エンドレスワルツ
- 1 名前:ori 投稿日:2005/07/04(月) 02:36
- はじめまして、こんにちは。
普段はヲタ絵師をしている者ですが、ものかきとしてのスキルアップを目指して小説に挑戦します。
レスは大歓迎です。アドバイス・感想などありましたら何なりとどうぞ。
それではいきなり変化球ですがこれからUPするのは「仔犬のワルツ」のオマージュ作品です。
当然娘は葉音(なっち)しか登場しませんし、オマージュ作品のためochiでよろしくお願いします。
- 2 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:38
-
『エンドレスワルツ』
- 3 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:39
- 「一人で留守番だけど大丈夫かい?」
水無月芯也さんは玄関先まで見送りに出てきた桜木葉音ちゃんに声をかける。
芯也さんは大学の用事で地方へ行くとかで今日一日家を留守にする。
優しさ以外の感情がないようなこの人はいつも葉音ちゃんを気づかっている。
「ええ、平気。それに一人じゃないわ。ワルツも一緒」
「そうだったね。ワルツ、葉音を頼むよ」
そう言って芯也さんはボクの頭をなでる。
大丈夫と言いたくて小さく2度吠える。
ボクが葉音ちゃんを守るから。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
- 4 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:40
- 実を言うと芯也さんが出かけるとボクは大抵ヒマだった。
芯也さんは家に居るとき、葉音ちゃんの身のまわりのことは
すべてやってしまうと言ってもいい。
ボクは葉音ちゃんとずーっと遊んでもらえるからいいけど
優しさもここまでくると過保護でしかない。
葉音ちゃんがひとりでいるときはピアノを子守唄代わりに昼寝をしたり
意味もなく部屋の中をぐるぐる回ってみたりと、時間を持て余している。
芯也さんの暮らすマンションはこのあたりでも高級な部類に入るらしく
とてもお洒落で居心地のいい所なのだが
ボクは公園でドロだらけになって走り回る方が好きだった。
「おいでワルツ。お散歩に行こうか」
なので今日のボクはついている。
葉音ちゃんに駆け寄り、いつものように指を三度舐める。
それが喜びを表現だと判ると葉音ちゃんも目を細め、そらから身じたくを始める。
葉音ちゃんも女の子だし、最近は友達にお化粧を教えてもらったんで
みだしなみを整えるのも忘れない。
お化粧と言っても唇と目元をすこしいじるだけの春らしいナチュラルメイクだ。
でもボクはスッピンの葉音ちゃんも十分可愛いと思っている。
- 5 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:41
-
◇ ◇ ◇
- 6 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:42
- 今日は風が少し強かったけど天気はよかった。
ボクはすぐにでも走り出したかったけど、葉音ちゃんに合わせてゆっくり前を歩く。
このときのボクはさながら、お姫さまを守る騎士のような気分だ。
盲目の葉音ちゃんとの散歩コースは点字ブロックのある大通りが多いけど
都会の中にポッカリとある公園も必ず通る。
高くない並木によって道路とは切り離された落ち着いた空間がボクは好きだった。
そのときボクは陽炎を見たのかと思った。
並木が避けたその間を白い影が近づいてくる。
葉音ちゃんは1度足音を聴いただけで
その人の歩き方のクセや特徴から相手が誰だか分かってしまう。
そして目の前に現れたクセも特徴もないこの足音は
気をつけなければ聞き逃してしまいそうなこの足音は
一人しか居ない。
「………幸子?」
突然葉音ちゃんの前に現れた幸子は決して感情を表さない瞳で
葉音ちゃんにある場所に着いて来るように言った。
- 7 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:43
-
◇ ◇ ◇
- 8 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:44
- ―――東都音楽大学。
音楽をかじった者でこの大学を知らない人はモグリだ。
それほど水無月の影響力は強く、それと同時に水無月鍵二の名は
死後18年たった今でも音楽界の伝説となっているのだ。
芸術の力は永遠であって、何百年経っても人を感動させることができるのだ。
幸子が葉音ちゃんを誘ったのは大学の奥にある第13音楽室だった。
あらかじめ用意しておいたらしい教室の鍵を取り出し開錠すると
葉音ちゃんに教室に入るようにうながした。
その教室はずっと使われていないのか、少し埃っぽかった。
幸子は無言で手近な窓を開き換気する。
「葉音サンは『第13音楽室の消える楽譜』をご存知ですか?」
葉音ちゃんも童顔だけど幸子の声もその風貌に似合わずとても幼く聴こえる。
まるで言葉を覚えたての子どものような無垢で細い声。
それでいて彼女の言葉を聞き逃したことは不思議とないと思う。
もっとも、幸子の声を開くのは今日が初めてだけど。
- 9 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:45
- 「いいえ」
幸子の問いに葉音ちゃんは素直に答えた。
ボクらは大学に来てまだ日が浅い。
それに相続争いにも大学にもさほど興味ない葉音ちゃんにとって
そんな学生の間の噂話や怪談のたぐいなど聞いたことあるはずがなかった。
幸子の話だとこうだ―――
数年前、この東都音楽大学・第13音楽室で一人の女生徒が変死したそうだ。
彼女はたぐいまれなピアノの才能の持ち主だったけど、不幸にも練習中に天板に挟まれ息絶えた。
事故として処理されたけど、それ以来この教室では怪現象が相次ぎ
保管してあった全ての楽譜が消えたらしい。
「この1枚を除いて」
そう言って幸子はどこに持っていたのか1枚の楽譜をボクらに差し出す。
それは手書きで簡単に書かれた、お世辞にも上手いとは言えないけど、ごく普通の楽譜だ。
- 10 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:47
- 「これはその変死した女生徒が遺した楽譜だそうです。
気味悪がった生徒が何度もこの楽譜を処分しようとしたそうですがその度に怪現象が起こり
たとえ処分したとしても翌日にはこの教室に舞い戻って来たそうです」
ピアノが弾けなくなった生徒の魂がこの楽譜に宿り
怪現象を引き起こしているとでも言いたいのだろうか。
芸術家の不滅の魂が。
「葉音サン、貴女にこの楽譜に宿る悲しみを癒せますか?」
ボクにはそう問いかける幸子の瞳に何か光が宿ったように見えた。
でも葉音ちゃんはその見えないプレッシャーを一蹴した。
「…何故私にそんな話をするの?
あなたにピアノの才能があるなら『天使』らしく
あなたが弾けばいいじゃない」
- 11 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:47
- 「その変死した女生徒は、盲目だったそうです」
その言葉には葉音ちゃんも息を呑む。
「これは盲目の少女が文字通り死ぬ想いで書き遺した曲です」
普段は決して光らない幸子の目と、闇色の葉音ちゃんの目が交錯する。
その場が凍りつくような感じがした。
お互いがお互いにメデューサにでもなって石化したかのように動かなかった。
先に目を逸らしたのは幸子の方だった。
いや、相手が盲目なのだから最初から視線がかみ合うことなんてないんだ。
「弾くかどうかは葉音サンの自由です」
- 12 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:49
- そらから幸子は教室中央のグランドピアノへ向かう。
天板を持ち上げポールを立て、鍵盤の蓋を開き音を確かめる。
流石に音楽大学だけあって教室の掃除とは違い
ピアノの調律は忘れられていようで音は狂ってないみたいだ。
幸子はそのまま椅子に腰を下ろし、鍵盤に触れる。
そして取り憑かれたかのようにピアノを弾き始めた。
幸子の演奏は素晴らしいものだけど、聴いてるひとを切なくさせる音だった。
レクイエムのつもりなんだろうか?
それともこれが成仏できない女生徒の悲しみなのかもしれない。
優しく、それでいて物悲しい、まさに天にも届くような曲だった。
それは葉音ちゃんにも痛いほど伝わってるみたいだ。
- 13 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:49
- そのときボクが感じた悪寒は気のせいではなかった。
文字通り全身が総毛立ち、目の前に影が落ちる。
窓枠がガタガタと音を立てて震え出し、あちこちの引き出しから飛び出した紙が
ざわめく羽虫のように舞いボクらの視界を覆ったのだ。
思わず激しく吠え立てる。
「何? 紙… 楽譜!?」
葉音ちゃんが短い悲鳴をあげる。
ボクらの周りをたくさんの楽譜が渦巻いているのだ。
怪現象―――ポルターガイストと言うやつだ。
『これが曲の怒り… いいえ、悲しみです』
幸子が何か歌ったように聞こえた。
- 14 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:50
- 紙の嵐の中、葉音ちゃんは問いかける。
「曲そのものの悲しみ?
楽譜そのものの悲しみ?
この怪現象は変死した生徒の霊のせいじゃなく、
永遠に弾いてもらえることのない曲の悲しみが引き起こしているの?」
2人とも何を言ってるんだろう。
そうだろするとおかしいじゃないか。
「だっていま幸子が弾いてるじゃない…?」
幸子はピアノを弾くことを止めない。
すると目の前を舞っていた楽譜が泡がはじけるように消え始めた。
1枚、また1枚と…
次々に消えていく楽譜が、水面にいくつもの波紋をつくるように空間に不気味な波をつくる。
そして幸子が弾き終えるのと同時に最後の楽譜が消えた。
- 15 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:51
- ―――沈黙。
曲の余韻も楽譜と一緒に消えたかのよな静寂に2人とも口を開かない。
葉音ちゃんを見る幸子の眼には自分に対しての無力感ではなく
どこか軽い失望のようなものがあった。
でもどういうわけか葉音ちゃんは幸子の方ではなく虚空を見つめているようだ。
「どうかしましたか?
なにもかも消えてなくなりましたよ」
でも葉音ちゃんは疑問符を浮かべる。
「もう1枚あるじゃない」
- 16 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:54
- 楽譜はすべて消えたのはずだ。
それ以前に目の見えない葉音ちゃんにそれが分かるはずがない。
でも葉音ちゃんは問いかける。
何もない空間に。
イヤ、そこだけ空気が輝いている。
葉音ちゃんはそこに手をかざすと、その小さな手の中を光が踊る。
「あなたが楽譜を消しているの?」
今度は幸子は不思議そうに首を傾げる。
幸子には見えていないんだ。
でも葉音ちゃんはひとり納得して呟く。
「…そうか。
この曲はこの1枚の楽譜で全部じゃない。続きがあるのよ。
誰にも気づいてもらえず、弾いてもらえず、ずぅっとひとりぼっちだった。
だから他の楽譜を消した。
他の楽譜がなければ自分が弾いてもらえる。そう思ったのね?」
するとそれに応えるように葉音ちゃんの手の中の光が輝きを増す。
- 17 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:54
- それは幻視だったんだろうか。
葉音ちゃんがやさしく、やさしく抱きしめたそれは楽譜だった。
「分かる。私はこの曲を弾ける」
葉音ちゃんは引いた椅子に腰掛け、鍵盤に指を降ろした。
パーフェクトピッチを持つ葉音ちゃんにとって
幸子が弾いた曲の前半部分を弾くことは造作もないことだ。
離れ離れになった2つの楽譜を想いをつなぎ合わせるように
ただ強く… ただ優しく… ピアノの音色が響き渡たった。
葉音ちゃんの指が鍵盤を踊るとでこのレクイエムは本当の姿を現したんだ。
世界が眩しい光に包まれたかのように真っ白な紙が舞う。
さっきまでとは明らかに違う、まるで羽根のように楽譜が踊る。
今度は楽譜は消えなかった。
それどころか、どんどん増えているような気がする。
まるで曲の出会いを祝福するかのように―――
- 18 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:55
- 葉音ちゃんが曲を弾き終え鍵盤から指を離すと、静かに楽譜が羽を休める。
楽譜がピアノの周りを花弁のように彩っていた。
それはまるで覚めて見る夢のようだった。
『ありがとう』
それも歌だと思ったけど違った。
声を出したはずの幸子は
葉音ちゃんが振り向いた先にいる彼女は
どこか雰囲気が違った。
だからだろう。
葉音ちゃんは彼女に向かって変なことを言い出した。
「あなた誰? 幸子じゃないわね」
- 19 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:56
- 『そう、私はこの曲を遺した女』
幸子から聞こえた歌はもう幸子自身の声じゃなかった。
それどころか幸子の背後に見慣れない女の人が立って
イヤ、浮いていた。
『私のせいでこの曲が悲しんでいた。でも私にはどうすることも出来ない。
だから私の心を覗くことの出来る幸子サンと
目には見えない2枚目の楽譜を見ることの出来る葉音サン
あなた達を待っていたの。
あなたならこの曲を救ってくれると思ったから』
「やっぱり、救いを求めていたのはあなたじゃなく、曲のほうだったのね」
『ええ… 私は小さい頃からイジメに合ってきたの。あの日もそう。
私が初めて書き上げた楽譜を隠され、それを探しているうちに誤って天板のポールを倒してしまい…
だからこの曲は生まれたから1度も最後まで弾いてもらったことがないの。
2枚の楽譜のことがずっと気がかりだった。でももう思い遺すことは、ないわ』
それを合図に女の人の姿が霞んでいく。
- 20 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:57
- もともと薄い存在感の境が更にあやふやになっていく。
「本当に何ひとつ思い残すことないの?」
『素晴らしい演奏も聴けたから』
そう言って彼女は哀しい微笑みを浮かべた。
『私は本当の絶望を知ってる。だからこそ、あなたにはまだ希望があることも分かる』
「希望?」
『そう、希望。
だからあなたは、あなたの想うままの曲を弾いて』
彼女の世界はみるみる失われて、そして―――
- 21 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:58
-
◇ ◇ ◇
- 22 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 02:59
- 白昼夢のようなこの出来事が事実であったことを
床一面に散らばった楽譜が物語っている。
これらはいままでに消された楽譜達なんだろう。
今度こそ本格的にこの教室を掃除しないといけないな。
床に散らばった楽譜を1枚拾い上げ、誰に言うでもなく幸子がボソリと呟いた。
「結局、私たちはあの人を救うことが出来たのでしょうか?」
あの幽霊は思い遺すことはないと言ったが、果たしてそれだけでいいんだろうか。
彼女が何に絶望したのか、葉音ちゃんにどんな希望があるのか、それはボクには分からない。
それでもボクは葉音ちゃんを守ってみせるよ。
- 23 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 03:00
- 「葉音サン、貴女はこらから『悪魔』として何を想い、
どんな曲を弾くつもりなのですか?
輝かしい未来を勝ち取る、戦いの曲ですか?
