガラ空きなんだ。
- 4 名前:_ 投稿日:2005/09/09(金) 20:00
- ・・・ところが、どういうわけかその日は、カップルやらサラリーマンやらハゲ頭やらがぽつぽつとベンチを占領していた。
何だアンタらよっぽどヒマだな、とでも言ってやりたかったが、そんな度胸ないのでやめる。
ここの近くに公園というとここしかないし、ブランコに座って食べるのもシャクだし、どうしたものか。
ふと、公園の向かい側に目がいく。
細く奥まった、いわゆる典型的な路地裏ってヤツだけど、何かが違った。
ピンクやら黄色やら、とにかく派手な色のネオンのようなものが、びっしりと奥まで続いているようだった。
あまり目の良くない私は、ぐるりと公園を半周して、その路地を覗いてみた。
公園の中を突っ切って来ればよかったのかと思った。
ピンクのネオンだと思っていたものは、スナックの前に立ってるような電光看板だった。
その看板には、でかでかと「ミッドナイト・モーニング」と書かれてあった。
・・・ミッドナイト・モーニング・・・。
夜中・朝・・・?
「・・・どっちだよ」
思わず小声で突っ込んでしまった。
「どっちかって言うと朝かな〜」
ピンクに藍色の看板を見つめていると、突然後ろから声が響いた。
驚いて、振り返り、身構えると、私より少し背の高い短髪ボーイッシュな人が、にこにこしながら立っていた。
服装は思いっ切りスーツで、サラリーマンみたいのでなく、ホストの着るようなのだった。
「ウチの店に御用?」
- 5 名前:_ 投稿日:2005/09/09(金) 20:00
- ・・・何?ウチの店?
この人、服装だけのなんちゃってじゃなくて、ホントにホスト?
「あ、いや、その・・・別に、あの・・・」
私は、初めて遭遇した「ホスト」に戸惑い、慌てふためいた。
でも、よくよく考えると、この人、声のトーンも、顔つきも、女の人だ。
なのに、ホスト?
戸惑いから警戒心に変わった私の態度を見て、その人はクスッと笑った。
「あはは、大丈夫ぅ。私、何て言うかなぁ・・・ホストとホステスの中間だから。」
不可解なその言葉に、私の警戒心はさらに深まる。
右手のラスクの袋ごしに、1枚ラスクが割れ、左手の牛乳はコンビニで買った時以上にぬるくなっていた。
女の人の方ごしに「ヒルヤスミ」を終えて少し忙しくなった人の流れが見える。
ゆるりゆるり。公園のベンチは今更になってガラ空きだ。
白のブラウスは、少し寒くなってきた。
「中・・・間、て?」
蚊の鳴くような声とはこういうことだ。
誰だっていつだって、未知の世界に足を踏み入れる瞬間は怖いものだ。
ホストだってホステスだって、だいたいどんなものかは知っているけど、その中間なんて、微妙なとこ、知らない。
「ビアンバー。」
それなのに、彼女はあっさりと言ってのけた。
「は?」
「だから、レズビアンバー。」
・・・あぁ。
未知の世界どころじゃない。アブノーマル。
かなりいつも通りなはずの「ヒルヤスミ」に、藍色の風が吹き抜けた。
何か、何でだか、もう逃げられないって気がする。
「・・・す、すいませんでした。失礼します・・・」
夏の湿っぽい風がやはり湿っぽい路地裏に吹き込んだ。
その風向きに逆らって、私の足は公園へと、もとい「ヒルヤスミ」を5分オーバーした私の通う高校へと走り出した。
「何かあったら来なよー。」
後ろで、女の人が大声を張り上げていた。
ラスクは1枚しか割れなかった。牛乳はやっぱり生ぬるかった。
ただ、そのどちらも、私の胃におさまることはなく、ゴミ箱の中におさまった。
- 6 名前:アイサー 投稿日:2005/09/09(金) 20:02
- はい、こんな感じです(何
レス大歓迎でございま。
- 7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/10(土) 00:35
- なにやら面白そう。個人的に好きな感じ。
期待してます。
- 8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/12(月) 00:26
- そのボーイッシュなお方は???楽しみにしてます。
- 9 名前:アサヒ 投稿日:2005/09/22(木) 23:36
- 面白そうです(^-^)
楽しみにしてます。
- 10 名前:_ 投稿日:2005/09/26(月) 19:33
- 「れぇな、今日は暗い。」
お腹を空かせた私の目の前で、チョコレートを頬張りながら、さゆが言った。
左手に鏡、右手にチョコレート。口からは「うん、今日もカワイイ♪」の一点張り。
チョコレートに手を伸ばすと、手の甲をピシッとやられて終わり。
「暗い言われたってしょうがなかとやろ。いろいろあるけん・・・」
「さゆの方がいろいろあるの。」
・・・こいついけしゃあしゃあと・・・。
明らかに平和な毎日を過ごしていますとでも顔に書いてあるようなさゆを、私はどうしようもなくスルーすることにした。
さゆはチョコレートくれないし、ラスクと牛乳はカラスかゴミ収集車だし、ホストとホステスの中間はいるし、ゆるりゆらりの人の流れは何処へ。
とりわけ、あの中間。
あんなこと言ってくれちゃって、うちは女子校だから妙に意識してしまった。
・・・さゆは何となく例外だったけど。
そろそろ鏡を見る女王様の姿に飽きてきて、反り返って天井を仰ぎ見る。
ところどころミミズがのたうったようなヘンな模様が見えるだけ。
赤い手の跡がついてるとか、人の顔が浮き出てるとか、そんなものは一切なしの、つまらない天井。
出てたら出てたで怖いけど。
「・・・さゆ、れなもう帰るけんね。」
当然だけど応答はなし。さゆに鏡の組み合わせの前では、例え核弾頭だって通用しないだろう。
微妙に思いカバンを肩にぶら下げて、微妙な色に染まった空の下、微妙な歩幅で歩き出す。
本当なら、ここから「ホウカゴ」に入るはずなんだけど、残念ながら「ヒルヤスミ」より「ホウカゴ」の方が、中間の人との遭遇率が高いと思われるので、今日はまっすぐ帰ることにした。
- 11 名前:_ 投稿日:2005/09/26(月) 19:33
- こんなひっそりとした住宅街を歩く人の流れは、私一人だけの静かなせせらぎ。
時たま、とんでもなくブッ飛ばしてフルスモークのBMWが走り抜けるだけ。
割と遠い自宅への道のりを、てくてく、ゆらゆら、とぼとぼ歩きながら、街灯のつき始めた濃紺の空を、45度の角度で見上げる。
「・・・くら〜い・・・」
滅多に出ない(と思う)独り言。月が見えない。
今日はくもりだったか。ん、雨だったかも。
え、雨だったら困るし。傘持ってないや。
・・・だからといって足が速まるわけでもなく。
雨に濡れて、ビショ濡れになって、熱が出たら、明日はいつもじゃない「ヒルヤスミ」になる。
それもたまにはいいじゃん。
ポツッ
・・・あ。
「・・・マジで・・・」
ビショ濡れになって、だなんて、冗談だって。冗談だったのに。
小雨が降ってくる。
さすがに少し足を速めた。制服が濡れると嫌なニオイがつく。
ピチャ ピチャ
もう地面が濡れて、水たまりもどきができている。
もうこれは小雨なんてモンじゃない、ドシャ降りだ。
ピチャ ピチャ パシャ パシャ
やっぱりさゆと一緒に帰ればよかった。ピンクの折りたたみ傘は気に入らないけど、無いよりはマシだ。
疲れた。私は走るのをやめた。
どーせこれ以上走ったって、私の制服はもう一滴も水を吸い込む余裕なんてない。
髪はお風呂あがりみたいに濡れて、あとはシャンプーリンスがあれば完璧って感じだ。
・・・あーめあーめふーれふーれかーあさーんがー・・・
なんて、よく言うよ。迎えに来てくれたのなんてせいぜい幼稚園くらいまでだ。
小学校に入ってからは、傘を忘れても、どんなにドシャ降りでも、意地でも迎えに来てくれなかったシビアな親。
でも不思議と、そのせいで熱を出したことはなかった。
一度だけでいいから、40度くらい熱出したら、これから迎えに来てくれるようになるかな。
なるといいけど。ならないだろうけど。
雨に濡れながら何考えてんだろう、私。
- 12 名前:_ 投稿日:2005/09/26(月) 19:34
- 「どうしたの?」
-45度の角度で俯いていた私の視界に、誰かのつま先が映った。
ちっとも前を見ないで、よく電柱やらにぶつからなかったな、と思った。
雨音で人が近づいて来たのに気付かなかったのか。マズった。
ビショ濡れで俯いて歩いてる女子高生、なんて、どっかで噂になりそうなくらいオカルト。
「あっ、・・・何でもないです・・・」
慌てて顔を上げる。赤色の傘が目に入る。
つま先は雨に濡れて艶っぽく光る革靴だったから、男の人か。
とか油断して傘の下からのぞく顔に目をやると、一瞬にして右眉がピクッと吊り上がるのがわかった。
そう言えば、どこかで聞いた声だと思った。
「あ、今の怖ーい。」
その前に女の人の声だったじゃん。路地裏で聞いた声と同じだったじゃん。
わざわざ「ホウカゴ」を諦めて来たのに。用心してたのに。
「傘持ってないの?」
そこには紛れもなく「ヒルヤスミ」に会った中間の人がいた。
よりにもよって、こんなシチュエーションで。
ドシャ降りの雨の中、傘を忘れた女の子。ビショ濡れのその子を見つけたのは、とあるバーの従業員。
なんだこのドラマ。
- 13 名前:_ 投稿日:2005/09/26(月) 19:34
- 「送ろうか?」
うわ、来たよ来たよ、ホストがよく使いそうな口説き文句。
・・・いや、実際どうなのかは知らないけど。
「いい、です。平気。」
小さい頃に教わったことは忘れちゃいないぜ。
知らない人にはついて行っちゃいけないって。まるっきり知らない人でもないけど知らない人だ。
しかも・・・しかも、れ、レ、レz・・・うあぁ、言えない。
あんなとこの従業員だなんて。
特別邪見に扱っているわけではないけど、私の知らない世界はまだまだ広大に広がっているってことに、多少ビビっている。
「ここから近いの?」
近い、限りなく近いが、バカ正直に言っちゃっていいんだろうか。
これを機に、家の場所をつきとめてくるかもしれない。
普段から割と警戒心の強い方の私だが、今はそれがMAXな状態。
何故かって言うのも、この人、雰囲気からしてアヤシイ感じがするから。
これじゃこの人のこと全否定って感じだけど、それに近い気分だからよしとしよう。
「いえ、遠い・・・です。」
「ウソでしょ?」
相変わらずアヤシイ雰囲気を放ちながら、ニコッと、ていうより、ニヤッとするその人。
なん?こげん純粋な女子高生が言っとることが信じられんと?
- 14 名前:アイサー 投稿日:2005/09/26(月) 19:40
- 中途半端極まりないですが更新終了です。
>>7
レスどうもw
好きな感じでよかったです。ぐだぐだ感に溢れてますが(爆
>>8
ボーイッシュなお方は?
もう大体おわかりかと思うんですが、次回あたりで明らかになるはず(何
>>9
レスどうもです。
最後までお付き合いいただけたら光栄でやす。
- 15 名前:はち 投稿日:2005/09/26(月) 21:50
- 更新乙です
雰囲気好きですw
これからどんな展開になってくのか気になります
次回更新待ってます
- 16 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/26(月) 22:14
- あぁぁどツボです!んもうこの話大好きですよ(爆
- 17 名前:_ 投稿日:2005/09/27(火) 19:52
- 私の目つきはもはや、警戒というより睨みつけるに近い状態。
さゆ以外の友達はよく「れいなのニラみは怖い」と言うけど、その間さゆはずっと鏡を見ているので、私の睨みを見たことはない。
中間の人を見上げるのは、空を見上げるより少し低い20度。
一番怖いのはやっぱり180度だそうで。40度を超えると上目遣いで逆にカワイイらしい。
だから、この人は今怖さミディアムで睨まれているというわけだ。
「・・・も、いいです。帰るんで。」
ガラ悪く肩をぶつけてすれ違うと、雨に霞んでオレンジの灯りがボヤッと見える。
そうだ、雨降ってたんだっけ。
予想外に水を吸い込んだ制服に気付き、思う。
黒い空に不似合いのオレンジの街灯は、間違いなく私の顔を照らしているが、特にそれが暖かいというわけでもなく、冷たい電球の光がわざとらしく橙色に光るだけ。
・・・ただ本当に暖かく感じるのは、私の右手首を掴んでいる五本の指の体温。
「すっごくビショ濡れ。うち来なよ?」
「いいです。」
おぉ、自分でも驚くくらい超即答。
掴まれている右手首がいやに蒸れて、乾いて、嫌だ。
もともとホストみたくキザっぽくてナルシーなヤツは好かない。
ホステスみたく猫かぶりでぶりっ子なヤツは好かない。
・・・さゆは猫かぶりでもぶりっ子でもなく、天然物だから別にいい。
「ねぇ、知ってた?私んちもね、ご近所さんなの。」
雨の滴が前髪をかすめた。目にちょっと入った。
オレンジの街灯から視線をはずし、ゆっくりと振り返った。
その人の肩越しからもオレンジの光が漏れている。半分だけ逆光だ。
「なん?」
「あ、それドコの訛り?」
「人の質問に答えるっちゃ。それで、なんが言いたい?」
「うーん、キツイんだねけっこう・・・」
- 18 名前:_ 投稿日:2005/09/27(火) 19:52
- その人は、私と違って傘の下でちっとも濡れていない頭を二回掻いて、少しかがめていた腰を真っ直ぐ伸ばした。
おやじみたいに「ん〜・・・」なんて後ろに反り返って、また戻ってくる。
何となく、反り返った時にポキッて聞こえた気がした。
「えーと、田中さん?」
またクセで、今度は左眉が吊り上がる。
左胸に手をやる。硬いプラスチックの感触。「田中」の文字が彫られている。
そろそろ生え際が後退してきた担任が、名札は必ずつけるようにとよく口うるさく言っている。
・・・これほど名札を恨んだことはない。
「私はね、亀井っていいます。よろしく。」
なんがよろしくか。オマエとよろしくやる気なんか毛頭ないっちゃ。
という旨を、睨みつけている視線にのせて訴える。
中間亀井は、私と一瞬視線を合わせて、すぐに逸らし、苦笑いした。
何も言わずに、傘を私の頭の上まで持ってくると、言った。
「相当警戒されてるみたいだから、送っていくのは諦めるよ。」
雨に濡れないようになると、湿った服がびったり肌にくっついた感じがして気持ち悪い。
諦めるって何だよ、とは突っ込まないが、とりあえず早くいなくなってほしい。
「でもねぇ、職業柄、女の子を雨に濡らして帰すわけにはいかないのよ。」
「は?」
今度は眉根に皺が寄った、なんて思っていたら、胸元に何かが押し付けられた。
丁度「J」の形に曲がっていて、先っちょには赤いドーム状のもの。
「それ、あげるよ。」
ドームのはじっこを慌てて上げると、茶髪のショートヘアーがまず目についた。
雨に濡れてオレンジに照らされて、ちょっとキレイだった。
が、その茶髪はすぐに短く翻り、雨に濡れる足音とともに、あっという間に遠ざかっていった。
「ちょっと・・・亀井さんっ!?」
珍しく正直に名前で呼んでやったのに、中間亀井の背中は十字路の曲がり角に消えた。
派手なワイシャツに派手なネクタイ、白いパンプスのあの格好は、仕事なのか普段着なのかは、ホストを知らない私にはわかる由もなかった。
- 19 名前:_ 投稿日:2005/09/27(火) 19:53
- 「・・・それ、新手の変質者と違うの?」
お母さんの意見はこうだ。
「・・・れなもそう思う。」
私も賛成だ。ワインレッドのシャツに真っ黄色のネクタイに白のパンプスなんて。
しかもついこの間まで中学生だった私に手を出すなんて。
しかも、レ・・・れ・・・レz、あぁ、言えない。
中間亀井が、そういう仕事をしてるってことは、さすがにお母さんにも言えなかった。
言ったところで「ふーん」とかしかコメントしてくれないだろう。
うちのお母さんは、博多の精神を思いっ切り受け継いだような人で、とんこつラーメンとは真逆にサバサバしすぎている。
・・・私も思いっ切りそれを受け継いだ人なんだけど。
今度は雨ではなく、温かいシャワーで濡れた髪をもてあそびながら、目はテレビに向けられてあれど、ボーっとした映像と笑い声がまるでねんねんころりよのようで。
綿100%の赤パジャマは、あの傘の色とちょっと似ている。
ちゃっかりうちの傘立てに入れられている。4人家族のはずなのに、いつも余分に2本もあって、赤い傘がさらに加わって計7本。
私のオレンジの傘の隣にある。赤い方が少しのっぽ。
「寝る」
「おやすみ〜」
まるでこの一言を待っていたかのような早さの返事。
白いバスタオルでもう一度頭をわしわしやって、洗濯カゴに放り込んだ。
・・・洗濯機のフタが開いていたな。そこに入れればよかった。
髪を乾かすのもおっくうで、ドライヤーのある部屋を通り過ぎた。
- 20 名前:_ 投稿日:2005/09/27(火) 19:53
- ブラシでとかすぐらいはしてもよかったかな。
ベッドに潜って30分ぐらいしてから思った。
枕がうっすら湿る。ほんのり香水の匂い。これさゆのだ。
そういえば先週泊まっていったな。「れいなんちには香水ないの?」とか言ってた。
ママの部屋にならあるんじゃなかと?とか言っといて、香水の「こ」の字もうちにはない。
ごろん
中間亀井も何か・・・いい匂いしてたような気がする。あれは天然のシャンプーの匂いだ。
もしかしてあれも女を誘う手口なんだろうか。
ごろん
そいでもってあのニヤリ笑い。あれもか。あの笑顔を素敵と思う女性はどのくらいいるだろう。
ま、私はとてもじゃないが素敵とは思わない。
ごろん
・・・何であんな人のこと気にしてるんだろ。結局気になる存在なのか?
