吉里アヤの一日
1 名前:キャハッ! 投稿日:2005/04/16(土) 14:51
(0´∀`) <書いてチョ
2 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 21:17
吉澤と里田だけで
3 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/16(土) 22:46
4 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/18(月) 18:03
M9(0´∀`) キミ仲間はずれはよくなよ!
5 名前:のんたん 投稿日:2005/04/19(火) 16:40
書きたいけど、三人を詳しく知らないからな〜
6 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/19(火) 21:29
ageないで
7 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/20(水) 18:18
個人サイトでなら見たことあるけど飼育じゃちょっと無理ないか?
有効活用キボン
8 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/22(金) 12:13
ここで書くのは難しいぞ。。。。
9 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/04/23(土) 14:48
だれ?
10 名前:なんでもない夜 投稿日:2005/04/30(土) 04:30

人の家の冷蔵庫から勝手にビールを取り出して飲んでるコイツは。

「まいちーん。アサヒしかねーの?」
「ないよ」
「んだよー。ビールはキリンだろキリン。首なげーし」
「なにそれ」
「キリンさん首長くてあたしみたいっしょ?」

最近二十歳になったばかりなのにビールの銘柄にうるさい。
しかもそんなわけのわからない理由言われても。
そのときの気分で言ってることは毎回違うし。

「こないだは発泡酒が安くてうまくていいとか言ってなかった?」
「明日は明日の風が吹く〜ルルル〜ララ〜」
「なにその歌」
「明日は明日の風が吹くの歌」
「はいはい。今日はキリンがいいのね」
「イエッサー」
11 名前:なんでもない夜 投稿日:2005/04/30(土) 04:30

言ってることはかなりおかしいがとにかくキリンが好きらしい。
アヤカがこれを知ったらうちの冷蔵庫はキリンだらけになるだろうな。
起きたら教えてやろうかと横で転がってる彼女を見た。
でもなんとなく教えたくない気がした。

「うへへ。ちゅうしちゃおうちゅう」
「あ…」

よしこがアヤカの顔を両手で挟んで軽くちゅっとした。
なにも知らずにスヤスヤと眠るアヤカ。

「まいちんもする?」
「遠慮しときます」
「そう?」
「そ・う・で・す」

明日提出のレポートが半分もできてないこの状況でそんなこと。
いやべつにこの状況だから駄目ってんじゃないけど。
ちゅってするのに深い意味なんてよしこにはないんだろうけど。
12 名前:なんでもない夜 投稿日:2005/04/30(土) 04:31

「強がっちゃって〜」
「あー、もう邪魔邪魔。レポート書けないじゃん」
「そんなのちゃちゃっと書いて終わりにしなよ〜」
「あたしはよしこと違って単位取れればいいってわけじゃないの」
「大丈夫だよ。あのセンセー提出さえすればAだから」
「なんでそんなことわかるのよー」
「先輩に聞いたから」

途端に真面目にレポートをやってる自分がバカに思えてきた。
出せばいいだけのものだったらビール飲みながら5分で終わる。
ひっついてくるよしこをべりっと剥がして冷蔵庫を開けた。

「おい」

冷気が顔に突き刺さる。
マヨネーズとかふりかけとかそんなものしかない冷蔵庫。
アヤカからもらったメロンが場違いだった。
13 名前:なんでもない夜 投稿日:2005/04/30(土) 04:32

「ビールは?」
「うん?」
「ビール」
「飲んじった」
「っはぁ〜。キリンさんがよかったんじゃないの?」
「妥協した」

一発殴ってやろうと思ったけどよしこのところにたどり着くまでに
空き缶を拾っていたらどうでもよくなった。
コイツはなんていうか、いつもそういうことをどうでもよくさせる。
どうでもいいはずなのに、どうでもよくなくなるときも、ある。

「まいちんさ〜こないだの合コンどうだったの?」
「はっ?!なんでそれ…」

ちゅうされて心なしか嬉しそうな寝顔のアヤカを見て納得した。
コイツ、自分が行けなくなったからってあたしに押しつけたくせに。
なんでも筒抜けってのもいかがなものかと思う。

「すげーモテてたらしいじゃん」
「アヤカのピンチヒッターで行っただけだよ」
「んでもちょっとはオイシイ思いしたんでしょ?」
「よしこじゃないんだからそんなことするかっ」

自他共に認める合コン好きの頭をペシっと殴って財布を握った。
14 名前:なんでもない夜 投稿日:2005/04/30(土) 04:33

「どこ行くの?」

コンビニ、と言おうとして振り返ったけど声が出なかった。

「まいちんにもちゅう〜。アイス買ってきてね」
「う、うん」
「あとキリンさんもね〜」
「わ、わかった」

外に出たら思っていたよりも寒くて鳥肌が立った。
でもあたしの唇だけはおかしいくらい熱を持っていて。
頬とかもやけに熱くて手で仰ぎながらコンビニまでの道を歩いた。

春が終わる一歩手前のなんでもない夜のこと。


15 名前:カキニゲ 投稿日:2005/04/30(土) 04:33
さいなら
16 名前:名無し飼育 投稿日:2005/05/05(木) 09:48
すばらすぃ
つづき読みたい
17 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/08(日) 21:42
おとしとく
18 名前:真昼の月 投稿日:2005/05/09(月) 02:44

家に帰ると赤いランプがチカチカと点滅していた。
バッグを放り投げたら携帯が派手な音を立ててフローリングを滑った。
ため息をつきながら腰を落として傷がついてないか確かめた。
立ち上がるのが面倒でそのままエイッと掛け声つきで手を伸ばした。

『あ、俺。…俺やっぱアヤカじゃなきゃダメなんだよ。アヤカ頼むよ。許』

聞きなれた声が流れてきて、慌てるつもりはなかったのに
声を止めた拍子に右手の人差し指の爪が欠けた。

「あーあ」

両手を広げてしばらく爪を眺めていた。
欠けたのはほんのわずかだったけど大切なモノを失くしたような感じだった。
19 名前:真昼の月 投稿日:2005/05/09(月) 02:45

そんなことを言ったらたぶんまいちゃんはあの大きな目を見開いて、
あたしの腕とかを叩きながら大笑いするんだろうな。
そしてよっちゃんに面白おかしく脚色した話を大げさに伝えて彼女を笑わせるんだろう。

よっちゃんはあたしの爪を見て「これくらいどうってことねーよ」
とかいかにも彼女らしいことを言い放つのだろう。
爪に触れる彼女の長い指を想像したら昨夜のことをふいに思い出した。

寝たふりなんてするんじゃなかった。

「なんでだろ…」

まだぼんやりとした頭とところどころ痛む体を連れてバスルームに向かった。
身を固くしてじっと二人のやり取りを聞いていた結果がこの様だった。
べつに特別なことがあったわけじゃないのにどうして。
まいちゃんとよっちゃんはいつもどおりだったし、
昨夜みたいな軽いキスは前にだってされたことがある。
熱いシャワーを浴びながら唇の端を指でなぞった。
20 名前:真昼の月 投稿日:2005/05/09(月) 02:45

欠けた爪をいじりながらシャワーから戻り携帯をチェックした。
よっちゃんからのメールが一件。そしてまいちゃんからは着信が一件あった。
欠けた爪がタオルにひっかかって糸がほつれる。
やんなっちゃうなぁとか思っていたら左手の携帯が音を鳴らした。

「もしもーし」
「あたしー。あのさ、昨日言うの忘れたんだけどメロンありがと」
「いいよーどうせ貰いものだし。そんなことでわざわざ電話してきたの?」
「んーん。ちょっとレポート書いてたらわかんなくなっちゃって」
「レポートって昨日やっていた?」
「そう。適当に書こうと思ったんだけどなんか適当にも書けないみたい、あたし」
「じゃあやっぱりちゃんと書けば?」
「そうなんだよね。で、ちゃんと書こうと思ったらやっぱり詰まっちゃって」
「そのレポートって今日提出じゃなかったっけ?」

部屋の時計を見た。まいちゃんが取っている講義の時間はとっくに過ぎている。
21 名前:真昼の月 投稿日:2005/05/09(月) 02:46

「時間過ぎてるよ?」
「あ、大丈夫。休講になったから」
「提出も延びた?」
「うん来週になった」
「そっか。よかったねー」
「でも早めにやるにこしたことないから今やってるんだけどさー」

まいちゃんと話しながらベランダに出た。
晴れても曇ってもいない変な天気。でも時々そよぐ風は気持ちよかった。

「なんかもうイラっとしちゃってさ。なんでこんなことしなきゃいけないんだろって」
「うんうん」
「昼間っからあたしなにやってんだろって。馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

聞きながら部屋にあったスパティフィラムを外に出した。
太陽は出てなかったけど外の空気に晒したほうがたぶんいいだろう。
なんとなくそう思うだけで根拠はなかったけど。
22 名前:真昼の月 投稿日:2005/05/09(月) 02:46

「だからさー、ってアヤカ聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「ちょっとー。絶対なんかしてるでしょ、今」
「もう適当に書けばいいじゃない。どうせ出しただけでAもらえるんでしょ?」
「そうだけど…。適当に書くのも難しいんだって」
「なにそれ。おっかしー」

スパティフィラムの枯れた葉を取って水をあげた。
まいちゃんとくだらない話をして笑っていたら
自分の笑い声が空に吸い込まれていくようでいつもより楽しかった。

「じゃあまたレポートに戻るとするよ、あたしは」
「うん。頑張ってねー」
23 名前:真昼の月 投稿日:2005/05/09(月) 02:47

電話を終えてからよっちゃんから届いていたメールを見た。

『あんな地球に不必要な男別れて正解。アヤカにはあたしとまいちんがいる!』

思わず噴きだした。地球って。まったく意味わからないんだから。
閉じた携帯を開いては同じ文面を何度も読んだ。そして笑った。
今夜もまいちゃんのところにいってビールを飲もうかな。
レポートの邪魔をして怒られたらよっちゃんを呼ぼう。

なんて返信をしようか考えながらキリンさんのビールを飲んだ。
24 名前:カキニゲ 投稿日:2005/05/09(月) 02:47
さいなら
25 名前:名無し飼育 投稿日:2005/05/09(月) 02:54
良いなここの話は
26 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/09(月) 11:54
(・∀・ )っ/凵⌒☆イイ!
27 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/10(火) 18:20
こういうのを待ってたんだ
しばらくここにいさせてください
28 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/05/11(水) 13:35
 
29 名前:名無し飼育 投稿日:2005/05/19(木) 11:33
エロ書きます
30 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:11

イマイチだった合コン帰り、いつものようにまいちんの家へと向かう。
ほろ酔い気味でいつもの街並みを眺めながら歩くのは
合コンで知り合った可愛い女の子やちょっといいと思った
先輩の部屋で朝を迎えることよりも、もしかしたら好きかも。

たいした付き合いでもなかったけど別れってやつはそれなりに
痛みを伴うから、相手にどう思われていてもあたしだって
それなりに…なんてグチれる相手の部屋に到着。
1人より2人。2人より3人だよな。

「うぃーす」
「だからそんなつもりじゃなくて…」
「じゃあどういうつもりだったのよー」
「た、たまたまよ。たまたま」
「たまたま寝たフリするかぁ〜?」
「あの〜。こんばんは?おーい、2人とも」

あたしの存在を無視してなんのことやらわからない話をしている。
まいちんのあの顔はイタズラ心ってやつが入ったときの
ちょっと意地悪そうな、オッサンみたいなそんな顔。
一方のアヤカはやけにテンパってまいちんのからかいには
あんまり気づいていない。必死になって何かの言い訳をしている。

31 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:12

「へいへい、勝手に上がっちゃいますよー」
「だからなんていうかタイミングがね」
「タイミングぅ〜?」
「そ、そう。タイミング掴み損ねて」
「ふーん。で、ずっと聞いてたんだ」
「へいへい、勝手にビール飲んじゃいますよー」
「きゃっ!よっちゃんいつのまにいたの?!」
「おー、よしこじゃん。早かったね」

何も言わずに座っていた位置をずらす2人に苦笑する。
あたしはいつものようにお誕生日席で、真ん中で、
そこは誰がなんと言おうとあたしのポジションらしい。

「なんの話?」
「聞いてよ、よしこー。アヤカがねぇ…」
「あ、まいちゃん、べつに言わなくていいじゃない」
「ふむふむ。アヤカがどした?」
「それがさー、昨日ここで…」
「まいちゃんってば!ほら、メロン食べようよ。メロン」

そういえばシェイクのメロン味が好きだったよな、アイツ。
夏になると安くなるからやたら飲んでたっけ。
1年…2年か。案外長く付き合ったよなぁ、自分としては。
なんでダメになったんだか。やっぱあたしが悪かったのかな。

32 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:13

「…よっちゃん?」
「メロン!メロン!ばっちこーい!!」
「よしこいきなり何言ってんのよー。あはは」
「メロンってあれでしょ、昨日冷蔵庫に入ってたやつ?」
「そうそう。アヤカにもらったやつ」
「よっしゃー!じゃあ切ろうぜ!食べよ、食べよ」

アヤカの持ってきたというそのメロンは普通ではちょっと
お目にかかれないくらい高級なやつらしく、あたしが
いつもの調子で包丁をスパンスパン入れて切ったら
2人が声を合わせて何かを叫んでいた。無視無視。

「メロンの原型ないね…」
「うん…ジュースにでもする?」
「ジュースかぁ…あ!シャーベットは?!
「アヤカそれナーイス!ナイスアイディア!」
「えぇぇ〜せっかくあたしが食べやすいように切ったのに〜」
「全然食べやすくないから」
「ドロドロだから」

大体シャーベットってなんだよ。アイスみたいなやつか?
シャリシャリしててガーッて食べると頭キーンってなるやつ?

33 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:14

「それカキ氷でしょ」
「どう違うの?」
「どう違うんだろう」

そんなのどうでもいいじゃん、なんて言いながら嬉々として
あたしがメチャメチャにしたメロンの残骸をスプーンの腹で
さらに潰していく2人。たしかにどうでもいいな。
カキ氷でもシャーベットでも。
シェイクじゃなければどうでもいい。

これ以上は限界というくらいジューシーになったメロンを
製氷機に少しずつ注いでから冷凍庫にそっと置いた。
ひんやりした冷気に襲われて昨日のことを思い出した。

「そういえばさ、アヤカ昨日寝たフリしてたよね」
「あーーー!よしこ!!」
「よっちゃんなんでそれ!!」
「ん?なんでそんな興奮してんの?」

指についたメロンを舐めて首を捻る。
あたしなんか変なこと言った?