それともあの人の孤独を埋める、愛の曲ですか?」
「…どんな残酷な運命にも挫けることない、希望の曲」
- 24 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 03:00
-
―――グロリア―――
- 25 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 03:01
- そう答えた葉音ちゃんの佇まいとその目は神さまをも圧倒するようだった。
そしてその目を見返す幸子はまるで優しく微笑んですらいるようだった。
「その残酷な運命と言うのを受け入れるより、
希望を見つける方が遥かにつらく大変なことかもしれませんよ?」
陽がだいぶ傾いて、風も冷たくなってきた。
ボクが小さく2度吠えると、葉音ちゃんはボクを呼び、幸子は教室の窓を閉めた。
そしてボクらは開かれたドアへ足を進める。
「…行きましょうか」
「…帰ろう。ワルツ」
- 26 名前:エンドレスワルツ 投稿日:2005/07/04(月) 03:02
-
― END ―
- 27 名前:ori 投稿日:2005/07/04(月) 03:05
- あとがき
さかのぼること9ヶ月前、入院中の禁娘。対策としてつくったお話が紆余曲折、こうして公開でき嬉しく思います。
この作品はなっち主演「仔犬のワルツ」のオマージュ作品です。
オリジナルの持つ雰囲気を意識したストーリーづくりを心がけましたが、
ドラマを観てない方には少々分かりにくい所があったことは申し訳ないと言う他ありません。
我ながらツッコミ所のたくさんあるベタなオカルト物となりました。
更に彼女たちの会話の中に『天使』『悪魔』が登場してますがイメージ的には
6話と7話の間(幸子登場から光脱落の間)のサイドストーリーくらいに思ってます。
娘。小説ということで、登場人物も娘。メンバー以外は避けたかったのですが
ただそれだとなっちしか出せないので幸子の出番となりました。
彼女は原作中でも性格がほとんどないので好きに動かすことの出来る絶好のキャラでしたが
今ならもっと頭を柔らかくして考えれたなぁと正直思います。
内容も当初は葉音vs幸子の対決の要素をメインに持って来ようと思ったんですが
武器がピアノと言うことで勝敗の基準が不明確なこともあり、このような形となりました。
ひとつ書き上げたことで葉音にも幸子にも、もちろん「仔犬のワルツ」にもより思い入れが強くなりました。
ドラマの関係者様、seek様、そして読者様すべてに感謝を。
ではまた。
- 28 名前:ori 投稿日:2005/07/04(月) 03:08
- …
- 29 名前:ori 投稿日:2005/07/30(土) 02:50
- こんにちは。
せっかくスレッド立てたので違うお話を書き始めようかなぁと思います。
今回は連載と言う形をとらせていただきますが、畑違いなこともあり遅筆はお許し下さい。
前回同様、ツッコミ・アドバイス・感想などありましたら何なりと。
主演はミキティでアンリアルのファンタジーものになる予定です。
それでは、はじまりはじまり…
- 30 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 02:53
-
『ブレードガール』
- 31 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 02:54
- 1.ガール・ミーツ・ガール
(うわっ)
藤本美貴は声にならない声をあげた。
まったくめんどくさいモノを見てしまったと心の中で毒づく。
とあるコンビニで目の前の女子高生が万引きしているのを目撃してしまったのだ。
バイト上がりの夕方という微妙な時間帯。
雑誌を立ち読みして、いきなり店を出るのも気まずいので
何かを買うフリをして店内を見て回ってから出ようと思ったときだった。
その女子高生は髪は首にかかるセミロングでファニーフェイス。
身なりがよく、その制服はなんとなく偏差値の高いお嬢様校の生徒のように美貴には映った。
用心深く鞄を開き、美貴に背を向けている。
丁度よく美貴の死角になっているので監視カメラに映ることはないだろう。
前にあったスナック菓子を2袋、学生鞄の中に入れた。
更にペットボトルのお茶も手に取る。
しかしその手つきは用心深いというよりはおぼつかなく
美貴の目にも素人―――もしかしたら初めてなのではないか―――と思わせた。
器用なんだか不器用なんだか微妙な所だ。
そしてそのアンバランスな所がなんとなく美貴をイラつかせた。
- 32 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 02:56
- (よくやるよ)
美貴はその女子高生から視線をそらし顔を上げると
チラッとだがレジの店員と目が合った。
まったく間が悪いことこの上ない。
恐らく向こうもこの万引き少女に気づいているだろう。
そしてひょっとしたら美貴のことを少女の仲間だとカン違いしてるかもしれない。
どう考えても面倒ごとだ。
トラブルに巻き込まれないためにもさっさと店を出るのが得策だ。
簡単な事だ。
―――そう、生きていくことなど反吐が出るほど簡単だ。
バイトをいくつかこなせばそれなりの食べ物にはありつけるし
バカな男をひっかければ寒空の下ひとりで身を震わせることもない。
適当にまわりの奴らに合わせておけば面倒ごともない。
もっとも、見るからにお嬢様育ちのこの少女では、美貴のような世渡りの仕方はできないだろう。
だとしたら何故この世間知らずで無防備な少女は、こんなトラブルに自ら飛び込んでいるのだろうか。
- 33 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 02:57
- その疑問に答えるよりも先に、美貴は逃げるための算段を打つ。
美貴は一瞬で辺りの状況を観察した。
店員はレジにひとり。しかし男だ。
まわりに美貴以外の客は確認できない。
不思議なくらいすらすらと無駄のない手順が思いつくと
美貴は何も言わず少女の腕をつかみ、ひっぱり歩き出す。
それはちゃちな正義感でも、馬鹿な好奇心からでもなかった。
「!」
びくっと顔いっぱいに恐怖が走り、少女の目が見開かれる。
少女はいきなりのことにびっくりしながらも、ひっぱられるままに歩き出す。
美貴が無言でレジの前を横切ろうとすると、店員はおもむろに近づいて来た。
それを目の端で確認すると、美貴は店員の口が開かれる前に
カウンターの上にある肉まんのガラスケースに体当たりをして
それを内側―――つまり店員の目の前すれすれの所に押し倒した。
景気のいい破壊音を合図に、更に目を見開いた少女の腕をつかんだまま
美貴はコンビニを飛び出した。
後ろから遅れて出てきた店員が何か叫んでいるのが聞こえるが美貴は振り向かない。
声がすぐに聞こえなくなった所を見ると追いかけてきてはいないようだったが
美貴は速度を落とすことなく走り続けた。
- 34 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 02:59
-
* * *
- 35 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 03:00
- どのくらい走っただろう。
人のいない道を選び、狭い通りを抜け、少し奥まった所にある
ガラガラの駐車場でようやく二人は足を止めた。
すでに息が上がり、足が震え始めている。
あっさり終わってしまった学生時代にだったて、こんなにマジで走ったことはないだろう。
美貴のとなりでは万引き女子高生も同じようにゼイゼイと肩で息をしている。
美貴は本気でスポーツに取り組んだことなどなかったが、それなりに体は動かせる方だった。
だからその美貴に手を引かれていたとはいえ
遅れることなく走り続けたこの少女もそこそこ運動神経は良いのだろう。
美貴は少女の学生鞄に手をつっこむと、先刻コンビニから拝借した
ペットボトルのお茶を開き一気に1/3ほど飲むと少女の胸の辺りに突き返す。
ソレをおろおろと受け取ると、そこでようやく少女が非難の声をあげる。
「いきなり… 何するんですか!?」
何をする? とは一体どのことを言っているのだろうか。
問答無用でコンビニから連れ出したことだろうか。
いきなり肉まんのケースを破壊したことだろうか。
こんな人気のない駐車場に連れ込んだことだろうか。
ことわりもなく勝手にお茶をのんだことだろうか…
この10分程度の出来事だけだというのに心当たりがありすぎて、美貴は曖昧に苦笑した。
- 36 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 03:00
- それがカンに障ったのだろう、少女はもう一度訊いてくる。
「何でこんなことするんですか…!?」
さっきよりいくぶん声のトーンは下がっていた。
目を潤ませ、と言っても泣き出しそうではなく、しっかり美貴を睨みつける。
その表情はどちらかといえばキツイと言える。
それは顔立ちもあったが、それ以上に彼女の目の奥にある何かではないかと思う。
だが美貴はその視線を冷たく受け流し答える。
「何でって、むかついたからだよ」
少女の手際の悪さは店員にバレバレで、一発で親や学校に連絡行くだろうし
ひょっとしたらすぐに警察の世話になっていたかもしれない。
しかし美貴は少女にそんなこと言ってやる義理はないし
恩を押し売りするつもりも、さらさらなかった。
「アンタのやり方がむかついたからだよ」
ほとんど言い訳だったが、そう言うしかない。
美貴の考え方はいたってシンプルだった。
未来に何も期待してないから裏切られることも悩むこともない。
過去に何があったとしても自分は自分なのだから受け入れるしかない。
今日も昨日と同じ平凡な一日だったし
明日も似たようなものだと分かってる。
美貴には何かと戦いたいとか、何かをやり遂げたいなどと言う気持ちはない。
そんな力、自分にはないと自覚しているから。
だったら目を瞑り、耳を塞ぎ、何もせずに布団をかぶってしまう他ないのだ。
- 37 名前:ブレードガール 投稿日:2005/07/30(土) 03:02
- 美貴はこれ以上少女と関わりを持ちたくなかった。
自分から首を突っ込んでおいて勝手な話たが
自分とこの少女はウマが合わないと直感したのだ。
「次からはもっと上手くやるんだね」
本来なら「あんなことは止めろ」と言うべき所だが出てきた言葉はこれだった。
美貴は少女に背を向け立ち去ろうとするがシャツの裾をつかまれ阻止される。
美貴は露骨にうんざりした顔で振り返る。
少女は先ほどまでとは別人かと思わせるくらい弱い声を出した。
「あの… あたし、行く所ないんです。親とケンカしちゃって…」
「甘ったれんなよ、子どもじゃないんだ。
ひとりだって生きていこうと思えばなんとでもなるでしょ。
金が欲しけりゃバイトなりウリなりすればいい。
アンタ可愛いんだし簡単だよ。
美貴はそーやって生きてる」
「美貴さん… ってゆーんですね」
チッと美貴は自分のミスに舌打ちした。
美貴の不機嫌に構わず少女は言葉を続ける。
「美貴さんはウリ、してるんですか?」
「してないよ。
ゴハン一緒したり服買ってもらたりするだけ。
まぁ軽くキスくらいはしてやったかもしれないけど…
って美貴のことはいいんだよ!」
ムッとしてついつい余計なことまでしゃべってしまう。
美貴は本気で腹が立ってきた。
だが少女の次の言葉は完全に予想外のものだったので一気に気分が醒めてしまった。
「じゃあ美貴さん、あたしを買ってください」
- 38 名前:ori 投稿日:2005/07/30(土) 03:03
- 今日はここまで。
- 39 名前:ori 投稿日:2005/07/30(土) 03:04
- こんな感じのスタートです。
そんなに長い話にはならないと言うか、いきなりそんな長いものは書けないですが
ちょっとでも見所あるようでしたら今後も読んでいただけたら幸いです。
- 40 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/31(日) 10:14
- レスをつけて良いのかな…?
取りあえず、レスさせてもらいます。
完全、オマージュですか?
それとも、ストーリーはオリジナルですか?
あの作品に関しては残念な思いがあるんで、
oriさん流の作品を期待します。
頑張って下さい。
- 41 名前:ori 投稿日:2005/08/13(土) 00:32
- こんにちは。
>>40 名無飼育さん
レス大歓迎です。反応してもらえて嬉しいです。
私はDVDBOXまで買ってしまうほど「ワルツ」好きなもんで
『エンドレスワルツ』はマンガ(同人誌)としてつくったお話なんです。
設定をまんま借りてきて勝手にドラマのサイドストーリーをつくりました。
でももう少し考えた方が良かったかもしれませんね。
『ブレードガール』はまったく関係ない一応オリジナルですが
オカルトだったり、サスペンスだったりと雰囲気は似たようなものになると思います。
ある意味コッチの方が小説処女作ですし、本当のオマージュ作品になるかもしれません。
がんばって完結させたいと思います。
さて、それでは今日の更新、いきまーす。
- 42 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:34
- * * *
美貴は見知らぬ女を部屋に上げるのに少し躊躇したが
ココまで連れてきてしまったので、どーでもいいと開き直ることにした。
少女は見知らぬ女の部屋に上がるのに少し躊躇したが
ココまで付いてきてしまったので、なるようになれと開き直ることにした。
もっとも、少女が躊躇したのにはもうひとつ理由がある。
温室育ちの彼女にしてみれば、美貴の部屋はまるでテレビの中でしか見たことのないような
おおよそ年頃の女性が住むような所ではなかった。
コンクリ打ちっぱなしのワンルーム。
片付いてると言うよりは圧倒的にモノがなく、生活感のカケラもない所だった。
家具といえばベッドのほかは備え付けのクローゼット
少々ゴツイ革張りのソファーとガラステーブル、小物を置く棚がひとつザツに置かれ
あとは入り口の横にあるキッチンまわりの食器だけだった。
- 43 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:35
- 大きな目を更に大きくしてドアの前で立ち尽くしてる客に構うことなく
美貴はいつものようにブーツを脱ぎ捨てる。
「シャワー、先に使っていいよ」
全力疾走したせいで汗をかいた背中が気持ち悪い。
少女にバスタオルを押し付け、バスルームの場所を顎で示す。
美貴はクローゼットを開き、少女の着替えを用意してやる。
彼女が普段どんな服を着ているのか美貴には想像もつかなかったが
部屋着ということで無難に紺のスウェット上下をひっぱり出しバスルームの前に投げて置く。
下着は幸い買ったばかりのものがあったのでビニルに包まれたままの状態で同じように置いた。
美貴がこの部屋を選んだ最大の理由がバスルームだった。
部屋の悪条件を考えれば奇跡的な広さで、バスタブはそれなりに足が伸ばせるほど大きく
その気になれば二人でも十分入れるだろう。
- 44 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:37
- 美貴は黙っているといつまでも出てこない少女を追い出しバスルームに入ると
バスタブにお湯がはってあることに気づく。
だからあんなに長かったのかと納得する一方、やはり自分がどこか抜けていたんだと自覚する。
あの娘はお風呂に入るつもりでいたらしい。
まったくもって自分勝手な客人だ。
しかもそれを見ていたかのようなタイミングで外から声が聞こえてくる。
「美貴さーん、一緒に入りません?」
一体彼女は何を考えているのだろう。
彼女はまだバスタオルを体に巻いたままの姿だった。
つまり美貴と一緒にお風呂に入るのを待っていたのだろう。
ひょっとしたら本気でウリをしようと考えているのだろうか。
(美貴にそんな趣味ないんだけどなぁ)
- 45 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:38
- だが結局、2人は背中合わせで体操座りをして湯船に浸かった。
美貴は普段は大雑把なくせに、こんなときだけ貧乏性な自分を恨めしく思った。
2人で入ったので少しお湯が床に溢れる。
流れるお湯の音がバスルームに心地よく響く。
「あの、美貴さんってその、彼氏とか、いるんですか?」
「…いるよーに見える?」
「でも美貴さん、美人だし」
「何か嫌味にしか聞こえない」
お風呂に入ったのは正解だった。
疲れが湯に溶け出し、代わりにからだの中に熱を染み込ませる。
気に入らない女の子と一緒でも、少しはリラックス出来る。
落ち着きのない少女は、おずおずと訊いてくる。
「ねえ美貴さん。
もうひとつ訊いてもいいですか?」
「くだらないことだったら沈めるよ」
- 46 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:39
- 2人の声がバスルームの中で反響し重なり合う。
少女は少し言葉に詰まったが、結局再び訊いてくる。
「美貴さんって、いつもあんなにメチャメチャなんですか?」
何だか物凄く非常識な人間のような言われ方だ。
美貴は頭をガシガシかいて、肩越しに少女に見やる。
「言っとくけどね、急に万引きしようとするアンタの方が
ある意味メチャメチャだよ」
「…えっ?」
バカなのか大物なのか、彼女に自覚はないようだ。
「別にお金に困ってる訳でもなさそーだし
悪いことにちょっとした憧れを抱くような感じにも見えない。
反抗期って雰囲気でもないのに
何いきなり万引きなんてやってんのよ。
親とケンカしたって言ったけど
まさかそれが原因で親を困らせてやろーってほどガキじゃないでしょ?
一体何がしたいんだか?」
別に美貴は理由を問い質したつもりはなかったが、彼女はきょとんとして答える。
「わかんない」
「はぁ?」
- 47 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:41
- 「何て言うか、変わりたかったから?」
湯気で曇った視線をしばし彷徨わせ、ひとりで言ってうなずく。
「映画みたいなロマンチックな体験がしてみたいってゆーのかな」
美貴はそんな絵に描いたような夢見る少女を
あからさまに馬鹿にしたように言ってやった。
「はぁ?
バッカじゃないの?
そんな夢みたいなことばっかり言って
実際アンタがやってることって何さ?」
これに少女は少しムッとした顔になった。
- 48 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:41
- だがそんな彼女の不機嫌にはかまわず、美貴は言い続ける。
「アンタさぁ、学校では人気者で、みんなにちやほやされてて
なんでもかんでも自分の思った通りになるとか思ってんじゃない?
親とケンカしたって言ったね。
似たようなこと言われたんじゃないの!?」
言われて少女はぷーっと頬を膨らませた。
図星だったのだ。
「じゃあ美貴さんはどうなんですか?
夢なんかないって諦めて黙り込んでちゃ
ホントに何もか変わりませんよ?
何も出来ないし、何も始まりませんよ?」
少女は胸の前に立てた膝を抱え込む。
(あたしは美貴さんに出逢ったのに!)
- 49 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:42
-
* * *
- 50 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:43
- うるさい少女がバスルームから出て行ったので、熱いシャワーを浴び直してていると
美貴はなんだか急に少女のことが鬱陶しくなってきた。
自分は一体何をしているのだろう?
たかが家出少女ひとり、部屋から追い出すのは造作もないことだろう。
それをわざわシャワーを浴びせ、着替えまで用意しやる有様。
バスルームにひとり、普段の生活に戻った途端に陰気な自分が現れる。
はぁ〜っと長いため息を吐き出し、肩にかかった髪を跳ね上げシャワーを止める。
ごしごし拭いた顔を上げると嫌味に明るい蛍光灯の下
ソファーにちょこんと体操座りをした家出娘と目が合う。
小型犬を思わせるその少女はバスルームから出てきた美貴を見ると
一瞬小さくビクッと体を震わせた。
恐らく美貴は彼女を無意識の内に睨んでいたのだろう。
顔を合わせるなりムカムカしてくるのを自覚する。
美貴は無言で彼女の前を横切り、冷蔵庫から缶ビールを取り出し口を開けた。
美味しいと感じたことは一度もなかったが、さっさと寝てしまいたいとき―――
つまりほぼ毎日、アルコールに頼ることにしている。
- 51 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:44
- レトルトの簡単な夕食をすませ、軽く酔いも回ってきたところで、二人は早々に寝る準備に入った。
別に強制をするつもりはなかったが客人にベッドを勧めると彼女はあっさり受け入れた。
ガラステーブルを隅に避け、ソファーを180度動かしベッドと向かい合わせにする。
少女はベッドに入り、美貴はソファーで枕代わりのクッションの位置をずらし寝るポジションを確認する。
美貴は部屋の照明を切り、二人は平行に横たえた。
「………」
考えてみると美貴が他人をこの部屋に泊めるのは、これが初めてだろう。
上京して、ひとり暮らしを始めてからは友達と呼べる人間は本当にごくわずかだ。
随分ひとりに慣れてしまっていた自分を自覚する。
- 52 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:45
- 「…ねえ」
「はい?」
しかしそんな美貴の心の変化は微塵も表さず
口から出た問いかけは、酷く現実的なものだった。
「いくらケンカしてるって言っても親に連絡しなくいいの?