家も近所だって言ってたし。本当かどうかは知らないけど。
ごろん どたっ
「あた・・・」
落ちた。
- 21 名前:_ 投稿日:2005/09/27(火) 19:53
- 「れいな、へんなの。」
学校に行くなりさゆが私に発した第一声。
外は雨。明日も降るそうだ。一応返しとこうと思って赤い傘をさしてきた。
いつまでもあの人の傘が家にあると、何か良くない事が起こりそうだから。
雨の中あんな湿っぽい路地裏に行くのは気がひけるけど、仕方ないっちゃ仕方ない。
「なん?変て。」
さゆの香水の匂いがして、中間亀井のシャンプーの匂いもしたような気がした。
雨が少しずつ削るアスファルトの匂い。暗い。
「わかんないけど、いつもに増して変。」
いつもに増しては余計だ。
不機嫌にさゆの後ろの自分の席に座る。あ、数学のノート忘れた。
背中が痛い。昨日落ちた時のだ。
慌てて駆け込んでくる人影を外に見つける。傘をさすのもおろそかに、髪を振り乱して。
あの人、3年の先輩だ。割といっつも遅刻してきてる常習犯。
青い傘。いいなぁ。
赤い傘がバケツに立てられているのを想像して、思った。
何か、昨日と今日で一気に「赤」という色が嫌いになった気がする。
一番好きなオレンジも、同じ系統の色なのだけど。
赤に黄色を混ぜれば、簡単にオレンジは作り出せるのだけれど。
さゆのはピンクだし、弟のは青だし、お母さんは茶色で、お父さんは黒。
第一、黄色の傘なんて、下校途中の小学生がたまに広げて遊んでいるだけだ。
だから、オレンジは作れない。私だけの色。だと思う。
「よーし、学活始めるよー」
矢口先生が入ってきて言った。
雨は止みそうにない。
- 22 名前:アイサー 投稿日:2005/09/27(火) 19:56
- 更新しましたー。
>>15
こんな雰囲気でいいんでしょうか・・・(何
気に入っていただけたようで何よりですw
>>16
どツボでしょうか!?
嬉しいです〜♪ありがとうございます!
- 23 名前:はち 投稿日:2005/09/27(火) 21:28
- 更新乙です
おぉ!中間の人が想像と違っててビックリでしたw
いやぁ、ホントに意外やぁ…
- 24 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/27(火) 23:43
- 中間の人かっこよくてチョットときめいちゃいました☆
- 25 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/28(水) 00:50
- 更新お疲れさまです。
中間さんあなただったんですか!?
よし、もう一度変換し直して読み返してきます!
初めて見るこの設定・・・ハマりそうです。
- 26 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/28(水) 00:54
- 中間の人・・・・「よ」のつく2代目オトコマエのフットサル大好き人のことやと思っとりました・・・・
そうきたか!って感じですw
- 27 名前:_ 投稿日:2005/09/28(水) 18:59
- 止むどころか、バケツだか何だかをひっくり返したよう、とは、こういうことを言うんだろう。
雨の勢いが強すぎて、傘が突き破られるかと思うくらいだ。
そんな中で、何故私はこんなところにいるんだろうと考える。
より湿っぽい場所を求めて行くナメクジのような気分。
例えドシャ降りでも、人の流れに滞りはなく、何も知らない小さな子が時折傘をささずに駆け回っている。
ふと思う。
この傘を返したら自分でさして行く分がない。
「あれ?」
何てことだ。結局濡れて帰ることになるのか。
「昨日の・・・田中さん?」
まぁ、いいや。どーせ昨日も濡れて帰ったし。
「その傘・・・」
最近、濡れるの好きになってきてるなぁ。
髪の毛もあんまり手入れしてない。だからさゆにヘンって言われたのか。
「返しに来てくれたの?わざわざ?」
・・・そうやって覗き込むのやめてほしい。
「別に。ずっと家にあっても邪魔だし。」
今度は、亀井がずぶ濡れになっていた。
当たると痛いくらいの雨なのに。傘一本しかないのかよ。
「ありがとう。」
亀井は私を覗き込む形で目線を合わせたまま、ニコッとした。
雨の中に藍色の風は吹かなかった。
公園の横の道で、灰のスーツのサラリーマンが、カバンを盾にして雨と闘っていた。
白いスーツのOLが、地味な色の傘をさして背筋を伸ばして歩いていく。
人の流れは排水口に流れ行く雨水のように、夜に向かって融けこんでいく。
「あれ、自分の傘は?」
「・・・せからしか。」
言うが早いか、私も人の流れに乗ろうと思った。
黒い夜に染まって、早く楽になろうと走った。
- 28 名前:_ 投稿日:2005/09/28(水) 18:59
- しかし、亀井はそれを許さなかった。
「ちょっと寄ってかない?」
本気で蹴りを食らわせてやろうかと思った。
いや、食らわせた。
「いっ・・・」
「アホ。れなはそんなヒマじゃなか。ナメんでよ。」
思ったよりクリーンヒットしたな、とかよぎったが、出てきた声は冷静だった。
もんどりうって転げまわるのを必死にガマンしているような亀井の表情に、多少悪いなとは思いつつも、8割片がすっきりした気分だった。
何だ、れなもやればできるっちゃが。
「う〜あ〜、い〜た〜いぃ〜・・・」
あまり痛そうとは思えない間延びした声だが、でも顔は痛そうだ。
初めて罪悪感が湧く。
「・・・そんなに痛かと?」
3歩半の距離は縮めずに。
人の流れが少なくなっている。チョロチョロチョロ。
雨水の流れは少なくならない。私と、傘を返したのに一向にささない亀井の上に鋭く刺さる。
ちょっと寂しくなった。
「痛いなぁ。看病してほしいなぁ。」
・・・前言撤回。罪悪感なんかこれっぽっちも湧かん。
3歩半の距離をさらに1歩踏み出す。
亀井の手は出てこない。よほど痛かったのか。
これはチャンスとばかりに、歩数など気にしないで足を速める。
ここで手が出る。両の手だ。
・・・次は回し蹴りを食らわせてやろうか。
「冷たいね、手。」
雨が柔らかく感じた。
そのはずだ、いつの間にかちゃっかり小雨になっていた。
生ぬるい7月の空の下、藍色の風が雨を薙いだ。
亀井はしゃがみこんだまま、濡れた前髪を左右に分けて、ニコッとしていた。
「ニヤニヤ」でなく「ニコッ」とした亀井の笑顔を見るのは、これが初めてかもしれない。
「エリック?」
- 29 名前:_ 投稿日:2005/09/28(水) 19:00
- 小雨の中に、後ろから響いた声はよく通って聞こえた。
『ミッドナイト・モーニング』の看板の奥の扉から、髪型が亀井とよく似た美人が顔を出していた。
少しばかり亀井より髪が長いだろうか。
しかし、やっぱりその人の服装はワイシャツにネクタイで、亀井と同じ中間の人なんだなぁと思う。美人なのにもったいない。
「藤本さん」
フジモトさん。
何となく某お笑い芸人の顔が浮かんだが、それはこの間お父さんがめちゃ●ケを見ていたせいであって、決して私がお笑い好きってわけではない。
それに、こんな美人にそんなこと言っちゃ失礼だ。
・・・あ、それじゃ某お笑い芸人にも失礼か。
「その子誰?お客さん?・・・見たところ高校生だけど・・・」
「はい、高校生です。」
フジモトさんがしかめっ面になる。亀井は涼しい顔。
高1はまだこういうとこに入っちゃいけんって、知らんと?コイツ。
「あのねぇ、いつもそうやって・・・」
「絵里の好みですもん。いいでしょ?」
フジモトさんのしかめっ面が、とたんに無表情になって、かすかに左眉が吊り上がっているようにも見える。
つまりは、かなり怖い。
涼しかった亀井の顔が1000℃の温度で一気に熱されていく。
「アンタね・・・また卍固め決められたいの?」
冷や汗をかきながら、さっき蹴られた胃のあたりをまさぐり始める亀井。
これが「ナキッツラニハチ」のいい例か。勉強になるなぁ。
- 30 名前:_ 投稿日:2005/09/28(水) 19:00
- 「いや、あの・・・もう決められたんで。」
「何?」
フジモトさんが少し表情を緩めて、気が付いたように私を見やる。
蹴った右足が、何となく足踏みした。
フジモトさんの緩んだ表情が一気に崩れて、悪い笑みに変わった。
「へぇ〜エリック・・・」
知らないうちに雨が止んだ。
そうなると、濡れた服をいつまでも着ているのは実に不愉快だ。
「その子、一筋縄じゃいかないみたいじゃない?」
フジモトさんは楽しそうに笑う。素直にかわいいと思った。
亀井はバツが悪そうに苦笑いして頭を掻くと、私に一瞬目くばせした。
意味を図りかねて瞬時に「キモッ」とか思ったが、ほんのちょっとだけカッコ良かったので言葉にはしないでおいた。
「ねぇ、そこの子。田中ちゃん!」
・・・フジモトさんは目が良いらしい。名札見えてたんだ。
「服ぐらい乾かしていきな。気持ち悪いでしょ?」
亀井が何となく私を見下ろした気がした。
困ったような、でも嬉しいような表情をしていたように思った。
私はフジモトさんと同じくらいのしかめっ面を作った。フジモトさんが笑う。
「大丈夫、ヘンなことしないから。」
いかにもヘンなことをしそうな顔で、フジモトさんは手まねきした。
- 31 名前:アイサー 投稿日:2005/09/28(水) 19:05
- やたらと更新してますー(何
レスが4つも・・・恐縮です。
>>23
意外でしたか?もうバレバレかと思ってたんですが・・・。
中間の人、良い方に転ぶかなぁ。
>>24
こんなんでよければどんどんときめいちゃってくださいな♪(爆
>>25
あなただったんです!(何
読み返すほどのものじゃあないですよ〜
・・・どうしてもって言うなr(滅
>>26
なるほど・・・
みなさん、中間の人は「よ」のつく2代目オトコマエのフットサル大好き人のことやと思ってたんですね!!
予想(期待?)を裏切ってみましたw(ぇ
- 32 名前:はち 投稿日:2005/09/28(水) 20:16
- 更新乙です
おぉ!新しいキャラきましたね
これから続々と中間の方々が出てくる予感w
「よ」のつく2代目オトコマエのフットサル大好きな人も出そうですねいw
- 33 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/09/28(水) 23:29
- ん〜ますます嵌っちゃいそうな予感☆
- 34 名前:_ 投稿日:2005/10/12(水) 21:29
- にしても、服のスペアがパジャマしかなかと?
しかもブカブカやし・・・
「ごめんねぇ、エリックのより私のがサイズ合うと思ったんだけど、おっきいねぇ。」
背景にSサイズ並みの私の制服を背負って、フジモトさんは猿芝居をかます。
亀井は隣で、時折口元をおさえ耳を真っ赤にしている。
・・・つまりは、私は今ある意味でいいオカズになっているということか。
そりゃ、胸元引っ張り上げてないとむき出しになるくらいデカイっちゃけど・・・
こんなん、絶対フジモトさんが着てもおっきかもん。
「服、いつ乾きますかねぇ。」
亀井が後ろを振り返って私の服を見やって言う。
20分あまりドシャ降りの中にさらされて乾く方がおかしい。
ちなみに亀井は自分でしっかり替えのワイシャツを持ってきていた。
・・・これだからホストだのホステスだのってやつは。
「今日いっそ泊まってけば?そろそろ店開けないといけないし・・・」
今日はエリックが寝坊しやがったから、とか言って亀井を睨むフジモトさん。
ホントは真昼間に開店するんだぁとかどーでもいいこと言う亀井。
そんな口車には乗せられんけんね。フジモトさんは怖いけどやっぱ嫌いっちゃ。
「いいです。もう帰るけん。」
そう言って立ち上がる。胸元がまたずり落ちそうになるのを慌てておさえる。
除湿機の上で水滴をしたたらせている制服を見て、思わず溜息が出る。
ここ最近、制服にはひどい思いをさせている気がする。
ごめんよ、制服。
- 35 名前:_ 投稿日:2005/10/12(水) 21:29
- 制服の隣には思いっきり下着が干してあって、やっぱりしたたり落ちていた。
何だか恥ずかしくなる。ここは仮にも商売をする場所なのだ。
「濡れてるよ?」
「いい」
「パンツもだよ?」
亀井の言葉に反応する。
ゆっくりと視界の端に亀井を捉える。
「なん?」
「だから、パンツ濡れてるって。」
コイツは、高校1年生にわかるかわからないかぐらいのことを、こんなにもサラッと言ってのけるのか。
今時そんなことも知らない純な高校生がいるのかどうかは知らないが、少なくとも私はまだ純な高校生でありたい。
でも、亀井の言っている意味がわかってしまうこの矛盾。
「いいの?」
「・・・よくなか。」
全身ビショ濡れだとしても、何かヤだ。
「じゃ、泊まる?」
「・・・電話貸して。」
もう終わりだ。さよなら地球。
パパ、ママ、れなはもう前のれなのままではいられなくなるでしょう。アーメン。
まさか従業員がこの2人だけってことはないだろうし、これからたくさん出勤してくるのか。
そんなのもう絶望的。何されるかわかったもんじゃない。
みんながみんな私にホレこむなんてことはないだろう。
亀井だってフジモトさんだって、別にホレこんでるってわけじゃないかもしれない。
けど遊びのつもりならもっとヤだし、いや、どうなったってヤだけど。
- 36 名前:_ 投稿日:2005/10/12(水) 21:30
- 「・・・もしもし、ママ?」
『れいな、どげんしたん?どこにおると?』
こんなにも地元の言葉が安心できるものとは思わなかった。
言葉からしても、どう考えたって東京生まれ東京育ちって感じのあの2人には、どこか寂しさを覚える。
うちの電話はナンバーディスプレイだから、お母さんには知らないところからかかってきたってわかるはず。
けど、そんなことをいちいち気にかけるほど、うちのお母さんはヒマではないようだ。
「今日、友達の家に泊まるから。」
『そう。迷惑かけんようにせぇよ。ほんじゃ』
一方的にそう言ってさっさと切る。・・・揺るぎ無き博多魂。
ここまで来ると寂しさもなにもかも越えてどーでもよくなってくる。
「すごーい。九州の人ってホントにサバサバしてるんだね。」
相変わらずパジャマの胸元を引っ張り上げながら、公衆電話の口からべろっと吐き出されるテレフォンカードを引き抜く。
そして、声の主を振り返る。
狭い電話スペースの唯一の出入り口に、とおせんぼする形で亀井がいた。
ワイシャツ姿から、しっかりスーツを着込んで、やっぱりニヤニヤしている。
「邪魔。」
特に意味もなくイライラしていた私は、それに相応しくイラついた声を出した。
亀井が肩をすくめる。
「ピリピリしてるなぁ」
もう一度蹴りを入れられたいのかとも思うほど無防備なお腹。
次は拳をお見舞してやろうか。
「もう店開けちゃったよ?」
「え」
亀井の肩越しに少しだけ見える店内の様子。
・・・何てことだ。女性の笑い声が楽しそうに響き渡っている。
「服はっ?」
「あ、大丈夫。しまっといた。」
一瞬の安堵感も束の間、嫌な予感が頭をよぎる。
「・・・どこにしまったと?」
「私の部屋・・・」
私の拳は間違いなく亀井のみぞおちをとらえた。
- 37 名前:_ 投稿日:2005/10/12(水) 21:30
- フジモトさんが最悪な一言を言い放ってくれた。
「れいな、亀井ちゃんの部屋で寝てね。」
あの怖い顔で睨まれたくなかっただけだ。
- 38 名前:_ 投稿日:2005/10/12(水) 21:30
- 「さっすが藤本さん♪わかってらっしゃる。」
亀井の部屋は意外と殺風景で、良さそうなベッドと大きめの机とイス、真ん中に小さいテーブルが置いてあるきりだった。
殺風景は殺風景だが、置いてあるものがいちいち高級そうでムカつく。
「あ、言っとくけど布団てないから。」
「なんっ・・・!?」
しかし、今の亀井の言葉にはいつもの不機嫌な疑問詞もつんのめる。
それにしても何だと。一体貴様等は私に何を求めてるんだ。
・・・「カラダ」なんて正直に言うんじゃないぞ。
「イコール、2人して1つのベッドにシケこむと・・・」
さっきの蹴りよりも確かな手応えを、右の拳に感じた。
- 39 名前:アイサー 投稿日:2005/10/12(水) 21:32
- 更新しやしたー。
>>32
「よ」のつく人もうちょっと後になりますー
ものっそい脇役な予感(爆
>>33
ハマってくださいな〜♪(何
- 40 名前:はち 投稿日:2005/10/15(土) 07:08
- 更新乙です
いやぁ、いいですねぇ…、このノリ…ホント惚れますw
- 41 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/19(水) 01:07
- ニヤニヤが止まりませんw
- 42 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/23(日) 14:49
- このテンポ素敵ですね。
続きが激しく気になりますねぇ(・∀・)ニヤニヤ
- 43 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/31(月) 11:31
- 報知ですか?