34 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:14

「さっきその話してたんだよ。アヤカの寝たフリをネタに」
「まいちゃん寒いよ…」
「ああ。あたしが来たときに話してたのそれか」
「そうそう。寝たフリしながらあたしたちの会話聞いてたんだよ、アヤカ」
「ちがっ、そんなつもりじゃなくて〜」
「ふーん。まあいいじゃん」
「ていうかよしこなんで知ってたの?」
「まいちんは?」
「アヤカがポロッと知らないはずの言葉を口にしたのよ…ふふふ」
「こえぇぇ〜よ、まいちん」
「怖いよねー」

アヤカと怖い怖い言いながらビールをグイッと飲む。
キリンさんのビールはアイツが好きだったもの。
付き合ってるときは銘柄なんて気にもしなかったのに。
なんでかな。最近はこれじゃなきゃ酔えない気がする。

「もうっ、あたしのことはどうでもいいのよ。よしこは?」
「なんだっけ」
「なんでアヤカが寝たフリしてたって知ってるのよ」
「まいちゃんしつこいよー?」

35 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:15

からかいの対象が自分からまいちんに移ってちょっと余裕が
できたのか、アヤカはやたらとデカイ声で身を乗り出してくる
まいちんのおでこを指で押し戻した。
そんなアヤカを見てあたしはニンマリを笑う。

「アヤカさ〜、あたしがちゅうしようとしたとき瞼がヒクヒクしてんだもん」
「マジでー?!ぶはははっ」
「ひ、ひど〜。よっちゃんひどい〜」
「あ、こりゃ起きてるなって、すぐわかったよ」
「瞼ヒクヒクだって!アヤカの瞼が…!ぐははは」
「まいちゃんウケすぎ」

腹を抱えて転げまわるまいちんを叩きながら追いかけるアヤカ。
瞼はヒクヒクしてたけど唇から一瞬漏れた吐息が熱かったのは
内緒にしておこう。少しだけ感じてしまったことも。

「んな笑ってるけどさー、まいちんだって」
「え?!なになに?まいちゃんもどっかヒクついてた?」
「ちょっとー、アヤカじゃないんだからそんなわけないでしょ」
「ちゅうしたとき鼻の穴が広がってた。イテッ」
「勝手なこと言うなー!!」
「あはは。まいちゃん鼻の穴だって。あははー」

36 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:15

すかさずまいちんの突っ込みが脇腹に入った。
痛いというかくすぐったいね。手加減してくれてるのがわかる。
アイツはいつだって手加減なしだった。本気だったから痛かった。
本気であたしにぶつかってきたアイツが好きだった。
なんでかな。好きだったのに。なんでかな。

「瞼がヒクついてたやつに笑われたくないー」
「鼻の穴よりマシだもーん」

じゃれ合う2人を見ていたらなんか急に寂しくなった。
あたしも仲間に入れてよ。2人ともそばにいてよ。

「ねぇよしこ、瞼ヒクヒクのがおかしいよねー?」
「そんなことないよ。よっちゃん鼻の穴のが笑ったでしょ?」
「んー、どっちも?かな」

37 名前:And morning comes 投稿日:2005/05/23(月) 02:16

鼻の穴はたしかに笑えたけどまいちゃんの尋常じゃないほど
真っ赤なほっぺを見たらなんか笑えなかったんだよね。
可愛いなって思ったこともやっぱり内緒にしておこう。


「「ひどいーーー!!」」


明日の朝にはシャリシャリのメロンシャーベットができてるだろう。
あたしとまいちんとアヤカ、3人の共同制作。
メロンシャーベットを食べて気持ちにケリがついたら2人に話そう。
あたしの恋の顛末を聞いてもらって笑い飛ばしてもらおう。

そうしよう。



38 名前:カキニゲ 投稿日:2005/05/23(月) 02:17
ホントにさいなら。>>29さんあとどうぞ。
39 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/24(火) 22:05
珍しい
この三人でエロ書いてくらさい
40 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/25(水) 11:34
更新乙!
41 名前:名無し募集中。。。 投稿日:2005/05/26(木) 19:32
イイ!
42 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/05/27(金) 21:17
やばい超ツボです!また書きに来てほすぃー
43 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 02:03

できあがったメロン味のそれをシャべーットなんて呼んだら、
きっとシャーベット屋さんが泣くだろう。
シャーベット屋さんなんていないかもしれないって言うまいちんと
一口含んだまま微妙そうな顔をしているアヤカ。
全国のシャベーットファンの皆々様方ごめんなさい。
これはメロン色をした何かです。シャーベットなんかじゃありませんでした。

「なんつーか」
「うん、なんだろ」
「なんだろね」

アサイチで食べたものが正体不明な味をしていた。今日はいい日になりそうだ。

「薄いんじゃない?」
「薄いっていうかこれメロン?」
「普通の氷のがまだ食べれるかも」
「ていうかよしこさぁ」

じりじりと何かに腹を立てているように太陽がその存在を自己主張して
朝というにはすでにうんざりするほど暑すぎるこの時間帯。
かりにも一晩冷凍庫で過ごした物体を口に入れたのだから
ちょっとした涼を味わったと思えばそれでいいじゃないか。
味なんて二の次三の次さ。これの元が高級メロンだったことなんて今は気にすることじゃない。

44 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 02:03

「もしかして製氷皿に水入れた?」
「入れてないよ」
「見てよ、まいちん。この目の泳ぎ方」
「ふむふむ。あー、この泳ぎ方はすごいね。あれだ、太平洋に放り投げても大丈夫だ」

太平洋ってどこだろう。
どこでもいいけど暑いとはいえまだちょっと泳ぐには早い。放り投げられるのも遠慮したい。
そっか、水を入れたのがマズかったのか。昨夜の自分の行動を振り返ってやや反省。
良かれと思ってやったことがどうやら裏目に出たらしい。
肩を竦めて大袈裟にため息をついたらそれよりもっと大きなため息が2つ。

「めったに食べれないメロンが…」
「せっかく持ってきたのに…」
「まあまあ、そう落ち込むなキミタチ」

ペタペタと裸足で2人の周りをウロウロして肩を抱く。
狭い台所で元メロンだった物体を眺めながら2人はそれでも残念そう。だめだこりゃ。
恨めしそうな視線は放っておいてもうひと眠りしようとまいちんご自慢の『シングル』ベッドにごろりと転がった。
先輩から二束三文で払い下げられたというこのベッドは、なかなか寝心地がいい。
まいちんが自慢するだけのことはあった。

45 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 02:04



ピロピロリン


マヌケな電子音がどこからか聴こえた。無視して瞼を固く瞑る。うるさいなぁ。
右腕をおでこに乗せてますます闇に没頭する。それでも鳴り続けるピロピロリン。
正体を知っていたけどあたしは両耳を両手でグッと塞いだ。
ピロピロリン。ピロピロリン。ピロピロリン。

2人が名前を呼んでいた。あたしの名前。そして携帯も呼んでいる。

観念して目を開けた。なんとも読み取り難い表情をしたまいちんとアヤカ。
そして与えられた使命をひたすら遂行しつづける憎憎しい携帯。
まいちんの手に握られた携帯は彼女の名前を表示していて
固く腕を組んだアヤカがくっと顎を上げてあたしを促す。
何を言ったわけでもないのにこの2人は。

46 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 02:04

「出るのも出ないのもあたしの勝手でしょー」
「彼女からの電話に出ないってそれ相応の理由があってのことでしょうね?」
「まいちゃん…。よっちゃん、ケンカしたなら早く謝っちゃいな?ね?」
「ケンカじゃないもん」
「じゃあ、さっさと出なさいよー」
「そうだよ、よっちゃん。メールならともかく電話なんだから」

天井を睨んで唇を噛んだ。
2人に話したい。でも今は鳴り続ける電子音に応えなきゃ2人は納得しない。
勢いをつけて起き上がりまいちんの手から携帯を奪った。
ディスプレイに表示された名前は確かに数日前まで恋人だった人の、名前だった。

「ほらほら。あたしたちが聞いててあげるから」
「なんだったら一緒に謝ってあげるから。ね?」
「やーだよ!聞くなよまいちん。アヤカも。それにあたしが謝るって決めつけるなよー」
「なんでもいいからさっさと出ないと切れるよ?」
「こんなに鳴らし続けるってよっぽどの急用かな」

47 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 02:05

しっしと片手をひらひらさせて2人を追い払った。
つまらなそうに唇を尖らしたまいちんは財布を握って玄関に向かった。
少し驚いたものの、すぐにまいちんの後を追いかけるアヤカを横目で見ながら
鳴り続ける携帯の通話ボタンを押して「ちょっと待って」と一言告げた。

「どこ行くの?」
「コンビニ。なんか欲しいものある?」
「んー、とくにないや」
「そ。じゃあ行ってくる」
「よっちゃん、謝るのはカッコ悪いことじゃないからね?」

まいちんに続いてドアの向こうに去っていくアヤカに苦笑しつつあたしは携帯を握り直した。

48 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/06/15(水) 23:30
里田さんの家の実際のベッドはセミダブルベッッドですよ
49 名前:飼育さん 投稿日:2005/06/18(土) 22:20
( ´ Д `)<はやく続きを・・・
50 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/19(日) 01:24
うむ、素晴らしい
続きが読みたい
51 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/06/20(月) 08:47
やばーーーーい!!
はまりますた・・・orz
どうか最後まで読ませてください!!
52 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 00:33

さっきのよしこの態度からして何かがあったことは簡単に察しがつく。
ケンカでもしたんだろうなとコンビニへの道すがらをアヤカと2人、押し黙ったまま歩いた。
隣りのアヤカはさっきからやけに神妙な顔をしている。
アヤカもアヤカなりによしこのことを考えているんだろう。
だって、あたしたちのダーリンが自分の携帯をあんな顔で見つめていたんだもん。
こんな一大事、黙ってメロンシャべーットまがいのもの食べていられようか。

「ねぇ、まいちゃん」

早速きた。

アヤカの声はとくに際立って低いほうでも、高いほうでもない。いたって普通。
もちろんその時のノリやテンションで甲高くなったり沈んだりというトーンの違いはあるけれど
アヤカがあたしに対してこういうトーンで話しかけるときはどんな内容なのか、
それは必ずと言っていいほど決まっていた。

「よっちゃん大丈夫かな?」
53 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 00:33

よしこと、そしてアヤカと出会ってからもう3年が経つのか。
その端正な顔立ちにすでに大人びた表情を浮かべていたよしこが大学に入学した年に、あたしたちは出会った。
当時学部の3年生だったアヤカは現在大学院の2年に在籍し、そして本来ならば
学部の4年になっていなければならないはずのあたしは少し足踏みをした結果よしこと同学年だ。
よしこと同学年になれたことは嬉しいような悲しいような複雑な気分だった。

この3年、よしことそしてあたしたちのまわりではそれなりにいろんなことがあったと思う。
外見の派手さとそれを上回るキャラクターの突飛さで男女問わず人を惹きつけるよしこに
帰国子女という肩書きとルックスの良さ、しかも実家は関西のほうの名家らしい才女のアヤカ。
黙っていても目立つ2人は目立つ分だけ、もしかしたらそれ以上に煩わしいことが多いのだろうと思う。
とくによしこは自身の奔放さも手伝って、何かとあたしたちをヒヤヒヤとさせては舌を出して子供のような笑顔をする。

そのたびにあたしももちろんだけどアヤカはその綺麗に整えられた眉をひそめる。
チャームポイント(あたしはそう思うのに本人は否定する)の顎を引いて視線を落とす。
無意識に爪をいじって頭の中で言いたいことを整理し、口の中で反芻する。
そしてあたしに問いかける。


よっちゃん大丈夫かな、と。

54 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 00:34

その声のトーンはこの3年いつも一緒だった。よしこ絡みの何かが起きたときいつも。
よしこが大学入学の年にあまりにも多くの単位を落として早速留年の危機に陥ったときも
高校から続いていた彼氏と物理的、精神的にも距離が遠ざかり、結果別れることになったと告げられたときも
埼玉の実家でボヤ騒ぎがあり学食から慌てて駆け出していく後姿を見つめたときも。

いつもアヤカのトーンは変わらなかった。声の震えや呼吸のタイミングまで変わらない。
そしてそのときに唇から零れる同じ言葉はなぜかあたしの心の奥のどこかにいつも微妙しこりを残した。
違和感というにはちょっと違うかもしれないけど何かがひっかかっていた。

「何があったんだろうね…よっちゃんのあんな顔久しぶりに見た」
「戻ったら教えてくれるよ、きっと。昨日からどこか変だったもんね」
「うん…。まいちゃんもやっぱりおかしいと思ってたんだ」
「気のせいかなって思ったんだけどやっぱりわかっちゃうよ」
「うふふ。そうだよね。あたしたちのダーリンだもんね」

あたしたちの中でよしこの存在は絶対だ。

よしこが悲しいときはあたしたちも悲しいしよしこの代わりに泣くこともある。
よしこが嬉しいときはあたしたちも嬉しいし手を取り合ってはしゃぎまわる。
よしこが悩んでいるときはあたしたちも悩む。原因はわからなくてもやっぱり悩む。
55 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 00:36

『えへへ〜。愛されすぎてよしこ困っちゃう〜』


こんな風に茶化されるとアヤカはムキになって否定するけど(無駄なのに)あたしは逆に開き直る。
否定するとますます調子に乗るっていうことをわかってるから。
そう、あたしたちのダーリンはお調子者で時々ホントにカチンとくることもある。

でも絶対だ。あたしたちにとって絶対的な、唯一の存在。

たとえメロンをありえないくらい台無しにしたとしても、それは変わらない。


56 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 00:36

「あー、涼しい」
「さむっ」
「まいちゃん冷え性だもんね」

エコとは無縁のコンビニは涼しいというよりちょっと寒い。
もともと暑がりのアヤカは気持ちよさそうに髪を耳にかけてアイスなんて物色していた。
凍えそうになりながら雑誌を立ち読みしていたら携帯が鳴った。

「まいちん!あれ買ってきて!あれ!!」
「あれじゃわからんよ」
「あれって言ったらあれだよー!もうっ、ニブイなぁ」

むかっ。いきなり電話で捲くし立てられて挙句にニブイとか言われる筋合いはない。

「よしこ落ち着きなよー。さっきの電話はどうしたの?」
「あー、もう!だからそのことであれが必要なんだよ」

『あれ』でピンとくるにはまだまだ付き合いが足りないのかも。

「まいちゃんどうしたの?」
「なんか、このうすらトンカチがあれが欲しいんだって」
「あれ?」
「ちょっと、今うすらトンカチって言った?おい?あたしのことか?」
「アヤカにかわるねー」

この状態のよしこと話していても埒が明かない。
ここは辛抱強いアヤカに任せてあたしは雑誌に戻ることにした。
57 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 00:37

「うんうん、そうだね。よっちゃんはうすらトンカチじゃないよね」
「いやそこはどうでもいいでしょ」

雑誌をめくりながら思わず突っ込んだ。会話が耳に入るから仕方ない。
アヤカの使命はよしこの翻訳をすることであってうすらトンカチを否定することではない、はず。
それにしても何が欲しいんだろう。コンビニにあるものなのかな?