アンタ未成年なんだから、誘拐とか未成年略取とか騒ぎになるの、美貴ヤだよ」
「さっきメール入れときました」
以外にちゃっかりしている。
温室育ちの世間知らずだと思っていたのだが案外しっかりしてるのかもしれない。
だが美貴は言ってから、自分は何でそんなことを言っているんだろうと思った。
自分に対しても彼女に対しても心配しているからではない。
だが何か自分が致命的な失敗をしたのではないかと、ひどく不安になる。
(美貴は、美貴が自身が何を考えてるのか分かんないよ)
そして黙ってしまった。
- 53 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:45
- 少女も黙ったまま、薄暗い部屋の中で美貴の横顔をじっと眺める。
自分は変わりたいと思った。
しかし自分の気持ちが変われば自分が変われるというわけではない。
そんなとき、美貴が現れて自分を連れ去ってくれたのだ。
今まで出逢った友達とだって一緒にいると面白いことがたくさんあった。
それが間違っているとは思わないし、これからも止めたいとは思わない。
だが今、彼女の目の前にいる美貴に対する感覚はソレとはまったく違う。
最初こそちょっと恐かったものの、今はむしろドキドキしているのだ。
一緒にいるだけでわくわくして、胸が躍るような気持ちだ。
他人に対してこんな感情を持つのは生まれて初めてのことだった。
- 54 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/13(土) 00:46
- 美貴がゴロンと寝返りを打つと、少女と眼が合う。
暗闇の中、部屋の中に差し込む微かな月明かりによって浮かび上がった少女の表情が、
その眼差しが、どこか熱っぽく見えたのは美貴の気のせいだろうか。
「…アンタ、何ていうの?」
「名前ですか?」
「うん」
「亜弥です。松浦亜弥」
美貴は何度か「亜弥ねぇ」と口の中で反芻し勝手に自己満足すると
もうそれ以上話すことはなかった。
「おやすみなさい。美貴さん」
「…おやすみ」
- 55 名前:ori 投稿日:2005/08/13(土) 00:47
- 今日はここまで。
- 56 名前:ori 投稿日:2005/08/13(土) 00:48
- まぁ皆さんの予想通りの展開なのではないでしょうか?
狂っても今までにない斬新な小説を書こうだなんて思ってません。
アマである以上に小説初心者であることを痛いほど自覚してますから。
- 57 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 16:25
- ひっそり読ませて貰ってます。
こっから、どうファンタジーになるのか続きを期待してます。
- 58 名前:ori 投稿日:2005/08/27(土) 02:45
- こんにちは。
>>57 名無飼育さん
ひっそりと、否、派手にありがとうございます!
『ブレガル』はハイ・ファンタジーに持って行ったり、エブリデイ・マジックなどは使わずに
現実世界でのルールをメインに進めていくつもりです。
ファンタジーでは世界観の説明とかキャラの設定が大変ですが、現実ならソレが楽ですからね(笑)。
そこで今回はあやみきのキャラを深めるエピソードにします。
さて、それでは今日の更新、いきまーす。
- 59 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:46
- 2.いずれがアヤメかカキツバタ
松浦亜弥はごく普通の女子高生だった。
ごく普通に学校に通い、友達と遊び、淡い恋愛をし、ごく普通の生活を毎日繰り返していた。
そしてごく普通に、日々漠然とした物足りなさを感じていた。
夢のような出来事に思いを馳せ、ちょっとしたスリルやでたらめなエネルギー
「いま、生きてるんだなぁ」という感じを欲していた。
亜弥は美貴のことを、口ではいろいろ言っているが優しいと知っている。
思っているのでも信じているのでもなく、知っている。
亜弥と距離を取るような所があるが、親切にしてくれた。
ぶっきらぼうで冷たくて、どこか超越的でいつも背中を向けてコッチのことをバカにしているが
大切なときにはきっと自分の所に駆けつけてくれるだろう。
- 60 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:47
-
* * *
- 61 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:48
- 亜弥の通うH学園という私立高校はこの街ではそれなりに知名度のある優良校だった。
広大な敷地内にある校舎は現代的デザインで、ちょっとした大学並みの設備が揃っている
それでいて生徒の自由度は極めて高く、それに比例して入学時の競争率も高くなり
結果、偏差値の高い生徒が集まり、この街でH学園の制服はひとつのブランドとなっていた。
もっとも亜弥はそんなことは知らずに、ただ制服が可愛い言うだけで選んだので
親にも中学のときの担任にも反対された(ハッキリ無理と言われた)のだが
持ち前の強運か偶然が働き奇跡的にこの難関校にすべり込み念願の制服に腕を通すことができた。
それがちょうど2年前の今頃だった。
亜弥は遅刻ギリギリで通い慣れた並木道を歩いていた。
桜の花はとうに散ってしまい、葉はまだまばらなので、並木はなんとも情けない姿だった。
その下を足早に通り過ぎるH学園の生徒達。
その登校する生徒達の波の中、亜弥は見知った後姿を確認する。
髪をひとつにまとめて頭の上の方でお団子にしている特徴的な髪型の娘。
亜弥は駆け寄り、ポンッと彼女の肩を叩く。
- 62 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:49
- 「おはよー」
「おお、亜弥ちゃん。おはよーさん。
なーなー聞いた? 西通りのコンビニでウチの生徒が万引きしたんやて」
「えぇ!?」
「昨日の放課後。警察も来てたで」
「…マジで?」
「マジで。ウチ有名校やし、ちょっとしたスキャンダルやな」
「…うん」
「でもな、もみ消されたらしいんや」
「学園側が圧力かけたってこと?」
「うん。新学期始まったばかりやし、先生達もPTAも慌てたんやない?」
「また新聞部で何かしたんじゃないの?」
「ああ、あの編集長ならやりかねへんな。
今度は留年どころか退学処分にされるであの人」
「でも、そーなったら今度は学園側を脅迫しそうだよね」
「せやな」
- 63 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:50
- そう話していると予鈴がなったので亜弥達はおしゃべりを中断して走って校門をくぐる。
校門では当番らしい遅刻常習犯でもある新任教師が、学生気分のままで明るい声を上げている。
「みんな〜、早く教室に入らないと遅刻になっちゃうべさ〜」
学生気分と言うか身なりも学生と大差ない幼顔なので
制服さえ着ていたら門番か何かの委員と思われるのではないだろうか。
学年の違う親友とは校舎の前で手を振り別れる。
そのとき気づいた手のひらにかいた汗は、走ったことによるものではないだろう。
今になって万引きしたことや親友にウソをついたことに対して
ちょっとした罪悪感みたいなものが芽生えてきたが
むしろ亜弥は自分が晴れ晴れとした気分であることに気づいていた。
(このわくわくはもう止められないよね)
- 64 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:51
-
* * *
- 65 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:51
- 藤本美貴は別に不良でも無気力な現代っ娘でもない。
ただ平凡な家に生まれ、平凡に育ち、平凡な日々を過ごしている。
美貴はそれを変えたいは思わなかったし、むしろ気に入ってさえいた。
何故なら美貴もその平凡の中のひとりだし、美貴が生きているのはこの平凡なのだ。
ようするに、この世も自分自身も平凡でしかないと思っていた。
美貴はその平凡でぬるま湯のような、しかし平和な人生を難なく送っていた。
美貴はどちらかと言えば目立つ存在だろう。
誰を頼りともせず、何事にも左右されず、凛とした雰囲気をまとっている。
ギラギラしていて皆とは一線引いてる感じ。
何が起きてもそれを傍観して、ニヤニヤして、それでいて無感心。
だがそれは間違いだ。
美貴は面倒ごとは避け、ご機嫌取りはしないが敵対もせず、ただ平凡に生きているだけ。
自分の存在の小ささと、自分の世界の狭さを自覚しているにすぎない。
常にギリギリの所に立っているから、それが他人の目には間違って見えるのだろう。
- 66 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:52
- 亜弥は言った。
『夢なんかないって諦めて黙り込んでちゃ
ホントに何もか変わりませんよ?
何も出来ないし、何も始まりませんよ?』
だが美貴は別に諦めてるわけでも絶望してるわけでもない。
では自分は何を支えに生きているのか?
しかしこの世の中に明確な夢や生きがいを持っている人間が何人いるだろう。
そしてそんなこと考えて生きている人間が果たして何人いるのだろう。
仮に生きがいなどあったとしても、今度はそれを守らなければならない。
そんな信念や運命といったモノを信じて戦うには美貴は平凡でしかないのだ。
むしろ何かをやろう、戦おうすればするほど、人は平凡な手段をとるしかないだろう。
そういったものに抗う力が美貴にあるわけがない。
それはむしろ臆病と言えるのではないだろうか。
- 67 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:53
-
* * *
- 68 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:53
- 美貴のバイト先はフォーク喫茶ならぬロック喫茶だった。
店自体はそんなに大きくないので、とてもライヴなど出来そうもないのだが
ン十万もするギターやら、それ以上に値の張る一流の音響機器が揃っている。
喫茶店としてもしっかりと固定客がついていて、それなりに繁盛していた。
店長である三十男がひとりで経営していて、バイトは美貴を含めて3人。
パタパタと生真面目に働くチャーミングな女子大生と
やたら人当たりがいい背の高いハンサムガール。
接客はもっぱら2人に任せ、美貴は主にカウンターでコーヒーを淹れたり皿洗いをしていた。
給料は中の下だったが働く時間は決めれなく
やりたいときに来て帰りたくなったら帰るという、ひどくアバウトな店だった。
人手の足りないときに呼び出されることも多々あったが
電話が掛かってくるのは決まって暇なときばかりだった。
それは不思議と他の2人も同じだと言っていた。
そして今日はなんと店長が不在だった。
まったもっていい加減な店だ。
- 69 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:54
- 「ねーねー、ひとみちゃん知ってる?
最近この辺りに女子高生を狙った通り魔が出るんだって」
「あぁ… 春だからねぇ」
「今月だけで襲われたの3人だよ。コワ〜イ」
「オメーは大丈夫だろ」
「そうよね。ひとみちゃんが守ってくれるもんね」
「そうじゃなくて。
その変態、女子高生を襲うんだろ?
でもオメーに制服はそろそろ無理があるだろ」
「何言ってんの! バリバリ現役よ!
スクール水着だって着れるわよ!」
「イヤイヤイヤ…
そんなことしたらオメーが変質者として捕まるって」
- 70 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:54
- そんなバイト仲間の話を聞き流しながら、美貴はあくびを噛み殺した。
かったるく注文されたコーヒーを淹れる。
とくに何をしたと言うわけではないが
昨日の亜弥とのやりとりから、美貴は分かりやすく仏頂面だった。
そしてそんな日に限って多く客が訪れる。
午後のティータイムが終わってようやく美貴達は一息つくことが出来たが
昼食を摂ることも出来ず、それが美貴を更に憂鬱にさせた。
(今日もまた面白くないことが起こるな)
なんとなくそう思い、そしてお決まりのパターンとしてそういう予感は必ず当たるのだ。
- 71 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:55
-
* * *
- 72 名前:ブレードガール 投稿日:2005/08/27(土) 02:56
- つつがなく授業も終わり、亜弥はひとり校庭を横切っていた。
校舎と正門のちょうど中間辺りで足を止めると人気のないグラウンドをぐるっと見回す。
体育系のクラブは設備の良い第2グラウンドを使っているので、こっちはちょうど無人だった。
校舎は西日で真っ赤に染まって、それは街一杯に広がり、何処を見てもみんな真っ赤だった。
それはまるで世界が燃え上がっているようで、亜弥の足元にも長い焦げ跡をつけていた。
そのとき炎がはぜたかのようにビュビュンと風が通り過ぎる。
亜弥は髪とスカートを押さえ目を伏せ、誰ともなしにつぶやいた。
「出逢いは運命だよ」
- 73 名前:ori 投稿日:2005/08/27(土) 02:56
- 今日はここまで。
- 74 名前:ori 投稿日:2005/08/27(土) 02:57
- 書き手のひとりゴトなんて、人によってはジャマなだけかもしれませんが
読者としての私は、あとがきやメイキングなるおまけ的要素が大好きなので
私のワガママを温かい目で見守ってやっるか、軽く読み流すか、すっぱり無視してください。
たまにネタバレとかして、このひとりゴトを読めば本編をより楽しめて
小説を読んでいただければ、そのおまけとして楽しめるひとりゴトを書ければと思います。
- 75 名前:ori 投稿日:2005/09/10(土) 02:57
- こんにちは。
レスをいただけないときはプロット通り進むしかないなぁと思っていたんですが
あややサンの台詞で「NANA」の宮崎あおい(だっけ?)とカブる所があったんで慌てて書き換えました。
イヤ、映画見に行ってないんで何とも言えないんですけど。
さて、それでは今日の更新、いきまーす。
- 76 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 02:59
- * * *
早々にバイトを切り上げ、美貴は駅前の大通りを歩いていた。
すでに陽は沈んでいるが、街は昼のそれとはまったく違う光で輝き、喧騒に包まれていた。
通りは仕事を終えたサラリーマンや帰宅途中の学生でごった返している。
そのほとんどの人がうつむくか、色のない顔で笑っている。
広告塔が七色に輝いているのハズなのに、その表情は灰色にしか見えなかった。
昼食を抜いた美貴のお腹は空腹に悲鳴を上げ始めていた。
美貴の部屋まで戻るには歩いてもバスを使っても小1時間といった距離。
どこかで食べていった方がいいかもしれない。
「あ、美貴さん」
美貴は自分を呼ぶ声に足を止め、うんざりと声の主を確認する。
淀みながらも止まらず流れる人ごみの中、彼女はマネキンのように突っ立っていた。
彼女のいる所だけ何かが止まっているようだ。
世界は彼女を無視して回っている。
いや、彼女は中心だから世界の方が渦を巻くように彼女の身体を包んでいるのだ。
だがそれは違和感に他ならなかった。
- 77 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:00
- 美貴はその場で踵を返して来た道を戻る。
「ちょっと、なんで無視するんですか」
声の主―――亜弥は駆け寄り、美貴の服をつかむ。
またかよと思い、美貴はそれに冷たく抵抗する。
「やめて下さい。
見ず知らずの人とは口を利かないようにと
いつも親に厳しく言われてるんです」
「見ず知らずじゃないです。
一緒にお風呂に入った仲じゃないですか。
それに美貴さん寂しいひとり暮らしでしょ」
「街中で人が聞いたら誤解を招くよーなこと言うな。
あと、さり気に寂しいとかいらないから」
- 78 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:01
- 街中でモメるのも気まずいし、亜弥の相手をするにはエネルギーが足りないので
美貴はしかたなく亜弥を連れて、駅前のファミレスに行くことにした。
ここの料理は正直味は褒められたものではないが普通のレストランの半額近い値段で
いくら居座っても文句を言われないので、ひとり暮らしの美貴はよく利用していた。
美貴はパスタとカプチーノを亜弥はホットケーキと紅茶をオーダーする。
「また泊めてくれとか言い出すんじゃないだろーね」
「やっぱりダメですか?」
美貴は亜弥がまたくだらないことを言い出す前に釘を刺しておいた。
よく考えれば、なぜ美貴は相席を選んでしまったのだろう。
「にゃは、大丈夫ですよ。
外泊した事を怒るどころか、心配で眠れなかったってメールが入ってました。
今日はお家に帰ってあげます」
ケンカした翌日(だろう)に外泊する娘が心配で眠れないとはとんだ親バカだ。
そして亜弥自身もまんざらでもなさそうな雰囲気だ。
亜弥の突拍子もない性格を生んだ理由はどうやら親にありそうだ。
- 79 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:02
- ファミレスは夕食どきで結構混んでいたが、意外とすぐに料理が運ばれてくる。
出来合いの物を温めただけなのだろうか。
だとしたらパスタを頼んだのは失敗だったかもしれない。
亜弥は運ばれてきたホットケーキにたっぷりとシロップをかける。
「太るよ」
「太らないよ。気をつけてるもん」
亜弥はナイフでホットケーキをサイコロに切り口に運ぶ―――前に手を止める。
視線を美貴に向け、嬉しそうに顔をほころばせる。
「…何よ」
「いや、なんだかんだ言ってあたしのこと気にしてくれてるんだな〜って思って」
「ああ、気になってるよ。鬱陶しいくらいにね」
「ひど〜い。美貴さんはあたしみたいな
一途でけなげで可愛い女の子に嫌われてもいいんですか?」
「自分で言う奴が言葉通り一途でけなげなわけないでしょ」
「可愛いってゆー所は否定しないんですね」
のれんに腕押しのようだ。
押し問答で負ける気はしなかったが、消耗戦になりそうな雰囲気だったので
美貴はため息をつくと、亜弥を無視してパスタをつつきだした。
亜弥は構わずホットケーキを切りながらひとりでしゃべり続ける。
- 80 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:03
- 「あたしの周りにあるものはね、みんな簡単でつまんない退屈なものばっかり。
毎日同じように学校に行って、同じようにおしゃべりして、みんなと同じ流行追いかて
ただぼんやりと時間が流れてるのを眺めてるのと同じ。
あたしはもっとスリルとロマンに溢れた大冒険がしたいんだ」
亜弥が顔を上げたのに気づいたが、美貴はパスタから視線すらそらさない。
すると亜弥がパスタの皿をえいっと取り上げる。
美貴は睨み一発でパスタを取り返し、仕方なく亜弥の言葉に耳を貸す。
「美貴さんはそんな退屈な毎日の繰り返しの中からあたしを連れ去ってくれたんです。
ちょっと危ない雰囲気で、明日のことなんて考えられないくらいメチャメチャなパワーで…
これって運命の出逢いだと思うんです」
「勝手に運命にしないで」
「運命の出逢いですよ!