作者さん帰って来てぇ〜。
- 44 名前:_ 投稿日:2005/11/06(日) 15:42
- 「亀井ちゃん、あばらとかそろそろ危なそうだね。」
店を閉めた後の夕食の時間。一般的にはすごく遅い時間帯であるが、こういう店としては早すぎる時間帯でもある。
何故かエプロンを装着したフジモトさんが、黄色い物体の入った皿をテーブルに置きながら言う。
まさかコレってスクランブルエッグ?夜なのに?・・・そうか、朝の残りか・・・。
台所からは賑やかな笑い声が聞こえてくる。
聞く限りではなかなか大人数のようだ。
そして隣では、亀井がテーブルにつっぷしてうなだれている。
その背中を見て再び罪悪感が湧いてくることはなかった。
「いっっってぇ〜・・・」
時折、低い声でくぐもったうめきが聞こえてくるだけで、あとは何のアクションもない。
そのうちに、賑やかな声が聞こえていた台所から一際大きく「できたー!!」という歓声が響いた。
その歓声は、再び降り出した外の雨音にも負けず、逆に雨音の方をかき消す勢いだった。
そして、私の推測約5名の「ミッドナイト・モーニング」店員が、初披露される。
「今日のは傑作の出来!新人さんにも喜んでもらえるよー」
一番初めに私の目に飛び込んできたのは、ショートの金髪を揺らす、これまた美人さん。
ショートのためかボーイッシュに見えるけど、その表情はやっぱり美人。
しかし、それよりも。
あまりにもすんなりと耳に入ってきて危なくスルーしてしまうところだったが、ボーイッシュ美人は確かに「新人さん」と言った。
この場合「新人さん」とは、確実に私を指す言葉であって、普通「新人さん」という呼び名は、「新しく入った従業員」に当てはまるものである。
- 45 名前:_ 投稿日:2005/11/06(日) 15:43
- つまり、私は・・・
「あ、もぉ来てたんだぁ」
私が次第に顔色を青に染めていることなんておかまいなしに、どこか見覚えのある人が私に微笑んだ。
瞬間、私は思い出した。
「あ、コンビニの・・・」
「え?あれ、いつも来てる高校生さん?」
そう、この間はいなかったが、私が勝手に「イジられキャラ」と称している、女性店員だった。
いつも「ヒルヤスミ」になると寄っているから、向こうも顔を覚えていたらしい。
そして、イジられキャラの肩越しに、ひょいと覗く顔が一つ。
「あ〜ほんとや。あーしも見たことあるがし。」
イジられキャラの隣のレジにいる、ちょっとカワイイ訛った人だ。
喋ったことこそ皆無だが、何となくレジに並ぶ時は、訛った人の方に並ぶことが多い。
別に、イジられキャラが嫌いってわけじゃないんだけど。
「こんなとこで会うなんてねぇ〜。カワイイ娘だなぁとは思ってたけど。」
「ちょお、マコト!あーしはどうなるがしっ?」
ニヘラニヘラしてそれらしいことを言う「マコト」に、訛った人が突っ込んだ。
何だか・・・ひょっとして恋人同士のノリ?
「ごめん〜ごめんね愛ちゃん〜・・・」
訛った人はそれほど怒ってはいないが、マコトは浮気がバレて夫婦ゲンカの修羅場を迎えている夫のように謝っている。
「アイチャン」は、それに「しゃーないなぁマコトは」とか言って頭を撫でてやったりしている。
「まったく・・・あの二人のノロケはどうしようもないですねぇ」
マコトとアイチャンのやりとりに口を開けっぱなしにしていると、左隣からそう声が聞こえた。
意識もそぞろになっていた私だったが、その言葉には瞬時に同意した。
見ると、唯一何となくまともそうな人が、さゆに負けないくらいにホワホワした笑顔で立っていた。
「初めまして。おジャマ・・・じゃなかった、紺野です。」
何を言いかけたのか若干気になったが、隣にいたマユゲが急にしゃべり出した。
「どーも、新垣です。おマメって呼ばれてます・・・」
何が恥ずかしいのかちょっと俯き加減なおマメ。そのまんまのあだ名なんだから別に恥ずかしがることはないと思う。
これで私の目の前に、7人の死神が勢ぞろいした。
- 46 名前:_ 投稿日:2005/11/06(日) 15:43
- 「私らが『ミッドナイト・モーニング』の従業員です。よろしくね。」
よろしくも何もさっさとトンズラしたくてたまらない私は「はぁ・・・」と適当な返事をした。
そこから7人全員がまんべんなく自己紹介をした。何せ長い。
私なりに要約すると、
金髪ボーイッシュはここのリーダーの吉澤ひとみさん。
運動が好きで元バレー部で、女子校でかなりモテたとか。あとは覚えてない。
アイチャンの正式名称は高橋愛さん。
訛りの理由は福井出身だから。マコトとはしっかりデキているらしい。
ヘタレイジられキャラは小川麻琴。
呼び捨てにしても大丈夫そうなくらいへタレ(公認)。カボチャ大好き。
何となくまともそうなのが紺野あさ美さん。
穀類が好きで「食べ物」とつくものは何でも大好物らしい。「おジャマ」は「おジャマルシェ」なんだとか。
マメマユゲが新垣里沙さん。
何でマメになったのかは知らないけど、私にもわかるくらいマメっぽい人だ。
そして藤本美貴さん。
個人的にヤンキーではないかと思っている。実際そんなこと言ったら殺されるくらいマフィアな人だ。
最後に・・・
- 47 名前:_ 投稿日:2005/11/06(日) 15:43
- 「私のことはもう知ってるよねぇ?」
ニコニコと亀井が詰め寄ってくる。私は「ハァ?」と返したくて山々だったが、他の6人を前にしての緊張のせいか、学校での仏頂面が精一杯。
「アンタのことなんかこれっぽっちも知らん。」
そもそもは偶然の出会いだったわけで、私と亀井とは何の繋がりもない。
ただ一つ知っていることは、傘は赤色だってことだ。
亀井はいかにも面白くないという顔をして、それじゃあ、と自己紹介を始めようとする。
「ちょぉ待って。アンタんこと知らんからって『知りたい』とは言っとらん。」
私はさらに亀井を突き放す。亀井の顔は何もかも越えて寂しそう。
やっぱり罪悪感なんかは湧いてこなくて、してやったりという具合。
「あーあ、亀井ちゃんもついにフられたねぇ。」
だんだんと肩の斜面を急斜にしていく亀井に、藤本さんが後ろから声をかける。
ふーん「ついに」ってことは、今までフられたことはないってわけだ。
それよか、客が捕まらなかったのかも知れないけど。
「私だけ寂しい・・・」
どよんとした空気を放ちながら、ゆっくりと亀井は食卓についた。
藤本さんはニヤニヤして「いいクスリだ」とか言って、亀井の向かいに座った。
「食べよーぜー。新人さんも!」
吉澤さんが手招きするが、私は重大なことを思い出した。
「あのー、いいですかちょっと・・・」
- 48 名前:_ 投稿日:2005/11/06(日) 15:43
- 『なーにー?』
タイミング、間延びまちまちの返事が7人分返ってくる。
マコトの皿にはもはやスクランブルエッグが山盛りで、アレ全部一人で食べるんだろうかと疑問が浮かぶ。
「私、新人じゃないですよ。」
言ってから2秒、口が半開きのマコトが持っていたスプーンが、カランと音をたてて皿の上に落ちる。
一瞬そちらに目をやるマコトだが、皿の上に落ちて無事だとわかると、再びこっちを見上げた。
「何?」
吉澤さんが間の抜けた声を出す。藤本さんは苦笑に近い微笑を浮かべている。
亀井だけが何も知らされていないようで、キョロキョロしている。
とたんにぐわっと藤本さんに詰め寄る、亀井を抜かした他5人。
「ちょっとミキティ、どーゆーコトよ!?」
「新人さんって言ったじゃないですかぁ!?」
「やっとあーしみたく訛った人が来てくれたと思ったのに・・・」
「詳細をお願いします。」
「ウソついたんですか!?許せませんよ、マユゲビームっ!!」
さすがのマフィア藤本も、5人の迫力には勝てないようで30度くらい後ろにのけぞっている。
5人の言い分の中に聞き捨てならない訛りと、若干おかしいビームを確認したが、それに突っ込んでいる場合ではない。
「まぁまぁみんな。ほんの冗談よ。アメリカンジョーク。」
アメリカンなのかどうかはさておいて、5人は納得できない様子。
マジで新人さんだと認識されていたということに、またも青ざめる。
「冗談じゃ済まねーよ・・・料理も気合入れたのに。」
気合って・・・ラップのかかったスクランブルエッグがですか。
ぶちぶち文句をたらす従業員達から離れ、藤本さんがこっちにやってきた。
- 49 名前:アイサー 投稿日:2005/11/06(日) 15:48
- 久しぶりの更新になってしまいました・・・。
すみません〜
>>40
実に適当なノリですが(爆
そう言っていただけると助かります〜
>>41
止まりませんか!(何
是非そのまま止めずに・・・
>>42
テンポしか取り柄がないかも・・・(爆
また続きを気にしていただけるように頑張ります(何
- 50 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/06(日) 21:30
- メチャメチャおもろいゎw
- 51 名前:はち 投稿日:2005/11/06(日) 22:41
- 更新乙です
すんごい気になるとこで止めますね・・・w
ここの従業員のメンツもそのキャラもものっそつぼです
- 52 名前:_ 投稿日:2005/11/11(金) 22:13
- 「ね、新人になる気ないの?」
・・・何を言うかと思えば。それは先に聞いといてくださいよ。
「ないです。そもそもそっちのケもないですから。」
「そっか・・・」
大体、接客業ってのは、誰もに「向いてない」と言わしめるほど、私には不向き。
アルバイトは新聞配達が精一杯だとか、スマイル注文されたらもうおしまいとか、散々な言われようでここまで来たのだから、ホストもどきなんてもってのほか。
ついでに言うと、高校生はたぶん、こんなところでは働けないと思う。
「今なんかバイトやってんの?」
「いいえ、てかできないと思います。」
藤本さんの肩越しに、6人が騒ぎに騒いでいる。
さっきの騒動なんてまるでなかったかのように、今にもスクランブルエッグ戦争が始まろうかという感じ。
「できないって?」
あ、スクランブルエッグがちょっと飛んだ。
「愛想悪いんで。」
飛んだのがマコトの頭の上に被弾。
マコトの「あーっ!!」て叫び声と、藤本さんの吹き出す音が重なった。
「うん、わかるわかる、あははは!」
いや、あははでなくて、こっちは真剣に悩んどることなんっちゃけど・・・。
このまんまじゃ食いっぷちがないけん、のたれ死にと。
「じゃあさ、マコトんとこのコンビニで雇ってもらえば?」
頭の上に乗ったのに、マコトはそれを口に運ぶ。別に、汚くはないと思うけど。
私は視線を藤本さんに戻す。近くで見るとやっぱり美人だ。
「でも・・・」
接客業は私にとって禁断の世界、とか言う前に、藤本さんの指が「しー」の形で私の唇に当てられた。
「大丈夫、気ぃ遣うことないよ。私から上手く言っとくから。」
藤本さんは上手く私の意識を汲み取ることができなかったらしい。
満足そうな笑顔で「行こう」と言って、藤本さんは私の手をとった。
スクランブルエッグは相当な量飛び散っていた。
- 53 名前:_ 投稿日:2005/11/11(金) 22:14
- 「私キズついたなぁ〜・・・」
藤本さんはあの後、マコトを始めとする6人をいいだけ叱り付けた。
やっぱり、さっきの5人の迫力は、その場の勢いで出た奇跡だった。
「私だけちゃんと自己紹介してないぃ〜」
スクランブルエッグを掃除したのは、やっぱり6人。
私はその時「まぁ朝食べたからいいや・・・」というマコトの呟きを聞いてしまった。
「せっかくアピールする機会だったのに、」
「ぐだぐだせからしか。」
私はもうパジャマに着替えて、せっせとベッドを整える亀井を横目に見ながら、そのへんにあった適当なファッション雑誌を広げている。
・・・といっても、メンズものばかりだが。
「せからしかって何なの?」
「・・・うるさい。」
普段もこんなホストっぽい格好してるのかなぁ。
「うるさいって意味なの?」
「・・・そ。」
ベッドのシーツがゴソゴソいう音はもう聞こえない。
私が雑誌のページをめくる音だけが、殺風景な部屋に響く。
「自己紹介してもいい?」
どこまでめくってみてもやっぱりメンズものしかなくて、黙って雑誌を閉じた。
顔を上げると、涼しい顔をした亀井が、ベッドに腰かけていた。
この顔嫌いだ、と素直に思った。
「別にいらん。明日出てくし。」
「でもマコっちゃんとこでバイトすんでしょ?」
しゃべる時の口元以外、表情筋はピクリとも動かない。
外がポツポツいってる。まだ雨が降っているようだ。
もうこんな時間だし、流れは流れ流れて流れているんだろうと思った。
今日は何だか、長かった。
「わからん。」
雑誌をそのへんに投げ捨てて、亀井を押しのけベッドに入る。
苦笑いの混じったような亀井のため息が聞こえ、バサバサと雑誌が片付けられる音がする。
初めて使うベッドのはずなのに、疲れているせいかさっさと眠気が襲ってくる。
亀井テメー妙なことしたらタダじゃおかんぞ、と夢の中で唱えながら寝た。
- 54 名前:_ 投稿日:2005/11/11(金) 22:14
- ・・・夜中。
私は嫌な違和感に目を覚ました。
背中が温かい・・・というより、暑苦しい。何かがくっついてきてる。
・・・何かっていうか、一つしか思い当たらん・・・。
「・・・なんばしよっとか、きさん。」
「あれ〜起きちゃったのか〜」
モゾモゾ後ろで動いて、離れるどころかお腹に手が回ってくる。
抑えろ、抑えるっちゃれいな。これ以上やったら暴力女になるけん。
「暑い。のけ。」
適当に後方へ手をのばすと、顔らしきものに触れた。
亀井が「んう」と言ったので、きっと顔で間違いないだろう。
それでも離れないので、投げ飛ばしてやりたい気持ちを必死に抑え、いよいよぐるん、と寝返りをうつ。
その拍子だった。
後ろに伸ばしていた右手が、亀井の顔から外れて何か柔らかいものに当たった。
少なからず覚えのある感触だったがために、私は自分の顔が今、みるみる青くなっていくのを感じた。
なんコイツ・・・さらしとか巻いとらんっちゃが・・・?ホストのクセにっ・・・
「うあぁ、れーなエッチぃ〜」
この際コイツを殺して私も死ぬ、とか一瞬思ったのは内緒だ。
「わざとじゃなか!しかも『れいな』って呼ばれる筋合いないけん!」
いくら強気なことを言っていても、他の女性の胸を触るなんてせいぜいお母さんぐらいだ。
おまけに、私の場合まだ発展途上なわけで、当然亀井の方が大きかった。
・・・だって、れなのはつかめるほどなかもん・・・。
って、何を言わせる。
「またまたぁ〜、顔真っ赤だよ〜?」
お母さんのしか触ったことなかもん、当たり前っちゃろ!