寒い店内をざっと見回してよしこの欲しいものを考えてみる。
飲み物、食べ物、マンガにアニメのフィギュア…どれもこれも思い当たる。
よしこがこんなに焦って欲しがるものって一体なんだろう。

「うんうん。なるほどね。わかった」
「ちょっと、アヤカわかったの?」
「よっちゃんね、喪服が欲しいんだって」
「喪服?」
「そう喪服」
「コンビニって喪服売ってたっけ?」
「まさか。まいちゃん喪服持ってる?」
「まさか」
「だよねぇ」

喪服とは。完全に予想外だった。

「なんだよー!喪服売ってないのかよー!!」

電話の向こうから聞こえてくるうすらトンカチの声。
アヤカと二人、顔を見合わせてから無言で電話を切った。


58 名前:名無し飼育さん 投稿日:2005/07/03(日) 14:22
待ってましたぁーー。
続き楽しみにしてます!
59 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/07/04(月) 01:13
この三人の温かくドライな雰囲気がいいですね!
更新期待しています!
60 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:45

コンビニで適当に買物をしてから私はよっちゃんに電話した。
喪服の件はともかくとして、一応、やっぱり気にはなったから。
まいちゃんもそれは同じだったようで二人同時に携帯を取り出して、それからどちらが電話をするのか譲り合い。どーぞどーぞ、なんて言い合いながらお互い携帯をパカっと開いて仕舞おうとしないのが私たちらしい。

「アヤカかけたいの?」
「まいちゃんこそ」

結局いつもどおりじゃんけんという便利な方法でよっちゃんに電話する権利は私がゲット。
悔しそうなまいちゃんが横でぶつぶつと「喪服喪服」と呟いていた。
きっと貸してくれそうな人をピックアップしてるんだろうな。私も頭の中で同じことをしていた。

「よしこ出ないの?」
「電源が入ってないみたい」
「はぁ?!なんで?」
「よっちゃんどうしたんだろう…」

61 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:46

まいちゃんの部屋に戻ると、すでによっちゃんはいなかった。

「ちょっとこれ見てよ、アヤカ。あのうすらトンカチときたら…」



   ゼミの後輩のばーちゃんが死んだらしいから葬式行ってくる
   いきなりケイタイの電池切れてマイッタ。
   まいちん、充電器どこにおいてんの。もっとわかりやすいところにお願い。
   それから彼女とはとっくに別れたから。てかフラれた。
   (体で)なぐさめてほしかったけどまた今度よろしく。イェイ!
   シャーベット味つけなおしたから食べてみて。←自信アリ

     うすらトンカチなダーリンより



広告の裏に書かれた丁寧な文字はまぎれもなくよっちゃんのものだった。
私の手からそれを奪ったまいちゃんはなぜかやけに怒っていて。

「ったく、勝手にしろ!」

あっという間にくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。

62 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:47

「まいちゃんそんなに怒らないの〜。どうどう」
「あたしゃウマか」
「う〜ん、否定できないかも。鼻息荒いよ」
「それすごい失礼じゃない?否定してよ。否定すべき」

ゴミ箱に入りそこなった書置きを広げてもう一度読み直す。まいちゃんの怒りの原因を。
皺でよれよれになったよっちゃんの文字は、それでもやっぱり綺麗だった。

「それにしてもよっちゃん喪服なんとかなったのかなぁ」
「誰かから借りるなりするでしょ」
「まいちゃんの充電器ってどこにあるの?」
「こんな目の前にあるのになんで気付かないかねぇ、よしこは」
「あ、ホントだ」

こんなわかりやすいところに。
まいちゃん自慢の『シングル』ベッドの脇にぽつんと置かれた黒い充電器。
これをよっちゃんが見落とすなんて、ないとは言い切れないけどちょっと考えられない。

63 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:47

「下手な嘘」
「私たちじゃなくて彼女をシャットアウトしたのかもよ。かもっていうかきっとそう」
「………」
「まいちゃん?」
「元、でしょ。元彼女」

よっちゃんの恋がまたひとつ終わった。私たちはまた、何もできなかった。

「なーんでよしこはいっつも事後報告なわけ?!『終わった』とか『付き合うことになった』とか」
「事後でもよっちゃんきちんと話してくれるじゃない。どんな理由があったとか」
「そうだけどさー」

よっちゃんが私たちに何もさせてくれないなら、せめてこの腕で抱きしめて甘えさせたいな。

「相談とか、ちょっとはしてくれてもいいかなって…」
「恋愛に関しては私だってしてないよ?」
「アヤカは自分で対処できるからじゃん。オトナだし」
「え、なにそれ差別?ひどーい」
「そ、差別差別」

よくわからない鼻歌を口ずさみながらまいちんは台所に向かった。
手に持ったままの書置きをもう一度見てから、畳んでゴミ箱に捨てた。
自分の爪が欠けていたことを思い出して少しだけブルーな気分になる。

64 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/15(月) 01:48

「なにこれー!!オエェェ…」
「まいちゃん?」
「ちょっとアヤカ来てよ〜。あのうすらトンカチときたら自信アリってこれかよ!キモッ」
「どうしたの〜?」

開きっぱなしの冷蔵庫のドアの前でまいちんがなんとも言えない顔をしていた。
手にはさっきの製氷皿。薄っすらと緑色の、やや溶けかかった氷の塊がたっぷり。
その上にさらにたっぷりとふりかけられたこの白いのは…

「あのバカ、うちの砂糖全部使っちゃった」

勘弁してよ〜と嘆きながらその物体をシンクに捨てるまいちゃんは、でもどこか楽しそうだった。




65 名前:カキニゲ 投稿日:2005/08/15(月) 01:49
亀ですがしばらく続けさせてください
66 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 05:21
待ってました。
本当に楽しみにしています。
自分の納得いくものを自分のペースでお書きください
いつまでもお待ちしてます。
67 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/08/16(火) 16:52
待ってたよーーー
そして待ってるよーーー
68 名前:nanashi 投稿日:2005/09/25(日) 18:47
ディナーショー記念で書いてみて欲しい、、
とか言ってみるテスト(古い?
69 名前:名無飼育さん 投稿日:2005/12/12(月) 05:33
突然失礼します。
いま、2005年の飼育を振り返っての投票イベント
「2005飼育小説大賞」が企画されています。よろしければ一度、
案内板の飼育大賞準備スレをご覧になっていただければと思います。
お邪魔してすみませんでした。ありがとうございます。
70 名前:NANAc 投稿日:2006/01/16(月) 22:18
おもしろいです! 
待ってます^^
71 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/17(火) 04:32
あげないで
72 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/01/31(火) 01:37
待ってるよ
73 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/02/13(月) 02:15
書いてる人です。保全します。
74 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/04/10(月) 23:19
待ってます…
75 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:32
新幹線はひた走る。

気まずい2人を乗せて。雨がとんでもなく降っていてもなんのその。
窓から見える家々やビル群、川とか豆粒大の(たぶん)人とか
そんなものをじーっと見ていなければやり過ごすことができないこの時間。
つまらない。
つまらないけど懐かしい。この距離感がとても懐かしかった。

「来年の冬もまたお世話になりますって言ったのにね」
「ばあちゃん、いつでもおいでって笑ってたよな」
「あっけないね」
「あっけないな」

人の生き死にだけでなく、物事は常にあっけない。
76 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:33


きっかけはきりたんぽだった。
テレビの旅番組で昔のアイドルと2時間ドラマに出ている俳優が食べていた。
そうだ、たしかこの隣にいる彼女と休日の午後をマッタリ家で過ごしているときに見たんだ。
あったかそうで、美味しそうで。

『よしこ食べたことある?』
『ないよ。柴ちゃんは?』
『あたしもない』
『………』

俳優はこれでもかとでかい口を開けてパクついて
昔のアイドルはというと申し訳程度に小さく口にしていた。
今さら体裁を気にするような歳かよ。
伝わらない味とニオイに苛立ちながらメールを打った。

すぐに帰ってくる2通の返信。

『アヤカは食べたことないらしい』
『まいちゃんは?』
『きりたんぽって何て聞かれた』
『………』

テレビではとっくに違う2人組が今度は北海道を旅していた。
それでもあたしたちの心に残ったきりたんぽへの想いは消えず。
消えるどころか確実に高まっていた。


77 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:34
新幹線が駅のホームに滑り込みゆっくりと停車した。
乗り換えの乗客が我先にと降りていく。
風が強いらしく真横に叩きつけてくる雨に皆鬱陶しそうな顔をしていた。
窓越しに眺めながら大変そうだなと思った。

「向こうはもっと降ってるみたいだよ」
「ん?」
「雨。さっきまこっちゃんからメールがあって大丈夫ですかって」
「アイツこんなときまであたしたちの心配かよ」
「あたしたちと新幹線のね」

携帯を見ながら彼女は少し笑って言った。
あたしのほうなんてこれっぽっちも見ずに。
彼女の笑顔を思い出そうと記憶を辿ったけれど
なぜか思い出したのは最後のときの切なげな表情だった。
78 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:35
「なあに?」
「え?」
「見てたでしょ、今」
「べ、べつに」
「ふーん」
「なんだよ」
「べつに」

やだやだ、この雰囲気。なんだこれ。
ただでさえ世話になったばあちゃんが死んじゃって
まだあまり実感が湧かないけれど寂しい気分だっていうのに。

新幹線は再び動き出して滑らかにスピードを上げていく。
あたしはもう意地でも彼女の顔なんて見るもんかとひたすら窓の外を見ていた。
が、変わり映えのしなくなった田園風景にすぐに飽きがくる。
まいちんかアヤカにでもメールをしようとポケットの携帯を探って取り出す。
しまった。充電切れっぱなしだったんだ。
軽く舌打ちをしてまた窓の外を向いた。
瞬間、舞台が暗転したかのように暗くなりトンネルに入ったことに気づいた。
79 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:35


『きりたんぽって都内でも食えるのかな』
『あー、専門店とかありそうだよね』
『………』
『………』
『どうせなら本場がいい』
『うん。どうせなら秋田で食べたいよね』
『それも店とかじゃなくてさ、さっきのアイツらみたいに』
『うん、どこかの家庭で食べたいよね。どうせなら』

あたしたちの間を脈々と流れるきりたんぽ熱。
それは大袈裟に言うと静かな情熱と化していた。
テレビの力は恐ろしい。
こんなにもきりたんぽを食べてみたいと思わせるとは。

『行く?秋田』
『調べてみよっか』

あたしの腕から抜け出して彼女がパソコンの前に座った。
80 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:36


『そういえばさ、マコトって秋田じゃなかった?』
『えーどうだったかなぁ』
『なんか秋田っぽいじゃん』
『どういう理屈よ』
『聞いてみよっと』

インターネットできりたんぽを検索している彼女の背中に寄りかかり電話した。
数分後、ゼミの後輩は故郷が秋田じゃなかったばかりに
慕っている先輩2人(あたしたち)にひどくがっかりされて憤慨していた。

『母方の祖母が秋田だからきりたんぽなんていくらでも食べさせてあげますよ!!』

一度ついてしまったきりたんぽ熱という情熱の炎はあっという間に燃え盛る。

その年の冬。
毎年恒例となっていたゼミのスキー合宿はきりたんぽを食べに行こうツアーに変わった。
休日の午後に旅番組を見ていたのはあたしたちだけではなかった。
有意義な時間を過ごしているゼミの仲間たちに乾杯した。


81 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:37
あたしは初めて食べたきりたんぽの味を思い出していた。
マコトのばあちゃんが小さな手を忙しなく動かして作ってくれたきりたんぽ。
彼女と顔を見合わせて、あのときの俳優のように大口を開けてかぶりついた。

もうあのきりたんぽが食べれないなんて。
かぶりつくあたしたちを見ていたばあちゃんの嬉しそうな顔が見れないなんて。

ふいに、真っ暗闇の窓越しに彼女と目が合った。
きっと彼女も思い出していたんだろうな。
きりたんぽ美味しかったよね。
あたしたち食べすぎてお腹痛くなったよね。
マコトとばあちゃんの呆気に取られた顔がそっくりで笑ったよね。
来年はアヤカとまいちんも連れてこようって言ってたよね。

窓に映し出された表情が思い出を語っていた。
先に耐え切れなくなったあたしは電源の切れた携帯を取り出して
さも電話が掛かってきたかのような振りをしてデッキに向かった。

82 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:40
携帯を耳に押しつけながらそっと彼女を見ると
その横顔は最後のときと同じような表情をしていた。

トンネルをまだ抜けてない真っ暗闇の窓を彼女はじっと見ていた。


83 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:41


84 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/08(火) 04:41


85 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/08/09(水) 21:12
更新キテタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !!!!!
お待ちしておりました
86 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 00:59
繋がらない携帯電話ほど役に立たないものはない。
アヤカに言わせると「繋がるかもしれない」携帯電話だそうで。
役に立つとか立たないとかの問題ではないらしい。

「とりあえず連絡くるの待つしかないね」
「どうせ何事もなかったかのような無駄に元気なアホ声なんだろうね」
「いいじゃない。元気なら、それで」
「ホントにそう思ってるの?アヤカは」
「まいちゃん…」

使われなかった携帯の充電器を横目にベッドに寝転んだ。
よしこはいつもそう。
ヘラヘラしてるくせに、いつもそう。
どこかあたしたちから見えないところであたしたちには分からない何かを抱えている。
決して頼ってはくれない。
ひとりで解決して、何事もなかったように笑う。
笑ってアホみたいなことをして(偽シャーベット作りとか)あたしたちを呆れさせる。
87 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:00
「あたしはやだよ。信頼されてないみたいじゃん」
「私たちに心配させたくないんだよ」
「あんな空元気メモ見せられたら余計に心配だよ」
「それはそうだけど」

アヤカは苦笑してゴミ箱を振り返った。
中途半端に心配させるくらいならどっちかにしてほしい。
思い切り心配させるか、全くさせないかのどちらか。
ごまかすなら不安なんて最後まで感じさせないでほしい。

「まったく。隠し通すならもっとうまく隠し通せっつーの」
「そんなの不可能だよ。私たちほとんど一緒にいるんだから気づいちゃうって」
「そう、それよそれ。だからあのバカは思いきって曝け出せばいいんだよ」
「曝け出すぅ?って何を?」
「自分を」

小声で言ってからアヤカに背中を向けた。
頭の下に手をやって白い壁を意味もなく見つめた。
煙草を吸う習慣があったらこの壁も白さを保っていられなかったのかな。
88 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:00
本当は曝け出すとか、出さないとか、そんなことはどうでもよかった。
そんな大袈裟な話じゃない。深刻な問題じゃない。
自分のこと、とりわけ抱えてる問題をあまり話さないよしこに少し不満があるだけ。
不満に思っているのがあたしだけっていうのがまた不満。
アヤカだって本当はそういうよしこの態度を寂しく思っているくせに。
きっと、思っているはず。

「まいちゃーん、こっち向いて」
「ん……」

あたしはアヤカみたいに大人じゃないからこんなことを思うのか。
こんな子供じみた考え。
まるで仲間はずれにされて拗ねてるみたい。
89 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:01
「まいちゃんだって曝け出してないでしょ?」
「えっ」

振り返るとアヤカの背中が見えた。
ベッドに寄りかかり膝を抱いている。
その長い髪が少し揺れて、あたしは次にくる言葉を待った。

「私だってそう」
「アヤカ?」
「……よっちゃんは付き合ってた彼女には曝け出していたのかな」
「………」
「なんで別れちゃったんだろうね、二人」
「よしこが話してくれなきゃ分からないよ」
「拗ねない拗ねない」

こちらを向いたアヤカは笑っていて、あたしの頭を撫でた。
からかうような言い方に少しムッとしたけど為すがまま。
あたたかい手があたしの髪をくしゃくしゃにしていた。
90 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:01
アヤカが帰ってからもあたしの中のモヤモヤは消えなかった。
不貞寝しようと布団をかぶったけど暑苦しくて寝るどころじゃなかった。
もー今日なんでこんな暑いわけ?