お姫様をピンチから救い出してくれたナイト様です」
「万引きした女子高生を逃がしたから共犯者ってことになってるだろうね」
「2人に降りかかる試練。力を合わせて乗り越えることで深まる愛情」
「親とケンカして泊まる所がないってのは試練だけど
バスルームで口論しるよーじゃ愛情は深まらないでしょ」
「強敵と書いて親友と読むんです」
「…趣旨変わってるから」
美貴は律儀に合いの手でツッコミを入れる。
ひょっとしたら亜弥はただ単にかまって欲しいだけなのではないだろうか。
だとしたら美貴はまんまと亜弥の術中にハマッてしまっている。
- 81 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:03
- 「もー、美貴さんはロマンがないなぁ。
あたし達にはこれから大冒険が待ってるんですよ」
「別に美貴は日常に退屈なんかしてないけどね」
「美貴さんの方が非日常なんです」
「ああ、つまり物語の主人公はアンタなんだ…」
この娘は一体何を考えているのだろうか?
まさか本当に美貴との出逢いが映画みたいな夢のような物語を生み出すと思ってる
そんなバカな話じゃないだろう。
「アンタの言う大冒険とやらがそうそう転がってるもんか。
本当に夢みたいなことが起こるのはファンタジー小説の中だけだよ」
「どーしてそんな冷たいこと言うんですか?」
「美貴に言わせりゃアンタの言ってることは現実逃避なんだよ」
「そーやって夢なんかないってバカにする美貴さんみたいな人が
世の中を退屈にしてるんじゃないですか」
「美貴は別に世の中がくだらないとか
ルールなんてクソ食らえとか思ってるわけじゃないよ。
ただアンタみたいに夢物語ばっかり追いかけるのがバカらしいって言ってるの」
- 82 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:04
- 確かに手っ取り早い夢があるというのは、ある意味楽だろう。
そいつに向かってればいいのだから。
だがその夢が叶ってしまったら、自分は幸せな人生を送れるのか。
自分の立ち位置を決めるのに夢が必要な人間は、夢がなくなることを恐れている。
夢あってこその自分なのだ。
美貴だって何も夢なんかないと諦めてるわけではない。
亜弥が何に退屈し、夢や変化に渇望しているのかは分からない。
しかし周りに変化があっても、自分自身が変わるわけではない。
分かりやすい夢や生きがいがいなくても、やっていくしかないのだ。
だからといって諦められるほど亜弥は達観してはいない。
美貴が何者で、何を想い亜弥を助けてくれたのかは分からない。
けれども亜弥にとって美貴の存在は突如訪れた劇的な変化であることは確かなのだ。
交錯する疑問よりも直感を信じ、亜弥はその中に飛び込んで行きたかった。
「肝心要は好奇心ですよ」
- 83 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:08
- 美貴はパスタをたいらげ、カプチーノを口にしながら
我ながらバカなことを思いついたと、ちょっと苦笑した。
「じゃあさ、アンタご希望の大冒険とはないかもしれないけど
ちょっとしたゲームをしようか」
すると案の定、亜弥は目を輝かせて食いついてきた。
それはこの運命の出逢いとやらの先にある何かに期待したのか
単純に美貴が相手をしてくれたのが嬉しかったのかは分からないが。
「ゲームって何? ゲームボーイアドバンスとか?」
「イヤ、そーゆーのじゃなくて… ちょっとしたパズルクイズさ」
美貴はパスタとホットケーキの食器をテーブルのすみによける。
それから、さて、と前置きをして話し始める。
- 84 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:09
- 「ここに白いマークだけが描かれた4枚のトランプがある。
それぞれスペード、ハート、ダイヤ、クラブ。ダブリはなし。
そしてコッチに何にでも変身できる魔術師、ジョーカーが2枚ある」
そう言いながら美貴は両手を別々に上げ、カードを持っているジェスチャーをする。
亜弥は真剣な表情でウンウンとうなづきながら、美貴の一挙一動を見ていた。
「美貴はこれからこの6枚のカードを、あるルールに則って並べる。
そーだね。右から順に1のカード、2のカード… って名前を付けよう。
そしてお互いに1枚づつカードを選んでいって、先にジョーカーを引いた方が負けってわけ。
タダじゃつまんないからね、ココの勘定を賭けることにしよーか」
「えー美貴さんは答え分かってるんですよね?
だったらあたしの方が圧倒的に不利じゃないですか」
「そりゃそーだよ。
でもアンタが望んでるのはそーゆースリルやロマンなんじゃないの?」
- 85 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:10
- 正直これは美貴の嫌がらせに他ならなかったが
それでも亜弥はゲームを降りるつもりはないようだ。
意外でも何でもないが、思い切りはいいようだ。
「ヒントはすでに美貴が言った言葉の中にあるよ。
それに交互に選んでいくんがだから、美貴の反応を見ることだって出来る。
開かれていくカードから法則を見つけ出して美貴にジョーカーをつかませる。
…簡単でしょ?」
実はこの状態でも美貴の言葉からカードの並べ方は推理できる。
しかし亜弥が求めているのはミステリではなくアドベンチャーだ。
「カードは美貴から選んであげる。
つまりアンタに知恵と運があるなら美貴が3番目に選ぶカードは
ジョーカーしかなくなるからアンタの勝ちになる。
まるっきり不利ってわけでもないでしょ?」
「…分かった」
亜弥は紅茶をグイッと飲み干し、何もないテーブルに集中する。
まるでそこに6枚のカードが伏せられているかのように。
- 86 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:10
- 「最初のカードは4のカード!
コレはダイヤだよ」
亜弥は真剣な表情のまま顔を上げ美貴の瞳を見つめる。
こういう表情をすると亜弥の顔立ちは少々キツイことに気づかされる。
対する美貴は普段は冷たいその表情に余裕の笑みを浮かべている。
この状況が愉快でたまらないようだ。
「…5のカード」
「おめでと。5はスペードだ。
じゃあ美貴は6のカード。コレはクラブね」
- 87 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:11
- 残りは1〜3のカード。
すでに半分が開かれているというのに、亜弥にはさっぱりルールが思い浮かばない。
カードはあるルールに従って並べれられているのは間違いないし
最初の美貴の言葉にも重大なヒントが隠されているというのに。
ここまできて美貴の言葉やゲームのルールに嘘はないだろう。
もともと亜弥はこの手のクイズは―――というよりも頭を使った勝負事は苦手だった。
特別優れた洞察力を持っている訳でもなく、飛び抜けた知識がある訳でもない。
美貴の表情から彼女の心理を読むことなんてできるはずがない。
(どんなルールで並んでるんだろう。
4番目がダイヤ、5番目がスペード、6番目がクラブ…)
トランプを使って考えられるルールなら、解く鍵は色、マーク、数字が基本。
ジョーカーを使うことから絵柄、つまりキング、クイーン、ジャックそしてエースの可能性もある。
美貴の問題文の言葉の中に出てきたのはマークとジョーカーのみ。
「ん〜」
さて亜弥は希望のハートを手にするか、それとも死神に足をつかまれるか。
- 88 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:12
- 「…2、2のカードです」
亜弥はごくりと唾を飲み、美貴の口はにいっと三日月に開かれる。
「…上出来だよ。
2のカードはハートだ」
これで美貴はジョーカーを引くしかなくなり、ゲームは亜弥の勝ちとなる。
ほっと胸をなで下ろす亜弥に美貴はニヤニヤしたまま訊く。
「じゃあ2のカードを選んだ理由は?」
「え!? す、すいません。勘です」
申し訳なさそうにうつむく亜弥とは対照的に、美貴は期待通りの展開にとうとう吹き出した。
「アハハハ… 別に謝らなくていいよ。
アンタが推理して答えを導き出すことなんか期待しちゃいないから」
正直に言うと勘で当てられる方を期待していたと言ってもいい。
亜弥がどれだけ運と偶然、チャンスとやらに恵まれているかを試したかったのだ。
- 89 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:12
- 「じゃあタネ明かししようか」
長話にはならないだろうが美貴は冷めたカプチーノで喉を潤す。
「まず美貴は最初にカードは『白いマークだけ描かれた』って言った。
でも『白』くて『マークだけ描かれた』ってどーゆー意味か分かる?」
「え〜っと、カードが真っ白ってことですよね」
「そ、スペードもハートも白いの」
「ってゆーことは色には意味がない。
並べ方はカードの形と関係あるってことですか?」
亜弥は大きな目を見開き、解答を口にする。
「そーゆーこと。色は全然関係ない。
じゃあ白いマークとはどーゆー状態を示すか。
白いのにマークが描かれてるってゆーのは
マークが白抜きの輪郭線だけで描かれてると考えられる」
ここに最大のトリックが隠されていると言ってもよい。
色が関係ないと分かっても大抵の人はスペードとクラブを黒いまま頭に思い浮かべる。
白いマークというのだから4つとも同じ輪郭線だけの状態と考えなければならない。
- 90 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:13
- 「輪郭だけのマークからどんなルールが考えられるか。
美貴はカードに『1のカード、2のカード… って名前を付けよう』って言ったよね。
つまりカードの名前、数字が並べ方のルールが示してるんだよ」
もしもコレが目に見える、本物のトランプで行えばもっと難しくなったかもしれない。
目の前にカードが6枚並べられては、言葉で1、2、3… と言うよりも
輪郭線とカードの数字の対応しているというルールに辿り着きにくくなるだろう。
「輪郭線と数字で考えられる1〜6までの順番を示すルールは何か。
線だけで表される数―――それは折れ曲がった回数だよ。
つまりダイヤは上下左右4つの屈折点。
スペードの折れ曲がった所はてっぺんと下に4つで、5つ。
クラブは、まぁ難しいけど数えてみたら、6つ」
1番分かりやすいのはダイヤだろう。
美貴はそう考え最初に4のカードを開いた。
「そしてハートは上下で2つ。
ジョーカーは美貴が最初に『何にでも変身できる〜』ってゆーことから
どー考えてもいいから無条件で空いたスペースの1と3に収まる」
美貴はタネ明かしを終える。
「つまり2のカードで正解だ」
- 91 名前:ブレードガール 投稿日:2005/09/10(土) 03:14
- 美貴はカプチーノを飲み干し、伝票を手に取り席を立つ。
亜弥もつられて立ち上がり、声を出す。
「あの、ホントにいいんですか?」
「ゲームを持ちかけたのも賭けを言い出したのも美貴だよ。
それにゲームはフェアじゃなきゃ楽しくないでしょ」
ひとり暮らしの身だからとケチくさいことも思ったが
今日はそれなりに楽しめたからそれもいいだろう。
美貴はめずらしく軽い足取りでファミレスを後にした。
- 92 名前:ori 投稿日:2005/09/10(土) 03:15
- 今日はここまで。
さて、更新も4回目になると言うのに、ここで白状するのも卑怯で心苦しいのですが
書き手としての私は娘。小説の中に娘。である必然性はあまり求めてません。
キャラクターを借りてきているのに失礼な話ですが、それでもなお
娘。に興味のある人が読んで楽しめるエンターテイメントを目指しています。
- 93 名前:ori 投稿日:2005/09/10(土) 03:35
- ネタバレ回避のために流しておきます。
あと今回の更新で「ERROR:NGワードが含まれています!」の表示が出ちゃいました。
さて、どこでしょう?
- 94 名前:ori 投稿日:2005/10/01(土) 03:05
- こんにちは。
「仔犬のワルツ」に倣い読者離れが進んでますね。
すべて誤解というわけではないですが、悲しい事実ですね。「ワルツ」面白いのに。
それともヲタ絵師はおとなしくラクガキしてろってことでしょうか?
さて、それでは今日の更新、いきまーす。
- 95 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:07
- 3.お時間ありますか?
校内に全ての授業が終わったことを報せるチャイムが鳴り響いた。
H学園には本校舎の他に敷地内に文化系クラブ体育会系クラブを含めた
部室を集めたクラブ棟というものが建てられている。
そして部員が5名以上で申請が通れば各クラブに一室づつ部室が与えられる。
その中の一室、亜弥は新聞部の部室でトランプを広げ、マジックの本を読みふけっていた。
H学園の新聞部員は3人。
季刊誌を発行したり、しなかったりでなんとか部として存続している状態だった。
部室には亜弥の他に2人の生徒がいるが、各々好き勝手なことしている。
ひとりは編集長と書かれたデスクで居眠りをしているこの部の長。
彼女は3年生だが留年しているので亜弥よりもひとつ年上だ。
もうひとりの部員はもくもくと、いや、もぐもぐと口を動かしながら
パソコンのディスプレイから目を逸らさずにキーボードを叩いている亜弥の後輩。
亜弥自身は新聞部に在籍はしていないのだが
親友の付き添いでちょくちょく出入りしていてすっかり顔馴染みとなっていた。
もともとメンバー自身どうせ活動などしてないと知りながら何となく部室には顔を出し
その日の気分でお茶をしたり、おしゃべりをしたりと
ダラダラ過ごしているだけなので亜弥は歓迎されていた。
- 96 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:08
- そんな部室に新聞部として唯一活動に熱を入れている親友―――加護亜依が入って来た。
「なんや亜弥ちゃん、読書なんて珍しいな。
手品なんか覚えて学園祭でも出る気なん?
テンコーみたいな格好して、プリンセス・アヤヤで〜すって」
「違うよ。
一昨日ね、知り合いの人とパズルクイズしたんだ。
そしたらいっつも不機嫌そーなその人が笑ってくれたの。
だからあたしも何か覚えて、その人を喜ばせようと思って」
「へぇ〜。亜弥ちゃんは一途やなぁ」
ただの相づちだったが亜弥は思った以上の反応を見せた。
「そーでしょ!? そー思うでしょ!?