顔は青から赤に変わっていくし、頭ん中はごちゃごちゃでもうわからない。
暗がりでもしっかり見えるニヤニヤした亀井の顔に、恥ずかしいやらムカツクやらで、たまらずそっぽを向いた。
そうするとすかさず後ろから抱き付いてくる亀井。
・・・な、なんか・・・妙に気になる・・・。意識してしまう。
・・・当たっとるけん。
もうこうなったら寝たもん勝ちってことで、ドキドキしながら目をつぶった。
- 55 名前:_ 投稿日:2005/11/11(金) 22:14
- 〜♪
が、私の試みは「大塚愛『SMILY』」の着メロの前にあっけなく砕け散った。
「れーなの?」
「れーな言うな!・・・さゆだ・・・」
「さゆ?」
携帯のディスプレイには「さゆ」の二文字。今何時だと思っとるん、さゆ・・・。
「さゆって誰ー?」とかまとわりついてくる亀井を押しのけて、電話に出る。
「さゆっ!今夜中っちゃろ、何考えて・・・」
『れいな、大丈夫!?』
真っ暗な中、携帯のディスプレイだけが怪しく光る。
亀井が後ろで何やらブーたれているが、今はどうでもいい。
「は?」
『だって、だって・・・私以外の人んとこに泊まりに行くなんて!』
そういえば最近はさゆとばっかり遊んで、お互いの家に泊まりあって、ばあちゃんちにも行ってないし、確かにさゆ以外の人んとこで泊まるのは久しぶり・・・。
いや、そんなの私の勝手じゃん。
電話の向こうでいつになく落ち着きのないさゆに、こっちが不安を覚え、私は大丈夫だと告げる。が。
『どこにいるの?どこに泊まってるの!?』
いきなり核心に迫るさゆの質問。私は当たり前のようにぐずぐずになる。
「や・・・さゆ、もう明日にせん?」
『ダメっ!れいなが襲われたら困るからっ!』
いやいやさゆ、れなはそんな尻軽女じゃないけん・・・って・・・。
・・・コイツ私がどこにいるか、わかってるのか・・・?
「別にどこおったってよかとやろ。ホントもう夜中やけんさゆ・・・」
『私迎えに行く。』
- 56 名前:_ 投稿日:2005/11/11(金) 22:15
- 外は真っ白い街灯だけが輝いていた。
時折朝帰りの車のライトが通り過ぎて行く。亀井があくびしてるのが、視界の隅に見える。
私は何も言わずに赤ボタンを押してしまおうかと思った。
「なんば言うとぉと?ちゃけたん?さゆ。」
電話の向こうからただならぬオーラが漂ってきているのがわかる。
私は心配されているのか怒られているのかよくわからなくなってきた。
そして、さゆが普段からは考えられないほどの低音域で、決定打を放った。
『・・・住所を教えなさい。』
「・・・はい。」
例え藤本さんでもあんな声は出せないと思った。
今の私には「生」か「死」かの選択しか残されていない。
若干15歳で天に召されてしまうのは気にくわないので、とにかく従う。
半分夢の中へ行ってみたいと思っている亀井をガクガクやって住所を聞き出す。
携帯のディスプレイには「通話中」の文字が浮き出たままだ。
「はよ!住所教えろ!」
「覚えてないよぅ〜・・・」
「・・・貴様、明日は背中に気をつけな。」
「覚えてる。覚えてます。」
弱っちぃ亀井から住所を聞きだすと、大急ぎでまた携帯を耳に当てる。
無言電話かと思うくらい、向こうは静まり返っている。
そりゃ夜中だから当たり前だけど、何が楽しくて無言電話に話しかけるやつがいるか。
「・・・さゆ?」
『どこ?』
短く簡潔な言葉。ぶっちゃけ藤本さんより怖い。
長ったらしく住所を告げると、何の返答もないまま電話が切られた。
ディスプレイに映る「通話終了」の文字が、私をこんなに落ち着かせてくれるとは思わなかった。
と、携帯の画面が暗くなり、それっきりアクションなしになった。
私と共に携帯も燃え尽きたってわけだ。
「何なの?さゆって友達?」
亀井が阿呆面かましてポケーッとしている。
それを横目に見ながら、カーテンの隙間から漏れる街灯の光に照らされるメンズファッション雑誌をボーっと眺めていた。
「・・・さゆが迎えに来る。」
- 57 名前:アイサー 投稿日:2005/11/11(金) 22:18
- 更新しましたー。
田中さんハッピーバースデーです!
>>50
おもろいですか!ありがとうございます。
ちょっと萌えっぽいものを入れてみたんですがどうでしょう・・・
>>51
従業員のキャラ設定は多少古い部分もありますが(爆
いつも時代から少しズレてる作者です(汗
- 58 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 02:23
- れーにゃぁヽ(´∀`)ノ
悪魔見習い降臨?(笑w
- 59 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/12(土) 17:56
- ますます楽しみな展開。
電話の彼女がどう絡んでくるかわくわくです。
- 60 名前:まさる 投稿日:2005/12/01(木) 19:27
- とったどー
- 61 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/02(金) 01:17
- やめてけれ〜 勘違いすた(ノД`)゚:。*:゚
- 62 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:30
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 63 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/15(木) 00:54
- やばい面白い…!
今まで田亀は全く範囲外だったんですが、ここを見て範囲が広がりました。
続き楽しみにしてます。
- 64 名前:_ 投稿日:2005/12/15(木) 13:59
- いくら無気力な私でも、今のは最高に魂の抜けた声だったと思う。
車のライトが通り過ぎた。これで何台目なんだろう。
「は?」
亀井がまた間の抜けた声を発する。しかし、その声で我に返る。
そうだ・・・
「さゆが迎えに来る!」
「迎えって・・・今から!?」
亀井の質問に答える間も惜しく、バタバタと着替え始める。
荷物っていったって、制服と薄っぺらいスクールバッグしかないので、制服が湿っていることを除けばなんともない。
しかし、バタバタしすぎたのか、従業員たちが起きてきてしまった。
「何?何の騒ぎよ?」
少し寝癖をつけた藤本さんがドアを開ける。
続いて、紺野さん、新垣さん、高橋さんが入ってくる。
・・・約2名足りない気がするが、何故だかは想像がつくので、ツッコまないでおいた。
「友達が迎えに来るんで帰ります。」
キッパリと私は言った。藤本さんは全身から「わけわかんないオーラ」を発していた。
他3人もポカーンとしている。
上の階から「かぼちゃー!」という誰かの寝言が聞こえた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。迎えに来るって・・・夜中だよ?それにここの住所知って・・・」
藤本さんが困惑顔でいる中、亀井が恐る恐る口を開いた。
「あの・・・私、住所教えちゃいましたぁ」
「あは♪」とかとぼける亀井を取り残して、場の空気が一瞬にして凍りつく。
藤本さんから紫色のモノが出ているような気がする。
そしてついに、藤本さんが地獄の閻魔大王の如く、「ゴゴゴゴ・・・」とか効果音がつきそうな迫力で、ゆっくりと顔を上げる。
「亀井!!キサマぁ!!」
どうしてそんなに怒るんだろうと思った。
- 65 名前:_ 投稿日:2005/12/15(木) 13:59
- 「そいじゃ、ちょっとだけお世話になりました。」
見送りには、紺野さんと新垣さんと高橋さんが出てきてくれた。
亀井と藤本さんは地獄絵図を展開してるし、あとの2人は「かぼちゃ」だの「頑固一徹」だのいろいろ叫んでるし。
さゆは自転車を傍らに、ずぅっと厳しい顔してるし。
それに3人はたじたじ。
「別に気にせんでもええがし。また来るやよ。」
「もう来ません!」
高橋さんは無害な人なのに、さゆは何を勘違いしたのか、大声でそう叫んだ。
あまりドスは効いていないとはいえ、さゆにだってあたりに響き渡るくらいの声は出せる。
遠くの方で窓の開く音がして「うっさいわ!しばくぞ!!」と聞こえた。
高橋さんは、お得意らしいビックリ顔でさゆを凝視している。
寂しい路地裏は、ジメジメして嫌な感じだった。
「・・・さ、さゆ、もう帰ろ?」
全ての元凶は亀井やけん、あとの人はレzってことを除けばいい人っちゃ。
それよりも、ここでもう一度叫ばれたら、さっきの関西弁の人がいよいよチャカでも持ってしばきに来るかもしれない。
私はさゆの手を握って、半ば強引に大通に向かって引っ張っていく。
さゆがジタバタ抵抗するわけはないが、しばらくじっと後ろを睨んでいた。
- 66 名前:_ 投稿日:2005/12/15(木) 13:59
- 「さゆぅ・・・何も怒鳴ることなかやん・・・」
本当に今日は疲れたと思った。
ゆるやかに流れていた「ヒルヤスミ」から始まり、「ホウカゴ」では雨に濡れ、次の日には傘を返しに行ったがために、アヤシイ場所に連れ込まれた。
れいなちゃんの小さな冒険記、これにて一件落着・・・と。
「だって『また来るやよ』とか言うんだもん。アブナイじゃん。」
たぶん高橋さんは危なくない。・・・たぶん。
夜中になっても雨は降り止まなかった。
さゆはよほど急いでいたのか、一応折りたたみ傘を持っているにも関わらず、シトシト降る小雨の中、自転車をこれでもかとブッ飛ばして来たという。
おかげでさゆはビショ濡れ。
今はピンクのドームが私たちの頭上にかぶさっているので、濡れていない。
「やけん、関西弁で怒鳴られたやん・・・」
「あれ女の人だよね。コワ〜イ」
さゆは間違いなくあの女の人に脳天ぶち抜かれるだろうと思った。
- 67 名前:_ 投稿日:2005/12/15(木) 14:00
- 「れいな、はよ起きんしゃい。もう昼やけんね。」
たぶんドアの向こうで、山のような洗濯物を抱えているであろうお母さんの声で、私は目を覚ました。
昨日帰ってきたのは、カラスやスズメが起き出す時間だった。
こそ泥よろしく抜き足差し足で無事マイルームに辿り着いて、何事もなかったかのように眠りについたつもりだった。
が、お母さんが起こしに来たってことは、気付いてたんだろうか。
しかし、とにかくお腹の空いた私には、そんなことはどうでもよかった。
「ママ、ごはんは?」
予想通り、洗濯物をパンパンやっていたお母さんの後ろ姿に問いかける。
昨日の朝以来の再会のはずなのに、第一声がまずこれというのもいかがとは思うが、眠いのでよしとしよう。
「お母さんこれから出かけるけんね。」
台所からチーンと聞こえた。
残念ながらトースターのチンではなく、電子レンジのチンのようだ。
- 68 名前:_ 投稿日:2005/12/15(木) 14:00
- あくびが途中で引っ込んだ。
「っなんっ?」
テレビから流れる目の覚めた笑い声は、私のあくびには似つかわしくなく。
朝の太陽よりはいくらかくすんだ色の光が、開け放った窓から注ぎ込む。
昨日の雨はウソだったかのように、子供たちの声がこれでもかってほどに聞こえる。
「今日さ、主婦の会で旅行行く日やけん、そうやね・・・帰ってくんの来週あたりかな。」
お昼までのんきに洗濯してたクセに。パートやってるクセに。
一週間も、私はお父さんと2人・・・。
弟は「夏休みビッグプロジェクト」とか言って、文字通り夏休み中友達の家を泊まり歩くという何とも迷惑なプロジェクトを決行している。
中学校は、昨日から夏休みに突入したらしい。
うちにはあと5日ほどで泊まりに来ると、この間メールが来た。くだらない。
「お父さんもおらんようなるけん、さゆちゃんち行っとんしゃい。」
昨日の別れ際の、さゆの心配そうな顔が浮かぶ。
結局はいつものほわほわした笑顔で「バイバイ」と手を振ったけど、何かが心に引っかかった。
さゆを騙しているような、あざむいているような、そんな気がした。
でも、私にはそんなことをした覚えはない。
「っちょっと待って。・・・パパもおらんの?」
お父さんと特別仲が悪いということはないが、さゆと一緒にいる方が気が楽なのは確かだ。
・・・こんなことお父さんが知ったら、自殺でもしかねないだろうな。
「出張って言っとったやん。それにあんたもさゆちゃんちの方が楽ちゃろ?」
お腹が鳴る。
考えていることが見抜かれて、バツの悪くなった私は、電子レンジを開けるべく台所に向かった。
- 69 名前:アイサー 投稿日:2005/12/15(木) 14:07
- 更新しました〜
>>58
降臨です(笑
何かこの後悪魔見習いさんがいっぱい絡んできます(何
>>59
この先ずっとこんな雰囲気です(爆
山場でもシリアスでもこんな雰囲気です(爆死
>>62
案内板見てきました〜
コレは対象作品なのですね・・・うわぁ(何
ともかく、運営(?)がんばってください。
>>63
未知の世界に目を向けるのはいいことです(殴
そのまま田亀ワールドにハマっていっていただけると嬉しいですね〜♪
- 70 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:45
- 本当にようけ晴れとぉ。
さゆの家までは少し歩かなくてはならない。
昨日ビショ濡れになったアスファルトも、もうすっかり乾いていた。
さゆの濡れた前髪を、ふと思い出す。
・・・そういえば、さゆが雨の降っている日に、傘を忘れたことはなかった。
私はよく忘れてさゆと二人、狭い折りたたみ傘の中で帰る。
絶対忘れてこないよねと言うと、「うん。さゆの美しい黒髪が乱れるの。」とか返ってきた。
それでも折りたたみ傘は狭く、さゆの左肩はいつも濡れていた。
今度は、肩濡れてるよと言うと、「うん。髪は濡れてないからいいの。」
大きい傘にすればいいのにといつも思うけど、「それじゃかわいくない」だとか、「ピンクには小さいものが似合う」だとか言うから、口には出さないでいる。
昨日も同じだった。
ただ一つ違うことは、お風呂上り以外で濡れることのないさゆの黒髪が、濡れていたということ。
あとは、さゆの左肩が濡れているのも、私がちっとも濡れていないのも、いつも通り。
さゆは、「たまには濡れてみるのもいいね。」と言って、ニコッとした。
いつもさゆは、どこか悲しそうで寂しそうで、嬉しそうにしている。
底なしの原色の世界に、私は呑み込まれていってる気がする。
ピンポーン
主人に似て、間延びした家のチャイム。
何か、妙にさゆに会いたい。
「れいなー?」
・・・たぶんのぞき穴も覗いていないことだろう。
「・・・さゆ、違う人だったらどうするっちゃ。」
溜息まじりの苦笑で返すと、のんびりとドアが開き、ほわほわした笑顔のさゆが出てきた。
死ぬほど気の抜けるその笑顔は、時に凶器であり、時に癒しである。
「待ってたよぉ。れいなだけ置き去りにされたんだよね。カワイソウに・・・」
ちっとも気持ちのこもってなさそうな口調で、私の頭をよしよしするさゆ。
全てが許せない行動と言動であるが、意思とは真逆に顔がほころぶ。
基本的に人に触れられるのは苦手なはずなのに、さゆだけ何故か別。
さゆはいつも私より一個上で、一段上で、一歩前を行く。
「入って。今日から一週間二人っきりだね♪」
大体うちの家族ってタイミングが悪すぎる。
お母さんは旅行?お父さんは出張?弟はビッグプロジェクト?そんなバカな。
誰かが仕組んだとしか思えない。
- 71 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:45
- 「お部屋の消臭元(ピーチ)」の匂いのするさゆの部屋に通されて、思った。
「適当に座ってて。お茶でも持ってくる。」
またミルクと砂糖いっぱいの紅茶(もう紅茶とは呼べないかもしれない)を淹れに、さゆは下に降りていった。
・・・それにしても、まったくピンクピンクした部屋だなぁと来る度に思う。
最初に来た時は正直吐き気がするほどだった。
消臭元は何ヶ月経ってもピーチのままだし、カーテンピンク、シーツもピンク、電気スタンドだって、どこから見つけてきたか知らないがピンクだ。
いい加減三年も付き合っていると慣れてはくるが、あまり好きじゃないのは確かだ。
そしてふと、昨日の亀井の部屋を思い出す。
まるで引越し初日のようにキレイさっぱり何もなくて、壁はまっさらでベッドとちゃぶ台と机しかなくて、これまたさゆの部屋とは逆に実につまらない部屋だった。
・・・今何をしてるだろう。あの殺風景な部屋でメンズ雑誌を広げているんだろうか。
ちょっとだけ、亀井にさゆの部屋を見せてやりたくなった。
〜♪
毎度おなじみの「SMILY」が鳴り出す。
そろそろ着メロ変えようかとか考えつつ、開いたディスプレイには・・・
着信
藤本さん
一瞬だけ時が止まった。番号交換したのをすっかり忘れていた。
もうあのバーとは関係ない、縁はすっかり切られたとばかり思っていたのに。
しかし出ないわけにいかない。あの人なら殴りこみに来そうだ。
「・・・もしもし・・・」
『おっ、出た出た。こんちはー藤本でーす。』
実に軽い口調で昼間っから飲んでるのかとも思えるくらいのノリ。
藤本さんは意外にも上機嫌のようだ。何故かホッとする私。
「どうしたんですか?」
『今ねー、マコトのコンビニにいんの!』
別にマコトのものではないだろうと思うが、藤本さんはあのローソンにいるらしい。
- 72 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:46
- 瞬間、嫌な予感が体を駆け巡った。
それは、階段を上がってくるさゆの足音と共に、確実に私を侵略してくる。
『店長が今から特別に面接してくれるってさー。だからおいで〜』
「れいなぁ、お茶・・・」
甘ったるい匂いをさせて、甘ったるい笑顔を浮かべて入ってきたさゆの声と、藤本さんの上機嫌な声が頭の中で混ざった。
さゆは、携帯を耳に当てる私を見るなり、怪訝そうな顔をした。
ピンクのうさちゃんテーブルの上に、ゆっくりと盆を置くと、私の隣に座った。
こういうのは確か、トラが前にいて、後ろにオオカミがいるようなことをいうんだ。
「あ、あのぅ・・・今日じゃなきゃいけんとですか?」
例え今日面接に行ったとしても、一週間さゆと一緒なんだから、何かしら問い詰められるに違いない。隣でじっと耳を澄ましているさゆは怖い。
『う〜ん・・・なるべく今日がいいな。・・・ここの店長短気だから。』
なるべく小声聞こえないようにしているのか、藤本さんの声がこもっている。
しかし、その努力むなしく、まるでまん前で叫んだかのように「藤本コラァ!!余計なこと言わんでええねん!!」と聞こえた。
何か聞き覚えのあるその声に、藤本さんは「うわっ」と小さく言って、すぐに続けた。
『じゃあ待ってるから!なるべく早く来て!』
そして、私が返答する間も与えず、回線は断たれた。
・・・さて、どうしようか。
「誰?昨日見た人?寝言の人?地獄絵図の人?」
さゆの質問もまた、間を持たせてはいけない雰囲気だった。
「地獄絵図の人。」
「やった方?やられた方?」
「やった方。」
「何て人?」
「藤本さん。」
「ふぅん・・・」
やられた方、とされた亀井がほんの少し不憫に思えたけれど、さゆの今のところの標的は藤本さんだ。
今のさゆなら、藤本さんとも互角に渡り合えるような気がした。
「え・・・と、さゆ、れな、ちょっと出かけるけん。待っとって。」
さゆのことだから、心の内で何か静かなる闘志(?)を燃やしていることだろうけど、だからといって、私を引き止めるような「かわいくない」ことはしない。
「いってらっしゃい。」
- 73 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:46
- 「あー、来てくれたー。いろんな意味で助かった〜」
土曜日のため、若干多くなった人の流れに沿って、いつもの水たまりまで辿り着く。
途中、何度か後ろから声をかけられた気がしたが、振り返っても波が行きかうだけだった。
コンビニに入るなり、店員ともお客さんとも違う、当たり前のようにホストの格好をして浮きまくっている藤本さんが近寄ってきた。
・・・正直、他人のフリをしたい・・・。
「なんでそんなに急いどぉとですか?別に今日じゃなかっても・・・」
お母さんが主婦の会で、お父さんが出張で、弟がビッグプロジェクトで、私がさゆの家に一週間泊りがけって時に、今日は何かの厄日か?