ベッドの端と端に両手をグーンと伸ばす。
指先がシーツにひっかかって、その距離感にあたしは安堵した。
『シングル』ベッドなんて名前だけ。実際のサイズはダブルに近い。
ちょっと狭いけどよしことアヤカと三人で寝れるほどだ。ザ・川の字。
でもあたしはこれをあえて『シングル』ベッドと呼び、呼ばせている。

『なんでこの大きさでシングルなのさ』
『一人で寝るんだからシングルに決まってるでしょーが』
『なにその理屈』
『まいちゃん、シングルベッドっていうのはね…』
『あー、もうっうるさいうるさい!いいの、シングルで。これはシングルベッドなのっ』
『はいはい。なんでもいいっすよ。落ちるの怖いからあたし壁側ね』
『ダメっ』
『なーんでよ』

『よしこは…』
『よっちゃんは…』

91 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:02


『『真ん中なの!!!』』


92 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:02
アヤカと声をそろえて叫んだことを思い出した。
あのときのよしこの嫌そうな顔ときたら…ダメだ、可笑し過ぎる。
こらえきれず声をあげて笑った。

寝返りも許さないほど密着して足を絡めたらアヤカの足だったこともある。
二人して噴出したけどよしこは迷惑そうに「暑い暑い」と唸っていた。

バカなあたしたち。
手足が自由に伸ばせないほど窮屈なのに笑っていた。
なんだかんだ文句を言っていたよしこも寝顔は穏やかで可愛かった。

たまに腕枕をしてくれるときもある。
けれどやっぱり文句を言うことは忘れない。
恋人に悪いなと思いつつもその腕枕で寝るのは気持ちいい。
よしこがアヤカのほうを向いていると寂しい。
アヤカもきっと同じようなことを思っているのだろう。
それでも背中に張りついて心臓の音を聴いているうちに寝てしまう。
93 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:03
あたしたちの中心にはいつもよしこがいて、不在は考えられない。
その場に彼女がいたっていなくったってそれは変わらない。

起き上がって携帯を探した。
7回目のコールの後、眠そうな声で相手は出た。

「もしも〜し」
「寝てた?ごめん」
「んーん。論文書いてる途中だったんだけど…ちょっとウトウトしてたみたい」
「あのさ、あたしさっき言ったこと取り消す」
「さっき言ったこと?なんだっけ」
「曝け出せばいいんだよってやつ」
「あぁ……」
「あたしよしこがあまり話してくれないことにムカついてて」
「ん…?」
「でもアヤカが一緒にムカついてくれないことにもムカついてたっていうか…」
「なによそれー」
「んーよくわからないんだけど、とにかく今はムカついてなくてそれで」

携帯を握りしめている手が熱い。というか携帯が熱い。
薄っすらと汗ばんだ肌が液晶にへばりついて気持ち悪い。
でもあたしはなぜだか必死だった。アヤカに伝えようと必死だった。
94 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:04
「よしこはいつだって笑ってるから」
「うん」
「バカなこともするけどあたしたちの前では笑ってるから」
「そうだね」
「だからあたしたちはそんなよしこが好きなわけじゃん?」
「好きだよね、私もまいちんもよっちゃんのことが」
「だからよしこが笑ってるならそれでいいかなとも思えてきて…」
「………」
「あたしたちの前だからこそ笑えるのかなって、いやこれはモーソーに近いんだけど」
「モーソー!あはははっ」
「笑うなっつの。あたしだって笑いたいっていうかむしろ笑えないんだけど」
「ごめんごめん、まいちゃんが必死すぎてちょっと笑いが…ふふっ」

アヤカに笑われて肩の力が抜けた。
なんとなく前のめりになっていた体を起こしてティッシュで汗を拭いた。
液晶も思ったとおりベタベタで、文字が滲んでいた。

「ねぇ、まいちゃん」
「なに?ちょっと待って、汗が」
「よっちゃん大丈夫かな?」

さっきまで笑っていた声よりも若干低めのそれはもう聞き慣れたもの。
アヤカもアヤカなりに心配をしているのは当然だ。
余裕があるように見えていたけど心の内ではもしかすると
あたし以上に思うところがあるのかもしれない。
95 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:04
「元気で帰ってくれば大丈夫なんじゃない」
「それは、そうだけど……笑ってくれるかな?」
「アヤカ〜そんなもんそのときになってみなきゃわからないでしょ」
「うん…そうだけどね。元気じゃなかったらどうしようかなって」
「え?」
「空元気のままだったら、それに気づかないふりをしてあげたほうがいいのかな」
「そんなこと絶対できない!したくないし。断固として追求するよ、あたしは」
「まいちゃんならそう言うと思った」
「アヤカは」
「あ、ごめん。誰か来たみたい」

肝心なところで電話を切られてあたしはしばらく待受け画面を見つめた。


 アヤカはどうしたいの?
 よしこがどうしてほしいかではなく
 アヤカ自身はどうしたいと思っているの?


アプローチは違えどあたしたちはどっちもよしこに依りすぎだね。
96 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:05
バカが相手だと苦労する。
あたしたちも大概バカだけどさ。

携帯に保存してあるスリーショットとツーショットを交互に見てから
それほどネガティブではない溜息をひとつ。
考えすぎて少し疲れていた。
深呼吸をして脱力。
再びベッドに横になって体を投げ出した。
ダブルと呼べていた頃のこのベッドで、寄り添うように眠ったことを今なぜだか思い出す。

あの人の背中はもうない。
あの人はいない。

ふいに目の前に現れたのはよしこの意外と華奢な背中だった。
それがどういうことなのか、考えるまもなく眠りに落ちた。


97 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:05


98 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/09/13(水) 01:05


99 名前:名無し飼育さん 投稿日:2006/09/15(金) 10:27
(・∀・)イイヨーイイヨー !
100 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/07(土) 23:22
続きが気になる〜!
101 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:37
つけっぱなしのパソコンの画面上で無機質なカーソルが点滅している。
まるで早く早くと急かすように同じ場所で同じ動きを繰り返すそれ。
2時間近くにらめっこをして結局、一行も進んでいない。
カウチの背もたれに体を預けてしばらく天井を眺めた。

大きく息を吸って、そして吐く。
気合を入れてパソコンに向き直ったものの、点滅するカーソルを見た途端にやる気が失せる。

「もうダメ。今日は無理」

あっさりと諦めてパソコンの電源を落とした。
充電中の携帯を手にとって確認したけれど着信もメールもなし。
論文に集中するためにサイレントにしていた意味はなかった。
102 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:38
真っ暗な待受け画面をぼうっと眺めていたら突然、光がぱちぱちと瞬いた。
携帯を持つ手に一瞬だけ力が入り、すぐに抜けた。

なんだ、まいちゃんか。

がっかりしたわけではないけれど出るのに少し躊躇した。
面倒くさいという思いが多少あったのかもしれない。
たぶん疲れているんだろう。
体が疲れていると心に余裕がなくなる。そしてその逆も。
論文をいっこうに進められなかったことが気持ちをさらに苛立たせる。
けれどそんなことは私の問題だから。

「もしも〜し」

努めて明るく出ようとしたら変に間延びした声になった。
彼女の話を聞きながらよっちゃんの無邪気な笑顔を思い出していた。
103 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:38
翌朝、起きると雨が降っていた。
変な寝方をしたのかありえない髪型をした自分が鏡に映っている。
よっちゃんやまいちゃんが見たら確実に大笑いされそう。
もう、こんなに爆発することないじゃない。
ただでさえ雨の日は髪が思うようにまとまってくれないのに。

暗い空に太陽の気配はなくスパティフィラムの元気もない。
ついでに私には研究室に行く気力が全くなかった。
ないことづくめを理由にベッドに戻りシーツにくるまった。

雨の音がしとしと。耳に心地よい。
目を閉じてしばらく猫のように丸まっていた。
寝ようと思ったけれど意思に反して頭はいろいろなことを考える。

教授が出張から戻ってくるのはたしか来週の…火曜だったか水曜だったか。
そういえばクリーニングに出した服を取りに行ってない。
パパからの着信に折り返してないけどまた掛かってきたら出ればいいか。
この雨、いつになったら止むんだろう。
104 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:39
うつらうつらしつつもなかなか眠りに落ちることができず、ベッドサイドに手を伸ばした。
久々の外気(といっても部屋の中だけど)は、心なしかさっきより冷たい気がする。
寝かけていたから体温が高いのかもしれない。

普段あまり見ることがないからお天気サイトを探すのに手間取った。
ひと通り探しても思うような結果が得られず疲労だけが残る。
フォルダをよくよく見るとそれらしきものがブックマークに入っていた。
自分で登録した覚えはないからきっと仕様なのだろう。

「有料?無料?んーよくわからないなぁ」

ベッドの中でもぞもぞと携帯をいじる。
目当ての情報にはなかなか辿りつかない。
まいちゃんに電話して聞こうか迷ったけれど呆れられそうだから止めた。
テレビや新聞で確認したほうが絶対に早いよね。

そんなことを思いながら指を動かしていたらようやく分かった。
秋田の天気はどうやら晴れ。降水確率0%の文字。
同じ空の下なのにこっちは雨で向こうは晴天かぁ。
少しホッとしてまた目を閉じた。
今度こそ何も考えないように、きつく目を閉じた。
105 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:39
「アヤカ」

夢の中で呼ばれた。とても懐かしいトーン。
夢の中で夢だと自覚するのは初めてのことかもしれない。
確実に夢だと分かるのもつまらないけれど、だって仕方ない。
彼が私を下の名前で呼ばなくなってから随分と経つから。

「君はいつもそうやって笑うから困る。帰れないじゃないか」
「困らせるつもりなんてないのよ」
「ホントに?」
「帰るところがある人を困らせたって面倒なだけだもの」
「それを言われると何も返せないな」
「ふふ」
「ホントは僕を困らせる気なんだろう?」
「もちろん!」

私は笑いながら彼の肩を叩いた。彼も笑っている。
普通ではない関係をジョークめかして話すことができていた頃の2人。
剥き出しの肩に置かれた手は冷たくて、やけにリアル。

「さっさと帰りなさいよー」
「そう冷たいこと言わないでくれよ」
「いいから。明日も早いんでしょ?忙しい身分なんだから」
「そういう君こそ学会の準備は進んでいるのか?最近あまり進捗状況を見てないが」
「いきなり教授の顔にならないで」
「しょうがないだろ。教授なんだから」

その冷たい手に私は何度となく体を震わせた。
夢の中でもそれは変わらない。
嫌な夢。ここまでリアルじゃなくてもいいのに。
106 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:40
場面が転換して私はまいちゃんの部屋にいた。
よっちゃんを挟んで私とまいちゃんがいつものように何かを話している。
2人はセーターのようなものを着ているから冬なのかもしれない。
やけに細かい設定に感心する。

よく見るとよっちゃんはうどんを食べていた。
あたたかそうな湯気が立ちのぼり、私の視界を遮る。
まいちゃんの顔がよく見えない。
よっちゃんはふむふむと頷きながらうどんを食べている。

そのうちよっちゃんの顔も湯気に覆われた。
まいちゃんに続いてよっちゃんまで見えなくなってしまった。
セーターが消え、うどんの器を持つ手が消え、2人が消えた。

私はひとりぼっちになった。

いつのまにか自分の部屋にいた。
ひとりぼっちは変わらず、夢の中で夢を見た気分だった。
そしてゆっくりと目が覚めた。


107 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:40
「どうしたの?変な顔しちゃって」
「二度寝なんてするもんじゃないよね」
「なんで?あたし超好きだけど」
「夢見が悪かったの」

雨は相変わらず降り続いていた。
カフェの外を歩く人たちが傘を差して足早に歩いている。
透明のビニール傘ばかりで味気ない光景だった。

「どんな夢?」
「……あんまり覚えてない」
「なぁんだ、つまんない」
「急に呼び出してごめんね」
「いーよべつに。暇してたし。って、そんなあらたまって謝らないでよ。キモいじゃん」
「まいちゃんひどーい」


夢の中でひとりぼっちにされてね、寂しかったの


なんて言ったらまたキモいって言われそう。
108 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:41
「よしこから連絡あった?」

コーヒーを飲みかけた手を止めて私は首を横に振った。

「やっぱりアヤカのところにもないか〜」
「いつ帰ってくるんだろう、よっちゃん」
「さあ…葬儀が終わったら帰ってくるんだろうけどねぇ…」

同時に漏れる溜息に苦笑してなんとなく外を見た。

「あ…」
「なに?」
「ううん、なんでもない」
「なんでもないって顔してないけど」
「ちょっと似た人を見たの。人違い、だったけど…」

彼と似た人を見るなんて別れてから初めてだった。
別れてから1年。何人かと付き合ってはまた別れた。
彼のことなんてもうとっくになんとも思っていないのに。
これはきっと夢の名残り。

「そう。でもアヤカ疲れた顔してるよ。ちゃんと寝てる?」

まいちゃんが心配そうな顔で私の前髪に触れた。
そんなに疲れた顔をしているのかな。
昨日は煮詰まっている論文を早々に投げ出して寝たから睡眠は不足してないはずなんだけど。
109 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:41
「ふふっ。まいちゃんに心配されちゃったー」
「そりゃするよぅ」

まいちゃんのやけに子供っぽい口調に噴き出しそうになる。
ストローを忙しなくかき回す姿が余計に幼く見えた。

「よっちゃんの心配をして、私の心配もして、まいちゃん忙しいね〜」
「ホントだよ。心配ばかりかける親友たちであたし大変なんだから」
「心配かけてすみませんねぇ〜」
「ちょっとアヤカ!ものすごい棒読みに聴こえるんですけど」
「だって棒読みだもん」
「うわっ!言っちゃったよ、この人」
「えへへ。言っちゃった〜」
「はいはい、もう勝手にしてください」

まいちゃんが大げさに肩を竦めるから私もそれに倣う。
「真似しないでよー」と頬を膨らませるその顔はとても可愛らしかった。
110 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:42
「雨やまないねー」
「いつまで降るんだろうね」
「秋田は晴れらしいよ」
「ぷっ…」

まいちゃんの何気ない一言につい噴き出してしまった。

「なーに笑ってるのよー」
「ううん、なんでもない」
「なんでもなくはないでしょーが」
「ごめんごめん。ちょっと思い出し笑い」

不満げなまいちゃんに謝りながらも笑う私。
とても謝ってるようには見えないからますます怒らせてしまう。
ごめんね、まいちゃん。
やっぱり天気予報はまいちゃんに聞けばよかったって思ったら笑いが止まらなくて。

「なんか調子悪そうな顔してたと思ったらこれだもの」
「ごめん、ごめんって」
「そんなに笑われる覚えないんですけどぉー」
「まいちゃんのこと笑ってるんじゃないんだってば」
「はいはい、楽しそうでよかったねー」
「うん。楽しいよ」
111 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:42