それなのにその人、自分で言う奴が一途なわけないなんてゆーのよ」
「…自分でゆーたんか」
- 97 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:08
- 亜依は呆れた顔をしながら手近な椅子をひっぱり亜弥の正面に座る。
「でも亜弥ちゃん、ソレ手品の本やん」
「そーだよ」
普通パズルクイズを探すならパズルかゲームの本を読むのではないだろうか。
ひょっとしたら亜弥はマジックを使って相手を引っ掛けるつもりなのかもしれない。
亜弥もすっかり新聞部に毒されてしまったようだ。
「なー亜弥ちゃんそんなん読んでないで
トランプあるんやしスピードやろ。スピード」
「え〜、ダメだよ。パズルクイズ考えなきゃいけないんだから」
「そんなんひとりのときでも考えられるやん。
せっかく一緒にいるんやからスピードやろー」
- 98 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:09
- このままでは言い合いがエスカレートしてトランプの取り合いが始まり兼ねない。
するとそれまで編集長の席で寝ていた部長がむくりと起き上がる。
剣呑なまなざしに光が宿る。
「あいぼん。まっつー。
部の備品使うなとか、おしゃべりするなとは言わないけど
騒ぐだけならどっかヨソでやってくんない?」
いつも眠たそうな表情の―――そして実際眠ってばかりいる部長は
手で口元を隠すことなく大きな欠伸をしながら、部室を出て行った。
どうやら彼女は、騒ぐ2人を注意したと言うより
単に目が覚めたときに思ったことを口にしただけのようだった。
2人は編集長を見送ると、トランプの取り合いを再開した。
- 99 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:10
-
* * *
- 100 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:10
- その日、美貴は駅前のファミレスにちょっと懐かしい顔を見つけた。
ガラスを小突くと相手はノートパソコンのディスプレイから顔を上げ
美貴を確認すると軽く目を細めた。
美貴はファミレスのドアをくぐり彼女の向かいの席に腰を下ろす。
適当にコーヒーを注文しウェイトレスを追い払う。
「久しぶりじゃん、紺ちゃん」
「お久しぶりです」
美貴の狭い交友関係の中でもかなりの変人に分類される女―――紺野あさ美。
あさ美はいつもファミレスの一席を陣取りノートパソコンと睨めっこしてる。
美貴とは違い、ちゃんと学校に通っているからだろう。
ここしばらくは春休みだったので会っていなかった。
- 101 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:11
- 「最近、女の子を拾ったらしいね」
「さすがと言うか… 相変わらず何でも知ってるね」
一見トロそうで引っ込み思案っぽいこの優等生は、バリバリのパソコンヲタクだ。
課外活動という名目で学園に申請して最新のパソコンを購入し、部室にはサーバをつくり
ありとあらゆり情報を収集しては何やら怪しげな活動に使っているらしいのだ。
しかもその腕は天下一品で、個人のパソコンから学校、企業
果ては行政機関にまでハッキングをかけているという危険人物だった。
世間的には有名進学校に通う女子高生に過ぎないが
実際にあさ美と付き合うと、色々と彼女のとんでもない所を目の当たりにしてしまい
あさ美がイチ女子高生として収まるヤツじゃないと納得させられてしまう。
- 102 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:11
- 「アレだけ事を起こせば当然です」
「ああ、やっぱり?」
美貴は亜弥と出会ったときのことを思い出し苦笑を浮かべる。
窃盗と器物損壊。
間違いなくあのコンビニ店員は警察に通報しているだろう。
しかしあれから何事もないので美貴はたいしたことないんだろうと考えていた。
「ふふ… 嘘です。目撃した人がいたんですよ。
でも大丈夫。口外はしないだろうし、学園側でも圧力かけたみたいだから。
警察とコンビニの方にも私が手を回してデータを改竄しておいたけど
しばらくはあのコンビニ付近には近づかないでよ」
まったくもって計り知れない女だ。
あさ美と付き合っている方がよっぽど警察の世話になりそうで恐ろしい。
だが誰もそんなことは口に出さない。
あさ美は味方にしても敵に回しても面倒な相手なのだから。
- 103 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:12
- ウェイトレスがコーヒーを運んでくる。
あさ美のテーブルには何故かケータイが3台も並べられていて
ノートパソコンにはモデムカードが刺さり、ネットワークと接続している。
そしてそれらの電源はファミレスの壁のコンセントにつながれていた。
美貴の知る限りあさ美は放課後の午後5時過ぎから午後10時くらいまではここにいる。
その間ずっとファミレスの電気を使ってるのだろうか。
「コレ、大丈夫なの?」
「店長さんは話の分かる人です。
奥さんとこれ以上問題を起こしたくないそうです」
ひょっとして何か弱みでも握って脅迫したのだろうか。
だったら深く関わらない方がいいだろう。
共犯者と思われてはたまらない。
- 104 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:13
- 美貴はコーヒーをすする。
やはりブラックでは苦すぎる。
美貴はシュガースティックに手を伸ばしながら話題を振る。
「そーいやアンタのお気にの先輩はどーした?
確か美貴の1コ下だから春に卒業したんでしょ?」
何気ない世間話のつもりだったがあさ美の顔が曖昧に曇る。
「…留年しました」
「…マジ?」
「頭はいい人なんだけどね。
出席日数が足りなかったみたいです」
そう言って母親がお転婆娘を心配するように嘆息する。
そんなときこそお得意のハッキングで学校のパソコンに侵入し
データを改竄するなりしてやればいいものを。
案外そういう所は潔癖なのかもしれない。
- 105 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:13
- 美貴はコーヒーに砂糖を入れてからあることに気づいた。
マドラーがない―――ではなく、あさ美の制服に。
「…紺ちゃん、その制服って自前?」
「可笑しなこと訊くんですね。
レイヤーの気はないよ。
ウチの学園の制服です」
あさ美の制服は深緑のブレザー。
襟と袖に金のラインが入っていて胸にはエンブレム。
ボタンにも校章が彫られ、紅色のリボンとスカート。
恐らく靴や靴下も学校指定のものだろう。
(そっか、それで学園側が圧力かけたとか…)
美貴は軽い眩暈を覚える。
あさ美が亜弥と同じH学園の生徒だということに気づいて。
どうやら御大層な運命の出逢いというヤツは
意外と近くに転がっているものなのかもしれない。
- 106 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:14
-
* * *
- 107 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:15
- 夜は9時をだいぶまわっていた。
大通りのある繁華街はネオンサインのギラギラとした欲望色で輝き
住宅街は喧騒の隙間を縫ったような気味の悪い闇が落ちていた。
それはまるで防音装置でも仕掛けてあるみたいに静まり返っている。
美貴はバイトを終え、スーパーで残り物の惣菜を買って帰路を急いでいた。
月末で懐がだいぶ寂しく、バスは使えないから部屋まで1時間も歩かねばならない。
もっとも交通の便がよくないのでバスを使ってもたいして変わらないから
美貴は時間のことは気にしていなかった。
歩道のない、車がギリギリすれ違えるかという道。
ちかちか瞬いている街灯の下、いつの間にかひとりの女がボーッと突っ立っていた。
どこか日常的ではない雰囲気の女。
ナンパ待ちの女だったらこんな住宅街ではなく繁華街にはいるはずだ。
向こうも美貴に気づくと、少し近づいてくる。
- 108 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:15
- 「こんにちは」
見るからに怪しい、そしてちょっと危ない感じがする。
前触れはなかったが、予感はあったかもしれない。
美貴は口から空気が漏れるだけの返事をし、その横を通り過ぎようとすると
女のコートの裾がふわりと舞い、同時に美貴の懐に滑り込み顔にナイフを向けてきた。
月のように妖しく光るナイフには美貴の眼が映り込んでいる。
美貴はなんとか動揺を押し込め、相手を観察する。
赤い髪、特徴的な目鼻は合わさることで不思議と整っている。
その化粧から美貴より2つ3つ年上に見えるが、瞳にだけは幼さがある。
そして派手な黄色いサマーコートを着てその中はなんと学生服。
それもここ最近やたらと縁のあるH学園の制服だった。
- 109 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:16
- 「え〜と、噂の通り魔? だったら他をあたってくれるかな。
美貴、若く見えるけどもう女子高生じゃないんだよね」
「あは、でもごとーは用があるんだよね。藤本美貴ちゃん」
「………!?」
その台詞に虚をつかれ、美貴は改めて警戒を強くする。
相手が美貴の名前を知っているとなると
このまま無視して逃げ出すのはまずいかもしれない。
「大声とか出しちゃったりする? できないか。
ミキティはごとーが何者で、何で自分のことを知っているのか気になるでしょ。
だからそれを聞くまでは逃げたりできないんじゃない?」
別に命と引き換えにしてまで知りたいことではない。
女の意図は分からないが美貴は怯えて逃げ出すこともせず
なるべく平静を装い軽口を叩いてみせる。
「…タダで教えてくれるほど気前のいい話じゃなさそーね。
用件は何? それともナイフをちらつかせてる所から脅迫?」
- 110 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:17
- 「あはっ。ごとーのこと恐くないの?
今月だけで3人も刺し殺してる通り魔かもしれないんだよ?」
「本当に通り魔ならそんなことゆーわけないでしょ。
それにあんたは美貴を殺せない。
この距離でナイフを突き立てたって致命傷になる確率は低い。
ナイフや包丁といった小刀で人を刺し殺すには
刃を胸に構えてある程度、勢いをつけて体重を掛けなきゃいけないからね」
女が手にしているのはクリップポイントのシースナイフ。
ちょっとくらい手荒に扱っても平気だろうが
ハンドルの握りが甘いと自分の手を傷つけかねない。
彼女にゴリラみたいな怪力があったら話は別だが
その四肢はどう見ても美貴と大差ない。
「ふ〜ん。聞いたとおり口は悪いけど頭の方は回ってるみたいだね。
でも別に1回で致命傷にならなくても5・6回胸を刺せば殺せるんじゃない?」
誰に聞いたか知らないが、ひどい言われようだ。
- 111 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:18
- それでも美貴の口は頭以上に回る。
「それも無理。5回も刺さなきゃならないとなると手間がかかる。
その間に大声を出すことも隙を見て逃げることもできる。
美貴はすでにあんたの顔を覚えたから確実に殺さないと捕まるよ。
その制服、H学園だね。そこからすぐに足が付く」
「…試してみる?
果たして何度も胸を刺されて大声出せるかな?
怪我してるのにごとーを振り切って逃げれるかな?
それに本当にごとーがH学園の生徒だと思ってるの?
制服なんていくらでも偽装できるでしょ。
顔だって整形できるし化粧でもいくらか誤魔化せる。
ミキティの読みは穴だらけだよ」
それくらい美貴にだって最初から分かっている。
強気でしゃべっているのはすべて口先三寸のハッタリだ。
それを女は正確に見抜いている。
このままでは明らかに美貴の方に分が悪い。
- 112 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:19
- 「…アンタ、何者なの?」
「初めまして藤本美貴ちゃん。
こんこんとまっつーは知ってるでしょ。
だったらごとーのことも覚えといて。
H学園新聞部編集長、後藤真希です」
美貴はため息をつき、運命というやつのつながりの素晴らしさにうんざりする。
真希とはあのパソコンヲタクのお気に入りの先輩だ。
そして亜弥のことも知っているとなると、何か面倒事に巻き込まれそうな気がしてくる。
いや、既にナイフを突きつけられているのだからトラブルの真っ只中だ。
「何てゆーのかな… ミキティは危ういんだよね。
とてもこのまま平凡で平和な生き方できるとは思えない。
今はギリギリの所でなんとかバランスを取ってるにすぎないでしょ?」
「何が言いたいのか分かんないだけど」
「まっつーだってバカじゃない。
心の中にナイフを隠し持ってる。
このままあの娘に流されてるつもりはないんでしょ?」
- 113 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:19
- なるほど確かに真希はたいした洞察力の持ち主のようだ。
恐らく話しに聞いただけであろう美貴のことを見透かしている。
実際亜弥と一緒にいるとわがままに付き合わされたり
やたらとペースを乱されたりすることも多い。
だがナイフを突きつけられてお前は危ういと言われても困る。
「まっつーってさぁ、顔かわいいし、明るくて活発だから
学校とかでもちょっとしたアイドルみたいな存在なんだよね。
そんなんだからか、どこか夢見がちで現実離れした所があるんだよ」
「だろうね」
それは美貴も思っていたことだ。
「でもね、それはまっつーが光の当たる場所にいるからにすぎないんだよ。
もしもこの先ミキティがまっつーを拒否したら
あの娘はひとり暗闇の中に取り残されることになりかねない。
ミキティと同じ、アンバランスな状態なんだよ」
「そんな大げさな…」
「だからさ、約束して欲しいんだ。
これからどんなことがあってもまっつーを裏切らないって」
「はぁ?」
- 114 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/01(土) 03:20
- そんなことは亜弥の彼氏か先輩である真希自身がやるべきことではないのか。
それでなくともそういった重たい関係が嫌だから亜弥とも距離を置いているというのに。
だいたいそんなことして美貴に何のメリットがあるというのだ。
まさかアンバランスな者同士支え合えなどと言うのだろうか。
「そんなのは当人同士の問題でしょ。
ナイフなんか持ち出して脅迫するなんて筋違いもいいとこだよ」
そう言ってナイフの腹をクイッと押し返し、顔から逸らす。
真希は抵抗らしい抵抗は見せなかった。
だがもう安心と分かるまで気は抜けない。
「あはっ。確かに暴力に訴えるってのはカッコ悪いね。
じゃあさ、お互いの要求を懸けて勝負をしよーよ」
「はぁ!?」
「ミキティ風にゆーなら『ゲームをしようか』ってこと」
美貴は自分はなんてこっぱずかしいことを言ったんだろうと心底後悔した。
そして亜弥は一体どんな風に美貴のことを語っているのだろうか。
それを考えただけであっさりと気がゆるんでしまった。
- 115 名前:ori 投稿日:2005/10/01(土) 03:21
- 今日はここまで。
次回はあややサンの開発した次世代新型エンジンを搭載した宇宙戦艦アヤピョンに乗って
ごまっとうのメンバーが暗黒銀河の彼方へ旅立つでしょう。
そこで悪の権化マリーとの未来を懸けた激しい戦争が始まる「黄昏編」へ突入するんですが
その前に閉鎖された宇宙船内でのあやみきの心の通い合いを描く「密室編」を書こうかな。
oriさん、こんなの書いてる暇があるならさっさと本編進めろと言うのは正論ですね。
- 116 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/10/16(日) 17:55
- はじめまして。
面白そうな話発見。
- 117 名前:ori 投稿日:2005/10/22(土) 03:48
- こんにちは。
>>116名無飼育さん
見つけていただき、ありがとうございます。
内容はトリッキーですが、期待は裏切らないように頑張りたいです。
それから自分のサイトに『ブレガル』のイラストをUPしました。
併せて『ブレガル』の世界として楽しんでいただけたら幸いです。
これからは小説の更新に合わせてイラストも描き下ろすつもりでいます(今思いついた)。
さて、それでは今日の更新、いきまーす。
- 118 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:50
- * * *
「え!? 紺ちゃん、美貴さんのこと知ってるの?」
「はい」
亜弥は持っていたケータイを落としそうになった。
いつも通り学校から帰ってきて、いつも通り家族で食卓を囲み、いつも通り風呂に入り
丁寧に髪を乾かすといういつも通りのメニューをこなし、ヒマを持て余している夜10時前。
亜弥は行儀悪くパジャマ姿でベッドの上をゴロゴロしながら
新聞部の後輩とムダ話をしているとなんとなく美貴のことが話題となり
相手からいつも通りではない意外な反応が返ってきたことに驚いた。
「私が地元の中学の3年生のときだったかな。
美貴ちゃんがちょっとしたゴタゴタに巻き込まれてね。
そのときに話した程度だけど、東京に出てきてから偶然再会して
それからちょこちょこ会ったときに話してます」
あさ美が中学3年というと、もう2年前の話だ。
あさ美は亜弥の知らない美貴のことをどのくらい知っているのだろう。
- 119 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:50
- 「ねえ、紺ちゃんから見た美貴さんってどんな人?」
「なんだろ…
じゃあここで亜弥ちゃんにクイズです」
「へ?」
このクイズに答えないと教えてくれないというのだろうか。
どうやらまた頭を使わなければならないらしい。
亜弥は口をへの字にしていると、それが見えないあさ美は肯定と取ったのか
もともとのマイペースなのか、自分の間で話を続ける。
「私達はお互いにケータイを持って話してるよね。
この電話を先に切ったケータイの持ち主が負けっていうゲームをする。
でも時間制限がないとなると決着がいつ着くのか分からないし
通話料金だって馬鹿にならないよね。
さあ、亜弥ちゃんならこんなときどうする?」
使うアイテムはケータイ2つだけ。
相手に先に切らせなければならないという簡単なルールだけで
高度な駆け引きが必要なゲームになるというわけだ。
- 120 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:51
- あさ美の答えは意外にもあっさり返ってきた。
「答えは簡単。お互いのケータイを交換するんですよ。
そうすれば相手のケータイをより早く切ればばいいだけだから
勝敗は一瞬で決まります」
「え? でもそれじゃあどっちが勝ったかよく分からないよ?」
「履歴が残るから掛け始めと通話時間で計算できるし
機種によっては一発で表示してくれるよ。
それに勝ち負けは問題じゃないんです。
美貴ちゃんはこんな破綻したゲームでも
一瞬で決着をつける逆転の方法を導き出せる人だってことだよ」
普通なら相手の思考を読み、罠を張り、いかにして電話を切らせるか考えるところを
美貴はゲームの決着の可能性を考え行動することができる。
あさ美が言いたいのはそういうことなのだのう。
「すごいね… 名探偵みたい」
「格好いいですね。
でも美貴ちゃんなら犯罪王の方じゃない?