「だから店長がとにかく短気なんだって。聞こえてたでしょ?
藤本さんが蚊の鳴くような声で、私にも聞き取れないくらいの小声で言った。
そのはずなのに・・・
「誰が短気やとぉ!?」
レジの奥の開け放たれた扉から、地獄の底から響いてきてるのかと思うほどの怒声。
とたんに藤本さんはピシッと固まる。見事な直立姿勢。
お客さんがいるのに大胆な店長だなぁとのんきに考えた。
「くっそぉ・・・地獄耳・・・」
「地獄耳とは何や!!」
どうやらどこまでも聞こえているらしい。
「地獄耳じゃん・・・」
そして、藤本さんすら思いのままに操ってしまう鬼将軍が、やっとレジの奥から姿を現す・・・。
「よぉ。来たな。」
よっぽど怖い人なんだろうと身構えていたら、藤本さんくらいの髪の長さで、マコトより少し落ち着いた金色にその髪を染めて、いかにも姐御肌って感じの人が、わずかに微笑みをたたえていた。
口が悪いのをのぞけば、なかなかの美人さんだ。
「藤本、お前もう帰ってええわ。」
文字通りアゴでもって藤本さんに合図を出すと、待ってましたとばかりに藤本さんは奥に引っ込んでいく。
その姿が扉の向こうに消える前に、キレイにウインクを決めてみせた。
あとはがんばれってな感じか・・・疲れそうやね。
- 74 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:46
- 「名前、何ていうん?」
「はいっ?」
普通は自分から名乗るべき云々・・・と思ったが、逆らったらどうなるか知れないので、この人の言うことにはとにかく従っておこうと考えた。
「・・・田中れいなです。」
それに、今日は制服じゃないし、名札なんてついていないんだ。
「ん。・・・で、いくつ?」
「はぁ・・・」
名乗ったら向こうも名乗ってくれるかと思ったのに、期待外れだったようだ。
多少失礼な人だなと思いつつも、質問にはしっかり答える私。
何しろ口ごたえができない。
「15です。」
答えたとたん、関西弁の人は左眉をピクリ、と吊り上げた。
それがまた何とも微妙な吊り上がり方で、本物のヤクザのようだった。
「うわぁ、若っ!高校生やんな?」
「はい。」
その人はじわじわと何か物悲しそうな表情になり、小さく溜息をつくと、手元の資料のようなものを一ページめくった。
・・・この人の年齢は絶対に聞かないでおこう。
「どこの高校なん?」
高校のことを思い浮かべると、同時にさゆの顔が浮かんできた。
ひとつ身震いする。今頃何を考えているだろう。
「あの・・・そこの近くの。」
「あぁ!あそこな。名前出てこんけど。」
いつもさゆが考えていることなんて一つもわからない。だから、さゆが何を考えているのかなんて私は気にしない。いつもそうだった。
でも、さゆの表情が今日ほどわかりやすかったことはない。
今日のさゆは怒っていた。
「何人家族?」
どこか泣きそうな顔をしていた。それでいて今にも吹き出しそうだった。
だけど怒っていた。
私を迎え入れた時のさゆの顔は嬉しそうで、ほんわかしていて。
どうして、さゆは・・・
「なぁ、聞いとる?」
ガマンしてるんだろう。
「四人です。」
「あぁ、四人な。家族構成は・・・」
早送りで世界が回りだす。私も・・・私も帰らなくちゃ。
コンビニの面接なんか受けてる場合じゃない。さゆのところに戻らなくちゃ。
- 75 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:47
- 「帰ります。」
よく見ると、その人の胸に名札がついていた。
・・・中澤さんは大きく目を見開いた。
「は?何で・・・」
その言葉を聞く間も惜しく、私は早送りの世界の流れに飛び乗った。
コンビニなんかどうでもいいや。一週間過ぎたら、謝りに来よう。
「なぁ!家族構成はー?」
おかまいなしに関西弁が響き渡る。
紺のネクタイを締めたサラリーマンが迷惑そうに振り返る。
私もおかまいなしに振り返って、大声で叫んだ。
「両親と、弟ーっ!!」
中澤さんのニッと笑う顔が見えた気がした。
- 76 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:47
- さゆの家のチャイムは、間延びしている分だけイラついた。
いくら連打してみても、マイペースに「ぴーんぽぉーん」と鳴る。
こら、れなが帰ってきとるっちゃろ、とか意味もなくチャイムを叱りつける。
「れーなー?」
・・・やっぱりのぞき穴は覗いていないようだ。
「さゆ、ただいま!」
もう私は必死以外の何ものでもなかった。
絶対に気のせいだけど、さゆの声が震えていたような気がしたから。
ガチャッ
「おかえりっ」
ドアが開くと、昼間来たときよりもいい笑顔をたたえたさゆが、力いっぱいに抱きついてきた。
いや、帰宅を喜んでくれるのはいいっちゃけど・・・苦し・・・
パンパンとタップをすると、さゆが笑顔のまま離れた。
離れたというより、苦しくない程度に腕の力を緩めただけで、顔がばり近か。
どうやら完全に離れる気はないらしい。
「・・・入ろ。」
そのままよたよたと家の中にもたれ込んだ。
玄関マットの上にベターと二人倒れ込んで(もちろん私は下敷き)、後ろでドアが情けなくパタンと閉まる。
決してさゆは太っているわけではないが、やっぱり重い。
「さゆ、どきぃ・・・」
肺が圧迫されて、苦しい声しか出ない。
それでもさゆは私の上で嬉しそうにしがみついている。
・・・いい加減、このままだとどっか破裂するけん・・・。
「んぁぁ、ホント、どいてっ」
なんとも形容しがたい声が出たが、さゆがやっとどいてくれた。
しかし、私の鼻先に前髪を垂らして、丁度四つんばいになる形で私の上に覆いかぶさっている。
何かドキッとする。なんね、コイツ・・・なんしょうと?
「おかえんなさい。」
そういえば髪束ねてない。雰囲気が違ったのはそのせいか。
私はすっかり納得して、四つんばいのさゆの前に完全に油断した。
- 77 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:47
- 「うん・・・ただいま。」
さゆの前髪に鼻先をくすぐられながら、何故かほっとして思わず笑顔になる。
正直あのコンビニ内は、あまり居心地がいいとは思えなかったから。
ピーチがふわりと香って、何だかいい気分になる。
さゆの家は、私の家の次に落ち着ける場所。
「何だろう・・・さゆね、すごく不思議な気持ちになっちゃったの。」
今、役者オーディションに出て「不思議そうな顔して」って言われたら満点がつきそうなくらいの、とにかく不思議そうな表情で、さゆは言った。
私からすればさゆの存在自体が不思議とも言えるけど、それはあんまりなので言わないでおく。
「れいなが行っちゃってからね、何て言うか・・・心臓の底にチリが積もってるみたいな。」
「もやもやした感じ?」
「ううん、もやもや+寂しさ、っていうか、むなしさっていうか、とにかく不思議だったの。」
私は何故か、その時世界中のマイナスの気持ちが、さゆに集まってきたんじゃないかと思った。
だって、私もまた、さゆのその気持ちを表せる言葉を見つけ出すことができなかったから。
ほんの簡単な言葉のハズだった。
- 78 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:48
- 「だからね、れいな・・・」
さゆはゆっくりと私の上へ体を預けてくる。と、思いきや、背中に手を回して、私をぐい、と引き起こした。
急に加えられた力に、私が「んお?」なんて間抜けな声を発しているうち、ゆっくりとさゆの胸元に、私の表情は埋められた。
さっきみたく腕のしめつけはキツくなく、言い知れぬ程の包容力を持ってして私を抱きしめている。
やっぱり、いつものさゆと違う。そうじゃなかったら・・・このドキドキは何だ?
「ちょっとでいいから、このまんまでいよ?」
その瞬間、私の頭の中からは、すべての思考が消えた。
何でだかはわからない。ただ、さゆの腕の中がとんでもなく気持ちがよかっただけだ。
いつもさゆの考えていることは一つもわからない。だから私も、さゆの考えていることなんて気にしないんだ。
- 79 名前:_ 投稿日:2005/12/23(金) 19:53
- どのくらいそうしたままでいたんだろう。
気が付いたとたんにそう思ったが、時間のことなんてただの野暮ったいことだ。
やばい、このまんまだと寝てしまう。
「・・・な、さゆ、れな眠い。」
相変わらずさゆの腕の中は気持ちいいけど、玄関マットの上にこの体勢では腰も痛くなるってもんだ。
さゆはもう一度私をキツく抱きしめると、今までのがウソだったみたいにスッと離れた。
「ありがと、れいな。」
ねぼけた視界には、いつものさゆのほんわかとした笑顔が映った。
私もつられて笑顔になった。
・・・ただ、そのままのんきにお風呂に向かう私は気付かなかったらしい。
さゆの目元が濡れていたのに。
- 80 名前:アイサー 投稿日:2005/12/23(金) 19:55
- 年末大量(これでも)更新!!
半分押し倒されてます田中さん。
- 81 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/24(土) 01:11
- むむぅ〜気になる展開ですね!! れーな気づいてぇ。+:゚(ノД`)゚:+。
- 82 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/12(木) 03:45
- おもしろいっすねー!お気に入りに追加させていただきました!
- 83 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/21(土) 23:45
- おもしろーい!なんかドキドキするっす!
- 84 名前:_ 投稿日:2006/02/15(水) 11:41
- 〜♪
「SMILY」の着メロはもう飽きた。今の時代はセニョリータさ。
さゆはお風呂で、あまり上手いとは言えない鼻歌を歌っている。
とっくにお風呂から上がってまったりしていた私には、その着メロは少なからず不快に感じられた。
相手も確認せずにぶっきらぼうに出てやる。
「誰?」
もし相手が非通知だったら、これで相当ビビるだろう。
しかし、通話口の向こうの相手は、私が今一番話したくない相手だった。
『グッドイヴニ〜ング。れーいな♪』
どうもほろ酔いの様子で、私にとってイライラする種類の声。
私の脳裏に、一筋の悪寒が走った。
「・・・か、亀井?」
『かめいだとぉ〜?つれナイゼ、れ〜なぁ〜』
慌てて通話相手を確認する。・・・知らない携帯電話の番号。
・・・藤本さん、あれほど亀井だけには教えるなってクギ刺しといたのに・・・。
「おまっ・・・なんばしとっ」
ガラガラッ
絶対に酔った勢いだと思うが、う〜とかあ〜とか言っていかにも話が通じなさそう。
後ろでギャハハだのかぼちゃだの言ってるのが聞こえるので、きっと従業員で飲んでいるんだろう。
・・・しかし、今の音は・・・。
「れいなぁ〜上がったよ〜」
さっきよりも確かな悪寒が背中を這い上がってくる。
さゆはどんな時も、グッドタイミングで事を起こしてくれる。
『んぁ〜?誰だぁ〜?』
落ち着け。ドライヤーは下にあるし、さゆは風呂上り一時間は鏡の前から離れないんだ。
その間にこのバカを何とかする余裕はある。
「どげんしとーと?三十文字以内で用事を述べよ。」
『れいなと話したかった。』
・・・くそ、字数多すぎたか。
『さゆとかいう人んとこにいんでしょ〜?』
「何で知って・・・」
『コンビニの面接途中でバックレたって?』
「・・・・。」
『でも大丈夫ぅ、嬉しいお知らせがありま〜す』
もうどこに怒りをぶつけたらいいのかわからないまま、亀井が「パンパカパーン」とかのんきに言うのをただ呆然と聞いていた。
しかし、この時私は、今日のさゆがいつもと違うってことを完全に忘れていた。
- 85 名前:_ 投稿日:2006/02/15(水) 11:41
- 『実は、コンビニの面接に・・・』
「れいな?」
『見事、合格しました〜!!』
ピーチの香りが淡く漂う室内に、亀井の嬉々とした大発表だけが響き渡った。
いつもパサパサに乾いて、くしでとかしてサラサラになってるはずのさゆの髪。
今日はどうしてそれが、濡れそぼったままなのか、私には理解できなかった。
私はとっさに電源ボタンを押した。
「・・・どげんしたん?いつも一時間くらい鏡見とるやん。」
黒のボディにオレンジのラインの携帯。妙に冷静な私の声音。
全てが情けなく思えた。
「・・・れいな」
さゆの声は恐ろしいほどに落ち着いていて、何かが抜け落ちたかのようだった。
仮面のような冷たい表情で、決して一つも感情を読み取らせず、一見すればいつものさゆと同じだった。
そう、何らいつもと変わらないさゆの姿のはずだった。
「うん、この際だから、はっきり答えてほしいの。」
さゆは、バスタオルを肩にかけたまま、ゆっくりと私のそばへ歩み寄り、そして私の隣に座った。
私は怖くてたまらなかった。さゆは怒っているようには見えない。
だけど、心の内でさゆが激怒しているということに気付いてしまったから。
さゆの怒っているところなんて、少なくとも私は知らない。
「れいなは、あの人たちと、もっと一緒にいたい?」
無論私は首をぶんぶんと横に振った。酔っ払った亀井からの二度目のコールはまだ鳴らない。
心持ちさゆは目を細めて、私を覗き込むようにして言った。
「ウソでしょ?」
私はあの路地裏に立っているような気がした。
ピンクの部屋に、嫌な風が吹く。
さゆの気持ちを表す言葉が、今ようやくわかった気がした。
- 86 名前:_ 投稿日:2006/02/15(水) 11:41
- 「・・・藤本さんは・・・」
藤本さんは、怖いけど実は優しくて、明るくて、面白い人だ。
頼りにもなるし、結構美人だし。
吉澤さんはカッコよくて、体育会系で、突き抜けてる人。
あの人の嫌なところなんてあがらないんじゃないかってくらい。
高橋さんは、訛りが楽しくて、早口で、たまに何言ってるかわかんないけど、いざって時に頼りになって、宝塚が好きで。
新垣さんは、まともな方だけどたまにビームを放ってて、でもそれも悪くないかなって。
お豆ってあだ名も、個人的にすごく気に入ってる。
マコトは何か親しみやすくて、ぶっちゃけあんまホストっぽくないと思う。
けど、めっちゃ愛想がよくって、お人好しで、良い奴。
紺野さんは、唯一の常識人で、悩みとかも聞いてくれるし、頭良い。
でも嫌味ったらしくなくて、食べ物食べる時はすっごく幸せそうなんだ。
- 87 名前:_ 投稿日:2006/02/15(水) 11:42
- 「・・・で、亀井は・・・」
いつしかさゆの右手は私の左手と繋がっていて、それがあたたかくて嬉しいのか、やっぱりどこか怖いのか、私は子供みたいに半ベソをかいていた。
「亀井は・・・バカ・・・だけど、」
さゆの表情はだんだんと穏やかになっていて、いつものほわんとした顔に戻っていた。
その顔に安心して、涙がこみ上げてくる。
あの人たちと過ごした、たった一晩は、こんなにも鮮明に記憶に残っている。
スクランブルエッグ戦争も、メンズ雑誌も、ビショ濡れになった制服も。
バカみたいに全部憶えてる。
「バカだけど・・・たまにカッコイイ・・・」
そこまで言い切ると、せきを切ったように涙が溢れ出してきた。
またさゆの胸に顔を埋めて、大声をあげて泣いた。
切ないのか、悲しいのか、やるせないのか、やっぱりわからなかった。
私の背中を撫でるさゆの心の中は、今日の昼間と同じ色の渦が巻いているだろう。
私はその気持ちの名前にはっきりと気付いた。
さゆ、それって、「シット」じゃなかと?