雨が止む気配はいっこうになく、論文が完成する目処も相変わらず立ってない。
嫌な夢は忘れられないし、よっちゃんからの連絡もない。
クリーニングを取りに行くのをまた忘れたし、パパには連絡をしなかったことで小言を言われた。

でも笑ったら気分はなんとなく上昇。

112 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:43
「そっか、秋田は晴れなんだ」
「降水確率0%なんだって!よしこ絶対に晴れ女だよね、アヤカと違って」
「なによそれ〜。私ってそんなに雨女?」
「さあ、どうだろ?わかんない」

ケラケラ笑うまいちゃんにもうっと怒ったフリ。

「いいお葬式だといいね」
「いいお葬式ってどんなお葬式よ」
「わかんないけど…晴れてるし、皆に送られたらきっといいお葬式かなって」
「なるほど、一理あるかも」
「どんな様子だったのかよっちゃんに聞きたいね」
「早く帰ってこないかなぁ〜よしこ」

頬杖をつきながら再び同時に溜息。笑いあってまた外を見た。
どんより曇り空の向こうでは、きっと誰かが太陽を仰いでいる。

「週末にでも飲みに行こうよ」
「そうだね。きっとよっちゃんも帰ってるだろうし」
「アヤカのおすすめリストどんどん消化しないとね」
「そういえば雑誌に載っていたんだけど、美味しそうなイタリアンのお店があるのよ〜」

料理の説明を始めるとまいちゃんは身を乗り出して嬉しそうに聞いていた。
113 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:43

114 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/10/24(火) 21:43

115 名前:書いてる人 投稿日:2006/10/25(水) 22:04
>>102>>103の間に以下が入ります。ごめん。


やけに前のめりなまいちゃんの話は面白かった。
まいちゃんの話というか、まいちゃん自身が。
『よっちゃんのことが好き』という絶対的な大前提を再確認している私たちが、何よりも面白い。

そして好きだからこそ心配をする。

「よっちゃん大丈夫かな」

きっと大丈夫だとは思う。けれどいつも聞いてしまう。
まいちゃんの「大丈夫だよ」を聞くと安心する自分がいる。

「アヤカは」
「あ、ごめん。誰か来たみたい」

インターホンが鳴った気がして、まいちゃんの次の言葉は待たなかった。


………たしかに鳴ったと思ったのに。

幻聴?私、ちょっとヤバイかも。
そんなに疲れているのかな。

こんな自分とよっちゃんがなぜか重なる。
彼女は今、何を思い何を感じているのだろう。
元気なのか元気じゃないのか。
大丈夫なのか大丈夫じゃないのか。

帰ってきたらどんな顔をしてくれるんだろう。
まいちゃんの言うように笑っていればそれでいい。それだけで。

私の疲れた顔を見て彼女はなんて言うだろう。
私はなんて言うのかな。

こんなこと考えるなんてやっぱり疲れている。
可笑しくて少し笑えた。
116 名前:名無飼育さん 投稿日:2006/12/29(金) 16:36
まだまだ待つ
117 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/01/03(水) 11:30
吉澤さん卒業ですね…。
……吉里アヤ実現?

ってことで続き待ってます。
118 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/03/06(火) 01:02
待ってるよ
119 名前:side H 投稿日:2007/04/01(日) 23:54
東京駅で柴ちゃんと別れた。
あたしが「じゃあ」と言うと「じゃあね」と彼女は言った。
「じゃあ」ともう一度言って立ち去りかけたあたしを彼女が呼び止めた。
ほんの一瞬、あたしの頭に甘い考えがよぎった。

「喪服、返すのいつでもいいらしいからクリーニング終わったらメールしてあげてね」

歪む口許を隠すようにあたしは曖昧に頷いた。
右手に持った喪服に視線を落とす。
柴ちゃんにきっと悪気はない。

「うん。わかった」

踵を返した柴ちゃんの背中を見送った。
真っ直ぐに歩くその足取りに迷いはなかった。背中はやがて喧騒の中に消えた。

喪服を持った右手を握りなおす。
早めにクリーニングに出して早めに返さなきゃ。
柴ちゃんの後輩のお姉さんというまったく見ず知らずの、喪服を貸してくれた人に今さらながら感謝をした。
120 名前:side H 投稿日:2007/04/01(日) 23:55
ほんの数時間前まで秋田の空を見ていたあたしたちは新幹線に乗り込んでまた重い空気を背負った。
寝た振りと聴こえないようにそっと吐くため息とではどちらが残酷なんだろう。
あたしはひたすら息を殺し、柴ちゃんは目を閉じていた。

何かを話したかったけど話せなかった。
何を話していいかもわからず、話しかけ方すら忘れてしまっていた。
記憶に残るあたしと柴ちゃんはあんなに自然に話せていたのに。
つい最近まではそれが自然だったのに。

今ではその自然がわからない。
あたしは何をしたいんだろう。
121 名前:side H 投稿日:2007/04/01(日) 23:56
柴ちゃんと別れてから乗り換えのために駅の構内をトボトボと歩いた。
そう、トボトボと。
落ち込んでるわけではない。
けれどトボトボと。

ここ数日いろんなことがあったから単にその疲労が足にきてるんだろう。
あたしは目当てのホームに向かってゆっくりと歩いていた。
何人もの人たちがあたしを追い抜いていった。
何をそんなに急いでいるのだろうと思うほど忙しない足取りで。
でも普段の自分もあんな風にせかせか歩いてるんだろうな。

「なにやってんの?」

追い抜いた一人がふいにこちらを振り返って言った。
その声に視線を上げた。
上げてから自分が下を向いて歩いていたことに気づいた。
122 名前:side H 投稿日:2007/04/01(日) 23:56
「よっすぃ?」

呼ばれた名前にやけに懐かしさを感じた。
そしてまた気づいた。
ここ数日、柴ちゃんがあたしの名前を一度も呼ばなかったことに。
あたしもまた柴ちゃんの名前を口にしなかった。

「どうしたの?よっすぃ」

心の中ではあんなに呼んでいたのに。
柴ちゃん。
柴ちゃんって……。

ダメだ、あたし。
これじゃまるっきり未練たらたらの情けない女みたいじゃないか。
ぜってー違うのに!違うのに!!

「…ホントにどうしたの?バイトさぼって店長怒ってたよ。おかげで超大変だった」
「あ」

すっかり忘れてた。

「ごめ…」
「勝手に休まれてシフトきつかったんだからね」
「ごめんごめん。マジごめん。ちょっと事情があって…」
「どんな事情か知らないけど連絡のひとつくらいできたでしょ?」
「あ、いや…携帯切れっぱなしでさ…」
「なにそれ。よっすぃちょっと無責任すぎ」
「はい…すみません」

あたしはただただ平謝りするしかなかった。
年下だけど、あたしより小さいけど、このバイト仲間はかなり手強い…。
123 名前:side H 投稿日:2007/04/01(日) 23:57
「ホントにねぇ、自分がどれだけ迷惑かけたかわかってんの?」

腕を組んで仁王立ち。
あたしは縮こまる。
頭の上からぽんぽん降ってくる言葉にカラダがどんどん沈みこむ。
嫌な汗も流れてきた。

「あのー松浦さん?」
「大体よっすぃは」
「こんなところではなんですから、場所変えません?」
「どこに」
「時間ある?メシでもどうかなと。お詫びに奢らせて」

申し訳ない気持ちから思わずそんなことを口にしていた。
この人ごみの中で延々と責められる状況から抜け出したい気持ちももちろんあって。

「なんなら飲みでもいいし。ね、亜弥ちゃん?」

口にしてからこれじゃまるで下手なナンパだなとナンパしたこともないのに思った。

「いいよ」

松浦はニッコリと笑ってくれた。
124 名前:side H 投稿日:2007/04/01(日) 23:59
「ふぅ〜」
「………」
「すみません、生もうひとつ。それからさっき頼んだから揚げまだですか?早くね」

松浦は顔に似合わずバクバク食べてグビグビ飲むタイプだった。
思えばあたしはバイトしてる彼女しか知らない。
こうして2人で飲んだり食べたりするのは初めてだ。
別のバイト仲間と飲むことはあっても彼女とはなかった。
だから目の前で遠慮なく飲み食いしてる姿が新鮮だった。

注文した料理が次々と空になりジョッキが何度も目の前を横切る。
店員から松浦へ。松浦から店員へ。
それをぼんやりと眺めながらいつしかあたしはここ数日の出来事を語りだしていた。
ビール一杯で酔ったわけじゃないと思うけど自分でも呆れるくらい脈絡のない話し方だった。

松浦は時々あたしをちらっと見るものの、話にはまったく興味を示さなかった。
相槌のひとつも打ちはしない。
店長のつまらないオヤジギャグには笑ってやったりたまにツッコミ入れたりするのに。
彼女の中のあたしの位置なんて所詮そんなもんか。

松浦が聞いてるかどうかなんてどうでもよかった。
とにかくあたしは喋り続けた。
125 名前:side H 投稿日:2007/04/02(月) 00:00
「というわけでさ、とくに何もなかったわけ」
「………」
「べつになんかあるとか、期待?とかしてたわけじゃないんだけどね…」
「話がまったく見えない」
「やっぱさぁー、なんか言うべきだったのかなぁ。なに言っていいかなんてわかんねーけど」
「いつまで続くのこれ」
「あたしのこの気持ちわかる?わかるかなぁ。わかりますか?松浦さん。ゆー、あんだすたん?」
「知らないっつの。私に聞かれたって。大体しばちゃんて誰」

さてね、誰だろう。
あたしの知ってる柴ちゃんは意外と落ち着いた声でいつでも「よっすぃ」って呼んでくれてたんだよ。
126 名前:side H 投稿日:2007/04/02(月) 00:01
「よっすぃの話マジで意味わかんない」
「わかるように話してないもん」
「その言い方むかつくぅ」
「そんなにあたしは日本語が不自由?」
「ていうかさー」

ホッケをつつきながら実にどうでもよさそうな口調。

「話がぽんぽん飛んで意味わかんない。順序良く話せないの?」
「思い出した順に喋ってるから」

ホッケをつつきながら答えた。

「なにそれ。聞いてほしかったら分かるように話してよ」
「はぁ」
「べつに聞きたいわけじゃないけど、聞いてほしいなら聞いてあげないこともないし」

興味はないけど、と松浦は言葉を足す。
それからジョッキをテーブルに置いておしぼりで口を拭った。

「秋田が晴れてたってとこしか理解できなかったよ」
「そこは伝わったか」
「そこだけね」

それはそれでいいような気がした。
127 名前:side H 投稿日:2007/04/02(月) 00:02
「ていうか聞いてほしかったわけじゃないんだよ」
「ただ喋りたかっただけ?」
「かもね」
「うそ」
「なんでさ」
「顔が強がってるもん。もしかして酔っ払ってる?」
「酔っ払ってないよ」
「よっすぃって案外弱いんだねー。にゃはは」
「いや、あたしは強いよ。情けなくもないし」
「お酒の話なんだけど」
「知ってるよ!」

なんだかジョッキが重い。こんなに重かったか?これ。

「どうせならもっと親身になってくれる人に話せばいいのに。あたしなんかじゃなくて。あ、焼鳥ください。塩で」
「タレ」
「じゃあ2つ。塩とタレね」
「食いすぎ」
「奢ってくれるって言ったのそっちじゃん」
「うん…ごめんね。バイトさぼって」
「それはもういいけど…急にしおらしくならないでよ。完全に酔ってるね」

切れっぱなしの携帯の向こう。
まいちんの怒った顔とアヤカの心配そうな顔が頭に浮かぶ。
新幹線の中でどう説明しようかとずっと考えていた。
怒られるだけならまだいい。寂しげな顔をさせるのはつらい。
心配されるだけならまだいい。甘やかされて許されるのはまだ早い。

手を伸ばせばすぐ届くところにいる彼女たちの元へ真っ直ぐ向かう気にはなれなかった。

「たぶんね、松浦くらいがちょうどよかったんだよ」
「は?」
「興味がないからちょうどいい…」

あたしのくだらない話を流してくれるほうがいい。
128 名前:side H 投稿日:2007/04/02(月) 00:02
「よっすぃ?」
「あたし松浦のこと知らないし、松浦もあたしのこと知らないじゃん」
「バイト以外で接点ないもんね」
「だからちょうどいいんだ」
「ふうん」
「秋田はほんとに青空だったんだよ」
「そう」
「ほんとに綺麗だった、青」

まいちんとアヤカにも見せたかったなぁ。
あの青。吸い込まれるような青を3人で見たかったなぁ。

「やっぱよくわかんないや。よっすぃって」
「よく言われる」
129 名前:side H 投稿日:2007/04/02(月) 00:03
行きの新幹線では気まずかった。
久々に会って顔を見たら変に意識してしまって、逃げたのはあたしだった。
葬儀では故人を偲んで、共有の思い出を懐かしみ、感傷に浸った。
マコトを手伝ってるうちに元の空気に戻ったような気がした。
あの頃の空気に。あの頃のあたしと柴ちゃんの空気。

手が少し触れただけで気を使った。
気を使うことに疲れた。
自然に振舞おうとすればするほど心が疲れた。

帰りの新幹線でもう本当に終わったのだと実感した。
何かを期待したのはあたしだけだったのかな。
少しも期待しちゃいけなかったのかな。
130 名前:side 投稿日:2007/04/02(月) 00:04
「焼鳥きたよ。ほらタレ」
「うぅ〜ん」
「いいの?食べちゃうよ?」
「塩もタレも食べちゃうからね」
「ったく…よく食うなぁオマエ」
「これくらい普通でしょ。よっすぃが食べなさすぎ」
「うん、よく言われる…」

もっと食えって。いろんなとこ行こうってね。
あたしの両腕を引っ張ってくれる人たちがそう言うんだ。



131 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:04

132 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:11
すみません。またしてもミスりました。
>>130を訂正します。


「焼鳥きたよ。ほらタレ」
「うぅ〜ん」
「いいの?食べちゃうよ?塩もタレも食べちゃうからね」
「ったく…よく食うなぁオマエ」
「これくらい普通でしょ。よっすぃが食べなさすぎ」
「うん、よく言われる…」

もっと食えって。いろんなとこ行こうってね。
あたしの両腕を引っ張ってくれる人たちがそう言うんだ。




133 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/04/02(月) 00:11
 
134 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:34
人ごみの中でその背中を見つけた瞬間、あたしは駆けた。
何かを考えるよりも先に体が動いていた。

「ん?…おわぁっ!!」
「へへー」
「んだよ!まいちんびっくりさせんなよ!」

その背中にタックルする寸前、振り返ったよしこの肩はとても薄く見えた。
135 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:34


136 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:35
「かんぱーい」
「かんぱーい」
「かんぱーい」

グラスを上品にぶつけ合ってワインを口に含む。
ビールじゃないんだからゴクゴク飲まないでよなんてアヤカの言葉は聞き流しながら。

味は…んー、よくわからない。
でもたぶん美味しい気がする。きっと美味しい。と思う。
アヤカ(と店)のおすすめだし、高いみたいだし、何より久しぶりに3人が揃っているから。
あたしには到底わかりそうもない繊細な味を美味しくいただく。