それか二枚舌だけで世間と渡り合う詐欺師ですよ」
- 121 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:52
-
* * *
- 122 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:53
- 高くそびえる建物は、ガスがかかってぼんやり明るい空よりも黒く
その佇まいはどこか墓標を思わせる。
真希が美貴を案内した所は団地や住宅の隙間にぽつんと申し訳程度につくられた公園だった。
子どもが走り回れる広場に塔と吊り橋を模したアスレチック
主婦が世間話をするための3対のベンチとテーブルがあるだけ。
2人はそのテーブルのひとつ―――街灯に1番近いテーブルへ足を運ぶ。
テーブルとベンチはそれなりに造りはしっかりしているようだが
常に屋外で雨風にさらされているので、だいぶガタがきている。
それでも汚いという印象を受けないのは何故だろう。
「最初から刺す気はなかったんだけどね〜」
「分かってるよ。
ナイフを突きつけて脅迫するなら喉元を狙うもんだ」
「さすが〜」
美貴がゲームを承諾したのはナイフを突きつけられていたからに他ならないだろうが
真希としても脅迫という手段は本望ではなかった。
そして美貴としてもナイフを突きつけられた状態よりは
フェアであろうゲームの方が勝率も高くなると読んだのだろう。
それに真希としては自分から持ちかたゲームに負ければ手を引かざるを得ない。
だから少し強引にでも主導権を握って優位に立っておきたかったのだ。
- 123 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:54
- 「で、どんなゲームをするの」
「ミキティはまっつーとパズルクイズしたって聞いたけど
ごとーはそーゆー頭使うのは苦手なんだ。
だからもっと分かりやすいのにしよ」
そう言って真希はコートのポケットから1デッキのトランプを取り出す。
テーブルを挟んで美貴の向かいに立つと、30〜40センチの高さからバラバラとカードを降らせる。
テーブルの上に小さなトランプの山がつくられた。
そして真希はさっきまで美貴を脅迫するのに使っていたナイフを振り上げると
勢いよくその山の頂上に突き立てた。
「ゲームの説明をするよ。
ウチらは交互にこの山からカードを引き抜いていって
突き立てられたナイフを倒した方が負け」
「将棋くずしみたいなもんだね。
だったらじーちゃん家でやったことある」
「でも将棋くずしと違う所は、別に山を崩しても構わないって所。
あくまで勝敗はナイフが倒れるかどーかで決める」
「じゃあ棒倒しだ。
棒を立てた砂の山を削っていって、棒を倒した方が負けってやつ」
「そーだね。できるなら2・3枚一気にカードを引くのもOK。
ただしカードを引くときにナイフに触れちゃダメね」
- 124 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:55
- テーブルはペンキが塗ったくられているが木製、トランプは紙ではなくプラスチック。
ナイフはすべてのカードを貫通してテーブルに達しているが、あまり深く刺さってはいない。
カードを引き抜いていけば支えを失い、わずかな衝撃で間違いなく倒れるだろう。
ナイフに振動が伝わらないように慎重にカードを引き抜いていかなければならない。
しかしこのゲームに勝つためには自分が安全にカードを抜き取るかよりも
いかに相手が引きにくいようにするかの方が重要なのだ。
カードの位置とナイフの刃の向き計算し
相手がカードを引いたときにナイフが倒れるように追い詰める訳だ。
また相手の引き方に応じて次の自分の引き方を変更することも大切。
そして当然、考えた通りにカードを抜き取る器用さも必要だ。
相手の引き方を見抜き、ゲームを最後まで見通して引き方を組立てなければならない。
(めんどくさいゲームなんだよね〜)
- 125 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:56
- 「それじゃ、ゲームスタートだ」
先攻は美貴。
美貴は無難に山の外、浮き島になっているカードに人差し指を乗せ
スーッとテーブルを這わせて引き抜く。
対する真希はいきなり山に手を掛け、カードの端をめくると
まるでテーブルクロス引きのように2枚いっぺんにカードを引き抜いた。
次のターンも美貴は浮き島を1枚引き、真希は山を崩す。
美貴が6枚目のカードを引き終えたとき、真希の手にはすでにカードが12枚。
そのターンの後攻でも真希は山から3枚のカードを引き抜いた。
「ちょっと、ナイフが倒れたときに持ってたカードが多い方が勝ちとか
言い出さないだろうね?」
「言わないよ〜。単純に倒した方の負けだって。
でも安全策ばっかとってて、急にギリギリのカードを引けるかな?」
- 126 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:57
- 分かっているだろうが、このゲームは進むにつれて力加減が難しくなる。
常に同じ感覚でカードを引いてはいけない。
美貴はちぃっと舌打ちすると、山に手を伸ばす―――が、カードに触れる前にピタリと止まる。
美貴は一旦手を引くと、テーブルをまわって真希の隣まで来る。
「移動しちゃダメとは言わなかったよね」
そう言うと山の真希側、すでにだいぶ崩れている所に手を掛け
カードの端をめくりあげ指を挟むと、3枚のカードを一気に引き抜いた。
ナイフが揺れ、傾き―――止まる。
まさか挑発に挑発で応じてくるなんて、美貴もとんだギャンブラーだ。
分かりきっている挑発に乗るのはシャクだが
ここで美貴側のカードに手を伸ばすのも逃げたみたいでカッコ悪い。
- 127 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:58
- (って普通なら考えるよね。でも甘いよ)
これこそが真希の戦略なのだ。
攻撃的に仕掛けることで美貴を焦らしプレッシャーを与えるのと同時に
自分も攻撃に転じなければならないと誘い出す。
「仕掛けなきゃ」「引かなきゃ」と考えれば考えるほど余計な力みが生じる。
いきなり挑まれたゲームでそんな微妙な力加減をは絶望的だ。
対して真希は場数を踏んでいるから、ギリギリの攻防でも恐がっていない。
相手に地雷を踏ませるには自分も地雷原に足を踏み入れなければならないのだ。
傾き始めたナイフはもう2・3枚カードを引けば倒れるだろう。
真希が次のカードを無事に引き抜けば、それは美貴により大きなプレッシャーとなる。
自身の狙い通りにゲームが進んだこの状況で美貴は逃げられない。
もしもここで逃げるような腰抜けであれば、この先の美貴に勝ち目はなくなる。
もっと際どい勝負になったとき、わずかな恐怖心は必ず自らを折るからだ。
そんな平常心の削られた状況でソレまで以上に微妙な引き方ができるわけない。
- 128 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:58
- 真希は移動せず、自分の側からカードを引き抜いた。
ナイフの傾きが大きくなっていくが、倒れない。
真希はにっと口の端を歪め美貴を見やる。
「すごいね。
ここでなんの躊躇いもなく挑発に乗るなんて」
「ミキティの手はお見通しだよ。
さぁ、この次はもっと危ないカードだ。
引く? それとも逃げる?」
「…ここでまた挑発?
そんなの無意味ってゆーより逆効果なんじゃないの?
言わなきゃ今のアンタのペースのまま
焦った美貴が自滅したかもしれないのに」
「本当に焦ってた奴はそんなこと言わないと思うよ?
これが頭を冷やすための時間かせぎだなんて
つまらないハッタリにしか聞こえないから」
「…じゃあどーして美貴がこんなおしゃべりで時間かせぎしてると思う?
もしも美貴がカードに触れる前にナイフが倒れたとしたら
それはアンタが倒したことになるよね?」
「―――!?」
その言葉に真希は美貴からテーブルへと視線を向け直す。
ナイフは倒れてはいないが、静止してもいなかった。
ゆっくりとだが傾きは大きくなり、重たいハンドルは万有引力の法則に従い
ビンッと軽い音を立て倒れた。
- 129 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 03:59
- 自分はいったい美貴の何を見抜けなかったというのだろう。
美貴は真希の挑発に乗り危険な山を崩し始めた。
1・2枚の引きの差で自分がナイフを倒していたかもしれない。
真希の戦略通りのはずだ。
「美貴は勝つのが好きでゲームをしてるんじゃないよ。
ゲームは楽しむもんでしょ」
(まさか!?)
美貴も分かっていたのだ。
相手がカードを引いたときにナイフが倒れるように追い詰める
つまり、いかにして危ないカードを引かせるか
引かなければならない状況にするかがポイントだということを。
真希は美貴が自分の挑発に乗ったと見抜いたから、作戦通りカードを引き続けた。
それは同時に真希自身も普通なら引かないような危険なカードを
引き続けなければならないということは分かっている。
ここで攻め続けなければ真希の戦術が崩れるのだ。
- 130 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 04:00
- 真希は最初から山に手を掛け挑発し攻撃的に仕掛けていた。
だが美貴がそれを真希が自分のことを攻撃的だと思わせるための
作戦だということに気づいていたとしたら。
危険なカードを引かなければならない状況をつくり出されたら
逃げ場のない真希は地雷を踏むしかなくなる。
美貴はゲームに対し受け身であったかもしれないが決して逃げ腰ではなかった。
むしろ真希を泳がせ挑発に乗り、そこに罠を張り攻めてきた。
舞台が整った直後の一撃にだけ狙いを定めれば、もっとも簡単に勝負を決めることができる。
美貴は真希の戦略も読んでカードの引き方を組立てたのだ。
(アレは挑発に乗ったんじゃなくて、ごとーに地雷を踏ませるための罠だったんだ)
ゲームというのは当然つくる側が有利だ。
ルールを完璧に把握しているし、自分が得意で勝ち目の高いものにもできる。
真希にとって美貴が挑発に乗って山を崩しにくることは
美貴に地雷を踏ませる絶好のチャンスなのは分かりきっている。
真希は常に優位に立ち、ゲームを支配してるという思い込みから
その瞬間にわずかな隙を生じさせてしまった訳だ。
- 131 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 04:01
- 真希が呆けている間に美貴はカードをテーブルに戻し、さっさと戦線を離脱する。
それまでの張り詰めた空気を払うように、いや、一刀両断するように美貴が口を開く。
「これで文句ないでしょ。
まったくアンタらみたいな面倒なのとはできるだけ関わりたくないよ。
もう面倒なこと美貴に頼みに来ないでよね?」
「そーだね。ゲームに負けたことだし、ここは大人しく引き下がるよ」
それを聞いて満足したのか、いや、恐らくは微塵も信用されていないだろうが
それ以上追求はされず、美貴は公園から出て住宅街の闇の中へ消えていった。
取り残された真希はしばらく美貴が飲み込まれた闇を見たいた。
悔しくないと言えば嘘になる。
しかし実はまったく満足できないと言う結果でもない。
真希の手の中には1枚のカードが残った。
運命を決めるスペードのエースにしては、何とも可愛らしいではないか。
もしかしたら役なしのブタなのかもしれない。
- 132 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 04:01
-
* * *
- 133 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 04:04
- 「美貴さんなら、この退屈な毎日も逆転してくれるかな?」
「私もそれが知りたいんです」
それはどちらかと言うと亜弥のひとりゴトのようだったので
応える必要はなかったのではないだろうか。
おしゃべりするのは喉が渇くので、あさ美はぬるくなた豆乳をすする。
毎日ファミレスでケーキを食べているのだから
せめて飲み物くらいはヘルシーなものを選びたい。
無駄な努力であることはあさ美自身が1番よく分かってるのだが。
「でも亜弥ちゃんには分かってるんですよね。
美貴ちゃんが運命の切り札か、そうでないかが」
「どうして?」
「亜弥ちゃんは運命を超えられる人です。
亜弥ちゃんがそう望むなら、美貴ちゃんは必ず運命を切り開いてくれる」
- 134 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 04:05
- 生まれながらの強運で、すべてのことを望むように運んできた者ならば
これからもどんな夢だって信じて叶えられるだろう。
どんな残酷な運命にも刃向かうことができるだろう。
「美貴ちゃんの中には何よりも強く鋭い刃がある。
それはいずれ誰かに必要とされるものかもしれない。
でもひょっとするとすごく危険なものなのかもしれない。
鋭い刃ってのは折れやすくもあるでしょ?
美貴ちゃんってああ見えてどこか根性なしで脆い所あるから」
「それは知ってる」
そう言う電話の向こうの亜弥の顔が容易に想像できる。
「そーだ、紺ちゃん月曜日空いてる?
あいぼんと買い物に行く約束してるんだ」
- 135 名前:ブレードガール 投稿日:2005/10/22(土) 04:06
- あさ美は考えておきますと言って電話を切り、テータイをテーブルの隅に戻した。
ディスプレイで時間を確認すると1時間近くおしゃべりをしてしまっていた。
あさ美はノートパソコンの電源を落とし、帰る用意をする。
真希の方はもう終わっているだろうか。
窓の外を見ると原色に光るクラゲがユラユラと浮いていた。
地元のイルミネーションは綺麗だが、この街のネオンはどうしてこう露骨なのだろう。
それとも自分の目の方が濁ってしまったのだろうか。
そう言えば最近この辺りでも通り魔が出たり、クスリの売人なども多いらしい。
この街も随分と物騒になってしまったようだ。
そんな街の空気を吸っているのだから心が濁ってしまっても仕方ない。
こんなことを考えたことはないだろうか?
例えば殺人やテロといった犯罪行為や地球温暖化などの自然災害といった
目に見える脅威に対しては、警察や自衛隊が何らかの目に見にえる対策をとるだろうし
災害などが起こる前に、その脅威を回避するための行動としてエコなどが叫ばれるだろう。
目に見える脅威に対して明確な武器のが存在するならば
目には見えない、極めて不確実で曖昧な運命のようなものに抵抗するには
それにふさわしい魔法の剣のようなものが存在するのではないか。
それこそファンタジーが必要とされるのだ。
「私たちに運命を変える刃はありません。
それでも貴女は抵抗し続けるつもりなんですか?