- 88 名前:アイサー 投稿日:2006/02/15(水) 11:47
- 更新ですー。
>>81
れいなはきっと、どこまでも鈍く美しく(何
だんだんと泥沼化してきましたがいかがでしょうか?(ぇ
>>82
お気に入り入りましたー!(壊
ワンクリックでぽちっとな(何
>>83
こんな雰囲気でドキドキしていただけるなんて・・・恐縮です。
地味にスリルとサスペンスを感じさせられるよう努力しますw
作者これでも受験生なため、3月まで消えます。
それでは!
- 89 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/19(日) 23:26
- やったー!更新されてた!!
受験がんばってください。
そして、待ってます。
- 90 名前:_ 投稿日:2006/04/16(日) 01:46
- 泣きながら眠る、ってのは、意外と気持ちいいことだと知った。
それが、さゆの腕の中だったからなおさらだ。
いつの間にか私たちは、壁にもたれかかって、私は半分さゆを枕にしているような形で寝ていた。
さゆはもたれて座って眠る形だ。
「んぅ・・・」
ほんのり明るくなってきたピンクの部屋が視界に戻ってくる。
ピーチの香りと、淡くシャンプーの香り。
「おはよう、れいな」
突然上から降ってきた声に、一瞬ビクッと体が震えた。
さゆはフッと声を漏らして微笑むと、ゆっくりと私の頭を撫で始めた。
ホントにいつものさゆじゃない。だって頭を撫でるのは必ず私の方だから。
「おはよう、さゆ。腰痛くなか?」
起きて早々、「かわいくない」ことを聞く私に、さゆは「もぅ・・・」と呟いて、笑った。
「さゆは腰が痛くなるなんて年寄りくさいことにはならないの。」
私の頭を撫でながら、さゆは満足そうに微笑む。
言ってることは何らいつもと変わらないさゆに少し安心して、ぐっと伸びをした。
- 91 名前:_ 投稿日:2006/04/16(日) 01:46
- 朝からさゆの家には、私とさゆの二人しかいない。
思えば昨日もそうだった。バタバタごちゃごちゃしていて、気にもとめなかった。
聞けば、おじさんは社員旅行、おばさんは、私のお母さんと同じ主婦の会で旅行。お姉さんは彼氏と夏の情熱旅行だそうだ。
・・・二人して一人ぼっちになるので、都合がいいと両方の親は考えたらしい。
純粋にさゆと二人っきりで一週間、なんて、これから先二度とめぐり合えない奇遇だろう。
「あ〜ん、やっぱりハネてるぅ〜」
髪ボッサボサの私をよそに、鏡の前でさゆが、あーでもないこーでもないとぶちぶち言っている。
そんなん、昨日いつも通り手入れしときゃよかったやん。
タイミング悪く電話してくる亀井も亀井だけど、面倒事はさっさと片付けてしまいたい。
・・・そういえば、昨日の亀井は本当にただ私と話したかっただけなんだろうか。
何か忘れてるような気もするけど、さして重要な話はしてなかったような・・・。
ブラウン管は平和に笑っていいともを映し出す。
さゆのいる部屋からはドライヤーの音が止まないし。結局一時間鏡の前から離れないのは同じらしい。
〜♪
火曜日の放送終了後・・・のテロップが出ると共に、セニョリータが陽気に叫びだす。
心臓が下から押しあげられるような感覚が体を巡る。
すぐさま通話ボタンを押してドライヤーの音をうかがうが、止みそうな気配はない。
ホッとして通話相手を確認する。相手が亀井だったら切ろうと思ったからだ。
・・・ちゃっかり亀井の番号を登録している私も私だとは思うが。
しかし、予想に反して相手は藤本さんだった。
藤本さんならさゆにも言い訳がきくだろうと思い、耳に当てる。
「もしもし」
『あったまいったぁ〜・・・』
私はいつ何時でも油断は禁物だと、今身を持って思い知った。
私の鼓膜に届いたその声は、少し太めで低い、藤本さんのそれではなかった。
『あ、切らないでよ。』
もはや耳を離しかけていた私に、亀井がすかさずクギをさす。
私は小さく舌打ちして、不機嫌なんだぞという旨を声音に変えて伝える。
「何?」
『昨日途中で切ったでしょ〜?も〜、素直じゃないんだからぁ〜』
こりゃ昨日相当酔っ払ったな。夜が明けてもあまりろれつが回っていない。
おまけにやたら間延びしていてムカツク。
わざわざ藤本さんの携帯を借りてかけてくるあたり、何か用事があるのだろう。
ないと困る。なかったら殺す。
『で、今日からさっそくバイトだよ?』
- 92 名前:_ 投稿日:2006/04/16(日) 01:47
- さゆのドライヤーが、やかましく音をたてていた。
すぐそばの国道は日曜日のため渋滞で、夏休みの旅行へと出かける車であふれ返っている。こちらもクラクションがやかましい。
「・・・あ。」
『あ、じゃないよ。昨日いろいろと伝えなきゃいけないことあったのに・・・』
タイミング悪くピンクの部屋に響き渡ったあの重大発表。
意識の片隅にも置かれていなかった。
「それだったら、藤本さんがかけてくればよかやん。お前嫌いやけん。」
ドライヤーの音が止んで、一瞬ヒヤリとしたが、次は陽気な鼻歌が聞こえてくる。
今日のさゆの髪型はどんなのになるんだろうとか思いつつ、心はもう藤本さん待ち。
亀井が、何ともつかないうめき声をあげる。
『そんなぁ〜、私ヘコむよ、れいな〜』
「れいなって呼ぶんじゃなか!」
そう叫んだとたんだった。
どこからかトミーフェブラリーの着メロ。曲名はよく知らない。
今度こそ体の内側から冷えた。さゆのだ。
鼻歌は止まないまま、足音がのんびりと近づいてくる。
「・・・きっ、切るけんね!」
『はっ?ちょっと・・・』
亀井の少し裏返った声を残して、それっきり携帯の電波は途切れた。
慌てて携帯をソファーの上に放り出すと、すぐそこにあったテレビ欄を引っつかんだ。
さゆは鼻歌をやめず、携帯を持ってまたドライヤー部屋に消えていく。
私は何事もなかったかのようにテレビ欄を見ているフリ。
正直、けっこうスリル満点だったけど、メールみたいで助かった。
増刊号が終わってしまうと、めぼしいテレビ番組がなくなる。
だからってテレビを消すと、また電話がかかってきた時に困る。丸聞こえだ。
〜♪
・・・案の定、さゆがまたドライヤーをかけ始めたのを見計らったかのように、もはや聞くのが嫌になってきたセニョリータが鳴る。
着信相手はまた藤本さん。もう自分の携帯でかけてきたっていいのに。
電話代払うのが嫌なのかな。
「もーしもーし」
- 93 名前:_ 投稿日:2006/04/16(日) 01:47
- 『バ亀井!人の携帯勝手に使ってんじゃねぇよ!!』
『ひぃぃ!ごめんなさぁーい!』
てっきり亀井かと思って適当に応答してみれば、元々の携帯の持ち主藤本さんだった。
・・・無断で携帯使ったのかよ。しかも藤本さんの。度胸あるっちゃね。
しばらくの間、電話口で亀井がボコられた後、普段の藤本さんに早変わり。
『もしもし?ごめんね〜』
この人と中澤さんだけは、絶対に敵に回してはいけないと思った。
「いえ。」
『バ亀井から聞いた?』
「はい。面接受かったんですよね。」
よくよく考えてみると、あれは面接と呼べるものだったのだろうか。
道のど真ん中を、人ごみをかきわけながら、遠ざかっていくローソンの店長と大声で家族構成を教えて教えられて。
最近は、ハタから見るとヘンなことばかりしているように思う。
『都合ついたらでいいから、初出勤だし。連絡しなかったこっちが悪いし。』
「助かります。」
思ったことをそのまま言った。
今日からバイトを始めるとしたら、あとのお泊り週間は夏休みに突入するから、またさゆをなだめて出かけなきゃならなくなる。
『はいよー。ほんじゃねー。』
簡潔な締めくくりで、何のためらいもなく電話は切られた。
藤本さんとの会話はあっさりしてて楽だ。
それにしても、昼っぱらからどっと疲れた。何でこんなに肝を冷やさないといけないんだ。
また携帯をソファーに放り出して、安心してテレビを消した。
ドライヤーの音もそろそろおさまってくるかというところ。
わずかな静寂に包まれるリビング。時計の針が無機質にリズムを刻む。
その音は催眠術よろしく、私の脳は休み始める。
あーあ、さっきまで寝てたのになぁ・・・という呟きも、あっけなく意識の波にのまれていった。
- 94 名前:アイサー 投稿日:2006/04/16(日) 01:50
- 更新です。
>>89
待たれてました(何
受験の方、読者の皆様のおかげでしょうか、無事合格いたしました!
ありがとうございます。これからも何卒よろしくお願い致します。
- 95 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/17(月) 09:34
- 更新来てた!待ってましたよ。
そして合格オメ!!
こちらこそ、今後もどうぞ更新宜しくです。
どつかれた亀井は大丈夫なのかな?
- 96 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/20(木) 19:44
- 亀ちゃんカワイソス・゚・(ノД`)・゚・
- 97 名前:_ 投稿日:2006/05/20(土) 23:23
- 「れいな」
どれくらい寝たんだろうか。誰かの呼び声に目を覚ます。
しかし、まだ私の体は休息を要求している。まだ起きない、という意思を、一つ寝返りをうって表す。
・・・ん、寝返り・・・?
「れいな」
それはおかしい。私は思いっきり体をねじって、ソファーにもたれて寝ていたはずだ。
が、今は頭の下にしっかり枕があって、体は横たわっている。
「れいな」
回らない頭で考えているうちにも、上から降ってくる声。
私は考えるのをやめて、薄暗くなった部屋の中、頭上に目をこらす。
かすかにピーチの香りを漂わせて、やっぱり、いた。
「・・・なんしとぉ?さゆ・・・」
昨日からこんなようなことばかり続いているので、特別驚きはしなかったものの、やっぱりまだ不思議な感じがした。
さゆはいつでも自分が一番カワイクて、他人の気持ちなんか二の次で、手鏡が心の友だった。
さゆのまわりはいつもピンク色が漂っていて、原色の世界が取り巻いていた。
その、さゆが、今私に膝枕なんかしている。
「ううん、れいなが『かわいくない』体勢で寝てたから。」
当たり前のようにわけのわからないことを言ってのけるさゆに、寝起きということもあって、頭がクラクラしてきた。
さゆの判断基準は「かわいさ」であることは百も承知だが、それは常に自分に当てはまるものであって、他人に当てはまるものでは決してない。
私は一気にさゆがわからなくなった。
「さゆ、言いたいことあんならちゃんと言い。」
私はさゆを下から見上げたままで、少しかすれた声で言った。
きっとさゆは言いたいことを言わない。またピーチの香りが漂う言葉で上手くごまかすだろう。
- 98 名前:_ 投稿日:2006/05/20(土) 23:23
- 「じゃあ、言うけど」
・・・何だろう、ここ数日は見事に予想外のことをしてくれる、この人は。
さゆは私に起き上がるよう促すと、しっかりと私の目を見据えた。
この気持ちはこれで二度味わったことになる。
玄関マットの上で、さゆと二人で倒れこんでいた時の、あの気持ちと同じ。
私はまたわからなくなってきている。私は何をしたいんだろう。
よくわからない気持ちになって、さゆの気持ちは「シット」だってわかったのに、さゆにはまだ言いたいことが残っている。
「さゆね、好きな人がいるの。」
私は何を望み、何を拒み、何を待っているの?
それはコンビニでバイトすることでもなく、もう一度あのバーに行くことでもなく、夏休みを待ち望んでいるわけでもない。
「さゆのすぐ近くに、一番近くにいるの、今。」
「さゆ・・・」
「ねぇれいな。」
限りなく小さく口を動かして、あとはなるべく全身の力を抜いて、目は少し潤んで。
私は、やっぱりわからなくなった。
「さゆは、行かないでほしいと思うなぁ。」
ただ、それだけ言って、さゆは台所に入った。
私が行きたい所なんて、たくさんある。行くべき所も、それと同じくらいある。
学校、コンビニ、マクドナルド、東京タワー、渋谷駅、ライブハウス、ディズニーランド、一年一組、国道沿い、六本木ヒルズ・・・。
そんなものはおいといて、さゆが言いたかったのはただ、この一ヶ所のこと。
ミッドナイト・モーニング
ただ、それだけだ。
「さゆ〜、手伝うよ〜」
そろそろゴールデンタイムに入ろうかという全国放送のブラウン管を残して、私も台所に入った。
さゆは珍しくピンクのエプロンをして、フライパンに油をひいていた。
ピンクのエプロンは、上機嫌な証。
さゆはニコッと微笑んで、「じゃあ卵出して」と、さっそく私を使い始めた。
別に、何の不満もなく、涼しい風を吐き出す冷蔵庫から、白いだ円を二つ取り出した。
- 99 名前:_ 投稿日:2006/05/20(土) 23:23
- 翌日は実に気だるい一日だった。
その一番の要因は、思いっきり月曜日なため学校があることだ。
しかし、それをもう全く休日のようなテンションまで引き上げてくれるのは、「終業」と名のつく式典だった。
授業は午前中で終了。面倒な大掃除は適当にやりすごして、いざ通知表、となると、とたんにみんなのテンションが下がる。
浮き沈みの激しい一日も、担任の「さよなら」の挨拶と共に蜘蛛の子を散らすように消え去る。
みんなは、もうとっくにカラオケやらプリクラやらに向かっていった。
しかし、教室にはまだ二匹の子蜘蛛。カラオケも、プリクラの誘いも断った子蜘蛛。
「さゆ、ホントに行かなくてよかと?せっかくの夏休みやけん・・・」
そりゃ、さゆは日がな一日鏡とにらめっこしてた方が楽しいとは思うけど、夏休みの前半は思いっきり遊ぶべきと私は思う。
「いいの。今日は買い物に行く予定だから。」
ギク。
「ふーん。行ってらっしゃい。」
「そんなこと言ったってダメ。一緒に来るの。」
やっぱり逃げることはできなかった。何てったってさゆの買い物は長い。
長くて、ピンク色で、いつでも自分の全身像が見える。
さゆの買い物は、そんなもん。
- 100 名前:_ 投稿日:2006/05/20(土) 23:24
- 只今の時刻、PM12:30。
今から買い物に行くとなると、少しばかり急ぐ必要がある。
何故なら・・・
「さ〜ゆぅ〜、適当でよかやん・・・」
「ダメッ、美しさのヒケツは小さなことからコツコツとなの!」
さゆの服選びに最低30分はかかるから。
私はそれこそ適当に、着替えの入ったバッグの一番上の服を引っつかみ着ただけだが、さゆのクローゼットからは出るわ出るわ、同じようなピンクのフリフリがたくさん。
ピンクの部屋はピンクの服でいっぱいに散らかって、私は片付ける気も失せてベッドの上でぼーっとさゆを眺めている。
「ねぇれいな、どれがいい?」
そう言ってさゆは、どう見ても同じにしか見えないピンクを3つ差し出す。
わずかな相違点でもあればいいのだけど、いかんせん3つとも何の違いもない。
コメントのしようがないので、運試しとばかりに、
「じゃあ右の」
と答えてみる。が、
「もうっ!れいなってほんっとセンスないんだから!」
とあしらわれて終わり。決まってそうだ。
結局はそれから30分かけて、さゆ曰く、「一番淡い色のピンク」の服に決まった。
どこらへんが「淡い」のかは聞かないでほしい。
- 101 名前:_ 投稿日:2006/05/20(土) 23:24
- 服を見に行くと決まってドクロに目がいくのは何故だろう。
「ねぇれいな、あれ見て!」
ドクロをじーっと眺める私に、さゆが今着ているのと同じような服を指さして言う。
さっきからもう4度目くらいだ。
そして私が答える前に、さっさとその服を見に行ってしまう。だったら聞くなよ。
また聞かれる前に、さゆが来なさそうな紳士服のところまで逃げた。
まぁピンクにかこまれてるし、とりあえず大丈夫だろう。
しかし紳士服のコーナーじゃやることがない。これこそダボダボだ。
地味な色のスーツが並ぶ通路を、なんとなしに歩き回る。
派手な色のスーツばかり着ていた亀井の姿が思い浮かぶ。
あーいうのってどこで買うんだろう。少なくともこんなところにはないだろう。
地下街の奥の方にそういう店が・・・
ドンッ
そんなことを考えていたら、間抜けにも何かにぶつかった。
すぐに顔が熱くなって、相手が「物」であることを願って顔を上げる。
- 102 名前:アイサー 投稿日:2006/05/20(土) 23:27
- 更新しました〜
>>95
高校に入って落ち着いたことだし、頻繁に更新できたらなと思ってます。
どつかれた亀井さんは・・・割と大丈夫です(何
>>96
亀ちゃん・゚・(ノД`)・゚・ (何
割と大丈夫なので大丈夫です(謎
- 103 名前:名無飼育 投稿日:2006/06/01(木) 21:36
- さゆれなとってもいいです
これからも頑張ってください
待ってます
- 104 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/03(木) 00:54
- 待ってます!!