あたしもアヤカも明らかに浮かれていた。
テンションは最初からもちろん高い。
ニヤケ面をうすらトンカチに突っ込まれるほどに。
137 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:35
「キミタチなんかすごいキモイよ」
「ちょっとよしこ!失礼な!」
「そうだよ、まいちゃんだけならまだしもなんで私まで」
「ちょっ!アヤカひどっ」
「ごめんごめん。アヤカは可愛いよ。いやいつにもまして綺麗だよベイベー」
「おいそこのおまえどの口がそんなアホなこと言うんだ?あぁ?」
「フフ。ありがとう」
「はいはい。好きにやってろってーの」

頭にきたから二人の皿から生ハムを奪って一気に頬張った。
あ、おいし。こういうわかりやすい美味しさを待ってたのよ。

「まいちゃんぷりぷりしないの」
「まいちんもりもりしないの」
「なによもりもりって」
「もりもり食べすぎ」
「いいじゃん。健康的で」
「まあいいけど」
「よしこもほら、もりもり食え!」
「あははは。ソースついてるよ」

そう言ってよしこが手を伸ばしてきたから開いていた口を閉じた。
すっと伸ばされる白い指がまるでスローモーションのようにあたしの唇を掠めた。
そしてそのまま控えめに開いた口の中に飲み込まれる白い指。
薄い唇からひょいっと出てきた舌に目を奪われる。
けどそれも一瞬のこと。
138 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:36
「ん、しょっぱい。なんだろアンチョビ?違うか」

見とれていたのはもちろんあたしだけではなく。

「ねぇアヤカ。アンチョビじゃないよねぇ」
「…えっ?あー…うん」
「アヤカ?」
「ま、まいちゃんはどう思う?」
「へっ?あ、あたし?し、知らない」
「…どしたの二人とも」

な、なにが?とまた重なるあたしたち。さすが親友。
139 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:37
「さっきからなんか変だよ」
「よしこに言われたくないんだけど」
「こうして3人で会うの久しぶりだから照れてるんだよ、まいちゃん」
「っておいそこ!なんであたし限定?アヤカもじゃん」
「アヤカ照れてるの?」

曖昧に笑って首を振るアヤカ。なにその少女っぷり。

「なんであたしには照れてるのって聞かないのよ」
「だってまいちんは聞くまでもないし」

ワイングラス片手にニヤっと不敵な笑い。
くそーなんだこいつ。
140 名前:side 投稿日:2007/06/19(火) 01:37
「そうだね、私も少し照れてるかも」
「アヤカかっわいー」
「うん、アヤカ可愛い」
「やめてよ、二人とも」
「ま、あたしには負けるけどね」
「そりゃまいちんの黒さには誰も勝てないよ。夏先取りしすぎだろ」
「そうそうあたしって常に先をいく女だからってバカちげーよ!!」

うひゃひゃと楽しそうに笑うバカ。
手で口許を隠しながら笑うアヤカ。
まったくもう、なんて口では文句を言いつつもフォークを遊ばせながらやっぱり笑うあたし。
これは紛れもなくいつもの雰囲気で、空気で、いつもの3人だった。
141 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:38


「あたし最低なんだよ」


142 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:39
あまりにも普通にいつもの3人だったから。
そんな空気の中だったから。
よしこがサラッと口にした言葉までもが自然だった。
その意味を考えさせることなく、自然に耳に入ってきた。

「あたし最低だわ」
「どうしたの?突然」
「ん、や…心配、かけたよね。ごめん」

俯くよしこ。
フォークを離した手が膝に、ワイングラスは握りしめたまま。

え?今なんて?
もしかして謝った?
ごめんとか聴こえた気がするんですけど。
143 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:40
「たしかに心配はしてたけど…」

アヤカのトーンが幾分下がった。
よしこを心配するときのそれはトーンだった。

「でもそんな最低だなんて…」
「うん。いや、違う。えっと心配かけて悪かったってのは違わないんだけど」

考え考えよしこはゆっくりと言葉を探していた。

「それとはべつにあたしは最低なんだよ」

顔をあげたよしこがその言葉とはまるで正反対の笑顔だったから
あたしも思わず笑っていた。

144 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:40


145 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:40
「ねぇ」
「………」
「ねぇってば」

アヤカに呼ばれてるのは気づいていた。
でもそんなことおかまいなしによしこの言葉が頭の中でこだまする。

最低?サイテー?さいてい?最も低いってなんなんだろ。
バカなあたしにはわからない。
よしこの気持ちや考えがわからない。
わからないことがあって当然なのはわかる。

「まいちゃん」
「アヤカ」

切り出したのはアヤカだった。
互いの名前を呼んだのは同時。さすが親友。
言いたいことはなんとなく分かっていた。
146 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:41
「よしこ相当やばくない?」
「まいちゃんもそう思う?」
「うん。だって見た?あのよしこがサラダ残してたよ。葉っぱ大好きなのに」
「……まいちゃん、それって冗談だよね?」
「うん」
「もうっ」
「だってアヤカの顔怖いんだもん」
「えー」
「よしこのこと見すぎ。見るのはいいけど心配が顔に出まくりで怖いよ」
「……」
「まあ、気持ちはわかるけど」
「だってこれ見て」

アヤカの綺麗に整えられた爪がワインのボトルをつつく。その隣りにもう一本。
中身はどちらも空っぽ。フルボトル二本がこの短時間で空っぽになった。
そのほとんどが葉っぱ大好きうすらトンカチの胃に消えた。次にあたし。
料理が残る皿を見たくなくて、あたしはたびたび横からフォークを伸ばした。
行儀の悪さなんてどうでもよかった。
147 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:42
「飲みたいのかな。居酒屋にすればよかった?」
「そういう問題じゃないと思う」
「わかってる。だからアヤカ怖いって。こっち見ないでよ」
「真剣に聞いてよ〜」

アヤカが真剣になればなるほど茶化したくなる。
それはアヤカが年上なのにからかうと可愛い(面白い)からとか
実は自分がワインで酔ってしまっているからとか主にそんな理由から。

目の前のアヤカの顔がちょっとぼやけていた。

「はいはーい」
「まいちゃんもしかして酔ってる?」
「ちょっとだけ。でも真剣に聞くよ。よしこだって笑ってたけど真剣だったし」
「ホントに笑ってたのかな…」

アヤカはそう呟いてよしこの席に目を向けた。
さっきまでそこで笑ってワインを飲んで自分のことを最低だと言った彼女は席を外している。
148 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:42
「やたら明るかったよね、あのバカ今日は最初から」
「たぶん重くならないように気を使ってたのよ」
「気なんてあたしたちに使う必要ないのに。あたしたちで使ってないんだから」
「でも場の空気とかけっこう気にするほうだから…よっちゃん」

まるで食べる気のない料理の上をフォークがゆらゆらと揺れる。
アルコールのせいか揺れるフォークの残像がぼやけて見える。

「よっちゃん遅いね」
「うん」
「珍しいね。食事中にあんまり長電話とかしないのに」

突然の着信音に話の腰を折られたよしこはあたしたちを代わる代わる見て、
それからごめんと言って外に出た。
149 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:43
正直なところ、ワインのせいで時間の感覚がよく分からなかった。
アヤカがよしこのことで不満を漏らすのは珍しいことなのできっとそれなりに長いんだろう。

「電話誰からなんだろう」
「彼女からだったりして」

言ってから後悔した。後悔するくらいなら言うな。
飲んだら乗るな。
乗るなら飲むな。
飲んでも飲まれるな。
飲まれるならいっそとことんまで…ってダメだあたし。

「ごめん。つまんないこと言った」

アヤカは曖昧に笑って外を伺うように首を伸ばした。
あたしは最後のチーズをつまみながら空のワイングラスをぼうっと見つめる。

アヤカが小さく「あ」と言ったのであたしも同じように首を伸ばした。
すると携帯を折り畳みながらよしこが戻ってくるのが見えた。

「ごめん」

なんだか今日はこの単語をよく聞いている。
150 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:44
「ううん、いいよ。でも珍しいね」
「アヤカ寂しかったんだってー。よしこが電話に夢中だからさ」
「そういうまいちゃんこそつまんなさそうにチーズばかり食べてたじゃない」
「そっかそっか。寂しかったのかー二人とも」

ニシシと笑いながらあたしとアヤカの頭を撫でる。
外気に晒されて少し冷えた手が火照った頭に気持ちよかった。

「電話誰からよ」
「バイト仲間」
「勝手にバイト休んでたことでまた何か言われた?」
「ううん、そうじゃない。それはもう許してもらったし。全然たいした話じゃないよ」
「それにしては長かったね〜」
「あたしはただの聞き役ですよ」

トマトを頬張ってモグモグと口を動かしながらなんでもないことのように言った。
151 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:44
「それよか話の途中だったよね」
「あ、うん」

それからよしこはまた自分のことを最低だと言った。
そんなこと何度も言わなくてもいいのにと思ったけど口にはしなかった。
自嘲してる風でもなく、冗談めかしてでもなくごくごく自然に言うから
その意味するところのものが「最も低い」なんてこととはほど遠いような感じがしていた。

どういうこと?と問うアヤカ。
言葉のかわりに目で訴えるあたし。
よしこは素直に話してくれた。やっぱりごく自然に。
笑ってるけど泣いてるみたいな笑顔で。
アヤカのマジ顔なんかよりもよほど見てられない笑顔だった。
152 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:45
「よっちゃんは最低じゃないよ…」
「んにゃ。最低だよ。彼女とヨリを戻せるかもなんてことばかり考えてたんだから」
「だってそれは」
「故人と故人の家族にあまりにも失礼だよな。バカだな、あたし」
「でもよっちゃんは」
「そういうあたしの気持ちをアイツは見透かしてたのかもしれないな」
「よっちゃん…」
「あたし自分のことしか考えてなかった」
「ポロネギ」

瞬間、二人がいっせいにこちらを向いた。
さすが親友。そろって口が開いてる。

「まいちゃん?」
「いまなんつったの?」
「ポロネギ」

あたしは繰り返して言った。
二人は相変わらず口を開けたまま。
そのマヌケな表情が面白くてあたしは噴き出した。
153 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:46
「いやいやいやいや。ちょっ、なんで笑ってんのこの人」
「ポロネギ?まいちゃん今ポロネギって言ったの?」
「だって…ふはっ…あんたたちの顔が…面白くて……」

笑いが止まらない。
体を曲げてなるべく声に出さないようにがんばった。
他のお客さんに迷惑にならないように、皿に髪がかからないようにと考えるほどには冷静だった。

「なんでそこでポロネギなの」
「あ…これだ。これだよ、よっちゃん。ポロネギ」
「いや、まいちんの皿の上にのってるそれがポロネギでもハバネロでもなんでもいいけどさー」
「よっちゃんポロネギだよ。ポ・ロ・ネ・ギ」
「区切るなよ。てかなんでそのタイミングで言うの。ポロネギって今そんなに伝えたいことか?」
「まいちゃんにとってはもしかして重要ワードだったのかも…」
「ポロネギが重要ワードになるような状況になってみたいわ」

あたしをまるで見ずにコソコソ喋るよしことアヤカの横顔を見ながらあたしは言った。
154 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:46

「ただそこにポロネギがあるなって思ったから」


ゆっくりとこちらを向くよしこ。
口の端がピクピクして引きつってるのがわかる。すごく皮肉めいた表情。
あたしはこの顔がけっこう好きだったりする。
155 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:47
「なにそのそこに山があるから登るみたいな理由は」
「なんでそこで山なの?」
「よく言うじゃん。登山家になんで山に登るんだって質問の答えでさ、そこに山があるからだって」
「ふぅん。それとポロネギとなんの関係があるの?」
「いや関係はないけど喩えっつーかなんつーかそんなとこ食いつかないでよ」
「だって〜」
「だってじゃない」
「山ってなに山?」
「いや、喩えになに山もクソもねーから」
「よっちゃん!一応まだ食事中の人もいるんだからそんなこと大声で言っちゃダメ」
「あぁ、クソ?」
「そう」
「いちいち言葉の端々に引っかかるなよ。話すすまねー」
「もうっ。わかった。じゃあさっさとポロネギの話をすればいいでしょ」
「べつにあたしはポロネギの話なんかしたくねーよ」
「あぁ、山だっけ?」
「ちーがーうーー」
「じゃあやっぱりポロネギなんじゃない」
「だからポロネギの話なんてないし。アヤカそれ分かってて言ってるべ?」

あたしを無視して二人のどうでもいいやりとりは続く。
そのどうでもよさが面白くてあたしはまた笑った。
156 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:48
笑いながらあたしは考えていた。
ポロネギのことなんかじゃない。ましてや山でもない。
最低なのはあたしだ。
何にかよくわからないけど「最も低い」に値するのはあたしだ。

嬉しかった。
よしこが自分のことを最低だと言ったのに嬉しかった。
自分からあたしたちに話してくれて、それが嬉しかった。

よしこ自身は全然嬉しくなんてない状況なのにあたしは嬉しかった。
よしこは最低じゃない。最も低いことなんてないんだよ。
そう思いつつもよしこがそう言ってることに嬉しさを感じた。
よしこの気持ちがどうかとかそんなこと関係なしに。
157 名前:side M 投稿日:2007/06/19(火) 01:49
あたしはただ、嬉しくなってしまった。
そこによしこの気持ちなんてない。
ただの、あたしの身勝手な感情があるだけ。

最低じゃないよと否定するよりも先に嬉しくなったあたしこそ。

口の中に残るワインの渋みがいつまでも消えなかった。
皿の端に取り残されたポロネギがずっとぼやけていた。

笑いすぎていつのまにか涙が出ていた。
3人とも笑っていた。



158 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/19(火) 01:49

159 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/19(火) 01:49

160 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/06/24(日) 19:54
待ってました!
シリアスな空気なのに、それぞれの発言がバカで笑えるのはこの三人ならではですね。
161 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:53
大学のカフェテリアは予想に反して珍しく空いていた。
レジ前の行列もなければ、人気のソファも今日はなぜか空席。
こんなときばかりイヤなタイミングで私の予想は外れる。
予想、というよりそれは願望に近かった。

私が学部の学生だった頃はただ学生がたむろしていただけのホールだったその場所に、
某大手コーヒーチェーンの支店が出店したのは3年前。
よっちゃんやまいちゃんと出会った年の夏のことだった。
その約1年後に彼と出会い、数ヶ月後には別れた。

隣りでニコニコしてるこの子と出会ったのはいつだったろう。
彼に出会ってから別れるまでの期間のどこかだったことは確かだ。
暖かい季節だったか寒い季節だったか。
ぼんやりと思い浮かぶそのときの服装から判断するに冬だったかもしれない。
162 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:55
「空いてるやん。ラッキー」