天使が手にした刃でさえ、悪魔に向けられるのかどうか分からないんですよ?」
- 136 名前:ori 投稿日:2005/10/22(土) 04:07
- 今日はここまで。
次回はミキティとお紺の出会いのお話「北海道編」です。
ネットで津軽海峡の魔女が持つという巨乳の媚薬の噂を見つけた中学3年生のお紺が
ツッコミキティをそそのかして、おいしいところは全部持っていくというドタバタファンタジー。
女同士の地沸き肉踊るドロドロの心理戦をお楽しみに。
oriさん、嘘八百を並べてる暇があるならさっさと本編進めろと言うのは正論ですね。
- 137 名前:ori 投稿日:2005/10/23(日) 23:41
- こんにちは。
状況説明が大切な話だというのに絶望的な誤字脱字が多々ありますね。
推敲作業はもちろんやっているんですが、我ながら情けないくらい詰めが甘いです。
更に謝らなきゃならないことがもうひとつ。
自分のサイトにUPしたイラストですが、激しくネタバレを含みます。
これは間違いなく私の認識不足よるものです。ごめんなさい。
作者・作品共にまだまだ未熟ですが、もうしばらくのお付き合いを願います。
- 138 名前:ori 投稿日:2005/11/13(日) 03:56
- こんにちは。
下地はだいたいそろったのでそろそろ物語を加速させたいと思います。
相変わらず隙のない構成とは言えませんが、面白くしようと試行錯誤はしてます。
さて、それでは今日の更新、いきまーす。
- 139 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 03:58
- 4.真夜中の庭で
その週末、美貴は駅前のファミレスに行かなかったからか
亜弥にもあさ美にも真希にも会うことはなかった。
とくに会いたいと思うこともなく、会っても面倒なだけだ。
土曜日と日曜日は学校が休みなのであさ美はこの街にすらいないはずだ。
亜弥がどこに住んでいるのか美貴は知らないし、別に知りたいとも思わなかった。
「どうしたの美貴ちゃん。相変わらず不機嫌なオーラ撒き散らして」
「相変わらずって何よ」
月曜日、美貴はロック喫茶のカウンターで軽くサンドイッチをつまんでいた。
朝の仕込みを終え(と言っても喫茶店のバイトがたいしたことをする訳でもないが)
OPENの札を出し、昼のにぎわいがまだ聞こえてこない中途半端な時間に
バイト仲間のひとりがコーヒーカップをよこして話しかけてくる。
- 140 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 03:58
- 今日はいつもの相方が不在なのでロック喫茶には美貴と彼女しかいない。
ふだんはハンサムの周りをカラカラ空回りしている娘だが、決して美貴と仲が悪い訳でない。
むしろ友好的―――だが、話してて亜弥とは違う意味で疲れる相手だった。
「せっかくのお給料日なのに、ハッピーじゃないの?」
「ソレだけがまぁ、救いだよ。でも今日の美貴に運はないね」
「ずいぶんネガティブね」
「梨華ちゃんが言う?」
「何かあったの?」
「…まず、寝覚めが悪かった」
美貴の住む安アパートの周りは、朝カラスがやけにうるさいのだ。
まるで世界の終焉かと思わせるほどの騒ぎ様。
おかげで毎朝目覚まし時計いらずだった。
- 141 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 03:59
- 「まず、ってことは他にもあるの?」
「それから今日が燃えるゴミの日なのを思い出して
先月は1回もゴミ出してなかったからベランダに置いてあるゴミ袋を3つ
どーにかそれをひっつかんで、スニーカーをパタパタ言わせながら部屋を出た」
「パタパタ?」
「よく気づいたね」
理解が早くて助かる。
バイトだけの付き合いだが、お互いの性格や癖はある程度知った仲だった。
変な所だけ几帳面な美貴は踵を踏んで歩く癖はない。
「靴紐が切れてた―――それも両方」
「…不吉ね」
だが彼女が口にすると、とてもそうは聞こえない。
とにかく美貴はそれで転んだりでもしたら笑えないので
引き返しブーツに履き替え、同じ道を歩くことになった。
- 142 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:00
- 「それからゴミ置き場のある道まで出ると
目の前をちょうどゴミ収集車が通り過ぎた」
「救いがないわね」
走れば次のゴミ置き場に間に合ったかもしれない。
運転手が良心的なら止まってくれたかもしれない。
だが美貴は一瞬であきらめると踵を返したのだ。
それでゴミはまた来週までベランダに置かれることになった。
「その帰りに黒猫にガン飛ばされた」
「ガン飛ばしたの間違いじゃないの?」
「先に飛ばしてきたのは向こうだよ」
結局自分も飛ばしたのねと嘆息される。
美貴は1・2度コーヒーを吹き、ひと口含むとその苦さに眉間にしわをつくる。
それからシュガースティックの入ったケースを引き寄せる。
「最後は出掛けに唯一の手鏡を落として割った」
「そろそろコントに思えてきた」
金ダライでも落ちてくれば美貴もそう思えたかもしれない。
だが実際はそんなことがあるはずもなく、仮にそうなったとしても
ブチ切れるであろう美貴は機嫌を損ね、結果は似たり寄ったりで今にいたるだろう。
- 143 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:01
- 美貴はシュガースティックを2つ取り、口を開けコーヒーに入れる。
マドラーが手元になかったのでフォークでかき混ぜる。
抵抗が少ないのでいつもよりよくかき混ぜていると
肘が塩の瓶にぶつかり、ひっくり返してしまう。
「うわ!?」
「ああ〜」
その瞬間、どこにどう力が加わったのか、コーヒーカップにヒビが入る。
つきがないときは、とことんついてないらしい。
もはや不機嫌を通り越して、何だか自分が惨めに思えてくる。
「どーしたの美貴ちゃん。
何か呪われてるみたいだよ?」
「………」
美貴は眉間のしわを増やし、頭をガシガシかく。
それから今日は亜弥に会うなとため息をつく。
美貴に不幸を運んでくる魔女はあの娘しか思い浮かばない。
- 144 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:02
-
* * *
- 145 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:02
- 夜の街が熱を帯びていく。
4月の風は陽が落ちてしまうとまだまだ冷たいはずなのに
美貴は夏の低気圧に押しつぶされた空のような息苦しさを覚える。
駅前のファミレスに行くと、いつもの席に休みなくキーボードを叩いているあさ美を見つけた。
夕食時をほどよくすぎ、それほど混ではいなかったものの
なんとなくひとりで食事をするのもためらわれたので相席を求める。
案内してくれた店員にパスタとエスプレッソを注文する。
- 146 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:03
- 「紺ちゃんさ、美貴が来るといつもいるけど
もしかして毎日ココでパソコンとにらめっこしてるの?」
「奇遇ですね。私も同じ事を思ってました。
私がココにいるときに限って美貴ちゃんが現れるんです」
(あっ、怒ってる?)
美貴は何となくあさ美の言葉に棘があるのをを感じた。
あさ美だってごく普通の(とは言えないが)女子高生だ。
何か面白くないことのひとつやふたつあったって不思議でも何でもない。
触らぬ神になんとやら―――こういうときはそっとしておくに限る。
これ以上あさ美の機嫌を損ねて、何かとばっちりを食うのはごめんである。
美貴は黙って運ばれてきたパスタに手を付ける。
- 147 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:03
- 「…例の通り魔事件」
あさ美は手を休めないままモゾモゾと口を開く。
通り魔事件とは最近この街を騒がせている女子高生ばかりを狙った、あの事件のことだろう。
美貴自身はニュースを見ないが、バイト仲間がそんな話をしていたのと
先週、真希にナイフを突きつけらたときにハッタリで口にしたことを思い出す。
「友達が巻き込まれました」
「!」
とても冗談を言っている雰囲気ではない。
美貴はあさ美の交友関係など、まったくと言っていいほど知らないが
美貴に話をするということから考えられるのは2人だけだった。
- 148 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:04
- 「ちょっとまさか…」
「亜弥ちゃんは無事ですよ」
と、あっさり否定される。
まるでこっちの考えを見透かされてるようで面白くない。
美貴はズズズと少し音と立ててエスプレッソをすする。
「べつにアイツのことなんて…」
「現場には居合わせたそうですが」
「はぁ!?」
思わず大声をあげながら立ち上がってしまい、周囲の注目を集めてしまう。
美貴は思い切り不覚を取ってしまったことを呪い
居心地悪げに咳払いをすると、開き直ってのろのろと座りなおす。
- 149 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:05
- 「大丈夫ですって。
刺されたのは一緒にいた亜依という娘です。
彼女自身も命に別状はありません。
学生鞄を肩に掛けていたおかげで傷も浅く縫って輸血しただけで心配ないそうです。
今日は大事をとって入院で、事情聴取は明日になるそうです。
カウンセリングも行なわれると聞きましたが、あの娘なら心配ないでしょう」
あさ美は冷静に状況を説明する。
他人から見れば落ち着いているだろうが、美貴の眼はそこまで節穴ではない。
「友達が刺されて黙っていられるほど
私達はクールじゃありません」
- 150 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:06
- 美貴は黙ってしまった。
これは美貴達一般人が手を出せるような生やさしい状況ではない。
美貴はどうやってこの場から逃げ出そうかを考えながら会話を続ける。
「何バカなこと考えてるのよ。
犯罪者を相手にしてどーしようっての?
いや、どーにかできるなんて思ってるわけじゃないでしょうね?」
「美貴ちゃんは本当に何もできないと思ってるんですか?」
「…何が言いたいの?
たとえ犯人を特定することができても、今度はそれを捕まえなきゃならないんだよ?
さらに言えばそれらを裏付ける物証がなければ意味がない。
冒さなきゃならないリスクの割りに、あまりにもメリットが少なすぎる」
「何もできないと言ってるだけよりはずっと可能性があります。
何もせずに黙り込んでいて、終わった後に後悔しか残らないのはつらいんです」
「それでも結果は同じかもしれない。
いや、それならまだいいよ。
もしも自分のしたことが決定的なミスだとしたらどーするのさ」
- 151 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:07
- 現実はあさ美お得意の0と1の仮想世界よりもずっと冷たく残酷だ。
温かく優しい光に包まれてることを夢見てはいられない。
それによい夢ほど醒めたときつらいものだ。
亜弥が光の当たる場所にると言ったのは真希だったなと美貴は思い出す。
「…ところで、アイツはどーしてるの?
その娘の聴取が明日になったのは分かったけど、現場に居合わせたんでしょ?
犯人の顔なりなんなり見てるかもしれないじゃん」
「警察は現場近くで野次馬に対しての聞きこみは行ってますが
救急車に同乗した亜弥ちゃんは多少混乱していたので今日は帰らせ
きちんとした聴取は明日、あいぼんと一緒に行うそうです」
あさ美の話を聞く限り亜依も精神的ショックは受けていないようだし
亜弥も直後は混乱していたらしいが、ひとりで帰れるくらいには回復している。
一連の通り魔事件で被害者が生きているのは初めてのことだ。
更に現場にもうひとり、亜弥が居合わせ犯行を間近で目撃しているという
いままでと少し違う状況に警察は慎重な捜査を行なっているらしい。
- 152 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:08
- と、美貴は再び椅子から飛び上がる。
あさ美は驚き、頭半分後ろにのけぞった。
美貴は念を押すように尋ねた。
「…アイツがあいぼんて娘と一緒に救急車で病院に行った後
警察は事情聴取を行なってないんだよね?」
「え? あっ、はい」
美貴の頭の中をカミナリが走る。
亜弥への聴取は行われていない。
少なくとも警察署へ連れて行き、本格的なものが行なわれていないことは
病院で解放されたことを知れば簡単に想像がつく。
そして今までろくに目撃者も出さなかった用心深い犯人が
現場に居合わせた亜弥をはたして放っておくだろうか。
- 153 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:09
- 「今すぐアイツを探した方がいい。
無事かどうか確認するんだ」
「美貴ちゃん、まさか…」
「ひょっとしたら通り魔の奴、口封じにアイツを狙うかもしれない」
美貴の言葉の裏に気づき、多少の動揺は見せたものの
あさ美はすぐにケータイのひとつを取って番号を呼び出す。
それと同時に瞬きもせずにキーボードの上に左手を走らせる。
電話会社のコンピュータにハッキングしているのだろう。
「…出ません。でも電源は入ってます。
すぐに現在地と通信記録は分かります」
「とりあえず警察への連絡は後回しにしだ。
美貴の取り越し苦労ならその方がいいに決まってる」
- 154 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:09
- だがそう言う美貴の頭の中には考えたくないような可能性が浮かんでくる。
美貴はつっ立ったまま、唇を噛んでうつむく。
それはまだ可能性にすぎない―――どちらにでも転ぶことが考えられる。
そう、亜弥を助ける方法はいくらでも考え出せるのだ。
「それでも美貴ちゃんは何もしようとしないんですか?
たとえファンタジーみたいな奇跡は起こせなくても
美貴ちゃん自身がしようと思えば、何かできることはあるんじゃない?」
これからどう考え、どう行動するかによって結末は変わるかもしれない。
同じかもしれないし、自分のしたことが決定的なミスとなるかもしれない。
絶対に成功させる自信なんてこれっぽっちもなかった。
だがここまで知ってしまったら、逃げようにも逃げられないではないか。
- 155 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:10
- 「…どうせこれ以上悪い結末は考えられないんだ。
だったら無駄でもやってみた方が言い訳もできるかな?」
運命を語り夢ばかり見ている亜弥、非日常をまとったかのような真希、そして仮想を操るあさ美。
誰も彼もリアルの世界にロマンを求めて生きているのだろう。
もしもこれが亜弥の望んだファンタジーだと言うのなら最悪のエンディングだって予想される。
「そんなモノ美貴が全部ひっくり返してやるよ」
- 156 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:10
-
* * *
- 157 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:11
- ファミレスから飛び出し、車の少ない裏道の方へ走りながら美貴は毒づいた。
やはり美貴に災厄をもたらす魔女は亜弥なのだなと。
街は賑わう大通りを少しでも外れると迷路のような狭い路地が並ぶ。
人ごみのない狭い道に入ると突如エンジン音が響き渡る。
1台のバイクが轢き殺さんばかりの乱暴な運転で美貴の前に回り込んできた。
まったく、常識と言うものを知らないのだろうか。
その女ライダーはヘルメットを上げて軟派な声をかけてくる。
「あはっ。彼女〜、乗せてあげよーか?」
「後藤真希!?」
- 158 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:12
- 何故ここにいるのかと問い質そうと思ったが、それは愚問であろう。
あさ美がひとり、キーボードを叩いているだけで通り魔を捕まえられるはずがない。
つまりあさ美があのファミレスから指示を出し、真希がいろいろと動いているのだろう。
実際彼女は『私達』と表現していた。
「何? デートのお誘いかしら?」
「んあ、いいねそれ」
美貴はバイクについての知識はないが、バイクにまたがる真希の姿は
かっこいいとしか形容できず、似合いすぎていて何だか逆に腹立たしくなってくる。
そんな美貴の胸中を察することもなく、真希は積んであったヘルメットを投げて渡す。
美貴はそれを受け取りバイクの後ろに飛び乗り、真希の背中に手を回した。
- 159 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:13
- 「まっつーケータイに出ないって?
でもそれだけで襲われたって考えるのは早いんじゃない?」
「電源は入ってるのに出ないのはおかしいでしょ。
すでにアイツは電話に出れない状態なのかもしれない」
そこから考えられる状況は大雑把に言って
亜弥は無事だが何らかの事情でケータイに出れないケースと
亜弥は既に通り魔と接触してしまっているケースの2つ。
「無事なら通り魔よりも早く見つけ出す。
すでに接触してるなら助け出す」
「ごとーとミキティと通り魔の、まっつー争奪ゲームって訳だ」
「せめて救出ゲームって言ってやれよ。
にしても囚われのお姫様を助け出さなきゃならないなんて
アイツお望みファンタジーだよ、まったく」
「何? 焦ってるの?
ゲームは勝つのが目的じゃなくて楽しむものなんでしょ?」
「この前の根に持ってるの? そーだけどコレは例外でしょ。
何としてもひっくり返さなきゃ―――勝たなきゃならないゲームだ。
たとえイカサマしてでもね…!」
「あはっ。ごとーもその方が楽しいかも」
- 160 名前:ブレードガール 投稿日:2005/11/13(日) 04:14
- そう言って真希は楽しそうにバイクのスピードを上げる。
対する美貴は面白くない気持ちでいっぱいだ。
(アイツが無事ならまだこっちにもチャンスがある)
通り魔にすれば亜弥を殺すことに迷いなどないだろう。
いやがらせやストーキングなどで恐怖感を与えるといった回りくどいことはせず
それこそ殺人犯なだけに直接的な手段に出るのは火を見るよりも明らかだ。
どうにかして通り魔を制し、亜弥の安全を確保するすかない。
失敗すれば亜弥は勿論、美貴自身も危ない目に合いかねない。
美貴にある武器はパソコンヲタクの情報力と女ライダーの機動力。
それらを駆使して通り魔を出し抜く術を考えなければならない。
しかしそんな状況にもかかわらず、美貴はバイクのスピードにさえビビッてしまっていた。
- 161 名前:ori 投稿日:2005/11/13(日) 04:14
- 今日はここまで。
加護ちゃん、ろくに活躍の場も与えられずに強制退場です(刺されるシーンも全ボツです)。
主人公とはまったく関係のない所で事件が発生するというとんでもない展開や
明らかにおかしい警察の対応などは、これからの展開のために見逃してやってください。
現実世界を舞台にしているのに、あまり現実離れしたことはしたくないんですが
これでごまっとうのメンバーが事件の中心に飛び込むことになり物語りは盛り上がるでしょう。
- 162 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/11/13(日) 09:04
- 更新お疲れ様です。
急展開ですね。
今後の展開が楽しみです。
- 163 名前:ori 投稿日:2005/12/04(日) 02:56
- こんにちは。
>>162名無し飼育さん
即レスありがとうございます。
たたみかける展開の早さと情報量の多さはまるでサスペンス小説のようですね。
いや、単に更新量が少ないだけです。
ミキテイが何をどうひっくり返すのか、逆転劇をお楽しみください。
誤解されると申し訳ないんで言っておきますが『ブレガル』はミステリではありません。
だから「犯人はお前だ!」なんてこと言いませんよ。じっちゃんの名にかけてね。
さて、それでは今日の更新、いきまーす。
- 164 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 02:57
- * * *
美貴はこの街にもずいぶん慣れたと、そう思っていた。
だが今はまるで初めて訪れた、まったく知らない街の風景を見ているように思える。
それは初めてバイクに乗って見ているからだろうか。
それは初めて何かを探すために見ているからだろうか。
自分はいったい今までこの街で何を見ていたのだろう。
自分はいったい今までこの街で何を求めていたのだろう。
美貴は今まで何も目に入れず、何も手にせず生きてきたことに少し後悔した。
後悔などいくらでもある。
しかしこれから生まれる後悔というなら、止められるものなら止めてやりたい。
夜の街を後ろに吹き飛ばしながら、風とエンジン音にかき消されないように
真希は少し大きな声で美貴に呼びかける。
「何か作戦ないの?」
「はぁ? 無理言わないでよ。
美貴は警察でも探偵でもないんだ」
「だーかーらー、できないこともできるでしょ?」
美貴はちっと舌打ちする。
そして自分はそこまで感情が表に出る性格だったのだろうかと疑問に思う。
確かに素の表情が恐いと言われたことは多々ある―――つまり素を見せているのだが
どうにもあさ美や真希には自分の考えが筒抜けになっているようで
そんな分かりやすい人間なのではないか、という風に思えてくる。
- 165 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 02:58
- (ひょっとしたら美貴って思ったより素直なのかも)
美貴はまた場違いなことを考えながら、それを悟られまいと
頬がゆるまないように神経を配り、真希と同じ大きな声で応えた。
「そう、美貴達は警察じゃないから通り魔を捕まえることは考えなくていい。
だけど通り魔の奴を説得してアイツのことを諦めてもらうのは非現実的だ。
ならとにかくアイツと通り魔を引き離すしかない。
そーすれば警察に行って証言するなり保護してもらうなりできる」
「さっさと警察に通報しちゃうのは?