- 105 名前:アイサー 投稿日:2006/08/04(金) 12:39
- 携帯からなので上手く書き込めていないかもしれませんが、生存報告です。我が家のパソコン様が入院中のため、更新が遅れています。申し訳ありません。パソコン復活次第、更新しますので、それまで待っていていただけると嬉しいです。作者でした。
- 106 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/07(月) 10:01
- 報告キタ!待ってます!!
- 107 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/29(金) 04:16
- いつまでも待ってますよ。
早くパソコン復活するように祈るばかりです。
- 108 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/13(金) 01:44
- 面白い!!
待ってます〜
- 109 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/13(金) 06:50
- 復帰待ってます
- 110 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/27(水) 23:19
- まだまだ待ってますよ♪
- 111 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 17:27
- 復帰はもう無いのでしょうか?
- 112 名前:アイサー 投稿日:2007/04/05(木) 00:13
- 申し訳ないです…。
かなりほったらかしてしまってます。
いっそパソコンを買い替えようかと思っているところです。
必ず更新はしますので、忘れた頃に覗いてやってください。
本当に申し訳ないです。
- 113 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/06(金) 18:32
- >>112
気にせず、作者さんのペースでどうぞ
気長に待ってますんで
- 114 名前:アイサー 投稿日:2007/12/11(火) 22:33
- うんざりするほど生存報告してます…更新したい。
申し訳ないです。切腹ものです。
放棄はしません。
がむばります。
- 115 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/02(水) 05:07
- 作者さんのペースで書いてください。
気長に待ってます。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/04/22(火) 11:42
- 気長に待ってますよー
- 117 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/06/17(火) 12:17
- 復帰希望です。。。コレ大好きなので。
- 118 名前:_ 投稿日:2008/07/10(木) 22:47
-
「やっぱりかぁ。背丈とかそのまんまだったから、そうかなぁと思って。」
自分でも驚くぐらいの反射神経で、すぐさま私の足はピンクの真ん中へと向かった。
しかし、相手はそれをやんわりと止めた。
「ありえん。れなが何したとね…?」
私の左腕を掴んでいるのは、間違いなく亀井だった。
あのムカツいてくるニヘラ笑いを浮かべて、私の神経をさらに逆撫でする。
「なんしとん」
「まこっちゃんの買い物に付き合ってんの。」
左腕にこめられた力が結構なものだったので、痛い、と振りほどいたら、素直に、ごめん、と謝られた。
しかしながら、どこにもかぼちゃ大先生の姿は見当たらない。
「おらんやん」
「食品売り場でね、かぼちゃサラダの試食やってたの。」
納得。
「アンタは?」
「『アンタ』なんて他人行儀だなぁ…『絵里』って呼んでよ」
「オマエはどげんしとーと?」
「……ヒマだから服でも見ようかと。」
一瞬サラリーマン姿の亀井を想像して、笑いそうになった。
サラリーマンというよりセールスマンのほうが似合ってるかもしれない。
「こげんとこで服ば見とってもロクなもんなかとやん。」
クリーム色に縦じまのかかったワイシャツを見ながら言った。
亀井とこんなにゆっくりじっくり話すのは初めてかもしれない。
亀井はニヤニヤしながら私を見ている。気持ち悪い。
「あのね、それ『ハカタベン』でしょ。」
「『博多弁』な。」
「あぁ、博多弁。」
そろそろ助けを求めようか。このままだと「お茶でもおごるよ」って来そうだ。
「一人で来てるの?お茶でもおごるよ。」
…コイツも面白いほど予想通りな人間だな。
私は亀井を一瞥して、その誘いには乗らないという旨を伝えると、さっさと踵を返す。
また何かしてきたら大声でさゆを呼んでやる。
「ね、私のこと誤解してない?」
平坦なトーンだが、どこか物悲しそうなその声に、思わず足が止まった。
何だか…こんな声は初めて聞く。
「…ん?」
思わず、なだめるかのような生易しい声が出る。
私と亀井の間には、紺のスーツばかりが10着ほど並んでいる。
亀井はその距離を1ミリも縮めずに続ける。
「…お茶、おごるよ?」
亀井はきっと、私に話したいことが色々あるんだと思う。
私が勝手に、ヘンな奴って、気持ち悪いって、嫌な奴って決めつけてたから。
思いっきりの差別やん。カッコ悪…。
「今日はムリ。」
さゆに黙ってそんな誘いにのったら、間違いなく殺される。
亀井は、やっぱり、というような顔をして苦笑いした。
「…けど、明日なら空いとる。」
今私は、最高に無愛想な顔をしてるだろう。
それとは真逆に、亀井の表情がぱぁっと明るくなって、満面の笑みに変わった。
不思議と嫌な気分にはならなかった。
「明日バイト行くつもりやけん、終わったら店行く。」
さっきぶつかったときよりも顔が熱い。
デートの約束をするカップルってこんな感じなんだろうか。
それとも今の私とさゆの状況がもうすでにデート?
幸せの絶頂を迎えているかのような亀井を、照れ隠しに軽く蹴っ飛ばして、早足でさゆのところへ向かった。
後ろから「ごめん亀井ちゃーん」という、かぼちゃ大先生の声が聞こえた。
- 119 名前:アイサー 投稿日:2008/07/10(木) 22:51
- シビレを切らして携帯から書き込みテス。
切実にパソコンどうにかしてください母上。
1レスで申し訳ないですが、私自身も更新したくて仕方なかったので…
待っていてくださった皆様、申し訳ありませんでした。
仮復活ということで。
- 120 名前:_ 投稿日:2008/07/13(日) 00:52
- 「やっぱりこういうとこじゃダメねー」
あれだけはしゃいでおいて何も買わないんだから、とんだ冷やかしだ。
さゆは、たった今出てきたばかりの109にブツブツ文句を言っている。
そんなん言うんだったら一人で代官山にでも行ってくればいいのに。
すでにヘトヘトに疲れはてた私は、ほぼさゆに引っ張られていく形で歩く。
でも、さゆはまだやる気マンマン。
「次は鏡見に行くのー。その後はうさ耳ぃー」
鏡なんて腐るほどあるじゃん。しかもうさ耳って何だ、うさ耳って。
そうやって反論する気力すらなく、さゆにずるずると引っ張られていく。
尻に敷かれとる。
「さぁーゆぅー。もう今日はよかやん…」
「ダーメッ!れいなは黙ってついてきて。」
さゆは器用に昼時のビジネスマンをかいくぐって、駅までさっさと歩を進める。
私は道行く人と肩をかすめたり、つまづいたりして、もうやる気ゼロ。
そのうち、つないでいたさゆの手が、もう指一本で引っ掛かっている状態になった。
「さゆ、ちょ、待って…」
お腹が空いてイライラしているワイシャツ親父やら、OLの団体やらに、舌打ちされたりヒソヒソ言われたり、だけどさゆは待ってくれない。
そしてとうとう、引っ掛かっていた指も途切れた。
「あっ…」
とたんに一人ぼっちになる私。
道の真ん中でどうしようもなく、とりあえずこれ以上舌打ちをされないために、前から来る人を避けながら歩く。
いつまで経ってもさゆの背中は見えてこない。
まったく、自分から連れてきておいて何だ。
さゆときたら、昔から自分勝手で、私を困らせてばかりで、いざって時には鏡ばかり見てさ。
…だけど、そうだからこそさゆなのかも。
「…さゆー。」
見えない後ろ姿に声をかけてもみるが、まわりに白い目で見られるだけだった。
何だか心細くなってきて、立ち止まった。
「さぁーゆぅー…」
そんなマイペースなさゆが、私は時々寂しかったりして。
「れぃなぁー…」
じぃっと見つめていた先から、微かにさゆの声が聞こえた気がした。
少し待っていると、やがてさゆが人の波をかき分けて現れた。
「いたっ」
「もう…さゆ歩くん早かろうもん。こげんとこで迷子ばなったら…」
少しブーたれてやろうと思ったら、ピンクの布地が視界いっぱいに広がった。
体がびくん、と跳ね上がった。また抱きしめられている。
ゆったりと漂ってくる香りはいつもと違う。シャンプー変えたんだ。
「もうっ、ダメじゃない!どこ行ってたのっ!」
いや、それはこっちのセリフだし、もう一人で代官山行ったのかとばかり。
どうも府に落ちないまま、またさゆと手をつないで歩き始める。
だけど今度は、指だけで引っ掛かってたり、通りすぎる親父に舌打ちされることもなかった。
さゆがちゃんと隣にいる。
「どこ行くと?」
「代官山。」
「……。」
- 121 名前:_ 投稿日:2008/07/13(日) 00:55
-
翌朝8時に、さゆが眠い眠い言うのを振り切って起床。
さゆはまだ寝てていいと言ったのに、れいなに任せたら心配だからとか言ってバッチリ起きてきた。
別に何も任された覚えないっちゃけど。
歯磨きをしているそばから、おいしそうな匂いが鼻をつく。
今日は初出勤の日。
さゆに、休みの日は昼まで寝てるのがれいなのデフォなのに何で何でーとか問い詰められたので、バイトだと白状したらお弁当作るとはりきり出した。
別に嫌じゃないし、むしろありがたいのでお願いした。
「携帯、お弁当、自転車の鍵、学生証、ティッシュ、ハンカチ持った?」
いざ行ってきますと玄関先に立てば、お前はオカンかと突っ込みたくなるような確認攻め。
「持っとる、持っとるけん大丈夫。」
全てに適当な返事を返して、さっさと自転車にまたがる。
さゆは何だかそわそわしていて、落ち着きのない様子。
「どげんしたん?」
聞くと、困ったような顔になって、珍しくはっきりしない。
行くなら早めに行きたいし、いつまでもさゆに付き合ってはいられない。
すると、何を思ったか私は、さゆの顔を覗き込んだ。
慌てて顔を上げて、ゴホン、なんて咳払いするさゆ。
「やっぱりもうちょっとちゃんと言えばよかったかな…」
目は合っているはずなのに、独り言かと思うくらい上の空。
何のことかよくわからなかったけれど、それに負けないくらいによくわからないことを思い立ってしまった。
「行ってきますのチュー?」
「え」
本当に何を考えていたのだろう。
私は何のためらいもなく、さゆの頬にキスをした。
呆気にとられた様子のさゆ。不思議と熱くならない私の顔。
「行ってきまぁす。」
私は呑気に笑顔を浮かべて、ペダルに足をかける。
さゆは呆然としながらも、いってらっしゃい、と返してくれた。
- 122 名前:アイサー 投稿日:2008/07/13(日) 00:56
- 更新しましたー。
ちまちまで申し訳ないです。
- 123 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/13(日) 14:12
-
初めて読みました
最初から読みましたが表現とか文章の書き方とかすごく好きです
ぜひとも完結させてほしいです
作者さんのペースで更新頑張ってください!
待ってます
- 124 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/14(月) 01:00
- 復活キタコレ!
また読めて嬉しいです
作者さんのペースで頑張って下さい
- 125 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/07/25(金) 11:54
- うれしいです!
ぜひ完結させて頂きたい
応援してます
- 126 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/19(火) 18:49
- 待ってます
- 127 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/14(日) 12:53
- 待ってますよ〜
- 128 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/04(土) 01:10
- コレ、最高
- 129 名前:_ 投稿日:2008/10/05(日) 22:51
-
「おー、来たか。」
店に入るや否や、何故かレジに立っていた中澤さんが手を振った。
隣のレジにはマコトと高橋さんがいる。
「やっと来た〜。待ってたやよ。」
「やっほー田中ちゃん。」
ローソンの制服を着てると極普通のアルバイトさんに見えるのになぁ。
中澤さんは2人の「本業」を知ってるのかな。
「ほな、あとはあの2人に聞いてや。裕ちゃんは忙しいねん…」
中澤さんは幸せそうに笑顔を浮かべながら奥に引っ込んでいった。
隣のマコトを見ると、相変わらずニヘラニヘラして口が半開き。
こんなんで果たして女性はトキメクだろうか。
大体あぁいう店って夜中からが本番ってもんなのに、閉店が午前0時ってマコトや亀井以前の問題だ。
だからアルバイトなんかしてるんだろうか。
高橋さんがマコトに、口開いてるやよーと注意して、私に手招きした。
「あーしが色々教えるやざ。まずはこっち。」
レジはマコトに任せて、私たちは奥の「Staff Only」ってとこに入った。
ポテチのダンボールとか、ミネラルウォーター20本入りとか、いかにも在庫という感じのする陳列棚を過ぎて、何か貼り紙がされたドアの前までやって来た。
貼り紙には、「ノック必須。挨拶必須。できへん奴は地獄の果てまでシバキ倒す。」
──とりあえず背筋を伸ばした私を見て、高橋さんは苦笑いすると、これは気にせんで、と言ってゆっくりと扉を開けた。
部屋の中には新旧ヤンキーが顔を揃えていた。
「何や、もう来たんか?」
「おっ、ちょっと久しぶり。」
妙にキメた中澤さんと、いつものホストスーツでタバコをふかす藤本さん。
…藤本さん、何でそんなにタバコが似合うんですか。
「どうも。藤本さんは何しとぉとですか?」
「ヒマだから来てみた。」
そうですか…。
じゃあ中澤さんはと思って見てみると、笑顔を崩さないままメイクをしている。
いちいち服のシワとか整えて、髪の毛をひっきりなしにイジっている。
この雰囲気はもしや…デート?
「よしっ、ほな行ってくるわ!」
『行ってらっしゃ〜い』
私もつい手を振ってしまったが、一人意気込む中澤さんを置いて、藤本さんはタバコをふかしていたり、高橋さんは書類の山をあさっていたりしている。
「よっしゃ〜、矢口ぃ〜待っとれよぉ〜♪」
中澤さんは目一杯スキップをしながら、私たちが入ってきた扉の向こうに消えていった。
失礼な話だけど、まさか中澤さんに恋人がいたとは。
「あった。」
世の中ってわからないもんだなぁとか思っていたら、高橋さんが何やら書類の山から見つけ出したようだ。
高橋さんの胸あたりまである書類の山は、危なっかしくグラグラしていた。
何ちゃろアレ、請求書?なわけないか。
「ほい、田中ちゃん。これマニュアルやざ。」
渡されたのは到底マニュアルとは思えないほど薄っぺらいA4サイズ。
疑いつつも中身を見てみると、やたらとデカいゴシック体で、
『1.万引き犯は通報する前に半殺しまでは可
2.服を脱ぎっぱなしにしない。見つけ次第切り刻んで雑巾にするで
3.歳の話をしたら殺す。末代まで祟ったる。
4.胸の大きさのことは言うな。よっぽど怖い目に遭いたいなら別だけどね。
5.カボチャを好きになろう!
6.彼女ができたら真っ先に報告すること。ただしそれ以上はノロケないこと。』
いや、物騒すぎる。マニュアルなのこれ。
ここのコンビニの規約ってこんなん?
少ない割に内容が重すぎなんやけど…。
従業員もオカシイならマニュアルもオカシイ。
お客の入りも良い大通りに沿って上手いこと店をかまえているというのに、こんな物騒なマニュアルのもと働いている従業員のところへ、何も知らずにお客はやって来る。
ついこの間まで私もその客の1人だったんだけど。
マコトに至ってはホストフィルター標準装備で、恋人の高橋さんそっちのけでニヘラニヘラしているのが常だし。
現に私もフィルターにかけられたくらいだし。
「先輩として言っておくけど、それだけはね、守ったほうがいいと思うよ。」
高橋さんは真剣な表情で言った。
私もそれに精一杯頷いた。
- 130 名前:アイサー 投稿日:2008/10/05(日) 22:54
- すみません、本当はもう1レスくらい更新しようかと思っていたのですが、なんだか忙しくて…
また近いうちに更新します。
相変わらずちまちま更新で申し訳ないです。
- 131 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/09(木) 21:09
- 更新キタッ
ホントに大好きな作品に出会えて幸せです!!