記憶を辿っていると明るい声に遮られた。
曖昧に頷いて窓側の外がよく見える席に向かった。
彼女はニコニコしながら私の後ろをついてくる。

「今日ちょっと冷えるね」
「雨降りそう」
「だね。困ったなぁ。今日傘ないんだよね」
「忘れたん?」
「うん。忘れちゃった」
「しゃーないなぁ」

中庭の木々の隙間から覗く空は曇天のグレーで染まっていた。
きっともう何時間もしないうちに雨が降り出すだろう。
朝食のときまでは「傘、傘」と忘れないように声に出していたのに。
バッグを持って鏡を見て靴を選んでるうちに傘のことなんてすっかり頭から抜け落ちてた。
163 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:56
「もうすぐ試験じゃない?どう?調子は」
「うわぁ、アヤカいらんこと思い出させんといて」

途端に手のひらを突き出して泣きそうな顔をする彼女。
自分の感情に素直で表情がころころと変わるのを見るのは楽しい。

「ダーメ。現実は厳しいのよ?単位落とさないようにがんばってね」
「むぅ、がんばる」

この子のことは嫌いじゃない。
ううん、むしろ好きの範疇に入る。
明るくて無邪気で素直でおっとりとした口調はとても可愛い。
ちょっと天然で(アヤカが言うなってよっちゃんやまいちゃんには言われるけど)面白いし。
自分と似てる部分もあるような気がする。外見ではなく性格的に。
彼女自身もいつだったか私と似てるというようなことを口にしたことがあった。
164 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:56
だからこうして手をひかれて人のまばらなカフェに連れられてきても全然嫌じゃない。
女同士でおしゃべりをして過ごす時間は単純に楽しいし、好きな人とならなおさら。

けど、嫌じゃない、けれど。

私の中にある少しの不安が頭をもたげる。
それは後ろめたさと言ってもいいかもしれない。

いつからだろう。彼女の前で笑顔を作るようになったのは。
いつからだろう。知らない振りや嘘がうまくなったのは。
うまくなったと、思うようになったのは。

彼女のことは好きだけれど、彼女といると自分を嫌いになるのが嫌だった。

「いきなりなんやけどぉ、相談があんねん」

さっきまでのトーンからは少し落ちる小さな声だった。
どんな顔をしていいのかわからず、また曖昧に頷いた。
165 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:57

166 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:57
うるさい。
もう、なんなのこの音。

「アヤカ?」

神経を逆撫でするような音とは別に落ち着いたトーンの声がする。
同時に前髪と頬に微かに温かい感触がした。

「大丈夫?ちょっと停めようか?」
「ん…」
「眠いだけ?ならいいんだけどさ、気持ち悪かったら言って」
「んん…」
「うん、わかった」

何が「わかった」なのか私にはわからない。
ぼんやりとした頭でゆっくりと記憶を手繰り寄せる。
重い瞼を持ち上げてこめかみに指をあてたら鈍痛がした。
167 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:58
あぁ、飲みすぎたのか。

助手席から覗く窓の外は暗く、わずかな灯りがちらほら見えるだけ。
激しい雨が視界を遮り、それ以外の外界の音をシャットアウトしていた。
当たり前のようにハンドルを握っている隣りのよっちゃんを見る。

「あの〜」
「うん」
「あのね、よっちゃん」
「どうした?」
「ちょっと聞きにくいんだけど…」
「あっ!アヤカもしかして何も覚えてないとか言わないよね?」
「…言ったら怒る?」

怒るはずがないとわかっていて聞いてみる。
彼女は怒るポーズすら見せず笑って首を振った。

口許に見える笑みを確認してからもう一度こめかみを触った。
再び鈍痛がした。
窓に叩きつける雨音が嫌になるほど頭に響く。
168 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:58
「はいこれ」
「ありがと」

渡されたペットボトルはすでに口が開いていた。
3分の1ほどしか残っていない水をごくごくと飲む。ふう。

「気分どう?」
「だいぶマシになったかも」
「飲みすぎだよ」
「そうね」
「珍しいじゃん」
「そうかな」
「楽しいお酒じゃなかったの?」
「んー…楽しいっていうか覚えてないから」
「ったく、酔っ払いめ」

笑ってごまかしたら、ごまかされてくれた。
彼女はいつもさりげなく優しい。
169 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:59
空になったペットボトルを手の中で弄ぶ。
はっきりとしない感情と曖昧な記憶の中を彷徨う。
今日のことや彼女が隣りにいる意味を考えたけれどまとまらない。
まだ少し酔っていることは自覚していた。

これ以上、追求されると私はたぶん困ってしまう。
困った結果の行き着く先を想像して、私はさらに困ってしまった。

もう今にも誰かに縋りつきたいほど寂しい夜。
寂しくて寂しくて包んでくれる柔らかな体温が恋しくて仕方ない。
私の抱えてる自己嫌悪ごと包み込んでほしい。

でも、それはとにかく誰でもいいというものではない。
切羽詰ってはいるけれど慰めてほしい相手じゃなければ意味がない。
余裕なんてないくせに私は我侭だ。

安心したい。
けど一方で、安息なんて求めてはいけないという気もしてる。
170 名前:side A 投稿日:2007/09/28(金) 23:59
「この調子じゃ明日も雨かな」

嫌な雨。
私の気持ちを現してるかのように冷たく重い。

「洗濯物たまっちゃうよ」
「よっちゃん」
「ん?」
「……」
「アヤカ?」
「ううん、なんでもない」

手を伸ばせば届く距離に柔らかな体温がある。
慰めてほしい相手の声はどこまでも優しい。
今そばにある明らかな誘惑に縋りつきたくなる。

誘惑、なんて。

こみ上げてきた笑いをそっと噛み殺す。
どうかしてる。勝手に誘われた気になるなんて。

どうかしてる。
171 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:00
「でもよかった。ちゃんとあたしのとこ連絡してきてくれて」
「そういえば…私がよっちゃんに連絡したの?自分で?」

これは本当に覚えてなかった。

「うわー。これだから酔っ払いは」

よっちゃんはがっくりと肩を落としながらハンドルを切った。
緩いカーブをスピードを落としながら慎重に進む。

「あたしが行ったら男どもの群れの中で見えないんだもん、アヤカ」
「えっ」
「思わず探しちゃったよ。アヤカどこー?って」
「冗談、でしょ?」
「まあね」
「もう」
「でもあながち冗談でもないよ。狙ってるっぽいのはいたから」
「よっちゃんの考えすぎじゃない?」
「いーや、あれはぜってー狙ってる目だった!間一髪だよ、まったくもう」
「間一髪って」

力説するよっちゃんが可笑しくて少し笑った。

「笑い事じゃねっつの。ちゃんと自覚してよね、綺麗なおねーさんなんだからさ」
「はいはい。わかってまーす」
「どーだか」
172 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:00
彼女の拗ねた口調にさらに笑っていると小さなくしゃみが出た。
6月とはいえ夜中。気温は昼間よりもずっと下がって肌寒い。
しかもこの激しい雨。
夜は寒さとほんの少しの心細さをつれてくる。

「あ、悪い」

言いながら彼女はヒーターのスイッチを入れた。

「暖かくなるまでこれでも着てて」

ヨレヨレのシャツはよっちゃんの匂いがした。
暗い車内では色の判別がつかず、でもきっと見覚えのあるあれだろうと
私はなんとなく安心してまた目を閉じた。
雨音に耳を傾けるとさっきよりほんの少し寂しくなくなっていた。
173 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:00

174 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:01
「やっぱりもうアカンのやろか」

カフェオレから温かそうな湯気がたちのぼっている。
彼女は口をたこのように尖らしてふぅ〜と冷ましながら飲んでいた。

「何か聞いたの?」

カフェオレを置いて彼女―――唯ちゃんは、首を振ってため息をついた。

「二人ともうちにはなんも…」
「じゃあダメかどうかはまだわからないんじゃない?」
「なんとなくわかんねん。娘やもん。なんとなくやけどアカンのかなって…雰囲気で」
「……」
「おとーさんたちなんでああなってしもたんやろ…」

彼女はこの年頃の女の子には珍しくお父さんっ子だった。
週に一度は父親とデートをして、電話やメールも頻繁に交わしている。

パパからの電話に3回に1回出るか出ないかの私からするととても信じられないけれど
彼女の父親をよく知っている人なら、私を含め誰もが納得するだろう。

彼女の父親は娘想いで誠実な人柄の、尊敬できる人物だから。
175 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:01
「昨日大阪のオカンに電話してどうでもええこと話してたんやけど」
「どうでもええこと?」
「バーゲンで買いすぎて失敗したとか、パーマ失敗したとかそんなん」
「失敗ばかりじゃない」

笑いながら彼女の長い髪に目を向けた。

「でもそれ失敗かなぁ?よく似合ってるじゃない」
「パーマはうちじゃなくてオカンの話」
「あらら」
「ごっつ嘆いてたからめっちゃ笑っててん」
「ひどいなぁ〜」
「いや、でも笑うやん?普通。てかむしろめっちゃ笑ってほしいとこやんか」
「そういうもの?」
「そういうもの。アヤカは天然やからなぁ」

目を細めてケラケラと笑う彼女は可愛くて憎めない。
176 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:02
「そやからどんだけ失敗したんやろって思って」
「ああ、そうだね」
「やっぱ見たなるやん?たぶんオカンのほうも見てほしいやんか」
「うーん」

そういうものだろうか。
私がたとえばパーマに失敗したとしたら…絶対に見られたくない。
程度にもよるけどはっきりと「失敗」だと言えるほどの失敗なら確実に家に閉じ篭る。
誰にも会いたくないし、よっちゃんやまいちゃんが尋ねてきても決してドアは開けないだろう。
笑わないからなんて言ってるそばからニヤニヤしてる二人の顔が簡単に思い浮かぶ。

「でね」

無意味な想像は彼女の言葉によって打ち切られた。

「そんならテレビ電話しよかーって話しになって」
「テレビ電話」

話しながら思い出したのか彼女は笑ってる。
よほど面白かったらしく目尻に涙が溜まっていた。
177 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:02
「オカンの頭アホほど爆発しててん。ネタかと思って『ヅラ?』って聞いたら自分の髪むっちゃ引っ張ってた。たしかに本物だった」
「あははは」
「オモロかったんやけどこれが自分のオカンかと思ったらなんか泣きたくなったわ」
「唯ちゃんひどい」
「ひどいのはうちのオカンの頭やん」

笑いながらふと外を見ると、まいちゃんが講義棟に続く細い道を歩いてる姿が見えた。
心持ち足早で、その横顔はどことなく真剣な表情だった。
講義に遅れそうなのかと思って時計を見たけどそんな時間ではない。
きびきびと歩いていくまいちゃんはまったくこちらを振り向こうとしない。
気づけ〜と念を送ったけど結局そのまま行ってしまった。

「でもめっちゃ笑われてんのにオカンごっつ嬉しそうだった」
「失敗パーマなのに?」
「そう。失敗パーマなのにニコニコしてた」

会ったことはないけれどよく似た親子なのだろう。外見も性格も。
研究室で見たホームパーティーのときの写真を思い出した。
すごく綺麗な人だった。
あの容貌で失敗パーマは想像できない。
178 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:03
「なんでそんな嬉しそうやねんって聞いたら」
「うん」
「こんなに笑ったの久しぶりやからって、そう言ってた」
「……」
「なんやろ。笑ってるんやけど泣いてるようにも見えてしもたわ」
「……」
「テレビ電話ってアカンなぁ。便利やけどいろいろと見えすぎやねん」

アカンなぁ。
彼女は小さく呟いてついに降り出した雨を見ていた。

その横顔は写真の中の彼女の母親によく似ていた。
彼の部屋で笑う彼女の母親に、私は何度か嫉妬した。
たまらなくなり冷えたカフェオレを啜った。

「雨よう降るなぁ」

結局それ以上会話が続くことはなく、カフェオレを飲み終えて席を立った。
別れ際「しゃーないなぁ」と傘を渡された。
彼の部屋で見たことのある赤い傘だった。

数日後、唯ちゃんからのメールで彼女の両親が離婚したことを教えられた。
彼からは何も言われなかった。

私たちの間には起きたことなどまるで嘘だったかのように彼は私に何も言わなかった。
別れてから随分と経っていて自分ではとっくに理解していたつもりだったけれど
教授と学生というそれ以上でも以下でもない関係に戻ったのだとこのときはっきりとわかった。
179 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:04

180 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:04
いつのまにかまた眠っていたらしい。

「ついたよ」

肩を揺さぶられゆっくりと目を開けた。暗い。
渡されたシャツの中から顔を出した。

「ぷっ。冬眠明けのクマみたい」
「なにそれ。よっちゃん見たことあるの?」
「ないけどー、なんか今のアヤカそんな感じだった」
「ひどい」
「違う違う。クマさんだよ?ちょー可愛いじゃん」
「むぅぅ」
「誉めてるんだからそんな顔しないの」

長くて綺麗な指が尖った唇を抓む。
少し冷えたその感触にはっきりと目が覚めた。

「ひゅはまひゃいへよぅ」
「あん?なんだって?」

ニヤニヤしながら私の口許に耳を近づけてくる。
181 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:05
「ひゃから〜」
「なんですかぁ〜?」

その横顔が可愛らしくて憎らしくて思わず指を払った。

「お」という短い声。
振り向かれるよりも早く私の唇は彼女の左頬に到達していた。

彼女は動かない。
耳に近い位置に唇を押しあてたまま、私は動けない。
唇をとおして彼女の体温が伝わってくる。
それはもしかしたら私自身の体温かもしれないし、二人のものかもしれない。

長いとも短いとも言えない時間が過ぎる。
何かきっかけがあったわけではないけれど勢いをつけて唇を離した。
離した瞬間、唇が耳を掠めてそれまで微動だにしなかった彼女の体が揺れた。
182 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:05
「まだ酔ってる?」
「わからない。どうして?」
「どっちかなと思って」
「どっち?」
「酔っててもそうじゃなくてもアヤカの望むとおりにするよ」

考えるよりも先に雨の音が耳に入ってきた。
冷静にも、いっこうに止みそうにない雨にまた心の中で毒づいた。

「私の…」

いつのまにかよっちゃんの体がすぐそばにあった。
いつのまにかといっても運転席と助手席の間なんてそれほど離れていない。
もともとすぐそばにいたのだ。すぐそこに。
手を伸ばせば届く距離に。

ゆっくりと両手を広げてそばにある体を抱きしめた。
柔らかな体温にホッとして泣きそうになる。
こんな風に彼女を抱きしめたのは初めてだった。
183 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:06
聞いてほしいことがあるの。
でも言いたくないし知られたくない。
甘えたいけれど甘えちゃいけない。
後悔はしてない。けど、きっと後悔するのが正しい。
ただ一言、よくがんばったねと慰めてほしい。

鼻先をこすりつけるとさっきまで顔を埋めていたシャツと同じ匂いがした。
抱きしめる手に力をこめると背中にまわされた腕も同じ強さになる。
きつく抱きしめるときつく抱きしめ返された。

「よっちゃん…」
「んー?」
「なんでそんなに優しいの…?」

雨は降り続いていた。
ボンネットや屋根に打ちつける雨音はこうしてる間にも徐々に強くなっている。
低いエンジン音。ヒーターの静かな音。意識したことのない息づかい。
184 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:06
「ごめんね」

くぐもった私の声を彼女が聞き取れたかどうかはわからない。
それから数秒か数十秒、私たちは強く抱きしめあった。
お互いを求めるように、或いは慰めるように強くきつく。