通り魔が逃げるかもしれないよ?」
「本当にそう思ってるの?
通り魔的には警察に証言されたらおしまいなんだ。
警察が動いてるって分かったら是が非でもアイツを殺そうとするよ。
そーなるとアイツの身が危険にさらされる可能性が大きくなるし
駆け引きもへったくれもなくなっちゃう」
- 166 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 02:58
- 通り魔は自分の顔を見た亜弥を生かしておくはずがない。
亜弥が警察に証言する前になんとしても殺さなければならない。
つまり美貴達は通り魔が亜弥を殺せない状況をつくりだすか
亜弥以外のものに注意を向けさせ、その隙に亜弥を保護するしかない。
「すでに接触してるだろうし正確な状況が分からないから
通り魔の注意を引きつけてその瞬間にこっちから仕掛ける方法かな」
「仕掛けるって…! こっちの武器はごとーのナイフくらいしかないよ?」
「何も通り魔とガチンコでケンカするつもりはないよ。
こっちは2人いるんだし、後藤のバイクもある。
上手くかく乱してやればアシのあるこっちは充分逃げきれる」
「じゃあどーやって通り魔の注意を引きつけるのさ?」
「…後藤が最初に美貴の注意を引きつけた手があるでしょ。
アレを使おう」
通り魔と対峙し、こちらがその事実を知っていることを教える。
いきなり自分の素性を知る者が現れたら誰だって警戒する。
それも自分が犯罪者ということを知っているのならなおさらだ。
関係のない人間ならそんなこと信用しないか、人違いで済ませるだろうが
事実ならすんなり無視することはできない。
- 167 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 02:59
- 「通り魔の奴が信じる?」
「それはアイツ―――亜弥―――のことを言うだけでいい。
事件のことを知る人間だと分かれば通り魔は信じる。
更にアイツのことを言われれば充分に注意を引きつけることができる」
自分が通り魔だと知っている人間をそのまま逃がす訳にはいかない。
亜弥よりも先に殺そうとするだろう。
「でも通り魔はまっつーだって逃がすつもりないんだよ?
どっちを後回しにするか分からないじゃない」
「いいや、目撃者を殺しておこうって用心深い通り魔が
不確定要素の多い美貴達を後回しにするはずがない。
そもそも証言ひとつじゃ十分な証拠にはならない。
犯人の背格好と似顔絵がつくれる程度でしょ。
すでにアイツのケータイは奪ってあるんだし
通り魔は当然アイツを後回しにするだろうね」
そしてその当然の判断こそが美貴の狙いだ。
通り魔がこっちを狙ってくるなら亜弥が襲われることはない。
最悪でも亜弥の安全を確保できる。
―――いや、最悪はない。
少なくともお姫様が死ぬようなエンディングは。
- 168 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 02:59
- 「!」
美貴のケータイが震える。
「後藤停めて! もしもし!?」
「紺野です。亜弥ちゃんは―――いえ、亜弥ちゃんのケータイは
駅前通り北1西2、Cホテルの裏です。
病院の位置から考えて、まっすぐ駅へは向かってないようです」
「OK。そこにいるのは十中八九、通り魔だ。
そしてそのすぐ近くに必ずアイツもいる」
追われる者の心理としては人気のない裏路地に入るとは考えにくい。
周囲に人がいる所の方が手荒なことはできないから安全だ。
Cホテルは南に1ブロックか、西に1ブロック半進めば大きな通りがある。
逆に追う者は自分の姿を見られないように注意しているはずだ。
相手に警戒心を与えたり、逃げ出したりされないように。
そして今回の場合、通り魔はすでに亜弥と接触しているにもかかわらず
亜弥のケータイを持って街中を歩いていることから、亜弥が無事である可能性も高い。
通り魔がいまだにつけ狙っているからには、そう遠くない所に亜弥もいるはずだ。
- 169 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:00
- 「美貴達がやることはたった2つ。
通り魔の注意を引きつけるのと、その隙にアイツを連れて逃げる。
それだけだ…!」
やるべきことは決まっている。
情報を並べれば通り魔が何を守り、どこを攻めてくるかも分かる。
しかし分かっていてもそれはまだ頭の中の想像―――ファンタジーにすぎない。
美貴はそのファンタジーをリアルに持ってこなければならないのだ。
「この通り魔はその大胆な犯行とは裏腹に用心深い奴だ。
それは今まで目撃者を出さなかった周到な犯行や
アイツも殺しておこうってゆー奴の行動からも分かる。
だから通り魔は突然美貴達が現れたら警戒して顔を見られないようにするだろう。
それに美貴や後藤の存在は予想外のはずだ。
注意を引きつけてしまえば瞬間的にその場から動けなくすることもできるし
顔を隠すのに必死になってたらとても他のことにまで気が回らない。
その瞬間ならアイツを連れて逃げることができる」
- 170 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:00
- 美貴はロジカルに作戦を組み上げていく。
ゲームに勝つための条件その1、先を読む。
手にした情報から通り魔の取るべき行動を読み、逆転の道を見つけだす。
美貴はリアルの刃でファンタジーを切り開いていく。
(…すごい読みだね)
真希はわずかに戦慄した。
ナイフ倒しのゲームのときは真希にも緩みがあり美貴の罠に引っ掛かったが
冷静に対処すれば勝てないゲームではなかった。
しかし今回の読みの速さと鋭さ、そして逆転の発想は普通じゃない。
(ひょっとしたらまっつーは、とんでもないジョーカーを引いたのかもね)
しかし美貴は決して何か特別な能力を持ってるわけではない。
だから真希やあさ美の力を借りるし、そのことを恥ずかしいとも思わない。
美貴自身は難しく考えず、もっとも平凡な手段をとるしかないのだ。
なぜならそれが亜弥を助けるための、たったひとつの冴えたやり方なのだから。
- 171 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:00
-
* * *
- 172 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:01
- 夜の街が熱を帯びていく。
しかしそれは勘違いだったことに美貴は気づいた。
本当は自分の体温が下がっていたのだ。
感覚がまるで研ぎ澄まされたナイフのように冷たく、鋭くなっていく。
- 173 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:01
-
* * *
- 174 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:01
- 見上げると、12階建てのCホテルが夜空を割っている。
美貴は路地から出てきた白いフードの男を確認した。
男が交差点を渡り銀行の裏へ回ると、美貴はソレを追う。
銀行の向こうは駅前の大きな通りがある。
恐らく亜弥はそっちにいるのだろう。
美貴が亜弥を捜し、同時に通り魔の相手をしなければならないとなると
通り魔と亜弥が近づくことになり襲われる危険が増える。
大きな通りなら確実に真希が亜弥を拾えるだろうから任せよう。
美貴は路地にフードの男しかいないことを確認すると走って追いこした。
注意を引きつけるとなると直接対峙しなければならず
亜弥とのつながりを知られることにもなるから慎重に進めなければならない。
ゲームに勝つための条件その2、リスクは最小限に。
美貴は路地の真ん中あたりまで来るとパッと振り返った。
「こんにちは。通り魔さんだね?」
- 175 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:02
- 暗くてフードの下の表情はうかがえないが、空気が変わったのが分かる。
路地でいきなり呼び止められればびっくりもするし、相手には後ろめたいこともある。
街の真ん中で見ず知らずの女に素性を探られるのは相当プレッシャーだろう。
対する美貴だって気が気じゃなくイヤになる。
何故なら自分が1番できると信じていないことをやろうというのだから。
美貴はなるべく不自然でないようにケータイを取り出し
あさ美に教えてもらったばかりの番号を呼び出した。
ワンテンポ遅れて微かなバイブ音が聞こえてくる。
取って確認するまでもなく、お互い目の前にいる相手を敵と認識した。
広くない路地に緊迫した気配が満ちていく。
「ポケットに手をつっこんでるけど膨らみで分かるよ。
左にケータイ、そして右に凶器を隠してるんでしょ?
アンタは今日の夕方、H学園の生徒を刺した通り魔だ。
そしてそのときそばにいた娘に顔を見られたから病院からずっと尾行してる。
人気のない所にでも行ったら口封じのために殺そうと思ってね」
美貴が揺さぶりをかけても通り魔はポケットから手を出したりはしない。
凶器を見せてしまったら言い訳が効かなくなるからだろう。
手札を曝してはゲームに勝てないのは相手も同じ。
美貴は更に切り込む。
「でも困ったね。アイツはまだ警察へ証言はしてないけど美貴が気づいた。
アンタは自分が通り魔だと知られてる以上、顔を見られるわけにはいかない。
これ以上目撃者を増やすわけにはいかないからね。
こんな薄暗い路地裏じゃお互い顔は見えないけど
確認する方法がないわけじゃないよ」
- 176 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:03
- その瞬間、通り魔の背後からまるで爆発したかのようにエンジン音が轟いた。
通り魔が慌てて振り返るのとバイクのヘッドライトが点灯する。
真希がバイクを猛発進させ、突っ込んできたのだ。
同時に美貴も通り魔に向かって駆け出した。
急に自分が通り魔だと知る女の子が現れれば動揺し警戒する。
そんな所にいきなり暴走バイク突っ込んでくるのだ。
美貴からは逆光になって通り魔の表情は伺えないが、真希の方は別だ。
隙をついて現れた真希に見られないように顔を隠さなければならない。
真希はどういった神経をしているのか、ブレーキも掛けないし避けようともしない。
当然通り魔は轢き殺されてはたまらないと逃げるが、真希が懐に飛び込むことで動きは制限される。
通り魔はライトの死角へ飛び退き、膝をついて姿勢を低くした。
これでは真希が通り魔の顔を確認することはできない。
2人のすぐ脇を通り抜け、真希は全速力でその場から走り去る。
だがバイクをやり過ごせても安心するのはまだ早い。
体勢を崩され余裕がないながらも、美貴に注意を戻さざるを得ない。
そんな通り魔が振り向いたその直後
―――ピロリン♪
美貴の掲げたカメラ付きケータイが光り通り、魔の驚愕の表情を収めた。
- 177 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:03
- これが美貴の切り札だ。
通り魔が亜弥を殺さなければならない理由は自分の顔を目撃したから。
それはつまり亜弥持つ証拠能力を奪うということ。
逆に言えば通り魔は相手により高い証拠能力を与えてはならない。
美貴は初めからこれを狙っていたのだ。
たとえ背後からでも路地に反響するエンジン音でバイクに気づかないはずがない。
気づけばバイクを無視することはできないので、ほんの一瞬だが通り魔の注意が美貴からそれる。
さらにバイクのライトと比べればケータイのフラッシュなどわずかなモノ。
カメラを向けられ、光っていたとしても気づく可能性は少ないし
バイクが飛び込んできて思考と動作に制限を加えられた状態で冷静な対応が取れるはずがない。
つまり通り魔注意を引きつけるのは対峙した美貴ではなく真希。
いや、美貴は二重のフェイントで通り魔を射程に捉えたのだ。
美貴はケータイをチラッと確認してポケットにしまいこみ、ジリジリと後退する。
位置が入れ替わり、路地の出口に近い美貴はすぐに逃げ出せる。
だが、通り魔の頭が冷えるまで慎重にタイミングを計る。
通り魔はまだ膝をついたままフードの下から美貴を睨み上げている。
通り魔の思考回路が普通なら、優先順位が変わったはずだ。
より証拠能力高い方―――美貴のケータイへ。
ゲームに勝つためにその3、前提を覆す。
これでゲームのお宝の存在がひっくり返ったわけだ。
- 178 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:04
-
* * *
- 179 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:05
- 反対側の路地から飛び出した真希は、そのまま大通りを疾駆していた。
50メートルほど行った所で車体を大きく傾けUターンする。
免許を取るのに苦労した真希は正直、運転が上手くない。
(大丈夫なんだろうね)
美貴と一緒に直接通り魔の相手をした方がよかったのではないだろうか。
だがすでに通り魔が接触している以上、亜弥の無事を確認したい。
真希達の目的は亜弥の身を守ることだ。
彼女の無事を確認しなければ次に自分達がとるべき行動も変わってくる。
美貴と真希が一緒に動いて失敗してしまったら亜弥を助ける術がなくなってしまうのだ。
それに今となっては美貴と一緒にいる方が危険が大きいかもしれない。
思考を巡らせ再び走り始めた真希の耳に疾風の隙間から聞きなれた声が届く。
「―――ちょう!?」
「まっつー! やっぱり近くにいたんだ」
真希がまた乱暴にバイクを停めるとすぐに亜弥が駆け寄ってくる。
- 180 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:05
- 「編集長!」
「あ、今はごとー」
「じゃあ、ごっちん。
ケータイ通り魔に盗られちゃったの。
尾けられてるのに気づいて焦ったとき、鞄ひっくり返しちゃって。
「それは知ってる。
今ミキティが通り魔を牽制してるんだ」
真希の一言に亜弥が目を丸くする。
それは美貴が自分のために動いてくれたことへの驚きではなく
何か自分の失敗を発見してしまったことへのショックのように見える。
「あと生徒手帳も」
「生徒手帳? …マズイ!」
H学園の生徒全員に配られる生徒手帳には名前や住所といった個人情報が書かれている。
それを奪われたということは、通り魔に亜弥の学校や家が知られたということだ。
ここで奴を捕まえないと、後々亜弥の身に危険が及ぶ恐れがある。
美貴はそのことを知らないまま作戦を立てた。
読みのキレがいかに鋭かろうと、手にある情報が少なければ相手を詰め切れない。
- 181 名前:ブレードガール 投稿日:2005/12/04(日) 03:05
- 「ミキティに伝えなきゃ。
番号… んあ、知らないや」
真希はあさ美を呼び出す。
1コールであさ美がでる。
「紺野です」
「紺野、すぐにミキティに伝えて。
通り魔はまっつーのケータイだけじゃなくて生徒手帳も奪ってる。
ひょっとしたら通り魔の奴、家とかでまちぶせするかもしれない」
「切らずに待っててください」
「くそっ、これじゃミキティの身も危ない」
「でもなんで美貴さんが―――…
まさか美貴さん、自分の命を犠牲にして
あたしを助ようって思ってるんじゃ」
「―――!」
何で気づかなかったんだろうと真希は自分を呪った。
美貴の危うさは分かっていたはずだ。
それはスリルや快感を求めるといった危うさではなく
鬱や無力感から解放されたがっているような危うさだ。
美貴は亜弥を通り魔から守るために自分が狙われる作戦を立てた。
自信が持てないから、守りたいものは何もないから、たとえ自分が殺されたとしても
自分を好いてくれた亜弥を助けれることができるなら、最期に救いを手にすることになる。
そうなるようにあさ美を利用し、真希を動かし、通り魔までも操って
亜弥を殺せない状況をつくりだそうとした。
これでお姫様が死ぬような最悪のエンディングはなくなり
亜弥は救われ、自分も解放されるよりよいエンディングを迎えることができる。
美貴の持つ刃は、自分自身をも傷つける諸刃の刃なのかもしれない。
- 182 名前:ori 投稿日:2005/12/04(日) 03:06
- 今日はここまで。
起承転結で言えば、起転転転結みたいな感じで進んでます。
ダラダラしゃべってないで早くやっつけちゃいたいんですが
『ブレガル』はバトルではなく現実世界のルールに従ったファンタジーなんで
超人的なアクションを読ませるのではなく
すべての動きがルールに沿ったゲームであることを説明しないといけません。
なんでこんな苦しい制限を自分に課してるんでしょ?
次回、VS通り魔決着! って書くといかにも連載っぽくてカコイイですね。
- 183 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 04:03
- 突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
- 184 名前:ori 投稿日:2006/09/11(月) 20:08
- Now loading...
- 185 名前:ori 投稿日:2008/01/12(土) 02:38
- CONTINUE 7
→ YES
NO
- 186 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/08/17(日) 12:08
- 待ってます
- 187 名前:名無しさん 投稿日:2009/02/20(金) 17:59
- 待ってます。
ここまで引き込まれる作品に
出逢えたのは久しぶりです。
頑張ってください。
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