私はニヘラニヘラしてるマコが好きですww
続きが気になります。頑張って下さい
- 132 名前:_ 投稿日:2008/10/13(月) 20:37
- とりあえずその後はマニュアルを5以外しっかりと覚えて、レジの打ち方を教えてもらった。
慣れてくるとレジ打ちのカチカチが快感になってきて、意味もなく楽しい。
30分ほど練習すると、高橋さんが「実習生」と書かれた名札をくれた。
「田中ちゃん飲み込み早いから大丈夫かと思うけど、一応最終チェックってことで。」
これで今日の午後4時まで何も問題なければ、晴れて採用ってことだ。
…なんだけど、
「いやぁー、助かったよ田中ちゃん。よくできた後輩だ!」
何故か先輩であるはずのマコトのフォローばかりして、ちっとも働いた気にならなかった。
どこまでヘタレなんだ、このカボチャ大先生。
「お疲れさん。バッチリやよー」
隣で私がマコトに四苦八苦しているのを、ニコニコ見守ってくれていた高橋さんが、手でマルをつくった。
…少しくらい助けてくれたってよかやん。
その日はお小遣い程度に給料をもらって、初めてのバイトで初給料をもらえたことにちょっとばかり感動しながら、さぁ帰ろうと歩き出す。
──が、次第ににぎわってきた人の流れの中で、私の携帯が軽快に自己主張を始めた。
私は、あぁ、と1人つぶやいた。
亀井と約束してたの忘れてた。
「…もしもし」
『終わったかにゃ〜?』
実にグッドタイミングな着信だけど、今のはちょっとムカつく。
もう何時間も待ち望んでいたかのような声。仕事はどうした仕事は。
「終わった。そっちは?」
『ん、ご指名がないから抜けれた。』
…もっと言い訳してくれてもよかよ、亀井…。
『じゃあ迎えに行くね?』
「いいよ。れな行くけん。」
『ダメっ!もう暗くなってきてるでしょ!』
私は足を止めて、煌々と照る太陽を見上げた。
夏真っ盛りやけん、なんが暗かと。
「もう着くけん、よか…」
『てか来ちゃった。』
もう目の前にあの公園が見えてきたというところで、携帯と背後から同時に同じ声が聞こえてきた。
振り向くと、いつものホストスーツではなく、メンズ雑誌のモデルみたいな服装で、亀井がニコニコ立っていた。
ふーん、やっぱ私服は私服なんだ。ちょっとはセンスあるじゃん。
「…なん、その服。ダッサいの。」
カッコいいと思ってしまったのが悔しいような恥ずかしいような感じがして、照れ隠しにお腹に軽くパンチした。
亀井はフニャッと表情を崩して、よしよしと私の頭を撫でると、手をとった。
「れいなの私服、昨日も思ったけどスッゴクかわいいね。」
やっぱ悔しいけど、一気に顔が熱を持った。
不思議といつものキザな感じがしなかった。
- 133 名前:_ 投稿日:2008/10/13(月) 20:38
- 「あんら、亀ちゃん彼女?」
ファミレスだか喫茶店だかよくわからないところに連れてこられた。
外観はびっくり●ンキーみたいだったけど、中に入ってみると●イヤルホストみたいだ。
カウンターがあって、その向こうには見事なまでに整った笑顔を浮かべる人がいた。
何ともいえない絶妙な笑顔だ。言い当てるなら、天使の微笑み、みたいな。
「いや違うんですけど…。なってくれるといいなぁ。」
頬を赤く染めて私の肩に手を回してくる亀井。
あんま調子乗っとるとタダじゃおかんとよ。
天使さんはまた素敵な笑顔を浮かべると、座って、と目の前の椅子をさした。
私たち以外にお客さんはぽつらぽつらとしかおらず、大体みんな1人でいるらしかった。
穏やかで落ち着ける雰囲気だから、1人で物思いにふけるには良い場所なのかも。
「何にする?」
「ウィスキー♪」
亀井がゴキゲンに注文する。酔ったってれなは知らんよ。
「だんめ。亀ちゃん酔ったら何するかわかんないしょ。」
天使さんは当たり前のように、亀井の前にウーロン茶を置いた。
ブーたれる亀井をよそに、天使さんはこちらに向き直る。
「えーと、あなたは…」
「あ、田中です。」
「あ〜、それじゃダメさ。」
天使さんがチッチッと指を振るかたわらで、亀井がニコニコしながらウーロン茶をすすっている。
天使さんは、それじゃあ、と自己紹介を始めた。
「なっちは、なっちって言うべさ。あっ、そうじゃなくて、なっちは安倍なつみだべ。うん。」
…とにかく、なっちさんというらしい。
なっちさんはそれだけ言うと、何か満足したように私を見つめる。
正直言って何を期待されているのかサッパリだけれど、隣の亀井にヒジで小突かれてはっとした。
つまりは、えっと…
「…れいなです。」
自信なく言うと、なっちさんと亀井の両方が二へ〜と笑った。
「うんうん。…で、何にする?」
「ホットミルクとか…」
最近、背を伸ばそうと頑張ってるから、と言ったら、なっちさんは顔を真っ赤にしながら笑いをこらえ、亀井は失礼にも吹き出した。
もちろん、亀井にビンタをかましたのは言う間でもない。
- 134 名前:_ 投稿日:2008/10/13(月) 20:39
- 「私ってそんなにキモくないでしょ?実は。」
亀井は2杯目のウーロン茶を半分まで減らしたところで、のんびりとそう言った。
マドラーで氷を弄ぶ、その表情を見ながら考えた。
最初に路地裏で変な出会いをした頃から比べれば、印象はだいぶ良くなったのは確かだ。
危険人物、から、ちょっとした知り合い、に昇格したのも確か。
だけど、ちょっとした知り合い、で片付けるには、説明のつかないことが1つある。
──何か、たまにドキドキする。
耳にピアスしてるの見つけたときとか、今日の私服とか。
ちょっとした亀井の変化を見つけるだけで、変な気持ちになる。
さゆに玄関先で抱き締められたときみたいに。
さゆがそのとき抱いていた気持ちは、「シット」だとわかったけれど、肝心の、「何に対してのシットなのか」が、まだわからないままでいた。
たぶん、わかんないことが多すぎて、こんな気持ちになってるんだ。
そういうことにしよう。
「…うん。言っとるほどキモくなか。」
ホットミルクがなくなった。
- 135 名前:_ 投稿日:2008/10/13(月) 20:40
- 帰る頃には、もうすっかり夜になっていた。
マナーにしていた携帯は一度も震えず、ただ午後8時を告げていた。
どうしてこんなに長い時間、あそこでただ黙っていられたのかはよくわからない。
ホットミルクがおいしかったからかな。
「夜に散歩するのって好きなんだぁ。」
さっきから亀井は嬉しそうに隣を歩いている。
どうせまた、「送るよ」、とか言うもんだと思ったので、逆に「送って」と連れてきたのだ。
それはもう、尻尾をちぎれんばかりに振る犬の如くヘコヘコとついてきた。
さゆ何しとるんちゃろ、怒っとらんかな。思ったより遅くなったと。
一等星しか輝かない東京の空を見上げて、それから亀井を見上げて。
ん?、なんて小首をかしげてこっちを向く亀井に、何だかドキドキして。
「…ね、もうちょっと、デートしない?」
耳元でそんな声が聞こえた。
さゆが家で待ってる。たぶん晩ごはん作って待ってる。
私は、さゆと亀井を天秤にかけなくちゃいけないらしい。
「…もう遅いけん、無理。」
さゆの家が、すぐそこまで迫ってきていた。
正直言うと、デートに行きたいと思っている。どうかしちゃったのかもしれない。
だけどやっぱり、さゆが怒るからとかそういうんじゃなくて、さゆを待たせたくないし。
「…そっか…友達、待ってるんだね。」
亀井は妙に穏やかな表情で、黙って私の手を取った。
そして、ホストらしいキザっぽさで、手の甲に唇を落とした。
最初なら、「キモい」と蹴っ飛ばしていたところだったが、今の私はどうかしてる。
──ラッキーだったな、亀井。
「また今度デートしよ♪…じゃあね、れいな。」
それだけ済ませると、あっさりと離れて何事もなかったかのように手を振る亀井。
手の振り方もどことなくカッコつけてたけれど、さっきの通り私は今どうかしてるので、ちょっとだけカッコイイと思ってしまった。
だから、必死に無表情を装った。
「じゃあね。…絵里。」
亀井は一瞬驚いたように振り返って、笑顔を赤く染めて、頭をかいた。
- 136 名前:アイサー 投稿日:2008/10/13(月) 20:44
- 今度こそしっかり更新(したつもり)です!
みなさん沢山のレスありがとうございます。
相変わらず携帯なもので、お返事するのが難しい状況です。すみません。
亀更新にも程がありますが、これからもお付き合いしていただければ幸いです。
- 137 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/13(月) 20:59
- たまたま来たら更新されてたのですっごいうれしいです!
お返事はされなくても全然大丈夫だと思いますよ
それにしても亀ちゃん格好いいなぁ
- 138 名前:_ 投稿日:2008/10/15(水) 20:27
- さゆの家はいい匂いがしていた。ピーチの香りではなくて、おいしそうな晩ごはんのにおいだ。
絶対バイトじゃないってバレてる気がする。
恐る恐る居間に続くドアを開けると、予想に反して人の気配がない。
さっきチャイムを押したときは、不機嫌な声が「あいてるよー」と通りすぎていったのに。
そんなのおかしいじゃん。入ったら即抱きついてくるような人なのに。
「さゆぅ?」
誰も見当たらないのに、台所に作られた料理の存在が不気味な生活感を醸し出していた。
何かちょっと、ホラーな気分。
他人には若干不良に見られがちな私だが、何を隠そうかなりのビビリ。
ちょっとトイレに行っている間にドアの陰に隠れて脅かしてくる友達なんて最悪だ。
「さゆぅ…怒っとぉなら謝るけん、出てきて…」
何せこんな状況は初めてなので、私は情けなくも半泣き状態。
とにかく何でもいいから出てきてほしい。
妙な静寂に煽られる恐怖心に耐えられなくなるかと思った、そのとき。
「さゆ…おらんの…?」
「いるよ」
ようやく、待ち望んでいた声とピーチの香りが背後から漂ってきた。
そして私の首に絡まってくる腕。
「もうちょっとだけ黙ってようかと思ったけど、れいなってば泣きそうなんだもん。」
つまんないの、と、さゆは舌を出してみせた。
それから私の耳元で、ふぅ、と溜め息をついて、そのままソファーに座りこんで、私を足の間に捕まえた。
逆さまにさゆの顔を見上げると、何ともいえない表情で黙って私を見ていた。
鏡を見ているときの横顔に似ていると思った。
「ねぇれいな…」
さゆはゆっくりと私の首筋のあたりを撫でる。少しくすぐったい。
「ぅん?」
「…さゆがこれからすること、嫌だったら言ってね?」
- 139 名前:_ 投稿日:2008/10/15(水) 20:28
- 言うが早いか、さゆはグッと私の身体を持ち上げて、私がさゆをまるっきり座椅子にしているような体勢をつくった。
わけのわからないまま、さゆを振り返ろうとすると、それを読んでいたかのように何かが
唇に触れた。
「!?」
それがさゆの唇だということがわかるまで、時間はかからなかった。
少しの間も与えず、柔らかい感触が口内を支配した。
───怪しく濡れた、さゆの舌。
やっぱりわけのわからないまま、さゆの舌は私の身体から力を奪っていく。
一度離したかと思えば、少し空気を入れてまた口付ける。
「くふっ…んっ…」
もはや一杯一杯になっている私に、さゆの「すること」はエスカレートしていく。
ゆっくりと捲り上げられる服の裾。
お腹に触れる突然の感触に、身体がビクン、と反応する。
もうそろそろわかってきた。
さゆは、私と、シたい、んだ。
ブラのホックが外されたところで、私は拒絶の意味をこめて体を裏返した。
さゆと向かい合う形になって、その腕にしがみついて外されたブラを押さえる。
「っ、さゆ…何しようと…!」
一瞬見えたさゆの顔が、またすぐにブレて消えた。
「嫌だったら言って」って忠告したのはさゆなのに、今度は完全に押し倒される形になった。
またキスをされて、さゆの肩を突っぱねる精一杯の力も、あっという間に抜け落ちていく。
ブラはとっくにソファーの下に落ちて、服はどんどん剥がされていく。
それでも力は出なくて、上半身はすっかり脱がされてしまった。
「やめっ…っつ…」
いきなりさゆの舌先が、胸の先端に触れた。
噛み殺すような声が出て、身体はうるさいくらいにビクビクする。
漏れ出ようとする声を必死に抑え、さゆの頭を押さえるようにして抱き込める。
けれど、声を抑えれば抑えるほど、刺激は強くなって、切なくなって。
「ん…ぁ…」
とうとうこらえていた吐息が漏れた。
- 140 名前:_ 投稿日:2008/10/15(水) 20:29
- さゆがもう一度、優しいキスをしてきて、またあの何ともいえない表情になって、言った。
「ごめん、ね。」
さゆの顔がうすぼんやりと見えた。いつの間にか、私の目には涙が溜まっていた。
さゆは優しく、ゆっくりと私の涙を拭うと、またキスをした。
それから何をするでもなく、さゆはいつものように、お風呂入ってくるね、なんてうさちゃんピースをしながら、お風呂場のカーテンの向こうへと消えていった。
私は今、何をしたらいいのかわからなかった。
さゆの家に来てこんなに戸惑ったのは初めてだ。
──あまり上手いとはいえない、さゆの鼻歌を聴きながら、ただ無性に泣きたくなった。
ごめんね、さゆ。あまりにもれながニブすぎて、自分がニブいってことにすら気付かんかったと。
今も、何に対して自分がニブいのか、ようわからんちゃ。
さゆのは「シット」で、私は「ニブ」くて、だから、亀井と話したくなった。
一応メルアドも交換したけど、亀井の、絵里の気の抜けたファンタみたいな声が聞きたい。
私は半裸のままで携帯を手に取って、そのまま電話をかけた。
『もしもしぃ?』
呼び出し音が鳴る前に、絵里の嬉しそうな声が届いた。
なんコイツ自分で電波受信しとぉと、なんて思いながらも、その早さが嬉しい。
『れいなぁ?私もね、今かけようかと思ってたのぉ〜』
「…ふふ、そう?」
──今すぐ抱きついて思いっきり泣きたい、そう思った。
ホストスーツでも私服でも何でもいいから、とにかくぎゅーっとして泣きたい。
そんでもって、ぎゅーっとしてもらいたい。
「…絵里…」
『ん?』
聞こえてくる声は柔らかで、優しくて、暖かくて、眠たかった。
一瞬、さゆのことを言おうか迷ったけど、言ったところで何ともない。
絵里に余計な心配をかけるだけ。2人の仲が悪くなるだけだ。
「会お。」
『うん。店来る?』
「…2人がいい。」
『大賛成。』
さゆの鼻歌が止んだ。あがってくるんだ。
今はさっさと約束を取り付けて、あとは明日話そうと思った。
だけど、やっぱり切りたくなくて、それでもさゆの足音が近くて、ごはんもまだ食べてないのを思い出した。
「じゃ、ね。」
『はいはーい。明日ぁ〜』
私の心とは正反対に、あっさりと電話は切られるかと思った。
───けれど、こらえていた涙は、やっぱり溢れ出てくるものらしい。
『…何でも聞くから。私がれいなの代わりに泣いてあげるし、今日だけは我慢してて?』
ばか。
- 141 名前:アイサー 投稿日:2008/10/15(水) 20:32
- 風邪を引いてしまって暇であります(寝ろ)
今回はさゆれなでした。
微エロ気味ですが大丈夫かと思いsageませんでした。
ではまた次回です。
- 142 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 00:10
- ついに、さゆみん本格始動ですね!!
だんだん物語りが動き出し始めたかな?
どうでもいい話ですけど、
うさちゃんピースをしながらカーテンの向こうに消えて行く所が好きです(微妙
つかさゆみん攻めなんだw
- 143 名前:名無し飼育さん 投稿日:2008/10/16(木) 18:49
- 更新きてたー
最後の一文がハマりました
れいなかわいい
亀ちゃんかっけー
お身体お大事に。。。
- 144 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/10/19(日) 21:26
- 更新されてるー!!!
さゆ頑張れ れいなニブいけどそこがまた良し
キャメちゃん可愛い
やわらかな気持ちになるストーリー
作者様最高です(^O^)/
ありがとう!!
- 145 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/03/05(木) 13:32
- 初めて読みました
れいなが可愛い!さゆも絵里も
最新更新分まで追い付いてしまって切ない気持ちですw
作者さんのペースで更新待ってます
- 146 名前:アイサー 投稿日:2009/07/30(木) 19:45
- お久しぶりです。
この度、自サイトを開設いたしました。
この作品も新しく書き直そうと思っています。
なので、この続きは自サイトにて書いていきたいと思います。
ttp://75.xmbs.jp/DAIZONE/
↑携帯閲覧推奨です。
よろしければいらしてください。
失礼しました。
- 147 名前:名無飼育さん 投稿日:2009/07/31(金) 03:01
- うわーーーー
待ってました!
- 148 名前:名無し 投稿日:2016/06/18(土) 11:09
- 書かれないんですか?
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