気持ちが揺らぐ。
たとえ傷口の舐めあいでもいい。
情けなさと心地よさの狭間で何もかもがどうでもよくなる。

どうでもよくなってはいけない。
どうでもいい。
よくない。
いい。
ダメ。
もう。

どうでもいいと思う一方で、それはどちらにとっても哀しいことなんだとも理解していた。
185 名前:side A 投稿日:2007/09/29(土) 00:08
ひとしきり抱き合ってから顔をずらして息を吐くと
彼女は何も言わずに背中をぽんぽんと二、三度軽く叩いてから体を離した。

「ごめんね、よっちゃん」
「なんで謝るの」
「酔っ払いのドライバーなんてさせて」
「そんな他人ぎょーぎなこと言うなよ」
「ふふ。そうね。またよろしく」
「えぇー」

体に残る彼女の体温がいつまでも残っていればいいのにと思った。
私の自己嫌悪や後ろめたさをその温かさで丸ごと包み込んでいつか溶ければいいな。


そんな私の気持ちなんてお構いなしに雨は降り続き、夜は冷え、体温は消えていく。


翌朝、痛む頭を抱えながら薬を探していると空のペットボトルを踏んづけた。
危うく転びそうになって悲鳴をあげたら頭に響いた。
溜息をついてペットボトルを拾い上げたとき昨夜のことを思い出した。
送ってもらったことや車の中でのこと。赤い傘。
自分の弱さにやるせなくなる。

やるせない夜。
体温を求めて、それでもぎりぎりのところで踏みとどまった自分を褒めてあげてもいい気がした。


186 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/29(土) 00:08

187 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/29(土) 00:08

188 名前:名無飼育さん 投稿日:2007/09/30(日) 11:03
よっちゃんカッケー!
くっついちゃえばいいのにw
189 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/12(土) 00:21
書いてる人の自己保全
190 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/01/13(日) 01:00
やはりここの中の人は○○さんでしたか。
水と森もまったり待ってます。
191 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:31
「聞きましたよ。吉澤さんってやっぱりさすがですよね」
「……さすが?」
「さすがっていうかどうしようもないっていうか」

にやにやしてる間抜けヅラにあたしの眉がぴくりと反応する。
露骨に不審な表情を見せているというのにまったく気づかない愛すべきバカな後輩。
大抵、きまって、絶対に、こういう顔のときのマコトはろくなことを言わない。

「柴田さんの次は松浦さんですか?手ぇ早すぎっすよ」
「……」
「ぎゃふんっぐぇっ」

有無を言わさずみぞおちに一発。
前のめりになったところを上からもう一発。
秋田のばあちゃんに免じて手加減はしておいた。
あの日、秋田で見た晴天の青空とはほど遠い雨の日のことだった。
192 名前:side 投稿日:2008/09/01(月) 01:31
「いきなり何すんですかー!」
「いきなりはおめーだよバカ。どっからそんな話でてんだよ」
「どっからもなにもあたしですけど」
「は?」
「だから、ワ・タ・シ。イダッ」

ばあちゃん、ごめんね。
あたしこの子には加減しなくてもいい気がするんだ。

「顔はやめてくださいよ顔は」
「わりーわりーキモい声だったからつい。声っていうか顔っていうか全部だけど」
「ひーどーいー」

マコトはあたしのアイスコーヒーをひったくってじゅるじゅると音を立てて啜った。
テーブルにひじをつき、その様を眺めながらさっき言われたことを反芻してみた。
柴田さんの次は松浦さんですかだとぉ?
なーんであたしが松浦と。やめてくれ。
しかもしかもどうしてこっちから手を出したことになってるんだ。
193 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:32
「このまえ一緒に飲んでたらしいじゃないですか」
「飲んだだけだよっ」
「しかも二人っきりで」
「あのね、べつにおかしくないでしょ」
「おかしいですよ。今まで全然そんな素振りなかったじゃないですか」
「じゃあその素振り第一弾だったんだよ」
「ごまかさないでください」
「大体おめーはなんで知ってんだよ、あたしと松浦が飲んでたって」
「いや、たまたま見かけたって人から聞いて…」
「ふーん」

たまたま見かけた人。なるほど、いてもおかしくない。
けどそれをマコトに話す人となると少なくともあたしには思いつかない。
マコトが「たまたま見かけた」というほうがしっくりくる。

マコトの手からアイスコーヒーを取り返す。
だいぶ軽くなったそれを意味なく揺らしてメニューを見た。
そうかわり映えがあるわけではない。
大学内の古いほうのカフェ、というか食堂のドリンクコーナーでのこと。
あるのはアイスコーヒーとコーラとウーロン茶とオレンジジュースくらいのもの。
冗談抜きでこれしかない。全て100円。氷たっぷり。冬はアイスがホットになる。
その安さと長居できる利点から試験前は学生が無駄に列をなす。
4つしかない品名を今さら確認するほどあたしはニューフェイスではない。
横から強烈な視線を送ってきてるこの後輩のほうがよほど「ニュー」に近い。
194 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:32
アイスコーヒーの残りを飲み干してまたメニューを見た。
外を見て雨だなぁと思ってからまたメニューを見る。
4つしかない品名の間をいったりきたり泳ぐ目。
選ぶふりをしてその実どこも見ていない。
ただ確実なのはあたしを責めるように見る横からの視線にだけは合わせられなかった。

「なに飲みます?買ってきますよ」
「同じの」
「おごりますよ」

そう言ってマコトはあたしが財布を取り出す前にカウンターへ向かった。
食堂のおばちゃんに向かって指を2本立てているのが見える。
ふいにポケットの中身が震えたので携帯を取り出した。

『前回と同じ場所でいいよね?明日何時だっけ」

当の松浦からのメールだった。
思わずマコトを見た。
あたしに断りもなくレジ横にあるミルクとガムシロをコーヒーに垂らしていた。
べつにやましいことなんて何もない。
なのに慌てて返信メールを打った。
マコトが戻ってくる前に終わらせなければと珍しく両手打ちで。
195 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:33
『たしか1時くらいから。メシどうする?』

あわわわ。なにやってんだあたし。
早く終わらせなきゃいけないのに返事求めてどーすんのよ。
しかもメシって。いやべつに普通だけどさ、やましいことなんてないけれど。

まもなくアイスコーヒーを2つ持って戻ってきたマコトにあたしは切り出した。
携帯はポケットにつっこんだ。また震えても今度は取り出すつもりはない。

「あたしと松浦はべつになんでもないからな」
「どうぞ」

マコトはやけに落ち着き払ってアイスコーヒーを2つ置いた。
喉は渇いてなかったけどストローに口をつけて吸った。甘い。

「ただホントに一緒に飲んだだけで」
「………」
「あのさ、なんでそんなに怒ってんの?」
196 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:33
おまえ怒ると怖いんだよ。真顔が怖いんだよ。
いつもヘラヘラしてるくせにさ、口なんてパカっと空きっぱなしのくせに
今はなんでそんな顔してるの。どうしてあたしを責めるような目で見るの。
真一文字に結んだその口からどんな聞きたくない言葉が出てくるのか。
もっといつもの可愛いマコっちゃんでいてくれよ。
大体あたし怒ってる人って苦手なんだよ。

「マコ…」
「怒ってないですよ」
「怒ってるだろ…」
「怒ってませんよ。吉澤さんが誰と付き合おうがあたしにはカンケーないですし」
「だから付き合ってないって」
「2年付き合った恋人と別れてすぐに他の人と付き合い出したってあたしにはカンケーないですから」
「付き合ってないっつーのに」
「2年付き合った恋人と別れたのに何もなかったかのようにしてる吉澤さんなんて…あたしにはカンケーないです」
「……おまえ、には?」
「ええ。あたしには」

じゃあ誰にどんな関係があるというのか。
そんなこと、聞かなくてもわかる。
197 名前:side 投稿日:2008/09/01(月) 01:33
ようやくマコトの真意がわかった気がした。
忘れていた。
こいつはバカで可愛くてヘラヘラしてるだけのヤツじゃない。
嫌になるほど真っ直ぐで、呆れるほどバカなヤツだったことをあたしは忘れていた。

「柴ちゃんとのことはもう終わったんだよ」
「……」
「秋田で見たでしょ?あたしたちを」
「秋田ではお世話になりました。きっとばーちゃんも喜んでたと思います」
「いえ、どういたしまして。思い出したように言うなぁ」

律儀なうっかり者に苦笑する。

「…なんでですか。なんで2人ダメになっちゃったんですか」
「あたしが振られたの。こんなこと言わせるなよ。ヒーチャン泣いちゃうっ」
「それで松浦さんですか。柴田さんは知ってるんですか?」

ヒーチャン無視されてホントに泣きそう。

「はぁ〜。センパイ思いも度が過ぎると手に負えないな」
「なんすかその言い方っ」
「おまえは本当に誤解してるんだって」
198 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:34
またポケットが震えた。無視するつもりだった。
マコトの真っ直ぐな視線をきちんと受け止めた。
震えるそれを無視するのはやめた。
やましいことなんてない。べつになんでもないこと。
マコトにちょっとごめんと断ってから携帯を取り出した。

『近くに美味しいインド料理の店があるから行こうか。平日バイキング!』

少し間の空いた返信にそういえばむこうはバイト中だったなと思った。
明日のシフトはあたしとマコト。明後日は…たしか松浦とマコトだ。

そんなことを冷静に考えながらあたしはマコトの前で松浦へ返信メールをした。
全然関係ない。こんなものは全然関係ないんだ。
マコトには関係ないし柴ちゃんにも、もう。

『オッケー。雨降ってたら向かいの本屋にいるわ』

メールを打ちながら聴こえたアイスコーヒーを啜る音と雨音の不協和音は耳障りだった。
199 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:35
結局誤解が解けたのかどうかははっきりしなかった。
マコトはあたしのことを好きで、柴ちゃんのことも大好きなんだろう。
あたしがマコトのことを好きで、柴ちゃんもやっぱりマコトが好きなように。

「吉澤さんたちが別れたなんて今でも信じられないんです…あたしは2人が理想だったから」

去り際に残していった言葉はあたしになかなかのダメージを与えた。
みぞおちや頭への2発よりももっとずっと重い。

ねぇ、マコト。別れなんて誰にだっていつだってやってくるんだよ。
柴ちゃんはあたしの特別だったけどもう違う。
大学時代に付き合った恋人というだけ。
あたしにも柴ちゃんにもそういう相手は今までにも何人かいたしこれからもできるかもしれない。
2人がそういう相手のうちの一人になってしまったことは哀しいけれどそれだけなんだ。
ただ、それだけ。

あたしはそんな大層な人間なんかじゃない。
柴ちゃんにとってもマコトにとっても松浦にとってもそれは等しく同じなんだ。
ただの元恋人で、先輩で、バイト仲間で、ただの吉澤ひとみなんだよ。

でもね、そんな吉澤ひとみを抱きしめてくれる人や爆笑させてくれる人がいて
だからあたしはどうにもできないやるせないことも受け止めることができるんだ。
200 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:35


201 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:35
翌日、あたしと松浦は新宿のとあるインド料理の店で食べ放題のカレーを貪り食っていた。
前日の雨の名残りはどこにもなくとにかく暑い日だった。
目的の映画までにはまだ時間があった。
暑い日には辛いカレーがよく似合う。

「か〜ら〜い〜」
「水飲むと余計に辛いっていうよ」
「飲む前に言ってよ」
「にゃはは」

火照った顔を手で扇ぐ。
店内は十分すぎるほどエアコンが効いていたけれど体の内から熱が逆流してきそうだった。
何食わぬ顔でカレーをパクパク食べる松浦は面白そうにあたしを見ていた。

「あたし辛いのダメなんだって」
「みたいだね」
「いやマジで。ホント苦手なの」
「よっすぃ今すごくかわいそうな顔してる」
「うっせ」
202 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:36
こうして松浦と2人で会うのはあの初めて飲んだときを入れて今日で3回目だ。
ふとしたきっかけで人は人と係わり時に親交を深めていく。
そんな大袈裟なものではないが、松浦とあたしには共通の趣味があった。

映画鑑賞。履歴書の趣味の欄に読書や旅行と並んで書かれることの多い4文字。
もともと年は近いしバイト仲間で昨日今日知り合った間柄ではない。
あの飲み会で仲良くなったといったらまたマコトに誤解されるけど映画の話で盛り上がった。
遠慮のない性格(但しちゃんと人を選ぶ)の松浦とアルコールのまわったザ・フレンドリーなあたし。
気を使わない、使わせないどうでもいい相手。
それがうまく転がってあれよあれよという間に「バイト仲間」兼「映画に一緒に行く相手」になった。

今日もこの辛さがひけたら映画館に向かう。
あたしが見たくて松浦がちょっとだけ気になっていた映画だ。
見終わってからどこかでお茶をしながら感想を遠慮なく言い合う。
面白い、面白くないを駆け引きなしで素直に言い合える。それが楽しい。
あたしたちのベクトルがお互いに向いてないから裏表なしにとても率直だ。
203 名前:side H 投稿日:2008/09/01(月) 01:37
「う〜、マジ辛い。なんであたしこんな目にあってんだ?!」
「バイキングだからって手当たり次第食べるからだよ」
「くそー。今度まいちんとアヤカ連れてきてゼッテー食べさせてやる」

最近妙に元気のないあの2人を連れてこよう。
あたしと同じように激辛カレーにヒーヒー言わせて一緒に夏を迎えよう。

「ま、その激辛カレーはともかくここはおすすめだよ。安いし美味しいでしょ?」
「辛くてなにがなんだかわからん」
「バカじゃん」
「辛いけどでもなんか楽しいな」

毎日いろんなことがあるなかで、あたしの中から柴ちゃんがどんどん消えていく。
その存在が薄まって新たな楽しいことや嬉しいことがどんどん増えていく。
立ち直るということはそういうことだ。
そのきっかけがちょっと意外だったけど今回は松浦だった。

「じゃあそろそろ行きますか」
「行こう行こう。ふと思ったんだけどあたしたちカレー臭すごくね?いやオッサンのあれじゃなくて」
「……もうすぐ夏だから大丈夫」
「なんだそれ。いやむしろ夏だからダメじゃ」
「早く行くよっ」
「ちょっ、おま金払えって!」

カレーのにおいをぷんぷんさせてあたしたちは映画を見た。
期待していたほど面白くはなかったけれど楽しい一日だった。

204 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/01(月) 01:37


205 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/01(月) 01:37


206 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/01(月) 12:23
更新キター!
お待ちしておりました
207 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/02(火) 00:19
ちょwww
まさか来ると思ってなかった方向からのパンチは必要以上に痛いと思う。
や、相変わらず面白かったです。マジで
更新ありがとうございます。
208 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/11(木) 02:53
おおお 待ってました!!
209 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/11(木) 02:54
ごめんなさいあげちゃいましたorz
210 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/11(木) 03:31
落としときませう。

211 名前:名無飼育さん 投稿日:2008/09/11(木) 18:01
あー、こういう大学生活送りたいなー
212 名前:名無飼育さん 投稿日:2011/01/30(日) 23:18
まだ、待ち続けてもいいですか?

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